デンマークのスマートシティ1

“コロナ worldmeter”というブログをアップしています。約100年ぶりのパンデミックとして世界中に広がった新型コロナ(COVID-19)の感染状況を約2年8ヵ月に渡って記録をつけていました。「worldmeter」はその情報源です。

そして、そのレビューを書こうと思って気づいたのが、デンマークの圧倒的な情報管理力です。日本に比べれるとはるかに小さな国ではありますが、これは、よほどITが進んでいるのだろうと思いました。「一体どんなことをしているのだろうか?」と思い、見つけた本が今回の『デンマークのスマートシティ データを活用した人間中心の都市づくりでした。

また、偶然ですが、背中を後押しするようなこともありました。それは『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯という本の中に書かれた、チボリ(Tivoli Gardens)というデンマークの首都、コペンハーゲンにある1843年に設立された歴史的な公園(遊園地)です。

画像出展:「北欧フィーカ

 

ウォルト・ディズニーは“未来都市”(EPCOT:Experimental Prototype Community of Tomorrow)”という将来構想を創造し、世界中をまわって数多くの公園を視察しましたが、最も強く感銘を受けたのがこのチボリ公園でした。もしかしたら、1966年に他界したウォルト・ディズニーが描いていた“未来都市(EPCOT)”とは、デンマークのスマートシティのようなものだったのかも知れません。

そして、デンマークを調べていて大変驚いたことがありました。それは2023年の世界経済競争力ランキング(World Economic Competitiveness Ranking)第1位がデンマークだったということです。ちなみ日本は35位です。なお、世界経済競争力ランキングについては以下のサイトをご覧ください。

日本の競争力は「過去最低」の世界35位。「世界競争力ランキング2023」衝撃の結果

著者:中島健祐

発行:2019年12月

出版:学芸出版社

デンマーク、そして首都コペンハーゲンの都市開発は圧巻です。まさに“未来都市”のようです。

また、一つの国をここまで真剣に理解しようとしたのは初めてだったので、とても新鮮で貴重は時間となりました。お伝えしたいと思うことは山盛りで、ブログを5つに分けました。

ご参考)著者である中島先生のプレゼンテーション資料を見つけました。20枚に凝縮された内容で、全体像をご理解頂くことができます。

デジタル先進国デンマークで展開される人間中心主義のスマートシティと社会実装

はじめに

1章 格差が少ない社会のデザイン

1.格差を生まない北欧型社会システム

2.税金が高くても満足度の高い社会を実現

3.共生と共創の精神

4.課題解決力を伸ばす教育

5.働きやすい環境

6.格差がないからこそ起こること

2章 サステイナブルな都市デザイン

1.2050年に再生可能エネルギー100%の社会を実現

2.サーキュラーエコノミー(循環型経済)の推進

3.世界有数の自転車都市

4.複合的な価値を生むパブリックデザイン

3章 市民がつくるオープンガバナンス

1.市民が積極的に政治に参加する北欧型民主主義

2.市民生活に溶け込む電子政府

3.高度なサービスを実現するオープンガバメント

4.サムソン島の住民によるガバナンス

4章 クリエイティブ産業のエコシステム

1.デンマーク企業の特徴

2.世界で活躍するクリエイティブなグローバル企業

3.デジタル成長戦略と連携して進展するIT産業

4.スタートアップ企業と支援体制

5.新北欧料理とノマノミクス

5章 デンマークのスマートシティ

1.デンマークのスマートシティの特徴

2.コペンハーゲンのスマートシティ

3.オーフスのスマートシティ

4.オーデンセのスマートシティ

6章 イノベーションを創出するフレームワーク

1.オープンイノベーションが進展する背景

2.トリプルヘリックス(次世代型産官学連携)

3.IPD(知的公共需要)

4.社会課題を解決するイノベーションラボ

5.イノベーションにおけるデザインの戦略的利用

6.社会システムを変えるデザイン

7章 デンマーク×日本でつくる新しい社会システム

1.日本から学んでいたデンマーク

2.デンマークと連携する日本の自治体

3.北欧型システムをローカライズする

4.新たな社会システムの構築

おわりに

1.格差を生まない北欧型社会システム

フラットな社会

デンマークの社内はオープンフラットである。デンマークで暮らしていて学歴、所属組織の社会的地位、保有している国家資格などが問われることはまずない。大切なのは、個人としてどのような考えを持ち、価値を提供できるかということである。

・年齢も関係ない。デンマーク語には日本語の敬語や丁寧語に相当する言葉もあまりない。

・自分が疑問に思ったことは相手が大臣や大手企業の社長であっても、気兼ねなく質問して議論を交わすのが普通である。

・『ある日本の大手企業の現地社長も、似たような経験を語ってくれた。彼は日本企業で長く勤務した後、デンマークの会社の社長となり、多くの従業員を雇用していたが、どの従業員も彼に友達感覚で接してくるそうだ。朝、工場労働者と会うと、背中をバンと叩かれ、ファーストネームで呼ばれながら「元気にやっているかい?」と言われ、企業文化の違いに戸惑ったらしい。日本では常に役員室にいて、外出の際は黒塗りの専用車で送迎され、いつもお付きの社員がサポートする体制で仕事をしていたため、デンマークのフラットすぎる社会に馴染むのが大変だったようだ。』

デンマーク社会を支えた哲学

・デンマークの社会制度は1890年代から120年以上かけて試行錯誤しながらつくられた。

・社会保障制度をつくる基礎となったデンマーク人の精神性、価値観は、デンマークの歴史が深く関わっている。

デンマーク人の価値観に大きな影響を与えたのは、デンマークの近代精神および教育の父と呼ばれ、現在も運営されている「フォルケホイスコーレ」(国民高等学校、全寮制の教育機関)の理念を提唱した牧師であり詩人、哲学者であったニコライ・F・S・グルントヴィ(1783-1872)である。

・グルントヴィの理念は、現在のデンマーク社会に次のような影響を与えている。

国民すべてが平等な生活を送ることに価値をおく=格差の少ない北欧型社会システム

知識ではなく対話を重視=コンセンサス型社会システム

死の学校から生のための学校=知識から知恵や問題解決能力を習得する教育

・1890年からの社会福祉政策は計画的ではなく、少しずつ進められた。デンマークではドイツ型の賃金労働者だけを対象にするのではなく農民も含めたすべての国民を対象とした社会保障制度を目指すことになった。そして、特に社会的弱者である病人、障がい者、十分な教育を受けられなかった人々も対象とした。

・20世紀になると、様々な改革が行われ、1933年には社会制度改革が実施された。

・当時の社会大臣は福祉事業の主流であった失業対策、自助努力、救済事業に対し、市民の社会的権利である福祉原則を提示し、市民の最低保証生活水準を保障することは国家の義務であるとした。デンマークの福祉国家としての普遍的理念はこれにより確立された。

・1960年代以降、日本と同様に高度経済成長期を迎え、労働者不足の問題が女性の社会進出を後押しした。その結果、これまで家庭で行われてきた育児、高齢者の介護が難しくなり、より充実した社会福祉が発展することになった。

・社会福祉の発展においても、その根底にはニコライ・F・S・グルントヴィの思想が育んだデンマーク人の精神性、価値観があった。

女性の社会進出

・デンマークにおける女性の社会進出は、前述の通り、1960年代の経済成長による労働力不足が深く関係している。

・1965年に設立された社会制度改革委員会では、女性や障がい者が柔軟に職に就けるような制度改革を行い、出産休暇、職場に復帰する権利、保育所の整備などが行われ、女性が働きながら子育てを行える社会的環境が整備された。その結果、1980年代以降、女性の就業率は70%を超えている。ただし、エネルギー産業、製造業、鉱業などはまだ男性が中心である。その一方で、企業の主要幹部には多くの女性が登用されており、女性の大臣も珍しくはない。

※この「女性の社会進出」に書かれていることは、少子化や育児・子育ての問題がやっと注目されてきた、ここ数年の日本に似ていると思いました。もし、デンマークがここに書かれている対策を実施していたとすれば、少子化について、日本ほどには問題になっていないのではないかと思われます。

そこで、探してみると“人口ピラミッド”の動画が同条件でアップされていました。これは「世界人口推計2019年版」(国連)に基づき、1950年から2100年までの人口の推移を動画にしたもので、大変興味深いものです。そして、その対照的な結果に、驚きを通り越して恐怖すら感じます。

デンマーク王国の人口ピラミッド(1950-2100) / 単位(Unit): 千人 / 2019年推計” (Youtube)

日本の人口ピラミッド(1950-2100) / 単位(Unit): 千人 / 2019年推計” (Youtube)

医師と患者が対等に治療に当たるデジタルヘルス

・デンマークの医療制度は社会保障制度を代表するサービスであり、医療費は税金で賄われ、原則無料となっている。

・デンマークの医療システム(ヘルスケアシステム)は世界的にもトップレベルで、特に医療格差がない国としても知られている。しかし、高齢化による医療労働者の不足が深刻化している。

・政府は対策として、デジタル技術を利用すること(デジタルヘルス)で、効率化による資源の最適化を模索している。

・デンマークでは1968年に導入されたCPRナンバー(国民識別番号)に加え、電子政府の基盤でもある医療ポータル(sundhed.dk)の普及がデジタルヘルスを後押ししている。

sundhed.dkにアクセスすると、自分の医療情報、例えば、過去の治療情報、入通院履歴、投薬情報などを確認でき、それをかかりつけ医や病院の医師とも共有できる。

この医療システムの重要なところは、デジタル化により効率性と利便性を実現しているだけではなく、医療従事者と患者の関係を対等にするというコンセプトが含まれていることである。デンマークではこれを市民と患者のエンパワーメント(権限付与)と表現している。

・デジタルヘルスには、医師と協働するために必要な知識の習得を支援するという側面もある。

高齢者福祉の三原則

・高齢者福祉も社会保障国家としての柱である。

高齢者福祉の三原則によりサービスに一貫性がある。三原則は1982年に設定された。

・三原則は、①継続性の原則②自己決定の原則③残存能力の活用、である。

継続性の原則とは、可能な限り、健康な時のスタイルを維持し、基本は自宅で暮らし続けるようにすることである。このため、やむおえず福祉施設に入居する場合でも、自宅で使っていた家具などを持ち込むことができる。

自己決定の原則は、たとえ介護が必要な状態になっても、自分の人生に関することは自分で決定することである。それを家族や介護スタッフは尊重しなければならない。これはデンマーク人の自立とも関係しており、大原則の一つである。

残存能力の活用は、体が不自由になったとしても、まだ健常な機能がある場合は、補助器具などを利用して自力で対応することである。

・この三原則は、サービスを提供する行政サイドにとっても、無駄な支出をしないサービスの水準を維持するために重要なものとなっている。

・デンマークの国民年金制度は共生の理念に基づいた所得の再分配システムが機能しており、高額所得者や資産家は年金が減額される。しかし、不満を持つものはあまりいない。資産があり、自活できる高齢者は自力で対応し、余力のない高齢者により多く分配することで、老後でも貧富の差を最小化しようとの考えが根底にある。

障がい者福祉

・デンマークの障がい福祉制度は現在の形になるまで150年以上かかっている。また、現在の制度は1959年の知的障がい者福祉法の制定が関係している。

・『障がい者が一般市民と同じように働き生活することには厳しさも伴う。たとえば、以前ある自治体でITシステム構築を担当する、下半身が不自由なソフトウェア開発者と知りあった。彼は車椅子を利用し、自力で車を運転して職場まで通勤していた。ところが1年後、財政削減の関係で彼は解雇されてしまっていた。このようにデンマークでは、ノーマライゼーションとは差別をなくし、障がいがある人も、障がいがない人と同じように生活できることを保障する一方で、知的障がい者でない限り、一般人と同じ条件で処遇させることを意味している。

ヤンテの掟とフラットな社会

・デンマークの人は謙虚な姿勢をもつ人が多い。世代にもよるし、一概には言えないが「ヤンテの掟」が影響しているかもしれない。「ヤンテの掟」とは成功者に対しての戒めである。これは1933年に作家のアクセル・サンダムーサが書いた小説の中に出てくる架空の村の10カ条の掟である。

※ご参考:“【ヤンテの掟】北欧社会の平等性に通じる、デンマークの小説を元にした戒律

2.税金が高くても満足度の高い社会を実現

高福祉社会を支える税負担

・国民の対GDPに対する税負担率を見ると、デンマークは第3位(2019年)と高い。また消費税も25%と高い。しかし、多くのデンマーク人は高額な税金を納得して収めている。その理由は、政治を信頼し、自分たちが収めている税金が正しく使われており、国の発展や不幸な人たちの支援に当てられることは義務であると、国民に認識されているからである。

国民は税金を徴収されているというより、信頼関係に基づいた投資であると考えていることも大きな理由である。投資なので、将来の生活に還元されると確信している。

・デンマークの民主主義の水準は高く、政治におけるクリーン度は高い。世界180カ国を対象にした腐敗認識指数2022年で、デンマークは1位(日本は18位)である。つまり、国民が選挙で選んだ議員を信頼しており、議員が汚職などに手を染めることは極めて少ないので、安心して税金の再分配を任せているということである。なお、こうした政治に信頼を置く国民性は教育制度にも関係している。

”税金が高い国ランキング発表 日本は世界で2番目”

世界で最も税金が高い国はどこでしょうか。

海外ニュースサイトに掲載された高税率国ランキングが話題を呼んでいます。同サイトは独自に調査した世界各国の法人税、給与税、個人所得税、消費税を基準にランキングを作成し、公表。日本は2位に位置付けられました。

このサイトによると、デンマークと日本の各税の税率は以下のようになっています。北欧諸国と言えば、「福祉は充実しているが税金が非常に高い」というイメージでしたが、国レベルでは「違うようだ」と思いました。

消費税で公平性を担保しつつ、障がい者や高齢者などには徹底した福祉・公共サービスといった、セーフティーネットを充実させて支援していくという仕組みのように思います。

注)この記事がいつ書かれたものか分かりませんが、日本の税率については、それぞれ右側に分かる範囲で追記しておきました。デンマークで給与税が低いのは、一生懸命働いて得た対価に税金をかけたくないということなのでしょうか。

情報が古いため、日本のランクについては疑問がありますが、消費税だけでなく国レベルで税金を考えるべきだと思いました。(少ない多い

【デンマーク】

法人税23.5%

個人税46.03〜61.03%

給与税8%

消費税25%

【日本】

法人税38.01%(平成30年度:法人実効税率 29.74%)

個人税15〜50%(令和5年度:5~55%)

給与税25.63%(5~45%)

消費税8%(10%)

公共サービス

市民が高い税金の負担に納得していることは、実際に提供されるサービスを見れば理解できる。

◇妊娠と出産

・デンマークでは特に出産や子育てのサービスにかなり力を入れている。

資源が少ないデンマークでは人材が一番重要であり、次の100年を支える人を育てることは社会の義務であるとの考えが浸透している。

出産までの医師、助産婦による相談、検診はすべて無料である。ただし、デンマークでは出産は病気とは扱われないので、初産は1泊の入院だが、経験のある妊婦は数時間で退院する。

◇育児

・デンマークでは出産後32週間の育休を終えると職場に戻るのが一般的である。そのため、子供のための保育サービスを利用することになる。6カ月~3歳児までは乳幼児託児所や保育ママ(家庭内保育)を利用する。

・保育ママは市から認定された保育士が各家庭で4~5人の子供を預かる制度で、自治体にとっては保育施設の新設や維持費用がかからないこと、また子供の両親にとっても家庭的な雰囲気の中で保育してもらえるため、デンマークでは主流となっている。

保育ママは職業としても成立するだけの収入体系となっている。例えば5人の子供を預かった場合、保護者からの利用料と自治体からの助成金を合わせて年収600万円くらいになるとされ、保育ママのなり手が不足することはない。

3歳~6歳の子供は保育園に預ける。デンマークでは自治体が希望する子供をすべて保育園に入園させる義務がある。コペンハーゲンなどの都心では順番待ちの保育園もあるが、施設さえ選ばなければ確実に入園させることができる。

保育料は自治体により異なるが、一般的に保育料の約30%を保護者が負担する。しかし、保護者の年収が低い場合は保護者の負担が実質ゼロになり、高い高額所得者は保育料を全額負担しなくてはならない。

・デンマークでは年収が低くても、高額所得者とまったく同じ育児サービスを受けられるようになっており、格差を少なくする社会のしくみは人生のスタート時から保障されている。

◇学校教育

・格差がないという点で世界に誇るシステムになっている。

教育は初頭/中等学校教育(1~10年)、高等学校教育、大学教育、大学院教育と、授業料は公立の場合はすべて無料となっている。

憲法に、教育義務の年齢にある子供は公立学校で教育を無料で受けることができる権利を有していると記されている。

・障がい者に対する特別支援教育も充実している。しかし、特別支援学校は設置数が限られているので、通学の問題が発生する。これに対し、自治体は自家用車の利用にかかる燃料費やタクシーの利用料金を支援する体制がとられている。

大学では勉強に集中するために奨学支援金10万円程度が毎月支給される(学生のおかれた条件や物価により変動する)。加えて低金利のローンを活用することで、家庭の経済力と関係なく大学教育を受けることができる。

・デンマークの大学は入学するより卒業する方がはるかに大変で、一般的に大学生は週に50時間程度は勉強すると言われている。

経済的な理由で勉学の道が閉ざされることなく、経済格差が教育格差を生まないしくみが構築されている。

変形性膝関節症と人工関節2

編集:小俣孝一

初版発行:2020年7月

出版:文響社

目次は”変形性膝関節症と人工関節1”を参照ください。

第2章 症状についての疑問14

Q25.変形性膝関節症を発症したかどうか見分けられる初期症状はありますか?

・変形性膝関節症の初期はほぼ痛みはない。最初に察知できる自覚症状は、膝のこわばりや違和感である。

・この状態がしばらく続くと、やがて立ったり、歩いたり、座ったりしたときに一時的な痛みが現われる。

・人によっては膝関節の滑膜の炎症が起こり、強烈な痛みに襲われ日常生活に支障をきたすこともある。

第3章 診察・検査・診断についての疑問12

Q44.血液検査が行われるのは、どのようなケースですか?

・変形性膝関節症の場合、血液検査を行う必要はない。ただし、関節リウマチや化膿性関節炎、痛風などが疑われる場合は血液検査によってその可能性を確認できる。ここでの検査値は「CRP」(C反応性たんぱく)である。CRP(基準値は0.3㎎以下)は体内に炎症が起こったり、組織の一部が破壊されたりした場合に生じるたんぱく質の一種である。

関節リウマチではMMP-3、痛風では尿酸値も重要な検査である。

第4章 保存療法① 薬物療法・注射療法についての疑問16

Q50.世界では、変形性膝関節症の治療方針はどうなっていますか?

変形性膝関節症の治療の主役が鎮痛薬と注射療法なのは日本だけ。この理由は治療費がかさむ上に、一時的な改善効果しか期待できないためである。日本では健康保険制度によって治療費を大半は国が支払うため、安易に薬や注射が選択されている。

・OARSI(国際関節症学会)では、「薬を用いない治療を中心にして、薬の治療は補助的に用いる」ことが第一に推奨されている。運動・減量、サポーター、足底板の使用、患部の加温、冷却といった薬を用いない治療を十分に試したうえで、耐え難い痛みがある場合のみ薬物療法や注射療法が行われている。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

Q54.NSAIDsを飲みつづけると胃腸障害などの副作用を引き起こすというのは本当?

・NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は酵素の一種であるCOXの働きを阻害して鎮痛作用を得る薬である。COXには炎症を引き起こすCOX2の他に、細胞の代謝に関わるCOX1があるが、NSAIDsは、COX1、COX2の両方の働きを阻害する。COX1が働くなることで問題なのは、細胞の代謝が悪くなって胃腸や腎臓、肝臓、造血機能を担う骨髄が衰えることである。これにより、消化性潰瘍、腎不全、肝硬変、骨髄抑制(白血球の減少)が起こる危険が大きくなる。

・『私(順天堂大学医学部 整形外科学 黒澤 尚 特任教授)が医学生だったとき、NSAIDsを毎日服用し、その副作用で胃に穴があいて急死した先輩がいました。以来、私は「薬の副作用は怖い」と肝に銘じています。みなさんもNSAIDsの連用や長期服用は、くれぐれも控えてください。

Q61.ヒアルロン酸注射を医師からすすめられました。受けるべきですか?

ヒアルロン酸注射の効果は一時的であり、ヒアルロン酸注射をくり返し受けると、膝関節が弱くなって変形が促進されるため、注射を繰り返し受けるのは避けるべきである。

Q63.ひざに水がたまり腫れています。水は抜いたほうがいいのですか?

・関節水腫(膝に水がたまる)の原因は滑膜の炎症である。従って、膝の炎症が治まらない限り、水抜きで余分な関節液を抜き取っても、すぐにまた水がたまる。注射は痛みを伴い、細菌感染の危険もあることから水抜きは行わない方が良い。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

第5章 保存療法② 運動療法についての疑問10

Q65.運動療法で本当によくなるのですか?

・変形性膝関節症の治療では「運動療法」が主流になりつつある。これは痛みの軽減と病気の進行の抑制が期待できるためである。

人工膝関節置換術の効果を検証した研究では、手術によって痛みが改善した人の割合は83%であり、一方、運動療法で改善した人の割合は69%であった。この研究結果をみても、まず、手軽にできる運動療法を行うべきである。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

Q69.ひざへの負担が軽く高齢者でもできる運動療法はありますか?

・世界の膝痛治療においてスタンダードな運動療法は約40前に考案された「ひざラク体操」である。

「ひざラク体操」のポイントは、上げる側の膝を伸ばすこと、足の上げ下げの動作をできるだけゆっくり行うことである。この体操により、大腿四頭筋、腸腰筋、腹筋などの筋肉が強化され、膝が丈夫になる。


Q73.手術をすすめられるほど進行していても運動療法は行うべきですか?

・『最近は、人工膝関節置換術を実施する前に、運動療法をすすめる病院が増えています。というのも、運動療法をやれば重症の患者さんでも、安静時の痛みが和らいだり、ひざ関節の可動域が広がったり、杖を使わずに歩けるようになったりして、30~40%の割合で手術を回避できるようになるからです。

第6章 保存療法③ 装具療法や温熱方法についての疑問10

Q77.O脚の矯正には足底板がいいと聞きましたが?

・「足底板」はO脚になった変形を直すことはできないが、膝にかかる荷重が変わり痛みが緩和できる可能性はある。ただし、重症の場合は期待できない。

Q78.ひざのサポーターは使ったほうがいいのですか?

・サポーターの効果は保温である。膝を温めることで関節内の組織の新陳代謝を促し、炎症を鎮める効果が期待できる。また、「膝が守られている」という安心感が得られるのも利点である。

Q82.鍼灸治療は効果がありますか?

・『変形性膝関節症には、鍼灸治療がある程度効くと考えられています。』

・『最近は、鍼灸治療を取り入れている整形外科も増えています。興味ある人は、主治医に相談してみるといいでしょう。』

第7章 手術についての疑問23

Q87.変形性膝関節症のどれくらいの人が、手術を受けていますか?

・変形性膝関節症の患者さんは約3,000万人であるが、手術を受けているのは全体の1%未満である。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

Q89.手術待ち患者の半数が自力ケアで手術回避できたと聞きました。どんな方法ですか?

・手術を希望する患者さんに対し、まず、三つの自力ケアを必ずやってもらうようにしている。この自力ケアを実行した患者さんは、痛みが10~20%程改善され、他の病院で手術を勧められた患者さんの半数以上が手術を回避している。

1)減量

2)O脚を正す歩き方

踵から着地して、足の小指を浮かせるように親指に体重をかけて歩く。こうすると膝の内側に重心がかかり、O脚が矯正される。

3)太ももの筋肉強化

-「足指握り」

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

Q98.半月板を切除する関節鏡手術を医師からすすめられたら、受けるべきですか?

・スポーツなどの激しい運動が原因で、半月板が割れたり、避けたりした場合は手術で対応することが一般的であるが、加齢による半月板変性断裂は老化現象の一種なので特に問題ない。温存した方が膝の機能維持には望ましい。安易に半月板切除を行うと、膝関節の変形を早め、痛みが悪化することが多いからである。

Q100.人工膝関節置換術とは、どのような手術ですか?

・末期の変形性膝関節症には最適な方法である。

・インプラント(人工関節)はクロム・コバルト合金やポリエチレンでできている。

・大腿骨と脛骨の接合部分にインプラントを装着する。

・全置換手術の手順

1)全身麻酔をかける。

2)膝をかんぜんに消毒し、切開して膝関節を露出する。

3)大腿骨と脛骨の変形した部分を取り除いて整形する。

4)仮のインプラントで膝の曲げ伸ばしや靭帯の張り具合を確認する。

5)本番のインプラントを骨に設置する。

6)傷口を縫い合わせて閉じる。

Q102.人工膝関節置換術を受ければ、ひざの曲げ伸ばしが自在にできるようになりますか?

・『人工膝関節置換術を受けると、ひざ痛は完全に消失し、歩行能力も回復します。しかし、ひざ関節を人工関節に入れ替えるため、ひざの柔軟な曲げ伸ばしが困難になり、ひざの可動域は大幅に制限されます。

ですから、残念ながら手術後は通常、床にしゃがんだり、正座をしたりすることはできません。治療成績としては、手術後にひざが100度以上曲がれば合格点。これは、無理なくイスに座れる角度です。手術後にどれだけひざが曲がるようになるかは個人差があり、中には60度程度までしか曲がらない人もいます。ひざがこの程度までしか曲がらないと、イスに座ったときに両足を前に突き出すような姿勢になり、電車やバスの座席を利用しづらくなります。

こうしたひざの曲がりの制限は、インプラントの性能ではなく、むしろ患者さんが手術前にひざをどれだけ動かせたかに比例します。そのため、手術前にひざ関節の変形が進んでいた人ほど、ひざの曲がりは悪くなります。

Q103.人工膝関節置換術には術後の回復が早い術式があると聞きました。どんな手術ですか?

・近年は、変形がひどい部分だけをインプラントに入れ替える「単顆片側置換術」が広く行われている。この片側置換術なら7センチ程度の皮膚切開で行えるため、骨を削る量や出血が少なく、患者さんの体力的な負担はかなり軽減され、入院期間、リハビリ期間も短くなる。

片側置換術は、軟骨のすり減りがひざ関節の内側・外側どちらかに限定している人、日常生活の活動性が低い人、体重が軽い人、高齢の人などに適している。

注意点としては、手術をしなかった側に変形が生じすいこと、全置換術に比べてインプラントの耐用年数がやや短く、再手術が必要になる可能性が比較的高いこと等がある。

Q105.手術は1度行えば、再手術が必要になるようなことはありませんか?

変形性膝関節症の手術は再手術の可能性はある。

・人工膝関節置換術の場合、術後に歯槽膿漏(歯周病の病態が最も進んだ状態)、胆のう炎や膀胱炎などが生じ、何らかの原因で体力消耗や免疫力が低下すると細菌が血管の中に入り、インプラントに付着すると感染症をきたす。こうなると再手術が必要になる。

インプラントの劣化など人工関節の耐用年数の問題から再手術が必要になる可能性がある。ただし、近年では、人工関節の材質の改良や、手術手技の向上によりインプラントの耐用年数は延びており、劣化による再手術の可能性は低くなっている。

第8章 日常生活とセルフケアについての疑問21

Q121.ウォーキングは1日1万歩を目標に行えばいいのですか?

・1日10,000歩は健康な人の場合であり、中高年では8,000歩が妥当とされている。更に変形性膝関節症の人は、膝関節症の軟骨の損耗を防ぐするため、1日6,000歩程度に抑えた方が良い。なお、これは家の中で歩いた分も含めた歩数である。

Q122.最もいいウォーキングの方法を教えてください

・変形性膝関節症の人にとって重要なことは、「痛くない距離を痛くないペースで歩くこと」である。

・慣れてきたら徐々に歩く距離をのばす。そして、自分なりの10分コース、30分コース、60分コースを考え、体調に合わせてコースを選択する。坂道や階段のない平地が望ましい。

Q125.水分不足はひざ痛を悪化させると聞きました。水分はどのように補給すべきですか?

・水分不足は関節液の量に影響する。関節液は膝の動きを滑らかにし、軟骨に水分や栄養を運ぶ。従って、水分不足は膝の軟骨の弾力性を奪い、クッション機能を低下させ膝痛の悪化につながる。水分は喉の渇きを感じる前に摂るように心がける。水分の量の目安は1日当たり約2リットルである。

なお、心疾患、腎疾患、糖尿病の人は水分摂取量を主治医に相談する必要がある。

Q128.プロテオグリカンは日常の自力ケアで増やせると聞きました。どんな方法ですか?

・プロテオグリカンは、水分やコラーゲンとともに、膝の関節軟骨を構成する成分の一つである。プロテオグリカンは、水分を引きつけて内部に蓄え、クッション機能を生み出す重要な役割を担っている。しかし、老化や閉経によりプロテオグリカンが不足し、膝の軟骨がすり減りやすくなる。また、プロテオグリカンは、肥満や膝をかばいすぎる生活で減少する。

プロテオグリカンを増やす方法に「ソフト屈伸」がある。膝の曲げ伸ばしによりプロテオグリカンの新陳代謝が促進される。また、関節軟骨が関節液を吸い取るスポンジ機能もアップして、軟骨細胞が活性化しプロテオグリカンは多く作り出される。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

第9章 関節リウマチなど他の病気が原因のひざ痛についての疑問9

Q135.ひざ関節に骨の破片が挟まる関節ネズミが疑われています。どんな治療が行われますか?

・関節ネズミは軟骨や骨の一部が剥がれ、その破片が関節内をまるでネズミのように動き回る状態で、正式には関節遊離体という。

・主な症状は、膝の痛みと動きの制限である。遊離体が関節に引っかかったり、大腿骨と脛骨の間に挟まったりすると激痛が走り、膝が突然、動かなくなることがあり、歩くことはもちろん、膝の曲げ伸ばしもできない。膝が腫れて水(関節液)がたまることもある。診断はX線やMRIなどの画像検査で確認できる。

・手術は関節鏡視下手術や関節切開手術を行うのが一般的である。

感想

今回の1番の収穫は、軟骨は軟骨に負担のかからない運動を行うことで、再生が期待できるということです。

軟骨には血管が入り込んでいないため、通常の組織のように血液を通じて酸素や栄養は補給されません。しかし、関節にかかる圧の変化によって関節液を吸収し、必要な酸素と栄養を補給することが可能です。関節液を繰り返し吸収・排出することで新陳代謝が活発になり、軟骨は強化されます。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

こちらが、「軟骨に負担のかからない運動」です。

変形性膝関節症と人工関節1

左膝前十字靭帯断裂は大学3年生の時でした。すぐに手術はせず、手術したのは13年後でした。その間、テーピングをしてサッカーは続けていたのですが、ついに半月板を損傷し歩行困難となったため、横浜港湾病院で靭帯の再建手術と半月板の部分切除の手術を受けました。今はボールを蹴ることはなくなり、完全に観戦のみとなっています。

膝の権威、高澤晴夫先生が外科部長だった港湾病院は、今はありません。

整形外科病棟はスポーツ選手だらけで、とても入院患者の集まりとは思えませんでした。

画像は、「HOKUの日記」さまより拝借しました。

損傷後から43年、手術から30年が経ち、特に大きな問題はなかったのですが、2年程前から時々ネズミ(遊離軟骨)がみられるようになりました(不思議なことに、この1年はほぼ症状は出ていません?)。

大学の友人の中には、同じように手術をうけ、そして既に人工関節にしたものもいます。私は元々O脚ですので、変形性膝関節症(膝OA)になる可能性は高いだろうと思います。人工関節についても他人事ではないと思っています。また、変形性膝関節症は高齢で膝痛があり、特にO脚の方は同じような懸念をもたれていると思います。

今回の勉強の目的はこの2つ、変形性膝関節症人工関節になります。

編集:小俣孝一

初版発行:2020年7月

出版:文響社

ブログで取り上げているのは、目次の黒字の個所です。

目次

はじめに

第1章 病気についての疑問22

Q1.変形性膝関節症とはどういう病気ですか?

Q2.ひざ関節はなぜ変形してしまうのですか?

Q3.ひざ関節が変形すると、ひざ痛が起こるのはなぜですか?

Q4.変形性膝関節症はどのように進行していく病気ですか?

Q5.変形性膝関節症の人が年々増えつづけているのはなぜですか?

Q6.変形性膝関節症を発症しやすいのは、どんな人ですか?

Q7.変形性膝関節症は高齢者だけでなく、若い人にも起こりますか?

Q8.変形性膝関節症の進行を予防する方法はありますか?

Q9.体重が1キロ増えると、ひざ関節への負担はどれくらい増えますか?

Q10.変形性膝関節症が女性に多いのはなぜですか?

Q11.仕事やスポーツ歴は、変形性膝関節症に影響しますか?

Q12.ストレスや睡眠不足は、変形性膝関節症に影響しますか?

Q13.喫煙や飲酒は、変形性膝関節症に影響しますか?

Q14.若いころ、ひざに負った外傷は変形性膝関節症に影響しますか?

Q15.変形性膝関節症は親から子へと遺伝しますか?

Q16.変形性膝関節症は自然に治ることはありますか?

Q17.ひざが痛むときは家でじっとしているべきですか?

Q18.発症原因の「ひざ軟骨のすり減り」はなぜ進むのですか?

Q19.ひざ軟骨で最初にすり減りやすいのは、ひざのどのあたりですか?

Q20.ひざ軟骨のすり減りを早めてしまう日常生活の盲点はありますか?

Q21.すり減ったひざ軟骨は、もとの状態に戻ることはあるのですか?

Q22.変形性膝関節症のほかにも、ひざ痛の原因になる病気はありますか?

第2章 症状についての疑問14

Q23.変形性膝関節症の症状は、病気の進行に伴ってどのように変化しますか?

Q24.ひざ痛はたまに起こるのですが、すぐに消えます。変形性膝関節症ですか?

Q25.変形性膝関節症を発症したかどうか見分けられる初期症状はありますか?

Q26.変形性膝関節症の中期と診断されたのに、痛みは軽くなりました。気のせいですか?

Q27.変形性膝関節症は末期まで進むと、自力で歩けなくなってしまいますか?

Q28.変形性膝関節症の症状が急激に悪化することはありますか?

Q29.気温や湿度の変化は変形性膝関節症に影響しますか?

Q30.ひざに水がたまってしまうのはなぜですか?

Q31.ひざの水は、変形性膝関節症以外の病気でもたまりますか?

Q32.急に激痛が走り、ひざが動かなくなります。これも変形性膝関節症ですか?

Q33.安静時に突然、ひざ関節の内側が激しく痛みだしました。重い変形性膝関節症ですか?

Q34.両ひざの痛みが安静時にも治まらず、発熱もあります。変形性膝関節症と違うのでは?

Q35.両ひざが赤く腫れ激しく痛みます。尿酸値は低いので痛風ではなく、変形性膝関節症?

Q36.高齢のせいか、手指や手首に加え両ひざも痛みだしました。変形性膝関節症ですか?

第3章 診察・検査・診断についての疑問12

Q37.変形性膝関節症が疑われたら、どの診療科を受診すればいいのですか?

Q38.初診から大きい病院を受診すべきですか?

Q39.変形性膝関節症の診療は、どのような流れで行われますか?

Q40.最初の問診・視診・触診などの検査で、どのようなことがわかりますか?

Q41.X線やMRIなどの画像検査で、どのようなことがわかりますか?

Q42.X線検査だけで下された変形性膝関節症との診断は、信用できますか?

Q43.画像検査は必ず受けなければならないのですか?

Q44.血液検査が行われるのは、どのようなケースですか?

Q45.関節液検査が行われるのは、どのようなケースですか?

Q46.診察のあと、医師に必ず確認すべきことは?

Q47.診断の結果、医師から手術をすすめられたら必ず受けるべきですか?

Q48.初診だけでいい医師・よくない医師は見分けられますか?

第4章 保存療法① 薬物療法・注射療法についての疑問16

Q49.変形性膝関節症では、一般的にどんな保存療法を行いますか?

Q50.世界では、変形性膝関節症の治療方針はどうなっていますか?

Q51.変形性膝関節症の治療では、どのような薬が処方されますか?

Q52.飲み薬で最も多く使われるNSAIDsは、変形性膝関節症にどう作用しますか?

Q53.NSAIDsを飲んでも痛みが治まりません。量を増やしてもらうべきですか?

Q54.NSAIDsを飲みつづけると胃腸障害などの副作用を引き起こすというのは本当?

Q55.重大な副作用をもたらすNSAIDsが処方されるのはなぜですか?

Q56.漢方薬なら安全? 変形性膝関節症に効く漢方薬を教えてください。

Q57.塗り薬や湿布薬は変形性膝関節症にどう作用しますか?

Q58.坐薬は変形性膝関節症にどう作用しますか?

Q59.塗り薬や湿布薬は、NSAIDsをと比べてどれくらい安全ですか?

Q60.市販の湿布薬を使うなら、どんなものを選ぶべきですか?

Q61.ヒアルロン酸注射を医師からすすめられました。受けるべきですか?

Q62.ヒアルロン酸注射をくり返した結果、手術に至った人がいるというのは本当ですか?

Q63.ひざに水がたまり腫れています。水は抜いたほうがいいのですか?

Q64.ひざの水抜き治療で感染症にかかる人がいるというのは本当ですか?

第5章 保存療法② 運動療法についての疑問10

Q65.運動療法で本当によくなるのですか?

Q66.運動療法が不向きな人はいますか?

Q67.高齢者でも運動療法は効果がありますか?

Q68.運動療法は主治医から1度もすすめられないのですが、行ってもいい?

Q69.ひざへの負担が軽く高齢者でもできる運動療法はありますか?

Q70.ひざの可動域を広げるのに適した運動療法はありますか?

Q71.肥満とひざ痛を一挙に解決できる運動療法はありますか?

Q72.ひざ痛が起こらなくなったら、運動療法はやめてもいいのですか?

Q73.手術をすすめられるほど進行していても運動療法は行うべきですか?

Q74.手術後、運動療法は行うべきですか?

第6章 保存療法③ 装具療法や温熱方法についての疑問10

Q75.O脚の矯正のためにブレースを医師からすすめられました。受けるべきですか?

Q76.ブレースを装着した結果、すり傷で悩む人が多いというのは本当ですか?

Q77.O脚の矯正には足底板がいいと聞きましたが?

Q78.ひざのサポーターは使ったほうがいいのですか?

Q79.温熱療法は効果がありますか?

Q80.温熱療法を行う病院が減ったのはなぜですか?

Q81.整体やカイロプラクティックは効果がありますか?

Q82.鍼灸治療は効果がありますか?

Q83.病院でのリハビリを受けていれば、変形性膝関節症は治りますか?

Q84.リハビリで痛みが引いたら、どのようなことが次に必要ですか?

第7章 手術についての疑問23

Q85.どのような場合に手術を検討すべきですか?

Q86.受けていい手術・受けてはいけない手術があると聞きましたが、本当ですか?

Q87.変形性膝関節症のどれくらいの人が、手術を受けていますか?

Q88.今すぐ手術を受けてらくになりたいのですが、お願いすれば手術は受けられますか?

Q89.手術待ち患者の半数が自力ケアで手術回避できたと聞きました。どんな方法ですか?

Q90.手術を受ければ変形性膝関節症は完治しますか?

Q91.手術をすすめられましたが、セカンドオピニオンを活用すべきですか?

Q92.手術に熟練した医師を探す方法はありますか?

Q93.手術を受けるさい、事前に確認しておくべきことはありますか?

Q94.高位脛骨骨切り術とは、どのような手術ですか?

Q95.高位脛骨骨切り術を受けたほうがいいのは、どんな人ですか?

Q96.高位脛骨骨切り術には術後の回復が早い術式があると聞きました。どんな手術ですか?

Q97.関節鏡手術とは、どのような手術法ですか?

Q98.半月板を切除する関節鏡手術を医師からすすめられたら、受けるべきですか?

Q99.半月板手術で、ひざ痛がかえって悪化した人がいるというのは本当ですか?

Q100.人工膝関節置換術とは、どのような手術ですか?

Q101.現在50歳ですが、人工膝関節置換術を受けられますか?

Q102.人工膝関節置換術を受ければ、ひざの曲げ伸ばしが自在にできるようになりますか?

Q103.人工膝関節置換術には術後の回復が早い術式があると聞きました。どんな手術ですか?

Q104.人工膝関節置換術が適応外となるほど重症です。あきらめるほかありませんか?

Q105.手術は1度行えば、再手術が必要になるようなことはありませんか?

Q106.退院後はどのように過ごせばいいのですか?

Q107.手術後、どんな運動を行うといいのですか?

第8章 日常生活とセルフケアについての疑問21

Q108.ひざの痛みが強いときは、なるべく安静を心がけるべきですか?

Q109.ひざを動かすことは、どれくらいセルフケアで重要ですか?

Q110.イスやベッドの洋式生活はひざにやさしいので、極力すべて取り入れるできですか?

Q111.寝ながらひざを支える筋肉を強化できると聞きましたが、どんな方法ですか?

Q112.イスに座りながらひざ軟骨を回復できると聞きましたが、どんな方法ですか?

Q113.痛みが強いときは冷やすべき? それとも温めるべきですか?

Q114.イスから立ち上がるときにひざが痛みますが、防ぐ方法はありますか?

Q115.就寝時にひざへ大きな負担をかける姿勢があると聞きましたが、本当ですか?

Q116.ひざ痛のせいか、よく転倒をします。防ぐ方法はありますか?

Q117.外出時などの日常生活で、ひざへの負担が軽い歩き方はありますか?

Q118.階段をらくに上がり下りできる歩き方はありますか?

Q119.杖の使用を医師からすすめられました。選び方や使い方を教えてください。

Q120.重い物を持ち上げるとき、ひざへの負担を軽くする方法はありますか?

Q121.ウォーキングは1日1万歩を目標に行えばいいのですか?

Q122.最もいいウォーキングの方法を教えてください

Q123.ひざへの負担を減らすためのダイエットでは、運動・食事のどちらがより重要ですか?

Q124.ダイエットのための食事で、変形性膝関節症の人が気をつけるべきことはありますか?

Q125.水分不足はひざ痛を悪化させると聞きました。水分はどのように補給すべきですか?

Q126.精神的な不安やストレスもひざ痛の原因と聞きました。どう対処すべきですか?

Q127.ひざ軟骨のすり減りを加速するといわれるプロテオグリカン不足は予防できますか?

Q128.プロテオグリカンは日常の自力ケアで増やせると聞きました。どんな方法ですか?

第9章 関節リウマチなど他の病気が原因のひざ痛についての疑問9

Q129.関節リウマチによるひざ痛では、どのような治療を行いますか?

Q130.関節リウマチを改善に導く薬があると聞きました。くわしく教えてください

Q131.関節リウマチは運動で改善できますか?いい運動があれば教えてください

Q132.ひざを打撲して半月板損傷と診断されました。手術しないで治す方法はありますか?

Q133.突然ひざに力が入らなくなり靭帯断裂が疑われています。手術が必要ですか?

Q134.偽痛風によるひざ痛が疑われた場合の緊急対処法や治療法を教えてください

Q135.ひざ関節に骨の破片が挟まる関節ネズミが疑われています。どんな治療が行われますか?

Q136.化膿性関節炎と診断されると、どのような治療が行われますか?

Q137.大腿骨顆部骨壊死と診断されると、どのような治療が行われますか?

第1章 病気についての疑問22

Q3.ひざ関節が変形すると、ひざ痛が起こるのはなぜですか?

・軟骨がすり減って骨と骨が直接ぶつかって痛みが出ると思われがちだが、この場合は膝の動きが悪くなるが膝痛の原因とはならない。

変形性膝関節症による膝の痛みは、膝関節を覆う関節包の内側(滑膜)の炎症が原因と考えられる。これは加齢、肥満、運動不足等により膝関節の関節軟骨や半月板がすり減ったりすると、微細な摩耗紛が関節包に生じて滑膜を刺激する。この時、免疫反応により摩耗紛は異物とみなされる。この結果、滑膜の細胞から「炎症性サイトカイン」という生理活性物質が次々と分泌されて炎症が起こり、痛みが出現する。

・滑膜の炎症は痛みだけでなく関節水腫(いわゆる膝に水がたまる状態)の原因にもなる。これは、膝関節内で潤滑液の役割を担う関節液が過剰になることだが、この原因は炎症性サイトカインには血管を膨らませて浸透圧を高める作用があり、血液量の増加とともに血管から体液が浸潤して関節包にたまるためである。従って、膝にたまった水も滑膜の炎症を鎮めなければ根本的に解消しない。

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

Q8.変形性膝関節症の進行を予防する方法はありますか?

・変形性膝関節症の進行を抑えるポイントは2つある。

1)積極的に体を動かすこと

運動不足による足腰の筋力低下は変形性膝関節症の最たる原因である。まずは積極的に歩く機会を作ることが大切である。

2)肥満を防ぐこと

-体重の増加が膝関節への負担を増やすためである。過食や暴飲暴食をさけ、歩く機会を作ることが大切である。

Q18.発症原因の「ひざ軟骨のすり減り」はなぜ進むのですか?

・軟骨のすり減りが進む主な理由

1)軟骨の老化

2)膝関節をサポートする筋肉や靭帯の衰え

3)肥満による体重増加

Q20.ひざ軟骨のすり減りを早めてしまう日常生活の盲点はありますか?

1)食べ過ぎ

2)重い荷物を運ぶ

3)かかとの高い靴を履く

4)あまり出歩かない

Q21.すり減ったひざ軟骨は、もとの状態に戻ることはあるのですか?

以前はすり減った軟骨は元に戻らないと考えられてきたが、軟骨は軟骨に負担のかからない運動を行うことで再生が期待できることが分かった。

・軟骨には血管が入り込んでいないため、通常の組織のように血液を通じて酸素や栄養は補給されない。その代替策として軟骨は、関節にかかる圧の変化によって関節液を吸収し、必要な酸素と栄養を補給している。また、吸い込んだ関節液を排出するときに老廃物を排出している。このように関節液を繰り返し吸収・排出することで新陳代謝が活発になり、軟骨が強化され、膝関節の可動性は維持される。つまり、適した負荷で膝関節を動かすことが非常に重要ということである。

一方、膝痛を我慢してスクワットなどの筋トレは逆効果であり、決して行うべきではない。かえって悪化、促進させてしまう。

・軟骨のすり減りを抑えながら再生を促す運動療法

1)ひざ振り子

画像出展:「膝関節症 最高の治し方」

・足裏が床に着かない高さのイスに座る。

・足先を30~40度の角度に持ち上げ、その後、足の力を抜いて振り子のようにブラブラと動かす。

 ・1セット50~100回を毎日3セット行う。

・『私(大阪市立大学 大学院 山野慶樹名誉教授)は、当院でひざ振り子を指導した変形性膝関節症の患者さん94人の経過を確認しました。すると、毎日規則的にやった患者さんの77.7%は痛みが軽快しています。また、22.3%の人は痛みの軽減・現状維持で、症状が悪化した人は皆無でした。

特筆すべきは、ひざ振り子をやったことで、ひざ関節の軟骨が再生していた人が多いことです。中には、ひざ関節にできた骨棘(骨のトゲ)が小さくなり、関節の変形そのものが改善した人もいます。

ちなみに、ひざ振り子をやって現状維持と判断された患者さんは、強いO脚や肥満度が高いなど、悪い条件がそろっている人たちです。ただし、強いO脚でも、根気強くひざ振り子を続けたことで、ひざ痛が改善した人はいます。

軟骨のすり減りが気になる人は、ひざ振り子を試してみてください。

ファシアと生体電気2

著者:高木健太郎

発行:健友館

出版:1978年8月

目次は“からだの中の電気1”を参照ください。

 

 

第二章 良導点の秘密を探る

皮膚の電気抵抗

病気により変わる皮膚の抵抗

・『人間の表皮は外側の表皮と、その内側の真皮に分けられる。さらにその下には皮下組織[浅筋膜]がある。

皮膚の電気抵抗は非常に高く、乾燥している時は数メガオームもある。このように抵抗が高いのは主として表皮の一番外側の角化層のせいである。ここの細胞は平たく、ひからびていて、これが何層も重なっている。水分がほとんどないから、電気を通しにくいというわけである。それで、電極糊をつけたり、食塩水をつけて、細胞をふやかしたり、細胞の間に水分がしみ通っていくと、急に数キロオームにもなる。もっと抵抗を下げようと思えば、少し強く皮膚をこすってこの角化層をはいでやればよい。それでも数百オームはある。

皮膚の抵抗というのは、鍼灸ではおそらく中谷さん[中谷義雄先生]あたりが、ツボに一致してというよりも、初めはいろいろの身体疾患において皮膚の抵抗が変わっていくことを見出され、それに良導絡という名称が付けられてから、一般の注目を引き始めたものだと思う。中谷さん以外にも、石川教授[石川太刀雄先生]の皮電点というものあり、これも皮膚抵抗の変化である。この良導絡を調べていくと、だんだん経絡上の経穴と一致することがわかってきて、現在では、あまり良導絡と経絡との間の区別がないように私には考えられる。

 ※この高木先生のお考えは、「経絡(機械的)≒良導絡(電気的)≒ファシア」につながるものと思います。

ただし、経絡であっても、疾患によっては何の変化も見られない経穴もあるが、ある疾患の場合にはある経穴の電気抵抗が特に低いというようなことから、これが診断の手引きになり、経穴はよくわからなくとも、この抵抗の低い点にハリ、灸を施すことが治療に直結するということで、現在では非常に重宝がられているのは周知の通りである。そのために、現在、日本には良導絡医学会という学会までがあるわけだ。この方法によると、古典的な経絡をたどるというよりも、電気抵抗を探って、それにより治療点を捜し当てるということであるから、私達、生理学や医学を学んだ者にとって入りやすいということで、多くの医師が参加している。また、現実にそのような器械を医師が治療に使っている。

 日本鍼灸医学会の創始者である石川日出鶴丸先生は、私と同じく生理学者であり、始めにちょっと述べた金沢大学病理学教授の故・石川太刀雄先生も中谷義雄さんと同じく、皮膚の電気抵抗―正確には皮膚のインピーダンスといって、電気が流れようとするのをじゃましようとする要素のこと―を計られた。それが特異な皮膚の部位であり、かつ、経穴と非常に関係が深いことを発見して、この点を皮電点と名付けた。この良導絡点にしろ、皮電点にしろ、皮膚の電気抵抗が変化することと経穴との関係を調べたものと思われる。

『良導絡は日本の医師が考案した

自律神経を調整する鍼灸治療です』

こちらは中谷先生が一般の人向けに書かれた本です。

『針灸は、今から約二千年前―漢の時代の中国に生まれた医術で、“漢方”と呼ばれ、日本でも江戸時代までは、ずっと正統な医学として認められてきました。それが、明治維新後は、西洋医学だけが法律的に認知され、長い歴史と伝統を誇る漢方=東洋医学は禁止されてしまいました。

改革期にはつきものの行きすぎの一つですが、私は医学生の頃から、この矛盾に気づき、針灸に興味を持ち続けて、刺激整理学を勉強してきました。そして、京都大学生理学教室に入り、笹川久吾教授のもとで、私にとっての第一の疑問点だった経穴(ツボ)の本態と経絡の本態についての研究を続けたのです。

その結果、ツボとは電気が通りやすく、経絡は、そうした電気の流れやすい点が、一定の形に並んでいるものだということが、わかったわけなのです。

次いで私は、人体に刺激を与えると、なぜ効くのか、どんな作用があるのかを追及し、刺激の強弱と感受性の問題なども、季節別、性別、年齢別、その他あらゆる角度から理論的な裏づけをさぐってゆきました。

こうした私の研究は、良導点、良導絡ということばを生み出しましたが、これは東洋医学を基礎にして、科学的な方法で発見したツボと考えて頂いて頂ければいいでしょう。

私の場合は、この経絡型を皮膚の電気抵抗で発見しました。京大医学部の生理学教室で研究していたときのことです。相手は、腎臓炎で全身に浮腫のある患者でした。この患者の体中の電気抵抗を計っていたところ、針灸の古典に書いてある腎経の型とよく似た、電気の通りやすい筋を発見したのです。

そこで、私はそのほか、いろいろな内臓疾患についても調べてみました。古典では、経絡は大別して12種類(人体は左右対称なので、合計24本)あるとされていますが、それと同じような電気の通りやすい筋が、次々と見いだされ、裏づけられていったのです。

これを私は良導絡と名づけたわけです。ですから、良導絡は経絡だと解釈されても間違いではないでしょう。

ただ、話が前後するようですが、私の考えるツボは、必ずしも、古典に書かれているような経穴と同じではないのです。科学的に測定して、刺激を与えると反応しやすい点、電気の通りやすい点を、反応良導点とし、この良導点が分布している経絡状の、電気を導きやすいつながりを、良導絡としたわけです。

が、いずれにせよ、私は、自分なりの研究を通じて、経穴(ツボ)と経絡というものが、現実にあることを知ったわけで、次の課題は当然のことながら、これらが一体、医学的には何を意味するのか―といった説明です。

結論から申せば、ツボは、皮膚に分布している“交感神経の興奮している場所”なのです。逆にいえば、交感神経の興奮によって、ツボが生じるのです。従って、良導絡とは、こうした交感神経の興奮点を結ぶ一連の系統だと説明できます。』

『話はまたツボ療法に戻るわけですが、これは要するに“経穴、経絡(良導点、良導絡)と呼ぶ治療点を刺鍼して、自律神経を調整し、あらゆる疾患を治療方法”と定義できるようです。

昔から、針灸で病気を治すと再発しないといわれているのも、そのためなのです。いずれにせよ、すべての病気が、自律神経の失調を第一の原因として起こっているにも関わらず、近代西洋医学では、この研究がまだまだ進まず、神経の調整というものも、あまり行われていません。そこに、西洋医学の欠点があるのではないかと、私は考えているのです。』

阿是穴というのは、体表を押さえてみて「あ、ここだ!」の意味なのです。しかし、これら圧痛点は人によってあらわれる場所が異なり、必ずしもツボの位置とは一致しません。

ですから、いってみれば、人間の体全部がツボと考えられなくもなく、古典に書かれているような経穴にこだわるのが、全く無意味だということに、かえってこれで気づくはずです。

事実、私は、電気現象で調べてみて反応する場所、刺激を与えると効果のあるところをツボだと思っているのです。いいかえれば、ツボと呼ばれるのは、とくによく使われる治療点だと定義してもいいでしょう。』

『ツボとは、皮膚のうえから押さえてみて感ぜられる凹み―ですが、問題はそのどれが効果的な治療点かの判断です。

たしかに、人さし指でさわってゆきますと、体中のいたるところに凹みを感じるところがあります。筋肉と筋肉が交差したり、並んでいたりしてできた一種の境い目の部分ですが、同じような凹みは、筋肉と腱、筋肉と骨などの境界点にも見つけ出されます。

ところで、筋肉には筋膜という膜があり、そこにたくさんの神経が走っています。従って、筋肉それ自体でなく、筋膜を刺激するほうが、より効果的なのは言を待ちません。

『皮膚の表面にも治療点(ツボ)がありますが、そのずっと奥のほう、筋肉の深部に分布している神経を直接刺激する意味でのツボもあるのです。

例えば、腹部の胃や膵臓疾患の場合、中脘というツボを皮膚の表面でだけ刺激しても、もちろん効果はあります。しかし、針で筋肉の部分を刺激すれば、なおよく、より深く腹膜まで突けば、さらに大きな治療効果が得られるのです。』 

皮膚上のツボと刺激点の関係

・『私は前から非常に不思議に思っていることがある。それは、ハリを刺す場合に、確かに皮膚の上にある経穴を通してハリが刺されるのだが、刺して刺激している部分は、皮膚はもちろんであるが、その下の部分の皮下組織、筋膜、あるいは筋肉を刺激している方がはるかに多いと思われる。そうなると、刺激している点と、経穴という点との関係はいったいどうなっているのだろうか。私にはいまだに理解できない。』

インピーダンスを計る

腎臓の形に出る皮膚抵抗

・『脊椎の棘突起に沿って皮膚のインピーダンスを計ってみる。頸椎の5番から7番(C5~C7)、胸椎の1番から12番(T1~T12)、腰椎の1番から5番(L1~L5)、仙椎の1番から2番(S1~S2)の値をみると、正常では、インピーダンスはほとんど変わらない。それが普通なのである。これが病気になると、図中の、脊椎カリエスの21歳になる女性(K)では、胸椎の6番と12番のインピーダンスが下がっている。もう一例、16歳になる脊椎過敏症の人(I)では、胸椎の5番が下がり、脊椎破裂症の例(B)では、腰椎の2番を中心にインピーダンスが下がっているところがある。いずれも、脊椎あるいは脊髄に病気があると、その相当部分のインピーダンスが下がっている。これがただちに鍼灸の経穴と関係があるとはいえないのだが、この実験をした三田さんによれば、腎臓の悪い人では、その人の腎臓の上の皮膚に、腎臓の形をしたインピーダンスの変化が現われると発表している。

何か病気があると、それをおおっている皮膚上に、内部の病気に相応したインピーダンスの変化が現われる。とどうもいえそうである。しかし、経穴との関係はここではわからない。

結局、皮膚の抵抗というものには、純抵抗成分と容量成分とがあるので、測定する電圧の周波数によって変化し、また、顔、足の裏、肩、前腕、足の背など場所によっても変わる。私達の体には経穴すなわちツボとの関係はわからぬが、電気抵抗からみると、皮膚の部分によって抵抗が違っているということがわかると思う。』

画像出展:「からだの中の電気のはなし」

(K)、(I)、(B)のグラフです。

以下は、昭和35年1月27日に行われた座談会からのものです。参加者は昭和の重鎮の皆さんです。

この座談会の中で、岡部先生も中谷先生と同様なことをお話しされています。

『ツボとりは単に指先でちょっとさわるよりも、例えば、手の三里なら三里を取る場合に、手掌あるいは四指で軽く撫でてみる。そうして二、三回撫でてみますと、その中にある一点を見出す。その一点を今度はもっと強く押してみる。それが圧痛なり硬結が出てくる。これを一つのツボの本体として探り当てる。他と違った状態にツボは現れていると考えている。例えば、絡穴にしても、原穴にしても、よく触っていると、自分で触っても響くとか、あるいはキョロキョロのものが出てくる。あるいは陥下しているか、何か普通のところよりも違った感覚として指先に感じられるものがツボだと思う。その意味でツボは生きているとみている。ツボは経絡の変動とみている。

抵抗の漸減がツボを証明?

・『石川さんは、終末血管の分かれるところを特殊な部分だと考えている。これは、ある経穴の存在部位に相当している。経穴と思われる所の下をよく見ると、頸動脈体に相当するような、一種の動脈腺というのが存在していて、そういう所は特殊な性質を持っているというのである。この動脈の分岐部は平滑筋が非常によく発達していて、収縮しやすく、それが収縮すると、その血管の支配を受けている皮膚部分が、一種のネクロージス(壊死)に陥り、そして皮膚の抵抗が下がり、それが皮電点(石川さんのいうツボ)なのだと石川さんは説明している。

繰り返すが、動脈の血管が分岐点で収縮すると、先の方の血液循環が悪くなり、この部分だけが壊死に陥る。そうなると、この部分に液体の浸潤が起こり、ここの抵抗がほとんどなくなり、ここが皮電点に相当するのだ、というのである。そして、皮電点というのは、こういう皮膚下の血管の収縮に起因するというのが石川さんの説である。

中谷さんや良導絡派の人々の唱える毛根説というのがあることは前にも述べた。交感神経が内臓の疾患を反映して、皮膚の分極や抵抗が変わり、その点が経穴であるという説である。もう一つの考え方は、最近、私達の教室で行われたものからのヒントによる。ご存じの通り、汗をかくと電気抵抗が下がるが、25℃ぐらいの気温では、あまり汗をかかなくなる。しかし、皮膚抵抗が変化する。これはなぜだろうか。石川さんの説くように、皮膚の細胞の分極の変化であるとか、毛髪の部分に対する交感神経の働きしか考えられないような気がするわけである。ここで注意すべきことは、汗をかいていなければ、汗腺は働いていないのか、という問題である。汗を全然かいていない時には、エクリン腺は一見働いていないように見える。ところが、ピロカルピンという汗腺を刺激する薬を、皮膚の局所に注射してみると、汗腺の興奮が高まって、たくさんの汗が出てくる。その時の分泌の頻度は分泌神経興奮を示唆するが、汗をかいていない時も一定のリズムを有している。このことから、かなり低い温度でも、汗腺はいつも働いているものであることがわかる。さらに、汗を全然かいていないように見える時でも、両手や体のあらゆる個所の発汗のリズムは同じである。これは、中枢性には交感神経の興奮の命令が、末梢の汗腺に絶えずきていることを意味している。

言い換えると、私達の目には外観上見えなくとも、中枢神経から交感神経への興奮の刺激が絶えず送られてきていることを意味する。汗が見えないのは、汗腺から出ていないということも考えられるが、汗腺から分泌されていても、その途中の汗管から吸収されて、外にまで出てこないのだ、ということも考えられる。そうなると、何もむずかしい皮膚の分極のことを考えなくとも、汗腺の仕組みだけで、私達は交感神経が興奮した場合に皮膚の抵抗が下がる、という解釈ができるのではないかと考えられるわけである。

ハリ効果の可能性を探る

神経とその器官への効果

・『ハリが神経痛やその他の痛みに効くというのはハリ麻酔もあることだし、一応納得ができる。肩こりや腰の痛みで形態的な異常がない場合は、多くは筋緊張の異常によるものであろうから、これもハリによってその異常が矯正されるものだとして説明は可能である。だが、糖尿病にも効くとか胃潰瘍にもいいとかいわれると、ちょっとついていけなかった。しかし、そんなことがあるものかと一顧も与えないというのは、初めから知ろうとしないことであって、初めに述べた小林さんのいわれたように[小林秀雄:「科学者の合理的な考え方がすべてではなく、いまだ科学者には知られない広い自然現象がある。信ずることなくして深く知ることはできないのだ」]、良い態度とはいないのではないか。しかも、今まで述べたことから、何かしら、可能性があるらしく思えるのであるから、他はこれといって有効な治療法がない場合には試みてもいいことではあるし、本当はまず、これから基本的な研究を進めるべきであろうといえるのである。』

画像出展:「やさしい自律神経生理学」

上記に出てくる、糖尿病や胃潰瘍への効果は、左側の全身性反射である、体性-自律神経反射が関わっていると思います。

体性-自律神経反射について詳しく説明されているサイトを見つけました。

「皮膚の刺激」だけで「内臓の動き」が変化する…ついに科学が解明した「東洋医学の秘密」』 

第五章 体の調節機能

重力の影響

体液も内臓も姿勢で移動

・『まず、本を読んでみようかということでいすに座ってみたとする。いすに腰掛けた姿勢をとると、皆さんの体には1Gという重力が加わっていることになる。Gというのは体のあらゆる部分に加わっているのだが、例えば、体重が60キロの人ならばその60キロのGの大部分が腰掛けている両方の尻に加わっていることになる。もし、いすの背もたれに寄りかかれば、背中へも5キロなり10キロなりのGが加わり、両方の尻へは50キロぐらいしか加わらなくなる。もちろん、その場合、足は床においているから、足の両裏へも若干のGが加わっていることになる。

今度はいすではなく、畳やベッドの上に体を横たえる姿勢をとるとどうであろう。すると今度は、背中あるいはわき腹の方へGが加わるようになる。また真直ぐに立てば、両足の裏へ全体重が加わる。こうした姿勢の変化で、体の中の水分、例えば血液はどうなるかというと、大変な違いが出てくる。立っている場合、血液は下へ下がろうとするので、頭の中からも血液が出ていこうとするわけである。逆立すればそれとは反対に、足の方へは血液がなかなかいかず、頭の方へ血液がたまろうとする。これを、頚部に刺し込んだ血圧計で計ってみると、立った場合と逆立ちした場合の差がハッキリわかる。頭は心臓より上位にあり、その間を10センチぐらいとすると、水銀柱では立っている場合、マイナス10ミリとなり、逆立ちすればプラスマイナスで20ミリの違いが出てくる。それほど局所の血圧というのは、立ったり、逆立ちしたり、座ったり、寝たりすると変化するものなのである。血液以外の体内の水分としては、組織の中にリンパ液というのがある。これも、長いこと座ったままの姿勢でいたりすると、足の方へたまりがちになる。また、床に長く寝ていると、足の方よりむしろ手や上体のほうへたまり加減になることは、皆さんがしばし経験するところであろう。つまり、体の中で動きうる流体あるいは液体は、体の姿勢によって上へ行ったり下へ行ったり、あるいは右下へ動いたり、左下へ動いたりしているということである。

内臓はどうかというと、これも動く。立っていれば、内臓はいつも下の方へずり落ちるような形になっている。その中で、腎臓、膵臓、肝臓、脾臓はわりとしっかり固定されている。腸間膜が短いものだから、なかなか下へ落ちないようになっている。ところが、腸は下へズルズルと落ちる。そこで、年配のおなかの筋肉がゆるんできている人のおなかは、立っていると腸が下へズリ落ちるため、ダラッと下腹がふくれてくるわけである。こんなにおなかが出てきて、いやだなぁと思っていても、お風呂に入ってあらためて腹のあたりをながめてみると、案外平たくて、何となく安心した気持ちになれる。ところが、お風呂から出た途端、またも下腹がたれ下がっていてがっかりするものだが、これはそもそもおなかの筋肉がゆるんで、腸がズリ落ちているからなのである。

腸がずり落ちることは、立っている時下腹をふくらますだけでなく、腸間膜を引っぱることになる。腸間膜には神経がきているから、当然その神経を刺激することになる。体を横にしても同じことで、腸は横へずり落ちようとするから、腸間膜も横下へ引っぱられる。

腸のように内臓のなかでも動きうるものは、体の姿勢により体の中でブラブラ動いているわけだし、前述したように体の中の体液も動くということになると、私達の体の中にそれらを調節する何らかの機構がなければ、恐らく非常に大きな障害が重力によって引き起こされることになると思う。

例えば、寝ていた姿勢から急に立ち上がれば、血液はいっせいに下へ下がり、もうそれだけで脳貧血を起こすはずである。しかし、私達が平生そのような動作をしても、めったにめまいなどしないし、ましてや、脳貧血で倒れるということはない。ただ、疲れがたまってきた晩などに寝ていたところを急に起こされて立ち上がった時など、めまいが少しして、フラフラとするか、ヨタヨタッと倒れかかったりして、「あれっ、少しおかしいぞ」と、自分でも不安に思ったりすることがある。特に動脈硬化があって血液循環がうまくいっていない人では、急に立つとフラフラする。これを「立ちくらみ」といっている。元気な人ならば、こうした立ちくらみはほとんどない。なぜならば、血管にも神経がきていて私達が急に立ち上がることで、頭部の血液が下へ下がろうとすると、延髄の血管運動中枢から神経信号で足の方の血管が収縮し、足の方へは余分の血液が行かないようになる。ちょうど、足の方を何か(例えば加速度服)でしめつけている時のように、血液が容易に下がってこないようになっている。すなわち、血液が下がりそうになれば、それが下がらないように持ち上げてくれる仕組みになっているわけである。だから、普段あまりやりなれていない逆立ちをたまにやってみると、目が真っ赤になり、顔も真っ赤になりがちである。これは体の中のそうした仕組み(反射系統と調節系統)がうまく働かなかったからで、こうした仕組みがいつもうまく働くよう、逆立ちなどを練習してみるのも、そうした障害を起こりにくくするのにはいいことである。

また、長時間いすに腰掛けていると、足がむくんでくることがある。足先は心臓から1メートルぐらい離れているから水銀柱では100ミリとなり、胸の方からみた足先は、100ミリくらい静脈の血圧が高いことになる。静脈は足先では毛細血管という大変に細い管となって各組織に達しているわけだが、もしそれほど血圧が高ければ、血管から組織へどんどん水(体液)が流れ込んでいって、足はむくむのを通りこし、風船のようにふくれ上がってしまうはずである。ところが、私達の足はほとんどふくれることはない。一つには組織に水が入って組織圧が高まると、血管がおされて、水が出ないようになる。またそうした体液、つまり体の中の水分の野放図な移動を抑える仕組み(血管反射)があるからである。この仕組みも病気になるとうまく働かない。

感想

経絡(機械的)≒良導絡・皮電点(電気的・自律神経的)≒ファシア」、このようなことも言えるように思います。また、岡部素道先生もご指摘されているように、生きた経穴とは病によっていつもとは異なる様相となったものであり、それは機械的、電気的、自律神経的など、複数の影響が関係していると思います。これはファシアと呼ばれている膜が血管、神経、リンパ、受容体などを含むものであり、構造が階層的、立体的であるため、より複雑化させているように思われます。

人間は臓器を内部に抱えながら動いています。一方、重力は肉体を常に下へ下へと引っ張ります。以上のことからファシアは常に力の影響を受けており、色々な変化を生じる原因になります。

この機械的な刺激に加えて、電気的、自律神経的な作用も考えられ、その頻度や強さ、時間の長さによっては、経穴(ツボ)は病的なものに変化し、身体の異常を警告しているのかもしれません。

追記

個人的には経絡≒ファシアに関しては自信があります。しかし、その一方で「=」ではないということに対しても確信があります。では、「この差分は何なのか」これはまさしく超難問です。

「何から手をつければ良いのか」と考えてみると、思いついたのは「鍼灸で劇的、奇跡的に改善された」というエピソードがキーワードになるように思いました。

私は専門学校時代に、いろいろなセミナーに行っていました。その中には入江正先生が創始された入江FT(フィンガー・テスト)もありました。入江先生は1953年に九州大学理学部数学科を卒業し、その後2年間は京都大学大学院で統計数学を研究されました。1955年には薬局を開業しつつ、湯液(漢方)の研究を始められました。

入江先生が鍼灸の道に入ったのは、7年後の1972年でしたが、鍼灸の世界では著名な間中善雄博士に師事され、近畿大学医学部では有池教授らの協力を得て、新しい鍼灸治療法の技術開発に取り組み、その後、入江フィンガー・テストを開発するとともに、五行論の診断的価値を実験で証明されました。

埼玉県立図書館に入江先生の著書である、『臨床 東洋医学原論』が所蔵されていたので貸出をお願いしました。

この入江FTを10年以上続けている鍼灸師の友人がいます。先日、数年ぶりに会ったのですが、そこで自分自身の脳梗塞に対する懸念を突然指摘されました(「左側の脳に軽度のスティッキーな感じがあります」)。具体的に何か異変を感じているということではなかったのですが、2カ月程前に、突然、目がチカチカやや歪むような見え方をしました。この現象は数分でしたが、今まで全く経験のなかった事象だったので、翌日、眼科に行きました。これは右眼に気になる所見があったことも眼科を選択した理由です。

診断の結果は、閃輝暗点だろうとのことでした。閃輝暗点は片頭痛で多くみられる前駆症状ですが、頭痛はまったくなかったため、脳に問題がある可能性もあるとのお話でした。しかし、あわてて検査する状況ではなく、今度、起きたら考えましょうとのことになりました。

一方、友人の話では、非常に軽度なのでMRIでは見つからないのではないかとのことです。また、友人は入江FTに精通されたベテランの先生の助手として時々お手伝いをしているそうで、その先生の凄さを聞きました。既に半年先まで予約が埋まり、遠方から来ている患者や著名人もいるそうですが、それらの人の多くは、病院、整体、鍼灸などあらゆる所に行って、よくならなかった症状が1回で劇的に改善したことにより、その瞬間に先生のファンになってしまうとのことでした。脳や内臓の深刻な病気をお持ちの患者さまも数多く来院されているとの話です。

このようなやり取りがあり、また、以前から知っていた入江FTに縁を感じ、「“差分”の研究は、まず入江FTから始めてみるのが良いのでは?」と思いました。

ファシアと生体電気1

今回のブログは“生体電気”が主題なのですが、これは経絡を現代医学的な見地から理解しようとした場合に、重要な要素の一つだと思っているからです。そして、もう一つが“ファシア”です。このファシアについて、まずご説明させて頂きます。長い前置きですが、ご容赦ください。

当院では経絡を重視した、日本古来の鍼灸をベ-スに施術を行なっています。特に、代々木にある日本伝統医学研修センターで学んだことを実践しています。

一方、私は日本整形内科学研究会の准会員として、主にウェビナーで勉強させて頂いています。ここではファシアが大きなテ-マですが、ファシアとは一言で言うならば、"膜"です。つまり、筋肉や靭帯などだけでなく腹膜や腸間膜などの内臓、さらに心臓の心膜や腎臓の腎筋膜などの各臓器も覆っています。共通する主成分の中にはコラーゲンがありますが、同一ではなくそれぞれの目的に応じて適した成分、構造を有しています。  

画像出展:「人体の正常構造と機能」

上、左の図の黄色の部分が“膜(ファシア)”になります。右上から、胃結腸間膜横行結腸間膜大網(4枚の腹膜が癒着したもの)、腸間膜(小腸をつり下げる)、S状結腸間膜となっています。右の図は上が上行結腸の横断面で、下が横行結腸の矢状断面となっていますが、グレーの部分はすべて膜です。また、この図には書かれていませんが、体壁を覆う腹膜を壁側腹膜といい、臓器を包む膜を臓側腹膜といいます。以上のことから臓器をおおい、そして臓器間をつないでいることが分かります。また、これらの“膜”には血液を運ぶ血管とその血管の太さを調整することもできる末梢神経なども含まれています。このことは極めて重要です。

腹膜に関して丁寧に説明されているサイトを見つけました。ご紹介させて頂きます。

1.『腹膜とはどのようなものなのか知りたい』 “レバウェル看護”さま

画像出展:「人体の正常構造と機能」

こちらは心臓を包む心膜の図です。外側から順に、線維性心膜漿膜性心膜(壁側側)漿膜性心膜(臓側側)心内膜となって4層の膜で守られています。

 

画像出展:「徹底的解剖学 人体を構成する4つの組織

こちらの「人体を構成する4つの組織」の中では、ファシアは“結合組織”に分類されます。

 

 

コラーゲンと電気の関係は以下の「閃く経絡」という本の中に興味深い記述がありました。

『電気を発生させるという特性を持つのは、骨ではなくコラーゲンで、ファッシア内の他のコラーゲンも同じ種類である。ファッシアのコラーゲンは機械的ストレスの線に沿って存在し、伸ばされたり動いたりする度に小さな電気を発生させる。この電気を西洋医学の医師は完全に無視した。どの医師に尋ねてもおそらくぽかんとするだけだろう。それにしても、身体の組織を連結させ、全身を包み結合しているファッシアが実際のところ、相互接続している、生きた電気の網であることには全く驚かされる。これは、古代中国における経絡や氣の記述と非常によく似ている。

コラーゲンは電気を生むだけでなく、伝導の特性も持つ。つまり、半導体なのだ。言い換えるなら、完全に絶縁体・伝導体のようにふるまうわけではない。コンピュータに「知性」を与えるものと同じ特性と言える。』

このコラーゲンの電気的性質によって、身体のすべてのものが電気的になるということは実に面白い。すべての細胞表面には肺と同じくらい生命に不可欠となるポンプが存在する。このポンプは、2つのカリウムイオンを取り込むことと引き換えに、3つのナトリウムイオンを放出する。これによって細胞内は負の電荷を帯びる。結果として、細胞全体にわずかな電荷が生じる。この帯電なしでは、細胞は機能しない。ポンプが数分間止まっただけでこの電荷はなくなり、細胞は膨らみ、死んでしまう!電気は生命に必要不可欠である。』 

ファシアを考える時、もう一つ重要な鍵はファシアという“膜”は血管や神経、リンパ管などの生命のライフラインというべきものを含んでいるという点です。つまり、ファシアに働きかけるということは、これらの生命を支えるシステムに影響を及ぼすということです。 

画像出展:「人体の正常構造と機能」

真皮の下の皮下組織は浅筋膜と呼ばれており、図中では浅筋膜の中に動脈、静脈、神経、受容体が書かれています。また、この図には書かれていませんが、浅筋膜の下に深筋膜があります。ファシアは広範囲かつ複合的に広がっている結合組織であるといえます。

※リンパ管については下の図をご覧ください。

 

 

 

画像出展:「がん免疫療法コラム

細胞は組織液を通じて血管と物質のやりとりをしています。この組織液は動脈側の毛細血管から押し出された液体で間質リンパと呼びます。大部分は細胞に栄養などを供給するとともに老廃物を受け取った後、静脈側の毛細血管などに戻り心臓へと運ばれていきます。一部の組織液は毛細リンパ管に入り、これは管内リンパ液となります。

私は専門学校で、「経絡は内臓にも行っている」という教えを完全に信じることができませんでした。以下はウィキペディアに書かれた冒頭の部分です。

画像出展:「ウィキペディア

『経絡とは、古代中国の医学において、人体の中の気血栄衛(気や血や水などといった生きるために必要なもの、現代で言う代謝物質)の通り道として考え出されたものである。経は経脈を、絡は絡脈を表し、経脈の脈、絡脈の脈の意。』

イラストは正経十二脈の一つ、“足の陽明胃経”ですが、このような代表的な経脈は、「道」に例えれば「高速道路」のような、いわゆる重要な主要幹線に相当するのではないかと考えています。

※「気血栄衛の通り道血液[酸素/栄養素/生理活性物質]・神経・組織液[リンパ]を包み全身に存在する膜」を連想させます。 

 

 

経絡の経は縦、経絡の絡は横です。深さも考慮するならば経絡は3次元とも言え、立体である身体のあらゆる所に存在しています。私が経絡≒ファシアと考える1番の理由はここにあります。なお、=としていないのは、生まれも育ちも異なる両者にはそれぞれの歩みや独自性があり、=とするのは正確ではないと思うためです。

以上のことから、「現代版経絡はファシアではないか」ということなのですが、もう一つ注目しているのが"電気"です。

また、電気が気になるのは「思考のすごい力」という本の中で、ブルース・リプトン先生が語った以下の文章です。 

『東洋医学では、身体はエネルギーの経路(経絡)が複雑に列をなしたものと定義される。中国の鍼灸療法で用いられる人体の経絡図には、電気配線図にも似たエネルギーのネットワークが描かれている。中国医学の医師は、鍼などを用いて患者のエネルギー回路をテストするわけだが、これはまさに電気技師がプリント基板を「トラブルシュート」して電気的な「病変」を発見しようとするのと同じやり方だ。

 

"プリント基板(電気回路基板)"という発想は初めてでとても印象に残りました。

画像出展:Denjiha Clinic

 

 

心電図も筋電図もまさに電気ですが、中枢神経、末梢神経から電気を連想することはなかなかできません。本件に関しては、看護roo!というサイトの「興奮の発生と伝導|生体機能の統御(1)」に詳しくかつ分かりやすい解説がされていました。

ポイントは、次のようなものです。

脳から手足に向かう神経(遠心性)も、手足から脳に向かう神経(求心性)も、電気的な【伝導】化学的な【伝達】の共同作業で行われています。電気が関係するのは伝導ですが、流れは、[刺激]-[受容器]-[興奮]→活動電位となります。特に活動電位は細胞膜とイオンチャネルが重要です。

この活動電位に対する意識が低いことが、電気を軽視している原因ではないかと思いました。

画像出展:「看護roo! 興奮の発生と伝導|生体機能の統御(1)

細胞膜に発生する電位を膜電位といい、細胞が興奮していないとき(静止状態)の膜電位を静止電位といいます。

 

 

 

そして、(鍼・電気)で検索したところ興味深い資料が見つかりました。

今回、取り上げた、『からだの中の電気のはなし』は、「鍼治療に関する電気現象について」の参考文献の中に紹介されていました。

著者の高木健太郎先生は汗の研究、体温調節研究の世界的権威で、鍼灸にも精通されています。

専門学校の生理学の授業では、お爺さん先生に「高木先生を知らないのか!」と一喝されました。

今回の本はアマゾンでは39,260円だったため、あきらめかけていたのですが、「日本の古本屋」というサイトを覗いたところ、8,500円で販売されていたため少し迷いましたが購入しました。

著者:高木健太郎

発行:健友館

出版:1978年8月

 

 

ブログに取り上げたのは、目次の黒字個所になります。

第一章 生物電気

生体の電気現象

●電気はなぜ起こるのか

●生物電気の発見

細胞膜の電気生理

●なまずと人間

●水溶液中の塩の解離

●半透膜の巧妙な働き

●細胞膜の能動輸送

神経から神経へ

●シナプス伝導

●神経細胞を興奮はどう伝わるか

脳の電気現象

●興奮すると脳波も変わる

●脳波の種類

●壁にも電気がある?

●黙って座ればピタリ

●タヌキ寝入り

●いねむり発見ブザーめがね

心臓の電気現象

●心臓の働き

●拍動で体の電位も変わる

磁場の影響

●磁場に生体作用があるか

静電気と生体

●赤血球を電場におくと

第二章 良導点の秘密を探る

皮膚の電気抵抗

●病気により変わる皮膚の抵抗

●皮膚上のツボと刺激点の関係

●毛孔は電気抵抗が低い

インピーダンスを計る

●大部分の抵抗は角質層に

●子供は低く、老人は高い抵抗

●腎臓の形に出る皮膚抵抗

●金属とは異なる皮膚の抵抗

●繰り返し通電で抵抗が漸減

●抵抗の漸減がツボを証明?

第三章 ハリはなぜ効くのか

ハリ灸への誘い

●基礎医学からみたハリ灸

ハリ効果の可能性を探る

●ハリ麻酔の西洋医学的解明

●神経とその器官への効果

●中国のハリ麻酔を見て

ハリ・きゅう五話

●反対側に汗をかく

●鼻血と鼻詰まり

●こりと痛み

●耳のツボ

●むくみのツボ

第四章 生理学とその周辺

筋肉の疲れ

●疲労の回復に効果あるもの

心臓の働き

●心臓の刺激伝導系の存在

●心臓を冷やす

呼吸を考える

●呼吸のリズムの発生メカニズム

●低圧下の呼吸

●運動時激しくなる呼吸

皮膚圧の意外な作用

●奇妙な発汗

●生体の遠隔測定

ハリ麻酔

●ニクソン訪中で関心が広がる

環境生理学

●巧妙な反応システム

第五章 体の調節機能

重力の影響

●重力で地球に引きつけられる

●体液も内臓も姿勢で移動

●鼻の孔の通り具合

●発汗も姿勢で変化

●動物催眠―カエルの背中をはさむ

機能のバランス

●調節機能の主役

生理学的枕考

●枕は不用か

第六章 健康―その考え方

高まる健康への関心

●長寿への願望

●健康とは何か

健康㊙作戦

●健康を保つには

●いろいろな健康法

●頭を使って気を遣うな

●食事と運動

第一章 生物電気

細胞膜の電気生理

細胞膜の能動輸送

細胞の傷ついた部分と健全な部分との間には電位差がある。通常は健全部分が正で、負傷部分は負である。

・細胞の内部と外部の各点はすべて等電位であるから、結局、この負傷部分は細胞膜の両面に電位差が存在することを意味している。

能動輸送の輸送力の源泉はATPで、これが分解するエネルギーである。

・膜電位は膜の内外のイオンの濃度分布とイオンの膜透過性によって説明できる。

外から与える電位変動を電気刺激といい、これによって起こる膜の自発的電位変化を活動電位という。この発生の原因はNa⁺に対する膜の透過性が刺激によって、急に、一過性に高まったためである。

ウォルト・ディズニー3

著者:ボブ・トマス

訳:玉置悦子/能登路雅子

発行:初版1983年1月

出版:講談社

目次は”ウォルト・ディズニー1”を参照ください。

5.ディズニーランドとは

『ディズニーランドは、いまやウォルトにとって是が非でも達成しなければならない使命感となっていた。それは、音や色を伴うアニメーション映画、長編漫画、そのほか彼がいままで新しく開発してきた数々の事業よりも、さらに大きな目標であった。

このパークは、僕にとってとても重要な意味をもっている。これは永遠に完成することのないもの、常に発展させ、プラス・アルファを加えつづけていけるもの、要するに生き物なんだ。生きて呼吸しているもんだから、常に変化が必要だ。映画なら、仕上げてテクニカラー社に渡せばそれで終わり。「白雪姫」は僕にとってすでに過去のものだ。ちょうど2、3週間前にも一本、映画の撮影を終えたんだが、あれはもうあれでおしまいなんだ。僕はいまさら、何も変更できない。気に入らない箇所があっても、もう、うすることもできない。だから僕は、生きているもの、つまり成長する何かが欲しいと思ったこのパークがまさにそれなんだ。何か足していけるだけじゃなく、木でさえもだんだん大きくなる。年ごとにパークはより美しくなっていく。それに、大衆が何を求めているのかについての僕の理解が深まるにつれて、パークももっとすばらしいものになる。こういうことは映画じゃできない。作ったらそれでおしまい。お客さんが気に入ってくれるかどうかもまだわからない状態なのに、もう手を入れることが許されないんだから 』

6.未来都市(EPCOT) 

EPCOTはアトラクションですが、ウォルト・ディズニーが描いたEPCOTは違っていました。まさに実験的な(Experimental)原型(Prototype)としての都市(Community)の(of)未来(Tomorrow)像でした。

『WEDの技術力が円熟味を増すにしたがい、第二のディズニーランドを作ることに否定的だったウォルトの気持ちもしだいに変わっていった。テーマパークの焼き直し以上のことをやってみる絶好の時期が来ていると感じた彼は、もう一つのディズニーランドを建てて、それを、より大きな目標を達成するための刺激剤にしようと決心したのである。すなわち、新しいタイプの都市を計画、建設し、清潔で美しく活気に満ちたコミュニティーでの人間生活を実現してみよう、という構想であった。

『報道陣から、このフロリダ・プロジェクトで雇用される従業員のためのモデル都市について、質問が出された。ウォルトは、ここではじめて未来都市の構想を公にすることになった。

「そうですね、モデル都市というか、まあ、未来の都市という名で呼んでもいいのですが、これに乗りだしたいと思ったのは、私は建築家がよく建てたがる超高層ビルみたいなものは好きではないからです。誰もがいまでも、人間らしく住みたいと願っているでしょう。そのためにやれそうなことはたくさんあります。私は別に車に反対ってわけではないのですが、都市の中に自動車が入りすぎていると思うんです。だから、車はあっても、人間が本来の歩行者に戻れるような設計をすればいい。私は、ぜひ、そういうプロジェクトに取り組んでみたい。それから、学校や公共施設、町の娯楽と生活のあり方なんかにしてもですね、未来の学校を建ててみたいと思っています。……これは、現代という教育の時代の実験的事業になるかもしれませんよ―アメリカからさらに世界に広がっていく規模のね。今日、もっともむずかしい問題は教育だ、と私は考えていますから

ウォルトはフロリダ・プロジェクトの企画委員会をWEDに設置し、自らそのメンバーの一人となった。同じく委員となったのは、ウォルトのアイディアを具体的な形にする貴重なこつを知っていたジョー・ポッターとマービン・デービスである。そして、この三人だけがプロジェクトの計画がしまってある部屋の鍵を持つことになった。

企画の過程を通じて、ウォルトはプロジェクトの全体的な構想と未来都市の設計に心血を注ぎ、テーマパークのほうには、あまり注意を向けなかった。

『ウォルトは未来都市の建設にとりつかれた。彼は科学が生んだ最新の成果を可能なかぎり全部取り入れたいと考え、ジョー・ポッターに指示した。

「各企業が未来について、どんなことを考えているのか知りたいんだ。科学研究所とかシンクタンクではいま、何をやっているのかを調べてくれ。彼らのノウハウを僕らの企画に生かすんだ」

そこで、500社にのぼる企業にアンケート用紙が送られ、ポッター以下、何名かのスタッフが数か月をかけて100あまりの工場や研究所、財団などを訪問した。ウォルトはまた、都市計画について手当たりしだい読みあさった。

エコノミックス・リサーチ・アソシエイツ社に依頼した14件の調査のうち、一件はさまざまなモデル都市に関するものであった。それには、計画的に作られた都市というものは紀元前1900年ごろからすでに存在しており、ピラミッドを建設する労働者のためにエジプトに作られたのが始まりであると書かれてあった。また、アメリカで1960年代半ばまでにできた125の新しい都市のうち、その計画が成功したのはほんのわずかであり、たいていの場合、古くからの都市が犯した過ちの繰り返しか、あるいはそれをさらに悪化させたものに終わってしまった。と報告されていた。ウォルトは、戦争直後のイギリスで実施された“ニュータウン”のプログラムに感心したが、できあがった実際の都市は、単調でぱっとしないものになってしまったようであった。だが、ウォルトは落胆しなかった。質の高い環境を計画的に作ることにより、現代社会の中でも人間らしい生活をすることは可能であると、持ち前の楽天主義で信じていたのである。

また、いくつかの大企業がモデル都市を作ろうと試みて失敗した例にも、ウォルトは意気をくじかれることはなかった。なかには、十か所のモデル都市の建設を目指して、企画調査に一億ドルを投じた企業もあったが、その計画は水の泡となってしまっていた。時代遅れの建築基準、保護主義的な労働組合、建材業者の高い請負料、それに近視眼的な政治家など、もろもろの障害に阻まれて、斬新な変革を実現することができなかったのである。

政治家というものに対し、これまでずっと不信感を抱いてきたウォルトは、政府の干渉なしにモデル都市を開発するという、いままでに例のない自由が欲しかった。ドン・テータムが、ウォルトの望んでいるのは“実験的な専制君主制”であると言ったところ、ウォルトは片方の眉をつり上げて、いたずらっぽくきき返した。

「できると思うかね」

「無理ですよ」

テータムはあっさり答えた。

ウォルト・ディズニーの未来都市には名前が必要だった。ある日、WEDのスタッフと昼食をとっていた彼は、しばらく思いにふけっていたが、突然口を開いた。

僕らが狙っているのは、実験的な(Experimental)原型(Prototype)としての都市(Community)の(of)未来(Tomorrow)像だよな。これの頭文字をとったらどうなる?E-P-C-O-T。そうだ、この名前でいこう、EPCOTだ」。』

7.全世界が泣いた日

大人の目に浮かんだ涙もけっして小粒ではなかった。:メキシコシティー

ディズニーの真の価値を物語るものは、彼が獲得した数々のアカデミー賞よりむしろ、老いも若きもがこぞって発したあの歓声の声である:デュセルドルフ

『ウィルとの死は、ディズニーの組織に属する者全員にとって大きな打撃であった。スタジオ、WED、ディズニーランド、フロリダの建設現場、各国に散らばるブエナ・ビスタ社の事務所―。その中にはウォルトと三十年も一緒に仕事をしてきた者もいれば、新来のスタッフもいた。が、ウォルトの頭脳を会社の指針として頼ってきたことでは、誰しも同じであった。そしていま、彼が定めた目標めざして手綱をとる任務は兄、ロイ・ディズニーの双肩にかかることになったのである。

ウォルトの葬儀は彼の遺言に従って、ごく内輪にひっそりと行われた。彼が亡くなった日の翌日、遺体は荼毘に付され、グレンデールのフォレストローン・メモリアルパークでの簡単な埋葬式に立ち会ったのは、わずかに身内の者だけであった。家族は弔問者による献花を断り、代わりに香典はカリフォルニア芸術大学への献金に差し向けてくれるよう依頼した。』  

「CalArts は、私が緑豊かな牧草地に移るときに残したい一番の目的です。将来の才能を伸ばす場所を提供する手助けができれば、何かを達成できたと思います。」—ウォルト・ディズニー

 

8.生涯のパートナー、ロイ・ディズニー

『1950年代も終わりに近づくころには、ディズニーの企業は大躍進を遂げていた。ウォルトが管轄する領域はディズニーランド、テレビのレギュラー番組、劇映画、長編、短編のアニメーション映画、《自然と冒険》シリーズの記録映画とそれから派生した《民族と自然》シリーズのフィルム、楽譜出版、レコード、書籍、雑誌、ディズニーのキャラクター商品、などに広がっていた。会社の繁栄について、ウォルトはある記者にこう話している。

「僕とロイにはお守りの天使がついているに違いないって思うんですけどね。ディーン・マーティンとジュリー・ルイスみたいにけんか別れするなんて考えたこともなかった。もっとも、この天使さまがロイについているのか僕についているのか、二人ともそこのところがわからないんだけどね」

兄弟の仲が決裂するような可能性こそなかったものの、会社の事業がだんだん複雑化するにつれ、二人の関係には緊張がみられるようになった。ときにはそれが爆発することもあったが、火つけ役はたいてい、年も若く短気で芸術家肌のウォルトであり、仲直りの行動を最初に起こすのも、移り気な彼のほうであった。

ある激しい衝突のあと、ウォルトが誕生日のプレゼントを持ってロイの部屋を訪ねたことがあった。それは、インディアンが和平のしるしとして吸う平和のキセルであった。ロイはこの贈り物に大笑いし、不愉快な気分も一瞬にして吹き飛んでしまった。ウォルトはそのあとですぐ、ロイ宛に手紙を書いた。また、兄さんといっしょに平和のキセルをふかすのは、いい気持ちだったよ。のぼっていく煙がとてもきれいだった。

思うに、僕と兄さんは、何年もかかって何かをやり遂げてきたんだ―昔、千ドルすら貸してもらえないことがあったのに、なんでもいまじゃ、二千四百ドルも借金しているそうじゃないか。

いや、まじめな話、誕生日おめでとう。ずっと長生きしてほしい。僕は兄さんが好きだよ。

ディズニー帝国の建設に対するロイの貢献を、ウォルトが過少評価することはけっしてなかった。それどころか彼は、ロイの財務処理の能力とこの家族企業への献身に対し、機会をみつけては賛辞を送った。ロイが背負った重要な機能を果たすための能力ややる気は、ウォルト自身にはまったくなかったのである。』 

『1965年11月15日、オーランドのチェリープラザホテルで記者会見が開かれた。席上、バーンズ知事は、いかにも政治家らしい仰々しい表現で、ウォルト・ディズニーを、「フロリダ州にエンターテイメントの新世界と楽しさ、さらにまた経済的発展をもたらそうとする、1960年代の代表的人物」であると紹介した。そしてロイ・ディズニーに対しては、「ウォルト・ディズニー・プロダクションの天才的な財務管理者」と褒めたたえた。

「この事業は、いままで私たちが取り組んだ中で最大のものであります」

記者を前にしたウォルトは、こう口火を切った。

記者のみなさんのためにちょっとご説明しますと、私と兄はこれまで四十二年間、一緒に仕事をしてまいりました。私は小さいころ、何か突拍子もないことを思いつくと、よくこの兄貴のところに話にいったもんです。すると兄が私の考えを聞いてまともな方向づけをしてくれるか、あるいは兄にどうしても賛成してもらえないときは、そのまま私が一人で自分のアイアイディアを何年も暖めたあと、結局彼をなんとか味方にひっぱり込むかのどちらかでした。ま、そういうふうにして私たちは摩擦を起こしながらもやってきたんですが、そのおかげで我々の組織に必要だったちょうどいいバランスもとれたのだろうと思います。……しかしながら、このフロリダのプロジェクトについては兄を説得する必要はあまりなく、彼は最初から賛成してくれました。もっとも、そのことがはたして良かったのか悪かったのかは、これからわかることになるのでしょうが―」。』

画像出展:「ウォルト・ディズニー」

1932年、ミッキーマウスを生みだしたことにたいしてアカデミー特別賞が贈られました。

向かって右側がロイ・ディズニーです。

 

感想

ウォルト・ディズニーが願ったのは人々の笑顔だったと思います。漫画でも、映画でも、ディズニーランドでも笑顔があふれています。子供だけでなく大人もいっしょです。特に家族を大切にしたいという想いがあったように思います。

それは伝記の中にも出ています。

僕は、そのお客さんたちに笑顔を浮かべながらパークの門を出ていってもらいたいんだ。それだけは頭に入れておいてくれたまえ。設計者の君にこの僕が望むことは、たったそれだけなんだから

ウォルトはディズニーランドを生き物だと言っています。それは漫画も映画も作品が完成してしまうと、まさにThe End。そこに手を加えることはできません。

僕は、生きているもの、つまり成長する何かが欲しいと思った。このパークがまさにそれなんだ。何か足していけるだけじゃなく、木でさえもだんだん大きくなる。年ごとにパークはより美しくなっていく。それに、大衆が何を求めているのかについての僕の理解が深まるにつれて、パークももっとすばらしいものになる。

この、「パークは生き物」という考えは、ディズニーランドが今も多くの人を魅了している理由の一つだと思います。そして、もう一つはディズニーランド内で働く人達の“喜び”ではないかと思います。そこには確固たるディズニー愛があるように思います。ウォルトもパークの運営に直面した際、次のような言葉を残しています。

「まず言っとくが、これは遊園地じゃない。それに、僕らだってほかの人間と同じようにディズニーランドをうまく運営できる。要するに、やる気があって、エネルギッシュで、愛想がよくて、向上心のある従業員さえいればいい。もちろん失敗もするだろうけど、その失敗から学んでいけばいいんだ」。

ウォルトはディズニー家をとても大事にしました。兄のロイなくして今のディズニーは考えられません。妻のリリーも客観的な視点でウォルトを支えました。1938年には健康を害した母、フローラと父、イライアスのために温暖な南カリフォルニアに家を建てました。これはロイとウォルトからのプレゼントでしたが、すぐ近くにはロイと妻エドナ、そして孫のエドワードが住む家がありました。

この家族を大切にする気持ちが、家族全員を幸せにする空間、パークの生みの親だったのかもしれません。ウォルトが設立したラフォグラム・フィルム社の1922年を最初の年とするならば、2023年、1世紀を超えた現在も、ディズニーはアニメの世界でシネマの世界で、そして世界各国に展開されているディズニーランドによって家族はもちろん、多くの人々を幸せな気持ちにさせています。ウォルト・ディズニーは自分の夢と向き合い、その実現のために生き抜いた人だったと思いました。

画像出展:「The Art of Walt Disney」

最初の会社、ラフォグラム社でアニメ作成中のウォルト、1922年。

「創造力というものに値札はつけられないよ」

ウォルト・ディズニーが夢を実現できたのは、ここにあるような気がします。

ウォルト・ディズニー2

著者:ボブ・トマス

訳:玉置悦子/能登路雅子

発行:初版1983年1月

出版:講談社

目次は”ウォルト・ディズニー1”を参照ください。

2.作品の制作に大切なこと

『ウォルトはこの年、1934年、ディズニー美術教室の授業を昼間部にも拡大することにした。そして講師のグラハムをスタジオの正社員とし、週の三日は昼間部の指導、二日は夜間クラスで教鞭を取らせた。グラハムは、ウォルトとともに、“スウェットボックス(汗かき部屋)”に何時間も籠って、新人アニメーターのペンシル・スケッチを写した写真を検討したり、また週に二度、アーティストをグリフィスパークの動物園に連れていき、動物を写生させたりした。一方、夜間クラスは週五日開かれるようになり、アニメーションの技法、キャラクターの描き方、レイアウト、背景画法などのクラスに150名のスタッフが参加した。

1935年のはじめ、ウォルトの将来計画がだんだんと固まりつつあったときである。ウォルトは、アーティストを300名ぐらい集めてほしい、とグラハムに指示した。そこで、カリフォルニアからニューヨークに及ぶ地域の各新聞に求人広告が掲載され、応募者を次々と面接しては彼らが持参した作品に目を通した。

同年、ウォルトがグラハムに宛てて書いた洞察力あふれる長いメモには、それまで16年の経験から引きだされた彼のアニメーションに対する信条が、これまでになく明確に表れている。このメモの中で、ウォルトが優秀なアニメーターの資質としてあげた条件は、次のようなものであった。

一 デッサンがうまいこと

二 劇画化の方法、ものの動き、ものの特徴などをつかんでいること。

三 演技に対する目と知識をもっていること。

四 いいギャグを考えだすと同時に、それをうまく表現できる能力があること。

五 ストーリーの構成と観客の価値観について熟知していること。

六 自分の仕事に関する一連の機械的な部分や、細かい決まりきった作業をも、すべてよく理解していること。

そうすれば、こうしたささいな点で立ち往生することなく、アニメーター本来の能力を発揮できる。

さらに、アニメーション制作の技術にも科学的なアプローチが可能であると確信していたウォルトは、自分の見解をこう結論づけている。

まず第一に、漫画を描くということは、実際のものの動きや対象をあるがままに忠実に描きだすことではなくて、生き物の姿や動きを滑稽に誇張して描くということだ。……

コメディーがおもしろいものになるには、観客との接点がなければならない。接点という意味は、見ている者の潜在意識の中でなじみ深いものを連想させる何かがあるということだ。スクリーンの上に映し出された状況と同じような感じを観客自身が、いつか、どこかで抱いたとか、そういう場面に出会った、見た、あるいは、夢で見たことがある、といった具合に。……観客との接点と僕が呼んでいるものは、こういうことなのだ。アクションやストーリーがこの接点を失ってしまうと、観客の目から見てつまらない、ばかげた作品になってしまうわけだ。

だから本当の意味での劇画とは、現実のもの、可能なもの、ありそうなものに対する空想的な誇張ということになる。……今、僕が述べてきたことの背後にあるこの考え方を授業のあらゆる段階で、つまり、写実的なスケッチから、作品の企画・制作にいたるまで、生かしていければいいと思う。……』 

『ウォルトは一方、「アニメーションの芸術」という本の出版を進めていた。彼としては、この本の中でアニメーションの歴史を紹介し、とくにディズニー・スタジオがその歴史にどう貢献したかを強調するつもりでいた。さらに、ウォルト自身の目的を達成するためになくてはならなかった才能あるアーティストたちに、敬意を表したいという気持ちもはたらいていた。スタジオで行われたこの本の企画会議で、ウォルトは映画制作に関する自分の理論を詳しく述べている。

この本が机上の芸術論にならないようにね。僕らがやってきたのは、もっと俗っぽい商売なんだから。象牙の塔には縁がないんだ。……

僕らの仕事は技術的なことで成り立っているんじゃない。アイディアってやつは、鉛筆書きのスケッチからだって生みだせる。いま、僕らが持っているいろんな道具がなくたってね。……

僕らの作品がよそのものとどこが違うのか。僕らは、自分たちのやっていることを秘密にしたことなんかない。僕らが他人と違うところは、考え方、判断力、長年の経験だよ。作品に心があるんだ。よその連中は大衆をほんとうに理解していない。僕たちは何をするにしても、心理的なアプローチを工夫してきた。大衆の心の扉をとんとんとたたく、そのタイミングを僕らは心得ている。ほかの連中は知性に訴えようとするが、僕たちは感性に訴えることができる。知性に訴えようとしたら、ほんのひと握りの人たちにしかアピールしないよ。……

漫画という素材は、はじめは目新しさだけで売っていた。ほんとうにヒットしたのは、僕たちが単なるトリック以上のことをやりだしてからだった。つまり、登場人物の性格づくりを絶えずしていくということだけど、ただ笑わせる、ということ以上のものじゃなきゃならない。映画館の通路で客が笑いころげていても、それでいい映画を作ったことにゃならんよ。その中にペーソスがなくちゃあ。……

“ウォルト・ディズニー”っていう名前をどうしてこんなに強調してきたのか。理由はたった一つだ。その名前が作品全体にある個性を与える、っていうのかな。単に「ナニナニ映画会社制作」っていう意味じゃなくて、名前自体が一つの人格みたいなものをもっているんだ。いや、実際は、“ウォルト・ディズニー”っていうのは、たくさんの人間を集めた組織なんだ。一人一人が協力してアイディアを分け合う。それは、一つのりっぱな業績なんだよ。…… 』

3.ミッキーマウスとウォルト・ディズニー

『いわゆるインテリ評論家たちは、ミッキーの人気を大衆心理学に照らして説明しようと試みた。ウォルトはこれがおかしくてしかたなかったが、そういった理論にはたいして興味を示さず、自分なりの解釈をほどこしていた。

「ミッキーというのは人畜無害のいいやつでね。窮地に陥るのも自分のせいじゃない。でも、いつもなんとかしてはい上がってきては、照れ笑いをしているかわいいやつなんだ」

ウォルトは、ミッキーの性格の多くの部分がチャーリー・チャップリンからヒントを得たものであるということを認めていた。

「チャップリンの、あの、ちょっともの寂しそうな雰囲気をもった小ネズミにしようと思ってね―。小さいながらも自分のベストを尽くしてがんばっているっていう姿だな」

だが実際にできあがったミッキーは、チャップリンよりウォルト・ディズニーの要素のほうを多分にもっていた。それがもっともはっきり表れているのは、ミッキーの声である。ウォルトの神経質そうであわてたような裏声は、いかにもミッキーにぴったりである。そしてミッキーのせりふは、よく、恥ずかしそうな「ヘッヘッヘ」という声で始まっていた。そういう不自然で変わった声をもっともらしく出すという芸当は、並たいていのことではなかったが、ウォルトはなんとかこなした。「ウッ、これは大変だ」と、よく一瞬どぎまぎするミッキーのためらいがちな性格はウォルト以外、誰も的確に表現できなかった。

似ているのは声だけではない。ウォルトもミッキーも冒険心や正義感にあふれているが、知的教養とはあまり縁がなかった。そして二人とも、成功したいという少年のような野望を抱き、ホレイショ―・アルジャー[Wikipedia]の立志伝に出てくるような裸一貫からたたきあげた人間像に臆面もなく憧れていた。それに、たった一人の女性に生涯忠実であるという、昔ながらの道徳にしがみついている点でも似ていたのである。

ウォルトとミッキーの、こうした隠れた共通点に気づいたディズニーのアニメーターたちは、ミッキーを描くときにはウォルトの性格を念頭に置いてみた。すくなくとも潜在意識の中では、そうしていたはずだった。どういう格好の漫画を描いて欲しいかを説明するウォルトは、例のすぐれた役者ぶりを発揮し、せりふの一行一行を演技してみせた。特に、彼の演ずるミッキーマウスは非常に正確で感じがよく出ているため、アニメーターたちは、ウォルトの表情や動作をそのままとらえることができたら、といつも願っていたほどだった。事実、あるせりふをしゃべるミッキーの顔がどうしてもうまく描けなくて困り果てていたアニメーターが、せりふを吹き込み中のウォルトの顔をカメラに撮らせてもらい、やっと納得のいくミッキーに仕上げることができた、というエピソードもある。

またウォルト・ディズニーは、ミッキーの品性を懸命に守ろうとした。そしてストーリー会議では、よく、「ミッキーはそういうことはやらないよ」と、口をはさんだ。

それは、ギャクマンがつい調子に乗りすぎ、抱腹絶倒のコメディーにしようとするときで、ウォルトは、ミッキーの自然な性格から脱線しそうだということを的確に察した。だからこそ、ミッキーマウスは世界じゅうの人々から愛されるようになったのであり、その点では、ほかのどんなキャラクターもミッキーにはかなわなかった。ミッキーはこのうえなく愛すべき主人公として、常に自分自身であり続けたのだった。 

そもそも、「ファンタジア」の企画が生まれたのは、ウォルト・ディズニーがミッキーマウスのゆく末を心配したことに端を発していた。ウォルトはこのネズミに対して一種独特の愛着をもっていた。ミッキーは彼にとって、単に漫画のドル箱スターでもなければ幸運のお守りでもなかった。ウォルトは、自分がミッキーの声でもあり分身でもあると感じていたから、ミッキーマウスの活躍する舞台が狭まっていくのは見るに堪えなかったのである。

大きさの違ういくつもの円を寄せ集めて描かれたミッキーマウスは、登場したてのころ、なんでもやってのけた。が、その動作は、アニメーターが“ゴムホース方式”と呼んだ動き方、つまり骨も関節もないホースのような、実際の人間や動物の動きとは似ても似つかない動き方であった。しかし漫画がだんだん洗練されたものになるにつれ、ミッキーも変わっていった。登場人物の体を自由につぶしたり伸ばしたりしてアクションを誇張する“スクォッシュ・アンド・ストレッチ方式”をミッキーのアニメーションにはじめて使ったフレッド・ムーアのおかげで、ミッキーマウスはもっと人間っぽく魅力的になったのである。

ミッキーが従来より柔らかな顔かたちになったといっても、問題はまだ残っていた。かわいらしくはなったが、昔の漫画に見られた素朴なバイタリティーが失われてしまったのである。また、彼は元来、恥ずかしがりやで目だたないキャラクターであるため、滑稽な事件を引き起こしてまわる積極的な役は不向きであった。その手の役は、ドナルドダック、ブルート、グーフィといったミッキーのわき役として登場する、もっと露骨な性格のキャラクターにまわされていた。そして、こうしたわき役たちは例外なく、それぞれ自分のシリーズものでスターとして独立していった。

1938年、ウォルト・ディズニーは「魔法使いの弟子」 をアニメーションにし、ミッキーマウスを主人公とすることに決めた。「魔法使いの弟子」は古いおとぎ話で、ゲーテが誌にも詠み、フランスの作曲家ポール・デュカスによって交響詩にもなっていた物語である。ミッキーは魔法使いの修業中、魔術を悪用したためさんざんな目に遭う役で、デュカスの曲に合わせながらパントマイムだけで構成するという趣向であった。ウォルトは、せりふがまったく入らないということを喜んだ。というのはミッキーがいく通りもの役をこなしきれないのは彼の声、つまり、ウォルトのためらいがちでかん高い裏声が原因ではなかろうかと思っていたからである。

☆声優

・初代:ウォルト・ディズニー(1928年-1947年)

・2代目:ジム・マクドナルド(1947年-1977年)

・3代目:ウェイン・オルウィン(1977年-2009年)

・4代目:ブレット・イワン(2009年-現在)

4.ディズニーランド誕生

『それまで25年間、毎年12月になるとウォルト・ディズニーはオレゴン州のポートランドに住む妹のルースに近況報告を書く送り、家庭内やスタジオでのできごとなどを知らせていた。彼は、1947年12月8日付けの手紙にこう書いている。

僕は、自分の誕生祝いとクリスマスのプレゼントを兼ねて、いままでずっと欲しいと思っていた電気機関車のおもちゃを買った。君は女だから、僕が小さい時からどんなにこれが欲しかったか、おそらく理解できないだろうけど、やっとそれを手にした今、嬉しくてしかたがない。僕のオフィスの隣の、廊下側の部屋に置いて、暇さえあればそれで遊んでいる。この貨物列車は汽笛も鳴るし煙突からほんとうの煙も出てくる。線路のほうには切り換え線も信号機も駅もみんなついていて、とにかくすごいんだ」

ウォルト・ディズニーは汽車というものに神秘とさえいえるほどの不思議な魅力を感じていたが、そもそものはじまりはミズーリ州の農村で過ごした少年時代、機関士だった伯父の運転する汽車に向かって手を振った思い出にさかのぼる。大人になってからは、ロスフェリスの自宅から数キロしか離れていないサザン・パシフィック鉄道のグレンデール駅に行って、線路の震動を感じたり、サンフランシスコ行きの客車が通り過ぎていくのを眺めるのが好きだった。』

『彼は自分の汽車を作る計画を立てはじめた。まず、スタジオの機械製図工であるエド・サージャントに、旧セントラル・パシフィック173型の機関車を八分の一に縮小した模型を設計させた。そして部品の原型はスタジオの小道具製作部で作らせ、鋳鉄と組み立ては、やはりスタジオの作業場で機械工ロジャー・ブロギーが監督した。ウォルト自身、板金の工作を習いながらヘッドランプと煙突をこしらえたし、また、フライス盤を操作して部品を作ったり、細かい部品のはんだ付けもした。さらに、木製の有蓋貨車や家畜列車の製作も始めた。

ウォルトはその鉄道をキャロルウッド・パシフィック鉄道と名づけると、例によって綿密な計画を進めていった。汽車の一両一両は個々にデザインをし、とくに車掌車は凝りに凝ったしろものだった。中に入れる簡易ベッド、衣服用ロッカー、洗面台、だるまストーブなどの縮尺もきっちり決め、おまけに1880年代の新聞までミニサイズで作って新聞立てに置いた。ウォルトは、スタジオ内のステージに100m足らずのテスト用線路を敷き、従業員に乗車をすすめたりしたが、その試運転がうまくいくと、今度は屋外に線路を敷いてみるという念の入れようであった。

彼は結局、自宅の敷地のうち、峡谷に面している側に沿って約800mの鉄道を敷くことにした。そしてその場所を慎重に調査し、近所迷惑にならないよう、周りに木を植えたり線路の高さを低くおさえる配慮をした。さらに汽車の乗客に目ざわりとなるようなものをなくすために、電線などもわざわざ金を払って見えない場所に配線しなおしてもらった

画像出展:「ウォルト・ディズニー」

Pure Smileというサイトに「ドキュメンタリーが伝えた空前絶後のクリエイター、ウォルト・ディズニー」という記事があり、その中央にはキャロルウッド・パシフィック鉄道のカラー写真があります。

また、他にも大変興味深い写真などウォルト・ディズニーの情報が満載でお勧めです!

ウォルト・ディズニーが情熱を傾けるものは、それがたとえ趣味だとしても、かならずそこにははっきりとした目的があった。このキャロルウッド・パシフィック鉄道も、ディズニー・プロダクションズの新しい種類の事業としてだんだんとウォルトの胸の中でふくらんでいた、ある計画の一部であった。

彼が後に語ったことであるが、この新しい事業のきっかけというのは、もともと、娘のダイアンとシャロンを日曜学校の帰りによく遊園地に連れていったことから生まれたものである。娘たちが乗り物に乗っているあいだ、ウォルトは、ほかの親たちが退屈そうに待っている姿や、回転木馬の剝げかかったペンキ、掃除のゆき届かない汚らしい園内、それにむっつりして無愛想な係員などをじっくり観察したものだった。

また、もう一つの別の動機もあった。ウォード・キンボールと話しているときに、ウォルトはこう言った。

なあ、君、観光客がハリウッドに来て何も見るものがないっていうのは、まったく情けないことだよ。みんな、華やかな雰囲気や映画スターが見られるんだと思ってやってきても、がっかりして帰っちまう。このスタジオを見学に来る人間だって、いったい何を見られるかっていうんだい。せいぜい男どもが机に向かって絵を描いているところぐらいだろ。ハリウッドに来て、何か本当に見る者があったらいいと思わないか?

それ以来ウォルトは、遊園地を作る計画のことをたびたび口にするようになった。リバーサイド通りの向かい側にスタジオが所有していた11エーカーの三角形の土地をそれに充てるつもりで、彼は実際に構想を練りはじめた。そして名前は“ミッキーマウス・パーク”にしようと考えた。1948年8月31日付けのメモには、彼がそれまでに思いついた事柄の骨子が書き記されている。

メインビレッジは、鉄道の駅があって、緑の公園というか、憩いの場所を囲むようにできている。園内にはベンチやバンド用ステージ、水飲み場などがあり、また大小の草木を植える。ゆっくり腰をかけて休んだり、遊んでいる小さな子どもたちを母親やおばあさんが眺めたりできる。くつろいだ感じの涼しくて魅力的な場所にする。

緑の公園の周りに街を作り、その一方の端に鉄道の駅を置く。反対側に町役場。これは、外見は役場でも実際は我々の管理事務所に使用し、遊園地全体の本部とする。

町役場の隣には消防署と警察。消防署には形はすこし小さいが実際に使える消防器具を備え付け、警察署も実際に使えるようにする。客が、規則違反や遺失物、迷子などをここに知らせにくる。中に小さい牢屋を作って、子どもたちが覗いて見られるようにしてもよかろう。ディズニーのキャラクターを牢屋に入れるのも一案。

メモにはつづいてそのほかの建物やさまざまな店、乗り物についてのウォルトのイメージが書きとめられていた。

ウォルトがミッキーマウス・パークのことを口にするたびに、兄のロイはバンク・オブ・アメリカからの膨大な借金のこと、それに、戦後のディズニー映画の興行収入が依然として低迷していることを指摘した。ロイは、遊園地の建設事業が経営上まったくの愚行であることを弟に十分納得させたものと信じていたので、商売上の知り合いからの問い合わせに対しても、こう書いた。

「ウォルトは遊園地の建設計画についていろいろ口では申しておりますが、実のところ、どれだけ本気なのかは私にもわかりかねます。私が思うに、本人は自分で実際に遊園地を経営するというより、むしろ遊園地にこういうものがあったらいい、という種々のアイディアに関心をもっているようです。それに税金の関係もありますので、このようなことを実現するだけの資金を本人は持ちあわせておりません」。』

遊園地建設の構想は、ウォルト・ディズニーの心の中でだんだんとふくらんでいった。ヨーロッパやアメリカ国内を旅行するたびに、彼はいろいろな屋外娯楽施設、特に動物園をよく訪れたので、ふたたびヨーロッパに出かける前、妻のリリーから、「ねえ、あなた、また動物園に行くんでしたら、私はもう一緒に行きませんからね」と、言われてしまった。

ウォルトは、郡や州が主催する農畜産物の見本市や、サーカス、カーニバル、国立公園なども見てまわり、どんな出し物が、なぜ人気を呼ぶのか、客は楽しんでいるか、それともせっかくやってきても損をしたと思っているか、などをつぶさに観察した。

彼がもっともがっかりしたのはニューヨークのコーニーアイランドに行ったときで、その施設の荒廃ぶりと安っぽさ、そして乗り物の係員のとげとげしい態度に、ウォルトは一時遊園地を作る自分の計画を投げてしまいたい気持ちに駆られたほどである。しかしコペンハーゲンのチボリ・ガーデンを見たときは、やる気がふたたびよみがえった。ゆきとどいた清掃、あ鮮やかな色彩、納得できる料金、陽気な音楽、おいしい飲食物、暖かな感じで礼儀正しい従業員―こうしたすべての要素が溶けあって一つの楽しい世界を作りだしていた。「これだ! 本当の遊園地は、こうでなくちゃだめだ―」ウォルトは夢中になって、リリーに言った。』 

画像出展:「NAVIA|北欧Webメディア

『デンマークのコペンハーゲンには、現在もオープンしている世界で最も古い遊園地の1つである「チボリ公園」があります。

アンデルセンなど、多くの有名人も過去に訪れ、多くの人を楽しませてきたデンマークでも老舗中の老舗とされています。チボリ公園は1843年に創業し、以来、世界中から多くの観光客を魅了してきました。

ロイは相変わらず遊園地建設に反対だったので、計画の立案も資金繰りも兄に頼ることはできなかった。自分の生命保険を担保にして借金をしはじめたウォルトを見てリリーは狼狽したが、パークが完成する前に、その借金は十万ドルに達したのだった。

計画立案のスタッフを揃えにかかったウォルトがまず選びだしたのは、イラストレーターのハーパー・ゴフである。ゴフは早速パークの予備的なスケッチを描くよう指示を受けた。パークの名前は、すでにウォルトが決めていた。“ディズニーランド”である。

構想が進んでいくにつれ、ディズニーランド建設を推進する組織の必要性を感じたウォルトは、1952年の12月、ウォルト・ディズニー株式会社を発足させて自分が社長になり、ビル・コトレルを副社長に据えた。しかしその後、ウォルト・ディズニーの名前をほかで使うことにディズニー・プロダクションズの株主が反対するかもしれないとロイが危惧を抱いたことから、ウォルト・イライアス・ディズニー(Walt Elias Disney)の名前の頭文字を取ってWED[ウェド]エンタープライズと改名された。こうしてWEDはスタジオ以外のウォルトの活動を支える個人的な企業組織として誕生した。

ディック・アーバインはWEDの新入社員であった。彼は映画「空軍力の勝利」の美術監督を務めた人物だったが、戦時中ディズニー・プロダクションズが低迷していた時期に20世紀フォックス社に移っていた。が、テレビ番組を作りはじめたウォルトにデザイン担当として担当として呼び戻され、さらにその後、ディズニーランド担当となったのである。アーバインに与えられた最初の仕事は、ディズニーランドの予備調査を委託された設計事務所とのパイプ役であった。しかし建築家たちの意見とウォルトの構想とのあいだにくい違いが生じ、契約は破棄される結果に終わってしまった。ウォルトの親しい友人で自らも建築家であるウェルトン・ベケットは、

「ウォルト、君意外に誰もディズニーランドの設計ができる人間はいないよ。自分でやるんだな」と、忠告した。

1953年の夏の終わりまでには借りた金も底をつき、ウォルトは別の資金ルートを探さねばならなかった。ある夜、ベッドで眠れぬまま横になっている彼の頭に、ふとある考えが閃いた。<テレビだ! テレビ番組でパークの資金を作るんだ!>

翌朝、そのことで弟から相談を受けたロイは、ウォルトがディズニーランドに関してはじめて理屈に合う提案をしてきたと感じた。しかし、これは会社の重要問題なので、理事会の承認が必要であった。

理事会ではたいていの場合ウォルトの意見が通ったが、テレビ番組と遊園地経営という二つの新分野に進出することに関しては、保守的な理事の反対に出会った。ウォルトは立ち上がって言った。

「テレビが、ディズニー映画を大衆に宣伝する重要な媒体であることは、あの二本のクリスマス番組ですでに証明済みです。レギュラー番組を制作しようと思えば、内容ももっといろいろ工夫しなきゃならないし、金もたんといる。ディズニー映画を劇場に見にくる観客の数がずっと多くなるという効果は別として、儲けはわずかしか、いや1ドルだってないでしょう。しかし、それほどまでに頭脳とエネルギーを注ぎ込んでテレビ番組を作るとしたら、私はそこから何か新しい収穫が得られるようなものを作りたい。私は、会社を足踏み状態にしておきたくないのです。考えてみてください。我々が今まで繁栄してきたのは、リスクを承知で常に新しいものを試みてきたからです

遊園地の経営などは本来、ディズニーの仕事ではないと不満を述べる理事に対し、ウォルトはこう答えた。

「ええ、しかし、わが社は今まで、娯楽を作りだすという商売をやってきたのです。遊園地こそ、娯楽そのものではないでしょうか。正直言って、いま、私の頭の中にあるディズニーランドのイメージをみなさんに思い浮かべていただくのは、むずかしいでしょう。でも、これだけは言える。世界じゅうどこを探してもこんなパークは絶対にない。私はいろいろ見て回ったから知っています。ユニークであるからこそ、すばらしいものになる可能性がある。娯楽というものの新しい形なんです。ぜったいに成功する、と私は思う。いや、そう信じています

語り終えたウォルトの目には、涙さえ浮かんでいた。理事たちは彼の論理に納得した。』

『ハーブ・ライマンは、月曜の朝までに図を完成させた。そして何枚かのコピーを作ると、ディック・アーバインとマービン・デービスが色鉛筆で手早く彩色した。いっしょのホルダーの中に納められたのは、ビル・ウォルシュが書いたパークの説明文で、この文中にはじめてディズニーランドの概念がはっきり定義づけられた。

ディズニーランドの構想はごく単純なものであり、それは、人々に幸福と知識を与える場所である。

親子が一緒に楽しめるところ。教師と生徒が、ものごとを理解したり学びとるための、より良い方法を見つけるところ。年配の人たちは過ぎ去った日々の郷愁にふけり、若者は未来への挑戦に思いを馳せる。ここには、自然と人間が織りなす数々の不思議が私たちの眼前に広がる。

ディズニーランドは、アメリカという国を生んだ理想と夢と、そして厳しい現実をその原点とし、同時にまたそれらのために捧げられる。こうした夢と現実をディズニーランドはユニークな方法で再現し、それを勇気と感動の泉として世界の人々に贈るものである。

ディズニーランドには、博覧会、展示会、遊園地、コミュニティーセンター、現代博物館、美と魔法のショーなどの要素が集大成されている。

このパークは、人間の業績や歓び、希望に満ちている。こうした人類の不思議をどうしたら私たちの生活の一部とすることができるか、ディズニーランドはそれを私たちに教えてくれるだろう。

説明文は続いて、パーク内に作られる「自然と冒険の国」、「未来の世界」、「こびとの国」、「おとぎの国」、「開拓の国」、「休日の国」の各領域を詳細に紹介していた。

それは実に大胆きわまる、ぜいたくな計画であった。しかし説明書には、あっさりとこんな予告が書かれていた。「1955年のある日、ウォルト・ディズニーが世界じゅうのみなさま、そしてあらゆる年齢の子どもたちに、まったく新しいタイプの娯楽をお贈りいたします―』

画像出展:「The Art of Walt Disney」

ハーブ・ライマンが描いたディズニーランドの鳥瞰想像図。

ディズニーランド建設とテレビ番組の計画は1954年4月2日に発表された。ウォルトが、番組は同年10月に始まり、パークは翌年の7月にオープンするとはっきり宣言したのは、自分がどれだけ本気であるかを示すためであった。彼は早速ディズニーのベテランスタッフを集め、「冒険の国」、「おとぎの国」、「開拓の国」といったパークの“国”別に構成されるテレビ番組の制作に当たらせた。一方、パーク建設の担当班は小さな平屋の建物からアニメーションビルの一階に移動し、計画はいよいよ実行段階に入った。』

『ディズニーランドの設計にスタジオの美術監督を使うことには、難点が一つあった。彼らは、通常2、3日使えばあとは取りこわすという映画のセットを設計することにはたけていたが、長い年月で激しい風雨、数百万の見物客に耐え得る建物をこしらえる知識に欠けていたからだ。それでウォルトは、土木、電気、空気調節の分野の専門技師を1名と、構造技師のいる建築事務所に特別の応援を頼んだ。

また、工事にあたって現場の親方が必要であった。そこでディズニーランドの総合本部長ウッドがウォルトに紹介したのは、元海軍大将で技師としてコンサルタントの仕事をしていたジョー・ファウラーであった。パークの感じをつかむために一度来てほしいというウォルトの依頼を受けたファウラーは、ほんの1、2日の予定で北カリフォルニアの自宅からスタッフにやってきたが、到着するなり自分の部屋と車をあてがわれ面食らった。下請け業者たちとの話し合いを済ませて彼が帰宅したのは、それから3週間もあとのことだった。ファウラーはこうしてディズニーランドの工事監督としておさまることになり、結局その後10年間、パークで働いたのである。』

ウォルトはエンジニアから知識を貪欲なまでに吸収し、まもなく機械の図面も本職と同じくらい読めるまでになった。エンジニアたちはときどき、映画撮影では容易に出せる効果も遊園地で出そうとするのは現実的でない、とウォルトに言うことがあった。しかし、彼らはやがてこの種の発言をウォルトに対してしないようになった。ウォルトの提案が実現不可能だと言いだしたある技師に向かって、彼はこう言い返したものだ。

「やってもみないうちにあきらめるほど、君はばかじゃないだろう。僕たちの目標は高いんだ。だからこそ、いろんなことをやり遂げられるんだ。さあ、戻ってもう一回やってみてくれたまえよ」

ウォルトのそばで仕事をしていたスタッフは、「これはできない」という言葉をぜったい使わないことを学んだ。「そうだなウォルト、これはちょっとむずかしいかもしれない。というのは―」という言い方が正解なのであった。しかし、エンジニアがありとあらゆる可能性を試しても解決策がどうしてもない場合には、ウォルトもそれが無理であることを認めた。』

『スプリンクラーや消火栓の水の圧力をかけるために給水塔がぜったい必要である。というのがエンジニアたちの共通見解であった。が、それを自分に面と向かって主張したエンジニアを、ウォルトはもうすこしで部屋から力ずくで追い出すところであった。パーク内に目ざわりな給水塔がそびえている光景など、ウォルトには断固として許せなかったのである。彼がどうしても別の解決策を見つけるよう言い張って譲らなかったので、エンジニアたちはパークへの水の取り口を数か所に分けて設け、水圧を高く一定に保つ工夫をした。当然ながら、コストはそれだけよけいにかかった。パーク周辺の電線を見えないところに移動させる工事にしても同じだった。ウォルトは、自分が作りだそうとする幻想の世界を少しでも乱すものには我慢できなかったのである。』

『ウォルトは設計担当者に対し、自分が建築上の大傑作を要求しているのではないことを繰り返し強調した。ある設計者に彼はこう語っている。

「君にようく考えてほしいことはね、いいかい、君が設計したものは、お客さんが中を歩いたり、乗ったり、利用したりするんだよ。僕は、そのお客さんたちに笑顔を浮かべながらパークの門を出ていってもらいたいんだ。それだけは頭に入れておいてくれたまえ。設計者の君にこの僕が望むことは、たったそれだけなんだから。』

『ディズニーの幹部たちは、毎日のパーク運営をいかに進めていくかで頭がいっぱいであった。ある幹部が、パークの経営を任せる企業の候補を二つにしぼったことをウォルトに報告すると、ウォルトは尋ねた。

「そんな会社が、どうして必要なんだい?」

「パークの運営ですよ。我々は遊園地の経営なんて経験がないですからねえ」

「まず言っとくが、これは遊園地じゃない。それに、僕らだってほかの人間と同じようにディズニーランドをうまく運営できる。要するに、やる気があって、エネルギッシュで、愛想がよくて、向上心のある従業員さえいればいい。もちろん失敗もするだろうけど、その失敗から学んでいけばいいんだ」

ウォルト・ディズニー1

同じ時代を生きた人の中で、「凄いなぁ」と思うのは、ひとりはスティーブ・ジョブズです。そして、もうひとりはウォルト・ディズニーです。

ミッキーマウスを世に送り出し、ディズニーランドという夢のような世界を作り上げてしまった人ですが、何故、そのような世界を思いついたのか。それを本当に実現させ、今も世界中の人々から特別な場所として賞賛されているのは何故か、それらを知りたいと思い、『ウォルト・ディズニー』という伝記を拝読させて頂きました。

ウォルト・ディズニーは1966年12月15日、65歳で亡くなりましたが、65歳は今の私自身の年齢なので、「同じなんだ!」と少しびっくりしました。さらに、どうでもいい話ですが、“幹雄”という名前のおかげで、幼稚園時代は「ミッキー」とか「マウス君」とか、とても光栄なニックネームをつけてもらっていました。

番組の内容は全く記憶にないのですが、最初か最後に登場するとてもダンディーな外国人こそが、ウォルト・ディズニーでした。多分、私が5歳か6歳ぐらいだったと思いますが、実は、当時はよく分からず、「誰だろう??」と思っていました。これは、ミッキーマウスとウォルト・ディズニーの印象がかけ離れていたからだろうと思います。とにかく、優しく、落ち着いた本物の紳士という感じで、少年時代の心に強く残っています。

調べてみると、“60年代 懐かしの宝箱”さんのサイトにこのテレビ番組の詳しい紹介がされていました。

画像出展:「60年代 ディズニーの思い出

これを拝見すると、ウォルト・ディズニーが登場するのは、冒頭だったことが分かりました。また、調べたところ杖をもって宙を舞っていたのは、ピーターパンに出てくるティンカー・ベルだったことも分かりました。

画像をクリック頂くと、最初にこの画像の動画が出てきます。

著者:ボブ・トマス

訳:玉置悦子/能登路雅子

発行:初版1983年1月

出版:講談社

画像出展:「The Art of Walt Disney」

フランス軍の仕事をしてたころ、昔の級友たちに送った手紙。

目次はウォルト・ディズニーの足跡がわかり、また代表的な作品も紹介されているため、すべて書き出しました。なお、作品についてはネット上にあったものはリンクさせていますので、全てではありませんが、動画を確認することができます。

また、著者はボブ・トマスという伝記作家です。この著者が記した「あとがき」をご紹介しているのは、このトマスによるウォルト・ディズニーの伝記の確かさを、ご判断頂けるのではないかと思ったためです。

僕は、ただの金儲けをするなんて退屈な話だと、ずっと思ってきた。僕は常に何かしていたい。何か作っていたい。そして、どんどん先に進みたいんだ。……

これは“ハリウッド生活三十年”という本文中の一文ですが、ウォルト・ディズニーという人を知るうえで、最も端的な文章ではないかと思います。

ブログは自分自身の疑問の答えを見つけるつもりで目を通しました。そして重要と思うモノを抜き出しタイトルを付けましたが、抜き出したエピソードは必ずしも時系列になっておりません。

1.魅力的な作品を生みだすために

2.作品の制作に大切なこと

3.ミッキーマウスとウォルト・ディズニー

4.ディズニーランド誕生

5.ディズニーランドとは

6.未来都市(EPCOT)

7.全世界が泣いた日

8.生涯のパートナー、ロイ・ディズニー

目次

プロローグ

第一部 中西部時代(1901-1923年)

1 ディズニー家の祖先/イライアスとフローラの結婚/ウォルトの誕生/シカゴからマーセリーンへ

2 マーセリーン―静かな農場の四季/兄たちの家出/不運の開拓者、父イライアス/カンザスシチーへ

3 新聞配達/ベントン小学校の変わり種/少年ウォルトの世界/漫画家になりたい/サンタフェ鉄道の売り子

4 シカゴ、マッキンリー高校/校内誌の漫画描き/さまざまなアルバイト/赤十字志願兵/フランス

5 十七歳の夢と現実/運命の出会い―アブ・アイワークス/原始的な動く漫画/ニューヨークに学べ/ラフォグラム社の設立と倒産/カリフォルニア行きの片道切符

画像出展:「ListeList

アブ・アイワークスはウォルト・ディズニーとともにディズニーの礎を築いてきたアニメーターです。

第二部 漫画づくり(1923-1934年)

6 ハリウッド!/《アリスコメディー》シリーズ/リリーバウンズと結婚/配給者チャールズ・ミンツとのかけひき

7 熱気あふれるハイピリオン新スタジオ/《ウサギのオズワルド》/漫画の生命はキャラクターと筋書きだ/版権もアニメーターも奪われて―傷心のニューヨーク

8 ミッキーマウス誕生/トーキー出現―初の音入り漫画映画『蒸気船ウィリー』/アブ・アイワークスとの摩擦/《シリーシンフォニー》シリーズ/ついに神経衰弱

9 ミッキーの商品旋風/ウォルトの分身ミッキー/アーティスト、ニューヨークより流入/チャップリンもディズニーファンだった/初のカラー漫画映画『花と木』/アーティストの養成 

第三部 アニメーションの新世界(1934-1945年)

10 ディズニー美術教室の拡大/優秀なアニメーターの条件とは/観客との接点をつかめ/漫画映画の制約過程/アニメーターたちとの奇妙な関係

11 初の長編漫画映画『白雪姫』/ヨーロッパ旅行/マルティプレーン・カメラ/音楽の新しい使い方を/“ディズニーの道楽”/プレミア・ショーの喝采

12 長編を制作の中心に/母の死/『ピノキオ』/ストコフスキーとの出会い―『ファンタジア』/スタジオに飼われた二匹の子鹿―『バンビ』の制作/バーバンクの新スタジオ

13 第二次世界大戦勃発/『ダンボ』が証明したもの/千人の従業員と450万ドルの借金/ディズニー株の一般公開/高まる労働組合運動/スタジオ、ストに突入/南米の旅/父の死

14 軍に接収されたスタジオ/戦争用宣伝映画づくり/愛国の士ドナルドダック/ナチ首脳を怒らせた『総統の顔』/『空軍力の勝利

15 スタッフ泣かせの専制君主/アブ・アイワークスの復帰/ひっそりとした私生活/妻リリーの役目/二人の娘

第四部 広がる地平(1945-1961年)

16 戦後のスタジオ危機/『メイク・マイン・ミュージック』/ジッパディードゥーダ―『南部の唄』/初の自然記録映画『あざらしの島』/『シンデレラ』/劇映画第一作『宝島

17 鉄道狂ウォルト/模型機関車が自宅の庭を走る/ミッキーマウス・パーク構想

18 難産の『不思議の国のアリス』/『ピーターパン』/はじめてのテレビ番組/“踊る人形”/占い師の不吉な予言/五十代の横顔―ウォルトのおしゃれ、好物、思想

19 アニメーションの原則をどこまでも貫く/僕は花粉を集める働きバチだ/『わんわん物語』/『海底二万哩』/『砂漠は生きている』/配給会社ブエナ・ビスタの設立

20 ウォルトの動物園めぐり/ディズニーランド建設計画/パークは生き物だ/テレビ番組制作でパークの資金を/渋面の理事たち/ディズニーランドの概念

21 ディズニーランドをどこに作るか/僕は大衆を信じる/シリーズ番組《ディズニーランド》/空前の大ヒット『デイビー・クロケット』/花嫁の父

22 急ピッチのディズニーランド建設工事/間に合うか、資金と期日/妥協を許さないウォルト/「マーク・トウェイン号」上の結婚記念パーティー/“黒い日曜日”―大混乱の開園日 

第四部 広がる地平(1945-1961年)

16 戦後のスタジオ危機/『メイク・マイン・ミュージック』/ジッパディードゥーダ―『南部の唄』/初の自然記録映画『あざらしの島』/『シンデレラ』/劇映画第一作『宝島

17 鉄道狂ウォルト/模型機関車が自宅の庭を走る/ミッキーマウス・パーク構想

18 難産の『不思議の国のアリス』/『ピーターパン』/はじめてのテレビ番組/“踊る人形”/占い師の不吉な予言/五十代の横顔―ウォルトのおしゃれ、好物、思想

19 アニメーションの原則をどこまでも貫く/僕は花粉を集める働きバチだ/『わんわん物語』/『海底二万哩』/『砂漠は生きている』/配給会社ブエナ・ビスタの設立

20 ウォルトの動物園めぐり/ディズニーランド建設計画/パークは生き物だ/テレビ番組制作でパークの資金を/渋面の理事たち/ディズニーランドの概念

21 ディズニーランドをどこに作るか/僕は大衆を信じる/シリーズ番組《ディズニーランド》/空前の大ヒット『デイビー・クロケット』/花嫁の父

22 急ピッチのディズニーランド建設工事/間に合うか、資金と期日/妥協を許さないウォルト/「マーク・トウェイン号」上の結婚記念パーティー“黒い日曜日”―大混乱の開園日 

画像出展:WALT DISNEY FAMILY MUSEUM

ディズニーランドオープンの前日に開かれた、マーク・トウェイン号上で行われたパーティーは、ウォルトと妻のリリアン結婚30周年のパーティーでした。妻の支えなしではディズニーランドを完成させることはできませんでした。

Mapをクリックして頂くと“WALT DISNEY FAMILY MUSEUM”に移動します。

以前は現役の陸軍基地であり、1846 年から 1994 年まで太平洋岸の最強の海岸防衛地であったプレシディオは、現在は国立公園として機能し、ウォルト ディズニー ファミリー ミュージアムの本拠地となっています。

104 Montgomery Street in the Presidio San Francisco, CA 

 

画像出展:「WIRED

さまざまな問題のなかでも極めつけは、当日のアナハイムの気温が37℃を超える酷暑に見舞われたことでした。スタッフたちはこの日を「ブラックサンデー」(黒い日曜日)と名付けました。

23 テレビ番組《ミッキーマウス・クラブ》/ハリウッド生活三十年/僕らの作品には心がある/実現しなかったフルシチョフの来園/ディズニー帝国を築いた陰の力―兄ロイ・ディズニー 

画像出展:「THE RIVER

1955年には、アメリカのテレビ史上もっとも成功した子供番組のひとつ『ミッキーマウス・クラブ』がスタート。平日の夕方、学校から帰った子供たちがテレビの前に集まって、番組のテーマソング「ミッキーマウス・マーチ」を一緒に歌うのがお約束だったといいます。日本でも1959年から放送が開始されました。

24 新番組《ウォルト・ディズニーのすばらしい色彩の世界》/パークのお客さんは、みんなゲストだ/時代を超えるディズニー映画/『黄色い老犬』/『ボクはむく犬』/『眠れる森の美女』/『ポリアンナ』/借入金ついにゼロ

第五部 そして、夢―(1961‐1966年)

25 六十歳の誕生日/気むずかしくなったウォルト/娘婿ロン・ミラーの入社/オーディオアニマトロニクスの開発/ニューヨーク世界博覧会

26 『メリー・ポピンズ』とトラバース夫人/ジュリー・アンドリュースとの出演交渉/ウォルトのクリスマスプレゼント/ディズニーランド開園十周年

27 カリフォルニア芸術大学の構想/もう一つのディズニーランドをフロリダの原野に/実験未来都市の夢

28 衰える健康/『ジャングル・ブック』/スキー場開発計画/全世界が泣いた日/弟の夢を受け継いだロイ/ウォルト・ディズニー・ワールド

あとがき(ボブ・トマス)

この伝記の大部分は、ウォルト・ディズニーの親族や同僚を直接インタビューして集めた資料にもとづいている。取材に応じてくださった多くの方がたに心からお礼を申し上げたい。

また、デービッド・スミス氏が館長を務めておられるウォルト・ディズニー・プロダクションの資料館からも貴重な資料をいろいろ提供していただいた。ウォルト・ディズニーと兄のロイは二人とも、自分たちの足跡を一つの歴史として見る感覚が発達していたのであろう。公私にわたる綿密な記録が保存されており、これは伝記作家にとっては非常にありがたかった。筆者は可能なかぎりウォルト自身の言葉を引用するよう心がけたつもりである。したがって、ウォルトがニューヨークからロイに宛てて書いた手紙、ストーリー会議の発言記録、毎年ウォルトが妹に書き送っていた手紙などは、たいへん価値の高い資料となった。さらに、娘のダイアン・ディズニー・ミラーがピート・マーティン氏と共著の形で父のことを書いた本をまとめるにあたり、1956年、自分の過去を何回かのインタビューの中で語ったが、そのときの長い録音テープが残っていた。また、ロイ・ディズニーが亡くなる直前に行った三回にわたるインタビューの録音もあり、これらを聞くことができた。

筆者はニュース記者として、二十五年間に何十回もウォルト・ディズニーを直接インタビューした経験があり、また、彼の生涯とスタジオのことをそれぞれ書いた二冊の著書を執筆したときには、それについてウォルトに相談したこともある。筆者はこうした資料を駆使しつつ、ほかの新聞雑誌に掲載されたおびただしい数のウォルトのインタビュー記事も参考にしたさらに、ディズニー家の家族を写した八ミリ映画や《アリスコメディー》、《オズワルド》にまでさかのぼるディズニー映画も見せて頂いた。

1.魅力的な作品を生みだすために

『ユナイテッド・アーティスツ社との話し合いがまとまるや、ウォルトは、アニメーションに新しい要素を付け加えようと決心した。カラーである―。

ウォルトは長年、自分で漫画をカラーで製作したいと思い続けていた。硝酸塩などを炉用して画面に色彩を与える実験を技術員にやらせたのも、その努力の一環であった。だが、結局、夜間のシーンは青フィルム、水中シーンは緑のフィルム、火などの撮影には赤フィルムを使うという、ごく原始的な方法以外、なんら実用的な成果が得られないままであった。ところが1930年代のはじめ、テクニカラー社が三本の原色ネガを合わせて一本のプリントに仕上げる技術を開発した。1932年までには、一般劇場映画の撮影にはまだ不十分ながら、漫画映画には応用できるところまできたのである。テクニカラー社からテスト用のフィルムを見せられたウォルトは、これでいけると自信をもった。しかし、ロイは反対した。

「おまえ、気でも違ったのかい。ユナイテッド・アーティスツ社と話がうまくまとまったばかりだっていうのに、カラーなんかに金をつぎ込むなんて。これ以上、余分な金なんか前貸ししてくれないぞ」

ロイのもう一つの心配は、絵の具がセルロイド板の上にうまく乗ってくれるか、剥げてくれるか、剥げて落ちてくるのではないか、ということだった。だが、ウォルトは、

「その時はその時で、ちゃんと、とれない絵の具を作るまでだよ」といとも簡単に言い返した。

ウォルトは、カラーが《シリー・シンフォニー》に確固とした地位を与えるための手段に使えると考えた。このシリーズははじめから、《ミッキーマウス》漫画の爆発的な人気のかげに隠れて、肩身の狭い継子扱いを受けていたからである。しかしユナイテッド・アーティスツ社は、《シリー・シンフォニー》を扱うことには消極的だった。彼らは、ミッキーの人気を拝借して、「ミッキーマウスがお贈りする、ウォルト・ディズニーのシリーシンフォニー」という興行広告を出すことにウォルトが同意してはじめて、配給を引き受けた。ウォルトはさらに、ロイの反対をうまく利用してテクニカラー社に譲渡を迫り、ディズニーがこの三色転染法を向こう二年間、独占使用することを約束させた。ロイは、しぶしぶ契約書にサインしたのだった。

《シリー・シンフォニー》シリーズの一つ「花と木」は、それまでに半分ほど完成していた。この作品は、メンデルスゾーンやシューベルトの曲に合わせて、アニメーションの草や木がつづる田園詩である。ウォルトは、モノクロでできあがっていた背景画をすべて没にし、アクションもすべてカラーにするようスタッフに命じたそして、絵の具を塗ったセルの撮影をするための特別な撮影台も新たに設置した。

一方、ロイが懸念していたことが現実となった。乾いた絵の具がセルロイド板から剝がれたり、熱いライトの下で色が褪せたりするのである。ウォルトはスタジオの技術員と一緒になって日夜研究を重ね、この問題にあたった。そして、色も褪せず、付着力のある絵の具をとうとう作りだしたのである。

最初のシーンがいくつか完成したところで、ウォルトはそれを業界のある友人に見せた。非常に感心したこの友人は、グローマンズ・チャイニーズ劇場の経営者、シド・グローマンにもぜひ見るようにすすめた。映写時間はまだ一分そこらの長さであったにもかかわらず、フィルムを見たグローマンは早速、この「花と木」を次の上映予定に入れたいと申し出た。ノーマ・シーラーとクラーク・ゲーブル主演、「奇妙な幕合狂言」との同時上映であった。

ウォルトは、予定より早く仕上げるためアニメーターに時間外勤務を命じ、テクニカラー社にも現像を急がせた。こうして1932年7月、ロサンゼルスのチャイニーズ劇場における「花と木」の公開にこぎつけたのである。観客の熱狂的な反応は、まさにウォルトの望み通りのものであった。《シリー・シンフォニー》はこれで、ディズニー作品中軽視される部類から脱することができ、人気沸騰の《ミッキーマウス》に匹敵する数の予約が殺到した。ウォルトは、今後の《シリー・シンフォニー》シリーズはすべてカラーで製作する、と発表した。』 

 『アニメーション映画の製作所としてすでに四半世紀の経験を積んできたウォルト・ディズニーは、1950年代のはじめごろにはさまざまな種類を手がけて、その多才ぶりを発揮した。彼はアニメーションで使った同じ原則をそのまま貫き、ストーリーを十分練ること、おもしろい登場人物を創りあげること、そして何よりも“読ませる”ものを作ること、つまり、あいまいな箇所を残さないとことなどの点を強調した。また制作の手法においてさえアニメーションの手順を踏襲し、俳優を使う劇映画の場合もストーリーボードからはじめて、各シーンやカメラの角度までいちいちスケッチの形で表しておいてから撮影に入った。こうしておけば、テンポの速いアクションシーンと状況設定のゆるやかな説明部分とを交互に配置させながら観客の興味をそらさずにストーリーを展開させていく、という制作のペースがウォルト自身、容易に把握できたのである。

ウォルトの仕事のやり方は、短編映画しか制作していなかったころからほとんど変わっていなかった。映画制作における自分の役割を説明するのに、彼はこんな話をしたことがある。

僕の役目? そう、いつか小さな男の子にきかれて困ったことがあったよ。「おじさん、ミッキーマウスを描くの?」 っていうから、もう僕は直接描かないよ、って答えたんだ。「じゃ、おもしろいお話を考えたりするの、あれ、おじさんがやるの?」「いいや、違うよ―」そしたらその子は僕を見て言うんだ。「ディズニーのおじさん、おじさんはいったい、何をするの?」「そうだなあ、僕はちっちゃな働きバチみたいだ、ときどき思うんだけどね。スタジオのあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、花粉を集めてくる。まあ、みんなに刺激を与えるっていうのかなあ。そういうのがおじさんの役割みたいだな」 

ウォルトの仕事ぶりには無駄というものがいっさいなかった。会議を始める前にとりとめのない会話をしてから本題に入るということはめったになく、大股で部屋に入ってくるやいなや、すぐにディスカッションを始めた。会議が終わると、入ってきたときと同様にさっさと部屋を出ていき、「じゃ、失敬するよ」という言葉すら残さなかった。』

創造力というものに値札はつけられないよこう主張するウォルトを、銀行家の中には道楽者と見る者もいたが、これは昔からのウォルトの理論であった。きっちりした予算の枠内でアニメーションを制作するのを彼が拒んだのは、できるかぎり良いものを作りかったからで、より良いものにしようとすれば金もよけいにかかるのは当然だった。配給会社からの収入だけでは製作費をまかないきれないとロイが指摘しても、ウォルトは、「いいアニメーションさえできたら、収益だってあがるし、つぎのときに金の苦労をしないですむじゃないか」と答えるだけであった。

「白雪姫」、「ファンタジア」、「バンビ」などに取り組んでいたときも、彼は長編アニメーション映画という新しい素材や技術を開発しながら制作を進めていたため、予算というものを設定することができなかった。ディズニーランドの場合もそうであった。計画立案のスタッフや技術陣にかかる経費の枠もいっさい決めなかった。彼らは未知の領域に手さぐりで踏み込んでいるのであって、ウォルトには、できあがったときにはじめていくらかかったのかがわかるだけであった。

コロナ worldometer 

約1世紀ぶりのパンデミックに遭遇し、「これはいつまで続くのだろうか」という思いから、2020年8月初旬より『worldometer』というサイトを利用してデータを取り始めました。

『Worldometer は、開発者、研究者、ボランティアからなる国際チームによって運営されており、世界の統計を示唆に富む、時代に即した形式で世界中の幅広い視聴者に提供することを目標としています。これは、米国に拠点を置く小規模の独立系デジタル メディア会社によって発行されています。当社は政治、政府、企業とは一切関係がありません。さらに、当社にはいかなる種類の投資家、寄付者、助成金、後援者もいません。当社は完全に独立しており、複数のアド エクスチェンジでリアルタイムに販売される自動プログラマティック広告を通じて自己資金で運営しています。

新型コロナウイルス感染症に関するデータについては、政府の通信チャネルから直接、または信頼できると判断される場合には地元のメディアソースを通じて間接的に、公式報告書からデータを収集します。各データ更新のソースは「最新の更新」(ニュース) セクションに記載されています。タイムリーな更新は、世界中のユーザーの参加と、増え続ける 5,000 を超えるソースのリストからデータを検証するアナリストと研究者のチームの献身的な取り組みのおかげで可能になっています。』

当時のいきさつ等にご関心があれば、ブログ“スペイン風邪と新型コロナ2”をご覧ください。

当初は2021年末まで頑張ろうと思い、ほぼ毎日集計をしていましたが、2021年の年末もパンデミックが落ち着く様子はまったく見えませんでした。集計は2022年を経て、ついに2023年に入りました。「いい加減、きりがないな」と思い、「2023年末で止めよう」と考えていたところ、日本では5月8日にインフルエンザと同じ位置づけの5類に移行し、感染者数は定点観測として続いていますが、『worldmeter』の中では、日本の情報が全くアップデートされなくなったため、このタイミングで終わらせることにしました。

各国のデータの取り扱い、集計方法などは同じであるとは言えず、対象データなどもバラツキがあるため、比較するのはかなり無理があるのですが、そうは言っても、比較したいとの思いから「人口10万人当たりの死亡者数」のデータに絞り、日本以外では東アジアの韓国、台湾、東南アジアのフィリピン、タイ、ベトナム、シンガポール、そしてオセアニアのオーストラリア、ニュージーランドの計9ヵ国を比較することにしました。

なお、データは各国の集計開始時期を合わせるため2020年12月からとし、最後を2023年3月、月別にまとめでデータで集計しました。 

最も少なった国はシンガポールの29.34人で、最も多かった国はニュージーランドの80.00人でした。単純に9ヵ国の平均値は60.58人、日本は4番目(下から4番目)に少ない58.52人でした。

地域的には東南アジア、東アジア、オセアニアの順です。特に東南アジアの4か国は2022年2月頃から横ばい傾向になっており、東アジア、オセアニアとは大きく異なっています。理由は分かりませんが注目に値します。

日本ではマスク着用など公衆衛生の意識が強く、ブースター接種は6回目、7回目を数える方もおり、他国に比べ積極的ではあるものの、今一つ、その積極的なワクチン接種が死亡者数の抑制につながっているのか不透明です。(ワクチン接種に関してご興味あれば“免疫学者の告発1”をご覧ください)。

グラフを見ると台湾、ニュージーランドなど多くの国が「ゼロコロナ」で規制をしたものの、「ウィズコロナ」に切り替えざるを得ない事態に遭遇したことが分かります。日本では規制の徹底が難しいこともあり、最初から緩やかな規制でスタートしました。PCR検査が一向に増えないこととや、保健所依存の対応、政府のリーダーシップの欠如等が大きな問題となっていましたが、緩やかな規制は悪くなったのだろうと思います。

2022年2月2日付けで、『デンマーク、コロナ規制を全て撤廃 EUで初』というニュースがアップされました。

『デンマーク国家保健委員会のソレン・ブロストロム委員長も、国内の症例数は非常に多い状況だが、感染と重症化の関係がなくなったとの認識を示し、「感染数が激増すると同時に、集中治療室に入院する患者は実際のところ減っている」「今現在、新型コロナと診断されてICUに入院しているのは、人口600万人のうち30人前後にとどまる」と指摘した。』

以下は、HOPEプロジェクトに関してです。

『それではいったいどのような背景から、デンマークは規制撤廃に踏み切ったのか。ワクチン接種率の高さ、政府への信頼感、首相会見を頻繁に行うなどの情報開示、検査数の多さなど、すでに多くの分析や情報が日本のメディアでも発信されているが、ここでは引き続きピーターセン教授の発信をもとに、もう少し違った角度から紹介してみたい。

新型コロナウイルスが世界に拡大し始めた2020年3月。カールスバーグ財団から2500万デンマーククローネ(約4.3億円)の支援金を受けて、デンマークではある研究が開始された。不安と恐怖の真っただ中に始まった研究プロジェクトのタイトルはHOPE。「希望:民主主義国家はいかにしてCovid19に対処するか―データ分析をもとにしたアプローチ」と名づけられたこの研究チームのリーダーがピーターセン教授だった。

コペンハーゲン大学、デンマーク工科大学(DTU)などとの共同プロジェクトとして開始されたこのHOPEプロジェクトは、コンピューターサイエンス、行動心理学、政治学を組み合わせて、コロナ禍で民主主義社会がどのように反応し、危機に向き合ったのか、また危機管理は上手くいったのか、などを検証してきたのだという。

具体的には、パンデミックの状況を追跡し、政府および国際機関の決定や、メディアとSNSの影響力、市民の行動やウェルビーイングなどが互いにどのように関連し合っているのかを検証する、前例のない研究プロジェクトなのだそうだ。

さらにこのHOPEプロジェクトは、2020年11月から感染防止のための様々な規制を実施する上でデンマーク政府が参照すべきプロジェクトにも加えられた。そして今日まで、HOPEプロジェクトは政府へさまざまな提案をおこなってきた。

日本に比べれば小さな国なので、対策の取りやすさには大きな差はあるものの、「デンマーク恐るべし!」と興味をもち、2022年2月4日からデンマークをデータ集計の対象に加えることにしました。以下はその一部ですが、これを見ると平日を対象に非常に詳細なデータ集計が行われています。「これは国レベルの情報管理(IT化)がよほど進んでいるんだろうな」と思いました。 

調べてみると、『デンマークのスマートシティ データを活用した人間中心の都市づくり』という本が出版されており、「これだ!!」と納得するとともに思わず買ってしまいました。

ちなみに“世界幸福度ランキング”では、デンマークはフィンランドに続き、第2位となっていました。

180日間にわたり死亡リスクはCOVID-19コホートが高率

重み付けで調整後、COVID-19コホートはインフルエンザコホートと比較して、退院後の全死因死亡リスク(累積発生率)が、30日時点10.9% vs.3.9%、標準化リスク差:7.0%[95%信頼区間[CI]:6.8~7.2])、90日時点15.5% vs.7.1%、8.4%[8.2~8.7])、180日時点19.1% vs.10.5%、8.6%[8.3~8.9])のいずれの評価時点でも高率であった。

上記はコロナ感染であって、ワクチン接種による問題ではないのですが、この記事は荒川 央先生の著書『コロナワクチンが危険な理由』に書かれた以下の文章を思い出します。

『心筋炎、脳梗塞、自己免疫疾患、癌、神経変性病などは加齢によってもリスクが高まる疾患です。こうした疾患がコロナワクチンの作用機序から予測され、実際に後遺症として報告されています。私はコロナワクチンによる隠れた副作用は文字通りの「老化」ではないかと思っています。

※荒川 央先生のブログ:"コロナワクチンが危険な理由

※ご参考ブログ:”免疫学者の警告1

※ワクチン問題:“「ワクチン」による傷害に関する査読済み論文1,000件  Dr. Mark Trozzi”(凄いサイトです)

※ワクチン問題:”みのり先生の診察室(医師である先生が来院される患者さんの変化を感じておられます)

サッカー上達法を考える

小学校からの友人にKサッカー少年団中毒のIさんがいます。いつも、「凄いな~」と感心しています。

そんなこともあって、「最近の少年サッカーの育成法はどんなもんだろー」と興味をもち、クラウス パブストのモダンフットボールというDVDを見つけました。

続いて、もし「50年以上前にこのような教材があったらどんなことになっていただろう?」との思いが浮かびこの中古DVDを買ってみました。

うまくなりたいと思い、シュート板に向かってボールを蹴ったり、ひとりでドリブルしたり、リフティングをしてみたりと、練習が休みの時も時々個人練習をやっていました。

今回。このDVDを見て練習の奥深さを実感しつつ、「もっと頭を使って練習していたらうまくなっただろうな~」と後悔しました。また、特に3対3などの実戦的な練習は個々の要素の結集でもあり、非常に重要だなと再認識しました。

もし、誰よりも3対3の実戦練習をうまくできるようになりたいとしたら、どんな事に心がけて練習をしたら良いのだろうかと思い、小中学生に戻ったつもりで真剣に考えてみました。

監修:クラウス・パブスト

発売元:株式会社イースリー

まず、その前にこのDVDがどんな内容なのか、概要をお伝えします。

CONTENTS

メッセージ

クラウス・パブスト プロフィール

DVDの特徴

コーチングメソッド

コンセプト

ドリブル/フェイント

・ボールプラックティス1

・ボールプラックティス2

・ボールプラックティス3

・シューティング1

・シューティング2

・ミニゲーム1

・ミニゲーム2

・ミニゲーム3

パス

・ボールプラックティス1

・ボールプラックティス2

・ボールプラックティス3

・シューティング1

・シューティング2

・ミニゲーム1

・ミニゲーム2

・ミニゲーム3

ボールコントロール

・ボールプラックティス1

・ボールプラックティス2

・ボールプラックティス3

・シューティング1

・シューティング2

・ミニゲーム1

・ミニゲーム2

DVDの特徴(CHARACTERISTIC OF THE DVD)

・サッカー(実戦)、テクニック、トレーニングを提供する。

・3つのサッカー技術を向上させる

1.ドリブル・フェイント

2.シューティング

3.ミニゲーム

・「ボールプラックティス」と「シューティング」は反復練習を通して、技術とフィジカルを向上させる。

・「ミニゲーム」では、選手は試合のような環境下で、ボールプラックティス&シューティングで得た技術を応用することができ、ゲームの知性を養うことができる。また、ミニゲームを行うことで、これらのトレーニングで得た、「テクニック」「判断」「フィジカル」を効率よく発揮することができる。

・豊富な種類のトレーニングにより「ゲームで反映させる」アジリティ能力を最大限に引き出すことができる。

・「ボールプラックティス」は試合前のウォーミングアップに使うことができる。

・選手のセルフトレーニングに使えるトレーニングが多い。

・このDVDのトレーニングはブンデスリーガチームのJrアカデミーで使われている。

画像出展:「モダンフットボール」

ーチングメソッド(COACHING METHOD)

・試合で使われるテクニックは多くの「繰り返し練習」によって学ばれるものである。

・実戦で発揮するためには「繰り返し練習」が必須である。

・ミニゲームでもほとんどは「基礎技術」(ボールプラックティスとシューティング)である。

・練習の強度を細かく変えていくことが重要である。

-選手間の距離を変える。

-選手を減らして一人当たりの負荷を高める。

-エクササイズのスピードを変える。

-2対2や3対3の対人トレーニングの時間を変える(最長3分)。

-合間のインターバルは少なくとも1分の休みを取る。

・ドリブルだけ、戦術だけと個別に行うのではなく、実戦と同じく、様々な要素を融合させることで、高効率的なトレーニングになり、技術とフィジカルを同時に高めることができる。

ライフキネティック

『ライフキネティックは、誰でもできる簡単な動きを通じて脳に刺激を与え、脳機能の向上と神経の伝達機能強化を促すことを目的としています。ライフキネティックは脳科学、運動学などを融合したプログラムで、数多くの研究所からライフキネティックに関する調査や研究の結果が出ています。

ケルン大学やマンハイムメンタルヘルス中央研究所で、ライフキネティックの効果検証が行われ脳機能の改善がみられたという検証結果が発表されています。

-目で情報を取り入れて、頭で考え、実際に動かす。このような連動した流れを養うことも重要である。

-トレーニングにおいて、マーカーの色やコーチの合図に合わせて進行方向を変えたり、視覚、情報処理と実行の組み合わせを取り入れたメニューを組み込むことも必要である。

-「ライフキネティック」によって鍛えられるのは、①ボールを扱う技能 ②視覚的な能力 ③認知の能力 ④インテリジェンス である。

コンセプト(CONCEPT)

「コーチ自身も楽しむ」

・サッカーにおいて「正解」はない。それは指導方法についても同様である。

・特に単調な反復練習は選手もコーチも飽きてしまい、大切な集中力も欠いてしまうため良い練習にならない。

「新鮮で新しく、飽きさせないメニュー」

・エクササイズとミニゲームは「ハードワークトレーニング」と「遊びの雰囲気」の2つを両立させる必要がある。

・経験の浅く、自分のメニューに自信のないコーチは、自問自答して「楽しい」と思える練習を行うようにする。

画像出展:「モダンフットボール」

DVDで特に印象に残ったクラウス パブストコーチの言葉

●最も大切なのはトレーニングには様々なバリエーションやオーガナイゼーションがあり、それらを理解した上で質の高いトレーニングを行い選手のレベルを上げることである。

●反復練習ではたくさんボールに触れる機会を作る。

●基礎練習で習得した技術(シュートに繋げるためのドリブル/フェイントやシュートにつなげるパス、ボールコントロール)でゴールの奪い方を学ぶ。

●指導の際に心がけているのは、「雰囲気づくり」である。それは選手にとって心地良い状況であり、楽しめる環境を作ることである。人は快適な環境の中で良いパフォーマンスを発揮できる。

選手がトレーニングに集中できれば選手は何かをつかむ。

ジュニアの重要な戦術は、ボールを持たない時の動きの質とボールを持った時のアイデアである。

●弱点を克服する以上に、強みを伸ばすことが重要である。

●パス練習の工夫では、仲間とタイミングを合わせる。顔を上げて自分の位置を確認しアイコンタクトを心がける。

●ドイツではコーチは子供の立場になって考えるようにと言われる。これは選手になったつもりで考えるという意味である。

3対3の実戦練習を誰よりもうまくなるための要素

[ボールをもっている時]

1.ボールを取られないボールコントロールのテクニック(=キープ)

●ボールと相手の間に自分の体を入れてボールを相手から隠すテクニック。

・ボールを細かくタッチできるテクニック(力の加減)。

・足の内側、外側、足の甲、足の裏で扱えると、よりキープのテクニックは向上する。

・左右の足で同じようにできると、よりキープのテクニックは向上する。

2.ボールを自分のコントロールできる範囲に止めるためのトラップの技術

●敵に取られないところにボールをトラップする。

・パスを出しやすい場所にトラップする。

3.相手にとられず味方にパスするキックの技術

●パスする味方がどこにいるか分かる。味方は2人いる。

・キープしながら、顔をあげることができる。

・キープしながら、周りを見て2人の味方(A・B)の場所が分かる。

・キープしながら、周りを見て2人の味方(A・B)にパスが出せる状況かどうかが分かる。

●相手に取られない場所に正確に蹴れること。

・足の内側、外側、つま先など、もっとも適切な蹴り方を選択して、適切なパススピードで蹴れること。

[ボールをもっていない時]

4.キープしている味方からパスをもらえる場所にいる。

●敵から離れなければならない。

・味方がパスを出せる瞬間に、味方がパスをだせる場所にいなければならない。

・味方がパスを出せない状況では、敵につかれていても問題はない。

●もう一人の味方と同じ動きをしてはいけない。2つのパスコースを作る

・キープしている味方とボールを持っていないもう一人の味方の場所と状況を把握できる。

※決定力

「日本人選手は決定力が課題である。ストライカーが育たない」などと言われ続けていますが、3対3の実戦練習を本気で取り組めば、以下のような得点を取るための技術は身につきます。残るは誰にも負けない得点に対する強く、冷静な気持ちとゴールイメージだと思います。

・シュートできる最適な場所に置く(トラップする)。

・ゴールとGKの位置を把握する。

・冷静に狙った場所に蹴る。

感想

「繰り返し練習」が非常に重要であることは間違いありません。また、目的、目標、問題意識、そして創意工夫の気持ちを持ち続け、楽しむこと。そして、小さな発見を積み重ねることが重要だなと思いました。

また、DVDの中の練習は高度なもののありますが、楽しさと集中力が伝わってきます。昨日より今日、今日より明日と少しずつでもうまくなりたいと思って日々工夫すること、そして、たくさんボールに触れることが最も大切なことだと思いました。

「生命とは何か」

本書は“シュレーディンガーの方程式”などにより、量子力学に多大な貢献をされた、エルヴィン・シュレーディンガーの有名な著書で、発行は1944年なので約79年前に書かれたものということになります。

私にとって量子力学は出口の見えないトンネルのようなものなのですが、本書の副題が『物理的にみた生細胞』となっており、とても興味をもったというのが手に取った理由です。

ブログは「まえがき」の一部と、71のテーマの中の4つと、鎮目恭夫先生の「岩波新書版(1975年)への訳者あとがき」の中の“シュレーディンガー略歴”になります。ブログの内容は乏しいのですが、個人的には新たな発見もあり、時間をかけた価値はあったなと思っています。

著者:エルヴィン・シュレーディンガー

出版:2008年5月

出版:岩波文庫

まえがき

『そもそも科学者というものは、或る一定の問題については、完全な徹底した知識を身につけているものだと考えられています。したがって、科学者は自分が十分に通暁していない問題については、ものを書かないものだと世間では通っています。このたびは、私はとにかくこの身分を放棄して、この身分につきまとう掟から自由になることを許していただきたいと思います。これに対する私の言いわけは次の通りです。

われわれは、すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望を、先祖代々受け継いできました。学問の最高の殿堂に与えられた総合大学の名は、古代から幾世紀もの時代を通じて、総合的な姿こそ、十全の信頼を与えられるべき唯一のものであったことを、われわれの心に銘記させます。しかし、過ぐる100年余の間に、学問の多種多様の分枝は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、われわれは奇妙な矛盾に直面するに至りました。われわれは、今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、今ようやく獲得されはじめたばかりであることを、はっきりと感じます。ところが一方では、ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまったのです。

この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が永久に失われてしまわないするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手を着けるより他に道がないと思います。たとえ物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです。

私の言いわけはこれだけにします。

目次

まえがき

第一章 この問題に対して古典的物理学者はどう近づくか?

1 研究の一般的特質と目的

2 統計物理学からみて、生物と、無生物とは構造が根本的に異なっている

3 きまじめな物理学者は、この問題にどう近づくか?

4 原子はなぜそんなに小さいのか?

5 生物体の働きには正確な物理法則が要る

6 物理法則は原子に関する統計に基づくものであり、近似的なものにすぎない

7 法則の精度は、多数の原子の参与していることがもとになっている第一の例(常磁性)

8 第二の例(ブラウン運動、拡散)

9 第三の例(測定の精度の限界)

10 分子数の平行根の法則

第二章 遺伝のしくみ

11 古典物理学者の予想は、決してつまらぬものとは言い棄てられないが、誤っている

12 遺伝の暗号文(染色体)

13 生物体は細胞分裂(有糸分裂)で生長する

14 有糸分裂では、すべての染色体がそれぞれ二つになる

15 減数分裂と受精(接合)

16 一倍体の個体

17 減数分裂はとりわけ重要である

18 乗り換え。遺伝形質は染色体の局部的な場所に座を占めている

19 遺伝子の大きさの限界

20 遺伝子は少数個の原子からなる

21 遺伝子の永続性

第三章 突然変異

22 不連続は突然変異―自然淘汰の行われる根拠

23 突然変異種は育種可能である、すなわちそれは完全に遺伝する

24 遺伝子の座、劣性と優性

25 若干の学術用語の紹介

26 近縁交配は有害な結果を生ずる

27 一般的な注意と史実

28 突然変異は稀な出来事でなければならない

29 X線によって引き起こされる突然変異

30 第一の法則、突然変異は単一事象である

31 第二の法則、この事象は或る限られた場所で起こる

第四章 量子力学によりはじめて明らかにされること

32 遺伝子の永続性は古典物理学では説明できない

33 量子論によれば説明できる

34 量子論―飛び飛びの状態―量子飛躍

35 分子

36 分子の安定度は温度に依存する

38 修正すべき第一の点

39 第二の修正点

第五章 デルブリュックの模型の検討と吟味

40 遺伝物質の一般的な描像

41 この描像は唯一のものである

42 従来行われてきたいくつかの誤った考え

43 物質の異なる「状態」

44 本当に問題になる区別

45 非周期性の固体

46 縮図の中におしこめられた種々様な内容

47 事実との比較、安定度および突然変異の不連続性

48 自然淘汰により安定な遺伝子が選ばれる

49 突然変異種にはしばしば安定性の低いものがある

50 温度の影響は安定なものより不安定なものに対する方が少ない

51 X線はどんな仕方で突然変異を起こすか?

52 X線の効率は、自発的な突然変異の頻度の大小にはよらない

53 突然変異は元に戻せる

第六章 秩序、無秩序、エントロピー

54 この模型からでてくる注目すべき一般的な結論

55 秩序性を土台とした秩序性

56 生命をもっているものは崩壊して平衡状態になることを免れている

57 生物体は「負エントロピー」を食べて生きている

58 エントロピーとは何か

59 エントロピーの統計的な意味

60 生物体は環境から「秩序」をひき出すことにより維持されている

第七章 生命は物理学者の法則に支配されているか?

61 生物体ではどんな新法則が期待されるか?

62 生物学的な事情の概観

63 物理学的な事情の概括

64 両者は著しい対照をなしている

65 秩序性を生み出す二つの道

66 この新原理は物理学と相いれないものではない

67 時計の運動

68 時計仕掛けもつきつめてみれば統計的なものである

69 熱力学の第三法則(ネルンストの定理)

70 振子時計は事実上絶対零度にある

71 時計仕掛けと生物体との関係

エピローグ 決定論と自由意志について

岩波新書版(1975年)への訳者あとがき

21世紀前半の読者にとっての本書の意義

  ―岩波文庫への収録(2008年)に際しての訳者あとがき

第一章 この問題に対して古典的物理学者はどう近づくか?

1 研究の一般的特質と目的

・この小著は、一理論物理学者が約400人の聴衆に対して行った一連の公開講演をもとにしたものである。

・数学を使っていないのは、あまりに複雑で十分に数学を使うことができなかったからである。

この講演の目的は、生物学と物理学との中間で宙に迷っている基礎的な観念を、物理学者と生物学者との双方に対して明らかにすることにあった。

・重要でしばしば論議されている疑問とは、生きている生物体の空間的境界の内部で起こる時間・空間的事象は、物理学と化学とによってどのように議論されるのか?

・『この小著により解き明かして、はっきりさせようと試みるその答は、前もって次のように要約できます。今日の物理学と化学とが、このような事象を説明する力を明らかにもっていないからといって、これらの科学がそれを説明できないのではないか、と考えてはならないのです、と。

2 統計物理学からみて、生物と、無生物とは構造が根本的に異なっている

・『周期性結晶が研究の対象として最も複雑なものの一つであると私が言ったのは、もっぱら物理学者を念頭においてのことです。事実、有機化学は、ますます複雑な分子を研究することにより、かの「非周期性結晶」のごく近くにまで到達しました。私の考えでは、非周期性結晶こそ、生命をになっている物質なのです。それ故、生命の問題に対して、有機化学はすでに大きな重要な貢献をなしているのに、物理学者がまだほとんど何ら寄与していないのは、さして不思議ではありません。』

非周期性結晶”について知りたいと思い見つけたのが下記の早川先生の寄稿です。これは、(1999.3.24 於討論集会「生命物理と複雑系」東北大学電気通信研究所)となっているのでかなり古いものですが、物理学者としてのシュレーディンガー、著書の「生命とは何か」、そして疑問の“非周期性結晶”について記述されているのでピックアップさせて頂きました。

「生命物理は物理のフロンティアか」 早川尚男 (京都大学大学院人間・環境学研究科)

『シュレディンガーの生命観は御承知の通り素朴な決定論に基づいていました。 特に彼は染色体に注目し「非周期的結晶」と呼ぶに相応しい物質であると注目しておりました。非周期結晶とは 個々の単位は同じではないが、それらが周期的に現れ規則的配列をしているという意味で使っていますが、この考え方が後に重要な 役割を果たすことになります。特に染色体がその結晶的構造故に重要で遺伝暗号を媒介する遺伝子を持つということはシュレディンガーが初めて陽に言った様です。 ここで強調したいのは結晶を重要視し、素朴な力学的考察で生命現象は理解できるとした非常に力強い信念があった点です。 その意味で彼は生命を分子機械であると捉えていたと言えるかもしれません。』

こちらは早川先生のTwitterです。早川先生は現在、基礎物理学研究所 物質構造研究部門 教授 で間違いないと思います。

第三章 突然変異

22 不連続は突然変異―自然淘汰の行われる根拠

・『今から約40年前に、オランダ人のド・フリースは、完全に純粋種のものの子孫さえも、小さいが「飛び離れた」変化をしたものがごく少数、たとえば何万に二つとか三つとかの割合で出現する、ということを発見しました。「飛び離れた」という言葉は変化がはなはだ大きいという意味ではなく、変化の起こっていないものとごく少数の変化の起こったものとの中間の形のものがまったくない、という意味で不連続性があることを意味します。ド・フリースは、それを突然変異と名づけました。

不連続性ということことが重要なことなのです。これは、物理学者に量子力学―隣り合った二つのエネルギー準位の中間のエネルギーは現われないこと―を連想させます。物理学者は、ド・フリースの突然変異の説を、比喩的に生物学の量子論と呼びたいような気がするかもしれません。後の説明、これは単なる喩え以上に深い意味のあることがわかるはずです。実際、突然変異は、遺伝子という分子の中で起こる量子飛躍によるのです。

[突然変異と量子論]で検索したところ大変興味深いサイトが2つ見つかりました。

以前、私は「生物と量子力学」というブログをアップしているのですが、まさにこの分野は新事実がどんどん出てきているようで注目です。

画像出展:「ナゾロジー

『英国サリー大学(University of Surrey)で行われた研究によれば、DNAでは従来考えられていたよりも遥かに高い確率でトンネル効果が発生している可能性が高い、とのこと。

量子力学の世界では電子や陽子など小さな粒子の存在確率はあやふやであり、粒子がある場所から別の場所に突然、移動に必要なエネルギーを無視して、トンネルを通ったかのように出現する現象が起こり得ます。

研究結果が正しければ、生物進化の原動力として、量子効果が大きな影響を与えていることになるでしょう。』

画像出展:「ナゾロジー

『DNAは「生命の設計図」としての機能があり、私たち生物の体を作るためには欠かせない存在となっています。またDNAに刻まれた情報は世代を超えて子孫に継承され、親同じような体をした子を作ることを可能にし、種の概念を与えてくれます。しかしDNAの構造は不変ではなく、さまざまな要因で変化してしまうことが知られています。

DNA変異は有害物質や紫外線などの化学的・物理的要因に誘発されるだけでなく、複製時の酵素反応のエラーなど生物学的な要因によっても発生します。

DNAは誕生した当初から、物理的要因・化学的要因・生物学的要因の全てから挑戦を受けてきたと言えるでしょう。しかし量子力学と生物学との融合によって誕生した「量子生物学」の進歩により、生命活動において量子的な効果が無視できないことがわかってきました。

たとえば植物の光合成では、化合物間の間で古典物理学に反した電子のジャンプが頻繁に行われており、植物たちが量子力学を使って光合成効率を高めていることがわかってきました。』

もう1つは、量子科学技術研究開発機構さまのサイトです。

“量子力学の観点からメス  生命の謎に迫る”

『第4の波後半の20世紀、分子生物学が大きく花開いた。デオキシリボ核酸(DNA)二重らせん構造の発見に始まり、DNAに記された遺伝情報からたんぱく質が作られる仕組みやその役割などが明らかになった。がんやさまざまな病気に対する医薬、新型コロナウイルスに対する治療薬やmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンなどが開発され、人類は分子生物学の恩恵を受けている。

ヒトを始めとしたさまざまな生物種の全遺伝情報(ゲノム)もすでに解読され、生物の部品の情報が得られた。しかし、自動車は分解して組み立てると動くが、ヒトや大腸菌を分解しても元通りにならない。部品どうしの繊細な相互作用の情報が欠落しているからだ。つまり要素還元的なアプローチだけでは「生命とは何か?」に対する答えを得ることはできない。

第4の波で花開いた分子生物学の限界が見えた。第5の波は量子生命科学が花開くと考える。量子論・量子力学の視点や技術で生命科学にパラダイムシフトを起こそうとするのが、量子生命科学だ。生命科学の発展は科学技術の発展に依存する。16世紀末に光学顕微鏡が発明されて細胞が発見され、生命科学は分類学から細胞生物学にパラダイムシフトした。そして、電子顕微鏡や遺伝子工学の技術革新で分子生物学が花開き、免疫学、ウイルス学、脳神経科学などの生命科学が飛躍的発展を遂げた。』

第四章 量子力学によりはじめて明らかにされること

33 量子論によれば説明できる

・『今日の知識に照らしてみれば、遺伝子の仕掛けは、量子論の基礎そのものと密接に結びついている、というよりはむしろ、その上に打ち立てられているといえます。量子論は1900年にマクス・プランクにより発見されたものです。 

画像出展:「WAKARA

以下の文章は「Chem-Stationに書かれている内容です。このサイトには英語ですが、1分36秒のマックス・プランクの動画がありました。

『マックス・カール・エルンスト・ルードヴィヒ・プランク(Max Karl Ernst Ludwig Planck、1858年4月23日-1943年10月4日)は、ドイツの理論物理学者である。1918年にノーベル物理学賞を受賞。量子論の開祖の一人。

マックス・プランクは「量子論の父」と呼ばれているとのことで、ちょっと気になったのは、以前ご紹介したことのある、ニールス・ボアは何だっけ? というと、確認したところ、「量子論の育ての親」とのことでした。

 

近代遺伝学はド・フリース、コレンス、チェルマクによるメンデルの法則の再発見(1900年)およびド・フリースの突然変異に関する論文(1901-03年)から出発したといえます。したがって二つの偉大な理論の誕生はほとんど時を一つにしており、両者の結びつきができるまでに、或る程度の成熟に達する時をかさねなければならなかったのは不思議ではありません。量子論の側では、四半世紀かかって1926-27年になりようやく、W・ハイトラーとF・ロンドンにより、化学結合の量子理論の全貌が一般的原理において明らかにされました。ハイトラー-ロンドンにより化学結合の理論は、量子論の最近の発展(量子力学または波動力学と呼ばれるもの)の中で最も巧妙でこみ入った諸概念を含んでおります。計算を用いないでそのおおよその説明をすることは不可能に近く、あるいは少なくとも、本書と同じ位の小さい本を一冊必要としてます。しかし幸いに、われわれの考えを明らかにするために必要な説明はすっかり済みましたから、「量子飛躍」と突然変異との間の関連をもっと直に指摘し、最も顕著な点をいま拾いあげることができると思われます。このことこそ本書でこれから試みようとすることなのです。

岩波新書版(1975年)への訳者あとがき

シュレーディンガー略歴

『シュレーディンガーは、1887年オーストリアのウィーンに生まれました。同地で教育を受け、ウィーン大学に学びましたが、そのころウィーン大学には、確固たる原子論の立場にたつ統計力学の指導者ボルツマンがいました。ボルツマンは1906年自殺したので、彼が接した期間は短かったが、その学風から影響を受けたことは少なくなかったと思われます。シュレーディンガーは研究生活に入ると間もなく1912年に、物質の電気的・磁気的性質を電子論と原子構造から理論的に導く研究論文を発表しました。その後の研究は、多方面の理論的な問題におよんでいますが、その中には、大気中の音の音波の伝播の問題や、薄い液体膜(泡)の振動などの研究があります。また結晶格子とX線の干渉などの論文もあります。要するに、振動(物質中の音波や光の波)とその原子的(粒子的)な構造との関係というものが主要な関心の的だったといえましょう。

1920年にウィーンを去り、スツットガルト大学の理論物理学教授の席を得、同年結婚し、翌年にはスイスのチューリヒ大学の教授になりました。そのころようやく、前期量子論と相対性理論との立場から従来の力学に適当な制限を付加するというやり方での研究が行きづまり、原子のような世界にあてはまる新しい力学体系が必要になってきました。その中で1925年にハイゼンベルクが、まったく新しい立場から原子の力学を提唱し、ボルンとヨルダンはこれをマトリックス力学の形にし、これにより従来のニュートン力学と原子の力学との間に或る形式的な対応がつけられました。これに対し、シュレーディンガーはより直感的なモデルを考えており、従来の物理学で力学と光学との形式上の相似の関係を追及していました。1923年フランスのド・ブロイが、物質粒子の中の電子の波動が、干渉によっていくつかの定常波をつくって安定な電子軌道を生ずるというアイデアから、波動力学と名づける新力学を提出しました。1926年、彼が38歳の年の3月から9月にわたり発表した「固有値問題としての量子化」と題する前後四篇の論文は、今日シュレーディンガーの波動方程式と呼ばれる基本的な形式を導き、この波動力学がハイゼンベルクらのマトリックス力学と数学的に等価なものあることを証明し、さらに水素原子への応用例を示した論文でした。こうして新しい原子力学(やがて量子力学と呼ばれるようになったもの)が基本的に確立されました。

彼は1927年にプランクのあとをついでベルリン大学理論物理学教授になり、ユダヤ人ではなかったが、ヒトラーのナチスがドイツの政権を獲得した1933年にイギリスに渡り、同年ディラックと共にノーベル物理学賞を与えられ、オクスフォード大学とアイルランドのダブリン高級学術研究所に席を得ました。そして1936年にオーストリアのグラーツ大学に戻りましたが、第二次大戦の勃発により中立国アイルランドのダブリン研究所に落着きました。

ところで、シュレーディンガーの波動力学は、ハイゼンベルクのマトリックス力学やディラックの非可換代数学とくらべて直感的・時空的な原子像を頭に描くのにははるかに好都合で、そのため化学結合の理論やその他の原子・分子レベルの諸問題について量子力学の威力と信用を急速に高めるのに役立ちました。しかしまた彼が頭に描いた原子像・自然像は、アインシュタインのそれと似て、物質の時空的連続性について古典物理学的自然像に執着したものであり、そのためこの連続性と量子力学的現象で問題になる非連続性(物質構造の量子的非連続性や時間的変化の因果的非連続性)との矛盾に鋭くぶつかりました。そしてこの矛盾については、ボルンが「量子力学的確率」という観念を導入し、ハイゼンベルクが「不確定性原理」を提唱し、ボーアが物質の構造とその変化について時空的記述と因果的記述とは同一物の二つの側面像―二つの側面を同時に直接見ることはできないが二つの側面像は相互に補い合うもの―であるという「相補性原理」を提案したことによって、学界の大勢は哲学的不安から解放され、以来これが量子力学の正統派的解釈(コペンハーゲン的解釈)として学界の主流になり、理論物理学界の中央最前線は1920年代末からこの線にそった量子力学による素粒子物理の研究へ向かいました。しかし、アインシュタインやシュレーディンガーは量子力学のこの正統派的解釈に終生にわたり強い疑問と不信をいだき、そのためシュレーディンガーはアインシュタインと同様に1920年代末以降は理論物理学界の主流から全くはずれ、精神的孤独な生涯を歩いたのでした。個人というものは、ある究極的な意味では誰もみな孤独でありひとりで死んでゆくものでありますが、シュレーディンガーはその孤独さを後半生にはっきり自覚的に体験しつつ生きた人の一人でした。そのような孤独の自覚は古今東西の万人との一体的連帯感と相補的なものであり、そのことが本書のエピローグの哲学的な文章のなかに反映していると訳者は思うのですが。

1930年ごろ以来、シュレーディンガーの関心の最も中心的な焦点は、アインシュタインの場合と全く同じではないが、物質と電磁気と重力とを統一的に扱う単一場理論と宇宙論へ向かったように思われます。彼はダブリンで三冊の優れた小著―本書(1944年)と「統計熱力学」(1950年)―を次々に世に送りました。いずれも、簡潔な教科書的書物のなかに独自の鋭い哲学的思索を示したものです。その後1956年に母国に帰り、ウィーン大学教授となり、1961年1月4日に73年余の生涯を閉じました。』

ご参考

“シュレーディンガーの略歴”の中に、「アインシュタインやシュレーディンガーは量子力学のこの正統派的解釈に終生にわたり強い疑問と不信をいだき」とありますが、このことに触れている2つのブログをアップしていましたのでご紹介させて頂きます。 

ブログ:「数学と量子力学/物理学

確率解釈には激しく抵抗しました。なぜなら確率などという原理を物理学の中に持ち込むと、物理学はもはや「決定論」ではなくなってしまうと考えられるからです。

 

 

ブログ:「超ひも理論(超弦理論)

●量子重力理論

相対論と量子論が“結婚”出来れば究極の理論になる

-相対性理論は時間や空間、そして重力に関する物理学の理論である。

-量子論は原子や素粒子などのふるまいを説明する物理学の理論である。

マクロの世界に加え、ミクロの世界でも重力計算ができるようになれば、究極の理論は完成するということです。そして”素粒子=点”ではなく、”素粒子=ひも(弦)”と捉えることにより、可能性が生まれるということが分かりました。 

認知症の薬とインスリン

NHKのBS放送で“脳”に関する番組が目に留まりました。それは「人体神秘の巨大ネットワーク3 第5集 “脳”すごいぞ!ひらめきと記憶の正体」に関するものでした。

アマゾンで購入履歴を調べたところ以前に購入しており、おそらくその時は「人体神秘の巨大ネットワーク3」の第4集の「万病撃退!“腸”が免疫の鍵だった」に興味があって購入したものの、第5集は読んでいなかったということだと思います。

「これは買う手間が省けた」というところです。Partは以下の4つですが、ブログはPart4の「認知症撲滅作戦」を取り上げることにしました。

Part1 脳に広がる神経細胞のネットワーク

Part2 “ひらめき”の秘密

Part3 海馬に刻まれる記憶

Part4  認知症撲滅作戦

・編集:NHKスペシャル「人体」取材班

・発行:2018年6月

・出版:東京書籍

薬を通さない脳血管の特別な関門

●『長い人生を通して私たちの脳の中に築かれていく記憶のネットワーク。それがむしばまれることで引き起こされる病気が認知症だ。認知症の原因はさまざまだが、最も患者数が多いのがアルツハイマー病で、世界各国の研究者が治療薬の開発にしのぎを削っている。アルツハイマー病は、一説によれば「アミロイドβ」というたんぱく質が脳にたまり、神経細胞を壊すことで起こると考えられている。このアミロイドβを分解する薬を脳に送り込むことでアルツハイマー病の進行を食い止めようと、これまでも多くの薬がつくられてきたが、いつも大きな難題が立ちはだかっていた。薬を投与しても、脳神経細胞にまで届いている形跡が見られないのだ。

これまでその理由に関しては、さまざまな可能性が取り沙汰されてきたが、現在ではその有力な仮説として、脳の血管の特別な仕組みに原因があるのではないかと考えられている。通常、点滴や錠剤などを介して血液中に溶け込んだ薬の物質は、血液の流れに乗ってターゲットとする臓器へと移動し、血管からしみ出して臓器の内部に届けられる。それが可能なのは、血管の壁に薬が通れるだけのすき間が開いているからだ。

一方、脳の血管の壁の細胞は、互いに強く結合しているためほとんどすき間がなく、薬が通り抜けることができない。このような脳の血管の仕組みは「血液脳関門」と呼ばれている。英語ではBlood-Brain Barrier、文字通り脳を血液から守るバリアーだ。

画像出展:「薬が脳に到達するメカニズムの解明に挑戦 日本大学薬学部

血液脳関門の実体は無窓性(つなぎ目のない)の筒(チューブ)状に連結された血管内皮細胞から主に構成されている。ヒトの脳毛細血管の細胞内容積は、全脳容積のわずか0.1-0.2%であるが、血管の全長は600Kmもあり、脳内を綱目状に分布している。

血液脳関門を突破して脳に届きアミロイドβを分解できる薬は、まだ医療の現場に登場していない。

なぜ、脳の血管だけに、物質の侵入を簡単には許さない特別な仕組みがあるのだろうか。それは、私たちの脳の中で、さまざまなメッセージ物質がやり取りされていることと関係がある。

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

茶色い物質がアミロイドβです。


もし脳の中に、血液の中を行き交う他の臓器からのメッセージ物質が際限なく流れ込めば、脳は大混乱に陥り、神経細胞の働きに支障をきたすだろう。つまり、血液脳関門は脳に必要な物質を血液中に排出するという、脳の働きを健全に保つ重要な役割を担ってるのだ。

そのため、メッセージ物質の中でも脳の血管の壁を突破することが許されているのはごく一部、特別な役割をもつ物質に限られている。

例えば、すい臓から分泌される「インスリン」はその1つだ。インスリンはPart3でも紹介したように、「記憶力をアップせよ!」というメッセージを脳に伝え、海馬の歯状回の神経細胞を増やすという役割が指摘されている。さらに、インスリンが不足したり働きが不十分な場合は、認知機能や記憶機能に障害が出ることも分かっている。脳にとって欠かせない物質だからこそ、血液脳関門の通過を許されていると考えられている。

血液脳関門は脳を守るという点では役立つものの、薬を脳に届けようとするうえでは逆に大きな妨げになってしまうという、ある意味「諸刃の剣」となっているのだ。』

脳内に薬を届ける新たな仕組み

●血液脳関門を通り抜ける薬を開発することは、臨床医や製薬企業の研究者にとって大きな関心事となっている。

●この難問の第一人者はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)名誉教授のウィリアム・パードリッジ博士である。博士は15年前にベンチャー企業を設立し、新薬の開発の指揮を執っている。

●血液脳関門を通り抜けることができる数少ないメッセージ物質の中から、博士はインスリンに注目した。

●『パードリッジ博士はまず、血液脳関門を形づくっている脳の毛細血管を分離し、この毛細血管の中にどんな運搬機能があるのかを徹底的に調べた。そして、血管の内側の壁にはインスリンにくっつく小さな突起があることを突き止め、血液脳関門を突破する仕組みを解き明かした。

●インスリンが血液脳関門を通り抜ける仕組み(CGです)

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

 

すい臓から分泌されたインスリンは血液の流れに乗って脳の血管に到達する。

脳の血管の壁を通過できるのは、メッセージ物質の中でも、ごく一部の限られた物質である。

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

 

脳の血管の表面には、インスリンをキャッチするための小さな突起がある。

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

 

突起がインスリンをキャッチすると、まるで“秘密の扉”が開くように血管の壁は陥没し始める。

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

 

パードリッジ博士は、この突起にくっつく物質を作り出し、それに薬を結合させて血液脳関門を通過させる戦略を思いついた。

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

 

メッセージ物質が血管の壁を越えて、血管の中から脳へと向かう様子を捉えた写真。パードリッジ博士らが1985年に撮影に成功した。

画像出展:「人体神秘の巨大ネットワーク」

 

カプセルのような薄い膜に包まれたメッセージ物質が、血管の壁を通り抜ける瞬間が映し出されている。

ハーラー病の子どもをすくえ!

●パードリッジ博士らが「認知症の新薬を開発するための第一歩」と位置づける臨床試験は既に始まっている。2017年10月、ブラジル南部のポルトアレグという街では、ハーラー病の3歳から16歳までの子どもたちが、週に一度、大学病院にやってくる。

●ハーラー病はグリコサミノグリカン(GAG)と呼ばれる物質が細胞の中に溜まることで引き起こされる難病であり、ライソゾーム病の一種である。ライソゾーム病は細胞内の小器官ライソゾームに関連した酵素が欠損しているために、分解されるべき物質が老廃物として体内に蓄積してしまう、先天性の病気の総称である。日本ではハーラー病など31種類のライソゾーム病が難病の指定を受けている。

血液脳関門を突破するプロジェクト

●ポルトアレグで行われている新薬の臨床試験は、アメリカの保健省の指導の下、1年半にわたって続けられてきた。試験に参加していたのは11名、症状が重い8人のうち7人に認知や運動面で症状の改善が見られた。

認知症治療薬の開発への応用

●ブラジルで臨床試験が行われているハーラー病治療薬の開発に成功すれば、世界中の2,000以上の子供たちへの朗報となる。また、ライソゾーム病全体で見れば罹患している子どもはもっと多い。

アルツハイマー病の進行を食い止める薬の道筋も見えてくるが、パードリッジ博士らは同じ技術を用いてアルツハイマー病の新薬の開発にも取り組んでいる。

●血液脳関門を突破するカギとして注目されているのは、インスリンだけでない。日本では血液中の鉄を脳へ運ぶのに関係するトランスフェリンというたんぱく質に着目し、この物質を利用することでライソゾーム病の薬を脳に送り届けようと開発を進めている。

生成AIの可能性

AIとは人工知能(Artificial Intelligence)ですが、そもそもよく分かっていません。特に知りたいことはビジネスに対するインパクトの大きさです。一過性の盛り上がりなのか、“クラウド”のように主流としてITビジネスをリードしていくような革新なのかということです。

購入したニュートン別冊は、2018年5月発行なので少々古いのですが、図表も多く内容的にも興味深いものでした。

編集:中村真哉

発行:2018年5月

出版:(株)ニュートンプレス

生成AI(Generative AI)については、NRI(野村総合研究所)さまのサイトをご紹介させて頂きます。“生成AIとは” 3分40秒の動画もあり、大変勉強になります。

こちらのDOORSの寄稿は非常に具体的です。(執筆者はブレインパッドの高田洋平様です)

生成AI(ジェネレーティブAI)とは?仕組みやChatGPTとの関連性を解説

ブログで取り上げたのは目次の黒字の個所です。

目次

1 基礎から学ぶ人工知能

●人工知能の分類

●人工知能の歴史

●ヒトとコンピューターの画像認識①~②

●ヒトの視覚野のしくみ①~②

●ディープラーニング

●機械学習①~②

●ディープラーニングの未来①~②

2 人工知能の最新応用技術

●人工知能の進化

●将棋プログラム

●アルファ碁

●保健医療分野におけるAIの活用

●人工知能の病理診断

●人工知能の内視鏡検査

●人工知能の眼底検査

●自動運転  ※ばっちゃまの米国株

●人工知能のひび割れ点検

●人工知能の惑星探査

3 人工知能の未来

●人工知能とセキュリティ

●人工知能と公平性

●人工知能とプライバシー

●汎用人工知能①~②

●シンギュラリティ

4 人工知能の新領域へ

●インタビュー 山川 宏博士

人間と調和できる人工知能をつくりたい

●インタビュー 金井良太博士

AIに意識をもたせることで意識の本質にせまりたい

●インタビュー 山本一成氏

AIが将棋の可能性を広げてくれた

●インタビュー 坊農真弓博士

「ロボットは井戸端会議に入れるか」会話にあるルールを解き明かしたい

●インタビュー 井上智洋博士

AIが人間を仕事から「解放」してくれる

●インタビュー 佐藤 健博士

AIに裁判の結果の理由を説明させる

●インタビュー 平野 晋博士

AIに常識や倫理観、感情は必要か

1 基礎から学ぶ人工知能

ヒトとコンピューターの画像認識①~②

私たちは、どのように画像を認識している?

・自動運転や医療診断に欠かせないのは画像認識です。この画像認識を可能にし、人工知能の飛躍的進化をもたらしたのが「ディープラーニング」です。例えば、イチゴを見た瞬間にすぐにイチゴだと分かるのは、眼から入った視覚情報が脳の後方(後頭葉)にある「一次視覚野」に送られ、さまざまな情報と統合されてイチゴと認識されるからです。 

画像出展:「ゼロからわかる 人工知能」

コンピューターはディープラーニングで特徴を抽出

・従来のコンピューターは、足し算や掛け算などの計算を大量に行うことはできますが、瞬時にイチゴをイチゴであると認識することはできません。

ディープラーニングはイチゴの画像をすべて数値化し膨大な計算を行うことで、イチゴの特徴を抽出します。

まず、イチゴの画像を非常に細かい画素(ピクセル)に分け、その画素が画像のどこに位置するのかといった「位置情報」と、その画像は何色なのかといった「色情報」を持った数値として処理します。イチゴの画像もコンピューター内では、ただの数学の羅列というわけです。

・イチゴの特徴には、「表面につぶつぶがある」「丸みをおびた三角の形をしている」といった特徴があります。これらの特徴を抽出する必要があるのですが、従来の人工知能ではこの「特徴の抽出」を行うことは難しく、研究者が人工知能に「イチゴとは赤いもの」「イチゴには緑色のへたがついている」など逐一、ルールを教える必要がありました。しかしながら、イチゴの特徴を完全に言語化することは不可能であり、精度よく認識できる人工知能を開発することはできませんでした。

ディープラーニングでは、脳の構造を模した「ニューラルネットワーク」という方法を用いて、特徴を自動で取り出すルールを自ら獲得することができますつまり、「特徴の抽出」を行うことができるのです。


ディープラーニング

コンピューターの中に神経網をつくりだす「ディープラーニング」

ニューラルネットワークとは神経回路を模してつくられたシステムです

・ニューラルネットワークは、データを受け取る「入力層」、学習内容に応じてネットワークのつながり方を変える「隠れ層」、そして最終データを出す「出力層」に分けられます。それぞれの層は、「ノード」とよばれる仮想的な領域からなります。ノードでは以下のような計算が行われ、流れる情報の量が制御されます。 

画像出展:「ゼロからわかる 人工知能」

これは、人間におけるニューロンのはたらきに相当します。このニューラルネットワークを何層にも重ねる(深くする)ことで作られるシステムが「ディープラーニング」です。ディープラーニングは脳の視覚野と同じように、入力層に近い部分では単純な形しか判別できません。しかし層を重ねることで、より複雑な特徴を得ることができます。そして最終的にコンピューターは、イチゴそのものの概念を手に入れることができるようになります。このようにディープラーニングは、視覚野が行う情報処理のしくみに非常に似ています。

機械学習①~②

人工知能の“学習”とは、出力結果と正解との誤差小さくすること

・人工知能は、最初は画像からイチゴの特徴を正しく抽出することも、正しい重みづけをすることもできないので、人工知能はイチゴとリンゴを判別することはできません。そこで、分類した結果の答え合わせを行い、正解との誤差を小さくできるように、重みづけを変えていきます。

コンピューターが“学習”するしくみを見てみよう

・「機械学習」とは、人工知能に試行錯誤を繰り返させ、正しい結果が出せるようにノードとノードの重みづけ徐々に変化させていくことを指します。

・イチゴとリンゴを分類する方法を見てみます。

-学習前の人工知能は重みづけがないので、イチゴがもつ特徴が何か(画像のどこに注目するか)も分かっていません。

[STEP1.画像入力]:イチゴの画像を入力する。この画像には「イチゴ」のレベルが貼られている。

[STEP2.分類]:初期段階では、リンゴとイチゴを分類する特徴が抽出できず、適切な重みづけも不明である。人工知能はすべてを足し合わせ平均をとる。

-人工知能が間違ってリンゴと判定したとしましょう。

[STEP3.結果の出力]:リンゴである確率とイチゴである確率を比較し結果を出す。今回の場合は50%なので判別できない。

-正しい答え(イチゴ)を導き出せるように調整を加えていきます。

[STEP4.答え合わせ]:画像に貼られているラベル(「イチゴ」)と出力結果を突き合わせる。そして、答え合わせの誤差が小さくなるように、人工知能は自ら線の重みづけを変えていく。その結果、抽出される特徴も変わっていく。これが「機械学習」である。ディープラーニングの場合、出力層から入力層に向けて、多くの隠れ層をさかのぼってすべての重みづけを変更していく。


インターネットの拡大が人工知能を賢くした

人工知能は、何百枚、何千枚と学習を繰り返すことで、徐々に正しい答えを導き出せるようになります。

[STEP5.多くの画像を入力]:人工知能に機械学習を行わせるために、リンゴとイチゴの画像を数多く入力する。このときも、リンゴの画像には人間によって「リンゴ」、イチゴの画像には「イチゴ」と正解ラベルが貼られている。

[STEP6.学習によって適切な特徴と重みづけを得る]:数多くの画像について一つずつ、分類しては答え合わせを行うことで、誤差を小さくしていく。今回の場合、当初の誤差の合計は100だったのに対し、機械学習を繰り返すことで、誤差の合計が30になっていることが分かる。このような計算によって、人工知能は適切にリンゴとイチゴを分類することができるようになる。

・長年、ディープラーニングは実用に耐えるほどの精度が出せないという問題を抱えていました。その理由は、層が深くなるにつれて、答え合わせの結果がうまく隠れ層に伝わらず、重みづけを最適化できなかったためです。

しかし近年、答え合わせの方法を改良したり、本格的な機械学習を行う前に、人工知能を“プレトレーニング”したりすることで、非常に効率よく学習を行うことができるようになりました。

また、インターネットの拡大とともに、使用できる画像データが爆発的に増えたことで、容易に機械学習を行うことができるようになったり、人工知能が行う計算に特化したプロセッサ(中央処理装置)の開発が進んだりしたことも、現在、人工知能の性能が劇的に向上している大きな要因です。


ディープラーニングの未来①~②

ディープラーニングの活用例

・声の正体は「音波」であり、周波数という数値で表すことができます。この周波数を人工知能に取り込ませることで、「音声認識」が可能になります。iPhoneのSiriなどが該当します。

・日本語や英語の単語は「文字コード」として数値に置き換えられ、翻訳のような「自然言語処理」に利用されています。2016年、Google社はウェブ上で利用できるGoogle翻訳にディープラーニングを用いることで、翻訳の精度を劇的に向上させました。

・囲碁ソフト「AlphaGo」もディープラーニングを用いています。AlphaGoはそのメカニズムは過去のプロ棋士同士の対局中に現れた膨大な石の配置パターンを読み込むことで、その場面における自分が有利か不利かを判断しています。

AlphaGoを開発したイギリスのDeepMind社は更に2017年10月、囲碁ルールのみを与えた「AlphaGo Zero」が40日という短期間で、従来のAlphaGoのどのバージョンよりも強くなったことを発表しました。AlphaGo Zeroで用いられた手法は「強化学習」というものです。強化学習では、研究者は人工知能に過去の対局記録や正しい手筋を教えません。そのかわりに、人工知能同士で対局を行わせ、より多く勝てる打ち筋に「報酬」を与えます。人工知能が自ら、より多くの報酬を得られる、つまりより多く勝てるように試行錯誤して最適な打ち筋を学習していくのです。過去データを用いることなく強くなったことを示すこの結果は、もはや人工知能が人類の手をはなれて進化し続けることを示唆しているといえるかもしれません。

画像出展:「Google DeepMind

取り組んでいる課題

・ディープラーニング

・理論と基礎

・制御とロボット工学

・教師なし学習と生成モデル

・強化学習

・神経科学 

・科学

未来を見通すことも可能になりつつある人工知能

・これまでのディープラーニングは主に、静止画像のような「静的な(時間の流れをともなわない)」情報に対して用いられてきました。しかし、動画のように先の展開を予測する必要がある情報の場合、従来のディープラーニングを用いることはできません。

そこで最近、注目を集めている技術が「リカレント・ニューラルネットワーク(RNN)」です。「リカレント」とは「循環する」という意味で、今の時刻の情報を処理する際に、少し前の時刻の情報と統合したうえで処理し、出力することを意味します。少し前の自分の状態に学ぶしくみだということもできます。

私たちは、時々刻々と変化する風景をとらえ、物体の動きを予測し、次の行動を決定します。たとえば正面からボールが飛んできた場合、私たちは反射的によけることが可能です。しかし現在の人工知能は、このような当たり前の予測を行うことができません。なぜなら、ボールが動く映像の実体は、静止画を1枚1枚コマ送りしたものにすぎず、それぞれの静止画のつながりを理解することはむずかしいためです。人工知能にとって「時間」を理解することは困難なのです。

私たちの脳内では、ボールの視覚情報が一次視覚野から二次視覚野、そして高次視覚野へと伝えられる一方で、高次視覚野から一次視覚野へと“逆流”する信号もあるといいます。これは、先に伝わった情報と後から来た情報を統合することで、物体の動きを補正し、正確にとらえるためだと考えられています。この“情報の逆流”を人工知能に搭載した技術がRNNであるといえます。

2 人工知能の最新応用技術

人工知能の進化

人工知能が動作や言葉を理解し、社会に進出していく

人工知能は新しい能力を獲得するたびに、人工知能が活躍する領域は広がっていくと考えられます。特に、動作に関連する概念は、ロボットが人間社会で実現に行動するためには必須の能力だといえます。

能力1.画像を正確に見分けられる

能力2.複数の感覚データを使って特徴をつかむ

・今後は人工知能も、視覚情報に温度や音などの情報も組み合わせて、抽象的な概念を理解できるようになります。

能力3.動作に関する概念を獲得する

・「ドアを開ける」といった、自分の動作(例えばドアを押す)とそれがもたらす結果(ドアが奥に開く)を組み合わせた概念です。これらの動作の概念がないと、ロボットは行動計画を立てることができません。

能力4.行動に通じた抽象的な概念を獲得する

・例えば、ガラスのコップは硬いといった抽象的な概念(感覚)は、さまざまな材質のコップを実際に触ったり、落として壊したりすることで獲得できます。こういった感覚は、人間とともに暮らして家事や介護を行うロボットには必須です。

能力5.言葉を理解する

・音声認識や自動翻訳などの言語に関する能力はかなり進んでいますが、まだ人間と同じように言葉を理解しているわけではありません。

能力6.知識や常識を獲得する

・言葉が理解できると、人工知能はインターネット上の情報などから知識や常識を獲得することができるようになります。

3 人工知能の未来

汎用人工知能①~②

汎用人工知能では、脳をまねてモジュールをつなぎ合わせる

・今の人工知能は、ディープラーニングなどのニューラルネットワークを使用した「モジュール」(プログラムの構成単位)をいくつか組み合わせることでできています。現在は、人間が特定の問題に応じてモジュールを組み合わせて人工知能を設計しています。つまり、その問題しか解けない設計になっています。それに対して、全能アーキテクチャが目指す「汎用人工知能」は、私たちの脳が普段から行っているように、必要に応じて複数のモジュールを自動的に組み合わせることを目指しています。臨機応変に自分自身の設計(プログラム)を変えることで、さまざまな問題を柔軟に解決できるようになります。

・現在の開発状況から見て、人間と同程度の能力をもつ汎用人工知能は2030年頃に完成するのではないかという声が出ています。

画像出展:「ゼロからわかる 人工知能」

大脳基底核や大脳皮質のほか、運動に関わる小脳に相当する人工知能の開発は比較的進んでいますが、海馬に相当するものや、それらを統合するための人工知能の開発は遅れています。

未知の状況に対応する能力をもつ汎用人工知能は、自律的な行動が求められる「災害救助ロボット」や「惑星探査機」などに応用されることが期待されています。

・モジュールは、脳の各部位や領野に対応するプログラムです。全脳アーキテクチャでは、各モジュールを必要に応じてさらに細かい機能に分類して、それらを統合することで、人間の脳と同じような機能を実現する汎用人工知能を目指しています。

シンギュラリティ

シンギュラリティの到来時期は賛否両論

・「シンギュラリティ(singularity)」は技術的特異点と訳される。人工知能が自分自身で猛烈な進化を続けると、人間の知能を追い抜き、遂には人類がその先の変化を見通せない段階まで進化するという説があります。これはアメリカの人工知能研究者であるレイ・カーツワイル博士が2005年に発表した著書『シンギュラリティは近い』によって世界に知られるようになりました。 

画像出展:「ゼロからわかる 人工知能」

・あと数十年でシンギュラリティがやってくるという説には否定的な意見は少なくありません。しかしながら、時期は分かりませんが人工知能がこのまま進化することで、あらゆる分野で人間の知能を上回る時代がいずれやってくることについては、人工知能研究者の多くが同意しているようです。

4 人工知能の新領域へ

インタビュー 平野 晋博士

AIに常識や倫理観、感情は必要か

画像出展:「ゼロからわかる 人工知能」

 

 

 

『AIネットワーク社会推進会議で取りまとめられた「国際的な議論のためのAI開発ガイドライン案」。AIの著しい発展を受け、近い将来、社会にAIネットワークが構築されることを前提として検討された九つの開発原則である。ただし、このガイドライン案はあくまで指針案であり、法的な拘束力はない。』

総務省の“AIネットワーク社会推進会議”は平成28年からのようです。

感想

人工知能は新しい能力を獲得するたびに、人工知能が活躍する領域は広がっていくと考えられます』これが全てのように思います。

過熱状態は落ち着き、浮き沈みはあるでしょうが、生成AIはクラウドに匹敵するようなITを長期的に牽引する革新になるだろう思います。

開発環境あるいは開発支援のサービスも充実してきています。AIをリードしているNVIDIAといえばGPUという汎用型のAIアクセラレーターで有名ですが、各ニーズに対応した特化型のAIアクセラレーターも登場しています。CPUの両雄(IntelとAMD)も動いているようです。特にAMDは2023年6月にMI300Xという汎用型GPU(GPGPU)を発表しました。Big TechのMetaも、Google、Amazonに続きAI用の独自チップの開発を発表しました。さらに、テスラは独自に設計したチップとインフラストラクチャを使用したカスタムスーパーコンピューター“Dojo”を発表しました。

ソフトウェア、ハードウェアの進歩は止まることはありません。世界中の研究者によって新しい技術が“今”を変えていきます。そして、人工知能のニーズは医療、介護、小売、運輸、災害支援、宇宙開発など多岐に渡ります。

仮想空間はアバターを利用してネット上で交流する“メタバース”に進化しました。通信では5Gに続く、“Beyond5G(6G)”は2030年頃と目されているようです。

シンギュラリティが本当にやってくるのか、それはいつか、不安もありますが、おそらく人類の進歩の歴史の中で、それは避けられないのではないかと思いました。

画像出展:「yahoo finance」

円の大きさは時価総額で、AI関連で500億ドル以上の会社を集めたものです。

何故か、”Meta”が入っていませんね。気になってさらに調べてみました。

画像出展:「Linkedin」

こちらは2023年、全業種になっています。

やはりMeta(左下)はありました。

画像出展:「Yahooニュース」

米議会は9月13日、テスラのイーロン・マスクCEOのほか、メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグCEO、アルファベットのスンダー・ピチャイCEOらテクノロジー業界の幹部を招き、人工知能(AI)に関するフォーラムを開催した。写真は、米議会で開かれたAIフォーラム(2023年 ロイター/Leah Millis)

『上院民主党トップのシューマー院内総務はフォーラムの冒頭「超党派のAI政策の基盤を整備するという巨大で複雑、かつ重要な取り組みをきょう開始する」と表明。「議会が役割を果たさなければ、AIの恩恵を最大化することも、AIのリスクを最小化することもできない」と述べた。 

また、とりわけディープフェイクについては優先的に対応し、2024年の選挙前に規制する必要性があると強調した。

フォーラムは非公開で開催。60人を超える上院議員のほか、エヌビディアのジェンスン・ファンCEO、マイクロソフトのサティア・ナデラCEO、IBMのアービンド・クリシュナCEO、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏らも参加した。』

癌と臨死体験4

著者:アニータ・ムアジャーニ

訳者:奥野節子

初版発行:2013年6月

出版:ナチュラルスピリット

目次は、”癌と臨死体験1”を参照ください。

第14章 シンクロニシティに導かれて

●『私の人生の軌跡を振り返った時、これまでのあらゆる出来事が、つまり、私がポジティブと考えて出来事も、ネガティブと思っている出来事も、最終的には私に恩恵を与えており、今日へと導いてくれたことがはっきりわかります。

同じく明らかなのは、宇宙は、私が受け取る準備ができたものだけを与えてくれたことがはっきりわかります。同じく明らかなのは、宇宙は、私が受け取る準備ができたものだけを与えてくれる、それも私の準備ができた時にそうしてくれるということです。世間の注目を浴びる恐怖感がそのプロセスを遅らせましたが、いったん不安が取り除かれるとすぐに、ヘイ・ハウスのメールを通して、直ちに宇宙からしるしを受け取りました。いつでも、自分が人生に望むものだけが、やってくるのです。』

パート3 臨死体験が教えてくれたこと

第15章 私が癌にかかった理由、そしてなぜ癒されたか

●『臨死体験について話す時に一番よく尋ねられる質問は、「あなたが癌になった原因は何ですか?」というものです。多くの人が、その人が、その答えに興味を持つのは当然のことでしょう。

けれど、まず最初に、この話題が持ち合わせている危険性についてひとこと言及しておきたいと思います。危険性の一つは、私の発言によって、病気の治らない人は、病気が完治した人より“劣る”という印象の一つは、私の発言によって、病気の治らない人は、病気が完治した人より“劣る”という印象を受けるかもしれないことです。これは真実ではありません。

私の言い方があまり単純化しているように聞こえたとしたら、苛立ちを感じるでしょう。あなた自身や知り合いの人が苦しんでいる場合にはなおさらです。これが、言葉で表現する時の問題の一つです。言葉は良い影響を与えるどころか、有害になることがあります。私は、まだ癌が治っていない人もすばらしい存在なのだと強調したいと思います。彼らが病気である理由は、おそらく人生における個人的な目的と関係しています。私が病気になったのも、自分がここにいるのも一部であり、たとえ生きることを選択したとしても、死ぬことを選択したとしても、私のすばらしさは変わらないのだと、今ではわかっています。

病気の治癒について、私が話している内容を同意しない人がいるのはわかっていますが、それで結構です。私はただ、私の話が他人の役に立つことを願って、自分が体験したと感じることを表現しているだけなのです。』

●『「なぜ私が癌にかかったと思うか」という質問への答えを一つの言葉にまとめれば、“恐れ”ということになるでしょう。では、私は何を恐れていたのでしょうか? 何もかもすべてです。

たとえば、失敗すること、嫌われること、人をがっかりさせること、十分じゃないことなどを恐れていました。もちろん、病気も恐れていました。特に癌とその治療法に恐怖感を抱いていました。私は生きることを恐れ、死ぬこともひどく怖がっていたのです。』

●『私は常に他人を喜ばせたいと思い、また、その理由が何であれ、非難されるのを恐れていました。人から悪く思われないように懸命に努力しているうちに、やがて自分自身を見失ってしまいました。本当の自分や自分の望むこととのつながりを完全に断ってしまったのです。私がすることはすべて、自分以外のみんなの賛同を勝ち取るためでした。

私が癌になる前、誰かに「人生で望むものは何か?」と尋ねられたら、まったく見当がつかなかったでしょう。私は、文化的な期待にがんじがらめになり、他人に望まれる人間になろうと努力し、もはや自分にとって何が重要なのかわからなくなっていました。』

●『外見上、私は癌と闘っているように見えたに違いありません。でも、内心では癌は死の宣告だと信じていました。治るためなら何でもするという素振りをしながら、心の奥では自分は治らないと思っていたのです。そして、死ぬことが怖くてたまりませんでした。

研究者たちが、「癌の治療法を見つける努力をしている」と常に言っているのはつまり、解決法がまだ見つかっていないということだと思っていました。このことは、少なくとも西洋医学では公然の事実でした。それにもかかわらず、自分には西洋医学による治療法しか選択肢がないと言われたのは、骨の髄まで恐怖感を抱かせるに十分でした。“癌”という言葉を聞いただけで恐れの気持ちがわき上がってきました。現代医学では治せないと知ったことが、自分は死ぬんだという確信の裏づけとなったのです。

それでも私は、可能なことはすべてしようと努力しましたが、病気は容赦なくどんどん進行していきました。西洋医学では初めから自分の運命が決まっているような気がしたので、周囲の人の反対を退けてでも、私は代替療法を選択しました。結局、仕事を辞めてから4年間、ありとあらゆる治療法に取り組みました。』  

●『身体の機能が止まった時、私がいた向こう側の世界は、恐れでゆがんでいない私自身のすばらしさを見せてくれました。私は、自分が利用できる偉大なパワーに気づくようになったのです。

私が身体にしがみつくのをやめた時、向こう側の世界に行くために何も必要はないのだと感じました。祈りも、詠唱も、マントラも、許しも、何もいらなかったのです。その移行は、まったく何もしないことに等しいものでした。特に誰に対してというわけではありませんが、「私には与えられるものがもうありません。もうお手上げです。どうぞ連れて行ってください。もうどうにでもしてください。あなたのお好きなように」と言った気がしました。

向こう側の世界で私は明晰でした。そして、自分が抱いていた恐れのために死んでいくのだと、直感的に理解しました。私は、いつも心配ばかりして、本当の自分を表現できずに生きてきました。癌は決して罰のようなものではなく、自分自身のエネルギーが癌として現れたのだとわかったのです。

そうなったのは、私の恐れのせいで、本来の姿であるすばらしい存在としての自分を表現できなかったからでした。

そのような拡大した意識の状態で、私は、いかに自分自身につらくあたり、批判ばかりしていたかを理解しました。そこでは、私を罰する人は誰もいませんでした。私が許さなかったのは他人ではなく、自分だったのだと、やっとわかりました。私を非難したのも、私が見捨てたのも、私が十分愛さなかったのも私自身だったのです。ほかの誰でもありませんでした。

私はその時、宇宙の美しい子どもとして自分のことを見ていました。私は存在するだけで、無条件の愛を受ける価値があったのです。そのために何もする必要はないとわかりました。祈ることも、お願いすることも、何一ついらないのです。これまで、自分自身を愛したことも、尊重したことも、自分の魂の美しさを目にしたこともなかったと悟りました。絶対的なすばらしさが私のためにいつも存在していたのに、まるで、物質的な生活がそれを奪って、少しずつ破壊してしまったような感じがしました。

このことを理解した時、もう自分には恐れるものがないとわかったのです。私は、誰もが手に入れられるパワーについて知り、この世に戻るという大きな選択をしました。その覚醒した状態での選択は、私がこの世に戻るための非常に強い原動力でした。

再び自分の身体で目覚めた時、この世に戻ってくるという私の決断に、身体のすべての細胞が応じるだろうと知っていました。ですから、自分の病気は必ず良くなるとわかっていたのです。

●『気づきとは、判断せずに、何が存在していて、何が可能かを理解することを意味します。気づきを得れば、防御する必要がなくなります。それは成長とともに拡大していき、すべてを取り囲み、ワンネスの状況に近づけてくれます。そこは奇跡が起こる場所なのです。それに比べて、信念は、自分が確かだと思っているものだけを受け入れ、他のものはすべて閉め出してしまいます。

ですから、私の癌の治癒は、信念によるものではありません。臨死体験は純粋な気づきの状態で、その時、これまで持っていた教えや信条は完全に消えていました。この状態が、私の身体の“修復”を許したのです。言い換えれば、私の癒しに必要なのは、信念を捨てることでした。

●『臨死体験をしてから、特定の思想を強く信じすぎていると、かえって自分に悪影響を及ぼすと学びました。一つの信念にもとづいて行動すれば、自分が知っている領域内だけに閉じこもり結局、自分の体験を制限することになるのです。

自分が思いつくものだけに縛られていれば、自分の可能性は狭められてしまうでしょう。けれど、自分の理解が十分ではないことを受け入れ、不確実な状態を心地よく思えるようになれば、無限の可能性の領域が目の前に広がるのです。

臨死体験後にわかったことですが、自分を自由にし、信念や不信から離れて、心をあらゆる可能性に開いた時、私は一番強い状態にあります。さらに、そのような状態で、最も深い明晰さやシンクロニシティを体験するようです。確実性を必要とすることが、大きな気づきの体験を邪魔するのだと感じています。それと対照的に、すべてを手放し、信念や結果への執着から解放されれば、精神の浄化作用と癒しがもたらされるでしょう。真のヒーリングが起こるには、癒されたいという強い欲求を手放し、人生という乗り物を信頼して楽しまなければなりません。

第16章 私たちは神と一体である

●『私たちは、“時間が過ぎる”と思っていますが、臨死体験をしている時には、時間はただ存在していて、自分が時間の中を移動しているように感じられました。時間のあらゆる点が同時に存在するだけでなく、向こう側の世界では、私たちは、速く進んだり、遅く進んだりすることができ、さらに、後ろにも、横にも動けるのです。

しかし、物質的次元では、感覚器官のせいで制限が与えられます。私たちの目は、この瞬間に見えたものだけに気づき、耳も同様です。思考は一つの瞬間にしか存在できないので、瞬間と瞬間をつなぎ合わせて、直線的な一連の出来事を形成します。

でも、身体から自由になると、私たちは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を通してではなく、自分の気づきだけで、すべての時間や空間を動けるのです。私たちは、純粋な意識そのものになります。

臨死体験の中で、私はこのことを体験しました。兄が私に会うため飛行機に乗っていることにも、医師が病室からずっと離れた廊下で話しているのにも気づいていました。自分の将来についてもたくさんのことを理解しました。もしこの世に戻らなかったらどうなるか、もし戻ったらどうなるか、すべて明らかでした。時間も、空間も、物質も、私たちが通常考えているようには存在しないのだとわかったのです。臨死体験の中で、過去でも未来でも、意識を集中すればどこでも行ける感じがしました。』

●『私は、“ハイヤーセルフ” “魂” “スピリット”のかわりに、“無限の自己”という言葉をよく使っています。もう少しはっきりさせるために言えば、それは、私が臨死体験中に、自分が身体だけの存在ではないと気づき、あらゆる存在と一つであると感じたものを指しています。私は、無限のすばらしい存在として純粋な意識と一つになり、なぜ今この身体と生命を得たのかはっきり理解したように感じました。さらに、分離の幻想は、外部のものと自分を同一化しすぎることから生じるとわかったのです。』

●『無限の自己とは、私たちの本能や直感が存在する場所です。家を買おうとしている時、理性は実際の土地を選んだり、予算を決めるなどして、選択肢を狭めようとします。けれど、最終的な決断は、直感によってなされることもあるでしょう。ただそこが良い感じがしたというだけで、それを説明する論理的根拠は何もないというようにです。それが無限の自己です。

生活があまりに複雑になり、自分が宇宙エネルギーにつながっていて、これらの自然な能力を持っているということを忘れてしまうことがあります。自分の内なる声を聞くのをやめて、上司や教師や友人など外側の力に自らの力をゆだねてしまうのです。感情は魂への入り口なので、自分の感情をブロックすれば、自分のすばらしさに気づけなくなるでしょう。それなのに、私たちは複雑な存在ゆえ、自分の感情をコントロールしようとしています。』

●『私は、家族や知人などすべての人が自分の人生で果たしてくれている役割、そして、私が彼らの人生で果たしている役割を理解しています。もし私が自分に正直でなかったら、周囲の人たちも本当の自分ではいられません。私が無二の自分でいることで、他人も無限の自己のレベルで私と関わり合えるのです。

私がこの気づきを持っているかぎり、宇宙エネルギーと一つであると感じることができ、それは私の人生で、奇跡のようなシンクロニシティを見せてくれるでしょう。私は、へとへとになるのではなくエネルギッシュになり、“行動すること”で落ち込むのではなく、“存在すること”によって明るくなり、宇宙エネルギーに対抗するのではなく、それと協力しながら生きるようになりました。この生き方を続けるうちに、私の生活は禅のような性質を帯びてきて、いつも導かれているように感じています。それは必ずしも簡単ではありませんでしたが、確実に人生をずっと楽しいものにしてくれていました。まだ、進歩の途中ですが、私がすべきことは、愛であること、そして本当の自分でいることだけです。その結果、私の周囲の世界はあるべき場所に落ち着き、同じことが全世界的にも起こるでしょう。』

第17章 ありのままの自分を生きる

●『私は、自分と他人のためにできる最善のことは、意識的に自分をうきうきした気分にさせて、幸せを感じることだと固く信じていますが、“プラス思考”という考えにはあまり賛成ではないと言えば、驚くかもしれません。すべての生命はつながっているので、自分が上機嫌でいれば、全体にも大きな影響があるのは確かです。

でも、もしネガティブな考えが忍び込んできたら、それを批判せずに受け入れて、ただ通り過ぎるのを待っていたほうがいいように思うのです。感情は、抑圧したり追い出そうとしたりすればするほど、押し返してくるでしょう。そうではなく、何の判断もせずに、ただ自分の中を流れるのを許していれば、思考や感情は通り過ぎていくのです。その結果、正しい道が自然に目の前に開かれ、真の自分でいられるようになるでしょう。

「ネガティブな考えが、人生にネガティブなものを引き寄せる」という大雑把な説は、必ずしも真実ではありません。この説のせいで、すでに苦しみを経験している人たちが一層ひどい思いをしているのです。さらに、自分の考え次第で、もっとネガティブな状況を引き寄せるかもしれないという恐怖感も生み出します。この考え方やみくもに主張すれば、つらい時期を過ごしている人たちに、彼ら自らがその出来事を引き寄せたと思わせてしまうでしょう。それはまったくの偽りです。もし不愉快な状況を生み出したのが自分のネガティブな思考だと信じれば、私たちはびくびくするようになるに違いありません。けれど、そのような状況は、実際は、思考よりもむしろ感情と関係しているのです。特に、自分自身についてどう感じているかが大切です。

また、ポジティブなものを引きつけるには、単に陽気でいればいいというのは本当ではありません。これは強調してもしきれないことですが、自分自身についてどう感じているかが、人生の状況を決める上で一番大切なことなのです。つまり、自分自身に正直でいることが、ポジティブでいるよりもずっと重要です。

私は動揺することが起きた場合、自分がネガティブな気持ちになるのを許しています。なぜなら、本当の感情を封じ込めるよりも、体験するほうがはるかに良いからです。それは、自分が感じていることと闘うのではなく、受け入れるということです。判断せずに、許すという行為は、まさに自分への愛の行為です。自分に優しくするという行為は、楽天的なふりをしているよりも、喜びに満ちた人生を創造する上で、ずっと役に立つでしょう。』

●『実際に最悪の一日だったかどうかは重要ではありません。その時、自分がどう感じていたかがもっと大切なのです。困難に直面している時も、信頼を失わず、不安や悲しみや恐れという感情が通り過ぎ去るまで、抑圧せずに、そのままでいるということです。それは、本当の自分に忠実でいるよう許すことにほかなりません。そうすれば、その感情は消えていき、だんだん現れなくなるでしょう。』

●『ありのまま受け入れるプロセスは、まず信頼することから始まります。次に、いつも本当の自分に忠実でいることです。このようにして私は、真に自分のものを引き寄せていますが、それは、私が受け入れられるレベルに合わせて実現します。

自分が心配なこと、自分に必要あるいは足りないと思うものにフォーカスすることもできますが、その場合には、私の人生は望んでいる方へは向かっていかずに、今の状態にとどまったままでしょう。なぜなら、信頼し、新しい体験を受け入れて、自分の気づきを拡大するではなく、恐れや動揺や実現していないことばかりに集中しているからです。ですから、望みが現実のものとして現れるかどうかは、どれくらい早く私が不安を手放して、ただ信頼し、くつろげるようになれるかによるのです。

一つの考えや結果執着するほど、あるいは新しい冒険を恐れるほど、進歩は遅れてしまうでしょう。それは、そのプロセスに心を開かず、宇宙エネルギーが自然に自分の中を流れるのを許していない状態だからです。

そうは言っても、ただ座って、すべての選択や可能性についてあれこれ考えているわけではありません。私は、今の瞬間に意識を向けて生きています。外面的にではなく、内面的にという意味です。外側には、追い求め、引き寄せるべきものは何も存在しません。宇宙は自分の中に存在し、私が内側で体験していることが、全体に影響するのです。

感想

この凄い本を読んで大切にしようと思ったことは、特に心が乱れたときは、自分の内側に意識を向け、自分自身の本当の気持ちに気づくこと。その気持がどのようなものか客観的に考えること。その上で、可能な限り、その気持ちに沿ってありのままの自分でいようとすることです。

妄想

私は以前から、【気】や【意識】や【こころ】などは、未知のエネルギーが身体の中にあり、ミクロの世界を支配している量子力学が持っているエネルギーと何か関係しているのではないだろうかと考えていました。今回の本の中にも、それを連想する箇所がいくつかありました。妄想の世界になりますがご紹介させて頂きます。

この本の「5.量子の奇怪さ」には、次のような指摘がされています。

『量子論を考え出した人たちは、ニュートン的世界観と対照的なもう一つの面に気づいた。それは観測者が創り出すリアリティというものだ。量子論によれば、観測者が何を測定しようとしているかということがその測定自身に影響を及ぼすことになる。量子の世界で現実に起こっていることは、その世界を我々がどのように観測しようとしているかに依存しているのだ

これは、アニータさんの『第一に、私が意識を向けたものは何でも、自分の目の前に現れるような気がしました。

さらに『臨死体験のおかげで私は、外側で起こっていることが内側に影響するのではなく、内側にあるものが外側に反映するのだと考えるようになりました。』を連想させます。 

ミクロな世界では一つの物が同時に複数の状態をとることができる」と書かれています。

アニータさんの本には、『時間はまるで存在していないかのようで、それについて考慮する必要さえなかったのです。

また、『誰もがこの偉大な宇宙の中心にして、それぞれの立場で表現しているのだとわかりました。』とあります。

 

 

こえられないはずの山を”すり抜ける”電子」と書かれています。※ご参考:電子は量子の代表格

アニータさんの本には、『時間も、空間も、物質も、私たちが通常考えているようには存在しないのだとわかったのです。臨死体験の中で、過去でも未来でも、意識を集中すればどこでも行ける感じがしました。』とあります。

 

 

『量子力学で生命の謎を解く』より
『量子力学で生命の謎を解く』より

生命は量子の世界と古典的な世界との縁を航海している”として、それをつなぐキールを維持することにより個体としての生命が続くという考えが本に書かれています。

アニータさんの本には、『「アニータ、おまえが来れるのはここまでだ。これ以上進んだら、もう戻れないんだよ」。物理的な境界線はありませんでしたが、自分の前に、エネルギーレベルの違いによって区分けされた、見えない境界線があるのがわかりました。』 とあります。

ニュートン力学に存在する物理的エネルギーを囲った一つの器が人間で、量子力学に存在するエネルギーの集合体の中に“無限の自己”があり、人間の心と交信しているのか?

そして、器としての人間の死により、交信は断たれ本来の“無限の自己”に戻るということなのか?

煩悩とは、生きること(人間としての器を守り、紡いでいくこと)と表裏一体のように思いました。

ご参考(10月10日):“量子力学と仏教は同じだった!? 物理学者たちが東洋思想に魅了される理由

今、『量子革命』という本に挑戦しているのですが、その関係で“宇宙の真理”という凄いサイトを発見しました。このサイトの中のコンテンツの一つが、この“量子力学と仏教は同じだった!?物理学者たちが東洋思想に魅了される理由【宇宙の真理】”です。

この動画を拝見し、「私の[妄想]もまんざらではなさそうだ」と後押しされたような気持ちになりました。

余談:エドガー・ケイシー

エドガー・ケイシーという名前は患者さまから教えて頂きました。

早速、ネットで調べてみると、東京の本郷三丁目にある「ゆめのきクリニック」さまでは、エドガー・ケイシー療法に取り組まれており、紹介や説明が出ていました。

そこで、著者がエドガー・ケイシーになっている“奇跡の生涯”いう本を拝読させて頂きました。

ここには聖書との深いつながりについても書かれており、10歳ころに感銘をうけ、繰り返し繰り返し計15回も読んだそうです。このことはエドガー・ケイシーを知るうえでとても重要ではないかと思います。

エドガー・ケイシーについては、NPO法人 日本エドガー・ケイシーセンター(ECCJ)に詳細な情報が掲載されています。

この中で、特に興味をもったのは「エドガー・ケイシー珠玉の言葉」です。このメーリングリストに登録すると、「エドガー・ケイシーが残した珠玉のリーディングの中から、みなさまにリーディングを1つメールで毎朝お届けします。」となっています。

ちなみに以下のような感じです。英語の勉強にもなると思います。

『あの時こうしていれば、などと過去を振り返ってはなりません。むしろ、あなたが今いるところで立ち上がり、上を見上げなさい。』

『But look not back upon what might have been. Rather, as given, lift up, look up - now - where ye are.』

『あなたの苦難、トラブル、さらには失望すらも、主の道をよりよく知るための踏み石として数えなさい。』

『Count thy hardships, thy troubles, even thy disappointments, rather as stepping-stones to know His way better.』

癌と臨死体験3

著者:アニータ・ムアジャーニ

訳者:奥野節子

初版発行:2013年6月

出版:ナチュラルスピリット

目次は、”癌と臨死体験1”を参照ください。

第11章 コー医師による医学的見解

●『それまで、臨死体験についてはあまり知りませんでした。その言葉は聞いたことがあり、テレビで1、2回ドキュメンタリー番組を見たかもしれませんが、実際に体験した人は一人も知りませんでした。とりわけ、自分がそれを体験するなど考えたこともなかったのです。

兄が教えてくれたサイトの情報を読みながら、鳥肌が立つのを感じました。というのも、自分の体験と類似する点がとても多かったからです。私のような病気の話は一つもありませんでしたが、向こう側の世界で体験したことはそっくりでした。何人かの人が、拡大、明晰さ、一つである感覚―みんなつながっているということ―について語っていました。

さらに、判断や批判のない圧倒的な無条件の愛だけを感じたと書いてありました。亡くなった愛する人たちや、自分のことを気にかけてくれている存在との出会いにも触れ、普遍の知恵や理解が得られたとありました。私は、彼らもまた、受け入れられ、一つである感覚を味わい、誰もが例外なく愛されているとわかったという事実に驚きました。そして、臨死体験後、彼らの多くが、私とまったく同じような目的意識を感じていたのです。

アニータさんのお兄様がお話されていたというサイトです。

いくつかの体験談を読んだあと、「あなたの臨死体験についてお聞かせいただけませんか? ご興味のある方はここをクリックしてください」と書いてあるのに気づき、クリックしてみました。すぐに、詳細な記述を求めるかなり長いフォームが現れたので、それに書き込みを始めました。それまで自分の体験を書いたことはなく、親友や家族に話しただけだったので、これほど詳細に分析するのは初めてのことでした。

自分の状況を知らない人に説明するのも初めてだったので、できるだけ明確に表現するよう努力しました。質問に答えながら、これまで考えたこともない観点から自分の体験を振り返りました私は、癌になったこと、向こう側の世界とこの世に戻ってきてからの体験、すごい速さで癌が消えてしまったことなどについて詳細に書きました。フォームの必要事項を埋めてから、余白にもう少し説明を加えて、“提出”ボタンを押しました。すると、「あなたの体験談をお送りいただき、ありがとうございます。サイトに掲載するかどうかについては、3週間以内にご連絡いたします」というメッセージが現れました。』

●『ロング医師は、私が体験談を提出したNDERFのサイト責任者で、癌の専門医だと自己紹介していました。そして、私の体験はこれまで読んだ中で並はずれたものの一つだと書いてありました。』

アニタMoorjaniのNDE” ※こちらはアニータさんの体験談です。

アニータの病状の経過

-『2002年の春、彼女は、左鎖骨上部に固い腫れものがあるのに気づいた。明らかに、これは彼女の主治医にとって警戒すべきサインだった。その年[2002年]の4月、生体組織検査によって、ホジキンリンパ腫(悪性リンパ腫の一種)で、「ステージⅡA(初期から中期/自覚症状なし)」と診断された。従来の治療法は気が進まなかったため、彼女はさまざまな代替医療を試みた。

その後の2年半で病気はゆっくり進行し、2005年には健康状態が損なわれ、癌は他のリンパ節へと広がり、大きくなっていった。この頃には、寝汗、微熱、皮膚のかゆみのような、“B症状”と我々が呼ぶものが現れてくる。さらに、両肺に胸水がたまり、呼吸困難になったので、その年には数回にわたって胸水を抜く処置が行われた。同年のクリスマスまでに、彼女の病状は進行し、下降線をたどり続けた。彼女の首と胸壁の癌は皮膚にも浸潤し、感染性皮膚潰瘍を引き起こした。栄養摂取もできず、体重減少、疲労感、筋力の低下、そして腎機能の低下が起こり始めた。

2006年2月2日の朝、彼女は起床できなかった。顔全体、首、左腕が風船のように膨らみ、目は腫れて閉じたままだった。これらはすべて、リンパ腫が大きく広がってたために、頭部や首からの静脈還流が弱まったためである。すでに携帯用酸素ボンベを使用していたが、多量の胸水のために息ができず喘いでいた。夫と母親はすぐに家庭医に連絡をし、急いで総合病院へ連れて行くようにという指示を受けた。難しい決断に迫られ、もう一人の癌専門医が呼び出された。そして、しかるべき医学的処置をしなければ、彼女は助からないだろうという合意に達した。多臓器不全の状態であるという見地から、抗がん剤投与は危険すぎたが、彼女が生き延びるための唯一の治療法だった。その夜、彼女はMRIとCTで複数の検査を行い、2リットルの胸水を抜き取り、7つの抗がん剤のうち3つを処方され、集中治療室に入れられた。この時、アニータは、彼女が臨死体験と呼ぶものを体験し始めていた。

臨死体験後の目覚ましい回復ぶり

2月3日の夕方:アニータは目覚めて、ベッドの上に起き上がると、自分はもう大丈夫だと家族に告げた。主治医の癌専門医と話をし、主治医は、昏睡状態だったはずのアニータが自分のことを覚えていたことに当惑した。

2月4日:アニータは、鼻腔栄養チューブを抜くよう医師に要求し、そのかわり食事をとると医師に約束した。さらに、自宅からiPodを持ってきてくれるように夫に頼んだ。

2月5日:アニータは、診察に来た医師たちを「パーティに参加しませんか」と誘った。

2月6日:医師たちは、彼女を集中治療室から一般病棟へ移すことに同意した。

この時までに、彼女の首や顔の腫れはほとんどひいていた。かなり大きくなっていたリンパ節は軟らかくなり、頭を動かせるまでになった。治療の最初のサイクルは、2月中旬に終わった。形成外科医に、次の検査と処置が依頼された。』

謎に包まれている説明のつかない現象

-『私のカルテには、病院へ運ばれてきた時、私の臓器はすでに機能不全に陥っていたが、再び機能し始めたと記されている。コー医師は、それを回復させたものが何であるか非常に興味を持った。さらに、「患者の家族には告知した」という癌専門医の所見は、私の臨終が近いと家族に知らせたことだと解釈し、それに注目している。』

-『カルテによると、レモン大の癌が、首、腋の下、胸、腹部まで身体中に存在していた。しかし、数日後、その大きさは、少なくとも70%も縮小した。コー医師は、臓器が弱っている状態で、莫大な数の癌細胞がどのようにしてそれほど早く消えたのかということに興味がある。』

-『私には、癌による皮膚病変があった。カルテには、栄養状態が悪く、自然治癒は不可能なので、形成手術が必要だと記されている。というのも、病院へ運ばれてきた時には完全な栄養失調状態で、筋肉もすでに衰えていたからである。医師たちの所見には、私にもう少し体力がついてから形成外科に手術を依頼するとあった。しかし、医師が手術の計画をするかなり前に、私の傷は自然治癒してしまった。

第13章 恐れずに生きる

●『臨死体験のおかげで私は、外側で起こっていることが内側に影響するのではなく、内側にあるものが外側に反映するのだと考えるようになりました。以前は、外側の世界が現実で、その範囲内で努力しなければいけないと思っていたのです。

おそらくほとんどの人が、そのように考えているでしょう。この考え方では、自分のパワーを外の世界に与えてしまい、外部での出来事に、自分の行いも気分も思考も支配されることになります。感情的な反応や気持ちには実体がないので、現実のものではなく、外側の出来事に対する反応にすぎないと思いがちです。そのような考えでは、私たちは、自分の人生の創造者ではなく、状況の被害者になってしまうでしょう。私が癌にかかったことでさえ、たまたま外側で、“起こった”出来事でしかないということになるのです。

しかし、臨死体験をしてから、自分は神と一つであり、偉大なる全体の一部だと考えるようになりました。その中には、全宇宙のあらゆるものが含まれます。過去に存在したものも、未来に存在するものもすべて含まれます。すべてがつながっているのです。私は、自分がこの宇宙の中心にいると理解し、誰もがこの偉大な宇宙の中心にして、それぞれの立場で表現しているのだとわかりました。

※補足

上記に書かれた“自分”と“宇宙”との関係性のところを読んで、ヨガ(ブログ:ヨガの概念的な考えに非常に近いと思いました。


●『何かが私の気づきの中に入ると、それは私のタペストリーの一部になります。倉庫の例え話に戻れば、自分の懐中電灯でそれを照らしたということです。つまり、それが私にとっての真実の一部になったという意味です。

私の人生の目的は、自分のタペストリーを拡大し、もっと多くのすばらしい体験を自分の人生へ招き入れることです。ですから、自分が過去に限界だと考えていたあらゆる領域で、可能だと思える範囲を広げようとしました。私たちはみんなが真実だと考えていることの中に、実は、社会的な思い込みにすぎないものがないかどうか、調べ始めたのです。過去に、自分がネガティブあるいは不可能だと判断していたものをもう一度よく見てみました。特に、自分の中に、恐れや不十分だという思いを引き起こしたものについて考えてみました。

「どうして私はこれを信じているんだろう? これは文化的、社会的な条件づけじゃないだろうか? その時は私に当てはまっていたことかもしれないけれど、今でも真実なのだろうか? 子ども時代に教えられたことをずっと信じているのは、私に役立つことなの?」

なかにはそういうものもあるかもしれませんが、多くの場合、答えはノーでしょう。』

●『本当の喜びや幸せは、自分を愛し、自分の心に従い、ワクワクすることをしている時に、見つけられるのです。私の人生が方向性を失ったように思え、どうしてよいか途方に暮れるのは(今でもよくあることです)、自分が方向性を見失っているからだとわかりました。そういう時は、本当の自分、ここにやってきた目的とのつながりを見失ってしまっているのです。このことは、自分の内なる声に耳を傾けず、テレビや新聞や薬品会社や仲間や文化的あるいは社会的な信じ込みなどに、自分の力を渡してしまった時に起こりがちです。』

●『状況が困難に思えたら、それを物理的に変えようとするのではなく(臨死体験の前に、私がしていたことですが)、まず自分の内側の世界を調べるようになりました。ストレスや不安、惨めさを感じたら、内側に入って、その感情と向き合いました。気持ちが落ち着き、自分の中心を感じられるまで、一人で座ったり、自然の中を歩いたり、音楽を聴いたりするのです。そうすると、外側の世界も変わり始めて、何もしなくても障害物が消えていくということに気づきました。

“中心にいる”ということは、自分の宇宙の中心にいて、自分の居場所に気づいているということです。そこは、私たちがいつもいる唯一の場所です。その中心にいて、自分があらゆるものの中心だと感じることが大切なのです。

しかし、時々、私は宇宙の中心にいることを忘れて、物質世界のドラマや矛盾や恐れや苦しみにとらわれてしまい、すばらしい、無限の存在だという本来の自分の姿が見えなくなります。

幸い、そんな時でも、決して中心とのつながりが切れてしまうわけではありません。一時的に見失い、そこからやってくる安らぎや喜びが感じられないだけです。私たちは、分離の幻想にとらわれて、光りと影、あるいは陰と陽のように、幸せと悲しみは本来共にあるものだということがわからなくなります。分離の感覚は二元性という幻想の一部にすぎず、その幻想がワンネスへの気づきを難しくしているのです。しかし、中心にいるということは、その幻想を超えて、再びすべての中心、すなわちワンネスの中心にある自らの無限の場所を感じることを意味します。』

●『臨死体験の数年間で、外面的に必要なものも変化しました。最高の気分になるには、自然の中、特に海の近くに行けばよいとわかったのです。退院してから最初の数日間に感じた驚きに似ていますが、海を眺めたり、波の音を聞いていると、臨死体験中の状態にすぐつながることができました。

私は、親しくなった友人や家族が、同じように変化していくのを見て喜んでいます。奇妙に聞こえるかもしれませんが、臨死体験後、多くの人が、私のそばにいるとエネルギーが変わるのを感じると言うのです。このことについてはめったに話していません。というのは、そのような変化は自分の内側からやってくるものだと信じているからです。私は、彼らが経験する準備のできたものを映し出しているにすぎません。

自分自身の体験から、私は、誰でも自分を癒し、他人の癒しを助ける能力を持っていると確信しています。自分の内側にある無限の場所―つまり全体―とつながれば、病気は身体の中に存在できなくなるのです。私たちはみんなつながっているので、一人の健康が他人の健康に影響を与え、彼らの回復を促すことでしょう。私たちが他人を癒す時、私たちは自分自身とこの地球という惑星をも癒しています。私たちの心以外の場所に、分離は存在しないのです。』

●『今でも、私の人生には浮き沈みがあり、時には中心に戻れるようかなりの努力をしなければなりません。家事や諸経費の支払いなどという日常的雑務をこなす必要もありますが、臨死体験のあと、そのようなことに集中するのが大変になりました。でも、宇宙の中で自分の場所を再び見つけ、「恐れずに、もう一度人生を生きなさい」という言葉を魂の中で感じられない日は一日もありません。

それから、数人の新しい友人はできましたが、昔の友人たちと親しくするのは難しいと感じるようになりました。私は以前のように社交的ではなく、彼らと同じことを楽しめないからです。かつては多くの友人がいましたが、現在では、ごくごく少ない人だけとプライベートのお付き合いをしています。その多くは、この数年間に臨死体験のグループを通じて出会った人たちです。彼らの中には、私と似たような体験をした人もいて、その少数の人たちととても親しくしています。

夫や母や兄のことも大切に思っています。彼らは、私が病気で苦しんでいる時、ずっとそばにいてくれました。私は彼らをとても愛しています。他人に対してこれほどの親近感をいだくのは難しくなりました。

人と交らわないようにしているというわけではありません。自分から連絡を取ろうとしていますし、人々がもっと大きな理解を得られるように、喜んで手助けもしています。それは、本を書くことや異文化トレーナーとしての現在の仕事を通して行っています。次の章に書かれていますが、“ありのまま許容すること”と“自分自身でいること”の大切さが、この偉大な冒険の中で、私に一番大きな影響を与え、現在の生活の指針になっています。

癌と臨死体験2

著者:アニータ・ムアジャーニ

訳者:奥野節子

初版発行:2013年6月

出版:ナチュラルスピリット

目次は、”癌と臨死体験1”を参照ください。

第9章 この世に戻る決心

●『午後4時頃、私は目をぱちぱちし始めました。視界はかなりぼんやりし、目の前に立っている人がダニーだとわかりませんでした。その時、「アニータの意識が戻った!」という彼の声が聞こえたのです。

この上なく幸せそうな声でした。それは、2月3日の午後で、昏睡状態になってからおよそ30時間後のことでした。

「アニータ、おかえり!」アヌープが大喜びで言いました。

「間に合ったのね!来てくれるってわかってたわ。だって飛行機に乗っているのが見えたもの」私は叫びました。

彼は少しとまどったように見えましたが、私の言ったことはすぐ忘れてしまったようです。私の意識が戻ったので、家族はとにかく幸せそうでした。母も私の手を握って、微笑んでいました。けれど私は、自分が昏睡状態だったとは知らず、自分に何が起こっていたのかも、もはや向こう側の世界にはいないということも、理解できずにまごついていたのです。

視界が少しずつはっきりしていき、だんだん家族が見分けられるようになりました。アヌープの後ろに、壁に立てかけた彼のスーツケースも見えました。

医師がやってきて、私が目覚めたのを見て、驚きと喜びの入り混じったようなまなざしでこう言いました。「やあ、おかえり!みんな、君のことをとても心配したんだよ」

「こんばんは。チェン先生、またお会いできて嬉しいです」多少意識がもうろうとする中で私は答えました。

「どうして私のことがわかるんだい?」明らかに驚いた表情でした。

「だって、前にお会いしたからです。私が呼吸困難の時、真夜中に肺から水を抜いてくれたでしょう?」

「確かに。でも、君はずっと昏睡状態で、目を閉じていたんだよ」チェン医師は、少し当惑しながらそう言い、さらに話を続けました。「とにかく、これは予想外の嬉しい驚きだ。君が目を覚ますことは難しいと思っていたからね。ところで、ご家族にいいお知らせがあるんです。肝臓と腎臓を検査した結果、また機能し始めていることがわかりました

「また機能し始めるって知っていました」私はまごつきながら言いました。

「そんなはずはない。これは予想外の結果なのです。とにかく、少し休んでください」彼はそう指示して、部屋を出ていきまいた。

家族は喜びにあふれ、これまで見たことがないくらい嬉しそうでした。医師からのよい知らせに、何度もお礼を言っていました。

チェン医師がいなくなってから、私は夫に尋ねました。「チェン先生は、私が彼を知っているのをどうしてあんなに驚いたのかしら? 彼が私を処置しているのを見たのに……。私の臓器が機能停止したから、もう数時間しか持たないってあなたに話したのは、チェン先生でしょう?」

「どうやってその話を聞いたんだい? 彼はこの病室では言わなかったのに。廊下のずっと向こうで話たんだよ!」とダニーは言いました。

「どうやって聞いたのかわからないわ。でも、チェン先生が来る前に、今回の検査結果について知っていたの」と私は言いました。

「まだふらふらしていましたが、自分の内側で明らかに何かが起こっていました。』

●『それから数日間、私は、向こう側の世界のことを少しずつ家族に話し、昏睡状態の最中に何が起こったのかを説明しました。自分の周囲だけでなく、部屋の外で、それも廊下や待合い場所で交わされた会話の一語一句を伝えたのです。家族は、畏敬の念に打たれたように聞き入っていました。私は、自分が受けたたくさんの処置についても話し、それを行った医師や看護師が誰であるかも見分けられたので、みんな驚くばかりでした。

私は癌専門医と家族に、夫が真夜中に緊急ボタンを鳴らした時、自分は肺に溜まった液体で呼吸困難になっていたと告げました。そして、看護師がやってきてすぐ、医師に緊急事態だと連絡をし、医師が飛んできた時には、全員が私は亡くなると思っていたと話しました。その内容が詳細だっただけでなく、時刻まではっきり言ったので、家族はショックを受けていました。

私が病院へ運ばれた時に慌てふためいた人物も見分けることができました。「あの看護師は、私の血管が確保できないって言ったの。その上、手足はもう骨ばかりで、静脈注射をする血管を見つけるのは無理だろうって。私の血管を見つけようとするのも無駄だっていう言い方だったわ」

兄はこの話を聞いて怒り、後日、その看護師に対してこう言ったそうです。「妹は、君が彼女の血管を見つけられないと言ったのを全部聞いていたんだ。もう助けるのはあきらめている感じがしたそうだよ。」

「妹さんに聞こえていたなんて、知りませんでした。だって昏睡状態だったんですよ!」看護師は驚いて、自分の無神経な発言について私に謝罪しました。』

●『昏睡状態から目覚めて2日も経たないうちに、医師は、奇跡的に臓器の機能が回復し、毒素で腫れあがっていたのもかなりおさまってきたと告げました。私はとてもポジティブで楽観的になり、食事をとりたいので栄養チューブを外してほしいとお願いしたのです。癌専門医の一人は私の身体が極度に栄養失調なので、すぐには栄養を吸収できないと言って反対しました。けれど、私は食べる準備ができていて、すべての臓器は再び通常通り機能していると主張しました。彼女はしぶしぶ同意し、もしきちんと食べられなかったら、すぐに栄養チューブを戻すと告げました。

栄養チューブは、私の身体につながっているもののうちで一番イライラするものでした。鼻から挿入され、喉を通して、胃の中へ入っていました。それによって、液体プロテインを、直接消化器官に送り込んでいたのです。このチューブのせいで喉がからからになり、鼻の中はむずむずし、とても不快だったので、それを取ってほしくてたまりませんでした。

チューブが外されたあと、最初の固形食としてはアイスクリームが一番良いだろうと、医師から言われました。喉のすり傷の痛みを和らげてくれるだけでなく、噛まずに食べられるからです。その提案に私の目は輝き、ダニーはさっそく出かけて、私の大好きなチョコアイスを買ってきてくれました。

別の癌専門医が定期健診を行った時、彼は驚きを隠せずに、こう叫びました。「あなたの癌は、このたった3日間で、目に見えて、かなり小さくなっています。それに、すべてのリンパ節の腫れもひいて、以前の半分くらいの大きさです!」

嬉しいことに、翌日、酸素チューブが取り外されました。医師が検査を行い、もう必要はないと判断したのです。私はベッドに半分起き上がっていましたが、まだ自分の身体を支える力はなく、枕で頭を支えていました。けれど、気分は高揚していました。家族と話をしたくてうずうずし、特にアヌープと久しぶりに会えたことが嬉しくてたまりませんでした。』

●『ゆっくりと―実際にはとてもゆっくりと―自分に起こったことを理解し始めていました。頭がはっきりしてきて、詳細を思い出し始めると、あらゆる小さなことについて胸が詰まりそうになりました。向こう側の世界で体験した驚くほどの美しさや自由をあとにして戻ってきたことが悲しかったのです。でも同時に、この世界に戻り、再び家族とつながれたことが幸せで、深く感謝しました。私の頬を、後悔と喜びの両方の涙が流れていました。

さらに、すべての人たちと、これまで一度も体験したことのない絆を感じるようになりました。家族だけでなく、看護師や医師にように、自分の病室にやってくるすべての人たちとです。私のお世話をしに来てくれる一人ひとりに対して、愛があふれ出てくるのを感じました。それは、これまで知っている愛情とは違いました。まるでとても深いレベルですべての人とつながっていて、同じ心を共有しているかのように、彼らが感じたり考えていることがすべてわかる気がしました。』

第10章 すべての癌が消えた

●『私は、勝利を得た気分でした。その時の私は、死ぬことから癌や抗がん剤まで、あらゆるものに対する恐怖感を完全に乗り越えていたので、自分を病気にしたのは恐れの気持ちだったと確信しました。もしこれが向こう側の世界を体験する前だったら、大きな赤い文字で書かれた劇薬という言葉も、それから身を守ろうとする看護師の厳重な装備も、きっと私に死ぬほどの恐怖感を与えていたことでしょう。心理的な影響だけで私の息の根は止まっていたかもしれません。

それが今、私は無敵の感じでした。この世に戻ってくるという決断が、物質世界で起こっている事柄を完全に覆すと知っていたからです。

医師は、私の現状についてもっと正確な情報を得るために、一連の検査を行ったうえで抗がん剤の投与量を調整したいと言ってきました。私はしぶしぶ同意しました。というのも、この一連の検査は、私の治った証拠が必要なので行うのだとわかっていたからです。それに、どんな結果が出てくるか、すでに知っていたからでもありました。検査結果は、私が正しいことを証明し、勝利感を与えてくれるでしょう。しかし医師たちは、私にはまだ十分な体力がなく、広範囲にわたる検査には耐えられないと判断し、回復の様子を見ながら数週間にわたって検査すると決定しました。私の体重は45㎏にも満たず、必要な検査を受けるためには、まず栄養状態の改善が必要でした。さもなければ、消耗した身体にさらなる重圧をかけるかもしれないからです。

皮膚病変は大きく口を開けており、毎日、看護スタッフが消毒をし、包帯を交換してくれていました。傷口の幅も深さも大きいので、医師は外科手術が必要だろうと感じていました。

そこで、形成外科医が傷の状態を調べるためにやってきました。彼は、私の傷が大きすぎて自然治癒は見込めないだろうと結論づけました。やはり、自然治癒するには栄養が不足しすぎていたのです。しかし、形成手術に耐えられる状態ではないので、十分体力がつくまで、看護師が引き続き傷の手入れをするようにと指示しました。

『集中治療室を出てから6日目、私は少しだけ力がついてきた感じがして、短い時間だけ、病院の廊下を歩き始めました。そして、最初に行うことになった検査は、骨髄生検でした。これはとても痛みを伴う検査で、太い注射針を骨盤に刺して、骨から骨髄を採取するというものです。

進行したリンパ腫では、癌が骨髄に転移しているのが普通なので、医師たちは、そのような検査結果を予測していました。その結果にもとづいて、薬の種類と量を決めるつもりでした。

検査結果を受け取った日のことは、今でも思い出します。医師が病院の職員たちと心配そうな様子で一緒にやってきて、こう言ったのです。「骨髄生検の件ですが、ちょっと気がかりな結果が出たんです」

ここ数日で初めて、少し不安を感じました。「どんな結果ですか? 何が問題なんですか?」

その場にいた家族も、一瞬顔を曇らせました。

「実は、骨髄生検で癌が見つからなかったんです」と医師は告げました。

「どうしてそれが問題なんですか? つまり、妻の骨髄には癌がないということでしょう?」ダニーは聞きました。

「いいえ、そんなことは絶対にありません。奥様の身体には確かに癌があります。こんなに早く消えてしまうわけなどありません。私たちはそれを見つけなくてはなりません。そうしなければ、処方する薬の量を決められないのです」

そして医師たちは、私の骨髄生検の材料を、香港で最新技術を持つ病理研究室に送りました。4日後、その結果が戻ってきましたが、陰性でした。癌の痕跡はまったく見つからなかったのです。その知らせを聞いて、私は圧倒的な勝利感を味わっていました。

それでもあきらめずに、医師たちは、癌を見つけるためにリンパ節生検したいと言い出しました。最初は、彼らへの仕返しとして、「もう検査は嫌です。これは私の身体なんです。どんなに調べても何も見つからないってわかっていますから」と言いたくてたまりませんでした。

しかし、医師は強く主張し続け、ついこの間私が運ばれてきた時の状態を家族に思い出させようとしたので、仕方がなく検査を受ける決心をしました。彼らが何も見つけられないことは十分わかっていましたし、彼らが行うすべての医学的検査に対して、自分に勝利感がもたらされることも知ってしました。』

『彼は、MRIの画像をもう一度見にいき、私のところへ戻ってきました。そして腋の下も調べていいか尋ねました。私の許可を得て、それを調べ終わっても、まだ当惑しているように見え、さらに私の胸、背中、腹部をスキャンしたのです。

「すべて順調ですか?」私は尋ねました。

「よくわかりません……」彼は言いました。

「何が問題なんですか?」私は、何が起こったのか薄々感じていました。

「少し待っていてください」と彼は答えました。

放射線技師は、さほど離れていないところにある電話へと走っていきました。彼が私の主治医と話しているのが聞こえました。

「さっぱりわかりません。たった二週間前に撮った癌患者の画像があるんですが、今調べても、癌だと思われるリンパ腫が一つも見つからないんです」

私は笑顔になり、彼が戻ってきた時、こう言いました。「それなら、もう行っていいですね」

「いや、待って下さい。あなたの主治医から、身体から癌が消えるなんてことは絶対ありえないので、必ず見つけだすように言われたんです。首のあたりで癌を見つけなければなりません」

彼は、大きくなってもいないのに、私の首のリンパ節に印をつけました。それから手術の日程が組まれて、外科医が私のリンパ節の一つを切り取るために、首の左側を少し切開しました。

これは局部麻酔だったので、完全に意識がありました。外科医が電気メスでリンパ節を切った時の不快感は本当に嫌でした。その時の皮膚の焦げた匂いを今でもはっきり覚えています。医師の処置に同意したのは、間違いだったかもしれないと思ったくらいです。

そしてその結果、癌の痕跡はまったく見つかりませんでした。

その時点で、これ以上検査や薬を続けることに対して抵抗を始めました。本当のところ、私は自分が治ったと、心の底からわかっていたからです。さらに、病院に閉じ込められていることにイライラし始めていました。自分は大丈夫だと知っていたので、早く退院して、世の中を探検したくてたまりませんでした。けれど、医師は許してくれず、さらなる検査と薬が必要だと主張しました。そして、私が病院へやってきた時のことを、再び思い出させようとしたのです。

「私の身体に癌が見つからなかったのに、どうしてそんなことがまだ必要なんですか?」と医師に尋ねました。

「これまでの検査で癌が見つからなかったからといって、癌がないというわけではありません。忘れないでくださいよ。数週間前に病院へ運ばれてきた時、あなたは末期の癌患者だったんです!」と医師は断言しました。

しかし、最終的に、PETスキャンの結果、画像で癌が確認されなかった時点で、私の治療は終わりました。医師チームは驚いていましたが、形成外科医に手術を頼んでいた首の皮膚病変も自然治癒していました。

癌と臨死体験1

もの凄い本でした。この本を信じるのか疑うのかは人それぞれです。私自身、臨死体験の全てを信じることは難しいかもしれません。しかしながら、私は信じたいと思います。その理由はとても単純です。

生き物、すべて死を迎えます。死後の世界は2つだと思います。“来世”か“永遠の眠り”です。もし、“永遠の眠り”であるなら、それは「無の世界」だろうと思うので気にすることは何もありません。

来世では誰もが仏様になれるようですが、仮に地獄があったとしても、地獄に落とさせれるような反社会的な悪事はしてこなかったので、このまま順調にいけば、行先は天国だろうと思います。

信じていれば「本当に、あったんだ」となりますが、疑った場合は「な~んだ、あったんだ」となります。後者は後悔するかもしれません。それが、「信じる」方に手をあげる単純な理由です。

そして、何よりも説得力があるのは、末期癌による昏睡状態から奇跡的に生還し、しかも、信じられない程の早さで健康を取り戻したという事実です。この事実の中に多少の脚色はあったとしても、健康を取り戻したという現実は紛れもない真実であり、否定することはできません。

著者:アニータ・ムアジャーニ

訳者:奥野節子

初版発行:2013年6月

出版:ナチュラルスピリット

こちらはアニータさんのご紹介です。

ブログでお伝えしたいと思ったポイントは以下の3つですが、要点をまとめたり結論を出したりというレベルにはなく、あくまで、これらに関わることを抜き出したというものになっています。

また、触れているのは目次の黒字の章で、長くなったので4つに分けています。 

1.著者のアニータさんは何が原因で癌になったと思っているのか、どうしたら癌にならずに済んだと思っているのか。

2.臨死体験とはどんなものか。

3.なぜ現世に生還でき、しかも末期癌を奇跡的な短時間で克服できたのか。

目次

まえがき

はじめに

パート1 正しい道を求めて

プロローグ 私が“死んだ”日

第1章 多様な文化の影響

第2章 ヒンドゥー教とキリスト教のはざまで

第3章 お見合い結婚でのつまずき

第4章 真のパートナーとの出会い

第5章 癌の宣告

第6章 救いを求めて

パート2 死への旅路、そして生還

第7章 身体を離れて

第8章 神の愛を体験する

第9章 この世に戻る決心

第10章 すべての癌が消えた

第11章 コー医師による医学的見解

第12章 大きな意識の変化

第13章 恐れずに生きる

第14章 シンクロニシティに導かれて

パート3 臨死体験が教えてくれたこと

第15章 私が癌にかかった理由、そしてなぜ癒されたか

第16章 私たちは神と一体である

第17章 ありのままの自分を生きる

第18章 臨死体験についての質疑応答

パート1 正しい道を求めて

第6章 救いを求めて

・インドでのアーユルヴェーダはとても効果があったが、香港に戻り友人などにアーユルヴェーダについて話すと、恐怖感や否定的な反応しか返ってこなかった。

●友人たちが私の選択に疑いを抱いていることは、私に大きな影響を与えた。そして、自分の選択した治療法に対する他人の懐疑心にますます影響されていった。後から思えば、その時点で健康を取り戻すためにもう一度インドへ戻るべきだった。

●一人でいたいと思うことが多くなったのは、真実を見なくて済むように、現実を閉めだしたかったからである。

●自分に対する人々の見方や接し方が耐えられなかった。

●健康が衰え、人々から可哀そうだと思われ、普通の人間ではないように優しくされるのが嫌だった。

●カルマを信じていたので、前世で何か恥ずべき行いをしたのだと感じるようになった。そして、前世の報いであるのなら全くの望みはないと感じるようになった。

●不安や心配をしてもらいたくないという目的だったが、いつも笑い、微笑みを浮かべて、したくないおしゃべりをしていた。

●自分よりも他人の気持ちを優先させていた。そのため、多くの人が“勇敢”だとか“立派”だと褒めてくれた。前向きで幸せそうだとも言われた。しかし、その結果、へとへとになってしまっていた。

●本当に理解してくれていたのはダニー(夫)だけだった。

●いよいよ、外出するのをやめて、家の中に閉じこもることが多くなった。

●外見は重病人のようになり、呼吸が苦しく、手足はとても細くなり、頭をあげているのも大変だった。

●自分の存在が不快な思いをさせていることに気づき、公の場に出ることをまったくやめてしまった。

●恐れや絶望の檻の中に自分を閉じ込めてしまった。

●健康な人をねたむようになった。

●希望の光が消え、何のために一生懸命闘っているのか疑問に思うようになった。

●苦しみと恐れの中、もはや闘病を続ける目的を見つけられず、身体も心も疲れすべてを放棄し、病気への敗北を認めようとしていた。

●『2006年2月1日の朝、私はいつもより気分が良く、自分の周りのものにも目をやり始めました。空はいつもより青く、世界は美しい場所に見えました。まだ車椅子に乗って、酸素ボンベを持ち歩いていましたが、「もう頑張らなくていいんだ。すべてうまくいく」と感じながら、クリニックから帰宅したのです。

「私がいなくなっても、世界は存在し続けるんだわ。だから心配することは何もない。なぜかわからないけれど、とてもいい気分。こんな感じは本当に久しぶりだわ」と思っていました。

身体中が痛く、息をするのもつらかったので、私はすぐにベッドに入りました。痛みのせいで眠れないため、少しでも休めるようにと、看護師が帰る前にモルヒネを投与してくれました。でも、その日は何かが違っていたのです。私は、自分がくつろぎ、これまで必死にしがみついていた手を離そうとしている気がしました。これまではずっと、崖っぷちでぶら下がっているような感じだったのです。勝ち目のない闘いに挑み、一生懸命に頑張っていました。でも、とうとう私は、自分がしがみついていたものすべてを手放す準備ができたのです。そして、深い眠りへと落ちていくのを感じました。

翌2月2日の朝、私は目を開けませんでした。顔だけでなく、腕も足も手もすべてがひどく腫れ上がっていました。ダニーは私をひと目見て、すぐに医師に電話をかけ、急いで病院へ運ぶようにと指示されました。

私は癌との闘いを終えようとしていました。

パート2 死への旅路、そして生還

第7章 身体を離れて

『「自分がそのような存在だと、どうして今まで気づかなかったのだろう?」と思いました。

これまでの人生の累積であるすばらしいタペストリーを目にした時、なぜ今日いる場所へ至ったのかははっきりとわかりました。

「自分の歩んできた道のりを見てみなさい。どうして自分にあんなに厳しかったんだろう? どうして自分を責めてばかりいたんだろう? なぜ自分を見捨ててしまったの?  どうして自分のために立ち上がって、自分の魂の美しさをみんなに示そうとしなかったんだろう?」

「どうしていつも他人を喜ばせるために、自分の知性や創造性を抑圧ばかりしていたんだろう? 本当はノーと言いたいのにイエスと言って、自分を裏切ってばかりいたわ。どうしてありのままの自分でいる許可をいつも他人に求めていたんだろう? なぜ自分の美しい心に従って、自分の真実を語ろうとしなかったんだろうか?」

「まだ身体にいるうちに、どうして私たちはこのことが理解できないんだろう? 自分にあんなにまで厳しくするべきじゃないって、私はなぜわからなかったんだろうか?」

私はまだ、無条件の愛と、受け入れられた雰囲気に包まれていました。自分のことを新しい目で見ることができ、宇宙の美しい存在に思えたのです。私は存在するだけで、愛の込もった思いやりを受けるに値するのだと理解しました。何か特別なことをする必要もなく、ただ存在するだけで、愛される価値があったのです。それ以上でもそれ以下でもありませんでした。

このような理解は私にとって驚くべきものでした。なぜなら、愛されるためには努力する必要があるといつも思っていたからです。好かれるに値する人間にならなくてはいけないとずっと信じていました。ですから、実はそうではないとわかったのは、すばらしい発見でした。単に自分が存在しているということだけで、私は無条件で愛されていたのです。

この拡大した、偉大な本質が本当の自分だと知った時、考えられないほどの明瞭さの中で私は変容しました。それは私という存在の真実でした。私は新しい自分を見つめながら、自らの気づきの光となっていきました。そこで起こっていることの流れ、輝き、驚くような美しさの邪魔するものは、何一つありませんでした。

私たち全員がつながっていることにも気づきました。その織り込まれた統合体は、人間や生物の範囲を超えて、もっと外へと拡大していき、すべての人間、動物、植物、昆虫、山、海、生命のないもの、そして宇宙全体まで含んでいるように感じられました。宇宙は生きていて、意識で満たされており、すべての生命や自然を包み込んでいるのだと悟ったのです。あらゆるものが、無限の“全体”に属していました。私も、すべての生命と複雑に絡まり合っていました。私たちはみんな、その統合体の一つの側面なのです。すなわち、私たちは一つであり、一人ひとりが集合体“全体”に影響を与えているのです。

私は、ダニーの人生と目的が、私の人生としっかりつながっていて、もし私が死ねば、彼はすぐにあとを追うだろうと知りました。けれど、たとえそうなったとしても、より大きな全体像においてはすべて完璧なままだとわかりました。

さらに、癌は、私が何か間違ったことをしたことへの罰ではなく、また、以前信じていたような、自分の行動に対するネガティブなカルマでもないと理解しました。すべての瞬間に無限の可能性が秘められていて、その時々私がいる場所は、自分の人生のあらゆる決断や選択や考えが結実したものでした。つまり、私が抱いた多くの恐れや私の持つ偉大な力が、この病気となって現れてきたのです。

画像出展:「National Museum New Delhi

タペストリーとは、絵模様を織り出した綴織のこと。

第8章 神の愛を体験する

●『自分の臨死体験について話そうとしても、その体験の深さと、あふれるようにやってくる知識の量に見合う言葉が見つかりませんでした。ですから、最善の方法として、隠喩や類推を用いて表現することにしました。私が伝えようとしていることの本質を少しでもうまく表すことができればと願っています。

巨大で、真っ暗な倉庫を想像してみてください。あなたは、たった一つの懐中電灯だけで、そこに暮らしています。そのとても大きな空間の中で、あなたが知っているのは、小さな懐中電灯の光で見えているものだけです。何か探したいと思った時、それを見つけられることもあれば、見つけられないこともあります。でも、見つけられないからといって、そのものが存在しないというわけではありません。それはそこにありますが、あなたが自分の光で照らしていないだけです。たとえ照らしていたとしても、見たものを理解できないかもしれません。また、それについてある程度はっきりわかることもあるかもしれませんが、たいていは何だろうかという疑問が残るでしょう。あなたは自分の光が照らすものだけを見ることができ、自分がすでに知っているものだけを理解できるのです。

身体のある生活とは、このようなものです。私たちは、自分の感覚を集中しているものだけに気づき、すでに馴染みがあるものだけを理解できます。

真っ暗な倉庫と懐中電灯

では、ある日、誰かが電気のスイッチを押したと想像してください。そこで初めて、輝きと音と色がパッとあふれ出て、あなたは倉庫全体が見えるようになるのですなんと、そこはこれまで想像していたような場所ではありませんでした。赤や黄色や青や緑の光が点滅し、輝いています。その中には、これまで見たことがなく、理解できない色もあります。これまでに聞いたこともないような、臨場感にあふれたすばらしい旋律が部屋中に響き渡っています。

さくらんぼ色、レモン色、朱色、グレープフルーツ色、ラベンダー色、金色の虹のようにネオンサインが脈動し、踊っています。電気仕掛けのおもちゃが棚の周りを走り回り、棚の上には、言い表すことのできないような色合いの箱、包装物、紙類、鉛筆、絵の具、インク、缶入り食糧、色とりどりのキャンディーの箱、発泡性飲料、チョコレート、シャンパン、世界中からのワインがあります。突然ロケット花火が爆発して放射状に広がり、花や滝などのきらめく光の像を見せています。

あなたの周りで起こっているあらゆることの広大さ、複雑さ、深さ、大きさは圧倒的です。その場所の端々までは見えなくても、自分が認識している以上のものが存在するとわかっています。あなたは、自分が生き生きした無限ですばらしいものの一部であり、目や耳でわかるものを超えた大きなタペストリーの一部だという強烈な感覚を得るでしょう。

これまで現実だと考えていたことが、実は、あなたを取り囲む途方もない驚異的なものの中の小さな点にすぎないと理解します。そして、いかにさまざまなものが互いに関わり合い、ふさわしい場所にぴったりと当てはまっているかがわかるでしょう。倉庫の中には、これまで見たこともなく、夢にも思わなかったすばらしい色や音や感触のものが、すでに知っていたものと一緒あったことに気づくのです。あなたが気づいていたものでさえ、まったく新しい状況の中で、真新しく、超現実的に見えるでしょう。

再びスイッチが消えても、この体験におけるあなたの理解や明晰さ、驚異の念や活気は誰も奪い取れません。倉庫にあるすべてのものについて、あなたが知っていることも消去できません。そこに何があり、それをどのように手に入れ、何ができるのか―あなたは、小さな懐中電灯で暮らしていた時よりも、はるかに多くのことを知っています。そして、この意識清明は瞬間に体験したあらゆることに対して畏敬の念を抱いています。人生はこれまでとはまったく異なる意味を持つようになり、あなたの新しい体験は、この気づきから創造されていくでしょう。

私は、向こう側の世界で新たに得た理解に驚き、すべてを包み込む意識を楽しみながら、探検していました。そうしているうちに、自分が選択しなければならないことに気づきました。

再び、近くに優しい父親の存在を強く感じました。まるで抱きしめられているようでした。

「パパ、やっと家に帰ってきた気がするわ。ここに来れて、とても嬉しい。つらい人生だったから」と父に言いました。 (補足:これは臨死体験、“向こう側の世界の話です。父は他界した父のことです)

「でもアニータ、あまえはいつもここにいたんだよ。これまでも、これからもずっと。そのことを忘れるんじゃない」まるで言い聞かせるようでした。

子どもの頃、父といつもうまくいっていたわけではありませんが、今、父から感じられるのは、すばらしい無条件の愛だけでした。生きていた時の父は、若いうちにお見合い結婚をさせようとするなど、いつもインド人社会の基準を私に押しつけようとしたので、私はイライラし、それに従えない自分を不適格者だと感じていました。けれど、今は、文化的制約や期待も存在せず、父が私に対して抱いているのは純粋な愛だけだったのです。

現世で父が私に課していた文化的なプレッシャーはなくなっていました。それらはすべて、身体を持った存在としての側面にすぎないのです。そのどれもが、死後にはもう重要ではありませんでした。それらの価値観は、死後の世界へは持ち越されないのです。唯一残っているのは、私たちのつながりと、お互いが抱いていた無条件の愛だけでした。私は初めてこのように父に愛され、父のもとで安らぎを感じていました。まるで、やっと我が家に帰ってきたような、すばらしい感覚だったのです。

父との対話に言葉は必要なく、互いに対する理解が完全に溶け合っていました。父のことが理解できただけでなく、まるで私自身が父になったようでした。亡くなってからも、父はずっと家族と一緒にいてくれたことに気づきました。父は母のそばにいて、母を助け、見守り、私の結婚式や闘病生活でも、ずっと私のそばについていてくれたのです。』

●『私は、父の本質が、これまでよりはっきりと自分に話しかけているのに気づきました。

「アニータ、今はまだここに来るべき時じゃないんだよ。でも、私と一緒に行くか、身体に戻るか、おまえが自分で決めなさい」

私の身体は重病で、癌に侵されているの。もうあの身体には戻りたくない。だって苦しみ以外何もないんだもの。私にとってだけじゃなくて、ママやダニーにとっても……。戻る理由なんか何もないわ」という思いが直ちにあふれ出てきました。

無条件の愛の状態がこの上なく幸せだったのは言うまでもありませんが、私は身体に戻るという考えに耐えられませんでした。今いる場所に永久にいたかったのです。

このあと起こったことを説明するのは、非常に困難です。

第一に、私が意識を向けたものは何でも、自分の目の前に現れるような気がしました。第二に、時間はまったく問題となりませんでした。時間はまるで存在していないかのようで、それについて考慮する必要さえなかったのです。

このことが起こる前に、医師は私の臓器の機能を検査して、すでに報告書を書いていました。でも、向こう側の世界では、その検査結果と報告書の内容は、これから私がしなければならない決断、つまり生きるか、このまま死へ向かうかという決断次第だったのです。私が死を選択すれば、検査結果には臓器不全と書かれ、もし身体に戻る選択をすれば、臓器が再び機能し始めた記されるでしょう。

その瞬間私は、「もう戻りたくない」と決意しました。そして、自分の身体が死んでいくのを感じ、臓器機能不全による死だと医師が家族に説明している場面を目にしました。

同時に、父が私にこう告げました。「アニータ、おまえが来れるのはここまでだ。これ以上進んだら、もう戻れないんだよ」

物理的な境界線はありませんでしたが、自分の前に、エネルギーレベルの違いによって区分けされた、見えない境界線があるのがわかりました。もしそこを渡れば、もう二度と戻れないのです。身体とのつながりは永久に切断されてしまい、私が目にしたように、家族は、悪性リンパ腫による臓器機能不全で亡くなったと医師から告げられるでしょう。

無条件の愛と、自分が受け入れられた感覚はすばらしいものでした。私は永遠にその状態にいたかったので、境界線を越えようと思いました。そこには痛みも、苦しみも、ドラマも、エゴも存在せず、私はあらゆる生きものと創造物の純粋な本質に包まれていました。まさしくすべてが一つであると感じていたのです。

私は、医師からの死の知らせに取り乱した家族のほうへ意識を向けました。ダニーは、私の胸に顔を埋めて、やせ細った手を握り、深い悲しみにむせび泣きながら、身体を震わせていました。母は信じられない様子で、真っ青になり、私の前に立ちつくしていました。兄のアヌープはやっと到着し、私の死に目に会えなかったことにショックを受けていました。

けれど、私の身体や家族に起こっていることに巻き込まれそうになると、再び自分の感情から引き離されていったのです。私は、もっと偉大なストーリーが展開しつつあるという安堵感に包まれました。そして、たとえ戻らない選択をしても、生命という壮大なタペストリーの中で、なるようになるのだと知りました。

死のほうへ歩き続けると決心した瞬間、私は新しいレベルの真実に気づきました。

自分が本当は誰かに気づき、本当の自分のすばらしさを理解したので、もし身体に戻る選択をすれば、病気は急速に治癒するだろうとわかったのです。それも何週間や何ヶ月かけてとかではなく、わすか2、3日のうちにです。もし身体に戻ったら、医師は癌の痕跡すら見つけられないでしょう。

「一体どうやって?」この意外な新事実に驚き、その理由を知りたいと思いました。

その時、身体は、自分の内側の状態を反映したものにすぎないと悟りました。もし内なる自己が、その偉大さと大いなるものとつながりに気づけば、私の身体はすぐにそのことを反映し、病気は急速に治るでしょう。

私には選択権があると知っていましたが、何かそれ以上のものが存在するとわかりました。「私にはまだ実現していない目的があるような感じがするわ。でもそれは何だろう? どうやって見つけられるのだろう?」

そこで私は、自分がすべきことを探す必要はなく、自然に目の前に現れてくると知りました。それは、何千人という人たち、おそらく、何万もの人たちを手助けすることと関係しているようでした。彼らと臨死体験で得たメッセージを分かち合うのかもしれません。でも、自分から追い求める必要はなく、また、それをどうやって実現するかを考える必要もないのです。ただ、自然の展開に任せていればよいことでした。

自然の展開へ到達するために、私がすべきことは、ありのままの自分でいることだけなのです。私は、これまでのすべての年月において自分に必要だったのは、ただありのままの自分でいることだったと悟りました。自分を非難したり、欠点があると思ったりせずにです。同時に、私たちの本質は純粋な愛だとわかりました。誰もが純粋な愛なのです。完全なるものからやってきて、それに戻るのであれば、そうでないはずはありません。このことを理解したら、自分であることをもう恐れることはないでしょう。愛であることと本当の自分であることは一つであり、同じことなのです。

もっとも大きな新事実は、雷光のとどろきのごとくやってきました。単に自分の本当の姿である愛でいれば、自分も他人も癒せるとわかったのです。これまで理解できませんでしたが、それは明白なことに思えました。もし私たちがみんな一つで、無条件の愛という全体のさまざまな側面であるなら、私たちはみんな愛の存在だということです。私は、それが人生の唯一の目的だと知りました。つまり、本当の自分でいて、自分の真実を生き、愛であることです。

私が理解したことを確認するように、父とソニ(親友で癌で他界)が私にこう言っているのに気づきました。

「自分が本当は誰かという真実を知ったのだから、もう一度身体に戻って、今度は何も恐れずに思い切り生きなさい!

坐骨神経痛(腰部脊柱管狭窄症)3

編集:飯塚晃敏

発行:2021年5月

出版:文響社

目次は“坐骨神経痛(腰部脊柱管狭窄症)1”を参照ください。

第8章 坐骨神経痛のセルフケアについての疑問19

Q70 普段の生活で急な坐骨神経痛や腰痛を防ぐ方法はありますか?

●体幹筋がうまく働かないと、腰椎の椎間関節や椎間板に無理な力が集中し、急性の坐骨神経痛や腰痛を招く原因になる。

「これから物を持ち上げる」「椅子から立ち上げる」などの動作を行うとき、事前に「これからする動作をイメージしてから実際に動く」という方法が有効である。これは、脳から筋肉への指令が確実に伝わり、体幹筋を正しく動作させることにより、急性の坐骨神経痛や腰痛を防ぐことができる。

Q71 姿勢はどんな点に気をつければいいですか?

●均等に力が分散しバランスのとれた姿勢、「ニュートラルポジション」を心がける。

Q75 運動療法で本当によくなるのですか?手術を回避できますか?

坐骨神経痛は激しい痛みがあるとき以外は、足腰の筋力や関節の柔軟性を維持することは非常に重要である。

●立つ、歩く、座るなどの動作を適切に行うには、運動療法以外にない。

Q77 高齢者でも運動療法を行って大丈夫ですか?

●自分に合った種類や強度の運動療法によって手術を回避できている高齢者はたくさんいる。

●運動療法は心肺機能を高め、血流を促して、生活習慣病を予防・改善する効果もある。

●「これならできそう」と思う運動を試してみると良い。

Q81 坐骨神経痛のある人は、まずどんな体操をやればいいですか?

腰椎を支える体幹深層筋、特に腹横筋を鍛えることが重要である。腹横筋は最も深いところにある深部筋で、上は肋骨、下は骨盤、背面は脊骨につながり、前面は腱膜という膜状の線維組織となって左右がつながっている。まさに、コルセットのようにお腹をぐるりと取り巻いている。

●腹横筋を鍛え、その使い方を身につけるために最適な運動は「ドローイン」である。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

向かって左が表層、右が深層です。右側のほぼ中央に腹横筋が出ていますが、最も深く広い筋肉で、コルセットのようです。

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」


Q83 後屈障害型の坐骨神経痛は具体的にどんな体操で症状が和らぎますか?

骨盤を後傾させる「骨盤後傾体操」が有効である。ドローインが腹横筋を鍛えるのに対し、こちらは骨盤を後傾させるという動作を重視した体操である。痛みを感じたときに行えば、症状を素早く軽減することができる。

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

Q84 後屈障害型の坐骨神経痛を根本から改善する体操はないですか?

●骨盤後傾体操に加え、「ネコのポーズ」、「胸椎反らし」、「前もも伸ばし」がある。

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

Q87 特に女性は骨盤中央の仙骨の異常でも坐骨神経痛のような症状が出るそうですが、どう治しますか?

●骨盤の両側を腸骨といい、中央の仙骨とは仙腸関節でつながっているが、靭帯でしっかりと固定されており、数ミリ程度しか動かない。この仙腸関節をずらすような力が加わると関節周囲の靭帯が炎症を起こし、腰、お尻、下肢、鼡径部などに痛みが生じる。

●軽い痛みであれば「仙腸関節矯正おじぎ」で改善することができる。

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

第10章 腰椎と別の部位で起こる坐骨神経痛について疑問13

Q94 腰椎以外で坐骨神経痛が起こる部位はありますか?

●腰椎以外が原因の坐骨神経痛も少なくない。これらを「絞扼性末梢神経障害」という。代表的なものには、お尻の筋肉が原因となる「梨状筋症候群」、脛の神経が圧迫されて起こる「腓骨神経障害」、足の内くるぶしの近くで神経が絞扼される「足根管症候群」がある。

第11章 坐骨神経痛の手術についての疑問14

Q107 手術を受けるべきタイミングはいつですか?

①本人の希望があれば手術を検討…保存療法を3~6ヵ月以上続けても改善が見られず、症状が悪化していくときは、患者さんと医師で相談のうえ手術を検討する。症状が強く仕事や日常生活に支障が出ている場合である。

②早めの手術を検討…10mも歩けないような間欠性跛行や下肢の筋力低下、下垂足(足首の先が下がってしまう麻痺症状)が現れて、場合。

③早急に手術が必要…馬尾が障害されて重度の馬尾症候群が現れているときは、緊急手術が必要である。放置すれば排尿・排便障害や下肢の麻痺が後遺症として残る可能性が高くなる。

Q109 手術で坐骨神経痛やしびれは、どのくらいよくなりますか?

●坐骨神経痛の手術は、坐骨神経痛そのものを治療するものではなく、神経が本来の機能を発揮できる環境にするのが目的である。従って、神経そのものが重いダメージを受けていると、手術をしても思うように症状が取れないこともある。

●一般に、年齢が若いほど、発症期間が短いほど、神経の圧迫やダメージが軽いほど回復は良好である。特に、痺れは痛みより改善しにくい傾向がある。

Q110 手術による合併症や後遺症は心配ないですか?

●腰椎の手術には高度な技術が必要だが、近年は内視鏡や顕微鏡など先進の機器を使い、明るく拡大された手術視野で安全性の高い手術が行われている。

●日本脊椎脊髄病学会の2011年の報告では、手術31380例における合併症は、神経合併症(術前にはなかった神経症状)1.4%、深部創感染(切開した部位の深部にある組織の感染症)1.1%となっている。

Q113 手術後再発する可能性はどのくらいありますか?

●腰部脊柱管狭窄症の術後4~5年の経過を見ると、70~80%の患者さんで、良好な結果が得られているが、長期的な経過については十分な調査・研究が少なく、はっきりとは分かっていない。

●腰椎椎間板ヘルニアの摘出手術後の再手術率は、5年後で4~15%とされている。同じ場所のヘルニアの再手術は1年で約1%、5年では約5%。これは椎間板の線維輪(髄核の周囲にある線維組織)は20歳ころから老化が進んでおり、手術後も線維輪が完全に修復されないことが原因と考えられる。

●再手術の可能性を考慮し、姿勢や動作などの生活習慣を見直し、腰椎への負担を避け、運動療法に取り組むなどの配慮が必要である。

Q115 腰部脊柱管狭窄症の手術の最新の術式について教えてください

●新しい内視鏡手術「全内視鏡下腹側椎間関節切除術(FEVF)」には多くのメリットがあるが、難易度が高く、この手術をできる医師は少なく、注意点もいくつかある。 

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

坐骨神経痛(腰部脊柱管狭窄症)2

編集:飯塚晃敏

発行:2021年5月

出版:文響社

目次は“坐骨神経痛(腰部脊柱管狭窄症)1を参照ください。

第2章 坐骨神経痛の原因についての疑問15

Q12 坐骨神経痛は、いったいなぜ起こるのですか?

●坐骨神経痛の原因の大半を占めているのは腰椎である。これは坐骨神経が第4・第5腰椎と仙骨から出ているため、腰椎の異常は坐骨神経に障害を起こす。

①腰椎の病気…腰椎の神経が圧迫・刺激されて坐骨神経痛に影響をおよぼすもの

・腰椎椎間板ヘルニア:腰椎の椎間板の内部にある髄核がはみ出たりする病気。前かがみ姿勢や中腰作業の繰り返しで椎間板に負荷がかかることが原因。年齢を問わず多く見られる。

・腰部脊柱管狭窄症:加齢による腰部の骨や組織の変形・変性などにより脊柱管が狭まり、中を通る神経が圧迫される。

・腰椎すべり症:椎骨どうしが前後方向にずれて脊柱管や椎間孔が狭まり、神経を圧迫する。加齢やスポーツ等によるダメージが原因となる。

・変形性腰椎症(変形性脊椎症):加齢によって変性した椎間板が徐々につぶれ、腰椎が不安定になると、その動きを止めようと椎体のへりに骨棘が形成され、周辺の神経を刺激して痛みを生じる。

②筋肉の硬直(梨状筋症候群)…お尻の梨状筋という深部筋肉が硬くなり、坐骨神経痛が圧迫される。

③関節障害…仙腸関節や股関節の不具合や変形から神経が圧迫され、坐骨神経痛に似た痛みを起こすことがある。

Q13 坐骨神経痛のような足腰の症状がある場合、ほかにどんな原因を疑うべきですか?

①腫瘍…脊髄・脊椎・骨盤内の腫瘍は組織の破壊により、腰や下肢に痛みや痺れを起こす可能性がある。

②末梢動脈疾患(PAD)…動脈硬化により血管が狭まって血流が滞り、末梢神経が障害されることによって、下肢に痛みが生じる。痺れは見られないことが多い。閉塞性動脈硬化症(ASO)ともいう。

③末梢神経障害…糖尿病による高血糖や、過度な飲酒、ビタミンB1、B6、B12の欠乏などで神経が障害され、手足に痺れや痛み、感覚麻痺が現れる。

④その他…婦人科の病気(子宮内膜症など)や、精神的な要因(ストレス、うつ症状など)でも、足腰に痛みや痺れなどの症状が現れることがある。

Q16 坐骨神経痛を起こしやすいのは腰椎のどこですか?

腰椎椎間板ヘルニアでは約90%が第4・第5腰椎と、第5・仙骨の間である。腰部脊柱管狭窄症でも第4・第5腰椎間が多いが、第3・第4腰椎間でもしばしば起こり、複数個所で発症することもある。

Q18 坐骨神経痛の主原因である「腰部脊柱管狭窄症」とはどのような病気ですか?

●中高年に多く、推定患者数は約580万人。

主な原因は、加齢による椎骨や椎間板、靭帯などの組織の変性や変形である。脊柱管後部の靭帯(黄色靭帯)がたわんで厚くなったり、椎体が変形したりすることや、骨粗鬆症や側弯症も脊柱管の狭窄の原因になる。椎間板ヘルニアも脊柱管を狭めることがある。

●障害は神経だけでなく、血管を締めつけ血流を悪化させる。このため間欠性跛行などの症状も出てくる。

●腰を反らす(後屈)と脊柱管の圧迫しさらに狭めるため、症状が強まるという特徴がある。

Q19 腰部脊柱管狭窄症にはどんな種類がありますか?

神経根型…神経根の締めつけが原因。痛みや痺れ、歩行障害(間欠性跛行)も現れる。

馬尾型…脊柱管内部の馬尾という神経が締めつけられるもの。左右両側に症状が現れることが多く、お尻から下肢にかけて広い範囲に痺れが強く出る。これにより筋力低下・麻痺、冷感・灼熱感、足裏の感覚異常、さらに排尿・排便障害、会陰部やお尻のほてり、間欠性跛行などの様々な症状が見られる。

混合型…神経根と馬尾の両方が締めつけられるタイプで、両方の症状が現れる。馬尾型・混合型で強い馬尾症状が見られる場合は、早めの手術が求められる。

Q24 「腰椎分離症」「腰椎分離すべり症」とはどんな病気ですか?

●腰椎分離症は腰椎の椎弓にヒビが入って分離している状態、いわば椎弓の骨折である。腰を捻ったり反らしたりといった運動を繰り返すことにより、徐々にヒビが深くなっていく。体がまだ軟らかく激しい運動をする子供(10~14歳)や、スポーツ選手などに多く見られる。

●痛みは後屈に強まるのが特徴で、坐骨神経につながっている神経が圧迫されれば坐骨神経痛も起こる。

●若いうちに発症しても症状が大人になるまで現れないことも多い。

●発症後、早期にコルセットで腰椎の動きを制限すればヒビがくっつく場合もある。

●腰椎分離すべり症は、分離の起こった椎骨の下の椎間板が変性し、椎体が前面へすべる病気である。

●腰椎変性すべり症はほとんど第4腰椎が前にすべるが、腰椎分離すべり症は第5腰椎が多い。

●腰椎分離症から腰椎分離すべり症を発症する割合は、約10~20%といわれている。


第3章 坐骨神経痛の症状についての疑問9

Q25 坐骨神経痛では、具体的にどんな症状が現れますか?

痛み・痺れ…お尻・太もも(外側・裏側)・ふくらはぎ(外側)・すね・足部(甲・足裏・足指)。

知覚障害…灼熱感(ほてり)、冷感、締めつけ感、だるさ、脱力感。

立位・歩行時の痛み・痺れ…立位でお尻から下肢にかけて痛みや痺れが増悪する。間欠性跛行(歩行中に痛みや痺れで歩行困難になるが、少し休むと回復する)。

馬尾症候群…左右両側のお尻や下肢の痺れ、感覚異常(冷感・灼熱感、足裏にものが貼りついたような違和感)、麻痺、重度の間欠性跛行(数分、数歩しか歩けないなど)、排尿・排便障害。

Q26 「痛み」には、どんな特徴がありますか? 鈍痛ですか?激痛ですか?

●急性の激痛の多くは、腰椎椎間板ヘルニアが原因で起こる坐骨神経痛である。前屈で痛みが増強する。

脊柱管狭窄症、腰椎すべり症、変形性腰椎症が原因で起こる坐骨神経痛の多くは鈍痛である。後屈で痛みが増す。

Q30 症状が出る場所が変わってきましたが、そんなことはありますか?

腰部脊柱管狭窄症では、1年、2年と経過するうちに症状の発生部位が移動することがある。症状が広がる場合と移動する場合があり、移動は下から上、上から下、右から左、左から右とまちまちである。

症状の拡大・移動は「センソリーマーチ」(感覚の行進)とよばれている。特に馬尾に障害の場合に多く、間欠性跛行でも痛みの部位は移動する、これらは時間の経過や姿勢、動作によって神経が圧迫される範囲の変化が原因と考えられる。

Q32 どんな症状が現れたら、医療機関に行くべきですか?

●急性の腰痛は自然に軽快することが多い。

坐骨神経痛が疑われる場合、2~3週間ストレッチや体操などを行っても症状が軽減しない場合は受診した方が良い。

痛みや痺れが強く日常生活が困難な場合は、すみやかに受診すべきである。

馬尾症候群の症状が出ている場合は、ただちに受診すべきである。

Q33 坐骨神経痛のつらさは、いったいいつまで続くのですか?手術は必要になりますか?

●椎間板ヘルニアはおよそ3カ月で80%の人が自然治癒すると考えられている。

腰部脊柱管狭窄症は加齢によって靭帯や骨などの組織の変性・変形が原因で起こるので、症状もゆっくりと現れて長引くことが多い。

第4章 坐骨神経痛の診察・検査についての疑問8

Q34 診察を受ける医療機関・医師はどう選べばいいですか?

●坐骨神経痛を疑う場合は、整形外科か脳神経外科、特に脊椎・脊髄を専門とする医師を受診する。

●以下の学会のホームページが便利である。

日本整形外科学会 

日本脊椎脊髄病学会 

日本脊髄外科学会 

※ご参考:日本整形内科学研究会

第6章 坐骨神経痛の標準治療についての疑問10

Q53 坐骨神経痛の進行を防ぐ方法はありますか?

●坐骨神経痛のタイプ別に、負担の少ない姿勢を保つ体の使い方を身につけると痛みを軽減できる可能性がある。これは日常の姿勢や動作の癖が、知らず知らずのうちに坐骨神経痛の原因になるからである。

●前屈障害型(腰椎椎間板ヘルニアなど)は骨盤を前傾させて腰椎が自然と沿った姿勢を心がける。

●後屈障害型(腰部脊柱管狭窄症など)は骨盤を後傾させて腰椎の反りをゆるめたやや前傾気味の姿勢を心がける。

●両方に共通して、1)体幹筋を鍛える 2)膝・股関節を使って腰椎への負担をかけない動作を心がける 3)同じ姿勢を長時間続けない といったことも大切である。 

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

Q57 今受けている牽引療法は効果がありますか?続けた方が良いですか?

●現在のところ、坐骨神経痛を伴う腰痛の治療として、牽引療法の効果には十分の科学的根拠は不足している(「腰痛診療ガイドライン2019年改訂第2版」。

Q58 温熱療法や超音波療法には効果はありますか?

●温熱療法は根本的な効果はなく、体の柔軟性を高めて運動療法などをやりやすくする、補助的なものである。

●超音波療法は「腰痛診療ガイドライン2019年改訂第2版」では、牽引療法と同様、「行うことを弱く推奨する」とされている。1~2カ月試して変化がなければ他の治療に切り替えた方が良い。

Q59 コルセットは着けたほうがいいですか? いつまで着ければいいですか?

●医療用コルセットは、関節の動きを制限し保護することで、動くことによる痛みを軽くするための医療用具である。

●コルセットには硬性コルセットと軟性コルセットがある。

●坐骨神経痛では腰椎の圧迫骨折や、腰椎の手術後に硬性コルセットが用いられる。軟性コルセットは腰部の動きを軽度に制限しながら固定するもので、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎すべり症などに用いられる。

コルセットの使用は痛みの強い場合や、腰に負担のかかかる作業をするときに、なるべく短時間に留めるようにする。これは長期使用により、腰椎を支える筋力を低下させるためである。

Q60 ブロック療法とはどんな治療法ですか?

●痛みを発している部位の神経の近くに局所麻酔薬、あるいは局所麻酔薬にステロイド薬を混合した薬を注射する方法である。

●神経の興奮を鎮め、痛みの信号が脳へ伝わるのを一時てきにブロックするため、即効性が期待できる。

●神経の炎症や痛みが軽減すると、筋肉の緊張がゆるみ血管が拡張し血流が良くなるので、薬効が切れても痛みの軽減が期待できる。ただし、効果には個人差が大きい。

●長期的な効果の根拠は十分ではなく、必要に応じて使用する。

●馬尾症候群では症状が悪化することがあり、使用しない方がよい。

●抗血栓薬や血管拡張薬を服用している場合は、ブロック注射を受けられない場合がある。

第7章 坐骨神経痛の薬についての疑問8

Q62 坐骨神経痛を根本から治せる薬はありますか?

●坐骨神経痛そのものを治す薬はない。

●薬物療法は主に痛みの軽減を目的とした対症療法である。

①心身のつらさや活動性の低下を防ぐ

②痛みで緊張した筋肉や靭帯をゆるめて血流をよくし、自然治癒を促す

③運動療法を行いやすくする

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

Q63 消炎鎮痛薬の効きめはどうですか?

●炎症を鎮めることで痛みを抑える。

炎症を引き起こすプロスタグランジンには炎症以外の作用もあるため、それが消炎鎮痛薬(NSAIDs)によって抑制されると副作用が現れる可能性がある(胃腸障害、腎臓障害など)。そのため、消炎鎮痛薬の長期服用は避けるべきとされている。

Q64 ビタミン剤を処方されました。効くのですか?

●ビタミンB12は傷ついた末梢神経系の修復に役立つ。

●ビタミンEは血流を良くするため末梢神経の働きをよくする。また、血流が良くなると体が温まるため、痛みによって緊張した筋肉がほぐれ、それによって神経の働きを改善する効果も期待できる。

Q65 プロスタグランジン製剤とはどんな薬ですか?

●「プロスタグランジン」は炎症を起こす一方、血管壁の筋肉をゆるめて血管を広げる作用や、血液中の血小板が互いにくっつきにくくして血栓ができるのを防ぐ作用を利用した薬で、血流を改善する。一般名は「リマプロスト(プロスタグランジンE1誘導体製剤)」という。

効果が期待できるのは腰部脊柱管狭窄症である。馬尾型・混合型にも効果があり、軽度から中等度の間欠性跛行にも効果がある。

●比較的副作用は少ない薬だが、出血しやすくなることがあり、ブロック注射を受ける際は、一時的に服用の中断が必要になる場合もある。

Q66 筋弛緩薬はなんのために飲むのですか?

●痛みを感じると反射的に緊張して筋肉は収縮する。そして血管も収縮する。

●筋弛緩薬は脳から脊髄、筋肉へと伝わる「筋肉を緊張させよ」という指令を抑えることで、筋肉の緊張を和らげる。

●通常、消炎鎮痛薬と組み合わせで処方される。

●梨状筋症候群や絞扼性末梢神経障害に対して処方されることがある。

Q67 抗うつ薬をすすめられました。なぜですか?

●デュロキセチンはDLPFC(背外側前頭前野)の働きを活発にし、神経伝達物質の働きが改善されるため慢性的な痛みを和らげることができる。

Q68 プレガバリンという薬がよく効くそうですが、どんな薬ですか?

●もともとは抗てんかん薬として開発された薬。

●末梢神経から興奮性の神経伝達物質が放出されるのを抑えて痛みの信号が脳に伝わるのを阻止し、坐骨神経痛のお尻から下肢にかけてのビリビリ、ジンジンするような痛み・痺れに効果を発揮する。

●炎症に効くNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)、中枢神経に作用するアセトアミノフェンは、いずれも末梢神経が原因による痛みには効果がない。

Q69 オピオイド薬は飲まない方がいいですか?

●坐骨神経痛で用いられるのはトラマドールなど、モルヒネなどの医療性麻薬とは異なるが、強い鎮痛作用がある。副作用にも注意が必要なため、医師の適切な診断に基づき処方されなければならない。

坐骨神経痛(腰部脊柱管狭窄症)1

以前から「坐骨神経痛」に関しては「顎関節症」に似た、漠然としたイメージがありました。そこで、あらためて本を買って勉強することにしました。

本の題名は「坐骨神経痛 腰と神経の名医が教える 最高の治し方」で、120問のQA形式で坐骨神経痛を深く理解できるようになっています。そして分かったことは、今さらでお恥ずかしい限りですが、「坐骨神経痛」は「頭痛」や「腹痛」と同じように病気の総称だということです。

腰椎に問題がある腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症、お尻の梨状筋が坐骨神経を圧迫する梨状筋症候群などすべて坐骨神経痛と診断される可能性がありますが、分かりづらい理由は、坐骨神経自体には問題がなく、腰に症状が出ていれば腰椎椎間板ヘルニアも腰部脊柱管狭窄症も、「坐骨神経痛」ではなく「腰痛」に分類されるという点です。

本書は、薬物療法、運動療法や手術に対する情報や知識なども網羅されており、特に、加齢による腰部脊柱管狭窄症など、病気とのお付き合いが長くなると思われる患者さまにとっては、特に有益な本だと思います。 

ブログは目次の黒字について触れています。また、3つに分けています。

編集:飯塚晃敏

発行:2021年5月

出版:文響社

はじめに

第1章 坐骨神経痛についての疑問9

Q1 坐骨神経痛とは、どんな部位のどんな痛みを指しますか?

Q2 「坐骨神経痛」は、病名ですね?

Q3 坐骨神経痛は、腰痛と何が違いますか?

Q4 そもそも坐骨神経とは、どこからどこまでの神経ですか?

Q5 坐骨神経は、各部位をどのように通っていますか?

Q6 坐骨神経に、種類はありますか?

Q7 坐骨神経には、どのような働きがありますか?

Q8 「馬尾」という神経は、坐骨神経とは違いますか?

Q9 坐骨神経痛を放置すると、どうなりますか?

第2章 坐骨神経痛の原因についての疑問15

Q10 坐骨神経痛は、高齢者だけでなく若い人にも起こりますか?

Q11 坐骨神経痛はどんな職業の人に起こりやすいですか?

Q12 坐骨神経痛は、いったいなぜ起こるのですか?

Q13 坐骨神経痛のような足腰の症状がある場合、ほかにどんな原因を疑うべきですか?

Q14 坐骨神経痛やしびれが坐骨神経痛かどうか見分ける方法はありますか?

Q15 足腰の痛みやしびれはどんなしくみで起こるのですか?

Q16 坐骨神経痛を起こしやすいのは腰椎のどこですか?

Q17 坐骨神経痛の急性と慢性では、原因が違いますか?

Q18 坐骨神経痛の主原因である「腰部脊柱管狭窄症」とはどのような病気ですか?

Q19 腰部脊柱管狭窄症にはどんな種類がありますか?

Q20 もう一つの主原因である「腰椎椎間板ヘルニア」とはどのような病気ですか?

Q21 腰椎椎間板ヘルニアにはどんな種類がありますか?

Q22 腰椎椎間板ヘルニアがどこで起こっているか、わかりますか?

Q23 坐骨神経痛の原因になる「腰椎変性すべり症」とはどんな病気ですか? 

Q24 「腰椎分離症」「腰椎分離すべり症」とはどんな病気ですか?

第3章 坐骨神経痛の症状についての疑問9

Q25 坐骨神経痛では、具体的にどんな症状が現れますか?

Q26 「痛み」には、どんな特徴がありますか? 鈍痛ですか?激痛ですか?

Q27 「しびれ」にはどんな特徴がありますか?

Q28 痛みで一度に長く歩けないのですが、これも坐骨神経痛の圧迫が原因ですか?

Q29 「マヒ」も起こるそうですが、どんな症状が現れますか?しびれとは何が違うのですか?

Q30 症状が出る場所が変わってきましたが、そんなことはありますか?

Q31 悪化すると頻尿や便秘がひどくなるそうですが、本当ですか?

Q32 どんな症状が現れたら、医療機関に行くべきですか?

Q33 坐骨神経痛のつらさは、いったいいつまで続くのですか?手術は必要になりますか?

第4章 坐骨神経痛の診察・検査についての疑問8

Q34 診察を受ける医療機関・医師はどう選べばいいですか?

Q35 初診から大きい病院を受診したほうがいいですか?

Q36 問診では、何を聞かれますか?

Q37 初診時に医師に確認しておくべきことはなんですか?

Q38 病院では、どんな検査を受けますか?

Q39 「神経学的検査」では、何を行いますか?

Q40 レントゲン、CT、MRIの画像検査は、なんのために行われますか?

Q41 「脊髄造影」とはどんな検査ですか?

第5章 坐骨神経痛のタイプについての疑問10

Q42 坐骨神経痛には3つのタイプがあるのですか? くわしく教えてください。

Q43 坐骨神経痛のタイプの見分け方を教えてください。

Q44 「後屈障害型坐骨神経痛」とはどんな坐骨神経痛ですか?

Q45 後屈障害型坐骨神経痛は、日常生活でどんなことに注意すべきですか?

Q46 後屈障害型坐骨神経痛を改善させるリハビリ法があれば教えてください。

Q47 「前屈障害型坐骨神経痛」とはどんな坐骨神経痛ですか?

Q48 前屈障害型坐骨神経痛を改善させるリハビリ法があれば教えてください。

Q49 前屈障害型坐骨神経痛を改善させるリハビリ法があれば教えてください。

Q50 「合併型坐骨神経痛」とはどんな坐骨神経痛ですか?

Q51 合併型坐骨神経痛は、日常生活でどんなことに注意すべきですか?

第6章 坐骨神経痛の標準治療についての疑問10

Q52 坐骨神経痛が自然に治ることはありますか? 手術しないと治りませんか?

Q53 坐骨神経痛の進行を防ぐ方法はありますか?

Q54 坐骨神経痛に効く薬はありますか?

Q55 腰部脊柱管狭窄症では、どんな治療が行われますか?

Q56 腰椎椎間板ヘルニアでは、どんな治療が行われますか?

Q57 今受けている牽引療法は効果がありますか?続けた方が良いですか?

Q58 温熱療法や超音波療法には効果はありますか?

Q59 コルセットは着けたほうがいいですか? いつまで着ければいいですか?

Q60 ブロック療法とはどんな治療法ですか?

Q61 ブロック療法の種類と効果について教えてください。

第7章 坐骨神経痛の薬についての疑問8

Q62 坐骨神経痛を根本から治せる薬はありますか?

Q63 消炎鎮痛薬の効きめはどうですか?

Q64 ビタミン剤を処方されました。効くのですか?

Q65 プロスタグランジン製剤とはどんな薬ですか?

Q66 筋弛緩薬はなんのために飲むのですか?

Q67 抗うつ薬をすすめられました。なぜですか?

Q68 プレガバリンという薬がよく効くそうですが、どんな薬ですか?

Q69 オピオイド薬は飲まない方がいいですか?

第8章 坐骨神経痛のセルフケアについての疑問19

Q70 普段の生活で急な坐骨神経痛や腰痛を防ぐ方法はありますか?

Q71 姿勢はどんな点に気をつければいいですか?

Q72 坐骨神経痛を防ぐ座り方はありますか?

Q73 後屈障害型の坐骨神経痛で注意すべき日常動作はなんですか?

Q74 前屈障害型の腰痛や坐骨神経痛で注意すべき日常動作はありますか?

Q75 運動療法で本当によくなるのですか?手術を回避できますか?

Q76 運動療法を試せない人はいますか?

Q77 高齢者でも運動療法を行って大丈夫ですか?

Q78 運動療法で効果を感じられません。どうすればいいですか?

Q79 症状がよくなったら運動療法はやめていいですか?

Q80 悪化予防には腹筋強化が必要とのことで上体起こしの運動をしていますが、効きますか?

Q81 坐骨神経痛のある人は、まずどんな体操をやればいいですか?

Q82 腰部脊柱管狭窄症のような後屈障害型の坐骨神経痛を素早く軽減する体操はありませんか?

Q83 後屈障害型の坐骨神経痛は具体的にどんな体操で症状が和らぎますか?

Q84 後屈障害型の坐骨神経痛を根本から改善する体操はないですか?

Q85 腰椎椎間板ヘルニアのような前屈障害型の坐骨神経痛を素早く軽減する体操はありませんか?

Q86 前屈障害型の坐骨神経痛を根本から改善する体操はないですか?

Q87 特に女性は骨盤中央の仙骨の異常でも坐骨神経痛のような症状が出るそうですが、どう治しますか?

Q88 仙腸関節への負担で起こる坐骨神経痛を防ぐ方法はありますか?

第9章 坐骨神経痛の非標準治療についての疑問5

Q89 整体やカイロプラクティックは試してみていいですか?

Q90 鍼灸治療は受けたほうがいいですか?

Q91 マッサージは効きますか?

Q92 漢方薬は何が効きますか?

Q93 坐骨神経痛に効くサプリメントはありますか?

第10章 腰椎と別の部位で起こる坐骨神経痛について疑問13

Q94 腰椎以外で坐骨神経痛が起こる部位はありますか?

Q95 「梨状筋症候群」とはどんな病気ですか?

Q96 梨状筋症候群はどう見分けますか?

Q97 梨状筋症候群は、自分で治せますか?

Q98 梨状筋症候群はどう治療しますか?

Q99 ひざ下の外側から足の甲に痛みやしびれが起こる「腓骨神経障害」が、どんな病気ですか?

Q100 腓骨神経障害は、どう判別しますか?

Q101 腓骨神経障害は、どう治療しますか?

Q102 腓骨神経障害を改善する体操はありますか?

Q103 足先から足裏がしびれる「足根管症候群」(脛骨神経障害)とは、どんな病気ですか?

Q104 足根管症候群は、どう見分けますか?

Q105 足根管症候群は、どう治療しますか?

Q106 足根管症候群を改善する体操はありますか?

第11章 坐骨神経痛の手術についての疑問14

Q107 手術を受けるべきタイミングはいつですか?

Q108 手術前に何を確認すればいいですか?

Q109 手術で坐骨神経痛やしびれは、どのくらいよくなりますか?

Q110 手術による合併症や後遺症は心配ないですか?

Q111 手術を受ければスイスイ歩けるようになりますか?

Q112 手術を受けても足のしびれが取れません。なぜですか?

Q113 手術後再発する可能性はどのくらいありますか?

Q114 腰部脊柱管狭窄症ではどんな手術を行いますか?

Q115 腰部脊柱管狭窄症の手術の最新の術式について教えてください。

Q116 腰椎椎間板ヘルニアではどんな手術を行いますか?

Q117 腰椎椎間板ヘルニアの手術の最新の術式について教えてください。

Q118 腰椎椎間板ヘルニアに体に低負担の新手術が登場したそうですが、どんな治療法ですか?

Q119 腰椎変性すべり症ではどんな手術を行いますか?

Q120 手術後、歩行や職場復帰はいつごろできますか?

はじめに

●坐骨神経痛の典型的な症状

・腰からお尻にかけての鈍痛が消えない

・すねやふくらはぎがしびれて歩けなくなる

・お尻や太ももに激痛が走る

・座っていても寝ていてもズキズキ痛い

・足裏に何かが貼りついたような違和感が消えない

・しびれのせいでよく眠れない

・治療を長年続けても治らない

●坐骨神経痛が治りにくいのは坐骨神経が腰椎から始まり、尻、太ももを通って足に至る人体最大の末梢神経で長さは1mもあるため、随所で障害を受けやすいためである。そのうえ、障害されている原因部位と実際に症状を感じる疼痛部位が異なることも治療を難しくしている。また、神経の修復には時間もかかる。

●坐骨神経痛にはタイプがある。

・腰椎に原因がある場合、「前屈障害型」と「後屈障害型」がある。

●タイプに応じて改善方法が異なる

・姿勢(立ち方、座り方など)

・生活動作(歩き方、体の動かし方)

・運動(ストレッチ、体幹強化)

●安静は逆効果

第1章 坐骨神経痛についての疑問9

Q1 坐骨神経痛とは、どんな部位のどんな痛みを指しますか?

●坐骨神経痛は神経障害性疼痛の一種である。

●坐骨神経痛の原因が坐骨神経にあるとは限らない。例えば、腰椎の神経根や馬尾など色々存在している。

●広い範囲で鋭い痛みやジンジンした痺れ、冷えやほてり等の感覚異常もみられる。

●両側、片則いずれもある。

Q2 「坐骨神経痛」は、病名ですね?

「坐骨神経痛」は病名ではなく、「頭痛」や「腹痛」と同じように、「症状」の総称である。

●坐骨神経痛の原疾患はいろいろある。従って、症状の背景にある病名を特定する必要がある。

●坐骨神経痛の原因疾患で多いのは腰椎に関わる、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎すべり症などである。

Q3 坐骨神経痛は、腰痛と何が違いますか?

●痛み・痺れなどの症状が腰に出ていれば「腰痛」、お尻や下肢に出ていれば「坐骨神経痛」になる。

腰椎が原因の場合は、坐骨神経痛と腰痛が同時に起こることも少なくない。この場合、お尻や下肢の痛みや痺れの症状が強い場合は、坐骨神経痛と判断されることが多い。

●腰椎が原因の坐骨神経痛でお尻や下肢に出る痛みや痺れを放散痛とよぶ。

Q4 そもそも坐骨神経とは、どこからどこまでの神経ですか?

●坐骨神経痛は第4・第5腰椎と仙骨から出ている「腰仙骨神経叢」がまとまってできた太い神経が、膝裏付近で総腓骨神経と脛骨神経に枝分かれし足先に至る。最も太いところでは小指ほどであり、成人で約1mにもおよぶ。 

Q5 坐骨神経は、各部位をどのように通っていますか?

①お尻の深いところにある筋肉「梨状筋」の内側を通り、骨盤の外に出る。

②大殿筋の内側を通り、坐骨結節と大転子の間を通る。

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

L4(第4腰椎)、L5(第5腰椎)と仙骨から出ている、太い神経が坐骨神経です。

Th12⇔L4までが腰神経叢、L4⇔S4までが仙骨神経叢になります。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

向かって左は殿筋の浅層で、右は深層です。

中殿筋の下には小殿筋、大殿筋の下には5つの筋があります(1~5の番号がふってあります)。ほぼ中央、1の梨状筋と2の上双子筋の間から坐骨神経が出ています。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

坐骨神経は、多くの人は(必ずではありません)殿筋の梨状筋の下から表層に出てきます。

膝の裏付近では総腓骨神経に、は脛骨神経に分かれます。脛骨神経に足裏の足先まで伸びています。

Q7 坐骨神経には、どのような働きがありますか?

坐骨神経痛は下肢の広い部分を支配する体性神経で、運動神経と知覚神経の両方の機能を持っている。

画像出展:「坐骨神経痛 最高の治し方」

坐骨神経は末梢神経です。

Q8 「馬尾」という神経は、坐骨神経とは違いますか?

●脊髄は腰椎にいたると馬の尻尾に似た「馬尾」という末梢神経の束になる。馬尾は坐骨神経痛とは別の神経だが坐骨神経痛につながっており、馬尾が障害されると坐骨神経痛の支配領域に症状が現れることがある(「馬尾症候群」)。 

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左の図を見ると、まさに馬の尾のようです。

双極性障害3

著者:加藤忠史

発行:2019年6月

出版:ちくま新書

目次は”双極性障害1”を参照ください。

2 ECT(電気けいれん療法)

うつ病に対する治療法の中で効果は高く、即効性もあるため抗うつ薬の効果が乏しい難治性のうつ病に対して広く行われている。

現在は麻酔科医による全身麻酔と呼吸循環管理のもと、痙攣を起こさないようにして行う、修正ECTが行われている。

・即効性があるため、自殺念慮が強い場合には是非試みるべき治療といえる。

・妄想、焦燥、昏迷などの強い重症のうつ状態なども修正ECTを検討すべきである。

・通常は週2、3回で6~12回程度繰り返すのを1クールとする。効果は直後、もしくは2、3回施行後から現れる。麻酔を行うためリスクもあり、自殺念慮、重症、難治性に対して行うものである。

ECTの作用のメカニズムはよく分かっていない。

双極性障害ではうつ状態で行うと躁転することがあり、慎重な判断を要する。また、何クールまで問題ないのかといった基準はないのでこの点も注意を要する。

3 反復性経頭蓋磁気刺激療法(γTMS)

・左前頭部にコイルを当てて、磁場を与えることで脳の中に電流を起こさせて刺激する治療法である。

・双極性障害のうつ状態に対しての有効性は明確になっていない。

先進医療.netより

『2019年3月、双極性障害のうつ状態に対する新たな治療法として、「薬物療法に反応しない双極性うつ病への反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)」が先進医療として指定され、臨床研究が始まりました。rTMSの仕組みや長所、先進医療の流れなどについて、国立精神・神経医療研究センター病院 精神科医長の野田隆政先生に伺いました。』

・ 双極性障害の治療には主に薬が使われるが、患者さんによって効く薬や効果が異なる。自分に合った薬が見つからず、長期にわたって苦しむ患者さんも多い。

・ rTMSは、磁気や電気などの刺激によって神経の働きを調節する「ニューロモデュレーション」という治療法の一つ。磁気の刺激により、脳の神経の働きを調節することで、双極性障害のうつ状態の改善が期待される。

・ 双極性障害のうつ状態に対するrTMSは、先進医療Bの制度の下、2019年11月27日現在、全国3施設で実施されている。薬が効かない患者さんに対する新たな選択肢として期待される。

4 ケタミン

・現在臨床試験が行われており、数年以内には利用できるようになる可能性がある。

・これまでの抗うつ薬は治療効果が現れるまで1、2週間、治療期間が数カ月と長い時間がかかるが、この薬は1、2時間で効果が現れ、それが1週間程度持続するという、全く異なった効き方をする治療薬として注目されている。

ケタミンの即効性抗うつ作用に関わる新しいメカニズムを解明!

金沢大学医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授、金田勝幸教授、大阪公立大学大学院医学研究科脳神経機能形態学の近藤誠教授らの共同研究グループは、ケタミンの即効性抗うつ作用に関わる新しいメカニズムを解明しました。

うつ病の患者数は世界で約2.8億人と言われ、深刻な社会経済的損失をもたらします。しかし、現在うつ病の治療に用いられる抗うつ薬は、効果発現が遅く、3分の1以上の患者は治療抵抗性であることが問題となっています。2000年代の臨床研究により、全身麻酔薬として古くから用いられているケタミンが、麻酔用量よりも低用量で治療抵抗性うつ病患者に対して即効性の抗うつ作用をもたらすことが明らかとなり、大きな注目を集めています。ケタミンには依存性や精神症状(幻覚、妄想など)といった重大な副作用があるため、ケタミン自体の臨床応用には大きな問題が伴います。そこで、不明な点が多いケタミンの作用メカニズムの解明により、有効性が高く、かつ副作用の小さい治療薬の開発につなげることが期待されます。

5 心理教育

双極性障害は心の病ではない

双極性障害の柱は薬物療法と精神療法である。

精神療法というと精神分析やカウンセリングが思い浮かぶが、双極性障害は心の病ではない。

身体の病気でも、精神療法は必要

・双極性障害は脳や遺伝子などの疾病であるが、発症はストレスが原因となることが多く、発症後も慢性的なストレスは双極性障害にとって好ましいものでない。

・精神療法は心理教育とよばれている。

心理教育とは

・病気について勉強していただきながら、患者さんの心に起きるその病気に対する反応も十分に把握し、理解しながら進めていくということである。

・双極性障害の精神療法において、最も重要なことは心理教育である。基本は患者さんと医師一対一での心理教育である。それに加えて、ご家族とともに病気について学んでいただく家族心理療法も大切である。さらに夫婦や集団療法的な取り組みも有効である。

心理教育ではまず病気の性質を理解し、次に薬の作用と副作用、そして双極性障害の再発の兆候に気づけるようになることが重要である。

ストレスの対処法

心理教育にはストレスに対する対処法もある。ストレスは再発のきっかけとなったり、躁やうつを繰り返す不安定な症状を引き起こしたりする。

認知行動療法

生活の中で起きる事態を見直して、ストレスを減らしていく方法をまとめたものが認知行動療法であり、双極性障害に対しての有効性が認められている。

・うつになり、嫌な考えばかりが頭に浮かぶような状態を「否定的自動思考」とよぶ。この「否定的自動思考」を抑えることは容易ではないが、出てきた気持ちが「否定的自動思考」であると認識して、別の合理的な考え方に切り替えていくことは、練習によってある程度はできる。

対人関係療法(IPT)

・外来で行う個人精神療法である。

・特定の理論にはこだわらず、よく効くと言われている常識的な治療をまとめたものである。

・IPTの治療目標は、認知を変えることではなく対人関係のパターンを変えることである。

IPTの対象は双極Ⅱ型障害のような軽症なものに限る。中等症以上は薬物療法が中心となり精神療法は補助的なものになる。

・対人関係の中では、特に三つのパターンに注目している。①「重要な人物の死」、②「役割をめぐる不一致」、③「役割の変化」である。3番目の役割の変化とは、例えば、昇進や結婚などによってうつ状態を発症することが多いということである。

対人関係-社会リズム療法(IPSRT)

・双極性障害のために開発されたのが、対人関係-社会リズム療法(IPSRT)である。

・双極性障害では徹夜が躁転のきっかけになる。対人関係-社会リズム療法では、起床時間、入眠時間、出勤などの時間の目標を決めて、毎日、これらの時間を記録につけ生活のリズムを守るようにする。

画像出展:「双極性障害」

五分診療の中の精神療法

・症状の落ち着いた双極性障害の患者さんの外来診療は、短い方では5分~10分である。この診察を1、2カ月に1回程受けてもらい、その中で薬の副作用の有無を確認し、定期的に採血してリチウムの血中濃度を調べてて適正になるように調整する。

・短い時間の精神療法が意味あるものにするには、早い段階にどれだけしっかりと病気を受け入れ、その対処法の理解を進められるかどうかにかかっている。

第六章 双極性障害とつき合うために

再発する人としない人の違い

このように双極性障害の患者さんには、すっかり薬が効いて、本人も病気をコントロールしようという意識が高く、十年、二十年と一回も再発せず、薬さえ飲んでいればまったく問題なく社会生活を送ることができている方もいらっしゃいます。

一方で、病気のために仕事や家族を失い、思うような人生を送れていない患者さんもいらっしゃいます。そのような両極端な違いは何なのでしょうか。

まずは、病気の初期に、どれだけしっかり予防の対策を立て、実践したかどうかです。

そしてもうひとつの違いは、薬がどの程度効くかです。

残念なことに、きちんと薬を服用しているにもかかわらず薬が十分に効かないという患者さんもいらっしゃいます。ですから、再発を繰り返している人に、簡単に「双極性障害はコントロールできるはずなのに、薬をちゃんと飲んでいないのではないか」などと思わないでいただきたいと思います。

医師はひとつの薬、リチウムだけで効果がなければ、ラモトリギンとかオランザピンなど、さまざまな薬を併用して、何とか予防をはかります。それでも軽いうつや躁が出てしまうこともあるのです。

このような場合には、うつになったら何らかの薬を増やし、軽躁になったら少し抗精神病薬を増やしたりと、その都度対処しながら治療を進めていきます。

リチウムやラモトリギンやバルプロ酸などである程度まで病状が落ち着いている患者さんの場合、それほど激しい躁状態にはいかないことが多く、躁状態になっても何とか患者さん本人も治療しようという気持ちになってくれて、入院するには至らないですむという場合も多くあります。

しかしながら、薬を服用していることによって、症状が軽くすんではいるけれども、現在存在する薬すべて使っても、やはり再発を予防するのが難しいという患者さんがいらっしゃるのも事実です。

今我々にできることは、病気がわかったらごく早いうちから、きっちりと予防対策を進めること、薬が効きにくい人には効かない人なりに、薬の組み合わせや投与量の工夫で症状を最小限に抑え、再発を予防するということです。

現在ある薬は必ずしも完璧ではありません。双極性障害の基本的な薬であるリチウムは、非常に副作用が強く、飲みにくい薬であることは、すでに述べました。手の震えなど、人によっては大変気になるところでしょう。

そのために服用をやめてしまい、また再発してしまう方が少なくありません。現在ある薬の副作用を少なくすること、今の薬が効かない患者さんのための新しい薬を開発すること、そして病気の原因究明、そういった研究は、絶対に必要だと思っています。

病気のコントロールには、まず病気を受け入れることが必要

双極性障害の治療において最も重要なのは躁の治療でもうつの治療でもありません。むしろ症状がおさまった時、再発予防薬がきちんとなされるかどうかが、間違いなくその人の一生を左右します。

最初に述べたように、双極性障害は、以前は非常に軽く見られてきました。医師から見れば、躁になって入院して来ても、うつになって入院して来ても、患者さんはとりあえず、その状態が治って退院していきます。

そして治って退院するときには、最初の症状はもうすっかり治っています。そういったことで医師の個として双極性障害は治る病気だという意識が強かったのです。

これはこれで事実であり、統合失調症のように、陰性症状とよばれる症状が長く続く病気と違い、双極性障害は、一旦治ると何の症状もなくなるのが特徴です。患者さんは治ったと感じて安心するし、ご家族も、また医者ですらほっとしてしまうわけです。

ところがその一旦治った病気が、ほとんど再発します。またそれを繰り返すことによって本来は能力を持っている人が、その能力を発揮する場所を奪われてしまいます。会社を辞めざるを得なくなったり、家族と別れてしまったりします。そういう意味では大変恐ろしい病気でもあるわけです。

昔の医師も、おそらく退院する時には「この病気は再発しますから、ずっと薬を飲んでくださいね」と言っていたと思います。ところが実際は、そのくらいのことでは、多くの患者さんは薬を飲みません。

たとえば病院に行って「皮膚炎の薬です。これを朝夕一週間塗って下さいね」と皮膚科の先生に言われたとします。「はい。そうします」と答えて帰って来ても、症状がなくなってきたら薬を塗るのを忘れてしまうという経験はないでしょうか。

双極性障害の患者さんの場合も同じです。症状が治まったら薬を飲まなくなるということは、誰にでも非常によくあることなのです。

しかしその結果、結局患者さんは再発してしまいます。そしてこれまで繰り返し述べたように、双極性障害は、再発することによって、人生そのものが大きな影響を受けてしまう病気なのです。

病気との取り組みいかんで、病前と変わらない生活が送れる人から、仕事も家族も失ったという人まで、非常に幅広い、さまざまな結果が返ってきます。

より良い結果を得るためには、双極性障害とは大変な病気である、ただし十分にコントロールすれば恐れるに足らない病気でもあるということを知り、前向きに再発予防に取り組むことが何よりも重要なのです。

感想

「双極性障害」の患者さまにとって、医師による診察と適切かつ慎重な薬物療法や、精神療法との組み合わせが極めて重要であることを学びました。

鍼灸師ができることはお話を伺うこと、そしてうつ病と双極性障害(躁うつ病)は異なる病気で、薬も療法も異なるということをお伝えすることだと思いました。

双極性障害2

著者:加藤忠史

発行:2019年6月

出版:ちくま新書

目次は”双極性障害1”を参照ください。

第三章 社会生活を妨げてしまう双極性障害

1 双極性障害による社会生活の障害

再発を繰り返すと仕事も家庭も失ってしまう

・双極性障害はいずれ改善され、治ったときにはほとんど何の症状も残さない。

双極性障害の躁やうつは薬による病気のコントロールや予防をしっかり行わないと、何度も再発を繰り返してしまう。また、このため患者さんの環境や生活レベルは低下していく。

双極性障害の発症頻度は100人に1人弱といわれており、家族、親戚、友人と範囲を広げれば、すべての人が双極性障害の患者さんに接する機会はあると言っても過言ではない。

2 立場によって受け止め方が違う双極性障害

家族から見た双極性障害

・重度な双極Ⅰ型障害は統合失調症の精神病状態とは異なり、話の筋がある程度通っているおり病気と思えない部分がある。そのため、家族は非常に腹が立ったり、傷ついたり休みなく言葉を浴びせられ続け憔悴しきってしまうようなこともある。そして、仕事を失うこともある。

・家族にとっても、双極Ⅰ型障害の躁状態はうつ状態とは異なるがとても辛いものである。

患者さんにとっての双極性障害

躁状態の患者さんが自分は、病気であるという自覚を持つことが非常に難しい。

軽躁状態を本来の自分と考え、通常の状態の時期が何かつまらないものに思えてしまう人もいる。

うつ状態の時

・自分をつまらない人間で、仕事もできず取るに足りない人間だという気持ちが絶え間なく襲ってくる。

・家族が質問してくるのが、うっとうしくて仕方がない。

・子供に対してイライラして叱ってしまい、その後酷い自責の念に駆られますます落ち込んでしまう。

・何とか出社してもまわりの会話についていけず、毎日が苦痛でしかない。

うつ状態が酷くなると自力で病院に行くことができなくなる。

3 受診する時

躁状態で受診する時

・双極Ⅰ型障害の躁状態に関しては、治療が軌道にのりさえすれば、有効な薬がたくさんある。このような薬を服用することで1ヵ月から2ヵ月で改善することが多い。

・躁状態(双極Ⅰ型障害)の問題点は治療を起動にのせることである。その理由は躁状態というのは患者さんご自身にとっては、普段より調子が良いと感じており、治療を受け入れることが難しいためである。

<職場>

・受診を無理強いすることは人権侵害のおそれがある。

「心配なので一度受診してみたらどうか」と示唆する程度が望ましい。

・ご家族に状況を伝え、受診してほしいとお願いする方法も有効である。

・ご家族が対応頂けない場合は、労働契約法第五条に、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働ができるよう、必要な配慮をするものとする」という条項(健康配慮義務)があるので、職場の上司は部下の健康を守るために、病院の受診を要請することも可能である。

・問題行動に対して出勤停止等の処分を行うという選択肢も考えられる。

双極Ⅱ型障害の軽躁状態の場合、心がけたいのはもし、その人がうつ病と診断されていた場合、気分の高揚は軽躁状態かもしれないので、主治医の先生に相談してみてはどうかと伝えてみても良い。

<家族>

気分の高揚やおかしな言動に対して、もしかしたら躁状態かもしれないと気づくことが対応の第一歩になる。そして、これは間違いないと感じたら、次は何とか受診するよう説得することである。

・躁状態の患者さんは、色々なことに手を出しているが、思う通りになっていたことが多く、常にイライラしていることが多い。また、そのため不眠の問題を抱えていることも多い。そこで、不眠や疲れを理由に心配だから病院に行こうと説得するのが良い方法である。

初発で相談できる病院もない場合は、まずは、家族だけで受診してみるという選択もよい。なお、その場合は病床数の多い単科の精神科が望ましい。大きな精神科病院にはケースワーカー(ソーシャルワーカー)がいて、入院の相談にのってくれる。

うつ状態で受診する時

<職場>

・うつ状態の場合、躁状態とは異なり本人も不調を感じているので受診の勧めに強く反発することはない。

・同僚の異常に気付いた場合は、まず上司に相談するのが良い。部下のメンタルケアは管理職の仕事になっている。

既に通院されている場合は、確認もなく病院や薬について詮索するべきではない。特に「薬に頼ってはいけない」という言葉は禁句である。

<家族>

・普段と様子が異なり、いつも苦しそうな表情をしている、ため息ばかりついていて楽しそうに見えることがないという状態が二週間以上ほぼ毎日続いているなら受診した方が良い。

初発のうつ状態では、抗うつ薬を処方されるが、統計では約二、三割は双極性障害である。つまり、誤診されている可能性もあるということである。重要なことは過去に何度かうつ状態になった経験や、抗うつ薬の服用により気分が高ぶった経験がある人は、そのことをはっきりと医師に伝えることが必要である。

<本人>

受診した場合、「うつ病です」と診断されたら、それで満足せず、(大)うつ病なのか、うつ病だとしたら、どのようなタイプなのか、よく確認したほうがよいと思います。

そして、薬物療法を勧められた場合には、他のどのような治療の選択肢があり、なぜ、その薬を選択したのかということも、よく尋ねてみるとよいでしょう。納得できるような説明が得られない場合は、他の病院も受診してみたほうがよいかもしれません。

4 復職

・躁状態、うつ状態が治った時にどのようなタイミングで、どのような形で復職するかはとても切実なことであるが、まさに研究が進められている段階であり正解というものはない。特に躁状態の患者さんは病気であるという認識があまりないので、本人は「もう大丈夫」と言うものである。

・重いうつ状態からの復職の時は、短縮勤務から始め徐々に時間を長くして慣らしていくなど、段階的に進めていくのが良い。

・長く休職した後の復職の場合は、都道府県の障害者職業センターなどの復職支援プログラムを利用するのも良い方法である。

・復職前に心理教育を受け、何が再発の兆候なのかを把握しておくと良い。

5 自殺の予防

・日本では約20,000人以上の方が自殺でなくなっており、その多くはうつ状態により自殺に至ったと考えられている。

・双極性障害では死因の19.4%が自殺であったという研究がある。

・薬物療法の中ではリチウムのみが、統計的に自殺率を低下させることが報告されており、重要な薬といえる。

・自殺の危険を把握するためには、患者さんを自殺に追いやる要因があるか、患者さんの死にたい気持ち(希死念慮)がどれだけ強いかの二つが重要である。

・自殺の危険を高める因子としては、自殺未遂をしたことがある、家族に自殺者いる、最近家族が亡くなった、最近知人や有名人が自殺でなくなった、借金など経済的な問題がある、そして周囲に助けてくれる人がいない等がある。

自殺する人は自殺のサインを出すものであるが、大事なことは死にたいという気持ちを話してもらい、それをしっかりと受け止めることである。すべての思いを話してもらった後に、初めて「自殺しないと約束してほしい」と伝える。

6 双極Ⅱ型障害

診断

双極Ⅱ型障害にはさまざまな患者さんがいるという理解が大切である。

・双極Ⅱ型障害は医師によって診断にバラツキが出やすい。

治療

・双極Ⅱ型障害は軽躁状態を有するが、現実的に問題となるのはうつ状態である。双極Ⅱ型障害のうつ状態は双極Ⅰ型障害に比べうつ状態の頻度は多く、期間も長い場合が多い。

・双極Ⅱ型障害の軽躁状態は、双極Ⅰ型障害の躁状態に比べると症状は軽く、期間も短いため診断が難しく医師によってもばらつきがでる。 

第四章 双極性障害の治療

1 薬物療法

精神科領域で用いられている薬

・精神科領域で使う薬を「向精神薬」とよばれ、向精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、気分安定薬、精神刺激薬などがある。

・抗精神病薬は統合失調症の幻覚や妄想に有効な薬だが、双極性障害にも有効である。

・抗精神病薬には古いタイプの定型抗精神病薬と新しいタイプの非定型抗精神病薬があるが、双極性障害では非定型抗精神病薬の方がよく使われる。

・抗うつ薬はうつ病の薬である。古いタイプは三環系抗うつ薬などがあり、新しいタイプは選択的セロトニン再取込阻害薬(SSRI)などがある。

・抗不安薬は病的かどうかに関わらず使われる不安を抑制する薬である。代表的なものはベンゾジアゼピン系抗不安薬である。

・気分安定薬は、双極性障害の再発予防に用いられる薬で、リチウムの他、ラモトリギン、バルプロ酸、カルバマゼピンがある。

・精神刺激薬は覚醒作用をもつ薬で、AD/HD(注意欠如・多動症)およびナルコレプシーに使われる薬で、双極性障害では使われない。

リチウム(商品名 リーマスなど)

・リチウムは双極性障害の治療の基本となる薬である。

・リチウムは天然にも身体の中にも含まれている。

画像出展:「双極性障害」

リチウムの効果

・リチウムは躁状態およびうつ状態を改善する作用と予防する作用をもつ薬である。特に躁状態、うつ状態の再発を予防する作用が最も重要である。また、自殺予防効果もあるとされている。

・リチウムは代表的な気分安定薬であり、双極性障害の薬物治療の基本となるものである。

リチウムの副作用

・リチウムはとても有用な薬であるが、精神科の薬の中で最も使い方が難しく、医師の指示通りに服用しなければならい。

・リチウムは血中濃度を測りながら服用することが定められている。一般的には0.4~1.0ミリモーラーの間で使用するが、1.5ミリモーラーを超えてくると。中毒症状が出る可能性がある。

・飲み始めの時には、下痢、食欲不振、喉の渇きと多尿、手の震えなどの副作用が見られる。

・腎臓の機能が低下していたり、脱水になっていたりすると血中濃度が高くなるため特に注意を要する。

・白血球、特に顆粒球が増加するという特徴も知っておくべきである。特に他の理由で内科などを受診する場合は、リチウムを服用していることを必ず伝えるべきである。

・特に女性の患者さんは甲状腺の機能低下という副作用が懸念されるので、時々、甲状腺刺激ホルモンを測定するようにする。

他の薬との組み合わせにも要注意

・利尿剤、消炎鎮痛剤、高血圧薬などリチウムと相互作用し急激に血中濃度を高める可能性があるため十分に注意しなければならない。

血中濃度の測定

・リチウムは服用後数時間の間に血中濃度が上がり、その後下がってきて8時間後くらいに安定した濃度になる。測定は最も血中濃度が下がった時に行う。

・血中濃度は最初のうちは受診の度に測定し、維持療法中は2、3ヵ月に1回を目途として行う。

リチウム以外の気分安定薬(抗てんかん薬)

①ラモトリギン(商品名 ラミクタール)

・再発、再燃抑制の薬。保険適応されている。元々は抗てんかん薬である。

・再発予防効果は特にうつ状態の方が顕著という調査結果だった。これがラモトリギンの特徴である。

・リチウムとラモトリギンの併用は効果が高い。

・副作用には十分注意しなければならない薬であり、特に問題となるのはスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や、皮膚、眼、口唇などの粘膜に障害を起こす中毒性表紙壊死融解症(TEN)である。これらは全身の発疹で始まるので、発疹が出るようであれば服用を中止し、速やかに医師に相談すべきである。

②バルプロ酸(商品名 デパケンなど)

・元々は抗てんかん薬である。躁状態や混合状態に対して有効性がある。

・副作用はリチウム少ないが、食欲や嘔気など消化器系の副作用がみられる。まれな副作用には高アンモニア血症である。服用中に意識障害が生じた場合は、高アンモニア血症を疑う。

③カルバマゼピン(商品名 テグレトールなど)

・元々は抗てんかん薬である。躁状態に有効だが臨床研究は多くない。

・カルバマゼピンで問題となる副作用はスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)と白血球減少症である。

薬には症状との相性がある

・リチウム:気分が爽快になる。典型的な躁病の人によく効くと考えられている。

・ラモトリギン:うつ状態の予防に有効で、軽躁状態(双極Ⅱ型)にも有効とされている。

・バルプロ酸:不機嫌な躁病の人や混合状態が見られる人に有効だとされている。

・カルバマゼピン:若年で錯乱性躁病が見られる方に有効とされている。

薬の適合性を調べるような検査や方法は、今のところはないため、経験や試行錯誤で見つけていく必要がある。

・二種類、三種類の気分安定薬を併用する場合も少なくない。

非定型抗精神薬

①クエチアピン(商品名 ビプレッソ)

・双極性障害のうつ状態に有効な薬はあまりないのが実情であるが、注目が高まっているのは、非定型抗精神病薬である。その中で最も定評があるのは、クエチアピンである。

・クエチアピンはうつ状態だけではなく、予防効果も報告されており、さらに双極性障害の躁状態にも有効であることが臨床試験で認められている。

・日本では2017年に保険適用になった。

・クエチアピンの最も多い副作用は眠気である。

②オランザピン(商品名 ジプレキサ)

・躁状態への効果と予防効果がある。日本では2010年に認可された。また、2012年には双極性障害のうつ状態にも有効であることが分かった。

・体重増加や糖尿病誘発のリスクがあり、血糖値を測り糖尿病に十分な注意を払う必要がある。

③アリピプラゾール(商品名 エビリファイ)

・非定型抗精神病薬にはドーパミンを阻害する作用があるが、アリピプラゾールはある程度しか阻害しないため、パーキンソン症状という副作用を抑制することができる。さらに、ドーパミンが多すぎれば阻害し、少なければドーパミンを刺激する作用があると言われている。

定型抗精神病薬

①ハロペリドール(商品名 セレネースなど)

・古くからある定型抗精神病薬の中で、最も代表的なものである。

・躁状態に対する効果および幻聴、妄想などの精神病症状に対する効果がある。

・副作用はパーキンソン症状である。また、ジストニア、アカシジアと呼ばれる副作用もある。これらの副作用には抗パーキンソン薬が有効である。

・副作用が多い薬だが、静脈注射、筋肉内注射などによって即効性が期待できるため、しばしば使われている。

②レボメプロマジン(商品名 ヒルナミン、レボトミなど)

・定型抗精神病薬の中でも、最も鎮痛効果が強い薬である。

・パーキンソン症状はあまり見られず、心電図異常、血圧低下など自律神経への副作用がある。

③クロルプロマジン(商品名 コントミンなど)

・最初に開発された抗精神病薬である。

④スルトプリド(商品名 バルネチール)

・躁状態の薬だが、パーキンソン症状が強くやや使いにくい。

⑤ゾテピン(商品名 ロドピン)

・定型抗精神病薬の中では、躁状態に対してよく使われた薬の一つ。鎮痛作用が強く、誇大性や気分高揚などの中核症状によく効くが鎮痛作用には個人差が大きいため用量設定が難しい。

・副作用は痙攣を誘発することがある。

抗うつ薬と自殺念慮

抗うつ薬は、24歳以下の方が服用した場合、自殺のリスクを増やす可能性があるので、リスクと効果を考慮して使うかどうか判断する必要がある。

抗うつ薬で焦燥感が強まる場合、うつ病ではなく双極性障害の可能性がある。

抗不安薬

・双極性障害には抗不安薬も使われる。ベンゾジアゼピン系と呼ばれ代表的なものには、ジアゼパム(商品名 セルシン)とかロラゼパム(商品名 ワイパックス)といった薬がある。これらの薬は抗不安薬、抗痙攣薬、催眠作用、鎮痛作用、筋弛緩作用といった様々な作用を持つ薬物群である。

甲状腺ホルモン剤

・急性交代型という年間4回以上の躁やうつを繰り返すような人に有効であると言われている。ただし、量が多すぎると甲状腺機能亢進状態が懸念される。

双極性障害1

双極性障害は、躁うつ病と呼ばれていた病です。この双極性障害はうつ病とは似て非なる病気で、その経過も薬も全く異なるということを専門学校で学びました。つまり、もし、うつ病と双極性障害の診断が間違っていたとすれば、いつまでたっても病は治らず、悪化させてしまう可能性もあるということです。

もちろん、私は医師ではないので診断はできません。しかし、双極性障害とうつ病の違いを少しでも理解することは有益であり、勉強して最低限の知識はもつべきと考えます。

このように考える背景には、うつ病の既往やうつ症状ではないかとご心配される患者さまは稀ではないという印象があるためです。その時、頭をよぎるのは「双極性障害の可能性は全くないのか」という懸念です。とはいうものの、今まで手つかずにやってきたのですが、今回、一冊の本を買い求めました。

著者:加藤忠史

発行:2019年6月

出版:ちくま新書

はじめに

第一部 対処と治療

第一章 なぜ躁うつ病は双極性障害となり、双極症に変わるのか

第二章 双極性障害(双極症)とは

1 双極Ⅰ型障害(双極症Ⅰ型)

2 双極Ⅱ型障害(双極症Ⅱ型)

3 さまざまなうつ病

4 小児思春期の双極性障害

第三章 社会生活を妨げてしまう双極性障害

1 双極性障害による社会生活の障害

2 立場によって受け止め方が違う双極性障害

3 受診する時

4 復職

5 自殺の予防

6 双極Ⅱ型障害

第四章 双極性障害の治療

1 薬物療法

2 ECT(電気けいれん療法)

3 反復性経頭蓋磁気刺激療法(γTMS)

4 ケタミン

5 心理教育

第五章 症例

第六章 双極性障害とつき合うために

第二部 Q&A

 症状・経過・診断について

 治療・社会復帰について

 原因について

 その他

 年輪の会講演会から

 年輪の会講演会での質疑応答から

 参考文献

 おわりに

第一部 対処と治療

第一章 なぜ躁うつ病は双極性障害となり、双極症に変わるのか

もともとは躁うつ病とよばれていた双極性障害

・双極性障害は「躁うつ病」という病名でよく知られていた病気である。

・躁うつ病は統合失調症と並び、二大精神疾患とよばれてきた。

・躁うつ病という病名は、「うつ病」を含めて使う場合もあったため、混乱を招いていた面もあった。

「躁うつ病」と「うつ病」は経過も処方する薬も全く異なる。

・躁うつ病のうつ状態とうつ病のうつ状態がきちんと区別されず、同じ治療が行われる場合があった。

躁うつ病は躁とうつの再発を繰り返す病気だが、その認識が乏しく1回ごとの躁状態やうつ状態が、断片的に躁病、うつ病と診断されてしまい、長期的な展望を持って治療をするということが行われなかった。

・うつ状態にも多くの概念が混在していた。「内因性うつ病」「心因性うつ病」「荷下ろしうつ病」「引っ越しうつ病」「退行期うつ病」「抑うつ神経症」など、数えきれないほど色々な診断名が使われていた。

・病院、担当医によって、病名も異なり治療もバラバラだった。ただ、これは躁うつ病、うつ病に限ったことではなかった。

混乱を解決するために作られた診断基準

・アメリカ精神医学会は精神疾患一つひとつに対して、操作的診断基準を作った。これは、どのような症状が何日間続いたら何病と診断するという基準を具体的に定めたもので、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)と呼ばれている。

もうひとつの診断分類ICD

・ICDは精神疾患の分類や統計の目的で、WHO(世界保健機関)が作ったものであるため、行政ではこの分類を用いることになっている。しかしICDは、病名判断の明確な基準がないため、医師の間で診断がばらつくという問題はなくならない。

DSMが提案したこと

・躁状態を躁病と診断されないように、躁病エピソードと呼ぶことにした。また、うつ状態に関しては3つに分けた。

①脳梗塞や甲状腺機能障害といった、はっきりとした身体的要因があるうつ状態

②薬剤などの物質による原因がはっきりしているうつ状態

③上記①②以外のうつ状態

③のような原因不明だが薬物療法が必要なうつ状態を「抑うつエピソード」と呼ぶことにした。この抑うつエピソードだけ起こる病気が、大うつ病性障害と呼ばれている。

躁病エピソードと抑うつエピソードを伴う病気を双極性障害(この場合正確には双極Ⅰ型障害)と呼ぶ。

DSM導入以降の日本の状況

日本でのDSM診断基準の浸透度は心もとない状況である。特に「抑うつエピソード」という考え方は定着したとはいえない状況である。その結果、うつ状態という言葉が、DSMが定めた通り「抑うつエピソード」を指しているのか、抑うつエピソードの基準を満たさない軽いうつ状態も含めるのかが曖昧になっている。

・DSM-5からは、うつ病といえば身体的要因が特定できない、抑うつエピソードを有する大うつ病のことを示すとされた。なお、他の医学的疾患による抑うつ障害は○○性うつ病、○○病のうつ状態と表記される。 

第二章 双極性障害(双極症)とは

双極性障害にはⅠ型とⅡ型がある

・DSMは改訂第4版にあたるDSM-Ⅳから、双極性障害は「双極Ⅰ型障害」と「双極Ⅱ型障害」に分類された。そしてICDでもICD-11から、双極症(双極性障害)は、「双極症Ⅰ型(双極Ⅰ型障害)」と「双極症Ⅱ型(双極Ⅱ型障害)」に分類されることになった。

双極Ⅰ型障害:入院が必要な重度の躁状態とうつ状態を繰り返すもの。

双極Ⅱ型障害:明らかに高揚した躁状態ではあるが入院を必要としない「軽躁状態」で、うつ状態を繰り返すもの。Ⅰ型とⅡ型は躁状態の程度で判断される。

診断基準によって増加した双極性障害

・DSM-5の躁状態の診断基準は、躁状態が7日間毎日続くことになっている。

・軽躁状態の診断基準は軽躁状態が4日間続くことになっている。

双極性障害は過剰診断?

躁うつ病と呼ばれていた病気は、現在の双極Ⅰ型障害であり、それに加えて双極Ⅱ型障害が定義されたため、双極性障害の全体数は多くなっている。特にこの傾向は米国で顕著である。

日本では過小診断と過剰診断が混在

・過小診断とは双極性障害に対する認識や理解不足により、医師はうつ状態に注意や関心が向きやすく、一方、患者も躁状態について話すことが少ないため、正しくは双極性障害にも関わらずうつ病として診断されてしまうことである。それにより不適切は抗うつ薬を処方され、状態は悪化する。

・過剰診断の一つのパターンは、パーソナリティーの問題などを双極性障害と診断してしまう場合である。双極性障害のうつ状態というのは、何かあった時に落ち込むとか、何かあると怒るといった周囲の環境に対する反応ではなく、何も理由がないのに2週間以上毎日気分が落ち込んだままである、という一定の長さを持つエピソードである。躁状態も同様に、何の理由もないのに1週間以上、毎日一日中気分が高揚している状態が続くというエピソードである。

うつ状態も躁状態も、この数年間に何回あったと数えられるような、長く続くエピソードである。

・近年では特に躁状態も軽躁状態もないのに、光トポグラフィー検査の結果だけによって双極性障害と診断してしまうという過剰診断のケースもみられる。

1 双極Ⅰ型障害(双極症Ⅰ型)

躁状態

・人生や家庭が破壊されかねない激しい躁状態である。

躁状態は少なくとも1週間以上続き、その間、一日中ずっと気分が高揚したままの状態が続く。

・非常に高揚した気分、自分がとても偉くなったような気分を感じ、夜も寝ず、声が嗄れるまでしゃべり続けたり、じっとしていることができず、一晩中、一日中動き続けるが、その疲れを自覚できずに身体は消耗していく。

・必要のないものや高級品を買いあさり、借金してしまうこともある。

・気が散って集中できず、思い通りにならないとたとえ上司であっても激しく攻撃してしまい、職を失ってしまうようなこともある。

・酷くなると、幻聴や誇大妄想を伴うこともあり、錯乱状態まで進む場合もある。これを錯乱性躁病と呼ばれている。

うつ病態(抑うつ状態)

双極Ⅰ型障害と双極Ⅱ型障害は、躁的な状態には大きな違いがあるが、うつ状態には大きな違いはない。

うつ状態とは、抑うつ気分、そして興味・喜びの喪失、この二つの症状が中核症状である。

<抑うつ気分>

・形容しがたい嫌な気分が逃れようもなく、一日中そして何日も続くものである。

抑うつ気分は、やる気がないとか意欲が出ないという、あるべき意欲がないのではなく、普段あるはずのない筆舌に尽くしがたい、うっとうしい気持ちが襲ってくるというものである。

・『うつ状態の患者さんに、「三カ月くらいで治りますよ」と言うと、治るはずがない、と言うと、治るはずがないとおっしゃるかたもおられますが、中にはその言葉をある種の光明のように思う人もいます。抑うつ気分の時というのは、辛い気分が、まるで永遠に続くかのように感じられる状態なので、三カ月という普通なら長い期間でも、この状態にも出口があるのだと捉えられるのかもしれません。』

<興味・喜びの喪失>

興味喪失とは、すべてのことに関してまったく興味をもてなくなる症状をいう。

・悲しいことに、自分の家族を愛する気持ちも喪失してしまうことがあり、さらに自分を責めてしまう。

喜びの喪失とは、何をしても、何も見ても、嬉しい楽しいという感情が全く湧いてこないこと。

うつ状態の診断

うつ状態の診断では、まず抑うつ気分と、興味・喜びの喪失という二つの中核症状のうち、少なくともどちらか一方が、一日中、毎日、二週間ずっと存在しているかどうかを確認する。

・中核症状に加え、以下に紹介する4つの身体症状と、5つの精神症状の計9つの症状のうち、5つ以上が、一日中、二週間以上、毎日出てきていることが確認された時に、うつ状態(抑うつエピソード)と診断する。

うつ状態の妄想

・うつ状態も酷くなると妄想が出てくる場合があるが、多いのは貧困妄想、心気妄想、罪業妄想の三つである。

<貧困妄想>

・根拠もないのに破産した、お金がないなどと信じ込んでしまう妄想である。この妄想のために入院を勧めても「お金がないから……」と断わったり、借金取りが来るなどと恐れてしまったりする。

<心気妄想>

・自分が重い病気に罹ったと信じ込んでしまう妄想である。医師や周囲の人の言葉を信じることができない。

・中には内臓がなくなってしまうという否定妄想に加え、大変な病気のために死ぬこともできず、永遠に生きなければならないという不死妄想が見られる場合を、コタール症候群という。

躁にもうつにも起こり得る昏迷状態

・うつ状態あるいは躁状態が激しくなると、昏迷状態といって、しゃべることができなくなり身体が硬くなってしまう症状が現れることがある。特に酷い場合は、不自然な姿勢で静止したまま固まってしまうこともあり、このような状態は緊張病状態と呼ばれている。このような緊張病状態が出てくると、多くの医師は統合失調症を疑うが、双極性障害にも出るので注意を要する。

混合状態

<躁転・うつ転に伴う「混合状態」>

うつ病態から急激に(数日間で)躁状態に変わることを躁転と呼ぶ。躁転の経過中には、気分はうつなのに行動は活発になるような、うつ状態と躁状態の症状が入り混じって現れる混合状態になる時がある。

躁状態からうつ状態に変わる場合は、うつ転と呼ばれこの時にも混合状態になることがある。

<通常とは違う躁状態・うつ状態の特徴を表す「混合状態」>

混合状態では行動が非常に多くなって、しかも自殺念慮(自殺したいという気持ち)が強くなってしまうことがあり、うつ状態よりもさらに自殺の危険が高い状態といわれている。

2 双極Ⅱ型障害(双極症Ⅱ型)

Ⅱ型はⅠ型の躁状態にくらべ、軽度な軽躁状態とうつ状態を繰り返すものである。

軽躁状態とは

・躁状態は入院させたいほどの重度な状態に比べ、軽度な躁状態のものである。例えば、気分が高揚し仕事がはかどり、いろいろなアイデアが湧いてきて調子が良いという状態であり、病気と感じられるものではない。

重要なことは、周りの人から見るといつものその人と全く違うと感じるものである。また、気分が高揚する状態は、一日中、少なくとも4日以上続くのが特徴である。

・軽躁状態では、本人には病気の自覚は全くないため、うつ状態になった時に初めて異変を感じるものである。

うつ病にしか見えない双極Ⅱ型障害

双極Ⅱ型障害の軽躁状態を本人が自覚するのは困難なため、双極Ⅱ型障害の患者さんのほとんどは、自分をうつ病だと考えている。家族においてもほぼ同様な認識である。したがって、軽躁状態を見分けることが、うつ病の治療において最大のポイントになる。

なぜ双極Ⅱ型障害とうつ病を区別しなくてはいけないのか

再発のリスクが高い双極性障害

・うつ病の頻度は海外では15%、日本では7%位と言われている。

・双極Ⅰ型障害は欧米では約0.8%、双極Ⅱ型障害を含めると2、3%になると言われている。一方、日本では合わせて1%弱と言われており、欧米に比べると少ない。

・重要なことは、うつ病と双極性障害の発症頻度には大きな違いがあるにも関わらず、ある統計ではうつ状態で来院されている患者さんの20~30%が、双極性障害だという点である。この主な要因はうつ病に比べ、双極性障害ではうつ状態の再発が多く、非常に長い経過をたどるという特徴を有しているためである。

・うつ病ではうつ状態の回復が治療目標になるが、双極性障害の場合はうつ状態と躁状態(軽躁状態)を繰り返すことが続くため、再発防止が治療目標となる。

治療に用いる薬も違う

・双極性障害のうつ状態と、うつ病を区別しなければならないもう一つの理由は、治療薬が異なるということである。

うつ病のうつ状態には抗うつ薬を処方するが、双極性障害のうつ状態には抗うつ薬は効きにくく、躁転を誘発するおそれがある。

双極性障害の場合には、再発予防を目的とするリチウム、ラモトリギンなどの気分安定薬や、非定型抗精神薬を使う。

初めてのうつ状態では、「うつ病」と診断される

うつ病か双極性障害の診断は病歴、以前躁状態や軽躁状態になったことがあるのかを聞くことである。特に重要なことは自覚的なものだけでなく、行動の変化などの客観的な変化を詳しく聞くことである。

例えば、「今までに一週間くらい、毎日、一日中気分が高揚して、眠らなくても平気で頑張れた時はありましたか?」などの質問をする。

・難しいのは、その患者さんの初めての病相が躁状態、軽躁状態ではなく、うつ状態から始まった場合はであり、このケースでは区別することはできない。

・双極Ⅰ型障害では、最初の病相がうつ状態で発症するのは50%位である。

双極Ⅱ型障害では、軽躁状態が最初に出ても自分で病気を疑うことはまれであり、うつ状態で受けることになるためうつ病と診断される。治療を進めながら経過をみていくうちに、躁状態や軽躁状態が認められれば、そこでうつ病から双極性障害に診断が変更される。また、患者さんや医師の理解不足が原因で双極性障害がうつ病と診断されてしまうこともある。

アメリカの研究データでは、双極性障害の啓発が進んできたため、最近の研究では短くなったとはいえ、病名確定に4年かかるといわれている(昔は10年と言われていた)。これでも大変な時間を要するが、現状ではこれが実態である。

3 さまざまなうつ病

メランコリー型うつ病

・以前は内因性うつ病と呼ばれていたもの。主な症状は、動作がゆっくりになってしまう症状、すべてのことに興味を失ってしまう症状、朝具合が悪く夕方に緩和されるという症状、罪責感などが特徴である。

非定型うつ病

・最近急激に増えているタイプのうつ病である。

・抑うつ気分がある中で、良いことがあると気分が少しよくなる等、気分が変化しやすいこと、対人関係で過敏になりやすいという特徴がある。また、過眠や過食もみられる。

・このタイプは不安障害やパーソナリティー障害を伴うこともあり、幼少時の不遇な環境や虐待との関係が指摘されている。

双極スペクトラムうつ病

・これは将来躁状態になって双極性障害と診断される可能性のある予備軍ともいえるものだが、まだ十分な実証が得られていないため、DSM-5には含まれていない。しかし、親や兄弟姉妹などに双極性障害を持つ人がいる場合や、双極性障害に多く見られる特徴(精神病症状があること、発症年齢が若いこと、非定型型うつ病症状を伴うこと、病相の回数が多いこと、抗うつ薬が効きにくいことなど)が多数見られる場合は、双極性障害への進展に注意が必要である。

季節性うつ病

・DSM-5では「うつ病、季節型」と記載される。これは主に冬に多く、冬の日照時間が少ない高緯度地方に多くみられる。

・一般的なうつ病の特徴は不眠や食欲低下などであるが、この病気は過眠や過食といった症状が特徴である。

・この季節性うつ病は、朝方2時間くらい強い光を浴びる光療法が有効である。

血管性うつ病

・75歳以上の多くのうつ病の患者さんには、脳梗塞の跡が見つかる。普通の75歳以上でも潜在性脳梗塞は見られるが、その頻度は明らかにうつ病患者さんの方が多い。

・脳梗塞とうつ病の因果関係(どちらが原因かはっきりしていない)などもあり、DSM-5には含まれていない。

4 小児思春期の双極性障害

小児思春期の双極性障害は存在するのか

・米国(特に北米)では、「小児双極性障害」に関する論文が提出されているが、懐疑的な意見の学者も多い。

神経-血管-グリア・ユニット

前庭性片頭痛は、難治性めまい患者にしばしば見られる疾患といわれています。脳内炎症が疑われ、神経-血管-グリア・ユニットが関係しているらしいということが分かりました。

調べたところ、医学雑誌の『実験医学』のバックナンバー、2013年9月号 Vol.31 No.14で、神経-血管-グリア・ユニットが特集されていました。タイトルは“特集 Neurovascular Unit 神経-血管-グリアのユニットが脳と体を支配する”です。

私の知識では太刀打ちできないことは分かっていましたが、そうは言っても、何か得るものもあるだろうと思い、購入することにしました。

特集企画:荒井 健

発行:2013年9月

出版:羊土社

特集の各寄稿は以下の通りです。

画像出展:「実験医学 2013 vol.31 NO.14」

予想通り、私にはこれらの内容を理解することはできませんでした。唯一、出来そうなのは、神経-血管-グリア・ユニットの要点を書き出すことです。

取り上げた3つの図表は、最初の『概論―Neurovascular Unit:脳内の細胞間クロストークを理解するための概念的枠組み』と、2番目の『Neurovascular Unitという概念でとらえる脳卒中の病態』に掲載されていたものですが、ブログはこの二つの寄稿をミックスした形でまとめています。

はじめに―Neurovascular Unitの誕生

・『2001年に開催された米国NIHのStroke Progress Review Groupでは、当時の脳卒中研究の状況を評価し、今後どのような方向に研究を進めるべきかが議論された。その当時、脳卒中後の神経細胞における興奮毒性・酸化ストレス・アポトーシス経路などの病態メカニズムが解明されつつあったが、脳卒中治療薬としての神経細胞保護薬は存在していなかった。なぜ多くの神経細胞保護薬が臨床試験で効果を示さなかったかに関する議論は数多くなされてきたが、特に重要なポイントは神経細胞という単一の細胞種にのみ着目するのは脳卒中治療として不十分であるという点であった。そのため、脳卒中治療は神経細胞の保護に限定せず、周囲の細胞をも含めた総合的な脳保護治療を考慮すべきであるとして、神経細胞・脳血管内皮細胞・アストロサイト・細胞外マトリクスからなる概念的な構成単位である「Neurovascular Unit」が提唱された。』

画像出展:「実験医学 2013 vol.31 NO.14」

Neurovascular Unitは脳卒中の病態をより正確に理解することを目的として2001年に提唱された概念である。この概念が提唱された当時、Neurovascular Unitの構成細胞は神経細胞、脳血管内皮細胞、アストロサイトだった。しかし現在では、ミクログリア、ペリサイト、オリゴデンドロサイトもNeurovascular Unitの構成細胞とみなされている。」

・『Neurovascular Unitの概念が強調する点は、異なる細胞同士の相互作用が脳機能の維持に必要であり、脳疾患においては神経細胞を保護するだけでは正常な脳機能を保てないということにある。歴史的にみると、Neurovascular Unitの概念が誕生する前からも、脳神経細胞以外の細胞の状態の悪化が脳疾患の病態と深くかかわることは議論されてきた。例えば、“more than just neurons”というアイデアは、1971年にIssidoresらがパーキンソン病の研究で報告した論文のなかにもみられる。また、血液脳関門(blood-brain barrier:BBB)におけるアストロサイトと血管内皮細胞の相互作用に代表される“脳内における異なる細胞間相互作用の重要性”は、脳研究の分野において常に大きな研究トピックスであった。そのようななか、Neurovascular Unitという概念が誕生し、脳組織における異なる細胞間相互作用の重要性が改めて脚光を浴びたことで、脳卒中をはじめとする種々の中枢系疾患の病態を解明するための研究が劇的に加速した。

1.Neurovascular Unitの構成細胞

・Neurovascular Unitの概念が提唱された当時、その構成細胞は神経細胞、血管内皮細胞、アストロサイトと考えられていたが、その対象は広がり、ミクログリア、血管周皮細胞(ペリサイト)、オリゴデンドロサイトなどが加わった。

・近年では、Neurovascular Unitの機能に対して脳実質の外側(脳血管を流れる血液中)の因子が影響を与えることも示されている。

1)脳血管内皮細胞

・脳血管内皮細胞はNeurovascular Unitの中でも特に興味深い細胞である。血管内皮細胞と神経細胞の間の微小環境は、成体脳における血管新生および神経新生の場として大きな注目を集めている。

2)アストロサイト

・アストロサイトと脳血管内皮細胞のクロストークは、Neurovascular Unitの概念が提唱される前から精力的に研究が行われおり、例えば、脳血流の調節とも深く関わっていることが分かっている。

3)オリゴデンドロサイト

・Neurovascular Unitの研究は、今まで、灰白質について論じることが多かったが、白質も脳機能において灰白質同様、とても重要な役割を担っている。

4)ミクログリア

・ミクログリアはNeurovascular Unitを構成する細胞の中で他とは違う特色を有している。

・ミクログリアは脳内における免疫反応を担当し、脳卒中などの障害時に活性化し周りの細胞に悪い影響を与える。しかし、その活性化状態の違いにより、周りの細胞に良い作用を及ぼすこともある。一方で、周囲の環境がミクログリアの活性化状態を左右することも明らかになりつつある。

・ミクログリアのNeurovascular Unitへの影響は未だ不明な点は少なくない。

画像出展:「実験医学 2013 vol.31 NO.14」

 

補足.Neurovascular Mediatorについて

1.MMP-9:マトリックスメタロプロテアーゼ-9は、細胞外基質のコラーゲンやゼラチンなどを分解する酵素であり、組織の再生・分化などにおいて重要な役割を果たしている。一方で、組織内のMMP-9の過剰生産はがんの転移や動脈硬化の進展にかかわることが明らかになっている。

2.BBB:blood-brain barrier(血液脳関門)

3.VEGF:血管内皮増因子は、血管新生やリンパ管新生、胚形成の脈管形成に関与する糖タンパクのサイトカインである。

4.HMGB1:細胞局在によって異なる役割をもつ多機能性タンパク質である。がん細胞においては、細胞内に局在するHMGB1はゲノムを安定させる抗腫瘍タンパク質として作用し、細胞外に放出されたHMGB1は免疫機能をもつ前腫瘍タンパク質としての働きをもつ。

5)末梢循環細胞

・2001年にNeurovascular Unitの概念が提唱されたとき、影響範囲は脳内に限定されると考えられた。しかし、現在では血液中を流れる末梢循環細胞が脳卒中後の脳機能回復に寄与しうることが明らかになりつつある。

6)末梢神経における神経-血管相互作用

Neurovascular Unitは日本語では神経血管単位(もしくは神経血管ユニット)と訳される。末梢組織における神経細胞と血管系の相互作用については最新の画像診断装置を用いて研究が進められている。

2.Neurovascular Unitの動的な側面

・Neurovascular Unitの概念が提唱されてから現在まで、一貫して変わらないのは脳卒中に対する効果的な治療方法を探ろうという目的である。そして、考慮すべき点は、Neurovascular Unit内の環境が状況に応じて変化しうるということである。

Neurovascular Unitの構成細胞は環境に応じて異なった性質を示すことがある。例えば、アストロサイトは障害後には、反応性アストロサイトとなり回復期の神経新生を抑制する。しかし、一方では最近の研究により、反応性アストロサイトは失われた脳機能の回復を促進することもわかってきた。

・オリゴデンドロサイト前駆細胞は、障害により失われたオリゴデンドロサイトを補填するために自らオリゴデンドロサイトへと分化することで脳機能の回復に寄与しているが、その一方で、この前駆細胞は障害後の急性期には、悪性因子を遊離して周囲の環境を悪化させることが報告されている。

・Neurovascular Unit内において、細胞同士の連携は栄養因子やサイトカインなどの液性因子を介して行われることが多い。

・表のNeurovascular Mediatorにも挙げられている、MMP-9、VEGF、HMGB1には興味深い共通の性質がある。その性質とは作用の二相性であり、障害後の急性期に脳障害をひき起こす因子が、回復期には逆に脳組織・脳機能の修復に寄与するというものである。例えば、Neurovascular Unitを構成する細胞外マトリクスを分解する酵素の一種であるMMP-9は、脳卒中急性期ではBBB(血液脳関門)の破綻をひき起こすが、一方で回復期には血管新生および神経新生に関わっている。

表に挙げたNeurovascular Mediatorを理解することは非常に重要である。なぜならば、急性期に障害性を示す物質を阻害する薬剤を投与したとしても、もし、その薬剤の効果が回復期にまで及んでしまうと、内因性の修復機構を阻害する恐れがあるからである。

3.Neurovascular Unitの成り立ちと構成

・『1990年代の10年間はそれ以前に比して、格段に脳卒中の理解が高まった時期であった。多くの大規模臨床試験が画策され、MRIをはじめとする画像診断が格段に進歩し、脳虚血における血行動態や分子レベルの変化が明らかになってきた。そして、米国で1995年に許可されたrt-PA静注療法は、脳梗塞治療に画期的な進歩をもたらした。しかし、主に発症早期の投与という時間的に限定された条件から対象症例は伸び悩み、脳梗塞治療に閉塞感が漂いはじめた。

これに対して、虚血早期に生じるカルシウムイオンの過度の流入がニューロン細胞死や障害につながるため、そのイオンチャネルを阻害する薬剤を中心に神経保護薬が多く開発された。それらは脳梗塞のモデル動物ではニューロンの虚血障害を軽減したが、脳卒中患者では有益な効果を示すことはできなかった。この神経保護薬の失敗によって、脳虚血の病態の複雑さと虚血の影響はニューロンだけでなく他の細胞にも及ぶことが改めて認識された。そのため、ニューロン単独の挙動にとらわれるのではなく、ニューロン以外の細胞やそれら細胞とニューロンとの関係に焦点が移っていった。つまり、単独の細胞内シグナルのみならず、細胞間シグナリング、細胞と細胞外マトリクス間シグナリングの解明の重要性が高まってきたのである。NVUはそうした背景で出てきた概念である。

NVUという用語は、米国のNational Institutes of Neurological Disorders and Strokeでの会議で2001年にはじめて使用された。この用語は、脳内の細胞間相互作用の様子を概念的に示したものであり、NVUの概念に基づいた研究から得られた知見は、脳卒中の病態解明を一気に進めた。NVUの概念が提唱されてから10年が経過し、今では脳卒中だけでなく他の神経変性疾患の研究にもNVUの概念が用いられるようになってきた。

NVUは大きく分類すると3種類の細胞群と細胞外マトリクスから構成されている。細胞群はニューロン、血管系細胞(血管内皮細胞、周皮細胞[ペリサイト]と血管平滑筋細胞)およびグリア系細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイトとミクログリア)である。これらをつないでいるのが、各種の成長因子、サイトカイン、ケモカインといった液性因子や細胞外小胞である。これらの細胞群は細胞同士の直接的コンタクトのみならず、液性因子を介して細胞間あるいは細胞と細胞外マトリクス間で間接的にシグナルをやり取りしていると考えられ、これらを含めて1つの概念的ユニットを形成している。さらに、脳虚血では末梢血液成分である単核球のような白血球系細胞や血小板なども病巣にかかわってくるため、これらもNVUに含めるという考えもある。より効果的な血流再灌流、神経保護や機能回復をめざすために、これらNVU構成要素の相互関係に着目することが重要である。』

画像出展:「実験医学 2013 vol.31 NO.14」

ニューロン、血管系細胞(血管内皮細胞、周皮細胞と血管平滑筋細胞)、グリア系細胞(アストロサイト、オリゴデンドロサイトとミクログリア)、および細胞外マトリクスから構成される。

補足.情報交換の方法

例えばニューロンの軸索とオリゴデンドロサイトの髄鞘、血管内皮細胞と周皮細胞のように直接細胞同士が接触することで情報交換をしている場合もあるが、細胞間のシグナル伝達を成長因子、サイトカイン、ケモカインや細胞外小胞を介して行っている場合も考えられる。これらを包括してNeurovascular Unitの枠組みとしてとらえる。

感想

とても難しい内容でしたが整理すると、神経細胞という単一の細胞種にのみ着目するべきではない。②NVU(神経血管単位・神経血管ユニット)はニューロンだけでなく他の細胞にも及ぶ。したがって、「単一の細胞腫でなく、NVUとして考えることが重要である」ということだと思いました。

体内時計と睡眠2

著者:大塚邦明

発行:2014年4月

出版:春秋社

目次は”体内時計と睡眠1”を参照ください。

4 現代人はなぜ眠るのに苦労するのか

パソコン、携帯、ネオンが与える影響

・2011年の国民健康栄養調査の報告によると、日本の総エネルギーは2003年より徐々に減少し、運動習慣は増加しているが、肥満も糖尿病も増えている。この原因は日本人の睡眠不足と不規則な生活が引き起こした生体リズムの乱れと考えられる。

・産業医科大学の久保達彦博士による、交替制勤務に従事する日本人の健康状態を調査したところ、交替制勤務を始めると血圧はすぐ上がる。糖尿病になるリスクは2倍、がんの罹患率も上がる。乳がんは1.5倍、前立腺がんは3倍である。

夜型人間は朝型人間になれない?

・一般的に夜型の人は、食欲、便通、睡眠に課題を抱えた人が多い。

・医学的にも早寝早起きで午前中から活動的な人を朝型、宵っ張りで午前中はぼんやりしていて、夜になるほど頭が冴える人を夜型と呼ぶ。

現代人は不健康?

・マウスの実験では、高脂肪食をいつでも摂取できるようにした環境では、肥満、脂肪肝、メタボリック症候群、血管の炎症などが見られるが、同じカロリーの食事にも関わらず、食事の時間を一定の時間帯に変更すると生体リズムが回復し不健康な症状が消失したということである。

女性の睡眠時間に異変あり

・日本人の睡眠は1976年から2011年にかけて、若い世代の睡眠時間には大きな変化はなかったが、45歳~85歳の中高年では1時間近く睡眠時間は減っており、性別では女性の方が減少している。

若返りの泉メラトニン

メラトニンは生体リズムを守る三要素のひとつであり、松果体から分泌される。また、睡眠を改善し、寝つきをよくするホルモンとして知られている。加齢とともに低下していくことから、「加齢時計」とも呼ばれている。

・メラトニン研究により、脳にある生体時計がメラトニンを作っている松果体を調節することで協同して働き、若返りや健康長寿をもたらしていることが分かっている。

・今では、メラトニンが不足してくると、心筋梗塞や脳梗塞が増えることが明らかにされている。

メラトニンは全身の血管に働きかけ、血圧を下げ夜の隠れ高血圧を改善する。また、心臓と心臓の血管に作用して、昼間に傷ついた部位を修復し脳梗塞を予防する。

メラトニンは骨に働きかけ、骨粗鬆症を改善する。

メラトニンは自律神経を調節し、免疫機能を賦活し発がんを抑える。そして、老化の速度を遅らせる。

・メラトニンの受容体に遺伝子異常があると、メラトニンの不足と同じように生活習慣病が現れることがわかってきた。

・メラトニンは生命の質を高める多彩な作用があり注目されている。

メラトニンは夜間に光にあたると分泌が抑制される。

-光に当たるのが1~2時間の場合、300ルクス(卓上電気スタンド位の明るさ)でもメラトニンの分泌に影響が出る。

-一晩中電気をつけている場合には10ルクス(ろうそくの灯りは8ルクス)の薄明りでも影響を受ける。

パソコンやスマートフォンで問題になっているブルーライトは、わずか8ルクスであっても、白色光の1200ルクス並みの悪影響を及ぼす。

睡眠時無呼吸症

深い眠りとともに分泌される成長ホルモンは、子どもの成長を促したり、昼間にダメージを受けた皮膚や粘膜を修復したりしている。

・時計遺伝子のビーマルワンは、エネルギー産生の効率を上げるためにいろいろな工夫している。

-胃や腸の細胞や組織に作用して、食べた物を腸から吸収する効率、吸収した食べ物を脂肪に変換する効率、そしてそれを脂肪組織の貯蔵する効率など、いずれも昼間よりも夜にその働きが高まるようにしている。

顆粒球やリンパ球などの白血球の働きを活発にして、免疫力を高め、隠れている病気を癒し未病を防ぐ。

・睡眠時無呼吸症候群とは、眠っている間いびきとともに無呼吸を繰り返す病気である。メタボリック症候群になったり、高血圧や糖尿病を悪化させる。この病気の深刻度は昼間の眠気の強さで計る。いくら眠ってもすっきり感がないとか、疲れがとれないという場合は無呼吸症候群を疑うべきである。

不眠によるトラブル

人間とショウジョウバエの時計遺伝子は、ほとんど同じ遺伝子を使って時を刻んでいる。

・『私たちは、北海道U町の人々を調査してみました。「昨日は、よく眠れましたか?」との質問に、188人のうち21%の住民が、「十分ではなかった」と回答しました。この188人を約5年間追跡調査したところ、よく眠れると答えた人の3倍、病気になりやすいこと、その結果、余命が短くなっていることがわかりました。

・『不眠は生活習慣病の源です。不眠になると自律神経が高ぶり、血圧が上がります。なかでも夜間高血圧が著しく、心臓病脳卒中が起こりやすくなります。不眠が重なると、昼間の眠気で活動量が減り、肥満になります。加えて、目覚めのホルモンといわれる副腎皮質ホルモンが増えます。このホルモンはやっかいです。健康なからだから分泌されるインスリンの働きを弱めるので、これが増えると糖尿病になりやすくなります。また骨を溶かす働きがありますので、骨粗鬆症にもなりやすくなってしまい、コレステロール値も上がり、動脈硬化が進みます。

・1989年、米国一般住民を対象に行われた調査では、不眠が1年間続くとうつ病になるリスクが40倍になるとのことである。

災害現場、避難所の報告から

・東日本大震災直後の調査によると、被災地の人々の約60%に不眠の症状が現れたが、なかでも仮設住宅で居住することを余儀なくされた人々にそれは著明であった。

5 眠りは変化する

成長と共に変化する睡眠

人間の睡眠は、リズムも質も一生のなかで変化している。

乳児の眠り

・胎児は妊娠28週くらいからレム睡眠を覚え、妊娠36週くらいからノンレム睡眠も経験し始める。

・出生まもない赤ちゃんは覚醒しているのは1、2時間で残りは眠っているが、この眠りのほとんどはレム睡眠である。8ヶ月くらいになると、睡眠時間は13時間くらいで、レム睡眠は眠りの1/3程度になる。

・胎児の生体リズムは24時間ではなく、7日(もしくは3.5日)のリズム性が大きい。24時間リズムが芽生え始めるのは、生後1ヵ月の頃になるが、まだ外の世界とは同調できないため時差ぼけのような状態である。これが生後3ヵ月くらいになると24時間リズムがだいぶ完成してくる。

幼児の眠り

・1歳から3歳は、体内時計の成長を促し、生体リズムを確立するために最も重要な時期なので、特に規則正しい生活と十分な休息が必要である。

・4歳から6歳は、睡眠習慣を身につけるために大切なときである。5歳頃から生体リズムにあった睡眠パターンが現れてくるため、この時期に早寝早起きを習慣化させておくことは重要である。

・午後早めの昼寝は、夜の睡眠を補うのに有効である。

・脳の老化には性差があり、男性は女性より1.5倍早く老化すると言われている。特に、左脳が早く萎縮していく。女性の老化が遅いのは脳梁とよばれる神経線維の束が大きく、左右の脳の情報交換はスムーズに行われ、右脳と左脳がバランスよく萎縮していくからである。

学童児の眠り

・5歳から12歳は、睡眠時間が11時間から8.5時間まで短くなり、昼寝もあまりしなくなる。眠りはノンレム睡眠が主体だが、深睡眠と呼ばれる睡眠深度4が長いのが特徴で、この眠りの中で学校で学んだ情報や知識を咀嚼している。

思春期の青少年の眠り

・12歳から18歳は、思春期であり、また成長期である。睡眠中に性ホルモンが増え性腺は成長する。

・成長ホルモンが多量に分泌されるとともに、眠りたい欲求が高まり、朝なかなか目を覚まさなかったり、週末に異常に長く睡眠したりすることが見られる。

社会生活をしている人の眠り

・20歳から40歳は、仕事や社会活動が日常の大半を占めるようになるため、不規則な生活になり生体リズムも乱れがちになる。起床時刻を一定にする努力が大切である。

・50歳から60歳は、そろそろ老化が始まる時期であり、眠っても疲れがとれない、途中で目が覚める、などの不眠症状が増えてくる。寝具の工夫も必要である。

中高年の眠り

壮年期に5人に1人といわれる不眠は、60歳を超えると3人に1人になる。

朝起きて光を浴びてから、約15時間後に眠くなるように体内時計はセットされてるため、朝5時に起床すると夜の8時には眠くなってしまう。

・高齢者の睡眠は深い睡眠やレム睡眠が短くなって、睡眠深度1か2が多くなる。要因の一つは光環境の変化である。家にいる時間が増え、光を浴びる機会が少なくなるので、メラトニンの分泌量が減る。

・高齢者独特の睡眠異常にレム睡眠行動障害がある。これはレム睡眠の仕組みが壊れてしまうために、金縛りの状態にならず夢の内容がそのまま行動に反映されてしまう。それにより、大声を出したり、襲いかかったり、蹴とばすなどの異常行動が出現する。

・むずむず脚も、貧血を合併する高齢者によく見られる睡眠異常である。また、似たような運動異常に、睡眠に伴う周期性四肢運動麻痺障害がある。

睡眠中のこむらがえりも多く見られる。60歳以上では3人に1人。80歳以上では2人に1人に見られる。原因は筋肉のエネルギー不足や酸素不足なので、温めること、マッサージすることは良い。筋疲労、水分不足、過度な飲酒などもきっかけになるので注意が必要である。

高齢者の不眠対策は、十分な日光と適度な運動が基本であり、心地よい疲れを感じることが大切である。睡眠時間は6時間程度、起床時間など生活のリズムを安定させることも必要である。

認知症の人の眠り

・認証症患者の80%の人に不眠症が見られ、行動異常やこむらがえり、、むずむず脚も多く見られるようになる。昼間にうとうとしていることが多いため、総睡眠時間はあまり変わらない。昼間の過眠症が認知症の原因ではないかという研究報告もある。

・血管性認知症は大きないびきと、睡眠時無呼吸症候群が多く見られるのが特徴である。

・アルツハイマー病では初期からメラトニンを作る松果体にいろいろな異常が現れてくる。特にパーワン、ビーマルワン、クライなどの時計遺伝子が少なくなり、発病前から生体リズムが乱れ始める。

メラトニンの分泌量は加齢ともに激減し、70歳を超えると思春期の10%以下に減ってしまう。日本ではラメルテオン(商品名ロゼレム)が市販されている。

6 よりよい休息のススメ

サマータイムの導入は是か非か

・サマータイムでは適応に約1週間かかるとされている。その間に体調不良や能率低下が指摘だれている。特にその傾向は夜型人間や短時間睡眠の人に見られ、諸外国に比べ短い睡眠時間の日本ではサマータイムは課題が多い。

長生きする人の睡眠

・高知県土佐町の691人、平均年齢81歳の高齢者を対象とした、2008年から2012年からの調査では、睡眠時間は8時間、起床は5時59分、消灯は21時58分だった。また、52%の人は毎日の運動習慣、49%の人は昼寝の習慣があった。

脂肪分のとりすぎは要注意

規則正しい食事は深い眠りを誘う。

栄養素では糖質とともに、メラトニンを作るトリプトファンを豊富に含むタンパク質とビタミンB6の摂取が有効である。トリプトファンは肉類、魚介類、乳製品、豆乳などに多く含まれている。ビタミンB6は、魚介類、大豆、納豆、のりに多く含まれている。

不飽和脂肪酸はメラトニンを増やすので、睡眠の改善に効果がある。

・ナッツなどに含まれるポリフェノールは時計遺伝子の仲間のサーチュインを活性化させる働きがある。

・脂肪分の多い食事は、眠気を強めるという特徴がある。また、過剰な脂肪摂取は、時計遺伝子の発現リズムを狂わせ、体内時計の働きを弱める。

タバコ、昼寝、寝酒は避けるべき?

喫煙は寝つきを悪くし、中途覚醒を増やし、眠っている時間を短くし、睡眠の質を悪化させるため体の疲れが残りやすい。タバコは快眠の大敵である。

・睡眠時無呼吸症候群になるリスクは非喫煙者の2.5倍である。

午後2時頃に現れる眠気に昼寝することは望ましい行為である。ただし、時間は15~20分。30分以上昼寝すると、起床後から蓄えてきた眠りのホルモン(睡眠物質)を使い果たすので、夜、眠れなくなってしまう。

不眠症の人は、もともと眠りのホルモンが少ないので、昼寝は厳禁である。

・アルコールは生体リズムを壊し、睡眠の質を悪くする。深い睡眠を減らし、体内時計の働きを弱め、時差ぼけ状態にしてしまう。

睡眠薬のメリット、デメリット

・『不眠症の原因は多様ですから、基本的に、不眠症=睡眠薬と安易に考えるのは誤りです。生体リズムの乱れが原因の場合は、朝の光を浴びること。夜の睡眠環境を整えること。朝食を抜かないことと規則正しい食習慣。これが改善策です。いびきや睡眠時無呼吸症が原因の場合はシーパック治療などの無呼吸対策が基本ですし、こむらがえり、むずむず脚や金縛り、夜間の胸やけ、動悸、胸の痛みがある場合は正しい生活習慣を心がけるだけでなく、治療することこそが肝要です。』

・現在の薬は副作用が少なく安心して服用できる。睡眠薬を必要以上に怖がらず正しく飲むという勇気も時には必要である。

子守歌の科学的効果

・子守歌の安眠を誘う効果には、心地よい音の調べがある。三週間、就寝前に45分間、リラックスするクラシック音楽を聞かすという実験では、脈拍が低下し睡眠の質を高める副交感神経が活性化した。また、母親のにおい、温かさ、満腹になっていることも眠りを誘い、質の良い睡眠につながる。

・眠りに落ちる前の赤ちゃんの手足が温かくなっていることは、多くの血液を手足にまわすことで、脳の温度を下げているからである。

大人でも昼食後、暖房の効いた電車に揺られていると、眠くなってしまうのは、加温によって手足などの末梢の血管が開き、体幹から熱が抜けていき、脳の温度が徐々に下がっていくためである。

腹時計を味方につける

生体リズムにとって朝、昼、晩の規則正しい食事のリズムが必須である。なかでも、朝食が重要で、できるだけ決まった時刻にとることが重要である。眠っている間に使い果たしたブドウ糖を補給する意味で、朝に糖質をとることは重要である。

・一般的に朝食が最も力強く体内時計を整える力を持っているのは、空腹の時間がながいためである。空腹の時間が長いほど、体内時計の調整力が強い。

・食事からくる栄養刺激として獲得した時刻情報は、インスリンや副腎皮質ホルモン、あるいは自律神経などを介して全身に伝わり、生体リズムの時計の針が調整される。

体内時計は効率よくエネルギーを生み出せるように代謝を調節している。ホメオスタシスは生体内や外界の環境因子などの変化にかかわらず生体の状態が一定に保たれる働きのことだが、時計遺伝子の一つであるレヴェルブαが、代謝のホメオスタシスを維持する仕組みの主役であるということがわかってきた。生体リズムを守るという点で、食事の持つ意味は重大である。

著出展:「眠りと体内時計を科学する」

寝る時刻、睡眠時間をどう考える?

・必要な睡眠時間には個人差がある。エジソンは4~5時間、アインシュタインは10時間以上とのことである。自分に必要な睡眠時間は就寝と起床の時刻を2週間記録にとり、その平均がその人の必要な睡眠時間である。

朝が勝負

朝の起床後にたっぷりと日射しをあびると、その約15時間後にメラトニンができあがるように生合成の準備を始める。夕刻なってできあがったメラトニンは、日が落ち、真っ暗闇になると、いっせいに血液の中に放出される。そして昼間はほとんどないサーカディアンリズムを示す。メラトニンは血流に乗って全身に運ばれ、からだの生理機能を高める。これが脳に働きかけ心地よい眠りを誘う。脳にある体温中枢に働きかけ、脳の温度を下げ、眠りにつきやすい環境を作る。

それでも眠れないときは

・人にとってどれくらい眠る時間が必要かを決めているのは、脳の松果体時計である。あまり眠れていないと感じても、日中の体調に問題がないなら十分な睡眠をとっているといる。必要な睡眠時間が満たされると、後は浅い眠りがだらだら続くだけなので神経質にならなくてもよい。

・入眠には脳に行く血流を少なくし温度を下げることである。そのために有効な方法は、ぬるめの湯にゆっくり入ることである。15分程度で汗が引き、体温も下がり始めるので、その頃に布団に入ると寝つきが良くなる。

・不眠から「今日も眠れないのでは」という不安が強くなったりイライラしたりするのは、条件不眠と呼ばれる不眠症である。この場合、遅寝早起きが熟睡感を高めてくれる対策になる。

・音楽であれ、香りであれ、あるいは瞑想やヨガのような軽い運動であれ、眠る前にリラックスすることが重要である。

・専門医の指導が必要だが、筋弛緩トレーニングや自律訓練法、バイオフィードバック法などもある。

・就寝4~5時間前からコーヒー・お茶、そして胃にもたれる食事は避ける。特にカフェインは約5時間も持続するので注意する。

習慣的に床に入る時間の2~4時間前の時間は、1日で最も眠りにくい時間帯である。早く寝ようとして、いつもより早く床についても、なかなか寝つくことができなのはこのためである。そのため、眠くなってから床にはいるのがよい。

前夜に何時に床につこうと、同じ時刻に起床することが、不眠対策の基本である。毎朝、同じ時刻に起床し、起床後に太陽光を浴びると、体内時計の針がリセットされ、からだのリズムが地球の自転のリズムに一致する。その日の夜には、タイミングのよい時刻に十分な量のメラトニンが分泌され、快適な眠りが得られる。

・目が覚めたらいつまでも床についていないようにするのも、不眠撃退には効果的である。

・昼間の眠気は、健康なからだから発信される睡眠不足のシグナルである、正午から午後2時、15~20分間であれば問題ない。

・昼間の眠気がひどく、週末に平日の3時間以上長く眠ってしまう場合は、要注意である。たっぷり休めているはずだと思っても、深い眠りが得られていないサインの可能性がある。

昼間の運動は、筋肉や胃腸で作られるメラトニンを増やす。30分程度の散歩や体操など汗ばむくらいの運動がよい。毎日規則正しく行う習慣をつけることが大切である。

・メラトニンは松果体だけでなく、小腸や胃、卵巣、精巣、脊髄、骨、筋肉、皮膚などでも作られる。そしてメラトニンの信号を受ける受容体は心臓、血管、肺、肝臓、腎臓など全身にある。運動すると、松果体以外の部位で、メラトニンが多く作られ、これが快眠につながる。

・血液中のメラトニンの濃度には、1日のリズムとともに1週間のリズムがある。朝に血圧は月曜日に高く、心筋梗塞や脳卒中の発症頻度も月曜に多いことが分かっている。木曜日も多いという報告もあるので、3.5日のリズムもあるようである。

おわりに―休息のプロフェッショナルになろう

・2011年には、睡眠健康推進機構が立ち上がり、健康増進のために睡眠に関する正しい知識を広めるのが目的である。年に2回の睡眠の日も制定された。春は3月18日、秋は9月3日である。各地で睡眠に関する市民講座を開設している。

感想

今回、良かったなと思うことは、“睡眠”について真剣に考えたという点です。

食事・運動・睡眠のうち、一番問題だと思っていたのは睡眠でした。特に時間のプレッシャーがない時でも、集中すると夜中の1時、2時までパソコンに向かってしまうことが多々ありました。通常は7時前後に起床しているのですが、寝るのが遅くなった日で、朝一番に予定が入っていない場合は、8時半ころまで寝ている日も少なくありませんでした。

この本を読んでからは、何とか夜の12時には床につき、寝る時間に関わらず、7時前後には起きるということを意識するようになりました。とにかく、重要なのは朝のようです。また、規則正しい食事もとても重要です。

問題は、この“意識”を長く持てるかどうかというところですが。。

体内時計と睡眠1

睡眠の問題というと、まず頭に浮かぶのは、睡眠時間や睡眠の質などの「眠れない問題」の睡眠障害です。一方、ナルコレプシーのような過眠症をお持ちの患者さまもおいでです。過眠症にはナルコレプシー以外に、特発性過眠症、反復性過眠症があります。

調べてみると、子どもの発達障害、特にADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉症スペクトラム)に、過眠傾向が多くみられることがわかりました。

画像出展:「子どもの発達障害がよくなる睡眠の教科書」

画像出展:「子どもの発達障害がよくなる睡眠の教科書」

画像出展:「子どもの発達障害がよくなる睡眠の教科書」

また、睡眠の問題はホルモンである“メラトニン”と“体内時計”が最も重要なのではないかと思い、見つけたのが大塚邦明先生の著書である『眠りと体内時計を科学する』という本でした。「これだ!」と思い発注しました。

著者:大塚邦明

発行:2014年4月

出版:春秋社

目次

はじめに

1 眠りと体内時計

●眠りのリズムは90分と12時間

●自律神経は嵐のごとく

●体内時計が眠りを誘う

2 時計遺伝子とは何か―人間は宇宙とシンクロしている

●時計遺伝子とは何か

●生体リズムの発見は「地動説」

●宇宙のリズムをコピーする

●体内時計は25時間周期

●太陰暦は理にかなっている

●太陽活動の影響

●出産明け方に多いわけ

●オーロラは魔女

●人間も磁気を感じている

●時差ぼけの仕組み

●体内時計の老化

3 眠りと夢

●夢見る時間

●レム睡眠との関係

●夢は現実を再現している

●なぜ夢を見るのか

●スピリチュアルな存在との邂逅

4 現代人はなぜ眠るのに苦労するのか

●パソコン、携帯、ネオンが与える影響

●夜型人間は朝型人間になれない?

●現代人は不健康?

●女性の睡眠時間に異変あり

●若返りの泉メラトニン

●睡眠時無呼吸症

●不眠によるトラブル

●災害現場、避難所の報告から

5 眠りは変化する

●成長と共に変化する睡眠

●乳児の眠り

●幼児の眠り

●学童児の眠り

●思春期の青少年の眠り

●社会生活をしている人の眠り

●中高年の眠り

●認知症の人の眠り

6 よりよい休息のススメ

●サマータイムの導入は是か非か

●長生きする人の睡眠

●脂肪分のとりすぎは要注意

●タバコ、昼寝、寝酒は避けるべき?

●睡眠薬のメリット、デメリット

●子守歌の科学的効果

●腹時計を味方につける

●寝る時刻、睡眠時間をどう考える?

●朝が勝負

●それでも眠れないときは

おわりに―休息のプロフェッショナルになろう

はじめに

・日本人の5人に1人は不眠に悩んでいる。

・地球の過酷な環境のため眠りの仕組みを作った。

1972年に体内時計が発見された。それは自律神経とホルモン調節の中枢である脳の視床下部に存在していた。

大塚先生は睡眠の研究を「こころ」の研究として始めた。そして、近年はフィールド医学という新しい学問体系に取り組んでいる。

脳と心臓とこころの関りの探求を極めるには、眠りの謎を解くことが近道だった。

1 眠りと体内時計

眠りのリズムは90分と12時間

・人間のからだの時計は、朝起きて15時間経つと眠くなるようにセットされている。

・朝の太陽光を浴びることで、その日の眠りの時計のスイッチが入る。

眠れない時間帯がある。それは朝の目覚めから12~15時間である。

・人間の眠りは90分がワンセットで、これを4、5回繰り返す。

1回目の眠りの時に最も多くの成長ホルモンが出る。

副腎皮質ホルモンは、4回か5回めの眠りの時にピークに達する。

・血管の健康を維持するエンドセリンは8時間のリズムが見られる。これは睡眠時間の周期と連携しつつ、血管の緊張のリズムを作りだしている。

・「人は血管とともに老いる」という古来の名言がある。

最も強い眠気は午前2~3時、また午後2時にも強い眠気度がある。

眠りの仕組みには生体リズム以外に、睡眠物質の働きもある。睡眠物質の代表は脳脊髄液のなかに増えてくるプロスタグランジンというホルモンである。

・病気になり発熱に伴って眠くなるのは炎症に関連して増えたサイトカインである。

・睡眠物質として明らかになっている物質は20余りあると考えられている。

自律神経は嵐のごとく

・夜、眠り始めるとともに、副交感神経の活動が高まり、朝、目が覚めるとともに交感神経の活動が高まる。

・眠りの1回のサイクルのなかで、まずノンレム睡眠があらわれ、レム睡眠(急速眼球運動を伴う睡眠)が続く。

・ノンレム睡眠は脳波3~4Hzの遅い波で、麻酔で眠っているときの脳波とそっくりである。

・睡眠後半はレム睡眠が主体になる。なお、1日で最も体温が低くなった頃にレム睡眠が力強く、そして長く現れるようになる。

・『みなさんは眠っているときに、からだがピクッとびくつく経験はありませんか? これはトゥイッチとよばれる現象です。何が起きても目が覚めない状態では、地震が来たり、大火事になったりしたとき、逃げおおせることができません。そこで脳は、トゥイッチを起こす伝令を何度も発信しているのです。「このまま睡眠を続けても、外敵に襲われる心配はないのかな?」と気配りをしている証です。これもレム睡眠の特徴の一つです。』

・レム睡眠は覚醒しているときの脳波に似ている。これは古い脳の大脳辺縁系が目覚めているためである。また、新しい脳の中では視覚などを担う後頭葉が目覚めている。

レム睡眠は、脳波は覚醒しているときに近いものの、筋肉は弛緩し音もほとんど入ってこない感覚遮断に近い状態である。また、もう一つの大きな特徴は自律神経が不安定になっており、交感神経が興奮したかと思うと、それに反発するように副交感神経の興奮が高まったりする。医師の言葉では、これを「自律神経の嵐」と呼んでいる。発作性の不整脈や夜間狭心症が誘発される危険もあるので、このタイミングは特に注意が必要である。

体内時計が眠りを誘う

脳にある体内時計は、主としてレム睡眠に働きかけている

・レム睡眠の時に見られる、金縛り、トゥイッチ、特徴的な速い眼球の動き、そして自律神経の嵐には、いずれも明瞭なサーカディアンリズムがある。サーカディアンリズム(概日リズム)とは、一日周期のリズミカルな変動を指す医学用語である。

・眠りを誘うホルモンとして有名なメラトニンのリズムも体内時計が作りだしている。

2 時計遺伝子とは何か―人間は宇宙とシンクロしている

時計遺伝子とは何か

地球上の生物は、バクテリアから深海魚にいたるまでみな、時計を持っている。生物は地球の自転に精確に似た仕組みを未来を予測する手段として体内に作り出している。

・光合成に頼っている植物は最も多くの時計を持っている。青を感知する時計、緑を感知する時計、赤を感知する時計などを用いて、夜明けが近づくと少しの太陽光を逃すまいと、暗いうちにもかかわらす光合成の準備を開始する。

・生物が急激に多様化した約5億5000万年前のカンブリア紀以前に、すでに体内時計の仕組みを身につけていた。

・体内時計をつかさどるのが時計遺伝子である。

生体リズムは、6個の時計遺伝子によって作られている。それらは、ピリオド遺伝子(パー1、パー2)、クリプトクロム遺伝子(クライ、クライ2)、クロック遺伝子、ビーマルワン遺伝子。

時計遺伝子は、脳だけでなく、肝臓・腎臓・心臓・血管など、からだのほとんどの細胞に存在する。脳の時計が親時計で、臓器や皮膚や粘膜にいたる末梢組織に存在する時計を、子時計と呼んでいる。

・子時計は親時計に連動しつつも、独立して個々に時を刻んでいる。まるで親時計と子時計が一体となって、あたかも交響曲を奏でる一団のように見える。

体内時計は、からだ全体から臓器へ、そして細胞に至るまで、一体となってサーカディアンリズムを構築している。

・時を刻む遺伝子とタンパクを一緒にして、時計分子と呼ぶ。

生体リズムの発見は「地動説」

・生体リズムが遺伝子レベルで規定されていることは、1971年にショウジョウバエの羽化のリズムを元にした研究で明らかになった。そして1972年には、哺乳動物にも地球や月の自転そっくりのリズムがあることが発見された。なお、人での発見は1997年である。

体内時計は視床下部の中に左右一対の米粒のような細胞の塊として存在している。そして、6個の遺伝子が互いに作用しあいながら、精確に時を刻んでおり、この場所を破壊するとサーカディアンリズムは消える。

宇宙のリズムをコピーする

体内時計で最も有名なのは24時間(サーカディアンリズム)だが、人は90分、12時間、3.5日、7日、30日、1年、1.3年、10.5年、21年などの多くのリズムを多重構造として獲得している。

定義上、サーカディアンリズムは24時間プラスマイナス4時間のリズムを意味する。20時間より短い周期性はウルトラディアンリズム、28時間より長い周期はインフラディアンリズムと呼ばれている。

体内時計は25時間周期

・太陽光が届かず、また時刻を知る手段の環境での実験では、1日を約25時間で認識していた(12日で昼夜逆転し24日で元に戻った)。

太陰暦は理にかなっている

・生体リズムは天体と深い関係がある。

・暦は天文学を基礎として発達してきた。地球の公転周期は365.25日、自転周期は0.9973日である。

太陽活動の影響

生体リズムは種を越えて普遍的に共通である。これは生物が30億年をかけて生きのびるために最初に獲得した生理機能が生体リズムであったことを示している。大気やオゾン層の薄い今より過酷な地球環境の中で、太陽からの恵みと害の両方を強烈に受けつつ、様々な自然現象、宇宙現象の振動に応答し、過酷な風土に順応し、進化を繰り返した。その適応の所産として、体内に時計遺伝子を獲得したのである。

出産が明け方に多いわけ

・人間の出産は夜から朝にかけて多く、昼間に少なくなる。答えは不明だが、恐竜時代に生き残る可能性が一番高かったからなのかもしれない。

オーロラは魔女

・日中に浴びる光が少ないと、メラトニンが少なくなる。この点からも光を浴びる量と生体リズムには深い関係があることがわかる。

人間も磁気を感じている

・渡り鳥やウミガメは、地磁気の磁場を頼りに渡りをする。これまで人には磁気を感じる能力はないとされてきたが、2011年に米国マサチューセッツ大学のスティーブン・レパート博士らによって人にも同じ能力があることが確認された。網膜にある時計遺伝子クライで、磁気を感じているのではないかと考えられている。誰もが正しく応答しているが、それを脳に伝えるシステムに問題があると考えられており、いわゆる第六感のようなものである。

時差ぼけの仕組み

・『さて磁気変化の感知のほかにも、私たちのからだが地球と関わっている点があります。たとえば時差ボケ。生体リズムとは、睡眠・覚醒周期、体温調節、血圧周期、心拍周期、排便周期など、身体の様々なリズムがよせあつまったものです。飛行機で海外に行った場合、これらの働きのうち、睡眠と血圧のリズムは、すぐ現地の生活リズムに順応できます。心拍リズムも、比較的早く順応することができます。しかし、体温や排便のリズムは、順応に1週間から10日間を必要とします。そのため、旅行先の新しい環境下ではリズムがバラバラになってしまい、時差ぼけが起こります。』

・海外での生活リズムに順応する時間には個人差がある。早い人で1週間、遅い人では数ヶ月が必要である。

・時差ぼけの症状は多い順位に、①睡眠障害(67%)、②日中の眠気(17%)、③精神作業能力の低下(14%)、④疲労感(11%)、⑤食欲低下(10%)、ぼんやりする(9%)、頭が重い感じ(6%)、胃腸障害(4%)、目の疲れ(3%)、イライラ(3%)など。

体内時計の老化

時差ぼけは年齢とともに症状が強く出る傾向がある。これは体内時計も老化することを示している。

・医学用語では年を取ることを“加齢”、それがもたらすからだの変化を“老化”と呼んでいる。

・4つの特徴

1)生活にメリハリがなくなる

-メラトニンや性ホルモンなどの分泌が低下し、活動と休息、体温の変動、水分補給などの行動リズムが昼夜を通して不明瞭になってくる。

-メラトニンは睡眠と覚醒リズムと連関しつつサーカディアンリズムを調節するだけでなく、自律神経や免疫系にも作用するため、健康を保持する働きもある。さらに、骨粗鬆症改善やがん予防、老化を遅らせるなど様々な作用が注目されている。

2)早寝早起きになる

-サーカディアンリズムの位相が前身することで、体内時計が前に進みため早寝早起きになる。

3)1日が短く感じる

-75歳を過ぎると生体リズムが、約1時間短くなる。ただし、これは個人差が大きい。

4)生体リズムが太陽とうまく同調しなくなる

-体内時計には毎朝、太陽の光を利用して地球の針とのずれを調整する働き(光同調)があるが、この機能が衰える。

・脳の体内時計の老化は脳の機能、構造と関係している。70代に入ると、脳と細胞の時計とを連絡する神経線維の数が減ってくる。そして、80歳を超えると脳時計の中にある時計細胞の数も減ってくる。これがサーカディアンリズムに影響する。

3 眠りと夢

夢見る時間

・夢を見る時刻にもリズムがある。

・夢を見る頻度は午前2時頃から増えるようになり、最大になるのは朝の8時頃である。これは入眠してメラトニンが出始めてから10時間位後に相当する。おおよそ習慣的な起床時刻にピークが来る。

レム睡眠との関係

調査によりレム睡眠中に夢を見ていたとする人は80%、一方、ノンレム睡眠中は20%である。

レム睡眠のときの夢は睡眠深度が深い(4分類中4)ときに現れる。

・PETという画像検査で調べたところ、レム睡眠の時は喜怒哀楽を調節する大脳辺縁系と視覚野の活動が活発になっていることがわかった。また、海馬も活性化していた。

・体内時計のある視床下部には、オレキシンを産生する部位がある。オレキシンは食欲を増進させるホルモンだが、覚醒に欠かせないホルモンで、働きすぎると不眠症、低下すると過眠症を誘発する。

・オレキシンは2000年になって発見されたが、レム睡眠とノンレム睡眠にも深く関わっている。

夢は現実を再現している

・夢の素材は体験の記憶なので、特に数日以内の体験が夢の内容にあらわれやすい。

・夢は成功より失敗、幸運より不幸が題材になりやすい。

・夢が健康に良いのか悪いのかは分かっていない。

なぜ夢を見るのか

・今では神経生理学が発展し、夢で見る奇異な出来事の一部は説明できるようになった。

スピリチュアルな存在との邂逅

・奇異な夢は脳のいろいろな領域が同時に興奮していて、矛盾する情報が交錯して構成されるからである。

・『死も夢も、どこか人間のうかがい知れない領域に存在しているように思えます。昨今、スピリチュアルという言葉をよく耳にしますが、私は神と魂との対話という意味だと理解しています。超高齢社会を迎える日本で老いと人生の終え方がクローズアップされるなか、これまで日本人には関わりが薄かったスピリチュアルの世界が必要になってくる日が来るに違いありません。』

グリア細胞3

著者:R・ダグラス・フィールド

監訳者:小西史朗

訳者:小松佳代子

発行:2018年4月

出版:講談社

第10章 グリアと薬物依存症―ニューロンとグリアの依存関係

アルコール依存症―グリアとアルコール

・『精神遅滞のある子供に出会うと、思いやりと悲しみで胸が詰まる。子宮の中で発芽し始めた脳に影響した不運さえ防げていたならば、と思わずにはいられない。悲しい事実だが、精神遅滞を負う子供の大半に襲いかかった元凶を、私たちは知っている。さらに、その壊滅的な攻撃をどうしたら止められるかも知っているというのに、それは続いているのだ。小児に精神遅滞を引き起こす第一の要因は、胎児性アルコール症候群だ。

これまでに判明している事実は、以下のとおりだ。アルコールはニューロンを害する。発達期の脳にアルコールが侵入した場合、脳への効果は最も壊滅的で永続するものになる。胎児脳の発達を害するには、慢性アルコール曝露(つまり、一回の痛飲)が、胎児脳に永続的な損傷を与えかねない。

脳領域各部や脳内の多種多様な種類の細胞はそれぞれ、妊娠中の異なる時期に発達する。一般に、胎児の脳がアルコールに曝露される最悪の時期は妊娠後期であり、この時期に脳は、目覚ましい成長スパートで増大する。ニューロンとグリアは急速に分裂して、脳の大規模な成長を後押しする。この時期、ニューロンは樹状突起も活発に発芽し、春の若木が小枝を伸ばすように、さかんに枝分かれする。軸索は脳内に伸長して、神経結合網を形成し、新芽のように枝先から発芽してきた新たな無数のシナプスを連結しながら、複雑な神経回路を編成する。この期間にアルコール毒に遭遇すると、脳の急速な発育が阻害される―しかも、不可逆的に。胎児性アルコール症候群の子供の85%が、脳が異常に小さい。これを医療用語で「小頭症」という。出生前のアルコール曝露は、二通りの様式で脳の成長スパートを抑制する。第一に、曝露はニューロンの増殖を阻害する。第二に、ニューロンを死滅させ、これはとくに、海馬や小脳において顕著だ。

では、グリアはどうだろう? ニューロンに対するアルコールの影響に関しては、多くのデータがあるのに比べて、グリアについてはほとんど知られていない。しかし、グリアが脳細胞全体のおよそ85%を占めることを考えれば、小頭症はニューロンだけでなく、グリアの消失にも起因すると当然予測できる。そしてこの仮説は、証拠によって裏付けられている。

細胞培養で、ラットあるいはヒト由来のアストロサイトをアルコールで処理すると、アストロサイトの細胞分裂が強く抑制される。アストロサイトの細胞分裂に対するアルコールの遅滞効果は非常に強力なので、体内で生成されることが知られている大半の成長因子の刺激作用を凌駕する。細胞培養に付加して調べられたヒト由来の強力な成長因子はどれひとつとして、アストロサイトの細胞分裂に対するアルコールの抑制効果に打ち勝つができなかった。

アルコールは、グリアを殺しもする。アルコールの影響は、ラットの大脳皮質から採取して培養したアストロサイト、および妊娠中にアルコールに曝露したラットの脳内で観察されている。ある研究では、胎仔のときにアルコールに曝露したラットの大脳皮質で計測された細胞残骸のうち、40%がアストロサイトだったという。

ニューロンやグリアの数が減少した小頭症の脳では思考能力が減退するという単純な影響のほかに、アルコールによる胎児グリアへの攻撃が引き起こす多くの壊滅的な結果を予測するには、神経系発達を指揮するために、グリアが演じている重要な役割を考えてみるだけでいい。次章で考察するが、グリアは栄養因子を供給して、未成熟細胞から適切な種類のニューロンへの転換を促し、発達後もこれらのニューロンを維持している。

グリアはまた、軸索が適切に結合を形成して、きちんと機能する神経回路を形成できるように、途中の経路に分子を敷設していく。シナプス形成も、グリアが助けている。グリアは神経伝達物質を取り込み、生命維持に欠かせない塩や栄養を、ニューロン周囲で至適な濃度に保っている。また、グリアは脳を感染から保護する。発達期の細胞移動も、グリアによって制御されている。したがって、アルコール汚染によるグリアの消失は、発達途中にある脳に多くの悪影響を及ぼすことになる。

グリアとニューロンは、胎児脳を築くために、正しい場所に集合しなくてはならない。胎児性アルコール症候群の子供には、グリアの異常な移動が認められ、それは、実験動物でも同様である。動物実験では、グリア細胞をアルコールにわずかに曝露しただけで、中毒になったグリア細胞に間違った経路をたどる障害が起こりうる。その結果、脳の奇形が生じる。左右の大脳半球間をつなぐ架け橋である脳梁が作られる工程でグリアが担う重要な役割は、次章で詳しく論じることにするが、両半球間にグリアの架け橋がないと、ニューロンは反対側の脳まで軸索を渡すことができない。胎児性アルコール症候群の子供では、両半球をつなぐこの壮大な橋は形成不全のままである。この脳異常は、胎児性アルコール症候群に顕著な特徴のひとつだ。胎児性アルコール症候群は、ニューロンの病気であるのと少なくとも同じ程度に、グリア病でもある。

・『アルコールには幅広い毒性があり、ニューロンとグリアをさまざまに中毒させ、害する。アルコールの中毒作用は大部分が、肝臓にあるアルコール脱水素酵素によって作られるアルコール分解産物アセトアルデヒドによって引き起こされる。このきわめて重要な酵素が進化したのは、人類の祖先が食物として腐った果物も摂取していたと考えられ、さらに消化過程そのものでも腸内でアルコールがいくらか発生するためだ。しかし、飲酒のように意図的にアルコールを摂取すれば、それを無毒化して中毒を防ぐ酵素のような体内機能では、とても太刀打ちできない。

アルコールそのものも、ニューロンとグリアに死をもたらす直接因子である。アルコールは、脳内で通常は過剰興奮を減弱している受容体(GABA受容体)に作用する。この受容体は、バルビツール酸やバリウムで活性化される抑制性受容体であり、このことはアルコールが鎮静効果を有する一因となっている。ところが、アルコールを常用すると、脳は抑制性回路を駆動するGABA受容体の数を減らして、グルタミン酸で作動する興奮性回路の活性を高めるようになる。この変化が、アルコール依存をもたらす。なぜなら、アルコールが途切れると、不安や気分、痛みを制御している回路が、過剰興奮の状態になるからだ。気分や脳内の「報酬回路」の調節に関与する神経伝達物質のドーパミンやセロトニンに対しても、アルコールは似たような効果を持ち、これもアルコール依存に加担している。この三つの神経伝達物質は、胎児および成体幹細胞からニューロンやグリアへの発達を調節することが知られている。これらのアルコールによる変化は、記憶回路をも損傷する。長期的なアルコールの常用は、抑制を減弱させ、興奮を増大して、脳の興奮を正常レベルに保っているGABAの重要な抑制作用から、ニューロンを解き放つ。脳内の抑制性回路がアルコールで弱められると、脳回路は過剰興奮の方向へ傾き、過剰刺激によってニューロン死が引き起こされるのだ。

アルコールは、NMDA受容体の感受性を低下させることによっても、精神の働きを鈍らせている。というのも、この受容体は、学習と記憶にかかわるシナプスの強度を高めるための、最初の重要な段階で働いているからだ。一方で長期的なアルコールの常用は、この受容体数を増加させる。受容体が増えると、過剰興奮によってニューロンやグリアが死ぬ傾向が強まる。将来オリゴデンドロサイトに分化して、出生後の新生児脳でミエリンを形成する予定の胎児脳細胞も、アルコールは殺傷する。事実、白質の減少は胎児性アルコール症候群の主要な特徴のひとつであり、ミエリン量低下が精神機能の低下を意味することは、現在では広く認知されている。

これらの損傷に加えて、アルコールは脱水、酸化ストレス、ビタミンの欠乏、さらには多くの代謝・損傷応答にも影響する。これらはすべて、奇跡のような胎児脳の発達を害している。グリアは、このアルコールという毒物の主要な犠牲者なのである。

第12章 老化―グリアは絶えゆく光に抗って奮い立つ

老化する脳

・65歳になると、脳の重さは中年期よりも平均で7~8%軽くなり、計画の立案や実行などの意思決定にとって重要な脳部位である大脳皮質の前頭葉の容積は5~10%ほど縮小する。ただし、この程度の衰えは問題にはならない。

・加齢に伴い個々のニューロンは劣化し始めて死んでいくが、死滅は脳の部位によって大きく異なる。

・皮膚の染みが徐々に増えていくのと同じように、老化したニューロンには凝固したタンパク質が絡み合った黒っぽい沈着物や封入体が形成され始める。

古い家の屋根裏部屋で増えていくガラクタのように、加齢に伴ってニューロン内部には他の多くのタンパク質が蓄積されていく。このタンパク質のゴミは、筋萎縮性側索硬化症やハンチントン病、パーキンソン病のような神経変性疾患に関連している。

第3部 思考と記憶におけるグリア

第13章 「もうひとつの脳」の心―グリアは意識と無意識を制御する

・『グリアを研究することで、脳の働く仕組みに関する私たちの理解は、どのように改まるだろうか?「もうひとつの脳」の探求は、人間の心の秘密に光を当てることができるだろうか? グリアはニューロンに奉仕するだけでなく、私たちの意識的な心、さらには無意識の心さえも動かす役割を演じられるのだろうか?

グリアについて、私たちはまだほとんど知らない。基本的な事実、たとえば何種類のグリアがあるのか、発達期にどこから派生するのか、各種のグリア細胞の細部がどうなっているのかさえ、判明していない。神経科学の分野に足を踏み入れる学生のほとんどが、ニューロンでない細胞を研究しないのは、動かしがたい事実だ。さらに悪いことに、ニューロンだけが脳内の情報処理にとって重要であるという従前の見方によって、グリア生物学者の研究は、重要性に乏しいと安易に退けられている。その結果、「もうひとつの脳」に関する研究は、「ニューロンの脳」の研究より、100年も後れを取っているのだ。』

グリアは渇きを癒す

・『私たちが水分を摂取する量と頻度は、その時々で大きく異なるにもかかわらず、脳は体内の水分量を厳密な範囲内に調節している。水は生命維持のために食糧よりも重要で、いかなる生物の体内でも、常に適切なレベルに維持されていなければならない。水分が欠乏すると、数時間のうちに身体機能にも精神機能にも支障が出る。脱水が続けば、数日のうちに命を落とすことになり、ほとんどの病気より急速に死に直結する。

私たちの体が脱水に対処するひとつの方策に、抗利尿ホルモン(ADH)の血流中への放出がある。このポリペプチドホルモンは、視床下部ニューロンから分泌され、腎臓に作用して尿の排出量を減らし、体内に蓄えた貴重な水分の減少を食い止める。喉が渇いた動物では、視床下部のシナプスに存在するグリアが驚くべき方法で応答することを、解剖学者らが観察した。』

出産、母性、愛、そしてグリア

・『オキシトシンは、視床下部の特殊化したニューロンで産生され、血液中に放出される。その巨大なニューロンは、その大きさから大細胞ニューロンと呼ばれ、視床下部から下垂体の一部の中へ軸索を伸ばして、そこで毛細血管周囲の間隙にホルモンを放出している。毛細血管はそのオキシトシンを血流中に吸収して、全身に行き渡らせる。オキシトシンは、9個のアミノ酸が連なった短いポリペプチドで、女性の体内で二つの特別な機能を持っている。それは、乳腺からの乳汁分泌を刺激することと、分娩時の子宮収縮を刺激することだ。どちらの機能も、血中のオキシトシンに応答して平滑筋が収縮した結果として生じる。

このホルモンにはもうひとつ、より繊細で興味深い働きがある。それは、母親としての行動や愛情の調節だ。証拠は依然明確さを欠いているものの、オキシトシンが男性の行動へも、これに関連するような効果を発揮する可能性がある。脳脊髄液の中で、オキシトシンはキューピッドの役割を果たしていて、出産直後から、自分の子供との絆を築こうとする力強い母性行動によって、母親と子供を結びつけている。生物的な観点から見れば、この強い愛着心は、親が脆弱なわが子を間違いなく養育し、保護するために不可欠である。ラットの実験で、注射によって脳内のオキシトシンを中和すると、母ラットは自分の仔を拒絶するようになる。その一方、処女ラットにオキシトシンを注射すると、同じケージに入れたどの仔ラットに対しても、母性行動を示し始める。オキシトシンはスプレーでも体内に取り込まれるので、この性質が営利目的で利用されている。異性との結びつきを容易にする目的で、オキシトシンを含むオーデコロンを購入することもできる。

処女ラットでは、オキシトシンを含んだニューロンは密集して存在するが、個々の細胞の間は、重ねた陶器の間に挟む紙のようなアストロサイトの薄いシートで隔てられている。動物が妊娠すると、この脳部位が構造的に変化することを、電子顕微鏡学者たちは何年も前から気づいていた。これは驚くべき事実だった。なぜなら、脳の神秘的な働きが、その配線の構造変化に反映されている様子を観察することができた最初期の事例のひとつだったからだ。カリフォルニア大学リヴァーサイド校のグレン・ハットン博士ら、フランス・ボルドーのディオニシア・テオドシスとドミニク・プラン、さらにアメリカやヨーロッパのいくつかのグループによる数年に及ぶ研究から、分娩中や授乳中の動物では、ニューロンを隔てているアストロサイトが実際に動いて、この脳部位の構造を変えることが現在ではわかっている。妊娠すると、アストロサイトの薄いベールのような膜が退縮して、オキシトシン産生ニューロンとその樹状突起の露出が増える。これに伴って、各ニューロン上で新しいシナプスの形成に利用できる空いた場所の数も増加する。この作用によって、アストロサイトの退縮後、オキシトシンを含んだニューロンのシナプス数は二倍になる。ニューロンを刺激するシナプスの数が増えれば、オキシトシン放出量も増加し、妊娠には出産に向けた準備が整うことになる。

アストロサイトの動きは、別のやり方でも視床下部を配線し直している。アストロサイトはニューロンへのシナプス入力の調節に加え、その軸索先端から血流中へ放出されるオキシトシンの供給も制御している。分娩や授乳の最中には、アストロサイトは神経終末でも退縮して、水門を開くかのような働きで、より多くのオキシトシンが毛細血管へ到達して、血流に入っていけるようにしている。神経終末と毛細血管を隔てているのは、このアストロサイトだけなのだ。

この次に母親の腕に抱かれて授乳されている赤ん坊を見かけたときには、グリアが活躍しているところを思い描いてみよう。あなたの目の前で、グリアはニューロンのシナプス数や血流中へ流れ込むオキシトシン量を制御している。私たちの子孫の誕生やその養育は、このグリアに依存しているのだ。』

画像出展:「もうひとつの脳」

無意識の脳を超えて意識的な脳へ

・『グリアが情報処理にかかわっていることを示す最初で最強の証拠が、喉の渇きや出産、授乳、睡眠、運動制御、性行動など、数々の無意識の脳機能に関連したことは、不思議に思われる。脳内の無意識的な働きは、意識的な精神活動と比べて、はるかに謎めいて研究の困難な現象だからだ。この不思議な関係性は、たんなる偶然の一致だろうか、それとも「もうひとつの脳」のより普遍的な性質を明らかにしているのだろうか? 私自身は、後者であると信じている。グリアには、ニューロンが使用しているような急速な発火によるコミュニケーション手段が備わっていない。グリアは電気ショックではなく、化学物質やカルシウムウェーブの緩やかな拡散を介して交信している。しかし、心の中で無意識のうちにゆっくりと展開する変化は、重要な脳機能でありながら、見過ごされがちだ。おそらく、無意識の心が今なお謎に包まれている理由のひとつは、私たちが「もうひとつの脳」について無知であるためだろう。』

第15章 シナプスを超えた思考

Tasaki

・『毎日、高齢の日本人男性がひとり、慎重に杖を突きながら、脚を引きずるようにして、目的地に向かって歩道を歩いていく。その老人は深く考え込んでいて、周囲の様子は目に入っていないようだ。急ぎ足で通り過ぎる人々は、脇目も振らずに目的地を目指すその老人の体力と決然とした意志に感心するのではないかぎり、彼のことは気にも留めない。彼がどこを目指しているのかを想像できる者など、ほとんどいないだろう。

あと二年で100歳を迎えるその優しげな老人は、職場へ向かっているのだ。彼は一日二回、3㎞あまりの道のりを毎日歩き抜いている。彼の妻の信子夫人が60代になるまでは、自宅で一緒に昼食をとるために、彼はこの道のりを二往復していた。昼食後には、二人並んで職場に戻った。知り合って間もない頃、信子夫人は彼と一緒にいたいのなら、彼の助手にならなければならないと悟った。2002年に彼はこう誓った。「妻がもう働けないと言うまで、私は働き続ける。妻が100歳まで働けるのであれば、私も働き続けよう」。ところが、信子夫人が亡くなったあとも、彼が仕事を辞めることはなかった。

震える手で真鍮製の鍵を回しながら、老人が職場のドアを開けると、ガラス製の器具や1960年代の電子機器であふれた科学実験室が現れる。部屋に足を踏み入れると、かつて宇宙開発計画が始まった頃にエンジニアが好んだようなスタイルの彼の衣服や眼鏡は、その場の光景に完璧に溶け込む。街中では、彼は過去の人のように見えたかもしれないが、部屋の照明が灯ったとたんに、あたかも舞台上で急に息を吹き返したかのような過ぎ去った時代の光景に、彼はしっくりと馴染む。彼を取り囲む年代物の電子機器や科学実験装置の大半は、彼が自作したものだ。作製当時、彼の構想とそれに必要な装置は、そのとき手に入る技術をはるかに凌ぐものだった。

田崎一二という彼の名前は、あまり知られていないが、彼の精力的な仕事のもたらした成果を知らない者は誰もいない。私たちの神経系が筋肉を制御するために、神経を通して電気を送ることによって機能していること、そして、感覚器官から脳へインパルスが送られていることは、誰もが知っている。だが、インパルスはどのように軸索を伝導されているのだろうか? この疑問に答えたのが、田崎博士だ。

・『田崎のその大仕事を、単純な道具と自作の装置を使って手作業で行い、次に測定したデータの意味を解き明かそうと、数式を適用した。軸索における電気の伝わり方をミエリンが変化させていることを、田崎は見出した。電気的インパルスは、誰もが想定していたように、電波として神経線維を駆け抜けているのではなかった。バレエダンサーが舞台の端から端までを二、三度の跳躍で横切るように、ミエリンがインパルスをひとつのランヴィエ絞輪からその次へと、順に飛び移らせていることを、彼は発見した。この発見は、どうしたら有髄軸索が無髄軸索の100倍も速く情報を伝えられるのかを説明していた。この基本的なプロセスが、脳と全身のあらゆる有髄回路の設計と働きを支える基礎を成しており、軸索のミエリン絶縁を攻撃する多発性硬化症やその他の疾患に罹った人々を苦しめている麻痺の原因となっている。

田崎の初期研究の多くは、時代を先取りしていて、彼の比類なき観察の数々は、曖昧な好奇心の域を出なかった。1958年に、彼はネコ脳のグリア細胞に電極を刺入して、グリアはニューロンのように電気的インパルスを発生させないが、特有の性質として、定常的な電位を持つことを発見した最初の人物となった。

画像出展:「ウキペディア

第16章 未来へ向けて―新たな脳

・『「もうひとつの脳」の物語の最終章は、まだ白紙である。グリアを理解できたら、心についての私たちの理解はどのように変わるだろうか? 私たちは今や、100年以上も無視されていた別の脳、すなわち科学にとって未知の脳を、グリアが構成していることを知っている。科学において「もうひとつの脳」は、終始一貫して見過ごされ続けてきた。それはいったいなぜなのか?

第一に、その研究に不適切な道具が使われていたことが挙げられる。神経科学者たちの電極では、グリアのコミュニケーションを聞き取れなかったのだ。それでもやはり、グリアの脳はたしかに連絡をとっていた。ただし、ニューロンの脳とは違う仕組みで働き、異なる様式とタイムスケールで交信している。しかし、道具の不備だけでは、神経科学者が今日まで脳の半分を見逃してきた理由を、完全に説明することはできない。

人間は、道具作りにはとりわけ秀でている。科学者がグリアの脳を探る特別な道具が必要だと感じていたら、工夫を凝らして作り出していただろう。そうした道具は、当初どれほど粗削りだったとしても、役に立ったに違いない。なにしろ私たちは、持ち前の創意工夫によって尖らせた石だけで、この地球上であらゆる動物を捕食し、支配しえた生物なのだ。

私たちが失敗したのは、思い込みのせいだ。脳の働く仕組みを知っていると、私たちは思い込んでいた。電気で作動するニューロンに目がくらんだ神経学者らは、この一種類の細胞だけに極度に研究の焦点を絞って、数や多様性の点でニューロンに勝っているもう一方の細胞群すべてを、事実上無視してきた。無意識の先入観が、私たちの認知を曇らせていた。こうして、グリアの脳は見過ごされ続けることになった。

感想

グリア細胞を勉強しようと思ったのは、以下のニュースがきっかけでした。

『これまでの研究から、神経がダメージを受けると脊髄でミクログリアが活性化して神経障害性疼痛が発症することが知られていました。今回の研究では、そのミクログリア細胞の一部が変化し、徐々にIGF1という物質を作るようになり、それが痛みを和らげていることを明らかにしました。』

 

 

グリア細胞2”の最後の箇所にあった、『ニューロンが損傷したときのシグナルの中に、フラクタルカインという物質がある。この分子はニューロンの表面にあり、傷害を受けると非常事態を知らせる。ミクログリアは、フラクタルカインによる非常事態を感知する特別な受容体を持っており、感知したミクログリアは損傷部位へと急行し、その領域にサイトカインを浴びせかける。この反応は通常、傷が治るのに伴って数週間で消えるが、ときにミクログリアがサイトカインの放出を止めない場合がある。この場合、傷は癒えても痛みを伴う炎症反応は続く。

痛みを弱める"IGF1”」に加え、上記の「ときにミクログリアがサイトカインの放出をやめない」ことによって、痛みを伴う炎症反応が続いてしまうという点も、ミクログリアと慢性疼痛の関係を示す重要なポイントだと思いました。

グリア細胞2

著者:R・ダグラス・フィールド

監訳者:小西史朗

訳者:小松佳代子

発行:2018年4月

出版:講談社

第4章 脳腫瘍―ニューロンはほぼ無関係

・脳腫瘍はすべてが悪質ではないか、一般的には致死性が最も高い癌の部類に属している。

・脳腫瘍は脳内のどこにもでも発生し、腫瘍に伴う初期症状は脳が担っている機能と同じように多種多様である。最も多い初発症状は頭痛と疲労感であるが、腫瘍の発生部位によっては、視力や発話、起立や歩行に関する問題や、人格や心理状態の変化などもある。

・優秀な脳外科医は、症状からそれを司る脳の領域を割り出す方法で、脳内のどこに腫瘍があるのかを把握することはできる。

・癌細胞の特徴は制御不能な細胞分裂の暴走であるが、通常、細胞分裂は非常に複雑に調節されているので、その制御過程に複数の不具合が起こらない限り、細胞分裂の暴走は起きない。

・癌は遺伝的および環境的危険因子が複合的に働いた結果として生じる。

腫瘍の種類

・脳にできる癌のほとんどがグリア細胞から生じる。

・脳の発達期、ニューロンが未成熟な乳幼児以外の、成熟ニューロンに関しては細胞分裂しないので癌化はしない。ただし、髄膜細胞や上衣細胞はグリアと同じく細胞分裂するので腫瘍を生じるが、大多数の脳腫瘍は異常をきたしたグリア細胞である。末梢神経の腫瘍もグリア細胞であるシュワン細胞に由来する場合が多い。

・女性に比べ男性の方が悪性の脳腫瘍に罹りやすいが、脳と髄膜にできる良性腫瘍は女性の方がはるかに多く、約20倍と言われている。

第5章 脳と脊髄の損傷

脊髄に対する細胞応答

・『軸索が切断されると、ニューロンはすぐに死滅し始める。細胞体が損傷個所から離れたところにあって無傷でも、それは変わらない。これは自然死ではなく、いわば細胞の自殺であることがわかっている。ニューロンは、通常支配している標的から切り離されると、細胞体内の遺伝子が活性化して、自己破壊を開始する。自己破壊を引き起こす遺伝子を妨害するように操作した変異遺伝子を持つ動物では、軸索が切断されても、ニューロンは死なない。残された貴重なニューロンが、このような集団自殺をするのはなぜだろう?

この不可解なニューロンの大量死は、切断された軸索が結合していた細胞、たとえば筋線維や皮膚細胞、あるいはもとの神経回路内の次のニューロンなどから、成長を刺激するタンパク質が放出されていることに関係している。胎生期には、このタンパク質は、神経終末から取り込まれて細胞体へと送られることによって安定的に供給され、細胞全体が正常に機能していることを、そのニューロンに知らせている。しかし発達期には、正確な数のニューロンが生成され、結合を必要としている細胞の適正な数に釣り合うよう調整されたうえで、各ニューロンがそれぞれ適切な標的のもとへ、軸索を長く伸ばしていかなくてはならない。道筋を間違えて、正しい接合地点にたどり着けなかったニューロンは、生存に欠かせないこの成長因子タンパク質を取り込めないので、子宮の中で脳が形成されている間に死滅する。このメカニズムは、私たちの神経系を適正に配線し、誤った経路をたどった接続を排除する非常に有効な方法だ。だが、軸索が押しつぶされたり、切断されたりすると、シナプスの適切な接合地点で放出された成長因子タンパク質は、細胞体までたどり着けなくなる。軌道を外れたロケットと同じく、もはや正しい軌道に乗っていないことに気づいたニューロンは、自己破壊のメカニズムを活性化するのだ。

だが、細胞が死に向かいつつあるときでさえ、治癒と修復のプロセスを開始する別のメカニズムが活性化されている。受傷部位にあるニューロンの一部は、切断あるいは粉砕された軸索の末端を塞いで、長い間休眠状態にあった遺伝子群を再活性化する遺伝プログラムを起動させる。この遺伝子は、そのニューロンが最初に軸索を伸ばして全身に配線を巡らせた胎生期に機能したのを最後に、休止していたものだ。この遺伝子は、軸索を発芽させるタンパク質を産生し、発芽した軸索は適切な標的を探し求めて伸長し始める。

損傷したにもかかわらず、こうしたニューロンが自己破壊を起こさないのは何故だろう? その理由のひとつに、アストロサイトとミクログリアがこの再生期に、ニューロンを生存させる神経栄養因子を放出することが挙げられる。神経栄養因子となるタンパク質の一部は、標的細胞から放出されていた成長刺激物質と同一の物質だ。受傷部位で神経栄養因子を放出することによって、アストロサイトは損傷したニューロンの死滅を防ぎ、軸索の発芽を促進する。アストロサイトは同時に、タンパク性の血管新生因子も放出し始めて、損傷した組織の生存に欠かせない栄養と酸素を送り込むための新しい血液の成長を刺激する。

オリゴデンドロサイトは、再び若々しい状態を取り戻し、細胞分裂を開始する。この若返った細胞は、損傷領域に移動してきたオリゴデンドロサイトとともに、細胞性触手を伸ばして、損傷してむき出しになっている軸索に、できるだけ多く絡みつく。その後すぐに、それらの細胞は軸索の周囲にミエリンを何層にも巻きつけて、絶縁を修復する。軸索はこのミエリン再形成によって、受傷後にミエリン鞘が損傷したせいで失われていた電気的インパルスを伝導する能力を取り戻す。オリゴデンドロサイトが軸索のミエリン鞘を修復するにつれて、患者は一部の感覚や運動能が以前より少し回復してきたように感じ始めるが、まだ麻痺は残る。

しかし、生き残った軸索が新しい分枝を発芽して、もとの結合部位を探し始めても、その途中で受傷部位まで来ると、伸長はそこで止まってしまう。その結果、麻痺は一生続くことになる。これがもし、腕や脚の神経を損傷したのならば、軸索は順調に伸び続けて、ついには筋肉上の適正な結合点を見つけ出すだろう。全身の知覚神経線維も、痛覚や触覚、温度、圧覚をはじめとする外界からの感覚を脳へ運ぶ回路と再結合することになる。だが、脊髄や脳が損傷した場合、発芽しながら再結合を目指す軸索の果敢な挑戦は、失敗に終わる。』

グリアの二面性―麻痺の原因とも、治療ともなる

・『中枢神経系に末梢神経を接合するという実験は、麻痺の治療法を模索するうえで、貴重で有望な情報をもたらしたが、この技術は実用的な治療法とはなりえない。中枢神経系はきわめて繊細で微小なうえ、複雑なので、このような荒っぽい継ぎはぎ手法では修復できない。麻痺の治療に向けた最も合理的なアプローチは、軸索再生をシュワン細胞がどう支援しているのか、そしてミクログリアやアストロサイト、オリゴデンドロサイトがそれをどう阻害しているのかを解明することだろう。

Nogoだけでない

・科学者はニューロンだけに関心を向けていたが、現在では、学習や精神障害、情報処理、意識などに関する新しい洞察がミエリンから得られている。

酸素―虫が食い、さびが付く地上

・酸素は我々の細胞のタンパク質や酵素、DNAをゆっくりと蝕んで弱らせ、ついには崩壊させる―これが、これがいわゆる老衰死である。

・酸素は他の原子から電子を盗み取ることによって害を及ぼし、分子を奪われた細胞はダメージを受ける。この酸化を食い止める化学物質は抗酸化物質と呼ばれる。

・健康食品としても注目されている抗酸化化合物は、体内の酸化による燃焼の炎を、安全なレベルにまで冷却してくれるが、我々の体内には健康食品とは比べ物にならないような抗酸化物質がたくさん存在している。なかでも特に効果的な生体内抗酸化物質のひとつがグルタチオンで、細胞の命を救うこの化合物が最も高い濃度で詰め込まれているのが、グリア、とりわけアストロサイトである。

・アストロサイトから放出される抗酸化物質は、神経変性疾患や癌、老化に対する身体の主要な防衛手段のひとつである。

第6章 感染

プリオン病―ニューロンを超えた探索

・現在では、プリオン病はニューロンの病気であると同時に、グリアの病気であることが明確になっている。もし、グリアの関りが発見されていたら、プリオン病の原因と治療の探求ははるか先まで進んでいたであろう。

・アストロサイトはプリオン病による脳の損傷に対応する一方、ニューロン死の一因にもなっている。

・アストロサイトはプリオンタンパク質を複製して、プリオン病におけるアミロイド斑の形成に一役買っている。

・異常プリオンに感染したアストロサイトは、サイトカインをはじめとする神経毒性のある物質を放出するうえ、ニューロン周辺のグルタミン酸を正常レベルに維持する能力も損なわれる。その結果、ニューロン死が起こる。 

・アストロサイトはオリゴデンドロサイトとも相互作用する。オリゴデンドロサイトが侵されると、軸索を絶縁しているミエリン鞘が損傷を受ける。

・プリオン感染に応答したミクログリアは、ニューロンを死滅させる有害分子(サイトカイン、活性酸素、タンパク質分解酵素、補体タンパク質など)を産生する。

・異常型プリオンタンパク質で活性化された、ミクログリアはアストロサイトに損傷応答を引き起こす物質も放出して、アストロサイトの細胞分裂を促進している。したがって、プリオン病における病理的変化の開始には、ミクログリアが重要な役割を担っていると考えられる。

・『ミクログリアはさらに、プリオン病の診断にも活用できるだろう。プリオン感染に応答したミクログリアは、はっきりと識別できる細胞変化を起こすので、適切な診断技術を用いれば、このような形質転換を検出することができる。血球数の変化をモニターすることで、体内の感染症の種類と重症度を医師が判断できるように、ミクログリアの変化を注意深くモニターすれば、脳内の感染症に関する重要な知見が得られるだろうことは、容易に想像できる。』

現代の黒死病(ペスト)―HIVとグリア

・神経系を攻撃するウィルスの種類は多い。よく知られているのは、ポリオとヘルペスの二つで前者は麻痺を引き起こし、後者は口唇や性器周辺部に痛みを伴う水泡を生じる。

・ポリオウィルスは、脊髄の運動ニューロンに選択的に感染し、それを殺して、患者に麻痺を起こす。思考力や判断力は清明なままだが、神経を通した脳からの指令が筋肉に届かず、通信経路が切断されることによって、筋肉はやせ細ってしまう。脚へと伸びる運動ニューロンがポリオウィルスに侵された場合、患者は車椅子生活を余儀なくされる。

・ヘルペスは感覚ニューロンに感染する。ヘルペス感染も根治できず、このウィルスは感覚ニューロンに永久に居座り、患者の生涯を通じて尽きることなくウィルスを産生し、ときおり急に感染症状を引き起こす。単純ヘルペスウィルス2型は、下半身に発症し、単純ヘルペスウィルス1型は、よく知られた痛みを伴う水泡を口唇に生じさせる。

・『HIV患者のウィルスが感染するのは、どういった種類のニューロンなのだろうか? HIVウィルスはどのようにニューロンに侵入するのか? ヘルペスウィルスのように、神経終末から軸索伝いに細胞体に忍び寄るのだろうか、それとも、樹状突起や細胞体の表面だけにあるタンパク質を攻撃するのだろうか?

部検の結果、脳はHIVによる嚢胞でハチの巣状に破壊されていて、あとにはニューロンの荒れ地が残されることが判明した。ところがほどなく、研究者たちはHIVウィルスがニューロンにまったく感染していないことを見出した。HIVが感染するのは、グリアだったのだ。』

第7章 心の健康(メンタルヘルス)―グリア、精神疾患の隠れた相棒

統合失調症とうつ病―新たな理解

・『統合失調症は、正常脳とは物質的に異なっている場合がある。この相違の原因が、発達障害にあるのか、精神の乱れた活動パターンによる損傷にあるのか、あるいは精神のバランスを少しでも回復させるために何年も摂取していた薬物にあるのかは定かでないが、この三つの理由すべてが、統合失調症脳の物質的変化に関与している可能性がきわめて高い。

統合失調症患者の脳では、一部の領域における萎縮と、脳中心部にある髄液で満たされた脳室の拡大がしばしば認められる。消失組織の一部はニューロンだが、大半はグリアだ。この脳組織の減少は、精神疾患の結果なのだろうか、それとも原因なのだろうか?

統合失調症患者の多くの遺伝子異常が存在することを突き止めた最近の発見が、この問題にひとつの答えを提示している。この驚くべき発見は、ヒトゲノム配列の解読を進めるために開発された技術であるDNAチップ解析によって生まれた。この最新の手法を用いれば、一度に何千もの遺伝子を調べることができる。研究者はこれまで、ある病気に関係している可能性のある遺伝子を調べるためには、まずどの遺伝子かを推定してから、その遺伝子を個別に検査しなくてはならなかった。ところが今では、大きな集団の人々から得た何千もの遺伝子を一度に検査し、そのデータをふるいにかけて選別すると、患者間で共通する異常な遺伝子欠損を探し出すことができる。統合失調症とうつ病に関して、この無作為の検索から、思いがけない事実が判明した。

この広範な調査によって発見された遺伝子異常の一部は、理に適ったものだった。というのも、神経伝達物質の機能を制御している遺伝子だったからだ。しかし、探し当てられた異常遺伝子のなかには、まったく予期しなかったものも含まれていた。統合失調症や大うつ病で異常が見つかった遺伝子群のなかでも、大きな比重を占めるカテゴリーのひとつが、オリゴデンドロサイトの発達およびミエリン形成も調節している遺伝子だったのだ。

・『科学者たちが「もうひとつの脳」の探求を進めるにつれて、正常な脳の働きについての理解が拡大している。それと同時に、精神疾患に罹った脳で起こる機能不全に関するまったく新しい見識が、明確になりつつある。興味深いことに、こうした洞察は新発見ではなく、むしろ驚くべき再発見と言える類のものなのだ。』

グリアを標的とした精神疾患治療薬

・統合失調症患者で異常に発現する遺伝子のひとつは、成長因子であるニューレグリンをコードしている。この成長因子はミエリン形成グリアの発達を調節することは知られており、今では多くの神経科学者が統合失調症とグリアとの関連性について注目している。

・グリアが広範な精神障害における重要性は以前から認知されてきた。パーキンソン病やアルツハイマー病、ALS、ハンチントン病などの神経変性疾患はニューロンの死によって起こる。これらの疾患においてグリアは味方とも敵ともなると、現在では理解されている。

第8章 神経変性疾患

・アストロサイトは、精神疾患の相棒として強力な役割を果たしている。

・アストロサイトは、ニューロンの電力源(カリウムイオン)を調節し、シナプスから神経伝達物質を吸収しては放出し、成長因子を放出してニューロン損傷に応答し、ニューロン新生を促している。そして、こうした機能によって、アルツハイマー病やパーキンソン病、その他の神経変性疾患において、さらには脳損傷からの回復を支援する場合にも、ニューロンの生死を決する大きな影響力を発揮している。

筋萎縮性側索硬化症(ALSまたはルー・ゲーリック病)

・ALSは運動ニューロンだけを狙い撃ちして麻痺を引き起こすが、そのメカニズムは謎である。

・ALSは何の前触れもなく襲ってきて、通常は成人になって突然発症する。

多発性硬化症―グリア戦争に伴う二次的な損害

・多発性硬化症の原因は、脳の通信回路がショートすることにある。感覚器官から発せられたインパルスは脳に届かず、脳からの指令は筋肉へと伸びる神経軸索の絶縁が途切れた場所を通過できなくなっている。

・多発性硬化症の機能不全は広範囲に生じる。脳回路のどの部分が損傷したかによって、現れる症状は千差万別である。

・多発性硬化症が致命的になることはまれであるが、寛解を繰り返すという特徴がある。また、症状は一時的なものから重篤な進行性のものまで幅広い。原因は自分自身の免疫の暴走と考えられている。

・多発性硬化症はニューロンではなく、脳炎症から最終的にミエリンの破壊につながる、そして病気が続けばミエリン生成細胞であるオリゴデンドロサイトが死ぬことになる。

心臓発作と脳卒中―不十分な配管システム

・脳には血流と脳細胞の間で特別に進化した細胞性インターフェースがある。この細胞性インターフェースは神経血管ユニットと呼ばれている。

脳と血液の間の分子交換はすべて、この神経血管インターフェースを介して行われる。脳細胞に送られる酸素量は、今まさに活動している特定の脳細胞で刻々と変化する需要に釣り合っていなくてはならない。また、脳の働きによって生じる老廃物は、過酷な状況下でどれほど速く蓄積するとしても、迅速に除去しなくてはならない。栄養や薬物、ホルモンは、適宜血液と脳の境界を通過する必要があるが、脳を浸している特別な細胞外液は、清掃な状態に維持され、全身の体液から隔絶されていなくてはならない。

・血液や脳の間の栄養や老廃物、酸素の移動を監視し、調節し、適正化するシステムを考案するには、精緻で複雑なセンサー群を組み込んだプロセッサーや交換器が必要である。これを実現するのが脳の血管壁に存在する細胞と、ニューロンの変動する需要を監視してそれに対応している細胞間における、微細な協力関係の上に成り立っている。後者は「血管周囲アストロサイト」と呼ばれている。

思考とは何か

・ここ二、三年の間に、アストロサイトが近傍のニューロンの神経活動を感知して、脳内の細い血管を拡張あるいは収縮させる分子を放出していることを示す発見が相次いでいる。ニューロン-アストロサイト-血管間のこうしたコミュニケーションが行われている様子を、生きたマウスやラットの脳で実際に見ながら研究することに、科学者たちは成功している。

ニューロン-グリア相互作用は、医療応用にとっても多くの重要な示唆を含んでいる。脳発作や多くの神経変性疾患に対する脳の応答には、血流の局所的変化が関与しており、このプロセスの重要な調整因子として働いている細胞がアストロサイトであることは科学者の間でよく知られている。

パーキンソン病治療におけるアストロサイト

・神経変性疾患には、必ずグリア応答が伴っている。しかし、グリア細胞をニューロンの使用人と捉える見解が支配的だったせいで、グリアがニューロン死に応答しているのではなく、その根本原因である可能性に多くの科学者は思い至らなかった。

第9章 グリアと痛み―恩恵と災禍

痛みが病気になるとき―慢性疼痛におけるグリア

ミクログリアとアストロサイトは、傷害後に多くの重要な機能を担っている。

ミクログリアの神経損傷を感知する仕組みや、損傷、治癒、さらには慢性疼痛発症の過程で、ミクログリアの多種多様な応答を制御しているメカニズムの詳細を明らかにすることができれば、新しい慢性疼痛の薬の開発につながるだろう。

ニューロンが損傷したときのシグナルの中に、フラクタルカインという物質がある。この分子はニューロンの表面にあり、傷害を受けると非常事態を知らせる。ミクログリアは、フラクタルカインによる非常事態を感知する特別な受容体を持っており、感知したミクログリアは損傷部位へと急行し、その領域にサイトカインを浴びせかける。この反応は通常、傷が治るのに伴って数週間で消えるが、ときにミクログリアがサイトカインの放出を止めない場合がある。この場合、傷は癒えても痛みを伴う炎症反応は続く。

グリア細胞1

“グリア細胞”と聞いて思い出すのは、「確か、神経細胞(ニューロン)を取り巻いている細胞で、何種類かあったよなー」ということぐらいです。

そのグリア細胞に興味をもった理由は、ネットで見つけた以下のニュースです。

慢性疼痛は鍼灸師として特に重要な課題なので、どういうことなのか? このグリア細胞についても詳しく知りたいと思いました。

今回の『もうひとつの脳』は2018年発行ですが、原書は2009年なので10年以上前ということになります。内容もサイエンス・フィクションに属する本のようなので、その点も少し迷ったのですが、題名(副題:ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」)と価格を重視し、この本で勉強することにしました。

本は新書版なので単行本より少し小さいのですが、図表も少なく500ページを超えるボリュームで、「これは結構、大変だ!」というのが手にした時の感想でした。

著者:R・ダグラス・フィールド

監訳者:小西史朗

訳者:小松佳代子

発行:2018年4月

出版:講談社

こちらは原書です。

発行は2009年12月です。

ブログは3つに分けていますが、完全に自分の趣味と感覚で抜き出しています。また、読み物系なので、特に本書を読んでいない方には捉えどころのない、漠然とした内容になっていると思います。

もくじ

はじめに

謝辞

第1部 もうひとつの脳の発見

第1章 グリアとは何か―梱包材か、優れた接着剤か

第2章 脳の中を覗く―脳を構成する細胞群

第3章 「もうひとつの脳」からの信号伝達―グリアは心をう読んで制御している

第2部 健康と病気におけるグリア

第4章 脳腫瘍―ニューロンはほぼ無関係

第5章 脳と脊髄の損傷

第6章 感染

第7章 心の健康(メンタルヘルス)―グリア、精神疾患の隠れた相棒

第8章 神経変性疾患

第9章 グリアと痛み―恩恵と災禍

第10章 グリアと薬物依存症―ニューロンとグリアの依存関係

第11章 母親と子供

第12章 老化―グリアは絶えゆく光に抗って奮い立つ

第3部 思考と記憶におけるグリア

第13章 「もうひとつの脳」の心―グリアは意識と無意識を制御する

第14章 ニューロンを超えた記憶と脳の力

第15章 シナプスを超えた思考

第16章 未来へ向けて―新たな脳

訳者あとがき

本文注参照資料

さくいん

はじめに

『私たちは現在、脳についての新たな理解の先端に立っている。そしてこの新たな理解は、過去一世紀にわたる従来の脳の概念、とりわけ脳内のニューロンの役割に関する考え方を一変させるものだ。1990年、暗室のコンピューター画面の周囲に群がっていた科学者たちは、情報が奇妙な脳細胞を通過しているところを目撃した。情報はすべて、ニューロンを迂回して、電気的インパルスを使用せずにやり取りされていた。この発見まで、脳内の情報はすべて、ニューロンを介して電気によって伝えられていると想定されていた。実のところ、ニューロンは脳の全細胞のわずか15%でしかない。ところが、残りの脳細胞(グリアと呼ばれる)は電気活動を行うニューロンの間を埋める梱包材にすぎないと、これまで見過ごされてきたのだ。グリアは「維持管理細胞(ハウスキーピング)と言われてきた。家事使用人のような細胞と安易に片付けられて、グリアはその発見から一世紀以上も無視され続けてきたのだった。

この奇妙な脳細胞が互いに交信していると知って、科学者たちは今、大きな衝撃を受けている。この細胞が、神経回路を流れる電気活動を感知できるだけでなく、その活動を制御さえできることが判明し、脳に関する科学者の理解は根底から揺らいでいる。

第1部 もうひとつの脳の発見

第1章 グリアとは何か―梱包材か、優れた接着剤か

アインシュタインの脳

天才であるアインシュタイと普通の人の脳を比較して分かったことは、ニューロンの数に差はなかったが、ニューロンではない細胞が脳の四領域(前頭葉、側頭葉、頭頂葉、後頭葉)すべてにおいて、群を抜いて多かった。 このニューロンでない細胞とは、グリア細胞と呼ばれ、梱包材のようなニューロンを支える接合組織のようなものと考えられていた。

深海が明かした新事実

・グリア細胞は、神経軸索のインパルス発火を何らかの方法で感知し、それに反応して細胞体内のカルシウム濃度を上昇させる。

・グリア細胞は長年、脳を取り巻く梱包材にすぎないと見なされてきたが、ニューロン間でやり取りされる情報に関係していた。

第2章 脳の中を覗く―脳を構成する細胞群

脳を解剖する

グリアは脳の細胞の圧倒的多数を占めている。

・グリアはニューロンと異なり、電気的インパルスを発火することができないため、インパルスを遠くまで送るための軸索や、電気信号を受け取るための茂みのような樹状突起といったニューロンの特徴的形質を持たない。

白質

脳の余白とされた領域(白質)で、そのメカニズムの中核を成しているのがグリアである。

・『長年なおざりにされてきたこの脳細胞に関する近年の探求が発端になって、大変革に火がついた。そしてそれは、脳がどのような構造を持ち、どのように機能し、精神疾患や病気においてどのような不調をきたしているのか、さらにはそれがどう修復されるのかといったことについての私たちの理解を揺るがしている。脳に対するこの新たな見方を理解するうえでカギになるのが、グリアだ。』

ニューロン―脳の働きに関する取扱説明書

神経系はワイヤーのような軸索に沿って、最速で時速320㎞ほどのスピードで電気的インパルスを送り出している。これはミエリンと呼ばれる電気的絶縁体で覆われているからである。

痛覚線維の伝導速度は時速3㎞、歩くスピードと変わらない。誤って机に脚を強打したときの痛みがじわじわくるのも頷ける。

・シナプスにはニューロンを結びつけるだけでなく、情報処理に柔軟性をもたせることができる。そのメカニズムは、インパルスが到達したときに、シナプス前ニューロンの終末部から放出される神経伝達物質の量をわずかに増やしたり、神経伝達物質による信号を受け取るシナプス後ニューロンの受容感受性を調節したりすることで、あるシナプスへの同じ入力が、シナプス後ニューロンで起こす電位変化を大きくしたり、小さくしたりできる。その結果、シナプス結合は強化、あるいは減弱される。

・シナプスには、更にもう一つ重要な働きがある。それは清掃である。シナプス間の神経伝達物質を速やかに片付けて、次のメッセージを送り出せるようにすることである。

・アストロサイト(4つのグリア細胞の中の一つ)は、ニューロンのエネルギー源となる乳酸も必要に応じて供給している。

「もうひとつの脳」の構成細胞

・4つのグリア細胞のうち末梢神経にあるシュワン細胞と脳や脊髄に見られる稀突起膠細胞(オリゴデンドロサイト)の二つは軸索の周囲にミエリンという絶縁体を形成する。

脳と脊髄全域にはアストロサイトと小膠細胞(ミクログリア)も存在する。

ミクログリアは脳を損傷や病気から保護しており、脳や脊髄が損傷から回復するうえで中心的な役割を担う。

グリアの数はニューロンの6倍にも達するが、その正確な比率は神経系の部位ごとに異なる。

・末梢の神経線維沿いや脳内の白質新経路では、グリアとニューロンの比率は100対1になる。また、ヒトの前頭皮質におけるアストロサイトとニューロンの比率は4対1である。

・脳の外部にある全身の神経には、違う種類のグリアが存在しており、神経線維の全長にわたって、軸索の周りをぎっしりと取り囲んでいるが、これがシュワン細胞である。

シュワン細胞

シュワン細胞を発見した、テオドール・シュワンは4種類の主要なグリアの一つを発見しただけでなく、細胞という概念そのものを残した。

※Florkin, M. (1975) Theodore Ambrose Hubert Schwann, Dictionary of Scientific Biography, Charles C. Gillispie, ed., vol. 12 Scribner, New York

オリゴデンドロサイト―タコの園

オリゴデンドロサイトは、脳のほぼ全体に広がっているが、特に白質の神経路に数多く見られる。白質は、背骨を持つ動物の脳の中心部に筋状に走っている。この白質には何千本もの軸索が束になった情報の幹線が集まっていて、脳の遠く離れた場所をつないで情報を運んでいる。

・軸索とオリゴデンドロサイトの間を含めて、脳と末梢神経に存在するあらゆる種類のグリア細胞が、ニューロ-グリア間でコミュニケーションをとっている可能性がある。

アストロサイト―星のような細胞と謎の病

主要なグリア細胞の中で最初に発見された。

・多種多様な種類と、軸索も樹状突起も持たない形状が特徴である。

アストロサイトの数は脳の領域によって異なるが、ニューロンの2~10倍も多い。

・ニューロンの隙間を埋めている支持細胞

ミエリンの魔力

・無脊椎動物の神経系と脊椎動物の神経系には、電卓とスーパーコンピューターほどの違いがあるが、ハエの脳にあるニューロンはヒトの脳のニューロンと同じように作動していて、多くの場合、神経伝達物質として使用する化学物質まで同じである。

・ミエリン形成グリアは、軸索の周囲に何層もの膜を巻きつけて、ワイヤーに巻かれた絶縁テープのように各軸索を絶縁する。一方、無脊椎動物は絶縁体を持たないため、漏電で電気信号が失う。

動物や鳥などの脊椎動脈の機敏で優雅な動きは、ミエリン形成グリアのおかげである。

画像出展:「もうひとつの脳」

ミクログリア

・ミクログリアはオリゴデンドロサイトより早く発見されていたが、血流から脳へ浸潤してきた細胞だと勘違いされてしまった。

4つのグリアの中で最も小さくダイナミックなミクログリアは脳を警護している。

ミクログリアは常に枝分かれした突起を持ち、単独で潜んでいるが、ひとたび感染や傷害の危険を感知すると、高い機動性を備えたアメーバ状の細胞に変貌する。樹状突起と軸索が絡み合った隙間をくぐり抜けながら、侵入者をやっつけるために駆けつけたミクログリアは、有害な生命体を攻撃して吞み込んでしまう。

ミクログリアは常に脳の中をかき分けながら動き回っている。そして、自分の役目を果たすとたくさんの分枝を持つ不活発な細胞に戻り、風景の一部になりすますように周囲に紛れ込んでいる。

不活発なミクログリアは全く人目に付かないので、5年程前にはその存在の有無をめぐって科学者の間では議論が起きていた程である。

・ミクログリアは体内の他の免疫細胞を生み出すのと同じ胚細胞株に起源を持つ。

ミクログリアは脳に侵入するのではなく、脳とともに成長している。

ミクログリアは脳の全域に展開して脳を守っている。

・『灰白質では、ミクログリアは茂みのようで、細胞突起をバランスよく四方八方に放射状に伸ばし、その触手を樹状突起やニューロン間のシナプス結合上に広げて、傷害や病気の兆候がないかと常に探っている。一方、白質の線維経路では、あたかも軸索を保護する格子のようにミクログリアの触手は軸索と平行、あるいはそれに対して垂直に並んでいる。

ミクログリアは、細菌やウィルス、細胞の残骸などを探知して襲いかかり、呑み込んでしまうが、化学的な武器を使った攻撃も行う。ミクログリアが放出する化学物質のなかには、興奮性神経伝達物質のグルタミン酸や、サイトカイン、活性酸素、窒素種などのように、高濃度ではニューロンにとってきわめて有害なものもある。防衛を担う軍や兵士はみなそうだが、ミクログリアも救助者であると同時に、潜在的な敵でもある。ミクログリアの働きに付随して生じる損傷は、多くの神経疾患の原因となる。だがその一方で、ミクログリアは、傷ついた神経細胞に神経保護物質を与えるといった慈悲深い使命も果たしている。

茂みのような形態のミクログリアから伸びる多くの分枝の表面には、危険や病気を示す信号を常に見張っているセンサーがずらりと並んでいる。そのセンサーとは、自己と非自己の標識となる免疫学的認識分子に対する受容体であり、それは脳に侵入してきた外来細胞を識別している。さらに、ニューロンにあるようないくつかのセンサーも存在する。こうしたセンサーのおかげで、ミクログリアは侵入してきた細胞や有害な状況を探知するだけでなく、ニューロンが危険な状態に陥らないように警戒を続けることができる。

・「小さな接着細胞」を意味するミクログリアは、脳内に存在するグリア全体の5~10%を占めているが、これはニューロンとミクログリアがほぼ同数であることを意味している。

画像出展:「もうひとつの脳」

アストロサイト―脳のパワーの源泉

・アストロサイトは、脳と脊髄全域に見られるが、末梢神経系の神経線維には存在しない。

アストロサイトは、いくつかの方法でニューロンを支援している。物理的基質として構造を支えたり、ニューロンにエネルギーを供給し、その老廃物を輩出したり、脳の損傷に対して瘢痕を形成して対処したりしている。すべての生きた細胞と同じく、アストロサイトも電位を持つが、神経インパルスを発火することはない。

画像出展:「もうひとつの脳」

画像出展:「もうひとつの脳」

第3章 「もうひとつの脳」からの信号伝達―グリアは心を読んで制御している

スパイの正体を暴く―グリアにおとり捜査を仕掛ける

・ニューロンがシナプスでのコミュニケーションに使っているさまざまな神経伝達物質のすべてを含む、神経系におけるシグナル伝達分子の大多数を感知できるセンサー群を、グリアは持っている。

・グリアはさらに、神経回路を電気的情報が流れると急増するイオン流動や、細胞シグナル伝達にかかわる多くの受容体分子にも感受性がある。

第2部 健康と病気におけるグリア

心を治す―神経系の損傷と病気を回復させるグリア

・ミクログリアとアストロサイトは脳に感染する細菌やウィルスの警戒にあたる見張り役を務めている。侵入してきた微生物に闘いを挑み、病原体を探し出して呑み込んだり、活性酸素などの有毒な化学物質を放出したりして脳から病原体を取り除く。

・最近の研究で、ミクログリアには多くの役割があるのが分かった。神経の慢性疼痛への薬物治療が効かないのは、痛みの発生や薬物依存性にミクログリアが果たしている役割を理解できていなかったことがあげられる。

成熟ニューロンは細胞分裂できないため、一度、傷害や病気で損傷してしまうと再生は困難である。一方、グリアは脳の損傷に応じて細胞分裂を開始し、損傷部位へ移動し傷を治す。また、損傷を受けた神経線維の再伸長を誘導して、ニューロン間やニューロンと筋肉の間の適正なコミュニケーションを回復させる。

・未成熟なグリアは幹細胞のような働きができる。

成熟したアストロサイトは成人脳では休眠状態にある幹細胞を刺激して、代替のニューロンやグリアへと分化させることができる。

・病気によって失われたニューロンの代替になる可能性を備えた未成熟なグリアは、脳の全域に潜在している。このグリア性“幹細胞”をうまく操作できれば、将来の治療にとって大きな希望となる。

グリアは救世主として期待される一方、病気の原因にもなる。これはグリアが感染性微生物の標的になることが多いからである。

・パーキンソン病やALS(筋萎縮性側索硬化症)やアルツハイマー型認知症では、グリアは有益な側面と害をなす側面を持つ。

・「神経変性疾患」という名称は、ニューロンだけに焦点を当てていることを窺わせ、生物学的にも薄弱である。一方、グリアは脳機能への関与が明らかになるにつれて、グリアの病気への関わりを示唆する事実は増えている。

免疫学者の告発2

著者:荒川 央

初版発行:2023年1月25日

出版:花伝社

目次は”免疫学者の告発1”をご覧ください。

 

3章 コロナワクチンと自己免疫疾患

コロナワクチンと肝炎(2) T細胞依存性自己攻撃による新しいタイプの肝炎か

・『ファイザーの内部文書によると、筋肉注射された脂質ナノ粒子は全身に運ばれ、最も蓄積する部位の1つが肝臓です。スパイクタンパクは免疫組織化学による解析(スパイクタンパクに対する抗体での解析)では肝臓で確認されませんでした。これは2回目ワクチン接種時から27日後に行われたため、時間が経ち過ぎたせいかもしれません。また、T細胞が認識するのはスパイクタンパクそのものではなく、細胞表面に提示されたスパイクタンパクの断片の抗原決定基(エピトープ[相補的な抗体が特異的に結合する小さな部位])です。それぞれの抗体が認識するのもタンパク内の1つの小さなエピトープであり、T細胞と抗体のエピトープが異なっているために抗体による解析では検出できなかったことも考えられます。むしろスパイクタンパクそのものが検出されなくなった時期でも、スパイクタンパクの一部を目印として持つ細胞に対するT細胞の攻撃が続く可能性があります。

まとめると、スパイクタンパクを認識する細胞障害性T細胞が活性化して肝臓に滞留しており、肝炎の症状はそうしたT細胞の挙動と一致するということです。スパイクタンパクを持つ肝臓の細胞をT細胞が攻撃した結果、肝炎を発症したと推測されます。

コロナワクチンの目的は抗体と細胞性免疫の両者を誘導することです。さらに遺伝子ワクチンの仕組みからすれば、ヘルパーT細胞だけではなく細胞障害性T細胞ができるのは自然なことです。

コロナワクチンの遺伝子ワクチンの作用機序では、スパイクタンパクは細胞内で生産されるためにクラスⅠMHC上にウィルス抗原を提示することになります。つまり、コロナワクチンを取り込んだ細胞はコロナウィルス感染状態を模倣した細胞であり、そのまま細胞障害性T細胞に駆逐され得る運命にもあります。今回紹介した論文は、スパイクタンパクを認識するT細胞が肝臓に集まり、肝炎の原因となっているという報告です。肝臓はコロナワクチンが一番集積しやすい臓器であり、肝臓細胞でスパイクタンパクを生産している可能性は充分考えられます。そうした細胞がT細胞によって攻撃されて肝炎を発症したのではないでしょうか。

タンパクに対する抗体を持っているかどうかを検査することは難しくありません。抗体はタンパク上のエピトープに直接結合するので、タンパクを抗原として用いれば、多様なエピトープに対する抗体をまとめて検査できるからです。T細胞の抗原特異性を検査するにはウィルスの断片とMHCの組み合わせが必要です。タンパクの断片の1つずつを検討しなければならないのですが、さらにMHCの個人差が非常に大きいため、同じT細胞でも人によって抗原に対する反応性も異なります。抗原特異的T細胞を検出することは技術的に簡単ではないのです。

コロナワクチン後遺症として免疫系を攻撃する作用機序には、①自己免疫疾患、②抗体依存性自己攻撃に加えて、③T細胞依存性自己攻撃があることがわかってきました。今回の論文は氷山の一角であり、T細胞依存性自己攻撃は実験によって検出されるよりもはるかに多いでしょう。

4章 様々なコロナワクチン後遺症

コロナワクチン接種後の心筋炎および心膜炎および性別による危険度

・心筋は心臓を構成する筋肉であり、心膜は心臓を包む結合組織性の膜である。心筋炎、心膜炎はこれらの炎症性疾患である。

・心臓の癌が極めて珍しいのは心筋の細胞は増殖しないからである。これは、心筋は一度損傷すると回復するのが難しいということを意味している。

心筋炎は、多くは風邪症状や消化器症状などの前駆症状を伴うが、これらの自覚症状がない場合もある。また、前駆症状の1~2週間後に、胸痛、心不全症状、ショック、不整脈などの症状を呈する。

7章 新型コロナウィルスは人工ウィルスか?

奇妙なオミクロンはどこから来たのか?

オミクロンは明らかにアルファやデルタのような初期の亜種から発展したものではない。

・オミクロンはこれまで公開されてきた数百万のSARS-CoV-2のゲノムとは大きく異なる。他の株から分岐したのは2020年の中頃ではないか。

進化系統樹とオミクロン
進化系統樹とオミクロン

画像出展:「コロナワクチンが危険な理由2」

『それぞれの点はウィルスの塩基配列です。点と点との距離は進化上の距離、つまりお互いの塩基配列の相同性を表します。縦軸は突然変異の数、横軸は時期です。この図からわかるのは、オミクロンは他の変異株よりも突出して変異が多いこと、進化上の距離がかけ離れていること、2021年10月に突然現れて塩基配列上も時間的にも進化上の中間体が見つからないことです。これを見ると、オミクロンの前身が1年半以上もどこに潜んでいたのか? という疑問が湧いてきます。』 

・オミクロンの前身が1年半以上もどこに潜んでいたのか? という疑問に対して、Science誌の中で科学者達はいくつかの可能性について述べている。

①COVID-19に慢性的に感染している免疫不全症の患者の中で発生した可能性。

②ウィルス監視や配列決定がほとんど行われていない集団の中で循環し進化した可能性。

③人間以外の生物種で進化し、それが最近になって再び人間に流入した可能性。

④アフリカのワクチン接種率が低いため。

・現時点では、オミクロンの起源と同様にオミクロンの進化の過程は未知のままである。

フーリン切断部位の謎

・『コロナウィルスの大きな謎の1つに「フーリン切断部位」があります。フーリン切断部位は新型コロナウィルスの感染力に関わるのですが、これはSARS-CoVを含む近縁のコロナウィルスには本来見られないものです。では新型コロナウィルスが進化の過程でどうやってフーリン切断部位を獲得できたのか? このことはコロナ騒動の当初から一部の科学者の間では議論の的になっていました。

フーリン切断部位の配列が、モデルナ社が特許を取得した遺伝子上の配列と一致することを報告する論文が2022年2月に発表されました。

MSH3 Homology and Potential Recombination Link to SARAS-CoV-2 Furin Cleavage Site Ambati et al. (2022) Frontiers in Virology

この特許が出願されたのは、コロナ騒動が始まる数年前の2016年です。

Modified polynucleotides for the production of oncology-related proteins Patent US-9587003-B2 Assignee MODERNA THERAPEUTICS INC (US)’ MODERNATX INC (US) Dates Grant 2017/03/07 Dates Priority 2012/04/02

そのため新型コロナウィルスが人工ウィルスではないかという議論が現在再燃しています。』

※“伊崎労務管理事務所”様のサイトに「フローリン切断部位」などに関する解説が出ていました。

●変異株を含めて新型コロナウィルスは人工ウィルスではないか?

・『もしもこのウィルスが本当に人工のものならば、そもそも各国におけるコロナウィルスの流行すらも自然なものなのかどうかを考えてしまいます。その場合はもはや性善説に基づく常識的な科学や医学からの判断だけでは対応できないでしょう。

この解析につきましては論文形式としてまとめ、現在プレプリントサーバにアップロードしています。原文をお読みになりたい方はこのURLからアクセスしてください』

Mutation signature of SARS-CoV2 variants raises questions to their natural origins. Hiroshi Arakawa 

8章 コロナワクチンの副反応は他者に伝播するか

コロナワクチンシェディング

・『SNSや私のブログのコメント欄でも、コロナワクチン接種者から他者への副反応の伝播をうかがわせる報告が散見されます。いわゆる「シェディング」です。本来の「ワクチンシェディング」とは、生ウィルス(ウィルスそのもの)を使ったワクチンを打った人間がウィルスに感染してしまうことによってウィルスを周囲に放出するという現象です。そういった意味では、そもそも生ウィルスを用いていない遺伝子ワクチン接種者から他者への副反応の伝播を便宜的に「シェディング」と呼ぶことにします。

シェディングの症状で多く耳にするのは、月経不順や不正出血などの生殖系の異常です。そして、皮膚症状、頭痛、関節痛、下痢など報告される症状はある程度共通しており、具体的なものが多く、一概にその全てが気のせいや勘違いまたは捏造だとは言えなさそうなのです。そしてシェディングの症状を訴えるのは、基本的にワクチン接種者ではなくて非接種者です。したがって、ワクチン接種者が社会の大半を占める現状においては、シェディングを感知し得る人自体が少数派ということになります。

シェディングの現象が確かにありそうだと思える根拠の一つが、しばしば耳にするコロナワクチン接種者の「体臭」が変わるという体験談です。体臭に現れるということは「ワクチン接種者が何らかの揮発性の物質を分泌」しており、それが「他者が嗅覚受容体で感知し得る」物質であることを意味します。実際に嗅覚受容体遺伝子の数は膨大であり、また嗅覚受容体にはゲノムレベルでの差異が数多く存在するため、認識できる匂いにも個人差が存在します。このため全ての人が「接種者特有の匂い」を感知できなかったとしてもおかしくはありません。私を含め、接種者の体臭に変化などを感じた体たお験が特に無いという人も実際多いです。

コロナワクチン後遺症の存在する否定する医療機関が多い現状においては、ワクチンシェディングという現象があると仮定した場合、それを引き起こしている物質の正体は一体何なのか?いくつか考えられる可能性を挙げてみます。

まず第一に考えられるのは、コロナワクチンによって作られるスパイクタンパクです。スパイクタンパクはエクソソーム上で数ヶ月以上血中を循環することが分かっています。また、フーリン切断部位で切断されたスパイクタンパクそのものも血中を循環している可能性があります。汗の原料は血液であり、血中を循環するものは汗として分泌されてもおかしくありません。ただ私が気になるのは、シェディングによる症状はワクチン後遺症と似てはいるが、同一ではないという点です。このため、スパイクタンパクがシェディング現象の本体かどうかは不確かです。

第二に考えらえるのは、コロナワクチンによって接種者の体調が変化し、何らかの揮発性の物質を分泌するようになったという可能性です。人間にもフェロモン様の物質とその受容機構があります。例えば、フェロモンにより、女子寮のルームメイトの月経周期が同調するといった現象は知られていますMcClintock, M.K.: Menstrual synchorony and suppression, Nature (1971).

フェロモンを感知するのも嗅覚受容体ですが、前記のように嗅覚受容体は個人差が大きく、そのためフェロモン様物質などの分泌性物質が原因であった場合、シェディングの個人差が大きくとも不思議ではありません。

第三の可能性はコロナワクチンへの生ウィルスの混入汚染です。もちろんこれはあってはならないことです。

第四の可能性は、その他の全くの未知の仕組みによるものです。例えば放射線や電磁気力は肉眼では見えませんが、直接の接触が無くとも対象に影響を及ぼすことはよく知られています。製薬会社との取り決めにより、現時点ではワクチンの成分の全てが明らかにされていない以上は、本来どのような可能性も頭ごなしに否定すべきではないというのが科学的な態度でしょう。

シェディング現象が事実であれば大問題です。けれども現状では情報がまるで足りず、現象の存在の有無、症状の多様性、作用機序を含めて現時点で断定できることはありません。例えばもし、ある現象を「理論的にありえない」と否定する人がいるとします。しかしその現象は実際に繰り返し観察されており、それぞれ複数の人が独立に経験しているとします。その場合には、現象が存在するのが正しく理論自体が間違っているという可能性を考えなくてはなりません。

おわりに

病気とホメオスタシス(生体恒常性)

・『西洋医学では病気の症状が治療の対象になりますが、体が自己修復をしている過程が症状として現れることもあります。症状を取り除く薬が病気や怪我を治しているとは限りません。免疫系やホメオスタシスを損傷するような「薬」を使用した場合、逆に薬が病状を悪化させてしまうこともあり得ます。私達は本来自分自身の持つ自分の身体を治す作用を日常的に使っています。意識せずとも、私達の細胞、組織、臓器は生きるための努力を毎日続けています。壊す作用よりも治す作用の方が強ければ、本来は体は回復する方向に向かうはずなのです。

コロナワクチン後遺症の患者が医者に相手にされず医療機関をたらい回しにされる話もしばしば耳にします。つまり、我々は未知のリスクのあるコロナワクチン接種を勧められながらも、実際に有害事象が起きた際にはそれは認められていないという歪んだ医療体制の中にいるわけです。免疫系、血管系、生殖系、心臓、脳。このどれもが私達の生命線であり、またコロナワクチンの後遺症として特に報告されている対象でもあります。事実としてコロナワクチンは最新の医学の産物です。こう考えると、そもそもワクチンとは、薬とは、医療とは何なのか。立ち止まってもう一度よく考え直す必要があるのではないでしょうか。』

ご参考:“新型コロナワクチンを接種できる人・できない人

上記は長野県駒ケ根市のホームページに掲載されているものです。そして、この情報は、2021年6月時点のファイザー社製ワクチンに関する資料が元になっています。

この記事に関心をもった理由は、コロナワクチンは高齢者や基礎疾患のある人こそ、重症化リスクを減らすために積極的に接種するという方針だったと思います。しかしながら、ここに書かれている内容はニュアンスが異なり、以下に列挙したものは基礎疾患のある方はかかりつけ医に相談をとなっています。弱毒化されてきたとされるコロナウィルスの現状を考えると、これはとても重要な情報だと思います。

次のような疾患のある方は、かかりつけ医の了承を得てから接種をしてください。

慢性の呼吸器の病気

慢性の心臓病(高血圧を含む)

慢性の腎臓病

慢性の肝臓病(ただし、脂肪肝や慢性肝炎は除く)

インスリンや飲み薬で治療中の糖尿病またはほかの病気を併発している糖尿病

血液の病気(ただし、鉄欠乏性貧血を除く)

免疫の機能が低下する病気(治療や緩和ケアを受けている悪性腫瘍を含む)

ステロイド、免疫機能を低下する治療を受けている

免疫の異常に伴う神経疾患や神経筋疾患

神経疾患や神経筋疾患が原因で身体の機能が衰えた状態(呼吸障がい等)

染色体異常

重度心身障がい(重度の肢体不自由と重度の知的障がいとが重複した状態)

睡眠時無呼吸症候群

感想

ワクチン後遺症の存在は公にはなっていないように思います。しかし、患者さまと日々接している先生(医師)からは、臨床の異常な現場(例えば、急激に増えた帯状疱疹患者等)に直面しているとのお話を伺っています(私の狭い人脈の中での確かな情報です)。

また、荒川先生のような分子生物学や免疫学をご専門にされた先生が、周囲からの反発等を恐れることなく、その大きな違和感を科学者の視点で語られています。

やはり、今求められるのは、全く新しいメカニズムをもった遺伝子(mRNA等)ワクチンを【調査】することだと思います。

免疫学者の告発1

荒川 央先生の著書『コロナワクチンが危険な理由』ですが、続編の『コロナワクチンが危険な理由2 免疫学者の告発』が既に出版されていました。「今度はどんな内容なんだろう?」と思い、さっそく購入しました。

著者:荒川 央

初版発行:2023年1月25日

出版:花伝社

内容は非常に高度で、私の理解は一部であり断片的です。そのため、ブログはあくまで私自身の感覚を頼りに「重要だな、書き残しておきたいな」と思ったものを取り上げています。

目次

はじめに 人はコロナ後の世界の夢を見るか?

1章 コロナワクチンはそもそもワクチンとして機能しているのか?

●ワクチンと有害事象

●数字で見るコロナワクチンの薬害

●世界的な超過死亡の増加

●ワクチン未接種者に汚名を着せることは正当化されない

●SARS-CoV-2自然感染から回復した医療従事者は、ワクチン接種の義務化の対象から除外されるべきである

●コロナワクチンの有効性は接種8ヶ月後にはマイナスに転じる

●小児用のファイザーコロナワクチンの感染および重症化予防効果は低い

●コロナワクチン統計の問題点とインフォームド・コンセント

2章 コロナワクチンの免疫学

●コロナワクチンによる免疫異常

●獲得免疫と自然免疫

●ワクチンと自己免疫疾患

●T細胞の抗原認識:自己非自己の識別と拒絶反応

●ヘルペスウイルスと自己免疫疾患

●コロナウィルスと免疫抑制

3章 コロナワクチンと自己免疫疾患

●コロナワクチンによる血栓性血小板減少症と播種性血管内凝固症候群

●コロナワクチンと眼の障害

●コロナワクチンと肝炎(1)

●コロナワクチンと肝炎(2) T細胞依存性自己攻撃による新しいタイプの肝炎か

●コロナワクチン接種後の皮膚血管炎について

4章 様々なコロナワクチン後遺症

●コロナウィルスワクチンによってロングコビッドのような症状が出ることがある

●コロナワクチンと急性肺塞栓症

●コロナワクチンと男性不妊

●コロナワクチン接種後の心筋炎および心膜炎および性別による危険度

5章 コロナワクチンとプリオン病

●コロナワクチンによるプリオン病と神経変性の可能性について

●スパイクタンパクとプリオンモチーフ

●プリオンとパーキンソン病

●コロナワクチンとクロイツフェルト・ヤコブ病

●コロナワクチンによるスパイクタンパクは心臓と脳で検出された

6章 コロナウィルスと逆転写

●コロナウィルスと逆転写

●ヒト逆転写酵素はコロナウィルスのゲノム組込みを媒介できる

●コロナワクチンは逆転写酵素を活性化するか?

●RNAコロナワクチンは細胞内で逆転写される

7章 新型コロナウィルスは人工ウィルスか?

●奇妙なオミクロンはどこから来たのか?

●フーリン切断部位の謎

●オミクロンは進化の法則に従っていない

●他のコロナ変異株も進化の法則に従っていない

●変異株を含めて新型コロナウィルスは人工ウィルスではないか?

●人口ウィルス由来のコロナワクチン

8章 コロナワクチンの副反応は他者に伝播するか

●コロナワクチンシェディング

●ファイザープロトコルへの疑惑

●シェディングの原因物質は何か?

●シェディングの症状と対策

●コロナワクチンは母乳を介して乳児に移行する

おわりに

●病気とホメオスタシス(生体恒常性)

●思考のススメ:考えるということ

●巨人の肩の上で

●アインシュタインの言葉から

あとがき

1章 コロナワクチンはそもそもワクチンとして機能しているのか?

本章には大変興味深いがグラフが紹介されているのですが、その真偽を自分なりに確かめたいと思い、過去のニュースや米国のワクチン接種状況などを調べてみました。

また、不妊鍼灸を始めたという経緯もあり、特に注目したグラフはワクチン有事障害報告システム(VAERS)の中にあった流産(Miscarriages)と死産(Stillbirths)に関するものです。 

『VAERSは米国疾病対策予防センター(CDC)と食品医薬品局(FDA)が共同運営する、ワクチンの安全性に関する米国のプログラムです。』

画像出展:「OpenVAERS

左のグラフはページ中段左側にあります。

タイトルは“Reports of Miscarriage/Stillbirth by Year"です。

コロナの流行は2020年1月から。ワクチン接種はおおむね2021年1月からです。高騰した2021-2022年ワクチン接種時期と重なります。

まず、このVAERSのグラフを否定するようなニュースや記事などがないか調べてみたところ、3件の記事を見つけましたが、重要なことはこれらの記事はいずれも、2021年(特に1と2は2020年12月14日~2021年2月28日の調査分析)のものであるという点でした。

そして、その元になっているのは、以下の“米CDCがCOVID-19 mRNAワクチンの妊婦安全性データを示す”だと思われます。

1.米CDCがCOVID-19 mRNAワクチンの妊婦安全性データを示す” 2021年6月

The New England Journal of Medicine june 2021

背景

COVID-19メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの妊婦安全性は重要な問題である。Centers for Disease Control and PreventionのShimabukuroらは、同国VAERSシステム登録者35,691名の2020年12月14日~2021年2月28日データを解析した。

結論

妊娠女性は非妊娠女性より注射部位疼痛報告が多く、頭痛・筋肉痛・悪寒・発熱の報告は少なかった。接種妊娠者3,958名中827名が妊娠終了し、妊娠喪失は13.9%、生児出産は86.1%であった。新生児の有害転帰は、早産9.4%、在胎不当過小3.2%等で、新生児死亡は報告はなかった。これらのデータは、COVID-19パンデミック前のデータと同等であった。VAERS報告妊娠関連有害事象は221件 で、最多は自然流産46件であった。

評価

著者らの結論は、「更なる長期追跡が必要だが、今のところ問題はない」というものである。mRNAは妊婦に対する免疫原性も報告されており("Immunogenicity of COVID-19 mRNA Vaccines in Pregnant and Lactating Women"

)、懸念データは今のところ存在しない。

この分析は2020年12月14日~2021年2月28日に行われたもの、ワクチン接種の初期段階です。

A.厚生労働省は新型コロナウイルスのワクチンについて「接種を受けた方に流産は増えていません」としていて、SNSなどでデマを含む誤った情報が広がっていることに注意を促しています。

妊婦に対するワクチン接種の影響については、アメリカのCDC=疾病対策センターのグループが、2020年12月から2021年2月までにファイザーかモデルナのワクチン接種を受けた16歳から54歳までの妊婦3万5691人で影響を調べた初期段階の研究結果を論文に発表しています。

それによりますと、流産や死産になった割合や生まれた赤ちゃんが早産や低体重だった割合は、ワクチン接種を受けた妊婦と新型コロナウイルスが感染拡大する以前の出産で報告されていた割合と差がありませんでした。

またワクチンを接種した妊婦で生まれたばかりの赤ちゃんの死亡は報告されていないとしています。

一方で、妊娠している女性が新型コロナウイルスに感染すると、同世代の女性よりも重症化する割合が高いことが報告されていて、日本産科婦人科学会などは2021年6月、ワクチン接種によって母親や赤ちゃんに何らかの重篤な合併症が発生したとする報告はなく、希望する妊婦はワクチンを接種することができるとしたうえで、「ワクチン接種するメリットが、デメリットを上回ると考えられている」などとする声明を出しています。(2021年7月29日時点)

「ワクチンが卵巣内に蓄積されるという研究がある」 ―― 間違い

「ワクチンが流産につながるというデータがある」 ―― 間違い

「ワクチンが胎盤を攻撃する」 ―― 証拠なし

もっと新しい記事はないのか? 検索を続けると、2023年1月2日付けの記事を見つけました。

『VAERSの有害事象登録は、ワクチン接種との因果関係の有無にかかわらず誰でも行うことができる。流産・死産報告の登録数が急増したのは事実だが、これはワクチンを接種した人の全体数が増えていることなどが要因と考えられ、接種が原因で流産・死産が起きたことを証明するものではない。』

要点

1)VAERSの有害事象は誰でも登録できるので信頼性は低い。

2)流産・死産の報告数が急増したのは事実である。

3)ワクチン接種が増えているのは事実である。

4)上記1)2)3)より、死産・流産の原因がワクチン接種にあるとは断言できない。よって評価は“△”である。

一方、2020年12月14日~2021年2月28日という米国CDCによる調査期間が、米国のワクチン接種状況の中でどのような時期になるのか調べてみました。 

画像出展:「特設サイト 新型コロナウィルス

米国緑線です。2021年1月、2月はワクチン接種の極めて初期の段階であることが確認できます。また、初期段階ということは1回目の接種であり、特に問題となっている3回目以降のブースター接種との関連については不明です。

画像出展:「特設サイト 新型コロナウィルス

こちらは米国の感染者数ですが、これを見ると2020年12月14日~2021年2月28日は最初のピークが下がり始めた時期にあたります。

 

以上のことから、コロナウィルス、コロナワクチンと流産・死産の関係は、複数回の接種が実施された今こそ、調査されるべきと思います。しかしながら、それが実施されていない、もしくは実施されているが公表されていないという現実はとても不安を感じます。 

画像出展:「特設サイト 新型コロナウィルス

日本(赤線)では4回、5回とブースター接種が行われていますが、世界的には早い国では2022年1月、遅い国でも概ね2022年夏には接種回数は横ばいになってきています。このグラフの中では、日本だけが接種を続けているのが分かります。 

日本での感染者が50,000人を超えたのは2022年1月後半、その後、50,000人を切る時期もありましたが、2022年7月、12月には200,000人を超える日もあり、2023年1月中旬まで100,000人を超える日が続いていました。

画像出展:「Coronavirus (COVID-19) Vaccinations

 

上記のグラフは オックスフォード大学の“Our World in Date”のデータです。世界日本イスラエルを比較しています。イスラエルの人口は日本の約7.42%です。世界の数が多いので、イスラエルはほとんど直線に見えます。

イスラエルに注目した理由は2つです。1つはイスラエルは世界に先駆けてワクチン接種を強力に推し進めていた国だったという点です。そしてもう一つは、2021年8月24日付けの約2年前の記事ですが、『接種率78%「イスラエル」で死亡者増加のなぜ』という記事が気になっていたからです。

グラフを見て気になるのは、世界のワクチン接種は2つの山を越え急激に減っているのに対し、日本は最初の山ほどではないですが、4つの山があり少なくとも急激には減っていないということです。その一方で、感染者数は2022年2月以降世界のTop10に入り、2022年7月後半から2023年2月までTop3に入っていました(ただし、感染者数を発表しない国が増えてきているので単純な比較はできません)。

ワクチン入手状況もあるので、一概に比較するのは適切ではありませんが、世界と比較して日本での接種が最も少なかったと思われるのは、2021年12月23日で、世界39,900,000件に対し、日本は100,147件(約0.25%)でした。

一方、最も多かったと思われるのは、約1年後の2022年12月12日で、世界4,180,000件に対し、日本は820,259件(約19.6%)でした。その差は78.4倍です。

また、以下はコロナワクチンとは無関係の死亡者数(All Non COVID-Vaccine Deaths)を加えたグラフですが、水色の棒グラフは2021年も2022年も安定しています。

これを見ても、コロナワクチンとは関係ない、問題ないと考える方が明らかに不自然です。追跡調査を行いワクチン接種が本当に問題ないのか検証されるべきです。[グラフ:mortality

2章 コロナワクチンの免疫学

コロナワクチンによる免疫異常

・コロナワクチンは今までのワクチンとは異なる新しい遺伝子ワクチンであり、遺伝子を体に注入して細胞内に導入し、細胞に抗原となる物質を作らせる。

・コロナワクチンはスパイクタンパクの遺伝子を使っており、まず細胞にスパイクタンパクを作らせ、免疫系はそれを利用してスパイクタンパクに対する抗体を産生する。この抗体はコロナウィルスに出会う前に、まずコロナワクチンを受け取った自分の細胞を攻撃する(抗体依存性自己攻撃)

画像出展:「コロナワクチンが危険な理由2」

 

コロナウィルスと免疫抑制

コロナワクチン接種者では制御性T細胞が増加しているという研究がある。制御性T細胞は免疫を抑制するT細胞である。もし、免疫系の暴走が起こっていてそれを鎮めるために特定の制御性T細胞だけが増えているとすれば、特に不自然であるとは言えない。

コロナワクチン接種者ではIgG4抗体が増加しているという研究がある。IgG4抗体は炎症反応を刺激する作用が弱い。もし、抗体依存性自己攻撃を緩和させるための反応に置き換えようとしてるならば、特に不自然であるとは言えない。

・『T細胞や抗体の最大の特徴は抗原特異性であり、そうしたT細胞やIgG4抗体の抗原特異性を解析することで、こうしたものが免疫抑制に働いているのか、あるいは免疫系の異常を元に戻そうとする働きなのかといった生理的な意味がわかってくるでしょう。』

免疫が健全に働いている場合の特徴は、「増えた後に減る」という現象がある。特にB細胞についてはその作用機序が知られている。つまり、強く活性化された免疫系には揺り戻しが起こるのである。コロナワクチンは接種後短期間で極度に抗体価を上昇させる。このようなコロナワクチンによる強い免疫刺激が免疫担当細胞を枯渇させる可能性がある。さらに、この状態が短期間で終わらないとなれば、そのまま免疫抑制状態が続くことになる。

・注意しなければならないことの一つに、ワクチンに免疫抑制を起こすものが含まれていなかということである。コロナワクチン接種後に帯状疱疹の発症が報告されているのは、免疫抑制が関係している可能性がある。

免疫とは生命力そのものである。腸内細菌や皮膚常在菌との共生関係も免疫のおかげである。免疫力の低下はこれらの重要な共生関係を乱す恐れがある。

・現場の臨床医からはコロナワクチン接種者の癌増加が指摘されている。毎日出現している癌細胞は免疫系によって排除されており免疫系が正常であれば特に心配はいらないが、ワクチン接種後には、リンパ球の減少が報告されており、異常な自己細胞を除去するNK細胞(リンパ球の一つ)が減少するならば癌の増加は十分に予測できることである。

・『免疫系を自由に制御できれば、感染症や癌、自己免疫疾患などの病気の根本治療にも活用できるでしょう。言い換えれば、免疫系を制御することは非常に難しく、免疫系を自由にコントロールすることは免疫学者の夢でもあるのです。そしてコロナワクチンは免疫系に強く干渉するものであり、ワクチンの副反応で一度破綻した免疫系を制御することは簡単ではないでしょう。』

アンケート期間:2021年8月31日~9月30日

【アンケート】(pdf7枚)

 

 

免疫学者の警告2

著者:荒川 央

初版発行:2022年3月

出版:花伝社

目次は”免疫学者の警告1”をご覧ください。

3章 コロナワクチン=「遺伝子ワクチン」の正体とは何なのか?

セントラルドグマとmRNA

・コロナウィルスはRNAウィルスである。自身のRNAを複製するためにDNAは必要なく、RNAからRNAを作る。これは分子生物学の基本概念であるセントラルドグマ(遺伝情報は、「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達されるというルール)の例外である。

・コロナワクチンのMIT総説論文

-2021年5月発表。査読済論文

-「病気よりも悪い?COVID-19に対するmRNAワクチンがもたらしうる予期せぬ結果を検証する」

-「RNAの選択と修飾における留意点」

Worse Than the Disease? Reviewing Some Possible Unintended Consequences of the mRNA Vaccines Against COVID-19, Stephanie Seneff, Greg Nigh, International Journal of Vaccine Theory, Practice, and Research 2021, 

・mRNAは生体内ですぐに分解されるため不安定である。

・免疫は外部から侵入した感染体を識別して攻撃するため、RNAを体内に導入しようとしてもすぐに分解される。

RNAワクチンの登場は、RNAの不安定さを技術的に克服したために可能になった。その技術とはRNAワクチンを脂質ナノ粒子で保護することである。しかしながら、どの位の期間生体内で残るのかは分かっていない。

mRNAと遺伝暗号(コドン)

RNAワクチンはmRNAと類似した構造を持つが、RNA分解耐性を上げ、タンパク翻訳効率を上げているため通常のmRNAよりもはるかに大量のスパイクタンパクを生産する。

なぜワクチンに使われる遺伝子の毒性をなくさなかったのか?

・コロナウィルス、コロナワクチンに共通する毒性はスパイクタンパクによるものだが、その毒性にはいくつか要因がある。主なものはACE2に結合することによって、血管内皮細胞を含むACE2発現細胞を障害することである。他には、スパイクタンパクの棘、フリン切断部位、プリオン様モチーフなどがある。

・『なぜ世界中の健康な人間に打たせる為に作ったワクチンの毒性をなくす努力をしなかったのか。そのデザインは偶然なのか、失敗なのか、無知なのか、やはり疑問が残ります。』

4章 スパイクタンパクの危険性

どうしてコロナワクチンで血栓が出来るのか

・コロナウィルスは神経症状(頭痛、吐き気、めまい)を起こすが、同様のことがコロナワクチンの副反応としても報告されている。ACE2は前頭葉皮質のさまざまな血管にも発現しており、スパイクタンパクが血液脳関門を超えられることを考えると、コロナワクチンの遺伝子から作られたスパイクタンパクが、脳内皮細胞に炎症を引き起こしている可能性がある。

・『整理すると、コロナウィルスは血栓を起こし、肺や心臓、脳にも障害を起こすにはウィルスは必要ではなくて、スパイクタンパク単独でも同様の障害を起こしてしまうということが分かってきました。ウィルスが犯人だと思っていたら、実はワクチンにも使われるスパイクタンパクが犯人だったということです。

スパイクタンパクの毒性―スパイクタンパクはACE2の抑制を介して血管内皮機能を損なう

・『Circulation Research』に掲載されていた論文

・「SARS-CoV-2 スパイクタンパクは、ACE2の抑制を介して内皮機能を損なう」

SARS-CoV-2 Spike Protein Impairs Endothelial Function via Downregulation of ACE2, Lei et al, Circ Res. 2021, 

スパイクタンパクの全身の血管への毒性

・『コロナウィルスとコロナワクチンのスパイクタンパクは血管に対し同様の毒性を持ちますが、毒性の強さが同じとは限りません。量の問題です。コロナウィルスに感染した際、まずは最初に自然免疫系が対処します。そしてそこで対処しきれなかった場合、つまりコロナウィルスが免疫系に抵抗し増殖し始めた場合には、免疫系の精鋭部隊である獲得免疫が出動し始めます。コロナウィルスが体内で増殖する場合、体に備わっている免疫系が抵抗するため、ADEが起こったりしない限りは、感染してすぐに身体中に爆発的に増えるような事態は起きないのです。

それに対し、コロナワクチンは接種後に細胞内でスパイクタンパク生産を開始し、量はいきなり最大量に達します。そしてシュードウリジン修飾されたmRNAワクチンは分解されにくく、長い間スパイクタンパクを生産し続けます。そしてその場合のスパイクタンパクの生産量はワクチンの方がずっと多いことが想定されるのです。このことが血管への毒性の高さに関係しているのではないでしょうか。

・ACE2受容体が精巣のライディッヒ細胞に高発現していることから、ワクチンによって内因性に生成されたスパイクタンパクは、男性の精巣にも悪影響を及ぼす可能性がある。

・複数の研究により、コロナウィルスのスパイクタンパクがACE2受容体を介して精巣の細胞にアクセスし、男性の生殖を阻害することが明らかになっている。

・『血管は全身を巡っており、生殖器官にも存在します。ACE2受容体が精巣にも高発現していることから、ワクチンによるスパイクタンパクは精巣にも悪影響を及ぼす可能性があります。また、脂質ナノ粒子は卵巣にも分布することが報告されており、卵巣を障害するかもしれません。このようにスパイクタンパクが卵巣、精巣の血管を障害することで不妊に繋がる可能性も出てきます。』

スパイクタンパクは血流を循環するか

・ワクチンの副反応である血栓症の原因を作っているのは血流中のスパイクタンパクの可能性が高いが、それぞれの形態の毒性の違いは不明である。また、個人差があるということは、スパイクタンパクが更に長期間にわたって血流を循環する可能性もあるということである。

コロナワクチンと不妊

・コロナワクチンが妊娠に影響を与える可能性、リスク要因。

筋肉に注入されたコロナワクチンの脂質ナノ粒子は接種部位に留まらず、全身を巡回し、特に卵巣に蓄積することが報告されている。スパイクタンパクが卵巣で発現すれば、ワクチンに選択されて作られた抗スパイクタンパクは卵巣を標的にして攻撃し始めると考えられる。

コロナウィルスのスパイクタンパクは細胞表面のACE2を標的にして細胞に感染する。その後、ACE2の発現を低下させるが、これがミトコンドリアの機能不全に繋がり、細胞の損傷、組織の炎症に繋がるのではないかと考えられている。ウィルスがなくてもスパイクタンパク単独でも同様の障害を起こすことができる。

”コロナワクチンで血栓が出来る理由”(荒川先生のブログより)

ACE2を発現している細胞、組織はコロナウィルスのスパイクタンパクの標的になる。ACE2は広範囲な細胞で発現し、卵巣、精巣、子宮内膜、胎盤などの生殖器官でも発現している。つまり、スパイクタンパク自身が卵巣、精巣、子宮内膜、胎盤の炎症や損傷を起こす可能性がある。

胎盤は細胞融合により形成される。細胞融合に必要なシンシチン(内在性レトロウィルスのenvという遺伝子で作られたタンパク質)スパイクタンパクと同じくフソゲン(fusogen:融合活性を持つ物質)で、スパイクタンパクと構造が類似している。可能性は大きくないが、スパイクタンパクに対する抗体がシンシチンを攻撃すれば、胎盤をきたしそれは流産につながる。

ACE2は酵素でもあり、ACE2によって産生されるAng-(1-7)ペプチドが卵胞の発育、ステロイド産生、卵子の成熟、排卵などの卵巣の生理機能を調節することが知られている。

以上のことから、スパイクタンパクによるACE2の酵素活性阻害自体が不妊に繋がる可能性は否定できない。

・『コロナワクチンには複数の異なった機構で生殖系を阻害、または攻撃、損害する可能性があるわけです。むしろ効率的に不妊を起こしかねません。現在日本でも12歳以上へと接種年齢の引き下げが始まっていますが、将来妊娠出産を控えている世代にこういったリスクを負わせる必要性は私には感じられません。』

5章 コロナワクチンは免疫不全の原因となる

ワクチンと抗体依存性感染増強(ADE)

・抗体はウィルスに利用される場合がある。抗体依存性感染増強(ADE)とは、ウィルス粒子と不適切な抗体とが結合することにより、炎症や免疫病変が促進される現象である。

・ADEには少なくとも2種類のメカニズムがある。一つは抗体を介してマクロファージに感染する機構。もう一つの機構は抗体と複合体を作ったウィルスが免疫系を刺激し、炎症を暴走させる仕組み(サイトカインストーム)である。いずれの場合も抗体の存在がウィルスの感染を誘導し、免疫系の症状を暴走させる。

・SARS(重症急性呼吸器症候群)の原因ウィルスもコロナウィルスで、正式名称はSARS-CoV-1である。新型コロナウィルスの正式名称はSARS-CoV-2。コロナウィルス自体はありふれたウィルスで風邪の10~15%の原因を占めている。

・『SARSの流行時にもコロナウィルスに対するワクチンを作ろうとする研究があったのですが、動物実験での結果は散々でした。このため、コロナウィルスワクチンを接種するのは危険ではないかと言われてきました。』

なぜワクチン接種が自己免疫疾患に繋がり得るのか

・『COVID-19が陽性であっても、その多くは症状がない。無症状のPCR陽性例の数は研究によって大きく異なり、最低で1.6%、最高で56.5%となっている。COVID-19に感受性の低い人は、おそらく非常に強い自然免疫系を持っている。健康な粘膜バリアの好中球とマクロファージは、ウィルスを速やかに排除し、多くの場合、適応システムによる抗体の産生を必要としない。しかしこのワクチンは、自然の粘膜バリアを越えて注射することと、RNAを含むナノ粒子として人工的に構成することで、意図的に粘膜免疫システムを完全に回避している。カーセッティ(2020)の論文で述べられているように、自然免疫反応が強い人は、ほとんどの場合、無症状で感染するか、軽度のCOVID-19疾患を呈するだけである。しかし、そもそも必要のないワクチンに反応して抗体が過剰に産生された結果、前述のように慢性的な自己免疫疾患に陥る可能性がある。』

・『コロナウィルス感染とワクチン接種の双方とも自己免疫疾患の発症に繋がる可能性はありますが、どちらの方がリスクがより高いでしょうか。コロナウィルスに自然感染して無症状または軽症で治癒する場合、対処するのはまず第一に自然免疫です。自然免疫は抗体を用いる獲得免疫とは別系統です。そして獲得免疫は抗原と出会う場によっても対処法を変えます。呼吸器感染症の最前線に当たる獲得免疫は粘膜免疫です。粘膜免疫で主に誘導される抗体はIgAのクラスですが、これは粘膜免疫担当の抗体で、全身を循環するIgGクラスの抗体とは別のクラスです。こういった意味でも、無症状や軽症の場合の自然感染ではワクチン接種と比較すると自己免疫疾患に繋がることは限定的でしょう。

また、コロナウィルスに自然感染した場合には、ウィルスは免疫系の抵抗を受けながら増殖します。無症状のPCR陽性者や軽症者ではスパイクタンパクの曝露量は限られるので、大きく曝露されるのは重症者の場合と考えられます。それに対しコロナワクチンは接種後に細胞内でスパイクタンパク生産を開始しますので、量はいきなり最大量に達します。シュードウリジン修飾されたmRNAワクチンは分解されにくく、長い間スパイクタンパクを生産します。スパイクタンパクへの曝露量はワクチンの方がずっと多いでしょう。つまり、ワクチン接種者はもれなく大量のスパイクタンパクに曝露されます。一方、コロナ感染の場合大量のスパイクタンパクに曝露される確率は、コロナ感染確率×感染してから重症化する確率となり、ワクチン程ではないということです。』

スパイクタンパクはDNA修復、V(D)J組換えを阻害する

・DNA修復機構が働かないと、変異は固定され癌の原因になる。また、DNA修復機構は免疫系の遺伝子組換えにも必須である。よってスパイクタンパクがDNA修復を阻害するならば、コロナワクチン接種が癌や免疫不全に繋がる懸念が出てくる。

コロナワクチンと癌

・『コロナワクチンの副反応にリンパ節の腫脹が知られています。リンパ節は局所的な免疫応答の場です。抗体を産生するために一時的にリンパ節が腫れることはよくありますが、リンパ節の腫瘍が疑われる場合もあります。コロナワクチンの別の副反応として、ワクチン接種後の最初の数日間にリンパ球の減少が見られることがあり、免疫の低下に繋がります。この2つの副反応は一見反対に見えますが、個人差もあるでしょうし、タイミングの違いもあるでしょう。また、免疫不全になるにはリンパ球全体の細胞数の減少が必要でもなく、免疫を構成する特定の細胞種がワクチン接種を繰り返すことにより減少しているのかもしれません。

今回のケースではコロナワクチンが直接活性化する細胞に起源をもつ癌細胞がワクチン接種によって急激な増殖を開始したと考えられます。しかし、そうした特殊なケース以外にも、コロナワクチンには癌の進行をもたらす複数の作用機序があります。免疫低下は感染症を招きますし、癌の悪性化に繋がる可能性もあります。スパイクタンパクはBRCA1、53BPIなどの癌抑制遺伝子の働きを抑えることが報告されており、これらのタンパクの機能低下はDNA修復の機能不全に繋がり、癌細胞の発生や悪性化の両方に繋がります。

癌は増殖制御の仕組みを受けつけずに勝手に増殖を行うようになった細胞集団であり、いったん増殖した癌細胞は免疫系で対処することは難しいのです。すでに癌を患っている人はコロナワクチンによる癌の悪性化を警戒する必要があるでしょう。』 

感想

友人から、「2度目、3度目の接種では40度近い発熱がありとても辛かったが、実際にコロナに感染したときは37度台だった」との話を聞きました。

これは何故だろう? ワクチンのおかげと言えるのだろうか? しかし、副反応が40度近いというのは明らかに異常なことではないか。と思っていました。

これは、荒川先生が指摘されている、感染では粘膜バリアともいえる自然免疫系が必死に戦うためウィルス側も思ったように動き回れない(曝露できない)のに比べ、ワクチン接種ではノーガードでスパイクタンパクを曝露するため、体への侵襲が大きくその結果、修復作業の第1段階でもある“炎症”が強く、広く出るのだろうと思いました。

やはり、コロナワクチン、未知のmRNAワクチンの隠された脅威が存在するのは間違いないと思います。 

免疫学者の警告1

コロナ後遺症だけでなく、ワクチン後遺症というものが問題になっていることを耳にしました。調べてみると週刊新潮など多くの週刊誌などが報じていることも分かりました。

下記は天王寺こいでクリニック 小出誠司先生ブログですが、その数は想像以上でした。

一方、「抗原原罪」という耳慣れない言葉が気になり、検索したところ今回の荒川 央先生の『コロナワクチンが危険な理由 免疫学者の警告』という著書を見つけました。

荒川 央先生は分子生物学者であり、また免疫学者です。コロナワクチンはmRNA(メッセンジャーRNA)を利用した全く新しいメカニズムのワクチンであることが、不安の大きな要因の一つとなっていますので、荒川先生の見解は非常に重要ではないかと思い拝読させて頂きました。

なお、ブログは目次より前に、「あとがき」の冒頭と最後の部分をご紹介しています。これは、ここに荒川先生の思い―『自分の命を守りたい人、大切な誰かを守りたい人に、微力ながらも力を貸すことができないかと考えたためです』―が凝縮されていると感じたためです。

著者:荒川 央

初版発行:2022年3月

出版:花伝社

『私[荒川先生]がコロナワクチンに関するブログを立ち上げたのは2021年6月8日。目的は1つ。コロナワクチンの危険性を日本の方々に伝えるためです。内容は生命科学の視点から客観的な事実に焦点を絞るように努めました。

私が主に伝えたかったコロナワクチンの危険性の多くは遺伝子ワクチンの作用機序とスパイクタンパクの持つ毒性から予測されるものです。血栓による血管障害とそれに伴う複数の臓器の障害、自己免疫疾患、癌などです。ブログ内では紹介していますが、今回の書籍化にあたってページの都合で触れられなかったのがプリオンによる神経変性病、シェディング[伝搬]などです。心筋炎、脳梗塞、自己免疫疾患、癌、神経変性病などは加齢によってもリスクが高まる疾患です。こうした疾患がコロナワクチンの作用機序から予測され、実際に後遺症として報告されています。私はコロナワクチンによる隠れた副作用は文字通りの「老化」ではないかと思っています。老化によってより深刻な被害を受けるのは高齢者です。高齢者で老化が加速すればそれはすなわち死にも直結します。けれどもコロナワクチン接種後に高齢者が亡くなっても、因果関係は不明で老衰や寿命として処理される場合がほとんどです。例えば10代の人の内臓年齢が20代になり、30代の人の内臓年齢が40代になっても問題は直ちに目には見えず、若い方は多少老化が進行しても元々の若さや生命力のために自分でも気が付かない場合が多いでしょう。しかし、将来的にどれだけの健康被害を生み、健康寿命をどれほど縮めることになるのかは現時点では分かりません。

ブログの執筆は、私にとっては一人で静かに始めた戦争でした。記事を書き続けるうちにたくさんの人と繋がりが生まれ、皆それぞれの立場で戦っているのだと気付きました。コロナ騒動は情報戦でもあります。そして、これは不思議な戦争です。老若男女関係なく、気付いた人が立ち上がり、情報を共有し、手の届く範囲で他者を助けようとしています。日本でも、そして海外でもこの危機に気付いた人が大切な人達を守るために危機を伝えてきました。私のブログもその局地戦の記録でもあります。そのためにも書籍化にあたり日付を残すこととしました。どの時点でどれだけの危険性が判明し、警鐘されていたか、その時点でマスメディアや医療関係者、公的機関、政府の行動はどうだったか。コロナワクチン薬害に対する訴訟もこれから相次ぐと思いますので、そうした情報も後に大事な情報になってくるかと考えます。』

目次

はじめに―分子生物学者、免疫学者として、コロナワクチンについて考えること

本書の要点―コロナワクチンが危険な理由

1章 もう一度、ワクチンの「常識」について考えてみる

●コロナワクチン接種についてのいくつかの誤解

●嘘と統計:数学のトリック

●ワクチン有効率95%は本当か?

●コロナウィルスが存在している根拠を政府や研究機関はもっていない―ウィルスの単離からこの問題を考える

2章 もう一度、感染症対策について考えてみる

●「パンデミック」の謎

●PCR検査について

●無症状のPCR陽性者からの感染は0だった

●コロナウィルスは昔から居た

●スペイン風邪とファウチ博士の論文

3章 コロナワクチン=「遺伝子ワクチン」の正体とは何なのか?

●コロナワクチンはコロナウィルスよりも悪い?

●前例のないワクチン

●遺伝子ワクチンというもの

●遺伝子ワクチンによる自己免疫「抗体依存性自己攻撃

●セントラルドグマとmRNA

●mRNAと遺伝暗号(コドン)

●mRNAワクチンはすぐに分解されるのか?

●なぜワクチンに使われる遺伝子の毒性をなくさなかったのか?

●ブレーキのないRNAワクチン

4章 スパイクタンパクの危険性

●どうしてコロナワクチンで血栓が出来るのか

●スパイクタンパクの毒性―スパイクタンパクはACE2の抑制を介して血管内皮機能を損なう

●スパイクタンパクの全身の血管への毒性

●スパイクタンパクは血流を循環するか

●ワクチン接種者のスパイクタンパクはエクソソーム上で4ヶ月以上血中を循環する

●コロナワクチンと不妊

5章 コロナワクチンは免疫不全の原因となる

●ワクチンと抗体依存性感染増強(ADE)

●猫とネズミ

●初の病理解剖から分かったこと

●なぜワクチン接種が自己免疫疾患に繋がり得るのか

●コロナワクチンと帯状疱疹

●スパイクタンパクはDNA修復、V(D)J組換えを阻害する

●コロナワクチンと癌

おわりに

●オミクロン変異考察

●コロナワクチンをめぐるイタリアの状況について

●コロナワクチンと治療法―生データが必要だ、今すぐ

あとがき

はじめに―分子生物学者、免疫学者として、コロナワクチンについて考えること

・荒川先生のご専門は、分子生物学(遺伝子の生物学)と免疫学である。

・バイオテクノロジー、ゲノム編集、ウィルス学、細胞生物学などは専門の範囲に入る。

・『端的に言って、私はコロナワクチンは危険なものだと考えています。仕事の関係で接種しないといけないような状況の方もおられるかもしれません。ご家族やご本人で進んで接種した方もおられるかもしれません。でも今後は出来れば接種しない方が良いし、接種するにしても回数が少ない方が良いと思うのです。』

・「遺伝子治療の治験」だとすれば、リスクより利益が上回るので理解できるが、健康な多くの人に試すのは適切ではない。

・コロナワクチンの危険性を伝えるためのブログを荒川先生が立ち上げたのは2021年6月8日。

・『ブログでの発信を開始した頃と、ワクチン接種が相当進んだ現在とは状況は変わってきています。ワクチン接種の副作用や死者の実態が次第に明らかになってきているのに加えて、ブースター接種をこのまま受けていいのかという不安や疑問はより高まっています。とりわけ、子供への接種が行われようとしているとき、これを食い止めるためにも私のブログを書籍化する意味があると花伝社様からお話しをいただきました。将来、大規模の集団訴訟も起こされるものと予想され、こうした訴訟の理論的根拠ともなりたいと願います。 

私のブログ及びこの一冊の本は、分子生物学者、免疫学者としての私なりの小さなレジスタンスです。 (2022年2月13日、ミラノ)』

本書の要点―コロナワクチンが危険な理由

1)遺伝子ワクチンである

・コロナウィルスのスパイクタンパク遺伝子をワクチンとして使っている。

・遺伝子ワクチンは研究途上の実験段階で、人間用に大規模な接種が行われるのは初めてである。

問題は遺伝子ワクチンがこれまでのワクチンと異なり、遺伝子が細胞内でどれだけの期間残るのか予測できないことである。場合によっては染色体DNAに組み込まれ、スパイクタンパクを一生体内で作り続けることになる可能性もある。

2)自己免疫の仕組みを利用している

・『「通常のワクチン」では抗体を作らせる為にウィルスそのものまたは一部分をワクチンとして使います。そういったワクチンはワクチン接種後に体内に抗体ができた場合、それ以降攻撃されるのはウィルスだけで終わります。

「遺伝子ワクチン」はワクチンを接種した人間の細胞内でウィルスの遺伝子を発現させます。ワクチン接種以降は自分の細胞がウィルスの一部を細胞表面に保有することになります。体内の抗体が攻撃するのはウィルスだけではなく自分の細胞もです(抗体依存性自己攻撃、Antibody-dependent auto-attack[ADAA])。

・遺伝子ワクチンであるコロナワクチンは筋肉に注射されるが、筋肉に留まるとはいえない。

・『ファイザーの内部文書によると、筋肉注射された脂質ナノ粒子は全身に運ばれ、最も蓄積する部位は肝臓、脾臓、卵巣、副腎です。卵巣は妊娠に、脾臓、副腎は免疫に重要です。他にも血管内壁、神経、肺、心臓、脳などに運ばれることも予想されます。そうした場合、免疫が攻撃するのは卵巣、脾臓、副腎、血管、神経、肺、心臓、脳です。それはつまり自己免疫病と同じです。』

3)コロナワクチンは開発国でも治験が済んでおらず、自己責任となる

"米FDAとCDC、mRNA型2価ワクチンの対象年齢を生後6カ月以上に引き下げ"

JETROでは「ビジネス短信」として情報発信されていました。以下は、”米FDA”に関する情報です。接種対象や回数(ブースター接種)は制限付きになっていると思います。

4)コロナウィルスは免疫を利用して感染できるので、ワクチンが効くとは限らない

コロナウィルスのスパイクタンパクは人間の細胞表面の受容体ACE2(アンジオテンシン変換酵素-2)に結合し体内に侵入する。

・コロナウィルスはマクロファージなどの食細胞に耐性があり、細胞内で増殖したり、サイトカイン放出を促進したり、細胞を不活性化したりして免疫系をハイジャックする。

画像出展:「東京都健康安全研究センター

サイトには、走査型電子顕微鏡や透過型電子顕微鏡で撮影した写真が8枚出ています。

5)スパイクタンパクに毒性がある

・コロナウィルスは血栓を起こし、肺や心臓、脳にも障害を起こすことがある。

血栓を起こすにはウィルスは必要ではなく、コロナウィルスのスパイクタンパク単独でも障害を起こす。

血管は全身の臓器と繋がっているので、あらゆる臓器に被害が及ぶ可能性がある。また、全身をめぐる毛細血管は血栓によって損傷をうけやすい。

・マウスの実験では、スパイクタンパクは脳血液関門を越えることが確認されている。

6)不妊、流産を起こす可能性がある

・脂質ナノ粒子が最も蓄積する場所の1つが卵巣である。卵巣に運ばれたワクチンがスパイクタンパクを発現すると、卵巣が免疫系の攻撃対象になる。

・スパイクタンパクが結合する受容体ACE2は、精子の運動性や卵の成熟に働くホルモンを作るため、スパイクタンパクによりACE2が阻害されると不妊症につながる可能性がある。

7)ワクチン接種者は被害者となるだけでなく加害者となる可能性もある

・ワクチン接種者はスパイクタンパクを体外に分泌し、副作用を他者に起こさせる可能性が指摘されている。

・本当に怖いのは長期的な副作用で、これから長い時間かけて出てくるかもしれない。

1章 もう一度、ワクチンの「常識」について考えてみる

コロナワクチン接種についてのいくつかの誤解

・誤解:副反応が出るのはワクチンが効いている証拠! 副反応が強いのは若くて元気な証拠!

・解説:『ワクチン接種直後の短期的な副反応である発熱や体調不良は、体の一部がワクチンの副反応(副作用)によって損傷されているのでしょう。そして2度目のワクチン接種後の副反応がより重いのは、最初のワクチン接種で作られた抗体がワクチンを受け取った細胞を攻撃した結果の強い自己免疫応答でしょう。これは良いことでも喜ばしいことでもありません。自己免疫での損傷は一時的な場合もあれば、不可逆的で取り返しのつかない場合もあります。

嘘と統計:数学のトリック

・19世紀のイギリスの首相ベンジャミン・ディズレーリの言葉に、『世の中には3種類の嘘がある:嘘、大嘘、そして統計だ』(There are three kinds of lies: lies, damned lies, and statistics)

・例:ファイザーのRNAワクチンの有効度Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine, N Engl J Med. 2020 Dec, Fernando P Polack et al.)

-2回のワクチン接種したグループ21,720人のうち新型コロナ感染者は8人。新型コロナ非感染者の割合は(21720-8)÷21720=0.9996=99.96%

-プラセボ(偽薬)を接種したグループ21,720人のうち新型コロナ感染者は162人。新型コロナ非感染者の割合は(21720-162)÷21720=0.9925=99.25%

考え方A

感染者が162人から8人に減った!感染者の減少率は、(162-8)÷162=0.95=95%。つまり、ワクチン有効率は95%! これは素晴らしいワクチンだ!

考え方B

ワクチンを接種しなくてもコロナ非感染者は99.25%。ワクチンを打ったところで感染しない確率が0.71% (99.96%-99.25%) 上がるだけか。未知のワクチンなんて打つ必要はないじゃないか。

※減少率95%は100人中95人に効くという意味ではない。99.25%の人はワクチンを打っても打たなくても変わらなかった(感染しなかった)ということである。

・『このように、同じ結果でも見せ方によって印象は大きく変わるのです。もともと感染者も人口比で見ると大したことはありません。ワクチンが必要かどうか、発表されているワクチン有効率だけで判断されませんように。』

筋衛星細胞

松坂投手やベッカム選手の驚異的な怪我の回復の話は覚えていました。それが、マイクロカレント療法によるものであることは、高林孝光先生の『慢性腰痛は3日で治る』という著書で知りました。

高林先生は柔道整復師でもあり、鍼灸師でもありますが、同時に多くの新しい電気治療を組み合わせた治療に取り組まれています。その中核の一つが、マイクロカレント療法になると思います。

この療法の特徴は、微弱な電流を発生させる機器を用い、損傷個所の治癒を促進させます。これは細胞組織の再生スピードを高めることで実現させるものですが、主な対象はコラーゲン組織になるため美容目的での利用も注目されています。

著者:高林孝光

発行:2011年2月

出版:幻冬舎

 

微弱な電流がなぜ効果を発揮するのか?」 

調べてみると、最も重要なキーワードは筋衛星細胞であることが分かりました。今回のブログはネット上の情報を元に、”筋衛星細胞”がどんなものであるか、その概要を理解することです。

参考にさせて頂いたのは以下の3つです。

1.「早く治ってパワーもアップ!? 注目のちょこっと電流」NHKクローズアップ現代 2019年3月

2.「栄養素ビタミンB6の筋衛星細胞を制御する新たな機能性を発見」広島大学 2022年1月

3.「持久力トレーニングが衛星細胞発現に影響に関する研究」順天堂大学 2008年(PDF1-2/6)

 注)上記3ですが、5月6日に確認したところ削除されていたので、保存していたPDF資料を添付させて頂きます。

ダウンロード
持久力トレーニングが筋衛星細胞発現に及ぼす影響に関する研究.pdf
PDFファイル 357.7 KB

1.「早く治ってパワーもアップ!? 注目のちょこっと電流」

『感じられないほど微弱な電流が、治療やスポーツの世界を一変させようとしている。腕や足などに流すと、筋肉の疲労回復が早まり、肉離れやねんざなどのケガがより早く治ることが明らかになりつつある。』 

画像出展:「NHKクローズアップ現代」

桐生選手は「マイクロカレント」と呼ばれる、体にほとんど感じない微弱な電流を使う方法で、体のケアをされています。

 

画像出展:「NHKクローズアップ現代」

聖マリアンナ医科大学 スポーツ医学 藤谷博人教授はアメリカンフットボール日本代表のチームドクターを務められています。

「マイクロカレントをやった方が、何でこんなに(治療が)早いのかなと、本当に驚いた。一般の、今までの知識とは違う。非常に価値があると思った。」

 

1)なぜ、マイクロカレントはケガの回復を早めるのか

●ダメージを受けたマウスの足の筋肉に微弱な電流を流し、回復の過程を詳しく調べた結果、筋肉の修復を促進する、ある細胞に大きな変化が見られた。それは筋肉細胞の隙間にあるピンク色の点、筋衛星細胞である。

画像出展:「NHKクローズアップ現代」

 

筋衛星細胞の数は、微弱な電流を流すことにより2倍近くも増加。これが、ケガの回復を早めたと考えられる。

画像出展:「NHKクローズアップ現代」

 

2)マイクロカレントの特徴

●マイクロカレントは流れている電流が微弱な電流であること。

●今までの電気治療器が筋肉の収縮と伸展を繰り返して血流と痛みを改善するが、マイクロカレントは電流が流れている部分の細胞に直接刺激を加えることで、効果を発揮する。ただし、そのメカニズムもまだ研究途上の段階で不明なことが多い。

3)微弱電流が注目されている理由

●微弱電流の研究そのものが注目され始めたのは、ここ10年だが、さまざまな臨床的な効果の報告が出てきている。また、メカニズムについても、一部それを裏付けるようなデータが出てきつつある。その結果、一般の方からも注目されるようになってきた。

●米国などでは、痛みに対する医薬品の乱用が社会問題化しており、薬品に替わるもう手段として注目されている。

●微弱電流に関しては、脳への応用、脳からの電気を強化できる可能性があると期待されている。

2.「栄養素ビタミンB6の筋衛星細胞を制御する新たな機能性を発見」 

本研究成果のポイント

•骨格筋再生において中心的な役割を担う筋衛星細胞に対するビタミンB6の新たな役割を発見した。

ビタミンB6欠乏下では、骨格筋内の筋衛星細胞の数が減少する。

•ビタミンB6は筋衛星細胞の増殖能および自己複製能の維持に必要である。

研究成果の内容

【背景】

筋衛星細胞は、筋再生において重要な役割を担っていると考えられている骨格筋を形成する幹細胞です。通常、筋衛星細胞は静止型とよばれる状態で筋線維の表面上に存在していますが、筋肉の損傷等に応じて活性化し、増殖、分化、融合を通して筋組織を修復する機能を発揮することが知られています。しかし、筋衛星細胞の数および機能は加齢とともに減少し、しだいに筋量・筋力の維持が困難な状態へと陥ってしまいます。この加齢性の筋量・筋力低下は「サルコペニア」とよばれ、高齢者における転倒、寝たきりのリスクを上昇させるため、筋再生能力を維持・向上させることが健康的な生活において重要だと考えられています。近年の研究では、欧州諸国と日本のサルコペニア患者において、ビタミンB6の摂取量および血中濃度が低いことが報告され、ビタミンB6の摂取不足とサルコペニアには関係性があることが示唆されました。そこで本研究では、ビタミンB6とサルコペニアの関係性を明らかにするため、ビタミンB6がもつ筋再生能力への効果を、筋衛星細胞への影響を評価することで検証しました。

【本研究成果のポイント】

『ビタミンB6の摂取量による筋衛星細胞の変化を検証するため、ビタミンB6低濃度食または高濃度食を摂取させたマウスの骨格筋から単離した単一筋線維を培養し、単離後0、24、48、72時間後の筋線維上に存在する筋衛星細胞の状態を免疫蛍光染色によって観察しましたFig.1A-C

正常な状態では、衛星細胞は静止状態にあり、Pax7を発現していますFig. 1A

傷害や疾患により活性化されると、静止衛星細胞は細胞周期に入り、Pax7とMyoDを発現した状態で増殖を繰り返し、細胞集団を形成していきますFig.1B, C

その後、活性化した筋衛星細胞は、筋組織を修復するために筋細胞へと分化するものと、細胞数の維持のために静止型状態に戻る(自己複製する)ものに分かれると考えられていますFig.1D 

画像出展:「NHKクローズアップ現代」

 

本研究では、ビタミンB6低濃度食のマウスから単離した筋線維において、静止型筋衛星細胞数、活性化後の増殖数、および自己複製細胞数が有意に低下していることが明らかになりました。さらに、ビタミンB6不含培地で筋線維を培養することで、これらの細胞数がより減少することも明らかにしました。これらの結果から、ビタミンB6の欠乏下では、筋衛星細胞数が減少し、さらにその増殖能および自己複製能が阻害されることが示され、ビタミンB6の欠乏が筋再生能力を低下させる可能性が示唆されました(Fig1.D)。』 

3.「持久力トレーニングが衛星細胞発現に影響に関する研究」 

こちらの論文は2008年なので、順番としては1番古いものになります。

また、「1.緒言」の冒頭には以下のような記述があります。

筋衛星細胞は、筋線維の形質膜と基底膜の間に位置している単核の細胞であり、新たな筋核を生み出すための源であることが知られている。それゆえ、筋衛星細胞は、骨格筋の成長や修復のために必須な細胞であると考えられ、これまでに多くの先行研究において、筋力トレーニングにより筋衛星細胞数が増加することが明らかにされてきた。また、近年では、持久的トレーニングによっても筋衛星細胞数の増加が得られる可能性が示唆されている。』

結論は次のようになっています。

1)持久的トレーニングよる筋衛星細胞数の増加は、運動の強度が重要な要因であるが、低強度・長時間のトレーニングにも筋衛星細胞数の増加が期待される。

2)持久的トレーニングによる筋衛星細胞数の増加はType Ⅱ線維に出現し、その後の筋力トレーニングによる筋肥大の応答性を高めるために貢献する。

ご参考:筋線維のTypeについて

画像出展:「筋線維のタイプを知る!「第1話:白い筋肉、赤い筋肉?

TypeⅡはⅡb(速筋)とⅡa(中間筋)に分類されます。

 

まとめ

●筋衛星細胞は、筋再生において重要な役割を担っていると考えられている骨格筋を形成する幹細胞である。

●筋衛星細胞は、筋線維の形質膜と基底膜の間に位置している単核の細胞である。

●通常、筋衛星細胞は静止型とよばれる状態で筋線維の表面上に存在しているが、筋肉の損傷等に応じて活性化し、増殖、分化、融合を通して筋組織を修復する機能を発揮することが知られている。

●筋衛星細胞の数は、微弱な電流を流すことにより2倍近くも増加した。

●微弱電流に関しては、脳への応用、脳からの電気を強化できる可能性があると期待されている。

●ビタミンB6の欠乏下では、筋衛星細胞数が減少し、その増殖能および自己複製能が阻害されることが示された。

ご参考

追加で調べていて、筋衛星細胞は筋幹細胞、骨格筋幹細胞、筋組織幹細胞とも呼ばれていることが分かりました。用語を広げて検索してみるといくつか興味深い情報がありましたのでお伝えします。

1.疲労しにくい筋肉(抗疲労性筋線維)の形成の仕組みを発見” PDF5枚

2.”骨格筋幹細胞と筋肉の再生

3.”損傷した筋肉が筋幹細胞を活性化させることを発見

4.”なくならないのは技がある!(世界の幹細胞関連論文紹介より)

免疫学講義5

安保徹の免疫学講義
安保徹の免疫学講義

著者:安保徹

出版:三和書籍

初版発行:2010年12月

目次は”免疫学講義1”を参照ください。

第15章 免疫系(防御系)と自律神経の関係 part2

1.アレルギー疾患

①アナフィラキシーショック

強く感作された状態で大量の抗原がもう一度入ってくると、それにより免疫反応が起こること。抗原は蜂の毒や薬物などがある。アナフィラキシーショックの免疫反応はリンパ球と副交感神経刺激が反応の主体である。副交感神経は血圧を下げることがショックの引き金を引く。

③食物アレルギー

食物には抗原性の強いものがたくさんある。大事なことは消化管の防御システムがしっかり働くようになるまで、離乳食を続けるということである。半年以上、なるべく1ヵ月でも2ヵ月でも遅くすることである。

④花粉症、蕁麻疹

蕁麻疹は精神的なストレスが引き金になることが多い。

⑧乳児アトピー

乳児アトピーは離乳食以前に全身が真っ赤に腫れ上がる。主な原因は抗原性の高い3大抗原(卵、牛乳、小麦)、卵は卵白アルブミン、牛乳はカゼイン、小麦はグルテンである。母親がこれらの抗原を含む食品(例えば、ケーキやアイスクリームなど)をたくさん摂ると、身体で処理できないで母乳に入り、乳児が乳児アトピーになるおそれがある。もし、1ヵ月、2ヵ月の赤ちゃんが乳児アレルギーを起こしたら、母親は食生活を見直さなければならない。

肥満細胞の活性化
肥満細胞の活性化

画像出展:「免疫学講義」

『アレルゲンにはIgE抗体がつきます。こういうimmune complexに次に関与するものは補体と肥満細胞です。肥満細胞からは、ヒスタミン、セロトニン、アセチルコリン、ロイコトリエンが出ます。補体からはアナフィラトキシンが出ます。補体のアナフィラトキシンも、肥満細胞や好塩基球から出るものも、大きな目で見れば全部副交感神経反射で、血圧下降、分泌促進で鼻水が出たり、下痢したり、発疹、痒みなどの反応がでます。平滑筋の収縮や血管通過性亢進も副交感神経反射です。

副交感神経は夜の世界なので、布団に入って温まったときや真夜中に痒くなります。低気圧がきたりすると蕁麻疹が出ます。副交感神経反射は副交感神経が優位になると出ます。』

鼻水、くしゃみ、発疹、腫れ、喘鳴発作などは、すべてアレルゲンを洗い流す作用である。対症療法でなかなか患者さんを治せないのは、炎症を止めてしまうと根本治療にならないためである。激しい下痢が起こったら入ってきた異種タンパクを洗い流して外に出して助かるための反応、寄生虫が入って来て下痢したら、寄生虫を排除しようとする治るための反応と考えなければならない。抗ヒスタミン剤や抗ロイコトリエン剤は根本治癒にはつながらない。

●リンパ球は出生後出てきて、1、2ヵ月から一気に増え4歳位でピークになる。その後ゆっくり減って、18-25歳で顆粒球と交差しその後は顆粒球との差が開いていく。アレルギーはリンパ球が多い時期に好発するため、高校生を過ぎた頃からアレルギーは自然に消失していく。

ステロイド剤を多用していると、ステロイドはコレステロール骨格で組織に沈着するので、沈着したステロイドがまた刺激となって、アトピー性皮膚炎を悪化させる。このような人はリンパ球が減る時期になっても治らないことが多い。

リンパ球の年齢変化
リンパ球の年齢変化

画像出展:「免疫学講義」

2.顆粒球増多と組織破壊の病気

①突発性難聴[内耳](idiopathic sudden sensorineural, sudden deafness)

●激しい夫婦喧嘩をしていて、突然耳が聞こえなくなることもある[突発性難聴:一般的に50歳代を中心に30歳~60歳に多く、特に男女差はない。原因不明とされている]。増加した顆粒球が内耳を破壊することで発症する。常在菌があるところが最も顆粒球を刺激するが、非常に強いストレスに晒されると常在菌の場所に関わらず組織破壊の病気がおこる。[『安保徹の原著論文を読む』には、ストレス→交感神経刺激→顆粒球増多→粘膜破壊の連鎖とされている]

②メニエール病[三半規管](Meniere disease)

●内耳がダメージを受けると突発性難聴、三半規管がダメージを受けるとメニエール病になる。

③歯周病(periodontitis)

●一般的に歯科医はストレプトコッカス・ミュータンスの感染症と言われているが、常在菌が原因で、増えた顆粒球が口の常在菌と反応して炎症を起こす。[補足:ストレプトコッカス・ミュータンスは虫歯の原因菌とされているようです]

④食道炎(esophagitis)

●食道炎のほとんどは胃液が逆流しておこる逆流性食道炎と言われているが、胃を全摘した人でも食道炎になる。食道炎も顆粒球による粘膜破壊である。

⑤びらん性胃炎(erosive gastritis)→胃潰瘍(gastric ulcer)

●マウスの拘束実験では、12時間拘束でびらん性の胃炎を発症し、24時間拘束で胃潰瘍になった。これは顆粒球が粘膜全体に炎症を起こし、症状が進んで胃潰瘍になったということである。

⑦クローン病(Crohn’s disease)

●小腸での組織破壊だが、クローン病の患者さんは末梢血に顆粒球、特に好中球が非常に増えている。

⑧潰瘍性大腸炎(ulcerous colitis)

●潰瘍性大腸炎は大腸がダメージを受ける。

子宮内膜症(endometriosis)

●子宮内膜症はストレスで分泌現象が抑制されて起こる。

不妊症(infertilitas)

[子宮内膜症(endometriosis)、卵管炎(salpingitis)、卵巣嚢腫(ovarian cyst)]

●この3つは不妊症の原因になる。不妊症の共通点は「冷え」である。「冷え」の主な原因は交感神経緊張で血管収縮による血流障害である。

⑭膀胱炎(cystitis)

●一般的に膀胱炎の原因は細菌感染と言われているが、膀胱にある常在菌と増えてきた顆粒球との反応である。

⑮骨髄炎(myelitis)

●顆粒球を作る場所で自壊作用を起こし、骨髄の中に膿ができる。

⑯間質性肺炎(interstitial pneumonia)

●一般的には原因不明とされているが、この病気は血流障害と顆粒球増多である。

常在菌
常在菌

画像出展:「医療プレミア」

左のイラストを見ると、様々なところに常在菌は存在していますが、特に多いのは盲腸・大腸と口腔内であることが分かります。

第16章 移植免疫

1.移植(transplantation)と拒絶(rejection)

●拒絶は移植された人の免疫(リンパ球)が移植片を異物と見なしてしまうからである。

2.MHC

●MHCは主要組織適合抗原と言われ、移植のためのタンパク質という印象があるが、本来はT細胞がT細胞レセプター抗原を認識するときの抗原分子である。

4.純系

●遺伝子が全く同じであれば拒絶は起きない。これを同系移植というがヒトでは一卵性双生児同士で行う移植である。自分の皮膚を自分に移植する自家移植でも拒絶は起きない。

●マウス同士の移植は同種移植であるが、遺伝型が異なるため拒絶が起こる。種が異なる移植は異種移植だが、同種移植同様、拒絶反応が起きる。なお、同種移植、異種移植においては、免疫反応だけでなく、凝固系、補体系なども加わって拒絶される。

5.拒絶の速さ

●超急性拒絶は移植翌日に起こるような反応である。異種移植や同種移植でも起こる場合がある。

●一般的な同種移植の拒絶は急性拒絶とされ、T細胞やB細胞がクローン拡大に1週間程かかるので、代替1週間後に拒絶反応が起こる。

●急性拒絶はステロイドや免疫抑制剤を使って抑えることができる。

●慢性拒絶は1ヵ月前後で出てくる反応で、T細胞やB細胞だけでなく、胸腺外分化T細胞や自己抗体を産生するB細胞(B-1)の活性化を伴って起こる。

7.移植のしやすさ―MHCの発現量

●赤血球のMHCはnagativeマイナスなので血液型を合わせれば移植ができる(輸血)。角膜のMHCもほぼマイナスなので移植ができる。

●MHCの発現量が弱いのは肝臓、腸、肺、心臓である。腎臓の発現量はかなり強いため、腎臓移植は肝臓移植に比べ、免疫抑制剤を使う量が多くなる。皮膚はほぼ移植はできない。

9.骨髄移植(bone marrow transplantation)

●再生不良性貧血や慢性・急性白血病で抗ガン剤や放射線治療を受けると、骨髄機能抑制されてしまうため骨髄移植が必要になる。骨髄移植では細胞、骨髄の中にリンパ球があるため、移植片がhostを攻撃する。これをGVH反応といい、これによって起こる病気をGVH病という。

10.GVH病(GVHD:graft-versus-host disease)

●ヒトでは骨髄移植は、抗ガン剤や放射線照射によって骨髄を弱らせガン細胞を除いてから行う。

12.新生児免疫寛容(neonatal tolerance)

●新生児は生まれたときにはリンパ球はない。最初の3日から1週間で新生児顆粒球増多症が起き、その後リンパ球が増えはじめる。そのときに自己抗原を学ぶ。

13.拒絶に関与するほかの白血球

●急性拒絶の場合は、T細胞とB細胞が原因である。

●慢性拒絶の場合は、extrathymicT細胞と自己抗体産生するB-1細胞が原因で、これにマクロファージや顆粒球が加わる。

●急性拒絶は外来抗原向けのシステムが作動して一気に拒絶するが、慢性拒絶では自己応答性のものが反応して色々な細胞を巻き添えにしてゆっくり炎症が起こる。

15.免疫抑制剤(immunosuppressant)

●親と子の移植でも全部は合っていないので免疫抑制剤を使って移植する。特に腎臓移植ではMHCの発現が強いため、免疫抑制剤の作用は強い、一方、腎移植では生着している期間は平均8年と言われている。

17.輸血によって生着率上昇

●移植するdonorの血液をあらかじめrecipientに輸血しておくと生着率が上昇する。これがblocking antibodyである。

第17章 免疫不全症

1.先天性免疫不全症(primary immunodeficiency)

●先天性免疫不全症は生まれて3ヵ月や半年後に気づくことが多い。これは新生児が母親の母乳から抗体をもらい、また、胎生期には胎盤を経由してIgG抗体が入ってくるが、少しずつ減っていくためである。通常は自前の免疫系が対応するが、先天性免疫不全症では対応できない。

②胸腺無形成症(thymic aplasia)

●胸腺がなくてT細胞ができないことを胸腺無形成症という。

③重症複合免疫不全症(scid:severe combined immunodeficiency)

●重症複合免疫不全症はT細胞もB細胞もできない。

2.重症複合免疫不全症(scid:severe combined immunodeficiency)

①X-scid(伴性劣性遺伝) X連鎖重症複合免疫不全症

●重症複合免疫不全症は遺伝子異常が原因である。

第18章 腫瘍免疫学

1.免疫系の二層構造

●『私たちの免疫系は二層構造になっています。生物が上陸する前の消化管中心の免疫系から、生物が上陸した後には、えらから胸腺ができ、造血が前腎から骨髄に移りました。したがって、リンパ球を作る場所は、古い時代の場所と新しい場所の2種類あるのです。

新しい免疫系ができた後、古い免疫系がすべて失われたというわけではありません。細々ながら続いています。胸腺や骨髄のような新しい免疫系はT細胞やB細胞を作りますが、加齢とともに骨髄や胸腺も脂肪化して、その作る勢いは失われていきます。その代わりに、生物が上陸する前の胸腺外分化T細胞や自己抗体産生B細胞の世界が拡大していきます。

二層構造のうち古い免疫系では、胸腺外分化T細胞は自己応答性があり、古いB細胞であるB-1細胞は自己抗体を産生します。よって、基本的に古い免疫系は、自分の身体にできた異常細胞を排除するという仕組みで存在したのです。

しかし、生物には上陸すると外界の異物に曝される機会が多くなり、進化によって出現した胸腺と骨髄を使ったT細胞、B細胞が新しく生まれました。これらの自己応答性のクローンをnegative selectionで取り除くので、クローンの構成が外来抗原向けになっています。ですから、活発な活動により入ってくる外来抗原を処理するためにはプラスになっても、内部監視の力はないのです。

私たちがだんだん年を取ってガンができるような年齢になると、二層構造のうち古い方が次第に活性化していきます。古い免疫系は腫瘍の排除や、あるいは増え続ける正常細胞の分裂の速さの調節もしています。このような二層構造で免疫系は成り立っています。

免疫系の二層構造
免疫系の二層構造

画像出展:「免疫学講義」

2.ガン細胞を排除している証拠

●免疫系がガン細胞を排除している証拠

AIDS:HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染するとCD4が減少し、(CD8も後で減る)リンパ球数が減少して免疫抑制になる。そして、カポジ肉腫が発生する。

マラリア感染:マラリアに感染すると免疫抑制が起こり、バーキットリンパ腫という形でガンができやすくなる。

移植:免疫抑制剤を使用するが、ガンの頻度が高くなる。

先天性免疫不全症:子供のうちに亡くなることも多く、生き残った場合も発ガンする場合が多い。

3.腫瘍抗原

●腫瘍化するとMHCは下がるか、なくなることが多い。特に増殖の速い腫瘍の場合は、MHCを失う傾向が強くなる。このようなMHCがないガン細胞をNK細胞は攻撃する。

5.腫瘍ができるための条件

●腫瘍ができるための必要条件でよく知られているのが、遺伝子の多段階変異である。初めは正常の分裂細胞、次に良性の腫瘍、それから形質が残ったままの腫瘍、そしてMHCを失った悪性腫瘍と段階を経て増殖の勢いを増していく。

発ガン物質(carcinogen)として有名なタバコだが、喫煙者は減り続けているにも関わらず、肺ガン患者は増え続けている事実を考えると発ガン物質の関与に疑問を持たざるを得ない。

ストレスの共通点には低体温がある。そして、低体温は血管収縮による血流障害や低酸素状態を引き起こす。このとき、副腎髄質からアドレナリンが出て高血糖になる。これらの条件はガンが育つ最適の条件である。 

肺がんの罹患数
肺がんの罹患数

画像出展:「教えて肺がんのこと

 

 

下の2つの図は「肺がんを学ぶ」から拝借しました。なお、こちらは罹患ではなく、死亡率になります。赤線が肺がんです。


喫煙率
喫煙率

画像出展:「最新たばこ情報

成人喫煙率(厚生労働省国民健康・栄養調査)

安保先生のご指摘通り、肺がん患者は増え続け、喫煙者は減っているという現実を考えると、喫煙が害であり影響しているのは間違いないと思いますが、別の要因の方が大きいと考えざるを得ないと思います。

 

6.ストレス反応の意義

●『私たちはストレスがかかったとき、無酸素で瞬発力のあるエネルギーを産生します[解糖系]。危機を乗り越えるためには酸素は要らないので低体温、低酸素です。このとき糖をたくさん使うので高血糖という条件になります。ですから、私たちがつらいめにあったとき低体温になったり血糖が上昇して糖尿病状態になったりするのは、危機を乗り越えるためなのです。

ストレスで起こる低体温、低酸素、高血糖は、短いスパンでは、瞬発力を得て危機を乗り越えられるためプラスに働きますが、長くストレス状態が続くと解糖系の方にシフトしてしまい、適応反応として細胞分裂が始まります。ミトコンドリアの働きには細胞分裂の抑制力もあり、低体温になるとミトコンドリアが働けなくなるので分裂正常細胞の中から適応でガン化した分裂が起こるのです。

ですから、ガンの問題はcarcinogenによる遺伝子の多段階変異というよりも、このような解糖系優位の状態に引きずり込まれて分裂の細胞(ガン細胞)になったということです。多段階変異は低体温に適応するための現象として捉えればよいのです。』

8.ガン患者の免疫状態

低体温のためリンパ球の働きが低下している。

交感神経緊張によって、副交感神経支配のリンパ球は減少している。

NK細胞は交感神経刺激で数は増加するが機能は低下する。特にパーフォリンのようなキラー分子は副交感神経で分泌が促進されるので、交感神経優位な環境では低下する。

9.キラー分子群

多少ストレスがあってガン細胞ができても、簡単にガンにならないのは、リンパ球のキラー分子群が働いて増殖を防いでいるからである。代表的なキラー分子群にはパーフォリン、Fas ligand、TNFαがある。これらは体温が37℃以上であるというのが条件である[ガン細胞は毎日5000個程できていると言われています]

12.ガンの免疫療法

●ガンの免疫療法とは、解糖系の働きに偏った内部環境をミトコンドリア系に有利な働きに戻して分裂抑制遺伝子の出番を作るということである。

※ご参考

●『免疫療法

●『免疫療法 もっと詳しく

あとがき

『現代医療は、多くの病気を原因不明として対症療法を行う流れが拡大しています。しかし、多くの病気はストレスを受けて免疫抑制状態になって発症しています。原因は不明ではないのです。ストレスで生じる「低体温、低酸素、高血糖」は短いスパンではエネルギー生成のうちの「解糖系」を刺激して瞬発力を得て危機を乗り越えるための力になっています。しかし、長期間このような状態が続くと、エネルギー生成のうちの「ミトコンドリア系」を抑制してエネルギー不足に陥ります。これがストレスで起こる慢性病の発症のメカニズムです。そして、いずれガンを引き起こす原因につながっていきます。

ストレスをもっとも早く感知するのは私たちの免疫系です。末梢血のリンパ球比率やリンパ球総数は敏感に私たちのストレスに反応しています。この反応には自律神経系と副腎皮質ホルモン系が関与しています。臨床では血液検査を行い、いつでもリンパ球比率を知れる状況にあるのですが、ストレスとリンパ球の減少の相関をほとんど教育の場で学ぶことがないので、血液検査のデータが活用されていないのが現状です末梢血のリンパ球比率は35-41%が正常値で、ここから減少しても増加しても病気になってしまいます。

顆粒球過剰(リンパ球減少)は組織破壊の病気と結びつきます。逆に、リンパ球過剰はアレルギー疾患や過敏症の病気と結びついていきます。本講義録で学んだ知識があれば、多くの病気の発症メカニズムを知ることができます。対症療法を延々と続ける必要もなくなるのです。

消炎鎮痛剤の害やそのほかの薬剤の副作用なども、この本で学べたと思います。患者に良かれと思って続けている薬剤の投与の中にも多くの危険が潜んでいるのです。特に、自己免疫疾患の治療においては、本書の知識が役立つでしょう。そして、私たち生命体が持つ偉大な自然治癒力を引き出すことのできる新しい医学や医療が進展していくことでしょう。』

感想

白血球(顆粒球とリンパ球)と自律神経、副腎皮質ホルモン系、そしてからだを守る新旧免疫系の二層構造、これらは特に重要だと思います。

一方、健康を考える上で重要とされているものに糖化酸化があり、例えば、AGE(終末糖化産物)は大量の活性酸素を産み出すと言われています。

何が言いたいかというと、顆粒球が攻撃に使う武器は“活性酸素”であるという点です。からだの中をパトロールし健康を守ってくれている免疫が、一転、暴走してしまうとからだを破壊するモンスターになってしまう恐れがあるということです。そして、その暴走の原因、引き金はまさに“ストレス”だと思います。

私は安保先生がご指摘になられているように、ガンの原因は発ガン物質よりも、ストレスによる免疫の暴走の方が大きいのではないかと思います。

ご参考運動は免疫能を高めるか? 「メカニズムをさぐる III 好中球」

『ヒトの好中球は白血球の中でも顆粒球に分類され、その大半を占めている(正常値40~70%)。好中球の主な役割は生体防御機能であり、体内に侵入してきた病原微生物を中心とする異物を貪食し自らが発生させた活性酸素によってそれを殺菌する。しかしながら活性酸素は非常に酸化力が強いため異物の排除に有効な反面、正常な組織にも障害を与えることや過酸化脂質の生成を促し動脈硬化をはじめとして種々の疾病の原因にもなるというマイナスの側面ももっている。ここでは運動が好中球機能に及ぼす影響を中心に論を進めていく。』

免疫学講義4

安保徹の免疫学講義
安保徹の免疫学講義

著者:安保徹

出版:三和書籍

初版発行:2010年12月

目次は”免疫学講義1”を参照ください。

第12章 膠原病 part2

1.進化した免疫系の抑制

自己免疫疾患は線維芽細胞や線維芽細胞が作る細胞外マトリックスのコラーゲンで炎症が起こるので、膠原病、結合組織病といわれる。

●関節リウマチ(RA)で炎症が繰り返しおき、徐々に関節が動かなくなっていくが、これはストレスやウィルス感染が原因であることが多い。特に紫外線、寒さ、重力がストレスになる。重力のストレスとは長時間労働や夜更かしすることである。

関節滑膜について注意しなければならないのは、SLEの血管炎もRAの腫脹も、炎症を起こしてつらいのは治るためのステップでもあるという点である。

●『私たちは火傷をしても腫れて治ります。大怪我をしても腫れて治り、しもやけになっても腫れて治ります。ですから炎症は、自己免疫反応が起こっているのと同時に、治るステップも起こっていると考えなければなりません。あまり対症療法をするとかえって病気は悪化するので注意が必要です。

●『RAは特に関節に水が溜まって腫れ上がるので、注射器で水を引き抜きます。それをガラスに塗沫してギムザ染色すると95%が顆粒球で、残りの5%くらいのリンパ球は胸腺外分化T細胞とB-1細胞です。T細胞・B細胞が減少しているのです。自己免疫疾患は、免疫異常とか活性化とかいわれますが、本当はすべての自己免疫疾患は免疫抑制状態なのです。自己免疫疾患は進化した免疫系が抑制されて、古い免疫系や貪食系の顆粒球に活性が移ったという病態なのです。

2.中枢神経系の自己免疫疾患

●多発性硬化症はミエリン鞘にあるMAGが抗原になって脱髄が起こり、神経の伝達が障害されて視力低下や末梢神経麻痺が起こる。

●重症筋無力症はアセチルコリンレセプターに対する自己抗体が原因である。筋肉の緊張は神経末端から出るアセチルコリンで起こるので、アセチルコリンレセプターが抗原になると筋緊張が持続して起こらなくなる。

3.内分泌器腺の自己免疫疾患

●橋本氏病は、甲状腺細胞のミクロゾームに対する自己抗体が出て、甲状腺が機能低下する疾患である。

●バセドウ氏病は、サイロキシン刺激ホルモン(TSH)のレセプターに対して自己抗体ができる。

●アジソン病は副腎に対する自己抗体(自己応答性リンパ球)が原因である。副腎皮質ホルモンの分泌が抑制されるためストレス対応や活力に影響が出て、すごい虚脱感に襲われる。

●Ⅰ型糖尿病(別名:インシュリン依存型糖尿病)は自己応答性リンパ球が問題となる。夜更かしや家庭内トラブルなどのストレスに加え、ウィルス感染も関わっている。ストレスにより副交感神経支配のリンパ球が減るので、これら2つが重なって起こることが多い。

4.消化管・肝の自己免疫疾患

●Iupoid肝炎はヒストン、核、ミクロゾームが自己抗原となる。

●萎縮性胃炎と悪性貧血の原因はVB12結合タンパクに対する自己抗体ができてVB12を吸収できなくなると、赤血球溶血が起きて貧血になる。胃は心因性のストレスが原因である。

●潰瘍性大腸炎はストレスによる大腸粘膜破壊が起こる病気である。クローン病はストレスによる小腸マクロファージの肉芽腫形成で、顆粒球の活性化が問題になる疾患である。自己免疫疾患とはいえないのは、自己抗体が見つからないことも多く、男女差がないのも自己免疫疾患の特徴とは異なる。

6.心臓の自己免疫疾患

●リウマチ熱は、心筋抗原とA型溶血性連鎖球菌の表膜の抗原が交叉しておこる。

7.眼の自己免疫疾患

●交感性眼炎はブドウ膜に対する自己抗体である。

●水晶体過敏性眼球炎は水晶体に対する自己抗体である。

8.皮膚の自己免疫疾患

●皮膚硬化症は皮膚の基底膜に対する自己抗体である。

●ベーチェット病は口の粘膜に対する自己抗体である。

9.Chronic GVH病

●急性GVH(移植片対宿主)病が、進化したT、B細胞で強く起こる。一方、慢性GVH病は、1月、半年、1年と免疫抑制剤でT、B細胞の機能を落としたあとで、徐々にでてくるが、このとき自己抗体が出現する。胸腺外分化T細胞や自己抗体のB-1細胞が関与している。

1.ストレスと生体反応

●『私たちはなぜ病気になるのでしょうか。それは強いストレスを受けるからです。多くの病気はストレスを受けるからです。多くの病気はストレスから始まっています。

それでは、具体的にどういうストレスで病気になっているかを挙げると、まず悩むことです。考えたり悩んだりすることは人間の特徴です。それから、人間は立って歩けるようになったので、やはり重力に逆らうストレスがあります。長時間立ち仕事をしたり夜更かししたりすると、重力の負担がかかって身体を壊します。あとはもともと身近なもの、温度や空気も病気の原因になります。あまりにも空気が少ないと、酸素不足で病気になります。そういうふうに、私たちの暮らしの身近なものの中にストレスはたくさんあるのです。』

ストレスを受けると交感神経反射が必ずおこるということではなく、副交感神経反射が起こり絶望や脱力感により血圧が下がって失神することもある。

●怒りやすい人は交感神経反射が起きやすく、いつもおとなしく物静かな人は、副交感神経反射が起きやすい傾向がみられる。

普通のストレスにはほとんどの場合、交感神経で反応する。自律神経だけでなく下垂体-副腎系が働くこともある。下垂体からは副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、副腎からは糖質コルチコイドが分泌される。さらに白血球の反応(マクロファージの活性化や、サイトカインが出て戦う準備ができるなど)も起こる。

2.急性症状

●交感神経緊張の場合、頻脈・血圧上昇・血糖上昇、体温上昇がみられるが、急性症状が非常に強くなると血管収縮が強くなり、ついには体温が下がっていく。

3.急性症状が出る仕組み

強いストレスを受けた人は体温が低下し血糖が上昇する。糖尿病は糖質の摂りすぎだけではなく、ストレスによる血糖上昇、特に交感神経のαアドレナリン刺激には強い血糖上昇作用があるため、長時間労働は糖尿病の原因になる。運動や食事制限だけでなく、交感神経緊張で血糖値が上昇するということにも注意する必要がある。

糖質コルチコイドには体温低下と血糖上昇作用がある。

●ストレスによりマクロファージはサイトカインのTNFαを出す。TNFαはインスリンレセプターをブロックするため、血糖値は上昇する。

4.急性症状はストレスに立ち向かう反応

●野生の動物にとってのストレスは戦ったり、逃げたりすることである。血管が収縮し血流が悪くなるということは、血管が傷ついても出血を最小限に食い止めることができるということである。

●血糖が上昇するのは、解糖系を働かせるためである。解糖系で得たエネルギーは瞬発力と細胞分裂に使われる。なお、ミトコンドリアの内呼吸で得たエネルギーは持続的働きのために使われている。

5.交感神経と顆粒球の運動

顆粒球は膜上にアドレナリン受容体を持ち。交感神経緊張で数が増加する

●大量に顆粒球が増えると、歯周病、食道炎、びらん性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、クローン病、潰瘍性大腸炎、急性膵炎、慢性膵炎、痔、突発性難聴、メニエール病、女性の場合は子宮内膜症、卵管炎、卵巣嚢腫などの組織破壊の病気が起こる。これらは交感神経と顆粒球の連動で起こっている

6.慢性症状

ストレスが続いたときの慢性症状は、体温低下による代謝障害である。一時的には戦うための準備であるが、体温低下が続くと代謝障害、特にミトコンドリアでのエネルギー産生低下、タンパク合成の低下、疲れやすさなどやつれの症状が出てくる。

ストレスの慢性状態では皮膚が弱くなり障害を受け、皮膚の病気が出現する。皮膚の病気は原因不明とされることが多いが、本当の原因は低温低下による代謝障害、エネルギー産生低下、タンパク合成の低下である。

7.ストレスの要因

●人間の特徴である考える力は、悩みというストレスの原因になる。また、同じく人間の特徴である二足歩行も重力のストレスを大きく受けることとなった。特に立ち仕事や働きすぎ、夜更かしは病気の原因になりやすい。

●人間に限らない一般的な要因の1番目は温度である。低温は凍傷や冷房病、高温は熱中症である。

●2番目は大気中の酸素である。薄くなると高山病、濃度が高いのは潜水病である。

●3番目は水である。少ないと脱水だが、脱水で病気になる人は多い。水の飲みすぎは体を冷やす。

8.ミトコンドリアへの負担

●ミトコンドリアの多い細胞は、脳、心臓、筋肉である。ミトコンドリアの機能低下は低体温と低酸素によって起こる。

9.ミトコンドリアとステロイドレセプター

●『ミトコンドリアの中にはステロイドホルモンに対するレセプターがあって、糖質コルチコイドが直接入っていってミトコンドリアの機能を抑制する。それにより、ステロイド治療をするとミトコンドリアの機能が抑制されてエネルギーを作ることができなくなり、消炎作用が現れる。長くステロイドを使っていると低体温、寿命短縮が起こる。』

10.ストレスと免疫抑制

●ストレスで胸腺萎縮やリンパ球のアポトーシスが起こり、T細胞とB細胞の分化や成熟抑制も起こる。一方、胸腺外分化細胞とB-1細胞は活性化し、自己抗体産生が出現する。

11.解糖系でエネルギーを作る細胞(ミトコンドリアの少ない細胞)

ガン細胞は解糖系優位で、ミトコンドリアが少なく低酸素で分裂する。つまり、ガンは低体温になって低酸素に適応した病気と考えられる

15.生体の治癒反応

●『私たちは風邪をひいても、やけどをしても、怪我をしても発熱します。心筋梗塞を起こした後も発熱し、潰瘍性大腸炎になっても、クローン病になっても、ガンになっても発熱します。結局、発熱は低体温と低酸素からの脱却で、代謝を亢進させて病気から治るための反応なのです。こういうことが分からないと、消炎鎮痛剤、ステロイド、あるいは免疫抑制剤を使って炎症を止めてしまいます。すると病気から逃れられなくなります。このとき、炎症に関与する物質がプロスタグランジン、アセチルコリン、ヒスタミン、セロトニン、ロイコトリエン、ブラジキニンである。』

16.副交感神経優位(楽をして生きる)でも病気

●『多くの人はストレスで糖質コルチコイド、TNFαなどが出て、たいていは交感神経緊張になり、血圧が上がったり血糖が上がったりするのですが、中には副交感神経側に偏る人もいます。副交感神経優位でも能力低下によって病気になります。能力低下には、リンパ球が増える過敏症、アレルギーがあります。ストレスにも過敏になり、ときには敗北します。私たちはスポーツをしたり身体を鍛えますが、能力を高めるにはやはり身体を使ったり頭を使わないといけません。こういう努力をほとんどしない人が副交感神経側に偏って能力低下で病気になります。ですから、無理しても病気、あまり楽をしても病気になるということです。

脇下温と健康と自律神経レベル
脇下温と健康と自律神経レベル

画像出展:「免疫学講義」

第14章 免疫系(防御系)と自律神経の関係 part1

1.白血球の自律神経支配

病気は人間の能力を超えるような過酷な環境に曝されたり、あるいは過酷な生き方をしたりした結果ではないか。

過酷な生き方と免疫システムをつなぐのが自律神経であり、自律神経によって内部環境も免疫系もうまく動くことができる。しかし、過酷な生き方は自律神経のこうした働きを狂わせてしまう。

交感神経が活発に働く日中、副交感神経が優位になる夜間、昼夜の交互のリズムがうまくいっている場合は、病気になることはないが、過酷な労働や家の中でゴロゴロした怠惰な生活は自律神経のバランスを乱し、健康を害していく。

●暑さや寒さ、重力も大きなストレスだが、不安やおびえ、恐怖などの深い悩みも大きなストレスとなって交感神経を緊張させる。

2.日内リズム、年内リズム

顆粒球は朝方で60%程、昼にかけて5%位上昇し夜になると下がる。一方、リンパ球は朝方35%位あったのが、日中少しずつ少なくなって夜に上がるリズムがある。これを白血球の日内リズム、サーカディアンリズムという。

●リンパ球は夏に高く、冬に低くなる。春から夏、リンパ球が増える時期に花粉と出会い、リンパ球が少ない時期に風邪が流行しやすいのは私たちの免疫にも関係している。

4.消炎鎮痛剤

●消炎鎮痛剤(NSAIDs)はプロスタグランジンの産生阻害剤である。プロスタグランジンは血管拡張作用、発熱作用、痛み作用を有する副交感神経刺激物質である。プロスタグランジンを阻害することは交感神経を優位にさせる。

●『私たちは火傷したり怪我したりすると、血管拡張して腫れて、熱が出て、痛みます。これは身体が間違いを起こしているわけではなく、組織修復・代謝亢進のために血流増多しているのです。また代謝亢進させるには熱を上げる必要があるので、発熱します。痛み作用は同じ火傷を繰り返さないように危険を察知させます。痛みがなくなった人はストーブにやたら近づいて低温火傷したりしては大変です。だから痛みというものは悪者扱いばかりはできません。痛みがあるから危険な行為をさけられるのです。プロスタグランジンの産生阻害剤はこの3つの作用を止めて交感神経緊張という形にさせるのです。

●『激しいスポーツをしている最中は無我夢中なので、交感神経優位で知覚が低下します。ところが、スポーツを終えて休んだり家に帰ってゆっくりすると、疲労した筋肉に血流を送って乳酸のような疲労物質を洗い流します。また多少起こった筋線維断裂を修復するために血流を増やすのです。ですから、とても激しい運動をした後、野良仕事が激しかった後、あるいは散歩が長かったときなど、筋疲労を起こした後や、休んだときに痛みが出るのです。これは大怪我や大火傷と同じように、痛みと腫れは筋疲労からの脱却反応と考えなければなりません。

●『痛み止めを貼って熱心に冷やすと、このような作用も加わって、胃の障害や組織の障害になり、全身がやられるのでやつれます。ただ長く痛み止めの湿布薬を貼った人たちが急に止めると、それまで抑えられていた血流が一気に回復するので、2、3日はびっくりするくらい腰が痛くなったり膝が腫れたりして大変です。しかし、やはり最終的には痛み止めを脱却しないと腰痛や膝痛などから回復できません。

5.生物学的二進法

●『私がなぜ、このような自律神経や白血球の自律神経支配を研究したかというと、学生の時にこのような考え方の基本を出していた斉藤章先生(元東北大学医学部講師)がいらしたからです。その理論とは生物学的二進法です。斉藤先生は戦前・戦中のまだ抗生物質がなかった時代に感染症内科をしていた先生でした。グラム陽性球菌に感染したときは、ほとんどが顆粒球になる一方、グラム陰性の桿菌に感染したときは、多少顆粒球が残っても、ほとんどがリンパ球であるという法則を見つけたのです。このように結核菌の感染、サルモネラとかリケッチア、ウィルス、異種タンパクというような刺激で、顆粒球とリンパ球の血液中の分布が変わることを斉藤先生は見つけました。』

●『斉藤先生の発見はこれだけではありません。顆粒球が増えるような状態の患者は頻脈と胃液の分泌低下、つまり交感神経刺激反応が起こり、逆にリンパ球が増えるような状態になった人は徐脈、胃液分泌上昇などが起こり、副交感神経優位状態であることを見つけたのです。ですから私たちは感染症にかかったときや、化膿が強くなったときなど、交感神経優位状態ではすごく脈が速くなって、熱はスパイク状に出ることがほとんどです。

ところが副交感神経優位状態のときは徐脈がきて、けだるくて熱は持続する熱になります。ちょうど風邪を引いたときにずっと高熱が続くような状態です。かつては、この熱を稽留熱や持続熱と、交感神経優位の熱を間歇熱と呼んでいました。このような状態が起こるのを見て、斉藤先生は生物学的二進法といったのです。こうした講義を私は東北大学で受けて、ずっと心に留めていたのです。教授なって自分の研究テーマを好きに決められるようになってから、アイソトープと蛍光抗体を使って、顆粒球にはアドレナリンレセプターがあって交感神経刺激で活性化すること、リンパ球にはアセチルコリンレセプターが発現していて副交感神経優位になると増殖することを研究しました。』

生物学的二進法
生物学的二進法

画像出展:「免疫学講義」

発見!

『長く痛み止めの湿布薬を貼った人たちが急に止めると、それまで抑えられていた血流が一気に回復するので、2、3日はびっくりするくらい腰が痛くなったり膝が腫れたりして大変です。』

今まで、70歳代の患者様さまお二人から施術後、痛みが非常に強くなったと教えて頂いたことがありました。特にお一人は何年も毎日湿布(消炎鎮痛剤)を貼っているというお話でした。

当時、この強い痛みの原因は習慣的に貼っている湿布によるものではないかと考え、いろいろ調べたのですが、結局その時はそのような情報に出会うことはできませんでした。

今回、安保先生の『免疫学講義』の14章に上記の記述を見つけ、「やっぱり!!」と思いました。つい、うれしくなってしまったのでアップしました。

免疫学講義3

安保徹の免疫学講義
安保徹の免疫学講義

著者:安保徹

出版:三和書籍

初版発行:2010年12月

目次は”免疫学講義1”を参照ください。

第9章 サイトカインの働きと受容体

1.サイトカインの歴史

T細胞を増殖させる因子をTCGF(IL-2)、B細胞の増殖因子をBCGF(IL-4)と呼ばれる、サイトカインである。サイトカインはホルモンより高分子タンパクである。寿命が短くすぐ壊れてしまう。T細胞の特定のものを増やすのではなく、全体を増やし特異性がない。

T細胞の増殖因子として見つかったサイトカインは、NK細胞やB細胞を増やしたり、B細胞の分化を助けるなどいくつかの重なる機能を持っている。そして、このような性質をもつ因子をホルモンと対比させてサイトカインと命名した。

サイトカインはリンパ球やマクロファージが出す。また、脳神経が使っている因子にも共通しているものがあるだけでなく、身体のいたるところで広く使われていることが分かった。

2.サイトカイン

①IL-1

IL-1はマクロファージが出すリンパ球活性因子であり、炎症性サイトカイン(内因性発熱因子)である。インフルエンザに罹ると38℃、39℃の発熱があるが、これはリンパ球が働きやすい至適温度にするためにIL-1が発熱させているのである。

②IL-2(TCGF)

T細胞やNK細胞の最大の増殖因子である。

③IL-3

●骨髄の幹細胞の増殖因子で、分化の最初の引き金をひく。T細胞、肥満細胞、マクロファージという各細胞から出て骨髄の分化を立ち上げ、初期分化を促す。

④IL-4、IL-5、IL-6

●これらのインターロイキンはB細胞の分化にかかわる。

⑤IL-7

●骨髄や胸腺のストローマ細胞(支持細胞)である。リンパ球分化を促す。

⑥IL-8

顆粒球の走化性[微生物や白血球などの細胞が、栄養分や誘引物質のある方向へ移動したり、逆に嫌気物質から遠ざかる性質]を刺激する物質である。ケモカインとも呼ばれるがケモカインの分子量は他のインターロイキンと比べて小さい。

⑦IL-9

●IL-2やIL-4と類似している。T細胞やB細胞を増殖させる。

⑧IL-10

抑制因子、リンパ球の増殖を弱め、過剰な免疫反応を止める。

IL-12、IL-15、IL-18

NK細胞やCTLの活性を刺激する。

⑩IFN(interferon:インターフェロン)

●複数の作用を有する。ウィルス増殖阻止因子、MHCの発現を促す、抗原提示能を上昇させる。

⑪TGFβ(transforming growth factor)、(tumor necrosis factor)

●TGFβは機能が多岐にわたり複雑である。免疫抑制の作用がある。

TNFαはアポトーシスを誘導して、不要になったものやガン細胞を殺している。

⑫Fas ligand

●Fasについてアポトーシスを誘導する。

●NK細胞、extrathymicT細胞、CTLが相手を殺すときに使用される。

第10章 自然免疫

1.外界に接する場所の抵抗性

自然免疫とは獲得免疫ではないものである。

丈夫な皮膚(ケラチン)と汗は重要な抵抗力である。腸上皮の細胞は加水分解酵素やタンパク分解酵素を持っており、補体を作る力も持っている。

皮膚や腸管は常在細菌がおり、常在細菌は病原細菌が入ってきたときに攻撃する。

胃の壁細胞はpH1の塩酸を出しており、ほとんどの細菌はここで死滅する。

消化管の絨毛や繊毛は異物を運動により排出する。

2.細胞の抵抗性

●感染が起こると発熱するが、一つは内因性の発熱因子によるものである。IL-1、IL-6、TNFα、プロスタグランジンなどである。一方、細菌自体が熱を上げる場合があるが、その代表がLPSで、外因性の発熱因子である。

3.補体

●抗体が進化する前からの腸上皮の抵抗因子で、複合タンパクからなり細菌などを溶解する。

4.補体の働き

●細菌や異種細胞の溶解である。膜に穴を開けて壊す。

●白血球の貪食能を上げるオプソニン化や、白血球自身を活性化させる働きを持っている。

●免疫複合体(抗原と抗体がくっついたもの)が消えるときに補体は使われる。

6.活性化の経路

●活性化の経路は3つある。古典経路、代替経路、レクチン経路である。

7.古典経路

●抗原抗体反応から始まる経路。古典経路で補体活性化するのは、IgM、IgG1、IgG3に限られている。

古典経路の概略
古典経路の概略

画像出展:「東邦大学 抗体と補体

『古典経路は体内に侵入してきた細菌や細胞の膜抗原に抗体(IgGやIgM)が結合して免疫複合体を形成すると、補体第1成分(C1)がこの抗体と結合して、C1が活性化されます。活性化したC1は補体C4を活性化し、その後、補体(C2~C8)を次々に活性化します。その結果、最終的に膜上に補体第9成分(C9)の複合体を細胞壁(膜)に埋め込み、細菌や細胞に穴をあけます。』

8.代替経路

●抗体を使わない経路。細菌刺激で直接C3という補体を活性化する。

9.レクチン経路

●マメ科の植物タンパク質のレクチンは直接C3を活性化する。

10.補体の産生部位

●腸上皮細胞、肝細胞(腸上皮細胞から進化)で作られる。

●補体の1~9の一部はマクロファージで作られる。

●腸は多細胞生物が進化したもの、マクロファージは単細胞時代の生き残り、身体に危険なものが来たとき、新旧の細胞が共同作業で相手の細胞や細菌を溶解しようとすることが補体の働きである。

11.補体レセプター

●補体のレセプターは、構造の違いで1から4まであり。CR1-CR4といわれている。

●補体レセプターは色々な白血球にあるが、腎臓の糸球体基底膜にもある。免疫複合体(抗原と抗体がくっついたもの)と補体のコンプレックスができ、糸球体基底膜に沈着すると腎障害が起こる。

12.細胞膜上にある補体活性抑制因子

●補体が無秩序に動き出すと、白血球が勝手に活性化したり、腎の基底膜について危険なため、身体には補体を活性化させない補体活性抑制因子も存在している。これは細胞膜上にあり、自己の細胞が溶解されないように守るためのものである。

14.補体遺伝子の欠損

●化膿性感染症を繰り返したり、免疫複合体が血液中で増加するといった独特の異常が出てきたり、白血球の貪食能が低下したりといったことが出てくる。

第11章 膠原病 part1

1.自己の認識について

●『自己免疫疾患は多くの専門家がいうように「原因不明の難病」ではありません。リウマチやSLEなど自己免疫疾患は、数年前まではなぜ起こるか分からなかったのですが、リンパ球の研究などを通じて、自己免疫疾患が起こる理由がはっきり分かりました。』

3.自己免疫疾患の誘因

①MAG

●『それでは、どうしてリウマチやSLE、ベーチェット病、シェーグレン症候群、橋本氏病といった自己免疫疾患になるのでしょう。まず1つには、組織破壊が最初にあって、自己抗原が出てくるからです。その自己抗原とは対応するクローンがnegative selectionをすでに受けたような自己抗原ではなく、めったに身体の中に現れないような自己抗原です。これを隔離抗原といいます。私たちの自己の組織でも、いつもリンパ球の前にさらされている抗原ばかりではありません。普段リンパ球が届かないような場所にいるものもあります。

隔離した抗原とは、例えば、MAG(myelin-associated glycoprotein)です。有髄の神経にはミエリン鞘があります。ミエリン鞘を合成するタンパク質の中に、MAGがあるのですが、これは、普段鞘の中にあって抗原性を出してはいません。ところが神経組織が壊れると、こういうものが隔離された状態から出てくるのです。

こうしてできた自己抗体が引き起こす疾患が、多発性硬化症(multiple sclerosis)で、目が見えなくなったり末梢神経の麻痺が起こるような自己疾患を引き起こします。

こういう病気を引き起こす1番多い原因は、夜更かしです。夜更かししてパソコンを長く見る人は大変ストレスが強く、視神経のMAGに障害が起こったときなどに、壊れるのです。それが自己抗原になってリンパ球が攻撃を始めます。多発性硬化症の患者さんは30歳前後の女性が多いのですが、みんな夜更かししてパソコンの画面を眺めるというような独特のストレスを受けているのです。そして神経の組織が壊れたとき、自己免疫疾患になるのです。 

古典経路の概略
古典経路の概略

”隔離抗原”を詳しく知りたいと思い、検索したところ出てきたものです。

第21回 独眼竜正宗にステロイド

『私たちの免疫系は、生後まもなく構築されるわけですが、その過程で各器官が「自己」であることを免疫系にアピールすることで、寛容が誘導され、その器官は「異物」ではなく自らの免疫で攻撃しなくなることはご存知のとおりです。ところが、生体のなかには、バリアによって免疫系から認識されにくい器官があり、隔離抗原(sequestered antigen)と呼ばれています。

 

②甲状腺細胞のミクロゾーム

●『私たちの甲状腺は甲状腺ホルモンを作っていますが、それを作りタンパク合成する場所にはミクロゾームを壊されると、甲状腺に対する自己抗体が出てきて、甲状腺が壊されます。これが橋本氏病です。

橋本氏病は甲状腺がやられるので、甲状腺ホルモン(サイロキシン)が低下していきます。甲状腺ホルモンは活力のホルモンなので、元気がなくなり、疲れやすくなってやる気が起こらないという独特の症状を出すのです。それでは、なぜ甲状腺のミクロゾームがやられるかというと、多くは長時間労働が原因です。橋本氏病は女性に多いのですが、橋本氏病になった女性のほとんどは、職場の仕事を家にまで持ち込んで夜更かしを何年も続けるなど、すごく無理をしています。

すると、甲状腺が甲状腺ホルモンを作り続け、疲弊したとき血流障害が起こり細胞が壊れ、普段隔離されていたミクロゾームがリンパ球にさらされて、クローンを刺激するのです。

現在、私の本以外の教科書を読むとみな、自己免疫疾患の原因は不明になっていますが、本当ははっきりしているのです。患者さんに無理しなかったかどうか、すぐ聞き出せます。あまりにも過酷な生き方をすると私たちの組織は壊れて、隔離された抗原が出てくるのです。

③胃壁細胞

●『私たちの胃壁には、造血と関連する因子を出す胃壁細胞があります。胃壁細胞は心配事が多いと、血流障害や顆粒球の働きによって壊れます。私たちは心配事を抱えると、びらん性の胃炎など胃の調子が悪くなりますが、これは胃の粘膜の血流障害で胃壁が壊れるからです。そういうときに、普段上皮の下に隠れている胃壁細胞がリンパ球にさらされて、抗原になります。これがいわゆる悪性貧血(pernicious anemia)の原因になるのです。』

④核、ヒストン

●『隔離された抗原が出るのは細胞を構成する成分からです。なかでも多いのはやはり核やその成分からです。核にはDNAやDNAを折りたたんでいるヒストンタンパクなどがあります。

SLE(systemic lupus erythematosus:全身性エリテマトーデス[全身性紅斑性狼瘡])とは、抗核抗体を中心とした自己抗体ができて起こる疾患です。抗核抗体は、核が抗原となります。核の中でもDNAで、折りたたまれたらせん形が離れたシングルストランド(single strand)のDNAにも抗体ができることもありますし、からまったダブルストランド(double strand)のDNAが抗原になることもあります。

SLEが1番多いのは、色白の人が紫外線を浴びたときです。なぜ狼(lupus)のような紅斑と呼ばれるかというと、まるで口が広がったように、紫外線が1番当たる所がバタフライ様に紅くなるからです。SLEは白人に多いです。色が黒いとメラニン色素で紫外線をブロックできますが、色が白いと直接紫外線の作用で細胞や核が壊れるのです。そして隔離抗原がリンパ球にさらされます。

SLEは紫外線以外でも、風邪をこじらせると起こります。ウィルスも細胞を壊します。あとはやはり夜更かしが原因です。夜遅くまで起きていることは大変なストレスなので、細胞が壊れます。特に徹夜でアルバイトをすると、細胞が壊れて病気になりやすいのです。』

⑤目の水晶体、ブドウ膜

●『目の組織というのは、普段リンパ球にさらされていません。水晶体には血管が入っていかないからです。ブドウ膜もリンパ球にさらされないような形で抗原を保っています。どういう形で隔離抗原が出てくるかというと、ほとんどが外傷です。ボールがぶつかったりけがをしたりして目が大出血し、組織が損傷を起こすときに抗原がさらされます。やられた目が治っても、片方の目も見えなくなってくるというような炎症を起こすのです。片方の目をやられて両方の目がやられるということで、「交感性眼炎」といいます。』

⑥精子

●『そのほかで普段血流にさらされない場所というのは精子です。精子が壊れて血中に出ると隔離抗原が出ます。1番有名なのはおたふくかぜです。子供のときおたふくかぜにかかると、外分泌腺が腫れるだけで治りますが、大人がかかってこじらせると精巣炎が起こります。すると隔離抗原が精子から出て、無精子症になるのです。それからたまに外傷でも起こります。硬式野球をやっていて球を精巣に当てて何日も腫れ上がるような外傷を受けたとき、隔離抗原が精子から解放されて、残った精子に対して攻撃するので、無精子症になるのです。

このように、普段私たちの免疫系が働けないような自己認識がリンパ球に出合うようなことが起こると、自己免疫疾患になるのです。このときかかわるリンパ球はみな、胸腺外分化T細胞かB-1細胞です。

隔離抗原
隔離抗原

画像出展:「免疫学講義」

⑦modified self

●『隔離された抗原で自己免疫疾患が発症すること以外で、もう1つ覚えておかなければならないものがmodified selfです。いわゆる自分の自己抗原が少し変性して抗原性を獲得するという形です。紫外線によってタンパク変性したり、薬物がキャリアタンパクに付着して変性します。いろいろな風邪薬で一気に自己免疫疾患が発症することがあります。

特にスティーブンス・ジョンソン症候群といって、風邪薬を飲んで全身の粘膜が腫れて失明したり、SLE様の症状を出したり、タンパク尿を出したりするという症状を発症します。

例えば私たちのタンパクでもっとも多いアルブミンの場合です。普段アルブミンはnegative selectionで反応するクローンはなくなっていますが、薬物が付いてmodifyされると修飾自己抗原になるのです。

薬物の中でもっとも多いのは風邪薬・消炎鎮痛剤(アスピリン)ですが、ペニシリンなどの抗生物質もタンパク質を変性させます。これはいろいろな血球の膜に付くこともあるので、血球が抗原になる疾患です。血球はもちろんnegative selectionされているのですが、薬物が付くために、血球が自己抗原になることもあります。

血球の中で修飾自己抗体がもっとも多く付着しやすいのが血小板です。そもそも血小板というのは、血管が出血した所に付着するための物質なので、いろいろなものに吸着する力をもっています。そうして発症する病気が、血小板減少性紫斑病です。血小板に対する自己抗体ができて、どんどん血小板が減っていきます。するとちょっとした打撲でも止血できなくなって腫れ上がり、そのあとが紫色になるのです。これは薬を飲んでもなりますが、長時間労働などでもなります。

私は将棋が好きなのでプロの棋士の名前を知っていますが、今から30年くらい前に山田道美九段は、大山名人に負けても負けても何度も挑戦権を獲得してがんばっていました。山田九段は打倒大山のために睡眠時間を削って将棋の勉強をして、1日何十局も過去の棋譜を調べたりして並べて、血小板減少性紫斑病にかかり34歳で死んでしまいました。ですから、あまり無理をするといけません。

自己免疫疾患は原因不明といわれていますが、このような考え方をすると謎が解けます。原因が分かれば原因を取り除けば治ります。原因不明としているため、対症療法の薬を飲んでもっと身体を痛めつけて、治らないということになっているのです。

それから、顆粒球が抗原になるのは顆粒球減少症です。細菌処理に大切な細胞である顆粒球がどんどん減ってしまいます。赤血球が抗原になる溶血性貧血は、薬物が原因であることが多いです。風邪をひいて風邪薬を飲んで、自己免疫性の溶血性貧血になることもあります。このように血球成分のうち血小板が変性して自己抗原になり、顆粒球の膜成分が変性して自己抗原になります。これらは過労か薬物が原因です。』

modified self
modified self

画像出展:「免疫学講義」

4.自己免疫疾患の分類

●SLEは全身性の自己免疫疾患であり、全身の血管炎である。

●血管内皮細胞はマクロファージが血球に分化して、その分化した血球を流すために自ら管になった。従って、血管内皮細胞はマクロファージと同じように貪食能があり、白血球の炎症とともに血管炎が起こる。

●SLEは核が抗原になるため、対象は全身の細胞になる。線維芽細胞や血管内皮細胞が攻撃されて戦い、炎症を起こす。

●ネフローゼは血管内皮細胞に負担がかかるような生き方をして、血管に隙間ができて、漏れることが原因である。

●関節リウマチ、橋本氏病、、無精子症は臓器特異的自己免疫疾患だが、それぞれ関節、甲状腺、精巣がやられる。

●複合型自己免疫疾患であるGoodpasture syndromeは腎臓と肺の基底膜が障害される。腎臓はエラから進化したため腎臓と肺の細胞はよく似ており、場所は離れているが腎臓と肺で自己免疫疾患になる。

自己免疫疾患の分類
自己免疫疾患の分類

画像出展:「免疫学講義」

5.自己障害のメカニズム

①自己抗体

●自己組織の障害のメカニズム

-B-1細胞が出す自己抗体が攻撃するパターンは、抗DNA抗体・抗ミトコンドリア抗体が直接組織や分子を攻撃して組織を破壊したり、機能をブロックする。

②補体の活性化

●抗原抗体反応ができて、順にFc部分が活性化すると、補体のC1から順に活性化が始まる。

※Fc領域:(fragment crystallizable region:フラグメント結晶化可能領域)は抗体の尾部にあたる領域で、Fc受容体と呼ばれる細胞表面の受容体や補体系のタンパク質と相互作用する。

抗体の基本構造
抗体の基本構造

画像出展:「抗体:ニュートリー(株)

抗体の基本構造は、2本の長いH鎖と2本の短いL鎖からなるY字型の構造である.そのなかで抗原の結合部位となるFabと、免疫細胞などと結合するFcに分けられる。抗体の実体は免疫グロブリンという糖タンパク質であり、Fab部位のアミノ酸配列の違いによって5つのクラス(IgM、IgD、IgG、IgE、IgA)がある。各クラスの抗体は、体内の異なった部位で多様な機能を発揮している。一方でFc部位は免疫細胞に発現するFc受容体と結合する。

③マクロファージの活性化

●白血球の基本はマクロファージである。そして、マクロファージが活性化すると炎症を起こす。まず、炎症性サイトカインで発熱・腫れ・痛みが出てくる。IL-1・IL-6・TNFα・IFNγには、発熱作用・血管拡張作用・痛み作用がある。

●マクロファージが活性化しすぎると自分の血球を飲み込んでしまう(血球貪食症)。

④リンパ球の直接攻撃

●リンパ球(NK、CTL、胸腺外分化T細胞など)は、色々な細胞を直接攻撃して、肉芽腫形成することもある。

⑤免疫複合体(immune complex)

腎臓の糸球体の基底膜に免疫複合体が沈着するのが糸球体腎炎である。また、RA(関節リウマチ)は腫れ、発熱、痛みがあり動かないでいると免疫複合体が沈着して関節が動かなくなる。このように免疫複合体は様々な病気に関与している。

血管内皮細胞の炎症

血管内皮細胞の炎症でも主体になるのはマクロファージである。

自己傷害
自己傷害

画像出展:「免疫学講義」

6.SLE

●SLEは20歳代の女性に多く、最初は風邪のような症状が出る。女性に多い理由の一つに過敏であることがあげられる。過敏かどうかはその人のリンパ球の数で決まる。特に妊娠適齢期の女性は1番リンパ球が多いため過敏になりやすい。

ケースも多く特に注意が必要な刺激が紫外線である。次に多いのがウィルス感染である。これはリンパ球が多いとEBウィルスやパラミクソウィルス、風邪ウィルスなどに感染によって血管炎をおこす。それ以外では夜更かしなどのストレス危険である。以上のように、SLEは過敏な人(リンパ球が多い人)が、紫外線、ウィルス、夜更かしなどのストレスを受けて発症するのである。SLEは全身にある抗原と反応するので、関節が腫れるRAや、唾液が出ないシェーグレン、糸球体腎炎などの自己免疫疾患が全身に出てくることが多いのである。

免疫学講義2

安保徹の免疫学講義
安保徹の免疫学講義

著者:安保徹

出版:三和書籍

初版発行:2010年12月

目次は”免疫学講義1”を参照ください。

第2章 免疫学総論 part2

1.免疫で使われる分子群

●抗体はアミノ酸100個の塊(ドメイン構造と呼ばれる)が4個、5個つながった重鎖と、100個くらいのものが2個つながった軽鎖からできている。また、T細胞レセプターも、アミノ酸100個くらいの塊2個が対になっている。

●抗原と抗体とが1対1に対応していることから「鍵と鍵穴の関係」といわれている。

●免疫に関係する分子は、アミノ酸100個くらいのタンパク質である祖先遺伝子が染色体の中で、多様化したり、合体を繰り返して進化してきた。

●抗体はIg(immunoglobulin)となり、その仲間は免疫グロブリン遺伝子スーパーファミリー(immunoglobulin gene superfamily)と呼ばれる。これは接着分子の基本構造から進化した。

ヘルパーT細胞は、T細胞やB細胞の分化や活性化を助ける。傷害性T細胞は異物細胞を直接攻撃(傷害)するということに由来している。

●多細胞生物である私たちの身体は接着分子によってバラバラになることがない。タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)により接着分子は壊れるが膜は壊れない。

●各細胞はナトリウムを外に出して膜をプラスに荷電してエネルギーを作っている。この荷電により、細胞同士が反発し合う。赤血球が互いに反発し合うのは荷電によるエネルギーのおかげである。

●生活習慣の乱れから血液ドロドロになるのは、ナトリウムを出して膜電位を維持できなくなるためである。

細胞と細胞は接着分子でくっついているが、そこに異物が入り込むと、フリーの白血球であるリンパ球がそれを攻撃して死滅させる。このように、接着分子と接着分子の間に入った異物を異常細胞と見なし、攻撃して速やかに排除して、再び確かな細胞だけで生き延びようとするのが免疫の始まりといえる。

免疫は異物を認識するために始まったのではなく、細胞が自分同士を認識する中でその間に入り込んだ異物の違和感からその危険なものを攻撃する。つまり、免疫とは異物への攻撃であるため、ウィルスでもガン細胞でも攻撃し死滅させる。これが免疫の基本的なメカニズムである。

●外来抗原を認識するようになるのは、免疫の進化の後期からのことである。

免疫の始まりは、一つは異物を食べて処理するマクロファージと顆粒球の流れであり、もう一つは接着分子を利用して侵入してきた異物に対して攻撃するリンパ球の流れである。免疫の原点は異常自己を見つけることから始まっている。

2.リンパ球の進化

免疫細胞は進化しても、古い細胞がなくなることがない。現在のそれぞれの比率はT細胞(70%)、B細胞(15%)、胸腺外分化T細胞(10%)、NK細胞(5%)である。

加齢ともに胸腺の退縮と骨髄の脂肪化のため、T細胞、B細胞は減少し、一方、腸管でつくられる胸腺外分化T細胞と肝臓でつくられるNK細胞が増える。

●リンパ球は生物が上陸する前から進化してきた。胸腺外分化T細胞やNK細胞は腸管粘膜でつくられた。胸腺の進化は上陸後であり、新しいT細胞やB細胞は上陸後からであるが、上陸により、植物のホコリや苔の死骸などあらたな異物と遭遇することで進化したと考えられる。なお、現在でも腸管や肝臓などには古いリンパ球であふれている。これらは自己応答性でウィルス感染自己細胞やガン化した自己細胞を異常自己として攻撃するシステムである。

古い免疫と新しい免疫
古い免疫と新しい免疫

画像出展:「免疫学講義」

4.マクロファージの働き

●いろいろな異物を食べる機能(貪食能)。

●健康でマクロファージの働きが強いと、免疫反応を誘発せずに貪食能によって全部処理をするため、風邪症状も出さない。

●リンパ球や顆粒球が上乗せされて自分が少数派になってからは、指令を出し顆粒球(細菌の侵入)やリンパ球(ウィルスの侵入)を誘導する。

顆粒球やリンパ球誘導後、組織の修復を行う。マクロファージが破片も食べるので元の正常の組織にもどる。

マクロファージは栄養が過剰になると栄養処理を行う。栄養処理とは脂肪細胞に引き渡したり、あまりに摂取する栄養が多いときは、動脈壁にはりついたりして、そのまま死滅する泡沫細胞になる。ただし、泡沫細胞の血管壁への沈着は動脈硬化を促進する。一方、飢餓状態ではマクロファージは自分を食べて生き延びようとする。

●マクロファージのあらゆる働きで、生き延びる戦略をとれるのはマクロファージが単細胞生物時代の生き残りだからである。

過食は処理するマクロファージにも大きな負担となり、炎症と同じように炎症性物質である炎症性サイトカインを出す。ガンの末期や病気の末期に栄養を入れると患者さんが苦しんでしまうのは、過食に伴う炎症性サイトカインが原因である。

風邪で高熱を出した時に食欲が落ちるのは、これはマクロファージが免疫系に専念するための身体の反応である。栄養処理にばかりマクロファージを使ったら病気の治りは遅くなる。

●『私たち人間は、死ぬとき食べるのを止めて死ぬと安らかに死ねます。昔から聖人といわれた多くの人は、死期を悟ったら数日食を絶って死んでいるのです。しかし今の医療はやたらと点滴したり、中心静脈栄養を入れたり、胃瘻を作ったりして管をつけています。ですから、すごく死の苦しみを味わって死んでいるのです。やはり私たちも病気になって食欲を失ったら、マクロファージが免疫系に専念するための栄養処理からの解放について考えないといけません。

5.白血球の分布と自律神経

●末梢血では顆粒球が60%、リンパ球が35%、マクロファージが5%である。ただし、この比率には個人差がある。さらに、自律神経系の働きと連動している。顆粒球は膜状にアドレナリンレセプターがあり、交感神経が緊張すると分裂して数を増やす。リンパ球の方はアセチルコリンレセプターがあって、副交感神経が優位になると数が増える。

交感神経緊張が続き、リンパ球が少なくなると免疫力が下がってくる。すると、常在するウィルスが暴れ出すが、帯状疱疹や単純ヘルペスなどは代表的なものである。

白血球の分布と自律神経
白血球の分布と自律神経

画像出展:「免疫学講義」

リンパ球人間・顆粒球人間
リンパ球人間・顆粒球人間

画像出展:「免疫学講義」

第3章 免疫担当細胞

1.マクロファージ

●自分と会う主要組織適合抗原(MHC:major histocompatibility complex)を探すには10万人必要とされている。

樹状細胞はマクロファージが進化した細胞で、貪食能はなく、MHCが強く、Tリンパ球に抗原提示する働きが非常に強いという特徴を有する。細胞膜から樹状突起が出て、リンパ球を抱え込んで抗原提示する能力を増強する。

●虫歯ができて顎下リンパ節が腫れたり、水虫が化膿して鼠径リンパ節が腫れたりするときは、樹状細胞がリンパ球に抗原提示した反応が始まっている。

4.TCR(T cell receptor)の構造

多くの免疫系は38度、39度の温度が反応のピークであり、病気になったときに熱が出るのは免疫反応を高めて早く病気を治そうとする反応である。しかしながら、体温が41度を超えると細胞内のミトコンドリアが活性酸素を出し、突然死の恐れが出てくる。その場合は速やかに身体を冷やして熱を下げなければならない。

●お風呂の限界は45度である。50度を超えるとタンパク凝固が始まる。

5.B細胞の種類

●B細胞は小さい細胞でほとんどが核である。通常は細胞には細胞質の中にミトコンドリアや粗面小胞体、ゴルジ体、細胞小器官が必要だが、B細胞は核だけで細胞質もほとんどない。

T細胞もB細胞も、普段はほとんど休止しているため、1960年に入る前は「何も仕事をしていない珍しい細胞である」と考えられていた。いずれも抗原の刺激があると分裂を始める。分裂すると小型から中型、大型のリンパ球に変わる。

●B細胞の場合は、活性化リンパ球になると粗面小胞体でタンパク合成が起こり、抗体を外に分泌する。抗体を産生するようになったB細胞は形質細胞、あるいは抗体産生細胞、活性化B細胞と呼ばれる。

6.抗体の種類

B細胞が産生する抗体には、IgM、IgG、IgA、IgEと、働きがはっきりしていないIgDという細胞がある。

●一次感染で最初に出てくるのは、IgMである。二次刺激でもIgMが多少でるが、IgGが出てくる。IgGは血清中で量が最大である。

●IgAは消化液や分泌液の中、いわゆる腸や涙、唾液に出てくる。

●IgEはアレルギーとして有名である。アトピー性皮膚炎、気管支喘息、あるいは寄生虫感染で増える。

●血清中、IgGに次いで多いのがIgA、次にIgMである。IgEは健康な人からはほとんど検出されず、アレルギーを持っている場合に検出される。

B細胞の分化と活性化
B細胞の分化と活性化

画像出展:「免疫学講義」

第4章 B細胞の分化と成熟

1.分化、成熟(differentiation, maturation)

B細胞を作るのは骨髄の幹細胞である。

ヘルパーT細胞がB細胞を分化させるのに、IL-4、IL-5、IL-6が必要である。ILはインターロイキンの省略で白血球の間を取り持つ高分子タンパクという意味である。ILはいずれも、B細胞の分化・分裂を促す。さらに、IL-4はIgEへ、IL-5はIgAへ、IL-6はIgGへの分化をそれぞれ促す。

①多発性骨髄腫

●多発性骨髄腫の場合は、形質細胞のレベルでガン化した病気である。

②B細胞型の悪性リンパ腫(malignant lymphoma)

●悪性リンパ腫はB細胞のレベルでガン化する。

●リンパ球血症もあるが極めて少ないので、リンパ球、特にB系統の腫瘍化のほとんどは多発性骨髄腫と悪性リンパ腫である。

3.抗体の働き

①抗原の凝集

●B細胞の働きの一つは外来抗原の無害化である。

自己抗体は身体に生じた異常自己を速やかに排除する機能がある。

●B細胞は、外来抗原向け抗体を作るものと自己抗体を産生するものに区別できる。

②補体とともに膜の溶解

●抗体のFc(fragment C)とC領域(constant region:定常域)に補体が結合し、細菌の膜や他人の赤血球膜、移植片細胞膜を溶解する。補体はC1からC9まであって、C1から順に活性化が始まる。

③ADCC(antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity)

●ADCC活性によって、CTL(cytotoxic Tcell:傷害性T細胞)と、NK細胞は、リンパ球でガン細胞を死滅させる。

●ADCC状態ができると、CTLからperforinというキラー分子が放出されてガン細胞の膜が傷害され壊される。

NK細胞の攻撃、CTLの攻撃、この2つに抗体が加わって攻撃するという3つの方法でガン細胞を攻撃する。

●免疫を高めた患者がガンを自然退縮させた人は数百人規模で確認できている。

第5章 T細胞の種類 part1

1.T細胞の抗原レセプター(TCR)

●B細胞は抗体(Ig)を使って抗原認識をするが、T細胞はTCR(T cell receptor)を使うが、TCRは抗体と違って、単独で抗原を認識してはいない。

3.胸腺内分化T細胞と胸腺外分化T細胞

●胸腺内分化T細胞は胸腺で分化して、その後末梢へいく。末梢とはリンパ節、脾臓(白脾髄)、末梢血である。

胸腺外分化T細胞は、腸管、肝臓、外分泌腺の周り、子宮内膜などにある。

胸腺内分化T細胞と胸腺外分化T細胞
胸腺内分化T細胞と胸腺外分化T細胞

画像出展:「免疫学講義」

第6章 T細胞の種類 part2

3.Tc細胞の働き

●分裂する前のリンパ球は小リンパ球である。トランスフォーメーションを起こしたリンパ球は細胞内小器官であるミトコンドリアやゴルジ体もできて、大リンパ球になる。

リンパ球の活性化と成熟
リンパ球の活性化と成熟

画像出展:「免疫学講義」

●大リンパ球は活性化リンパ球ともいわれ、CTL(細胞傷害性T細胞)になる。CTLはperforinキラー分子を作りだす。相手がガン細胞や移植した細胞に対しては膜に穴をあけて死滅させる。

●CTLはFas ligandという分子を作り、Fasという分子に働いて細胞内にアポトーシス(自分で死滅する)シグナルを入れる。

CTLはガン細胞、ウィルス感染細胞、移植片細胞などの標的を、perforinやFas ligandを使って壊す。

4.Th細胞の働き T-B cell interaction

●ヘルパーT細胞は抗原刺激で小リンパ球が大型リンパ球になって、タンパク質を作る。ここで作られるのが、IL-4、IL-5、IL-6、IL-10のサイトカインである。

●サイトカインは分子量が多い高分子だが、寿命は短く、血液の中で壊されたり、すぐに希釈されたりする。

5.リンパ球の抗原提示

抗原提示を行っているのはマクロファージと樹状細胞である。このような抗原提示細胞がないとリンパ球の分裂は起こらない。

7.ガン化

●T細胞は抗原が来たときに反応して、刺激(MHC[主要組織適合抗原]+抗原)がなくなると自然に分裂は収まるが、ある時点で腫瘍化することがある。B細胞は悪性リンパ腫や多発性骨髄腫になることがあるように、T細胞も色々なステージで腫瘍化する。

●T細胞の腫瘍化には急性リンパ性白血病があるが、これはPreT細胞などの早い段階で腫瘍化する。一方、慢性リンパ性白血病はある程度成熟したT、B細胞の腫瘍化である。

●自己免疫疾患は胸腺外分化T細胞の異常な活性化で起こるので、肝臓、外分泌腺で起こる。自己免疫疾患には、ベーチェット病、シェーグレン症候群、SLE、関節リウマチなどだが、唯一胸腺と関係するのは重症筋無力症である。

ガン化
ガン化

画像出展:「免疫学講義」

●『不思議ですね。胸腺のリンパ球が増えるのに自己免疫疾患になります。私たちの筋肉は収縮するとき、神経末端から出るアセチルコリンを使って収縮します。それで、まぶたがあけられない、筋肉がなかなか収縮できないというMG(重症筋無力症)が起こるのです。こういう現象を知るには、普通のT細胞の分化だけではなくて、胸腺のmedulla(髄質)に八ッサル小体のような外胚葉の上皮によって育てられる古いリンパ球がある、ということを分からないと謎が解けなかったのです。これは私の研究室で見つけた現象です。』

●老化、ガン、マラリアといった、いろいろな自己抗体ができる世界が原因不明になっている。これは胸腺の分化の失敗ではなく、生物が上陸する前の古い免疫系のほとんどがストレスによって活性化している世界なのである。

●SLEでも、関節リウマチでも重症筋無力症でも、自己免疫疾患の患者さんから話を伺うと、発症前に非常に強いストレスを受けていたことがわかる。特に一番多いストレスは夜更かしである。

第7章 主要組織適合抗原 part1

4.分布

●MHC(主要組織適合抗原)のClassⅠは、全身のほとんどの細胞で発現している。

MHCが発現していないのは赤血球である。血液型さえ合わせれば輸血できるのはMHCを発現していないためである。発現していないのは、赤血球が脱核してDNA→RNA、RNA→タンパク合成の機能をやめてしまったためである。したがって、幼若で骨髄でまだ核のある未熟な時期にはMHCは発現している。

赤血球以外でMHCがないのは、胎児胎盤である。また、脳内のニューロンはMHC陰性である。脳はほとんど抗原提示能がないため脳では炎症がとても起こりにくい。ただし、脳神経の間に混じっているグリア細胞はMHC陽性のため、長い目で見れば拒絶されてしまう。

MHC陽性には差がある。1番強いのは樹状細胞、他はマクロファージ、皮膚である。腎細胞はそれほど高くなく、さらに低いのは肝細胞である。腎移植、肝移植が可能なのはこのためである。

第8章 主要組織適合抗原 part2

3.Polymorphic MHCとmonomorphic MHC

●1990年代後半、個人間で多様化していないMHCが見つかった。それがmonomorphic MHCである。

●ヒトの場合、個人間で多様化のあるMHCがHLA-A、B、C、D、多様化のないMHCがHLA-E、F、Gである。

HLA『HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)は1954年、白血球の血液型として発見され、頭文字をとってこう呼ばれてきました。しかし、発見から半世紀以上を経て、HLAは白血球だけにあるのではなく、ほぼすべての細胞と体液に分布していて、組織適合性抗原(ヒトの免疫に関わる重要な分子)として働いていることが明らかになりました。』

monomorphic MHCは、非常に特殊な場所に発現している。HLA-Eは腸上皮細胞、HLA-Fは肝細胞、HLA-Gは子宮内膜と胎盤の絨毛細胞である。腸にあるリンパ球も、腸から発生した肝臓に以前からあるリンパ球も、NK細胞や胸腺外分化T細胞などの古いリンパ球である。子宮や胎盤の間にも古いリンパ球がある。

●子宮の胎盤がなぜ拒絶されないかという疑問は、monomorphic MHCの理解によりこの謎の本質に迫れた。

●『子宮内膜の面と胎盤の接点は、HLA-Gをともに発現します。HLA-Gは個人間で多様化していないので、結局、父親からの遺伝子も母親からの遺伝子も同じタンパクを作ってアミノ酸配列が違わないのです。そしてHLA-A、B、C、D、はマイナスです。こういう仕組みがわかってきました。ここではNK細胞と胸腺外分化T細胞が働いています。NK細胞と胸腺外分化T細胞は自己応答性です。これらは膜上にアドレナリン受容体を持っていて、交感神経刺激(ストレスなど)で活性化されます。ですから、母親が忙しく仕事しすぎたり、悲しい出来事があってつらいめにあったり、あるいは、心臓や腎臓に持病があって交感神経がだんだんと刺激されたときなどに、流産が起こるのです。新しい免疫系は働きませんが、古い免疫系の活性化で流産が起こります。古い免疫系は自己応答性なので、子宮内膜と胎盤を攻撃するのです。すると胎盤が母親の子宮の内膜についていられなくなります。早期の流産も、後期の流産もこういうメカニズムで起こっています。

4.HLAのタイプと疾患感受性

●HLAのタイプはバラバラだが、日本人、ヨーロッパ人というように集団や民族によって、多少特徴はある。

●『自己免疫疾患の原因は、ほとんどがストレスです。ストレスが直接組織を壊すか、あるいはストレスがかかって免疫が下がり、常在ウィルスが暴れて、感染症が起こります。風邪をひいて発症するか、その発症のときに特定のHLAが特定の自己抗体を作りやすくするのでしょう。』

●『特定のHLAはストレス、あるいはウィルスがはびこる組織が壊れるときに、特定のタイプの自己抗体が入りやすいのです。これらの病気が起こると、肺と腎臓と同時に、そのほかの臓器の基底膜にも自己抗体ができます。』

HLAのタイプと疾患感受性
HLAのタイプと疾患感受性

画像出展:「免疫学講義」

5.MHC以外の拒絶タンパク

●MHCのマッチングはヒトでは約10万人対1人のレベルである。

MHCが100%マッチングさせても拒絶される現象がある。MHC以外のタンパク質で、拒絶の原因として考えられるのは、Mls(minor lymphocyte stimulatory)である。Mlsはレトロウィルスという、エイズやヒト成人T細胞白血病ウィルスなどのタンパク質である。これらが身体に住み着いてそこからできるタンパク質がいろいろな組織に入って、MHCのClassⅡに乗って拒絶タンパク質になっている。

6.その他

●認識する抗原は進化とともに変わる。免疫系の進化はMHCの進化とリンパ球の進化が並行して起こる。進化・上乗せされ、最終的にT細胞、B細胞になった。

免疫が変遷を重ねて、進化していっても古いリンパ球も古いMHCも残っていて、あるステージがくると働くのである。そのステージとは、基本的には老化現象などと関係している。90歳を超えてくるとT細胞、B細胞はかなり減り、NKや胸腺外分化T細胞、自己抗体を産生するB細胞、血清中では自己抗体が非常に増える。

●進化で獲得した免疫は、若い年代、20代~30代でピークを迎え、その後はまた古い免疫が優勢になる。これが免疫の中で系統発生と個体発生進化が加齢で現れるということである。

免疫学講義1

安保徹先生の著書は何冊か拝読させて頂いていましたが、今回の『免疫学講義』はB5判で237ぺージという、詳細かつ高度な内容の本でした。

この本を読みたいと思ったのは、『コロナワクチン失敗の本質』という宮沢孝幸先生の著書に書かれていた、「液性免疫(抗体)に偏って考えるのはいかがなものか。免疫は自然免疫、細胞性免疫、液性免疫の総合力で考えるべきではないか」というご指摘が印象に残ったためです[ブログ:“コロナワクチンの疑問”] 

安保徹の免疫学講義
安保徹の免疫学講義

著者:安保徹

出版:三和書籍

初版発行:2010年12月

目次が大変長いということ、またブログ自身も5つに分けているということから、最初に「あとがき」をご紹介させて頂きます。

私が最も重要だと思ったことは、「ストレスと顆粒球、およびストレスとリンパ球の相関関係を理解する」ということでした。

『現代医療は、多くの病気を原因不明として対症療法を行う流れが拡大しています。しかし、多くの病気はストレスを受けて免疫抑制状態になって発症しています。原因は不明ではないのです。ストレスで生じる「低体温、低酸素、高血糖」は短いスパンではエネルギー生成のうちの「解糖系」を刺激して瞬発力を得て危機を乗り越えるための力になっています。しかし、長期間このような状態が続くと、エネルギー生成のうちの「ミトコンドリア系」を抑制してエネルギー不足に陥ります。これがストレスで起こる慢性病の発症のメカニズムです。そして、いずれガンを引き起こす原因につながっていきます。

ストレスをもっとも早く感知するのは私たちの免疫系です。末梢血のリンパ球比率やリンパ球総数は敏感に私たちのストレスに反応しています。この反応には自律神経系と副腎皮質ホルモン系が関与しています。臨床では血液検査を行い、いつでもリンパ球比率を知れる状況にあるのですが、ストレスとリンパ球の減少の相関をほとんど教育の場で学ぶことがないので、血液検査のデータが活用されていないのが現状です。末梢血のリンパ球比率は35-41%が正常値で、ここから減少しても増加しても病気になってしまいます。

顆粒球過剰(リンパ球減少)は組織破壊の病気と結びつきます。逆に、リンパ球過剰はアレルギー疾患や過敏症の病気と結びついていきます。本講義録で学んだ知識があれば、多くの病気の発症メカニズムを知ることができます。対症療法を延々と続ける必要もなくなるのです。

消炎鎮痛剤の害やそのほかの薬剤の副作用なども、この本で学べたと思います。患者に良かれと思って続けている薬剤の投与の中にも多くの危険が潜んでいるのです。特に、自己免疫疾患の治療においては、本書の知識が役立つでしょう。そして、私たち生命体が持つ偉大な自然治癒力を引き出すことのできる新しい医学や医療が進展していくことでしょう。』

ブログは目次の黒字部分について触れています。

目次

まえがき

第1章 免疫学総論 part1

1.免疫学の歴史

2.身体の防御システム

3.白血球の進化

4.リンパ球の性質

5.リンパ球の産生と分布

6.Tリンパ球とBリンパ球

7.主要組織適合抗原

8.免疫が関与する疾患

①感染症:ウィルス感染、一部細菌感染

②アレルギー疾患:アトピー性皮膚炎、花粉症、アナフィラキシー

③移植の拒絶

④自己免疫疾患(膠原病)

⑤加齢現象

⑥妊娠―つわり、流産

⑦ガン免疫

⑧先天性免疫不全症

第2章 免疫学総論 part2

1.免疫で使われる分子群

2.リンパ球の進化

3.胸腺の進化

4.マクロファージの働き

5.白血球の分布と自律神経

第3章 免疫担当細胞

1.マクロファージ

2.リンパ球サブセット

3.T細胞の種類

4.TCR(T cell receptor)の構造

5.B細胞の種類

6.抗体の種類

第4章 B細胞の分化と成熟

1.分化、成熟(differentiation, maturation)

①多発性骨髄腫

②B細胞型の悪性リンパ腫(malignant lymphoma)

2.B細胞の抗原認識受容体(Ig)の遺伝子

3.抗体の働き

①抗原の凝集

②補体とともに膜の溶解

③ADCC(antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity)

第5章 T細胞の種類 part1

1.T細胞の抗原レセプター(TCR)

2.TCRのシグナルを伝える分子

 -CD3 complex

3.胸腺内分化T細胞と胸腺外分化T細胞

4.CD4⁺T細胞の認識

5.CD8⁺T細胞の認識

6.Th0、Th1、Th2細胞

7.T細胞の胸腺内分化

8.胸腺外の分化

第6章 T細胞の種類 part2

1.TCR遺伝子の再構成(rearrangement of TCR genes)

2.クローンの拡大

3.Tc細胞の働き

4.Th細胞の働き T-B cell interaction

5.リンパ球の抗原提示

6.胸腺外分子T細胞が働くとき

7.ガン化

第7章 主要組織適合抗原 part1

1.移植の拒絶抗原

2.抗原提示分子

3.構造

4.分布

5.ヒトとマウスMHC

6.MHCの遺伝子

7.TCRの認識

第8章 主要組織適合抗原 part2

1.リンパ球の抗原認識と分裂

2.抗原とMHCの結合

3.Polymorphic MHCとmonomorphic MHC

4.HLAのタイプと疾患感受性

5.MHC以外の拒絶タンパク

6.その他

第9章 サイトカインの働きと受容体

1.サイトカインの歴史

2.サイトカイン

①IL-1

②IL-2(TCGF)

③IL-3

④IL-4、IL-5、IL-6

⑤IL-7

⑥IL-8

⑦IL-9

⑧IL-10

⑨IL-12、IL-15、IL-18

⑩IFN(interferon:インターフェロン)

⑪TGFβ(transforming growth factor)、TNFα(tumor necrosis factor)

⑫Fas ligand

3.サイトカイン受容体

①γcを共有するサイトカイン受容体

②βcを共有するサイトカイン受容体

③gp130(glyoprotein130)を共有するサイトカイン受容体

4.ケモカイン(chemokine)と接着分子

5.細菌毒素LPS(lipopoly sacharide)

第10章 自然免疫

1.外界に接する場所の抵抗性

2.細胞の抵抗性

3.補体

4.補体の働き

5.補体のタンパク群

6.活性化の経路

7.古典経路

8.代替経路

9.レクチン経路

10.補体の産生部位

11.補体レセプター

12.細胞膜上にある補体活性抑制因子

13.遺伝子

14.補体遺伝子の欠損

第11章 膠原病 part1

1.自己の認識について

2.自己認識のステップ

3.自己免疫疾患の誘因

①MAG

②甲状腺細胞のミクロゾーム

③胃壁細胞

④核、ヒストン

⑤目の水晶体、ブドウ膜

⑥精子

⑦modified self

4.自己免疫疾患の分類

5.自己障害のメカニズム

①自己抗体

②補体の活性化

③マクロファージの活性化

④リンパ球の直接攻撃

⑤免疫複合体(immune complex)

⑥血管内皮細胞の炎症

6.SLE

第12章 膠原病 part2

1.進化した免疫系の抑制

2.中枢神経系の自己免疫疾患

3.内分泌器腺の自己免疫疾患

4.消化管・肝の自己免疫疾患

5.腎の自己免疫疾患

6.心臓の自己免疫疾患

7.眼の自己免疫疾患

8.皮膚の自己免疫疾患

9.Chronic GVH病

10.老化

11.動物モデルと自己免疫疾患

第13章 神経・内分泌・免疫

1.ストレスと生体反応

2.急性症状

3.急性症状が出る仕組み

4.急性症状はストレスに立ち向かう反応

5.交感神経と顆粒球の運動

6.慢性症状

7.ストレスの要因

8.ミトコンドリアへの負担

9.ミトコンドリアとステロイドレセプター

10.ストレスと免疫抑制

11.解糖系でエネルギーを作る細胞(ミトコンドリアの少ない細胞)

12.受精とは何か

13.ヒトの一生

14.調和の時代にストレスを受け続ける

15.生体の治癒反応

16.副交感神経優位(楽をして生きる)でも病気

第14章 免疫系(防御系)と自律神経の関係 part1

1.白血球の自律神経支配

2.日内リズム、年内リズム

3.新生児の顆粒球増多

4.消炎鎮痛剤

5.生物学的二進法

第15章 免疫系(防御系)と自律神経の関係 part2

1.アレルギー疾患

①アナフィラキシーショック

②アトピー性皮膚炎、気管支喘息、通年性鼻アレルギー

③食物アレルギー

④花粉症、蕁麻疹

⑤化学物質過敏症

⑥寄生虫感染

⑦寒冷アレルギー、薬物アレルギー、紫外線アレルギー、金属アレルギー

⑧乳児アトピー

2.顆粒球増多と組織破壊の病気

①突発性難聴[内耳](idiopathic sudden sensorineural, sudden deafness)

②メニエール病[三半規管](Meniere disease)

③歯周病(periodontitis)

④食道炎(esophagitis)

⑤びらん性胃炎(erosive gastritis)→胃潰瘍(gastric ulcer)

⑥十二指腸潰瘍(duodenal ulcer)

⑦クローン病(Crohn’s disease)

⑧潰瘍性大腸炎(ulcerous colitis)

⑨痔疾(hemorrhoid)

⑩子宮内膜症(endometriosis)

⑪不妊症(infertilitas)

[子宮内膜症(endometriosis)、卵管炎(salpingitis)、卵巣嚢腫(ovarian cyst)]

⑫膵炎[急性・慢性](pancreatitis[acute・chronic])

⑬腎炎・腎盂炎(nephritis・pyelitis)

⑭膀胱炎(cystitis)

⑮骨髄炎(myelitis)

⑯間質性肺炎(interstitial pneumonia)

第16章 移植免疫

1.移植(transplantation)と拒絶(rejection)

2.MHC

3.移植

4.純系

5.拒絶の速さ

6.純系と拒絶

7.移植のしやすさ―MHCの発現量

8.HLAタイピング

9.骨髄移植(bone marrow transplantation)

10.GVH病(GVHD:graft-versus-host disease)

11.反応するリンパ球

12.新生児免疫寛容(neonatal tolerance)

13.拒絶に関与するほかの白血球

14.non MHCによる拒絶

15.免疫抑制剤(immunosuppressant)

16.Hybrid resistance

17.輸血によって生着率上昇

第17章 免疫不全症

1.先天性免疫不全症(primary immunodeficiency)

①wide type(野生型)の血液像(FACSを用いたCD3、IL-2Rβ二重染色)

②胸腺無形成症(thymic aplasia)

③重症複合免疫不全症(scid:severe combined immunodeficiency)

2.重症複合免疫不全症(scid:severe combined immunodeficiency)

①X-scid(伴性劣性遺伝) X連鎖重症複合免疫不全症

②常染色体劣性遺伝型-scid

③scidマウス

④RAG-1/RAG-2ノックアウトマウス

3.胸腺無形成症(thymic aplasia)

4.無γグロブリン血症(agammagloblinemia:伴性劣性遺伝)

①Bruton X-kinked agammagloblinemia(XLA:X連鎖(ブルトン型) 無γグロブリン血症)

②IgA欠損症(selective IgA deficiency)

③X連鎖高IgM症候群(hyper IgM syndrome)

④ウイスコット-アルドリッチ症候群(WAS:Wiskott-Aldrich syndrome)

⑤毛細血管拡張性運動失調性(AT:ataxia telangiectasia)

⑥ディ・ジョルジ症候群(Di George症候群)

5.T細胞B細胞以外の異常症

①慢性肉芽腫(CGD:chronic granulomatous disease)

②Chediak-東症候群(CHS)

③beige mice(ベージュマウス)

6.後天的免疫不全症(acquired immunodeficiency)

7.免疫抑制剤(immunosuppressive drug)

8.抗ガン剤(anticancer drug)

9.ステロイドホルモン(SH:steroid hormone)

10.NSAIDs(nonsteroidal anti-inflamatory drugs)

11.常在菌による感染症

12.乳児一過性低ガンマグロブリン血症(transient hypogammaglobulinemia)

第18章 腫瘍免疫学

1.免疫系の二層構造

2.ガン細胞を排除している証拠

3.腫瘍抗原

4.エフェクター(攻撃)リンパ球

5.腫瘍ができるための条件

6.ストレス反応の意義

7.ガン細胞の特徴

8.ガン患者の免疫状態

9.キラー分子群

10.解糖系とミトコンドリア系

11.アポトーシスとその抑制

12.ガンの免疫療法

13.治療(自然退縮)の条件

14.そのほかの免疫療法について

15.結論

あとがき

まえがき

第1章 免疫学総論 part1

1.免疫学の歴史

●免疫の歴史はウィルスや細菌の概念ができる前、予防接種の考え方ができたのは、ペストが治まった後の18世紀後半で、イギリスで天然痘が大流行した時代である。

●1900年に近い時代に、ジェンナーからパスツール、コッホへと免疫の歴史は展開されていった。また、この頃から顕微鏡が使われるようになって、遊走細胞(マクロファージ)が体内に入ってきた細菌を貪食して、無毒化するという観察や考え方が出てきた。

●光学顕微鏡で見える細菌、光学顕微鏡でも見えないウィルスという2つの微生物による感染症があることが分かった。

●抗体に相当するものの存在の発見は、コッホの見つけた抗毒素がきっかけとなった。

2.身体の防御システム

●身体の防御システムとは抗体やマクロファージのことであるが、広くみれば白血球とつながっている。

●身体の特殊化した細胞には異物から守るちからはないので、白血球が防御細胞として身体を守っている。

●単細胞時代のアメーバの性質を残したマクロファージと白血球はつながっている。

3.白血球の進化

●脊椎動物になったあたりから白血球の進化が起こった。マクロファージから進化した顆粒球(顆粒がたくさんあるから顆粒球)である。

●顆粒球は細菌より小さいウィルスのような異物には対応できない。一方、同じくマクロファージから進化したリンパ球によって貪食される。

貪食
貪食

画像出展:「免疫学講義」

顆粒球もリンパ球もマクロファージから進化した。細菌は顆粒球、細菌より小さなウィルスはリンパ球が貪食する。

4.リンパ球の性質

●免疫記憶は身体に侵入してきた微生物(病原菌)の量や増殖に掛かっている。ワクチンのような微量では強い免疫はつくられない。

●抗体は分子量が10,000Da(ダルトン)以上の大きさであれば認識できる。※Daとは炭素12原子の質量の1/12相当の質量の単位

●分子量が小さい場合、身体のタンパク質に吸着することによって抗原になる場合がある。

抗体と反応するものを抗原といい、ほとんどタンパク質である。また、ウィルスはDNA、RNAを有するが周りはタンパク質である。

●タンパク質はアミノ酸から作られるが糖と結びつくことも多く、糖タンパク質と呼ばれる。この糖タンパク質に対しても抗体は反応する。

リンパ球は抗体をつくる一方、リンパ球は分裂するクローンによって拡大する。このリンパ球の分裂にかかる時間が潜伏期間である。

●潜伏期間の次に、抗原と抗体の免疫反応が始まり、発熱が起こる。

発熱が起こる理由は、ウィルスと戦うための抗体を産生するには、代謝を亢進させる必要があるからである。

WHOの統計に風邪をひいて治るまでに平均2.5日とされているが、風邪薬を飲むと4日に延びるとされているのは、薬が代謝の活性を落とすからである。

●発熱に関与する因子は、プロスタグランジンやインターロイキン1(IL-1)などがある。

マクロファージや顆粒球は異物を食べる反応なので、潜伏期間は不要であり、傷口が化膿したり細菌が入ったりしたらすぐに反応が始まる。

5.リンパ球の産生と分布

●抗体を作るリンパ球は、中枢リンパ組織(胸腺と骨髄)で作られ末梢リンパ組織に分布している。

●胸腺はthymusなので、胸腺で作られるリンパ球はTリンパ球と呼ばれている。Tリンパ球、Bリンパ球は末梢血、リンパ節、脾臓に移動して働く。

血液中のリンパ球は35%であり、60%は顆粒球、5%はマクロファージである。

巡回していて何か抗原が入ってきたとき、リンパ球は血管から遊走して外に出て働く、あるいは抗体を作る。

●リンパ節は顎下リンパ節、鼠径リンパ節などがあり、T細胞とB細胞が存在している。脾臓では白脾髄にリンパ球、赤脾髄に赤血球が存在している。前者は血液中に入った抗原を処理し、後者は古くなった赤血球を壊す。

●リンパ節のリンパ球は抗原が組織に入ってきた時、リンパ液でとらえリンパ管で抗原を集めて、リンパ節に持ってきて戦う。

6.Tリンパ球とBリンパ球

●T細胞(Tリンパ球、Tcell)は、細胞自ら抗原と反応し、T細胞レセプターで抗原を捕える。このように細胞が自ら反応する仕組みなので細胞性免疫という。

T細胞を中心とした免疫反応
T細胞を中心とした免疫反応

画像出展:「日本がん免疫学会

『からだを守る免疫細胞はさまざまな方法で異物や病原微生物、ウイルス感染細胞やがん細胞などの異常細胞と戦います。

ここでは、その戦い方の一つである細胞免疫について解説します。細胞性免疫とは、ウイルス感染細胞やがん細胞などの異常細胞を、抗体などを介さずに免疫細胞そのものが直接攻撃するタイプの免疫反応です。細胞性免疫の中心をになう免疫細胞はT細胞ですが、活躍するのはCD4ヘルパーT細胞とCD 8キラーT細胞です。

 CD4ヘルパーT細胞は免疫の司令官とも言われ、様々な免疫細胞に、がん細胞やウイルス感染細胞に対する「攻撃始め」の指示を出します。CD4ヘルパーT細胞は主に2つの系統の戦い方を指示します。CD8キラーT細胞を始めナチュラルキラー(NK)細胞やマクロファージと呼ばれる異常細胞の直接攻撃を得意とする細胞を活性化し、細胞性免疫という戦い方を指揮するのが1型CD4ヘルパーT細胞であり、B細胞を刺激して抗体を産生させる液性免疫という戦い方を指揮するのが2型CD4ヘルパーT細胞です。主にこの2つの戦法を上手く組み合わせて効率よく異常細胞を排除することで、私達のからだは病原体の侵入やがんの発生から守られているのです。この免疫の司令官がいかに重要かということは、CD4ヘルパーT細胞が失われる病態で顕著に示されます。例えばHIV(エイズウイルス)はCD4ヘルパーT細胞に感染し、破壊することで全身の免疫不全を引き起こします。その結果、通常は致死的にならないような弱毒微生物のまん延を許し、患者を死に至らしめます。』

7.主要組織適合抗原

●ヒトの身体は同じようなタンパク質でできており、アミノ酸配列も同じである。しかしながら、移植によって拒絶反応が起きる。これは主要組織適合抗原(MHC)という物質によるものであり、この主要組織適合抗原は個人間でアミノ酸配列が異なる。また、主要組織適合抗原はT細胞の認識抗原である。

●抗体はB細胞から分泌されて、直接抗体の立体構造で抗原を認識するが、T細胞の場合は主要組織適合抗原と抗体がくっついた分子をT細胞レセプターがまとめて認識する。

●主要組織適合抗原は移植の拒絶抗原というより、組織細胞に入った抗原を捕まえるためのタンパク質と考えるのが正しい。

●ペストや天然痘が猛威をふるっても生き延びる人が必ずいるのは、リンパ球が認識する能力は個人ごとにアミノ酸配列が異なるため多様性がでるからである。抗原の認識の違いによってT細胞の働きが個人間で全く異なる。ある人は免疫が強く出る、ある人はほどほど、ある人は弱く出る。

免疫は強いことがプラスになる場合がある一方、強すぎてアレルギーなどに苦しむ原因にもなる。

●主要組織適合抗原の多様化は、特に哺乳動物で進化した。恐竜は5000万年前絶滅したが、主に夜行性の食虫動物として生存していた哺乳類は小さくて弱いが、免疫システムに関しては爬虫類より進化し、多様性が高かった。

●移植に関しては邪魔者といえる、主要組織適合抗原は生き延びるための戦略であった。

8.免疫が関与する疾患

①感染症:ウィルス感染、一部細菌感染

●細菌類は主に顆粒球が攻撃して治癒させる。

●ウィルスと一部の細菌感染では、免疫が働く。

②アレルギー疾患:アトピー性皮膚炎、花粉症、アナフィラキシー

●アナフィラキシーは薬物アレルギーにも見られるが、薬物(通常分子量200~400くらいの小さなものが多い)はアルブミンなどについて全体で抗原となってアナフィラキシーショックを引き起こす。

③移植の拒絶

●移植における拒絶は、主要組織適合抗原が個人間で多様化し、タンパク質が異なるために起こる。

④自己免疫疾患(膠原病)

●膠原病と言われているのは、コラーゲンなどの膠原線維が炎症に関わっているためである。

⑤加齢現象

●加齢減少も免疫と関係している。

●自己免疫疾患を起こす抗体を自己抗体といい、自分の核やDNA、RNA、ミトコンドリアなどに抗体ができるものである。高齢者では健康な人でも自己抗体が病気の人と同じくらいのレベルである。何故、高齢者が自己免疫疾患にならないかというと、高齢者では老化した異常細胞やガン化した異常細胞を排除することに自己抗体がプラスに働いているからである。つまり、ほどよく自己抗体が出た人が、病気にならず長生きするということである。

⑥妊娠―つわり、流産

●父親の遺伝子も受け継ぐ胎児は母親にとって異物になる。流産、つわりは免疫現象が関わっており、リンパ球や自己抗体が自らを攻撃する。しかし、拒絶に至らないのも免疫、古いタイプの免疫システムが関与しているからである。

⑦ガン免疫

●ガンにおいても免疫が働く。免疫抑制剤や免疫抑制作用のあるステロイドを長期間していると、発ガン率が高くなることでも免疫によるガン抑制効果はある。

⑧先天性免疫不全症

●先天性の免疫不全症の子供には、悪性腫瘍を合併することが多い。

ファシアの勉強2

Fasiaリリースの基本と臨床 第2版
Fasiaリリースの基本と臨床 第2版

編者:木村裕明、小林只、並木宏文

初版発行:2017年3月

出版:文光堂

目次は”ファシアの勉強1”を参照ください。

2 fasciaの病態

③ ファシア疼痛症候群(FPS)の提唱

・ファシア疼痛症候群(fascia pain syndorome:FPS)とは、「fasciaの異常によって引き起こされる知覚症状、運動症状、および自律神経症状を呈する症候群」である。

・従来、筋膜の異常による痛みやしびれを引き起こすものは、筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome:MPS)と呼ばれてきたが、痛みの原因は筋膜に限らず、靭帯、支帯、腱膜、関節包などの線維性の結合組織を含む「fascia」にあることが分かり、MPSに代わる新しい概念としてFPSが提唱されている。

3 fasciaから再考する各種病態

④ 末梢神経の病態

fasciaから再考する神経障害性疼痛

・圧迫や損傷などによる器質的な神経線維の異常(断裂や浮腫などによる電気活動の途絶)は、神経機能の低下(感覚神経:鈍麻、運動神経:筋力低下・麻痺、深部腱反射低下・振動覚低下、膀胱直腸障害)をきたす。この種の症状は、日内変動・週内変動などの症状変動はなく、24時間一定の強さであることが特徴である。

ピリピリやビリビリなどの痛みや異常感覚・知覚過敏の症状は、神経周囲のfascia、神経上膜のfasciaの異常、さらには末梢神経内の線維fibrils(例:束間神経上膜、神経周膜)や動静脈を構成するfasciaからのシグナルを神経線維が受けて生じていると考えられる。

末梢神経の図
末梢神経の図

画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」

・末梢神経近傍のfascia異常による機能的な神経障害(末梢神経感作:持続的な侵害受容器への刺激による後根神経節)の場合でも、その「痛み」の原因は、末梢の侵害受容器に刺激を与えているfasciaの異常であることは稀ではない。

・神経障害性疼痛は、器質的神経障害と機能的神経障害の2つの分類も提唱されているが、両者とも末梢のfasciaの問題である可能性がある。

・末梢神経分布に合わない手指のしびれ感は、fasciaの異常による機能的神経障害性疼痛であることが多く、骨間膜や支帯など神経から少し離れたfasciaが影響していることも少なくない。

⑤ 血管の病態(冷え症を含む)

・アンギオソーム(angiosome)とは、体組織がどの源血管によって血液供給されているかを表した血流地図である。

血管周囲のfasciaには自由神経終末が豊富に存在し、この部位のリリースは慢性痛や交感神経に関係する疼痛に効果的であると考えられる。また、リリース後に血流改善を自覚する患者が多い。

angiosome
angiosome

画像出展:「Doctorlib

血管外層とfasciaは連続する

・動脈は3層構造(血管内皮細胞:内側から内膜、中膜[平滑筋や弾性繊維]、外膜[膠原繊維])で構成される。

・末梢神経終末は動脈周囲結合組織から外層に広く分布し、一部は外膜を貫通して、外膜と中膜の間に網目状に広がる。

大血管の周囲には交感神経幹が、末梢血管の周囲にも交感神経が分布している。

・動脈の外膜と末梢神経を含む周囲結合組織の境界は連続しており、分離は困難である。

交感神経幹(左脊髄右隣)
交感神経幹(左脊髄右隣)

画像出展:「人体の正常構造と機能」

交感神経幹は左端の脊髄右隣にあり、頭側、頸部には上中下の各神経節があります。

なお交感神経副交感神経です。それぞれ実線は節前線維、破線は節後線維です。

fasciaで考察する血管周囲のリリース

血管周囲のfascia異常は交感神経を介する痛みの原因になると考えらえるが、さらに、平滑筋の収縮によって末梢血流を低下させている。

交感神経の異常は長引く痛みやしびれ、冷えなどに影響を与える可能性が高い。

・血管周囲の異常なfasciaをリリースすることにより、交感神経や末梢神経への異常入力を改善すると考えられる。

血管周囲のリリースは血流低下に伴うしびれや浮腫、末梢の冷えなどに有効な場合がある

局所の慢性的な交感神経緊張は、体温の低下や身体の冷えなどの症状の原因になる。

・皮膚への鍼刺激は脊髄の軸索反射を介して、神経末梢からサブスタンスPなどの血管拡張物質が放出され、皮膚血管拡張による皮膚血流増加をもたらす。

fasciaリリースは冷え性および冷え症の治療効果も確認されている。なお、病態としては以下の3つが考えらえる。

1)冷えに関する受容器(ポリモーダル受容器、温度受容器、広閾値機械受容器など)が何らかの原因により過敏となり、冷えという感覚刺激を中枢に伝えている。

2)動脈周囲のfasciaの異常信号が関与している。

3)熱産生能力の低下(偏った食生活、運動不足、不適切な靴・靴下・衣類などの生活要因)による影響。

fasciaリリースの治療部位は、皮下組織や支帯などの浅い部位、動脈周囲になることが多い。

⑥ fasciaと自律神経症状

自律神経症状とは

自律神経症状があると、「自律神経失調症」と診断されることが多いが、全身性のものか局所性のものか等、慎重に評価する必要がある。

fasciaと自律神経症状

・末梢からの神経刺激は、閾値を超える一定の刺激がない限り、脊髄、視床を通過して脳へ伝わらない。ただし、末梢に病態があって疼痛閾値が下がっていたり、全身の疼痛閾値を下げる病態がある場合は、弱い刺激であっても脳へ伝達される。

頭頚部(発生学的には鰓弓由来の組織)に生じた発痛源(顎関節、歯科領域)は脊髄という関門は通らず、さまざまな症状をきたしやすい。

血管周囲のfasciaと神経周囲のfasciaの双方が関わっていることは多い。

自律神経の全体と局所のバランスの分析、および対応方法

自律神経の不調は局所の交感神経緊張の過剰状態から始まる場合が多い。

自律神経の不調
自律神経の不調

画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」

これは私にとって、今回1番の発見だったかも知れません。

に対するの反応の例としては、注射の痛みに対する迷走神経反射(血圧低下、徐脈、嘔気、倦怠感)がある。

・損傷、外傷による症状がの反応のみで軽快すれば、急性痛で終わる。しかし、が持続する場合、全身の副交感神経緊張による様々な症状が出てくる傾向がある。

・自律神経症状を伴いやすい局所の筋膜性疼痛としては、頚長筋が有名である。

頚長筋の緊張(fascia異常)は、星状神経節などの局所の交感神経の過剰緊張を引き起こし、の反応の常態化(起立性低血圧、頚動脈過敏症候群、ドライアイなどの乾燥症状)を引き起こす。

が継続していると、全身のバランスをとるためにの反応(動悸、頻脈、発汗、冷え性など)が生じやすくなる。この状態は全身の過度の交感神経緊張を意味する。

・緊張しきれなくなった副交感神経および交感神経は、最終的には「虚脱」し、あらゆる刺激に敏感な状態になると考えられる。

各病期に応じた治療概念
各病期に応じた治療概念

画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」

 

4 エコーガイド下fasciaリリースとは

②fasciaリリースの種類と適応

筋膜 myofascia

・myofasciaは筋全体および筋線維を包む結合組織であり、筋外膜、筋周膜、筋内膜を合わせた総称である。

・実際に筋膜をリリースする場合は、これらのmyofasicそのものというより、筋間膜(筋またはそれに続く腱の外側の空間[皮下、筋外膜間、骨膜と筋膜の間、腱の周囲など])のリリースであり、主として筋外膜とそれに連続するdeep fasciaのリリースを意味する。この部分には多くの神経や血管が走行している。

支帯 retinaculum

・支帯は四肢の関節付近に存在し、deep fasciaを補強する薄くて柔軟なfasciaである。多くのアトラス[図集]では独立した組織として描かれているが、実際はdeep fasciaが局所的に肥厚したものと推察されている。

・支帯は関節運動時に腱を関節に引き付けておくプリ―システムとして働くが、関節の構造的安定に対する寄与は大きくない。

・周囲の骨、筋、腱などに多くの線維的結合を有し、安定した位置を保つことと同時に、力のさまざまな方向への伝達を媒介する。

・固有感覚受容器に富み、固有感覚においても大きな役割をもつと考えられている。

支帯のfasciaリリースによって、末梢の循環やしびれ、むくみ、支帯の下を走る筋群の滑動性などが改善することが多い。

・圧痛は検出できないことが多く、皮膚をつまんだ時の痛みが参考になる。

靭帯 ligament

・靭帯の主成分はコラーゲンだが、エラスチン線維も豊富に含む強靭な密性結合組織であり、骨と骨を結び付けて関節を安定させる。

・fasciaリリースにおいては注入時の痛みも強く、抵抗も比較的強いため十分な配慮が必要である。

腱 tendon

・腱は靭帯と比べるとエラスチン線維は非常に少ないが、靭帯同様、強靭な密性結合組織で筋と骨を結び付ける。

腱鞘 tendon sheath

・腱鞘は細長い筒状組織で、指の屈筋腱のように細やかな機能に加えて、外力からの耐久性が必要とされる腱組織を包んでいる。

・腱鞘は2層構造になっていて、内側の滑液包、外側の線維性組織から構成される。

・一般的な腱鞘炎では腱鞘内に局所注射(ステロイド薬)を注入する場合が多いが、この腱鞘自体を同時にリリースすることが有効である。ばね指の場合は、掌側板も同時にリリースするとさらに有効である。

・腱鞘は両側にある固有掌側指動静脈・神経に注意する。

関節包 articular capsule

・関節包は関節を包む結合組織で、外側は線維性の膜、内側は滑膜の二重構造になっている。

・膝関節包や肩関節包など部位によって構造と機能に違いがある。この違いを理解してリリースすることが重要である。

重症の凍結肩(五十肩)に有効で、適切に行うと可動域が驚くほど改善する。

凍結肩のファシアリリース
凍結肩のファシアリリース

画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」

 

凍結肩のファシアリリース
凍結肩のファシアリリース

画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」

 

脂肪体のfascia(fascia of fat pad)

・脂肪体には、神経血管の保護、周辺組織との滑動機能の維持などの他に、“痛覚センサー”としての機能が注目されている。

・解剖学的には脂肪体は、靭帯、腱にも匹敵する強固なものから、柔らかいクッションのようなものまであり、1つの脂肪体に混在している。ここに癒着が起こると、関節の可動域制限や疼痛が生じる。

末梢神経のfascia(neural fascia)

・fasciaリリースの対象となる末梢神経を構成する線維性の組織には、傍神経鞘、神経上膜などの神経の外層部、多数の神経束を包む神経周膜、神経周膜と神経周膜の間にある束間神経上膜、および神経内膜がある。

脳髄膜系のfascia(meningeal fascia)

・棘突起に沿った正中部の頑固な痛みの場合、脳髄膜系のfasciaとして特に、硬膜・黄色靭帯複合体の治療を検討する。しかし、この部位の治療は難易度、リスクともに高い。

血管のfascia(vascular fascia):動脈 artery、静脈 vein

・動脈は内膜、中膜、外膜の3層構造であり、外膜と周囲のfasciaの境界は連続してはっきり区別できない。

動脈リリースは、外膜および外膜に連続するfasciaのリリースである。血流の低下による末梢の冷え、しびれ、浮腫などに効果がある。

血管周囲には交感神経が存在し、この部位のfasciaリリースは交感神経への異常入力を改善させる可能性がある。

創部・瘢痕

・開腹術後、開胸術後、開頭術後、四肢の術後など、さまざまな外科領域の術後創部が適応となる。

・術後の瘢痕や周囲組織との癒着は、皮膚・皮下組織の可動性を低下させ、全身の可動域制限に影響していることも多い。

長年原因が不明であった術後創部の癒着がfasciaリリースによって改善することも少なくない。

瘢痕部のfasciaリリースで症状が改善しない場合は、近傍の末梢神経や血管周囲のfasciaリリースを追加することが多い。

6 治療部位・発痛源の評価

⑦多様な関連痛マップ(dermatome、myotome、fasciatome、angiosome、venosome、osteotome)

デルマトーム dermatome

・各脊髄分節が支配する皮膚感覚領域の分布。

・深部腱反射や筋力評価とともに、脊髄疾患での病巣高位を判断するのに有用となる。

・デルマトームには様々な種類の報告があり、検証法も様々でその分布のバリエーションも多い。

ミオトーム myotome

・各脊髄分節が支配する運動神経の分布。

・脊髄分節が支配する筋の筋力低下や筋委縮の有無から、脊髄疾患や神経根症状の病巣高位を診断するのに有用となる。

・神経根周囲のfasciaに異常が生じた場合、デルマトームの分布に沿った疼痛やしびれとともに、ミオトームの分布に沿った筋力低下や筋委縮が出現する場合もある。

ファシアトーム fasciatome

・deep fasciaの感覚は各脊髄分節が支配しており、デルマトームにおける表在の皮膚感覚とは異なる分布を示しているというもの。

・ファシアトームでの神経支配分布は、四肢の分節間(上肢の場合、肩部-上腕-前腕-手部など)をつなぐfasciaの張力伝達と密接に関わり合うとされている。

アンギオソーム angiosome

・体組織がどの源血管によって血液供給されているかを表した血流地図であり、形成外科医の皮形成術に用いられていたもの。

・アンギオソームは動脈の血流地図であり、以下が確認できる場合に対象血管を治療部位として選択する。

①従来の発痛源評価により普段の痛みが再現されない、または一定しない。

②アンギオソームの領域に一致した症状が認められる。

ヴェノソーム venosome

・ヴェノソームは静脈の血流地図であり、以下が確認できる場合に対象血管とし選択する。

①従来の発痛源評価により普段の痛みが再現されない、または一定しない。

②ヴェノソームの領域に一致した症状が認められる。

③四肢末端の症状の場合には、近位に駆血帯を巻き症状に増減が認められる。

オステオソーム osteotome

・各脊髄分節が支配する骨膜の感覚領域と固有神経支配領域の分布図であり、デルマトームにおける皮膚感覚の分布や、ファシアトームで提唱されたdeep fasciaの感覚分布とは異なる分布を示す。

・坐骨神経痛と診断される患者の多くで、殿部と下腿前外側の疼痛を主訴として訴える場合がある。この際、大腿部に疼痛がない場合も多く、デルマトームの分布とは感覚領域が一致しない。しかし、オステオソームに当てはめて考えると、殿部と下腿前外側の骨膜は第5腰髄神経根の支配領域として当てはまる。

感想

以下はブログ”ファシアの勉強1”に書かれていたものです。

fasciaの中を走行する神経、血管、リンパ管などは、周りをfasciaで覆われることにより、保護と方向性が与えられている。

そして、下の図にあるように、血管と神経の多くは一体的に存在していることが分かります(断面の赤点動脈青点静脈です)。

末梢神経の図
末梢神経の図

画像出展:「Fasciaリリースの臨床と基本と臨床 第2版」

一方、特に重要とされているツボ(経穴)の中には動脈近傍に存在するものが多くあります。同様にツボと神経の関係性も多く論じられてきました。

このように考えると、鍼とファシアの関係性を考える時、膜(筋膜や腱膜、関節包など)としてのファシアと、ファシアによって保護と方向性を与えられた神経、血管・リンパ管ということが、最も重要な関係性ではないかと思われます。

画像出展:「Nobelpharma

『リンパ系はリンパ管、リンパ節などの組織で構成されており、リンパ管の内部には、リンパ液という液体が流れています。全身をめぐる血液の一部は、全身の細い血管(毛細血管)から染み出して体の隅々(末梢組織)まで酸素や栄養素を届けた後に、一部は再び血管に戻ります。戻らなかった水分(組織液)やさまざまな老廃物などは毛細リンパ管に入り、リンパ液となります。

毛細リンパ管は集まってリンパ管となり、最終的に静脈に流入します。これがリンパ管のネットワークです。きれいな血液を届ける血管を上水道に例えるなら、リンパ管は老廃物を集めて運ぶ下水道にあたる器官といえる存在です。またリンパ管の途中にあるリンパ節は浄水場のように、リンパ液を浄化するはたらきがあります。』

血管には栄養素と酸素、さらに様々な生理活性物質が流れており、東洋医学の“気・血”を連想させます。これはまさに生きるためのライフラインです。

神経は心身をコントロールしている”脳”に現状を伝え、そして脳から指示を受けるという情報のライフラインです。

鍼の刺激を物理的刺激と考えれば、ファシアへの機械的刺激や電気的刺激を通じて、この2つの極めて重要なライフラインを活性化することで心身に新風を送っているのではないかと思います。

この事を考えていて、専門学校時代にツボ(経穴)と動脈や神経についての資料を作ったことを思い出しました。懐かしいので添付させて頂きます。

ファシアの勉強1

2017年12月、ブログ”エコーガイド下fasciaリリース”の中で、『解剖・動作・エコーで導く Fasciaリリースの基本と臨床』という本を紹介させて頂いているのですが、この本の第2版である、『解剖・動作・エコーで導くFasciaリリースの基本と臨床 第2版』は、既に2017年3月に発行されていました。

その意味では既に5年以上経過してしまったわけですが、私にとって”ファシア”はまだまだ不勉強な部分が非常に多く、また、”腎・腎臓”と並び、最も興味深いテーマなので繰り返し学習しながら、徐々に理解度をアップできればいいなと思っています。

Fasiaリリースの基本と臨床 第2版
Fasiaリリースの基本と臨床 第2版

編者:木村裕明、小林只、並木宏文

初版発行:2017年3月

出版:文光堂

なお、ブログは目次の黒字部分になりますので、ごく一部ということになります。

目次

1 fascia(ファシア)とは

① fasciaの歴史・定義の変遷―実態・認識・言葉の狭間で

 column 雲とfasciaの類似性

② fasciaは西洋医学と東洋医学の架け橋

③ fasciaの解剖生理

 column Dr.Jean-Claude Guimberteau とfascia

2 fasciaの病態

① fasciaの疼痛学

 column fasciaの発痛源は「神経」か?

② fasciaと画像評価

 column エコー技術の発展とfasciaの病態解明

③ ファシア疼痛症候群(FPS)の提唱

④ fasciaの病態に関わる代表的な用語(癒着、柔軟性など)

⑤ 癒着のGrade分類

3 fasciaから再考する各種病態

① 診断とは何か? 病名と診断名の再考

 column 不定愁訴とは? 原因不明とは?

② 関節の病態

 column 病名の再区分―thumb pain syndrome

③炎症性疾患との関係

④ 末梢神経の病態

⑤ 血管の病態(冷え症を含む)

⑥ fasciaと自律神経症状

⑦ 局所と中枢の治療戦略

4 エコーガイド下fasciaリリースとは

① エコーガイド下fasciaリリースの技術開発、命名の歴史的経緯

② fasciaリリースの種類と適応

 column 末梢神経リリース

③ エコーガイド下ハイドロリリースとは?

 column ハイドロリリースという言葉が生まれた背景

④ hydrorelease と hydrodissection およびブロックの違い

5 fasciaリリース評価と治療概論

① さまざまなfasciaリリース(注射、鍼、徒手など)の方法とその組み合わせ方

 column 針・鍼の先端の形状と組織侵襲性

 column 鍼は本当に神経や血管を避けるのか?

 column 注射療法+徒手療法(passive manipulation with hydrorelease)

② 注射手技と効果測定の全体像

③ 注射の治療効果判定

 column リリースで悪化する場合(圧痛による治療部位選定のピットフォール)

6 治療部位・発痛源の評価

① fasciaリリースのための診察の流れ

 column fascia治療に関する適切な用語は?

② 触診―触診方法のコツ

 column 医師が鍼を使う意義

③ 触診―触診の学習方法

 column エラストグラフィを活用したエコーガイド下触診教育

④ 動作分析と可動域評価

 column pROMの全身評価の方法:real anatomy train

⑤ pROMとnerve tension test

 column エコーを用いた坐骨神経の滑走評価nerve gliding test 

⑥ fascia治療におけるエコーの活用法

⑦ 多様な関連痛マップ(dermatome、myotome、fasciatome、angiosome、venosome、osteotome)

7 エコーガイド下fasciaハイドロリリースの方法

① 穿刺および注射針の操作技術―注射針・シリンジ・薬液の選択

column fasciaハイドロリリースにおけるステロイド薬の適応

② fasciaハイドロリリースに伴う合併症

③ 安全で確実に注射するための工夫と学び方

④ 安全確実なfasciaハイドロリリースのための教え方(気胸を克服する)

8 エコーガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)の実践

① エコーガイド下fasciaハイドロリリースの学習法

② エコーガイド下fasciaハイドロリリースの難易度一覧

A 頸部

① 頭半棘筋/大後頭筋/下頭斜筋(ランクA)

② 中斜角筋/後斜角筋/第1肋骨(ランクC)

③ 胸鎖乳突筋裏(C2~3レベル)(ランクB)

④ C8神経根周囲のfascia(ランクC)

⑤ 側頭筋/外側翼突筋(ランクC)

⑥ C1/2の黄色靭帯・背側硬膜複合体(ligamentum flavum/dura complex:LFD)

B 肩関節

① 肩峰下滑液包と三角筋滑液包(ランクA)

② 烏口上腕靭帯(ランクA)

③ 三角筋筋内腱(ランクA)

④ 小円筋/上腕三頭筋(長頭)/腋窩神経、下後方関節複合体(ランクC)

C 上肢帯

① 僧帽筋/棘上筋(ランクA)

② 棘下筋(横走線維/斜走線維)(ランクA)

③ 腋窩動脈周囲のfascia(腋窩鞘)(ランクC)

D 上肢

① 橈骨神経周囲のfascia(上腕遠位部)(ランクB)

② 尺骨神経周囲のfascia(Struthers腱弓)(ランクB)

③ オズボーンバンド(ランクB)

④ 長短橈側手根伸筋・総指伸筋/回外筋(ランクA)

⑤ 手関節部の伸筋支帯(ランクB)

⑥ 手関節部の屈筋支帯(ランクB)

⑦ 正中神経(束間神経上膜)(ランクC)

E 体幹

① 胸腰筋膜(ランクA)

② 腰部多裂筋(ランクA)

③ 腰椎横突起腹側(腰方形筋付着部)(ランクA)

④ 腰椎椎間関節包(ランクB)

⑤ 術後創部痛(ランクB)

F 下肢帯

① 中殿筋/小殿筋/腸骨(ランクA)および中殿筋/小殿筋/股関節包(ランクA)

 1.中殿筋/小殿筋/腸骨

 2.中殿筋/小殿筋/股関節包

② 梨状筋(ランクB)

③ S1後仙骨孔(ランクC)

④ 坐骨神経(ランクC)

G 下肢

① 鵞足/内側側副靭帯(ランクA)

② 伏在神経周囲のfascia(膝関節周囲)(ランクB)

③ 半腱様筋/半膜様筋(ランクA)

④ 膝窩動脈周囲のfascia(ランクC)

⑤ 総腓骨神経周囲のfascia(ランクB)

⑥ 足関節部の上肢筋支帯(ランクB)

⑦ 足根洞(ランクC)

9 症例提示―fasciaハイドロリリースの実践が進む分野

① 症例1 整形外科医の腰痛

② 症例2 若手女性の上肢痛の原因は「顎関節」

③ 症例3 歯科領域への応用(新しい非歯原性歯痛分類の提案)

 column 顔面痛に対するfasciaハイドロリリース

④ 症例4 脳卒中後遺症ではなかった右上肢のしびれ感

 column 神経疾患とファシア疼痛症候群(FPS)の合併

⑤ 症例5 創部痛(大動脈弁置換手術のための開胸術後)

 column 腹壁ハイドロリリース

⑥ 症例6 スポーツ選手の筋腱断裂後疼痛

⑦ 症例7 左肘窩部の採血後疼痛

⑧ 症例8 交通事故後のむち打ち症(外傷性頸部症候群)

⑨ 症例9 前胸部不快感と過換気発作を繰り返す若年女性

⑩ 症例10 膠原病(炎症性疾患)に合併するファシア疼痛症候群(FPS)

 column リンパ節炎後のリンパ節リリース

⑪ 症例11 脳出血後の頭痛・めまい(fasciaがつなぐ東洋医学と西洋医学)

10 悪化因子への対応―整形内科的生活指導

・生活指導の現状と課題

・運動器疼痛に対する整形内科的生活指導のプロセス

・事実の確認方法

・個人への介入方法

・集団への介入方法

11 fasciaに注視した手術―認識と手技の変遷

・創部と痛み・癒着の関係

・創部の治療

・手術手技とfascia

・手術領域において「膜」や「膜様構造」と認識されてきたfascia

・“膜”や“膜様構造”はfasciaの1つの表現形にすぎない

・fasciaに対する認識の転換―内視鏡による拡大近接画像が見せた「生きている立体的網目状構造」

・総論:fasciaを意識した手術手技(腹部・骨盤部を例に)

・各論:fasciaの認識と手術手技の関係(腹部・骨盤部を例に)

 ―fasciaを温存するか、しないか

・fasciaを意識した手術は合併症を減らす

・fasciaを意識した手術の未来

12 初学者のためのQ&A集

 Q1 どのように診察を始めればよい?

 Q2 結局、痛いところに注射すればよい?

 Q3 リリースで悪化する病態はあるの?

 Q4 注射実施時の感染予防対策は?

 Q5 プローブの血液汚染はどうすればよい?

 Q6 注射後は、注射した液体を手などで広げるの?

 Q7 よくある治療中の患者の反応は?

 Q8 注射後の重だるさや痛み(リバウンド)はあるの?

 Q9 注射した液体はどれくらいで消えるの?

 Q10 薬液注入量のだいたいの目安は?

 Q11 針を骨に当てると骨表面上での合併症が起こる?

 Q12 古いエコー機器ではこの治療はできないの?

 Q13 治療に要する時間は、一人当たりおよそ何分くらい?

1 fascia(ファシア)とは

① fasciaの歴史・定義の変遷―実態・認識・言葉の狭間で

●結合組織という言葉の歴史と、その定義

・「その他」として分類されてきた結合組織は、単に構造を支持するだけの不活性組織と理解されてきた。

・近年、結合組織の活性機能が注目されている。以下はその例である。

 -心外膜脂肪が放出するサイトカインの冠動脈硬化への影響。

 -腸間膜が独立臓器として証明。

 -間質が独立器官として再認識。

・結合組織の代表格である筋膜(myofascia)は「保持、パッケージ」などの構造の保持機能に加えて、「刺激への侵害受容や深部感覚の伝達」を行っていることが判明した。

・マクロの観点では、アナトミートレインのように全身が連続していることが、概念と肉眼解剖学による研究結果として報告された。

・ミクロの観点では、細胞外からの機械的刺激は細胞内まで伝達し、核の代謝に直接的な影響を与えている(機械的シグナル伝達)。これは、結合組織の細胞レベルの機能特性を示している。

●fasciaという言葉の歴史と、その定義

・日本では2019年4月、JNOS学術局の協議により、fasciaの定義を「ネットワーク機能を有する『目視可能な線維構成体』は肉眼解剖用語であるとした。

一般向けの平易な説明として、2020年3月には、fasciaを全身にある臓器を覆い、接続し、情報伝達を担う線維性の立体網目状組織、臓器の動きを滑らかにし、これを支え、保護して位置を保つシステムと表記した。

③ fasciaの解剖生理

●結合組織とfasciaの関係性

・結合組織は主要な4大組織(筋組織、神経組織、上皮組織、結合組織)の1つとされているが、身体の様々な組織に該当しない組織を集めたものともいわれている。

・広義の結合組織には血液や骨、軟骨なども含まれる。

・狭義の結合組織

 -密性結合組織

 -疎性結合組織

 -膠様組織

 -細網組織

   -線維性結合組織(脂肪組織など)

主な結合組織の構成
主な結合組織の構成

画像出展:「Fasciaリリースの基本と臨床 第2版」

これらは全て重要な構成要素ですが、特に線維芽細胞に注目したいと思います。

fasciaの生理学的見解

1)fascia systemとしての考え方

fascia systemとは、fasciaの機能的側面を説明するものである。

・fascia systemは、身体に広がる柔軟でコラーゲンを含む、疎性および密性の線維性結合組織の三次元連続体で構成される。また、すべての臓器、筋肉、骨、神経線維を相互に貫通して取り囲み、身体に機能的な構造を与え、すべての身体システムが統合的に動作できる環境を提供している。

・fascia systemは皮下にある連続した結合組織の全身のネットワークであり、別々に働く個々の骨格筋が、fasciaでつながっていることにより、1つの動作が別領域の身体の部分に力や動きを伝達する。

2)fasciaと臓器の関係

fasciaは、骨格系への支持機能だけではなく、内臓の機能がスムーズに働くことも助けている。

・fasciaは臓器間の境界として、臓器が潤滑に動けるために表面を覆い、臓器を結合し、正しい位置に固定する役割もある。

・fasciaは三次元的な構造と特異的な生理作用によって外力を吸収し、それをうまく分配することにより、繊細な組織や臓器への外傷を防ぐためにも重要であると考えられている。

3)fasciaと神経、血管の関係

fasciaの中を走行する神経、血管、リンパ管などは、周りをfasciaで覆われることにより、保護と方向性が与えられている。

・fasciaは身体を区画に分けることによって体外からの病原菌を素早く拡散するのを防ぐ生体防御システムの役割も担っている。

・fasciaによる制御された構造により、マクロファージや樹状細胞などの免疫細胞は障害された組織に集積できる。

fasciaの分子生物学的見解

・fasciaに存在する線維芽細胞は、細胞間のgap junctionを通じて情報をやりとりし、神経系のように身体全体で機械刺激感受性のシグナルを伝達しているということが報告されている。この張力の統合が身体各部位における姿勢や動きのセンサーとなり、かつフィードバック機構となり、各動作をスムーズに統合していると考えられる。

・fasciaが引き伸ばされると、線維芽細胞は形態を変化させ、fasciaにかかる張力を和らげている。

・fasciaに存在するこれらの線維芽細胞は、機能的にも代謝的にも異なる性質を持っている。

・線維芽細胞の多くは身体の浅層に位置し、深層では疎性結合組織に存在する。

線維芽細胞に伝わる機械的な刺激は、その性質や方向性、刺激が継続する時間の変化などが、細胞には言語のように伝わり(機械的シグナル伝達)、細胞内にも様々な変化を引き起こす。

線維芽細胞が分泌する物質
線維芽細胞が分泌する物質

画像出展:「Fasciaリリースの基本と臨床 第2版」

 

・身体は常に生理的な負荷や機械的な刺激を受けている。もし、外界からの刺激をシャットダウンすると骨格筋は良好な栄養状態下にあっても委縮が起こるとされている。一方、負荷がかかりすぎると肥大する。

・腱の損傷では細胞外マトリックスが損傷を受け、その構造に脆弱な部分が生じると組織の緊張が高まり、過度な力が周辺の線維芽細胞に働くことで組織の炎症や分解を引き起こし、細胞死も誘導するといわれている。

線維芽細胞は細胞外マトリックスの分解、産生に直接関わることで、間接的にfasciaの連続性を保つために働き、その機能を決定している。

・生理的な張力が粘性や弾性のある細胞外マトリックスによって適度に伝わると、線維芽細胞の機能も保たれ、線維芽細胞が細胞外マトリックスを制御することで結果的にfasciaの連続性が機能し正常に働くことが可能になる。そのメカニズムは、線維芽細胞が分泌する酵素や成長ホルモンの働きによって、多くの細胞外マトリックスが産生され、必要に応じて分解されることにより、うまく調節されている。

線維芽細胞によって産生される酵素は、分解機能をもつMMPs(マトリックスメタロプロテアーゼ)、そしてその分解能を抑制するMMPのインヒビターであるTIMPsなどがあり、この両者のバランスが組織修復の際には重要な鍵となる。

線維芽細胞はMMPsやTIMPs以外に、TGF-β1(transforming gwowth factor β1)やFGF(fibroblast growth factor)といった細胞の代謝や増殖に重要なホルモンも分泌している。

線維芽細胞は免疫反応においても重要な働きをしている。炎症反応に関わる多くのサイトカインやケモカインを産生し、炎症性の環境を数時間で作り出すことができる。

線維芽細胞は炎症を促進し、ストレスにも対応するなどfasciaの連続性の維持にとても重要な役割を担っている。

社内規程立案2

社内規程立案の手引き
社内規程立案の手引き

著者:外山秀行

発行:2019年7月

出版:中央経済社

目次は“社内規程立案1”を参照ください。

第4章 社内規程の効力

・社内規程の効力は施行期日から生じる。

17 社内規程の効力はいつから生じるのか

1)施行という概念

・「施行」とは制定された規範の効力を一般的に発動し、作用させることである。

・特に「適用」とは極めて類似しているが、「適用」は個別具体の事象に対する効力の発動・作用であるという点が異なる。

2)施行期日に関する条文

(1)条文の表記

・施行期日を示す条文は、附則に置かれている。社内規程の場合、附則にこれ以外の条文を置くことはあまりない。

・施行期日が唯一の条文の場合、見出しも条名もなく、施行期日を定める文章だけが表記される。

(2)表記されている期日などの意味

・社内規程は、制定後に改定されることがある。例えば、改定があった場合、条文中の「この規則」とは制定当初の規則のことか、改定後の規則のことかに迷うことがある。これは、附則の条文が示している年月日は直近に改定された時の施行期日であるため、改定後の現在規則ということになる。

18 社内規程の効力は誰に対して生じるのか

・社内規程の効力は、会社とその構成員である役職員に対して生じる。つまり「適用」という語を使えば、社内規程は「会社とその構成員である役職員に適用される。」ということになる。

1)適用という概念

・「適用」とは、施行された規範の効力を個別具体の事象に対して発動し、作用させることである。

2)会社に適用されることの意味

・会社とは場所や社屋等ではなく、会社という属性を持つ法人に対する属人主義的な適用を意味する。

3)運用対象が限定的にみえる社内規程

(1)組織関係規程

・社内規程の中には、適用の対象が役職員の一部に限定されているかのようにみえるものがある。

4)適用対象に関する明文の規定

・全ての社内規程は、会社とその構成員である役職員に適用されるべきものであるが、規程等管理規程などに規定を置き、明文化しておくことも有益である。

19 社内規程の効力が否定される場合とは

1)効力が否定される場合

・社内規程の効力が否定される事態というのは、相異なる社内規程の条項が互いに抵触している場合、どちらかの効力が否定される事態のことである。特に新規の社内規程の制定や現行の社内規程の改定によって新設された条項は注意すべきである。

20 社内規程の効力は子会社にも及ぶのか

・子会社の経営を適切に管理することは、親会社の重要な経営課題である。会社法では、子会社について「会社が議決権の過半数を有する株式会社その他の経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」であると定義している。

実践編

第1章 社内規程の運営

1 社内規程の整備・運用はどのように行うべきか

・社内規程の管理には、個々の社内規程の管理と社内規程の全体統括という二つの側面がある。

1)個別管理と全体統括の概念

個別管理と全体統治
個別管理と全体統治

画像出展:「社内規程立案の手引き」

2)担当者の具体像

・個別管理の担当者は個々の社内規程を所管する部門の担当者のことである。一方、全体統括の方は、法務部や総務部において社内法務を一元的に統括する者が担当者になる。

3)担当者の役割

(1)個別管理

①現行の運用

②制定・改定の要否の検討

③立案作業の遂行

(2)全体統括

①規程集の整備

・全ての規程を収録した規程集を作成し、保管する。規程集は、関係者が常時閲覧できるようにするとともに、規程の制定・改廃があった場合には、これを速やかに反映させる。

②立案時における案文の審査

③制定・改廃の社内通知

2 社内規程の実効的な運用のために必要なことは何か

・社内規程の実効的運用とは、社内に浸透し励行されていることをいう。

1)浸透の難易度による社内規程の分類

・浸透の問題は規程を立案したものと、適用の対象となる者との距離が重要である。

2)規程を浸透させる必要性

・規程立案担当者及び運用責任者には、適用対象者が規程の意義を十分に認識し、その内容を理解できるように工夫する必要がある。

3)浸透させる努力と工夫

分かりやすい資料(Q&Aも有効)を用意し、説明会を必要に応じて開催するなどの高い意識が必要である。

3 社内規程の立案について心掛けるべきことは何か

・社内規程の立案は、適時適切に行うよう心掛けなければならない。

1)「適時」について

・社内規程を立案すべき時期は、個々の規程の性格によって様々である。

2)「適切」について

立案が適切であるための要件は、①規程の内容が規範として妥当なものであること、②規程の表記が規範として的確であること、③立案から施行に至る過程で所要の手続きを履行すること、である。

(1)内容の妥当性

①規定する措置の内容が立案の目的に照らして合理的なものであるか。

②立案する規程のレベルが内容の重要性に見合ったものになっているか。

③立案の内容が上位の規程に反していないか。

(2)表記の的確性

規程の全体が適切に構成されているか(条文の配列など)。

各条文が適切に構成されているか(条項の区切り、号の活用など)。

条項の引用表現に誤りはないか。

条項中の用事と用語が法令のルールに準拠しているか。

(3)適正手続きの履行

①立案開始時に余裕を持った日程を立てているか。

②関係部門との調整を早期に開始しているか。

③統括管理者(法務部など)による十分な審査を受けているか。

④規程の浸透に配意しているか(前広な周知、趣旨の説明など)。

4 社内規程の審査について心掛けるべきことは何か

1)審査の観点

・社内審査の目的は、立案された規程が内容において妥当であり、かつ、表記において的確であるかどうかを吟味し、問題点が発見された場合にはこれを是正することである。

2)審査担当者の心掛け

・審査の事務において、問題点を適確に発見し、是正する役割を果たすためには、①知見の涵養、②審査時間の確保、③支援する姿勢、④審査項目の共有、が大切である。

5 内部統制システムの関係者は社内規程にどう向き合うべき

・会社の役職員は様々な立場から内部統制システムに関係している。他方、社内規程は、内部統制システムを構築し、運用するための法的な基盤となっており、組織、業務、人事、コンプライアンスという各分野の社内規程が、それぞれ内部統制システムの構成要素に対して定められている。

1)内部統制システムの概念

・内部統制システムという概念は、会社法の定めに由来するものである。具体的には、「会社の業務の適正を確保するために必要な体制の整備」を意味する概念である。

2)内部統制システムの構成要素

①情報の保存及び管理に関する体制

②損失の危険の管理に関する体制

③取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制

④監査役の監事が実効的に行われることを確保するための体制

第2章 立案の方式及び留意点

6 社内規程の制定、改定及び廃止はどのような方式で行なえばよいのか

・社内規程の制定、改定及び廃止を行う方式には、手続と様式の二つの側面がある。

1)手続き

社内規程を制定、改定又は廃止するためには、各規程のレベルに応じて、決議又は決裁という手続を経る必要がある。規程のレベルというのは、社内規程全体の階層構造の中で個々の社内規程が位置している階層のことであり、上から順に規程、規則、細則、要領というレベルがある。

・社内規程の制定・改廃権者は各レベルに対応しており、規程は取締役会、規則は経営会議、細則は社長、要領は本部長とされており、会議での決裁や社長、本部長の決裁の手続きが必要になる。

2)様式

・様式は社内規程のレベルを問わず、制定、改定又は廃止のいずれかによって異なっている。

(1)制定

・新規に規程を制定する場合は、決議又は決裁を求める際に、制定の経緯や目的、規程案の骨子などを説明した後に、「次の規程を制定することとしたい。」と記載し、当該規程案を添付した書面を提出する。

(2)改定

・現行規程を改定する場合には、改定の経緯や趣旨を説明した文章に加えて、改定の具体的な内容を示すため、新旧対照表を作成して添付する必要がある。

新旧対照法
新旧対照法

画像出展:「社内規程立案の手引き」

(3)廃止

・社内規程を廃止する場合は、廃止の理由を説明するとともに、「○○規程を廃止することとしたい。」と記載した書面に廃止する規程を添付して、決議又は決裁を求める。

7 新規の規程を制定する場合、特に留意すべきことは何か

・立案上の留意点は、内容の妥当性、表記の的確性及び適正手続きの履行以外に、新規と改定にはそれぞれ固有の留意点がある。

・新規の規程を立案する場合には、①主管部門の適切な決定、②規程のレベルの適切な選択、③現行規程との関係に対する考慮の三点である。

1)主管部門の適切な決定

・立案の主管部門は、制定しようとする事項を担当している部門とするのが原則である。

2)規程のレベルの適切な選択

・規程集の最上位に来る「規程等管理規程」が作成されていれば、各レベルの規程で定めるべき事項の性質が規定されているので、その趣旨を踏まえ、制定する事項の内容とその重要度に応じた適切なレベルを選択しなければならない。これが新規制定の際に最も留意すべき点である。

・不適切なレベル選択は、「規程等管理規程」の趣旨に反するばかりでなく、社内のガバナンスを阻害することにもなるので、十分な注意が必要である。

3)現行規程との関係に対する考慮

・社内規程は規程事項の内容によって、組織、業務、人事、コンプライアンスという四つの分野に大別される。

・新規の規程といっても、現行の規程と全く無縁の存在ではなく、何らかの関係を持つ場合が少なくない。

・上位にある規程との関係だけでなく、同列の規程との関係にも留意する必要がある。

8 規程のレベル選択を間違いやすいのはなぜか

・規程等管理規程では、「重要な事項は上位の機関が決める」という思想に基づき、各レベルの規程に置いて規定すべき事項を次のように定めている。

画像出展:「社内規程立案の手引き」

・レベルの選択を間違えるというのは、上記のような対応関係を考慮せずに不適切なレベルの規程を選択してしまうことである。その中でも最も起こりやすい間違いは規程又は規則で規定すべき事項を細則又は要領で想定してしまうことである。このような間違いが起こる原因としては、次の三つが考えられる。

1)特定を定める規程のレベルに関する誤解

・一般的に、特例、特則は一般則と同じレベルでなければならない。この原理は法令も同様である。

2)規程の主管と規程のレベルとの混同

・レベルの選択は規程の内容とその重要度によって判断すべきである。その内容が各部門に関係し、全社的な統制の下で実施すべきものであれば、重要性を鑑みて、上位のレベルを選択するのが適切である。

3)手続きの簡便性に惹かれる担当者の心理

・規程のレベルが上がるほど関係者が多く、制定手続にも時間がかかるので、担当者は下位のレベルを選択しようとする意識が働き、規定事項の重要性を軽視したレベルの選択が行われやすくなる。

9 規程のレベル選択の間違いを是正する方法とは

・規定事項が全ての役職員に対して一定の義務を課し、又は一定の権利を与えるようなものであれば、規程又は規則というレベルを選択すべきであるが、立案担当者が何らかの事情により、要領という形式を選択し、施行してしまった場合には、早急に是正する必要がある。

1)レベルの是正が必要な理由

①規程等管理規程の趣旨に反する。

②社内統治(ガバナンス)の実効性が損なわれてしまう。

2)レベルの是正に必要な手続き

・規程の題名を変更することはできず、一旦「○○要領」を廃止し、同内容の「○○規程」を制定するという二つの手続きを踏む必要がある。

3)レベルの適正を確保する方策

・レベル選択の誤りの発見と是正には、法務に精通したものに検証を依頼する必要がある。

・レベルの選択の誤りを防止するには、法務担当者の研修や啓蒙活動の他、審査する体制の構築が求められる。

10 現行の規程を改定する場合、特に留意すべきことは何か

・改定には、字句の変更、条項の追加、条項の削除という三つの類型がある。

・主な留意点には、目的規定との関係、題名、章名等との関係、追加する条項の単位がある。

1)改定の三類型

改定の三類型
改定の三類型

画像出展:「社内規程立案の手引き」

2)目的規定との関係

規程の第1条に目的規定がある。規程を改定する際には、改定した後の条項の内容と目的規定で定められている内容と整合していることを確認しなければならない。追加条項と整合するように現行規程の目的規定を改めるか、条項の追加ではなく、新規規程の制定という形式にする場合もある。

3)題名、章名等との関係

・目的の修正を要する追加改定を行う場合、題名が適切でなくなることもあるため相応しい題名に変更する。

・例えば、コンプライアンス組織規程に業務運営に関する条項を追加するような場合には、題名をコンプライアンス体制運営規程などと改正する必要がある。

4)追加する条項の単位

条項の追加する際には、条として追加するか、項として追加するかを検討する必要がある。密接な関係にある場合は項として追加し、やや独立した関係にある場合は、別の条を建てて規定するのが適切である。

11 規程の立案に際して手続面で履行すべきことは何か

・規程の立案には幾つかの段階がある。

①立案の開始を決定した段階:全行程の想定

②案文を作成するまでの間:関係先との協議

③案文を作成した段階:審査部への持ち込み

④機関決定後、施行までの間:社内における周知

1)全行程の想定

・案文の作成から機関決定を経て施行に至るまで、どのような手続をどの時点で履行するかを検討し、全工程の予定を想定しておく。

2)関係先との協議

・必要に応じて関係先との協議は早めに進めた方が良い。

3)審査部への持ち込み

・立案者の案文の審査は余裕をもって依頼するよう心掛けたい。

4)社内における周知

・規程成立後、施行されるまでに社内への周知を迅速かつ十分に行うことが重要である。特に制定・改定の背景や趣旨を詳しく説明したり、特に関係が深い者を対象に説明会を開催するなど周知のための工夫や配慮が必要である。

第3章 規程全体の書き方

12 社内規程の構成は法律とどこが違うのか

・社内規程の構成というのは、社内規程の全体にどのような規程をどのような順序で配列するかという問題である。

1)共通点

①冒頭に題名を付ける。

②本則、附則の順に条文を規定する。

③本則には規程の目的に直結する本体的な事項を規定し、附則には付属的な事項を規定する。

④本則の条文が多数に及ぶ場合には、「章」、「節」などの区分を設ける。

⑤本則に章などの区分を設ける場合には、第1章は「総則」とし、目的、定義など、規程全体に関連する事項を規定する。

⑥附則の冒頭に、施行期日を定める規定を置く。

2)相違点

(1)罰則の有無

・罰則は法律にしか存在しない。

・社内規程の場合には、罰則という制裁がないので、就業規則の中に通常、「社内規程に違反する行為が懲戒処分の対象となる」旨を定める規定をおく。これが違反行為を抑止する役割を果たしている。

(2)制定権者を示す条文の有無

・本則の最後に必ず、制定・改廃権者が誰であるかを示す条文が置かれる。

13 社内規程の題名を付ける際に留意すべきことは何か

1)社内規程における題名の例

・社内規程の題名は、概ね簡潔である。

2)法律における題名の例

・法律の題名は、簡潔なものと長文のものがある。

3)「規程等管理規程」という題名について

・社内規程の階層や効力関係など、社内規程全般に及ぶ重要事項を定める通則法的な規程である。

14 社内規程の本則には条文をどのように配列すべきか

・社内規程に共通する基本原則

条文配列の基本原則
条文配列の基本原則

画像出展:「社内規程立案の手引き」

1)総則的な条文の配列順

・目的規定は、原則として、全ての規程の第1条として置かれる条文である。

2)実体的な条文の配列順

・条文の配列順序はケースバイケースであるが、その内容を性質別に分類できる場合には、その性質を手掛かりに配列する。

・行為の準則を定める規程であれば、規定対象の行為に関する条文を時系列で並べるのが適切である。

3)雑則的な条文の配列順

・雑則的な条文の中には、本則の最後の条として、各規程の改廃の権限・手続を定める条文である。

15 章の区分について留意すべきことは何か

1)章に区別すべき場合

・本則の条文が多数あり、条文の見出しを追うのも大変な場合には、章に区分した上で、目次を付すのが一般的である。

2)条文のグループ分け

・重要なことは同じ章には同質の条文だけを置く。

3)章名の付け方

・章名は内容を端的に表示したものでなければならない。

・章名は「組織」「運営」など、できるだけ簡潔な方が良い。

・雑則的な条文は、「雑則」「改廃」という章名が相応しく、「第○章 その他」のような章名は不適切である。

16 目次について留意すべきことは何か

・目次は題名と本則の間に置く。

1)目次を置くべき場合

・規程の本則が章に区分されている場合には、必ず目次を置くようにすべきである。

2)目次の体裁

条文配列の基本原則
条文配列の基本原則

画像出展:「社内規程立案の手引き」

・上記にあるように、各章の章名と、各章に属する条文の範囲を示す括弧書きを表記する。

3)目次のメンテナンス

目次のある規程を改定する際には、改定による目次への影響に注意しなければならない。本則にある章名の変更や追加、削除を行う場合は、目次中の関係部分を全て改定しなければならない。

・条文の範囲が括弧書きで記載されているときは、改定後の本則の条名と整合するよう改定しなければならない。

17 社内規程の附則にはどのようなことを規定すればよいのか

・社内規程の附則は、通常、施行時期を規定する条文だけが記載されている。

画像出展:「社内規程立案の手引き」

1)「附則」という表記

・附則では、先ず、自らを「附則」と表記し、その後で次行から条文を書くことになっている。

2)制定・改定履歴の付記

・最終行に記載されている改定の年月日が、附則の条文に規定される施行時期となっている。

補足)“ひな型Rev1.0”のその後

”たたき台Rev0.1”を、何とか”ひな型Rev1.0”までブラッシュアップしましたが、その後、施行まで3つのアクションをとりました。

1.すでにお世話になっていた「埼玉県よろず支援拠点」の先生にご相談しご指摘を頂きました。

2.非営利型一般社団法人に精通されている、顧問税理士の先生にご確認頂きました。

3.浦和西高のOBでもある、顧問弁護士の先生に最終の確認をして頂きました。

以上、必要カ所の修正を行い、完成した正式版Rev1.0を一社UNSSの全メンバーに説明し、承認を受けめでたく施行となりました。(自分自身に「お疲れ様」といいたい)

埼玉県よろず支援拠点
埼玉県よろず支援拠点

『「埼玉県よろず支援拠点」は、経済産業省・中小企業庁が、全国47都道府県に設置する経営なんでも相談所です。

中小企業・小規模事業者、NPO法人・一般社団法人・社会福祉法人等の中小企業・小規模事業者に類する方の売上拡大、経営改善など経営上のあらゆるお悩みの相談に無料で対応します。』

社内規程立案1

今まで、「プロジェクト計画書」、「非営利型一般社団法人」、「定款作成物語」というブログをアップしてきました。これらは我が母校である、埼玉県立浦和西高校サッカー部OB会を法人化するために必要なことでした。

法人化により法人口座をもち、契約できるようになりました。そして、任意団体は法人格の団体となり、社会的信用は確実に高まりました。

何故、法人化したのか、これはサッカー部のOBが主体となって、寄付を募り、その資金で土のグラウンドを人工芝のグラウンドに替えるためです。募金の目標金額は5,500万円です。

なお、法人成立は2022年8月、社名は「一般社団法人UNSS」、UNSSは「浦和西高スポーツサポーターズクラブ」の略称です。

ご興味あればのぞいてみてください。

一社(一般社団法人)の立ち上げは完了しましたが、会社のルールブックである定款を補完するための「運営管理規程」の整備が残っていました。この難題は、定款作成を進めてきた私の仕事になりました。これには違和感はないものの、今まで経験したこともなく、「これは、まいったな。大ピンチ!」というところです。

とりあえず、『一般社団法人及び一般財団法人に関する法律』という法律をのぞいてみました。本則は全部で344条、一般財団法人の部分に加え、当面は不要と思われる条文もかなりありました。一方、ネットにあったさまざまな管理規程のサンプルを集めました。

この二つの方向から眺め、絞りに絞った条文を、誰がみても何とか意味が分かるような文章に修正しました。こうして、“雛形”とは言い難い、“たたき台rev0.1”は出来上がりました。

作ってはみたものの、運営管理規程策定のルールも作法もよく知らない者が作ったrev0.1のため、かなり怪しい出来上がりのような気がしました。

そこで、今更であり、順番は逆になりましたが、「やはり、少し勉強せねば」と考え、約160ページの『社内規程立案の手引き』という本を図書館から借りてきました。思いきって買ってしまいたかったのですが、定価2,400円の本は在庫がなく、中古本は5,000円以上と高額だったため、断念しました。

社内規程立案の手引き
社内規程立案の手引き

著者:外山秀行

発行:2019年7月

出版:中央経済社

基礎編

第1章 社内規程の意義

1 社内規程とは何か

2 社内規程にはどのような種類があるのか

3 どの会社にも必要な社内規程とは

4 社内規程は誰のため、何のためにあるのか

5 社内規程は内部統制システムとどのような関係にあるのか

6 社内規程は法律とどのような関係にあるのか

第2章 社内規程の体系

7 社内規程の体系とは何か

8 社内規程の体系はどこで定められているのか

9 社内規程の体系はなぜ重要なのか

10 社内規程の体系が形骸化する事態とは

11 社内規程の体系と法体系の共通点と相違点は何か

第3章 社内規程の構造

12 社内規程の立案に当たって必要な構造的理解とは

13 社内規程は同列の社内規程とどのような関係にあるのか

14 社内規程は上下の社内規程とどのような関係にあるのか

15 個々の社内規程はどのように構成されているのか

16 社内規程の条文はどのように表記されているのか

第4章 社内規程の効力

17 社内規程の効力はいつから生じるのか

18 社内規程の効力は誰に対して生じるのか

19 社内規程の効力が否定される場合とは

20 社内規程の効力は子会社にも及ぶのかのか

実践編

第1章 社内規程の運営

1 社内規程の整備・運用はどのように行うべきか

2 社内規程の実効的な運用のために必要なことは何か

3 社内規程の立案について心掛けるべきことは何か

4 社内規程の審査について心掛けるべきことは何か

5 内部統制システムの関係者は社内規程にどう向き合うべきか

第2章 立案の方式及び留意点

6 社内規程の制定、改定及び廃止はどのような方式で行なえばよいのか

7 新規の規程を制定する場合、特に留意すべきことは何か

8 規程のレベル選択を間違いやすいのはなぜか

9 規程のレベル選択の間違いを是正する方法とは

10 現行の規程を改定する場合、特に留意すべきことは何か

11 規程の立案に際して手続面で履行すべきことは何か

第3章 規程全体の書き方

12 社内規程の構成は法律とどこが違うのか

13 社内規程の題名を付ける際に留意すべきことは何か

14 社内規程の本則には条文をどのように配列すべきか

15 章の区分について留意すべきことは何か

16 目次について留意すべきことは何か

17 社内規程の附則にはどのようなことを規定すればよいのか

第4章 条文の書き方

18 条文の書き方について一般的に留意すべきことは何か

19 条文に見出しを付ける際に留意すべきことは何か

20 枝番号の条文を置くことは許されるのか

21 条文に複数の項を置く場合に留意すべきことは何か

22 項中のただし書はどのように書けばよいのか

23 項中の後段にはどのようなものがあるのか

24 号の使用について留意すべきことは何か

25 表とはどのようなものか

26 別表とはどのようなものか

27 目的規定はどのように書けばよいのか

28 定義規定はどのように書けばよいのか

29 条項の引用はどのように書けばよいのか

30 他の条項にある事項を引用するときの書き方とは

31 条項の準用とは何か

32 条文を読みやすくするための工夫とは

第5章 用字

33 条文中の漢字の使用にはどのようなルールがあるのか

34 副詞や接続詞は漢字を使って書くのか

35 送り仮名の付け方にはどのようなルールがあるのか

36 句読点の使い方にはどのようなルールがあるのか

37 外来語を使うときに留意すべきことは何か

38 数字を使うときに留意すべきことは何か

39 括弧などの記号はどのようなときに使えばよいのか

第6章 用語

40 条文中の語句の使用について留意すべきことは何か

41 語句を並べるときはどのように表現するのか

42 「又は」「若しくは」は、どう使い分けるのか

43 「及び」「並びに」は、どう使い分けるのか

44 「その他」と「その他の」は、どう違うのか

45 「とする」は、どのような場合に使うのか

46 「による」は、どのような場合に使うのか

47 「ものとする」は、どのような場合に使うのか

48 「しなければならない」は、どのような場合に使うのか

49 「してはいけない」は、どのような場合に使うのか

50 「することはできない」は、どのような場合に使うのか

51 「することができる」は、どのような場合に使うのか

52 「要しない」「妨げない」は、どのような場合に使うのか

53 「置く」「行う」などで結語するのは、どのような場合か

54 「みなす」と「推定する」は、どう違うのか

55 「場合」「とき」は、どう使い分けるのか

56 「もの」には、どのような使い方があるのか

57 「含む」「除く」「限る」には、どのような使い方があるのか

58 「等」は、どのように使えばよいのか

59 「この」「その」「当該」は、どのように使えばよいのか

60 「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」は、どう違うのか

ブログは基礎編と実践編の第3章までです。

基礎編

第1章 社内規程の意義

1 社内規程とは何か

・「社内規程とは、社内で制定され、社内に適用される規定である。」

・個々の条項の定めを指すときは「規定」といい、一連の条項の総体としての定めを指すときは「規程」という。

1)制定と適用

制定権限のある機関が所定の手続きによって法令としての案文を確定し、これを法令として定立する行為。

施行制定された法令の規定の効力を一般的に発動し、作用させること。

適用施行された法令の規定の効力を個別具体の事象に対して発動し、作用させること。

2 社内規程にはどのような種類があるのか

1)分野別の種類

分野別分類
分野別分類

画像出展:「社内規程立案の手引き」

・定款と規程等管理規程は、会社経営や社内規程の全体をカバーする基本的な重要事項を規定するものであり、個別分野には限定されない「スーパー社内規程」なので、上記の分類表には入っていない。

2)階層別の種類

定款-規程-規則-細則-要領

3 どの会社にも必要な社内規程とは

1)組織関係規定

・定款

・社内規程

2)人事関係規定

・人事関係の分野では、労働基準法の規定により、一定規模以上の会社は就業規則を作成しなければならないことになっている。

・労働法との関連では、育児・介護休業法や労働安全衛生法の規定を実施するため、社内の体制や手続を定める規定が必要となる。

3)コンプライアンス関係規定

・コンプライアンスの分野では、金融商品取引法や個人情報保護法などの規則法が定めている義務を社内で確実に履行するために、内部者取引防止規程、個人情報保護規程などの社内規程を制定することが必要になる。

4 社内規程は誰のため、何のためにあるのか

社内規程は、会社と役職員のため、会社経営の適正を確保するためにある。

1)総体としての社内規程の意義

(1)社内規程は誰のためにあるのか

・社内規程は会社と役職員のためにある。

・「役職員のためにある」とは、会社の業務を担う役員と職員が社内規程によって責任と権能を与えられていることを意味する。

(2)社内規程は何のためにあるのか

・社内規程は、会社経営の適正を確保するためにある。

「会社経営の適正」というのは、会社の経営が会社法、労働法、金融商品取引法などの関係法に従って適正に行われる。ということを意味している。

会社が関係法の適正な履行を確保するためには、関係法の受け皿としての内規を制定し、法的基盤を構築する必要がある。社内規程は、そのような内規の役割を担っている。

2)個々の社内規程の意義

(1)組織関係規程

①取締役会規程と経営会議規程

・役員を適用対象とし、会の運営を適切に行うための準則、指針としての意義を持っている。

②組織規程

・会社全体と各組織の構成員を適用対象とし、会社業務の責任分担と効率的な業務運営の体制を確立する意義を持っている。

(2)人事関係規程

①就業規則と給与規則

②育児・介護休業規則

(3)業務関係規程:経理規程、情報システム管理規程、営業管理規程

(4)コンプライアンス関係規程

①内部者取引防止規程、会社情報開示規程、個人情報保護規程

②内部通報規程

5 社内規程は内部統制システムとどのような関係にあるのか

1)内部統制システムという概念

・内部統制システムという概念は、会社法の定めに由来するものである。

・「会社の業務の適正を確保するために必要な体制」

2)内部統制システムに関する法令の規定

・会社法では、内部統制システムについて、取締役会が自ら決定しなければならない事項であると定めている。

3)社内規程と内部統制システムとの関係

会社はこのような法令の趣旨を踏まえ、組織、人事、業務、コンプライアンスの各分野で、適切な関係規程を制定し、運用することが求められる。会社の社内規程は、内部統制システムがどのように整備されているかという姿を映し出す鏡であるといっても過言ではない。

6 社内規程は法律とどのような関係にあるのか

1)法律の規定に由来する社内規程

(1)制定義務の履行

・社内規程の中には、法律によって制定が義務付けられているものがある。代表的なものは以下の通り。

-規程名:定款  

-根拠条文:会社法第26条

(2)法定機関の設置

・組織関係規程の中には、法律が定める機関を設置するために必要なものがある。

(3)法制度の確実な履行

・人事やコンプライアンス関係規程の中には、法律が定める制度を確実に履行するために必要なものがある。代表的なものは以下の通り。

-制度名:個人情報保護制度

-根拠法:個人情報保護法

-規程名:個人情報保護規程

2)法律に準拠した表記

社内規程は、成分の規範である点で法律と共通しているので、その表記も基本的には法律における表記のルールに準拠している。

(1)基本構造

規程の全体は、題名、本則、附則という要素で構成する。

本則には、総則的な条文、実体的な条文、雑則的な条文という順序で条文を配列する。

(2)条文表記

各条文には、第1条から順次、「第○条」という条名を表記する。

各条文には、冒頭に括弧書きで見出しを付ける。

文章としての条文は、必要に応じて、「項」に分ける。

条文の文章は、法令用語を適切に使って、規範らしく書く。

第2章 社内規程の体系

7 社内規程の体系とは何か

・社内規程は全体として統一的な秩序を保持するよう、上下の階層構造が設定され、上位の規程が下位の規程に優先するという原理が定められている。

1)上下の階層構造とは

(1)階層構造の全体像

規程の名称:定款-規程-規則-細則-要領

(2)階層構造の基本思想

・「より重要な事項は、より権限の大きい機関が決定すべきである。」という思想に基づくものである。

2)上位規程優先の原理とは

・上位にある社内規程は常に下位の社内規程に優先する効力をもつよう定められている。

3)社内規程の秩序との関係

・社内規程の体系は、社内規程の秩序を保持する重要な仕組みとなっており、立案関係者に対する警告としての意義も持っている。

8 社内規程の体系はどこで定められているのか

・社内規程の体系は、「規程等管理規程」という題名の規程によって定められており、定款を除けば最も上位の階層に位置する。

1)「社内規程の体系」に直接関係する規定

(1)社内規程の種類

①定款 

②規程

③規則

④細則

⑤要領

2)その他の規定

・規程等管理規程では、社内規程の管理運用に関し、法務を司る部署が規程集を整備する責任を負うとされている。

3)法体系を定める法令

・法令にも、憲法、法律、政令、省令という上下の階層構造と上位法令優先の原理を骨子とする法体系があるが、規程等管理規程に相当する法令は、今のところ存在しない。

9 社内規程の体系はなぜ重要なのか

1)社内規程の体系

・社内規程は上下の階層構造から成り立っており、下位の規程が上位の規程を覆すことは許されない。

2)企業経営の規律

・企業経営の規律には、経営に対する規律と経営における規律という二つの概念がある。

3)社内規程の体系の役割

(1)経営に対する規律との関係

・社内規程の体系が定款を最上位の規程としていることは、経営に対する規律を保証する役割を果たしている。

(2)経営における規律との関係

・社内規程の体系では取締役会を制定・改廃権者とする規程が定款の次に位置づけられていることが重要である。

・取締役会は次に掲げる株式会社の場合においては設置しなければならない。

-公開会社

-監査役会設置会社

-監査等委員会設置会社

-指名委員会等設置会社

10 社内規程の体系が形骸化する事態とは

・社内規程の全体を規律する「規程等管理規程」の下位になる個々の社内規程は、それぞれの規程事項を所管する各部局の担当者によって立案され、運用される仕組みになっている。このため担当者によって尊守する意識にばらつきがあるため、「社内規程の体系」が形骸化するリスクがある。

1)形骸化する事態

・形骸化とは、本来上位の規程が定めるべき事項を下位の規程が定め、これを事実上施行してしまうことである。

2)形骸化する原因

・担当部署以外からの是正する力が働かないと、形骸化するリスクは避けされない。

3)是正策

・上位の規程に対し、全てが規程に反している場合は廃止、一部の場合は当該条項を削除する。

4)予防策

・社内規程の立案に携わる者が日頃から社内規程の体系について十分に認識することができるように定期的に研修等を行う必要がある。

11 社内規程の体系と法体系の共通点と相違点は何か

・社内規程と法体系の共通点と相違点を理解しておくことは有用である。

1)共通点

(1)階層構造の存在

・個々の規範は全て階層構造に置かれている。

(2)上位規範優先の原理

・上位にある規範が常に下位の規範に優先する効力をもつ。

2)相違点

(1)体系を定めた包括的な規範

・社内規程の体系には定款に続く、規程管理規程があるが、法令には存在しない。

(2)下位の規範の独自性

・下位の規程は内容が上位の規程に反しない限り、上位の規程からの委任は必要とせず、制定することができる。一方、政令、省令(行政立法)は、法律を補完する必要がある場合のみ制定される。

(3)規範の効力を裁定する機関

・下位の法令の条項が上位の法令に違反した場合、裁判所が裁定するが、社内規程では裁定するような機関は存在しない。

第3章 社内規程の構造

12 社内規程の立案に当たって必要な構造的理解とは

1)社内規程には、社内規程全体の基調となる構造と、個々の社内規程の条文に関する構造がある。

(1)社内規程全体の基調となる構造(=マクロ的な構造)

①事項の分担を基調とした構造(=横の構造)

・社内規程は、組織、人事、業務、コンプライアンスの各分野における規程事項を互いに分類している。

②上下の序列を基調とした構造(=縦の構造)

・社内規程は、「重要なことは上位の機関が決める」という理念に基づき、階層構造を有する。

(2)個々の社内規程の条文に関する構造(=ミクロ的な構造)

①規程全体の条文配列に関する構造

・各規程は、題名、本則、附則という要素で構成され、本則には一定の順序で条文が配列される。

②各条文の表記に関する構造

・各条文は、見出し、条名、項などの要素で構成され、条項の文章は、法令用語を用いて、「条文らしく」表記される。

2)構造と立案の関係

・規程立案には次のような点を考慮する必要がある。

(1)規程を立案する場合、同じ分野にある現行社内規程と規定事項を適切に分担するには、新規制定、追加改定のうち、いずれの形式にすべきか。

(2)規程を新規に制定する場合、条文をどのように配列すべきか。

(3)規程を新規に制定する場合、条文をどのように配列すべきか。また、条文を追加する改定を行う場合、本則のどこに追加するのが適切か。

(4)条文を作成する場合、見出しの表現、条項の分け方、文章中の用語などをどのようにすれば「条文らしい」表記となるか。

13 社内規程は同列の社内規程とどのような関係にあるのか

1)組織関係の規程

・取締役会を掲げる株式会社においては、取締役会を制定権者とする同列の規程として、組織規程、職務権限規程、及び取締役会規程という規程がある。

2)人事関係の規則

・具体例として、就業規則、給与規則、退職手当規則などがある。これらは、いずれも経営会議が制定権者となっている同列の規程である。

14 社内規程は上下の社内規程とどのような関係にあるのか

・階層構造は「重要なことは上位の機関が決める」という思想に基づくものである。

1)組織関係規程

・会社にどのような組織を置き、職務権限をどのように配分するかということは、会社の基本的な経営体制に関わる最重要事項である。組織と職務権限はそれぞれが等しく重要と考えられるので、その基本を「組織規程」と「職務権限規程」で先ず定めることが必要になる。

2)人事関係規程

・従業員の就業条件に関する重要事項は、労働基準法に基づき就業規則で定めなければならない。

15 個々の社内規程はどのように構成されているのか

・個々の社内規程は、冒頭から末尾まで、題名、本則、附則などの要素で構成されている。このうち最も重要な要素は本則であり、条文を本則にどのように配列するかは、立案事務の基礎として重要である。

1)社内規程の構成要素

(1)題名

・「組織規則」、「就業規則」など。

(2)目次

・社内規程の本則が章に区分されている場合には、題名と本則の間に、章の名称を示す目次が置かれることがある。

(3)本則

・規程の本体となる部分。第1条には規程の目的が、最終条には規程の制定権者が示される。

(4)附則

・規程の本体付属する部分が「附則」として、本則の次に表示される。

・附則には、最終の改定が施行される年月日を示す条文が置かれる。

(5)履歴

附則の次に、規程の制定と改定が施行された年月日が表示される。

(6)別表

・規程の中には、複雑な内容を分かりやすく示すために、本来は本則で規定すべき事項の一部分を末尾に別表として示すものがある。

2)本則への条文の配列

(1)条文全体の配列

条文全体をその性格によって、総則的な条文、実体的な条文、雑則的な条文の三種類に分け、この順に配列する。

(2)総則的な条文の配列

・総則的な条文とは、規程全体に関わる事項を定める条文である。第1条は目的規定とし、以下、必要があれば定義規定などの条文を配列する。

(3)実体的な条文の配列

・実体的な条文とは、規程の中核となる具体的な事項を定める条文である。その配列順は、規定する事項の内容次第である。以下は一応の目安である。

組織や権限を定める規程であれば重要性の順

一連の手続きや業務処理を定める規程であれば行為の時系列順

(4)雑則的な条文の配列

・雑則的な条文とは、手続や細則などの事項を定める条文である。本則の最後には制定・改廃の権限と手続を定める条文を置き、他の雑則的な規定が必要であれば、その直前に配列する。

16 社内規程の条文はどのように表記されているのか

1)条文の構成要素

・見出しは第1行目に括弧書きである。

・条名は第2行目の冒頭に「第5条」という表記になる。

・この条文では二つあり、二番目の項の冒頭に「2」という項番号が付されている。

画像出展:「社内規程立案の手引き」

2)条文らしい表現

・条文は法令用語が適切に使われることによって、規範の内容が「条文らしく」なる。

表現で最も重要なのは文章末尾の表現である。

・代表的な末尾の表現には次のようなものがある。

(1)「……とする。

(2)「……による。

(3)「……しなければならない。」「……することができる。

腹膜透析と腎移植1

透析に入られている患者さまは今のところお一人ですが、今後、懸念される患者さまもおいでです。その患者さまから“腹膜透析”のお話を伺いました。正直、全く認識がなかったため、「こんな大事なことも知らないのでは話にならない」と痛感しました。

また、“腎移植”をされた患者さまも来院されており、腎移植についても知らないといけないと思い、この2つについて学べる本を探しました。それが、今回の『よくわかる 最新医学 透析療法 腹膜透析・血液透析・腎移植』でした。今まで、腎臓に関する本はそれなりに読んできているのですが、新たな発見も多く、大変勉強になりました。

透析療法
透析療法

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

目次

はじめに

序章 透析療法と腎移植

●腎臓のはたらきがわるくなったときに行う透析療法ってどんな治療法?

●腎移植には生体腎移植と献腎移植がありごく普通の生活を送れることがメリットです

●透析療法や腎移植が必要になるのはどんな人? どのくらい腎臓のはたらきが低下したら行うの?

コラム 透析療法と腎移植の歴史

第1章 腎臓ってどんな臓器?―腎臓の構造とはたらき

●腎臓は腰よりも少し上のところに左右1個ずつあり形はそら豆に似ています

●体の水分(体液)や食塩の量を一定に保ち老廃物を尿として体外に捨てることが主な仕事で

●腎臓で尿をつくっているのは「ネフロン」です ネフロンにある糸球体で血液をろ過しています

●尿細管と集合管では、再吸収と分泌というしくみで体液量と食塩量を調整しています

●体液量と食塩量を感知するセンサーは遠位尿細管にあります

●腎臓は血圧を調節することで体液と血液中の食塩濃度を保っています

●糸球体のフィルターで老廃物を除去 血液をきれいな状態に保っています

●赤血球を増やすホルモンを分泌し 骨を丈夫にするビタミンをつくっています

●腎臓は酸・アルカリバランスを調整し 血液を弱アルカリ性に保っています

●食塩のとりすぎと肥満が腎臓を傷つけ 腎機能を低下させます

コラム 加齢と腎機能

第2章 腎臓の病気の基礎知識

●糖尿病、腎炎、高血圧が原因で 腎障害と腎機能低下をきたすCKDとは

●腎代替療法導入の原因疾患 ①糖尿病腎症 高血糖の影響で糸球体がダメージを受けます

●腎代替療法導入の原因疾患 ②慢性糸球体腎炎 腎機能がかなり低下してから気づくこともあります

●腎代替療法導入の原因疾患 ③腎硬化症 高血圧が原因で起こる腎臓の動脈硬化です

●慢性腎不全の治療 ①保存期腎不全 原因疾患の治療、食事法、薬物療法が3本柱

●慢性腎不全の治療 ②末期腎不全 腎機能低下が止まらず 腎代替療法が必要になります

コラム 透析療法と心のケア

第3章 腎臓病の検査と診

●たんぱく尿の程度を調べる尿検査は治療の効果を判断するためにも必須です

●血液中の老廃物の量を検査 貧血など合併症も血液検査で判断します

●腎機能検査は、糸球体のろ過能力を調べるものと尿細管の能力を調べるものがあります

●腎臓の萎縮、結石、尿路異常を調べる画像検査、慢性糸球体腎炎の治療法を決める腎生検など

●CKDで腎機能が低下することによりさまざまな合併症が出現します

コラム 高齢者の腹膜透析

第4章 透析療法の実際を知ろう―腹膜透析と血液透析

PD

●腹膜透析(PD)は、「拡散」と「浸透」により 老廃物や余分な体液を取り除きます

●透析液の(注液と排液)はおなかに挿入した腹膜カテーテルで行います

●バッグ交換を行うCAPDと夜間に機械で行うAPDがあります

●腹膜カテーテルをおなかに入れる手術は腹膜透析導入入院で行います

●残っている腎機能を良好に保つための考え方「腹膜透析(PD)ファースト」とは

●腹膜透析をトラブルなく続けるためには 体液管理と感染予防がとくに大切です

●腹膜透析の合併症としては心血管合併症と感染の予防が大切です

●腹膜透析と血液透析を併用する方法は腹膜の劣化を抑える効果が期待できます

HD

●血液透析(HD)は「ダイアライザ」で血液を浄化する透析方法です

●血液透析は1回4~5時間の透析を週3回通院して行うのが標準的です

●「ドライウェイト」を基準に除水量を調節 食事制限が良好な体液管理につながります

●血液透析の人に特有の合併症について理解しておきましょう

●食事療法は食塩制限とたんぱく質・エネルギーの適切な摂取が基本です

●良質なたんぱく質とエネルギーの適切な摂取でやせすぎや全身の衰弱を防ぎましょう

●心身が衰えるフレイルを有酸素運動で予防し「最大酸素摂取量」を増やしましょう

コラム 透析療法の人に必要な薬

第5章 腎移植は末期腎不全治療の第一選択

●末期腎不全を根本的に治す腎移植は提供された腎臓をおなかに移植します

●腎移植の件数は徐々に増加し先行的腎移植も増えています

●腎移植までの準備期間にメリットとデメリットを理解しましょう

●腎移植後は合併症の予防が大切です 免疫抑制薬は生涯飲み続けます

●移植した腎臓を長持ちさせ健康に長生きするためには自己管理が必須です

コラム 腎移植後に飲む免疫抑制薬

第6章 自分に合う治療法を選び、自分らしく生きる

●どんな生活をしたいかで最適な治療法は変わります 準備期間に「腎不全ライフ」について考えましょう

●最適な治療法を選ぶためには 医療者との「意思決定の共有」が必要です

●慢性腎不全は「チーム医療」が大切 さまざまな職種が患者さんを支えます

●透析療法、腎移植の患者さんは医療費の助成を受けられます

●災害時の備えはしっかりと病院は透析メーカーとの連絡手段も明確に

コラム 高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケア

序章 透析療法と腎移植

腎臓のはたらきがわるくなったときに行う透析療法ってどんな治療法?

・透析療法は、「腹膜透析」と「血液透析」の2つがある

腹膜透析は自分の腹膜を使う。腹膜は胃や腸、肝臓などの内臓の表面を広く覆っており、毛細血管が豊富である。そのため、腹膜の中に透析液を入れておくと、血液中の余分な、水分や食塩、老廃物が透析液中に移動していく。数時間したら汚れた透析液を捨て、新しい透析液に交換する。これを繰り返すことで連続的に透析を行うことができる。

・腹膜透析は自宅で行なえるため、自分の生活パターンに合わせて透析できることが大きなメリットである。

・現在、日本では約33万人が透析を行っており、腹膜透析は2.7%である。

血液透析と腹膜透析の違い
血液透析と腹膜透析の違い

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

腎移植には生体腎移植と献腎移植があり、ごく普通の生活を送れることがメリットです

・腎移植のメリットは、末期腎不全の状態から保存期腎不全の状態までに回復させられることである。

・腎移植には「生体腎移植」と「献腎移植」がある。

「生体腎移植」は夫婦間を含む親族から腎臓提供をうけるもの。一方、「献腎移植」は亡くなった人から提供してもらうもの。

-献腎移植は日本臓器移植ネットワーク(JOTNW)に登録し、腎臓の提供者があらわれたときに、登録者の中から基準に従って候補者が選ばれるものである。

-腎移植後は拒絶反応を防ぐために免疫抑制薬を飲み続けなければならないこと。免疫抑制の影響で感染症に罹りやすくなる等の短所はあるが、末期腎不全の第一選択とされている。

腎移植とは
腎移植とは

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

コラム 透析療法と腎移植の歴史

・透析療法は1920年代に始まった。

・自動腹膜透析は1960年代前半に登場し、持続携帯式腹膜透析(CAPD)は1978年に考案された。

日本に持続携帯式腹膜透析(CAPD)が導入されたのは1980年、健康保険の適用は1984年だった。

・日本で血液透析が行えるようになったのは1967年。

日本で最初に腎移植が行われたのは1956年。腎移植が末期腎不全治療の選択肢となったのは、1981年にシクロスポリンという免疫抑制薬が使えるようになってからである。

第1章 腎臓ってどんな臓器?―腎臓の構造とはたらき

体の水分(体液)や食塩の量を一定に保ち老廃物を尿として体外に捨てることが主な仕事です

・『糸球体は、1つの腎臓に約100万個あります。健康な腎臓の場合、その全部がいつも働いているわけではなく、一部は休み、余力を備えています。そのために、片方の腎臓を失ったときには、残った腎臓の休んでいた糸球体がはたらくようになり、純分に役割を果たせるのです。』

食塩のとりすぎと肥満が腎臓を傷つけ 腎機能を低下させます

・肥満は食塩に対する感受性を高めるため、高血圧を促進させるおそれがある。

・アンジオテンシノーゲンは血圧上昇の原因となるアンジオテンシンの元になる物質である。このアンジオテンシノーゲンは肝臓だけでなく、内臓脂肪の脂肪細胞からも多く分泌されるため、肥満は血圧上昇につながる。

コラム 加齢と腎機能

腎臓は40歳代前半で重さ・大きさは最大になり、その後は少しずつ萎縮していく。萎縮の原因は腎臓に血液を送り込む動脈が加齢とともに狭くなるためである。

・海外の研究では、40歳を超えると毎年1ml/分/1.73㎡ずつ低下するとされているが、日本人の場合は、機能低下は欧米人の3分の1程度と考えられている。

糸球体のろ過能力の低下は個人差があり、30歳代から低下が始まる人もいれば、40歳を過ぎても変わらない人もいる。また、糸球体だけでなく尿細管の機能も低下していく。

第2章 腎臓の病気の基礎知識

糖尿病、腎炎、高血圧が原因で 腎障害と腎機能低下をきたすCKDとは

・CKD(慢性腎臓病)は糖尿病や高血圧などの生活習慣病が関わっていることが多く、腎臓の生活習慣病ともいわれる。

CKDの原因
CKDの原因

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

腎代替療法導入の原因疾患 ①糖尿病腎症 高血糖の影響で糸球体がダメージを受けます

・日本では約334,500人(2017年末)が透析療法を受けているが、最も多いのが糖尿病腎症である。

高血糖の状態が長く続くと、糸球体の血管周囲の総合組織であるメサンギウムという細胞が増加し、これが糸球体を破壊してろ過機能を低下させる。また、たんぱく質のろ過を防ぐための機能が壊れることで、粒子の小さいたんぱく質であるアルブミンが漏れ出し(アルブミン尿)、進行するとたんぱく尿となる。

たんぱく尿まで進むと、たんぱく質自体が腎臓を傷つけるという悪循環が始まり、血圧もさらに上昇し、加速度的に腎症が進行していく。

高血糖が続くと糸球体が破壊される
高血糖が続くと糸球体が破壊される

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

腎代替療法導入の原因疾患 ②慢性糸球体腎炎 腎機能がかなり低下してから気づくこともあります

・慢性糸球体腎炎の原因は様々である。膠原病に続いて発症したり、急性糸球体腎炎が治らないまま、慢性糸球体腎炎になる場合もあるが、多くは異常な免疫反応によって発症する。

・IgA腎症は異物が体内に侵入したときに増えるIgA(免疫グロブリンA)というたんぱく質が、糸球体にくっつくことで起こる炎症が原因です。

腎代替療法導入の原因疾患 ③腎硬化症 高血圧が原因で起こる腎臓の動脈硬化です

動脈硬化により腎臓への血流が慢性的に低下すると、腎臓は萎縮し腎硬化症となる。さらに進行すると腎臓全体が萎縮し、慢性腎不全が重症化する。

・腎硬化症は透析療法を受けている原因疾患の第3位である。

・腎硬化症ではたんぱく尿や血尿はごくわずかのため発見が難しい。治療で最も大切なのは高血圧の改善である。

第3章 腎臓病の検査と診断

たんぱく尿の程度を調べる尿検査は治療の効果を判断するためにも必須です

・糖尿病や高血圧の人は、腎障害の初期から、アルブミンというたんぱく質の主成分が尿に混ざるため尿アルブミンを検査する。

血液中の老廃物の量を検査 貧血など合併症も血液検査で判断します

・腎機能低下の指標となる老廃物には、クレアチニン、尿素窒素、尿酸がある。

-クレアチニン:筋肉で作られるクレアチンの最終代謝物(老廃物)。大半が体外に捨てられる。筋肉量が多い人は高くなる傾向がある。腎機能低下により徐々に高くなる。

-尿素窒素:食物中のたんぱく質の最終代謝物。約50%は尿細管で再吸収され、残りが捨てられる。腎機能低下により徐々に高くなる。

-尿酸:核酸が分解されるときにできるプリン体の最終代謝物。糸球体で90~98%がろ過された後、尿細管で再吸収される。捨てられるのは10%ほどである。尿酸値が上がるのは腎機能がかなり低下してからである。

・腎機能が低下すると、エリスロポエチン(赤血球をつくるホルモン)の分泌量が減り、腎性貧血になる。赤血球数、ヘモグロビン(血色素)濃度、ヘマトクリット値(血液に占める赤血球の割合)が貧血の程度を判断する重要な検査項目である。

・ナトリウムやカリウムなどの電解質、カルシウムやリンといったミネラルなども腎機能低下によりこれらのバランスがくずれ、高カリウム血症などを発症するため注意を要する。この他、高血糖、脂質異常症に関する項目も調べる。

腎障害・腎機能低下を調べる血液検査
腎障害・腎機能低下を調べる血液検査

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

CKDで腎機能が低下することによりさまざまな合併症が出現します

・合併症は6つに大別される。予防と早期発見が大切

①尿を濃縮する能力が低下し、多尿や夜間尿がみられる。

②老廃物が体内にたまり、高窒素血症になって食欲不振や吐き気があらわれる。

③体液が増えてむくんだり、カリウム排泄が悪くなって高カリウム血症になる。

④体液が酸性に傾く。

⑤貧血になる。

⑥ビタミンDの活性化ができなくなり、カルシウムとリンのバランスが崩れて骨がもろくなる。

CKDの合併症
CKDの合併症

著者:石橋由孝

発行:2020年1月

出版:主婦の友社

コラム 高齢者の腹膜透析

体に負担の少ない腹膜透析が合っていることも、家族がサポートできないときは訪問看護の利用を

『高齢の患者さんの場合、腹膜透析と血液透析のどちらかを選ぶかは、家族にとって悩ましい問題でしょう。腹膜透析は、自分でバッグ交換や出口部ケアを行うため、視力や指先の感覚などが衰えた高齢者には難しいことや、高齢者は日中通院する時間があるという理由で、血液透析が選択されることも多いようです。しかし、高齢者にも「腹膜透析(PD)ファースト」の考え方があてはまります。

腹膜透析は、毎日連続的に行うゆるやかな透析なので、体への負担が比較的軽く、循環などの機能が低下した高齢者の体にやさしいことが理由のひとつです。

また、腹膜透析は残存腎機能を保ちやすいため、最後まで腹膜透析を続けられる可能性が十分にあります。

家族が同居しているけれども仕事などでサポートできない、あるいはひとり暮らしという場合は、訪問看護ステーションの助けを借りることができます。たとえば、朝のバッグ交換は家族が仕事に出かける前に行い、日中は訪問看護師が1~2回訪問して交換。夜間は、自動腹膜透析(APD)を行うようにすれば、無理なく腹膜透析を導入できます。ひとり暮らしの場合は、朝と夜も訪問看護ステーションの助けを借りることになります。

相談先は、現在通院している病院の患者相談窓口、あるいは地域包括支援センターです。地域包括支援センターとは、介護・医療・福祉などの多方面から高齢者と家族を支える総合相談窓口で、地域住民なら誰でも利用できます。市区町村村役場の高齢者福祉窓口で、市区町村役場の高齢者福祉窓口に問い合わせると、最寄りの地域包括支援センターを案内してもらえます。

腹膜透析と血液透析を併用する「PD+HD併用療法」を選択し、血液透析の翌日は透析をお休みするという方法も考えられます。

高齢者の透析療法こそ、腹膜透析と血液透析のメリット・デメリットを十分に考えて選びましょう。

オキシトシン〈安らぎと結びつき〉5

私たちのからだがつくる安らぎの物質
私たちのからだがつくる安らぎの物質

著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ

訳者:瀬尾智子、谷垣暁美

初版発行:2008年10月

出版:晶文社

目次は”オキシトシン〈安らぎと結びつき〉1”を参照下さい。

第五部 安らぎと結びつきを探求するさまざまな方法

第十三章 マッサージ

●マッサージ効果に関する研究の多くは解釈が難しい。何らかの意味で実験とは言い難い研究をすべてふるい落としたとしても、マッサージが人間の健康に効果があることを示す研究は十分に残る。

●マッサージには多くの種類がある。タクティール・マッサージ(スウェーデンで理論化された、認知症の症状緩和などを目的とするマッサージ)のように、皮膚に触るだけの施術法がある一方で、筋肉をしっかりもみほぐすマッサージや、手でそっと圧して筋肉の緊張をほぐすマッサージがある。これらの療法は、それぞれ異なる感覚神経を活性化するので、もたらされる結果もさまざまである。

●血圧低下、コルチゾール減少、不安軽減、学習効率上昇―こういった効果はどれも、動物実験でオキシトシン注射により得られる効果と似ている。オキシトシンの効果は繰り返し注射すると、強くなり、また長続きする。それと同じことがマッサージを繰り返し受けた場合にも当てはまると思われる。

(株)日本スウェーデン福祉研究所
(株)日本スウェーデン福祉研究所

『スウェーデン発祥のタクティールケアは、1960年未熟児ケアとして看護師らによって始まりました。マッサージではないため、押したり揉んだりはしません。

優しく包み込むように触れるだけです。誰もが簡単に行うことができ、活躍の場は様々。多くの人がストレスを抱えるこの時代に

必要なコミュニケーションツールです。』

マッサージとスキンシップ

●正しいマッサージを受けた赤ちゃんや、哺乳量が同じでもマッサージを受けなかった赤ちゃんより、体重が早く増える。また、コルチゾールの血中濃度も低下する。これはストレスが減っている証拠でもある。

※ご参考:ブログ“医療マッサージ研究1

以前、小児障害児へのマッサージをやっていたときに書いたブログです。今更ですが、「やはり、マッサージによるものだったのだ」と思いました。 

●興味深いのは、マッサージの効果が最も顕著だったのは、乱暴な言動で集団をかき乱すタイプの男子だった。

医療施設でのマッサージ

●病院では体に痛みのある患者に対し、施術しやすい、特殊なマッサージが試行されている。「タクティール・マッサージ」と呼ばれる。このマッサージは、他のマッサージ療法ほど圧を加えない。主に皮膚へタッチすることで効果を生むのだと考えられる。知名度は高くないが説得力のある、いくつかの研究論文によれば、タクティール・マッサージを受けている高齢者の患者は安眠しやすく、痛みを訴えることが少なく、服薬が少ない。混乱することが少なく、意識がはっきりしていて、社交的であることを示すデータもある。介護者との関係もよくなる。

●興味深いのは、マッサージの効果が最も顕著だったのは、乱暴な言動で集団をかき乱すタイプの男子だった。

医療施設でのマッサージ

病院では体に痛みのある患者に対し、施術しやすい、特殊なマッサージが試行されている。「タクティール・マッサージ」と呼ばれる。このマッサージは、他のマッサージ療法ほど圧を加えない。主に皮膚へタッチすることで効果を生むのだと考えられる。知名度は高くないが説得力のある、いくつかの研究論文によれば、タクティール・マッサージを受けている高齢者の患者は安眠しやすく、痛みを訴えることが少なく、服薬が少ない。混乱することが少なく、意識がはっきりしていて、社交的であることを示すデータもある。介護者との関係もよくなる。

いくつかの研究によれば、マッサージを受けている人だけでなく、施術している人の体内でもオキシトシンが放出されているという。マッサージセラピストには、ストレスホルモン値低下や血圧低下など、オキシトシン値が高いことによる典型的な効果が見られる。こういう人たちは全般に、心身が健康だ。それはこの職業の本質にかかわっていることかもしれない。』

抗ストレス

マッサージの効果

1.大人がマッサージを受けると血圧、心拍数、ストレスホルモン値が低下する。これらの効果は健康を増進する。

2.子どもがマッサージを受けると、落ち着きが増し、対人的に成熟し、攻撃性が減る。体の不調を訴えることも少なくなる。

3.優しく包みこむようなタッチを受けると、早産児の体重増加のペースが速くなる。

第十四章 食べること―内側からのマッサージ

ものを食べて満腹になるというのも、体の〈安らぎと結びつき〉システムを活性化させる方法のひとつである。体の内側は食べることによって刺激される。これは体の外側がタッチによって刺激されるのと同じである。

●消化器系と皮膚にはいくつか類似点がある。消化器系、皮膚、神経は細胞系譜をさかのぼると、いずれも外胚葉から作られる。両者は感覚神経からの情報を記録・伝達する方法が似ており、皮膚の内側への延長と言ってもいいくらである。

●消化器系は消化だけでなく、内分泌器官のひとつであり、消化や代謝、体内の細胞内貯蔵庫への栄養分の貯蔵を調節するいくつかのホルモンを分泌している。そして、これらのホルモンは脳に影響を及ぼす。

●消化器系にも多くの交感神経と副交感神経が存在しているが、最大の働きをするのは副交感性の迷走神経である。この神経は90%が感覚性の機能を持ち、体の内外から受けた信号を中枢神経系へ伝える。

胃袋と脳の間

●消化機能は自律的なものであるため、腸は意識からの指令がなくても働く。

●消化管ホルモンのコレシストキニン(CCK)は小腸上部から分泌されるが、特に高脂肪の食べ物がこの場所に到達すると特に出やすい。コレシストキニンは迷走神経を活性化し、さらに迷走神経はオキシトシンの放出を促す。従って、食事が高脂肪であればあるほど、食後の満腹感を感じやすく、眠くなりやすい。

第十六章 医薬品による安らぎと結びつき

不安、抑うつなどの治療薬

●セロトニン値の低さは、抑うつやある種の不安と関連している。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を不安症状やうつ症状のない人にSSRIを処方すると、より社交的になる可能性があるが、これはセロトニン値が上がるとオキシトシンの放出が起こるためである。

うつ病患者のオキシトシン値は異常に低いという事実がある。

オキシトシンを医薬品として使う際の障壁

●オキシトシンは分娩の誘発や子宮出血の薬として使われている。

オキシトシンは薬理学的な問題が多くある。一つは、オキシトシンは消化管の中でたちまち分解されてしまうため、経口投与では効果は得られない。明確な効果は注射である。

●オキシトシンは血中でもすぐに分解されてしまう。

●オキシトシンは脳に達することも困難である。これは脳の毛細血管の内壁の細胞が隙間なく並んだ、血液脳関門を形成しているからである。

●『オキシトシンを医薬品として有効活用する方法を開発するには、オキシトシンの分子をもっと扱いやすくしなければならない。そのための科学技術は既に存在するのだが、商業ベースではまだ採算がとれない。オキシトシンの個々の効果(ストレス軽減、疼痛緩和、鎮痛作用、治癒、成長の促進など)をもたらす、オキシトシンに似た薬を開発することも考えられる。オキシトシンのそれぞれの効果は、オキシトシン分子のそれぞれ異なる部位に結びついているらしいからだ。』

ストレス症状の治療

●『オキシトシン値は自然な方法でも上げることができるとはいえ、オキシトシンのプラスの効果をもっと利用するためには、オキシトシン分子が直接投与できる形になる日が来るのを待たなければならない。

今、それよりも重要なことは、自分の体内でオキシトシンを放出させるマッサージなどの技術を身につければ、オキシトシン値を十分に上げることができ、飲み薬や注射に頼らなくてもよいぐらいに、オキシトシンの健康増進効果を享受できるのではないかということだ。私たちは体の中にすばらしい癒し物質を持っている。それを利用するさまざまな方法を学びさえすればよいのだ。』

第十七章 体を動かすこととじっとしていること

●『私の考えでは、〈安らぎと結びつき〉システムを活性化する方法はたくさんあり、エクササイズはそのひとつにすぎない。このシステムは、皮膚や乳腺、消化管内壁、筋肉などからの刺激が神経を介して脳に伝わって作動する。どんな方法でこのシステムを作動させるかは、年齢層によって異なる傾向がある。若いうちはオキシトシンを出すのにエクササイズを使うことが多いが、年齢が上がるにつれて鍼やマッサージを選ぶようになる。私たちは絶えず周期環境の情報に合わせて、体内の生理学的状態を調節している。健康的な均衡を得るためには、「動」の刺激も「静」の刺激も必要だ。

すわったままのジョギング

●ヨガの期限は紀元前2500年、インダス文明の頃からのようであるが、ヨガは長寿と健康増進のための技法を発達させてきた。ヨガの動きは、鼠径部や体の前面(腹側)といった身体の部位を刺激し、触覚刺激の受容体を経由して、迷走神経系を活性化する。

●瞑想の生理学的効果については、すでに詳しく研究されている。瞑想によって、酸素消費量の減少、脈拍と呼吸数の減少、筋肉の弛緩が生じる。発汗も減少するので、微電流を流した場合の皮膚の伝導率が下がる。このような効果はすべて、交感神経系の活動が低下したためと考えられる。また、脳波(EEG)を見ると、脳の活動パターンが変化することがわかる。特に顕著な変化はα波の持続時間が長くなることである。

●定期的に瞑想を行うと、高血圧症の人は血圧が下がり、心拍数の正常化が促進される。ストレスホルモン値が下がり、痛みの閾値が上がる。

●瞑想療法によって、アルコールやタバコなどの乱用癖を弱めたり、なくしたりすることができるという指摘もある。

第十八章 私たちの内なるエコロジー

●『現代のストレスに満ちたライフスタイルのせいで、身体的にも精神的にも極度の疲労に陥ったり、健康を害したりする人があまりにも多い。しかも、若い年齢でそうなる人が増えている。どの年齢層においても、病気の多くはつきつめればストレスが原因だ。私たちも私たちの住む社会も、変化を切実に求めている―そして、その変化は思いのほか身近にある。私たちは自分の中に、変化の鍵をもっている。そう、その鍵は、目立ちすぎる〈闘争か逃走か〉システムの陰に隠れていた、もうひとつの生物学的システムの働きを通して、〈安らぎと結びつき〉の状態を呼び起こす潜在的能力の中にある。

訳者解説

●『〈安らぎと結びつき〉の鍵であるオキシトシンは、ホルモン(血流に乗って体内の器官へ運ばれ、そこで受容体と結合して作用する)としての働きと、神経伝達物質(神経細胞の軸索を通って神経端末へ運ばれ、シナプスを形成している別の神経細胞の表面にある受容体に結合する)としての働きのふたつを持っている。ホルモンとしてのオキシトシンには、分娩時に子宮の平滑筋を収縮させる作用があること、また、赤ちゃんが母親の乳房を吸啜する刺激により分泌されて、乳房から母乳を出す「射乳反社」を起こす働きがあることがよく知られている。神経伝達物質としては、様々な神経細胞に対して多彩な作用を及ぼすことがわかってきており、この多彩な作用がオキシトシンの特徴であるともいえる。その中でも最も興味深いのは、オキシトシンの作用の根幹をなすものが成長であるということだ。オキシトシンは成長の基である生殖に深く関わっており、排卵や射精を促し、分娩・授乳のためには必須の物質でもある。

感想

どの年齢層においても、病気の多くはつきつめればストレスが原因だ。』

まさに、この通りだと思います。今回、きっかけとなった不妊鍼灸も、スタート地点は、心身のストレスとどう向き合うかにかかっているように思います。

『私たちのすべての感覚は、まわりがどんな環境か判断することに、絶えず関与している。その環境が脅威や危険をはらんでいると感じたら、〈闘争か逃走か〉反応が引き起こされ、平和で楽しい環境だと感じたら、〈安らぎと結びつき〉反応が引き起こされる。』

後者の〈安らぎと結びつき〉の主役はオキシトシンです。その三大効果は、成長と治癒社交的能力抗ストレス効果とされています。

モべリ博士は『オキシトシンの効果は成長と生殖への要求を満たす助けになるものである。』、私は生殖プロセス全体を、基本的なオキシトシン原理が複雑な形で表現されたものとみなしたい。』と主張されています。

生命誕生に、オキシトシンこそが主役なのではないかという予想は正しかったように思います。 そして、行動すべきは〈安らぎと結びつき〉を重視し、そのための時間を意識的に“つくり出す”ことではないでしょうか。

オキシトシン〈安らぎと結びつき〉4

私たちのからだがつくる安らぎの物質
私たちのからだがつくる安らぎの物質

著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ

訳者:瀬尾智子、谷垣暁美

初版発行:2008年10月

出版:晶文社

目次は”オキシトシン〈安らぎと結びつき〉1”を参照下さい。

第八章 授乳―オキシトシンが主役

●オキシトシンは出産授乳ホルモンと呼ばれていた。

授乳中、オキシトシンは胴体前面の血管を拡張させることで、母親の体表温度を高める。さらに、オキシトシンは育児に必要な世話と保護にも関係している。

オキシトシンと母乳

オキシトシンは乳汁産生を促すホルモンのプロラクチンが下垂体前葉から分泌されるのを促す。乳汁産生はインスリンによっても促される。

オキシトシンはインスリンの産生を増やす。また、オキシトシンは体の貯蔵所からの栄養の放出を促進するホルモンであるグルカゴンにも影響を与える。

●授乳するためには自分自身の貯えがなければならない。オキシトシンは食欲を増進させ、消化を促進し、体の貯蔵システムの効率を高めることなどによって、体が栄養物を貯えるのを助ける。

オキシトシンと新生児

●『今日では、分娩後すぐ、新生児を母親の胸の上に、肌と肌を触れ合わせて置くことが多い。好きなようにさせると、赤ちゃんは、誕生後1、2時間以内に自分で乳房に到達し、母乳を吸いはじめる。乳首を探しているとき、赤ちゃんは手で母親の乳房をマッサージすることになる。このとき母親の体内に、オキシトシンが拍動のようにくりかえし放出される。赤ちゃんがこのオキシトシンの分泌の波をつくりだしているように思われる。というのは、赤ちゃんの手によって乳房に加えられる刺激と、吸うこととが、オキシトシン分泌の波の数と強い(統計学的に有意な)相関係数を示しているからだ。それらの刺激は、乳が体外に噴き出すのを促進するだけでなく、母親の胸部の血管を拡張する。すでに見てきたように、それによって、母親は赤ちゃんにぬくもりを提供する。このときにフェロモン類が放出されて、母子双方に影響を与えている可能性もある。

肌と肌の触れ合いは赤ちゃんの側にも影響を及ぼす。赤ちゃんは落ち着き、母の胸に密着している限りは泣かない。手や足の血流量が増え、リラックスしていることがわかる(リラックスしている状態では、血管が拡張する)。母子の間に微妙な相互作用が交わされていることは、赤ちゃんの足の温度と、母の体温の両方が上がっていることからも明らかだ。母の体温が温かいほど、赤ちゃんの足も温かくなる。

新生児のオキシトシン放出については、まだ研究されていない。しかし、ストレスホルモンのコルチゾールの値が低いことから考えて、脳内のオキシトシンの値はおそらく高くなっているだろう。乳房に吸いつくことで、これらの効果も増強される。触覚以外の感覚(聴覚、嗅覚、視覚、とりわけ、一種の間接的な触れ合いであると考えられるアイコンタクト)も、出産直後の母子の間の精妙な相互作用に重要な役割を果たしている。』

授乳のもたらす安らぎ

●授乳とともに、血圧は下がり、ストレスホルモンのコルチゾールの血中濃度が減る。このことは、交感神経系と副腎の活動が低下していることを意味する。

●授乳中の動物の脳の活動を計測した結果、子どもに乳をやりながら、眠っている個体が多数あることが分かった。これは、しばしば人間の母親にも当てはまる。

●これらの行動ならびに生理学的状態の変化は、短時間で消失するものではなく、授乳期間全体にわたって続く。

●研究によると授乳中の女性で、行動の変化がもっとも大きかったグループの人たちは、オキシトシンの血中濃度のもっとも高かった人たちだった。一回の授乳中に起こるオキシトシン分泌の波の数が、乳汁の量だけでなく、母親の落ち着きの度合いとも関係している。

吸うことと情緒的な絆の形成

●吸うこと自体の効果は、早産児にも見られる。非常に弱くて、チューブで胃に乳を送らなくてはならない赤ちゃんたちも、小さなおしゃぶりをできるだけ吸わせるようにすると落ち着きが増し、体重の増加のペースが速くなる。

●赤ちゃんのおしゃぶりや指しゃぶりをやめさせるのは難しいことが多い。オキシトシンの分泌とそれによる絆の形成は、おそらく吸うという行為によって始まると思われる。身体的接触が外側の寄付を刺激するように、吸うという行為は口の内側を刺激することだからである。

ほかの人たちと一緒にいること

●オキシトシンは一般的に言って、授乳する女性の精神状態を二つの面で変える。授乳する女性は、落ち着きを増し、引きこもっていることを楽しむが、同時に、人と人との親しみのこもった触れ合いに対して心を開く。この二つの適応方法は、授乳期間中、非常に価値がある。進化という観点からも見ても重要な意味をもつと考えられる。

第四部 結びつき

第九章 オキシトシンと触覚刺激

●『人間でも動物でも、皮膚は絶え間なく外界から得た情報を神経系に伝えている。皮膚は、人間やほとんどの哺乳動物にとって最大の感覚器官であり、温かさや冷たさ、触感、痛みを感じ取る。それぞれの感覚は受容器で感知され、受容器につながっている感覚神経系がその刺激信号を中枢神経系へ伝える。

感覚器官としての皮膚の見事な働きのおかげで私たちは、自分にとって脅威であるものであれ、好ましいものであれ、周囲の世界からのメッセージを速やかに解釈することができるのだ。ようしゃなく殴られたのか、優しくなでられたのか、容易に区別できる。中枢神経系にどんな情報が送られるかによって、汗をかいたり、鳥肌が立ったりする。』

触覚刺激の二つの作用

●皮膚にはさまざまな受容器が存在している。痛みを感知する受容器や、ぬくもりを感知する受容器。軽く触られたのを感知する受容器もある。

●様々な感覚神経に与えた刺激によって、〈闘争か逃走か〉反応または〈安らぎと結びつき〉反応のどちらかが引き起こされる。これは、どちらのシステムも、ほぼ全身にくまなく存在する皮膚の感覚受容器を発端として作動しうるということ、そして、様々な種類の刺激が、生理学的状態にも行動にも、様々な効果を与えることを意味する。

●覚醒しているラットの腹を、ある特定の圧をかけて一定の間隔でなでてやると、痛みを感じにくくなり、びくびくしなくなった。1分間に40回のペースでなでるのを、5分間をわずかに下回る時間続けるのが、最大の効果をあげるとわかった。こうすると、ラットは落ち着き、動きが少なくなるとともに、他の個体に対する興味や関心が強まった。血圧は低下し、数時間下がったままだった。

鍵となるのはオキシトシン

●あるドイツ人の酪農家が、乳牛のためのボディブラッシング機を考案し、動物における触覚刺激刺激の劇的な効果を例証した。優しくなでなれているような心地良い感覚により、乳牛たちはリラックスして体調がよくなり、乳量が最大26%増えた。

●鎮痛剤を与えたラットの特定の神経を活性化したり、目覚めているラットの腹をなでたりするなどの方法で、鎮静作用のある種々の反復刺激を与えると、ラットの血中や脳内のオキシトシン値は決まって上昇した。

触覚刺激と成長

●快い触覚刺激がなぜ成長と結びつくのかについて考えられることは、下垂体から放出される成長ホルモンが増加するためである。これにもオキシトシンの関与が考えられる。

第十章 オキシトシンとほかの感覚刺激

●ラットによる研究結果の中に、オキシトシンの投与を受けていないラットにも程度の差はあれ、投与を受けたラットと同じような効果、落ち着きが増し、ストレスホルモン値が低下するなどを観察できる。これについては、匂いを通して伝達が行われ、オキシトシン・システムが活性化すると考えられている。

匂いの中には気づかない匂いもある。これは鋤鼻器という特殊な古い嗅覚器官であり、フェロモン(空中を漂って個体から別の個体へと伝わる物質)を受け取る。フェロモンの効果に関与する神経は、大脳皮質や嗅球には直結しておらず、身体機能や情動の一部をつかさどる脳の比較的古い部分につながっている。そのため、人間は無意識のうちにフェロモンの影響を強く受けている可能性がある。

 私たちのすべての感覚は、まわりがどんな環境か判断することに、絶えず関与している。その環境が脅威や危険をはらんでいると感じたら、〈闘争か逃走か〉反応が引き起こされ、平和で楽しい環境だと感じたら、〈安らぎと結びつき〉反応が引き起こされる。

※フェロモン

フェロモンには何となく胡散臭い印象があったので調べてみました。

以下は東工大さんのニュースなので極めて信頼性の高い情報です。これにより、フェロモンの存在の有無を正しく認識することがでました。「やっぱり、あったんだ!」という感じです。 

哺乳類の系統樹とフェロモン受容機構の収斂的な退化
哺乳類の系統樹とフェロモン受容機構の収斂的な退化

画像出展:「東工大ニュース

東工大ニュースには以下の記事もありました。

ほぼ全ての脊椎動物に共通するフェロモン受容体を発見

『115種におよぶ生物種の全ゲノム配列を網羅的に解析して、ほぼ全ての脊椎動物が共有する極めて珍しいタイプのフェロモン受容体遺伝子を発見しました。

一般的に、フェロモンやその受容体は多様性が大きく、異なる種間での共通性は極めて低いことが知られています。しかし、今回新たに発見された遺伝子は、古代魚のポリプテルスからシーラカンス、そしてマウスなどの哺乳類におよぶ広範な脊椎動物で共通であるという驚くべき特徴を備えていました。』 

第十一章 オキシトシンと性行動

●愛の効果には、事後に安らぎとくつろぎをもたらす力を含め、たくさんの健康増進効果がひととおり備わっているからである。この安らぎは、性行為につきものの触覚刺激や一体感とともに、オキシトシンの放出を増やす。そしてさらにこのオキシトシンが癒しや消化の促進など、さまざまな抗ストレス効果を生む。

オキシトシンは人間の性行動に重要な役割を果たしている。ひとつには、濃密な触れ合いやキスの口唇刺激をともなうからであり、また、オルガスムスは大量のオキシトシンを血液中に放出させるからである。これは動物実験に加えヒトの研究の結果からも確認されている。

オキシトシンは卵巣からの排卵を促し、卵が卵管を通って子宮へと運ばれるのを手伝い、また、精子の産生と移動を助ける。

オルガスムスと絆

●性交中は男女とも血中のオキシトシン濃度がぐんぐん上昇し、オルガスムスと同時に最高値に達するという。また、オキシトシンは男女の別を問わず、オルガスムスとかかわりのある筋肉の運動を刺激する。

●実験により、動物にオキシトシンを大量投与すると、眠ってしまうことがわかっている。少量投与の場合は不安が減り、落ち着きが増し、他の個体との接触に興味を示す。

オキシトシンの効果は、その性的体験がどのような状況のもとにあったかに左右される。その状況が緊張や危険の要素が優位であれば、オキシトシンと拮抗的に働くバソプレシンの影響のためストレス反応が生じる。

●オキシトシンは性的関係による感情的絆を強める。それはカップルが互いにふさわしい相手だと確信できるほどに理解し合う前に、感情的絆だけが先行してしまうという危険をはらんでいると言える。

セックスと健康

短期的に見ると、性的経験はストレスになる要素があるが、長期的には安定した性的関係は、カップルの双方の安心感を強め、不安を減少させる。オキシトシンの大量放出が繰り返されると、〈安らぎと結びつき〉システムにつきものの長期的効果が生まれる。栄養を蓄積し、癒しを速め、生きていくのに必要な力の回復を促進する、といったそれらの効果によって、性的活動は健康にとってプラスの影響を与える。

第十二章 オキシトシンと人間関係

●『好きな人のそばにいるのは、うれしいものだ。あなたが赤ちゃんだろうと大人だろうと変わりはない。好きな人と一緒にいて、触れ合うことができると、安心感がもて、緊張がとけて、気持ちが落ち着く。スキンシップが必要なのは、ママやパパに抱きしめてもらいたがる幼い子どもだけでない。大人もやはり、人間関係において愛されている感じがほしいときには、身体的に触れ合う必要がある。』

●愛情を感じ、安心感を覚えると気分がよいというだけの話ではなく、他の人のそばにいて、身体的な触れ合いをもつことが、私たちの健康に役立つような方法で、体内の生理学的プロセスを活性化させている。

絆で結ばれた関係

●多くの動物は互いに識別しあって親密さを深めるが、雄と雌が一生結びつくという意味での一夫一婦婚をする哺乳動物は、ほんのわずかである。すべての哺乳動物にとって大切なのはむしろ、母子間に相互的な強い絆を形成することである。種の存続は、母と子がお互いを識別し、結びつきを維持する能力にかかっている。

●『ヒツジの場合、出生後の一時間が母ヒツジと子ヒツジの絆を形成するのに、決定的な意味をもつ。この大事な時期に親子が引き離されると、絆を形成するのが難しくなり、しばしば、母ヒツジが子ヒツジを拒否する。そういう母ヒツジにオキシトシンを注射すると、その一時間が過ぎていても自分の子どもを受け入れるようになるだけでなく、ほかの雌の子どもも受け入れて、母子としての関係を築く。したがって、オキシトシンは母子間の絆形成に―とりわけ、出生直後の絆形成に、重要な役割を果たすと言えよう。』

触覚刺激と感情的絆

●オキシトシンの影響を受けると、他者との接触に積極的になると考えられる。そして、そのことがオキシトシンの分泌に拍車をかける。このようにして、人と人との感情的絆の形成に至るサイクルがつくられる。

さまざまな人間関係におけるタッチ

●親密な間柄でのタッチのタイプは、親子間、兄弟間、パートナー同士、友人同士など、どのような間柄かによって変わってくる。タッチや体の触れ合いがオキシトシンを放出させることを考えれば、相互的な快いタッチを交わせるふたりの人の関係は、感情的絆をつくるだけでなく、お互いの健康を増進し、オキシトシンによる抗ストレス効果を与え合っていると考えられる。

●生き延びるためには、他の個体と親密になる能力が、他の個体から身を守る能力と同じくらい重要である。

●ある実験によれば、図書館員に軽く手を触れられた借り手は、触れられなかった借り手よりも返却率が格段に高かったという。ちょっとした接触が、借り手に本を返す気にさせる感情的な結びつきをつくりだしたためである。

心理的な触れ合い

●人間同士の関係や出会いにおいて、身体的触れ合いがなくても心理的レベルでのタッチを経験することもある。温かく協力的な感じのすることもあれば、冷淡で厳しいと感じることもある。こちらの話を丁寧に聞いてくれる人に対しては、親しみのこもったタッチをしてもらった場合と同じく、信頼と結びつきの感情を抱きやすい。

タッチの欠如

●過度なストレスは交感神経の過活動につながり、健康に害を及ぼす。親しい人との別離は強いストレス効果を伴う。

●別離と病気には関連がある。例えば、配偶者を亡くして間もない人は、病気にかかるリスクが増すという統計がある。

●血圧上昇、心拍数増加、不整脈、血液凝固亢進傾向などのストレス関連症状は、心血管の疾患や脳血管障害を引き起こすおそれがある。

●個人的な結びつきを死別や生別によって失うことのストレスは、突然、タッチを喪失し、それによって、親密さや温もりが生む効果の多くをなくしてしまうことが一つの重要な要素であろう。健康に良い刺激がなくなると、病気になるリスクが高まる。

他者との良好な関係が健康に与える好影響

●良好な人間関係が長寿につながることを示す研究結果がいくつかある。特に男性は、心血管疾患の発生率が低かった。

●私たちに好影響を与える人間関係とは、必ずしも親密なものでなくても良い。グループ活動や地域活動に加わるだけでも健康に良い影響がある。

場所との結びつき

●年をとってから故郷に戻ってくる人は多い。故郷での暮らしは、他のどこよりも心が休まるのだろう。また、老齢のために長年住んだ故郷を離れなくなければならなくなった人は、それにより身体的にも精神的にも衰えがちであることはよく知られている。

オキシトシン〈安らぎと結びつき〉3

私たちのからだがつくる安らぎの物質
私たちのからだがつくる安らぎの物質

著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ

訳者:瀬尾智子、谷垣暁美

初版発行:2008年10月

出版:晶文社

目次は”オキシトシン〈安らぎと結びつき〉1"を参照下さい。

第三部 オキシトシンの効果

第六章 オキシトシン注射の効果

●『オキシトシンは一生を通じて私たちとともにある。あなたが生まれたときに、お母さんの子宮から押し出されるのを手助けしてくれたのはオキシトシンだし、お母さんがあなたに授乳することができたのもオキシトシンのおかげだ。幼いころには、お母さんやお父さんが愛情をこめて触れてくれるのを喜んだだろう―それによって、あなたの体の中にオキシトシンが放出されたから。大人になってもからも、おいしいものを食べたり、マッサージを受けたり、恋人と親密に触れ合ったりしたときに、オキシトシンの効果を体験している。オキシトシンはこれらのすべての状況で―そしてもっともっとたくさんの状況で活躍している。

●『本書で描かれているオキシトシンの効果の多くは、動物実験によって例証されている。研究者たちは動物の行動の変化だけでなく、さまざまな計測可能な生理学的変化も観察してきた。これらの効果のほとんどは、ヒトでも確認されている。

不安が減り、社交性や子育て行動が増強される

●低い投与量のオキシトシンを注射されたラットは、臆病さが減り、好奇心が増す。安全な巣を離れて、未知の環境を探求する傾向が強くなる。オキシトシンには明らかな不安軽減効果がある。

●同性の一群のラットは、未知の環境を探索する傾向が強くなり、接触を恐れる程度が少なくなる。集団内での攻撃がはっきりと減り、友好的な交流が増える。

●オキシトシンは危険に対する感じ方を鈍らせ、恐れるべきものがあまりないという気持ちにさせて、勇気を涵養する。

●オキシトシンの影響を受ける行動のうち、とりわけインパクトの大きい例は、母子間の相互作用である。メスのラットにエストロゲンを投与し、さらにオキシトシンの注射をすると、出産したことのないメスでさえ母性行動を示す。

●オキシトシンは分娩時と授乳時に分泌が促進される。オキシトシンは子宮の収縮を促し、新生児が押し出されるのを助ける。そして、乳管の周りの筋肉を収縮させ、乳汁が押し出されるのを促進する。

ソーシャル・メモリー(他社とのかかわりについての記憶)の増強

●少量のオキシトシンが不安を減らし好奇心を増すが、大量のオキシトシンが注射された雌牛は全く異なる効果を示す。

●オキシトシンの効果は非常に広範囲にわたるが、その一つに痛みの軽減がある。

学習能力の向上

●オキシトシンの学習促進効果は鎮痛効果によるものと考えられる。これはストレス低減にも関係しているのではないか。

オキシトシンは速やかに血液中からなくなるので、長期的効果はオキシトシンの直接的な影響であるとは考えられない。これはオキシトシンが他の神経伝達物質の働きに長期的な影響を与えるためではないか。

血圧に対する効果

オキシトシンは心拍数や血圧を上昇させることもあれば、低下させることもある。ヒトにおいては後者の場合が多いようである。これらの効果は交感神経と副交感神経が直接的に、もしくはより高位の脳からの接続を通して影響されることによって生じる。

オキシトシンの効果はメスにおいてより顕著に現れる。これはエストロゲンのためである。エストロゲンはメスの個体において、オキシトシンの影響を増強し、効果の持続時間を長くする。卵巣のないメスはオスと同等となる。

体温の調整

●オキシトシンのサーモスタットは温度を均一に保つのではなく、温かさを体のある部分から他の重要な部分に移動させるような働きをしていると考えられる。授乳中の母ラットの腹側の血管は、オキシトシンの効果によって拡張しているため、授乳中は子どもを温めてあげることができる。

消化活動の調節

●オキシトシンの消化活動に関する働きは興味深いものである。その個体が満腹であるか空腹であるかによって、オキシトシンの果たす役割は異なる。オキシトシンの作用の仕方は、一種の知恵が働いている。

●オキシトシンは長期的には食欲を増進させるが、メスにおいて、特に授乳期間中に顕著にみられる。

●オキシトシンによって消化プロセスの効率が良くなるのは、ひとつには、オキシトシンが胃液の分泌と、ガストリン、コレシストキニン、ソマトスタチン、インスリンなどの消化に関係するホルモンの分泌を促進するからである。なお、コレシストキニン、ソマトスタチン、インスリンは、体内における栄養の蓄積も促進する。

●胃に食べ物がある動物では消化と栄養の蓄積が活発になる。一方、空腹の動物では消化プロセスが抑制される。オキシトシンのこの二つの効果は、いずれもオキシトシンが副交感神経のうちの腸の機能を制御する部分(迷走神経)に影響を与えることによってもたらされる。

体液量の制御

●オキシトシンは、パートナーともいえるバソプレシンとともに、主として尿の形で水を排出するか、体液の貯留を促進するか、いずれかの方法で体液量を調節する。ただし、それぞれの働きは体液量の均衡維持に対して、正反対の効果をもたらす。

●オキシトシンは腎臓がナトリウムや水分を尿の形で排泄するのを促進する。一方、体液の保持する機能に関し、ホルモンであるバソプレシンや副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が増加すると、塩分を摂りたくなる。バソプレシンは尿を作る量を減らし体内の塩分と保持する。

●バソプレシンは血管を収縮させ、血圧をあげる。危険を感じる状況において、負傷によって血液その他の体液が失われる恐れがあるとき、ヒトは体液を保持しなければならない。バソプレシンとCRFはその目的のために作用する。

成長と傷の治療

オキシトシンは傷ついた粘膜を治癒させ、再生させる。炎症を抑える作用もある

ほかのホルモンへの影響

●オキシトシンは視床下部でつくられて、下垂体後葉に運ばれ、そこから、血液中に放出される。

●下垂体前葉からも数種類のホルモンは分泌されるが、視床下部でつくられた特別な制御物質が局所的循環システムを通して、下垂体前葉に運ばれ、そこでそれらのホルモンを血流に放出される。

●下垂体前葉につながる血管の中には、いくつかの神経からオキシトシンが放出される。オキシトシンは下垂体が、プロラクチン、成長ホルモン(GH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などを分析するのを促進する。これらのホルモンの値が増えると、様々な効果が生まれる。例えば、プロラクチンは授乳期間中のメスの動物や授乳中の女性の乳汁の産生を促し、成長ホルモンは体の成長を促す。

●体にもともと備わっている抑制と均衡のシステムは複雑である。オキシトシンは常に存在し、さまざまな仕方で作用する。オキシトシンを中心とするこの抑制と均衡のシステムはうまく連携がとれていて、オキシトシンの様々な効果は、見事なクモの巣をなす糸のように結びついている。

ラットにおけるオキシトシンの注射の効果
ラットにおけるオキシトシンの注射の効果

画像出展:「オキシトシン」

第七章 オキシトシンの木

オキシトシンの効果は成長と生殖への要求を満たす助けになるものである。

成長の原理

●オキシトシンの様々な効果は、一本の大きな木の枝のようなものである。それぞれの枝は、オキシトシンに関係のあるひとつの基本的な原理、すなわち一本の幹から出ている。その基本的な原理(幹)とは成長の促進である。

●オキシトシンは食物を別の物質に変えることによって、成長を促進する。

オキシトシンの木
オキシトシンの木

画像出展:「オキシトシン」

オキシトシンの効果のほとんどの共通の特徴である「成長」が、オキシトシンの木の幹になっている。

 成長のプロセス

●すべての成長に必要な基本的必要要件のひとつは、栄養を体の中に組み入れることである。オキシトシンは様々な仕方でこの要請に応える。消化効率を高め、栄養の蓄積を増強する消化管ホルモンの分泌を促進したり、下垂体から成長ホルモンが分泌されるのを直接的に促進したりする。

●『生まれたばかりのラットにオキシトシンを注射すると、通常より速く成長し、通常より大きな成獣になる。妊娠中のメスのラットにオキシトシンを注射すると、通常より大きな子を産む。おとなのメスのラットに、オキシトシン注射をすると、注射を受けていない比較対照群よりも体重が重くなる。

おそらくもっと間接的な仕方でも、成長が促進されているのだろう。というのは、オキシトシンを注射すると、傷の治るのが二倍も速くなる場合があるからだ。この治癒効果は、オキシトシンが細胞分裂を促進すること―すなわち、新しい細胞ができるのを加速することによるのかもしれない。オキシトシンは、また、「成長因子」―細胞が大きくなることと分裂することを促進する血液中の物質―の産生量を増やすように思われる。

オキシトシンが成長を促進するのであれば、生殖にかかわっているとしても何の不思議もない。オキシトシンは卵と精子の両方に見られる。オキシトシンは卵巣からの排卵や精巣での精子の産生を促進する。オキシトシン注射は、受胎しやすさを増し、受精後早期の細胞分裂を速め、胚の成長速度を増す。このように、人生のもっとも早い段階から、オキシトシンは私たちの道連れとなり、一生の間、離れない。

生き物が成長するためには、まず、栄養を貯えなくてはならない。細胞分裂の前には、必ず、細胞の大きさが増す。大きさが増すのは、栄養の蓄積によって起こる。まず、栄養を貯えないと、細胞は分裂できない。栄養を貯えられない細胞系は、ほどなく滅びてしまう。妊娠・出産も元のユニット(単位)が大きさを増し、それからふたつに分かれるものだから、巨大なスケールでの細胞分裂とみなすことができるだろう。私は生殖プロセス全体を、基本的なオキシトシン原理が複雑な形で表現されたものとみなしたい。それは、まず成長を促進し、それから、元の存在を分割することによってふたつの存在を生み出し、命を増やすことだからだ。』

出すこと

オキシトシンの木の2本目の枝は、出す能力(“排出”)に関わるものである。[1本目の枝は“成長”]

●オキシトシンの効果で子宮や乳房の筋肉が協調して収縮することによって、子どもが娩出され、乳が排出される。

社交性、好奇心、つがい

オキシトシンの木の3本目の枝は、社交性と好奇心による行動を促す力である。

●社交性と好奇心による行動とは、例えば、あえて他の個体に近づき、その相手と相互作用をもち、個体識別ができるようになり、その相手のそばにいることを選ぶといったことである。

●この枝は母性行動や社交的行動(他社への働きかけ)の形での個体間の相互作用に影響を及ぼす。

●人と人がお互い身近になると、感情的なつながりが両者の間に生まれる。この現象は性的関係、親子関係、友人関係などにもあてはまる。

●絆―つまり感情的な結びつきがある場合には、人のために尽くすことが、より容易になる。一般的に言って、性的関係であろうと、育て、育てられる関係であろうと、友達関係だろうと―いや、職業上の関係であってさえ、人間関係というものは、双方が相手に手を差し伸べ、親しみを抱くことができる場合にこそ、実り多く、長続きするものになる。

●オキシトシンの不安軽減効果も、おそらくはこの枝に属する。不安のレベルが低いことは見知らぬ相手に近づくのに必要な前提である。

枝同志を結びつける

●バソプレシンは防御・縄張り・攻撃などに特徴づけられる行動にかかっている。一方、オキシトシンは他者とのかかわりあい、人なつっこさ、好奇心によって特徴づけられる行動を生み出す。

他者と接触すること自体が、オキシトシンの放出を促し、個体間に絆、あるいは愛着を引き起こす。これらは親と子の関、性的パートナーの間、重要な人間関係においても同様である。この種の行動のすべて、そしてその生理学的要素の一部がオキシトシンによって強化される。

オキシトシンの二大効果―ひとつは成長と治癒、もうひとつは社交的能力―は、一見、別物のように見えるが、大きな視野で見れば二つの効果には関係があると思われる。子どもの成長には母親の献身的な育児が必要だが、母親は出産のあと、母親は他者との交わりに積極的で、育む気持ちが強まるだけでなく、子どもとの絆を形成しようと努める。

短期的賦活作用

オキシトシンの枝には短期的効果に関わるものもある。オキシトシンを注射すると、一時的に血圧と心拍数が上昇し、ストレスホルモンの分泌が促される。これらの穏やかな賦活効果は成長を促進する効果を補う。例えば、他者との間の相互作用を自分の側から始める時、このような補いが必要になる。

●出産においては陣痛の間、赤ちゃんへの血液供給を十分に行うためには母親の血圧は上昇する必要がある。短期間に見られるストレス反応は、新しい未知な環境に対処する際にも役立つ。このような場でリラックスするのは危険なことである。

長期的ストレス軽減作用

オキシトシンの二大効果(成長と治癒、社交的能力)に続く、大きな枝は、強力で長期期間持続する抗ストレス効果である。オキシトシンには血圧と心拍を下げ、ストレスホルモンの血中濃度を減らし、痛みに対する耐性を増し、学習を促進し、安らぎの感情を強める働きがある。ただし、この効果が現れるのは、普通、しばらく時間が経ってからである。しっかりと覚醒している時間の後でなければ、のんびりとくつろぐのは危険である。

●オキシトシンの長期的な効果は、ストレスとは正反対の生理学的状態をつくりだす。交感神経の活動が抑制され、その結果、血圧もストレスホルモンの血中濃度も低くなる。同時に副交感神経の一部が活性化して、心拍を遅くし、消化と栄養蓄積を促進する。これらの抗ストレス効果には多くの機能があるが、共通点は成長に必要な前提条件を整えることである。成長に関係する活動は―栄養蓄積、傷の治療など、そして生殖そのものも―個体が平静な状態のときに強化されるからである。

重要なことは長期的な抗ストレス効果は、オキシトシンの直接的な作用によるものでない。それはオキシトシンが速やかに血液中から消えるからである。数日、あるいは数週間も長期的な効果が続くのは、オキシトシンが他の生理学的メカニズムを活性化するからだと思われる。

●オキシトシンの長期的効果を説明するメカニズムについて、研究によって部分的には明らかになっている。

-『神経伝達物質であるノルアドレナリンとアドレナリンは、脳のストレス対処システムの重要な構成要素である。ノルアドレナリンとアドレナリンは神経系の特別な受容体―とりわけ、αアドレノ受容体、βアドレノ受容体と呼ばれる受容体と結合して作用する。オキシトシン注射を繰り返すと、αアドレノ受容体の一タイプであるα2アドレノ受容体と呼ばれる受容体の活性が高まる。ノルアドレナリンがこの受容体と結合すると、それ以外のアドレノ受容体と結合したときの効果とは正反対の抗ストレス効果が生み出される。つまり、オキシトシン注射を繰り返した結果として、あたかも船長がエンジンを逆回転させるように指示したかのように、ノルアドレナリンの影響がおおむね、正反対に切り替わる。』

ともにそよぐ枝

●オキシトシンの木は1本の枝が目立って風に揺れることはあるだろうが、多くは数本の枝がそよいでいる。

●オキシトシンの効果を取り扱う研究は動物実験に基づいているが、私たちヒトにおいて安らぎと幸福感を生み出す状況の一部も、オキシトシンの放出と関係があると推測することができる。

●動物における研究はそれらの状況を特定するのに役立ち、そのような状況でのヒトのオキシトシン値が測定されてきた。例えば、授乳しているとき、食べているとき、セックスをしているとき、あるいはもっと広く、他の人と身体的に接触しているとき、オキシトシン値が上昇することがわかっている。

●授乳は多量のオキシトシンを放出させ、オキシトシンの木の数本の枝を揺らす活動である。母乳が排出されるときには、母親も子どものゆったりとくつろいでいる。それにくわえて、母子間の相互作用が強められ、両者ともに、消化と栄養蓄積のプロセスの効果が増す。

成長と防御の必要性

●本書で論じている二つの主要なシステム―〈安らぎと結びつき〉システムと〈闘争か逃走か〉システムは―は、個々の細胞のレベルでさえ見られるふたつの基本的な生理学的プロセスが、複雑な形で表れたものだと考えられる。

修復し、バランスを取り戻す

●シーソーのストレスの側にだけ、明らかに過重がかかっている状態は、〈安らぎと結びつき〉効果を活性化することで、バランスが取れる。自然は私たちに「どちらか」の問題ではないと、繰り返し教えてくれているかのようだ。

オキシトシン〈安らぎと結びつき〉2

私たちのからだがつくる安らぎの物質
私たちのからだがつくる安らぎの物質

著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ

訳者:瀬尾智子、谷垣暁美

初版発行:2008年10月

出版:晶文社

目次は”オキシトシン〈安らぎと結びつき〉1を参照下さい。

第一部 〈安らぎと結びつき〉システム

第一章 オキシトシン

●1906年、ヘンリー・デールは、脳にある下垂体の中に、出産の経過を加速する物質を発見し、「速い」と「陣痛」という意味のギリシャ語にちなんで、それをオキシトシンと名づけた。また、後に、オキシトシンが射乳を促すことも発見した。

●『私は本書で紹介する研究を始める前に、自分自身、妊娠・出産・授乳に関して行動のしかたや考え方が、がらっと変わるのを経験していた。私はオキシトシンについての科学文献の中に、その変化を説明するものを見つけた。また、私の調べた資料には、オキシトシンがさまざまな面で母子間の相互作用を増し、母子間の絆を形成することを立証する動物実験についての記述が含まれていた。私は考えた。オキシトシンは私たちヒトに対しても、生理学的影響や心理学的影響を与えているのではないだろうか―それらの動物実験が示しているような面でも、まだ知られていないほかの面でも。

大いに興味をそそられて、手にはいる限りのオキシトシンについての文献を読んだ。わかったことは、オキシトシンはホルモンとして、血流に乗って体内を巡り、さまざまな機能に影響を与えるだけでなく、神経伝達物質として脳のさまざまな領域につながる神経ネットワークを通して作用するということだった。このふたつの方法で、オキシトシンは、体のさまざまな重要な働きに影響を与えている。〈闘争か逃走か〉反応を引き起こすのと同じ神経系が、オキシトシンが関与した場合には、正反対の反応を引き起こす。』

オキシトシンとバソプレシンは2つのアミノ酸が異なるだけであり、非常によく似ている。また、進化論的観点から見ると、オキシトシンとバソプレシンは非常に古くからある物質である。

●オキシトシンは哺乳類のすべての種に、化学的に見てまったく同じ形で存在する。

●ミミズにさえ、オキシトシン様の物質が見られ、その刺激で卵を産む。

オキシトシンとバソプレシンがこれほど長い間、動物界に存在しているという事実は、このふたつの物質が非常に重要であり、不可欠な役割を担っていることを示している。

●オキシトシンは多くの連鎖反応による効果の発端となるが、その鎖の最後の輪であることはまれである。このことは非常に重要である。

●オキシトシンによって制御されるシステムにはフィードバックの仕組みがあるので、オキシトシン産生細胞は、神経信号を受け取ること、ならびに化学的変化を感知することによって、外部環境と情報を交換できる。これらの細胞には、体の外側の器官、内部の器官、感覚器から情報がもたらされるので、オキシトシンの分泌は容易に促進される。興味深いことに、考えや連想、記憶などによってさえ、オキシトシン・システムが活性化される。

第二章 私たちを取り囲む環境

●生態系とフィードバック・システムについての理解が深まるにつれ、すべての生物個体がそれを取り囲む環境と常に接触し、影響を受けつづけていることがわかってきた。食刺激、姿勢、周囲の温度、飢え、満腹状態など、無数の可変要素が常に与えている情報は意識されることなく、心身の機能に影響を及ぼしている。

●生物学的リズムは環境から独立しているというふうに考えられがちだが、実際は、その多くがもともと、外界との相互作用によって獲得されたものである。女性の月経周期が月の満ち欠けと一致しているのも、すべての人がほぼ同じ長さの一日の生体リズムをもっているのも偶然ではない。かつては月光や日光がそのような機能を直接に制御していたが、進化の過程で、これらのリズムが生物学的システムに組み込まれた。

●生物個体を丸ごととらえるホリスティックな見方が医療や医学研究に導入された結果、心と体が相互依存的に機能しているということは、事実として広く受け入れられている。

●現代西洋文化のストレスの量についての不満は非常にありふれていて、もはや耳にすることもまれなぐらいである。今日、成功へのプレッシャーは非常に大きい。何事もテンポが速く、情報があふれすぎているし、職を得るためには厳しい競争に勝たねばならない。視覚、嗅覚、そしてとりわけ聴覚への刺激の量はすさまじい。私たちの体内ストレスに関連した〈闘争か逃走か〉システムが、過剰に活性化されているのは疑う余地がない。

一方、安らぎ・くつろぎ・親密さを促進する状況は、私たちの社会ではまれになってきている。そういう状況が生ずる頻度が少ないほど、〈安らぎと結びつき〉にかかわる私たちの内なる生物学的システムが活性化される頻度も減る。

プレッシャーと安らぎのバランス
プレッシャーと安らぎのバランス

画像出展:「オキシトシン」

●触覚は、〈安らぎと結びつき〉システムへの強力な入力源である。何かを一緒にするとき、人と人との相互作用において、触覚、嗅覚その他の感覚が、自然にその役割を果たす。個人の独立性を増し、共同作業を減らす現代の風潮の結果として、このような感覚刺激が減っている。そして、この変化は〈安らぎと結びつき〉システムの活動を減らし、究極的には、私たちの健康をおびやかす。

●〈安らぎと結びつき〉反応は、病気を予防するためだけに必要なのではない。人生を楽しみ、好奇心を燃やし、楽天的で創造的であるためにも必要である。

●穏やかな環境や、温かい人間関係のもとで、集中や学習力が強まることは、実験でも証明されている。ストレスにさらされている子どもは、心が平穏で安心感をもっている子どもよりも学習に苦労する。

第三章 バランスが肝心

●身体的ならびに心理的ストレスにさらされると、私たちが過酷な状況に対処できるように、体は利用できるエネルギーのすべてを動員する。そして、私たちがその状況を改善し、ひと息入れることができるようになるまで、それを続ける。

●『〈闘争か逃走か〉反応と〈安らぎと結びつき〉の状態の両方が、人生にとって欠かせないものだということは、いくら強調しても強調しすぎることはない。ほかの動物とまったく同様に、私たちヒトも難題に対応して、何であれ、そのとき必要な行動をとれるように自分のもっているすべての力を動員する能力が必要だ。そして、その正反対のことも必要だ。体は食べ物を消化し、貯えを補充し、自らを癒やす必要がある。情報を取り入れ、感情表現し、心を開いて好奇心を満たし、ほかの人たちと触れ合う必要もある。大変な出来事があったり、困難が続いたりしたあとに回復できるのは、そういう能力のおかげである。

前述したように、〈闘争か逃走か〉反応と〈安らぎと結びつき〉反応は、シーソーゲームの両端のようにバランスをとりあって機能する。満ち足りた気分で食物を消化しているときに、動揺や怒りやストレスを感じることはまれだ。一心に何かしているときや怒っているとき、急いでいるときには、消化のペースがゆっくりになり、愛想が悪くなる。一方のメカニズムが他方を排除することはないが、一時的に一方が優勢になるのだ。

しかし、現代では、〈闘争か逃走か〉反応は、突然の身体的危険を避けるというよりも、環境から多少とも継続的に過剰な要求をされていて、それに反応するということが主である。今や〈闘争か逃走か〉反応は、体のもつすべての力を一時的に動員するということではなく、ほぼ休みなく続く生理学的状態となってしまった。いわゆる慢性的ストレスが問題なのだ。

本書では、安らぎと結びつきを特徴とするさまざまな場面でのオキシトシンの役割について、これまでの研究で明らかになったことを描きだす。この新しい知識が、どの程度、そしてどのように私たちの役に立つか―たとえば、ストレスのマイナス作用に対して身を守る方法を見つけるのに役立つかどうか―は、これから研究していかなくてはならない課題だ。』

〈闘争か逃走か〉と〈安らぎと結びつき〉
〈闘争か逃走か〉と〈安らぎと結びつき〉

画像出展:「オキシトシン」

第二部 脳と神経系におけるオキシトシンの役割

第五章 オキシトシンの働くしくみ

●ホルモンには2種類ある。

‐ステロイドホルモン:コレステロールに関連した脂質から成る。

‐ペプチドホルモン:いくつかのアミノ酸が結合した小さなタンパク質で、細胞そのものの中に入るのではなく、細胞膜の外側の表面にある受容体を活性化する。

●オキシトシンはペプチドホルモンである。

オキシトシンは哺乳類のすべての種において同じ構造である。

●オキシトシンは視床下部の室傍核と視索上核で産生され、下垂体に神経線維が走っており、この下垂体から放出される。

●室傍核の細胞グループからは、他にも多くの神経線維が伸び、扇状に広がって脳のさまざまな部分と接続しており、オキシトシンは神経伝達物質としても作用する。

●視索上核と室傍核でオキシトシンを産生する細胞には2つのタイプがある。

大きな細胞から産生されたオキシトシンは下垂体に運ばれる。

小さな細胞から産生されたオキシトシンは軸索を通って、脳内の受容体に運ばれる。

下垂体後葉と脳内の受容体へ
下垂体後葉と脳内の受容体へ

画像出展:「オキシトシン」

●オキシトシンを産生する細胞には興味深い特徴がある。神経細胞は活性化するとき電流が流れる。オキシトシン産生細胞の集まっているところでは、細胞ごとにバラバラに電流が生じるのではなく、一斉に生じる。授乳時のように、強く刺激されると、これらの細胞の電気活動は協調する。

●オキシトシン産生細胞の間には別の種類の細胞が存在し、一種の絶縁体として働いているが、その絶縁が解除されることで、すべてのオキシトシン産生細胞が力を合わせて働きはじめる。授乳中の女性の血中オキシトシン濃度が劇的に上昇するのは、ひとつにはこのためである。

●オキシトシン産生細胞に起こる協調は、生理学的に独特のものである。

オキシトシンの効果をより厳密に調べると、非常に興味深いことに細胞の協調であれ、効果の協調であれ個体同士の協調であれ、協調こそ、オキシトシンの存在を示す目印であり、体内の他の多くの物質と区別する特徴である。

●視床下部からの神経を介してオキシトシンの影響を受ける脳領域には、視床下部と脳幹に近い領域が含まれる。視床下部と脳幹は血圧、運動、感情の制御に関係している部位である。この視床下部からの神経は、脳と脊髄の中の自律神経系の活動や痛みの知覚を制御する部位とも接続している。

神経伝達物質としての働き
神経伝達物質としての働き

画像出展:「オキシトシン」

●視床下部からの神経が複雑に枝分かれしているおかげで、私たちの体は、オキシトシンをメッセンジャーとして用い、さまざまな生理的機能・活動を協調させることができる。

●現在発見されているオキシトシン受容体は一つであるが、特定されていない受容体があると考えられている。

オキシトシンの産生に影響を与えるのは外界からの情報(例えば皮膚を介しての情報)と体内からの情報(例えば子宮や腸についての情報)を運ぶ神経。そして、嗅球や大脳皮質の様々な部位、脳幹のような古く機能的に下位にある部位からの神経もオキシトシンの分泌を増やしたり、減らしたりする。

●オキシトシンの産生細胞の分布や、血中オキシトシンの循環には雌雄両性においてさほど差はないが、状況により雌に対して強い効果をもたらすことが、動物実験で示されている。

●女性ホルモンのエストロゲンが、オキシトシンの産生を増やすことで、オキシトシン・システムを活性することもある。エストロゲンはαタイプとβタイプの2種類の受容体に作用するが、オキシトシンの放出に関係しているのはβタイプの受容体である。

●神経伝達物質の中でオキシトシンを促進させるのは、グルタミン酸、CCK(コレシストキニン)、VIP(血管作用性腸管ペプチド)。抑制するのはGABA(γ‐アミノ酪酸)、エンケファリン、β‐エンドルフィン、ジノルフィンがあ

●モノアミンと総称される化学物質には、セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン等があり、これらは神経伝達物質として働くが、セロトニンやドパミンはオキシトシンの放出を促進する。ノルアドレナリンはストレスホルモンの一つであり、通常は覚醒と攻撃について賦活的効果をもたらし、〈闘争か逃走か〉状態を促進するため、それ自体は脳内のオキシトシン効果の標的でもある。ところがその一方で、セロトニンやドパミン同様、ノルアドレナリンもオキシトシンの放出を促進する。

オキシトシン自身には他のほとんどのホルモンに見られる、サーモスタットのような自分で自分の産生を止めるフィードバック・システムがない。

●『オキシトシンは、オキシトシン産生細胞のオキシトシン受容体を活性化することによって、一定のレベルまでオキシトシンの産生を促す。そして、新たに活性化された受容体は、細胞を刺激して、さらにオキシトシンをつくらせる。』

オキシトシン〈安らぎと結びつき〉1

オキシトシンといえば、分娩や射乳に関するホルモンである。というのが学校で学んだことです。

2018年に拝読させて頂いた、山口 創先生の著書『人は皮膚から癒される』では、スキンシップケアの重要性とその陰に隠れ、多大な影響を及ぼしているとみられるオキシトシンの存在を知りました。(ブログは“スキンシップケア[C触覚線維]”)

一方、新たに不妊鍼灸をはじめたことで不妊に悩む患者さまとの接点が生まれ、このオキシトシンこそが、生命の誕生を総合的に支配している存在なのではないかと直感し、そして、今回の本を見つけてきました。初版発行は2008年と古いのですが、著名な先生の著書であることとオキシトシンだけに焦点を当てた内容は、200ページを超えるをものだったため全体像から枝葉まで知ることができるのではないかと思い購入しました。

オキシトシンは、血圧と水分調整にかかわるバゾプレシン(ADH)とともに下垂体後葉ホルモンであり、静脈から心臓に還流した後、全身に送られます。つまり、この2つのホルモンは、下垂体前葉ホルモンや視床下部ホルモン(下垂体前葉ホルモン分泌を促進または抑制を担う)とは明らかに異なる特徴を有しています。その意味でも特別の存在といっても良いのではないかと思います。

主な内分泌臓器とホルモン
主な内分泌臓器とホルモン

画像出展:「東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科

右上部の【下垂体】の中の[後葉]の下に”オキシトシン”が書かれています。上にある”抗利尿ホルモン(ADH)”がバソプレシンになります。

視床下部-下垂体系
視床下部-下垂体系

画像出展:「人体の正常構造と機能」

『下垂体後葉(神経性下垂体)には下下垂体動脈が分布し、後葉内で毛細血管網を形成する。視索上核や室傍核からの神経線維は漏斗茎を通って後葉に至り、毛細血管周囲に終末をつくる。神経終末から放出されたオキシトシンやバソプレシンは後葉の毛細血管内に入り、静脈から心臓へ還流したのち全身に送られる。』

※視床下部から下垂体後葉につながるピンクの管オキシトシンバソプレシンのルートです。

私たちのからだがつくる安らぎの物質
私たちのからだがつくる安らぎの物質

著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ

訳者:瀬尾智子、谷垣暁美

初版発行:2008年10月

出版:晶文社

OXYTOCIN
OXYTOCIN

こちらは原書の表紙です。

kerstin uvnas moberg
kerstin uvnas moberg

シャスティン・ウヴネース・モべリ博士です。

写真をクリック頂くと、博士のサイトに移動します。

目次

はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面

第一部 〈安らぎと結びつき〉システム

第一章 オキシトシン

第二章 私たちを取り囲む環境

第三章 バランスが肝心

第二部 脳と神経系におけるオキシトシンの役割

第四章 体の制御中枢

第五章 オキシトシンの働くしくみ

第三部 オキシトシンの効果

第六章 オキシトシン注射の効果

第七章 オキシトシンの木

第八章 授乳―オキシトシンが主役

第四部 結びつき

第九章 オキシトシンと触覚刺激

第十章 オキシトシンとほかの感覚刺激

第十一章 オキシトシンと性行動

第十二章 オキシトシンと人間関係

第五部 安らぎと結びつきを探求するさまざまな方法

第十三章 マッサージ

第十四章 食べること―内側からのマッサージ

第十五章 タバコ、アルコール、その他の薬物

第十六章 医薬品による安らぎと結びつき

第十七章 体を動かすこととじっとしていること

第十八章 私たちの内なるエコロジー

本題に入る前に、ひとつご紹介したいサイトがあります。

これは、今回の本の初版が2008年であり、動物実験によるものが多いということから、「現在、オキシトシンに関する最新の研究成果はどうなっているんだろうか?」という疑問がありました。そこで、検索してみるととても興味深い、新しい記事2022年8月26日を見つけました。

これにより、オキシトシンが今も注目にあたいする物質であることを確信することができました。 

オキシトシンを「見える化」するツールの開発と応用に成功

-謎に包まれた脳内オキシトシンの働きの解明に新たな光-

『慶應義塾大学医学部薬理学教室の塗谷睦生准教授、横浜国立大学環境情報学府博士課程前期2年の中村花穂、慶應義塾大学医学部薬理学教室の唐澤啓子(研究当時)、同大学医学部薬理学教室の安井正人教授らの研究グループは、これまで直接見ることができず謎に包まれてきた、脳内のペプチド性ホルモンの一種であるオキシトシンを「見える化」するツールの開発と応用に成功しました。

オキシトシンは、分娩促進や授乳促進、母性行動などに関与し、母親が子を産み育てる上で重要なホルモンとして知られてきました。さらに近年、これらの効果に加え、日常生活の中で人間関係を築いていく社会的行動においても重要な役割を持つことが明らかにされ、ヒトを含む動物の精神を強力に調節する、脳内の神経伝達物質としての役割が注目を集めています。闘争欲や恐怖心を減少させ他人に対する信頼感を増加させる効果や、自閉スペクトラム症の中核症状である社交性を改善する効果から、一般的には「幸せホルモン」や「愛情ホルモン」という名称でも親しまれ、とても注目されています。』

PDF資料(4枚):左をクリックするとダウンロードされます。

ブログは4章と15章以外、目次の中の黒字の個所です。また、長くなったので5つに分けました。

冒頭の「はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面」は10ページにわたって記述されているのですが、その内容に思わず惹きつけられました。全てではありませんが、3つに分け、かなりの部分をご紹介させて頂いています。

はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面

『私たちは日頃、善と悪、光と闇、男と女、太陽と月というふうに、両極端を頭においてものを考えることが多い。どうしてそうなのかはわからないが、二元論的考えに慣れっこになっていて、自分がそういうふうに考えていると意識することもないぐらいだ。とくに、科学の方法論は、そういう考え方によって形づくられてきた。とはいえ、学問分野の中には、両極のうちの片方だけが明確に表現される、あるいは両極の片方だけが私たちの好奇心をそそる、そういう分野もある。

生理学は医学の分野のひとつで、生きている動物がいかに機能するかを明らかにしようとするものだが、その中でも特に多くの力が注がれたのは、心身の激しい活動とストレスの生理学だった。それはたいていの場合、〈闘争か逃走か〉反応を調べることを通して研究された。このよく知られた反応において、私たちヒトやその他の哺乳類は、立ち向かうか、逃げ去るか、いずれにせよ、ストレスとなる状況に対処できるような体勢を整える。私たちは怒りや恐れを、ときにはその両方を感じる。血圧が上昇する。栄養蓄積を含めて、消化器系の働きがほぼ停止する。反応が速くなり、痛みに対しては鈍くなる。体じゅうのエネルギーのすべてが、(現実のものであれ、想像上のものであれ)直面する脅威に対して身を守ることに向けられる。ポパイがホウレンソウを食べて世界一強い男になるように、〈闘争か逃走か〉反応の影響下にあるヒトその他の哺乳類は、短時間、ふだん以上の力を発揮する。私たちの体が自家製の「滋養強壮ドリンク」を、ホルモンと神経伝達物質の形で提供してくれるおかげだ。

私が本書で描き出したいと思っている、これまであまり研究されてこなかった生理学的パターンは、〈闘争か逃走か〉反応の対極にあるものだ。ほかの哺乳類もそうだが、私たちは、危険に直面して臨戦態勢にはいる能力に加えて、人生の良きものを楽しみ、くつろぎ、他者と結びつき、自らを癒す能力をもっている。人生の出来事においてだけではなく、生化学システムにおいても、〈闘争か逃走か〉パターンの対極に位置するものがある。本書があつかうのは、シーソーの反対側の端にあるシステムだ。私たちの体は、安らぎと結びつきを得るためのシステムを備えているのである。

〈安らぎと結びつき〉システムに関わりが深いのは、恐怖ではなく信頼と好奇心であり、怒りではなく好意である。循環器系はペースを落とし、消化器系はフル回転する。心が静かで安らいでいるとき、私たちは防御をとく。感受性が豊かになり、開放的な気分で、自分の周囲の人たちに関心を抱く。私たちの体は「滋養強壮ドリンク」ではなく「癒しのネクター」を提供してくれる。その影響下で、私たちは自分のまわりの世界やそばにいる人々を肯定的なまなざしで見る。私たちは成長し、癒される。〈安らぎと結びつき〉反応もまた、ホルモンならびに神経伝達物質の作用だが、これらの基本的な生理学的作用がどのようにして〈安らぎと結びつき〉反応をもたらすのかについては、まだ十分な確認や研究がなされていない。

このシステムが顧みられないできたという事実から、科学研究の背後にどういう価値観があるのかがよくわかる。〈安らぎと結びつき〉システムの維持にとって、〈闘争か逃走か〉システムと同じくらい重要かつ複雑であるのに、研究される頻度は、〈闘争か逃走か〉システムのほうがはるかに高い。たとえば、自律神経系(神経系のうち不随意的な身体機能を調整する部分)をあつかった論文のうち、休息や成長に関与している副交感神経部分に関するものは10パーセントに過ぎず、残りの90パーセントは、〈闘争か逃走か〉反応において活性化する交感神経部分に関するものだ。ストレスや痛みをテーマとする学術会議はよく催されるが、安らぎ、休憩、幸福をテーマとする学術会議はほとんどない。

『〈安らぎと結びつき〉システムが働くのは、体が休んでいるときが多い。静かな見かけの下で、ものすごい量の活動が起こっているが、それらの活動は運動や急激な力の発揮には向けられない。〈安らぎと結びつき〉システムは体が自らを癒やし、成長するのを助ける。このシステムは栄養をエネルギーに変え、あとで使うために貯えておく。体も心も安らいでいる。そういう状態のときには、私たちは自分の中の資源や創造性を、よりよく利用できるようになる。ストレスにさらされていないときの方が、学習能力や問題解決能力は高くなる。

〈闘争か逃走か〉システムの対極にある〈安らぎと結びつき〉システムの身体的・心理的働きについて理解を深めることが、このうえなく重要だと私は信じている。個々の状況のもとで個々の人々が最適な反応をするには、この二つのシステムの両方が必要だ。しかし、長期にわたるストレスが、さまざまな心理学的・身体的問題を引き起こすことは、今では広く知られている事実だ。長い目で見て健康であるためには、この二つのシステムのバランスがとれていなくてはならない。』

『私がこの路線を選んだのには、個人的な理由もあった。四人の子の母としての経験から興味深い疑問がわいたのだ。妊娠中、授乳中、そして子どもたちと密接に接触していた時期に私が経験したのは、人生のほかの課題に挑戦するときにいつも感じていたストレスとは正反対の状態だった。私は妊娠や授乳に関係する精神生理学的状態がもたらすものは、挑戦・競争・達成にかかわる精神生理学的状態がもたらすものとはまったく異なることを知った。今から二十年以上も前、私はこの人生経験を科学的に探求しようとする過程で、重要な生物学的マーカーの存在に気づいた―その生物学的マーカーこそ、本書の主題である。

広く世界を見渡すと、心が平らかで安らいでいることを評価し、望ましい在り方だと考える伝統のある地域も多い。中国、ヒンズー、その他の文化は、この状態に到達するのに役立つさまざまな技術を開発してきた。今では西洋でも、より質の高い生活、より大きな幸福への道を求めて、瞑想・ヨガ・太極拳などが熱心に実践されている。

ストレスが増えつづけ、人と人とがばらばらになっていく一方の現代生活の中で、安らぎと、結びつきの必要性がますます切実に感じられるようになった。安らぎと結びつきへの渇望は、あわただしいライフスタイルを問い直し、心の平安と気持ちのいい人間関係に至る道を、意識的に探求するという形で表れる。しかし、この渇望が十分意識されず、きちんと認識されていない場合も多く、人によってさまざまに異なる対応の中には、長い目で見ると不健全なものもある。

たとえば、たっぷり食べ物をとれば―とりわけ脂肪分に富む食べ物をとれば、心が安らぎ、よく眠れるようになる。だが、いつもこのようにして自分をなだめる習慣がつくと、不都合な結果が生じるのは明らかだ。酒も心に安らぎを与え、眠気を誘う。ストレスに満ちた一日のあとで、気持ちをほぐす手段として飲酒する人は多い。だが、これもまた、問題を生じかねない。ストレスや不安や抑うつに悩む人々が、医師に処方された薬を飲む場合も同様だ。直接的な依存性があるとは考えられていない最新の薬であっても、望ましくない副作用があることは大いに考えられる。

エクササイズによって、体重をコントロールする効果だけでなく、心の落ち着きや安らぎが得られると感じる人もある。鍼、指圧、マッサージ、各種のエナジー・トリートメント〔訳注 レイキ(霊気)など、気を用いる療法〕など、代替医療を定期的に受けることが、身体症状を軽くするだけでなく、安らぎを得るのにも役立っていると感じる人もいる。瞑想や祈りなどのスピリチャルな活動を実践することによって、心が静まり、リラックスできると感じる人も多い。

本書をお読みになれば、体と心を通して憩いと幸福へと至るさまざまな方法が、一見、まったく異なっているように見えても、実際には共通点をもっていることがおわかりになるだろう。それらの方法はすべて、私たちの体内の同じシステムを活性化することで目的を果たしているように思われる。そしてその手助けをしているのは、オキシトシンという非凡な生化学物質であるようだ。

本書で展開される分析は、私自身の、そしてほかの人たちの研究によって裏づけられている。この長い年月の間に、〈安らぎと結びつき〉システムの生理学的プロセスに同じような関心をもち、この研究が健康と幸福にとって大きな意味をもつという共通の確信を抱く仲間がふえ、ネットワークが形成された。このネットワークを構成しているのは、研究者仲間や院生だけではない。関心をもつ一般の人もたくさん参加している。それらの人々は私たちと貴重な経験を分かち合い、研究のヒントをたくさん与えてくれた。

オキシトシンの効果についての考えは、動物実験ならびにヒトでの観察と測定に基づいている。私はそれらの知見から、まだ科学的解明が進んでいない事柄について、推測し、仮説を立てる。私がそのようにするのは、科学的研究によってこの分野が十分に探査されているわけではない現状において、「大まかな絵」を浮かびあがらせ、〈安らぎと結びつき〉システムの全体像をつかめるようにするためだ。私はオキシトシンを、私が〈安らぎと結びつき〉システムと呼ぶ広範な生理学的作用と結びつけ、ひとつの主張をうちたてようとしている。私が根拠とする証拠は説得力のあるものだが、状況証拠にすぎない場合もある。私のしていることは、いくつかピースが足りないジクソーパズルを嵌め合わせることに似ている。手持ちのピースを組み合わせて、二、三歩後ろに下がり、より広い視野の中で見ると、〈安らぎと結びつき〉システムの全体像がどんなふうになるか、見当がつく。

この短い著書で、この分野でなされてきたすべての研究の概要を紹介することは不可能だ、だから私は、そうする代わりに、いくらかの科学的な成果を出発点として、私たちが安らぎと結びつきをいかに切実に必要としているか、その状態がいかにして生み出されるか、それが私たちの健康にどのようなよい影響をもたらすかについて、自由に考えをめぐらせた。これらの問題は、今後、科学者がさらに探求していかなくてはならない重要な問題だと私は信じている。

イラストを拝見すると、モべリ博士の今回の本「オキシトシン」を参考にされてることが分かります。

不妊治療と流産

不妊治療に取り組みながらの流産は、極めて厳しい現実です。

なぜ起きるのか、鍼灸師としてできることは限られますが、少なくとも、何が起きたのか、どうして起きたのかを知ることは、良い施術の第一歩になることは間違いないと思い、特集のタイトルが気になった今回の雑誌を購入しました。

発行:2020年11月

出版:不妊治療情報センター

特集:『No more! 流産』

1.流産は、なぜ起こる?

2.着床するということは?

3.不妊治療と流産

4.体外受精と胚移植

5.体外受精と着床障害

6.着床障害の検査と治療 胚、胎児側の問題

7.胚の染色体の数を調べる PGT-A

8.胚の染色体の形を調べる PGT-SR

9.着床障害の検査と治療 母体側の問題

10.不育症なの? なんども流産してしまう

11.不育症の検査

12.不育症のリスク因子と治療 内分泌異常/血液凝固異常・自己抗体①

13.不育症のリスク因子と治療 血液凝固異常・自己抗体②

14.不育症のリスク因子と治療 子宮形態異常/夫婦の染色体構造異常/リスク因子不明

ブログで取り上げたのは、目次の中の黒字部分です。

『流産は、その経験が一度であっても、精神的なダメージが大きく、「生まれてこられたはずの命なのに、流産は自分のせいだ」と思い、深く傷つく人もいます。また、次の妊娠に気持ちを向けようとしても、「また流産してしまったら…」と思い、なかなか前向きになれない人もいるでしょう。

そして、不妊治療をしている人のなかには、胚移植をしても着床しない。生化学的妊娠[妊娠反応が陽性になったのみ]を繰り返してしまう…と悩んでいる人も少なくありません。

流産は、とても辛い出来事ですが、それが次の妊娠へ、赤ちゃんが授かる方法へと導いてくれることもあります。』

1.流産は、何故起こる?

1)流産とは

妊娠22週より前に妊娠が終わること。22週とは赤ちゃんがお母さんのお腹の外では生きていけない週数のことである。

流産は全妊娠の約15%に起こり、妊娠経験のある女性の約40%が経験しているとされている。

・妊娠12週未満を「早期(初期)流産」、妊娠12週以降22週未満の流産を「後期流産」という。流産の約80%は早期流産で、その原因のほとんどは胎児の染色体異常といわれ、偶然に起こる。

2)流産ではない生化学的妊娠

生化学的妊娠とは、尿中や血中に妊娠反応があったという生化学的な反応だけで終わってしまうことである。「化学流産」と呼ぶこともあるため、流産と誤解されることもあるが、生化学的妊娠は流産に含まれない。

生化学的妊娠の原因のほとんどは、胚の染色体異常から起こる自然淘汰がほとんどである。

・本来の妊娠は、超音波検査で胎嚢が確認できた臨床的妊娠をいう。

3)流産の兆候は

妊娠6週頃になると、超音波検査で胎児の心拍が確認できるようになり、流産する確率は低くなる。

・流産の主な兆候は出血と腹痛である。腹痛は子宮の収縮により腹部が痙攣したような痛みが起こる。

・超音波検査で診断される稽留流産の場合は、出血や腹痛はないのが特徴である。

・腹痛、出血は流産とは限らないが、気になる兆候であることは間違いないので、病院で受診すべきである。

4)流産の確率

・年齢が高くなると、妊娠は難しく、流産はしやすくなる。

・40歳以上になると流産のリスクは高まる。なお、流産のリスクはグラフを見ると、体外受精の場合の方が低い。

注)以下の2つのグラフは時期およびデータ元が異なる。

自然流産のリスク
自然流産のリスク

画像出展:「ままになりたい vol.61」

体外受精/妊娠あたりの流産率
体外受精/妊娠あたりの流産率

画像出展:「ままになりたい vol.61」

5)流産は予防できる?

・切迫流産とは流産しかかっている状態であり、妊娠12週未満の場合には、特に有効な薬はなく、安静にして経過観察することになる。

喫煙、風疹などの予防接種、糖尿病などの基礎疾患にも注意が必要である。

栄養面で、葉酸摂取が推奨されているのは、神経管閉鎖障害の予防である。

2.着床するということは?

1)着床は、どのように起こるのか

①胚を受け入れる準備

・卵胞が成長するにつれ、卵巣はエストロゲンを分泌し、子宮内膜を厚くする。

エストロゲンによって厚みを増した子宮内膜は、プロゲステロンによって着床しやすい状態に整えられる。

②受精から胚の成長

・卵管膨大部で卵子と精子は受精し胚になる。

卵管膨大部
卵管膨大部

画像出展:「人体の正常構造と機能」

・受精後は卵管内で細胞分裂を繰り返し成長しながら子宮へと運ばれていく。

・胚の栄養は卵管液だが、8細胞期まではピルビン酸と乳酸、8細胞期以降はグルコースを栄養にして、胚自体の力で発育するようになる。

③着床のはじまり

a.胚は、将来赤ちゃんになる細胞側を子宮内膜に接着させる。

b.胚は、内膜に接着するとすぐに潜り込んでいく。

c.胚は、子宮内膜を分解して、自分のものにしながら、胎盤をつくるためにhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の分泌を始める。

hCG
hCG

画像出展:「人体の正常構造と機能」

hCGは通常14日間以内に機能を失う黄体を刺激することにより、退縮なく機能を8週から10週維持する。

注)左端のぼやけて見えない部分は、「胎児精巣を刺激」になります。

d.胚は、hCGを分泌する。このホルモンが血液や尿中から検出されると妊娠反応が陽性になる。

e.胚が完全に潜り込むとその痕を塞さぐ。こうして着床が完了する。

3.不妊治療と流産

1)不妊治療をする夫婦は流産しやすいのか

自然妊娠と体外受精の流産率
自然妊娠と体外受精の流産率

画像出展:「ままになりたい vol.61」

・39歳以下では自然妊娠と体外受精の流産率に差はない。

・40歳以上では体外受精での流産率は低くなる。考えられる理由は以下の通り。

-体外受精では着床の可能性の高い胚を選択して移植できる。

凍結融解胚移植では、子宮内膜、ホルモン環境を調整し、移植時期の最良のタイミングを選択も可能である。

・体外受精の場合、不妊原因を持っていたり、年齢層がやや高いという点では流産しやすい要因も存在している。

2)不妊治療をする夫婦は生化学的妊娠になりやすいのか

・卵子の老化は染色体異常の発生率を高め、卵子の力を低下させる。卵子はもともと染色体異常が起こりやすく、排卵した卵子の約25%に染色体異常があるといわれ、40歳前から上昇する。

染色体数の異常のため受精が完了しない、胚が成長しない、着床しない、流産が起こる。もしくは染色体の数に問題を持った子どもが出生することにもつながる。

染色体異常率
染色体異常率

画像出展:「ままになりたい vol.61」

5.体外受精と着床障害

1)着床障害とは

・良好胚を何度も移植しているのに妊娠しない人、あるいは生化学的妊娠を繰り返している人は、着床障害の可能性がある。

着床は、胚の問題がないこと、子宮内膜の厚さが十分にあること、胚移植と着床時期のタイミングがあっていることなどの条件が大切である。

2)胚移植と着床

・胚移植は、胚盤胞移植と凍結融解胚移植が多くなってきている。

・胚盤胞の場合は、程なく着床が始まり過程は自然妊娠と変わらない。一方、体外受精の場合にはプロゲステロンを補うための服薬、膣剤、貼付薬、注射などを使い、採卵(排卵相当日)から約16日後に妊娠判定を行うのが一般的である。

3)より着床しやすい胚移植とは

凍結技術の進歩により、凍結・融解による胚へのダメージは、ほぼ心配することはなくなった。その結果、全ての胚を凍結して、子宮内膜やホルモン環境を整え、患者さんの都合に合わせて凍結融解胚移植を行う治療施設が増えてきている。

4)凍結融解胚移植の移植日

・着床しやすい時期は、通常排卵から5日目あたりで、“着床の窓”と呼ばれている。

・凍結融解胚移植の場合、移植胚の成長程度と子宮内膜の状態を同調させるため、排卵、または排卵の相当日から胚移植日を決定する。

・3つの方法

①自然周期

-自然排卵により排卵日から胚移植日を決定する方法。

②排卵誘発周期

-クロミフェンなどの服用する排卵誘発剤を使い、排卵を起こさせて胚移植日を決定する方法。

③ホルモン補充周期

-ホルモンを補充し、内膜の黄体化[卵子を排出した卵胞が黄体という組織に変化し、分泌されるプロゲステロンによって子宮内膜が厚くなる]を行った日から、胚移植日を決定する方法。

6.着床障害の検査と治療 胚、胎児側の問題

1)着床障害の検査

・着床障害には、明確な定義はなく、各治療施設によって異なるが、要因は胚または胎児側の問題と母体側の問題がある。

2)胚・胎児側の問題

・胚の染色体の数の異常や構造異常が原因で着床しない、もしくは生化学的妊娠によるものがある。

・流産全体の80%以上は、妊娠12週未満に起こる早期流産である。

染色体の数の異常については、偶発的に起こる卵子の減数分裂の失敗や、受精時に起こる多精子受精などが要因になっている。

・受精は卵管膨大部で起こるが、受精の際、卵子に2個、3個の精子が入ることがある(多精子受精)。この結果、すべての染色体の数が3本(3倍体)、4本(4倍体)となり倍数体の異常が起こる。

・倍数体の異常は、卵子の極体がうまく放出できなかった場合や単為発生(卵子が精子と受精することなく活性化して前核が形成される:1倍体)の場合などがある。

9.着床障害の検査と治療 母体側の問題

1)母体側の問題

①子宮内膜環境の問題

慢性子宮内膜炎

-子宮内膜の深い基底層にまで細菌が侵入して炎症が起こり、その炎症が持続している状態。

-慢性子宮内膜炎は自覚症状のない人が多く、なかなか着床しないことから発見されることも少なくない。

慢性子宮内膜炎は不妊治療経験者の約30%、繰り返し胚移植にもかかわらず生化学的妊娠や流産を繰り返す人の約60%にあるといわれている。

子宮内細菌(フローラ)

-2015年、子宮内に細菌(フローラ)が存在することが確認され、子宮内フローラの乱れが体外受精に悪影響を及ぼすことや、子宮内膜で免疫が活性化し、胚を異物として攻撃してしまう可能性が指摘されている。

膣内環境や腸内環境が子宮内環境に影響している可能性も考えられている。

ビタミンD不足

ビタミンDの不足が着床を難しくしているという研究発表がある。ビタミンDは食事以上に、日光によって作られる方が多いと考えられているので、妊活中は1日30分程度、日に当たるよう心掛けることが重要である。

②胚移植のタイミングの問題

・着床は排卵から5日目というケースが多く、それに合わせて胚移植するが、約30%の人には着床時期にずれがみられる。

免疫寛容の問題

・胚は卵子と精子が受精したものだが、外からの精子は非自己(自分自身ではないもの)である。にもかかわらず、拒絶反応が起こらないのは免疫寛容という働きによりものだが、免疫寛容に異常があると拒絶反応が起こり、それが着床障害の原因になる可能性がある。

・免疫寛容は、免疫応答の司令塔とされているT細胞が関連し、着床にはTh1細胞<Th2細胞の関係が通常であるが、なかなか着床しない人の中には、Th1細胞が優位になっている場合がある。

胚移植時期と子宮内膜
胚移植時期と子宮内膜

画像出展:「ままになりたい vol.61」

10.不育症なの? 何度も流産してしまう

1)不育症とは

・妊娠はするが流産を繰り返したり、死産になってしまったりすることを不育症と呼ぶ。

2)流産の要因は

・流産は全妊娠の約15%に起こり、胚の染色体異常による流産は、妊娠のごく初期に起こる。

不妊症のリスク因子と頻度
不妊症のリスク因子と頻度

画像出展:「ままになりたい vol.61」

12.不育症のリスク因子と治療 内分泌異常/血液凝固異常・自己抗体①

1)不育症のリスク因子とは

①内分泌異常

・甲状腺ホルモンの異常、多いのが「甲状腺機能亢進症」で、少ないのが「甲状腺機能低下症」であるが、いずれも流産のリスク因子である。

・糖尿病は不育症のリスク因子にあげられているが、ケースとしては多くないとされている。しかし、流産や早産のリスクに加え、心臓肥大など出生後に正常な発達、発育の問題が起こる可能性があるため、妊娠前からの血糖のコントロールが大切である。

②血液凝固異常・自己抗体

・血液凝固異常とは、血小板の異常や血液を凝固させるタンパク質の異常などによって起こり、止血が難しい出血傾向と凝固させやすい血栓傾向がある。不育症のリスク因子は後者である。

13.不育症のリスク因子と治療 血液凝固異常・自己抗体②

1)低用量アスピリン療法

・アスピリンには血小板を抑え、血液をサラサラにする効果がある。投薬の終了時期は、28週まで、もしくは36週までと医師によって判断は異なっている。

・妊婦禁忌とされており、アスピリンアレルギーの人もいるので、医師に相談すべきである。

2)低用量アスピリン+ヘパリン療法

・ヘパリンは血液凝固因子を抑えることで血栓を予防する。

・ヘパリンの開始時期は「妊娠が陽性になってから」あるいは「胎嚢が確認できてから」が一般的で、1日2回、12時間ごとの注射が、妊娠36週頃まで毎日、必要になる。

14.不育症のリスク因子と治療 子宮形態異常/夫婦の染色体構造異常/リスク因子不明

1)子宮形態異常

・子宮は胎児期には左右2つあるが、出生前には融合して1つになる。この融合がうまくいかないことが原因で、子宮の形態異常は発生する。特に中隔子宮が不育症のリスク因子に上げられている。

・中隔子宮は、外観は正常だが子宮腔内に仕切りのようなものがあり、内腔が左右に分かれている形態異常である。

・患者あたりの生児獲得率は、手術したグループで77.5%、しなかったグループでは53.8%であり、手術が必須とまではいえない。

2)夫婦の染色体構造異常

・夫婦のどちらかの染色体に構造異常があるために、流産を繰り返すもの。

3)偶発的流産・リスク因子不明

・不育症の中で一番多い。検査をやっても「異常なし」と診断される。なお、胎児の染色体異常はこの中に含まれる。

4)テンダーラビングケア

・『ストレスと流産についての因果関係は、はっきりしていません。

ただ、流産後、次回の妊娠に臨む前に、臨床心理士や産婦人科医がカウンセリングを行った方がストレスが改善し、妊娠成功率が高かった、という不育症研究班の報告があります。

なかでも最近、注目されているのがテンダーラビングケア(TLC)です。流産してしまった人に「優しく、愛情を持って接し、いたわる」ことで、次回の妊娠が継続し、出産に至る確率が上がるといいます。

とくに流産直後は、ストレスを強く感じ、辛い気持ちの中で過ごす時間も多くなることと思います。

心が痛い、辛いと感じるときは、無理せずに通院施設のカウンセラーや心理士、また心療内科を訪ねてみましょう。』

感想

ビタミンDは日光、腸内環境は食事、睡眠、運動などの生活習慣が重要です。一方、強いストレスなどによる自律神経系の乱れは、内分泌系や免疫系にも悪影響を及ぼします。

また、不妊症の方は“冷え”を訴えることが多く、これも自律神経系が交感神経優位になって、血管を緊張させ血液の流れを悪くしていることが要因の一つです。

以上のことから、日常生活で直面する過度な緊張、ストレスを減らすことが重要です。鍼灸治療は心身をリラックスさせます。自律神経系を整え、冷えを改善します。そして、子宮内膜が「ふかふかのベッド」になったとき、朗報は近くまで来ているのではないでしょうか。

糖化(AGE)

摂りすぎた糖は、AGEとなって大量の活性酸素を生み出す」ということは知っており、活性酸素が炎症を亢進させる重要な元凶の一つであるということも知っていました。

しかしながら、この重要なAGEについてはもっと詳しく知りたいと思っていました。

“AGE”は“終末糖化産物”と訳されることが多いようですが、『「糖化」を防げば、あなたは一生老化しない』の著者である久保先生は“糖化最終生成物”と訳されています。どちらが良いということもないので、以降、すべてAGEとさせて頂きます。なお、AGEAdvanced Glycation Endproductsになります。

AGEについては、福岡市の”おおた内科消化器クリニック”の太田先生のホームページに詳しく書かれいます。

『当クリニックでは、患者さんの立場に立ち、きめ細やかな診療にあたります。 患者さんとの深い信頼関係を築くために、お話を十分にお聞きした上で、納得いくまでご説明を致します。』

著者:久保 明

発行:2015年6月

出版:永岡書店

ブログでは目次の黒字部分を取り上げています。

目次

プロローグ

体が「糖化」すると「老化」してしまう

糖化こそ、老化や病気を引き起こす元凶だった!

「抗糖化」の食習慣で老化の進み具合が大きく変わる

第1章 老化・病気・不調すべての原因は体の糖化にあった!

―糖とどうつき合うかで人生が変わる

長生きするも早死にするも、すべては「糖」次第

AGEという不良がはびこると、体が活気を失う

ホットケーキもクッキーも糖化だった

「酸化」と「糖化」は“兄弟分”。いつも影響し合っている

食後1時間の血糖値の上がり方で糖化リスクが分かる

「食後1時間対策」で10年後の人生に大きな差がつく

第2章 あなたの体をボロボロにしてしまう糖化のメカニズム

―糖化はゆるやかな死への行進

AGEが悪さをしでかす2つのパターン

AGE架橋で体中のたんぱく質が“化石化”していく…

たんぱく質の機能低下が進むと全身がボロボロに…

動脈硬化の真の原因は細胞の炎症だった!

糖化はゆるやかな死への行進

糖化が引き起こす主な病気

《糖尿病・糖尿病合併症》

《動脈硬化・心筋梗塞・狭心症・脳梗塞・脳出血》

《認知症・アルツハイマー病》

《非アルコール性脂肪肝(NASH)》

《骨質が悪くなる》

《肌のトラブルが起こりやすくなる》

だるさや疲れやすさも糖化の影響の影響!?

第3章 体が糖化する食べ方、糖化しない食べ方

―糖化を防ぐ食べ方 5つのコツ

血糖値を急上昇させない食べ方が基本

糖質を敵視しすぎない姿勢が大切

「超低炭水化物ダイエット」の大きな落とし穴とは?

極端な糖質制限は医学的にも危険!

高GI&高カロリーの食事が連続するのを避ける

「食事記録」をつけて食べすぎている自分に気づく

「プチ減食デー」を設けて食生活を改善

食べ方をひと工夫するだけで糖化は防げる!

食べ方のコツ① 「懐石食べ」で血糖値の急上昇を防ぐ

食べ方のコツ② 緑の野菜をたくさん食べる

食べ方のコツ③ 糖化した食品を取りすぎない

食べ方のコツ④ 昼食を「食生活の切り替えポイント」にする

食べ方のコツ⑤ 食後1時間に体を動かすようにする

糖化メニューおすすめレシピ

メニュー① ライ麦パンアボガドディップ/野菜と豆のスープ/アイスカフェオレ

メニュー② 全粒粉パンのトーストポタージュ浸し/野菜とフルーツの豆乳ジュース

メニュー③ カブのみぞれ中華がゆ アジのなめろう添え/キュウリの昆布和え/フルーツ大豆ヨーグルト

メニュー④ 旬菜と蒸し鶏のパスタ/グリーンサラダ/餃子スープ

メニュー⑤ 豆腐のカニあんかけ/モロヘイヤとオクラの梅和え/キノコごはん

メニュー⑥ 鶏団子のカレースープ煮/ワカメとキャベツのゆず酢醤油和え/雑穀ごはん

COLUMN

健康的ダイエットで「サーチュイン遺伝子」が活性化する!

第4章 今日からはじめる!「抗糖化」の生活術

―抗糖化力を高めるために役立つ知恵Q&A

「抗糖化力」を高める生活術で若々しさをキープ!

Q1:カレーライスは糖化を進める危険メニュー!?

Q2:バイキング料理は糖化にとっては“鬼門”?

Q3:「炭水化物オン炭水化物」のメニューはNG?

Q4:ごはんを食べすぎないためのコツは?

Q5:やっぱり白米よりも玄米のほうがおすすめ?

Q6:間食するなら「糖分控えめチョコレート」!?

Q7:早食いはやっぱりよくない?

Q8:ハーブティが糖化防止にいいって本当?

Q9:抗糖化サプリメントってあるの?

Q10:夜、食べすぎてすぐ寝てしまうと糖化が進みやすい?

Q11:糖化にとってアルコールは? たがこは?

Q12:ストレスは糖化にも悪影響を与えるもの?

エピローグ

糖といいつき合い方をして充実した人生を

プロローグ

糖化こそ、老化や病気を引き起こす元凶だった!

・AGEは体に余分な糖が多くなり、たんぱく質と結びつくことで発生します。

・AGEが問題なのはたんぱく質でできた組織の変性、劣化を亢進させてしまうためです。

糖化の起こるプロセス
糖化の起こるプロセス

画像出展:「糖化を防げば、あなたの一生は老化しない」

画像出展:「おおた内科消化器クリニック」

第1章 老化・病気・不調すべての原因は体の糖化にあった!

―糖とどうつき合うかで人生が変わる

AGEという不良がはびこると、体が活気を失う

●「何故、たんぱく質と結びついてしまうのか」、食事により血糖が上がっても、すい臓からインスリンが分泌され血糖は調節されます。しかしながら、あまりに血糖が多かったりインスリンが適切に分泌されない、あるいはインスリンの働きが悪かったり等、問題があるとインスリンでは対応できず、その結果、余った血糖は体中のたんぱく質と結びつき、変性してAGEとなって様々な問題の原因となります。

血中に糖が多くなりすぎると
血中に糖が多くなりすぎると

画像出展:「糖化を防げば、あなたの一生は老化しない」

余分な糖がAGEに変わっていく
余分な糖がAGEに変わっていく

画像出展:「糖化を防げば、あなたの一生は老化しない」

ホットケーキもクッキーも糖化だった

●AGEが体内に蓄積されるのは、余った糖がたんぱく質と結びついてAGEが生成される経路と、食べ物にもともと含まれるAGEが口から入ってくる経路との2つのルートがあります。ただし、後者は焼きすぎに注意し、焦げたところは食べないように注意している限り、それほど心配するものではないとされています。

体内のAGEは白血球の一種である貪食細胞のマクロファージが体内の異物を食べてくれるため、一部のAGEは体外へと出ていきます(代謝)が、重要なことは食べすぎや糖の摂りすぎに注意することです。

「酸化」と「糖化」は“兄弟分”。いつも影響し合っている

・活性酸素は体内に入ってきた脂質を酸化させ、劣化した脂質(過酸化脂質)が、体内に居座るようになると、全身の細胞が傷つき老化の大きな原因になります。

糖化と酸化は影響し合いながら進行する“兄弟分”のようなものです。糖の劣化には酸化や酵素の力が作用しており、酸化の度合いが大きければ、糖化も起こりやすくなります。

第2章 あなたの体をボロボロにしてしまう糖化のメカニズム

―糖化はゆるやかな死への行進

AGEが悪さをしでかす2つのパターン

体を構成するたんぱく質にAGEが直接くっついて、その機能を低下させてしまうパターン。

AGEが受容体とくっついて、その受容体を通して細胞に炎症を引き起こすパターン。

動脈硬化の真の原因は細胞の炎症だった!

●AGEにはRAGEという受容体があり、AGEとRAGEが結びつくと細胞内の情報伝達に変化が起こり、炎症シグナルが活発になります。これにより、個々の細胞に炎症が引き起こされます。炎症は細胞の機能を低下させ、老化のスピードに拍車をかけます。特に大きな打撃を受けるのが血管であり、血管内側の壁細胞の炎症が動脈硬化の真の原因でないかとみられています。

《認知症・アルツハイマー病》

●認知症には「脳血管型」と「アルツハイマー型」の2つがあるが、どちらのタイプにもAGEの関与が認められます。

アルツハイマー病のβ-アミロイドというたんぱく質が脳内にたまると「老人斑」というシミができるのですが、調べるとAGEがたくさん検出されます。このAGEは脳細胞の死滅にも関与しているとされています。

《骨質が悪くなる》

●骨粗しょう症の原因の6~7割は「骨密度」が原因とされていますが、残りの3~4割は「骨質」の低下にありますが、AGEはコラーゲンたんぱくの中に入り込んで骨の構造を脆くします。

第3章 体が糖化する食べ方、糖化しない食べ方

―糖化を防ぐ食べ方 5つのコツ

血糖値を急上昇させない食べ方が基本

・意識的に血糖値の上昇を抑制するには、血糖値を急上昇させないような食品を食べるように注意することをお勧めします。

低GI食品をかしこく選んで糖化を防ごう
低GI食品をかしこく選んで糖化を防ごう

画像出展:「糖化を防げば、あなたの一生は老化しない」

食べ方をひと工夫するだけで糖化は防げる!

・糖とうまくつき合っていくための工夫が重要です。

糖化を防ぐ食べこ方 5つのコツ
糖化を防ぐ食べこ方 5つのコツ

画像出展:「糖化を防げば、あなたの一生は老化しない」

食べ方のコツ④ 昼食を「食生活の切り替えポイント」にする

・1日3食のトータルバランスを考えて、お昼のメニューを決めるようにするのも良い工夫です。栄養バランスや食べすぎ傾向にも注意を払うようになります。1日に1度、自分の食事や健康を考える時間を持つことはとても大事なことです。

食べ方のコツ⑤ 食後1時間に体を動かすようにする

・食後1時間をねらって体を動かすようにすると、血糖値は大きく下がります。

糖化を防ぐ食べこ方 5つのコツ
糖化を防ぐ食べこ方 5つのコツ

画像出展:「糖化を防げば、あなたの一生は老化しない」

エピローグ

糖といいつき合い方をして充実した人生を

●『人間はしょせん“たんぱく質の塊”です。そのたんぱく質を生かすも殺すも糖次第。あふれた糖が牙を剥けば、たんぱく質は糖化してAGEになりますし、糖が適量であれば、たんぱく質がしっかり機能して長く健康に生きるためのエネルギーとなる。言わば、人間という“たんぱく質”の運命は糖が握っているようなものなのです。』