定款作成物語

私が所属する団体は、ある目的のために「非営利型の一般社団法人」を目指すことになりました。

以下の図で見ると、“法人税法上の取り扱い”と書かれた色付きBox内の中央になります。これは公益法人に位置づけられる、一般社団法人というものになります。

当初はお金を払ってでも司法書士の先生にお願いした方が良いのではないかと考えましたが、結果的には、手間をかけてでも自前で作るという選択は正解でしたそれは定款は会社経営のルールブックであり、定款を深く理解すること、そして、法人立上げに関わる全ての人が理解しようとすることがとても重要であることを知ったためです。 

「非営利型法人の要件に該当するか」
「非営利型法人の要件に該当するか」

画像出展:「一般社団法人・一般財団法人と法人税」

以下の図にあるように、最初に取り組むべきは“定款”の作成です。

一般社団法人の主な設立手続き
一般社団法人の主な設立手続き

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

これを見ても”定款”がとても重要であることが分かります。

ネット上に多くの情報があるのですが、それらを調べつつも、やはり一冊は読んでおきたいと思い、購入したのは『改訂4版 一般社団法人・一般財団法人の実務 設立・運営・税務から公益認定まで』という本でした。

一般社団法人 一般財団法人の実務
一般社団法人 一般財団法人の実務

著者:熊谷則一、清水謙一

出版(第4版):2021年9月

発行:全国公益法人協会

 

一通り目を通し、いずれにしても定款を作らなければならないのは決まっていことなので、内容を一つ一つ吟味し理解することが大切であると考え、本書1-3の「定款作成の手引き・一般社団法人(社員総会+理事+監事)」に書かれている条文を書き写すという作業に移りました。そして、「こんな感じかなぁ」と思いながら、微妙に編集していきました。

この行動は悪くはなかったと思うのですが、“定款のひな型”については、「日本公証人連合会」のサイトにある“定款等記載例”の中から、最も近いものを利用する方が良かったかも知れません。 

日本公証人連合会
日本公証人連合会

『公証役場・公証人は、遺言や任意後見契約などの公正証書の作成、私文書や会社等の定款の認証,確定日付の付与など、公証業務を行う公的機関(法務省・法務局所管)です。』

定款等記載例
定款等記載例

『以下の定款の記載例は、起業者の方の参考に供するため、飽くまでも一つの事例として提示したものであり、網羅的な内容とはなっておりません。したがって、法人の目的、株式の内容、法人の機関設計、役員の責任軽減の有無等についてよく御検討いただき、公証人にも事前に御相談の上、作成されるようお願いいたします。』

何とか、自分なりの“定款ひな型”はできたので、司法書士あるいは行政書士の先生に、確認事項を列記したものを用意し、お話を伺って一気に完成させてしまおうという作戦を立てました。

ネット検索すると、中には初回1時間相談無料という事務所もあり、まずは当院の近くにある事務所の先生に訪問してきました。

「定款の内容を確認するとなると、それはまさに業務になってしまうので無償ではできない」とのことで、あっさり、作戦は未遂に終わってしまいましたが、貴重なアドバイスを頂くことができました。

1.うまくいっている一般社団法人に共通していること

 ①自分たちの団体を分かりやすく正しく公表していること。

 ②常に最新の状況を知ってもらえるように、情報をアップデートし続けていること。

『これにより世間の人は協力しよう、支援しようという気持ちになるものです。そして、このことが最も重要なことです。怪しい一般社団法人ほど、これらのことができていません。また、一般社団法人が組織的に壊れていく原因の多くは、お金に関わるところです。お金の管理がしっかりできないと問題が大きくなり、遂には解散ということになっていきます。優れた団体のサイトには情報がたくさん出ているので、それらを参考にするといいですよ。』とのお話でした。

慶應ラグビー倶楽部
慶應ラグビー倶楽部

設立が2018年3月となっているので、4年以上前ということです。とても完成度の高い素晴らしい法人です。

第1回目の作戦は失敗に終わったものの、あわよくば何とかなるのではないかと思い、懲りずに第2の先生を見つけました。「定款があるならそれを持参してください」とのコメントもあり、「もしや。。。」と期待しつつ、その日がやってきました。が、結果は2連敗でした。ただ、今回も色々なお話を伺うことができ有意義な時間をもてました。

最後に、『「埼玉県よろず支援拠点」という支援団体があるので、そこに問い合わせてみるのも一案ですよ。』とのアドバイスを頂き、その日の夜に“問合せフォーム”を使って依頼をかけました。 

埼玉県よろず支援拠点
埼玉県よろず支援拠点

『「埼玉県よろず支援拠点」は、経済産業省・中小企業庁が、全国47都道府県に設置する経営なんでも相談所です。

中小企業・小規模事業者、NPO法人・一般社団法人・社会福祉法人等の中小企業・小規模事業者に類する方の売上拡大、経営改善など経営上のあらゆるお悩みの相談に無料で対応します。』

すると、翌日、早速お電話を頂きました。お話では『こちらより、“創業・ベンチャー支援センター”の方が適しているので、そちらを紹介させて頂きます。』とのことでした。そして、アポ取りをしました。  

創業・ベンチャー支援センター埼玉
創業・ベンチャー支援センター埼玉

創業・ベンチャー支援センター埼玉は、これから創業をお考えの方、創業後の経営にお悩みの方、新たな事業展開を目指す事業主の皆様を全力でサポートします。』

創業・ベンチャー支援センターでは月2回、「司法書士相談会」というのを開催されているとのお話だったので、すぐに予約を入れました。受付の方からも、『作ったひな型をメールで送ってください。事前に先生に見て頂きます。』とのことで、遂にたどり着いたなという気分でした。 

実は、この創業・ベンチャー支援センター訪問の翌日に、埼玉会館の近くにある、の“公証センター”にアポが取れていました。本当は、この日の創業・ベンチャー支援センター訪問で、概ね完成させ、最後のチェックを公証センターの先生に見てもらおうという狙いだったのですが、それは外れ、順番が逆になってしまいましたが、それでもゴールは近いという気持ちでした。

なお、公証センターにアポが取れたのは、“基金”と“寄付”と“会費”の位置づけなど調べたのですが、ピンと来なかったため公証センターに問い合わせたところ、電話に出られた受付の方が「相談に来られますか?」との嬉しい提案があり、すかさず、それにのったというものでした。

公証センター
公証センター

定款認証には,紙(書面)の定款を認証する方法と、インターネットを介して電磁的記録の定款(電子定款)を認証する方法とがあります。このうちインターネットを利用した電子定款認証の利用方法は、日本公証人連合会のホームページや法務省の専用サイトに分かり易く説明されていますので,ご参照ください。

この公証センターの訪問で、ついに定款のひな型はほぼ完成しました。ほぼというのは、いくつか自信のない箇所が残っているという意味です。これらの宿題は、創業・ベンチャー支援センターの「司法書士相談会」でクリアにする予定です。

“定款”は会社のルールブックとされ、法人立上げメンバー全員で検討し、納得いくものを作り上げる必要があります。

ひな型完成に大手をかけていたわけですが、社員の対象範囲をどうするか、理事会を設置するかどうかなど、メンバーとの検討会の中でいくつか課題が浮上し、ゴール直前で数歩後退する事態になりました。

私自身も特に最初は「定款=事務手続き」という認識で、決して高くなかったのですが、この後退は他のメンバーの定款に対する関心を高めるきっかけとなり、正しいプロセスを経て、ゴールを切れるという見通しが立ったという意味でとても良かったと思います。思わぬ収穫という感じです。

ただ、新たな宿題が降りかかり、定款との悪戦苦闘は今しばらく続くことになりました。

非営利型一般社団法人

仕事とは関係ないのですが、非営利型一般社団法人について調べることになりました。

非営利型一般社団法人と聞いて思ったのは、いわゆる、一般社団法人と何が違うのか、これらは同じカテゴリーに含まれる異なるタイプの法人なのかという疑問でした。ところが、これらはいずれも一般社団法人であり、一般的なものを“普通型”と呼び、それと区別して“非営利型”という型があるということでした。

では、非営利型一般社団法人になるためには、届出段階で何か違うのか、そうではないのかがよく分からず、さらに調べてみると、「非営利型一般社団法人であるかどうかの判断は税務当局が担っているということを知り、早速、最寄りの税務署に問い合わせてみました。

今回のブログはその税務署への電話で分かったこと、税務署の方から教えて頂いた国税庁の資料、さらに『図解 社団法人・財団法人のしくみ』を読んで知ったことを中心にまとめたものとなっています。かなり、限定的な内容ですが概要をお伝えすることはできるのではないかと思います。

社団法人・財団法人のしくみ
社団法人・財団法人のしくみ

編者:朝日ビジネスソリューション(株)、朝日税理士法人

初版発行:2009年12月

出版:中央経済社

少し古いのが気になりますが、大変勉強になりました。

■非営利型一般社団法人とは、一般社団法人と異なる位置づけのものではなく、一般社団法人の中の一つの型です。図を見ると、”一般社団法人”の中で、「非営利型法人の要件に該当するか」が「はい」であれば、<非営利型法人>になります。

「非営利型法人の要件に該当するか」
「非営利型法人の要件に該当するか」

画像出展:「一般社団法人・一般財団法人と法人税」

なお、非営利型法人の要件は2つありますが、”非営利性が徹底された法人”に該当する場合は以下の①になります。

非営利型法人の要件①
非営利型法人の要件①

画像出展:「一般社団法人・一般財団法人と法人税」

ここで注目すべきは、1と2です。これを見ると、いずれも『定款に定めていること』と書かれています。税務署の方の話でも、上記1(剰余金の分配)と2(解散時の対応)が、“定款”に明確に記述されていれば、その事実をもとに税務署が、この社団法人は<非営利型法人>として認めるということでした。なお、上記のスライドは以下の資料の中にあります。

次の資料は、『新たな公益法人関係税制の手引-国税庁』(87枚)からになります。

この図では水色破線枠内、青色Boxになります。

非営利型法人
非営利型法人

画像出展:「新たな公益法人関係税制の手引」

先に”非営利性が徹底されている法人”についてご説明しましたが、もう一つはこの(2)に書かれた”共益的事業を行う法人”になります。

届出書
届出書

画像出展:「新たな公益法人関係税制の手引」

給与等の支払がない場合は、届出は“法人設立届出書”だけでOKのようです。

法人設立届出書記載例
法人設立届出書記載例

画像出展:「新たな公益法人関係税制の手引」

こちらは”法人設立届出書”の記載例です。

以下は「一般社団法人の設立手続き」です。 

一般社団法人の主な設立手続き
一般社団法人の主な設立手続き

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

これを見ても”定款”がとても重要であることが分かります。

概要  

1.社団法人の設立

・一定の手続きと登記だけで設立できる。

2.定款

・設立時に重要なことは定款の作成である。

-定款は法人の組織活動の根本規則である。

-記載内容によって法人の在り方が変わる。

-内容は次の3つに分けられる。

 1)「必要的記載事項」…記載しないと定款が無効になる。(目的、名称、事務所の所在地など)

 2)「相対的記載事項」…記載しないと定款が無効になる。(社員総会の決議要件など)

 3)「任意的記載事項」…法律内であれば任意に記載できる。

3.機関 

・社員総会は意思決定機関である。

理事が3人以上いる場合は、理事会を置くことができる。

・業務執行は代表理事が選任されている場合は、代表理事が行うが、選任されていない場合は理事が関与する。

・監事のみ、あるいは会計監査人と監事を併せて置くこともできる。 

一般社団法人の機関の組み合わせ
一般社団法人の機関の組み合わせ

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

一般社団法人では法人の規模が様々なため、任意による設置の有無が可能となっており、社員総会と理事だけでも成立します。

4.社員

・社団法人にとっての社員とは、「定款で定めるところにより経費を支払う業務を負い(一般法27)、社員総会で評議権を行使できる者(一般法48Ⅰ)」という。

・設立時には2人以上が必要である。

・社員の資格は定款で自由に決めることができる。

・社員は任意で退社することもできるが、定款で退社を制限することも可能である(一般法28)

5.理事の役割と責任

・理事会は別途定款にさだめている場合を除き、業務を執行して法人を代表する。

・理事は社員総会の決議で選任される。

・理事の人数は1人以上。

・理事の任期は原則として2年以内。

・理事と一般社団法人は委任関係にある。

-理事は法人に対して善管注意義務を負う(民法644)

-法令・定款・社員総会の決議を尊守して忠実に職務を行う「忠実義務」を負っている(一般法83)

-社員総会での説明義務(一般法53)

-競合取引・利益相反取引の制限(一般法84Ⅰ)

-社員等に対する報告義務(一般法85)

-法人や第三者に対する損害賠償責任(一般法111、117)

6.理事会

・一般社団法人では任意の機関である。

意思決定および業務執行
意思決定および業務執行

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

大きな流れは、”定款”⇒”意思決定機関”⇒”業務執行機関”になります。

7.監事

・一般社団法人では監事は任意であるが、理事会を設置した場合は必須となる。

・監事は理事の職務の執行を監査し、監査結果に基づき監査報告を作成する。

・監事は理事が作成した計算書類・事業報告・附属明細書を監査する。

・招集権者に理事会の招集を請求することができる。

・理事が不正行為や法令・定款違反をした場合などに、理事・理事会に報告する。

8.基金の意義

・基金とは社団法人に拠出された金銭、その他の財産をいう。

・社団法人は基金の拠出者(「社員」とは限らない)に対して、一般法や当事者間の合意に基づいて返還義務を負う。

・基金制度は剰余金の分配を目的としないという社団法人の基本的性格を維持しつつ、その活動の原資となる資金を調達して、

社団法人が安定して活動を行うという「財産的基礎」の維持を図るための制度である。

・基金は貸借対照表上では負債ではなく、純資産の部に計上する(一般法規則31)。

・基金制度は法人の任意であり、定款に「基金の拠出者の権利に関する規定」と「基金の返還の手続」を定めることに

よって基金制度を設けることができる。

9.基金の募集と返還

・具体的な基金の募集手続きは一般法によって以下のとおり定められている。一方、基金の返還は定時社員総会の決議によって、貸借対照表の純資産が「基金の総額」等を超える場合に限り、その超過額を限度として一定の期間内に行うことができる(一般法141ⅠⅡ)

基金制度の募集手続き
基金制度の募集手続き

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

 

ご参考:社団法人について

社団法人については、以下のサイトに分かりやすい説明が出ていました。 

まずはそもそも「社団」とはどういう意味なのでしょうか。

社団とは、一定の目的をもった人の集まり、団体を言います。そして、「社団法人」とは、法律によってその団体に「法人格」が与えられた法人を言います。更に、社団法人はその根拠となる法律によって「社団法人」、「一般社団法人」、「公益社団法人」の3つに分類されます。

「法人格」とは、その団体名義で銀行口座を開設、財産(土地・建物などの不動産や自動車など)を所有するなど、その団体名義で法律行為を行なうことができる「法律上の人格」を言います。

人権について考える

入江 杏先生は上智大学グリーフケア研究所非常勤講師をされています。そして、悲しみについて思いを馳せる会の「ミシュカの森」の主宰をされています。

グリーフケアとは、「家族や親しい友人との別れ、死別、あるいは生きがいや希望の喪失など、喪失に胸を痛めている人、喪失から生じる悲嘆に苦しんでいる人に寄り添い、支えようとする活動である」。これは、グリーフケア研究所の島薗 進所長のお言葉です。

クリック頂くと、YouTubeが立ち上がります。約16分です。

こちらは、”上智大学グリーフケア研究所”さまのホームページです。

入江 杏先生は2000年12月30日に発生し、いまだ未解決の「世田谷一家殺害事件」の犠牲者のお一人、宮澤泰子さんのお姉さまでもあります。今回の『悲しみとともにどう生きるか』では編著(編集と著作)をされています。

悲しみとともにどう生きるか
悲しみとともにどう生きるか

著者:柳田邦男、若松英輔、星野智幸、東畑開人、平野啓一郎、島薗 進、入江 杏

初版発行:2020年11月22日

発行:集英社

この本は6つの章に分かれていますが、第一章から第五章までは2008年から2019年に行われた講演が基になっています。第六章はグリーフケア研究所所長の島薗先生の書下ろしで、「グリーフケア」や「ミシュカの森」について書かれています。

詳細は次の通りです。

第一章 「ゆるやかなつながり」が生き直す力を与える  柳田邦男 2008年12月27日 玉川区民会館ホール

第三章 沈黙を強いるメカニズムに抗して  星野智幸 2016年12月25日 上智大学

第四章 限りなく透明に近い居場所  東畑開人 2018年12月9日 芝コミュニティはうす

第五章 悲しみとともにどう生きるか  平野啓一郎 2019年12月14日 ビジョンセンター田町

第六章 悲しみをともに分かち合う  島薗 進 “書下ろし”

ブログは芥川賞作家でもある平野啓一郎先生の第五章について触れています。この五章に書かれているのは主に、“死刑制度のこと”、“人権のこと”、そして“コミュニケーションと分人”についてです。“分人”には多様性が求められると思いますが、背景には“客観的&主体的な変化と順応”ということが隠れているように思います。

この中で“死刑制度のこと”、“人権のこと”は、私自身64年も生きてきて、まともに考えたことが一度もなかったことを思い知りました。また、書かれている内容はとてもインパクトの大きなものであり、自分自身はどう考えるのだろうか、頭の中を整理したいと思いました。

第五章の小見出しは以下の通りです。(ブログでは最初の2つには触れていません)

●「カテゴリー」として扱われがちな被災者や事件の被害者

●当事者でないからこそ書けることがある

●死刑制度への考え方

●「なぜ人を殺してはいけないか」への応答として生まれた『決壊』

●心から死刑は廃止するべきだと思った理由

●個人の責任に収斂させる死刑は国家の欺瞞

●死刑制度は犯罪防止にならない

●犯罪被害者へのケアが不十分

●犯罪の被害者の心の中に芽生える感情は複雑

●「赦し」と「罰」は同じ機能を果たす

●共感や同情ではなく、人権を権利の問題として捉える教育が必要

●「負け組」に対する積極的な否定論

●すべての人の基本的人権を尊重するという大前提

●自死して償うという日本的発想

●社会の分断と対立の始まり

●対立点からではなく、接点からコミュニケーションを始める

●分人の集合として自分を捉える

●人生の経過とともに分人の構成は変わっていく

●愛する人を喪失した人へ

死刑制度への考え方

・平野先生は現在、死刑制度を廃止すべきという立場であるが、『決壊』を書く以前の20代ぐらいまでは心情的には死刑制度に肯定的な立場の近い所にいた。しかし、はっきりした考えは持っておらず迷っていた。

・ヨーロッパではベラルーシ以外はすべて死刑制度が廃止されている。今も死刑制度が残っているのは、アジア諸国、中東、アメリカ合衆国の一部の州などである。

2014年死刑執行国
2014年死刑執行国

画像出展:「2014死刑判決と死刑執行」

 

アムネスティ
アムネスティ

死刑判決と死刑執行 アムネスティ・インターナショナル報告書(抄訳)

上記をクリック頂くと、PDF13枚の資料がダウンロードされます。

下記はアムネスティのサイトにあった記事です。

死刑廃止 - 最新の死刑統計(2020)

 

以下はネットで見つけた記事です。

死刑制度をめぐる日本の議論:世論は8割が死刑容認

この中に“死刑制度の存廃をめぐる議論のポイント”という箇所があり、項目として8つ挙げられています。

■根本的な思想・哲学

■死刑に犯罪抑止力があるかどうか

■誤判・冤罪の恐れをどう考えるか

■被害者・遺族の心情をどう考えるか

■犯人の更生可能性について

■世論調査をどうみるか

■死刑廃止が国際的潮流である点をどうみるか

■死刑は憲法に違反しないか

「なぜ人を殺してはいけないか」への応答として生まれた『決壊』

・これは、TBSの『NEWS23』で収録された若者たちとの対話での発言。その時の出演者からは的確な回答は出なかった。

・『決壊』という作品の中で、平野先生は「なぜ人を殺してはいけないか」という根本的な問いに対して、その理由を説得力を持って書きたいと思っていた。

心から死刑は廃止するべきだと思った理由

・警察の捜査に対する不信感(袴田事件など)。

・「人は殺してはいけない」という絶対的な禁止に、例外を設けてはいけないという考えが自分の中で確かなものになった。人の命は、「場合によっては殺していい」という例外を作ってはいけない。

・死刑は加害者を同じ目に遭わせてやりたいという身体刑である。

個人の責任に収斂させる死刑は国家の欺瞞

・立法的、行政的な救済を必要とする犯罪被害者への支援が十分とはいえない状況で、事件に対して司法が死刑を宣告して、その人を社会から排除し、あたかも何もなかったかのような顔をするのは国家の欺瞞ではないか。

・社会の責任が大きいような環境で育った人が罪を犯した時、それをその人の「自己責任」にすべて収斂させて、死刑にすることで終わらせてはいけないのではないか。

・社会的責任は一切なく、あくまでその個人に全ての責任があるとする犯罪の場合であっても、国家がその犯罪者と同じ次元に降りてきて、事情があれば人を殺していいという判断(死刑)をするのは良くないのではないか。

・『我々の共同体は人を殺さない。一人ひとりの人間は基本的人権を備えていて、生存については絶対的に保障されている。我々の社会はそういう社会であるという前提は、例外的にそれを破る人が出てきても崩してはならないはずです。だから、あなたは人を殺したかもしれないけど、我々の社会はあなたを殺さない。それが我々の社会です、ということを、あくまで維持しなければならないのではないか。おまえが殺したから俺もその次元にまで下がっていって、同じように殺すということは、許されることなのか?

何かよほどの事情があれば人を殺していい、という思想自体を社会の中からなくしていかないと、殺人という悪自体が永遠になくならないのではないかと考えるわけです。

死刑制度は犯罪防止にならない

・死刑囚にも自分の死が怖いと思う人とそうでない人がいる。

・“拡大自殺”とは死刑になりたいから多くの人を巻き添えにした殺人を起こすことである。

-2008年6月:“秋葉原通り魔事件”では7人が死亡。

-2021年12月:大阪ビル放火事件“では25人が死亡。

犯罪被害者へのケアが不十分

・全国犯罪被害者の会では、附帯私訴制度(民事裁判を起こすことなく、刑事裁判の中で損害賠償を求める手続きができる仕組み)の実現が一つの目標になっているが、これは遺族が裁判にうまく関与できない状況になっている。

・被害者に対する誹謗中傷などに対する被害者をケアするシステムが不十分である。

被害者が十分に守られていない状況では、人は「被害に遭った人たちはあんなにかわいそうな目に遭っているのに、何で加害者の人権が守られなきゃいけないんだ」という反発から、「死刑制度は反対」とか「加害者にも人権はある」という声に社会は強く反発する。死刑制度の議論は、被害者のケアの充実を第一に図っていかない限り、国民が加害者側の人権を考えることは難しい。

本来は、犯罪被害者の悲しみを癒すことに関わることが大切だが、それは簡単ではないこともあり、被害者の気持ちになり代わって、「犯人を死刑にしろ!」となっていく傾向が強い。

人権概念の理解の徹底こそが重要であるが、感情的な問題も無視はできない。

犯罪の被害者の心の中に芽生える感情は複雑

・『犯人は死刑になった後、ご遺族がそれで本当に区切りがつけられたのか、何らかの慰めなり癒やしが得られたのかどうかということは、ジャーナリズムの一種のはばかりからか、怠惰からか、それほど具体的な追跡調査がなされていません。ですから、社会は勝手に、遺族は死刑にならないことには収まりがつかないし、死刑になったらそれで一つ区切りがつくと考えて、犯人が死刑宣告を受けて死刑にされたら、途端に遺族のことはすっかり忘れてしまいます。しかし、実はその時にこそ、遺族は社会の中で最も孤独を感じているかもしれない。加害者を憎むということにおいてのみ被害者の側に立った人たちは、加害者に死刑が執行された途端に、被害者への興味を一切失ってしまいます。もし自分の家族が殺されたなら、という仮定は、一体、何だったのでしょうか?

また、死刑が区切りになるかどうかということとは関係なく、とにかく関わりたくない、死刑も望まず、赦すなんてことももちろんできないけど、とにかくもう思い出したくない、別の人生を歩みたいという方もいらっしゃいます。

死刑で一件落着、それが一つの区切りになるなどという考え方で犯罪被害者の方のすべての感情を物語化することはできない。誰かと話をしたいとか、じっくり一時間、二時間、話を聞いてもらいたいとか、孤独に寄り添ってほしいとか、事件のこととは関係なく、楽しくごはんでも食べに行きたいとか、被害者というカテゴリーにくくられたくないとか……、それは当然、さまざまです。だけど、「被害者の気持ちを考えたことがあるのか」と言う人は、そのうちの「憎しみ」の部分にしか興味がありません。それ以外の部分で、被害に遭った方の悲しみをどういうふうに癒すのかということには、全くコミットしようとしないわけです。これが非常に大きな問題ではないかと思います。

「赦し」と「罰」は同じ機能を果たす

・赦しと罰は、何かを終わらせるという意味では同じ機能を果たしているといえる(ハンナ・アーレントの『人間の条件』より)

・被害者の方が“赦し”を選んだ時に、社会はその人の決断をあたたかい尊敬の気持ちで称賛し、抱擁すべきである。決して「あなたは亡くなった人に対する思いが薄いんじゃない?」などと非難することがあってはならない。他者を理解するというのは、自分が決して理解できないことを理解しようと努めることである。

共感や同情ではなく、人権を権利の問題として捉える教育が必要

・死刑制度の問題から気づくことは、日本人は人権というものに対する教育に失敗していると思うことである。

・『僕自身が小学校で受けた人権教育を思い返してみても、結局のところ、人権というのがよくわからないままだった気がします。小学校の教育の中で多かったのは一種の感情教育で、人がそういう時にはどんな「気持ち」になっているかを考えてみましょうとか「自分が嫌なことを相手にもしてはいけません」という心情教育に偏っていました。他者に対する共感の大事さを説くばかりで、人権という、権利の問題としてきちんと教育されてこなかった気がします。実際、講演[地方自治体の人権週間での講演]の時の作文[小・中学生の作文]も、「相手の気持ちを考えず、嫌な気持ちにさせてすごく悪かった」という結論に至っているものがほとんどでした。この感覚が大人になるまでずっと続いてるので、不祥事で政治家や企業の社長が謝罪する時にも、その理由は「不快な気持ちにさせてしまったこと」です。

・共感能力が重要であることは間違いないが、人権という権利の問題を考える時に、共感ということが前面に出すぎるのは望ましくない。

かわいそうかどうかは主観的な感情である。一方、権利とはある前提の中では不変なものだと思う。それ故、主観的な感情とは距離をとり、客観的に向き合う必要があると思う。

・『例えばNHKの番組で、格差社会の中の「相対的貧困」といわれるような状態の人たちの特集があって、そこに登場した女の子の部屋の棚に漫画が並んでいた。そうすると、「貧困っていっているけど、漫画を読んでいるなんてぜいたくだ」「世の中にはもっと大変でかわいそうな人がいる」と、主観的な話になってバッシングが起きる。結果、こんな人たちは別に救う必要がないとか、特集する必要はないといった否定的意見が出てきます。

これは生活保護バッシングにも似ています。「生活保護とかいいながらパチンコしているじゃないか」と。「同情に値しない。かわいそうじゃない」「自己責任だから、そういう人たちを救う必要はない」という論調が日本社会の一部に強くあります。これもやはり、人権の問題としてその人たちの生存を考えているのではなく、かわいそうかどうかという共感の次元で捉えてしまっているがゆえに起こっていることです。』

「負け組」に対する積極的な否定論

・「勝ち組」、「負け組」は当初、株式投資に関し企業を判断するものとして出てきた。その後、新自由主義的の風潮の中でいつの間にか人間についてもいわれるようになった。そして、負け組の人たちは努力が足りない怠け者だというような論調が社会の中で語られるようになった。

すべての人の基本的人権を尊重するという大前提

・『人権というのは、一人ひとりの人間が生まれながらにその生命を尊重されて、それは誰からも侵されないという権利で、ヨーロッパの思想史の流れの中で考えられたものです。人類の歴史の流れによっては、人間は生まれながらに差別されるのは当然で、一部の人だけが富めばいいという社会がずっと続くこともありえたと思います。しかし、そうはならず、すべての人間が基本的な人権を備えていて、それは絶対尊重しなければいけないという想に基づいて憲法をつくり、国家を成立させ、そして、国家権力はそれを侵してはいけないという仕組みをつくり上げていった。近代以降のその流れは、僕は基本的に正しかったと思っています。その思想を受け継いでいることを幸福と感じます。

人間には生まれながらにして権利があるという話は、フィクションといえばフィクションですけど、それをたくましい努力で守り抜こうとする思想は、偉大です。

実際には内戦が続いている地域など、基本的人権という考え方が通じなくて、国家が溶解したような状態で、ひたすら弱者が暴力の被害に遭っているという現実もあります。本当にそういう社会でいいのかと考えた時に、僕はやはり一人ひとりの人間は絶対に殺されてはいけないし、国家の主権者として生存権や社会権が守られているという大前提を崩すべきでないと考えています。

ですから、学校でいじめが起きている時に、かわいそうなことをしているからやめましょうと諭すことも大事ですが、まず、いじめるということは相手の教育を受ける権利を侵害していることだから、やってはいけないことだ、と教えなくてはならない。人を殺すというのは、その人が生まれながらにして持っている、誰からも生命を侵害されることがないという権利を奪うことだからやってはいけないことだと教えなくてはならない。

心情的な教育というのをやりながら、一方で、すべての人は、社会の役に立とうが立つまいが、そんなことは関係なくて、生まれてきたからには、自分の命は誰からも侵害されない権利がある、という原則を子どもたちに教えることが非常に重要です。

その上で、僕も自己反省的に、そもそも、どうして自分は子どもの頃、人を殺した人は死刑になっても当然だと思っていたのだろうかということを考えてみました。一つには、漫画やアニメ、テレビの時代劇などで悪者を成敗する勧善懲悪のストーリーが戦後ずっと続いていて、その刷り込みがかなり強いのではないかと思います。漫画や小説などフィクションが与える影響というのは馬鹿にできません。』

自死して償うという日本的発想

・日本では自死(自殺)は個人として追い詰められた結果ということではなく、一種の社会的な償いとして死ぬべきであるという考えが強くある。社会に命を差し出すことが償いになるという考え方自体を問い直す必要がある。

社会の分断と対立の始まり

・『ノーベル経済学賞を受賞した経済学者で思想家でもあるインド出身のアマルティア・センがアイデンティティーと暴力という本を書いています。その中で彼は、なぜインドで深刻な宗教対立や民族対立が起きるのかということに関して、個人を一つのアイデンティティーに縛りつけてしまうことがすべての社会的な分断、対立の始まりだと分析しています。

社会を分断させたい人、あるいは対立させたい人にとっては、個人が単一のアイデンティティーに収まっていることが何よりも重要なんだと言うんですね。あの人はキリスト教徒、あの人はイスラム教徒というふうに単一のアイデンティティーにくくりつけてしまう。あるいは、あの人は死刑存置派、あの人は死刑反対派というふうに。そこから際限のない対立が始まってしまうわけです。

センは、さらにこう続けます。実際には、人間というのは非常に複雑な要素の集合体である、と。

ある人はプロテスタントであり、同時に二児の父親で、野球はヤンキースを応援していて、音楽はジャズが好きというふうに、一人の人間は複雑な属性を備えている。そうすると、死刑制度を支持するかどうかというような一つのトピックスに関しては対立する部分があるけど、音楽の話をすると、「俺もあのバンド好きなんだよ」と共感する部分があったり、「実は北九州出身で、俺もあの先生に習ったんだ」と、複数の属性を照合し合わせると、どこかにコミュニケーションの可能性を見出しうる。

センは、そこに対話の糸口があり、そこを通じてコミュニケーションを図り続けることによって、一つの対立点で社会が分断されそうな時にも、別のところで人間同士のつながりが可能になるということを言っています。

これは非常に重要なことです。僕たちは単一のアイデンティティーや、単一のカテゴリーに自分が押し込められることに非常に不自由を感じます。実際には自分にはもっと多様な面がある。犯罪の被害に遭われた方のことも、「犯罪被害者」というふうにカテゴリーとしてつい語ってしまいますが、その人の中にも、一方で会社員であったり、昔の友達とわいわいい楽しく過ごす時間もあったりというふうに、複雑な顔があるわけです。』

対立点からではなく、接点からコミュニケーションを始める

人間は複雑な属性を備えているというアマルティア・センの指摘について、平野先生は「分人」ということばで個人や社会の多様性を重視すべきであると説いている。

・人間にはコミュニケーションの中で混ざり合っていく他者性があり、他者に対する柔軟なコミュニケーションを重ねることにより、自分の中にいくつかの人格がパターンのようにしてできていく。これを個人という概念に対して、「分人」と呼んでいる。

分人の集合として自分を捉える

・自分という存在を唯一つの存在とするのではなく、分人という自分の中の多様性によって、好きな自分、嫌いな自分、楽しい自分、辛い自分などいろいろな面があり、相対化して分人として自分を眺めることができれば、自殺の衝動を抑制することもできる。

人生の経過とともに分人の構成は変わっていく 

・分人の構成は他人や社会から強いられるものではなく、バランスを取るように自分がコントロールすべきものである。ただし、これは容易なものではなく、社会や政治といった自分の外側に目を向けることも大事である。

愛する人を喪失した人へ

・『僕たちは自分が愛している人との分人を生きたいわけですけど、その相手を失うことによって、それができなくなってしまう。その辛さが愛する人を亡くした時の大きな喪失感ではないでしょうか。

だけど、生きている人たちとの関係の中で新しい分人をつくってみたり、今まで仲がよかった人との分人の比率が大きくなっていくことで、その後の人生を続けていくことができるはずだと思います。

そういう意味で、最初の話に戻りますけど、辛い状況にある当事者の人に対して、自分はどう接したらいいかわからないと立ち止まるのではなく、その人に辛い分人だけを生きさせないために、新たな分人をつくることができるような関与をすることが大事ではないでしょうか。

感想

長いコロナ禍、テレビの刑事モノを観る機会が増えたのですが、時々出てくる刑事のセリフ、「罪を憎んで人を憎まず」。これは死刑制度、人権、自死(自殺)に紐づく重要なキーワードになるのではないかと思いました。もちろん、簡単な話ではないと思いますが。。

日本人の約8割は死刑容認とのことです。私も平野先生のお考えを勉強させていただく前は、そもそも深く考えたこともなかったのですが、死刑容認派で間違いないと思います。

自分なりに何故、容認派なのか考えてみると、先生が指摘された漫画やアニメの“勧善懲悪”の影響は確かに大きいと思います。また、“切腹”や“敵討ち・仇討ち”なども、物語の中では多くは美化されており、嫌悪感はほとんど持ちません。拷問のように痛みを実感できる体罰(身体罰)は受け入れられないのに、拷問よりも残酷な死刑という命を奪ってしまう身体罰は、一瞬のことだからなのか、なぜか寛容です。

また、島国、村社会である日本は“村八分”や“出る杭は打たれる”など、昔から村民に同質性を求める傾向が強いと思います。しかしながらこれは生きていくための知恵でもあり、日本人の慣習、文化になっているように感じます。注意すべきは同質性を重んじることは、多様性に対しては懐疑的になりやすいのではないかという側面です。

脳の機能で考えると、本能や感情に関わるのは“古い脳”といわれる大脳辺縁系などです。一方、理性に関わるのは“新しい脳”の大脳皮質です。犯罪は怒りや悲しみが先行するものなので、まずは“古い脳”が活性化すると思います。特に怒りなどの先には、法による罰が存在し、“怒り”に対して“罰”という結果がすぐに結びつきます。それに対して、“悲しみ“あるいは“犯罪被害者支援”に関しては、法による罰に相当するような明快な解決策がないこともあり、あぶり出された”理性”が落しどころを捜すうちに迷子になってしまうのではないか。この点も“新しい脳”の活性化を難しくさせているように思います。

下の絵で考えれば、犯罪は“脳の命令の力関係”からも圧倒的に古い脳(情動脳)を活性化させやすい状況だと思います。 

命令の力関係
命令の力関係

こちらの画像は、Web活用術さまの“古い脳 VS 新しい脳|脳の特徴でわかる人生の苦悩と解決策”という記事から拝借しました。

 

 

この記事では次のように古い脳と新しい脳を比較されています(一部追加)。

古い脳

・爬虫類能(反射能)

 ・構造:脳幹・大脳基底核・脊髄

 ・機能:心拍・呼吸・摂食・飲水・体温調節・性行動⇒「生きたい」

哺乳類能(情動脳)

 ・構造:大脳辺縁系(扁桃体・海馬体・海馬傍回・帯状回・側坐核)

 ・機能:喜び・愛情・怒り恐怖嫌悪などの情動⇒「仲間意識(関わりたい)」

新しい脳

人間能(理性脳)

 ・構造:大脳皮質(右脳・左脳)

 ・機能:知能・記憶・言語・創造倫理・繊細な運動など⇒「目的意識(成長したい)」

新しい脳(理性脳)を活性化させることは、犯罪を減らす一つの答えになると思います。繰り返しになりますが、具体的には”犯罪被害者の悲しみ”に対して明快な解決策を用意し、犯罪者に対する法的罰則と同様に、犯罪被害者に対する被害者支援の道が用意され、被害者の方を思う一人ひとりの”理性”を迷子にさせないことです。

国民の意識が「罪を憎んで人を憎まず」に向かえば、多様性に対しての理解も進み、さらに国民的コンセンサスとしての高まりとなれば、死刑制度の意識も変わるかもしれません。そして、治安や暮らしやすさの改善にもつながると思います。 ただ、もし自分の家族が殺されたとして、「罪を憎んで人を憎まず」という気持ちに本当になれますか? と問われれば、やっぱり自信はありません)

罪はすべての人が“善”と“悪”を内在していると思うので、なくなることはないと思いますが、新しい脳である理性を活性化できるようになれば、犯罪だけでなく自死も減るのではないかと思います。そして、間接的であっても、”貧困と格差の是正”につなげられれば、さらに犯罪も自死も減るものと思います。

ご参考1

「”罪を憎んで人を憎まず”とは誰の言葉なのだろう?」と思い調べたところ、なんと”孔子”でした。実は2ヵ月程前に、”論語と仁”というブログをアップしていましたのでリンクさせて頂きます。

ご参考2

犯罪被害者のアンケート調査のような資料がないものかネットで探したところ、2007年と新しくはないのですが、社団法人の被害者支援都民センターによる調査資料がありました。

以下の資料名をクリック頂くと、PDF70枚の資料がダウンロードされます。

平成18年度 被害者支援調査研究事業 今後の被害者支援を考えるための事業報告書



殺人・傷害致死 計38人
殺人・傷害致死 計38人

この棒グラフは左上の”被害後に悩まされた問題”の中から”殺人・傷害致死 38人”だけを抜き出したものです。

また、上記右上のグラフは”事件直後の必要な支援”に関するものです。

二次的被害を受けた相手
二次的被害を受けた相手

こちらは”二次的被害を受けた相手”のグラフです。

上記の”被害後に悩まされた問題”と合わせて考えると、犯罪被害者の方は、多くのストレスに直面していることが分かります。特に、”民事裁判に勝訴したが、実際には賠償金を支払われていない”という人が36.8%もおり、精神的ストレス、手続きの煩わしさ、時間の拘束に加え、金銭的も厳しいということが分かります。

2007年から15年たった今でも同様であるとすれば、犯罪被害者への支援は喫緊の大きな課題といえます。

 

 

 

プロジェクト計画書

仕事ではないのですが、「プロジェクト計画書」を作ることになりました。25年も営業をしてきたので、“営業プラン”や“新規開拓プラン”に類するものは度々作ってはいたのですが、今回は不慣れなテーマに加え広い視点が求められると思い、また、やり直しは最小限度に抑えたいため、作成する前に少し準備することにしました。

購入した本は石井真人先生の『知りたいことがパッとわかる 事業計画書のつくり方がわかる本』です。作るべきは「プロジェクト計画書」なので、本書の中から必要と思う箇所を重点的に勉強させて頂きました。

ブログはかなりアレンジしたものになっているため、本書の概要をお伝えすることはできておりません。そのため、最初に「はじめに」の一部をご紹介させて頂きます。

事業計画書のつくり方がわかる本
事業計画書のつくり方がわかる本

著者:石井真人

出版:ソーテック社

初版発行:2010年9月

第1章 伝わる事業計画書の作り方

第2章 事業計画書を作成する前にすること

第3章 ビジネスプラン作成の流れとポイント

第4章 ビジネスプランつくり込みのテクニック

第5章 事業推進フローチャートのつくり方

第6章 損益計算書作成のテクニック

第7章 資金繰り計算書作成のテクニック

第8章 数値情報のポイントまとめるテクニック 

第9章 伝わるビジネスプランのポイント解説

はじめに

『「新規事業のアイデアを思いついた瞬間から、事業戦略を考え抜くまでの思考プロセス、さらにその事業戦略を“伝わる事業計画書”に仕上げるまでの作成手順を1から伝えたい」というコンセプトを持って、執筆しました。』

『本書では架空の事業を1つつくり上げ、思考プロセスから事業計画書の完成まで、すべてサンプルをご用意させていただきました。また思考プロセスの流れに沿って、1ページ目から読み進んでいただけるように構成しています。』

『事業計画書は立案者視点で作成するのではなく、詠んでもらう第三者に“伝わる”ように作成しなければ意味はありません。本書では新規事業計画書をテーマにしており、新規事業の素晴らしさを第三者に伝えるための実務ノウハウをサンプルの中に散りばめて解説しております。中長期事業計画書など新規事業以外でも“第三者に伝える”実務ノウハウがそのまま活用していただけるように、イメージ図の使い方や文章の書き方など、作業レベルのテクニックまで網羅しました。』

1.伝わるプロジェクト計画書の作り方

プロジェクト計画書が与えてくれるメリット

・資金調達において事業計画書が求められる

・立案者の“思い”は文書化しなければ伝わらない

プロジェクト計画書を構成する具体的な書類

①プロジェクトプラン

「なぜ、いつ、誰が、どこで、誰のために、何を」を客観的な根拠に基づいて解説する書類。事業計画全体のストーリーを作る。

②プロジェクト推進フローチャート

プロジェクト計画のストーリーおよび行動計画を図式化した資料。期日、担当者を明確にする。

③数値シミュレーション

資金繰り計算表

2.プロジェクト計画書を作成する前にすること

何をプロジェクト化したいのか?「6W1H」で情報整理をする

・Who、Why、What、Where、Whom、When、How 

プロジェクトコンセプトを文書化し全体像をイメージできるようにする

3.プロジェクトプラン作成の流れとポイント

各構成要素の計画内容を文書化するルール

・各構成要素を「6W1H」で説明する

・チェック表を活用して「知りたいポイント」の欠如を防ぐ

・キーワードは言い回しを統一して繰り返す

●ストーリーの流れを意識するルール

・シンプルに論理的な説明をする

・構成要素と構成要素のつなぎをオーバーラップさせる

・キーワード以外の説明は重複しない

各構成要素で伝えたいポイントを1つにまとめる

・理解しやすい必要最低限の情報がポイント

-膨大な情報をすべて理解してもらうことは不可能

-特にお金に関わる数値は最も重要

グラフ・イメージ図などを加えたドラフト版の作成

・構成要素と説明文章を基にページ構成をつくりあげる

・構成要素がページタイトルになる

・プロジェクトプランは枠組みを決めてから着手する

4.プロジェクトプランつくり込みのテクニック

「表紙」作成テクニック

・作成日、作成者、更新情報(revision)を書く

「目次」作成テクニック

・目次の項目とページタイトルは必ず一致させる

・ページ番号は最後の仕上げ作業として行う

「ビジョン」作成テクニック

・できるかぎり目標設定を数値化する

・将来の「ありたい姿」を掲げる

「予算化戦略」作成のテクニック

・予算獲得に大きく影響するチャネルの各戦略を描く

・獲得率を算出する

・広告等のコストを明確にする

「情報戦略」作成のテクニック

・情報の整理整頓と維持管理(個人情報保護とセキュリティー)

「プロジェクトスケジュール」作成のテクニック

・準備項目を時系列で明らかにする

・コスト発生の時期を明確にする

5.プロジェクト推進フローチャートのつくり方

プロジェクト推進フローチャートの役割

・「実行できるのか」を判断するキーポイント

・コストの発生時期が見える

プロジェクト推進フローチャート作成前に知っておきたいこと

・可能な限り、各分野の経験者から意見を聞いて参考にする

・項目の棚卸⇒作業期間決定⇒担当者決定の順番で作成する

 ・役割と要員に問題がないか確認する

推進フローチャート
推進フローチャート

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

6.損益計算書作成のテクニック

収支シミュレーション作成の流れ

・収入と支出を可能な限り洗い出す

・数値情報の根拠を明確にする

告知にかかる費用を明確にする

・「何を・いくらで・実施するのか」を情報整理する

・獲得目標数に見合う効果の検討

・スケジュールとの整合性

体制のつくり方

・各役割を明確にする

経費項目を棚卸する

損益計算書
損益計算書

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

7.資金繰り計算書作成のテクニック

資金繰り計算表とは

・収入と支出から必要とする資金の不足を正確に把握できる

資金繰り計算書
資金繰り計算書

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

8.数値情報のポイントまとめるテクニック

経費計画
経費計画

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

資金計画
資金計画

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

9.伝わるプロジェクトプランのポイント解説

サンプル(『オーガニック化粧品の製造販売事業』)

・本書内では計32枚のスライドが紹介されています。

表紙
表紙
目次
目次

咲けない時は根を降ろす

ブログ“源氏物語と紫式部1”は、山本淳子先生の『平安人の心で「源氏物語」を読む』を題材にしているのですが、その山本先生は紫式部が『源氏物語』という大輪の花を咲かせたのは、自分なりの根を降ろしたからこそである。との見識をお持ちです。

この見識は『置かれた場所で咲きなさい』という渡辺和子先生の名著に遺された、「咲けない日があります。その時は、根を下へ下へと降ろしましょう」という教えが、まさに紫式部の生き方に重なるということからきています。

また、渡辺先生は軍人だった父を、二・二六事件の青年将校たちによって目の前で射殺されるという悲惨な衝撃的な体験をされており、そのことも渡辺先生の『置かれた場所で咲きなさい』を読みたいと思った理由です。

ブログはもくじ黒字部分ですが、一つは“変らない現実”、もう一つは“希望”に関するものといえます。

置かれた場所で咲きなさい
置かれた場所で咲きなさい

著者:渡辺和子

初版発行:2012年4月

出版:幻冬舎

もくじ

はじめに

第1章 自分自身に語りかける

・人はどんな場所でも幸せを見つけることができる

・一生懸命はよいことだが、休憩も必要

・人は一人だけでは生きてゆけない

・つらい日々も、笑える日につながっている

・神は力に余る試練を与えない

・不平をいう前に自分から動く

・清く、優しく生きるには

・自分の良心の声に耳を傾ける

・ほほえみを絶やさないために

第2章 明日に向かって生きる

・人に恥じない生き方は心を輝かせる

・親の価値観が子どもの価値観を作る

・母の背中を手本に生きる

・一人格として生きるために

・「いい出会い」を育てていこう

・ほほえみが相手の心を癒す

・心に風を通してよどんだ空気を入れ替える

・心に届く愛の言葉

・順風満帆な人生などない

・生き急ぐよりも心にゆとりを

・内部に潜む可能性を信じる

・理想の自分に近づくために

・つらい夜でも朝は必ず来る

・愛する人のためにいのちの意味を見つける

・神は信じる者を拒まない

第3章 美しく老いる

・いぶし銀の輝きを得る

・歳を重ねてこそ学べること

・これまでの恵みに感謝する

・ふがいない自分と仲よく生きていく

・一筋の光を探しながら歩む

・老いをチャンスにする

・道は必ず開ける

・老いは神さまからの贈り物

第4章 愛するということ

・あなたは大切な人

・九年間に一生分の愛を注いでくれた父

・私を支える母の教え

・2%の余地

・愛は近きより

・祈りの言葉を花束にして

・愛情は言葉となってほとばしる

・「小さな死」を神に捧げる

第1章 自分自身に語りかける

神は力に余る試練を与えない

『心の悩みを軽くする術があるのなら、私が教えてほしいくらいです。人が生きていくということは、さまざまな悩みを抱えるということ。悩みのない人生などあり得ないし、思うがままにならないのは当たり前のことです。もっといえば、悩むからlこそ人間でいられる。それが大前提であることを知っておいてください。

ただし悩みの中には、変えられないものと変えられるものがあります。例えばわが子が障がいを持って生まれてきた。他の子どもができることも、自分の子はできない。「どうしてこの子だけが……」と思う。それは親としては胸を搔きむしられるほどのせつなさでしょう。しかし、いくら悲しんだところで、わが子の障がいがなくなるわけではない。その深い悩みは消えることはありません。この現実は変えることはできない。それでも、子どもに対する向き合い方は変えられます。

生まれてきたわが子を厄介者と思い、日々を悩みと苦しみの中で生きるか。それとも、「この子は私だったら育てられると思って、神がお預けになったのだ」と思えるか。そのとらえ方次第で、人生は大きく変わっていくでしょう。

もちろん、「受け入れる」ということは大変なことです。そこに行き着くまでには大きな葛藤があるでしょう。しかし、変えられないことをいつまでも悩んでいても仕方がありません。前に進むためには、目の前にある現実をしっかりと受け入れ、ではどうするかということに思いを馳せること。悩みを受け入れながら歩いていく。そこにこそ人間としての生き方があるのです。

今あなたが抱えているたくさんの悩み。それを一度整理してみてください。変えられない現実はどうしようもない。無理に変えようとすれば、心は疲れ果ててしまう。ならば、その悩みに対する心の持ちようを変えてみること。そうすることでたとえ悩みは消えなくとも、きっと生きる勇気が芽生えるはずですから。

第2章 明日に向かって生きる

つらい夜でも朝は必ず来る

『希望には人をいかす力も、人を殺す力もあるということをヴィクター・フランクルが、その著書の中に書いています。

フランクルはオーストリアの精神科医でしたが、第二次世界大戦中、ユダヤ人であったためナチスに捕えられて、アウシュビッツやダハウの収容所に送られた後、九死に一生を得て終戦を迎えた人でした。

彼の収容所体験を記した本の中に、次のような実話があります。収容所の中には、1944年のクリスマスまでには、自分たちは自由になれると期待していた人たちがいました。ところがクリスマスになっても戦争は終わらなかったのです。そしてクリスマス後、彼らの多数は死にました。

それが根拠のない希望であったとしても、希望と呼ぶものがある間は、それがその人たちの生きる力、その人たちを生かす力になっていたのです。希望の喪失は、そのまま生きる力の喪失でもありました。

二人だけが生き残りました。この二人は、クリスマスと限定せず、いつか、きっと自由になる日が来る」という永続的な希望を持ち、その時には、一人は自分がやり残してきた仕事を完成させること、もう一人は外国にいて彼を必要としている娘とともに暮らすことを考えていたのです。

事実、戦争はクリスマスの数ヶ月後に終わったのですが、その時まで生き延びた人たちは、必ずしも体が頑健だったわけではなく、希望を最後まで捨てなかった人たちだったと、フランクルは書いています。

希望には叶うものと叶わないものがあるでしょう。大切なのは希望を持ち続けること、そして「みこころのままに、なし給え」と、謙虚にその希望を委ねることではないでしょうか。』

感想

失望、悲しみの真っただ中にいて、苦しみもがいている自分を外から眺め、外側に広がっている世界の中に何かの希望を見つけること、そして、その希望に向かって進んでいくことが、苦しみからの出口なのだろうと思いました。

源氏物語と紫式部2

平安の人の心で「源氏物語」を読む
平安の人の心で「源氏物語」を読む

著者:山本淳子

初版発行:2014年6月

出版:朝日新聞出版

目次は”源氏物語と紫式部1”を参照ください。

 

 

第二 光源氏の晩年

(四十)三十八帖「鈴虫」 出家を選んだ女たち

・『「出家とは、生きながら死ぬということ」。自ら出家の道を選ばれた、瀬戸内寂聴尼の言葉である。ご自身の体験を踏まえてこその一言であるに違いないが、この言葉は、こと平安時代の貴族女性においても、ほとんどそのまま真実と言ってよい。』

・『貴族社会では、尼となれば恋人や夫との関係を断ち、世俗の楽しみを捨てて、厳しい仏道修行に励まなくてはならなかった。それでも彼女たちは、それぞれに心の救済を求めて、出家の道を選んだのである。動機は、大きく三つに分けられよう。何らかのできごとをきっかけに、生きる意欲をなくして出家するタイプ。また家族など大切な人を喪って出家するタイプ。そして最後に、病を得たり年老いたりして、死を身近なものと感じ出家するタイプである。

源氏物語の女君の出家の多くは最初のタイプである。光源氏から逃れるために出家した“藤壺”、継息子に言い寄られて世に嫌気がさした“空蝉”。柏木に犯されて出産し「もう死にたい」と出家した“女三の宮”、自殺未遂の果てに出家した“浮舟”もそうである。

・史実では例えば、一条天皇(980-1011)の中宮定子[ていし]がいる。天皇との幸せな日々を過ごしていたが、父の関白・藤原道隆が亡くなり、追い打ちをかけるように翌年、兄と弟が「長徳の政変」から流罪を受けた。定子は家が受けた辱めに耐えられず、絶望の中で出家した。その心は、半ば自殺に等しいものではないか。このことは当初、同情を以て貴族社会に受け止められた。だが一年後に、定子を諦められない一条天皇によって彼女が復縁させられると、「尼なのに」「還俗か」と批判を受けた。

・『仏教では、俗界は汚辱と苦に満ちていると考える。生まれ変わってもまた、それは同じだ。来世を少しでもよいものにするには、現世で功徳を積むしかない。そして仏の救いを得、極楽浄土への往生を果たすことが、最後の幸福だ。当時の仏道の基本はこうした考えだったと言ってよい。貴族たちも、華やかな日々の暮らしの奥底にこうした世界観を持っていた。そして何か事があれば、俗世界を脱して仏道専心の清らかな世界、つまり来世や浄土のことだけを思う出家生活に入ることを願った。出家とはその意味で、世俗の生から死への緩衝地帯といえる。だからこそ、女に若い身空で出家されることは、夫や家族にとってつらく、また忌まわしいことでもあったのだ。』

(四十三)四十帖「御法」 死者の魂を呼び戻す呪術~平安の葬儀

・『今の昔も葬法の儀礼は、死者のためのものであると同時に、遺された人のためのものでもある。儀式を一つ一つ行うことで、大切な人を喪ったことを受け入れ、きちんと悲しむ。心理学ではこれを「喪の仕事」という。それができない時、人はもがき苦しむ。』

(四十四)四十一帖「幻」 『源氏物語』を書き継いだ人たち

・紫式部が書いた源氏物語が、今我々が目にしているものと同じかどうかは分からない。式部自身が書いた本が伝わっていないので確認のしようがないからである。

・大長編の源氏物語は一気に発表されたのではなく、最初はばらばらに世に出た。

源氏物語が現在のように整った形で伝えられるようになるには、幾人もの中興の祖がおり、その筆頭が藤原定家[ていか]だったと思われる。

・紫式部の時代から二百年を経ずして、源氏物語は注釈が必要なほど読みにくくなっていた。その理由はいくつかある。一つには草稿の流出である。このため下書きと完成原稿の両方が出回ってしまった。第二は誤写である。江戸時代以前、本は書き写して伝えられたため誤写は避けられなかった。そして第三は書写の際の勝手な書き換えや創作である。和歌と違って作者が尊重されていなかった物語は、書き換え御免と考えられていた節さえある。

・藤原定家は歌道に精進するとともに、平安時代の歌集や物語を集め自ら写した。源氏物語を写したのは嘉禄元(1225)年で、定家は六十四歳になっていた。定家の源氏物語は表紙の色から「青表紙本」と呼ばれた。また、定家と同じころ源光行と親行父子による「河内本」と呼ばれる優れた写本もあった。二つの本はそれぞれ尊重され、さらに写し継がれて時代を超えた。その数は計り知れずこの物語の命をつないだ。

第三 光源氏の没後

(四十五)四十二帖「匂兵部卿」 血と汗と涙の『源氏物語』 

・今読んでいる源氏物語は池田亀鑑(1896-1956)によるものである。「青表紙本」と「河内本」もその後の時の流れの中で転写を繰り返すうち、誤写だけでなく戦乱や災害で傷つけられる運命を免れなかった。また写本によっては、「青表紙本」と「河内本」が混ざって写されることもあった。そうしたなかで、もう一度源氏物語の本文を見直そうとしたのが、池田亀鑑であった。

・池田亀鑑は東京帝大文学部に就職して源氏物語関連プロジェクトを任され、全国の旧家や寺などを訪ね回り、古書など約三万冊を集めた。こうして七年、彼はようやく「校本」の原稿を完成させた。なお、それは「河内本」系統に属するものだった。ところが発表前、佐渡の旧家から「お宝」が現れた。

源氏物語の「浮舟」を除く五十三帖揃い。売り手の希望価格の1万円は当時にしては一軒家が買える巨額なものであった。亀鑑は蔵書家で知られた大島雅太郎に購入してもらい、それを亀鑑がそれを借り受ける形で亀鑑は解読し始める。そして、その本が現存する四帖分の定家自筆本と九帖分のその模写本に次いで古い「青表紙本」の写本であることに気づく。奥書には文明十三(1482)年の書写とあり、しかも書道の名家、飛鳥井雅康の自筆だった。

亀鑑は七年かけた「校本」の原稿をなげうった。書き換えに要した月日はさらに十年。ついに「校本」の刊行にこぎつけたのは、第二次世界大戦下の昭和十七年であった。

その後、大島本の所蔵は京都文化博物館に移り、活発な研究が続いている。

第四 宇治十帖

(六十)五十四帖「夢浮橋」 紫式部の気づき

最後の五十四帖の解説は、この本の中で最も印象に残りました。

・『修道女の渡辺和子さんに「置かれた場所で咲きなさい」という名著がある。「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」「咲けない日があります。その時は、根を下へ下へと降ろしましょう」。文中の慈愛に満ちたこの言葉に、私は紫式部に通じるものを感じてならない。渡辺さんは、軍人だった父を二・二六事件の青年将校たちによって目の前で射殺された体験を持つ。紫式部の人生も、悲嘆や逆境の連続だった。だが紫式部も、置かれたその場その場に自分なりの根を降ろしている。源氏物語という大輪の花さえも咲かせている。

「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に、雲隠れにし夜半の月かな」。紫式部の私家集紫式部集の冒頭歌だ。小倉百人一首でご存じの方も多いだろう。紫式部自身が記す詞書によれば、これは幼馴染に詠んだ和歌だった。長く別れ別れになっていて、年を経てばったり再会。だが彼女は月と競うように家に帰ってしまった。「思いがけない巡り合い。「あなたね?」、そう見分けるだけの暇もなく、あなたは消えてしまったね。それはまるで、雲に隠れる月のように」。楽しい友情の一場面のようだが、そうではない。この友はやがて筑紫に下り、その地で死んだ。天空で輝いていた月が突然雲に隠されて姿を消すように、二度と会えない人となったのだ。

紫式部が人生の最晩年に自伝ともいうべき家集を編んだ時、巻頭にこの和歌を置いたのは、ほかでもない、こうした「会者定離[会う者は必ず離れる定めにあるということ]」こそ自分の人生だと感じていたからだ。紫式部は、おそらく幼い頃に母を亡くしている。姉がいたが、この姉も紫式部の思春期になくなった。そんな頃出会ったのが、先の友人である。偶然にも彼女の方は妹を亡くしており、二人は互いに「亡きが代はりに(喪った人の身代わりに)」慕い合った。源氏物語に幾度も現れる「身代わり」というテーマ。紫式部にとって幼馴染を喪ったとは、母と姉と友自身の、三人分を喪ったことでもあったのだ。

それでも折れなかった心が、夫を喪った時、とうとう折れた。本来、人に身代わりなどないのだ。哀しみを慰める術の限界を突きつけられて、紫式部は泣くしかない。この時の心境は、紫の上を喪った光源氏と大君を喪った薫各々の述懐に活かされていよう。自分に無常を思い知らせようとする仏の計らいだ、つまり降参するしかないと、彼らは言うのだ。光源氏はそれを機会に出家する。薫は魂の彷徨を続ける。では紫式部はどうしたか。人生を見つめ、そして目覚めたのである。

人とは何か。それは、時代や運命や世間という「世(現実)」に縛られた「身」である。身は決して心のままにならない。まずそれを、紫式部はつくづく思った。だが次には、心はやがて身の置かれた状況に従うものだと知る。胸の張り裂けるような嘆きが、いつしか収まったことに気づいたのだ。「数ならぬ心に身をば任せねど 身にしたがうは心なりけり(ちっぽけな私、思い通りになる身のはずがないけれど、現実に慣れ従うのが心というものなのだ)」(紫式部集五十五番)。紫式部は「置かれた場所」で生き直し始めたといえよう。

だが紫式部は、現実にひれ伏すだけではなかった。彼女は心というものの力にも気づいたのだ。「心だにいかなる身にか適ふらむ 思ひ知れども思ひ知られず(現実に従うという心だが、それさえどんな現実に収まるものだというのか。心は現実を思い知っている。でも思い知りきれず、はみ出すのだ)(同五十六番)。そう、心は何にも縛られない。易々と現実から抜け出て、死んだ人とも会話し、未来を夢想する。架空の世界まで創りだす。時空を超えて、それが心というものの普通だ。紫式部はこの「心」という世界に腰を据え、人というものに考えを致し続けた。彼女にとって、「置かれた場所」で「下へ下へと根を降ろす」とはこのことだった。「源氏物語」はその結実であったと、私は思う。

無駄に漢学の才のある娘だと、父親に嘆かれたこと。新婚わずか三年で、娘を抱え寡婦となったこと。源氏物語を書けば書いたで、意に沿わぬまま中宮彰子の女房にスカウトされ、同僚からは高慢な才女と誤解されていじめにあったこと。「人生は憂いばかり」と、紫式部はため息をつく。だがそれぞれの場で、彼女は考えることを手放さず生きた。果たして、漢学は彰子に請われて進講するに至り、娘は母の背を見て成長し、同僚たちの信頼も勝ち得て、紫式部は彰子後宮に欠かせない女房となった。「心」という根が、ぶれることなく彼女を支えたのだと私は思う。

源氏物語の最終場面。浮舟も薫も揺れ動く心を抱えて、いったいどうなってしまうのだろう。紫式部は答えを用意している。それは、どうなろうと「それでも、生きてゆく」ということだ。「紫式部集」の最終歌が、紫式部の至った最後の境地を私たちに教えてくれる。「いづくとも身をやる方の知られねば 憂しと見つつも永らふるかな(憂さの晴れる世界など、どことも知れませんからね。この世は憂い。そう思いながら、私は随分長く生きて来ましたし、これからも生きてゆきますよ)(百十四番)

この和歌に励まされつつ、私たちもそれぞれに置かれた場所で咲こうではないか。』

ご参考『源氏物語講義』 

こちらの本は昭和9年(1934年)発行の非常に古い本なのですが、とても貴重と思えるページがありました。著者の下田歌子先生日本の女子教育の先駆者で、源氏物語をはじめとする古典研究や歌人としても名高く、一部では“明治時代の紫式部”とも呼ばれていたようです。

※実践女子大学・短期大学さまのサイトに”下田歌子年表”がありました。

本の右横に書き出した文章は、下田先生による紫式部と源氏物語を分析したもので、非常に興味深い内容です。見出しに続き、要約してご紹介させて頂きます。

源氏物語講義
源氏物語講義

紫式部は古今に卓絶せる女性

要するに、自分が紫式部なる人の幻影の眼底に浮ぶ儘に、夢裡の虚言的であろうが、今少し記して見よう。

●蒲柳[ホリュウ]の質(生まれつき体が弱く病気にかかりやすい体質)の方だったらしい。

●容貌も普通で、多少良いぐらいの所であったようだが、頗る[スコブ]謙遜な態度であったらしい。

●常に鋭い理智の光芒(一筋の光)を内に隠すも、時にその閃光が仄めく様な場合もあっただろう。

●定めて品がよく、甘味[ウマミ:面白さ]が含まれて居て、その内部には存外強き意志が根を張って居り、だいぶ佛教より受けた厭世的悲哀的の心持もあるが、さりとて陰鬱などと云う程ではなくて、所謂「物のあはれ」を泌々と身にしめて、自然の妙趣を深く味いつつ、随時、心を雲外玄門(雲の上の仏門)に遣やりて、現世目前の煩わしきを排除していた事であろうと想像する。

●物堅き学者の家に生まれ、相当に学問あり、且つ、見識あるところの藤原宣孝に嫁いだが、早く寡居[カキョ:未亡人]して克[ヨ]く二人の遺児を養育した。

●特に稀有の天才に恵まれたる上に、能く学問芸術を履修し、実学の研究を重ねて、遂に源氏物語と云う未曾有の一大名著を産出した。

源氏物語の全貌、平安朝の絵巻物

●全体に就いて略評すれば、この物語の目的が、著者の那邊[シャヘン:どの辺]にあったかは、今更確かめるよしもないが、著者は恐らくは既成の物語本などを読んで、徒然の慰めがてら自分も面白い物語を書いて見たい、自分が書いたら、恐らくは是よりは今少し立ち勝った情趣のあるものが出来るであろうと自信して、筆を執り始めたものであろうと思われる。

●式部が現在目に見る事、過去に聞き置いた事などを描写して組み立て、それに自己の理想を加えて記述したのであろう。高尚なる理想に実際的世間の事柄を以て肉づけ、且つ温かい血を通わせて、平安朝の舞台に活動させたのである。

●この物語は五十余帖の浩瀚[コウカン:書物の量が多いこと]なものを一貫して、先ず不確実な所も不自然な所も無く、見る者をして全く春花秋葉の美観を呈する平安朝の極彩絵巻を、後から後からと繰り拡げて見る様な心地がする間に、おりおり奥深き人情の根底に触れ、事細かき人世の裏面迄も、ささやき告ぐる聲[声]が聞えて来る様な感を生ぜしむるのである。

人情の機微を穿[ウガ]ち、教化の眞諦[シンテイ:絶対不変の真理]に觸る。

●平安朝盛時の写実であるから、全幅総て戀[恋]物語が場所を取って居る。その中にかつて文字の上では見た事もない様な、人情の機微を穿って[ウガッテ:本質を捉えて]居る点は、実に未曾有の書と禮讃[ライサン:称賛]される。

●式部は当代の政治上にも一隻眼[物を見抜く力がある独特の見識]を有して、その飽かずおぼゆる節を仄かにして居る様である。

●随分力を入れて書いたかと思われる点は教育面である。先ず物語中の女性主要人物紫上に対して女子教育を、主人公源氏君の嫡男夕霧に対して男子教育を、その他此處彼處[ここかしこ]に教育面を説いて居り、殆ど当時貴族の欠点、及び教育の短所を指摘し補足したかの如き記事には、千載の下[千年後]今なお採って以て行いたき適切の事さえあるのには、殆ど敬服感激する次第である。

自然美の融合

●物語の全体に亘って、えも云わぬ美しさ軟かさ氣高さが、非常に深みのある様に思われるのは、全く大自然を愛する著者の感情から渾[混]然として湧き出づる一種の和氣[穏やかな様子]、その和氣がおのずからすべての方面を包んでいるからであろう。

●植物動物の色音[イロネ:花の色、鳥の声]芳香は勿論、四季おりおりの風物、日夕[ニッセキ]朝夜[アサヨ]の靄霞[キリカ]雲霧[ウンム]も、皆著者が筆硯[ヒッケン:文筆]に呑吐[ドント]されたのである。

※『例せば源氏物語第一帖桐壺帝巻の終りに、源氏君の二條院を公けより立派に御改造になる事を記して居るけれども、殿内のことは一寸とも、其の模様は記してなくて、唯庭園の事のみ「もとの木立山のややずまひ、面白き所なりけるを、いとど池の心廣くしなしてめでたく造りののしる」とある。あの最も壮麗なりとする六條院にても、殿内の事はその構造も室内装飾も、記す所が甚だ貧弱なるにも関らず、四季の庭園及び花弁の種類配置等は、後世庭造の根源なりと称する程、存外非常に細やかに記してある。』

紫式部之系圖
紫式部之系圖

画像出展:「源氏物語講義」

●紫式部の父は藤原爲時(越前守)である。

●紫式部の同胞(兄弟姉妹)については以下のように記述されている。

『式部には三人の兄があり、猶一人の妹があって夭死[ヨウシ:若死]したと云う説もあるが、能く分らない。そして惟規は式部と同母であり、他の二人は異腹兄であると傳[伝]えられて居る。』

●紫式部の夫、子供については以下のように記述されている。

『夫の[藤原]宣孝には既に数人の子息があり、式部は即ち後妻である。地位も生家と比べて大抵同等の所である。して見れば、別に地位の上から見て、式部には出世的の縁組でもない。あの式部の才識と気位とを以て、必ずしも宣孝を夫に選ばなくても善さそうなものである。まだもっともっと勝った良縁を求められそうなものであるのに、何うした事であろうと思われるが、併しあの階級の中では、宣孝は一寸異彩を放った人であったらしい。此の頃の御嶽詣には、必ず白き浄衣の疎末なものを着て、熊と身をやつやつ[目立たない]しく行かなければ、恐ろしい佛罰に当たると稱[ショウ]した世間一般の迷信を排して、子息隆光と共に、位職に相当する儀容[ギヨウ:礼儀にかなった姿]を備えて詣でて成功した等、当時には珍しい一種の気慨のあった人であるから、当人は勿論、学者の父がこんな点に打ち込んで、所謂人物本位で、宣孝を婿に取ったのかも知れぬ。此の宣孝の御嶽詣の一事は、当時異様の事として世間にも喧傳[ケンデン:世間でやかましく言いたてる]されたものと見えて、枕草子にも載って居る。是等に就きての卑見[ヒケン:自分の意見をへりくだっていう]は、更に後段に譲るとしよう。宣孝の卒去は長保三年四月とある。年齢は大凡少くとも三十三四歳以上四十歳位の時であったろうかと思はるる。』

『式部が義子即ち宣孝の子は、長男隆光の外に頼宣、儀明、隆佐、明懐といふ、つまり五人の男児があり、隆光の母は下総守顯猷の女、頼宣の母は讃岐守平季明女、隆佐、明懐の母は中納言朝距の女であると云ふ。』

主要人物関係一覧表
主要人物関係一覧表

画像出展:「源氏物語講義」

これだけコンパクトにまとめられた表は無いように思います。“源氏君”はもちろん、“光源氏”です。その下の同じく黒枠(男性)の“”と“夕霧”は源氏君亡きあとの物語の中心人物です。の二重線(=)は夫婦もしくは愛人関係で、破線(---)は表面上の親子となっています。また、輪郭とゴシックは特に重要な人物とのことで、ゴシックは先の三人(源氏君・薫・夕霧)の主人公に加え、唯一の女性である“紫上”を加えた計四人となっています。藤原の一文字の“藤”と父の役職の“式部”を組み合わせて”藤式部”とされていたのが、源氏物語が一世を風靡して“紫式部”と呼ばれるようになった背景が紫上とされているという説もあります。数字男性女性結婚年齢を示しています。また、漢数字出生時父年齢出生時母年齢になります。

傳 紫式部筆
傳 紫式部筆

画像出展:「源氏物語講義」

これは非常に薄い半透明の和紙に、『傳 紫 式 部 筆 古今和歌集の一部 (福岡子爵藏)』とだけ書かれ、その半透明の和紙をめくると、『古今和歌集巻第十三』と題するページが現れます。

調べたところ、”福岡子爵”は大政奉還や五か条の御誓文に関わった”福岡孝弟”のことで間違いないと思います。

ネットで調べた範囲では、紫式部直筆の般若経があるような記述もあったのですが、それを否定する記事もあり、正式に認められた紫式部直筆のものはないように思います。従いまして、この傳 紫 式 部 筆 古今和歌集の一部 (福岡子爵藏)』は昭和初期においては、紫式部の書ではないかとされていたと考えるのが妥当のように思います。

源氏物語と紫式部1

無縁だった「源氏物語」との接点は英語の勉強です。29年間の会社勤めでは遣り残し感はなかったのですが、英語に関しては「できてないなぁ~」という感じでした。そのためいずれは再チャレと考えていたのですが、そろそろ動き出すことにしました。

11月に始めたヨガは、浦和パルコが入居するビルの10階にある、”浦和コミュニティセンター”で開催されているのですが、色々なサークルや講座、イベントなどが行われ、またそれらを紹介するためのチラシやパンフレットがたくさん置かれています。そして、いずれもその気になりやすい庶民的金額となっています。それらの中で今回ひっかかったのが、【源氏物語を英語で読む会】という会です。

最初は“お試し参加”ということでしたが、なかなか面白そうでした。「英語の勉強もできるし、日本人だったら源氏物語がどんなものかぐらいは知っておいた方がよかろう」という思いがあり、少し迷いましたが正会員になりました。

とはいうものの、“テキ”は日本語でも難しいとされる源氏物語です。どんな雰囲気のものか、ある程度は知っておきたいと思い、見つけた参考書が山本淳子先生の『平安人の心で「源氏物語」を読む』という本でした。山本先生がご指摘されている通り、現代と平安時代の差を知ることが必要だと考えたためです。

それにしても“光源氏”と私、比較するのも失礼千万、無礼千万ではありますが、あまりの真逆の人物像に思わず驚きの苦笑いが出てしまいました。

平安の人の心で「源氏物語」を読む
平安の人の心で「源氏物語」を読む

著者:山本淳子

初版発行:2014年6月

出版:朝日新聞出版

『「源氏物語」をひもといた平安人[へいあんびと]たちは、誰もが平安時代の社会の意識と記憶でもって、この物語を読んだはずです。千年の時が経った今、平安人ではない現代人の私たちがそれをそのまま共有することは残念ながらできません。が、少しでも平安社会の意識と記憶を知り、その空気に身を浸しながら読めば、物語をもっとリアルに感じることができ、物語が示している意味をもっと深く読み取ることもできるのではないでしょうか。本書はその助けとなるために、平安人の世界を様々な角度からとらえ、そこに読者をいざなうことを目指して作りました。

 

本書の最後に多くの参考文献が紹介されているのですが、さらにその後ろに、8ページにわたって“主要人物関係図”が付いています。これを見ても登場人物の多さにあらためて驚きます。

せめて光源氏と直接関わった人達については頭に入れておきたいと思い、ごく一部ですが表を作ることにしました。

また、参考文献の後に紹介されているものの中から、“寝殿造”の絵図をご紹介させて頂きます。

寝殿造
寝殿造

画像出展:『平安人の心で「源氏物語」を読む』

『中央部が母屋で、周囲を廂[ひさし]、その外側を濡れ縁の簀子[すのこ]と高欄[こうらん]が取り囲む。寝殿の東・西・北面に対[たい]の屋[や]があり、寝殿とは渡殿[わたどの]でつながれている。外からの出入り口は妻戸[つまど]で、それ以外は格子[こうし](蔀戸[しとみど])はめられている。』

目次黒字がブログで取り上げたものです。特に“平安人[へいあんびと]の時代”と作者の“紫式部”に注目しました。また、長くなったのでブログを2つに分けました。

目次

第一章 光源氏の前半生

(一)一帖「桐壺」 後宮における天皇、きさきたちの愛し方

(二)二帖「帚木」 十七歳の光源治、人妻を盗む

(三)三帖「空蝉」 秘密が筒抜けの豪邸…寝殿造

(四)四帖「夕顔」 平安京ミステリーゾーン

(五)五帖「若紫」 そもそも、源氏とは何者か?

(六)六帖「末摘花」 恋の“燃え度”を確かめ合う、後朝の文

(七)七帖「紅葉賀」 暗躍する女房たち

(八)八帖「花宴」 顔を見ない恋

(九)九帖「葵」 復讐に燃える、父と娘の怨霊タッグ

(十)十帖「賢木」 祖先はセレブだった紫式部

(十一)十一帖「花散里」 巻名は誰がつけた?

(十二)十二帖「須磨」 流された人々の憂愁

(十三)十三帖「明石」 紫式部はニックネーム?

(十四)十四帖「澪標」 哀切の斎宮、典雅の斎院

(十五)十五帖「蓬生」 待ち続ける女

(十六)十六帖「関屋」 『源氏物語』は石山寺で書かれたのか?

(十七)十七帖「絵合」 平安のサブカル、「ものがたり」

(十八)十八帖「松風」 平安貴族の遠足スポット、嵯峨野・嵐山

(十九)十九帖「薄雲」 ドラマチック物語、出生の秘密

(二十)二十帖「朝顔」 三途の川で「初回の男」を待つ

(二十一)二十一帖「少女」 平安社会は非・学歴社会

(二十二)二十二帖「玉鬘」 現世の「神頼み」は、観音様に

(二十三)二十三帖「初音」 新春寿ぐ“尻叩き”

(二十四)二十四帖「胡蝶」 歌のあんちょこ

(二十五)二十五帖「蛍」 平安の色男、華麗なる遍歴

(二十六)二十六帖「常夏」 ご落胤、それぞれの行方

(二十七)二十七帖「篝火」 内裏女房の出生物語

(二十八)二十八帖「野分」 千年前の、自然災害を見る目

(二十九)二十九帖「行幸」 ヒゲ面はもてなかった

(三十)三十帖「藤袴」 近親の恋、タブーの悲喜劇

(三十三)三十三帖「藤裏葉」 どきっと艶めく平安歌謡、「催馬楽」

第二章 光源氏の晩年

(三十四)三十四帖「若菜上」前半 紫の上は正妻だったのか

(三十五)三十四帖「若菜上」後半 千年前のペット愛好家たち

(三十六)三十五帖「若菜下」前半 物を欲しがる現金な神様~住吉大社

(三十七)三十五帖「若菜下」後半 糖尿病だった藤原道長~平安の医者と病

(三十八)三十六帖「柏木」 病を招く、平安ストレス社会

(三十九)三十七帖「横笛」 楽器に吹き込まれた魂

(四十)三十八帖「鈴虫」 出家を選んだ女たち

(四十一)三十九帖「夕霧」前半 きさきたちのその後

(四十二)三十九帖「夕霧」後半 結婚できない内親王

(四十三)四十帖「御法」 死者の魂を呼び戻す呪術~平安の葬儀

(四十四)四十一帖「幻」 『源氏物語』を書き継いだ人たち

第三章 光源氏の没後

(四十五)四十二帖「匂兵部卿」 血と汗と涙の『源氏物語』 

(四十六)四十三帖「紅梅」 左近の“梅”と右近の橘

(四十七)四十四帖「竹河」 性悪女房の問わず語り

第四章 宇治十帖

(四十八)四十五帖「橋姫」 乳を奪われた子、乳母子の人生

(四十九)四十六帖「椎本」 親王という生き方

(五十)四十七帖「総角」前半 乳母不在で生きる姫君

(五十一)四十七帖「総角」後半 薫は草食系男子か?

(五十二)四十八帖「早蕨」 平安の不動産、売買と相続

(五十三)四十九帖「宿木」前半 「火のこと制せよ」

(五十四)四十九帖「宿木」後半 平安式、天下取りの方法

(五十五)五十帖「東屋」 一族を背負う妊娠と出産

(五十六)五十一帖「浮舟」前半 受領の妻、娘という疵

(五十七)五十一帖「浮舟」後半 穢れも方便

(五十八)五十二帖「蜻蛉」 女主人と女房の境目

(五十九)五十三帖「手習」 尼僧の還俗

(六十)五十四帖「夢浮橋」 紫式部の気づき

第五章 番外編 深く味はふ『源氏物語』 

 番外編一 平安人の占いスタイル

 番外編二 平安貴族の勤怠管理システム

 番外編三 「雲隠」はどこへいった?

 番外編四 時代小説、『源氏物語』

 番外編五 中宮定子をヒロインモデルにした意味

参考文献

『源氏物語』主要人物関係図

 一帖「桐壺」~八帖「花宴」

 九帖「葵」~十三帖「明石」

 十四帖「澪標」~十六帖「関屋」

 十七帖「絵合」~二十一帖「少女」

 二十二帖「玉鬘」~三十帖「藤袴」

 三十一帖「真木柱」~四十一帖「幻」

 四十二帖「匂兵部卿」~四十四帖「竹河」

 四十五帖「橋姫」~五十四帖「夢浮橋」

平安の暮らし解説絵図

 平安京

 大内裏

 後宮

 寝殿造

 男性の平常着・直衣姿

 女性の正装・裳唐衣姿(十二単)と平常着・袿姿

あとがき

第一 光源氏の前半生

(五)五帖「若紫」 そもそも、源氏とは何者か?

・光源氏の源氏は、頼朝の「源」と同じであり、「源氏」とは源の性を持つ一族を意味する。そして「源」の祖先は天皇である。

・平安時代期の嵯峨天皇(789-842)は強大な力をもっており、男子だけでも22人の皇子がいた。その皇子たちにより子孫は鼠算式に増えていく。そして、逼迫する皇室費用を抑制するための措置として考えられたのが、皇子を三種類に分けることであった。一つは天皇を継ぐ東宮[とうぐう](皇太子)。もう一つは控えの皇太子要員といえる親王。そして最後が源氏であった。そしてこれらの分類は母の家柄で決まった。

・「源」の姓を賜った者たちは、天皇の血をひきながら皇族とは切り離されて臣下に降り、他の氏族の者と同様に自ら生計を立てた。誇り高い姓ではあるが、皇位継承の道を閉ざされた氏族ともいえる。

・光源氏は架空の物語であるが、始祖の桐壺帝は世の信望厚い聖帝とされ、光源氏は天皇から一代、つまり「一世源氏」である。史実をみると権威ある嵯峨天皇や村上天皇の一世源氏は、何人もの大臣を輩出している。

・源頼朝の始祖である清和天皇は影が薄く、しかも頼朝は十代であり、光源氏との違いは明らかである。それでも「源」の血の威光は絶大だった。

・『一世源氏とは、父帝の至高の血という優越性と、帝位には不相応な母の血という劣等性とを、共に受け継ぐ者だった。自らの血を自負すればいいのか、卑下すればいいのか。その葛藤は想像に余りある。光源氏は、桐壺帝の十人の皇子でただ一人臣籍に降ろされた。「源氏物語」というタイトルは、主人公が身分社会の敗者であることを示していたのだ。

(十)十帖「賢木」 祖先はセレブだった紫式部

・紫式部の父の藤原為時は彼女が二十歳の頃、越前守の国守となった[その前の10年間は決まったポストがなく、失業中]。これは貴族の「受領」に属する。受領は赴任先では権力の頂点であるが、朝廷の地位を示す位階は四位から六位である。「ここからが貴族」というラインが五位なので上流貴族とは言えない。

このように受領は特有の自由な気風や上昇志向を持ち、成り金的な一方、多少の哀愁も漂う。なお、平安の才女たちは清少納言、和泉式部など、多くがこの階級に属していた。

紫式部の父は目立たない受領だったが、直系の曽祖父である藤原兼輔は中納言であった。また、父の母の父の曽祖父にあたる藤原定方は右大臣であった。家や血統が今よりも格段に重視された時代、式部は過去の栄光と今の落魄を痛感していたのではないか。

そして、この二人の曽祖父は源氏物語にも影響を与えていると思われる。源氏物語の桐壺帝の時代は、式部から数十年前に実在した醍醐天皇(885-930)の時代に設定されていると言われているが、この醍醐天皇の時代は二人の曽祖父、兼輔と定方が活躍していた時代である。

さらに醍醐天皇は定方の姉の胤子が宇多天皇(867-931)との間に産んだ子なので、定方にとって甥になる。また、兼輔は娘の桑子を醍醐天皇に入内させている。曽祖父たちにとって聖帝とあがめられた醍醐天皇は身内の天皇といえるものだった。

・『少し前まで華やかだったのに、今は没落して受領階級となった家の娘。「源氏物語」を読むとき、作者のこの「負け組」感覚を忘れてはならない。それは東宮はおろか親王にさえなれなかった皇子である光源氏のリベンジにつながり、政争に負けた桐壺・明石一族のお家復活劇につながるのだ。

ほかにも、物語中には数々の没落者がひしめく。父に先立たれた末摘花、六条御息所、空蝉、そして宇治の女君たち。中でも空蝉は、実家の昔への矜持と今属する受領階級への引き目とを二つながら心に抱く点、紫式部自身の分身ともいえる。彼らへの、紫式部の悲しくも温かいまなざしに注目したい。

(十三)十三帖「明石」 紫式部はニックネーム?

紫式部は本名でも女房名でもない。だいたい「紫」とは何なのか? 本名は公文書に記すときなどごく限られた場合にしか使われない。女性が家で家族や召使から呼ばれる場合は「君」や「上」などと呼ばれるし、女房[朝廷などに仕えた女官]になれば女房名で呼ばれるのが普通である。「清少納言」も女房名である。女房名には大方の決まりがあり、父や兄など身内の男性の官職名を使う。例えば父が伊勢守だったなら、その国名を取って「伊勢」という具合である。

紫式部は、中宮彰子のもとに仕え始めた時、「式部」と呼んでほしいと申し出たらしい。これは父の藤原為時がかつて式部省に勤めていたからである。しかし、そこで困ったことが起きた。それは彰子の周りの女房には、既に二人の「式部」がいたからである。このようなケースは珍しくなく、姓から一文字とってつけることになる。清少納言は官職名の「少納言」に「清原」の一文字をつけたものである。紫式部の場合は「藤原」から一文字を取って「藤式部[とうしきぶ]」となったが、これがもともとの女房名である。

紫式部日記には次のような一節がある。「あなかしこ。このわたりにわかむらさきやさぶらふ(失礼。この辺りに若紫さんはお控えかな)」。これは文化の世界の重鎮である藤原公任[きんとう]の言葉である。これは源氏物語が既に高い評価をされていたということに他ならない。藤原公任が「藤式部」を「若紫」と呼んだのは、その場限りの座興だったかもしれない。だがやがて、彼女は「紫」と呼ばれるようになっていく。公任による戯れをきっかけにしてか、あるいはまた、源氏物語における「桐壺更衣」から「藤壺中宮」そして「紫の上」につながる重要な設定「紫のゆかり」にちなんで、読者が作者に与えた愛すべきニックネームか。この「紫」と、もともとの女房名「藤式部」を合体させたのが。「紫式部」である。

麻布竹谷町と三田小山町

三田小山町(現・三田一丁目)で生まれた母親は2歳になる前に引っ越し、小学校教諭になる前の約20年を麻布竹谷町(現・南麻布一丁目)で暮らしました。仙台坂を下って麻布十番によく行っていたということを、懐かしそうに、そしてやや自慢げに話していました。

麻布といえば各国の大使館がひしめく高級住宅街で、埼玉一筋の私からは縁遠い高嶺の花です。以前から「なんで? いつから麻布?」という疑問を持っていたのですが、今回、母方の戸籍を調べてみることにしました。

一方、麻布を詳しく知るために購入した本が『麻布十番 街角物語』です。著者の辻堂真理[マサトシ]先生は、ご自分を「昭和四十年代に幼少期を過ごした十番小僧」と呼んでいます。この本の“第六章 消えた風景の記憶”の中に、“麻布竹谷町の今昔”と題するパートがあるのですが、麻布竹谷町に加え、三田小山町についても紹介されていたのには驚きました。

ブログの題名を「麻布竹谷町と三田小山町」としたのは、『変わらない磁場のようなものを二つの町からは強く感じるのです。』という、辻堂先生のお話が印象に残ったためです。 

麻布十番街角物語
麻布十番街角物語

著者:辻堂真理

発行:2019年8月

出版:言視社

竹谷町にも小山町にも、私が十番小僧だった昭和四十年代にこれらの町が照射していた「オーラ」のようなものが、いまも残っているからではないか、とも考えるのです。

バブル期を境に麻布十番という街が変容してしまったことはすでに述べましたが、そのなかで竹谷町と小山町の西地区は大規模な再開発計画から逃れた稀有なエリアということができます。もちろん個々の建物は新しくなり、マンションの数が増えたことも確かだけれども、それでも変わらない磁場のようなものを二つの町からは強く感じるのです。

辻堂先生の『麻布十番 街角物語』に関しては、“麻布の歴史”、“麻布十番”、“麻布竹谷町”、“高見順”、“東町小学校”という5つの題名に分類させて頂きました。その後に、私事になりますが調べて分かったことを追記しました。

麻布の歴史

●江戸市街の整備は天正十八年(1590年)に徳川家康が江戸に入府してから。寛永十二年(1635年)には参勤交代が制度化され、諸藩の屋敷が江戸市中に林立した。この頃から麻布の台地にも武家屋敷が建ちはじめた。

明暦三年(1657年)一月十八日に、死者数万人におよぶ「明暦の大火が発生。この大火がきっかけとなり、幕府は江戸市街に密集していた武家地や寺社地を郊外に移す施策を打ち出した。このような経緯により、それまで田畑と原野だった麻布の台地に武家屋敷の建設ラッシュが始まった。麻布十番は江戸城まで5~6km、徒歩で1時間程度であり、徳川に仕える武家たちにとって好適地だった。

延宝年間(1673~1681年)には、善福寺門前の雑式集落より東のエリアも武家屋敷となり人口は増えていった。

●麻布エリアが正式に江戸市中に組み入れられたのは、正徳三年(1713年)にまず百姓屋敷が、次いで延享二年(1745年)には善福寺門前の町屋がそれぞれ町奉行の支配下となり、江戸八百八町の仲間入りを果たした。

東都麻布山善福寺境内之図
東都麻布山善福寺境内之図

画像出展:「江戸の外国公使館」

渓斎英泉(江戸時代後期に活躍した浮世絵師)の版画です。時代は文政-天保年間(1818-1844)となっています。

 

幕末の善福寺
幕末の善福寺

画像出展:「江戸の外国公使館」

幕末の善福寺です。

 

文政十年(1827年)の資料を見ると、麻布エリアは59人の旗本とその関係者が居住しており、芝や愛宕に次ぐ武家屋敷町であった。

「分間江戸大地図」文政11年(1828年)
「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

画像出展:「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

この古地図は文政11年ということなので、本書にある、「文政十年」の翌年ということになります水色古川です。地図を拡大して頂くと、中央やや右、古川が直角に曲がっている箇所の左側に現在の“麻布十番駅”があります。駅の下方には“善福寺”があり“センダイ坂”を挟んで“松平陸奥”の大名屋敷となっています。この松平陸奥と書かれた場所がおおむね麻布竹谷町になります。

 

●日米修好通商条約が締結された安政五年(1858年)の翌年、日本初のアメリカ公使館が麻布山善福寺に置かれた。そして初代アメリカ公使のタウンゼント・ハリスや通訳のヒュースケンをはじめ、二十人ほどのアメリカ人が滞留することとなった。 

ハリス(左)とヒュースケン(右)
ハリス(左)とヒュースケン(右)

画像出展:「江戸の外国公使館」

左がハリス、右がヒュースケンです。

 

ガウン姿のハリス
ガウン姿のハリス

画像出展:「江戸の外国公使館」

左下の番号が“75”なので、この写真は“ガウン姿のハリス”になります。

 

幕府からの書簡
幕府からの書簡

画像出展:「江戸の外国公使館」

上が”善福寺をアメリカ公使の旅館に指定する書簡”、下は”アメリカ使節の上陸を伝える書簡”です。

 

文久2年(1862年)の古地図(麻布)
文久2年(1862年)の古地図(麻布)

画像出展:「御府内場末往還其外沿革図書」

こちらは文久2年(1862年)の古地図です。1858年の“日米修好通商条約”締結の4年後になります。緑色(土手・百姓地)に囲まれた水色古川です。また、オレンジ色“宮・寺”で中央の大きなエリアが“善福寺”です。白色は“武家地”ですが非常に多いことが分かります。

 

 

明治維新を迎え、武家中心の町であった麻布十番の商店街は一時の賑わいを失った。

その後、栄えるきっかけとなったのは明治六年(1873年)、麻布十番からほど近い芝赤羽の旧久留米藩有馬家の上屋敷跡(現在の国際医療福祉大学三田病院、済生会中央病院、三田国際ビル、都立三田高校、港区立赤羽小学校などを含む二万五千坪に及ぶ広大な場所)に、工部省の赤羽製作所(官営の機械製作工場、後の海軍造兵廠)が開設されたことである。 

有馬玄蕃の上屋敷(文政11年)
有馬玄蕃の上屋敷(文政11年)

画像出展:「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

こちらは最初の古地図(文政11年)のほぼ中央部分を拡大したものです。現赤羽橋駅の古川に沿って大きなエリアを占めているのが“有馬玄蕃”の上屋敷です。そして、有馬家の上屋敷の左側に隣接するのが三田小山町になります。

 

 

 

有馬様の屋敷(左)
有馬様の屋敷(左)

画像出展:「江戸の外国公使館」

写真の左側が有馬家の上屋敷の塀とのことです。方角が不明確ですが、上図(文政11年)から考えると、左が有馬家なので右は松平家(松平隠岐)の上屋敷ではないかと思います。

 

 

 

 

有馬様の屋敷(左)
有馬様の屋敷(左)

画像出展:「市原正秀[明治東京全図]」

こちらは明治9年(1876年)の地図です。上部に古川が書かれています(左から小さく“中ノ橋”、“赤羽橋”とあるのでこれが川だということが分かります)。これを見ると、有馬家の上屋敷の跡地に工部省の赤羽製作所(この地図には“製作寮”となっています)があったことが確認できます。

 

 

 

 

 

その後、明治八年(1875年)には、赤羽製作所の西側に三田製糸所が開業。明治十二年には三田製作所(芝五丁目)、明治二十年に東京製綱株式会社(南麻布三丁目)、明治三十二年に日本電気(芝五丁目)といった大企業が次々に設立された。さらに、日露戦争[1904-1905]後には古川沿いにも工場が林立し、十番街商店街は工場労働者の日用品や食料品の供給基地として、再び活況を呈するようになった。

古川と中ノ橋付近
古川と中ノ橋付近

画像出展:「江戸の外国公使館」

“古川と中ノ橋付近”となっているので、場所は三田ではなく麻布十番寄りです。また、ベアト撮影と書かれており時代は幕末だと思います。 

 

●麻布の台地部では、明治二十年代の後半あたりから武家地の区画整理が急速に進んだ。特に西町(現在の元麻布二丁目)あたりを中心に、政治家や実業家の大きな邸宅が建ち並ぶようになり、明治の後期には皇族や華族、政府の高級官吏などが住む都内屈指の高級住宅街となった。

古川沿いの低地に開けた繁華な商店街と、台地上から商店街を眺める高級住宅街―麻布十番の特徴的なコントラストは、明治期から大正期を通じて完成され、そのまま昭和という激動の時代へと突き進んだ。

麻布十番

●昭和はじめ頃の麻布十番の名物は「露店」だった。稲垣利吉先生の「十番わがふるさと」には次のように紹介されている。

『「当時の十番は今の一丁目から三丁目にかけて二百余軒の店舗が並び、夜ともなると露店が五十軒位出店した。露店といっても毎晩同じ人が同じ場所に店を出す人が多く、今の追分食堂(麻布十番二-五あたり)前や吉野湯(麻布十番一-十一あたり)の横町などには風呂帰りの人を相手の飲食店の屋台が並んだ」ということです。』 

麻布十番大通り
麻布十番大通り

画像出展:「増補 写された港区 三」

昭和8年に撮影された、“十番大通り”です。 

 

また、幼少期から二十年間を麻布竹谷町(現・南麻布一丁目1~4、9~26、27番の一部、三丁目3番)で暮らした高見順先生も、短編小説の「山の手の子」の中で露店について次のようにふれている。

『「夜店も私には楽しいものだった。アセチレンのにおいがなつかしく思い出される。縁日の夜店へは、私は子供の頃、母に連れられてよく行った。(中略)麻布十番通りの夜店―そこへ行くのに母は、おまいりに行きましょうと言うのが常だったが、ほんとは気晴らしに出かけたのにちがいない。安い、小さな鉢植えの植物を買うのが、母の、そして私の楽しみだった」と記しています。』 

●麻布十番という名称が正式に地名となったのは昭和三十七年(1962年)のことで、それまでは麻布宮下町、麻布網代町、麻布坂下町、麻布山元町などに細分化されていた。 

麻布十番の夜店
麻布十番の夜店

画像出展:「増補 写された港区 三」

こちらは昭和12年に撮影された、“麻布十番の夜店”です。

 

麻布竹谷町

竹谷町は麻布村の一部で、明暦年間(1655~1658年)に仙台藩伊達氏の下屋敷となった。

●麻布十番から仙台坂を上り、麻布山入口信号の先を左折して150メートルほど行くと、左側に港区シルバー人材センターのビル(南麻布1-5-26)がある。この辺りが旧麻布竹谷町になるが、江戸中期までは伊達家下屋敷の敷地内の一部で、享保八年(1723年)以降は禄の低い旗本のお屋敷地だったようである。

●明治五年(1872年)に武家地を合併して麻布竹谷町になった。仙台坂は町の北辺の長い坂である。仙台坂の由来は坂の南に仙台藩の広大な下屋敷があったためである。

●仙台坂は二之橋の交差点を起点に西の方向(西麻布方向)へ、およそ500メートルつづく急勾配の長い坂。坂上の台地(元麻布)と坂下の低地(麻布十番)を結ぶ主要路であり、麻布十番と南麻布を分ける境界線にもなっている。 

仙台坂(文久二年)
仙台坂(文久二年)

画像出展:「御府内場末往還其外沿革図書」

こちらは先にご紹介した文久2年(1862年)の古地図の中央付近を拡大したものです。オレンジ色“宮・寺”、白色は“武家地”、灰色“町屋”緑色“土手・百姓地”、クリーム色“道”です。ほぼ中央の道が“仙台坂”です。

 

 

仙台坂(令和三年)
仙台坂(令和三年)

地下鉄日比谷線 広尾駅で降りて、有栖川公園を越え少し歩いていると”仙台坂”の交差点にきます。右前方が”旧 松平陸奥守下屋敷坂(上図)”です。

また、この仙台坂を下った左側に善福寺があり、その前方左側が”麻布十番”になります。

●昭和二十年(1945年)五月、夷弾の爆撃により一面焼け野原と化し、それまであった家並みは激変したが、町の地勢はそれほど変わらない。 

焼野原の麻布十番
焼野原の麻布十番

画像出展:「麻布十番 街角物語」

焼け野原の麻布十番。

 

 

本書の著者である辻堂先生は、昔の竹谷町を見つけました。

『土地の高低差を手がかりに崖を目指して西の方向へ進んでいくと、いやはやマンションが目の前に立ちはだかって、崖下の風景は見る影もありません。昭和四十年代までは高層建築は珍しく、ほとんどが平屋か二階建ての家屋ばかりだったので、屋根越しに崖肌を見ることができたのに……と、さらに歩を進めてみると、見えました!マンションのほんのわずかな隙間から、五十年前と変わらぬ姿で崖肌がのぞいていたのです。』

竹谷町の崖肌
竹谷町の崖肌

画像出展:「麻布十番 街角物語」

かなり高い崖肌です。

 

 

この崖上の台地が仙台藩の下屋敷があったところで、後に明治期に総理大臣を二度も務めた松方正義の三男・正作の屋敷となり、この敷地内の一部に先述した仙華園がありました。 

東京市麻布区図 大正13年(1924年)
東京市麻布区図 大正13年(1924年)

画像出展:「東京市麻布区図」

仙台坂沿いの左側の武家地(白色)に“松方邸”が出ています。なお、これは大正13年(1924年)の地図です。

 

 

高見順

●高見順先生は明治四十年(1907年)、福井県で生まれた。上京したのは一歳九ヵ月、飯倉三丁目あたりに落ちくつくも、ほどなくして竹谷町五番地に引越し。結婚され大田区大森に新居を移す昭和五年(1930年)までの二十二年間を竹谷町とその周辺で暮らした。 

●高見先生は大正二年(1912年)、今の麻布区立本村小学校に入学するが、竹谷町のすぐ隣の東町に開校した「東町小学校」に転向した(著者の辻堂先生も東町小学校出身とのことです)。

なお、辻堂先生が特に高見先生に興味をもったのは、二十代の頃にたまたま読んだ「わが胸の底のここには」の中に、大正から昭和にかけての竹谷町の風景を見つけたからとのことです。

竹谷町五番地と東町小学校 大正13年(1924年)
竹谷町五番地と東町小学校 大正13年(1924年)

画像出展:「東京市麻布区図」

緑色のサインペンでマークした部分が“竹谷町五番地”です。また、右端に破線で大きく囲った部分は“東町小学校”になります。

 

 

●高見先生は母上から人一倍厳格に育てられた。そして先生もそうした母上の訓育に応えるように、勉学に勤しみ、一校(現・都立日比谷高校)、帝大(現・東京大学)というエリートコースを進み、やがて昭和を代表する小説家・詩人となった。

●高見先生は昭和二十年(1945年)の空襲の一ヶ月ほど前に竹谷町を訪れている。

『竹谷町に出た。私の通った東町小学校は昔のままだった。前の赤煉瓦の邸宅も昔のままだ。懐かしい。学校に沿った横道に入った。突き当りの岡本さんは、私のうちでいろいろ世話になったところで、ここまで来たのだから挨拶して行こうと思ったら、―家がつぶれている。強制疎開だ。ごく最近、取りこわしたらしい様子だ。(「高見順日記」昭和二十年四月二十二日)』

東町小学校

●東町小学校は大正二年(1913年)に開校した。関東大震災による倒壊は免れたものの、昭和二十年(1945年)の空襲で全焼した。一旦は廃校になったが、昭和三十年(1955年)に再開した。

●東町小学校が高見文庫を設立したのは、高見先生が病気で亡くなった昭和四十年(1965年)十一月二十二日。「高見順日記」、「昭和文学盛衰記」や、高見家から寄贈された数百冊の著書が展示されている。

●展示されているのは約40冊と、高見先生の小学生時代の写真や新宿伊勢丹で開催された高見順展のパンフレット、「われは草なり」が掲載された国語の教科書なども陳列されている。 

高見文庫
高見文庫

画像出展:「麻布十番 街角物語」

 

 

私事の件

1.「なんで? いつから麻布?」という疑問 


答えは、高祖母の旧姓吉田ミヨ(天保14年[1843年]生まれ)の父である吉田宗衛門(母の高祖父)が、東京府麻布区坂下町(現・麻布十番二丁目・三丁目)に住んでいたというのがルーツでした。

戸籍から調べるのはこれが限界でした。この先はどのような方法があるのだろう思い、図書館から借りてきた本、『自分でつくれる200年家系図』をみると、いくつか手掛かりが出ていましたので一部をご紹介させて頂きます。 

自分でつくれる200年家系図
自分でつくれる200年家系図

さまざまな手法:血縁よりも家としてのルーツ探し

まずは郷土誌を読む

総本家や親戚に行く(現地を訪ね、祖先の情報を得る。図書館や教育委員会にも手がかり)

古文書を調べる(先祖が庶民なら“宗門人別長”を、武家の場合は“分限帳・由緒”も)

菩提寺を訪ねる(“過去帳”や“墓誌”を見せてもらう。お寺と疎遠な場合は本家を通じて)

名字を調べる(地名・地形・役職などに由来。ルーツ探しの手がかりになることもある)

家紋を調べる(二万種もあるといわれる家紋。同族が必ずしも同じ紋ではない)

 

自分でつくれる200年家系図
自分でつくれる200年家系図

画像出展:「自分でつくれる200年家系図」

国会図書館が役に立つようです。

 

 

2.竹谷町五番地と竹谷町弐番地

母親の百歳を記念して”【祝】百歳”というブログをアップしているですが、東京大空襲直後の上野駅と電車の様子を知りたいと思い、探し当てたのが高見順先生の『高見順日記 第三巻』でした。 

発行:1964年

出版:勁草書房

たまたま見つけた高見先生の本でしたが、その高見先生が竹谷町に住んでいたことに大変驚きました。

 

高見先生は明治四十年(1907年)、福井県で生まれ昭和五年(1930年)までの約22年間を“麻布竹谷町五番地”で暮らしました。なお、「高見順」のペンネームで小説を書き始めたのは、東京帝国大学英文学科在学中とのことです。

高見順という時代―没後50年―/川端康成と高見順

高見順先生の足跡が詳細に解説されています。

一方、11歳年下になる母も約20年、同じく麻布竹谷町に住んでいたので、もしかしたら小学生時代に高見先生とすれ違っていたかもしれません。

なお、戸籍によると”東京市麻布區竹谷町弐(2)番地”は”東京市港區麻布竹谷町壱(1)番地拾五(15)号”に変わっていました。

新旧2つの戸籍、いずれの戸籍にも当てはまるエリアは右の地図の赤くマークした箇所です。

なお、この地図は昭和8年(1933年)のもので、下記の地図(大正13年)の9年後に作られた新しい地図です。


竹谷町五番地(緑)と絞り込んだ竹谷町弐番地(赤)
竹谷町五番地(緑)と絞り込んだ竹谷町弐番地(赤)

画像出展:「東京市麻布区図」

大正13年(1924年)の地図です。緑色でマークした部分が“麻布區竹谷町五番地”で、赤色は母親の自宅があったと考えられる箇所です。

 

南麻布一丁目の一部
南麻布一丁目の一部

画像出展:「マピオン」

現在の同地域の地図です。中央やや上方の”竹の湯”は創業大正二年です。

大正二年創業 竹の湯
大正二年創業 竹の湯

竹の湯からみる麻布區竹谷町弐番地方面の様子です。

辻堂先生が特に高見先生に興味をもったのは、二十代の頃にたまたま読んだ「わが胸の底のここには」とのお話でしたが、私も気になってこの本を買ってしまいました。

わが胸の底のここには
わが胸の底のここには

発行:1958年6月

出版:三笠書房

 

 

ご参考

麻布竹谷町と三田小山町について、とても変参考になったサイトがありましたのでご紹介させて頂きます。

1.江戸町巡り

麻布”に関する情報もあります。

2.Blog - Deep Azabu

ここまであまりご紹介してこなかった“三田小山町”に関して、とても詳しく書かれています。なお、こちらのサイトは『東京都港区麻布周辺の情報、昔話などをお届けします。』とのことです。

覚明行者と御嶽信仰

父方の祖父は明治23年生まれ、幼少期より浅草で育ちました。若かりし頃には、まさに「髪結いの亭主」だったこともあるそうです。私が知っている祖父は気骨ある明治の男という印象が強く、相撲と時代劇、そしてよく本を読んでいました。また、鉄棒、ブランコ、ニワトリ小屋など何でも作ってくれたのですが、祖父の弟さんは有名な宮大工だったとのことです。

特によく覚えているのは御嶽山と覚明さん(覚明行者)を敬い、深く信仰していたということです。毎朝、長い経文[キョウモン]を唱えていました。何を言っているのかサッパリわかりませんでしたが、最後の「かしこみかしこみ申す」という言葉だけは覚えています。 

祖父、70歳代の写真です。

10月に母が他界し、宗教や死後の世界に興味をもったことで、祖父が深く信仰していた覚明さん(覚明行者)の御嶽信仰がどんなものか知りたくなりました。そして、『木曽のおんたけさん』という本を見つけ購入しました。

木曽のおんたけさん
木曽のおんたけさん

編著:菅原壽清、時枝務、中山郁

発行:2009年7月

出版:岩田書院

 

シェルター
シェルター

犠牲者・行方不明者あわせて63名の大惨事となった御嶽山の噴火は2014年9月27日でした。そして、山頂までの登頂が再開されたのは2019年7月1日でした。

大惨事後に設置されたこのシェルターの写真は“My Roadshow -登山ブログさまから拝借しました。

 

ブログは“山岳信仰”、“御嶽信仰”、“覚明行者”および覚明行者によって開かれた“黒沢口登山道”を取り上げました。

なお、黒沢口登山道が開かれる前は、御嶽山への登山は熱心な一部の信者に限られたものでしたが、この登山道が開かれたことによって一般の信者も登山が可能になったとのことです。

日本の山岳信仰

日本における山岳信仰は縄文時代にさかのぼるが、それが宗教として展開し始めたのは弥生時代以降と考えられている。

・弥生時代になり水稲農耕が行われるようになり、山は水田に必要な水を供給する場所、水分神(ミクマリシン)の場所として崇敬され、祭祀が行われるようになった。

飛鳥、奈良時代になると、仏教の僧侶たちは山林での修行を行うようになった。

・奈良、平安時代には多数の霊山が開山された。

平安時代、天台宗の最澄や真言宗の空海は唐で密教を学んだ。これらの宗派は比叡山や高野山などの霊山に修行の場を求めていった。そのため、天台宗や真言宗の全国展開とともに、多くの山々に寺院が建立された。また、この頃から主に仏教側からの働きかけによって、在来の神道の信仰と仏教が混ざり合う「神仏習合」の信仰が盛んになっていった。

山中の霊場を巡って修行する僧侶や行者の中には社会的に大きな活躍をするものもあり、人々はこうした山の宗教者を「験者」や「山伏」と呼んだ。その後、これらの宗教者は「修験者」となっていった。

・室町時代に入ると、こうした修験者の修行のルートや拝所、山で行う修行法、儀礼や教義が整えられ、人々の宗教的な要求に応えて祈祷活動を行う修験道が成立した。また、こうした教義の成立とともに日本各地の山々や里に住む修験者や熊野先達の組織化が進められ、天台宗系の本山派と、真言宗系の当山派という二つの修験道組織ができた。

・江戸時代に入ると、幕府は武装勢力でもあった修験勢力を統御するために、本山派と当山派を競合させたり、修験道法度を発するなど統制下に置くことに努めた。

・諸国を遊行しながら修行していた修験者たちは、この頃から村落などの地域社会に定住するようになった。そして、自分が所属する派の霊山に入って修行を行うことで修験者としての立場と位階を認められた。

江戸時代の山岳信仰の特色として、一般の人々による諸国の霊山崇拝が盛んになったことが挙げられる。これによって霊山は修験者だけでなく、多くの人の対象として繁栄していった。

御嶽信仰

日本人は古来より国の豊かな自然に接して、山や自然そのものに対して山川草木に神が宿るという、素朴な信仰を育んできた。そして、そのような信仰を基に、仏教や神道などの影響を受けて修験道と呼ばれる山岳信仰が形成されてきた。

・木曽御嶽も素朴な信仰を基に、奈良時代から鎌倉時代にかけては修験道の影響を受け、また、室町時代から江戸時代初期にかけては黒沢と王滝の両御嶽神社により組織されて、道者と呼ばれる宗教者が活躍していた。

江戸時代中期には覚明行者と普寛行者が現れて、この山を一般の人々にも開き、講集団を中心とした御嶽信仰が尾張や江戸を中心に盛んになり、やがて全国へと広まっていった。

・明治以降は神仏分離や講集団の教団化、戦後の信仰の自由など、時代の荒波の中で信仰が維持され、今日に至っている。

現在の御嶽信仰は神道を中心に、素朴な信仰を基として、仏教や講集団の信仰が重なって成立している。

覚明行者の誕生

御嶽山が一般の人々にも開かれた信仰の山となったのは江戸時代末期、尾張の覚明行者が黒沢口を開放したことによる。それまでは、里宮の管轄指導のもと、百日にも及ぶ重潔斎を必要とし、その潔斎期間や経済的な面からも、一般の人々による登拝は無縁だった。

・覚明行者は享保三年(1718年。四年という説もあり)に生まれたとされている。

・覚明行者は、宝暦二年(1752年)、宝暦八年(1758年)、宝暦九年(1759年)、宝暦十一年(1762年)、宝暦十三年(1763年)、明和元年(1764年)、明和三年(1766年)と計七回もの巡礼修行を行っており、次第に人々を救済するという行者としての新たな世界を見出していったと考えられている。

黒沢口登山道から御嶽山頂上へ

・黒沢口が天明五年(1785年)の覚明行者による中興開山以来、御嶽講を中心に登拝に利用されてきた歴史ある道である。 

黒沢口登山道
黒沢口登山道

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

・黒沢口から登る場合、御岳ロープウェイで七合目まで入る人が多い。

・大きな駐車場は六合目にある。 

六合目
六合目

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

-『登山口となる黒沢口六合目は大きな駐車場となっており、おんたけ交通バス(季節運行)の待合所やトイレもある。身支度を整えたら、バス待合所左脇から登山道に入ろう。歩きはじめるとすぐに、平成二十年から休業となった中の湯別館があらわれ、そこから本格的な登りとなる。針葉樹と笹の中に続く登山道には、ところどころ木が敷き詰められたり、木段となっているので足元は安心してよい。休業中の日野製薬の売店小屋を過ぎ、旧湯の小屋分岐から急坂の登りが続く、二十分ほどがんばれば勾配は緩やかになり、すがすがしい針葉樹林を登って行けば七合目の行場小屋に着く。  

七合目
七合目

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

ここから御岳ロープウェイ山頂駅までは遊歩道で十分たらずである。

行場小屋を出るとすぐに橋で小さな沢を横切るが、ここは覚明行者が修行をした場所と伝えられ、石碑も建てられている。そこからは地面や倒木の上に美しい苔が生えた森の中の道となる。はじめは緩やかであった登山道も次第に勾配がきつくなり、汗をかきながらのジグザグ登りとなる。急な木段の細道も小さな桟橋まで上がれば大分緩やかになり、いつのまにか針葉樹の森がダケカンバなどの灌木に変わっている。すれ違う講の登山者たちが鳴らす鈴の音と活気に慰められながら、広くなった登山道を歩き続け、次第にハイマツ多く見られるようになれば、まもなく八合目女人堂に出る。

八合目
八合目

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

ここからは城塞のように切り立った御嶽山の稜線が眺められる。また、小屋前は阿波ヶ嶽と呼ばれ、四国方面の御嶽講社の霊場となっている。

女人堂からはいったん小さな谷を巻いてから尾根に取り付くが、この部分は七月上旬には雪が残っていることが多い。少し登って登山道が右に折れたところが剛童子で、登山道の右手に小さな祠[ホコラ]が祀られている。江戸時代まで女性はここまでしか登拝が許されなかった。

また、祠の横に大きな岩が立っているが、これは天照大神が隠れた天の岩戸を手力男命が開いたときに、放り投げた岩戸が飛んできたものであるといわれている。また、この一帯は古い霊神碑が林立し、独特の宗教的雰囲気をかもし出している。風化した霊神碑や素朴な風貌の神像を眺めながら登ると、次第に道は勾配を増してゆく。ハイマツの間の、雨によってえぐられた登山道を登って行くと、大きな鳥居と三笠山刀利天像がみえてくる。鳥居の前は少し広くなっているのでグループ登山の休憩に用いることができる。

さらにもうひとがんばりすれば急に視界が開け、砂礫[サレキ]の裸尾根に出る。ここには弘法大師の大きな銅像が祀られており、展望もよく、晴れた日には中央アルプスの眺望が素晴らしい。団体の休憩にはよい場所である。ここからは眺めのよい尾根上の登りとなるが、、道は砂礫状になっているため少々歩きにくく、六合目、又は七合目から歩いてきたときには疲れが出はじめるところでもある。砂ザレの急登を周囲に慰められながら登り、道が尾根の右側をまくようになると小さな鞍部にでる。

ここで息を整えたら、いよいよ黒沢口登山道一番の急登に入る。大きな岩石の階段を上がるような道は少々しんどいが、高度もぐいぐいかせいでいける。ゆっくりと、一歩一歩岩の階段をあがり、登山道脇に巴講の霊神碑を見れば、まもなく九合目の石室山荘に着く。ここから道は砂礫まじりのジグザグ道となるが、次の山小屋の覚明堂は目の前に見えているので気分は楽である。

覚明堂から石段を登り、鳥居を潜ると、覚明行者の大きな銅像や沢山の霊神碑が並び立つ拝所に出る。ここは二ノ池付近で亡くなった覚明行者のなきがらを祀った場所であることから、御嶽講の大事な聖地とされ、夏山中は講の信者たちが敬虔な祈りを捧げているのを眼にすることができよう。そこからもしばらく急坂が続くが、目の前の尾根に上がれば傾斜はくなり、まもなく御嶽の主稜線上に出る。

二ノ池や王滝知頂上への分岐など、いくつか道が分かれ、霧が掛かったときには迷いやすいが、案内板や登山道の両側に張ってあるロープに沿って行けば迷うことはない。稜線の眺望を楽しみつつ、砂礫混じりの道を一歩一歩踏みしめて行けば、まもなく頂上山荘に到着する。 

御嶽山頂へ
御嶽山頂へ

画像出展:「木曽のおんたけさん」

 

頂上山荘前の石段を登れば、御嶽山の頂上、剣ヶ峰である。正面に小さな社殿や素朴な神像が並び立った大きな磐座[イワクラ]がある。それが御嶽神社の奥社であるので先ずは参拝しよう。神社の正面は次々と登ってくる講中が参拝に使うので、参拝をすませたら、神社の右手前の三角点が置かれた広場で休むとよい。そこからは一ノ池、二ノ池、王滝頂上など御嶽山の頂稜部を一望することができ、南側には木曽駒ヶ岳や宝剣岳など中央アルプス、北方には乗鞍岳とその向こうに槍ヶ岳、西北には白山を望むことができる。晴れていれば至福の時を過ごすことができるだろう!』

ご参考御嶽山に関すること

ネット上には御嶽山(御岳山)に関するサイトが沢山ありました。ここでは三つのサイトをご紹介させて頂きます。

日本アルプス登山ルートガイド
日本アルプス登山ルートガイド
御嶽七合目
御嶽七合目
「山頂でおにぎりを食べよう」
「山頂でおにぎりを食べよう」

ボランティアについて

ボランティア活動に興味があり、『ボランティアってなんだっけ?』という本を買ってみました。70ページに満たない本で、親しみやすい題名だったため軽く考えていたのですが、その内容はとても深く、色々なことを考えさせられました。

地震や水害などの被災地への災害ボランティアは、人手不足を補うものとして確実に現地の助けになるものと思いますが、ボランティア活動を広く見渡すと、様々な課題があることが分かりました。

ボランティアってなんだっけ?
ボランティアってなんだっけ?

著者:猪瀬浩平

発行:2020年5月

出版:岩波書店

ボランティアにまつわる悩み
ボランティアにまつわる悩み

画像出展:「ボランティアってなんだっけ?」

目次

Ⅰ そこで何が起こっているのか? ―自発性が生まれる場所、自発性から生まれるもの

Ⅱ それって自己満足じゃない? ―無償性という難問

Ⅲ ほんとうに世界のためになっているの? ―ボランティアと公共性

終章 ボランティアの可能性

Ⅰ そこで何が起こっているのか?

「ボランティアでは続かない」

●生き生きとボランティアを始めていた人の情熱が、時間が経つとだんだん冷めていくことがある。活動が整理されていくなかで、思ったことが言えなくなって、こなすだけになってしまったら熱は冷めていく。

●何をすべきかを自由に考えることよりも、これまでの活動を継続するための業務に追われ、活動への違和感を話し合えず、なんで活動するのかを考える機会もなくなると情熱は冷め、活動に距離を置くようになる。

●一人の参加者として責任のない立場で関わるのは良かったが、責任を負う立場になると敬遠する人もいる。すると責任を負う人の負担感や孤立感は強まっていく。

●ボランティアで始まった活動が持続性を高めていくために、非営利活動法人(NPO法人)や一般社団法人に移行していく。定款が作られ、事務局ができ、会費や寄付の制度が確立されていく。専従職員となる人が出て組織も確立していく一方で、初期の使命感が薄れ、活動の持続が目的となってしまうこともある。

●有償で働く専従職員とボランティアの間に溝が生まれ、ボランティアの数は減っていく。

●『「ボランティアでは続かない」ということはある面において正しいのだが、一方「ボランティアでないと続かない」ということも正しい。そんなことを、ある夏の体験で思った。』

ネットワーキング―出会いから広がっていく、出会いから変わっていく

●農園で子ども向けの農業体験イベントを開催した。1回目に参加した子どもが次の会には兄妹や友人を連れてきた。地域の情報誌に記事が掲載されて参加者が増えた。イベントの様子をSNSで公開したら、次々にシェアされていった。環境教育や農業に関心のある学生や社会人がボランティアをしたいと集まってきた。彼らの経験が企画に活かされて、体験講座の内容は専門化されていった。会議も定期的に開かれるようになり、助成金でキャンプをするためのテントや調理器具を買いそろえた。助成金の申請のためには規約や決算書、活動報告書が必要なため、事務局がつくられた。そんな中で、イベントの企画よりも農作業に興味を持ち始めた仲間から、子どもたちに農業体験をさせることよりも、自分たちがしっかり農業を勉強すべきだという声も出てきた。彼らの中には地方の専業農家のところに研修に行く人もいた。やがて、子どもたちへの農業体験を重視する立場と、学生自身が農業を学ぶことを重視する立場の違いが生まれ、活動をめぐって議論がなされるようになった。活動が広がる中で、新しい視点がもたらされ、活動自体の意味をめぐる議論が生まれる。その先に、活動自体の見直しが起こるかもしれないし、活動の分裂が起きるかもしれない。

●『「注意して見てほしい。一緒に団体を立ち上げた友人の関心は子どもの貧困問題だったのだが、次第に活動は子どもたちの農業体験/環境教育にシフトしており、そこからさらに農業への関心が生まれている。このような変化のなかで、友人には自分の当初の思いとつながるものを見出していくのか(たとえば、農業体験に来ている子どもたちのなかに貧困につながる問題を見出すのかしれない)、それとも流れに身を任せて当初の問題意識を忘れてしまうのか(たとえば、専業農家と出会って農業の面白さに心を奪われるのかもしれない)、それとも自分のやりたいことはここにはないといって去っていくのか、三つの方向があるだろう。

Ⅱ それって自己満足じゃない? ―無償性という難問

無償性はめんどくさい―贈与のパラドックス

●あなたが誰か困っている人に何かをしてあげたいとする。見返りを求めてやったのではなく、困っている人を助けたいという気持ちに突き動かされたとあなた自身は思っている。しかし、あなたの内面は誰にも見えない。だから、周りから、本当は、「困っている人を助けている姿を見せて、自分の評価を上げたいのではないか」とか、「そうやって善行をつんで、死後に天国に行こうとしている」と指摘されたり、心の中で思われたりするのを防ぐことはできない。あるいは、「そうやってあなたが無償で誰かを助けてしまうことで、本当はそれをすべき〇〇が仕事をしなくなる」と言われることもある。この〇〇は例えば、政府が入る。このように贈与は常に、贈与と反対のものを見出されてしまうというパラドックスを抱えている。

贈与から交換へ―ボランティア・NPO・CSR・社会企業・プロボノ……

●1990年代以降、NPO活動が注目を集め、1998年には特定非営利活動促進法(NPO法)が成立するようになると、ボランティアよりもNPOの関心が高まった。

●NPOの非営利性とは、事業を通して利益を上げたとしても組織の成員で分配しないということである。

ボランティアは“贈与”と考えられているが、NPOは“交換”の要素が強い。そしてNPOに続く、CSR(Corporate Social Responsibility)、社会的企業、社会的起業家、プロボノ、BOP (Base of the Economic Pyramid)ビジネス、エシカル消費、SDGs (Sustainable Development Goals)などもまた、“交換”と“贈与”の間にある言葉である。

●ボランティアという言葉が使われるのは、無償であるのが当然であると考えられる領域や、学校教育の現場に限られていった。

●阪神淡路大地震が起きた1995年がボランティア元年と言われているが、ボランティアをする人の割合は減少する傾向にある。

●『ボランティアが語られることや、そもそもボランティアをする人が減っていくなかで、久しぶりにボランティアが声高に語られ、議論を巻き起こしたのが東京五輪ボランティアだった。しかし、そこにおいて、贈与のパラドックスを伴う「無償性」は放棄されてしまったように見える。』

贈与のパラドックス
贈与のパラドックス

画像出展:「ボランティアってなんだっけ?」

ケアの論理

●ケアはケアする人とされる人の二者間の行為ではなく、家族、関係のある人々、同じ病気・障害・苦悩を抱える人、薬、食べ物、環境などの全てからなる協働的な作業と考えられている。

ケアの出発点は、人が何を欲しいと言っているのかではなく、何を必要としているかである。それを知るためには、その人の意思だけでなく、その人の状況や暮らし、困っていること、どのような人やシステムから支援を受けられるのか、それらの支援によって、その人の暮らしがどう変わってしまうのかなどについて理解する必要がある。

●苦悩はケアされる人だけではなく、家族や関係する人達も苦悩する。状況の改善は人や物、システムなど全てとの関わり合いの中でケアが行なわれるという意識を持つ必要がある。

終章 ボランティアの可能性

●ボランティアは国家や市場システムに都合よく使われることもある。隅々まで浸透した世の中と思っても、国家や市場システムから見放された世界が存在する。ボランティアがなければ苦しい人々は間違いなく存在する。

●国家や市場のシステムを批判し、今ある世界に取って代わるような理想像を掲げるのではなく、今あるシステムがうまく機能していないところに入り込み、他者と共に生きる空間を作っていくことは一つの在り方である。

ヨガ

以前、友人から「ヨガはいいよ」と教えてもらったことがあり、いずれ一度はやってみたいなと思っていました。

場所や時間、費用面で適当なものがあったらと思いながら探していると、親しみやすい、始めやすい感じの講習会があり、早速、大きなバスタオルを持参して参加してきました。

友人が言っていた通り、いい感じです。深い呼吸、適度な身体的負荷、何だか清々しい気持ちになります。「これは続ける価値ありだな」ということで、入会し続けることにしました。

また、一度やってみて、バスタオルは摩擦がなく足元が不安定になりやすいためNGということが分かったので、ネットショップでヨガ用マットを購入し次回に備えました。また、ヨガといえばインドですが、せっかく始めるのだったらヨガがどんなものか、最低限のことは知っておきたいと思い、色々ある中から『ヨガが丸ごとわかる本』という本を買ってざっと一読してみました。

ヨガが丸ごとわかる本
ヨガが丸ごとわかる本

著者:Yogini編集部

初版発行:2016年11月

出版:枻出版社

ブログは目次の黒字箇所です。最初にヨガの概要をお伝えしたかったため、Chapter_7、”ヨガとスピリチュアル”の中にあったものを最初に持ってきています。

目次(Contents)

プロローグ

Chapter_1

ヨガとは何か?

・ヨガとは何かを探ってみよう

・ヨガが与えてくれるもの

・ヨガの歴史

・紀元前から2016年まで世界と日本のヨガヒストリー

・日本のヨガ偉人

・世界の人々に影響を与えたヨギー&ヨギー二

・インドの聖者達

・ヨガする世界のセレブ達

Chapter_2

ヨガの流派について

・古典ヨガと現代ヨガ

-アイアンガーヨガ

-アシュタンガヨガ

-クリシュナマチャリアのアイアンガーヨガ

-沖ヨガ

-クリパルヨガ

-クンダリーニヨガ

-シバナンダヨガ

-パワーヨガ

-ホットヨガ

-リストラティブヨガ

-陰ヨガ

-ライフステージ

-ニュースタイル

・ハタヨガとヴィンヤーサヨガ

・その他

・新しいヨガ

Chapter_3

ちょっとディープなヨガの考え方と哲学

・本当の自分について

・プラシャとプラクリティについて

・人間の体の考えかた 五つの鞘「パンチャコーシャ」

・エネルギーの質、トリグナ

・マンガで知るヨガ「そもそもヨガ哲学って、なあに?」編

・ヨガの八支則について

-ヤマ

-ニヤマ

-アーサナ

-プラーナーヤーマ

-プラティヤーハーラ

-ダーラナ

-ディヤーナ

-サマディ

・禅の十牛図とヨガの関係を見ていく

・ヨガは呼吸が大切な理由

・呼吸がもたらすもの

・いろいろある呼吸法

・プラーナを知ろう

・体に作用するプラーナの流れ

・さまざまな角度からプラーナを捉える

・プラーナとナーディの哲学

・呼吸には「完成」がある

・呼吸とプラーナのことQ&A

Chapter_5

ポーズについて

・アシュタンガヨガの太陽礼拝A

・アシュタンガヨガの「トリスターナ」

・シヴァナンダヨガの太陽礼拝

・立位のポーズ

・座位のポーズ

・後屈のポーズ

・逆転のポーズ

・ポーズ名に出てくるサンスクリット語

・ポーズのことQ&A

Chapter_6

瞑想

・瞑想の基本

・座り方と印

・迷走しないための瞑想コラム

・注意点

・瞑想に種類ってあるの?

・たくさんある瞑想

・マンガで知るヨガ「とにかく瞑想をやってみよう!」編

・マインドフルネス瞑想

・瞑想中に起きていることは

・四つの三昧(サマーディ)状態

・あの偉人達の瞑想

Chapter_7

ヨガとスピリチュアル

・マンガで知るヨガ「スピリチュアル」編

Chapter_8

ヨガのメディカル的側面

・ヨガで健康を手に入れる

・沖ヨガ

・ヨーガ療法

・ヨーガセラピー

・がんへのヨガ的アプローチに注目!

・ヨガの健康における概念

・アーナンドラが語る鞘の話

FEEL THE INDIA

・ヨガを生活に取り入れて楽しむ、学ぶ

-Fashion

-Goods

-Food

-Music&Mantra

-ヨガを学ぶ、習う

-先生になる

-情報を得る

-ヨガのイベント

・ヨガ旅へ出かけよう!

-INDIA

-NEWYORK

-HAWAII

・ヨガ用語辞典

Chapter_7

ヨガとスピリチュアル

「エクササイズからの卒業」と題するページに書かれていたことは次のようなものです。

ヨガを始めると、ヨガが単なるエクササイズではないと知る。日常的にも道徳的なヨガの心が芽生え、そして生き方が変わってくる。それこそが本質的なヨガの始まりなのだ。

そして、次のページにある「目に見えないものを受け入れていく」は、ヨガというものの概要を端的に伝えているように思います。

ヨガはエクササイズではない。そこには深い精神性が横たわっている。ヨガはポーズを中心としたフィットネス部分のみだけではなく、道徳的な、日常の行いへの意識づけから始まり、呼吸を中心に心へ焦点を当て、感情の起伏や、心の波を穏やかにしていくもの。それらは、“目に見えない”ものが多い。

身体的アプローチで目に見えているはずのポーズや呼吸も、目に見えない部分に対してアプローチするのが練習の本質だ。ヨガは論理的には説明できないことまで、すべて丸飲み込みして行っていく。そうすると、到達するところは、感動的で魂が振るえるほどの歓びが存在する場所。ヨガは体にだけアプローチするボディワークではなく、スピリチュアルワーク(魂への行い)なのだ!

Chapter_3

ちょっとディープなヨガの考え方と哲学

本当の自分について

ヨガでは「自分」という存在を追及していく。これはヨガ哲学の根幹である。そして「本当の自分(真我)と自我によって作られた「自分」がいると考える。

-私とは「本当の自分」と「それを取り巻く自分」の二つでできていると考えられている。

-「本当の自分」は、観る存在であり活動する自分を観察している。今「認識している自分」は、この世を体験するための器。傷ついたり、辛い思い、痛い思いをしたのは「本当の自分」ではない。

-「本当の自分」は何があっても常に美しく、尊厳が保たれた満ち足りた存在である。

本当の自分について1
本当の自分について1

画像出展:「ヨガが丸ごとわかる本」

『「本当の自分」は“観る存在”であり、“観られる対象”は自分ではないこの世を体験するための器』

本当の自分について2
本当の自分について2

画像出展:「ヨガが丸ごとわかる本」

『つまりヨガとは、「本当の自分」は“全宇宙”と同じであり、“全宇宙”は「本当の自分」でもあるという心理に気づくことがヨガの最終境地である。』

 

プラシャとプラクリティについて

-プラシャ(真我)とは?

+ヨガでは「自分」は、二つのものからできていると考え、それが一つになることを目的とする。

+二つとは今「認識している自分」と「本当の自分」である。

+プルシャは「本当の自分」のことで、真我ともいう。

+プルシャは常に「自分(自我。認識している自分)」を観察しているが、自我(心)の活動が激しいと、その活動ばかりに意識が向いてしまい、奥にあるプルシャの存在に気づけない。

瞑想は波打つ心(自我)の活動を静め、波がなくなり透き通った湖の底に眠るような「真我」に気づき一つになるための方法である。

+プルシャは大自然(宇宙。大いなるもの)の一部であり、真我と一つになることは大自然と一つになること、自分は大自然の一部だと気づくことでもある。

-プラクリティとは?

+プルシャを取り巻くもので、普遍的なプルシャに対して移りゆくものをプラクリティ(質の源)という。

+プルシャは「質」を持たないので、プラクリティを使って“世界”(生きた宇宙。イーシュワラともいう)を映し出し、それを観察している。

人でいうと、肉体、考え、言葉、行動など、変わり続けるのはすべてプラクリティであり、それをプラクリティが観ているということになる。

+プラクリティが濁ごることなく浄化されていれば、真我とつながりやすくなり、大いなるものの智慧に基づく生き方ができる。

ヨガの八支則について

-ヨガの八支則はヨガのゴールに到達するための方法であり、考え方である。

ヨガの八支則は自分自身における抑制、つまり自分で自分のことを管理するということである。

-『ヤマ[Yama]は禁戒として訳されることが多く、日常生活で慎むべきこと(してはいけないこと)ということだ。そしてヤマとセットとなるのが、ニヤマ[Niyama]。これは勧戒と訳され、自分自身が努めるべきこと(すべきこと)だ。

ヤマとニヤマの中は五つに分かれている。ヤマには、アヒムサ(非暴力)サティヤ(正直)アスティーヤ(不盗)ブランマチャリア(禁欲)アパリグラハ(無執着)ということが含まれる。

そして、ニヤマには、シャウチャ(清潔)サントーシャ(知足)タパス(苦行)スワディヤード(独習)イーシュワラプラニダーナ(信仰)というものが含まれる。

これらのヤマ、ニヤマはヨガをするものにとっての道徳的戒律として存在している。ただ、日常生活、社会生活で、これらを完璧に行うことができたら、言わば聖人であり、神であるという人もいる。それほど難しいものだと考えていいだろう。

これらヤマ、ニヤマのような道徳的な考え方を持ちながら生活を律し、自分として心に引っかかることはない状態にしておき、アーサナ[Asana](坐法)により体の滞りをなくし、プラーナーヤーマ[Pranayama](調気、呼吸)によって呼吸を整え、プラティヤーハーラ[Pratyahara](感覚抑制)により感覚を内へと向けて、ダーラナ[Dharana](集中)で自分の中へ集中し、それが深くなりディヤーナ[Dhyana](瞑想)の状態へ。そこから瞑想していることも忘れるほど、一つの意識になる。すべてのものと隔たりのないような状態になり、融合、合一するサマディ[Samadhi](三昧)と続くのだ。これらは段階的に考えられていることが多いが、すべて横並びで、それぞれちょっとずつ高めていくという考え方もある。どれかを一つ高めても仕方がなく、どれもやり続けなくてはならないということ。』

Chapter_8

ヨガのメディカル的側面

がんへのヨガ的アプローチに注目!

補完代替治療としてのヨガの可能性
補完代替治療としてのヨガの可能性

画像出展:「ヨガが丸ごとわかる本」

補完代替医療としてのヨガの可能性

『医療的側面をあわせもつヨガ。その可能性は乳がん予防や、再発予防にまで広がる。ヨガの次のステージはメディカルシーンへの貢献だろう。』

『現在、乳がん経験者、及び多くの女性に向けて、ヨガを通して乳がん予防のクラスを開催していたり、さまざまなシンポジウムや講演等で乳がん予防や再発予防にヨガの良さを伝えているアクションが多くある。』

 

-ゆっくりした動きのヨガは、治療経験者や治療中の人にも無理なく行うことが可能である。

-筋肉を鍛える必要があるならば、鍛える筋群の筋力アップを目的にあった“ポーズ”を取り入れることができる。

-硬くなった筋肉を緩める効果が期待できる。

-ヨガの基本である呼吸法は、副交感神経の働きを高め不安や緊張を軽減する。

-リラックス効果によりNK細胞などの免疫細胞が活性化し、がん細胞への攻撃力を高める。

-補完代替医療としてヨガは注目されている。1998年には米国国立衛生研究所がヨガ研究に公的資金の投入を開始し、2013年にはハーバード大学がヨガと瞑想の効果を科学的に検証する試みが行われるなど、米国ではヨガは統合医療の一つとして浸透してきている。

論語と仁

今年の大河ドラマは渋沢栄一の物語、“青天を衝け”です。渋沢栄一といえば、知っているのは名前程度で、埼玉県出身だということも、日本の「近代資本主義の父」とよばれていることも知りませんでした。

今回、拝読させて頂いたのは『論語の読み方』という本ですが、編・解説者である竹内 均先生の“解説”の中にあった「巨人・渋沢栄一の原点となった孔子の人生訓」に、渋沢先生の生い立ちから晩年までの話がまとめられていましたので、まず、そちらをご紹介します。

「論語」の読み方
「論語」の読み方

編・解説者:竹内 均

初版発行:2004年10月20日

出版:三笠書房

『渋沢栄一は、1840(天保11)年に、現在の埼玉県深谷市字血洗島の豪農に生まれ、年少の頃から商才を発揮した。そのうえ少年時代から本好きで「論語」との出会いもこの頃であった。

幕末の動乱期には尊王攘夷論に傾倒したが、後に京都に出て一橋(徳川)家の慶喜に仕えた。1886(慶應2)年、弟の昭武に従って渡欧せよとの命令が慶喜から下った。翌年から約2年間をかけて欧州各地を視察し、資本主義文明を学んだ。このときの見聞によって得た産業・商業・金融に関する知識は、彼が後に資本主義の指導者として日本の近代化を推し進めるのに大いに役立った。

帰国後は大隈重信の説得で明治新政府に移り、大蔵省租税正、大蔵大丞を歴任した。1873(明治6)年に大蔵省を辞してから実業に専念し、第一国立銀行(第一勧業銀行の前身)の創設をはじめ、70歳で実業界から退くまで500余りの会社を設立し、資本主義的経営の確立に大いに貢献するとともに、ビジネスマンの地位の向上と発展に努めた。

晩年は社会・教育・文化事業に力を注ぎ、大学や病院の設立など、各種社会事業に広く関係した。』

渋沢先生は「論語」を拠り所とされていました。そして竹内先生が編・解説をされた『論語の読み方』は、渋沢先生の『論語講義』のエッセンスを集大成したものであり、竹内先生の他の2つの著書、『孔子 人間、どこまで大きくなれるか』と『孔子 人間、一生の心得』を再編成したものでした。

しかしながら、話に水を差してしまうのですが、実は『論語講義』は渋沢先生自らが執筆されたものではないということです。そのことは“公益財団法人渋沢栄一記念財団 情報資源センター”さまのサイトに出ていました。

公益財団法人渋沢栄一記念財団情報資源センターがお送りするブログです。渋沢栄一、社史を始めとする実業史、アーカイブズや図書館に関連する情報をご紹介しています。』

『渋沢栄一述とされる【論語講義】は、そもそも二松学舎の舎外生のために発行された【漢学専門二松学舎講義録】という全30回の月刊刊行物に29回(12号は休載)にわたって掲載された記事をまとめたものである。渋沢が口述したものを二松学舎教授の尾立維孝が筆述したとされるこの論語講義について、本論の筆者は「稿本」「初版本」「新版」等を詳細に比較検討した。その結果この【講義】は渋沢が口述したのではなく、渋沢述の【実験論語処世談】に基づいて尾立が起稿したもので、渋沢の校閲を経た上で連載されるはずであった。しかし校閲が間に合わず尾立の原稿のままで刊行が始まってしまい、渋沢の校閲が追いつくことはついになかった、と結論づけている。

ブログのタイトルを”論語講義”ではなく、“論語と仁”としたのは『論語講義』が『実験論語処世談』からの起稿であり、渋沢先生の校閲を受けていない本だからです。

また、を特別の存在として注目し、取り上げたのは論語の中では圧倒的に大事なものとされてきたためです。それは次の解説で明らかです。

この仁の一文字は孔子の生命で、また「論語」二十編の血液である。もし孔子の教訓から仁を取り去ったならば、あたかも辛味のぬけた胡椒と同じであろう。孔子はこの仁のために生命を捧げたほど大切なことで、孔子の一生は仁を求めて始まり、仁を行なって終わったといっても差し支えない。孔子の精神骨髄は仁の一字にあり、このゆえに孔子は仁をもって倫理の基本とすると同時に、他の一面においては政治の基本としたのである。王政王道もつまり仁から出発したものである。

さらに、次のような記述もありました。

仁は「論語」の最大主眼であるから、孔子はあらゆる角度からこれを丁寧に詳しく説明している。そのため、中国・日本の古今の学者がさまざまな解釈を下して一定しない。そして、たいてい文字上の言句にとらわれて空理空論の悪弊を生み、わが国の学問もこれを受け継いで、学問と実生活が別物となり、学問は学問、実生活は実生活と分離してしまった。

1.『子曰く、苟[イヤシ]くも仁に、志す。悪きことなり。』 

自分を大切にせよ、だが偏愛するな

・人間が悪事をなすのは、自分の偏愛、利己主義から始まる。

・仁者は広く大衆を愛し、利己を考えない。

・仁に生きることは純粋な心で行動することである。

・仁に志し、仁に生きようとするならば、その人の心に悪は生じない。

2.『或ひと曰く、雍[ヨウ]や仁にして佞[ネイ]ならずと、子曰く、焉[イズク]んぞ佞を用いんや。人に禦[アタ]るに口給を以てすれば、しばしば人に憎まる。その仁を知らざるも、焉んぞ佞を用いんや。』 

“口”の清い人、“情”の清い人、“知”の清い人

・弁が立たたないことは、むしろ美徳であり短所ではない。

・仁は徳の中心であり、基本である。

・広く民に施して大衆を救うのが仁である。

・仁者はその言行が親切で、言葉やさしく、自分の意見を述べるときも穏やかに説明して、大変人あたりがよい。

3.『樊遅[ハンチ]、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して而してこれを遠ざく、知と謂うべし。仁を問う。曰く、仁者は難きを先きにして、而して獲ることをのちにす、仁と謂うべし。』

孔子流の「先憂後楽」の生き方

・仁者は自分中心の心に打ち克って礼に立ち返り、誠意をもって人に接する。苦労を先にして、利益を獲得するのを後にするのが仁である。

4.『子曰く、道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に游ぶ』

孔子が考えた“完全なる人物”像

・仁とは博く愛することで、単に自ら足るを知って他へ迷惑をかけないだけでなく、他へ幸福を分かち与えようとする心情である。

5.『子曰く、仁遠からんかな。我仁を欲すれば、ここに仁至る。』 

ひからびた心の畑に“慈雨”を降らせる法

・仁は忠恕(思いやりの心を推し進めて広く人を愛し、他人と自分との垣根を取り払うこと)。つまり、仁は自分の心の中にあり、外に求めるものではない。心から仁を求めようとするならば、仁は近く自分の心の中にあって、即時に仁は得られるものである。

6.『子曰く、知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼[オソ]れず。』 

これこそ「知・仁・勇」三徳のバランスに秀でた人物

・“論語”では仁者について、時に極めて狭義に解釈し、時に非常に広義に説かれている。

・ある場合には人を愛する情であるとか、他人の難儀を救う行為を仁としている。また、ある場合にはよく天下国家を治め、万民を安住させることを仁の極致であると言っている。

・仁者は天命を知り、一点の私心がなく、おのれの分を尽くし、人間としての道を行うのであるから、いささかの煩悶もなく、すべての物事に対して憂いというものがない。心中つねに洋々たる春の海のような気分である。これは仁者に備わる徳である。

・勇者はその心が大きく強く、常に道義にかない虚心坦懐であるから、何事に遭遇しても恐れることがない。これが勇者の徳である。

・人間は知と勇ばかりではいけない。知恵のある人、勇気のある人はもとより貴ぶべきではあるが、知勇は性格上の一部分であって、これだけでは完全な人とはいえない。仁を兼ね備えてはじめて人間としての価値が生じるのである。よって仁こそが最上の徳である。

7.『顔淵仁を問う。子曰く、己に克って礼を復[フ]むを仁となす。一日己に克って礼を復めば、天下仁に帰す。仁をなすは己に由[ヨ]る。而して人に由らんやと。顔淵曰く、その目を請い問う。子曰く、非礼視ること勿れ。非礼聴くこと勿れ。非礼言うこと勿れ。非礼動くこと勿れと。顔淵曰く、回不敏と雖[イエド]も、請うこの話を事とせんと。』

孔子の最高弟・顔淵にしてこの“日頃の戒め”あり

・顔淵は孔子の門弟3000人中の高弟72人の中で最高の人である。年は孔子より37歳若かったが、徳行家で孔子に次ぐ人と称せされ、「亜聖」の名があったほどの人物である。

・顔淵は孔子に対して、「仁とはいかなるものですか」と質問した。以下は孔子による回答。

-自分の欲望に打ち勝ち何事にも礼を踏まえて行なう。これを仁という(仁の体)。

-一日でも自分の欲望に打ち勝ち、礼を踏まえて行えば、人々はすべてその仁にすがる。その影響の迅速なことは、早飛脚で命令を伝えるようなものである(仁の効)。

-仁は元々自分の心の中にあって、よそから借りてくるものではない。だから仁を実践しようと欲すれば、仁は直ちに成立する。いつでもどこでもこれを成し得る(仁の用)。

・仁は上記のように、極めて広大なものである。仁は天下国家を治める道にもなり、一家をととのえ一身を処する道ともなる。その徳は天地に充満して草木禽獣すべて仁のもとに息づくのである。

・人に対して優しく指示をするのも仁の一つである。不幸な人に同情するのも仁である。

・上を敬い下を慈しむのも仁である。広く施して大衆を救うのは仁の大きなものである。

・すべて人間が私心私欲に打ち勝って、その言動が礼にかなって行き過ぎがなければ、それがすなわち仁である。

・七情(喜・怒・哀・楽・愛・悪[憎]・欲)の発動がよく理知でコントロールされるのが仁である。

8.『子曰く、剛毅朴訥[ゴウキボクトツ]は仁に近し。』

温室の中では、“心のある花”は育たない

・「剛毅木訥」は「巧言令色」と対になった言葉である。

・人の資質が堅強で屈せず(剛)、またよく自ら忍ぶ者(毅)、容貌質朴で飾り気なく(木)、言語がつたなくて口がうまくない者(訥)は、みな内に守るところがある。内に守るところがある人は、学んで仁徳を成就しやすい。

剛毅木訥がそのまま仁であるとはいえないが、このような人は仁を成しやすいので、仁に近しというのである。

9.『子曰く、徳ある者は必ず言あり、言ある者は必ずしも徳あらず。仁者は必ず勇あり、勇者は必ずしも仁あらず。』

人の“言葉と徳”だけは「逆も真なり」は通用しない

・仁者は人の危難を見過ごせず、義を見れば必ず身を殺してもこれを救う。だから仁者は必ず勇気をもっている。しかし、勇気は血気に乗じて発揮することもあり、勇者が必ずしも仁者であるとは限らない。

番外編“青天を衝け”

“青天を衝け”では、栄一が血洗島を出て江戸に行きたいという熱い思いを、父にぶつけるシーンがありましたが、活字で見るとより重さを感じます。ここでは栄一へ渡された父からの言葉をご紹介します。

人にはおのおの備わった才能がある。またおのおのの異なった性分がある。その性分の好む所に向かって驀進するのが、天分の才能を発揮する方法であるから、お前を遠く外へ出したくはないけれども、お前の決心もわかったし、また必ずしも悪い思いつきでもない。強いて止めればお前は家出するだろう。そうなれば不幸の子となるから、強いて止めはしない。お前の身体はお前の自由にするがよい。望みどおり出発せよ。』 

対話型ファシリテーション

筋膜性疼痛症候群(MPS)研究会は、2018年4月、日本整形内科学研究会(JNOS)となり、前身の会員だった私は幸いにも新しくなったJNOSの准会員として、引き続き勉強させて頂いています。充実したオンラインセミナーは後日、動画配信されるため多くの有意義な機会を得ることができます。

今回のブログはその動画配信で学んだことであり、本はその時、紹介されていたものです。

“5W1H”の中には、“Why”も含まれていますが、「対話型ファシリテーション」の極意は、事実を明らかにすること、そのためには「なぜ?」「どうです?」を使ってはならないということです。これはかなり衝撃的でした。

対話型ファシリテーションの手ほどき
対話型ファシリテーションの手ほどき

著者:中田豊一

出版:認定法人ムラのミライ

初版発行:2015年12月

ブログで触れているのは、もくじ黒字の箇所です。

もくじ

1.「なぜ?」と聞かない質問術

2.「どうでした?」ではどうにもならない

3.「朝ごはんいつも何食べる?」の過ち

4.簡単な事実質問が現実を浮かび上がらせる

5.「いつ?」質問の力

6.行動変化に繋がる気付きを促すファシリテーション

7.○○したことは、使う

8.信じて待つ=ファシリテーションの極意

9.気付きには時間がかかる

10.達人のファシリテーション

11.対話型ファシリテーションを使うインドの村人

12.答えられる質問をす

13.それは本当に問題か

14.都合のいいように解釈する

15.時系列で聞いていく

16.対話型ファシリテーションの実践性

17.○○が足りない

18.問題とは何か

19.栄養不良の原因は何か

20.考えさせるな、思い出させろ

21.空中戦を地上戦に

22.対話型ファシリテーションは最強のコミュニケーションツール

6.行動変化に繋がる気付きを促すファシリテーション

●ファシリテーションはまちづくりや開発教育などのための参加型のワークショップの進行役がファシリテーターと呼ばれるようになり、それに伴って、技能としてのファシリテーションという言葉が徐々に広まった。

●ファシリテーションの技能の核心は、ワークショップなどにおいて、参加者の気付きを「促す」ことにある。

●養豚の方法についてラオスの村人達と研修したときの話(2回の研修では出席者は全員男性だった)

・ファシリテーター:①「今朝、豚に餌をあげましたか?」(全員、うなずく) ②「餌をあげる作業は誰がやりましたか?」(参加者の6世帯中、5世帯は妻の仕事だった)→村人曰く「母ちゃんを連れてきます」との気付きが生まれ、結果的に次回の研修では多くの村人が夫婦での参加となった。

対話型ファシリテーションは、簡単な事実質問によるやりとりを通して相手に気付きを促し、その結果として、問題を解決するために必要な行動変化を当事者自らが起こすように働きかけるための手法である。重要なことは、問題の当事者の「気付き」が「行動変化」のための大きなエネルギーになるということである。 

7.○○したことは、使う

①聞いたことは、忘れる。

②見たことは、覚えている。

③やったことは、わかる、身に付く

④自分で見つけたことは、使う

自分で見つけたもの以外は、ほとんど忘れる。ファシリテーションでは相手が答えを自分で見つけるまで、粘り強く働きかける必要がある。

自分で発見することは、気付きの喜びを得ることでもあり、その喜びをエネルギーに行動変化のための第一歩となる。

・同じ答えでも自分が見つけるのと他人から教えてもらうのとでは、心理的な効果という点では、天地の差がある。

●実際の場面では、すぐに気付くわけでも、すぐに行動に移るわけではなく、ほとんどの場合多くの時間を要する。そのため、ファシリテーターは焦ることなく地道に働きかけを続けていくことが求められる。 

10.達人のファシリテーション

対話型ファシリテーションの訓練は複雑なものではなく、「事実質問に徹する」という単純な実践の繰り返しである。事実質問を重ねていくと、人間の意識と行動と感情を繋ぐ糸の共通の仕組みがだんだんと目に見えるようになっていく。

●意識と行動と感情を繋ぐ糸は、「これは何ですか?」「それはいつですか?」と聞いていくことで見えてくる。 

12.答えられる質問をする

対話型ファシリテーションの前提は相手のことに関心をもっているということである。また、その際心がけることは「相手が答えられる質問をする」ことである。

●「答えられる」という意味は2つある。1つは、思い出す努力を少しすれば楽に答えられることである。代表的な質問は、「いつ、どこで、誰が?」というものである。もう1つは、心理的に答えやすい質問である。嫌なことを思い出させるような質問を無神経にしていては、相手は距離を置き、心を開くことはない。

●相手が答えられる簡単な事実質問をすることが、敬意を伝えるために最高の方法である。簡単な事実質問に答えているうちに、相手の自己肯定感が高まり、自然と互いの心が開かれていく。 

14.都合のいいように解釈する

●人が自分自身の問題の原因を分析する場合、自分の都合のいいように解釈するのは、人に元々備わっている精神の自己防衛システムであり、重要な役割を果たしている。しかしながら、それ故に自分の問題の原因を冷静に客観的に分析するのは、本人が考えているよりはるかに難しいものとなる。

人は相手が問題について語り始めると、「それは何故ですか」「どうしてですか」とつい聞いてしまう。すると、人は自分勝手な安易な原因分析や用意していた言い訳を離し始めてしまう。

・例)「なぜお子さんに朝ご飯をきちんと食べさせないのですか?」→「朝は時間がないからです」あるいは、「子どもが朝早く起きないからです」等々。

相手の問題や失敗について「なぜ?」と直接聞くと、詰問や非難のように取られることも少なくない。本当の原因を知りたい場合は、「なぜ?」「どうして?」は使ってはいけない。

●問題を明らかにするための支援では、「問題はなんですか?」という問いかけは、「なぜ?」や「どうして?」と同様に、問題の真実をむしろ隠してしまう。

15.時系列で聞いていく

対話型ファシリテーションでは、相手が問題を語り始めたら、まずは、「一番最近、それで誰がどのように困りましたか?」あるいは「それを解決するためにどんな努力をこれまでしてきましたか?」と聞く。そして、それが本当に問題だという合意をすることが必須であり、その確証がないまま本格的な分析に入っていってはいけない。

●合意できた問題の分析の基本は、常に、「いつですか?」「覚えていますか?」と聞きながら、時系列で質問を進めていくことである。一般的には、一番最近のことから聞いていき、徐々に古い記憶を呼び起こし、問題の大まかな姿が明らかになったら、いよいよ出発点の話に入っていくのが良い方法である。

●Nさん(喘息患者)に対する医師Aと医師Bの例

Nさん:かなり前から、時々、喘息発作に襲われていて、その都度手近な医院に駆け込んでいた。

・医師A:「どの程度の頻度で発作が起こりますか?」→Nさん:「年に2、3回くらいだと思います」。この結果、医師はその都度、薬を処方し発作は治まるということをここ何年も繰り返してきた。

・医師B:「前回、発作が起こったのはいつですか?」「その前は?」→これらの質問の結果、最近4カ月の間に少なくとも3回くらい発作が起こっていたことが分かった。

-医師B:「最初に喘息が起こったのはいつですか?」→Nさん「小さい時から小児喘息があったんです」→医師B「あったということは、それは治ったんですね?」→Nさん「はい、治りました」→医師B「それはいつですか?」→Nさん「高校生の時です」→この段階でNさんは気付いた。それは、高校を出るまでは母が付き添ってくれて定期的に通院していたけど、大学生になってからはそれがなくなり、たまに発作が起こっても病院に行かなくなり、誰からも「治った」と言われたことがないのに、「小児喘息は治った」と勝手に思っていた。という事実を認識した。

-医師B:「今の薬は強すぎますね。強い薬を使わず、微量の薬を毎日服用し時間を掛けて喘息との付き合い方、薬の手放し方を対処していきましょう」→Nさんは、今まで自分から進んで努力してこなかったが、今回、自分の病歴をはっきり意識し、自分でしっかり受け止めたところ、前向きのエネルギーが出てきたとのことである。まさにこれが、『自分で見つけたことは使う』ということである。

18.問題とは何か

●「問題とは“こうありたい姿”と“現実の姿”との距離である」という定義をコンサルタントは使うようである。問題の大小は距離の大きさになる。距離を縮める方法は2つ、一つはありたい姿に現実を変えていく方法、もう一つは目標を下げる方法である。そして、まずはっきりさせなければならないのは2つの距離である。距離は問題を明らかにすることであり、目標を設定することである。距離が明確になると、内側からやる気が湧いてくる。距離を縮める方法を考えることも、それを実行に移すことも、前向きになれることが多いのはファシリテーションの力といえる。

心は量子で語れるか2

著者:ロジャー・ペンローズ
心は量子で語れるか

著者:ロジャー・ペンローズ (Roger Penrose)

出版:講談社

発行:1998年3月

目次については”心は量子で語れるか1”を参照ください。

第一部 宇宙と量子と人間の心

第三章 心の神秘

意識はコンピュータに乗せられない

・意識というものは科学的に説明すべき問題である。

・図3-4は物質的世界と精神的世界をまとめたものである。

物質的世界と精神的世界の特徴
物質的世界と精神的世界の特徴

画像出展:「心は量子で語れるか」

『右側には“物質的世界”の様子が示されている―第一、第二で論じたように、物質的世界は、正確で数学的な物理法則によって支配されていると考えられる。左側には“精神的世界”に属する意識や、“魂”や“精神”や“宗教”などの言葉が並んでいる。』

 

微小管は八面六臂

・微小管はシナプス強度[シナプスにおける情報伝達率]の決定に関係していると思われる。

・微小管がシナプス強度に影響を与える方法の一つは、樹状突起棘の性質に影響を与えることであると思われる。これは棘内部のアクチン(筋肉収縮のメカニズムを司る不可欠な構成要素)に変質が起こることによって引き起こされる。樹状突起棘に隣接する微小管は、このアクチンに強く影響を与え、ひいてはシナプス結合の形またはその誘電特性に影響を及ぼす。

・『微小管がシナプス強度に影響を与える方法は、このほか少なくとも二通りある。信号を、あるニューロンから次のニューロンに伝える神経伝達物質の運搬に、確かに微小管は関与している。神経伝達物質を軸索や樹状突起に沿って運ぶのが微小管であり、その働きは、軸索の先端や樹状突起の中の化学物質の濃度に影響を与えるだろう。そして、これがシナプス強度に影響を及ぼすことになろう。さらに微小管は、ニューロンの成長と退化に影響を与え、その結果、ニューロンを連結してできたネットワークそのものを変えてしまうだろう。 

微小管がシナプス強度に影響を与える
微小管がシナプス強度に影響を与える

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

 

・『微小管とは何か? その一つを図3-18に描いた。それは“チューブリン”と呼ばれる、蛋白質から成る小さな管である。それはいろいろな点で興味深い。チューブリンは、(少なくとも)二つの異なる状態、または構造をもっていて、一方の構造から他方の構造へと変化できるようである。一見してわかるように、それはメッセージを管に沿って送ることができる。

メッセージを管に沿って送ることができる。
微小管:チューブリンの二量体からなる13列の円柱

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

 

事実、スチュアート・ハメロフ[米国の麻酔科医。ロジャー・ペンローズとの意識に関する共同研究で有名]と彼の同僚は、管に沿って信号を送る方法について、興味深い考え方を示している。ハメロフによると、たぶん微小管は“セル・オートマトン”[空間に格子状に敷き詰められた多数のセルが、近隣のセルと相互作用をする中で自らの状態を時間的に変化させていく「自動機械(オートマトン)」である。計算可能性理論、数学、物理学、複雑適応系、数理生物学、微小構造モデリングなどの研究で利用される]のように振る舞い、その管に沿って複雑な信号を伝達するのだという。チューブリンの二つの異なる構造が、デジタル・コンピュータの0と1を表現していると考えてみよう。すると1個の微小管が、それ自身でコンピュータのように振る舞うことができるから、ニューロンがどんなことを行っているかを考察する際には、この点を考慮しなければならない。各ニューロンは単にスイッチのような働きをするのではなく、非常に多くの微小管をもっていて、それぞれの微小管は極めて複雑なことをやってのけるのである。

“意識”の理解に最も必要なこと  

・『ここから、私自身の考えに入ろう。以上の過程を理解する上で、量子力学は欠かせないものかもしれない。微小管で私が最も興味をおぼえることの一つは、それらが“”だということである。管であるがゆえに、管の内部で起こっていることを周囲のランダムな動きから隔離できる可能性が高まってくるのである。

第二章で私はOR物理学という新しい形式が必要だと主張した。そしてOR物理学が適切であるならば、周囲から十分に隔離されて、量子的に重ね合わされた質量移動が可能になるに違いない。管内部では、何か超伝導体[電気抵抗ゼロの物質]のような、ある種の大規模な量子的干渉[波動関数の重ね合わせの結果起こる干渉現象]が生じているのだろう。この活動が(ハメロフ型の)チューブリン構造と結びつき始めたときにのみ、おそらく顕著な質量移動を伴うはずだ。ここでは“セル・オートマトン”の振る舞い自体が、量子的重ね合わせの影響を受けるかもしれない。起こりうる状況を図3-19に描いておいた。

微小管のシステムが大規模な量子的干渉を可能にする?
微小管を取り囲む秩序化された水

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

 

この図の一部で、おそらくあるタイプの干渉性量子的振動が、管内部で生じているに違いない。この量子的振動は脳の広範な領域にまで及ぶ必要があろう。

かなり以前にハーバート・フレーリッヒが、一般的なタイプの量子的振動に関して、いくつかの提案を行った。それによって、生物学の体系の中で、この性質をもつ対象の存在が、いくぶん現実性を帯びてきた。微小管は、その内部で大規模な量子的干渉が生じている構造と考えて差し支えないと思われる。』

・『私には、意識というものが何か大域的なものだと思われる。したがって意識の原因となるどんな物理過程も、本質的に大域的な性質をもっているに違いない。量子的干渉は確かにこの点での要求を満たしている。そのような大規模な量子的干渉が可能であるためには高度な隔離が必要とされ、微小管の壁によって、それが実現されているのかもしれない。しかしチューブリンの構造が関与するとなると、さらに多くのことが必要となる。

こうして要求される周囲からの隔離は、微小管のすぐ外側にある“秩序化された水”によってなされるだろう。(生きた細胞には存在することが知られている) 秩序化された水は、管の内部で起こる量子的干渉性振動の重要な構成要素でもあると思われる。このことはいささか難しい要求かもしれないが、以上のことがどれも事実だということは、たぶん全くの不合理というわけではないだろう。

微小管内部での量子的振動は、何らかの方法で微小管の活動、すなわちハメロフが言うところのセル・オートマトンの活動と結びつける必要があるだろうが、ここでは彼の考え方と量子力学とを結びつけなければならない。すなわち現段階では、通常の意味での計算活動だけではなく、こうしたさまざまな活動の重ね合わせに関連する量子計算も考慮しなければならない。

もし以上の話がすべてだとしたら、まだ私たちは量子レベルにとどまっていることになる。ある時点で、おそらく量子状態は環境と絡み合ってくるだろう。そのとき私たちは、量子力学における通常のRという手順に従って、一見したところランダムな方法で古典レベルへ飛び上がることになる。だが純粋な計算不可能の登場を期待するならば、これでは全く不十分である。そのためには、ORの計算不可能な側面が現れてこなければならないし、それには高度な隔離が要求される。

かくして、新たなOR物理学が重要な役割を演じるのに十分な隔離を行う何かが、脳の内部に存在しなければならない。つまり私たち〔の脳〕に必要なのは、重ね合わされた微小管による計算が一旦開始されるや、その計算が十分に隔離されて、その結果、新しい物理学が本当にその役割を果たすようになることである。

というわけで、私が考えている状況は次のようになる。しばらくの間この量子計算が進行し、十分に長い間(たぶん一秒くらいのオーダーで)、その計算は他の要素から隔離され続ける。そうすると、私が話した種類の基準が通常の量子的手順を引き継いで、非計算的な構成要素が登場し、標準的な量子論とは本質的に異なる何かが得られるのである。

もちろん以上の考え方の至る所に、かなり推測が入っている。だがそれらは、意識と生物物理学的な過程との関係をかなりはっきりと定量的に描いており、私たちに何かしら本物の展望を与えている。少なくとも私たちは、OR作用が関与するためには、どのくらいのニューロンが必要かを計算できる

その計算に必要なものは、第二章の終わりにかけて私が述べた時間スケールTの、およその見積もりである。つまり、意識上の出来事がORの出現と関係していると仮定するなら、Tをいくつと見積もるのか? 意識はどのくらいの時間を要するのか? これらの問題に関連した二つのタイプの実験があって、そのいずれにも、リベットと彼の同僚がかかわっている。二つの実験のうち一方は自由意志または能動的意識を、もう一方は、感覚または受動的意識を扱っている。

修正された物理学の全体像
修正された物理学の全体像

画像出展:「心は量子で語れるか」

客観的収縮=OR

『将来、物理学が成し遂げねばならないと思うことを示すため、図2-17には修整が施されている。Rという文字で表現した手続きは、まだ私たちが見つけていない何かを近似したものである。その未発見の何かとは、私がORと呼ぶものであり、“客観的収縮(Objective Reduction)”を表してる。

ORは客観的事実である― 一方、“または”他方が客観的に起こる ―今なお私たちには欠落している理論である。ORというのは、うまい頭文字になっている。というのもORは“または”をも表しており、それは実際、一方“もしくは”(OR)他方のどちらかが起こるからである。』 

自然は、私たちが未だ理解していない何らかの法則に従って、どちらか一方の時空を選択する。
分岐しようとしている時空の模式図

画像出展:「心は量子で語れるか」

自然が審判を下すための時間

『プランク長の10⁻33センチメートルは、量子状態の収縮とどんな関係があるのだろうか? 図2-19に、分岐しようとしている時空をかなり模式図的に示した。

ここで、二つの時空(一方は生きた猫を、他方は死んだ猫を表すことができる)が一つの重ね合わせに至る状態があって、この二つの時空は何とかして重ね合わせられる必要があるとしよう。このとき、次のような疑問が生じる。

「互いに法則を変えるべきだと思えるほど、二つの時空が十分に異なるようになるのはいつか?」

ある適切な意味で、二つの時空の差がおよそプランク長のオーダーに等しくなるとき、私たちはそのような状況に遭遇するだろう。二つの時空の幾何学がそれくらいの違いを見せ始めるとき、そのときこそ、私たちは法則が変わることを心配しなくてはならないだろう。なお、強調しておくが、私たちが扱っているのは時空であり、単なる空間ではない。

“プランク・スケールの時空分離”については、小さな空間的分離がより長い時間に対応し、より大きな空間的分離がより短い時間に対応する。ここで必要なのは、どんな場合に二つの時空が有意に異なるかを見積もるための評価基準である。

そこから、二つの時空の間で自然が選択を行う際の“時間スケール”が導かれるだろう。こうして自然は、私たちが未だ理解していない何らかの法則に従って、どちらか一方の時空を選択するのである。

この選択を行うのに、自然はどのくらいの時間を要するのか? アインシュタインの理論に対するニュートン的近似が十分であって、かつ、量子論重ね合わせ(二つの複素振幅の大きさは大体等しい)に従う二つの重力場が明らかに異なるとき、その時間スケールを設計することができる。私が示そうとする答えは、次のようになる。まず猫を球体で置き換えてみる。

では、その球体はどれくらいの大きさで、どこまで動かなければならないのか? また状態ベクトルの崩壊が生じるための時間スケールはどれくらいなのか(図2-20)? 

画像出展:「心は量子で語れるか」

私は、一つの状態ともう一つの重ね合わせを、不安定な状態―それは崩壊しかかっている素粒子やウラン原子核などに少し似ている―と見なしたい。素粒子などは崩壊すると別のものになるが、その崩壊と結びついた一定の時間スケールが存在する。状態の重ね合わせが不安定だというのは一つの仮説だが、この不安定性は、私たちが理解していない物理学の存在を暗示しているはずである。

崩壊の時間スケールを算出するため、ある状態の球体を、(その球体の)別の状態の重力場から移動させるために必要なエネルギーEを考えてみよう。プランク定数を2πで割ったℏ[換算プランク定数またはディラック定数]を重力エネルギーEで割ると、この状態での崩壊に対する時間スケールTとなるはずである。

T=ℏ/E

この一般的な推論に従う多くの理論がある。一般的な重力理論は、細かな点では違いがあるものの、どれもこれと何かしら同じ趣き〔似たような関係〕を備えている。』

微小管について

まずは「人体の正常構造と機能」という本に出ていた3つの図をご紹介します。

●微小管は太さ約24㎚の中空の管であり、チューブリンという蛋白質からできている。

●線毛や鞭毛の動きは微小管が行っている。

●神経の軸索突起などの大きな細胞突起を支持する。

●細胞分裂の際に、染色体を両極に引っぱる紡錘糸は微小管からできている。

微小管の構造
微小管の構造

画像出展:「人体の正常構造と機能」

■線毛の芯は“9+2配列”の微小管でできている

『線毛の中央部は直径0.25~0.3μmで、電子顕微鏡で観察すると、各線毛は細胞膜で囲まれ、その中に微小管とその付属蛋白からなる軸糸という構造が認められる。軸糸を構成する微小管は、チューブリンという球状蛋白が重合してできた管状の構造物で、外径25㎚、壁厚5㎚ほどある。軸糸の中心には1対の単一微小管からなる中心微小管があり、そのまわりを9対の二連微小管からなる周辺微小管が取り囲む。各周辺微小管の作る面は、線毛の接線面に対し5~10度傾いており、中心近くにあるものからA細管、B細管と呼ぶ。A細管と中心微小管とはスポークで連結される。またA細管から隣の周辺微小管のB細管に向かって、ダイニンというモーター蛋白でできた2本の腕突起(内腕と外腕)が伸びており、内腕はさらにネキシンの細い線維が結合している。これらは微小管の長軸方向に一定の間隔で並ぶ。線毛の先端側は微小管のプラス端にあたり、各微小管は自由な断端となって終わる。線毛の根元側は微小管のマイナス端にあたり、細胞質内まで伸びたところで周辺周辺微小管にさらにC細管が加わり、基底小体という三連微小管となる。この周辺には根小毛という線維束があり、線毛を細胞質に固定している。基底小体下にはミトコンドリアが豊富である。

■線毛の屈曲運動は微小管の滑り合いによって起こる

『線毛の屈曲は、周辺微小管の滑り合いにより生じる。周辺微小管の腕突起を構成するダイニン蛋白はATPase活性を持ち、ATPの存在下で隣の微小管のB細管上をマイナス端へ向かって移動する。その結果、微小管どうしが滑り合い、線毛は屈曲する。滑り合いと屈曲運動の関係は、短柵状の紙を2枚に折って重ねて指で滑らせてみると納得がいくだろう。線毛内のスポークやその他の連結の役目をする構造物も、線毛運動の調節をしていると考えられている。』

精子の構造
精子の構造

画像出展:「人体の正常構造と機能」

■精子は長距離を移動するために無駄のない形をしている

『尾部[遊泳運動を担う]は長さ約60μmの鞭毛からなる。鞭毛の中心を軸糸と呼ばれる構造が全長にわたって走行している。軸糸は、2本の中心微小管とそれを取り巻く9対の周辺微小管で構成され、線毛にみられるのと同様の構造である。これらのチューブリンという蛋白質からなり、その滑り合いによって軸糸を屈曲させ、独特の三次元的波状運動をもたらす。軸糸の屈曲に要するエネルギーは、中間部の軸糸をらせん状に取り囲むように配列するミトコンドリア鞘で産生されるATPによって供給される。』 

軸索輸送:微小管は輸送のレールの役目を担う
軸索輸送:微小管は輸送のレールの役目を担う

画像出展:「人体の正常構造と機能」

■軸索輸送によって必要な物質が供給される

軸索内には蛋白合成を行う細胞内小器官がない。そのため、軸索の成長やシナプスの形成に必要な蛋白質や小器官は、細胞体で合成されたのち、軸索を通って輸送される。これを順行性軸索輸送という、逆に、神経終末で取り込まれた栄養因子や化学物質は、逆行性軸索輸送により細胞体へ輸送される。微小管がこれらの輸送のレールの役目を果たし、モーター蛋白のキネシンをはじめとするKIF蛋白は順行性の輸送に、ダイニンは逆行性の輸送に働く。

順行性輸送では、いろいろな物質が異なる速さで運ばれる。シナプス小胞は速い流れ(100~400㎜/day)で、ミトコンドリアは中間の流れ(60㎜/day)で、細胞骨格(アクチン、ニューロフィラメント、微小管)は遅い流れ(10㎜/day以下)で運ばれる。逆行性輸送では、100~200㎜/dayの速さでライソソームなどが運ばれる。

軸索内では、微小管はチューブリンの重合と脱重合の速度が速い分、つまり微小管の伸長している部分(プラス端)は絶えず遠位側にある。また、軸索にはタウ蛋白と呼ばれる微小管関連蛋白が特異的に分布しており、チューブリンの重合を促進し微小管の安定化に寄与している。』 

続いて、「病気を治す飲水法」に出ていたもの(ブログは“飲水の重要性”)と、その時に見つけたサイトをご紹介します。 

神経の水輸送システム
神経の水輸送システム

画像出展:「病気を治す飲水法」

『脳で生産された物質は、水に乗って、神経終末部の目標地点にたどり着き、情報の伝達に使われる。神経には、情報を梱包して流す「極微細管」と呼ばれる微細な水路が存在する。

原文が確認できないので、“極微細管”が“微小管”のことであるのかは分からないのですが、図を見る限り、同一のものだと思われます。この図に興味をもったのは、「神経伝達に水路がある」ということに大変驚いたためです。

この時、この“水路”に関してネットで見つけたサイトが以下のものになります。残念ながら“水路”というものではなかったのですが、絵が似ていたことと、「細胞内輸送の解明にかける思い」という記事から関係があるように思いました。

 

細胞内輸送:微小管のレールに沿って行き来している
細胞内輸送:微小管のレールに沿って行き来している

画像出展:「UTokyo Focus

"細胞内輸送の解明にかける思い"

『細胞は細胞液の入った風船のようなもので、その中に核やミトコンドリアなどの細胞小器官が漂っていると思われがちです。しかし、実際には、微小管というレールが整然と張り巡らされており、それに沿ってミトコンドリアや小胞(膜でできた袋)などの「荷物」が行き来しています。これを「細胞内輸送」といいます。レールの上で荷物を運んでいるのは、小さなモータータンパク質です。「モータータンパク質が人間のサイズだとしたら、直径5mの土管の上を、10トントラックをかついで、秒速100m以上の速さで走っていることになります」と語るのは、医学研究科の廣川信隆特任教授。神経細胞をモデルとして、細胞内輸送のメカニズム解明に取り組んできました。』 

感想

「心や意識は脳が作り出すもの」。これは正確ではないかもしれませんが、深く関係しているのは間違いありません。

ストレスは脳にアタックをかけます。脳が疲労し、その疲労が身体におよぶと自律神経失調症が懸念されます。ちょっと強引ですが、「病は気から」ということわざの“気”は脳の疲労などによってもたらされた“ネガティブな意識”ということかもしれません。 

ストレスは脳にアタックをかける
ストレスは脳にアタックをかける

画像出展:「自律神経失調症を知ろう」

 

一方、「ポジティブ・シンキング」、「瞑想法」などはネガティブなストレスとは異なり、心身にとって良いポジティブなものですが、こちらも脳(心や意識)と肉体のつながりを感じさせます。

以下の左図に書かれているように脳は“神経系”の中の“中枢神経系”とよばれています。これは脳が指令を出すためです。出された指令は“末梢神経系”によって然るべき組織や器官に届きます。“末梢神経系”には運動や感覚などの動物性機能を担う体性神経系(動物神経系)と、内臓や血管に分布して呼吸、消化、吸収、循環、分泌などの活動を不随意的に調節する自律神経系(植物神経系)があります。

なお、右側の図を見て頂くと、“神経系”は内臓を含め、体中をカバーしているのが分かります。

注)2つの図は「看護roo!」さまより拝借しました。

左図:“神経系はどんな構成になっている?”より 

右図:“神経のしくみと働き|神経系の機能”より 


左の図では“交感神経”も“副交感神経”も「遠心性」(脳⇒末梢)となっていますが、現在は次のような見解が正しいとされています。つまり、“自律神経”は「遠心性+求心性」(脳⇔末梢)ということです。

求心性神経と遠心性神経:自律神経系(交感神経と副交感神経)は、かつては遠心性の線維のみからなるとされていたが、求心性線維も多く含まれていることがわかってきた。迷走神経(副交感神経)構成線維の約75%、内臓神経(交感神経)の50%は求心性線維とされている。 実験医学 2010年6月号 Vol.28 No.9』 

“神経”は我々のような動物だけでなく、ゾウリムシのような単細胞生物にも存在します(「動くニューロン[神経細胞]」と呼ばれているそうです)。また、神経ということではありませんが、微生物とされるバクテリアの線毛にも微小管は存在しています。

以上のことから神経細胞の輸送のためのレールなど、微小管は地球上の多くの生物の中にあり、生命に深く関わっていると言えます。さらに、微小管は精子の尾部(鞭毛)にも存在しているので、種の保存という大事な仕事も任されています。

そして微小管はペンローズ先生がご指摘されているように“”として内部と外部を分けることができるという大変興味深い特徴を有しています。マクロ(ニュートン力学)の世界とミクロ(量子力学)の世界を分けているのかも知れません。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

ペンローズ先生は「心は量子で語れるか」の中で、“微小管”と“水”の関係についてもお話されていました。

『私には、意識というものが何か大域的なものだと思われる。したがって意識の原因となるどんな物理過程も、本質的に大域的な性質をもっているに違いない。量子的干渉は確かにこの点での要求を満たしている。そのような大規模な量子的干渉が可能であるためには高度な隔離が必要とされ、微小管の壁によって、それが実現されているのかもしれない。しかしチューブリンの構造が関与するとなると、さらに多くのことが必要となる。

こうして要求される周囲からの隔離は、微小管のすぐ外側にある“秩序化された水”によってなされるだろう(生きた細胞には存在することが知られている)。秩序化された水は、管の内部で起こる量子的干渉性振動の重要な構成要素でもあると思われる。

この“水”は鍼灸師の私にとってとても興味深いものです。

人間の体は成人では60~65%が水で満たされています。また、東洋医学には“津液(シンエキ)”という考え方があります。津液とは人体を潤す全ての正常な水液とされています。この津液をあえて現代医学に当てはめて意識するときに、汗や涙、唾液や胃液、血漿、リンパ、漿液、脳脊髄液などを想像していました。今回の件で、その水の中には神経伝達に関わる水、微小管のすぐ外側にある“秩序化された水”があることを知りました。これは大きな発見です。私の“津液”のイメージにこの”秩序化された水”も加えたいと思います。

付記ロジャー・ペンローズ先生は、2020年のノーベル物理学賞を受賞されました。

画像出展:「SankeiBiz

 

画像出展:「WAKARA」

アインシュタイン以来の天才!?ノーベル物理学賞受賞ロジャー・ペンローズが生み出した現代宇宙観

『実は、ブラックホールが存在する可能性に気づいたのは、ペンローズが初めてではありません。天体物理学者カー・シュヴァルツシルトが、相対性理論の重要な方程式であるアインシュタイン方程式を解いてみたところ、ある特殊解が得られて、その結果特異点が存在することに気づきました。のちにブラックホール発見の重要なきっかけとなった特異点ですが、当時アインシュタイン自身はこの特異点について、「あくまで理論的な計算の結果出てきたもので、実在するものとは無関係である」と判断し、1939年の自身の論文でブラックホールの存在を明確に否定しているのです。

その説をアインシュタインが相対性理論を生み出した方法と同じ、計算によって覆して見せたのがペンローズでした。彼は相対性理論を拡張し、特異点、つまりブラックホールが相対性理論から自然に導かれる存在であることを証明しました。星の大きさに対して一定の重さになるとその星が崩壊し特異点を生じ、その特異点ではあらゆる物質、光でさえも一度入ると抜け出せない、ブラックホールになることを相対性理論から導いて見せたのです!彼が1965年に書いた画期的な論文は、相対性理論におけるアインシュタイン以来の前進とみなされています。』 

心は量子で語れるか1

原題は、「THE LARGE, THE SMALL AND THE HUMAM MIND」です。発行は1997年なので、およそ23年前ということになります。

邦題である「心は量子で語れるか」は、翻訳された中村和幸先生が付けられたのですが、それは次のような理由からです。

『なお、原題にあるように、本書では宇宙と量子と人間の心を扱っているが、意識は無数の量子によって生じるというペンローズの意を受けて、邦題では「心は量子で語れるか」とした。』 

著者:ロジャー・ペンローズ
心は量子で語れるか

著者:ロジャー・ペンローズ (Roger Penrose)

出版:講談社

発行:1998年3月

私は、以前“生物と量子力学3(意識)”というブログをアップしているのですが、その時にロジャー・ペンローズ先生の「皇帝の新しい心」という本の存在を知りました。そして、この時から「量子と心(意識)との関係」について関心を持っていました。

皇帝の新しい心
皇帝の新しい心

発行は1994年。原書の発行は1989年です。

ネット検索中に「心は量子で語れるか」という本を見つけ、当然、難解な内容であることは承知しつつも思わず買ってしまいました。

本の内容は想像以上に難しく、ほとんど理解できませんでした。にもかかわらず、ブログにアップしたのは、この本の題名がとても気に入ったのと、微小管が謎を解く重要な器官らしいということを知ったためです。

この本がどんな本なのかをご説明することも難しいため、目次に続き、翻訳された中村先生が書かれた“翻訳にあたって”の冒頭の部分と、同じく中村先生の“訳者あとがき”の一部をご紹介させて頂きます。また、それ以降は微小管について書かれた第三章の“意識はコンピュータに乗せられない”、“微小管は八面六臂”、“意識の理解に最も必要なこと”の3つを中心にご紹介していますが、力不足のため要約することができず、多くが引用となっています。なお、[ ]内は用語説明として私自身が書き加えたものになります。また、ブログは長くなったので2つに分けました。

ご参考になるかどうか分からないのですが、過去に2つのブログをアップしていますのでご紹介させて頂きます。

◆“量子論1

◆“量子論2

目次

マルコルム・ロンゲアによる序文

第一部 宇宙と量子と人間の心

第一章 宇宙の未完成交響曲

数学が描き出す世界

人間的スケールの不思議

誤解された量子力学

ニュートンの時空図、アインシュタインの時空図

光円錐の見方

驚くべき変換

ニュートン力学よりシンプルな相対論

重力は消えていない

テンソルは語る

アインシュタインはこんなにも正しい

目の前の空間を漂う理論

空間の曲率で宇宙を分類する

宇宙空間を牛耳る天使と悪魔

悩みから生まれた幾何学

ロバチェフスキー空間の魅力

COBE衛星が見たもの

見えないエントロピーをつかまえる

私たちが探し求める理論

ワイル曲率仮説

神の一刺し

第二章 量子力学の神秘

数学から物理学へ、物理学から数学へ

古代ギリシアに逆もどり?

どこでも量子力学

複素数の妙技

変わる法則

量子状態をどう表現するか

Zミステリー、Xミステリー

Zミステリー(1) 量子的な非局所性

Zミステリー(2) 爆弾検査問題

もしも量子力学を信じるならば

本当に“まじめ”なのか

多世界観による“認識”の解釈

“こちら”と“あちら”の扱い方

現実を記述するのは不可能か

すべての実用的な目的のためにできること

客観的収縮=OR 

あらかじめ仕組まれた挫折

自然が審判を下すための時間

重力エネルギーの非局所性

“環境”が量子力学に及ぼす影響

立方体の完成を目指して

第三章 心の神秘

ホッパーが考えた第三の世界

三つの神秘、三つの偏見

意識はコンピュータに乗せられない

アウェアネス、自由意志、理解

アウェアネスに対する四つの立場

コンピュータが指した次の一手

簡単な計算にトライ

爆走する計算

Ⅱ₁文とは何か

完全な証明などあるのだろうか

チューリング対ゲーデル

二つのイラストでアルゴリズムの謎を解く

プラトン的世界との接触

ポリオミノ・タイリング

計算不可能性の台頭

ニューロンは計算的か

微小管は八面六臂

“意識”の理解に最も必要なこと  

パラドックスを生む二つの実験

これが偶然と思えるか

第二部 ペンローズと三人の科学者

第四章 精神、量子力学、潜在的可能性の実現について

アブナー・シモニー  ボストン大学名誉教授

序論

四・一 精神の解明を目指して

四・二 量子力学は心身の問題を説明できるか

四・三 潜在的可能性を実現させるために

第五章 なぜ物理学か?

ナンシー・カートライト  ロンドン大学社会科学部教授

第六章 恥知らずな反論

スティーブン・ホーキング  ケンブリッジ大学ルーカス記念講座教授

第七章 それでも地球は回る

ロジャー・ペンローズ

オックスフォード大学ラウズ・ボール記念講座教授

七・一 アブナー・シモニーへの回答

七・二 ナンシー・カートライトへの回答

七・三 スティーブン・ホーキングへの回答

訳者あとがき

翻訳にあたって

『本書は、今世紀における天才数学者の一人にかぞえられるロジャー・ペンローズが、彼自身の量子論や宇宙論の知識を駆使して、人間の魂の根源に迫ろうとした力作である。はたして現代物理学 ―特に量子力学― には、人間の意識について語る資格があるのだろうか? ペンローズ自身は、現在の量子力学は不完全だと考えており、それをより精密なものにすることによって、人の魂の成り立ちを説明できると主張している。もちろんこの主張には数多くの批判が寄せられているが、さまざまな機会をとらえて、ペンローズは自己の立場を擁護している。

それにしてもペンローズの話は、実に壮大なドラマである。まず新しい量子論を掲げ、次に数学の立場から人間の思考や意識の特色を探り出し、それらをふまえて物質から精神が生じるさまを説明しようというのである。さらにペンローズは、意識が生じる場所として、生体中の微小管をその候補に挙げている。

この予想が的確かどうかは、今後の科学の進展を待たねばならないが、幅広い知識に基づいて一つの仮説を作り上げた彼の構想力は、並大抵のものではない。また、実験で確認できることをペンローズは提案しており、論争の白黒はそこでつけられるだろう。』

訳者あとがき

『よく知られているように、量子力学ではシュレディンガーの波動方程式[粒子の運動状態を記述する方程式]が重要な役割を果たしている。その方程式には、現実世界では見かけない虚数単位i[2乗して-1となる数のこと(記号iで表す)]が登場し、何か奇妙な印象を与えるかもしれない。しかしペンローズが本書の第二章で述べているように、そうしたプラトニック[観念的]な構成を整えることによって、原子の安定性や電子のエネルギー準位[量子力学において電子が安定状態でもちうるエネルギーの値]などを、見事に説明することができたのである。現実をうまく説明できること、これは理論にとって非常に大切なことである。 

シュレーディンガー方程式
シュレーディンガー方程式

画像出展:「量子論を楽しむ本」

nemlogさまの“量子論の確率解釈 -神はサイコロを振らない-”というブログに、左のイラストに関する詳しい説明が出ています。

 

だが科学の歴史をひもとくとわかるように、ある理論が数多くの現象をうまく説明できず、その解決には一般相対論の登場を待たなければならなかった。同じような事態が、実は量子力学でも起こりうるとペンローズは考えているのである。

ここで問題になるのは、本書で言うところの“状態ベクトルの収縮(R)”[この用語は、『心の影2―意識をめぐる未知の科学を探る』の “第2部 心を理解するのにどんな新しい物理学が必要なのか:心のための計算不可能な物理学の探求”の“5 量子世界の構造”の中に出てくるようです]である。

たとえば電子の場合、観測以前には決定論的で波の状態にあるが、観測した疑問にその波が一点に収縮してしまうのである。しかもそれがどこに収縮するかは確率論的にしかわからない。そもそも人間の観測によって収縮することをどう考えるのか? また量子レベルU(ユリタリ)[こちらは『心の影2』では“ユニタリ発展U”として出ているようです。また、大阪市立大学 橋本義武先生の“雑文集”の“量子力学の枠組み”に、『量子力学は、原子レベルの現象を統計的に記述する。用いるのはユニタリ行列の数学である。』との記述がありました]過程は時間反転に対して対称だが、R過程は時間反転に対して非対称になっている。

そこで、この状態ベクトルの収縮をめぐって、量子力学の世界にさまざまな解釈が生まれており、それをペンローズが第二章の図2-8で要約している。 

量子力学に対する物理学者の分類
量子力学に対する物理学者の分類

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

その中で主だったものには、ニールス・ボーアを中心としたコペンハーゲン解釈[量子世界の物理状態は重ね合わさり、波を形づくっているが、観測された瞬間に波はしぼみ、1つの状態に落ち着く(波束の収縮)。どの状態が観測されるかは、波の振幅をもとに確率論的に予想できるというもの]やそれと通じるところがあるFAPP[“すべての実用的な目的のために(For All Practical Purposes)”の意味]があり、さらに多世界解釈[観測者の世界が枝分かれするとみる立場]がある。

コペンハーゲン解釈にはボルンの確率解釈理論[電子のような小さな粒子を観測する確率が、波動関数の絶対値の2乗に比例するという法則]的な計算と実験結果とが一致するのだが、波が収縮するメカニズムを明確にはしていない。  

コペンハーゲン解釈観測すると、電子の波が瞬時にちぢむ!? “とがった波”が、粒子のようにみえる

『一つの電子は「波と粒子の二面性」をもちます。この矛盾したような事実は、どう解釈したらよいのでしょうか。コペンハーゲンを中心に活躍したデンマークの物理学者のニールス・ボーア(1885~1962)らは、「コペンハーゲン解釈」とよばれる解釈を提案しました。

コペンハーゲン解釈によると、電子は観測していないときは、波の性質を保ちながら空間に広がっています。しかし、光を当てるなどして電子を観測すると、波が瞬時にちぢみ、1か所に集中した“とがった波”になります(波の収縮)。このような波が、粒子のように見えるというのです。

電子は、観測すると、観測前に波として広がっていた範囲内のどこかに出現します。しかしどこに出現するかは、確率的にしかわかりません。このような解釈をすれば、電子などの「波と粒子の二面性」を矛盾なく説明できると、ボーアらは考えたのです。』 

電子の「波と粒子の二面性」
電子の「波と粒子の二面性」

画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

波動関数は確率の波だった
波動関数は確率の波だった

画像出展:「量子論を楽しむ本」

こちらは、“ボルンの確率解釈”です。

 

また、観測ごとに世界が分裂していく多世界解釈についても、あまりエコノミカルではないとペンローズは批判している。

ではペンローズ自身は、どのような立場を取っているのか? 彼は現在のR(下部【注】参照)を本来あるべき理論の近似と考えており、重力も考慮に入れた“客観的収縮(OR)(下部【注】参照)を提案している。ペンローズによると、ORは決定論的だが計算不可能な過程であるという。そこで彼は、決定論的だが計算不可能な過程がどのようなものか、“オモチャの宇宙”[計算不可能な例、“ポリオミノ・タイリング”。『しばしば、“オモチャの宇宙モデル”と呼ばれている―別のもっと良い例を思いつかないときに、物理学者がよく持ち出すものである。』]を例にして第三章を説明している。  

計算不可能なオモチャの宇宙モデル
計算不可能なオモチャの宇宙モデル

画像出展:「心は量子で語れるか」

 

こうした新たな量子重力の理論を予想しつつ、ペンローズは人間の意識が生じる過程について話を展開しているのである。彼の考えでは、量子力学に非計算的な要素があるので、人間の知性(意識)をコンピュータのような計算機械では再現できないという。

【注】上記の“R”(Reduction)ですが、ペンローズ先生はそれを重力も考慮に入れた“客観的収縮(OR:Objective Reduction)”と位置づけ、量子レベル(U)と古典レベル(C)を関係付けるものとされています。なお、これについては、「第二章 量子力学の神秘」の中の「古代ギリシアに逆もどり?」、「変わる法則」、「客観的収縮=OR」のそれぞれの内容を組み合わせてまとめてみました。スッキリしたものではありませんがご参考になればと思います。 

宇宙における空間スケールと時間スケール
宇宙における空間スケールと時間スケール

画像出展:「心は量子で語れるか」

古代ギリシアに逆もどり? 

『第一章では、さまざまな対象のスケールを確かめた。それは、長さと時間の基本単位であるプランク長[量子的揺動が時空間の配置より大きくなると考えられる長さ]とプランク時間[物理世界の最小単位。量子力学の基本量であるプランク定数hと、真空中の光速c、重力定数Gの3つの定数で決まる]から始まり、素粒子で扱われる最小の大きさ(といってもプランク・スケールより約10の20乗倍も大きい)、人間スケールの長さや時間(この宇宙で私たちは非常に安定した構造体であることを示した)を経て、宇宙の年齢や半径にまで及んだ。』

  

小スケール(量子レベル)か、大スケール(古典レベル)か
小スケール(量子レベル)か、大スケール(古典レベル)か

画像出展:「心は量子で語れるか」

『そのとき私は、かなりやっかいな事実にふれた。基本的な物理学を記述する際に、大スケールの状況を扱うのか、小スケールの状況を扱うのかによって、二つの全く異なる記述法を使っていることについて述べたのである。それは、図2-1に示したように、小スケールの量子レベルの活動を記述するには量子力学を用い、大スケールの現象を記述するのには古典物理学を使う。そして量子レベルに対してはユリタリ(Unitary)を表すUの字を当て、古典レベルに対してはC(Classical)で評した。大スケールの物理学は第一章でとりあげ、大スケールと小スケールでは全く違う法則があるに違いないということを強調した。

物理学者たちはふつう、量子物理学が適切に理解されれば古典物理学者はそこから、導き出せると考えているようである。しかし、私の主張は違う。実際には物理学者はそうしておらず、古典レベルか量子レベルかのどちらかを用いている。

変わる法則

『量子レベルでは、システムの状態は、とりうる全選択肢を複素数で重み付けした重ね合わせで与えられる。量子状態の時間(的)発展は“ユリタリ発展(またはシュレディンガー発展)”と呼ばれ、それが実際にUの表す内容なのである。

Uの重要な特性は、それが線形だという点である。このことは、二つの状態がそれぞれ個々に変化すると、それに応じて二つの状態の重ね合わせも同じように変化するが、重ね合わせに用いた複素数の重み付け係数は時間に関して一定である、ということである。この線形性が、シュレディンガー方程式の基本的な特徴であり、量子レベルでは、このような複素数で重み付けされた重ね合わせが、いつでも保持される。

しかしながら、何かを古典レベルへ拡大しようとすると、“法則”が変化する。古典レベルへ拡大するとは、図2-1のレベルU(上側)からレベルC(下側)へ行くことを意味している。物理的にいえば、たとえばこれは、スクリーン上の一点を観測することである。小スケールの量子事象が、実際に古典レベルで観測される。さらに大きな何かを引き起こすのである。

標準的な量子論で行われていることは、あまり口にしたくないものを引っぱり出してくるようなことであり、それは、“波動関数の崩壊”とか“状態ベクトルの収縮”と呼ばれている。この過程に対して、私はR(Reduction)という文字を使用したい。Rは、ユリタリ発展とは全くことなるものである。

二つの選択肢の重ね合わせにおいて、二つの複素数に着目し、それらを二乗すると、―このことはアルガン平面[直交座標の横軸に実数値、縦軸に虚数値をとり、一つの複素数を一つの点で示す平面]では、原点からの距離を二乗することを意味する―これら二乗された係数のおのおのは、二つの選択肢に対する確率の比となる。

だがこのことは、“測定する”または“観測する”ときにのみ起こり、それは図2-1においては、UレベルからCレベルへ現象を拡大する過程に相当する。この過程で法則は変化し、あの線形的な重ね合わせは維持されなくなる。突如として、これら二乗された係数の比が、確率となるのである。

非決定論が顔を出すのは、UレベルからCレベルへ行くときだけである。この非決定論はRと共に登場する。Uレベルではすべてが決定論的であり、“測定”という行為をするときにのみ、量子力学は非決定論になる。

以上が、標準的な量子力学で用いられる形式である。たしかに、基本理論にしては、非常に奇妙なタイプの形式である。これが単に基本的な他の理論の近似にすぎないというのであれば、それはそれで道理にかなう。だが、この複合的な手続きは、すべての専門家によって、それ自体が基本理論と見なされているのだ!』 

修正された物理学の全体像
修正された物理学の全体像

画像出展:「心は量子で語れるか」

客観的収縮=OR

『将来、物理学が成し遂げねばならないと思うことを示すため、図2-17には修整が施されている。Rという文字で表現した手続きは、まだ私たちが見つけていない何かを近似したものである。その未発見の何かとは、私がORと呼ぶものであり、“客観的収縮(Objective Reduction)を表してる。

ORは客観的事実である― 一方、“または”他方が客観的に起こる ―今なお私たちには欠落している理論である。ORというのは、うまい頭文字になっている。というのもORは“または”をも表しており、それは実際、一方“もしくは”(OR)他方のどちらかが起こるからである。』

超ひも理論(超弦理論)

超ひも理論はテレビで知りました。耳にした内容は「相対性理論」と「量子論」を結びつけるような画期的な理論だということでした。

過去に量子論という超難解なものに手を出しているのですが、これはブルース・リプトン先生の『思考のすごい力』という本がきっかけです(ブログ“がんと自然治癒力13”の最後[追記:“量子物理学が生物学・医学を変える日は近い”]にその経緯があります) 

思考のすごい力
思考のすごい力

著者:ブルース・リプトン

出版:PHP研究所

発行:2009年1月

ブルース・リプトン先生が感銘を受けた本が、こちらの『量子の世界』です。

量子の世界
量子の世界

著者:H.R. パージェル

出版:地人選書

発行:1983年11月

この中に“量子論の奇怪さ”について書かれた章があります。下記はその一部です。

「量子的奇怪さ」とはいったい何なのか。それを見るため、新しい量子論の物理学を、それが取って代わった古いニュートン物理学と対比させてみよう。ニュートンの法則は、石の落下や惑星の運行とか、川や潮の流れなど、見慣れた物体やありふれた出来事からなる、目に見える世界の秩序をつかさどるものだ。このニュートン的世界像を第一義的に特色づけているのは、決定論的性格と客観性である。つまり、時計仕掛けとしての宇宙は時間の始まりから終わりに至るまで決定しているし、石や惑星などは我々が直接にそれらを観測しなくても客観的に実在しているのだ―背を向けていたってちゃんと存在している。

量子論になると、世界を(決定論や客観性のような)常識に基づいて解釈することはもはや許されなくなる。もちろん量子世界も理性によって理解しうるのだけれども、ニュートン的世界のように描写してみせることはできないのだ、これは原子やそれよりも小さい量子の世界の極微性だけが原因ではなくて、通常の物体の世界からそのまま借用した表現の手段が量子的対象には通用しないということによっている。たとえば、石などはそれが静止していて、しかもある定まった場所に置かれているという様子を我々は容易に心に描くことができる。だが電子のような量子的粒子に対して、それが空間のある一点に静止しているなどと言っても意味をなさないのだ。さらに、電子は、ニュートンの法則ではありえないような場所にも物質化して現われることができる。

1965年に量子電磁力学の発展への貢献により、ノーベル物理学賞を受賞された物理学者のリチャード・フィリップス・ファインマン先生は次のようなユニークなアドバイスをしています。

『量子力学が本当に理解できている人はまずいないだろう、と言って私は間違っていないと思う。諸君はもしできるなら、「だが、どうしてそんなことがありうるのだろうか」と自分自身に問い続けるのはやめた方がよい。なぜならますます深みにはまって、袋小路をさまようのが落ちで、そこから出口を見つけて出てきた人はまだいないのだから。どうして量子力学ではそうなるのかは、誰もわかってはいないのだ。』

超ひも理論の「最小部品の“ひも”は1秒間に10の42乗回以上で振動している」とか、「それは9次元(もしくは10次元)で高速に振動している」などは、理解不能、イメージ困難な別世界です。ここは、ファインマン先生の教えに従い、これらの異次元のものへの追及は早々にあきらめ、超ひも理論が「相対性理論と量子論を統合する理論」と言われている理由は何なのか? これが分かれば良しとしたいと思います。

手に入れたのはNewtonの別冊“超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式”です。4章に分かれていますが、ブログは最も知りたかった【量子重力理論(相対性理論と量子論を統合する理論)】を最初にお伝えし、その後、1章について何となく分かったような気になった箇所をいくつか列挙します。

Newton:超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式
Newton:超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式

編集:木村直之

出版:ニュートンプレス

発行:2019年3月

目次

1.超ひも理論入門

プロローグ

●“究極の数式”を求めて①~②

●物質の“最小部品”

ひもの正体

●ひもの性質①~②

●ひもの振動

●ひもの振動と質量①~②

超ひも理論の世界

●超ひも理論の歴史①~②

●高次元空間①~②

●超対称性

●ブレーン①~②

究極の理論をめざして

●量子重力理論

●宇宙のはじまり

●ダークマター

●超ひも理論の証明

●広がる応用例①~②

2.もっとくわしく! 超ひも理論

特別インタビュー

●橋本幸二博士  超ひも理論の次の“革命”は明日にもおきる!?

●ブライアン・グリーン博士  超ひも理論の“伝道師”が語る、理論物理学の最前線

●大栗博司博士  「万物の理論」の探求物語

余剰次元の検証

●「見えない次元」をさがし出せ!

3.宇宙のすべてを支配する数式

宇宙のすべてを支配する数式①~②

第1項

●重力の作用①

第1項の前

●重力の作用③

第2項

●電磁気力・弱い力・強い力①~②

第3項

●粒子と反粒子①~②

第4項・第5項

●質量の起源①~②

第6項

●湯川相互作用①~②

未来の数式

●ダークマター①~②

●力の統一

●究極の理論

4.もっとくわしく! 宇宙のすべてを支配する数式

特別インタビュ

●村山斉博士  最終的には、一つだけの力、一つだけの基本法則ですべてを説明したい

●南部陽一郎博士  何もないところに種をまくのが楽しい

●梶田隆章博士  素粒子の「標準理論」を超える、新たな地平を開いた

量子重力理論

・『相対論と量子論が“結婚”出来れば究極の理論になる』

-相対性理論は時間や空間、そして重力に関する物理学の理論である。

-量子論は原子や素粒子などのふるまいを説明する物理学の理論である。

-多くの超ひも理論研究者は、「量子重力理論」と「究極の理論」をほぼ同じ意味で使っている。

-相対論と量子論が統合したものは「量子重力理論」と呼ばれているが、ミクロな世界での重力の計算に「くりこみ理論」を適用できないことが統合できない理由である。

-ミクロな距離を伝わる重力を相対性理論に基づいて計算しようとすると、電磁気力には適用できた「くりこみ理論」が使えず、計算結果に無限大があらわれてしまい、計算が破たんする。

以上のことから、マクロの世界に加え、ミクロの世界でも重力計算ができるようになれば、究極の理論は完成するということです。そして”素粒子=点”ではなく、”素粒子=ひも(弦)”と捉えることにより、可能性が生まれるということが分かりました。

※くりこみ理論:場の量子論で使われる、計算結果が無限大に発散してしまうのを防ぐ数学的な技法。(ウィキペディアより)

1.超ひも理論入門

『超ひも理論によれば、あらゆるものは、分割していくと、最終的にきわめて小さな「ひも」にたどりつくと考えられています。超ひも理論は未完成の理論ですが、現代の物理学者たちが追い求める“究極の理論”になる可能性を秘めています。』

プロローグ

●物質の“最小部品”

・『「超ひも理論は、ひとことでいえば、物質の“最小部品”である素粒子が、大きさをもたない[点]ではなく、長さをもつ[ひも(弦)]でできていると考える理論です」。

世界はひもでできている?
世界はひもでできている?

ひもの正体

●ひもの性質①~②

・ひもは伸び縮みして切れたりくっついたりする

・ひもは一つにつながったり、二つに分かれたりする

●ひもの振動

・ひもは、常に高速で振動している(ひもは1秒間に10の42乗回以上も振動すると考えられている)

●ひもの振動と質量①~②

・ひもは振動が激しいほど重い

・ひもは開いたひも(光子や電子など)と閉じたひも(重力子[未発見])がある

超ひも理論の世界

●超ひも理論の歴史①~②

素粒子を点(大きさをもたない)だと考えたときの“限界”をひもは突破できる

・『現在、自然界には、「電磁気力」、「弱い力(原子核を構成する中性子が陽子に変わる反応[ベータ崩壊]などを引きおこす力)」、「強い力(原子核の中で陽子や中性子を結びつける源となっている力であり、ごく近距離ではたらく)」、そして「重力」という四つの力が存在することが明らかになっています。標準理論では、そのうち電磁気力、弱い力、強い力の三つについては、いっしょに計算することができるのですが、どうしても「重力」を合わせて計算することができないのです。

このような標準理論の限界は、「素粒子=点」だと考えたときの矛盾点をなくす理論である「くりこみ理論」の限界を意味します。この限界を突破する可能性を秘めたのが、「素粒子=ひも」だと考える「超ひも理論」です。

自然界に存在する「四つの力」
自然界に存在する「四つの力」

●高次元空間①~②

・ひもの振動状態と現実の素粒子を矛盾なく対応づけるためには、ひもの振動方向(次元)は9個(9次元)必要になる。6次元は「コンパクト化」されており、小さすぎて私たちはその存在に気づけない

●超対称性

・素粒子のスピン(自転)が整数のボソンに、半整数のフェルミオンを加えたことにより、パートナー粒子(超対称性粒子)の存在を認められ、自然界に存在するすべての素粒子を扱えるようになった。

●ブレーン①~②

・超ひも理論には、1次元の“ひも”に加え、2次元の“膜”や“立体”もある。

究極の理論をめざして

●宇宙のはじまり

・宇宙のはじまりはミクロの世界で重力が非常に強くなる。これは、素粒子が狭い空間にぎゅうぎゅうに詰め込まれた、高温・高密度な状態と考えられるからである。

空間さえもゆらぐミクロの世界での重力を、正しく計算できる可能性があるのは、超ひも理論だけである。

●ダークマター

・超ひも理論により、物質の素粒子と重力の関係が詳しく分かるようになると、ダークマターの正体と思われる未発見の素粒子についての発見も期待できる。

・ダークマターとは、そこには何かがあるようには見えないが、何らかの重力源が存在する謎の物質のこと。

●超ひも理論の証明

・『「超ひも理論では、ひもの振動がはげしくなると、そのひもに対応する素粒子のエネルギーが段階的にふえて、重くなります。たとえば、同じような性質だけれども、質量が2倍、3倍の重い素粒子が存在するということです。超ひも理論が予言するそのような重い粒子をみつけることができれば、理論の正しさを裏づける強力な証拠となります」』

・『「超ひも理論が予言する素粒子の多くは非常に重く、発見するにはLHC(ヨーロッパ原子核研究機構[CERN]が保有)の10兆倍ほどのエネルギーが出せる加速器が必要です。それらの重い粒子を加速器で発見するのは現実的ではありません。ただし、超ひも理論のモデルによっては、LHCや今後つくられるであろう次世代の加速器でも探索可能な、比較的軽い素粒子が存在する可能性もあり、それらの軽い素粒子であれば発見できるかもしれません」』

・『「理論の正しさという意味では、実験結果を説明できることのほかに、数学的に矛盾がないかどうかという点も重要です」』

加速器LHC
加速器LHC

加速器LHC 

『左のイラストは、加速器LHCの全景を地上の風景に重ねてえがいたものです。LHCは1周約27キロメートルの環状の施設であり、地下100メートルのトンネル内に設置されています。巨大な実験装置が四つ設置されており、余剰次元の検証実験はATLASとCMSという実験装置で行われてきました。』

加速器実験のイメージ
加速器実験のイメージ

加速実験のイメージ 

『LHCでは、陽子(水素原子核)を光速近くまで加速し、正面衝突させます。すると、さまざまな粒子が発生するので、これらの衝突地点の周囲に配置した検出器でとらえます。こうして得たデータをもとにして、どんな反応がおきたのかを調べるのです。』

 

●広がる応用例①~②

・『超ひも理論から生まれた計算手法による予言が、実験結果とぴたりと一致』

・『超ひも理論から生まれた計算手法で、ブラックホールの謎が解明された!?』

付記:宇宙はどうして進化してきたのか?

宇宙の進化に関するイラストが2つありました。昔からちょっと興味を持っていたことだったので拝借しました。 

宇宙の歴史
宇宙の歴史

画像出展:「超ひも理論と宇宙のすべてを支配する数式」

劇的に進化していった誕生直後の宇宙

私たちの宇宙は、今からおよそ138億年前に誕生したとされている。宇宙が誕生した原因は、いまだによくわかっていない。宇宙の誕生後のわずか10のマイナス36乗秒後から、10のマイナス33乗秒後というごく短時間の間に、1兆の1兆倍のさらに1000万倍(10の43乗倍)程度の大きさまで急膨張したと考えられている。この急膨張が「インフレーション」だ。このときに生じたとされる特徴的な重力波が「原始重力波」である。インフレーションのあと、宇宙には大量の素粒子が誕生し、宇宙は超高温・超高密度のまるで“火の玉”のような状態(ビッグバン宇宙)になったと考えられている。

高温・高密度の宇宙は、インフレーション期とくらべてゆっくり膨張しながら温度を下げていき、素粒子から陽子や中性子を、そして陽子や中性子から原子核を生みだした。ここまでにかかった時間は、たった3分程度だという。その後、電子と原子核が結びつき原子が誕生するのだが、それは宇宙誕生から約37万年もあとのことになる。

宇宙誕生の瞬間は観測できない!?

『私たちは光(電磁波)を使い、地球から宇宙のようすを観察している。光の速度は有限なので、遠くから光が届くまでには時間がかかる。そのため遠くからきた光をみることは、宇宙の過去をみることと同じだ。しかし、原子が誕生する前までの宇宙は、不透明なプラズマ(ここでは電子と原子核がばらばらになった状態のガスを意味する)で満たされており、光で見通すことができない。そのため、私たちが観測できるのは、原子が誕生したあと(宇宙誕生から約37万年後以降)の時代がやってくる光だけだ。原子の誕生は、不透明なプラズマに満たされた宇宙の終わりを意味するので、これを「宇宙の晴れ上がり」という。

宇宙の晴れ上がり以前の宇宙のようすは、プラズマに邪魔されない原始重力波や、原始重力波によって「宇宙背景放射」に刻みこまれたインフレーションの痕跡(原子重力波)などから調べられようとしている。』


数学と量子力学/物理学

またまた身の丈を超える本に手を出してしまいました。原因は今回勉強した量子論です。その昔、“産業の米”と言われた半導体は、量子論というミクロの世界を正確に描くことができる理論によって生み出されました。科学に明るくない私が言うのは適切ではありませんが、量子論は人類の進歩にとって最大の発見といっても良いのではないかと思います。

そして、量子論は“数学理論”だということです。“シュレーディンガーの方程式”はその中でも最も注目されるものだと思います。

なお、量子論とは“考え方”や“思想”であり、量子力学とは“量子論に基づいて物理現象を記述するための数学的手段”と言われています。あまり良い例えではありませんが、「量子論が“拳銃(器)”、量子力学が“実弾(中味)”」というイメージです。

理系の受験科目の一つとしてしか見てこなかった私ですが、「数学恐るべし!」、「数学とはいったいどんな学問何だろう?」という思いが大きくなりました。また、それを知ることができる良い本はないだろうかと探しました。こうして、今回の本を見つけました。 

「数学」:ティモシー・ガウアーズ
「数学」:ティモシー・ガウアーズ

著者:ティモシー・ガウアーズ

出版:岩波書店

発行:2004年6月

目次

はじめに

1.モデル

2.数と抽象

3.証明

4.極限と無限

5.次元

6.幾何学

7.概算と近似

8.数学に関するよくある質問

裏表紙にはこの本の概要が書かれています。

『数学を組み立てる考え方とはどのようなものなのでしょうか。いったい数学者はどんなことを考えているのでしょうか。よく「数学は抽象的な学問だ」と言われますが、それは決して、数学が謎めいた秘義であるという意味ではありません。抽象とは、自由に考えるための道具立てなのです。考え方のコツをつかめば、「無限」や「26次元」などといった用語は不可解なものではなくなります。数学界でもっとも栄誉あるフィールズ賞を受賞した著者が、数学を支える重要な考え方を紹介します。数学をむずかしいと思う「壁」がきっと取り除かれることでしょう。』

“数学”を取り上げたのは“量子論=数学理論”だからです。そして、量子力学を牽引する極めて重要なシュレーディンガー方程式ですが、その一部の波動関数ψ[プサイ]の正体は未だに明らかになっていません。つまり、数学的には問題ないが物理学的には問題を残す。ということのように思います。

その波動関数について、マックス・ボルンが1926年に提唱したのが“波動関数の確率解釈”です。

波動関数の確率解釈、1926年
マックス・ボルン

画像出展:「ウィキペディア

この“波動関数の確率解釈”の“”は明確に二分されました。

”の立場をとった中には、シュレーディンガーをはじめ、ブロイプランクなどの量子力学の発展に大きな貢献をした物理学者も含まれていました。また、“光量子仮説による光の粒子と波動の二重性”を唱えたアインシュタインも反対の立場を取りました。その背景にあるものは、自然現象を表す物理学は決定論でなければならないという、ニュートン以来の物理学の大前提でした。

この、“波動関数の確率解釈”の“是非”の概要に迫ることは、数学と物理学(量子力学)の関係を知るうえで大切であると考えますので、ブログ“量子論1”でご紹介したものを再登場させ、それに追加するかたちで進めていきたいと思います。

量子論を
量子論を

著者:佐藤勝彦

出版:PHP文庫

発行:2000年4月

 

この本の「3章 見ようとすると見えない波 ◆ミクロの世界の物理法則が明らかになる」の部分をご紹介します。

『さて、3章でもさまざまな話をしてきました。最後は例によってこの章のポイントをおさらいしておきましょう。

①原子中の電子の軌道半径がとびとびの値に限られるというボーアの量子条件の根拠を示すために、ド・ブロイは電子を波であると考えて、その波長を求めた。

②シュレーディンガーは電子の波を表すシュレーディンガー方程式を導き、電子の「とびとび」のエネルギー状態などの説明に成功した。

③しかしシュレーディンガー方程式が示す波動関数ψ(プサイ)、すなわち電子の波(これは複素数の波である)の正体はわからなかった。

ボルンは波動関数ψそのものが何を表すのかを考えずに、代わりにψの絶対値の二乗が、電子をその場所に発見する確率に比例することを見いだした(「波動関数の確率解釈」)。

⑤ボーアたちは、観測される前の電子はさまざまな位置にいる状態が「重ね合わせ」になっているが、私たちが電子を観測したとたんに「波の収縮」が起きて電子は一ヶ所で発見されると考えた(「コペンハーゲン解釈」)。 

こうして1920年代に、原子中の電子が示す不思議な現象をきちんと説明できる理論を、私たちはついに手にすることになりました。そしてその結果わかったのは「電子などミクロの世界は、私たちが知っていた物理法則とはまったく違うルールに支配されていたのだ」ということです。

その新たなルールの第一は、シュレーディンガー方程式に代表される波動力学(量子力学)です。ミクロの世界の物質は、それを「波である」と考えることでふるまい(動きやエネルギー)などを求めることができるのです。

そしてもう一つのルールが「確率」です。私たちが電子を発見する場所は、サイコロを振って決められるかのように、確率的に決定されるというのです。』 

シュレーディンガー方程式
シュレーディンガー方程式

シュレーディンガー方程式は量子力学の基本となる方程式であり、図に示すような形をしています。一方、古典物理学の中には、音波や電磁波などの波が周囲に伝わっていくようすを表す波動方程式というものがあります。シュレーディンガー方程式はそれに似ていますが、さらに複雑なものになっています。

画像出展:「量子論を楽しむ本」

 

シュレーディンガーノート
シュレーディンガーノート

こちらは、波動力学の基礎方程式を発見したときのシュレーディンガーのノートです。

画像出展:「波動力学形成史」

 

チューリッヒでの会議 from 21 to 26Jun, 1926
チューリッヒでの会議 from 21 to 26Jun, 1926

こちらは1926年6月21日~26日に行われたチューリッヒでの会議後に若いヒュッケルを中心につくられたという詩です。

計算どっさり、エルヴィンさんが

波動関数とやらでなさるけど、

さて、わからんことが一つある

波動関数とは何なのか?

画像出展:「波動力学形成史」

 

今回はこの“◆ミクロの世界の物理法則が明らかになる”の次に書かれていた“◆確率解釈に反対したアインシュタインたち”もご紹介します。 

ここで問題になるのが、二番目のルールである「確率」、すなわち波動関数の確率解釈です。プランクやアインシュタイン、そしてド・ブロイやシュレーディンガーなどのそうそうたるメンバーが、この確率解釈に異議を唱えました。

波動力学を創始した当人であるシュレーディンガーはもちろんのこと、プランクやアインシュタインが「第一のルール」を認めていたことは、118ページでも触れたとおりです。118ページとは『この方程式を解けば、物質がどんな「形」の波を持ち、その波が時間の経過とともにどのように伝わっていくのかが計算できます。シュレーディンガーはこの方程式を用いて、水素原子中の電子のエネルギーがボーアの量子条件のとおりに「とびとび」になっていることを示しました。シュレーディンガーの論文は、プランクやアインシュタインからただちに絶賛されました。このシュレーディンガーの理論は波動力学と呼ばれ、ミクロの世界の運動法則を記述する量子力学の基本の理論になったのです』

しかし二番目のルールである確率解釈には激しく抵抗しました。なぜなら確率などという原理を物理学の中に持ち込むと、物理学はもはや「決定論」ではなくなってしまうと考えられるからです。

「物理学を決定論と考える」とは、簡単に言うと、過去のある時点の条件がすべてわかれば、その未来はただ一つに決定できると考えることです。たとえば、手に持ったボールから手を離したとき、ボールがどんな運動をするのかは、ボールと地面の距離や地球の重力の強さなどを知ることで正確に予測できます。同じように地球が明日、太陽の周囲を回る公転軌道の中でどこにいるのかも、太陽の重力や太陽と地球の距離を知ることで間違いなく計算できるのです。

ただしボールを地面に落とすとき、突然風が吹くかもしれません。一時間後に小惑星が地球に衝突して、地球の位置を変えてしまうかもしれません。しかし、そうした要因をもしすべて知ることができたならば、未来はただ一つに決められるというのが、決定論的な考え方です。そして自然現象を表す物理学は決定論でなければならないというのが、ニュートン以来の物理学の大前提だったのです。 

波動関数は確率の波
波動関数は確率の波

B点という位置における波の振幅が、A点における波の振幅の二倍になっているとします。この時、実際にこの電子を観察すれば、電子がB点において発見される確率は、A点において発見される確率の四倍(二の二乗=四なので)になるのです。

またD点における波の振幅は、A点と同じ大きさなので(「高さ」と「深さ」の区別は不要で、大きさつまり絶対値だけでだけを見ます)、発見確率も同じなります。これに対して、C点における波の振幅はゼロになっています。この場合、電子がC点という場所で発見される確率はゼロになるのです。

このように私たちが「ある場所」に電子を発見するかどうかは、その場所における波の振幅つまり波動関数ψの値によって左右されることになります。ψの絶対値が大きい場合ほど、そこに電子を見つける可能性が高いのです。

画像出展:「量子論を楽しむ本」 

第五回ソルヴェイ会議
第五回ソルヴェイ会議

写真は後列右から6人目がシュレーディンガー。中央の列右端がボーア、その左隣がボルンブロイ。前列右から5人目がアインシュタイン

第五回ソルヴェイ会議

・期間:1927年10月24日~10月29日

・場所:ベルギー ブリュッセル

・講演

 ・W.L.ブラッグ:X線の反射強度

 ・A.H.コンプトン:輻射の電磁理論と実験の不一致

 ・L.ドゥ・ブロイ:量子の新力学

 ・M.ボルン,W.ハイゼンベルク:量子の力学

 ・E.シュレーディンガー:波動の力学

 ・N.ボーア:量子仮説と原子論の新しい発展

『この回のソルヴェイ会議は主題に“電子と光子”を掲げていたが、議論はおのずと量子力学の解釈にむかい、それをめぐって沸騰した。量子力学のあたえる自然の記述は完全であるかとアインシュタインが問い、ボーアに迫った。彼等の晩年まで続く論争は実にこの会議にはじまったのである。

画像は「シュレーディンガー その生涯と思想」より、文章は「波動力学形成史」より。

こちらは、ボーアとシュレーディンガーの討論(p206)”、シュレーディンガーの”波動関数の確率解釈”に対する考え(p203)”、そして”量子力学の成立(p207)に関して書かれたページです。大変興味深いので抜粋してそのまま貼り付けました。

波動力学形成史
波動力学形成史

著者:K.プルチブラム

出版:みずず書房

発行:1982年3月

副題として”シュレーディンガーの書簡と小伝”と書かれています。

ボーアとシュレーディンガーの討論
ボーアとシュレーディンガーの討論

シュレーディンガーの”波動関数の確率解釈”に対する考え
シュレーディンガーの”波動関数の確率解釈”に対する考え
量子力学の成立 
量子力学の成立 

非常に長い前置きになってしまいましたが、上記の内容を頭の片隅に置きながら、今回の『一冊でわかる 数学』の中から、理解ができて、数学と量子力学/物理学のつながりに関係すると思われる部分をご紹介します。目次でいうと一つは「1.モデル」から、もう一つは「7.概算と近似」からになります。

著者:ティモシー・ガウアーズ

訳者:青木 薫

数学的モデルとは?

『物理学の問題に対して得られた答えをよく調べてみると、科学的な考察からもたらされる部分と、数学によってもたらされる部分とにはっきり区別できることが多い(いつも必ず区別できるわけではないが)。また、科学者が理論を組み立てるときには、観測や実験の結果から作っていく部分と、理論のシンプルさや、現象をどれだけ説明できるかといった一般的考察から作っていく部分とがある。数学者や、科学者のなかでも数学をやっている人たちは、そうして作られた理論をもとに、純然たる論理だけによって何が引き出せるかを調べていく。型どおりの計算からは、その理論がもともと説明すると期待されていた現象が導かれることもあるが、ときにはまったく思いもよらなかった現象が予測されることもある。そんな意外な予測がのちに実験によって裏づけられれば、理論を支持する立派な証拠となる。

しかしながら、「科学理論による予測を実験によって裏づける」という作業は一筋縄ではいかない。なぜなら、前節で述べたように、状況を簡単にしてくれる仮定を置く必要があるからだ。それを説明するために、もうひとつ別の例を挙げよう。ニュートンの運動法則および重量法則によれば、2つの物体を同じ高さから同時に落とせば、それらは同時に着地する(ここでは地面は平坦だと仮定した)。ガリレオが最初に指摘したこの現象は、いささか直感に反している。いや、直感どころではない。ゴルフボールとピンポン玉で実験してみればわかるように、実際、ゴルフボールのほうが先に地面に着くからだ。では、いかなる意味でガリレオは正しかったと言えるのだろうか?

この簡単な実験がガリレオ説への反証とみなされないのは、いうまでもなく、空気抵抗が存在するからである。経験が教えているように、空気抵抗が小さければガリレオの理論はよく成り立つ。だが、「ニュートン力学の予想がはずれたときはいつも空気抵抗のせいにするのはご都合主義だ」と思われる読者もいるかもしれない。しかしそんな読者も、真空中では、羽毛はたしかに石と同じように落下するのである。

とはいえ、科学における観測は、どうやっても完全には直接的にも決定的にもならないから、科学と数学との関係を説明するには、もう少しうまい方法を考えなければならない。実をいえば数学者は、科学理論をそのまま現実世界にあてはめるのではなく、「モデル」にあてはめるのである。ここではモデルというのは、研究対象である現実世界の一部を単純化した、いわば架空の世界であり、その世界では厳密な計算ができるようなものと考えてよい。石を投げる場合であれば、現実世界とモデルとの関係は図1と図2との関係のようなものである。

与えられた物理的状況をモデル化する方法はたくさんあるので、あるモデルが現実世界を理解するのに役立つかどうかを判断するためには、経験に照らし、理論的考察をさらに深めなければならない。モデルを選ぶときにまず目安にすべきは、そのモデルの性質が、観察されている現実世界の性質に対応するかどうかだ。しかしながら、モデルがシンプルであることや、数学的にエレガントであることなど、現実世界との対応以外の要素のほうが重要になることも少なくない。実際、現実世界にはまったく似ていないのに非常に役立つモデルもあるのだ。』 

画像出展:「1冊でわかる 数学」 

概算と近似

『たいがいの人は、数学は白黒はっきりした厳密な学問だと思っている。高校までの数学を習うと、簡潔に述べられた問題の答えはやはり簡潔に示され、しかも多くの場合は短い式で表されるのだろうと思うようになる。ところが、大学まで数学の勉強を続けた人たち、とくに数学を研究しはじめた人たちは、これほど現実からかけ離れた話もないことをすぐに悟ることになる。多くの問題において、解が厳密な式で表されるのは、思いもよらない奇跡的な出来事なのである。たいていは厳密な答えではなく、おおざっぱな概算で妥協しなければならない。概算というものに慣れるまでは、こういう妥協はみっともなくて口惜しいことに思われる。だが、概算の面白みを知っておいて損はない。なぜならそれを知らないでいることは、いくつもの大定理や、未解決問題の大半に出会い損なうことだからである。』 

分かったこと(イメージ)

物理学と数学の関係は性格の異なる兄弟のように感じました。現実主義者(物理学)の兄と曲がったことの大嫌い(数学)な弟というイメージです。

二人は血がつながっており、お互い助け合って生きています。二人の関係を意識すると、兄、弟、それぞれの個性も理解しやすくなります。

しかしながら、今回は現実主義の兄も先祖代々受け継がれてきた家訓(ニュートン力学に代表される“決定論”)をないがしろにすることはできないという強い思いを抱いています。一方、兄を支援する立場の弟は、曲がったことは一切受けつけないという頑固さを封印し、結果に対する柔軟性(概算・近似)に目を向け、考えの幅を広げることも必要だと感じています。

量子論の育ての親とされるニールス・ボーアと古典派との分かれ道となった“波動関数の確率解釈”を提唱したマックス・ボルン等の推進派。彼らは”歩”を進めるために家訓を越え、柔軟性を積極的に取り入れることによって、常識がまったく通用しない原子よりも小さなミクロの世界に足を踏み入れました。

マックス・ボルンは“波動関数の確率解釈”の発表から28年後の1954年にノーベル物理学賞を受賞されました。そして、なくてはならないコンピュータをはじめ様々な分野で量子力学は大きな成果に貢献しています。

量子論のニールス・ボーア、“波動方程式”のエルヴィン・シュレーディンガー、そして“波動関数の確率解釈”という家訓を乗り越えたマックス・ボルン、この三人は特に大きな存在だったと思います。

注)ボーアは1922年、シュレーディンガーは1933年にそれぞれノーベル物理学賞を受賞されました。 

付記1(「8.数学に関するよくある質問」より)

本書の最後となる「8.数学に関するよくある質問」にはユニークな8つの質問が掲載されています。ここでは先頭の「数学者は30歳を過ぎると才能が枯渇してしまうというのは本当ですか?」をご紹介させて頂きます。

1 数学者は30歳を過ぎると才能が枯渇してしまうというのは本当ですか?

2 女性の数学者が少ないのはなぜですか?

3 数学と音楽は相性がいいのでしょうか?

4 積極的に数学は嫌いだと言う人がこれほど多いのはなぜでしょうか?

5 数学者は研究にコンピュータを使いますか?

6 数学を研究できるということが不思議です。

7 有名な問題がアマチュアによって解かれた例はありますか?

8 なぜ数学者は、定理や証明を「美しい」などと言うのですか?

1 数学者は30歳を過ぎると才能が枯渇してしまうというのは本当ですか?

『これは広く信じられている神話だが、この神話が人の心に訴えるのは、数学的能力というものが誤解されているせいである。世間の人たちは、数学者は天才なのだと思いたがる。そして天才とは、一握りの人だけが生まれながらにもつ完全に神秘的な資質であって、一般人がそれを獲得する見込みはないと考えたがるのだ。

数学者の年齢と研究の生産性との関係には大きな個人差があり、20代で最良の仕事をする数学者がいるのも事実である。しかし圧倒的多数の数学者は、知識や経験は年齢とともに増え続けると感じているし、たとえ「生の脳力」は低下するとしても(「生の脳力」などというものがあればだが)、長期的には、知識や経験の増大は脳の衰えを補ってあまりあるというのが実感だろう。画期的な仕事が40歳を過ぎた数学者によって成し遂げられることが多くないのは確かだが、しかしそれはむしろ社会的な要因のせいではないだろうか。40歳までには、画期的な仕事ができるほどの人はすでに若い頃の仕事で名を成しているから、地位や名声をまだ確立していない若い数学者ほどのハングリー精神はなくなっているのかもしれない。しかしこれには多くの反例があり、なかには退職後もずっと情熱を失わない数学者もいる。

世間に広まっている数学者のステレオタイプは、あまりうれしいものではない―「頭は非常に良いだろうが、変人で身なりにかまわず、中性的かつ自閉症的」といったところか、このステレオタイプにあてはまらないからといって、数学は得意教科にはなりえないと考えるぐらい馬鹿げたことはない。実際、他の条件がすべて同じなら、あてはまらない人のほうが有利だろう。数学を学ぶ学生のうち、研究者にまでなる人はごくわずかである。たいていは途中で興味を失ったり、博士課程への受け入れ枠に入れなかったり、博士号は取得したものの大学に職を得られなかったりして研究をやめてしまう。こうして何段階もの選抜をくぐり抜けた人たちの集団では、初期の学生時代にくらべて、変人の比率は少なくなっているというのが私の印象である。―そして、そう感じているのは私だけではない。

好ましからぬ数学者像には、本来ならば数学を楽しみ、数学が得意になっていたかもしれない人たちをこの教科から遠ざけるという悪影響があるのかもしれない。だが、「天才」という言葉の及ぼす害悪は、いっそう見えにくく、しかも深刻だ。天才をおおざっぱに定義すれば、「ふつうの人にはできないこと、あるいは何年も修行しなければできないことを、若くしてやすやすとやってのける人」となるだろう。天才たちの偉業には何か魔法めいたところがあって、天才の脳は単にわれわれのそれよりも効率よく機能するだけでなく、何かまったく異質な働き方をするかに思われるものがある。ケンブリッジ大学には1年か2年に1人ほど、教員を含めてたいていの人が何時間もかかって解くことになりそうな問題を、ものの数分で解いてしまう学生が入学してくる。そういう人物を前にすれば、一歩下がって驚嘆するしかない。

ところが、そんな並はずれた人たちが数学研究者として大成するとは限らないのである。自分以前のプロの数学者たちが取り組んでは失敗してきた問題を解こうとすれば、さまざまな資質が必要になる。先に定義した天才の資質などは、そのためには必要でもなければ十分でもない。極端な例を挙げると、アンドリュー・ワイルズはちょうど40歳のときにフェルマーの最終定理(「x,y,z,nを正の整数とし、nが2よりも大きいとき、xのn乗+yのn乗はzのn乗と等しくはなりえない」)を証明し、世界一有名な数学の未解決問題を解決したが、ワイルズの頭の良さに疑問の余地はないにせよ、彼は私の言う意味での天才ではない。

しかしあれほどの偉業を成し遂げた人物であるからには、常人を超えた神秘的な力をもっているに違いないと思う人もいるかもしれない。なるほどワイルズの仕事は驚異的だが、それは説明不可能な種類の驚異ではない。彼を成功させたものが本当のところ何であるかを私は知らないけれども、少なくともワイルズは、大いなる勇気と、確固たる意志と、強靭な忍耐力と、他の研究者が成し遂げた難解な研究に関する広範な知識と、しかるべき時期にしかるべき領域を研究していた幸運と、ずば抜けた戦略能力を必要としたことだろう。

結局のところ、最後に挙げた「ずば抜けた戦略能力」という資質こそは、猛烈なスピードで暗算ができることなどよりはるかに重要である。数学に対するもっとも深い貢献は、しばしばウサギよりはカメによって成し遂げられているのだ。数学者は成長するにつれて多くの専門知識を身につけていくが、それらは同僚の仕事から得られることもあれば、長い時間をかけて数学を考え抜いた結果として得られることもある。そうして身につけた知識を使って有名な難問を解決できるかどうかを決めているのは、主として注意深い計画性である。豊かな実りをもたらしてくれそうな問題に狙いを定め、見込みのなさそうな戦略を捨てるべき時に知り(これは難しい判断である)、詳細を詰めていく前に(そこまで到達するのは稀である)、大まかなアウトラインを描き出せなくてはならない。それができるためには、ある程度の成熟が必要だ。これは決して天才であることと相容れない資質ではないけれど、必ずしも天才に付随する能力でもないのである。』

付記2『思考の凄い力』:ブルース・リプトンより)

今回、いままで全く縁のなかった量子論、量子力学を学ぼうとしたきっかけは、ブログ“がんと自然治癒力8”で読んだ『思考の凄い力』に因るものです。最後にもう一度その内容を確認して終わらせたいと思います。 

思考のすごい力
思考のすごい力

著者:ブルース・リプトン

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

ニュートン力学では超常現象を解明できない

『搭乗を待っていて、ハッと気がついた。これから5時間もシートに縛りつけられるというのに、何も読み物がない。

搭乗ゲートは閉まろうとしていたが、列から離れてコンコースを降り、本屋へと向かった。選択肢は山のようにあるのに飛行機のドアが閉まって取り残される危険性もあり、パニックになりそうだった。どうしていいかわからなくなったとき、一冊の本が目にとまった。『量子の世界』。著者は物理学者ハインズ・R・パージェル。ざっと見たところ、量子物理学の初心者向け解説書らしい。大学のとき以来、量子物理学恐怖症は根強かったので、すぐに棚に戻してもっと軽い読み物を探す。

頭の中でストップウォッチの秒針がレッドゾーンに突入した。ベストセラーだと自ら喧伝している本をつかんで、レジに走る。会計を待ちながらふと見ると、カウンターの後ろの棚に例のパージェルの本が一冊ある。会計はもうほとんど終わっていたし、時間切れになる寸前だったが、ついに量子物理学嫌いを返上して、『量子の世界』も追加で買うことにした。

本屋への行き来にダッシュしたのでアドレナリン全開だったが、飛行機に乗り込んでなんとか自分を落ち着かせ、クロスワードパズルを解いてから、いよいよパージェルの本にとりかかった。

ハッと気がついたときには没頭していた。何度も前にかえっては同じ部分を読み直さなくてはならなかったが、それでも夢中になった。フライトのあいだ読み続け、マイアミで3時間待ちのときもずっと読み続け、さらに楽園の島へ向かう5時間の道中ずっと本を置くことができなかった。パージェルには完全にやられてしまった!

シカゴで飛行機に乗るまで、量子物理学が生物学に関係があるなどとは思ってもみなかった。ところが飛行機が楽園に着いたときは脳が揺さぶりをくらっていた。量子物理学は生物学に“関係おおあり”なのだ!

量子物理学の法則を無視する生物学者は明らかに科学的な過ちを犯している。なんといっても物理学はすべての科学の基礎なのだから。ところが、わたしも含めて生物学者たちはほぼ全員、時代遅れの、だがより整然としたニュートン物理学に頼っている。世界はニュートンの説いたように動いているという考えに固執し、目に見えない量子の世界、アインシュタイン的世界を無視している。

アインシュタインによれば、物質はエネルギーから成っていて、絶対的物質なるものは存在しない。原子レベルでは、物質は確実に存在するわけではない。存在する可能性があるとしか言えないのだ。わたしがそれまで生物学や物理学について確信していた事柄が、木っ端みじんではないか!(訳註:アインシュタインは初期量子論の誕生には貢献しているが、量子物理学を打ちたてたのはボーアやシュレディンガー、ハイゼンベルクら、アインシュタインとはほぼ同時代の物理学者たちである。現代物理学はアインシュタインの相対性理論とボーアらの量子論を二本の柱としている)

ニュートン物理学は論理を追求する科学者にとってはエレガントで安心を与えてくれるものであったとしても、宇宙についてはもちろん、人体の真実をすべて解き明かしてくれるものではない。いまから思えば、わたしも他の生物学者たちもそれは承知していたはずだ。

医学は日々進歩していくが、生きている身体は頑固なまでに定量化を拒んでいる。ホルモンやサイトカイン、成長因子や腫瘍抑制因子など、シグナルとなる化学物質の働くメカニズムが次から次へと発見されている。

だがそういったメカニズムでは超常現象は説明できない。自然治癒、心霊現象、驚くほどの筋力や耐久性、灼熱の石炭の上を火傷一つ負わずに素足で渡る能力、“気”を移動させて痛みを消し去る鍼灸師の力など、そのほかさまざまな超常現象が、ニュートン的世界観に立脚した生物学では説明不能だ。

医学部にいたときには、もちろん、これらの現象については全然考えてもみなかった。わたしも他の教官たちも学生たちに鍼灸療法やカイロプラクティック、マッサージ療法、祈祷などで病気が治るという主張は無視するように教え込んでいた。いや、それ以上だ。医者を名乗るペテン師の口上だといって弾劾さえしたのだ。それほど古典的なニュートン物理学を信じ込み、他の考え方はできなくなっていた。

いま挙げた療法はいずれも、エネルギー場が人間の身体の生理機能や健康に影響を及ぼしているという信念に基づくものだ。

生物と量子力学3(意識)

「“信じる者は救われる”とは誰が言った言葉なんだろう?」と思いました。

調べてみると、それは新約聖書の中のマルコ福音書16:16(Mark 16:16)というところから来ているようです。

Mark 16:16
Mark 16:16

画像出展:「DailyVerses.net

何が言いたかったかというと、患者さまが「鍼は効く[ポジティ]」(「鍼は怖い[ネガティブ]」ではなく)と思うとき、そして施術者が患者さまの病態を理解し適切な“証(施術方針)”を立て、「鍼は効く[ポジティブ]」と思うとき、鍼の効果は得られやすいように感じます。

一方、ブログ「量子論2」の“5.量子の奇怪さ”の中には、次のような指摘がされています。

『量子論を考え出した人たちは、ニュートン的世界観と対照的なもう一つの面に気づいた。それは観測者が創り出すリアリティというものだ。量子論によれば、観測者が何を測定しようとしているかということがその測定自身に影響を及ぼすことになる。量子の世界で現実に起こっていることは、その世界を我々がどのように観測しようとしているかに依存しているのだ』

“何を測定しよう”という行為は“観測者”という主体が持つ“意識”から生まれるものだと思います。つまり、意識は量子の世界とつながり、影響を与えるものだということです。 今回の本の中にも「心」をテーマにした章がありました。詳細は以下の通りです。

量子力学で生命の謎を解く
量子力学で生命の謎を解く

第8章 心

●意識はどれほど奇妙なのか?

●思考のメカニズム

●心はどうやって物体を動かすのか

●キュビットを使った計算

●微小管を使った計算?

●量子イオンチャンネル?

内容はいずれもその難しさに圧倒されるものですが、“心はどうやって物体を動かすのか”と最後の“量子イオンチャンネル?”の一部ご紹介させて頂きます。

心はどうやって物体を動かすのか

『おそらくほとんどの人は、心や魂や意識は物理的な身体とは別物だとする「二元論」の考え方を、何らかの形で受け入れていると思う。しかし20世紀の科学界では二元論は支持を失い、いまではほとんどの神経生物学者は、心と体は同じ一つのものだとする「一元論」の考え方のほうを好んでいる。たとえば神経科学者のマルセル・キンズブルンは、「意識があるというのは、神経回路がある特定の相互機能状態にあるようなものだ」と主張している。しかし先ほど話したように、コンピュータの論理ゲートは神経細胞にかなり似ている。だとしたら、およそ10億のインターネットホストから構成されているワールドワイドウエブ(1000億個の神経細胞からなる脳に比べたらまだ小さいが)のような、高度に連結したコンピュータは、なぜ意識の兆しさえも示さないのだろうか? なぜ、シリコンでできたコンピュータはゾンビ[意識を持っていないという意味です]で、肉でできたコンピュータは意識を持っているのだろうか? 単に、ワールドワイドウェブが我々の脳の複雑さや「相互連結性」にまだ到達していないというだけの問題だろうか? それとも、意識はまったく違うたぐいの計算活動なのだろうか?

もちろん、このテーマについて書かれた数々の書物のなかでは、意識に対するさまざまな「説明」が展開されている。しかしここでは、本書のテーマにもっとも関係のある、きわめて異論が多いが魅力的なある主張に焦点を絞ることにする。それは、意識は量子力学的現象であるとする説だ。なかでももっとも有名なのは、オックスフォード大学の数学者ロジャー・ペンローズが1989年の著書「皇帝の新しい心」のなかで説いた、人間の心は量子コンピュータだという主張である。 ~』

量子イオンチャンネル?

『~ 脳の電磁場によって神経発火が同期するという現象は、神経活動の特徴のなかでも意識と関係があることが知られているごく少数の例の一つである。そのため、意識の謎について考える上でもきわめて重要だ。たとえば、視界のなかに置かれている自分の眼鏡などの物体を探していて、散らかったほかの物体に混じってそれを見つけたときに誰もが経験する現象について考えてみよう。散らかった場所を見ているとき、探している物体をコードしている視覚情報は目を通じて脳へ伝えられているが、なぜかその探している物体を見ることはない。それを「意識」してはいないのだ。しかししばらくすると、その物体が見えるようになる。はじめ気づかなかったときと、同じ視野のなかにその物体があることに気づいたときとで、脳のなかでは何が変化しているのだろうか? 驚くことに、神経発火そのものは変化しないらしく、眼鏡が見えていようがいまいが同じ神経細胞が発火する。しかし眼鏡を見つけていないときには、神経細胞の発火は同期しておらず、見つけると同期する。電磁場は、脳の互いに離れた場所にあるコヒーレントなイオンチャネルをすべて一つに結びつけることで、無意識から意識的思考への移り変わりに何らかの役割を果たしているかもしれない。

強調しておくべきだが、意識を説明するために脳の電磁場や量子コヒーレントなイオンチャネルといった概念を持ち出してきたところで、けっしてテレパシーのようないわゆる「超常現象」の存在が裏付けられることにはならない。電磁場もイオンチャネルも、一つの脳のなかでおこなわれる神経プロセスにしか影響を与えることはできず、異なる脳のあいだで意思疎通することはできないのだ! さらに、ゲーデルの定理[不完全性定理:数学基礎論における重要な定理]に基づくペンローズの主張について考察したときに指摘したように、酵素活性や光合成など本書で取り上げたほかの生物現象と違い、そもそも意識を説明するのに実際に量子力学が必要であるという証拠はまったくない。しかし、生命に欠かせないあれほど多くの現象に関係していることが分かっている量子力学の奇妙な性質が、生命のもっとも謎めいた産物である意識にはまったく関係していないなどということが、はたして考えられるだろうか? その判断は読者にお任せしよう。量子コヒーレントなイオンチャネルと電磁場に基づいて意識を説明するという説を含め、ここまで示してきた事柄はもちろん推測にすぎないが、少なくとも脳のなかで量子の世界と古典的な世界をつなぐものとしては理にかなっている。』

以上のことから、この本の著者は意識と量子の世界の関わりについて、ロジャー・ペンローズの著書「皇帝の新しい心」の内容に対して懐疑的ではあるものの、その可能性は否定していないということが分かります。こうなると、何はともあれ「皇帝の新しい心」という本を知る必要があります。

幸い、お世話になっている図書館にそれは所蔵されていました。 

皇帝の新しい心
皇帝の新しい心

題名:「皇帝の新しい心 コンピュータ・心・物理法則」

原書:「The Emperor's New Mind: Concerning Computers, Minds, and The Laws of Physics」1989年

著者:ロジャー・ペンローズ

出版:みすず書房

発行:1994年12月

ここでは訳者である林 一先生(昭和薬科大学名誉教授)による「訳者あとがき」の一部と、この本の目次をご紹介したいと思います。

『~ 心はなぜ存在するか、心は脳という生物的機関に固有のものなのか。意識現象が科学で理解できるのか。思考は機械的に可能か。われわれはなぜここにいて、宇宙について、心について考えているのか。

相対性理論の新しい時空像、量子論が切り開いたパラドクシカルな状況、人工知能(AI)の発展、ゲーデルの定理、チューリング機械の理論がさらけだしたアルゴリズム的思考の限界。脳科学が提示している知覚の奇妙さ。こうした現代科学の成果は、上の問題を新たな形で定式化しては、それをめぐる謎をさらに深めたと言える。

この謎に対する出来合いの答はもちろんない。本書は、現代科学のあらゆる分野の関連のあるかぎり遠慮なく取り上げて、この本題に迫る。答えはないとはいえ、ペンローズが多大の労力を費やしたのは、彼の大胆な仮説、見通しを筋道を立てて率直に読者に説明するためである。そのためには相対性理論、量子論の根本的問題についても論じなければならない。議論は明快で数式はかみ砕かれており、読み飛ばしても差し支えないという断りがあるとはいえ、かの【ホーキング、宇宙を語る】の各編集者がホーキングに与えた、どんな数式も読者を半減させるという名警告を、彼はあえて無視した。

数理物理学、相対性理論、宇宙論の分野で赫々(カクカク)たる業績をあげた、当代きっての数学者・物理学者であるペンローズがなぜ、大勢の物理学者が敬して遠ざけてきたこの問題にここまで真剣に取り組むようになったのか、その心中を推測することは私にはできない。きっかけについては彼自身の言葉を上で紹介したが[上で紹介とは「副題に“コンピュータ・心・物理法則”とあり、コンピュータが心をもちうるかという問題を、それを肯定的に答える一部の論者に刺激されて、心とは何かについて深く考え始めたのが、本書執筆の動機であった、と著者自身が述べている、ひょっとするとごく単純で、エヴェレストがそこにあるのと同じように、問題がそこにあったからなのであろうか。いずれにしても、これは功なり名を遂げた高名な科学者にしばしば見られる、高尚な哲学的問題への寄り道、老後の手すさびではない。彼は数年来、さまざまな形でこの問題に対する関心の深さを披露してきたのだが、ついに本格的な書物の形にまとめて、世に問うに至った。

心とは何か、意識の本体は何か、それを解明するには、量子論を根本から改革しなければならない。ビッグバンの解明には、量子重力論の建設が必要であることは広く認められているが、ペンローズはさらに進んで、正しい量子重力論が、心の謎、時間の流れという意識の謎を科学的に解く鍵を与えると予測している。意識的思考は非アルゴリズム的で、謎めいた無意識の方こそアルゴリズム的だという指摘、重力による時空の湾曲が意識の成立に関わる、という見通しは、彼以外のすべての科学者にとっても、現代科学に多少なりと親しんでいる一般読者にとっても、破天荒なアイデアであろう。

この問題に対する彼の大胆極まりない答えを一般読者に向けて解くためには、背景となる科学のさまざまな分野(上ではその一端に触れただけだが)について予備知識を与えるべく、著者は筆を惜しまず数百ページを費やして解説した後、本題に迫る。その範囲の広大さは、目次を一目見ただけで分かるだろうから、ここでは羅列しないが、その解説も決して型通りのものではなく、この著者ならではの独創的なものであるが、それはこのような分野に接したことのある読者なら一読して自ら納得されるだろう。うまく訳文に表すことができたかどうか心細いが、控えめだが企まざるユーモアも微笑ましい。

彼自身が明言しているように、当然ながら、彼の答えも暫定的なものである。かつて彼の名声を不動にした、いわゆるペンローズの定理―すべての既知の物理法則が成立しない特異点ブラックホールが生じるのは特殊な条件のもとに限られるという、長年の物理学者の希望的観測を打ち砕いた定理―の発見が、後にスティーヴン・ホーキングの協力を得て、ペンローズ‐ホーキングの定理に拡大されて、宇宙論の展開に大きな転機をもたらしたことが思い合わされるが、心という小宇宙と大宇宙に科学的理解の橋を架けようという、それ以上にスケールの大きな大胆不敵なアイデアが、どのような運命をたどることになるのか、そして、現代科学、なかんずく人工知能論が心に着せている新しい衣を、ペンローズが、皇帝の権威を恐れない寓話の中の子供のように見透かしたことになるのか、私には予測はつかない。 ~』

目次

序文

プロローグ

1 コンピュータは心をもちうるか?

 はじめに

 テューリング・テスト

 人工知能

 「快楽」と「苦痛」に対するAIアプローチ

 強いAIとサールの中国語の部屋

 ハードウェアとソフトウェア

2 アルゴリズムとテューリング機械

 アルゴリズム概念の背景

 チューリングの発想

 数値データの2進符号化

 チャーチ‐チューリング・テーゼ

 自然数以外の数

 万能チューリング機械

 ヒルベルトの問題の解決不能性

 アルゴリズムをどう出し抜くか

 チャーチのラムダ算法

3 数学と実在

 トルブレッド=ナムの国

 実数

 実数はどれだけあるか?

 実数の「実在性」

 複素数

 マンデルブロー集合の作図

 数学的概念のプラトン的実在性

4 真理、証明と洞察

 数学に関するヒルベルトのプログラム

 形式的数学的システム

 ゲーデルの定理

 数学的洞察

 プラトン主義か直感主義か?

 テューリングの結果から導かれるゲーデル型の定理

 帰納的に可算な集合

 マンデルブロー集合は帰納的か?

 非帰納的な数学のいくつかの例

 マンデルブロー集合は非帰納的数学らしいか?

 複雑性理論

 複雑性と物理的な事物の計算可能性

5 古典的世界

 物理理論の身分

 ユークリッド幾何学

 ガリレオとニュートンの動力学

 ニュートン力学の機械論的世界

 ビリヤード・ボール世界における生命は計算可能か?

 ハミルトン力学

 位相空間

 マクスウェルの電磁理論

 計算可能性と波動方程式

 ローレンツの運動方程式:暴走粒子

 アインシュタインとポアンカレの特殊相対性理論

 アインシュタインの一般相対性理論

 古典物理学における計算可能性:われわれはどこに立っているのか?

 相対論的因果性と決定論

 質量、物質と相対性

6 量子マジックと量子ミステリー

 哲学者は量子論を必要とするか?

 古典理論の問題点

 量子論の始まり

 2重スリット実験

 確率振幅

 粒子の量子状態

 不確定性原理

 発展手順UとR

 1つの粒子が同時に2つの場所にある?

 ヒルベルト空間

 測定

 スピンと状態のリーマン球面

 量子状態の客観性と測定可能性

 量子状態のコピー

 光子のスピン

 大きなスピンをもつ対象

 多粒子系

 アインシュタイン、ポドルスキ―、ローゼンの「パラドクス」

 光子を用いる実験:相対性理論の難点?

 シュレーディンガー方程式:ディラック方程式

 量子場の理論

 シュレーディンガーの猫

 現行の量子論に対するさまざまな態度 

 われわれはどこに取り残されたのか?

7 宇宙論と時間の矢

 時間の流れ

 容赦ないエントロピーの増大

 第2法則の働き

 宇宙における低エントロピーの起源

 宇宙論とビッグバン

 原初の火の玉

 ビッグバンは第2法則を説明するか?

 ブラックホール

 時空特異点の構造

 ビッグバンはいかに特殊であったか?

8 量子重力を求めて

 なぜ量子重力か?

 ワイル曲率仮説の背後に何があるか?

 状態ベクトルの収縮における時間非対称性

 ホーキングの箱:ワイル曲率仮説との関連?

 状態ベクトルはいつ収縮するか?

9 実際の脳とモデル脳

 脳は現実にはどういうものか?

 意識の座はどこか?

 分割脳実験

 盲視

 視覚皮質における情報処理

 神経信号はどのように働くのか?

 コンピュータ・モデル

 脳の可塑性

 並列コンピュータと意識の「唯一性」

 脳の活動に量子力学の出番はあるか?

 量子コンピュータ

 量子論を越えて?

10 心の物理学はどこにあるのか?

 心は何のために?

 意識の現実に何をなすのか?

 アルゴリズムの自然淘汰?

 数学的洞察の非アルゴリズム的性格

 インスピレーション、洞察と独創性

 思考の非言語性

 動物意識?

 プラトン的世界との接触

 物理的実在に対する1つの見方

 決定論と強い決定論

 人間原理

 タイル並べと準結晶

 脳の可塑性とのありうべき関連

 意識の遅れ

 意識的知覚における時間の奇妙な役割

 結論:子供の見方

エピローグ

まとめ

”まとめ”というには頼りない内容ですが書いてみました。

繰り返しになりますが、本書の著者が考えている「量子力学と意識」の関係性は次の通りです。

酵素活性や光合成など本書で取り上げたほかの生物現象と違い、そもそも意識を説明するのに実際に量子力学が必要であるという証拠はまったくない。しかし、生命に欠かせないあれほど多くの現象に関係していることが分かっている量子力学の奇妙な性質が、生命のもっとも謎めいた産物である意識にはまったく関係していないなどということが、はたして考えられるだろうか?

これを見たときに気になったのは、ブログ ”がんと自然治癒力9” でご紹介したテロメアです。

このテロメアは2017年5月、NHKの”クローズアップ現代”でも紹介されています。

『老化を防ぎ、若さを保ちたい。そんな願いをかなえると注目されている研究がある。ノーベル賞生物学者・ブラックバーン博士らによる「テロメア」研究だ。染色体の端にあり細胞分裂のたびに短くなるため、年とともに縮むと考えられていたテロメア。ところがテロメアを伸ばして細胞から若返る方法があり、がんを防げる可能性もあるというのだ。』

『ブラックバーン博士たちが発見した酵素「テロメラーゼ」です。テロメラーゼは、テロメアが短くなるのを遅らせたり、さらに伸ばしたりする働きもあります。これによって、細胞を若返らせる可能性が出てきたんです。この発見で、ブラックバーン博士たちはノーベル賞を受賞。そして今、どうすればテロメラーゼを増やし、テロメアを伸ばすことができるのか、研究が進んでいます。』

この時、勉強した本は『テロメア・エフェクト』ですが、そこでは”靴紐とキャップ”を例に”染色体とテロメア”を紹介していました。

テロメア・エフェクト
テロメア・エフェクト

そして、ストレスに対する”脅威反”と”チャレンジ反応”という二つの反応によって、テロメアが受ける影響は異なるということも説明されていました。これは意識とテロメアの関係を示すものだと思います。


テロメアにはNHKの”クローズアップ現代”のところでご紹介したように、”テロメラーゼ”という酵素の関与が明らかになっています。酵素のメカニズムに量子力学が関わっているということが証明されれば、テロメアに影響を与える意識と下図の三層目に存在する量子力学が結ばれると考えても良いのではないでしょうか。

生命は量子の世界と古典的な世界との縁を航海している
生命は量子の世界と古典的な世界との縁を航海している

画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

生物と量子力学2(酵素)

酵素に注目した理由は、代謝にとって酵素が極めて大切なものだからです。

 “がんと自然治癒力”というブログの中で、自然治癒力とは何かについて整理整頓し、「自然治癒力とはストレス適応と栄養代謝である(詳細は“がんと自然治癒力13” の中段にある ”4.自然治癒力について” をご覧ください)という自分なりの考えをまとめました。

酵素は本書のなかでも、【生命のエンジン】であり、【我々を生かしつづけている「代謝」というプロセスを加速している】とされており、非常に重要なものと位置づけられています。

「第3章 生命のエンジン」はまさに酵素について書かれた章になります。ブログは目次に順じたつくりにはなっていませんが、 “●量子トンネル効果” については全文をご紹介しています。

第3章 生命のエンジン

●酵素-生きているものと死んでいるものを分け隔てるもの

●我々にはなぜ酵素が必要で、おたまじゃくしはどうやって尾をなくすのか

●地形を変える

●激しい運動や振動

●遷移状態理論ですべて説明できるのか?

電子をあちこちに動かす

量子トンネル効果

●生物における電子の量子トンネル効果

●陽子をあちこちに動かす

●速度同位体効果

●これで量子生物学は確立するのか?

また、下記の『 』で括った2つの文章は、前者が第3章の冒頭部分から、後者が“●電子をあちこちに動かす”から、それぞれ一部を抜き出したものです。そして、前者は“コラーゲナーゼ”、後者は“呼吸酵素”という2つの酵素を通じて、酵素の重要性や働きについて説明しています。さらに、呼吸酵素の「桁違いの凄さ」を生みだす “量子トンネル効果” とその前提となる “量子コヒーレンス” という量子現象について触れています。

酵素は生命のエンジンだその中でも我々におそらくもっとも馴染み深いものとしては、しみを取り除く「酵素入り」洗剤に加えられているプロテアーゼ[タンパク質分解酵素(タンパク質を構成するペプチド結合を加水分解する酵素]や、ジャムに加えて安定化させるペクチン[ペクチナーゼ(ペクチン分解酵素)]、あるいは牛乳を凝固させてチーズを作るために加えられるレンネット[凝乳酵素]など、日々ありふれた使われ方をしているものがある。また知っている人もいるかもしれないが、我々の胃や腸の中ではさまざまな酵素が食物を消化する役割を担っている。しかしそれらは、自然界のナノマシンの働きのなかでもかなり些細な例だ。原始のスープ[生命の起源に関わる言葉で、非生物的な有機物の濃縮されたスープのこと]のなかで姿を現した最初の微生物から、ジュラ紀の森を闊歩していた恐竜、そして現在生きているすべての生物に至るまで、あらゆる生命は酵素に頼っている。あなたの身体のなかにある一個一個の細胞は、何百や何千というこのような分子マシンで満たされており、それらが生体分子の組み立てと再利用のプロセス、我々が生命と呼ぶプロセスを、絶えず手助けしているのだ。

ここで鍵となるのが、酵素の働きを指す「手助け」という言葉だ。酵素の仕事は、本来ならあまりにも遅いさまざまな生化学反応を加速させる(「触媒する」)ことである。つまり、洗剤に添加されているプロテアーゼは、しみに含まれるたんぱく質の分解を加速させ、ペクチン[ペクチン分解酵素]は果実に含まれる多糖の分解を加速させ、レンネットは牛乳の凝固を加速させる。同じように、我々の細胞のなかにある酵素は、細胞内の何兆個という生体分子を絶えず何兆個という別の生体分子へ変換することで我々を生かしつづけている、「代謝」というプロセスを加速している。

メアリー・シュワイツァーが恐竜の骨に作用させたコラーゲナーゼも、そうした生物マシンの一つにすぎず、動物の体内ではつねにコラーゲン線維の分解を担っている。酵素によって分解がどれだけ加速されるかをおおまかに見積もるには、酵素がなかった場合にコラーゲン線維の分解にかかる時間(明らかに6800万年より長い)と適切な酵素があった場合の時間(約30分)とを比べればいい。そこには一兆倍もの開きがあるのだ。

Bレックスの大腿骨
Bレックスの大腿骨

標本番号:MOR-1125

2005年3月、ノースカロライナ州立大学のハイビー・シュワイツァーはサイエンス誌上でBレックスの大腿骨から軟組織の回収に成功したと発表した。論文では血管様の組織と弾力のある骨基質様の組織が報告された。もしこれがオリジナルの組織であればDNA抽出などの可能性が広がるが、一方でこれが本当にティラノサウルス由来の組織であるか疑問視する意見も多く寄せられた。

2016年、シュワイツァーらは鳥類との比較検討を行い、産卵期のメスの骨髄組織とBレックスの組織が非常によく似ていることを発見し、Bレックスの軟組織はオリジナルのもので間違いないと結論づけた。

画像出展:「ウィキペディア

この章では、コラーゲナーゼのような酵素がどのようにして化学反応を桁外れに加速させるのかを探っていく。近年、少なくともいくつかの酵素の作用に量子力学が重要な役割を果たしているという、驚きの発見があった。酵素は命の中核をなしているので、これを量子生物学をめぐる旅路の最初の寄港地としよう。

※「代謝」とは:生命維持活動に必須なエネルギーの獲得や、成長に必要な有機材料を合成するために生体内で起るすべての生化学反応の総称。(コトバンクの“ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説”より) 

総まとめ代謝マップ
総まとめ代謝マップ

こちらの密集した手書きの図は、2017年10月にアップした”代謝と恒常性”でご紹介した、「総まとめ代謝マップ」と題されたもので、『「代謝」がわかれば身体がわかる』からもってきました。

呼吸とは息をすることだと考えたくなる。必要な酸素を肺に取り込んで、いらない二酸化炭素を吐き出すという作用だ。しかし実は息というのは、すべての細胞のなかで進行しているはるかに複雑で秩序正しい分子プロセスの、最初の段階(酸素の供給)と最後の段階(二酸化炭素の排出)を組み合わせたものにすぎない。そのプロセスは、「ミトコンドリア」と呼ばれる複雑な細胞小器官のなかで行われている。ミトコンドリアは、我々の大きい動物細胞のなかに閉じ込められた細菌の細胞のように見え、膜や独自のDNAなど内部構造まで持っている。実はミトコンドリアは、数億年前、動物や植物の細胞の祖先のなかに共生した細菌から進化して、その後、独自に生きる能力を失ったものにほぼ間違いない。ミトコンドリアが呼吸のようなきわめて精巧なプロセスを進めることができる理由は、かつて細菌として独自に生きていたことで説明できるだろう。化学的な複雑さでいえば、呼吸はおそらく、次の章で取り上げる光合成に次ぐ第二位だ。

呼吸において量子力学が果たしている役割を突き止めるには、呼吸のしくみを単純化してとらえる必要がある。それでも呼吸には、驚異の生物ナノマシンがおこなう一連の見事なプロセスが関わっている。はじめに炭素でできた燃料、この場合には食物から得た養分を燃焼させる。たとえば炭水化物は消火器の中で分解されてグルコースなどの糖になり、それが血流に乗って、エネルギーを必要としている細胞へ運ばれる。この糖を燃やすのに必要な酸素は、肺から血液によって同じ細胞へ届けられる。そして石炭を燃やしたときと同じように、分子内の炭素原子の最外殻にある電子が、NADHと呼ばれる分子へ移動する。しかしその電子は、すぐに酸素原子との結合に使われるのではなく、まるでリレー競争でバトンがランナーからランナーへ渡されていくように、細胞のなかにある「呼吸鎖」上を酵素から酵素へと手渡しされていく電子は移動の各段階ごとにより低いエネルギー状態へ落ち、酵素はそのエネルギー差を使って陽子をミトコンドリアから外へ汲み出す。次に、そうして生じたミトコンドリア内外での陽子の濃度差を使って、ATPアーゼと呼ばれる別の酵素が駆動し、ATPという生体分子を合成する。ATPはあらゆる細胞にとってきわめて重要な分子で、いわばエネルギーの電池のように細胞のなかを簡単に運ぶことができ、身体を動かしたり作ったりするなど、大量のエネルギーを必要とする活動にパワーを供給する。

電子のエネルギーを使って陽子を汲み出す酵素の働きは、余剰なエネルギーを蓄えるために水を高いところへ汲み上げる揚水ポンプに似ている。蓄えられたそのエネルギーを解放させるには、水を低いところへ流してタービンに回し、発電させればいい。それと同じように、呼吸酵素のポンプは、ミトコンドリアから外へ陽子を汲み出す。その陽子がなかへ戻ってくるときに、タービンに相当する酵素であるATPアーゼがパワーを得る。そのタービンの回転がさらに別の一糸乱れる分子運動を引き起こすことで、酵素のなかにある分子に高エネルギーのリン酸基を結合させ、ATPを作り出すのだ。

エネルギーを捕まえるこのプロセスをさらにリレー競争にたとえるなら、バトンの代わりに水(電子のエネルギー)の入った瓶を使い、それぞれのランナー(酵素)が少しずつ水を飲んでから瓶を次のランナーに手渡していって、最後に残った水を酸素と書いているバケツへ移す。このように電子のエネルギーを少しずつ捕まえることによって、酸素へ直接移すよりも全体のプロセスの効率がはるかに良くなり、廃熱として失われる分もきわめて少なくなるのだ。

「人体の正常構造と機能」より
電子伝達系(電子と水素イオンの流れ)

この図は本書のものではないため、上記の説明とはつながっていません。

ここでは紫線電子の流れを見ていただくために添付しました。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

このように、呼吸の鍵となる作用は息をすることとはほとんど関係なく、細胞のなかにある呼吸酵素が秩序正しく電子を受け渡していくことで成り立っている。酵素から酵素への電子移動は原子何個分にも相当する数十オングストロームの距離で起こり、従来の電子のジャンプではとうてい起こりえないと考えられていた距離に相当する。呼吸酵素はどのようにして、そのような長距離で電子をこれほど素早く効率的に移動させることができるのか、それこそが呼吸の謎である。』 

ここで問題の「数十オングストローム(Å)の距離」がどれ程のものか考えたいと思います。

こちらの絵は、“水素原子”を「ピンポン球」の大きさに拡大すると、“ピンポン球”は「地球」の大きさになってしまう。という例です。なお、水素原子の正確な直径は、1.06(オングストローム)になります。

画像出展:「原子ってどんなもの?(1)

原子の直径として明記されている10-10mという数は1Å[オングストロームと同じです。また、中央にあるオレンジ色原子核の大きさは中性子と陽子の数で決まります。その原子核の周りに電子が存在しているというのが原子の全体像です。

画像出展:「第1回:原子のつくり その1

数十オングストローム(Å)の距離とは

■1Åは10−10m

■1Åは 0.1ナノメートル(nm)

■1Åは100ピコメートル(pm)

この表は「ウィキペディア」に出ている表を参考に作成しました。

 

この表は「電子の大きさはどれだけか?」に出ている表を参考に作成しました。

 

水素原子の半径は0.53Å(53pm)。原子核の大きさは陽子・中性子の数によって変わりますが、陽子・中性子それぞれの半径はともに約1.2fm(0.0012pm・0.000012Å)。従って、陽子・中性子を1とすると、水素原子は陽子・中性子の約44,000倍であり、原子核の外側に位置する電子は原子核から約44,000倍離れていることになります。

原子核を半径10cmのボールとすると、電子があるのは約4.4km地点ということになります。新宿駅と池袋駅の直線距離は約4.6kmだそうなので、新宿駅にハンドボール、池袋駅にハンドボールより明らかに小さいもの、例えばパチンコ玉があるというイメージでしょうか。ちなみに重さの比較ということでいえば、電子を1とすると、陽子・中性子は電子の約1,800倍です。仮にパチンコ玉(電子)がプラスチックでできていて1gしかないとすれば、陽子・中性子の重さはそれぞれ約1.8㎏ということになります。

従来の電子のジャンプではとうてい起こりえないとする距離は数十Åとされているので、仮に水素原子(半径)の100倍、53Åの距離ということになると440km離れた所になりますので、パチンコ玉(電子)は池袋から京都あたりまで飛んで行ったということになりますニュートン力学の世界で考えれば、確かにジャンプ(jump)というよりは小旅行(trip)という感じです。

そして、この小旅行ともいうべき長距離を瞬時に移動するための手段は、奇怪な量子現象の一つである“量子トンネル効果”であるとされています。

「量子力学で生命の謎を解く」より
現実の3つの層:ニュートン力学-熱力学-量子力学

このイメージ図は前回のブログ “生物と量子力学1” でご紹介したものです。一層目の「ニュートン力学」、二層目の「熱力学」について説明していますので、これらについて確認されたい場合はこちらを参照ください。

画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

 

 

 

量子論の二つの重要事項

まず量子論を理解するためには二つの重要事項があるとされています。いずれもニュートン力学では考えられない奇怪な量子の振る舞いです。

その一つは「波と粒子の二面性」をもっているということです。

波と粒子の二面性
波と粒子の二面性

画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

 

 

 

そして、もう一つが「状態の共存(重ね合わせ)」と言われるものです。

状態の共存(重ね合わせ)
状態の共存(重ね合わせ)

画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

 

 

 

「光合成は量子コンピューティング」:複数箇所に同時存在”という記事の中に「状態の共存(重ね合わせ)」を分かりやすい例を使って説明されている個所がありましたので、そちらをご紹介します。

『家へ自動車で帰るにあたって3つのルートがあるというものだ。どのルートが速いか遅いかはわからない。しかし量子的なメカニズムでは、これらの3つのルートを同時に取ることができる。到着するまで、自分がどこにいるかを特定しないので、常に最も速いルートを選ぶことになる。

量子トンネル効果について

壁やガラスを透過する電磁波
壁やガラスを透過する電磁波

『電磁波は、障害物を透過する性質があります。たとえば可視光線は、ガラスにぶつかると、一部は透過します。また、携帯などの電波が室内に届くのは、電波が壁などを幾分透過するというのが理由の一つです。

電子も波の性質をもつので、同じようなことがおこります。電子も本来なら通り抜けることができないはずの“壁”を、すり抜けることができるのです。これを、「トンネル効果」とよんでいます。』

 画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

こえられないはずの山を“すり抜ける”電子
こえられないはずの山を“すり抜ける”電子

3.は「こえられないはずの山を“すり抜ける”電子」と書かれています。また、図中にその仕組みの説明書きがありますが、ネット上に同様な絵を使って簡潔に説明されているサイトがありましたので、そちらもご紹介します。

 画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

『エネルギーと時間の不確定性関係によると、電子はごく短時間であれば、図のような山をこえるだけのエネルギーを得て、山の反対側に行くことが可能です。これを外部からみると電子がいつのまにか山をすり抜けるように見え、トンネル効果と呼ばれています。私たちが日常使っている電子機器の半導体回路を流れる電流は、トンネル効果を無視することができません。応用例には、走査型トンネル顕微鏡、フラッシュメモリ、エサキダイオードなど多数あります。』   画像出展:「大阪大学工学部自然科学学科

少し話が混沌としてきましたので整理したいと思います。お伝えしたいポイントは以下の4つです。

酵素は生命のエンジンであり、「代謝」というプロセスを加速している。

コラーゲナーゼは6800万年守られた恐竜の軟組織をたった30分で分解してしまった。

呼吸酵素は考えられない長距離移動を、量子現象の“量子トンネル効果”によって実現させた。

●”量子トンネル効果”は”量子コヒーレンス”な環境が必須となる。

量子現象の“トンネル効果”を得るためにはもう一つ、極めて大きな課題があります。それは“量子コヒーレンス”という難題です。コヒーレンスとは「同調」という意味ですが、一方、この「同調」が崩れてしまった状態のことを“デコヒーレンス”と呼んでいます。

このコヒーレンス・デコヒーレンスをとばして話を進めることはできせんので、前後してしまいましたが本書に書かれているの“●量子トンネル効果”をご紹介します。問題の“量子コヒーレンス”に関わる部分は後半に出てきます。

“●量子トンネル効果

『第1章で説明したように、量子トンネル効果とは、音が壁を通り抜けるのと同じように、乗り越えられそうにない障壁を粒子が簡単にすり抜けてしまうという奇妙な量子プロセスである。1926年にドイツ人物理学者のフリードリヒ・フントがはじめて発見し、そのすぐあとにジョージ・ガモフ、ロナルド・ガー二―、エドワード・コンドンが、量子力学の新たな数学に基づいてこの概念を使うことで、放射性崩壊の現象を見事に説明した。量子トンネル効果は原子核物理学の中心テーマとなったが、のちに材料科学や化学といったもっと幅広い分野に通用する現象と認められるようになった。前に話したように、地球上の生命にとって量子トンネル効果は欠かせない。太陽の内部で水素がヘリウムへ変換する第一段階として、正の電荷を持った二個の水素原子核が融合し、それによって太陽は膨大なエネルギーを放出するのだ。

量子トンネル効果については理解するには、粒子が障壁の一方の側から反対側へ、常識では不可能なはずの方法ですり抜けるための手段と考えるといい。ここでいう「障壁」とは、十分なエネルギーがないと物理的に通過できない空間領域のことで、SFに登場するフォースフィールド[目に見えないバリア]だとでも考えておけばいい。その領域は、二つの電気伝導体を隔て薄い絶縁体でもいいし、または、呼吸鎖に含まれる二個の酵素のあいだの隙間のように単なる空っぽの空間でもいい。また前に話したように、化学反応を遅くするエネルギーの山でもいい。

例として、低い山へ向かってボールを蹴り上げたとしよう。ボールが頂上にたどり着いて反対側へ転がり落ちるには、十分な強さで蹴らなければならない。斜面を登るにつれて徐々に減速し、十分なエネルギーがなければ(十分に強く蹴らなければ)、途中で止まって再びこちらへ転がり落ちてくる。

古典的なニュートン力学によれば、ボールがこの障壁を通過するには、エネルギーの山を乗り越えるのに十分なエネルギーを持っていなければならない。しかし、もしこのボールがたとえば電子で、山が反発力によるエネルギー障壁だったとしたら、電子は波動として、もっと効率の良い別の方法で障壁をすり抜ける確率が少しだけある。これが量子トンネル効果だ。

量子力学の重要な特徴として、軽い粒子ほど容易にトンネルできる。このプロセスが素粒子の世界の至るところで起きるものだとしたら、トンネル効果がもっともよく見られるのは当然きわめて軽い素粒子である電子だということになる。

金属に電場をかけると電子が飛び出してくる、電解放出と呼ばれる現象は、1920年代後半にトンネル効果として説明された。ウランなど一部の原子核がときどき粒子を吐き出す、放射性崩壊の現象がどのようにして起きるのかも、量子トンネル効果で説明された。これが、原子核物理学の問題に量子力学を応用した初の例となった。化学では、電子や陽子(水素原子核)、さらにはもっと重い原子の量子トンネル効果についても詳しく解明されている。

量子トンネル効果はその重要な特徴として、ほかの多くの量子現象と同じく、物質粒子が広がった波動のような性質を持っているために起きる。しかし、膨大な数の粒子からなる物体がトンネルするには、すべての構成粒子の波動的性質が山や谷を一致させて歩調を合わせ、コヒーレントと呼ばれる状態、すなわち「同調」した状態を保っていなければならない。 

「同調(コヒーレント)」という言葉から頭に浮かんだのが、「日体大の集団行動」です。

 画像出展:「grapeさま:“【圧巻】日体大の美しすぎる集団行動!なんでぶつからないの!?”

逆に、多数の量子波がすべてあっという間に歩調を乱して、全体のコヒーレントな振る舞いが消し去られ、物体が量子トンネル効果を起こす能力を失ってしまうプロセスを、デコヒーレンスという。粒子が量子トンネル効果を起こすには、障壁をすり抜けるためには波動の状態を保っていなければならない。そのために、フットボールのような大きい物体は量子トンネル効果を起こさない。何兆個という原子からできており、調和したコヒーレントな波動として振る舞うことができないからだ。 

 画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

量子の基準から見れば細胞も大きい物体なので、一見したところでは、原子や分子がほぼでたらめに動き回っている温かく湿った細胞のなかに量子トンネル効果が見つかるとは思えない。しかし先ほど説明したように、酵素の内部は違っており、粒子は無秩序に騒いではおらず、一糸乱れぬダンスを踊っている。そこで、このダンスが生命にどのような違いをもたらすのか、それを探っていくことにしよう。』

上記文章の最後に書かれた「酵素の内部は違っており、粒子は無秩序に騒いではおらず、一糸乱れぬダンスを踊っている。」について、どこで説明されているのか確認しました。正直、あまり自信がないのですが、次の文章(“●遷移状態理論ですべて説明できるのか?”より)のことだと思います。

『もう一つの謎が、酵素自体の構造がさまざまな形で変化すると酵素の活性がどのように影響を受けるかだ。たとえば、コラーゲナーゼはあらゆる酵素と同じく、活性部位のなかにある顎や歯と、それを支えるたんぱく質の台座からできている。顎や歯を作っているアミノ酸が置き換わると酵素の能力は大きな影響を受けると予想され、実際にそのとおりになる。しかし驚くことに、活性部位から遠く離れた位置のアミノ酸が置き換わっても酵素の能力は劇的な影響を受けることが分かっている。何の影響もないはずの形で酵素の構造が変わっても、なぜそのような劇的な違いが生じるのかは、標準的な遷移状態理論の枠組みではいまだに謎のままである。しかし実は、量子力学を考え合わせると理屈が通るようになるのだ。この発見については、本書の最後の章で再び取り上げよう。』

この最後の章とは「第10章 量子生物学―嵐の緑の生命」になりますが、この中で“一糸乱れるダンスを踊っている”について述べられています。それは最初に出てくる“●素晴らしいグッド・ヴァイブレーション(バップ、バップ)”に書かれています。

『この分野におけるきわめて刺激的な新しい成果のなかには、光合成のさらなる研究によって得られたものもある。第4章[量子のうなり]で話したように、微生物や植物の葉には、クロロフィル色素分子の森に覆われた葉緑体がぎっしり詰まっている。光合成の第一段階では、光子が一個の色素分子に捕らえられ、それが振動励起子[レイキシ:結晶内を自由に移動する中性の粒子]に変換されてクロロフィルの森の中を素早く移動し、反応中心にたどり着く。また、そのエネルギー輸送プロセスには、量子のうなり[量子コヒーレント状態の実験で600フェムト秒にわたって信号が上下に振動するということ]という、コヒーレント状態が存在する証拠が見つかっており、このプロセスの効率がほぼ100パーセントであるのは、励起子が量子ウォークによって反応中心にたどり着くからだという証拠が得られている。しかし、分子ノイズに満ちた細胞という環境のなかを移動する励起子が、どのようにしてコヒーレントな波動的振る舞いを維持しているかは、最近まで謎だった。いまや明らかとなったその答えによれば、生命系はどうやら分子振動を抑えようとしているのではなく、逆にそのビートに合わせてダンスをしているらしいのだ。 

ノイズ(分子振動)を利用して量子コヒーレンスを維持する

第10章の“●古典的な嵐の縁に立つ生命”の中に、量子コヒーレンスを維持する方法が説明されています。

『シュレーディンガーが数十年前に示した生命の本質に関する疑問の答えは出てくるのだろうか? すでに説明したようにシュレーディンガーは、きわめて秩序立った生命体の身体全体から、熱力学の嵐の海を経て量子の基岩へ至るまで、すべてを貫く秩序に支配された系が生命であると見抜いた(図10-1 

先に「ニュートン力学」「熱力学」についてご紹介したものです。

画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

 

 

 

そして重要な点として、1930年代にパスクアル・ヨルダンが予測したとおり、量子レベルの出来事がマクロな世界に影響をおよぼすことができるよう、この生命のダイナミクスは微妙なバランスを取っている。このようにマクロな世界が量子の世界に大きく影響を受けるという性質は、生命特有のものである。そのおかげで生命はトンネル効果やコヒーレンスやもつれ[重ね合わせ]といった量子レベルの現象を利用することで、独特の存在となっているのだ。

しかし重要な条件として、このように量子の世界を利用するには、デコヒーレンスを食い止められなければならない。そうでないとその系は量子的性格を失い、「無秩序から秩序へ」の法則に従う完全に古典的な、または熱力学的な振る舞いをするようになってしまう。科学者はこれまで、量子反応を邪魔をする「ノイズ」を遮断することで、デコヒーレンスを回避してきた。しかしこの章で分かったように、どうやら生命はそれとはまったく違う戦略を取っているらしい。コヒーレント状態をノイズに邪魔されるのではなく、逆にノイズを利用して量子の世界とのつながりを維持しているのだ。

コヒーレント状態の維持にノイズを利用?
コヒーレント状態の維持にノイズを利用?

生命は量子の世界と古典的な世界との縁を航海している。細胞は細長いキールを量子の層までまっすぐに突き刺した船のようなもので、そのためにトンネル効果や量子もつれなどの現象を利用することで生きつづけることができる。量子の世界とのこの結びつきを積極的に維持するには、量子コヒーレンスを壊すのではなく維持しなければならない。

 画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

 

 

 

付記ほぼ妄想

ボート競技の“エイト”も「同調(コヒーレンス)」が印象的なスポーツです。写真では背を向け先頭にいる選手が舵手です。

三層目の量子力学の層にも、隠された「舵手」のような全体の動きを調整するメカニズムがあり、それが量子スピンや分子振動といったダイナミックなエネルギーをうまく利用してバランスを取り、コヒーレンスを維持しているかもしれません。アメリカ人が難なく英語(母国語)を操るように、量子の世界では当たり前のことなのかもしれません。

 画像出展:「TOKYO2020

 

 

 

現在の量子コンピュータはコヒーレンスを維持するために、プロセッサをマイナス273℃で冷やしているそうです。このような自由を奪う方法ではなく、上記のような「舵手」が現れれば量子コンピュータはもっともっと魅力的で現実的なものになると思います。

 世界が注目する商用量子コンピュータメーカー「D-Wave」とは?

『D-Wave Systemsが公開している情報によれば、量子コンピュータ「D-Wave」シリーズの見た目は、大きな黒く四角い箱型だ。もちろんただの「黒い箱」ではない。日常的にわれわれが使っているコンピュータとは違い、筐体の内部は「大きな冷蔵庫」のようになっている。量子コンピューティングのカギとなる量子状態をプロセッサに作り出すため、極低温に冷やす仕組みを備えている。プロセッサは約マイナス273℃にも冷えており、絶対零度をわずか0.015℃だけ上回る温度で駆動するという。』 画像出展:「MUFG Innovation Hub

生物と量子力学1(光化学コンパス)

量子力学はマクロの世界の力学でもありますが、その真骨頂は、原子よりも小さい電子などのミクロの世界を正しくはかる唯一の理論であるということです。半導体などの様々なテクノロジーは量子力学の上に立脚しています。さらに生物においてもミクロの世界の遺伝子などは量子の世界に踏み入れなければなりません。

しかしながら、「では、目に見える生き物にとっての量子力学とは何なのか、どこに活かされているのか?」という疑問は残ったままでした。

今回の『量子力学で生命の謎を解くはそのようなモヤモヤから見つけた本です。これも私にとっては難攻不落の果てしなく難解な内容なのですが、興味、関心がまさったというところです。とは言うものの、難しさは想像以上でブログに残したい気持ちは強くあるものの、何を書けばいいのか、何が書けるのか、早々に行き詰ってしまいました。

そして迷った末に、後先を考えず興味のある3つを取り上げることにしました。

1.光化学コンパス生き物の中の量子力学

2.酵素「生命の中核」とされている酵素

3.意識意識と量子力学

なお、順番は逆になりますが、最後に目次をご紹介しています。

量子力学で生命の謎を解く
量子力学で生命の謎を解く

著者:ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン

出版:SBクリエイティブ

初版発行:2015年9月

Life on the Edge
Life on the Edge

こちらは原書です。

題名は、”Life on the Edge:The Coming of Age of Quantum Biology” でした。

続いて、二人の著者をご紹介します。

1.ジム・アル=カリーリ

英国サリー大学の理論物理学教授。原子核物理学と並行して量子生物学の研究をおこなっている。王立協会のマイケル・ファデラー賞や大英帝国勲章などを受賞。

こちらはDigitalCastに掲載されている”量子生物学は生命の最大の謎を解明する科?”と題するもので、ジム・アル=カリーリ先生が量子生物学の紹介をされています。英語の動画ですが字幕がついています。また、下記はその概要です。

 『コマドリはどうやって南方へと渡っていくのでしょうか?その答えは、あなたの想像以上に奇妙かもしれません。量子力学が関わっているのです。ジム・アルカリリは、とても新しくかつ奇妙な分野である量子生物学に関する話をまとめました。アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだ量子力学的作用が渡り鳥の飛行を助けたり、様々な量子効果が、生物の起源そのものについても説明し得るのではないかと語ります。』

2.ジョンジョー・マクファデン

英国サリー大学の分子生物学教授。遺伝病や感染症の研究を経て、現在は病原微生物の遺伝の研究とともに、量子生物学やシステム生物学の研究をおこなっている。

クリック頂くとジョンジョー・マクファデン先生のホームページ”Johnjoe Mcfadden”に移動します。英語ですがサリー大学での33分の講義もあります。私には二重苦のため無意味なのですが、少しのぞいて見たところスライドを使ってご説明されていました。

本書、『量子力学で生命の謎を解の「第1章 はしがき」の中に量子力学の特徴を説明している個所がありますので、まずはそれらをご紹介したいと思います。

見えない不気味な現実

『現代の科学者に、科学全体のなかでもっとも成功し、もっとも幅広い影響をもたらし、もっとも重要な理論は何だと思うかを世論調査したとすると、その答えは、回答者が物理科学の研究をしているか生命科学の研究をしているかによって違ってくるだろう。ほとんどの生物学者は、自然選択に基づくダーウィンの進化論を、これまでに考え出されたなかでもっとも深遠な理論とみなす。しかし物理学者は、量子力学が第一位に来るはずだと主張するだろう。物理学と化学の大部分の基礎であり、宇宙全体の世界のしくみに関する現代の知識の大部分は崩れてしまうのだ。

「量子力学」という言葉はほぼ誰でも聞いたことがあるだろうが、この学問分野は不可解で難しく、ごく一握りの人間しか理解できないというイメージが大衆文化に植え付けられている。だが実は、20世紀前半以降、量子力学は我々の生活の一部をなしている。この学問は1920年代半ばに、きわめて小さい世界(いわゆるミクロの世界)、つまり、身の回りのあらゆるものを形作っている原子の振る舞いや、その原子を形作っているさらに微小な粒子の性質を説明するための数学理論として編み出された。量子力学はたとえば電子がどのような法則に従うかや、原子のなかで電子がどのように分布するかを記述することで、化学、物質科学、さらにはエレクトロニクス全体の基礎をなしている。確かに奇妙ではあるが、その数学的な法則は過去半世紀に実現したほとんどの技術的進歩の根幹をなしている。物質のなかを電子がどのように移動するかを量子力学で説明できなかったら、現代のエレクトロニクスの基礎をなす半導体の振る舞いは理解できなかっただろうし、半導体を理解できなければ、シリコンのトランジスタも、のちのマイクロチップや現代のコンピュータも開発できなかっただろう。例を挙げればきりがない。量子力学によって知識が発展しなかったら、レーザーは存在しなかっただろうし、ゆえにCDもDVDもブルーレイプレイヤーもなかっただろう。量子力学がなかったら、スマートフォンもGPSもMRIもなかっただろう。概算によれば、先進国の国内総生産の三分の一以上は、量子世界の力学の知識がなければ存在しなかったはずの応用技術に依存しているのだ。

それでもまだ始まりにすぎない。ほぼ間違いなく我々の生きているうちに到来する、量子が開く未来では、レーザー駆動の核融合によってほぼ無尽蔵に電力が得られ、人工分子マシンによって工学や生化学や医学の分野でさまざまなことが可能になり、量子コンピュータによって人工知能が実現、テレポーテーションというSFのような技術が情報伝達に日常的に使われるかもしれない。20世紀の量子革命は、21世紀になってさらに勢いを増し、我々の生活を想像もできないような形に変えるだろう。

しかし、量子力学とはいったい何だろうか? この疑問は本書を通じて探っていくことになる。手始めにここでは、我々の生活の礎となっている見えない不気味な現実の実例をいくつか紹介しよう。』

量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

『~ 物理実験室の外ではいったい何が、同じように量子的振る舞いを壊しているのだろうか?

その答えは、大きい(マクロな)物体のなかで粒子がどのように並び、どのように動いているかに関係している。原子や分子は、生きていない固体のなかではランダムに散らばって不規則に振動していることが多い。液体や気体のなかではさらに、熱のためにたえずランダムな要因によって、粒子の不安定な量子的性質はあっという間に消えてしまう。物体を構成するすべての量子的粒子の作用が組み合わさって、それぞれ互いが互いを「量子測定」する。それによって、我々の身の周りの世界は正常に見えているのだ。量子の不気味さを観察するには、普段と違う場所(太陽の内部)に行くか、ミクロの世界を深くまでのぞき込むように仕向けるしかない(MRI装置に入ってあなたの体内にある水素原子核のスピンを整列させるように。しかし磁石のスイッチが切られると、原子核のスピンの向きは再びランダムになり、量子の干渉は打ち消し合って消えてしまう)。このような分子のランダムな振る舞いのおかげで、我々はほとんどの場合、量子力学を知らなくてもやっていける。周りに見える生きていない物体のなかでは、ランダムな方向を向いてつねに動き回っている分子によって、量子の不気味さはすべて消し去られてしまっているのだ。』

なお、「量子の不気味さ」については、「量子的奇怪さ」というブログ“量子論2”の中でご紹介した個所が近い内容になっています。ご参考にして頂ければと思います。

また、今回の「疑問」(生き物にとっての量子力学とは?)と重なるような内容も本書にはありますので、こちらもご紹介します。

量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

『~ 生物学は詰まるところ応用化学の一つで、化学は応用物理学の一つだ。だから、我々もほかの生き物も含めすべての物体は、おおもとまでさかのぼれば単なる物理なのではないか? 多くの科学者は、深いレベルでは生物にも量子力学が関係しているはずだという考え方を受け入れながらも、その役割はわざわざ取り立てるほどのものではないと言い張っている。どういうことかというと、原子の振る舞いは量子力学の法則に支配されていて、生物には突き詰めれば原子の相互作用が関係しているのだから、量子の世界の法則が生物の体内の微小スケールでも作用しているのは確かに間違いないが、それはその微小スケールだけでの話であって、生命にとって重要な大きなスケールのプロセスにはほとんど、あるいはまったく影響をおよぼさないということだ。

もちろんそうした意見も、少なくともある程度は正しい。DNAや酵素などの生体分子は陽子や電子といった素粒子からできていて、素粒子の相互作用は量子力学に支配されていることになる。車やトースターの働きが突き詰めると量子力学に支配されているのと同じように、あなたが歩き、話し、食べ、寝て、さらに考えるしくみも、究極としては電子や陽子などの素粒子を支配する量子力学的な力によって決まっているのだ。しかしあなたがそれを知る必要はほとんどない。自動車整備工が大学で量子力学の講義に出る必要はないし、ほとんどの生物学科のカリキュラムでも、量子トンネル効果や量子のもつれや量子の重ね合わせにはまったく触れられない。根本的なレベルで見れば、この世界は馴染みのものとまったく異なる法則に従って動いているのだが、そのことを知らなくても、ほとんどの人は問題なく暮らしていける。微小レベルで起きる不気味な量子現象は、我々が日々目にしたり使ったりしている車やトースターのような大きい物体には、ふつうは何の作用ももたらさないのだ。

なぜだろうか? フットボールが壁をすり抜けることもなければ、人間どうしが不気味な結びつきを持つこともないし(いんちきなテレパシーは別だが)、残念なことにあなたが同時にオフィスと自宅の両方にいることもできない。それでも、フットボールや人体のなかに存在する素粒子はこうした芸当をすべてできる。我々が見ている世界と、物理学者が知っている、その水面下に存在している世界とのあいだには、なぜこのような境界線、いわば断層が走っているのだろうか?

上記の「物理学者が知っている、その水面下に存在している世界に関しては、おそらくこのことだろうという”イメージ図(図10-1)”が10章にありましたので、本書の文章と合わせてそちらもご紹介します。

「量子力学で生命の謎を解く」より
現実の3つの層:ニュートン力学-熱力学-量子力学

『~ ほとんどの生物は比較的大きい物体である。その全体の動きは、列車やフットボールや砲弾と同じくニュートンの法則にかなりよく従っている。大砲から撃ち出された人間は砲弾とほぼ同じ軌道を描く。もっと深いレベルに目を向けると、組織や細胞の生理も熱力学の法則でよく説明することが。肺の膨張と収縮は、風船の膨張と収縮とさほど違わない。そのため一見したところ、コマドリや魚や恐竜、リンゴの木やチョウや我々の身体のなかでも、ほかの古典的な物体の内部と同じく、量子的な振る舞いは消し去られていると考えたくなるし、ほとんどの科学者もそう決めつけていたはずだ。しかしここまで見てきたように、生命に関しては必ずしもそうではない。その根をたどっていくと、ニュートン的な表層から荒れ狂う熱力学の層を貫いて量子の基岩にまで達しており、それによって生命は、コヒーレンスや重ね合わせ、トンネル効果やもつれ状態を利用することができる。 ~』

一番上の層とされる“ニュートン力学”とは、アイザック・ニュートンが、運動の法則を基礎として構築した力学の体系です。その運動法則は以下の3つになります。

ニュートンの運動法則

第一法則(慣性の法則)

 外的な力が加わらない限り、物体は静止或いは等速直線運動を続ける。

第二法則(運動法則)

 物体の加速度は、加えた力に比例し、その質量に反比例する。

第三法則(作用・反作用の法則) 

 物体が互いに力を及ぼし合うときには、同一直線上で互いに逆向き・同一の大きさの力が働く。

2番目の層に明記されている“熱力学”ですが、全く分からなかったのでしらべてみました。

以下は“コトバンク”にある“ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典”の「熱力学」と「統計熱力学」に関する解説です。※クリック頂くと”コトバンク”に移動します。

熱力学

熱と仕事は交換しうるという原理の上に立って、化学変化に伴うエネルギー変化の様子を調べ、反応の進む方向や平衡条件などについて論じる学問。その基本原理は経験則に基づいた熱力学第一法則、熱力学第二法則、熱力学第三法則から成り立っている。熱力学にはまた分子論的立場から論じる別の取扱い法がある (統計熱力学 )

統計力学

統計物理学ともいう。物質を構成する多数の粒子の運動に力学法則および電磁法則と確率論とを適用し、物質の巨視的な性質を統計平均的な法則によって論じる物理学の分野。これにより巨視的世界と微視的世界とが結ばれる。気体の巨視的性質を気体分子の運動によって説明した分子運動論に始り、J.C.マクスウェル、L.ボルツマンが分子の速度分布、エネルギー分布を導入、J.ギブズが統計集団の考えを導入して熱平衡状態の統計力学を完成し、熱力学の微視的な基礎づけを与えた。これは統計熱力学とも呼ばれ,比熱,熱放射,相転移,誘電率,磁性など静的な性質を扱うものである

最後の3層目は”量子力学”です。”イメージ図(図10-1)”内の説明書きの最後に書かれた、生物は現実の量子の基岩にまで根を張っているこれが知りたかったことです。本書にはその事例がいくつも出ていますが、第1章の書き出しは次の文章で始まります。

『年明け、ヨーロッパに冬の寒波が訪れ、夕暮れの空気は身を刺すような冷たさだ。若いコマドリの心の奥深くに潜んでいた、それまではぼんやりとした目的意識と決意が、徐々に強まってくる。

この鳥はこの数週間、普段の量よりはるかに大量の昆虫やクモや毛虫や果実をむさぼり食い、いまでは体重は、去年の八月に我が子が巣立ちしたときの二倍近くになっている。その体重の追加分のほとんどは脂肪の蓄えで、まもなく出発する困難な旅路の燃料として必要になる。』

コマドリ
コマドリ

画像出典:Hetena Blog“身近な存在としての量子力学(1)

この天城高原さまの“量子力学とHaskell”という23編のブログは「とにかく凄い‼」のひとこと、必見です‼

 

 そして、本書を締めくくる最後の「エピローグ 量子生命」の中でヨーロッパコマドリが再登場します。ここには量子力学との関わりも具体的に書かれています。

ただし、その後の文章で補足されているように、「すべての性質が量子力学的であるとは断言することはできない」と書き添えられています。

 『第1章で出会ったヨーロッパコマドリは、地中海の日の光のもとで無事冬を越し、チェニジア・カルタゴのまばらな森や古代の遺跡のあいだを飛び回りながら、ハエや甲虫、毛虫や種子で身体を太らせている。それらはすべて、我々が植物や微生物と呼ぶ、量子のパワーを得た光合成マシンによって空気と光から紡ぎ出された生物有機体でできている。しかしいまや真昼の空高くに太陽が昇り、その強烈な熱によって、森を走る浅い小川は干上がっている。森は乾燥し、ヨーロッパコマドリにとっては過酷な場所になろうとしている。旅立つ頃合いだ。

夕方、我らが小鳥は飛び上がってスギの高い枝に止まる。何か月も前と同様に入念に羽づくろいをしながら、同じく長旅への欲求にかき立てられたほかのコマドリたちの鳴き声に耳を傾ける。太陽の最後の光が地平線に沈むと、コマドリはくちばしを北に向け、翼を広げて夕暮れの空へ飛び立つ。

コマドリは北アフリカの海岸目指して飛び、そのまま大西洋を渡る。六か月前とほぼ同じルートだが、今度は逆方向へ、再び量子のもつれ状態の針を備えたコンパスに導かれて進む。一回一回の羽ばたきは筋肉線維の収縮によって駆動され、そのエネルギーは呼吸酵素の中で電子と陽子が量子トンネル効果を起こすことで供給される。何時間もかかってコマドリはスペインの海岸へたどり着き、アンダルシアの森に覆われた谷に舞い降りて、ヤナギやカエデ、ニレやハンノキ、果樹や、キョウチクトウの花を咲かせる低木といった、豊かな植物に囲まれて身を休める。いずれの木も、量子のパワーを得た光合成の産物だ。すると、匂い分子が漂ってきてコマドリの鼻孔に入り、嗅覚受容体に捕えられる。量子トンネル効果によって神経信号が発せられ、それが量子コヒーレント状態にあるイオンチャネルを介して脳に伝えられる。コマドリは近くに柑橘系の花が咲いていることを知り、そこに集まって花粉を媒介するハチなどの昆虫を食べて、旅の次なる段階の糧を得る。

何日も飛んだ末にコマドリはついに、何か月も前に旅立ったスカンジナビアのトウヒの森へ戻ってくる。最初にやるべきはつがいの相手を探すこと。オスのコマドリは数日前に到着している。ほとんどのオスは巣作りに適した場所を見つけ、さえずりでメスにアピールしている。我らがコマドリはとくに美しい歌声のオスに惹かれ、求愛の儀式の一環として、オスが集めた幼虫を味わう。つかの間の交尾によってオスの精子とメスの卵細胞が合体し、オスメスそれぞれの形、構造、生化学、生理、解剖学的特徴、さらにはさえずりをコードした量子ベースの遺伝情報が、新たな世代のコマドリにほぼ完璧にコピーされる。量子トンネル効果によって生じたいくつかのエラーは、この種の将来の進化のための原材料となる。』

 『もちろんここまでの章で強調してきたように、いま挙げたすべての性質が量子力学的であるとはいまだ断言することはできない。しかし、コマドリやカクレクマノミ、南極の氷の下で生き延びる細菌、ジュラ紀の森を闊歩してきた恐竜、オオカバマダラやショウジョウバエ、あるいは植物や微生物の持つ独特の素晴らしい性質のほとんどは、間違いなく、彼らが我々と同じく量子の世界に根を張っているという事実によって授けられている。いまだ分かっていないことはあまりにも多いが、いかなる新たな研究分野でも、分かっていない事柄にこそ美しさがある。アイザック・ニュートンもこう言っている。

世間が私をどう見ているかは分からないが、私自身は、少年のように海岸で遊び、ふつうよりすべすべした小石やきれいな貝殻を時折見つけては喜んでいるにすぎないように思える。その一方で、目の前には完全に未知なる真理の大海原が広がっている。』

ヨーロッパコマドリの光化学コンパスのメカニズムに関しては、第6章の、“●鳥のコンパス”、“●量子スピンと不気味な作用”、“●ラジカルな方向感覚”の3つに書かれています。内容は極めて専門的であり、26ページに亘っています。しかしながら、次のような記述が加えられています。

『~ しかし最近、この結果の意義に対しては疑問が投げかけられている。オルデンブルク大学のヘンリク・モウリストンの研究グループは、さまざまな電子機器から発生する人工的な電磁波のノイズが、大学のキャンパスにある遮断していない木造の鳥小屋の壁からなかに入り、鳥の磁器コンパスを乱していることを発見した。しかし、都市の電磁波ノイズを約99パーセント遮断する、アルミニウムで覆った小屋に鳥を入れると、方向感覚が回復した。この結果から考えると、狭い範囲の振動数の電磁波だけが鳥のコンパスを乱すのではないらしい。

このように、鳥のコンパスにはまだいくつも謎が残されている。たとえば、コマドリのコンパスはなぜ振動磁場にあれほど敏感なのか? あるいは、遊離基[フリーラジカル:ペアになっていない電子を抱え、非常に反応しやすくなっている原子や分子]はどのようにして長時間にわたってもつれ状態を維持し、生物学的な違いを生じさせるのか? ~』

このように確定には至っていない状況から第6章には触れず、その代わり、日経サイエンスのバックナンバーと、ネット上にあった資料(2016年「化学と教育 64巻7号“渡り鳥の光学コンパスと分光測定”」)、同じくネット上にあったニューズウィーク日本版の記事(2018年4月5日:“渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに”)をご紹介したいと思います。

2011年10月号 日経サイエンス 特集“シュレーディンガーの鳥 生命の中の量子世界”

日経サイエンス 2011年10月号
シュレーディンガーの鳥 生命の中の量子世界

シュレーディンガーの鳥

『ヨーロッパコマドリは小さくて賢い鳥だ。毎年、冬になる前にスカンジナビアからアフリカの赤道付近にやってきて、春になって北の気候が良くなると再び帰っていく。コマドリはこの1万3000㎞におよぶ往復旅行を、ごく自然に易々とやってのける。

渡り鳥など一部の動物は体内に方位磁石を持っているのではとの疑問は、かねてあった。1970年代、ドイツのフランクフルト大学の研究者、ウィルシュコ夫妻(Wolfgang and Roswitha Wiltschko)はアフリカに渡ったコマドリを捕らえ、人工的な磁場の中に置く実験を行った。奇妙なことに、コマドリは磁場の方向が逆転しても気づかなかった。つまりコマドリにどちらが来たか南かを聞いてもわからないのだ。だが一方でコマドリは磁場の俯角、すなわち磁力線が地表となす角度には反応した。彼らが方向を知るのに使っていたのは、俯角の情報だけだった。面白いことにコマドリに目隠しをすると、磁場にまったく反応を示さなくなった。つまり、コマドリは何らかの方法で、目を使って磁場を検知しているらしい。

2000年、当時南フロリダ大学にいた物理学者のリッツ(Thorsten Ritz)は、渡り鳥に夢中だった。彼の同僚は、量子もつれ[遠く離れた粒子があたかも1つの物体のように連動する]がカギではないかと指摘した。彼らは、イリノイ大学のシュルテン(Klaus Schulten)が以前に実施した研究に基づいて、鳥の目にはある種の分子があり、その中に2つの電子があって、トータルのスピンがゼロになるような量子もつれになっているという仮説を考えた。古典力学では、そのような状況はまったく起こり得ない。

この分子が可視光線を吸収すると、2つの電子はエネルギーを得て量子もつれが崩れ、地磁気を含む外部の影響を感じるようになる。磁場の向きに俯角があると2つの電子に異なる影響を与え、その違いのために分子の化学反応が起きる。目の中で起きるこうした化学反応により神経に伝わる信号が変化し、それによって、最終的には鳥の脳内に磁場の形が描かれる。

リッツが提示したメカニズムには状況証拠しかないが、英オックスフォード大学のロジャース(Christopher T. Rogers)と前田公憲は、リッツが提唱したものとよく似た分子の挙動を、生きた動物の体内とは逆に実験室で実現し、このような分子が、量子もつれになった電子のために実際に磁場に感受性を持つことを示した。私たちの計算によれば、鳥の目の中の量子効果は約100マイクロ秒にわたって持続する。

この時間は、この種の話をする時には十分に長いと言える。人間が作った電子スピンの系では50マイクロ秒が最高記録だ。自然界の系がどうやってこのような長時間、量子効果を維持しているのかはまだわからないが、その機構が解明できれば、量子コンピュータがデコヒーレンス[量子系の干渉が環境との相互作用によって失われる現象]によって壊れるのを防ぐ方法の開発につながるだろう。

量子もつれが働いていると思われる生物の中の系がもうひとつある。植物が太陽光を化学エネルギーに変えるプロセス、光合成だ。植物に光が当たると、細胞内の電子が高いエネルギーを得る。そうやって生じた電子のエネルギーは、すべて同じ場所、このエネルギーによって一連の化学反応を起こし、植物にエネルギーを供給する「反応中心」に到達する必要がある。古典力学ではなぜほぼ100%の高い確率で反応中心に到達するのか説明できない ~』

タイトルをクリック頂くと、2枚もののPDF資料がダウンロードされます。図の1~4は資料の2ページ目にあります。

 

渡り鳥の光学コンパスと分光測定

『渡り鳥は非常に長い距離を、想像を超えた正確さで迷わずに移動する。そのためにどのような情報を用いているのかということは、次第に理解されつつある。太陽、星などの天文情報、に加えて、磁気が非常に重要な情報を与えているとされている。動物の磁気感受は渡り鳥だけではない、近年の研究では蝶やショウジョウバエなどの昆虫や、イモリ、モグラ、そしてネズミも磁場の情報をその行動に役立てているようである。  

しかし、このように多様な動物が磁場を感じることは徐々に知られつつあるが、そのメカニズムはさほど明らかでない。1つの仮説は動物の体内にあるマグネタイトと呼ばれる非常に小さな磁石が、方位磁針と同じように働いているというものである。動物の体内では、多くのマグネタイトが見つかっているが、そのマグネタイトがどのように磁場の向きなどの情報を脳に伝達しているのか? ということはほとんど明らかにはなっていない。

一方で電子を用いたよりミクロな磁気センサーを渡り鳥などがもっているという説がある。多数の実験による状況証拠(図1など)として、磁気感受には光が必要とされ、光化学反応コンパスと呼ばれている。このモデルとしてリッツらは、興味深い仮説を提案した(図A)。鳥の網膜においてラジカル対を作り出す光受容タンパク質分子が規則正しく並び、光を吸収して電子移動反応を起こし、2つのラジカル、すなわちラジカル対を生成する。ラジカル対と地磁気の向きとによって、化学反応性が異なり、それが視覚に影響を与えるなら、網膜上の位置により結果として地磁気の影響を鳥が視覚のパターンとして‘視る’ことになる。  

現在、動物の磁気を感じる最大候補分子としてクリプトクロムタンパク質が挙げられている。クリプトクロムはその機能が謎に満ちた動植物両方がもつ青色受容タンパク質で、近年では生物の概日リズムとの関連が指摘されている。クリプトクロムにおいて、そのフラビン補酵素(FAD)が青色光を吸収し、連続的に存在する3つのトリプトファン残基を通じて電子移動反応を起こし、距離の離れた2つのラジカル分子(ラジカル対)を生成する(図B)。  

ラジカルは孤立した電子を持っている。孤立した電子はそのスピンと呼ばれる自転により、まるで非常にミクロな磁石としてふるまう(図C)。この2つのスピンの相対配向への磁場の影響がその後の反応性を決定づける(図2~ 4)。このメカニズムには通常ミクロな物理現象を説明する「量子力学」が深くかかわっており、生物と量子力学とを結びつける存在として、大きな注目を集めつつある。 

渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに
渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに

最後に目次をご紹介させて頂きます。

第1章 はしがき

●見えない不気味な現実

●量子生物学

●量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

第2章 生命とは何か?

●「生命力」

●機械の勝利

●分子のビリヤード台

●無秩序な生命?

●生命の奥底をのぞき込む

●遺伝子

●生命の奇妙な笑い

●量子革命

●シュレーディンガーの波動関数

●初期の量子生物学者たち

●微小世界での秩序

●疎外

第3章 生命のエンジン

●酵素-生きているものと死んでいるものを分け隔てるもの

●我々にはなぜ酵素が必要で、おたまじゃくしはどうやって尾をなくすのか

●地形を変える

●激しい運動や振動

●遷移状態理論ですべて説明できるのか?

●電子をあちこちに動かす

●量子トンネル効果

●生物における電子の量子トンネル効果

●陽子をあちこちに動かす

●速度同位体効果

●これで量子生物学は確立するのか?

第4章 量子のうなり

●量子力学の中心的な謎

●量子測定

●光合成中心への航海

●量子のうなり

第5章 ニモの家を探せ

●匂い物質の物理的正体

●匂いの鍵を開ける

●量子の鼻で嗅ぎ分ける

●鼻の戦い

●匂いを嗅ぐ物理学者

第6章 チョウ、ショウジョウバエ、量子のコマドリ

●鳥のコンパス

●量子スピンと不気味な作用

●ラジカルな方向感覚

第7章 量子の遺伝子

●忠実性

●非忠実性

●キリン、マメ、ショウジョウバエ

●陽子によるコード

●量子ジャンプする遺伝子?

第8章 心

●意識はどれほど奇妙なのか?

●思考のメカニズム

●心はどうやって物体を動かすのか

●キュビットを使った計算

●微小管を使った計算?

●量子イオンチャンネル?

第9章 生命の起源

●ねばねばの問題

●ねばねばから細胞へ

●RNAワールド

●量子力学が手助けしてくれるのか?

●最初の自己複製体はどんなものだったのか?

第10章 量子生物学-嵐の縁の生命

●素晴らしいグッド・ヴァイブレーション(バップ、バップ)

●生命の原動力に関する考察

●古典的な嵐の縁に立つ生命

●量子生物学を利用して新たな生命技術を作り出すことはできるか?

●ボトムアップで生命を作り出す

●量子的原子細胞を作り出す

エピローグ (Life on the Edge) 

注)目次に書かれた題名は“量子革命”でしたが、実際に本を開いてみるとエピローグの題名は“量子生命”になっていました。どちらが正しいのか分からないので( )内はLife on the Edgeという原書の題名を書いておきました。

量子論2

今回のブログで意識した点は、量子論の基本、奇怪さ、応用・貢献の4つです。引用させて頂いた本は次に2冊になります。

量子の世界
量子の世界

著者:H.R. パージェル

出版:地人選書

発行:1983年11月

ブログ内の青色『』は「量子の世界」からの引用になります。