生物と量子力学1(光化学コンパス)

量子力学はマクロの世界の力学でもありますが、その真骨頂は、原子よりも小さい電子などのミクロの世界を正しくはかる唯一の理論であるということです。半導体などの様々なテクノロジーは量子力学の上に立脚しています。さらに生物においてもミクロの世界の遺伝子などは量子の世界に踏み入れなければなりません。

しかしながら、「では、目に見える生き物にとっての量子力学とは何なのか、どこに活かされているのか?」という疑問は残ったままでした。

今回の『量子力学で生命の謎を解くはそのようなモヤモヤから見つけた本です。これも私にとっては難攻不落の果てしなく難解な内容なのですが、興味、関心がまさったというところです。とは言うものの、難しさは想像以上でブログに残したい気持ちは強くあるものの、何を書けばいいのか、何が書けるのか、早々に行き詰ってしまいました。

そして迷った末に、後先を考えず興味のある3つを取り上げることにしました。

1.光化学コンパス生き物の中の量子力学

2.酵素「生命の中核」とされている酵素

3.意識意識と量子力学

なお、順番は逆になりますが、最後に目次をご紹介しています。

量子力学で生命の謎を解く
量子力学で生命の謎を解く

著者:ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン

出版:SBクリエイティブ

初版発行:2015年9月

Life on the Edge
Life on the Edge

こちらは原書です。

題名は、”Life on the Edge:The Coming of Age of Quantum Biology” でした。

続いて、二人の著者をご紹介します。

1.ジム・アル=カリーリ

英国サリー大学の理論物理学教授。原子核物理学と並行して量子生物学の研究をおこなっている。王立協会のマイケル・ファデラー賞や大英帝国勲章などを受賞。

こちらはDigitalCastに掲載されている”量子生物学は生命の最大の謎を解明する科?”と題するもので、ジム・アル=カリーリ先生が量子生物学の紹介をされています。英語の動画ですが字幕がついています。また、下記はその概要です。

 『コマドリはどうやって南方へと渡っていくのでしょうか?その答えは、あなたの想像以上に奇妙かもしれません。量子力学が関わっているのです。ジム・アルカリリは、とても新しくかつ奇妙な分野である量子生物学に関する話をまとめました。アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだ量子力学的作用が渡り鳥の飛行を助けたり、様々な量子効果が、生物の起源そのものについても説明し得るのではないかと語ります。』

2.ジョンジョー・マクファデン

英国サリー大学の分子生物学教授。遺伝病や感染症の研究を経て、現在は病原微生物の遺伝の研究とともに、量子生物学やシステム生物学の研究をおこなっている。

クリック頂くとジョンジョー・マクファデン先生のホームページ”Johnjoe Mcfadden”に移動します。英語ですがサリー大学での33分の講義もあります。私には二重苦のため無意味なのですが、少しのぞいて見たところスライドを使ってご説明されていました。

本書、『量子力学で生命の謎を解の「第1章 はしがき」の中に量子力学の特徴を説明している個所がありますので、まずはそれらをご紹介したいと思います。

見えない不気味な現実

『現代の科学者に、科学全体のなかでもっとも成功し、もっとも幅広い影響をもたらし、もっとも重要な理論は何だと思うかを世論調査したとすると、その答えは、回答者が物理科学の研究をしているか生命科学の研究をしているかによって違ってくるだろう。ほとんどの生物学者は、自然選択に基づくダーウィンの進化論を、これまでに考え出されたなかでもっとも深遠な理論とみなす。しかし物理学者は、量子力学が第一位に来るはずだと主張するだろう。物理学と化学の大部分の基礎であり、宇宙全体の世界のしくみに関する現代の知識の大部分は崩れてしまうのだ。

「量子力学」という言葉はほぼ誰でも聞いたことがあるだろうが、この学問分野は不可解で難しく、ごく一握りの人間しか理解できないというイメージが大衆文化に植え付けられている。だが実は、20世紀前半以降、量子力学は我々の生活の一部をなしている。この学問は1920年代半ばに、きわめて小さい世界(いわゆるミクロの世界)、つまり、身の回りのあらゆるものを形作っている原子の振る舞いや、その原子を形作っているさらに微小な粒子の性質を説明するための数学理論として編み出された。量子力学はたとえば電子がどのような法則に従うかや、原子のなかで電子がどのように分布するかを記述することで、化学、物質科学、さらにはエレクトロニクス全体の基礎をなしている。確かに奇妙ではあるが、その数学的な法則は過去半世紀に実現したほとんどの技術的進歩の根幹をなしている。物質のなかを電子がどのように移動するかを量子力学で説明できなかったら、現代のエレクトロニクスの基礎をなす半導体の振る舞いは理解できなかっただろうし、半導体を理解できなければ、シリコンのトランジスタも、のちのマイクロチップや現代のコンピュータも開発できなかっただろう。例を挙げればきりがない。量子力学によって知識が発展しなかったら、レーザーは存在しなかっただろうし、ゆえにCDもDVDもブルーレイプレイヤーもなかっただろう。量子力学がなかったら、スマートフォンもGPSもMRIもなかっただろう。概算によれば、先進国の国内総生産の三分の一以上は、量子世界の力学の知識がなければ存在しなかったはずの応用技術に依存しているのだ。

それでもまだ始まりにすぎない。ほぼ間違いなく我々の生きているうちに到来する、量子が開く未来では、レーザー駆動の核融合によってほぼ無尽蔵に電力が得られ、人工分子マシンによって工学や生化学や医学の分野でさまざまなことが可能になり、量子コンピュータによって人工知能が実現、テレポーテーションというSFのような技術が情報伝達に日常的に使われるかもしれない。20世紀の量子革命は、21世紀になってさらに勢いを増し、我々の生活を想像もできないような形に変えるだろう。

しかし、量子力学とはいったい何だろうか? この疑問は本書を通じて探っていくことになる。手始めにここでは、我々の生活の礎となっている見えない不気味な現実の実例をいくつか紹介しよう。』

量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

『~ 物理実験室の外ではいったい何が、同じように量子的振る舞いを壊しているのだろうか?

その答えは、大きい(マクロな)物体のなかで粒子がどのように並び、どのように動いているかに関係している。原子や分子は、生きていない固体のなかではランダムに散らばって不規則に振動していることが多い。液体や気体のなかではさらに、熱のためにたえずランダムな要因によって、粒子の不安定な量子的性質はあっという間に消えてしまう。物体を構成するすべての量子的粒子の作用が組み合わさって、それぞれ互いが互いを「量子測定」する。それによって、我々の身の周りの世界は正常に見えているのだ。量子の不気味さを観察するには、普段と違う場所(太陽の内部)に行くか、ミクロの世界を深くまでのぞき込むように仕向けるしかない(MRI装置に入ってあなたの体内にある水素原子核のスピンを整列させるように。しかし磁石のスイッチが切られると、原子核のスピンの向きは再びランダムになり、量子の干渉は打ち消し合って消えてしまう)。このような分子のランダムな振る舞いのおかげで、我々はほとんどの場合、量子力学を知らなくてもやっていける。周りに見える生きていない物体のなかでは、ランダムな方向を向いてつねに動き回っている分子によって、量子の不気味さはすべて消し去られてしまっているのだ。』

なお、「量子の不気味さ」については、「量子的奇怪さ」というブログ“量子論2”の中でご紹介した個所が近い内容になっています。ご参考にして頂ければと思います。

また、今回の「疑問」(生き物にとっての量子力学とは?)と重なるような内容も本書にはありますので、こちらもご紹介します。

量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

『~ 生物学は詰まるところ応用化学の一つで、化学は応用物理学の一つだ。だから、我々もほかの生き物も含めすべての物体は、おおもとまでさかのぼれば単なる物理なのではないか? 多くの科学者は、深いレベルでは生物にも量子力学が関係しているはずだという考え方を受け入れながらも、その役割はわざわざ取り立てるほどのものではないと言い張っている。どういうことかというと、原子の振る舞いは量子力学の法則に支配されていて、生物には突き詰めれば原子の相互作用が関係しているのだから、量子の世界の法則が生物の体内の微小スケールでも作用しているのは確かに間違いないが、それはその微小スケールだけでの話であって、生命にとって重要な大きなスケールのプロセスにはほとんど、あるいはまったく影響をおよぼさないということだ。

もちろんそうした意見も、少なくともある程度は正しい。DNAや酵素などの生体分子は陽子や電子といった素粒子からできていて、素粒子の相互作用は量子力学に支配されていることになる。車やトースターの働きが突き詰めると量子力学に支配されているのと同じように、あなたが歩き、話し、食べ、寝て、さらに考えるしくみも、究極としては電子や陽子などの素粒子を支配する量子力学的な力によって決まっているのだ。しかしあなたがそれを知る必要はほとんどない。自動車整備工が大学で量子力学の講義に出る必要はないし、ほとんどの生物学科のカリキュラムでも、量子トンネル効果や量子のもつれや量子の重ね合わせにはまったく触れられない。根本的なレベルで見れば、この世界は馴染みのものとまったく異なる法則に従って動いているのだが、そのことを知らなくても、ほとんどの人は問題なく暮らしていける。微小レベルで起きる不気味な量子現象は、我々が日々目にしたり使ったりしている車やトースターのような大きい物体には、ふつうは何の作用ももたらさないのだ。

なぜだろうか? フットボールが壁をすり抜けることもなければ、人間どうしが不気味な結びつきを持つこともないし(いんちきなテレパシーは別だが)、残念なことにあなたが同時にオフィスと自宅の両方にいることもできない。それでも、フットボールや人体のなかに存在する素粒子はこうした芸当をすべてできる。我々が見ている世界と、物理学者が知っている、その水面下に存在している世界とのあいだには、なぜこのような境界線、いわば断層が走っているのだろうか?

上記の「物理学者が知っている、その水面下に存在している世界に関しては、おそらくこのことだろうという”イメージ図(図10-1)”が10章にありましたので、本書の文章と合わせてそちらもご紹介します。

「量子力学で生命の謎を解く」より
現実の3つの層:ニュートン力学-熱力学-量子力学

『~ ほとんどの生物は比較的大きい物体である。その全体の動きは、列車やフットボールや砲弾と同じくニュートンの法則にかなりよく従っている。大砲から撃ち出された人間は砲弾とほぼ同じ軌道を描く。もっと深いレベルに目を向けると、組織や細胞の生理も熱力学の法則でよく説明することが。肺の膨張と収縮は、風船の膨張と収縮とさほど違わない。そのため一見したところ、コマドリや魚や恐竜、リンゴの木やチョウや我々の身体のなかでも、ほかの古典的な物体の内部と同じく、量子的な振る舞いは消し去られていると考えたくなるし、ほとんどの科学者もそう決めつけていたはずだ。しかしここまで見てきたように、生命に関しては必ずしもそうではない。その根をたどっていくと、ニュートン的な表層から荒れ狂う熱力学の層を貫いて量子の基岩にまで達しており、それによって生命は、コヒーレンスや重ね合わせ、トンネル効果やもつれ状態を利用することができる。 ~』

一番上の層とされる“ニュートン力学”とは、アイザック・ニュートンが、運動の法則を基礎として構築した力学の体系です。その運動法則は以下の3つになります。

ニュートンの運動法則

第一法則(慣性の法則)

 外的な力が加わらない限り、物体は静止或いは等速直線運動を続ける。

第二法則(運動法則)

 物体の加速度は、加えた力に比例し、その質量に反比例する。

第三法則(作用・反作用の法則) 

 物体が互いに力を及ぼし合うときには、同一直線上で互いに逆向き・同一の大きさの力が働く。

2番目の層に明記されている“熱力学”ですが、全く分からなかったのでしらべてみました。

以下は“コトバンク”にある“ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典”の「熱力学」と「統計熱力学」に関する解説です。※クリック頂くと”コトバンク”に移動します。

熱力学

熱と仕事は交換しうるという原理の上に立って、化学変化に伴うエネルギー変化の様子を調べ、反応の進む方向や平衡条件などについて論じる学問。その基本原理は経験則に基づいた熱力学第一法則、熱力学第二法則、熱力学第三法則から成り立っている。熱力学にはまた分子論的立場から論じる別の取扱い法がある (統計熱力学 )

統計力学

統計物理学ともいう。物質を構成する多数の粒子の運動に力学法則および電磁法則と確率論とを適用し、物質の巨視的な性質を統計平均的な法則によって論じる物理学の分野。これにより巨視的世界と微視的世界とが結ばれる。気体の巨視的性質を気体分子の運動によって説明した分子運動論に始り、J.C.マクスウェル、L.ボルツマンが分子の速度分布、エネルギー分布を導入、J.ギブズが統計集団の考えを導入して熱平衡状態の統計力学を完成し、熱力学の微視的な基礎づけを与えた。これは統計熱力学とも呼ばれ,比熱,熱放射,相転移,誘電率,磁性など静的な性質を扱うものである

最後の3層目は”量子力学”です。”イメージ図(図10-1)”内の説明書きの最後に書かれた、生物は現実の量子の基岩にまで根を張っているこれが知りたかったことです。本書にはその事例がいくつも出ていますが、第1章の書き出しは次の文章で始まります。

『年明け、ヨーロッパに冬の寒波が訪れ、夕暮れの空気は身を刺すような冷たさだ。若いコマドリの心の奥深くに潜んでいた、それまではぼんやりとした目的意識と決意が、徐々に強まってくる。

この鳥はこの数週間、普段の量よりはるかに大量の昆虫やクモや毛虫や果実をむさぼり食い、いまでは体重は、去年の八月に我が子が巣立ちしたときの二倍近くになっている。その体重の追加分のほとんどは脂肪の蓄えで、まもなく出発する困難な旅路の燃料として必要になる。』

コマドリ
コマドリ

画像出典:Hetena Blog“身近な存在としての量子力学(1)

この天城高原さまの“量子力学とHaskell”という23編のブログは「とにかく凄い‼」のひとこと、必見です‼

 

 そして、本書を締めくくる最後の「エピローグ 量子生命」の中でヨーロッパコマドリが再登場します。ここには量子力学との関わりも具体的に書かれています。

ただし、その後の文章で補足されているように、「すべての性質が量子力学的であるとは断言することはできない」と書き添えられています。

 『第1章で出会ったヨーロッパコマドリは、地中海の日の光のもとで無事冬を越し、チェニジア・カルタゴのまばらな森や古代の遺跡のあいだを飛び回りながら、ハエや甲虫、毛虫や種子で身体を太らせている。それらはすべて、我々が植物や微生物と呼ぶ、量子のパワーを得た光合成マシンによって空気と光から紡ぎ出された生物有機体でできている。しかしいまや真昼の空高くに太陽が昇り、その強烈な熱によって、森を走る浅い小川は干上がっている。森は乾燥し、ヨーロッパコマドリにとっては過酷な場所になろうとしている。旅立つ頃合いだ。

夕方、我らが小鳥は飛び上がってスギの高い枝に止まる。何か月も前と同様に入念に羽づくろいをしながら、同じく長旅への欲求にかき立てられたほかのコマドリたちの鳴き声に耳を傾ける。太陽の最後の光が地平線に沈むと、コマドリはくちばしを北に向け、翼を広げて夕暮れの空へ飛び立つ。

コマドリは北アフリカの海岸目指して飛び、そのまま大西洋を渡る。六か月前とほぼ同じルートだが、今度は逆方向へ、再び量子のもつれ状態の針を備えたコンパスに導かれて進む。一回一回の羽ばたきは筋肉線維の収縮によって駆動され、そのエネルギーは呼吸酵素の中で電子と陽子が量子トンネル効果を起こすことで供給される。何時間もかかってコマドリはスペインの海岸へたどり着き、アンダルシアの森に覆われた谷に舞い降りて、ヤナギやカエデ、ニレやハンノキ、果樹や、キョウチクトウの花を咲かせる低木といった、豊かな植物に囲まれて身を休める。いずれの木も、量子のパワーを得た光合成の産物だ。すると、匂い分子が漂ってきてコマドリの鼻孔に入り、嗅覚受容体に捕えられる。量子トンネル効果によって神経信号が発せられ、それが量子コヒーレント状態にあるイオンチャネルを介して脳に伝えられる。コマドリは近くに柑橘系の花が咲いていることを知り、そこに集まって花粉を媒介するハチなどの昆虫を食べて、旅の次なる段階の糧を得る。

何日も飛んだ末にコマドリはついに、何か月も前に旅立ったスカンジナビアのトウヒの森へ戻ってくる。最初にやるべきはつがいの相手を探すこと。オスのコマドリは数日前に到着している。ほとんどのオスは巣作りに適した場所を見つけ、さえずりでメスにアピールしている。我らがコマドリはとくに美しい歌声のオスに惹かれ、求愛の儀式の一環として、オスが集めた幼虫を味わう。つかの間の交尾によってオスの精子とメスの卵細胞が合体し、オスメスそれぞれの形、構造、生化学、生理、解剖学的特徴、さらにはさえずりをコードした量子ベースの遺伝情報が、新たな世代のコマドリにほぼ完璧にコピーされる。量子トンネル効果によって生じたいくつかのエラーは、この種の将来の進化のための原材料となる。』

 『もちろんここまでの章で強調してきたように、いま挙げたすべての性質が量子力学的であるとはいまだ断言することはできない。しかし、コマドリやカクレクマノミ、南極の氷の下で生き延びる細菌、ジュラ紀の森を闊歩してきた恐竜、オオカバマダラやショウジョウバエ、あるいは植物や微生物の持つ独特の素晴らしい性質のほとんどは、間違いなく、彼らが我々と同じく量子の世界に根を張っているという事実によって授けられている。いまだ分かっていないことはあまりにも多いが、いかなる新たな研究分野でも、分かっていない事柄にこそ美しさがある。アイザック・ニュートンもこう言っている。

世間が私をどう見ているかは分からないが、私自身は、少年のように海岸で遊び、ふつうよりすべすべした小石やきれいな貝殻を時折見つけては喜んでいるにすぎないように思える。その一方で、目の前には完全に未知なる真理の大海原が広がっている。』

ヨーロッパコマドリの光化学コンパスのメカニズムに関しては、第6章の、“●鳥のコンパス”、“●量子スピンと不気味な作用”、“●ラジカルな方向感覚”の3つに書かれています。内容は極めて専門的であり、26ページに亘っています。しかしながら、次のような記述が加えられています。

『~ しかし最近、この結果の意義に対しては疑問が投げかけられている。オルデンブルク大学のヘンリク・モウリストンの研究グループは、さまざまな電子機器から発生する人工的な電磁波のノイズが、大学のキャンパスにある遮断していない木造の鳥小屋の壁からなかに入り、鳥の磁器コンパスを乱していることを発見した。しかし、都市の電磁波ノイズを約99パーセント遮断する、アルミニウムで覆った小屋に鳥を入れると、方向感覚が回復した。この結果から考えると、狭い範囲の振動数の電磁波だけが鳥のコンパスを乱すのではないらしい。

このように、鳥のコンパスにはまだいくつも謎が残されている。たとえば、コマドリのコンパスはなぜ振動磁場にあれほど敏感なのか? あるいは、遊離基[フリーラジカル:ペアになっていない電子を抱え、非常に反応しやすくなっている原子や分子]はどのようにして長時間にわたってもつれ状態を維持し、生物学的な違いを生じさせるのか? ~』

このように確定には至っていない状況から第6章には触れず、その代わり、日経サイエンスのバックナンバーと、ネット上にあった資料(2016年「化学と教育 64巻7号“渡り鳥の光学コンパスと分光測定”」)、同じくネット上にあったニューズウィーク日本版の記事(2018年4月5日:“渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに”)をご紹介したいと思います。

2011年10月号 日経サイエンス 特集“シュレーディンガーの鳥 生命の中の量子世界”

日経サイエンス 2011年10月号
シュレーディンガーの鳥 生命の中の量子世界

シュレーディンガーの鳥

『ヨーロッパコマドリは小さくて賢い鳥だ。毎年、冬になる前にスカンジナビアからアフリカの赤道付近にやってきて、春になって北の気候が良くなると再び帰っていく。コマドリはこの1万3000㎞におよぶ往復旅行を、ごく自然に易々とやってのける。

渡り鳥など一部の動物は体内に方位磁石を持っているのではとの疑問は、かねてあった。1970年代、ドイツのフランクフルト大学の研究者、ウィルシュコ夫妻(Wolfgang and Roswitha Wiltschko)はアフリカに渡ったコマドリを捕らえ、人工的な磁場の中に置く実験を行った。奇妙なことに、コマドリは磁場の方向が逆転しても気づかなかった。つまりコマドリにどちらが来たか南かを聞いてもわからないのだ。だが一方でコマドリは磁場の俯角、すなわち磁力線が地表となす角度には反応した。彼らが方向を知るのに使っていたのは、俯角の情報だけだった。面白いことにコマドリに目隠しをすると、磁場にまったく反応を示さなくなった。つまり、コマドリは何らかの方法で、目を使って磁場を検知しているらしい。

2000年、当時南フロリダ大学にいた物理学者のリッツ(Thorsten Ritz)は、渡り鳥に夢中だった。彼の同僚は、量子もつれ[遠く離れた粒子があたかも1つの物体のように連動する]がカギではないかと指摘した。彼らは、イリノイ大学のシュルテン(Klaus Schulten)が以前に実施した研究に基づいて、鳥の目にはある種の分子があり、その中に2つの電子があって、トータルのスピンがゼロになるような量子もつれになっているという仮説を考えた。古典力学では、そのような状況はまったく起こり得ない。

この分子が可視光線を吸収すると、2つの電子はエネルギーを得て量子もつれが崩れ、地磁気を含む外部の影響を感じるようになる。磁場の向きに俯角があると2つの電子に異なる影響を与え、その違いのために分子の化学反応が起きる。目の中で起きるこうした化学反応により神経に伝わる信号が変化し、それによって、最終的には鳥の脳内に磁場の形が描かれる。

リッツが提示したメカニズムには状況証拠しかないが、英オックスフォード大学のロジャース(Christopher T. Rogers)と前田公憲は、リッツが提唱したものとよく似た分子の挙動を、生きた動物の体内とは逆に実験室で実現し、このような分子が、量子もつれになった電子のために実際に磁場に感受性を持つことを示した。私たちの計算によれば、鳥の目の中の量子効果は約100マイクロ秒にわたって持続する。

この時間は、この種の話をする時には十分に長いと言える。人間が作った電子スピンの系では50マイクロ秒が最高記録だ。自然界の系がどうやってこのような長時間、量子効果を維持しているのかはまだわからないが、その機構が解明できれば、量子コンピュータがデコヒーレンス[量子系の干渉が環境との相互作用によって失われる現象]によって壊れるのを防ぐ方法の開発につながるだろう。

量子もつれが働いていると思われる生物の中の系がもうひとつある。植物が太陽光を化学エネルギーに変えるプロセス、光合成だ。植物に光が当たると、細胞内の電子が高いエネルギーを得る。そうやって生じた電子のエネルギーは、すべて同じ場所、このエネルギーによって一連の化学反応を起こし、植物にエネルギーを供給する「反応中心」に到達する必要がある。古典力学ではなぜほぼ100%の高い確率で反応中心に到達するのか説明できない ~』

タイトルをクリック頂くと、2枚もののPDF資料がダウンロードされます。図の1~4は資料の2ページ目にあります。

 

渡り鳥の光学コンパスと分光測定

『渡り鳥は非常に長い距離を、想像を超えた正確さで迷わずに移動する。そのためにどのような情報を用いているのかということは、次第に理解されつつある。太陽、星などの天文情報、に加えて、磁気が非常に重要な情報を与えているとされている。動物の磁気感受は渡り鳥だけではない、近年の研究では蝶やショウジョウバエなどの昆虫や、イモリ、モグラ、そしてネズミも磁場の情報をその行動に役立てているようである。  

しかし、このように多様な動物が磁場を感じることは徐々に知られつつあるが、そのメカニズムはさほど明らかでない。1つの仮説は動物の体内にあるマグネタイトと呼ばれる非常に小さな磁石が、方位磁針と同じように働いているというものである。動物の体内では、多くのマグネタイトが見つかっているが、そのマグネタイトがどのように磁場の向きなどの情報を脳に伝達しているのか? ということはほとんど明らかにはなっていない。

一方で電子を用いたよりミクロな磁気センサーを渡り鳥などがもっているという説がある。多数の実験による状況証拠(図1など)として、磁気感受には光が必要とされ、光化学反応コンパスと呼ばれている。このモデルとしてリッツらは、興味深い仮説を提案した(図A)。鳥の網膜においてラジカル対を作り出す光受容タンパク質分子が規則正しく並び、光を吸収して電子移動反応を起こし、2つのラジカル、すなわちラジカル対を生成する。ラジカル対と地磁気の向きとによって、化学反応性が異なり、それが視覚に影響を与えるなら、網膜上の位置により結果として地磁気の影響を鳥が視覚のパターンとして‘視る’ことになる。  

現在、動物の磁気を感じる最大候補分子としてクリプトクロムタンパク質が挙げられている。クリプトクロムはその機能が謎に満ちた動植物両方がもつ青色受容タンパク質で、近年では生物の概日リズムとの関連が指摘されている。クリプトクロムにおいて、そのフラビン補酵素(FAD)が青色光を吸収し、連続的に存在する3つのトリプトファン残基を通じて電子移動反応を起こし、距離の離れた2つのラジカル分子(ラジカル対)を生成する(図B)。  

ラジカルは孤立した電子を持っている。孤立した電子はそのスピンと呼ばれる自転により、まるで非常にミクロな磁石としてふるまう(図C)。この2つのスピンの相対配向への磁場の影響がその後の反応性を決定づける(図2~ 4)。このメカニズムには通常ミクロな物理現象を説明する「量子力学」が深くかかわっており、生物と量子力学とを結びつける存在として、大きな注目を集めつつある。 

渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに
渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに

最後に目次をご紹介させて頂きます。

第1章 はしがき

●見えない不気味な現実

●量子生物学

●量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

第2章 生命とは何か?

●「生命力」

●機械の勝利

●分子のビリヤード台

●無秩序な生命?

●生命の奥底をのぞき込む

●遺伝子

●生命の奇妙な笑い

●量子革命

●シュレーディンガーの波動関数

●初期の量子生物学者たち

●微小世界での秩序

●疎外

第3章 生命のエンジン

●酵素-生きているものと死んでいるものを分け隔てるもの

●我々にはなぜ酵素が必要で、おたまじゃくしはどうやって尾をなくすのか

●地形を変える

●激しい運動や振動

●遷移状態理論ですべて説明できるのか?

●電子をあちこちに動かす

●量子トンネル効果

●生物における電子の量子トンネル効果

●陽子をあちこちに動かす

●速度同位体効果

●これで量子生物学は確立するのか?

第4章 量子のうなり

●量子力学の中心的な謎

●量子測定

●光合成中心への航海

●量子のうなり

第5章 ニモの家を探せ

●匂い物質の物理的正体

●匂いの鍵を開ける

●量子の鼻で嗅ぎ分ける

●鼻の戦い

●匂いを嗅ぐ物理学者

第6章 チョウ、ショウジョウバエ、量子のコマドリ

●鳥のコンパス

●量子スピンと不気味な作用

●ラジカルな方向感覚

第7章 量子の遺伝子

●忠実性

●非忠実性

●キリン、マメ、ショウジョウバエ

●陽子によるコード

●量子ジャンプする遺伝子?

第8章 心

●意識はどれほど奇妙なのか?

●思考のメカニズム

●心はどうやって物体を動かすのか

●キュビットを使った計算

●微小管を使った計算?

●量子イオンチャンネル?

第9章 生命の起源

●ねばねばの問題

●ねばねばから細胞へ

●RNAワールド

●量子力学が手助けしてくれるのか?

●最初の自己複製体はどんなものだったのか?

第10章 量子生物学-嵐の縁の生命

●素晴らしいグッド・ヴァイブレーション(バップ、バップ)

●生命の原動力に関する考察

●古典的な嵐の縁に立つ生命

●量子生物学を利用して新たな生命技術を作り出すことはできるか?

●ボトムアップで生命を作り出す

●量子的原子細胞を作り出す

エピローグ (Life on the Edge) 

注)目次に書かれた題名は“量子革命”でしたが、実際に本を開いてみるとエピローグの題名は“量子生命”になっていました。どちらが正しいのか分からないので( )内はLife on the Edgeという原書の題名を書いておきました。