経絡治療

陰陽論と五行説
 経絡治療を考える時に、東洋医学の陰陽論と五行説について触れる必要があります。簡単にご説明すると、前者の陰陽論とは、全ての物質と現象を陰と陽の二つに分ける考え方(例えば、「昼(陽)と夜(陰)」や「表(陽)と裏(陰)」など)。ただし、固定されたものではなく変化するもの、相対的で流動的である働きと考えます。一方、後者の五行説は、この世界のすべての事物、事象を木、火、土、金、水という五つの要素に分ける考え方。これらは相互に協力する関係(相生)と抑制する関係(相剋)をもっています。
 この2つ、特に五行説は長い歴史の中で、様々な捉え方がされているのが実状です。そして、陰陽は経絡治療の法則や脈診などの中で、五行は臓腑の特徴や経穴の機能を特定する中などで使われています。いずれも経絡治療の世界では大切なものです。

 

経絡治療の六大要素
1.臓腑
 内臓器官には五臓(肝・心・脾・肺・腎)と六腑(胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦)があります。前者は陰陽では陰とされ、精気を内在し、実質器官として生命活動の中枢となって働いています。後者は陰陽では陽とされ、中空器官で消化、吸収、排泄等に関与しています。


2.気・血・津液
 身体を滋養するエネルギー素ともいうべきものであり、経絡をめぐっています。気には血や津液などを体の隅々まで運んだり、臓腑の働きを促進する働きもあります。個人的には気は「酸素(エネルギー)」、血は「血糖(栄養素)」、津液は「体液(血漿、リンパ液、脳脊髄液など)」というイメージを頭の片隅において、心身を養う重要な要素が個体の健康に影響を与えているという認識をもって治療にあたっています。


3.経絡
 経は縦糸、絡は横糸、鍼灸では体に存在する経脈、絡脈のことであり、身体を滋養するエネルギー素(気・血・津液)が流れている道のようなものです。また、手に届くものと足に届くものがあり、さらに陽経(表)と陰経(裏)に分かれ、それぞれの臓・腑につながります。臓腑ごとの経脈の名称は下記の通りです。
・陰経(臓)
 ・肺…手太陰肺経
 ・脾…足太陰脾経
 ・心…手少陰心経/心包…手厥陰心包経
 ・腎…足少陰腎経
・陽経(腑)
 ・大腸…手陽明大腸経
 ・胃…足陽明胃経
 ・小腸…手太陽小腸経
 ・膀胱…足太陽膀胱経
 ・三焦…手少陽三焦経
 ・胆…足少陽胆経


4.経穴
 経穴は病や体調不良の時に現れる反応点であり、様々な形をもった硬結、あるいは陥下、圧痛などの表情をもっています。また、経穴は診断および治療の対象として使われます。特に重要な作用を持つとされているものを要穴と呼び、五行穴(よく使うのは土穴[不足を補う、温める]、金穴[通りをよくする]、水穴[潤す、冷やす])、原穴、郄穴、背部兪穴などがあります。

 WHO(世界保健機関)は2006年、361穴の部位の国際標準化を完成させました。なお、経穴の数は他に奇穴や阿是穴(「あーそこそこ」から命名)など、新しい経穴が出てきています。経穴の場所は教科書的には「どこどこから何寸」のように決まっていますが、これはまさに地図です。この地図によって、説明や意思疎通が容易になると思います。

 実際には個人差があり、そもそも病の時などに現れるもので、いつも出ているものではありません。体調不良などに伴い、まさに生きた経穴がその患者さまのどこに出ているかを見つけることが、鍼灸師の大仕事の一つであると思います。


5.虚実
 「虚」とは正気が不足していることです。一方、「実」は余分なものが有るということですが、この余分とは邪気をさし、正気と邪気の闘争が起きている状態と考えます。例えばカゼのひき始めで、正気も邪気も弱い場合は、あまり熱などは出ません。一方、強い正気と強い邪気の戦いでは高い熱が出ると考えます。
 経絡治療においては、まずは虚に注目し虚を補うことにより自然治癒力が高まり、邪もなくなり健康な体にもどると考えます。

 
6.寒熱
 寒熱も虚実同様、中心となるものです。特に「熱」については、私の個人的意見(代々木で学んだこと)が加わりますがまとめます。
現代は過食の時代で無謀なダイエットをやっているような人や、極めて厳しい生活環境にさらされている人々以外は、栄養失調の人はほとんどいないと思います。
 一方、例えば戦国時代、お殿様は色々な食材を好きなだけ食べることができましたが、多くの人は厳しい食生活であったと思います。従って、栄養失調の人は多かったと思います。そして、このような人の多くはエネルギー素ともいうべき気血津液が不足した人、熱量が少ない人、冷え(寒)の人だと思います。まさに、エネルギー素を必要とする人たちです。
 では熱の人はどんな人でしょうか。例えば、好き嫌いの激しい栄養バランスの悪い食事を日々取っている、運動不足のお殿様を考えてみます。甘いものなどが異常に好きだが動くのは大嫌いとなると糖尿病(糖代謝異常)が、油物が大好物だとすればメタボ(脂質代謝異常など)が、塩や醤油味しか受けつけない人は、高血圧とともに塩分が腎臓に溜まり、いずれ腎臓が悲鳴をあげます。

 睡眠不足、運動不足、暴飲暴食、著しい栄養の偏りなどによる乱れた生活習慣は、代謝の異常をもたらします。するとエネルギー素は良からぬ「内熱」と化し、臓器に悪影響を及ぼします。これは熱がよくない形で現われたものであり、量を減らすとともに、代謝障害をなくし清々と回るようにしなければなりません。経穴では、金穴(通りをよくする)や水穴(潤す、冷やす)を使います。なお、熱型な人でも、体の表面や手足は冷えていることもあり、寒熱の問題は複雑です。

 冷え(寒)の問題はテレビや雑誌でよく取り上げられますが、熱は現代医学的には代謝障害やメタボ、慢性炎症[クリック頂くと、”千葉大学大学院医学研究院 真鍋研究室(Manabe Lab)”さまのページが表示されます]に関わる問題であり、冷え(寒)と同じくらい重要であると考えています。

 

経絡治療の診断
1.四診(望・聞・問・切)
 表情や全体の様子(望)、声や話方など(聞)、話を伺い(問)、触診(切)をして患者さんの状態を理解します。触診では特に脈診を重視していますので、脈診について補足します。
・両手首の親指側を走行している動脈(橈骨動脈)に対し、3本ずつ計6本の指腹で、脈が速いか遅いか、位置が深いか浅いか、硬いか軟らかいか、太いか細いか、緊張が強いか弱いかなどを診ます。そしてどの臓に虚実、寒熱があるのか、気血津液の過不足はどうかについて直感的に判断します。緊張が強い脈の場合は自律神経の問題としてとらえ治療を考えることもあります。最終的に四診を総合的に判断して治療方針(証)を立てます。

 

経絡治療の治療原則
 四診によって経絡に現われる五臓六腑の変動を察し、触診によってその経絡上における硬結、陥下、圧痛点、反応点を探り、それらの変動を鍼および灸を使って調節し、自然治癒力を高め健康な状態を取り戻します。

 

経絡治療の治療方法
1.補瀉(ホシャ)
 四診の診断により治療方針(証)、虚実、寒熱を明らかにした後に、補瀉という考え方に基づいた手技により治療を行います。通常は虚に対し補うことを考えます。補法とは虚した状態に対し、補うという方法により正気を増やし本来の状態(健康)を取り戻します。一方、実な状態に対しては瀉すという方法により邪気を除き健康を取り戻します。補瀉で特に大切なことは深浅といわれていますが、これは経穴に鍼を命中させるために最適な深さを知るということです。

 生きた経穴は 病気になると現われて、治ると消えるという性質であること、経穴の位置も上下左右に移動すること、硬結であれば大豆大、小豆大、ごま粒、糸コンニャクのようなキョロキョロなど、様々な形として出てくることなどを頭にいれて施術にあたります

 また、補瀉の加減で大事なことは、診察の時に患者さまと呼吸を合わせておくこと(患者さまの気持ちになるということ)の他、補法であれば体の力を抜き、瀉法であれば奥歯やお腹に力を入れて(邪気を砕き体外に放出するイメージ)行うことがコツです。

 経絡治療誌のなかで昭和鍼灸の重鎮の一人で医師でもある、丸山昌朗氏が補瀉というものを分かりやすく解説されていますので、その一部をご紹介します。
 『虚実補瀉というのは何でもない。息を吸うのが補であり、飯を喰うというのが補であり、食べたものを排泄するというのが瀉ですね。我々人間の生活というのは、いわゆる補瀉によって新陳代謝というものを行っている。これが補瀉について最も基本的な考え方だと思う。
 腹が空いたということは虚して来たということで、そこで食べて補が行われる。糞が溜まったということが実で、それを排泄するということ、これが瀉ですね。ですから、こういう補瀉ということは身体の中で自然に行われていて、それで生命現象というものが営まれている。ただ、自然に営まれるはずの補瀉というものが充分に円滑に行かないときに、そこでいろいろな治療によって補瀉をうまくさせる。ということだと思うんです。それは現代医学に於けようと、どんな場合でも、人間の生命活動を分析した場合には、補瀉ということに尽きると思いますね。


2.本治法
 決定した治療方針(証)に基づき、虚した経絡の変動を調節するために、手足およびお腹や背中にある要穴に補法を行います。そして経絡の変動を調えることにより、自然治癒力を高めます。


3.標治法
 病める個所、体表に現れた硬結、陥下、圧痛点等の生きた経穴を触診により把握し、補瀉法を行うことにより痛みなどの問題を取り除きます。


4.その他(トリガーポイント
 経絡治療とは直接関係ありませんが、標治の精度を高める補完的なものとしてトリガーポイントを考えています。NHKの番組でも取り上げられたトリガーポイントは筋・筋膜性疼痛を引き起こす黒幕的存在といえます。トリガーポイントは筋肉に対し、過度に起こった収縮や伸張、あるいは外傷などによってできる微小な損傷に対し、動作の繰り返しや同じ姿勢の維持などの負荷が、特定の筋肉に発生し、血液不足から筋肉が虚血状態となって、索状硬結などのトリガーポイントが形成されると考えられています。

 さらに、現在ではそれは筋硬結という捉え方だけではなく、皮膚、皮下組織あるいは筋膜、筋、腱といった様々な軟部組織でトリガーポイントは発生するということから、トリガーポイントは侵害受容器(痛みや熱さなどを感じ取るためのセンサーのような装置)のポリモーダル受容器が感作(刺激により過敏反応状態になること)されたものではないかという説も出ています。

 筋肉によってトリガーポイントの現われ方や反応などは変わるのですが、足がつる筋肉として名高いフクラハギでは、トリガーポイントを鍼でヒットできると、局所単収縮といって「ビクッ」と反応することがあり、一気に筋肉の状態が改善される場合もあります。

 また、トリガーポイントの特徴で重要なのは、関連痛です。例えば頭痛の1つに筋緊張性頭痛がありますが、これは首や肩の筋肉のトリガーポイントの関連痛による場合が少なくありません。僧帽筋や板状筋、胸鎖乳突筋にできるトリガーポイントの中には頭部に関連痛を起こすものがあります。もし、これらの筋肉による頭痛だとすると、該当する筋を治療をしない限り頭痛は解決しないということになります。

 このようにトリガーポイントをよく理解して治療を行うことは、原因検討の幅を広げ、治療の精度を高めることができます。