ファシアの勉強1

2017年12月、ブログ”エコーガイド下fasciaリリース”の中で、『解剖・動作・エコーで導く Fasciaリリースの基本と臨床』という本を紹介させて頂いているのですが、この本の第2版である、『解剖・動作・エコーで導くFasciaリリースの基本と臨床 第2版』は、既に2017年3月に発行されていました。

その意味では既に5年以上経過してしまったわけですが、私にとって”ファシア”はまだまだ不勉強な部分が非常に多く、また、”腎・腎臓”と並び、最も興味深いテーマなので繰り返し学習しながら、徐々に理解度をアップできればいいなと思っています。

Fasiaリリースの基本と臨床 第2版
Fasiaリリースの基本と臨床 第2版

編者:木村裕明、小林只、並木宏文

初版発行:2017年3月

出版:文光堂

なお、ブログは目次の黒字部分になりますので、ごく一部ということになります。

目次

1 fascia(ファシア)とは

① fasciaの歴史・定義の変遷―実態・認識・言葉の狭間で

 column 雲とfasciaの類似性

② fasciaは西洋医学と東洋医学の架け橋

③ fasciaの解剖生理

 column Dr.Jean-Claude Guimberteau とfascia

2 fasciaの病態

① fasciaの疼痛学

 column fasciaの発痛源は「神経」か?

② fasciaと画像評価

 column エコー技術の発展とfasciaの病態解明

③ ファシア疼痛症候群(FPS)の提唱

④ fasciaの病態に関わる代表的な用語(癒着、柔軟性など)

⑤ 癒着のGrade分類

3 fasciaから再考する各種病態

① 診断とは何か? 病名と診断名の再考

 column 不定愁訴とは? 原因不明とは?

② 関節の病態

 column 病名の再区分―thumb pain syndrome

③炎症性疾患との関係

④ 末梢神経の病態

⑤ 血管の病態(冷え症を含む)

⑥ fasciaと自律神経症状

⑦ 局所と中枢の治療戦略

4 エコーガイド下fasciaリリースとは

① エコーガイド下fasciaリリースの技術開発、命名の歴史的経緯

② fasciaリリースの種類と適応

 column 末梢神経リリース

③ エコーガイド下ハイドロリリースとは?

 column ハイドロリリースという言葉が生まれた背景

④ hydrorelease と hydrodissection およびブロックの違い

5 fasciaリリース評価と治療概論

① さまざまなfasciaリリース(注射、鍼、徒手など)の方法とその組み合わせ方

 column 針・鍼の先端の形状と組織侵襲性

 column 鍼は本当に神経や血管を避けるのか?

 column 注射療法+徒手療法(passive manipulation with hydrorelease)

② 注射手技と効果測定の全体像

③ 注射の治療効果判定

 column リリースで悪化する場合(圧痛による治療部位選定のピットフォール)

6 治療部位・発痛源の評価

① fasciaリリースのための診察の流れ

 column fascia治療に関する適切な用語は?

② 触診―触診方法のコツ

 column 医師が鍼を使う意義

③ 触診―触診の学習方法

 column エラストグラフィを活用したエコーガイド下触診教育

④ 動作分析と可動域評価

 column pROMの全身評価の方法:real anatomy train

⑤ pROMとnerve tension test

 column エコーを用いた坐骨神経の滑走評価nerve gliding test 

⑥ fascia治療におけるエコーの活用法

⑦ 多様な関連痛マップ(dermatome、myotome、fasciatome、angiosome、venosome、osteotome)

7 エコーガイド下fasciaハイドロリリースの方法

① 穿刺および注射針の操作技術―注射針・シリンジ・薬液の選択

column fasciaハイドロリリースにおけるステロイド薬の適応

② fasciaハイドロリリースに伴う合併症

③ 安全で確実に注射するための工夫と学び方

④ 安全確実なfasciaハイドロリリースのための教え方(気胸を克服する)

8 エコーガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)の実践

① エコーガイド下fasciaハイドロリリースの学習法

② エコーガイド下fasciaハイドロリリースの難易度一覧

A 頸部

① 頭半棘筋/大後頭筋/下頭斜筋(ランクA)

② 中斜角筋/後斜角筋/第1肋骨(ランクC)

③ 胸鎖乳突筋裏(C2~3レベル)(ランクB)

④ C8神経根周囲のfascia(ランクC)

⑤ 側頭筋/外側翼突筋(ランクC)

⑥ C1/2の黄色靭帯・背側硬膜複合体(ligamentum flavum/dura complex:LFD)

B 肩関節

① 肩峰下滑液包と三角筋滑液包(ランクA)

② 烏口上腕靭帯(ランクA)

③ 三角筋筋内腱(ランクA)

④ 小円筋/上腕三頭筋(長頭)/腋窩神経、下後方関節複合体(ランクC)

C 上肢帯

① 僧帽筋/棘上筋(ランクA)

② 棘下筋(横走線維/斜走線維)(ランクA)

③ 腋窩動脈周囲のfascia(腋窩鞘)(ランクC)

D 上肢

① 橈骨神経周囲のfascia(上腕遠位部)(ランクB)

② 尺骨神経周囲のfascia(Struthers腱弓)(ランクB)

③ オズボーンバンド(ランクB)

④ 長短橈側手根伸筋・総指伸筋/回外筋(ランクA)

⑤ 手関節部の伸筋支帯(ランクB)

⑥ 手関節部の屈筋支帯(ランクB)

⑦ 正中神経(束間神経上膜)(ランクC)

E 体幹

① 胸腰筋膜(ランクA)

② 腰部多裂筋(ランクA)

③ 腰椎横突起腹側(腰方形筋付着部)(ランクA)

④ 腰椎椎間関節包(ランクB)

⑤ 術後創部痛(ランクB)

F 下肢帯

① 中殿筋/小殿筋/腸骨(ランクA)および中殿筋/小殿筋/股関節包(ランクA)

 1.中殿筋/小殿筋/腸骨

 2.中殿筋/小殿筋/股関節包

② 梨状筋(ランクB)

③ S1後仙骨孔(ランクC)

④ 坐骨神経(ランクC)

G 下肢

① 鵞足/内側側副靭帯(ランクA)

② 伏在神経周囲のfascia(膝関節周囲)(ランクB)

③ 半腱様筋/半膜様筋(ランクA)

④ 膝窩動脈周囲のfascia(ランクC)

⑤ 総腓骨神経周囲のfascia(ランクB)

⑥ 足関節部の上肢筋支帯(ランクB)

⑦ 足根洞(ランクC)

9 症例提示―fasciaハイドロリリースの実践が進む分野

① 症例1 整形外科医の腰痛

② 症例2 若手女性の上肢痛の原因は「顎関節」

③ 症例3 歯科領域への応用(新しい非歯原性歯痛分類の提案)

 column 顔面痛に対するfasciaハイドロリリース

④ 症例4 脳卒中後遺症ではなかった右上肢のしびれ感

 column 神経疾患とファシア疼痛症候群(FPS)の合併

⑤ 症例5 創部痛(大動脈弁置換手術のための開胸術後)

 column 腹壁ハイドロリリース

⑥ 症例6 スポーツ選手の筋腱断裂後疼痛

⑦ 症例7 左肘窩部の採血後疼痛

⑧ 症例8 交通事故後のむち打ち症(外傷性頸部症候群)

⑨ 症例9 前胸部不快感と過換気発作を繰り返す若年女性

⑩ 症例10 膠原病(炎症性疾患)に合併するファシア疼痛症候群(FPS)

 column リンパ節炎後のリンパ節リリース

⑪ 症例11 脳出血後の頭痛・めまい(fasciaがつなぐ東洋医学と西洋医学)

10 悪化因子への対応―整形内科的生活指導

・生活指導の現状と課題

・運動器疼痛に対する整形内科的生活指導のプロセス

・事実の確認方法

・個人への介入方法

・集団への介入方法

11 fasciaに注視した手術―認識と手技の変遷

・創部と痛み・癒着の関係

・創部の治療

・手術手技とfascia

・手術領域において「膜」や「膜様構造」と認識されてきたfascia

・“膜”や“膜様構造”はfasciaの1つの表現形にすぎない

・fasciaに対する認識の転換―内視鏡による拡大近接画像が見せた「生きている立体的網目状構造」

・総論:fasciaを意識した手術手技(腹部・骨盤部を例に)

・各論:fasciaの認識と手術手技の関係(腹部・骨盤部を例に)

 ―fasciaを温存するか、しないか

・fasciaを意識した手術は合併症を減らす

・fasciaを意識した手術の未来

12 初学者のためのQ&A集

 Q1 どのように診察を始めればよい?

 Q2 結局、痛いところに注射すればよい?

 Q3 リリースで悪化する病態はあるの?

 Q4 注射実施時の感染予防対策は?

 Q5 プローブの血液汚染はどうすればよい?

 Q6 注射後は、注射した液体を手などで広げるの?

 Q7 よくある治療中の患者の反応は?

 Q8 注射後の重だるさや痛み(リバウンド)はあるの?

 Q9 注射した液体はどれくらいで消えるの?

 Q10 薬液注入量のだいたいの目安は?

 Q11 針を骨に当てると骨表面上での合併症が起こる?

 Q12 古いエコー機器ではこの治療はできないの?

 Q13 治療に要する時間は、一人当たりおよそ何分くらい?

1 fascia(ファシア)とは

① fasciaの歴史・定義の変遷―実態・認識・言葉の狭間で

●結合組織という言葉の歴史と、その定義

・「その他」として分類されてきた結合組織は、単に構造を支持するだけの不活性組織と理解されてきた。

・近年、結合組織の活性機能が注目されている。以下はその例である。

 -心外膜脂肪が放出するサイトカインの冠動脈硬化への影響。

 -腸間膜が独立臓器として証明。

 -間質が独立器官として再認識。

・結合組織の代表格である筋膜(myofascia)は「保持、パッケージ」などの構造の保持機能に加えて、「刺激への侵害受容や深部感覚の伝達」を行っていることが判明した。

・マクロの観点では、アナトミートレインのように全身が連続していることが、概念と肉眼解剖学による研究結果として報告された。

・ミクロの観点では、細胞外からの機械的刺激は細胞内まで伝達し、核の代謝に直接的な影響を与えている(機械的シグナル伝達)。これは、結合組織の細胞レベルの機能特性を示している。

●fasciaという言葉の歴史と、その定義

・日本では2019年4月、JNOS学術局の協議により、fasciaの定義を「ネットワーク機能を有する『目視可能な線維構成体』は肉眼解剖用語であるとした。

一般向けの平易な説明として、2020年3月には、fasciaを全身にある臓器を覆い、接続し、情報伝達を担う線維性の立体網目状組織、臓器の動きを滑らかにし、これを支え、保護して位置を保つシステムと表記した。

③ fasciaの解剖生理

●結合組織とfasciaの関係性

・結合組織は主要な4大組織(筋組織、神経組織、上皮組織、結合組織)の1つとされているが、身体の様々な組織に該当しない組織を集めたものともいわれている。

・広義の結合組織には血液や骨、軟骨なども含まれる。

・狭義の結合組織

 -密性結合組織

 -疎性結合組織

 -膠様組織

 -細網組織

   -線維性結合組織(脂肪組織など)

主な結合組織の構成
主な結合組織の構成

画像出展:「Fasciaリリースの基本と臨床 第2版」

これらは全て重要な構成要素ですが、特に線維芽細胞に注目したいと思います。

fasciaの生理学的見解

1)fascia systemとしての考え方

fascia systemとは、fasciaの機能的側面を説明するものである。

・fascia systemは、身体に広がる柔軟でコラーゲンを含む、疎性および密性の線維性結合組織の三次元連続体で構成される。また、すべての臓器、筋肉、骨、神経線維を相互に貫通して取り囲み、身体に機能的な構造を与え、すべての身体システムが統合的に動作できる環境を提供している。

・fascia systemは皮下にある連続した結合組織の全身のネットワークであり、別々に働く個々の骨格筋が、fasciaでつながっていることにより、1つの動作が別領域の身体の部分に力や動きを伝達する。

2)fasciaと臓器の関係

fasciaは、骨格系への支持機能だけではなく、内臓の機能がスムーズに働くことも助けている。

・fasciaは臓器間の境界として、臓器が潤滑に動けるために表面を覆い、臓器を結合し、正しい位置に固定する役割もある。

・fasciaは三次元的な構造と特異的な生理作用によって外力を吸収し、それをうまく分配することにより、繊細な組織や臓器への外傷を防ぐためにも重要であると考えられている。

3)fasciaと神経、血管の関係

fasciaの中を走行する神経、血管、リンパ管などは、周りをfasciaで覆われることにより、保護と方向性が与えられている。

・fasciaは身体を区画に分けることによって体外からの病原菌を素早く拡散するのを防ぐ生体防御システムの役割も担っている。

・fasciaによる制御された構造により、マクロファージや樹状細胞などの免疫細胞は障害された組織に集積できる。

fasciaの分子生物学的見解

・fasciaに存在する線維芽細胞は、細胞間のgap junctionを通じて情報をやりとりし、神経系のように身体全体で機械刺激感受性のシグナルを伝達しているということが報告されている。この張力の統合が身体各部位における姿勢や動きのセンサーとなり、かつフィードバック機構となり、各動作をスムーズに統合していると考えられる。

・fasciaが引き伸ばされると、線維芽細胞は形態を変化させ、fasciaにかかる張力を和らげている。

・fasciaに存在するこれらの線維芽細胞は、機能的にも代謝的にも異なる性質を持っている。

・線維芽細胞の多くは身体の浅層に位置し、深層では疎性結合組織に存在する。

線維芽細胞に伝わる機械的な刺激は、その性質や方向性、刺激が継続する時間の変化などが、細胞には言語のように伝わり(機械的シグナル伝達)、細胞内にも様々な変化を引き起こす。

線維芽細胞が分泌する物質
線維芽細胞が分泌する物質

画像出展:「Fasciaリリースの基本と臨床 第2版」

 

・身体は常に生理的な負荷や機械的な刺激を受けている。もし、外界からの刺激をシャットダウンすると骨格筋は良好な栄養状態下にあっても委縮が起こるとされている。一方、負荷がかかりすぎると肥大する。

・腱の損傷では細胞外マトリックスが損傷を受け、その構造に脆弱な部分が生じると組織の緊張が高まり、過度な力が周辺の線維芽細胞に働くことで組織の炎症や分解を引き起こし、細胞死も誘導するといわれている。

線維芽細胞は細胞外マトリックスの分解、産生に直接関わることで、間接的にfasciaの連続性を保つために働き、その機能を決定している。

・生理的な張力が粘性や弾性のある細胞外マトリックスによって適度に伝わると、線維芽細胞の機能も保たれ、線維芽細胞が細胞外マトリックスを制御することで結果的にfasciaの連続性が機能し正常に働くことが可能になる。そのメカニズムは、線維芽細胞が分泌する酵素や成長ホルモンの働きによって、多くの細胞外マトリックスが産生され、必要に応じて分解されることにより、うまく調節されている。

線維芽細胞によって産生される酵素は、分解機能をもつMMPs(マトリックスメタロプロテアーゼ)、そしてその分解能を抑制するMMPのインヒビターであるTIMPsなどがあり、この両者のバランスが組織修復の際には重要な鍵となる。

線維芽細胞はMMPsやTIMPs以外に、TGF-β1(transforming gwowth factor β1)やFGF(fibroblast growth factor)といった細胞の代謝や増殖に重要なホルモンも分泌している。

線維芽細胞は免疫反応においても重要な働きをしている。炎症反応に関わる多くのサイトカインやケモカインを産生し、炎症性の環境を数時間で作り出すことができる。

線維芽細胞は炎症を促進し、ストレスにも対応するなどfasciaの連続性の維持にとても重要な役割を担っている。