「生命とは何か」

本書は“シュレーディンガーの方程式”などにより、量子力学に多大な貢献をされた、エルヴィン・シュレーディンガーの有名な著書で、発行は1944年なので約79年前に書かれたものということになります。

私にとって量子力学は出口の見えないトンネルのようなものなのですが、本書の副題が『物理的にみた生細胞』となっており、とても興味をもったというのが手に取った理由です。

ブログは「まえがき」の一部と、71のテーマの中の4つと、鎮目恭夫先生の「岩波新書版(1975年)への訳者あとがき」の中の“シュレーディンガー略歴”になります。ブログの内容は乏しいのですが、個人的には新たな発見もあり、時間をかけた価値はあったなと思っています。

著者:エルヴィン・シュレーディンガー

出版:2008年5月

出版:岩波文庫

まえがき

『そもそも科学者というものは、或る一定の問題については、完全な徹底した知識を身につけているものだと考えられています。したがって、科学者は自分が十分に通暁していない問題については、ものを書かないものだと世間では通っています。このたびは、私はとにかくこの身分を放棄して、この身分につきまとう掟から自由になることを許していただきたいと思います。これに対する私の言いわけは次の通りです。

われわれは、すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望を、先祖代々受け継いできました。学問の最高の殿堂に与えられた総合大学の名は、古代から幾世紀もの時代を通じて、総合的な姿こそ、十全の信頼を与えられるべき唯一のものであったことを、われわれの心に銘記させます。しかし、過ぐる100年余の間に、学問の多種多様の分枝は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、われわれは奇妙な矛盾に直面するに至りました。われわれは、今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、今ようやく獲得されはじめたばかりであることを、はっきりと感じます。ところが一方では、ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまったのです。

この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が永久に失われてしまわないするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手を着けるより他に道がないと思います。たとえ物笑いの種になる危険を冒しても、そうするより他には道がないと思うのです。

私の言いわけはこれだけにします。

目次

まえがき

第一章 この問題に対して古典的物理学者はどう近づくか?

1 研究の一般的特質と目的

2 統計物理学からみて、生物と、無生物とは構造が根本的に異なっている

3 きまじめな物理学者は、この問題にどう近づくか?

4 原子はなぜそんなに小さいのか?

5 生物体の働きには正確な物理法則が要る

6 物理法則は原子に関する統計に基づくものであり、近似的なものにすぎない

7 法則の精度は、多数の原子の参与していることがもとになっている第一の例(常磁性)

8 第二の例(ブラウン運動、拡散)

9 第三の例(測定の精度の限界)

10 分子数の平行根の法則

第二章 遺伝のしくみ

11 古典物理学者の予想は、決してつまらぬものとは言い棄てられないが、誤っている

12 遺伝の暗号文(染色体)

13 生物体は細胞分裂(有糸分裂)で生長する

14 有糸分裂では、すべての染色体がそれぞれ二つになる

15 減数分裂と受精(接合)

16 一倍体の個体

17 減数分裂はとりわけ重要である

18 乗り換え。遺伝形質は染色体の局部的な場所に座を占めている

19 遺伝子の大きさの限界

20 遺伝子は少数個の原子からなる

21 遺伝子の永続性

第三章 突然変異

22 不連続は突然変異―自然淘汰の行われる根拠

23 突然変異種は育種可能である、すなわちそれは完全に遺伝する

24 遺伝子の座、劣性と優性

25 若干の学術用語の紹介

26 近縁交配は有害な結果を生ずる

27 一般的な注意と史実

28 突然変異は稀な出来事でなければならない

29 X線によって引き起こされる突然変異

30 第一の法則、突然変異は単一事象である

31 第二の法則、この事象は或る限られた場所で起こる

第四章 量子力学によりはじめて明らかにされること

32 遺伝子の永続性は古典物理学では説明できない

33 量子論によれば説明できる

34 量子論―飛び飛びの状態―量子飛躍

35 分子

36 分子の安定度は温度に依存する

38 修正すべき第一の点

39 第二の修正点

第五章 デルブリュックの模型の検討と吟味

40 遺伝物質の一般的な描像

41 この描像は唯一のものである

42 従来行われてきたいくつかの誤った考え

43 物質の異なる「状態」

44 本当に問題になる区別

45 非周期性の固体

46 縮図の中におしこめられた種々様な内容

47 事実との比較、安定度および突然変異の不連続性

48 自然淘汰により安定な遺伝子が選ばれる

49 突然変異種にはしばしば安定性の低いものがある

50 温度の影響は安定なものより不安定なものに対する方が少ない

51 X線はどんな仕方で突然変異を起こすか?

52 X線の効率は、自発的な突然変異の頻度の大小にはよらない

53 突然変異は元に戻せる

第六章 秩序、無秩序、エントロピー

54 この模型からでてくる注目すべき一般的な結論

55 秩序性を土台とした秩序性

56 生命をもっているものは崩壊して平衡状態になることを免れている

57 生物体は「負エントロピー」を食べて生きている

58 エントロピーとは何か

59 エントロピーの統計的な意味

60 生物体は環境から「秩序」をひき出すことにより維持されている

第七章 生命は物理学者の法則に支配されているか?

61 生物体ではどんな新法則が期待されるか?

62 生物学的な事情の概観

63 物理学的な事情の概括

64 両者は著しい対照をなしている

65 秩序性を生み出す二つの道

66 この新原理は物理学と相いれないものではない

67 時計の運動

68 時計仕掛けもつきつめてみれば統計的なものである

69 熱力学の第三法則(ネルンストの定理)

70 振子時計は事実上絶対零度にある

71 時計仕掛けと生物体との関係

エピローグ 決定論と自由意志について

岩波新書版(1975年)への訳者あとがき

21世紀前半の読者にとっての本書の意義

  ―岩波文庫への収録(2008年)に際しての訳者あとがき

第一章 この問題に対して古典的物理学者はどう近づくか?

1 研究の一般的特質と目的

・この小著は、一理論物理学者が約400人の聴衆に対して行った一連の公開講演をもとにしたものである。

・数学を使っていないのは、あまりに複雑で十分に数学を使うことができなかったからである。

この講演の目的は、生物学と物理学との中間で宙に迷っている基礎的な観念を、物理学者と生物学者との双方に対して明らかにすることにあった。

・重要でしばしば論議されている疑問とは、生きている生物体の空間的境界の内部で起こる時間・空間的事象は、物理学と化学とによってどのように議論されるのか?

・『この小著により解き明かして、はっきりさせようと試みるその答は、前もって次のように要約できます。今日の物理学と化学とが、このような事象を説明する力を明らかにもっていないからといって、これらの科学がそれを説明できないのではないか、と考えてはならないのです、と。

2 統計物理学からみて、生物と、無生物とは構造が根本的に異なっている

・『周期性結晶が研究の対象として最も複雑なものの一つであると私が言ったのは、もっぱら物理学者を念頭においてのことです。事実、有機化学は、ますます複雑な分子を研究することにより、かの「非周期性結晶」のごく近くにまで到達しました。私の考えでは、非周期性結晶こそ、生命をになっている物質なのです。それ故、生命の問題に対して、有機化学はすでに大きな重要な貢献をなしているのに、物理学者がまだほとんど何ら寄与していないのは、さして不思議ではありません。』

非周期性結晶”について知りたいと思い見つけたのが下記の早川先生の寄稿です。これは、(1999.3.24 於討論集会「生命物理と複雑系」東北大学電気通信研究所)となっているのでかなり古いものですが、物理学者としてのシュレーディンガー、著書の「生命とは何か」、そして疑問の“非周期性結晶”について記述されているのでピックアップさせて頂きました。

「生命物理は物理のフロンティアか」 早川尚男 (京都大学大学院人間・環境学研究科)

『シュレディンガーの生命観は御承知の通り素朴な決定論に基づいていました。 特に彼は染色体に注目し「非周期的結晶」と呼ぶに相応しい物質であると注目しておりました。非周期結晶とは 個々の単位は同じではないが、それらが周期的に現れ規則的配列をしているという意味で使っていますが、この考え方が後に重要な 役割を果たすことになります。特に染色体がその結晶的構造故に重要で遺伝暗号を媒介する遺伝子を持つということはシュレディンガーが初めて陽に言った様です。 ここで強調したいのは結晶を重要視し、素朴な力学的考察で生命現象は理解できるとした非常に力強い信念があった点です。 その意味で彼は生命を分子機械であると捉えていたと言えるかもしれません。』

こちらは早川先生のTwitterです。早川先生は現在、基礎物理学研究所 物質構造研究部門 教授 で間違いないと思います。

第三章 突然変異

22 不連続は突然変異―自然淘汰の行われる根拠

・『今から約40年前に、オランダ人のド・フリースは、完全に純粋種のものの子孫さえも、小さいが「飛び離れた」変化をしたものがごく少数、たとえば何万に二つとか三つとかの割合で出現する、ということを発見しました。「飛び離れた」という言葉は変化がはなはだ大きいという意味ではなく、変化の起こっていないものとごく少数の変化の起こったものとの中間の形のものがまったくない、という意味で不連続性があることを意味します。ド・フリースは、それを突然変異と名づけました。

不連続性ということことが重要なことなのです。これは、物理学者に量子力学―隣り合った二つのエネルギー準位の中間のエネルギーは現われないこと―を連想させます。物理学者は、ド・フリースの突然変異の説を、比喩的に生物学の量子論と呼びたいような気がするかもしれません。後の説明、これは単なる喩え以上に深い意味のあることがわかるはずです。実際、突然変異は、遺伝子という分子の中で起こる量子飛躍によるのです。

[突然変異と量子論]で検索したところ大変興味深いサイトが2つ見つかりました。

以前、私は「生物と量子力学」というブログをアップしているのですが、まさにこの分野は新事実がどんどん出てきているようで注目です。

画像出展:「ナゾロジー

『英国サリー大学(University of Surrey)で行われた研究によれば、DNAでは従来考えられていたよりも遥かに高い確率でトンネル効果が発生している可能性が高い、とのこと。

量子力学の世界では電子や陽子など小さな粒子の存在確率はあやふやであり、粒子がある場所から別の場所に突然、移動に必要なエネルギーを無視して、トンネルを通ったかのように出現する現象が起こり得ます。

研究結果が正しければ、生物進化の原動力として、量子効果が大きな影響を与えていることになるでしょう。』

画像出展:「ナゾロジー

『DNAは「生命の設計図」としての機能があり、私たち生物の体を作るためには欠かせない存在となっています。またDNAに刻まれた情報は世代を超えて子孫に継承され、親同じような体をした子を作ることを可能にし、種の概念を与えてくれます。しかしDNAの構造は不変ではなく、さまざまな要因で変化してしまうことが知られています。

DNA変異は有害物質や紫外線などの化学的・物理的要因に誘発されるだけでなく、複製時の酵素反応のエラーなど生物学的な要因によっても発生します。

DNAは誕生した当初から、物理的要因・化学的要因・生物学的要因の全てから挑戦を受けてきたと言えるでしょう。しかし量子力学と生物学との融合によって誕生した「量子生物学」の進歩により、生命活動において量子的な効果が無視できないことがわかってきました。

たとえば植物の光合成では、化合物間の間で古典物理学に反した電子のジャンプが頻繁に行われており、植物たちが量子力学を使って光合成効率を高めていることがわかってきました。』

もう1つは、量子科学技術研究開発機構さまのサイトです。

“量子力学の観点からメス  生命の謎に迫る”

『第4の波後半の20世紀、分子生物学が大きく花開いた。デオキシリボ核酸(DNA)二重らせん構造の発見に始まり、DNAに記された遺伝情報からたんぱく質が作られる仕組みやその役割などが明らかになった。がんやさまざまな病気に対する医薬、新型コロナウイルスに対する治療薬やmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンなどが開発され、人類は分子生物学の恩恵を受けている。

ヒトを始めとしたさまざまな生物種の全遺伝情報(ゲノム)もすでに解読され、生物の部品の情報が得られた。しかし、自動車は分解して組み立てると動くが、ヒトや大腸菌を分解しても元通りにならない。部品どうしの繊細な相互作用の情報が欠落しているからだ。つまり要素還元的なアプローチだけでは「生命とは何か?」に対する答えを得ることはできない。

第4の波で花開いた分子生物学の限界が見えた。第5の波は量子生命科学が花開くと考える。量子論・量子力学の視点や技術で生命科学にパラダイムシフトを起こそうとするのが、量子生命科学だ。生命科学の発展は科学技術の発展に依存する。16世紀末に光学顕微鏡が発明されて細胞が発見され、生命科学は分類学から細胞生物学にパラダイムシフトした。そして、電子顕微鏡や遺伝子工学の技術革新で分子生物学が花開き、免疫学、ウイルス学、脳神経科学などの生命科学が飛躍的発展を遂げた。』

第四章 量子力学によりはじめて明らかにされること

33 量子論によれば説明できる

・『今日の知識に照らしてみれば、遺伝子の仕掛けは、量子論の基礎そのものと密接に結びついている、というよりはむしろ、その上に打ち立てられているといえます。量子論は1900年にマクス・プランクにより発見されたものです。 

画像出展:「WAKARA

以下の文章は「Chem-Stationに書かれている内容です。このサイトには英語ですが、1分36秒のマックス・プランクの動画がありました。

『マックス・カール・エルンスト・ルードヴィヒ・プランク(Max Karl Ernst Ludwig Planck、1858年4月23日-1943年10月4日)は、ドイツの理論物理学者である。1918年にノーベル物理学賞を受賞。量子論の開祖の一人。

マックス・プランクは「量子論の父」と呼ばれているとのことで、ちょっと気になったのは、以前ご紹介したことのある、ニールス・ボアは何だっけ? というと、確認したところ、「量子論の育ての親」とのことでした。

 

近代遺伝学はド・フリース、コレンス、チェルマクによるメンデルの法則の再発見(1900年)およびド・フリースの突然変異に関する論文(1901-03年)から出発したといえます。したがって二つの偉大な理論の誕生はほとんど時を一つにしており、両者の結びつきができるまでに、或る程度の成熟に達する時をかさねなければならなかったのは不思議ではありません。量子論の側では、四半世紀かかって1926-27年になりようやく、W・ハイトラーとF・ロンドンにより、化学結合の量子理論の全貌が一般的原理において明らかにされました。ハイトラー-ロンドンにより化学結合の理論は、量子論の最近の発展(量子力学または波動力学と呼ばれるもの)の中で最も巧妙でこみ入った諸概念を含んでおります。計算を用いないでそのおおよその説明をすることは不可能に近く、あるいは少なくとも、本書と同じ位の小さい本を一冊必要としてます。しかし幸いに、われわれの考えを明らかにするために必要な説明はすっかり済みましたから、「量子飛躍」と突然変異との間の関連をもっと直に指摘し、最も顕著な点をいま拾いあげることができると思われます。このことこそ本書でこれから試みようとすることなのです。

岩波新書版(1975年)への訳者あとがき

シュレーディンガー略歴

『シュレーディンガーは、1887年オーストリアのウィーンに生まれました。同地で教育を受け、ウィーン大学に学びましたが、そのころウィーン大学には、確固たる原子論の立場にたつ統計力学の指導者ボルツマンがいました。ボルツマンは1906年自殺したので、彼が接した期間は短かったが、その学風から影響を受けたことは少なくなかったと思われます。シュレーディンガーは研究生活に入ると間もなく1912年に、物質の電気的・磁気的性質を電子論と原子構造から理論的に導く研究論文を発表しました。その後の研究は、多方面の理論的な問題におよんでいますが、その中には、大気中の音の音波の伝播の問題や、薄い液体膜(泡)の振動などの研究があります。また結晶格子とX線の干渉などの論文もあります。要するに、振動(物質中の音波や光の波)とその原子的(粒子的)な構造との関係というものが主要な関心の的だったといえましょう。

1920年にウィーンを去り、スツットガルト大学の理論物理学教授の席を得、同年結婚し、翌年にはスイスのチューリヒ大学の教授になりました。そのころようやく、前期量子論と相対性理論との立場から従来の力学に適当な制限を付加するというやり方での研究が行きづまり、原子のような世界にあてはまる新しい力学体系が必要になってきました。その中で1925年にハイゼンベルクが、まったく新しい立場から原子の力学を提唱し、ボルンとヨルダンはこれをマトリックス力学の形にし、これにより従来のニュートン力学と原子の力学との間に或る形式的な対応がつけられました。これに対し、シュレーディンガーはより直感的なモデルを考えており、従来の物理学で力学と光学との形式上の相似の関係を追及していました。1923年フランスのド・ブロイが、物質粒子の中の電子の波動が、干渉によっていくつかの定常波をつくって安定な電子軌道を生ずるというアイデアから、波動力学と名づける新力学を提出しました。1926年、彼が38歳の年の3月から9月にわたり発表した「固有値問題としての量子化」と題する前後四篇の論文は、今日シュレーディンガーの波動方程式と呼ばれる基本的な形式を導き、この波動力学がハイゼンベルクらのマトリックス力学と数学的に等価なものあることを証明し、さらに水素原子への応用例を示した論文でした。こうして新しい原子力学(やがて量子力学と呼ばれるようになったもの)が基本的に確立されました。

彼は1927年にプランクのあとをついでベルリン大学理論物理学教授になり、ユダヤ人ではなかったが、ヒトラーのナチスがドイツの政権を獲得した1933年にイギリスに渡り、同年ディラックと共にノーベル物理学賞を与えられ、オクスフォード大学とアイルランドのダブリン高級学術研究所に席を得ました。そして1936年にオーストリアのグラーツ大学に戻りましたが、第二次大戦の勃発により中立国アイルランドのダブリン研究所に落着きました。

ところで、シュレーディンガーの波動力学は、ハイゼンベルクのマトリックス力学やディラックの非可換代数学とくらべて直感的・時空的な原子像を頭に描くのにははるかに好都合で、そのため化学結合の理論やその他の原子・分子レベルの諸問題について量子力学の威力と信用を急速に高めるのに役立ちました。しかしまた彼が頭に描いた原子像・自然像は、アインシュタインのそれと似て、物質の時空的連続性について古典物理学的自然像に執着したものであり、そのためこの連続性と量子力学的現象で問題になる非連続性(物質構造の量子的非連続性や時間的変化の因果的非連続性)との矛盾に鋭くぶつかりました。そしてこの矛盾については、ボルンが「量子力学的確率」という観念を導入し、ハイゼンベルクが「不確定性原理」を提唱し、ボーアが物質の構造とその変化について時空的記述と因果的記述とは同一物の二つの側面像―二つの側面を同時に直接見ることはできないが二つの側面像は相互に補い合うもの―であるという「相補性原理」を提案したことによって、学界の大勢は哲学的不安から解放され、以来これが量子力学の正統派的解釈(コペンハーゲン的解釈)として学界の主流になり、理論物理学界の中央最前線は1920年代末からこの線にそった量子力学による素粒子物理の研究へ向かいました。しかし、アインシュタインやシュレーディンガーは量子力学のこの正統派的解釈に終生にわたり強い疑問と不信をいだき、そのためシュレーディンガーはアインシュタインと同様に1920年代末以降は理論物理学界の主流から全くはずれ、精神的孤独な生涯を歩いたのでした。個人というものは、ある究極的な意味では誰もみな孤独でありひとりで死んでゆくものでありますが、シュレーディンガーはその孤独さを後半生にはっきり自覚的に体験しつつ生きた人の一人でした。そのような孤独の自覚は古今東西の万人との一体的連帯感と相補的なものであり、そのことが本書のエピローグの哲学的な文章のなかに反映していると訳者は思うのですが。

1930年ごろ以来、シュレーディンガーの関心の最も中心的な焦点は、アインシュタインの場合と全く同じではないが、物質と電磁気と重力とを統一的に扱う単一場理論と宇宙論へ向かったように思われます。彼はダブリンで三冊の優れた小著―本書(1944年)と「統計熱力学」(1950年)―を次々に世に送りました。いずれも、簡潔な教科書的書物のなかに独自の鋭い哲学的思索を示したものです。その後1956年に母国に帰り、ウィーン大学教授となり、1961年1月4日に73年余の生涯を閉じました。』

ご参考

“シュレーディンガーの略歴”の中に、「アインシュタインやシュレーディンガーは量子力学のこの正統派的解釈に終生にわたり強い疑問と不信をいだき」とありますが、このことに触れている2つのブログをアップしていましたのでご紹介させて頂きます。 

ブログ:「数学と量子力学/物理学

確率解釈には激しく抵抗しました。なぜなら確率などという原理を物理学の中に持ち込むと、物理学はもはや「決定論」ではなくなってしまうと考えられるからです。

 

 

ブログ:「超ひも理論(超弦理論)

●量子重力理論

相対論と量子論が“結婚”出来れば究極の理論になる

-相対性理論は時間や空間、そして重力に関する物理学の理論である。

-量子論は原子や素粒子などのふるまいを説明する物理学の理論である。

マクロの世界に加え、ミクロの世界でも重力計算ができるようになれば、究極の理論は完成するということです。そして”素粒子=点”ではなく、”素粒子=ひも(弦)”と捉えることにより、可能性が生まれるということが分かりました。