第十一章 刺激療法としての針灸術
『「医道の日本」誌創刊500号(昭和44年5月号)の教育大学 芹沢勝助博士の「針灸の現状と将来への展望」のうちで、第二次戦争後の日本の主な針灸研究活動を要約したものを一覧表にすると次の通りになる。』
◇千葉大学 長濱善夫博士、昭和大学 丸山昌朗氏の共同研究『経絡経穴の研究』は、戦前の駒井一雄博士の『経穴の定位測定』に次ぐ研究で、経絡実在の可能性とその科学性を実証した。
◇京都大学 間中喜雄博士の『内臓体表反射、体表内臓反射の臨床的研究』は明治末期、後藤道雄博士の「我が国古来の針灸術はヘッド氏帯応用の皮膚刺激治療である」という見解に対して全く新しい立場から新しい知見に基づく解明を与え、内臓体表反射、体表内臓反射の機転が脊髄断区(デルマトーム/皮膚分節)だけに起こるものではなく、より高次神経中枢パターンで起こることを示唆し、平田内臓吉氏の提唱した平田氏十二反応帯(この発現機序を運動力学的に意味付けしたのが、七条晃正博士の平田氏十二反応帯の力感覚的解釈である)や、経絡パターン(赤羽幸兵衛氏が提唱した指趾末端の痛覚低下現象を熱感度により測定し、経絡の異常を判定する方法)を素材とし、豊富な臨床資料を活用して実証している。
『間中喜雄博士の「内臟体表部反射及び体表部内臟反射に関する臨床的研究」は、鍼灸医学の科学的基盤確立において極めて重要な貢献をした研究です。内臓と体表の相互作用についての神経反射メカニズムを明らかにし、東洋医学の経験的知識に現代医学的説明を与えることで、統合医療の発展に大きな影響を与えました。この研究により、鍼灸治療は単なる伝統医学から、科学的根拠を持つ医療技術として認識されるようになったのです。ただし、間中博士自身も認めているように、絶対的且つ根本的な解明は、鍼を刺す事によって起こる気や経絡や神経の複雑な相互作用の解明以外には無いと考えられます。現在でも鍼灸のメカニズムの完全な解明には至っておらず、継続的な研究が必要とされています。』
こちらは3分30秒の動画です。「首から来る手のしびれ~皮膚分節知覚帯・デルマトームとは~ (YAESU CLINIC脳神経外科)」から拝借しました。
間中喜雄博士はまた身体各部(井穴、原穴、絡穴その他)の電気抵抗のインピーダンス値を測定して針治療に活用する装置(間中式トランジスター探知器)を開発し臨床に導入するとともに、経絡の流注に従う異種二金属接触法という新しい治療法式を提唱し、古典にいう経絡流注の実在の可能性を実証した。
◇昭和の初期より関西地方で業者の一部が経験的に臨床に応用していた「経穴部は、電気が流れやすい」という経験的な事実を実験医学的に取り上げ、人体には古来の経絡経穴という体系によく似た縦に走る皮膚通電抵抗の低い絡状系があり、この系統を良導絡と名づけ、この絡上で、特に通電抵抗が低く、よく電気の流れる微小領域を良導点と名づけ、『良導絡の研究』として体系づけたのが京都大学 中谷義雄博士である。良導絡研究は、当初は基礎的研究に留まっていたが、その後通電による動態変動が古典における経絡経穴の現象と全く一致するという観点に立って、皮膚の通電抵抗の変化を指標として臨床応用に発展し、測定器ノイロメーターとともに現代における科学的針灸療法の一環として広く普及し、活用されている。中谷博士の良導絡研究の業績は、昭和の初期からそれまで「経穴探知器」として業界の一部で細々と息づき利用されていた点状皮膚通電現象を指標とする針灸術の臨床面に大きく取り上げる機会をつくり、にわかに脚光を浴びるようになった。
中谷義雄博士の良導点現象は、内臓疾患の際に神経反射の機転により交感神経の異常興奮が立毛筋や皮脂腺機能の亢進を来たし、一過性に皮脂の分泌がたかまり、その部の電導性がよくなり、皮膚の電気抵抗が低下し、絡状、点状の現象が現われると論いている。
◇岩手医大 七条晃正博士は、平流と脈流とを同時に通電する装置(七条式灸点電探器)を考案し、点状皮膚の低い電気抵抗部位を通電点と名づけ、灸療法に活用する経穴は体表にあり、通電点がその治療の刺激点であるが、針治療の経穴はもっと深部にある。従って電気抵抗の低下点だけでは確実に判定しにくいのではないかとの疑問を投げかけた。
◇赤羽幸兵衛氏の提唱した指趾末端の痛覚低下現象を知熱感度で測定し、古来の経絡相互のアンバランスを判定し、これを調整するために皮内針を利用する方法(知熱感度測定と皮内針用法の研究も)戦前には全く見られなかった発想の研究であり、経絡系の実在の可能性を示唆したユニークな研究である。測定法についても現在は熱源を原法の線香から電気的に数値で読み取るトランジスター赤羽式の自動感熱測定器の開発にまで発展し、広く臨床に取り入れられている。
◇金沢大学 石川太刀雄丸教授は、電気容量成分を一定にし、抵抗成分のみ測定できるように設計した装置(皮電計)を使用し、抵抗装置がきわめて低い部位が点状反応として現われることを報告し、皮電点現象と呼んだ。石川教授は、この皮電点現象は、内臓に障害がある場合に、自律神経の内臓皮膚(血管)反射を介して皮下小動脈の分岐部に投影され、神経性の血管運動障害を招き、その結果小動脈支配下の皮膚表層域に相当して楔状の滲出性変化が現われることによるものであって、これはその初期には不可逆的であるが、ついには半ば壊死状態に陥るという。このような皮下小動脈周囲にはじまる滲出性機転は、電気的な性質を変え、これが皮電点として検出されるのであるという。そしてこれらの変化は、内臓疾患のある時、相当する皮膚断区にしばしば観察されるので、この皮電点より一定の内臓疾患の診断補助になるという。また、この皮電点は古来の経穴部位に一致して現われる場合のあることは中谷義雄博士の提唱する良導点と同様である。石川教室では、皮電点の臨床応用という立場から各種の疾患について、すでに病巣が確認できている症例について皮電点を検べ、多数の臨床実験の資料から各種の疾患別に皮電点を人体分布図、いわゆる皮電図をつくり、皮電計により皮電点の分布がわかれば、この皮電図と照合して病気の所在がわかる(内臓における病気の所在はわかるがその疾病の別については不明の点が多い)という。この研究業績は関係医学会に度々報告され、一連の研究成果は、「内臓体壁反射」として数多くの皮電図とともに専門成書として公刊され、臨床に応用されている。この皮電点を診断即治療点として針灸治療に応用し、臨床研究を推進しようとする集団が針灸皮電研究会[針灸皮電研究会は、1960年に発足した鍼灸の科学化を目指す研究会である。その後、名称を「日本体表皮電測定会」「日本臨床鍼灸懇話会」と変えながら、2024年8月31日をもって日本臨床鍼灸懇話会は解散となった]である。石川教授は、内臓血管反射により皮下小動脈の血管運動神経の異常興奮を起こし、小動脈の収縮による二次反応として、その分布領域の皮膚表層に点状の水腫―出血―半壊死巣が生じ、これがために電導性がよくなり、皮膚電気抵抗が低下するもので、絡状現象は認められていないと論じている。
『石川太刀雄丸博士の内臓体壁反射は、内臓と体表の関係性を科学的に解明した革新的な理論です。この理論は、鍼灸臨床における診断と治療の基盤となり、特に経絡・経穴理論の科学的根拠としても重要な位置を占めています。内臓体壁反射の理解は、鍼灸師が内臓の問題に対してより効果的な治療を行うための鍵となるでしょう。現代医学と東洋医学を統合しようとする鍼灸師にとって、石川博士の内臓体壁反射理論は両者の橋渡しとなる重要な知識体系であり、科学的根拠に基づいた鍼灸治療を実践する上で欠かせないものと言えるでしょう。』
画像出展:「月刊インナービジョン2023年7月号」
メニュー右側下部に、投稿論文として「機能性ディスペプシアを背中から診る ~超音波エラストグラフィを用いて内臓体壁反射を可視化する試み~とあります。より高度な視覚化ができるようになってきているようです。
画像出展:「エラストグラフィ検査の開始」(おおこうち内科クリニック)
『エラストグラフィは、従来の超音波検査で分からなかった「しこりや臓器の硬さ」を色で判別する検査です。一般に良性腫瘍は軟らかく、悪性腫瘍は硬いので、「しこりの硬さ」を知ることにより腫瘍が良性か悪性か鑑別するのに役立ちます。』
『2010年以降、内臓体壁反射に関する科学的実験研究は着実に増加しています。基礎メカニズムの解明から診断技術の進歩、さらには様々な治療アプローチの効果検証まで、幅広い側面から研究が進められています。特に近年は、オステオパシー内臓マニピュレーションや鍼灸などの手技療法の効果について、無作為化比較試験などの厳密な研究デザインによる検証が増えており、内臓体壁反射を標的とした治療法の科学的根拠が蓄積されつつあります。最新の研究では、内臓体壁反射の可視化技術も進み、より客観的な評価が可能になりつつあります。これらの研究成果は、内臓体壁反射の理解と臨床応用に新たな可能性を開いています。』
『内臓体壁反射は自律神経系、内分泌系、そして様々な生理活性物質と密接に連関したメカニズムを持っています。体性感覚刺激が自律神経活動を変化させ、それによって内臓機能が調節されるだけでなく、内分泌系にも影響を与え、様々な生理活性物質の放出に関与しています。この相互関係の理解は、鍼灸などの体性感覚刺激を用いた治療法の科学的根拠となるとともに、内臓疾患と体表症状の関連性を説明する重要な基盤となっています。また、この関係を理解することで特定の体表部位への刺激が特定の内臓機能に影響を与えるという、東洋医学で古くから経験的に知られていた現象の現代医学的説明にも繋がっています。』
◇筆者(教育大学芹沢勝助博士)等は、東京大学物療内科(主任教授大島良雄博士)教室との共同研究により皮電計の通電方式に対し静電誘導電圧を応用した電位差計を利用し、これを差電計とよび、電極を直接皮膚面上にあて周囲皮膚と比較して明らかに大きな電位差を示す部位を記録し、これを差電点と名づけた。これを臨床に応用すると各疾患ごとに分布の異なる差電図が得られる。そして差電点は皮電点より分布密度が高く、差電点部位は必ずといってよいほど皮電点と重なるが、皮電分布よりも点の出現頻度が高い。
筆者(教育大学芹沢勝助博士)は針灸治療の本態の究明には、体表の特定点と内臓機能とが、どのような関連性を持つかを解明することは重要な研究課題であるとは考えているが、従来経穴に該当する部の皮膚には、知覚の過敏や鈍麻あるいは圧痛、硬結、陥下などが経験的に知られており、その構造は皮膚表面のみに限られる平面的なものではなく、深く皮下組織に及ぶ立体的なものであると推測している。経穴の本態究明にはその表層構造に対応する客観的現象として皮膚の電気的特性を追求することは重要な要件ではあるが、それだけがすべてではない。病体のあらわす深層構造の諸現象の追求も重要な事項であろうと考えている。その意味で藤田六朗博士の『圧診点・丘疹点の研究』さらに『脈診の客観化のための脈診系の研究』、経絡の本態を筋運動流体波動通路系という仮説の下に岸勤氏とともに進めている臨床研究の数々の業績には心から敬意を表して止まない。筆者(教育大学芹沢勝助博士)も、経穴の深層構造に対応する皮下硬結を研究素材として、健康体、病体における各五十例ずつの全身皮下硬結分布のパターンの差異から、皮下硬結が診断的意義のあること、筋電図観察により「硬結部筋線維の機能低下現象」が認められることを明らかにした。
◇東京大学(物療内科)の鈴木輝彦博士は『皮電点、差電点の基礎的研究(日本温泉気候物理医学会雑誌 第四十一巻第三、四号)』で、この両者の測定条件の検討、皮電点、差電点の組織像(人体および家兎)、差電点と経穴との関係及び、皮電点、差電点ともに人体では体幹部では石川説による組織像の変化が認められたが、四肢より検出された皮電点、差電点では組織像に何らの変化も認めず、また皮膚血管の収縮状態では皮電点、差電点は出現しやすく、拡張状態では出現しにくいこと、また東大物療、窪田俊夫博士の指摘したように「皮電点は、通電による皮膚組織の電気的破壊点である場合が多い」欠点があるのに対し、差電計による差電点の検出では、通電による破壊点を作成することなく測定できる点で勝っている。ただし、その診断的意義についてはさらに検討を要しよう。等の研究報告がなされている。
◇日本大学の寺田文次郎教授一門は、針の作用機転に関する薬理学的研究をすすめ、田村豊吉博士は、針とコリンエステラーゼとの関係、アミノ酸との関係、針の家兎血液像に及ぼす影響、針物質とアセチルコリン、アミノ酸および副腎との関係等、一連の業績を関係医学会に報告し、戦後の新しい内分泌学の立場から針はACTH(脳下垂体前葉ホルモン)、コルチゾン(副腎皮質ホルモン)を注射したと同様の作用があり、したがって気管支喘息やリウマチ等の慢性病に応用して効果のあることを立証し、針療法の治療効果の作用機序に新しい意味づけをし、大きな反響を呼んだ。
◇針灸療法と内分泌系との研究成果には、国立公衆衛生院 多井吉之助博士と筆者(教育大学芹沢勝助博士)は「腎刺激部位に対する針の尿中ウロペプシンおよびコルチコイド排泄量に及ぼす影響」、「灸と副腎皮質機能」があり、東京大学物療 大島良雄教授・福井圀彦博士等の「針灸刺激の副腎機能に及ぼす影響の研究」がある。ともに針灸刺激は、副腎機能に大きな影響を与え、内分泌相関に関与することを実証した研究業績である。
◇金沢大学の南外弘博士の「人迎施針の血圧並びに末梢血液像に及ぼす影響」の研究では、人迎施針では、血圧が下がることは業界では経験的な事実として定説となっているが、専門的に体系づけ、学位論文として発表した。
◇その他、針灸の臨床面でユニークな臨床研究を進める医師:色盲の研究を進める福井市の円山槇夫博士。難聴の臨床と取組む菊池三通男博士と名古屋市の森一彦博士。「東洋医学の現代医学的考察」で異彩ある研究を進める長崎市の松岡伯善博士。温灸の作用機転を追求した京都大学の寺本幸男博士。刺絡の研究で著名な東京都八王子市の工藤訓正医師。産科の針臨床と取り組む東京赤十字病院の鈴木武徳博士、石野信安博士。素問霊枢の研究と針灸臨床の丸山昌朗医師。歴史学的な専門分野から針灸臨床をすすめる横浜市立大学の石原明博士などがいる。


