“氣”とは何だろう19(脳腸相関編)

下の図は“氣とは何だろう4(東洋医学概論編)”で使ったイラストです。腎精は原気となり臍下丹田に集まります。頭蓋にある奇恒の腑(脳)も腎が主っています。一方、臍下丹田には関元という小腸経の募穴(気が集まるツボ)があり、西洋医学では皮下には腸があります。つまり、このイラストは西洋医学では脳腸相関を連想させます。

画像出展:「内部錬金術の主な段階こちらはフランスの「ル・スフレ・デュ・メンヒル」協会というサイトのようです)

※東洋医学の脳(奇恒の腑)は骨、髄と共に腎が主っています。腎は先天の精、そして後天の精を受け入れ、発育・成熟および生殖という基本的な生命活動を担っています。そして、腎に納まる精が気に変化すると原気となり、臍下丹田に集まり人体の基礎活力として働きます。

 

画像出展:「ブレインフォグの原因「腸内細菌の乱れ国立消化器・内視鏡クリニック

『脳腸相関とは、脳とおなか(腸)で両方向におこなう情報伝達のやり取りと相互に影響を及ぼしあう関係のことです。不安やストレスを感じると急な腹痛や下痢、おなかが張ってグルグルと鳴るような経験をしたことはありませんか?これは、脳から腸に向けた情報伝達の信号からくる影響のひとつです。対して今までよくわかっていなかった腸から脳に向けた影響についても、近年の研究で明らかになってきました』 

「腸は第ニの脳」とされ、脳腸相関は西洋医学においても注目されています。

以下は、“氣とは何だろう4(東洋医学概論編)”のまとめです。

1.施術において、“氣”とは“気の類”、精・気・神の三宝であると考えたい。(現時点では)

2.狭義の気に関しては先天の精と後天の精から派生する臍下丹田にある“原気”を重視したい。

3.『氣とは何だろう』を考えていくうえで、東洋医学の脳(奇恒の腑)・神気(五神)と西洋医学の脳(大脳・中脳・間脳・脳幹・小脳)に注目したい。

以上のことから、脳腸相関を理解することは重要であると考えました。

著者:エムラン・メイヤー

訳者:高橋 洋

初版発行:2018年7月

出版:(株)紀伊國屋書店

 

目次

第1部 身体というスーパーコンピューター

第1章 リアルな心身の結びつき

●機械モデルの代価

●一般的な健康状態の劣化

●スーパーコンピューターとしての消化器系

●マイクロバイオームの夜明け

●「脳-腸-マイクロバイオータ」相関のバランスの崩れ

●細菌の役割

●あなた=食べ物―ただし腸内微生物も含む場合に限る

●健康と新たな科学

第2章 心と腸のコミュニケーション

●嘔吐が止まらない男

●腸内の小さな脳

●銃創と内臓反応

●腸の情動反応をプログラミングする脳

●腸がストレスを受けるとき

●腸の鏡像

第3章 脳に話しかける腸

●過敏な脳

●消化管で感じる

●消化管の気づき

●消化管と脳を結ぶ情報ハイウェイ

●セロトニンの役割

●情報としての食物

第4章 微生物の言語

●幼少期における浣腸の負の効果

●腸に対する嫌疑

●腸と脳のコミュニケーションを媒介する微生物

●微生物物語の夜明け

●太占の契約

●微生物語と体内インターネット

●体内における無数の会話

第2部 直感と内臓感覚

第5章 不健康な記憶

●ストレスによるプログラミング

●幼少期のストレスと過敏な腸

●親から子に伝わるストレス

●[コラム:あなたの子どもは、脳腸相関にストレスを受けているか?]

●ストレス下のマイクロバイオーム

●子宮内のストレス

●健康なスタートに必要な微生物

●生存のための適応

●脳腸相関の障害に対処する新たなセラピー

第6章 情動の新たな理解

●腸内微生物が脳を変える?

●マイクロバイオータは人体のザナックス工場か?

●うつとマイクロバイオータ

●ストレスの役割

●ポジティブな情動

●情動が腸内微生物にもたらすその他の影響

●腸内微生物が人間の行動を変える?

●新たな情動理論の構築に向けて

第7章 直感的な判断

●個人差

●初期の情動の発達

●人間の脳の独自性

●[コラム:動物には内臓感覚があるか]

●自分独自のグーグルを構築する

●[コラム:女性の直感]

●内臓感覚に基づく判断はつねに正しい?

●[コラム:私たちが判断を下すとき]

●夢を通じて内臓感覚にアクセスする

●結論

第3部 脳腸相関の健康のために

第8章 食の役割

●ヤノマミ族の食事レッスン

●アメリカ的日常食は腸内微生物に有害か?

●すべてはどこではじまるか

●腸と脳の会話と食事の役割

●食習慣とマイクロバイオータ

●食習慣はいかに腸と脳の会話を変えるか?

第9章 猛威を振るうアメリカ的日常食

●すばらしい新食品

●動物性脂肪の多い食事が脳を損なう

●腸内微生物が食欲をコントロールする

●気晴らし食品の誘惑

●食物依存症―欲望と高脂肪食

●工業型農業と腸と脳

●アメリカ的日常食と腸内微生物

●アメリカ的日常食と脳の慢性疾患

●地中海式食事法の再発見

第10章 健康を取り戻すために

●最適な健康とは何か

●健康なマイクロバイオームとは何か

●いつ最適な健康に投資すべきか

●マイクロバイオームの改善による健康増進の指針

●内臓感覚に耳を澄ます

●脳とマイクロバイオータをフィットさせる

謝辞

日本の読者へのあとがき

訳者あとがき

第1部 身体というスーパーコンピューター

第1章 リアルな心身の結びつき

・腸と腸内微生物、そして腸内微生物の産生するシグナル分子が、調節メカニズムの重要な構成要素をなしている。

微生物の集合を遺伝子の観点から表わす場合をマイクロバイオームとよび、個体の観点から表わす場合をマイクロバイオータと呼ぶ。

・本書は、腸、腸内微生物、脳の3者の結びつきと健康維持に関する脳と腸のつながりの重要性について書いている。

・あらゆる検査をしても原因不明だった患者さんは、腹部、骨盤、胸部などに慢性疼痛を抱えていた。これは、当時の医療では、ストレスや心理状態の問題が明らかであっても、脳や脳が身体に送る特異なシグナルの役割は無視されてきたことである。

スーパーコンピューターとしての消化器系

・『最近の研究によれば、腸は、そこに宿る微生物との密接な相互作用を通して、基本的な情動、痛覚感受性、社会的な振る舞いに影響を及ぼし、意思決定さえ導く。

・腸と心の結びつきは心理学者だけが関心をもつべき類のものではない。この結びつきは、脳と腸の解剖学的な結合という形態で固定配線されており、さらには血流を介して伝達される生物学的なシグナルにも支えられている。

・腸は「第二の脳」と呼ばれるが、腸は脊髄に匹敵する5000万から1億個の神経細胞で構成されている。

腸内の免疫細胞は血中や骨髄の免疫細胞より多く存在している。食物によって無数の細菌にさらされている腸は免疫細胞にとって主戦場である。さらに、兆単位の腸内細菌が広がるマイクロバイオータと協力して細菌を排除している。

・腸壁は無数の内分泌細胞で埋まっている。内分泌細胞は必要なときに血流に放出される20種類ほどのホルモンを含む特殊な細胞である。腸壁の内分泌細胞をすべて一つにまとめると、生殖腺、甲状腺、脳下垂体、副腎など、腸壁以外の内分泌系組織を合わせたものより大きくなる。

体内のセロトニンの95%は腸に貯蔵され、脳腸相関で非常に重要な役割を果たすシグナル分子である。その働きは消化器系内で食物を動かす連携した収縮などの機能ばかりでなく、睡眠、食欲、痛覚感受性、気分、全般的な健康に関しても必須の役割を担う。

・『腸の機能が食物を消化することだけなら、なぜそのような組織に、無数の特殊な細胞や信号システムが組み込まれているのだろうか? 一つの答えは、現在のところほとんど知られていないが、私たちの身体のなかで最大の表面積を有する巨大な感覚器官としての、腸の必須の機能に見出せる。人間の腸は、平らに延ばせばバスケットボールコートほどの広さになり、食物に含まれる大量の情報を、シグナル分子の形態でコード化する無数の小さなセンサーで覆われている。それによって甘さから苦さ、熱さから冷たさ、スパイスの刺激から鎮痛効果までを検知するのである。

腸は脳と、神経の太いケーブルによって両方向に、また血流による連絡経路を介して結合している。腸で生成されたホルモンや炎症性のシグナル分子は脳に伝達され、また、脳で生成されたホルモンは、平滑筋、神経、免疫細胞などの腸内のさまざまな細胞に送られてその機能を変える。脳に達する腸からのシグナルの多くは、満腹感、吐き気、不快感、満足感などを喚起する「内臓刺激」(内臓[おもに腸]から脳に送られる刺激を指す)を生むばかりでなく、腸に向けられた脳の応答を引き起こし、それが際立った「内臓反応」(腸から脳への反応ではなく、内臓刺激を受けて引き起こされる腸に対する脳の反応)を引き起こす。脳は、これらの感覚を忘れたりはしない。「内臓感覚」(内臓刺激が脳で処理されたあとで生じる状態をいう)は脳の巨大なデータベースに蓄えられ、何らかの判断を下す際に参照される。そしてそれは、「何を食べるか」「何を飲むか」のみならず、「どんな人とつき合うか」、あるいは「仕事で、リーダーとして、陪審員として、いかなる判断を下すか」をも左右しうる。

中国哲学における陰と陽の概念は、相反する二つの力が実際には補完的であり、相互に密接に結びついていること、また、相互作用を介して統一体を形成することを強調する。この考えを脳腸相関に適用すると、内臓感覚を陰、内臓反応を陽としてとらえればよい。陰と陽が、同一の実体に属する二つの補完的な原理であるのと同じように、内臓感覚と内臓反応という腸と脳の結びつきは、健康の維持、情動の喚起、直感的判断に不可欠な、脳腸双方向ネットワークの二つの異なる側面を表わしている。』 

画像出展:「腸と脳」

『脳と腸は、神経、ホルモン、炎症性分子などからなる、双方向の伝達経路を介して密接に結びついている。』

 

マイクロバイオームの夜明け

・脳腸相関の概念が脚光を浴びるようになったのは最近である。これは腸内に生息する細菌、古細菌、菌類、ウィルス(合わせてマイクロバイオータと呼ぶ)に関するデータや知識が、爆発的に増えたことによって起こった。

・マイクロバイオータの存在は300年程前、オランダの科学者アントニ・ファン・レーウェンフックが製作した顕微鏡によって発見された。

・2016年5月13日、バラク・オバマ大統領はマイクロバイオームイニシアティブを立ち上げた。

マイクロバイオータは腸が処理できない食物成分の消化の支援、身体による代謝の統制、食物とともに体内に取り込まれた有害な化学物質の処理や解毒、免疫の訓練や統制、病原菌の侵入や増殖の防止などのはたらきがある。

・マイクロバイオームの異変や攪乱は、炎症性腸疾患、抗生物質の投与に起因する下痢、喘息などのさまざまな疾病を招き、自閉症スペクトラム、さらにはパーキンソン病などの神経変性疾患に結びつく可能性もある。

・大腸には人体で最大の微生物の個体群が宿る。ほとんど酸素が存在しない腸内には、100兆個を超える微生物が生息している。

マイクロバイオータは人によって大きく異なる。腸内に宿る微生物の種類は、遺伝子、母親から受け継いだマイクロバイオータ、家族が宿す微生物、食習慣、脳の活動、心の状態などの要因によって変わる。

細菌の役割

・最新科学では、腸と腸内微生物と脳が、共通の生物言語を用いて対話していることを明らかにしつつある。

微生物は腸の免疫細胞や内臓刺激をコード化する無数の感覚受容体と密接に関連し合っている。言い換えると、身体の主要な情報収集システムと密に連絡している。このため、微生物はストレスの度合いや脳から送られてくる満足、不安、怒りなどの情動を表わすシグナルを知ることができる。さらに驚くべきことに腸内微生物は脳に送り返すシグナルによって情動に影響を及ぼす。

・情動は腸や微生物が生成するシグナルに影響を及ぼし、そして脳に送り返され、そこで情動を強めたり、長引かせたりする。

『10年ほど前にこのトピックスに関する論文(研究のほとんどは動物を対象にしたものだった)が科学雑誌に掲載されはじめたとき、私はそこに報告されている結果や意義に疑問を感じた。従来の医学の見方と、あまりにもかけ離れていたからだ。しかし、私が属していた、キルステン・ティリッシュ率いるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究グループが健常者を対象に研究を行ない、すでに報告されていた動物実験の正しさを再確認したとき、私は、マイクロバイオータと脳の相互作用が情動や社会的行動、さらに判断力にいかなる影響を及ぼすのかを徹底的に調査することを決意した。』

・うつ病ではセロトニン再取り込み阻害薬により、セロトニン・シグナルシステムの活動を促進する。医学界では脳にしかないと思われていたセロトニンは、今では、95%が腸内の特殊細胞に含有されていることが分かっている。そして、この特殊な細胞は、食べた物によって、また、ある種の腸内微生物が生成する化学物質によって、さらには情動状態を伝達する脳からのシグナルを受け取ることによって影響を受ける。また、注目すべきことに、セロトニンを含む腸内の特殊細胞は、脳の情動中枢に向けて直接シグナルを送り返す感覚神経と緊密に結びついており、脳腸相関の重要な構成要素をなす。

健康と新たな科学

・『腸と脳のコミュニケーションに関する新たな科学は、最近になって科学界やメディアでもっとも注目されるようになった分野の一つである。「外向的な」マウスから取り出した、マイクロバイオータを含む糞を移植するだけで、「臆病な」レシピエントマウスが、社交的なドナーマウスに似た振る舞いを示すようになるなどと誰が考えていただろうか? あるいは、貪欲で肥満したマウスの便を微生物とともに移植すると、やせたマウスがエサを食べ過ぎるようになることを示した類似の実験や、プロバイオティクスの豊富なヨーグルトを四週間食べ続けた健康な女性の脳が、負の情動を喚起する刺激に以前より反応しなくなることを示した実験についてはどうか?

マイクロバイオータと脳が構成する統合システム、およびこのシステムと食物の密接な関係に関する新たな知見は、腸、マイクロバイオータ、脳、心が、いかに相互作用を及ぼしあっているのかを教えてくれる。』

この新しい知見は、現行の医療システムの見直しを迫るものである。身体を個々の部品からなる機械と見なす、時代遅れにもかかわらず蔓延している見方を捨て去り、多様性を武器に、安定性や攪乱に対する抵抗力を築き上げていく、緊密な生態系として身体をとらえる見方を採択するよう要請する。

・個々の細胞や微生物に宣戦布告するようなやり方ではなく、複雑な生態系の持つ生物多様性の維持を支援する友好的なレンジャー隊員として、マイクロバイオームをとらえる視点を獲得すべきである。この視点は今後、腸と自己の健康、さらには病気からの回復力を保つのに不可欠なものになると思われる。