プロローグ
クーデター前夜
●「楽観主義者」サム・アルトマンとは何者か
・アルトマンはビジョナリーであり、エヴァンジェリスト(伝道者)であり、ディールメーカー(交渉人)であり、19世紀であればプロモーターと呼ばれるような人物である。
・Yコンビネータ時代に培った強みは、不可能に近いアイデアを可能だと思わせ、巨額の資金を調達して実際に実現してみせるその手腕である。
・シリコンバレーの「ゼロを加える」精神を、おそらく誰よりも地で行っているのがアルトマンである。これはYコンビネータの共同創業者のポール・グレアムの話である。
画像出展:「Yコンビネータ」
アルトマンが関わったYコンビネータは、単なるスタートアップ投資会社に留まらず「世界のイノベーションを加速するためのエコシステム」として機能し、起業家からテック業界、社会全体への広範なインパクトを残したとされています。
●「僕らが世界を導く声になれれば」
・『インタビューのなかで、アルトマンの利他的なうわべに隠された猛烈な競争心が垣間見えたのは、ほんの一瞬だけだった。』
●本書は「書かれたくない」
・アルトマンは数か月の交渉でも、「書かれたくない」という意向が明確であり、最終的な判断も「No」であった。理由は、「自分にはまだ早い」、「自分ばかりに注目が集まるのは困る」というものだったが、その後の電話での再三の交渉により、何とか執筆プロジェクトの合意を得た。『ただし僕がこの執筆プロジェクトをひどく嫌がっていたとはっきり書いてほしい。』とのことだった。
・劇的な解任劇の後、770人の社員のほとんどが、アルトマンが復帰しなければ退社してマイクロソフトに移籍する、と脅す歎願書に署名した。これはOpenAIの社員と投資家にとって、アルトマンがなくてはならないのは明らかであったからである。
●ビジョンを信じさせる力
・VC(ベンチャーキャピタル)は、スタートアップ企業の成功を投資家に信じ込ませるシャーマン(呪術師)のような能力こそが成否を決めるが、アルトマン以上にうまくやれる人はいない。
●アルトマンの投資先
・アルトマンの興味は一般的なVCとは異なり、未来に向けられている。例えば、「人間の寿命を10年延ばす」、「幹細胞を用いてパーキンソン病を治療する」、「超音速旅客機を復活させる」、「脳をコンピュータに接続するための移植デバイスを開発する」といったムーンショット事業(破壊的イノベーション創出事業)が目立つ。
●「サムは権力を手に入れるのがものすごくうまい」
・アルトマンを発掘したパトリック・チャンの話では、アルトマンは単に新しい技術を開発して世界に提供するだけでなく、常に「歴史上の偉人」になることを目指している。そして政治にも高い関心を持っているとのことである。
・Yコンビネータの共同創設者であるポール・グレアムは、「サムは権力を手に入れるのがものすごくうまいんだ」との話をしている。
●アルトマンとは何者か
・本書は「サム・アルトマンとは何者か」という問いに答えることを目的にしている。
・『本書を執筆するために、私はアルトマンの家族や友人、恩師、メンター、共同創業者、同僚、投資家、投資先企業に250件以上の取材を行ない、アルトマン自身にも何時間にもおよぶインタビューを行なった。そこから浮かび上がってきたのは、スピードを求めリスクを愛する凄腕のディールメーカーであり、宗教めいた確信を持って技術進歩を信望し、それでいて、ときには周りの人よりも速く動きすぎ、衝突を避けようとするあまり、かえって大きな衝突を招くこともある人物像である。』
・『アルトマンは倒されるたび、さらに強くなってよみがえってきた。恩師のグレアムも、2008年に彼について書いている。「人食い人種で一杯の島にパラシュートで落としたとしても、5年後に戻ったら王になっている」』
●アルトマン理解に欠かせない「家族」と「初期キャリア」
・『スタンフォード大学在学中に出会った仲間と、位置情報を利用したSNSを開発する最初のスタートアップ、「ループト」を立ち上げた。ループトは、彼がオープンAI以前に創業した唯一の会社であり、その物語には、のちの彼の活躍や苦難の片鱗がすでに現れている。たとえばセコイア・キャピタルなどの一流VCからやすやすと資金を調達し、経営難に陥ったスタートアップの若きCEOとして社員の反乱に翻弄された。
だがループトの最大の偉業はなんといっても、アルトマンをポール・グレアムとYコンビネータに引き合わせたことだろう。グレアムはアルトマンの中に、スタートアップの成功に必要なすべての素質を見た。ループトは2012年に売却されたが、アルトマンはその後もYコンビネータと親密な関係を持ち、Yコンビネータのスタートアップに助言しながら、ティールの支援を得た自身の投資ファンドを運営していた。その後グレアムは引退を決意し、後継にアルトマンを指名する。これによってアルトマンは、いきなりシリコンバレーの権力の中枢に躍り出たのである。
Yコンビネータは彼の指揮下で、養成するスタートアップの数を年間数十社から数百社に増やし、物理学や化学などのハードサイエンス分野に進出し、ムーンショット専門の部門を新設し、そしてこの部門を通して、「オープンAI」と呼ばれる非営利の研究所を生み出した。また、Yコンビネータの運営で多忙だったアルトマンに代わって、オープンAIの人材集めを担ったのは、彼の友人で、Yコンビネータの支援するオンライン決済会社「ストライプ」でCTOを務めた、グレッグ・ブロックマンだった。』
PART1 出発 1975-2005
CHAPTER2
「人を動かす」才能にめざめる
●「ゲイ・ストレート同盟」を立ち上げる
・『サムは高校の最終学年までに、性的マイノリティへの偏見や差別をなくすことをめざす学生・生徒組織「ゲイ・ストレート同盟」の支部を、「ほとんど意志の力で学内に立ち上げた」とロディンガーは言う。「サムは天性のリーダーだった。それも、ただ仕切るだけじゃなく、人を動かすことができた」
2000年代初めのセントルイスでは、性的指向はまだ「触れてはいけない」話題だった。ゲイのカップルは公の場所で一緒に踊ったり、手をつないで歩いたりしなかった。
この年ゲイ・ストレート同盟は、ゲイトとみなされている多くの生徒への理解を促すために、学内集会を開くことにした。しかし、キリスト教の生徒組織「KLIFE」の家族から、出席を遠慮させてほしいという要望が出され、学校はこれを受け入れた。
サムは激しい憤りを感じ、学校の「ズケズケ述べる」伝統に則って、翌日の朝会で声を上げることを決意する。
前の晩はよく眠れなかった。だが朝になり、壇上に立った時には、自信をみなぎらせていた。彼がゲイだということを、友人たちは知っていたかもしれないが、大半の生徒は知らなかった。サムはインパクトを最大限に高めるために、この場でカミングアウトするという、大胆きわまりない行動に出たのだ。』
※経営者とLGBTQ
Appleのティム・クック、PayPalマフィアのボスのピーター・ティール、そしてサム・アルトマン、この3人の傑出したテクノロジー界のトップリーダーはいずれもゲイとされています。ゲイの人がもつ何かの特性が強烈なリーダーを生む要因となっているのかという疑問から、AI(Perplexity)に質問してみました。
●大学進学
・志望校の3校(ハーバード、スタンフォード、ノースカロライナ(UNC)に合格。アルトマンは3人の兄妹のため、合格者の上位3%となり学費が全額免除になったUNCに行きたいと両親に提案したが、子ども時代からの夢だったスタンフォード大学を、両親は「夢を追いかけなさい」と送り出した。
CHAPTER3
「位置情報サービス」で起業する
●焦りと野心
・アルトマンを駆り立てていたのは、焦りと想像を絶するような野心だった。あるとき、「取り組みたい」を決めるのが先であると思い直し、紙切れに走り書きした。それは上から順に、「AI」、「核エネルギー」、「教育」だった。
●「サムには『現実歪曲空間』を生む力がある」
・アルトマンに会う人はその知性に魅了されるが、何よりも際立たせているのは「超自然的なまでの自信」である。
●人生を変えた、Yコンビネータでの面接
・Yコンビネータの4人の共同創業者とアルトマンの面接はわずか25分で終わった。ポール・グレアムは「ああ、これが19歳のときのビル・ゲイツの姿か、と思った」とのこと、一方、アルトマンも「あの時初めて、やった、一緒に過ごしたい人たちをとうとう見つけたぞ、と思った」
CHAPTER4
Yコンビネータ1期性になる
●Yコンビネータ、誕生
・グレアムはVCを内部から変革し、「われわれ自身のVCを始めようじゃないか」とリヴィングストンに提案した。それはVCとは異なるエンジェル投資であった。(PDFを参照ください)
PART2 成長 2005-2012
CHAPTER6
ループトで「敵を味方にする術」を学ぶ
●「できないことはない」というオーラを放つ
・『アルトマンの心は沈んだ。「ブーストと提携できれば、必然的に親会社のスプリントと提携することになる。そしてスプリントと提携すれば、ベライゾンとAT&Tも追随すると考えたんだ」
だが、わずかな可能性がまだ残っていた。レディエイトの競合は、ブーストが喉から手が出るほどほしがっていたものを提供できなかったのだ。それは、友人が5マイル圏内などにいることをユーザーに通知する機能だ。レディエイトのチームは、徹夜でそれを完成させた。
「あの日はたしか、朝4時から6時まで寝て、7時の便でブースト本社のあるオレンジ部に飛んだ」とアルトマンは言う。
アルトマンあアポなしでワイナリーのオフィスに押しかけ、10分だけ時間をくださいと言った。ワイナーが会議室に招き入れると、カーゴショーツ姿のアルトマンは、小柄な体には大きすぎる椅子の上にちょこんと座って、「インド風」にあぐらをかいた。そして口を開いたとたん、その場を完全に支配してしまった。
「体重50キロぐらいの、小柄な汗だくの若者の話を、いい歳をした大人がありがたがって聞き入っていた」とワイナーは言う。「サムは自信を発散させていた」
1時間ほど経った頃、ワイナーは会議室を出て、ブーストの製品担当副社長のオフィスに駆け込み、ブーストは契約相手を変更して、「たった今ふらりと現れた男」と提携する必要があると言った。レディエイトのチームは、ワイナーの求める機能を構築することによって、「機動性があり、能力がある」ことを証明した、と。
ワイナーはセコイアに電話でサムとレディエイトの人物と財務状況を照会してから、この若者と同社のワイヤレス契約を結ぶことを決めた。
アルトマンはこの時のやりとりから、基本的な教訓を学んだ。「何かをやり遂げるには、とにかくしつこくやることだ」
ワイナーは今もアルトマンとの邂逅をはっきり覚えている。「彼と会った人は1人残らず、あの才能をうらやんでいた。“できないことはない”というオーラを漂わせていたね。そして、非常に楽観的あった。決断力があって楽観的。 半信半疑のまま何かをやるということがなかった」』
●1%でも可能性があれば「成功する」と自分を確信させる
・『ジェイコブスティーンには、今も忘れられない光景がある。ループトに加わって1年ほど経った頃、顧問のワイデンに誘われて、アルトマンと3人でランチに行った。ワイデンはアルトマンに、ループトのほかにどんな構想を持っているのかと訊ねた。アルトマンは2つ挙げた。薄毛治療と核融合だ。ジェイコブスティーンはそれを聞いて、内心苦笑した。「核融合の何を知っているというんだ? コンビネータ科学科を3年で中退した、核融合の博士号も持たない19歳なのに」と。
その20年後、アルトマンはこの技術を実現しうる少数の核融合スタートアップのうちの1社を支援する。そしてジェイコブスティーンは気づいたという。アルトマンは、何かが成功する可能性をほんのわずかでも思い描くことができれば、それが「成功する」とまずは自分を確信させ、それから他人、とくに投資家を確信させることができるのだと。』
●アルトマンへの「不満」
・ジェイコブスティーンの退社後、ループトの幹部は大半が取締役会に対しアルトマンの解任を要求した。だが、取締役会は幹部たちの要求を却下した。
・『「僕は18、19歳の時、一緒に働きにくいことで有名だった」とアルトマンは、投資家のリード・ホフマンのポッドキャストで認めている。「会社の創業者として、週100時間働き、死ぬほど集中して生産性を上げること自体は、わるいことじゃない。でも、とくに会社が大きくなれば、自分が雇うほとんどの人に仕事以外の生活があることを理解しなくてはいけなかった」』
CHAPTER7
スティーブ・ジョブズにシゴかれる
●ジョブズの1行返信「弱いな」
・『モリッツは、これは難しいことだ、とはっきり言った。なにしろジョブズはSNSを毛嫌いしていたのだから。
「サムを売り込む必要があるな」とマカドゥーに言った。まず モリッツが根回しをし、続いてマカドゥーがアルトマンの経歴を説明するメールをジョブズに送った。「セコイアが投資した史上最年少の創業者で、スタンフォード中退者だという、スティーブに刺さる物語をね」とマカドゥーは言う。
リード大学を中退してアップルを創業したジョブズが、アルトマンの物語に惹かれるはずだという、マカドゥーの読みはズバリ当たり、ジョブズはループトのアプリを見てみるよと請け合った。
返事が来ないまま、数週間が過ぎた。しびれを切らしたマカドゥーは、ループトはどうでしょうかとさりげなくメールで訊ねた。
ジョブズの返事はたったひと言、「弱いな」だった。
マカドゥーはラップトップをつかんで廊下を走り、モリッツに返事を見せに行った。「どうしたものですかね?」。モリッツはヴァレンタインと同じく、ただ頭を振って「わからんよ」と言った。
アルトマンとハワードは、ジョブズの言葉にもひるまずに開発を進めた。今のバージョンがループトの可能性を引き出し切れていないことは、2人にもわかっていた。「弱い」は発奮を促す合い言葉になった。
ジョブズはループトにもの足りなさを感じたかもしれないが、アップルの製品とエンジニアリング部門の20代の若者たちはとりこになった。
2007年11月、アルトマンのもとに、iPhone開発チームから暗号化されたメールが届く。ループトがiPhone向けアプリを開発するために、SDKにどのような機能を必要としているのか聞きたいので、ご足労願う、と書かれていた。』
●ジョブズに直接売り込む
・『アップルの開発会議で登壇するという、垂涎の機会を手に入れるには、アルトマンがみずからジョブスに売り込む必要があった。アップルの開発者関係チームは、アルトマンとハワードと一緒に台本を練り、プレゼンの練習をさせた。
そしてとうとうアップルのクパチーノ本社でプレゼンを行なう日がやってきた。
アルトマンとハワードは、ジョブズが初代マッキントッシュ開発チームにひらめきを与えるために購入した、ベーゼルドルファー社のグラウンドピアノ―美を重視するアップルの姿勢の表れ―が置かれたロビーで待ち、講堂に案内された。
観客席の中央にジョブズが陣取り、数人のアシスタントが周りを囲んでいた。ジョブズはアルトマンとハワードが期待した黒いタートルネックではなく、Tシャツと短パンを着ていた。2人は緊張で口の中がカラカラだった。アルトマンがトークを担当し、ハワードがiPhone上でデモを行って、その映像を大きなスクリーンに映し出した。
プレゼンが終わると2人は前を見つめたままその場に立ち尽くした。
一瞬置いて、ジョブズは一言放った。「クールだ」
「弱い」から「クール」への格上げに2人は驚喜したが、それが何を意味するのかはまだ知らなかった。
まもなくアップル開発チームの代表から電話があり、講演者に選ばれたことを2人は知った。ただし、アップルが要求する修正を反映させ、リハーサルを支障なくこなすという、条件つきだ。
その後の1週間、2人はアップルのチームとリハーサルを特訓した。休憩時間にコードを手直しし、シヴォかサイに電話してサーバー側の修正をしてもらった。アップルの要請により、ループト社内では引き続きチームを少人数を除いて極秘とされた。「あれが行われるのを社員が知ったのは、本番のたった2日前だった」と、マーケティング責任者のリウは言う。』
●「ハイパフォーマーの活かし方」をアップルから学ぶ
・『アップル社内では、ループトは文句なしの大ヒットだった。ダウンロード数は急増していた。そして、アップルが数カ月後の海外でのiPhone発売に向けて準備を進めていた時、ジョブズは念を押した。ループトの位置情報技術は、iPhoneが利用可能になるすべての言語と国で動作するんだろうな、と。
だが当時の技術状況では、これは無理難題だった。ある時、ジョブズはループトとのミーティングにやってきて、ループトが彼の期待するほど幅広くサービスを提供できそうにないことを知ると、いきなりアルトマンを罵倒した。
その夜、マカドゥーとの大好きな寿司屋での夕食に現れたアルトマンは、まだ激しく動揺していた。「ジョブズと今までで一番厳しいミーティングをしてきた」とマカドゥーに言った。
「スティーブはいつも猛烈で、要求水準がとてつもなく高かった。だからこそ、私たちはあれほどすばらしい仕事をして、すばらしい製品を生み出すことができたのだがね」とフォーストールは語る。「スティーブが人にものを投げつけるのを、実際この目で何度も見たことがあるよ」
今になってみれば、ジョブズと過ごした数カ月がアルトマンに大きな影響を残したのは明らかだと、マカドゥーは言う。
「あの頃のアップルに関わったことは、サムに起業家として、またハイパフォーマーたちのリーダーとして、とてもよい意味で影響をおよぼした」。そして続けて言った。「誰かがプリマドンナ[才能はあるが傲慢で扱いにくい存在]だからといって、それだけの理由で辞めさせたりはしない。そんなのは取るに足りないことだ。ハイパフォーマーの半数は、何らかの面でプリマドンナなんだ。そういう連中をうまく活かすスキルを身につけないといけない。サムはその能力を大きく伸ばした。なにしろiPhone黎明期のアップルを内側から観察したんだからな』
PART3
飛躍 2012-2019
CHAPTER9
ピーター・ティールに投資を学ぶ
●ティールが見抜いた「アルトマンの長所と短所」
・ティールのアルトマン評は、「じつに賢い」、「とても固い信念を持ち、とても律儀で、とてもバランスが取れている」が「やや楽観的すぎるきらいがある」というものだった。また、アルトマンの強みは「知識」というより「人脈」にあると考えた。
・ティールは「テック界でミレニアム世代の代表を1人選ぶとしたら、アルトマンだ」と断言された。
・ティールの逆張り的な世界観は、人との協調を大切にするアルトマンのスタイルとは相いれない。アルトマンにとって最も称賛するティールのスタンスは、斬新なアイデアを生み出すために流れに逆らおうとするところである。「彼(ティール)は何ものにもとらわれない方法で世界について考える」とポッドキャストで述べた。
●ディープマインド
・デミス・ハサビスとシェーン・レッグ、そして起業家のムスタファ・スレイマンは「ディープマインド」を創業した。この社名はニューラルネットワーク(神経回路)を用いる機械学習の一種である、「ディープラーニング(深層学習)」にちなんでいる。たとえ人類の存在そのものを脅かす恐れがあったとしても、AGI(汎用人工知能)を開発するつもりだと、投資家に宣言した。
●「AGIは技術史上最大の発展になるかもしれない」
・『2013年12月、ハサビスはカリフォルニア州とネバダ州の境にある。タホ湖畔のハラーズ・カジノホテルで行われた機械学習会議に登壇し、ディープマインドの初めての大きなブレークスルーを発表した。それは、人間の指示を一切受けずに、アタリのビデオゲーム「ブレイクアウト(ブロック崩し)」のルールをみずから学習し、すばやく習得する。AIエージェントである。ディープマインドは深層ニューラルネットワークと強化学習を組み合わせることによって、これを実現した。
グーグルはこれに衝撃を受け、ひと月後に同社を6億5000万ドルで買収した。
このディープマインドの業績―AIが混沌とした世界を理解して、何らかの目的に向かって進めることを証明し、AGIに向かって大きな一歩を踏み出したこと―が持つ意味が広く理解されるようになったのは、1年以上後に同社がネイチャー誌にそれを発表してからのことである。
だがディープマインドの投資家であるティールは、その重要性をただちに見て取り、アルトマンとも議論した。
グーグルによるディープマインド買収のひと月後の2014年2月、アルトマンは個人のブログに「AI」と題した記事を投稿し、AIは十分な注意を払われていない、最も重要な技術的動向だと書いた。
「はっきり言うと、AIはおそらく機能しないだろう。これはどんな新しい技術についても言えることで、おおむね正しい発言だと言っていい。それでも、ほとんどの人がAIの可能性についてあまりにも悲観的すぎると思う」。そしてこう加えた。「AGIは機能するかもしれない。もしも機能すれば、それは技術史上最大の発展になるだろう」』
CHAPTER10
Yコンビネータ社長に抜擢
●Yコンビネータの社長に就任
・グレアムはアルトマンに社長のバトンを渡す理由として、「サムは恐ろしく有能でいて、根っから慈悲深いという、まれな人間だ。ほとんど理解されていないことだが、それらはアーリーステージ投資に欠かせない資質なのだ」とした。さらにブログには「サムは私の知る誰よりも賢く、私を含む誰よりもスタートアップを知り尽くしている」と書いた。
●ためらい
・アルトマンは社長になるべきかどうか迷った。投資家向きなのは理解していたが、本当は会社をやりたいという気持ちが強かったからである。最後はエンジェル投資家として創業者と働きたい気持ちが勝ってYCの社長をひき受けることにした。
●「経済成長」なくして民主主義なし
・アルトマンはYコンビネータの社長を引き受ける前年に「PGスタイル」という自身のブログで哲学的な個人エッセイを発表した。そのエッセイとはアルトマンの心の奥底に潜む最も強固な信念である。それは、「経済成長がなければ、民主主義は機能しない。なぜなら有権者はゼロサムの世界に生きているからだ」。人間に分かち合いを教えることはできなくても、経済成長という「裏技」によってパイそのものを拡大すれば、限られたパイを奪い合う必要もなくなる。というものである。
以下はそのブログですが、“Sam Altman”から拝借しました。
●成功のコツは「自分と似た仲間を集める」こと
・アルトマンは単刀直入で、雑談への耐性は欠けているがとてもオープンで相談しやすく、創業者の話を全神経を集中して聞いてくれるというのが創業者たちの印象だった。
CHAPTER11
「非営利のAI研究所」構想
●「AI倫理委員会」を設置したグーグルの真意
・政府の「AI倫理委員会」はアルトマンが、AI規制を政府に呼びかける公開書簡の作成を手伝ってほしいとイーロン・マスクに頼み、2人で草案を練って2015年7月に政府に提出した。
ディープマインドの「AI倫理委員会」に対する評価には厳しい意見があり、イーロン・マスクはピーター・ティールなどの友人を夕食に招いては、グーグルの力に対抗してAIを安全にする方法について話し合いました。
また、アルトマンはマスクに次のようなメッセージを送りました。「人類のAI開発を阻止することがはたして可能なのかどうかを、ずっと考えていた。答えは、ほぼ確実にノーだと思う。もし阻止できないなら、それを最初に実現するのはグーグル以外の何者かであるべきだ」。
●「人間の脳がAGIへの地図になる」
・「人間の脳がAGIへの地図になる」とはイリヤ・サツキヴァ―の信念である。サツキヴァ―はDNNResearch(ジェフリー・ヒントンの新会社)立ち上げに参画、Googleによる買収でGoogle Brainチームに移籍した。その後、2015年末にOpenAIのチーフサイエンティストとしてChatGPTや大規模言語モデル開発を主導した。OpenAI退職後、2024年6月にSafe Superintelligence Inc.(SSI)を設立。
・ニューラルネットワークは1980年代に飛躍したものの、その後は期待されたような成果は出ていなかった。その状況が一変したのはGPUと呼ばれる半導体チップである。GPUは膨大な並列計算を高速で実行することができるため、大規模なニューラルネットやデータセットを扱えるようになった。そして、それはAIの進歩を加速させた。



