数日前、夜のニュース番組だったと思いますが、「Muse細胞」という我々の体内にあって、組織などの修復のために働いてくれる細胞のことが放送されていました。
ノーベル賞を取ったIPS細胞、物議をかもしたSTAP細胞、そして今回のMuse細胞と、創薬や再生医療などの発展に期待できるものが新たに出てきたことは、とてもありがたいことです。
今回のMuse細胞がもっている治療効果は高いとされており、血液の中を移動し、傷害臓器で生着して、その組織に応じた細胞に自発的に分化するとのことです。そして、遺伝子導入などの高度な操作を必要としない庶民的なもののようです。
「天然」かつ「手軽」とは失礼な言い方かもしれませんが、こうなると、東洋医学でいう、自然治癒力との関係を考えてみたくなります。
そこで、ネット検索により3つの論文を見つけました。この中から東北大学大学院の出澤真理先生がご講演された、第50回日本人工臓器学会大会 特別講演 「ヒト生体に内在する新たな多能性幹細胞 Muse細胞:細胞治療、予後の判断、創薬、病態解析への展開の可能性」、2013年の「人工臓器42巻1号」から概要をご紹介し、その後、自分なりの考えを付け加えさせて頂きたいと思います。なお、ネットで見つけた論文はいずれも興味深いものなので添付させて頂きました。
・Muse細胞は成人ヒトの皮膚、骨髄などの間葉系組織から採取可能である。生体の間葉系組織の場合、例えば骨髄液では、3,000個の骨髄単核球細胞のうち1細胞の割合で存在する。
・生体内でのMuse細胞の局在を組織学的に検討すると、真皮、脂肪組織や他の様々な臓器では結合組織内に孤立性・散在性に存在し、特定の組織構造との関連はみられなかった。また、市販の間葉系の培養細胞では、多少の増減はあるものの大体1%ないし数%程度の割合で含まれている。
・Muse細胞は生体に投与されると組織修復機能をもたらす:ヒト細胞を拒絶しない免疫欠損マウスを用いて劇症肝炎、筋変性、脊髄損傷、皮膚損傷などの様々なモデルを作製し、GFPで標識したヒトMuse細胞を尾静脈から投与すると(ただし皮膚損傷の場合は局所注入を行った)、移植4週後でuse細胞は傷害部位に生着し、肝細胞、筋細胞、神経細胞、角化細胞にそれぞれ分化することが確認されている。
このように、投与されたヒトMuse細胞は生体内で損傷部位を認識して生着し、機能的な細胞に分化すること、さらに三胚葉性の細胞に生体内でそれぞれ分化することが示された。一方Muse細胞を除いたヒト間葉系幹細胞、すなわち非Muse細胞群を同様の方法で生体に投与しても、Muse細胞で見られたような損傷組織への生着や各組織の細胞への分化は観察されない。従って、Muse細胞は損傷部位を認識し、組織を構成する細胞となりうる組織修復機能を持つが、Muse細胞以外の間葉系幹細胞にはこのような機能が備わっていない、すなわち間葉系幹細胞移植においてこれまで見られてきた組織再生、組織修復はMuse細胞が担っていると考えられる。
画像出展:「IPS Trend」(科学技術振興機構)
自然治癒力(現代医学的解釈)とMuse細胞
・東洋医学では自然治癒力を高めるとは、からだの気・血・津液のバランスを整えるということですが、これをベースにすると、話を進めることができないため、現代医学的解釈をもって考えたいと思います。
鍼による機械刺激は、細胞レベルのダメージを伴うため、血液流出の確認後、問題なければ直ちに損傷組織の復旧作業が開始され、修復材料の酸素と栄養素を運ぶ血液の流れを増大させます。一方、「闘争モード」は穏やかな「休息モード」に切り替えます。これは交感神経優位に偏っていた状態を副交感神経を高めるということです。自律神経の統合中枢である視床下部は、内分泌系(ホルモン)を総合的に調節する重要な中枢でもあるため、内分泌系にとっても好材料になります。さらに、副交感神経を優位な状態にすることができれば、免疫を担当しているリンパ球が増加することになり免疫力が向上します。
話はそれますが、「口内炎」の付記のところで鍼治療効果、自然治癒力についてコメントしています。口内炎の修復が早まるということは、損傷部の粘膜細胞の再生がスピードアップすることを意味していると思いますが、ここで、Muse細胞の「傷害組織に生着し分化する」という機能が発揮されていると考えることは不自然ではないように思います。鍼の機械刺激による細胞レベルに起きた損傷を、Muse細胞活性化のためのストレスであると考えれば、この点も辻褄は合います。いずれにしも、あくまで想像の世界で結論には至らないのですが、鍼灸師としては、鍼効果の一つにMuse細胞の活性化があるという事実を期待したいと思う次第です。
交感神経の緊張はリンパ球の減少に加え、顆粒球の増加をもたらし、その結果、無差別攻撃を行う活性酸素によって、問題のない組織の破壊を生みだしてしまいます。
画像出展:「安保徹の病気にならない免疫のしくみ」(ナツメ社)
News!:2018年9月3日
「脳梗塞患者を対象とした Muse 細胞製品の探索的臨床試験の開始について」(PDFファイルが表示されます)
『株式会社生命科学インスティテュート(本社:東京都千代田区、社長:木曽 誠一、以下「当社」)は、脳梗塞患者を対象としたMuse細胞製品「CL2020」の探索的臨床試験を東北大学病院にて本年9月中旬から開始することとなりましたのでお知らせ致します。Muse 細胞製品「CL2020」としては、本年1月に開始した急性心筋梗塞に次ぐ第二の対象疾患の探索的臨床試験となります。』
News!:2019年7月10日
「脊髄損傷を対象疾患とした Muse 細胞製品の臨床試験開始について」(PDFファイルが表示されます)
急性心筋梗塞、脳梗塞に続く3番目の治験のようです。
News!:2020年1月30日:名古屋大学医学部附属病院
「Muse細胞製品を用いた新生児低酸素性虚血性脳症に対する 医師主導治験開始に関するお知らせについて」
『名古屋大学医学部附属病院は、東北大学大学院と共に、新生児低酸素性虚血性脳症(neonatal hypoxic-ischemic encephalopathy;HIE)に対するMuse細胞を用いた研究開発を進めて参りました。このたび、HIEを対象疾患として、Muse 細胞製品「CL2020」の細胞を用いた臨床試験を医師主導治験として、国内で2月下旬より開始することとなりましたのでお知らせいたします。』
News!:2020年11月17日:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科脳神経内科学
「筋萎縮性側索硬化症モデルマウスにおけるMuse細胞の治療効果」
『岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医)の阿部康二教授と山下徹講師、東北大学大学院医学系研究科の出澤真理教授の共同研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)モデルマウスにヒト骨髄由来Muse細胞を経静脈的に投与すると、運動機能などにおいて症状進行抑制効果があることを発見しました。 これらの研究成果は10月13日、英国科学誌「Scientific Reports」のResearch Articleとして掲載されました。』