あるニュース番組でジャーナリストの木村太郎氏が、「最近、ヴァンス副大統領の存在が大きくなっている」というお話をされていました。また、ヴァンス副大統領の著書が素晴らしいと絶賛されていました。 トランプ大統領より38歳若い副大統領は、次期大統領候補であることは確実です。その意味でも木村氏が称賛された本を是非読んでみたいと思いました。
ブログに書きたいと思ったことは、「ヴァンス副大統領の人柄(生い立ち)」と「ヒルビリーと白人労働者階層」についてです。アメリカといえば、カリフォルニアとニューヨーク、西海岸と東海岸が頭に浮かびます。日本でも都会と田舎では生活など大きく異なりますが、米国の都会と田舎は裕福なエリートと貧しい労働者に色分けされていることが少なくないようです。そして、黒人、ヒスパックより白人労働者階層の人々の方がむしろ厳しい生活をしているということを知りました。「同じ白人なのに」という率直な感覚こそが、今のアメリカが抱えている大きな問題の一つなのだろうと思います。
目次
はじめに
第1章 アパラチア―貧困という故郷
崇拝すべき男たち、避けられる不都合な事実
第2章 中流に移住したヒルビリーたち
1950年代、工場とそして豊かさを求めて
第3章 追いかけてくる貧困、壊れはじめた家族
暴力、アルコール、薬物・・・・・・場違いな白人たち
第4章 スラム化する郊外
現実を見ない住民たち
第5章 家族の中の、果てのない諍い
下がる成績、不健康な子どもたち
第6章 次々と変わる父親たち
―そして、実の父親との再会
第7章 支えてくれた祖父の死
悪化する母の薬物依存、失われた逃げ場
第8章 狼に育てられる子どもたち
生徒をむしばむ家庭生活
第9章 私を変えた祖母との3年間
安定した日々、与えてくれた希望
第10章 海兵隊での日々
学習性無力感からの脱出
第11章 白人労働者がオバマを嫌う理由
オハイオ州立大学入学で見えてきたこと
第12章 イェール大学ロースクールの変わり種
エリートの世界で感じた葛藤と、自分の気質
第13章 裕福な人たちは何を持っているのか?
成功者たちの社会習慣、ルールがちがうゲーム
第14章 自分のなかの怪物との闘い
逆境的児童期体験(ACE)
第15章 何がヒルビリーを救うのか?
本当の問題は家庭内で起こっている
おわりに
はじめに
●『私の人生の背景には、「民族」という要素がひそんでいる。民族意識の強いアメリカ社会では、往々にして、肌の色のちがいをあらわす言葉―「黒人」「アジア人」「特権的白人」―が大きな意味を持つ。この分類は、ときには役に立つこともあるが、私の人生の物語を理解するには、さらに深く掘りさげて考える必要がある。
私は白人にはちがいないが、自分がアメリカ人北東部のいわゆる「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)」に属する人間だと思ったことはない。そのかわりに、「スコッツ=アイリッシュ」の家計に属し、大学を卒業せずに労働者階層の一員として働く白人アメリカ人のひとりだと見なしている。そうした人たちにとって、貧困は、代々伝わる伝統といえる。先祖は南部の奴隷経済時代に日雇い労働者として働き、その後はシェアクロッパー(物納小作人)、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工場労働者として生計を立てている。
アメリカ社会では、彼らは「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(首すじが赤く日焼けした白人労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」と呼ばれている。
だが私にとっては、彼らは隣人であり、友人であり、家族である。
アメリカ社会において、「スコッツ=アイリッシュ」は特徴的な民族集団のひとつだ。「アメリカを旅すると、スコッツ=アイリッシュが揺るぎない地域文化を一貫して維持していることに驚かされる」と、ある著述家が書き記している。「ほかのほとんどの民族集団がその伝統を完全に放棄してしまったのに対し、スコッツ=アイリッシュは、家族構成から、宗教、政治、社会生活にいたるまで、昔のままの姿を保っている
文化的伝統をこのうえなく大切にする姿勢には、家族や地域に対する深い愛情や、いちずな献身という好ましい側面がともなう一方で、多くの好ましくない面もある。私たちスコッツ=アイリッシュは、外見にしても、行動様式にしても、話し方にしても、とにかく文化的背景が異なる人やよそ者を好まない。
これから述べる私の人生を理解するには、私が自分自身を「スコッツ=アイリッシュのヒルビリーだ」と心の底から思っていることを知っておいてもらう必要がある。
民族意識がコインの片面だとすると、もう片面は地理的環境だ。18世紀に移民として新世界にやってきたスコッツ=アイリッシュ(アイルランド島北東部のアルスター地方からアメリカに移住してきた人々のこと。
画像出展:「そこは希望の島であり、嘆きの島だった。移民の島のものがたり」
『1892年から1954年まで、1200万人を超える移民がエリス島を通過してアメリカへ入国した。超満員の船に乗り、荒波を乗り越えてきた彼らの多くは子どもたちであり、家族と共により良い人生を送るために夢を胸にアメリカの扉を叩いた。』
注)欧州から米国への移民は17世紀から始まりました。
アルスター地方にはスコットランドから移住してきたプロテスタントが多く住んでいた)は、アパラチア山脈に強く心を惹かれた。アパラチアは、南はアラバマ州やジョージア州から、北はオハイオ州やニューヨーク州の一部にかけての広大な地域だが、グレーター・アパラチア(大アパラチア)の文化は驚くほど渾然一体としている。』
●『グレーター・アパラチアが民主党の地盤から共和党の地盤へと変わったことが、ニクソン以降のアメリカ政治の方向を決めることになった。そして、白人労働者階層の将来がどこよりも見えにくいのもまた、グレーター・アパラチアなのである。社会階層間を移動する人が少ないことに加え、はびこる貧困や離婚や薬物依存症など、私の故郷はまさに苦難のただなかにある。
画像出展:「綜合的な教育支援の広場」
『「大アパラチア」といわれる地域は、最も保守的なプロテスタント教会が多く、アパラチア地方に由来を持ちます。北アイルランド、イングランド北部、スコットランドのローランド地方といった国境紛争で荒廃した地域から来た入植者たちが築いた所で、「レッドネック」と呼ばれる白人の肉体労働者たちが住む土地です。』
したがって、私たちが悲観的になるのも当然といえる。驚嘆すべきは、さまざまな世論調査の結果、アメリカで最も厭世的傾向にある社会集団は白人労働者階層だという点である。
大半が想像を絶する貧困に苦しんでいるラテン系の移住者と比べても、また、物質的な面での成功の見通しという点で白人に後れをとりつづけている黒人と比べても、白人労働者階層は悲観的なのだ。
現実というのはつねに、ある程度の皮肉を許容するものだが、私のようなヒルビリーがほかの社会集団(私たちよりもあきらかに困窮している集団もある)よりも人生を悲観しているという事実は、何か別の事態が進行していることを示している。
そして、実際そうなのだ。私たちヒルビリーは、かつてないほど社会的に孤立していて、その状態を次の世代に引き継ごうとしている。
私たちが信じていることも変わりつつある。ヒルビリーの信念は教会を中心に形づくられるが、そこでは感情に訴える言葉が重視され、子どもたちが成功するために必要な社会的サポートを軽んじる姿勢が見られる。
私たちの多くは、労働力という面から見ると落伍者であり、よりよい機会を求めて新天地を切り拓くのを諦めてしまっている。ヒルビリーの男たちは「男らしさの危機」に直面し、その男らしさを重視する文化こそが、変わりゆく社会でヒルビリーの成功を妨げている。
私たちのコミュニティの現状について語ろうとすると、次のような話をよく耳にする。
「もちろん、白人労働者階層の先行きは暗くなる一方だ。だが、きみは卵よりもニワトリが先に生まれると考えているのではないか。彼らのなかで離婚する者が増え、結婚する者が減り、彼らが幸福を感じられなくなっているのは、経済的機会がないからだ。仕事に就くチャンスがありさえすれば、生活状態も改善されるはずだ」
私も同じように考えていた時期がある。若いころには、無理やりそう信じ込もうとしていた。
もちろん、その考えは理にかなっている。仕事がなければストレスがたまる。生活もままならない状況ではなおさらだ。アメリカの中西部工業地帯の製造業が衰退するにつれて、白人労働者階層は、経済的安定も、揺るぎない家庭も、家族生活も失ってしまった。
だが、気難しい教師の役割を演じることもある。私たちが経験している経済的な不安定さをめぐるこの考えは、十分なものとはとうてい言えない。』
●『機会の平等について語るときには、ここまで書いてきたような事実を忘れてはならない。ノーベル賞を受賞した経済学者たちは、中西部工業地帯の衰退や、白人労働者階層の働き手の減少を心配する。製造業の拠点が海外に移り、大学を卒業していない若者が中流層の仕事に就くことは難しい、というのが経済学者たちの主張だ。
たしかにそのとおり。私も同じ心配をしている。
だが、私が書こうとしているのは、それとは別の話である。産業経済が落ちこむなか、現実の生活で人々に何が起こっているのかをここに書きたい。最悪の状況に人々はどのように反応しているのか。社会の衰退を食い止めるのではなく、それをますます助長する文化とはどのようなものなのか、そうしたことを書こうと思う。
タイル会社の倉庫で私は目にした問題は、マクロ経済の動向や国家の政策の問題よりもはるかに根が深い。あまりにも多くの若者が重労働から逃れようとしている。よい仕事があっても、長続きしない。支えるべき結婚相手がいたり、子どもができたり、働くべき理由がある若者であっても、条件のよい健康保険付きの仕事を簡単に捨ててしまう。
さらに問題なのは、そんな状況に自分を追い込みながらも、周囲の人がなんとかしてくれるべきだと考えている点だ。つまり、自分の人生なのに、自分ではどうにもならないと考え、なんでも他人のせいにしようとする。そうした姿勢は、現在のアメリカの経済的展望とは別個の問題だといえる。
本書で焦点をあてるのは、私がよく知っている人たち、すなわちアパラチアに縁のある白人労働者階層である。しかし私は、そうした人たちのほうが同情に値すると主張したいわけではない。本書は、黒人よりも白人のほうが強い不満を抱いている理由を論じるものではない。読者の皆さんには、本書を通じて、人種というレンズを通したゆがんだ見方をするのではなく、「貧しい人たちにとって、社会階層や家族がどのような影響を与えるのか」を理解してほしい。』
●『この物語は、私の人生をつくりあげてくれた人たちの力を借りずには語れない。したがって、本書は個人的な回想録であるだけでなく、家族の回想録でもある。つまり、アパラチアに暮らすヒルビリーの家族の目を通して見た、社会的機会と社会的地位上昇の歴史を描いている。』
第4章 スラム化する郊外
現実を見ない住民たち
●『1970年には白人の子どもの25パーセントが、貧困率10パーセント以上の地域に住んでいた。それが2000年には白人の子ども40パーセントにまで上昇した。いまは、ほぼ確実にさらに高くなっているだろう。2011年のブルッキングス研究所の調査によると、「2000年と比べると、2005年から2009年のあいだに、極端に貧しい住民には、地元生まれの白人で、高卒か大卒で、家を所有していて公的援助を受けていない人が増えた」
つまり、住環境の悪い地域はもはや都市部のスラムにとどまらず、郊外にまで広がってきたということになる。
この現象の原因は複雑だ。ジミー・カーターの地域社会再投資法から、ジョージ・W・ブッシュのオーナーシップ社会まで、連邦政府の住宅政策は、家を持つことを国民に積極的に勧めてきた。しかし、ミドルタウンのようなところでは、持ち家にはきわめて大きな社会的コストがともなう。ある地域で働き口がなくなると、家の資産価値が下がってその地域に閉じこめられてしまうのだ。引っ越したくても引っ越せない。というのも、家の価格が底割れし、買い手がつく金額が借金額を大幅に下回ることになるからだ。引っ越しにかかるコストも膨大で、多くの人は身動きが取れない。もちろん、閉じこめられるのはたいていが最貧層の人たちで、移動できるだけの経済的余裕のある人は去っていく。』
●『親たちにとって、アメリカンドリームとは前に進むことだ。肉体労働は立派な仕事だが、それは親たちの世代の仕事で、私たちは何か別のことをしなくてはならない。前進するとは、社会的に上昇することだ。そのためには大学に行く必要がある。
だからといって、この町では、たとえ高等教育を受けなくても、恥ずかしがることもなければ、何か問題があるという感じもしなかった。大学に行かないのがあたりまえという感覚は、はっきりと示されることはなかった。教師は、おまえは大学に行くには頭が悪すぎる、あるいは貧乏すぎるなどとは決して言わない。だがそういった雰囲気が、まるで日々吸いこむ空気のように周りに満ちていた。私の家族でも、大学に行った者はいなかった。年上のきょうだいも友人たちも、キャリアの見とおしがどうであれ、ミドルタウンにとどまることに完全に満足していた。誰でも、周囲には少なくともひとりは、非正規雇用か完全に無職の若い大人がいた。もちろん、ほかの州の有名校に知り合いなどいなかった。
ミドルタウンでは、公立高校に入学した生徒の20パーセントは中退する。大学を卒業する人はほとんどいない。州外の大学へ進学する者は、ほぼ皆無といっていい。生徒たちは、自分の将来に多くを望まない。周囲の大人たちがそうで、生徒たちはそれを見て育っているからだ。』
第5章 家族の中の、果てのない諍い
下がる成績、不健康な子どもたち
●『冒険は始まったばかりだった。それまでも、オハイオの外に旅したことはある。祖父母と車でサウスカロライナやテキサスに行ったことがあり、ケンタッキーにも定期的に足を運んでいた。
ただ、これまでの旅では、家族以外と話すことはほとんどなかった。旅先で大きなちがいを感じることもなかった。ところが、カリフォルニア州ナパは、まるで異国のようだった。カリフォルニアでは、ティーンエイジャーのいとこたちや、いとこの友人たちと過ごし、毎日、冒険があった。ゲイ・タウンとして有名な、サンフランシスコのカストロ地区にも行った。ゲイの人たちは別にいたずらしようとおまえを狙っているわけではないと知っておくべきだ、といとこのレイチェルが言ったのだ。
別の日にはワイナリーを訪れた。またほかの日には、いとこのネイトの高校でフットボールゾーンの練習を手伝った。どれも胸躍る経験だった。会う人会う人に、私のしゃべり方はケンタッキー出身の人のようだと言われた。もちろん、ある意味では私はケンタッキー出身だ。そんなふうにみんなに、私はおかしなアクセントがあると思われるのはうれしかった。
それはともかく、滞在しているうちに、カリフォルニアはかなり特殊な場所だということがわかってきた。それまでにピッツバーグにも、コロンバスにも、レキシントンにも行ったことがあった。サウスカロライナとケンタッキー、テネシー、それにアーカンソーでもかなりの時間を過ごした。それなのになぜ、カリフォルニアはこんなにほかとはちがうのだろうか。
私がそれ以前に訪れていた南部と中西部の工業都市は、それぞれ地理的には隔たっていて、地域経済の構造も異なるものの、結局のところいずれの都市も、外見も行動もうちの家族とあまり変わらない人たちの住む土地だった。祖父母をケンタッキー東部からオハイオ西部へと連れて行ったのと同じ、ヒルビリー・ハイウェイにある都市だったのだ。
同じものを食べて、同じスポーツを観て、同じ宗教を信仰していた。だから、裁判所で見かけた人たちに、あれほど親近感を覚えたのだ。私と同じように、みんななんらかの意味でヒルビリー移住者だったのだ。』
第6章 次々と変わる父親たち
―そして、実の父親との再会
●『教会に定期的に通っている人は、まったく教会に行かない人と比べると、犯罪者になる可能性が低く、より健康で長生きし、稼ぎも多い。高校中退者も少なく、大学を卒業する人が多い。マサチュ―セッツ工科大学の経済学者、ジョナサン・グルーバーは、そこには因果関係があるとまで言っている。人生がうまくいっている人が、たまたま教会に通っているのではなく、教会がよい習慣をつくるのに寄与している、というのだ。
宗教的な習慣という面では父は、南部にルーツを持つ文化的に保守的なプロテスタントの典型だった。とはいえ、典型的な南部出身プロテスタントのイメージは、実は現実を正しく反映したものではない。というのも、南部の人たちは、宗教にしがみついているというイメージとは裏腹に、父よりむしろ祖母に近いからだ。非常に信心深いものの、教会コミュニティには帰属していないのだ。実際、保守的なプロテスタントで教会に定期に通っているのは、私が知っているなかでは、父とその家族だけだった。バイブル・ベルトの真ん中では、礼拝に参加する住民の割合は、意外にもかなり低い。
とりわけアパラチア、なかでもアラバマ北部とジョージア、オハイオ南部では、一般に抱かれるイメージとはちがい、中西部、つまりマウンテン・ウェストの一部と、ミシガンとモンタナのあいだのほとんどの地域と比べても、礼拝参加率が低い。奇妙なことに、私たちは、自分たちが実際によりも頻繁に教会に行っていると思い込んでいるのだ。ギャラップ(世論調査会社)の最近の調査では、南部と中西部の人たちの礼拝参加率は国内最高だと報告されている。ところが実際には、南部の住民で礼拝に参加している人はとても少ない。
こうした欺瞞は、文化的なプレッシャーが原因で生じるのだろう。たとえば、私が生まれたオハイオ南西部の大都市圏、シンシナティやデイトンでは、礼拝に出席する人の率はきわめて低く、超リベラルなサンフランシスコと同じぐらいだ。サンフランシスコにいる知り合いで、教会に行っていないことを恥じる人はいない。むしろ教会に行っていることのほうを恥ずかしがる人がいる。
オハイオでは正反対だ。子どもだった私ですら、教会に定期的に行っているかと尋ねられたら、行っていると嘘をついただろう。ギャラップの調査結果を見るかぎり、そういったプレッシャーを感じているのは、私だけではないようだ。
この状況はショッキングだ。宗教組織はいまでも、人々の生活のなかで肯定的な役割を果たしている。しかし、製造業の衰退や失業、薬物依存、家庭崩壊にさいなまれているこの国の一部の地域では、礼拝に参加する人の数は激減している。
父が通っていた教会は、私のような人間が切実に必要としているものを与えくれた。アルコール依存症の人には支援コミュニティを提供し、自分はひとりで依存症と闘っているのではないと感じさせてくれる。妊娠中の母親には、無料の住まいと職業訓練、子育て講座が用意されている。失業している人には、教会仲間が仕事を与えたり、紹介したりする。父が経済的に困窮していたときには、教会の信者が一致団結して、父一家のために中古車を買ってくれた。
私の周りの壊れた世界と、そこで格闘している人たちにとって宗教は、目に見える援助を与えてくれ、信徒たちを正しい道につなぎとめるものだったのだ。』
第15章 何がヒルビリーを救うのか?
本当の問題は家庭内で起こっている
●『私たちのコミュニティが抱える問題に“解決策”はないのかと、ときおり尋ねられることがある。何を求められているのかはよくわかる。魔法のような公共政策や、政府の革新的な施策を思い浮かべているのだろう。だが、私たちが抱えている問題は、家族、信仰、文化がからむ複雑なものであり、ルービックキューブとはちがう。誰もが考えるような形での“解決法”はおそらく存在しないだろう。
ホワイトハウスで働いた経験があり、労働者階層問題に深い関心を持つ友人が、私にこう言ったことがある。「この問題については、根本的な解決は不可能だと考えるのが妥当だろうね。そこらじゅうでたえず問題が起こっているから。でも、境界線のぎりぎりのところにいる人たちに手を差し伸べることなら、できるかもしれない」
私にも、たくさんの人が手を差し伸べてくれた。わが身を振り返ると、自分の人生の方程式には多くの変数があったことに気づく。母や継父が祖父母とのかかわりを拒否しようとして遠くに引っ越したときも、いつもそばにいてくれた祖父と祖母。すぐにいなくなってしまう父親候補のかわりに、私を温かく見守ってくれた一族の男たち。多くの問題を抱えながらも、私に生涯続く向学心を与えてくれた母。私のほうがからだが大きくなってからも、いつも私を守ってくれた姉。私が遠慮したにもかかわらず、部屋を貸してくれ、何よりも、愛し合う幸せな夫婦の姿を初めて見せてくれたおじとおば。手を差し伸べてくれた教師、親戚、友人たち。
方程式からどの人が欠けても、私の人生はだめになっていただろう。逆境に打ち勝って成功を収めた人たちから、似たような話を何度も聞いたことがある。
アパラチア州立大学で編入性のようなサポートオフィスの責任者を務めるジェーン・レックスも、そのひとりだ。私と同じく労働者階層の家庭で育った彼女は、一族のなかで初めて大学に入学した。結婚して40年近くになる彼女は、3人の優秀な子どもを育て上げている。
なぜ人生を変えることができたのかと彼女に尋ねれば、安定した家庭が将来をコントロールできる自信とやる気を与えてくれたからだと答えるだろう。そして、広い世界を知ることは将来の目標を見つける力になるとも教えてくれるはずだ。「身のまわりにお手本になる人が必要だと思う。私の場合には、仲のいい友だちの父親が銀行の頭取をしていたの。その人はほかの人とはちがっていた。彼を見て、世の中にはまったくちがう人生があるのを知った。おかげで、自分の将来に希望を持つことができたのよ」』
感想
ヴァンス副大統領の魅力は白人労働者階層が直面している貧困の中で暮らし、そして、その厳しい環境の中から抜け出してエリート層に上りつめたことだと思います。
そのヴァンス副大統領の話からは逸れてしまうのですが、白人労働者階層が抱える本質的な問題を考えてみました。人が人らしく心の豊かさをもって生き生きと暮らすために、“希望”と“人とのつながり”はとても重要だと思います。一方、“薬物中毒”と“銃犯罪”は心を喪失した人々に罠を仕掛けるように待ち構えています。薬物は人生を根底から破壊してしまう脅威であり、銃は犯罪の連鎖を生んでしまう恐ろしい道具です。
“希望”と“人とのつながり”を生み出すことと、“薬物中毒”と“銃犯罪”をなくすことは両方とも必要ですが、どちらか一方を先に手をつけなければならないとすれば、私は後者の問題解決を優先すべきと思います。
“希望”と“人とのつながり”の無い、暗く孤独な人生を歩んでいたとしても、“薬物”に手を出さなければやり直すチャンスはあると思います。また、“銃”がなければ犯罪者となって、多くの人を死傷させる事件を起こす可能性も、それによって刑に罰せられる可能性も減ります。
“希望”や“人とのつながり”は出会いやきっかけによって劇的に変化する可能性を秘めていると思いますが、そのような機会に巡り合うためにも、少なくとも、“薬物中毒”と“銃犯罪”とは無縁であることが極めて大切だと思います。
この“薬物中毒”と“銃犯罪”に対し、共和党(トランプ政権)はどのような対策を立てているのか調べてみようと思い、まず、“薬物中毒”に関し日本と米国の違いをPerplexity(AI)に尋ねてみました。
こちらの資料は米国と日本の薬物および銃の問題を地理的・歴史的要因などから比較しています。
銃規制に関して、米国では1791年、憲法修正第2条にて「武器保有権」を保障したことから、銃は拡がっていきました。トランプ大統領は1990年代には一部の銃規制を支持していたことも事実とされていますが、共和党の大統領候補となった2015年以降、NRA(National Rifle Association of America[全米ライフル協会])支持と保守層迎合のために規制反対色を鮮明にしています。
また、「武器保有権」を重視し、「善良な市民が銃を持つことで治安が守られる」という思想を強く主張しています。過去の発言を見ると「銃を持った悪人に対抗できるのは銃を持った善人である」「規制ではなく警備強化こそ必要」など、規制より“自衛”や“抑止力”への信仰が根本にあります。
日本では銃規制が徹底されていますので、「どうして銃規制をしないのだろう?」と単純に思ってしまいますが、そこには選挙対策という部分も大きいと思います。
また、現実的にここまで拡がってしまった銃を規制することは、憲法の「武器保有権」ということもあり、かなり難しいのだろうと思います。
確かに本質的な問題は銃の保持ではなく、犯罪に使われることにあるので、「犯罪をさせない」という手段も選択肢であることは間違いではありません。トランプ政権では、銃規制ではなく「武装による自衛」「警備の実効性強化」に資源を注いだ政策を数多く実際に執行しているとのことです。現実的とは思えませんが、もし、学校や地域、あるいは教会のようなコミュニティを通じて、「銃犯罪の取り締まり」という問題解決に住民自身が一致団結して立ち上がることがあるならば、「人のつながり」というポジティブなテーマに転換させられるかもしれません。
「希望」と「人のつながり」が最重要ですが、その前に、「薬物中毒」と「銃犯罪」の問題をクリアするという優先順位は悪くないと思います。
ニューヘイブン(New Haven)
ヴァンス副大統領はイェール大学の法科大学院(Yale Law School)で学んでいたとのことです。
私事ですが、3度の海外一人旅(1回は仕事)、2度目はニューヨークでした。
その一人旅では、イェール大学にも足を延ばしていました。ニューヘイブンは大学の最寄り駅です。お恥ずかしい話ですが、「天国にやって来た!」などと浮かれて写真をとってしまいました。懐かしさから少し写真等を貼りたいと思います。(天国=Heaven)
World Trade Centerの写真を撮った記憶はあまりなかったのですが、2枚見つかりました。左はエンパイアステートビルから、右はリバティ島から撮ったものです。
World Trade Centerの中2階(メザニン)にディスカウントチケットの店舗があり、ミュージカルのチケットを買うためにWorld Trade Centerのビルの中には入ったのですが、「エンパイアステートビルに上ったから、まぁ、いいか」と思い、屋上には上がりませんでした。また、この店舗がどちらの棟にあったのか、まったく記憶は残っていませんでした。
画像出展:「AFP BB News」
南棟は2回目の攻撃を受けたタワーでした。
この日、同じ営業部の同期のN君がニューヨーク出張でこの近くのビルに宿泊していました。そのようなこともあり、この悲劇的な事件は強く記憶に残っています。







