3.6 皮下および腱上膜組織の多微小空胞滑走システムの作用
●力学的観察
・多微小空胞コラーゲン吸収システム(MVCAS:multimicrovacuolar collagenous absorbing system)は、腱とその周辺組織とのあいだに位置する。
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●生体内微小解剖観察
・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、何十億もの動的な、微小空胞、多方向性フィラメントからなる連結構造としてみなすことができる。
・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、絡み合いながら空胞形状を取り囲む仕切りを作り、分散して編成し、フラクタル(次元分裂図形)で、偽性幾何学的な特徴を有している。
●微小空胞の観察
・微小空胞は数~数十μmの直径をもち、数μm~数mmの長さまで変化する。このように、全体としては無秩序で混沌とした外見を与える。空胞は種々の方向にいくつかのレベルで編成されており、そのパターンは偽性幾何学的、多角形、二十面体となる傾向がある。
・階層的に配列されフラクタルの形状をとり、いくつかの部分的なサブユニットにわたる可能性がある。
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●動的役割の外観
・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、構造機能に応じて異なっているようである。
・コラーゲン枠組みと内部の空胞隙は形状と安定性を与えている。
・ゲルは、容量は一定のままで運動中の形状が容易に変化することを可能にする。構造がより長い距離を移動すればするほど、空胞はより小さく高密度になる。
・微小空胞構造は形態の一貫性を有し、多くの形状をとることが可能であり、それが受ける物理的制約に適応し、最初の位置に戻ることを可能にする形状記憶を有している。
・コラーゲン枠組みの主要な役割は、その周囲で何かを動かすことなく構造が自由に動けることを確認することである。
・全体の立体配置は非常に効率的であり、熱力学的エネルギー保存とともに大きな機械的強度と軽さが組み合わされ、簡単に変形し摩擦を減少させる。
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・多微小空胞コラーゲン吸収システムは、その中に包埋される構造の栄養にとって重要であり、血管やリンパ管のための枠として作用する。
●外傷と脆弱性
・多微小空胞コラーゲン吸収システムの反応性と弾力性は、病状(浮腫、外傷、炎症、肥満、加齢など)に応じて変化し、それらすべては微小空胞の形状において、識別可能で固有の変化を生みだす。浮腫はさらなる膨張と運動を制限している原線維の離開以外では、いかなる器官の組織も破壊することなく空胞内圧の増加とコラーゲンの膨張によって適応する。浮腫の縮小に応じて原状回復が行なわれる。
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・開放性の外傷は、多微小空胞コラーゲン吸収システムの精密な相互作用を無効にする。出血、浮腫、充血は機械的なバランスを乱し、滑走システムは抵抗に対してより多くの力を必要とするため、運動は困難になる。組織は直接的な外傷および運動の欠如から癒着したようになり、さらに可動性を乱す。
・炎症は原線維の断裂によって、空胞内圧の増加を引き起こす。そして、小さな多くの空胞を生成し、完全に運動を混乱させる。そして、外傷反応と同様に組織は破壊され、原状回復は決して得られない。その結果として、永続的な機能的な後遺症が残る。
・肥満によって空胞内のグリコールと脂肪細胞の置換。空胞と線維の膨張の両者が始まる。この段階はゆっくりで体重減少することでまた元の形状にもどると考えられる。第2段階では空胞は極度に膨張し、線維の膨張はさらなる脂肪細胞によって次々に満たされ、身体形状を変化させ多くの空胞に形質転換を生じさせ引き裂いてしまう。
・加齢は多微小空胞コラーゲン吸収システム内部のプレストレスにおける局所の運動よりも、むしろ重力が優位となり、人の組織内部の力の物理バランスへの緩徐性および進行的な変化を意味する。
●MVCAS(多微小空胞コラーゲン吸収システム)とグローバル化
・MVCASは身体の至るところに起こると考えられる。そして、それは構造が内部の制限や外部の環境のどちらにも適応することを可能にする。
・身体の全体構造は巨大コラーゲン・ネットワークとみなされるが、遂行すべき役割と耐えなければならないストレスに応じて変わる。
●結論
・MVCASのすべての要点は、生体内ネットワークの基礎単位となり、種々のレベルで機能し以下の3つの主要な機械的役割を遂行することである。
1.高い適応力と省エネルギー法で、どんな機械的刺激にも反応すること。
2.構造を保護し、作用のあいだに情報を提供し、その最初の形状に跳ね返ること。
3.さまざまな機能単位の相互依存と自律性を保証すること。
パート4 筋膜組織の生理学
4.1 膜・筋膜の生理学
●運動器官の結合組織
・体性機能障害は疼痛、関節の可動性の問題、他の組織(皮膚、皮下組織、筋膜、靭帯、筋など)の変化として現れる。これは損傷に起因する結合組織の変化が、主に影響を受けた構造に限定されず広範囲に及ぶということを意味する。
・全身の生理機能は疼痛の結果として変化する。神経内分泌系の活動と内臓の機能は変化する。
・筋緊張、自律神経系の活動、覚醒-睡眠リズム、そして少なからず行動と行為も、疼痛の結果として変化する。
●構造と機能
・徒手療法に関連する結合組織は、硝子関節軟骨と未発達で緊張した線維性結合組織である。後者は関節包、筋膜、筋内、神経内の結合組織にみられる。
・網状組織はコラーゲン線維によって構成され、これらは種々の方向に緊張して変形するので網状組織が生じる。そして、これらの構造に特有な可動性を生みだす。網状組織で交差したコラーゲン線維の間に、病態生理学的状況下で更なる連結(病的クロスリンク)が発生する可能性がある。これらは網状組織の可動性を減少させ、関節包の縮小や筋の短縮に至る。
・未発達で緊張した線維性結合線維は、腱、靭帯、支帯、腱膜などにみられる形成された結合組織とは明確な違いがある。後者の組織は常に同じ方向で緊張させられるため、コラーゲン線維は各々と平行に走行する傾向がある。
・結合組織は細胞と細胞外マトリックスからなる。細胞膜は機械的安定性を持たないので、細胞は機械的ストレスから保護するための細胞外マトリックスを形成する。
●牽引または張力負荷vs圧力
・組織に掛かる力が主に牽引である場合、結果として線維芽細胞はⅠ型コラーゲン線維と、ほんの少量の弾性線維と少量の基質を生成する。基質はコラーゲン線維間での運動中の摩擦を減らし、水の貯留によって組織の拡散を可能にするのに役立つ。
・関節包に障害がある場合、組織または細胞を徐々に増加する伸張(疼痛を伴わない頻繁な動き)を加えるべきであり、それによって関節包本来の構成や安定性を得ることが可能になる。一方、関節軟骨あるいは退行変性がある場合は牽引ではなく、圧迫によって生理的な力に適用するような治療を行うべきである。
●生理的刺激
・椎間板の損傷(通常は牽引に対する線維輪の病変)の後であっても、生理的ストレスを治療に含むべきである。これは屈曲や回旋動作を行うべきであるということである。しかしながら、実際は再生のために重要なこの刺激は禁じられている。
●創傷治癒と徒手療法
・組織に対する刺激の種類は、組織学と生理学から知ることができるが、生理学的に必要な力・負荷・刺激の強さについては創傷治癒の段階によって異なる。
・創傷治癒は3つか4つの段階に分けられる。
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“炎症期”
・炎症期は通常5日間続き、血管期(外傷から2日目)と細胞期(外傷から3~5日)に分けられる。通常、組織では受傷後すぐに出血が起きる。この出血は、血管期に凝固および創傷治癒の過程を開始させる重要な物質を放出する細胞を活性化する。
その後の細胞期では、移動性の線維芽細胞が周囲から損傷部位に遊走する。同時にこれらの線維芽細胞は創傷収縮を促進して、創傷を安定させる役割を果たす。
両方の期(血管期、細胞期)において、機械的な組織への応力による治療より、さらなる出血を回避することが重要である。
・運動と荷重は疼痛を伴わず運動できる範囲に限定されるが、患者の的確な疼痛認知が大前提である。
“増殖期”
・増殖期(5日目から21日~28日)では、細胞期に始まったマトリックス合成が強化される。
・創傷閉鎖はⅢ型コラーゲンの網状組織によってなし遂げられる。このⅢ型コラーゲンは比較的薄くて、組織の機械的安定性には関与しない。
・Ⅲ型コラーゲンの網状組織が本来の組織にもどるためには、創傷治癒のこの期に正常な生理的応力を受けなくてはならない。
・腱、靭帯、半月、椎間円板といった灌流の乏しい組織では、増殖期が6週間まで続くと考えられるため、セラピストは荷重負荷量に注意しなければならない。
“硬化期”
・再建期の最初の60日間が硬化期(21日~28日目から60日間)とされている。
“再建期(再構築/成熟期)”
・増殖期終了後に創傷がⅢ型コラーゲンで閉じられると、再建期(21日~28日目から360日間)が続く。
・不安定なⅢ型コラーゲンが安定したⅠ型コラーゲンに再建されるためには、組織に対する応力を徐々に増やすことが求められる。
●創傷治癒の条件
・薬物
-生理的な創傷治癒の出発点は炎症である。
-論理上、炎症を抑制したり除去したりする薬物は創傷治癒にとっては逆効果である。特に腱、靭帯、付着部は血管分布がわずかであり、出血もほとんどなく炎症は軽度である。しかしながら、創傷治癒後の予後は悪い。創傷治癒に対する抗炎症薬の負の影響は、すでに多くの研究で証明されている。
-基本的な治療は深部摩擦である。組織へ刺激を与えることによって炎症伝達物質の放出が増加し、灌流と創傷治癒を改善する。
-鎮痛薬は創傷治癒の阻害要因となる。特に患者自身の治癒力が隠されてしまうため、生理的応力の限度を超える恐れがあり、新たな損傷を引き起こす可能性がある。また、損傷治癒過程は炎症期を繰り返すことで停滞してしまう。
・栄養
-結合組織は主に蛋白質で構成されるため、栄養として蛋白質を摂取することは非常に重要である。
-動物性蛋白質は酸を産生するので、間質のpH値を低下させて問題となる。pH値が6.5以下に減少すると、線維芽細胞は正常な合成機能を行うことが難しくなり、結果として、組織は退化し治癒は進まない。
-脂肪については不飽和オメガ3とオメガ6脂肪酸が重要である。損傷後に重要となるプロスタグランジン2はオメガ6脂肪酸から生成される。オメガ3脂肪酸はプロスタグランジン1と3の形成に関わる。この1と3はプロスタグランジン2に拮抗して炎症を抑える。
-ビタミン、ミネラル、微量元素は結合組織の安定性のためにも不可欠である。これらの物質はコラーゲンで結合する架橋を安定させる。
・灌流
-組織の灌流は非常に重要であるが、組織灌流に最も悪いのは、喫煙、アテローム動脈硬化症、交感神経反射活動の増加である。
・ストレス
-精神的ストレスはコルチゾールなどのストレスホルモンの放出量を増加させる。コルチゾールはコラーゲンの合成を阻害し、治癒と再生を遅延もしくは阻害する。
-交感神経反射活動はストレスによっても増大する。
・内臓
-消化には咀嚼が重要である。また、食事中の飲水は胃液を希釈化してしまい、小腸に完全に消化されていない小片を送ることになる。これにより小腸での栄養素の摂取は減少する。
-非ステロイド系抗炎症薬を服用している場合、胃および小腸の粘膜は弱くなり、栄養素の摂取が制限される。
-解毒器官は肝臓、大腸、腎臓、肺、皮膚である。解毒過程には水が重要であり十分な量の水の摂取が必要となる。
・免疫系
-免疫性の低下は栄養失調、大腸の機能低下、頻回は抗生物質の摂取などにより進行し、炎症の慢性化などにつながる。
4.2 膜・筋膜は生きている
●筋膜の細胞集団
・細胞は筋膜組織の体積量のわずかであるが、筋膜組織の体系や硬さを調整する重要な役割を担っている。特に線維芽細胞とその系統に付属する細胞は筋膜にとって最も重要な細胞系統である。
・線維芽細胞は細胞マトリックスの大部分(大量に含まれている水を除く)の成分の前駆体を分泌する。さらに、組織を分解する際に役立つコラゲナーゼ様の酵素の前駆体を分泌するので、それらの組織の損傷回復において重要な役割を担う。
・通常、筋膜にはマクロファージ、肥満細胞や若干の散在性リンパ球のような免疫細胞がわずかに存在している。肥満細胞はヒスタミンやヘパリンが豊富な顆粒を含んでおり、炎症過程で重要な役割を果たす。肥満細胞が活性化されると、速やかに顆粒を基質に放出して、血流と免疫防御を活性化する。
・単胞性肥満細胞は筋膜組織のせん断とすべり運動が頻繁に生じる領域、特に疎性結合組織に豊富に存在する。また、張力負荷に加えて頻繁な圧にさらされる足踵部のような領域にも存在する。
・脂肪細胞はエストロゲンだけでなくペプチドやサイトカインを分泌し、これらにより、食欲調節、インスリン/グルコース調節、血管形成、血管収縮、血液凝固に影響し、体内において炎症促進性の状態を発現させる。
・肥満は大部分が肥満細胞のペプチドやサイトカインを通して引き起こされる。
・美容外科による脂肪吸引は、局所的および全体的な生理機能を乱すと考えられている。従って、体内の他の内分泌器官を部分的に除去することと同じように注意が必要である。
●筋膜の緊張性
・ヒトの下腿の深筋膜を対象とした実験において、平滑筋様細胞の存在が証明され、その周辺に交感神経線維が存在することも発見された。これにより交感神経の活性化と筋膜の緊張調節の間には潜在的に緊密な関係があると考えらえる。
・緊張筋の硬さの増加は筋周膜の筋線維芽細胞の密度の増加と関係があると考えられている。
・全身の関節可動性と組織の硬さは、筋膜の筋線維芽細胞の密度に影響されている可能性がある。
●線維芽細胞の収縮から組織拘縮へ
・大部分の筋線維芽細胞は、通常の線維芽細胞から発達したものであると考えられている。この移行は機械的緊張の増加や特定のサイトカインによって生じる。
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・筋線維芽細胞は創傷治癒の過程で重要な役割を果たしており、多くの病理学的な筋膜拘縮、例えば、肥厚性瘢痕や凍結肩などとも関与している。
・筋線維芽細胞は高密度のα平滑筋アクチン張力線維束を所有しているため、通常の線維芽細胞の4倍の収縮能力がある。
●筋膜収縮力の調整
・炎症性促進性の生化学的環境が筋膜硬化の増加を促進する傾向があると考えられている。
●自律神経系との相互作用
・心理的ストレスや不安といった交感神経の活性化は、免疫系のT3細胞の活性化に重大な影響をもつ傾向がある。そして、自律神経系と免疫系との間には正確な伝達経路、もしくはサイトカインによる伝達がある。この経路のサイトカインはTGF-β1であり、このTGF-β1は筋線維芽細胞の収縮に対する最も強力な刺激物質として知られている。
・下記の図は、自律神経系活性と筋膜の緊張性の間に存在する可能性のある双方向の相互作用を示している。
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『自律神経系と筋膜の緊張性のあいだに提唱された相互作用。交感神経系の活性化は、TGF-β1の発現(おそらくほかのサイトカインと同様に)を活性化する傾向がある。TGF-β1は、筋線維芽細胞の収縮に刺激性の影響をおよぼし、筋膜の硬さの増加に至る。加えて、自律神経系の変化はpH値の変化を引き起こす。これは同様に、筋線維芽細胞の収縮に影響をおよぼす。』
●筋膜組織への周期的振動に対する適応は?
・『結合組織は、細胞はコラーゲン格子とともに細胞培養液に包埋されると、周期的な振動を生じる傾向がある。とくにこれらは、周期的カルシウム振動と表現され、これらの振動は隣接した環境にある細胞の収縮を伴うことが示されている(Salbreux et al. 2007)。Follonierらによる研究(2010)では、互いが機械的に接触している場合、筋線維芽細胞が時間的同時発生としてそのような環境で振動する傾向があることを明確に実証した。
本研究は、観察された収縮の同期が細隙結合を経てではなく、付着結合部を経て媒介されることを証明することもできた(細胞結合は、細胞間の化学的シグナリングに特化していることに注意すること。一方、付着結合部は、筋線維芽細胞の典型的特徴である細胞膜内の肥厚である。これは細胞が細胞マトリックスのインテグリン線維を経て機械的信号を交換することにより生じる)。観察された筋線維芽細胞の振動は、99秒の周期長(標準偏差±32s)を有していた。』
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