鍼治療における神経損傷を考える

このテーマは巨人軍、澤村投手の鍼治療による長胸神経損傷の報道と、それに対する鍼灸業界からの質問状という一連の騒動がきっかけです。なお、本件は医道の日本11月号で特集が組まれました。そして回答は11月9日、巨人軍から提示され、一件落着となりそうな状況です。

写真は月刊誌の医道の日本と特集の表紙です。また、サンケイスポーツさまの記事を3つリンクさせて頂きました。

ブログでは、長胸神経に関係の深い筋肉である前鋸筋と、その前鋸筋上にあるとされている経穴(ツボ)の「淵腋(エンエキ)」と「輒筋(チョウキン)」についても少し調べてみました。


私が鍼灸の専門学校に在籍していたのは2011年4月からの3年間でしたが、施術で最も注意することは気胸(刺鍼により肺を損傷させること)でした。肺に次いで注意する臓器は腎臓であり、動脈などの太い血管も当然注意しなければならないものです。また、乱暴な手技も事故につながる行為です。

施術では解剖学の知識をベースに、患者さまの体格やその時の状態から、刺鍼ポイントの安全な方向と深さを判断したうえで鍼を刺入します。これを守って手技を行えば、刺鍼による事故を防ぐことができます。

一方、鍼通電療法という授業の中では、筋肉だけではなく「神経パルス」という、顔面神経や脛骨神経などに対する施術方法を習っていました。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上記は教科書からの転載です。脛骨神経に対する施術目的(適応)を見ると、『腰部神経根症の放散痛、坐骨神経痛に対して治療対象となる』となっています。
上段右図の右上の★★マークは、3段階の2番目の難易度であるという意味ですので、脛骨神経への施術は中程度ということです。また、下段は膝下部の断面図です。腓腹筋(ふくらはぎ)と深部にある膝窩筋の間に脛骨神経がありますので、ある程度の深さに鍼を刺入する必要があります。

鍼通電療法で最も一般的なものは、「筑波大学式低周波鍼通電療法」です。Wikipediaで調べたところ、種類について、以下のような分類が出ていました。

・皮下パルス(皮下結合組織を対象とする)
・筋パルス(筋組織を対象とする)
神経パルス(末梢神経組織を対象とする)
・反応点パルス(対象を厳格には定めず経穴部、圧痛点などを対象とする)

問題となっている長胸神経は前鋸筋を走行している神経であり、筋肉に鍼を刺入する以上、絶対に神経に当たらないということは言えません。また、当たるとすれば、絶対に傷つけないということも言えないと思います。
「実態はどうなんだろう?」と思い、鍼治療による神経損傷(長胸神経以外を含む)の情報をつかむため、試しに、自由に投稿できる質問サイトを検索してみることにしました。具体的には
Yahoo知恵袋」で【】を検索ワードにして、過去3年間(2014年11月11日-2017年11月11日)について調べてみました。

「質問内容のタイプ」は「方法・やり方」と「理由・原因」で、それぞれ検索したところ、合計で1,041件が抽出されました(ただし、「方法・やり方」と「理由・原因」両方で抽出されたものがあるため、実際の数は1,041より少ない数です)。

そして、この総数に対し、ある条件で整理したところ、5件が浮かび上がりました。重複は1つあり、また注射による採血原因の神経損傷を除外した残りの数が5件ということです。
なお、「ある条件」とは、刺鍼における激痛もしくは電撃痛」、および施術後のしびれ」が含まれていることです。

 分かりずらい表なので文章にて補足させて頂きます。

5件のうち、治療目的は「不明」の1件を除き、全て腰痛を含んでいました。また、刺鍼時の痛み3件で、目立った刺鍼ポイントは膝の裏腰部でした。一方、施術後の問題4件で主に腰下肢になります。また、5件のうち電気バリ(鍼通電療法と思われる2件でした。
全体的な印象としては、腰神経叢から出て、大腿後面、膝裏を通り足に達する坐骨神経(膝よりやや高い位置で外側へ向かう総腓骨神経と内側に向かう脛骨神経に分岐)が、特に注意を要する末梢神経ということがわかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは実際の解剖写真です。これを見ると坐骨神経は1本ではなく、2本になっていることが分かります。膝よりやや高い位置で、1本は外側へ向かう総腓骨神経に、もう1本は内側に向かう脛骨神経に分岐することになります。


次に病院で医師が行っている「筋肉注射」について調べてみました。
以下に書かれた手順は「臀部上方外側中臀筋部:片側臀部上外1/4の部位」であり、『看護技術wiki』さまから引用させて頂いたものです。

 

臀部上方外側中臀筋部:片側臀部上外1/4の部位の場合 
①患者さんに説明を行う
②うつ伏せになってもらいズボン・下着を下げる
③穿刺部位を消毒をする
④利き手で注射器を鉛筆を持つように持ち反対の手で穿刺部位が張るように引っ張る
※穿刺部位に到達後張っている手を離してもよい
⑤90度の角度で穿刺する
血管や神経に入っていないことを確認する
 ※患者さんの訴え(足のしびれ)+内筒を引いて血液の逆流がないか確認
  血管または神経損傷の疑いがあるときは一度抜きやりなおす
⑦薬液を注入する
⑧穿刺部位をもむ(薬剤によってもまないこともあり)
 ※自分でもむのは困難な部位であるため、看護師にてもむ
  理由 薬剤を早く吸収させる為・硬結を防ぐため・痛みを和らげるためにマッサージする

注射針と鍼灸の鍼は目的も特徴も全く異なりますので、その違いを明確にしなければなりません

下記の表は「注射針」と「鍼」を比較したものです。太く、硬く、切るための機能をもった注射針に比べ、鍼灸の鍼で神経を損傷させることは簡単なことではないと思います

前鋸筋について

 画像出展:「肉単」

淵腋(エンエキ)と輒筋(チョウキン)について

 

画像出展:「新版経絡経穴概論」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この2つの経穴(ツボ)をどんな時に使うのかは様々です。

現代鍼灸では上段の図(「肉単」)に説明されているように、前鋸筋の別名は「ボクサー筋」とのことなので、ボクシングあるいは野球、バレーボールの選手などでは、この前鋸筋の疲労をとって軟らかい筋肉にすることが求められると思います。

一方、東洋医学に基づく鍼灸治療の本をみると、胸脇苦満(肋骨の下部が膨満し、圧迫感があって苦しい状態)や肋間神経痛、呼吸器疾患(肋膜炎、肺炎、気管支炎)などが主治にあがっていました。

まとめ

鍼治療における神経損傷のリスクを回避するために行うことは次の3つだと思います

1.刺鍼ポイントの近辺に太い神経が走行している場合、その走行を把握する。

2.乱暴な手技は絶対に行わない。

3.万一、電撃痛あるいは激痛が起きた場合、神経損傷のリスクを考え刺入を止め、一度抜く。