柳谷素霊1(「脈診と臨床」)

『柳谷は常に、古典に還れ、そして原典を批判し、そこから再出発すべきである、古典は古人の遺言である、この遺言を実際に再現しなければならない、と説いた。しかしこちこちの古典狂ではなかった。鍼灸を科学化することに決して否定したのではなかった。むしろ正しい意味での科学化を主張したのであった。その態度は次のようなものであった。すなわち「鍼灸師は技術者であって科学者ではない。鍼灸術を科学化するためには、科学者の力を借りなければならない。科学者の力を借りるためには、鍼灸術の本質を明らかにせねばならない」と。しかし長い年月の歴史の批判を通って生き抜いてきた古典的鍼灸術を中心にして行くのが当面の正道であり、そしてなお、家伝であろうが秘伝であろうが、たとえ巷のじいさんばあさんの灸点であろうが、効くという事実があればそれも取り入れる必要があり、さらに、「鍼灸学的行き方同時に現代科学的行き方も包含する風にやって行くのがよい」といった立場をとったのであった。』
これは、1985年に出版された「昭和鍼灸の歳月―経絡治療への道―」の中の一文です。

著者:上地 栄
「昭和鍼灸の歳月」
昭和8年8月27日
柳谷素霊先生と岡部素道先生

画像出展:「岡部素道先生追悼」


私は日本伝統医学研修センターの相澤良先生から学びました。その相澤先生は岡部素道先生の最後の内弟子として修業をされ、素道先生のご子息で医師でもあった素明先生からも学ばれました。そして、その岡部素道先生が鍼灸の道に入ったきっかけは柳谷素霊先生との出会いでした。その出会いは次のようなものです。
『東京より避暑に来ていた人物に、東京に結核治療の名人が居ると教えられ、治療を受けに上京した。その名人と教えらえた人物こそ柳谷素霊である。そこで岡部は柳谷の治療を受け、帰り際に、「自分の結核を治すだけではなく、他人の結核を治療するようなことをやってみてはどうか」と勧められる。帰郷後、岡部は不動産を処分して資金を作り、再度上京し、柳谷に弟子入りする。昭和6年12月のことであった。』(「岡部素道の鍼灸治療」より抜粋)
この来歴から、私の施術のルーツは、僭越ながら柳谷素霊先生にあると考えました。そして、柳谷素霊先生のことを勉強したいという思いから、1冊の雑誌と1冊の本を手に入れました。今回のブログは、この「1冊の雑誌」が題材です。
その雑誌とは、「醫道の日本 昭和33年3月号」です。柳谷先生は昭和34年2月(満52歳)で死去されておりますので、その前年、最晩年ということになります。
当初は抜粋や要点の洗い出しを考えていましたが、それでは、正確にお伝えすることができないと考え、全文引用とさせて頂きました。なお、この「脈診と臨床」は昭和32年9月15日(日)東京都千代田区にある日本教育会館で開催された「脉診講習会」の模様を速記録に残したものです。

醫道の日本 昭和33年3月号
醫道の日本 昭和33年3月号

画像出展:「ウィキペディア


「脈診と臨床」
脈診と臨床という題でございますが、もうここにいらっしゃる方は、大体顔見知りの方もあちこちあるようでございますし、また二、三十年も前から脈診の研究及びその実験ということをやられておる方が相当あるんでして今さらここで脈診というのはどういうものだというようなことを、改めてこまかくいうことはないように思いますが、岡部君、竹山君(中段付近を参照ください)のあとを受けまして、私個人の平素やっております脈診並びに臨床についてお話させていただきます。―脈診と臨床という意味は、脈診から導かれた臨床という意味でございますから、そのつもりでお聞き願いたいと思います。

なぜわれわれが脈診を鍼灸の治療のパイロットにするかと申しますと、これは鍼灸を運用するいわゆる鍼灸の臨床のために脈診が必要であるという点に到達したからでございます。御案内の通り鍼灸を運用するその基盤といいますかイデオロギーは―イデオロギーというと大げさでございますが、立場はさまざまあります。どんなものがあるかと申しますと近代の鍼灸の理論では神経性理論と液性理論、これが教科書にも書いてあり、全国の学校においても教えておるところであります、神経性理論に基くところの鍼灸の臨床、あるいは液性理論に基くところの鍼灸の臨床が、実際臨床の場においてわれわれをして、また病人をして満足せしめているかどうか、こういうようなことを一応反省してみたいんであります。神経生理論、液性理論に導かれたところの鍼灸の運用は、いわば科学的な方法といいましょう。一応の解剖学的知識があり、病巣と皮膚受容器の連関が判っておればたやすいのです。血液、いわゆる液性理論などという点に至っては、刺戟点をどこに求めてもいい訳けになります。どこへやっても液性理論の需要に応ずることができます。たとえば原志免太郎博士の腰部八点穴、及び、足の三里穴、これだけで万病にいいんだと、こういうようなことで済むんであります。神経性理論という建前からいきますと、解剖学的な神経の起始、経過、分布領域、脳脊髄神経と交感神経との解剖学的関係における分布状態、そういうことを知ってさえおれば一応の治療はできます。けれどもそれによってわれわれが臨床の場において、その理論通り行って所期の治療成績をあげる結果となっておるかどうかということになると、皆さんもすでに御体験済みのごとく多分に問題があります、というのはその理論通りいかない。いわゆる2+2+3=7というようなトータルが出てこない。こともあるということであります。しからば鍼灸の運用に最も進んだといわれるところのこれらの神経理論並に液性理論の如き近代理論に基く以外に、鍼灸を臨床的に運用するところの方法がないかというと決してそうではないんであります。結論的にいって失礼なのですがいうなれば、鍼灸の運用というものはいわゆるわれわれの古聖人が残したところの原理原則にのっとった案内によってのみ行われるものであるというふうに私は考えざるを得ないんであります。

過去三十年、いや生まれたときからですから五十年、そういう環境とそういう思念とをいだいて参りましたが、その間非常な攻撃といいますか反撃といいますか、ひどい罵詈雑言という言葉があてはまる声や筆を聞いたり見たりして参りました。
しかし私は頑迷固陋[ガンメイコロウ:考え方に柔軟さがなく、適切な判断ができないこと]といわれるかも知れませんがただいま申し上げた通り、鍼灸の臨床を導くものは、古聖人が残したところの診察と治療の方法以外にないと、こう考えておるんであります。たとえばただいまちょっとお話があったようでありますが、痛いところ、あるいはかゆいところ、いわゆる病的違和感覚のあった場合その場所に鍼をする、あるいは灸をすえる。こういう、やりかたは、考へんでもよく、苦労もいらず、勉強も不必要で一番やりいい、治療方法なのです。痛ければそこへ鍼を刺せばいい。ただしその鍼の刺しようが、どういうふうに刺すかということはこれはもう一つ問題でございますが、鍼を刺せばいいことは一番簡単であるということになる。或いはそこに灸を据えればよいまことに簡単です。こういうやりかたは古人はちゃんとやっています。これはもっとも鍼を臨床に使ったころの初歩的な、あるいは古い時代のやり方なんです。皆さんも御案内の通り鍼灸はその九鍼の形の示すごとく発生起源を異にしているとわたくしは考へます。九鍼も初めから考案されたものではありません。毎度同じことを申上げて申訳ありませんが自然発生的成立過程をとっているとわたくしは考へるのです。どういうことであるかといいますと意識以前の行為が意識の対象になり当時の思想とむすびついて九という数になったものと考へるのです。いわばわれわれ人間の意識以前の行動が源泉なんです。これは脈診とも関係があります。わたくしのいう意識以前という言葉の概念内容をちょっと申し上げて御諒解に資します、意識以前ということはわれわれ生命に直接するところの行動ということです。いわゆる生命は不断の流動をつづけています、心臓の如く瞬時も休みません。このような時、空にまたがる生命的な現れの行動、実践ということです。われわれが頭が痛いというときには頭に手がいきます。お腹が痛いときにはお腹に手がいきます。あるいはころぶとすぐそこをなでます。これは教へられたり、考へたりしてではありません。意識しなくてもやります。目がさめているときばかりでなく、眠っておるときでも同じような行動をします。ねむっているときノミが刺すといたします。あるいはアリが刺すといたしますとそこに手がいきます。眠っている御本人は知りません。これは意識以前と申せましょう。今日の学問ではこれを反射といっております。この意識以前の行動即ち、反射的行動が初めて鍼を考え出し、灸を考え出しその実践を反省して、つまり意識して、知識としました。これは同様に按摩もその時代にできたというふうに私は理解すべきであろうと考えております。われわれが脈診というものに対しての考え方も、同じものと考へております。われわれの生命体が、今申し上げた意識以前的な行動として表象された場合、そういう現象に対してわれわれはいかにこれを読みとるであろうかというものの一つにこの脈診があるというふうに私は考えられるのであります。われわれの生野的状態におけるところの生命体の表象というものは、いわゆる表わす現象というものはさまざまといいますか、一石万波を呼ぶていの現象を示しております。

臨床人は昔から患者の、病人の全部を把握しなければならないということを申しておりました。もしも患者の頭のてっぺんから足の指先の爪に至るまでの現象を読み落とすようなことがあったのでは、これは臨床人の資格はないということさえ申しております。そこでわれわれは患者の、いわゆる病人の表わすところの千差万態な現象を、いかにしてこれを把握するかと、いいますと、東洋のやりかたでは望聞問切の形において把握すべしと教わっております。もう一つ、生命体がその内部機構の状態が表に現われる、だれの目にも現象として現われる前に、つまり、われわれの意識以前に、さまざまな調整機構の働きが行われておる過程があり、それが、生理的現象と異った現象として生体に実践されているということもわれわれは教わっております。今日の学問では、たとえば痙攣、麻痺というものを一緒にするとちょっとわかりにくくなりますから、痙攣を例にとりますが、痙攣という現象に対して、古い鍼灸の教科書では運動神経あるいは筋肉自体の異常興奮によるところの収縮痙攣あるいは強直痙攣、こういうようなものであるというふうに規制されておりました。ことに鍼灸の教科書などには、これは私の書いたものも世間様同様に書いておきましたとうりであります。従ってそういう異常興奮の状態にあるところのものに対しては抑制刺激を与える。いわゆる強刺激を与える。これが一般教科書に書いてあるところの痙攣に対する治療の指示であります。そして今の科学から見た場合には、これは前時代の理論であります。なぜかと申しますと、今の科学では痙攣という現象は筋肉のトーヌスが押さえられていて、押えるところのインパルスがはずされたために起るところの現象であるというふうに考えられてきております。筋肉の収縮を押えておるところの遠心的のインパルスがある。これは錐体外路系のものですが、そのインパルスが減退するために筋肉の収縮は抑へられるものがないために興奮して収縮状態をつよめるということなのです。こうなれば、鍼灸を行う場合に、前者の古い学説でありますならば先ほど申し上げましたように強刺激を与えるなぞということはとんでもないことであって、むしろ弱刺激を与えなければならないという結論になります。私がパリのアンバリードの廃兵病院においての経験談があります、―これはすでに発表しましたのでお聞きになった方もあると思いますが、それは切断されたその脚や足趾、その手や手指が痛むという訴へを病院のドクターにするのです。これはこの間ある雑誌の記者が来たときいいましたら、どうもとっくり納得してくれないのです。というのは切断されて無いものが痛いということはどうも考えられないらしいのです。二、三べん同じことをいってもわからぬ人があるんです。というのは、ない手が、ない指が、ない足が痛むはずがないというのです、これが常識なんですネ。現実には切断されて無いのです。ないところの足の趾先きが、あるいは手が手の指が痛むことを訴える。わかりやすくいいますと、たとえば上膞の中途から切断した。これに義肢をはめる大腿の中央部から切断された。これに義足をつけますネ。早い話がその義足の親指の一番目とか、四番目とかが痛くて夜も寝られぬということを病人は医者に訴えるのです。ちょっと考えられないことでしょう。義足、義肢が痛むなんてばかなことがあるか、考へてもみたまえ、神経も何も通っていないものが痛むなんてことは、ありようないではないか、とまアこれが常識なんですネ。ところが現実にその病人は痛くて眠られない、何んとか治してくれと訴へるのです。そういう病人を実は見させられ治療しろと言われたのであります。そのときによくその切断されたところの腿を、足の切断面を見たんでありますが、見ますとその腿の切断面が、これは人間の方ですよ、義足の方じゃない、義足が痙攣したら大へんなことになる。見せものになる。(笑声)切断されたその切断面がふるえている、患者は非常に足の趾が痛いということを訴えているのです。切断面ばかりではありません、股もごくかすかに痙攣している。いわゆる顫の状態を呈しているのです。うっかりすれば、見落とすほど、ほんのかすかに、うごいている。そうしてその患者の訴へはむろんそこが痛いことはいうまでもないが、痛いところはそればかりじゃない。それから腰部、腹部までも痛いと訴へるのです。『痛い痛い、これを何とかしてくれ、国家の為にこうなったわしを国家の要員である医者たる吾等はどうにも出来ないのか』と、こういうわけなんです。この廃兵さんは相当の位の軍人さんであったと見え、まアいばっているのです、この病廃兵さんの治療を私にしろというのです、そこで、普通ならばふるえている、切った切断面、が痛いといっているんだから、そこへ鍼を刺せばよかりそうなものですネ、または手っとりばやくいえば、腎兪、志室、大腸兪、八髎、膀胱兪、環跳穴、あたりへ鍼を刺せばいいわけですネ、そこへ神経がいっているんだからね、ところがその穴の辺を見ましたがとても痛くて、さわるどころでないほど痛いというのです。皮膚にさわっても痛い震動のほどにうごいている。そこでこれは東洋の正統的なやりかたいわゆる脈を見てですね。証をたてて、順序をふんだ方法で、穴を選んでやらねばならんと考えたのです。くっついておる方の足つまり、健脚ですね。左側の足が切断されて無いのだったら右の方の丘墟、外丘の辺をさわってみました、ところが、ここが大変過敏になっているのです、そこで、ここにごく浅く鍼を刺してとどめておいたのです。大体そこへこう刺しまして、鍼を刺したのは浅いんですよ。二、三ミリくらいのものですかね。そうしてじいっと病人が痛いと訴へるふらふらとふるえるやつを脈をとりながらながめていました。ところがだんだんだんだん見た目にもふるえが少なくなり、とどまってきたように考えられる。脈も調って来たように考へられるのです。

それから先ほど腰部にまでさわると痛いといったところに、おそるおそる手でさわってみるとあまり痛いといわない。そのうちに痙攣がほとんど止み、ふるいが動かなくなるほどになったように感じた。で、痛みが軽減してきたでしょうと問いましたら、『痛みがほとんどやんだ。』というのです。こういうことがあったんであります。これは脈診によるところの繆刺の運用であります。私が考えたんじゃないんで、実は古先人の残してくれた治療の方法であります。このようなことは皆さんが病人を扱う場合にも間間あると思うんです。一本の鍼を刺して、その刺激が現代の生理学の教へるところでは閾上刺激でなければ効果はないことになっている。ところがその刺激がわれわれ生体を作っている、細胞、組織によって、たとえば筋肉組織、臓器、臓器も腸、胃、胆嚢膀胱、子宮、そういう臓器臓器によって闥閾刺激、いわゆる閾上刺激と閾下刺激との差があるということが知られているのです。換言すると被刺戟物の興奮性が違うということです。生理的状態においてもこれが真理であります。病体になった場合にはそれ以上の偏差がある筈です。してみればですネ、われわれが鍼灸による刺激を与えることによって病人にいかなる現象が起こってくるか、これは今日の言葉で申しますと生態反応でしょうネ、いかなる生態反応、患者が意識するとせざるにかかわらず、生体に表れてくるかということを、一つも見逃さないように把握すべきであると思うんであります。皆さんもこういうことはしばしば体験なさっていると思いますが、たとえば慢性胃カタルで胃がしょっちゅうつまったように重い。いわゆる胃部膨満胃部圧重の感がある。肩がこる。そうしてその重いような胃がゲップが出ると気持がよくなる。これは按摩さんにもんでもらう。もんでもらうとゲップが出る。しきりにエエイ、エエイとやる人がある。そうすると胃のところが軽くなる。気持ちがよい、気分がよくなる。肩のこっているのもからだもくつろいでくる。こういう経験は按摩をやる人にもやられる人にもよくあると思うんです。鍼でもそういうことはあるのです。鍼を打つ、ゲップが出る。これはゲップということでわかるからいいんです。ところがわからぬ生体反応もあるのです。そのゲップをするというのはどういうことかというと、胃が運動するということなのです。胃が肩をもむことによって肩に刺激を与えられたことによって、胃の蠕動作用が旺盛になったということなのです。今鍼をすると、その鍼をすることによってゲップがでるということはです、鍼によって胃の蠕動作用が盛んになったということなのです。ところがこれも長いこと按摩をやり、実際の患者に相対している方は御案内と思うのでありますが、人によっては棘上筋をもむことによってゲップが出る人がある。夾板筋[板状筋]をもむことによってゲップが出る人がある。闊背筋[広背筋]をもむことによってゲップが出る人がある。肩甲挙動筋をもむことによってゲップが出る人がある。もう少し違った例を出すと、頭のてっぺんをもむとゲップが出る人がある。足の関節部の外側を揉んでもゲップが出る人がある。胸の外側をもむとゲップが出る人がある。手をもむとゲップが出る人がある。この現象は何を示すか。われわれの対象、いわゆる四肢躯幹の表面にある表在受容器並びに筋肉の中、軟部組織中のいわゆる深部受容器といわれる、受信装置であるところのレセプターが受けたインパルスを、内部機構の調整機構によって取捨され、その結果伝達されて胃に到達せしめる。そうして胃の状況を変化させるというふうに結果的には考えるより考えようがないんであります。しかも頭のてっぺんと胃と、胸と胃というような回路をもっている。皮膚のてっぺん、頭のてっぺんと胃というもの、並びにそこの神経の中枢というものをおいた回路をもっているということになるのです。今日の学問においてはこのことが既に知られているんであります。その内容がどうなっているかは不明といたしましてもそうして人人によって違うということは、実のところわれわれはやってみなければわからない。
例へば天髎に鍼をして胃の蠕動、いわゆるゲップの出る人がある。解谿に鍼をしてゲップが出る人がある。丘墟に鍼をしてゲップが出る人がある。胃兪に鍼をしてゲップが出る人がある。中府に鍼をしてゲップが出る人がある。あるいは肩甲間部に鍼をしてゲップが出る人があるというように、人々によってまちまちであります。私は胆経の丘墟をいじると、ゲップが出る。或る漢方の有名な先生は肺経の中府をいじるとゲップが出る。まだまだ沢山例がありますがね。そういうふうに人々によって違うのです。これはレセプターと中枢と胃との回路が各々あるということです。それで慢性胃カタルにおいて胃が重い。胃カタルというのは蠕動が悪いから消化が悪くなるわけでしょう。それを消化をつければいいわけです。蠕動をつければいい。そうすると鍼をする場合そういう胃に対してどこにやればいいのか、胃の兪だから胃兪にやろうか、胃にあたるから中脘にやろうか、胃と関係のある神経の伝導からいくと脊髄の両側コースをねらえばいいだろうか。ヘッド氏帯の六なり八、九あたりをねらえばいいだろうか。ヘッド氏帯理論からいえば深く刺す必要はないでしょう。深部知覚を利用しようとすれば、大かた小野寺氏臀点あたりを使えばいいでしょう。それでいかないことがある。うまくゲップが出てこない人がある。それなのにとんでもなく離れている丘墟で出る、丘墟で出るからいつも丘墟でゲップが出るかというとどっこいそうはいかぬ場合がある。いかないのが当り前なんですとわたくしは考へています、西洋の医学即ち、医科学は一般性をとります、一般性つまり普遍妥当性を求める訳けです。普遍妥当性のないことは科学でないといえます。それに比すれば東洋の学問の基礎は伸縮する原理にあるようです。伸縮する原理というと変な言ひ方ですが、個々に最適ということであります。
甲は甲、乙は乙、丙は丙として全体的に把握し、全体に扱うということであります。甲と丙との共通点を目標としてわれわれが手当をしようというのではないのであります。これが真の医学であり、証の医学であり、いわゆる隋証療法指示の医学サイエンス・オブ・インデケイションの医学であります。
こういうような点からいきまして脈診というものをかえりみますると、以上申し上げたことからもこういう結論がいえると思います。即ち脈とは生態反応の一部分である。又は病態生理学的一反応であるといいきれるでせう。病気になりますと、病気であるというしるしである症候が出てきます、そのしるしの一つが脈証です。病名を問はず、同じ脈証を示すということは、その脈を示す内部機構になっているのだと見做されるからであります。けれども、それは健康体は比較できるはずです、だから健康な脈を会得しておく必要があります。従って原南陽先生[江戸時代中期-後期の医師。京都にでて山脇東門,賀川玄迪にまなぶ。のち常陸水戸藩医。わが国最初の軍陣医学書「砦艸」をあらわした]が彼の著書に書いてありますように、まず自分の脈をとって三年、それからあとでなければ人の脈をとるべきでないと書いてあります。もう一つ、これは名前は忘れましたが、脈は手にふれたそのとき、思慮を用いる前に触知したことで決定する。あれこれと思いまどうならばそれはそういう脈になっちゃうというております、このことはいま申しましたわれわれの判断以前、意識以前の行動ですね。生物の実践や行動は直観といわれるようにきわめて直観的に、客観的なものをつかむということなんです。主観が正しい客観を把握するということは、主観と客観が合一になって可能なのです。このことは皮膚の内で行はれているわれわれ生物の調整機転ホメオステシス Homeostasis に見ます、本能といわれるものが現代医学では「連鎖反射」とも見られるとの説がありますが、これは意識以前のはたらきです、本能的な客観の把握は練熟した反射作用です。東洋ではこれを「直観」というのです。東洋の学問はこのような基礎のうえに立っております。
脈診という行為は、このような立場から要請されています、中茎陽谷が「切脈一葦」に「専ら心を指下に留め、言うこと勿れ、観ること勿れ、聴くこと勿れ、嗅ぐこと勿れ、思うこと勿れ、是れ脈をするの要訣なり」というています、これは意識以前の体験をまず確かなものとしろということなんです。百錬自得ですネ、そこで脈のとり方は、直観的に行うことが東洋的になるんです、初めは感得したものを第一にしろ。それをもってきめる。あとは実習か実験があるそうですが、それはこうやっているとわからなくなってしまう。これは浮か沈かわかるだろうといっても、やっているうちにどれが浮だか、どれが沈だかごちゃごちゃになっちゃう。そのうちに二十四脈も区別があるでしょう。これがごちゃごちゃになってしまう。まずそっとこう見て、そうしてそのときに了徳した脈をもって虚実を決める。これは見方ですね。そこでわれわれが臨床上において今申した通り―さっき誰か御質問があったようですが、標示法でやるか本治法でやるか、どっちをとるべきかといいますと、これは内経をごらんになれば分かるとうり標示法を先にする場合、本治法を先にする場合があります。が病気、病巣、症状の部に近きところからやるか、病状の部より離れたところからやるかということを私は学生などには病巣の部より離れたところからやる。それから病巣あるいは病気と感ぜられておるところへやれと、こうまあ教えております。そしてこのような遠達刺戟を経絡に基づいてやるのでいわゆる経絡治療といわれておるところの療法をとっておるというわけです。
そして、臨床上我々は日常経験する対象は病態の状態にある病人であるということです。健康人には有るべきものが、無くなったり、無い筈のものが、有るようになるということです。こういうことは結果論的ではありますが、現象的にはこういえるのであります。脈もこのようなものであります。これを前提として考へてゆきたいと存じます。
脈は、生体反応の現われであり、しかもこれが意識前の生命以診体の表現であるというふうなことが一応納得がいただけるならば、その脈を見て―まあ一応脈を見ると何かを諒得します、その脈を知っておって今度は鍼を刺してみる、ここで、刺鍼の前後にどういう相違があるかということをわれわれは克明に検査しながら行う必要があると思うんであります。そうでないと鍼のおもしろみというものもわからぬし、それから病気、病態がどういうふうに進行していくかということもわからない。今私が扱っている患者で、医者の診断では心臓といわれ、症候は背がむくむ、足がむくむ、そして脈を見ますと不整脈です。数が多い、欠滞のような脈を示すこともあります。非常にとりにくい脈証でございましたが、脈証によって水虚証と診見まして、まあこれは水の陰虚証ですから腎の虚証ということになります、こうなれば、もうこのツボは要穴の模式できまってくるんでありますから、あとは鍼を刺してその脈状に変化が出るか出ないかを見るだけのことなんで、鍼をどこえ刺すかということは、もう皆さん御案内の通り陰谷、復溜、陰谷は膝です。復溜も足ですが、そこへ鍼を刺してとどめておく、つまり補するという意味から、そして又、脈を見る。その脈が数の上から百グライあったのが九十になれば、これは病的脈状から健康的脈状の方向に向かって回復しつつあるということがいえる。

もう一つは脈のリズムの問題、調律の問題、これがどうなってくるかこないか、乱調子であればこれはいけないわけです。からだがいけないから乱調子の脈が出てきた。それをからだの状態をよくするような意図のもとに鍼を刺したところが、脈そのものの乱調子が漸次正しい律動をおびてきた。調健が回復してきたということは、からだそのものの機構が、内部機構がよくなってきたということでしょう。このようにして鍼を刺してみては脈を診、鍼を刺しては脈を診るというふうに何べんもやっていくうちにだんだんとなるほどこれはおもしろいなということがわかってくるんであります。鍼を刺すことによって脈に変化がくるということは、結局鍼がごく僅かな刺激とわれわれが考えているにもかかわらず鍼の刺激に対して生体として反応を及ぼしておるということでしょうね。そればかりじゃないんです。われわれ臨床上において患者に鍼をする。そうすると、先生、ちょっと小便にいっています。御不浄を借ります。そういう患者がある。小便にいくということはこれはいいことなんです。小便というものはためておくべきものじゃないんです。あれは出た方がいいんです。小便が出たくなった、といえば、いっていらっしゃい。これもいいことなんです。鍼を刺すとゲップが出る人がいたと同じように膀胱が運動しているわけなんです。直腸が運動をするわけなんです。そのように他の臓器が運動をしているはずなんであります。これも見た方もあると思いますが、フランスのニボイ博士の Essai sur L’ Acupuncture Chinoise Pratique 『支那の鍼の方法』という書物に三部九候の脈を区別し、あるツボに三部九候の脈図をとり、さらにそれに鍼をしてその脈の動揺、いわゆる脉搏の曲線図の変化の研究を報告しています。これはフランスではぼつぼつやっております。そういった刺鍼と穴と脈の関係が書物に出ているのであります。このような研究の方法による鍼の研究はフランスばかりでなく、ドイツでもやっています、今にすばらしい研究が出るでせう、それから三部九候の六部定位の脈の配当ですが、これも我々が日常取っているのと同じように使っています。こっちが左です。これが右の寸間尺で、これが陽でこれが陰です。これはここの脈でありますが、こういうふうに分けて、一部の陽、一部の陰ということを分けて、そうして研究しております。それからもう一つ、脈のとり方もやはり三本指をおいてとっております。フランスのドイツも脈のとり方は全く東洋と同じ。同じはずなんです。同じことをやっているんだからね。同じことをやっていますから寸間尺を定めてとっておるというわけですで、このことは世界に散在する鍼に関心をもっている世界中のドクターは、大部分はことにオーソドックス的に即ち正統的にやっておる、鍼灸というものは全部東洋医学的にやっておるということはいえる。それでないものは異端者であるということになる。

クラクシーにやるのが、正しい鍼灸のいき方である。鍼灸は東洋からでたんですから東洋風にやるのが正しい。従って鍼医は全部東洋風にやるべきなんだという、それはまことに当り前の話なんです。だからわれわれの方が今の西洋の鍼灸の先生方よりは、歴史もあり、研究も多いし、洗練されているので、ちょっと知識も技術も広いわけだと考えていいと思うのです。
そこで最後に申し上げたいことは、今申したように私の脈診というものは、当初に申し上げましたように臨床のための脈診である。換言すると鍼灸の臨床は脈診にパイロットにて、導かれて行き治療の順序をたててゆくべきである。その脈の取りようはさっき岡部君から午前中にお話があったろうと思うが、第一に祖脈を手にすることであります。これはだれでもわかります。遅数の脈ですが、これは数が多いか少ないか、時計を見て一分間かんじょうすれば誰にでもわかる。浮沈の脈ですが、これは浮いているか、つまり、表面にあるか、沈んでいるか、つまり、皮膚から深い部分で触れるかでわかる。脈を軽くさわったとき、重くさわったときによって浮沈はわかるはずだ。これが祖脈ですが、これに虚実の脈の診方、つまり脈搏が力強く感じるか、弱く感ずるかで、虚とか実とかというのです。これは触るか、数えるか、比較すればいいいのでその気になって、脈を診ればだれにでもわかるはずなんです。これから先がめんどうなんです、というのは、古来の脈に関する古典にはさまざまなことが書いてありますからね、昔の本には、まあ異説も出ておりますから、ここまでの脈の診方は現代医学と実は全く同じなのです、これに意味つけすることが、異なっている、がすべてこれらは経験の所産です、そこでわれわれが基いておるところの脈診の方法というものについて、御諒解を得ておきますが、診脉の方法については、明治以降大正、昭和まで生きぬいた実地臨床家の脉の診り方、その経験を基礎としてきたということです、この間、少くとも三十年、五十年とこの脉のことで心をくだき、みずから体験してきた人たちの方法に基いているということなんです、それらをモデルとしてその説をとっているんであります。最近さまざまな脉のとり方を主張する説もあります。ありますがわれわれのとっておるところの立場というものは、こういう体験に基いたいにしえの脉の教えであるということを、この際、この機会に申し上げておきます。鍼灸界の一部分の方々は、このような脉の診り方は独断である。三部九候[三部とは人体の上(顔面)・中(手)・下(足)のことで、それぞれに天・地・人の三部位があり、合計九部位の脈動をしらべることによって病気の所在と状態を知ろうというもの]そのものを分けるなぞは迷信だ。それは非科学的だという人のあることも承知しております。これは、経験医学であるたてまい上あたりまえなことでありまして、科学的解説が出来ないというまでなんだと考へますが私は非科学だとはいいたくないのであります。前科学であるといいたいのであります。評者は更にこういいます。五臓六腑を橈骨動脉部の一部分に配当するなどということはとんでもない非科学だ、迷信だこういわれますが、これも私はちょっと待て、これは前科学にしておいてもらいたい。科学がどういうふうになってゆくかまだわからないんですから、これから先があるんです。先がといったところが何年先になったらわかるか、それは分かりません、そう云う人間がいつ死ぬかもわからないのですから、何年先になるといったって、わかるまで、わからないと云うより仕方がありません、わかるように努力を積まねばならぬのです、これが科学的態度であり、科学を向上させる態度だと考へます。私は以上のように考えているのであります。前科学的であるが故に、やがて解明され得るだろうと、こういうふうに思っております。

でありますから昔の書物、古典又はわれわれの書いた、脉診書を読んでもらいたいというと戸部君が喜ぶでしょう、本が売れますからネ。(笑声)竹山君が東邦医学をやってから二十五年、三十年近くになるでしょうが、それに多くの人々が書いています、それをどうかまず病人の上で、患者の上で読んでもらいたい。あれを読んだだけじゃだめなんです。三部九候と聞いただけでも非科学なんだ。原理を現象におきかえてそのものを読んでもらいたい。現象として、書物を読んでもらいたい。これは故沢田健先生も常日頃、お弟子たちにいった言葉であると聞いております。病人にあらわるる現象を読んでもらいたい。現象の類別がいわゆる五行の横の系別化、あるいはそのプロセスと私は考へている、縦の系別、あの陰陽五行のいわゆる五行の色体表なぞというものも、いいかげんなものだといえばそれまでなんです。が、実はそうではない。生きた人間、生きた生物の現象においてわれわれが見た場合には、個々の類型を見ることができるし、個々にその臓器と臓器との相互関係に前後関係がある。プロセスがある。段階があるということをわれわれは見ることができるんであります。だから望聞問切というものは便宜上四つに分けてありますが、これは実は一つのものなんです。脉診においてさまざまな脉を区別するが、これは煎じつめれば祖脉に帰るでしょう。祖脉、虚実の脉に帰るでしょう。その個別がいわゆる二十四脉あるいは二十六脉、三十八脉というふうに古書に書いてあるさまざまな脉が出ているわけなんであります。これは著者経験の所産なんです。何にしてもわれわれが実際の病人を見る場合には、その病人が示すところの生態反応がいかなるものであるかをすみずみまでとらえるということの努力を忘れてはならないと思います。もし、その努力を欠いて患者に対する鍼医があったとするならば、これは鍼立てであって私はほんとうの意味の鍼医ではないと思うんです。われわれの病人を見る態度というものは、そのような態度でなければならないと思うんであります。そのような態度で脉を見る。また、鍼を刺すことによって次に起るところの病人にあらわるる現象をつかんでみようと努力するとき、その病人が、新しい知識と新しい体験をわれわれに教えてくれるものと私は考えて、日日の臨床に携っておるようなわけであります。
話が非常に抽象的というか、漠然としてとらえどころがないと思いますが、後ほどまた何か質問のときに補足させて頂きたいと思いますので、一応ここで脉診と臨床ということについての私の話を終わりにしたいと思います。御清聴感謝いたします。(拍手)

付記

東洋医学概論の教科書では、祖脈に関して次のような説明がされています。

『最も基本的な脈状であり、その定義も極めて単純である。臨床でも最低限区別できなくてはいけない脈状であり、特に六祖脈( 浮・沈・遅・数・虚・実脈 )は八綱弁証の六綱(表・裏・寒・熱・虚・実)と対応しており臨床意義は非常に大きい。脈象は病の本質を示していることが多く、祖脈の習得は病態の把握や誤診・誤治の予防に意義深い。』