運動イメージ法

アルヴァロ・パスカル・レオーネ先生は2017年10月にアップした“うつ病治療(TMS)”に登場していました。そのパスカル・レオーネ先生は、自称“狂”の字がつくほどのサッカー・プレイヤーとのことです。

脳の中の身体地図
脳の中の身体地図

著者:サンドラ・ブレイクスリー、マシュー・ブレクスリー

出版:インターシフト

発行:2009年4月

今回のテーマはイメージトレーニングに関するものですが、イメージトレーニングは40年以上前からありました。筑波大学の大学院に進学された先輩からの依頼で、下級生だけだったように記憶していますが、多くのサッカー部員がデータ収集のために協力し、指示された方法で置かれたボールを蹴る(プレースキック)という行為を繰り返し行ったということがありました。

当時、積極的に取り入れることのなかったイメージトレーニングですが、今回の本を読んで非常に有効なものであることが分かり、少し後悔するとともにブログにアップしたいという気持ちになりました。

熟練の技と脳 

アルヴァロ・パスカル・レオーネはハーバード大学医学部神経学教授で、ボストンにあるハーバード大学の教育病院、ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターの非侵襲的脳刺激センター所長の任もある。スペインはバレンシア生まれで、母国ドイツとアメリカで教育を受けた後、1997年にハーバード大学の教授陣に加わった。強力な電磁石を使って脳を調べることが目的だった。

彼が使用している検査技法は経頭蓋磁気刺激法、略してTMSという。一端に数字の8の字形のコイルが付いた重いスキャナを、彼は巧みに操作する。このスキャナをボランティアの頭皮にあてると磁場が生じて、それが皮質自体の2、3センチ下に微弱な電流を発生させる。脳を遠隔操作で探り、スキャンできる魔法の電極のようなものだ。ワイルダー・ペンフィールドがこれをみたら、どれほどうらやましがることか。

TMS磁石を使って、たとえばボランティアの一次運動マップにある足首の領域を刺激したら、どうなると思う? 高出力では、ちょうどペンフィールドが彼の患者たちについて報告したように、足首に単収縮を誘発する。低出力では単収縮はみられないこともあるが、それでも影響は及ぼす。出力を下げても、ホムンクルスは、TMSコイルが“ピッ”と刺激を出すたびに、足首の筋肉に信号を送り続けているからだ。この信号は完全な単収縮を誘発する閾値には届かないのだが、筋肉はほんのわずかに緊張して反応を示す。この緊張を、皮膚にテープで留めた電極で測定するわけだ。パスカル・レオーネはこうしてボランティアたちの一次運動マップ周辺を調べて、ホムンクルスの足首の領域、肘の領域、首の領域など、ありとあらゆる領域を見つけ出しているのである。

ホムンクルス
ホムンクルス

ワイルダー・ペンフィールドが作った“ホムンクルス”

画像出展:「脳の中の身体地図」

パスカル・レオーネがとりわけ関心を抱いているのは、TMSを使って、脳が新しいスキルを学習したときの一次運動マップの変化を調べることだ。「何をしても、何かを考えただけでも脳は変化する」と彼は言う。新しいことを学習するたび、つまり、脳が長期間記憶する価値のある経験だと判断するたびに、細胞間に新たな接続が出現し、既存の接続が強化される。このプロセスを可塑性という。

自称“狂”の字がつくほどのサッカー・プレイヤーで、“熱心”なテニス・プレイヤーでもあるパスカル・レオーネは、身体的練習による脳の変化を調べることにした。具体的に言うなら、スポーツや楽器のスキルが向上すると、運動マップに何が起きるのだろう?

1994年、彼はそれを突き止めるための実験に乗り出した。ボランティアのスクリーニングを行って、楽器を演奏したこともなければ、タッチタイプを習得してもいない、右利きのボランティアだけを被検者として採用した。このスクリーニングを経てアメリカ国立衛生研究所の運動制御研究部門を訪れた被験者を対象に、パスカル・レオーネは連続五日間の実験を実施したのである。被験者には、コンピュータに接続されたピアノの鍵盤で五指のエクササイズを行うように指示した。こんな具合だ。親指、人差し指、中指、薬指、小指、薬指、中指、人差し指、親指、人差し指……繰り返し。ひとつひとつのキーを押す間隔と長さが一定になるように特に注意しながら、この指の運動を滑らかに、しかも、ミスタッチなくできるようにしろというわけである。それも、メトロノームが刻むリズムに合わせてかなり速いテンポで弾くことを要求した。

トレーニング開始前に、彼はTMSを使って、被験者の左半球(右手を統御する)にある指のマップの大きさを測定した。それから毎日、二時間ずつ練習させて、五指のエクササイズを20回、間違わずに繰り返せるか試験した。被検者たちはみな、日を追って上達していった。

皮質の指のマップを毎日測定し直したところ、驚くなかれ、一本一本の指の筋肉群のマップが著しく増大していた。身体的練習はピアノの演奏という新しいスキルの習得にかかわる脳のマップを、間違いなく拡大させたのだ。こうした可塑的再マッピングは、ギターの演奏であれ、ゴルフやテニス、野球、ダンスであれ、新しいフィジカル・スキルを学習したり向上させたりするときに必ず起こるものである。

ここまでが実験の第一段階。翌週は、被験者を二群に分けた。一群には毎日の練習をさらに四週間続けさせたが、もう一群はここで練習終了とした。すると、練習を中止した群では、指のマップが一週間で練習前の大きさに戻ってしまった。しかも、練習を続けた群でも、演奏は上達し続けている一方で、マップが小さくなった。なんとも奇妙な要領を得ない結果ではないか。マップは練習しないと収縮する。しかし、練習しても収縮するのだ。これをどう解釈したらよいのだろう?

パスカル・レオーネによると、どんなスキルにかかわるマップ―筋肉に動作の指令を送るマップ―も、身体的練習によって再編成される。練習を始めたばかりの初期の段階では、まだ初心者なので、能力を最大限まで高められる接続パターンを探して強化しようと、神経の再配線が活発に行われる。そのせいで、指のマップが拡大するのだ。そこで練習をやめると、指のマップは適応する気をなくして、元の大きさに戻ってしまう。ところが、長い期間、練習を続けると、マップが長期的な構造変化の新たな段階に入る。すると、早い段階で形成した神経接続は不要になる。それで整理統合が起きるのだ。マップの基本回路にスキルがうまく組み込まれて、プロセス全体の効率がアップし、自動化が進むのである。

こうしたことすべてに、もう一段上のレベルがある。そこまで行けば、真の熟練の技、名人芸だ。複雑な運動スキルを、絶えず完璧を求めつつ、長年にわたって来る日も来る日も練習していると、運動マップが再び拡大し始める。たとえば、ゲイリー・グラフマンのようなプロのピアニストは紛れもなく、手と指のマップが拡大している。彼のマップが平均より大きいのは、研ぎ澄まされた神経配線がぎっしり詰まっているからだ。それが彼の十指すべてのタイミングと力と運指の精緻な(それも苦労して手に入れた)コントロールの源となっている。イツァーク・パールマンのようなバイオリニストも大きくなった手のマップを持っているはずだ。ただし、片手分だけ。彼の弦を押さえる手をコントロールする手のマップは、確かにピアニストのそれのようである。しかし、弓をもつホムンクルスの手は、少なくとも肉眼で見る限りは、音楽家ではない人々のそれと大差ない。そう、彼の弓を持つ手はもちろん器用だ。しかし、協調運動のレベルでは弦を押さえる手にはとうてい及ばず、マップも普通以上には増強されていないのである。

熟練の技に関しては、もうひとつ興味深い事実がある。複雑なスキルを徐々にマスターするにつれて、そのスキルに必要な“運動プログラム”が前頭皮質の高次領域から低次領域へ、皮質下の構造へと次第に降りてくるのである。社交ダンス教室に入門したての男性を想像してみよう。初心者の例に漏れず、彼も初めは下手くそだ。レッスンを始めてから最初の数回は、ダンスに関連した運動の組み合わせを、補足運動野などの高次運動野で処理している。この補足運動野はあらゆる複雑きわまりない。絶えず神経を張り詰めていなければならないのだが、それでも何がなんだかわからなくなってしまうことが多い。

しかし、音を上げずに数か月がんばっていると、動きがずいぶんと滑らかになってくる。この頃になると、ダンスを踊るのに補足運動野はあまり使わなくなっている。今では、彼が使っている運動指令のシーケンス(組み合わせ)の多くが、皮質の階層を下って、主に運動前野に降りてきている。彼は優秀なダンサーになりつつあるのだ。フレッド・アステアとはいかないものの、ダンスの基本にばかり気をとられずに済むようになった。失敗もずっと減った。運動シーケンスをいくらでも即興で延長できるようにもなった。

何か月も、さらには何年も頻繁に練習を重ねるうちに、ついには、運動前野がダンス関連の数々のシーケンスを一次運動野に委ねるときがくる。今なら掛け値なしに上手なダンサーと言える。ダンスが彼の基本運動マップの運動プリミティブ(訳注:最小の運動基礎単位である原始的な運動パターン)と密接に結びついたからだ。ダンスが本当に、彼という存在の一部になったわけである。』

運動イメージ法だけがマップを変える

『ウィークエンド・アスリートであるパスカル・レオーネは、メンタル・プラクティスとスポーツの関係に興味心身だったそうだ。「スポーツ観戦が好きな人なら誰でも、アスリートたちがさあこれからというときに、メンタル・リハーサルをしているらしい様子を目にする機会があるはず」と彼は言う。「バスケでフリー・スローを決めようとしているときや、スキーの回転競技で今しもスロープに飛び出そうと身構えているときがそれ。行けるぞという気になるまで、心の準備をしている」のだそうだ。

大勢の有名音楽家たちも同じことをする。ウラディミール・ホロヴィッツはコンサート前に、運動スキルが損なわれないよう、メンタル・プラクティスを行った。愛用のスタインウェイ以外のピアノからのフィードバックが、彼にとっては苛立ちの元だったからだ。遊び人で大の練習嫌いだったアルトゥール・ルービンシュタインは、ピアノの前に座っている時間を最低限で済ませようと、メンタル・リハーサルを活用していた。七年を獄中で過ごしながら、毎日頭の中で練習を続けたあるバイオリニストは、出所したその夜に非の打ち所のない演奏をしてみせた。けがをしたバレリーナがスキルを維持するために、床に寝そべって、バレエのステップを指でさらうのは周知のとおりである。

そこで、パスカル・レオーネも、例の五指のエクササイズの実験を、ある特殊な形のメンタル・プラクティス、つまり運動イメージの内部形成と併用して、再度行うことにした。

イメージはさまざまな形をとるので、まずはそれを区別しておくことが大切だ。物体をイメージするのがどんなものかは、ご存知のとおりである。目を閉じて、カバを思い描いてみよう。次はベリー・ダンサー。これが視覚イメージだ。あなたは今、傍観者の立場にある。視覚イメージは視覚認知を司る脳領域を働かせて、目で見たことのあるものの画像的記憶を呼び覚ますのだ。

運動感覚記憶ともいう運動記憶は、運動をイメージするプロセスである。自分が黒板の字を消しているところ、名前を書いているところ、あるいは皿洗いをしているところを思い浮かべてみよう。今のあなたは行為者である。事実上、頭の中で運動を行っている。心の中の目ではなく、むしろ、心の中の身体を使っている。運動イメージは身体の曼荼羅の一部、たとえば運動計画や固有感覚にかかわるマップを使用する。心の中の行為をしているという感情を刺激するのである。

パスカル・レオーネの新しい被験者たちは、前の実験と同じ設定で、一日二時間、週五日を、五本の指でピアノのキーをたたいているところをイメージして過ごした。実際に演奏しているように、それぞれの指の運動を心の中で反復するように指示された。指を鍵盤の上で休めるのは構わないが、鍵盤から離すのは厳禁という条件も付いた。

その成果には驚かされた。一週間の運動イメージ練習で、身体的練習とほぼ同じレベルのボディ・マップ再編成に至ったからである。運動皮質にとっては、実際に行った運動もイメージした運動もほとんど変わりがなかったのだ。

この“ほとんど”というところがミソだ。運動のメンタル・リハーサルを行うと、実際には運動していないのに、運動を制御する脳領域が、ひとつを除いてすべて活性化される。ダーツを投げているところをイメージしても、身体は動かない。ピアノを弾いているところイメージしても、筋肉は静止している。つまり、運動イメージは、運動がリアルタイムで行われているかのように脳の運動機構が展開している、オフライン作業と言える。寝室に行くところをイメージするには、実際に寝室まで歩いていくほどの時間がかかる。重い箱を抱えていると想像すれば、その分、もっと時間がかかる。走っている自分をイメージすると、呼吸が速くなって脈拍も上がる。一日十分、小指の運動をイメージすれば、四週間後には、小指は最大五倍の強度を持つことになる。

スキルのレベルがどうあれ、コーチとアスリートなら、これを無視する手はない。さまざまなメンタル・プラクティスが有用であることに疑問の余地はないが、身体的練習と同じようにボディ・マップを変えられる方法は運動イメージ法ただひとつだ。視覚イメージ法(傍観者の観点からのイメージ)、リラクゼーション、催眠療法、アファメーション(訳注:潜在意識を利用したメンタル・トレーニングで、自分はこうありたいというイメージを既に実現しているものとして肯定することにより能力向上を図る方法)、祈りなどのメンタル・プラクティスはそれぞれにいろいろな形で役立ってくれるが、運動マップを変化させはしない。ストラウブのダーツの実験で、最も成績が向上したのは運動イメージを行った学生だったことをお忘れなく。』

まとめ

1.脳の細胞間に新たな接続を出現させたり、既存の接続を強化したりするには、脳が長期間記憶する価値のある経験だと判断することが必要である。(漠然と行うのではなく、目的と意志をもつことが大切)

2.運動イメージ法を目的と意志をもって継続していくと、運動マップの整理統合が進み、難しかった動作がスムーズな動作に変わる。これを追及し続けるとやがて“熟練の技”の域に達する。

3.視覚イメージ法、リラクゼーション、催眠療法など、さまざまなメンタル・プラクティスがあるが、身体的練習と同じようにボディ・マップを変えられる方法は運動イメージ法だけである。

戯言

もし、今、サッカー選手だったら、運動イメージ法を利用し、ディフェンダーを混乱させるような“熟練の技”を身につけたい。まず、いくつかのシュートパターン(ポジション、相手の位置、パスコース、キックの種類など)を絵と言葉でシートに起こし、空いた時間に運動イメージ法に取り組む。そして、グランドでのシュート練習やゲーム形式の練習の時に、最も近いシュートパターンを脳に語りかけ、リアルとバーチャルのハイブリッドで自分のプレーをレビューする(何が良くて、何が悪かったか)、そして、“継続は力なり”の原則を守り、運動イメージ法の質とリアルのプレーの精度を合わせ技で高めていく。

画像出展:「GAHAG