鍼通電療法を検討する(後編)

鎮痛効果のメカニズム
添付した図は「鍼通電療法テクニック 運動器系疾患へのアプローチ」のp29図4-1(鍼の鎮痛メカニズム)に一部加筆したものです。①~⑦まで番号をつけていますので、この番号に沿ってご説明をします。なお、この鎮痛メカニズムは通常の通電を用いない鍼治療についても同様です。

以下に説明を付けています。
鍼の鎮痛メカニズム

①ポリモーダル受容器
受容器とは外部からの刺激を受け、その感覚を脳に伝える受付係のような役割をもったものです。
マッサージでは皮膚を撫でたり、押したりします。怪我した時などは氷で冷やします。また、足が冷たくて寝つかれない時は湯たんぽなどで温めます。
このように外部からの刺激には色々な種類があり、それに反応する受容器の多くは皮膚や筋肉内にあります。そして、刺激によってタイプの異なる受容器が存在しています。
図に出ている「ポリモーダル受容器」の特徴は皮膚、筋はもちろんですが、それ以外に腱、靭帯、骨膜などにも存在しています。また、刺すような刺激(機械刺激といいます)の他、熱の刺激にも反応する受容器で、機能的にも非常に汎用性の高い受容器です。つまり、鍼の機械刺激にも灸の熱刺激にも反応するため、鍼灸にとって最も重要であると言われています。

②感覚神経から脊髄へ
刺激を受けた受容器は刺激を電気信号に変換します。そして、脳へと繋がる道である感覚神経に渡されます。この後、電気信号は脊柱(背骨)の中で手厚く守られている脊髄に渡されるのですが、そこまでの道である感覚神経は末梢神経の仲間です。なお、脳から筋肉などに向う運動神経や血圧調整など人が意識することなく機能している自律神経も末梢神経に含まれます。

③脊髄から脳へ
電気信号は脊髄の後根を入口とし脊髄内部に入っていきます。脊髄は脳と同じ仲間の中枢神経ですが、脳の作りとは異なり、内部に灰白質と呼ばれる神経細胞群があり、周りを白質と呼ばれる神経線維が存在しています。そして、周りの神経線維群は電気信号を伝えるための道になっています。「鍼刺激」が変換された電気信号は、前側索エリアを通る脊髄網様体路の中を通って脳に向います。

④脳で起きていること
脳側の入口は脳幹です。脳幹は延髄・橋・中脳を含んでいますが、上方には大脳があり背側には小脳があります。脳幹には生命の維持に重要な呼吸、循環、排尿などの自律神経を調節する自律神経中枢が存在しています。また体性神経(感覚神経+運動神経)および内臓からの求心性情報がインプットされ、さらに大脳からの下行性情報もインプットされます。そして、脳幹の自律神経中枢はこれらの情報を統合し、様々な器官の機能に影響を及ぼします。
脳幹は間脳と共にホメオスタシス(生体の恒常性維持)調節の中核といえます。体表に現われた不調や問題個所を鍼灸で刺激することは、脳幹・間脳のホメオスタシス調節に働きかけます。そして身体を偏りのない健康状態に整えます。このことは鍼灸治療の狙いである「自然治癒力を本来のあるべき姿に戻す」ということに通じるものではないかと思います。

⑤下行性痛覚抑制系
中脳中心灰白質は第3脳室と第4脳室を結ぶ中脳水道(脳脊髄液の通路)を取り囲む神経細胞の集まりで、延髄の大縫線核や傍巨大細胞網様核とともに下行性疼痛抑制系の起始部です。また、体性神経や自律神経系、視床下部などの上位中枢と機能的に密接な連絡をしています。

⑥視床下部
視床と視床下部を合わせて間脳といいます。間脳は中脳の前方に続く部分で左右の大脳半球に挟まれた形になっています。機能的には体温・血糖・体内水分・下垂体ホルモン分泌調整の他、本能および情動行動の中枢が存在します。視床下部-下垂体系はβ-エンドルフィンによる鎮痛作用に関与しますが、内分泌系の中枢でもあるため、鎮痛だけでなく副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)によるコルチゾール(副腎皮質ホルモン)の分泌促進にも関係していると考えられています。

⑦脊髄後角(遠心路)
鍼刺激による情報は、脳内での情報処理を経て様々な器官に向けて発信されます。神経の終末には化学伝達物質と呼ばれる化学物質が蓄えられており、これらの物質が放出されることで情報が伝達されます。例えば、⑤の下行性痛覚抑制系でセロトニン神経とノルアドレナリン神経は鎮痛系の遠心路であり、脊髄後角に投射し痛覚の伝達を抑制します。

麻痺した筋肉への治療効果
今回の1番の検討目的は、片麻痺患者さまの麻痺足の浮腫みを改善する手段として低周波鍼通電療法はどうか。というものでした。鍼通電療法では電気刺激を筋肉へ誘導するものとして鍼が存在しており、刺激量を電流、周波数、時間の3点から客観的、持続的、安定的に刺激を供給できることは大きな利点です。
また、筑波大学の理療科教員養成施設が展開している「筑波大学式低周波鍼通電療法」に関する紹介文章には、筋肉のこわばり(脳卒中後遺症、脳性麻痺)とあり、鍼通電療法の有効性を公に示すものとなっています。

「筑波大学式低周波鍼通電療法」
筑波大学理療科教員養成施設

筑波大学理療科教員養成施設(筑波大学大塚キャンパスは東京都文京区大塚にあります)

注)2017年11月14日:ホームページのアドレスが変更になっていることを知り、新しいものに変更しましたが、ご紹介したかった【「筑波大学式低周波鍼通電療法」に関する文書】を見つけることができませんでした。一方、J-Stageにて以下の論文がありましたのでアップさせて頂きます。 

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鍼麻酔から低周波鍼通電療法まで.pdf
PDFファイル 2.2 MB

結語
繰り返しになりますが、低周波鍼通電療法の利点は「刺激量を電流、周波数、時間の3点から客観的、持続的、安定的に供給できること」と考えます。
これは従来の手法である置鍼、単刺、雀啄などと異なるものではなく、特に短い時間で筋肉を緩める手段として有効な手法だと考えますので、注意点、特にペースメーカーの有無の確認を忘れず、状態、状況に応じて利用することを考えたいと思います。