先月のブログはいずれも「閃く経絡」という本からの題材でしたが、その中で「心」と「腎」の関係について取り上げたのが “閃く経絡(心と腎)” でした。
一方、現代医学の心臓と腎臓の関係、「心腎連関」とはどのようなものか詳しく知りたいと思い、何か良い本はないかと探してみました。そして見つけたのが医学雑誌『腎と透析vol.69 No.4』の “腎臓と心臓の連関メカニズム” という特集でした。この号は2010年10月発行なので最新ではありませんが、この特集のタイトルがドンピシャだったので、内容の難しさは気にせず思い切って購入しました。
出版:東京医学社
発行:2010年10月25日
目次は次の通りです。
特集 腎臓と心臓の連関メカニズム
序説
慢性腎臓病と心腎連関
[総説]
心腎連関の疫学
Cardio-renal anemia症候群
Cardiorenal syndromeの分類―Roncoの分類―
[心腎連関の発症メカニズム]
心腎連関における交感神経系の役割
心腎連関と内皮機能
心腎連関とRAAS
心腎連関と脂質代謝異常
心腎連関と酸化ストレス―慢性腎臓病―
心腎連関とサイトカイン―炎症との関わり―
[各種病態における心腎連関の病態、治療、診断]
心疾患における腎機能障害とその治療
高血圧患者における心腎連関の病態と治療
腎疾患患者における心腎連関の病態と治療
腎疾患患者の心不全の病態と治療
腎疾患患者の冠動脈疾患の診断とその治療―内科的観点から―
腎疾患患者の心血管外科手術
腎疾患患者の適切な貧血治療
糖尿病における心腎連関の病態と治療
[トピックス]
心腎連関におけるアルブミン尿の意義
腎疾患患者の血管病変の診断と治療
目次そのままのまとめ方ですが、心腎連関のキーワードは以下のようなことと考えます。
1.心腎連関の発症
●交感神経(交感神経活動亢進)
●内皮機能(腎局所での血管内皮機能障害)
●RAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系:血圧調整)
●酸化ストレス(活性酸素)
●サイトカイン(炎症)
2.心腎連関と疾患
●高血圧
●糖尿病(糖尿病性腎症)
●脂質代謝異常
●貧血
RAASと血圧調整についてはこちらをご覧ください。
『昇圧系としてのレニン–アンジオテンシン系は単純、かつin vitro阻害評価系が簡便であったことから、食品機能学研究においても多くのACE阻害物質が評価されてきた。しかしながら、本系は昇圧/降圧代謝物が産生される血圧調節系であることが徐々に判明し、かつ代謝物量も各種の臓器疾病(腎不全や心血管障害など)と連動して変化するようである。』
ブログでは、これらのキーワードの中から心腎連関の発症メカニズムとしての「交感神経」を取り上げたいと思います。これは鍼灸治療には自律神経を整えるという直接的な効果があり(後述)、心腎連関という関係性において、鍼灸の効果を考えてみたいと思ったためです。
まずは、特集「心腎連関の発症メカニズム」の最初に掲載されていた“心腎連関における交感神経系の役割”をご紹介させて頂きます。
なお、( )内は私が加筆したものです。
心腎連関における交感神経系の役割
東京大学医学部附属病院腎臓・内分泌内科 分子循環代謝病学講座 藤田 恵
はじめに
腎機能障害患者においては、心血管合併症が予後に大きく影響する。一方、交感神経活動が腎機能障害に関与していることが古くからいわれているが、腎機能障害患者における心血管合併症の発症・進展機序にも交感神経活動が関与している可能性が考えられる。腎機能障害・心血管合併症における交感神経活動の役割について、臨床スタディや動物実験の報告を踏まえ概説する。
腎機能障害における交感神経活動亢進
慢性腎臓病において交感神経活動の亢進が最初に示されたのは、1970~1980年代の血中カテコラミン値(カテコラミンとは、副腎や交感神経・脳細胞から分泌されるホルモンで、アドレナリン、ノルアドレナリン[ノルエピネフリン]、ドーパミンなど)の上昇を手がかりとした報告であった。また、腎不全患者において中枢神経抑制薬クロニジン(高血圧症治療剤)投与や自律神経遮断により降圧効果が増強していたという臨床スタディも、腎機能障害における交感神経活動の指標である筋交感神経活動を示した最初の報告は、透析患者において筋交感神経活動亢進を示した成績である。
軽度の腎機能障害患者でも交感神経活動亢進が報告されている。交感神経活動亢進は高血圧や肥満においても認められるが、末期腎不全患者では肥満や高血圧とは独立に交感神経活動亢進が認められるという報告がある。
交感神経活動亢進のメカニズム
上記のように腎機能障害で交感神経活動亢進が認められるが、その詳細なメカニズムについては不明な点が多い。Hausbergらは、交感神経活動亢進は尿毒症の結果起こるのではなく、腎障害初期に腎から中枢へ向かう求心性神経を介して起こる可能性があることを、腎移植患者を用いたスタディで示した。また、Campeseらの報告では、5/6腎摘ラットモデルで求心性神経の重要性が示された。
腎血管性高血圧では筋交感神経活動が亢進しており腎血管形成術(経皮的腎動脈形成術[PTRA]:動脈硬化を予防するため血管を拡張する治療)により、血圧や腎機能とともに交感神経活動が正常化することから、腎虚血は大きな因子と考えられている。また、虚血に伴って生じるアデノシンやレニン-アンジオテンシン系の関与や、末梢に加え中枢でのNOの関与も報告されており、腎機能障害においても関与している可能性が考えられる。いずれにしても、腎機能障害における交感神経活動亢進のメカニズムについては未解明な部分が多く、今後のさらなる研究が必要である。
交感神経活動亢進が及ぼす影響
交感神経活動亢進は高血圧の増悪に加え、腎臓、心血管に悪影響を及ぼす。交感神経活動亢進が動脈硬化を進展させるという報告は多数あり、実際、カテコラミンは血管壁の肥厚をもたらす。動脈硬化は当然、腎機能障害の増悪・進展につながる。また、ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)は心筋細胞の肥大にも寄与し、心交感神経活動は左心肥大に関与していると報告されている。さらに、交感神経活動亢進は不整脈の発症にもかかわっている。すなわち、腎機能障害において交感神経活動亢進は、血圧のみならず臓器障害に直接関与し、予後に影響を及ぼすのである。実際、血中ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)値が末期腎不全患者における生存率と心血管イベント発生率の予測因子となるとする報告もある。
交感神経活動抑制をターゲットとした治療
以上のように交感神経活動亢進は、腎機能障害において非常に重要な役割を果たしており、交感神経活動の抑制が予後改善に有効であると考えられる。実際、1型糖尿病患者や本態性高血圧患者で交感神経抑制薬モキソニジン(交感神経遮断抗高血圧薬)がアルブミン尿(後述)を改善した。動物実験でも交感神経抑制薬投与や腎徐神経が、交感神経抑制とともに腎機能改善効果を示した報告が多数認められる。近年、治療抵抗性高血圧に対し、カテーテルによる腎交感神経焼灼術(後述)を行い奏功したスタディが報告されており、今後の発展が期待される。
おわりに
交感神経活動は、腎機能障害、さらに、それに伴う心血管合併症の発症・進展において重要な役割を担っている。今回概説した内容をまとめた図(腎機能障害における交感神経活動の原因と結果)を示す。交感神経抑制により腎機能障害患者の予後改善が期待される。交感神経をターゲットとした新たな治療戦略が有効と考えられ、今後のさらなる発展が期待される。
脳の中に明記されている「NOS」とは「一酸化窒素合成酵素」になります。
画像出展:「腎と透析Vol.69」
整理するとポイントは以下になると思います。
●腎機能障害における交感神経活動亢進のメカニズムについては未解明な部分が多く、今後のさらなる研究が必要である。
●腎機能障害において交感神経活動亢進は、血圧のみならず臓器障害(動脈硬化、心筋肥大、不整脈)に直接関与し、予後に影響を及ぼす。
●交感神経活動亢進は、腎機能障害において非常に重要な役割を果たしており、交感神経活動の抑制が予後改善に有効であると考えられる。
また、交感神経抑制の方法として、「腎交感神経焼灼術」という治療法が出ていました。
そこで、この腎交感神経焼灼術について調べてみると、焼灼術、アブレーション、デナベーションという言葉が引っかかりましたが、アブレーションは「取り除くこと、切除すること」、デナベーションは「徐神経」という意味なので、これらはいずれも「腎交感神経焼灼術」を表すものだと思います。
こちらは、京都府立医科大学附属病院さまの高血圧患者さま向けの治験(腎デナベーション術)のパンフレットで、簡潔で分かりやすい説明に加え、検査項目や治験の方法についても書かれています。
※こちらをクリックするとPDF資料が表示されます。
世界初「腎-脳-心臓」連関:腎臓から心臓を治療する 2017-08-22
『東北大学大学院医学系研究科循環器内科学分野の下川 宏明教授の研究グループは、冠動脈ステント治療後に治療部分近くに生じる冠攣縮反応に対して、カテーテルで腎動脈交感神経を除去する治療が有効であることを世界で初めて報告しました。』
※PDF資料をダウンロードするボタンが記事の下にあります。
以上の資料やサイトを拝見すると、腎デナベーション術は、期待は高いがまだ熟成されたものではなく、これから発展していくものだと思います。
腎神経叢
末梢神経が網状になっている神経叢ですが、腎神経叢は腹大動脈神経叢の一つに位置付けられています。画像はいずれも「人体の正常構造と機能」からになります。
その他の情報
1.“血圧変化に反応する筋交感神経活動は、腎臓・心臓交感神経活動と相似である”
この記事は2004年12月と古いものですが、重要な情報だと思います。
『筋交感神経活動は、循環調節の他、重要臓器、特に心臓や腎臓を支配する交感神経活動と相似なのかどうか確かめられていない。これは、ヒトのマイクロニューログラフィー法は四肢末梢神経など、体表浅部の神経にしか適用できないためである。従って、現在までに蓄積された筋交感神経活動に関する多くの知見は、筋交感神経活動に限定されるものか、交感神経活動一般の理解に資するものか、明かではない。』
2.“延髄C1ニューロンを介する抗炎症作用:急性腎不全を例に”
ここでは「急性ストレス」と「慢性ストレス」という考え方が土台になっています。
『我々の生活環境におけるストレスは、急性ストレスと慢性ストレスに大別されます。免疫系において、慢性ストレスは「悪」のイメージが強いのに対し、急性ストレスには「良」の部分があるといわれています。たとえば、日常の運動は心循環器系や呼吸器系に対して急性ストレスとなりますが、定期的に運動をすることで病気になりにくくなるということはよく知られています。急性ストレスに対する生理機能の維持には、自律神経や視床下部-下垂体-副腎系の応答が不可欠です。免疫系では、これらが産生するノルアドレナリン、アセチルコリンや糖質コルチコイドによって過度な炎症の亢進が抑えられることが知られています(図A)。』
『延髄C1ニューロンは拘束ストレスにより活性化し、自律神経や視床下部-下垂体-副腎系の制御の一部を担っています。興味深いことに、延髄C1ニューロンを特異的に除去すると、拘束ストレスによる急性腎不全の軽減効果が消失しました。一方、延髄C1ニューロンを光遺伝学の手法を用いて特異的に刺激すると、拘束ストレスと同様に急性腎不全の軽減作用が認められました。また、延髄C1ニューロン光刺激による急性腎不全の軽減効果は、迷走神経の切断および糖質コルチコイド受容体阻害薬の投与では消失せず、β2アドレナリン受容体阻害薬では消失したことから、交感神経を介していることが示唆されました。』
『自律神経を介する抗炎症作用としてCholinergic Anti-inflammatory Pathway(CAP)が知られています(図B 説明参照)。今回の研究で観察された拘束ストレスによる急性腎不全の軽減作用も、上記の結果からCAPを介していることがわかりました。今後は、この経路の分子メカニズムを明らかにすることで、疾患予防や医療費削減への貢献が期待されます。』
図の説明 (A)(B)
(A) 感染,外傷や虚血によりマクロファージが活性化し,TNF-αやIL-1βなどのサイトカインが放出される。これらサイトカインは,感覚神経の末端に結合し,そのシグナルは中枢へ運ばれる。反射的に,自律神経系(交感神経,迷走神経[副交感神経])や視床下部-下垂体-副腎系が活性化し,それらの系から放出されるノルアドレナリン,アセチルコリンやコルチコステロンが,マクロファージの過活動を抑制する。
(B) 急性拘束ストレスによる,Cholinergic Anti-inflammatory Pathway(CAP)を介した急性腎不全の軽減作用。CAPでは,コリンアセチルトランスフェラーゼ陽性脾臓メモリーT細胞のβ2アドレナリン受容体に脾交感神経からのノルアドレナリンが結合し,放出されたアセチルコリンが近接するマクロファージのα7ニコチン性受容体に結合することで,炎症性サイトカインの放出が制御される。
画像出展:「日本神経科学学会」
ストレスケア・コムさまのサイトに2つのストレスの説明が出ていました。
付記
今回のブログでは血液検査の“クレアチニン”、“eGFR(推定糸球体濾過量)”と同じくらい、尿検査の“微量アルブミン尿”が非常に重要な検査項目であることを知りました。
なお、こちらのサイトには”微量アルブミン尿”に関する詳細な説明が出ています。
ページの最後に【科学も認めるはりのチカラ】という冊子(PDF版)が紹介されており、ここに鍼の自律神経に関する効果について説明がされています。