パーキンソン病-進化する診断と治療【治療】

『パーキンソン病-進化する診断と治療-』という特集は【座談会】で始まっています。【治療】は4番目であり、掲載されていた寄稿は次の6つです。
●新しい薬物治療
●脳深部刺激療法(DBS)
●遺伝子治療
●パーキンソン病に対する細胞移植治療
●デュオドーパ
●ニューロリハビリテーション
ブログでは、「パーキンソン病に対する細胞移植治療」、「ニューロリハビリテーション」を取り上げました。これはiPS細胞というキーワードと鍼灸師にとって重要なリハビリテーションに着目したためです。なお、分からない用語が数多くあったため、それらの用語の後ろに( )で説明等を付け加えましたが、その結果少し見づらくなっていると思います。

パーキンソン病 ー進化する診断と治療ー
「最新醫学」

【座談会】のテーマは「パーキンソン病病態の解明の進歩と疾患修飾療法」です。クリックして頂くと移動します。

出版:最新医学社

 

パーキンソン病に対する細胞移植治療
パーキンソン病に対する細胞移植治療

高橋淳先生

京都大学iPS細胞研究所 臨床応用部門 神経再生研究分野 教授

菊地哲広先生

京都大学iPS細胞研究所 臨床応用部門 神経再生研究分野  

要旨:『現在のパーキンソン病に対する主な治療である薬物療法、脳深部刺激療法では、障害された中脳ドパミン神経細胞自体を修復することはできない。失われたドパミン神経細胞を修復することはできない。失われたドパミン神経細胞を補充する治療として、細胞移植治療の研究が進められている。近年、iPS細胞は細胞移植治療の細胞源として注目されており、臨床応用に向けた研究が進められている。』

はじめに
・細胞移植治療は、胎児組織を用いた胎児腹側中脳組織移植が1980年代から行われているが、中絶胎児を治療に用いる倫理的問題もあり、治療の主流にはなっていない。
2007年のiPS細胞作製の報告以来、胎児細胞の代わりに細胞移植源としてiPS細胞を用いる研究が進められてきた。
パーキンソン病においては、中脳黒質線条体系のドパミン神経細胞の喪失により運動障害が生じるといった病態が比較的単純な部分もあり、細胞移植治療の対象になりやすいと考えられる。

パーキンソン病の病理および治療
・パーキンソン病では、振戦、固縮、無動、歩行障害、および姿勢反射障害などの運動症状が主に中脳黒質線条体系のドパミン神経細胞の脱落によって引き起こされることが知られている。
・現在行われている標準的な治療は薬物療法であり、L-ドパ、ドパミン受容体刺激薬、抗コリン作用薬などが使用される。
・L-ドパはドパミン前駆体(化学反応などで、ある物質が生成される前の段階にある物質)であり、脳内でドパミンに代謝されて作用するが、病気の進行に伴いL-ドパを代謝するドパミン神経細胞が減少することによって、その効果は低下する。
・L-ドパ以外の薬剤についても、初期には有効であるが、病状が進行するにつれて薬剤を増やす必要があり、副作用も出現しやすくなるため、長期間にわたり症状をコントロールすることは困難である。

パーキンソン病に対する細胞移植治療
細胞移植治療は、損なわれたドパミン産生能自体を改善するための治療である。1980年代後半には、スウェーデンでヒト中絶胎児の中脳組織を用いた胎児腹側中脳組織移植が開始され、以来、主に欧米で約400件の手術が行われている。幾つかのケースで劇的な効果が認められ、移植の効果は10年以上持続したとする報告もある。
・胎児組織の移植には1人の患者に4~10体の胎児が必要なこと、移植片による不随意運動の報告もあり、一般的な治療にはなっていない。
・近年、ドナー細胞として胎児の代わりに幹細胞を用いる方法が期待され、研究が進められている。

細胞移植治療のための細胞源
1.ES細胞(embryonic stem cells:万能細胞の一種。さまざまな異なる細胞に分化し増殖する能力を持つ。ES細胞の採取は受精卵を殺すことになるので倫理面の問題がある)
・ES細胞は、三胚葉(内・中・外胚葉)すべてに分化する多能性により、すべての細胞移植のための細胞源として使用され得るが、ES細胞からの標的細胞を高純度に誘導することが1つの課題となる。
未分化ES細胞が移植片に混入した場合、奇形腫などの腫瘍を形成する可能性がある。
他家移植(自己以外の個体の組織などの一部を自己の個体に移植すること)となるため免疫抑制薬が必要になる。
ES細胞を樹立するためには生命の萌芽である初期胚を破壊しなければならないため、倫理的な観点からの批判がある。
2.iPS細胞
・iPS細胞はES細胞と同等の自己複製能および多能性をもっている。
iPS細胞は体細胞から作製され、初期胚の破壊を伴わないため、ES細胞で問題となる倫理的問題を回避することが可能である。
奇形腫などの腫瘍を形成する危険性はES細胞と同じである。
・iPS細胞はもともと4つの遺伝子をゲノムDNAに不可逆的に導入することで作製されるため、ゲノムの損傷による予期せぬ腫瘍形成や悪性化の可能性が指摘されている。この点については近年、臨床化へ向けて危険性の少ないiPS細胞を作製する方法が盛んに研究されている。
・iPS細胞からドパミン神経細胞への誘導に関しては、ES細胞の研究で得られた知見をiPS細胞にも応用することで、ドパミン神経誘導が可能である。

疾患動物モデルを用いた有効性と安全性の検証
・ドパミン神経細胞移植の有効性および安全性を検証するために、疾患動物モデルが必要である。
・パーキンソン病患者脳内におけるαシヌクレイン過剰状態を模倣するαシヌクレイン過剰発現マウスモデルも複数提唱されており、パーキンソン病患者脳内での移植細胞の挙動を予測するために有用である。

これまでの研究成果
・ヒトES細胞由来のドパミン神経細胞をカニクイザルMPTP(ドーパミン作動性ニューロンを変性脱落させる神経毒)モデルに移植し、神経症状が改善したことを報告した。
・ヒトiPS細胞由来のドパミン神経細胞をカニクイザルに移植し、腫瘍形成なく生着したことを報告した。
パーキンソン病患者の皮膚線維芽細胞から樹立されたiPS細胞由来のドパミン神経細胞が、パーキンソン病モデルラットの運動機能を改善することが報告されている。

問題と展望
ヒトES/iPS細胞由来のドパミン神経細胞は、モデル動物に生着してパーキンソン病の症状を改善することができるが、臨床適用前に解決すべき幾つかの問題がある。
1.治療適応の選択
・胎児中脳細胞移植の経験から、細胞移植治療は重篤な症例では効果が少なく、初期に治療効果が高いことが知られている。効果的な症例を選択するための基準が必要である。
2.ドナー細胞の分化の誘導、選別
・移植に必要なドパミン神経細胞を高精度に誘導する分化プロトコルや細胞選別技術が求められる。
3.腫瘍形成の制御
・腫瘍形成リスクを低減するためには、iPS細胞の樹立方法や細胞選択技術の検討に加えて、ドナー細胞の分化の程度を制御することが重要である。
・腫瘍形成等の緊急事態に対する安全対策として、抗がん剤などの薬剤や放射線照射により腫瘍増殖を抑制する試みがなされている。
4.移植片と宿主との免疫応答
・胎児中脳細胞移植では多くの場合免疫抑制薬が使用されており、免疫抑制が有効であると考えられている。
・カニクイザルを用いた実験では自家移植(個体内にある組織または器官や臓器を同一の個体内の別の個所に移植すること)では他の移植よりも免疫反応が少ないことが報告されているが、患者由来のiPS細胞を細胞移植治療の細胞源として使用できるかどうかはさらなる検討が必要である。
5.iPS細胞ストック
・自家移植の問題の1つは、患者自身の細胞からiPS細胞を樹立し、ドパミン神経細胞を誘導するのにかなりの時間を要することである。そのため、あらかじめ多くのドナーからiPS細胞を作製し、安全性と有効性を確認した細胞を保存しておくストック化も進められている。
・ストック細胞の移植は他家移植であるため、HLA型(human leukocyte antigen:ヒト白血球抗原、免疫を担当する)の違いによる免疫拒絶反応が特に問題となる。

おわりに
『パーキンソン病では、胎児中脳移植の有効性が証明されていおり、細胞移植治療のターゲットとして研究が進められている。近年、移植療法の細胞源としてのiPS細胞の出現により、自家移植および細胞ストックの実現が可能になった。最初に発表された方法と比較すると、樹立方法などの改良によりiPS細胞の安全性は向上しており、臨床応用に向けてさらなる安全性および有効性の評価が行われている。』

コメント(自分なりに整理してみました)

損なわれたドパミン産生能自体を改善するための細胞移植治療は、1980年代後半にスウェーデンでヒト中絶胎児の中脳組織を用いた移植が開始され、以来、主に欧米で約400件の手術が行われています。しかしながら、中絶胎児を治療に用いるという倫理的問題もあり、治療の主流にはなっていません。
また、ES細胞に関しても、初期胚を破壊するという倫理的な問題があり、移植も自己以外の個体を移植する他家移植になるため免疫抑制薬が必要になります。
一方、iPS細胞ではES細胞のような倫理的問題はなく、移植も自己移植が可能です(ただし、ドパミン神経細胞を誘導するのにかなりの時間を要するという課題がある)。しかしながら、奇形腫などの腫瘍を形成する危険性についてはES細胞と変わりません。

パーキンソン病の病態は、ドパミン神経細胞の喪失により運動障害が生じるという比較的単純なものであり、細胞移植治療の対象になりやすいと考えられています。今までの、胎児の中脳組織を用いた移植やES細胞を用いての実績を考えると、細胞移植治療はパーキンソン病にとって、非常に期待のできる治療です。

ご参考】 

2030年までの目標
1. iPS細胞ストックを柱とした再生医療の普及
2. iPS細胞による個別化医薬の実現と難病の創薬
3. iPS細胞を利用した新たな生命科学と医療の開拓
4. 日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備

 脳内ドパミンのはたらき


ニューロリハビリテーション
ニューロリハビリテーション

市川忠先生

埼玉県総合リハビリテーションセンター神経内科 副センター長

要旨:『大規模疫学研究により、活動度が高い群でのパーキンソン病発症リスクが逓減することが明らかである。リハビリテーションや運動での介入でパーキンソン病患者の運動機能改善が報告されている。機序としては、BDNF(脳由来神経栄養因子:脳内の神経細胞の成長を促したり維持したりする作用をもつタンパク質)等の環境因子と神経可塑性(外界の刺激によって神経が機能的、構造的に変化する性質)の改善が示唆される。また、自己運動認知の改善を図るLSVT(発声発語明瞭度改善目的の訓練法)も広く実施されている。パーキンソン病リハビリテーションには、認知機能への影響、効果残存期間、有効な種目、強度、頻度等、解明すべき課題がある。』

はじめに
・パーキンソン病のリハビリは脳卒中などの疾患と異なり、リハビリの主な目標は症状進行を最小限にとどめることや、運動、日常生活動、認知機能などの長期予後を改善することになる。
ニューロリハビリテーションは、神経細胞や神経回路の可塑性に働きかけ、機能の維持・向上を図ろうとするものである。

ニューロリハビリテーションの効果
ニューロリハビリテーションを実践する手法としては。理学療法、作業療法、言語療法などの医学的リハビリに加え、負荷運動(ジムで行うトレーニング)、ダンスや太極拳なども含まれる。これらは、数ヵ月から1年程度の期間で運動機能を指標に効果判定が行われている。
・フィンランド移動クリック健康調査では、パーキンソン病未発症を対象とした6,715人、3年間の追跡で、BMIが低い群、レジャーでの活動性が高い群でパーキンソン病発症リスクが低かったとしている。
・スウェーデンでの43,368人を対象とした平均観察期間12年余りの大規模疫学調査で、家事・通勤での活動度、職業上必要な身体活動、レジャー等の活動が高い群で、パーキンソン病発症リスクが逓減していることが示されている。

ニューロリハビリテーションの機序
・機序を解明することは、パーキンソン病に対するニューロリハビリテーションを実施する根拠として重要である。機序を理解することで、リハビリテーションのより現実的な計画作成が可能となる。
・ニューロリハビリテーションの機序は現時点で、神経成長因子(神経細胞の分化・成長・増殖や大脳の神経細胞の活性化作用に関わるタンパク質)などの液性因子(液性の防御因子)と神経可塑性が挙げられる。
・液性因子は脳や神経の環境因子とも言え、神経変性から神経を保護する機能があると考えられている。
・アルツハイマー病では、血中の脳由来神経栄養因子(BDNF)値が低下しており、BDNF値の低下は海馬の萎縮と相関していることが示されている。Zoladzらは、パーキンソン病患者で8週間の定期的運動により、Unfied Parkinson's Disease Rating Scale(UPDRS:パーキンソン病患者の病態を把握するための評価尺度)が低下し、血中BDNFが上昇することを示した。
・可塑性は、神経回路のすべての部位で生じる可能性があるが、パーキンソン病では主に運動皮質、基底核での検討がなされている。
・パーキンソン病でのリハビリの重要な目標の1つに、歩行の改善がある。歩行のコントロールにはさまざまな神経回路が関与しており、可塑性の解析は困難である。主たる歩行中枢は、大脳基底核、脳幹、脊髄にあるとされ、脊髄の歩行中枢は歩行パターンの生成を行うcentral pattern generator(CPG)である。

左の図は『リハビリmemo』さんの「CPGについて考えよう」から拝借しました。この記事にはCPGに関する説明が詳しくかつ分かりやすくされています。

運動に対する自己認知障害へのアプローチ
・パーキンソン病の運動障害の原因の1つには、運動の自己認知の障害があると言われている。
・近年、世界的に知られるようになったLee-Shilverman Voice Treatment(LSVT)は、身体運動や発声発語の自己運動認知を向上し、大きな運動や発語を目指すリハビリ手法である。

おわりに
『パーキンソン病における運動やリハビリテーションの効果についての報告が集積してきている。またその機序についても、動物実験による詳細な検討が進んでいる。これまでの知見から、運動・リハビリはBDNFなどの環境因子の改善や可塑性の向上などに貢献していると考えられる。パーキンソン病の運動・リハビリについては課題も多く残されている。認知機能への影響、効果の残存期間、より効果的な種目、強度、効果などを解明し、より有効で効果的な運動・リハビリを確立する必要がある。』

コメント(自分なりに整理してみました)

ニューロリハビリテーションは、神経細胞や神経回路の可塑性に働きかけ、機能の維持・向上を図ろうとするものです。具体的には理学療法、作業療法、言語療法などの医学的リハビリに加え、負荷運動(ジムで行うトレーニング)、ダンスや太極拳なども含まれるようです。
鍼灸では緊張した筋肉を緩めることが可能であり、マッサージについては触覚、固有覚への刺激を通じて脳幹の活性化が期待できます。ニューロリハビリテーションに対してプラスにはたらくことは間違いないと思います。

追記:Big News!(2018年8月1日)

京大iPS治験が本格始動 パーキンソン病、世界初  2018年8月1日 (水) 配信 共同通信社

人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から神経細胞を作り、パーキンソン病患者の脳内へ移植する京都大チームの治験が1日、本格始動した。パーキンソン病でのiPS細胞を利用した治験は世界初。現場の医師が主体となり安全性や有効性を検証する医師主導治験として進め、保険適用を目指す。年内に1例目の移植を計画しており、新たな再生医療として実用化するのか注目される。

パーキンソン病は脳内で神経伝達物質ドーパミンを出す神経細胞が減り、体のこわばりや手足の震えが起こる難病で、根本的な治療法はない。治験は京大病院が京大iPS細胞研究所と連携して実施。計画では、京大が備蓄する、拒絶反応が起きにくい型の他人のiPS細胞から作った神経細胞を脳内に移植し、ドーパミンを出す神経細胞を補う。対象患者は7人で、6人は全国から募集し、1人は京大病院の患者から選ぶ。50~60代で、薬物治療で十分な効き目がなく、5年以上パーキンソン病にかかっていることなどが条件。

1日から、募集患者の具体的な検討や、患者への治験方針の説明が可能になるという。京大病院はホームページに治験の概要や対象患者となるかをチェックする書類などを公開している。観察期間は2年間を想定。脳内に腫瘍ができないか、運動症状や生活機能がどれだけ改善するかを確かめる。

追記:Big News!(2018年11月9日)

「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の移植実施について

京都大学医学部附属病院は、「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞注1を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」における第一症例目の被験者に対し、ヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植を行いましたので、ご報告いたします。

(1) スケジュール

●実施場所:京都大学医学部附属病院

●手術時期:平成30年10月

●術者:脳神経外科 菊池隆幸医師 他2名

(2) 手術結果

約240万個のドパミン神経前駆細胞を脳の被殻(左側)に移植しました。手術時間は3時間1分でした。この手術時間の中には移植細胞を準備する時間も含まれています。

画像出展:「京都大学iPS細胞研究所CiRA」