オキシトシン〈安らぎと結びつき〉2

私たちのからだがつくる安らぎの物質
私たちのからだがつくる安らぎの物質

著者:シャスティン・ウヴネース・モべリ

訳者:瀬尾智子、谷垣暁美

初版発行:2008年10月

出版:晶文社

目次は”オキシトシン〈安らぎと結びつき〉1を参照下さい。

第一部 〈安らぎと結びつき〉システム

第一章 オキシトシン

●1906年、ヘンリー・デールは、脳にある下垂体の中に、出産の経過を加速する物質を発見し、「速い」と「陣痛」という意味のギリシャ語にちなんで、それをオキシトシンと名づけた。また、後に、オキシトシンが射乳を促すことも発見した。

●『私は本書で紹介する研究を始める前に、自分自身、妊娠・出産・授乳に関して行動のしかたや考え方が、がらっと変わるのを経験していた。私はオキシトシンについての科学文献の中に、その変化を説明するものを見つけた。また、私の調べた資料には、オキシトシンがさまざまな面で母子間の相互作用を増し、母子間の絆を形成することを立証する動物実験についての記述が含まれていた。私は考えた。オキシトシンは私たちヒトに対しても、生理学的影響や心理学的影響を与えているのではないだろうか―それらの動物実験が示しているような面でも、まだ知られていないほかの面でも。

大いに興味をそそられて、手にはいる限りのオキシトシンについての文献を読んだ。わかったことは、オキシトシンはホルモンとして、血流に乗って体内を巡り、さまざまな機能に影響を与えるだけでなく、神経伝達物質として脳のさまざまな領域につながる神経ネットワークを通して作用するということだった。このふたつの方法で、オキシトシンは、体のさまざまな重要な働きに影響を与えている。〈闘争か逃走か〉反応を引き起こすのと同じ神経系が、オキシトシンが関与した場合には、正反対の反応を引き起こす。』

オキシトシンとバソプレシンは2つのアミノ酸が異なるだけであり、非常によく似ている。また、進化論的観点から見ると、オキシトシンとバソプレシンは非常に古くからある物質である。

●オキシトシンは哺乳類のすべての種に、化学的に見てまったく同じ形で存在する。

●ミミズにさえ、オキシトシン様の物質が見られ、その刺激で卵を産む。

オキシトシンとバソプレシンがこれほど長い間、動物界に存在しているという事実は、このふたつの物質が非常に重要であり、不可欠な役割を担っていることを示している。

●オキシトシンは多くの連鎖反応による効果の発端となるが、その鎖の最後の輪であることはまれである。このことは非常に重要である。

●オキシトシンによって制御されるシステムにはフィードバックの仕組みがあるので、オキシトシン産生細胞は、神経信号を受け取ること、ならびに化学的変化を感知することによって、外部環境と情報を交換できる。これらの細胞には、体の外側の器官、内部の器官、感覚器から情報がもたらされるので、オキシトシンの分泌は容易に促進される。興味深いことに、考えや連想、記憶などによってさえ、オキシトシン・システムが活性化される。

第二章 私たちを取り囲む環境

●生態系とフィードバック・システムについての理解が深まるにつれ、すべての生物個体がそれを取り囲む環境と常に接触し、影響を受けつづけていることがわかってきた。食刺激、姿勢、周囲の温度、飢え、満腹状態など、無数の可変要素が常に与えている情報は意識されることなく、心身の機能に影響を及ぼしている。

●生物学的リズムは環境から独立しているというふうに考えられがちだが、実際は、その多くがもともと、外界との相互作用によって獲得されたものである。女性の月経周期が月の満ち欠けと一致しているのも、すべての人がほぼ同じ長さの一日の生体リズムをもっているのも偶然ではない。かつては月光や日光がそのような機能を直接に制御していたが、進化の過程で、これらのリズムが生物学的システムに組み込まれた。

●生物個体を丸ごととらえるホリスティックな見方が医療や医学研究に導入された結果、心と体が相互依存的に機能しているということは、事実として広く受け入れられている。

●現代西洋文化のストレスの量についての不満は非常にありふれていて、もはや耳にすることもまれなぐらいである。今日、成功へのプレッシャーは非常に大きい。何事もテンポが速く、情報があふれすぎているし、職を得るためには厳しい競争に勝たねばならない。視覚、嗅覚、そしてとりわけ聴覚への刺激の量はすさまじい。私たちの体内ストレスに関連した〈闘争か逃走か〉システムが、過剰に活性化されているのは疑う余地がない。

一方、安らぎ・くつろぎ・親密さを促進する状況は、私たちの社会ではまれになってきている。そういう状況が生ずる頻度が少ないほど、〈安らぎと結びつき〉にかかわる私たちの内なる生物学的システムが活性化される頻度も減る。

プレッシャーと安らぎのバランス
プレッシャーと安らぎのバランス

画像出展:「オキシトシン」

●触覚は、〈安らぎと結びつき〉システムへの強力な入力源である。何かを一緒にするとき、人と人との相互作用において、触覚、嗅覚その他の感覚が、自然にその役割を果たす。個人の独立性を増し、共同作業を減らす現代の風潮の結果として、このような感覚刺激が減っている。そして、この変化は〈安らぎと結びつき〉システムの活動を減らし、究極的には、私たちの健康をおびやかす。

●〈安らぎと結びつき〉反応は、病気を予防するためだけに必要なのではない。人生を楽しみ、好奇心を燃やし、楽天的で創造的であるためにも必要である。

●穏やかな環境や、温かい人間関係のもとで、集中や学習力が強まることは、実験でも証明されている。ストレスにさらされている子どもは、心が平穏で安心感をもっている子どもよりも学習に苦労する。

第三章 バランスが肝心

●身体的ならびに心理的ストレスにさらされると、私たちが過酷な状況に対処できるように、体は利用できるエネルギーのすべてを動員する。そして、私たちがその状況を改善し、ひと息入れることができるようになるまで、それを続ける。

●『〈闘争か逃走か〉反応と〈安らぎと結びつき〉の状態の両方が、人生にとって欠かせないものだということは、いくら強調しても強調しすぎることはない。ほかの動物とまったく同様に、私たちヒトも難題に対応して、何であれ、そのとき必要な行動をとれるように自分のもっているすべての力を動員する能力が必要だ。そして、その正反対のことも必要だ。体は食べ物を消化し、貯えを補充し、自らを癒やす必要がある。情報を取り入れ、感情表現し、心を開いて好奇心を満たし、ほかの人たちと触れ合う必要もある。大変な出来事があったり、困難が続いたりしたあとに回復できるのは、そういう能力のおかげである。

前述したように、〈闘争か逃走か〉反応と〈安らぎと結びつき〉反応は、シーソーゲームの両端のようにバランスをとりあって機能する。満ち足りた気分で食物を消化しているときに、動揺や怒りやストレスを感じることはまれだ。一心に何かしているときや怒っているとき、急いでいるときには、消化のペースがゆっくりになり、愛想が悪くなる。一方のメカニズムが他方を排除することはないが、一時的に一方が優勢になるのだ。

しかし、現代では、〈闘争か逃走か〉反応は、突然の身体的危険を避けるというよりも、環境から多少とも継続的に過剰な要求をされていて、それに反応するということが主である。今や〈闘争か逃走か〉反応は、体のもつすべての力を一時的に動員するということではなく、ほぼ休みなく続く生理学的状態となってしまった。いわゆる慢性的ストレスが問題なのだ。

本書では、安らぎと結びつきを特徴とするさまざまな場面でのオキシトシンの役割について、これまでの研究で明らかになったことを描きだす。この新しい知識が、どの程度、そしてどのように私たちの役に立つか―たとえば、ストレスのマイナス作用に対して身を守る方法を見つけるのに役立つかどうか―は、これから研究していかなくてはならない課題だ。』

〈闘争か逃走か〉と〈安らぎと結びつき〉
〈闘争か逃走か〉と〈安らぎと結びつき〉

画像出展:「オキシトシン」

第二部 脳と神経系におけるオキシトシンの役割

第五章 オキシトシンの働くしくみ

●ホルモンには2種類ある。

‐ステロイドホルモン:コレステロールに関連した脂質から成る。

‐ペプチドホルモン:いくつかのアミノ酸が結合した小さなタンパク質で、細胞そのものの中に入るのではなく、細胞膜の外側の表面にある受容体を活性化する。

●オキシトシンはペプチドホルモンである。

オキシトシンは哺乳類のすべての種において同じ構造である。

●オキシトシンは視床下部の室傍核と視索上核で産生され、下垂体に神経線維が走っており、この下垂体から放出される。

●室傍核の細胞グループからは、他にも多くの神経線維が伸び、扇状に広がって脳のさまざまな部分と接続しており、オキシトシンは神経伝達物質としても作用する。

●視索上核と室傍核でオキシトシンを産生する細胞には2つのタイプがある。

大きな細胞から産生されたオキシトシンは下垂体に運ばれる。

小さな細胞から産生されたオキシトシンは軸索を通って、脳内の受容体に運ばれる。

下垂体後葉と脳内の受容体へ
下垂体後葉と脳内の受容体へ

画像出展:「オキシトシン」

●オキシトシンを産生する細胞には興味深い特徴がある。神経細胞は活性化するとき電流が流れる。オキシトシン産生細胞の集まっているところでは、細胞ごとにバラバラに電流が生じるのではなく、一斉に生じる。授乳時のように、強く刺激されると、これらの細胞の電気活動は協調する。

●オキシトシン産生細胞の間には別の種類の細胞が存在し、一種の絶縁体として働いているが、その絶縁が解除されることで、すべてのオキシトシン産生細胞が力を合わせて働きはじめる。授乳中の女性の血中オキシトシン濃度が劇的に上昇するのは、ひとつにはこのためである。

●オキシトシン産生細胞に起こる協調は、生理学的に独特のものである。

オキシトシンの効果をより厳密に調べると、非常に興味深いことに細胞の協調であれ、効果の協調であれ個体同士の協調であれ、協調こそ、オキシトシンの存在を示す目印であり、体内の他の多くの物質と区別する特徴である。

●視床下部からの神経を介してオキシトシンの影響を受ける脳領域には、視床下部と脳幹に近い領域が含まれる。視床下部と脳幹は血圧、運動、感情の制御に関係している部位である。この視床下部からの神経は、脳と脊髄の中の自律神経系の活動や痛みの知覚を制御する部位とも接続している。

神経伝達物質としての働き
神経伝達物質としての働き

画像出展:「オキシトシン」

●視床下部からの神経が複雑に枝分かれしているおかげで、私たちの体は、オキシトシンをメッセンジャーとして用い、さまざまな生理的機能・活動を協調させることができる。

●現在発見されているオキシトシン受容体は一つであるが、特定されていない受容体があると考えられている。

オキシトシンの産生に影響を与えるのは外界からの情報(例えば皮膚を介しての情報)と体内からの情報(例えば子宮や腸についての情報)を運ぶ神経。そして、嗅球や大脳皮質の様々な部位、脳幹のような古く機能的に下位にある部位からの神経もオキシトシンの分泌を増やしたり、減らしたりする。

●オキシトシンの産生細胞の分布や、血中オキシトシンの循環には雌雄両性においてさほど差はないが、状況により雌に対して強い効果をもたらすことが、動物実験で示されている。

●女性ホルモンのエストロゲンが、オキシトシンの産生を増やすことで、オキシトシン・システムを活性することもある。エストロゲンはαタイプとβタイプの2種類の受容体に作用するが、オキシトシンの放出に関係しているのはβタイプの受容体である。

●神経伝達物質の中でオキシトシンを促進させるのは、グルタミン酸、CCK(コレシストキニン)、VIP(血管作用性腸管ペプチド)。抑制するのはGABA(γ‐アミノ酪酸)、エンケファリン、β‐エンドルフィン、ジノルフィンがあ

●モノアミンと総称される化学物質には、セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン等があり、これらは神経伝達物質として働くが、セロトニンやドパミンはオキシトシンの放出を促進する。ノルアドレナリンはストレスホルモンの一つであり、通常は覚醒と攻撃について賦活的効果をもたらし、〈闘争か逃走か〉状態を促進するため、それ自体は脳内のオキシトシン効果の標的でもある。ところがその一方で、セロトニンやドパミン同様、ノルアドレナリンもオキシトシンの放出を促進する。

オキシトシン自身には他のほとんどのホルモンに見られる、サーモスタットのような自分で自分の産生を止めるフィードバック・システムがない。

●『オキシトシンは、オキシトシン産生細胞のオキシトシン受容体を活性化することによって、一定のレベルまでオキシトシンの産生を促す。そして、新たに活性化された受容体は、細胞を刺激して、さらにオキシトシンをつくらせる。』