脳性麻痺と機能訓練1

前回のブログ“小児の理学療法3”の付記に感想を書いていますが、脳性まひに対するリハビリテーションは筋骨格系に着目した理学療法と、心や脳に着目した新しい療法が両輪となって進んでいくことが求められているように思います。これはコンピューターで例えればハードウェアとソフトウェア、車でいえば自動車と運転手のような関係です。

今回の本は「小児の理学療法」と同じように「脳性まひ児の発達支援」の参考文献として紹介されていたものですが、筋骨格系に働きかける理学療法を理解するうえで、非常に優れた本ではないかと思います。そこで、長くなりますがブログを8つに分け、細かく勉強していきたいと思います。内容はすべて引用ですが、文章を短くするために箇条書きにしているもの、あるいは言い回しなどを変えているものなどが混在しています。

著者:松尾 隆
脳性麻痺と機能訓練

著者:松尾隆

出版:南江堂

発行:2002年10月(初版は1995年6月)

●脳性麻痺と機能訓練1:第1章 概論 Ⅰ.求められる機能訓練とは

●脳性麻痺と機能訓練2:第1章 概論 Ⅴ.脳性麻痺筋緊張の特性 3.運動学的なとらえ方(一部)

●脳性麻痺と機能訓練3:第2章 機能訓練概論 Ⅱ.訓練の基本的考え方

●脳性麻痺と機能訓練4:第3章 理学療法の実際 Ⅱ.ストレッチ訓練

●脳性麻痺と機能訓練5:第3章 理学療法の実際 Ⅲ.自発運動誘発訓練

●脳性麻痺と機能訓練6:第3章 理学療法の実際 Ⅳ.ダイナミック訓練の実際 3.自立坐位獲得機能訓練

●脳性麻痺と機能訓練7:第3章 理学療法の実際 Ⅳ.ダイナミック訓練の実際 4.四つ這い機能訓練

●脳性麻痺と機能訓練8:第3章 理学療法の実際 Ⅳ.ダイナミック訓練の実際 5.立位・歩行機能訓練

目次は以下の通りですが、8つのブログで取り上げた箇所を青字にしています。

第1章 概論

Ⅰ.求められる機能訓練とは

1.自発運動を中心とするダイナミックな訓練であること

2.愛護的訓練の重要性

3.訓練の本質を簡潔に要約する必要性

4.再現性が高い訓練であること

5.年長児では整形外科との補完の中で

Ⅱ.脳性麻痺の病像

Ⅲ.筋の痙縮(緊張)とは

1.一般的常識

2.実態は

Ⅳ.運動障害の本質

1.人の運動機能

 a.推進機能

 b.抗重力機能の発達

2.脳性麻痺における運動機能の破壊

Ⅴ.脳性麻痺筋緊張の特性

1.痙縮と反射の関係

 a.局所の反射

 b.反射肢位

2.神経学的なとらえ方

 a.異常な反応(各種の反射亢進、姿勢反射)

 b.正しい反応

 c.その他の誘発反応

3.運動学的なとらえ方

 a.人の筋機能の分布

 b.脳性麻痺における多関節筋の過緊張

 c.脳性麻痺における推進性障害と固縮

 d.脳性麻痺における単関節筋の麻痺

 e.多関節筋、単関節筋の概念と訓練への応用

 f.全身性緊張(緊張性反射)の運動学的特性

 g.全身性緊張と訓練

 h.その他の異常姿勢

Ⅵ.麻痺(抗重力障害)

Ⅶ.推進機能障害

1.人が内蔵する推進機能

2.脳性麻痺の推進機能障害

3.交叉推進機能の活性化

第2章 機能訓練概論

Ⅰ.各種訓練法の特徴

1.ルード(Rood)理論

2.ドーマン(Doman)法

3.ボイタ(Vojta)法

4.ボバース(Bobath)アプローチ

5.上田法

Ⅱ.訓練の基本的考え方

1.緊張の抑制と随意性・抗重力性の賦活

2.抵抗は加えない(抵抗を排除し動きやすく)

3.発達に即した訓練を

4.割り座位の採用(割り座を訓練の中心に)

5.3つの自発的坐位獲得訓練

6.交叉推進機能の活性化

7.ストレッチ訓練の活用

8.感覚刺激としての触覚と平衡感覚

9.脳の可塑性は合理的訓練の中で

第3章 理学療法の実際

Ⅰ.理学療法とは

Ⅱ.ストレッチ訓練

1.体内の痙性筋

2.ストレッチ手技の実際

 a.仰臥位ストレッチ訓練

 b.腹臥位ストレッチ訓練

 c.前腕、手のストレッチ

 d.下肢帯(足部)のストレッチ

3.ストレッチ訓練の原則

Ⅲ.自発運動誘発訓練

1.ダイナミック訓練の中心

2.正常発達児と脳性麻痺児の運動発達の差

3.脳性麻痺児特有の運動発達とその評価

 a.頭の回旋と持ち上げ

 b.寝返りの発達

 c.腹這いの発達

 d.坐位の発達

 e.四つ這いの発達

 f.立位・歩行の獲得

Ⅳ.ダイナミック訓練の実際

1.寝返り機能訓練

 a.仰臥位伸長訓練

 b.自発的寝返り機能活性化の実際

 c.寝返り訓練による異常姿勢反射の抑制と立ち直り機能の活性化

2.腹這い機能訓練

 a.対称性腹這い訓練

 b.交叉性腹這い訓練

 c.腹這い訓練による異常姿勢反射の抑制

3.自立坐位獲得機能訓練

 a.坐位と立ち直り機能

 b.坐位を阻害する筋の過緊張と麻痺

 c.自立坐位獲得訓練の実際

 d.基本運動レベルの中での自立坐位獲得機能の位置づけ

 e.自立坐位獲得訓練・四つ這い訓練と異常姿勢反射の抑制

4.四つ這い機能訓練

 a.四つ這い肢位訓練

 b.対称性四つ這い訓練(バニーホッピング)

 c.交叉四つ這い訓練

 d.交叉四つ這いと横坐り(正坐、あぐら坐り、長坐り)訓練

 e.四つ這い移動を阻害する典型的脳性麻痺パターンとその抑制

5.立位・歩行機能訓練

 a.つかまり立ちまで

 b.つかまり立位から杖歩行まで

 c.かがみ肢位歩行

 d.直立二脚歩行

 付.矯正したい不良肢位

Ⅴ.抗重力肢位訓練

1.側臥位保持訓練

2.腹臥位保持訓練

 a.上腕支持訓練

 b.肘つき支持訓練

3.四つ這い肢位訓練

4.坐位訓練

 a.床坐位訓練

 b.椅子坐位訓練

5.立位訓練

 付.立位補助具

第4章 作業療法の実際

Ⅰ.作業療法とは

 a.脊椎動物の機能(摂食と移動)

 b.人における作業機能の発達

 c.作業、上肢作業、その基本として生活能力の活性化を考える作業療法

Ⅱ.脳性麻痺の作業療法での要約的課題

 a.摂食機能の獲得・改善

 b.自力床坐位獲得訓練

 c.車椅子生活自立獲得

Ⅲ.坐位

1.重度児の椅子

 a.坐面

2.自分で漕げる車椅子

3.車椅子乗り降りの自立

Ⅳ.リーチ訓練と巧緻機能訓練

1.リーチ機能とは

2.リーチ機能障害の特徴

 a.上肢過緊張

 b.抗重力筋麻痺

3.リーチ機能の賦活

a.過緊張抑制

b.抗重力性関節周囲筋の賦活

c.手技の実際

4.上肢巧緻機能

 a.ひっかき肢位

 b.手つき支持レベル

 c.つまみ・つかみ機能

 d.離し機能

 e.巧緻機能の活性化

Ⅴ.ADL訓練

1.食事訓練

 a.口腔機能訓練

 b.姿勢保持訓練

 c.上肢機能訓練

2.衣服着脱訓練

 a.姿勢保持訓練

 b.上肢機能訓練

3.トイレット訓練

 a.便器の工夫

 b.トイレット訓練の方法

 c.トイレット・トレーニングの実際

4.車椅子の自立をはかる

第5章 運動機能の活性化と整形外科

1.寝返り機能の活性化

2.腹這い機能の活性化

3.坐位獲得機能の活性化

4.四つ這い機能の活性化

5.立位・歩行機能の活性化

第6章 機能訓練―科学に基づく医学

(再録)脳性麻痺の機能訓練―基本運動訓練の実際と整形外科手術の位置づけ―

第1章 概論

Ⅰ.求められる機能訓練とは

1.自発運動を中心とするダイナミックな訓練であること

●機能訓練として最も求められる点は、自ら参加できるダイナミックな訓練であるという点である。

●坐位を獲得するためにどう緊張を抑えて訓練するか、四つ這い獲得のためにはどう緊張を抑え、分離性の高い動きを出したら良いかなどを分かりやすく示すことが求められる。

ダイナミックな訓練とは、脳性麻痺児が持っている体内の“緊張を抑制し”、緊張のもとに隠されている“随意性が高く、かつ分離性の高い抗重力的な動きを活性化する”ことである。

体の色々な部位にある過緊張を、動きを促す際に抑制し、寝返り、腹這い、坐位獲得、四つ這いといった分離性の高い抗重力的な動きを引き出すという考え方である。このことを具現化するには、体内に散らばって存在する過緊張についてよく知る必要があるし、それを抑えるにはどのような肢位を取ったら良いかについても、十分に知る必要がある。その意味で、筋異常緊張についての勉強が求められる。

●発達レベルに応じた細かいランク付け。

●自発性を尊重した訓練をしようとすれば、まず脳性麻痺児を寝返りできないレベルから正常歩行まで多くの段階に分け、その各々のレベルでの訓練を考える必要がある(表4参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

表4:”正常発達児と脳性麻痺児の運動発達の差”、P76より

 

患児がこの段階のどこに位置するかを評価し、1つあるいは2つ上のレベルを目標とした訓練を実施することによって患児が参加した自発性の高い訓練が可能になる。これらすべてのレベルで、1つ1つ具体的な訓練を考えなければならない。

例えば、腹這いの段階から四つ這いの段階までの間の訓練として、坐位、とくに割り座を入れ、割り座を訓練の中心におく(割り座が悪いという発想を改める)。そして、腹這いから割り座までの訓練を主要なものとして導入する。さらに、割り座から四つ這い肢位への訓練を展開する。

ダイナミックな訓練には、運動学的、筋機能解剖学的に合理的な訓練が求められる。脳性麻痺では、筋、特に抗重力性の高い分離運動に参加する筋の力が弱い、これらの筋が働きやすい肢位を運動学的に見つけ、気持ちよく四肢を抗重力的に動かせるように援助することが重要である。

●神経学的症状・反射はすべて運動学的・解剖学的に分析し、運動学的訓練の理論的根拠を明らかにしている。

①寝返りを阻害する3つの緊張とそれを抑制する具体的手技

②対称性推進の考え方

③交叉腹這い訓練を容易にする一側性交叉推進の考え方

④四つ這いに移るための割り座肢位の活用

⑤坐位を3つの段階に分けるという考え方

⑥四つ這い肢位からよりレベルの高い坐位の獲得

⑦動きの中での緊張性肢位の局所的とらえ方

など。

ダイナミックな訓練の基本は、あくまで患児みずからの力で誘導することであり、訓練する側は患児の力の足りないところを補うだけである。つまり、必要最小限の援助で、自発的な動きを最大限に発揮させることが大切である。訓練士は基本的手技を簡潔にまとめ、楽しい訓練を心掛けることが求められる。

2.愛護的訓練の重要性

機能訓練は徹底して愛護的に進められるべきである。これは泣くことによって起こる動きは、早い動きの緊張状態であり、訓練の効果を否定するものだからである。随意的かつ抗重力的な動きとは、泣くといった不快な状態では引き起こすことはできない、柔らかいゆっくりした動き(単関節)であり、快適な状態で初めて活性化できるものである。

●過緊張を1つの関節で抑えると、随意的な動きがその関節を中心に出やすくなるため、患児は心地よく動きはじめ、楽しみをもって訓練に参画する。

●人は誰でもスポーツをしたい、体を動かしたいという欲求をもっている。麻痺の子どもでも、少しは動く力が残されている。しかし、重力と異常な過緊張によって動くことができない。この子どもらにとっては、周囲の人がこの筋緊張の大半を抑えてくれることにより、残りの力で体を動かすことができるのである。そして、それが何よりの喜びとなるのである。

●訓練は、あくまで機能の改善を期待して行うものである。しかし、たとえ改善がなくても、スポーツとして運動をさせることの意義は大きい。

3.訓練の本質を簡潔に要約する必要性

脳性麻痺の病像は多様であり、一人ひとりの個性をもった患者を治療するため、訓練のあり方も、遊びを中心とした穏やかなものから、積極的な訓練色の強いものまである。また、当然手技そのものも多様なものが準備されている。これまで報告された治療手技も、PNF、ルード(Rood)、ボバース(Bobath)、ドーマン(Domain)、ボイタ(Vojta)、上田など、各種の方法がある。訓練士、看護師、保育士、教師、保護者は、それぞれの置かれた立場によって、色々な運動面のアプローチをすることとなるし、そのことを大事にしなくてはならない。

●訓練が科学として本質的に求められているのは、この混沌の中で何を基本的に観察し、どのように無理な力を入れない穏やかな、しかもダイナミズムにあふれた訓練を育てるかといった訓練の基本的な考え方をまとめ、公開の場で明らかにすることである。

注)“この混沌”とは次のようなことです。

『訓練の世界はまだその知見が整理させず、不用な知見と有用な知見が氾濫しており、どの理論も正しいことをいっているとしても、不用不急な知見の羅列も多い。本質的に、どのレベルではどこをどのように訓練したらよいのかが、まだわかりやすく要約されていない。このため、保育士、保護者、教師など、誰もがどこでもできる訓練の方法が示されず、特定の療法士間だけの閉鎖的な空間の中で訓練が語られるという事態がみられたりする。科学的であるための必要条件としての再現性に欠けるのである。このため、より合理的な訓練のあり方が公の場で語られることなく、訓練で患児が泣き叫ぶといった事態が発生したりする。』

●訓練の基本を知ることによって、遊び方、訓練の方法はより効果的かつ愛護的になりうるし、他の訓練法との比較のうえで、より合理的な部分を選択することも可能になる。このことによって、初めて保育士や保護者や教師といった患児に接触する人たちが、子どもたちの訓練に参画できることになる。

●本書では訓練の本質を“選択的緊張抑制と随意性、抗重力性の賦活”と要約し、多様な運動障害への応用をはかろうとしている。また、他の訓練法が合理的である限り、両立が可能である。

4.再現性が高い訓練であること

●科学としての訓練はどこで行っても効果があるはずである。家で行う、学校で行う、保育の中で行う、といったもので、訓練室だけのものであってはいけない。日々の生活の中の楽しい運動誘発の取組でなければ、科学として認知されにくい。

●最も本質的なこととして、同じ訓練手技が、生まれてしばらくした乳児でも、幼稚園児でも、学童児でも、学校を卒業した成人でも、高齢者でもまったく同様に行えるということがあげられる。同じ訓練が、どんな症状の軽い人にも、また症状の重い人にも、基本的には同様な考え方で行われえるのかどうか、という問いつめが求められよう。“この訓練は学童期や成人には効果がなく、子どもだけにしか効果がない”というのでは、科学にはならない。学校の教師らが養護学校での訓練にさいし、理学療法、作業療法による訓練を諦め、心理リハビリテーションによる養護訓練に走ったのは、医療サイドが、乳幼児にも学童児にも同じように行われえる訓練を追求し、またそのような訓練を学校の教師に指導する努力を怠ったことに、その原因の一端があることは否定できないであろう。

注)心理リハビリテーションとは

『心理リハビリテーションとは、成瀬(九州大学名誉教授)と彼の共同研究者たちが開発した、動作課題を通じて動作不自由の改善と心身の活性化を目的とした、わが国独自に開発された心理臨床の一連の技法と理論をいう(成瀬、1995)』

沖縄県における心理リハビリテーションの展開”より引用。クリック頂くとPDF22枚の資料がダウンロードされます。

5.年長児では整形外科との補完の中で

●訓練を通じて、徐々に、段階的に機能を伸ばしていくことが最善である。

●股関節脱臼の予防訓練、側弯矯正と呼吸訓練、ADL(activities of daily living,日常生活動作)訓練に必要な回旋訓練など、これまでの整形外科や機能訓練の知見をもとに体系化し、乳児期に必要な多彩な訓練体系を実現することが大切である。

●脳性麻痺にみられる過緊張は、本質的には保存的治療である機能訓練ではどんなテクニックを用いても除かれえず、加齢とともに関節や筋・腱の変形性や老齢化を早めることになる。いたずらに過緊張を訓練で抑えるという発想を年長児の治療に持ち込むことなく、整形外科領域の知見で過緊張を除き、機能訓練で随意性、抗重力性をより容易に引き出すという考え方(図8参照)が、もっとも今日的かつ合理的な治療といえるであろう。

注)一つ注意したいと思うのは、改定第2版の発行は2002年、約17年前です(初版は1995年)。そのため、手術の位置づけなども変わってきているかも知れません。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

図8:”脳性麻痺における過剰な伸張反射と相反神経支配の破壊”、P31より

●ダイナミズムをもった能動的訓練は、脳性麻痺の特性や人の運動の特徴を十分に理解したうえで初めて可能になる。

注)「整形外科領域の知見で過緊張を除き」とは

本書のⅡ脳性麻痺の病像、の中にある表1は以下の通りです。 

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

表1:”脳性麻痺の病像”、p11より

この表の“整形外科”の項目には“選択的緊張筋解離術”という記載があります。「これは何だろう?」と思い検索したところ、『東京都 南多摩保健医療圏 地域リハビリテーション支援センター』というサイトに、著者である松尾隆先生の南多摩整形外科病院(2017年12月より「まちだ丘の上病院」と病院名が変更、松尾先生は2017年11月に退任されていました)の理学療法士の方達の資料を見つけました。

痙性麻痺患者における選択的筋解離術の効果と展望 ~痙性治療に特化した病院の役割と地域の連携~”(PDF1枚)