股関節唇損傷(フレイル)4

前回の、“医道の日本”と今回の“日臨整誌 vol.36 no.1 98”の各論文は、国会図書館に所蔵されており、有償の遠隔複写サービスを利用して入手しました。

日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号:関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験
日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号:関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験

日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号

関節内に陥入した股関節唇損傷の治療経験

左は、船越先生、山下文治先生、長岡先生、森先生の”京都下鴨病院”です。

左は、山下 琢先生の”山下医院”です。

要旨

・股関節唇損傷の診断は、自覚症状、他覚所見、MRI、超音波検査、リドカインテスト[リドカインという局所麻酔薬を注入して症状が一時的に消失かどうかをみるテスト]の結果を総合的に判断して行った。

・疼痛は股関節や殿部、大腿部に認めた。他覚的には股関節周辺の圧痛やパトリックサイン、股関節の可動域制限を認めた。リドカインの関節内注射を行ったところ、2例とも股関節痛が一時的に消失した。

股関節鏡にて、断裂し関節内に陥入した股関節唇を認めた。

・鏡視下関節唇部分切除術を行い、2例とも術後早期に股関節痛や可動域制限が改善した。

・症状が強くADL[日常生活動作]が低下している場合や、症状が長期間続く股関節唇損傷には、股関節鏡視下の関節唇切除術が有効であった。

症例1

63歳 女性

・主訴:左股関節痛、左殿部痛、左下肢痛

・現病歴:2009年11月、孫と遊んでから左股関節痛が出現した。発症直後より歩行が困難となり、可動域制限を認めた。2010年1月に病院を受診した。

・理学的所見:左股関節に圧痛を認め、跛行を呈していた。股関節の屈曲は100°、内旋、外旋は30°で、内外旋時に疼痛を伴っていた。パトリックサインは陽性、日本整形外科学会股関節機能判定基準(以下JOAスコア)は38点であった。[クリック頂くと”股関節JOAスコア”というPDF1枚の資料が表示されます]

症例2

68歳 女性

・主訴:右股関節痛

・現病歴:2008年5月ごろ、自転車走行中に転倒しかけた際、右下肢に負担がかかってから右股関節痛が出現した。車に乗る際や階段にて下肢を挙上する際に、疼痛を認めた。2008年7月に病院を受診した。

・理学的所見:股関節の屈曲は110°、内旋は30°で、内旋時に疼痛を伴った。開排制限を認め、パトリックサインは陽性で、JOAスコアは36点であった。

検査

1.単純X線写真

・症例1、2とも軽度の関節裂隙の狭小化を認め、日本整形外科学会変形性股関節症の判定基準第三案でのX線像からの評価における初期股関節症に分類されると思われる。

単純X線写真
単純X線写真

画像出展:「日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号」

 

2.MRI

症例1は、通常のT1およびT2強調像で関節唇損傷を疑う所見が認められなかった。T2 star weighted image(以下T2)では、関節唇の形状や信号強度の変化に左右差を認めた。患側の関節唇は健側と比べて先端が鈍的な形状となっていた。

MRI T2(T2強調像)
MRI T2(T2強調像)

画像出展:「日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号」

症例2は、T1強調像においても患側の臼蓋先端部分に等信号~低信号の肥厚した関節唇らしき陰影を認めた。T2では症例1と同様に関節唇の形状が鈍的に変化し高信号を呈していた。このように、2例とも、T2で関節唇損傷を疑う変化を認めた。

3.超音波検査

・2例とも、超音波検査で関節唇損傷部分にエコー信号の変化を認めた。

超音波画像
超音波画像

画像出展:「日本臨床整形外科学会雑誌 vol.36 no.1 98号」

4.リドカインテスト

・1%リドカインを約5ml股関節内に注入して疼痛の変化をみた。2例とも、リドカインの注入にて症状が一時的に消失し(リドカインテスト陽性)、疼痛の原因が股関節内にあることが示唆された。

治療

1.股関節鏡手術

・2例とも、全身麻酔下に牽引手術台を用いて行った。患側股関節を10°屈曲、10°外転、内外旋中間位とした。透視下に関節裂隙が約1cm開くまで患肢を牽引した。

2.後療法

・2例とも、手術翌日より股関節周囲筋を中心とした全身の筋力トレーニング、ストレッチングおよび股関節可動域訓練を開始した。荷重は痛みの状態に応じて判断した。手術後2週間で痛みを伴わない荷重歩行が可能になった。

結果

2例とも、術前の股関節およびその周辺の疼痛、可動域制限は術後約2~3週間で消失した。JOAスコアは、症例1が術前38点から術後86点に、症例2が術前36点から術後74点にそれぞれ改善した。

考察

・理学的所見としては、股関節の圧痛および股関節内旋、外旋時に痛みを訴えることが多い。

・関節内に陥入した股関節唇損傷の特徴的な症状は、1)疼痛によるADLの低下(特に歩行障害)が強い(陥入のないスポーツ症例は運動時痛が中心)、2)可動域制限を認める(陥入のない症例では可動域制限は認めなかった)などである。

治療は可動域制限や疼痛が軽度であれば保存的治療を約2~3カ月行ない、症状の改善がなければ手術的治療の適応と考えられる。しかし、症状が強くADLが低下している症例や保存的治療が無効な症例については、股関節鏡手術の適応と考える。

まとめ

母親の股関節の問題は、軟部組織によるものという認識は変わりませんでしたが、軟骨変性か股関節唇損傷か関節包(外側は線維膜、内側は滑膜)の損傷かは特定できませんでした。やはり、関節造影MRIの画像診断が必須です。

なお、超高齢女性に関しても、股関節唇損傷の可能性を示唆する特徴があり、股関節唇損傷でないと判断するのも難しいと思います。

外傷を伴わない変性断裂は、中高年の骨性変化の少ない女性に多い。

性別では71%が女性。

きっかけとなった外傷はなく、緩徐な発症。

年齢的な変化があったり、軽微な外傷を繰り返していると、関節唇が傷んだり、軟骨が損傷したりして鼡径部痛が生じることがある。

■捻った動作によって関節唇を損傷する場合もある。

■同じように関節唇が損傷していても痛みを感じない人もいれば、ひどく痛みを感じる人もいる。

■外傷を伴わないものが多く、潜行性に発症する。

■安静時に強い疼痛を自覚することは少ない。

■股関節の圧痛および股関節内旋、外旋時に痛みを訴えることが多い。

施術

・1日1回、夕食後に20分程度、座位(車椅子)で実施。

・ホットパックで骨盤前部、大腿部を温める。

・マッサージ(軽擦、手掌圧迫、母指圧迫など):腸骨筋、大腿四頭筋、内転筋群、ハムストリングス、前脛骨筋、下腿三頭筋。

・鍉鍼:内転筋群など主に硬い箇所を軽擦。

現状

・車椅子に座った時に、フットレストに乗せることはできるようになり、週1回訪問して頂いている看護師さんからも、「だいぶ硬さ(緊張)は取れましたね」とのご指摘を頂きました。元のように戻るとは思えませんが、介護する上では可動域が改善されたので楽になりました。現状を維持できるように施術を継続していきたいと思います。

ご参考

題名“股関節唇損傷”の後ろに( )でフレイルと記したのは、「加齢による原因が大きい」という思いからです。なお、加齢による問題にはフレイルの他、サルコペニアロコモ(ロコモティブシンドローム)があるのですが、「健検」さまのサイトに3つについて簡潔にまとめられていたページがありました。

サルコペニア・ロコモ・フレイルの共通点と違いは?”