“冷え”の問題が非常に重要ではないかと思う患者さまがおいでです。冷えについてあらためて勉強したいと思い本棚を見回したところ、仙頭正四郎先生と土方康世先生の「家庭でできる漢方① 冷え症」を見つけました。以前、ざっとは読んではいましたが、ほとんど記憶に残っていないため、今度はもっと真剣に熟読することにしました。
しかしながら、個人的な話ですが一つ大きな問題があります。それは、漢方と鍼灸(経絡治療)の考え方が同じではないということです。兄弟でいえば、双子の兄弟というより、普通の兄弟くらいの差があると思います。そして、問題というのは「混ぜるな危険」という教えです。これは色々な勉強をすることは良いことだが、理論がごった煮状態となってしまっては良くない、施術は1本筋の通ったものでないといけないということです。当院の施術の流れは、【経絡治療:四診(望・聞・問・切[特に脈診]⇒証をたてる⇒本治・標治】です。
漢方は中医学(中国伝統医学)の湯液[トウエキ]の流れを汲んでおり、その意味では中医学の考え方にもとづいているといえます。つまり、経絡治療と中医学の差を理解しておくことが、“理論のごった煮”を避けるためには必要です。
そこで専門学校時代の中医学の教科書と授業のノート(Excel)を取り出し、この点について考えてみました。
編集:日中共同(編集責任:天津中医薬大学・学校法人後藤学園)
出版:東洋学術出版
第三版発行:2007年1月(初版発行:1991年5月)
第1章 緒論の“1.中医針灸学の沿革”の後半に次のような記述があります。『清代[1644~1912]から新中国誕生までの期間は、鍼灸学はあまり大きな発展はとげられなかった。
清代前期は主として明代[1368~1644]の学風を継承しており、その整理と注釈が行なわれた。また清代後期から民国時代は、腐敗した封建文化と半封建半植民地文化の影響を受けて、針灸学はしだいに衰退していった。この時代の針灸は有効な治療法として民間の間に広く定着し、ゆるやかな発展をとげた。
新中国誕生後、政府は針灸学を重視し、臨床応用および古代文献の整理が行なわれ、さらに現代医学と現代科学を運用し、さまざまな角度から経絡、腧血、針感などの原理について大量な研究が行なわれた。とりわけ近年の針による鎮痛原理の研究および針麻酔の応用は、世界の医学領域に非常に大きな影響を与えた。』
これによると、最も認識すべきは、中医学は「古典にもとづく新しい学問である」ということです。“新古典”といっても良いかもしれません。
この本は日中共同編集によるものですが、中国側は天津中医薬大学となっています。そこでこの大学のホームページを見てみました。
1958年、「天津中医学院」として創立されました。
日本では神戸に「天津中医薬大学 鍼灸推拿学院 神戸校」があります。
こちらのサイトには詳しい解説に加え、“張先生の「中医学の基本のお話し」”という約1時間12分の動画もあります。
中医学の医師を中医師と呼びますが、中医師になるには中医薬大学もしくは中医学院を卒業後、中医師資格試験に合格する必要があります。日本では3年制の専門学校を卒業することが国家試験の受験資格ですが、中国で針灸治療を行うには、中医師にならなければなりません。
こちらのサイトには、“天津中医薬大学”の詳しい紹介が出ているのですが、“大学概要”の中の大学院留学の専攻分野≪修士≫”は次のようになっています。
中医基礎理論、中医臨床基礎、中医医史文献、処方学、中医診察学、中医内科学、中医外科学、中医骨折治療科学、中医婦人科学、中医小児科学、中医五官科学、針灸按摩学、中国・西洋医学融合基礎、中国・西洋医学融合臨床、中医薬学。
中医学の最大の特徴は、本書の第2章 中医学の基本的な特色 “第4節 独特の診断・治療システム[弁証論治]”にあると思います。また、第6章 中医学の診断法[弁証]にも説明が出ています。そこで、この第4節と第6章を確認してみました。
目次は以下の通りですが、小項目を数多くを省いています。
目次
第1章 緒論
第2章 中医学の基本的な特色
第1節 中医学の人体の見方
第2節 陰陽五行学説
①陰陽学説
②五行学説
第3節 運動する人体
第4節 独特の診断・治療システム[弁証論治]
第3章 中医学の生理観
第1節 気血津液
第2節 蔵象
●蔵象概説
●五臓
●六腑
●奇恒の腑
●臓腑間の関係
第3節 経絡
①経絡の概念と経絡系統
②経絡の作用
③経絡の臨床運用
④十二経脈
⑤奇経八脈
⑥十二経別
⑦十二経筋
⑧十二皮部
⑨十五絡脈とその他の絡脈
第4章 中医学の病因病機
第1節 病因
①六淫
②七情
③飲食と労逸
④外傷
⑤痰飲と瘀血
第2節 病機
1.邪正盛衰
2.陰陽失調
3.気血津液の失調
4.経絡病機
5.臓腑病機
●内生の風・寒・湿・燥・火の病機
第5章 中医学の診察法[四診]
第1節 望診
第2節 聞診
第3節 問診
第4節 切診
第6章 中医学の診断法[弁証]
第1節 八網弁証
第2節 六淫弁証
第3節 気血弁証
第4節 臓腑弁証
第5節 経絡弁証
第7章 治則と治法
1.弁証
『医師は自身の感覚器官により、患者の反応から各種の病理的信号を収集する。それには望・聞・問・切という4つの診察法(四診)を用いる。四診により得られた疾病の信号に対して、分析、総合という情報処理を行い、「証候」を判断することを弁証という。』
2.論治
『「論治」とは、弁証により得られた結果にもとづき、それに相応する治療方法を検討して決定し、施行することである。したがってこれは「施治」ともいわれている。ここでは最もよい治療方針を確定するための検討が行われる。
弁証と論治は、相互に密接な関係をもつ。弁証は治療決定の前提であり、そのよりどころとなる。一方、論治は治療の方法であり手段である。論治による実際の効果を通じて、さらに弁証の結論が正確であったかどうかが検証される。このように弁証論治は、理論と実際の臨床により体系化されたものである。』
画像出展:「針灸学[基礎編]」
”理―法―方―穴―術”
『中医臨床では、この弁証論治の過程を理―法―方―薬と称している。ところで針灸学では主として、針あるいは灸を用い、経絡経穴に刺激をあたえ、疾病を治療するわけであるが、この針灸の弁証論治の過程は、理―法―方―穴―術ということになる。
理:各種の弁証法を運用して疾病発生のメカニズムを識別、分析すること。
法:弁証により得られた結果にもとづき、それに相応する治療原則を確立すること。
方:経穴による処方を指す。
穴:「穴義」ともいい、使用する経穴の作用と選穴の意義を指す。
術:手法(灸を含む)を指す。
このように理―法―方―穴―術は、針灸弁証論治のすべての過程であり、これが針灸弁証論治の特徴である。
中医学では長期にわたる臨床経験の蓄積によって、八網弁証・六淫弁証・臓腑弁証・経絡弁証・気血弁証・六経弁証・衛気営気弁証・三焦弁証などの数種の弁証方法が確立されている。
それぞれの弁証法は、異なる視点から病証を分析するものであるが、各弁証は孤立したものではなく、相互に関連し、重なり合う部分もあり、比較的複雑な病証を分析する際には補完しあう関係にある。八網弁証は、陰陽学説にもとづいた視点から病証の全体像を大づかみに把握するもので、その他の弁証の基礎となる。もし病邪の関与が際立っている病証であれば、六淫弁証によって病邪の種類と趨勢を分析する。気・血の機能不足や流通障害があれば気血弁証を、臓腑の機能失調があれば、病邪の種類などに応じて、六経・衛気営血・三焦弁証のうち最も適切な弁証方法を選択して診断する。』
以下の表や文章は専門学校時代の資料です。
最初の表は、中医学の授業で配布された資料を一部編集したものです。私の記憶では、上から3段目の”機能”が特に中医学を理解する上で重要だったように思います。
2番目の資料は今回ご紹介した「針灸学[基礎編]」の中にあった図を抜き出して1枚にまとめたものです。五臓の関係性や主な機能について書かれています。
3番目の資料は、おそらく問題を作るという宿題だったと思います。従いまして、弁証は間違っているかもしれません。中医学の”弁証”の雰囲気を知って頂くには悪くないと思い貼り付けました。
まとめ
●中医学は古典にもとづく新しい学問であり、“新古典”というものである。
●針灸は中医学の一部であり、他に湯液(漢方)、推拿(手技)、薬膳に加え、中国・西洋医学融合などを含んでいる。
●最大の特徴は弁証論治である。診断に相当する弁証は、“八網弁証”、”病因弁証”、”臓腑弁証”、”経絡弁証”、“気血弁証”、”六経弁証”、“衛気営血弁証”、“三焦弁証”、”六淫弁証”がある。特に基本となるのは“八網弁証”である。
◆一方、経絡治療は古典にもとづきながら、シンプルさを追及したもので、「経絡を整えれば臓腑も良くなる」という考え、いわば“臓腑経絡説”が中心にある。
以上のことから、漢方(中医学)に接する時には、古典にもとづいた新しい学問であることを認識すること。診断における多様性に注目し、あらたな見方、施術の応用として、明確な目的のもとで参考にすることは悪くないと思います。そして、その事により患者さまの状況が好転するならば、“応用法”として自らの施術に加えれば良いと思います。