腎臓のはなし1

下の図は、ブログ「腎臓疾患における活性酸素」でご紹介した『抗酸化の科学』という本の中にあったものです。

タイトルは“CKDの進展と酸化ストレス”となっています。CKDステージ1の糸球体・尿細管局所での炎症に続いて起こるCKDステージ2は、糸球体内皮細胞障害で、「腎機能における抗酸化物質の低下」と書かれています。これは増えすぎた活性酸素を抑制するための物質が減少するということです。 

CKDの進展と酸化ストレス
CKDの進展と酸化ストレス

画像出展:「抗酸化の科学」

この糸球体内皮細胞障害がどんなものか知りたいと思い、“腎臓内血管の構造と機能特性”という寄稿を、『医学のあゆみ 慢性低酸素状態の腎臓』というバックナンバーの中に見つけたのですが、残念ながらこのバックナンバーを販売しているサイトを見つけることはできませんでした。

驚いたのはこの寄稿が、度々お世話になっている『人体の正常構造と機能』という本の総編集をされている坂井建雄先生のものだったという点です。バックナンバーは手に入れることはできませんでしたが、これがきっかけとなって坂井先生の『腎臓のはなし』という本に出合えたのはラッキーでした。

前置きが長くなって申し訳ないのですが、もう少し続けさせて頂きます。

専門学校時代、解剖学(人体の構造)と生理学(人体の機能)が別々の授業(先生も別々)だったことに違和感がありました。「構造と機能を必要に応じ、関連させて説明したもらった方が分かりやすいのに。。。」と思っていました。そのため、坂井先生の、まさに”解剖学+生理学”という人体の正常構造と機能』には何度も何度も助けてもらいました。

本書の「あとがき」には、坂井先生のご専門が腎臓であるということが書かれており、これは、大変興味深いことでした。そこで、ブログは目次に続き、その「あとがき(一部)」から入りたいと思います。なお、目次の黒字がブログで触れている項目ですが、正確にお伝えしたい箇所については引用(『』)させて頂いています。 また、長くなってしまったためブログを3つに分けました。

著者:坂井建雄
腎臓のはなし

著者:坂井建雄

出版:中公新書

発行:2013年4月

はじめに

第一章 腎臓とはなにか? ―尿の意味論

・どのような臓器か

・ミクロの構造

・尿の主な成分は水である

・生命を育む水

・細胞にとっての重要度

・人体からの出入り

・腎臓の責任

・尿の生成は二段階方式

・排泄機関としての役割

・尿の色

第二章 尿は血液から作られる ―濾過をする糸球体の働き

・糸球体の形

・濾過フィルター

・無数の足突起を伸ばす足細胞

・糸球体は再生できない

・濾過量の測定

・腎臓と血管の関係

・腎臓の中の動静脈

・濾過の仕組み

・尿の材料となる血液

・濾過フィルターの異常

第三章 尿の調節は全身の調節 ―大量に作り、大量に再吸収

・尿細管の働き

・近位尿細管の特徴

・上皮細胞による輸送

・イオンと水の吸収

・髄質での濃縮

・濃縮の仕組み

・体液の浸透圧を調節

・腎臓による体液量の調節

・成分を調整する集合管

第四章 進化した腎臓 ―高度に発達した哺乳類の腎臓

・脊椎動物のさまざまな腎臓

・地球上での脊椎動物の進化

・高度に進化した哺乳類の身体

・尿を濃縮する腎臓の髄質

・哺乳類の糸球体の構造

・哺乳類の糸球体が機能するための条件

・腎臓の被膜

第五章 壊れそうで壊れない糸球体 ―繊細な構造、壊れない仕掛け

・臓器の隅々に広がる毛細血管

・毛細血管の内皮細胞

・糸球体の毛細血管の特徴

・糸球体の内部構造

・メサンギウムという結合組織

・糸球体にかかる大きな力を支える

・糸球体におけるメサンギウム細胞の役割

・糸球体が壊れないで働き続けるために

・傍糸球体装置

・レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系

・尿細管糸球体フィードバック

第六章 腎臓の謎を解読した歴史 ―医師たちは何に魅せられてきたのか

・腎臓の構造と機能を解き明かす

・古代の人たちは腎臓を知っていたか

・医師の君主ガレノス

・16世紀のヴェサリウスが見た腎臓

・マルピーギによる腎小体の発見

・尿細管の走行が明らかに

・ブライトによる腎臓の発見

・糸球体の研究史

・足細胞とメサンギウム細胞の発見

・濾過フィルターの主役さがし

第七章 腎臓病はやはり恐ろしい ―できるだけ長持ちさせて長生きする方法

・腎臓病は目立たない

・腎臓は少しずつ壊れていく

・壊れても生きていける

・慢性腎臓病CKD

・腎臓とともに生きる

あとがき

あとがき(一部)

『私が腎臓に興味を持つようになったきっかけは、たまたまの出会いのようなものである。私の解剖学での最初の研究テーマは、ハーダー腺というネズミの眼の奥にある脂肪分泌腺に関するもので、これで医学博士の学位を得た。腎臓の研究を始めたのはその後である。私と同じ年代で生理学教室にいた河原克雅君(現北里大学生理学教授)がイモリの尿管の電気生理を研究していて、解剖学的な見地から助言を求められ、それをきっかけにイモリの腎臓の共同研究が始まったのである。その後私は腎臓の解剖学研究の第一人者である、ドイツのハイデルベルク大学のクリッツ教授のもとに留学した。ここで手がけた糸球体についての研究から、私の腎臓研究は本格的に始まった。それ以来30年ほどの間に、腎臓の構造と機能に関する研究は急速に発展し、腎臓病の診断と治療にも大きな進歩があった。この腎臓研究の発展に形態学の面からなにがしかの貢献ができたこと、また腎臓の構造と機能についての理解が深化・変貌してきた様をつぶさに目撃できたことは、私にとって大きな喜びである。

冗談ごとではなく、第一線の研究者の言っていることが、ある日を境に180度変わってしまうこともありえるのである。糸球体の濾過のフィルターの主役が何かについて、私を含め誰もが糸球体基底膜が主役であると信じていたが、1998年にスリット膜が主役の座に躍り出て糸球体膜は日陰者になってしまった。それ以後に腎臓の研究を始めた若い人たちは、そのような紆余曲折の経緯を知るよしもない。』

第一章 腎臓とはなにか? ―尿の意味論

尿の主な成分は水である

・人間が生きるためには、さまざまな物質を外界から取り込む必要がある。

・第一に空気中の酸素、第二に食物、第三にである。

いきなり本題から外れてしまって申し訳ないのですが、上記を書き出したのは、東洋医学でとても重要なことの一つである“気・血・津液(シンエキ)”を、気⇒酸素血⇒食物津液⇒水に置き換えて考えることができるなら、「“気・血・津液”は人間が生きるために必要な、時代を越えて大切なもの」と言っても良いのではないかと思ったためです。 

「中医学アカデミー」さまのサイトにあった“気血津液について”というページをご紹介させて頂きます。

『中医学では、五臓六腑のほかに、人の体は気(き)・血(けつ)・津液(しんえき)の3つで構成されていると考えます。従って、中医学では病気は五臓六腑に多いが、気血津液とも深い関係があると考えています。』 

第二章 尿は血液から作られる ―濾過をする糸球体の働き

糸球体は再生できない

足細胞が細胞分裂をしない理由はよくわからないが、そのため、糸球体は一度壊れると再生することができない。

糸球体のどこかに、細胞分裂のできる未分化な細胞が混ざっている可能性は完全には否定できない。

・糸球体は繊細な構造で壊れやすく、再生することがないため、年齢とともに糸球体の数は少しずつ減っていく。

硬化糸球体とは壊れた糸球体に結合組織が進入て、毛細血管がつぶれてしまう状態である

・硬化糸球体の数は40歳を越えると硬化糸球体の数は急速に増えていき、60歳代になるとその割合は8パーセントになる。

腎臓の病気では、糸球体に炎症が起こって糸球体硬化が進み、正常に働く糸球体の数が大きく減る恐れがある。

糸球体が硬化する原因の多くが、足細胞であることがわかってきている。 

年齢による硬化糸球体の増加
年齢による硬化糸球体の増加

画像出展:「腎臓のはなし」

 

腎臓は腎移植で片側の腎臓を摘出すると、残された腎臓が大きく肥大して糸球体濾過量を増やすことが知られている。

実験動物を用いた詳しい研究によると、肥大した腎臓では、糸球体が大きくなって糸球体濾過量を増すこと、しかし足細胞の数は変わらないことが知られている。足細胞は大きくなり足突起の数を増やして、大きくなった糸球体の表面を覆うのであるが、この足細胞の努力には限界がある。

・腎臓の肥大がある程度以上になったり、肥大したところにさらに糸球体を傷害する因子が加わったりすると、足細胞が脱落して裸になった糸球体の表面がボウマン嚢の壁側上皮と癒着し、そこから糸球体内に線維芽細胞などが進入して糸球体が内部から壊れてしまう。 

糸球体濾過障壁を構成するフィルター
糸球体濾過障壁を構成するフィルター

画像出展:「人体の正常構造と機能 全10巻 縮刷版 第1版」

この写真は糸球体毛細血管の濾過障壁(3層のフィルター)を写したものです。下の毛細血管腔から[血管内皮細胞]、[糸球体基底膜(内透明版-緻密版-外透明版)]、[足細胞の足突起]となります。また、足細胞の足突起間にある“細隙膜”とは「あとがき」の中で坂井先生がお話しされていた(「私を含め誰もが糸球体基底膜が主役であると信じていたが、1998年にスリット膜が主役の座に躍り出て糸球体膜は日陰者になってしまった」)、スリット膜のことです。 

この細隙膜(スリット膜)について、本の中では次のようなことが書かれています(一つご注意頂きたいのは、私が持っている本は2008年発行の第1版です。最新は改訂第3版[2017年1月発行]になりますので、最新の内容とは異なるかも知れません)。

『足細胞の足突起の間には、濾過細隙が開いている。この細隙は、足突起がGBM[糸球体基底膜]に接するあたりで最も狭く、この部分に足突起をつなぐように細隙膜(スリット膜)が掛かっている。この細隙膜には、規則的な内部構造が報告されている。細隙の中心部を通る1本の糸と、それを両側の足突起の細胞膜につなぐ細糸がはしご状に配列して、その間に長方形の窓が多数あいている。

個体発生の過程をみると、濾過細隙が開く前の足細胞同士は、通常の上皮細胞にみられるのと同様、互いにタイト結合によって連結されている。糸球体の発生が進み、糸球体毛細血管が形成されると、タイト結合が細隙膜に置き換わり、足突起の間が開いて濾過細隙が形成される。病的な状態では、足細胞が足突起を失い扁平な細胞に変化し、濾過細隙も閉じてしまうが、このとき細隙膜に代わってタイト結合が足細胞同士を連結するようになる。細隙膜の基部にあたる足突起の膜の部分には、タイト結合と同じZO-1という蛋白分子が同定されている。』

濾過量の測定

・イヌリン・クリアランスは、糸球体濾過量を調べるための王道であるが、臨床の場ではもう少し簡便な方法が用いられている。それがクレアチニンという物質のクリアランスを調べる方法である。

・イヌリンが王道とされているのは、生体内に存在しない物質であり、正常では糸球体で濾過され、尿細管では再吸収も分泌もされずに排泄される。そのため正確な糸球体濾過量(GFR)が得られるからである。

・イヌリンによる検査(検体採取)には点滴によるイヌリン投与が必要で、患者さまの負担が大きい。

クレアチニンは生体内に存在する物質(内因性物質)であり、正常では糸球体で濾過され、尿細管では再吸収されないものの、わずかに分泌がある。また、正常でも筋肉量の影響を受けるなど、イヌリンに比べると糸球体濾過量の検査としての精度は高くない。 

血清クレアチニン(Cr)
血清クレアチニン(Cr)

画像出展:「病気がみえるvol.8 腎臓・泌尿器」

こちらの図の上段左は血清Crの流れです。上段右は、腎機能低下時を説明したもので、濾過されなかった血清Crは循環に戻されます。そしてGFR(糸球体濾過量)が正常の50%を下回ると血清Crが上昇し始めます。

下段は血清Crに異常をきたす要因ですが、高齢者や長期臥床のために筋肉量が顕著に低下している場合や、肝臓に障害がある場合などは、血清Crは低く出るので注意を要します。

 

腎臓と血管の関係

・糸球体による濾過は体液の量と成分を一定に保って人体の細胞が生きていけるようにするために必要である。

糸球体濾の量を十分に確保するためには、十分な数の糸球体が正常に働いてくれることが大前提である。

糸球体濾過のためには大切な要素がさらに二つある。一つは、腎臓に十分な量の血液が流れることであり、もう一つは、糸球体に十分な血圧が加わることである。

・腹部を縦に走る大動脈と大静脈は並んでいて、大動脈が左に、大静脈が右にある。

・腎静脈は左の腎静脈の方が長く、腹大動脈の前面を横切っている。そして腹大動脈から分かれた一本の動脈(上腸間膜動脈)が左の腎静脈の前を下って、腎静脈を挟み込むような形になっている。

左腎静脈の構造は圧迫されてこの周辺のうっ血や静脈瘤、あるいは腹痛や血尿の原因となる。 

腹部内臓を取り除いて後腹壁を見る
腹部内臓を取り除いて後腹壁を見る

先生の本の図2-7は「人体の正常構造と機能 全10巻 縮刷版 改定第2版」からとなっています。左の図は「第1版」ではありますが、カラーであることを優先してこちらの図を貼り付けました。

向かって右側が左腎です。中央水色の太い管は下大静脈、赤色の太い管は腹大動脈です。左腎につながる静脈は確かに長く、上から押さえつけるように走行している少し細い管は上腸間膜動脈です。この構造が、うっ血、静脈瘤、血尿、腰痛の原因になります(クルミ割り症候群)