著者のテンプル・グランディン氏はコロラド州立大学の動物学博士であり、自閉症の当事者です。また、自閉症啓蒙活動において世界的に影響のある学者のひとりとされています。
『本書では、自閉症の脳をさぐる旅にみなさんをご案内しよう。私は、自閉症をもっているが、この2、30年に、つねに最先端の技術を使った脳スキャンを数多く受け、さまざまな知見を得てきた。そのため、この知見と自閉症の体験の両方について語ることができる特異な立場にある。1980年代の後半にMRIが実用化されてまもなく、生まれて初めて「自分の脳をさぐる旅」に出かけるチャンスに飛びついた。当時、MRIはまだめずらしく、自分の脳の構造を細かく見るのは、すばらしいことだった。それ以来、新型のスキャン装置が導入されるたびに、かならず、まっ先にためしている。私は子どものころに言葉の遅れがあり、パニックの発作を起こし、人の顔をおぼえるのに苦労したが、そうしたことが、脳画像の解析によりいくらか説明できるようになった。』
これは「自閉症の脳を読み解く(The Autistic Brain)」という本の「まえがき」の書き出しの文章です。
このブログでは、自閉症の脳の特徴と感覚処理の問題について考えてみたいと思います。
NHK出版
自閉症の脳とは
・解剖学的には正常である。
・自閉症の脳は壊れているのではなく、順調に発達しなかったというものである。
・ユタ大学の研究では健常者との同質性は約95%であり、これは健常者同士に見られる同質性の比率と大差はない。
・自閉症の一部で見られる共通的な特徴は、大きい扁桃体と大きい頭である。
・大脳皮質の領域間の接続不足と接続過剰が見られる。(大脳内は白質と呼ばれる神経線維が高速道路のようにつながっており、このつながりに接続不足や接続過剰が見られるということです)
自閉症に多く見られる対人反応
・自閉症の人の大脳皮質は、人の顔を見ても物を見たときほど活発に反応しない。
・自閉症の人は目を合わせない。これは視線を合わせるアイコンクトに対して正反対の反応をするのである。右脳の側頭頭頂接合部が、普通の人の脳では相手の凝視に対して活性化したのに対して、高機能自閉症の被験者では相手が視線をそらしたときに活性化した。側頭頭頂接合部は、相手の心の状態を察するなどの対人関係の課題にかかわると考えられている。さらに、左脳の背外側前頭前野で正反対のパターンが見つかった。普通の人ではそらした視線に対して活性化が見られ、自閉症の人では相手の凝視に対して活性化が見られた。つまり、自閉症の人はアイコンタクトに反応しないのではなく、普通の人と反対の反応をするということになる。これは、普通の人が出す好意・嫌悪のサインと逆ということになる。(つまり、自閉症の人にとっては、無視や冷たい態度というものが、好ましい態度に感じられるということになります)
テンプル・グランディン氏の脳画像
・小脳が標準より20%も小さい:『小脳は運動協調性をつかさどっているから、この異常のせいで、たぶん私はバランス感覚がお粗末なのだろう。』
・脳をつなぐ連合線維に関して、下前頭後頭束と下縦束の接続が非常に多い:『「(以前)私の脳には視覚野につながるインターネットの基幹回線、直通の回線があるに違いない。だから記憶がいいのだ」。たとえのつもりだったが、この描写は、私の頭の中で実際に起こっていることをずばりと言い当てている。』
・左側脳室が右側脳室より50%以上も長い(通常は15%以内): 『私の左側脳室はとても長く、頭頂葉にまで伸びている。頭頂葉は作業記憶(ワーキングメモリ)にかかわっている。なるほど、頭頂葉が妨害されているから、私はいくつかの指令に迅速に従って作業をこなすのが苦手なのだ。頭頂葉は、また、数学的能力にもかかわっているらしい-だから私は代数で苦労するのだろう。』
・頭蓋内容積、頭蓋骨の容量と脳の大きさが、どちらも15%ほど大きい:『これもまた、何らかの発達異常から生じたと考えられる。損傷した部分を補うために、神経細胞が速く成長したのかもしれない』
・大脳左半球の白質がほぼ15%大きい:『またもや、この異常が生じたのは、左脳で発達初期に異常があったためと、脳が新しい接続を生みだすことによって補おうとしたためと考えられる。』
・扁桃体がおよそ22%大きい:『扁桃体は恐怖などの情動を処理するときに重要な役割を果たす。扁桃体がこんなに大きいから、私は生まれてからずっと不安にさいなまれているのだろう。1970年代の大半で私に襲いかかってきたパニックは、新たな視点で考えてみると、つじつまが合う。私には何もかもが怖い、私の恐怖心自体も怖いのだと扁桃体が語っていたのだ。』
・左右の嗅内野が左は12%、右は23%も厚い:『カリフォルニア大学ロサンゼルス校デヴィッド・ ゲッフェン医科大学院のイツハク・フリード神経外科教授によると「嗅内野は脳の記憶装置本体に通じる黄金の門だ。』
『当然ながら、この結果はすばらしいと思った。私を私たらしめている奇妙なことが脳で起こっていて、その奇妙な点のいくつかを浮き彫りにしているからだ。』
下はテンプル・グランディン氏の画像。
連合線維に関して、下前頭後頭束と下縦束の接続が非常に多い。
右がテンプル・グランディン氏の画像。
左側脳室が右側脳室に比べ非常に長い。
左の絵は2つの神経細胞。左は運動ニューロンで右は感覚ニューロン。運動ニューロンは樹状突起をもつ細胞体から筋肉に向かって遠心性に伝わる。一方、感覚ニューロンは皮膚などにある受容器から求心性に伝わる。
ここでは水色の髄鞘の下に軸索(有髄神経線維)が見える。灰白質とは、神経細胞の細胞体が存在している部位であり、これに対し、有髄神経線維だけの部位を白質と呼ぶ。大脳半球の内側には、有髄線維の集合体となっている白質が存在し、交連線維、連合線維、投射線維に分類される。なお、テンプル・グランディン氏が指摘されている下前頭後頭束と下縦束は、同側の大脳半球の異なる領域を繋ぐ連合線維に含まれる。
画像出展:「人体の正常構造と機能」(日本医事新報社)
連合線維の表層と深層、交連線維の前頭断と水平断で表した絵である。
画像出展:「人体の正常構造と機能」(日本医事新報社)
自閉症の感覚処理問題を分類する方法(テンプル・グラディン氏は重視されていません)
1.感覚刺激を求めるタイプ…自閉症の中に感覚刺激を求める傾向があるのは、自分が求めているほど感覚刺激が十分に得られないためである。その感覚刺激には音を求める人もいれば、筆者のようにじわじわと感じる圧力の刺激を求める人もおり様々である。また、自閉症の人が体を揺らしたり、ぐるぐる回ったり、手をひらひらさせたり、音をたてたりするのは自分で感覚を刺激しているのである。
2.感覚刺激に対する反応が過剰なタイプ…このタイプは、感覚刺激に対して過剰に敏感である。何かの匂いが我慢できないとか、騒がしいレストレンで座っていられない、ある種の服を着ることができない、ある種の食べ物が食べられないといった反応を見せる。
3.感覚刺激に対する反応が過少なタイプ…このタイプは、普通の刺激に対して反応が乏しかったり、まったく反応しなかったりする。例えば、聴覚に問題がなくても、名前を呼ばれて振りかないことや、痛みに反応を示さないことがある。
2010年に発表された「自閉症の感覚処理のサブタイプ-適応的行動との関連」による分類。この分類は特に理学療法士にとって、特に重要とされています。
1.感覚刺激を求め、不注意あるいは過剰集中の行動を招く
2.運動敏感性と低い筋緊張をともなう(反応不足あるいは反応過剰による)感覚調整
3.極端な味覚・嗅覚敏感性をともなう(反応不足あるいは反応過剰による)感覚調整
筆者はいずれの分類法も妥当であるとしながらも、同じようなデータが二つの異なる方法で体系化できることに疑問をもち、問題なのは解釈ではなく、データ自体にあると考えました。そして、自己申告による情報の重要性に着目すると共に、軽度な高機能自閉症だけでなく意思表示が困難な重度な自閉症患者についても考えなければならないとしました。ティムとカーリーはその例として紹介されています。
ティト・ラジャルシ・ムコパディヤイ
『(ティトは)著書、「唇が動かないなら、どうやって話せばいいのか-自閉症の僕の心の中」で、閉じ込められた生活から解放された話をしている。解放は、お絵かきボードに数字と文字を書き込むことによって実現した。ボードは、1990年代初め、ティトが4歳になる前に母親が与え、ティトは母親の助けを借りて数字とつづりをおぼえた。やがて母親は、ティトの手にペンをしばりつけて、書くことでコミュニケーションをはかれるようにした。
ティトは、ここ数年のあいだに本を何冊か出版し、その中で、現実をどんなふうに体験するのか、「行動する自分」と「考える自分」の二つに分けて説明している。最近、本を読み返して、初めて会ったときのことを思い出した。あのときは気づかなかったが、行動するティトと考えるティトをたて続けに見ていたのだ。
ティトと会ったのは、サンフランシスコの医療センターの図書室。照明は薄暗かった。蛍光灯がそなえられていたが、私たちの訪問を考慮して消されていた。部屋は静かで、雰囲気は落ち着いていた-気をそらすものはない。話をしたのは、ティトと私とティトのキーボードだ。私は、馬に乗っている宇宙飛行士の絵を見せた。ティトが見たことのないはずの絵をことさら選んだ-近くの本棚にあった「サイエンティフィック・アメリカン」誌のバックナンバーで見つけたテクノロジー関連企業の広告。ティトが自分の考えを言葉でどんなふうに述べるのか知りたかったのだ。
ティトは絵をよく見て、キーボードに向かった。「馬に乗ったアポロ11号」とすばやくタイプを打った。それから、羽ばたくように腕を上下させながら図書館を走りまわる。ティトがキーボードにもどってくると、牛の写真を見せた。「インドでは食べない」とティトはタイプを打った。それから、羽ばたくように腕を上下させながら図書館を走りまわる。私はもう一つ質問したが、それがどんな質問だったのか、今では思い出せない。それでも、次に何が起こったのかは、おぼえている。ティトは答え、それから、羽ばたくように腕を上下させながら図書室を走りまわったのだ。対談はそれで終わり。ティトは1回の面会で書けるだけのことを書いていた。休む必要があった。三つの短い質問に答えるだけでも、かなりの労力が必要だったのだ。
ティトは著書の中で、行動する自分を「奇妙で、じつによく動きまわる」と説明する。自分自身を「手とか脚とか」のように一つひとつの部分と考えていて、ぐるぐるまわるのは、「ばらばらの部分を一つにまとめる」ためだという。~中略~ 行動する自分は、腕を翼のように上下させて図書室を走りまわる。考える自分は、そうやって走りまわる自分を観察する。』
カーリー・フライシュマン:著書「カーリーの声-自閉症を打ち破る」
『カーリーはきわめて低機能だった。テイトと同様に、行動する自分はつねに動きまわったり、座って体を揺らしたり、叫んだり、手あたりしだいに何でも壊そうとした。そしてテイトと同様に、考える自分は、だれもが考える以上に多くの情報を取り入れていた。心の働きは、ある面では驚くほどふつうだった。
十代になると、いかにも年ごろの女の子らしい関心をもった。シンガー・ソングライターのジャスティン・ティンバーレークと映画俳優のブラッド・ピットに熱を上げ、テレビ番組に出演したときには、イケメンのカメラマンに夢中になったのだ。けれども、べつの点では、心の働きは複雑で、理解できるのは自分だけだった。
「カーリーの声」でとりわけ衝撃的な場面がある。カーリーは、自分が喫茶店で会話をするところ想像してみようと読者に語りかける。たいていの人なら、だれかとテーブルをはさんで座っていて、だれかが自分に話しかけ、自分は真剣に耳を傾けているところを想像するだろう。
カーリーは違う。私の場合、まったくちがう。テーブルのそばを通った女の人が香水の強烈な匂いをまき散らして、私の注意はそっちに移る。それから、後ろのテーブルから左の肩越しに聞こえてくるおしゃべりが耳につきはじめる。左の袖口で織りの粗い布地が腕をこする。それが気になりはじめると、今度は、コーヒーメーカーの立てるシューシューという音が、まわりのほかの音に混ざって聞こえてくる。店の入り口の扉が開いたり閉じたりするのが目に入り、疲れきってしまう。おしゃべりについていけなくなり、目の前にいる人の話をほとんど聞きのがす。…奇妙な言葉が聞こえるだけだ。 おしゃべりを続けるのが絶望的になったこの時点で、二つの行動のうちの一つをとるとカーリーは言う。心を閉ざして反応を示さなくなるか、癇癪を起すかだ。
これは興味深いと、この一節を読んだときに思った。カーリーの前に座っていて、行動を知覚の特徴から説明するとしよう。カーリーが心を閉ざしてしまったら-私が目の前に座って話しかけているのに、うわの空のように見えるなら-反応不足と分類するだろう。ところが、癇癪を起こしたなら-カーリーが言うように、これといった理由もなく笑いだしたり、泣きだしたり、怒りだしたりして、悲鳴まであげるなら-反応過剰と分類するだろう。
二つの異なる行動、感覚処理の二つの異なるサブタイプ-少なくともカーリーと向かい合わせに座って、外から眺めていたら、そんなふうに見えるだろう。ところが、自分がカーリーで、心の声を聞いていたら、二つの反応の原因は同じと考える。感覚刺激の過剰。情報過多だ。』
反応不足と反応過剰は別のものではなく、一つの状態から生じる二つの異なる反応である。このように考えるようになり、テンプル・グランディン氏は感覚処理問題を従来の分類で考えるのではなく、人間の五感から捉えるべきであるという考えに至りました。
以下は各問題について列挙された内容です。
感覚処理問題の傾向と対策
・視覚処理問題
<視覚処理問題がある人の行動と症状>
・目の近くで指をはじく
・読むときに首を傾ける。あるいは横目で見る。
・蛍光灯をいやがる(特に周波数が50Hzから60Hzの蛍光灯でよく生じる)
・エスカレータを怖がる。乗り降りするときの足の出し方がわからない。
・初めて訪れた家の階段をのぼるような、なじみのない状況を切り抜けるときに、やみくもに動する。
・印刷物を読んでいるときに字が揺れて見える。
・夜間視力が劣る。夜間の運転をいやがる。
・速い動きを嫌う。スーパーマーケットの自動ドアなど、速く(あるいは、いきなり)動くものを避ける。
・明暗の強いコントラストを嫌う。明るいコントラストの配色を避ける。
・多色のタイルの床や、格子状のものを嫌う。
<視覚処理問題の対策>
・蛍光灯のあるところなら、つばつきの帽子をかぶるか、窓のそばに座る。あるいは、旧式の白熱電球の照明器具をもってきて、自分専用にする。
・アーレン症候群用のアーレン眼鏡を手に入れるか、さまざまな淡い色のサングラスをかけてみる。
・読むものは、ベージュ色や水色、グレー、薄緑などのパステルカラーの紙に印刷してコントラストを弱くするか、色つきの透明なカバーを使う。
・コンピュータは、画面がちらつく旧式のデスクトップではなく、ノートパソコンかタブレットにする。背景を色つきにしてみる。
・聴覚処理問題
<聴覚処理問題がある人の行動と症状>
・聴覚は正常か正常に近いのに、聞こえていないように見えることがある。
・まわりが騒がしいとよく聞こえない。
・無声子音がよく聞こえない。母音のほうが簡単に聞こえる。
・大きな音がすると耳をふさぐ。
・駅や競技場、音の大きい映画館など、騒がしい場所でたびたび癇癪を起こす。
・煙感知器や爆竹、風船の割れる音、火災報知機など、ある種の音を聞くと耳が痛くなる。
・とくに刺激が過剰な場所にいるときに、音がまったく聞こえなくなったり、聞こえる音量が変わったりする。騒音は接続不良の携帯電話のような音がするのかもしれない。
・音の発生源をうまく見つけられない。
<聴覚処理問題の対策>
・騒がしい場所では耳栓をする(少なくとも1日の半分はずして、聴覚がますます敏感にならな
いようにする)
・耳が痛くなる音を録音し、音量を下げて再生してみる。
・大きな音は、くつろいでいて疲れていないときのほうが我慢しやすい。
・大きな音は、自分で音を出せるときや、音が出るとわかっているときのほうが、我慢できる。
・触覚敏感性
<触覚敏感性がある人の行動と症状>
・親しい人からでも、ハグされると身を引く。
・服を全部脱ぐ。あるいは、特定の素材の服しか着ない(ウールなどちくちくする素材は、たいていの問題の原因)
・特定の素材や感触が我慢できない。
・重い枕や絨毯の下にもぐりこんだり、体に毛布を巻きつけたり、せまい場所(例えば、ベッドとマットレスと台のあいだ)に入りこんだりして、じわじわと圧力を感じる刺激を求める。
・軽く触れられただけで、キレたり、癇癪を起こしたりする。
<触覚敏感性問題の対策>
・じわじわと圧力をかけると触角が鈍くなることがある。マッサージは、思いやりを教える役にも立つ。自閉症の人のほとんどが、加重ベストを着たり、重いクッションの下にもぐりこんだり、しっかりマッサージを受けたりして、触覚を鈍らせると、ハグされることに耐えられるようになる。
・ちくちく、ヒリヒリする衣類に対する感受性を鈍くするのは困難だが、新しい衣類はすべて、肌に触れる前に何回か洗濯する。タグは全部取り除く。下着を裏返しに着る(継ぎ目が肌に触れないように)。
・診察に対する敏感性は、ときには、診察で触れられる部分にじわじわと圧力をかけると、鈍くすることができる。
・嗅覚と味覚の敏感性
<嗅覚の感受性が鋭い人の行動>
・特定の物質やにおいを避ける。
・特定の強烈なにおいに惹かれる。
・何らかのにおいをかぐと癇癪を起こす。
<味覚の感受性が鋭い人の行動>
・特定の食べ物しか食べない。
・特定の舌触りの食べ物を避ける。
<嗅覚・味覚の敏感性問題の対策>
・こんな笑い話がある。男が診察室に入ってきて、手を頭の上にあげて言った。「先生、こうすると痛いんです」。すると医者は言った。「だったら、そんなことするな」この話は、嗅覚と味覚の問題について私が言いたいことをよく言い表している。いやだったら、やめよう。惹きつけられているにおいが、人のいやがるような、たとえば排泄物なんかのにおいだったら、心地よくて強いにおいを出すものに替えて試してみよう。ペパーミントなどアロマセラピーで使われるような香りがよい。