デンマークのスマートシティ5

著者:中島健祐

発行:2019年12月

出版:学芸出版社

目次は”デンマークのスマートシティ1”を参照ください。

6章 イノベーションを創出するフレームワーク

1.オープンイノベーションが進展する背景

厳しい風土が育んだ異業種連携

・デンマークのオープンイノベーションは、文化風土、産業の歴史と密接に関係している。

・天然資源が乏しく、人口の少ない国であり、厳しい自然の中で暮らすために人々は必然的にお互いに協力しあうという文化を育んできた。酪農を営むためは関係者が協同することが不可欠であったし、家具や建築の世界も連携する必要があった。

複雑化する社会に対応できないシステムの更新

・デジタル化によって各分野の個別システムがつながり、複数の分野を同時に考慮した最適化が行われないと、暮らしやすい都市はつくれないが、現実には行政組織は部門ごとに縦割り組織になっているので、柔軟に対応することができない。

現代は19世紀につくられた法制度に基づく社会システムの上で、20世紀のビジネスモデルを展開し、そこに21世紀の技術を使おうとしている状況になっているので、さまざまな矛盾が現われている。こうした、時代遅れの社会システムを現在に合う形に再構築するには、異なるセクターの知見を組み合わせたオープンイノベーションが欠かせない。

2.トリプルヘリックス(次世代型産官学連携)

・デンマークではPPP(公民連携:Public Private Partnership)によるスマートシティ・プロジェクトの推進やイノベーションの創出で民間のノウハウを取り入れている。

・コペンハーゲン市はPPPを推し進めるために2009年、コペンハーゲン投資局、広域コペンハーゲン、ジーランド地域が連携して「コペンハーゲン環境技術クラスター」を設立した。このコペンハーゲン環境技術クラスターが特に力を入れていたのが、「トリプルヘリックス(Triple Helix、デンマーク型産官学連携)」である。

デンマークのトリプルヘリックスは、公的機関、民間企業、研究機関がダイナミックに連携してプロジェクトを進める。日本では各機関からの出向となるが、デンマークでは、このクラスターの正規雇用者となる。

・クラスターの運営責任者はプロジェクトの企画書を作成し、国や自治体、民間企業から出資を募り、プロジェクトを実行する。運営責任者は自身の給与もプロジェクトを通じて捻出しなければならないので、必然的に企画力、関係者を巻き込むコミュニケーション力や交渉力に長けている人材が雇用される。

クラスターに腰掛けでいる人はいない。それぞれの職務責任も明確なので、結果を出すことに真剣になる。

・このトリプルヘリックスの成功事例としては、コペンハーゲン市やオーフス市のスマートシティ・プロジェクト、オーデンセ市のロボット・プロジェクトなどが挙げられる。

3.IPD(知的公共需要)

・IPDはPPPを高度化した手法である。特に複雑で革新的な要素を取り入れた公共プロジェクトを計画・実証し、大規模なインフラソリューションを調達・導入する際に有効であるとされている。

4.社会課題を解決するイノベーションラボ

マインドラボ

・「マインドラボ」はデンマークのフューチャーセンター(世界中で展開され、イノベーションを創出する手法として一般化されている)であり、2002年、経済商務省のインキュベーション組織として立ち上げられ、最後は産業・ビジネス・財務省、雇用省、教育省と3省庁の管轄になった。

マインドラボは、省庁横断的に社会問題を解決するための政策を設定し、ソリューションを開発、それらを社会実装することを目的に設立された。加えて国と自治体を結びつけ、さまざまな利害関係を統合する横断的なプラットフォームとしての機能を持つ。

・マインドラボは2018年に閉鎖され、よりデジタルに特化した組織の「破壊的タスクフォース:Disruption Taskforce」に引き継がれた。

※ご参考:“デンマークの公共部門におけるデザイン思考の実践―クリスチャン・ベイソン氏講演内容より―”

ブロックスハブ

「ブロックスハブ」は多様な企業や研究者がより良い都市づくりのソリューションを創出するためのイノベーション・ハブである。

・2016年に建築や都市プロジェクトを支援する民間組織「リアルダニア」、コペンハーゲン市、政府の産業・ビジネス・財務省により設立され、2018年から運用を開始した。

・ブロックスハブは未来のスマートシティ・ソリューションの戦略拠点であり、多国籍企業にとってデンマークや北欧市場へのゲートウェイとして位置づけられている。

・世界中に似たような組織やイノベーションセンターはあるが、異分野横断的な連携を実現できている組織はまだないというのがブロックスハブ幹部の見解(2018年9月)である。それをコペンハーゲンでつくりあげて世界に還元していこうというのがブロックスハブの狙いである。

※ご参考:“BLOXHUB

5.イノベーションにおけるデザインの戦略的利用

ユーザー・ドリブン・イノベーション

・デンマークでは2010年前後からイノベーションに注力した取り組みを強化しているが、多くは技術主導型のイノベーション議論が中心であった。一方、利用者をイノベーション・プロセスに巻き込むべきとの認識が高まり、デンマークでは伝統的に人間中心の考え方が浸透していたこともあり、その考え方を体系的にまとめ方法論として組み立てられたのが、「ユーザー・ドリブン・イノベーション」である。ただし、これはデンマーク固有のものではなく、フィンランドやスウェーデンなど他の北欧諸国でも取り組まれている。

デザイン・ドリブン・イノベーション

・ユーザー・ドリブン・イノベーションはユーザー自身が経験していないもの、認知していないものには対応できないという限界がある。そこで出てきたのが、デザイン・ドリブン・イノベーションである。

・アップルウォッチなどのウェラブル製品もデザイン・ドリブン・イノベーションで新たな価値を創出している。

データ・ドリブン・イノベーション

・デザイン・ドリブン・イノベーションと並行する形で取り組まれているが、「データ・ドリブン・イノベーション」である。デンマークにはオープンデータの形でビッグデータが豊富にあり、それを利用できる環境にあるので、データを有効活用してイノベーションを創出するという取り組みである。

日本とは異なり、デンマークのビッグデータは、業種や組織を横断したオープンデータである。

デザインドリブン・イノベーションから新たな展開へ

デンマークは人工知能や量子コンピュータでも世界トップクラスの研究を行っている。人工知能についてはXAIと言われる説明可能な人工知能を、社会インフラに導入し、さらに先進的かつ高度化したデンマークシステムを構築するべく、実証実験を進めている。また、量子論の育ての親とされる、理論物理学者ニールス・ボーアが設立したニールス・ボーア研究所では量子コンピュータの研究開発が行われている。

こうした動きを反映して、デンマークでも従来のデザイン・アプローチでは社会システムの変革を導くことは難しくなりつつあると認識しているデザイナーは、デザインを軸に、ビッグデータ+科学+ビジネスモデル+政府&市民を融和した総合的な価値体系の確立を模索している。

画像出展:「デンマークのスマートシティ」

6.社会システムを変えるデザイン

・デザインの戦略的利用の他に、社会システムを変える「ソーシャルデザイン」の取り組みがある。その誘因はデジタル化とIoTなど技術の進展と複雑に絡みあう課題である。

・デンマークは2018年に世界電子政府進捗度ランキングで1位になった。その評価項目の中で行政管理の最適化、オンライン・サービス、ホームページの利便性、オープンデータ活用で1位になっているが、これらの高評価の背景には、ソーシャルデザインが行政部門に浸透していることが関係している。

ソーシャルデザインが重視されているのは、都市の中で相反する課題を同時に解決しなければならず、社会システムから生みだされた課題は、社会システム自身を変えない限り解決することは難しいからである。なお、相反する課題とは、高齢化対応と質の高い社会福祉サービス、都市化と移民問題、スマートシティの推進とグリーン成長の実現、移民に対する人道的な対応とナショナリズムへの対策などであり、いずれも非常に難しい舵取りに直面している。

社会システムの設計に必要な要素は次の4つである。

1)成果への集中:公共サービスを社会に実装し、具体的な成果を見える形で提示すること。

2)システム思考:問題と利害関係者の相互関係を把握し、複雑化する社会課題を横断的に俯瞰しながら管理できる能力。

3)市民の参加:単発の市民参加イベントではなく、市民生活の深い洞察を通じて、供給者である行政の目線と需要者である市民の目線の調和を図ること。

4)プロトタイプ:少ないコスト・資源で高い価値をもたらすために、素早い実証と可能性のあるアイデアの改善。

デンマークでは、ある意味これを実現するために、「マインドラボ」で実験が行われ、「IPD(知的公共需要)」の体系が試され、そして「ブロックスハブ」の取り組みが始まったと言えるかもしれない。そのフレームワークはまだ確立されていないが、デンマークの取り組みを見ているとかなりノウハウと知見が蓄積されていると思われる。

・最近では、デンマーク・デザインセンター(DDC)」が公的セクターにデザイン手法を取り入れたイノベーションの実現とそれによる新たな社会システムの実現を目指している。元マインドラボの幹部で、DDCのCEOに就任したクリスチャン・ベイソンは、これを「パブリックデザイン」と呼んでいる。

DDCが強調していることは、リーダーシップの重要性である。人間中心でイノベーションを実現するソーシャルデザインを推進するためにも、公共の利益に基づくリーダーシップがなければ適切な組織をつくることはできないし、組織をまとめあげることもできない。これらを実現するために、2019年から行政や企業の幹部を対象にしたソーシャルデザインのリーダーシッププログラムがある。

※ご参考:“国営デザイン・コンサルファーム DDCの全貌 ― クリスチャン・ベイソンさん

画像出展:「デンマークのスマートシティ」

7章 デンマーク×日本でつくる新しい社会システム

1.日本から学んでいたデンマーク

なぜ、デンマーク・デザインは愛されるのか

・デンマークの企業は従来の「意匠としてのデザイン」から、開発段階で異なる要素を統合する「プロセスとしてのデザイン」を追求するようになり、ここ数年はデザインがビジネスモデルで重要な戦略要素の一つになってきている。政府は、さまざまな社会課題を分野・組織横断的に解決する手段として、デザインの戦略的利用を推進している。

・デンマーク・デザイン協議会が定めたデンマーク・デザインのDNAは10の価値で構成されている。

※ご参考:“DANISH DESIGN DNA"

ご参考:“DANISH DESIGN DNA RESOURCES"

画像出展:「デンマークのスマートシティ」

●日本からの影響

・デンマーク・デザインは1880年代に日本の工芸品や美術品の技術、特徴、職人技を学習し、一度その技法を真似た上で、そこに北欧独自の表現を加えて新しい体系をつくりだしたという経緯がある。これは現代のイノベーション・プロセスとまったく同じである。

・2017年の日本デンマーク外交関係樹立150周年を記念して、2015年から2018年1月までコペンハーゲンのデンマーク・デザインミュージアムにて「Learning from Japan展」が開催された。

・禅の影響も大きいとされている。簡素で装飾のない室内、そこに流れる静謐で調和した空間、枯山水の考え方が、デンマークで花壇などが減少する要因になったとされている。

※ご参考:“【北欧だより8】Design Museum『Learning from Japan』展

2.デンマークと連携する日本の自治体

なぜ、日本の自治体はデンマークに注目するのか

・日本では2014年に「まち・ひと・しごと創生法」(地方創生法)施行後、雇用創出、新産業の育成を行うべく取り組んではいるが地元ならではの特徴を活かしたプロジェクトを生みだせていない状況がある。こうした日本の自治体がデンマークに注目するのは、スマートシティの分野で世界的に高い評価を得ていること、意外にも観光、農業だけではなく、ICT、ロボット、ライフサイエンス分野においても発展し、そして洗練された社会保障制度に基づく高齢者福祉が充実していること、日本の自治体と同程度の面積、人口でそれらを実現している点にある。

3.北欧型システムをローカライズする

フレームワークの輸入で起こるギャップ

日本での顕著な失敗例は、海外で開発されたフレームワークを日本語化してそのまま利用する方法である。他国の異なる理念、制度、システムを導入しても日本の現状とのギャップの大きさにより破綻してしまう。

画像出展:「デンマークのスマートシティ」

4.新たな社会システムの構築

量子コンピュータ×人工知能がつくる未来への準備

・既に膨大なビッグデータは様々な可能性を有している。エクサスケールのスーパーコンピュータは、仮説の立案と検証サイクルを無限に回すことが可能である。これにより、医療、健康、エネルギーなどの問題解決に必要なソリューションを現場で実証せずとも開発することができるようになる。

・デンマークでは2017年に「技術大使」というポジションを創設し、デンマーク、シリコンバレー、北京に拠点を開き、先端技術の動向と社会に与える影響を分析する体制を整えている。ビッグデータ、人工知能、ブロックチェーン、量子コンピュータの開発を踏まえて人間中心型社会をサイバー攻撃から守り、新しいサイバー社会における人権の確立、新技術の倫理規定、さらにはサイバー空間における差別や格差の排除、そしてデジタル課税にも踏み込んだ研究と議論を進めている。

・デンマークは数十年先の社会を見据えて国家ビジョンを定め、小国が国際社会の中で持続的に存在しリーダーシップを発揮する戦略を構築していることを想定すると、このデンマークが考えている30年後の近未来に対する準備は、かなり現実的なアクションである。

感想

デンマークの面積と人口は北海道のおよそ半分。人口密度は北海道の約2倍です。一方、「2023年の世界経済競争力ランキング」の第1位はデンマーク。日本は35位でした。

この差は何か、本書内のデンマークに接すると、次のようなことではないかと思います。

一つは、自国を大切に思っている人、国の将来を真剣に考えている人の割合が、デンマークは日本より圧倒的に多いからだと思います。ここには、納得するまでは決して妥協しないというデンマークの人達の信念を感じます。なお、これは選挙の投票率からも推測できます。

※ご参考:“平均投票率86%、デンマークの若者は呼びかけなくても選挙に行く。「幸福の国」成り立たせる“小さな民主主義

そして、二つ目はリーダーシップです。“改善”は現場、ボトムアップでも十分に進みますが、“改革”は「ヒト・モノ・カネ」を考えることができる立場と実力を兼ね備えた人がリーダーにならないと、ダイナミックな推進は困難です。プロジェクトは迷走します。これが“改善”はできてても“改革”は進まず、35位にまで下がってしまった日本が抱える大きな課題ではないかと思います。なお、このリーダーシップの問題には過剰な忖度など、オープンとは言い難い日本特有の閉鎖性や年功序列的発想が障壁になっているケースも多いように思います。

※ご参考:“リスクよりも責任を恐れる日本人:正しい失敗を許容する社会へ

※ご参考:“人はなぜ失敗を恐れるのか。失敗の正体と正しい生かし方