今回は、前々回の“経筋療法”の中で知った、『中高年女性におくる腰痛の治し方』という富田先生の本が題材です。富田先生のご指摘通り、「中高年女性の腰痛は症状が広範囲にわたり治りにくい」という印象がありました。男女差という視点も多少は持っていましたが、論理的に練られたものではありませんでした。今回の目的は中高年女性の腰痛の特徴を把握し、確信をもって合理的な施術を行えるようにすることです。
著者:富田満夫
出版:創風社
発行:1999年9月
本書の中で使われている図や表はいずれも新しいものではありません。これはこの本自体の出版が1999年9月であるためです。
目次は次の通りです。
目次
第1章 腰痛はなぜおこる
問1 腰痛は女性に多い?
問2 なぜ多い女性の腰痛?
問3 「腰痛症」ってどんな病気?
問4 婦人科の病気でなぜ腰痛が?
問5 更年期からふえる女性の腰痛
問6 腰痛をおこす婦人科の病気は?
問7 腰痛も「病は気から」?
問8 お産のあとに多い腰痛
第2章 いたみが違う女性の腰痛
問9 深刻な離婚話も(セックスと腰痛)
問10 男性と女性の腰痛の違い
問11 腰痛がひどくなる動作は?
問12 軽作業がかえってつらい!(労働と腰痛)
第3章 診察するとこんな症状が
問13 いたくて反れない女性の腰痛
問14 足で「4の字」書けますか?
問15 あぶない足の神経症状
問16 骨盤のまわりに多い圧痛点
第4章 誰にでもある骨の老化(シワ)
問17 検査の異常は他の病気
問18 骨の老化がいたみの原因?
問19 骨盤のズレもいたみの原因?
第5章 1分間でいたみがかわる
問20 物療だけでは治せない
問21 治療の基本はリラックス
問22 効いていますか? いたみ止め
問23 安全でとてもよく効く膣内塗布法
問24 ハリ灸、漢方は本当に効くのか?
問25 いきいき熟女の毎日を
問26 みんなで考え、かえよう職場
問1は「腰痛は女性に多い?」です。今回のテーマともいえる内容がグラフや図を使って説明されており、概要に接することができます。ここでは文書の一部をそのままご紹介します。
また、問2以降は“自律神経”と“痛み”に注目し、それらに関して書かれた“問”を取り上げ、一部を除き箇条書き形式としました。
問1 腰痛は女性に多い?
こちらは、 厚生省『国民生活基礎調査』1995のグラフです。45歳以降女性が男性を大きく上回っています。
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
以下は本文からの引用です。
『腰痛の原因について、はっきりいって先に述べた病気[骨粗しょう症のこと]が原因とはわたしくしにはとうてい思えません。なぜならば骨の変化はずっと前からあるのにいたみは最近おこったとか、骨の変化はもとにもどることがないのにいたみは軽くなったなど、いたみと骨の変化が一致することが少ないからです。
しかし見方をかえて、わたくしたちの目的である「いたみをとる」ということができるなら、その方法で原因もはっきりすると思っています。わたしくしは年と関係なく「いたみをとる」ことができると確信しているのです。
この本を退屈でも最後まで読んでいただければ理解していただけると思います。
一方腰痛と関係が深い足(下肢)の症状についてみてみましょう。
「坐骨神経痛」で病院にかかっている人は中高年女性がいちばん多く、同じ年代の男性と比べて5割も高いのです(図3・1)!
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
中高年女性では足(下肢)にいろいろな症状(痛い、じびれる、だるい、冷える、つる、力が入らない、よくつまずくなど)が出ています。診察すると足に力が入らない、固くなっているなどの症状が見られるのです。
そのほか中高年女性の腰痛は首や肩、背中がこったり、疲れやすい、頭が痛いなどの症状がある人がとても多いのです。このように男性とくらべたときに症状のあらわれかたにちがいがあります。
このため骨の変化よりも中高年女性では何か全身に男性と違った変化が出ているのではないかと思われます。
ところで「腰が痛い」というと「婦人科が悪いのでは?」といわれたりしたことはありませんか?このように原因となる病気があるところから離れたところが痛むのを「関連痛」といいます(図5)。
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
お腹の病気で腰が痛くなるのは胃や肝臓の病気、腎臓の病気、婦人科の病気などいろいろあります。
しかし、女性では年をとるにつれてお腹のいたみは減っていき、男性とくらべても少なくなります。また、年をとるにつれて「更年期障害」を除いて婦人科にかかる人も少なくなっています(図3・3、図3・4、図3・5)。
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
したがってお腹の病気で腰がいたくなることは年をとるとともに減っていくので、中高年女性では少ないとみていいでしょう。
もちろん「子宮ガン」などがすすんで腰をいためることもありますので、そのための注意はいります。しかし全体としてみるときわめて少ないということです。ほかに年をとると男性よりも腰がいたくなるような病気は見あたりません。
更年期にはホルモンのバランスがくずれて、全身を調整している自律神経のはたらきがうまくいかなくなる「自律神経失調症」がおこりやすくなります。「更年期障害」というのはこのバランスをくずしておこす症状のことをいいます。
そして腰痛は肩こり、頭痛、疲れやすい、のぼせるなどの症状とともに「更年期障害」でいちばん多い症状の一つなのです(図6)。
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
すなわち自律神経のはたらきがうまくいかないと腰痛をおこすのです。しかも「自律神経失調症」の患者さんは生理が止まってもふえつづけ、65歳前後がいちばん多く、男性よりもはるかに多くなります(図3・5)。
問2 なぜ多い女性の腰痛?
●女性の骨盤は横に広く、お腹の赤ちゃんを守り、お産もしやすくできている。そのため骨盤の中に血管、特に静脈が多く、地球の引力によって骨盤の中はうっ血しやすい。
●月経、妊娠、お産、閉経などの変化は、自律神経やホルモンの影響うけており、骨盤の中ではうっ血が起こりやすくなる。さらに更年期になるとホルモンのバランスが乱れやすくなる。
●ミニスカートやコルセットは冷えや骨盤の中のうっ血を起こし、ハイヒールは背骨を反らせて痛みに原因になる。また、家事や育児など中腰の仕事が多い。
●母性としての働きが自律神経と極めて深い関係にあり、これが腰痛を起こしやすくしていると考える。
問3 「腰痛症」ってどんな病気?
●ストレスによって自律神経のバランスがくずれると腰痛を発症させやすいと考えている。なお、「腰痛症」とは原因不明の腰痛一般のこと。
問4 婦人科の病気でなぜ腰痛が?
『子宮、卵巣、膣などの女性の性器はからだを調整する「自律神経」といたみや運動と関係する「脊髄神経」の両方から影響を受けていますが、骨盤の中にある子宮、卵巣などは自律神経だけの影響を受けています。
すなわち、卵巣、卵管(外2分の1)などのいたみの刺激は脳に行くために、おへそからふともの(大腿)の高さの脊髄に入ります(交感神経系)。一方、卵管(内2分の1)、子宮、膣(上3分の2)からのいたみの刺激も脳に向かいます。こちらは肛門の周囲、内股から足指にかけての高さの知覚と関係する脊髄(副交感神経系)に入ります。』
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
●女性の性器を調整している自律神経に関係する痛みの高さはお臍から足先まで及ぶ。例えば、「月経困難症」で腰や足まで痛んだり、女性特有の背中や骨盤、股の付け根などの痛みも「関連痛」によるものと考えられる。
●自律神経は首や肩に多いため、こりや痛みが出やすい。
●婦人科の病気は年を取るとともに減っていくが、「更年期障害」や「自律神経失調症」は年と取るとともに増える。従って、年を取るとともに増える腰痛の原因は婦人科の病気より自律神経失調症によることが多い。図3・5
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
問5 更年期からふえる女性の腰痛
●「更年期障害」は更年期に出てくる自律神経症状といえる。また、更年期女性の20-60%の人に症状が出るといわれている。その主な症状は「肩がこる」「腰が痛い」「頭が痛い」「体がだるい」などである。図6
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
●更年期障害では、自律神経やホルモンと関係の深い間脳―下垂体―卵巣などに変化がおこり、冷え、のぼせ、多汗、睡眠障害などの症状がみられる。
問10 男性と女性の腰痛のちがい
●中高年女性の腰痛は骨盤中央(仙骨部)お尻(多くは片方)、足(下肢:しびれ、だるさ、冷え、下肢がつる、力が抜ける、つまずきやすい)、首など広い範囲にわたってみられるのが特徴。下腹の痛みや股の付け根の痛みも女性では腰痛との関係を考慮する。図8、図9
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
●中高年女性の腰痛の調査では3人に1人は骨折や捻挫をしており、腰痛そのものが非常に治りにくく、高齢による転倒、骨折で「寝たきり」の原因にまでつながっている。
●女性では股、膝の関節の痛みは腰痛との関係が深い。調査では3割以上が腰痛に加え膝痛をもっている。
●常に方側だけに痛みが出る人、痛みやしびれが左右に移動したり動いてまわる人、痛む側の反対側に所見が出る人など様々である。
問11 腰痛がひどくなる動作は?
●中腰:男女差はほとんどないが、女性では「顔や髪を洗う」「台所で前かがみで調理をする」「掃除機をかける」「庭を掃除する」「重いものをもつ」などの動作が非常に辛いものになっている。
●腰を反らす:この痛みは女性に顕著にみられる。
●長く立つなど:仰向けに寝ていると痛みが強くなる。「膝を伸ばして寝ると腰が痛い」「朝方に腰が痛くなる(寝腰)」「長く立っていると痛い」「しゃがんで草取りすると痛い」などじっとしている方が痛い。これはじっとしているために血のめぐりが悪くなり、骨盤の中でうっ血を起こすためと思われる。
●その他:「歩く」「坐る」「しゃがむ」は女性によくみられる症状だが、これは家事などの影響が考えられる。また、「痛みで夜目をさます」、いわゆる夜間痛は3倍以上になっている。
図10
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
問13 いたくて反れない女性の腰痛
●痛くて反れないタイプは、首や肩に痛みが出ている場合が多く、症状が広く出やすいことが女性の腰痛の特徴になっている。特に首を後ろに反らして上を向く動作が痛い人は、からだ全体のコリが強く出ていると考えられる。
問14 足で「4の字」書けますか?
富田先生は、この「4の字テスト」[理学検査では「パトリックテスト」と呼んでいるテスト]について次のように説明されています。『女性の腰痛の要ともいうべき一番重要な症状です。ぜひ試してください!この症状がとれてくると腰痛や全身の症状も軽くなっていき、足の力も出てきます。』
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
なお、「パトリックテスト」は、股関節や仙腸関節[骨盤中央]由来の腰痛かどうかを把握するために行われる検査です。
こちらの画像は『Infinity』さまの、“理学検査⑤〜パトリックテスト〜”より拝借しました。
問16 骨盤の周りに多い圧痛点
●中高年の腰痛は骨盤周辺に加え、お腹側にも圧痛点がみられる。図22
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
問18 骨の老化がいたみの原因?
ここでは“変性脊椎すべり症”について書かれた部分をそのままご紹介したいと思います。
『次に[1番目は“骨粗しょう症”です]中高年の女性に男性より多いレントゲン上の変化は腰の骨がずれる「変性脊椎すべり症」があります。この変化は中年女性にはじまり、約10-15%に見られるとされています。しかし、いたみとあまり関係がないとされ、ひどいスベリがあってもどうもない人もいますし、運動や治療で良くなっている人多いのです。
こうなるとレントゲン写真にあらわれる骨の変化はあまり中高年の女性の腰痛には関係がないといえるでしょう。最近はCTやとくにMRIの変化が腰痛の原因とされる人もふえています。
これらの検査は費用もかかり、家庭の主婦が多い中高年女性の腰痛ではその負担も重くのしかかってきます。レントゲン写真と同じように症状のない人にも変化があるので、とくに手術などの診断には慎重にありたいものです。まず適切な治療が優先されるべきです。そのあとでじっくり考えてきめても手遅れになることはほとんどありません。このことを強調しておきたいのです。』
問19 骨盤のズレもいたみの原因?
この問19も本文の一部をそのままご紹介します。
『お産のあとも骨盤のゆるみがいつまでも残っている人がいるのは事実です。若い人に多く老人には少ないといわれますが、わたくしたちの中高年女性の調査では3割以上にみられ、意外と多いものです。おっしゃるように骨盤がゆるんでいるために女性は腰がいたいのだという説があります(骨盤輪不安定症)。しかし、症状が出る前からゆるみがあったり、治っているのにゆるみだけが残っている人もいます。
また、このゆるみは年をとるとともにむしろ減っていくとされ、ふえていく中高年女性の腰痛の原因としては少ないと考えています。』
問21 治療の基本はリラックス
首の重要性を指摘されています。
『首や腰は前後に同じ方向にのびたり曲がったりすると同時に、手足も伸び縮みします(対称性緊張性頸反射)。このような反射が魚からヒトへと進化する中ででき上っていったのです。「あくび」をする時のような自然に出る動きですから、うまく利用するといたみのために動きにくくなっている全身を無理なく動かすことができるのです。』
画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」
問22 効いていますか? いたみ止め
“いたみ止め”には色々なタイプの薬がありますが、最も一般的なのは非ステロイド消炎鎮痛薬(NSAIDs)と呼ばれているものです。特に腎臓病の患者さまにとっては、非ステロイド消炎鎮痛薬は使ってはいけない薬です。これは痛みの原因となっている“プロスタグランジン(発痛物質)”には、常時胃腸や腎臓の血流を良くしてくれる作があるためです。つまり、“いたみ止め(非ステロイド消炎鎮痛薬)”を服用すると、胃腸だけでなく腎臓の血流にも悪影響を及ぼします。
腎臓病に限らず、患者さまには「痛み止めは、なるべく辛いときだけにしてください。ほとんど痛みがないのに、習慣的に飲み続けるのは止めた方がいいです。」とお伝えしているのですが、本書の中にも同様な解説が書かれていますので、その箇所をご紹介します。
腎臓に関する記述(発痛物質”プロスタグランディン”の作用と腎臓への影響)は、『整形外科やましな医院』さまの“痛みどめの薬について”で確認させて頂きました。
『「いたみ止め」の薬はいたみをおさえるだけで、病気の原因を治すものではありません。ほかの方法で治る病気ですから、できるだけ使用しない方がいいと思います。
ただいたみのため眠れない人には、眠れないことが症状をひどくしますので、ときどき使って治療法を覚えてもらって、早く薬を止めるようにしています。
また、スジがこわばっているため「ギックリ腰」をおこしやすく、このように急にきたいたみにはしばらく使うことがあります。
いたみ止めは「効くのはそのときだけ」で根本的な治療にはならないこと、恐ろしい副作用があることをいつも気をつけておいてください。』
まとめ
以上のことから、中高年女性の難治性腰痛に対する鍼治療を考える場合、次の視点が重要であると考えます。
1.女性は男性に比べ、筋量が少なく筋力も弱い。
2.女性の腰痛は、背中、お尻、脚、肩、首と広範囲に及ぶ。
3.首は約6kgの頭を支えている。
4.骨盤は体幹と2本の脚を支える土台であり、常に重力と動作による力を受けている。
5.子宮、卵巣等を内部に抱えた骨盤の構造は男性とは大きく異なる。
6.体を休め、臓器の働きを良くする副交感神経系は首と骨盤(仙髄)から出ている(交感神経系は“胸腰系”、副交感神経系は“頭仙系”と呼ばれる)
7.更年期はホルモンのバランス、自律神経の働きを乱す。
なお、上記のポイントを踏まえ、どのような施術をするかについては、次回以降の宿題とさせて頂きます。