患者さまの中に症候性便秘(甲状腺機能低下症)に苦しんでいる方がいます。鍼灸治療により自然排便(直腸の収縮力、腹圧、重力の3つの働きにより、自然に排便すること)の頻度は増えているものの、残念ながら、まだまだ良い状態とはいえません。そこで、数ある本の中から松生クリニック、松生恒夫先生の著書である、『「排便力」をつけて便秘を治す本(マキノ出版)』を拝読し勉強させて頂きました。
なお、患者さまは冷え型の脈なので、肺脾の土穴(太淵・太白)を中心に、腹部は中脘(胃)・天枢(大腸)・関元(小腸)の各募穴(臓腑の気が集まる所)、そして足三里と三陰交には台座灸を使っています。
便意が起こるしくみ
画像出展:「排便力をつけて便秘を治す本」(マキノ出版)
①胃の中に食べ物が入り、胃壁が伸びると反射的に結腸が動きはじめます。(胃・結腸反射)
②便が直腸に送られると、直腸の壁が刺激され、便意が起こります。(直腸反射)
③直腸からの信号が脊髄を経て脳に伝わり、排泄の指令が出されます。
④大脳に信号が伝わると、そのときの状況によって、「がまんする」か「いきむ」かが選択されます。
「いきむ」の指示によって排泄の指令が出ると、腹筋が収縮し腹圧がかかって直腸が収縮し排便します。
一般的な便秘の分類
画像出展:「排便力をつけて便秘を治す本」(マキノ出版)
症候性便秘
・全身疾患に伴う腸管運動障害による便秘を指します。全身疾患として、内分泌代謝異常、中枢・末梢神経疾患、膠原病が主なものとして上げられます。中枢神経の代表的な疾患は、脳血管障害、パーキンソン病、自律神経疾患、変性疾患などが知られています。(「症状からアプローチするプライマリケア」)
常習性便秘(慢性便秘は医学的には、常習性便秘と呼ばれています)
・直腸性便秘は直腸までは便が降りてきているのに、便意が起こらないために便秘になります。
・けいれん性便秘はストレスから結腸の緊張が異常に高まって起こります。便秘と下痢をくり返すのが特徴です。
・弛緩性便秘は大腸全体の運動機能が低下して起こるタイプ。「お腹が張っているのに排便できない」のが特徴です。
ポイント
・便秘治療は「腸のリハビリテーション」です。
・便秘は腸の機能が障害されている状態であり、失われた機能を取り戻すための訓練を行うことが便
秘治療の本質です。
・便秘治療で何よりも重要となるのが、日々の生活習慣の改善です。
・便秘は1000万人を越えていると推計されます。年代は10代後半~30代前半の女性に多く、この年代では40~50%が便秘であることを自覚しています。
・専門医の共通認識では、2~3日に一度排便があり、その他の症状がなければ便秘とは言いません。
・便秘により老廃物をため込むと、老廃物の蓄積から、血流の悪化や代謝(体内での物質の処理)の悪化が起こってきます。これが引き金となって、腹部の膨満感や腹痛が現れやすくなります。また、症状は腹部だけにとどまらず、浮腫みや冷え、肌荒れやニキビ、体臭など全身に及んでいきます。
・便秘は腸内環境が悪化したサインであり、腸が正常に働くことができていない状態です。
・大腸の働きの中心は「蠕動運動」という収縮活動で、消化管のなかでも、便秘と最も直接的にかかわっています。
・大腸の入口である結腸に送られてくる食べカスはドロドロの液状になっていて、約18時間以上かけて結腸を通過します。その間に少しずつ水分やミネラル(ナトリウム、カリウムなど)が吸収され、未消化成分がだんだんと固まって便になっていきます。便として固形化した残渣(必要な栄養分が取り除かれた残り)はS状結腸に送られ、ここに貯留することになります。そして、S状結腸にある程度の便がたまると、大蠕動という腸の収縮活動によって直腸に押し出されます。
・結腸全体、特に下行結腸からS状結腸にかけての強い蠕動運動のことを「大蠕動」といいます。大蠕動は、1日3~4回、食べ物や水分を摂ると胃・結腸反射が起こり、それに伴って引き起こされます。
・大蠕動で直腸上の収縮運動が反射的に起こります。これを「直腸反射」といいます。直腸反射と同時に、移動した便が、骨盤内臓神経などの知覚神経を介して脳の中枢に伝達され、便意として自覚されます。
この胃・結腸反射には、胃・小腸・結腸・直腸等の周囲に約1億個も存在する腸神経が関与していると考えられています。脳の指令によって便意が起こると、腹筋が持続的に収縮し、横隔膜の働きによって、腹腔内が便をさらに肛門に向けて前進させるように動きます。
・便が直腸を進んでいく段階で、直腸の収縮や肛門の周囲にある肛門挙筋という筋肉の収縮が起こります。こうして、便は肛門に向って押し出されることになります。
大蠕動
・モチリン
モチリンとは睡眠中に周期的に放出されるホルモンで、十二指腸粘膜のMo細胞から分泌されますが、十二指腸におけるアルカリの存在、空腹状態、副交感神経によって亢進されると考えられています。
このホルモンは、胃と小腸に「空腹期伝播性強収縮」と呼ぶ収縮運動を起こし、腸内の内容物を自動的に肛門側へとゆっくり送り出します。これはかなり強い運動で、消化酵素や消化管ホルモンの分泌も刺激します。このようにして消化管内はきれいに掃除され、翌朝の排便と朝食への準備をしています。このことにより、モチリンは「housekeeper of the gut (消化管の清掃係)」と呼ばれています。
ところが、モチリンは胃腸が空にならないと十分に働いてくれないという課題があります。つまり、モチリンが機能するためには、夕食は眠る2~3時間前には終わらせることが必須になります。また、ストレスがあるとモチリンの分泌は低下するので、夜は体のリズムに合わせ、脳への過剰な刺激を避け、リラックスを心がけることが大切です。
画像出展:日経Gooday 30+ 「最近おなかがよく鳴る 健康それとも不健康?」
・腹圧
便秘は生活習慣の食事、睡眠、運動がとても大切です。そして、腹圧を高める筋肉は排便力を高めてくれます。
腹直筋
排便するときは、下腹部に力を入れていきみます。このようにいきむと腹圧が掛かって腸が刺激され、排便が促されます。この時に最も使う筋肉がお腹の中央を縦にはしる「腹直筋」です。腹直筋などの腹筋は運動不足や加齢によって明らかに衰えていきます。また、女性は男性に比べ筋肉量が少ないので、日頃から鍛えておくことが望まれます。腹筋の運動は筋力を高めることが目的ではありませんので、リラクスした状態で「ゆっくり、じっくり」行います。
画像出展:「排便力をつけて便秘を治す本」(マキノ出版)
画像出展:「人体の正常構造と機能」(日本医事新報社)
腹直筋は体幹前面の中央にあります。下方は恥骨、上方は肋骨に付着する大きな筋肉です。
まとめ
便秘対策の中で、「大蠕動」に着目した改善ポイントは以下の3つです。
1.夕食は眠る2~3時間前には終わらせ、胃腸を空にする。
2.夜は体のリズムに合わせ、脳への過剰な刺激を避け、リラックスを心がける。
3.1日1回、腹筋運動でお腹に刺激を与える。
付記
「下行性疼痛抑制経路が脊髄排便中枢を刺激する」これは、日本生理学会のサイエンストピックに掲載されている内容です。なお、この下行性疼痛抑制経路とは、「ドーパミンの鎮痛作用」の中に登場しているメカニズムです。
『過敏性腸症候群(IBS)のようなストレスによる排便障害や、パーキンソン病における便秘など、中枢神経系が関わる排便障害が大きな問題となっている。しかしながら、詳しい病態が明らかになっておらず、治療法が確立されていない。排便の中枢性の制御は、腰仙髄部にある脊髄排便中枢と脳にある上脊髄排便中枢の二つの中枢によって行われる。これまで我々は、脊髄排便中枢に着目した研究を行ってきた。今回我々は、ノルアドレナリンおよびドパミンを脊髄排便中枢に投与すると、結直腸の運動が亢進することを発見した。この作用は、ノルアドレナリン、ドパミンがそれぞれα1アドレナリン受容体、D2様ドパミン受容体を介して、仙髄副交感神経の節前神経を興奮させることで起こる。
脊髄において、ノルアドレナリン、ドパミンは痛みの制御に深く関わっている。また、そのほとんどが脳から下行性に投射する軸索に由来するため、下行性疼痛抑制経路と呼ばれている。我々の結果は、この下行性疼痛抑制経路が痛みだけでなく、大腸運動も制御している可能性を示唆している(下図)。この経路が立証されれば、IBSにおける排便障害の病態解明につながるものと期待できる。IBSでは大腸における過敏症が起きているので、これによって下行性疼痛抑制経路が過剰に活性化され、消化管運動の異常が起きると考えられる。また、パーキンソン病ではドパミン神経が変性するが、脊髄排便中枢におけるドパミンの減少がパーキンソン病における便秘の原因の一つになり得る。我々はこの研究結果が、中枢神経系が関わる排便障害の病態解明および、新規治療戦略の立案につながると考えている。』
左をクリックすると、上記のサイエンストピックスに移動します。
付記
患者さまからのご質問で、食物繊維について調べていた際、2016年のものですが、内容の濃い資料を見つけましたのでアップさせて頂きます。