量子コンピューター誕生

量子超越(quantum supremacy)というのは、「量子コンピューターで従来のコンピューターにはできない計算をする」という意味の造語だそうです。

量子コンピューターが世界最速のスパコン(スーパーコンピュータ)を凌駕したという【量子超越】のニュースは、前々回のブログ“スマート・クリエイティブ”の中でご紹介しましたが、このGoogle の量子コンピューターのことは、日経サイエンスで特集されていました。

日経サイエンス 2020年2月号

出版:日経サイエンス

発行:2020年2月

量子コンピューターはたった53個の素子で世界最速のスパコンを超える計算を実行した。この計算能力を生かせるキラーアプリケーションの発見を目指して世界中で競争が始まっている。

画像出展:「日経サイエンス」

「前」世界最速のスパコン

米国立オークリッジ研究所にあるスパコン

サミット

・台数(ノード数):4608

・CPU数:9216

・メモリ:10PB(ペタバイト)

・ストレージ:250PB

・OS:Linux

 

2020年6月22日に富士通/理化学研究所の“富岳”が世界1位になったという発表がありました。

画像出展:「日本経済新聞

富岳

・台数(ノード数):158,976

・CPU(コア)数:8,266,752

・メモリ:4.85PiB(ぺビバイト)

・ストレージ:150PB

・OS:Linux 

画像出展:「日本経済新聞

性能比較

Google 社の量子コンピューター(53個の超電導量子ビット)

画像出展:「日経サイエンス」

チップの中身

量子コンピューターチップには、53個の超電導量子ビット(右)が格子状に並び、接続を制御する接続器でつながっている。1つ抜けているのは(上段中央の白いチップ)壊れて動作しなかったため。

 

 

この特集は技術的な解説が中心ですが、難解ということもあり、私の関心は“これからの見通し”と“量子コンピューターの扉を開けたのは誰か”という2点です。 

前者は、「量子コンピューターが近い将来に世界を変えることはない。これは現在の量子コンピューターが計算できるのは特殊なものに限定されており、科学者や産業界が期待する実用的な計算ができるようになるかどうかは未知数である」ということでした。

東京大学の中村泰信先生は、『「今の延長で、2~3年のうちにおそらく200量子ビット程度まではいけると思う」』、とお話されています。

また、本誌には2つの視点から今後の課題が書かれています。

各ビットを制御するために必要な膨大な配線をどう処理するかが大規模化の課題になるという。よく巨大なシャンデリアのような量子コンピューターの写真を見かけることがあるが、あれは中心にある量子チップを冷やす冷凍機で、無数の金属線はそのチップの素子を制御する配線だ。』

エラーを訂正しながら計算が続けられる量子コンピューターを実現するにはあと20~30年かかると、研究者の多くはみている。それまではエラー耐性量子コンピューターを目指しつつ、エラー訂正できない小規模な量子コンピューター(これをNISQ[Noisy Intermediate-Scale Quantum device]と呼ぶ)で何か面白い計算ができないかを探索する研究が進むだろう。』

量子コンピューターは極めて興味深い技術革新ですが、まだまだツボミ、満開になるまでにはかなりの月日を要するようです。

画像出展:「日経サイエンス」

左はマルティニス教授(2017年12月、グーグル研究所)

 

 

後者の“誰が量子コンピューターの扉を開けたのか”という疑問は、オックスフォード大学の物理学教授、ディヴィッド・ドイッチュ(David Deutsch)先生というのが答えでした。日経サイエンスの記事の中にも誕生までの経緯に関するお話が出ていましたので、そちらをご紹介します。 

画像出展:「日経サイエンス」

この写真はドイッチュ先生のホームページから拝借しました。

 

 

 

・量子的に動作するコンピューターというアイデアが初めて注目を集めたのは1981年5月、IBMの計算機科学者ランダウア―(Rolf Landauer)が主催した「第1回物理と計算の国際会議」である。会議には著名な物理学者のファインマン(Richard Feynman)が招かれ、計算機による物理コミュニケーションについて講演した。そして「(量子力学以前の)古典力学を扱う解析はどれもうまくいかない。自然は古典力学では動いていないので、シミュレートするなら量子力学的にやるべきだ」と結論し、量子コンピューターの必要性を予言した。

・『ドイチュが1985年に量子コンピューターの動作を定式化した論文を出したときには、「反響はほとんどなかった」という。量子的な重さね合わせは今でこそ計算のリソースと捉えられているが、当時は量子力学を構成する理論上の枠組みだと思われていた。そんな実体のないものに情報を保存して計算するというのは突拍子もない話で、しばしば「幽霊を使って計算するコンピューター」と評された。

だが量子コンピューターの理論に関心を持つ人はじわじわと増えていった。1994年にベル研究所のシェア(Peter Shor、現マサチューセッツ工科大学)が量子コンピューターによって巣因数分解を桁違いの高速で解くアルゴリズムを提唱すると状況は一変し、大勢の研究者が流入して、第1次の量子コンピューターブームが起きた。

※ご参考:量子論および「重さね合わせ」についての簡単な説明は、ブログ“スマート・クリエイティブ”の前半にあります。

1982年ごろ、英オックスフォード大学のポスドク、ドイッチュ(David Deutsch)は、それまで数カ月にわたって進めてきた計算を終え、ひとつの結論にたどり着いた。今まさに理論を完成しつつある新しい計算機「量子コンピューター」は、まったく新しい計算をする。

「それは特別な瞬間だった」とドイッチュは振り返る。「量子コンピューターの理論は、新しい計算の理論だとわかった」。 

1985年7月ドイッチュは量子コンピューターの理論を論文として発表し、その中でこう書いた。

「いつの日か量子コンピューターを作ることが技術的に可能になるかもしれない。おそらくは超電導回路の量子で」

34年後の2019年10月、グーグルの量子AIグループを率いるマルティニス(John Martinis)らが、超電導回路を使った量子コンピューターで、世界最速のスパコンで1万年かかる実験を200秒で実行したとNature誌に発表した。そしてこの劇的な加速によって「量子超越」が実験的に示されたと宣言した。

・マルティニスはカリフォルニア工科大学で行った講演でこう語った。「量子超越は、ソロバンから最先端のコンピューターまで、あらゆる計算機は同じクラスの計算をするという【拡張チャーチ・チューリングのテーゼ】への反論だ。量子コンピューターは、新しいクラスの計算をするデバイスなのだ」。ドイッチュの予想は30年余りを経て、マルティニスによって現実のものとなった。

※IBM社の反論:Googleが世界で初めて実証した「量子超越性」にIBMが反論、量子コンピューターはシミュレートできるのか?” こちらはGigazineさまの記事になります。

※Google 社の計画:米グーグルが量子コンピューターの野心的計画、10年以内に「万能」目指す” こちらは日経XTECHさまの記事になります。

画像出展:「日経XTECH」

左下を見ると、”Google AI Quantum"とあります。そこで検索してみるとGoogle Researchというページを見つけました。

 

 

 

画像出展:「Google Research」

こちらはGoogle Researchにあった”Quantum”というページです。左の絵は”The Question of Quantum Supremacy”につながります。また、”Quantum”のページには次のような説明が出ていました。『A research effort from Google AI that aims to build quantum processors and develop novel quantum algorithms to dramatically accelerate computational tasks for machine learning.』

卓越した才能をもったドイッチュ先生の著書の中に、「無限の始まり」という著名な本があることを知りました。

論外の難しさであるのは間違いなく、ページ数も600ページを超える大作のため買うつもりは全くなかったのですが、幸いにも、図書館に所蔵されていることを見つけました。

パラパラとページをめくっていると、400ページの“時間とは「もつれ」現象である”という見出しに続いて、量子コンピューターに関する記述がありました。ブログではその冒頭の部分をご紹介します。

著者:デイヴィッド・ドイッチュ

出版:合同出版

発行:2013年11月

 

こちらは原書です。発行は2012年1月でした。

『物理学における私の研究テーマのいくつかは、「量子コンピューター」の理論に関するものだ。量子コンピューターでは情報を伝える変数があの手この手で守られ、周囲ともつれを起こさないようになっている。そうすることで、情報の流れを単一の歴史に限定しない新たな計算モードが実現されている。あるタイプの量子計算では、同時に行われる膨大な数の異なる計算が互いに影響を及ぼし合い、ひいては一つの計算の結果に寄与する。このことは「量子並列性」と呼ばれている。

一般に、量子計算では情報の個々のビットを「キュービット(量子ビット)」と呼ばれる物理的物体で表す。キュービットを物理的に実現する方法はいくつもあるが、二つの不可欠な特徴をかならず備えている。一つは、個々のキュービットに離散的な二つの値のどちらかをとれる変数があること、もう一つは、キュービットをもつれから保護する特殊な措置―キュービットを絶対零度近くまで冷やすなど―が講じられていることだ。量子並列性を用いる典型的なアルゴリズムではまず、キュービットのいくつかで、情報を伝達する変数に両方の値を同時に獲得させる。ここで、キュービットをまとめて(たとえば)数を表す一時記憶(レジスター)と見なせば、レジスターとしてのさまざまな実在の数は、キュービット数の二乗という指数関数的な大きさになる。そして、一時的に古典的な計算が行われ、そのあいだに分化の波がほかのキュービットのいくつかへと広がる―だが、それ以上は広がらない。そうならないような措置が講じられているからだ。ゆえに、情報は膨大な数の自律的な歴史それぞれのなかで別個に処理される。最後に、影響を受けるすべてのキュービットが絡む干渉プロセスによって、数々の歴史に含まれる情報が単一の歴史にまとまる。中間段階の計算が存在し、情報はそこで計算されているため、先ほど議論した単純な干渉実験[多宇宙における情報の流れに関するもの]の場合とは違って、最終状態は初期状態と同じではなく、図13に示すように初期状態の関数となる。

画像出展:「無限の始まり」

 

 

 

宇宙船の乗組員は自分のドッペルゲンガー[分身]と情報を共有し、一つの関数を異なる入力に対して計算することによって大量の計算をやってのけたが、量子並列性を利用するアルゴリズムでもまさに同じことをする。だが、先ほどの架空の計算は、プロットに合わせていろいろ創作できる宇宙船の規則の制約しか受けなかったのに対し、量子コンピューターは量子干渉をつかさどる物理法則の制約を受ける。多宇宙の助けを借りて実行できるのは、決まったタイプの量子計算しかない。そしてそのタイプでは、最終結果に必要な情報を単一の歴史にまとめるうえで、たまたま量子干渉の数字が最適なのである。

この手法による計算では、わずか数百キュービットの量子コンピューターでも、観測可能な宇宙に存在する原子よりはるかに多い数の計算を並列に実行できる。本書の執筆時点[2011年頃]で製作されている量子コンピューターのキュービット数は10だ。この数の「拡張」は量子テクノロジーにとってたいへん難関だが、徐々に実現しつつある。』

ご参考:”量研(QST)における量子生命科学研究

上記をクリック頂くと、量子科学技術開発機構さまの資料(PDF19枚)がダウンロードされます。図、写真、表などが多く含まれた親切な資料です。

付記:”量子技術にまい進する中国--第14次5カ年計画にみるその野望

こちらは、2021年3月30日付のZDJapanさまの記事です。

『~中国はその中でも量子コミュニケーションに対する果敢な取り組みを続けており、さらなる加速に向かってまい進している。中国はその計画の目標の1つとして、古典的な通信テクノロジーに匹敵する長距離高速量子通信システムの開発を挙げている。~』