今回のブログは“痙直型両まひの治療 Ⅰ.痙直型両まひ児の臨床像”について書かれた箇所のご紹介です。“症例検討”では3つのうち、最初の“症例1”のみをお伝えしています。
なお、前回の“1”と同様に箇条書きにしたものと、そのまま忠実に抜き出したものが混在しています。
C 痙直型両まひの治療
Ⅰ.痙直型両まひ児の臨床像
●治療では頸部と中枢部の安定性を考えることが最も重要である。この2つは頭部のコントロール、上肢の支持や運動、下肢の運動といったヒトの発達の基本となる。
●多くの両まひ児は歩けるが、関節拘縮や変形、筋の変性といった下肢のアライメントと運動パターンに大きな問題を抱えている。
●とりわけ両まひ児の足部運動は考慮する必要があり、硬くて動かないために「凍りついた足部」と呼ばれ、立位・歩行では下肢の選択的な運動を困難にする。
●正常発達では足部の背屈は立位・歩行の選択的な運動を可能にする。
●健常児は全身の全体パターンを使って立ち始める時、股関節は強く内転・伸展し、また足部は底屈となり、選択的な骨盤と下肢の運動はまだ獲得できていない。しかし、足部が立位で自由に運動できるようになると、つま先のダイナミックな動きや足関節の背屈を伴った骨盤と下肢の選択的な運動が出現してくる。したがって、立位で両まひ児の足部の運動性がない場合、常に下肢は強い内転・内旋・伸展位となる。
●すべての両まひ児は、骨盤の非対称、下肢のアライメント不良、強い股関節内旋の問題を抱え、股関節内転・足部底屈を強めていく。このような下肢の過緊張パターンと弱い運動性を変えるため、セラピストは中枢部の動的安定性を伴った足部の運動性を引き出さなければならない。足関節の角度としては、少なくとも0°以上は必要である。
●セラピストは、はじめに子どもの不適切な動きとアライメントを評価して、機能的活動に必要な要素の何が欠落しているかを捉えて、その要素を埋め合わせる治療をしなければならない。
1.症例検討
1)症例1
一人で座れる痙直型両まひ児
(1)臨床像
(a)座位で頭部は不安定で頸部過伸展を示す。これは頸部の動的安定性が不十分であることを示している。また、頸部は体幹と同軸上で動くことができない。そのため、頸部の動的安定性が乏しく、上方視と単眼視で本やおもちゃをみる。
(b)体幹は低緊張・低活動であり、動的安定性が乏しい。
(c)下肢の過緊張と中枢部の動的安定性の不足のために仙骨座りとなる。
(d)左側より右側の過緊張が優位なため、両股関節は内転・内旋するも右側が強く、骨盤も右側後方に引けている。
(e)股関節周囲筋群の拘縮や硬さにより、骨盤は岩のように固く運動性がない。
(f)底屈・内反した足部は「凍りついた足部」であり、とりわけ動きがない。
(2)治療のアイデア
目的:頸部と中枢部の動的安定性の活性化を図る。これは体幹と下肢の運動発達を促す。
(a)頭部と体幹の連結。これは頸部の動的安定性を活性化させる(正しい姿勢コントロールのための頸部のダイナミックな軸の安定)
(b)下肢と体幹の運動連結のための四肢近位部の動的安定性を活性化させる。
(c)上肢を空間で使用するための頸部と中枢部の動的安定性を活性化させる。
(d)姿勢コントロールに影響を与える良好な頸部の軸を発達させるため、良好な眼球運動と正しい視知覚認知機能を獲得させる。
(e)骨盤に対して下肢を正常な角度に改善させ、ダイナミックな支持基底面を獲得させる。
(f)足関節とつま先の運動を活性化させる(つま先から頭部を連結させるため足部背屈の促通)
(g)主要な治療戦略:頸周囲筋群と身体近位筋群、すなわちコア筋を育成する。重要な筋群であるコア筋が促通されると、身体近位部の安定性と遠位部の運動性が保障される。つまり、頸部と身体近位部を自動的に活動させるため、筋線維と受容器の数が増大するように発育させる。なお、筋線維と受容器は、末梢の情報を中枢へ伝える役割を果たす。
(3)治療の準備
(a)脊柱と骨盤の運動性改善。
(b)上肢の動きのための肩甲帯の運動性改善。
(c)下肢のアライメントを整えるための股関節の運動性改善。
(d)骨盤と股関節の運動性改善。
(e)足関節とつま先の運動性改善。
2.治療アイデアの紹介
●セラピストは個々の子どもが抱える問題点を解決するために過緊張を緩和させ、正常運動を促通して身体各部位の運動を変えていく。
●最も重要な点は何を治療で優先するかを決めて、子どもに最高のパフォーマンスを発揮させることである。
●良好な上肢支持を達成させるには、肩甲骨のセッティングと頸部の動的安定性が不可欠である。
●セラピストは座位および立位において四肢近位部の動的安定性を得るために股関節・骨盤・脊柱の十分な運動性を引き出しておく。
1)骨盤の運動性
●内転筋群を緩める
セラピストは、子どもを側臥位で下側下肢を伸展位にして、セラピストの膝を子どもの大腿にあて安定させる。上側下肢は屈曲させ、セラピストの大腿の上にのせ、骨盤とともに安定させる。セラピストは下側下肢内側、および恥骨と坐骨近くの内転筋群を把持する。内転筋群は硬く、特に腱部の過緊張を触診できる。そして、セラピストは肘をしっかり伸ばし、上側下肢に内旋・外旋の運動をさせ、下側下肢を尾側方向に牽引しつつ内転筋群を緩めていく(図C-4)。
内転筋群の過緊張の緩和を何度も確認する。次に、他方の手で骨盤の運動性を上側下肢から引き出していく。この時、セラピストは下側下肢と足部のアライメントを中間位に整えておく。一連の過程で骨盤の運動性が得られなければ、さらに両下肢を分離させるために上側の大腿を前方に牽引し、上側骨盤を前方突出させていく(図C-5)。
●一般的に痙直型両まひでは、股関節脱臼や亜脱臼が生じやすい。これは大腿骨頭が臼蓋に深く嵌入できないことが原因と考えられる。
●子どもたちは大腿骨頭を臼蓋に深く位置させて、いろいろな方向へ股関節を動かした経験がない。つまり、すべての臼蓋表面上を大腿骨頭がすべるように動いた経験がない。
●セラピストは、新しい感覚情報を股関節に与えるため、大腿骨頭を臼蓋にしっかりと接触できるように、上側下肢を骨盤方向に圧迫する。さらに上側の大腿を前方や後方など、いろいろな方向に動きを与えながら股関節の関節包内運動を促通する。特に外旋を加える(図C-6)。
●セラピストは内側のハムストリングスにも着目する。内側ハムストリングスは内転筋群や内旋筋群とともに過緊張パターンになり短縮しやすい。そのため、セラピストは背臥位で大腿を把握し、上方に牽引しながら外旋させ、内側ハムストリングスの長さをつくる。これは下肢に対する骨盤の動きの準備となり、座位で股関節に体重負荷された時に、それまでとは異なる正しい感覚を入力することができる(図C-7)。
(1)背臥位
●背臥位では腰椎前弯が増強される特徴的な姿勢を示す。体幹部の動的安定性がなく、骨盤を安定させるために強い体幹伸展で代償しているためである。さらに骨盤周囲と下肢の強い緊張が、骨盤を後方に引いて骨盤を前傾位にさせてしまう(図C-8)。
●過緊張に左右差があるため骨盤をどちらか一方に後退させ「風にふかれた股関節」となる(図C-9)。
●骨盤が後退した側の下肢は外転・外旋し、これに引っ張られ反対側の下肢は内転・内旋となる。すなわち、2本の下肢が開かず接触するようなアライメントの不良を起こす(図C-10)。
●大腿骨と脛骨のアライメントでみると、膝関節の最終伸展20°で脛骨が回旋できないと膝関節を上手に固定することができない。
●セラピストは、治療を開始する前に以下を評価し、身体のアライメントを整える。
a)背臥位で脊柱のカーブを評価する。セラピストの手を腰椎下にもぐり込ませる。腰椎前弯が強いと床と腰椎の間を手が簡単に通り抜けてしまう。正常なカーブでは床と腰椎は接触している(図C-11)。
b)骨盤と下肢の正しいアライメントの見方は、セラピストが子どもの両下肢を中間位にしながら持ち上げて、重力を除いた状態で骨盤を中間位に修正し、動きを評価する(図C-12)。
さらに同じ目的で行った別の方法として、セラピストは子どもの両下肢を曲げて膝を立たせる。そこで膝の高さが左右異なれば、一側の骨盤が後退していることがわかる(図C-13)。
そして、左右の骨盤をそれぞれ後傾方向に動かし、膝の高さをそろえていく(図C-14)。
2)脊柱の運動性
●骨盤の運動性を引き出した後、セラピストは脊柱の運動性に着目する。
●痙直型両まひや四肢まひでは、体幹が低緊張のため脊柱の後弯をたびたび示す。
●座位や立位では、骨盤の動的安定性の欠如や肩甲骨の不安定のため、上肢の動きが阻害される。
●脊柱の協調性のある伸展を引き出すには、肩甲骨セッティングと可動性のある脊柱が必要とされる。
(1)側臥位
a)セラピストは、子どもの右側頸部を伸展させた頭部を枕の上で安定させ、上側の頭部から体側の長さを引き出し、良好で安定性のあるアライメントに整える(図C-15)。
b)セラピストは骨盤を安定させ、尾側方向へ上肢をていねいに牽引しながら肩関節を外旋させて上肢を伸展させる(図C-16)。
c)枕で頸部を安定させ、肩関節を下制させながら、ゆっくりと肩関節を外旋させ、上肢を後方に動かす。上肢が後方へ動くと、上肢は伸展しやすくなる(図C-17)。
d)上肢を尾側方向に牽引したまま保持し、肩甲骨を内転させながら肩関節を下制・外旋させる。これにより上肢の伸展は、さらに得やすくなる(図C-18)。
e)仮に肩甲骨が動かなければ、セラピストは肩甲骨下角を持ち、前方に傾けながら肩甲骨の内転と下方回旋を導く(図C-19)。
f)セラピストは上肢を体側で保持し、胸椎から腰椎に回旋運動を加える。この時、脊柱の伸展も意識する。脊柱を動かした後、セラピストは脊柱を子ども自身でも伸ばすように求める(図C-20)。
(2)横座り
●横座りは、肩甲骨内転を伴う体幹伸展をつくる際によい姿勢である。また、一側の骨盤に体重移動ができ、分節的な脊柱の回旋と伸展を促すことができる。さらに一側の体幹も伸張でき、体側の筋群も発達させることができる。
a)一側の骨盤に体重をのせ、セラピストはおもちゃの方向へ体幹を正しく回旋させる(図C-21)。
b)体幹の伸展を促通するためには、3つのキーポイントがある。1つ目のキーポイントは肩甲骨である。体重を負荷している側の肩甲骨を内転させ、反対側の肩甲骨を外転し、脊柱の体軸内回旋と伸展を促通する(図C-22)。
2つ目のキーポイントは、体重を負荷していない側の骨盤である。その骨盤を引き上げながら回旋させ、前方に送ることで体軸内回旋と伸展を促通する(図C-23)。
3つ目のキーポイントは、腰椎もしくは体幹伸展筋群である。両者のどちらかを操作し、体重が負荷されていない側の体幹伸展筋群を活性化させ、骨盤回旋を伴う脊柱回旋を促通する(図C-24)。
(3)足関節とつま先の運動性
●痙直型両まひ児の足関節の強い底屈は、足部とつま先の運動を制限し、座位での連結や、立位および歩行での選択的な下肢の運動を難しくする。
●座位での非連結は、またコア筋の不安定にも影響されている。これらの子どものたちは体幹の伸展が難しい。体幹の伸展が得られない原因は、頸部と四肢近位部の動的安定性の欠如および非対称、骨盤の不動、骨盤のサイズの小ささ、下肢の運動の乏しさである。
●“凍りついた足”は座位における運動連鎖を阻害する。さらに立位では、股関節内旋筋群・内転筋群、足関節底屈筋が常に同時に活動してしまう。
●健常児が立ち始める時、全体パターンを使う。そのため、抗重力活動を得るために強い股関節内旋・内転、足部は底屈となる。しかし足部の背屈ができると、強い股関節内転と内旋は減弱する。なお、足部の背屈は大殿筋、大腿四頭筋、ハムストリングスを活性化させる。
●セラピストは両まひ児の座位、立位、歩行を改善させるために足部とつま先の働きを活性化させ、少なくとも足関節0°以上の可動性を獲得させなければならない。
3.体幹近位部の筋群の育成
●体幹近位部の筋群の活動は身体運動の基礎となる。骨盤・上肢・下肢を連結させ、呼吸・嚥下などの生命維持機能にも関与する。
●上肢と下肢が動く時、体幹は常に効率的・自動的に活動する。これを「姿勢コントロール」と呼ぶ。適切な姿勢コントロールには適度なパワーとスピードがある筋群の生成が必要とされる。
●両まひ児の頸部・体幹・四肢近位部の動的安定性の弱さは、運動発達を停滞させる。これらの弱化は筋群の未発達が原因である。
●治療では身体各部位を強く連結させるとともに体幹と四肢近位部の筋群の育成も図る。
●セラピストは、未成熟で生まれた両まひ児に対して体幹近位部の安定性を発達させることを強く心にとどめておく。これらの筋群の育成は、安定性と運動性にとても重要な役割をもっている。
●筋群の発達はたくさんの感覚受容器を活性化させ、中枢神経系に身体運動・身体図式の発達に有益な情報を送る。
※身体図式:『身体が今どのような姿勢にあるのか、身体各部位がどのような位置関係にあるのか、ある動作を取るには身体の各部位をどこからどこへどのくらい動かせばよいのか、といったことを直感的に知るための潜在的な基準である。』
上記は、ネット上にあった、バイオメカニズム学会誌,Vol. 37,No.4(2013) ”運動学習におけるコツと身体図式の機能”から引用させて頂きました。クリック頂くと6枚のPDF資料がロードされます。