考える血管(pJAL5)

新型コロナとの闘いが続く中、毎日、多くの報道がされています。その中で危機感が強く伝わってくるのは、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥先生の言動です。そして、もうお一人、東京大学 先端科学技術研究センターがん・代謝プロジェクトのリーダーである児玉龍彦先生の参院・予算委員会でのお話も鬼気迫るものがありました。そして、“エピセンター(感染の震源地化)”という考え方に加え、“交叉免疫”という今まで聞いたことのない“免疫”に大変興味を持ちました。 

左は、「東京大学 アイソトープ総合センターさま」のサイトです。そして、“新型コロナウィルスへの血清IgM,IgG抗体の定量的かつ大量測定プロジェクト-紹介と研究参加のご案内”をクリック頂くと、このページから「参議院予算委員会提出資料」や「NHKクローズアップ現代+」などにアクセスできます。

 

残念ながら、児玉先生の著書の中に“交叉免疫”を題名にしたものを見つけることはできなかったのですが、『考える血管』というブルーバックス(講談社さまが発行している一般向け科学シリーズ)を見つけました。

申すまでもなく、血管は血液を各組織に届けるインフラであり、まさに体の中のライフラインです。血液に注目するのであれば、血管のことを良く知ることも重要だと思いました。

考える血管
考える血管

著者:児玉龍彦、浜窪隆雄

出版:1997年6月(初版)

発行:講談社

 

ブログは目次に続き、最初に「あとがき」をご紹介しているのですが、これは全体像をお伝えできることと、体の中の環境問題[ゴミ処理問題]という言葉がとても新鮮で印象に残ったからです。

その後、第2章 躍動する血管/4.平滑筋細胞を伝わる情報/“内皮細胞と平滑筋細胞の対話”と、第4章 詰まる血管/3.解明されたスカベンジャー受容体/“新しいパラダイム”に関して簡単にまとめています。

また、プロローグの表紙にあった、日本航空5便の機内で撮られた若き児玉先生と、大逆転の大発見となった、「スカベンジャー受容体遺伝子の発見」に関わるエピソードを加え、さらにエピローグの表紙(「脳のなかのスカベンジャー受容体」)も添付させて頂きました。 

目次

はじめに

プロローグ コレステロールをためる遺伝子

第1章 伸びる血管

1-1 血管がのびるとき

・人口60兆人の巨大都市

・撮影された二つの塊

・がんが血管を伸ばす

・血流が途絶えればがんは死ぬ

・がん根絶への課題

1-2 管構造の謎

・総延長、10万キロメートル

・内皮細胞の発見

・パイプをつくるメカニズム

・第四の説がもつ魅力

・二つの伸び方

・人工血管の苦悩

・求められる第二の性質

・脳の堅牢な血管構造

・細胞のなかを移動する袋

・二つの顔をもつ門番

1-3 血管を伸ばすもの

・クローニング競争

・細胞周期を再起動させるもの

・勝者になってこそ

・つかめない正体

・本命のVEGF[血管内皮増殖因子]

・一つの遺伝子がもつ二つの顔

・二つの遺伝子

・VEGF受容体

・ノックアウトマウス

・壊された遺伝子がもつ意味

・VEGF受容体ノックアウトマウス

・遅れたVEGFノックアウトマウス

・濃度勾配がはたす役割

・相互に依存する関係

・臓器のパートナー

・病気とのかかわり

・老いゆく血管細胞

・寿命を決める回数券[テロメア]

第2章 躍動する血管

2-1 コントロールされる血管

・柔軟で緊張した管

・血管を緊張させる細胞

・神経系による支配

・延髄に存在する指令センター

・残された謎

2-2 血圧を制御する物質

・発見は意外なところから

・マウスにあって、ラットにない

・レニン-アンギオテンシン系

・高血圧と動脈硬化の違い

・理由がわからないまま効く薬

・受容体とブロッカー

・二種類の受容体

2-3 内皮細胞のはたらき

・ダイナマイトが血管を拡げる

・ガスをつくる酵素

・史上最強の血管収縮ホルモン

・エンドセリンのパラドックス

2-4 平滑筋細胞を伝わる情報

・平滑筋細胞の収縮メカニズム

・カルシウムの動きを目で見る

・クロゴケグモの毒

・細胞内を伝わるシグナル

内皮細胞と平滑筋細胞の対話

・変身する平滑筋細胞

第3章 血管を彩る血球たち

3-1 血管にくっつく血球

・骨髄で誕生する

・拒絶する白血球

・家へ帰っていくリンパ球

・セレクチンの発見

・激流のなかで細胞をとらえる

・白血球を呼ぶ

・接着因子の出方

3-2 出血はどう止まるか

・細胞のかけら

・血小板のはたらき

・凝固因子のはたらき

・絶えず溶かされる血液

・権利は発見者に

3-3 がん転移のメカニズム

・がん治療最大の困難

・流れていくがん細胞

・接着因子がはたす役割

・ブルドーザー[がん細胞]を止められるか

第4章 詰まる血管

4-1 動脈硬化

・サイレント病の恐怖

・大食い細胞、マクロファージ

・ブラウンとゴールドシュタイン

・LDL受容体の重要度

・「キッチン・シンク」スタイル

・ある思いつきからの発見

・突然の中止

・投げかけられた疑問

・フラミンガムスタディ

・メガトライアル時代

・鍵を握るのはプラークの破壊

4-2 酸化されるLDL

・動脈硬化を進める遺伝子

・スカベンジャー仮説

・酸化LDLの発見

・酸化LDL説の誕生

・抗酸化剤プロブコールの効果

4-3 解明されたスカベンジャー受容体

・MITへ

・5フルオロウラシルのマジック

・スカベンジャー受容体とコラーゲン

・解明された謎

・戦う細胞のもう一つの顔

・動脈硬化とマクロファージ

新しいパラダイム

エピローグ 脳のなかのスカベンジャー受容体

おわりに

おわりに

『人間の体は、60兆個の細胞からなりたっている。分子生物学は、DNAを読めば人間の情報がわかると予言した。そして、「利己的な遺伝子」などという言葉に代表されるように、遺伝子が自立して機能をもつことを重視する生命観が形成されてきている。

だが、60兆個もの細胞が集まった人間たちの見取り図が、遺伝子を読むだけですべてわかるのだろうか。本当は、細胞と細胞がどうかかわっているか、相互の関係を見ていくことが必要なのではないか。そこで本書では、血管の細胞たちを通じて、細胞がどのように全身のシステムとかかわるのかを明らかにしようと試みた。

筆者らは、動脈硬化と高血圧の研究者であり、はじめこれらは病気の原因となる遺伝子、その遺伝子によってコードされるたんぱく質を研究していた。ところがある遺伝子をクローリングしてみても、その体のなかでのはたらきは実はよくわからない。

動物は、どんなに多くの細胞からなるものでも、はじめは一個の受精卵からスタートする。そこで、出発点の精子や卵子の遺伝子を操作すれば遺伝子に異常をもつ動物をつくり出すことができる。第1章で紹介したノックアウトマウスがそれであり、このような実験から遺伝子のはたらきを探ろうとしていたのである。ところが、ここで予想外のことが起こった。

第2章で紹介した、血管を収縮させる因子であるエンドセリンというたんぱく質。試験管のなかで血管壁にエンドセリンをふりかけると血管は収縮する。動物にエンドセリンを注射すれば血圧が上昇する。

ところが、遺伝子を操作して、二個あるエンドセリン遺伝子のうち一個が壊れてエンドセリンが半分しか作れないマウスをつくると、予想とは逆に高血圧を起こすという結果になってしまったのである。

いくらマウスの遺伝子を改変しても、その結果がどうなるかはブラックボックスから出てくる結果しかわからないということだ。そこで、もういちど血管にもどってみた。血管を構成する細胞を中心に考えなおしてみたのが、本書なのである。

われわれは、まだ60兆個の細胞を解析する手だてをもっていない。そこで、あるまとまった細胞の種類に注目した。

血管の特徴は、細胞が集まってパイプのような管をつくり、血液を流すことである。このパイプをなすのが一層の内皮細胞であった。この内皮細胞のまわりには、血圧を保つために躍動する平滑筋細胞がある。これらの二つの細胞を調べ、さらに血管にくっつきパイプを越えて出入りする血球に注目していった。

遺伝子は細胞のなかではたらく。そのもっとも大切なはたらきは、一つの細胞が分裂して二つになること、つまり細胞の増殖をコントロールすることであろう。

血管でいちばん大切な内皮細胞の増殖をコントロールする因子は、血管のまわりにあって、酸素や栄養分のたりなくなった細胞が放出する。血管が、まわりの細胞との対話から出発していることがわかってきたのである。こうした対話の仕方をクロストークと呼んでいる。

動物が大きくなれば、血管も太く、長くなる。人間では総延長10万キロメートルにもなる。そうすると血液を配る圧力が必要になり、それを調節する細胞が平滑筋細胞なのである。運動をすると筋肉はたくさんの酸素を要求し、血液をたくさん必要とする。こうした場合の調節でも、運動する筋肉の細胞と、血管の細胞との対話がなければなりたたない。

従来、血管の細胞は、まわりの細胞や神経にいわれて命令されたままに動くように思われていたが、エンドセリンや一酸化窒素の発見から、むしろ血管の細胞が、周囲の細胞と相互に作用しつつ、「考えながら」行動することがわかってきた。

今日のわれわれにとって、もっとも大きな血管の問題は動脈硬化であろう。動脈硬化の研究においても、分子生物学による研究がはなばなしく繰り広げられてきた。コレステロールの研究で、若くしてノーベル賞を受賞したブラウンとゴールドシュタインはその象徴であった。

ブラウンとゴールドシュタインによって示唆された、血管にコレステロールがたまるメカニズムの解明も、遺伝子の重要性、つまり動脈硬化が細胞のDNAによって決められた運命というよりも、細胞の反応が重要な役割を果たす、むしろゴミ処理問題としてのおもむきを示してきた。

コレステロールをはこぶ複合体が、血管壁の骨組みをなすマトリックスたんぱく質にくっついて変性し、それを食べにきたマクロファージがいすわってしまって動脈硬化が進んでいく。このようなメカニズムは、その他の病気でも考えられはじめており、いわば、体のなかの環境問題が成人病の鍵になるようである。

人間の体のなかでは、細胞は裸で暮らしているというよりは、マンションの部屋がゴミでうもれ、ダイオキシンのような有害なものがあふれてしまうのが成人病であるのかもしれない。

こうしたパラダイムがアルツハイマー病や糖尿病、また、本書では紹介できなかった白内障や骨の病気でも登場してきている。』

内皮細胞と平滑筋細胞の対話 

血管の内皮細胞はただ単に血管の内側を埋めている敷石のような存在ではない。平滑筋細胞を収縮させるエンドセリンを分泌したり、アンギオテンシンを活性型に変換したり、また弛緩させるNOを放出したりと、縦横にはたらく実に機能的な細胞である。

●血管の内皮細胞はナトリウム利尿ホルモンやアデノシン、プラスタノイドといった平滑筋細胞の収縮を制御する物質を分泌する。

●血管の内皮細胞は平滑筋細胞の増殖を促すホルモンを分泌する。

●平滑筋細胞は内皮細胞に対して増殖因子を分泌している。このことから、血管を構成する細胞たちがお互いに情報の交換をしながら機能を果たしていることが予測される。

●『最近、アメリカのリジェネロン社のヤンコプーロスのグループから非常におもしろい仮説が提出された。彼らはアンギオポエチンと名付けた新しいたんぱく質を同定した。その仮説によれば平滑筋細胞の前身の細胞(前駆細胞)からこのアンギオポエチンが放出され、血管の内皮細胞がそれを受け取ると、こんどは内皮細胞がPDGF(血小板由来増殖因子)やHB-EGF(ヘパリン結合性内皮増殖因子)と呼ばれる因子を放出する。そして、このシグナルを受け取った前駆細胞が内皮細胞のまわりに集まってきて平滑筋細胞になるというのである。

このようにして、血管の細胞たちが、まるで対話をしているかのような双方向性のシグナルのやりとりをおこなっている姿が浮かび上がってきた。

本書の中で“仮説”とされた「平滑筋細胞→(アンギオポエチン)→内皮細胞→(PDGF)」というシグナル伝達について、検索してみたところ、本書から約10年後の2006年12月発行の科学雑誌に、これらの関係性について書かれたものがありました。このことから仮説ではないと考えます。

生体の科学 57巻6号 (2006年12月)

特集 血管壁 血管平滑筋の発生分化と特異的遺伝子発現

『血管系は管腔を一層に覆う血管内皮細胞(endothelial cells)とその外側を内皮細胞が産生した基底膜、その周辺を中膜形成する血管平滑筋細胞(smooth muscle cells)、毛細血管ではペリサイト(pericytes)などの周皮細胞からなる壁細胞で構成されている。中膜は収縮弛緩することで血圧や血流を調節している。これら血管系細胞群の発生分化、形成に関する細胞科学的な解析や関連する遺伝子の解析が進み、その過程の理解が飛躍的に進んできた。血管平滑筋の増殖を制御する代表的な因子は内皮細胞が発現するPDGF(platelet-derived growth factor)とそのレセプターであるが、チロシンキナーゼ型レセプターTie-1,Tie-2とそのリガンドである壁細胞が分泌するアンジオポエチン(angiopoietin)は内皮細胞と血管平滑筋細胞の接着や増殖などを調節している。

本総説では血管平滑筋細胞とは何か、特に発生における組織細胞の由来および成体における各種外部刺激による細胞形質変換について概説し、平滑筋の発生分化を牽引する血管平滑筋細胞特異的遺伝子発現がどのようなメカニズムで行われるのかを、典型的な平滑筋マーカーである血管平滑筋α-アクチン(Smooth muscle α-actin;SmαA)を例にして解説する。』

新しいパラダイム

『北教授によるプロブコールをもちいた実験などでは、LDLが動脈にたまっても酸化されさえしなければ、マクロファージが動脈に集まることはなく動脈硬化も起きない。コレステロールがたまること自体より、マクロファージが集まってしまうことが動脈硬化を悪化させる面が強いという。

動脈硬化とは、酸化されたLDLが不燃ゴミのように血管壁にたまり、やってきたゴミ処理工場のマクロファージが、自分では分解できないコレステロールを食べすぎることで泡沫細胞になり、過剰反応を起こしたり、壊れたりしてしまうという、体のなかの環境問題である

動脈硬化の予防と治療の方法

1.血液中のコレステロール濃度を下げる(従来からのリスクファクターの改善)。

2.LDLの酸化を抑える。

3.病変部へのマクロファージの集積を抑える。

4.マクロファージが血管壁から離脱するのを助ける。

プロローグ コレステロールをためる遺伝子

コレステロールをためる遺伝子
コレステロールをためる遺伝子

画像出展:「考える血管」

帰国のJAL5便のなかで取れた、動脈硬化にかかわるスカベンジャー受容体遺伝子のかけらは、「pJAL5」と命名された。さっそく観光ビザでアメリカにとんぼ返りし、遺伝子のすべての配列を決めた。つづけてコレステロールをためて細胞を泡沫のようにさせる実験を行い、論文をつくり上げた。わずか二ヵ月であった。この遺伝子に関する二つの論文は国際科学誌「ネイチャー」に掲載されることになり、その表紙を飾った。

この発見は、動脈硬化と老化の新たな研究の基礎となった。それだけではなく研究の進み方にもっと広い意味での文化をもたらした。たんぱく質の精製や遺伝子クローニングに明け暮れていた私の研究生活も別の方向へ転換をはじめた。

スカベンジャー受容体遺伝子の核心的な構造は、コラーゲンと呼ばれる、人体で最大量を占め、血管壁でももっとも多く存在するたんぱく質と同じ構造をしていた。この構造は、それまでには考えられなかったようなたくさんの種類の異物や老廃物を結合し、細胞のなかへ飲み込んでしまう。スカベンジャー受容体は、大食い細胞という名をもつマクロファージと呼ばれる細胞のみがもっていて、そのマクロファージがコレステロールを食べすぎることで泡沫細胞になり、動脈硬化を進めていくということがわかった。さらにスカベンジャー受容体に結合するゴミがたくさんありすぎると、マクロファージがこれを飲み込もうとしてもうまくいかず、ゴミのたまっているところにくっついたままになってしまうことがわかってきた。スカベンジャー受容体の発見は、体のなかのゴミ処理機構が動脈硬化という病気にかかわることを明らかにした。それと同時に、「老化の新しいパラダイム」を示すものでもあった。

さらに、脳の皮質のなかの動脈が、スカベンジャー受容体をもった新しい細胞に包まれていることが発見され、従来の血液脳関門に代わる脳の新しい血管構造モデルが生まれてきている。 

画像出展:「考える血管」

スカベンジャー受容体のクローニングを伝える「ネイチャー」1990年2月8日号、描かれているのは、スカベンジャー受容体の構造。

エピローグ 脳のなかのスカベンジャー受容体

脳のなかのスカベンジャー受容体
脳のなかのスカベンジャー受容体

画像出展:「考える血管」

間藤細胞 『脳の血管のまわりには、ゴミを食べて掃除する細胞がある。脳内のゴミをたくさん食べたこの細胞は、たまってきたゴミによって変性を受け、血管を圧迫し、狭くしていく。

この細胞は、1979年に間藤方雄先生によってFluorescent Granular Perithelial細胞として報告されたが、その後世界の研究者は、MATO(間藤)細胞の名で呼んでいる。