経絡≒ファシア9

人体の張力ネットワーク
人体の張力ネットワーク

監訳:竹井 仁

出版:医歯薬出版

発行:2015年6月 

目次は”経絡≒ファシア1”を参照ください。

 

パート3 筋膜の力伝達

3.2 筋膜の力伝達

筋膜の力伝達の筋肉基質

・筋内領域に限定される筋膜の力伝達は、筋内における筋膜の力伝達とよばれている。また、“筋膜の力伝達”は筋内膜または筋周膜の管内に作用する1つの筋線維または線維束の力伝達の際にも使用される。

筋外における筋膜の力伝達とその基質

筋膜の負荷(筋膜組織からの反力)が筋におよぶ場合、力は筋外膜を経て筋内の支質上に伝達される。従って、そのような伝達は、“筋外における筋膜の力伝達”とよばれている。そのような伝達を可能にする経路は2つある。

1.筋間における筋膜の力伝達:直接隣接した2つの筋間。

2.筋以外における筋膜の力伝達:筋、若干の筋外構造(神経血管路のように、血管、リンパ管、神経が包埋されてコラーゲンで補強された構造)、筋群間の筋間中隔、骨間膜、骨膜、一般的な筋膜の間など。

筋外における筋膜の力伝達の影響

・近位と遠位の力の違い

-加えられた筋膜の負荷によって、筋の起始部と停止部にかかる力は等しくない。

・筋およびその筋線維内の筋節長の分布

-筋膜の負荷は筋線維内で直列に配列した筋節長の分布をもたらす(連続して分布)。

-付加された力のほとんどは、能動的な筋節や筋の間質結合などによって伝わる。

・筋間における筋膜の相互作用

-筋間の機械的な影響は、筋外の筋膜の力伝達の2組の事象を介して存在している(筋から筋外の組織へ、そこから他の筋へ)。

・筋の相対的な位置は筋活動にも影響を及ぼす

-筋は一定の長さに保たれ、自然な筋膜のつながりが発揮する近位または遠位方向への腱の力を通じて機能する。

-近位または遠位方向への腱の力は、相対的な位置の変化の影響を受ける筋膜の負荷状態によって変化する。

筋の筋膜負荷の複雑性

統合された筋膜系の中で、筋群の負荷は非常に複雑である。

筋の長さおよび位置の変化によって、筋膜網の負荷の方向が変化する可能性がある。

筋の筋膜負荷は身体分節のすべての筋から生じている可能性がある。

隣接した分節における筋間の筋膜の力伝達は、身体分節をめぐっている神経血管路の硬さにより生じている可能性がある。

考慮すべきさらなる要因

・関節運動

-関節運動は筋膜の構成要素の硬さに影響する。

-神経血管路の張力は関節の位置に依存している。

・感覚器の機能的な影響

3.3 筋膜連鎖

以下に示すモデルは神経学的、生理学理論を組み合わせた各筆者の個人的経験に基づいている。それらに共通していることは、全体として機能する1つの単位である運動系と筋膜組織を示していることである。そして、その機能を遂行するために、筋群には安定した基礎がなければならない。この基礎は他の筋群により与えられ、更に他の筋群などによって支持されている。

Kurt Tittel:筋スリング(筋索)

・Kurt Tittel博士は協調運動を起こす筋群の協力を説明するために、“筋スリング”という用語を使用している。

・筋連鎖はスポーツ活動で活発になる。

・様々な運動による筋連鎖の活動は筋に変化や適応を生じさせる。

・博士の筋スリングはスポーツ活動を例として言及されている。

・対角線での筋スリングは、運動やサッカー、テニス、やり投げ、砲丸投げなどの広範囲にわたるスポーツのために非常に重要である。

Kurt Tittelの筋スリング
Kurt Tittelの筋スリング

画像出展:「膜・筋膜」

筋スリングはスポーツ時に活動する筋連鎖を示している。

 

Herman Kabat:固有受容性神経筋促通法(PNF)

・Margaret Knott, Dorothy Voss, Herman Kabat博士らは、共同でポリオ患者の麻痺筋に対する治療法を発展させた。この方法の特殊性は筋連鎖に麻痺筋を統合させるという考え方である。患者は、弱いもしくは麻痺した筋を含めた特別な運動パターンを形成する手助けをされることになる。

・Kabatのモデルの興味深い点は、より強い筋連鎖に弱い筋を統合し、神経学の原理を尊重しつつ運動パターンを実行していくことである。焦点は筋連鎖の活性化にある。

Leopold Busquet 

Leopold Busquetは筋骨格系がどのように内臓障害に順応するかについて述べている。

Leopold Busquetは静的筋膜連鎖と4つの動的筋連鎖について説明している。また、内臓障害に関して2つのシナリオを紹介している。

1.『筋は臓器を適切に機能させるために十分なスペースを与えるよう活動している。

2.『臓器は支持を必要とする。または、有痛性組織は緩和されなければならない。つまり、筋は張力を軽減したり臓器を支持するといった方法で運動器系に影響するであろう。

Paul Chauffour:“オステオパシーにおけるメカニカルリンク(機械的連結部)”

・Paul Chauffourは著書であるLe lien mecanique en osteopathie(オステオパシーにおけるメカニカルリンク)において、人体の筋膜を非常に明確に説明している。特に筋膜の付着に注目している。

・Paul Chauffourは人体の4つの主要パターン(屈曲、伸展、前方ねじれ、後方ねじれ)で、運動器系の性質を述べている。

Richter-Hebgenモデル

筋は必要に応じて姿勢を順応させ、できるだけ痛みのない方法で身体を機能させるために、緊張や圧迫を回避しようとする。

・病理学的に優位な筋連鎖は、その筋連鎖自身が運動器系に負担をかけている。

・筋緊張のバランス不良は、側弯、胸椎後弯腰椎前弯などの不良姿勢の原因になる。

筋バランスを正常化することで、緊張は減少して血流やリンパの流れが改善する。そして治癒過程を可能にする。このモデルは、以下の前提に基づく。

1.身体のあらゆる半分は、屈曲連鎖と伸展連鎖をもつ。

2.2つの運動および姿勢パターンがある。

■屈曲+外転+外旋

■伸展+内転+内旋

3.身体はいくつかの運動単位に分割される。これらは機能的および神経学的に説明される。

4.屈曲と伸展は1つの運動単位から次へと交替し、“筋スリング”もしくは連珠系を形成する。

5.後弯と前弯は屈曲連鎖と伸展連鎖の両方の異常な優位性の結果生じる。側弯は屈曲または伸展連鎖の優位性、そして拮抗筋の反射抑制(拮抗筋抑制と交差性伸張反射)の結果である。

6.不良姿勢の原因は、神経学的機能不全の結果としてのバランス不良である。静的障害、器質的機能不全、身体的外傷、情動的外傷は、髄質への感作と結果として生じる筋のバランス不良につながる。

7.筋膜構造は常に連鎖として反応し、それゆえ全体として反応する。優位なパターンは、頭蓋と内臓領域に続いており、器質的あるいは頭蓋機能障害を引き起こす可能性がある。

3.4 アナトミー・トレインと力伝達

序論-メタ膜として細胞外基質

身体は常に何か活動しており、受胎から連続的に調和を保ちながら常に一緒に機能してきたということを深く理解し、臨床の際に心に留めておくべきである。

・『発生学的な発達が約14日で始まると、細胞が増殖し分化するにつれて、それらが細胞外基質(extracellular matrix:ECM)を作る。この繊細な網のような細胞間ゲルは、ほとんどの細胞、線維の混合比率変化、にかわ状のプロテオアミノグリカン、そして多様で循環代謝物質、サイトカイン、ミネラル塩を含む水の当面の環境を供給する。多くの結合組織でほとんどの“組織”容積を供給しているのはこの細胞外基質である。というのは細胞が骨、軟骨、靭帯、腱膜、その他の部分を形成するために細胞外基質を変化させるからである。

細胞外質は細胞自身とともに成長し、それらは細胞外基質によって結合し、接続し、ともに保持する1つの有機体を形成する。細胞外基質は細胞膜へ深く結合しており、細胞表面の何百または何千のインテグリン結合を経て細胞骨格へと通じている。細胞外からの力は、細胞の内部に作用するため、粘着性結合を経て伝達される。』

結合組織細胞は細胞外基質の働きを助け維持する。

・細胞外基質は生物のために“メタ膜”として作用し、生体の限界をつくりだし、動きを抑制および管理し、繊細な組織を保護し、そして認識可能な形状を維持している。

分割不可能なものの分割

・細胞外基質は3つに分けることができる。

1.背側腔の組織:多数のグリア細胞、脳と脊髄周囲の髄膜、そして身体の残りの部分への神経周囲の拡張。

2.腹側腔の組織:臓器を分離し、腸間膜、縦隔、腹膜を含む体壁を保持する索、シート、包。

3.運動器系の組織:骨、関節、関節包、靭帯、筋膜、腱膜、そして骨格筋を取り囲んでいる全ての組織(筋内膜、筋周膜、筋外膜、そしてそれらの腱拡張)

・細胞外基質は統合されているため、分割は明確なものではなく、始まりも終わりも不鮮明である。そして、機能的にはそれらは全て互いに関与している。

筋の分離

・解剖学者にとって便利な分類である筋は、明瞭な生理的単位なのかどうかという点には疑問が残る。

・筋の神経支配単位は有用な分類かもしれない。もしくは、より大きなパターン(後述)が、人の動きや機能的安定性に関して重要であると考えられる。

・損傷のような全身の機能不全の原因として、筋や特定の筋膜に注目するのではなく、機能全体や外層内の相互結合パターンに注目する。

アナトミー・トレイン

アナトミートレインは筋膜の外層を通じて、機能的な力伝達の経路を説明する。 

アナトミートレイン
アナトミートレイン

画像出展:「膜・筋膜」

右をクリック頂くと、”Anatomy Trains”のサイトが表示されます。

 

・筋膜連結には明瞭で解剖可能な整合的なラインがある。このラインは身体前面、背面、側面、体幹とアーチ下の周囲、腕に沿っており対側の肢帯と連結して下肢と体幹の中心を通る。

・ラインには関与する膜および筋膜の軟部組織構造がある。

・ライン上にある個々の筋の付着部は、アナトミートレインでは“ステーション”とよばれている。

・ラインは連結部で骨膜や靭帯の“インナーバッグ[二重構造の内側] ”と結合される場合であっても、力伝達は筋付着部を超えて筋膜を経て続くが、力伝達の程度、タイミング、明確な機序はまだ測定されていない。

・アナトミートレインのラインを越えて伝わる力の伝達の程度は、科学的に検証されておらず、定量化もされていない。

・アナトミートレインは治療法ではないが、理学療法、リハビリテーション、徒手療法、トレーニングにおいて様々なアプローチがなされている。

・『足趾先から乳様突起に至って身体を上行している浅前線は、驚愕反応のような慢性的恐怖感によって短縮していることがよくある。科学的に検証されていないが、このパターンはわかりきったものとして多くの場合、観察される。そして、強いもしくは慢性的な恐怖感情は、浅前膜の筋(そして筋膜)に短縮として現れ、身体の姿勢および運動パターン構成のなかで識別可能な特徴を残す。』 

驚愕反応
驚愕反応

画像出展:「膜・筋膜」

右をクリック頂くと、”Anatomy Trains”のサイトが表示されます。

 

・上記のパターンの場合、浅前線の組織を伸張させ開放することは、効果的な治療となる。一方、全身的、全節性を考えない局所だけの治療では、改善は短期的なものになりがちである。

・『浅後線は、胎児の一次弯曲から、一次および二次弯曲のあいだでバランスが関与する成人の立位へと成長させるために短縮して強くならなければならない。この発達過程の障害は、一次および二次弯曲のあいだでインバランスに帰着する結果である。  これらのインバランスは、次々に筋の代償を慢性化する方向へ身体を導いてしまう傾向がある。慢性的な筋の状態は、時間をかけて筋膜の拘縮へとつながる。』

線後線と筋膜の連続体としての解剖図
線後線と筋膜の連続体としての解剖図

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

3.5 バイオテンセグリティー

序論

・『膜・筋膜は身体の織物である。つまり身体と覆う衣服ではなく、材料としての縦糸と横糸である。筋と骨、肝臓と肺、腸と泌尿器、脳と内分泌物といったその他の組織は、膜の織物の中に縫い込まれている。膜のベッドと組織から、その他の組織をすべて取り除くと、まるで幽霊のようにではあるが、身体の構造と形状は残り明確な境界が存在する。膜系は連続しており、1つの胚細胞から生物へと階層的に進化した組織で、生体の構造的必要性に応じて常に新しい負荷に順応しているGuimberteau, J.C., Bakhach, J., Panconi, B., et al., 2007. A fresh look at vascularized flexor tendon transfers: concept, technical aspects and results. J. Plast. Reconstr. Aesthet. Surg. 60(7), 793-810

・膜は張力ネットワークである。すべてのコラーゲンは生物組織の“プレストレス”とよばれる本質的な応力を加えられている。

バイオテンセグリティーの起源

・バイオテンセグリティーが生じるためには、医学の原則により規定され、ゲノムによって影響されるいくつかの進化の構造過程がなければならない。

バイオテンセグリティーは“テンセグリティー”構造に関連した物理法則を組み込んだ構造モデルである。 

テンセグリティーモデル
テンセグリティーモデル

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

バイオテンセグリティーは、骨格はフレームであり軟部組織で覆われているという何世紀も前の概念を覆し、張力を掛けられた成分の間隙に巻き込まれ、“浮遊”圧縮成分(脊椎動物における骨)と一緒に統合された膜の織物であるという概念に置き換えた。

・生物構造(表層の張力によって接続した成分と柔軟な軟部組織)は、それらが存在するために三角構造でなければならない。もし三角形でなかったら崩れないようにするための硬直した関節か、絶え間なく続くような決して得ることのできない筋肉が必要になる。

・三角構造の中で生物学的モデリングとして最も適しているのは二十面体である。二十面体は大きい体表面積を有しており全方向性である。また、最密充填能力と内骨格および外骨格構造を有している。そして圧縮成分は外殻および構造内部のどちらにも組み込まれている。 

外骨格と内骨格の二十面体
外骨格と内骨格の二十面体

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・以下の表は、生物学的構造特性について、レバー[テコ]力学、テンセグリティー正二十面体力学を比較したものである。 

テンセグリティー正二十面体力学
テンセグリティー正二十面体力学

画像出展:「膜・筋膜」

 

 

・レバーシステムは3世紀以上にわたり標準となっていたが、生物学的モデリングに必要とされる特性とは一致しない。それに比べテンセグリティー正二十面体システムは生物学的システムに一致している。

・泡の中の気泡、蜂の巣の中の巣室のように、生物学的細胞はそれらを取り囲む圧に適応しなければならない。個々の細胞は外力に押しつぶされないようにしなければならない。

・1930年代初期に提唱された細胞内骨格(細胞骨格)は、約20年後に電子顕微鏡によって実証された。

・Ingberは、細胞骨格は細胞健全性を支持する機械的な構造フレーム枠によるテンセグリティー構造であると提唱し、これらのテンセグリティーを二十面体としてモデル化した(Ingber, D.E., Madri, J.A., Jamieson, J.D., 1981. Role of basal lamina in neoplastic disorganization of tissue architecture. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 78(6), 3901-3905)

・Wolfの法則によると、細胞骨格は押しつぶすような圧縮負荷に抵抗する方法で自身を整列配置し、細胞骨格の剛性チューブリン(細胞内の微小血管の構成蛋白質)は“骨”になる。また、Levinは同じ機序が、筋骨格系、階層的テンセグリティーの階層的進化で構築されると提唱している(Levin 1982, 1986, 1988, 1990)。

バイオテンセグリティーモデルの張力器としての筋膜

この概念の中心となる膜は、システムへの絶え間ない張力を伝えると解釈されている。

・膜はすべての生物学的組織において非線形特性を示す。非線形組織において、ストレス/過労関係は決してゼロにならない。そして、システムにおいて常に固有の張力がある。それはテンセグリティーの不可欠な構成要素である生体の緊張を整えるための“絶え間ない張力”を与える。

膜には能動的収縮要素があり、膜ネットワークは筋と緊密に結びつく。また、筋は固有の“緊張”を有し決して完全に弛緩していない。

膜ネットワーク全体は、“調整”することができる固有の緊張と能動的収縮の両者によって絶えず緊張している。

・レバー[テコ]力学と異なり、階層的テンセグリティー構造は張力と圧縮の要素だけを備えている。そこには、せん弾力やトルク、屈曲モーメントはなく、空間内の向きは構造機能に影響を与えない。運動は蝶番の屈曲ではなく、テンセグリティーの即時的な再配置は、三角網が形状と機能の安定性を与えている間、関節が自由に動くことを可能にする。

バイオテンセグリティーは情報の島々に架橋する統合された機械的な構造概念である