●運動と神経変性疾患
・ヒトのハンチング病の遺伝子を移植した若いマウスによる実験では、走行輪で運動(早歩きに相当)するマウスと走行輪のない実験環境で飼育されたマウスとを比較した結果、運動したマウスは人間の寿命に換算して約10年間、発症を遅らせることができた。この実験は神経変性疾患が「歩行」に影響されることを示した最初の実例と考えられる。
●ヘビと鳥のあいだを歩く
・「生きるために走る会/歩く会」は南アフリカの多くに支部を持つ組織で、この組織の援助のおかげでペッパーは自分の問題を克服することができた。プログラムは減量や血圧、コレステロール、インシュリン依存度の低下、さらに投薬からの脱却を促進する。インストラクターは正しく歩いているかどうかをチェックし、負傷や消耗につながる過剰な熱意を抑える役割を担っている。
-妻のシャーリーが減量と健康増進のためこの組織に入会していた。
-この組織のモットーは「節度」であった。つまり、ケガをしないこと。最初はゆっくり歩き、少しずつ歩く量を増やす。筋肉を休める時間を十分に取るというのが会社の方針だった。
-初心者は週に3回、ケガ防止のためのストレッチを10分間行った後、学校の運動場を歩いて10分間周回する。そして2週間ごとに5分ずつ歩行時間が延ばされる。
-4㎞歩けるようになると、速く歩く試みが許される。
-運動場ではなく路上を歩くことが許される。可能なら2週間経過するごとに1㎞ずつ距離を伸ばせる。歩行距離が8㎞に達したら、今度は時間を短縮する。歩いた後はクールダウンを行う。目標は1セッションに8㎞を歩くことである。
-1ヵ月に一度、メンバーは4㎞歩くのに要する時間を計測する。
・ペッパーの歩く姿勢が前かがみになっていることに気づいたインストラクターが、歩く姿勢の修正を始めた。それは肩を引いて姿勢をまっすぐに保つことを再習得するプロセスだった。この歩き方は平坦でない野原などでは難しかったが、ゆっくりと時間をかけたアプローチを1日置きに行い、休養日を間にとることで、所要時間を大幅に短縮できた。このことがペッパーの転機となった。何年にもわたり悪化していった状況のなかで、何らかの動作に関して少しでも改善が見られたのはこのときが初めてだった。
・運動は1日おきに1時間。目標は週に3回、脈拍を1分間に100以上、その状態を1時間保つ。注意すべきは自分自身の性急さであった。
・変化は非常にゆっくり起こった。そして、いくつかのパーキンソン病の症状が軽くなったり消えたりしていることに気づいた。その変化は周りの人も気づくものだった。休養日をはさみながら1日おきに運動することで、回復の可能性を感じられるようになった。また、ストレスにも注意した。
・ペッパーにとって重要だったことは、歩行という複雑な様態で自動化された行為をさまざまな部分に分割し、あらゆる筋肉の動き、収縮、体重の移動、手足の位置を細かく分析することだった。
・ペッパーはゆっくり歩くことによって、ほぼすべてのパーキンソン病患者に認められる典型的な問題を発見することができた。左足が体重を支えられるようになるまでに3ヵ月を要した。左足で体重を支えることに意識を集中すれば、もはやコントロールを失って倒れることはなかった。右足の膝は、かかとが着地するまでに伸ばせるようになった。これらを達成するには、極端に焦点が絞られた、ほとんど瞑想的とも言えるほどの集中力を必要とする。あたかも乳児が始めて歩行を学ぶときや、太極拳の入門者がより完全な動きを会得するために、スローモーションのようにゆっくりとした歩行を学ぶときと同じようである。ペッパーは自分の足取り以外にもいくつか発見した。それは歩幅、腕振り、上体の前かがみ、頭の傾きなどだがこれらの変化を完全に内面化するには、1年の実践を必要とした。
・ペッパーは一歩一歩に集中していれば、普通に歩けるようになった。今日でも細かい動作の観察をしている。後方になった左足の上げ方、膝の曲げ方、つま先の使い方に気をつけながら、足が十分に体重を支え、右足が地面から離れてまっすぐに伸び、右足のかかとを地面につけ、そのあいだに反対側の腕が振られるよう、そして体全体が前かがみにならないように注意している。
●意識的コントロール
・ペッパーと一緒に歩いていると、彼がこれらの動作のすべてを頭の中に入れているというのは信じがたい。しかし、それは確かに可能であるとペッパーは明言する。
・ペッパーは同時に二つのことができる。つまり、健常者が無意識に行なっていたいる動作を意識的にコントロールしつつ、会話のための「心的空間」を残すことができる。しかし、彼の興味を惹くことや狼狽させるようなこと、あるいは会話の内容が著しく深まるといったことが起きると、足を引き摺り始める。これによってペッパーがパーキンソン病患者であることに気づくことができる。
・ペッパーは歩行がうまくできるようになると、次には震えの意識的コントロールに挑んだ。パーキンソン病に見られる「安静時振戦」は意識的に身体の該当部分を動かしていないときに起こる。また、意識的に何かに手を伸ばそうとする際には「動作時振戦」を引き起こすことがある。メガネを持つと手が震えていたが、メガネの持ち方をあれこれと変えているうちに、強く握っていれば震えを抑えられることに気づいた。このことにより、ペッパーはパーキンソン病患者が失ったものは、あらゆる動作を結び付けて自動化するという、無意識に機能する能力であると理解した。
・ペッパーが考案したテクニックは、「通常は無意識に制御されている動作のコントロールを、脳の別の領域を用いる」というものだった。
●意識を動員するテクニックの科学的根拠
・意識的歩行が機能する理由は、黒質と大脳基底核の解剖学的構造と機能に基づいて論理的に説明できる。大脳基底核は脳の奥深くに位置するニューロンのかたまりで、脳画像で確認すると、一連の複雑な動作や思考を結合する学習過程で活性化する。また、様々な研究によって大脳基底核は日常生活における複雑な行動の選択を実行に移すための自動化されたプログラムの形成に寄与し、さらにはそれらの複雑な行動の選択と始動を支援することが分かっている。パーキンソン病は黒質を含む大脳基底核がうまく機能しない病気である。従って、大脳基底核に頼ることはできない。これは例えばピアノの練習と同様、心的努力の集中を必要とする。ペッパーの意識的歩行とは、子どもが初めて歩行を学ぶときのように、前頭前野や皮質下の神経回路を活性化させ、意識的注意を払いながら一つ一つの動作を学んでいくというものである。ペッパーの動作の指令は大脳基底核を迂回しているかのようである。
・パーキンソン病患者が抱える最大の困難の一つは、新たな動作を開始することである。何かの障害物等により一度立ち止まると、再び歩き出すことが困難な場合がある。これは自動的な行動の流れを開始する役割は黒質が担っているためである。ただし、外部からの刺激があれば簡単に動作を始めることができる。パーキンソン病患者は話かけない限り黙り、動かさなければ動かないように見える。また、彼らは自分から会話を始められないので、相手がまず会話の口火を切らなければならない。
“レーザー歩行支援”
3分5秒の動画です。床に照らしたレーザーポインターの光を視覚情報として取り込むことで脳を活性化させているとのことです。
・パーキンソン病のあらゆる症候の核心的な問題は受動性であり、それらを治療する主要な手段は活動性である。そして、受動性の本質は、刺激に反応する能力ではなく、自己刺激と動作の開始に対する独特の困難にある。
・ペッパーは人の助けを借りずに動作を始められる。これは問題の黒質や大脳基底核の機能を脳の健康な部位に引き継がせて、開始する方法を体得しているからである。しかも、動作の開始だけでなく、十分な歩行によって常に成長因子に刺激を与えることで、動作を維持することもできる。これは脳の神経回路を改善する方法である。
●他の患者を援助する
・ペッパーが行っている持続的な心のコントロールは他の患者にもできるのだろうか。ペッパーの歩行は異常な集中力で登っていくロッククライマーのようである。あるいは不慣れな太極拳の関節の動き、呼吸、筋肉の収縮に向ける入門者のようである。
・ペッパーは神経可塑性に関する情報を他のパーキンソン病患者に広げ、地元のパーキンソン病患者支援グループに入り、やがてリーダーになった。
・パーキンソン病の治療における投薬の強調は、受け身になりがちな患者を一層、受動的な方向に向かわせるように思う。患者はより効果の高い新薬を待っている。ペッパーは投薬の有効性を認識しつつも、薬への依存が当たり前のようになっている患者にとって、それは問題だと考えていた。
・73歳の女性、ウィルナ・ジェフリーはペッパーと同じように意識的歩行を実践していた。これは、彼女は一人暮らしで支援をうけるのが困難だったためである。ウィルナはペッパーから三度のセッション受け、パーキンソン病に対する態度が変わり、より建設的に考えるようになった。
●歩行の科学的基盤
・強化環境のもとに置かれた動物の神経可塑性的な変化は相次いだ。その始まりは、カナダの心理学者ドナルド・ヘップがラットを檻から出して自宅の居間で飼育し始めた時だった。居間で飼育したラットは檻の中のラットより、問題解決テストが好成績だった。また、脳に多くの神経可塑性的変化が見られ、多量の神経伝達物質が産生され、脳の重量と体積が増大していた。走行輪で1カ月間、早歩きを続けたマウスは、海馬のニューロンは倍になった。
・1982年、MPTPおよび6-OHDAと呼ばれる二つの化学物質が、パーキンソン病に似た疾病を人間に引き起こすことが発見された。MPTPとは黒質のドーパミン作動性ニューロンを破壊する神経毒であり、パーキンソン病と同じダメージをもたらす。MPTPを与えられたマウスは、恒久的にパーキンソン病と同じ状態に陥ることがわかった。現在では、このようなマウスはパーキンソン病の「マウスモデル」として用いられ、新しい薬品や治療方法の効果や安全性をテストする目的で飼育されている。
・6-OHDAに関して言えば、この化学物質をラットの脳に注入すると、同様にドーパミンの喪失と、パーキンソン病に似た症状をきたす。その後の研究で、6-OHDAはパーキンソン病患者にも見出されている。
・今日では多くの人々が、1日中コンピュータの前で座りっぱなしの生活を送っている。座りがちの生活が心臓病だけでなく、ガン、糖尿病、神経変性疾患を導く重要な危険因子であることは、様々な研究によって示されている。万能薬が存在するなら、それは歩行である。
●「不使用の学習」
・脳卒中の発症は二つの大きな問題を引き起こす。一つは機能解離と呼ばれている徹底的なショック状態である。この原因はニューロンが死んだあとに特定の細胞から化学物質が流出し、他の細胞にダメージを与え激しい炎症を引き起こし、死んだ細胞の周囲で血流の断絶が生じるからである。これらの現象は卒中が発生した場所のみならず、脳全体に機能不全を引き起こす。さらには、卒中によって損傷した直後、脳は「エネルギー危機」に陥る。これは損傷に対処するために大量のグルコースを消費しなければならないからである(健康な脳であっても脳は膨大なエネルギーを必要とする。脳は身体全体の重量の2%にすぎないが、20%のエネルギーを消費する)。機能解離はおよそ6週間続き、損傷した脳はその間、さらなる危害に対処するためのエネルギーが枯渇することでさらに脆弱になる。
・ドーパミンはパーキンソン病に関連する少なくとも三つの特徴をもつ。第1に動こうとする動機を高める。第2にその動作を促進して迅速に行えるようにする。第3にその動作に関与する神経回路を神経可塑性的に強化し、次回はそれをより楽に行えるようにする。しかし動機がなければ動作は起こり得ない。
・コロンビア大学運動実行研究室のピエトロ・マッツォーニは、これから動こうとするとき、脳はその動作によって得られると期待される報酬の程度と比較して、努力がどの程度必要とされるのかをまず評価する。通常、この「見積」機能を実行するにはドーパミン系が必要になる。ドーパミンレベルが低いときに動くと、その人は報酬による快を感じない。
・パーキンソン病患者が動作を実行する速度は、期待される報酬の程度と動作に必要なエネルギーの比較評価に部分的に基づく。
●認知症を遅らせる
・パーキンソン病の症状を退かせハンチントン病の発症を遅らせることができるのであれば、アルツハイマー病にも歩行は有効なのだろうか?マーク・P・マットソン博士(米国立老化研究所の神経科学研究所主任)は、パーキンソン病で異常を引き起こす細胞プロセスの多くが、アルツハイマー病においても別の脳領域で生じることを示した。パーキンソン病では黒質が最初に機能不全をきたす。一方、アルツハイマー病においては、神経変性は(短期記憶を長期記憶に変換する)海馬で始まり、海馬は縮小し始め、短期記憶の能力が失われる。さらに脳は可塑性をニューロン間の結合を形成できなくなり、ニューロンの多くは死滅する。2013年、歩行とアルツハイマー病に関する回答が得られた。歩行は認知症のリスクを60%も低下させるものだった。この研究は、イギリスのカーディフ大学、コクラン・プライマリ・ケア公衆衛生研究所のピーター・エルウッド博士によって行われ、2013年12月に発表された。彼らは30年にわたり、ウェールズのケアフィリに住む45歳から59歳の男性2,235人を追跡し、5つの活動が彼らの健康状態に影響を及ぼすか否か、また、認知能力の低下、認知症、心臓病、ガンの発症、早期の死を引き起こすか否かについて調査を行った。
以下にあげる項目の4つまたは5つを実践した被験者は、認知(心的)能力の低下、認知症(アルツハイマー病を含む)のリスクが60%低下した。
①運動(活発な運動、もしくは1日に少なくとも3.2㎞の歩行、もしくは1日に16㎞の自転車走行)。運動は全般的な認知能力の低下と認知症のリスクを減らすもっとも強力な要因である。
②健康的なダイエット(1日に少なくとも3回から4回、果物と野菜を摂取する)。
③正常な体重(BMI18~25の維持)
④アルコール飲料の摂取を抑える(アルコールはときに神経毒として機能する)。
⑤禁煙(これも毒素回避の一つ)。
これら5つの活動のすべてが、ニューロンとグリア細胞の一般的な健康を増進する。
第3章 神経可塑的治癒の四段階
いかに、そしてなぜ有効に作用するのか
●ノイズに満ちた脳と脳の律動異常
・『毒素、卒中、感染、放射線治療、打撲、神経変性疾患など何が原因であろうと、脳が損傷すると一部のニューロンは死んで、信号を送らなくなる。しかしなかにはダメージを受けても、「黙らない」ニューロンもある。生きた脳組織は、その本性として興奮しやすい。神経回路が「オフ」になっているときでさえ、「オン」になり活性化された状態のときより発火率は低いながらも、ある程度は電気信号を送り続ける。この見方に従えば、脳は心臓にたとえられる。心臓は休息時でも停止せず、安静時の心拍数へと移行する。ところが、心臓の電気系統にダメージを受けると心拍数を調整する能力を失って、種々の異常な信号を送り始める。身体のペースメーカーの速度が異常に遅くなったり、危険なほど速くなったりするのだ。あるいは、不整脈や律動異常などの混乱した不規則な鼓動を生むかもしれない。
脳においては、損なわれたニューロンをシャットダウンしない限り、これらの不規則な信号は結合しているすべてのネットワークに影響を及ぼし、それらの機能を「攪乱」する。現在では、脳の多くの障害において、ニューロンが異常な速度で発火することがわかっている。この問題は、てんかん、アルツハイマー病、パーキンソン病、種々の睡眠障害、脳損傷などを生じるもので、無数の信号が同期しなくなるためにノイズに満ちた脳が形成されてしまう。高齢者や学習障害を持つ子どもの脳にも、あるいはニューロンが明確な信号を発する能力を失うと生じる感覚障害においても、類似の現象が見られる。病んだニューロンが健全なニューロンに不規則な信号を送り、その機能を損なうと、健全なニューロンは休眠状態に陥る可能性がある。
●治癒の諸段階
・脳の神経可塑的な能力によりニューロン間の結合を変化させ、その「配線」を変える。以下は4つの段階である。
①神経刺激
-脳への介入には何らかのエネルギーを用いて神経を刺激する。光、音、電気、振動、動作、思考(特定のネットワークを興奮させるもの)は神経刺激となる。
-神経刺激は損傷した脳の眠り込んだ神経回路を再生し、治療プロセスの第二フェーズへと導く。
-第二フェーズでは再生されて能力が向上したノイズに満ちた脳が、再び自身を調節、統制して恒常性(ホメオスタシス)を達成できるようにする。
-思考によって脳のネットワークは「オン」と「オフ」になる。思考によって適切な神経回路がオンになれば、それは発火し、そこから血液がその神経回路に流入してエネルギーを補給する(このプロセスは脳スキャンによって観察できる)。
-脳に新たな神経回路を構築するペッパーの意識的歩行は、思考を用いる内的な神経刺激の一例である。
-神経刺激は新たな神経回路の構築の準備、および既存の神経回路における「不使用の学習」の克服にも効果がある。
②神経調節
-神経調節は脳が自身の治療に寄与するもう一つの内的な方法である。この働きは神経ネットワークにおける興奮と抑制のバランスを迅速に回復し、ノイズに満ちた脳を鎮める。
-神経調節は敏感や無感覚のバランスをとる。
-神経刺激は神経調節を引起こし、一般に脳の自己調節を改善する。
-神経調節の機能には皮下質の二つの脳システムに働きかけることで、脳の全体的な覚醒度を再設定する。一つは網様体賦活系(RAS)のリセットで、このシステムは意識レベルと全体的な覚醒レベルの調節に関与する。RASは脳幹に位置し、皮質の最上位の部位に向かって広がる。そしてその他の部位を「増強」し、睡眠・覚醒サイクルを調節する。
-RASのリセットは脳へのエネルギー供給の回復と、それによる治癒を導く際の鍵になる。
-神経調節の機能には皮下質の二つの脳システムに働きかける二つ目の方法は、自律神経系への働きかけである。ヒトは進化の過程で危機対応のため無意識かつ自動的に反応できる神経系、自律神経系を有するようになった。
-闘争/逃走反応を示す交感神経系は非常時の生存のためにあり、エネルギーの放出と代謝活動を活性化させる。その一方で、成長と治癒のプロセスは抑制される。また、交感神経系が優位な状態では治癒や学習は後回しになるため、脳の変化は起こりにくい。
-交感神経系とシーソーのような役割をもつ神経系が副交感神経系である。副交感神経系は休息/消化/回復を担う。落ち着いた状態に保たれ、ゆっくり考えたり反省したりすることができる。
-副交感神経系が活性化すると、治癒のために不可欠な成長、エネルギーの保存、睡眠を助長するいくつかの化学反応が引き起こされる。また、細胞内のエネルギー源とミトコンドリアを再充電し活性化させる。
-副交感神経系を活性化することはノイズに満ちた脳を鎮める方法になると考えられる。
③神経リラクゼーション
-脳障害をもつ人の中には疲れているにも関わらずよく眠れない人が多いがこれは深刻な問題である。グリア細胞は睡眠中に、老廃物と蓄積された毒素(認知症によって形成されたタンパク質を含む)を、脳脊髄液を通じて放出する特殊な経路を開く。このシステムは睡眠中に10倍活発に働く。つまり睡眠は脳を守るために極めて重要であるといえる。
④神経差異化と学習
-最終フェーズでは神経回路が自己調節の能力を取り戻す。ノイズに満ちた脳は調整され「静かになる」。患者は注意に集中できるようになり、学習の準備が整う。
・①②③④の4つのすべてのフェーズが組み合わさることによって最適な量の神経可塑的変化が得られる。
・特に脳に損傷を負った人のほとんどは、これらの段階が必要となるが、本書で取り上げる問題の多くは脳の損傷に起因するわけではなく、患者はそもそも一度も発達したことのない神経回路を構築していかかなければならない。
第1章 ある医師の負傷と治癒
マイケル・モスコヴィッツは慢性疼痛を脱学習できることを発見する
●神経可塑的な闘争
・自分の痛みは自分で何とかしたいと考えたモスコヴィッツは2007年に、合計15,000ページに及ぶ神経科学の論文を読み漁り、神経可塑的な変化の原理を理解し実践に活かそうと考えた。
・ニューロンの発火を同期させれば脳領域間の神経結合を強化できる。その一方で、「別々に発火するニューロンは既存の結合を切り離す」ゆえに弱めることもできる。
・マイケル・モスコヴィッツ[医学博士、精神科医であったモスコヴィッツは自身に起きた事故により、自らの身体を実験台とした。そして痛みの専門家に転身した]は自分で学んだことを三つの絵にまとめた。一つは急性痛を感じている脳の絵で、そこには16の活動領域が描かれている。二つめは慢性疼痛を感じている脳の絵で、活動領域は急性痛と同じあるが、全体として領域が拡大している。三つめは痛みをまったく感じていない時の脳の絵である。
・慢性疼痛において発火する脳領域を分析すると、これらの領域の多くが、痛みを感じていない時には、思考、感覚、イメージ、記憶、運動、情動、信念などに関する処理を実行していることが分かった。これは言い換えれば、痛みを感じているときは集中や熟考できない理由にもなる。
・モスコヴィッツが考えたことは単純で、「痛みを感じはじめたとき、そして痛みが大きくなろうと、それまで行っていた活動(例えば、思考、記憶など)を意識的に続けることで、それらの活動のために対応する脳領域を維持し、痛みの感覚に脳を乗っ取られることがないようにする。というものであった。
・以下の表はモスコヴィッツが作成した痛みの対象脳領域を表すものである。
画像出展:「脳はいかに治癒をもたらすか」
・『モスコヴィッツは、ある脳領域が急性痛を処理する場合、該当領域のおよそ5パーセントのニューロンのみが、痛みの処理に寄与するにすぎないことを知っていた。それに対し慢性疼痛では、発火や配線が常時なされるためにその割合は増大し、15~25パーセントのニューロンが痛みの処理に関与する。これは、およそ10~20パーセントのニューロンが、慢性疼痛の処理のために徴用されたことを意味する。だからそれらを奪い返さねばならない、と彼は考えたのだ。』
・2007年4月、モスコヴィッツはこの理論を実践に移した。
1)視覚活動によって痛みを圧倒することを考えた。(視覚処理は脳の広大な領域が関わっている)
2)視覚情報と痛みの両方を処理する脳領域は、後帯状皮質(空間内の物体の位置を視覚的に想像する手助けをする)と後部頭頂葉(視覚入力を処理する)である。
3)痛みを感じたときに、自分が描いた脳マップ、慢性疼痛の脳の絵を思い浮かべ、その脳マップが神経可塑性によってどの程度拡大したかに注目した。
4)次に、痛みのない脳の絵を浮かべ、その痛みのない状態に近づくように発火領域が小さくなることを想像した。
・最初の3週間はわずかに痛みが減ったように感じる程度だったが、1ヵ月が経ちやり方に慣れてきた。6週間後には肩甲骨付近の痛みはなくなった。4カ月後には首の痛みがとれ1年後には常時ほぼ痛みを感じることはなくなった。
●MIRROR
・神経可塑性の原理、MIRRORとは、Motivation(動機)、Intention(意図)、Relentlessness(徹底)、Reliability(信頼)、Opportunity(好機)、Restoration(回復)の略である。
・慢性疼痛患者は痛みのために活力をなくし、態度が受動的で依存的である。
・モスコヴィッツのアプローチは患者自身が積極的になり、自己の治療に責任を持つことが求められる。簡単に痛みが消えることはないため、強い動機を維持する必要がある。
・意図とは痛みの除去ではない。脳を変えるための心である。痛みの除去を報酬とすると容易に得ることができず挫折する。特に初期の段階で重要なことは、変えようとする心的努力である。このような心的努力こそが新たな神経結合の形成を促し、痛みのネットワークを弱体化する。
・モスコヴィッツは患者にこれら6つの道具(MIRROR)を与えて、脳をまったく正常な状態に戻すという大胆な目標の動機づけを図る。そして少しでも改善を得られると一時的な「安心」ではなく、希望となって新たな技法に目を向ける。こうして悪循環は好循環に変わる。
●視覚化はいかに痛みを減退させるのか
・視覚化の繰り返しは、思考を用いてニューロンを刺激する直接的な手段となる。脳画像法を用いれば、活性化された脳の視覚ニューロンに血液が流れ込んでいく兆候を観察できる。
●それはプラシーボ効果なのか?
・最新の脳画像研究によれば、疼痛や抑うつを抱える患者にプラシーボ効果が生じた際の脳の変化は、投薬によって改善が得られた場合の変化とほぼ一致する。
・痛みに関してプラシーボ効果は一般的に30%以上とされている。また、プラシーボ効果による治癒は、投薬による治癒より「非現実的」というわけではない。
・ポジトロン断層法(PET)を用いた実験では、プラシーボ治療が主要な脳領域の内因性オピオイドの生産を増大させて痛みを止めること、また、プラシーボ反応が脳の痛覚システムにおけるオピオイド生産領域の配線を強化することを示した。
●ただのプラシーボ効果ではない理由
・プラシーボ効果は急速な反応を示す一方、長く続かないというのが一般的な認識である。ところがモスコヴィッツのMIRRORアプローチを用いた神経可塑性の治療を受けた患者は、プラシーボ反応とは全く正反対のパターンが見られる。最初の数週間は何も反応は見られず、その後徐々に痛みに変化があらわれ、そして脳が再配線されれば介入の必要性が次第に減少する。
・モスコヴィッツの患者における変化のパターンは、自転車乗り、楽器の演奏、言語の習得などで脳が新たな技能を学ぶときに生じるものと一致する。この時間的な経緯は、重要な神経可塑的な変化が起こる際には典型的に見られるもので、変化は数週間(しばしば6~8週間)にわたって生じ、日々の心的実践を必要とする。
・投薬やプラシーボとは異なり、神経の可塑性を利用したテクニックは、ひとたび神経ネットワークが再配線されれば、徐々にその実践頻度を減らしていける。言い換えると、痛みを抑制するという効果は持続する。
・モスコヴィッツが痛みの緩和をした疾患は、神経損傷や炎症に起因する腰部の慢性疼痛、糖尿病性神経障害、ガンに起因する痛み、腹痛、変形性の首の痛み、切断、脳や脊髄の外傷、骨盤底の痛み、炎症性腸疾患、過敏性腸症候群、膀胱痛、関節炎、三叉神経痛、多発性硬化症の痛み、感染後の痛み、神経損傷、神経障害性疼痛、中枢性疼痛、幻肢痛、変形性椎間板疾患、神経根損傷による痛みなどである。
・神経可塑性の課題は対象が痛みの除去に限定されること、成果を感じるまでに2ヵ月ほど、根気よく続ける意志力を要することである。
・モスコヴィッツは2008年、慢性疼痛の治療を専門にする医師、マーラ・ゴールデンに援助を求め、触覚、音、振動をそれぞれ独自の方法で、これらの感覚で脳を満たし、痛みと競合させるアプローチへの理解を深めることができた。
第2章 歩くことでパーキンソン病の症状をつっぱねた男
いかに運動は変性障害をかわし、認知症を遅らせるのに役立つか
・『私の散歩仲間ジョン・ペッパーは、20年ほど前にパーキンソン病による運動障害と診断された。最初の症状は、およそ50年前にすでに現れていた。だが、訓練を受けたよほど鋭い観察者でなければ、それはわからなかったはずだ。ペッパーは、パーキンソン病患者にしては非常にすばやく歩く。パーキンソン病の典型的な症状を抱えているようには見えない。摺り足で歩くこともなければ、動いていようが止まっていようが震えは見られない。特に硬直しているようには見えないし、動きもすぐに開始できるらしい。平衡感覚にもすぐれる。歩くときには腕を大きく振りさえする。パーキンソン病の顕著な特徴である緩慢な動作もまったく見られない。彼は68歳になってから9年間、抗パーキンソン病薬を服用していないが、まったく普通に歩けるのだ。』
・ペッパーは、自らが考案した運動プログラムと特殊な集中力によって克服している。
“意識する事でパーキンソン病の症状をコントロールする:ジョン・ペッパーさん”
2分16秒の動画です。本書の説明通り、パッパーさんの動きからパーキンソン病を患っているようにはとても思えません。
“パーキンソン病:アメリカからの最新ニュース! 薬でも外科的手術でもない新しい治療法!”
6分24秒の動画です。黒いグローブをしている方がパーキンソン病の患者さんです(1分34秒~3分25秒)。
“Scientists Develop Glove That Eliminates Parkinson’s Tremor”
4分52秒”の動画です。上記の元動画のようです。「BEAKTHROUGH PARKINSON'S “VIBRATION”THERAPY」と書かれています。
“How to Use Math and Physics to Treat Parkinson's with a Vibrating Glove with Peter Tass”
9分57秒”の動画です。ピーター・タス先生が説明されています。また、「Tass Lab Team」というサイトがありました。
“SASUKEにも出場してしまう若年性パーキンソン病患者: ジミー・チョイさん”
5分45秒”の動画です。4分58秒からはトレーニングの様子やSASUKEに出場した時の映像が出ています。「凄い!」の一言です。
若年性パーキンソン病というお話で、発病は27歳だそうです。
●アフリカからの手紙
・『2008年9月、私はジョン・ペッパーから次のような内容のEメールを受け取った。
「私は南アフリカで暮らしています。1968年以来パーキンソン病を患っていますが、十分に運動をし、通常は無意識の支配下にある動きを意識的にコントロールする方法を学んできました。私は自分の経験に基づいて一冊の本を書いたことがあります。しかじ医学界は、私の症例を精査することなくこの本の内容を否定してきました。というのも、私はもはやパーキンソン病患者には見えないからです。症状のほとんどはまだ残っていますが、現在の私は抗パーキンソン病薬を服用していません。8キロメートルごとに分けて1週間に合計で24キロメートルを歩いています。ダメージを受けた細胞が、脳内で生産されるグリア細胞由来神経栄養因子の働きによって回復したのではないかと思われます。しかしパーキンソン病の原因が除去されたわけではありません。だから運動しなくなると、もとに戻ってしまいます。
きちんとした運動を定期的に続けるよう説得できれば、パーキンソン病の診断を受けた人々の多くを手助けできるのではないかと、私は思っています。この件について、あなたのご意見をぜひお聞かせください。』
・ペッパーは歩行という素朴なアプローチでパーキンソン病に対処して、脳に神経可塑的な変化を引きおこしたと考えられる。
・グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)は、脳の成長因子の一つで、脳の主要な細胞の一つであるグリア細胞によって生成され、肥料のように脳の成長を促す。脳細胞の15%はニューロンで残り85%はグリア細胞である。
・以前は脳の「詰め物」にすぎないと考えられていたグリア細胞だが、現在は、グリア細胞は常に互いに連絡を取り合い、ニューロンとのやり取りをして、電気信号を修正していることが分かっている。つまり、グリア細胞はニューロンに「神経保護」を提供し、脳の配線と再配線を支援している。
・グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)は1933年に発見され、ドーパミンを生成するニューロンの発達と維持を促進することで、脳の神経可塑的な変化に寄与することが明らかになっている。
画像出展:「一般社団法人日本生物物理学会」
ヒトの脳は、1000億個の神経細胞と、その10倍以上の数のグリア細胞から成ります。グリア細胞には、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、アストロサイトなどの種類があります。
・『Eメールをやり取りしているうちに、彼はパーキンソン病が完治したと主張したいのではなく、歩行トレーニングを続けている限り、運動に関するパーキンソン病の主要な症状を逆転できると主張したいことがわかった。きわめて有効な変化が得られたため、パーキンソン病の主要な症状の影響を受けずに済み、十全な日常生活を送れるようになったのだ。「他のパーキンソン患者にも役に立つはずの、この情報をひとりで握ったまま死にたくはありません」と書かれていた。』
・パーキンソン病の影響は二次的に脳を弱体化させる。可塑的な脳は、つねに未知の領域を探索しなければならず、動き回る移動性の生物のもとで進化した。人間は動けなくなると、視覚や聴覚をあまり使わなくなり、処理する情報量も減って脳への刺激も少なくなるため機能が衰え始める。(ものごとを考え抜く作業は有効だが、神経可塑性を備えたシステムが新たな細胞を生成し、神経を発達させるためには身体の動きが必要である)
・パーキンソン病は黒質と呼ばれる脳の部位が、正常な動作に必要な脳の化学物質を生産する能力が次第に失われることによって引き起こされると考えられていた。
・1957年、スウェーデン出身の医師、アルビド・カールソン(後にノーベル生理学・医学章を受章)はドーパミンがニューロン間の信号の交換に用いられる脳内化学物質の一つであることを発見した。その後さらに、人の脳のドーパミンのおよそ80%が大脳基底核と呼ばれる、黒質を含む脳の組織に集中していることを発見した。研究ではドーパミンレベルが70%落ちても影響は見られないが、80%低下すると症状が現れる。
・パーキンソン病はドーパミンの喪失が直接の原因と考えられるが、それはこの病気の重要な側面の一つと考えた方が正しい。ドーパミンが失われる理由は何か、脳領域全体の機能に影響するのは何故か、その答えは出ていない。
「神経可塑性」と「脳の可塑性」はほぼ同じ意味で使われています。検索したところ数多くのサイトがありましたが、いいなと思った3つのサイトをご紹介させて頂きます。
こちらは“カウンセリングしらいし”さまのサイトで、タイトルは、“「神経可塑性(シナプス可塑性)」【重要】”となっています。要点と概要(全体観)がつかめます。
画像出展:「神経可塑性」
『神経の損傷が行われた場合もそれを代償するように脳や神経における可塑的な変化があります。「傷ついた神経回路は修復されない」「神経は新しく新生されない」と信じられていましたが、最新の研究では、神経回路は修復され、新しい神経細胞も生まれることがわかってきました。』
こちらは“マインドフルネスプロジェクト”さまのサイトで、タイトルは、“マインドフルネスと脳科学 〜神経可塑性〜”となっています。マインドフルネスとは、「心を“今”に向ける方法」のことだそうです。(NHKより)
こちらは、“STROKE LAB”さまのサイトで、“Neuro plasticity 神経可塑性 知識を臨床に応用する”はPDF33枚の資料です。大変詳しく説明されています。ロードに時間がかかるかもしれません。
神経可塑性の話しは、概して現代医学の本流からは少し外れた亜流という印象が強く、代替医療の分野に近いのかもしれません。私が神経可塑性について肯定的なのは二つの理由からです。一つは『限界を超える子どもたち』という本を拝読させて頂き、その中で“アナットバニエルメソッド”という神経可塑性のアプローチを知ったことです。そしてもう一つは、私自身が経験した障害をもつ小児へのマッサージの効果と、“アナットバニエルメソッド”が重なったためです。
衝撃を受けた“アナットバニエルメソッド”ですが、動画を見つけました。
以下が今回勉強させて頂いた本です。
本書は500ページを超えるものですが、ブログは個人的興味から4つ、「パーキンソン病」、「神経可塑的治療」、「レーザー光治療」、「PoNS(ポータブル神経調整刺激器)」を取り上げています。
目次
はじめに
第1章 ある医師の負傷と治癒
マイケル・モスコヴィッツは慢性疼痛を脱学習できることを発見する
●痛みのレッスン―痛みを殺すスイッチ
●痛みに関するもう一つのレッスン―慢性疼痛は可塑性の狂乱である
●神経可塑的な闘争
●最初の患者
●MIRROR
●視覚化はいかに痛みを減退させるのか
●それはプラシーボ効果なのか?
●ただのプラシーボ効果ではない理由
第2章 歩くことでパーキンソン病の症状をつっぱねた男
いかに運動は変性障害をかわし、認知症を遅らせるのに役立つか
●アフリカからの手紙
●運動と神経変性疾患
●ロンドン大空襲下でのディケンズ風少年時代
●病気と診断
●ヘビと鳥のあいだを歩く
●意識的コントロール
●意識を動員するテクニックの科学的根拠
●他の患者を援助する
●論争
●パーキンソン病とパーキンソン症状
●ペッパーの神経科医を訪ねる
●歩かないと……
●歩行の科学的基盤
●「不使用の学習」
●パーキンソニズムの両面的な性質
●認知症を遅らせる
●喜望峰
第3章 神経可塑的治癒の四段階
いかに、そしてなぜ有効に作用するのか
●「不使用の学習」の蔓延
●ノイズに満ちた脳と脳の律動異常
●ニューロン集成体の迅速な形成
●治癒の諸段階
第4章 光で脳を再配線する
光を用いて休眠中の神経回路を目覚めさせる
●小さな世界
●光は私たちが気づかぬうちに身体に入ってくる
●講演と偶然の出会い
●ガブリエルの話
●カーンのクリニックを訪問する
●レーザーの物理学
●レーザーはいかに生体組織を癒すのか
●二度目のミーティング
●レーザーは脳を癒す
●レーザーをその他の脳障害の適用する
第5章 モーシェ・フェルデンクライス 物理学者、黒帯柔道家、そして療法
動作に対する気づきによって重度の脳の障害を癒す
●二個のスーツケースを携えた脱出行
●フェルデンクライス・メソッドのルーツ
●中心原理
●脳の探偵―脳卒中を解明する
●子どもを支援する
●脳の一部を欠いた少女
●言葉を生む
●最後まで制約されない人生
第6章 視覚障害者が見ることを学ぶ
フェルデンクライス・メソッド、仏教徒の治療法、その他の神経可塑的メソッド
●一縷の望み
●最初の試み
●治療にフェルデンクライス・メソッドを加える
●青みがかった黒の視覚化はいかに視覚系をリラックスさせるのか
●視力が戻る―手と目の結びつき
●ウィーンへの移住
第7章 脳をリセットする装置
神経調節を導いて症状を逆転させる
Ⅰ.壁に立てかけた杖
●奇妙な装置
●なぜ舌は脳への王道なのか
●ユーリ、ミッチ、カートに会う
●PONS開発の歴史
●死んだ組織、ノイズに満ちた組織、そして装置についての新たな見解
Ⅱ.三つの事例
●パーキンソン病
●脳卒中
●多発性硬化症
Ⅲ.ひび割れた陶芸家たち
●ジェリ・レイク
●キャシーに会う
●ぶり返し
Ⅳ.わずかな支援で脳はいかにバランスをとるのか
●脳幹の組織を失った女性
●ユーリの理論
●四種類の可塑的な変化
●新たなフロンティア
第8章 音の橋
音楽の脳の特別な結びつき
Ⅰ.識学障害を抱えた少年の運命の逆転
●アンカルカ修道院での偶然の出会い
●若き日のアルフレッド・トマティス
●トマティスの第一法則
●トマティスの第二法則と第三法則
●聴覚ズーム
●口の片側で話す
●耳の刺激によって脳を刺激する
Ⅱ.母の声
●階段の途中で生まれる
Ⅲ.ボトムアップで脳を再構築する
●自閉症、注意欠如、感覚処理障害
●自閉症からの回復
●炎症を起こした脳のニューロンは結合しない
●リスニングセラピーはいかにして自閉症の治療に役立つのか
●学習障害、社会参加、抑うつ
●注意欠如障害と注意欠如・多動性障害
●サウンドセラピーの作用に関する新説
●障害として認められていない障害―感覚処理障害
Ⅳ.修道院の謎を解く
●音楽はいかにして精神や活力を高揚させるのか
●なぜモーツアルトなのか?
補足説明資料1 外傷性脳損傷やその他の脳障害への全般的アプローチ
補足説明資料2 外傷性脳損傷を治療するためのマトリックス・リパターニング
補足説明資料3 ADD、ADHD、てんかん、不安障害、外傷性脳損傷の治療のためのニューロフィードバック
謝辞
訳者あとがき
はじめに
・ニューロプラスティシャン(神経可塑性療法家)は不変の脳という見方を否定する。
・2000年、E.カンデル博士、A.カールソン博士、P.グリーン博士は神経系におけるシグナル伝達機構を解明し、ノーベル医学生理学賞を受賞した。
※シグナル伝達機構:外界より与えられた様々な情報(シグナル)に対して、情報処理機構(シグナル伝達機構)を用いて、細胞の増殖や分化、神経細胞のシナプス可塑性(神経に特定の刺激が加えられ続けると、その情報を学習し、その後の働き方が変化すること)など与えられた情報に基づいて適応するしくみ。
・E.カンデルは学習には学習には神経細胞を変える遺伝子の「スイッチオン」にする効果があることを示した。
・脳の治癒力は細胞同士が常に電気的に連絡を取り合って、随時新たな神経結合を形成したり作り直したりする複雑さと精巧さによるものである。
・脳への介入は光、音、振動、電気、運動などのエネルギーを利用する。これらのエネルギーは感覚器官や身体を経由して脳自体が持つ治癒力を喚起する。感覚器官は脳が受け取ることができる電気シグナルに変換する。
・世界には次に紹介するような様々な事例がある。
『音を聴かせて自閉症を、あるいは後頭部に振動を与えて注意欠如障害を完治する、舌を電気的に刺激する装置を用いて多発性硬化症の症状を逆転させたり脳卒中を治癒したりする、首のうしろに光を当てて脳損傷を治療する、鼻に光を通して安眠を確保する、〔レーザーファイバーを使い〕静脈に光を通して生命を救う、脳の大きな部分を欠いたまま生まれたために認知能力の問題を抱え、ほとんど麻痺状態にすらあった少女を、穏やかでゆっくりとした手の動きで身体をさすることによって治療する、などのケースである。』
・休眠中となっている脳の神経回路を刺激する方法の多くは、心的な活動や気づきとエネルギーの利用を結びつけるものである。これらは西洋医学では新奇なものだが、東洋医学では珍しいものではない。
・『私が訪問したほぼすべてのニューロプラスティシャンは、伝統的な中国医学、古代仏教徒の瞑想法や視覚化、武術(太極拳、柔道)、ヨガ、エネルギー療法などの東洋の実践的な健康法から得た洞察を西洋の神経科学と結びつけることで、神経可塑性を治療に適用する方法への理解を深めていた。』
・『西洋医学は、何千年にもわたり無数の人々によって実践されてきた東洋医学とその主張を、長いあいだ無視してきた。心によって脳を変えるという原理は、受け入れるにはあまりにも信じがたく思えたのだ。本書は、神経可塑性の概念が、これまで疎遠であった二つの偉大な医学的伝統を橋渡しするものであることを明らかにする。』
・脳は身体に君臨する帝王ではなく、身体も脳に信号を送って脳に影響を及ぼす。つまり脳と身体は双方向のコミュニケーションを行っている。
・神経可塑的なアプローチは、心、身体、脳のすべてを動員しながら、患者自身が積極的に治療に関わることを要請する。また、医師は患者の欠陥に焦点を絞るだけでなく、休眠中の健康な脳領域の発見、および回復の支援に役立つ残存能力の発見を目標とする。なお、脳を治療する新たな方法は、個人差が大きくすべての患者に有効であるとは言えない。
ステップ3 最高の銘柄を最適なタイミングで買う方法
●ブル相場において過ちを犯す可能性は少なく、本格的に値上がりする可能性が最も高いタイミングで、良い銘柄を選択するための法則がある。これらは半世紀にわたる各年の大きな勝ち銘柄(100%~1000%以上高騰した銘柄)が共有する特徴に基づいている。
●どんな銘柄でも、その企業の実態を本当に理解できている銘柄を買う。理解が深ければ安直に株を手放すことはしない。重要なことは常に保有株に関してマーケットが何を伝えようとしているのか注意を払うことである。
●各業界のNo1の企業を選ぶべきである。ただし、このNo1は知名度やブランドではなく、EPSの伸び率、資本利益率(ROE)、売上利益率、売上の伸びなどである。
●株の購入においてはタイミングが重要だが、それは株価が最安値(底値)ということではない。大きく値上がりする確率が最大であるときである。これを見きわめるのに必要なことは、ファンダメンタルズデータ(経済成長率、物価上昇率、失業率、経常収支、財政収支や各企業の業績や財務状況、PER[株価収益率]など)を参考にしながら、チャートを詳しく調べることである。特に日足、週足、月足の値と出来高のチャートが大切である。
-カップウィズハンドル-
●過去50年における最高の銘柄で最も頻繁にみられた、上放れのベースとなるパターンであるが、コーヒーカップを横から見た時の形に似ているためこの名称がつけられた。
●カップの底部とハンドルの下部の出来高が低水準になる傾向がみられる。これは売りが減って、強気に動く前触れの可能性を秘めている。
“8週カップウィズハンドルからわずか24週間で1414%上昇”
画像出展:「オニールの相場師養成講座」
・ずっと1本調子で上昇するということは考えにくく、小休止の調整でハンドル(取っ手)が作られます。
●ベア相場でこのような株を買う最高のタイミングは、安値を切り下がりながら下げていた株価が再び上がり始めてハンドルを完成させ、ハンドル部分の前の高値をまさにブレイクしようとするときである。
●カップウィズハンドルは高値から下げて引けた第1週から始まって、6~8週間続く。多くは完成するのに6カ月から1年かかる。パターン内の絶対高値から絶対安値への調整幅は一般的に25~40%である。
●ハンドルの押し(下落)は、高値から最安値の幅の8~12%以内であることが一般的だが、ベア相場では20%以上になるケースもある。この押しは、急落した日に株主をさらに振るい落とす。
●ハンドル下部における下方調整は、株主を最後のひと下げでさらに振るい落とすことと、カップの底からの強い反発の後の一般的にみられる調整である。
●ハンドルの最後の振るい落としは終わり近くで起こる。その後株価が反転して出来高を増加させたときが絶好の買い場になる場合が多い。
●ハンドルは横ばいに1~2週間と短いことも、10週間近く続くこともある。ハンドルが全くないケースも少ないがある。
●株価パターンを形成する調整や揉み合いの多くが、12~13週、ことによっては24~26週続くことは偶然ではない。この期間は企業の業績発表がある3ヵ月サイクルに対応しており、多くのプロの投資家は次の業績発表まで資金の投入を手控えることがあるからである。
-ダブルボトム-
●このパターンはカップウィズハンドルほど頻繁には現れない。Wのようなパターンであるが、ほとんどが2つ目の下げ足が1つ目の安値より下がっている。1つ目の下げ足で振るい落とされなかったり、下げても前よりも下がることはないと願っていた残りの弱気の株主たちを振るい落とすことになる。
●株価が下がると買いたい水準まで下がったと判断した機関投資家たちが買いに動く。ダブルボトムの絶好の買値はWの中央の高値の水準である。
●株価がこれらのパターンから上放れするときは、その日の出来高がその銘柄の1日平均より50%以上多いことが必要である。過去の顕著なケースでは100、200%以上も出来高を増やしている。上放れした日の出来高増が20%以下の場合は、情報を豊富に持っているプロたちの買い控えが考えられ、上放れが起きない可能性は高くなる。また、週足チャート上で上放れした週の出来高が前の週より少ない場合も、挫折する可能性が高い。
ステップ4 利益を確定する最適なタイミングで売る方法
●株価が20~25%上がったところで、まだ値上がりしているときに利益の多くを確定し、7~8%下がったところですべて損切りするというのが基本である。実績に裏付けられた“売りルール”をうまく実践できるようになることが非常に重要である。
●20~25%の利益確定の例外も必要である。例えば、強いブル相場で、その企業の現在と過去3年間の収益と売上の伸びが堅調で、ROE(自己資本比率)が高く、株を保有している機関投資家が優良で、強い産業グループ内のリーダーであり、健全なベースパターンから上放れしてわずか1、2、または3週間で20%と大きく急騰した場合は、その時点では利益確定はせず、少なくとも8週間は保有するというルールである。これは過去の相場に関する研究において、序盤でロケット並みの勢いのある銘柄が、他を圧倒するような大きな勝者になる可能性が高いためである。
ただし、仮に8週間保有した強力な銘柄であっても、更に保有するかどうかはあらためて状況を分析した上で、やはりルールを設け、それに沿って判断をする。考えられるルールとしては、「期間を決める」、「移動平均線と比較する」、「今後の1~2年の収益予測をもとに予想されるPER(株価収益率)の伸びを検討する」などがある。
●20~25%の利益確定ルールを基本としつつ、飛躍する例外的な株を見極め、新たなルールに従って長期保有を実現できれば、大きな利益を得ることができる。「大きな利益は、アイデアによってではなく、相場に踏みとどまることによって得られる」ということが言える。
●PERは重要な指標ではあるが、それ以上に重要なことはその会社の業績やポテンシャル、そして信頼できる機関投資家による安定した株保有が重要である。
-クライマックストップ-
●何カ月も上昇し続けた主導株が突然、それまでのあらゆる週よりも速いテンポで急騰し始める。
“アマゾンドットコムは典型的なクライマックストップを形成してから95%下落した”
画像出展:「オニールの相場師養成講座」
・このグラフは1999年、25年前のものです。
画像出展:「FinTech」
“アマゾン史上最大の株式分割は何を意味する? 専門家はどう見たか”
こちらは1997年~2022年までのグラフです。この後、約$1600まで下げました。今のアマゾンの最新株価は$178.50(2024年8月31日)。2022年6月に20対1の株式分解しているので、もしこの株式分割がなかったとすると現在の株価は$3570に相当します。
●クライマックストップは誰が見ても更に2倍になりそうな株をみんなが買おうとしている状況である。だが、みんなが興奮してその上昇に引き込まれた、まさにそのとき、クライマックストップは崩れる。
●クライマックストップの兆候は窓を空けて寄り付くことである(エグゾースションギャップという)。例えば、前夜70ドルで引け、翌朝75ドルで寄り付くというように普通はある値刻みがない。それは最後を示すシグナルなのであり、売りに回るときである。天井まであと1日か2日かもしれない。株はまだ上がっていて超強気に見えるが、売ることを考える。なぜなら、クライマックストップで天井に到達した株は急落することが多いからである。これは多くの人が知ったときは買うような人は既に買ってしまい、値下がり局面を迎えているためである。群集心理は、ここぞという相場の大転換点において常に間違っていると考えた方が望ましい。
●『投資で勝つには、勝つために自らを備えることが必要だ。運、不運は関係ない。意を決して自分の過去のすべての過ちから学べば、勝つために備え、学ぶことができる。偉大な投資家たちもみんな最初は過ちを犯していた。』
●20~25%で利益確定できれば、その利益で満足すべきである。株価がさらに高騰したとしても、手にした現金で他の有望株を買うことができる。また、25%の利益確定を3回続けられれば75%の利益を得ることになる。これはとても大きな利益である。
●投資はただでさえ難しいので、買い持ちと空売りを同時にやるような複雑なことはせず、シンプルにやることが一番である。
ステップ5 ポートフォリオ管理―損を抑えて利益を伸ばす方法
●株式ポートフォリオ管理は、ガーデニングに似ている。気を配らないと美しい花は雑草に覆われてしまう。買値より上がっている株が“花”で、1番下がっているか、1番上がっていない株が“雑草”である。もし、雑草を駆除する場合は最もダウンの大きな銘柄から手をつけるのが良い。心情的には株価が戻ることを期待したいものだが、株価が大きく下がっているとすれば市場はネガティブな評価を下しており、元の高い評価を獲得するには、一般的には多くの時間がかかるものである。
商人も売れない商品は値下げしてでも売り切り、売れ筋の商品に入れ替えようとする。ポートフォリオ管理もそれと同じである。
画像出展:「Garten」
ポートフォリオ管理を“花壇”に例えるのはすごくいいなと思いました。
これは月末に行っている資産の棚卸に関する資料の一部で8月31日のものです。銘柄も株数も見えず役に立たない代物ですが、思いきって貼りだしました。
緑Boxはコア(ETF:インデックスファンド)ですが、最低目標としている40%に少し足りていません。ピンクBoxは、個人的に応援したいバイオテクノロジーの新しい会社で“寄付”のつもりで少々買いました。
●ポートフォリオ管理はある程度限定し、十分に追跡できる範囲にしておくことも重要である。例えば、銘柄数の上限を決め、それを超える場合は、最もパフォーマンスの悪い株を売却することで上限を守ることである。
●株価は常に上下するが、長期的に見れば値上がりしている株を買増し、見込みのある保有銘柄の株数を増やし、見込みの低い保有銘柄の株数を減らしていくことは理にかなっている。
●買い増しで注意すべきは、ブル相場かどうかである。ベア相場での買い増しが効を奏することはほとんどない。ベア相場では現金比率を高めることが大切である。
●空売りは自分が何をやっているかを十分に理解しながら、正確に物事を運ぶスキルが必要であり、空売りしてはいけないタイミングがたくさんある。空売りを比較的安全にできる本当に正しいタイミングはわずかしないので、買うよりも複雑で難しい。
●「ナンピン(難平)買い」とは保有銘柄が下落したときに、買い増しをして平均購入単価を下げることだが、これはすべきではない。ただしブル状態の押し目買いは別である。ベアな状況でのナンピン買い下がりは絶対に止めるべきである。
●最初に購入した株に益が出ていない場合は、けっしてそれ以上の投資をするべきではない。
●一桁以下の低位株や顕著な薄商い(1日の平均出来高が少ない)の低位株は避けた方が良い。
●1997~2000年における上位50の値上がり株がそのベースから上放れたときの平均価格は46.78ドルで、それから61週で1031%値上がりした。
●取引時間内に株を売買するときは成行の方が望ましい。これは確実に売買できるからである(株の売買では25セント)を気にするべきではない。
●ポートフォリオ管理において何かを行わないことが大切であることもある。「PER(株価収益率)、配当、簿価」は少なくともブル相場では必要以上に意識しない。基本的なことは優良企業のPERは一般的に高く、優良でない企業のPERは低いということである(プロスポーツのスター選手の年棒が高いのといっしょである)。
●税金も気になるものではあるが、売買の決断からは税金は排除した方が良い。利益の一部を国が取るのは、投資が成功している代償の一部と思った方が良い。納税は多くの成功したベンチャー企業と同じ、勝者の証でもある。
●投資で成功するには自尊心や高いIQよりも、正直さ、倫理観、謙虚さの方が重要な要件である。過去の失敗を受け入れ、そこから学ぶことが賢くなる方法である。古い市場の通念にしがみつくような頑固さやエゴを捨て、新しい投資法を学ぶことに積極的であることが重要である。
●銘柄選択に成功するために必要なことは、企業とその企業が属する産業に関して理解することが60~65%、チャートと相場の動きを理解していることが35~45%である。
●大きな勝ち銘柄の共通した特長は、高い売上総利益率(Gross Margin)、高い資本利益率(ROE)とともに、利益と売上を大幅に伸ばしている企業だった。これらの企業はそれぞれの産業におけるトップ企業であり、通常より高いPER水準で取引されていた。強固なファンダメンタルズ、機関投資家による保有、革新的な新製品やサービスなどの条件が整っていた。
●『どんなことでもそうだが、報いが得られるかどうかは、どれだけ努力するかに依存する。勉強と観察を絶え間なく行うことで得られる細かい重要な情報の積み重ねが、あなたの知識とスキルを向上させ、投資の世界で成功するか、もう一歩のところでとどまるかの分かれ道になる。』
ご参考
「ディストリビューション」、「ストーリング」、「フォロースルーデー」、「カップウィズハンドル」に加え重要な指標として「ベアリッシュリバーサル」、「ブリッシュリバーサル」があります。
感想
1.最も大切なことは「貴重な資産をリスクから守りながら運用する」、「願望やこだわりではなく方針を重視する」、「市場の動向を感じて行動する」、「欲ブタにならない」、そして、そのための情報収集を行い勉強するということだと思います。
2.長期運用は特別なものではなく、基本的には短期と同じであると理解しました。おそらく、2つの運用の差は何を重視するかという重みづけの部分ではないかと思います。また、その投資する企業に対する理解の深さも大きく左右する要因になると思います。
3.優れた企業、魅力的な企業、業績の良い企業を見つけ出し、それらの会社でポートフォリオ(美しい花壇)を作ればリスクを減らせると思います。
4.「良い会社で理解できる会社に分散投資」し、「利益確定ルール」、「利益確定例外ルール」、「損切ルール」に従って運用すれば、大きな損失を避けることができると思います。
※【利益確定】について
・利益確定(利確)を迷うのは、「今、利確してどんどん上がったら儲けが減ってしまう!」という「欲ブタ」な気持ちです。一方、利益を確保するという行動は「資産を守る」という方針に合致します。
ほとんどの投資家は利益確定を行います。さらに株価は市場動向によって必ず上下します。こう考えると、利益確定は「資産を守る」上で非常に重要です。
また、キャッシュを保有しているということは、買い場が来た時に投資ができるため「株式投資を楽しむ」という見地からもお勧めです。言い換えれば、『より楽しく、より安全に資産を増やす』⇒『冷静かつ確実に【利確】をしていく』ということではないかと思います。
【資産を守って奇麗なポートフォリオで楽しく運用】、この大方針でやっていきたいと思います。
3月に“株と債券”というブログをアップしました。その後、「1冊は本格的な投資の本を買って勉強した方が良いだろう」と思って本を探していたのですが、“ばっちゃまの米国株”さんの師匠である広瀬隆雄氏が推奨されている本があり、その中から『オニールの相場師養成講座』という本を購入することにしました。
著者:ウィリアム・J・オニール
初版発行:2004年5月
出版:パンローリング株式会社
この本は非常に勉強になりました。もっと早く読んでいれば良かったのにと思います。1番良かったことは、株式投資はコインの裏表のようなものだと思うのですが、今までは“表”が「儲けたい」、“裏”が「損したくない」という感情的、主観的な「欲ブタ」な感覚だったと思います。今は、“表”は「資産を守る」、“裏”は「方針に従って売買すれば結果はついてくる」という理性的、客観的な感覚をもって、ある程度は考えられるようになったことです。
画像出展:「ユピスタ」
株式投資において理性的、客観的になるというのは「永遠のテーマ」という感じです。
また、チャートの重要性をあらためて認識しました。チャートからの情報を冷静に検討することは、市場(特に金利)と業界・会社(特に業績)とともに最も注目すべきことの一つだと思います。
CONTENTS
訳者まえがき
序文
はじめに
ステップ1 市場全体の方向性を見きわめる方法
ステップ2 利益と損失を3対1に想定する方法
ステップ3 最高の銘柄を最適なタイミングで買う方法
ステップ4 利益を確定する最適なタイミングで売る方法
ステップ5 ポートフォリオ管理―損を抑えて利益を伸ばす方法
はじめに
●市場は人間的な感情と個人的な意見に基づいて行動する多くの人達で構成されている。
●投資での成功と個人の感情や個人的な意見は無関係である。
●市場を動かしているのは群集心理である。特に多くの投資判断を左右しているのは、願望と恐怖心とプライドとエゴである。
●市場が従うのは需要と供給の法則である。つまり、市場に逆らわずに市場に沿って行動することが重要である。
●需要と法則の原則はあらゆるアナリストの意見より優れている。
●投資ルール、投資原則を学ぶべきである。特に、売りルールを持っていなければならない。
●株が値を戻すのを願って待つのではなく、小さな損失が出たらいつもすぐ売ることを学ぶ。
●市場が上向きなのか下向きなのかを知る。
●株は下げている時ではなく、上げている時に買う。
●株は下がりに下がって割安に見える時ではなく、年初来の高値近くで買う。
●安値に沈んでいる株より高値に上がっている株を買う。
●PER(株価収益率)はほどほどにして、利益の伸び、出来高の動き、その企業が業界内でもっとも利益をだしていることなど、実証済の要素に注目する。
●マーケットニュースレターやアナリストなどの情報に対しては慎重かつ客観的に向き合う。
●自分の間違った判断は記録に残し、どんな間違いだったのか分析する。
●チャートと長く接していれば、株価が大きく上昇する前兆となるパターンや手を出してはいけないダマシのパターンを見抜くことも可能になる。
画像出展:「オニールの相場師養成講座」
・バーの上端はその週の最高値、下端は最安値、クロスハッチは終値。週足であれば週の最後の株価です。
・値上がり週(横棒が前週よりも太い線)
・値下がり週(横棒が前週よりも細い線)
●出来高の大小や±は、株価の値動きと同じように重要である。上記のグラフでは①前週よりも売り出来高増が7週、②株の値動きが乏しい、③売り出来高増7週のうち6週が週平均出来高を上回る。この3つがポイントである。
●重要なシグナル
-過去の業績はあまり重要ではない。
-現在の業績の過大評価は禁物である。
-株価が下がっていて割安になっていても、将来の見通しが不透明であれば手を出すべきではない。
ステップ1 市場全体の方向性を見きわめる方法
●マーケケットが上か下か横ばいかを知ることが大切である。
●市場全体(ダウ工業平均、S&P500指数、ナスダック総合指数など)が天井を付けて下方へ転換すると、保有株の多くが下落する可能性は高い。
●市場の天井を見きわめるスキルは非常に大切である。
●景気指数や経済指標に頼りすぎるのは危険である。それは経済が市場をリードしているのではなく、市場が経済をリードしているからである。
●マーケケットテクニカルアナリストは50~100種類のテクニカル指標に注目しているが、大事なことは個別銘柄そのものを注意深く観察することである。森を見ることも必要だが、一つ一つの木を見ることはもっと大切である。
●市場の傾向を掴むには、主要な市場指数を毎日見て自分自身で分析することが大切である。
●総出来高の増減や、1日の出来高と平均出来高と比較することは重要である。
●上昇トレンドでは値動きと出来高がいずれも上昇しているのが一般的である。これは「アキュムレーション」といわれる。
●アキュムレーションを追跡するには、各種指数の高値、安値、終値とその出来高がプロットされているチャートを使うことである。
●売りが買いを上回ることを「ディストリビューション」と呼び、それが起きているのを見きわめることが大切である。ディストリビューションの1日目は指数の終値が前日よりも低く、出来高が大きいときである。
●50年間の研究で認識したことは、2~4週間の中でディストリビューションが5日あると上昇トレンドから本格的な下降トレンドへ転換した可能性があることである。市場が一時的に反発することもあり、下げ幅の大きさにも注意すべきである。
●ディストリビューションのシグナルには「ストーリング(失速)」もある。市場の活発な上昇後、突然その勢いが止まってしまう場合である。下がるわけではなく、上昇率が明らかに小さくなることである。ポイントは売買比率の変化であり、注意すべきは機関投資家などの動き、出来高である。
“2000年3月に株式相場が天井を付けたとき”
画像出展:「オニールの相場師養成講座」
・「ナスダック総合」は米国の代表的な株式市場、NYダウにくらべハイテク関連やインターネット関連の新しい企業が多いのが特徴です。
●総合指数のディストリビューションの出現と主導してきた主要銘柄の天井には関連がある。
●数日間続く大量の売りは、利益確定による可能性が高い。
●短期の下げか長期の下げトレンドかの判断が鍵。ディストリビューションとストーリングが参考になる。
●天井では相場から手を引き、買うことを控えなければならない。
●希望的観測は不要、市場の事実が最重要である。
●スキルを身に付けるには忍耐と鍛錬が必要である。
●ベア相場の傾向として寄り付きで上げ、大引けで下げることが見られる。一方、ブル相場では逆に寄り付きで下げ、大引で上げることがある。
●下降トレンド相場がどこまで進むかは誰にも分からない。分かることは、重いディストリビューション状態にあり、下降するということだけである。
●下降から上昇への切り換え前には数日間の続伸が目安になる。「フォロースルー」は通常、4日目から7日目に見られることが多い。フォロースルーは前日と1日平均よりも多い出来高を伴って1.7%以上の大きな幅で力強く上げている日である。1日、2日の上昇をみて慎重に判断する必要がある。
●新たなブル相場がフォロースルーデーなしに始まったことはない。
画像出展:「フォロースルーデーとは?:投資の勉強」
こちらは“米国株長期投資くらぶ”さまのサイトです。
ステップ2 利益と損失を3対1に想定する方法
●いつ、なぜ、売るのかも分からずに株を買うことは、ブレーキのない自動車を買うようなもの、救命具を持たずにボートに乗るようなものである。
●機関投資家の動向を知ることは非常に大事である。特に「売り」に傾いていることを認識することが大切である。これは機関投資家側からは「売り」の情報が出てくることはないからである。
●自分の感情や他人の言葉に左右されることなく、保有株が思惑に反した動きをしたとしても、常に客観的でなければならない。大事なことは市場の動き、株価と出来高の動きを通じて、機関投資家などのプロが何をしているかに注目することである。
●自分を守る確実な方法は、株価が上昇しているときに利益確定をすること。株価の勢いがなくなり下降し始めたら売って早めに損切りするという現実的なプランを持つことである。具体的には+20~25%で売却(一部)し、-7~8%までにすべて損切することである。つまり目標利益を許容損失の約3倍に設定することである。
●利益がなかなか出そうにない極めて難しい相場では、例えば株価が3~5%下がったところで売り、10~15%上がったところで利益を確定し、投資資金における現金の割合を増やすという選択肢もある。売買の判断を柔軟に変えるのは問題ないが、大事なことは3対1の比率を守ることである。
●『買値から7~8%安で売ったとたん、反発してしまうことがよくあることに注意しなければならない。そうなったら、あなたは自分を愚かだと思うだろう。あなたは、「そもそもこの株を買ったことは正しかったが、売ったことが間違いだったのだ」と自分に言い聞かせるだろう。だが、売ったことが本当に間違いだったのだろうか? 7~8%で売ったことは、回復できないほどの破壊的な損失を確実にさけるためにやったことだ。7~8%が、15~20%、さらに30~40%、あるいはそれ以上に下落することに対して防御しているのだ。一種の保険だと考えてみよう。あなたの家が昨年火事で焼失しなかったからといって、火災保険を掛けていたことで自分を責めるだろうか? そんなことはないだろう。損失を早めにカットすることはそれと同じだ。反転して20%値上がりすることもあり得る株を7%の損失で売ることは、保険を掛けていない家が焼失した場合のように、回復できたとしても、回復するために何年もかかることになる。70%級の損失を避けるための小さなコストなのだ。
そういう売買方法も、もっと大きなリスクを背負って株式投機をやっている人にはいいだろうが、変動幅の小さい「優良株」や「投資適格銘柄」に投資している買い持ち型の長期投資家たちにはどうだろうか?―とあなたは思うかもしれない。さて、皆さんにお知らせがある。そんなものはないのだ。すべての普通株はきわめて投機的であり、一般に安全だと見られている銘柄を含め、大きなリスクを持っている。多数の買い持ち型の長期投資家たちは、売りルールを持っていなかったために2000~2003年にかけて50~75%を失った。』
●事例)ルーセント・テクノロジー(1996年AT&Tから分離~2006年フランスのアルテカSAと合併しアルテカ・ルーセントになった~2016年フィンランドのノキアに買収された)
“リスクのない銘柄はないので、損切りは常に早めにしなければならない”
画像出展:「オニールの相場師養成講座」
・AT&Tから分離独立したルーセント・テクノロジーは世界最大の電気通信機器のサプライヤーであるだけではなく、画期的な技術革新を生み出しました。株価は1999年12月に$64の天井を付けたあと、98%急落し、$1未満にまで落ちました。
ご参考:私自身の良くない事例
1.マイナス96%超になってしまっている保有株
反省
●この銘柄は2021年3月に購入したものなので、まさに“勘”だけで売買していたころの事例です。運用資金の5%程度だったこともあり、十分な検討なしに購入してしまいました。購入したときにはミーム株(SNSなどネット上で話題になる「はやり株」のこと)という言葉も知らず、この株がそのミーム株に該当することも知りませんでした。オニール氏の本を読んでいれば手を出すことはなかったと思います。
●何故買うのか、いつ売るのかといったプランも曖昧なまま手を出しました。株価は購入日から18日後には$4.42と+79%と高騰しましたが、この勢いであれば$6.00は行くだろうと考えて(願って)売ることはしませんでした。その後、最高値から32日後(2021年3月4日)には購入価格($2.46)を割り込みました。同月(3月)は取引日で計10日、買値を上回りましたが、【欲ブタ】になっておりもっと上がるという気持ちは同じでした。
●購入規模が小さかったこともあり危機意識が明らかに欠けていました。この見込みの甘さがすべての問題の原点だと思います。
●利益を得る最後のチャンスは1日のみ、同年10月25日にやってきました。この日の終値は$3.15でしたので、約30%の利益を得ることが可能でした。非常に迷ったことをよく覚えています。しかしながら、「きっともっと上がるだろう(上がってほしい)」という気持ちには勝てませんでした。(またも【欲ブタ】と化していました)
●2024年8月31日時点の株価は$0.093になっています。こここまで下がると紙切れ同然なので売る気もなく、自分自身への警告と思って保有し続けています。この会社はAIのソリューションを手掛けています。2006年設立であり、20年近く続いている会社なので小さな望みは捨てていません。ただ、これも淡い期待と覚悟はしています。
2.まずまずの敗戦処理
反省
●購入は2023年4月3日なので、本での勉強前ではありますが、売却した7月20日は、まさに「株日記」をつけ始めた日であり、“ばっちゃまの米国株”さんのサイトを知ったあとで、“勘”での運用を改めようと考えていた時期でした。
●この株は、4月は買値を上回った日数と下回った日数がいずれも10日と拮抗していましたが、5月になると買値を超えたのは2日と9日の2回だけとなり、下落していきました。
●売却時の損失は9.58%でした。もし、売りルール(‐8~‐7%)に基づいて売却していたとすると、2023年5月15日が売却日となっていました(実際の売却日の約2ヵ月前)。
●国内株を2銘柄買おうと思い、ネットの情報をいくつかみて十分な検討なしに銘柄を決めました。その意味では、1.でご紹介した米国製造会社株の購入に近い感じ、「雰囲気買い」といえます。やはり、慎重な調査、分析が必要で「売りルール&売り例外ルール」を決めておくことも、同様に必須だと思いました。
※この株が2023年7月20日(2210円)以降どうなっているのか調べてみました。翌年(2024年)年初の株価は2022円、その年の5月10日に急騰し2510円に、7月には2700円を突破。8月5日の歴史的大暴落では2187円まで下落するものの、今は2600円台を回復しています。
売却せず10カ月以上保有していれば利益を得るチャンスが到来したわけですが、これは何とも言えないところです。言えることは、根底にあるのはその会社の実力、その会社に対する理解と信頼。そして、その判断の時にどれだけ客観的に検討し、納得して決断したかどうかという事だけだと思います。(この10カ月間は国内金融会社に投資し15%以上アップしていたと思うので、もし、2650円くらいでこの会社の株を売却していたら、負けていたと思います)
●GMや3Mのような真の長期成長株もあるが例外的であり、数年の低迷期は存在する。
●分散投資はリスクを下げるが、2000~2002年のようなベア相場では遅かれ早かれすべての主導株は引きずり下ろされることになる。絶対保証付きの安全策ではない。
●こだわりを持たないことは重要である。株はお金だけでなく、自尊心やエゴ、感情に左右されてはいけない。それは、これらのこだわりは手放す判断の障壁になるからである。
●多くの投資家のこだわりは言い訳につながり判断を鈍らせる。これらは人情に他ならない。こだわりをコントロールすることはとても難しいが、身に付けなければ投資リスクを高めてしまう。
●『株価が下がって評価損が出ている時は、反発することをやみくもに願うのではなく、さらに下がるのではと恐れなければならない。売ることをさらに難しくするのは、あなたの保有銘柄に関してだけでなく、市場や経済全般に関して耳にするたくさんの意見だ。「専門家たち」―そもそもその株を購入したときに耳にしたのと同じ専門家たちかもしれない―が、その会社がまだ優良であり、数ポイント下がった今こそ以前にも増して買い時であると口にするのを耳にするだろう。だが、繰り返すが、それらは彼らの個人的な見解にしかすぎない。株式市場では個人的な意見になんの価値もない。あなたが尊重しなければならない唯一の意見は、市場そのものの意見だけだ。相場はあくまで需給関係で決まるのだから、どこへは行くが、どこへは行かないということはない。だから、戻って来られないような場所へ連れていかれないように気をつけるのは、あなたの役目だ。』
終章 変わりゆく世界―産業・社会への影響と戦略
変わるゆくもの
●ある環境の中で機能を発揮する特定の仕組みであり、その見えない相互作用が知能である。
●インターネットは情報流通に革命を起こした。以前は流れなかったところにも情報が流れるようになった。従来は先生から生徒、上司から部下、メディアから大衆という直線的な流れは横方向にも広がりをもつようになった。これらは組織や社会システムと関係ない情報の流れであり、様々な新しい付加価値を生んだ。
●人工知能によって生み出される変化は「知能」という、学習し、予測し、そして変化に追従するような仕組みが、今度は人間や人間が属する組織と切り離されるということである。今までは組織においては然るべき階層まで上がって組織としての判断を下していた。個人の判断は1つの身体ゆえに処理できる数は限られていた。それがルールや濃淡、数に制約はあるものの同時並行的に分散して行うことができるようになる。
●人という物理的存在に依存していた知能が、必要条件の範囲においてにはなるが、地球上の必要とされる所に自由に配置できることは、人工知能が人類の発展に大きく貢献できる要素ではないか。
じわじわ広がる人工知能の影響
●人工知能は研究開発が先行するので、ビジネスに展開されるまでには時間がかかる。
●防犯は社会的コンセンサスが取りやすいので、防犯カメラと過去の犯罪履歴のデータベースを組み合わせた監視ネットワークは大きく治安に貢献できるだろう。ただし、個人の行動履歴というプライバシーの問題をクリアする必要がある。
●製造業では熟練工の技術の分野にも入っていける可能性がある。また、「改良」や「改善」に取り組んできた製造現場において、ディープラーニングによって人工知能が特徴量を自ら掴むようになると、新しい工程を「設計」できるようになるかもしれない。特に試行錯誤が許されている試作段階などのステージでは人工知能の利用が進むと思われる。
●製薬や材料の分野において、仮説生成まで人工知能が担えるようになれば、今まで以上に探索できる解の範囲が一気に広がるかもしれない。
●音楽や絵画といった芸術の世界にも、試行錯誤の頻度と効率を高めるため人工知能が進出するかもしれない。
●自動車に限らず、電車でも飛行機でも運転士・操縦士の大事な仕事の一つは「異常検知」であるが、これは特徴表現学習の得意とするところである。すでに飛行機は離着陸以外、その大半は自動操縦になっている。
●広告・マーケティングはデータマイニング等、すでにコンピュータが活躍している分野だが、短期的や一過性の利用から長期的に刻々と変わる顧客ニーズをリアルタイムに的確にとらえることで、完全自動化されていく可能性がある。ブランドイメージの向上や商品企画などの仕事に関しても人工知能の介在する余地は大きい。
●医療、法務、会計・税務は最も人工知能が入りやすい領域である。医療は画像診断技術の向上が期待できる。ただし、自動運転と同じように「診療の適切性」と「責任」の問題は難しい問題である。
●弁護士の仕事の中では、クライアントの情報を整理したり、関連法令をチャックしたり、過去の判例を調べたりすることは人工知能のメリットを活かしやすい。情緒的な面や当事者の利害関係を調整するという面は人間が得意とする領域である。
●金融は人工知能が活躍できる大きな領域である。顧客対応システムや資産状況に応じたポートフォリオを提供することは価値がある。証券会社や不動産会社はより付加価値の高い情報提供ができるように見直すことが求められるだろう。
●教育はデータ分析によってもっと進化する分野である。学習パターンや生徒の向き不向きをより的確につかみ、適した学習方法を提示することができる。個々の教師が個人的に持っているノウハウなど、教え方の知識は多くの生徒のデータを分析することでより客観的で質、量ともに充実したスキルを効率的に習得できるようになるかもしれない。一方、生徒のやる気を高めたり、効果的に競わせたりする方法は人間と人工知能がうまく連携することにより高いレベルの教育を提供できるのでないか。
近い将来なくなる職業と残る職業
●人工知能による変化は、多くの人に影響を与える可能性があるという点で、今までの変化とは異なるかもしれない。また、貧富の差が広がるのではないかと考えられている。これらは基本的には富の再分配によって是正するしかないが、格差や平等について考えることは非常に重要である。同様に国際的な経済格差に関しても考えなければならない。
●『この段階[2030年頃]で、人間の仕事として重要なものは大きく2つに分かれるだろう。1つは、「非常に大局的でサンプル数の少ない、難しい判断を伴う業務」で、経営者や事業の責任者のような仕事である。たとえば、ある会社のある製品の開発をいまの状況でどう進めていけばよいかは、何度も繰り返されることではないためデータがなく、判断が難しい。こうした判断はいわゆる「経験」、つまり、これまでの違う状況における判断を「転移」して実行したり歴史に学んだりするしかない。いろいろな情報を加味した上での「経営判断」は、人間に最後まで残る重要な仕事だろう。
一方、「人間に接するインタフェースは人間のほうがいい」という理由で残る仕事もある。たとえば、セラピストやレストランの店員、営業などである。最後は人間が対応してくれたほうがうれしい、人間に説得されるほうが聞いてしまうなどの理由で、人間の相手は人間がするということ自体は変わらないだろう。むしろ人間が相手をしてくれるというほうが「高価なサービス」になるかもしれない。』
●『さらに忘れてならないのが、人間と機械の協調である。すでにチェスでは、人間とコンピュータがどのような組み合わせで戦ってもよい、フリースタイルの大会がある。さまざまな仕事においても、この「フリースタイル」方式が出てくるはずである。人間とコンピュータの協調により、人間の創造性や能力がさらに引き出されることになるかもしれない。そうした社会では、生産性が非常に上がり、労働時間が短くなるために、人間の「生き方」や「尊厳」、多様な価値観がますます重要視されるようになるのではないだろうか。』
人工知能と軍事
●人工知能の応用を考える際に、忘れてはならないのが軍事面での応用である。米国では長い間、DARPA(米国国防高等研究計画局)が主導的役割を担ってきた。理由は利益につながる必要性がないからである。インターネットの起源となったARPANETもDARPAの予算で支援された。
●戦闘において、無人操縦機やロボットは人命と戦闘能力の両面において大きな価値をもたらす。
人工知能技術を独占される怖さ
●人工知能は、今後、ビッグデータに続いて産業競争力の大きな柱になっていくと思われる。そのため、技術の独占は大きな問題である。人工知能は「知能のOS(オペレーティングシステム)」と言えるかもしれない。汎用的な特徴表現学習が土台にあって、その上に、さまざまな機能を実現するアプリケーションが載っているイメージである。
※メタ・プラットフォーム社が開発しているLLMであるLlama3はオープンソースにする計画のようです。
※NVIDIAからのニュースレターの記事の中に“GPT-J6B”というものを見つけ、「これは何?」と調べたところ、これは、「2021 年に EleutherAI によって開発されたオープンソースの大規模言語モデルである」ということが分かりました。以下がそのサイトです。(大変驚きました)
EleutherAI は最先端の AI 研究に参加して議論することに関心のある AI 研究者、エンジニア、愛好家のグローバル コミュニティだそうです。
偉大な先人に感謝を込めて
●『ディープラーニングという「特徴表現学習」が人工知能における大きな山を越えたとすれば、この先、人工知能に大きな発展が待っていてもおかしくない。さまざまな産業で大きな変革を起すのかもしれない。長期的には、産業構造のあり方、人間の生産性という概念も大きく変えるのかもしれない。一方で、「冷静に見たときの期待値」、つまり宝くじを買って平均的に返ってくる金額について、どうとらえただろうか。
どんなに人工知能の可能性を低く見積もったとしても、最低限、多くの産業でビッグデータ化は進むだろう。そして、そこにいままで人工知能が担ってきた探索や推論、知識表現、機械学習の技術が活きるはずである。少なくとも、いくつかの分野では、これまでの専門家を超えるような人工知能の使い方が出てくるだろう。
この2つの可能性を考えたとき、この宝くじは決して悪いものではないと思う。人工知能の未来、人工知能がつくり出す新しい社会に賭けてもいいと思わないだろうか。
人工知能は人間を超えるのか。答えはイエスだ。「特徴表現学習」により、多くの分野で人間を超えるかもしれない。そうでなくても、限られた範囲では人間を超え、その範囲はますます広がっていくだろう。そして、これを生かすも殺すも、社会全体を構成するわれわれ自身の意思次第だ。』
ご参考:AIとCloud
AIがどこに入っていくのかを考えると、その可能性はコンピュータが活躍している全てのエリアだと思います。しかし、最初に先頭グループで引っ張るランナーは、体力の優れた(巨額の投資をできる大きな会社)会社です。
“マグニフィセント・セブン”とは、アルファベット(Googleの持株会社)、アップル、メタ・プラットフォームズ、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフト、テスラ、エヌビディアの7つの会社のことですが、現在はこの7社がAIを広めていくリーダーとなっています。
アマゾン(AWS)、マイクロソフト(Azure)、アルファベット(Google Cloud)の各社はそれぞれ独自に展開するクラウドサービスに力を注いでいます。一方、メタはSNSからの展開です。テスラは自動運転とロボット、エヌビディアはAIの推進エンジンともいうべきGPUと開発環境のプラットフォームなどを提供しています。
画像出展:「世界時価総額ランキング(STARTUPS JOURNAL)」
1989年11位だったトヨタは2024年のリストを見ると39位となっています。衝撃的なのは1989年の時は、Top30社のほぼ半数の14社は日本の企業でしたが、2024年のリストではTop30社の22社が米国で、中国が2社、サウジアラビア、台湾、デンマーク、フランス、韓国、スイスの6カ国がそれぞれ1社ずつとなっています。この約30年他国に比べ、日本は生産性の改善に目覚ましい成果がみられていません。
某テレビ番組の中で評論家の方が、日本では経営者が次の経営者にバトンを渡し、会長さらには相談役として残る。バトンを渡された新しい経営者は忖度で身動きできない。現状維持が優先されチャレンジすることはままならず、”設備”にも“人”にも積極的な投資がされることはなく、ひたすら内部留保を増やしてきた。というようなお話をされていました。これは、少し大げさかもしれませんが、日本における企業内民主主義の問題ではないかと思います。
そして、AIによる革新を引っ張っていく一つの大きな選択肢がクラウドだと思います。
画像出展:「2022年のクラウド支出の割合と成長率:国別比較(Gartner)」
少し古いデータですが、クラウドの成長率が15%~35%となっているのと、IT支出は全体の5%~15%程であることが分かります。ここから、パブリッククラウドのポテンシャル(余地も大きく関心も大きい)の大きさを認識できます。
Google Cloudの事例
サイトの中頃にあります。動画はいずれも2~3分です。
■トヨタ自動車
・Aプラットフォーム(検査等)を構築した。
・本当に人がやらなければならないことはどこかを追及していく。
■セブン・イレブン・ジャパン
・デジタルデータ基盤を構築した。
・重要だったのはパフォーマンスだった(BigQuery)。
■アサヒグループ
・ITのモダナイゼーションを推進している。
・スピードや変化への追随が重要である。
パブリッククラウドとオンプレミス
画像出展:「DELL」
このDELLの「クラウドとグラウンド(オンプレミス)の相方向連携」という発想は素晴らしいと思います。
オンプレミスとは自社でシステムを保有し運用するシステムです。AIはオンプレミスの需要も拡大するとされています。
感想
松尾先生の『人工知能は人間を超えるか』を勉強させて頂き、AIはITの進歩の歴史の線上に存在しているもので、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークといったコアの技術の発展を背景にして一つの壁が破られ、ディープラーニングが登場したということだと思います。そして、人間とコンピュータの関係性が新しい次元に入ろうとしているように感じます。
ではどのように広がっていくのかと考えたときに、頭に浮かんだのは先にご紹介させて頂いた、“マグニフィセント・セブン”というITの超巨大企業のリーダーシップです。これは一言でいえば資金力と人材力に尽きます。
そして、大きな入口となるのが繰り返しになりますが、パブリッククラウドの活用ではないかと思います。また、各企業間の競争も後押しする要因だと思います。つまりAIによって各会社は事業の生産性を向上させることが可能になるため、新しい技術であるAI、そして入口としてのクラウドに期待する会社は増えるのではないかと思います。さらに、ネットの記事をみるとAIの導入は従来型のオンプレミス(自社システム)においても増えるという見方もあるようです。
一方、課題としては特にクラウドの御三家はAIへの多額な設備投資に対する利益の回収の不透明さを指摘されています。この高いハードルを超えることができるかどうかによって、AIの発展のスピードは大きく左右されるだろうと思います。
ネットには『金融業界で活用される生成AI:JPモルガンの事例から学ぶ』という記事がありました。
AIは単なる道具ではなく、本格的導入には以下の点が重要ということだと思います。
●経営層がAIの重要性を認識し、明確なビジョンを持つこと
●AIに関する専門知識を持つ人材を確保・育成すること
●AIを活用するための組織体制を整備すること
●業務効率化と新たな価値創造の両面でAIの活用を推進すること
●AIの倫理的な活用について検討し、適切なガバナンスを確立すること
これを見ると、AIはリエンジニアリング(構造改革)のための武器ではないかと思いました。
画像出展:「高まる期待のなか、業務への AI 活用はまだ始まったばかり」
AIは企業にとっては、リエンジニアリング(構造改革)を推進するようなものなので、普及のスピードは市場への影響が大きい大企業のCEO(例えばJPモルガンのジェイミー・ダイモンように)がどこまで本気に向き合い、抜本的な生産性向上を狙って導入していくかが一つの鍵になるように思います。
追記(2024年9月27日):AI検索 Perplexity
何となくAI(ChatGTPなど)を使うことにためらいがあったのですが、とあるウェビナーでAIを積極的に使いこなしている先生から「AIはまさに秘書です」、「一度使ったら元に戻れない」という発言がありました。また、数あるAIツールの特長も紹介して頂いたのですが、個人的に最も関心を持ったのは“AIを利用した検索ツール”で、それはPerplexityというものでした。下に貼り付けたスクリーンショットは、Perplexityへの質問(上)と回答(下)です。
「経絡とは何ですか?」という質問をPerplexityと最も有名なAIツールで比較しましたが、情報量とレスポンスは明らかにPerplexityの方が優れていました。
一度使ってみて、「これは元に戻れない」と実感しました。今まで検索結果からサイトに入り、さらに少し違った角度からの検索を行い情報を集め、自分なりの理解や納得を得ていたのですが、このような作業にかかる時間は圧倒的に省力化できると確信しました。つまり、同じレベルの理解であればより少ない時間で、同じ時間を要するならばより深い理解を得ることが可能です。
なお、専門性の高い質問や図や表の作成には【Pro】($20/月)に申し込む必要がありますが、無償の範囲でも十分に役立つと思います。
AIに関しては少々勉強してきたのですが、今までの歩みや日本での取り組みなど、もう少し知りたいと思って見つけたのが松尾 豊先生の本でした。この本は2015年なのでほぼ10年前のものですが、松尾先生はAIの第一人者であり、本書の評価も極めて高いものでした。
第1章、4章、5章については少々触れていますが、ブログのほとんどは第6章と終章になります。AIに対する理解度はまだまだ低いのですが、確実に一歩前進できたのは良かったなと思います。
著者:松尾豊
発光:2015年3月
出版:(株)KADOKAWA
本書には「特徴表現学習」という言葉があるのですが、これは「ディープラーニング」のことです。このディープラーニングについては、ITmediaさまのサイトに詳しい解説がされていました。
画像出展:「5分で分かるディープラーニング(DL)」
『AI研究においてディープラーニングという革新が2006年に起こりました。ディープラーニング(以下では短く「深層学習」と表記)とは、ニューラルネットワークというネットワーク構造を持つ仕組みを発展させたものです。
深層学習の特長は、大量のデータから特定の問題を解く方法を学習することです。これは例えば子供に犬や猫を覚えさせるのと同じようなものをイメージするとよいでしょう。人間が経験から学ぶように、機械がデータから学習することを機械学習と呼びますが、深層学習はその機械学習の一種です。』
目次
はじめに 人工知能の春
序章 広がる人工知能―人工知能は人類を滅ぼすか
第1章 人工知能とは何か―専門家と世間の認識のズレ
第2章 「推論」と「探索」の時代―第1次AIブーム
第3章 「知識」を入れると賢くなる―第2次AIブーム
第4章 「機械学習」の静かな広がり―第3次AIブーム①
第5章 静寂を破る「ディープラーニング」―第3次AIブーム②
第6章 人工知能は人間を超えるか―ディープラーニングの先にあるもの
終章 変わりゆく世界―産業・社会への影響と戦略
おわりに まだ見ぬ人工知能に思いを馳せて
第1章 人工知能とは何か―専門家と世間の認識のズレ
基本テーゼ:人工知能は「できないわけがない」
●『人間の脳の中には多数の神経細胞があって、そこを電気信号が行き来している。脳の神経細胞の中にシナプスという部分があって、電圧が一定以上になれば、神経伝達物質が放出され、それが次の神経細胞に伝わると電気信号が伝わる。つまり、脳はどう見ても電気回路なのである。脳は電気回路を電気が行き交うことによって働く。そして学習をすると、この電気回路が少し変化する。
電気回路というのは、コンピュータに内蔵されているCPU(中央演算処理装置)に代表されるように、通常は何らかの計算を行うものである。パソコンのソフトも、ウェブサイトも、スマートフォンのアプリも、すべてプログラムでできていて、CPUを使って実行され、最終的に電気回路を流れる信号によって計算される。人間の脳の働きもこれとまったく同じである。
人間の思考が、もし何らかの「計算」なのだとしたら、それをコンピュータで実現できないわけがない。このことは特段、飛躍した論理ではなく、序章でも少し触れたアラン・チューリング氏という有名な科学者は、計算可能なことは、すべてコンピュータで実現できることを示した。「チューリングマシン」という概念である。すごく長いテープと、それに書き込む装置、読み出す装置さえあれば、すべてのプログラムは実行可能だというのである。』
画像出展:「パーソルクロステクノロジー」
『チューリングマシンとは、1936年にアラン・チューリングが発表した論文の中で「計算する」ことを定義した仮想的な計算機です。構造は単純で、この計算機で計算をして、機械がデータを出力できるならば計算できる、データの出力が不可能ならば計算できないと定義されています。』
第4章 「機械学習」の静かな広がり―第3次AIブーム①
機械学習における難問
●ウェブやビッグデータで広く使われている機械学習は、未知のものに対して判断・識別、そして予測することができる。しかし、弱点はフィーチャーエンジニアリング(Feature engineering)である。つまり、特徴量(あるいは素性という)の設計であり、ここでは「特徴量設計」と呼ぶ。特徴量とは機械学習の入力に使う変数のことで、その値が対象の特徴を定量的に表す。この特徴量に何を選ぶかで予測精度が大きく変化してしまう。例えば、年収を予測する問題を考えれば分かりやすい。どこに住んでいるか、男性か女性か、といった特徴量から年収を予測するというのは、ニューラルネットワークやその他の機械学習の方法を使って学習することができる。“性別”、“住所”、“年齢”、“趣味”等々、これらの特徴量から何を選ぶかということが予測精度を左右する。
第5章 静寂を破る「ディープラーニング」―第3次AIブーム②
ディープラーニングが新時代を切り開く
●2012年、人工知能研究に衝撃が走った。世界的な画像認識のコンペティション「ILSVRC(Imagenet Large Scale Visual Recognition Challenge)」で、初参加のトロント大学が開発したSuperVisionが圧倒的な勝利を飾った。このコンペでは画像がヨットなのか、花なのか、動物なのか、ネコなのかをコンピュータが自動で当てる問題が出題され、その正解率の高さ(実際はエラー率の低さ)を競い合う。1000万枚の画像データから機械学習で学習し、15万枚の画像を使ってテストする。
●従来はエラー率26%台の攻防だったが、SuperVisionだけが15%、16%と傑出したエラー率だった。そして、この新しい機械学習の方法が「ディープラーニング(深層学習)」だった。
画像出展:「人工知能は人間を超えるか」
●ディープラーニングの研究は約6年まえの2006年頃から始まった。ディープラーニングの凄さはデータを元に、人間ではなくコンピュータ自身が高次の特徴量を作り出し、それにより画像を分類することである。このディープラーニングによって人間の介在を必要としない人工知能の世界に踏み込むことができた。
●ディープラーニングは「人工知能研究における50年来のブレークスルー」とされている。それ以前は黎明期と「マイナーチェンジ」といえる。なお、ディープラーニングは「表現学習」の一つとされているが、本書では「特徴表現学習」という呼び方をする。
自己符号化器で入力と出力を同じにする
●ディープラーニングが従来の機械学習と大きく異なる点は2つある。1つは階層ごとに学習していく点、もう1つは自己符号化器(オートエンコーダ)という「情報圧縮器」を用いることである。
『オートエンコーダは、AI技術をサポートするニューラルネットワークの1つとして重要な役割を担っています。従来のニューラルネットワークにおける勾配消失[ニューラルネットワークの層が多すぎると逆に精度が落ちてしまうこと]や過学習[訓練データを完全に記憶してしまうことで学習データだけに最適する状態が生まれ、その結果、汎用性が失われる]といった課題を解消するために開発されたものの、現在はデータ生成や異常検知といった用途でも利用されており、さらなるニーズの拡大が見込まれます。』
第6章 人工知能は人間を超えるか―ディープラーニングの先にあるもの
ディープラーニングからの技術進展
画像出展:「人工知能は人間を超えるか」
この図のタイトルは「ディープラーニングの先の研究」です。中央の“獲得する能力”は下から①~⑥となっています。
①画像特徴の抽象化ができるAI⇒②マルチモーダルな抽象化ができるAI
・人間は視覚、聴覚、触覚などそれぞれ独自の機能を持っており、作り出させる情報も異なる。脳はこれらの異なる情報を同じ処理機構で処理をする。ディープラーニングも脳と同様なことが可能であるが、時間に対応する必要がある。これは画像で言えば「動画」である。動画は時間をまたがる大局的な分脈を伝えることができる。触覚も圧力センサーの時系列の変化であり、時間をまたがるものである。
・マルチモーダルとは複数の感覚のデータの組み合わせであり、ディープラーニングはそれを可能にする。
③行動の結果と抽象化ができるAI
・コンピュータ自らの行為とその結果を合わせて抽象化することが求められる。
・人間の脳は人間が動いて目に入った情報も、動く物によって目に入ってきた情報も区別できない。しかし人間が生きていくためにはこれでは不十分である。「自分」がドアを開けたから“人”が見えたのか、“人”の方がドアを開けたから人が見えたのか、これを区別できないと生命に危険が及ぶ可能性がある。前者は「自分が指令を出したから身体が動き、それによって目に見えるものが変化した」という情報ということである。
・人間は赤ちゃんのころから、物をつかんだり、引っ張ったり、放り投げたりする。それによって、「物を動かす」とか「物を押す」とか色々な概念を獲得していく。このように人間は自らの行動とそれによる結果をセットにすることで認識できるようになる。
・行動と結果の抽象化によって「行動の計画」が立てられるようになる。例えば部屋のルームライトを交換するために、「物置にある踏み台を持ってきて、その踏み台を使って蛍光灯を交換しよう」というような行動である。
・人間が原因と結果という因果関係で理解しようとするのは、目的を明らかにし「計画的な行動」ができるようになるためではないか。
・「押す」という動作の獲得だけでも簡単な話ではない。ロボットにそれを学習させるには、テーブルを1の力で押して動かない。2の力で押すと数ミリ動いた。3の力で押せばテーブルを動かすことができる。この1、2、3のような経験を繰り返すことにより、「物を押す」という行動を抽象化できるようになる。
④行動を通じた特徴量を獲得できるAI
・「計画的な行動」ができるようになると、続いて「行動した結果」についても抽象化が進む。
・外界との相互作用による動作概念の獲得は、新たな特徴量を取り出す上でとても重要である。
・「簡単なゲームか難しいゲームか」など、「簡単」「難しい」などの形容詞的な概念は何回か試してみないと分からない抽象的な概念である。割れやすいコップなども、押すと割れる、落とすと割れるという行動と結果のセットで分かる。「割れやすい」「割れにくい」という形容詞は、ガラスの素材や形状、厚みなどによってつかめる概念である。
・コンピュータが「行動の結果と抽象化」の学習を進めれば、ひとまとまりの動作が物事の新しい特徴を引き出すことができる。それは、例えば「考えてアッと(特徴量に)気づく」「やってみてコツが(特徴量が)わかる」というようなことである。
・いったん動作を通じて特徴量を得ることができれば、次からは見た瞬間、割れやすいから気をつけようという予測ができる。このように周囲の状況に対する認識が一段階深くなり、ロボットであっても環境に適応することが可能になる。
⑤言語理解・自動翻訳ができるAI
・コンピュータが抽象的概念を獲得すると「言語」の獲得の準備が整う。例えば、「ネコ」「ニャーと鳴く」「やわらかい」という概念が出来ていれば、それぞれの概念に「ネコ」「ニャーと鳴く」「やわらかい」という言葉(記号表記)を結び付けることで、コンピュータは言葉とその意味する概念をとセットで理解する。つまり、シンボルグラウンディング問題[AIはシンボル[記号]が実世界とどのように結びついているのかを認識できないという問題]は解消される。シマウマを1度も見たことがないコンピュータも、「シマシマのあるウマ」と聞けば、あれがシマウマだと分かるようになる。
・ここでは、概念が言葉(記号表記)と結びつけられることが重要であり、その言葉が何語なのかは問われない。
⑥知識獲得ができるAI
・コンピュータが人間の言葉を理解できるようになるということは、コンピュータの中に何らかのシミュレーターが備えられており、「人間の文章を読むと、そこに何らかの情報が再現できるようになっている」ということである。
・コンピュータが本を読めるということは、膨大なウェブにある情報も読めるということに他ならない。この段階までいけばコンピュータは物凄い勢いで人類の知識を吸収できるようになるだろう。
画像出展:「人工知能は人間を超えるか」
この図のタイトルは「人工知能研究の心象風景」です。
『今までに、AIは色々な研究が行われてきた。そこでは「特徴表現をどう獲得するか」ということが最大の関門だったが、“機械学習”と“ビッグデータ”の間に抜け道ができた。それがディープラーニングである。AIは長い停滞の時を超えて動きだした。』
人工知能は本能を持たない
●人工知能は発展しても、人間と同じように概念や思考、自我や欲望を持つわけではない。
●人間には紫外線も赤外線も見えず、聞き取ることができない高音や低音、小さすぎたり動きが速すぎたりして見えない物体、匂いも犬に比べるとその能力は明らかに劣っている。そうした情報をコンピュータが取り込むと、そこから生まれてくるものは人間の知らない世界である。そのようにしてできた人工知能とは「人間の知能」とは別のものになるだろうが、間違いなく「知能」といえる。
●人間は言葉を話す。言葉には文法があるが、人間は生得的な文法(普遍文法)を備えていると考えられている。その生得的な方法を人工知能に埋め込む必要があると思われる。
●言語とともに重要なのが「本能」である。本能といっても脳に関することであり、「快」と「不快」を感じる能力である。個々の人間が持つ興味は千差万別である。楽しいことには時間は足りず、つまらないことは時間が長く、苦痛である。こうしたことは人工知能の分野では「強化学習」として知られている。何か報酬が与えられてその結果を生み出した行動が「強化」されるという仕組みである。そして、この強化学習の際に重要なのは、何が報酬か、つまり何が「快」で何が「不快」なのかである。
●人間は生物であるため、生存(あるいは種の保存)に有利な行動は「快」、生存のリスクとなるような行動は「不快」となるようにできている。食べること、眠ることは「快」、空腹や身の危険を感じることは「不快」である。こうした本能に直結するような概念をコンピュータが獲得することは難しい。それは「きれい」という概念は、おそらく長い進化の中で作り上げられた本能と密接に関係していると考えられるためである。
●「人間と同じ身体」「文法」「本能」などの問題を解決できないと、人工知能が人間の概念を正しく理解することは困難かもしれない。もっとも、「人間とそっくりな概念」を必要とするロボットの必要性は高くない。それよりも、予測能力が高い人工知能が出現するインパクトの方が大きいと思われる。
コンピュータは創造性を持てるか
●創造性には個人の中で日常的に起こっている創造性と社会的な創造性の2つがある。
●概念や特徴量の獲得とは創造性そのものである。あることに「気づく」のは創造的な行為である。一方、社会的な創造性は今までにない新しいものであるという前提が必要になる。そのため、社会的に創造的なものは少ない。
●人間は試行錯誤によって創造する。人工知能が「行動を通じた特徴量を獲得できるAI」の段階に達すれば、思考錯誤は可能なので創造性の獲得は期待できると考えられる。
知能の社会的意義
●人間社会はひとりでは生きていけない。このことについて人工知能はどう考えるべきものか。人間社会がやっていることは、現実世界の物事の特徴量や概念をとらえる作業を、社会の中で生きる人たち全員が、お互いのコミュニケーションをとることによって、共同して行っていると考えることもできる。そしてそうして得た世界に関する本質的な抽象化をたくみに利用することによって、種としての人類が生き残る確率を上げている。つまり、人間という種全体がやっていることも、個体がやっているものごとの抽象化も、統一的な視点でとらえることができるかもしれない。「世界から特徴量を発見し、それを生存に活かす」ということである。
シンギュラリティは本当に起きるのか
●人工知能はどこまで進化するのか。懸念は人工知能が自分の意思を持って自立し、自分自身を設計し直すことができるようになると、人類を超えたものになるということである。
●シンギュラリティは人工知能、遺伝子工学、ナノテクノロジーという3つが組み合わされることで、「生命と融合した人工知能」が実現するという立場である。また、シンギュラリティは人工知能が自分の能力を超える人工知能を自ら生み出せるようになる時点を指す。自ら超えるプロセスを無限に繰り返すことで、圧倒的な知能が誕生するというものである。
人工知能が人間を征服するとしたら
●人工知能が人類を征服したり、人工知能を作りだしたりするというのは夢物語である。
●『ディープラーニングで起こりつつあることは、「世界の特徴量を見つけ特徴表現を学習する」ことであり、これ自体は予測能力を上げるうえできわめて重要である。ところが、このことと、人工知能が自ら意思を持ったり、人工知能を設計し直したりすることとは、天と地ほど距離が離れている。
その理由を簡単に言うと、「人間=知能+生命」であるからだ。知能をつくることができたとしても、生命をつくることは非常に難しい。いまだかつて、人類が新たな生命をつくったことがあるだろうか。仮に生命をつくることができるとして、それが人類よりも知能の高い人工知能に「生命」を与えることは可能だろうか。
自らを維持し、複製できるような生命ができて初めて、自らを保存したいという欲求、自らの複製を増やしたいという欲求が出てくる。それが「征服したい」というような意思につながる。生命の話を抜きにして、人工知能が勝手に意思を持ち始めるかもと危惧するのは滑稽である。』
万人のための人工知能
●人工知能学会は2014年に倫理委員会を立ち上げ、人工知能が社会にもたらすインパクトについて議論を進めている。
こちらは「人工知能学会倫理委員会」のサイトです。初代委員長の松尾先生は2018年6月までの任期だったようです。
『人工知能学会倫理委員会では、2014年の委員会設置以来、人工知能研究あるいは人工知能技術と社会との関わりを広く捉え、それを議論し考察し、社会に適切に発信していくことを進めてまいりました。我が国でも、さまざまな政府機関で人工知能と社会に関する議論が行われ、また国際的にもそうした議論が進められるなか、人工知能学会としても深い専門知識に基いて、国内の議論をリードしていく役割があると考えています。』
レーザー光に興味をもった理由は3つあります。1つは昨年(2023年)、左眼に網膜剥離の兆候が出ているとのことで、その場でレーザーによる治療を受けたことです。2つ目は光量子の波と粒子の性質を証明した1961年に行われた実際の実験(19世紀のトーマス・ヤングの実験は思考実験でした)にレーザーが利用されていたことです。そして、3つ目は“脳卒中”というブログの中でご紹介しているのですが、友人の鍼灸師の先生から「レーザー(レーザーポインター)」を使った施術方法を教えてもらったことがあったためです。
購入した本は『レーザー技術入門講座 光の基礎知識とレーザー光の原理から応用技術まで』という高度な内容だったため、興味がある部分だけを取り上げました。
著者:谷腰欣司
発行:2007年7月
出版:(株)電波新聞社
ブログは自分自身の勉強のためということもあり、見て頂くほどの内容ではありません。
レーザーについて勉強されたい方は、以下にご紹介させて頂いた2つのサイトがお勧めです。
こちらは「ケイエルブイ(株)」さまの“KLV大学 レーザーコース”の一部です。
こちらは「まどか(株)」さまのサイトです。
目次
第1章 光とは何か
1.1 光とは何だろう
1.2 太陽は7色の光を含んでいる
1.3 光の回折現象
1.4 光の反射と音の反射
1.5 太陽エネルギーとスペクトル分析
1.6 光の速さは電波と同じ
1.7 電磁波と音波どこが違うか
1.8 光はなぜ明るく感じるのか
1.9 放電による光の発生メカニズム
1.10 波長が短いほど光のエネルギーは大きい
1.11 原子と量子力学
1.12 マックスウェルの電磁方程式と光の関係
1.13 光の反射と屈折
1.13.1 光の反射
1.13.2 光の屈折
1.13.3 光の速さと屈折率
1.14 フォトダイオードとは
1.14.1 フォトダイオードの物性的構造による分類
1.15 発光ダイオードとは
第2章 レーザー光とは
2.1 レーザー光とは
2.2 レーザー光は目に見えるか
2.3 レーザーの安全基準
2.4 ルビーレーザーは、なぜピンク色か
2.5 レーザー光は、なぜレーザーと呼ばれているのか
2.6 レーザー光を発振する
2.6.1 原子のエネルギー状態
2.6.2 励起のしくみ
2.6.3 誘導放出のしくみ
2.6.4 光増幅のしくみ
2.6.5 反転分布とは
2.6.6 レーザー媒質はどのようなものが良いか
2.7 レーザー光の特徴
2.7.1 レーザー光と自然光の違い
2.7.2 レーザー光は指向性が鋭い
2.7.3 指向性を数字で表すと
2.7.4 可干渉性(コヒーレント)とは何か
2.7.5 干渉縞とは何か
2.7.6 レーザー光は超高温を作り出すことができる
2.8 レーザー光は鏡で反射する
2.9 レーザー光を目に照射してはいけない
第3章 レーザー光の種類
3.1 レーザー光を波長や媒質で分類すると
3.2 固体レーザー
3.2.1 ルビーレーザー
3.2.2 YAG(ヤグ)レーザー
3.2.3 Qスイッチレーザー
3.3 気体レーザー
3.3.1 ヘリウムネオン(He-Ne)レーザー
3.3.2 エキシマレーザー
3.3.3 炭酸ガスレーザー
3.4 色素レーザー(液体レーザー)
3.5 自由電子レーザー
3.6 X線レーザー
3.7 半導体レーザー
3.7.1 発光ダイオードのしくみ
3.7.2 半導体レーザーの原理
3.7.3 半導体レーザーの特性
第4章 レーザー光の応用技術
4.1 身近なレーザーの応用技術
4.1.1 レーザー光による通信技術
4.1.2 レーザー光で高速大容量通信
4.1.3 電波通信と光ファイバー通信の違い
4.1.4 CDの記録、再生にレーザー光が使われている
4.1.5 青色レーザーを使うと
4.1.6 バーコードリーダー
4.1.7 レーザープリンター
4.1.8 ホログラフィー
4.2 レーザー光による計測
4.2.1 レーザー光で月までの距離を測る
4.2.2 レーザー光による温度センサー
4.2.3 レーザー光を用いた干渉測定器
4.2.4 ライダーとは
4.2.5 レーザージャイロとは
4.2.6 レーザーセオドライト
4.3 レーザー加工
4.3.1 レーザー光で板金を切断する
4.3.2 レーザー光でダイヤモンドに穴を開ける
4.4 レーザー医療
4.4.1 レーザー光による手術
4.4.2 レーザー光による網膜剝離の治療
4.4.3 レーザー光による美容
第5章 レーザー光発明の歴史
5.1 レーザー光発明における7人の侍
5.2 光の誘導放射と光増幅
5.3 メーザーとレーザーの発明
5.4 レーザー光の発振
5.5 レーザーの名付け親
5.6 レーザー光とノーベル賞
第2章 レーザー光とは
2.1 レーザー光とは
●レーザー光が発明されたのは1960年であった。それにより、レーザー光による光ファイバー通信、ミクロンオーダーの微細加工技術、表皮組織および体内の手術、また、軍事関係では命中精度の高いレーザー誘導爆弾などがある。これらはこれまでは不可能とされた未知の領域であった。
●レーザー光は電界と磁界が直交した、一種の波動であり電磁波の一種である。また、同じレーザー光でも赤外線レーザー、可視光レーザー、紫外線レーザーなど波長帯域が違えば、その性質や特性も異なるため使い方も異なってくる。
●レーザープリンターやCDプレーヤーなどの情報機器で使うのは低出力レーザーであり、レーザーポインターに至っては人間にダメージを与えるようなことはない。しかし、このような低出力レーザー光でも、人間に目にとっては非常に危険である。特に眼球内の網膜剥離、焼き付き現象が現れ、一時的もしくは、恒久的に視力障害を引き起こすこともある。
画像出展:「レーザー技術入門講座」
2.2 レーザー光は目に見えるか
●レーザー光は自然光と違い、発振源から遠く離れてもビーム状にエネルギーが集中するため思わぬ災害をもたらすこともある。損傷は高エネルギーによるものである。
●レーザー光は反射する物体がなければ肉眼で直接感知することはできない。また、人間の目には見えない赤外線レーザーや紫外線レーザーなどは人体に照射されてもある程度のパワーがなければ肌で感じることはできない。
画像出展:「レーザー技術入門講座」
2.3 レーザーの安全基準
●レーザー光は極めて狭い範囲に高密度のエネルギーを集中させることができるので、パワー次第では非常に危険である。被害を防止するには使用目的ごとに被曝量(露光量)を知る必要がある。
●IEC60825-1(国際電気標準会議)では安全基準の最大許容露光量(MPE:Maximum Permissible Exposure)を設定している。この数値は、レーザー光によって人体に障害が発生する確率が50%である放射レベルをレーザー傷害のデータから求め、これに安全係数の0.1を掛けた値である。
●日本ではIEC60825-1に準拠したJIS規格、JISC6802-1:2005「レーザー製品の放射安全基準」では、レーザー光の安全度をグループ分けし、各グループに対して許容被曝放出限界(AEL:Accessible Emission Limit)を規定している。
2.5 レーザー光は、なぜレーザーと呼ばれているのか
●自然光は太陽光や焚火の光と同様に、蛍光灯や白熱電球など文明が生み出した電気エネルギーによる光も含まれる。
●自然光は距離が離れるにしたがって広範囲に拡散する。これは物理的には光の振動面とその面内での振幅や位相、振動数などがあらゆる方向に、ばらばらに分布している光源ということになる。一方、レーザー光は波長と位相が揃った強い指向性を有する高エネルギー光である。このような光は自然界には存在せず、人工光とされている。
●レーザー光の誕生は1960年7月だが、光ファイバー通信、精密測定、レーザー医療、レーザー加工などに加え、CD-ROMやDVDがある。さらに特殊な分野では遺伝子の切断や組換え、病原菌の選択的攻撃にまで応用されている。
●レーザー(LASAR)は、光の増幅(Light Amplification)、誘導放出(Stimulated Emission)、放射(Radiation)の頭文字を取ったものである。
2.9 レーザー光を目に照射してはいけない
●40Wの白熱電球は一般に毎秒、約4兆億個の光量子を放出するが、光が四方八方に分散されるため、光源から50cm離れた網膜上の結像の大きさはおよそ200μm(直径)、網膜上の吸収光輝度は1X10-⁴W/cm²である。
●1Wのレーザー光はビーム状となり眼球内にすべて入射される。結像の大きさはおよそ20μmになり、吸収光輝度は白熱電球光の約10億倍(1×10⁵W/cm²)であり、非常に強力なエネルギーが網膜に集中する。
画像出展:「レーザー技術入門講座」
第3章 レーザー光の種類
3.1 レーザー光を波長や媒質で分類すると
●1960年にメイマンによって発明されたレーザーは人工ルビーを使った固体レーザーであった。それから半世紀を超え、多くのレーザー光が発明された。
画像出展:「レーザー技術入門講座」
レーザー光の波長と種類をまとめたもの。三角形の高さは振動数、底辺の長さは波長である。
画像出展:「レーザー技術入門講座」
レーザー光の媒質を相変化でまとめたもの。自由電子レーザーを欄外にまとめたのは特性が異なるためである。
3.2 固体レーザー
●メイマンが発明したルビーレーザーは固体レーザーである。これはガラス(非晶質)や結晶などの母材に活性原子(分子)を均一に分散したものをレーザー媒質としたものである。
●固体レーザーの励起法[励起とは原子や分子などの物質を高エネルギー状態にすること。励起されることで物質はエネルギーを放出して低エネルギー状態に戻ろうとするが、その際に発する光がレーザーの基礎になる]には、一般に光励起法[外部から光を放出して物質を励起する方法]が使われ、その励起光源としてフラッシュランプやアークランプ、レーザーダイオードなどの強力な光源が使われている。
3.2.1 ルビーレーザー
画像出展:「レーザー技術入門講座」
『図はルビーレーザー発振器のイメージイラストです。ここでは棒状に加工した人造ルビーの結晶体に励起用キセノンランプを螺旋状に巻き付け、さらに両サイドに反射鏡を配置しています。
動作を簡単に説明すると、まず第1に励起用フラッシュランプで強力なパルス光を発光させます。次にパルス光が発射されると、その閃光により人造ルビー内の原子(3価のクロムイオン)が励起します。
この励起状態の原子は非常に不安定で、すぐに元の状態に戻ってしまいます。このとき物性のエネルギーバランスを保つため光が放出されますが、この光は波長や位相が不揃いで、まだレーザー光ではありません。
次に、ここまで励起状態にある原子に次々と自然放出光を照射すると、これが刺激となって反転分布を起し誘導放出モードに移行するのです。しかしこれだけではエネルギーレベルが低すぎてレーザー光として実用的なパワーはありません。そこで、この光を左右の反射鏡を使い実用レベルのレーザー光(発振波長694nm)として成長(光増幅)させるのです。』
3.3 気体レーザー
●気体レーザー(ガスレーザー)は気体の活性原子(分子)またはこれを含む混合気体(ガス状)をレーザー媒質としたものである。励起法としては放電(プラズマ)による励起や電子ビームによるものがある。
●主な種類はHe-Ne(ヘリウムネオン)レーザー、炭酸ガスレーザー、Ar(アルゴン)イオンレーザーなどがある。また少し変わったところでは、銅蒸気(Cu)レーザー、エキシマレーザーなどもある。
3.4 色素レーザー(液体レーザー)
●液体レーザーは1970年頃まで注目されていたが、その後台頭したガラスレーザーやYAGレーザーの発展によって影を潜めた。そのため液体レーザーといえば現在は色素レーザーことを表している。
●色素レーザーはエチルアルコールなどの液体に繊維や食品の着色に使われている染料を溶かし、この活性分子を分散させたものをレーザー媒質としたものである。なお、励起法はフラッシュランプによる光励起が一般的に使われている。
●色素レーザーは波長調整が容易でピーク出力も大きく、エネルギー効率にも優れていたが、半導体レーザーやその他のレーザーの進歩発展によって利用の場は奪われた。
3.5 自由電子レーザー
●自由電子レーザー(FEL)は一般のレーザーと異なり、光速に近い速度をもつ電子ビームからの放射を利用したもので、反転分布を必要としない特殊なレーザー光である。
3.6 X線レーザー
●X線レーザーは他のレーザーに比べ、非常に難しい課題を抱えている。それにもかかわらず、X線レーザーが注目されているのはその可能性である。X線は医療分野で活躍しているが、X線レーザー光によるホログラフィーが可能になれば人体を立体的に観察できるようになり、X線CTスキャナーに比べ飛躍的に精度を上げることができる。その他、物質の構造化解析も容易になる。
3.7 半導体レーザー
●半導体レーザーは日本のメーカー、大学、研究機関が大きく貢献している。化合物の種類は増え、パワーもアップしてきた。固体レーザーの励起源としても利用されている。
●主な用途は、光ファイバー通信、CD、DVDの記録、再生、レーザー加工、レーザー医療などがある。
第4章 レーザー光の応用技術
4.1 身近なレーザーの応用技術
●光ファイバー通信は電線の代わりに光ファイバーを使い、その中に近赤外線レーザー光を伝送して通信を行う方式である。光ファイバーとは石英ガラスやプラスチックなどの非常に光透過度の高い素材から作られた細い繊維状の光伝送ケーブルのことである。
4.1.1 レーザー光による通信技術
●電線方式の約3000倍の情報量を送ることができる。ただし、光ファイバー内の伝送信号は単なる光情報なので、端末で電気信号に変換しデータや音声に戻す必要がある。これには電源がなければならない。
4.4 レーザー医療
4.4.1 レーザー光による手術
●医療分野でのレーザー光の利用は皮膚病の治療であった。その後、レーザーメス、レーザー凝固、結石の粉砕、ガン細胞の破壊など、多岐に渡っている。
画像出展:「レーザー技術入門講座」
4.4.2 レーザー光による網膜剝離の治療
●『網膜剝離はレーザー光によって手術を手際よく行うことができます。ここで網膜とは、眼球壁の最内層にあって、多数の視細胞が並び、ここで受けた光の刺激を大脳皮質に伝えて視覚として感じ取る部分、つまり画像認識装置(センサー)の一種です。
網膜剝離とは網膜色素上皮が網膜視細胞層から剥がれ、その隙間に硝子体が貯まる病気で、これが進行すると目が見えなくなります。この治療は、昔はメスによる外科手術が行われていましたが、現在ではレーザー光による手術が行われています。図はその概要を表したものです。ここではアルゴンイオンレーザーが使われています。
ところで、波長400nm近辺の青色レーザー光は、眼科のような透明物資、特に水晶体、硝子体にほとんど吸収されないため、途中の生体組織に影響を与えることなく、眼底の網膜に効率よく照射することができるのです。これによって集光部分の剥離網膜が加熱され、たん白質が凝固作用を起こし、剥離された網膜が眼底に癒着するのです。なお、レーザー光の種類としてはアルゴンイオンレーザーのほか半導体レーザーも使われています。』
画像出展:「レーザー技術入門講座」
ご参考:高照度光療法について
レーザーポインターを使った治療は何かないかと思い調べてみると、パーキンソン病患者さまの歩行訓練に有効であるということが分かりました。動画もありましたのでご紹介させて頂きます。ただし、この歩行訓練への利用は懐中電灯でも同様の働きがあるので、レーザー光に依存するものではありません。“【パーキンソン病】レーザーポインターによる歩行支援” 3分程の動画もあります。
次に見つけたのが「高照度光療法」でした。こちらもパーキンソン病患者さまが対象で、同じく光源はレーザー光ではありませんでした。睡眠障害を改善するのが目的で、睡眠を司っているメラトニンの血中濃度を高めることによって睡眠障害の改善を促します。
サイトの中で特に詳しく説明されていたのは文部科学省のサイトにあった『光資源を活用し、創造する科学技術の振興―持続可能な「光の世紀」に向けて―』で、グラフも出ていました。
その他、“日本を元気にする光療法の総合サイト”には高照度光療法についての説明が出ていました。
レーザー光はレベルにもよりますが、覗くように直接レーザー光を見ることは厳禁で、安全とされているレベル2以下であったとしても直視すべきではありません。これは一言でいえば光のエネルギーが分散せず1点に集約されるので、エネルギー量が爆発的に多くなるためです。医療用レーザーメスが外科手術や美容整形で用いられるのは、その桁違いのエネルギーの強さによるものだということが理解できました。
今回の本は『電子と生命』という題名に魅かれ買ってしまいました。発行は2000年と20年以上前の本です。内容もとても難しく、全くついていくことができませんでした。
そこで、「電子(電気)」、「生命」、「生体エネルギー」というキーワードに注目し、頭に浮かんだ疑問を調べるということにしました。ブログは秩序に欠ける雑多な内容になっています。
なお、本書の目次だけはご紹介させて頂いています。
編集:垣谷俊昭、三室 守
初版発行:2000年6月
出版:共立出版
もくじ
序章 電子と生命
―新しいバイオエナジェティックスの展開
1.生体エネルギー変換の「場」
2.陽光をつかまえろ
3.電子とプロトンのカップルした運動―光合成細菌の場合
4.電子とプロトンのカップルした運動―葉緑体の場合
5.電子とプロトンのカップルした運動―ミトコンドリアの場合
6.電子伝達がベクトル的に起こるわけ
第1章 光エネルギーをとらえ反応の場所に運ぶ
1-1 多様なアンテナ系
1.アンテナ系構築の基本的な戦略
2.光合成細菌の膜内在性アンテナの構造と電子状態
3.光合成細菌の特殊なアンテナ系であるクロロソーム
4.酸素発生型光合成生物の膜内在性アンテナ
5.酸素発生型光合成生物の水溶性アンテナ色素タンパク質の特別な会合様式
1-2 紅色光合成細菌のアンテナ系における励起エネルギー移動の機構
1.光合成細菌アンテナにおけるバクテリオクロロフィル分子(BCh1)の美しい円形配列
2.アンテナ中の励起子による太陽光の捕獲
3.アンテナ系における非常に早い励起エネルギー移動(EET)と従来の理論の破綻
4.光合成初期EETの機構
5.アンテナ系構築の戦略
第2章 電子の方向性のある移動
2-1 光合成反応中心―電子の源流
1.光合成反応中心
2.反応中心の構造
3.反応中心の機能
4.反応中心における電子移動制御戦略
5.電子移動の方向性
2-2 植物における水の電気分解
1.光合成電子伝達系の進化
2.PSⅡの電子伝達体と構造
3.酸素発生の周期性―KokのS状態
4.水分解系におけるマンガンの機能の解明
5.EPRによるマンガンクラスターの構造解明
2-3 植物における高還元物質の生成
1.ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)
2.PSI複合体
3.PSIの酸化側と還元側での電子移動
4.FdからNADP⁺への電子移動(Fd:NADP⁺酸化還元酵素:FNR)
第3章 プロトンの方向性のある移動
3-1 キノンを介した電子とプロトン移動のカップリング―呼吸と光合成に働くシトクロムbc複合体
1.プロトン移動のループ機構とコンフォメーション変化機構
2.キノン酸化のエネルギーを最大限に取り出すもう一つのループ
3.シトクロムbc複合体の構造
4.キノンのもつ二つの電子を酸化側と還元側に振り分ける機構―電子スイッチング
3-2 シトクロム酸化酵素における電子とプロトン移動の共役
1.シトクロム酸化酵素
2.O₂還元酵素
3.水素イオン輸送
4.酸化還元状態変化に共役した立体構造変化
5.ヒスチジンサイクル
6.直接共役と間接共役
第4章 バイオテクノロジーへの展開
4-1 光合成材料を用いたデバイス開発
1.光合成膜での光エネルギー変換システム
2.光合成細菌の反応中心タンパク質複合体(RC)を用いた光電変換機能をもつデバイスの作製
3.反応中心と共役したエネルギー供給システム
4.光合成膜でのシトクロム類およびキノン誘導体を用いたデバイス開発
4-2 遺伝子操作で環境耐性植物をつくる
1.ストレス耐性遺伝子
2.塩ストレス耐性を改変する
3.低温ストレス耐性を改変する
4.高温ストレス耐性を改変する
5.ストレス耐性を改変する遺伝子操作における問題点
以下はブログの目次です。
1.人間には電気が流れています
2.電気の正体とは?
-電気の正体は自由電子だった-
-導体と自由電子(電気の正体)- YouTube 3分32秒
3.人間が電気を通すしくみ
-生体電流-
-超微弱電流療法(マイクロカレント)-
-生体はイオン駆動型のシステム-
-イオンとは何か?- YouTube 4分35秒
-イオンチャネルとは?-
4.宇宙空間のイオンと電子は電波を介してエネルギーをやりとりする
5.生命の源、「水」
6.体内環境という海
7.シアノバクテリア(酸素を生み出した細菌)
8.生態系
9.酸素発生型光合成と藻類
-藍藻の光化学系-
-地球大気と酸素発生型光合成の歴史-
10.生体エネルギー
1.人間には電気が流れています
画像出展:「パワーアカデミー」
『生体が電気信号を発するという現象は、18世紀より、イタリアの生物学者ガルバーニや物理学者ボルタによって、古くから研究がおこなわれてきました。現代医療では、この現象を利用したさまざまな医療機器が活躍しています。』
『具体的には、微弱な脳の電気の活動を調べて脳機能を検査する「脳波計」や、身体の筋肉が活動する際に発生する電気の活動を調べて神経や脳の活動状態を診断する「筋電計」、そして心臓の筋肉で生まれる微弱な電気信号を捉えて心臓の状態を観察する「心電計」などが挙げられます。』
2.電気の正体とは?
-電気の正体は自由電子だった-
画像出展:「子供の科学のWebサイト」
『金属の原子は他の原子とは少し性質が異なり、電子の一部が隣りの電子と行き来することができるのです。これを自由電子といいます。なにもなければ自由電子は金属の原子の中を勝手に動いているだけですが、他から新たに電子が入ってくると、自由電子は次々にこの影響で「同じ方向」に動き出します。これにより「電気の流れ」が生まれるのです。』
-導体と自由電子(電気の正体)- YouTube 3分32秒
画像出展:「TEPCO」
導体における電流(電気の流れ)は原子の周りにある自由電子の流れです。
3.人間が電気を通すしくみ (PDF1枚)
-生体電流-
画像出展:「うしく整形外科クリニック」
『体の中を流れる電流を生体電流と言います。この生体電流は、体のあらゆる組織に作用しています。』
『プラスとマイナスのバランスが正常な状態の場合、各臓器に血液が行きわたり、生体電流のバランス
が保たれます。このバランスが崩れると、体の中に流れる生体電流が乱れてしまい、自律神経も乱れます。その結果、不眠、倦怠感、むくみなどの様々な不調が
起こるのです。』
-超微弱電流療法(マイクロカレント)-
画像出展:「NHKクローズアップ現代」
『感じられないほど微弱な電流が、治療やスポーツの世界を一変させようとしている。腕や足などに流すと、筋肉の疲労回復が早まり、肉離れやねんざなどのケガがより早く治ることが明らかになりつつある。』
-生体はイオン駆動型のシステム-
画像出展:「東北大学」
こちらは東北大学さまの研究プロジェクトです。
タイトルは『ソフトウェット材料による生体親和性デバイスの製造技術を創成し,生体イオントロニクス工学を開拓する』です。
“生体はイオン駆動のシステム”という表現が気に入ったので、ご紹介させて頂きました。なお、イオンとは、「電子の過剰あるいは欠損により電荷を帯びた原子または基(原子の集合体)のこと」です。
※イオントロにクスに関する情報(PDF18枚)
-イオンとは何か?- YouTube 4分35秒
画像出展:「中学理科のポイント解説」
通常原子はプラスとマイナスの電気が釣り合っており中性の状態です。
しかし、なんらかの刺激が加わると内外に変化が起き、原子が電気を帯びるようになります。+の場合は陽イオン、-の場合は陰イオンと呼ばれます。
-イオンチャネルとは?-
画像出展:「moleculardevices」
『イオンチャネルとは、細胞の脂質二重層膜を貫通する細孔を形成するタンパク質群のことです。各チャネルは特定のイオン(例えば、カリウム、ナトリウム、カルシウム、塩化物など)に対する透過性をもっています。』
4.宇宙空間のイオンと電子は電波を介してエネルギーをやりとりする
画像出展:「JAXA」
『地球や惑星周辺の宇宙空間には希薄ながらもイオンや電子が存在します。これらのイオンや電子はエネルギーの低いものから高いものまで様々な状態で存在することが知られていますが、なぜこのような多様性が生まれるのかは分かっていません。』
イオンも電子も地球を超え、宇宙に存在しています。
5.生命の源、「水」
画像出展:「大塚製薬」
『はじめての生命は、水の中で単細胞の生物として発生しました。その後、長い時間をかけて多細胞生物に進化し、その中から脊椎動物が生まれ、さらに陸上へ上がって空気を呼吸する生物が現れました。そして少しずつ、長い進化の道のりを経てようやく人類が誕生しました。
しかし、陸に上がった生命は、決して海と無縁になったわけではありません。私たちの身体の中にはたくさんの「体液」と呼ばれる水分があります。その体液、血液、そして、女性が胎内で新しい生命を育むための羊水にいたるまで、これらは全て電解質(イオン)を含み、太古の海水に成分が似ていると考えられています。これは、生命が海の中で誕生した名残であり、まさに私たちの身体は、内なる海を持っているといえます。』
6.体内環境という海
画像出展:「葉山ハーモニーガーデン」
『イメージ的には、血とかリンパ液とかの方が多いような気がしますが、一つ一つの細胞の中にある細胞内液(細胞質基質)の合計が、体液の60%を占めるということが意外な気がします。そして、細胞と細胞の間にある組織液を含めると90%を占めるというのもすごいことですね。人の体の細胞は本当に、海の中に漂っているというのもうなずけます。』
7.シアノバクテリア(酸素を生み出した細菌) 動画 2分13秒
画像出展:「NHK for School」
“地球に酸素を作り出した生物”
・約35億年の地球。大気は96%が二酸化炭素で、酸素はなかった。
・太陽光と二酸化炭素から酸素を生み出したのは、シアノバクテリアという細菌であった。
8.生態系
二酸化炭素に包まれた地球に酸素が作られ、生物は劇的な進化を遂げ、生態系が形成されました。
画像出展:「浦安市」
『空気、土、水などの自然環境と植物や動物など、その自然環境の中ですんでいる生き物たちは、太陽の光エネルギーを命の源として、お互いにかかわりあっています。このような自然界の物質とその循環をまとめて、生態系といいます。』
9.酸素発生型光合成と藻類
画像出展:「筑波大学 生物学類」
『進化の過程で光合成が発明されてからしばらくのあいだ(もちろん地質学的時間で)、炭酸同化のための電子の供与体は水素や硫化水素あるいはある種の有機化合物であったと考えられています。そして現存の光合成細菌はその当時の光合成の姿を今に残している生物と考えられています。やがて、原核光合成生物の中に、地球上に無尽蔵に存在していた水を電子供与体として利用する生物が現れました。藍藻(ラン藻)や原核緑藻などがそれです。』
-藍藻の光化学系-
画像出展:「筑波大学 生物学類」
『藍藻や真核藻類そして陸上の植物は,地球上のあらゆるところに存在する水を電子供与体として利用することで生息域を地球の全土に広げています。水のエネルギーのレベルは低く、充分な還元力を得るために2つの光化学系を利用しています。図は光化学系Iと光化学系IIの模式図でZスキームの名前で呼ばれています。光化学系IIで水が分解されて電子が取り出され、光エネルギーによって励起されて電子伝達系を流れていきます。その過程でATPが生産されます。』
-地球大気と酸素発生型光合成の歴史-
画像出展:「筑波大学 生物学類」
『現在の地球大気に含まれる酸素はこのような酸素発生型光合成生物によって形成されたものです。図から藍藻を含む藻類が地球大気の形成に果たした役割が理解できるでしょう。』
画像出展:「筑波大学 生物学類」
『生命の歴史を1年歴に表してみると図のようになります。』
『われわれは生物の中心は動植物であると考えがちですが、時間軸でみると陸上の動植物の歴史は生命の歴史のわずか13%にすぎません。これに対して 原核の藻類は30億年の歴史をもち、生命の歴史の8割近い時間を占めています。』
10.生体エネルギー
画像出展:「東京薬科大学」
『我々はご飯を食べ、呼吸することにより、生きていくために必要なエネルギーを作り出しています。この生体エネルギー獲得システムにおいては、有機物の酸化分解反応と酸素の還元反応という2つの化学反応をリンクさせ、そこから電気化学エネルギーを取り出しているのです。これは、負極の化学反応と正極の化学反応をリンクさせ、その間の電位差分のエネルギーを得る電池と同じ構造です(図を参照)。細胞の中で有機物の酸化により放出された電子は、ミトコンドリア内膜の電子伝達系(負極と正極をつなぐ電線)を経て、酸素に渡されます。この過程で膜の内側から外側へプロトンが輸送され、その濃度差を利用して生体内のエネルギー通貨であるATPが合成されるのです。』
感想
宇宙には電子もイオンもあるそうなので、地球が生まれる前から存在しているということです。地球の誕生は約46億年前、生命の誕生は約38億年前、その生命誕生の約3億年前の大気は96%が二酸化炭素で、酸素はなかったそうです。
酸素を生み出したのはシアノバクテリアという細菌です。その後、酸素発生型光合成の藍藻を含む藻類が地球大気の組成を大きく変え、酸素を得た生物は進化のペースを加速させました。
植物は“生態系”の「生産者」とされています。材料は太陽エネルギーと水と二酸化炭素です。人間は「消費者」であり、水と酸素が生命維持には必要で、体の約90%は水でできています。一方、生体エネルギーのATPは、細胞の中で有機物の酸化により放出された電子が、ミトコンドリア内膜の電子伝達系を経て酸素に渡されます。この過程で膜の内側から外側へプロトンが輸送され、その濃度差を利用して生体内のエネルギー通貨であるATPが合成されます。
生態系の「消費者」である人間は、オゾン層に守られたマクロな環境(酸素と水)とミクロな電子の働き(生体電流とATP)によって、生かされているのだと思いました。
かなり強引なまとめですが、何とか「電子と生命」の近くにたどり着いたかなと思います。
第三章 米中対立はどう乗り越えられるか―Z世代の現実主義
●選挙がむしろ民主主義を動揺させる?
・2021年7月に行った調査(ピュー・リサーチ・センター)によれば、民主党の支持者の78%が「投票は[基本的な権利]であり、制限させるべきではない」と考えているのに対し、共和党支持者は67%が「投票は[特権]であり、制限可能」と答えている。ただし、ここには両党の選挙対策上の狙いも存在していると思う。
・『バイデン大統領は投票制限の動きを「民主主義への攻撃」と批判し、民主党議員が多数派を占める連邦議会下院では期日前投票の拡大などを盛り込んだ投票権法が可決された。しかし、民主党と共和党が同数の上院(2022年1月当時)では、共和党だけでなく民主党の中道派からも「党派色の強い法案はさらに民主主義を弱める」といった反対が出るなど、民主党内ですら意見が分裂しており、成立の目処は立っていない。ますます多くの市民が、アメリカでは民主主義がうまく機能していないと考えているが、その危機はどこからきて、どう克服できるのかという次元になると、深刻な党派対立が生じ、民主主義の修復に向けた団結を阻んでいる。
選挙を通じて政治に民意を反映する政治システムは、世界に対するアメリカの魅力やソフトパワーの貴重な源泉となってきた。しかし、2021年1月の議事堂襲撃事件が表したように、党派対立が極限まで進行した結果、4年に一度の大統領選挙は、アメリカ政治を安定化させるどころかむしろ不安定化させ、対外的にアメリカの脆さや弱さを示すものとなってしまっている。
ビュー・リサーチ・センターが2020年大統領選の1ヵ月前に行った調査では、共和党候補のトランプと民主党候補のバイデンの支持者ともに、9割の回答者が、「自分が支持していない政党の候補者が勝利して大統領になった場合には、国に永続的な損害がもたらされる」と回答した。さらにおよそ8割の回答者が、自分と相手陣営の支持者との違いは「アメリカの中核的な価値観」をめぐる根本的なものだとしている。現在アメリカは分裂しているかどうかという問いに対しては、調査対象となった13カ国の中央値47%をはるかに上回る77%の回答者が、「そう思う」と回答した。こうした厳しい党派対立の現状にあって、4年に一度の大統領選は、アメリカの民主主義に活力と魅力を与えるどころか、政治的な分断をますます深めるものになっているのである。
さらには、自分にとって望ましくない選挙結果を暴力で覆すことを容認する傾向も顕著になっている。民主主義の研究で知られる政治学者ラリー・ダイヤモンドらの研究グループが、大統領選が近づいて緊張が高まっていた2020年9月に行った調査では、共和党支持者の44%、民主党支持者の41%が、ライバル陣営の候補者が選挙に勝った場合、暴力を正当化する理由が「少しは」あると回答した。党派対立が激化したアメリカでは、選挙を通じた平和的な権力移行という民主主義の根幹が危うくなっている。』
●「能力」が正当化してきた経済格差
・アメリカの民主主義を機能不全にしているのは政治的対立だけではない。連邦議会予算局の2022年のレポートによると、アメリカでは上位10%の世帯が国の富の72%を保有し、下位50%の世帯は国全体の富の2%しかもたない。
・格差の問題は固定化もしてきている。これは富裕層が資産をシンクタンクや大学、メディア、選挙の候補者などへの資金援助を行い、その政治的な影響力を通じて自分たちにとって有利な相続ルールを形成し、蓄積した富を次世代の残せるようにしてエリート階級を再生産し続けてきた。
・「アメリカンドリーム」はもはや死語である。さらに富の格差は是正の対象というより、個人の「能力」の差異として正当化される傾向にある。
・『世界で揺らぎつつある民主主義への信頼を回復し、民主主義国家の数的な劣勢を挽回するために、アメリカが取るべき行動とは何か。民主主義の素晴らしさを外に向かって喧伝したり、民主主義サミットによって民主主義国の結束をアピールしたり、「非民主主義国」を断罪することよりも実質的な課題があるはずだ。むしろこうした外交は、自分たちの民主主義がいかに危機的な状況にあるかを見失わせてきた。世界を「民主主義と権威主義制の競争」と捉えてしまうことで、アメリカが世界を見る眼は硬直化し、イデオロギーや政治体制の違いを超えて諸国家が取り結ぶ多様な関係性も見えなくなってきた。
アメリカが世界で揺らぎつつある民主主義への信頼を回復し、中国との体制間競争に勝利し、民主主義を守り抜こうとするならば、民主主義の素晴らしさを喧伝するよりも、自国の政治経済や社会が抱えたさまざまな矛盾に謙虚に向き合い、その解決を地道に図っていくことことがまず重要ではないだろうか。』
第四章 終わらない「テロとの戦い」―Z世代にとっての9・11
●「テロとの戦い」への懐疑
・Z世代は「アメリカ例外主義」的な考えから距離を置いている。そして「例外主義」への冷めた眼差しは対外政策にも向けられ、いままで正当化されてきた外交や戦争にも、懐疑と批判の目を向けている。
・Z世代は9・11よりも、その後の中東・アフガニスタンでの戦争に対する関心が強い。アメリカ進歩センターの2019年の調査では、多くのアメリカ市民が「中東・アフガニスタンでの戦争は時間、人命、税金の無駄遣いであり、自国の安全には何の役に立たなかった」と回答しているが、特にZ世代では7割近くなる。
第五章 人道の普遍化を求めて―アメリカのダブル・スタンダードを批判するZ世代
●アメリカのダブル・スタンダードを批判する若者たち
・『Z世代は、アメリカで構造的な差別にさらされてきた黒人の命と尊厳を訴えるブラック・ライブズ・マター運動の中心的な担い手となってきたが、彼らの視野は決して国内に留まらない。ますます世界各地の差別や暴力、特に自分たちの国、アメリカが行使してきた暴力や加担してきた抑圧に厳しい批判を向けている。
外交や安全保障についての若者の啓発の目的の一つに掲げるシンクタンク、ユーラシア・グループ財団が2021年9月に発表した報告書によると、18歳から29歳までの回答者の60%近くがアフガニスタンでのドローン攻撃に批判的であった。この数字はより年長世代の倍以上にあたる。また、この世代は、ロシアや中国などの「権威主義国家」とアメリカなどの「民主主義国家」という、就任以来バイデン政権が掲げてきた二分法的な世界観を無批判に受け入れることもしない。むしろ彼らが指摘するのは、アメリカの偽善とダブル・スタンダードだ。
アメリカの歴代政権は、民主主義や人権の擁護者を対外的に自負しながら、アメリカの同盟国や緊密な関係にある国家がそれらの価値を踏みにじることを黙認し、さらには手厚い援助や支援を与えてきた。人権外交を華々しく掲げたバイデン政権も、新疆ウイグル自治区や香港での中国政府による人権侵害を強く批判する一方で、イスラエルによるパレスチナ人の殺害や人権侵害は黙認し、国民の人権を躊躇し続けてきたフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ政権に多額の軍事援助をしてきた。権威主義国家に対する民主主義国家の結束を示すことを目的に、バイデン政権の肝煎りで2021年12月に開催された民主主義サミットにはフィリピンも招聘され、そこでドゥテルテは「フィリピンでは報道の自由、表現の自由は完全に享受されている」と公然と主張した。Z世代の若者たちは、ドゥテルテのような人権抑圧的な権威主義国家の詭弁、そしてそれを擁護し、援助するアメリカにますます批判的になっている。
また、アメリカという国の抑圧的・暴力性を考えるうえで無視できない問題が、イスラエル・パレスチナ問題だ。アメリカで黒人が白人警官によって不条理に殺害されるのと同じ様に、イスラエル兵によってパレスチナ人が日々、殺害されてきた。』
第六章 ジェンダー平等への長い道のり―Z世代のフェミニズム
●多様性を象徴する存在
・ハリスはアメリカ社会の多様性を象徴するような存在である。
・母はがん研究者、父は経済学教授というエリート家系の出身。幼いころは黒人バプテスト教会とヒンドゥー教寺院の両方に通い、多様な文化や宗教を経験しながら育った。
・検事の仕事は犯罪者を刑務所に入れるまでという考えが根強い中、ハリスは元犯罪者の社会復帰プログラム「バック・オン・トラック」の作成に取り組んだ。「バック・オン・トラック」は職業訓練、GED(高卒認定試験)コース、社会奉仕活動、薬物治療などを盛り込んだ包括的なプログラムとして着実に成果を挙げ、オバマ政権時代の司法省によって全米のモデルプログラムに選出された。
・2011年には、カリフォルニア州で黒人女性として初の司法長官に就任。サブプライム住宅ローン問題で多くの人々の自宅が差し押さえられると、大手銀行と対決して労働者世帯のために歴史的和解を勝ち取った。また、多くの裁判で死刑求刑を拒否したことでも有名になった。
・2016年、黒人女性としてカリフォルニア州では初、全米で史上2人目の上院議員に当選し、与党共和党を鋭く追及する論客として頭角を現していく。
●黒人コミュニティからの不信感
・ハリスは公民権運動に参加する両親を見て育ち、早い時期から社会正義に関心を抱いたが、デモに従事する活動家ではなく、体制の内からの変革が必要だと考え、後者に自身の役割を見定めていった。その心情について、自伝の中で次にように語っている。
「変化を起こすとはどういうことか、その一例を私は幼いころからこの目で見てきた。外側から声をあげ、デモ行進し、正義を要求する大人たちに囲まれていたからだ。だが私は、内側、つまり意思決定がなされる場にいることが重要であることにも気づいていた。活動家たちがやってきてドアを叩いたら、彼らを招き入れる側になりたかったのである。」
・ハリスに対し、なぜ有色人種の若者を刑務所に送る仕事に加担しているのかという批判する向きは根強く存在する。
・副大統領になってからのハリスは全面的にブラック・ライブズ・マター運動への賛意を示しているものの、同運動の骨子である警察予算の削減についての考えは曖昧である。ハリスの警察に対する考えは、この10年で大きく変化しており、今も定まっていないのかもしれない。
・ハリスの警察に関する見解の変遷を機会主義とみなす向きもある。ブラック・ライブズ・マター運動の共同発起人の1人、パトリス・カラーズは、「バイデンとハリスは決して救世主ではない」と強調する。
●寛容であることの困難
・ハリスが副大統領になって最も変化した考えは移民問題である。副大統領就任後の初の外遊となった中米グアテマラで、ハリスは次のように述べた。「米国国境まで危険な旅をしようと考えているグアテマラの人々には、はっきりと言っておきたい。来ないで(Do not come)」。これは2021年4月に米墨国境で拘束された移民の数は178,000人を超え、20年ぶりの高水準だったことが関係している。また、トランプ政権からバイデン政権に移行し寛大な移民政策に対する大きな期待があり、これがハリス発言につながったと考えられている。この発言によって、ハリスは民主党内の進歩派や人権擁護団体から批判された。
●「壁」問題―「トランプ化」する民主党?
・移民の問題はハリスに限ったものではなく、民主党全体の大きな課題である。バイデンはトランプが250億ドルをかけてメキシコ国境を建設した「壁」に手を加えることはなかったが、2020年中間選挙前の7月、バイデン政権はアリゾナ州ユマに「壁」を建設すると発表した。アリゾナ州とメキシコとの国境沿いの「壁」には、ところどころ数十メートルから数百メートルの隙間があり、そこからアリゾナ州に侵入できる。そのため、アリゾナ州では移民・難民の流入が有権者の一大懸念事項となっていた。
・民主党は移民・難民政策、犯罪対策に疑問を抱く有権者からの支持を失い始めている。
●「アイデンティティ政治」の失敗事例?
・ハリスの失墜はバイデンがハリスの政治家としての資質ではなく、黒人で女性という彼女の「アイデンティティ」を理由に副大統領に起用したという歪んだ理解をされてきた。こうしたハリスへのバッシングは、共和党の政治家や共和党寄りのメディアで数限りなく展開されてきた。
・黒人であり、女性であり、アジア系でもあるハリスは、進歩主義的な有権者の期待は大きかった。しかしながら、ハリスが中道を模索する傾向が強かったため、そのような人々はハリスに失望した。
●中道であることの難しさ
・ハリスは自伝の中で、世の中の政策論争はしばしば「誤った二者択一」に陥っているとして、そうした問題の設定の仕方を拒絶するスタンスを表明している。警察をめぐる議論も「誤った二者択一」と考えている。警察を擁護して存続させるのか、批判して解体させるのかといった論争は不毛なものとハリスは考えている。
・政治社会が両極化する中で政治家たちが中道路線を掲げ、選挙に勝てるだけの支持を集めることはだんだん難しくなっている。
・『さらには今日のアメリカにあって「中道」とは何かという根源的な問題もある。ハリスが中道とみなしてきた政策の多くは、今日の民主党支持者、特に今後、社会でいよいよ重要性を増していく若い有権者の目にはあまりに保守的に映るものだ。警察問題にしても移民問題にしても、ハリスの主張は一貫しておらず、確固たる軸を持った政治家とみなすことは難しい。また、生まれてからこのかた経済格差が肥大化するばかりの時代を生き、資本主義経済にいよいよ幻滅を深めるZ世代にとっては、経済格差を批判しつつも資本主義体制そのものには批判意識をもっていないかのようなハリスの言動は、生ぬるいものでもある。ハリスが有権者の支持、特に若い世代の支持を回復していこうとするならば、自身の政策的な軸を固め、「どっちつかずの中道の政治家」というイメージを脱皮してけるかが鍵となるだろう。ただ、それは意識的に中道を追求してきたハリス自身の政治信条にかなうことではないかもしれない。』
●#Me too運動へのダブル・スタンダード?
・2020年12月、コロナ対策で大きな評価を得ていたニューヨーク州知事アンドリュー・クオモにセクハラ疑惑が持ち上がった際、ハリスはバイデンや民主党の重鎮たちとともに慎重な姿勢を崩さなかった。これはハリスがカリフォルニア州の司法長官時代や上院議員時代とは異にするものであり、敵に厳しく身内に甘いダブル・スタンダードであると見なされた。
●ハリスを超えて―フェミニズムの未来
・Z世代の警察改革への支持は他世代より20%弱高い。Z世代の間にもハリスは新しい時代のフェミニズムの象徴ではないのではないか、ラディカルな社会変革を追求する人物ではないのではないかという懐疑は広がっている。
第七章 揺らぐ中絶の権利―Z世代の人権闘争
●「母親や祖母より権利を持たない世代」
・中絶問題は「プロ・ライフ(中絶反対)」と「プロ・チョイス(中絶賛成)」に分かれる。前者は共和党支持者が多く、後者は民主党支持者に多い。しかしながら、「プロ・ライフ」の中でレイプや近親相姦の場合でも同様に中絶に反対するのは30%程に留まるため、この問題は二者択一では語れない側面がある。
●ロー判決破棄の背景―司法の保守化
・極端な中絶制限と、無制限の中絶容認の両極には大きなグレーゾーンがあり、多くの人々はこのゾーンに位置している。
・アメリカでは最高裁判事は大統領が指名し上院議員が承認する形で決まるが、トランプが大統領の時代に、合計3名の保守派の判事が送り込まれたことで、保守派6名とリベラル派3名というアンバランスがうまれ、保守派の影響が強まった最高裁となった。
・2020年の敗北でトランプの再選はならなかったが、トランプ政権下で進んだ司法の保守化は、しばしば「永久保守革命」とも称される。特に3名の判事はゴーサッチ(1967年生)、カヴァノー(1965年生)、バレット(1972年生)と皆、若い。最高裁判事は終身職であるため健康であれば、数十年にわたって判決に影響を及ぼす。
・トランプは最高裁だけでなく、連邦控訴裁判所・連邦地方裁判所で、226人の保守派の裁判官を任命した。これらの裁判官の多くが保守的な傾向を持つと見られる。これもトランプ時代の遺産として、今後長くアメリカ社会に影響を与えることになる。
●ギンズバーグ判事が見いだしていたロー判決の弱さ
・1993年にビル・クリントンの指名で史上2人目の女性連邦最高裁判事となったギンズバーグは、中絶制限の根底には性差別があり、それこそが問題の核心であると考えていた。子どもを持つことは、女性の人生を大きく左右する。望まない妊娠をし、意に反して子どもを持つことは女性の人生を大きく左右することになる。こうしたリスクは男性にはないものである。子どもを産むかどうかについては女性自身が決定権を持つべきであり、それが実現して初めてジェンダー平等への道が拓かれる。こうした考えからギンズバーグは、中絶の権利はプライバシー権ではなく、男女平等によって基礎づけられるべきだと考えていた。
●声をあげるZ世代
・ギャラップ社の世論調査によると、18歳から29歳のアメリカ人の48%が「いかなる状況でも中絶は合法であるべきだ」と回答し、「中絶は違法であるべきだ」と回答した11%を完全に凌駕している。
●社会運動では勝っても、権力闘争では負けるリベラル?
・『ワシントンポスト紙の映画評論家アン・ホーナデイは断言した。「リベラルの勝利は空虚なものだった。共和党のやり方を「権力ゲーム」と批判することはたやすいし、人権や望ましい価値の実現に向けて、市民ひとりひとりが当事者意識を持ち、さまざまな社会運動に従事することはとても重要だ。しかし、この「権力ゲーム」に勝たないことには取り戻されない権利があることも現実だ。共和党は、社会においては保守的な価値観がだんだんと守勢に立たされている現実を踏まえ、早くからその主戦場を、最高裁や州議会の多数派を占めることに見定めてきた。そのことが、長年定着してきたロー判決が最高裁で覆され、その判決を受けてすぐに、共和党が州議会の多数派を占める州で中絶制限が進んできたことの背景にある。
最高裁の多数派を奪還するには数十年単位の戦略が必要だ。アメリカのリベラルは今、厳しい現実に直面している。』
●権利を守る世代
・Z世代はアメリカ民主主義の未来への危惧も大きい。アメリカが健全な民主主義国家であると信じる人はわずか4%で、29%が自分の投票権が何らかの形で損なわれていると危惧している。若年層の政治意識を調査するCIRCLEの出口調査によれば、この世代は中間選挙(2022年)の主要な争点であった中絶、犯罪、インフレ、移民、銃規制の5つのうち、もっとも重要な争点として44%が中絶を選び、トップとなった。インフレを選んだのは21%だった。中絶問題がインフレを上回ったのはZ世代だけである。
感想
アメリカは経済、軍事両面で世界一の大国です。世界の大国といえば他に中国、ロシアがあり社会主義国家と言われていた両国は、今は権威主義国家と呼ばれています。権威主義国家とは政治的な権力が一部の指導者に集中すると定義されているので、中国は習近平、ロシアはプーチン、この二人に権力が集中しているのは間違いなく、権威主義国家であることは明らかです。一方、民主主義国家であるはずのアメリカ合衆国ですが、18歳~29歳のZ世代はアメリカ民主主義の未来への懸念が強く、アメリカが健全な民主主義国家であると信じる人はわずか4%という調査もあるようです。
共和党右派はプーチンと思想的な共鳴があるとされています。また、前トランプ政権において最高裁判事はリベラル派3名に対して保守派6名と、保守派の影響が出やすい最高裁になっています。さらにトランプの「司法の保守化」は民主主義にとって危機的状況といえます。特に新たな構想である「スケジュールF」(政治任用者を現在の10倍以上、最大5万人程度まで増加させる)が実行に移されると、憲法よりもトランプ氏に忠実でありたいと思う任用者達による、トランプのための政治にならないか非常に心配です。このように考えると、共和党が展開している「権力ゲーム」のゴールは、アメリカを権威主義国家に変容させることで、それを成しえた共和党が未来永劫政権を握ろうとしているのではないかと思われます。
本書の中で一番印象に残ったのはハリスの「誤った二者択一」という考えです。また、右派、左派と両極がクローズアップされるアメリカでは中道を貫いて選挙に勝つのは非常に難しいと言われています。しかしながら、権威主義を否定し分断を是正しようとすれば、中道という立場に立ってこの「誤った二者択一」の問題に取り組むことが、本来求められている姿ではないか思います。
注)政治任用者とは:日本で言えば各省の大臣、副大臣、政務官、局長、審議官などの幹部、これにさらに日本の官僚組織には存在しない「特別補佐官」や「上級補佐官」などが加わる。
最後に、本書を手にした当初の疑問(「カマラ・ハリスは何故人気がないのか」)ですが、1つにはトランプ共和党政権からバイデン民主党政権にかわり、大きな期待をもったZ世代、マイノリティ、女性、移民・難民などからの大きな期待に応えられなかったことがあると思います。そして、もう一つはバイデン政権の副大統領という立場を優先した発言・行動が求められたということではないかと思います。検事→司法長官→上院議員→副大統領という経歴の変遷において、自らの考えを貫くものと柔軟な対応が求められるものに対して、いかに向き合い対応するかという課題は極めて難しいものではなかったかと思います。
画像出展:「キャノングローバル戦略研究所」
組織において“分断”はマイナスです。社内で専務派と常務派に分かれたり、チーム内で監督派とコーチ派に分かれたりすれば、総力は削られ組織の目標に赤信号が灯ります。特別な事情がない限り「百害あって一利なし」それが組織における“分断”だと思います。
一方、今のアメリカに起きている分断は何なのか。それは「多様性」と「権利」のせめぎ合い、そして背景にあるのが「生活」であり、その直接的な大きな要因の一つは「移民問題」ではないかと思います。
世界が注目するアメリカの大統領選挙は2024年11月5日です。バイデン大統領とトランプ元大統領の討論会は、およそ4カ月半前の6月27日に行われました。バイデン氏は年齢の衰えを隠せず、リーダーとしての資質に疑問を呈する場となりました。
一方、7月13日ペンシルベニア州のバトラー市で行われた共和党の集会で、トランプ氏は命を狙った銃弾で耳を負傷するという、あってはならない事件が起きてしまいました。この事件後、共和党内の一体感は高まり、世論は一気にトランプ氏の勝利を織り込むようになってきました。
画像出展:「トランプ狙撃事件が見せた米民主主義の自衛作用(産経新聞)」
バイデン大統領に代わる新しい候補者擁立の動きが活発化する中、7月21日、バイデン大統領は選挙戦からの離脱を表明し、後任を現副大統領のカマラ・ハリス氏に委ねるという発表がありました。もし、ハリス氏が大統領に選ばれると米国初の女性大統領ということになります。
今回の『Z世代のアメリカ』という本は、「カマラ・ハリスは何故人気がないのか」とタイプして見つけたものです。
著者:三牧聖子
発行:2023年7月
出版:NHK出版
NHK出版デジタルマガジンというサイトに、『アメリカ「例外主義」の変化―トランプ大統領が国際秩序にもたらしたものとは』という記事がありました。
なお、この記事は三牧先生の『Z世代のアメリカ』からの抜粋とのことです。
はじめに
第一章 例外主義の終わり―「弱いアメリカ」を直視するZ世代
●戦争はもうこりごり
●ドナルド・トランプ―「例外主義」を放棄した大統領?
●「逆・例外国家」?―バーニー・サンダースの問い
●未完のサンダース革命
●バイデンに受け継がれた「アメリカ第一」
●アフガニスタンからの撤退
●「アメリカにウクライナ支援をする義務はない」
●例外主義の放棄は平和につながるのか
●「盟主」不在の国際秩序とどう向き合うか
●ポスト例外主義世代
第二章 広がる反リベラリズム―プーチンと接近する右派たち
●リベラリズムへの敵意が広がるアメリカ
●内向きになる保守
●「文化闘志」ロン・デサンティスの台頭
●アメリカ右派とプーチンの思想的共鳴
●「キャンセルカルチャー」批判を繰り返すプーチン
●「キャンセル」を超えて
第三章 米中対立はどう乗り越えられるか―Z世代の現実主義
●分断される世界―民主主義サミットが示した問題
●アメリカはもはや民主主義のお手本ではない?
●選挙がむしろ民主主義を動揺させる?
●「能力」が正当化してきた経済格差
●対中感情の歴史的悪化
●Z世代のTikTokブームは「地政学的リスク」か?
●国家安全保障は大事だが、すべてではない
●未来の協調に希望をつなぐ
第四章 終わらない「テロとの戦い」―Z世代にとっての9・11
●「テロとの戦い」への懐疑
●9・11を記憶する
●誰が忘れられてきたのか
●たった1人の反対
●命の値段
●「女性を解放するため」の戦争?
●中村哲医師がみた9・11
●アメリカ=女性の解放者言説の欺瞞
●Z世代フェミニストの問い
第五章 人道の普遍化を求めて―アメリカのダブル・スタンダードを批判するZ世代
●不可視された「テロとの戦い」
●「ドローン大統領」オバマ
●永久戦争?
●忘れられるアフガニスタン
●経済制裁が加速させる人道危機
●アメリカのダブル・スタンダードを批判する若者たち
●人道に潜むレイシズム
●日本、そして私たちにできること
第六章 ジェンダー平等への長い道のり―Z世代のフェミニズム
●カマラ・ハリスの不人気
●多様性を象徴する存在
●黒人コミュニティからの不信感
●寛容であることの困難
●「壁」問題―「トランプ化」する民主党?
●「アイデンティティ政治」の失敗事例?
●中道であることの難しさ
●#Me too運動へのダブル・スタンダード?
●ハリスを超えて―フェミニズムの未来
第七章 揺らぐ中絶の権利―Z世代の人権闘争
●「母親や祖母より権利を持たない世代」
●ロー判決破棄の背景―司法の保守化
●リベラルが中絶に反対した時代
●ギンズバーグ判事が見いだしていたロー判決の弱さ
●母性を否定しない「新しいフェミニズム」?
●プロ・ライフとプロ・チョイスの二分法を問い直す
●1人の女性の中にあるプロ・ライフとプロ・チョイス
●声をあげるZ世代
●社会運動では勝っても、権力闘争では負けるリベラル?
●アメリカは今、人権の旗手といえるのか
●権利を守る世代
●Z世代へ未来をつなぐ
おわりに
第一章 例外主義の終わり―「弱いアメリカ」を直視するZ世代
●戦争はもうこりごり
・2000年代のアメリカは、対外的にはアフガニスタン・イラン戦争後の膠着、肥大化する戦争関連費用に苦しみ、対内的には2008年のリーマン・ショック後の長い不況に見舞われ、貧困の格差も極限まで広がった。
・Z世代が知っている戦争はアメリカから仕掛け、圧倒的な力の差によるものだったが、ロシアとウクライナの戦争は全く異なる。他国から侵略を受けた国に対し、アメリカは何をすべきか、何ができるのかという新しい問いを突き付けられている。
・アメリカが反戦の立場をとって、ウクライナへの武器支援をやめれば平和は訪れるのか。ウクライナの領土や主権が大幅に損なわれたうえで、停戦は実現されるかもしれない。しかし、それは本当に平和と呼べるのか。他方、際限ない武器支援のよって望ましい平和は訪れるのか。ロシアのような軍事大国を屈服させることは可能なのか。Z世代は今、こうした厳しい問いと現実に直面している。
●ドナルド・トランプ―「例外主義」を放棄した大統領?
・2001年の9・11同時多発テロから始まった「テロとの戦い」は過去20年間でアメリカが軍事作戦を展開してきた国は80カ国に及び、その費用は計8兆ドル(約1200兆円)にのぼる。命を落とした米兵の人数は7000人を超え、敵対する兵士や民間人を含めた全世界の死者の総計は90万人前後に及ぶ。
・2017年、第45代アメリカ大統領に就任したトランプは、「世界に搾取され、弱くなったアメリカ」というネガティブな自国像であった。そこには盟主意識も世界の警察という意識も全くない。
・トランプにとって、自国の産業や自国の軍隊を犠牲にするような世界との関与を改め、国益を追求する「アメリカ第一主義」を宣言した。“Make America Great Again”である。
・トランプが放棄した「例外主義」とは、「アメリカは物質的・道義的に比類なき存在で、世界の安全や世界の人々の福利に対して特別な使命を負う」という考えである。トランプが目指すのは「普通の国」ということである。しかしながら、これはアメリカの「例外主義」的な意識に支えられてきた国際秩序が重大な転換点にあることを意味している。
※アメリカ例外主義(Wikiより):アメリカ合衆国がその国是、歴史的進化あるいは特色ある政治制度と宗教制度の故に、他の先進国とは質的に異なっているという信条として歴史の中で使われてきた概念である。
●「逆・例外国家」?―バーニー・サンダースの問い
・アメリカは新型コロナのパンデミックで、社会保障制度の脆弱性が露呈した。
・社会主義の否定の裏には豊かさや自由への誇りがあった。しかし、貧富の差が拡大を続ける中で、状況は大きく変わり今日では多くのアメリカ国民が現状に疑問と不満を募らせている。
・2019年5月のギャラップ社の調査では、43%の回答者が社会主義を「よいもの」だと回答している。これは1942年の25%からの劇的な上昇である。
・新自由主義グローバリズムと格差の拡大が現実的になりつつあるなかで、アメリカ国民はなぜ先進国でありながら、ここまで社会保障制度が未整備なのかと不満を募らせている。
・サンダースが模範とみなすのは、デンマークなどの北欧諸国である。デンマークでは一握りの人々が莫大な富を保有することを可能にする制度を推進する代わりに、子どもや高齢者、障害者を含むあらゆる人が安心して生きられる最低限度の生活水準を保障する制度を作った。
・アメリカ的な「自由」は唯一のものではなく、もしかしたら最善のものでもないかもしれないという主張は、アメリカの「例外主義」を根本から問い直すものであった。
・アメリカの科学技術や文化・芸術に関しては、90%近くが「誇りに思える」と回答しているが、社会保障制度や政治システムに関しては、「誇りに思えない」が60%超えている。
・サンダースの問題定義に最も賛同している世代は若者である。Z世代は物心がついてからずっと、お金がものを言う政治を見せつけられ、政治に希望を見いだすことはできなかった。
●未完のサンダース革命
・サンダースは、2016年はクリントンに、2020年はバイデンに敗北した。敗因はクリントン、バイデンといった中道の重鎮たちは面白みがないが選挙に勝てる可能性が高いと思われている。
・サンダースは「急進左派」と言われているが、その政策はヨーロッパの中道左派の主張に近いものである。
●バイデンに受け継がれた「アメリカ第一」
・バイデン政権は大統領就任直後から、トランプ政権下で進められた排他主義的・単独行動主義的な政策を巻き戻し、世界に開かれ、他国と協調するアメリカを再び打ち出すものだった。しかしながら、アメリカが取り組むべき喫緊の課題は国内に山積しており、大々的な対外関与の余裕はないというのが実状である。
●アフガニスタンからの撤退
・『2021年4月14日、バイデンは20年にわたる「テロとの戦い」において、一つの画期となる決断を表明した。この日バイデンは、2001年10月、ジョージ・W・ブッシュ大統領がアフガニスタンへの空爆開始を宣言したホワイトハウスの「条約調印の間」で演説を行い、「アメリカ史上最長の戦争を終えるときだ」と宣言。アメリカ同時テロから20年迎える9月11日までにアフガニスタンの駐留米軍を完全撤退させると表明した。
アフガニスタンの安定化の見通しがつかないままの完全撤退については共和党のみならず、政権内からも反対の声があがっていた。中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官は14日の上院公聴会で、米軍が撤退すれば、同地域の軍事力低下につながるとあらためて懸念を表明した。完全撤退は、こうした懸念の声をバイデンが押し切る形で決定された。
その後、撤退期限は8月末に早められ、撤退を完了させたバイデンは、アメリカの目的はアメリカ本土に対するテロ攻撃の再発を防止することにあったとし、その目的は実現されたと主張して、次のように宣言した。「アメリカが他国を作り変えるために大規模な軍事作戦を展開する時代を終わらせることだ」。もっともこれはオブラートに包まれた表現で、より率直にバイデンの心境を表現していたのは、首都カブールがタリバンの手に落ちた翌日の8月16日、それでも米軍の撤退を進める決意を国民に示した演説の中の次の中の言葉だろう。それはトランプと見間違えるような、赤裸々な「アメリカ第一」宣言だった。
[アフガニスタン軍が戦わないのに、アメリカ人の娘や息子をあと何世代、アフガニスタンの内戦に送り込めばいいのだろうか。アメリカ人の命をあと何人分、アーリントン国立墓地に延々と並ぶ墓石に変えたらいいのか? その価値があるのだろうかと。(中略)私の答えははっきりしている。私は、過去に起こした過ちを繰り返したくない。アメリカの国益にならない紛争にいつまでも留まり戦うこと、外国での内戦を激化させること、米軍を延々と派遣して国を作り変えようとすること。このような過ちを繰り返してはならないのだ。]
“Remarks by President Biden on Afghanistan ,”White House, August16,2021.
このバイデンの時代認識は、国民にも広く共有されていた。確かに米兵を含む人命の犠牲も出しながらのアフガニスタンからの撤退は、多くの国民の批判に晒されたが、国民の批判は、撤退時期や撤退方法に集中し、撤退というバイデンの判断自体は過半数に支持された。
アフガニスタンからの米軍撤退に関する世論の背景には、より大きな世論の潮流がある。昨今のアメリカでは、アメリカはこれまで過剰に世界に介入し、自国を疲弊させてきたという批判的な意識が高まり、アメリカの国際的な役割をより穏当なレベルに引き下げるべきだという考えが党派を超えたコンセンサスとなっている。各種の世論調査でも、「アメリカは世界の警察をやめるべき」「他国のことより国内問題、特に雇用の問題に取り組むべき」「同盟国に安全保障のコストをもっと負担させるべき」といった見解は、党派を超えて広く支持されてきた。
●ポスト例外主義世代
・「テロとの戦い」による国家的消耗、コロナ禍の甚大な被害の経験から、若い世代ほど対外介入に否定的な意見を持っている。
・2020年6月にギャラップ社が行った調査で、世代別で最も低い値だったのは18歳から29歳までの世代で、アメリカ人であることを「非常に誇りに思う」と回答したのは20%だった。彼らの多くはリベラルな価値観の促進に未来への希望を見いだし、銃規制や気候変動対策を支持し、よき未来に向けて社会運動にも積極的に関与する。行き過ぎた資本主義と経済格差に不満を募らせ、より社会主義的な政策を支持する世代でもある。対外的にはグローバル化する世界におけるアメリカ一国の力の限界への冷静な認識から、アメリカは多少の妥協を伴ったとしても、共通の目的のために他国と協調しなければならないと考え、多国間協調を志向する。
・ロシアのウクライナ侵攻は、国際協調主義の限界を突きつけている。中国やグローバル・サウスとの間の不一致は続いているが対話を閉ざすことはしていない。アメリカ一国の力の限界を自覚している。
・『アメリカの圧倒的な力の優位が失われ、ロシアのように明らかな現状変更を試みる国も現れる中で、いかに平和を回復し、持続させていくのか。国際協調主義をDNAとして組み込んだアメリカのZ世代が、この難問にどう立ち向かっていくのか。私たちも他人事ではなく、自分事としてみていくべきだろう。』
第二章 広がる反リベラリズム―プーチンと接近する右派たち
●リベラリズムへの敵意が広がるアメリカ
・プーチンの権威主義的な政治スタイルは、アメリカ右派の間に共感の輪を広げている。特にプーチンを「強い指導者」と称賛するトランプが大統領となって以降、共和党支持者の間にもプーチンへの好意的な意見が目立って増えてきた。
・2017年には、共和党支持者の49%がロシアを同盟国あるいは友好国とみなし、32%がプーチンに好意的な意見を持っていた。
“Republicans Are Warning Up to Russia, Polls Show.” Morning Consult, May24, 2017.
・2021年1月の連邦議会議事堂襲撃事件が示したように、選挙制度への不信、政治的な目的のための暴力を容認する世論の傾向も顕著になってきている。
・ハーバード大学やシドニー大学が共同で行ってきた「選挙の公正さプロジェクト」の調査によると、アメリカの選挙の公正さは西洋の民主主義国家の中では最低レベルである。
Electoral Integrity Project Report, 2020.
・『昨今は、共和党が上下院の多数を占める州を中心に、「不正投票の防止」という一見もっともな名目で、低所得者やマイノリティの投票を実質的に阻む法律が多数成立している。有権者ID法などで投票時における身元確認が厳格化されたことにより、運転免許証を持たない人や、定まった住居を持たない人の投票が困難にされてきた。』
Brennan Center for Justice, State Voting Laws.
・『アメリカの共和党は過去20年間で非自由主義的な性質を顕著に示すようになっており、ヨーロッパの中道右派政党よりも、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン政権やハンガリーのオルバーン・ヴィクトル政権のような権威主義国家の与党に近いことが明らかになっている。特にトランプ政権下でその傾向は加速した。』
●アメリカ右派とプーチンの思想的共鳴
・共和党右派とプーチンとの間には反リベラリズムという共通の価値観がある。
・欧米諸国の右派が抱くリベラルな価値や政策への不満に巧妙に働きかけ、社会の分断を狙うプーチンの思惑通り、民主党政権のもとでジェンダーの多様性が進み、また移民や難民に寛容すぎるという不満を募らせているアメリカ右派たちはプーチンに対し、共感や親愛の情を抱いてきた。
柳谷素霊先生は鍼灸の発展にご尽力された唯一無二の先駆者です。過去に柳谷先生に関する2つのブログ、「脈診と臨床」と「五十からの青春」をアップしていました。
その柳谷先生の著書の中に『柳谷秘法一本鍼伝書』という本があります。そして、この本をベースに独自の「天・地・人治療」という考えに照らし合わせて書かれた教本が、木戸正雄先生の『素霊の一本鍼』です。
その木戸先生は本書の“はじめに”の中で、以下のようなお話しをされています。
『私は長年、鍼灸臨床に携わる中で、「黄帝内経」(「素問」・「霊枢」)の治療体系が三陰三陽の臓腑経絡学説を根拠とする「経絡系統」と三才思想から成る「天・地・人」という二つの大きな柱により構成されているという考えに至り、身体を立てに貫く「経絡系統」を対象とするものを「変動経絡治療システム(VANFIT)」、輪切りで捉えるものを「天・地・人治療」と名づけ、それぞれに治療法を構築し、提唱しています。
このたび、柳谷素霊先生の「柳谷秘法一本鍼伝書」について、現在の臨床に活用できるように私なりの解説をさせていただく機会を得ました。
「柳谷秘法一本鍼伝書」に記載されている刺鍼部位は、「天・地・人治療」の一つである「天・地・人―気街治療」で使用する経穴と共通する部分が多いことから、著者である柳谷素霊先生には注目していました。
柳谷先生が「経絡治療」誕生に大きな影響を与えたことはよく知られています。「誰にもわかる経絡治療講話」(本間祥白、医道の日本社、1949年刊)は、「経絡治療」における最初の成書として有名ですが、「内容は、恩師柳谷素霊先生達(井上恵理先生、岡部素道先生、竹山晋一郎先生など)のご指導によるものを伝えたに過ぎない」と著者の本間祥白先生自身が序文を書いています。』
『私が経絡治療を学び始めた頃は、岡部素道先生が経絡治療学会の会長でした。私が指導を受けた岡部素道先生をはじめ、岡田明祐先生、馬場白光先生など、当時、名人とうたわれていた経絡治療学会の先生方から、柳谷先生の名前や治療についてのエピソードなどを聞く機会が多々ありました。誰もが、柳谷先生を教育者としても、臨床家としても非常に高く評価し、畏怖の念すらもっていることが伝わってきましたが、残念なことに柳谷先生は、すでに亡くなっており、私は直接の指導を受けることはできませんでした。』
木戸先生の「天・地・人治療」は次のようなものです。
●人体を三分割してとらえた治療方法で、「天・地・人」の三分割を全身のいたるところに当てはめたり、細分化したりすることができます。そして、その各々の境界部はすべて「節」であると考え、この「節」に対して行う治療を「天・地・人治療」といいます。
画像出展:「素霊の一本鍼」
著者:木戸正雄
初版発行:2009年4月
出版:ヒューマンワールド
画像出展:「素霊の一本鍼」
こちらの表は『柳谷秘法一本鍼伝書』に書かれている20の処方です。
ブログで取り上げたのはごく一部で、耳に関する経穴(然谷、太渓)、柳谷風池、柳谷便通点、華佗夾脊穴についてです。
1.耳の疾患と腎経の経穴
※私自身が気になっている疾患は耳鳴りですが、原因は加齢と思われ、耳鳴りキャリアは約10年です。以前「耳鳴り」というブログをアップしているのですが、加齢による耳鳴りの治療は難しいことを理解しています。時々、思いついたように耳周辺の経穴に刺鍼してみるのですが効いている感じはありません。このことが、耳の周辺ではなく、腎経の経穴に興味をもった理由です。
●耳鳴の鍼(柳谷秘法一本鍼伝書より)
・『下肢痛の刺鍼と同様に、患者を側臥位にして、下顎角の後の少し上から、刺入する方法ですが、鍼の向きはやや上向きにします。(寸3‐2番の銀鍼か寸3-1番のステンレス鍼)』
画像出展:「素霊の一本鍼」
画像出展:「臨床経穴図」
耳鳴の一本鍼の経穴は頬車穴です。この図(左下部)を見ると刺鍼点は下耳底点と顎角点の中点であることが分かります。
さらに、次項の「耳中疼痛の鍼」と組み合わせることもあります。
●耳鳴りの治療について(木戸先生の見解)
・『耳鳴りの場合、発症してから2~3ヵ月のものは治療効果が顕著ですが、患者によっては何年もたってから来院してきます。長年来の慢性の耳鳴りはなかなか頑固です。このような耳鳴りには経絡の調整に加えて、耳を取り巻くように耳の周囲にあるツボ(耳門穴、聴宮穴、聴会穴、和髎穴、角孫穴、顱息穴、瘈脈穴、天牖穴、翳風穴)に切皮置鍼しておき、その間にこの一本鍼を行ってます。
画像出展:「素霊の一本鍼」
こちらの画像は、あしざわ治療院さまの“耳から自律神経、腰痛まで良くなるのは?”から拝借しました。
さらに、「耳中疼痛の鍼」と組み合わせることもあります。
画像出展:「素霊の一本鍼」
※「耳中疼痛の鍼」:完骨穴から耳孔に向けて、乳様突起の下をくぐらせるように刺入する方法です。
耳鳴りの場合、鍼治療による直後効果があるものと、ないものがありますが、まったくないものでも、このように全身状態を整える治療を継続することで、いつの間には耳鳴りが消失・軽減していることがあります。
老人性耳鳴りの場合は、はじめ蝉の鳴き声のようなジージーという音から始まり、そのうちに、キーンというような金属音に変わっていく経過をとることが多いようです。ジージーという音のうちに治療を始めるといいのですが、金属音になってしまってからではなかなか治りにくくなります。
また、耳痛や難聴を伴うとき、場合によっては、耳鼻科の治療と併用すべきです。特に突然耳の聞こえが悪くなり、耳鳴りが起こった場合には、突発性難聴の可能性がありますので、至急の耳鼻科処置が必要です。次第に耳鳴りが大きくなっていくものも、要注意です。』
●東洋医学では五行という考え方があり、五臓の一つである“腎”と関係の深い「腑」として“膀胱”、体の部位に関係しているのが“骨髄”(髄は現代の脳とされています)、腎が弱った時に影響するのが“髪”、そして病気が現れやすいのが“耳”とされています。今回、五行の“腎”に注目したのは、この東洋医学の考え方に沿ったものになります。
注)以下は私が専門学校時代に作った表ですが、黒い部分が腎と関係の深いもので、黄色で囲ったものが人体に関係するものです。”腎”の下、上から“膀胱”、“耳”、“骨髄”、少し下にいって“髪”があります。
●経絡の代表的なものに十二経脈があり、その中に“足の少陰腎経”があります。その経脈にある経穴は以下の通りです。
こちらの画像は、“BLOG 今日から始める自分ケアの習慣化。心と体を癒す自分時間”さまから拝借しました。
・湧泉-然谷-太渓-大鐘-水泉-.照海-復溜-交信-築賓-陰谷-横骨-大赫-気穴-四満-中注-肓兪-商曲-石関-陰都-.腹通谷-幽門-歩廊-神封-霊墟-神蔵-彧中-兪府。この27経穴の中で注目したのは、“然谷穴”と“太渓穴”です。
画像出展:「臨床経穴図」
太渓は少し前まで太谿と表記されていました。
※澤田流太渓は“照海”に相当するとのことです。
(1)然谷穴
・然谷は腎経の榮火穴であり、臓腑の熱を取り除く効果があるとされています。
・柳谷先生の「柳谷秘法一本鍼伝書」には、然谷穴を併用することでさらに効果を上げることができるとされています。
・木戸先生にとって然谷穴は、思い出深い経穴であるとのことです。
-『実は、然谷穴は私にとって特に思い出深い経穴なのです。20年近く前の話しで、まだ「天・地・人治療」を行う前のことですが、私の娘は幼いころ、アトピー性皮膚炎の体質で、よく滲出性中耳炎や急性中耳炎を患いました。しかし、耳鼻科で処方された薬が合わなかったのかなかなかよくならず、鼓膜切開を繰り返していました。
ある時、私は、眠っている娘の足を内側から眺めていて、足の形が耳に似ていることに興味を持ちました。くわしく観察しているうちに、土踏まず全体がほんのみ赤みを帯びているにもかかわらず、然谷穴の辺りだけが艶がなく、くすんでことに気付きました。
そこで、娘の然谷穴に金の鍉鍼でしばらくの間、圧迫をしてから、半米粒大の灸を1壮行ってみました。それ以来、耳の痛みがピタリと止まり、快方に向かっていったのです。
驚ろいた私は、然谷穴と耳の疾患との関係についてそれまでの文献を検索してみました。そして、「医道の日本」誌に、然谷穴への施灸による急性中耳炎への効果についての報告を発見したときは、思わず喝采を送りたくなりました。残念ながら、当時は、柳谷の本書に補助穴としてあることは見落としていたわけですが、しかし、これも何かの縁なのでしょう。「急性中耳炎の一つ灸」という表題のその報告は、柳谷の高弟の一人、井上恵理のものだったのです。』
-『このように、急性中耳炎などの耳の痛みに、同じ然谷穴を使うにしても、井上は灸で対応し、柳谷は鍼による治療法で対応しています。当然、刺鍼でも施灸でも効果がありますが、鍼灸を併用することで一層、治療効果が高くなります。
娘の急性中耳炎の治療体験をきっかけに、私は、足に顔面、あるいは耳を投影した小宇宙を想定して然谷穴を耳の愁訴に使うようになりました。こうした臨床の積み重ねから、後の「天・地・人治療」としてのシステムができていったのですが、そのきっかけの一つともなるものでした。
多くの場合、然谷穴は深くに圧痛がありますので、指先をくぼみに入れてよく揉んでから、刺入するようにします。寸6-1番ステンレス鍼を然谷穴からやや上後方に向けて刺入していくと、スルスルと鍼が入っていきます。50mmぐらいの深さまで引きこんでいくことも稀ではありません。患者に不快な痛みを感じさせないように行うことが効果を上げる秘訣です。20分程度の置鍼の後、鍼痕に米粒大3~7壮の施灸をしておきます。』
(2)太渓穴
・太渓は腎経の兪土穴であり、かつ原穴です。気血の流れを高める効果があるとされています。
画像出展:「一元流鍼灸術」
『原穴について考えを進めていくことは、三焦の問題と腎間の動気の問題に対する理解を通じて、全身を一元の気として観る柱となります。これについてまとめているものが《難経鉄鑑》六十六難の図です。この図は、かの沢田健先生が尊崇されていたものです。
一言で言えば、六臓六腑の生命力の流れである経脉の中の、一点である原穴に、それぞれの経脉の生命力が集約されて現われるということです。』
原穴について何が書かれているのか興味を持ち、この本を衝動買いしてしまいました。
私が学んだ“日本伝統医学研修センター”では、特に脈診を重視しているのですが、命の脆弱さを感じる脈や先天的な疾患、あるいは難病を抱えた患者さんに対して、生命力を補する「原穴治療」を選択することがあります。取穴は、肝経の太衝、脾経の太白、肺経の太淵、そして腎経の太渓です。この「原穴治療」の経穴である「原穴」について深く知りたいと思いました。
伴先生の「一元流鍼灸術の門」に書かれていたことは以下になります。
『三焦に関しては古来諸説あります。私は、沢田健先生が称揚した≪難経鉄鑑[江戸時代中期に書かれた難経の解説書]≫六六難の図をもって、気一元の身体を見通す観点としての三焦論としています。
すなわち三焦は原気の別使であるとします。原気とは、人間における生命そのもの、腎間の動気をもって看取することのできるものであり、これこそが十二経の根蒂です。この生命そのものが五臓六腑を通じて経穴としてその分配された生命力を表現している場所が、原穴です。この図には、原穴の原とは三焦の尊号であると記されています。
この全体を一気に見通す眼差しが、気一元の身体観の意味です。その会得方法について、「毎朝、この六六難の図に対面して沈思黙考し、原気の流行と栄衛の往来について省察して、身中の一太極を理解することができたならば、自然に万象の妙契を悟ることができるでしょう」と書かれています。』
本書の中で最も気になったのは脈診に関する記述です。それは次のようなものでした。
『脉診をする場合、心構えがとても大切になります。これは、何を診ようかとするかということによって、感じ取ることのできる範囲が変化するためです。脉なんてわからないや、と思って診ていると、何も診ることはできませんし、診ることもいやになってやめてしまいます。硬さや軟らかさを診るのだと思って診ていると、硬さや軟らかさが良く感じられるようになります。太さと細さという別の側面を診ると思って診ていると、太さや細さが感じられるようになります。』
『それぞれのバランスが取れていて、個別の脉状として診えにくいとき、それを胃の気の通った良い脉状であると考えます。
また、最後になりましたがもっとも重要なことは、生命力を診ると心に定めて診ることです。これを胃の気を診ると私は呼んでいます。生命力を診るのだと心に定めて診るとき、脉の診え方が大きく変わるのは、まことに不思議なことです。』
・“太渓への鍼が有効であった耳鳴の3症例”という論文(臨床報告)を見つけました。
資料はPDF7枚です。
緒言
『耳鳴は西洋医学的な治療ではうまくいけないことが多い。耳鼻科医の中には「耳鳴りは治らない」と説明して最初からあきらめ調子で治療している医師もいて、TRT(耳鳴り順応法)療法は一つの訓練法だが、耳鳴の音を気にしなくなるように治療するくらいしか手立てがない。われわれは過去に耳鳴に対し翳風への円皮鍼が有効であった症例報告を行った。斎藤ら[斎藤輝夫、稲葉博司、蔡暁明、他。耳鼻咽喉疾患と漢方(上)、漢方の臨床2010]耳鳴の腎陰虚型には足腎経の太渓穴がよく、一本鍼で耳鳴が止まる症例が多いと報告している。今回は太渓(KI3)への鍼が有効だった3症例を経験したので報告する。』
1)症例1:86歳男性
・耳鳴発症3日後、耳鳴日常生活支障度(THI)は100点。血管拡張剤、ビタミン剤、翳風への円皮鍼、TRT療法は無効であった。初診から7ヵ月目に両太渓に鍼治療を行い2ヵ月後にTHIは12点になった。
2)症例2:66歳女性
・1年前に両耳に耳鳴が出現した。THIは26点で、様々漢方薬、翳風への円皮鍼は無効であった。初診から1年後より両太渓に鍼治療を行い、3週間でTHIは4点になった。
3)症例3:73歳女性
・初診8日前より左耳鳴が出現した。THIは30点で、様々漢方薬、翳風への円皮鍼は無効であった。初診から3ヵ月目に両太渓に鍼治療を行い、5週間でTHIは10点、1年で8点になった。
注1)太渓穴へは10分間の置鍼後、円皮鍼を貼った(6日間)。
注2)3人に共通するのは腎虚である。腎虚では耳鳴の他、難聴、夜間頻尿、膝や腰の脱力など、体系としてはやせ型が多い。
注3)澤田流で有名な澤田健先生も耳鳴に対し、腎兪と太渓を取穴して有効であったという報告をされている。ただし、澤田流太渓は、一般の照海(KI6)の位置にある経穴である。
画像出展:「太渓への鍼が有効であった耳鳴の3症例」
2.柳谷風池
画像出展:「素霊の一本鍼」
・首藤傅明先生は目の特効穴としてたびたび取り上げています。「週刊あはきワールド」の「若葉マーク鍼灸師に贈る私の思い出の症例29」では“片方の目が動かない眼筋麻痺の患者”という症例報告では、右目の開眼不能、かつ眼筋麻痺の患者に対し、1~2日ごとに、本治法(肝虚証:曲泉)、足三里、曲池に加え、この「柳谷風池」に10mmの深さで置鍼、さらに攅竹、陽白、太陽の浅置鍼という施術を行って、完治させたとあります。以降、首藤先生は眼筋麻痺の治療の局所的な施術では常に「柳谷風池」を最優先で取穴されているとのことです。
・風池穴(足の少陽胆経[GB20])の場所は教科書では、「乳様突起下端と項窩中央(瘂門穴)の中央で陥凹部」となっていますが、「柳谷風池」はそれよりもやや外側にあります。完骨穴(足の少陽胆経[GB15])の後方を探ると、ゴリゴリしたスジ様の小突起に触れます。この後下縁に取ります。按圧すると、ジワーンと頭の中やコメカミに響いてきます。鍼は小突起の裏をくぐるようにしながら、同側の眼底の方向に刺入していきます。
・木戸先生の症例の中に、“正常眼圧緑内障”があります。
-『数年前、頑固な肩こりを訴えて、来院してきた男性の患者がいました。
肩こりを自覚しているわけですから、当然ながら、肩上部から首筋に硬くなり、硬結もあるのですが、それよりもむしろ、私は、後頚部ライン上に出ている深部のコリが気になりました。その反応点は、口唇ライン上に並んでいました。「目が疲れませんか?」と聞くと、「実は、眼科で正常眼圧緑内障との診断を受けている」というのです。
この患者には、毎回の治療において、通常の経絡的な治療を行った後、必ず、完骨穴、柳谷風池、風池穴、天注穴に対する直接施術を加えるようにしました。この治療を継続して、5ヵ月ほどして、患者から、その日の眼科の検診で、欠損していた視野が正常に戻っていたという報告を受けました。正常眼圧緑内障が完治しているというのです。
眼科医の話では、「ありえないこと」と患者の従来の診断に間違いがあったのだろうとのことでしたが、この患者は、自覚でも、明らかに視野が広がったと喜んでいました。』
3.柳谷便通点
・昭和の鍼灸界を牽引した代表的な治療家が便秘の治療穴として使用した経穴は次の通りです。
1)代田文誌の特効治療穴:「澤田流神門、左腹結、大腸兪、木下便通点」
2)木下晴都の常用穴:「木下便通点、左腹結、大腸兪」
・これらの先生方の便秘療法に共通しているのは、左の下腹部にあるツボと大腸兪を使うことです。前後から身体をはさむようにして、大腸に刺激を与える方法が便秘の標準的な治療ということになります。
・柳谷秘法一本鍼伝書の留意点(虚証の場合)
画像出展:「素霊の一本鍼」
-『臍下2寸の点から1寸左側方にある穴に、患者の呼吸の呼気時に刺入、吸気時に止めるように、鍼尖を進めていきますと、約2寸の深さで弾鍼する。そこで響きが得られないときは、少し奥に鍼を進めてから静かに旋撚を施します。
肛門への響きを確認したら、すぐに、吸気に合わせて抜鍼します。』
注1)[用鍼]は3寸3番となっています。木戸先生は60mmの深さで急に強い響きを得ることが多く、違和感が残ることも多いので響きを嫌がる患者さんには天枢穴や気衝穴を使用し、鍼響を与えないように寸6-1番のステンレス鍼を用いて30~40mmの速刺速抜を行っています。とのことが書かれています。
注2)虚証の場合は、細い鍼を選び手技も刺激が強くならないように丁寧に行うことが重要であり、特に呼吸の補瀉が非常に重要であるとされています。
注3)「柳谷便通点」は鍼刺激ではなく、圧刺激(深呼吸に合わせ、「柳谷便通点」の母指圧迫を20回ほど行う)でも効果は期待できるようです。
※木下便通点に関しては、「最新 鍼灸治療学 下巻」(木下晴都、医道の日本社、1986年)より、ご紹介させて頂きます。
画像出展:「最新 鍼灸治療学」
■治療(p281)
一過性便秘をしばしば起こすものは鍼灸の最適応症であるが、最も多くみられる弛緩性便秘、あるいは弛緩性に合併する排便困難は、著明な効果があるものと、容易に効果のあがらないものとがある。下剤を常用する者は、薬用量を減少させ、ときには不明になる例も経験される。痙攣性便秘もしばしば良い効果をあげる。
(1)共通治療
a)常用点
鍼灸:大腸兪・便通・左腹結
大腸兪は鍼を2、3cm刺入して雀啄または施撚する。灸は米粒大5~7壮施す。
便通とは著者[木下晴都]が臨床経験で、排便を容易にする効用のあることを発見して命名した。その部位は図132に示すように、第4、第5腰椎棘突起間の左外方約6cmに相当し、奇穴では腰宜にあたる。
すなわち左志室の直下(背外線上)で腸骨稜の直下に取穴する。施鍼するには腸骨稜上縁よりわずか上に取穴し、鍼先を内下方に向けて腸骨内面に沿う気持ちで、約3cm刺入する。鍼は20~25号[3番~5番]を用いて雀啄法を行う。施灸は米粒大ないし麦粒大のもぐさ5~7壮行う。施鍼と施灸を同時に行う必要はない。一般には施灸より施鍼が効をあげる。
画像出展:「最新 鍼灸治療学」
画像出展:「素霊の一本鍼」
第4-5腰椎右側から、大腸兪、腰眼、腰宜となっています。
『左腹結は一般的な部位では効果が期待されない。その部位は図133に示すように、左上前腸骨棘の前内縁中央から水平に右方(正中線)へ約3cm(脾経上)に取穴する。施鍼は約20号[3番]のステンレス鍼を用いて、下方に向けて3、4cm速刺(速刺速抜)する。この刺入は鍼先が腹膜に触れるため、約2cmは静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに到達した途端に抜き取る。この最後の刺抜をゆるやかに行うと、腹膜刺激によって腹筋が収縮し、折鍼を超すおそれがある。したがって急激な鍼の刺抜を行う。この施鍼法は便秘に対して著効をあげる場合があるが、急激な響きを患者はきらうおそれがある。左腹結に施灸7壮を行うのもよいが、施鍼ほどの効果は望まれない。』
画像出展:「最新 鍼灸治療学」
4.華佗夾脊穴
・五臓六腑の調整には、背部兪穴を使用するのが一般的ですが、この「華佗夾脊穴」に早くから注目し、体系的な治療法として提唱したのは、日本の澤田流が最初であったようです。そして、これが現在の「華佗夾脊穴」の標準的な使用法の原型となったと考えられています。
画像出展:「素霊の一本鍼」
-『「華佗夾脊穴」というツボが最初に登場するのは、「鍼灸治療基礎学」(代田文誌、春陽堂、1940年刊)には、この「華佗夾脊穴」が並んでいるラインを、「背腰部膀胱1行」として提示されています。この説では、背部兪穴が並ぶラインが膀胱経2行線、附分から秩辺までのラインが膀胱経3行線となります。代田文誌は、これを澤田健の発見、創設であることを力説しています。
「膀胱経一行の位置は、腎脈の左右凡そ五分ばかりの所にあり、督脈と平行している」、「名称は別にないが、第二行の穴の名を上に冠して、肺兪第一行とか心兪第一行とかいうように呼んでいる」との記載がありますので、「華佗夾脊穴」を各々、個別に呼称する場合は、この名称にプライオリティがあるでしょう
澤田流での運用では、例えば、肺兪第一行に反応があれば、肺の異常があるとしています。また、これら背部にある「華佗夾脊穴」が腹部にある腎経の経穴と表裏関係にあることにまで言及しているのですから、澤田健の臨床的な直観力と洞察力には恐れ入ります。
運用例を引用しておきます。「胃痙攣に際しては、胃兪または肺兪の第一行の刺鍼が非常に効を奏します。胆石症には胆兪の第一行が、腎盂炎には腎兪の第一行が、眼の痛みには肝兪の第一行が、舌の痛みには心兪の第一行が実によく効きます」。澤田流の背兪穴は通常の背兪穴の一椎上に位置しますので、それを考慮の上、ご参考にしてください。
この発想と発見は、現代中国にも影響を与えたようです。
「中国漢方医語辞典」に、「華佗夾脊穴」について次のように記されています。「二つの取穴法がある;(1)第1頚椎から第4骶椎まで、それぞれ左右に5分の所に各28穴、合わせて56穴;(2)第1胸椎の下から第5腰椎の下まで、それぞれ左右に5分の所に各17穴、合わせて34穴。臨床適応範囲はかなり広く、おもに内蔵機能の混乱を調整し脊背部の局所症状を治療する」』
量子テレポーテーションの実験でノーベル物理学賞を受賞された、アントン・ツァイリンガー博士の著書を見つけ、「どんな実験だったのだろう?」という興味から、今回も、深く考えず購入しました。そして、予想通りほとんど理解できませんでした。しかしながら、ネットには素晴らしいサイトや動画があるので、それらの助けをお借りして何とかブログとしてまとめました。
著者:アントン・ツァイリンガー
監修者:大栗博司
発行:2023年5月
出版:早川書房
こちらは原書ですが、タイトルは“DANCE OF PHOTONS From Einstein to Quantum Teleportation”となっていました。
以下のサイト及び動画をご参考にして頂ければと思います。
“ノーベル物理学賞受賞者が語る「テレポーテーション」の可能性とは?『量子テレポーテーションのゆくえ』本文試し読み”
こちらは出版会社である早川書房さまのサイトです。本書の概要が説明されています。
こちらは産業技術総合研究所(産総研)さまのサイトです。
“【超重要】量子情報はすでに「過去」へと送られている...”
こちらは「シンプリイライフ」さまのサイトです。内容は以下の通りです。22分11秒
1.量子もつれとは 2.量子もつれを実証している男たち(4分26秒) 3.量子テレポーテーションの可能性(7分37秒) 4.量子情報は「過去」に送ることができる (12分23秒) 5.この世界の「秘密」について (17分32秒)
目次
プロローグ ―ドナウ川の地下で
宇宙旅行
光というもの
牧羊犬とアインシュタインの光の粒子
アインシュタインとノーベル賞
対立
不確定性はいかにして確定したか
量子の不確定性 ―私たちにわからないだけなのか、それとも本当に不確定なのか
テレポーテーションに対する量子的判決
量子もつれが助けてくれる
量子実験室のアリストボブ
光の偏光 ―クォンティンガー教授の講義
ジョンによるアインシュタイン、ポドルスキ―、ローゼン入門
局所的な隠れた変数に関するジョンの話
アリスとボブの実験がややこしい結果を出す
ジョン・ベルの物語
アリスとボブは物事が自分たちの思っているとおりではないことを知る
光より速く、そして過去にさかのぼる?
アリスとボブと光の限界
抜け穴
チロルの山にて
量子の宝くじ
量子マネー ―もう偽造できない
量子トラックは運べる量よりもたくさん伝える
原子を使った量子もつれ生成と初期の実験
超高性能生成装置と情報伝達の抜け穴の封鎖
ドナウ川の量子テレポーテーション
多光子のもたらした驚き、そしてその途上での量子テレポーテーション
量子もつれのテレポーテーション
さらなる実験
量子情報テクノロジー
量子テレポーテーションの未来
テネリフェ島上空からの信号
最近の展開と未解決の問題
つまりどういうことなのか?
エピローグ
付録/量子もつれ―量子をめぐる万人の謎
ドナウ川の量子テレポーテーション
画像出展:「量子テレポーテーションのゆくえ」
●この実験の重要な部分はグラスファイバーの中でおきる。
●レーザー装置は巨大で家が買えるくらい高価な装置である。
●大事なことはレーザー装置が生成するのは持続的な光線ではなく、超高速で続けざまに生じるレーザー光のパルス[電気信号の波(周波数)]だということである。1回のパルスの持続時間はおよそ150フェムト[1000兆分の1(10のマイナス15乗)]秒で、装置はパルスを毎秒8,000万回ほど発生させる。これはレーザーの生成する光のパルスがいかに短いかが分かる。たとえば、灯台の明かりが1日1回、しかも1秒しか点滅しない、一瞬の点滅のようなものである。
●短いパルスは量子の識別可能性と関係している。
画像出展:「量子テレポーテーションのゆくえ」
●光りパルスはレーザーから発射されて、小さな結晶[図中央の“C”]を通過する。
●この特殊な結晶は、量子もつれ状態となった光子を生成する。この結晶はわずか2mmと薄いがここで起きることは、実験で1番大事なところである。
●2つの光子がある一定の角度で飛び立つ。この2つは互いに量子もつれ状態にある。
●グラスファイバーの手前に小さなレンズを置く。
●この状態で光子をファイバーに送り込むと、光子はアリス[右上]とボブ[右下]のもとに向かう。
●これによりできたのは光子AとBからなる量子もつれ状態にある双子のペアである。なお、グラスファイバーは光子をテレポートするのに使う量子チャネルである。一方、川の上空を通る電波は古典チャネルである。
※この後、説明が7ページと2つの図が続くのですが理解困難なため、再び「シンプリィライフ」さまの動画に再登場して頂き、この場を切り抜けます。
POINT 3 の「量子テレポーテーションの可能性」(7分37秒~12分23秒)をご覧ください。
さらに詳しいことを知りたい方は、こちらを参照ください。PDF7枚の資料です。
量子情報テクノロジー
●1930年代、アインシュタイン、シュレーディンガーに加え、ボーア、ハイゼンベルク、パウリなどが量子力学の創始者である。アインシュタインは「不気味な遠隔操作」を受け入れず、シュレーディンガーは量子もつれこそ量子力学の本質的な特徴だと訴えた。
●1960年代、レーザーが発明され、局所実在論を検証することが可能になった。局所実在論という理論内でベルの不等式は成立するが、そのベルの不等式の破れを実験により証明したことで、量子力学による予想の正しさが裏付けられた。これらの実験は、哲学的な問いに動かされていた。言い換えれば、一部の人々の好奇心に駆り立てられていた。このような好奇心は人が挑戦するための大事な原動力であり、科学においてはしばしば新しいテクノロジーと結びついて興味深い発見をもたらしてきた。
●1990年代、量子に関する基本的な概念から、情報を伝送して処理する新たな方法に関するアイデアが生まれた。こうした新たなアイデアの中には、量子暗号、量子乱数生成器、量子テレポーテーション、量子コンピューターなどが含まれている。
●現代、新しい量子情報テクノロジーの開発が、世界的に最も活発な研究領域となっている。多くの国で数々のグループが、量子暗号、量子コンピューター、量子通信など、技術応用につながる可能性のあるさまざまなテクノロジーの開発に取り組んでいる。
●技術的に最も成熟度が高いのは量子乱数生成器である。これは量子力学で生じる個々の事象のランダム性を利用する。量子乱数生成器の用途には、コンピューターに保存されている情報の暗号化である。
●量子コンピューターの実用化にはまだまだ時間がかかると思われているが、実験物理学の創造力は過小評価できないと考えている。
量子テレポーテーションの未来
●今後数年のうちに、テレポーテーション実験の距離が伸びることは間違いない。アイデアの一つは地上のステーションと人工衛星の間を結ぶ、光の量子状態を送るテレポーテーションである。
●原子や分子の状態に関するものも考えられる。複雑な分子を記述するために、各原子がどのように配置されてるか、互いにどう結びついているかについて知ることも重要である。
最近の展開と未解決の問題
●量子コンピューターに関してはさまざまアプローチがされている。情報の担体として単独の原子やイオンを使うグループ、従来のコンピューターで採用されている標準的な半導体シリコン技術を使い、個々の量子ビットを暗号化して処理できるように手を加えているグループもある。単独の原子をシリコンなどの半導体に一つずつ埋め込み、互いに対話させることで量子プロセッサーにするというアイデアもある。また、小型の超電導素子を使っているグループなど色々なアプローチが試みられている。現時点では、量子コンピューター技術のさらなる展開やどのテクノロジーが利用されるかなどは全く予想できない。
●興味深いアイデアの一つが、一方向量子コンピューターである。これは他の量子コンピューターやそれ以外のあらゆるコンピューターとは全く違う原理で動くことである。標準的は量子コンピューターでは、入力量子ビットを量子コンピューターに入力する。すると、アルゴリズムがこの量子ビットの量子進化として実行される。
●一方向量子コンピューターは、多数の量子ビットがかかわる複雑な量子もつれ状態からスタートする。このアルゴリズムは量子状態の観測結果を連ねたものである。
●激しい議論を巻き起こしている問題は、量子の概念が脳の中でなんらかの重大な役割を果たしているのかという点である。あらゆる生命現象において量子物理学が果たす役割については、広く意見が一致している。生体内で生じる化学反応は、要するに量子のプロセスだと考えられている。一方で、脳が量子ビットや量子もつれなどを使うとは全く考えられていない。しかしながら、基本的な観点から言うと、量子物理学が脳内でなんらかの役割を果たす可能性を原理的には否定できない。
それは量子コンピューターにおいて2つのメカニズムが実行できることが発見されているからである。その1つはデコヒーレンスに対して頑強となるように情報を保存できること。これはデコヒーレンスの生じない小区画を作るアプローチである。もう1つは冗長とも言える形でたくさんの量子ビットに情報を保存するというアプローチである。とはいえ、今のところこれら全ては仮説にすぎない。
●意識とは何か、心とは何かといった謎の解明を考える人もいるが、これらは徹底的に研究していくべくテーマである。
つまりどういうことなのか?
●重要なことは量子物理学がもたらす概念的および哲学的な帰結だろう。
●装置の選択が量子系の特性を決定し、それが実験結果として現れる。たとえば、二重スリット実験では観測者の選択した装置が、粒子の経路を特定できるものか、それとも干渉パターンがわかるものかによって、経路と干渉パターンのどちらが実在の要素となるかが決まる。しかし注意しなくてはいけない点がある。観測者の心が量子状態に影響するのだと主張する人もいるが、そのように主張することは危険である。また、そのような考え方は量子観測の物理学で裏づけられていない。
※二重スリット実験 (三たび「シンプリィライフ」さまのお力をお借りします)
“【量子力学】二重スリット実験完全解説!いまだに解明できない「観測問題」の謎を解く”
16分16秒
1.完全解説!二重スリット実験
2.検証! 二重スリット実験の謎
3.いまだに謎の「観測問題」
4.「観測」とはいったい何なのか
5.この世のものはまるで存在しないのか?
●『ここで非常に重要なことに触れよう。「現実」と「情報」という概念は互いから切り離せないということだ。私たちは現実について知っていること、すなわち情報を使わなければ、現実について語ることすらできない。物理学の歴史において重大な進歩が遂げられたのは、それまで疑う余地なく別物だと信じられてきた概念を切り離すのをやめたときだったという例が目撃されてきた。たとえば相対性理論において「空間」と「時間」という概念を分けるのをやめて、両者を「時空」という一つの概念に統一したのは、重大な進歩だった。「情報」と「現実」という二つの概念も同様だ。しかしこの二つの概念がコインの裏表のようなものとされる未来がどんなものになるのかについては、まだ答えはほとんど出ていない。
アインシュタインが量子力学を批判せずにいられなかったのはなぜか、なぜ量子もつれを「不気味」と言ったのか、その理由が今、明らかになる。彼の考える事実にもとづいた実在とは、私たちとは無関係に本質的な特性を備えている。このように現実と情報が切り離されているというとらえ方は、量子物理学では擁護できそうにない。
結論すれば、私たちの世界は古典物理学が認めていた世界より自由である。その一方で、私たちは古典物理学的世界にいたときよりも強固に世界と結びついている。』
疑問
●疑問だらけの混沌とした状態ですが、特に最後の『私たちは古典物理学的世界にいたときよりも強固に世界と結びついている。』とは「何だろう?」と思いました。
おそらくこれは“量子もつれ”に端を発する「“現実”と“情報”という概念は切り離せない」ということではないかと思います。
そこで、少々乱暴なのですが『古典物理学的世界にいたときよりも強固に世界と結びついている』とタイプして検索してみました。こうして見つけたものが以下の2つになります。何も語ることはできないのですが、面白そうだなと思ったのでご紹介させて頂きます。
こちらの資料はPDF4枚です。
究極の光と物質の相互作用「超強結合」
『光と物質の相互作用は「量子光学」において中心的な概念として研究が進められてきた。量子光学は、微視的な視点から光を捉える、つまり量子力学的な立場から光と物質との相互作用を解明する学問だ。量子光学では、光を光子の集まりとして捉え、光と物質の間のエネルギーの交換を探求するという側面がある。これまでに量子光学の基礎研究によってもたらされた知見は、レーザーや光通信などに関連する、現代では欠かすことのできない技術の基盤を確立してきた。その量子光学において新たなフロンティアとなっているのが、光と物質における「超強結合」と呼ばれる相互作用である。』
『量子力学の世界では、古典物理の世界を構成する中性子、電子、光子といった微粒子について、一つ一つの粒子か、少数の粒子が研究されています。というのも、超微小な世界では、粒子が全く異なる振る舞いをするためです。ですが、研究されている粒子の数を増やしていけば、最終的にもはや自動的に量子として振舞うことをしない数の粒子となり、私たちの日々の世界と同じような古典物理学のものとなります。では、量子力学の世界と古典物理学の世界の境界線というのはどこにあるのでしょう。この度、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究チームは、この問題への解答を探る過程で、量子力学の現象と考えられていたものが古典物理学で説明できることを示しました。本研究結果はPhysical Review Lettersに報告されました。』
『研究チームは特に、多くの粒子で構成されている物質と、光との相互作用における強結合に関心を持っていました。強結合は、相互作用により、光と物質が双方とも影響されるときに起きる現象です。通常、光と物質が相互作用をする際、光は影響を受けません。例えば、海に浮かぶボートは波の影響を受けますが、海はボートの存在による影響をあまり受けません。強結合というのは、ボート(物質)と波(光)が両方とも相互作用によって強く影響される点で興味深いのです。一般的にこの現象は、量子効果として考えられてきましたが、研究チームは、量子力学の世界と古典物理学の世界の境界を調べることにしたのです。』
『このようにしてチームは、実験で観察した強結合の現象を説明する古典物理学モデルを作り上げることに成功しました。この発見は、大量の粒子における強結合は、以前から考えられていたように量子力学の世界ではなく、古典物理学の世界に分類される可能性があることを意味します。』
ご参考:量子コンピュータ
個人的に興味があるのは、やはり身近な印象の「量子コンピュータ」です。
探してみると非常に多くの動画があるのですが、”半導体で量子コンピュータを作ろう”は理研さまが作成された動画で6分38秒と短くお勧めです。量子ビットが超電導ではなく半導体で作れれば確かに凄い画期的なことだと思いました。
『2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現』
第6章 GPUの周辺技術
6.2 CPUとGPU間のデータ転送
・高性能のGPUでゲームをプレイする場合などは描画のために大量のデータをGPUに送り込む必要があるため、CPUとGPUの間のデータ転送速度が非常に重要である。
●NVIDIAのNVLink
・NVIDIAが開発した伝送チャネルで、伝送速度は20Gbit/sでPCI Express3.0の2.5倍の速度である。
●NVIDIA NVSwitch
・NVIDIAが2018年に開発した18ポートのクロスバースイッチで、16台のV100 GPUを相互接続できる。これにより16個のV100 GPUのデバイスメモリが連続した512GBの大きなメモリ空間になるため、どのアドレスでもアクセスしてRead/Writeできる。これによりGPU間でデータコピーする必要がなく処理の分散が容易になる。
第7章 GPU活用の最前線
7.1 ディープラーニングとGPU
・ディープラーニングの計算処理の大部分はGPUが得意な行列の積の計算である。
・NVIDIAは自動運転用のGPUを内蔵したSoCを製品化している。
・自動運転、車の自動化にはAI用のGPUが搭載される可能性がある。
・画像認識はロボットや自動運転車の眼として重要な技術で、従来は画像認識の専門家がシステムを作っていたが、2012年にディープラーニングを使ったシステムが従来のシステムを大幅に上回る成績を達成したことから、画像認識の研究はディープラーニング中心になった。
・認識精度の向上につれて、ニューラルネットワークの規模も拡大されてきている。2020年のOpenAIの自然言語処理システムGPT-3では175B(175兆個)パラメータという巨大モデルが出現している。(GTP-4のリリースは2023年7月、GTP-4 Turboは2023年11月)
●ディープラーニングで使われるニューラルネットワーク
ネットには多くのサイトや動画がありましたが、特にいいなと思ったサイトをご紹介させて頂きます。
『本記事では、膨大なデータを分析・解析を行うためにAIの導入を検討している人向けに、ニューラルネットワークの仕組みや関連用語などを中心に解説します。また、活用事例も紹介するので、今後のAI導入の参考にしてください。』
”ニューラルネットワークとは?仕組みや歴史からAIとの関連性も解説”
『この記事では、ニューラルネットワークの基礎知識から代表的な種類、変遷の歴史まで解説します。AI技術やディープラーニングとの関係についてもわかりやすく説明しますので、AIサービスの研究や開発を検討する際にぜひ参考にしてください。』
”AIビジネスを考える上で押さえておきたい、ニューラルネットワークの実用例30選”
『人工知能分野のニューラルネットワークは、人間の神経回路の仕組みをまねる、機械学習の一手法です。 さまざまな分野でのビジネス利用が活発になり、大きな成果をあげる実例も出ています。』
”大規模言語モデル(LLM)とは? 仕組みや種類・用途など”
『近年ではさまざまな生成AIが登場していますが、そのなかでも注目を集めているものが「大規模言語モデル(LLM)」を活用したものです。以前からコンピューターと対話する形のAIは存在していましたが、大規模言語モデルの登場により、その精度は格段に向上しました。従来の言語モデルと比べて大規模言語モデルはどのような特徴を持つのでしょうか。』
●ディープラーニングで必要な計算とGPU
・推論やディープラーニングの学習も大量の行列と行列の積の計算が必要なので、GPUであればCPUよりはるかに高い処理性能が期待できる。
・ディープラーニングの推論は、16ビットの半精度浮動小数点、あるいは値を適切に量子化すれば、8ビットの固定小数点で計算してもほとんど推論結果には影響がない。
●ディープラーニングでのGPUの活用例
・画像認識は多くの分野で利用が始まっている
-ドローンの眼として画像認識の必要性が高まっており、低電力のGPUのシステムが開発されている。
-セキュリティ用の監視カメラに対し、状況の危険度の判定や通報、不審者の顔認識をすることで大幅に機能を高めることができる。
-医療画像の読影はディープラーニングにより、細かい病変の発見に貢献できる。ただし、医療機器としての活用には大量の事例による有効性の検証が必須である。
・NVIDIAは自動運転に向けたSoCに注力
-自動運転には画像認識が重要であるが、大量の計算が必要である。
-NVIDIAは自動運転を次世代のビジネスの柱として、2019年にDrive AGXOrinを発表した。
-NVIDIAは2000TOPS(Tera Operations Per Second)のコンピュータではレベル5のロボタクシーの実用化を目指している。
-NVIDIAは、AIスパコンを自社に設置し、いろいろな天候や周囲の明るさのシナリオを生成したり、実際には存在していない色々な障害物(子供の飛び出しや、前の車の落とし物など)をシナリオに加えたりして、自動運転システムを学習させてAIの品質改善を続けている。
画像出展:「GPUを支える技術」
7.2 3DグラフィックスとGPU
●VR、ARの産業利用
・VRはVirtual Reality、ARはAugmented Realityである。
●NVIDIAのGRID
・NVIDIAは中央のサーバと仮想化された端末で、各端末のGPUを搭載することなく快適なグラフィックススピードを提供できるNVIDIA GRIDというシステムを提供している。
”仮想デスクトップのグラフィックス処理を高速化「NVIDIA GRID」”
こちらの記事はアセンテック(株)さまからです。
図はNVIDIA GRIDのシステム構成図です。
また、同ページにに”動画:NVIDIA GRID CPU と vGPU の対照比較 ”がありました。(1分19秒)
タイトルは「NVIDIA GRID vGPU vs. CPU Only - Siemens NX Horizon View with VMware Horizon & vSphere」です。
●物理的に複数ユーザーにGPUを分割するMIG
・MIG(Multi Instance GPU)はAmpere A100に付加された機能で、7個のGPUを個別のユーザーに割り当てるもので、他のユーザーの影響をほとんど受けない独立性の高い分割使用環境を実現する。
7.4 スーパーコンピュータとGPU
●世界の上位15位までのスーパーコンピュータの状況
・スーパーコンピュータの世界には、TOP500という性能ランキングがある。
・GPUの課題はプログラミングが難しいことがある。
『TOP500 プロジェクトは、7 年間使用されていたマンハイム スーパーコンピュータの統計を改善および更新するために 1993 年に開始されました。
当社のシンプルな TOP500 アプローチでは、「スーパーコンピューター」そのものを定義しませんが、ベンチマークを使用してシステムをランク付けし、TOP500 リストに入る資格があるかどうかを決定します。 』
こちらの記事は「ITmedia」さまより拝借しました。
『同社が独自に開発したデータセンター規模のスーパーコンピュータ「Eos」をブログと動画で披露しました。 』
写真をクリック頂くと、動画“Eos: The Supercomputer Powering NVIDIA AI's Breakthroughs”がご覧頂けます。(2分8秒)
第8章 ディープラーニングの台頭とGPUの進化
8.2 各社のAIアクセラレータ
●GoogleのTPU
・Googleはデータセンターの負荷が2倍になった場合、それをCPUの増設で対応するのは高コストのため、ディープラーニングの計算を効率的に行うことができるハードウェアの開発に着手した。
・Googleは学習時間を短縮するため、多数のTPU(Tensor[線形的な量または線形的な幾何概念を一般化したもの] Processing Unit)をネットワークで接続したマルチTPUのディープラーニング用のスーパーコンピュータを作ることになった。
画像出展:「GPUを支える技術」
右端が演算回路部分で、重みを供給する重みFIFO(First In First Out) 、行列積を計算するマトリクス乗算ユニットMXU(Matrix Multiply Unit)がある。
●NVIDIAのTensorコア
・計算回数に比べメモリアクセス回数が少なく、メモリアクセスがボトルネックにならず演算性能を出しやすい。
『NVIDIA A100 Tensor コア GPU は、あらゆる規模で前例のない高速化を実現し、AI、データ分析、および HPC 向けの世界で最も性能能力の高いエラスティック データ センターを強化します。』
●Habana LabsのGoyaとGaudi
・Habana LabsはイスラエルのAIチップメーカーだが、2019年12月にIntelに買収された。
・Goyaはデータセンター向けの推論アクセラレータ、Gaudiはデータセンター向けの学習アクセラレータである。
8.3 ディープラーニング/マシンラーニングのベンチマーク
●MLPerfベンチマーク
・MLPerfはディープラーニングの実行性能を測るベンチマークである。
『学界、研究機関、業界の AI リーダーたちによるコンソーシアムである MLCommons によって開発された MLPerf™ ベンチマークは、ハードウェア、ソフトウェア、サービスの学習と推論の性能を公平な評価を提供するように設計されています。』
“NVIDIA、MLPerf ベンチマークで生成 AI トレーニングを飛躍的に加速”
『10,752 基の NVIDIA H100 Tensor コア GPU と NVIDIA Quantum-2 InfiniBand ネットワーキングを搭載した AI スーパーコンピューターである NVIDIA Eos は、1,750 億のパラメーターを持つ GPT-3 モデルを10 億のトークンでトレーニングするベンチマークを、わずか 3.9 分で完了しました。』
8.4 エクサスパコンとNVIDIA、Intel、AMDの新世代GPU
●NVIDIAのAmpere A100 GPU
・GoogleのTPUはディープラーニングの学習と推論計算を効率よく実行する専用チップだが、NVIDIAのA100 GPUはグラフィックスや科学技術計算、データ解析、クラウドゲーミング、遺伝子解析などさまざまな用途のアクセラレータとして使えるように設計されている。
画像出展:「GPUを支える技術」
●Intelは新アーキテクチャのXe GPUを投入
・グラフィックスの世界はNVIDIAとAMDの独占状態だったが、グラフィックスだけでなく科学技術計算やディープラーニングの分野でも広く使われるようになってきて、Intelの牙城であるデータセンターをNVIDIAやAMDのGPUが侵食してきている。
●AMDは新アーキテクチャCDNA GPU開発へ
・AMDは2020年11月に大規模科学技術計算やディープラーニング計算をターゲットとするCDNAアーキテクチャを発表し、Instinct MI100 GPUを発表した。
8.5 今後のLSI、CPUはどうなっていくのか?
●微細化と高性能化
・現状で微細なパターン描画の最大の障害は光の波長である。
・EUV波長で乱れのない凹面反射鏡のレンズは特殊技術が必要で、ドイツのZEISS(ツァイス)は作ることができる。そして、このレンズを使うEUVの露光機を作れる会社はオランダのASMLである。
・微細化はスローダウンしながらも進歩している。しかし、厚みは薄くても高い電圧に耐える絶縁膜材料を探すというアプローチは原理的には可能だが、加工法などを含めて代替になる新材料の開発には長い時間が掛かるため、険しい道と考えられている。
『EUV露光は、7nm以降の微細回路パターンをシリコンウェーハ上に転写(露光)するための技術として、2019年に台湾のTSMCによって初めて量産投入された技術である。』
●チップレットと3次元実装
・業界で期待されているのは3次元実装である。なかでも一番実用化が進んでいるのがHBM(High Bandwidth Memory)である。
“「HBM(High Bandwidth Memory)」とは”
“NVIDIA、HBM3eメモリ採用の次世代GH200を発表”
●CPUはどうなっていくのか
・CPUは量的にはスマートフォンなどのSoCに使われるのが大部分である。また、IoTも主要なCPUユーザーになっていくと考えられる。一方、売り上げや利益の面では、クラウドサービスを提供する大規模データセンターがCPUの主要なユーザーである。従って、この2つの分野に向けてCPU開発が行われていくと考えられる。一方、ArmアーキテクチャのCPUをデータセンターに使おうという動きもある。その代表がAmazonのAWS Graviton CPUである。AmazonはArmのNeoverseアーキテクチャのデータセンター用のCPUを自社で開発し、使用している。
・Armアーキテクチャはサーバ市場における普及の入り口に立っているかもしれない。
8.7 まとめ
・重要なことはCPUとGPUは適材適所で仕事を分担することである。微細化はかなり進んできており、微細化だけで約10倍のトランジスタが使えるようになると予想されている。さらに3次元実装を組み合わせれば、さらに10倍以上はいけるので、CPU、GPUには大きな進化の余地は残っている。一方、大きな問題は発熱で、これには消費電力を減らすことが最も重要になる。そのために、半導体技術、回路設計技術、論理設計技術、アーキテクチャの各分野で努力が続けられている。
・GPUメーカーは並列プログラミングとCPU-GPU分離メモリから生じるプログラミングの難しさの軽減にも取り組んでいる。そして、GPUの使用分野の拡大にも力を入れており、ますます私たちの生活の中に入り込んできている。
・『本書では、GPUとはどのようなものなのか、なぜ計算性能がCPUより格段に高いのか、GPUのプログラミングはどのようにするのか、さらにニューラルネットワークの計算はどのように行われるのかなどの基本事項とともに、最新の話題や将来の見通しを含めてGPUについて解説しました。』
感想
第1章に「文字だけでなく図が加わると、情報の伝達が飛躍的に容易になる」ということが書かれており、「これだ!」と思いました。
例えば、営業でプレゼンテーションを行う場合、文字だけでなく図や表、あるいはイラストや動画などを使って効果的に説明します。また、理解する側の立場にたっても、特に目新しいことについては、文字情報だけでは理解が難しいということが多々あります。ブログの冒頭にご紹介した設計システムのCADも、2次元の製図より3次元の立体モデルの方が、デザイン、設計、製造など開発・生産の各工程に関わる人の理解を助けます。
人の気持ちを理解する場合、特に隠れた「気持ち」は微妙に表情に出ることが多く、言葉に加え目からもたらされる視覚情報は、その人の気持ちや考えを深く理解する上で、非常に役に立ちます。これらは“非言語コミュニケーション” と言われています。
画像出展:「GPUを支える技術」
上記はNVIDIAの資料で、GPUの主な用途が紹介されています。これらのコンピューティングには文字だけでなく、画像や映像の情報処理が強く求められます。
個人的には、AIはニューラルネットワ-クという新しいコンピュータ言語によるITの革新のように思っていましたが、それに加えて、非言語コミュニケ-ションのコンピュータ化という側面もあるように感じました。
ご参考:【GTC】2024年3月18日-21日
NVIDIAが3月18日から21日までの4日間、カリフォルニア州サンノゼの サンノゼ マッケンナリー コンベンション センターでカンファレンスを行いました。興味があったので登録してみたところ、毎日メールが届き、以下のようなサイトに案内されました。
“GTC March 2024 Keynote with NVIDIA CEO Jensen Huang”
まさに『産業の米、AIの米』だと思いました。クラウドAIからエッジAI、そして、開発支援、トレーニング(学習)など、AIの全てを網羅しているという感じです。
※医療(Healthcare):“Healthcare Reimagined with Artifi” 1分35秒
※ロボット:“NVIDIA Robotics: A Journey From AVs to Humanoids” 3分42秒
※自動運転:”NVIDIA AI Tools for Autonomous Vehicle Developers” 2分23秒
※3D共同開発プラットフォーム:“NVIDIA Omniverse Cloud APIs on Microsoft Azure” 1分36秒
※CEO ジェンスン・フアン:“Jensen Huang, Founder and CEO of NVIDIA” 56分26秒
News(2024年7月26日):“中国「無人タクシー」急増 実際に乗ってみた” (YouTube 5分47秒)
画像出展:「中国で「無人タクシー」が急増 実際に乗ってみた(FNNプライムオンライン)」
なんと、中国では既に無人タクシーの営業が始まっていました。北京、重慶、広州市など全国4カ所で営業スタート。2025年までに中国の全国で無人タクシーを導入したいとのことです。
日本では過疎化する高齢者地域の交通手段として、とても魅力的ではないかと思いました。
ご参考(2024年9月12日):GPUを取り巻く新しい動き(AIを加速させる新しい技術や取り組み等が動いています)
こちらは、週刊エコノミスト2020年2月4日号です。AIチップの動きは、ここ1、2年の動向かと思っていましたが、もっと前からの動きでした。
『最初の口火を切ったのはグーグルだ。2016年5月、エヌビディアのGPUよりも消費電力が1ケタ小さいAIチップ「TPU(テンソル・プロセッシング・ユニット)を開発し、2015年から自社のクラウドで検索エンジンに使っていたことを明らかにした。省エネの鍵となったのは、演算精度を16ビットから8ビットへ半分に落としてもAIの性能はほとんど変わらず、消費電力は1ケタ小さくなるのを見いだしたことだった。TPUはその後も改良を重ね、2018年にはクラウドでなく、端末に組み込む「エッジTPU」も発表している。TPU以降、性能に支障ない範囲でいかに演算精度を下げて消費電力を抑えるかが、開発競争の中心になっていった。』
1.AI ASICチップ: ハイテク大手のAI軍拡競争における次のフロンティア
3.ASIC市場の革新と未来: 最新トレンドと成功事例に学ぶ2024年の展望
4.密かに進化するAIチップ IT/半導体業界は半世紀に1度の大変革か?
5.AMD・Intel・Google・Microsoft・MetaなどがNVIDIA対抗のAIアクセラレータ相互接続規格の開発に向けて業界団体を設立
6.胎動する「ポストGPU」、NVIDIAのボトルネック狙う米スタートアップの最終兵器
→d-Matrix:AIを持続不可能なものから実現可能なものに変える。
第2章 GPUと計算処理の変遷
2.1 グラフィックとアクセラレータの歴史
・2020年11月時点では、スーパーコンピュータの性能をランキングするTOP500リストの中で、147システム(約30%)がGPUをベースとする計算アクセラレータを使っている。
画像出展:「NVIDIA」
『世界の最高峰のスーパーコンピュータは、これまでより高速になっているだけではありません。よりスマートになっており、多様なワークロードにも対応しています。SC20で発表された、世界最速のスーパーコンピュータ TOP500リストのうちおよそ70%、および上位10システムのうちの8システムでNVIDIAのテクノロジが採用されています。』
“Eos: The Supercomputer Powering NVIDIA AI's Breakthroughs” Youtube 2分7秒
2.3 GPUの科学技術計算への応用
●CUDAプログラミング環境
・GPUの性能を生かすには従来のOpenGLでは限界があった。これに対し、NVIDIAは科学技術計算プログラムを記述するCUDA言語とそのコンパイラやデバッガツールを提供した。
第3章 [基礎知識]GPUと計算処理
3.1 3Dグラフィックスの基本
・3次元(3D)のモデルを表示するプログラム言語はOpenGL(GLはGraphics Languageの意味)とDirectXが標準的に用いられている。前者は業界標準のKhronos Groupが管理している。後者はマイクロソフトがWindowsのゲームなどを買い開発するために作った規格である。
●[基礎知識]OpenGLのレンダリングパイプライン
・レンダリングとはデータを処理もしくは、演算により画像や映像として表示させることである。そして、モデルデータの入力から出力までの加工手順のことを、レンダリングパイプラインという。
ご参考:床井研究室 (和歌山大学の床井浩平先生だと思います)
この床井先生のホームページに知りたいことが書かれていました。それはグラフィック処理におけるソフトウェアとハードウェアの共同作業ということです。
レンダリングパイプライン
形状データから画像を生成する方法は、サンプリングによる方法(レイキャスティング法、レイトレーシング法)とラスタライズによる方法(デプスバッファ法、スキャンライン法など)の二つに大別されます。後者は座標変換により形状データのスクリーンへの投影像を求め、それを走査変換によりスクリーン上で画素に展開(ラスタライズ)して画像を生成します。これはおおよそ以下の手順に整理されており、レンダリングパイプラインと呼ばれています。
画像出展:「床井研究室」
『形状データから画像を生成する方法は、サンプリングによる方法 (レイキャスティング法、レイトレーシング法) とラスタライズによる方法 (デプスバッファ法、スキャンライン法など) の二つに大別されます。後者は座標変換により形状データのスクリーンへの投影像を求め、それを走査変換によりスクリーン上で画素に展開 (ラスタライズ) して画像を生成します。これはおおよそ図の手順に整理されており、レンダリングパイプラインと呼ばれています。』
画像出展:「床井研究室」
『最初、この手順はソフトウェアで実装されていました。しかし、CG というのは何らかの計算結果を画像化することが目的なので、画像化の作業にもCPUを使うことは無駄だと考えられました。そこで最初に、単純な整数計算とメモリアクセスの繰り返しである走査変換が、専用のハードウェアで実現されました。これにより画像生成の速度が劇的に向上したとともに、CPUは画像化の作業から開放され計算に専念できるようになりました。 』
画像出展:「床井研究室」
『モデリング変換や視野変換(この二つはまとめてモデルビュー変換とも呼ばれます)、および投影変換といった座標変換や、陰影計算 (shading) には、実数計算が含まれます。しかし、高速な実数計算ハードウェアはコストが高かったので、当初グラフィックスハードウェアには搭載されていませんでした (32bit CPU でも初期のものには内蔵されていませんでした)。この部分をハードウェアで実装したこと(ハードウェア T&L-Transform and Lighting) によって、リアルタイム3D CG が本格的に利用されるようになってきました。 』
画像出展:「床井研究室」
『レンダリングパイプラインの処理内容はここまであまり変化してこなかったので、ハードウェア化はレンダリングパイプラインの各段階の機能をハードウェアで実現する形で行われました(固定機能ハードウェア)。このため新しい機能が必要になるたびに、それを実現するハードウェアが追加されてきました。しかしCGの応用が広がり多様な表現が要求されるようになってくると、こうして機能を追加することが難しくなってきました。
そこで、機能を追加する可能性がある部分をプログラム可能にして、ソフトウェア的に機能を拡張できるようにすることが考えられました。それまで座標計算と(頂点の)陰影計算を担当していたハードウェアはバーテックスシェーダに置き換えられ、走査変換により選ばれた画像の各画素の色を頂点の陰影の補間値やサンプリングしたテクスチャの値を合成(マージ)して決定していたハードウェアはフラグメントシェーダに置き換えられました。また、フラグメントシェーダから光源情報や材質情報を参照することや、テクスチャをバーテックスシェーダから参照すること (vertex texture fetch) も可能になりました。』
画像出展:「床井研究室」
『さらに、それまでアプリケーションソフトウェア側で行われていた基本形状(点, 線分, 三角形)の生成の一部を、グラフィックスハードウェア側で行うことができるようにもなりました。これにより、アプリケーションソフトウェア(CPU)からグラフィックスハードウェアに送られる形状データの量を減らしながら、より高品質な形状の表現が行えるようになりました。これはジオメトリシェーダにより行われます。なお、ジオメトリシェーダの利用はオプションなので、使用しなくてもかまいません。 』
●フラグメントシェーダ
・OpenGLではフラグメント、DirectXではピクセルと呼ばれている。フラグメントシェーダはフラグメントの色と奥行き方向の位置を計算するシェーダ(陰影処理を行うプログラム)である。
・Zバッファは奥行き方向の座標(Z座標)を記憶する機構である。
・ブレンディングは半透明のための処理のことである。
・テクスチャマッピングはテクスチャを立体の表面に張り付ける手法である。
・ライティングは光の当たり具合、反射、光源である。
・フラグメントシェーディングは各ピクセルの明るさや色を計算すること。平面はフラットシェーディング、面の継ぎ目が目立たないようにしたのがグローシェーディングである。
・レイトレーシングは反射した光の光路を計算し、反射による映り込みを表現する。
3.2 グラフィック処理を行うハードウェアの構造
・OpenGLやDirectXで書かれたプログラムを高速で処理するのは、ハードウェアが必要である。IntelのPC用プロセッサであるCoreiシリーズプロセッサは、CPUチップの中にGPUコアを内蔵している。また、グラフィックスボードは画像処理に特化した計算を行うGPUを搭載している。
こちらは2012年のものなので、内容は古いのですが35年前(1989年)を起点に考えると約20年間の歩みが分かるので、私にとっては貴重な資料でした。(PDF11枚)
『3次元コンピュータグラフィックスをレンダリングするためには非常に多くの演算を必要とする。従来はCPU(Central Processing Unit)上でそれらの計算を行っており、計算コストが非常に高いという問題があった。そのために、産業分野などで3次元レンダリングが必要な場合には SGI(Silicon Graphics Interface)など、3次元演算専用のハードウェアを搭載した高価なワークステーションを用いていた。
一方、1999年8月にNVIDIAからGeForce256という、パーソナルコンピュータ(PC)向けグラフィックスボードが発表された。これは、PC上で1500万ポリゴン/秒及び4億8000万ピクセル/秒の描画速度を実現した。NVIDIAは、このようなグラフィック処理を行うハードウェアを GPU(Graphic Processing Unit)と呼ぶようになった。』
3.3 [速習]ゲームグラフィックとGPU
●PlayStationとセガサターンが呼び込んだ3Dゲームグラフィック・デモクラシー
・今ではNVIDIAとAMD(当時はATI Technologies)の二強時代だが、1990年代後半は数十社のメーカーがPC向けの独自のグラフィックスハードウェア製品をリリースしていた。なかでも一時代を築いたのが3dfx Interactiveで、Voodooシリーズと呼ばれるグラフィックスハードウェア製品は当時のPCゲームファンの間に絶大な人気を博していた。
画像出展:「GPUを支える技術」
ゲームには無縁の私でしたが、Voodoo PC
の名前は知っていました。
3.4 科学技術計算、ニューラルネットワークとGPU
●科学技術計算の対象は非常に範囲が広い
・科学技術計算の範囲は非常に広いが、それらに共通していることは解析しようとする現象の物理モデルを作り、そのモデルを使って現象がどのように変化していくかを計算で求めるという点である。
・スーパーコンピュータの「富岳」の課題は9つである(文部科学省の資料より)
1)生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築
2)個別化/予防医療を支援する統合計算生命科学
3)地震/津波による複合災害の統合的予測システムの構築
4)観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化
5)エネルギーの高効率な創出、変換/貯蔵、利用の新規基盤技術の開発
6)革新的クリーンエネルギーシステムの実用化
7)次世代の産業を支える新機能デバイス/高性能材料の創成
8)近未来型ものづくりを先導する革新的設計/製造プロセスの開発
9)宇宙の基本法則と進化の解明
●科学技術計算と浮動小数点演算
・お金の計算や在庫の計算などは整数が良いが、科学技術計算では非常に大きい数や非常に小さい数が出てくるため、浮動小数点演算が必要になる。
●ディープラーニングに最適化された低精度浮動小数点数
・ディープラーニングではニューラルネットワークが使われるが、入力信号に重みを掛けさらに全入力の信号の総和をとる方式のため、多少の誤差は問題にならない。そのため、半精度で問題ないと考えられている。現在では、NVIDIA、AMD、Intelが半精度浮動小数点演算をサポートしている。
3.5 並列計算処理
・2005年頃からCPUのクロック(周波数)は消費電力の問題から頭打ちとなり、各メーカーはプロセッサのコア数を増やして性能を上げる方向に舵を切った。
●GPUのデータ並列とスレッド並列
・並列処理にはそのためのプログラムが必要になる。
・1つの命令で複数のデータを処理する方式(SIMD)だが、GPUが使っているのはSIMT(Single Instruction, Multiple Thread)であり、各スレッドが1つの仕事を担当し、複数のスレッドを並列に実行するという方法である。
3.6 GPUの関連ハードウェア
●デバイスメモリに関する基礎知識
・標準的なGPUで4~8GB、ハイエンドのGPUで12~24GB。
●CPUとGPUの接続
・GPUではOSを動かさない。これは割り込みやセキュリティ機能の不足もあるが、1番の問題は並列処理では難しい命令を高速処理することができないためである。このため、科学技術計算の入力データなどはCPUに読んでもらう必要があり、CPUとGPUの共同作業になる。
・NVIDIAが開発したのはNVLinkとNVSwitchである。
画像出展:「GPUを支える技術」
中央がNVSwitchです。
第4章 [詳説]GPUの超並列処理
・GPUはグラフィック処理を高速に実行する目的で開発されたが、その後、科学技術計算やAIのディープラーニングなどにも活用されるようになった。
4.2 GPUの構造
・GPUと300Wを消費するハイエンドGPU(NVIDIAとAMDが市場を二分する)と数Wのスマートフォン用SoCのGPUでは作りは異なる。
●NVIDIA Turing GPUの基礎知識
・NVIDIAはユニファイドシェーダ化やCUDAプログラミング言語の開発など、科学技術計算の先頭を走ってきた。さらに、ディープラーニングへのGPUの適用、自動運転車へのGPUの適用という新しい分野でも先頭を走っている。
・TuringアーキテクチャのGPUチップは「TU」が付けられ、番号は「100」が科学技術計算用の高性能チップとなっている。
●NVIDIAのTensorコア
・GoogleがTPUを自社開発し、ディープラーニング演算の性能を高めたのと時を同じくして、NVIDIAはVolta GPUの行列乗算用の演算ユニットであるTensorコアを搭載した。
4.3 AMDとArmのSIMT方式のGPU
●AMD RDNAアーキテクチャGPU
・AMDが2012年に発表したGPUはGCN(Graphics Core Next)というアーキテクチャを使ってきたが、2019年11月にRDNA(Radeon DNA)を発表し、性能/電力を50%改善したとした。
4.4 GPUの使い勝手を改善する最近の技術
●ユニファイドメモリアドレス
・ユニファイドメモリアドレスはCPUのメモリとGPUのメモリに重複しないメモリアドレスを割り当て、アドレスを見ればそれがCPUメモリかGPUかを識別できるというもの。
●NVIDIA Pascal GPUのユニファイドメモリ
・NVIDIAはPascal GPUで、ユニファイドメモリアドレスを一歩進めて、あたかもCPUとGPUが共通にアクセスできるメモリのように動作するユニファイドメモリという機能をサポートした。
4.5 エラーの検出と訂正
・宇宙線に起因する中性子の衝突で電子回路はエラーを起こす。グラフィックでは問題にならないが科学技術計算では計算途中で起こった1回のエラーが最終の計算結果を誤らせるということが起こる。問題はエラーが起こったかどうかが分からないと計算結果を信用できないということである。
●科学技術計算の計算結果とエラー
・エラーが発生していないことを100%保証することはできない。そこでエラーを見逃すことがほとんどないというシステムを作ることが重要になる。
・「エラーが起こっていない」=「エラーが起これば検出できる」という機能が必須である。
第5章 GPUプログラミングの基本
5.1 GPUの互換性の考え方
・CPUは上位互換が一般的だが、GPUはまだ発展途上の技術のためハードウェアの変更が多く、CPUのような上位互換の実現は難しい。
●ハードウェアの互換性、機械語命令レベルの互換性
・CPUの世界ではIntelのCPUとAMDのCPUは命令互換のため、Intel用とかAMD用はない。
・IBMのPOWERやArmのプロセッサ、あるいはRISC-Vの間ではハードウェアの互換性はないため、それぞれに専用のバイナリ(機械命令)プログラムを使う必要がある。
・スマートフォンなどで使われているAndroidは仮想マシンの技術を使って、異なるアーキテクチャのプロセッサを仮想的に同じハードウェアに見せることで互換性を実現している。
●GPU言語レベルの互換性
・CUDAやOpenCLという言語は多くの場合、C言語で開発されている。CUDAはNVIDIA独自の言語だが、OpenCLは業界標準のプロセッサ言語である。
5.2 CUDA[NVIDIAのGPUプログラミング環境]
・CUDAはGPUのプログラミングに必要な最低限の機能を、C言語に追加するというアプローチで開発された。
●NVIDIA GPUのコンピュート能力
・NVIDIAはそれぞれのGPUについてコンピュート能力という値を公表している。コンピュート能力はSM(Streaming Multiprocessor)の機能を公表している。
画像出展:「GPUを支える技術」
5.5 OpenMPとOpenACC
・C言語などで書かれたソースコードに、この部分はGPUを使って並列実行といった指示を書き加えるだけでGPUを使う並列プログラムを作ろうというのがOpenACC(ACCはAccelerator)やOpenMP(Multi-Processor)である。
設計システムはCAD(Computer Aided Design)と呼ばれています。入社後、営業管理部門から希望して移動した営業部門は、機械系設計のCADシステムや解析(CAE)システムなどを販売する部門でした。
ドイツで開発されたCADのソフトウェアは2次元の設計・製図システムがME10、3次元の立体モデルの設計システムがME30という名称でした。ざっと35年前の恐ろしく昔の話です。このME30というシステムはソフトウェアとハードウェアで1システム2,000万円以上、年間10台~15台売ればノルマ達成という感じでした。
画像出展:「Yahoo Auction」
現代では想像もできないような価格ですが、このME30という3次元CADにはSRXというグラフィックエンジンを搭載した特別仕様のEWS(エンジニアリングワークステーション)が必要なため、これだけで1,000万円以上していたと思います。
おそらく、当時のグラフィック処理をするエンジンが、NVIDIAなどが開発するGPUにつながったのだと思います。GPUはGraphics Processing Unitという名の通りグラフィックス処理用の半導体チップですが、同時に様々なソフトウェアの技術革新もあったのだろうと思います。
そして、そのグラフィック処理エンジンから派生する様々な革新が、AIの土台となるニューラルネットワークなど、新しいITの世界を切り開こうとしているように見えます。そこにはどんな歩みがあったのか、将来の可能性はどのようなものなのか、多くの発見があると期待しこの本を購入しました。
著者:Hisa Ando
第2版発行:2021年3月
出版:(株)技術評論社
目次 (大項目と中項目だけを書き出しています)
第1章 [入門]プロセッサとGPU
1.1 コンピュータシステムと画像表示基盤
●コンピュータ画像で表示するしくみ
●画像を表示するディスプレイ
●液晶ディスプレイ
-Column プロセッサの構造と動き
●フレームバッファとディスプレイインターフェース
1.2 3Dグラフィックスの歴史
●初期のグラフィックス
●コンピュータグラフィックスの利用の広がり
●3次元物体のモデル化と表示
1.3 3Dモデルの作成
●張りぼてモデルを作る
●マトリクスを掛けて位置や向きを変えて配置を決める
●光の反射を計算する
1.4 CPUとGPUの違い
●GPUは並列処理で高い性能を実現する
●GPUの出現
●GPUコンピューティングの出現
-整数と浮動小数点数
●GPUは超並列プロセッサ
●CPUはGPUのヘテロジニアスシステムと、抱える問題
1.5 ユーザーの身近にあるGPUのバリエーション
●携帯機器向けのGPU
●CPUチップに内蔵されたGPU
●ディスクリートGPUとグラフィックスワークステーション
1.6 GPUと主な処理方式
●共通メモリ空間か、別メモリ空間か
●フルバッファ方式か、タイリング方式か
●SIMD方式か、SIMT方式か
1.7 まとめ
-Column プロセッサと半導体の世代
第2章 GPUと計算処理の変遷
2.1 グラフィックとアクセラレータの歴史
●グラフィック処理ハードウェアの歴史
●アーケードゲーム機
●家庭用ゲーム機
●グラフィック
2.2 グラフィックボードの技術
●2Dの背景+スプライト
●BitBLT
●2Dグラフィックアクセラレータ
●3Dグラフィックスアクセラレータ
2.3 GPUの科学技術計算への応用
●ユニファイドシェーダ
●GPUで科学技術計算
●科学技術計算は32ビットでは精度不足
●CUDAプログラミング環境
●エラー検出、訂正
-Column ムーアの法則と並列プロセッサ
2.4 並列処理のパラダイム
●GPUの座標変換計算を並列化する
●MIMD型プロセッサ
●SIMD型プロセッサ
●SIMD実行の問題
●SIMT実行
-Column ARMv7のプレディケート実行機能
2.5 まとめ
第3章 [基礎知識]GPUと計算処理
3.1 3Dグラフィックスの基本
●[基礎知識]OpenGLのレンダリングパイプライン
●フラグメントシェーダ
●サンプルごとのオペレーション
3.2 グラフィック処理を行うハードウェアの構造
●Intel HD Graphics Gen9 GPUコア
3.3 [速習]ゲームグラフィックとGPU
●【ハードウェア面の進化】先端3Dゲームグラフィック・デモクラシー
●PlayStationとセガサターンが呼び込んだ3Dゲームグラフィック・デモクラシー
●DirectX 7時代
●プログラマブルシェーダ時代の幕開け
●【ソフトウェア面の進化】近代ゲームグラフィックにおける「三種の神器」
●【光の表現】法線マッピング
●【影の表現】最新のGPUでも影生成の自動生成メカニズムは搭載されていない
●【現在主流の影表現】デプスシャドウ技法
●HDRレンダリング
●HDRレンダリングがもたらした3つの効能
●ジオメトリパイプラインに改良の兆し
●DirectX Raytracing(DXR)
●DirectX Raytracingのパイプライン
3.4 科学技術計算、ニューラルネットワークとGPU
●科学技術計算の対象は非常に範囲が広い
●科学技術計算と浮動小数点演算
●浮動小数点演算の精度の使い分け
●ディープラーニングに最適化された低精度浮動小数点数
3.5 並列計算処理
●GPUのデータ並列とスレッド並列
●3Dグラフィックスの並列性
●科学技術計算の並列計算
3.6 GPUの関連ハードウェア
●デバイスメモリに関する基礎知識
●CPUとGPUの接続
●電子回路のエラーメカニズムと対策
3.7 まとめ
第4章 [詳説]GPUの超並列処理
4.1 GPUの並列処理方式
●SIMD方式
●SIMT方式
4.2 GPUの構造
●NVIDIA Turing GPUの基礎知識
●NVIDIA GPUの命令実行のメカニズム
●多数のスレッドの実行
●SMの実行ユニット
●NVIDIAのTensorコア
-Column ディープラーニングの計算と演算精度
●GPUのメモリシステム
-Column RISCとCISC
●ワープスケジューラ
●プレディケート実行
4.3 AMDとArmのSIMT方式のGPU
●AMD RDNAアーキテクチャGPU
●スマートフォン用SoC
●Arm Bifrost GPU
4.4 GPUの使い勝手を改善する最近の技術
●ユニファイドメモリアドレス
●NVIDIA Pascal GPUのユニファイドメモリ
●細粒度プリエンプション
4.5 エラーの検出と訂正
●科学技術計算の計算結果とエラー
●エラー検出と訂正の基本のしくみ
●パリティエラーチェック
●ECC
●強力なエラー検出能力を持つCRC
●デバイスメモリのECCの問題
-Column ACEプロトコルとACEメモリデバイス
4.6 まとめ
第5章 GPUプログラミングの基本
5.1 GPUの互換性の考え方
●ハードウェアの互換性、機械語命令レベルの互換性
●NVIDIAの抽象化アセンブラPTX
●GPU言語レベルの互換性
5.2 CUDA[NVIDIAのGPUプログラミング環境]
●CUDAのC言語拡張
●CUDAプログラムで使われる変数
●デバイスメモリの獲得/解放とホストメモリとのデータ転送
●[簡単な例]行列積を計算するCUDAプログラム
●CUDAの数学ライブラリ
●NVIDIA GPUのコンピュート能力
●CUDAのプログラムの実行制御
●CUDAのユニファイドメモリ
●複数CPUシステムの制御
5.3 OpenCL
●OpenCLとは
●OpenCLの変数
●OpenCLの実行環境
●カーネルの実行
●OpenCLにおけるメモリ
●OpenCLのプログラム例
5.4 GPUプログラムの最適化
●NVIDIA GPUのグリッドの実行
●メモリアクセスを効率化する
●ダブルバッファを使って通信と計算をオーバーラップする
5.5 OpenMPとOpenACC
●OpenMPとOpenACCの基礎知識
●NVIDIAが力を入れるOpenACC
●OpenMPを使う並列化
●OpenACCとOpenMP
5.6 まとめ
第6章 GPUの周辺技術
6.1 GPUのデバイスメモリ
●DRAM
6.2 CPUとGPU間のデータ転送
●PCI Express
●NVIDIAのNVLink
●IBMのCAPI
●NVIDIA NVSwitch
6.3 まとめ
-Column AMD HIP
第7章 GPU活用の最前線
7.1 ディープラーニングとGPU
●ディープラーニングで使われるニューラルネットワーク
●ディープラーニングで必要な計算とGPU
●ディープラーニングでのGPUの活用例
7.2 3DグラフィックスとGPU
●自動車の開発や販売への活用
●建設や建築での活用
●Nikeのスポーツシューズの開発
●VR、ARの産業利用
●NVIDIAのGRID
●物理的に複数ユーザーにGPUを分割するMIG
7.3 スマートフォン向けのSoC
●Snapdragon 865とSnapdragon 835
7.4 スーパーコンピュータとGPU
●世界の上位15位までのスーパーコンピュータの状況
●スーパーコンピュータ「富岳」
●Preferred Networksのスーパーコンピュータ「MN-3」
7.5 まとめ
-Column Apple M1とそのGPU
第8章 ディープラーニングの台頭とGPUの進化
8.1 ディープラーニング用のハードウェア
●ディープラーニング用のハードウェア
●低精度並列計算で演算性能を上げる
8.2 各社のAIアクセラレータ
●GoogleのTPU
●NVIDIAのTensorコア
●LeapMindのEfficiera
●Habana LabsのGoyaとGaudi
-Column RoCE Remote DMA on Converged Ethernet
●システムの拡張性
●ArmのMLプロセッサ
●CerebrasのWafer Scale Engine
8.3 ディープラーニング/マシンラーニングのベンチマーク
●ILSVRCの性能測定
●MLPerfベンチマーク
●MLPerfの学習ベンチマーク
●MLPerfの推論ベンチマーク
●MLPerfに登録された学習ベンチマークの測定結果(v0.7)
●MLPerfに登録された推論ベンチマークの測定結果(v0.7)
8.4 エクサスパコンとNVIDIA、Intel、AMDの新世代GPU
●Perlmutter
●NVIDIAのAmpere A100 GPU
●Intelは新アーキテクチャのXe GPUを投入
●AMDは新アーキテクチャCDNA GPU開発へ
8.5 今後のLSI、CPUはどうなっていくのか?
●微細化と高性能化
●チップレットと3次元実装
●CPUはどうなっていくのか
●高性能CPUの技術動向
●機械学習を使う分岐予測
●演算性能を引き上げるSIMD命令
8.6 GPUはどうなっていくのか
●GPUの今
●GPUの種類
●消費電力の低減
●アーキテクチャによる省電力設計
●回路技術による省電力化
8.7 まとめ
第1章 [入門]プロセッサとGPU ※GPU:Graphics Processing Unit
1.1 コンピュータシステムと画像表示基盤
●コンピュータ画像で表示するしくみ
・コンピュータはプログラムを実行し、フレームバッファ(メモリ)にデータを書き込む。動画はフレームをパラパラ漫画のようにして表示する。
・表示専用のメモリはVRAM(Video RAM)と呼ばれる。
・フレームバッファをディスプレイに表示するためには、ディスプレイインターフェースが必要である。
・複雑な画像の場合、データ生成、フレームバッファの書き込みには多くの計算とメモリアクセスが必要であり、高速に表示、描画させるためにプロセッサ(CPU)を補助する専用チップが開発された。これらはビデオチップや、グラフィックアクセラレータと呼ばれてきた。
●画像を表示するディスプレイ
・昔はブラウン管(CRT:Cathode Ray Tube)という一種の真空管が使われていた。現在は液晶ディスプレイや有機EL(Electro-luminescence)が使われている。
●フレームバッファとディスプレイインターフェース
・最近のGPUは表示機能、描画機能に加えてビデオのデコードやエンコード機能を内蔵しており、今はディスプレイインターフェース専用のチップは過去のものとなっている。
1.2 3Dグラフィックスの歴史
・文字だけでなく図が加わると、情報の伝達が飛躍的に容易になる。
●コンピュータグラフィックスの利用の広がり
・汎用コンピュータや専用の画像処理プロセッサの能力が向上するにつれて、より高度な画像表示ができるようになった。
・コンピュータグラフィックス(CG)は、画像の品質、動画、ゲームなど、それぞれのニーズにあったプロセッサが求められた。
●3次元物体のモデル化と表示
・3Dグラフィックスは1つの次元を固定すれば2次元になる。それにより3次元の表示機能を持つGPUが一般的になっている。1999年頃になると3Dグラフィックスに必要な機能の大部分をワンチップに収めることができるようになった。NVIDIAは「GeForce 256」などゲーム向けの3DグラフィックスLSIを発売した。
1.4 CPUとGPUの違い
●GPUは並列処理で高い性能を実現する
・CPUの演算器は数個~数十個だが、GPUの場合は数十~数千個にものぼる。すべて並列に動作させればCPUより1~2桁高い演算性能を得られる。
・メモリはGDDR DRAM(Graphics Double Data Rate Dynamic Random Access Memory)という従来のDDRメモリより1桁高いバンド幅を持つメモリを使っている。
・性能を高めるには並列に実行させるプログラムが必要である。
●GPUの出現
・1999年、NVIDIAは開発したGeForce 256をGPU(Graphics Processing Unit)と名付けた。そして、3Dの画像を描画するLSIを「GPU」と呼ぶようになった。
画像出展:「GPUを支える技術」
・GeForce 256の出現から10年くらいは、グラフィックス計算には整数演算が使われていた。その後、GPUチップに使えるトランジスタ数が増えると、浮動小数点演算器を搭載するようになり、2008年には32ビットのGPU(GeForce 8000)が一般的になった。これによりGPUは行列(マトリクス)の掛け算など、科学技術計算にも利用され始めた。さらに64ビットのGPUも開発された
●GPUは超並列プロセッサ
・デスクトップPC向けCPUとゲーム向けGPUの違い
画像出展:「GPUを支える技術」
特に印象的なのはスレッド数(1つのCPUが同時に実行できるプログラム数の最小単位)、オンチップメモリ、クロック周波数です。この差をみると、CPUではどうしようもない計算世界が存在するのが分かります。
また、最近ではGPUへの依存度を減らすためカスタムシリコン(システム・オン・チップASIC)が注目されています。
●CPUはGPUのヘテロジニアスシステムと、抱える問題
・CPUとGPUによる共同作業
-CPU:OS、I/Oネットワーク、データ入力、データ送受信(PCI)
-GPU:データ送受信(PCI)、計算、ディスプレイ
1.5 ユーザーの身近にあるGPUのバリエーション
●携帯機器向けのGPU
・CPUとGPU、その他の各種ユニットをワンチップにまとめたスマートフォン用のSoC(System on Chip)が代表的である。熱問題(冷却器がない)や使用時間を考慮し、低消費電力(1W以下)が重要である。
●CPUチップに内蔵されたGPU
・ノートPCではCPUチップにGPUが内蔵されているものが多い。消費電力は数Wから最大100W程度。
●ディスクリートGPUとグラフィックスワークステーション
・ゲーマーやデザイナーは高性能なグラフィックスを求める。そのため、CPUとは独立したPCI Expressカードなどに搭載されたGPU(ディスクリートGPU)が使われる。これにより消費電力による影響を減らし、高バンド幅のメモリを使うことができる。
1.6 GPUと主な処理方式
●共通メモリ空間か、別メモリ空間か
・GPUは高いバンド幅を必要とするため、両者が共通のメモリを利用するのは難しい。そのためメモリ空間は別というのが一般的である。
・メモリ間のデータ転送にはDMAエンジン(Direct Memory Access engine)が必要になる。
・CPUとGPUのメモリを共有することは、GPU開発メーカーの重要な開発目標になっている。
●SIMD方式か、SIMT方式か
・科学技術計算などの用途のためにNVIDIAが開発したのがSIMT(Single Instruction, Multiple Threading)という処理方式である。要素数に関わらず全ての演算器を無駄なく使えるので、SIMT方式が増えている。
第7章 シンクロニシティへの道 ~ユングとパウリの対話~
・『自然界を1つの理論で表す統一的理論の必要性など、多くの点でアインシュタインに賛同するパウリだったが、量子力学に関しては全く異なる見地だった。彼にしてみれば、量子の世界の織りなす相補性や不確定性、量子もつれなどの真新しい現象は、自然の真理そのものだった。事実、それらの現象を貴重な契機として、自然に潜む対称性などの数学的結びつきが明らかになった。加えて、観測による影響を主題とする量子観測理論により、自然現象だけではなく人間の意志を踏まえた大局的な見地が形成されつつあった。
このような時代背景に、現代物理学に関心を持ち、普段からその意識を認めるユングにとって、パウリは精神と物質の関係性について意見交換する格好の相手だった。対話を通じて、科学的考察を深めることができたからである。自然界における対称性の役割だけではなく、いわゆる超常現象と呼ばれる奇妙な出来事にも話題は及んだ。ただしパウリは、自らの超常現象への関心を他の物理学者に話そうとはしなかった(同じく超常現象に興味を持つ友人、パスクアル・ヨルダンだけは別だった)。一貫して自然界に客観性を求めるアインシュタインの存在が、その消極的な姿勢に拍車をかけた。当然、観測の影響を考慮すべきだとアインシュタインに助言することもなかった。そして、パウリの推察通り、アインシュタインは生涯、量子力学の表す奇妙な世界を自然の真の姿として認めなかったのである。』
●もつれを繙く
・アインシュタインは一般相対性理論をもとに、あらゆる自然現象を網羅する統一場理論を完成させ、量子力学の奇抜な現象を数学的表現のあくまで例外として記述しようと考えた。
・電気力と磁気力を統合したマクスウェルの電磁力[磁界と電流の相互作用で発生した力]へと飛躍し、さらにマクスウェルは電磁気力と重力との間に共通点を見出した。
・統一的理論の足掛かりとなる可能性を指摘するものだったが、マクスウェルがその構築に挑むことはなかった。
●精神の偽らざる姿 [カール・グスタフ・ユング]
・ユングがフロイトに出会ったのは1907年、それから6年間、二人は協力する中で二人とも無意識の中に重要性を見出した。しかし、精神分析の反対派に対するフロイトに耐えられず袂を分けた。フロイトは幼少期の性的傾向を重視したが、ユングは「集合的無意識」に着目して、無意識の動機付けを説明した。集合的無意識とは集団に共通する意識のことで―後に「元型」と呼んだ―、源泉は1つだが、一人ひとりの人間によって個性化する。元型の例として、童話や民族伝承、道徳的禁忌、象徴的表現、宗教儀式、精神的理想などがあげられる。
・ユングは超自然主義にまつわる文献の研究に乗り出すと、錬金術やグノーシス主義、新プラトン主義の各派、仏教、ヒンズー教などの書物を精読し、神話学の第一人者となった。そして、様々な超自然主義の間に、超越的真理の探究や神との一体化への渇望といった共通点を見出し、分析心理学という新たな深層心理学の学派をスイスに立ち上げた。
・ユングが後に心理学と物理学の両面から精神と肉体を統一的に考えたのは、アインシュタインとの数回にわたる対話が主な動機となった。
●シンクロニシティの登場
・ユングの心理学は、一人ひとりの精神は代々受け継がれる共通の無意識的体験がつくる「客観的精神」の個々の解釈である。様々な宗教や信念体系に通底する思想は、そのような世代を超えた精神の源に由来すると考える。母親への思慕や、蛇や暗闇に対する恐怖心、人殺しを非とする倫理観などはいずれも普遍的体験といえる。
・ユングによると男性の無意識には女性らしさを象徴する「アニマ」と呼ばれる女性像の元型が根ざす。アニマは普段、意識的に抑制されており、心理療法によって解放される。対して、女性の無意識に潜むのは、アニムスと呼ばれる男性像の元型がある。ユングは当時の古い価値観に従って、アニマをむき出しの感情に、アニムスを洗練された知性に関連付け、両者のバランスこそが性別を問わず肝要であると説いた。
・ユングの理論は推測の域を出ず、元型という概念を裏打ちする科学的証拠はない。存在するのは、事例研究による間接的な証拠だけである。しかし、人間の精神に関するユングの考察は、歴史や哲学、また文化の面において、非常に示唆に富む内容といえる。
・ユングは非因果的連関の原理を指して、シンクロニシティという言葉を使った。そして、意味ある偶然の一致は、期せずして現れる自然の真理だと強調した。
・『源を一にする非因果的連関というユングの概念から、量子のもつれの並行性―ほぼ同時代に認知された現象―を連想しても、何ら不思議はないだろう。2つの粒子が量子状態を共有するならば、双方が離れても物理量は相関すると、量子もつれは語るのである。だがそうはいっても、ユングの非因果的連関と量子もつれとの間には、決定的な違いが存在する。量子もつれが設定に万全を期す数々の実験によって実証されたのに対して、ユングの非因果的連関は根拠に乏しく、心理学界で幅広い支持を得るには至らなかった。人間の精神において代々伝承される集合的無意識の存在は今もなお、神経科学によって示されていない。
しかし、局所性や因果性を凌駕するユングの世界観は、彼が積極的に物理学者との交流を図ったおかげで、現代科学に広く浸透した。アインシュタインとの夕食をきっかけに芽吹いた彼の物理学への興味は、パウリとの出会いによって一気に花開くのである。』
●パウリの受難
・パウリはゾンマーフェルトに神童として将来を嘱望され、「排他原理(4つ目の量子数であるスピンの発見にによって証明された)」の確立や、ニュートリノの予想(当時まだ観測されていなかったが、ベータ崩壊の解明に大きく寄与した)といった業績により、天才物理学者としての名を確たるものにしていた。しかし、1930年の終わり、極度の精神的不調に苦しんでいた。
・相次ぐ苦難の始まりは、父親の不貞が原因で敬愛する母親が48歳の若さで自殺したことである。そして、その父親はパウリと同年代、20代後半の女性と結婚した。
・1929年5月にはカトリック信仰を捨て、教会を正式に脱退した。同年12月に結婚するも1年もたず1930年11月に離婚、パウリのパートナーは昔から親交があった特に実績のない化学者と一緒になり、この事実もパウリを消沈させた。
・パウリとユングの出会いは、パウリの状態を見かねた父親がユングによる心理療法を勧めたからであった。ユングは当時、パウリが勤めるETHで頻繁に講師を務めており、パウリはユングの理論について聞き及んでいた。また、パウリ自身も何とかしようと考えていたため、父親の提案に従い診療を受ける決断をした。
・『夢や幻想の役割とあわせて、集合的無意識の精神への影響について研究するユングは、優れた記憶力をもつ被験者を探していた。また、シンクロニシティの体系化については、アインシュタインの時空という力学的概念を土台に、物理学者の意見を参考にしながら、考察を掘り下げていた。したがって、複雑な夢を見て、その内容を明確に記憶し、なおかつ著名な量子力学者の肩書を持つ“患者”パウリは、まさしくユングの探し求める相手だったのである。
ただ、精神を病んではいるもののパウリは有能な学者である。分析を通じて秘匿情報を共有することになる可能性があるため、ユングは情報管理に注意を払った。彼の心理療法はフロイトのそれと比べてはるかに積極的に患者と関わる診療として有名だった。そのため、情報操作や行動介入などと、他の精神科医から非難されないよう万全を期した。夢の回想に介入したり影響を与えたりしないように忠告した上で、パウリをローゼンバウムにまず担当させたのも、その点を踏まえてのことだった。本人以外による記述も含め、パウリの夢の記録は最終的におよそ1300にのぼり、ユングはすべてを研究資料として(個人情報の保護を徹底しつつ)活用した。ユング研究で知られるビバリー・ザブリスキーは、冗談まじりにこう記している。「読者のみなさん……、ヴォルフガング・パウリについてユングの知り得たこととは、普段の姿でも物理学の実績でもなく、彼の無意識なのです」』
・『知性のみを優先するあまり、アニマの象徴する感情的な自己が抑圧されていると判断したユングは、本人にそう認識させることを治療の本筋とした。その甲斐あってパウリは、自らの偏った生き方を自覚するようになる。そして2年以上に及ぶ治療の中で、精神的な落ち着き―少なくとも一時的な安定―を徐々に取り戻すようになった。ひいては、1934年にロンドン在住のフランシス力(フランカ)・バートラムと再婚を果たし、平穏な日々を過ごすようになった。自ら治療を終える決断を下したのは、その頃である。一時的ではあるが禁酒にも取り組むほど、精神状態は回復をみせた。パウリはもはや患者ではなくなったが、ユングとの親交はその後も続き、夢の内容を伝えることもあった。その中で2人は、自らの存在意義や元型とのつながりについて意見を交えた。
理論物理学の難題を解決し続けるだけの優れた数学力を考えれば、パウリの夢の中に幾何学的対象や抽象的符号が頻繁に登場しても不思議はなかった。その多くは直線と円が対称的に配置された図形だったが、ユングはそれらを元型の概念に照らして解釈した。数理物理学に根ざしたパウリの描写を、古代の象徴主義と結びつけて考えたのである。そのように類似の基本概念になぞらえることで、2人はそれぞれの研究分野の融合を図った。』
・『パウリによれば、世界時計の動きの調和によって心に安らぎが得られたという。自らが中心となって構築した原子モデルを彷彿させたのかもしれない。ユングにとって世界時計は、初めて出合う曼荼羅の立体図像だった。そして、世界時計をもとに、重要な元型の1つ―穏やか瞑想の象徴―と、現代物理学の時空との結びつきを想定した。はたして彼は、物理学への関心をますます強くしたのである。
パウリは普段、夢分析の被験者であることを他人に話そうとはしなかった。ユングが分析内容を書籍として著す時も、自身の名前を出さないとの条件で許可した(ただし、発刊協力者として名を連ねており、分析に関わっていることは明らかだった)。次第に強くする超自然現象への関心についても、表立って話すことはなかった。
しかし、最も信頼できる研究協力者であり友人でもあるパスクアル・ヨルダンだけは例外だった。ヨルダンだけには、超自然現象への情熱を打ち明けたのである。』
●超心理学と懐疑派
・ヨルダンは1936年、量子力学の入門書「直観的量子論」の最終章の内容はテレパシー実験の検証だった。ヨルダンは1930年代から超心理学に強い関心をもっていた。
・超心理学(非科学的な超自然現象とされる対象を研究する分野)は、生物学者であったアメリカのJ・B(ジョセフ・バンクス)・ラインによって創設されたばかりで物議を醸していた。ラインは1980年に亡くなるまで、自らの研究の正当性を訴え続けた。心理学ではその後、実験環境を統制や厳格な統計手法に一層重点が置かれるようになった。
●ノーベル賞
・最終的にパウリは、観測する側と観測される側―精神と物質―を統一的に表す必要があると信じるようになった。ユングはパウリの考えに賛同した。さらに、アインシュタインとの夕食やリヒアルト・ヴィルヘルムとの議論を経て、ユング自身もそのような理論を望みはじめていた。ユングは精神と物質との統一を「Unus mundus(ウヌス・ムンドゥス)」と呼んだ。
●研究所での洪水
※【パウリ効果】とは
『パウリとその俗に言う実験とは相性が悪かった。彼が実験施設に立ち入ったり、測定機器の近くを通ったりすると、装置に不具合の生じることがしばしばで、周囲から「パウリ効果」と恐れられたほど。機械は故障し、測定器は作動せず、現場に混乱を招くのである。事実、実験物学者のジョージ・ガモフはこう形容する。
「一流の理論物理学者たる者、精巧な実験機器に触れただけで機械に不具合をもたらす、と言われている。その言葉に照らせば、パウリは有能な理論物理学者だ。彼が施設を訪れただけで、装置は壊れ、誤動作を起こし、ひいては全く動かなくなったり、燃えたりするんだ」
最も有名な事件は、パウリが1950年2月、プリンストン大学を訪ねた時のことである。プリンストン大学のパーマー物理研究所の地下にある高エネルギー・サイクロトロン(円形粒子加速器)が火事になり、6時間以上燃えたのだ。もちろん研究所の建物には煙が充満し、あちこちがすすだらけとなった。パウリは現場ではなく、大学の敷地内にいただけだったが、その後やり玉にあげられたことは言うまでもない。』
・『ユング研究所を設立するにあたり、パウリ(当時、ノーベル賞受賞として多くの尊敬を集めていた)にも後援者としての協力を仰いだ。ユングに恩義を感じ、共同で研究する機会を増やしたいと考えていたパウリは、ユングの依頼を快諾した。
また、心理クラブにも招かれ、その年の2月28日と3月6日に講演を行った。パウリは会場で、フラッドやケプラー、そして元型に関する自らの見解を喜んで説明した。科学者にとって講演は、一般に、論文を著す前に自らの考察を整理する良い機会となる。彼は当時、「The Influence of Archetypal Ideas on Kepler’s Theories(元型的観念がケプラーの科学理論に与えた影響)」と題した長編論文を執筆中で、いずれ何らかの形で公表したいと考えていた。
ユング研究所の開所初日となった1948年4月24日、記念セレモニーが盛大に開催された。もちろん、パウリも来賓の1人として招待された。セレモニーはすべて順調に運び、盛況のうちに閉会するかに思われた。ところが……。
突然、会場に何かの割れる音が響き渡った。思いもよらないことに、棚に固定されていたはずの中国の高級花瓶が、勝手に落下したのである。花瓶は床に落ちて粉々に砕け散り、あたりは水浸しになった。ユング研究所は、まさしく洗礼を受ける格好となったのである。
さて、「パウリ効果」を覚えているだろうか?
姿を現しただけで実験装置を故障させる能力は、この頃にはすでに彼の特技として広く認知されていた。ただし、彼自身は、もはや軽く捉えることができず、いたって真剣に悩んでいた。
ドイツ語で「洪水」のことを「Flut(フルート)」という―Robert Fludd(ロバート・フラッド)の「Fludd」のドイツ語読みとほぼ同じ発音である。英語でも、洪水を意味する「Flood」と「Fludd」は、ほぼ同じ響きだ。パウリは会場で起きた些細な洪水と自らの研究との間に、意味ある偶然の一致を認め、驚愕した。単なる偶然の出来事だったかもしれない「パウリ効果」を、彼はユングの唱えた非因果的連関と結びつけ、もはや冗談とはみなさなかったのである。
フラッドとケプラーの理論と元型に関する考察を論文にまとめる中で、パウリは開所式典での奇妙な出来事について深く考えるようになった。そしてユングに対して、シンクロニシティに関する考察を掘り下げ、整理した上で論文に著すことを勧める。ユングの考察に大きな意義を見出そうとしたのである。
ノーベル賞を手にしたパウリに、それ以上自らの才能を示す余地は残されていなかった。それでも彼を駆り立てたのは、アインシュタインと同様、世界を統べる統一的理論への挑戦だった。長きにわたるユングとの親交が、彼をその挑戦へと誘ったのである。』
●すべては2と4のもとに
・ユングとパウリが生んだ功績は、1950年代はじめに、双方の研究分野が融合を見ることである。ユングはパウリのおかげで確率的表現や観測による影響といった、量子力学の表す内容に精通するようになった。逆にパウリはユングのおかげで、神秘主義や数秘術、そして古代の象徴主義の研究に心を奪われるようになった。
・ユングとパウリはピタゴラス学派と同じく、特定の数に価値を見出した。その1つが「2」だった。波と粒子、観測者と観測対象といった二重性を自然の真理としたボーアの相補性の原理は、両者にとって革新的な概念だった。
・ボーアはオランダ哲学者セーレン・キルケゴールの著作(「あれか・これか」など)の中の二分法に感化されたとみられ、家紋に太極図を取り入れている。
画像出展:「ウキペディア」
『偉大な功績により、デンマーク最高の勲章であるエレファント勲章を受けた時、「紋章」に選んだのが、陰と陽、光と闇の互いが互いを生み出す様を表した東洋の意匠、太極図であったことからもうかがえる。』
・パウリは、男性は己の女性らしさ(アニマ)を、女性は己の男性らしさ(アニムス)をそれぞれ抑制しているというユングの主張を支持するようになった。
・パウリは荷電共役対称性(正負の電荷の変換に伴う対称性)、パリティ対称性(鏡像対称性)、時間反転対称性などの二重性を物理学において探求する契機となった。
・数に関して二重性以上にパウリとユングが重視したのが「quaternnio(クワテルニオ)」だった。ラテン語で4つ1組の意である。その概念はエンペドクレスの四次元素説に源を発し、そこから錬金術や、ピタゴラス学派のシンボルであるテトラクテュス(1から4までの整数を構成要素とする三角形)へと派生した。
●非因果的連関の原理
・ユングとパウリは1952年、2人の研究の集大成として共著、「自然現象と心の構造」を発刊した。
画像出展:「シンクロニシティ」
ユングやパウリが講演を行った、チューリッヒの心理学クラブです。
●関係の終焉
・二人の長きに渡る往復書簡は突如、途絶えた。
・パウリはヨルダン以外には自らの神秘主義への興味を他の物理学者にあまり話さなかったのは、ユングの話を無条件に信じていたわけではなかった。いかなる理論にも厳しい目を向けるパウリにとって、ユングの理論も例外ではなかった。
・パウリはボーア宛ての書簡で次のように書いている。『ユングの思想は、フロイトに比べて幅広い領域を対象としますが、その分、明確さに欠けます。最も不満を覚える点は、「精神」という概念が、明確な定義のないまま曖昧に用いられていることです。論理的にも矛盾が認められるのです。』
・パウリとユングの2人の距離が離れたのは、ユングのUFOに対する強い関心も一因だった。
・当時パウリは、ハイゼンベルクと共に、統一場理論の構築に力を注いでいる最中であり、加えて、膵臓がんと診断される前年だったことから、体力の衰えが見え始めていた。
第8章 ふぞろいの姿 ~異を映す鏡のなかへ~
●相互作用のなす業
・『一般相対性理論と量子力学は、それぞれ1910年代半ばから1920年代半ばにかけての10年間に誕生している。一般相対性理論は、時空を主な舞台として、その歪みによって光や粒子の進行方向を定める。量子力学は、特にハイゼンベルクの提唱した解釈において、抽象的なヒルベルト空間[二点間の距離が公式で与えられる三次元空間を無限次元に拡張したもの]を中心に展開する。実験施設の研究員などのような合理的な考えの科学者であれば、いずれも物理学を理解する上で欠かせない理論であるとの認識だろう。理論物理学の重要な分野の1つとして、相対論的な場の量子論―一般相対性理論と量子力学のそれぞれの枠組みを維持しながら統合を図る理論―が存在する所以である。双方の原理を損なうことなく2つの理論の統合を図る試みは、ボーアの主張に端を発する。古典的世界(高速度や強力な重力場などの極限状態においても相対性理論に従う世界)にいる人間が微視的世界に介入する観測という行為の重要性を強く訴えたのがボーアだった。
しかし、アインシュタインやハイゼンベルク、パウリといった巨匠たちが追い求めたのは、微視的世界から人間の日常的な世界、そして宇宙規模の世界までを、単純な原理によって網羅する横断的な理論だった。アインシュタインは、非量子的な手法で(古典的な一般相対性理論を拡張して)、量子力学の原理を説明しようした。対して、全く異なる方法を独自に考案したのがハイゼンベルクだった。彼は、対称群となるヒルベルト空間のエネルギー場に適合な条件を与えることで、自然界の様々な相互作用の再現を目指した。』
第9章 現実へ挑む ~量子もつれと格闘し、量子飛躍をてなずけ、ワームホールに未来を見る~
・『パウリの早すぎる死から数十年、特に1960年代から1980年代にかけては、素粒子物理学や場の量子論、量子測定理論に、極めて画期的な発見がもたらされた。パウリが生前、掘り下げた代表的な概念の一部が、物理学研究の中心を担うようになり、対称性の役割や、(ユングと共に目指した)非因果的相関の体系化に関する研究が主流になったのである。後者に関しては、量子もつれの限界や可能性を検証する実験が盛んになっていった。』
●コズミック・ベル・テスト [アントン・ツァイリンガー]
・オーストリアの物理学者アントン・ツァイリンガーはベルの不等式[量子力学において「隠れた変数」の存在を前提に書かれた関係式。この不等式が成立しないとすれば、量子力学では隠れた変数は存在しないということが証明される]を検証するベル・テストだけでなく、量子テレポーテーションに関して画期的な実験を行ったことでも広く知られている。量子テレポーテーションとは、離れた場所において量子状態を再現することである。
・「コズミック・ベル・テスト」は最新の観測機器を使って太占の光を分析するものである。
・2017年、オーストリアで1.6㎞以上離れた場所に2つの望遠鏡を設置し、異なる恒星の光を観測。それぞれの光から検出される色―赤と青―と、偏光器の設定を連動させ、ベル・テストを実施した。その後、実験設計が改良され、地球から数十億光年離れたクエーサーの光を使って再度測定が行われた。結果はまたしても、ベルの不等式は成立しないことを明示するものだった。アインシュタインではなくボーアの主張の正しさが認められた。
●量子の挙動の実用化へ
・パウリとユングの2人による対話は、厳密な意味で科学的とは言えなかったが、二重性という自然界の中心的概念を導いた。因果的な相互作用と、非因果的な相関。両者を同時に説明する統一的理論が現れた時、人類は確かな英知を手にするだろう。
終章 宇宙のもつれを繙く
●パウリとユングが残したもの
・『物理学の潮流において、ユングの果たした役割は決して小さくないだろう。たしかに、彼の提唱した元型や集合的無意識といった概念は、独創的であり、また魅力的でもあるが、科学的に実証されているわけではない。夢に現れる象形が、代々受け継がれてきた原子的な型である証拠はどこにもないのである。よしんば東洋哲学や錬金術、神秘学を学んだことがあるならば、曼荼羅や錬金術記号などの象形が夢に出てきても不思議はない。夢に現れなくとも、日常で目にする記号から、そのような結びつきを連想するとも考えられる。漫画書籍の熱心な収集家が、ヒーローや悪役の夢を見ると同じである。しかしながら、ユングは夢分析を通じて、自然の摂理に対するパウリの優れた洞察力に触れた。パウリと繰り返し相対したことで、自らの物理学的知識をより豊かにすると同時に、パウリの発想にも示唆を与えたのである。
したがってユングが提唱し、パウリが掘り下げた「シンクロニシティ」という概念は、心理学だけで背景を語ることはできない。あくまで思弁的な考えで、厳格に管理された実験の裏打ちがあるわけではないが、革新的な進展を見せる量子力学と擦り合わせれば、新たな宇宙観につながるとも考えられる。実現すれば、厳格な因果律と純然たる確率が支配する世界の向こう側が覗くかもしれない。非因果性の統べる世界が、である。』
感想
『源を一にする非因果的連関というユングの概念から、量子のもつれの並行性―ほぼ同時代に認知された現象―を連想しても、何ら不思議はないだろう。』ユングが物理学に魅せられたのは、まさにこの事だったのだと思います。
一方のパウリは、ユング研究所の開所初日となった1948年4月24日、記念セレモニーでまたしても【パウリ効果】に遭遇することになります。
そのパウリは、「シンクロニシティに関する考察を掘り下げ、そして、ユングの考察に大きな意義を見出そうとしたのである」とされています。
パウリはユングの心理学を全て受け入れていたわけではありませんでした。しかし、パウリの心を度々揺さぶっていた【パウリ効果】という事件が次第に大きくなり、ついには歴史に名を遺した物理学者と心理学者を結びつけたのだと思いました。
“科学と非科学”をより分けるのは人間の英知が決めることだろうと思います。しかしながら、宇宙規模の世界(マクロ)と量子の世界(ミクロ)において人間が認知できることは一部です。その意味ではシンクロニシティを完全に否定することはできないと思います。
ご参考1:Youtube“【量子力学】この宇宙の真実知りたくない人は見ないでください...『シンクロニシティ 科学と非科学の間に』by ポール・ハルパーン”(開始~8分30秒の中で「量子もつれ」を解説されています。なお動画は19分です)
ご参考2:Youtube“【簡単解説】数式なしで理解したい!「量子テレポーテーション」や「量子もつれ」の原理や仕組み、方法を初心者にも分かるように解説!” (9分33秒~13分33秒に量子テレポーテーションについて解説されています)
パウリとは量子力学の巨匠の一人、ヴォルフガング・パウリのことです。一方、ユングはフロイトと並び称される偉大な心理学者のカール・グスタフ・ユングのことです。
ユングが晩年、物理学に傾倒していた事実は、ブログ“ユングと共時性”の時に知っていたのですが、ユングと接点のあった物理学者がパウリであり、しかも「往復書簡集」として残っているほど、深いつながりがあったことに大変驚きました。
タイトルの“シンクロニシティ”ですが、お恥ずかしい話、当初、気づかなかったのですがこれは“共時性”のことです。内容は物理学の歴史の物語からマクロな宇宙やミクロの量子を中心に、偉大な科学者の足跡が書かれています。私が最も知りたかったことは、このパウリとユングの関係やどんな事に取り組んだのかということでした。
第9章、「量子の挙動の実用化へ」の中で、以下のようなことが書かれています。
『パウリとユングの2人による対話は、厳密な意味で科学的とは言えなかったが、二重性という自然界の中心的概念を導いた。因果的な相互作用と、非因果的な相関。両者を同時に説明する統一的理論が現れた時、人類は確かな英知を手にするだろう。』
ブログは何とか理解でき、印象に残った箇所をご紹介していますが、全体的にはつかみどころのない漠然としたものになっていると思います。
著者:ポール・ハルパーン
訳者:権田敦司
発行:2023年1月
出版:(株)あさ出版
目次
推薦の言葉
量子論の発展に寄せて 福岡伸一 (生物学者)
序章 自然界のつながりを描く
第1章 天空へ挑む ~古代の人々が描いた天界像~
●太陽への信仰
●神殿の谷の夜明け
●宇宙の構成要素
●自然界の隠された光
●遅々として進まない太陽の光
●運動の世界観
第2章 木星からの光が遅れる
●富と知
●天文学の復活
●禁断の惑星
第3章 輝きの源を辿る ~ニュートンとマクスウェルによる補完
●遠隔操作
●ラプラスの悪魔とスピノザの神
●疾走する波と探求心
●金科玉条を探す
●幻の終の棲み処
第4章 障壁と抜け道 ~相対性理論と量子力学による革命~
●光が持つ2つの顔
●相対的な真実
●OPERAの幻
●宇宙を織りなす
●原子の中を覗く
●デンマークからの光
●魔法の数字
第5章 不確定という世界 ~現実主義からの脱却~
●不思議の国のアルベルト
●苦難の道のり
●現実と行列式
●非公開の舞台
●物質波
●母なる光
第6章 対称性の力 ~因果律を超えて~
●対称に次ぐ対称
●保存則が表すもの
●超排他的な住人
●スピン:粒子の謎めいた性質
●姿を見せない粒子
●もつれた経緯
●超自然現象への抗い
第7章 シンクロニシティへの道 ~ユングとパウリの対話~
●もつれを繙く
●皮肉屋兼毒舌家
●精神の偽らざる姿
●シンクロニシティの登場
●パウリの受難
●超心理学と懐疑派
●ノーベル賞
●研究所での洪水
●すべては2と4のもとに
●非因果的連関の原理
●関係の終焉
第8章 ふぞろいの姿 ~異を映す鏡のなかへ~
●ウー夫人の情熱
●ニュートリノという名のサウスポー
●超絶の力
●統一を巡る課題
●相互作用のなす業
●統一への狂騒
第9章 現実へ挑む ~量子もつれと格闘し、量子飛躍をてなずけ、ワームホールに未来を見る~
●ジョン・ベルによる判定試験
●光子の逆相関やいかに
●コズミック・ベル・テスト
●量子の挙動の実用化へ
終章 宇宙のもつれを繙く
●因果律の限界
●光速の因果律を超えて
●パウリとユングが残したもの
●セレンディピティ v.s. 科学
●慎重に非因果性を受け入れる
謝辞
量子論の発展に寄せて 福岡伸一 (生物学者)
・「量子もつれ」は“entanglement”と表現されるが、科学的な言葉で表現すると、“離れて存在している2つの物体が、互いに他のことを認識しあっている”ということである。
序章 自然界のつながりを描く
・『量子もつれは、相互作用ではなく、粒子間の相関である。そのため、因果律に厳格に則った伝播(一般の相互作用が光速以下で連鎖する伝わり方)より速く結果を伝えることができる。つまりそれは、自然界に2種類の「伝達ルート」があることを意味する。光速を最高速度とする伝達経路と、人間の観察と同時に相関を示す量子相関という経路だ。』
・『近年、量子テレポーテーションや量子暗号の分野で革新的な成果を上げている。特筆すべきは、“量子もつれ”の現象を利用して、途方もない遠隔地へと光子の量子状態を転送した点だ。現在は中国の衛星「墨子(Micius)」へ量子状態を送り、解読不能とも言われる量子もつれを活用した量子暗号システムの構築に取り組んでいる。一連の研究が言わんとするところは、量子もつれなどの非因果的相関の重要性と実用性の高さである。』
※ご参考1:“中国の量子通信衛星チームが米科学賞受賞”
※ご参考2:“量子通信・量子暗号・量子中継・量子ネットワーク”
第3章 輝きの源を辿る ~ニュートンとマクスウェルによる補完
●幻の終の棲み処
・19世紀の科学界では自然の振る舞いや人間の意志はすべて科学的に説明できると考えられた。
・いずれ非科学的な思想は淘汰され、予言や亡霊、悪霊、天啓などの余地はなくなるとの見方が大勢を占めた。
・自然現象は理論的に突き詰めれば、原因と結果の連鎖によって記述されると考えられた。
・因果関係を説明できないものは、その考察は希望的観測や迷信であるとされた。
・超自然現象を信じる反対勢力は、科学によって説明できる立場をとった。そして、超常現象の科学分析と精神世界を対象とした研究を図る団体が生まれた。
第4章 障壁と抜け道 ~相対性理論と量子力学による革命~
・19世紀末の科学は厳格な因果律に基づく決定論へと進んでいた。
・20世紀になると原子内部の不可思議な世界が量子力学で明らかになると摩訶不思議な不確定性原理などが登場した。
・相対性理論は因果的な作用の限界が明らかになると同時に、空間と時間の密接な関係が示され、物理学界に革命の波が押し寄せた。
●宇宙を織りなす [アルベルト・アインシュタイン]
・『自然は相対性理論を裏付ける形で、遠隔的ではなく局所的な重力の姿を露わにした。よってアインシュタインは、遠隔作用という概念に否定的な立場を生涯貫くことになる。彼は原因と結果の直接的な連鎖によって宇宙は構成されているとの見方を常に理論の柱とした。その見地に反する対象は彼にとって、偽りの現象か、もしくはまだ実証されていない因果的作用に過ぎなかったのである。』
●デンマークからの光 [ニールス・ボーア]
・『マンチェスター大学と、その後所属したコペンハーゲン大学での研究で、ボーアは太陽系を彷彿させる原子モデルをつくった。正に帯電する原子核が「太陽」のように中心に位置し、その周りを負に帯電する電子が「惑星」のごとく回るという原子像である。全体を結びつける源は、重力ではなく電磁気力だ。その上でボーアは、楕円軌道で運動する惑星とは異なり、電子の軌道は真円になるとした。』
・『ボーアは、当時実測されていた水素などの基本原子のスペクトル線[原子が放射または吸収する光の電磁波]が、原子モデルで再現される必要があるとも考えた。水素の吸収スペクトルと放出スペクトル(分光器で観測される吸収する光と放出する光の色)は、ヨハン・パルマーやセオドア・ラインマン、フリードリッヒ・パッシェンなどの分光学者たちによって測定され、水素原子固有の周波数がすでに判明していた。いずれのスペクトルも、色が飛び飛びの虹のように特定の周波数の色だけを残し、その他の色は消えていた。そして、原子固有の周波数には数学的な規則性が認められた。なぜ、特定の色を現して、他の色を現さないのだろうか?ボーアは直観的に、電子は普段、安定した軌道上に存在し、特定の振動数の光を吸収したりするのではないかと推測した。光を吸収すればすぐさまエネルギーの高い軌道へと遷移し、放出すればエネルギーの低い軌道へと遷移するのではないか、と。』
・『ボーアは、原子の不連続のスペクトルをモデル化するためには、電子の軌道が連続的ではなく、離散的でなければならないと考えた。したがって、1つの軌道から別の軌道への電子の遷移は、連続的な変化ではなく、一瞬の跳躍であるとみなした。』
・『電子がある状態から別の状態へと自発的かつ瞬間的に移動する、という量子跳躍の概念は、アインシュタインとミンコフスキーによって丹念に描かれた相対性理論の時空図と対極をなす考えだった。いわば、厳格に決められた因果関係に対して、電子の自由奔放が際立っていたのである。[「電子があたかも、どの軌道に移るべきあらかじめ知っているかのようだ」by アーネスト・ラザフォード]』
『アメリカの物理学者リチャード・ファインマンが粒子の経路の不確定さを時空に組み入れ、量子力学の世界と時空図を結びつけるのは1940年代に入ってからのことである。それまで、相対性理論における時空と、量子力学における相関は共通項のないそれぞれ独立した概念に過ぎなかった。』
●魔法の数字 [アルノルト・ゾンマーフェルト]
・『ゾンマーフェルトが熱心に研究したのは、主要な磁場(コイルを通電してつくる電磁石による磁場など)に原子を置いた時に現れる現象だった(1897年にオランダの物理学者ピーター・ゼーマンによって発見されたため、ゼーマン効果と呼ばれる)。磁場に原子を置くと、原子の放出スペクトル線が分裂するのである。本来であれば、特定の色を持つ1本の線であるべきところに、それぞれわずかに色の異なる複数の線が現れる。スペクトル線が虹の一部のごとく分光する理由は、まるで判然としなかった―その答えを導いたのがゾンマーフェルトだった。
「ゼーマン効果」は、ボーアの単純な「太陽系」電子モデルの一般化に大きく貢献した。その研究を契機に、原子核の周りを電子が円を描いて運動する原子像は、量子数などの物理量を持つ、特徴豊かな立体的な姿へと発展したのである(電子数が奇数の原子特有のスペクトル線分裂、つまり「異常ゼーマン効果」の研究が原子モデルの一般化を実現させた)。この原子モデルの進歩によって、ミクロの世界の現象に関して、より正確に予想できるようになった。ひいては、量子世界に潜む多様な現象を明らかにし、量子もつれなどの非因果的な作用の存在が判明する。それゆえ、ゾンマーフェルトの研究は、ボーアの初歩的概念から量子力学確立までの経緯において、貴重な橋渡し役を演じたといえるだろう。と同時に私たちを奇妙な世界へと導いたのである。』
第5章 不確定という世界 ~現実主義からの脱却~
●母なる光
・量子力学の哲学を疑問視する声はあるが、その有用性は広く認められており、長きに渡って未解決の問題さえも、量子力学を頼れば解決への道筋が見えてくる。加えて、理論の弾き出す数字は極めて正確である。
第6章 対称性の力 ~因果律を超えて~
●超排他的な住人 [ヴォルフガング・パウリ]
・論理的思考に長けたパウリは数字に秘められた謎の解明に傑出した才能をみせた。また、数秘術や対称性に深く魅了された横顔もパウリを語る上で見逃がせない点である。後年、哲学的考察に傾倒するようになってからは、ヨハネス・ケプラーの影響を受け、数字に隠された規則性から自然法則を導こうとした。
・パウリの提唱した「排他原理」の原型となる概念に初めて言及したのは1924年12月であった。その「排他原理」は1945年、ノーベル物理学賞を受賞した。
●スピン:粒子の謎めいた性質
・ドイツの物理学者のクローニッヒは自転によって電子が小さな電磁石のように働き、外部の電磁場と相互作用すると考えた。その後、1925年オランダ人物理学者のウーレンベックは、外部の磁場と相互作用するのは電子が自転するためだと推測した。発表された論文は完全とは言えなかったが、実際の現象を予測するため、スピンという概念は広く受け入れられた。
現在でいうスピンは、単なる自転とは異なる概念を指す。電子が光速を超える速度で回転するのは不可能である。これは外部の磁場との相互作用がコマの回転現象と似ているということで、電子が実際に自転しているわけではない。
●姿を見せない粒子
・パウリが予想したニュートリノは1956年、カワンとライネスという二人の物理学者によって観察された。発見されたのはベータ崩壊に関わる電子ニュートリノで、その数十年後には、ミューニュートリノとタウニュートリノという2つのニュートリノも発見された。
●もつれた経緯
・『重力の本質を見抜けなかった古典力学により、歴史の闇に葬られようとしていた。だがその後、量子力学によって救われた―力の作用を介さない相関として。遠く離れた2つの粒子間において、切っても切れない相関を存在するのである。
シュレーディンガーはそのような状態を「もつれ」と呼んだ。量子力学でいう「もつれ」とは、多粒子系―ヘリウム原子の基底状態にある対電子の系など―において、任意の粒子の物理量が自ら以外の粒子の物理量と相関する状態をいう。興味深いことに、この「量子のもつれ」は物理的な距離を意に介さない。実験を重ねれば重ねるほど、「量子もつれ」を認める2点間の距離は広がるばかりである。原子の世界に留まらず、一方が河川を飛び越え、宇宙空間に至っても、他方との相関は変わらないのだ。「量子もつれ」は、決して抽象的概念ではなく、現実において極めて有用性は高い。人間が目にすることのなかったであろう物質の状態を生み出すからだ。たとえば、いずれも超低温化で出現する。全く滑らかに流れる粘性のない超流体や、完全に電導する電気抵抗のない超伝導体がそうである。』
Chapter4 信頼するが、検証する
・GPT-4は管理業務の軽減だけでなく、患者に焦点を当てた知的で感情的なプロセスとしての医療に貢献する。しかし、その一方で、その潜在的なリスクも大きい。おそらくは当分の間、GPT-4は人間の直接の監視なしに医療現場で使用することはできないだろう。
●驚きと不安
・GPT-4に対する不安は、GPT-4のアドバイスが安全で効果的であることを、どのように保証したり証明したりできるかが分からないからである。
●臨床試験
・GPT-4には明確な人間の価値観が欠けている。それはGPT-4の中には、患者の嗜好、価値観、リスク回避、そして人間を構成する何百ものバイアス[非合理的な判断をしてしまう心理現象のこと]の明示的な表現がないからである。
●訓練生
・現時点では、GPT-4は臨床症例に対して最も善意ある人間と同じように行動し、反応する仕組みを持っているとは考えられていない。
●しかし、パートナーとしては……
・GPT-4が自律的に行動しないとしても、医療を改善する上でのGPT-4の可能性は桁外れに大きいように見える。それは医療従事者に取って替わるのではなく、補完するためである。米国の医療における人手不足の問題は深刻であり、今後10年以内に不足する医師は48,000人に達すると推定されている。医療者の燃え尽き症候群の問題も深刻である。仕事への不満、ストレス、患者との時間を増やせないことや最新の医療知識を身に付けられないことへの不満など、その重荷の中には絶え間なく更新される臨床ガイドライン、医療費の30%を消費すると推定されるほどのお役所仕事なども含まれる。このような厳しい労働環境は医療ミスの温床にもつながる。
●先導者
・GPT-4は超人的な臨床能力を有している。そして、患者の病気を引き起こしている可能性のある遺伝子を特定する専門医の役割を果たせる可能性もある。
Chapter5 AIで拡張された患者
・訓練を受けた医療従事者がGPT-4にアクセスできるようにすることと、新しいAIスーパーツールを情報の荒野に解き放ち、患者が直接利用できるようにすることは全くの別物である。
・GPT-4は人類が蓄積した医療情報を掘り起こす驚異的なルーツであり、ユーザがそれを使いたがるのは当然である。
・米国の成人の約75%がオンラインで健康情報にアクセスしており、彼らがWebMDや検索システムから「個人的な医療情報を分析できる医学的に全知全能なAI」と「患者が望むだけ長くやり取りできる新しい大規模言語モデル」へと大移動することは容易に想像できる。
●持たざる人々
・人類の半分、約40億人が十分な医療を受けられていないと推定されている。
・GPT-4やAIシステムの最も有望な側面の1つは、遠隔地への医療である。
・AI医療は最終的には医師に残された仕事が「複雑な意思決定と人間関係の管理」だけになる医療システムへと向かっていると考える研究者もいる。
●新しい三者の関係
・GPT-4の潜在的な利点には、「継続的なモニタリングが不可能」になった患者への積極的な連絡と情報やサービスの提供である。COVIDの患者をスクリーニングするという目的で実施された、パンデミック時のチャットボットの実験は、社会から疎外された人々に大規模にリーチする上でテクノロジーがどのように利用できるかを実証した。
・GPT-4を最初にどのように使うかを考えるべきである。それは理想的には「医療の助けを最も必要としているのは誰か」ということである。それは「社会的弱者のコミュニティ」かもしれない。
●情報に基づく選択
・GPT-4はあらゆる患者にとって米国の医療制度におけるもう1つの困難な側面を解決する可能性を示している。それは、適切な医療を見つけることである。これはAIが患者のパートナーとして、信頼できる公平な医療のガイドとなることを目指すということであり、1960年代のインフォームドコンセントを一歩超えた概念ある。
画像出展:「AI医療革命」
こちらは「血液検査」の結果です。専門家でないと理解するのは困難な内容です。
下のQAですが、プロンプト5-8は質問で、「この検査結果はどう?」と聞いています。また、次の質問(プロンプト5-9)では、眠れない原因について尋ねています。
そして、それぞれGPT-4が回答(回答5-8、5-9)していますが、どうみても医師から回答のように見えます。
画像出展:「AI医療革命」
●より良い健康
・GPT-4は「グープ(goop)」と呼ぶ「疑似科学に基づく健康アドバイスの氾濫」に対処する上でも役立つのではないか。
●セラピーAI
・「AIはセラピストであり、友人であり、恋人にさえなれる」とは、ボストン・グルーブ紙のニュース記事の見出しである。ReplikaというAIフレンドはApp Storeから1000万回以上ダウンロードされている。
・AIがセラピストに取って代われるのかは分からないが、セラピスト、特に優秀なセラピストは不足している。また、有害なセラピー(心のケア)が存在している。ロイ・パーリス博士(ハーバード大学医学部の精神医学教授)は非常に効果的なセラピストによるセラピー・セッションの記録をAIに学習させることで、その才能をより広く利用可能にできるかもしれにないと考えている。
・AIがメンタルヘルスに役立つかは「一長一短」である。軽度の不安や抑うつなどには適しているかもしれないが、重症な人には適さないと考えられる。
・AIは一次医療やオンラインCBT(認知行動療法をオンラインで提供するプログラムやサービス)でうまくいく人もいれば、治療や入院治療が必要な人もいる。
・インターネットとモバイルの時代は、地球上の人の手に情報を届けるものだった。一方、AIの時代は、地球上の人の手に知性が行き渡るようになる。その知性とは、とりわけ医療に応用できるものである。
Chapter6 もっとはるかに:数字、コーディング、ロジック
・GPT-4はUSMLE(米国医師国家試験)と同様にNCLEX(看護師国家試験)でも好成績を収めている。
●GPT-4は計算して、コードを書く
・GPT-4は点滴の問題の他、薬物の相互作用の可能性に関する質問にも答えることができる。そして、それをコンピュータプログラムの形でも説明できる。それも「アプリを作ってほしい」と頼むだけである。
・GPT-4は一般的なアプリケーションを使って計算することも得意であり、表計算ソフトの使い方にも答えることができる。
●GPT-4は不思議なことに論理的であり、常識的な推論もできる
・GPT-4は数学、統計学、コンピュータプログラミングの能力だけでなく、倫理的推論に長けている。
●GPT-4とはいったい何なのか
・GPT-4には人間の脳とは異なる制限がある。
・GPT-4の「機械学習」は電源をオフにして、新たな知識や能力を吸収しなければならない。これはトレーニングと呼ばれ、多くのテキスト、画像、ビデオ、その他のデータを収集し、特別な一連のアルゴリズムを使ってすべてのデータを抽出し、モデルと呼ばれる特別な構造にする。ひとたびモデルが構築されると、推論エンジンと呼ばれる別の特別なアルゴリズムが、例えば、チャットボットの回答を生成するためにモデルを実行に移す。
・GPT-4のニューラルネットワークの正確なサイズは公表されていないが、その規模は非常に大きく、それをトレーニングするのに十分なコンピューティングパワーを持つ組織は世界でもほんの一握りしかない。おそらく、これまでに構築され、一般に配備された人工ニューラルネットワークの中で最大のものと思われる。
・GPT-4の能力の大部分は、ニューラルネットワークの規模に起因している。
・OpenAIの技術者たちは極端なスケールが人間レベルの推論を達成する道筋となることに対して確信がない。そして、十分なスケールが達成された途端に、その多くが「ひょっこり出現」したという事実や「失敗モード(システムやモデルが予期せぬ方法で不適切に動作する状況)」が非常に不可解である理由の一端を説明している。
・人間の脳がどのように「考える」を達成するのかを、我々が理解できていないのと同様に、GPT-4がどのように「考える」のかについての多くのことを、我々は理解できないのである。
●GPT-4は単なる自動補完エンジンなのか
・GPT-4は「単なる」コンピュータプログラムである。
・GPT-4は実際に何をしているのか。「GPT-4のようなLLMは、次の単語を予測する」と言われることがある。それは、LLMは大規模統計分析を使って、これまでに起こった会話から、次に(コンピュータまたはユーザのどちらかから)吐き出される可能性が高い単語を予測する。
●しかし、GPT-4にはいくつかの絶対的限界がある
・人間は能動的に考え、世界と対話しながら学習することができる。常にオンライン、ライブである。一方、GPT-4はオフランでのトレーニングが必須である。仮に最後のトレーニングが2022年1月とすればそれ以降は何も学習していないことになる。
・GPT-4は長期記憶の欠如という限界がある。GPT-4でセッションを始める時、GPT-4は白紙の状態でセッションを行う。そして、セッションが終わると会話の内容はすべて忘れ去られてしまう。
・GPT-4はセッションの長さに制限がある。セッションサイズの上限に達すると会話はすべて中断され、新たにセッションを始めるほかない。
・人間の脳の古い記憶に関する能力は解明されていない。また、脳は体力と気力がある限り会話を続けられるが、GPT-4にはそれはできない。
●注意、GPT-4は微妙な誤りを犯す
・GPT-4には誤りは珍しいことではないので、「信頼するが、検証する」は極めて重要である。特に、数学、統計学、論理学に関しては特に注意する必要がある。
・GPT-4の確認作業は別のGPT-4とのセッションを利用する。もしくは人間が確認することである。
・GPT-4の誤りが難しい1つの要因は、人間にとって非常に難しい問題を解ける一方で、些細と思われる問題を正しく解答できない場合も少なくないからである。
・GPT-4はコードを書いたり、APIを使ったりすることができるので、ソルバーやコンパイラ、データベースなどのツールを使えるようにすると制限を克服できるかもしれない。また、医療系では病院の電子カルテシステムや医療画像データベースへのアクセス権が与えられるとGPT-4の予測可能性は向上するだろう。
●結論
・GPT-4は絶え間ない進化と改善を続けている。
・GPT-4の出力を検証することが非常に重要である。もし、検証することができないならば、GPT-4の結果を信用しない方が賢明である。
・GPT-4が実際に「考える」か、「理解する」か、「感じる」かについては、コンピュータ科学者、心理学者、神経科学者、哲学者、宗教指導者などが延々と議論し、論争していくと考えられる。そして、このような議論はとても重要である。
・今日、最も重要なことは、GPT-4のような機械と人間がどのように協力し、人間の健康を増進させるかということである。GPT-4はヘルスケアの改善に貢献する並外れた可能性を秘めている。
Chapter7 究極のペーパーワークシュレッダー
・ペーパーワークを嫌う人は多いが、医療分野で考えれば、治療に関する情報を文書化して共有し、改善に役立てるためにある。文書で物事を共有することは、治療ミスのリスクを減らし治療の効果を高める。また、病院経営には請求、送金、保険契約などの多くの事務処理が存在している。医療は厳しく規制された業界であり、政府による規制を守る方法は医療業務を文書化することである。
・医師や看護師の燃え尽き症候群は増加の一途をたどっており、職業的満足感を抱いているのは22%という調査結果も出ている(HealthDay:健康と医療に関連するニュースと情報を提供するサービス)。燃え尽き症候群の最大の原因は人員不足であるが、その次の要因は、医師の58%、看護師の51%が事務処理の問題をあげている。
おわりに
『今日は2023年3月16日、我々はこの本の執筆を終えようとしている。ありがたいことだ。つい2日前、OpenAIはGPT-4を正式に世界に公開した。
同じ日、マイクロソフトは新しいBingとEdgeのチャット機能を支えるAIモデルがGPT-4であることを明らかにした。グーグルも同日、大規模言語モデルへの開発者のアクセスを提供するPaLM APIを発表した。そのわずか1日後、アントロピック(AIの研究と開発を行う米国のスタートアップ企業)は次世代AIアシスタント「Claude」を発表した。そして今日、マイクロソフトはWord、Excel、Outlook、PowerPointのアプリケーションにGPT-4を統合することを発表した。今後数週間で、さらに多くのLLMベースの製品が市場に登場することは間違いない。AI競争は本格化しており、我々の働き方や生き方を永遠に変えるだろう
昨日、私の同僚(そして上司)であるケビン・スコットが次のような言葉を私に教えてくれた。
(それは)人間の力を大いに増大させたが、人間の善良さをあまり増大させなかった。
これはイギリスの随筆家、戯曲・文芸評論家、画家、哲学者であるウィリアム・ハズリットが1818年に発表したエッセイ「学識者の無知について」の中で書いた言葉である。私はGPT-4に、ハズリットなら大規模言語モデルとそれが人間に及ぼすであろう影響について何と言っただろうと尋ねてみた。GPT-4はこう答えた。
画像出展:「AI医療革命」
『GPT-4の出現によって、今日何が起きてるのか、特に人間の健康と福祉に及ぼす潜在的な影響を考えずに、ハズリットの言葉を読むことはできない。このことに関する世間の議論は、おそらく激しく騒がしいものとなるだろう。そして、本書がそうした議論に貢献しようとしても、ハリケーンに向かって叫ぶようなことになるかもしれない。しかし、本書がそのような議論に参加しようとする人たちにとって少しでも役に立てば幸いである。社会は今後、非常に重大な倫理的・法的な問題に直面することになるだろう。そのため私は、できるだけ多くの人々が、その答えを導き出せるような能力を備えることを切に願っている。我々は、AIと健康について理解している人々が積極的な役割を果たし、この新しい力を「不適切な行動」ではなく、「人間の善意」へと向ける必要がある。』
感想
AIはやはりITの革新だと思います。それは以下のように思うからです。しかし、もし、AIが無秩序に利用されるとすれば、大きなリスクを抱えることも確かだと思います。
「働く人は良い仕事をしたいと思っている。効率よく仕事をしたいと思っている。経営者は会社を維持そして成長させるため、仕事の質を上げたいと思っている。生産性を上げたいと思っている。利益を上げたいと思っている。世間からの評価を高めたいと思っている。
このためには、有能なパートナーが必要である。それは必ずしも人間でなくても問題はないのではないか。生成AIをパートナーのように有効活用したい経営者は間違いなくいる。そしてうまく活用した企業は大きな成長の機会を手にすると思う。」
AIに関しては“生成AIの可能性”というブログをアップしています。そして、AIは一時的なものではなくITにとっての革新であり、発展していくものだろうと思っています。
今回の本のタイトルは『AI医療革命』なのですが、興味をもったのはAIを牽引するリーダー的存在のNVIDIAが、特にAI医療に注目しているということを知ったためです。
著者:ピーター・リー、アイザック・コハネ、キャリー・ゴールドバーグ
発行:2024年1月
出版:ソシム(株)
購入してから気づいたのですが、本のタイトルには、「ChatGPTはいかに創られたか」と書かれていました。これには少し戸惑いを感じました。おそらくそれは医療革命という響きが、医療の歴史や現状、あるいは医療に関わるシステムや業務プロセスを変革するような大きなものをイメージしていたためだと思います。
読み終えてその違和感は、本書が掲げるAI医療革命とはソフトウェア(コンピュータ言語)革命であり、医師や医療従事者の「考える」あるいは「つくる」という分野にAIが入り込み、そして支援する(共生医療)。それにより仕事の「質(正確性)」と「量(処理スピード)」を、従来の改善という小さなものではなく、大きな変革と呼べるような医療の在り方に変える。というものではないかと感じました。
IBMが“IBM Personal Computer 5150”を世に送り出したのは1981年です。これはITにおけるハードウェア&パーソナル革命と呼べるような気がします。
画像出展:「historyofinformation」
『1981年8月12日、IBMはIntel8088プロセッサをベースとしたオープン アーキテクチャのパーソナル コンピュータオフサイトリンク(PC) を発表しました』
そして、米国では1967年から、日本では1984年から研究者の間だけで使われていたインターネットですが、本格的に普及し始めたのは“Netscape”というブラウザが画期的だったからではないかと思います。その最初のリリースは1994年です。IBMのPC5150のリリースから13年後、これはネットワーク&モバイル革命のように思います。
画像出展:「日経XTECH」
ご参考:“なんかいウェブ研究所”
私はSEではないので技術的なことは分かりませんが、メインフレームと呼ばれる大型汎用システムの言語はCOBOLだったと思います。一方、オープンシステムでマルチタスクが特長だったUNIXシステムに関しては、Fortran、C++、Javaといったコンピュータ言語が有名だったと思います。
一方、AIで使われている言語は全く新しいタイプの言語であり、LLM(大規模言語モデル)と呼ばれています。生成AIにとってLLMはまさに無くてはならないもので、ニューラルネットワークで構成されるコンピュータ言語モデルとされています。このニューラルネットワークとは生物の学習メカニズムを模倣した機械学習法とされており、今までのコンピュータ言語とは発想が全く異なります。このことが、AIはソフトウェア(コンピュータ言語)革命ではないかと考えた理由です。
画像出展:「@IT」
『AIにおける人工のニューラルネットワークは、人間の脳が持つ神経ネットワーク(=生体ニューラルネットワーク)を簡易的に模倣、もしくはヒントにしたものです。深層学習に至るまでに、人工ニューラルネットワークは徐々に進化してきました。』
画像出展:「QuadCom」
“【IT最新トレンド】対話型AIとは何かを分かりやすく解説!”
『従来のAIは、人間がルールや指示を明示的に与えて学習します。一方、大規模言語モデルは、膨大なデータ(パラメーター)から自律的に学習します。この違いにより、大規模言語モデルは従来のAIよりも柔軟で、幅広いタスクを実行することができます。』
目次
序文 OpenAI サム・アルトマン
Chapter1 ファーストコンタクト
●GPT-4とは何か
●しかし、GPTは実際に医療について何か知っているのか
●医学の専門家も非専門家も使えるAI
●AIとの新たなパートナーシップは、新たな問いを投げかける
●ザックとその母に戻る
Chapter2 機械からの薬
●医療機関の新しいアシスタント
●GPT-4はつねに真実を語るのか
●臨床医のインテリジェントなスイスアミーナイフ
●給付金への説明
●医療の実践における伴走車
●GPT-4は現在進行形
Chapter3 大いなる疑問:それは、「理解」しているのか
●大いなる疑問:GPT-4は本当に自分の言っていることを理解しているのか
●常識的推論、道徳的判断、心の理論
●現実には限界がある
●では、大いなる疑問についてはどうだろう
Chapter4 信頼するが、検証する
●驚きと不安
●臨床試験
●訓練生
●しかし、パートナーとしては……
●先導者
Chapter5 AIで拡張された患者
●持たざる人々
●新しい三者の関係
●情報に基づく選択
●より良い健康
●セラピーAI
Chapter6 もっとはるかに:数字、コーディング、ロジック
●GPT-4は計算して、コードを書く
●GPT-4は不思議なことに論理的であり、常識的な推論もできる
●GPT-4とはいったい何なのか
●GPT-4は単なる自動補完エンジンなのか
●しかし、GPT-4にはいくつかの絶対的限界がある
●注意、GPT-4は微妙な誤りを犯す
●結論
Chapter7 究極のペーパーワークシュレッダー
●GPT-4は、紙の受付票を代替する
●GPT-4は診療記録の作成に役立つ
●GPT-4は品質向上を支援できる
●GPT-4は医療提供のビジネス面を支援できる
●GPT-4は価値基準医療の仕組みに役立つ可能性がある
●GPT-4に医療ビジネスの意思決定を任せられるか
Chapter8 より賢いサイエンス
●例:新しい減量薬の試験
●研究のための読書と執筆
●適格化のためのツール
●臨床データの分析
●消えたデータ
●基礎研究
Chapter9 安全第一
Chapter10 リトル ブラック バッグ
おわりに
序文 OpenAI サム・アルトマン
・本書は、GPT-4の汎用的な能力がどのように医療とヘルスケアに革命をもたらされるかを包括的に概説している。
・医療アプリケーションにおけるGPT-4の安全で倫理的かつ効果的な使用法に関する初期の実践指針を示し、その使用をテスト、認証、監視するための緊急の取り組みを呼びかけている。
Chapter1 ファーストコンタクト
・2022年秋、そのAIシステムはまだOpenAIが秘密裏に開発中だった。
・医療にどのような影響を与え、医学研究を変革する可能性があるかを探る。
・診断、診療記録、臨床試験のほぼすべての領域。
●GPT-4とは何か
・初心者ユーザはAIシステムを一種にスマートな検索エンジンのように捉えることが多いようだ。
・GPT-4は検索エンジンと統合できる。
・GPT-4の会話継続能力は素晴らしい。
・GPT-4は論理学や数学の問題を解くことができる。
・GPT-4はコンピュータプログラムを書ける。
・GPT-4はスプレッドシート、フォーム、技術仕様書など解読できる。
・GPT-4は外国語間の翻訳ができる。
・GPT-4は要約、チュートリアル、エッセイ、詩、歌詞、物語を書ける。これらはChatGPTより高度にこなす。
・GPT-4は複雑な数学の問題を解く一方で、単純な算数に間違えることもある。
・GPT-4は賢さと愚かさという二律背反の問題は、特に医療において最大の課題の一つである。
・携帯電話を忘れたような感覚はGPT-4にも言える。GTP-4がないと医療が成り立たない、手詰まりになる、そのような感覚を人間の健康という領域において共有することが本書の目的の一つである。
・GPT-4は新しい能力だけでなく、新しいリスクも提供する。
・GPT-4は出力の正しさを検証することが非常に重要である。
・GPT-4は自分自身の仕事と人間の仕事を見て、その正しさをチェックすることに長けている。
・医療は人間とAIの連携が求められる分野である。GPT-4だけでなく、人間によるエラーを減らすため、GPT-4をどのように使うか、事例とガイダンスが求められる。
・問題の核心にあるのは、人間と機械の新しいパートナーシップ、「共生医療」である。
●しかし、GPTは実際に医療について何か知っているのか
・GPT-4を医療に使う場合、GPT-4は医療について本当は何を知っているか、ということが大きな問題である。1つ確かなことは、GPT-4は医学の専門的な訓練を受けていないということである。
・医学的訓練を受けたGPT-4というアイデアは、OpenAIの開発者だけでなく、多くのコンピュータ科学者、医学研究者、医療従事者にとって非常に興味深いものである。その理由の1つは、GPT-4がどのような医学的「教育」を受けてきたかの正確な理解が、人間の医者についてと同様に重要なことが多いからである。
・「相関関係は因果関係を意味しない」。この区別は医療において決定的に重要である。例えば、パスタをたくさん食べると高血糖になるか、それとも単に相関関係があるだけで、根本的な原因は別にあるのかを知ることは重要である。GPT-4が因果関係の推論が可能かという問題は、本書の範囲外であり、まだ決着がついていないと言うのが適切である。
●医学の専門家も非専門家も使えるAI
・GPT-4は自らの回答を「易しく書き直して」、医学の素人も含めて、様々な人がアクセスできるようにすることが可能である。
・感情を想像し、人に共感できることがGPT-4の最も興味深い点の1つである。これは人の心の状態を想像する能力に関係しているかもしれない。このようなAIシステムとのやりとりについては、ときに機械による人間の感情の評価を「不気味」に感じることもあるだろう。
・GPT-4は不可解な診断例や難しい治療法の決定や臨床事務にも役立つが、最も重要なことは「患者との対話」において医師を支援する方法を見出したことだろう。GPT-4はしばしば驚くべき明晰さと思いやりをもってそれを実現する。
●AIとの新たなパートナーシップは、新たな問いを投げかける
・『ここまでで、GPT-4がまったく新しいタイプのソフトウェアツールであることはおわかりいただけたと願う。GPT-4の前に登場したヘルスケア向けのAIツールは、放射線スキャンを読み取ったり、患者記録のコレクションから入院リスクの高い患者を特定したり、診療録を読んで正しい請求コードを抽出し、保険請求のために提出したりといった特殊なタスクをこなしたりするものが多かった。このようなAIの応用は、重要かつ有用なものだ。何千人もの命を救い、医療費を削減し、医療に携わる多くの人々の日々の体験を向上させてきたことは間違いない。
しかし、GPT-4は、まさに別種のAIである。GPT-4は、特定のヘルスケアタスクのために特別に訓練されたシステムではない。実際、医療に関する専門的なトレーニングは一切受けていない。GPT-4は、従来の「狭義のAI」ではなく、医療に貢献できる初めての「汎用的な人工知能」なのだ。この点で、本書が扱う真の問いは、次のように要約される。すなわち、もし医療に関するほぼすべてを知る「箱の中の脳」があったら、それをどのように使うか、である。
しかしながら、もう1つ、より根本的な疑問がある。これほど重要かつ個人的かつ人間的で大きな役割を果たす資格が、人工知能にはどのくらいあるか、である。我々は皆、医師や看護師を信頼する必要がある。そのためには、我々をケアする人たちが良い心を持っていることを知る必要がある。
それゆえ、GPT-4が持つ最大の疑問、そして最大の可能性が見えてくる。GPT-4はどのような意味で「善良」なのだろう。そして、結局のところ、このようなツールは、我々人間をより良くしてくれるのだろうか。』
●ザックとその母に戻る
・『GPT-4をはじめとするAIが「考える」「知る」「感じる」のか、コンピュータ科学者、心理学者、神経科学者、哲学者、そしておそらく宗教家までもが、延々と続けるだろう。知性と意識の本質を理解しようとする我々の願いは、人類にとって最も根源的な旅の1つであることはたしかである。しかし、最終的に最も重要なのは、GPT-4のような機械と人間がどのように協力し、パートナーシップを結び、人間の状態を改善するために共同で探求していくのかということだ。』
Chapter2 機械からの薬
・GPT-4は文句を言ったり、叱ったりするのが好きではない。
・GPT-4と「関係」を持つという考え方は、本書の核心的な問いかけの1つであり、おそらく物議を醸すだろう。従来の常識では、思考し感情を持つ知覚的存在としてAIシステムを捉えるのは間違っており、AIを擬人化することには本当に危険が伴うと言われている。この問題は最も個人的な事柄の1つである医療において、特に重要だと思われる。
・GPT-4は常に変化し改善している。
●医療機関の新しいアシスタント
・米国の医療従事者の仕事量は20年間で劇的に増加した。医師や看護師は助けを必要としている。
・医療現場の日常業務の多くは、過酷で単調な事務作業などに追われている。
●GPT-4はつねに真実を語るのか
・GPT-4が出す間違った回答の問題点は、その答えが正しく見えることである。なぜなら、説得力のある方法で提示されるからである。
・GPT-4が医療現場のどこで使用すべきか、また医学のあらゆる側面、さらには医学研究論文などのレビューにも当てはまることである。
・GPT-4のような汎用AI技術は、教育的な推測や情報に基づく判断が必要とされる状況に巻き込まれる。
・医師-患者-AIアシスタントの「三位一体」が、医師-患者-AIアシスタント-AI検証者へと拡張される可能性がある。
●臨床医のインテリジェントなスイスアミーナイフ
・GPT-4は診療記録だけでなく、様々なフォーマットで質の高い診察後のサマリー(患者の診療情報や入院・退院時の概要、治療の経過などを簡潔にまとめた文書)を作成できる。
・GPT-4は会話に非常に長けているので、患者の状態や病歴に基づいて、内容の変更や推奨事項を提案することも可能である。
●給付金への説明
・GPT-4はデータを説明、比較、パーソナライズ、最適化し、フィードバック、推奨、精神的サポートを提供することで、医療費、検査結果、健康アプリなど消費者が自身の健康データを解読し、管理するのを支援できる。
●医療の実践における伴走車
・GPT-4はエビデンスに基づいた仮説を立て、複雑な検査結果を解釈し、一般的な疾患だけでなく稀な疾患や生命を脅かす疾患の診断も認識し、関連する参考文献や説明を提供することができる。
・GPT-4は高度に専門的な研究論文を読み、非常に洗練された議論を行うことができる。
・GPT-4の“ユニバーサル・トランスレーター”機能は、医師や看護師を目指す人々や一般の人々に対して、医学知識の普及や医学教育に役立つ可能性がある。
・GPT-4は医学雑誌の記事を読み、小学6年生の理科の授業にふさわしい要約とクイズを書くことができる。
・GPT-4は高度な医学研究の場で、推論を駆使して議論を促し、次の研究ステップの可能性を議論し、可能性のある答えを推測することができる。
・GPT-4はインフォームドコンセントのような倫理的概念にも精通していると思われる。
・GPT-4は全体として、透明性、説明責任、多様性、協調性、論理性、尊重の重要性について核心的な理解を持っている。
●GPT-4は現在進行形
・GPT-4は急速に進化しており、ここ数カ月の調査においても、その能力が著しく向上しているが、未完成であり、今後も絶え間なく進化し続けるだろう。
・本書の最大の目的は、この新しいAIが、ヘルスケアや医療、そして社会のその他の分野で果たす役割について、今後極めて重要な社会的議論に貢献することである。しかし、最も重要なことは、GPT-4自体が目的ではなく、新たな可能性と新たなリスクを併せ持つ世界への扉を開くものである。
・今後、GPT-4を凌ぐ有能なAIシステムは登場するだろう。GPT-4は加速度的に強力的になっていく汎用AIシステムの最初の一歩に過ぎないというのが、コンピュータ科学者たちの共通認識である。
・人工知能の進化に合わせ、医療へのアプローチをどのように進化させるのがベストなのかを理解することである。
Chapter3 大いなる疑問:それは、「理解」しているのか
・GPT-4が優れた会話システムであるのは、会話の全体像を把握している点である。これは今までのAI言語システムと大きく異なる点である。
・何のガイダンスもない場合、GPT-4はその回答を簡潔にするか、あるいは拡大解釈するかを自分で決めなければならない。
・GPT-4は口調を調整し、象徴を想起させ、進行中の会話の「雰囲気」に合わせるという能力を持っている。
●大いなる疑問:GPT-4は本当に自分の言っていることを理解しているのか
・GPT-4は読み書きを理解しアウトプットに意図はあるのか、それとも言葉をつなぎ合わせた無心のパターンマッチングなのかが疑問であるが、多くのAI研究者の見解は後者であり、ディープラーニングだけでは限界があると考えている。しかしながら、科学の問題としてこの「大いなる疑問」に答えるのは驚くほど難しい。そして、この種の問いは、科学的、哲学的議論の的であり、この疑問は長く続くものと思われる。
・GPT-4は詩を書くより分析する方が、文章を作成するより、それを見直す方が得意のようである。
・GPT-4が自分の意志を持っているとは思えないが、確信的な捏造や省略、さらには過失もある。このことは検証を必要とする理由である。
●常識的推論、道徳的判断、心の理論
・GPT-4は理解していないという根拠には、具体的な経験の欠如がある。また、より高度な知性、例えば、物理的世界における推論、常識、道徳的判断などにおいての限界は長年の研究結果もある。
・GPT-4はイエスかノーの答えを求める質問に応じないことによって、「自分の意思」を示しているようである。
●現実には限界がある
・今の所、「理解」という問題に決着をつけられていないが、GPT-4の推論能力にはいくつかの現実的な限界がある。
・GPT-4は数学において知性と無知が混在した不可解な動きを見せることがある。
●では、大いなる疑問についてはどうだろう
・GPT-4のように純粋に言語だけで訓練されたAIシステムは、「理解」していないという見解は正しいと思う。そして、大いなる疑問に関する全体的な科学的コンセンサスはその方向性に傾いている。しかしながら、少なくともGPT-4に関しては、これを証明することは意外に難しい。
・『数ヶ月にわたる調査の結果、私[ピーター・リー]は、最新の科学的研究によるテストでは、GPT-4が「理解が欠けている」ことを証明できないという結論に達した。そして、実際、我々がまだ把握していない、真に深遠な何かが起こっている可能性は十分にある。GPT-4は、我々がまだ特定ができていない何らかの「理解」と「思考」を持っているのかもしれない。ただ、1つ確実に言えるのは、GPT-4はこれまでに見たことのないものであるということだ。そして、GPT-4を、「単なる大きな言語モデル」として片付けるのは間違いであるということだ。』
・『大いなる疑問に対する回答や、知能と意図性についての、おそらくさらに大いなる疑問は、我々の科学的・哲学的探求の中心にある。一方で、最終的に最も重要なのは、GPT-4のようなAIシステムと我々の関係が、我々の心や行動をどのように形作るかということかもしれない。人間のように「理解」できるかに関わらず、GPT-4は、4章[信頼するが、検証する]で見るように、診療所から研究室に至るまで、我々の理解を大いに助けてくれるだろう。』
私事ですが、尿蛋白が(±)でした。今まで尿検査で問題になったことがなかったため、少し気になり原因を考えてみました。禁煙して約14年、飲酒は月1、2回、生活習慣も安定しており気になるようなストレスもありません。塩分コントールも1日6gを目指しています。
このことから、加齢による経年劣化ではないかと思われますが、それ以外で思い当たる理由は、唯一、コロナワクチン接種による可能性です。ちなみにワクチン接種の回数は3回です。
コロナワクチンの問題は「日本整形内科学研究会」さまのウェビナーで色々勉強させて頂いており、特に免疫グロブリンの中のIgG4