2017年12月、ブログ”エコーガイド下fasciaリリース”の中で、『解剖・動作・エコーで導く Fasciaリリースの基本と臨床』という本を紹介させて頂いているのですが、この本の第2版である、『解剖・動作・エコーで導くFasciaリリースの基本と臨床 第2版』は、既に2017年3月に発行されていました。
その意味では既に5年以上経過してしまったわけですが、私にとって”ファシア”はまだまだ不勉強な部分が非常に多く、また、”腎・腎臓”と並び、最も興味深いテーマなので繰り返し学習しながら、徐々に理解度をアップできればいいなと思っています。
なお、ブログは目次の黒字部分になりますので、ごく一部ということになります。
目次
1 fascia(ファシア)とは
① fasciaの歴史・定義の変遷―実態・認識・言葉の狭間で
column 雲とfasciaの類似性
② fasciaは西洋医学と東洋医学の架け橋
③ fasciaの解剖生理
column Dr.Jean-Claude Guimberteau とfascia
2 fasciaの病態
① fasciaの疼痛学
column fasciaの発痛源は「神経」か?
② fasciaと画像評価
column エコー技術の発展とfasciaの病態解明
③ ファシア疼痛症候群(FPS)の提唱
④ fasciaの病態に関わる代表的な用語(癒着、柔軟性など)
⑤ 癒着のGrade分類
3 fasciaから再考する各種病態
① 診断とは何か? 病名と診断名の再考
column 不定愁訴とは? 原因不明とは?
② 関節の病態
column 病名の再区分―thumb pain syndrome
③炎症性疾患との関係
④ 末梢神経の病態
⑤ 血管の病態(冷え症を含む)
⑥ fasciaと自律神経症状
⑦ 局所と中枢の治療戦略
4 エコーガイド下fasciaリリースとは
① エコーガイド下fasciaリリースの技術開発、命名の歴史的経緯
② fasciaリリースの種類と適応
column 末梢神経リリース
③ エコーガイド下ハイドロリリースとは?
column ハイドロリリースという言葉が生まれた背景
④ hydrorelease と hydrodissection およびブロックの違い
5 fasciaリリース評価と治療概論
① さまざまなfasciaリリース(注射、鍼、徒手など)の方法とその組み合わせ方
column 針・鍼の先端の形状と組織侵襲性
column 鍼は本当に神経や血管を避けるのか?
column 注射療法+徒手療法(passive manipulation with hydrorelease)
② 注射手技と効果測定の全体像
③ 注射の治療効果判定
column リリースで悪化する場合(圧痛による治療部位選定のピットフォール)
6 治療部位・発痛源の評価
① fasciaリリースのための診察の流れ
column fascia治療に関する適切な用語は?
② 触診―触診方法のコツ
column 医師が鍼を使う意義
③ 触診―触診の学習方法
column エラストグラフィを活用したエコーガイド下触診教育
④ 動作分析と可動域評価
column pROMの全身評価の方法:real anatomy train
⑤ pROMとnerve tension test
column エコーを用いた坐骨神経の滑走評価nerve gliding test
⑥ fascia治療におけるエコーの活用法
⑦ 多様な関連痛マップ(dermatome、myotome、fasciatome、angiosome、venosome、osteotome)
7 エコーガイド下fasciaハイドロリリースの方法
① 穿刺および注射針の操作技術―注射針・シリンジ・薬液の選択
column fasciaハイドロリリースにおけるステロイド薬の適応
② fasciaハイドロリリースに伴う合併症
③ 安全で確実に注射するための工夫と学び方
④ 安全確実なfasciaハイドロリリースのための教え方(気胸を克服する)
8 エコーガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)の実践
① エコーガイド下fasciaハイドロリリースの学習法
② エコーガイド下fasciaハイドロリリースの難易度一覧
A 頸部
① 頭半棘筋/大後頭筋/下頭斜筋(ランクA)
② 中斜角筋/後斜角筋/第1肋骨(ランクC)
③ 胸鎖乳突筋裏(C2~3レベル)(ランクB)
④ C8神経根周囲のfascia(ランクC)
⑤ 側頭筋/外側翼突筋(ランクC)
⑥ C1/2の黄色靭帯・背側硬膜複合体(ligamentum flavum/dura complex:LFD)
B 肩関節
① 肩峰下滑液包と三角筋滑液包(ランクA)
② 烏口上腕靭帯(ランクA)
③ 三角筋筋内腱(ランクA)
④ 小円筋/上腕三頭筋(長頭)/腋窩神経、下後方関節複合体(ランクC)
C 上肢帯
① 僧帽筋/棘上筋(ランクA)
② 棘下筋(横走線維/斜走線維)(ランクA)
③ 腋窩動脈周囲のfascia(腋窩鞘)(ランクC)
D 上肢
① 橈骨神経周囲のfascia(上腕遠位部)(ランクB)
② 尺骨神経周囲のfascia(Struthers腱弓)(ランクB)
③ オズボーンバンド(ランクB)
④ 長短橈側手根伸筋・総指伸筋/回外筋(ランクA)
⑤ 手関節部の伸筋支帯(ランクB)
⑥ 手関節部の屈筋支帯(ランクB)
⑦ 正中神経(束間神経上膜)(ランクC)
E 体幹
① 胸腰筋膜(ランクA)
② 腰部多裂筋(ランクA)
③ 腰椎横突起腹側(腰方形筋付着部)(ランクA)
④ 腰椎椎間関節包(ランクB)
⑤ 術後創部痛(ランクB)
F 下肢帯
① 中殿筋/小殿筋/腸骨(ランクA)および中殿筋/小殿筋/股関節包(ランクA)
1.中殿筋/小殿筋/腸骨
2.中殿筋/小殿筋/股関節包
② 梨状筋(ランクB)
③ S1後仙骨孔(ランクC)
④ 坐骨神経(ランクC)
G 下肢
① 鵞足/内側側副靭帯(ランクA)
② 伏在神経周囲のfascia(膝関節周囲)(ランクB)
③ 半腱様筋/半膜様筋(ランクA)
④ 膝窩動脈周囲のfascia(ランクC)
⑤ 総腓骨神経周囲のfascia(ランクB)
⑥ 足関節部の上肢筋支帯(ランクB)
⑦ 足根洞(ランクC)
9 症例提示―fasciaハイドロリリースの実践が進む分野
① 症例1 整形外科医の腰痛
② 症例2 若手女性の上肢痛の原因は「顎関節」
③ 症例3 歯科領域への応用(新しい非歯原性歯痛分類の提案)
column 顔面痛に対するfasciaハイドロリリース
④ 症例4 脳卒中後遺症ではなかった右上肢のしびれ感
column 神経疾患とファシア疼痛症候群(FPS)の合併
⑤ 症例5 創部痛(大動脈弁置換手術のための開胸術後)
column 腹壁ハイドロリリース
⑥ 症例6 スポーツ選手の筋腱断裂後疼痛
⑦ 症例7 左肘窩部の採血後疼痛
⑧ 症例8 交通事故後のむち打ち症(外傷性頸部症候群)
⑨ 症例9 前胸部不快感と過換気発作を繰り返す若年女性
⑩ 症例10 膠原病(炎症性疾患)に合併するファシア疼痛症候群(FPS)
column リンパ節炎後のリンパ節リリース
⑪ 症例11 脳出血後の頭痛・めまい(fasciaがつなぐ東洋医学と西洋医学)
10 悪化因子への対応―整形内科的生活指導
・生活指導の現状と課題
・運動器疼痛に対する整形内科的生活指導のプロセス
・事実の確認方法
・個人への介入方法
・集団への介入方法
11 fasciaに注視した手術―認識と手技の変遷
・創部と痛み・癒着の関係
・創部の治療
・手術手技とfascia
・手術領域において「膜」や「膜様構造」と認識されてきたfascia
・“膜”や“膜様構造”はfasciaの1つの表現形にすぎない
・fasciaに対する認識の転換―内視鏡による拡大近接画像が見せた「生きている立体的網目状構造」
・総論:fasciaを意識した手術手技(腹部・骨盤部を例に)
・各論:fasciaの認識と手術手技の関係(腹部・骨盤部を例に)
―fasciaを温存するか、しないか
・fasciaを意識した手術は合併症を減らす
・fasciaを意識した手術の未来
12 初学者のためのQ&A集
Q1 どのように診察を始めればよい?
Q2 結局、痛いところに注射すればよい?
Q3 リリースで悪化する病態はあるの?
Q4 注射実施時の感染予防対策は?
Q5 プローブの血液汚染はどうすればよい?
Q6 注射後は、注射した液体を手などで広げるの?
Q7 よくある治療中の患者の反応は?
Q8 注射後の重だるさや痛み(リバウンド)はあるの?
Q9 注射した液体はどれくらいで消えるの?
Q10 薬液注入量のだいたいの目安は?
Q11 針を骨に当てると骨表面上での合併症が起こる?
Q12 古いエコー機器ではこの治療はできないの?
Q13 治療に要する時間は、一人当たりおよそ何分くらい?
1 fascia(ファシア)とは
① fasciaの歴史・定義の変遷―実態・認識・言葉の狭間で
●結合組織という言葉の歴史と、その定義
・「その他」として分類されてきた結合組織は、単に構造を支持するだけの不活性組織と理解されてきた。
・近年、結合組織の活性機能が注目されている。以下はその例である。
-心外膜脂肪が放出するサイトカインの冠動脈硬化への影響。
-腸間膜が独立臓器として証明。
-間質が独立器官として再認識。
・結合組織の代表格である筋膜(myofascia)は「保持、パッケージ」などの構造の保持機能に加えて、「刺激への侵害受容や深部感覚の伝達」を行っていることが判明した。
・マクロの観点では、アナトミートレインのように全身が連続していることが、概念と肉眼解剖学による研究結果として報告された。
・ミクロの観点では、細胞外からの機械的刺激は細胞内まで伝達し、核の代謝に直接的な影響を与えている(機械的シグナル伝達)。これは、結合組織の細胞レベルの機能特性を示している。
●fasciaという言葉の歴史と、その定義
・日本では2019年4月、JNOS学術局の協議により、fasciaの定義を「ネットワーク機能を有する『目視可能な線維構成体』は肉眼解剖用語であるとした。
・一般向けの平易な説明として、2020年3月には、fasciaを「全身にある臓器を覆い、接続し、情報伝達を担う線維性の立体網目状組織、臓器の動きを滑らかにし、これを支え、保護して位置を保つシステム」と表記した。
③ fasciaの解剖生理
●結合組織とfasciaの関係性
・結合組織は主要な4大組織(筋組織、神経組織、上皮組織、結合組織)の1つとされているが、身体の様々な組織に該当しない組織を集めたものともいわれている。
・広義の結合組織には血液や骨、軟骨なども含まれる。
・狭義の結合組織
-密性結合組織
-疎性結合組織
-膠様組織
-細網組織
-線維性結合組織(脂肪組織など)
●fasciaの生理学的見解
1)fascia systemとしての考え方
・fascia systemとは、fasciaの機能的側面を説明するものである。
・fascia systemは、身体に広がる柔軟でコラーゲンを含む、疎性および密性の線維性結合組織の三次元連続体で構成される。また、すべての臓器、筋肉、骨、神経線維を相互に貫通して取り囲み、身体に機能的な構造を与え、すべての身体システムが統合的に動作できる環境を提供している。
・fascia systemは皮下にある連続した結合組織の全身のネットワークであり、別々に働く個々の骨格筋が、fasciaでつながっていることにより、1つの動作が別領域の身体の部分に力や動きを伝達する。
2)fasciaと臓器の関係
・fasciaは、骨格系への支持機能だけではなく、内臓の機能がスムーズに働くことも助けている。
・fasciaは臓器間の境界として、臓器が潤滑に動けるために表面を覆い、臓器を結合し、正しい位置に固定する役割もある。
・fasciaは三次元的な構造と特異的な生理作用によって外力を吸収し、それをうまく分配することにより、繊細な組織や臓器への外傷を防ぐためにも重要であると考えられている。
3)fasciaと神経、血管の関係
・fasciaの中を走行する神経、血管、リンパ管などは、周りをfasciaで覆われることにより、保護と方向性が与えられている。
・fasciaは身体を区画に分けることによって体外からの病原菌を素早く拡散するのを防ぐ生体防御システムの役割も担っている。
・fasciaによる制御された構造により、マクロファージや樹状細胞などの免疫細胞は障害された組織に集積できる。
●fasciaの分子生物学的見解
・fasciaに存在する線維芽細胞は、細胞間のgap junctionを通じて情報をやりとりし、神経系のように身体全体で機械刺激感受性のシグナルを伝達しているということが報告されている。この張力の統合が身体各部位における姿勢や動きのセンサーとなり、かつフィードバック機構となり、各動作をスムーズに統合していると考えられる。
・fasciaが引き伸ばされると、線維芽細胞は形態を変化させ、fasciaにかかる張力を和らげている。
・fasciaに存在するこれらの線維芽細胞は、機能的にも代謝的にも異なる性質を持っている。
・線維芽細胞の多くは身体の浅層に位置し、深層では疎性結合組織に存在する。
・線維芽細胞に伝わる機械的な刺激は、その性質や方向性、刺激が継続する時間の変化などが、細胞には言語のように伝わり(機械的シグナル伝達)、細胞内にも様々な変化を引き起こす。
・身体は常に生理的な負荷や機械的な刺激を受けている。もし、外界からの刺激をシャットダウンすると骨格筋は良好な栄養状態下にあっても委縮が起こるとされている。一方、負荷がかかりすぎると肥大する。
・腱の損傷では細胞外マトリックスが損傷を受け、その構造に脆弱な部分が生じると組織の緊張が高まり、過度な力が周辺の線維芽細胞に働くことで組織の炎症や分解を引き起こし、細胞死も誘導するといわれている。
・線維芽細胞は細胞外マトリックスの分解、産生に直接関わることで、間接的にfasciaの連続性を保つために働き、その機能を決定している。
・生理的な張力が粘性や弾性のある細胞外マトリックスによって適度に伝わると、線維芽細胞の機能も保たれ、線維芽細胞が細胞外マトリックスを制御することで結果的にfasciaの連続性が機能し正常に働くことが可能になる。そのメカニズムは、線維芽細胞が分泌する酵素や成長ホルモンの働きによって、多くの細胞外マトリックスが産生され、必要に応じて分解されることにより、うまく調節されている。
・線維芽細胞によって産生される酵素は、分解機能をもつMMPs(マトリックスメタロプロテアーゼ)、そしてその分解能を抑制するMMPのインヒビターであるTIMPsなどがあり、この両者のバランスが組織修復の際には重要な鍵となる。
・線維芽細胞はMMPsやTIMPs以外に、TGF-β1(transforming gwowth factor β1)やFGF(fibroblast growth factor)といった細胞の代謝や増殖に重要なホルモンも分泌している。
・線維芽細胞は免疫反応においても重要な働きをしている。炎症反応に関わる多くのサイトカインやケモカインを産生し、炎症性の環境を数時間で作り出すことができる。
・線維芽細胞は炎症を促進し、ストレスにも対応するなどfasciaの連続性の維持にとても重要な役割を担っている。
第4章 社内規程の効力
・社内規程の効力は施行期日から生じる。
17 社内規程の効力はいつから生じるのか
1)施行という概念
・「施行」とは制定された規範の効力を一般的に発動し、作用させることである。
・特に「適用」とは極めて類似しているが、「適用」は個別具体の事象に対する効力の発動・作用であるという点が異なる。
2)施行期日に関する条文
(1)条文の表記
・施行期日を示す条文は、附則に置かれている。社内規程の場合、附則にこれ以外の条文を置くことはあまりない。
・施行期日が唯一の条文の場合、見出しも条名もなく、施行期日を定める文章だけが表記される。
(2)表記されている期日などの意味
・社内規程は、制定後に改定されることがある。例えば、改定があった場合、条文中の「この規則」とは制定当初の規則のことか、改定後の規則のことかに迷うことがある。これは、附則の条文が示している年月日は直近に改定された時の施行期日であるため、改定後の現在規則ということになる。
18 社内規程の効力は誰に対して生じるのか
・社内規程の効力は、会社とその構成員である役職員に対して生じる。つまり「適用」という語を使えば、社内規程は「会社とその構成員である役職員に適用される。」ということになる。
1)適用という概念
・「適用」とは、施行された規範の効力を個別具体の事象に対して発動し、作用させることである。
2)会社に適用されることの意味
・会社とは場所や社屋等ではなく、会社という属性を持つ法人に対する属人主義的な適用を意味する。
3)運用対象が限定的にみえる社内規程
(1)組織関係規程
・社内規程の中には、適用の対象が役職員の一部に限定されているかのようにみえるものがある。
4)適用対象に関する明文の規定
・全ての社内規程は、会社とその構成員である役職員に適用されるべきものであるが、規程等管理規程などに規定を置き、明文化しておくことも有益である。
19 社内規程の効力が否定される場合とは
1)効力が否定される場合
・社内規程の効力が否定される事態というのは、相異なる社内規程の条項が互いに抵触している場合、どちらかの効力が否定される事態のことである。特に新規の社内規程の制定や現行の社内規程の改定によって新設された条項は注意すべきである。
20 社内規程の効力は子会社にも及ぶのか
・子会社の経営を適切に管理することは、親会社の重要な経営課題である。会社法では、子会社について「会社が議決権の過半数を有する株式会社その他の経営を支配している法人として法務省令で定めるもの」であると定義している。
実践編
第1章 社内規程の運営
1 社内規程の整備・運用はどのように行うべきか
・社内規程の管理には、個々の社内規程の管理と社内規程の全体統括という二つの側面がある。
1)個別管理と全体統括の概念
2)担当者の具体像
・個別管理の担当者は個々の社内規程を所管する部門の担当者のことである。一方、全体統括の方は、法務部や総務部において社内法務を一元的に統括する者が担当者になる。
3)担当者の役割
(1)個別管理
①現行の運用
②制定・改定の要否の検討
③立案作業の遂行
(2)全体統括
①規程集の整備
・全ての規程を収録した規程集を作成し、保管する。規程集は、関係者が常時閲覧できるようにするとともに、規程の制定・改廃があった場合には、これを速やかに反映させる。
②立案時における案文の審査
③制定・改廃の社内通知
2 社内規程の実効的な運用のために必要なことは何か
・社内規程の実効的運用とは、社内に浸透し励行されていることをいう。
1)浸透の難易度による社内規程の分類
・浸透の問題は規程を立案したものと、適用の対象となる者との距離が重要である。
2)規程を浸透させる必要性
・規程立案担当者及び運用責任者には、適用対象者が規程の意義を十分に認識し、その内容を理解できるように工夫する必要がある。
3)浸透させる努力と工夫
・分かりやすい資料(Q&Aも有効)を用意し、説明会を必要に応じて開催するなどの高い意識が必要である。
3 社内規程の立案について心掛けるべきことは何か
・社内規程の立案は、適時適切に行うよう心掛けなければならない。
1)「適時」について
・社内規程を立案すべき時期は、個々の規程の性格によって様々である。
2)「適切」について
・立案が適切であるための要件は、①規程の内容が規範として妥当なものであること、②規程の表記が規範として的確であること、③立案から施行に至る過程で所要の手続きを履行すること、である。
(1)内容の妥当性
①規定する措置の内容が立案の目的に照らして合理的なものであるか。
②立案する規程のレベルが内容の重要性に見合ったものになっているか。
③立案の内容が上位の規程に反していないか。
(2)表記の的確性
①規程の全体が適切に構成されているか(条文の配列など)。
②各条文が適切に構成されているか(条項の区切り、号の活用など)。
③条項の引用表現に誤りはないか。
④条項中の用事と用語が法令のルールに準拠しているか。
(3)適正手続きの履行
①立案開始時に余裕を持った日程を立てているか。
②関係部門との調整を早期に開始しているか。
③統括管理者(法務部など)による十分な審査を受けているか。
④規程の浸透に配意しているか(前広な周知、趣旨の説明など)。
4 社内規程の審査について心掛けるべきことは何か
1)審査の観点
・社内審査の目的は、立案された規程が内容において妥当であり、かつ、表記において的確であるかどうかを吟味し、問題点が発見された場合にはこれを是正することである。
2)審査担当者の心掛け
・審査の事務において、問題点を適確に発見し、是正する役割を果たすためには、①知見の涵養、②審査時間の確保、③支援する姿勢、④審査項目の共有、が大切である。
5 内部統制システムの関係者は社内規程にどう向き合うべきか
・会社の役職員は様々な立場から内部統制システムに関係している。他方、社内規程は、内部統制システムを構築し、運用するための法的な基盤となっており、組織、業務、人事、コンプライアンスという各分野の社内規程が、それぞれ内部統制システムの構成要素に対して定められている。
1)内部統制システムの概念
・内部統制システムという概念は、会社法の定めに由来するものである。具体的には、「会社の業務の適正を確保するために必要な体制の整備」を意味する概念である。
2)内部統制システムの構成要素
①情報の保存及び管理に関する体制
②損失の危険の管理に関する体制
③取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制
④監査役の監事が実効的に行われることを確保するための体制
第2章 立案の方式及び留意点
6 社内規程の制定、改定及び廃止はどのような方式で行なえばよいのか
・社内規程の制定、改定及び廃止を行う方式には、手続と様式の二つの側面がある。
1)手続き
・社内規程を制定、改定又は廃止するためには、各規程のレベルに応じて、決議又は決裁という手続を経る必要がある。規程のレベルというのは、社内規程全体の階層構造の中で個々の社内規程が位置している階層のことであり、上から順に規程、規則、細則、要領というレベルがある。
・社内規程の制定・改廃権者は各レベルに対応しており、規程は取締役会、規則は経営会議、細則は社長、要領は本部長とされており、会議での決裁や社長、本部長の決裁の手続きが必要になる。
2)様式
・様式は社内規程のレベルを問わず、制定、改定又は廃止のいずれかによって異なっている。
(1)制定
・新規に規程を制定する場合は、決議又は決裁を求める際に、制定の経緯や目的、規程案の骨子などを説明した後に、「次の規程を制定することとしたい。」と記載し、当該規程案を添付した書面を提出する。
(2)改定
・現行規程を改定する場合には、改定の経緯や趣旨を説明した文章に加えて、改定の具体的な内容を示すため、新旧対照表を作成して添付する必要がある。
(3)廃止
・社内規程を廃止する場合は、廃止の理由を説明するとともに、「○○規程を廃止することとしたい。」と記載した書面に廃止する規程を添付して、決議又は決裁を求める。
7 新規の規程を制定する場合、特に留意すべきことは何か
・立案上の留意点は、内容の妥当性、表記の的確性及び適正手続きの履行以外に、新規と改定にはそれぞれ固有の留意点がある。
・新規の規程を立案する場合には、①主管部門の適切な決定、②規程のレベルの適切な選択、③現行規程との関係に対する考慮の三点である。
1)主管部門の適切な決定
・立案の主管部門は、制定しようとする事項を担当している部門とするのが原則である。
2)規程のレベルの適切な選択
・規程集の最上位に来る「規程等管理規程」が作成されていれば、各レベルの規程で定めるべき事項の性質が規定されているので、その趣旨を踏まえ、制定する事項の内容とその重要度に応じた適切なレベルを選択しなければならない。これが新規制定の際に最も留意すべき点である。
・不適切なレベル選択は、「規程等管理規程」の趣旨に反するばかりでなく、社内のガバナンスを阻害することにもなるので、十分な注意が必要である。
3)現行規程との関係に対する考慮
・社内規程は規程事項の内容によって、組織、業務、人事、コンプライアンスという四つの分野に大別される。
・新規の規程といっても、現行の規程と全く無縁の存在ではなく、何らかの関係を持つ場合が少なくない。
・上位にある規程との関係だけでなく、同列の規程との関係にも留意する必要がある。
8 規程のレベル選択を間違いやすいのはなぜか
・規程等管理規程では、「重要な事項は上位の機関が決める」という思想に基づき、各レベルの規程に置いて規定すべき事項を次のように定めている。
・レベルの選択を間違えるというのは、上記のような対応関係を考慮せずに不適切なレベルの規程を選択してしまうことである。その中でも最も起こりやすい間違いは規程又は規則で規定すべき事項を細則又は要領で想定してしまうことである。このような間違いが起こる原因としては、次の三つが考えられる。
1)特定を定める規程のレベルに関する誤解
・一般的に、特例、特則は一般則と同じレベルでなければならない。この原理は法令も同様である。
2)規程の主管と規程のレベルとの混同
・レベルの選択は規程の内容とその重要度によって判断すべきである。その内容が各部門に関係し、全社的な統制の下で実施すべきものであれば、重要性を鑑みて、上位のレベルを選択するのが適切である。
3)手続きの簡便性に惹かれる担当者の心理
・規程のレベルが上がるほど関係者が多く、制定手続にも時間がかかるので、担当者は下位のレベルを選択しようとする意識が働き、規定事項の重要性を軽視したレベルの選択が行われやすくなる。
9 規程のレベル選択の間違いを是正する方法とは
・規定事項が全ての役職員に対して一定の義務を課し、又は一定の権利を与えるようなものであれば、規程又は規則というレベルを選択すべきであるが、立案担当者が何らかの事情により、要領という形式を選択し、施行してしまった場合には、早急に是正する必要がある。
1)レベルの是正が必要な理由
①規程等管理規程の趣旨に反する。
②社内統治(ガバナンス)の実効性が損なわれてしまう。
2)レベルの是正に必要な手続き
・規程の題名を変更することはできず、一旦「○○要領」を廃止し、同内容の「○○規程」を制定するという二つの手続きを踏む必要がある。
3)レベルの適正を確保する方策
・レベル選択の誤りの発見と是正には、法務に精通したものに検証を依頼する必要がある。
・レベルの選択の誤りを防止するには、法務担当者の研修や啓蒙活動の他、審査する体制の構築が求められる。
10 現行の規程を改定する場合、特に留意すべきことは何か
・改定には、字句の変更、条項の追加、条項の削除という三つの類型がある。
・主な留意点には、目的規定との関係、題名、章名等との関係、追加する条項の単位がある。
1)改定の三類型
2)目的規定との関係
・規程の第1条に目的規定がある。規程を改定する際には、改定した後の条項の内容と目的規定で定められている内容と整合していることを確認しなければならない。追加条項と整合するように現行規程の目的規定を改めるか、条項の追加ではなく、新規規程の制定という形式にする場合もある。
3)題名、章名等との関係
・目的の修正を要する追加改定を行う場合、題名が適切でなくなることもあるため相応しい題名に変更する。
・例えば、コンプライアンス組織規程に業務運営に関する条項を追加するような場合には、題名をコンプライアンス体制運営規程などと改正する必要がある。
4)追加する条項の単位
・条項の追加する際には、条として追加するか、項として追加するかを検討する必要がある。密接な関係にある場合は項として追加し、やや独立した関係にある場合は、別の条を建てて規定するのが適切である。
11 規程の立案に際して手続面で履行すべきことは何か
・規程の立案には幾つかの段階がある。
①立案の開始を決定した段階:全行程の想定
②案文を作成するまでの間:関係先との協議
③案文を作成した段階:審査部への持ち込み
④機関決定後、施行までの間:社内における周知
1)全行程の想定
・案文の作成から機関決定を経て施行に至るまで、どのような手続をどの時点で履行するかを検討し、全工程の予定を想定しておく。
2)関係先との協議
・必要に応じて関係先との協議は早めに進めた方が良い。
3)審査部への持ち込み
・立案者の案文の審査は余裕をもって依頼するよう心掛けたい。
4)社内における周知
・規程成立後、施行されるまでに社内への周知を迅速かつ十分に行うことが重要である。特に制定・改定の背景や趣旨を詳しく説明したり、特に関係が深い者を対象に説明会を開催するなど周知のための工夫や配慮が必要である。
第3章 規程全体の書き方
12 社内規程の構成は法律とどこが違うのか
・社内規程の構成というのは、社内規程の全体にどのような規程をどのような順序で配列するかという問題である。
1)共通点
①冒頭に題名を付ける。
②本則、附則の順に条文を規定する。
③本則には規程の目的に直結する本体的な事項を規定し、附則には付属的な事項を規定する。
④本則の条文が多数に及ぶ場合には、「章」、「節」などの区分を設ける。
⑤本則に章などの区分を設ける場合には、第1章は「総則」とし、目的、定義など、規程全体に関連する事項を規定する。
⑥附則の冒頭に、施行期日を定める規定を置く。
2)相違点
(1)罰則の有無
・罰則は法律にしか存在しない。
・社内規程の場合には、罰則という制裁がないので、就業規則の中に通常、「社内規程に違反する行為が懲戒処分の対象となる」旨を定める規定をおく。これが違反行為を抑止する役割を果たしている。
(2)制定権者を示す条文の有無
・本則の最後に必ず、制定・改廃権者が誰であるかを示す条文が置かれる。
13 社内規程の題名を付ける際に留意すべきことは何か
1)社内規程における題名の例
・社内規程の題名は、概ね簡潔である。
2)法律における題名の例
・法律の題名は、簡潔なものと長文のものがある。
3)「規程等管理規程」という題名について
・社内規程の階層や効力関係など、社内規程全般に及ぶ重要事項を定める通則法的な規程である。
14 社内規程の本則には条文をどのように配列すべきか
・社内規程に共通する基本原則
1)総則的な条文の配列順
・目的規定は、原則として、全ての規程の第1条として置かれる条文である。
2)実体的な条文の配列順
・条文の配列順序はケースバイケースであるが、その内容を性質別に分類できる場合には、その性質を手掛かりに配列する。
・行為の準則を定める規程であれば、規定対象の行為に関する条文を時系列で並べるのが適切である。
3)雑則的な条文の配列順
・雑則的な条文の中には、本則の最後の条として、各規程の改廃の権限・手続を定める条文である。
15 章の区分について留意すべきことは何か
1)章に区別すべき場合
・本則の条文が多数あり、条文の見出しを追うのも大変な場合には、章に区分した上で、目次を付すのが一般的である。
2)条文のグループ分け
・重要なことは同じ章には同質の条文だけを置く。
3)章名の付け方
・章名は内容を端的に表示したものでなければならない。
・章名は「組織」「運営」など、できるだけ簡潔な方が良い。
・雑則的な条文は、「雑則」「改廃」という章名が相応しく、「第○章 その他」のような章名は不適切である。
16 目次について留意すべきことは何か
・目次は題名と本則の間に置く。
1)目次を置くべき場合
・規程の本則が章に区分されている場合には、必ず目次を置くようにすべきである。
2)目次の体裁
・上記にあるように、各章の章名と、各章に属する条文の範囲を示す括弧書きを表記する。
3)目次のメンテナンス
・目次のある規程を改定する際には、改定による目次への影響に注意しなければならない。本則にある章名の変更や追加、削除を行う場合は、目次中の関係部分を全て改定しなければならない。
・条文の範囲が括弧書きで記載されているときは、改定後の本則の条名と整合するよう改定しなければならない。
17 社内規程の附則にはどのようなことを規定すればよいのか
・社内規程の附則は、通常、施行時期を規定する条文だけが記載されている。
1)「附則」という表記
・附則では、先ず、自らを「附則」と表記し、その後で次行から条文を書くことになっている。
2)制定・改定履歴の付記
・最終行に記載されている改定の年月日が、附則の条文に規定される施行時期となっている。
補足)“ひな型Rev1.0”のその後
”たたき台Rev0.1”を、何とか”ひな型Rev1.0”までブラッシュアップしましたが、その後、施行まで3つのアクションをとりました。
1.すでにお世話になっていた「埼玉県よろず支援拠点」の先生にご相談しご指摘を頂きました。
2.非営利型一般社団法人に精通されている、顧問税理士の先生にご確認頂きました。
3.浦和西高のOBでもある、顧問弁護士の先生に最終の確認をして頂きました。
以上、必要カ所の修正を行い、完成した正式版Rev1.0を一社UNSSの全メンバーに説明し、承認を受けめでたく施行となりました。(自分自身に「お疲れ様」といいたい)
『「埼玉県よろず支援拠点」は、経済産業省・中小企業庁が、全国47都道府県に設置する経営なんでも相談所です。
中小企業・小規模事業者、NPO法人・一般社団法人・社会福祉法人等の中小企業・小規模事業者に類する方の売上拡大、経営改善など経営上のあらゆるお悩みの相談に無料で対応します。』
今まで、「プロジェクト計画書」、「非営利型一般社団法人」、「定款作成物語」というブログをアップしてきました。これらは我が母校である、埼玉県立浦和西高校サッカー部OB会を法人化するために必要なことでした。
法人化により法人口座をもち、契約できるようになりました。そして、任意団体は法人格の団体となり、社会的信用は確実に高まりました。
何故、法人化したのか、これはサッカー部のOBが主体となって、寄付を募り、その資金で土のグラウンドを人工芝のグラウンドに替えるためです。募金の目標金額は5,500万円です。
なお、法人成立は2022年8月、社名は「一般社団法人UNSS」、UNSSは「浦和西高スポーツサポーターズクラブ」の略称です。
一社(一般社団法人)の立ち上げは完了しましたが、会社のルールブックである定款を補完するための「運営管理規程」の整備が残っていました。この難題は、定款作成を進めてきた私の仕事になりました。これには違和感はないものの、今まで経験したこともなく、「これは、まいったな。大ピンチ!」というところです。
とりあえず、『一般社団法人及び一般財団法人に関する法律』という法律をのぞいてみました。本則は全部で344条、一般財団法人の部分に加え、当面は不要と思われる条文もかなりありました。一方、ネットにあったさまざまな管理規程のサンプルを集めました。
この二つの方向から眺め、絞りに絞った条文を、誰がみても何とか意味が分かるような文章に修正しました。こうして、“雛形”とは言い難い、“たたき台rev0.1”は出来上がりました。
作ってはみたものの、運営管理規程策定のルールも作法もよく知らない者が作ったrev0.1のため、かなり怪しい出来上がりのような気がしました。
そこで、今更であり、順番は逆になりましたが、「やはり、少し勉強せねば」と考え、約160ページの『社内規程立案の手引き』という本を図書館から借りてきました。思いきって買ってしまいたかったのですが、定価2,400円の本は在庫がなく、中古本は5,000円以上と高額だったため、断念しました。
基礎編
第1章 社内規程の意義
1 社内規程とは何か
2 社内規程にはどのような種類があるのか
3 どの会社にも必要な社内規程とは
4 社内規程は誰のため、何のためにあるのか
5 社内規程は内部統制システムとどのような関係にあるのか
6 社内規程は法律とどのような関係にあるのか
第2章 社内規程の体系
7 社内規程の体系とは何か
8 社内規程の体系はどこで定められているのか
9 社内規程の体系はなぜ重要なのか
10 社内規程の体系が形骸化する事態とは
11 社内規程の体系と法体系の共通点と相違点は何か
第3章 社内規程の構造
12 社内規程の立案に当たって必要な構造的理解とは
13 社内規程は同列の社内規程とどのような関係にあるのか
14 社内規程は上下の社内規程とどのような関係にあるのか
15 個々の社内規程はどのように構成されているのか
16 社内規程の条文はどのように表記されているのか
第4章 社内規程の効力
17 社内規程の効力はいつから生じるのか
18 社内規程の効力は誰に対して生じるのか
19 社内規程の効力が否定される場合とは
20 社内規程の効力は子会社にも及ぶのかのか
実践編
第1章 社内規程の運営
1 社内規程の整備・運用はどのように行うべきか
2 社内規程の実効的な運用のために必要なことは何か
3 社内規程の立案について心掛けるべきことは何か
4 社内規程の審査について心掛けるべきことは何か
5 内部統制システムの関係者は社内規程にどう向き合うべきか
第2章 立案の方式及び留意点
6 社内規程の制定、改定及び廃止はどのような方式で行なえばよいのか
7 新規の規程を制定する場合、特に留意すべきことは何か
8 規程のレベル選択を間違いやすいのはなぜか
9 規程のレベル選択の間違いを是正する方法とは
10 現行の規程を改定する場合、特に留意すべきことは何か
11 規程の立案に際して手続面で履行すべきことは何か
第3章 規程全体の書き方
12 社内規程の構成は法律とどこが違うのか
13 社内規程の題名を付ける際に留意すべきことは何か
14 社内規程の本則には条文をどのように配列すべきか
15 章の区分について留意すべきことは何か
16 目次について留意すべきことは何か
17 社内規程の附則にはどのようなことを規定すればよいのか
第4章 条文の書き方
18 条文の書き方について一般的に留意すべきことは何か
19 条文に見出しを付ける際に留意すべきことは何か
20 枝番号の条文を置くことは許されるのか
21 条文に複数の項を置く場合に留意すべきことは何か
22 項中のただし書はどのように書けばよいのか
23 項中の後段にはどのようなものがあるのか
24 号の使用について留意すべきことは何か
25 表とはどのようなものか
26 別表とはどのようなものか
27 目的規定はどのように書けばよいのか
28 定義規定はどのように書けばよいのか
29 条項の引用はどのように書けばよいのか
30 他の条項にある事項を引用するときの書き方とは
31 条項の準用とは何か
32 条文を読みやすくするための工夫とは
第5章 用字
33 条文中の漢字の使用にはどのようなルールがあるのか
34 副詞や接続詞は漢字を使って書くのか
35 送り仮名の付け方にはどのようなルールがあるのか
36 句読点の使い方にはどのようなルールがあるのか
37 外来語を使うときに留意すべきことは何か
38 数字を使うときに留意すべきことは何か
39 括弧などの記号はどのようなときに使えばよいのか
第6章 用語
40 条文中の語句の使用について留意すべきことは何か
41 語句を並べるときはどのように表現するのか
42 「又は」「若しくは」は、どう使い分けるのか
43 「及び」「並びに」は、どう使い分けるのか
44 「その他」と「その他の」は、どう違うのか
45 「とする」は、どのような場合に使うのか
46 「による」は、どのような場合に使うのか
47 「ものとする」は、どのような場合に使うのか
48 「しなければならない」は、どのような場合に使うのか
49 「してはいけない」は、どのような場合に使うのか
50 「することはできない」は、どのような場合に使うのか
51 「することができる」は、どのような場合に使うのか
52 「要しない」「妨げない」は、どのような場合に使うのか
53 「置く」「行う」などで結語するのは、どのような場合か
54 「みなす」と「推定する」は、どう違うのか
55 「場合」「とき」は、どう使い分けるのか
56 「もの」には、どのような使い方があるのか
57 「含む」「除く」「限る」には、どのような使い方があるのか
58 「等」は、どのように使えばよいのか
59 「この」「その」「当該」は、どのように使えばよいのか
60 「直ちに」「速やかに」「遅滞なく」は、どう違うのか
ブログは基礎編と実践編の第3章までです。
基礎編
第1章 社内規程の意義
1 社内規程とは何か
・「社内規程とは、社内で制定され、社内に適用される規定である。」
・個々の条項の定めを指すときは「規定」といい、一連の条項の総体としての定めを指すときは「規程」という。
1)制定と適用
・制定:権限のある機関が所定の手続きによって法令としての案文を確定し、これを法令として定立する行為。
・施行:制定された法令の規定の効力を一般的に発動し、作用させること。
・適用:施行された法令の規定の効力を個別具体の事象に対して発動し、作用させること。
2 社内規程にはどのような種類があるのか
1)分野別の種類
・定款と規程等管理規程は、会社経営や社内規程の全体をカバーする基本的な重要事項を規定するものであり、個別分野には限定されない「スーパー社内規程」なので、上記の分類表には入っていない。
2)階層別の種類
・定款-規程-規則-細則-要領
3 どの会社にも必要な社内規程とは
1)組織関係規定
・定款
・社内規程
2)人事関係規定
・人事関係の分野では、労働基準法の規定により、一定規模以上の会社は就業規則を作成しなければならないことになっている。
・労働法との関連では、育児・介護休業法や労働安全衛生法の規定を実施するため、社内の体制や手続を定める規定が必要となる。
3)コンプライアンス関係規定
・コンプライアンスの分野では、金融商品取引法や個人情報保護法などの規則法が定めている義務を社内で確実に履行するために、内部者取引防止規程、個人情報保護規程などの社内規程を制定することが必要になる。
4 社内規程は誰のため、何のためにあるのか
・社内規程は、会社と役職員のため、会社経営の適正を確保するためにある。
1)総体としての社内規程の意義
(1)社内規程は誰のためにあるのか
・社内規程は会社と役職員のためにある。
・「役職員のためにある」とは、会社の業務を担う役員と職員が社内規程によって責任と権能を与えられていることを意味する。
(2)社内規程は何のためにあるのか
・社内規程は、会社経営の適正を確保するためにある。
・「会社経営の適正」というのは、会社の経営が会社法、労働法、金融商品取引法などの関係法に従って適正に行われる。ということを意味している。
・会社が関係法の適正な履行を確保するためには、関係法の受け皿としての内規を制定し、法的基盤を構築する必要がある。社内規程は、そのような内規の役割を担っている。
2)個々の社内規程の意義
(1)組織関係規程
①取締役会規程と経営会議規程
・役員を適用対象とし、会の運営を適切に行うための準則、指針としての意義を持っている。
②組織規程
・会社全体と各組織の構成員を適用対象とし、会社業務の責任分担と効率的な業務運営の体制を確立する意義を持っている。
(2)人事関係規程
①就業規則と給与規則
②育児・介護休業規則
(3)業務関係規程:経理規程、情報システム管理規程、営業管理規程
(4)コンプライアンス関係規程
①内部者取引防止規程、会社情報開示規程、個人情報保護規程
②内部通報規程
5 社内規程は内部統制システムとどのような関係にあるのか
1)内部統制システムという概念
・内部統制システムという概念は、会社法の定めに由来するものである。
・「会社の業務の適正を確保するために必要な体制」
2)内部統制システムに関する法令の規定
・会社法では、内部統制システムについて、取締役会が自ら決定しなければならない事項であると定めている。
3)社内規程と内部統制システムとの関係
・会社はこのような法令の趣旨を踏まえ、組織、人事、業務、コンプライアンスの各分野で、適切な関係規程を制定し、運用することが求められる。会社の社内規程は、内部統制システムがどのように整備されているかという姿を映し出す鏡であるといっても過言ではない。
6 社内規程は法律とどのような関係にあるのか
1)法律の規定に由来する社内規程
(1)制定義務の履行
・社内規程の中には、法律によって制定が義務付けられているものがある。代表的なものは以下の通り。
-規程名:定款
-根拠条文:会社法第26条
(2)法定機関の設置
・組織関係規程の中には、法律が定める機関を設置するために必要なものがある。
(3)法制度の確実な履行
・人事やコンプライアンス関係規程の中には、法律が定める制度を確実に履行するために必要なものがある。代表的なものは以下の通り。
-制度名:個人情報保護制度
-根拠法:個人情報保護法
-規程名:個人情報保護規程
2)法律に準拠した表記
・社内規程は、成分の規範である点で法律と共通しているので、その表記も基本的には法律における表記のルールに準拠している。
(1)基本構造
①規程の全体は、題名、本則、附則という要素で構成する。
②本則には、総則的な条文、実体的な条文、雑則的な条文という順序で条文を配列する。
(2)条文表記
①各条文には、第1条から順次、「第○条」という条名を表記する。
②各条文には、冒頭に括弧書きで見出しを付ける。
③文章としての条文は、必要に応じて、「項」に分ける。
④条文の文章は、法令用語を適切に使って、規範らしく書く。
第2章 社内規程の体系
7 社内規程の体系とは何か
・社内規程は全体として統一的な秩序を保持するよう、上下の階層構造が設定され、上位の規程が下位の規程に優先するという原理が定められている。
1)上下の階層構造とは
(1)階層構造の全体像
・規程の名称:定款-規程-規則-細則-要領
(2)階層構造の基本思想
・「より重要な事項は、より権限の大きい機関が決定すべきである。」という思想に基づくものである。
2)上位規程優先の原理とは
・上位にある社内規程は常に下位の社内規程に優先する効力をもつよう定められている。
3)社内規程の秩序との関係
・社内規程の体系は、社内規程の秩序を保持する重要な仕組みとなっており、立案関係者に対する警告としての意義も持っている。
8 社内規程の体系はどこで定められているのか
・社内規程の体系は、「規程等管理規程」という題名の規程によって定められており、定款を除けば最も上位の階層に位置する。
1)「社内規程の体系」に直接関係する規定
(1)社内規程の種類
①定款
②規程
③規則
④細則
⑤要領
2)その他の規定
・規程等管理規程では、社内規程の管理運用に関し、法務を司る部署が規程集を整備する責任を負うとされている。
3)法体系を定める法令
・法令にも、憲法、法律、政令、省令という上下の階層構造と上位法令優先の原理を骨子とする法体系があるが、規程等管理規程に相当する法令は、今のところ存在しない。
9 社内規程の体系はなぜ重要なのか
1)社内規程の体系
・社内規程は上下の階層構造から成り立っており、下位の規程が上位の規程を覆すことは許されない。
2)企業経営の規律
・企業経営の規律には、経営に対する規律と経営における規律という二つの概念がある。
3)社内規程の体系の役割
(1)経営に対する規律との関係
・社内規程の体系が定款を最上位の規程としていることは、経営に対する規律を保証する役割を果たしている。
(2)経営における規律との関係
・社内規程の体系では取締役会を制定・改廃権者とする規程が定款の次に位置づけられていることが重要である。
・取締役会は次に掲げる株式会社の場合においては設置しなければならない。
-公開会社
-監査役会設置会社
-監査等委員会設置会社
-指名委員会等設置会社
10 社内規程の体系が形骸化する事態とは
・社内規程の全体を規律する「規程等管理規程」の下位になる個々の社内規程は、それぞれの規程事項を所管する各部局の担当者によって立案され、運用される仕組みになっている。このため担当者によって尊守する意識にばらつきがあるため、「社内規程の体系」が形骸化するリスクがある。
1)形骸化する事態
・形骸化とは、本来上位の規程が定めるべき事項を下位の規程が定め、これを事実上施行してしまうことである。
2)形骸化する原因
・担当部署以外からの是正する力が働かないと、形骸化するリスクは避けされない。
3)是正策
・上位の規程に対し、全てが規程に反している場合は廃止、一部の場合は当該条項を削除する。
4)予防策
・社内規程の立案に携わる者が日頃から社内規程の体系について十分に認識することができるように定期的に研修等を行う必要がある。
11 社内規程の体系と法体系の共通点と相違点は何か
・社内規程と法体系の共通点と相違点を理解しておくことは有用である。
1)共通点
(1)階層構造の存在
・個々の規範は全て階層構造に置かれている。
(2)上位規範優先の原理
・上位にある規範が常に下位の規範に優先する効力をもつ。
2)相違点
(1)体系を定めた包括的な規範
・社内規程の体系には定款に続く、規程管理規程があるが、法令には存在しない。
(2)下位の規範の独自性
・下位の規程は内容が上位の規程に反しない限り、上位の規程からの委任は必要とせず、制定することができる。一方、政令、省令(行政立法)は、法律を補完する必要がある場合のみ制定される。
(3)規範の効力を裁定する機関
・下位の法令の条項が上位の法令に違反した場合、裁判所が裁定するが、社内規程では裁定するような機関は存在しない。
第3章 社内規程の構造
12 社内規程の立案に当たって必要な構造的理解とは
1)社内規程には、社内規程全体の基調となる構造と、個々の社内規程の条文に関する構造がある。
(1)社内規程全体の基調となる構造(=マクロ的な構造)
①事項の分担を基調とした構造(=横の構造)
・社内規程は、組織、人事、業務、コンプライアンスの各分野における規程事項を互いに分類している。
②上下の序列を基調とした構造(=縦の構造)
・社内規程は、「重要なことは上位の機関が決める」という理念に基づき、階層構造を有する。
(2)個々の社内規程の条文に関する構造(=ミクロ的な構造)
①規程全体の条文配列に関する構造
・各規程は、題名、本則、附則という要素で構成され、本則には一定の順序で条文が配列される。
②各条文の表記に関する構造
・各条文は、見出し、条名、項などの要素で構成され、条項の文章は、法令用語を用いて、「条文らしく」表記される。
2)構造と立案の関係
・規程立案には次のような点を考慮する必要がある。
(1)規程を立案する場合、同じ分野にある現行社内規程と規定事項を適切に分担するには、新規制定、追加改定のうち、いずれの形式にすべきか。
(2)規程を新規に制定する場合、条文をどのように配列すべきか。
(3)規程を新規に制定する場合、条文をどのように配列すべきか。また、条文を追加する改定を行う場合、本則のどこに追加するのが適切か。
(4)条文を作成する場合、見出しの表現、条項の分け方、文章中の用語などをどのようにすれば「条文らしい」表記となるか。
13 社内規程は同列の社内規程とどのような関係にあるのか
1)組織関係の規程
・取締役会を掲げる株式会社においては、取締役会を制定権者とする同列の規程として、組織規程、職務権限規程、及び取締役会規程という規程がある。
2)人事関係の規則
・具体例として、就業規則、給与規則、退職手当規則などがある。これらは、いずれも経営会議が制定権者となっている同列の規程である。
14 社内規程は上下の社内規程とどのような関係にあるのか
・階層構造は「重要なことは上位の機関が決める」という思想に基づくものである。
1)組織関係規程
・会社にどのような組織を置き、職務権限をどのように配分するかということは、会社の基本的な経営体制に関わる最重要事項である。組織と職務権限はそれぞれが等しく重要と考えられるので、その基本を「組織規程」と「職務権限規程」で先ず定めることが必要になる。
2)人事関係規程
・従業員の就業条件に関する重要事項は、労働基準法に基づき就業規則で定めなければならない。
15 個々の社内規程はどのように構成されているのか
・個々の社内規程は、冒頭から末尾まで、題名、本則、附則などの要素で構成されている。このうち最も重要な要素は本則であり、条文を本則にどのように配列するかは、立案事務の基礎として重要である。
1)社内規程の構成要素
(1)題名
・「組織規則」、「就業規則」など。
(2)目次
・社内規程の本則が章に区分されている場合には、題名と本則の間に、章の名称を示す目次が置かれることがある。
(3)本則
・規程の本体となる部分。第1条には規程の目的が、最終条には規程の制定権者が示される。
(4)附則
・規程の本体付属する部分が「附則」として、本則の次に表示される。
・附則には、最終の改定が施行される年月日を示す条文が置かれる。
(5)履歴
・附則の次に、規程の制定と改定が施行された年月日が表示される。
(6)別表
・規程の中には、複雑な内容を分かりやすく示すために、本来は本則で規定すべき事項の一部分を末尾に別表として示すものがある。
2)本則への条文の配列
(1)条文全体の配列
・条文全体をその性格によって、総則的な条文、実体的な条文、雑則的な条文の三種類に分け、この順に配列する。
(2)総則的な条文の配列
・総則的な条文とは、規程全体に関わる事項を定める条文である。第1条は目的規定とし、以下、必要があれば定義規定などの条文を配列する。
(3)実体的な条文の配列
・実体的な条文とは、規程の中核となる具体的な事項を定める条文である。その配列順は、規定する事項の内容次第である。以下は一応の目安である。
①組織や権限を定める規程であれば重要性の順
②一連の手続きや業務処理を定める規程であれば行為の時系列順
(4)雑則的な条文の配列
・雑則的な条文とは、手続や細則などの事項を定める条文である。本則の最後には制定・改廃の権限と手続を定める条文を置き、他の雑則的な規定が必要であれば、その直前に配列する。
16 社内規程の条文はどのように表記されているのか
1)条文の構成要素
・見出しは第1行目に括弧書きである。
・条名は第2行目の冒頭に「第5条」という表記になる。
・この条文では二つあり、二番目の項の冒頭に「2」という項番号が付されている。
2)条文らしい表現
・条文は法令用語が適切に使われることによって、規範の内容が「条文らしく」なる。
・表現で最も重要なのは文章末尾の表現である。
・代表的な末尾の表現には次のようなものがある。
(1)「……とする。」
(2)「……による。」
(3)「……しなければならない。」「……することができる。」
透析に入られている患者さまは今のところお一人ですが、今後、懸念される患者さまもおいでです。その患者さまから“腹膜透析”のお話を伺いました。正直、全く認識がなかったため、「こんな大事なことも知らないのでは話にならない」と痛感しました。
また、“腎移植”をされた患者さまも来院されており、腎移植についても知らないといけないと思い、この2つについて学べる本を探しました。それが、今回の『よくわかる 最新医学 透析療法 腹膜透析・血液透析・腎移植』でした。今まで、腎臓に関する本はそれなりに読んできているのですが、新たな発見も多く、大変勉強になりました。
目次
はじめに
序章 透析療法と腎移植
●腎臓のはたらきがわるくなったときに行う透析療法ってどんな治療法?
●腎移植には生体腎移植と献腎移植がありごく普通の生活を送れることがメリットです
●透析療法や腎移植が必要になるのはどんな人? どのくらい腎臓のはたらきが低下したら行うの?
コラム 透析療法と腎移植の歴史
第1章 腎臓ってどんな臓器?―腎臓の構造とはたらき
●腎臓は腰よりも少し上のところに左右1個ずつあり形はそら豆に似ています
●体の水分(体液)や食塩の量を一定に保ち老廃物を尿として体外に捨てることが主な仕事です
●腎臓で尿をつくっているのは「ネフロン」です ネフロンにある糸球体で血液をろ過しています
●尿細管と集合管では、再吸収と分泌というしくみで体液量と食塩量を調整しています
●体液量と食塩量を感知するセンサーは遠位尿細管にあります
●腎臓は血圧を調節することで体液と血液中の食塩濃度を保っています
●糸球体のフィルターで老廃物を除去 血液をきれいな状態に保っています
●赤血球を増やすホルモンを分泌し 骨を丈夫にするビタミンをつくっています
●腎臓は酸・アルカリバランスを調整し 血液を弱アルカリ性に保っています
●食塩のとりすぎと肥満が腎臓を傷つけ 腎機能を低下させます
コラム 加齢と腎機能
第2章 腎臓の病気の基礎知識
●糖尿病、腎炎、高血圧が原因で 腎障害と腎機能低下をきたすCKDとは
●腎代替療法導入の原因疾患 ①糖尿病腎症 高血糖の影響で糸球体がダメージを受けます
●腎代替療法導入の原因疾患 ②慢性糸球体腎炎 腎機能がかなり低下してから気づくこともあります
●腎代替療法導入の原因疾患 ③腎硬化症 高血圧が原因で起こる腎臓の動脈硬化です
●慢性腎不全の治療 ①保存期腎不全 原因疾患の治療、食事法、薬物療法が3本柱
●慢性腎不全の治療 ②末期腎不全 腎機能低下が止まらず 腎代替療法が必要になります
コラム 透析療法と心のケア
第3章 腎臓病の検査と診断
●たんぱく尿の程度を調べる尿検査は治療の効果を判断するためにも必須です
●血液中の老廃物の量を検査 貧血など合併症も血液検査で判断します
●腎機能検査は、糸球体のろ過能力を調べるものと尿細管の能力を調べるものがあります
●腎臓の萎縮、結石、尿路異常を調べる画像検査、慢性糸球体腎炎の治療法を決める腎生検など
●CKDで腎機能が低下することによりさまざまな合併症が出現します
コラム 高齢者の腹膜透析
第4章 透析療法の実際を知ろう―腹膜透析と血液透析
PD
●腹膜透析(PD)は、「拡散」と「浸透」により 老廃物や余分な体液を取り除きます
●透析液の(注液と排液)はおなかに挿入した腹膜カテーテルで行います
●バッグ交換を行うCAPDと夜間に機械で行うAPDがあります
●腹膜カテーテルをおなかに入れる手術は腹膜透析導入入院で行います
●残っている腎機能を良好に保つための考え方「腹膜透析(PD)ファースト」とは
●腹膜透析をトラブルなく続けるためには 体液管理と感染予防がとくに大切です
●腹膜透析の合併症としては心血管合併症と感染の予防が大切です
●腹膜透析と血液透析を併用する方法は腹膜の劣化を抑える効果が期待できます
HD
●血液透析(HD)は「ダイアライザ」で血液を浄化する透析方法です
●血液透析は1回4~5時間の透析を週3回通院して行うのが標準的です
●「ドライウェイト」を基準に除水量を調節 食事制限が良好な体液管理につながります
●血液透析の人に特有の合併症について理解しておきましょう
●食事療法は食塩制限とたんぱく質・エネルギーの適切な摂取が基本です
●良質なたんぱく質とエネルギーの適切な摂取でやせすぎや全身の衰弱を防ぎましょう
●心身が衰えるフレイルを有酸素運動で予防し「最大酸素摂取量」を増やしましょう
コラム 透析療法の人に必要な薬
第5章 腎移植は末期腎不全治療の第一選択
●末期腎不全を根本的に治す腎移植は提供された腎臓をおなかに移植します
●腎移植の件数は徐々に増加し先行的腎移植も増えています
●腎移植までの準備期間にメリットとデメリットを理解しましょう
●腎移植後は合併症の予防が大切です 免疫抑制薬は生涯飲み続けます
●移植した腎臓を長持ちさせ健康に長生きするためには自己管理が必須です
コラム 腎移植後に飲む免疫抑制薬
第6章 自分に合う治療法を選び、自分らしく生きる
●どんな生活をしたいかで最適な治療法は変わります 準備期間に「腎不全ライフ」について考えましょう
●最適な治療法を選ぶためには 医療者との「意思決定の共有」が必要です
●慢性腎不全は「チーム医療」が大切 さまざまな職種が患者さんを支えます
●透析療法、腎移植の患者さんは医療費の助成を受けられます
●災害時の備えはしっかりと病院は透析メーカーとの連絡手段も明確に
コラム 高齢者のエンド・オブ・ライフ・ケア
序章 透析療法と腎移植
●腎臓のはたらきがわるくなったときに行う透析療法ってどんな治療法?
・透析療法は、「腹膜透析」と「血液透析」の2つがある
-腹膜透析は自分の腹膜を使う。腹膜は胃や腸、肝臓などの内臓の表面を広く覆っており、毛細血管が豊富である。そのため、腹膜の中に透析液を入れておくと、血液中の余分な、水分や食塩、老廃物が透析液中に移動していく。数時間したら汚れた透析液を捨て、新しい透析液に交換する。これを繰り返すことで連続的に透析を行うことができる。
・腹膜透析は自宅で行なえるため、自分の生活パターンに合わせて透析できることが大きなメリットである。
・現在、日本では約33万人が透析を行っており、腹膜透析は2.7%である。
●腎移植には生体腎移植と献腎移植があり、ごく普通の生活を送れることがメリットです
・腎移植のメリットは、末期腎不全の状態から保存期腎不全の状態までに回復させられることである。
・腎移植には「生体腎移植」と「献腎移植」がある。
-「生体腎移植」は夫婦間を含む親族から腎臓提供をうけるもの。一方、「献腎移植」は亡くなった人から提供してもらうもの。
-献腎移植は日本臓器移植ネットワーク(JOTNW)に登録し、腎臓の提供者があらわれたときに、登録者の中から基準に従って候補者が選ばれるものである。
-腎移植後は拒絶反応を防ぐために免疫抑制薬を飲み続けなければならないこと。免疫抑制の影響で感染症に罹りやすくなる等の短所はあるが、末期腎不全の第一選択とされている。
コラム 透析療法と腎移植の歴史
・透析療法は1920年代に始まった。
・自動腹膜透析は1960年代前半に登場し、持続携帯式腹膜透析(CAPD)は1978年に考案された。
・日本に持続携帯式腹膜透析(CAPD)が導入されたのは1980年、健康保険の適用は1984年だった。
・日本で血液透析が行えるようになったのは1967年。
・日本で最初に腎移植が行われたのは1956年。腎移植が末期腎不全治療の選択肢となったのは、1981年にシクロスポリンという免疫抑制薬が使えるようになってからである。
第1章 腎臓ってどんな臓器?―腎臓の構造とはたらき
●体の水分(体液)や食塩の量を一定に保ち老廃物を尿として体外に捨てることが主な仕事です
・『糸球体は、1つの腎臓に約100万個あります。健康な腎臓の場合、その全部がいつも働いているわけではなく、一部は休み、余力を備えています。そのために、片方の腎臓を失ったときには、残った腎臓の休んでいた糸球体がはたらくようになり、純分に役割を果たせるのです。』
●食塩のとりすぎと肥満が腎臓を傷つけ 腎機能を低下させます
・肥満は食塩に対する感受性を高めるため、高血圧を促進させるおそれがある。
・アンジオテンシノーゲンは血圧上昇の原因となるアンジオテンシンの元になる物質である。このアンジオテンシノーゲンは肝臓だけでなく、内臓脂肪の脂肪細胞からも多く分泌されるため、肥満は血圧上昇につながる。
コラム 加齢と腎機能
・腎臓は40歳代前半で重さ・大きさは最大になり、その後は少しずつ萎縮していく。萎縮の原因は腎臓に血液を送り込む動脈が加齢とともに狭くなるためである。
・海外の研究では、40歳を超えると毎年1ml/分/1.73㎡ずつ低下するとされているが、日本人の場合は、機能低下は欧米人の3分の1程度と考えられている。
・糸球体のろ過能力の低下は個人差があり、30歳代から低下が始まる人もいれば、40歳を過ぎても変わらない人もいる。また、糸球体だけでなく尿細管の機能も低下していく。
第2章 腎臓の病気の基礎知識
●糖尿病、腎炎、高血圧が原因で 腎障害と腎機能低下をきたすCKDとは
・CKD(慢性腎臓病)は糖尿病や高血圧などの生活習慣病が関わっていることが多く、腎臓の生活習慣病ともいわれる。
●腎代替療法導入の原因疾患 ①糖尿病腎症 高血糖の影響で糸球体がダメージを受けます
・日本では約334,500人(2017年末)が透析療法を受けているが、最も多いのが糖尿病腎症である。
・高血糖の状態が長く続くと、糸球体の血管周囲の総合組織であるメサンギウムという細胞が増加し、これが糸球体を破壊してろ過機能を低下させる。また、たんぱく質のろ過を防ぐための機能が壊れることで、粒子の小さいたんぱく質であるアルブミンが漏れ出し(アルブミン尿)、進行するとたんぱく尿となる。
・たんぱく尿まで進むと、たんぱく質自体が腎臓を傷つけるという悪循環が始まり、血圧もさらに上昇し、加速度的に腎症が進行していく。
●腎代替療法導入の原因疾患 ②慢性糸球体腎炎 腎機能がかなり低下してから気づくこともあります
・慢性糸球体腎炎の原因は様々である。膠原病に続いて発症したり、急性糸球体腎炎が治らないまま、慢性糸球体腎炎になる場合もあるが、多くは異常な免疫反応によって発症する。
・IgA腎症は異物が体内に侵入したときに増えるIgA(免疫グロブリンA)というたんぱく質が、糸球体にくっつくことで起こる炎症が原因です。
●腎代替療法導入の原因疾患 ③腎硬化症 高血圧が原因で起こる腎臓の動脈硬化です
・動脈硬化により腎臓への血流が慢性的に低下すると、腎臓は萎縮し腎硬化症となる。さらに進行すると腎臓全体が萎縮し、慢性腎不全が重症化する。
・腎硬化症は透析療法を受けている原因疾患の第3位である。
・腎硬化症ではたんぱく尿や血尿はごくわずかのため発見が難しい。治療で最も大切なのは高血圧の改善である。
第3章 腎臓病の検査と診断
●たんぱく尿の程度を調べる尿検査は治療の効果を判断するためにも必須です
・糖尿病や高血圧の人は、腎障害の初期から、アルブミンというたんぱく質の主成分が尿に混ざるため尿アルブミンを検査する。
●血液中の老廃物の量を検査 貧血など合併症も血液検査で判断します
・腎機能低下の指標となる老廃物には、クレアチニン、尿素窒素、尿酸がある。
-クレアチニン:筋肉で作られるクレアチンの最終代謝物(老廃物)。大半が体外に捨てられる。筋肉量が多い人は高くなる傾向がある。腎機能低下により徐々に高くなる。
-尿素窒素:食物中のたんぱく質の最終代謝物。約50%は尿細管で再吸収され、残りが捨てられる。腎機能低下により徐々に高くなる。
-尿酸:核酸が分解されるときにできるプリン体の最終代謝物。糸球体で90~98%がろ過された後、尿細管で再吸収される。捨てられるのは10%ほどである。尿酸値が上がるのは腎機能がかなり低下してからである。
・腎機能が低下すると、エリスロポエチン(赤血球をつくるホルモン)の分泌量が減り、腎性貧血になる。赤血球数、ヘモグロビン(血色素)濃度、ヘマトクリット値(血液に占める赤血球の割合)が貧血の程度を判断する重要な検査項目である。
・ナトリウムやカリウムなどの電解質、カルシウムやリンといったミネラルなども腎機能低下によりこれらのバランスがくずれ、高カリウム血症などを発症するため注意を要する。この他、高血糖、脂質異常症に関する項目も調べる。
●CKDで腎機能が低下することによりさまざまな合併症が出現します
・合併症は6つに大別される。予防と早期発見が大切
①尿を濃縮する能力が低下し、多尿や夜間尿がみられる。
②老廃物が体内にたまり、高窒素血症になって食欲不振や吐き気があらわれる。
③体液が増えてむくんだり、カリウム排泄が悪くなって高カリウム血症になる。
④体液が酸性に傾く。
⑤貧血になる。
⑥ビタミンDの活性化ができなくなり、カルシウムとリンのバランスが崩れて骨がもろくなる。
コラム 高齢者の腹膜透析
・体に負担の少ない腹膜透析が合っていることも、家族がサポートできないときは訪問看護の利用を
『高齢の患者さんの場合、腹膜透析と血液透析のどちらかを選ぶかは、家族にとって悩ましい問題でしょう。腹膜透析は、自分でバッグ交換や出口部ケアを行うため、視力や指先の感覚などが衰えた高齢者には難しいことや、高齢者は日中通院する時間があるという理由で、血液透析が選択されることも多いようです。しかし、高齢者にも「腹膜透析(PD)ファースト」の考え方があてはまります。
腹膜透析は、毎日連続的に行うゆるやかな透析なので、体への負担が比較的軽く、循環などの機能が低下した高齢者の体にやさしいことが理由のひとつです。
また、腹膜透析は残存腎機能を保ちやすいため、最後まで腹膜透析を続けられる可能性が十分にあります。
家族が同居しているけれども仕事などでサポートできない、あるいはひとり暮らしという場合は、訪問看護ステーションの助けを借りることができます。たとえば、朝のバッグ交換は家族が仕事に出かける前に行い、日中は訪問看護師が1~2回訪問して交換。夜間は、自動腹膜透析(APD)を行うようにすれば、無理なく腹膜透析を導入できます。ひとり暮らしの場合は、朝と夜も訪問看護ステーションの助けを借りることになります。
相談先は、現在通院している病院の患者相談窓口、あるいは地域包括支援センターです。地域包括支援センターとは、介護・医療・福祉などの多方面から高齢者と家族を支える総合相談窓口で、地域住民なら誰でも利用できます。市区町村村役場の高齢者福祉窓口で、市区町村役場の高齢者福祉窓口に問い合わせると、最寄りの地域包括支援センターを案内してもらえます。
腹膜透析と血液透析を併用する「PD+HD併用療法」を選択し、血液透析の翌日は透析をお休みするという方法も考えられます。
高齢者の透析療法こそ、腹膜透析と血液透析のメリット・デメリットを十分に考えて選びましょう。』
第五部 安らぎと結びつきを探求するさまざまな方法
第十三章 マッサージ
●マッサージ効果に関する研究の多くは解釈が難しい。何らかの意味で実験とは言い難い研究をすべてふるい落としたとしても、マッサージが人間の健康に効果があることを示す研究は十分に残る。
●マッサージには多くの種類がある。タクティール・マッサージ(スウェーデンで理論化された、認知症の症状緩和などを目的とするマッサージ)のように、皮膚に触るだけの施術法がある一方で、筋肉をしっかりもみほぐすマッサージや、手でそっと圧して筋肉の緊張をほぐすマッサージがある。これらの療法は、それぞれ異なる感覚神経を活性化するので、もたらされる結果もさまざまである。
●血圧低下、コルチゾール減少、不安軽減、学習効率上昇―こういった効果はどれも、動物実験でオキシトシン注射により得られる効果と似ている。オキシトシンの効果は繰り返し注射すると、強くなり、また長続きする。それと同じことがマッサージを繰り返し受けた場合にも当てはまると思われる。
『スウェーデン発祥のタクティールケアは、1960年未熟児ケアとして看護師らによって始まりました。マッサージではないため、押したり揉んだりはしません。
優しく包み込むように触れるだけです。誰もが簡単に行うことができ、活躍の場は様々。多くの人がストレスを抱えるこの時代に
必要なコミュニケーションツールです。』
[マッサージとスキンシップ]
●正しいマッサージを受けた赤ちゃんや、哺乳量が同じでもマッサージを受けなかった赤ちゃんより、体重が早く増える。また、コルチゾールの血中濃度も低下する。これはストレスが減っている証拠でもある。
※ご参考:ブログ“医療マッサージ研究1”
以前、小児障害児へのマッサージをやっていたときに書いたブログです。今更ですが、「やはり、マッサージによるものだったのだ」と思いました。
●興味深いのは、マッサージの効果が最も顕著だったのは、乱暴な言動で集団をかき乱すタイプの男子だった。
[医療施設でのマッサージ]
●病院では体に痛みのある患者に対し、施術しやすい、特殊なマッサージが試行されている。「タクティール・マッサージ」と呼ばれる。このマッサージは、他のマッサージ療法ほど圧を加えない。主に皮膚へタッチすることで効果を生むのだと考えられる。知名度は高くないが説得力のある、いくつかの研究論文によれば、タクティール・マッサージを受けている高齢者の患者は安眠しやすく、痛みを訴えることが少なく、服薬が少ない。混乱することが少なく、意識がはっきりしていて、社交的であることを示すデータもある。介護者との関係もよくなる。
●興味深いのは、マッサージの効果が最も顕著だったのは、乱暴な言動で集団をかき乱すタイプの男子だった。
[医療施設でのマッサージ]
●病院では体に痛みのある患者に対し、施術しやすい、特殊なマッサージが試行されている。「タクティール・マッサージ」と呼ばれる。このマッサージは、他のマッサージ療法ほど圧を加えない。主に皮膚へタッチすることで効果を生むのだと考えられる。知名度は高くないが説得力のある、いくつかの研究論文によれば、タクティール・マッサージを受けている高齢者の患者は安眠しやすく、痛みを訴えることが少なく、服薬が少ない。混乱することが少なく、意識がはっきりしていて、社交的であることを示すデータもある。介護者との関係もよくなる。
●『いくつかの研究によれば、マッサージを受けている人だけでなく、施術している人の体内でもオキシトシンが放出されているという。マッサージセラピストには、ストレスホルモン値低下や血圧低下など、オキシトシン値が高いことによる典型的な効果が見られる。こういう人たちは全般に、心身が健康だ。それはこの職業の本質にかかわっていることかもしれない。』
[抗ストレス]
マッサージの効果
1.大人がマッサージを受けると血圧、心拍数、ストレスホルモン値が低下する。これらの効果は健康を増進する。
2.子どもがマッサージを受けると、落ち着きが増し、対人的に成熟し、攻撃性が減る。体の不調を訴えることも少なくなる。
3.優しく包みこむようなタッチを受けると、早産児の体重増加のペースが速くなる。
第十四章 食べること―内側からのマッサージ
●ものを食べて満腹になるというのも、体の〈安らぎと結びつき〉システムを活性化させる方法のひとつである。体の内側は食べることによって刺激される。これは体の外側がタッチによって刺激されるのと同じである。
●消化器系と皮膚にはいくつか類似点がある。消化器系、皮膚、神経は細胞系譜をさかのぼると、いずれも外胚葉から作られる。両者は感覚神経からの情報を記録・伝達する方法が似ており、皮膚の内側への延長と言ってもいいくらである。
●消化器系は消化だけでなく、内分泌器官のひとつであり、消化や代謝、体内の細胞内貯蔵庫への栄養分の貯蔵を調節するいくつかのホルモンを分泌している。そして、これらのホルモンは脳に影響を及ぼす。
●消化器系にも多くの交感神経と副交感神経が存在しているが、最大の働きをするのは副交感性の迷走神経である。この神経は90%が感覚性の機能を持ち、体の内外から受けた信号を中枢神経系へ伝える。
[胃袋と脳の間]
●消化機能は自律的なものであるため、腸は意識からの指令がなくても働く。
●消化管ホルモンのコレシストキニン(CCK)は小腸上部から分泌されるが、特に高脂肪の食べ物がこの場所に到達すると特に出やすい。コレシストキニンは迷走神経を活性化し、さらに迷走神経はオキシトシンの放出を促す。従って、食事が高脂肪であればあるほど、食後の満腹感を感じやすく、眠くなりやすい。
第十六章 医薬品による安らぎと結びつき
[不安、抑うつなどの治療薬]
●セロトニン値の低さは、抑うつやある種の不安と関連している。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を不安症状やうつ症状のない人にSSRIを処方すると、より社交的になる可能性があるが、これはセロトニン値が上がるとオキシトシンの放出が起こるためである。
●うつ病患者のオキシトシン値は異常に低いという事実がある。
[オキシトシンを医薬品として使う際の障壁]
●オキシトシンは分娩の誘発や子宮出血の薬として使われている。
●オキシトシンは薬理学的な問題が多くある。一つは、オキシトシンは消化管の中でたちまち分解されてしまうため、経口投与では効果は得られない。明確な効果は注射である。
●オキシトシンは血中でもすぐに分解されてしまう。
●オキシトシンは脳に達することも困難である。これは脳の毛細血管の内壁の細胞が隙間なく並んだ、血液脳関門を形成しているからである。
●『オキシトシンを医薬品として有効活用する方法を開発するには、オキシトシンの分子をもっと扱いやすくしなければならない。そのための科学技術は既に存在するのだが、商業ベースではまだ採算がとれない。オキシトシンの個々の効果(ストレス軽減、疼痛緩和、鎮痛作用、治癒、成長の促進など)をもたらす、オキシトシンに似た薬を開発することも考えられる。オキシトシンのそれぞれの効果は、オキシトシン分子のそれぞれ異なる部位に結びついているらしいからだ。』
[ストレス症状の治療]
●『オキシトシン値は自然な方法でも上げることができるとはいえ、オキシトシンのプラスの効果をもっと利用するためには、オキシトシン分子が直接投与できる形になる日が来るのを待たなければならない。
今、それよりも重要なことは、自分の体内でオキシトシンを放出させるマッサージなどの技術を身につければ、オキシトシン値を十分に上げることができ、飲み薬や注射に頼らなくてもよいぐらいに、オキシトシンの健康増進効果を享受できるのではないかということだ。私たちは体の中にすばらしい癒し物質を持っている。それを利用するさまざまな方法を学びさえすればよいのだ。』
第十七章 体を動かすこととじっとしていること
●『私の考えでは、〈安らぎと結びつき〉システムを活性化する方法はたくさんあり、エクササイズはそのひとつにすぎない。このシステムは、皮膚や乳腺、消化管内壁、筋肉などからの刺激が神経を介して脳に伝わって作動する。どんな方法でこのシステムを作動させるかは、年齢層によって異なる傾向がある。若いうちはオキシトシンを出すのにエクササイズを使うことが多いが、年齢が上がるにつれて鍼やマッサージを選ぶようになる。私たちは絶えず周期環境の情報に合わせて、体内の生理学的状態を調節している。健康的な均衡を得るためには、「動」の刺激も「静」の刺激も必要だ。』
[すわったままのジョギング]
●ヨガの期限は紀元前2500年、インダス文明の頃からのようであるが、ヨガは長寿と健康増進のための技法を発達させてきた。ヨガの動きは、鼠径部や体の前面(腹側)といった身体の部位を刺激し、触覚刺激の受容体を経由して、迷走神経系を活性化する。
●瞑想の生理学的効果については、すでに詳しく研究されている。瞑想によって、酸素消費量の減少、脈拍と呼吸数の減少、筋肉の弛緩が生じる。発汗も減少するので、微電流を流した場合の皮膚の伝導率が下がる。このような効果はすべて、交感神経系の活動が低下したためと考えられる。また、脳波(EEG)を見ると、脳の活動パターンが変化することがわかる。特に顕著な変化はα波の持続時間が長くなることである。
●定期的に瞑想を行うと、高血圧症の人は血圧が下がり、心拍数の正常化が促進される。ストレスホルモン値が下がり、痛みの閾値が上がる。
●瞑想療法によって、アルコールやタバコなどの乱用癖を弱めたり、なくしたりすることができるという指摘もある。
第十八章 私たちの内なるエコロジー
●『現代のストレスに満ちたライフスタイルのせいで、身体的にも精神的にも極度の疲労に陥ったり、健康を害したりする人があまりにも多い。しかも、若い年齢でそうなる人が増えている。どの年齢層においても、病気の多くはつきつめればストレスが原因だ。私たちも私たちの住む社会も、変化を切実に求めている―そして、その変化は思いのほか身近にある。私たちは自分の中に、変化の鍵をもっている。そう、その鍵は、目立ちすぎる〈闘争か逃走か〉システムの陰に隠れていた、もうひとつの生物学的システムの働きを通して、〈安らぎと結びつき〉の状態を呼び起こす潜在的能力の中にある。』
訳者解説
●『〈安らぎと結びつき〉の鍵であるオキシトシンは、ホルモン(血流に乗って体内の器官へ運ばれ、そこで受容体と結合して作用する)としての働きと、神経伝達物質(神経細胞の軸索を通って神経端末へ運ばれ、シナプスを形成している別の神経細胞の表面にある受容体に結合する)としての働きのふたつを持っている。ホルモンとしてのオキシトシンには、分娩時に子宮の平滑筋を収縮させる作用があること、また、赤ちゃんが母親の乳房を吸啜する刺激により分泌されて、乳房から母乳を出す「射乳反社」を起こす働きがあることがよく知られている。神経伝達物質としては、様々な神経細胞に対して多彩な作用を及ぼすことがわかってきており、この多彩な作用がオキシトシンの特徴であるともいえる。その中でも最も興味深いのは、オキシトシンの作用の根幹をなすものが成長であるということだ。オキシトシンは成長の基である生殖に深く関わっており、排卵や射精を促し、分娩・授乳のためには必須の物質でもある。』
感想
『どの年齢層においても、病気の多くはつきつめればストレスが原因だ。』
まさに、この通りだと思います。今回、きっかけとなった不妊鍼灸も、スタート地点は、心身のストレスとどう向き合うかにかかっているように思います。
『私たちのすべての感覚は、まわりがどんな環境か判断することに、絶えず関与している。その環境が脅威や危険をはらんでいると感じたら、〈闘争か逃走か〉反応が引き起こされ、平和で楽しい環境だと感じたら、〈安らぎと結びつき〉反応が引き起こされる。』
後者の〈安らぎと結びつき〉の主役はオキシトシンです。その三大効果は、成長と治癒、社交的能力、抗ストレス効果とされています。
モべリ博士は『オキシトシンの効果は成長と生殖への要求を満たす助けになるものである。』、『私は生殖プロセス全体を、基本的なオキシトシン原理が複雑な形で表現されたものとみなしたい。』と主張されています。
生命誕生に、オキシトシンこそが主役なのではないかという予想は正しかったように思います。 そして、行動すべきは〈安らぎと結びつき〉を重視し、そのための時間を意識的に“つくり出す”ことではないでしょうか。
第八章 授乳―オキシトシンが主役
●オキシトシンは出産授乳ホルモンと呼ばれていた。
●授乳中、オキシトシンは胴体前面の血管を拡張させることで、母親の体表温度を高める。さらに、オキシトシンは育児に必要な世話と保護にも関係している。
[オキシトシンと母乳]
●オキシトシンは乳汁産生を促すホルモンのプロラクチンが下垂体前葉から分泌されるのを促す。乳汁産生はインスリンによっても促される。
●オキシトシンはインスリンの産生を増やす。また、オキシトシンは体の貯蔵所からの栄養の放出を促進するホルモンであるグルカゴンにも影響を与える。
●授乳するためには自分自身の貯えがなければならない。オキシトシンは食欲を増進させ、消化を促進し、体の貯蔵システムの効率を高めることなどによって、体が栄養物を貯えるのを助ける。
[オキシトシンと新生児]
●『今日では、分娩後すぐ、新生児を母親の胸の上に、肌と肌を触れ合わせて置くことが多い。好きなようにさせると、赤ちゃんは、誕生後1、2時間以内に自分で乳房に到達し、母乳を吸いはじめる。乳首を探しているとき、赤ちゃんは手で母親の乳房をマッサージすることになる。このとき母親の体内に、オキシトシンが拍動のようにくりかえし放出される。赤ちゃんがこのオキシトシンの分泌の波をつくりだしているように思われる。というのは、赤ちゃんの手によって乳房に加えられる刺激と、吸うこととが、オキシトシン分泌の波の数と強い(統計学的に有意な)相関係数を示しているからだ。それらの刺激は、乳が体外に噴き出すのを促進するだけでなく、母親の胸部の血管を拡張する。すでに見てきたように、それによって、母親は赤ちゃんにぬくもりを提供する。このときにフェロモン類が放出されて、母子双方に影響を与えている可能性もある。
肌と肌の触れ合いは赤ちゃんの側にも影響を及ぼす。赤ちゃんは落ち着き、母の胸に密着している限りは泣かない。手や足の血流量が増え、リラックスしていることがわかる(リラックスしている状態では、血管が拡張する)。母子の間に微妙な相互作用が交わされていることは、赤ちゃんの足の温度と、母の体温の両方が上がっていることからも明らかだ。母の体温が温かいほど、赤ちゃんの足も温かくなる。
新生児のオキシトシン放出については、まだ研究されていない。しかし、ストレスホルモンのコルチゾールの値が低いことから考えて、脳内のオキシトシンの値はおそらく高くなっているだろう。乳房に吸いつくことで、これらの効果も増強される。触覚以外の感覚(聴覚、嗅覚、視覚、とりわけ、一種の間接的な触れ合いであると考えられるアイコンタクト)も、出産直後の母子の間の精妙な相互作用に重要な役割を果たしている。』
[授乳のもたらす安らぎ]
●授乳とともに、血圧は下がり、ストレスホルモンのコルチゾールの血中濃度が減る。このことは、交感神経系と副腎の活動が低下していることを意味する。
●授乳中の動物の脳の活動を計測した結果、子どもに乳をやりながら、眠っている個体が多数あることが分かった。これは、しばしば人間の母親にも当てはまる。
●これらの行動ならびに生理学的状態の変化は、短時間で消失するものではなく、授乳期間全体にわたって続く。
●研究によると授乳中の女性で、行動の変化がもっとも大きかったグループの人たちは、オキシトシンの血中濃度のもっとも高かった人たちだった。一回の授乳中に起こるオキシトシン分泌の波の数が、乳汁の量だけでなく、母親の落ち着きの度合いとも関係している。
[吸うことと情緒的な絆の形成]
●吸うこと自体の効果は、早産児にも見られる。非常に弱くて、チューブで胃に乳を送らなくてはならない赤ちゃんたちも、小さなおしゃぶりをできるだけ吸わせるようにすると落ち着きが増し、体重の増加のペースが速くなる。
●赤ちゃんのおしゃぶりや指しゃぶりをやめさせるのは難しいことが多い。オキシトシンの分泌とそれによる絆の形成は、おそらく吸うという行為によって始まると思われる。身体的接触が外側の寄付を刺激するように、吸うという行為は口の内側を刺激することだからである。
[ほかの人たちと一緒にいること]
●オキシトシンは一般的に言って、授乳する女性の精神状態を二つの面で変える。授乳する女性は、落ち着きを増し、引きこもっていることを楽しむが、同時に、人と人との親しみのこもった触れ合いに対して心を開く。この二つの適応方法は、授乳期間中、非常に価値がある。進化という観点からも見ても重要な意味をもつと考えられる。
第四部 結びつき
第九章 オキシトシンと触覚刺激
●『人間でも動物でも、皮膚は絶え間なく外界から得た情報を神経系に伝えている。皮膚は、人間やほとんどの哺乳動物にとって最大の感覚器官であり、温かさや冷たさ、触感、痛みを感じ取る。それぞれの感覚は受容器で感知され、受容器につながっている感覚神経系がその刺激信号を中枢神経系へ伝える。
感覚器官としての皮膚の見事な働きのおかげで私たちは、自分にとって脅威であるものであれ、好ましいものであれ、周囲の世界からのメッセージを速やかに解釈することができるのだ。ようしゃなく殴られたのか、優しくなでられたのか、容易に区別できる。中枢神経系にどんな情報が送られるかによって、汗をかいたり、鳥肌が立ったりする。』
[触覚刺激の二つの作用]
●皮膚にはさまざまな受容器が存在している。痛みを感知する受容器や、ぬくもりを感知する受容器。軽く触られたのを感知する受容器もある。
●様々な感覚神経に与えた刺激によって、〈闘争か逃走か〉反応または〈安らぎと結びつき〉反応のどちらかが引き起こされる。これは、どちらのシステムも、ほぼ全身にくまなく存在する皮膚の感覚受容器を発端として作動しうるということ、そして、様々な種類の刺激が、生理学的状態にも行動にも、様々な効果を与えることを意味する。
●覚醒しているラットの腹を、ある特定の圧をかけて一定の間隔でなでてやると、痛みを感じにくくなり、びくびくしなくなった。1分間に40回のペースでなでるのを、5分間をわずかに下回る時間続けるのが、最大の効果をあげるとわかった。こうすると、ラットは落ち着き、動きが少なくなるとともに、他の個体に対する興味や関心が強まった。血圧は低下し、数時間下がったままだった。
[鍵となるのはオキシトシン]
●あるドイツ人の酪農家が、乳牛のためのボディブラッシング機を考案し、動物における触覚刺激刺激の劇的な効果を例証した。優しくなでなれているような心地良い感覚により、乳牛たちはリラックスして体調がよくなり、乳量が最大26%増えた。
●鎮痛剤を与えたラットの特定の神経を活性化したり、目覚めているラットの腹をなでたりするなどの方法で、鎮静作用のある種々の反復刺激を与えると、ラットの血中や脳内のオキシトシン値は決まって上昇した。
[触覚刺激と成長]
●快い触覚刺激がなぜ成長と結びつくのかについて考えられることは、下垂体から放出される成長ホルモンが増加するためである。これにもオキシトシンの関与が考えられる。
第十章 オキシトシンとほかの感覚刺激
●ラットによる研究結果の中に、オキシトシンの投与を受けていないラットにも程度の差はあれ、投与を受けたラットと同じような効果、落ち着きが増し、ストレスホルモン値が低下するなどを観察できる。これについては、匂いを通して伝達が行われ、オキシトシン・システムが活性化すると考えられている。
●匂いの中には気づかない匂いもある。これは鋤鼻器という特殊な古い嗅覚器官であり、フェロモン(空中を漂って個体から別の個体へと伝わる物質)を受け取る。フェロモンの効果に関与する神経は、大脳皮質や嗅球には直結しておらず、身体機能や情動の一部をつかさどる脳の比較的古い部分につながっている。そのため、人間は無意識のうちにフェロモンの影響を強く受けている可能性がある。
●私たちのすべての感覚は、まわりがどんな環境か判断することに、絶えず関与している。その環境が脅威や危険をはらんでいると感じたら、〈闘争か逃走か〉反応が引き起こされ、平和で楽しい環境だと感じたら、〈安らぎと結びつき〉反応が引き起こされる。
※フェロモン
フェロモンには何となく胡散臭い印象があったので調べてみました。
以下は東工大さんのニュースなので極めて信頼性の高い情報です。これにより、フェロモンの存在の有無を正しく認識することがでました。「やっぱり、あったんだ!」という感じです。
画像出展:「東工大ニュース」
東工大ニュースには以下の記事もありました。
『115種におよぶ生物種の全ゲノム配列を網羅的に解析して、ほぼ全ての脊椎動物が共有する極めて珍しいタイプのフェロモン受容体遺伝子を発見しました。
一般的に、フェロモンやその受容体は多様性が大きく、異なる種間での共通性は極めて低いことが知られています。しかし、今回新たに発見された遺伝子は、古代魚のポリプテルスからシーラカンス、そしてマウスなどの哺乳類におよぶ広範な脊椎動物で共通であるという驚くべき特徴を備えていました。』
第十一章 オキシトシンと性行動
●愛の効果には、事後に安らぎとくつろぎをもたらす力を含め、たくさんの健康増進効果がひととおり備わっているからである。この安らぎは、性行為につきものの触覚刺激や一体感とともに、オキシトシンの放出を増やす。そしてさらにこのオキシトシンが癒しや消化の促進など、さまざまな抗ストレス効果を生む。
●オキシトシンは人間の性行動に重要な役割を果たしている。ひとつには、濃密な触れ合いやキスの口唇刺激をともなうからであり、また、オルガスムスは大量のオキシトシンを血液中に放出させるからである。これは動物実験に加えヒトの研究の結果からも確認されている。
●オキシトシンは卵巣からの排卵を促し、卵が卵管を通って子宮へと運ばれるのを手伝い、また、精子の産生と移動を助ける。
[オルガスムスと絆]
●性交中は男女とも血中のオキシトシン濃度がぐんぐん上昇し、オルガスムスと同時に最高値に達するという。また、オキシトシンは男女の別を問わず、オルガスムスとかかわりのある筋肉の運動を刺激する。
●実験により、動物にオキシトシンを大量投与すると、眠ってしまうことがわかっている。少量投与の場合は不安が減り、落ち着きが増し、他の個体との接触に興味を示す。
●オキシトシンの効果は、その性的体験がどのような状況のもとにあったかに左右される。その状況が緊張や危険の要素が優位であれば、オキシトシンと拮抗的に働くバソプレシンの影響のためストレス反応が生じる。
●オキシトシンは性的関係による感情的絆を強める。それはカップルが互いにふさわしい相手だと確信できるほどに理解し合う前に、感情的絆だけが先行してしまうという危険をはらんでいると言える。
[セックスと健康]
●短期的に見ると、性的経験はストレスになる要素があるが、長期的には安定した性的関係は、カップルの双方の安心感を強め、不安を減少させる。オキシトシンの大量放出が繰り返されると、〈安らぎと結びつき〉システムにつきものの長期的効果が生まれる。栄養を蓄積し、癒しを速め、生きていくのに必要な力の回復を促進する、といったそれらの効果によって、性的活動は健康にとってプラスの影響を与える。
第十二章 オキシトシンと人間関係
●『好きな人のそばにいるのは、うれしいものだ。あなたが赤ちゃんだろうと大人だろうと変わりはない。好きな人と一緒にいて、触れ合うことができると、安心感がもて、緊張がとけて、気持ちが落ち着く。スキンシップが必要なのは、ママやパパに抱きしめてもらいたがる幼い子どもだけでない。大人もやはり、人間関係において愛されている感じがほしいときには、身体的に触れ合う必要がある。』
●愛情を感じ、安心感を覚えると気分がよいというだけの話ではなく、他の人のそばにいて、身体的な触れ合いをもつことが、私たちの健康に役立つような方法で、体内の生理学的プロセスを活性化させている。
[絆で結ばれた関係]
●多くの動物は互いに識別しあって親密さを深めるが、雄と雌が一生結びつくという意味での一夫一婦婚をする哺乳動物は、ほんのわずかである。すべての哺乳動物にとって大切なのはむしろ、母子間に相互的な強い絆を形成することである。種の存続は、母と子がお互いを識別し、結びつきを維持する能力にかかっている。
●『ヒツジの場合、出生後の一時間が母ヒツジと子ヒツジの絆を形成するのに、決定的な意味をもつ。この大事な時期に親子が引き離されると、絆を形成するのが難しくなり、しばしば、母ヒツジが子ヒツジを拒否する。そういう母ヒツジにオキシトシンを注射すると、その一時間が過ぎていても自分の子どもを受け入れるようになるだけでなく、ほかの雌の子どもも受け入れて、母子としての関係を築く。したがって、オキシトシンは母子間の絆形成に―とりわけ、出生直後の絆形成に、重要な役割を果たすと言えよう。』
[触覚刺激と感情的絆]
●オキシトシンの影響を受けると、他者との接触に積極的になると考えられる。そして、そのことがオキシトシンの分泌に拍車をかける。このようにして、人と人との感情的絆の形成に至るサイクルがつくられる。
[さまざまな人間関係におけるタッチ]
●親密な間柄でのタッチのタイプは、親子間、兄弟間、パートナー同士、友人同士など、どのような間柄かによって変わってくる。タッチや体の触れ合いがオキシトシンを放出させることを考えれば、相互的な快いタッチを交わせるふたりの人の関係は、感情的絆をつくるだけでなく、お互いの健康を増進し、オキシトシンによる抗ストレス効果を与え合っていると考えられる。
●生き延びるためには、他の個体と親密になる能力が、他の個体から身を守る能力と同じくらい重要である。
●ある実験によれば、図書館員に軽く手を触れられた借り手は、触れられなかった借り手よりも返却率が格段に高かったという。ちょっとした接触が、借り手に本を返す気にさせる感情的な結びつきをつくりだしたためである。
[心理的な触れ合い]
●人間同士の関係や出会いにおいて、身体的触れ合いがなくても心理的レベルでのタッチを経験することもある。温かく協力的な感じのすることもあれば、冷淡で厳しいと感じることもある。こちらの話を丁寧に聞いてくれる人に対しては、親しみのこもったタッチをしてもらった場合と同じく、信頼と結びつきの感情を抱きやすい。
[タッチの欠如]
●過度なストレスは交感神経の過活動につながり、健康に害を及ぼす。親しい人との別離は強いストレス効果を伴う。
●別離と病気には関連がある。例えば、配偶者を亡くして間もない人は、病気にかかるリスクが増すという統計がある。
●血圧上昇、心拍数増加、不整脈、血液凝固亢進傾向などのストレス関連症状は、心血管の疾患や脳血管障害を引き起こすおそれがある。
●個人的な結びつきを死別や生別によって失うことのストレスは、突然、タッチを喪失し、それによって、親密さや温もりが生む効果の多くをなくしてしまうことが一つの重要な要素であろう。健康に良い刺激がなくなると、病気になるリスクが高まる。
[他者との良好な関係が健康に与える好影響]
●良好な人間関係が長寿につながることを示す研究結果がいくつかある。特に男性は、心血管疾患の発生率が低かった。
●私たちに好影響を与える人間関係とは、必ずしも親密なものでなくても良い。グループ活動や地域活動に加わるだけでも健康に良い影響がある。
[場所との結びつき]
●年をとってから故郷に戻ってくる人は多い。故郷での暮らしは、他のどこよりも心が休まるのだろう。また、老齢のために長年住んだ故郷を離れなくなければならなくなった人は、それにより身体的にも精神的にも衰えがちであることはよく知られている。
第三部 オキシトシンの効果
第六章 オキシトシン注射の効果
●『オキシトシンは一生を通じて私たちとともにある。あなたが生まれたときに、お母さんの子宮から押し出されるのを手助けしてくれたのはオキシトシンだし、お母さんがあなたに授乳することができたのもオキシトシンのおかげだ。幼いころには、お母さんやお父さんが愛情をこめて触れてくれるのを喜んだだろう―それによって、あなたの体の中にオキシトシンが放出されたから。大人になってもからも、おいしいものを食べたり、マッサージを受けたり、恋人と親密に触れ合ったりしたときに、オキシトシンの効果を体験している。オキシトシンはこれらのすべての状況で―そしてもっともっとたくさんの状況で活躍している。』
●『本書で描かれているオキシトシンの効果の多くは、動物実験によって例証されている。研究者たちは動物の行動の変化だけでなく、さまざまな計測可能な生理学的変化も観察してきた。これらの効果のほとんどは、ヒトでも確認されている。』
[不安が減り、社交性や子育て行動が増強される]
●低い投与量のオキシトシンを注射されたラットは、臆病さが減り、好奇心が増す。安全な巣を離れて、未知の環境を探求する傾向が強くなる。オキシトシンには明らかな不安軽減効果がある。
●同性の一群のラットは、未知の環境を探索する傾向が強くなり、接触を恐れる程度が少なくなる。集団内での攻撃がはっきりと減り、友好的な交流が増える。
●オキシトシンは危険に対する感じ方を鈍らせ、恐れるべきものがあまりないという気持ちにさせて、勇気を涵養する。
●オキシトシンの影響を受ける行動のうち、とりわけインパクトの大きい例は、母子間の相互作用である。メスのラットにエストロゲンを投与し、さらにオキシトシンの注射をすると、出産したことのないメスでさえ母性行動を示す。
●オキシトシンは分娩時と授乳時に分泌が促進される。オキシトシンは子宮の収縮を促し、新生児が押し出されるのを助ける。そして、乳管の周りの筋肉を収縮させ、乳汁が押し出されるのを促進する。
[ソーシャル・メモリー(他社とのかかわりについての記憶)の増強]
●少量のオキシトシンが不安を減らし好奇心を増すが、大量のオキシトシンが注射された雌牛は全く異なる効果を示す。
●オキシトシンの効果は非常に広範囲にわたるが、その一つに痛みの軽減がある。
[学習能力の向上]
●オキシトシンの学習促進効果は鎮痛効果によるものと考えられる。これはストレス低減にも関係しているのではないか。
●オキシトシンは速やかに血液中からなくなるので、長期的効果はオキシトシンの直接的な影響であるとは考えられない。これはオキシトシンが他の神経伝達物質の働きに長期的な影響を与えるためではないか。
[血圧に対する効果]
●オキシトシンは心拍数や血圧を上昇させることもあれば、低下させることもある。ヒトにおいては後者の場合が多いようである。これらの効果は交感神経と副交感神経が直接的に、もしくはより高位の脳からの接続を通して影響されることによって生じる。
●オキシトシンの効果はメスにおいてより顕著に現れる。これはエストロゲンのためである。エストロゲンはメスの個体において、オキシトシンの影響を増強し、効果の持続時間を長くする。卵巣のないメスはオスと同等となる。
[体温の調整]
●オキシトシンのサーモスタットは温度を均一に保つのではなく、温かさを体のある部分から他の重要な部分に移動させるような働きをしていると考えられる。授乳中の母ラットの腹側の血管は、オキシトシンの効果によって拡張しているため、授乳中は子どもを温めてあげることができる。
[消化活動の調節]
●オキシトシンの消化活動に関する働きは興味深いものである。その個体が満腹であるか空腹であるかによって、オキシトシンの果たす役割は異なる。オキシトシンの作用の仕方は、一種の知恵が働いている。
●オキシトシンは長期的には食欲を増進させるが、メスにおいて、特に授乳期間中に顕著にみられる。
●オキシトシンによって消化プロセスの効率が良くなるのは、ひとつには、オキシトシンが胃液の分泌と、ガストリン、コレシストキニン、ソマトスタチン、インスリンなどの消化に関係するホルモンの分泌を促進するからである。なお、コレシストキニン、ソマトスタチン、インスリンは、体内における栄養の蓄積も促進する。
●胃に食べ物がある動物では消化と栄養の蓄積が活発になる。一方、空腹の動物では消化プロセスが抑制される。オキシトシンのこの二つの効果は、いずれもオキシトシンが副交感神経のうちの腸の機能を制御する部分(迷走神経)に影響を与えることによってもたらされる。
[体液量の制御]
●オキシトシンは、パートナーともいえるバソプレシンとともに、主として尿の形で水を排出するか、体液の貯留を促進するか、いずれかの方法で体液量を調節する。ただし、それぞれの働きは体液量の均衡維持に対して、正反対の効果をもたらす。
●オキシトシンは腎臓がナトリウムや水分を尿の形で排泄するのを促進する。一方、体液の保持する機能に関し、ホルモンであるバソプレシンや副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が増加すると、塩分を摂りたくなる。バソプレシンは尿を作る量を減らし体内の塩分と保持する。
●バソプレシンは血管を収縮させ、血圧をあげる。危険を感じる状況において、負傷によって血液その他の体液が失われる恐れがあるとき、ヒトは体液を保持しなければならない。バソプレシンとCRFはその目的のために作用する。
[成長と傷の治療]
●オキシトシンは傷ついた粘膜を治癒させ、再生させる。炎症を抑える作用もある。
[ほかのホルモンへの影響]
●オキシトシンは視床下部でつくられて、下垂体後葉に運ばれ、そこから、血液中に放出される。
●下垂体前葉からも数種類のホルモンは分泌されるが、視床下部でつくられた特別な制御物質が局所的循環システムを通して、下垂体前葉に運ばれ、そこでそれらのホルモンを血流に放出される。
●下垂体前葉につながる血管の中には、いくつかの神経からオキシトシンが放出される。オキシトシンは下垂体が、プロラクチン、成長ホルモン(GH)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)などを分析するのを促進する。これらのホルモンの値が増えると、様々な効果が生まれる。例えば、プロラクチンは授乳期間中のメスの動物や授乳中の女性の乳汁の産生を促し、成長ホルモンは体の成長を促す。
●体にもともと備わっている抑制と均衡のシステムは複雑である。オキシトシンは常に存在し、さまざまな仕方で作用する。オキシトシンを中心とするこの抑制と均衡のシステムはうまく連携がとれていて、オキシトシンの様々な効果は、見事なクモの巣をなす糸のように結びついている。
第七章 オキシトシンの木
●オキシトシンの効果は成長と生殖への要求を満たす助けになるものである。
[成長の原理]
●オキシトシンの様々な効果は、一本の大きな木の枝のようなものである。それぞれの枝は、オキシトシンに関係のあるひとつの基本的な原理、すなわち一本の幹から出ている。その基本的な原理(幹)とは成長の促進である。
●オキシトシンは食物を別の物質に変えることによって、成長を促進する。
[成長のプロセス]
●すべての成長に必要な基本的必要要件のひとつは、栄養を体の中に組み入れることである。オキシトシンは様々な仕方でこの要請に応える。消化効率を高め、栄養の蓄積を増強する消化管ホルモンの分泌を促進したり、下垂体から成長ホルモンが分泌されるのを直接的に促進したりする。
●『生まれたばかりのラットにオキシトシンを注射すると、通常より速く成長し、通常より大きな成獣になる。妊娠中のメスのラットにオキシトシンを注射すると、通常より大きな子を産む。おとなのメスのラットに、オキシトシン注射をすると、注射を受けていない比較対照群よりも体重が重くなる。
おそらくもっと間接的な仕方でも、成長が促進されているのだろう。というのは、オキシトシンを注射すると、傷の治るのが二倍も速くなる場合があるからだ。この治癒効果は、オキシトシンが細胞分裂を促進すること―すなわち、新しい細胞ができるのを加速することによるのかもしれない。オキシトシンは、また、「成長因子」―細胞が大きくなることと分裂することを促進する血液中の物質―の産生量を増やすように思われる。
オキシトシンが成長を促進するのであれば、生殖にかかわっているとしても何の不思議もない。オキシトシンは卵と精子の両方に見られる。オキシトシンは卵巣からの排卵や精巣での精子の産生を促進する。オキシトシン注射は、受胎しやすさを増し、受精後早期の細胞分裂を速め、胚の成長速度を増す。このように、人生のもっとも早い段階から、オキシトシンは私たちの道連れとなり、一生の間、離れない。
生き物が成長するためには、まず、栄養を貯えなくてはならない。細胞分裂の前には、必ず、細胞の大きさが増す。大きさが増すのは、栄養の蓄積によって起こる。まず、栄養を貯えないと、細胞は分裂できない。栄養を貯えられない細胞系は、ほどなく滅びてしまう。妊娠・出産も元のユニット(単位)が大きさを増し、それからふたつに分かれるものだから、巨大なスケールでの細胞分裂とみなすことができるだろう。私は生殖プロセス全体を、基本的なオキシトシン原理が複雑な形で表現されたものとみなしたい。それは、まず成長を促進し、それから、元の存在を分割することによってふたつの存在を生み出し、命を増やすことだからだ。』
[出すこと]
●オキシトシンの木の2本目の枝は、出す能力(“排出”)に関わるものである。[1本目の枝は“成長”]
●オキシトシンの効果で子宮や乳房の筋肉が協調して収縮することによって、子どもが娩出され、乳が排出される。
[社交性、好奇心、つがい]
●オキシトシンの木の3本目の枝は、社交性と好奇心による行動を促す力である。
●社交性と好奇心による行動とは、例えば、あえて他の個体に近づき、その相手と相互作用をもち、個体識別ができるようになり、その相手のそばにいることを選ぶといったことである。
●この枝は母性行動や社交的行動(他社への働きかけ)の形での個体間の相互作用に影響を及ぼす。
●人と人がお互い身近になると、感情的なつながりが両者の間に生まれる。この現象は性的関係、親子関係、友人関係などにもあてはまる。
●絆―つまり感情的な結びつきがある場合には、人のために尽くすことが、より容易になる。一般的に言って、性的関係であろうと、育て、育てられる関係であろうと、友達関係だろうと―いや、職業上の関係であってさえ、人間関係というものは、双方が相手に手を差し伸べ、親しみを抱くことができる場合にこそ、実り多く、長続きするものになる。
●オキシトシンの不安軽減効果も、おそらくはこの枝に属する。不安のレベルが低いことは見知らぬ相手に近づくのに必要な前提である。
[枝同志を結びつける]
●バソプレシンは防御・縄張り・攻撃などに特徴づけられる行動にかかっている。一方、オキシトシンは他者とのかかわりあい、人なつっこさ、好奇心によって特徴づけられる行動を生み出す。
●他者と接触すること自体が、オキシトシンの放出を促し、個体間に絆、あるいは愛着を引き起こす。これらは親と子の関、性的パートナーの間、重要な人間関係においても同様である。この種の行動のすべて、そしてその生理学的要素の一部がオキシトシンによって強化される。
●オキシトシンの二大効果―ひとつは成長と治癒、もうひとつは社交的能力―は、一見、別物のように見えるが、大きな視野で見れば二つの効果には関係があると思われる。子どもの成長には母親の献身的な育児が必要だが、母親は出産のあと、母親は他者との交わりに積極的で、育む気持ちが強まるだけでなく、子どもとの絆を形成しようと努める。
[短期的賦活作用]
●オキシトシンの枝には短期的効果に関わるものもある。オキシトシンを注射すると、一時的に血圧と心拍数が上昇し、ストレスホルモンの分泌が促される。これらの穏やかな賦活効果は成長を促進する効果を補う。例えば、他者との間の相互作用を自分の側から始める時、このような補いが必要になる。
●出産においては陣痛の間、赤ちゃんへの血液供給を十分に行うためには母親の血圧は上昇する必要がある。短期間に見られるストレス反応は、新しい未知な環境に対処する際にも役立つ。このような場でリラックスするのは危険なことである。
[長期的ストレス軽減作用]
●オキシトシンの二大効果(成長と治癒、社交的能力)に続く、大きな枝は、強力で長期期間持続する抗ストレス効果である。オキシトシンには血圧と心拍を下げ、ストレスホルモンの血中濃度を減らし、痛みに対する耐性を増し、学習を促進し、安らぎの感情を強める働きがある。ただし、この効果が現れるのは、普通、しばらく時間が経ってからである。しっかりと覚醒している時間の後でなければ、のんびりとくつろぐのは危険である。
●オキシトシンの長期的な効果は、ストレスとは正反対の生理学的状態をつくりだす。交感神経の活動が抑制され、その結果、血圧もストレスホルモンの血中濃度も低くなる。同時に副交感神経の一部が活性化して、心拍を遅くし、消化と栄養蓄積を促進する。これらの抗ストレス効果には多くの機能があるが、共通点は成長に必要な前提条件を整えることである。成長に関係する活動は―栄養蓄積、傷の治療など、そして生殖そのものも―個体が平静な状態のときに強化されるからである。
●重要なことは長期的な抗ストレス効果は、オキシトシンの直接的な作用によるものでない。それはオキシトシンが速やかに血液中から消えるからである。数日、あるいは数週間も長期的な効果が続くのは、オキシトシンが他の生理学的メカニズムを活性化するからだと思われる。
●オキシトシンの長期的効果を説明するメカニズムについて、研究によって部分的には明らかになっている。
-『神経伝達物質であるノルアドレナリンとアドレナリンは、脳のストレス対処システムの重要な構成要素である。ノルアドレナリンとアドレナリンは神経系の特別な受容体―とりわけ、αアドレノ受容体、βアドレノ受容体と呼ばれる受容体と結合して作用する。オキシトシン注射を繰り返すと、αアドレノ受容体の一タイプであるα2アドレノ受容体と呼ばれる受容体の活性が高まる。ノルアドレナリンがこの受容体と結合すると、それ以外のアドレノ受容体と結合したときの効果とは正反対の抗ストレス効果が生み出される。つまり、オキシトシン注射を繰り返した結果として、あたかも船長がエンジンを逆回転させるように指示したかのように、ノルアドレナリンの影響がおおむね、正反対に切り替わる。』
[ともにそよぐ枝]
●オキシトシンの木は1本の枝が目立って風に揺れることはあるだろうが、多くは数本の枝がそよいでいる。
●オキシトシンの効果を取り扱う研究は動物実験に基づいているが、私たちヒトにおいて安らぎと幸福感を生み出す状況の一部も、オキシトシンの放出と関係があると推測することができる。
●動物における研究はそれらの状況を特定するのに役立ち、そのような状況でのヒトのオキシトシン値が測定されてきた。例えば、授乳しているとき、食べているとき、セックスをしているとき、あるいはもっと広く、他の人と身体的に接触しているとき、オキシトシン値が上昇することがわかっている。
●授乳は多量のオキシトシンを放出させ、オキシトシンの木の数本の枝を揺らす活動である。母乳が排出されるときには、母親も子どものゆったりとくつろいでいる。それにくわえて、母子間の相互作用が強められ、両者ともに、消化と栄養蓄積のプロセスの効果が増す。
[成長と防御の必要性]
●本書で論じている二つの主要なシステム―〈安らぎと結びつき〉システムと〈闘争か逃走か〉システムは―は、個々の細胞のレベルでさえ見られるふたつの基本的な生理学的プロセスが、複雑な形で表れたものだと考えられる。
[修復し、バランスを取り戻す]
●シーソーのストレスの側にだけ、明らかに過重がかかっている状態は、〈安らぎと結びつき〉効果を活性化することで、バランスが取れる。自然は私たちに「どちらか」の問題ではないと、繰り返し教えてくれているかのようだ。
第一部 〈安らぎと結びつき〉システム
第一章 オキシトシン
●1906年、ヘンリー・デールは、脳にある下垂体の中に、出産の経過を加速する物質を発見し、「速い」と「陣痛」という意味のギリシャ語にちなんで、それをオキシトシンと名づけた。また、後に、オキシトシンが射乳を促すことも発見した。
●『私は本書で紹介する研究を始める前に、自分自身、妊娠・出産・授乳に関して行動のしかたや考え方が、がらっと変わるのを経験していた。私はオキシトシンについての科学文献の中に、その変化を説明するものを見つけた。また、私の調べた資料には、オキシトシンがさまざまな面で母子間の相互作用を増し、母子間の絆を形成することを立証する動物実験についての記述が含まれていた。私は考えた。オキシトシンは私たちヒトに対しても、生理学的影響や心理学的影響を与えているのではないだろうか―それらの動物実験が示しているような面でも、まだ知られていないほかの面でも。
大いに興味をそそられて、手にはいる限りのオキシトシンについての文献を読んだ。わかったことは、オキシトシンはホルモンとして、血流に乗って体内を巡り、さまざまな機能に影響を与えるだけでなく、神経伝達物質として脳のさまざまな領域につながる神経ネットワークを通して作用するということだった。このふたつの方法で、オキシトシンは、体のさまざまな重要な働きに影響を与えている。〈闘争か逃走か〉反応を引き起こすのと同じ神経系が、オキシトシンが関与した場合には、正反対の反応を引き起こす。』
●オキシトシンとバソプレシンは2つのアミノ酸が異なるだけであり、非常によく似ている。また、進化論的観点から見ると、オキシトシンとバソプレシンは非常に古くからある物質である。
●オキシトシンは哺乳類のすべての種に、化学的に見てまったく同じ形で存在する。
●ミミズにさえ、オキシトシン様の物質が見られ、その刺激で卵を産む。
●オキシトシンとバソプレシンがこれほど長い間、動物界に存在しているという事実は、このふたつの物質が非常に重要であり、不可欠な役割を担っていることを示している。
●オキシトシンは多くの連鎖反応による効果の発端となるが、その鎖の最後の輪であることはまれである。このことは非常に重要である。
●オキシトシンによって制御されるシステムにはフィードバックの仕組みがあるので、オキシトシン産生細胞は、神経信号を受け取ること、ならびに化学的変化を感知することによって、外部環境と情報を交換できる。これらの細胞には、体の外側の器官、内部の器官、感覚器から情報がもたらされるので、オキシトシンの分泌は容易に促進される。興味深いことに、考えや連想、記憶などによってさえ、オキシトシン・システムが活性化される。
第二章 私たちを取り囲む環境
●生態系とフィードバック・システムについての理解が深まるにつれ、すべての生物個体がそれを取り囲む環境と常に接触し、影響を受けつづけていることがわかってきた。食刺激、姿勢、周囲の温度、飢え、満腹状態など、無数の可変要素が常に与えている情報は意識されることなく、心身の機能に影響を及ぼしている。
●生物学的リズムは環境から独立しているというふうに考えられがちだが、実際は、その多くがもともと、外界との相互作用によって獲得されたものである。女性の月経周期が月の満ち欠けと一致しているのも、すべての人がほぼ同じ長さの一日の生体リズムをもっているのも偶然ではない。かつては月光や日光がそのような機能を直接に制御していたが、進化の過程で、これらのリズムが生物学的システムに組み込まれた。
●生物個体を丸ごととらえるホリスティックな見方が医療や医学研究に導入された結果、心と体が相互依存的に機能しているということは、事実として広く受け入れられている。
●現代西洋文化のストレスの量についての不満は非常にありふれていて、もはや耳にすることもまれなぐらいである。今日、成功へのプレッシャーは非常に大きい。何事もテンポが速く、情報があふれすぎているし、職を得るためには厳しい競争に勝たねばならない。視覚、嗅覚、そしてとりわけ聴覚への刺激の量はすさまじい。私たちの体内ストレスに関連した〈闘争か逃走か〉システムが、過剰に活性化されているのは疑う余地がない。
一方、安らぎ・くつろぎ・親密さを促進する状況は、私たちの社会ではまれになってきている。そういう状況が生ずる頻度が少ないほど、〈安らぎと結びつき〉にかかわる私たちの内なる生物学的システムが活性化される頻度も減る。
●触覚は、〈安らぎと結びつき〉システムへの強力な入力源である。何かを一緒にするとき、人と人との相互作用において、触覚、嗅覚その他の感覚が、自然にその役割を果たす。個人の独立性を増し、共同作業を減らす現代の風潮の結果として、このような感覚刺激が減っている。そして、この変化は〈安らぎと結びつき〉システムの活動を減らし、究極的には、私たちの健康をおびやかす。
●〈安らぎと結びつき〉反応は、病気を予防するためだけに必要なのではない。人生を楽しみ、好奇心を燃やし、楽天的で創造的であるためにも必要である。
●穏やかな環境や、温かい人間関係のもとで、集中や学習力が強まることは、実験でも証明されている。ストレスにさらされている子どもは、心が平穏で安心感をもっている子どもよりも学習に苦労する。
第三章 バランスが肝心
●身体的ならびに心理的ストレスにさらされると、私たちが過酷な状況に対処できるように、体は利用できるエネルギーのすべてを動員する。そして、私たちがその状況を改善し、ひと息入れることができるようになるまで、それを続ける。
●『〈闘争か逃走か〉反応と〈安らぎと結びつき〉の状態の両方が、人生にとって欠かせないものだということは、いくら強調しても強調しすぎることはない。ほかの動物とまったく同様に、私たちヒトも難題に対応して、何であれ、そのとき必要な行動をとれるように自分のもっているすべての力を動員する能力が必要だ。そして、その正反対のことも必要だ。体は食べ物を消化し、貯えを補充し、自らを癒やす必要がある。情報を取り入れ、感情表現し、心を開いて好奇心を満たし、ほかの人たちと触れ合う必要もある。大変な出来事があったり、困難が続いたりしたあとに回復できるのは、そういう能力のおかげである。
前述したように、〈闘争か逃走か〉反応と〈安らぎと結びつき〉反応は、シーソーゲームの両端のようにバランスをとりあって機能する。満ち足りた気分で食物を消化しているときに、動揺や怒りやストレスを感じることはまれだ。一心に何かしているときや怒っているとき、急いでいるときには、消化のペースがゆっくりになり、愛想が悪くなる。一方のメカニズムが他方を排除することはないが、一時的に一方が優勢になるのだ。
しかし、現代では、〈闘争か逃走か〉反応は、突然の身体的危険を避けるというよりも、環境から多少とも継続的に過剰な要求をされていて、それに反応するということが主である。今や〈闘争か逃走か〉反応は、体のもつすべての力を一時的に動員するということではなく、ほぼ休みなく続く生理学的状態となってしまった。いわゆる慢性的ストレスが問題なのだ。
本書では、安らぎと結びつきを特徴とするさまざまな場面でのオキシトシンの役割について、これまでの研究で明らかになったことを描きだす。この新しい知識が、どの程度、そしてどのように私たちの役に立つか―たとえば、ストレスのマイナス作用に対して身を守る方法を見つけるのに役立つかどうか―は、これから研究していかなくてはならない課題だ。』
第二部 脳と神経系におけるオキシトシンの役割
第五章 オキシトシンの働くしくみ
●ホルモンには2種類ある。
‐ステロイドホルモン:コレステロールに関連した脂質から成る。
‐ペプチドホルモン:いくつかのアミノ酸が結合した小さなタンパク質で、細胞そのものの中に入るのではなく、細胞膜の外側の表面にある受容体を活性化する。
●オキシトシンはペプチドホルモンである。
●オキシトシンは哺乳類のすべての種において同じ構造である。
●オキシトシンは視床下部の室傍核と視索上核で産生され、下垂体に神経線維が走っており、この下垂体から放出される。
●室傍核の細胞グループからは、他にも多くの神経線維が伸び、扇状に広がって脳のさまざまな部分と接続しており、オキシトシンは神経伝達物質としても作用する。
●視索上核と室傍核でオキシトシンを産生する細胞には2つのタイプがある。
‐大きな細胞から産生されたオキシトシンは下垂体に運ばれる。
‐小さな細胞から産生されたオキシトシンは軸索を通って、脳内の受容体に運ばれる。
●オキシトシンを産生する細胞には興味深い特徴がある。神経細胞は活性化するとき電流が流れる。オキシトシン産生細胞の集まっているところでは、細胞ごとにバラバラに電流が生じるのではなく、一斉に生じる。授乳時のように、強く刺激されると、これらの細胞の電気活動は協調する。
●オキシトシン産生細胞の間には別の種類の細胞が存在し、一種の絶縁体として働いているが、その絶縁が解除されることで、すべてのオキシトシン産生細胞が力を合わせて働きはじめる。授乳中の女性の血中オキシトシン濃度が劇的に上昇するのは、ひとつにはこのためである。
●オキシトシン産生細胞に起こる協調は、生理学的に独特のものである。
●オキシトシンの効果をより厳密に調べると、非常に興味深いことに細胞の協調であれ、効果の協調であれ個体同士の協調であれ、協調こそ、オキシトシンの存在を示す目印であり、体内の他の多くの物質と区別する特徴である。
●視床下部からの神経を介してオキシトシンの影響を受ける脳領域には、視床下部と脳幹に近い領域が含まれる。視床下部と脳幹は血圧、運動、感情の制御に関係している部位である。この視床下部からの神経は、脳と脊髄の中の自律神経系の活動や痛みの知覚を制御する部位とも接続している。
●視床下部からの神経が複雑に枝分かれしているおかげで、私たちの体は、オキシトシンをメッセンジャーとして用い、さまざまな生理的機能・活動を協調させることができる。
●現在発見されているオキシトシン受容体は一つであるが、特定されていない受容体があると考えられている。
●オキシトシンの産生に影響を与えるのは外界からの情報(例えば皮膚を介しての情報)と体内からの情報(例えば子宮や腸についての情報)を運ぶ神経。そして、嗅球や大脳皮質の様々な部位、脳幹のような古く機能的に下位にある部位からの神経もオキシトシンの分泌を増やしたり、減らしたりする。
●オキシトシンの産生細胞の分布や、血中オキシトシンの循環には雌雄両性においてさほど差はないが、状況により雌に対して強い効果をもたらすことが、動物実験で示されている。
●女性ホルモンのエストロゲンが、オキシトシンの産生を増やすことで、オキシトシン・システムを活性することもある。エストロゲンはαタイプとβタイプの2種類の受容体に作用するが、オキシトシンの放出に関係しているのはβタイプの受容体である。
●神経伝達物質の中でオキシトシンを促進させるのは、グルタミン酸、CCK(コレシストキニン)、VIP(血管作用性腸管ペプチド)。抑制するのはGABA(γ‐アミノ酪酸)、エンケファリン、β‐エンドルフィン、ジノルフィンがあ
●モノアミンと総称される化学物質には、セロトニン、ドパミン、ノルアドレナリン等があり、これらは神経伝達物質として働くが、セロトニンやドパミンはオキシトシンの放出を促進する。ノルアドレナリンはストレスホルモンの一つであり、通常は覚醒と攻撃について賦活的効果をもたらし、〈闘争か逃走か〉状態を促進するため、それ自体は脳内のオキシトシン効果の標的でもある。ところがその一方で、セロトニンやドパミン同様、ノルアドレナリンもオキシトシンの放出を促進する。
●オキシトシン自身には他のほとんどのホルモンに見られる、サーモスタットのような自分で自分の産生を止めるフィードバック・システムがない。
●『オキシトシンは、オキシトシン産生細胞のオキシトシン受容体を活性化することによって、一定のレベルまでオキシトシンの産生を促す。そして、新たに活性化された受容体は、細胞を刺激して、さらにオキシトシンをつくらせる。』
オキシトシンといえば、分娩や射乳に関するホルモンである。というのが学校で学んだことです。
2018年に拝読させて頂いた、山口 創先生の著書『人は皮膚から癒される』では、スキンシップケアの重要性とその陰に隠れ、多大な影響を及ぼしているとみられるオキシトシンの存在を知りました。(ブログは“スキンシップケア[C触覚線維]”)
一方、新たに不妊鍼灸をはじめたことで不妊に悩む患者さまとの接点が生まれ、このオキシトシンこそが、生命の誕生を総合的に支配している存在なのではないかと直感し、そして、今回の本を見つけてきました。初版発行は2008年と古いのですが、著名な先生の著書であることとオキシトシンだけに焦点を当てた内容は、200ページを超えるをものだったため全体像から枝葉まで知ることができるのではないかと思い購入しました。
オキシトシンは、血圧と水分調整にかかわるバゾプレシン(ADH)とともに下垂体後葉ホルモンであり、静脈から心臓に還流した後、全身に送られます。つまり、この2つのホルモンは、下垂体前葉ホルモンや視床下部ホルモン(下垂体前葉ホルモン分泌を促進または抑制を担う)とは明らかに異なる特徴を有しています。その意味でも特別の存在といっても良いのではないかと思います。
画像出展:「東京女子医科大学 高血圧・内分泌内科」
右上部の【下垂体】の中の[後葉]の下に”オキシトシン”が書かれています。上にある”抗利尿ホルモン(ADH)”がバソプレシンになります。
画像出展:「人体の正常構造と機能」
『下垂体後葉(神経性下垂体)には下下垂体動脈が分布し、後葉内で毛細血管網を形成する。視索上核や室傍核からの神経線維は漏斗茎を通って後葉に至り、毛細血管周囲に終末をつくる。神経終末から放出されたオキシトシンやバソプレシンは後葉の毛細血管内に入り、静脈から心臓へ還流したのち全身に送られる。』
※視床下部から下垂体後葉につながるピンクの管がオキシトシンとバソプレシンのルートです。
目次
はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面
第一部 〈安らぎと結びつき〉システム
第一章 オキシトシン
第二章 私たちを取り囲む環境
第三章 バランスが肝心
第二部 脳と神経系におけるオキシトシンの役割
第四章 体の制御中枢
第五章 オキシトシンの働くしくみ
第三部 オキシトシンの効果
第六章 オキシトシン注射の効果
第七章 オキシトシンの木
第八章 授乳―オキシトシンが主役
第四部 結びつき
第九章 オキシトシンと触覚刺激
第十章 オキシトシンとほかの感覚刺激
第十一章 オキシトシンと性行動
第十二章 オキシトシンと人間関係
第五部 安らぎと結びつきを探求するさまざまな方法
第十三章 マッサージ
第十四章 食べること―内側からのマッサージ
第十五章 タバコ、アルコール、その他の薬物
第十六章 医薬品による安らぎと結びつき
第十七章 体を動かすこととじっとしていること
第十八章 私たちの内なるエコロジー
本題に入る前に、ひとつご紹介したいサイトがあります。
これは、今回の本の初版が2008年であり、動物実験によるものが多いということから、「現在、オキシトシンに関する最新の研究成果はどうなっているんだろうか?」という疑問がありました。そこで、検索してみるととても興味深い、新しい記事(2022年8月26日)を見つけました。
これにより、オキシトシンが今も注目にあたいする物質であることを確信することができました。
『慶應義塾大学医学部薬理学教室の塗谷睦生准教授、横浜国立大学環境情報学府博士課程前期2年の中村花穂、慶應義塾大学医学部薬理学教室の唐澤啓子(研究当時)、同大学医学部薬理学教室の安井正人教授らの研究グループは、これまで直接見ることができず謎に包まれてきた、脳内のペプチド性ホルモンの一種であるオキシトシンを「見える化」するツールの開発と応用に成功しました。
オキシトシンは、分娩促進や授乳促進、母性行動などに関与し、母親が子を産み育てる上で重要なホルモンとして知られてきました。さらに近年、これらの効果に加え、日常生活の中で人間関係を築いていく社会的行動においても重要な役割を持つことが明らかにされ、ヒトを含む動物の精神を強力に調節する、脳内の神経伝達物質としての役割が注目を集めています。闘争欲や恐怖心を減少させ他人に対する信頼感を増加させる効果や、自閉スペクトラム症の中核症状である社交性を改善する効果から、一般的には「幸せホルモン」や「愛情ホルモン」という名称でも親しまれ、とても注目されています。』
PDF資料(4枚):左をクリックするとダウンロードされます。
ブログは4章と15章以外、目次の中の黒字の個所です。また、長くなったので5つに分けました。
冒頭の「はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面」は10ページにわたって記述されているのですが、その内容に思わず惹きつけられました。全てではありませんが、3つに分け、かなりの部分をご紹介させて頂いています。
はじめに―ないがしろにされてきた人生の一側面
『私たちは日頃、善と悪、光と闇、男と女、太陽と月というふうに、両極端を頭においてものを考えることが多い。どうしてそうなのかはわからないが、二元論的考えに慣れっこになっていて、自分がそういうふうに考えていると意識することもないぐらいだ。とくに、科学の方法論は、そういう考え方によって形づくられてきた。とはいえ、学問分野の中には、両極のうちの片方だけが明確に表現される、あるいは両極の片方だけが私たちの好奇心をそそる、そういう分野もある。
生理学は医学の分野のひとつで、生きている動物がいかに機能するかを明らかにしようとするものだが、その中でも特に多くの力が注がれたのは、心身の激しい活動とストレスの生理学だった。それはたいていの場合、〈闘争か逃走か〉反応を調べることを通して研究された。このよく知られた反応において、私たちヒトやその他の哺乳類は、立ち向かうか、逃げ去るか、いずれにせよ、ストレスとなる状況に対処できるような体勢を整える。私たちは怒りや恐れを、ときにはその両方を感じる。血圧が上昇する。栄養蓄積を含めて、消化器系の働きがほぼ停止する。反応が速くなり、痛みに対しては鈍くなる。体じゅうのエネルギーのすべてが、(現実のものであれ、想像上のものであれ)直面する脅威に対して身を守ることに向けられる。ポパイがホウレンソウを食べて世界一強い男になるように、〈闘争か逃走か〉反応の影響下にあるヒトその他の哺乳類は、短時間、ふだん以上の力を発揮する。私たちの体が自家製の「滋養強壮ドリンク」を、ホルモンと神経伝達物質の形で提供してくれるおかげだ。
私が本書で描き出したいと思っている、これまであまり研究されてこなかった生理学的パターンは、〈闘争か逃走か〉反応の対極にあるものだ。ほかの哺乳類もそうだが、私たちは、危険に直面して臨戦態勢にはいる能力に加えて、人生の良きものを楽しみ、くつろぎ、他者と結びつき、自らを癒す能力をもっている。人生の出来事においてだけではなく、生化学システムにおいても、〈闘争か逃走か〉パターンの対極に位置するものがある。本書があつかうのは、シーソーの反対側の端にあるシステムだ。私たちの体は、安らぎと結びつきを得るためのシステムを備えているのである。
〈安らぎと結びつき〉システムに関わりが深いのは、恐怖ではなく信頼と好奇心であり、怒りではなく好意である。循環器系はペースを落とし、消化器系はフル回転する。心が静かで安らいでいるとき、私たちは防御をとく。感受性が豊かになり、開放的な気分で、自分の周囲の人たちに関心を抱く。私たちの体は「滋養強壮ドリンク」ではなく「癒しのネクター」を提供してくれる。その影響下で、私たちは自分のまわりの世界やそばにいる人々を肯定的なまなざしで見る。私たちは成長し、癒される。〈安らぎと結びつき〉反応もまた、ホルモンならびに神経伝達物質の作用だが、これらの基本的な生理学的作用がどのようにして〈安らぎと結びつき〉反応をもたらすのかについては、まだ十分な確認や研究がなされていない。
このシステムが顧みられないできたという事実から、科学研究の背後にどういう価値観があるのかがよくわかる。〈安らぎと結びつき〉システムの維持にとって、〈闘争か逃走か〉システムと同じくらい重要かつ複雑であるのに、研究される頻度は、〈闘争か逃走か〉システムのほうがはるかに高い。たとえば、自律神経系(神経系のうち不随意的な身体機能を調整する部分)をあつかった論文のうち、休息や成長に関与している副交感神経部分に関するものは10パーセントに過ぎず、残りの90パーセントは、〈闘争か逃走か〉反応において活性化する交感神経部分に関するものだ。ストレスや痛みをテーマとする学術会議はよく催されるが、安らぎ、休憩、幸福をテーマとする学術会議はほとんどない。』
『〈安らぎと結びつき〉システムが働くのは、体が休んでいるときが多い。静かな見かけの下で、ものすごい量の活動が起こっているが、それらの活動は運動や急激な力の発揮には向けられない。〈安らぎと結びつき〉システムは体が自らを癒やし、成長するのを助ける。このシステムは栄養をエネルギーに変え、あとで使うために貯えておく。体も心も安らいでいる。そういう状態のときには、私たちは自分の中の資源や創造性を、よりよく利用できるようになる。ストレスにさらされていないときの方が、学習能力や問題解決能力は高くなる。
〈闘争か逃走か〉システムの対極にある〈安らぎと結びつき〉システムの身体的・心理的働きについて理解を深めることが、このうえなく重要だと私は信じている。個々の状況のもとで個々の人々が最適な反応をするには、この二つのシステムの両方が必要だ。しかし、長期にわたるストレスが、さまざまな心理学的・身体的問題を引き起こすことは、今では広く知られている事実だ。長い目で見て健康であるためには、この二つのシステムのバランスがとれていなくてはならない。』
『私がこの路線を選んだのには、個人的な理由もあった。四人の子の母としての経験から興味深い疑問がわいたのだ。妊娠中、授乳中、そして子どもたちと密接に接触していた時期に私が経験したのは、人生のほかの課題に挑戦するときにいつも感じていたストレスとは正反対の状態だった。私は妊娠や授乳に関係する精神生理学的状態がもたらすものは、挑戦・競争・達成にかかわる精神生理学的状態がもたらすものとはまったく異なることを知った。今から二十年以上も前、私はこの人生経験を科学的に探求しようとする過程で、重要な生物学的マーカーの存在に気づいた―その生物学的マーカーこそ、本書の主題である。
広く世界を見渡すと、心が平らかで安らいでいることを評価し、望ましい在り方だと考える伝統のある地域も多い。中国、ヒンズー、その他の文化は、この状態に到達するのに役立つさまざまな技術を開発してきた。今では西洋でも、より質の高い生活、より大きな幸福への道を求めて、瞑想・ヨガ・太極拳などが熱心に実践されている。
ストレスが増えつづけ、人と人とがばらばらになっていく一方の現代生活の中で、安らぎと、結びつきの必要性がますます切実に感じられるようになった。安らぎと結びつきへの渇望は、あわただしいライフスタイルを問い直し、心の平安と気持ちのいい人間関係に至る道を、意識的に探求するという形で表れる。しかし、この渇望が十分意識されず、きちんと認識されていない場合も多く、人によってさまざまに異なる対応の中には、長い目で見ると不健全なものもある。
たとえば、たっぷり食べ物をとれば―とりわけ脂肪分に富む食べ物をとれば、心が安らぎ、よく眠れるようになる。だが、いつもこのようにして自分をなだめる習慣がつくと、不都合な結果が生じるのは明らかだ。酒も心に安らぎを与え、眠気を誘う。ストレスに満ちた一日のあとで、気持ちをほぐす手段として飲酒する人は多い。だが、これもまた、問題を生じかねない。ストレスや不安や抑うつに悩む人々が、医師に処方された薬を飲む場合も同様だ。直接的な依存性があるとは考えられていない最新の薬であっても、望ましくない副作用があることは大いに考えられる。
エクササイズによって、体重をコントロールする効果だけでなく、心の落ち着きや安らぎが得られると感じる人もある。鍼、指圧、マッサージ、各種のエナジー・トリートメント〔訳注 レイキ(霊気)など、気を用いる療法〕など、代替医療を定期的に受けることが、身体症状を軽くするだけでなく、安らぎを得るのにも役立っていると感じる人もいる。瞑想や祈りなどのスピリチャルな活動を実践することによって、心が静まり、リラックスできると感じる人も多い。
本書をお読みになれば、体と心を通して憩いと幸福へと至るさまざまな方法が、一見、まったく異なっているように見えても、実際には共通点をもっていることがおわかりになるだろう。それらの方法はすべて、私たちの体内の同じシステムを活性化することで目的を果たしているように思われる。そしてその手助けをしているのは、オキシトシンという非凡な生化学物質であるようだ。
本書で展開される分析は、私自身の、そしてほかの人たちの研究によって裏づけられている。この長い年月の間に、〈安らぎと結びつき〉システムの生理学的プロセスに同じような関心をもち、この研究が健康と幸福にとって大きな意味をもつという共通の確信を抱く仲間がふえ、ネットワークが形成された。このネットワークを構成しているのは、研究者仲間や院生だけではない。関心をもつ一般の人もたくさん参加している。それらの人々は私たちと貴重な経験を分かち合い、研究のヒントをたくさん与えてくれた。
オキシトシンの効果についての考えは、動物実験ならびにヒトでの観察と測定に基づいている。私はそれらの知見から、まだ科学的解明が進んでいない事柄について、推測し、仮説を立てる。私がそのようにするのは、科学的研究によってこの分野が十分に探査されているわけではない現状において、「大まかな絵」を浮かびあがらせ、〈安らぎと結びつき〉システムの全体像をつかめるようにするためだ。私はオキシトシンを、私が〈安らぎと結びつき〉システムと呼ぶ広範な生理学的作用と結びつけ、ひとつの主張をうちたてようとしている。私が根拠とする証拠は説得力のあるものだが、状況証拠にすぎない場合もある。私のしていることは、いくつかピースが足りないジクソーパズルを嵌め合わせることに似ている。手持ちのピースを組み合わせて、二、三歩後ろに下がり、より広い視野の中で見ると、〈安らぎと結びつき〉システムの全体像がどんなふうになるか、見当がつく。
この短い著書で、この分野でなされてきたすべての研究の概要を紹介することは不可能だ、だから私は、そうする代わりに、いくらかの科学的な成果を出発点として、私たちが安らぎと結びつきをいかに切実に必要としているか、その状態がいかにして生み出されるか、それが私たちの健康にどのようなよい影響をもたらすかについて、自由に考えをめぐらせた。これらの問題は、今後、科学者がさらに探求していかなくてはならない重要な問題だと私は信じている。』
不妊治療に取り組みながらの流産は、極めて厳しい現実です。
なぜ起きるのか、鍼灸師としてできることは限られますが、少なくとも、何が起きたのか、どうして起きたのかを知ることは、良い施術の第一歩になることは間違いないと思い、特集のタイトルが気になった今回の雑誌を購入しました。
特集:『No more! 流産』
1.流産は、なぜ起こる?
2.着床するということは?
3.不妊治療と流産
4.体外受精と胚移植
5.体外受精と着床障害
6.着床障害の検査と治療 胚、胎児側の問題
7.胚の染色体の数を調べる PGT-A
8.胚の染色体の形を調べる PGT-SR
9.着床障害の検査と治療 母体側の問題
10.不育症なの? なんども流産してしまう
11.不育症の検査
12.不育症のリスク因子と治療 内分泌異常/血液凝固異常・自己抗体①
13.不育症のリスク因子と治療 血液凝固異常・自己抗体②
14.不育症のリスク因子と治療 子宮形態異常/夫婦の染色体構造異常/リスク因子不明
ブログで取り上げたのは、目次の中の黒字部分です。
『流産は、その経験が一度であっても、精神的なダメージが大きく、「生まれてこられたはずの命なのに、流産は自分のせいだ」と思い、深く傷つく人もいます。また、次の妊娠に気持ちを向けようとしても、「また流産してしまったら…」と思い、なかなか前向きになれない人もいるでしょう。
そして、不妊治療をしている人のなかには、胚移植をしても着床しない。生化学的妊娠[妊娠反応が陽性になったのみ]を繰り返してしまう…と悩んでいる人も少なくありません。
流産は、とても辛い出来事ですが、それが次の妊娠へ、赤ちゃんが授かる方法へと導いてくれることもあります。』
1.流産は、何故起こる?
1)流産とは
・妊娠22週より前に妊娠が終わること。22週とは赤ちゃんがお母さんのお腹の外では生きていけない週数のことである。
・流産は全妊娠の約15%に起こり、妊娠経験のある女性の約40%が経験しているとされている。
・妊娠12週未満を「早期(初期)流産」、妊娠12週以降22週未満の流産を「後期流産」という。流産の約80%は早期流産で、その原因のほとんどは胎児の染色体異常といわれ、偶然に起こる。
2)流産ではない生化学的妊娠
・生化学的妊娠とは、尿中や血中に妊娠反応があったという生化学的な反応だけで終わってしまうことである。「化学流産」と呼ぶこともあるため、流産と誤解されることもあるが、生化学的妊娠は流産に含まれない。
・生化学的妊娠の原因のほとんどは、胚の染色体異常から起こる自然淘汰がほとんどである。
・本来の妊娠は、超音波検査で胎嚢が確認できた臨床的妊娠をいう。
3)流産の兆候は
・妊娠6週頃になると、超音波検査で胎児の心拍が確認できるようになり、流産する確率は低くなる。
・流産の主な兆候は出血と腹痛である。腹痛は子宮の収縮により腹部が痙攣したような痛みが起こる。
・超音波検査で診断される稽留流産の場合は、出血や腹痛はないのが特徴である。
・腹痛、出血は流産とは限らないが、気になる兆候であることは間違いないので、病院で受診すべきである。
4)流産の確率
・年齢が高くなると、妊娠は難しく、流産はしやすくなる。
・40歳以上になると流産のリスクは高まる。なお、流産のリスクはグラフを見ると、体外受精の場合の方が低い。
注)以下の2つのグラフは時期およびデータ元が異なる。
5)流産は予防できる?
・切迫流産とは流産しかかっている状態であり、妊娠12週未満の場合には、特に有効な薬はなく、安静にして経過観察することになる。
・喫煙、風疹などの予防接種、糖尿病などの基礎疾患にも注意が必要である。
・栄養面で、葉酸摂取が推奨されているのは、神経管閉鎖障害の予防である。
2.着床するということは?
1)着床は、どのように起こるのか
①胚を受け入れる準備
・卵胞が成長するにつれ、卵巣はエストロゲンを分泌し、子宮内膜を厚くする。
・エストロゲンによって厚みを増した子宮内膜は、プロゲステロンによって着床しやすい状態に整えられる。
②受精から胚の成長
・卵管膨大部で卵子と精子は受精し胚になる。
・受精後は卵管内で細胞分裂を繰り返し成長しながら子宮へと運ばれていく。
・胚の栄養は卵管液だが、8細胞期まではピルビン酸と乳酸、8細胞期以降はグルコースを栄養にして、胚自体の力で発育するようになる。
③着床のはじまり
a.胚は、将来赤ちゃんになる細胞側を子宮内膜に接着させる。
b.胚は、内膜に接着するとすぐに潜り込んでいく。
c.胚は、子宮内膜を分解して、自分のものにしながら、胎盤をつくるためにhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の分泌を始める。
画像出展:「人体の正常構造と機能」
hCGは通常14日間以内に機能を失う黄体を刺激することにより、退縮なく機能を8週から10週維持する。
注)左端のぼやけて見えない部分は、「胎児精巣を刺激」になります。
d.胚は、hCGを分泌する。このホルモンが血液や尿中から検出されると妊娠反応が陽性になる。
e.胚が完全に潜り込むとその痕を塞さぐ。こうして着床が完了する。
3.不妊治療と流産
1)不妊治療をする夫婦は流産しやすいのか
・39歳以下では自然妊娠と体外受精の流産率に差はない。
・40歳以上では体外受精での流産率は低くなる。考えられる理由は以下の通り。
-体外受精では着床の可能性の高い胚を選択して移植できる。
-凍結融解胚移植では、子宮内膜、ホルモン環境を調整し、移植時期の最良のタイミングを選択も可能である。
・体外受精の場合、不妊原因を持っていたり、年齢層がやや高いという点では流産しやすい要因も存在している。
2)不妊治療をする夫婦は生化学的妊娠になりやすいのか
・卵子の老化は染色体異常の発生率を高め、卵子の力を低下させる。卵子はもともと染色体異常が起こりやすく、排卵した卵子の約25%に染色体異常があるといわれ、40歳前から上昇する。
・染色体数の異常のため受精が完了しない、胚が成長しない、着床しない、流産が起こる。もしくは染色体の数に問題を持った子どもが出生することにもつながる。
5.体外受精と着床障害
1)着床障害とは
・良好胚を何度も移植しているのに妊娠しない人、あるいは生化学的妊娠を繰り返している人は、着床障害の可能性がある。
・着床は、胚の問題がないこと、子宮内膜の厚さが十分にあること、胚移植と着床時期のタイミングがあっていることなどの条件が大切である。
2)胚移植と着床
・胚移植は、胚盤胞移植と凍結融解胚移植が多くなってきている。
・胚盤胞の場合は、程なく着床が始まり過程は自然妊娠と変わらない。一方、体外受精の場合にはプロゲステロンを補うための服薬、膣剤、貼付薬、注射などを使い、採卵(排卵相当日)から約16日後に妊娠判定を行うのが一般的である。
3)より着床しやすい胚移植とは
・凍結技術の進歩により、凍結・融解による胚へのダメージは、ほぼ心配することはなくなった。その結果、全ての胚を凍結して、子宮内膜やホルモン環境を整え、患者さんの都合に合わせて凍結融解胚移植を行う治療施設が増えてきている。
4)凍結融解胚移植の移植日
・着床しやすい時期は、通常排卵から5日目あたりで、“着床の窓”と呼ばれている。
・凍結融解胚移植の場合、移植胚の成長程度と子宮内膜の状態を同調させるため、排卵、または排卵の相当日から胚移植日を決定する。
・3つの方法
①自然周期
-自然排卵により排卵日から胚移植日を決定する方法。
②排卵誘発周期
-クロミフェンなどの服用する排卵誘発剤を使い、排卵を起こさせて胚移植日を決定する方法。
③ホルモン補充周期
-ホルモンを補充し、内膜の黄体化[卵子を排出した卵胞が黄体という組織に変化し、分泌されるプロゲステロンによって子宮内膜が厚くなる]を行った日から、胚移植日を決定する方法。
6.着床障害の検査と治療 胚、胎児側の問題
1)着床障害の検査
・着床障害には、明確な定義はなく、各治療施設によって異なるが、要因は胚または胎児側の問題と母体側の問題がある。
2)胚・胎児側の問題
・胚の染色体の数の異常や構造異常が原因で着床しない、もしくは生化学的妊娠によるものがある。
・流産全体の80%以上は、妊娠12週未満に起こる早期流産である。
・染色体の数の異常については、偶発的に起こる卵子の減数分裂の失敗や、受精時に起こる多精子受精などが要因になっている。
・受精は卵管膨大部で起こるが、受精の際、卵子に2個、3個の精子が入ることがある(多精子受精)。この結果、すべての染色体の数が3本(3倍体)、4本(4倍体)となり倍数体の異常が起こる。
・倍数体の異常は、卵子の極体がうまく放出できなかった場合や単為発生(卵子が精子と受精することなく活性化して前核が形成される:1倍体)の場合などがある。
9.着床障害の検査と治療 母体側の問題
1)母体側の問題
①子宮内膜環境の問題
・慢性子宮内膜炎
-子宮内膜の深い基底層にまで細菌が侵入して炎症が起こり、その炎症が持続している状態。
-慢性子宮内膜炎は自覚症状のない人が多く、なかなか着床しないことから発見されることも少なくない。
-慢性子宮内膜炎は不妊治療経験者の約30%、繰り返し胚移植にもかかわらず生化学的妊娠や流産を繰り返す人の約60%にあるといわれている。
・子宮内細菌(フローラ)
-2015年、子宮内に細菌(フローラ)が存在することが確認され、子宮内フローラの乱れが体外受精に悪影響を及ぼすことや、子宮内膜で免疫が活性化し、胚を異物として攻撃してしまう可能性が指摘されている。
-膣内環境や腸内環境が子宮内環境に影響している可能性も考えられている。
・ビタミンD不足
-ビタミンDの不足が着床を難しくしているという研究発表がある。ビタミンDは食事以上に、日光によって作られる方が多いと考えられているので、妊活中は1日30分程度、日に当たるよう心掛けることが重要である。
②胚移植のタイミングの問題
・着床は排卵から5日目というケースが多く、それに合わせて胚移植するが、約30%の人には着床時期にずれがみられる。
③免疫寛容の問題
・胚は卵子と精子が受精したものだが、外からの精子は非自己(自分自身ではないもの)である。にもかかわらず、拒絶反応が起こらないのは免疫寛容という働きによりものだが、免疫寛容に異常があると拒絶反応が起こり、それが着床障害の原因になる可能性がある。
・免疫寛容は、免疫応答の司令塔とされているT細胞が関連し、着床にはTh1細胞<Th2細胞の関係が通常であるが、なかなか着床しない人の中には、Th1細胞が優位になっている場合がある。
10.不育症なの? 何度も流産してしまう
1)不育症とは
・妊娠はするが流産を繰り返したり、死産になってしまったりすることを不育症と呼ぶ。
2)流産の要因は
・流産は全妊娠の約15%に起こり、胚の染色体異常による流産は、妊娠のごく初期に起こる。
12.不育症のリスク因子と治療 内分泌異常/血液凝固異常・自己抗体①
1)不育症のリスク因子とは
①内分泌異常
・甲状腺ホルモンの異常、多いのが「甲状腺機能亢進症」で、少ないのが「甲状腺機能低下症」であるが、いずれも流産のリスク因子である。
・糖尿病は不育症のリスク因子にあげられているが、ケースとしては多くないとされている。しかし、流産や早産のリスクに加え、心臓肥大など出生後に正常な発達、発育の問題が起こる可能性があるため、妊娠前からの血糖のコントロールが大切である。
②血液凝固異常・自己抗体
・血液凝固異常とは、血小板の異常や血液を凝固させるタンパク質の異常などによって起こり、止血が難しい出血傾向と凝固させやすい血栓傾向がある。不育症のリスク因子は後者である。
13.不育症のリスク因子と治療 血液凝固異常・自己抗体②
1)低用量アスピリン療法
・アスピリンには血小板を抑え、血液をサラサラにする効果がある。投薬の終了時期は、28週まで、もしくは36週までと医師によって判断は異なっている。
・妊婦禁忌とされており、アスピリンアレルギーの人もいるので、医師に相談すべきである。
2)低用量アスピリン+ヘパリン療法
・ヘパリンは血液凝固因子を抑えることで血栓を予防する。
・ヘパリンの開始時期は「妊娠が陽性になってから」あるいは「胎嚢が確認できてから」が一般的で、1日2回、12時間ごとの注射が、妊娠36週頃まで毎日、必要になる。
14.不育症のリスク因子と治療 子宮形態異常/夫婦の染色体構造異常/リスク因子不明
1)子宮形態異常
・子宮は胎児期には左右2つあるが、出生前には融合して1つになる。この融合がうまくいかないことが原因で、子宮の形態異常は発生する。特に中隔子宮が不育症のリスク因子に上げられている。
・中隔子宮は、外観は正常だが子宮腔内に仕切りのようなものがあり、内腔が左右に分かれている形態異常である。
・患者あたりの生児獲得率は、手術したグループで77.5%、しなかったグループでは53.8%であり、手術が必須とまではいえない。
2)夫婦の染色体構造異常
・夫婦のどちらかの染色体に構造異常があるために、流産を繰り返すもの。
3)偶発的流産・リスク因子不明
・不育症の中で一番多い。検査をやっても「異常なし」と診断される。なお、胎児の染色体異常はこの中に含まれる。
4)テンダーラビングケア
・『ストレスと流産についての因果関係は、はっきりしていません。
ただ、流産後、次回の妊娠に臨む前に、臨床心理士や産婦人科医がカウンセリングを行った方がストレスが改善し、妊娠成功率が高かった、という不育症研究班の報告があります。
なかでも最近、注目されているのがテンダーラビングケア(TLC)です。流産してしまった人に「優しく、愛情を持って接し、いたわる」ことで、次回の妊娠が継続し、出産に至る確率が上がるといいます。
とくに流産直後は、ストレスを強く感じ、辛い気持ちの中で過ごす時間も多くなることと思います。
心が痛い、辛いと感じるときは、無理せずに通院施設のカウンセラーや心理士、また心療内科を訪ねてみましょう。』
※ご参考
ストレスとうまくつきあう:『思うように授からないことや不妊治療がストレスになることも。不妊とストレスの関係について』
感想
ビタミンDは日光、腸内環境は食事、睡眠、運動などの生活習慣が重要です。一方、強いストレスなどによる自律神経系の乱れは、内分泌系や免疫系にも悪影響を及ぼします。
また、不妊症の方は“冷え”を訴えることが多く、これも自律神経系が交感神経優位になって、血管を緊張させ血液の流れを悪くしていることが要因の一つです。
以上のことから、日常生活で直面する過度な緊張、ストレスを減らすことが重要です。鍼灸治療は心身をリラックスさせます。自律神経系を整え、冷えを改善します。そして、子宮内膜が「ふかふかのベッド」になったとき、朗報は近くまで来ているのではないでしょうか。
「摂りすぎた糖は、AGEとなって大量の活性酸素を生み出す」ということは知っており、活性酸素が炎症を亢進させる重要な元凶の一つであるということも知っていました。
しかしながら、この重要なAGEについてはもっと詳しく知りたいと思っていました。
“AGE”は“終末糖化産物”と訳されることが多いようですが、『「糖化」を防げば、あなたは一生老化しない』の著者である久保先生は“糖化最終生成物”と訳されています。どちらが良いということもないので、以降、すべてAGEとさせて頂きます。なお、AGEはAdvanced Glycation Endproductsになります。
AGEについては、福岡市の”おおた内科消化器クリニック”の太田先生のホームページに詳しく書かれいます。
ブログでは目次の黒字部分を取り上げています。
目次
プロローグ
体が「糖化」すると「老化」してしまう
糖化こそ、老化や病気を引き起こす元凶だった!
「抗糖化」の食習慣で老化の進み具合が大きく変わる
第1章 老化・病気・不調すべての原因は体の糖化にあった!
―糖とどうつき合うかで人生が変わる
長生きするも早死にするも、すべては「糖」次第
AGEという不良がはびこると、体が活気を失う
ホットケーキもクッキーも糖化だった
「酸化」と「糖化」は“兄弟分”。いつも影響し合っている
食後1時間の血糖値の上がり方で糖化リスクが分かる
「食後1時間対策」で10年後の人生に大きな差がつく
第2章 あなたの体をボロボロにしてしまう糖化のメカニズム
―糖化はゆるやかな死への行進
AGEが悪さをしでかす2つのパターン
AGE架橋で体中のたんぱく質が“化石化”していく…
たんぱく質の機能低下が進むと全身がボロボロに…
動脈硬化の真の原因は細胞の炎症だった!
糖化はゆるやかな死への行進
糖化が引き起こす主な病気
《糖尿病・糖尿病合併症》
《動脈硬化・心筋梗塞・狭心症・脳梗塞・脳出血》
《認知症・アルツハイマー病》
《非アルコール性脂肪肝(NASH)》
《骨質が悪くなる》
《肌のトラブルが起こりやすくなる》
だるさや疲れやすさも糖化の影響の影響!?
第3章 体が糖化する食べ方、糖化しない食べ方
―糖化を防ぐ食べ方 5つのコツ
血糖値を急上昇させない食べ方が基本
糖質を敵視しすぎない姿勢が大切
「超低炭水化物ダイエット」の大きな落とし穴とは?
極端な糖質制限は医学的にも危険!
高GI&高カロリーの食事が連続するのを避ける
「食事記録」をつけて食べすぎている自分に気づく
「プチ減食デー」を設けて食生活を改善
食べ方をひと工夫するだけで糖化は防げる!
食べ方のコツ① 「懐石食べ」で血糖値の急上昇を防ぐ
食べ方のコツ② 緑の野菜をたくさん食べる
食べ方のコツ③ 糖化した食品を取りすぎない
食べ方のコツ④ 昼食を「食生活の切り替えポイント」にする
食べ方のコツ⑤ 食後1時間に体を動かすようにする
糖化メニューおすすめレシピ
メニュー① ライ麦パンアボガドディップ/野菜と豆のスープ/アイスカフェオレ
メニュー② 全粒粉パンのトーストポタージュ浸し/野菜とフルーツの豆乳ジュース
メニュー③ カブのみぞれ中華がゆ アジのなめろう添え/キュウリの昆布和え/フルーツ大豆ヨーグルト
メニュー④ 旬菜と蒸し鶏のパスタ/グリーンサラダ/餃子スープ
メニュー⑤ 豆腐のカニあんかけ/モロヘイヤとオクラの梅和え/キノコごはん
メニュー⑥ 鶏団子のカレースープ煮/ワカメとキャベツのゆず酢醤油和え/雑穀ごはん
COLUMN
健康的ダイエットで「サーチュイン遺伝子」が活性化する!
第4章 今日からはじめる!「抗糖化」の生活術
―抗糖化力を高めるために役立つ知恵Q&A
「抗糖化力」を高める生活術で若々しさをキープ!
Q1:カレーライスは糖化を進める危険メニュー!?
Q2:バイキング料理は糖化にとっては“鬼門”?
Q3:「炭水化物オン炭水化物」のメニューはNG?
Q4:ごはんを食べすぎないためのコツは?
Q5:やっぱり白米よりも玄米のほうがおすすめ?
Q6:間食するなら「糖分控えめチョコレート」!?
Q7:早食いはやっぱりよくない?
Q8:ハーブティが糖化防止にいいって本当?
Q9:抗糖化サプリメントってあるの?
Q10:夜、食べすぎてすぐ寝てしまうと糖化が進みやすい?
Q11:糖化にとってアルコールは? たがこは?
Q12:ストレスは糖化にも悪影響を与えるもの?
エピローグ
糖といいつき合い方をして充実した人生を
プロローグ
糖化こそ、老化や病気を引き起こす元凶だった!
・AGEは体に余分な糖が多くなり、たんぱく質と結びつくことで発生します。
・AGEが問題なのはたんぱく質でできた組織の変性、劣化を亢進させてしまうためです。
第1章 老化・病気・不調すべての原因は体の糖化にあった!
―糖とどうつき合うかで人生が変わる
AGEという不良がはびこると、体が活気を失う
●「何故、たんぱく質と結びついてしまうのか」、食事により血糖が上がっても、すい臓からインスリンが分泌され血糖は調節されます。しかしながら、あまりに血糖が多かったりインスリンが適切に分泌されない、あるいはインスリンの働きが悪かったり等、問題があるとインスリンでは対応できず、その結果、余った血糖は体中のたんぱく質と結びつき、変性してAGEとなって様々な問題の原因となります。
ホットケーキもクッキーも糖化だった
●AGEが体内に蓄積されるのは、余った糖がたんぱく質と結びついてAGEが生成される経路と、食べ物にもともと含まれるAGEが口から入ってくる経路との2つのルートがあります。ただし、後者は焼きすぎに注意し、焦げたところは食べないように注意している限り、それほど心配するものではないとされています。
●体内のAGEは白血球の一種である貪食細胞のマクロファージが体内の異物を食べてくれるため、一部のAGEは体外へと出ていきます(代謝)が、重要なことは食べすぎや糖の摂りすぎに注意することです。
「酸化」と「糖化」は“兄弟分”。いつも影響し合っている
・活性酸素は体内に入ってきた脂質を酸化させ、劣化した脂質(過酸化脂質)が、体内に居座るようになると、全身の細胞が傷つき老化の大きな原因になります。
・糖化と酸化は影響し合いながら進行する“兄弟分”のようなものです。糖の劣化には酸化や酵素の力が作用しており、酸化の度合いが大きければ、糖化も起こりやすくなります。
第2章 あなたの体をボロボロにしてしまう糖化のメカニズム
―糖化はゆるやかな死への行進
AGEが悪さをしでかす2つのパターン
①体を構成するたんぱく質にAGEが直接くっついて、その機能を低下させてしまうパターン。
②AGEが受容体とくっついて、その受容体を通して細胞に炎症を引き起こすパターン。
動脈硬化の真の原因は細胞の炎症だった!
●AGEにはRAGEという受容体があり、AGEとRAGEが結びつくと細胞内の情報伝達に変化が起こり、炎症シグナルが活発になります。これにより、個々の細胞に炎症が引き起こされます。炎症は細胞の機能を低下させ、老化のスピードに拍車をかけます。特に大きな打撃を受けるのが血管であり、血管内側の壁細胞の炎症が動脈硬化の真の原因でないかとみられています。
《認知症・アルツハイマー病》
●認知症には「脳血管型」と「アルツハイマー型」の2つがあるが、どちらのタイプにもAGEの関与が認められます。
●アルツハイマー病のβ-アミロイドというたんぱく質が脳内にたまると「老人斑」というシミができるのですが、調べるとAGEがたくさん検出されます。このAGEは脳細胞の死滅にも関与しているとされています。
《骨質が悪くなる》
●骨粗しょう症の原因の6~7割は「骨密度」が原因とされていますが、残りの3~4割は「骨質」の低下にありますが、AGEはコラーゲンたんぱくの中に入り込んで骨の構造を脆くします。
第3章 体が糖化する食べ方、糖化しない食べ方
―糖化を防ぐ食べ方 5つのコツ
血糖値を急上昇させない食べ方が基本
・意識的に血糖値の上昇を抑制するには、血糖値を急上昇させないような食品を食べるように注意することをお勧めします。
食べ方をひと工夫するだけで糖化は防げる!
・糖とうまくつき合っていくための工夫が重要です。
食べ方のコツ④ 昼食を「食生活の切り替えポイント」にする
・1日3食のトータルバランスを考えて、お昼のメニューを決めるようにするのも良い工夫です。栄養バランスや食べすぎ傾向にも注意を払うようになります。1日に1度、自分の食事や健康を考える時間を持つことはとても大事なことです。
食べ方のコツ⑤ 食後1時間に体を動かすようにする
・食後1時間をねらって体を動かすようにすると、血糖値は大きく下がります。
エピローグ
糖といいつき合い方をして充実した人生を
●『人間はしょせん“たんぱく質の塊”です。そのたんぱく質を生かすも殺すも糖次第。あふれた糖が牙を剥けば、たんぱく質は糖化してAGEになりますし、糖が適量であれば、たんぱく質がしっかり機能して長く健康に生きるためのエネルギーとなる。言わば、人間という“たんぱく質”の運命は糖が握っているようなものなのです。』