下田歌子1

下田歌子先生のことを書いたブログは全部で10個です。内容は何となく下田歌子研究のような雰囲気になっています。何はともあれ、己のマニアック度には感心します。

何故、下田先生に興味をもったのか、その理由は2つです。

昨年10月、102歳で他界した母は、昭和6年から10年までの5年間、順心高等女学校(現広尾学園)に通っていました。この5年間、校長先生は下田歌子先生でした。

母はその後、小学校教師になりましたが、その母から教育方針のような話をされた記憶は一度もありません。もっとも、「サッカーはほどほどにして、勉強しなさい」ということは、毎日のように言われていました。これは憧れの早稲田大学に入ってほしかったからだろうと思います。

本当に何もなかった可能性は多分に考えられるタイプのヒトなのですが、もしかしたら、無意志の中に下田先生の教えが潜んでいたのではないか?とも思いました。もし、そうだとすれば、下田先生の教えとはいかなるものなのか、知りたいと思いました。

とりあえず、下田歌子先生のことを調べてみると、なんと、命日が母親と同じ10月8日であることを知りました。

「えっ」、ちょっと不意打ちをくらったような感じです。ちなみに命日が同じ日になる確率は約0.27%です。単なる偶然とは思いつつ、何か意味があるのではないか、などという妄想が後押しとなり、「やっぱり、調べてみよう」ということになりました。

下田先生は多くの著書をお持ちですが、数多くの短歌も残されています。

なんとなく、ネットで検索したみたところ、早々に見つけたのが以下の作品でした。

下田先生、紀行文『香雪叢書 第一巻』に掲載。
下田先生、紀行文『香雪叢書 第一巻』に掲載。

詞書:「まひこが浜に遊びける時、鉄道線路にあたれるところどころ、大木のきり倒されたるをみて、こころにおもふことありて」

短歌:「みちのため倒るとならば媛こまつ もとより千代もねがはざるらむ」

:道(鉄道)のために倒れる(切り倒される)とわかっていたならば、この松も小さい媛小松のときから、千代に生きることを願わなかったでしょう。

すごく雰囲気があるなぁと思い、15万円近くしたのですがあまり悩むことなく買ってしまいました。

購入後、いくつか分からないことがあり、とりあえず、下田先生の出身地の恵那市に問い合わせたところ、ご担当の方がとても親切で、わざわざ、実践女子学園下田歌子記念女性総合研究所に問い合わせまでして頂いた結果、この作品は「香雪叢書 第一巻」に収納されているものであることが分かりました。

となると、今度はその本「香雪叢書 第一巻」が欲しくなり、幸い“日本の古本屋”に販売されていたことから、ほぼ必然的に買ってしまいました。

香雪叢書 第一巻
香雪叢書 第一巻

香雪叢書(紀行随筆よもぎむぐら)

編集者:栗原元吉

出版:1932年11月

発行:實踐女學校出版部(非売品)

 

購入した短歌は、香雪叢書の”四十四日の記”の中にありました。

下田歌子先生傳』によると、

明治21年(35歳)

五月、病後療養傍々、關西地方各地女學校視察旅行に上り、六月、二十年振りにて鄕里岩村を訪ふ。母刀自これ同伴さる。

と書かれており、”四十四日の記”は、この関西地方への旅行のことを指していました。

なお、ブログは当時の雰囲気を大切にしたいという思いから、できる限り古い漢字や言葉使いのままにしています。

大垣

・次の朝、小崎知事訪らひ来まして、昨日は大臣を一日待ち暮したるに存せず、今日二番の汽車にて、再び大垣迄ゆかんとす、いざ諸共にといはるるに、さらばと急ぎ装ぎきたちて、加納の停車場に至り着く。

・『此のあたり、櫻の古木、楓の若木など多し。樓に登れば、惠那山遥かに見ゆ。霞まぬ日は、名古屋の天主も見ゆとぞ。高き山の麓に噴火山めきて見ゆるは、小牧山なりと聞くに、徳川家康が、織田の遺孤を助けて、秀吉の膽をしも挫きけん昔思ひ出づるに、さまざまな思ふ事少なからず。暮れぬ程にとて瀧のほとりに行く。こは元正天皇の御宇、美濃の孝子が親の為に掬びつる泉、美酒になりたりと傳ふるは、誰も誰も知る事にて、今は養老酒というふ物さへ醸してひさぎ、此の國の名産の一つとはなりけり。

母君、今より卅餘年のむかし、汝を乳母に抱かせて、来りつる所ぞなど宣ふ。夢にだに覚えぬ事なれど、目の前にありし事の様に覚えて、あはれ淺からず。今も猶健やかにて、みともして来つる、いと嬉しきものから、父君は、齡も古希を越え給へば、長き旅路思ひたち給はんやうも無くて、一人残しとどめ參らせたれば、これのみと飽かず口惜しくぞ思ゆる。』

惠那山
惠那山

画像出展:「岐阜の旅ガイド

 

岩村城下町
岩村城下町

画像出展:「岐阜の旅ガイド

 

銀閣寺

『次の日は朝まだきより、例の友にしるべ請ひて、田中村なるふる人尋ねんとて行く。こは昔我が宮仕へに出で立ちける頃親しかりしなり。齡も傾きて幽かなるさまにてと聞く、いみじうあはれにて、ふりはへ訪らひつ。と許り語らひて畦道を廻り出つつ行く程、左の方の田の中に古松二本立つる所を玉垣したるは、二条天皇の御陵なりといへば、遥かに拝みいて、東山の銀閣寺にいたる。こは足利義政が驕奢に耽りたる頃、作りたる所なりと聞けど、最と狭くおろそかなるに、當時の人の住居思ひやらる。思へば、かかる開明の御代に生れて、草枕結ぶとわびけん旅寝に、綾の衣を被き、椎の葉に盛るといひけん客舎に珍味を食ふ。まことにかしこく添けなき事なりかし。さはいへど、庭園は數百年の星屑を經つれば、物さびて見所多し。ただ向月堂[今は向月台]銀砂淵[今は銀沙灘]などいふもの、白き砂を丸く高く、或は長く斜めになど盛りなしたる、風致なくて、今少し爲んやうもあらましとぞ覺えし。月松山の麓にてとひけん峯は、やがて軒端に聳えて、緑の色深う見えたる、げに影の匂はん程をかしかるべし。これにむかへる四疊半の茶屋は、數寄屋の始めなりとぞ。』

銀閣寺
銀閣寺

画像出展:「LIVE JAPAN

50年ほど前、私は中学校の修学旅行で希望をとった時、金閣寺ではなく銀閣寺を選んでいました。それは何故なのか、そもそも、そんなことを何故思い出し、何故気にするのか、この心の棘のような引っかかりは一体何なんだろうとずっと不思議に思っていたのですが、ひょっとすると、今回のこれが何か関係していたのでしょうか??

”完全無欠ではない霊支持者”になって以来、ちょっと怪しげです。 

神戸 

『すべてここは本邦五港の一つなる神戸の港なれば、軍艦、商船輻輳して、朝には英米の賓を送り、夕には露佛の客を迎へ、貿易の道もいちはやく開けて、其の居留地には何の商店、某の會社と云ふ札掲げたるも多く見えて、大路往きかふ人の歩みも、京都のゆるらかなりしに似ず、いそがの程に、さまざまの古跡もありしかど、歸さにもとて行き過ぐ。ここには井上伯も夫人と諸共に在せりと聞きしかば、先、其の旅館を訪ひたるに、伯は今がた外に出でられつ。夫人は昨夜いたくなやみ疲れて、今しもまどろまれたる所なりと云ふ。驚かし參らせんは心なきわざなれば、遙々来るぬ旅に、あはで歸らん事の最と本意なけれど、ゆめな告げそ、とおもと人制して、もと来し道へ戻る。なほ行かまほしき所々多かれど、

 「またや見ん高砂の浦明石潟月なき頃は行くかひもなし

今宵は暗夜にて、雨さへ降り出でぬべければなり。此のあたりの松原、砂の白き事、物にも似ず。ありつる眞砂路を淸らなりと思ひしはものにあらざりけり。これをこそ銀砂とは云ふべきなれ。松は枝古り幹太きが、鹽風のあたる所なれば、上ざまには延びえで、平めに、這ひたるやうにて、あるは龜の甲並べたる、あるは鶴の翼張りたるやうなる、龍の走り、蛇のわだかまれるに似かよひたるなど、庭つくりが小さき鉢物の木ども心の限り造りたりとも、いかでかくはと覚えていといとをかし。家なる父君は山邊は好み給はで、海づらを甚じう好み給ふ本性に在せば、今迄見つる山川の景色の愛たかりし程も、見せ奉らんの心動きはしつれど、ここにてぞ諸共に率て奉らぬ憾み、遣らん方なく覚えし。九州に通はすべき鐵道線路を敷くとて、所々松の樹を伐り倒したり。千歳を經て後にしも、斧にかかりけんよと思ふに、最と可惜しくおはれなり、

山陽鉄道の神戸-下関間特急列車 明治38年頃
山陽鉄道の神戸-下関間特急列車 明治38年頃

画像出展:「川上幸義の山陽鉄道の歴史

 

されど、

 「道のためたふるとならば媛小松もとより千代も願はざるらん

『香雪叢書 第一巻』に掲載。
『香雪叢書 第一巻』に掲載。

詞書:「まひこが浜に遊びける時、鉄道線路にあたれるところどころ、大木のきり倒されたるをみて、こころにおもふことありて」

短歌:「みちのため倒るとならば媛こまつ もとより千代もねがはざるらむ」

 

と打ち誦しつつ、敦盛が首塚と云ふに詣でて、また少し行けば、一の谷、鴨越の峯も近く見ゆ。砂の流れたるやうな所、または松のむらだてるなど、げに鹿のみぞ越ゆるといひし昔思ひ出でらる。』

高砂市の浦明石潟

この短歌は兵庫県高砂市の浦明石潟付近の松原(松が生い茂る林)が、九州に延びる山陽鐡道の建設によって、はかなくも伐採されてしまう松の命を惜しんで詠んだものだった、ということが分かりました。

これらのことが分かり、本当に素晴らしい作品を手に入れることができたと実感しました。

高砂公園
高砂公園

画像出展:「日本1000公園

兵庫県の高砂市は、兵庫県最大の河川である加古川が瀬戸内海に注ぐ河口付近にあり、古くから舟運の要衝として発展してきた町です。

明治以降は遠浅の海岸を埋め立てて工場の進出が盛んになり、工業都市としての色が濃くなります。

そんな高砂市の中心部にある高砂公園。これがまさしく、工場跡地につくられた公園です。

下田先生35歳、明治21年5月23日から44日間。帰りは7月、初夏でした。

旅人は母上と従者数名そして下田歌子先生で、20年ぶりの郷里岩村にも訪れており、とても感慨深い旅であったろうと思います。

定款作成物語

私が所属する団体は、ある目的のために「非営利型の一般社団法人」を目指すことになりました。

以下の図で見ると、“法人税法上の取り扱い”と書かれた色付きBox内の中央になります。これは公益法人に位置づけられる、一般社団法人というものになります。

当初はお金を払ってでも司法書士の先生にお願いした方が良いのではないかと考えましたが、結果的には、手間をかけてでも自前で作るという選択は正解でしたそれは定款は会社経営のルールブックであり、定款を深く理解すること、そして、法人立上げに関わる全ての人が理解しようとすることがとても重要であることを知ったためです。 

「非営利型法人の要件に該当するか」
「非営利型法人の要件に該当するか」

画像出展:「一般社団法人・一般財団法人と法人税」

以下の図にあるように、最初に取り組むべきは“定款”の作成です。

一般社団法人の主な設立手続き
一般社団法人の主な設立手続き

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

これを見ても”定款”がとても重要であることが分かります。

ネット上に多くの情報があるのですが、それらを調べつつも、やはり一冊は読んでおきたいと思い、購入したのは『改訂4版 一般社団法人・一般財団法人の実務 設立・運営・税務から公益認定まで』という本でした。

一般社団法人 一般財団法人の実務
一般社団法人 一般財団法人の実務

著者:熊谷則一、清水謙一

出版(第4版):2021年9月

発行:全国公益法人協会

 

一通り目を通し、いずれにしても定款を作らなければならないのは決まっていことなので、内容を一つ一つ吟味し理解することが大切であると考え、本書1-3の「定款作成の手引き・一般社団法人(社員総会+理事+監事)」に書かれている条文を書き写すという作業に移りました。そして、「こんな感じかなぁ」と思いながら、微妙に編集していきました。

この行動は悪くはなかったと思うのですが、“定款のひな型”については、「日本公証人連合会」のサイトにある“定款等記載例”の中から、最も近いものを利用する方が良かったかも知れません。 

日本公証人連合会
日本公証人連合会

『公証役場・公証人は、遺言や任意後見契約などの公正証書の作成、私文書や会社等の定款の認証,確定日付の付与など、公証業務を行う公的機関(法務省・法務局所管)です。』

定款等記載例
定款等記載例

『以下の定款の記載例は、起業者の方の参考に供するため、飽くまでも一つの事例として提示したものであり、網羅的な内容とはなっておりません。したがって、法人の目的、株式の内容、法人の機関設計、役員の責任軽減の有無等についてよく御検討いただき、公証人にも事前に御相談の上、作成されるようお願いいたします。』

何とか、自分なりの“定款ひな型”はできたので、司法書士あるいは行政書士の先生に、確認事項を列記したものを用意し、お話を伺って一気に完成させてしまおうという作戦を立てました。

ネット検索すると、中には初回1時間相談無料という事務所もあり、まずは当院の近くにある事務所の先生に訪問してきました。

「定款の内容を確認するとなると、それはまさに業務になってしまうので無償ではできない」とのことで、あっさり、作戦は未遂に終わってしまいましたが、貴重なアドバイスを頂くことができました。

1.うまくいっている一般社団法人に共通していること

 ①自分たちの団体を分かりやすく正しく公表していること。

 ②常に最新の状況を知ってもらえるように、情報をアップデートし続けていること。

『これにより世間の人は協力しよう、支援しようという気持ちになるものです。そして、このことが最も重要なことです。怪しい一般社団法人ほど、これらのことができていません。また、一般社団法人が組織的に壊れていく原因の多くは、お金に関わるところです。お金の管理がしっかりできないと問題が大きくなり、遂には解散ということになっていきます。優れた団体のサイトには情報がたくさん出ているので、それらを参考にするといいですよ。』とのお話でした。

慶應ラグビー倶楽部
慶應ラグビー倶楽部

設立が2018年3月となっているので、4年以上前ということです。とても完成度の高い素晴らしい法人です。

第1回目の作戦は失敗に終わったものの、あわよくば何とかなるのではないかと思い、懲りずに第2の先生を見つけました。「定款があるならそれを持参してください」とのコメントもあり、「もしや。。。」と期待しつつ、その日がやってきました。が、結果は2連敗でした。ただ、今回も色々なお話を伺うことができ有意義な時間をもてました。

最後に、『「埼玉県よろず支援拠点」という支援団体があるので、そこに問い合わせてみるのも一案ですよ。』とのアドバイスを頂き、その日の夜に“問合せフォーム”を使って依頼をかけました。 

埼玉県よろず支援拠点
埼玉県よろず支援拠点

『「埼玉県よろず支援拠点」は、経済産業省・中小企業庁が、全国47都道府県に設置する経営なんでも相談所です。

中小企業・小規模事業者、NPO法人・一般社団法人・社会福祉法人等の中小企業・小規模事業者に類する方の売上拡大、経営改善など経営上のあらゆるお悩みの相談に無料で対応します。』

すると、翌日、早速お電話を頂きました。お話では『こちらより、“創業・ベンチャー支援センター”の方が適しているので、そちらを紹介させて頂きます。』とのことでした。そして、アポ取りをしました。  

創業・ベンチャー支援センター埼玉
創業・ベンチャー支援センター埼玉

創業・ベンチャー支援センター埼玉は、これから創業をお考えの方、創業後の経営にお悩みの方、新たな事業展開を目指す事業主の皆様を全力でサポートします。』

創業・ベンチャー支援センターでは月2回、「司法書士相談会」というのを開催されているとのお話だったので、すぐに予約を入れました。受付の方からも、『作ったひな型をメールで送ってください。事前に先生に見て頂きます。』とのことで、遂にたどり着いたなという気分でした。 

実は、この創業・ベンチャー支援センター訪問の翌日に、埼玉会館の近くにある、の“公証センター”にアポが取れていました。本当は、この日の創業・ベンチャー支援センター訪問で、概ね完成させ、最後のチェックを公証センターの先生に見てもらおうという狙いだったのですが、それは外れ、順番が逆になってしまいましたが、それでもゴールは近いという気持ちでした。

なお、公証センターにアポが取れたのは、“基金”と“寄付”と“会費”の位置づけなど調べたのですが、ピンと来なかったため公証センターに問い合わせたところ、電話に出られた受付の方が「相談に来られますか?」との嬉しい提案があり、すかさず、それにのったというものでした。

公証センター
公証センター

定款認証には,紙(書面)の定款を認証する方法と、インターネットを介して電磁的記録の定款(電子定款)を認証する方法とがあります。このうちインターネットを利用した電子定款認証の利用方法は、日本公証人連合会のホームページや法務省の専用サイトに分かり易く説明されていますので,ご参照ください。

この公証センターの訪問で、ついに定款のひな型はほぼ完成しました。ほぼというのは、いくつか自信のない箇所が残っているという意味です。これらの宿題は、創業・ベンチャー支援センターの「司法書士相談会」でクリアにする予定です。

“定款”は会社のルールブックとされ、法人立上げメンバー全員で検討し、納得いくものを作り上げる必要があります。

ひな型完成に大手をかけていたわけですが、社員の対象範囲をどうするか、理事会を設置するかどうかなど、メンバーとの検討会の中でいくつか課題が浮上し、ゴール直前で数歩後退する事態になりました。

私自身も特に最初は「定款=事務手続き」という認識で、決して高くなかったのですが、この後退は他のメンバーの定款に対する関心を高めるきっかけとなり、正しいプロセスを経て、ゴールを切れるという見通しが立ったという意味でとても良かったと思います。思わぬ収穫という感じです。

ただ、新たな宿題が降りかかり、定款との悪戦苦闘は今しばらく続くことになりました。

不整脈と薬4

病気がみえる vol.2 循環器』を元に各不整脈の一覧表を作りましたが、最初に心臓に関する基本的なことをまとめたいと思います。

心臓の位置
心臓の位置

画像出展:『人体の正常構造と機能』

心臓の位置が中央やや左、高さはおおよそ第1肋骨から第6肋骨である。

心臓の横断面:第7胸椎の高さ
心臓の横断面:第7胸椎の高さ

画像出展:『人体の正常構造と機能』

心臓は心膜と心膜腔に囲まれています。

心膜の構造
心膜の構造

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環系』

心臓は横隔膜、胸骨、脊柱に付着し、心臓の過度な移動や拡張を防いでいる。

肺などの周辺臓器に感染がある場合、心膜は感染の拡大を防ぎ、心臓への影響を遅延させる。

※心膜はファシアである。

心膜液の機能
心膜液の機能

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環系』

心膜腔には正常で15~50mLの心膜液が貯留している。

心膜液は臓側心膜と壁側心膜の摩擦を防ぎ、心臓のスムーズな拍動を可能にしている。

・心膜液は臓側心膜で産生され、胸管や右リンパ管に排出される。

心膜の解剖(断面)
心膜の解剖(断面)

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環系』

 

刺激伝導系
刺激伝導系

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環系』

 

動脈系と静脈系
動脈系と静脈系

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環系』

 

まとめ

不整脈を考える上で知っておくべきことは以下の3つです。

●心臓の電気生理

●不整脈が生じるメカニズム

●薬物の作用機序

”心臓の電気生理”は次の3つが重要です。

脱分極

●再分極

●不応期

電気生理学について深い知識なしに不整脈の治療はできない」というのはおこがましい。しかし、「イオンチャネルについてささやかな知識がなくては、不明脈の治療はできない」というのは正しい。』とのことです。

不整脈治療について、村川先生は次のようなお話をされています。

『「抗不整脈薬の薬理学はどうもわかりにくくて、嫌になる」というのはまともな感覚。なかなか頭の中が整理できない。』

『これまで蓄積された情報を十分マスターしたとしても、未知の要因がたくさん残されている。不整脈の専門家でも「確信はないがとりあえず使ってみる」というパターンが多い。』

陰性変力作用や催不整脈作用、あるいは薬物代謝の面で使いにくい薬剤を避けるという「消去法の発想」のほうが正直な道だと思う。

『それなりのクスリはあるが、魔法のクスリはない。』

不整脈の治療には、とりあえず、「イオンチャネル」と「それ以外」と単純に考えてよい。

不整脈についての知識と経験が増すほど、意識的に治療しないという道を選ぶ。

『頑張りすぎると募穴を掘る。』

『「慎重さと果敢さのバランス」も大事。』

☆自律神経系の影響を受けやすい

●特に洞結節、房室結節は自律神経系の影響を受けやすい。

☆心房細動に関すること

●発作性心房細動はしばしば肺静脈の反復性興奮による。

●多くの抗不整脈薬は陰性変力作用を有するので、心エコーによる心機能の評価なしの投薬には限界がある。心房細動を見たら心エコーは必須。

☆心機能と腎機能が低下している高齢者

●陰性変力作用が少なく、腎排泄でないという条件に加え、潜在的な徐脈性不整脈や催不整脈作用に注意する。

☆アミオダロンとICD(植込み型除細動器)

アミオダロンは最もパワフルな抗不整脈薬であり、適応を判断することが難しいため、基本的に不整脈薬専門医によって処方される。

アミオダロンは副作用の点で使い方が面倒だが、重篤な心室不整脈にはほぼこれしか選択肢はない。使うべきときには積極的に使う。ハイリスクなら植込み型除細動器(ICD)が併用される。

不整脈と薬3

不整脈治療薬ファイル 
不整脈治療薬ファイル 

著者:村川裕二

出版:メディカル・サイエンス・インターナショナル

初版発行:2010年9月

目次は”不整脈と薬1”を参照ください。

 

Part4 心房期外収縮

25 変行伝導は大事か?

□期外収縮は心臓のどこからでも生じるので、心房期外収縮(PAC)と接合部期外収縮を厳密に区別できない。そこで、ひとまとめにして上室性期外収縮(SVPC)と呼ぶこともある。

□PACに機能的な脚ブロックが生じるとQRS幅が拡大して、心室期外収縮(PVC)と間違いやすくなる。PACの変更伝導は右脚ブロックが多い。

26 治療するかどうか、誰が決めるか

Key Point

1)心房期外収縮(PAC)の薬物治療の適応は患者が決める。

27 使いたい抗不整脈薬と、使ってもいい抗不整脈薬

Key Point

1)心房期外収縮(PAC)にどの抗不整脈薬が有効なのか、確立されたエビデンスはない。

□心房期外収縮(PAC)の治療に選択しやすい経口薬剤は、

ピルジカイニド(サンリズム)お勧め度4。『「とりあえずコレで」と使われる。』

アプリンジン(アスペノン)お勧め度4。『おとなしい感じがある。』

□使いなれていたり、心エコーなどで心機能を含めた評価が十分に行われていたら使用できるし、効果も期待できるのは、

●ジソピラミド(リスモダン):お勧め度2。『知名度高いので。』

●シベンゾリン(シベノール):お勧め度2。『使用経験があるのなら。』

●ピルメノール(ピメノール):お勧め度2。『PACに試したことはないが、たぶん効く。』

●フレカイニド(タンボコール):お勧め度3。『著効することあるが、ちょっと大物すぎる。』

□使ってもよいが、それほど効果はないのが、

●ベラパミル(ワソラン):お勧め度2。『心房細動と似たようなPAC頻発ならレートコントロールとして使う状況はある。』

□有効であっても使わないのは、

●ソタロール(ソタコール):お勧め度1。『さすがにはばかる。』

●アミオダロン(アンカロン):お勧め度1。『大砲は使えません。』

Part5 心室期外収縮(PVC)

33 心室期外収縮(PVC)が“治療対象でない”とはどういう意味か?

Key Point

1)PVCそのものを治療対象として捉えるのではなく、「PVCの波形から心筋障害や病的再分極異常を察する」と考える。

34 頻発する心室期外収縮(PVC)は心不全を招くか?

心筋障害とは何かというと、多くは加齢に伴う心室筋の変性。もちろん陳旧性心筋梗塞、拡張型心筋症、高血圧性心筋肥大なども背景になる。

39 Case:流出路起源の心室期外収縮(PVC)

2~3日の服用で薬物の効果を評価できる。有効でない薬剤なら1週間を超えて服用させる意味はない。

40 連発の多い心室期外収縮(PVC)

□β遮断薬やベラパミルが適応となる。約半数、あるいはそれ以上の有効性が期待される。

Part6 発作性上室頻拍(PSVT)

42 頻拍の呼び方

□心房粗動、心房頻拍、発作性上室頻拍の定義は曖昧さが残り、同じ不整脈でも人によって呼び方が異なることがある。

43 発作性上室頻拍(PSVT)は2種類と割り切る

Key Point

1)PSVT(発作性上室頻拍)のメカニズムとして、AVRT(房室性回帰性頻拍)とAVNRT(房室結節エントリー性頻拍)の2つを理解する。

Part7 心房粗動

56 通常型と非通常型

□心房粗動は規則正しい鋸歯状の心房波がみられるものをいう。粗動波ともいう。

□心房細動と心房粗動ともに認めれることは稀でなく、区別が難しい場合も多い。心房細粗動という用語もある。

上室性の不整脈としてはありふれたもので、器質的心疾患がなくても発生する。加齢や器質的心疾患により頻度は高くなる。

57 抗不整脈薬で心房粗動を治療できるか?

Key Point

1)心房粗動の薬物治療で最も大事なことは、抗不整脈薬の有用性が低いこと。

慢性期の心房粗動の治療には高周波によるカテーテルアブレーションが有効。

急性期でも慢性期でも、無理に洞調律化を狙わないことが心房粗動の薬物治療の原則。とりあえずレートコントロール[リズムは心房細動のままで、心拍数を薬剤でコントロールする]さえできれば、長期にわたって大丈夫。

58 ダメモトで抗不整脈薬による洞調律化を狙いたいとき

心房粗動に気の利いた薬物治療がないというのは大事な知識。しいて言えば、Ⅲ群薬のニフェカラントが検討に値する。

Part8 心房細動

59 忘れられていた肺静脈

以前は、心房細動(AF)の一部のみが肺静脈起源と思われていたが、器質的心疾患の有無によらず発作性心房細動(PAF)の94%において肺静脈が関与しているという報告もある。

Key Point

1)発作性心房細動はしばしば肺静脈の反復性興奮による。

アブレーションによる肺静脈隔離

□肺静脈は左房開口部から1cm内外に心筋組織を有している。肺静脈と左房との電気的連絡は開口部の全周に及ぶのではなく、数本の線維を経由する。肺静脈の電気的隔離とは、この肺静脈と左房との連絡を断ち切って、肺静脈における反復性興奮が心房へと伝わらないようにすることである。

□カテーテルアブレーションによる肺静脈隔離は、左房と肺静脈をつなぐ筋線維を高周波通電により念入りに遮断する手技として始まった。しかし、複数の肺静脈が頻拍起源となることや、上下の肺静脈の間にも電気的な連絡があることがわかってきた。これらの知見と手技的な簡便さもあって、最近は左房の広範な線状焼灼により遠巻きに肺静脈開口部を隔離する方法を選択する施設が多い。

持続性心房細動と肺静脈との関係は、

□肺静脈以外にも上大静脈や心房のどこかが高頻度の興奮を生じて心房細動を引き起こすことがある。肺静脈とそれ以外の組織の両方にフォーカスが存在することもある。

60 AFはAFを招く(AF begets AF)

□AF begets AFとは、「心房細動の発生それ自体が次の心房細動出現を促進する」という意味。

Key Point

1)心房細動が持続あるいは頻発するとき、速やかに対処しないとこじれやすい。長期に続いた心房細動は左房の拡大や組織学的な変性を招く。こうした変化は同時に心房細動をいっそう治療抵抗性とする。

61 基礎疾患のある発作性心房細動(PAF)

□心房細動(AF)は器質的心疾患のない患者にもしばしば出現するが、原因があれば根本から対処する。以下は関連の強さ。

●弁膜症:『心雑音がなくても弁膜症はある。』

●心不全:『心房細動と心不全、どちらが先か簡単にはわからない。』

●洞不全症候群[心臓のペースメーカーの異常で心拍数が低下する病気]:『ありふれている。』

●甲状腺機能亢進症:『わかっているのに見落とす』

●肥大心筋症:『1/4に心房細動ありとか。』

●高血圧心疾患:『これがクセモノ。底に流れている。』

●肺高血圧:『それほど経験はない。』

●虚血性心疾患/急性心筋梗塞

●心膜炎

多くの抗不整脈薬は陰性変力作用を有するので、心エコーによる心機能の評価なしの投薬には限界がある。心房細動を見たら心エコーは必須。

急性期を過ぎれば、心筋梗塞では、アミオダロンなど一部の抗不整脈薬を除き、抗不整脈薬の予後改善効果は大きな期待ができないばかりか、ときに予後を悪化させる。急性心筋梗塞による入院後にアミオダロンを処方された患者と無投薬の症例では、短期的も長期的には予後の差は認められていない。

62 急性心筋梗塞と心房細動

□心筋梗塞では心不全が先行している心房細動が多い。

65 なぜ抗凝固療法?

□血栓塞栓症の予防は心房細動の治療において大きな位置を占める。血栓は冠動脈のような高圧系では血小板血栓、心房のような低圧系ではフィブリン血栓になる。

□冠動脈内での血栓形成には血管内皮の損傷からvon Willebrand因子の関与する血小板の血管との相互作用を経て、血小板血栓が作られる。

□減速の低下した心房細動の心房では凝固系の活性化が進み、トロンビンの形成からフィブリン形成という一連のカスケードが促進される。

Key Point

1)冠動脈疾患⇒高圧系の血栓(血小板血栓)⇒抗血小板薬

2)心房細動の血栓⇒低圧系の血栓(フィブリン血栓)⇒抗凝固療法(ワーファリン)

左房の中でも左心耳は、一種の憩室として血液のうっ滞がはなはだしい。拡大した左房では、ことに流速の低下や乱流がからんで血栓が形成されやすい。また、左心耳の内側膜は凹凸が多く、袋状の構造もあった血栓形成には都合が良い。

□フィブリン血栓には凝固因子Ⅱ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹは還元型ビタミンKによって活性化される。ワーファリンはビタミンKの還元型への移行を司る還元酵素を阻害し、フィブリン血栓の形成を抑制する。

新しいトロンビン阻害薬

□トロンビン阻害薬という薬剤(ダビガトラン)はワーファリンに代わる新たな抗凝固療法の薬として期待されている。

※ご参考:”似て非なる抗凝固薬 直接トロンビン阻害剤の特徴

    :”ダビガトラン(直接トロンビン阻害薬)の解説

75 顕性WPW症候群(偽性心室頻拍)の心房細動

□WPW症候群[ウォルフ・パーキンソン・ホワイト症候群:心房と心室の間に電気刺激を伝える余分な伝導路(副伝導路)が生まれつきあることで発生する病気]では、若年でも心房細動が出現しやすい。1/3という数値も報告されている。

WPW症候群に合併した心房細動は偽性心室頻拍と呼ばれ、心房の興奮が副伝導路を介して心室に伝わり心室細胞を起こすこともあるため注意が必要。

Part9 wide QRS tachycardia

91 器質的心疾患を背景にしたVT

VT(心室頻拍)の基質となる心疾患は、おおむね陳旧性心筋梗塞である。

陳旧性心筋梗塞(OMI)の心室頻拍は突然死を生じるが、薬物治療には限界があり、ICD(植込み型除細動器)の出番が多い。

□これまでの大規模臨床試験や周囲の専門家からの示唆に基づいたルールは、

Ⅰa群薬とⅠc群薬は予後を悪化させる。ことに心機能障害や虚血性心疾患を有する患者では断定的である。

Ⅰb群薬については知見が乏しい。しかし、陳旧性心筋梗塞の患者に不整脈薬の有無を考慮せずにメキシチールを投与した研究では、心室性期外収縮(PVC)数は減少傾向を示したものの、死亡率は高めになっていた。

慢性期は原則としてアミオダロンで治療する。

β遮断薬やレニン-アンジオテンシン系に作用する薬剤を併用している方が予後が良い。禁忌でなければ使う。

92 経口アミオダロンを陳旧性心筋梗塞や不整脈原性右室心筋症のVT/VFに使う

アミオダロンは基本的に不整脈薬専門医によって処方される。適応を判断することが難しい。

アミオダロンの副作用[吐き気、肺機能障害、甲状腺機能異常、角膜色素沈着、視覚障害など]は、多めに投与すればしばしば出現する。

甲状腺と肺への副作用を考慮して、アミオダロンを使用する前に甲状腺ホルモンと一酸化炭素拡散能(DLco)を測定する。肺の間質性変化はCTで確認する。

アミオダロンは効果が出てくるまで時間がかかる。

□アミオダロンにはβ遮断薬作用があるが、心不全があればカルベジロールの併用が行われる可能性が高い。

抗不整脈薬の効果は確実性が低いため、ICD装着したうえで作動頻度を下げるためにアミオダロンを併用する。

Part11 洞不全症候群

99 徐脈と頻脈のウラに薬あり

徐脈や頻脈は薬剤によって起こることも稀ではない。気管支拡張薬などの交感神経活動を刺激するものは分かりやすいが、閉塞性動脈硬化症や脳梗塞などの治療薬のシロスタゾール(プレタール)でも洞頻脈を生じる。

抗うつ薬による頻脈も多い。

薬剤性徐脈

β遮断薬やベラパミルの投与量、服用のあやまり、患者自身の刺激伝導系の障害や薬物代謝機能の低下による徐脈。

●徐脈を生じるリスクのある薬剤であることを認識せず、徐脈基質を有する患者に投与された場合。

□日常臨床では、β遮断薬、非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ジルチアゼムとベラパミル)、ジギタリスによる徐脈が多い。これらの薬剤を併用したときには、その頻度も高くなる。

不整脈と薬2

不整脈治療薬ファイル 
不整脈治療薬ファイル 

著者:村川裕二

出版:メディカル・サイエンス・インターナショナル

初版発行:2010年9月

目次は”不整脈と薬1”を参照ください。

 

Part3 抗不整脈薬のアウトライン

11 抗不整脈とはつまり何か?

「抗不整脈薬の薬理学はどうもわかりにくくて、嫌になる」というのはまともな感覚。なかなか頭の中が整理できない。

抗不整脈薬とはNa⁺チャネル遮断作用を中心において、これにおまけの性質がプラスされていると考えればよい。

Key Point

1)抗不整脈薬=Na⁺チャネル遮断作用+α

□Na⁺チャネルは心筋伝導をつかさどる。ほとんどの抗不整脈薬が心筋の伝導を抑制する。

□Na⁺チャネル遮断作用以外のプラスアルファの性質には、主なものとして3種類ある。

●K⁺電流遮断作用(APD延長)

●カルシウム拮抗作用

●β遮断作用

□これらの3つの作用は伝導を抑える点ではNa⁺チャネル遮断作用と似ている。K⁺チャネル遮断作用はAPD[活動電位持続時間]長くして、不応期も延長するので、興奮を受け入れられるようになる時間が遅くなる。

□カルシウム拮抗作用はCa²⁺電流に依存した領域での伝導性を低くする。例えば洞結節と心房間、および房室結節。

□β遮断作用は交感神経活動に依存したチャネルをブロックして心筋の伝導性を落とす。房室結節などCa²⁺電流に依存した心筋は、健康な心臓に比べて自律神経への依存性が高い。

□Na⁺チャネル遮断作用以外も伝導を邪魔して頻拍を治療する。

Key Point

1)Na⁺チャネル遮断作用も付随的な作用も、伝導性を修飾して抗不整脈薬効果を発揮する。

不整脈の発生機序
不整脈の発生機序

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

・正常では洞結節がペースメーカとなり、洞調律(正常な心拍のリズム)を形成する。

不整脈は刺激伝導系から固有心筋への興奮伝導の異常や興奮発生の異常によって発生する。

左図の上段

1.洞結節-指令を出す(社長)

2.刺激伝導系-指令を伝える(中間管理職)

3.心房筋・心室筋-動く(社員)

左図の下段

・刺激生成異常、刺激伝導異常の原因は社長、中間管理職、社員のいずれかの問題と考えられる。

 

 

不整脈治療の概要
不整脈治療の概要

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

不整脈の治療は不整脈の停止と再発予防に大別される。

・軽症例は経過観察 の場合もある。

・不整脈を引き起こす基礎疾患の治療もあわせて行う。

12 抗不整脈の分類:Vaughan-Williams分類はまだ生きている

□抗不整脈薬の分類としては、Vaughan-Williams(ボーン-ウィリアムス)の分類が基本。

Vaughan-Williams分類
Vaughan-Williams分類

画像出展:『不整脈治療ファイル』

 

これはNa⁺チャネル遮断作用とAPD(活動電位持続時間)への作用の2点に注目した分類である。また、APDの延長はほとんどがK⁺チャネル遮断作用による。

●Na⁺チャネルの遮断……伝導の抑制

●K⁺電流の抑制……APDの延長≒不応期の延長

□APDの延長は心筋の不応期(興奮した後に興奮性が失われる時間、つまり刺激への反応性が低下している期間)の延長をもたらす。

□基本的にNa⁺チャネル遮断薬は、Vaughan-Williams分類ではⅠ群薬に入り、他の電流との兼ね合いからⅠa、Ⅰb、Ⅰcのサブタイプに分かれる。

□多くの新薬が加わったため、1990年より電気生理学的な新知見を盛り込んだ新しい分類、薬剤の性質を詳細に列挙した、Sicilian Gambitの分類が提唱された。

Sicilian Gambit分類
Sicilian Gambit分類

画像出展:『不整脈治療ファイル』

 

Sicilian Gambit分類
Sicilian Gambit分類

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

 

こちらは『病気がみえる vol.2 循環器』の表ですが、”Vaughan-Williams分類”と”Sicilian Gambit分類”の対比ができてとても親切な表です。これを見て分かったことを整理します。

1.村川先生の教え(不整脈薬は”イオンチャネル””それ以外”に分ける)に従うと、

1aイオンチャンネル遮断薬は3種類ある。Na⁺チャネル(Ⅰx群薬)、Ca²⁺チャネル(Ⅳ群薬)、K⁺チャネル(Ⅲ群薬)である。

1b)いずれの遮断薬も遮断作用には、”高”、”中等”、”低”という違いを有する。

2a)Na⁺チャネル遮断薬は、結合・解離の速さに関しては、”速”・”中等”・”遅”に分けられる。

2b)Na⁺チャネル遮断薬は、”活性化チャネル”を狙ったものと”不活性化チャネル”を狙った物に分けられる。

3a)村川先生の”それ以外”に該当する薬は、”受容体”にはたらきかけるものであり、最も多いのはβ受容体をターゲットするもの(β遮断薬)であるが、β以外には、α受容体、M₂[ムスカリン]受容体、A₁[アドレナリン]受容体がある。

3b)受容体以外には、”ポンプ”(Na⁺、K⁺、ATPase)と”作動薬(刺激作用)”がある。

13 たくさんあるⅠ群薬:どこが

Ⅰ群薬について、以下の3点について少し知っておきたい。

活性化チャネルブロッカーと不活性化チャネルブロッカー

Na⁺チャネルとの結合・解離の速さの差

Na⁺チャネル以外のイオンチャネルへの作用

□Cast study[心筋梗塞発症後の無症候性あるいは軽い症候性の心室期外収縮、非持続性心室頻拍症例において、抗不整脈薬治療によって不整脈を抑制することが、抗不整脈薬治療によって不整脈死を低下させるか否かを検討する]で、心筋梗塞後にⅠ群薬を使うと予後が示された。拡張型心筋症や中等度以上の弁膜症でも、それなりの心筋障害があればⅠ群薬はマイナスになると思われている。

Key Point

1)器質的背景があるときにⅠ群薬を使うと予後を悪化させかねない。積極的に用いられなくなった。

□Ⅰ群薬の使い方で最初に覚えることは、リドカインとメキシレチンは心室の不整脈にのみ有効で、これ以外のⅠ群薬は上室性不整脈と心室不整脈の両方に有効性が期待されるということ。

Ⅰ群薬の使いどき

□Ⅰ群薬を使う状況として多いのは

●一部の症状の強い期外収縮

●発作性心房細動(PAF)で洞調律を狙うとき

●発作性上室頻拍

□Ⅰ群薬は一般的に、期外収縮30%、発作性心房細動15%、発作性上室頻拍20%。

14 チャネルに統合するタイミング:活性化チャネルブロッカーと不活性チャネルブロッカー

□Ⅰ群薬は活性化状態のチャネルと不活性化状態のチャネルへの親和性の差によって、活性化チャネルブロッカーと不活性化チャネルブロッカーに分けられる。

□活性化したチャネルはあっという間に不活性化状態になる。

Na⁺チャネルが開くのは膜電位がちょっと浅く(-90mVから-70mVに)なったときに開口するゲートがあるからだ。このゲートは開いた後(活性化)はパッと閉じることができないので、別な位置にもう一つゲートを準備して、そこで素早く蓋をする(ここが不活性化)。どうしてこうなっているかというと、ごく短時間に大量のNa⁺を取り込みたいが、際限なくNa⁺が細胞内に流れ込まないようにしたいという理由による。開くゲートと蓋をするゲートの分業にすることでメリハリが生まれる。

□Ⅰa群薬は活性化チャネルブロッカーであり、おもに活性化状態のNa⁺チャネルに結合する。

□Na⁺チャネルと結合するタイミングにはどんな意味があるのか。

●心房は心室よりAPDが短い。そのため、心房では不活性化チャネルブロッカー(リドカイン、メキシレチン、アプリジン)がチャネルと結合できる時間は短い。つまり、不活性化チャネルブロッカーはAPDが短い心房には作用しにくい。これに対し、活性化チャネルブロッカーは心房、心室いずれにもNa⁺チャネルを有効にブロックできるので、両方の不整脈に対しても効果を現しやすい。

Key Point

1)不活性化チャネルブロッカーは心房の不整脈に効きにくいが、活性化チャネルブロッカーは心房・心室いずれの不整脈にも有効というのが基本。

15 さっぱり系としつこい系、粘り強さが違う:Na⁺チャネルとの結合・解離

□Na⁺チャネルとの結合と解離の速さも薬剤を分類する要素になるⅠa群薬はⅠb群薬に比べ結合がゆっくりしており、離れるのも遅い。

●「スッポンみたいに噛み付いたら放さない」のか、「とりあえず噛み付いてもすぐに放す」のか……という差。

□Na⁺チャネル遮断後の回復時定数は0.19秒のリドカインと43.0秒のジソプラミドでは約20倍もの差がある。

□結合・解離が遅い薬剤では洞調律[洞結節で発生した興奮が刺激伝導系を介して心臓全体に正しく伝わっている状態]でも興奮伝播は抑制されるのでQRS幅は拡大する。一方、結合・解離が速い薬剤では洞調律下のQRS幅は正常のままである。

Key Point

1)Na⁺チャネルとの結合・解離が遅い薬剤では洞調律でもQRS幅が広がる。

□不活性化チャネルブロッカーは心房には作用しにくい。しかし、リドカインやメキシレチンよりも結合・解離が遅いアプリジン(中間型)は、心房細動の治療薬として使える。不整脈薬の特徴である遮断作用の強さと、結合・解離の速さの組み合わせにより、それぞれの薬剤の作用は微妙に異なる。

16 ここから始まったⅠ群薬の古典派:Ⅰa群薬

□Ⅰa群薬はAPD(活動電位持続時間)を延長するものだが、これは主にⅠa群薬がK⁺チャネルを少し遮断することによる。

K⁺チャネルには、膜電位への依存性、開口を促す物質の差異、あるいは不活性化の時間経過などに基づいて、いろいろなタイプがある。それぞれの薬剤が作用するK⁺チャネルは多彩だが、ターゲットになるのはIkr電流(遅延整流K⁺電流のうち速い成分)である。

抗不整脈薬といえば、かつてはⅠa群しかなかった。まずは、キニジンとプロカインアミドが世に出て、1980年あたりからジソピラミド、シベンゾリン、ピルメノールなどが登場した。(現在、キニジンと経口のプロカインアミドの使命は終わった。キニジンは“キニジン失神”と呼ばれる副作用がある。一方、静注のプロカインアミド[アミサリン]は使いやすく、今後も使われ続ける)

□実際の使用頻度も考慮しながら薬剤を列挙すると次のようになる。

●使える経口薬:ジソピラミド、シベンゾリン、ピルメノール

●使える静注薬:プロカインアミド、ジソピラミド、シベンゾリン

Ⅰa群薬の個性と使い分け

□ジソピラミド(リスモダン)

●代表的なⅠ群薬。本当に使える抗不整脈薬としては最初のもの。300㎎/日の常用量を超えて使うことは勧めない。

●陰性変力作用[心筋の収縮力を下げる作用]と催不整脈作用[薬による不整脈の増悪や新たな不整脈の発生]はちゃんとある。薬理面ではそれなりにハードな薬剤だが、使用経験が長いのでまだ使われている。

●抗コリン作用は強い。尿閉も生じる。

□シベンゾリン(シベノール)

●不整脈専門医は比較的好んで使う。ジソピラミドとどこが違うのか決定的な差はピンとこない。

●陰性変力作用と催不整脈作用もジソピラミドと似ている。

●抗コリン作用はやや弱い。抗コリン作用のメカニズムは、ジソピラミドはムスカリン受容体を刺激するが、シベンゾリンはIKAchを抑制する。

□ピルメノール(ピメノール)

●かなり優れた薬剤だが、使用されることが少ない。今も昔も抗不整脈薬は製薬会社にとっては、あまり儲かるものではない。

□ジソピラミド、シベンゾリン、ピルメノールにはいずれも抗コリン作用がある。ただし、抗コリン作用を発揮するメカニズムは同じではないし、その強さも異なる。

17 Ⅰ群薬のマイルドタイプ:Ⅰb群薬

□Ⅰb群薬はリドカイン(キシロカイン)、メキシレチン(メキシチール)のほかにアプリンジン(アスペノン)も含まれる。いずれも不活性化チャネルブロッカー(おもに不活性化チャネルをブロックするが、活性化状態のチャネルにもいくらか結合する)であるが、結合・解離の時定数が長いアプリンジンだけは例外的に心房筋への効果を有する。

Key Point

1)Ⅰb群薬でもアプリンジンのみは心房の不整脈に有効。

□アプリンジンは使いやすく有用な不整脈薬である。

□Ⅰb群薬はNa⁺チャネル遮断作用に加えて、APDを短縮するという性格をもつ。

□Ⅰb群薬は催不整脈作用によるtorsades de pointes[トルサード・ド・ポアント:心室性頻拍の一種。心臓のポンプ機能を著しく低下させ、アダムスストークス発作や心室粗細動へ移行し突然死を招くことがある予後不良の不整脈である]は起きにくい。

□リドカインとメキシレチンは、有効性や副作用の面で違いを明確にすることは困難で使い分けのが難しい。

18 ホントは使いやすい:Ⅰc群薬

□Ⅰc群薬としてフレカイニド、プロパフェノン、ピルジカイニドはNa⁺チャネルとの結合・解離は緩徐であり、作用も強い。

□すべて活性化チャネルブロッカーであり、心房と心室のいずれの不整脈にも有効。

□Ⅰc群薬はAPDの変化はほとんどない。

□フレカイニドはK⁺チャネルへの影響を有するが、ピルジカイニドは純粋なNa⁺チャネルの遮断薬である。プロパフェノンはβ遮断作用をもつことが特徴。

Ⅰc群薬の個性と使い分け

□ピルジカイニド(サンリズム)

●純粋なNa⁺チャネル遮断薬。シンプルさが売り物。使いやすい。

●普通の量であれば安心して使える薬、ただし、腎不全、心不全でないという条件つき。

●半減期が4時間程度と短いので、1日3回では手薄になる時間帯が出てくる。

●陰性変力作用はあるが比較的マイルドと考えられている。

ほぼ100%腎排泄なので、腎機能低下があれば使わない。

循環器を専門としない医師にとって第1選択にしやすい薬だが、血中濃度が高くなれば心室粗動が生じることがあるので、常用量で使う。

□プロパフェノン(プロノン)

●β遮断作用をもつ。わざわざβ遮断薬を併用するほどではないが、ちょっと房室伝導を抑えたいときなどに意識して選択できる。β遮断作用はあまり強くない。

●欧米ではかなり普及しており、論文も多い。

□フレカイニド(タンボコール)

●有効性が高い。心房細動に使われる。

●半減期が11時間と長い。

19 脇役なのに出番は多い:Ⅱ群薬(β遮断薬[β受容体のみを遮断する薬]

□β遮断薬は第Ⅱ群に属し、対象となるのは交感神経活動が関与する不整脈。

□β遮断薬は不整脈治療において主役ではないがよく頻繁に使われる影の実力者。使用例は次の通り。

●カテコラミンや交感神経依存型の不整脈、例えば運動誘発型VT(心室頻拍)や先天性QT延長症候群のtorsades de pointes抑制を目的とした本格的な使い方。

●器質的な背景が明らかでない洞頻脈[心臓の脈が速い状態]の症状緩和のために使用。

神経調節性失神で洞停止[洞結節が一時的に活動を停止する現象、数分間にわたるような停止になるとめまいや失神をきたすことがある]を予防。 

神経調整性失神
神経調整性失神

画像出展:「日本心臓財団

神経調節性失神はどういう病気ですか

神経調節性失神は、排尿、咳嗽、嚥下、食後などの特定の状況で発症する状況失神、恐怖、疼痛、驚愕など情動ストレスにより惹起される情動失神、および血管迷走神経反射による失神を総称する概念とされています(図)。』 

●房室伝導を抑制して心房細動や心房粗動の心室レートをコントロールする。

□陳旧性心筋梗塞のVT(心室頻拍)や心不全がらみの心室細動の予防にもβ遮断薬は有効である。これは心不全の緩和を介した不整脈の治療になる。

□β遮断薬は心筋細胞のカルシウムハンドリングを改善し、心不全の進行を抑える。これは遅延後脱分極に伴う心室不整脈を抑制することになり、重篤な不整脈を生じにくくする。β遮断薬は生命に関わる不整脈を治療できる。

Ⅱ群薬の個性と使い分け

□使用目的によって投与回数の異なるものを使う。

●頓用あるいは継続治療でも、導入時にはプロプラノロール(インデラル)が使いやすい。早く効いて、早く消える。

●1日2回投与の抗不整脈薬と併用する場合や、覚醒時にきちんと効果を維持したいなら、セロケンのような1日2回投与のものが使いやすい。

●高血圧治療も兼ねてなら、ビソプロロール(メインテート)やアテノロール(テノーミン)が使われる。

□メインテートは脂溶性でじんわり身体にしみこんでくる。血中濃度が低いときでも、それなりの薬効が維持できる。

□器質的背景がないなら、どのβ遮断薬でもよいが、陳旧性心筋梗塞や心不全があれば、メインテートかアーチストを使った方がよい。

20 なんといっても最後はコレ:Ⅲ群薬

□Ⅲ群はK⁺チャネルの抑制によるAPD延長が主な作用である。

個性派ぞろいのⅢ群薬の使い分け

□国内

●経口と静注のアミオダロン(アンカロン)

●経口のソタロール(ソタコール)

●静注の塩酸ニフェカラント(シンビット)

□国産のニフェカラントは重症心室不整脈のコントロールに活躍してきた。

アミオダロンは抗不整脈薬のなかでも、かなり特異な薬剤

●APD延長に働くK⁺チャネルの遮断作用のみならず、Na⁺チャネル、Ca²⁺チャネル、β受容体の遮断作用も備えている。

●アミオダロンはdirty drugと呼ばれている。

●Ⅰ群抗不整脈薬が無効の重篤な心室不整脈に対しても明らかに効果を発揮するし、予後改善効果も確立されている。

●ソタロールは「K⁺チャネル遮断作用+β遮断作用」をもつ。

●Ⅲ群薬は不整脈診療に経験のある医師によって用いられる。

21 兄弟じゃないのに:Ⅳ群薬

□カルシウム拮抗薬のうち心筋の伝導を抑制するベラパミル(ワソラン)とジルチアゼム(ヘルベッサー)などがⅣ群に属する。また、少し特徴の違うタイプとしてべプリジル(ベプリコール)がある。

□べプリジルは抗不整脈薬という性格を前面に押し出しており、Na⁺チャネル遮断作用やK⁺電流への影響もあることから、Ⅰ群薬かⅢ群薬と呼んでもおかしくない。

□Ca²⁺チャネルを経由したカルシウムの細胞内への流入は、心筋の収縮機転のひきがねとなる。また、心臓の構成要素のうち比較的遅い伝導を示す部位(例えば房室接合部の一部)において、Na⁺チャネルに代わって伝導の主体を担う。この性質のため、房室接合部やそれに似た伝導特性をもつ心筋が不整脈の発生と維持に含まれているとき、抗不整脈効果をもたない。

□同じカルシウム拮抗作用をもつ薬剤でも、ジヒドロピリジン系(ニフェジピンなど)は抗不整脈効果をもたない。この違いは、それぞれのカルシウム拮抗薬が作用するチャネル部位、それに応じた臓器(血管か心筋か)選択性とともに、使用依存性の程度による。

Ⅳ群の使い分け

●ベラパミルとジルチアゼムは房室伝導の抑制が主体

●べプリジルはⅠ群薬と似た使い方をする。

22 何も起きないわけがない:副作用

抗不整脈薬に特徴的な副作用は大きく2つに大別される。

心機能に対する副作用

催不整脈作用[薬による不整脈の増悪や新たな不整脈の発生]

抗不整脈薬の多くは陰性変力作用[心筋の収縮力を下げる作用]をもつため、心不全を誘発もしくは増悪させる可能性がある。Na⁺チャネルとCa²⁺チャネルを介するイオンの流入が心収縮の重要な機転であることから、心収縮力の低下傾向は回避し難い副作用である。

Key Point

1)同じ薬に属していても、陰性変力作用の強さは異なる。

副作用は薬剤独自のチャネル選択性や、β遮断作用の有無によるところが大きいが、臨床用量の設定も影響している。

□催不整脈作用とは、新たな不整脈薬の出現を招いたり、既存の不整脈の頻度や重症度を増悪させたりすることに加え、刺激伝導系の抑制による徐拍化も含まれる。

□torsades de pointesのような多形性心室頻拍は致死的となり、Ⅰa群薬とⅢ群薬とⅣ群のべプリジルが原因薬物となる。K⁺チャネル遮断による再分極遅延は後脱分極と呼ばれるあらたな脱分極を招き、これが不整脈源となって、torsades de pointesを出現させる。

□ジソピラミドやシベンゾリンは低血糖という独特な副作用を有する。

Key Point:

1)ジソピラミド、シベンゾリンの低血糖!

□低血糖はK⁺チャネル(ATP感受性K⁺チャネル)の遮断が膵臓のインスリン分泌を促進することによって生じる。

□Ⅰa群薬は中枢神経系への作用(ふらつきや複視)を生じることがあるが、患者自身は気がづかず、ちょっと変だなという程度なことが多い。

□抗コリン作用をもつジソピラミドでは、口渇や男性の排尿障害がたまにみられる。これははじめから予想して投薬する。

23 torsades de pointes が起きたら

※トルサード・ド・ポアント:心室性頻拍の一種。心臓のポンプ機能を著しく低下させ、アダムスストークス発作や心室粗細動へ移行し突然死を招くことがある予後不良の不整脈である。

□APD持続作用を有するⅠa群薬やⅢ群薬を投与中の患者に、著明なQT[心室の興奮の始まりから消退するまでの時間]延長とtorsades de pointesが出現することがある。

□Ⅰa群薬とⅢ群薬による催不整脈作用は用量依存性ではあるが、過量であることは必須条件ではない。むしろ、torsades de pointesに対し特にリスクの高い患者が存在する。以下がそのリスク要因。

高齢

女性

徐拍

器質的心疾患や電解質異常

腎機能や肝機能の低下など、血中濃度[血液中に含まれる薬の量]が上昇しやすい状況

Key Point

1)高齢女性ではQT延長作用のある薬剤の投与は避ける。

□抗不整脈薬でQT延長とtorsades de pointesが認められた場合

●薬剤の中止……QT延長作用のあるすべての薬剤

●電解質異常など増悪因子の改善

●徐脈が背景にあれば、一時的ペーシング[小さな電気パルスを発出して心収縮を生みだすこと]

●リドカイン(50~100㎎)

●マグネゾール(2gを2分で投与)

□『なお、薬剤の血中濃度を測っても解釈が難しい。個人的には利用していない。催不整脈作用は血中濃度により避けられるものではない。きわどい症例に抗不整脈薬を投与しないとか、常用量を超えて使わないなど、危険に近づかないという姿勢を勧める。

24 治療薬を選ぶ発想

抗不整脈薬の薬理作用を懸命に勉強しても、どの抗不整脈薬がベストな選択なのか判断は難しい。抗不整脈薬の薬理作用が明らかとなっていても、心房細動や心室頻拍では「どうして薬が不整脈を止めるのかというメカニズム」はどうも見えてこない。

これまで蓄積された情報を十分マスターしたとしても、未知の要因がたくさん残されている。不整脈の専門家でも「確信はないがとりあえず使ってみる」というパターンが多い。

陰性変力作用や催不整脈作用、あるいは薬物代謝の面で使いにくい薬剤を避けるという「消去法の発想」のほうが正直な道だと思う。

Key Point

1)病態と薬理を深く理解して確実な成功率……これは虚構。

2)使いにくい薬剤を除外して無理のない選択……手が届く。

心機能と腎機能が低下している高齢者で考慮するのは、

陰性変力作用が少なく、腎排泄でないという条件に加え、潜在的な徐脈性不整脈や催不整脈作用に注意。

若年で心機能も肝・腎機能も問題がないのなら、選択の幅は広くなる。最小限必要な知識は、

陰性変力作用の有無……Ⅰb群のアプリンジンとⅠc群のピルジカイニドは陰性変力作用が少ない。

代謝経路……ピルジカイニドが腎排泄。

催不整脈作用の多寡……Ⅰb群のアプリンジンとⅠc群薬にはQT延長に伴う催不整脈作用はない。

注意すべき副作用……ジソピラミドとシベンゾリンの低血糖、アプリンジンの肝障害。

不整脈と薬1

先日、ICD(植込み型除細動器)を装着されている患者さまが来院されました。主訴は左肩の強い肩こりです。心疾患がある場合、左の肩や腕(特に内側、小指側)に関連痛が出る場合もあります。最新のICDは100gもないようですが、ICDの重さが肩周辺のファシア(筋膜)を下方に引っぱり、緊張を高めているということも十分に考えられると思います。いずれにしても右肩に比べ左肩に重い症状が出ることは不思議ではありません。

ICD
ICD

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

左の写真を見ると左肩(向かって右)に寄ったところにあることがわかります。

また、患者さまは”心室頻拍”という不整脈のため、アミオダロンという強い不整脈の薬を服用されています。以前、“期外収縮”や“心房細動”については勉強したことがあったのですが[ブログ:“不整脈(心房細動)”]、心房細動に関しては、血栓塞栓症に注意する必要はあるものの、この2つの不整脈は一般的には深刻な不整脈ではないとされています。

一方、“心室頻拍は特に注意しなければならない不整脈の一つです。そして、アミオダロンなど不整脈の薬についての知識は、ほぼゼロに等しい状態でした。そこで、今回あらためて不整脈とその薬について勉強することにしました。

購入した本は、村川裕二先生の『不整脈治療薬ファイル 抗不整脈治療のセンスを身につける』という本です。実は、この本は第2版が既に出版されているのですが、節約のため初版(2010年)を買いました。ということで、2020年に発行された最新の第2版ではないのでご注意ください。

なお、内容はとても高度で詳細なものでしたが、村川先生の独特な言い回しのおかげで、敷居が低くなり、何となく親しみを感じられたのは良かったと思います。

ブログは目次黒字部分ですが、「Part2 基礎」、「Part3 抗不整脈薬のアウトライン」が中心です。勉強モードのため大変細かく長くなったため4つに分けました。なお、4つめのブログには『病気がみえる Vol.2 循環器』の内容を元に作った不整脈の一覧表を載せました。

不整脈治療薬ファイル 
不整脈治療薬ファイル 

著者:村川裕二

出版:メディカル・サイエンス・インターナショナル

初版発行:2010年9月

 

不整脈は脈拍の乱れ、それはポンプである心臓の拍動の乱れです。そこで、最初に心臓の拍動、収縮のメカニズムを調べました。

興奮の発生から収縮までの流れ
興奮の発生から収縮までの流れ

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

心臓の収縮は洞結節と呼ばれる特殊心筋細胞が、自発的に興奮(脱分極)し収縮することがスタートです。その興奮は固有心筋細胞を通じて心臓全体に伝わるのですが、その過程でNa⁺(ナトリウムイオン)Ca²⁺(カルシウムイオン)が深く関わります。また、興奮が鎮まるとき(再分極)には、K⁺(カリウムイオン)が関与します。

不整脈の薬は心臓の拍動を整えることになるので、構造と収縮のメカニズムから考えると、洞結節房室結節の働きと、Na⁺Ca²⁺K⁺に注目することが重要だと思います。

Part1 総論

1 最初から「まとめ」

2 プラスアルファの知識とは何か?

Part2 基礎

3 心筋の活動電位を復習する

4 ちょっとイオンチャネルをかじる

5 いろいろあるK⁺チャネル

6 洞結節は自分で動く

7 房室結節は箱根の関所

8 房室結節を抑える薬

9 triggered activityとEADとDAD

10 リエントリー:興奮がまわるということ

Part3 抗不整脈薬のアウトライン

11 抗不整脈とはつまり何か?

12 抗不整脈の分類:Vaughan-Williams分類はまだ生きている

13 たくさんあるⅠ群薬:どこが

14 チャネルに統合するタイミング:活性化チャネルブロッカーと不活性チャネルブロッカー

15 さっぱり系としつこい系、粘り強さが違う:Na⁺チャネルとの結合・解離

16 ここから始まったⅠ群薬の古典派:Ⅰa群薬

17 Ⅰ群薬のマイルドタイプ:Ⅰb群薬

18 ホントは使いやすい:Ⅰc群薬

19 脇役なのに出番は多い:Ⅱ群薬(β遮断薬)

20 なんといっても最後はコレ:Ⅲ群薬

21 兄弟じゃないのに:Ⅳ群薬

22 何も起きないわけがない:副作用

23 torsades de pointes が起きたら

24 治療薬を選ぶ発想

Part4 心房期外収縮

25 変行伝導は大事か?

26 治療するかどうか、誰が決めるか

27 使いたい抗不整脈薬と、使ってもいい抗不整脈薬

28 Case1:訴えの多い中年女性

29 Case2:ちょっとした僧帽弁閉鎖不全がある

30 Case3:blocked PAC

31 いろいろなP派:多源性心房期外収縮

32 Case4:顕性WPW症候群でshort runを繰り返す

Part5 心室期外収縮

33 PVCが“治療対象でない”とはどういう意味か?

34 頻発するPVCは心不全を招くか?

35 子供のPVCはなぜ怖いか?

36 CAST studyは爆弾

37 Lownの分類を使うか?

38 どの抗不整脈薬を使うか?

39 Case:流出路起源のPVC

40 連発の多いPVC

41 急性心筋梗塞のリドカイン

Part6 発作性上室頻拍

42 頻拍の呼び方

43 PSVTは2種類と割り切る

44 AVNRTの速伝導路と遅伝導路

45 AVNRTはどう回るのか?

46 long RP’ tachycardiaがわかると何が得か?

47 WPW症候群とAVRT

48 WPW症候群につきものの頻拍

49 WPW症候群-偽性心室頻拍なのにカテーテルアブレーションを拒否されたら

50 すぐ止めたいとき

51 ATP製剤で止める

52 WPW症候群のPSVTをアミサリンで止める

53 WPW症候群のPSVTをリスモダンPやIc群で止める

54 顕性WPW症候群の慢性期

55 顕性WPW症候群以外はワンパターンですむ

Part7 心房粗動

56 通常型と非通常型

57 抗不整脈薬で心房細動を治療できるか?

58 ダメモトで抗不整脈薬による洞調律化を狙いたいとき

Part8 心房細動

59 忘れられていた肺静脈

60 AFはAFを招く(AF begets AF)

61 基礎疾患のある発作性心房細動(PAF)

62 急性心筋梗塞と心房細動

63 AFFIRM study:洞調律化群 vs. レートコントロール群

64 心不全の心房細動

65 なぜ抗凝固療法?

66 CHADS2スコアは使いやすい

67 どの薬剤を使うか?―具体的に

68 静注抗不整脈薬によるAFの停止は意味があるか?

69 レートコントロールは十分か?

70 レニン-アンジオテンシン系抑制薬の役割

71 Case1:持続の短いPAF

72 Case2:はじめての発作

73 Case3:半日近く続いている動悸

74 Case4:1日ほど続いているAFを静注抗不整脈薬で止めたいとき

75 顕性WPW症候群(偽性心室頻拍)の心房細動

76 Case5:経口サンリズムによる停止

77 Case6:弁膜症がある

78 Case7:夜間に好発する

79 Case8:心房粗動も認めるとき

80 Case9:倒れる心房細動

81 Case10:肥大型心筋症に血栓塞栓症を生じた

82 Case11:レートコントロールが難しい

Part9 wide QRS tachycardia

83 外見からは4種類

84 まず特発性VTを考える

85 ベラパミル感受性VTに出会ったとき

86 流出路起源VT(左脚ブロック右軸偏位型VT)

87 たいした根拠はないが、なんとなくVTのような気がするとき

88 「もしかしたら上室性頻拍かもしれない」と思ったとき

89 急性心筋梗塞や拡張型心筋症:ニフェカラントを使う

90 静注アミオダロンを使う

91 器質的心疾患を背景にしたVT

92 経口アミオダロンを陳旧性心筋梗塞や不整脈原性右室心筋症のVT/VFに使う

93 拡張型心筋症を基礎にもつVT

Part10 心室細動

94 総論

95 electrical stormとは?

96 electrical stormへの対策

97 特発性VF

98 心不全の不整脈とレニン-アンジオテンシン系抑制薬

Part11 洞不全症候群

99 徐脈と頻脈のウラに薬あり

100 薬物治療

101 経口薬での対処

Part1 総論

1 最初から「まとめ」

□以下のことを全部しっているのなら、この領域の概要はマスターしている。

1)まず、Vaughan-Williamsの分類を知っている。

2)Sicilian Gambitの分類という表があり、使われている用語がわかる。しかし、情報が多すぎて専門家も暗記はしていない。

3)CAST studyというメガトライアル……器質的心疾患のある心室不整脈をⅠ群薬で抑制しても予後は改善しない、あるいは予後を悪化させかねない。

4)健常心ではⅠc群薬でもリスクは少ないので、上室性の頻脈に有効なら使っても差し支えない。

5)催不整脈作用としてのQT延長症候群……Ⅰc群薬とⅠb群薬にはQT延長はまずない。

6)最もパワフルな抗不整脈薬はアミオダロン……副作用の点で使い方が面倒だが、重篤な心室不整脈にはほぼこれしか選択肢はない。使うべきときには積極的に使う。ハイリスクなら植込み型除細動器(ICD)が併用される。

7)房室結節や副伝導路、あるいはPurkinje線維を回路に含む頻拍では薬物治療の効果は確実。それ以外は、どういう運命が待っているか予想しがたい。どうして抗不整脈薬が効果をもつのかわかっていない頻拍もある。

8)薬物治療でしのぐよりも、カテーテルアブレーションで治療したほうがスッキリする頻拍は多い。発作性上室頻拍(PSVT)や心房粗動は根治率が高い。根治率では劣るが心房細動にもカテーテルアブレーションが行われている。考慮すべき治療選択肢。

□不整脈の薬物治療とは、ひとことで言えば……

Key Point

1)それなりのクスリはあるが、魔法のクスリはない。

2 プラスアルファの知識とは何か?

□知っておくべきこと

1)心臓の電気生理

2)不整脈が生じるメカニズム

3)薬物の作用機序

Key Point

1)不整脈の頻度、予後、関連すること⇒不整脈をとりまく情報。

2)各不整脈がどのくらい治療に反応するのか⇒勝ち目があるのかを知りたい。

□心房細動を静注抗不整脈薬で止めようとしてもなかなかうまくいかない。

□発作性上室頻拍ならベラパミルかATP製剤(アデホス)でほぼ100%停止できる。

不整脈についての知識と経験が増すほど、意識的に治療しないという道を選ぶ。

頑張りすぎると募穴を掘る。

「慎重さと果敢さのバランス」も大事。

Part2 基礎

3 心筋の活動電位を復習する

□活動電位(action potential:AP)とは細胞の外側を基準にして、内側の電位を図示したもの。不整脈の発生や抗不整脈薬の作用を述べるとき、以下の3つの用語なしでは、薬剤が作用するメカニズムの話が始まらない。

脱分極

再分極

不応期

□心筋細胞に限らず、興奮していない細胞の内側は細胞の外側よりも電位が低い。

□興奮していない細胞では、細胞膜を挟んで大きな電位差があるので“分極”している。分極とは、細胞内外にくっきりした電位の差ができていること。

□細胞が興奮するとは、Na⁺やCa²⁺というプラスに荷電したイオン[電子の過剰あるいは欠損により電荷を帯びた原子または原子団]が細胞内に流入すること。細胞内のマイナス成分が打ち消されるので、分極状態が解消される。

□”脱分極”した後しばらくは、電気的な刺激を受けても一呼吸入れないと興奮できない。その一呼吸にかかる時間の長さが“不応期”。

□活動電位の横幅は活動電位持続時間(action potential duration:APD)。この長さは、おおよそ不応期を決め、さらにQT時間[心室の興奮の始まりから消退するまでの時間]に反映される。

Key Point

1)心筋細胞が興奮性を失っている時間⇒不応期⇒APD[活動電位接続時間]やQT時間と関係あり。

□なぜ活動電位の形や薬剤の影響を知りたいかというと

●不整脈のメカニズムについてイメージをもつ⇒病態生理がわかった気分になる。

●活動電位が薬剤によってどう変わるかを知る⇒薬物治療にロジックがあるような気がする。

□厳密には、細胞が脱分極するにはNa⁺チャネルが不活性化状態から抜け出している必要がある。APDが同じでも、Na⁺チャネル遮断薬が投与されていると被刺激性をとり戻すのがワンテンポ遅くなり、不応期は少し長くなる。

□「QT[心室の興奮の始まりから消退するまでの時間]延長をきたす薬剤でなくても不応期は延びる」という知識は、実感としては分かりにくい。活動電位の終末より後ろの不応期はpost-repolarization refractorinessと呼ばれる。いつも存在するわけではない。

不応期の延長
不応期の延長

画像出展:『不整脈治療ファイル』

post-repolarization refractorinessは、相対不応期と呼ばれるものだと思います。

看護roo!”というサイトに解説が出ていました。興奮の発生と伝導|生体機能の統御(1):『不応期には、絶対不応期と相対不応期の2つの相がある。どんなに強い刺激にも応じない時期を絶対不応期とよぶ。再分極の進行中に強い刺激を加えると、活動電位を発生する時期がある。この時期を相対不応期とよぶ。

静止膜と活動電位
静止膜と活動電位

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

細胞の内と外には電位差がある(膜電位)。興奮していない時を静止電位(左)、興奮時の時間とともに変化する電位を活動電位(右)と呼ぶ。

心筋細胞の活動電位
心筋細胞の活動電位

画像出展:『人体の正常構造と機能』

青・0Na⁺が関与

赤・2Ca²⁺が関与

黄・1/3K⁺が関与

絶対不応期・相対不応期

黒・4静止電位

 

心筋の活動電位とイオンチャネルとの関係
心筋の活動電位とイオンチャネルとの関係

画像出展:『人体の正常構造と機能』

Na⁺チャネル

Ca²⁺チャネル

K⁺チャネル

K⁺チャネルはKv、herg、KvLQT1などが存在する。

心電図に記録される6つの波
心電図に記録される6つの波

画像出展:『人体の正常構造と機能』

PQ時間:P波の始まりからQ波まで。すなわち心房筋の興奮の始まりから心室筋の興奮の始まりまでの時間で、房室伝導時間を表す。正常値は0.12~0.20秒。心拍数が少ない場合、PQ間隔は長くなる。

QRS時間:QRS波の始まりから終わりまで。心室筋の興奮している時間を表す。正常では0.08~0.1秒。

QT時間:心室筋の興奮の始まりのQ波から回復過程のT波の終りまで。心室筋の脱分極から再分極までを表す。

注)”時間”ではなく”間隔”と表記されることもあります。 

 

心臓の解剖と各波の間隔
心臓の解剖と各波の間隔

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

①洞結節

②心房筋

③房室結節

④ヒス束

⑤左脚・右脚

⑥プルキンエ線維・心室筋

:PQ間隔

:QRS間隔

:QT間隔

4 ちょっとイオンチャネルをかじる

□心筋細胞の活動電位はイオンチャネルによってコントロールされている。イオンチャネルとは心筋細胞膜においてイオンが出入りする経路

イオンチャネル以外の経路でもイオンは移動する

チャネル:電気化学ポテンシャルの面でそっち方向に自然と流れる孔ができる。川の流れにのってイオンを動かし、エネルギーは使わない。“受動的”な移動と表現される。

ポンプ:Na-Kポンプが代表的。ATPなどを使ってイオンを移動させる。川の流れに逆らった“能動的”なイオンの移動。

交換輸送系:Na-K交換輸送系はNa⁺とK⁺を一定の比率で交換するシステム。電荷として差し引き換算でゼロになるわけではない。

脱分極と再分極の主役はイオンチャネル。イオンチャネルで動いたイオンを元に戻すとか、行き過ぎを調整するというたぐいの仕事をポンプや交換輸送系が担当する。これでバランスがとれている。

不整脈の治療には、とりあえず、

イオンチャネル

それ以外

と単純に考えてよい。

□『「電気生理学について深い知識なしに不整脈の治療はできない」というのはおこがましい。しかし、「イオンチャネルについてささやかな知識がなくては、不明脈の治療はできない」というのは正しい。

Key Point

1)Na⁺電流……伝導性

2)K⁺電流……不応期やQT時間

5 いろいろあるK⁺チャネル

□K⁺チャネルはおよそ10種類のサブタイプがある。なぜ、“およそ”でしか数えられないかというと、定義の仕方で数が変わってくるから。

□K⁺電流は細胞膜内外の電位差があるところに達すると活性化(チャネルの活動がactiveモードになる)するものと、特定の物質の濃度が上昇(例えばアセチルコリン)あるいは低下(例えばATP)することによって活性化するものがある。

Key Point

1)K⁺チャネルにはいろいろな種類がある。その活性化のモード(活躍するタイミングやひきがねの種類)はいろいろ。

2)K⁺チャネルは生理的にはすべて外向き(細胞の中から外へ)にK⁺イオンを流し、再分極に貢献。

おもなK⁺電流のうち、話に出てくる頻度が高いのは以下の4つ。

●一過性外向きK⁺電流(Ito:transient outward current)

●遅延整流K⁺電流のうち遅い成分(Iks

●遅延整流K⁺電流のうち速い成分(Ikr

●内向き整流K⁺電流(Ikl:内向きと言っても、生きている人間の体の中ではこれも外向きに流れる)

□これらの分類と名称は古臭くなっているが、臨床の場ではまだ使われている。

K⁺チャネルとQT時間

□心筋障害に伴いK⁺チャネルの数や性質は変化する。また、器質的心疾患に伴ってQT時間は変化する。

Key Point

1)K⁺チャネルの機能低下や薬剤による抑制⇒QT延長

□抗不整脈薬のうち、Ⅲ群作用とはAPD(活動電位持続時間)の延長であり、K⁺チャネルの抑制による。他の機序でQTを延長させる薬剤もあるが、国内では使われていない。[2014年時点]

□薬剤ごとに作用するK⁺チャネルは異なる。

□実際にはIkrの遮断がⅢ群作用の主体であり、それ以外のK⁺チャネルを意識する機会はまずない。

Key Point

1)抗不整脈薬のQT延長はIkr遮断作用と割り切る。

□Iksは交感神経刺激により活性が増す。これには、外向きのK⁺電流増加⇒再分極の促進⇒APD短縮⇒QT時間短縮という流れが予想される。ところが、交感神経刺激はCa²⁺電流も増して、こちらは再分極とは拮抗する。つまり、交感神経活動1つとっても、いろいろな経路を介してAPDを延ばしたり、短縮したりするので、その加算したものがどっちに向かうかは簡単には知りえない。

6 洞結節は自分で動く

□slow response型と呼ばれるのは洞結節や房室結節の細胞であり、周期的に興奮する。これは自動能という機能である。 

自動能(心臓の興奮の始まり)
自動能(心臓の興奮の始まり)

画像出展:『病気がみえる vol.2 循環器』

房室結節、プルキンエ線維も自動能を有するが、興奮頻度が最も多い、洞結節がリードしている

□自動能はいろいろなメカニズムによって複合的に維持されているが、そのメカニズムは諸説ある。

Key Point:洞房結節の自動能

1)ある種のCa²⁺電流が関与している。

2)自律神経活動の影響を受けやすい

□洞結節のどの部分がペースメーカーとしてのリーダーシップをとるかは、主に自律神経活動レベルによって異なってくる。洞調律[洞結節で発生した興奮が刺激伝導系を介して心臓全体に正しく伝わっている状態]といっても、P波の形は一定ではない。

□小児によく見られる所見だが、ペースメーカーが洞結節とその近傍(右房)を移動していくことがあり、wandering pacemakerと呼ばれる。いろいろな形のP波が現れる。病気ではなく生理的な現象。

洞結節は自律神経に大きく影響される。心拍数が100/分より少なければ主に副交感神経(迷走神経)でコントロールされる。それより多くなると交感神経やカテコラミンの役割が大きくなり、副交感神経の関与は小さくなる。

7 房室結節は箱根の関所

□房室結節もCa²⁺電流依存型のslow response型細胞によって作られている。

□房室結節の特徴

●伝導速度は遅い……Ca²⁺電流に依存した伝導

●上から来る興奮の頻度が高いと伝導性が低下する……減衰伝導特性

自律神経による影響を受けやすい

□房室結節は伝導性が低い組織である。この伝導性の低さに味がある。心房と心室の収縮に時間差があるのは効率よく血液を輸送するために役立つ。踊りでもスポーツでも、ちょっとした間のおき方が大きな意味をもつ。

□例えば心房細動になったとき、600/分の心房興奮がそのまま心室に落ちてきては心室細動を生じてしまう。

Key Point:房室結節は心房と心室の連絡をコントロールする部位である。

1)心房と心室の興奮の時間差をつくる。

2)極端に心室レートが高くならないようにする安全弁。

□房室結節は箱根の関所。役に立つフィルターとして機能すれば価値は大きいが、加齢や薬物などで伝導性が落ちれば房室ブロックになる。

自律神経の線維が豊富にあるため、自律神経活動によって房室結節の伝導性は大きく変動する。痛み刺激で迷走神経が亢進すると房室ブロックが生じることがある。 

8 房室結節を抑える薬

□房室結節の伝導をよくするにはβ受容体を刺激すればよい。高度の房室ブロックで危険が迫れば、イソプロテレノールを用いる。

Key Point:房室伝導を抑制する薬剤

1)β遮断薬

2)カルシウム拮抗薬(心筋に親和性のあるベラパミルとジルチアゼム)

3)ジギタリス

4)Na⁺チャネル遮断薬(抗不整脈薬)

5)ATP製剤(アデホス)

□房室結節が自律神経の影響を受けやすく、かつCa²⁺電流に依存した伝導をするので、β遮断薬とカルシウム拮抗薬で房室伝導は抑制される。

□ジギタリスによる房室伝導抑制は、部分的には迷走神経活動の亢進によって説明されているが、それ以外の未知の要素もある。

□Na⁺チャネル遮断作用はⅠ群薬の特徴である。これに加えて他群の抗不整脈薬(べプリジルとアミオダロンなど)も、メインではないがNa⁺チャネル遮断作用をもつ。

□ATPが房室伝導を抑制するのは、代謝産物のアデノシンが抑制性G蛋白を経由してCa²⁺電流を抑えるからである。

□房室伝導に作用する薬剤はきちんと知っておく必要がある。その理由は2つ。

●房室ブロックの出現を避けることができる。

●房室結節を回路に含むリエントリー性頻拍の停止と予防、および上室性の頻拍のレートコントロール治療の裏づけとなる。

Key Point

1)房室伝導に作用する薬剤を記憶しておくことは、メカニズムを理解した不整脈治療と房室ブロックの回避に必要。

不整脈の治療では房室伝導のコントロールが重要である。房室結節の制御が不整脈治療の入口であるが、結局これに尽きる。房室結節を押さえていれば日常の不整脈診療はできる。 

9 triggered activityとEADとDAD

□頻拍の発生と維持のメカニズムとして主なものは3種類ある。

●異常自動能

●triggered activity(トリガードアクティビティ)

●リエントリー(興奮旋回)

□triggered activityは日本語では撃発活動というが、英語のまま使われている。focalなリズムの1つであり、周囲からの刺激によって生じる振動性興奮である。

□活動電位の後半部位あるいは終了直後に新たな活動電位(後脱分極 afterdepolarization:AD)と呼ばれるコブが現れるが、その出現するタイミングによって2つある。

●早期後脱分極(ealry afterdepolarization:EAD)

●遅延後脱分極(delayed afterdepolarization:DAD)

早期後脱分極(EAD)

□EADは家族性QT延長症候群や後天性QT延長症候群にみられる頻拍。つまりtorsades de pointesと呼ばれる多形性心室頻拍の原因となっている。

EADとDAD
EADとDAD

画像出展:『不整脈治療ファイル』

 

Key Point

1)QT延長が関与する不整脈は先天性か後天性かを問わず、早期後脱分極(EAD)がひきがねとなる。

遅延後脱分極(DAD)

□DADは細胞内のCa²⁺過負荷が背景となり、筋小胞体からのCa²⁺の振動性放出がその機序となっている。心筋細胞内のCa²⁺の貯蔵と出し入れにたずさわる筋小胞体からCa²⁺が漏れ出ることで脱分極が生じる。

□DADによる不整脈としては、ジギタリス中毒に伴うものが有名。ジギタリスによるNa-Kポンプの阻害が細胞内Naを増加させ、Na-Ca交換機構を細胞内Ca²⁺増加方向に働かせ、Ca²⁺過負荷にしているからである。

□Ca²⁺の負荷が多いことは心筋の収縮力を増すことに必要だが、同時に不整脈のもとになる。Ca²⁺過負荷は心不全においては非特異性に出現する現象。

Key Point

1)ジギタリス中毒や心不全に伴う不整脈の多くはDADをメカニズムとする。

□心不全のときの心室不整脈はCa²⁺過負荷を緩和することが本質的な対処。むやみと抗不整脈薬で攻めても期待できない。

□右室流出路(right ventricular outflow tract:RVOTと略される)起源の心室期外収縮(premature ventricular contraction:PVC)は健常者によく認められるが、そのなかに非持続性心室頻拍(3連以上のPVC)が頻発するケースがある。反復性単形性心室頻拍(repetitive monomorphic ventricular tachycardia)という言葉が使われる。これはtriggered activityによると考えられる。

10 リエントリー:興奮がまわるということ

□発作性上室頻拍や多くの心室頻拍はリエントリーをメカニズムとする。リエントリーとは興奮旋回を意味し、基本的には興奮伝達遅延部位と一方向性ブロックが必要。

□伝達遅延部位の例

●心筋梗塞後の心室頻拍における緩徐伝導路

●WPW症候群のリエントリーにおける房室結節

●房室結節リエントリー性頻拍の遅伝導路

●心房粗動の解剖学的狭窄

□リエントリーが開始して維持されるには、鍵となる経路の伝導速度と不応期に微妙なバランスが必要である。

□例えば、AVNRT(房室結束リエントリー頻拍:房室結節二重伝導路が原因)やAVRT(房室回帰頻拍:房室間の副伝導路が原因)がある年齢になってから出現し、発作頻度や持続が変わるということは、房室結節と副伝導路の加齢による変化が関与している可能性がある。引き金となる期外収縮が年齢に応じて増えるということも関係していると思う。

非営利型一般社団法人

仕事とは関係ないのですが、非営利型一般社団法人について調べることになりました。

非営利型一般社団法人と聞いて思ったのは、いわゆる、一般社団法人と何が違うのか、これらは同じカテゴリーに含まれる異なるタイプの法人なのかという疑問でした。ところが、これらはいずれも一般社団法人であり、一般的なものを“普通型”と呼び、それと区別して“非営利型”という型があるということでした。

では、非営利型一般社団法人になるためには、届出段階で何か違うのか、そうではないのかがよく分からず、さらに調べてみると、「非営利型一般社団法人であるかどうかの判断は税務当局が担っているということを知り、早速、最寄りの税務署に問い合わせてみました。

今回のブログはその税務署への電話で分かったこと、税務署の方から教えて頂いた国税庁の資料、さらに『図解 社団法人・財団法人のしくみ』を読んで知ったことを中心にまとめたものとなっています。かなり、限定的な内容ですが概要をお伝えすることはできるのではないかと思います。

社団法人・財団法人のしくみ
社団法人・財団法人のしくみ

編者:朝日ビジネスソリューション(株)、朝日税理士法人

初版発行:2009年12月

出版:中央経済社

少し古いのが気になりますが、大変勉強になりました。

■非営利型一般社団法人とは、一般社団法人と異なる位置づけのものではなく、一般社団法人の中の一つの型です。図を見ると、”一般社団法人”の中で、「非営利型法人の要件に該当するか」が「はい」であれば、<非営利型法人>になります。

「非営利型法人の要件に該当するか」
「非営利型法人の要件に該当するか」

画像出展:「一般社団法人・一般財団法人と法人税」

なお、非営利型法人の要件は2つありますが、”非営利性が徹底された法人”に該当する場合は以下の①になります。

非営利型法人の要件①
非営利型法人の要件①

画像出展:「一般社団法人・一般財団法人と法人税」

ここで注目すべきは、1と2です。これを見ると、いずれも『定款に定めていること』と書かれています。税務署の方の話でも、上記1(剰余金の分配)と2(解散時の対応)が、“定款”に明確に記述されていれば、その事実をもとに税務署が、この社団法人は<非営利型法人>として認めるということでした。なお、上記のスライドは以下の資料の中にあります。

次の資料は、『新たな公益法人関係税制の手引-国税庁』(87枚)からになります。

この図では水色破線枠内、青色Boxになります。

非営利型法人
非営利型法人

画像出展:「新たな公益法人関係税制の手引」

先に”非営利性が徹底されている法人”についてご説明しましたが、もう一つはこの(2)に書かれた”共益的事業を行う法人”になります。

届出書
届出書

画像出展:「新たな公益法人関係税制の手引」

給与等の支払がない場合は、届出は“法人設立届出書”だけでOKのようです。

法人設立届出書記載例
法人設立届出書記載例

画像出展:「新たな公益法人関係税制の手引」

こちらは”法人設立届出書”の記載例です。

以下は「一般社団法人の設立手続き」です。 

一般社団法人の主な設立手続き
一般社団法人の主な設立手続き

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

これを見ても”定款”がとても重要であることが分かります。

概要  

1.社団法人の設立

・一定の手続きと登記だけで設立できる。

2.定款

・設立時に重要なことは定款の作成である。

-定款は法人の組織活動の根本規則である。

-記載内容によって法人の在り方が変わる。

-内容は次の3つに分けられる。

 1)「必要的記載事項」…記載しないと定款が無効になる。(目的、名称、事務所の所在地など)

 2)「相対的記載事項」…記載しないと定款が無効になる。(社員総会の決議要件など)

 3)「任意的記載事項」…法律内であれば任意に記載できる。

3.機関 

・社員総会は意思決定機関である。

理事が3人以上いる場合は、理事会を置くことができる。

・業務執行は代表理事が選任されている場合は、代表理事が行うが、選任されていない場合は理事が関与する。

・監事のみ、あるいは会計監査人と監事を併せて置くこともできる。 

一般社団法人の機関の組み合わせ
一般社団法人の機関の組み合わせ

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

一般社団法人では法人の規模が様々なため、任意による設置の有無が可能となっており、社員総会と理事だけでも成立します。

4.社員

・社団法人にとっての社員とは、「定款で定めるところにより経費を支払う業務を負い(一般法27)、社員総会で評議権を行使できる者(一般法48Ⅰ)」という。

・設立時には2人以上が必要である。

・社員の資格は定款で自由に決めることができる。

・社員は任意で退社することもできるが、定款で退社を制限することも可能である(一般法28)

5.理事の役割と責任

・理事会は別途定款にさだめている場合を除き、業務を執行して法人を代表する。

・理事は社員総会の決議で選任される。

・理事の人数は1人以上。

・理事の任期は原則として2年以内。

・理事と一般社団法人は委任関係にある。

-理事は法人に対して善管注意義務を負う(民法644)

-法令・定款・社員総会の決議を尊守して忠実に職務を行う「忠実義務」を負っている(一般法83)

-社員総会での説明義務(一般法53)

-競合取引・利益相反取引の制限(一般法84Ⅰ)

-社員等に対する報告義務(一般法85)

-法人や第三者に対する損害賠償責任(一般法111、117)

6.理事会

・一般社団法人では任意の機関である。

意思決定および業務執行
意思決定および業務執行

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

大きな流れは、”定款”⇒”意思決定機関”⇒”業務執行機関”になります。

7.監事

・一般社団法人では監事は任意であるが、理事会を設置した場合は必須となる。

・監事は理事の職務の執行を監査し、監査結果に基づき監査報告を作成する。

・監事は理事が作成した計算書類・事業報告・附属明細書を監査する。

・招集権者に理事会の招集を請求することができる。

・理事が不正行為や法令・定款違反をした場合などに、理事・理事会に報告する。

8.基金の意義

・基金とは社団法人に拠出された金銭、その他の財産をいう。

・社団法人は基金の拠出者(「社員」とは限らない)に対して、一般法や当事者間の合意に基づいて返還義務を負う。

・基金制度は剰余金の分配を目的としないという社団法人の基本的性格を維持しつつ、その活動の原資となる資金を調達して、

社団法人が安定して活動を行うという「財産的基礎」の維持を図るための制度である。

・基金は貸借対照表上では負債ではなく、純資産の部に計上する(一般法規則31)。

・基金制度は法人の任意であり、定款に「基金の拠出者の権利に関する規定」と「基金の返還の手続」を定めることに

よって基金制度を設けることができる。

9.基金の募集と返還

・具体的な基金の募集手続きは一般法によって以下のとおり定められている。一方、基金の返還は定時社員総会の決議によって、貸借対照表の純資産が「基金の総額」等を超える場合に限り、その超過額を限度として一定の期間内に行うことができる(一般法141ⅠⅡ)

基金制度の募集手続き
基金制度の募集手続き

画像出展:「図解 社団法人・財団法人のしくみ

 

ご参考:社団法人について

社団法人については、以下のサイトに分かりやすい説明が出ていました。 

まずはそもそも「社団」とはどういう意味なのでしょうか。

社団とは、一定の目的をもった人の集まり、団体を言います。そして、「社団法人」とは、法律によってその団体に「法人格」が与えられた法人を言います。更に、社団法人はその根拠となる法律によって「社団法人」、「一般社団法人」、「公益社団法人」の3つに分類されます。

「法人格」とは、その団体名義で銀行口座を開設、財産(土地・建物などの不動産や自動車など)を所有するなど、その団体名義で法律行為を行なうことができる「法律上の人格」を言います。

有痕灸の注意点

せんねん灸などの温灸は一般の方でも購入可能で、自宅で利用できることは大きなメリットです。

当院では、お灸はバネ指等の指関節に対して温灸(無痕灸)を使っている程度ですが、この場合、患者さまに「ご自分でもやってみてはいかがですか」とお話していました。

先日、自分自身の足首の痛み(CAI:慢性足関節不安定症)を何とかしたいので、「とりあえず3、4ヵ月、毎週、鍼とお灸をしてみよう」ということを思いつき、試してみることにしました。痛みは緩和され順調だったのですが、強いタイプの温灸を試したところかなり熱く痕が残り、後日痒みも出ました。

この時、舌がんは強い機械的刺激が長期に継続された場合、がん化の原因になりえる。ということを思い出し、痕が残るような強い熱刺激の温灸を数カ月続けた場合、皮膚がんの原因になってしまうことはないのだろうかと気になりました。

そこで、検索してみると古い資料ではありますが、気になるものが見つかりました。

それは、2000年11月1日付の『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』というものです。その中に「表2.皮膚の悪性腫瘍についての報告」という表がありました。

20年以上前の資料ですが、重要だと思い内容を確認することにしました。

灸に関する有害事象
灸に関する有害事象

こちらを”クリック頂くとPDF6枚の資料がダウンロードされます。

Ⅰ.緒言

『鍼治療が資格をもった専門家によって行われるのに対して、灸治療は施灸のみでなく取穴や刺激量の決定までも患者自身によって行われている場合が少なくない。このことは日本人の灸に対する高い親和性を示しており、日本の文化の一面といえよう。専門家以外の人々が自身の判断や地域の言い伝えにもとづいて灸治療を行った場合は、それによって被る不利益の責任は当然彼ら自身が負う。一方、資格をもった灸治療の専門家が灸治療を行ったり施灸を指導した場合には、そこで生じた患者の不利益に法的および倫理的な責任が問われることになる。よって灸師は、少なくとも現在までにどのような有害事象が報告されているかを知り、そこから判断されるより安全と思われる施術法を用いる義務があると考えられる。

本稿では、鍼灸の安全性に関する一連の検討の中で得られた、灸の有害事象に関する国内の文献調査の結果を報告する。』

皮膚の悪性腫瘍についての報告
皮膚の悪性腫瘍についての報告

3ページに出ています。

1958年から1999年までに9件が報告され、1件の不明を除いて全て“直接灸”となっています。これは艾[モグサ]を円錐状にして皮膚の上に直接置くというものです。

現在は熱傷を伴うか否かによって、“無痕灸”と“有痕灸”に分け区別しています。また、本資料には、『第3度熱傷に至るような強刺激の直接灸でかなりの反復施灸を行った場合』との説明がされています。

従って、気持ち良い温度の温灸(無痕灸)であれば問題にはなりませんが、鍼灸師が有痕灸を使う場合は、温度、刺激量(壮数)、頻度、期間などに注意をはらう必要があります。

現在、行われている有痕灸は“透熱灸”と呼ばれているものですが、一般的に使われなくなっているものも含め、有痕灸と無痕灸についてご説明します。

1.有痕灸

有痕灸は灸痕を残す施灸法の総称で、直接皮膚の上に艾炷(ガイシュ:モグサを円錐状にしたもの)を置いて施灸する。

A.透熱灸

米粒大(こめつぶの大きさ)前後の大きさで円錐形を作り、直接皮膚上の経穴(ツボ)や硬結などの治療点に置いて施灸する。熱刺激を弱くするために細い糸状灸にすることもある。

透熱灸
透熱灸

画像出展:「はりきゅう理論」

B.焦灼灸(通常は行わない)

熱刺激により施灸部の皮膚および組織を破壊する灸法である。

C.打膿灸(通常は行わない)

小指から母指頭大程度の艾炷を直接皮膚上で施灸して火傷をつくり、その上に膏薬を貼付して化膿を促す。

2.無痕灸

無痕灸とは灸痕を残さず、気持ちのよい刺激を与えて、効果的な生体反応を期待する目的で行う灸法である。

A.知熱灸

米粒大または半米粒大の艾を直接皮膚上に置き、点火した後、施術者の母指と示指とを用いて、ゆっくり艾を覆い包むようにして酸欠状態を作り、患者の気持ち良いところで消火する方法である。 

知熱灸
知熱灸

画像出展:「はりきゅう理論」

B.温灸

モグサを患部から距離をおいて燃焼させ、輻射熱で温熱刺激を与えるものである。他に燃焼させた棒の先端を患部に近づけ温熱効果を与える棒灸や、電気を使った温灸器などがある。 

温灸
温灸

画像出展:「はりきゅう理論」

灸頭鍼
灸頭鍼

画像出展:「はりきゅう実技〈基礎編〉」

灸頭鍼は刺鍼した鍼の先に艾を載せます。これも輻射熱で温熱刺激を与えます。

C.隔物灸

モグサを直接皮膚の上で燃焼させないで、艾炷と皮膚との間に物を置いて施灸する方法で、塩灸、味噌灸、生姜灸、ニンニク灸、ビワの葉灸などがある。

隔物灸
隔物灸

画像出展:「はりきゅう理論」

写真は左から、”塩”、”味噌”、”生姜”となっています。

お灸の効果

お灸の効果
お灸の効果

2018年に保存していた資料なのですが、出展が分かりませんでした。非常に分かりやすいのでご紹介させて頂きます。

先にご紹介した『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』には多くの参考文献が出ているのですが、特に気になったのは“大淵千尋.お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について- 医道の日本 1991;567:84-5.”という文献です。

30年前の月刊誌がまさかあるとは考えてもみなかったのですが、ダメモトで“日本の古本屋”で検索してみると、800円で販売されている古本屋さんがあり、「これは奇跡!」と、即発注しました。

古いものですが、文章は2ページと短かったこともあり全文をご紹介させて頂きます。

医道の日本 1991年11月号
医道の日本 1991年11月号

発行:1991年11月号

出版:医道の日本

“お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について-”など

※投稿された題名には“熱傷”ではなく“熱湯”と印刷されています。本文には“熱傷”は3カ所出ている一方、“熱湯”は1つもありません。従って、正しいのは“熱傷”で間違いないと思います。

 

はじめに

『南半球に位置するニュージーランド、オーストラリアなどでは、紫外線による皮膚癌の発生が増加し、その予防や早期発見の対策がされており、紫外線の量を調節しているオゾン層を破壊するフロンガスの廃絶には積極的である。

しかし、紫外線による皮膚表皮癌の発生は、メラニン色素欠乏の白人種が殆どで、黄色人種や黒人には少ないことから、白人種中心の世界政策の一つと見るのは、あながち偏見とは言えないであろうか。

日本人など黄色人種にとって、皮膚癌の発生原因としては、紫外線よりもむしろ熱傷が上げられる。

皮膚癌は原発性と転移性に区別されるが、高齢社会を迎えた日本では、老人の原発性皮膚癌が増加していると報告されており、その原発性皮膚癌の前駆症状が老人に多いことが原因していると言われている。主な原発性皮膚癌には表皮癌、基底細胞癌、悪性黒色腫があげられ、そのうち最も多い表皮癌の前駆症として第一に熱傷があげられ、灸痕もその一つになっている。

熱傷、灸痕からの発癌

やけど、お灸のあとが、瘢痕となり、何年もたってイボや小さな壊死ができ、いつまでも治らない状態が続き肥大する場合、癌を疑って見る必要があるといわれている。

灸痕からの発癌について、過去十年間に僅かに二例、皮膚科医誌に報告されているが、実数はもっと多いのではないかと思われる。

その二例について簡単に要約すると次のようになる。

1.背部に発生したイボ癌

岡野晶樹・前田 求・岡田奈津子・喜多野征夫(大阪大学医学部)

医誌名:皮膚 25巻 1号 67-71頁 1983年

要約:患者は74歳男性で、8年前に施灸した背部の灸痕からイボ状のへん平上皮癌が発生した。

2.数か月で発症した温灸による熱傷後、表在性基底細胞腫

宮下光夫・野原 正(日本大学医学部)

医誌名:皮膚科の臨床 27巻 12号 1297-1299頁 1985年

要約:患者は77歳男性で、約17年前に左腹部に温灸を施行し熱傷を生じたが、すぐに瘢痕化し治癒した。ところが、その数か月後より、瘢痕部より周囲に向かい遠心状に暗褐色皮しんの新生拡大を認めた。以降、年々、皮しんは拡大して、大きさが10×5.8cmとなった。

むすび

前述の二症例で灸痕から表皮癌が発生したと報告されているが、施灸後の傷痕がInitiatorにはなりえても、発癌には遺伝子、免疫、Promoterなどの様々な因子が関与しており、また統計的に灸痕からの表皮癌の発生が全表皮癌の発生に高率を占めているとは思われず、灸を直接発癌と結びつけるのは難点があるが、全く関係ないとは否めない。

それ故に、このような症例報告にあるように、施灸後の灸痕が発癌に結びつくこともあり、発症が70歳以降のことが多いので、高齢化社会を迎えて、今後益々、発生頻度が増加することを、鍼灸施術を行うものは認識すべきではなかろうか。そして、患者から、灸周辺にイボや潰瘍が発生したとの訴えがあった場合、その灸施術者であるなしに拘らず、早急に専門医の診断を受けるように勧めるべきである。

皮膚表皮癌は、外科手術や薬物療法などにより完治され易いので、早めの診断と治療が必要である。

また、今後施灸する場合には、温熱刺激効果があり、熱傷を与えない施術法を行うよう努力すべきではなかろうか。

かかる点より、中国で施行されている隔物灸(附子餅、丁桂散など)や灸頭鍼、棒灸などを良く研究し、灸の芳香効果も加味した灸法を創案し、古い皮袋に新しい酒を入れて美酒にするように、古来の灸法を更に副作用の少ない効果的なものに改めることが、これからの鍼灸師に与えられた使命ではなかろうか。

人権について考える

入江 杏先生は上智大学グリーフケア研究所非常勤講師をされています。そして、悲しみについて思いを馳せる会の「ミシュカの森」の主宰をされています。

グリーフケアとは、「家族や親しい友人との別れ、死別、あるいは生きがいや希望の喪失など、喪失に胸を痛めている人、喪失から生じる悲嘆に苦しんでいる人に寄り添い、支えようとする活動である」。これは、グリーフケア研究所の島薗 進所長のお言葉です。

クリック頂くと、YouTubeが立ち上がります。約16分です。

こちらは、”上智大学グリーフケア研究所”さまのホームページです。

入江 杏先生は2000年12月30日に発生し、いまだ未解決の「世田谷一家殺害事件」の犠牲者のお一人、宮澤泰子さんのお姉さまでもあります。今回の『悲しみとともにどう生きるか』では編著(編集と著作)をされています。

悲しみとともにどう生きるか
悲しみとともにどう生きるか

著者:柳田邦男、若松英輔、星野智幸、東畑開人、平野啓一郎、島薗 進、入江 杏

初版発行:2020年11月22日

発行:集英社

この本は6つの章に分かれていますが、第一章から第五章までは2008年から2019年に行われた講演が基になっています。第六章はグリーフケア研究所所長の島薗先生の書下ろしで、「グリーフケア」や「ミシュカの森」について書かれています。

詳細は次の通りです。

第一章 「ゆるやかなつながり」が生き直す力を与える  柳田邦男 2008年12月27日 玉川区民会館ホール

第三章 沈黙を強いるメカニズムに抗して  星野智幸 2016年12月25日 上智大学

第四章 限りなく透明に近い居場所  東畑開人 2018年12月9日 芝コミュニティはうす

第五章 悲しみとともにどう生きるか  平野啓一郎 2019年12月14日 ビジョンセンター田町

第六章 悲しみをともに分かち合う  島薗 進 “書下ろし”

ブログは芥川賞作家でもある平野啓一郎先生の第五章について触れています。この五章に書かれているのは主に、“死刑制度のこと”、“人権のこと”、そして“コミュニケーションと分人”についてです。“分人”には多様性が求められると思いますが、背景には“客観的&主体的な変化と順応”ということが隠れているように思います。

この中で“死刑制度のこと”、“人権のこと”は、私自身64年も生きてきて、まともに考えたことが一度もなかったことを思い知りました。また、書かれている内容はとてもインパクトの大きなものであり、自分自身はどう考えるのだろうか、頭の中を整理したいと思いました。

第五章の小見出しは以下の通りです。(ブログでは最初の2つには触れていません)

●「カテゴリー」として扱われがちな被災者や事件の被害者

●当事者でないからこそ書けることがある

●死刑制度への考え方

●「なぜ人を殺してはいけないか」への応答として生まれた『決壊』

●心から死刑は廃止するべきだと思った理由

●個人の責任に収斂させる死刑は国家の欺瞞

●死刑制度は犯罪防止にならない

●犯罪被害者へのケアが不十分

●犯罪の被害者の心の中に芽生える感情は複雑

●「赦し」と「罰」は同じ機能を果たす

●共感や同情ではなく、人権を権利の問題として捉える教育が必要

●「負け組」に対する積極的な否定論

●すべての人の基本的人権を尊重するという大前提

●自死して償うという日本的発想

●社会の分断と対立の始まり

●対立点からではなく、接点からコミュニケーションを始める

●分人の集合として自分を捉える

●人生の経過とともに分人の構成は変わっていく

●愛する人を喪失した人へ

死刑制度への考え方

・平野先生は現在、死刑制度を廃止すべきという立場であるが、『決壊』を書く以前の20代ぐらいまでは心情的には死刑制度に肯定的な立場の近い所にいた。しかし、はっきりした考えは持っておらず迷っていた。

・ヨーロッパではベラルーシ以外はすべて死刑制度が廃止されている。今も死刑制度が残っているのは、アジア諸国、中東、アメリカ合衆国の一部の州などである。

2014年死刑執行国
2014年死刑執行国

画像出展:「2014死刑判決と死刑執行」

 

アムネスティ
アムネスティ

死刑判決と死刑執行 アムネスティ・インターナショナル報告書(抄訳)

上記をクリック頂くと、PDF13枚の資料がダウンロードされます。

下記はアムネスティのサイトにあった記事です。

死刑廃止 - 最新の死刑統計(2020)

 

以下はネットで見つけた記事です。

死刑制度をめぐる日本の議論:世論は8割が死刑容認

この中に“死刑制度の存廃をめぐる議論のポイント”という箇所があり、項目として8つ挙げられています。

■根本的な思想・哲学

■死刑に犯罪抑止力があるかどうか

■誤判・冤罪の恐れをどう考えるか

■被害者・遺族の心情をどう考えるか

■犯人の更生可能性について

■世論調査をどうみるか

■死刑廃止が国際的潮流である点をどうみるか

■死刑は憲法に違反しないか

「なぜ人を殺してはいけないか」への応答として生まれた『決壊』

・これは、TBSの『NEWS23』で収録された若者たちとの対話での発言。その時の出演者からは的確な回答は出なかった。

・『決壊』という作品の中で、平野先生は「なぜ人を殺してはいけないか」という根本的な問いに対して、その理由を説得力を持って書きたいと思っていた。

心から死刑は廃止するべきだと思った理由

・警察の捜査に対する不信感(袴田事件など)。

・「人は殺してはいけない」という絶対的な禁止に、例外を設けてはいけないという考えが自分の中で確かなものになった。人の命は、「場合によっては殺していい」という例外を作ってはいけない。

・死刑は加害者を同じ目に遭わせてやりたいという身体刑である。

個人の責任に収斂させる死刑は国家の欺瞞

・立法的、行政的な救済を必要とする犯罪被害者への支援が十分とはいえない状況で、事件に対して司法が死刑を宣告して、その人を社会から排除し、あたかも何もなかったかのような顔をするのは国家の欺瞞ではないか。

・社会の責任が大きいような環境で育った人が罪を犯した時、それをその人の「自己責任」にすべて収斂させて、死刑にすることで終わらせてはいけないのではないか。

・社会的責任は一切なく、あくまでその個人に全ての責任があるとする犯罪の場合であっても、国家がその犯罪者と同じ次元に降りてきて、事情があれば人を殺していいという判断(死刑)をするのは良くないのではないか。

・『我々の共同体は人を殺さない。一人ひとりの人間は基本的人権を備えていて、生存については絶対的に保障されている。我々の社会はそういう社会であるという前提は、例外的にそれを破る人が出てきても崩してはならないはずです。だから、あなたは人を殺したかもしれないけど、我々の社会はあなたを殺さない。それが我々の社会です、ということを、あくまで維持しなければならないのではないか。おまえが殺したから俺もその次元にまで下がっていって、同じように殺すということは、許されることなのか?

何かよほどの事情があれば人を殺していい、という思想自体を社会の中からなくしていかないと、殺人という悪自体が永遠になくならないのではないかと考えるわけです。

死刑制度は犯罪防止にならない

・死刑囚にも自分の死が怖いと思う人とそうでない人がいる。

・“拡大自殺”とは死刑になりたいから多くの人を巻き添えにした殺人を起こすことである。

-2008年6月:“秋葉原通り魔事件”では7人が死亡。

-2021年12月:大阪ビル放火事件“では25人が死亡。

犯罪被害者へのケアが不十分

・全国犯罪被害者の会では、附帯私訴制度(民事裁判を起こすことなく、刑事裁判の中で損害賠償を求める手続きができる仕組み)の実現が一つの目標になっているが、これは遺族が裁判にうまく関与できない状況になっている。

・被害者に対する誹謗中傷などに対する被害者をケアするシステムが不十分である。

被害者が十分に守られていない状況では、人は「被害に遭った人たちはあんなにかわいそうな目に遭っているのに、何で加害者の人権が守られなきゃいけないんだ」という反発から、「死刑制度は反対」とか「加害者にも人権はある」という声に社会は強く反発する。死刑制度の議論は、被害者のケアの充実を第一に図っていかない限り、国民が加害者側の人権を考えることは難しい。

本来は、犯罪被害者の悲しみを癒すことに関わることが大切だが、それは簡単ではないこともあり、被害者の気持ちになり代わって、「犯人を死刑にしろ!」となっていく傾向が強い。

人権概念の理解の徹底こそが重要であるが、感情的な問題も無視はできない。

犯罪の被害者の心の中に芽生える感情は複雑

・『犯人は死刑になった後、ご遺族がそれで本当に区切りがつけられたのか、何らかの慰めなり癒やしが得られたのかどうかということは、ジャーナリズムの一種のはばかりからか、怠惰からか、それほど具体的な追跡調査がなされていません。ですから、社会は勝手に、遺族は死刑にならないことには収まりがつかないし、死刑になったらそれで一つ区切りがつくと考えて、犯人が死刑宣告を受けて死刑にされたら、途端に遺族のことはすっかり忘れてしまいます。しかし、実はその時にこそ、遺族は社会の中で最も孤独を感じているかもしれない。加害者を憎むということにおいてのみ被害者の側に立った人たちは、加害者に死刑が執行された途端に、被害者への興味を一切失ってしまいます。もし自分の家族が殺されたなら、という仮定は、一体、何だったのでしょうか?

また、死刑が区切りになるかどうかということとは関係なく、とにかく関わりたくない、死刑も望まず、赦すなんてことももちろんできないけど、とにかくもう思い出したくない、別の人生を歩みたいという方もいらっしゃいます。

死刑で一件落着、それが一つの区切りになるなどという考え方で犯罪被害者の方のすべての感情を物語化することはできない。誰かと話をしたいとか、じっくり一時間、二時間、話を聞いてもらいたいとか、孤独に寄り添ってほしいとか、事件のこととは関係なく、楽しくごはんでも食べに行きたいとか、被害者というカテゴリーにくくられたくないとか……、それは当然、さまざまです。だけど、「被害者の気持ちを考えたことがあるのか」と言う人は、そのうちの「憎しみ」の部分にしか興味がありません。それ以外の部分で、被害に遭った方の悲しみをどういうふうに癒すのかということには、全くコミットしようとしないわけです。これが非常に大きな問題ではないかと思います。

「赦し」と「罰」は同じ機能を果たす

・赦しと罰は、何かを終わらせるという意味では同じ機能を果たしているといえる(ハンナ・アーレントの『人間の条件』より)

・被害者の方が“赦し”を選んだ時に、社会はその人の決断をあたたかい尊敬の気持ちで称賛し、抱擁すべきである。決して「あなたは亡くなった人に対する思いが薄いんじゃない?」などと非難することがあってはならない。他者を理解するというのは、自分が決して理解できないことを理解しようと努めることである。

共感や同情ではなく、人権を権利の問題として捉える教育が必要

・死刑制度の問題から気づくことは、日本人は人権というものに対する教育に失敗していると思うことである。

・『僕自身が小学校で受けた人権教育を思い返してみても、結局のところ、人権というのがよくわからないままだった気がします。小学校の教育の中で多かったのは一種の感情教育で、人がそういう時にはどんな「気持ち」になっているかを考えてみましょうとか「自分が嫌なことを相手にもしてはいけません」という心情教育に偏っていました。他者に対する共感の大事さを説くばかりで、人権という、権利の問題としてきちんと教育されてこなかった気がします。実際、講演[地方自治体の人権週間での講演]の時の作文[小・中学生の作文]も、「相手の気持ちを考えず、嫌な気持ちにさせてすごく悪かった」という結論に至っているものがほとんどでした。この感覚が大人になるまでずっと続いてるので、不祥事で政治家や企業の社長が謝罪する時にも、その理由は「不快な気持ちにさせてしまったこと」です。

・共感能力が重要であることは間違いないが、人権という権利の問題を考える時に、共感ということが前面に出すぎるのは望ましくない。

かわいそうかどうかは主観的な感情である。一方、権利とはある前提の中では不変なものだと思う。それ故、主観的な感情とは距離をとり、客観的に向き合う必要があると思う。

・『例えばNHKの番組で、格差社会の中の「相対的貧困」といわれるような状態の人たちの特集があって、そこに登場した女の子の部屋の棚に漫画が並んでいた。そうすると、「貧困っていっているけど、漫画を読んでいるなんてぜいたくだ」「世の中にはもっと大変でかわいそうな人がいる」と、主観的な話になってバッシングが起きる。結果、こんな人たちは別に救う必要がないとか、特集する必要はないといった否定的意見が出てきます。

これは生活保護バッシングにも似ています。「生活保護とかいいながらパチンコしているじゃないか」と。「同情に値しない。かわいそうじゃない」「自己責任だから、そういう人たちを救う必要はない」という論調が日本社会の一部に強くあります。これもやはり、人権の問題としてその人たちの生存を考えているのではなく、かわいそうかどうかという共感の次元で捉えてしまっているがゆえに起こっていることです。』

「負け組」に対する積極的な否定論

・「勝ち組」、「負け組」は当初、株式投資に関し企業を判断するものとして出てきた。その後、新自由主義的の風潮の中でいつの間にか人間についてもいわれるようになった。そして、負け組の人たちは努力が足りない怠け者だというような論調が社会の中で語られるようになった。

すべての人の基本的人権を尊重するという大前提

・『人権というのは、一人ひとりの人間が生まれながらにその生命を尊重されて、それは誰からも侵されないという権利で、ヨーロッパの思想史の流れの中で考えられたものです。人類の歴史の流れによっては、人間は生まれながらに差別されるのは当然で、一部の人だけが富めばいいという社会がずっと続くこともありえたと思います。しかし、そうはならず、すべての人間が基本的な人権を備えていて、それは絶対尊重しなければいけないという想に基づいて憲法をつくり、国家を成立させ、そして、国家権力はそれを侵してはいけないという仕組みをつくり上げていった。近代以降のその流れは、僕は基本的に正しかったと思っています。その思想を受け継いでいることを幸福と感じます。

人間には生まれながらにして権利があるという話は、フィクションといえばフィクションですけど、それをたくましい努力で守り抜こうとする思想は、偉大です。

実際には内戦が続いている地域など、基本的人権という考え方が通じなくて、国家が溶解したような状態で、ひたすら弱者が暴力の被害に遭っているという現実もあります。本当にそういう社会でいいのかと考えた時に、僕はやはり一人ひとりの人間は絶対に殺されてはいけないし、国家の主権者として生存権や社会権が守られているという大前提を崩すべきでないと考えています。

ですから、学校でいじめが起きている時に、かわいそうなことをしているからやめましょうと諭すことも大事ですが、まず、いじめるということは相手の教育を受ける権利を侵害していることだから、やってはいけないことだ、と教えなくてはならない。人を殺すというのは、その人が生まれながらにして持っている、誰からも生命を侵害されることがないという権利を奪うことだからやってはいけないことだと教えなくてはならない。

心情的な教育というのをやりながら、一方で、すべての人は、社会の役に立とうが立つまいが、そんなことは関係なくて、生まれてきたからには、自分の命は誰からも侵害されない権利がある、という原則を子どもたちに教えることが非常に重要です。

その上で、僕も自己反省的に、そもそも、どうして自分は子どもの頃、人を殺した人は死刑になっても当然だと思っていたのだろうかということを考えてみました。一つには、漫画やアニメ、テレビの時代劇などで悪者を成敗する勧善懲悪のストーリーが戦後ずっと続いていて、その刷り込みがかなり強いのではないかと思います。漫画や小説などフィクションが与える影響というのは馬鹿にできません。』

自死して償うという日本的発想

・日本では自死(自殺)は個人として追い詰められた結果ということではなく、一種の社会的な償いとして死ぬべきであるという考えが強くある。社会に命を差し出すことが償いになるという考え方自体を問い直す必要がある。

社会の分断と対立の始まり

・『ノーベル経済学賞を受賞した経済学者で思想家でもあるインド出身のアマルティア・センがアイデンティティーと暴力という本を書いています。その中で彼は、なぜインドで深刻な宗教対立や民族対立が起きるのかということに関して、個人を一つのアイデンティティーに縛りつけてしまうことがすべての社会的な分断、対立の始まりだと分析しています。

社会を分断させたい人、あるいは対立させたい人にとっては、個人が単一のアイデンティティーに収まっていることが何よりも重要なんだと言うんですね。あの人はキリスト教徒、あの人はイスラム教徒というふうに単一のアイデンティティーにくくりつけてしまう。あるいは、あの人は死刑存置派、あの人は死刑反対派というふうに。そこから際限のない対立が始まってしまうわけです。

センは、さらにこう続けます。実際には、人間というのは非常に複雑な要素の集合体である、と。

ある人はプロテスタントであり、同時に二児の父親で、野球はヤンキースを応援していて、音楽はジャズが好きというふうに、一人の人間は複雑な属性を備えている。そうすると、死刑制度を支持するかどうかというような一つのトピックスに関しては対立する部分があるけど、音楽の話をすると、「俺もあのバンド好きなんだよ」と共感する部分があったり、「実は北九州出身で、俺もあの先生に習ったんだ」と、複数の属性を照合し合わせると、どこかにコミュニケーションの可能性を見出しうる。

センは、そこに対話の糸口があり、そこを通じてコミュニケーションを図り続けることによって、一つの対立点で社会が分断されそうな時にも、別のところで人間同士のつながりが可能になるということを言っています。

これは非常に重要なことです。僕たちは単一のアイデンティティーや、単一のカテゴリーに自分が押し込められることに非常に不自由を感じます。実際には自分にはもっと多様な面がある。犯罪の被害に遭われた方のことも、「犯罪被害者」というふうにカテゴリーとしてつい語ってしまいますが、その人の中にも、一方で会社員であったり、昔の友達とわいわいい楽しく過ごす時間もあったりというふうに、複雑な顔があるわけです。』

対立点からではなく、接点からコミュニケーションを始める

人間は複雑な属性を備えているというアマルティア・センの指摘について、平野先生は「分人」ということばで個人や社会の多様性を重視すべきであると説いている。

・人間にはコミュニケーションの中で混ざり合っていく他者性があり、他者に対する柔軟なコミュニケーションを重ねることにより、自分の中にいくつかの人格がパターンのようにしてできていく。これを個人という概念に対して、「分人」と呼んでいる。

分人の集合として自分を捉える

・自分という存在を唯一つの存在とするのではなく、分人という自分の中の多様性によって、好きな自分、嫌いな自分、楽しい自分、辛い自分などいろいろな面があり、相対化して分人として自分を眺めることができれば、自殺の衝動を抑制することもできる。

人生の経過とともに分人の構成は変わっていく 

・分人の構成は他人や社会から強いられるものではなく、バランスを取るように自分がコントロールすべきものである。ただし、これは容易なものではなく、社会や政治といった自分の外側に目を向けることも大事である。

愛する人を喪失した人へ

・『僕たちは自分が愛している人との分人を生きたいわけですけど、その相手を失うことによって、それができなくなってしまう。その辛さが愛する人を亡くした時の大きな喪失感ではないでしょうか。

だけど、生きている人たちとの関係の中で新しい分人をつくってみたり、今まで仲がよかった人との分人の比率が大きくなっていくことで、その後の人生を続けていくことができるはずだと思います。

そういう意味で、最初の話に戻りますけど、辛い状況にある当事者の人に対して、自分はどう接したらいいかわからないと立ち止まるのではなく、その人に辛い分人だけを生きさせないために、新たな分人をつくることができるような関与をすることが大事ではないでしょうか。

感想

長いコロナ禍、テレビの刑事モノを観る機会が増えたのですが、時々出てくる刑事のセリフ、「罪を憎んで人を憎まず」。これは死刑制度、人権、自死(自殺)に紐づく重要なキーワードになるのではないかと思いました。もちろん、簡単な話ではないと思いますが。。

日本人の約8割は死刑容認とのことです。私も平野先生のお考えを勉強させていただく前は、そもそも深く考えたこともなかったのですが、死刑容認派で間違いないと思います。

自分なりに何故、容認派なのか考えてみると、先生が指摘された漫画やアニメの“勧善懲悪”の影響は確かに大きいと思います。また、“切腹”や“敵討ち・仇討ち”なども、物語の中では多くは美化されており、嫌悪感はほとんど持ちません。拷問のように痛みを実感できる体罰(身体罰)は受け入れられないのに、拷問よりも残酷な死刑という命を奪ってしまう身体罰は、一瞬のことだからなのか、なぜか寛容です。

また、島国、村社会である日本は“村八分”や“出る杭は打たれる”など、昔から村民に同質性を求める傾向が強いと思います。しかしながらこれは生きていくための知恵でもあり、日本人の慣習、文化になっているように感じます。注意すべきは同質性を重んじることは、多様性に対しては懐疑的になりやすいのではないかという側面です。

脳の機能で考えると、本能や感情に関わるのは“古い脳”といわれる大脳辺縁系などです。一方、理性に関わるのは“新しい脳”の大脳皮質です。犯罪は怒りや悲しみが先行するものなので、まずは“古い脳”が活性化すると思います。特に怒りなどの先には、法による罰が存在し、“怒り”に対して“罰”という結果がすぐに結びつきます。それに対して、“悲しみ“あるいは“犯罪被害者支援”に関しては、法による罰に相当するような明快な解決策がないこともあり、あぶり出された”理性”が落しどころを捜すうちに迷子になってしまうのではないか。この点も“新しい脳”の活性化を難しくさせているように思います。

下の絵で考えれば、犯罪は“脳の命令の力関係”からも圧倒的に古い脳(情動脳)を活性化させやすい状況だと思います。 

命令の力関係
命令の力関係

こちらの画像は、Web活用術さまの“古い脳 VS 新しい脳|脳の特徴でわかる人生の苦悩と解決策”という記事から拝借しました。

 

 

この記事では次のように古い脳と新しい脳を比較されています(一部追加)。

古い脳

・爬虫類能(反射能)

 ・構造:脳幹・大脳基底核・脊髄

 ・機能:心拍・呼吸・摂食・飲水・体温調節・性行動⇒「生きたい」

哺乳類能(情動脳)

 ・構造:大脳辺縁系(扁桃体・海馬体・海馬傍回・帯状回・側坐核)

 ・機能:喜び・愛情・怒り恐怖嫌悪などの情動⇒「仲間意識(関わりたい)」

新しい脳

人間能(理性脳)

 ・構造:大脳皮質(右脳・左脳)

 ・機能:知能・記憶・言語・創造倫理・繊細な運動など⇒「目的意識(成長したい)」

新しい脳(理性脳)を活性化させることは、犯罪を減らす一つの答えになると思います。繰り返しになりますが、具体的には”犯罪被害者の悲しみ”に対して明快な解決策を用意し、犯罪者に対する法的罰則と同様に、犯罪被害者に対する被害者支援の道が用意され、被害者の方を思う一人ひとりの”理性”を迷子にさせないことです。

国民の意識が「罪を憎んで人を憎まず」に向かえば、多様性に対しての理解も進み、さらに国民的コンセンサスとしての高まりとなれば、死刑制度の意識も変わるかもしれません。そして、治安や暮らしやすさの改善にもつながると思います。 ただ、もし自分の家族が殺されたとして、「罪を憎んで人を憎まず」という気持ちに本当になれますか? と問われれば、やっぱり自信はありません)

罪はすべての人が“善”と“悪”を内在していると思うので、なくなることはないと思いますが、新しい脳である理性を活性化できるようになれば、犯罪だけでなく自死も減るのではないかと思います。そして、間接的であっても、”貧困と格差の是正”につなげられれば、さらに犯罪も自死も減るものと思います。

ご参考1

「”罪を憎んで人を憎まず”とは誰の言葉なのだろう?」と思い調べたところ、なんと”孔子”でした。実は2ヵ月程前に、”論語と仁”というブログをアップしていましたのでリンクさせて頂きます。

ご参考2

犯罪被害者のアンケート調査のような資料がないものかネットで探したところ、2007年と新しくはないのですが、社団法人の被害者支援都民センターによる調査資料がありました。

以下の資料名をクリック頂くと、PDF70枚の資料がダウンロードされます。

平成18年度 被害者支援調査研究事業 今後の被害者支援を考えるための事業報告書



殺人・傷害致死 計38人
殺人・傷害致死 計38人

この棒グラフは左上の”被害後に悩まされた問題”の中から”殺人・傷害致死 38人”だけを抜き出したものです。

また、上記右上のグラフは”事件直後の必要な支援”に関するものです。

二次的被害を受けた相手
二次的被害を受けた相手

こちらは”二次的被害を受けた相手”のグラフです。

上記の”被害後に悩まされた問題”と合わせて考えると、犯罪被害者の方は、多くのストレスに直面していることが分かります。特に、”民事裁判に勝訴したが、実際には賠償金を支払われていない”という人が36.8%もおり、精神的ストレス、手続きの煩わしさ、時間の拘束に加え、金銭的も厳しいということが分かります。

2007年から15年たった今でも同様であるとすれば、犯罪被害者への支援は喫緊の大きな課題といえます。

 

 

 

プロジェクト計画書

仕事ではないのですが、「プロジェクト計画書」を作ることになりました。25年も営業をしてきたので、“営業プラン”や“新規開拓プラン”に類するものは度々作ってはいたのですが、今回は不慣れなテーマに加え広い視点が求められると思い、また、やり直しは最小限度に抑えたいため、作成する前に少し準備することにしました。

購入した本は石井真人先生の『知りたいことがパッとわかる 事業計画書のつくり方がわかる本』です。作るべきは「プロジェクト計画書」なので、本書の中から必要と思う箇所を重点的に勉強させて頂きました。

ブログはかなりアレンジしたものになっているため、本書の概要をお伝えすることはできておりません。そのため、最初に「はじめに」の一部をご紹介させて頂きます。

事業計画書のつくり方がわかる本
事業計画書のつくり方がわかる本

著者:石井真人

出版:ソーテック社

初版発行:2010年9月

第1章 伝わる事業計画書の作り方

第2章 事業計画書を作成する前にすること

第3章 ビジネスプラン作成の流れとポイント

第4章 ビジネスプランつくり込みのテクニック

第5章 事業推進フローチャートのつくり方

第6章 損益計算書作成のテクニック

第7章 資金繰り計算書作成のテクニック

第8章 数値情報のポイントまとめるテクニック 

第9章 伝わるビジネスプランのポイント解説

はじめに

『「新規事業のアイデアを思いついた瞬間から、事業戦略を考え抜くまでの思考プロセス、さらにその事業戦略を“伝わる事業計画書”に仕上げるまでの作成手順を1から伝えたい」というコンセプトを持って、執筆しました。』

『本書では架空の事業を1つつくり上げ、思考プロセスから事業計画書の完成まで、すべてサンプルをご用意させていただきました。また思考プロセスの流れに沿って、1ページ目から読み進んでいただけるように構成しています。』

『事業計画書は立案者視点で作成するのではなく、詠んでもらう第三者に“伝わる”ように作成しなければ意味はありません。本書では新規事業計画書をテーマにしており、新規事業の素晴らしさを第三者に伝えるための実務ノウハウをサンプルの中に散りばめて解説しております。中長期事業計画書など新規事業以外でも“第三者に伝える”実務ノウハウがそのまま活用していただけるように、イメージ図の使い方や文章の書き方など、作業レベルのテクニックまで網羅しました。』

1.伝わるプロジェクト計画書の作り方

プロジェクト計画書が与えてくれるメリット

・資金調達において事業計画書が求められる

・立案者の“思い”は文書化しなければ伝わらない

プロジェクト計画書を構成する具体的な書類

①プロジェクトプラン

「なぜ、いつ、誰が、どこで、誰のために、何を」を客観的な根拠に基づいて解説する書類。事業計画全体のストーリーを作る。

②プロジェクト推進フローチャート

プロジェクト計画のストーリーおよび行動計画を図式化した資料。期日、担当者を明確にする。

③数値シミュレーション

資金繰り計算表

2.プロジェクト計画書を作成する前にすること

何をプロジェクト化したいのか?「6W1H」で情報整理をする

・Who、Why、What、Where、Whom、When、How 

プロジェクトコンセプトを文書化し全体像をイメージできるようにする

3.プロジェクトプラン作成の流れとポイント

各構成要素の計画内容を文書化するルール

・各構成要素を「6W1H」で説明する

・チェック表を活用して「知りたいポイント」の欠如を防ぐ

・キーワードは言い回しを統一して繰り返す

●ストーリーの流れを意識するルール

・シンプルに論理的な説明をする

・構成要素と構成要素のつなぎをオーバーラップさせる

・キーワード以外の説明は重複しない

各構成要素で伝えたいポイントを1つにまとめる

・理解しやすい必要最低限の情報がポイント

-膨大な情報をすべて理解してもらうことは不可能

-特にお金に関わる数値は最も重要

グラフ・イメージ図などを加えたドラフト版の作成

・構成要素と説明文章を基にページ構成をつくりあげる

・構成要素がページタイトルになる

・プロジェクトプランは枠組みを決めてから着手する

4.プロジェクトプランつくり込みのテクニック

「表紙」作成テクニック

・作成日、作成者、更新情報(revision)を書く

「目次」作成テクニック

・目次の項目とページタイトルは必ず一致させる

・ページ番号は最後の仕上げ作業として行う

「ビジョン」作成テクニック

・できるかぎり目標設定を数値化する

・将来の「ありたい姿」を掲げる

「予算化戦略」作成のテクニック

・予算獲得に大きく影響するチャネルの各戦略を描く

・獲得率を算出する

・広告等のコストを明確にする

「情報戦略」作成のテクニック

・情報の整理整頓と維持管理(個人情報保護とセキュリティー)

「プロジェクトスケジュール」作成のテクニック

・準備項目を時系列で明らかにする

・コスト発生の時期を明確にする

5.プロジェクト推進フローチャートのつくり方

プロジェクト推進フローチャートの役割

・「実行できるのか」を判断するキーポイント

・コストの発生時期が見える

プロジェクト推進フローチャート作成前に知っておきたいこと

・可能な限り、各分野の経験者から意見を聞いて参考にする

・項目の棚卸⇒作業期間決定⇒担当者決定の順番で作成する

 ・役割と要員に問題がないか確認する

推進フローチャート
推進フローチャート

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

6.損益計算書作成のテクニック

収支シミュレーション作成の流れ

・収入と支出を可能な限り洗い出す

・数値情報の根拠を明確にする

告知にかかる費用を明確にする

・「何を・いくらで・実施するのか」を情報整理する

・獲得目標数に見合う効果の検討

・スケジュールとの整合性

体制のつくり方

・各役割を明確にする

経費項目を棚卸する

損益計算書
損益計算書

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

7.資金繰り計算書作成のテクニック

資金繰り計算表とは

・収入と支出から必要とする資金の不足を正確に把握できる

資金繰り計算書
資金繰り計算書

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

8.数値情報のポイントまとめるテクニック

経費計画
経費計画

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

資金計画
資金計画

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

9.伝わるプロジェクトプランのポイント解説

サンプル(『オーガニック化粧品の製造販売事業』)

・本書内では計32枚のスライドが紹介されています。

表紙
表紙
目次
目次

咲けない時は根を降ろす

ブログ“源氏物語と紫式部1”は、山本淳子先生の『平安人の心で「源氏物語」を読む』を題材にしているのですが、その山本先生は紫式部が『源氏物語』という大輪の花を咲かせたのは、自分なりの根を降ろしたからこそである。との見識をお持ちです。

この見識は『置かれた場所で咲きなさい』という渡辺和子先生の名著に遺された、「咲けない日があります。その時は、根を下へ下へと降ろしましょう」という教えが、まさに紫式部の生き方に重なるということからきています。

また、渡辺先生は軍人だった父を、二・二六事件の青年将校たちによって目の前で射殺されるという悲惨な衝撃的な体験をされており、そのことも渡辺先生の『置かれた場所で咲きなさい』を読みたいと思った理由です。

ブログはもくじ黒字部分ですが、一つは“変らない現実”、もう一つは“希望”に関するものといえます。

置かれた場所で咲きなさい
置かれた場所で咲きなさい

著者:渡辺和子

初版発行:2012年4月

出版:幻冬舎

もくじ

はじめに

第1章 自分自身に語りかける

・人はどんな場所でも幸せを見つけることができる

・一生懸命はよいことだが、休憩も必要

・人は一人だけでは生きてゆけない

・つらい日々も、笑える日につながっている

・神は力に余る試練を与えない

・不平をいう前に自分から動く

・清く、優しく生きるには

・自分の良心の声に耳を傾ける

・ほほえみを絶やさないために

第2章 明日に向かって生きる

・人に恥じない生き方は心を輝かせる

・親の価値観が子どもの価値観を作る

・母の背中を手本に生きる

・一人格として生きるために

・「いい出会い」を育てていこう

・ほほえみが相手の心を癒す

・心に風を通してよどんだ空気を入れ替える

・心に届く愛の言葉

・順風満帆な人生などない

・生き急ぐよりも心にゆとりを

・内部に潜む可能性を信じる

・理想の自分に近づくために

・つらい夜でも朝は必ず来る

・愛する人のためにいのちの意味を見つける

・神は信じる者を拒まない

第3章 美しく老いる

・いぶし銀の輝きを得る

・歳を重ねてこそ学べること

・これまでの恵みに感謝する

・ふがいない自分と仲よく生きていく

・一筋の光を探しながら歩む

・老いをチャンスにする

・道は必ず開ける

・老いは神さまからの贈り物

第4章 愛するということ

・あなたは大切な人

・九年間に一生分の愛を注いでくれた父

・私を支える母の教え

・2%の余地

・愛は近きより

・祈りの言葉を花束にして

・愛情は言葉となってほとばしる

・「小さな死」を神に捧げる

第1章 自分自身に語りかける

神は力に余る試練を与えない

『心の悩みを軽くする術があるのなら、私が教えてほしいくらいです。人が生きていくということは、さまざまな悩みを抱えるということ。悩みのない人生などあり得ないし、思うがままにならないのは当たり前のことです。もっといえば、悩むからlこそ人間でいられる。それが大前提であることを知っておいてください。

ただし悩みの中には、変えられないものと変えられるものがあります。例えばわが子が障がいを持って生まれてきた。他の子どもができることも、自分の子はできない。「どうしてこの子だけが……」と思う。それは親としては胸を搔きむしられるほどのせつなさでしょう。しかし、いくら悲しんだところで、わが子の障がいがなくなるわけではない。その深い悩みは消えることはありません。この現実は変えることはできない。それでも、子どもに対する向き合い方は変えられます。

生まれてきたわが子を厄介者と思い、日々を悩みと苦しみの中で生きるか。それとも、「この子は私だったら育てられると思って、神がお預けになったのだ」と思えるか。そのとらえ方次第で、人生は大きく変わっていくでしょう。

もちろん、「受け入れる」ということは大変なことです。そこに行き着くまでには大きな葛藤があるでしょう。しかし、変えられないことをいつまでも悩んでいても仕方がありません。前に進むためには、目の前にある現実をしっかりと受け入れ、ではどうするかということに思いを馳せること。悩みを受け入れながら歩いていく。そこにこそ人間としての生き方があるのです。

今あなたが抱えているたくさんの悩み。それを一度整理してみてください。変えられない現実はどうしようもない。無理に変えようとすれば、心は疲れ果ててしまう。ならば、その悩みに対する心の持ちようを変えてみること。そうすることでたとえ悩みは消えなくとも、きっと生きる勇気が芽生えるはずですから。

第2章 明日に向かって生きる

つらい夜でも朝は必ず来る

『希望には人をいかす力も、人を殺す力もあるということをヴィクター・フランクルが、その著書の中に書いています。

フランクルはオーストリアの精神科医でしたが、第二次世界大戦中、ユダヤ人であったためナチスに捕えられて、アウシュビッツやダハウの収容所に送られた後、九死に一生を得て終戦を迎えた人でした。

彼の収容所体験を記した本の中に、次のような実話があります。収容所の中には、1944年のクリスマスまでには、自分たちは自由になれると期待していた人たちがいました。ところがクリスマスになっても戦争は終わらなかったのです。そしてクリスマス後、彼らの多数は死にました。

それが根拠のない希望であったとしても、希望と呼ぶものがある間は、それがその人たちの生きる力、その人たちを生かす力になっていたのです。希望の喪失は、そのまま生きる力の喪失でもありました。

二人だけが生き残りました。この二人は、クリスマスと限定せず、いつか、きっと自由になる日が来る」という永続的な希望を持ち、その時には、一人は自分がやり残してきた仕事を完成させること、もう一人は外国にいて彼を必要としている娘とともに暮らすことを考えていたのです。

事実、戦争はクリスマスの数ヶ月後に終わったのですが、その時まで生き延びた人たちは、必ずしも体が頑健だったわけではなく、希望を最後まで捨てなかった人たちだったと、フランクルは書いています。

希望には叶うものと叶わないものがあるでしょう。大切なのは希望を持ち続けること、そして「みこころのままに、なし給え」と、謙虚にその希望を委ねることではないでしょうか。』

感想

失望、悲しみの真っただ中にいて、苦しみもがいている自分を外から眺め、外側に広がっている世界の中に何かの希望を見つけること、そして、その希望に向かって進んでいくことが、苦しみからの出口なのだろうと思いました。

長引く腰痛

今回の本は、日本整形内科学研究会(JNOS)の会員向け動画配信の中で紹介されていたものです。

安くない本だったこともあり、また、県立図書館に所蔵されてこともあり、お借りして勉強することにしました。 

長引く腰痛はこうして治せ!
長引く腰痛はこうして治せ!

編集:村上栄一

出版:日本医事新報社

発行:2020年2月

本書では“椎間関節性腰痛”、“仙腸関節痛”、“臀部靭帯由来の痛み”について、詳しく解説されています(臀部の筋についてはほとんど触れられていません)。

なお、椎間関節性腰痛については「多裂筋の深層は椎間関節包に付着し椎間関節と一体として働くため、椎間関節性腰痛の関節外病変として多裂筋の要因を考える」とされており、多裂筋の要因も含めて椎間関節性腰痛を定義されています。

ブログは腰痛に対する理解を深め、特に初診時の判断力を高めて的確な施術方針を立てられるようにすることを目標とし、本書の中にあった以下の表をベースに、各疾患の特徴や痛みの姿勢や動作などを加筆し、1枚の表にまとめました。 

腰痛の原因
腰痛の原因

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

目次は小見出しのレベルまで抜き出したため、非常に細かくなっています。

第1章 腰痛診療は進化したか? -現代腰痛診療を落とし穴-

1.画像依存が医療を後退

2.画像信仰を生みだしたX線の登場

●X線画像が与えた影響

下肢痛は神経圧迫が原因との思い込み

●脊柱管内で把握できない病態の見逃し

3.画像に異常の出ない筋膜、靭帯や関節を軽視!

4.誤った神経支配信仰

●腰臀部の靭帯から下肢痛が生じる

5.靭帯・筋膜由来の腰下肢痛が圧倒的に多い

●神経損傷前に傷害を受ける靭帯、筋膜

6.画像では掴めない関節の機能障害

●機能障害を診断できない医療を招く危険

7.エコーの進歩

8.驚嘆すべき人間の秘めた能力!

●One fingerテスト

●患者は発痛源がわかる

9.集学的治療の前に腰痛の正確な診断を!

触ってわかる腰痛の真実

●“患者に触らない”医療者であってはならない 

第2章 腰痛診療の新展開

腰痛の実態と診断法

1.腰痛の定義

2.腰臀部痛の実態

3.腰臀部痛の診断プロセス

●腰椎椎間板ヘルニアについて

・腰椎椎間板ヘルニアの病態

・腰椎椎間板ヘルニアの診断

・腰椎椎間板ヘルニアの治療

●脊柱管狭窄症について

・脊柱管狭窄症の病態

・脊柱管狭窄症の診断と治療

●腰臀部痛の診断

●腰臀部痛の問診

・腰臀部痛の発症様式・時間経過

・腰臀部痛の増悪・寛解因子

・腰臀部痛の性質・性状

・腰臀部痛の場所

・随伴症状

●腰臀部痛の身体所見・エコー:特異的圧痛点とエコー下触診

・上後腸骨棘(PSIS)

・上臀皮神経

・梨状筋

・上臀神経

・下臀神経、坐骨神経

・仙結節靭帯

・椎間関節

・腸腰靭帯

・腰部筋膜性疼痛症候群:筋肉の働きとエコー画像

●各発痛源の合併および関連性

・仙腸関節障害と梨状筋症候群

・上臀皮神経障害と多裂筋

・椎間関節障害と多裂筋

・椎間板性障害と椎間関節障害

4.症例事例

●診断のストラテジー

●治療

●考察

5.おわりに

腰痛治療の新しいアプローチ:腰部痛に対するエコーガイド下fasciaハイドロリリース

1.エコーガイド下fasciaハイドロリリース開発経緯

2.エコーガイド下fasciaハイドロリリースの定義

3.エコーガイド下fasciaハイドロリリースと発痛源評価

●問診

●疼痛再現評価

●圧痛所見

●エコー評価

●機能評価

4.筋膜性腰痛に対するエコーガイド下fasciaハイドロリリース

5.Fasciaに焦点を当てた局所注射

●Faset周囲(椎間関節腔+関節包靭帯+多裂筋付着部+筋外膜間のfascia+黄色靭帯、背側硬膜複合体と神経根に繋がるfascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●腸腰靭帯周囲(腸腰靭帯+facet周囲+後仙腸靭帯+胸腰靭帯)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●神経根周囲(神経線維+fascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●腰神経周囲(大腰筋+腰方形筋+胸腰筋膜深層+腰神経叢)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●LED(黄色靭帯+硬膜+多裂筋深層+fascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●腰椎筋膜三角(lumbar interfascial triangle;LIFT、胸腰筋膜+腸肋筋+大腰筋+fascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●棘間靭帯

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●棘上靭帯(胸腰筋膜+起立筋付着部+靭帯)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●胸腰筋膜(胸腰筋膜+脂肪組織+fascia+脊柱起立筋)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●上臀皮神経(神経線維+fascia+脂肪組織)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●Iliocapsularis muscle(IC、脂肪体+関節包靭帯+大腿直筋・腸骨筋)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

第3章 画像では診断しにくい発痛源へのアプローチ:腰椎疾患

見逃されやすい神経根性腰臀部痛

1.はじめに

2.神経根性腰臀部痛

3.腰椎椎間板ヘルニア

4.腰部脊柱管狭窄症

5.腰椎椎間孔狭窄

6.神経根性腰臀部痛の治療

椎間関節性腰痛

1.はじめに

2.椎間関節の機能解剖

3.椎間関節の神経分布

4.多裂筋と腰痛

5.椎間関節性腰痛の臨床症状

●椎間関節性腰痛の問診

●椎間関節性腰痛の診断

6.椎間関節性腰痛が合併しやすい疾患

●椎間関節性腰痛をきたしやすい姿勢、動作

●椎間関節の痛みを増強させる動作

・ソファーに長時間座る時の腰痛

7.治療

●椎間関節ブロック

●薬物療法

●物理療法

●装具療法

●温熱療法

●東洋医学的アプローチ

・経筋のツボ(奇穴、陰谷の1cm内側):頸、肩、腰の痛みを訴える患者の反応点

・腰退点と列決

・漢方

●アーン体操

椎間板性疼痛

1.はじめに

2.椎間板性疼痛の病態

3.椎間板性疼痛の症状と検査所見

●症状

●検査

・理学所見

●画像所見

・MRI

・単純X線

●造影およびブロック所見

・椎間板造影

・椎間板ブロック

4.診断

5.保存療法

●薬物療法

●リハビリテーション

●その他保存療法

・椎間板内薬物注入療法

・硬膜外ブロック

・神経根ブロック

・椎間板内コンドリアーゼ注入

・脊髄刺激療法

6.手術療法

●手術適応に関して

●手術方法

7.症例提示

●画像所見

●治療経過

8.おわりに

仙腸関節障害の診断とブロック治療

1.仙腸関節の構造

●動きの少ない関節の役割

2.診察手順

●問診

・発症のきっかけ

・疼痛を訴える動作

・疼痛域

・One fingerテスト

・問診のまとめ

●理学所見

・立位での診察

・仰臥位での診察

-SLRテスト

-Fabere(Patrick)テスト

-Thigh thrustテスト

-腸骨筋の圧痛の検査

-Gaenslenテスト

・腹臥位での診察

-寝返り動作

-SIJ shearテスト(Newtonテスト変法)

-圧痛点

3.診断手順

●診断のアルゴリズム

●仙腸関節ブロック

・後方靭帯ブロック

・ベッドサイド後方靭帯ブロック

・エコー下後方靭帯ブロック

・関節腔内ブロック

・ブロック効果の機序

●鑑別すべき疾患とその方法

・椎間板ヘルニア

・腰部神経根症が合併

・椎体圧迫骨折や仙骨骨折

・変形性股関節症

●リハビリテーション・再発防止、日常生活の指導

コラム1 救急車で搬送される急性腰痛症

コラム2 仙腸関節スコア

コラム3 腰椎術後の腰臀部痛

コラム4 仙腸関節周囲靭帯付着部症

仙腸関節機能障害の画像診断と手術(SPECT/CTを中心に)

1.はじめに

2.仙腸関節機能障害の画像診断

●SPECT/CT画像の価値~意義

●研究からの考察

・SPECT/CTによる集積度と症状の相関

・S2領域に集積する意味

・仙腸関節炎の発症メカニズム

・仙腸関節機能障害の病期分類

・SPECT/CT画像の診断的意義

3.仙腸関節機能障害に対する手術

●手術適応

●手術の意義

●仙腸関節の固定法

・仙腸関節前方固定術

・仙腸関節後方固定術

●代表的な仙腸関節後方固定用インプラント

・iFuse Implant System

・Rialto™ SI Fusion System

●代表的な症例

高周波熱凝固術(RFN)

1.高周波熱凝固術(RFN)の概要

●はじめに

●RFNの歴史

●RFNの原理、作用

●RFNで凝固できる範囲

●RFNの適応症例

●RFN装置の操作方法

●合併症

2.仙腸関節性腰痛の治療成績

●対象

●治療方法

●結果

・腰痛、下肢痛に対する効果

3.RFN治療の意義

●RFN治療の効果

4.おわりに

リハビリテーション①:AKA-博田法

1.はじめに

2.AKA-博田法とは?

3.関節運動学

4.関節神経学と臨床

5.関節の副運動

6.関節軟部組織過緊張連鎖

7.仙腸関節機能障害の診断法

●体幹の関節機能異常を利用した診断

●股関節の関節軟部組織過緊張連鎖を利用した診断

・SLRテスト

・Fadirf

・Fabere

8.治療技術

●上部離開法(superior distraction;sd)

●下部離開法(inferior distraction;id)

●上方滑り法(upward gliding;ug)

・左仙腸関節

・右仙腸関節

9.AKA-博田法の適応となる症状と診察所見

●疼痛部位

●圧痛、叩打痛

●下肢症状

●問診

●診察の手順

10.診断/除外診断に必要な検査

11.急性腰痛と慢性腰痛に対するAKA-博田法の効果

●急性腰痛

●慢性腰痛

12.症例提示

13.AKA-博田法の特徴

●利点

●欠点

14.考察

リハビリテーション②:Swing-石黒法

1.仙腸関節機能障害に対する授動術(Swing-石黒法)

2.Swing-石黒法について

3.症例と結果について

4.仙腸関節機能障害に対する著明な改善、改善症例からの検討

●患者の訴え

●診断の理由と必要な検査

●Swing-石黒法を行う判断

・興味深い症例

・関節炎症状

・腰椎疾患との合併

・側弯症について

・尻もちなどの外力による仙腸関節機能障害

●本法施行後の患者への日常生活指導

5.従来の治療法

6.まとめ

臀部の靭帯由来の痛みに対するアプローチ

1.はじめに

・靭帯機能不全

・仙骨神経後枝(背側枝)の絞扼性神経障害

2.診断に有用な情報を得るための身体所見の取り方

●圧痛ポイントの鑑別

3.長後仙腸靭帯由来の腰臀部痛の治療

●解剖

●機能

●症状

●検査・身体所見

●鑑別すべき他の発痛源の特徴

・上臀神経

・中臀皮神経

●治療法とその選択基準

・軽症の場合

・中症の場合

・重症の場合

●エコーガイド下fasciaハイドロリリースの平行法手技(交差法でも可能)

4.仙結節靭帯(仙骨側、坐骨結節側)由来の腰臀部痛の治療

●解剖

●機能

●症状

●検査・身体所見

●鑑別すべき他の発痛源

・下臀神経

・坐骨神経

・陰部神経

・後大腿皮神経

●治療法とその選択基準

・軽症の場合

・中症の場合

・重症の場合

●エコーガイド下fasciaハイドロリリースの交差法手技(平行法でも可能)

・仙骨側

・坐骨結節側

5.腸腰靭帯由来の腰臀部痛の治療

●解剖

●機能

●症状

●検査・身体所見

●鑑別すべき他の発痛源

・腰椎椎間関節

・胸腰筋膜

・上臀皮神経

●治療法とその選択基準

・軽症の場合

・中症の場合

・重症の場合

●エコーガイド下fasciaハイドロリリースの交差法手技(平行法でも可能)

臀部での絞扼性神経障害

1.臀部における絞扼性神経障害

●坐骨神経

●上臀神経

●下臀神経

●後大腿皮神経

●臀部絞扼性神経障害の病態

・梨状筋の拡大

・坐骨神経の破格

・線維性バンドによる絞扼

・内閉鎖筋-双子筋複合体による絞扼

・大腿方形筋損傷からの炎症波及

2.診断の手順

●問診

・発症のきっかけ

・症状の特徴

・既往歴の確認

・疫学

・身体所見

・患肢における股関節外旋

・圧痛の確認

・SLR(straight leg rising)テスト

・Freibergテスト

・Paceテスト

・FAIRテスト

・Beattyテスト

・Seated piriformis stretchテスト

・Active piriformisテスト

・股関節内旋テスト

・神経学的所見の評価

●画像診断

●電気生理学的検査

●神経ブロック

●鑑別すべき疾患とその方法

・腰椎疾患

・変形性股関節症

・脊椎骨折、骨盤部骨折

・臀部筋群の筋損傷、腱障害、骨化性筋炎

・仙腸関節障害

・骨盤内腫瘍

・異所性子宮内膜症

・血管病変

3.治療

●薬物療法

●ブロック療法

●理学療法

・坐位でのストレッチ

・仰臥位でのストレッチ

●手術療法

上臀皮・中臀皮神経障害の治療

1.はじめに

2.上臀皮、中臀皮神経とは?

3.患者が訴える痛みから診断へ

●患者の症状から疑ってみる

●圧痛を確認する

●上臀皮・中臀皮神経ブロックを行って診断を確定する

4.診断/除外診断のために必要な検査

5.治療・治療介入するかどうかの判断

●上臀皮・中臀皮神経ブロック

●手術による治療(臀皮神経剥離術)

●リハビリテーション、再発防止の生活指導

6.おわりに

第4章 アスリートの腰痛

アスリートの腰痛に対する評価・診断

1.はじめに

2.腰痛の評価法

3.伸展型腰痛(椎間関節性腰痛、椎弓疲労骨折、棘突起インピンジメント障害)

・問診

・脊柱所見

・圧痛点

4.椎間板性腰痛

・問診

・脊柱所見

・圧痛

5.仙腸関節障害

・問診

・圧痛

・脊柱所見

6.筋筋膜性腰痛、筋付着部障害

・問診

・脊柱所見

・圧痛

7.腰部障害と他の運動器障害との関連性

●矢状面上でのmotor control不全による運動器障害

●冠状面上でのmotor control不全による運動器障害

8.おわりに

アスリートの腰痛に対するリハビリテーション

1.はじめに

2.アスリートの仙腸関節障害の発生機序

3.仙腸関節障害に対するリハビリテーション

●位置異常に対するリハビリテーション

●不安定型に対するリハビリテーション

4.(競技における)原因動作の修正

5.おわりに

腰痛一覧表
腰痛一覧表
多裂筋:浅層と深層
多裂筋:浅層と深層

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

多裂筋と腰痛

『多裂筋浅層は起始が仙骨後面、全腰椎乳様突起で、停止は起始より3~5椎体上位の棘突起である。多裂筋深層は起始が椎間関節関節包で、停止は起始より1椎体上位棘突起であり、脊髄神経後枝内側枝支配をうける。下部腰椎椎間関節由来の疼痛に関与するのは、浅層は仙骨後面より起始しL4/L5、L5/S1を通る筋層である。

多裂筋はⅠ型遅筋線維が多く、脊椎安定化・生理的前弯の維持に働いている多裂筋深層部は体の中心に近いため、回旋運動では外側の筋肉(腸肋筋や最長筋)より動き始め、最後に深層の多裂筋が収縮する。筋収縮で疼痛が誘発されるのは回旋最終段階で疼痛が出現する。

腰部を伸展・回旋した時、短い鋭い痛みが出れば、関節包または多裂筋深層の関節包付着部炎による疼痛と考える。反対側に回旋させてズーンとした痛み(C線維)が誘発されれば多裂筋浅層の筋線維の攣縮状態と考える。ピリッとした痛みであれば浅層の仙骨付着部炎と考える。多裂筋は椎間関節の制御安定を図る馬の手綱に相当する、両側が働けば首は伸展(腰椎前弯)し、片側が働けば首は横に向く(腰椎回旋)。

多裂筋深層部は通常、背側の関節包のインピンジメントを防いでいる。多裂筋の浅層の異常は仙腸関節性腰痛と複合して生じることが多い。深層線維が損傷されて関節包がインピンジされると、多裂筋全体の攣縮が生じ、体動困難な状態となる。

一般的に筋付着部炎は、動作の向きを変える時や強い牽引力が働くと、ピリッと瞬間的な痛みが生じる。しかし軽いストレッチでは痛みは起こりにくい。テニス肘も筋付着部炎であるが回外伸展から回内屈曲にする時(ボールを打つ瞬間)痛みが生じる。また、tennis elbow testで筋を最大収縮させた時にも痛みが出る。これらの部位はゆっくりとしたストレッチでは疼痛は軽度である。腰でいえは前屈から伸展に体を起こす時や右から左に急に向きを変える時に痛みが生じやすい。

筋線維部分断裂や線維化している時あるいは筋線維束の攣縮の時は軽いストレッチでもズシーンと長めの痛みが生じる。筋全層の攣縮では屈曲も伸展もできない状態となる。

腰椎を伸展回旋すればその痛みの性質で多裂筋の疼痛部位を推察することができる

ご参考

臀部の圧痛ポイント
臀部の圧痛ポイント

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

3カ所〇で囲まれた箇所がありますが、左から”大転子”、”坐骨結節”、”PSIS(上後腸骨棘)”になります。

 

腰臀部痛における特異的圧痛点
腰臀部痛における特異的圧痛点

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

臀部靭帯由来の痛み”や”臀部での絞扼神経障害”は、臀部(骨盤部)に生じる圧痛がポイントですが、ここには筋肉・筋膜も存在しているのでその鑑別は難しく、鍼治療では深さを意識し、鍼数で対応します。

 

仙腸関節スコアに含まれる6項目
仙腸関節スコアに含まれる6項目

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

仙腸関節痛”を判断するための指標です。合計9点なので、One fingerテストによるPSIS付近の圧痛と鼡径部痛だけで5点となるため、特にこの2つが重要です。

 

不良姿勢と靭帯の緊張の関係
不良姿勢と靭帯の緊張の関係

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

日常の何気ない姿勢から臀部の靭帯にかかる緊張や負荷を考えます。

 

臀部の疼痛、しびれの出現部位
臀部の疼痛、しびれの出現部位

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

靭帯”、”神経”、”皮神経”、”関節”の上には筋肉があるのですが、骨盤の構造を把握し圧痛や硬結を見つけることが基本になります。

 

まとめ

原因が重複することもあるので、点ではなく視野を広くして向き合うことが大切だと思います。

1.判断材料

1)入室の様子(表情や顔色、歩き方、姿勢[体の傾き・歪みなど])

2)問診

3)動作確認(痛い動き、動作テスト、One fingerテストなど)

4)触診(圧痛、硬結など)

2.判断の流れ

1)鍼灸不適応疾患の除外

●腰痛一覧表の“骨折・感染・腫瘍”および“非脊椎”の中から“心因性腰痛”を除く4つを鍼灸適応外とする。なお、判断は、安静時痛有(胃痛のように全く体を動かさないのに辛い痛みがある)、かつ1回の施術で全く改善がみられない場合とする。なお、電話やメールで安静時痛か動作時痛かの事前確認をし、明らかに前者であれば来院前に内科や整形外科の受診を優先して頂くようお願いする。

2)約6割を占める“脊椎・筋”もしくは“臀部靭帯由来の痛み”を想定する。そのために“神経根性腰臀部痛”ではないことを確認する。

腰椎椎間板ヘルニア:前屈制限、下肢痛、圧痛は主にL4-S1、SLRテスト陽性、好発年齢20~40歳代、男性に多い。

脊柱管狭窄症:伸展制限、間欠性跛行、坐位および前屈で痛みが緩和される。好発は中高年。

3)“仙腸関節”由来、または“臀部靭帯由来の痛み”であるか確認する。

仙腸関節痛:前屈・伸展制限、鼡径部痛、正座はできるが椅子は座れない、One fingerテストでPSISを指す。(”仙腸関節スコア”に基づく)

臀部靭帯由来の痛み:仙骨に沿った臀部の圧痛を確認。

長後仙腸靭帯由来の腰臀部痛:PSIS下部の圧痛、寝返り困難。

仙結節靭帯由来の腰臀部痛:坐骨結節周辺の圧痛、前屈困難。

腸腰靭帯由来の腰臀部痛:L5/L4外方の圧痛、前屈・回旋困難。

4)“椎間板性腰痛”、“椎間関節性腰痛(多裂筋の問題を含む)、“筋筋膜性腰痛”であるか確認する。

椎間板性腰痛:鼡径部痛、長時間の坐位で痛み(激痛ではない)、好発年齢は20~40歳代。

椎間関節性腰痛:伸展・回旋制限、起床困難、起立困難、家事・掃除で痛み、ソファーに長時間座れない。

筋筋膜性腰痛:筋肉別圧痛:脊柱起立筋(最長筋、腸肋筋)、腰方形筋、腸骨筋、大腰筋の圧痛。

ご参考:筋筋膜性腰痛にかかわる主な筋肉

下肢帯の筋
下肢帯の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

 

骨盤内の筋
骨盤内の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

腸骨筋などの緊張や硬結が腰部に関連痛を引き起こす場合があります。

 

臀部の筋
臀部の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

広く覆う大殿筋の前方に中殿筋、その下層に小殿筋があります。一方、中央部には梨状筋があり、大腿骨の大転子に停止する比較的小さい筋群が多くあります。

なお、大殿筋の停止は大転子ではなく、腸脛靭帯と大腿骨殿筋粗面になります。

固有背筋
固有背筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

多裂筋の要因を”椎間関節性腰痛”に含めると、”筋筋膜性腰痛”は腰部の腰方形筋、腸骨筋、大腰筋と、後頚部にまで続く最長筋腸肋筋がターゲットになります。

 

 

源氏物語と紫式部2

平安の人の心で「源氏物語」を読む
平安の人の心で「源氏物語」を読む

著者:山本淳子

初版発行:2014年6月

出版:朝日新聞出版

目次は”源氏物語と紫式部1”を参照ください。

 

 

第二 光源氏の晩年

(四十)三十八帖「鈴虫」 出家を選んだ女たち

・『「出家とは、生きながら死ぬということ」。自ら出家の道を選ばれた、瀬戸内寂聴尼の言葉である。ご自身の体験を踏まえてこその一言であるに違いないが、この言葉は、こと平安時代の貴族女性においても、ほとんどそのまま真実と言ってよい。』

・『貴族社会では、尼となれば恋人や夫との関係を断ち、世俗の楽しみを捨てて、厳しい仏道修行に励まなくてはならなかった。それでも彼女たちは、それぞれに心の救済を求めて、出家の道を選んだのである。動機は、大きく三つに分けられよう。何らかのできごとをきっかけに、生きる意欲をなくして出家するタイプ。また家族など大切な人を喪って出家するタイプ。そして最後に、病を得たり年老いたりして、死を身近なものと感じ出家するタイプである。

源氏物語の女君の出家の多くは最初のタイプである。光源氏から逃れるために出家した“藤壺”、継息子に言い寄られて世に嫌気がさした“空蝉”。柏木に犯されて出産し「もう死にたい」と出家した“女三の宮”、自殺未遂の果てに出家した“浮舟”もそうである。

・史実では例えば、一条天皇(980-1011)の中宮定子[ていし]がいる。天皇との幸せな日々を過ごしていたが、父の関白・藤原道隆が亡くなり、追い打ちをかけるように翌年、兄と弟が「長徳の政変」から流罪を受けた。定子は家が受けた辱めに耐えられず、絶望の中で出家した。その心は、半ば自殺に等しいものではないか。このことは当初、同情を以て貴族社会に受け止められた。だが一年後に、定子を諦められない一条天皇によって彼女が復縁させられると、「尼なのに」「還俗か」と批判を受けた。

・『仏教では、俗界は汚辱と苦に満ちていると考える。生まれ変わってもまた、それは同じだ。来世を少しでもよいものにするには、現世で功徳を積むしかない。そして仏の救いを得、極楽浄土への往生を果たすことが、最後の幸福だ。当時の仏道の基本はこうした考えだったと言ってよい。貴族たちも、華やかな日々の暮らしの奥底にこうした世界観を持っていた。そして何か事があれば、俗世界を脱して仏道専心の清らかな世界、つまり来世や浄土のことだけを思う出家生活に入ることを願った。出家とはその意味で、世俗の生から死への緩衝地帯といえる。だからこそ、女に若い身空で出家されることは、夫や家族にとってつらく、また忌まわしいことでもあったのだ。』

(四十三)四十帖「御法」 死者の魂を呼び戻す呪術~平安の葬儀

・『今の昔も葬法の儀礼は、死者のためのものであると同時に、遺された人のためのものでもある。儀式を一つ一つ行うことで、大切な人を喪ったことを受け入れ、きちんと悲しむ。心理学ではこれを「喪の仕事」という。それができない時、人はもがき苦しむ。』

(四十四)四十一帖「幻」 『源氏物語』を書き継いだ人たち

・紫式部が書いた源氏物語が、今我々が目にしているものと同じかどうかは分からない。式部自身が書いた本が伝わっていないので確認のしようがないからである。

・大長編の源氏物語は一気に発表されたのではなく、最初はばらばらに世に出た。

源氏物語が現在のように整った形で伝えられるようになるには、幾人もの中興の祖がおり、その筆頭が藤原定家[ていか]だったと思われる。

・紫式部の時代から二百年を経ずして、源氏物語は注釈が必要なほど読みにくくなっていた。その理由はいくつかある。一つには草稿の流出である。このため下書きと完成原稿の両方が出回ってしまった。第二は誤写である。江戸時代以前、本は書き写して伝えられたため誤写は避けられなかった。そして第三は書写の際の勝手な書き換えや創作である。和歌と違って作者が尊重されていなかった物語は、書き換え御免と考えられていた節さえある。

・藤原定家は歌道に精進するとともに、平安時代の歌集や物語を集め自ら写した。源氏物語を写したのは嘉禄元(1225)年で、定家は六十四歳になっていた。定家の源氏物語は表紙の色から「青表紙本」と呼ばれた。また、定家と同じころ源光行と親行父子による「河内本」と呼ばれる優れた写本もあった。二つの本はそれぞれ尊重され、さらに写し継がれて時代を超えた。その数は計り知れずこの物語の命をつないだ。

第三 光源氏の没後

(四十五)四十二帖「匂兵部卿」 血と汗と涙の『源氏物語』 

・今読んでいる源氏物語は池田亀鑑(1896-1956)によるものである。「青表紙本」と「河内本」もその後の時の流れの中で転写を繰り返すうち、誤写だけでなく戦乱や災害で傷つけられる運命を免れなかった。また写本によっては、「青表紙本」と「河内本」が混ざって写されることもあった。そうしたなかで、もう一度源氏物語の本文を見直そうとしたのが、池田亀鑑であった。

・池田亀鑑は東京帝大文学部に就職して源氏物語関連プロジェクトを任され、全国の旧家や寺などを訪ね回り、古書など約三万冊を集めた。こうして七年、彼はようやく「校本」の原稿を完成させた。なお、それは「河内本」系統に属するものだった。ところが発表前、佐渡の旧家から「お宝」が現れた。

源氏物語の「浮舟」を除く五十三帖揃い。売り手の希望価格の1万円は当時にしては一軒家が買える巨額なものであった。亀鑑は蔵書家で知られた大島雅太郎に購入してもらい、それを亀鑑がそれを借り受ける形で亀鑑は解読し始める。そして、その本が現存する四帖分の定家自筆本と九帖分のその模写本に次いで古い「青表紙本」の写本であることに気づく。奥書には文明十三(1482)年の書写とあり、しかも書道の名家、飛鳥井雅康の自筆だった。

亀鑑は七年かけた「校本」の原稿をなげうった。書き換えに要した月日はさらに十年。ついに「校本」の刊行にこぎつけたのは、第二次世界大戦下の昭和十七年であった。

その後、大島本の所蔵は京都文化博物館に移り、活発な研究が続いている。

第四 宇治十帖

(六十)五十四帖「夢浮橋」 紫式部の気づき

最後の五十四帖の解説は、この本の中で最も印象に残りました。

・『修道女の渡辺和子さんに「置かれた場所で咲きなさい」という名著がある。「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」「咲けない日があります。その時は、根を下へ下へと降ろしましょう」。文中の慈愛に満ちたこの言葉に、私は紫式部に通じるものを感じてならない。渡辺さんは、軍人だった父を二・二六事件の青年将校たちによって目の前で射殺された体験を持つ。紫式部の人生も、悲嘆や逆境の連続だった。だが紫式部も、置かれたその場その場に自分なりの根を降ろしている。源氏物語という大輪の花さえも咲かせている。

「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に、雲隠れにし夜半の月かな」。紫式部の私家集紫式部集の冒頭歌だ。小倉百人一首でご存じの方も多いだろう。紫式部自身が記す詞書によれば、これは幼馴染に詠んだ和歌だった。長く別れ別れになっていて、年を経てばったり再会。だが彼女は月と競うように家に帰ってしまった。「思いがけない巡り合い。「あなたね?」、そう見分けるだけの暇もなく、あなたは消えてしまったね。それはまるで、雲に隠れる月のように」。楽しい友情の一場面のようだが、そうではない。この友はやがて筑紫に下り、その地で死んだ。天空で輝いていた月が突然雲に隠されて姿を消すように、二度と会えない人となったのだ。

紫式部が人生の最晩年に自伝ともいうべき家集を編んだ時、巻頭にこの和歌を置いたのは、ほかでもない、こうした「会者定離[会う者は必ず離れる定めにあるということ]」こそ自分の人生だと感じていたからだ。紫式部は、おそらく幼い頃に母を亡くしている。姉がいたが、この姉も紫式部の思春期になくなった。そんな頃出会ったのが、先の友人である。偶然にも彼女の方は妹を亡くしており、二人は互いに「亡きが代はりに(喪った人の身代わりに)」慕い合った。源氏物語に幾度も現れる「身代わり」というテーマ。紫式部にとって幼馴染を喪ったとは、母と姉と友自身の、三人分を喪ったことでもあったのだ。

それでも折れなかった心が、夫を喪った時、とうとう折れた。本来、人に身代わりなどないのだ。哀しみを慰める術の限界を突きつけられて、紫式部は泣くしかない。この時の心境は、紫の上を喪った光源氏と大君を喪った薫各々の述懐に活かされていよう。自分に無常を思い知らせようとする仏の計らいだ、つまり降参するしかないと、彼らは言うのだ。光源氏はそれを機会に出家する。薫は魂の彷徨を続ける。では紫式部はどうしたか。人生を見つめ、そして目覚めたのである。

人とは何か。それは、時代や運命や世間という「世(現実)」に縛られた「身」である。身は決して心のままにならない。まずそれを、紫式部はつくづく思った。だが次には、心はやがて身の置かれた状況に従うものだと知る。胸の張り裂けるような嘆きが、いつしか収まったことに気づいたのだ。「数ならぬ心に身をば任せねど 身にしたがうは心なりけり(ちっぽけな私、思い通りになる身のはずがないけれど、現実に慣れ従うのが心というものなのだ)」(紫式部集五十五番)。紫式部は「置かれた場所」で生き直し始めたといえよう。

だが紫式部は、現実にひれ伏すだけではなかった。彼女は心というものの力にも気づいたのだ。「心だにいかなる身にか適ふらむ 思ひ知れども思ひ知られず(現実に従うという心だが、それさえどんな現実に収まるものだというのか。心は現実を思い知っている。でも思い知りきれず、はみ出すのだ)(同五十六番)。そう、心は何にも縛られない。易々と現実から抜け出て、死んだ人とも会話し、未来を夢想する。架空の世界まで創りだす。時空を超えて、それが心というものの普通だ。紫式部はこの「心」という世界に腰を据え、人というものに考えを致し続けた。彼女にとって、「置かれた場所」で「下へ下へと根を降ろす」とはこのことだった。「源氏物語」はその結実であったと、私は思う。

無駄に漢学の才のある娘だと、父親に嘆かれたこと。新婚わずか三年で、娘を抱え寡婦となったこと。源氏物語を書けば書いたで、意に沿わぬまま中宮彰子の女房にスカウトされ、同僚からは高慢な才女と誤解されていじめにあったこと。「人生は憂いばかり」と、紫式部はため息をつく。だがそれぞれの場で、彼女は考えることを手放さず生きた。果たして、漢学は彰子に請われて進講するに至り、娘は母の背を見て成長し、同僚たちの信頼も勝ち得て、紫式部は彰子後宮に欠かせない女房となった。「心」という根が、ぶれることなく彼女を支えたのだと私は思う。

源氏物語の最終場面。浮舟も薫も揺れ動く心を抱えて、いったいどうなってしまうのだろう。紫式部は答えを用意している。それは、どうなろうと「それでも、生きてゆく」ということだ。「紫式部集」の最終歌が、紫式部の至った最後の境地を私たちに教えてくれる。「いづくとも身をやる方の知られねば 憂しと見つつも永らふるかな(憂さの晴れる世界など、どことも知れませんからね。この世は憂い。そう思いながら、私は随分長く生きて来ましたし、これからも生きてゆきますよ)(百十四番)

この和歌に励まされつつ、私たちもそれぞれに置かれた場所で咲こうではないか。』

ご参考『源氏物語講義』 

こちらの本は昭和9年(1934年)発行の非常に古い本なのですが、とても貴重と思えるページがありました。著者の下田歌子先生日本の女子教育の先駆者で、源氏物語をはじめとする古典研究や歌人としても名高く、一部では“明治時代の紫式部”とも呼ばれていたようです。

※実践女子大学・短期大学さまのサイトに”下田歌子年表”がありました。

本の右横に書き出した文章は、下田先生による紫式部と源氏物語を分析したもので、非常に興味深い内容です。見出しに続き、要約してご紹介させて頂きます。

源氏物語講義
源氏物語講義

紫式部は古今に卓絶せる女性

要するに、自分が紫式部なる人の幻影の眼底に浮ぶ儘に、夢裡の虚言的であろうが、今少し記して見よう。

●蒲柳[ホリュウ]の質(生まれつき体が弱く病気にかかりやすい体質)の方だったらしい。

●容貌も普通で、多少良いぐらいの所であったようだが、頗る[スコブ]謙遜な態度であったらしい。

●常に鋭い理智の光芒(一筋の光)を内に隠すも、時にその閃光が仄めく様な場合もあっただろう。

●定めて品がよく、甘味[ウマミ:面白さ]が含まれて居て、その内部には存外強き意志が根を張って居り、だいぶ佛教より受けた厭世的悲哀的の心持もあるが、さりとて陰鬱などと云う程ではなくて、所謂「物のあはれ」を泌々と身にしめて、自然の妙趣を深く味いつつ、随時、心を雲外玄門(雲の上の仏門)に遣やりて、現世目前の煩わしきを排除していた事であろうと想像する。

●物堅き学者の家に生まれ、相当に学問あり、且つ、見識あるところの藤原宣孝に嫁いだが、早く寡居[カキョ:未亡人]して克[ヨ]く二人の遺児を養育した。

●特に稀有の天才に恵まれたる上に、能く学問芸術を履修し、実学の研究を重ねて、遂に源氏物語と云う未曾有の一大名著を産出した。

源氏物語の全貌、平安朝の絵巻物

●全体に就いて略評すれば、この物語の目的が、著者の那邊[シャヘン:どの辺]にあったかは、今更確かめるよしもないが、著者は恐らくは既成の物語本などを読んで、徒然の慰めがてら自分も面白い物語を書いて見たい、自分が書いたら、恐らくは是よりは今少し立ち勝った情趣のあるものが出来るであろうと自信して、筆を執り始めたものであろうと思われる。

●式部が現在目に見る事、過去に聞き置いた事などを描写して組み立て、それに自己の理想を加えて記述したのであろう。高尚なる理想に実際的世間の事柄を以て肉づけ、且つ温かい血を通わせて、平安朝の舞台に活動させたのである。

●この物語は五十余帖の浩瀚[コウカン:書物の量が多いこと]なものを一貫して、先ず不確実な所も不自然な所も無く、見る者をして全く春花秋葉の美観を呈する平安朝の極彩絵巻を、後から後からと繰り拡げて見る様な心地がする間に、おりおり奥深き人情の根底に触れ、事細かき人世の裏面迄も、ささやき告ぐる聲[声]が聞えて来る様な感を生ぜしむるのである。

人情の機微を穿[ウガ]ち、教化の眞諦[シンテイ:絶対不変の真理]に觸る。

●平安朝盛時の写実であるから、全幅総て戀[恋]物語が場所を取って居る。その中にかつて文字の上では見た事もない様な、人情の機微を穿って[ウガッテ:本質を捉えて]居る点は、実に未曾有の書と禮讃[ライサン:称賛]される。

●式部は当代の政治上にも一隻眼[物を見抜く力がある独特の見識]を有して、その飽かずおぼゆる節を仄かにして居る様である。

●随分力を入れて書いたかと思われる点は教育面である。先ず物語中の女性主要人物紫上に対して女子教育を、主人公源氏君の嫡男夕霧に対して男子教育を、その他此處彼處[ここかしこ]に教育面を説いて居り、殆ど当時貴族の欠点、及び教育の短所を指摘し補足したかの如き記事には、千載の下[千年後]今なお採って以て行いたき適切の事さえあるのには、殆ど敬服感激する次第である。

自然美の融合

●物語の全体に亘って、えも云わぬ美しさ軟かさ氣高さが、非常に深みのある様に思われるのは、全く大自然を愛する著者の感情から渾[混]然として湧き出づる一種の和氣[穏やかな様子]、その和氣がおのずからすべての方面を包んでいるからであろう。

●植物動物の色音[イロネ:花の色、鳥の声]芳香は勿論、四季おりおりの風物、日夕[ニッセキ]朝夜[アサヨ]の靄霞[キリカ]雲霧[ウンム]も、皆著者が筆硯[ヒッケン:文筆]に呑吐[ドント]されたのである。

※『例せば源氏物語第一帖桐壺帝巻の終りに、源氏君の二條院を公けより立派に御改造になる事を記して居るけれども、殿内のことは一寸とも、其の模様は記してなくて、唯庭園の事のみ「もとの木立山のややずまひ、面白き所なりけるを、いとど池の心廣くしなしてめでたく造りののしる」とある。あの最も壮麗なりとする六條院にても、殿内の事はその構造も室内装飾も、記す所が甚だ貧弱なるにも関らず、四季の庭園及び花弁の種類配置等は、後世庭造の根源なりと称する程、存外非常に細やかに記してある。』

紫式部之系圖
紫式部之系圖

画像出展:「源氏物語講義」

●紫式部の父は藤原爲時(越前守)である。

●紫式部の同胞(兄弟姉妹)については以下のように記述されている。

『式部には三人の兄があり、猶一人の妹があって夭死[ヨウシ:若死]したと云う説もあるが、能く分らない。そして惟規は式部と同母であり、他の二人は異腹兄であると傳[伝]えられて居る。』

●紫式部の夫、子供については以下のように記述されている。

『夫の[藤原]宣孝には既に数人の子息があり、式部は即ち後妻である。地位も生家と比べて大抵同等の所である。して見れば、別に地位の上から見て、式部には出世的の縁組でもない。あの式部の才識と気位とを以て、必ずしも宣孝を夫に選ばなくても善さそうなものである。まだもっともっと勝った良縁を求められそうなものであるのに、何うした事であろうと思われるが、併しあの階級の中では、宣孝は一寸異彩を放った人であったらしい。此の頃の御嶽詣には、必ず白き浄衣の疎末なものを着て、熊と身をやつやつ[目立たない]しく行かなければ、恐ろしい佛罰に当たると稱[ショウ]した世間一般の迷信を排して、子息隆光と共に、位職に相当する儀容[ギヨウ:礼儀にかなった姿]を備えて詣でて成功した等、当時には珍しい一種の気慨のあった人であるから、当人は勿論、学者の父がこんな点に打ち込んで、所謂人物本位で、宣孝を婿に取ったのかも知れぬ。此の宣孝の御嶽詣の一事は、当時異様の事として世間にも喧傳[ケンデン:世間でやかましく言いたてる]されたものと見えて、枕草子にも載って居る。是等に就きての卑見[ヒケン:自分の意見をへりくだっていう]は、更に後段に譲るとしよう。宣孝の卒去は長保三年四月とある。年齢は大凡少くとも三十三四歳以上四十歳位の時であったろうかと思はるる。』

『式部が義子即ち宣孝の子は、長男隆光の外に頼宣、儀明、隆佐、明懐といふ、つまり五人の男児があり、隆光の母は下総守顯猷の女、頼宣の母は讃岐守平季明女、隆佐、明懐の母は中納言朝距の女であると云ふ。』

主要人物関係一覧表
主要人物関係一覧表

画像出展:「源氏物語講義」

これだけコンパクトにまとめられた表は無いように思います。“源氏君”はもちろん、“光源氏”です。その下の同じく黒枠(男性)の“”と“夕霧”は源氏君亡きあとの物語の中心人物です。の二重線(=)は夫婦もしくは愛人関係で、破線(---)は表面上の親子となっています。また、輪郭とゴシックは特に重要な人物とのことで、ゴシックは先の三人(源氏君・薫・夕霧)の主人公に加え、唯一の女性である“紫上”を加えた計四人となっています。藤原の一文字の“藤”と父の役職の“式部”を組み合わせて”藤式部”とされていたのが、源氏物語が一世を風靡して“紫式部”と呼ばれるようになった背景が紫上とされているという説もあります。数字男性女性結婚年齢を示しています。また、漢数字出生時父年齢出生時母年齢になります。

傳 紫式部筆
傳 紫式部筆

画像出展:「源氏物語講義」

これは非常に薄い半透明の和紙に、『傳 紫 式 部 筆 古今和歌集の一部 (福岡子爵藏)』とだけ書かれ、その半透明の和紙をめくると、『古今和歌集巻第十三』と題するページが現れます。

調べたところ、”福岡子爵”は大政奉還や五か条の御誓文に関わった”福岡孝弟”のことで間違いないと思います。

ネットで調べた範囲では、紫式部直筆の般若経があるような記述もあったのですが、それを否定する記事もあり、正式に認められた紫式部直筆のものはないように思います。従いまして、この傳 紫 式 部 筆 古今和歌集の一部 (福岡子爵藏)』は昭和初期においては、紫式部の書ではないかとされていたと考えるのが妥当のように思います。

源氏物語と紫式部1

無縁だった「源氏物語」との接点は英語の勉強です。29年間の会社勤めでは遣り残し感はなかったのですが、英語に関しては「できてないなぁ~」という感じでした。そのためいずれは再チャレと考えていたのですが、そろそろ動き出すことにしました。

11月に始めたヨガは、浦和パルコが入居するビルの10階にある、”浦和コミュニティセンター”で開催されているのですが、色々なサークルや講座、イベントなどが行われ、またそれらを紹介するためのチラシやパンフレットがたくさん置かれています。そして、いずれもその気になりやすい庶民的金額となっています。それらの中で今回ひっかかったのが、【源氏物語を英語で読む会】という会です。

最初は“お試し参加”ということでしたが、なかなか面白そうでした。「英語の勉強もできるし、日本人だったら源氏物語がどんなものかぐらいは知っておいた方がよかろう」という思いがあり、少し迷いましたが正会員になりました。

とはいうものの、“テキ”は日本語でも難しいとされる源氏物語です。どんな雰囲気のものか、ある程度は知っておきたいと思い、見つけた参考書が山本淳子先生の『平安人の心で「源氏物語」を読む』という本でした。山本先生がご指摘されている通り、現代と平安時代の差を知ることが必要だと考えたためです。

それにしても“光源氏”と私、比較するのも失礼千万、無礼千万ではありますが、あまりの真逆の人物像に思わず驚きの苦笑いが出てしまいました。

平安の人の心で「源氏物語」を読む
平安の人の心で「源氏物語」を読む

著者:山本淳子

初版発行:2014年6月

出版:朝日新聞出版

『「源氏物語」をひもといた平安人[へいあんびと]たちは、誰もが平安時代の社会の意識と記憶でもって、この物語を読んだはずです。千年の時が経った今、平安人ではない現代人の私たちがそれをそのまま共有することは残念ながらできません。が、少しでも平安社会の意識と記憶を知り、その空気に身を浸しながら読めば、物語をもっとリアルに感じることができ、物語が示している意味をもっと深く読み取ることもできるのではないでしょうか。本書はその助けとなるために、平安人の世界を様々な角度からとらえ、そこに読者をいざなうことを目指して作りました。

 

本書の最後に多くの参考文献が紹介されているのですが、さらにその後ろに、8ページにわたって“主要人物関係図”が付いています。これを見ても登場人物の多さにあらためて驚きます。

せめて光源氏と直接関わった人達については頭に入れておきたいと思い、ごく一部ですが表を作ることにしました。

また、参考文献の後に紹介されているものの中から、“寝殿造”の絵図をご紹介させて頂きます。

寝殿造
寝殿造

画像出展:『平安人の心で「源氏物語」を読む』

『中央部が母屋で、周囲を廂[ひさし]、その外側を濡れ縁の簀子[すのこ]と高欄[こうらん]が取り囲む。寝殿の東・西・北面に対[たい]の屋[や]があり、寝殿とは渡殿[わたどの]でつながれている。外からの出入り口は妻戸[つまど]で、それ以外は格子[こうし](蔀戸[しとみど])はめられている。』

目次黒字がブログで取り上げたものです。特に“平安人[へいあんびと]の時代”と作者の“紫式部”に注目しました。また、長くなったのでブログを2つに分けました。

目次

第一章 光源氏の前半生

(一)一帖「桐壺」 後宮における天皇、きさきたちの愛し方

(二)二帖「帚木」 十七歳の光源治、人妻を盗む

(三)三帖「空蝉」 秘密が筒抜けの豪邸…寝殿造

(四)四帖「夕顔」 平安京ミステリーゾーン

(五)五帖「若紫」 そもそも、源氏とは何者か?

(六)六帖「末摘花」 恋の“燃え度”を確かめ合う、後朝の文

(七)七帖「紅葉賀」 暗躍する女房たち

(八)八帖「花宴」 顔を見ない恋

(九)九帖「葵」 復讐に燃える、父と娘の怨霊タッグ

(十)十帖「賢木」 祖先はセレブだった紫式部

(十一)十一帖「花散里」 巻名は誰がつけた?

(十二)十二帖「須磨」 流された人々の憂愁

(十三)十三帖「明石」 紫式部はニックネーム?

(十四)十四帖「澪標」 哀切の斎宮、典雅の斎院

(十五)十五帖「蓬生」 待ち続ける女

(十六)十六帖「関屋」 『源氏物語』は石山寺で書かれたのか?

(十七)十七帖「絵合」 平安のサブカル、「ものがたり」

(十八)十八帖「松風」 平安貴族の遠足スポット、嵯峨野・嵐山

(十九)十九帖「薄雲」 ドラマチック物語、出生の秘密

(二十)二十帖「朝顔」 三途の川で「初回の男」を待つ

(二十一)二十一帖「少女」 平安社会は非・学歴社会

(二十二)二十二帖「玉鬘」 現世の「神頼み」は、観音様に

(二十三)二十三帖「初音」 新春寿ぐ“尻叩き”

(二十四)二十四帖「胡蝶」 歌のあんちょこ

(二十五)二十五帖「蛍」 平安の色男、華麗なる遍歴

(二十六)二十六帖「常夏」 ご落胤、それぞれの行方

(二十七)二十七帖「篝火」 内裏女房の出生物語

(二十八)二十八帖「野分」 千年前の、自然災害を見る目

(二十九)二十九帖「行幸」 ヒゲ面はもてなかった

(三十)三十帖「藤袴」 近親の恋、タブーの悲喜劇

(三十三)三十三帖「藤裏葉」 どきっと艶めく平安歌謡、「催馬楽」

第二章 光源氏の晩年

(三十四)三十四帖「若菜上」前半 紫の上は正妻だったのか

(三十五)三十四帖「若菜上」後半 千年前のペット愛好家たち

(三十六)三十五帖「若菜下」前半 物を欲しがる現金な神様~住吉大社

(三十七)三十五帖「若菜下」後半 糖尿病だった藤原道長~平安の医者と病

(三十八)三十六帖「柏木」 病を招く、平安ストレス社会

(三十九)三十七帖「横笛」 楽器に吹き込まれた魂

(四十)三十八帖「鈴虫」 出家を選んだ女たち

(四十一)三十九帖「夕霧」前半 きさきたちのその後

(四十二)三十九帖「夕霧」後半 結婚できない内親王

(四十三)四十帖「御法」 死者の魂を呼び戻す呪術~平安の葬儀

(四十四)四十一帖「幻」 『源氏物語』を書き継いだ人たち

第三章 光源氏の没後

(四十五)四十二帖「匂兵部卿」 血と汗と涙の『源氏物語』 

(四十六)四十三帖「紅梅」 左近の“梅”と右近の橘

(四十七)四十四帖「竹河」 性悪女房の問わず語り

第四章 宇治十帖

(四十八)四十五帖「橋姫」 乳を奪われた子、乳母子の人生

(四十九)四十六帖「椎本」 親王という生き方

(五十)四十七帖「総角」前半 乳母不在で生きる姫君

(五十一)四十七帖「総角」後半 薫は草食系男子か?

(五十二)四十八帖「早蕨」 平安の不動産、売買と相続

(五十三)四十九帖「宿木」前半 「火のこと制せよ」

(五十四)四十九帖「宿木」後半 平安式、天下取りの方法

(五十五)五十帖「東屋」 一族を背負う妊娠と出産

(五十六)五十一帖「浮舟」前半 受領の妻、娘という疵

(五十七)五十一帖「浮舟」後半 穢れも方便

(五十八)五十二帖「蜻蛉」 女主人と女房の境目

(五十九)五十三帖「手習」 尼僧の還俗

(六十)五十四帖「夢浮橋」 紫式部の気づき

第五章 番外編 深く味はふ『源氏物語』 

 番外編一 平安人の占いスタイル

 番外編二 平安貴族の勤怠管理システム

 番外編三 「雲隠」はどこへいった?

 番外編四 時代小説、『源氏物語』

 番外編五 中宮定子をヒロインモデルにした意味

参考文献

『源氏物語』主要人物関係図

 一帖「桐壺」~八帖「花宴」

 九帖「葵」~十三帖「明石」

 十四帖「澪標」~十六帖「関屋」

 十七帖「絵合」~二十一帖「少女」

 二十二帖「玉鬘」~三十帖「藤袴」

 三十一帖「真木柱」~四十一帖「幻」

 四十二帖「匂兵部卿」~四十四帖「竹河」

 四十五帖「橋姫」~五十四帖「夢浮橋」

平安の暮らし解説絵図

 平安京

 大内裏

 後宮

 寝殿造

 男性の平常着・直衣姿

 女性の正装・裳唐衣姿(十二単)と平常着・袿姿

あとがき

第一 光源氏の前半生

(五)五帖「若紫」 そもそも、源氏とは何者か?

・光源氏の源氏は、頼朝の「源」と同じであり、「源氏」とは源の性を持つ一族を意味する。そして「源」の祖先は天皇である。

・平安時代期の嵯峨天皇(789-842)は強大な力をもっており、男子だけでも22人の皇子がいた。その皇子たちにより子孫は鼠算式に増えていく。そして、逼迫する皇室費用を抑制するための措置として考えられたのが、皇子を三種類に分けることであった。一つは天皇を継ぐ東宮[とうぐう](皇太子)。もう一つは控えの皇太子要員といえる親王。そして最後が源氏であった。そしてこれらの分類は母の家柄で決まった。

・「源」の姓を賜った者たちは、天皇の血をひきながら皇族とは切り離されて臣下に降り、他の氏族の者と同様に自ら生計を立てた。誇り高い姓ではあるが、皇位継承の道を閉ざされた氏族ともいえる。

・光源氏は架空の物語であるが、始祖の桐壺帝は世の信望厚い聖帝とされ、光源氏は天皇から一代、つまり「一世源氏」である。史実をみると権威ある嵯峨天皇や村上天皇の一世源氏は、何人もの大臣を輩出している。

・源頼朝の始祖である清和天皇は影が薄く、しかも頼朝は十代であり、光源氏との違いは明らかである。それでも「源」の血の威光は絶大だった。

・『一世源氏とは、父帝の至高の血という優越性と、帝位には不相応な母の血という劣等性とを、共に受け継ぐ者だった。自らの血を自負すればいいのか、卑下すればいいのか。その葛藤は想像に余りある。光源氏は、桐壺帝の十人の皇子でただ一人臣籍に降ろされた。「源氏物語」というタイトルは、主人公が身分社会の敗者であることを示していたのだ。

(十)十帖「賢木」 祖先はセレブだった紫式部

・紫式部の父の藤原為時は彼女が二十歳の頃、越前守の国守となった[その前の10年間は決まったポストがなく、失業中]。これは貴族の「受領」に属する。受領は赴任先では権力の頂点であるが、朝廷の地位を示す位階は四位から六位である。「ここからが貴族」というラインが五位なので上流貴族とは言えない。

このように受領は特有の自由な気風や上昇志向を持ち、成り金的な一方、多少の哀愁も漂う。なお、平安の才女たちは清少納言、和泉式部など、多くがこの階級に属していた。

紫式部の父は目立たない受領だったが、直系の曽祖父である藤原兼輔は中納言であった。また、父の母の父の曽祖父にあたる藤原定方は右大臣であった。家や血統が今よりも格段に重視された時代、式部は過去の栄光と今の落魄を痛感していたのではないか。

そして、この二人の曽祖父は源氏物語にも影響を与えていると思われる。源氏物語の桐壺帝の時代は、式部から数十年前に実在した醍醐天皇(885-930)の時代に設定されていると言われているが、この醍醐天皇の時代は二人の曽祖父、兼輔と定方が活躍していた時代である。

さらに醍醐天皇は定方の姉の胤子が宇多天皇(867-931)との間に産んだ子なので、定方にとって甥になる。また、兼輔は娘の桑子を醍醐天皇に入内させている。曽祖父たちにとって聖帝とあがめられた醍醐天皇は身内の天皇といえるものだった。

・『少し前まで華やかだったのに、今は没落して受領階級となった家の娘。「源氏物語」を読むとき、作者のこの「負け組」感覚を忘れてはならない。それは東宮はおろか親王にさえなれなかった皇子である光源氏のリベンジにつながり、政争に負けた桐壺・明石一族のお家復活劇につながるのだ。

ほかにも、物語中には数々の没落者がひしめく。父に先立たれた末摘花、六条御息所、空蝉、そして宇治の女君たち。中でも空蝉は、実家の昔への矜持と今属する受領階級への引き目とを二つながら心に抱く点、紫式部自身の分身ともいえる。彼らへの、紫式部の悲しくも温かいまなざしに注目したい。

(十三)十三帖「明石」 紫式部はニックネーム?

紫式部は本名でも女房名でもない。だいたい「紫」とは何なのか? 本名は公文書に記すときなどごく限られた場合にしか使われない。女性が家で家族や召使から呼ばれる場合は「君」や「上」などと呼ばれるし、女房[朝廷などに仕えた女官]になれば女房名で呼ばれるのが普通である。「清少納言」も女房名である。女房名には大方の決まりがあり、父や兄など身内の男性の官職名を使う。例えば父が伊勢守だったなら、その国名を取って「伊勢」という具合である。

紫式部は、中宮彰子のもとに仕え始めた時、「式部」と呼んでほしいと申し出たらしい。これは父の藤原為時がかつて式部省に勤めていたからである。しかし、そこで困ったことが起きた。それは彰子の周りの女房には、既に二人の「式部」がいたからである。このようなケースは珍しくなく、姓から一文字とってつけることになる。清少納言は官職名の「少納言」に「清原」の一文字をつけたものである。紫式部の場合は「藤原」から一文字を取って「藤式部[とうしきぶ]」となったが、これがもともとの女房名である。

紫式部日記には次のような一節がある。「あなかしこ。このわたりにわかむらさきやさぶらふ(失礼。この辺りに若紫さんはお控えかな)」。これは文化の世界の重鎮である藤原公任[きんとう]の言葉である。これは源氏物語が既に高い評価をされていたということに他ならない。藤原公任が「藤式部」を「若紫」と呼んだのは、その場限りの座興だったかもしれない。だがやがて、彼女は「紫」と呼ばれるようになっていく。公任による戯れをきっかけにしてか、あるいはまた、源氏物語における「桐壺更衣」から「藤壺中宮」そして「紫の上」につながる重要な設定「紫のゆかり」にちなんで、読者が作者に与えた愛すべきニックネームか。この「紫」と、もともとの女房名「藤式部」を合体させたのが。「紫式部」である。

ポリヴェーガル理論3

ポリヴェーガル理論入門
ポリヴェーガル理論入門

著者:ステファン・W・ポージェス(Stephen・W・Porges)

初版発行:2018年11月

出版:春秋社

目次は”ポリヴェーガル理論1”をご覧ください。

第2章 ポリヴェーガル理論とトラウマの治療

聞き手:ルース・ブチンスキー(認定心理学者、臨床応用行動医学全国組織[NICABM])の会長

トラウマと神経系

トラウマがストレスと関連した障害と捉えるのは適切でない。特に、通常のストレス反応と同様に、交感神経系とHPA軸(視床下部-脳下垂体-副腎)の反応とされていることが一番の問題である。

ポリヴェーガル理論では、「危険」や「生命の危機」に瀕した時には、ストレス反応とは違った二つ目の防衛システムが発動すると考える。そこでは、自律神経系の反応は大きく抑制され、副交感神経系の古い神経経路が使われる。それは、「不動」、「シャットダウン」そして「解離」である。

・「不動化」の反応は小さな哺乳類によく見られる。例えば、ネコに捕まったネズミである。「擬死」とか、「死んだふり」と言われているが、これは意図的に行う反応ではなく、闘争/逃走反応が使えない時に起こる。人間が恐怖体験により失神するときもこれと同じものである。

科学的な論文でも、不動化をもたらす防衛システムは、ストレス理論では説明されていない。ストレス理論はアドレナリンの分泌や交感神経の活性化によって、可動性を伴う防衛反応が起きるとされている。

・我々の神経系は、意識されることなく、常に環境中の危険因子の評価を行い判断している。そして常に優先順位に従って、その場にもっとも適応的な行動を取る。

トラウマ治療で最も大切なことは、「どのようなトラウマ的な出来事が起きたのか」ではなく、その人がその状況で「どのような反応をしたのか」を理解することである。

「ポリヴェーガル理論」と「迷走神経パラドクス」

迷走神経は心臓や内臓を制御しているため、運動機能が注目されているが、多くは感覚神経で80%の線維は内臓から脳へと情報を送っている。残りの20%が運動神経路を形成し、動的に、そして時には劇的に生理学的変化を起こさせる。例えば、迷走神経が緊張した状態では心臓の動きが抑制(心拍数減少)される。そして迷走神経の緊張が緩むと、心臓の拍動は戻る。こうした変化はわずか数秒のうちに起きることもある。

・可動化という機能を持つ交感神経に対して、迷走神経は、落ち着かせたり、成長させたり、回復させたりする機能を持っている。

私は、彼の言葉[迷走神経は急に脈が遅くなる「徐脈」や、突然呼吸が止まる「無呼吸」などの、生命を脅かす現象を引き起こすことがある]を真剣に受け止め、私の研究[新生児の迷走神経に関する研究。赤ちゃんの中には、RSA(呼吸性洞性不整脈:呼吸に伴って心拍数が増加したり減少したりする現象)が見られない赤ちゃんがいる]の中で発見されたことに何か手がかりがないか、振り返りました。私の研究では、RSAが起きているときには、徐脈や無呼吸は起きませんでした。これに気がついたとき、私はこの「迷走神経パラドクス」という概念を理解するヒントを得たのです。RSAがあるときは、迷走神経は保護的な働きをし、徐脈や無呼吸を起こすときは、生命を危険にさらすのです。

数カ月にわたり、私はこの新生児医学の手紙を鞄に入れて持ち歩いていました。私はなんとかこのパラドクスを説明しようとしました。しかし私の知識はあまりにも限られていて、どうすることもできませんでした。そこで、このパラドクスを解決するために、迷走神経の神経解剖学をあたってみることにしました。もしかすると、この二律背反のパターンを引き起こす迷走神経の回路は異なっているのではないか、と考えたのです。

この「迷走神経パラドクス」を引き起こしていた迷走神経の作用機序を明確化したことによって、ポリヴェーガル理論が生まれました。この理論を構築するにあたって解剖学、進化学、そして二つの異なる迷走神経の働きを精査しました。一つの迷走神経系は徐脈や無呼吸を引き起こし、別の迷走神経系がRSAを引き起こすのです。一つの神経系は潜在的に死をもたらします。もう一つの神経系は保護的に働きます。

この二つの迷走神経の回路は、脳幹の違った部分から発していました。比較解剖学を研究した結果、古い神経回路ができ、その後に新しい神経回路ができたことがわかりました。系統発生学に基づいた自律神経のヒエラルキーが、私たちに埋め込まれていることが明らかになったのです。この発見が、ポリヴェーガル理論の基礎になりました。

「不動」、「徐脈」、「無呼吸」は哺乳類が誕生するずっと昔の、太占の脊椎動物において発達した防衛機制だったのです。ペットショップに行って、爬虫類を観察してみてください。そうすれば、この防衛機制を理解することができます。爬虫類を見ていると、じっとしてあまり動きません。爬虫類にとっては、この「不動状態」が基本的な防衛システムなのです。しかし、ハムスターや家ネズミなどの小さな哺乳類を見てください。彼らはまったく違った行動様式をとっています。小さな哺乳類はつねに動きまわっています。彼らは活動的で、社会的に交流をし、仲間とあそびます。そして動いていないときは自分たちの兄弟と身体をくっつけあっています。

ポリヴェーガル理論の構成概念は進化に基礎を置いています。系統発生学的に段階を追って、それぞれ異なる神経回路が発達し、それぞれ異なる適応行動を起こしていたのです。研究を進めるにつれ、脊椎を持つようになった生き物のうちでも、進化上より早期の脊椎動物において発達した「太占の防衛機制」が、我々の神経系にまだ埋め込まれていることを発見しました。この「太占の防衛機制」とは、「不動状態」です。闘争/逃走反応という防衛機制では、「可動化」が主要な要素です。しかし、太占の脊椎動物の防衛機制は、それとは反対のものです。「不動状態」、「擬死」あるいは「死んだふり」は、爬虫類やその他の脊椎動物にとっては適応的な行動でした。しかし哺乳類は、酸素を大量に必要とするため、こうした反応は潜在的に死に至る危険があります。哺乳類も、生命を脅かすようなことが起きたときには「不動状態」に陥ります。そして「不動状態」に陥った後、普通の状態に戻ることは非常に難しいと考えられます。これが多くのトラウマのサバイバーにも起きていることなのです。』

ふたたび自律神経系について

・ポリヴェーガル理論では、自律神経系の機能は進化の階層に則って三つに分けられている。

1.有髄化(絶縁性の髄鞘によってニューロンの軸索が覆われること。これにより神経パルスの伝導が高速化される)されていない無髄の迷走神経経路で、横隔膜より下の内臓の迷走神経制御を行っているもの。(一般的には、”自律神経節後線維”[C線維]と呼ばれています

2.有髄の迷走神経経路で、横隔膜より上の臓器の迷走神経制御を行っているもの。(一般的には、”自律神経節前線維”[B線維]と呼ばれています

3.交感神経系

・進化の過程で、最初に無髄の迷走神経経路が発達した。人間やその他の哺乳類では、安全な場合には、この古いシステムによって恒常性(ホメオスタシス)が保たれている。しかし、これが防衛に使われたときは、不動状態になり、徐脈や無呼吸をもたらす。そして代謝を落とし、シャットダウンを起こし、見た目には崩れ落ちたようになる。シャットダウンのシステムは爬虫類にとっては適応的である。これは爬虫類の小さな脳はわずかな酸素しか必要とせず、数時間生きていることも可能であるからである。

ニューロセプション:意識せずに行う知覚

・ニューロセプションは認知のプロセスではなく、神経的なプロセスで環境中にある「合図」や「きっかけ」を評価し、危険を察知する。

ポリヴェーガル理論では、ニューロセプションはポリヴェーガル理論で定義された自律神経の三つの主要な状態、つまり「安全」「危険」「生命の危機」を察知し、それにふさわしい神経回路にスイッチを入れる。

・社会交流システムがうまく働いていると、防衛反応が抑制され、我々は落ち着き良い気分になる。しかし危険が増すと、二つの防衛システムが優先順位に沿って発動する。いよいよ危険を察知すると、我々の交感神経系が主導権を握る。そして「闘うか/逃げるか」という動きを可能にするために代謝を上げる。そして、それがうまくいかず、安全か確保されないと、無髄の古い迷走神経系を発動させて、シャットダウンする。

PTSDを起こす引き金

ニューロセプションの中でも聴覚刺激は大切で、特に「安全であるかどうか」を判断するには、聴覚刺激が非常に重要な役割を果たしている。

第3章 自己調整と社会交流システム

迷走神経:運動経路と感覚経路の導管

・迷走神経経路は、感覚線維と二つのタイプの運動線維の計三つから成る。運動線維の一つは、有髄化されず横隔膜より下の腸などの臓器と接続されている。もう一つは、有髄化されていて横隔膜より上の心臓などの臓器と接続されている。感覚神経線維は脳幹の中の孤束核と言われる領域に終わり、有髄の迷走神経の運動経路は、主に疑核に起始する。無髄の迷走神経の運動経路は、主に迷走神経背側運動核に起始する。

いかにして音楽が迷走神経による調整を促す「合図」となるか

・音楽療法:歌うためには長く息を吐く。吐いている間は有髄の迷走神経の遠心経路の心臓への働きかけが強まる。これにより生理学的状態が穏やかになり、社会交流システムが活性化する。歌うとは聴くことでもある。これは中耳筋の神経の緊張を増進させる。また、神経による喉頭咽頭筋を調整し、さらに顔面神経と三叉神経を介して、口と顔の筋肉を使う。個人でなくグループであるなら、他者と関わり社会的な活動になる。以上のことから、歌うこと、特にグループで歌うことは、社会交流システムの素晴らしい「神経エクササイズ」になる。

ご参考:“迷走神経活動の測定法”(実験はマウス) クリック頂くと5枚資料のがダウンロードされます。

迷走神経活動の測定法
迷走神経活動の測定法

はじめに  

『自律神経系は交感神経系と副交感神経系から構成される神経系で、それぞれ身体の臓器を二重支配することによって相反的に各臓器機能を調節している。自律神経の作用には自律神経反射に代表される循環調節、消化機能調節、そして代謝調節作用が知られており、これらの作用は自律神経遠心路により心臓、血管、消化管、肝臓、膵臓、脂肪組織等の活動を制御することによって営まれている。自律神経の異常は狭心症、胃・十二指腸潰瘍、肥満、糖尿病、メタボリックシンドローム等に深く関与している。自律神経の全身機能調節は各臓器の状態に依存しており、その情報を伝達する経路として自律神経救心路が重要な働きを担っている。救心路神経線維は副交感神経(迷走神経)束の約75~90%、交感神経束の約50%を占めており、末梢性の自律神経反射に関わる情報だけでなく、中枢性の情報(満足感や嗜好形成などの摂食行動調節)にも関わることが最近の研究で明らかにされている。

ポリヴェーガル理論2

ポリヴェーガル理論入門
ポリヴェーガル理論入門

著者:ステファン・W・ポージェス(Stephen・W・Porges)

初版発行:2018年11月

出版:春秋社

目次は”ポリヴェーガル理論1”をご覧ください。

第1章 「安全である」と感じることの神経生物学

正当な科学的論題としての「感じること」に関する研究

・心理生理学は、心理的な操作に対する生理学的な反応を計測するものである。

心理生理学では、被験者が報告する主観的な状態に頼ることなく、皮膚電位、呼吸、心拍数、血管運動などの生理学的な反応を調べる。そして、客観的かつ数値化可能な方法で、主観的な体験について計測する。

・心の動きを生理学的な反応から理解しようとする試みは、今でも心理生理学および認知神経学の中心的な方法論であり、過去50年にわたりこの基本的な考え方にはほとんど変化はない。

心理生理学研究と心拍変動

・精神的に努力している状態では心拍数が減少し、そうでない時の心拍変動には個人差があることを発見した。そして、この研究成果が先駆けとなり、後に心拍変動の個人差と、認知的能力、環境内の刺激に対する感受性、精神医学的な診断、心理物理的適合性、レジリエンス[しなやかさ、回復力]との関係について、多くの論文が発表されることとなった。

心拍変動を調整する神経的作用機序

・『私は、心拍変動を引き起こす、心拍間隔に影響を与えている神経経路を探求し、心拍数を制御している神経系の仕組みを理解するために、動物実験を行った。』

心拍数を制御する迷走神経の計測方法の開発

・心臓迷走神経緊張のより正確な指標として、呼吸性洞性不整脈(RSA)を定量化する方法を開発した。

・迷走神経は呼吸によって心臓に与える影響を変化させる。

・呼気と吸気では心拍数が一定のリズムで減少したり増加したりする。そして、迷走神経の影響が大きければ大きいほど、その心拍変動は増加する。

・フィードバックループは迷走神経の働きを動的に調整している。肺や心臓だけでなく高次の脳からも脳幹へと信号が送られる。

・フィードバックループの出力媒介変数は振幅と周波数である。振幅は迷走神経の影響を反映しており、周波数は呼吸数を反映している。

・相対的な方法論から、神経生理学的なモデルをもとに迷走神経による神経的制御を計測する方法論へと推移していった。この技術を用いることで、迷走神経による制御の具体的な状態を正確かつ継続的に計測することができるようになった。

仲介変数の探求

・『私の科学的な探求は、行動の個人差を理解するための仲介変数を探す旅であった。この旅を通して「安全である」と感じることも含めた心理的な体験と、行動の神経的基盤となる自律神経の状態の重要性を理解することとなった。

・研究の三つの段階

1.記述的研究(心拍変動が重要な現象であることに気づき、一連の経験主義的な実験)。

2.心拍変動を仲介している神経生理学的な作用機序を説明するための研究。

3.神経生理学的、神経解剖学、進化学をもとにした、脳と身体、あるいは心と身体の科学の基礎となるポリヴェーガル理論の構築。

・『ポリヴェーガル理論は、我々の行動と、他者との関わり方に影響を与える仲介変数としての生理学的状態の重要性を解き明かすものであった。この理論により、危険と脅威が生理学的状態を変化させ、防衛に向かわせることが説明された。そしてもっとも大切な点は、「安全である」とは、単に脅威を取り去ることではないということだ。「安全である」とは、環境中や、他者との間で交わされる健康、愛、信頼を感じることを促進する、独特の「合図」に依存しており、それが防衛回路を積極的に抑制する。

安全と生理学的状態

・ポリヴェーガル理論では、意識の及ばないところで環境のリスクを評価する神経的なプロセスを「ニューロセプション」と呼ぶ。

・ポリヴェーガル理論では、ストレスとなる出来事の物理的な特徴は、あまり影響力を持たず、むしろ我々自身の身体的な反応の方がより重要な役割を果たしていると考える。

・ポリヴェーガル理論では、自律神経の神経的制御が変化したことを、内臓の感受性によって捉えていくモデルを提唱している。

・ポリヴェーガル理論では、社会が安全であると感じられる環境や、信頼できる人間関係を、我々は人々に提供しているのか、という問いに直面することになる。学校、病院、教会などの社会組織が、常に人々を評価し、それによって危険と脅威を感じさせる状況であることを鑑みると、政治紛争、財政危機、戦争などと同じように、こうした社会構造が我々の健康に好ましくない影響を与えていると言わざるを得ない。

ポリヴェーガル理論では、生理学的な状態を、様々な種類の適応的行動を効果的に表現する神経的な土台であると考える。

「安全であること」の役割と、生き残るために必要な「安全である」という合図

・神経系は爬虫類から哺乳類へと進化した過程で変化していった。特に哺乳類では、同種の生物のうち、どれだけ安全で近づいてもよく、また触れてもよいのかを同定する神経系が発達した。

・爬虫類や、その他の「原始的な」脊椎動物では、防衛戦略が非常に発達していた。しかし、進化した哺乳類においては、適応していくために、今度はそのよく発達した防衛戦略のスイッチを切る神経的作用機序が必要になった。

・哺乳類はいくつかの生物学的な必要性に迫られて「安全」を求めるようになっていった。

-哺乳類は出生後、直ちに母親の保護を受ける必要がある。

人間を含む数種類の哺乳類は、生きていくためには「孤立」を避け、長期間社会の中で相互依存を必要とする。防衛反応のスイッチを切って、子育てをしたり、社会的行動をとったりするためには、安心できる安全な環境と、安全な同種の生物を同定する能力が必要になった。

-生殖、授乳、睡眠、消化を含む様々な生物学的、行動学的機能を果たすためには、哺乳類は安全な環境が必要不可欠である。

・哺乳類は社会的行動と感情の制御を必要とするようになった。

ポリヴェーガル理論では、社会的行動と感情の制御を行う神経回路は、神経系が「安全である」と感じているときにのみ発動するとしている。その時、この神経回路は、「健康」、「成長」、「回復」を促進するように働く。

・「安全」は人間が潜在能力を発揮する上で欠かすことができない。高次の脳は創造性を発揮し、生産的であるためにも必要不可欠である。

・ポリヴェーガル理論では、我々の心理的、物理的、行動学的反応が、我々の生理学的状態に依存しているという事象に重きを置く。

・ポリヴェーガル理論では、身体の諸器官と脳が、自律神経を制御している迷走神経やその他の神経を通して、双方向に情報交換しているということに注目する。

自律神経系の制御は、進化の過程で「安全であること」を互いに発信しあい、協働調整することができる神経系を獲得した。

社会的交流と安全

・臨床において、見たり、聴いたり、起きていることに注目することは、大変有効なやり方である。

・社会的交流を持ち、身体の諸器官からの感覚をフィードバックすることにより、気分や感情の主観的な状態を改善することができる。

社会交流システムとは、顔と頭の横紋筋を制御する神経経路を総称したものである。

・社会交流システムは、身体感覚を投影するとともに、安全で落ち着いていて、愛と信頼を醸成する状態から、防衛反応を起こす脆弱な状態まで、一連の変化を引き起こすための情報の入り口である。

セラピストとクライアントが互いに、「見て」「聴いて」「感じる」ということは、お互いの身体と感情の状態を動的に双方向に情報伝達し、社会的交流が行われていることを意味する。それこそが治療的瞬間である。

・社会的交流が相互に利益をもたらし、互いの生理学的な状態を協働調整するためには、双方ともに、安全であり、信頼できるという社会交流的「合図」を送りあう必要がある。

・双方向で主観的な体験を分かち合うことは、結合鍵を開けるようなものである。突然、鍵を固定していた回転部品が正しい場所に収まり、扉が開くのである。

・進化の過程で、表情や発声、音や味覚を検知する神経系と生理学的状態とが結びついたのは、哺乳類特有の現象である。

身体の状態と表情や発声とが結びついたことにより、同種の生物が発する「合図」を見極める能力が発達した。相手が出している「合図」は「安全である」のか、「危険である」のか、はたまた逃げることも戦うことも不可能で、擬死に陥り不動状態になるべきなのか、判断できるようになった。そして、社会的交流の扉が開いた。

・他社が近づいても安全であるという「合図」を提供するために、顔と頭の筋肉を神経制御することが必要とされる。

・社会的交流システムは、我々の「安全であること」への生物学的な希求と、人とつながり、自分たちの生理学的な協働調整したいと望む、無意識の生物学的な必須要件から生まれた。

社会的交流では、「わかった」という微細な「合図」や、共感、互いの意図が交わされる。こうした「合図」は、微妙な調子、韻律を通して伝えらえる。それは同時に互いの生理学的状態を伝えあう。我々は、自らが落ち着いた生理学的状態であるときにのみ、相手に「安全である」という合図を伝えることができる。

社会的交流システムは、自分の生理学的状態を伝えるだけでなく、相手がストレスを感じているのか、それとも「安全である」と感じているのかを感知する入り口にもなる。「安全」を感知すると、生理学的反応は落ち着く。危険を感知すると、生理学的状態は、防衛反応を活性化するように変化する。

社会交流システム(脳神経:Ⅴ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ)
社会交流システム(脳神経:Ⅴ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ)

画像出展:「ポリヴェーガル理論入門」

 『図1で示されているように、社会交流システムには身体運動要素と内臓運動要素が含まれている。身体運動要素には、顔と頭の横紋筋を制御する内臓からの特殊体腔内器官遠心性経路(脳管内の運動核[疑核、顔面神経、三叉神経]から生じており、社会交流システムの身体運動要素を形成している)がある。

内臓運動要素には、心臓と気管を制御している有髄の横隔膜上の迷走神経がある。機能的には、顔と頭の筋肉と心臓のつながりから社会交流システムが生じる。社会交流システムは、誕生直後では、吸う、飲む、呼吸する、声を出すといった行動を調整している。誕生後早期に、この調整がうまく取れない場合、成長後、社会的行動や感情の制御が難しくなることが示唆される。』

結論

・ポリヴェーガル理論では、「安全である」と感じることは生理学的な状態に依存しており、「安全である」という合図は自律神経系を穏やかにする。

・生理学的な状態を落ち着かせると、安全で信頼できる人間関係を結ぶことができ、それそのものが、行動的、生理学的状態を協働調整する機会となる。こうした健全な「調整サイクル」が心と身体の健康を促進する。このモデルでは、自律神経の状態を含む我々の身体の感覚は、我々が他者と関わることにおいて仲介変数の機能を果たしている。

・交感神経が優位となり、戦闘態勢に入っているときは、防衛に焦点が当たっており、「安全である」という合図を出すことも受け取ることもしない。しかし、腹側迷走神経経路によって社会交流システムが発動しているときは、声や表情で、「安全である」という「合図」を出し、それにより、自分自身と他者の防衛反応を抑制する。互いに、社会交流システムを用いて関わり合うことによって、社会的な絆が強化される。

-腹側迷走神経複合体:腹側迷走神経複合体は脳幹に位置し、心臓、気管支、顔と頭の横紋筋を制御している。また、腹側迷走神経複合体は、内臓運動経路を通して心臓と気管支を制御している疑核と、特殊体腔内器官遠心性経路を通して、咀嚼、中耳、顔面、咽頭、喉頭、首の筋肉を制御している三叉神経顔面神経からなる。

・ポリヴェーガル理論では、治療的モデルにおいても、人間としての体験を最善のものとするためには、身体の感覚を尊重することだけでなく、生理学的な状態を含む支援を行うことが大切であると考えている。

・ポリヴェーガル理論では、他者との絆を形成し、互いに協働調整しあうことは、我々人間にとって必要不可欠な生物学的必須要件であると説いている。「安全である」と感じることは、生きていく上でなくてはならない。そして、我々が行動的、生理学的状態を協働調整することができる、信頼に満ちた社会的関わりを持つことによってのみ、我々は「安全」を感じることができる。

ご参考:人体の正常構造と機能』という本にある図・説明を用いて、神経生理学的説明を視覚的に追ってみました。もやもや感がありますがご紹介します。

①脳神経核 

以下は脳幹の図です。左側の図では右半分が知覚核(孤束核など)で、左半分は運動核(三叉神経運動核、顔面神経核、疑核、迷走神経背側核など)となっています。

また、右側の図は脳幹部の断面図です。黄色は“一般内臓運動(GVE)”、ピンク色は“特殊内臓運動(SVE)を担っています。緑色の舌下神経核に隠れて見づらいですが、迷走神経背側核(黄色)は確かに背中側(小脳側)にあるのが確認できます。一方、三叉神経運動核(ピンク色)、顔面神経核(ピンク色)、疑核(ピンク色)は迷走神経背側核から見ると、いずれもお腹側(腹側)に位置しているのが分かります。“腹側迷走神経複合体”とは、この部分を指しているのではないかと思います。

脳神経核
脳神経核

画像出展:「人体の正常構造と機能」

②脳幹の自律神経中枢

下の図は“循環中枢”(左)と“呼吸中枢”(右)を説明している図です。交感神経迷走神経(副交感神経)ですが、脳に近い神経は赤(交感神経)青(迷走神経)とも実線になっています。これは有髄線維の高速な線維です。一方、小さな●(神経核)を経て、破線になっていますがこれは低速の無髄神経になります。有髄線維は“節前線維”とよばれ、神経線維の分類で分けるとB線維になります。無髄線維は“節後線維”とよばれ、同じく神経線維の分類ではC線維になります。(神経線維はB、Cの他にAα、Aβ、Aγ、Aδがありますが、B線維よりさらに高速な線維です)

茶色はいずれも求心性の副交感神経になりますが、この図では三叉神経、舌咽神経、迷走神経の3つが出ています。

脳幹の自律神経中枢
脳幹の自律神経中枢

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左端がボケてしまっています。上から、

・心臓抑制中枢

・迷走神経背側核

・疑核

・血管運動中枢

・延髄腹外側野

と書かれています。

③脳神経の線維構成

縦軸は脳神経の種類で、上から“特殊感覚神経”、“体性運動神経”、“鰓弓神経”に分類され、横軸は遠心性(左)と求心性(右)の2つに分かれています。鰓弓神経に注目すると、1番下の副神経(Ⅺ)以外の各神経は遠心性と求心性の双方の機能を有していることが分かります。これを見ると、先にご紹介した“社会交流システム”の中央に書かれている脳神経と比較して頂くと、社会交流システムが関わる脳神経は、鰓弓神経(脳神経のⅤ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ)を指しているということが分かります。

脳神経の線維構成
脳神経の線維構成

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左端がボケてしまっています。上から、

・特殊感覚神経

・体性運動神経

鰓弓神経

と書かれています。

ポリヴェーガル理論1

ポリヴェーガル理論”を知ったのは、ナチュラル心療内科竹林直紀院長の著書である『疲れた心の休ませ方』という本です。特に表紙の下に書かれていた、“「3つの自律神経」を整えてストレスフリーに!”という添え書きに興味を持ちました。

疲れた心の休ませ方
疲れた心の休ませ方

著者:竹林直紀

発行:2021年3月

出版:青春出版社

「はじめに」の中の“コミュニケーションにかかわる自律神経があった!”には、次のような説明がされていました。

『自律神経は大きく3種類に分けられる―。この新しい考え方は、精神生理学者のステファン・ポージェス博士によって提唱されました。

ポージェス博士は、アメリカのイリノイ大学で長年にわたり、自閉症児や社会的コミュニケーションに問題を抱える人々の研究をおこなってきました。そのなかで、自律神経の新しい考え方を発見し、1995年に「ポリヴェーガル理論」と題して論文を発表しました。

ポリヴェーガルとは、「poly(=複数の)」と「vagal(=迷走神経)」を組み合わせた造語で、「多重迷走神経」と翻訳されています。

ポリヴェーガル理論では、3つに分けた自律神経のうちのひとつを「社会的交流」の自律神経(社会神経系)とよびます。人と人とがつながり、関係性を構築していくとき、この「社会的交流」の自律神経が働いてその場に適した対応がとれるといわれています。』 

また、“SCENE1 ストレスに振り回されない「人との距離感」の保ち方”の中では、次のような紹介が出ていました。 

 『ポージェス博士は、著書「ポリヴェーガル理論入門」(花丘ちぐさ訳、春秋社)で、次のような趣旨のことを語っています。

心地よい社会生活や人間関係は、「健康」「成長」「回復」をうながす社会的交流の神経経路を使っておこなわれます。私たち人類の神経系は、「安心・安全」を探求しつづけ、「安心・安全だ」と感じるために、他者の存在を必要としているのです。

これを拝見し、「この、『ポリヴェーガル理論入門』を読んでみないと、よく分からないなぁ」と思い、購入してみました。

ポリヴェーガル理論入門
ポリヴェーガル理論入門

著者:ステファン・W・ポージェス(Stephen・W・Porges)

初版発行:2018年11月

出版:春秋社

“3つの自律神経”という考え方については、その科学的根拠に疑問もあるようです。これについては、後述させて頂きます。

しかしながら、最後の「謝辞」の中で、ポージェス先生がお話されているように、トラウマを抱えた人々に対する理論として、このポリヴェーガル理論は画期的なアプローチのように思います。

また、私のような施術者が患者さまと向き合うときの、「安心・安全」ということの意味や向き合い方など、その大切さを再認識することもできました。

謝辞(冒頭部分のみ)

『「ポリヴェーガル理論」は、1994年10月8日の私の研究所からヒントを得てつくられた(porges,1995)。その日私はアトランタで行われた心理生理学会で、学会長としてあいさつを述べた。そこで語ったモデルとそれに関連する理論が、ポリヴェーガル理論のもととなった。

そのときは、この理論が臨床家の注意を引くとは思っていなかった。私はこのモデルを、この学会で実験可能な仮説として発表したつもりでいた。私が予測していたとおり、このモデルはまず複数の分野において、査読付き論文数千件に引用された。つまり初めは予想通り、科学界で注目されたのである。

しかし、ポリヴェーガル理論がもたらしたもっとも大きな貢献は、この理論が、トラウマを体験した人が抱えていた状態について、神経生理学的な説明を行ったことであった。トラウマを抱えた人々に対し、ポリヴェーガル理論は、生命の危機に及んで、なぜ彼らの身体はかくのごとく反応し、その結果、レジリエンス[しなやかさ]、柔軟性、回復力を失い、「安全である」と感じられる状態に戻れなくなったのかを説明したのである。

先に、触れされて頂いた科学的根拠に関することですが、これはWikipediaに書かれていたものです。検索したところ“Polyvagal theory”に出ていました。(原文のままですみません)

Polyvagal theory

Criticism

Polyvagal theory has not, to date, been shown to explain any phenomena or experimental data above and beyond what is explained more precisely by attachment theory, research on emotional self-regulation, psychological stress models, the Neurovisceral Integration Model[23][24] and neuroimaging studies from the field of social neuroscience. Its appeal may lie in the fact that it provides a very simple (if inaccurate) neural/evolutionary backstory to already well-established psychiatric knowledge.

ブログは、患者さまと向き合う施術者として、「安全・安心」とは何かという視点を中心に置き、ポリヴェーガル理論の神経生理学的説明については、どっぷり浸かるのではなく、少し距離をとって拝読させて頂くこととしました。

その中で、特に印象に残った箇所を取り上げていますが(目次の黒字箇所)、そのほとんどは第1章と第2章からになります。また、長くなったので3つに分けました。

目次

序文

なぜこの本は対話形式で書かれているのか?

なぜ安全を求めるということに焦点を当てているのか?

第1章 「安全である」と感じることの神経生物学

●考えること・感じること:脳と身体について

●正当な科学的論題としての「感じること」に関する研究

●心理生理学研究と心拍変動

●心拍変動を調整する神経的作用機序

●心拍数を制御する迷走神経の計測方法の開発

●生理学的状態の計測と「刺激/反応モデル」の統合

●仲介変数の探求

●安全と生理学的状態

●「安全であること」の役割と、生き残るために必要な「安全である」という合図

●社会的交流と安全

●結論

第2章 ポリヴェーガル理論とトラウマの治療

●トラウマと神経系

●トラウマと神経系

●「ポリヴェーガル理論」と「迷走神経パラドクス」

●ふたたび自律神経系について

●ニューロセプション:意識せずに行う知覚

●PTSDを起こす引き金

●社会交流システムと愛着の役割

●自閉症とトラウマの共通点は何か?

●自閉症の治療

●LPP―リスニング・プロジェクト・プロトコル:理論と治療

●音楽はいかに親密性を促進する:「安全である」という合図

第3章 自己調整と社会交流システム

●心拍変動と自己調整:どう関係しているか?

●「ポリヴェーガル理論」を構成する原理

●安心を感じるためにどのような他者を利用しているのか

●私たちが世界に反応する方法に影響を与える三つのシステム

●迷走神経パラドクス

●迷走神経:運動経路と感覚経路の導管

●トラウマと社会的交流の関係

●いかにして音楽が迷走神経による調整を促す「合図」となるか

●社会交流の信号:迷走神経の自己調節と「合図がわからない状態」

●神経による調整を回復させる

●愛着理論は適応機能とどう関係するか?

●生理学的にもっと安全な病院を作ること

第4章 トラウマが脳、身体および行動に及ぼす影響

●「ポリヴェーガル理論」の原点

●「植物性迷走神経」と「機敏な迷走神経」

●複数の神経経路の群としての迷走神経

●迷走神経と心肺機能

●第六感と内受容感覚

●迷走神経緊張はいかに情動と関係しているか

●ヴェーガル・ブレーキ

●ニューロセプションはどのように機能するか:「脅かされた」と感じるか、「安全である」と感じるか

●ニューロセプション:脅威と安全への反応

●新奇な出来事:哺乳類と爬虫類の反応の違い

●神経エクササイズとしての「あそび」

●迷走神経と解雇

●単一試行学習

第5章 安全の合図、健康および「ポリヴェーガル理論」

●迷走神経と「ポリヴェーガル理論」

●心と身体のつながりがどのように病状に影響を与えるか

●トラウマ、そして信頼への裏切り

●ニューロセプションの働き

●不確実性と生物学的な必要要件としての絆

●「ポリヴェーガル理論」:トラウマと愛着

●なぜ歌うことと聴くことで落ち着くのか

●社会交流システム系を活性化させるエクササイズ

●今後のトラウマ治療

第6章 トラウマ・セラピーの今後 ポリヴェーガル的な視点から

第7章 心理療法に関するソマティックな視点

謝辞

序文

なぜこの本は対話形式で書かれているのか?

・数年にわたり、多くの臨床家から高度に専門的な内容を分かりやすい本にまとめることを求められてきた。

・インタビュー形式にすることにより、臨床応用のための情報に絞り、のびのびと肩ひじを張らない表現で本にまとめることができた。

・本書の巻末には、ポリヴェーガル理論を理解するための基本的な用語や考え方を解説する「用語解説」を付けた。

用語解説:愛着、あそび、安全、安全(治療的状況における)。韻律・プロソディ、ヴェーガル・ブレーキ(迷走神経ブレーキ)、歌う、遠心性神経、横隔膜下迷走神経、横隔膜上迷走神経、オキシトシン、解体、解離、疑核、聴く、擬死/シャットダウン、求心性神経、境界性パーソナリティ障碍、協働調整、系統発生学、系統発生学的に秩序づけられたヒエラルキー、交感神経、恒常性・ホメオスタシス、呼吸性洞性不整脈(RSA)、孤束核、サイバネティクス、自己調整、自閉症、社会交流システム、植物性迷走神経(「背側迷走神経複合体」)、自律神経系(既存の考え方)、自律神経系(「ポリヴェーガル理論」の視点における)、自律神経の状態、自律神経バランス、神経エクササイズ、神経的期待、身体運動、心拍変動、生物学的な必須要件、生物学的非礼、生理学的状態、単一試行学習、中耳筋、中耳の伝達関数、腸神経系、つながり、適応的な行動、闘争/逃走反応、特殊体腔内器官遠心性経路、内受容感覚、内臓運動神経、ニューロセプション、脳神経、背側迷走神経複合体、PTSD(心的外傷後ストレス障碍)、不安、副交感神経、味覚嫌悪、迷走神経、迷走神経の緊張状態、迷走神経の求心性線維、迷走神経パラドクス、ヨガと社会交流システム、抑うつ症、リスニング・プロジェクト・プロトコル(LPP)

なぜ安全を求めるということに焦点を当てているのか?

ポリヴェーガル理論によると、人間やその他の社会交流システムを持っている哺乳類は、顔と心臓が神経的につながっており、表情と声の調子で「安全かどうか」を確認したり投影したりする。この表情と声の調子は、自律神経の状態に伴って変化する。つまり、ポリヴェーガル理論では、私たちは相手がどのように見て、聞いて、声を出すかということで、その人に接近しても安全かどうかを判断すると考える。

社会交流システム
社会交流システム

画像出展:「ポリヴェーガル理論入門」

 『図1で示されているように、社会交流システムには身体運動要素と内臓運動要素が含まれている。身体運動要素には、顔と頭の横紋筋を制御する内臓からの特殊体腔内器官遠心性経路(脳管内の運動核[疑核、顔面神経、三叉神経]から生じており、社会交流システムの身体運動要素を形成している)がある。

内臓運動要素には、心臓と気管を制御している有髄の横隔膜上の迷走神経がある。機能的には、顔と頭の筋肉と心臓のつながりから社会交流システムが生じる。社会交流システムは、誕生直後では、吸う、飲む、呼吸する、声を出すといった行動を調整している。誕生後早期に、この調整がうまく取れない場合、成長後、社会的行動や感情の制御が難しくなることが示唆される。』

ポリヴェーガル理論では、「安全でない」と感じることによって、精神的、肉体的に疾病を引き起こす生理行動学的な特徴が形成される。

我々が「安全である」と感じることの必要性が広く理解されることで、社会的、教育的、臨床的な戦略が、お互いの安全のために、進んで他者を受け入れて、互いに協働調整を図ることを勧める方向に、大きく変わっていくことを望んでいる。

血圧と運動

久しぶりに『月刊 スポーツメディスン』を購入しました。それは特集が「血圧と運動」という興味深いものだったためです。

ブログは早稲田大学スポーツ科学学術院 スポーツ生理学 前田清司先生の“血圧とは何か-なぜ高血圧が問題なのか-”からです。

スポーツメディスン2022年1月号
スポーツメディスン2022年1月号

発行:2022年1月

出版:ブックハウス・エッチディ

1.運動と血圧の関係

●男性約3000名を対象に5年間にわたり、体力(体力の指標は最大酸素摂取量)と血圧の関係を研究した。体力別に分けた5つのグループでは、最も体力の低いグループは、最も高いグループに比べ約1.9倍高血圧症になりやすいことが明らかになった。

●35~60歳の男性を対象にした血圧と歩行時間の研究では、1日の歩行時間が10分以下の人は、20分以上の人に比べ1.4倍高血圧症になりやすいことが明らかになった。

●7年以上にわたってランニング距離と血圧の関係を調べた研究では、ランニング距離が長いほど高血圧の発症リスクが軽減されるという報告がある。

●高血圧症患者に治療の一環として運動療法が用いられており、運動習慣は高血圧を改善する効果がある。

2.動脈硬化と運動の関係

●動脈硬化度は脈波伝播速度などで評価するが、習慣的および一過性の有酸素運動は動脈硬化度を低下させる。

3.柔軟性と血圧の関係

●長座位体前屈を指標とした柔軟性において、高齢者では柔軟性が高いほど血圧が低いという結果が得られた。

●身体の柔軟性を高めるストレッチングは高血圧の予防・改善の効果を持つ可能性がある。

●動脈硬化度について、中高齢者では柔軟性が高いほど動脈硬化度が低いという結果が得られている。

4.推奨される有酸素性運動

高血圧の予防・改善に推奨される運動
高血圧の予防・改善に推奨される運動

画像出展:「スポーツメディスンNo237」

『運動時間や頻度は、できるだけ毎日、30分以上を目標とすることが重要です。たとえば10分の運動でも、合計して30分以上であれば効果的であるということもわかっているので、細切れでも運動することが大事です。

運動強度については、低強度から中等強度では血圧上昇はわずかですが、高強度の運動では血圧上昇が顕著であるため、「ややきつい」と感じる程度の中等強度の運動(心拍数が100~120拍/分、最大酸素摂取量の約50%)がよいと思います。高強度インターバルトレーニングは短時間で効果が得られ、糖尿病患者に対する改善も示されていますが、高血圧患者に対しては血圧上昇に十分な注意が必要です。

高血圧患者では主治医の指導のもとで治療を行っていくことになりますので、この記事などの情報を得て、自分で判断して運動を始めるのではなく、主治医の指導に従うことが大切です。

また、運動習慣のない方が急に運動を始めると、身体に与える負荷が非常に大きいので、まずは生活の中で掃除をしたり買い物をしたり、子どもと遊ぶなど、身体活動を増やすことから始めるとよいでしょう。あとはそれぞれのライフスタイルに合わせて運動を取り入れていくとよいです。 

最初は合計15分の運動をやってみるとか、運動を朝と夕方に分けてやってみるとか、無理をしないことが大切です。』

5.高血圧パラドックス

●高血圧パラドックスとは、薬など治療法は明らかになっているにも関わらず高血圧治療が進まないことである。

感想

先週のブログ「“年齢+90”という考え方」は、松本光正先生の『やっぱり高血圧はほっとくのが一番』で勉強したことを書いているのですが、”今が最良の血圧”というお話をされています。

これは、人は生きていくためにはすべての臓器や組織に酸素や栄養素、生理活性物質などを運ぶ必要がある。若者の血管は軟らかく、力の弱いポンプ(低い血圧)でも血液を全身に送り届けることができるが、太ったり、加齢で血管が硬くなったり、血液がドロドロしていたりすると、力の強いポンプ(高い血圧)を使わないと血液を全身に送り届けることは難しい。そして、これらの調整は生きていくために備わっている能力(自然治癒力)が、ポンプの強弱(血圧)を最適になるように自動的に調整してくれている、というものでした。

このことは安易に薬に頼るのではなく、食事、運動、睡眠などの生活習慣の改善に取り組み、原因を根本的に取り除いていけば、血圧は自然と少しずつ下がっていってくれるということです。

“高血圧パラドックス”の一番の問題点は、体が持つ自然治癒力のメカニズムや加齢という現象を軽視し、さらに生活習慣を見直すことを省略して、安易に薬に頼ってしまっていることが原因ではないかと思いました。

循環器系の構成と血流分布
循環器系の構成と血流分布

画像出展:「人体の正常構造と機能」

この図をみても、重力に逆らって血液を全身に循環させる仕事は簡単ではないと思います。

なお、これは安静時の状態です。下の方に”骨格筋16%”とありますが、骨格筋を激しく使う運動を行うと、この数値は跳ね上がり、相対的に内臓などの血液分泌比率は下がります。

 

 

 

体循環の各部位における血圧
体循環の各部位における血圧

画像出展:「人体の正常構造と機能」

細い血管、硬い血管、ドロドロした血液を送り出すには強いパワー(高血圧)が必要になってきます。

 

ご参考:”降圧剤で脳梗塞に?血圧を下げるなら下半身の運動も忘れないで

こちらは荒牧内科 荒牧竜太郎院長が寄稿された、”Medicallook”さまの記事です。一部、ご紹介させて頂きます。

『高血圧を治すために降圧剤が投与されるのですが、患者や医師の意に反して「脳梗塞」を引き起こすこともあるのです。動脈硬化で先の細くなった血管に血栓が流れ込んでも、血圧が高ければ血栓を押し流してくれます。しかし、降圧剤で血圧が下がっていると、血栓に圧力がかかりません。そのせいで血管に血栓が詰まりやすくなります。すると、脳梗塞も起こりやすくなります。

『血圧を下げる効果のあるプロスタグランジンというホルモンは、上半身の運動より下半身の運動でより多く分泌されます。ウオーキング、ももあげ、スクワットなど下半身の運動を行ってください。

※注意:ベンチプレス・筋トレ・全力疾走など、”瞬間的に力を入れるような運動(無酸素運動)”はかえって血圧を上昇させるので注意してください。

 

“年齢+90”という考え方

当院では血圧と脈拍を施術前後に計測しています。

先日、血圧が高めの患者さまが来院されました。収縮期血圧が160台だったので、「ちょっと高めですね」とお声をかけたところ、「友人の医師も言っているが、50、60歳で120台(収縮期血圧)なんて無理な話。年齢+90でも特に問題ないし、薬もまだ要らないと思っている」とのお話でした。

以前、青木久三先生の『減塩なしで血圧は下がる(ブログは“塩と高血圧”)石川太朗先生の『降圧薬の真実(ブログは“降圧薬”)を拝読しており、私自身も“年齢+90”は問題ないと思っていたので、このお話に特に違和感はなかったのですが、何か新しい情報はないか調べてみることにしました。

上の血圧は「年齢+90」くらいが適切|健康診断の古い基準に従う必要はない

このYAHOOニュースに掲載されていた記事は、満尾正先生によるものです。残念ながら先生の著書の多くは食事療法に関するものだったため、もう少し調べてみると、同様なお考えをもった松本光正先生が血圧に関する数多くの本を出版されていることが分かりました。そして、その中から『やっぱり高血圧はほっとくのが一番』という本を選びました。

やっぱり高血圧はほっとくのが一番
やっぱり高血圧はほっとくのが一番

著者:松本光正

初版発行:2019年5月

出版:講談社

本文に入る直前に次のことが書かれていました。

本書は高血圧と診断された後にもなるべく服薬に頼らないようにするため、まずは食事療法や運動療法による生活習慣の是正を試みている方むけに書かれたものです。何らかの事情で厳格な血圧のコントロールを必要とされている人には適さない内容も含まれています。もし身体にいつもと違う変化があったら、必ずかかりつけ医に相談してください。』

目次は以下の通りですが、ブログで取り上げたのは黒字の箇所です。特に「第5章 君子医者に近寄らず」の最後、“良い医師、悪い医師、普通の医師”は、松本先生が読者に伝えたいことを集約させた文章のように感じました。

第1章 受診の95%は不要

●医者に来る必要がありますか?

●不要な受診をしてしまう4つの原因

●自然治癒力があるから受信しなくても大丈夫

●自然治癒力が持つ3つのはたらき

●あなたの身体はいつでも「今が最良」

●症状は身体が「今が最高」と示すサイン

●急性病は病ではない

●身体に起きていることで無意味なことは一つもない

第2章 やっぱり高血圧はほっとくのが一番

●高血圧は放っておいても大丈夫

●血圧にも2つの「今が最高」がある

●最適な血圧の目安は「年齢+90」

●ライオンの血圧は110、キリンの血圧は280

●高血圧治療に潜んだカラクリ

●本当の血圧は一日の中で最も低いときの血圧

●血圧は低い方が心配

●血圧に関するよくある質問

第3章 クスリはリスク

●降圧剤の弊害

●人間は機械ではない

●原因があって結果があるので、薬を飲んでも解決できない

●あなたの身体は世界にただ一つのオーダーメイド

●薬を飲むリスク

●さまざまな疾患の薬による弊害

●医師がそれでも薬を出す理由

●薬に関するよくある質問

第4章 薬を飲まずに健康を保つ方法

●血圧が高いと言われたら、まず実践したい4つのこと

●心が身体に及ぼすさまざまな影響

●心の健康を保つ4つの方法

●心を鍛え続けてきた私自身の病との向き合い方

第5章 君子医者に近寄らず

●医者にはどんなときに行くべきか

●無医村ほど長生き

●健康な人を患者に変える健康診断

●医師を妄信しない

●良い医師、悪い医師、普通の医師

おわりに

第2章 やっぱり高血圧はほっとくのが一番

最適な血圧の目安は「年齢+90」

あなたの血圧は自然治癒力のおかげで、今のあなたにとって最適な値になるようにつねに自動的にコントロールされています。そうはいっても気になるのが最適とされる血圧値の目安ではないでしょうか。

健康を保つために最適な血圧の目安としては、経験的に年齢+90という数値が使われており、私もこの数値を目安にしてよいと考えています。

一方でこれは古い考え方だと否定する医師も沢山います。しかし、私はこの数値はけっして古いとは思いません。むしろ、立ち上がった中型の哺乳動物である我々人間にとって、この値は非常によくできた数値だと考えます。年齢とともに変化し、上昇する血圧をわかりやすく表しているからです。

この数値を否定する医師は人の血圧が年齢ととともに上昇するということが受け入れられない、あるいはわからない医師なのでしょう。年齢とともに血圧を上げることで命を守っているということが理解できず、年をとっても若者と同じ数値がよいと思い込んでいるのです。高齢者の血圧が若い人の血圧を基準に語られている現状、これこそが問題です。

若い人の血管はしなやかです。動脈硬化も狭窄もありません。だから低いのです。その低い血圧でも地球という惑星に存在する重力に逆らって血液を心臓から脳へと送ることができるからです。

しかし高齢になると血管のしなやかさは失われ、血管に狭窄が起こります。こういう血管の状態では130の血圧では脳まで血液を送ることができません。脳に血液を送らないと死んでしまうので、身体は命を守るために150、160、200と血圧を上げていきます。命を守るために自然治癒力がはたらいているのです。必要だから血圧は上がるのです。

「高血圧治療ガイドライン2014電子版」によると、若年、中年、前期高齢者患者の診察室血圧における降圧目標は140/90とされています。

75歳以上の後期高齢者患者の降圧目標を見てみると、150/90ですが、降圧によって有害な影響が見られないならば、という条件付きではありますが、75歳未満の人たちと同じ140/90が目標とされています。

2019年4月にこのガイドラインが改訂されました。新しいガイドラインでは75歳未満の人の降圧目標は130/80未満へ、75歳以上の人は140/90未満にそれぞれ引き下げられました。従来よりも厳しい血圧コントロールが求められるようになりましたが、こうした基準を一律に高齢者にも当てはめるところに問題があります。これが間違っていることは誰の目にも明らかでしょう。

だから私は何度も繰り返し言います。年齢+90は非常に合理的で科学的な数値です。』 

第3章 クスリはリスク

医師がそれでも薬を出す理由

過剰医療、過剰診療は医師の防衛反応

『風邪を風邪だときちんと診断し「風邪なので薬は出しません。寝て安静にしてください」という一言は、医師にとってとても重く勇気がいる一言です。これが言える医師は素晴らしい人です。たまにですがそういう医師の噂を耳にします。

ではなぜ、薬(化学薬品)は悪い、効果がないと思う医師さえもが薬を処方するのでしょうか。それは、そうしないと患者さんに何かあったときが怖いからです。何かというのは、それが風邪でなくほかの重大な疾患だった場合や、さらにそれが訴訟に発展したときです。

そうならないためには薬を出して、「私はガイドラインに従い、世間の医師の常識通りの診療をし、薬を処方しました」と言えるよう防衛線を張る必要があるのです。だから、薬は効かないし、むしろ毒だときちんと理解している医師でさえ薬を出すし、必要でもない検査をするのです。これらはみんな防衛反応です。医師も自分の身がかわいいのです。その結果、過剰医療、過剰診療がおこなわれているのです。』 

第5章 君子医者に近寄らず

良い医師、悪い医師、普通の医師

普通の医師

『世の中には沢山の医師がいます。悪い医師ばかりではありません。また良い医師ばかりでもありません。ほとんどが普通の医師でしょう。

普通の医師とはどういう医師かというと、世間一般のどの医師もやっていることを何の疑いもなくおこなっている医師でしょう。

風邪の患者さんが来たら風邪薬や抗生物質を処方します。インフルエンザの患者が来たら抗インフルエンザ薬のタミフル(オセルタミビル)を出し、新薬のゾフルーザ(バロキサビルマルボキシル)の発売が開始されるとすぐさま手を出します。予防注射は効くと思っているから患者さんに勧めます。

下痢の患者さんに下痢止め、吐いていれば吐き気止め、血圧が高ければ血圧の薬を出します。コレステロールが高ければコレステロールの薬を、血糖値が高ければ糖尿病だと思ってすぐに薬を出し、少し血糖値が高いだけなのにインスリン注射を平気で勧めます。

認知症の薬は効くと信じています。疑うなどという気はまったく持ち合わせていません。その薬が世界では使われていないなどとは夢にも思いません。だから平気で使います。

普通の医師は、こうして馬に食わせるほどという表現がぴったりなくらい多くの薬を処方します。患者さんに薬を出してあげるのは親切だと信じているのです。

早期発見・早期治療が最善だと思っているから健康診断が好きで、がんであれば手術を勧めるし、躊躇なく抗がん剤も投与します。こういう医師が普通の医師です。

人はいいのです。優しい心を持っています。人格者と慕われている人もいます。でも普通の医師なのです。

けっして不勉強ではありません。医学をよく勉強しています。知識も豊富です。しかし、その知識は普通の知識です。その普通の知識をそのまま何の疑いもなく取り入れているのです。取り入れているだけで深く考えないのです。考えないから、世間一般におこなわれている医療行為を疑うことなく実施しているのです。これでは患者さんはたまりません。

有名大学の医学部を首席で卒業しても普通の医師は普通の医師です。

医師はつねにこれでいいのか、自分の知識は正しいのかを自問自答し、考え続けなくてはなりません。考えないから普通の医師なのです。

この本の初版は2021年5月なので、原稿は3年前位ではないかと想像します。一方、認知症の薬は最近時々話に聞くので、少し調べてみました。

下記は和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センターさまのサイトです。

和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センター
和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センター

認知症のお薬について 「薬はどのくらい効きますか?」

 『残念ながら現在使用されている薬には、根本的に認知症の進行を止める働きはなく、飲んでいても最終的には認知症は進行します。また記憶障害や行動障害を劇的に改善させるほどの効果も期待できません。しかし脳で生き残っている神経細胞を活性化させ、覚えたり考えたりする働きをある程度保つ可能性があります。また、日常生活に活気が出たり、イライラや不安を少なくすることによって生活の質を上げる効果も期待できます。』

こちらは国立研究開発法人日本医療研究開発機構さまのサイトです。(こちらは薬の話ではありません)

日本医療研究開発機構
日本医療研究開発機構

アルツハイマー病に対する光認知症療法の開発に向けて

 凝集Aβに対する光酸素化法の新規AD根本治療戦略としての可能性を示した点で大変意義のある成果です。また光酸素化触媒はアミロイドに共通の立体構造に対して反応し活性化することから、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの、AD以外のアミロイド形成・蓄積を原因とする多くの神経変性疾患に対しても有用である可能性が期待されます。

悪い医師

『悪い医師も世の中には沢山います。残念ですがこれは事実です。

“医は仁術”[「医は人命を救う博愛の道である」ことを意味する格言]ではなく、医は算術だと心得ているのです。だから儲かればいいのです。

インフルエンザワクチンが効かないことは知っていますが、儲かるから打ちます。点滴など必要でないことは十分承知していますが、やれば儲かるのですぐに点滴しましょうと言います。

血液検査も1項目か2項目実施すれば十分なのに、10項目でも20項目でも調べます。項目数が多いほど儲かるからです。半年に1回血液検査すればいいものを患者さんが来院するたびに血液をとります。

レントゲン写真など撮らなくていいことを知っているし、放射線は人に危険なことも知っていますが、平気でレントゲンを撮るように指示します。

3カ月か4カ月に1回診察すれば十分なのに、平気で2週間後、1カ月後に来院するように言って再診料を稼ごうとします。

要するに、どれが科学的根拠のある医療なのか知っているのに算術が先にはたらいてしまう医師です。

ところが、このような病医院が患者さんで賑わっているのです。患者さんは、薬を多くもらえれば嬉しいし、検査を沢山してくれれば嬉しいし、レントゲンを撮られて放射線を浴びてもレントゲンを撮って頂きましたと喜んでいるのです。悪い医師を育てているのは患者さんなのです。

何度も申し上げてきましたが、医師の「下げたがり病」が流行っています。これは自分の考えだけが正しいとし、それを患者さんに押しつける医師です。血圧は下げたほうがいい。HbA1cは下げたほうがいい。コレステロールも下げたほうがいいなどの考えを押しつける医師です。

がんの治療には手術をするのが当たり前で、抗がん剤を使用するのも、放射線治療をおこなうのも当たり前ととらえており、それを強要する医師です。

「がんを放置するなどとんでもない。そんな奴は来るな」という医師の言葉に傷つき、泣きながら私の外来に来た患者さんが何人もいます。医師の考えの押し付けにあってがんの手術をしたばかりに、抗がん剤による薬物治療を受けようとしたばかりに、苦しんで苦しんで、しかもあっという間に亡くなった人を沢山診てきました。

そのたびに思います。本当に医師が悪いと……。

血圧も同じです。本当に医師が悪いのです。「下げたがり病」の医師が一番悪いのです。』

良い医師

良い医師は人間が生物の一種だときちんととらえています。

そして良い医師は考えます。その医療行為は人間という生物にとって正しいのだろうか、と。まず真っ先にこのことを考えます。そして、最終的にその治療はその患者さんにとって最適な科学的な治療なのかということをつねに考えます。

このように考えるから風邪薬も血圧の薬もみんないらないと気づき、処方しません。検査も最低限の項目で、最低限の回数でおこなうように努力します。不必要なレントゲン検査もしません。

人間という生物をよく心得ていますから、人間という生物の加齢現象のこともきちんとわかっています。不可逆的な変化を起こしている高齢者に若者と同じような薬は投与しませんし、検査もしません。

このように高齢者には高齢者に合った治療があることを十分にわかっているのが良い医師の条件でしょう。患者さんの気持ちも大切にしますが、患者さんにとって悪いことはきちんと説明して、納得してくれるように努力します。

心と身体の関係を熟知した医療をおこなっています。薬を出す前に心が疾病に関与していないかどうかや、運動、食事といったほかの生活の改善ができないかを優先します。

薬による治療は最後の手段と考え、儲かるからとか、ほかの医師もおこなっているからといったことを基準にしません。

そして、落ち込んでいる患者さんを励まします。顔色が少々青くても「グリーンピースは青いほうがいいよ」と言い、足がむくんでいるなら「大根だってみずみずしくていいよ」と励まします。けっしてマイナスの言葉を患者さんに向けることはありません。プラス思考で明るく朗らかに接します。

患者さんに何かを尋ねられたら、ていねいに説明します。けっして怒鳴ったり、不愉快な顔をしたりしません。もちろん医学知識も豊富です。手術も手技も驚くほど上手です。』

ご参考1加齢による頻尿

最近、夜間頻尿が気になり病院に行こうかなと思っていました。必ずしも加齢が原因とは言い切れないので、一度は血液検査や尿検査をすべきですが、検査の結果、加齢が原因となった場合、どんな薬を飲むことになるのか調べてみました。

すると夜間頻尿の一般的な薬は”抗コリン剤”や”β3作動薬”と呼ばれているもので、アセチルコリンやノルアドレナリンといった神経伝達物質を通じて、自律神経系に働きかけるタイプの薬でした。「夜間頻尿のためにこれはやりすぎなんじゃない?なんか飲みたくないなぁ」というのが第一印象でした。「やっぱり漢方の方がいいのでは」と思い、漢方内科も持たれている個人病院を見つけました。

一方、今回の松本先生の本では、第3章の中の“さまざまな疾患の薬による弊害”の一つに“泌尿器系”について書かれているページがありました。

下記はその中の一部です。

『なぜ夜間の頻尿が加齢現象なのかを説明しましょう。あなたが子供だった頃を思い出していただくといいかもしれません。子供の頃は、夜に疲れてバタンキューと寝たら、12時間でも尿意を感じないまま眠り続けていられましたよね。これは、夜中に尿が作られないように、そのためのホルモンが分泌されていたからなのです。

ところが高齢になると夜間の頻尿を抑えるホルモンが出なくなります。そのため夜に何回もトイレに起きるのです。

繰り返し何度でも申し上げます。加齢による身体の変化は現代の医療ではどうしようもないのです。年をとることには誰も勝てないのです。白髪を若かった頃と同じように黒く戻せないのと同じです。ここのところをしっかり頭に入れてください。』

これを読んで思いました。加齢による夜間頻尿の問題は起きることではなく、起きた後になかなか寝付かれないことではないか。そうだとすれば、自分の場合は問題ないなという結論です。やるとすれば、まずは筋トレなどの運動だろうと思います。

松本先生の「加齢による身体の変化は現代の医療ではどうしようもないのです。年をとることには誰も勝てないのです」というご指摘はとても重要だと思いましたそして、「病か加齢か」、後者だとすれば、薬に頼ることは最後の手段と心得、運動、睡眠、食事を見直すということから考えるべきだと思いました。

Only One Massage

RA系阻害薬は腎保護に効果的な降圧薬ですが、CKD患者さんでは服用による腎機能の悪化を招くおそれがあり注意が必要。

麻布竹谷町と三田小山町

三田小山町(現・三田一丁目)で生まれた母親は2歳になる前に引っ越し、小学校教諭になる前の約20年を麻布竹谷町(現・南麻布一丁目)で暮らしました。仙台坂を下って麻布十番によく行っていたということを、懐かしそうに、そしてやや自慢げに話していました。

麻布といえば各国の大使館がひしめく高級住宅街で、埼玉一筋の私からは縁遠い高嶺の花です。以前から「なんで? いつから麻布?」という疑問を持っていたのですが、今回、母方の戸籍を調べてみることにしました。

一方、麻布を詳しく知るために購入した本が『麻布十番 街角物語』です。著者の辻堂真理[マサトシ]先生は、ご自分を「昭和四十年代に幼少期を過ごした十番小僧」と呼んでいます。この本の“第六章 消えた風景の記憶”の中に、“麻布竹谷町の今昔”と題するパートがあるのですが、麻布竹谷町に加え、三田小山町についても紹介されていたのには驚きました。

ブログの題名を「麻布竹谷町と三田小山町」としたのは、『変わらない磁場のようなものを二つの町からは強く感じるのです。』という、辻堂先生のお話が印象に残ったためです。 

麻布十番街角物語
麻布十番街角物語

著者:辻堂真理

発行:2019年8月

出版:言視社

竹谷町にも小山町にも、私が十番小僧だった昭和四十年代にこれらの町が照射していた「オーラ」のようなものが、いまも残っているからではないか、とも考えるのです。

バブル期を境に麻布十番という街が変容してしまったことはすでに述べましたが、そのなかで竹谷町と小山町の西地区は大規模な再開発計画から逃れた稀有なエリアということができます。もちろん個々の建物は新しくなり、マンションの数が増えたことも確かだけれども、それでも変わらない磁場のようなものを二つの町からは強く感じるのです。

辻堂先生の『麻布十番 街角物語』に関しては、“麻布の歴史”、“麻布十番”、“麻布竹谷町”、“高見順”、“東町小学校”という5つの題名に分類させて頂きました。その後に、私事になりますが調べて分かったことを追記しました。

麻布の歴史

●江戸市街の整備は天正十八年(1590年)に徳川家康が江戸に入府してから。寛永十二年(1635年)には参勤交代が制度化され、諸藩の屋敷が江戸市中に林立した。この頃から麻布の台地にも武家屋敷が建ちはじめた。

明暦三年(1657年)一月十八日に、死者数万人におよぶ「明暦の大火が発生。この大火がきっかけとなり、幕府は江戸市街に密集していた武家地や寺社地を郊外に移す施策を打ち出した。このような経緯により、それまで田畑と原野だった麻布の台地に武家屋敷の建設ラッシュが始まった。麻布十番は江戸城まで5~6km、徒歩で1時間程度であり、徳川に仕える武家たちにとって好適地だった。

延宝年間(1673~1681年)には、善福寺門前の雑式集落より東のエリアも武家屋敷となり人口は増えていった。

●麻布エリアが正式に江戸市中に組み入れられたのは、正徳三年(1713年)にまず百姓屋敷が、次いで延享二年(1745年)には善福寺門前の町屋がそれぞれ町奉行の支配下となり、江戸八百八町の仲間入りを果たした。

東都麻布山善福寺境内之図
東都麻布山善福寺境内之図

画像出展:「江戸の外国公使館」

渓斎英泉(江戸時代後期に活躍した浮世絵師)の版画です。時代は文政-天保年間(1818-1844)となっています。

 

幕末の善福寺
幕末の善福寺

画像出展:「江戸の外国公使館」

幕末の善福寺です。

 

文政十年(1827年)の資料を見ると、麻布エリアは59人の旗本とその関係者が居住しており、芝や愛宕に次ぐ武家屋敷町であった。

「分間江戸大地図」文政11年(1828年)
「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

画像出展:「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

この古地図は文政11年ということなので、本書にある、「文政十年」の翌年ということになります水色古川です。地図を拡大して頂くと、中央やや右、古川が直角に曲がっている箇所の左側に現在の“麻布十番駅”があります。駅の下方には“善福寺”があり“センダイ坂”を挟んで“松平陸奥”の大名屋敷となっています。この松平陸奥と書かれた場所がおおむね麻布竹谷町になります。

 

●日米修好通商条約が締結された安政五年(1858年)の翌年、日本初のアメリカ公使館が麻布山善福寺に置かれた。そして初代アメリカ公使のタウンゼント・ハリスや通訳のヒュースケンをはじめ、二十人ほどのアメリカ人が滞留することとなった。 

ハリス(左)とヒュースケン(右)
ハリス(左)とヒュースケン(右)

画像出展:「江戸の外国公使館」

左がハリス、右がヒュースケンです。

 

ガウン姿のハリス
ガウン姿のハリス

画像出展:「江戸の外国公使館」

左下の番号が“75”なので、この写真は“ガウン姿のハリス”になります。

 

幕府からの書簡
幕府からの書簡

画像出展:「江戸の外国公使館」

上が”善福寺をアメリカ公使の旅館に指定する書簡”、下は”アメリカ使節の上陸を伝える書簡”です。

 

文久2年(1862年)の古地図(麻布)
文久2年(1862年)の古地図(麻布)

画像出展:「御府内場末往還其外沿革図書」

こちらは文久2年(1862年)の古地図です。1858年の“日米修好通商条約”締結の4年後になります。緑色(土手・百姓地)に囲まれた水色古川です。また、オレンジ色“宮・寺”で中央の大きなエリアが“善福寺”です。白色は“武家地”ですが非常に多いことが分かります。

 

 

明治維新を迎え、武家中心の町であった麻布十番の商店街は一時の賑わいを失った。

その後、栄えるきっかけとなったのは明治六年(1873年)、麻布十番からほど近い芝赤羽の旧久留米藩有馬家の上屋敷跡(現在の国際医療福祉大学三田病院、済生会中央病院、三田国際ビル、都立三田高校、港区立赤羽小学校などを含む二万五千坪に及ぶ広大な場所)に、工部省の赤羽製作所(官営の機械製作工場、後の海軍造兵廠)が開設されたことである。 

有馬玄蕃の上屋敷(文政11年)
有馬玄蕃の上屋敷(文政11年)

画像出展:「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

こちらは最初の古地図(文政11年)のほぼ中央部分を拡大したものです。現赤羽橋駅の古川に沿って大きなエリアを占めているのが“有馬玄蕃”の上屋敷です。そして、有馬家の上屋敷の左側に隣接するのが三田小山町になります。

 

 

 

有馬様の屋敷(左)
有馬様の屋敷(左)

画像出展:「江戸の外国公使館」

写真の左側が有馬家の上屋敷の塀とのことです。方角が不明確ですが、上図(文政11年)から考えると、左が有馬家なので右は松平家(松平隠岐)の上屋敷ではないかと思います。

 

 

 

 

有馬様の屋敷(左)
有馬様の屋敷(左)

画像出展:「市原正秀[明治東京全図]」

こちらは明治9年(1876年)の地図です。上部に古川が書かれています(左から小さく“中ノ橋”、“赤羽橋”とあるのでこれが川だということが分かります)。これを見ると、有馬家の上屋敷の跡地に工部省の赤羽製作所(この地図には“製作寮”となっています)があったことが確認できます。

 

 

 

 

 

その後、明治八年(1875年)には、赤羽製作所の西側に三田製糸所が開業。明治十二年には三田製作所(芝五丁目)、明治二十年に東京製綱株式会社(南麻布三丁目)、明治三十二年に日本電気(芝五丁目)といった大企業が次々に設立された。さらに、日露戦争[1904-1905]後には古川沿いにも工場が林立し、十番街商店街は工場労働者の日用品や食料品の供給基地として、再び活況を呈するようになった。

古川と中ノ橋付近
古川と中ノ橋付近

画像出展:「江戸の外国公使館」

“古川と中ノ橋付近”となっているので、場所は三田ではなく麻布十番寄りです。また、ベアト撮影と書かれており時代は幕末だと思います。 

 

●麻布の台地部では、明治二十年代の後半あたりから武家地の区画整理が急速に進んだ。特に西町(現在の元麻布二丁目)あたりを中心に、政治家や実業家の大きな邸宅が建ち並ぶようになり、明治の後期には皇族や華族、政府の高級官吏などが住む都内屈指の高級住宅街となった。

古川沿いの低地に開けた繁華な商店街と、台地上から商店街を眺める高級住宅街―麻布十番の特徴的なコントラストは、明治期から大正期を通じて完成され、そのまま昭和という激動の時代へと突き進んだ。

麻布十番

●昭和はじめ頃の麻布十番の名物は「露店」だった。稲垣利吉先生の「十番わがふるさと」には次のように紹介されている。

『「当時の十番は今の一丁目から三丁目にかけて二百余軒の店舗が並び、夜ともなると露店が五十軒位出店した。露店といっても毎晩同じ人が同じ場所に店を出す人が多く、今の追分食堂(麻布十番二-五あたり)前や吉野湯(麻布十番一-十一あたり)の横町などには風呂帰りの人を相手の飲食店の屋台が並んだ」ということです。』 

麻布十番大通り
麻布十番大通り

画像出展:「増補 写された港区 三」

昭和8年に撮影された、“十番大通り”です。 

 

また、幼少期から二十年間を麻布竹谷町(現・南麻布一丁目1~4、9~26、27番の一部、三丁目3番)で暮らした高見順先生も、短編小説の「山の手の子」の中で露店について次のようにふれている。

『「夜店も私には楽しいものだった。アセチレンのにおいがなつかしく思い出される。縁日の夜店へは、私は子供の頃、母に連れられてよく行った。(中略)麻布十番通りの夜店―そこへ行くのに母は、おまいりに行きましょうと言うのが常だったが、ほんとは気晴らしに出かけたのにちがいない。安い、小さな鉢植えの植物を買うのが、母の、そして私の楽しみだった」と記しています。』 

●麻布十番という名称が正式に地名となったのは昭和三十七年(1962年)のことで、それまでは麻布宮下町、麻布網代町、麻布坂下町、麻布山元町などに細分化されていた。 

麻布十番の夜店
麻布十番の夜店

画像出展:「増補 写された港区 三」

こちらは昭和12年に撮影された、“麻布十番の夜店”です。

 

麻布竹谷町

竹谷町は麻布村の一部で、明暦年間(1655~1658年)に仙台藩伊達氏の下屋敷となった。

●麻布十番から仙台坂を上り、麻布山入口信号の先を左折して150メートルほど行くと、左側に港区シルバー人材センターのビル(南麻布1-5-26)がある。この辺りが旧麻布竹谷町になるが、江戸中期までは伊達家下屋敷の敷地内の一部で、享保八年(1723年)以降は禄の低い旗本のお屋敷地だったようである。

●明治五年(1872年)に武家地を合併して麻布竹谷町になった。仙台坂は町の北辺の長い坂である。仙台坂の由来は坂の南に仙台藩の広大な下屋敷があったためである。

●仙台坂は二之橋の交差点を起点に西の方向(西麻布方向)へ、およそ500メートルつづく急勾配の長い坂。坂上の台地(元麻布)と坂下の低地(麻布十番)を結ぶ主要路であり、麻布十番と南麻布を分ける境界線にもなっている。 

仙台坂(文久二年)
仙台坂(文久二年)

画像出展:「御府内場末往還其外沿革図書」

こちらは先にご紹介した文久2年(1862年)の古地図の中央付近を拡大したものです。オレンジ色“宮・寺”、白色は“武家地”、灰色“町屋”緑色“土手・百姓地”、クリーム色“道”です。ほぼ中央の道が“仙台坂”です。

 

 

仙台坂(令和三年)
仙台坂(令和三年)

地下鉄日比谷線 広尾駅で降りて、有栖川公園を越え少し歩いていると”仙台坂”の交差点にきます。右前方が”旧 松平陸奥守下屋敷坂(上図)”です。

また、この仙台坂を下った左側に善福寺があり、その前方左側が”麻布十番”になります。

●昭和二十年(1945年)五月、夷弾の爆撃により一面焼け野原と化し、それまであった家並みは激変したが、町の地勢はそれほど変わらない。 

焼野原の麻布十番
焼野原の麻布十番

画像出展:「麻布十番 街角物語」

焼け野原の麻布十番。

 

 

本書の著者である辻堂先生は、昔の竹谷町を見つけました。

『土地の高低差を手がかりに崖を目指して西の方向へ進んでいくと、いやはやマンションが目の前に立ちはだかって、崖下の風景は見る影もありません。昭和四十年代までは高層建築は珍しく、ほとんどが平屋か二階建ての家屋ばかりだったので、屋根越しに崖肌を見ることができたのに……と、さらに歩を進めてみると、見えました!マンションのほんのわずかな隙間から、五十年前と変わらぬ姿で崖肌がのぞいていたのです。』

竹谷町の崖肌
竹谷町の崖肌

画像出展:「麻布十番 街角物語」

かなり高い崖肌です。

 

 

この崖上の台地が仙台藩の下屋敷があったところで、後に明治期に総理大臣を二度も務めた松方正義の三男・正作の屋敷となり、この敷地内の一部に先述した仙華園がありました。 

東京市麻布区図 大正13年(1924年)
東京市麻布区図 大正13年(1924年)

画像出展:「東京市麻布区図」

仙台坂沿いの左側の武家地(白色)に“松方邸”が出ています。なお、これは大正13年(1924年)の地図です。

 

 

高見順

●高見順先生は明治四十年(1907年)、福井県で生まれた。上京したのは一歳九ヵ月、飯倉三丁目あたりに落ちくつくも、ほどなくして竹谷町五番地に引越し。結婚され大田区大森に新居を移す昭和五年(1930年)までの二十二年間を竹谷町とその周辺で暮らした。 

●高見先生は大正二年(1912年)、今の麻布区立本村小学校に入学するが、竹谷町のすぐ隣の東町に開校した「東町小学校」に転向した(著者の辻堂先生も東町小学校出身とのことです)。

なお、辻堂先生が特に高見先生に興味をもったのは、二十代の頃にたまたま読んだ「わが胸の底のここには」の中に、大正から昭和にかけての竹谷町の風景を見つけたからとのことです。

竹谷町五番地と東町小学校 大正13年(1924年)
竹谷町五番地と東町小学校 大正13年(1924年)

画像出展:「東京市麻布区図」

緑色のサインペンでマークした部分が“竹谷町五番地”です。また、右端に破線で大きく囲った部分は“東町小学校”になります。

 

 

●高見先生は母上から人一倍厳格に育てられた。そして先生もそうした母上の訓育に応えるように、勉学に勤しみ、一校(現・都立日比谷高校)、帝大(現・東京大学)というエリートコースを進み、やがて昭和を代表する小説家・詩人となった。

●高見先生は昭和二十年(1945年)の空襲の一ヶ月ほど前に竹谷町を訪れている。

『竹谷町に出た。私の通った東町小学校は昔のままだった。前の赤煉瓦の邸宅も昔のままだ。懐かしい。学校に沿った横道に入った。突き当りの岡本さんは、私のうちでいろいろ世話になったところで、ここまで来たのだから挨拶して行こうと思ったら、―家がつぶれている。強制疎開だ。ごく最近、取りこわしたらしい様子だ。(「高見順日記」昭和二十年四月二十二日)』

東町小学校

●東町小学校は大正二年(1913年)に開校した。関東大震災による倒壊は免れたものの、昭和二十年(1945年)の空襲で全焼した。一旦は廃校になったが、昭和三十年(1955年)に再開した。

●東町小学校が高見文庫を設立したのは、高見先生が病気で亡くなった昭和四十年(1965年)十一月二十二日。「高見順日記」、「昭和文学盛衰記」や、高見家から寄贈された数百冊の著書が展示されている。

●展示されているのは約40冊と、高見先生の小学生時代の写真や新宿伊勢丹で開催された高見順展のパンフレット、「われは草なり」が掲載された国語の教科書なども陳列されている。 

高見文庫
高見文庫

画像出展:「麻布十番 街角物語」

 

 

私事の件

1.「なんで? いつから麻布?」という疑問 


答えは、高祖母の旧姓吉田ミヨ(天保14年[1843年]生まれ)の父である吉田宗衛門(母の高祖父)が、東京府麻布区坂下町(現・麻布十番二丁目・三丁目)に住んでいたというのがルーツでした。

戸籍から調べるのはこれが限界でした。この先はどのような方法があるのだろう思い、図書館から借りてきた本、『自分でつくれる200年家系図』をみると、いくつか手掛かりが出ていましたので一部をご紹介させて頂きます。 

自分でつくれる200年家系図
自分でつくれる200年家系図

さまざまな手法:血縁よりも家としてのルーツ探し

まずは郷土誌を読む

総本家や親戚に行く(現地を訪ね、祖先の情報を得る。図書館や教育委員会にも手がかり)

古文書を調べる(先祖が庶民なら“宗門人別長”を、武家の場合は“分限帳・由緒”も)

菩提寺を訪ねる(“過去帳”や“墓誌”を見せてもらう。お寺と疎遠な場合は本家を通じて)

名字を調べる(地名・地形・役職などに由来。ルーツ探しの手がかりになることもある)

家紋を調べる(二万種もあるといわれる家紋。同族が必ずしも同じ紋ではない)

 

自分でつくれる200年家系図
自分でつくれる200年家系図

画像出展:「自分でつくれる200年家系図」

国会図書館が役に立つようです。

 

 

2.竹谷町五番地と竹谷町弐番地

母親の百歳を記念して”【祝】百歳”というブログをアップしているですが、東京大空襲直後の上野駅と電車の様子を知りたいと思い、探し当てたのが高見順先生の『高見順日記 第三巻』でした。 

発行:1964年

出版:勁草書房

たまたま見つけた高見先生の本でしたが、その高見先生が竹谷町に住んでいたことに大変驚きました。

 

高見先生は明治四十年(1907年)、福井県で生まれ昭和五年(1930年)までの約22年間を“麻布竹谷町五番地”で暮らしました。なお、「高見順」のペンネームで小説を書き始めたのは、東京帝国大学英文学科在学中とのことです。

高見順という時代―没後50年―/川端康成と高見順

高見順先生の足跡が詳細に解説されています。

一方、11歳年下になる母も約20年、同じく麻布竹谷町に住んでいたので、もしかしたら小学生時代に高見先生とすれ違っていたかもしれません。

なお、戸籍によると”東京市麻布區竹谷町弐(2)番地”は”東京市港區麻布竹谷町壱(1)番地拾五(15)号”に変わっていました。

新旧2つの戸籍、いずれの戸籍にも当てはまるエリアは右の地図の赤くマークした箇所です。

なお、この地図は昭和8年(1933年)のもので、下記の地図(大正13年)の9年後に作られた新しい地図です。


竹谷町五番地(緑)と絞り込んだ竹谷町弐番地(赤)
竹谷町五番地(緑)と絞り込んだ竹谷町弐番地(赤)

画像出展:「東京市麻布区図」

大正13年(1924年)の地図です。緑色でマークした部分が“麻布區竹谷町五番地”で、赤色は母親の自宅があったと考えられる箇所です。

 

南麻布一丁目の一部
南麻布一丁目の一部

画像出展:「マピオン」

現在の同地域の地図です。中央やや上方の”竹の湯”は創業大正二年です。

大正二年創業 竹の湯
大正二年創業 竹の湯

竹の湯からみる麻布區竹谷町弐番地方面の様子です。

辻堂先生が特に高見先生に興味をもったのは、二十代の頃にたまたま読んだ「わが胸の底のここには」とのお話でしたが、私も気になってこの本を買ってしまいました。

わが胸の底のここには
わが胸の底のここには

発行:1958年6月

出版:三笠書房

 

 

ご参考

麻布竹谷町と三田小山町について、とても変参考になったサイトがありましたのでご紹介させて頂きます。

1.江戸町巡り

麻布”に関する情報もあります。

2.Blog - Deep Azabu

ここまであまりご紹介してこなかった“三田小山町”に関して、とても詳しく書かれています。なお、こちらのサイトは『東京都港区麻布周辺の情報、昔話などをお届けします。』とのことです。

痛みの探偵

今回は須田先生の著書である『痛み探偵の事件簿』から、ハイドロリリース(エコーガイド下ファシアハイドロリリース)の有効性を、リアルな医療現場のお話を通して学ぶことができました。特にファシアにご関心のある鍼灸師の先生には大変興味深い本だと思います。

漢方薬については、お医者さんの中にも理解が広がっていると思いますが、残念ながら、鍼灸に関してはまだまだ「胡散臭いもの」という印象ではないかと思います。その意味では、鍼灸を理解いただくためにも“共通言語”は必要であり、そして“ファシア”は多職種連携を進めるための”共通言語”になりえる極めて重要なキーワードだと思います。

ファシアは内臓を含めた全身に広がる膜の組織なので、筋骨格系(整形外科)だけでなく内臓系(内科)の疾病の改善にも関係すると考えています。

※ファシアについては、ブログ:”経絡≒ファシア1”、”経絡≒ファシア12(まとめ)”および”ファシアの基礎”をご参照ください。 

痛み探偵の事件簿
痛み探偵の事件簿

著者:須田万勢

監修:小林 只

発行:2021年10月

出版:日本医事新報社

『高齢化により地域に溢れる疼痛患者を、内科医や総合診療も、もちろん鍼灸師らも、西洋医学も東洋医学も総動員して、多職種が「誠実に」連携しながら、支えていくことが今の時代には求められています。そのためにも、言葉の定義や使い方に非常に慎重になっています。専門領域、多職種間で扱っている言葉の意味がすれ違っていることこそが、「無用の亀裂」を生んでいる現在、ファシアに関する言葉を共通言語とし、「学術的な納得」を基盤に、安全・簡単・低コストで実行できる治療体系を体現することが「政治的な納得」にもつながると信じています。

目次 (ページ順に変更させて頂いているため、“コラム”がバラバラになっています)

序章「痛み探偵の誕生」

第1回  頸部痛の研究

第2回  膝痛の証明

コラム① エコーガイド下ファシアハイドロリリースの手順

第3回  膝痛の証明パート2

コラム② エコーでの異常なファシアの見分け方

第4回  まだらの腰痛

第5回  第二の瘢痕

第6回  消えた炎症

コラム③ 炎症性疾患の後に、どうして非炎症性の痛みが出るのだろう?

第7回  腱のねじれた男

コラム④ 「ファシア=筋膜」という概念を捨てよう!

第8回  這う女

コラム⑤ X線時代とエコー時代

第9回  悪魔の足

コラム⑥ ワクチン筋注後に生じたFPS!?

第10回 犯人は2人

コラム⑦ 治療方法から考える痛みの分類

第11回 白銀指事件

コラム⑧ 上肢の末梢神経に対する神経テンションテスト

第12回 Dr.写六最後の事件(前編)

第13回 Dr.写六最後の事件(後編)  

 論考「経絡、経穴はファシアで説明できるのか?」

 論考「臨床医の仕事とは?」

ブログは目次の黒字部分ですが「本流に従って」とはいえず、重箱の隅をつつくように、気になった箇所を取り上げています。ご容赦ください。

第2回 膝痛の証明

●変形性膝関節症(OA:osteoarthritis)は非炎症性疾患とされ、メカニカルストレスによる軟骨の摩耗が主病態と考えられてきたが、近年、種々のサイトカインの産生や時に滑膜増殖を伴う炎症性疾患だということが分かってきた。そして炎症を伴うものを“osteoarthritis”、炎症を伴わないものは“osteoarthrosis”と呼んで区別している。

★“osteoarthritis”と“osteoarthrosis”について分かったこと

・日本でも変形関節症には“osteoarthritis”と“osteoarthrosis”の2つがあると認識されていますが、実際は区別されていないようです。『病気がみえる vol.11 運動器・整形外科』にも欄外に以下の補足がありました。しかし、本文にはその説明はなく「変形性関節症」が一つあるのみでした。 

「病気がみえる vol.11 運動器・整形外科」より

また、調べてみるとOsteoarthritis or Osteoarthrosis: Commentary on Misuse of Termsという記事がありました。詳しい説明が載っており、Google翻訳の力を借りることで何とか理解できました。ポイントは次のようなものです。

『In short, “osteoarthritis” means inflammation of the joint, while “osteoarthrosis” means degeneration of the joint.』『要するに、「変形性関節症osteoarthritis]」は関節の炎症を意味し、「変形性関節症osteoarthrosis]」は関節の変性を意味します。』

さらに何かないかと検索していると、北海道大学のPRESS RELEASE、世界で初めて! 軟骨細胞が関節の炎症を誘導することを発見を見つけました。これを拝見しても、変形性膝関節症はメカニカルストレスによる軟骨の摩耗(非炎症性疾患/osteoarthrosis)だけでなく、滑膜細胞、さらには軟骨細胞にも関係する炎症性の疾患(osteoarthritis)であり、本来、変形性膝関節症(膝OA)は非炎症性と炎症性の2つに分けることが望ましい、ということだと思います。

右をクリック頂くと、PDF4枚の資料がダウンロードされます。

『自己免疫疾患である関節リウマチ(RA)や炎症性疾患である変形性関節症(OA)病態に大きく関わる関節組織の細胞は滑膜細胞であるとこれまで考えられ、広く研究されてきました。その結果,治療法も進歩してきましたが難治例は未だに存在し,完治が困難な疾患です。

~中略~

本研究では、RA、OAの軟骨細胞において炎症アンプが活性化していることを見出し、さらに炎症アンプ関連遺伝子の一つとして同定されたTMEM147(Transmembrane protein147)が軟骨細胞に発現して、炎症アンプの主要な経路の一つであるNF-κB経路を正に制御していることを初めて明らかにしました。加えて抗TMEM147抗体が、関節炎モデルに対して治療効果を持つ可能性を示すことに成功しました。

このことは、RA、OA治療に対して新たな方向性を示すものであり、治療に難渋するRA、OAの突破口となる可能性があります。』 

関節炎における炎症アンプ
関節炎における炎症アンプ

画像出展:「北海道大学PRESS RELEASE、“世界で初めて! 軟骨内望が関節の炎症を誘導することを発見”」

”アンプ”とは一般的には”増幅器”と訳されます。

縫工筋が膝の痛みの原因になっている可能性がある。

縫工筋は上前腸骨棘(腰部)から起始し、鵞足となって脛骨の前内側面(膝部)に停止する人体で最長の筋線維を持つ筋である。その筋線維の走行の途中でいろいろな構造物と交差する。特に縫工筋の深層に内転筋管(Hunter管)があるが、この管は内側広筋、大内転筋および両筋の間に張る結合組織性の広筋内転筋膜によって囲まれる三角柱上のスペースで大腿動静脈と伏在神経(大腿神経の分枝)が通っている。

大腿前面の筋
大腿前面の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋は上から2番目です。

大腿前面の筋
大腿前面の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋は下から4番目です。

大腿内側面の筋
大腿内側面の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋の下には大腿神経、大腿動静脈が走行しています。

内転筋管
内転筋管

画像出展:「人体の正常構造と機能」

内転筋管(Hunter管)は内側広筋、大内転筋および両筋の間に張る結合組織性の広筋内転筋膜によって囲まれています。

大腿中央部の横断面
大腿中央部の横断面

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋の深層、広筋内転筋膜によって囲まれる三角柱状のスペースに、大腿動静脈と伏在神経(大腿神経の分枝)が通っています。

髀関と箕門
髀関と箕門

画像出展:「経絡マップ」

縫工筋の近くには体幹の近位と筋腹中央に、”髀関[ヒカン]”と”箕門[キモン]”というツボ(経穴)があります。

髀関(胃経):上前腸骨棘と膝蓋骨底外端とを結ぶ線上で大転子の頂点の高さ。股関節と膝をわずかに外転し、大腿前内側に加えられた抵抗に抗したとき、三角形の陥凹が現れる。

箕門(脾経):膝蓋骨底内端と衝門(鼡径溝)を結ぶ線上、衝門から1/3のところ、大腿動脈拍動部。

 

なお、下の図は左がツボと動脈、右がツボと神経です。

 

 


陰包と曲泉
陰包と曲泉

画像出展:「経絡マップ」

縫工筋の膝周辺(鵞足)部位には、”陰包[インポウ]”と”曲泉[キョクセン]”というツボがあります。

陰包(脾経): 大腿部内側、薄筋と縫工筋の間、曲泉の上方、膝蓋骨底の上方4寸の高さ。股関節をやや屈曲・外転・外旋させ、筋を緊張させると縫工筋が明確になる。

曲泉(肝経): 膝内側、半腱・半膜様筋腱内側の陥凹部。膝窩横紋の内側端。

 

 

鵞足を構成する3つの筋の停止構造
鵞足を構成する3つの筋の停止構造

画像出展:「機能解剖学的初診技術 下肢・体幹」

縫工筋は鵞足の中では膝蓋骨に最も近く、筋幅も最も広い筋肉です。

 

縫工筋による膝関節の安定化作用
縫工筋による膝関節の安定化作用

画像出展:「機能解剖学的初診技術 下肢・体幹」

下腿を外旋させる力が働くと、縫工筋などの鵞足を形成する筋群が拮抗するように働き膝を安定させます。

 

縫工筋・大腿筋膜張筋
縫工筋・大腿筋膜張筋

画像出展:「骨格筋の形と触察法」

縫工筋と大腿筋膜張筋は筋膜で連結しています(A)。

また、この写真をみても縫工筋の筋幅が広いことが分かります(C)。

 

縫工筋・大腿筋膜張筋
縫工筋・大腿筋膜張筋

画像出展:「骨格筋の形と触察法」

左下方に縫工筋があります。縫工筋の筋連結は大腿筋膜張筋だけですが、大腿筋膜張筋は縫工筋だけでなく、大殿筋、中殿筋、腸骨筋、外側広筋と筋膜で連結しています。

 

縫工筋と膝痛について分かったこと

①膝関節に付着する鵞足は縫工筋、薄筋、半腱様筋の3筋からなり、下腿の外旋に対して拮抗する働きによって、膝関節を安定させている。

②O脚の人は靴底の外側が薄くなる。これは外側重心を示している。また、股関節は外旋し縫工筋はオーバーユースになりやすく、機能低下が進むと機械的ストレスが強い付着部(鵞足)に炎症を起こしやすい。

③筋連結から考えると縫工筋は大腿筋膜張筋と筋膜でつながっている。さらに大腿筋膜張筋は縫工筋以外に、大殿筋、中殿筋、腸骨筋、外側広筋とも筋膜でつながっている。これを考慮すると、膝近位部だけでなく大腿筋膜張筋近傍の体幹近位部も重要である。また、縫工筋は上前腸骨棘(腰)から脛骨粗面内側(膝)につながる非常に長い筋なので筋中央部も無視できない。

以上3点からツボ(経穴)を考えると、体幹近位の“髀関”、筋中央の“箕門”、そして“曲泉⇔陰包”の膝関節内側部に注目し、触診により硬さを感じる部位に刺鍼するのが第一選択と考えます。

第4回 まだら腰痛

●脊柱起立筋に圧痛があっても、坐位での動作分析で後屈・側屈・回旋のいずれも目立った痛みがみえず、立位の動作のみで痛みが誘発される場合は、原因筋は脊柱起立筋のような腰部の筋肉ではなく大殿筋や中殿筋の関与が疑われる。

気づいたこと

腰部の筋か殿部の筋かどちらが患者さんにとって重要な原因筋かを判断する時に、坐位と立位に分けて動作分析(後屈・側屈・回旋)を行う方法はとても重要だと思います。是非、取り入れたいと思います。

腫脹・圧痛、動作分析(痛みの誘発)
腫脹・圧痛、動作分析(痛みの誘発)

画像出展:「痛み探偵の事件簿」

 

 

 

殿部の筋
殿部の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

右の図は表層の大殿筋と、大殿筋の下にある中殿筋を取り除いた、この2筋の下層にある筋群です。中殿筋の下方に小殿筋、仙骨と大腿骨をつなぐ領域に、梨状筋、上双子筋、内閉鎖筋、下双子筋、大腿方形筋の5筋(番号付き)があります。

 

 

 

殿部の筋の起始・停止
殿部の筋の起始・停止

画像出展:「人体の正常構造と機能」

大殿筋以外の殿部の筋は全て大腿骨頭に停止しています。

 

 

 

下肢帯筋
下肢帯筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

大殿筋の股関節に対する働きは”伸展”ですが、中殿筋と小殿筋の働きはいずれも”外転・内旋”になっており、大殿筋とは異なります。

 

第7回 腱のねじれた男

●『「3カ月前発症の関節リウマチで、投薬により関節炎は寛解している61歳男性で、右第2指の屈曲時に痛みを伴う可動域制限があり、身体所見やエコーで明らかな炎症・弾撥指は同定できない」。』

この症例に興味をもったのは、加齢とともに手指関節の動きの悪さなどの違和感を訴える患者さまはめずらしくなく、問題の関節周辺や指の動きに関わる上腕の筋肉などに注目した施術を行っていますが、肩、腰、膝などの部位に比べ、施術方針に迷うことがあるためです。 

A1 pulleyの位置と正しい圧痛点
A1 pulleyの位置と正しい圧痛点

画像出展:「痛み探偵の事件簿」

A1 pulleyとは靭帯性腱鞘のことです。

詳しくは以下の図をご覧ください。

 

 

 

手指の関節と腱鞘の名称
手指の関節と腱鞘の名称

こちらの画像は長野県にある湯本整形外科さまのサイトより拝借しました

これを拝見すると、根元がA1でA5まであることが分かります。

気づいたこと

この写真を見て思い出しました。「大切なことは、患者さんの気になっている箇所およびその周辺を丁寧に触診する。さらに必要であれば関節を動かして動的にも観察し、徹底的に触診する」ということです。これは代々木(日本伝統医学センター)の相澤先生から教わっていた基本中の基本ですが、あらためてその重要性を再認識しました。

なお、本書の登場人物である“Dr.写六(詳細な病歴、身体診察に加え、エコーと東洋医学的診察でクールに痛みの原因を特定する、自称「痛みの私立探偵」)”は次のようにお話しています。

今まで「非典型的」な腱鞘炎だの弾撥指だのドケルバン病だのといわれていた患者が、実はファシア異常であることは多く経験するよ。ぜひエコーで動的評価を含めてくまなく調べてほしいものだ。

第9回 悪魔の足

膝痛

●患者さん

・86歳女性

・関節リウマチで5カ月前に生物学的製剤を始めて2ヵ月。炎症のコントロールはできていたが、1ヵ月前から立位時の右膝痛が再燃した。

●症状

・椅子からの立ち上がる動作が最も痛い。

・体を動かした時にズキッとして痛みがある。

・腫脹や熱感はない。

・右関節裂隙に圧痛があるが、疼痛の最強点は裂隙ではなくやや膝蓋骨寄りである。

ワンフィンガーテスト
ワンフィンガーテスト

画像出展:「痛み探偵の事件簿」

 

●問題個所

内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)

-MPFLは1957年の膝関節の論文に“横走支帯靭帯”という記載があり、その後1990年代以降にMPFLの解明が進んだ。MPFLは膝蓋骨の外側制動に関わるとされ、膝屈曲20~90°の範囲で膝蓋骨の外側移動を制御している。

●考えられる原因

O脚のため膝関節軽度屈曲、股関節外旋位の状態で歩行することになり、膝蓋骨を制動するためにMPFLがオーバーユースになる。

●疼痛再発の原因

・関節炎が起きて関節液がたくさん溜まっているときは、膝蓋骨が大腿骨膝蓋溝から浮くので膝蓋骨に無理な力が掛かりにくいのかもしれない。今回の例では関節炎が薬により急激に軽快したことで関節液が減少し、膝蓋骨を支える靭帯、特にMPFLが張力の変化に適応できず、傷みだした可能性がある。

これは膝のいわゆる「水抜き」で良くなる人と、逆に悪化する人がいることに似ているように思う。

●診断治療

MPFLに対するハイドロリリース(エコーガイド下ファシアハイドロリリース)により、MPFLに重積したファシアをバラバラにする。筋膜ほどではないが、靭帯もファシアなのでハイドロリリースが有効である。

・腫脹や熱感はない。

・右関節裂隙に圧痛があるが、疼痛の最強点は裂隙ではなくやや膝蓋骨寄りである。

MPFL:内側膝蓋大腿靭帯
MPFL:内側膝蓋大腿靭帯

画像出展:「ScienceDirect

MPFL内側膝蓋大腿靭帯AMT:大内転筋腱、MQTFL:内側大腿四頭筋腱大腿靭帯、GTT:腓腹筋腱結節、ATT:内転筋腱結節

”Patellar dislocation is a common knee problem, 10 times more frequent in childhood and adolescence. Medial patellofemoral ligament is injured up to 94% of the time, and its reconstruction is effective in terms of stabilization of the patella.” 

”膝蓋骨脱臼は一般的な膝の問題であり、小児期および青年期に10倍頻繁に発生します。MPFL(内側膝蓋大腿靭帯)は最大94%の確率で損傷しており、その再建は膝蓋骨の安定化の観点から効果的です。” 

気づいたこと

・”膝蓋骨脱臼”と”オーバーユース”を比較することには無理があると思いますが、膝蓋骨に対するメカニカルストレスがMPFL(内側膝蓋大腿靭帯)に影響を与えることは確かだと思います。

・「第7回 腱のねじれた男」同様、よく観察すること、そしてよく触ること(触診すること)がとても重要です。

第13回 Dr.写六最後の事件(後編)

ファシアと経絡の共通点

・注射針を刺入した部分の筋肉がピクッと動く現象(局所単収縮[LTR:local twitch response])も、鍼による得気感覚(「ツボ」に当たったときにズーンと感じる響き感)も、局所の刺激に対する過敏性が共通病態として理解されている。

・病的なファシアにはサブスタンスP(痛みを誘発する物質の代表)に反応する自由神経終末が多く分布しており、経穴もまた周囲組織と比べて自由神経終末の密度が高いと報告されている。

Zhag ZJ, et al:Evid Based Complement Alternat Med. 2012; 2012: 429412

上記の論文のタイトルは、“Neural Acupuncture Unit: A New Concept for Interpreting Effects and Mechanisms of Acupuncture”(“神経鍼ユニット:鍼の効果とメカニズムを解釈するための新しい概念”[Google翻訳])です。

【神経鍼ユニット】が論文の中核といえますが、冒頭には次のような説明がされています。

”The collection of the activated neural and neuroactive components distributed in the skin, muscle, and connective tissues surrounding the inserted needle is defined as a neural acupuncture unit (NAU).”(”挿入された針を取り巻く皮膚、筋肉、および結合組織に分布する、活性化された神経および神経活性成分の集合は、神経鍼ユニット(NAU)として定義されます”[Google翻訳])

自由神経終末(左)
自由神経終末(左)

画像出展:「人体の正常構造と機能」

自由神経終末(左端)に関しては次のような説明がされています。

『自由神経終末とは感覚神経線維の末端が特別な装置を持たずに終わっているものをいい、全身の結合組織に存在する。皮膚では、真皮の神経叢から出る多くの枝が、真皮や表皮の細胞間で自由神経終末として終わる。自由神経終末は、人体にダメージを与える熱や機械的・化学的刺激を感受する侵害受容器があり、痛覚に関わる。また、あるものは温度受容器として働く。求心性線維は無髄C線維:0.2~2m/秒または、小さい径の有髄線維Aδ線維:10~30m/秒で、伝導速度は[Aβ線維、Aα線維に比べて」遅い。』

慢性痛の科学5

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

目次は”慢性痛の科学1”をご覧ください。

なお、ブログで取り上げた項目は一部です。

 

Ⅳ 記憶のメカニズム

2.海馬では日々、ニューロンが新生している

・海馬の中で最も注目されている海馬前部とは、歯状回、CA1野、CA3野、嗅内皮質、海馬支脚などを含む部位である。

・海馬前部が注目されている理由は2つある。

1)新生ニューロンが海馬前部で日々誕生しているということ。脳には幹細胞が存在していて、ニューロンの増殖、分化、成熟が起きている。

2)アルツハイマー病の初期に脳萎縮が始まるのは、海馬前部、海馬傍回、嗅内皮質などである。

海馬の位置と海馬の細胞構築
海馬の位置と海馬の細胞構築

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

3.新生ニューロンが記憶機能を担う

・新生ニューロンの生育、成熟には、生理活性物質が必要である。それらはBDNF(脳由来神経栄養因子)、FGF-2(線維芽細胞成長因子-2)、IGF(インスリン様成長因子)、VEGF(血管内皮成長因子)などだが、新生ニューロンはこれらの生理活性物質を浴びて成長し、成熟した既存の神経細胞層を探り当て、結びついて記憶機能を担っていく。特に、BDNF、FGF-2などが十分にない環境では、ニューロンの成長は衰えてしまう。つまり、海馬ニューロンの成長は、骨格筋を動かしてBDNF、FGF-2を分泌させているか否かにかかっている。

・動物を用いた研究では、ニューロンの新生と成長には、自発的な運動の他に、好奇心を満たす刺激や仲間との接触などの環境が効果的であると報告されている。

4.高齢者の脳と記憶力

高齢者の脳でも新生ニューロンは誕生している。生育・成熟できれば記憶機能を担うことができる。ただし、そのためには筋運動が必要である。

・ピッツバーグ大学、Ericksonグループの運動器活動と記憶力との関係の研究の一つは以下の通りである。

-『健常な高齢男女120人を対象に、半数(n=60、平均67.6歳)には週3回の有酸素運動(ウォーキング、最長40分)を残り半数(n=60、平均65.5歳)には、週3回のヨガ、ストレッチ、バランス運動などを1年間継続させ、海馬の体積と、血清中のBDNF量、空間記憶力を測定している。1年後に海馬体積を計測したところ、有酸素運動群では、左、右の海馬体積がそれぞれ2.12%、1.97%増加していることがわかった。

「たった2%か?」と思われたであろうか? 放っておけば、海馬体積は毎年1~2%の割合で減少し、増加することなどあり得ないと思われる年齢層である。体積が増加したことは、加齢に伴う萎縮を2年間分くらい取り戻した勘定になる。

有酸素運動群における海馬体積の変化とBDNF量、空間認知記憶の関係
有酸素運動群における海馬体積の変化とBDNF量、空間認知記憶の関係

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

有酸素運動群では、図7-10に示すように、海馬の体積増加に比例して、酸素摂取量、血清中のBDNF量、空間記憶力が、右肩上がりに増加していた。

有酸素運動群の被験者は、初週5分間の歩行からスタートし、1週ごとに5分ずつ歩行を延長して、最長40分間の歩行を最大心拍数(HR)の50~60%で行い、さらに第8週以降は、HR60~75%に近づけるようにと指示されていた。ちなみに運動生理学でHR60%とは、最大酸素摂取量の約50%に相当し、額に汗が滲んでくる程度の運動を指している。さまざまな生理活性物質が、血流に乗って各臓器に輸送されるためには、最低20~30分間の運動持続が必要で、これ以下では、運動による多臓器の統合反応が得られないことがわかっている。

他方、ヨガやストレッチの運動群の効果は、左右の海馬体積はマイナス1.40%、1.43%を示していた。血清中のBDNF量は低下し、空間記憶力も低下していた。

調査開始前には、両群被験者の海馬体積はほぼ同じで、差はなかった。実験結果は、有酸素運動の1年間継続という運動量の差が、海馬の体積増加と記憶力向上をもたらすことを示していた。ヨガ・ストレッチ群でも、週3回の筋運動を1年間続けたが、海馬体積は増加していない。ヨガ・ストレッチは効果がないという意味ではなく、筋運動量負荷が少なすぎて、海馬体積増をもたらさなかったためであろう。

この研究を改めて検証すると、有酸素運動によって体積増加があったのは海馬前部だけであって、海馬後部の体積は増加していなかった。体積を海馬前部だけに絞って比較すると、左は3.38%、右は4.33%も増加していたのである。

海馬歯状回の顆粒細胞層下帯では、新ニューロンが日々誕生している。海馬体積の増加は、ニューロン新生の促進を示唆しており、有酸素運動習慣が記憶力の向上をもたらすことを示している。』

5.認知と筋運動

筋運動が認知機能低下を防ぐことは、多くの研究によって検証され、米国では各地の医療機関による大規模疫学調査が数多く行われている。下記はその一つ、Mayo大学で行われた疫学調査である。

-『調査では、1,324人の男女(70~93歳、平均80歳、認知機能の健常な市民1,126人と、軽度認知障害(MCI、198人)を対象に、筋運動習慣の有無がMCIの発生にどの程度関係するかが調べられた。

各被験者について、人生のmid life期(50~69歳)、late life期(70~93歳)に、どの程度の筋運動習慣があったかを、各自から履歴を聞きとってMCIのodds rateを算定する手法がとられている。その結果、MCIはmid life、late lifeを通じて運動習慣がまったくない生活様式であった人に発生率が高く、mid life期に中程度の運動習慣があった場合は、MCIのodds rateが39%少なく、late life期に運動習慣があった場合は32少ないことが示された。

上記は疫学調査の常として、大雑把な傾向を捉えているに過ぎない。しかし、重要な指摘を含んでいる。認知機能を健常に保てるか、MCI段階に達してしまうのかの分かれ目は、50~60歳代の筋運動習慣にあることを示した点である。また、MCIの発症を防ぐには強度の筋運動は必要なく、運動習慣の有無が大きな影響を持つことも示している。これは示唆に富んだ調査結果といえよう。』

6.海馬萎縮の原因

海馬体積は、働き盛りの健常な成人脳ではほぼ一定であるが、高齢期に入ると毎年1~2%の割合で減少する。

・海馬、嗅内皮質の萎縮が大きい場合は、MCIに移行する危険性が高いと考えられている。

・海馬細胞は微小脳循環の不良や低酸素によっても傷つきやすい。

海馬萎縮を招く要因は、頭部外傷、高血圧、睡眠時無呼吸症候群、PTSD、うつ病などである。また、慢性炎症を基盤とする疾患(糖尿病、肥満、アテローム性動脈硬化症、パーキンソン病など)によっても海馬体積は減少する。

7.記憶には反復と睡眠

・海馬のニューロンシナプスでは、反復刺激されると長期増強(LTP)現象が起きて、シナプス統合が強化され可塑性が増大する。興奮性が増大して信号の伝達効率が高くなり、タンパク質の生成反応に裏付けられて、長期に記憶痕跡が形成される。そして何かのきっかけがあった瞬間、強化シナプスが活性化して想起させる。

・睡眠中には様々な記憶情報が再現され、整理され、重要と思われる情報から優先的に転送されると考えられている。

・脳の代謝老廃物AβやTauは睡眠中に排出されることが分かっているが、睡眠と記憶の関係はまだまだ未解明な部分が多く、今後多くのことが明らかになっていくだろう。

Ⅴ 高齢者とサルコペニア

1.サルコペニア―死のリスク

サルコペニアとは、高齢者の骨格筋量の減少と筋力低下の病態のことである。

サルコペニアは若者の廃用性筋萎縮とは異なり、骨格筋の萎縮が不可逆的に進行する。

サルコペニア発症の原因は、加齢に伴う衰弱、全身の慢性炎症、インスリン抵抗性、内分泌系の機能低下、低栄養などである。

・サルコペニア発症の具体的なきっかけとしては、大腿骨近位部骨折や腰椎圧迫骨折などによるベッドでの安静、腹部がん手術や独居高齢者にみられる低栄養、うつ状態や認知症による引きこもりなどである。

2.サルコペニアの診断

・欧州サルコペニアワーキンググループ(EWGSOP)では、歩行速度、筋量、握力をサルコペニアの診断指標としている。

①65歳以上の高齢者で、寝たきりであり、独りで椅子から立ち上がれない。

②歩行速度が0.8m/秒以下である。

③握力が一定しない。

④二重エネルギーX線吸収法(DXA)で測定した筋量が基準値に達しないこと。

日本人のサルコペニア評価については、全身のDXA測定値から割り出した骨格筋指数や、日常生活の動作(立ち上がり、歩行、昇段)に要する筋力値などの参考値がある。

・米国では筋運動と予防、回復に関する大規模調査が行われている。

-『70~89歳の衰弱した被験者が調査対象になり、400mくらいならどうやら15分以内に歩ける、という歩行能力の限界を基準にして調査が行われた。対象者に対し、週に150分間の歩行やバランス運動を2.6年にわたって実施した結果、自力では動けない自立障害者の発生率が、運動群(818人)では、30.1%で、運動しなかった対照群(817人)より5%低かったと報告されている。

この調査で被験者を選定した基準が、「400mを15分以内で歩けること」であったこと自体、ため息が出る数値であるが、わずか1~2週間の筋運動不足で驚くほど歩行困難に陥るのが高齢者である。この研究では、筋運動実施とその効果を調べるために、多数の医師や研究者が州をまたいで動員されている。しかしリハビリテーションの介入は、筋萎縮がそれほど進行していない初期段階にこそ望ましいと、限界を示す結果となった。筋の衰弱が進行してからの回復は、これほど困難なのである。』

・米ソルトレーク大学では60~75歳の健常な被験者を対象に、ベッド安静による下肢の筋量と筋強度の低下を、若年被験者(18~35歳)と比較する実験を行っている。

-『高齢の被験者群では、5日間のベッド安静継続だけで筋量と筋強度が低下し、リハビリテーション(筋運動強化と栄養付加)を施しても、筋の回復度は小さく、実験前のレベルに復するのに日数を要した。日常生活を送るのに支障ない生活自立者であっても、60~75歳での5日間ベッド安静では、筋タンパク質分解の他に慢性炎症も加わっている。

3.サルコペニアの機序

サルコペニアの機序は、「廃用性筋萎縮の機序」に「テロメアの短縮を伴う老化の機序」が重なって起こると考えられている。

-骨格筋の筋タンパク質生成に関与するのは、筋運動時に発現する共活性因子である。代表的な転写調節因子は、PPAR-γと、その共活性因子PGC1-αである。PGC1-αは骨格筋が収縮すると発現する。そして筋線維遺伝子の転写・翻訳が進行すると、筋線維タンパク質が生成され、筋線維の数が増加し筋量が大となる。

-筋を非動化し、筋紡錘を機能させない状態にすると、脊髄の運動ニューロンの活動が低下し、筋収縮は起きずPGC1-αは発現しない。従って、筋タンパク質の分解量が大となり、筋量や筋力が低下する廃用性筋萎縮が起きる。

テロメアの長さは老化を反映する指標であるが、慢性炎症がある場合も短縮するので、若い人でも短くなることがある。テロメア機能が低下すると、p53(転写活性制御因子:遺伝子の発現調節、細胞周期停止、アポトーシス制御、抗腫瘍活性、DNA修復、血管新生抑制、細胞増殖の制御、ゲノムの安定化、宿主免疫制御など、重要かつ多彩な生理機能を誘導する)が働いて、筋細胞の増殖とDNA複製を停止させる。停止によってDNAが修復されれば細胞周期は回復するが、修復できなければアポトーシスが起きる。

-サルコペニアの機序には、遺伝子多型などの要因、サテライト幹細胞、低栄養も大きく関与しているが、下記の図では複雑になるので省略されている。

サルコペニアの作業仮説
サルコペニアの作業仮説

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

サルコペニアは廃用性筋萎縮の機序aと、老化の機序bが重複して生じる。

a:骨格筋はミトコンドリアを多く含むがゆえに活性酸素種(ROS)の害を受けやすく、PGC1-α発現がないとROS害を抑制できない。傷ついた筋細胞に対し、マクロファージがインフラマソームを形成し、炎症性サイトカインを放出する慢性炎症が拡大する。筋量と筋力が激減し筋収縮エネルギーが低下する。筋萎縮遺伝子によっても、筋タンパク質分解が進行する。

b:aで生じた慢性炎症がテロメアを傷つけ短縮させる。テロメア機能が低下すると、p53が働き、筋細胞にアポトーシスが誘導される。P53が働くときはPGC1-αは発現が抑えられるので、筋細胞は回復できず、老化が加速されていく。 

・以上のように、廃用性筋萎縮の機序と老化の機序の2つにより、サルコペニアに至ると考えられている。慢性炎症が老化を早めることは臨床上も報告され、高齢者では慢性疾患が1つあるだけで、多臓器の老化やサルコペニアが加速される。

・『サルコペニアの治療法には運動療法、抗炎症薬、栄養強化の試みなどがある。幹細胞を用いた筋組織再生の研究も始められているが、臨床応用が軌道に乗るにはかなりの年月が予想されている。高齢者は膝や腰に少し痛みがあるだけで、歩行を極力避ける日常になる。わずかの期間の筋活動の不足で、驚くほどの歩行困難に陥ることを考えると、高齢者向け筋力トレーニングが十分に理解され、栄養面を含めた早期からの予防策が、社会に普及することを願わずにはいられない。』

終章

2.快・不快情動に焦点を当てる―今後の医療の根幹

痛みが難治性疼痛に転化してしまうか、回復して静穏な日常に復するか、最初の分かれ道はごく小さいところにある。

-「この痛みは辛い、しかしきっとよくなる」、「乗り越えられる」と捉えるか、「自分は絶対に助からない」、「手術療法も薬物療法も、もっと悪い結果を生むに違いない」と捉えるかは、一瞬の小さな違いのように思える。しかし、負情動と快情動の回路網のバランスはここで崩れ、それが長期に続けば、やがて脳の機能と構造に変化が起きてくるのである。

プラシーボ鎮痛は「鎮痛効果があるに違いない!」と期待することだが、期待した瞬間、皮質下にある諸神経核が一斉に活動を始める。中脳の腹側被蓋野からはドパミンが、前帯状皮質や辺縁系の神経核からはオピオイドが分泌され、脳幹では下行性疼痛抑制系の神経核が活性化している。これら皮質下の神経核の働きは無意識下で起きている。

たとえわずかであっても、心に期待や希望を抱くとき、中脳辺縁ドパミン系(mesolimbic dopamine system)は刺激され、根源的な生に向けて本能行動が活発化する。情動脳も、生存脳も、活発に動き出す。快情動→意欲→行動→期待のサイクルが循環すると、生命活動や創造意欲は盛んになり、これは次の行動を起こすモチベーションとなり、脳活動はさらに活発になる。希望と期待を抱くだけで、精神と身体の機能は確かに蘇るのである。

・絶望の極致から這い上がる力を与え得るのは、希望だけである。「希望が脳を作る」と言われる。

プラシーボ効果は薬や注射だけでなく、祭祀も、経典の詠唱も、教会の讃美歌や礼拝も、脳回路網を活発に動かす。医師や医療従事者の言葉と表情は、特に大きな影響を与えるようである。自殺未遂を繰り返していた線維筋痛症患者が、“今度の担当医は自慢の息子にそっくり”と、全幅の信頼を寄せて以来、認知行動療法と薬物療法が効を奏して、奇跡的な快復を遂げた例もある。

・プラシーボは偽薬と訳されたため、あまり良いイメージではないが、プラシーボは我々自身の脳の働きといえる。中脳辺縁ドパミン系は渇望や、生きる意欲をかき立てる快の情動系であるが、側坐核を介して、思考や認知機能を担う前頭皮質の回路網と結びつき、「自己優越性の錯覚」も確立させている。

「自分は優秀で強者である」という優越性を“錯覚”することは、精神の健康を保つうえで重要である。この錯覚によって人は自己の未来の可能性を信じ、自尊心を持ち、希望や目標を持って前進する自分を優秀であると自己評価したとき、脳内ではドパミンの分泌量が急増する

ほんのわずかな希望や期待であっても、快情動→意欲→行動→期待のサイクルが循環し出せば、精神と身体の機能は甦ることを忘れないでいただきたい。

3.人は希望によって生きる

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

『パンドラが蓋を取って中を覗くと、瓶の中からおびただしい災禍(肉体的なものでは痛風、リウマチ、疝痛が、精神的なものでは嫉妬、怨恨、復讐など)が飛び出して、遠くまで拡がってしまった。パンドラはあわてて蓋を閉めたが、すべての禍はもう飛散してしまった後であった。しかし瓶の底に1つだけ残っていたものがあった。それは希望であった。

今日まで、私たちがどんな災難に遭って途方にくれたときでも、希望だけは決して私たちを見棄てることはない。そして私たちが希望を失わない限り、いかなる不幸も私たちを零落させ尽くすことはない。』

―“The Age of Fable” (Thomas Bulfinch)―

慢性痛の科学4

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

目次は”慢性痛の科学1”をご覧ください。

なお、ブログで取り上げた項目は一部です。

 

第7章 神経変性疾患と慢性炎症

Ⅰ パーキンソン病

5.パーキンソン病:発症を源にさかのぼる

・ドイツ神経内科医のKlingelhoefer等は、パーキンソン病の予兆は運動症状が出る10年数年前に、頑固な便秘や嗅覚障害の形で起きていることを指摘し、「パーキンソン病は腸と嗅球から始まる」と2015年に結論している。

・パーキンソン病が腸の動きと密接に関係することは、1960年代から続けられた大規模疫学調査(Honolulu Heart Program)で既に報告されている。Abbott RD, Petrovitch H, White LR, et al: Frequency of bowel movements and the future risk of Parkinson’s disease. Neurology 57: 456-462, 2001

この調査では、疾患のない健康な男性6,790人が対象に選ばれ、各自の健康状態を24年間にわたって追跡記録する方式で記録が行われている。その中でパーキンソン病を発症した96人の被験者について、どんな症状が初期にあったかが調べられた。96人全員に共通した最初期の症状は、頑固な便秘と嗅覚障害であり、睡眠障害とうつ状態がそれに続く症状であること、平均して12年後にパーキンソン病の運動症状が現れていることがわかった。この調査結果は、鋭い指摘をしていたにもかかわらず、便秘はパーキンソン病の1症状に過ぎないと解釈されたため、埋没してしまった。

1997年に、パーキンソン病の病因と考えられる異常構造タンパク質α-シヌクレインについて研究が始まり、研究の進展とともに、腸の働きがいかに脳と深く関係しているかが明らかになって、Klingelhoefer等の調査結果が再評価された。

パーキンソン病の責任病巣は黒質緻密部(SNc)であると長年考えらえてきた。しかし黒質緻密部の変性・脱落より10数年前にさかのぼると、腸には頑固な便秘という形で異変がすでに起きており、α-シヌクレインの凝集は腸神経、嗅球、顎下腺で確認されていた。腸は自律神経を介して脳と連絡している。延髄の迷走神経背側核にはα-シヌクレインの凝集が生じており、この凝集はさらに脳幹に進んで、中脳の黒質に達することが報告されている。

パーキンソン病の腸脳連関仮説
パーキンソン病の腸脳連関仮説

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

①何らかの環境因子が引き金となって、腸内や嗅球にα-シヌクレイン凝集が起きる。

②凝集は自律神経を介して延髄の迷走神経背側核に伝播され、さらに上位脳に伝播される。

③Lewy小体に対する脳内グリアによる慢性炎症が進行し、神経細胞が徐々に変性・脱落する。これに伴って非運動症状、運動症状が起きると考えられている。

 

 

Ⅱ 慢性炎症と疾患

パーキンソン病、アルツハイマー病、変形性関節症(OA)、サルコペニア[加齢や疾患により筋肉量が減少し、全身の筋力低下が起こること]は、慢性炎症によって疾患が引き起こされている。

慢性炎症とは全身にくすぶり続ける低程度の炎症で、発熱も発赤も腫脹もほとんどない。しかし、気づいた時には致死的なダメージに至る反応系である。それゆえ、「万病の源」と呼ばれている。

・パーキンソン病、アルツハイマー病、変形性関節症(OA)、サルコペニア以外、慢性炎症を基盤とする疾患には、2型糖尿病、慢性肺疾患、アテローム性動脈硬化症、大腸がん、前立腺がんなどがあるが、病気を引き起こしているのは、ごくごくありふれた免疫細胞である。

1.免疫細胞とインフラマソーム

慢性炎症を起こす主役は、マクロファージ、グリア、樹状細胞、白血球、血管内皮細胞など、自然免疫系の細胞である。

-パーキンソン病やアルツハイマー病は主に脳内グリアが関与している。

-2型糖尿病、変形性関節症、サルコペニアは主にマクロファージや樹状細胞が関与している。

・自然免系の細胞は、Nod-様受容体(NLR)を有し、DAMPs(傷害関連分子パターン)とPAMPs(病原体関連分子パターン)をパターンで検出している。

自然免疫細胞におけるインフラマソーム(タンパク質複合体)
自然免疫細胞におけるインフラマソーム(タンパク質複合体)

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

PAMPs:細菌、ウィルス、病原体構成成分など

DAMPs:LDL、ATP、尿酸、高血糖、活性酸素、アスベスト、変性タンパク質、シリカなど

インフラマソーム:危険物/異物や病原体を排除するための分子装置

 

 

 

・『DAMPs(傷害関連分子パターン)には、LDLコレステロール、ATP、飽和脂肪酸、活性酸素、高血糖、尿酸、セラミド、アスベスト、シリカ、小胞体に正しく折り畳まれない異常タンパク質などが該当し、PAMPsには、細菌、ウィルス、病原体の構成成分などが該当する。

免疫細胞はDAMPsやPAMPsを検出すると緊急体勢に入り、図7-4のように、ASCやprocaspase-1を呼び寄せて、インフラマソームというタンパク質複合体を形成する。危険物/異物や病原体を排除するための分子装置である。

まずcaspase-1が活性化して、IL-1βとIL-8の前駆体を、成熟型のIL-1βとIL-8に変化させ、DAMPsやPAMPsに向けて放出する。危険物/異物や病原体がこれによって除去されれば、炎症反応は終了する。

しかし処理しきれない場合は、IL-6、THF-αなどの炎症性サイトカインも追加動員されて、炎症は拡大する。炎症が長期に進行している部位では、免疫細胞が顕著に集積して、組織の破壊、血管の新生、組織のリモデリング(線維化)などが、数か月から数年にわたって潜在的に進行していく。

壊死した細胞から出た、ATPやDNA、RNA、滲出した血漿グロブリン類などが二次的、三次的にDAMPsとなるため、炎症反応はカスケード