有痕灸の注意点

せんねん灸などの温灸は一般の方でも購入可能で、自宅で利用できることは大きなメリットです。

当院では、お灸はバネ指等の指関節に対して温灸(無痕灸)を使っている程度ですが、この場合、患者さまに「ご自分でもやってみてはいかがですか」とお話していました。

先日、自分自身の足首の痛み(CAI:慢性足関節不安定症)を何とかしたいので、「とりあえず3、4ヵ月、毎週、鍼とお灸をしてみよう」ということを思いつき、試してみることにしました。痛みは緩和され順調だったのですが、強いタイプの温灸を試したところかなり熱く痕が残り、後日痒みも出ました。

この時、舌がんは強い機械的刺激が長期に継続された場合、がん化の原因になりえる。ということを思い出し、痕が残るような強い熱刺激の温灸を数カ月続けた場合、皮膚がんの原因になってしまうことはないのだろうかと気になりました。

そこで、検索してみると古い資料ではありますが、気になるものが見つかりました。

それは、2000年11月1日付の『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』というものです。その中に「表2.皮膚の悪性腫瘍についての報告」という表がありました。

20年以上前の資料ですが、重要だと思い内容を確認することにしました。

灸に関する有害事象
灸に関する有害事象

こちらを”クリック頂くとPDF6枚の資料がダウンロードされます。

Ⅰ.緒言

『鍼治療が資格をもった専門家によって行われるのに対して、灸治療は施灸のみでなく取穴や刺激量の決定までも患者自身によって行われている場合が少なくない。このことは日本人の灸に対する高い親和性を示しており、日本の文化の一面といえよう。専門家以外の人々が自身の判断や地域の言い伝えにもとづいて灸治療を行った場合は、それによって被る不利益の責任は当然彼ら自身が負う。一方、資格をもった灸治療の専門家が灸治療を行ったり施灸を指導した場合には、そこで生じた患者の不利益に法的および倫理的な責任が問われることになる。よって灸師は、少なくとも現在までにどのような有害事象が報告されているかを知り、そこから判断されるより安全と思われる施術法を用いる義務があると考えられる。

本稿では、鍼灸の安全性に関する一連の検討の中で得られた、灸の有害事象に関する国内の文献調査の結果を報告する。』

皮膚の悪性腫瘍についての報告
皮膚の悪性腫瘍についての報告

3ページに出ています。

1958年から1999年までに9件が報告され、1件の不明を除いて全て“直接灸”となっています。これは艾[モグサ]を円錐状にして皮膚の上に直接置くというものです。

現在は熱傷を伴うか否かによって、“無痕灸”と“有痕灸”に分け区別しています。また、本資料には、『第3度熱傷に至るような強刺激の直接灸でかなりの反復施灸を行った場合』との説明がされています。

従って、気持ち良い温度の温灸(無痕灸)であれば問題にはなりませんが、鍼灸師が有痕灸を使う場合は、温度、刺激量(壮数)、頻度、期間などに注意をはらう必要があります。

現在、行われている有痕灸は“透熱灸”と呼ばれているものですが、一般的に使われなくなっているものも含め、有痕灸と無痕灸についてご説明します。

1.有痕灸

有痕灸は灸痕を残す施灸法の総称で、直接皮膚の上に艾炷(ガイシュ:モグサを円錐状にしたもの)を置いて施灸する。

A.透熱灸

米粒大(こめつぶの大きさ)前後の大きさで円錐形を作り、直接皮膚上の経穴(ツボ)や硬結などの治療点に置いて施灸する。熱刺激を弱くするために細い糸状灸にすることもある。

透熱灸
透熱灸

画像出展:「はりきゅう理論」

B.焦灼灸(通常は行わない)

熱刺激により施灸部の皮膚および組織を破壊する灸法である。

C.打膿灸(通常は行わない)

小指から母指頭大程度の艾炷を直接皮膚上で施灸して火傷をつくり、その上に膏薬を貼付して化膿を促す。

2.無痕灸

無痕灸とは灸痕を残さず、気持ちのよい刺激を与えて、効果的な生体反応を期待する目的で行う灸法である。

A.知熱灸

米粒大または半米粒大の艾を直接皮膚上に置き、点火した後、施術者の母指と示指とを用いて、ゆっくり艾を覆い包むようにして酸欠状態を作り、患者の気持ち良いところで消火する方法である。 

知熱灸
知熱灸

画像出展:「はりきゅう理論」

B.温灸

モグサを患部から距離をおいて燃焼させ、輻射熱で温熱刺激を与えるものである。他に燃焼させた棒の先端を患部に近づけ温熱効果を与える棒灸や、電気を使った温灸器などがある。 

温灸
温灸

画像出展:「はりきゅう理論」

灸頭鍼
灸頭鍼

画像出展:「はりきゅう実技〈基礎編〉」

灸頭鍼は刺鍼した鍼の先に艾を載せます。これも輻射熱で温熱刺激を与えます。

C.隔物灸

モグサを直接皮膚の上で燃焼させないで、艾炷と皮膚との間に物を置いて施灸する方法で、塩灸、味噌灸、生姜灸、ニンニク灸、ビワの葉灸などがある。

隔物灸
隔物灸

画像出展:「はりきゅう理論」

写真は左から、”塩”、”味噌”、”生姜”となっています。

お灸の効果

お灸の効果
お灸の効果

2018年に保存していた資料なのですが、出展が分かりませんでした。非常に分かりやすいのでご紹介させて頂きます。

先にご紹介した『鍼灸の安全性に関する和文献(4) -灸に関する有害事象-』には多くの参考文献が出ているのですが、特に気になったのは“大淵千尋.お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について- 医道の日本 1991;567:84-5.”という文献です。

30年前の月刊誌がまさかあるとは考えてもみなかったのですが、ダメモトで“日本の古本屋”で検索してみると、800円で販売されている古本屋さんがあり、「これは奇跡!」と、即発注しました。

古いものですが、文章は2ページと短かったこともあり全文をご紹介させて頂きます。

医道の日本 1991年11月号
医道の日本 1991年11月号

発行:1991年11月号

出版:医道の日本

“お灸と熱傷と発癌 -灸痕の発癌性について-”など

※投稿された題名には“熱傷”ではなく“熱湯”と印刷されています。本文には“熱傷”は3カ所出ている一方、“熱湯”は1つもありません。従って、正しいのは“熱傷”で間違いないと思います。

 

はじめに

『南半球に位置するニュージーランド、オーストラリアなどでは、紫外線による皮膚癌の発生が増加し、その予防や早期発見の対策がされており、紫外線の量を調節しているオゾン層を破壊するフロンガスの廃絶には積極的である。

しかし、紫外線による皮膚表皮癌の発生は、メラニン色素欠乏の白人種が殆どで、黄色人種や黒人には少ないことから、白人種中心の世界政策の一つと見るのは、あながち偏見とは言えないであろうか。

日本人など黄色人種にとって、皮膚癌の発生原因としては、紫外線よりもむしろ熱傷が上げられる。

皮膚癌は原発性と転移性に区別されるが、高齢社会を迎えた日本では、老人の原発性皮膚癌が増加していると報告されており、その原発性皮膚癌の前駆症状が老人に多いことが原因していると言われている。主な原発性皮膚癌には表皮癌、基底細胞癌、悪性黒色腫があげられ、そのうち最も多い表皮癌の前駆症として第一に熱傷があげられ、灸痕もその一つになっている。

熱傷、灸痕からの発癌

やけど、お灸のあとが、瘢痕となり、何年もたってイボや小さな壊死ができ、いつまでも治らない状態が続き肥大する場合、癌を疑って見る必要があるといわれている。

灸痕からの発癌について、過去十年間に僅かに二例、皮膚科医誌に報告されているが、実数はもっと多いのではないかと思われる。

その二例について簡単に要約すると次のようになる。

1.背部に発生したイボ癌

岡野晶樹・前田 求・岡田奈津子・喜多野征夫(大阪大学医学部)

医誌名:皮膚 25巻 1号 67-71頁 1983年

要約:患者は74歳男性で、8年前に施灸した背部の灸痕からイボ状のへん平上皮癌が発生した。

2.数か月で発症した温灸による熱傷後、表在性基底細胞腫

宮下光夫・野原 正(日本大学医学部)

医誌名:皮膚科の臨床 27巻 12号 1297-1299頁 1985年

要約:患者は77歳男性で、約17年前に左腹部に温灸を施行し熱傷を生じたが、すぐに瘢痕化し治癒した。ところが、その数か月後より、瘢痕部より周囲に向かい遠心状に暗褐色皮しんの新生拡大を認めた。以降、年々、皮しんは拡大して、大きさが10×5.8cmとなった。

むすび

前述の二症例で灸痕から表皮癌が発生したと報告されているが、施灸後の傷痕がInitiatorにはなりえても、発癌には遺伝子、免疫、Promoterなどの様々な因子が関与しており、また統計的に灸痕からの表皮癌の発生が全表皮癌の発生に高率を占めているとは思われず、灸を直接発癌と結びつけるのは難点があるが、全く関係ないとは否めない。

それ故に、このような症例報告にあるように、施灸後の灸痕が発癌に結びつくこともあり、発症が70歳以降のことが多いので、高齢化社会を迎えて、今後益々、発生頻度が増加することを、鍼灸施術を行うものは認識すべきではなかろうか。そして、患者から、灸周辺にイボや潰瘍が発生したとの訴えがあった場合、その灸施術者であるなしに拘らず、早急に専門医の診断を受けるように勧めるべきである。

皮膚表皮癌は、外科手術や薬物療法などにより完治され易いので、早めの診断と治療が必要である。

また、今後施灸する場合には、温熱刺激効果があり、熱傷を与えない施術法を行うよう努力すべきではなかろうか。

かかる点より、中国で施行されている隔物灸(附子餅、丁桂散など)や灸頭鍼、棒灸などを良く研究し、灸の芳香効果も加味した灸法を創案し、古い皮袋に新しい酒を入れて美酒にするように、古来の灸法を更に副作用の少ない効果的なものに改めることが、これからの鍼灸師に与えられた使命ではなかろうか。

人権について考える

入江 杏先生は上智大学グリーフケア研究所非常勤講師をされています。そして、悲しみについて思いを馳せる会の「ミシュカの森」の主宰をされています。

グリーフケアとは、「家族や親しい友人との別れ、死別、あるいは生きがいや希望の喪失など、喪失に胸を痛めている人、喪失から生じる悲嘆に苦しんでいる人に寄り添い、支えようとする活動である」。これは、グリーフケア研究所の島薗 進所長のお言葉です。

クリック頂くと、YouTubeが立ち上がります。約16分です。

こちらは、”上智大学グリーフケア研究所”さまのホームページです。

入江 杏先生は2000年12月30日に発生し、いまだ未解決の「世田谷一家殺害事件」の犠牲者のお一人、宮澤泰子さんのお姉さまでもあります。今回の『悲しみとともにどう生きるか』では編著(編集と著作)をされています。

悲しみとともにどう生きるか
悲しみとともにどう生きるか

著者:柳田邦男、若松英輔、星野智幸、東畑開人、平野啓一郎、島薗 進、入江 杏

初版発行:2020年11月22日

発行:集英社

この本は6つの章に分かれていますが、第一章から第五章までは2008年から2019年に行われた講演が基になっています。第六章はグリーフケア研究所所長の島薗先生の書下ろしで、「グリーフケア」や「ミシュカの森」について書かれています。

詳細は次の通りです。

第一章 「ゆるやかなつながり」が生き直す力を与える  柳田邦男 2008年12月27日 玉川区民会館ホール

第三章 沈黙を強いるメカニズムに抗して  星野智幸 2016年12月25日 上智大学

第四章 限りなく透明に近い居場所  東畑開人 2018年12月9日 芝コミュニティはうす

第五章 悲しみとともにどう生きるか  平野啓一郎 2019年12月14日 ビジョンセンター田町

第六章 悲しみをともに分かち合う  島薗 進 “書下ろし”

ブログは芥川賞作家でもある平野啓一郎先生の第五章について触れています。この五章に書かれているのは主に、“死刑制度のこと”、“人権のこと”、そして“コミュニケーションと分人”についてです。“分人”には多様性が求められると思いますが、背景には“客観的&主体的な変化と順応”ということが隠れているように思います。

この中で“死刑制度のこと”、“人権のこと”は、私自身64年も生きてきて、まともに考えたことが一度もなかったことを思い知りました。また、書かれている内容はとてもインパクトの大きなものであり、自分自身はどう考えるのだろうか、頭の中を整理したいと思いました。

第五章の小見出しは以下の通りです。(ブログでは最初の2つには触れていません)

●「カテゴリー」として扱われがちな被災者や事件の被害者

●当事者でないからこそ書けることがある

●死刑制度への考え方

●「なぜ人を殺してはいけないか」への応答として生まれた『決壊』

●心から死刑は廃止するべきだと思った理由

●個人の責任に収斂させる死刑は国家の欺瞞

●死刑制度は犯罪防止にならない

●犯罪被害者へのケアが不十分

●犯罪の被害者の心の中に芽生える感情は複雑

●「赦し」と「罰」は同じ機能を果たす

●共感や同情ではなく、人権を権利の問題として捉える教育が必要

●「負け組」に対する積極的な否定論

●すべての人の基本的人権を尊重するという大前提

●自死して償うという日本的発想

●社会の分断と対立の始まり

●対立点からではなく、接点からコミュニケーションを始める

●分人の集合として自分を捉える

●人生の経過とともに分人の構成は変わっていく

●愛する人を喪失した人へ

死刑制度への考え方

・平野先生は現在、死刑制度を廃止すべきという立場であるが、『決壊』を書く以前の20代ぐらいまでは心情的には死刑制度に肯定的な立場の近い所にいた。しかし、はっきりした考えは持っておらず迷っていた。

・ヨーロッパではベラルーシ以外はすべて死刑制度が廃止されている。今も死刑制度が残っているのは、アジア諸国、中東、アメリカ合衆国の一部の州などである。

2014年死刑執行国
2014年死刑執行国

画像出展:「2014死刑判決と死刑執行」

 

アムネスティ
アムネスティ

死刑判決と死刑執行 アムネスティ・インターナショナル報告書(抄訳)

上記をクリック頂くと、PDF13枚の資料がダウンロードされます。

下記はアムネスティのサイトにあった記事です。

死刑廃止 - 最新の死刑統計(2020)

 

以下はネットで見つけた記事です。

死刑制度をめぐる日本の議論:世論は8割が死刑容認

この中に“死刑制度の存廃をめぐる議論のポイント”という箇所があり、項目として8つ挙げられています。

■根本的な思想・哲学

■死刑に犯罪抑止力があるかどうか

■誤判・冤罪の恐れをどう考えるか

■被害者・遺族の心情をどう考えるか

■犯人の更生可能性について

■世論調査をどうみるか

■死刑廃止が国際的潮流である点をどうみるか

■死刑は憲法に違反しないか

「なぜ人を殺してはいけないか」への応答として生まれた『決壊』

・これは、TBSの『NEWS23』で収録された若者たちとの対話での発言。その時の出演者からは的確な回答は出なかった。

・『決壊』という作品の中で、平野先生は「なぜ人を殺してはいけないか」という根本的な問いに対して、その理由を説得力を持って書きたいと思っていた。

心から死刑は廃止するべきだと思った理由

・警察の捜査に対する不信感(袴田事件など)。

・「人は殺してはいけない」という絶対的な禁止に、例外を設けてはいけないという考えが自分の中で確かなものになった。人の命は、「場合によっては殺していい」という例外を作ってはいけない。

・死刑は加害者を同じ目に遭わせてやりたいという身体刑である。

個人の責任に収斂させる死刑は国家の欺瞞

・立法的、行政的な救済を必要とする犯罪被害者への支援が十分とはいえない状況で、事件に対して司法が死刑を宣告して、その人を社会から排除し、あたかも何もなかったかのような顔をするのは国家の欺瞞ではないか。

・社会の責任が大きいような環境で育った人が罪を犯した時、それをその人の「自己責任」にすべて収斂させて、死刑にすることで終わらせてはいけないのではないか。

・社会的責任は一切なく、あくまでその個人に全ての責任があるとする犯罪の場合であっても、国家がその犯罪者と同じ次元に降りてきて、事情があれば人を殺していいという判断(死刑)をするのは良くないのではないか。

・『我々の共同体は人を殺さない。一人ひとりの人間は基本的人権を備えていて、生存については絶対的に保障されている。我々の社会はそういう社会であるという前提は、例外的にそれを破る人が出てきても崩してはならないはずです。だから、あなたは人を殺したかもしれないけど、我々の社会はあなたを殺さない。それが我々の社会です、ということを、あくまで維持しなければならないのではないか。おまえが殺したから俺もその次元にまで下がっていって、同じように殺すということは、許されることなのか?

何かよほどの事情があれば人を殺していい、という思想自体を社会の中からなくしていかないと、殺人という悪自体が永遠になくならないのではないかと考えるわけです。

死刑制度は犯罪防止にならない

・死刑囚にも自分の死が怖いと思う人とそうでない人がいる。

・“拡大自殺”とは死刑になりたいから多くの人を巻き添えにした殺人を起こすことである。

-2008年6月:“秋葉原通り魔事件”では7人が死亡。

-2021年12月:大阪ビル放火事件“では25人が死亡。

犯罪被害者へのケアが不十分

・全国犯罪被害者の会では、附帯私訴制度(民事裁判を起こすことなく、刑事裁判の中で損害賠償を求める手続きができる仕組み)の実現が一つの目標になっているが、これは遺族が裁判にうまく関与できない状況になっている。

・被害者に対する誹謗中傷などに対する被害者をケアするシステムが不十分である。

被害者が十分に守られていない状況では、人は「被害に遭った人たちはあんなにかわいそうな目に遭っているのに、何で加害者の人権が守られなきゃいけないんだ」という反発から、「死刑制度は反対」とか「加害者にも人権はある」という声に社会は強く反発する。死刑制度の議論は、被害者のケアの充実を第一に図っていかない限り、国民が加害者側の人権を考えることは難しい。

本来は、犯罪被害者の悲しみを癒すことに関わることが大切だが、それは簡単ではないこともあり、被害者の気持ちになり代わって、「犯人を死刑にしろ!」となっていく傾向が強い。

人権概念の理解の徹底こそが重要であるが、感情的な問題も無視はできない。

犯罪の被害者の心の中に芽生える感情は複雑

・『犯人は死刑になった後、ご遺族がそれで本当に区切りがつけられたのか、何らかの慰めなり癒やしが得られたのかどうかということは、ジャーナリズムの一種のはばかりからか、怠惰からか、それほど具体的な追跡調査がなされていません。ですから、社会は勝手に、遺族は死刑にならないことには収まりがつかないし、死刑になったらそれで一つ区切りがつくと考えて、犯人が死刑宣告を受けて死刑にされたら、途端に遺族のことはすっかり忘れてしまいます。しかし、実はその時にこそ、遺族は社会の中で最も孤独を感じているかもしれない。加害者を憎むということにおいてのみ被害者の側に立った人たちは、加害者に死刑が執行された途端に、被害者への興味を一切失ってしまいます。もし自分の家族が殺されたなら、という仮定は、一体、何だったのでしょうか?

また、死刑が区切りになるかどうかということとは関係なく、とにかく関わりたくない、死刑も望まず、赦すなんてことももちろんできないけど、とにかくもう思い出したくない、別の人生を歩みたいという方もいらっしゃいます。

死刑で一件落着、それが一つの区切りになるなどという考え方で犯罪被害者の方のすべての感情を物語化することはできない。誰かと話をしたいとか、じっくり一時間、二時間、話を聞いてもらいたいとか、孤独に寄り添ってほしいとか、事件のこととは関係なく、楽しくごはんでも食べに行きたいとか、被害者というカテゴリーにくくられたくないとか……、それは当然、さまざまです。だけど、「被害者の気持ちを考えたことがあるのか」と言う人は、そのうちの「憎しみ」の部分にしか興味がありません。それ以外の部分で、被害に遭った方の悲しみをどういうふうに癒すのかということには、全くコミットしようとしないわけです。これが非常に大きな問題ではないかと思います。

「赦し」と「罰」は同じ機能を果たす

・赦しと罰は、何かを終わらせるという意味では同じ機能を果たしているといえる(ハンナ・アーレントの『人間の条件』より)

・被害者の方が“赦し”を選んだ時に、社会はその人の決断をあたたかい尊敬の気持ちで称賛し、抱擁すべきである。決して「あなたは亡くなった人に対する思いが薄いんじゃない?」などと非難することがあってはならない。他者を理解するというのは、自分が決して理解できないことを理解しようと努めることである。

共感や同情ではなく、人権を権利の問題として捉える教育が必要

・死刑制度の問題から気づくことは、日本人は人権というものに対する教育に失敗していると思うことである。

・『僕自身が小学校で受けた人権教育を思い返してみても、結局のところ、人権というのがよくわからないままだった気がします。小学校の教育の中で多かったのは一種の感情教育で、人がそういう時にはどんな「気持ち」になっているかを考えてみましょうとか「自分が嫌なことを相手にもしてはいけません」という心情教育に偏っていました。他者に対する共感の大事さを説くばかりで、人権という、権利の問題としてきちんと教育されてこなかった気がします。実際、講演[地方自治体の人権週間での講演]の時の作文[小・中学生の作文]も、「相手の気持ちを考えず、嫌な気持ちにさせてすごく悪かった」という結論に至っているものがほとんどでした。この感覚が大人になるまでずっと続いてるので、不祥事で政治家や企業の社長が謝罪する時にも、その理由は「不快な気持ちにさせてしまったこと」です。

・共感能力が重要であることは間違いないが、人権という権利の問題を考える時に、共感ということが前面に出すぎるのは望ましくない。

かわいそうかどうかは主観的な感情である。一方、権利とはある前提の中では不変なものだと思う。それ故、主観的な感情とは距離をとり、客観的に向き合う必要があると思う。

・『例えばNHKの番組で、格差社会の中の「相対的貧困」といわれるような状態の人たちの特集があって、そこに登場した女の子の部屋の棚に漫画が並んでいた。そうすると、「貧困っていっているけど、漫画を読んでいるなんてぜいたくだ」「世の中にはもっと大変でかわいそうな人がいる」と、主観的な話になってバッシングが起きる。結果、こんな人たちは別に救う必要がないとか、特集する必要はないといった否定的意見が出てきます。

これは生活保護バッシングにも似ています。「生活保護とかいいながらパチンコしているじゃないか」と。「同情に値しない。かわいそうじゃない」「自己責任だから、そういう人たちを救う必要はない」という論調が日本社会の一部に強くあります。これもやはり、人権の問題としてその人たちの生存を考えているのではなく、かわいそうかどうかという共感の次元で捉えてしまっているがゆえに起こっていることです。』

「負け組」に対する積極的な否定論

・「勝ち組」、「負け組」は当初、株式投資に関し企業を判断するものとして出てきた。その後、新自由主義的の風潮の中でいつの間にか人間についてもいわれるようになった。そして、負け組の人たちは努力が足りない怠け者だというような論調が社会の中で語られるようになった。

すべての人の基本的人権を尊重するという大前提

・『人権というのは、一人ひとりの人間が生まれながらにその生命を尊重されて、それは誰からも侵されないという権利で、ヨーロッパの思想史の流れの中で考えられたものです。人類の歴史の流れによっては、人間は生まれながらに差別されるのは当然で、一部の人だけが富めばいいという社会がずっと続くこともありえたと思います。しかし、そうはならず、すべての人間が基本的な人権を備えていて、それは絶対尊重しなければいけないという想に基づいて憲法をつくり、国家を成立させ、そして、国家権力はそれを侵してはいけないという仕組みをつくり上げていった。近代以降のその流れは、僕は基本的に正しかったと思っています。その思想を受け継いでいることを幸福と感じます。

人間には生まれながらにして権利があるという話は、フィクションといえばフィクションですけど、それをたくましい努力で守り抜こうとする思想は、偉大です。

実際には内戦が続いている地域など、基本的人権という考え方が通じなくて、国家が溶解したような状態で、ひたすら弱者が暴力の被害に遭っているという現実もあります。本当にそういう社会でいいのかと考えた時に、僕はやはり一人ひとりの人間は絶対に殺されてはいけないし、国家の主権者として生存権や社会権が守られているという大前提を崩すべきでないと考えています。

ですから、学校でいじめが起きている時に、かわいそうなことをしているからやめましょうと諭すことも大事ですが、まず、いじめるということは相手の教育を受ける権利を侵害していることだから、やってはいけないことだ、と教えなくてはならない。人を殺すというのは、その人が生まれながらにして持っている、誰からも生命を侵害されることがないという権利を奪うことだからやってはいけないことだと教えなくてはならない。

心情的な教育というのをやりながら、一方で、すべての人は、社会の役に立とうが立つまいが、そんなことは関係なくて、生まれてきたからには、自分の命は誰からも侵害されない権利がある、という原則を子どもたちに教えることが非常に重要です。

その上で、僕も自己反省的に、そもそも、どうして自分は子どもの頃、人を殺した人は死刑になっても当然だと思っていたのだろうかということを考えてみました。一つには、漫画やアニメ、テレビの時代劇などで悪者を成敗する勧善懲悪のストーリーが戦後ずっと続いていて、その刷り込みがかなり強いのではないかと思います。漫画や小説などフィクションが与える影響というのは馬鹿にできません。』

自死して償うという日本的発想

・日本では自死(自殺)は個人として追い詰められた結果ということではなく、一種の社会的な償いとして死ぬべきであるという考えが強くある。社会に命を差し出すことが償いになるという考え方自体を問い直す必要がある。

社会の分断と対立の始まり

・『ノーベル経済学賞を受賞した経済学者で思想家でもあるインド出身のアマルティア・センがアイデンティティーと暴力という本を書いています。その中で彼は、なぜインドで深刻な宗教対立や民族対立が起きるのかということに関して、個人を一つのアイデンティティーに縛りつけてしまうことがすべての社会的な分断、対立の始まりだと分析しています。

社会を分断させたい人、あるいは対立させたい人にとっては、個人が単一のアイデンティティーに収まっていることが何よりも重要なんだと言うんですね。あの人はキリスト教徒、あの人はイスラム教徒というふうに単一のアイデンティティーにくくりつけてしまう。あるいは、あの人は死刑存置派、あの人は死刑反対派というふうに。そこから際限のない対立が始まってしまうわけです。

センは、さらにこう続けます。実際には、人間というのは非常に複雑な要素の集合体である、と。

ある人はプロテスタントであり、同時に二児の父親で、野球はヤンキースを応援していて、音楽はジャズが好きというふうに、一人の人間は複雑な属性を備えている。そうすると、死刑制度を支持するかどうかというような一つのトピックスに関しては対立する部分があるけど、音楽の話をすると、「俺もあのバンド好きなんだよ」と共感する部分があったり、「実は北九州出身で、俺もあの先生に習ったんだ」と、複数の属性を照合し合わせると、どこかにコミュニケーションの可能性を見出しうる。

センは、そこに対話の糸口があり、そこを通じてコミュニケーションを図り続けることによって、一つの対立点で社会が分断されそうな時にも、別のところで人間同士のつながりが可能になるということを言っています。

これは非常に重要なことです。僕たちは単一のアイデンティティーや、単一のカテゴリーに自分が押し込められることに非常に不自由を感じます。実際には自分にはもっと多様な面がある。犯罪の被害に遭われた方のことも、「犯罪被害者」というふうにカテゴリーとしてつい語ってしまいますが、その人の中にも、一方で会社員であったり、昔の友達とわいわいい楽しく過ごす時間もあったりというふうに、複雑な顔があるわけです。』

対立点からではなく、接点からコミュニケーションを始める

人間は複雑な属性を備えているというアマルティア・センの指摘について、平野先生は「分人」ということばで個人や社会の多様性を重視すべきであると説いている。

・人間にはコミュニケーションの中で混ざり合っていく他者性があり、他者に対する柔軟なコミュニケーションを重ねることにより、自分の中にいくつかの人格がパターンのようにしてできていく。これを個人という概念に対して、「分人」と呼んでいる。

分人の集合として自分を捉える

・自分という存在を唯一つの存在とするのではなく、分人という自分の中の多様性によって、好きな自分、嫌いな自分、楽しい自分、辛い自分などいろいろな面があり、相対化して分人として自分を眺めることができれば、自殺の衝動を抑制することもできる。

人生の経過とともに分人の構成は変わっていく 

・分人の構成は他人や社会から強いられるものではなく、バランスを取るように自分がコントロールすべきものである。ただし、これは容易なものではなく、社会や政治といった自分の外側に目を向けることも大事である。

愛する人を喪失した人へ

・『僕たちは自分が愛している人との分人を生きたいわけですけど、その相手を失うことによって、それができなくなってしまう。その辛さが愛する人を亡くした時の大きな喪失感ではないでしょうか。

だけど、生きている人たちとの関係の中で新しい分人をつくってみたり、今まで仲がよかった人との分人の比率が大きくなっていくことで、その後の人生を続けていくことができるはずだと思います。

そういう意味で、最初の話に戻りますけど、辛い状況にある当事者の人に対して、自分はどう接したらいいかわからないと立ち止まるのではなく、その人に辛い分人だけを生きさせないために、新たな分人をつくることができるような関与をすることが大事ではないでしょうか。

感想

長いコロナ禍、テレビの刑事モノを観る機会が増えたのですが、時々出てくる刑事のセリフ、「罪を憎んで人を憎まず」。これは死刑制度、人権、自死(自殺)に紐づく重要なキーワードになるのではないかと思いました。もちろん、簡単な話ではないと思いますが。。

日本人の約8割は死刑容認とのことです。私も平野先生のお考えを勉強させていただく前は、そもそも深く考えたこともなかったのですが、死刑容認派で間違いないと思います。

自分なりに何故、容認派なのか考えてみると、先生が指摘された漫画やアニメの“勧善懲悪”の影響は確かに大きいと思います。また、“切腹”や“敵討ち・仇討ち”なども、物語の中では多くは美化されており、嫌悪感はほとんど持ちません。拷問のように痛みを実感できる体罰(身体罰)は受け入れられないのに、拷問よりも残酷な死刑という命を奪ってしまう身体罰は、一瞬のことだからなのか、なぜか寛容です。

また、島国、村社会である日本は“村八分”や“出る杭は打たれる”など、昔から村民に同質性を求める傾向が強いと思います。しかしながらこれは生きていくための知恵でもあり、日本人の慣習、文化になっているように感じます。注意すべきは同質性を重んじることは、多様性に対しては懐疑的になりやすいのではないかという側面です。

脳の機能で考えると、本能や感情に関わるのは“古い脳”といわれる大脳辺縁系などです。一方、理性に関わるのは“新しい脳”の大脳皮質です。犯罪は怒りや悲しみが先行するものなので、まずは“古い脳”が活性化すると思います。特に怒りなどの先には、法による罰が存在し、“怒り”に対して“罰”という結果がすぐに結びつきます。それに対して、“悲しみ“あるいは“犯罪被害者支援”に関しては、法による罰に相当するような明快な解決策がないこともあり、あぶり出された”理性”が落しどころを捜すうちに迷子になってしまうのではないか。この点も“新しい脳”の活性化を難しくさせているように思います。

下の絵で考えれば、犯罪は“脳の命令の力関係”からも圧倒的に古い脳(情動脳)を活性化させやすい状況だと思います。 

命令の力関係
命令の力関係

こちらの画像は、Web活用術さまの“古い脳 VS 新しい脳|脳の特徴でわかる人生の苦悩と解決策”という記事から拝借しました。

 

 

この記事では次のように古い脳と新しい脳を比較されています(一部追加)。

古い脳

・爬虫類能(反射能)

 ・構造:脳幹・大脳基底核・脊髄

 ・機能:心拍・呼吸・摂食・飲水・体温調節・性行動⇒「生きたい」

哺乳類能(情動脳)

 ・構造:大脳辺縁系(扁桃体・海馬体・海馬傍回・帯状回・側坐核)

 ・機能:喜び・愛情・怒り恐怖嫌悪などの情動⇒「仲間意識(関わりたい)」

新しい脳

人間能(理性脳)

 ・構造:大脳皮質(右脳・左脳)

 ・機能:知能・記憶・言語・創造倫理・繊細な運動など⇒「目的意識(成長したい)」

新しい脳(理性脳)を活性化させることは、犯罪を減らす一つの答えになると思います。繰り返しになりますが、具体的には”犯罪被害者の悲しみ”に対して明快な解決策を用意し、犯罪者に対する法的罰則と同様に、犯罪被害者に対する被害者支援の道が用意され、被害者の方を思う一人ひとりの”理性”を迷子にさせないことです。

国民の意識が「罪を憎んで人を憎まず」に向かえば、多様性に対しての理解も進み、さらに国民的コンセンサスとしての高まりとなれば、死刑制度の意識も変わるかもしれません。そして、治安や暮らしやすさの改善にもつながると思います。 ただ、もし自分の家族が殺されたとして、「罪を憎んで人を憎まず」という気持ちに本当になれますか? と問われれば、やっぱり自信はありません)

罪はすべての人が“善”と“悪”を内在していると思うので、なくなることはないと思いますが、新しい脳である理性を活性化できるようになれば、犯罪だけでなく自死も減るのではないかと思います。そして、間接的であっても、”貧困と格差の是正”につなげられれば、さらに犯罪も自死も減るものと思います。

ご参考1

「”罪を憎んで人を憎まず”とは誰の言葉なのだろう?」と思い調べたところ、なんと”孔子”でした。実は2ヵ月程前に、”論語と仁”というブログをアップしていましたのでリンクさせて頂きます。

ご参考2

犯罪被害者のアンケート調査のような資料がないものかネットで探したところ、2007年と新しくはないのですが、社団法人の被害者支援都民センターによる調査資料がありました。

以下の資料名をクリック頂くと、PDF70枚の資料がダウンロードされます。

平成18年度 被害者支援調査研究事業 今後の被害者支援を考えるための事業報告書



殺人・傷害致死 計38人
殺人・傷害致死 計38人

この棒グラフは左上の”被害後に悩まされた問題”の中から”殺人・傷害致死 38人”だけを抜き出したものです。

また、上記右上のグラフは”事件直後の必要な支援”に関するものです。

二次的被害を受けた相手
二次的被害を受けた相手

こちらは”二次的被害を受けた相手”のグラフです。

上記の”被害後に悩まされた問題”と合わせて考えると、犯罪被害者の方は、多くのストレスに直面していることが分かります。特に、”民事裁判に勝訴したが、実際には賠償金を支払われていない”という人が36.8%もおり、精神的ストレス、手続きの煩わしさ、時間の拘束に加え、金銭的も厳しいということが分かります。

2007年から15年たった今でも同様であるとすれば、犯罪被害者への支援は喫緊の大きな課題といえます。

 

 

 

プロジェクト計画書

仕事ではないのですが、「プロジェクト計画書」を作ることになりました。25年も営業をしてきたので、“営業プラン”や“新規開拓プラン”に類するものは度々作ってはいたのですが、今回は不慣れなテーマに加え広い視点が求められると思い、また、やり直しは最小限度に抑えたいため、作成する前に少し準備することにしました。

購入した本は石井真人先生の『知りたいことがパッとわかる 事業計画書のつくり方がわかる本』です。作るべきは「プロジェクト計画書」なので、本書の中から必要と思う箇所を重点的に勉強させて頂きました。

ブログはかなりアレンジしたものになっているため、本書の概要をお伝えすることはできておりません。そのため、最初に「はじめに」の一部をご紹介させて頂きます。

事業計画書のつくり方がわかる本
事業計画書のつくり方がわかる本

著者:石井真人

出版:ソーテック社

初版発行:2010年9月

第1章 伝わる事業計画書の作り方

第2章 事業計画書を作成する前にすること

第3章 ビジネスプラン作成の流れとポイント

第4章 ビジネスプランつくり込みのテクニック

第5章 事業推進フローチャートのつくり方

第6章 損益計算書作成のテクニック

第7章 資金繰り計算書作成のテクニック

第8章 数値情報のポイントまとめるテクニック 

第9章 伝わるビジネスプランのポイント解説

はじめに

『「新規事業のアイデアを思いついた瞬間から、事業戦略を考え抜くまでの思考プロセス、さらにその事業戦略を“伝わる事業計画書”に仕上げるまでの作成手順を1から伝えたい」というコンセプトを持って、執筆しました。』

『本書では架空の事業を1つつくり上げ、思考プロセスから事業計画書の完成まで、すべてサンプルをご用意させていただきました。また思考プロセスの流れに沿って、1ページ目から読み進んでいただけるように構成しています。』

『事業計画書は立案者視点で作成するのではなく、詠んでもらう第三者に“伝わる”ように作成しなければ意味はありません。本書では新規事業計画書をテーマにしており、新規事業の素晴らしさを第三者に伝えるための実務ノウハウをサンプルの中に散りばめて解説しております。中長期事業計画書など新規事業以外でも“第三者に伝える”実務ノウハウがそのまま活用していただけるように、イメージ図の使い方や文章の書き方など、作業レベルのテクニックまで網羅しました。』

1.伝わるプロジェクト計画書の作り方

プロジェクト計画書が与えてくれるメリット

・資金調達において事業計画書が求められる

・立案者の“思い”は文書化しなければ伝わらない

プロジェクト計画書を構成する具体的な書類

①プロジェクトプラン

「なぜ、いつ、誰が、どこで、誰のために、何を」を客観的な根拠に基づいて解説する書類。事業計画全体のストーリーを作る。

②プロジェクト推進フローチャート

プロジェクト計画のストーリーおよび行動計画を図式化した資料。期日、担当者を明確にする。

③数値シミュレーション

資金繰り計算表

2.プロジェクト計画書を作成する前にすること

何をプロジェクト化したいのか?「6W1H」で情報整理をする

・Who、Why、What、Where、Whom、When、How 

プロジェクトコンセプトを文書化し全体像をイメージできるようにする

3.プロジェクトプラン作成の流れとポイント

各構成要素の計画内容を文書化するルール

・各構成要素を「6W1H」で説明する

・チェック表を活用して「知りたいポイント」の欠如を防ぐ

・キーワードは言い回しを統一して繰り返す

●ストーリーの流れを意識するルール

・シンプルに論理的な説明をする

・構成要素と構成要素のつなぎをオーバーラップさせる

・キーワード以外の説明は重複しない

各構成要素で伝えたいポイントを1つにまとめる

・理解しやすい必要最低限の情報がポイント

-膨大な情報をすべて理解してもらうことは不可能

-特にお金に関わる数値は最も重要

グラフ・イメージ図などを加えたドラフト版の作成

・構成要素と説明文章を基にページ構成をつくりあげる

・構成要素がページタイトルになる

・プロジェクトプランは枠組みを決めてから着手する

4.プロジェクトプランつくり込みのテクニック

「表紙」作成テクニック

・作成日、作成者、更新情報(revision)を書く

「目次」作成テクニック

・目次の項目とページタイトルは必ず一致させる

・ページ番号は最後の仕上げ作業として行う

「ビジョン」作成テクニック

・できるかぎり目標設定を数値化する

・将来の「ありたい姿」を掲げる

「予算化戦略」作成のテクニック

・予算獲得に大きく影響するチャネルの各戦略を描く

・獲得率を算出する

・広告等のコストを明確にする

「情報戦略」作成のテクニック

・情報の整理整頓と維持管理(個人情報保護とセキュリティー)

「プロジェクトスケジュール」作成のテクニック

・準備項目を時系列で明らかにする

・コスト発生の時期を明確にする

5.プロジェクト推進フローチャートのつくり方

プロジェクト推進フローチャートの役割

・「実行できるのか」を判断するキーポイント

・コストの発生時期が見える

プロジェクト推進フローチャート作成前に知っておきたいこと

・可能な限り、各分野の経験者から意見を聞いて参考にする

・項目の棚卸⇒作業期間決定⇒担当者決定の順番で作成する

 ・役割と要員に問題がないか確認する

推進フローチャート
推進フローチャート

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

6.損益計算書作成のテクニック

収支シミュレーション作成の流れ

・収入と支出を可能な限り洗い出す

・数値情報の根拠を明確にする

告知にかかる費用を明確にする

・「何を・いくらで・実施するのか」を情報整理する

・獲得目標数に見合う効果の検討

・スケジュールとの整合性

体制のつくり方

・各役割を明確にする

経費項目を棚卸する

損益計算書
損益計算書

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

7.資金繰り計算書作成のテクニック

資金繰り計算表とは

・収入と支出から必要とする資金の不足を正確に把握できる

資金繰り計算書
資金繰り計算書

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

8.数値情報のポイントまとめるテクニック

経費計画
経費計画

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

資金計画
資金計画

画像出展:「事業計画書のつくり方がわかる本」

9.伝わるプロジェクトプランのポイント解説

サンプル(『オーガニック化粧品の製造販売事業』)

・本書内では計32枚のスライドが紹介されています。

表紙
表紙
目次
目次

咲けない時は根を降ろす

ブログ“源氏物語と紫式部1”は、山本淳子先生の『平安人の心で「源氏物語」を読む』を題材にしているのですが、その山本先生は紫式部が『源氏物語』という大輪の花を咲かせたのは、自分なりの根を降ろしたからこそである。との見識をお持ちです。

この見識は『置かれた場所で咲きなさい』という渡辺和子先生の名著に遺された、「咲けない日があります。その時は、根を下へ下へと降ろしましょう」という教えが、まさに紫式部の生き方に重なるということからきています。

また、渡辺先生は軍人だった父を、二・二六事件の青年将校たちによって目の前で射殺されるという悲惨な衝撃的な体験をされており、そのことも渡辺先生の『置かれた場所で咲きなさい』を読みたいと思った理由です。

ブログはもくじ黒字部分ですが、一つは“変らない現実”、もう一つは“希望”に関するものといえます。

置かれた場所で咲きなさい
置かれた場所で咲きなさい

著者:渡辺和子

初版発行:2012年4月

出版:幻冬舎

もくじ

はじめに

第1章 自分自身に語りかける

・人はどんな場所でも幸せを見つけることができる

・一生懸命はよいことだが、休憩も必要

・人は一人だけでは生きてゆけない

・つらい日々も、笑える日につながっている

・神は力に余る試練を与えない

・不平をいう前に自分から動く

・清く、優しく生きるには

・自分の良心の声に耳を傾ける

・ほほえみを絶やさないために

第2章 明日に向かって生きる

・人に恥じない生き方は心を輝かせる

・親の価値観が子どもの価値観を作る

・母の背中を手本に生きる

・一人格として生きるために

・「いい出会い」を育てていこう

・ほほえみが相手の心を癒す

・心に風を通してよどんだ空気を入れ替える

・心に届く愛の言葉

・順風満帆な人生などない

・生き急ぐよりも心にゆとりを

・内部に潜む可能性を信じる

・理想の自分に近づくために

・つらい夜でも朝は必ず来る

・愛する人のためにいのちの意味を見つける

・神は信じる者を拒まない

第3章 美しく老いる

・いぶし銀の輝きを得る

・歳を重ねてこそ学べること

・これまでの恵みに感謝する

・ふがいない自分と仲よく生きていく

・一筋の光を探しながら歩む

・老いをチャンスにする

・道は必ず開ける

・老いは神さまからの贈り物

第4章 愛するということ

・あなたは大切な人

・九年間に一生分の愛を注いでくれた父

・私を支える母の教え

・2%の余地

・愛は近きより

・祈りの言葉を花束にして

・愛情は言葉となってほとばしる

・「小さな死」を神に捧げる

第1章 自分自身に語りかける

神は力に余る試練を与えない

『心の悩みを軽くする術があるのなら、私が教えてほしいくらいです。人が生きていくということは、さまざまな悩みを抱えるということ。悩みのない人生などあり得ないし、思うがままにならないのは当たり前のことです。もっといえば、悩むからlこそ人間でいられる。それが大前提であることを知っておいてください。

ただし悩みの中には、変えられないものと変えられるものがあります。例えばわが子が障がいを持って生まれてきた。他の子どもができることも、自分の子はできない。「どうしてこの子だけが……」と思う。それは親としては胸を搔きむしられるほどのせつなさでしょう。しかし、いくら悲しんだところで、わが子の障がいがなくなるわけではない。その深い悩みは消えることはありません。この現実は変えることはできない。それでも、子どもに対する向き合い方は変えられます。

生まれてきたわが子を厄介者と思い、日々を悩みと苦しみの中で生きるか。それとも、「この子は私だったら育てられると思って、神がお預けになったのだ」と思えるか。そのとらえ方次第で、人生は大きく変わっていくでしょう。

もちろん、「受け入れる」ということは大変なことです。そこに行き着くまでには大きな葛藤があるでしょう。しかし、変えられないことをいつまでも悩んでいても仕方がありません。前に進むためには、目の前にある現実をしっかりと受け入れ、ではどうするかということに思いを馳せること。悩みを受け入れながら歩いていく。そこにこそ人間としての生き方があるのです。

今あなたが抱えているたくさんの悩み。それを一度整理してみてください。変えられない現実はどうしようもない。無理に変えようとすれば、心は疲れ果ててしまう。ならば、その悩みに対する心の持ちようを変えてみること。そうすることでたとえ悩みは消えなくとも、きっと生きる勇気が芽生えるはずですから。

第2章 明日に向かって生きる

つらい夜でも朝は必ず来る

『希望には人をいかす力も、人を殺す力もあるということをヴィクター・フランクルが、その著書の中に書いています。

フランクルはオーストリアの精神科医でしたが、第二次世界大戦中、ユダヤ人であったためナチスに捕えられて、アウシュビッツやダハウの収容所に送られた後、九死に一生を得て終戦を迎えた人でした。

彼の収容所体験を記した本の中に、次のような実話があります。収容所の中には、1944年のクリスマスまでには、自分たちは自由になれると期待していた人たちがいました。ところがクリスマスになっても戦争は終わらなかったのです。そしてクリスマス後、彼らの多数は死にました。

それが根拠のない希望であったとしても、希望と呼ぶものがある間は、それがその人たちの生きる力、その人たちを生かす力になっていたのです。希望の喪失は、そのまま生きる力の喪失でもありました。

二人だけが生き残りました。この二人は、クリスマスと限定せず、いつか、きっと自由になる日が来る」という永続的な希望を持ち、その時には、一人は自分がやり残してきた仕事を完成させること、もう一人は外国にいて彼を必要としている娘とともに暮らすことを考えていたのです。

事実、戦争はクリスマスの数ヶ月後に終わったのですが、その時まで生き延びた人たちは、必ずしも体が頑健だったわけではなく、希望を最後まで捨てなかった人たちだったと、フランクルは書いています。

希望には叶うものと叶わないものがあるでしょう。大切なのは希望を持ち続けること、そして「みこころのままに、なし給え」と、謙虚にその希望を委ねることではないでしょうか。』

感想

失望、悲しみの真っただ中にいて、苦しみもがいている自分を外から眺め、外側に広がっている世界の中に何かの希望を見つけること、そして、その希望に向かって進んでいくことが、苦しみからの出口なのだろうと思いました。

長引く腰痛

今回の本は、日本整形内科学研究会(JNOS)の会員向け動画配信の中で紹介されていたものです。

安くない本だったこともあり、また、県立図書館に所蔵されてこともあり、お借りして勉強することにしました。 

長引く腰痛はこうして治せ!
長引く腰痛はこうして治せ!

編集:村上栄一

出版:日本医事新報社

発行:2020年2月

本書では“椎間関節性腰痛”、“仙腸関節痛”、“臀部靭帯由来の痛み”について、詳しく解説されています(臀部の筋についてはほとんど触れられていません)。

なお、椎間関節性腰痛については「多裂筋の深層は椎間関節包に付着し椎間関節と一体として働くため、椎間関節性腰痛の関節外病変として多裂筋の要因を考える」とされており、多裂筋の要因も含めて椎間関節性腰痛を定義されています。

ブログは腰痛に対する理解を深め、特に初診時の判断力を高めて的確な施術方針を立てられるようにすることを目標とし、本書の中にあった以下の表をベースに、各疾患の特徴や痛みの姿勢や動作などを加筆し、1枚の表にまとめました。 

腰痛の原因
腰痛の原因

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

目次は小見出しのレベルまで抜き出したため、非常に細かくなっています。

第1章 腰痛診療は進化したか? -現代腰痛診療を落とし穴-

1.画像依存が医療を後退

2.画像信仰を生みだしたX線の登場

●X線画像が与えた影響

下肢痛は神経圧迫が原因との思い込み

●脊柱管内で把握できない病態の見逃し

3.画像に異常の出ない筋膜、靭帯や関節を軽視!

4.誤った神経支配信仰

●腰臀部の靭帯から下肢痛が生じる

5.靭帯・筋膜由来の腰下肢痛が圧倒的に多い

●神経損傷前に傷害を受ける靭帯、筋膜

6.画像では掴めない関節の機能障害

●機能障害を診断できない医療を招く危険

7.エコーの進歩

8.驚嘆すべき人間の秘めた能力!

●One fingerテスト

●患者は発痛源がわかる

9.集学的治療の前に腰痛の正確な診断を!

触ってわかる腰痛の真実

●“患者に触らない”医療者であってはならない 

第2章 腰痛診療の新展開

腰痛の実態と診断法

1.腰痛の定義

2.腰臀部痛の実態

3.腰臀部痛の診断プロセス

●腰椎椎間板ヘルニアについて

・腰椎椎間板ヘルニアの病態

・腰椎椎間板ヘルニアの診断

・腰椎椎間板ヘルニアの治療

●脊柱管狭窄症について

・脊柱管狭窄症の病態

・脊柱管狭窄症の診断と治療

●腰臀部痛の診断

●腰臀部痛の問診

・腰臀部痛の発症様式・時間経過

・腰臀部痛の増悪・寛解因子

・腰臀部痛の性質・性状

・腰臀部痛の場所

・随伴症状

●腰臀部痛の身体所見・エコー:特異的圧痛点とエコー下触診

・上後腸骨棘(PSIS)

・上臀皮神経

・梨状筋

・上臀神経

・下臀神経、坐骨神経

・仙結節靭帯

・椎間関節

・腸腰靭帯

・腰部筋膜性疼痛症候群:筋肉の働きとエコー画像

●各発痛源の合併および関連性

・仙腸関節障害と梨状筋症候群

・上臀皮神経障害と多裂筋

・椎間関節障害と多裂筋

・椎間板性障害と椎間関節障害

4.症例事例

●診断のストラテジー

●治療

●考察

5.おわりに

腰痛治療の新しいアプローチ:腰部痛に対するエコーガイド下fasciaハイドロリリース

1.エコーガイド下fasciaハイドロリリース開発経緯

2.エコーガイド下fasciaハイドロリリースの定義

3.エコーガイド下fasciaハイドロリリースと発痛源評価

●問診

●疼痛再現評価

●圧痛所見

●エコー評価

●機能評価

4.筋膜性腰痛に対するエコーガイド下fasciaハイドロリリース

5.Fasciaに焦点を当てた局所注射

●Faset周囲(椎間関節腔+関節包靭帯+多裂筋付着部+筋外膜間のfascia+黄色靭帯、背側硬膜複合体と神経根に繋がるfascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●腸腰靭帯周囲(腸腰靭帯+facet周囲+後仙腸靭帯+胸腰靭帯)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●神経根周囲(神経線維+fascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●腰神経周囲(大腰筋+腰方形筋+胸腰筋膜深層+腰神経叢)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●LED(黄色靭帯+硬膜+多裂筋深層+fascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●腰椎筋膜三角(lumbar interfascial triangle;LIFT、胸腰筋膜+腸肋筋+大腰筋+fascia)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●棘間靭帯

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●棘上靭帯(胸腰筋膜+起立筋付着部+靭帯)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●胸腰筋膜(胸腰筋膜+脂肪組織+fascia+脊柱起立筋)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●上臀皮神経(神経線維+fascia+脂肪組織)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

●Iliocapsularis muscle(IC、脂肪体+関節包靭帯+大腿直筋・腸骨筋)

・手技:エコーガイド下fasciaハイドロリリース(交差法)

第3章 画像では診断しにくい発痛源へのアプローチ:腰椎疾患

見逃されやすい神経根性腰臀部痛

1.はじめに

2.神経根性腰臀部痛

3.腰椎椎間板ヘルニア

4.腰部脊柱管狭窄症

5.腰椎椎間孔狭窄

6.神経根性腰臀部痛の治療

椎間関節性腰痛

1.はじめに

2.椎間関節の機能解剖

3.椎間関節の神経分布

4.多裂筋と腰痛

5.椎間関節性腰痛の臨床症状

●椎間関節性腰痛の問診

●椎間関節性腰痛の診断

6.椎間関節性腰痛が合併しやすい疾患

●椎間関節性腰痛をきたしやすい姿勢、動作

●椎間関節の痛みを増強させる動作

・ソファーに長時間座る時の腰痛

7.治療

●椎間関節ブロック

●薬物療法

●物理療法

●装具療法

●温熱療法

●東洋医学的アプローチ

・経筋のツボ(奇穴、陰谷の1cm内側):頸、肩、腰の痛みを訴える患者の反応点

・腰退点と列決

・漢方

●アーン体操

椎間板性疼痛

1.はじめに

2.椎間板性疼痛の病態

3.椎間板性疼痛の症状と検査所見

●症状

●検査

・理学所見

●画像所見

・MRI

・単純X線

●造影およびブロック所見

・椎間板造影

・椎間板ブロック

4.診断

5.保存療法

●薬物療法

●リハビリテーション

●その他保存療法

・椎間板内薬物注入療法

・硬膜外ブロック

・神経根ブロック

・椎間板内コンドリアーゼ注入

・脊髄刺激療法

6.手術療法

●手術適応に関して

●手術方法

7.症例提示

●画像所見

●治療経過

8.おわりに

仙腸関節障害の診断とブロック治療

1.仙腸関節の構造

●動きの少ない関節の役割

2.診察手順

●問診

・発症のきっかけ

・疼痛を訴える動作

・疼痛域

・One fingerテスト

・問診のまとめ

●理学所見

・立位での診察

・仰臥位での診察

-SLRテスト

-Fabere(Patrick)テスト

-Thigh thrustテスト

-腸骨筋の圧痛の検査

-Gaenslenテスト

・腹臥位での診察

-寝返り動作

-SIJ shearテスト(Newtonテスト変法)

-圧痛点

3.診断手順

●診断のアルゴリズム

●仙腸関節ブロック

・後方靭帯ブロック

・ベッドサイド後方靭帯ブロック

・エコー下後方靭帯ブロック

・関節腔内ブロック

・ブロック効果の機序

●鑑別すべき疾患とその方法

・椎間板ヘルニア

・腰部神経根症が合併

・椎体圧迫骨折や仙骨骨折

・変形性股関節症

●リハビリテーション・再発防止、日常生活の指導

コラム1 救急車で搬送される急性腰痛症

コラム2 仙腸関節スコア

コラム3 腰椎術後の腰臀部痛

コラム4 仙腸関節周囲靭帯付着部症

仙腸関節機能障害の画像診断と手術(SPECT/CTを中心に)

1.はじめに

2.仙腸関節機能障害の画像診断

●SPECT/CT画像の価値~意義

●研究からの考察

・SPECT/CTによる集積度と症状の相関

・S2領域に集積する意味

・仙腸関節炎の発症メカニズム

・仙腸関節機能障害の病期分類

・SPECT/CT画像の診断的意義

3.仙腸関節機能障害に対する手術

●手術適応

●手術の意義

●仙腸関節の固定法

・仙腸関節前方固定術

・仙腸関節後方固定術

●代表的な仙腸関節後方固定用インプラント

・iFuse Implant System

・Rialto™ SI Fusion System

●代表的な症例

高周波熱凝固術(RFN)

1.高周波熱凝固術(RFN)の概要

●はじめに

●RFNの歴史

●RFNの原理、作用

●RFNで凝固できる範囲

●RFNの適応症例

●RFN装置の操作方法

●合併症

2.仙腸関節性腰痛の治療成績

●対象

●治療方法

●結果

・腰痛、下肢痛に対する効果

3.RFN治療の意義

●RFN治療の効果

4.おわりに

リハビリテーション①:AKA-博田法

1.はじめに

2.AKA-博田法とは?

3.関節運動学

4.関節神経学と臨床

5.関節の副運動

6.関節軟部組織過緊張連鎖

7.仙腸関節機能障害の診断法

●体幹の関節機能異常を利用した診断

●股関節の関節軟部組織過緊張連鎖を利用した診断

・SLRテスト

・Fadirf

・Fabere

8.治療技術

●上部離開法(superior distraction;sd)

●下部離開法(inferior distraction;id)

●上方滑り法(upward gliding;ug)

・左仙腸関節

・右仙腸関節

9.AKA-博田法の適応となる症状と診察所見

●疼痛部位

●圧痛、叩打痛

●下肢症状

●問診

●診察の手順

10.診断/除外診断に必要な検査

11.急性腰痛と慢性腰痛に対するAKA-博田法の効果

●急性腰痛

●慢性腰痛

12.症例提示

13.AKA-博田法の特徴

●利点

●欠点

14.考察

リハビリテーション②:Swing-石黒法

1.仙腸関節機能障害に対する授動術(Swing-石黒法)

2.Swing-石黒法について

3.症例と結果について

4.仙腸関節機能障害に対する著明な改善、改善症例からの検討

●患者の訴え

●診断の理由と必要な検査

●Swing-石黒法を行う判断

・興味深い症例

・関節炎症状

・腰椎疾患との合併

・側弯症について

・尻もちなどの外力による仙腸関節機能障害

●本法施行後の患者への日常生活指導

5.従来の治療法

6.まとめ

臀部の靭帯由来の痛みに対するアプローチ

1.はじめに

・靭帯機能不全

・仙骨神経後枝(背側枝)の絞扼性神経障害

2.診断に有用な情報を得るための身体所見の取り方

●圧痛ポイントの鑑別

3.長後仙腸靭帯由来の腰臀部痛の治療

●解剖

●機能

●症状

●検査・身体所見

●鑑別すべき他の発痛源の特徴

・上臀神経

・中臀皮神経

●治療法とその選択基準

・軽症の場合

・中症の場合

・重症の場合

●エコーガイド下fasciaハイドロリリースの平行法手技(交差法でも可能)

4.仙結節靭帯(仙骨側、坐骨結節側)由来の腰臀部痛の治療

●解剖

●機能

●症状

●検査・身体所見

●鑑別すべき他の発痛源

・下臀神経

・坐骨神経

・陰部神経

・後大腿皮神経

●治療法とその選択基準

・軽症の場合

・中症の場合

・重症の場合

●エコーガイド下fasciaハイドロリリースの交差法手技(平行法でも可能)

・仙骨側

・坐骨結節側

5.腸腰靭帯由来の腰臀部痛の治療

●解剖

●機能

●症状

●検査・身体所見

●鑑別すべき他の発痛源

・腰椎椎間関節

・胸腰筋膜

・上臀皮神経

●治療法とその選択基準

・軽症の場合

・中症の場合

・重症の場合

●エコーガイド下fasciaハイドロリリースの交差法手技(平行法でも可能)

臀部での絞扼性神経障害

1.臀部における絞扼性神経障害

●坐骨神経

●上臀神経

●下臀神経

●後大腿皮神経

●臀部絞扼性神経障害の病態

・梨状筋の拡大

・坐骨神経の破格

・線維性バンドによる絞扼

・内閉鎖筋-双子筋複合体による絞扼

・大腿方形筋損傷からの炎症波及

2.診断の手順

●問診

・発症のきっかけ

・症状の特徴

・既往歴の確認

・疫学

・身体所見

・患肢における股関節外旋

・圧痛の確認

・SLR(straight leg rising)テスト

・Freibergテスト

・Paceテスト

・FAIRテスト

・Beattyテスト

・Seated piriformis stretchテスト

・Active piriformisテスト

・股関節内旋テスト

・神経学的所見の評価

●画像診断

●電気生理学的検査

●神経ブロック

●鑑別すべき疾患とその方法

・腰椎疾患

・変形性股関節症

・脊椎骨折、骨盤部骨折

・臀部筋群の筋損傷、腱障害、骨化性筋炎

・仙腸関節障害

・骨盤内腫瘍

・異所性子宮内膜症

・血管病変

3.治療

●薬物療法

●ブロック療法

●理学療法

・坐位でのストレッチ

・仰臥位でのストレッチ

●手術療法

上臀皮・中臀皮神経障害の治療

1.はじめに

2.上臀皮、中臀皮神経とは?

3.患者が訴える痛みから診断へ

●患者の症状から疑ってみる

●圧痛を確認する

●上臀皮・中臀皮神経ブロックを行って診断を確定する

4.診断/除外診断のために必要な検査

5.治療・治療介入するかどうかの判断

●上臀皮・中臀皮神経ブロック

●手術による治療(臀皮神経剥離術)

●リハビリテーション、再発防止の生活指導

6.おわりに

第4章 アスリートの腰痛

アスリートの腰痛に対する評価・診断

1.はじめに

2.腰痛の評価法

3.伸展型腰痛(椎間関節性腰痛、椎弓疲労骨折、棘突起インピンジメント障害)

・問診

・脊柱所見

・圧痛点

4.椎間板性腰痛

・問診

・脊柱所見

・圧痛

5.仙腸関節障害

・問診

・圧痛

・脊柱所見

6.筋筋膜性腰痛、筋付着部障害

・問診

・脊柱所見

・圧痛

7.腰部障害と他の運動器障害との関連性

●矢状面上でのmotor control不全による運動器障害

●冠状面上でのmotor control不全による運動器障害

8.おわりに

アスリートの腰痛に対するリハビリテーション

1.はじめに

2.アスリートの仙腸関節障害の発生機序

3.仙腸関節障害に対するリハビリテーション

●位置異常に対するリハビリテーション

●不安定型に対するリハビリテーション

4.(競技における)原因動作の修正

5.おわりに

腰痛一覧表
腰痛一覧表
多裂筋:浅層と深層
多裂筋:浅層と深層

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

多裂筋と腰痛

『多裂筋浅層は起始が仙骨後面、全腰椎乳様突起で、停止は起始より3~5椎体上位の棘突起である。多裂筋深層は起始が椎間関節関節包で、停止は起始より1椎体上位棘突起であり、脊髄神経後枝内側枝支配をうける。下部腰椎椎間関節由来の疼痛に関与するのは、浅層は仙骨後面より起始しL4/L5、L5/S1を通る筋層である。

多裂筋はⅠ型遅筋線維が多く、脊椎安定化・生理的前弯の維持に働いている多裂筋深層部は体の中心に近いため、回旋運動では外側の筋肉(腸肋筋や最長筋)より動き始め、最後に深層の多裂筋が収縮する。筋収縮で疼痛が誘発されるのは回旋最終段階で疼痛が出現する。

腰部を伸展・回旋した時、短い鋭い痛みが出れば、関節包または多裂筋深層の関節包付着部炎による疼痛と考える。反対側に回旋させてズーンとした痛み(C線維)が誘発されれば多裂筋浅層の筋線維の攣縮状態と考える。ピリッとした痛みであれば浅層の仙骨付着部炎と考える。多裂筋は椎間関節の制御安定を図る馬の手綱に相当する、両側が働けば首は伸展(腰椎前弯)し、片側が働けば首は横に向く(腰椎回旋)。

多裂筋深層部は通常、背側の関節包のインピンジメントを防いでいる。多裂筋の浅層の異常は仙腸関節性腰痛と複合して生じることが多い。深層線維が損傷されて関節包がインピンジされると、多裂筋全体の攣縮が生じ、体動困難な状態となる。

一般的に筋付着部炎は、動作の向きを変える時や強い牽引力が働くと、ピリッと瞬間的な痛みが生じる。しかし軽いストレッチでは痛みは起こりにくい。テニス肘も筋付着部炎であるが回外伸展から回内屈曲にする時(ボールを打つ瞬間)痛みが生じる。また、tennis elbow testで筋を最大収縮させた時にも痛みが出る。これらの部位はゆっくりとしたストレッチでは疼痛は軽度である。腰でいえは前屈から伸展に体を起こす時や右から左に急に向きを変える時に痛みが生じやすい。

筋線維部分断裂や線維化している時あるいは筋線維束の攣縮の時は軽いストレッチでもズシーンと長めの痛みが生じる。筋全層の攣縮では屈曲も伸展もできない状態となる。

腰椎を伸展回旋すればその痛みの性質で多裂筋の疼痛部位を推察することができる

ご参考

臀部の圧痛ポイント
臀部の圧痛ポイント

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

3カ所〇で囲まれた箇所がありますが、左から”大転子”、”坐骨結節”、”PSIS(上後腸骨棘)”になります。

 

腰臀部痛における特異的圧痛点
腰臀部痛における特異的圧痛点

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

臀部靭帯由来の痛み”や”臀部での絞扼神経障害”は、臀部(骨盤部)に生じる圧痛がポイントですが、ここには筋肉・筋膜も存在しているのでその鑑別は難しく、鍼治療では深さを意識し、鍼数で対応します。

 

仙腸関節スコアに含まれる6項目
仙腸関節スコアに含まれる6項目

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

仙腸関節痛”を判断するための指標です。合計9点なので、One fingerテストによるPSIS付近の圧痛と鼡径部痛だけで5点となるため、特にこの2つが重要です。

 

不良姿勢と靭帯の緊張の関係
不良姿勢と靭帯の緊張の関係

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

日常の何気ない姿勢から臀部の靭帯にかかる緊張や負荷を考えます。

 

臀部の疼痛、しびれの出現部位
臀部の疼痛、しびれの出現部位

画像出展:「長引く腰痛はこうして治せ!」

靭帯”、”神経”、”皮神経”、”関節”の上には筋肉があるのですが、骨盤の構造を把握し圧痛や硬結を見つけることが基本になります。

 

まとめ

原因が重複することもあるので、点ではなく視野を広くして向き合うことが大切だと思います。

1.判断材料

1)入室の様子(表情や顔色、歩き方、姿勢[体の傾き・歪みなど])

2)問診

3)動作確認(痛い動き、動作テスト、One fingerテストなど)

4)触診(圧痛、硬結など)

2.判断の流れ

1)鍼灸不適応疾患の除外

●腰痛一覧表の“骨折・感染・腫瘍”および“非脊椎”の中から“心因性腰痛”を除く4つを鍼灸適応外とする。なお、判断は、安静時痛有(胃痛のように全く体を動かさないのに辛い痛みがある)、かつ1回の施術で全く改善がみられない場合とする。なお、電話やメールで安静時痛か動作時痛かの事前確認をし、明らかに前者であれば来院前に内科や整形外科の受診を優先して頂くようお願いする。

2)約6割を占める“脊椎・筋”もしくは“臀部靭帯由来の痛み”を想定する。そのために“神経根性腰臀部痛”ではないことを確認する。

腰椎椎間板ヘルニア:前屈制限、下肢痛、圧痛は主にL4-S1、SLRテスト陽性、好発年齢20~40歳代、男性に多い。

脊柱管狭窄症:伸展制限、間欠性跛行、坐位および前屈で痛みが緩和される。好発は中高年。

3)“仙腸関節”由来、または“臀部靭帯由来の痛み”であるか確認する。

仙腸関節痛:前屈・伸展制限、鼡径部痛、正座はできるが椅子は座れない、One fingerテストでPSISを指す。(”仙腸関節スコア”に基づく)

臀部靭帯由来の痛み:仙骨に沿った臀部の圧痛を確認。

長後仙腸靭帯由来の腰臀部痛:PSIS下部の圧痛、寝返り困難。

仙結節靭帯由来の腰臀部痛:坐骨結節周辺の圧痛、前屈困難。

腸腰靭帯由来の腰臀部痛:L5/L4外方の圧痛、前屈・回旋困難。

4)“椎間板性腰痛”、“椎間関節性腰痛(多裂筋の問題を含む)、“筋筋膜性腰痛”であるか確認する。

椎間板性腰痛:鼡径部痛、長時間の坐位で痛み(激痛ではない)、好発年齢は20~40歳代。

椎間関節性腰痛:伸展・回旋制限、起床困難、起立困難、家事・掃除で痛み、ソファーに長時間座れない。

筋筋膜性腰痛:筋肉別圧痛:脊柱起立筋(最長筋、腸肋筋)、腰方形筋、腸骨筋、大腰筋の圧痛。

ご参考:筋筋膜性腰痛にかかわる主な筋肉

下肢帯の筋
下肢帯の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

 

骨盤内の筋
骨盤内の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

腸骨筋などの緊張や硬結が腰部に関連痛を引き起こす場合があります。

 

臀部の筋
臀部の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

広く覆う大殿筋の前方に中殿筋、その下層に小殿筋があります。一方、中央部には梨状筋があり、大腿骨の大転子に停止する比較的小さい筋群が多くあります。

なお、大殿筋の停止は大転子ではなく、腸脛靭帯と大腿骨殿筋粗面になります。

固有背筋
固有背筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

多裂筋の要因を”椎間関節性腰痛”に含めると、”筋筋膜性腰痛”は腰部の腰方形筋、腸骨筋、大腰筋と、後頚部にまで続く最長筋腸肋筋がターゲットになります。

 

 

源氏物語と紫式部2

平安の人の心で「源氏物語」を読む
平安の人の心で「源氏物語」を読む

著者:山本淳子

初版発行:2014年6月

出版:朝日新聞出版

目次は”源氏物語と紫式部1”を参照ください。

 

 

第二 光源氏の晩年

(四十)三十八帖「鈴虫」 出家を選んだ女たち

・『「出家とは、生きながら死ぬということ」。自ら出家の道を選ばれた、瀬戸内寂聴尼の言葉である。ご自身の体験を踏まえてこその一言であるに違いないが、この言葉は、こと平安時代の貴族女性においても、ほとんどそのまま真実と言ってよい。』

・『貴族社会では、尼となれば恋人や夫との関係を断ち、世俗の楽しみを捨てて、厳しい仏道修行に励まなくてはならなかった。それでも彼女たちは、それぞれに心の救済を求めて、出家の道を選んだのである。動機は、大きく三つに分けられよう。何らかのできごとをきっかけに、生きる意欲をなくして出家するタイプ。また家族など大切な人を喪って出家するタイプ。そして最後に、病を得たり年老いたりして、死を身近なものと感じ出家するタイプである。

源氏物語の女君の出家の多くは最初のタイプである。光源氏から逃れるために出家した“藤壺”、継息子に言い寄られて世に嫌気がさした“空蝉”。柏木に犯されて出産し「もう死にたい」と出家した“女三の宮”、自殺未遂の果てに出家した“浮舟”もそうである。

・史実では例えば、一条天皇(980-1011)の中宮定子[ていし]がいる。天皇との幸せな日々を過ごしていたが、父の関白・藤原道隆が亡くなり、追い打ちをかけるように翌年、兄と弟が「長徳の政変」から流罪を受けた。定子は家が受けた辱めに耐えられず、絶望の中で出家した。その心は、半ば自殺に等しいものではないか。このことは当初、同情を以て貴族社会に受け止められた。だが一年後に、定子を諦められない一条天皇によって彼女が復縁させられると、「尼なのに」「還俗か」と批判を受けた。

・『仏教では、俗界は汚辱と苦に満ちていると考える。生まれ変わってもまた、それは同じだ。来世を少しでもよいものにするには、現世で功徳を積むしかない。そして仏の救いを得、極楽浄土への往生を果たすことが、最後の幸福だ。当時の仏道の基本はこうした考えだったと言ってよい。貴族たちも、華やかな日々の暮らしの奥底にこうした世界観を持っていた。そして何か事があれば、俗世界を脱して仏道専心の清らかな世界、つまり来世や浄土のことだけを思う出家生活に入ることを願った。出家とはその意味で、世俗の生から死への緩衝地帯といえる。だからこそ、女に若い身空で出家されることは、夫や家族にとってつらく、また忌まわしいことでもあったのだ。』

(四十三)四十帖「御法」 死者の魂を呼び戻す呪術~平安の葬儀

・『今の昔も葬法の儀礼は、死者のためのものであると同時に、遺された人のためのものでもある。儀式を一つ一つ行うことで、大切な人を喪ったことを受け入れ、きちんと悲しむ。心理学ではこれを「喪の仕事」という。それができない時、人はもがき苦しむ。』

(四十四)四十一帖「幻」 『源氏物語』を書き継いだ人たち

・紫式部が書いた源氏物語が、今我々が目にしているものと同じかどうかは分からない。式部自身が書いた本が伝わっていないので確認のしようがないからである。

・大長編の源氏物語は一気に発表されたのではなく、最初はばらばらに世に出た。

源氏物語が現在のように整った形で伝えられるようになるには、幾人もの中興の祖がおり、その筆頭が藤原定家[ていか]だったと思われる。

・紫式部の時代から二百年を経ずして、源氏物語は注釈が必要なほど読みにくくなっていた。その理由はいくつかある。一つには草稿の流出である。このため下書きと完成原稿の両方が出回ってしまった。第二は誤写である。江戸時代以前、本は書き写して伝えられたため誤写は避けられなかった。そして第三は書写の際の勝手な書き換えや創作である。和歌と違って作者が尊重されていなかった物語は、書き換え御免と考えられていた節さえある。

・藤原定家は歌道に精進するとともに、平安時代の歌集や物語を集め自ら写した。源氏物語を写したのは嘉禄元(1225)年で、定家は六十四歳になっていた。定家の源氏物語は表紙の色から「青表紙本」と呼ばれた。また、定家と同じころ源光行と親行父子による「河内本」と呼ばれる優れた写本もあった。二つの本はそれぞれ尊重され、さらに写し継がれて時代を超えた。その数は計り知れずこの物語の命をつないだ。

第三 光源氏の没後

(四十五)四十二帖「匂兵部卿」 血と汗と涙の『源氏物語』 

・今読んでいる源氏物語は池田亀鑑(1896-1956)によるものである。「青表紙本」と「河内本」もその後の時の流れの中で転写を繰り返すうち、誤写だけでなく戦乱や災害で傷つけられる運命を免れなかった。また写本によっては、「青表紙本」と「河内本」が混ざって写されることもあった。そうしたなかで、もう一度源氏物語の本文を見直そうとしたのが、池田亀鑑であった。

・池田亀鑑は東京帝大文学部に就職して源氏物語関連プロジェクトを任され、全国の旧家や寺などを訪ね回り、古書など約三万冊を集めた。こうして七年、彼はようやく「校本」の原稿を完成させた。なお、それは「河内本」系統に属するものだった。ところが発表前、佐渡の旧家から「お宝」が現れた。

源氏物語の「浮舟」を除く五十三帖揃い。売り手の希望価格の1万円は当時にしては一軒家が買える巨額なものであった。亀鑑は蔵書家で知られた大島雅太郎に購入してもらい、それを亀鑑がそれを借り受ける形で亀鑑は解読し始める。そして、その本が現存する四帖分の定家自筆本と九帖分のその模写本に次いで古い「青表紙本」の写本であることに気づく。奥書には文明十三(1482)年の書写とあり、しかも書道の名家、飛鳥井雅康の自筆だった。

亀鑑は七年かけた「校本」の原稿をなげうった。書き換えに要した月日はさらに十年。ついに「校本」の刊行にこぎつけたのは、第二次世界大戦下の昭和十七年であった。

その後、大島本の所蔵は京都文化博物館に移り、活発な研究が続いている。

第四 宇治十帖

(六十)五十四帖「夢浮橋」 紫式部の気づき

最後の五十四帖の解説は、この本の中で最も印象に残りました。

・『修道女の渡辺和子さんに「置かれた場所で咲きなさい」という名著がある。「置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです」「咲けない日があります。その時は、根を下へ下へと降ろしましょう」。文中の慈愛に満ちたこの言葉に、私は紫式部に通じるものを感じてならない。渡辺さんは、軍人だった父を二・二六事件の青年将校たちによって目の前で射殺された体験を持つ。紫式部の人生も、悲嘆や逆境の連続だった。だが紫式部も、置かれたその場その場に自分なりの根を降ろしている。源氏物語という大輪の花さえも咲かせている。

「めぐりあひて見しやそれともわかぬ間に、雲隠れにし夜半の月かな」。紫式部の私家集紫式部集の冒頭歌だ。小倉百人一首でご存じの方も多いだろう。紫式部自身が記す詞書によれば、これは幼馴染に詠んだ和歌だった。長く別れ別れになっていて、年を経てばったり再会。だが彼女は月と競うように家に帰ってしまった。「思いがけない巡り合い。「あなたね?」、そう見分けるだけの暇もなく、あなたは消えてしまったね。それはまるで、雲に隠れる月のように」。楽しい友情の一場面のようだが、そうではない。この友はやがて筑紫に下り、その地で死んだ。天空で輝いていた月が突然雲に隠されて姿を消すように、二度と会えない人となったのだ。

紫式部が人生の最晩年に自伝ともいうべき家集を編んだ時、巻頭にこの和歌を置いたのは、ほかでもない、こうした「会者定離[会う者は必ず離れる定めにあるということ]」こそ自分の人生だと感じていたからだ。紫式部は、おそらく幼い頃に母を亡くしている。姉がいたが、この姉も紫式部の思春期になくなった。そんな頃出会ったのが、先の友人である。偶然にも彼女の方は妹を亡くしており、二人は互いに「亡きが代はりに(喪った人の身代わりに)」慕い合った。源氏物語に幾度も現れる「身代わり」というテーマ。紫式部にとって幼馴染を喪ったとは、母と姉と友自身の、三人分を喪ったことでもあったのだ。

それでも折れなかった心が、夫を喪った時、とうとう折れた。本来、人に身代わりなどないのだ。哀しみを慰める術の限界を突きつけられて、紫式部は泣くしかない。この時の心境は、紫の上を喪った光源氏と大君を喪った薫各々の述懐に活かされていよう。自分に無常を思い知らせようとする仏の計らいだ、つまり降参するしかないと、彼らは言うのだ。光源氏はそれを機会に出家する。薫は魂の彷徨を続ける。では紫式部はどうしたか。人生を見つめ、そして目覚めたのである。

人とは何か。それは、時代や運命や世間という「世(現実)」に縛られた「身」である。身は決して心のままにならない。まずそれを、紫式部はつくづく思った。だが次には、心はやがて身の置かれた状況に従うものだと知る。胸の張り裂けるような嘆きが、いつしか収まったことに気づいたのだ。「数ならぬ心に身をば任せねど 身にしたがうは心なりけり(ちっぽけな私、思い通りになる身のはずがないけれど、現実に慣れ従うのが心というものなのだ)」(紫式部集五十五番)。紫式部は「置かれた場所」で生き直し始めたといえよう。

だが紫式部は、現実にひれ伏すだけではなかった。彼女は心というものの力にも気づいたのだ。「心だにいかなる身にか適ふらむ 思ひ知れども思ひ知られず(現実に従うという心だが、それさえどんな現実に収まるものだというのか。心は現実を思い知っている。でも思い知りきれず、はみ出すのだ)(同五十六番)。そう、心は何にも縛られない。易々と現実から抜け出て、死んだ人とも会話し、未来を夢想する。架空の世界まで創りだす。時空を超えて、それが心というものの普通だ。紫式部はこの「心」という世界に腰を据え、人というものに考えを致し続けた。彼女にとって、「置かれた場所」で「下へ下へと根を降ろす」とはこのことだった。「源氏物語」はその結実であったと、私は思う。

無駄に漢学の才のある娘だと、父親に嘆かれたこと。新婚わずか三年で、娘を抱え寡婦となったこと。源氏物語を書けば書いたで、意に沿わぬまま中宮彰子の女房にスカウトされ、同僚からは高慢な才女と誤解されていじめにあったこと。「人生は憂いばかり」と、紫式部はため息をつく。だがそれぞれの場で、彼女は考えることを手放さず生きた。果たして、漢学は彰子に請われて進講するに至り、娘は母の背を見て成長し、同僚たちの信頼も勝ち得て、紫式部は彰子後宮に欠かせない女房となった。「心」という根が、ぶれることなく彼女を支えたのだと私は思う。

源氏物語の最終場面。浮舟も薫も揺れ動く心を抱えて、いったいどうなってしまうのだろう。紫式部は答えを用意している。それは、どうなろうと「それでも、生きてゆく」ということだ。「紫式部集」の最終歌が、紫式部の至った最後の境地を私たちに教えてくれる。「いづくとも身をやる方の知られねば 憂しと見つつも永らふるかな(憂さの晴れる世界など、どことも知れませんからね。この世は憂い。そう思いながら、私は随分長く生きて来ましたし、これからも生きてゆきますよ)(百十四番)

この和歌に励まされつつ、私たちもそれぞれに置かれた場所で咲こうではないか。』

ご参考『源氏物語講義』 

こちらの本は昭和9年(1934年)発行の非常に古い本なのですが、とても貴重と思えるページがありました。著者の下田歌子先生日本の女子教育の先駆者で、源氏物語をはじめとする古典研究や歌人としても名高く、一部では“明治時代の紫式部”とも呼ばれていたようです。

※実践女子大学・短期大学さまのサイトに”下田歌子年表”がありました。

本の右横に書き出した文章は、下田先生による紫式部と源氏物語を分析したもので、非常に興味深い内容です。見出しに続き、要約してご紹介させて頂きます。

源氏物語講義
源氏物語講義

紫式部は古今に卓絶せる女性

要するに、自分が紫式部なる人の幻影の眼底に浮ぶ儘に、夢裡の虚言的であろうが、今少し記して見よう。

●蒲柳[ホリュウ]の質(生まれつき体が弱く病気にかかりやすい体質)の方だったらしい。

●容貌も普通で、多少良いぐらいの所であったようだが、頗る[スコブ]謙遜な態度であったらしい。

●常に鋭い理智の光芒(一筋の光)を内に隠すも、時にその閃光が仄めく様な場合もあっただろう。

●定めて品がよく、甘味[ウマミ:面白さ]が含まれて居て、その内部には存外強き意志が根を張って居り、だいぶ佛教より受けた厭世的悲哀的の心持もあるが、さりとて陰鬱などと云う程ではなくて、所謂「物のあはれ」を泌々と身にしめて、自然の妙趣を深く味いつつ、随時、心を雲外玄門(雲の上の仏門)に遣やりて、現世目前の煩わしきを排除していた事であろうと想像する。

●物堅き学者の家に生まれ、相当に学問あり、且つ、見識あるところの藤原宣孝に嫁いだが、早く寡居[カキョ:未亡人]して克[ヨ]く二人の遺児を養育した。

●特に稀有の天才に恵まれたる上に、能く学問芸術を履修し、実学の研究を重ねて、遂に源氏物語と云う未曾有の一大名著を産出した。

源氏物語の全貌、平安朝の絵巻物

●全体に就いて略評すれば、この物語の目的が、著者の那邊[シャヘン:どの辺]にあったかは、今更確かめるよしもないが、著者は恐らくは既成の物語本などを読んで、徒然の慰めがてら自分も面白い物語を書いて見たい、自分が書いたら、恐らくは是よりは今少し立ち勝った情趣のあるものが出来るであろうと自信して、筆を執り始めたものであろうと思われる。

●式部が現在目に見る事、過去に聞き置いた事などを描写して組み立て、それに自己の理想を加えて記述したのであろう。高尚なる理想に実際的世間の事柄を以て肉づけ、且つ温かい血を通わせて、平安朝の舞台に活動させたのである。

●この物語は五十余帖の浩瀚[コウカン:書物の量が多いこと]なものを一貫して、先ず不確実な所も不自然な所も無く、見る者をして全く春花秋葉の美観を呈する平安朝の極彩絵巻を、後から後からと繰り拡げて見る様な心地がする間に、おりおり奥深き人情の根底に触れ、事細かき人世の裏面迄も、ささやき告ぐる聲[声]が聞えて来る様な感を生ぜしむるのである。

人情の機微を穿[ウガ]ち、教化の眞諦[シンテイ:絶対不変の真理]に觸る。

●平安朝盛時の写実であるから、全幅総て戀[恋]物語が場所を取って居る。その中にかつて文字の上では見た事もない様な、人情の機微を穿って[ウガッテ:本質を捉えて]居る点は、実に未曾有の書と禮讃[ライサン:称賛]される。

●式部は当代の政治上にも一隻眼[物を見抜く力がある独特の見識]を有して、その飽かずおぼゆる節を仄かにして居る様である。

●随分力を入れて書いたかと思われる点は教育面である。先ず物語中の女性主要人物紫上に対して女子教育を、主人公源氏君の嫡男夕霧に対して男子教育を、その他此處彼處[ここかしこ]に教育面を説いて居り、殆ど当時貴族の欠点、及び教育の短所を指摘し補足したかの如き記事には、千載の下[千年後]今なお採って以て行いたき適切の事さえあるのには、殆ど敬服感激する次第である。

自然美の融合

●物語の全体に亘って、えも云わぬ美しさ軟かさ氣高さが、非常に深みのある様に思われるのは、全く大自然を愛する著者の感情から渾[混]然として湧き出づる一種の和氣[穏やかな様子]、その和氣がおのずからすべての方面を包んでいるからであろう。

●植物動物の色音[イロネ:花の色、鳥の声]芳香は勿論、四季おりおりの風物、日夕[ニッセキ]朝夜[アサヨ]の靄霞[キリカ]雲霧[ウンム]も、皆著者が筆硯[ヒッケン:文筆]に呑吐[ドント]されたのである。

※『例せば源氏物語第一帖桐壺帝巻の終りに、源氏君の二條院を公けより立派に御改造になる事を記して居るけれども、殿内のことは一寸とも、其の模様は記してなくて、唯庭園の事のみ「もとの木立山のややずまひ、面白き所なりけるを、いとど池の心廣くしなしてめでたく造りののしる」とある。あの最も壮麗なりとする六條院にても、殿内の事はその構造も室内装飾も、記す所が甚だ貧弱なるにも関らず、四季の庭園及び花弁の種類配置等は、後世庭造の根源なりと称する程、存外非常に細やかに記してある。』

紫式部之系圖
紫式部之系圖

画像出展:「源氏物語講義」

●紫式部の父は藤原爲時(越前守)である。

●紫式部の同胞(兄弟姉妹)については以下のように記述されている。

『式部には三人の兄があり、猶一人の妹があって夭死[ヨウシ:若死]したと云う説もあるが、能く分らない。そして惟規は式部と同母であり、他の二人は異腹兄であると傳[伝]えられて居る。』

●紫式部の夫、子供については以下のように記述されている。

『夫の[藤原]宣孝には既に数人の子息があり、式部は即ち後妻である。地位も生家と比べて大抵同等の所である。して見れば、別に地位の上から見て、式部には出世的の縁組でもない。あの式部の才識と気位とを以て、必ずしも宣孝を夫に選ばなくても善さそうなものである。まだもっともっと勝った良縁を求められそうなものであるのに、何うした事であろうと思われるが、併しあの階級の中では、宣孝は一寸異彩を放った人であったらしい。此の頃の御嶽詣には、必ず白き浄衣の疎末なものを着て、熊と身をやつやつ[目立たない]しく行かなければ、恐ろしい佛罰に当たると稱[ショウ]した世間一般の迷信を排して、子息隆光と共に、位職に相当する儀容[ギヨウ:礼儀にかなった姿]を備えて詣でて成功した等、当時には珍しい一種の気慨のあった人であるから、当人は勿論、学者の父がこんな点に打ち込んで、所謂人物本位で、宣孝を婿に取ったのかも知れぬ。此の宣孝の御嶽詣の一事は、当時異様の事として世間にも喧傳[ケンデン:世間でやかましく言いたてる]されたものと見えて、枕草子にも載って居る。是等に就きての卑見[ヒケン:自分の意見をへりくだっていう]は、更に後段に譲るとしよう。宣孝の卒去は長保三年四月とある。年齢は大凡少くとも三十三四歳以上四十歳位の時であったろうかと思はるる。』

『式部が義子即ち宣孝の子は、長男隆光の外に頼宣、儀明、隆佐、明懐といふ、つまり五人の男児があり、隆光の母は下総守顯猷の女、頼宣の母は讃岐守平季明女、隆佐、明懐の母は中納言朝距の女であると云ふ。』

主要人物関係一覧表
主要人物関係一覧表

画像出展:「源氏物語講義」

これだけコンパクトにまとめられた表は無いように思います。“源氏君”はもちろん、“光源氏”です。その下の同じく黒枠(男性)の“”と“夕霧”は源氏君亡きあとの物語の中心人物です。の二重線(=)は夫婦もしくは愛人関係で、破線(---)は表面上の親子となっています。また、輪郭とゴシックは特に重要な人物とのことで、ゴシックは先の三人(源氏君・薫・夕霧)の主人公に加え、唯一の女性である“紫上”を加えた計四人となっています。藤原の一文字の“藤”と父の役職の“式部”を組み合わせて”藤式部”とされていたのが、源氏物語が一世を風靡して“紫式部”と呼ばれるようになった背景が紫上とされているという説もあります。数字男性女性結婚年齢を示しています。また、漢数字出生時父年齢出生時母年齢になります。

傳 紫式部筆
傳 紫式部筆

画像出展:「源氏物語講義」

これは非常に薄い半透明の和紙に、『傳 紫 式 部 筆 古今和歌集の一部 (福岡子爵藏)』とだけ書かれ、その半透明の和紙をめくると、『古今和歌集巻第十三』と題するページが現れます。

調べたところ、”福岡子爵”は大政奉還や五か条の御誓文に関わった”福岡孝弟”のことで間違いないと思います。

ネットで調べた範囲では、紫式部直筆の般若経があるような記述もあったのですが、それを否定する記事もあり、正式に認められた紫式部直筆のものはないように思います。従いまして、この傳 紫 式 部 筆 古今和歌集の一部 (福岡子爵藏)』は昭和初期においては、紫式部の書ではないかとされていたと考えるのが妥当のように思います。

源氏物語と紫式部1

無縁だった「源氏物語」との接点は英語の勉強です。29年間の会社勤めでは遣り残し感はなかったのですが、英語に関しては「できてないなぁ~」という感じでした。そのためいずれは再チャレと考えていたのですが、そろそろ動き出すことにしました。

11月に始めたヨガは、浦和パルコが入居するビルの10階にある、”浦和コミュニティセンター”で開催されているのですが、色々なサークルや講座、イベントなどが行われ、またそれらを紹介するためのチラシやパンフレットがたくさん置かれています。そして、いずれもその気になりやすい庶民的金額となっています。それらの中で今回ひっかかったのが、【源氏物語を英語で読む会】という会です。

最初は“お試し参加”ということでしたが、なかなか面白そうでした。「英語の勉強もできるし、日本人だったら源氏物語がどんなものかぐらいは知っておいた方がよかろう」という思いがあり、少し迷いましたが正会員になりました。

とはいうものの、“テキ”は日本語でも難しいとされる源氏物語です。どんな雰囲気のものか、ある程度は知っておきたいと思い、見つけた参考書が山本淳子先生の『平安人の心で「源氏物語」を読む』という本でした。山本先生がご指摘されている通り、現代と平安時代の差を知ることが必要だと考えたためです。

それにしても“光源氏”と私、比較するのも失礼千万、無礼千万ではありますが、あまりの真逆の人物像に思わず驚きの苦笑いが出てしまいました。

平安の人の心で「源氏物語」を読む
平安の人の心で「源氏物語」を読む

著者:山本淳子

初版発行:2014年6月

出版:朝日新聞出版

『「源氏物語」をひもといた平安人[へいあんびと]たちは、誰もが平安時代の社会の意識と記憶でもって、この物語を読んだはずです。千年の時が経った今、平安人ではない現代人の私たちがそれをそのまま共有することは残念ながらできません。が、少しでも平安社会の意識と記憶を知り、その空気に身を浸しながら読めば、物語をもっとリアルに感じることができ、物語が示している意味をもっと深く読み取ることもできるのではないでしょうか。本書はその助けとなるために、平安人の世界を様々な角度からとらえ、そこに読者をいざなうことを目指して作りました。

 

本書の最後に多くの参考文献が紹介されているのですが、さらにその後ろに、8ページにわたって“主要人物関係図”が付いています。これを見ても登場人物の多さにあらためて驚きます。

せめて光源氏と直接関わった人達については頭に入れておきたいと思い、ごく一部ですが表を作ることにしました。

また、参考文献の後に紹介されているものの中から、“寝殿造”の絵図をご紹介させて頂きます。

寝殿造
寝殿造

画像出展:『平安人の心で「源氏物語」を読む』

『中央部が母屋で、周囲を廂[ひさし]、その外側を濡れ縁の簀子[すのこ]と高欄[こうらん]が取り囲む。寝殿の東・西・北面に対[たい]の屋[や]があり、寝殿とは渡殿[わたどの]でつながれている。外からの出入り口は妻戸[つまど]で、それ以外は格子[こうし](蔀戸[しとみど])はめられている。』

目次黒字がブログで取り上げたものです。特に“平安人[へいあんびと]の時代”と作者の“紫式部”に注目しました。また、長くなったのでブログを2つに分けました。

目次

第一章 光源氏の前半生

(一)一帖「桐壺」 後宮における天皇、きさきたちの愛し方

(二)二帖「帚木」 十七歳の光源治、人妻を盗む

(三)三帖「空蝉」 秘密が筒抜けの豪邸…寝殿造

(四)四帖「夕顔」 平安京ミステリーゾーン

(五)五帖「若紫」 そもそも、源氏とは何者か?

(六)六帖「末摘花」 恋の“燃え度”を確かめ合う、後朝の文

(七)七帖「紅葉賀」 暗躍する女房たち

(八)八帖「花宴」 顔を見ない恋

(九)九帖「葵」 復讐に燃える、父と娘の怨霊タッグ

(十)十帖「賢木」 祖先はセレブだった紫式部

(十一)十一帖「花散里」 巻名は誰がつけた?

(十二)十二帖「須磨」 流された人々の憂愁

(十三)十三帖「明石」 紫式部はニックネーム?

(十四)十四帖「澪標」 哀切の斎宮、典雅の斎院

(十五)十五帖「蓬生」 待ち続ける女

(十六)十六帖「関屋」 『源氏物語』は石山寺で書かれたのか?

(十七)十七帖「絵合」 平安のサブカル、「ものがたり」

(十八)十八帖「松風」 平安貴族の遠足スポット、嵯峨野・嵐山

(十九)十九帖「薄雲」 ドラマチック物語、出生の秘密

(二十)二十帖「朝顔」 三途の川で「初回の男」を待つ

(二十一)二十一帖「少女」 平安社会は非・学歴社会

(二十二)二十二帖「玉鬘」 現世の「神頼み」は、観音様に

(二十三)二十三帖「初音」 新春寿ぐ“尻叩き”

(二十四)二十四帖「胡蝶」 歌のあんちょこ

(二十五)二十五帖「蛍」 平安の色男、華麗なる遍歴

(二十六)二十六帖「常夏」 ご落胤、それぞれの行方

(二十七)二十七帖「篝火」 内裏女房の出生物語

(二十八)二十八帖「野分」 千年前の、自然災害を見る目

(二十九)二十九帖「行幸」 ヒゲ面はもてなかった

(三十)三十帖「藤袴」 近親の恋、タブーの悲喜劇

(三十三)三十三帖「藤裏葉」 どきっと艶めく平安歌謡、「催馬楽」

第二章 光源氏の晩年

(三十四)三十四帖「若菜上」前半 紫の上は正妻だったのか

(三十五)三十四帖「若菜上」後半 千年前のペット愛好家たち

(三十六)三十五帖「若菜下」前半 物を欲しがる現金な神様~住吉大社

(三十七)三十五帖「若菜下」後半 糖尿病だった藤原道長~平安の医者と病

(三十八)三十六帖「柏木」 病を招く、平安ストレス社会

(三十九)三十七帖「横笛」 楽器に吹き込まれた魂

(四十)三十八帖「鈴虫」 出家を選んだ女たち

(四十一)三十九帖「夕霧」前半 きさきたちのその後

(四十二)三十九帖「夕霧」後半 結婚できない内親王

(四十三)四十帖「御法」 死者の魂を呼び戻す呪術~平安の葬儀

(四十四)四十一帖「幻」 『源氏物語』を書き継いだ人たち

第三章 光源氏の没後

(四十五)四十二帖「匂兵部卿」 血と汗と涙の『源氏物語』 

(四十六)四十三帖「紅梅」 左近の“梅”と右近の橘

(四十七)四十四帖「竹河」 性悪女房の問わず語り

第四章 宇治十帖

(四十八)四十五帖「橋姫」 乳を奪われた子、乳母子の人生

(四十九)四十六帖「椎本」 親王という生き方

(五十)四十七帖「総角」前半 乳母不在で生きる姫君

(五十一)四十七帖「総角」後半 薫は草食系男子か?

(五十二)四十八帖「早蕨」 平安の不動産、売買と相続

(五十三)四十九帖「宿木」前半 「火のこと制せよ」

(五十四)四十九帖「宿木」後半 平安式、天下取りの方法

(五十五)五十帖「東屋」 一族を背負う妊娠と出産

(五十六)五十一帖「浮舟」前半 受領の妻、娘という疵

(五十七)五十一帖「浮舟」後半 穢れも方便

(五十八)五十二帖「蜻蛉」 女主人と女房の境目

(五十九)五十三帖「手習」 尼僧の還俗

(六十)五十四帖「夢浮橋」 紫式部の気づき

第五章 番外編 深く味はふ『源氏物語』 

 番外編一 平安人の占いスタイル

 番外編二 平安貴族の勤怠管理システム

 番外編三 「雲隠」はどこへいった?

 番外編四 時代小説、『源氏物語』

 番外編五 中宮定子をヒロインモデルにした意味

参考文献

『源氏物語』主要人物関係図

 一帖「桐壺」~八帖「花宴」

 九帖「葵」~十三帖「明石」

 十四帖「澪標」~十六帖「関屋」

 十七帖「絵合」~二十一帖「少女」

 二十二帖「玉鬘」~三十帖「藤袴」

 三十一帖「真木柱」~四十一帖「幻」

 四十二帖「匂兵部卿」~四十四帖「竹河」

 四十五帖「橋姫」~五十四帖「夢浮橋」

平安の暮らし解説絵図

 平安京

 大内裏

 後宮

 寝殿造

 男性の平常着・直衣姿

 女性の正装・裳唐衣姿(十二単)と平常着・袿姿

あとがき

第一 光源氏の前半生

(五)五帖「若紫」 そもそも、源氏とは何者か?

・光源氏の源氏は、頼朝の「源」と同じであり、「源氏」とは源の性を持つ一族を意味する。そして「源」の祖先は天皇である。

・平安時代期の嵯峨天皇(789-842)は強大な力をもっており、男子だけでも22人の皇子がいた。その皇子たちにより子孫は鼠算式に増えていく。そして、逼迫する皇室費用を抑制するための措置として考えられたのが、皇子を三種類に分けることであった。一つは天皇を継ぐ東宮[とうぐう](皇太子)。もう一つは控えの皇太子要員といえる親王。そして最後が源氏であった。そしてこれらの分類は母の家柄で決まった。

・「源」の姓を賜った者たちは、天皇の血をひきながら皇族とは切り離されて臣下に降り、他の氏族の者と同様に自ら生計を立てた。誇り高い姓ではあるが、皇位継承の道を閉ざされた氏族ともいえる。

・光源氏は架空の物語であるが、始祖の桐壺帝は世の信望厚い聖帝とされ、光源氏は天皇から一代、つまり「一世源氏」である。史実をみると権威ある嵯峨天皇や村上天皇の一世源氏は、何人もの大臣を輩出している。

・源頼朝の始祖である清和天皇は影が薄く、しかも頼朝は十代であり、光源氏との違いは明らかである。それでも「源」の血の威光は絶大だった。

・『一世源氏とは、父帝の至高の血という優越性と、帝位には不相応な母の血という劣等性とを、共に受け継ぐ者だった。自らの血を自負すればいいのか、卑下すればいいのか。その葛藤は想像に余りある。光源氏は、桐壺帝の十人の皇子でただ一人臣籍に降ろされた。「源氏物語」というタイトルは、主人公が身分社会の敗者であることを示していたのだ。

(十)十帖「賢木」 祖先はセレブだった紫式部

・紫式部の父の藤原為時は彼女が二十歳の頃、越前守の国守となった[その前の10年間は決まったポストがなく、失業中]。これは貴族の「受領」に属する。受領は赴任先では権力の頂点であるが、朝廷の地位を示す位階は四位から六位である。「ここからが貴族」というラインが五位なので上流貴族とは言えない。

このように受領は特有の自由な気風や上昇志向を持ち、成り金的な一方、多少の哀愁も漂う。なお、平安の才女たちは清少納言、和泉式部など、多くがこの階級に属していた。

紫式部の父は目立たない受領だったが、直系の曽祖父である藤原兼輔は中納言であった。また、父の母の父の曽祖父にあたる藤原定方は右大臣であった。家や血統が今よりも格段に重視された時代、式部は過去の栄光と今の落魄を痛感していたのではないか。

そして、この二人の曽祖父は源氏物語にも影響を与えていると思われる。源氏物語の桐壺帝の時代は、式部から数十年前に実在した醍醐天皇(885-930)の時代に設定されていると言われているが、この醍醐天皇の時代は二人の曽祖父、兼輔と定方が活躍していた時代である。

さらに醍醐天皇は定方の姉の胤子が宇多天皇(867-931)との間に産んだ子なので、定方にとって甥になる。また、兼輔は娘の桑子を醍醐天皇に入内させている。曽祖父たちにとって聖帝とあがめられた醍醐天皇は身内の天皇といえるものだった。

・『少し前まで華やかだったのに、今は没落して受領階級となった家の娘。「源氏物語」を読むとき、作者のこの「負け組」感覚を忘れてはならない。それは東宮はおろか親王にさえなれなかった皇子である光源氏のリベンジにつながり、政争に負けた桐壺・明石一族のお家復活劇につながるのだ。

ほかにも、物語中には数々の没落者がひしめく。父に先立たれた末摘花、六条御息所、空蝉、そして宇治の女君たち。中でも空蝉は、実家の昔への矜持と今属する受領階級への引き目とを二つながら心に抱く点、紫式部自身の分身ともいえる。彼らへの、紫式部の悲しくも温かいまなざしに注目したい。

(十三)十三帖「明石」 紫式部はニックネーム?

紫式部は本名でも女房名でもない。だいたい「紫」とは何なのか? 本名は公文書に記すときなどごく限られた場合にしか使われない。女性が家で家族や召使から呼ばれる場合は「君」や「上」などと呼ばれるし、女房[朝廷などに仕えた女官]になれば女房名で呼ばれるのが普通である。「清少納言」も女房名である。女房名には大方の決まりがあり、父や兄など身内の男性の官職名を使う。例えば父が伊勢守だったなら、その国名を取って「伊勢」という具合である。

紫式部は、中宮彰子のもとに仕え始めた時、「式部」と呼んでほしいと申し出たらしい。これは父の藤原為時がかつて式部省に勤めていたからである。しかし、そこで困ったことが起きた。それは彰子の周りの女房には、既に二人の「式部」がいたからである。このようなケースは珍しくなく、姓から一文字とってつけることになる。清少納言は官職名の「少納言」に「清原」の一文字をつけたものである。紫式部の場合は「藤原」から一文字を取って「藤式部[とうしきぶ]」となったが、これがもともとの女房名である。

紫式部日記には次のような一節がある。「あなかしこ。このわたりにわかむらさきやさぶらふ(失礼。この辺りに若紫さんはお控えかな)」。これは文化の世界の重鎮である藤原公任[きんとう]の言葉である。これは源氏物語が既に高い評価をされていたということに他ならない。藤原公任が「藤式部」を「若紫」と呼んだのは、その場限りの座興だったかもしれない。だがやがて、彼女は「紫」と呼ばれるようになっていく。公任による戯れをきっかけにしてか、あるいはまた、源氏物語における「桐壺更衣」から「藤壺中宮」そして「紫の上」につながる重要な設定「紫のゆかり」にちなんで、読者が作者に与えた愛すべきニックネームか。この「紫」と、もともとの女房名「藤式部」を合体させたのが。「紫式部」である。

ポリヴェーガル理論3

ポリヴェーガル理論入門
ポリヴェーガル理論入門

著者:ステファン・W・ポージェス(Stephen・W・Porges)

初版発行:2018年11月

出版:春秋社

目次は”ポリヴェーガル理論1”をご覧ください。

第2章 ポリヴェーガル理論とトラウマの治療

聞き手:ルース・ブチンスキー(認定心理学者、臨床応用行動医学全国組織[NICABM])の会長

トラウマと神経系

トラウマがストレスと関連した障害と捉えるのは適切でない。特に、通常のストレス反応と同様に、交感神経系とHPA軸(視床下部-脳下垂体-副腎)の反応とされていることが一番の問題である。

ポリヴェーガル理論では、「危険」や「生命の危機」に瀕した時には、ストレス反応とは違った二つ目の防衛システムが発動すると考える。そこでは、自律神経系の反応は大きく抑制され、副交感神経系の古い神経経路が使われる。それは、「不動」、「シャットダウン」そして「解離」である。

・「不動化」の反応は小さな哺乳類によく見られる。例えば、ネコに捕まったネズミである。「擬死」とか、「死んだふり」と言われているが、これは意図的に行う反応ではなく、闘争/逃走反応が使えない時に起こる。人間が恐怖体験により失神するときもこれと同じものである。

科学的な論文でも、不動化をもたらす防衛システムは、ストレス理論では説明されていない。ストレス理論はアドレナリンの分泌や交感神経の活性化によって、可動性を伴う防衛反応が起きるとされている。

・我々の神経系は、意識されることなく、常に環境中の危険因子の評価を行い判断している。そして常に優先順位に従って、その場にもっとも適応的な行動を取る。

トラウマ治療で最も大切なことは、「どのようなトラウマ的な出来事が起きたのか」ではなく、その人がその状況で「どのような反応をしたのか」を理解することである。

「ポリヴェーガル理論」と「迷走神経パラドクス」

迷走神経は心臓や内臓を制御しているため、運動機能が注目されているが、多くは感覚神経で80%の線維は内臓から脳へと情報を送っている。残りの20%が運動神経路を形成し、動的に、そして時には劇的に生理学的変化を起こさせる。例えば、迷走神経が緊張した状態では心臓の動きが抑制(心拍数減少)される。そして迷走神経の緊張が緩むと、心臓の拍動は戻る。こうした変化はわずか数秒のうちに起きることもある。

・可動化という機能を持つ交感神経に対して、迷走神経は、落ち着かせたり、成長させたり、回復させたりする機能を持っている。

私は、彼の言葉[迷走神経は急に脈が遅くなる「徐脈」や、突然呼吸が止まる「無呼吸」などの、生命を脅かす現象を引き起こすことがある]を真剣に受け止め、私の研究[新生児の迷走神経に関する研究。赤ちゃんの中には、RSA(呼吸性洞性不整脈:呼吸に伴って心拍数が増加したり減少したりする現象)が見られない赤ちゃんがいる]の中で発見されたことに何か手がかりがないか、振り返りました。私の研究では、RSAが起きているときには、徐脈や無呼吸は起きませんでした。これに気がついたとき、私はこの「迷走神経パラドクス」という概念を理解するヒントを得たのです。RSAがあるときは、迷走神経は保護的な働きをし、徐脈や無呼吸を起こすときは、生命を危険にさらすのです。

数カ月にわたり、私はこの新生児医学の手紙を鞄に入れて持ち歩いていました。私はなんとかこのパラドクスを説明しようとしました。しかし私の知識はあまりにも限られていて、どうすることもできませんでした。そこで、このパラドクスを解決するために、迷走神経の神経解剖学をあたってみることにしました。もしかすると、この二律背反のパターンを引き起こす迷走神経の回路は異なっているのではないか、と考えたのです。

この「迷走神経パラドクス」を引き起こしていた迷走神経の作用機序を明確化したことによって、ポリヴェーガル理論が生まれました。この理論を構築するにあたって解剖学、進化学、そして二つの異なる迷走神経の働きを精査しました。一つの迷走神経系は徐脈や無呼吸を引き起こし、別の迷走神経系がRSAを引き起こすのです。一つの神経系は潜在的に死をもたらします。もう一つの神経系は保護的に働きます。

この二つの迷走神経の回路は、脳幹の違った部分から発していました。比較解剖学を研究した結果、古い神経回路ができ、その後に新しい神経回路ができたことがわかりました。系統発生学に基づいた自律神経のヒエラルキーが、私たちに埋め込まれていることが明らかになったのです。この発見が、ポリヴェーガル理論の基礎になりました。

「不動」、「徐脈」、「無呼吸」は哺乳類が誕生するずっと昔の、太占の脊椎動物において発達した防衛機制だったのです。ペットショップに行って、爬虫類を観察してみてください。そうすれば、この防衛機制を理解することができます。爬虫類を見ていると、じっとしてあまり動きません。爬虫類にとっては、この「不動状態」が基本的な防衛システムなのです。しかし、ハムスターや家ネズミなどの小さな哺乳類を見てください。彼らはまったく違った行動様式をとっています。小さな哺乳類はつねに動きまわっています。彼らは活動的で、社会的に交流をし、仲間とあそびます。そして動いていないときは自分たちの兄弟と身体をくっつけあっています。

ポリヴェーガル理論の構成概念は進化に基礎を置いています。系統発生学的に段階を追って、それぞれ異なる神経回路が発達し、それぞれ異なる適応行動を起こしていたのです。研究を進めるにつれ、脊椎を持つようになった生き物のうちでも、進化上より早期の脊椎動物において発達した「太占の防衛機制」が、我々の神経系にまだ埋め込まれていることを発見しました。この「太占の防衛機制」とは、「不動状態」です。闘争/逃走反応という防衛機制では、「可動化」が主要な要素です。しかし、太占の脊椎動物の防衛機制は、それとは反対のものです。「不動状態」、「擬死」あるいは「死んだふり」は、爬虫類やその他の脊椎動物にとっては適応的な行動でした。しかし哺乳類は、酸素を大量に必要とするため、こうした反応は潜在的に死に至る危険があります。哺乳類も、生命を脅かすようなことが起きたときには「不動状態」に陥ります。そして「不動状態」に陥った後、普通の状態に戻ることは非常に難しいと考えられます。これが多くのトラウマのサバイバーにも起きていることなのです。』

ふたたび自律神経系について

・ポリヴェーガル理論では、自律神経系の機能は進化の階層に則って三つに分けられている。

1.有髄化(絶縁性の髄鞘によってニューロンの軸索が覆われること。これにより神経パルスの伝導が高速化される)されていない無髄の迷走神経経路で、横隔膜より下の内臓の迷走神経制御を行っているもの。(一般的には、”自律神経節後線維”[C線維]と呼ばれています

2.有髄の迷走神経経路で、横隔膜より上の臓器の迷走神経制御を行っているもの。(一般的には、”自律神経節前線維”[B線維]と呼ばれています

3.交感神経系

・進化の過程で、最初に無髄の迷走神経経路が発達した。人間やその他の哺乳類では、安全な場合には、この古いシステムによって恒常性(ホメオスタシス)が保たれている。しかし、これが防衛に使われたときは、不動状態になり、徐脈や無呼吸をもたらす。そして代謝を落とし、シャットダウンを起こし、見た目には崩れ落ちたようになる。シャットダウンのシステムは爬虫類にとっては適応的である。これは爬虫類の小さな脳はわずかな酸素しか必要とせず、数時間生きていることも可能であるからである。

ニューロセプション:意識せずに行う知覚

・ニューロセプションは認知のプロセスではなく、神経的なプロセスで環境中にある「合図」や「きっかけ」を評価し、危険を察知する。

ポリヴェーガル理論では、ニューロセプションはポリヴェーガル理論で定義された自律神経の三つの主要な状態、つまり「安全」「危険」「生命の危機」を察知し、それにふさわしい神経回路にスイッチを入れる。

・社会交流システムがうまく働いていると、防衛反応が抑制され、我々は落ち着き良い気分になる。しかし危険が増すと、二つの防衛システムが優先順位に沿って発動する。いよいよ危険を察知すると、我々の交感神経系が主導権を握る。そして「闘うか/逃げるか」という動きを可能にするために代謝を上げる。そして、それがうまくいかず、安全か確保されないと、無髄の古い迷走神経系を発動させて、シャットダウンする。

PTSDを起こす引き金

ニューロセプションの中でも聴覚刺激は大切で、特に「安全であるかどうか」を判断するには、聴覚刺激が非常に重要な役割を果たしている。

第3章 自己調整と社会交流システム

迷走神経:運動経路と感覚経路の導管

・迷走神経経路は、感覚線維と二つのタイプの運動線維の計三つから成る。運動線維の一つは、有髄化されず横隔膜より下の腸などの臓器と接続されている。もう一つは、有髄化されていて横隔膜より上の心臓などの臓器と接続されている。感覚神経線維は脳幹の中の孤束核と言われる領域に終わり、有髄の迷走神経の運動経路は、主に疑核に起始する。無髄の迷走神経の運動経路は、主に迷走神経背側運動核に起始する。

いかにして音楽が迷走神経による調整を促す「合図」となるか

・音楽療法:歌うためには長く息を吐く。吐いている間は有髄の迷走神経の遠心経路の心臓への働きかけが強まる。これにより生理学的状態が穏やかになり、社会交流システムが活性化する。歌うとは聴くことでもある。これは中耳筋の神経の緊張を増進させる。また、神経による喉頭咽頭筋を調整し、さらに顔面神経と三叉神経を介して、口と顔の筋肉を使う。個人でなくグループであるなら、他者と関わり社会的な活動になる。以上のことから、歌うこと、特にグループで歌うことは、社会交流システムの素晴らしい「神経エクササイズ」になる。

ご参考:“迷走神経活動の測定法”(実験はマウス) クリック頂くと5枚資料のがダウンロードされます。

迷走神経活動の測定法
迷走神経活動の測定法

はじめに  

『自律神経系は交感神経系と副交感神経系から構成される神経系で、それぞれ身体の臓器を二重支配することによって相反的に各臓器機能を調節している。自律神経の作用には自律神経反射に代表される循環調節、消化機能調節、そして代謝調節作用が知られており、これらの作用は自律神経遠心路により心臓、血管、消化管、肝臓、膵臓、脂肪組織等の活動を制御することによって営まれている。自律神経の異常は狭心症、胃・十二指腸潰瘍、肥満、糖尿病、メタボリックシンドローム等に深く関与している。自律神経の全身機能調節は各臓器の状態に依存しており、その情報を伝達する経路として自律神経救心路が重要な働きを担っている。救心路神経線維は副交感神経(迷走神経)束の約75~90%、交感神経束の約50%を占めており、末梢性の自律神経反射に関わる情報だけでなく、中枢性の情報(満足感や嗜好形成などの摂食行動調節)にも関わることが最近の研究で明らかにされている。

ポリヴェーガル理論2

ポリヴェーガル理論入門
ポリヴェーガル理論入門

著者:ステファン・W・ポージェス(Stephen・W・Porges)

初版発行:2018年11月

出版:春秋社

目次は”ポリヴェーガル理論1”をご覧ください。

第1章 「安全である」と感じることの神経生物学

正当な科学的論題としての「感じること」に関する研究

・心理生理学は、心理的な操作に対する生理学的な反応を計測するものである。

心理生理学では、被験者が報告する主観的な状態に頼ることなく、皮膚電位、呼吸、心拍数、血管運動などの生理学的な反応を調べる。そして、客観的かつ数値化可能な方法で、主観的な体験について計測する。

・心の動きを生理学的な反応から理解しようとする試みは、今でも心理生理学および認知神経学の中心的な方法論であり、過去50年にわたりこの基本的な考え方にはほとんど変化はない。

心理生理学研究と心拍変動

・精神的に努力している状態では心拍数が減少し、そうでない時の心拍変動には個人差があることを発見した。そして、この研究成果が先駆けとなり、後に心拍変動の個人差と、認知的能力、環境内の刺激に対する感受性、精神医学的な診断、心理物理的適合性、レジリエンス[しなやかさ、回復力]との関係について、多くの論文が発表されることとなった。

心拍変動を調整する神経的作用機序

・『私は、心拍変動を引き起こす、心拍間隔に影響を与えている神経経路を探求し、心拍数を制御している神経系の仕組みを理解するために、動物実験を行った。』

心拍数を制御する迷走神経の計測方法の開発

・心臓迷走神経緊張のより正確な指標として、呼吸性洞性不整脈(RSA)を定量化する方法を開発した。

・迷走神経は呼吸によって心臓に与える影響を変化させる。

・呼気と吸気では心拍数が一定のリズムで減少したり増加したりする。そして、迷走神経の影響が大きければ大きいほど、その心拍変動は増加する。

・フィードバックループは迷走神経の働きを動的に調整している。肺や心臓だけでなく高次の脳からも脳幹へと信号が送られる。

・フィードバックループの出力媒介変数は振幅と周波数である。振幅は迷走神経の影響を反映しており、周波数は呼吸数を反映している。

・相対的な方法論から、神経生理学的なモデルをもとに迷走神経による神経的制御を計測する方法論へと推移していった。この技術を用いることで、迷走神経による制御の具体的な状態を正確かつ継続的に計測することができるようになった。

仲介変数の探求

・『私の科学的な探求は、行動の個人差を理解するための仲介変数を探す旅であった。この旅を通して「安全である」と感じることも含めた心理的な体験と、行動の神経的基盤となる自律神経の状態の重要性を理解することとなった。

・研究の三つの段階

1.記述的研究(心拍変動が重要な現象であることに気づき、一連の経験主義的な実験)。

2.心拍変動を仲介している神経生理学的な作用機序を説明するための研究。

3.神経生理学的、神経解剖学、進化学をもとにした、脳と身体、あるいは心と身体の科学の基礎となるポリヴェーガル理論の構築。

・『ポリヴェーガル理論は、我々の行動と、他者との関わり方に影響を与える仲介変数としての生理学的状態の重要性を解き明かすものであった。この理論により、危険と脅威が生理学的状態を変化させ、防衛に向かわせることが説明された。そしてもっとも大切な点は、「安全である」とは、単に脅威を取り去ることではないということだ。「安全である」とは、環境中や、他者との間で交わされる健康、愛、信頼を感じることを促進する、独特の「合図」に依存しており、それが防衛回路を積極的に抑制する。

安全と生理学的状態

・ポリヴェーガル理論では、意識の及ばないところで環境のリスクを評価する神経的なプロセスを「ニューロセプション」と呼ぶ。

・ポリヴェーガル理論では、ストレスとなる出来事の物理的な特徴は、あまり影響力を持たず、むしろ我々自身の身体的な反応の方がより重要な役割を果たしていると考える。

・ポリヴェーガル理論では、自律神経の神経的制御が変化したことを、内臓の感受性によって捉えていくモデルを提唱している。

・ポリヴェーガル理論では、社会が安全であると感じられる環境や、信頼できる人間関係を、我々は人々に提供しているのか、という問いに直面することになる。学校、病院、教会などの社会組織が、常に人々を評価し、それによって危険と脅威を感じさせる状況であることを鑑みると、政治紛争、財政危機、戦争などと同じように、こうした社会構造が我々の健康に好ましくない影響を与えていると言わざるを得ない。

ポリヴェーガル理論では、生理学的な状態を、様々な種類の適応的行動を効果的に表現する神経的な土台であると考える。

「安全であること」の役割と、生き残るために必要な「安全である」という合図

・神経系は爬虫類から哺乳類へと進化した過程で変化していった。特に哺乳類では、同種の生物のうち、どれだけ安全で近づいてもよく、また触れてもよいのかを同定する神経系が発達した。

・爬虫類や、その他の「原始的な」脊椎動物では、防衛戦略が非常に発達していた。しかし、進化した哺乳類においては、適応していくために、今度はそのよく発達した防衛戦略のスイッチを切る神経的作用機序が必要になった。

・哺乳類はいくつかの生物学的な必要性に迫られて「安全」を求めるようになっていった。

-哺乳類は出生後、直ちに母親の保護を受ける必要がある。

人間を含む数種類の哺乳類は、生きていくためには「孤立」を避け、長期間社会の中で相互依存を必要とする。防衛反応のスイッチを切って、子育てをしたり、社会的行動をとったりするためには、安心できる安全な環境と、安全な同種の生物を同定する能力が必要になった。

-生殖、授乳、睡眠、消化を含む様々な生物学的、行動学的機能を果たすためには、哺乳類は安全な環境が必要不可欠である。

・哺乳類は社会的行動と感情の制御を必要とするようになった。

ポリヴェーガル理論では、社会的行動と感情の制御を行う神経回路は、神経系が「安全である」と感じているときにのみ発動するとしている。その時、この神経回路は、「健康」、「成長」、「回復」を促進するように働く。

・「安全」は人間が潜在能力を発揮する上で欠かすことができない。高次の脳は創造性を発揮し、生産的であるためにも必要不可欠である。

・ポリヴェーガル理論では、我々の心理的、物理的、行動学的反応が、我々の生理学的状態に依存しているという事象に重きを置く。

・ポリヴェーガル理論では、身体の諸器官と脳が、自律神経を制御している迷走神経やその他の神経を通して、双方向に情報交換しているということに注目する。

自律神経系の制御は、進化の過程で「安全であること」を互いに発信しあい、協働調整することができる神経系を獲得した。

社会的交流と安全

・臨床において、見たり、聴いたり、起きていることに注目することは、大変有効なやり方である。

・社会的交流を持ち、身体の諸器官からの感覚をフィードバックすることにより、気分や感情の主観的な状態を改善することができる。

社会交流システムとは、顔と頭の横紋筋を制御する神経経路を総称したものである。

・社会交流システムは、身体感覚を投影するとともに、安全で落ち着いていて、愛と信頼を醸成する状態から、防衛反応を起こす脆弱な状態まで、一連の変化を引き起こすための情報の入り口である。

セラピストとクライアントが互いに、「見て」「聴いて」「感じる」ということは、お互いの身体と感情の状態を動的に双方向に情報伝達し、社会的交流が行われていることを意味する。それこそが治療的瞬間である。

・社会的交流が相互に利益をもたらし、互いの生理学的な状態を協働調整するためには、双方ともに、安全であり、信頼できるという社会交流的「合図」を送りあう必要がある。

・双方向で主観的な体験を分かち合うことは、結合鍵を開けるようなものである。突然、鍵を固定していた回転部品が正しい場所に収まり、扉が開くのである。

・進化の過程で、表情や発声、音や味覚を検知する神経系と生理学的状態とが結びついたのは、哺乳類特有の現象である。

身体の状態と表情や発声とが結びついたことにより、同種の生物が発する「合図」を見極める能力が発達した。相手が出している「合図」は「安全である」のか、「危険である」のか、はたまた逃げることも戦うことも不可能で、擬死に陥り不動状態になるべきなのか、判断できるようになった。そして、社会的交流の扉が開いた。

・他社が近づいても安全であるという「合図」を提供するために、顔と頭の筋肉を神経制御することが必要とされる。

・社会的交流システムは、我々の「安全であること」への生物学的な希求と、人とつながり、自分たちの生理学的な協働調整したいと望む、無意識の生物学的な必須要件から生まれた。

社会的交流では、「わかった」という微細な「合図」や、共感、互いの意図が交わされる。こうした「合図」は、微妙な調子、韻律を通して伝えらえる。それは同時に互いの生理学的状態を伝えあう。我々は、自らが落ち着いた生理学的状態であるときにのみ、相手に「安全である」という合図を伝えることができる。

社会的交流システムは、自分の生理学的状態を伝えるだけでなく、相手がストレスを感じているのか、それとも「安全である」と感じているのかを感知する入り口にもなる。「安全」を感知すると、生理学的反応は落ち着く。危険を感知すると、生理学的状態は、防衛反応を活性化するように変化する。

社会交流システム(脳神経:Ⅴ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ)
社会交流システム(脳神経:Ⅴ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ)

画像出展:「ポリヴェーガル理論入門」

 『図1で示されているように、社会交流システムには身体運動要素と内臓運動要素が含まれている。身体運動要素には、顔と頭の横紋筋を制御する内臓からの特殊体腔内器官遠心性経路(脳管内の運動核[疑核、顔面神経、三叉神経]から生じており、社会交流システムの身体運動要素を形成している)がある。

内臓運動要素には、心臓と気管を制御している有髄の横隔膜上の迷走神経がある。機能的には、顔と頭の筋肉と心臓のつながりから社会交流システムが生じる。社会交流システムは、誕生直後では、吸う、飲む、呼吸する、声を出すといった行動を調整している。誕生後早期に、この調整がうまく取れない場合、成長後、社会的行動や感情の制御が難しくなることが示唆される。』

結論

・ポリヴェーガル理論では、「安全である」と感じることは生理学的な状態に依存しており、「安全である」という合図は自律神経系を穏やかにする。

・生理学的な状態を落ち着かせると、安全で信頼できる人間関係を結ぶことができ、それそのものが、行動的、生理学的状態を協働調整する機会となる。こうした健全な「調整サイクル」が心と身体の健康を促進する。このモデルでは、自律神経の状態を含む我々の身体の感覚は、我々が他者と関わることにおいて仲介変数の機能を果たしている。

・交感神経が優位となり、戦闘態勢に入っているときは、防衛に焦点が当たっており、「安全である」という合図を出すことも受け取ることもしない。しかし、腹側迷走神経経路によって社会交流システムが発動しているときは、声や表情で、「安全である」という「合図」を出し、それにより、自分自身と他者の防衛反応を抑制する。互いに、社会交流システムを用いて関わり合うことによって、社会的な絆が強化される。

-腹側迷走神経複合体:腹側迷走神経複合体は脳幹に位置し、心臓、気管支、顔と頭の横紋筋を制御している。また、腹側迷走神経複合体は、内臓運動経路を通して心臓と気管支を制御している疑核と、特殊体腔内器官遠心性経路を通して、咀嚼、中耳、顔面、咽頭、喉頭、首の筋肉を制御している三叉神経顔面神経からなる。

・ポリヴェーガル理論では、治療的モデルにおいても、人間としての体験を最善のものとするためには、身体の感覚を尊重することだけでなく、生理学的な状態を含む支援を行うことが大切であると考えている。

・ポリヴェーガル理論では、他者との絆を形成し、互いに協働調整しあうことは、我々人間にとって必要不可欠な生物学的必須要件であると説いている。「安全である」と感じることは、生きていく上でなくてはならない。そして、我々が行動的、生理学的状態を協働調整することができる、信頼に満ちた社会的関わりを持つことによってのみ、我々は「安全」を感じることができる。

ご参考:人体の正常構造と機能』という本にある図・説明を用いて、神経生理学的説明を視覚的に追ってみました。もやもや感がありますがご紹介します。

①脳神経核 

以下は脳幹の図です。左側の図では右半分が知覚核(孤束核など)で、左半分は運動核(三叉神経運動核、顔面神経核、疑核、迷走神経背側核など)となっています。

また、右側の図は脳幹部の断面図です。黄色は“一般内臓運動(GVE)”、ピンク色は“特殊内臓運動(SVE)を担っています。緑色の舌下神経核に隠れて見づらいですが、迷走神経背側核(黄色)は確かに背中側(小脳側)にあるのが確認できます。一方、三叉神経運動核(ピンク色)、顔面神経核(ピンク色)、疑核(ピンク色)は迷走神経背側核から見ると、いずれもお腹側(腹側)に位置しているのが分かります。“腹側迷走神経複合体”とは、この部分を指しているのではないかと思います。

脳神経核
脳神経核

画像出展:「人体の正常構造と機能」

②脳幹の自律神経中枢

下の図は“循環中枢”(左)と“呼吸中枢”(右)を説明している図です。交感神経迷走神経(副交感神経)ですが、脳に近い神経は赤(交感神経)青(迷走神経)とも実線になっています。これは有髄線維の高速な線維です。一方、小さな●(神経核)を経て、破線になっていますがこれは低速の無髄神経になります。有髄線維は“節前線維”とよばれ、神経線維の分類で分けるとB線維になります。無髄線維は“節後線維”とよばれ、同じく神経線維の分類ではC線維になります。(神経線維はB、Cの他にAα、Aβ、Aγ、Aδがありますが、B線維よりさらに高速な線維です)

茶色はいずれも求心性の副交感神経になりますが、この図では三叉神経、舌咽神経、迷走神経の3つが出ています。

脳幹の自律神経中枢
脳幹の自律神経中枢

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左端がボケてしまっています。上から、

・心臓抑制中枢

・迷走神経背側核

・疑核

・血管運動中枢

・延髄腹外側野

と書かれています。

③脳神経の線維構成

縦軸は脳神経の種類で、上から“特殊感覚神経”、“体性運動神経”、“鰓弓神経”に分類され、横軸は遠心性(左)と求心性(右)の2つに分かれています。鰓弓神経に注目すると、1番下の副神経(Ⅺ)以外の各神経は遠心性と求心性の双方の機能を有していることが分かります。これを見ると、先にご紹介した“社会交流システム”の中央に書かれている脳神経と比較して頂くと、社会交流システムが関わる脳神経は、鰓弓神経(脳神経のⅤ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ、Ⅺ)を指しているということが分かります。

脳神経の線維構成
脳神経の線維構成

画像出展:「人体の正常構造と機能」

左端がボケてしまっています。上から、

・特殊感覚神経

・体性運動神経

鰓弓神経

と書かれています。

ポリヴェーガル理論1

ポリヴェーガル理論”を知ったのは、ナチュラル心療内科竹林直紀院長の著書である『疲れた心の休ませ方』という本です。特に表紙の下に書かれていた、“「3つの自律神経」を整えてストレスフリーに!”という添え書きに興味を持ちました。

疲れた心の休ませ方
疲れた心の休ませ方

著者:竹林直紀

発行:2021年3月

出版:青春出版社

「はじめに」の中の“コミュニケーションにかかわる自律神経があった!”には、次のような説明がされていました。

『自律神経は大きく3種類に分けられる―。この新しい考え方は、精神生理学者のステファン・ポージェス博士によって提唱されました。

ポージェス博士は、アメリカのイリノイ大学で長年にわたり、自閉症児や社会的コミュニケーションに問題を抱える人々の研究をおこなってきました。そのなかで、自律神経の新しい考え方を発見し、1995年に「ポリヴェーガル理論」と題して論文を発表しました。

ポリヴェーガルとは、「poly(=複数の)」と「vagal(=迷走神経)」を組み合わせた造語で、「多重迷走神経」と翻訳されています。

ポリヴェーガル理論では、3つに分けた自律神経のうちのひとつを「社会的交流」の自律神経(社会神経系)とよびます。人と人とがつながり、関係性を構築していくとき、この「社会的交流」の自律神経が働いてその場に適した対応がとれるといわれています。』 

また、“SCENE1 ストレスに振り回されない「人との距離感」の保ち方”の中では、次のような紹介が出ていました。 

 『ポージェス博士は、著書「ポリヴェーガル理論入門」(花丘ちぐさ訳、春秋社)で、次のような趣旨のことを語っています。

心地よい社会生活や人間関係は、「健康」「成長」「回復」をうながす社会的交流の神経経路を使っておこなわれます。私たち人類の神経系は、「安心・安全」を探求しつづけ、「安心・安全だ」と感じるために、他者の存在を必要としているのです。

これを拝見し、「この、『ポリヴェーガル理論入門』を読んでみないと、よく分からないなぁ」と思い、購入してみました。

ポリヴェーガル理論入門
ポリヴェーガル理論入門

著者:ステファン・W・ポージェス(Stephen・W・Porges)

初版発行:2018年11月

出版:春秋社

“3つの自律神経”という考え方については、その科学的根拠に疑問もあるようです。これについては、後述させて頂きます。

しかしながら、最後の「謝辞」の中で、ポージェス先生がお話されているように、トラウマを抱えた人々に対する理論として、このポリヴェーガル理論は画期的なアプローチのように思います。

また、私のような施術者が患者さまと向き合うときの、「安心・安全」ということの意味や向き合い方など、その大切さを再認識することもできました。

謝辞(冒頭部分のみ)

『「ポリヴェーガル理論」は、1994年10月8日の私の研究所からヒントを得てつくられた(porges,1995)。その日私はアトランタで行われた心理生理学会で、学会長としてあいさつを述べた。そこで語ったモデルとそれに関連する理論が、ポリヴェーガル理論のもととなった。

そのときは、この理論が臨床家の注意を引くとは思っていなかった。私はこのモデルを、この学会で実験可能な仮説として発表したつもりでいた。私が予測していたとおり、このモデルはまず複数の分野において、査読付き論文数千件に引用された。つまり初めは予想通り、科学界で注目されたのである。

しかし、ポリヴェーガル理論がもたらしたもっとも大きな貢献は、この理論が、トラウマを体験した人が抱えていた状態について、神経生理学的な説明を行ったことであった。トラウマを抱えた人々に対し、ポリヴェーガル理論は、生命の危機に及んで、なぜ彼らの身体はかくのごとく反応し、その結果、レジリエンス[しなやかさ]、柔軟性、回復力を失い、「安全である」と感じられる状態に戻れなくなったのかを説明したのである。

先に、触れされて頂いた科学的根拠に関することですが、これはWikipediaに書かれていたものです。検索したところ“Polyvagal theory”に出ていました。(原文のままですみません)

Polyvagal theory

Criticism

Polyvagal theory has not, to date, been shown to explain any phenomena or experimental data above and beyond what is explained more precisely by attachment theory, research on emotional self-regulation, psychological stress models, the Neurovisceral Integration Model[23][24] and neuroimaging studies from the field of social neuroscience. Its appeal may lie in the fact that it provides a very simple (if inaccurate) neural/evolutionary backstory to already well-established psychiatric knowledge.

ブログは、患者さまと向き合う施術者として、「安全・安心」とは何かという視点を中心に置き、ポリヴェーガル理論の神経生理学的説明については、どっぷり浸かるのではなく、少し距離をとって拝読させて頂くこととしました。

その中で、特に印象に残った箇所を取り上げていますが(目次の黒字箇所)、そのほとんどは第1章と第2章からになります。また、長くなったので3つに分けました。

目次

序文

なぜこの本は対話形式で書かれているのか?

なぜ安全を求めるということに焦点を当てているのか?

第1章 「安全である」と感じることの神経生物学

●考えること・感じること:脳と身体について

●正当な科学的論題としての「感じること」に関する研究

●心理生理学研究と心拍変動

●心拍変動を調整する神経的作用機序

●心拍数を制御する迷走神経の計測方法の開発

●生理学的状態の計測と「刺激/反応モデル」の統合

●仲介変数の探求

●安全と生理学的状態

●「安全であること」の役割と、生き残るために必要な「安全である」という合図

●社会的交流と安全

●結論

第2章 ポリヴェーガル理論とトラウマの治療

●トラウマと神経系

●トラウマと神経系

●「ポリヴェーガル理論」と「迷走神経パラドクス」

●ふたたび自律神経系について

●ニューロセプション:意識せずに行う知覚

●PTSDを起こす引き金

●社会交流システムと愛着の役割

●自閉症とトラウマの共通点は何か?

●自閉症の治療

●LPP―リスニング・プロジェクト・プロトコル:理論と治療

●音楽はいかに親密性を促進する:「安全である」という合図

第3章 自己調整と社会交流システム

●心拍変動と自己調整:どう関係しているか?

●「ポリヴェーガル理論」を構成する原理

●安心を感じるためにどのような他者を利用しているのか

●私たちが世界に反応する方法に影響を与える三つのシステム

●迷走神経パラドクス

●迷走神経:運動経路と感覚経路の導管

●トラウマと社会的交流の関係

●いかにして音楽が迷走神経による調整を促す「合図」となるか

●社会交流の信号:迷走神経の自己調節と「合図がわからない状態」

●神経による調整を回復させる

●愛着理論は適応機能とどう関係するか?

●生理学的にもっと安全な病院を作ること

第4章 トラウマが脳、身体および行動に及ぼす影響

●「ポリヴェーガル理論」の原点

●「植物性迷走神経」と「機敏な迷走神経」

●複数の神経経路の群としての迷走神経

●迷走神経と心肺機能

●第六感と内受容感覚

●迷走神経緊張はいかに情動と関係しているか

●ヴェーガル・ブレーキ

●ニューロセプションはどのように機能するか:「脅かされた」と感じるか、「安全である」と感じるか

●ニューロセプション:脅威と安全への反応

●新奇な出来事:哺乳類と爬虫類の反応の違い

●神経エクササイズとしての「あそび」

●迷走神経と解雇

●単一試行学習

第5章 安全の合図、健康および「ポリヴェーガル理論」

●迷走神経と「ポリヴェーガル理論」

●心と身体のつながりがどのように病状に影響を与えるか

●トラウマ、そして信頼への裏切り

●ニューロセプションの働き

●不確実性と生物学的な必要要件としての絆

●「ポリヴェーガル理論」:トラウマと愛着

●なぜ歌うことと聴くことで落ち着くのか

●社会交流システム系を活性化させるエクササイズ

●今後のトラウマ治療

第6章 トラウマ・セラピーの今後 ポリヴェーガル的な視点から

第7章 心理療法に関するソマティックな視点

謝辞

序文

なぜこの本は対話形式で書かれているのか?

・数年にわたり、多くの臨床家から高度に専門的な内容を分かりやすい本にまとめることを求められてきた。

・インタビュー形式にすることにより、臨床応用のための情報に絞り、のびのびと肩ひじを張らない表現で本にまとめることができた。

・本書の巻末には、ポリヴェーガル理論を理解するための基本的な用語や考え方を解説する「用語解説」を付けた。

用語解説:愛着、あそび、安全、安全(治療的状況における)。韻律・プロソディ、ヴェーガル・ブレーキ(迷走神経ブレーキ)、歌う、遠心性神経、横隔膜下迷走神経、横隔膜上迷走神経、オキシトシン、解体、解離、疑核、聴く、擬死/シャットダウン、求心性神経、境界性パーソナリティ障碍、協働調整、系統発生学、系統発生学的に秩序づけられたヒエラルキー、交感神経、恒常性・ホメオスタシス、呼吸性洞性不整脈(RSA)、孤束核、サイバネティクス、自己調整、自閉症、社会交流システム、植物性迷走神経(「背側迷走神経複合体」)、自律神経系(既存の考え方)、自律神経系(「ポリヴェーガル理論」の視点における)、自律神経の状態、自律神経バランス、神経エクササイズ、神経的期待、身体運動、心拍変動、生物学的な必須要件、生物学的非礼、生理学的状態、単一試行学習、中耳筋、中耳の伝達関数、腸神経系、つながり、適応的な行動、闘争/逃走反応、特殊体腔内器官遠心性経路、内受容感覚、内臓運動神経、ニューロセプション、脳神経、背側迷走神経複合体、PTSD(心的外傷後ストレス障碍)、不安、副交感神経、味覚嫌悪、迷走神経、迷走神経の緊張状態、迷走神経の求心性線維、迷走神経パラドクス、ヨガと社会交流システム、抑うつ症、リスニング・プロジェクト・プロトコル(LPP)

なぜ安全を求めるということに焦点を当てているのか?

ポリヴェーガル理論によると、人間やその他の社会交流システムを持っている哺乳類は、顔と心臓が神経的につながっており、表情と声の調子で「安全かどうか」を確認したり投影したりする。この表情と声の調子は、自律神経の状態に伴って変化する。つまり、ポリヴェーガル理論では、私たちは相手がどのように見て、聞いて、声を出すかということで、その人に接近しても安全かどうかを判断すると考える。

社会交流システム
社会交流システム

画像出展:「ポリヴェーガル理論入門」

 『図1で示されているように、社会交流システムには身体運動要素と内臓運動要素が含まれている。身体運動要素には、顔と頭の横紋筋を制御する内臓からの特殊体腔内器官遠心性経路(脳管内の運動核[疑核、顔面神経、三叉神経]から生じており、社会交流システムの身体運動要素を形成している)がある。

内臓運動要素には、心臓と気管を制御している有髄の横隔膜上の迷走神経がある。機能的には、顔と頭の筋肉と心臓のつながりから社会交流システムが生じる。社会交流システムは、誕生直後では、吸う、飲む、呼吸する、声を出すといった行動を調整している。誕生後早期に、この調整がうまく取れない場合、成長後、社会的行動や感情の制御が難しくなることが示唆される。』

ポリヴェーガル理論では、「安全でない」と感じることによって、精神的、肉体的に疾病を引き起こす生理行動学的な特徴が形成される。

我々が「安全である」と感じることの必要性が広く理解されることで、社会的、教育的、臨床的な戦略が、お互いの安全のために、進んで他者を受け入れて、互いに協働調整を図ることを勧める方向に、大きく変わっていくことを望んでいる。

血圧と運動

久しぶりに『月刊 スポーツメディスン』を購入しました。それは特集が「血圧と運動」という興味深いものだったためです。

ブログは早稲田大学スポーツ科学学術院 スポーツ生理学 前田清司先生の“血圧とは何か-なぜ高血圧が問題なのか-”からです。

スポーツメディスン2022年1月号
スポーツメディスン2022年1月号

発行:2022年1月

出版:ブックハウス・エッチディ

1.運動と血圧の関係

●男性約3000名を対象に5年間にわたり、体力(体力の指標は最大酸素摂取量)と血圧の関係を研究した。体力別に分けた5つのグループでは、最も体力の低いグループは、最も高いグループに比べ約1.9倍高血圧症になりやすいことが明らかになった。

●35~60歳の男性を対象にした血圧と歩行時間の研究では、1日の歩行時間が10分以下の人は、20分以上の人に比べ1.4倍高血圧症になりやすいことが明らかになった。

●7年以上にわたってランニング距離と血圧の関係を調べた研究では、ランニング距離が長いほど高血圧の発症リスクが軽減されるという報告がある。

●高血圧症患者に治療の一環として運動療法が用いられており、運動習慣は高血圧を改善する効果がある。

2.動脈硬化と運動の関係

●動脈硬化度は脈波伝播速度などで評価するが、習慣的および一過性の有酸素運動は動脈硬化度を低下させる。

3.柔軟性と血圧の関係

●長座位体前屈を指標とした柔軟性において、高齢者では柔軟性が高いほど血圧が低いという結果が得られた。

●身体の柔軟性を高めるストレッチングは高血圧の予防・改善の効果を持つ可能性がある。

●動脈硬化度について、中高齢者では柔軟性が高いほど動脈硬化度が低いという結果が得られている。

4.推奨される有酸素性運動

高血圧の予防・改善に推奨される運動
高血圧の予防・改善に推奨される運動

画像出展:「スポーツメディスンNo237」

『運動時間や頻度は、できるだけ毎日、30分以上を目標とすることが重要です。たとえば10分の運動でも、合計して30分以上であれば効果的であるということもわかっているので、細切れでも運動することが大事です。

運動強度については、低強度から中等強度では血圧上昇はわずかですが、高強度の運動では血圧上昇が顕著であるため、「ややきつい」と感じる程度の中等強度の運動(心拍数が100~120拍/分、最大酸素摂取量の約50%)がよいと思います。高強度インターバルトレーニングは短時間で効果が得られ、糖尿病患者に対する改善も示されていますが、高血圧患者に対しては血圧上昇に十分な注意が必要です。

高血圧患者では主治医の指導のもとで治療を行っていくことになりますので、この記事などの情報を得て、自分で判断して運動を始めるのではなく、主治医の指導に従うことが大切です。

また、運動習慣のない方が急に運動を始めると、身体に与える負荷が非常に大きいので、まずは生活の中で掃除をしたり買い物をしたり、子どもと遊ぶなど、身体活動を増やすことから始めるとよいでしょう。あとはそれぞれのライフスタイルに合わせて運動を取り入れていくとよいです。 

最初は合計15分の運動をやってみるとか、運動を朝と夕方に分けてやってみるとか、無理をしないことが大切です。』

5.高血圧パラドックス

●高血圧パラドックスとは、薬など治療法は明らかになっているにも関わらず高血圧治療が進まないことである。

感想

先週のブログ「“年齢+90”という考え方」は、松本光正先生の『やっぱり高血圧はほっとくのが一番』で勉強したことを書いているのですが、”今が最良の血圧”というお話をされています。

これは、人は生きていくためにはすべての臓器や組織に酸素や栄養素、生理活性物質などを運ぶ必要がある。若者の血管は軟らかく、力の弱いポンプ(低い血圧)でも血液を全身に送り届けることができるが、太ったり、加齢で血管が硬くなったり、血液がドロドロしていたりすると、力の強いポンプ(高い血圧)を使わないと血液を全身に送り届けることは難しい。そして、これらの調整は生きていくために備わっている能力(自然治癒力)が、ポンプの強弱(血圧)を最適になるように自動的に調整してくれている、というものでした。

このことは安易に薬に頼るのではなく、食事、運動、睡眠などの生活習慣の改善に取り組み、原因を根本的に取り除いていけば、血圧は自然と少しずつ下がっていってくれるということです。

“高血圧パラドックス”の一番の問題点は、体が持つ自然治癒力のメカニズムや加齢という現象を軽視し、さらに生活習慣を見直すことを省略して、安易に薬に頼ってしまっていることが原因ではないかと思いました。

循環器系の構成と血流分布
循環器系の構成と血流分布

画像出展:「人体の正常構造と機能」

この図をみても、重力に逆らって血液を全身に循環させる仕事は簡単ではないと思います。

なお、これは安静時の状態です。下の方に”骨格筋16%”とありますが、骨格筋を激しく使う運動を行うと、この数値は跳ね上がり、相対的に内臓などの血液分泌比率は下がります。

 

 

 

体循環の各部位における血圧
体循環の各部位における血圧

画像出展:「人体の正常構造と機能」

細い血管、硬い血管、ドロドロした血液を送り出すには強いパワー(高血圧)が必要になってきます。

 

ご参考:”降圧剤で脳梗塞に?血圧を下げるなら下半身の運動も忘れないで

こちらは荒牧内科 荒牧竜太郎院長が寄稿された、”Medicallook”さまの記事です。一部、ご紹介させて頂きます。

『高血圧を治すために降圧剤が投与されるのですが、患者や医師の意に反して「脳梗塞」を引き起こすこともあるのです。動脈硬化で先の細くなった血管に血栓が流れ込んでも、血圧が高ければ血栓を押し流してくれます。しかし、降圧剤で血圧が下がっていると、血栓に圧力がかかりません。そのせいで血管に血栓が詰まりやすくなります。すると、脳梗塞も起こりやすくなります。

『血圧を下げる効果のあるプロスタグランジンというホルモンは、上半身の運動より下半身の運動でより多く分泌されます。ウオーキング、ももあげ、スクワットなど下半身の運動を行ってください。

※注意:ベンチプレス・筋トレ・全力疾走など、”瞬間的に力を入れるような運動(無酸素運動)”はかえって血圧を上昇させるので注意してください。

 

“年齢+90”という考え方

当院では血圧と脈拍を施術前後に計測しています。

先日、血圧が高めの患者さまが来院されました。収縮期血圧が160台だったので、「ちょっと高めですね」とお声をかけたところ、「友人の医師も言っているが、50、60歳で120台(収縮期血圧)なんて無理な話。年齢+90でも特に問題ないし、薬もまだ要らないと思っている」とのお話でした。

以前、青木久三先生の『減塩なしで血圧は下がる(ブログは“塩と高血圧”)石川太朗先生の『降圧薬の真実(ブログは“降圧薬”)を拝読しており、私自身も“年齢+90”は問題ないと思っていたので、このお話に特に違和感はなかったのですが、何か新しい情報はないか調べてみることにしました。

上の血圧は「年齢+90」くらいが適切|健康診断の古い基準に従う必要はない

このYAHOOニュースに掲載されていた記事は、満尾正先生によるものです。残念ながら先生の著書の多くは食事療法に関するものだったため、もう少し調べてみると、同様なお考えをもった松本光正先生が血圧に関する数多くの本を出版されていることが分かりました。そして、その中から『やっぱり高血圧はほっとくのが一番』という本を選びました。

やっぱり高血圧はほっとくのが一番
やっぱり高血圧はほっとくのが一番

著者:松本光正

初版発行:2019年5月

出版:講談社

本文に入る直前に次のことが書かれていました。

本書は高血圧と診断された後にもなるべく服薬に頼らないようにするため、まずは食事療法や運動療法による生活習慣の是正を試みている方むけに書かれたものです。何らかの事情で厳格な血圧のコントロールを必要とされている人には適さない内容も含まれています。もし身体にいつもと違う変化があったら、必ずかかりつけ医に相談してください。』

目次は以下の通りですが、ブログで取り上げたのは黒字の箇所です。特に「第5章 君子医者に近寄らず」の最後、“良い医師、悪い医師、普通の医師”は、松本先生が読者に伝えたいことを集約させた文章のように感じました。

第1章 受診の95%は不要

●医者に来る必要がありますか?

●不要な受診をしてしまう4つの原因

●自然治癒力があるから受信しなくても大丈夫

●自然治癒力が持つ3つのはたらき

●あなたの身体はいつでも「今が最良」

●症状は身体が「今が最高」と示すサイン

●急性病は病ではない

●身体に起きていることで無意味なことは一つもない

第2章 やっぱり高血圧はほっとくのが一番

●高血圧は放っておいても大丈夫

●血圧にも2つの「今が最高」がある

●最適な血圧の目安は「年齢+90」

●ライオンの血圧は110、キリンの血圧は280

●高血圧治療に潜んだカラクリ

●本当の血圧は一日の中で最も低いときの血圧

●血圧は低い方が心配

●血圧に関するよくある質問

第3章 クスリはリスク

●降圧剤の弊害

●人間は機械ではない

●原因があって結果があるので、薬を飲んでも解決できない

●あなたの身体は世界にただ一つのオーダーメイド

●薬を飲むリスク

●さまざまな疾患の薬による弊害

●医師がそれでも薬を出す理由

●薬に関するよくある質問

第4章 薬を飲まずに健康を保つ方法

●血圧が高いと言われたら、まず実践したい4つのこと

●心が身体に及ぼすさまざまな影響

●心の健康を保つ4つの方法

●心を鍛え続けてきた私自身の病との向き合い方

第5章 君子医者に近寄らず

●医者にはどんなときに行くべきか

●無医村ほど長生き

●健康な人を患者に変える健康診断

●医師を妄信しない

●良い医師、悪い医師、普通の医師

おわりに

第2章 やっぱり高血圧はほっとくのが一番

最適な血圧の目安は「年齢+90」

あなたの血圧は自然治癒力のおかげで、今のあなたにとって最適な値になるようにつねに自動的にコントロールされています。そうはいっても気になるのが最適とされる血圧値の目安ではないでしょうか。

健康を保つために最適な血圧の目安としては、経験的に年齢+90という数値が使われており、私もこの数値を目安にしてよいと考えています。

一方でこれは古い考え方だと否定する医師も沢山います。しかし、私はこの数値はけっして古いとは思いません。むしろ、立ち上がった中型の哺乳動物である我々人間にとって、この値は非常によくできた数値だと考えます。年齢とともに変化し、上昇する血圧をわかりやすく表しているからです。

この数値を否定する医師は人の血圧が年齢ととともに上昇するということが受け入れられない、あるいはわからない医師なのでしょう。年齢とともに血圧を上げることで命を守っているということが理解できず、年をとっても若者と同じ数値がよいと思い込んでいるのです。高齢者の血圧が若い人の血圧を基準に語られている現状、これこそが問題です。

若い人の血管はしなやかです。動脈硬化も狭窄もありません。だから低いのです。その低い血圧でも地球という惑星に存在する重力に逆らって血液を心臓から脳へと送ることができるからです。

しかし高齢になると血管のしなやかさは失われ、血管に狭窄が起こります。こういう血管の状態では130の血圧では脳まで血液を送ることができません。脳に血液を送らないと死んでしまうので、身体は命を守るために150、160、200と血圧を上げていきます。命を守るために自然治癒力がはたらいているのです。必要だから血圧は上がるのです。

「高血圧治療ガイドライン2014電子版」によると、若年、中年、前期高齢者患者の診察室血圧における降圧目標は140/90とされています。

75歳以上の後期高齢者患者の降圧目標を見てみると、150/90ですが、降圧によって有害な影響が見られないならば、という条件付きではありますが、75歳未満の人たちと同じ140/90が目標とされています。

2019年4月にこのガイドラインが改訂されました。新しいガイドラインでは75歳未満の人の降圧目標は130/80未満へ、75歳以上の人は140/90未満にそれぞれ引き下げられました。従来よりも厳しい血圧コントロールが求められるようになりましたが、こうした基準を一律に高齢者にも当てはめるところに問題があります。これが間違っていることは誰の目にも明らかでしょう。

だから私は何度も繰り返し言います。年齢+90は非常に合理的で科学的な数値です。』 

第3章 クスリはリスク

医師がそれでも薬を出す理由

過剰医療、過剰診療は医師の防衛反応

『風邪を風邪だときちんと診断し「風邪なので薬は出しません。寝て安静にしてください」という一言は、医師にとってとても重く勇気がいる一言です。これが言える医師は素晴らしい人です。たまにですがそういう医師の噂を耳にします。

ではなぜ、薬(化学薬品)は悪い、効果がないと思う医師さえもが薬を処方するのでしょうか。それは、そうしないと患者さんに何かあったときが怖いからです。何かというのは、それが風邪でなくほかの重大な疾患だった場合や、さらにそれが訴訟に発展したときです。

そうならないためには薬を出して、「私はガイドラインに従い、世間の医師の常識通りの診療をし、薬を処方しました」と言えるよう防衛線を張る必要があるのです。だから、薬は効かないし、むしろ毒だときちんと理解している医師でさえ薬を出すし、必要でもない検査をするのです。これらはみんな防衛反応です。医師も自分の身がかわいいのです。その結果、過剰医療、過剰診療がおこなわれているのです。』 

第5章 君子医者に近寄らず

良い医師、悪い医師、普通の医師

普通の医師

『世の中には沢山の医師がいます。悪い医師ばかりではありません。また良い医師ばかりでもありません。ほとんどが普通の医師でしょう。

普通の医師とはどういう医師かというと、世間一般のどの医師もやっていることを何の疑いもなくおこなっている医師でしょう。

風邪の患者さんが来たら風邪薬や抗生物質を処方します。インフルエンザの患者が来たら抗インフルエンザ薬のタミフル(オセルタミビル)を出し、新薬のゾフルーザ(バロキサビルマルボキシル)の発売が開始されるとすぐさま手を出します。予防注射は効くと思っているから患者さんに勧めます。

下痢の患者さんに下痢止め、吐いていれば吐き気止め、血圧が高ければ血圧の薬を出します。コレステロールが高ければコレステロールの薬を、血糖値が高ければ糖尿病だと思ってすぐに薬を出し、少し血糖値が高いだけなのにインスリン注射を平気で勧めます。

認知症の薬は効くと信じています。疑うなどという気はまったく持ち合わせていません。その薬が世界では使われていないなどとは夢にも思いません。だから平気で使います。

普通の医師は、こうして馬に食わせるほどという表現がぴったりなくらい多くの薬を処方します。患者さんに薬を出してあげるのは親切だと信じているのです。

早期発見・早期治療が最善だと思っているから健康診断が好きで、がんであれば手術を勧めるし、躊躇なく抗がん剤も投与します。こういう医師が普通の医師です。

人はいいのです。優しい心を持っています。人格者と慕われている人もいます。でも普通の医師なのです。

けっして不勉強ではありません。医学をよく勉強しています。知識も豊富です。しかし、その知識は普通の知識です。その普通の知識をそのまま何の疑いもなく取り入れているのです。取り入れているだけで深く考えないのです。考えないから、世間一般におこなわれている医療行為を疑うことなく実施しているのです。これでは患者さんはたまりません。

有名大学の医学部を首席で卒業しても普通の医師は普通の医師です。

医師はつねにこれでいいのか、自分の知識は正しいのかを自問自答し、考え続けなくてはなりません。考えないから普通の医師なのです。

この本の初版は2021年5月なので、原稿は3年前位ではないかと想像します。一方、認知症の薬は最近時々話に聞くので、少し調べてみました。

下記は和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センターさまのサイトです。

和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センター
和歌山県立医科大学附属病院 認知症疾患医療センター

認知症のお薬について 「薬はどのくらい効きますか?」

 『残念ながら現在使用されている薬には、根本的に認知症の進行を止める働きはなく、飲んでいても最終的には認知症は進行します。また記憶障害や行動障害を劇的に改善させるほどの効果も期待できません。しかし脳で生き残っている神経細胞を活性化させ、覚えたり考えたりする働きをある程度保つ可能性があります。また、日常生活に活気が出たり、イライラや不安を少なくすることによって生活の質を上げる効果も期待できます。』

こちらは国立研究開発法人日本医療研究開発機構さまのサイトです。(こちらは薬の話ではありません)

日本医療研究開発機構
日本医療研究開発機構

アルツハイマー病に対する光認知症療法の開発に向けて

 凝集Aβに対する光酸素化法の新規AD根本治療戦略としての可能性を示した点で大変意義のある成果です。また光酸素化触媒はアミロイドに共通の立体構造に対して反応し活性化することから、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの、AD以外のアミロイド形成・蓄積を原因とする多くの神経変性疾患に対しても有用である可能性が期待されます。

悪い医師

『悪い医師も世の中には沢山います。残念ですがこれは事実です。

“医は仁術”[「医は人命を救う博愛の道である」ことを意味する格言]ではなく、医は算術だと心得ているのです。だから儲かればいいのです。

インフルエンザワクチンが効かないことは知っていますが、儲かるから打ちます。点滴など必要でないことは十分承知していますが、やれば儲かるのですぐに点滴しましょうと言います。

血液検査も1項目か2項目実施すれば十分なのに、10項目でも20項目でも調べます。項目数が多いほど儲かるからです。半年に1回血液検査すればいいものを患者さんが来院するたびに血液をとります。

レントゲン写真など撮らなくていいことを知っているし、放射線は人に危険なことも知っていますが、平気でレントゲンを撮るように指示します。

3カ月か4カ月に1回診察すれば十分なのに、平気で2週間後、1カ月後に来院するように言って再診料を稼ごうとします。

要するに、どれが科学的根拠のある医療なのか知っているのに算術が先にはたらいてしまう医師です。

ところが、このような病医院が患者さんで賑わっているのです。患者さんは、薬を多くもらえれば嬉しいし、検査を沢山してくれれば嬉しいし、レントゲンを撮られて放射線を浴びてもレントゲンを撮って頂きましたと喜んでいるのです。悪い医師を育てているのは患者さんなのです。

何度も申し上げてきましたが、医師の「下げたがり病」が流行っています。これは自分の考えだけが正しいとし、それを患者さんに押しつける医師です。血圧は下げたほうがいい。HbA1cは下げたほうがいい。コレステロールも下げたほうがいいなどの考えを押しつける医師です。

がんの治療には手術をするのが当たり前で、抗がん剤を使用するのも、放射線治療をおこなうのも当たり前ととらえており、それを強要する医師です。

「がんを放置するなどとんでもない。そんな奴は来るな」という医師の言葉に傷つき、泣きながら私の外来に来た患者さんが何人もいます。医師の考えの押し付けにあってがんの手術をしたばかりに、抗がん剤による薬物治療を受けようとしたばかりに、苦しんで苦しんで、しかもあっという間に亡くなった人を沢山診てきました。

そのたびに思います。本当に医師が悪いと……。

血圧も同じです。本当に医師が悪いのです。「下げたがり病」の医師が一番悪いのです。』

良い医師

良い医師は人間が生物の一種だときちんととらえています。

そして良い医師は考えます。その医療行為は人間という生物にとって正しいのだろうか、と。まず真っ先にこのことを考えます。そして、最終的にその治療はその患者さんにとって最適な科学的な治療なのかということをつねに考えます。

このように考えるから風邪薬も血圧の薬もみんないらないと気づき、処方しません。検査も最低限の項目で、最低限の回数でおこなうように努力します。不必要なレントゲン検査もしません。

人間という生物をよく心得ていますから、人間という生物の加齢現象のこともきちんとわかっています。不可逆的な変化を起こしている高齢者に若者と同じような薬は投与しませんし、検査もしません。

このように高齢者には高齢者に合った治療があることを十分にわかっているのが良い医師の条件でしょう。患者さんの気持ちも大切にしますが、患者さんにとって悪いことはきちんと説明して、納得してくれるように努力します。

心と身体の関係を熟知した医療をおこなっています。薬を出す前に心が疾病に関与していないかどうかや、運動、食事といったほかの生活の改善ができないかを優先します。

薬による治療は最後の手段と考え、儲かるからとか、ほかの医師もおこなっているからといったことを基準にしません。

そして、落ち込んでいる患者さんを励まします。顔色が少々青くても「グリーンピースは青いほうがいいよ」と言い、足がむくんでいるなら「大根だってみずみずしくていいよ」と励まします。けっしてマイナスの言葉を患者さんに向けることはありません。プラス思考で明るく朗らかに接します。

患者さんに何かを尋ねられたら、ていねいに説明します。けっして怒鳴ったり、不愉快な顔をしたりしません。もちろん医学知識も豊富です。手術も手技も驚くほど上手です。』

ご参考1加齢による頻尿

最近、夜間頻尿が気になり病院に行こうかなと思っていました。必ずしも加齢が原因とは言い切れないので、一度は血液検査や尿検査をすべきですが、検査の結果、加齢が原因となった場合、どんな薬を飲むことになるのか調べてみました。

すると夜間頻尿の一般的な薬は”抗コリン剤”や”β3作動薬”と呼ばれているもので、アセチルコリンやノルアドレナリンといった神経伝達物質を通じて、自律神経系に働きかけるタイプの薬でした。「夜間頻尿のためにこれはやりすぎなんじゃない?なんか飲みたくないなぁ」というのが第一印象でした。「やっぱり漢方の方がいいのでは」と思い、漢方内科も持たれている個人病院を見つけました。

一方、今回の松本先生の本では、第3章の中の“さまざまな疾患の薬による弊害”の一つに“泌尿器系”について書かれているページがありました。

下記はその中の一部です。

『なぜ夜間の頻尿が加齢現象なのかを説明しましょう。あなたが子供だった頃を思い出していただくといいかもしれません。子供の頃は、夜に疲れてバタンキューと寝たら、12時間でも尿意を感じないまま眠り続けていられましたよね。これは、夜中に尿が作られないように、そのためのホルモンが分泌されていたからなのです。

ところが高齢になると夜間の頻尿を抑えるホルモンが出なくなります。そのため夜に何回もトイレに起きるのです。

繰り返し何度でも申し上げます。加齢による身体の変化は現代の医療ではどうしようもないのです。年をとることには誰も勝てないのです。白髪を若かった頃と同じように黒く戻せないのと同じです。ここのところをしっかり頭に入れてください。』

これを読んで思いました。加齢による夜間頻尿の問題は起きることではなく、起きた後になかなか寝付かれないことではないか。そうだとすれば、自分の場合は問題ないなという結論です。やるとすれば、まずは筋トレなどの運動だろうと思います。

松本先生の「加齢による身体の変化は現代の医療ではどうしようもないのです。年をとることには誰も勝てないのです」というご指摘はとても重要だと思いましたそして、「病か加齢か」、後者だとすれば、薬に頼ることは最後の手段と心得、運動、睡眠、食事を見直すということから考えるべきだと思いました。

Only One Massage

RA系阻害薬は腎保護に効果的な降圧薬ですが、CKD患者さんでは服用による腎機能の悪化を招くおそれがあり注意が必要。

麻布竹谷町と三田小山町

三田小山町(現・三田一丁目)で生まれた母親は2歳になる前に引っ越し、小学校教諭になる前の約20年を麻布竹谷町(現・南麻布一丁目)で暮らしました。仙台坂を下って麻布十番によく行っていたということを、懐かしそうに、そしてやや自慢げに話していました。

麻布といえば各国の大使館がひしめく高級住宅街で、埼玉一筋の私からは縁遠い高嶺の花です。以前から「なんで? いつから麻布?」という疑問を持っていたのですが、今回、母方の戸籍を調べてみることにしました。

一方、麻布を詳しく知るために購入した本が『麻布十番 街角物語』です。著者の辻堂真理[マサトシ]先生は、ご自分を「昭和四十年代に幼少期を過ごした十番小僧」と呼んでいます。この本の“第六章 消えた風景の記憶”の中に、“麻布竹谷町の今昔”と題するパートがあるのですが、麻布竹谷町に加え、三田小山町についても紹介されていたのには驚きました。

ブログの題名を「麻布竹谷町と三田小山町」としたのは、『変わらない磁場のようなものを二つの町からは強く感じるのです。』という、辻堂先生のお話が印象に残ったためです。 

麻布十番街角物語
麻布十番街角物語

著者:辻堂真理

発行:2019年8月

出版:言視社

竹谷町にも小山町にも、私が十番小僧だった昭和四十年代にこれらの町が照射していた「オーラ」のようなものが、いまも残っているからではないか、とも考えるのです。

バブル期を境に麻布十番という街が変容してしまったことはすでに述べましたが、そのなかで竹谷町と小山町の西地区は大規模な再開発計画から逃れた稀有なエリアということができます。もちろん個々の建物は新しくなり、マンションの数が増えたことも確かだけれども、それでも変わらない磁場のようなものを二つの町からは強く感じるのです。

辻堂先生の『麻布十番 街角物語』に関しては、“麻布の歴史”、“麻布十番”、“麻布竹谷町”、“高見順”、“東町小学校”という5つの題名に分類させて頂きました。その後に、私事になりますが調べて分かったことを追記しました。

麻布の歴史

●江戸市街の整備は天正十八年(1590年)に徳川家康が江戸に入府してから。寛永十二年(1635年)には参勤交代が制度化され、諸藩の屋敷が江戸市中に林立した。この頃から麻布の台地にも武家屋敷が建ちはじめた。

明暦三年(1657年)一月十八日に、死者数万人におよぶ「明暦の大火が発生。この大火がきっかけとなり、幕府は江戸市街に密集していた武家地や寺社地を郊外に移す施策を打ち出した。このような経緯により、それまで田畑と原野だった麻布の台地に武家屋敷の建設ラッシュが始まった。麻布十番は江戸城まで5~6km、徒歩で1時間程度であり、徳川に仕える武家たちにとって好適地だった。

延宝年間(1673~1681年)には、善福寺門前の雑式集落より東のエリアも武家屋敷となり人口は増えていった。

●麻布エリアが正式に江戸市中に組み入れられたのは、正徳三年(1713年)にまず百姓屋敷が、次いで延享二年(1745年)には善福寺門前の町屋がそれぞれ町奉行の支配下となり、江戸八百八町の仲間入りを果たした。

東都麻布山善福寺境内之図
東都麻布山善福寺境内之図

画像出展:「江戸の外国公使館」

渓斎英泉(江戸時代後期に活躍した浮世絵師)の版画です。時代は文政-天保年間(1818-1844)となっています。

 

幕末の善福寺
幕末の善福寺

画像出展:「江戸の外国公使館」

幕末の善福寺です。

 

文政十年(1827年)の資料を見ると、麻布エリアは59人の旗本とその関係者が居住しており、芝や愛宕に次ぐ武家屋敷町であった。

「分間江戸大地図」文政11年(1828年)
「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

画像出展:「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

この古地図は文政11年ということなので、本書にある、「文政十年」の翌年ということになります水色古川です。地図を拡大して頂くと、中央やや右、古川が直角に曲がっている箇所の左側に現在の“麻布十番駅”があります。駅の下方には“善福寺”があり“センダイ坂”を挟んで“松平陸奥”の大名屋敷となっています。この松平陸奥と書かれた場所がおおむね麻布竹谷町になります。

 

●日米修好通商条約が締結された安政五年(1858年)の翌年、日本初のアメリカ公使館が麻布山善福寺に置かれた。そして初代アメリカ公使のタウンゼント・ハリスや通訳のヒュースケンをはじめ、二十人ほどのアメリカ人が滞留することとなった。 

ハリス(左)とヒュースケン(右)
ハリス(左)とヒュースケン(右)

画像出展:「江戸の外国公使館」

左がハリス、右がヒュースケンです。

 

ガウン姿のハリス
ガウン姿のハリス

画像出展:「江戸の外国公使館」

左下の番号が“75”なので、この写真は“ガウン姿のハリス”になります。

 

幕府からの書簡
幕府からの書簡

画像出展:「江戸の外国公使館」

上が”善福寺をアメリカ公使の旅館に指定する書簡”、下は”アメリカ使節の上陸を伝える書簡”です。

 

文久2年(1862年)の古地図(麻布)
文久2年(1862年)の古地図(麻布)

画像出展:「御府内場末往還其外沿革図書」

こちらは文久2年(1862年)の古地図です。1858年の“日米修好通商条約”締結の4年後になります。緑色(土手・百姓地)に囲まれた水色古川です。また、オレンジ色“宮・寺”で中央の大きなエリアが“善福寺”です。白色は“武家地”ですが非常に多いことが分かります。

 

 

明治維新を迎え、武家中心の町であった麻布十番の商店街は一時の賑わいを失った。

その後、栄えるきっかけとなったのは明治六年(1873年)、麻布十番からほど近い芝赤羽の旧久留米藩有馬家の上屋敷跡(現在の国際医療福祉大学三田病院、済生会中央病院、三田国際ビル、都立三田高校、港区立赤羽小学校などを含む二万五千坪に及ぶ広大な場所)に、工部省の赤羽製作所(官営の機械製作工場、後の海軍造兵廠)が開設されたことである。 

有馬玄蕃の上屋敷(文政11年)
有馬玄蕃の上屋敷(文政11年)

画像出展:「分間江戸大地図」文政11年(1828年)

こちらは最初の古地図(文政11年)のほぼ中央部分を拡大したものです。現赤羽橋駅の古川に沿って大きなエリアを占めているのが“有馬玄蕃”の上屋敷です。そして、有馬家の上屋敷の左側に隣接するのが三田小山町になります。

 

 

 

有馬様の屋敷(左)
有馬様の屋敷(左)

画像出展:「江戸の外国公使館」

写真の左側が有馬家の上屋敷の塀とのことです。方角が不明確ですが、上図(文政11年)から考えると、左が有馬家なので右は松平家(松平隠岐)の上屋敷ではないかと思います。

 

 

 

 

有馬様の屋敷(左)
有馬様の屋敷(左)

画像出展:「市原正秀[明治東京全図]」

こちらは明治9年(1876年)の地図です。上部に古川が書かれています(左から小さく“中ノ橋”、“赤羽橋”とあるのでこれが川だということが分かります)。これを見ると、有馬家の上屋敷の跡地に工部省の赤羽製作所(この地図には“製作寮”となっています)があったことが確認できます。

 

 

 

 

 

その後、明治八年(1875年)には、赤羽製作所の西側に三田製糸所が開業。明治十二年には三田製作所(芝五丁目)、明治二十年に東京製綱株式会社(南麻布三丁目)、明治三十二年に日本電気(芝五丁目)といった大企業が次々に設立された。さらに、日露戦争[1904-1905]後には古川沿いにも工場が林立し、十番街商店街は工場労働者の日用品や食料品の供給基地として、再び活況を呈するようになった。

古川と中ノ橋付近
古川と中ノ橋付近

画像出展:「江戸の外国公使館」

“古川と中ノ橋付近”となっているので、場所は三田ではなく麻布十番寄りです。また、ベアト撮影と書かれており時代は幕末だと思います。 

 

●麻布の台地部では、明治二十年代の後半あたりから武家地の区画整理が急速に進んだ。特に西町(現在の元麻布二丁目)あたりを中心に、政治家や実業家の大きな邸宅が建ち並ぶようになり、明治の後期には皇族や華族、政府の高級官吏などが住む都内屈指の高級住宅街となった。

古川沿いの低地に開けた繁華な商店街と、台地上から商店街を眺める高級住宅街―麻布十番の特徴的なコントラストは、明治期から大正期を通じて完成され、そのまま昭和という激動の時代へと突き進んだ。

麻布十番

●昭和はじめ頃の麻布十番の名物は「露店」だった。稲垣利吉先生の「十番わがふるさと」には次のように紹介されている。

『「当時の十番は今の一丁目から三丁目にかけて二百余軒の店舗が並び、夜ともなると露店が五十軒位出店した。露店といっても毎晩同じ人が同じ場所に店を出す人が多く、今の追分食堂(麻布十番二-五あたり)前や吉野湯(麻布十番一-十一あたり)の横町などには風呂帰りの人を相手の飲食店の屋台が並んだ」ということです。』 

麻布十番大通り
麻布十番大通り

画像出展:「増補 写された港区 三」

昭和8年に撮影された、“十番大通り”です。 

 

また、幼少期から二十年間を麻布竹谷町(現・南麻布一丁目1~4、9~26、27番の一部、三丁目3番)で暮らした高見順先生も、短編小説の「山の手の子」の中で露店について次のようにふれている。

『「夜店も私には楽しいものだった。アセチレンのにおいがなつかしく思い出される。縁日の夜店へは、私は子供の頃、母に連れられてよく行った。(中略)麻布十番通りの夜店―そこへ行くのに母は、おまいりに行きましょうと言うのが常だったが、ほんとは気晴らしに出かけたのにちがいない。安い、小さな鉢植えの植物を買うのが、母の、そして私の楽しみだった」と記しています。』 

●麻布十番という名称が正式に地名となったのは昭和三十七年(1962年)のことで、それまでは麻布宮下町、麻布網代町、麻布坂下町、麻布山元町などに細分化されていた。 

麻布十番の夜店
麻布十番の夜店

画像出展:「増補 写された港区 三」

こちらは昭和12年に撮影された、“麻布十番の夜店”です。

 

麻布竹谷町

竹谷町は麻布村の一部で、明暦年間(1655~1658年)に仙台藩伊達氏の下屋敷となった。

●麻布十番から仙台坂を上り、麻布山入口信号の先を左折して150メートルほど行くと、左側に港区シルバー人材センターのビル(南麻布1-5-26)がある。この辺りが旧麻布竹谷町になるが、江戸中期までは伊達家下屋敷の敷地内の一部で、享保八年(1723年)以降は禄の低い旗本のお屋敷地だったようである。

●明治五年(1872年)に武家地を合併して麻布竹谷町になった。仙台坂は町の北辺の長い坂である。仙台坂の由来は坂の南に仙台藩の広大な下屋敷があったためである。

●仙台坂は二之橋の交差点を起点に西の方向(西麻布方向)へ、およそ500メートルつづく急勾配の長い坂。坂上の台地(元麻布)と坂下の低地(麻布十番)を結ぶ主要路であり、麻布十番と南麻布を分ける境界線にもなっている。 

仙台坂(文久二年)
仙台坂(文久二年)

画像出展:「御府内場末往還其外沿革図書」

こちらは先にご紹介した文久2年(1862年)の古地図の中央付近を拡大したものです。オレンジ色“宮・寺”、白色は“武家地”、灰色“町屋”緑色“土手・百姓地”、クリーム色“道”です。ほぼ中央の道が“仙台坂”です。

 

 

仙台坂(令和三年)
仙台坂(令和三年)

地下鉄日比谷線 広尾駅で降りて、有栖川公園を越え少し歩いていると”仙台坂”の交差点にきます。右前方が”旧 松平陸奥守下屋敷坂(上図)”です。

また、この仙台坂を下った左側に善福寺があり、その前方左側が”麻布十番”になります。

●昭和二十年(1945年)五月、夷弾の爆撃により一面焼け野原と化し、それまであった家並みは激変したが、町の地勢はそれほど変わらない。 

焼野原の麻布十番
焼野原の麻布十番

画像出展:「麻布十番 街角物語」

焼け野原の麻布十番。

 

 

本書の著者である辻堂先生は、昔の竹谷町を見つけました。

『土地の高低差を手がかりに崖を目指して西の方向へ進んでいくと、いやはやマンションが目の前に立ちはだかって、崖下の風景は見る影もありません。昭和四十年代までは高層建築は珍しく、ほとんどが平屋か二階建ての家屋ばかりだったので、屋根越しに崖肌を見ることができたのに……と、さらに歩を進めてみると、見えました!マンションのほんのわずかな隙間から、五十年前と変わらぬ姿で崖肌がのぞいていたのです。』

竹谷町の崖肌
竹谷町の崖肌

画像出展:「麻布十番 街角物語」

かなり高い崖肌です。

 

 

この崖上の台地が仙台藩の下屋敷があったところで、後に明治期に総理大臣を二度も務めた松方正義の三男・正作の屋敷となり、この敷地内の一部に先述した仙華園がありました。 

東京市麻布区図 大正13年(1924年)
東京市麻布区図 大正13年(1924年)

画像出展:「東京市麻布区図」

仙台坂沿いの左側の武家地(白色)に“松方邸”が出ています。なお、これは大正13年(1924年)の地図です。

 

 

高見順

●高見順先生は明治四十年(1907年)、福井県で生まれた。上京したのは一歳九ヵ月、飯倉三丁目あたりに落ちくつくも、ほどなくして竹谷町五番地に引越し。結婚され大田区大森に新居を移す昭和五年(1930年)までの二十二年間を竹谷町とその周辺で暮らした。 

●高見先生は大正二年(1912年)、今の麻布区立本村小学校に入学するが、竹谷町のすぐ隣の東町に開校した「東町小学校」に転向した(著者の辻堂先生も東町小学校出身とのことです)。

なお、辻堂先生が特に高見先生に興味をもったのは、二十代の頃にたまたま読んだ「わが胸の底のここには」の中に、大正から昭和にかけての竹谷町の風景を見つけたからとのことです。

竹谷町五番地と東町小学校 大正13年(1924年)
竹谷町五番地と東町小学校 大正13年(1924年)

画像出展:「東京市麻布区図」

緑色のサインペンでマークした部分が“竹谷町五番地”です。また、右端に破線で大きく囲った部分は“東町小学校”になります。

 

 

●高見先生は母上から人一倍厳格に育てられた。そして先生もそうした母上の訓育に応えるように、勉学に勤しみ、一校(現・都立日比谷高校)、帝大(現・東京大学)というエリートコースを進み、やがて昭和を代表する小説家・詩人となった。

●高見先生は昭和二十年(1945年)の空襲の一ヶ月ほど前に竹谷町を訪れている。

『竹谷町に出た。私の通った東町小学校は昔のままだった。前の赤煉瓦の邸宅も昔のままだ。懐かしい。学校に沿った横道に入った。突き当りの岡本さんは、私のうちでいろいろ世話になったところで、ここまで来たのだから挨拶して行こうと思ったら、―家がつぶれている。強制疎開だ。ごく最近、取りこわしたらしい様子だ。(「高見順日記」昭和二十年四月二十二日)』

東町小学校

●東町小学校は大正二年(1913年)に開校した。関東大震災による倒壊は免れたものの、昭和二十年(1945年)の空襲で全焼した。一旦は廃校になったが、昭和三十年(1955年)に再開した。

●東町小学校が高見文庫を設立したのは、高見先生が病気で亡くなった昭和四十年(1965年)十一月二十二日。「高見順日記」、「昭和文学盛衰記」や、高見家から寄贈された数百冊の著書が展示されている。

●展示されているのは約40冊と、高見先生の小学生時代の写真や新宿伊勢丹で開催された高見順展のパンフレット、「われは草なり」が掲載された国語の教科書なども陳列されている。 

高見文庫
高見文庫

画像出展:「麻布十番 街角物語」

 

 

私事の件

1.「なんで? いつから麻布?」という疑問 


答えは、高祖母の旧姓吉田ミヨ(天保14年[1843年]生まれ)の父である吉田宗衛門(母の高祖父)が、東京府麻布区坂下町(現・麻布十番二丁目・三丁目)に住んでいたというのがルーツでした。

戸籍から調べるのはこれが限界でした。この先はどのような方法があるのだろう思い、図書館から借りてきた本、『自分でつくれる200年家系図』をみると、いくつか手掛かりが出ていましたので一部をご紹介させて頂きます。 

自分でつくれる200年家系図
自分でつくれる200年家系図

さまざまな手法:血縁よりも家としてのルーツ探し

まずは郷土誌を読む

総本家や親戚に行く(現地を訪ね、祖先の情報を得る。図書館や教育委員会にも手がかり)

古文書を調べる(先祖が庶民なら“宗門人別長”を、武家の場合は“分限帳・由緒”も)

菩提寺を訪ねる(“過去帳”や“墓誌”を見せてもらう。お寺と疎遠な場合は本家を通じて)

名字を調べる(地名・地形・役職などに由来。ルーツ探しの手がかりになることもある)

家紋を調べる(二万種もあるといわれる家紋。同族が必ずしも同じ紋ではない)

 

自分でつくれる200年家系図
自分でつくれる200年家系図

画像出展:「自分でつくれる200年家系図」

国会図書館が役に立つようです。

 

 

2.竹谷町五番地と竹谷町弐番地

母親の百歳を記念して”【祝】百歳”というブログをアップしているですが、東京大空襲直後の上野駅と電車の様子を知りたいと思い、探し当てたのが高見順先生の『高見順日記 第三巻』でした。 

発行:1964年

出版:勁草書房

たまたま見つけた高見先生の本でしたが、その高見先生が竹谷町に住んでいたことに大変驚きました。

 

高見先生は明治四十年(1907年)、福井県で生まれ昭和五年(1930年)までの約22年間を“麻布竹谷町五番地”で暮らしました。なお、「高見順」のペンネームで小説を書き始めたのは、東京帝国大学英文学科在学中とのことです。

高見順という時代―没後50年―/川端康成と高見順

高見順先生の足跡が詳細に解説されています。

一方、11歳年下になる母も約20年、同じく麻布竹谷町に住んでいたので、もしかしたら小学生時代に高見先生とすれ違っていたかもしれません。

なお、戸籍によると”東京市麻布區竹谷町弐(2)番地”は”東京市港區麻布竹谷町壱(1)番地拾五(15)号”に変わっていました。

新旧2つの戸籍、いずれの戸籍にも当てはまるエリアは右の地図の赤くマークした箇所です。

なお、この地図は昭和8年(1933年)のもので、下記の地図(大正13年)の9年後に作られた新しい地図です。


竹谷町五番地(緑)と絞り込んだ竹谷町弐番地(赤)
竹谷町五番地(緑)と絞り込んだ竹谷町弐番地(赤)

画像出展:「東京市麻布区図」

大正13年(1924年)の地図です。緑色でマークした部分が“麻布區竹谷町五番地”で、赤色は母親の自宅があったと考えられる箇所です。

 

南麻布一丁目の一部
南麻布一丁目の一部

画像出展:「マピオン」

現在の同地域の地図です。中央やや上方の”竹の湯”は創業大正二年です。

大正二年創業 竹の湯
大正二年創業 竹の湯

竹の湯からみる麻布區竹谷町弐番地方面の様子です。

辻堂先生が特に高見先生に興味をもったのは、二十代の頃にたまたま読んだ「わが胸の底のここには」とのお話でしたが、私も気になってこの本を買ってしまいました。

わが胸の底のここには
わが胸の底のここには

発行:1958年6月

出版:三笠書房

 

 

ご参考

麻布竹谷町と三田小山町について、とても変参考になったサイトがありましたのでご紹介させて頂きます。

1.江戸町巡り

麻布”に関する情報もあります。

2.Blog - Deep Azabu

ここまであまりご紹介してこなかった“三田小山町”に関して、とても詳しく書かれています。なお、こちらのサイトは『東京都港区麻布周辺の情報、昔話などをお届けします。』とのことです。

痛みの探偵

今回は須田先生の著書である『痛み探偵の事件簿』から、ハイドロリリース(エコーガイド下ファシアハイドロリリース)の有効性を、リアルな医療現場のお話を通して学ぶことができました。特にファシアにご関心のある鍼灸師の先生には大変興味深い本だと思います。

漢方薬については、お医者さんの中にも理解が広がっていると思いますが、残念ながら、鍼灸に関してはまだまだ「胡散臭いもの」という印象ではないかと思います。その意味では、鍼灸を理解いただくためにも“共通言語”は必要であり、そして“ファシア”は多職種連携を進めるための”共通言語”になりえる極めて重要なキーワードだと思います。

ファシアは内臓を含めた全身に広がる膜の組織なので、筋骨格系(整形外科)だけでなく内臓系(内科)の疾病の改善にも関係すると考えています。

※ファシアについては、ブログ:”経絡≒ファシア1”、”経絡≒ファシア12(まとめ)”および”ファシアの基礎”をご参照ください。 

痛み探偵の事件簿
痛み探偵の事件簿

著者:須田万勢

監修:小林 只

発行:2021年10月

出版:日本医事新報社

『高齢化により地域に溢れる疼痛患者を、内科医や総合診療も、もちろん鍼灸師らも、西洋医学も東洋医学も総動員して、多職種が「誠実に」連携しながら、支えていくことが今の時代には求められています。そのためにも、言葉の定義や使い方に非常に慎重になっています。専門領域、多職種間で扱っている言葉の意味がすれ違っていることこそが、「無用の亀裂」を生んでいる現在、ファシアに関する言葉を共通言語とし、「学術的な納得」を基盤に、安全・簡単・低コストで実行できる治療体系を体現することが「政治的な納得」にもつながると信じています。

目次 (ページ順に変更させて頂いているため、“コラム”がバラバラになっています)

序章「痛み探偵の誕生」

第1回  頸部痛の研究

第2回  膝痛の証明

コラム① エコーガイド下ファシアハイドロリリースの手順

第3回  膝痛の証明パート2

コラム② エコーでの異常なファシアの見分け方

第4回  まだらの腰痛

第5回  第二の瘢痕

第6回  消えた炎症

コラム③ 炎症性疾患の後に、どうして非炎症性の痛みが出るのだろう?

第7回  腱のねじれた男

コラム④ 「ファシア=筋膜」という概念を捨てよう!

第8回  這う女

コラム⑤ X線時代とエコー時代

第9回  悪魔の足

コラム⑥ ワクチン筋注後に生じたFPS!?

第10回 犯人は2人

コラム⑦ 治療方法から考える痛みの分類

第11回 白銀指事件

コラム⑧ 上肢の末梢神経に対する神経テンションテスト

第12回 Dr.写六最後の事件(前編)

第13回 Dr.写六最後の事件(後編)  

 論考「経絡、経穴はファシアで説明できるのか?」

 論考「臨床医の仕事とは?」

ブログは目次の黒字部分ですが「本流に従って」とはいえず、重箱の隅をつつくように、気になった箇所を取り上げています。ご容赦ください。

第2回 膝痛の証明

●変形性膝関節症(OA:osteoarthritis)は非炎症性疾患とされ、メカニカルストレスによる軟骨の摩耗が主病態と考えられてきたが、近年、種々のサイトカインの産生や時に滑膜増殖を伴う炎症性疾患だということが分かってきた。そして炎症を伴うものを“osteoarthritis”、炎症を伴わないものは“osteoarthrosis”と呼んで区別している。

★“osteoarthritis”と“osteoarthrosis”について分かったこと

・日本でも変形関節症には“osteoarthritis”と“osteoarthrosis”の2つがあると認識されていますが、実際は区別されていないようです。『病気がみえる vol.11 運動器・整形外科』にも欄外に以下の補足がありました。しかし、本文にはその説明はなく「変形性関節症」が一つあるのみでした。 

「病気がみえる vol.11 運動器・整形外科」より

また、調べてみるとOsteoarthritis or Osteoarthrosis: Commentary on Misuse of Termsという記事がありました。詳しい説明が載っており、Google翻訳の力を借りることで何とか理解できました。ポイントは次のようなものです。

『In short, “osteoarthritis” means inflammation of the joint, while “osteoarthrosis” means degeneration of the joint.』『要するに、「変形性関節症osteoarthritis]」は関節の炎症を意味し、「変形性関節症osteoarthrosis]」は関節の変性を意味します。』

さらに何かないかと検索していると、北海道大学のPRESS RELEASE、世界で初めて! 軟骨細胞が関節の炎症を誘導することを発見を見つけました。これを拝見しても、変形性膝関節症はメカニカルストレスによる軟骨の摩耗(非炎症性疾患/osteoarthrosis)だけでなく、滑膜細胞、さらには軟骨細胞にも関係する炎症性の疾患(osteoarthritis)であり、本来、変形性膝関節症(膝OA)は非炎症性と炎症性の2つに分けることが望ましい、ということだと思います。

右をクリック頂くと、PDF4枚の資料がダウンロードされます。

『自己免疫疾患である関節リウマチ(RA)や炎症性疾患である変形性関節症(OA)病態に大きく関わる関節組織の細胞は滑膜細胞であるとこれまで考えられ、広く研究されてきました。その結果,治療法も進歩してきましたが難治例は未だに存在し,完治が困難な疾患です。

~中略~

本研究では、RA、OAの軟骨細胞において炎症アンプが活性化していることを見出し、さらに炎症アンプ関連遺伝子の一つとして同定されたTMEM147(Transmembrane protein147)が軟骨細胞に発現して、炎症アンプの主要な経路の一つであるNF-κB経路を正に制御していることを初めて明らかにしました。加えて抗TMEM147抗体が、関節炎モデルに対して治療効果を持つ可能性を示すことに成功しました。

このことは、RA、OA治療に対して新たな方向性を示すものであり、治療に難渋するRA、OAの突破口となる可能性があります。』 

関節炎における炎症アンプ
関節炎における炎症アンプ

画像出展:「北海道大学PRESS RELEASE、“世界で初めて! 軟骨内望が関節の炎症を誘導することを発見”」

”アンプ”とは一般的には”増幅器”と訳されます。

縫工筋が膝の痛みの原因になっている可能性がある。

縫工筋は上前腸骨棘(腰部)から起始し、鵞足となって脛骨の前内側面(膝部)に停止する人体で最長の筋線維を持つ筋である。その筋線維の走行の途中でいろいろな構造物と交差する。特に縫工筋の深層に内転筋管(Hunter管)があるが、この管は内側広筋、大内転筋および両筋の間に張る結合組織性の広筋内転筋膜によって囲まれる三角柱上のスペースで大腿動静脈と伏在神経(大腿神経の分枝)が通っている。

大腿前面の筋
大腿前面の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋は上から2番目です。

大腿前面の筋
大腿前面の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋は下から4番目です。

大腿内側面の筋
大腿内側面の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋の下には大腿神経、大腿動静脈が走行しています。

内転筋管
内転筋管

画像出展:「人体の正常構造と機能」

内転筋管(Hunter管)は内側広筋、大内転筋および両筋の間に張る結合組織性の広筋内転筋膜によって囲まれています。

大腿中央部の横断面
大腿中央部の横断面

画像出展:「人体の正常構造と機能」

縫工筋の深層、広筋内転筋膜によって囲まれる三角柱状のスペースに、大腿動静脈と伏在神経(大腿神経の分枝)が通っています。

髀関と箕門
髀関と箕門

画像出展:「経絡マップ」

縫工筋の近くには体幹の近位と筋腹中央に、”髀関[ヒカン]”と”箕門[キモン]”というツボ(経穴)があります。

髀関(胃経):上前腸骨棘と膝蓋骨底外端とを結ぶ線上で大転子の頂点の高さ。股関節と膝をわずかに外転し、大腿前内側に加えられた抵抗に抗したとき、三角形の陥凹が現れる。

箕門(脾経):膝蓋骨底内端と衝門(鼡径溝)を結ぶ線上、衝門から1/3のところ、大腿動脈拍動部。

 

なお、下の図は左がツボと動脈、右がツボと神経です。

 

 


陰包と曲泉
陰包と曲泉

画像出展:「経絡マップ」

縫工筋の膝周辺(鵞足)部位には、”陰包[インポウ]”と”曲泉[キョクセン]”というツボがあります。

陰包(脾経): 大腿部内側、薄筋と縫工筋の間、曲泉の上方、膝蓋骨底の上方4寸の高さ。股関節をやや屈曲・外転・外旋させ、筋を緊張させると縫工筋が明確になる。

曲泉(肝経): 膝内側、半腱・半膜様筋腱内側の陥凹部。膝窩横紋の内側端。

 

 

鵞足を構成する3つの筋の停止構造
鵞足を構成する3つの筋の停止構造

画像出展:「機能解剖学的初診技術 下肢・体幹」

縫工筋は鵞足の中では膝蓋骨に最も近く、筋幅も最も広い筋肉です。

 

縫工筋による膝関節の安定化作用
縫工筋による膝関節の安定化作用

画像出展:「機能解剖学的初診技術 下肢・体幹」

下腿を外旋させる力が働くと、縫工筋などの鵞足を形成する筋群が拮抗するように働き膝を安定させます。

 

縫工筋・大腿筋膜張筋
縫工筋・大腿筋膜張筋

画像出展:「骨格筋の形と触察法」

縫工筋と大腿筋膜張筋は筋膜で連結しています(A)。

また、この写真をみても縫工筋の筋幅が広いことが分かります(C)。

 

縫工筋・大腿筋膜張筋
縫工筋・大腿筋膜張筋

画像出展:「骨格筋の形と触察法」

左下方に縫工筋があります。縫工筋の筋連結は大腿筋膜張筋だけですが、大腿筋膜張筋は縫工筋だけでなく、大殿筋、中殿筋、腸骨筋、外側広筋と筋膜で連結しています。

 

縫工筋と膝痛について分かったこと

①膝関節に付着する鵞足は縫工筋、薄筋、半腱様筋の3筋からなり、下腿の外旋に対して拮抗する働きによって、膝関節を安定させている。

②O脚の人は靴底の外側が薄くなる。これは外側重心を示している。また、股関節は外旋し縫工筋はオーバーユースになりやすく、機能低下が進むと機械的ストレスが強い付着部(鵞足)に炎症を起こしやすい。

③筋連結から考えると縫工筋は大腿筋膜張筋と筋膜でつながっている。さらに大腿筋膜張筋は縫工筋以外に、大殿筋、中殿筋、腸骨筋、外側広筋とも筋膜でつながっている。これを考慮すると、膝近位部だけでなく大腿筋膜張筋近傍の体幹近位部も重要である。また、縫工筋は上前腸骨棘(腰)から脛骨粗面内側(膝)につながる非常に長い筋なので筋中央部も無視できない。

以上3点からツボ(経穴)を考えると、体幹近位の“髀関”、筋中央の“箕門”、そして“曲泉⇔陰包”の膝関節内側部に注目し、触診により硬さを感じる部位に刺鍼するのが第一選択と考えます。

第4回 まだら腰痛

●脊柱起立筋に圧痛があっても、坐位での動作分析で後屈・側屈・回旋のいずれも目立った痛みがみえず、立位の動作のみで痛みが誘発される場合は、原因筋は脊柱起立筋のような腰部の筋肉ではなく大殿筋や中殿筋の関与が疑われる。

気づいたこと

腰部の筋か殿部の筋かどちらが患者さんにとって重要な原因筋かを判断する時に、坐位と立位に分けて動作分析(後屈・側屈・回旋)を行う方法はとても重要だと思います。是非、取り入れたいと思います。

腫脹・圧痛、動作分析(痛みの誘発)
腫脹・圧痛、動作分析(痛みの誘発)

画像出展:「痛み探偵の事件簿」

 

 

 

殿部の筋
殿部の筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

右の図は表層の大殿筋と、大殿筋の下にある中殿筋を取り除いた、この2筋の下層にある筋群です。中殿筋の下方に小殿筋、仙骨と大腿骨をつなぐ領域に、梨状筋、上双子筋、内閉鎖筋、下双子筋、大腿方形筋の5筋(番号付き)があります。

 

 

 

殿部の筋の起始・停止
殿部の筋の起始・停止

画像出展:「人体の正常構造と機能」

大殿筋以外の殿部の筋は全て大腿骨頭に停止しています。

 

 

 

下肢帯筋
下肢帯筋

画像出展:「人体の正常構造と機能」

大殿筋の股関節に対する働きは”伸展”ですが、中殿筋と小殿筋の働きはいずれも”外転・内旋”になっており、大殿筋とは異なります。

 

第7回 腱のねじれた男

●『「3カ月前発症の関節リウマチで、投薬により関節炎は寛解している61歳男性で、右第2指の屈曲時に痛みを伴う可動域制限があり、身体所見やエコーで明らかな炎症・弾撥指は同定できない」。』

この症例に興味をもったのは、加齢とともに手指関節の動きの悪さなどの違和感を訴える患者さまはめずらしくなく、問題の関節周辺や指の動きに関わる上腕の筋肉などに注目した施術を行っていますが、肩、腰、膝などの部位に比べ、施術方針に迷うことがあるためです。 

A1 pulleyの位置と正しい圧痛点
A1 pulleyの位置と正しい圧痛点

画像出展:「痛み探偵の事件簿」

A1 pulleyとは靭帯性腱鞘のことです。

詳しくは以下の図をご覧ください。

 

 

 

手指の関節と腱鞘の名称
手指の関節と腱鞘の名称

こちらの画像は長野県にある湯本整形外科さまのサイトより拝借しました

これを拝見すると、根元がA1でA5まであることが分かります。

気づいたこと

この写真を見て思い出しました。「大切なことは、患者さんの気になっている箇所およびその周辺を丁寧に触診する。さらに必要であれば関節を動かして動的にも観察し、徹底的に触診する」ということです。これは代々木(日本伝統医学センター)の相澤先生から教わっていた基本中の基本ですが、あらためてその重要性を再認識しました。

なお、本書の登場人物である“Dr.写六(詳細な病歴、身体診察に加え、エコーと東洋医学的診察でクールに痛みの原因を特定する、自称「痛みの私立探偵」)”は次のようにお話しています。

今まで「非典型的」な腱鞘炎だの弾撥指だのドケルバン病だのといわれていた患者が、実はファシア異常であることは多く経験するよ。ぜひエコーで動的評価を含めてくまなく調べてほしいものだ。

第9回 悪魔の足

膝痛

●患者さん

・86歳女性

・関節リウマチで5カ月前に生物学的製剤を始めて2ヵ月。炎症のコントロールはできていたが、1ヵ月前から立位時の右膝痛が再燃した。

●症状

・椅子からの立ち上がる動作が最も痛い。

・体を動かした時にズキッとして痛みがある。

・腫脹や熱感はない。

・右関節裂隙に圧痛があるが、疼痛の最強点は裂隙ではなくやや膝蓋骨寄りである。

ワンフィンガーテスト
ワンフィンガーテスト

画像出展:「痛み探偵の事件簿」

 

●問題個所

内側膝蓋大腿靭帯(MPFL)

-MPFLは1957年の膝関節の論文に“横走支帯靭帯”という記載があり、その後1990年代以降にMPFLの解明が進んだ。MPFLは膝蓋骨の外側制動に関わるとされ、膝屈曲20~90°の範囲で膝蓋骨の外側移動を制御している。

●考えられる原因

O脚のため膝関節軽度屈曲、股関節外旋位の状態で歩行することになり、膝蓋骨を制動するためにMPFLがオーバーユースになる。

●疼痛再発の原因

・関節炎が起きて関節液がたくさん溜まっているときは、膝蓋骨が大腿骨膝蓋溝から浮くので膝蓋骨に無理な力が掛かりにくいのかもしれない。今回の例では関節炎が薬により急激に軽快したことで関節液が減少し、膝蓋骨を支える靭帯、特にMPFLが張力の変化に適応できず、傷みだした可能性がある。

これは膝のいわゆる「水抜き」で良くなる人と、逆に悪化する人がいることに似ているように思う。

●診断治療

MPFLに対するハイドロリリース(エコーガイド下ファシアハイドロリリース)により、MPFLに重積したファシアをバラバラにする。筋膜ほどではないが、靭帯もファシアなのでハイドロリリースが有効である。

・腫脹や熱感はない。

・右関節裂隙に圧痛があるが、疼痛の最強点は裂隙ではなくやや膝蓋骨寄りである。

MPFL:内側膝蓋大腿靭帯
MPFL:内側膝蓋大腿靭帯

画像出展:「ScienceDirect

MPFL内側膝蓋大腿靭帯AMT:大内転筋腱、MQTFL:内側大腿四頭筋腱大腿靭帯、GTT:腓腹筋腱結節、ATT:内転筋腱結節

”Patellar dislocation is a common knee problem, 10 times more frequent in childhood and adolescence. Medial patellofemoral ligament is injured up to 94% of the time, and its reconstruction is effective in terms of stabilization of the patella.” 

”膝蓋骨脱臼は一般的な膝の問題であり、小児期および青年期に10倍頻繁に発生します。MPFL(内側膝蓋大腿靭帯)は最大94%の確率で損傷しており、その再建は膝蓋骨の安定化の観点から効果的です。” 

気づいたこと

・”膝蓋骨脱臼”と”オーバーユース”を比較することには無理があると思いますが、膝蓋骨に対するメカニカルストレスがMPFL(内側膝蓋大腿靭帯)に影響を与えることは確かだと思います。

・「第7回 腱のねじれた男」同様、よく観察すること、そしてよく触ること(触診すること)がとても重要です。

第13回 Dr.写六最後の事件(後編)

ファシアと経絡の共通点

・注射針を刺入した部分の筋肉がピクッと動く現象(局所単収縮[LTR:local twitch response])も、鍼による得気感覚(「ツボ」に当たったときにズーンと感じる響き感)も、局所の刺激に対する過敏性が共通病態として理解されている。

・病的なファシアにはサブスタンスP(痛みを誘発する物質の代表)に反応する自由神経終末が多く分布しており、経穴もまた周囲組織と比べて自由神経終末の密度が高いと報告されている。

Zhag ZJ, et al:Evid Based Complement Alternat Med. 2012; 2012: 429412

上記の論文のタイトルは、“Neural Acupuncture Unit: A New Concept for Interpreting Effects and Mechanisms of Acupuncture”(“神経鍼ユニット:鍼の効果とメカニズムを解釈するための新しい概念”[Google翻訳])です。

【神経鍼ユニット】が論文の中核といえますが、冒頭には次のような説明がされています。

”The collection of the activated neural and neuroactive components distributed in the skin, muscle, and connective tissues surrounding the inserted needle is defined as a neural acupuncture unit (NAU).”(”挿入された針を取り巻く皮膚、筋肉、および結合組織に分布する、活性化された神経および神経活性成分の集合は、神経鍼ユニット(NAU)として定義されます”[Google翻訳])

自由神経終末(左)
自由神経終末(左)

画像出展:「人体の正常構造と機能」

自由神経終末(左端)に関しては次のような説明がされています。

『自由神経終末とは感覚神経線維の末端が特別な装置を持たずに終わっているものをいい、全身の結合組織に存在する。皮膚では、真皮の神経叢から出る多くの枝が、真皮や表皮の細胞間で自由神経終末として終わる。自由神経終末は、人体にダメージを与える熱や機械的・化学的刺激を感受する侵害受容器があり、痛覚に関わる。また、あるものは温度受容器として働く。求心性線維は無髄C線維:0.2~2m/秒または、小さい径の有髄線維Aδ線維:10~30m/秒で、伝導速度は[Aβ線維、Aα線維に比べて」遅い。』

慢性痛の科学5

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

目次は”慢性痛の科学1”をご覧ください。

なお、ブログで取り上げた項目は一部です。

 

Ⅳ 記憶のメカニズム

2.海馬では日々、ニューロンが新生している

・海馬の中で最も注目されている海馬前部とは、歯状回、CA1野、CA3野、嗅内皮質、海馬支脚などを含む部位である。

・海馬前部が注目されている理由は2つある。

1)新生ニューロンが海馬前部で日々誕生しているということ。脳には幹細胞が存在していて、ニューロンの増殖、分化、成熟が起きている。

2)アルツハイマー病の初期に脳萎縮が始まるのは、海馬前部、海馬傍回、嗅内皮質などである。

海馬の位置と海馬の細胞構築
海馬の位置と海馬の細胞構築

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

3.新生ニューロンが記憶機能を担う

・新生ニューロンの生育、成熟には、生理活性物質が必要である。それらはBDNF(脳由来神経栄養因子)、FGF-2(線維芽細胞成長因子-2)、IGF(インスリン様成長因子)、VEGF(血管内皮成長因子)などだが、新生ニューロンはこれらの生理活性物質を浴びて成長し、成熟した既存の神経細胞層を探り当て、結びついて記憶機能を担っていく。特に、BDNF、FGF-2などが十分にない環境では、ニューロンの成長は衰えてしまう。つまり、海馬ニューロンの成長は、骨格筋を動かしてBDNF、FGF-2を分泌させているか否かにかかっている。

・動物を用いた研究では、ニューロンの新生と成長には、自発的な運動の他に、好奇心を満たす刺激や仲間との接触などの環境が効果的であると報告されている。

4.高齢者の脳と記憶力

高齢者の脳でも新生ニューロンは誕生している。生育・成熟できれば記憶機能を担うことができる。ただし、そのためには筋運動が必要である。

・ピッツバーグ大学、Ericksonグループの運動器活動と記憶力との関係の研究の一つは以下の通りである。

-『健常な高齢男女120人を対象に、半数(n=60、平均67.6歳)には週3回の有酸素運動(ウォーキング、最長40分)を残り半数(n=60、平均65.5歳)には、週3回のヨガ、ストレッチ、バランス運動などを1年間継続させ、海馬の体積と、血清中のBDNF量、空間記憶力を測定している。1年後に海馬体積を計測したところ、有酸素運動群では、左、右の海馬体積がそれぞれ2.12%、1.97%増加していることがわかった。

「たった2%か?」と思われたであろうか? 放っておけば、海馬体積は毎年1~2%の割合で減少し、増加することなどあり得ないと思われる年齢層である。体積が増加したことは、加齢に伴う萎縮を2年間分くらい取り戻した勘定になる。

有酸素運動群における海馬体積の変化とBDNF量、空間認知記憶の関係
有酸素運動群における海馬体積の変化とBDNF量、空間認知記憶の関係

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

有酸素運動群では、図7-10に示すように、海馬の体積増加に比例して、酸素摂取量、血清中のBDNF量、空間記憶力が、右肩上がりに増加していた。

有酸素運動群の被験者は、初週5分間の歩行からスタートし、1週ごとに5分ずつ歩行を延長して、最長40分間の歩行を最大心拍数(HR)の50~60%で行い、さらに第8週以降は、HR60~75%に近づけるようにと指示されていた。ちなみに運動生理学でHR60%とは、最大酸素摂取量の約50%に相当し、額に汗が滲んでくる程度の運動を指している。さまざまな生理活性物質が、血流に乗って各臓器に輸送されるためには、最低20~30分間の運動持続が必要で、これ以下では、運動による多臓器の統合反応が得られないことがわかっている。

他方、ヨガやストレッチの運動群の効果は、左右の海馬体積はマイナス1.40%、1.43%を示していた。血清中のBDNF量は低下し、空間記憶力も低下していた。

調査開始前には、両群被験者の海馬体積はほぼ同じで、差はなかった。実験結果は、有酸素運動の1年間継続という運動量の差が、海馬の体積増加と記憶力向上をもたらすことを示していた。ヨガ・ストレッチ群でも、週3回の筋運動を1年間続けたが、海馬体積は増加していない。ヨガ・ストレッチは効果がないという意味ではなく、筋運動量負荷が少なすぎて、海馬体積増をもたらさなかったためであろう。

この研究を改めて検証すると、有酸素運動によって体積増加があったのは海馬前部だけであって、海馬後部の体積は増加していなかった。体積を海馬前部だけに絞って比較すると、左は3.38%、右は4.33%も増加していたのである。

海馬歯状回の顆粒細胞層下帯では、新ニューロンが日々誕生している。海馬体積の増加は、ニューロン新生の促進を示唆しており、有酸素運動習慣が記憶力の向上をもたらすことを示している。』

5.認知と筋運動

筋運動が認知機能低下を防ぐことは、多くの研究によって検証され、米国では各地の医療機関による大規模疫学調査が数多く行われている。下記はその一つ、Mayo大学で行われた疫学調査である。

-『調査では、1,324人の男女(70~93歳、平均80歳、認知機能の健常な市民1,126人と、軽度認知障害(MCI、198人)を対象に、筋運動習慣の有無がMCIの発生にどの程度関係するかが調べられた。

各被験者について、人生のmid life期(50~69歳)、late life期(70~93歳)に、どの程度の筋運動習慣があったかを、各自から履歴を聞きとってMCIのodds rateを算定する手法がとられている。その結果、MCIはmid life、late lifeを通じて運動習慣がまったくない生活様式であった人に発生率が高く、mid life期に中程度の運動習慣があった場合は、MCIのodds rateが39%少なく、late life期に運動習慣があった場合は32少ないことが示された。

上記は疫学調査の常として、大雑把な傾向を捉えているに過ぎない。しかし、重要な指摘を含んでいる。認知機能を健常に保てるか、MCI段階に達してしまうのかの分かれ目は、50~60歳代の筋運動習慣にあることを示した点である。また、MCIの発症を防ぐには強度の筋運動は必要なく、運動習慣の有無が大きな影響を持つことも示している。これは示唆に富んだ調査結果といえよう。』

6.海馬萎縮の原因

海馬体積は、働き盛りの健常な成人脳ではほぼ一定であるが、高齢期に入ると毎年1~2%の割合で減少する。

・海馬、嗅内皮質の萎縮が大きい場合は、MCIに移行する危険性が高いと考えられている。

・海馬細胞は微小脳循環の不良や低酸素によっても傷つきやすい。

海馬萎縮を招く要因は、頭部外傷、高血圧、睡眠時無呼吸症候群、PTSD、うつ病などである。また、慢性炎症を基盤とする疾患(糖尿病、肥満、アテローム性動脈硬化症、パーキンソン病など)によっても海馬体積は減少する。

7.記憶には反復と睡眠

・海馬のニューロンシナプスでは、反復刺激されると長期増強(LTP)現象が起きて、シナプス統合が強化され可塑性が増大する。興奮性が増大して信号の伝達効率が高くなり、タンパク質の生成反応に裏付けられて、長期に記憶痕跡が形成される。そして何かのきっかけがあった瞬間、強化シナプスが活性化して想起させる。

・睡眠中には様々な記憶情報が再現され、整理され、重要と思われる情報から優先的に転送されると考えられている。

・脳の代謝老廃物AβやTauは睡眠中に排出されることが分かっているが、睡眠と記憶の関係はまだまだ未解明な部分が多く、今後多くのことが明らかになっていくだろう。

Ⅴ 高齢者とサルコペニア

1.サルコペニア―死のリスク

サルコペニアとは、高齢者の骨格筋量の減少と筋力低下の病態のことである。

サルコペニアは若者の廃用性筋萎縮とは異なり、骨格筋の萎縮が不可逆的に進行する。

サルコペニア発症の原因は、加齢に伴う衰弱、全身の慢性炎症、インスリン抵抗性、内分泌系の機能低下、低栄養などである。

・サルコペニア発症の具体的なきっかけとしては、大腿骨近位部骨折や腰椎圧迫骨折などによるベッドでの安静、腹部がん手術や独居高齢者にみられる低栄養、うつ状態や認知症による引きこもりなどである。

2.サルコペニアの診断

・欧州サルコペニアワーキンググループ(EWGSOP)では、歩行速度、筋量、握力をサルコペニアの診断指標としている。

①65歳以上の高齢者で、寝たきりであり、独りで椅子から立ち上がれない。

②歩行速度が0.8m/秒以下である。

③握力が一定しない。

④二重エネルギーX線吸収法(DXA)で測定した筋量が基準値に達しないこと。

日本人のサルコペニア評価については、全身のDXA測定値から割り出した骨格筋指数や、日常生活の動作(立ち上がり、歩行、昇段)に要する筋力値などの参考値がある。

・米国では筋運動と予防、回復に関する大規模調査が行われている。

-『70~89歳の衰弱した被験者が調査対象になり、400mくらいならどうやら15分以内に歩ける、という歩行能力の限界を基準にして調査が行われた。対象者に対し、週に150分間の歩行やバランス運動を2.6年にわたって実施した結果、自力では動けない自立障害者の発生率が、運動群(818人)では、30.1%で、運動しなかった対照群(817人)より5%低かったと報告されている。

この調査で被験者を選定した基準が、「400mを15分以内で歩けること」であったこと自体、ため息が出る数値であるが、わずか1~2週間の筋運動不足で驚くほど歩行困難に陥るのが高齢者である。この研究では、筋運動実施とその効果を調べるために、多数の医師や研究者が州をまたいで動員されている。しかしリハビリテーションの介入は、筋萎縮がそれほど進行していない初期段階にこそ望ましいと、限界を示す結果となった。筋の衰弱が進行してからの回復は、これほど困難なのである。』

・米ソルトレーク大学では60~75歳の健常な被験者を対象に、ベッド安静による下肢の筋量と筋強度の低下を、若年被験者(18~35歳)と比較する実験を行っている。

-『高齢の被験者群では、5日間のベッド安静継続だけで筋量と筋強度が低下し、リハビリテーション(筋運動強化と栄養付加)を施しても、筋の回復度は小さく、実験前のレベルに復するのに日数を要した。日常生活を送るのに支障ない生活自立者であっても、60~75歳での5日間ベッド安静では、筋タンパク質分解の他に慢性炎症も加わっている。

3.サルコペニアの機序

サルコペニアの機序は、「廃用性筋萎縮の機序」に「テロメアの短縮を伴う老化の機序」が重なって起こると考えられている。

-骨格筋の筋タンパク質生成に関与するのは、筋運動時に発現する共活性因子である。代表的な転写調節因子は、PPAR-γと、その共活性因子PGC1-αである。PGC1-αは骨格筋が収縮すると発現する。そして筋線維遺伝子の転写・翻訳が進行すると、筋線維タンパク質が生成され、筋線維の数が増加し筋量が大となる。

-筋を非動化し、筋紡錘を機能させない状態にすると、脊髄の運動ニューロンの活動が低下し、筋収縮は起きずPGC1-αは発現しない。従って、筋タンパク質の分解量が大となり、筋量や筋力が低下する廃用性筋萎縮が起きる。

テロメアの長さは老化を反映する指標であるが、慢性炎症がある場合も短縮するので、若い人でも短くなることがある。テロメア機能が低下すると、p53(転写活性制御因子:遺伝子の発現調節、細胞周期停止、アポトーシス制御、抗腫瘍活性、DNA修復、血管新生抑制、細胞増殖の制御、ゲノムの安定化、宿主免疫制御など、重要かつ多彩な生理機能を誘導する)が働いて、筋細胞の増殖とDNA複製を停止させる。停止によってDNAが修復されれば細胞周期は回復するが、修復できなければアポトーシスが起きる。

-サルコペニアの機序には、遺伝子多型などの要因、サテライト幹細胞、低栄養も大きく関与しているが、下記の図では複雑になるので省略されている。

サルコペニアの作業仮説
サルコペニアの作業仮説

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

サルコペニアは廃用性筋萎縮の機序aと、老化の機序bが重複して生じる。

a:骨格筋はミトコンドリアを多く含むがゆえに活性酸素種(ROS)の害を受けやすく、PGC1-α発現がないとROS害を抑制できない。傷ついた筋細胞に対し、マクロファージがインフラマソームを形成し、炎症性サイトカインを放出する慢性炎症が拡大する。筋量と筋力が激減し筋収縮エネルギーが低下する。筋萎縮遺伝子によっても、筋タンパク質分解が進行する。

b:aで生じた慢性炎症がテロメアを傷つけ短縮させる。テロメア機能が低下すると、p53が働き、筋細胞にアポトーシスが誘導される。P53が働くときはPGC1-αは発現が抑えられるので、筋細胞は回復できず、老化が加速されていく。 

・以上のように、廃用性筋萎縮の機序と老化の機序の2つにより、サルコペニアに至ると考えられている。慢性炎症が老化を早めることは臨床上も報告され、高齢者では慢性疾患が1つあるだけで、多臓器の老化やサルコペニアが加速される。

・『サルコペニアの治療法には運動療法、抗炎症薬、栄養強化の試みなどがある。幹細胞を用いた筋組織再生の研究も始められているが、臨床応用が軌道に乗るにはかなりの年月が予想されている。高齢者は膝や腰に少し痛みがあるだけで、歩行を極力避ける日常になる。わずかの期間の筋活動の不足で、驚くほどの歩行困難に陥ることを考えると、高齢者向け筋力トレーニングが十分に理解され、栄養面を含めた早期からの予防策が、社会に普及することを願わずにはいられない。』

終章

2.快・不快情動に焦点を当てる―今後の医療の根幹

痛みが難治性疼痛に転化してしまうか、回復して静穏な日常に復するか、最初の分かれ道はごく小さいところにある。

-「この痛みは辛い、しかしきっとよくなる」、「乗り越えられる」と捉えるか、「自分は絶対に助からない」、「手術療法も薬物療法も、もっと悪い結果を生むに違いない」と捉えるかは、一瞬の小さな違いのように思える。しかし、負情動と快情動の回路網のバランスはここで崩れ、それが長期に続けば、やがて脳の機能と構造に変化が起きてくるのである。

プラシーボ鎮痛は「鎮痛効果があるに違いない!」と期待することだが、期待した瞬間、皮質下にある諸神経核が一斉に活動を始める。中脳の腹側被蓋野からはドパミンが、前帯状皮質や辺縁系の神経核からはオピオイドが分泌され、脳幹では下行性疼痛抑制系の神経核が活性化している。これら皮質下の神経核の働きは無意識下で起きている。

たとえわずかであっても、心に期待や希望を抱くとき、中脳辺縁ドパミン系(mesolimbic dopamine system)は刺激され、根源的な生に向けて本能行動が活発化する。情動脳も、生存脳も、活発に動き出す。快情動→意欲→行動→期待のサイクルが循環すると、生命活動や創造意欲は盛んになり、これは次の行動を起こすモチベーションとなり、脳活動はさらに活発になる。希望と期待を抱くだけで、精神と身体の機能は確かに蘇るのである。

・絶望の極致から這い上がる力を与え得るのは、希望だけである。「希望が脳を作る」と言われる。

プラシーボ効果は薬や注射だけでなく、祭祀も、経典の詠唱も、教会の讃美歌や礼拝も、脳回路網を活発に動かす。医師や医療従事者の言葉と表情は、特に大きな影響を与えるようである。自殺未遂を繰り返していた線維筋痛症患者が、“今度の担当医は自慢の息子にそっくり”と、全幅の信頼を寄せて以来、認知行動療法と薬物療法が効を奏して、奇跡的な快復を遂げた例もある。

・プラシーボは偽薬と訳されたため、あまり良いイメージではないが、プラシーボは我々自身の脳の働きといえる。中脳辺縁ドパミン系は渇望や、生きる意欲をかき立てる快の情動系であるが、側坐核を介して、思考や認知機能を担う前頭皮質の回路網と結びつき、「自己優越性の錯覚」も確立させている。

「自分は優秀で強者である」という優越性を“錯覚”することは、精神の健康を保つうえで重要である。この錯覚によって人は自己の未来の可能性を信じ、自尊心を持ち、希望や目標を持って前進する自分を優秀であると自己評価したとき、脳内ではドパミンの分泌量が急増する

ほんのわずかな希望や期待であっても、快情動→意欲→行動→期待のサイクルが循環し出せば、精神と身体の機能は甦ることを忘れないでいただきたい。

3.人は希望によって生きる

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

『パンドラが蓋を取って中を覗くと、瓶の中からおびただしい災禍(肉体的なものでは痛風、リウマチ、疝痛が、精神的なものでは嫉妬、怨恨、復讐など)が飛び出して、遠くまで拡がってしまった。パンドラはあわてて蓋を閉めたが、すべての禍はもう飛散してしまった後であった。しかし瓶の底に1つだけ残っていたものがあった。それは希望であった。

今日まで、私たちがどんな災難に遭って途方にくれたときでも、希望だけは決して私たちを見棄てることはない。そして私たちが希望を失わない限り、いかなる不幸も私たちを零落させ尽くすことはない。』

―“The Age of Fable” (Thomas Bulfinch)―

慢性痛の科学4

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

目次は”慢性痛の科学1”をご覧ください。

なお、ブログで取り上げた項目は一部です。

 

第7章 神経変性疾患と慢性炎症

Ⅰ パーキンソン病

5.パーキンソン病:発症を源にさかのぼる

・ドイツ神経内科医のKlingelhoefer等は、パーキンソン病の予兆は運動症状が出る10年数年前に、頑固な便秘や嗅覚障害の形で起きていることを指摘し、「パーキンソン病は腸と嗅球から始まる」と2015年に結論している。

・パーキンソン病が腸の動きと密接に関係することは、1960年代から続けられた大規模疫学調査(Honolulu Heart Program)で既に報告されている。Abbott RD, Petrovitch H, White LR, et al: Frequency of bowel movements and the future risk of Parkinson’s disease. Neurology 57: 456-462, 2001

この調査では、疾患のない健康な男性6,790人が対象に選ばれ、各自の健康状態を24年間にわたって追跡記録する方式で記録が行われている。その中でパーキンソン病を発症した96人の被験者について、どんな症状が初期にあったかが調べられた。96人全員に共通した最初期の症状は、頑固な便秘と嗅覚障害であり、睡眠障害とうつ状態がそれに続く症状であること、平均して12年後にパーキンソン病の運動症状が現れていることがわかった。この調査結果は、鋭い指摘をしていたにもかかわらず、便秘はパーキンソン病の1症状に過ぎないと解釈されたため、埋没してしまった。

1997年に、パーキンソン病の病因と考えられる異常構造タンパク質α-シヌクレインについて研究が始まり、研究の進展とともに、腸の働きがいかに脳と深く関係しているかが明らかになって、Klingelhoefer等の調査結果が再評価された。

パーキンソン病の責任病巣は黒質緻密部(SNc)であると長年考えらえてきた。しかし黒質緻密部の変性・脱落より10数年前にさかのぼると、腸には頑固な便秘という形で異変がすでに起きており、α-シヌクレインの凝集は腸神経、嗅球、顎下腺で確認されていた。腸は自律神経を介して脳と連絡している。延髄の迷走神経背側核にはα-シヌクレインの凝集が生じており、この凝集はさらに脳幹に進んで、中脳の黒質に達することが報告されている。

パーキンソン病の腸脳連関仮説
パーキンソン病の腸脳連関仮説

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

①何らかの環境因子が引き金となって、腸内や嗅球にα-シヌクレイン凝集が起きる。

②凝集は自律神経を介して延髄の迷走神経背側核に伝播され、さらに上位脳に伝播される。

③Lewy小体に対する脳内グリアによる慢性炎症が進行し、神経細胞が徐々に変性・脱落する。これに伴って非運動症状、運動症状が起きると考えられている。

 

 

Ⅱ 慢性炎症と疾患

パーキンソン病、アルツハイマー病、変形性関節症(OA)、サルコペニア[加齢や疾患により筋肉量が減少し、全身の筋力低下が起こること]は、慢性炎症によって疾患が引き起こされている。

慢性炎症とは全身にくすぶり続ける低程度の炎症で、発熱も発赤も腫脹もほとんどない。しかし、気づいた時には致死的なダメージに至る反応系である。それゆえ、「万病の源」と呼ばれている。

・パーキンソン病、アルツハイマー病、変形性関節症(OA)、サルコペニア以外、慢性炎症を基盤とする疾患には、2型糖尿病、慢性肺疾患、アテローム性動脈硬化症、大腸がん、前立腺がんなどがあるが、病気を引き起こしているのは、ごくごくありふれた免疫細胞である。

1.免疫細胞とインフラマソーム

慢性炎症を起こす主役は、マクロファージ、グリア、樹状細胞、白血球、血管内皮細胞など、自然免疫系の細胞である。

-パーキンソン病やアルツハイマー病は主に脳内グリアが関与している。

-2型糖尿病、変形性関節症、サルコペニアは主にマクロファージや樹状細胞が関与している。

・自然免系の細胞は、Nod-様受容体(NLR)を有し、DAMPs(傷害関連分子パターン)とPAMPs(病原体関連分子パターン)をパターンで検出している。

自然免疫細胞におけるインフラマソーム(タンパク質複合体)
自然免疫細胞におけるインフラマソーム(タンパク質複合体)

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

PAMPs:細菌、ウィルス、病原体構成成分など

DAMPs:LDL、ATP、尿酸、高血糖、活性酸素、アスベスト、変性タンパク質、シリカなど

インフラマソーム:危険物/異物や病原体を排除するための分子装置

 

 

 

・『DAMPs(傷害関連分子パターン)には、LDLコレステロール、ATP、飽和脂肪酸、活性酸素、高血糖、尿酸、セラミド、アスベスト、シリカ、小胞体に正しく折り畳まれない異常タンパク質などが該当し、PAMPsには、細菌、ウィルス、病原体の構成成分などが該当する。

免疫細胞はDAMPsやPAMPsを検出すると緊急体勢に入り、図7-4のように、ASCやprocaspase-1を呼び寄せて、インフラマソームというタンパク質複合体を形成する。危険物/異物や病原体を排除するための分子装置である。

まずcaspase-1が活性化して、IL-1βとIL-8の前駆体を、成熟型のIL-1βとIL-8に変化させ、DAMPsやPAMPsに向けて放出する。危険物/異物や病原体がこれによって除去されれば、炎症反応は終了する。

しかし処理しきれない場合は、IL-6、THF-αなどの炎症性サイトカインも追加動員されて、炎症は拡大する。炎症が長期に進行している部位では、免疫細胞が顕著に集積して、組織の破壊、血管の新生、組織のリモデリング(線維化)などが、数か月から数年にわたって潜在的に進行していく。

壊死した細胞から出た、ATPやDNA、RNA、滲出した血漿グロブリン類などが二次的、三次的にDAMPsとなるため、炎症反応はカスケード状[連鎖的]に拡大し、不可逆的に進行する。炎症の矛先は重要な組織や臓器にまで及んでしまい、結果として致死的な病態に達する。

臨床上でも、体内のIL-1β、IL-6、IL-8、TNF-αなどが長期にわたって高レベルであるときは、各種のがん、神経変性疾患などの発症と関連すると報告されている。』Hotamisligil GS, Shargill NS, Spiegelman BM: Adipose expression of tumor necrosis factor-alpha: direct role in obesity-linked insulin resistance. Science 259: 87-91, 1993

2.慢性炎症は万病の源

慢性炎症で注意すべきは、炎症の矛先が自身の細胞代謝にも向けられる点である。

-飽和脂肪酸、LDLコレステロール、ATP、高血糖、尿酸などは代謝産物である。

-異常タンパク質とは、アミロイド-β(Aβ)、α-シヌクレイン陽性のLewy小体などである。

・脳の代謝老廃物は、健常者では睡眠中にかなり排出され、アミロイド-βなどの沈着は少なく保たれ管理されているが、高齢期になると働きが低下する。

・『かつて医療の主体は、感染症との長い闘争であった。しかし美食と飽食の現代では、生活習慣病との格闘に移っている。内臓脂肪はわれわれが体内に溜め込んだ「内なる敵」である。ある日、トロイの木馬さながらに狂暴な反応で、われわれの体に逆襲ののろしを上げてくるのである。

以上、ありふれた免疫細胞による局所的な微小炎症が、最終的に全身に致死的な病態を作り出すことを記述した。

誤解を避けるために、ここで非肥満体の内臓脂肪について言及しておきたい。メタボリック・シンドロームの概念が社会に浸透して以来、脂肪と言えば悪、と受け取られている。しかし、肥満体の内臓脂肪は、慢性炎症など起こしていないのである。非炎症性マクロファージM2が常在していて、抗炎症サイトカインのIL-4、IL-10、NOを生成するアルギナーゼを生成している。炎症を抑制する側で働き、食餌から得たエネルギーを細胞内に蓄積し、飢餓に備えているだけである。

3.慢性炎症の抑制

・インフラマソームと過剰な炎症を抑制する薬物に関して、生命科学、分子生物学、分子薬理学など、多領域にわたる基礎研究が進んでいる。すでに候補はいくつか挙がっているが、完全に抑制する薬物は開発されていない。

薬物の研究を通じ、われわれの体内には炎症を抑制する物質があることが明らかになった。それは、筋運動時に発現する転写調整因子PPAR-γと、その共活性因子PGC1-αである。

Ⅲ 認知機能障害

1.アルツハイマー病

・アルツハイマー病における脳細胞の変性や脱落は、側頭葉内側(嗅内皮質、海馬、海馬傍回などを含む部位)から始まる。患者の行動や心理的な症状を、脳画像上の灰白質密度減少との関係からみると、fMRI画像で側頭葉内側の体積低下が顕著なときは、記憶障害が顕著になり、抑うつ傾向が現れる。

・アルツハイマー病では頭頂葉も後頭葉も萎縮が及ぶ時期に一致して、感情鈍麻や妄想の症状が現れ、思考、判断、意思決定、認知などの高次機能が障害されて、人格が崩壊していく。

・特徴的に現れる症状は、アパシー(感情鈍麻、情動麻痺、動機を持った行動の欠落など)、妄想(パラノイア的な錯覚、被害妄想や誇大妄想、注意欠陥など)、うつ状態の3つである。

2.脳の時限爆弾AβとTau

・アルツハイマー病の病理の特徴は、アミロイドβ(Aβ)と呼ばれるペプチドの沈着と、神経原線維Tauの凝集が脳細胞にみられることである。

健常者では脳組織中の代謝老廃物は、睡眠中に脳脊髄液中に排出され、血流に乗って除去されている。Rochester大学のNedergaard等は、脳には老廃物を排出するグリンパティック・システム(glymphatic system)があり、睡眠中に最も活発に機能することを明らかにした。生きた脳から、2光子顕微鏡を用いて確証を得る作業が続けられ、睡眠中には脳細胞間のスペースが増加し、目覚めているときの2倍も多く代謝老廃物が排出されると報告している。

アルツハイマー病患者では、脳からの排出能が低下しているため、TauやAβなどが脳内に蓄積され脳内に伝播されていく。また血液脳関門の機能が障害されていて、末梢のT細胞やマクロファージが中枢神経内に侵入し炎症反応が拡大する。そのため炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1β、IL-17など)が脳細胞に過剰に放出されることになる。

認知症やMCI(軽度認知障害)の患者には眠れないという共通の訴えが多いが、この訴えはとても重要である。認知症予防には、日常的に質の良い睡眠が必要である。

3.脳内グリアによる慢性炎症

・慢性炎症の反応系は、自然免疫細胞が有害物や病原体を検知し、発せられたシグナル(シグナルDAMPs、シグナルPAMPs)に基づき、炎症を起こし有害物や病原体を除去処理するシステムである。中枢神経では、ミクログリアとアストロサイトがその機能を担い、ダメージを受けた細胞や異物を除去し、脳内環境を正常に保っている。

中枢神経系を構成する細胞
中枢神経系を構成する細胞

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 アストロサイト(星状膠細胞):毛細血管壁に小足(終足)を出して神経細胞と血管の間に介在し、血液中の物質が神経組織内に移行するのを選択的に制限している。

ミクログリア(小膠細胞):単核食細胞系に属する小型のグリアである。神経組織が損傷を受けたり炎症が生じると増殖し、移動して貪食を行う。

グリア細胞(神経膠細胞)は支持細胞である:神経膠細胞は神経細胞と神経細胞の間を埋め、それらの保護・栄養・電気的絶縁に働く細胞である。

静穏時のミクログリアは脳内をパトロールして、危険物/異物や病原体の有無を点検しており、アストロサイトは栄養物の運搬や老廃物除去などの役割を担っている。

Aβ(アミロイド-β)やTau(神経原線維)を検出すると、ミクログリアは慢性炎症によってこれらを除去する。そして必要に応じ、炎症性サイトカイン(IL-1、IL-8、IL-17A、TNF-αなど)も追加動員し、ケモカインも呼びよせる。

AβやTuが大量に存在してしまうと、多数のグリアが集結し炎症は拡大し連鎖反応が延々と続くことになる。

・ミクログリアには2種類あって、活性化/肥大化して炎症を促進するM1と、抗炎症作用を有するM2がある。後者は抗炎症サイトカイン(IL-4、IL-10、IL-13、TNF-βなど)を放出して、脳細胞の炎症を防ぐ役割を担っている。しかし慢性炎症が連鎖的に進行する状態では、M2はM1に変身して、炎症を促進する側にまわってしまう。

アルツハイマー病患者の脳を組織学的に調べると、AβたTuの周りに、肥大化したミクログリアやアストロサイトが数多く取り巻いている。過剰な炎症性サイトカインに長期的に囲まれる環境では脳細胞は変性し細胞死する。

・慢性炎症を抑制する薬物について、認知機能改善の有効性が検証されている。現在、疫学調査により検証が行われているのは抗TNF-α抗体、ミノサイクリン、免疫チェックポイント阻害薬PD-1などである。長期投与した場合の安全性の確認も求められている。 Walters A, Phillips E, Zheng R, et al: Evidence for neuroinflammation in Alzheimer’s disease. Prog Neurol Psychiatry 20: 25-31, 2016

・.非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やCOX製剤については否定的な報告が多い。

・治療時期については、脳内の炎症を抑制するため、従来よりずっと早い段階で治療を始める必要性が指摘されている。

4.認知症と海馬

・アルツハイマー病における神経核の萎縮は、海馬、海馬傍回、嗅内皮質などを含む部位から始まる。それゆえ、海馬の萎縮が大きいときには認知症に移行する危険性が高いと診断される。

・長寿を全うした高齢者の脳を調べた研究では、AβやTuの凝集はみられたが、アルツハイマー病で亡くなった高齢者と比較して、海馬や大脳皮質の体積は有意に大きかったと報告されている。

5.認知症のリスクファクター

認知症の第一のリスクファクターは加齢である。そして、他に挙げられるリスクファクターには、睡眠障害、うつ病、糖尿病、睡眠時無呼吸症候群、頭部外傷、高血圧、PTSD、肥満、動脈硬化症、パーキンソン病、sedentary lifestyle(体を動かさない不活発な生活)などがある。

・うつ病に罹患すると、若い世代でも脳内の脳由来神経栄養因子(BDNF)が減少し、海馬に萎縮がみられる。BDNFの減少は海馬に深刻な影響を与えるが、高齢者の場合は特に認知症に急速に進行する。高齢者は知人、友人、配偶者などの死に遭遇する機会が多く、うつ病の危険性が高いので、十分な配慮が必要になる。

現在、認知症予防に最も有効なのは、日常的な筋運動である。骨格筋を動かせばPGC1-αが発現し、慢性炎症を抑制する。ニューロンの成長に不可欠なBDNF、FGF-2も筋運動によって分泌が促進される。日常的にこまめに身体を動かし、十分な睡眠をとることがとても重要である。

慢性痛の科学3

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

目次は”慢性痛の科学1”をご覧ください。

なお、ブログで取り上げた項目は一部です。

 

第3章 侵害受容性の慢性痛

・侵害受容性の慢性痛とは、末梢組織に炎症の源が存在して、感覚神経終末が炎症メディエータによって刺激され、終わりのない痛みが続く場合をいう。

2.変形性膝関節症と慢性炎症

変形性膝関節症における慢性炎症の進行と組織破壊
変形性膝関節症における慢性炎症の進行と組織破壊

画像出展:「慢性痛サイエンス」

力学的ストレスなどにより関節が傷害され、軟骨の微細破片や細胞内分子が関節腔に浮遊すると、滑液中のマクロファージや線維芽細胞がこれらを危険信号(DAMPs)として検出する。するとインフラマソームが活性化し、炎症性サイトカインを放出する。

 

4.痛みを軽減する薬物

非ステロイド性抗炎症薬の年単位の長期投は、消化管潰瘍などの副反応だけでなく、軟骨摩耗を進行させる。特にインドメタシンは軟骨摩耗の副反応が報告されている。 

第4章 神経障害性の慢性痛

・神経障害性の痛みは、末梢および中枢神経系が圧迫や切断を受け損傷して生ずる痛みである。

神経障害性の痛みは、極めて慢性化しやすい。

・腰椎椎間板ヘルニア、帯状疱疹後神経痛などである。

1.神経障害性の痛み

・末梢神経が損傷されると活動電位の高頻度発射が起きる。この連続発射は脊髄後角で増幅され、過剰な興奮性信号が扁桃体、帯状皮質、島皮質、視床、大脳皮質感覚野などへ投射される。なかでも、扁桃体、帯状皮質、島皮質などの古い脳器官への興奮性投射は影響が大きく、時間の経過とともに大脳辺縁系や前頭皮質の回路網を巻き込んで、脳構造と機能に変容を起こしていく。そのため、複合性局所疼痛症候群(CRPS)など、異常な痛みの病像が形成される。

・神経障害性の痛みの多くが、整形外科領域に集中して起きている。これにはC神経線維の特殊性と分布にあると考えられている。C神経線維は神経可塑性が大きく、興奮性が長期に維持される性質があり、ひとたび損傷されると、生じた興奮性は時間と共に増大し、長期増強と呼ばれる現象を惹起する。C神経線維は、Aδ神経線維とは異なって、体の深部組織に多く分布し、脊髄、骨組織、関節骨、靭帯、腱、歯組織などに存在する。そのため、神経障害性の慢性痛は、整形外科領域に起こりやすいと考えられている。

・複合性局所疼痛症候群(CRPS)と脳構造の変容

-CRPSでは血流は発汗の異常、浮腫、皮膚の栄養障害、運動障害など多彩な症状を呈するが、それだけでなく、意思決定機能の低下や気質的・性格的な変化も顕著に表れる。

-CRPSの脳内はfMRIを用いた脳画像法によって明らかになってきた。CRPS患者では右のAIC(島皮質前部)、vmPFC(腹内側前頭皮質)、NAc(側坐核)などに、著しい灰白質密度の減少と、異常な神経分枝がみられる。これらの部位における灰白質密度減少は、痛みに苦しんだ期間が長かった人ほど大きく、痛みの強さが激しかった患者ほど著しく、そして若い年齢層ほど急速に進行することが明らかにされている。

-CRPS患者ではAIC(島皮質前部)の灰白質に著しい萎縮が進行しており、かつ異常な神経分枝もみられる。CRPS患者にみられる血流や発汗の異常、浮腫、皮膚の栄養障害などは、末梢感覚神経や交感神経の損傷の他に、AICの灰白質萎縮と異常な神経分枝に起因したものと考えられる。

-CRPS患者にしばしばみられる意思決定機能の低下は、前頭皮質の灰白質萎縮に起因しており、運動機能の障害は前頭皮質から大脳基底核への神経連絡の減少にそれぞれ起因すると考えられている。

第5章 非器質性の慢性痛―Dysfunctional Pain

・非器質性の慢性痛や機能障害性疼痛(Dysfunctional Pain)は、痛みの源が末梢組織のどこにもないのに全身の多領域に拡がる痛みがある。消炎鎮痛薬や神経ブロックは効かず、随伴症状は睡眠障害、意欲の低下、慢性的疲労感、うつ状態などである。

第6章 慢性痛の治療法

Ⅰ 薬物療法・神経ブロック 

5.抗うつ薬(Antidepressants)

・抗うつ薬には快情動を活性化する作用とともに、下行性疼痛抑制系を活性化する作用があるので、痛みの軽減に用いられる。抗うつ薬は運動療法や認知行動療法と組み合わせて用いられる場合もある。

・作用機序

-神経シナプス間隙においてセロトニントランスポーターと、ノルアドレナリントランスポーターを阻害することによって、脳内のモノアミン[ドパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなど]を増加させ、下行性疼痛抑制系を賦活する作用を持つ。

Ⅱ 認知行動療法・マインドフルネス

1.認知行動療法(CBT)

・認知行動療法(CBT)は慢性痛患者の負情動、ストレス、心理状態、破局的思考、認知過程に焦点を当てて、「心の持ち方」をポジティブな方向に変える手助けをする治療法である。認知行動療法は薬物療法や運動療法と組み合わせて治療効果を上げており、慢性痛、うつ病、パニック障害、強迫性障害、不眠症、薬物依存症、摂食障害、統合失調症などについて有効性が検証されている。

2.マインドフルネス・ストレス軽減法(MBCT)

・マインドフルネスは、元々は禅寺で行う瞑想に起源を持つ療法である。宗教とは無関係で座禅を組む必要もない。身体の力を抜いて姿勢正しく座り、意識を自身の呼吸や体に集中して観察するだけである。呼吸や自分の身体に意識を集中することによって、「今を生きているありのままの自分」に気づかせ、後悔、不安など過剰な負情動を締め出す狙いである。

Ⅳ 筋運動

1.筋運動による痛みの軽減

・運動を行うと痛みの刺激閾値が上昇する。

・熱刺激と圧刺激に対する痛みの刺激閾値は、ランニング、サイクリングなどの有酸素運動の後では、痛みの刺激閾値は上昇する。この機序には血中濃度から内因性カンナビノイドとオピオイドの関与が検証され、下行性疼痛抑制系の活性化が関与している。

・生物は重力下で骨格筋や骨組織を発達させ、重力に抗して筋量と骨量を維持しているが、長期にわたって臥位姿勢を続け、身体の動きが皆無に近い状態にあると、耳石が検知する重力は微小になる。微小重力下では筋タンパク質の分解量が合成量を上回るようになり、骨格筋肉量と骨量は低下する。

・健康な壮年被験者を60日間にわたって、頭位をわずかに傾けた特殊ベッドで臥位姿勢に保った実験では、抗重力筋(多裂筋、大腰筋、胸棘筋、脊柱起立筋など)は著しく萎縮していたが、体幹屈曲筋(腰方形筋、腹直筋など)の萎縮の程度はさほど大きくはなかった。抗重力筋と体幹屈曲筋の筋力バランスが崩れた状態は、慢性的な背腰部の痛みにつながる。

骨格筋を動かすことは、様々な生理活性物質を分泌させ、遺伝子発現を促して全身の慢性炎症を抑制し、筋萎縮を防ぐ。近年、骨格筋を収縮させることが生命維持のうえで重要であることが明らかになった。

2.筋活動の生理的意義:骨格筋は分泌器官

・骨格筋は分泌器官である。骨格筋を収縮すると多種類のサイトカインやペプチドが産生・分泌される。

骨格筋は分泌器官
骨格筋は分泌器官

画像出展:「慢性痛サイエンス」

筋由来のサイトカインは、脳、骨組織、肝臓、脂肪、筋組織の機能に関わっている。BDNFIGF-1FGH-2は海馬の新生ニューロンを生育させIGF-1FGF-2は骨芽細胞、破骨細胞の分化や機能を促進する。IL-6は膵からのインスリン分泌を増加させ、肝臓、脂肪組織、免疫機能に影響を及ぼしてる。IL-4IL-6IL-7IL-15LIFミオスタチンは筋組織自身に作用し、筋の新生と肥大に関わる。脂肪細胞には慢性炎症を促す炎症性マクロファージM1非炎症性マクロファージM2を描いてある。

 

・筋由来のサイトカインはマイオカインと呼ばれる。また、同様に脂肪細胞からも分泌されるが、こちらはアディポカインと呼ばれる。

マイオカインについては2017年11月に”マイオカイン(IL6)”というブログをアップしています。ご参考まで。

筋細胞から分泌された生理活性物質は、血流やリンパに乗って、脳、骨組織、肝臓、膵臓、脂肪組織などの臓器に運ばれ、そこで臓器の機能と密接に関わる。

骨格筋から分泌される生理活性物質は、弱い筋運動の時と強い筋収縮の時では異なる。これは注意すべきマイオカインの特徴である。

負荷の軽い筋運動を続けると、抗炎症作用を持つIL-10、IL-4などが筋組織から産生されるので全身の慢性炎症が抑制される。またPGC-1α(後述)を発現させ、慢性炎症を防止し記憶力を向上させ老いを減速させる。

負荷の強い筋運動を続けると、炎症性サイトカインが体内に急増し慢性炎症を促進する結果として関節軟骨の摩耗や変形性関節症、疲労骨折などの原因となる。

3.筋活動の生理的意義:PGC1-αの発現

PGC1‐αは骨格筋を動かすと速やかに筋組織中に発現し、エネルギーとATPの不足を補う。また、筋委縮を防止する。日常的にこまめに身体を動かすことはとても重要である。

PGC1‐αはミトコンドリアの数を増加させ機能を向上させる作用や、活性酸素種(ROS)による酸化ストレスを抑制して老化を防ぐ作用、さらに代謝や血管新生を盛んにする作用もある。

PGC1-α発現の生理的意義
PGC1-α発現の生理的意義

画像出展:「慢性痛サイエンス」

 

 

4.PGC1-αによる慢性炎症の抑制

慢性炎症を基盤とする疾患は世界的に増加している。アルツハイマー病、パーキンソン病、変形性関節症、2型糖尿病、各種のガンなどである。慢性炎症を完全に抑制する薬物は開発されていない現在、骨格筋を動かしてPGC1-αを活性化することは、慢性炎症を抑制する最も手短かで確実な方法といえる。

5.PGC1-αの抗酸化・抗老化作用

PGC1-αは活性酸素種(ROS)を強力に抑制するスイッチの役割を担っている。

・活性酸素種(ROS)はミトコンドリアがATPを生成する過程で、漏出した電子の一部が酸素と結合して、非常に反応性の高い活性酸素種(ROS)が生じる。

・活性酸素種は毒性が強く、ミトコンドリアDNAを傷つける。さらに細胞内のDNA、酵素、タンパク質、細胞膜、脂質なども傷つけてしまう。そして、遺伝子の情報に影響を及ぼし細胞の機能も低下させる。

・骨格筋はミトコンドリアを多く含む組織であり、活性酸素種(ROS)の影響を大きく受ける。

・活性酸素種(ROS)の毒性に対し、生体では無毒化する活性酸素消去酵素(SOD)や、活性酸素種の発生を減らす酵素UCPによって防御している。しかし、SODやUCPもPGC1-αが発現しないときには、その働きは半減してしまう。

・PGC1-αを欠損させたマウスは活性酸素種(ROS)の害に極めて脆弱になり、全身に炎症性サイトカインの発生が多くみられる。特に黒質緻密部にあるドパミンニューロンは活性酸素種(ROS)に脆弱で、変性・脱落してしまう。

6.PGC1-αによる筋力増強作用

日常的に有酸素運動を続けている人ほど、PGC1-αは速やかに、かつ多く発現する。高齢者であっても、筋運動の習慣がある人はPGC1-αが多く発現する。

・高齢者では、抗重力筋や姿勢保持筋の筋量や筋力維持が衰えるとサルコペニア[加齢や疾患により筋肉量が減少し、全身の筋力低下が起こること]に至り、介助や支援が必要になる。抗重力筋や姿勢維持筋を増加させたい場合は、ゆっくりした持久運動が適している。

7.健康維持に適した筋運動は?

・日常的に軽く骨格筋を動かす運動とは、通勤時の歩行、駅の階段昇降、自転車での通学通勤、家事労働、買い物、荷物の運搬などである。

額に汗がうっすら浮かぶ程度の、日常的な筋運動が慢性炎症の抑制と筋萎縮の防止に効果が大きい。

・有酸素運動は呼吸器や循環器を刺激する。脂肪は代謝され、ミトコンドリア数も増加する。

・『米国では一般市民を対象に、慢性炎症を基盤とする疾患について大規模疫学調査が行われてきた。全身の慢性炎症レベルを高くし、さまざまな疾患を増加させている元凶を探って行ったところ、筋運動の少ないSedentary lifestyle(身体を動かさない不活発なライフスタイル)が元凶であると結論づけられた。

・『筋運動が少なくなると、ROSの害が増大し慢性炎症が拡大する。大腸がん、乳がん、前立腺がん、子宮がん、膵臓がん、皮膚がんは、日常的に筋運動が少ない人に多く発生すると結論づける研究も存在する。

身体を動かさないライフスタイルと疾患との関係
身体を動かさないライフスタイルと疾患との関係

画像出展:「慢性痛サイエンス」

身体を動かさないと、内臓脂肪を増やし、骨格筋量を減らし、骨代謝を低下させる。この3つは健康を害する三悪です。

 

 

慢性痛の科学2

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

目次は”慢性痛の科学1”をご覧ください。

なお、ブログで取り上げた項目は一部です。

 

第2章 慢性痛のメカニズム

Ⅰ 痛みを伝える情報伝達系

疼痛投射経路
疼痛投射経路

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

感覚神経終末が侵害刺激を受けると、侵害情報は電気信号に変換され、感覚神経線維上を伝わり、脊髄後角細胞(三叉神経脊髄路核細胞)に伝達される。さらに、脊髄上行路を経て、広範な脳領域に投射される。 

1)感覚神経終末:侵害・非侵害情報を電気信号に変換する

・熱刺激、機械的刺激、化学的刺激などにより体が侵襲を受けると、それらのエネルギーは感覚神経終末によって、電気信号に変換され、上位脳へ伝えられる。

・感覚神経終末には侵害情報を検出する様々な侵害受容体やイオンチャネルが存在している。

神経終末における侵害受容メカニズム
神経終末における侵害受容メカニズム

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

末梢神経が侵襲されると、感覚神経終末は侵害刺激エネルギーを活動電位に変換して脊髄後角へ侵害情報を伝える。傷ついた部位では、点線→で示したように、細胞膜、血漿、血小板、肥満細胞、皮下組織などから、H⁺、K⁺、プロスタグランジン(PG)、ブラジキニン(BK)、セロトニン(5-HT)、ATP、NGFなどが次々に放出される。これら発痛物質や炎症メディエータが多数存在しており(表内に表示)、それぞれのリガンドと応答して活動電位を発する。損傷部位に集まってくるマクロファージや白血球も、炎症性サイトカイン(cytokine)を放出して痛みの増強を加える。感覚神経自身も、末端からサブスタンスPやcalcium gene-related peptide(CGRP)を放出するので、発熱、発赤、発痛、の炎症反応はさらに進行し、神経終末はsensitizeされる。刺激閾値が低下し、ノルアドレナリン(NA)などにも過敏に反応するようになる。 

2)脊髄後角と三叉神経脊髄路核:侵害・非侵害情報を伝達する

痛みの情報を伝える体性感覚神経(一次感覚ニューロン)は、Aδ神経線維C神経線維の2つの神経線維がある。

・Aδ神経線維は比較的低い刺激閾値を有する有髄神経線維で、局在のはっきりした、鋭くて速い痛みを伝える。多くは体表近くの皮膚に分布している。

・C線維は高い刺激閾値を有する無髄神経で、遅くて局在のはっきりしない痛みを伝えている。骨組織、歯髄などの深部組織、皮膚に分布している。

・Aβ神経線維は触感覚や振動情報を伝え、最も低い刺激閾値を有している。皮膚に何かが触れた、風が当たったなど、非侵害性の感覚情報を伝えている。

3)脊髄後角と三叉神経脊髄路核:侵害・非侵害情報を伝達する

・体性感覚神経(一次感覚ニューロン)を伝わった感覚信号は、脊髄後角や三叉神経脊髄路核で、二次感覚ニューロンに伝達される。

脊髄後角における情報の伝達:一次感覚ニューロンから二次感覚神経へ
脊髄後角における情報の伝達:一次感覚ニューロンから二次感覚神経へ

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

脊髄後角の灰白質はⅠ層からⅥ層に分かれている。C神経線維は表層の辺縁細胞と、Aδ神経線維は膠様質細胞とシナプス形成して、侵害情報を伝達する。Aβ神経線維は非侵害情報をⅢ-Ⅵ層の細胞に伝達する。

4)脊髄上行路:新旧2つの投射経路

・侵害情報を伝える二次感覚神経は、脊髄後角細胞を出て対側の脊髄前側索を上行するが、脊髄伝導路は脳幹レベルで、内側系投射経路と外側系投射経路に分けれている。内側系は主として痛みの情動的側面に関与する神経核に情報を伝え、外側系は痛みの感覚的側面に関与する神経核に情報を与えている。

疼痛投射経路
疼痛投射経路

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

内側系旧脊髄視床路(左)、外側系新脊髄視床路(右)になります。

内側系の旧脊髄視床路は、視床の内側・髄板内核群に達する原始的な経路で、「遅い体性感覚投射経路」を形成し、局在性のはっきりしない痛みの情報を伝えている。

・旧脊髄視床路は、脳幹網様体に多くの側枝を出しながら上行して、視床・髄板内核群ニューロンに終わっている。髄板内核群からは扁桃体、前帯状皮質、島皮質などの古い脳に広く侵害情報を投射している。

・旧脊髄視床路以外にも、脊髄腕傍核扁桃体投射、脊髄網様体路、脊髄中脳路などの侵害情報を伝える投射経路がある。

慢性痛に関与するのは、主として辺縁系、大脳基底核、中脳などの古い脳の神経核である。

・新脊髄視床路は外側系と呼ばれる経路で、視床外側の腹側基底核群に達する。精緻で高度な局在性を有する「速い体性感覚投射経路」は、侵害情報を正確に迅速に、視床を経て大脳皮質中心後回の体性感覚野に伝えている。急性痛の部位や痛みの性質など正確に弁別できる。

・内側系、外側系の両投射系は平行して上行するが、いくつかの接点がある。例えば島皮質では、外側系によって運ばれた侵害情報が後部島皮質に入力され、それが中部島皮質を経て前部島皮質に伝達される過程で、内側系の情報(辺縁系などによる情動系要素)が加味され、統合された情報になる。

5)扁桃体:負情動形成の中心

扁桃体は辺縁系の神経核で、不快感、恐怖、不安、怒りなど、負の情動の発現に中心的役割を担っている。

扁桃体には、生きるうえで必要な原始的感覚(嗅覚、触覚、視覚、聴覚、味覚、内臓感覚、侵害情報など)が全て入力される。これの感覚情報に対して、過去の経験や記憶に基づいて、有害=負情動か、有益=快情動かの評価を下して記憶の固定に関わっている。

侵害信号が入力されると、扁桃体中心核はただちに本能行動を起こすように、視床下部、脳幹網様体などの広範の領域に向けて出力を送る。その結果として呼吸・脈拍が速く顔面が蒼白になり、ストレスホルモンが分泌され、フリージングなどの情動表出も瞬時に起きる。

6)海馬支脚、嗅内皮質:不安やストレス信号を発信する

・海馬支脚腹側部は、恐怖、不安、ストレス反応に関与する神経核である。

・扁桃体、青斑核、嗅内皮質からの投射を受けて情動面に関わるほか、前頭皮質からも入力を受け、認知機能にも関与する。

海馬支脚腹側部には、身体的ストレス回路の視床下部-下垂体-副腎皮質系(hypothalamic-pituitary-adrenal axis:HPA軸)反応を終わらせる役割がある。生体がストレスに対処する際、HPA軸が機能する。ストレスが去れば、マイナスのフィードバックがかかって、HPA軸は停止する。海馬支脚はこの停止に関わる。

うつ病患者は、外見上はふさぎ込んで不活発そうにみえるが、脳内ではHPA軸が過剰に活動し続けており、このことによる海馬の萎縮や機能低下が考えられている。

・海馬支脚に隣接する嗅内皮質は、不安関連の痛みを増大させ、不安を覚えたときには、最悪の事態を想定して信号を発する部位である。嗅内皮質は扁桃体と密に相互連絡しており、扁桃体から不快情動を受け取り、かつ不安関連の信号を発信している。

7)帯状皮質:痛覚受容と情動に関与する

帯状皮質は特に痛みと関係が深い。脳画像上で侵害受容応答の賦活がみられる領域は、前帯状皮質である。

扁桃体、海馬、帯状皮質、前頭皮質の位置
扁桃体、海馬、帯状皮質、前頭皮質の位置

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

前帯状皮質は扁桃体や前部島皮質と連絡しており、海馬や視床下部からも投射を受けている。また、前頭皮質、中脳水道周囲灰白質、腹側線条体・側坐核との間にも密な線維連絡がある。

膝周囲前帯状皮質は下行性疼痛抑制系と連絡しており、特に重要な機能を有している。また、セロトニン・トランスポーターの分布密度が、大脳皮質中で最も高い部位である。

・セロトニンは縫線核から脳の広範な神経核に送られて、不安情動の処理、睡眠や摂食機能、気分、喜びの感情などの様々な身体/精神活動に関与している。それゆえ、もし前部帯状皮質膝周囲が機能不全に陥ると、セロトニン回収が遅れ、枯渇する。そして、うつ状態や睡眠障害、自律神経の失調など、多機能に影響が起きる。

8)島皮質:自己意識の形成に関与する

・島皮質には、痛覚、味覚、嗅覚、聴覚、視覚、触覚、温度感覚などの体性感覚、胃・腸の内臓感覚や心拍など、生命機能に関わる感覚情報が入力されるが、これらの体性感覚だけでなく、怒り、喜び、恐怖、悲しみ、など情動に関する情報も入力されている。

9)前頭皮質:高次精神活動の中心

・前頭皮質は最も新しく発達した領域で、理性、思考、創造性、行動の企画、意思決定、意欲、道徳観の発達など、高次精神活動の中心となっているが、最近の研究では情動にも関与することが分かっている。

10)視床と大脳皮質体性感覚野:感覚情報の集結と修飾

・外界からの感覚情報は視床に入力され、視床を中継して大脳皮質体性感覚野へ向かう。

・視床には興奮性の中継細胞、抑制性の介在神経細胞、視床内の神経回路などがあって、感覚情報はここで様々に処理され、修飾されて大脳皮質感覚野へ向かう。

・視床は多数の核からなっており、体性感覚に関係する主要な群には、腹側基底核群、後核群、髄板内核群がある。

・大脳皮質体性感覚野は、第一次体性感覚野(SⅠ)が、頭頂葉中心後回にあり、第二次体性感覚野(SⅡ)が、その外側後方の外側溝に沿った頭頂弁蓋の内壁に位置している。

視床と大脳皮質体性感覚野は、痛みの弁別的側面に関与しており、急性痛の情報伝達系として、非常に重要な役割を有している。

急性痛ではfMRIによる全脳スキャンを行うと、視床の各群や体性感覚野に賦活がみられるが、慢性痛ではSⅠに賦活化はほとんど見られず、SⅡ(第二次体性感覚野)に賦活が見られるのみである。

Ⅱ 痛みを抑制する脳内機構 

1.Mesolimbic dopamine systemと疼痛抑制機構

・生体は何千万年という時をかけて、疼痛抑制機構を発達させてきたが、その脳内機構の全体像を明らかにしたのは機能的脳画像法のおかげである。

中脳辺縁ドパミン系は、「報酬回路」、「快の情動系」だけでなく、「痛み」の制御も操り、慢性痛への転化機序に関係している。

・「快」と「痛み」は対極のものと思えるが、脳内回路は同じである。つまり、慢性痛患者の多くは痛みに加え、快感喪失や生きる意欲を失っている可能性がある。これらの症状は中脳辺縁ドパミン系の機能低下に関連して生じる。

・中脳辺縁ドパミン系は、中脳の腹側被蓋野(VTA)のドパミンニューロンから発し、内側前脳束を経て、腹側線条体の側坐核(NAc)、腹側淡蒼球(VP)、嗅結節、扁桃体(Amy)、海馬(HP)、中隔、前帯状皮質(ACC)、前頭皮質(PFC)などへ軸索を伸ばすA10神経がある。

中脳辺縁ドパミン系
中脳辺縁ドパミン系

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

A10神経
A10神経

A10神経については”脳科学のブログ(教育への架橋)”さまに、簡潔で分かりやすい説明が出ていました。

 

・中脳辺縁ドパミン系は、厳密には次の2つに分かれる。

-腹側被蓋野(VTA)から、腹側線条体の側坐核(NAc)、腹側淡蒼球(VP)、扁桃体(Amy)、海馬(HP)に向かう系で、“中脳辺縁系投射”である。

-腹内側前頭皮質、眼窩前頭皮質、帯状皮質、頭皮質に向かう系で、“中脳皮質投射”と呼ばれる。

・中脳から発するドパミン投射系には、①腹側被蓋野(VTA)から発するもの、②黒質から発するもの、③後赤核領域から発するもの、の3つがある。①は中脳辺縁系投射(A10神経)で、②は黒質緻密部から背側線条体(被殻、尾状核)に向かう黒質線条体投射(A9神経)である。パーキンソン病は②の神経変性によって起きる。

ドパミンシステムは原始的な系であるが、自律神経系や免疫系の活動とも直結し、根源的な生命活動として、様々な神経核に働きかける。

中脳辺縁ドパミン系は、生体が侵襲されて痛みを感じた時にも機能を発揮し、鎮痛をもたらす。

中脳辺縁ドパミン系と下行性疼痛抑制系
中脳辺縁ドパミン系と下行性疼痛抑制系

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

侵害信号が腹側被蓋野(VTA)に届くと、活動電位の群発射が起こり、VTAの軸索先端からドパミンが側坐核(NAc)に向けて放出される。NAcニューロンが興奮すると、μ-オピオイド受容体を介した神経伝達が多神経核に起きて、下行性疼痛抑制系が活性化する。

 

 

・『Dopamine & opioid systemによる痛みの制御は、進化の過程で、捕食者に襲われて怪我しながらも逃げて命を永らえさせる系として発達したと考えられている。命の危機という非常事態にあっては、上行する侵害性入力は瞬時に遮断されて、鎮痛と救命の方向に働く、脳内では前頭皮質、大脳基底核、辺縁系、中脳、橋、延髄、脊髄の神経細胞が一斉に活性化して、総がかりで命の危機に対応するのである。

このような非常事態のときばかりでなく、日常的な些細な痛みの際にもdopamine & opioid systemは機能している。包丁で指先を切ったとき、転んで膝を打ったときなど、われわれが感受する痛みは、この疼痛抑制機構のおかげでかなり軽減されているのである。

侵害受容時のdopamine & opioid system
侵害受容時のdopamine & opioid system

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

侵害信号が腹側被蓋野(VTA)に届くとVTAからドパミンが放出される。すると側坐核(NAc)のμ-オピオイド受容体が活性化し、この活性化は吻[ブン]側前帯状皮質(rACC)、背外側前頭皮質(dlPFC)、扁桃体(Amy)、中脳水道周囲灰白質(PAG)などのμ-オピオイド受容体に波及する。これが引き金になって下行性疼痛抑制系が活性化する。

・内因性オピオイドは、脳内に20種類ほど存在している。メチオニンエンケファリン、ロイシンエンケファリン、エンドルフィン、ダイノルフィンなどが代表的なものである。これらのオピオイドを含む神経核は、扁桃体、側坐核、腹側淡蒼球、視床下部、中脳水道周囲灰白質、延髄の傍巨大細胞網様核などである。

中脳辺縁ドパミン系の中核は側坐核とみられている。これは急性痛の段階から慢性痛へ転化するか、健常な状態へ回復できるかという重要な鍵を握るのは側坐核のニューロン活動であると考えられているためである。

・側坐核は嗅結節などとともに腹側線条体の一部である。

・側坐核は情動系の前帯状皮質、扁桃体、海馬と密に連絡して快情動の発現に関与し、生きる意欲や自律神経、根源的な生命活動と関係している。しかし他方では、思考、創造、学習などの高次脳機能を担う前頭皮質とも連絡して、希望、期待、自己優越性の確立、楽観性の獲得などに関係している。

・『重要な役割を有する側坐核であるが、生体が苛酷なストレスを過剰に受けると、ニューロン活動が90日以上にわたって停止してしまうのである。NAc[側坐核]にニューロン活動停止が起きると、ドパミンシステムは機能破綻するため、ほんの些細な刺激に対しても、「痛い、痛い」と悲鳴を上げる病的な状態に陥る。同時に、生きる意欲が低下し、根源的な生命活動である睡眠、食欲、自律神経活動も障害される。このような痛みはdysfunctional pain(中枢機能障害性疼痛)と呼ばれている。

2.下行性疼痛抑制系

下行性疼痛抑制系
下行性疼痛抑制系

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

 

・図上部のPAG(中脳水道周囲灰白質)が、rACC(吻側前帯状皮質)やAmy(扁桃体)、Hypo(視床下部)から興奮性入力を受けると、下行性疼痛抑制系が活性化し、痛み信号を脊髄後角レベルで抑制・遮断する、中脳辺縁ドパミン系が活性化すると、rACC、Amy、Hypoが興奮し、その興奮性入力がPAGに加わる。

・PAG(中脳水道周囲灰白質)は軸索を、背外側橋中脳被蓋(DLPT)と、吻側延髄腹内側部(RVM)に伸ばしており、このDLPTとRVMを介して、侵害信号の伝達を抑制している。DLPTからはノルアドレナリン作動性の抑制性投射が、RVMからはセロトニン作動性の抑制性投射が、脊髄後角(DH)に向けられ、侵害信号の伝達をDHレベルで抑制して鎮痛をもたらす。この機構が下行性疼痛抑制系である。

・下行性疼痛抑制系の研究は、1969年にラットの中脳水道周囲灰白質に留置電極を通して電気刺激すると、無麻酔で開腹手術が可能なほど鎮痛が得られることが報告された。これにより多くの研究者が下行性疼痛抑制系に関心をもち、そのメカニズムは次々に明らかになっていった。そして、機能的画像法によってヒトの脳内活動が解析されるようになって、下行性疼痛抑制系と中脳辺縁ドパミン系のつながりが明らかになった。

1)中脳水道周囲灰白質(PAG):下行性疼痛抑制系の起始核

・PAGは中脳水道を取り囲む領域で、本能行動、情動行動、自律神経機能などに深く関わっている。

・内因性オピオイドを多く含む神経核であり、下行性疼痛抑制系の起始核である。

・中脳水道周囲灰白質の神経軸索は、橋の背外側橋中脳被蓋(DLPT)と、延髄の吻側延髄腹内側部(RVM)に伸びており、この背外側橋中脳被蓋(DLPT)と、吻側延髄腹内側部(RVM)を介して、侵害信号の伝達を脊髄後角(DH)で抑制している。

2)背外側橋中脳被蓋(DLPT):ノルアドレナリン系

・背外側橋中脳被蓋(DLPT)には、青斑核(LC)が含まれる。青斑核は第4脳室底部の外側、上部橋被蓋の両側に左右1対あって、ノルアドレナリンを含んでいる。メラニン色素を含む細胞があり、第4脳室表面から青黒く透けて見える。

・青斑核はノルアドレナリン性の下行性疼痛抑制系として機能し、侵害信号を脊髄後角で抑制する。末梢組織に侵害刺激が加わると、青斑核の活動電位発射は急激に高まる。

・青斑核は下行性軸索を脊髄後角へ向かって伸ばしており、ここで放出されたノルアドレナリンが、脊髄後角細胞のアドレナリンα₂受容体と結びついて侵害信号を抑える。

3)吻側延髄腹内側部(RVM):セロトニン系

・吻側延髄腹内側部(RVM)を構成する神経核には、大縫線核、巨大細胞網様核、傍巨大細胞網様核がある。大縫線核はセロトニン系の下行性疼痛抑制系として機能し、侵害信号の伝達を脊髄後角(DH)や三叉神経脊髄路核レベルで抑制し、鎮痛をもたらす。

3.Placebo analgesiaと脳内変化

Placebo analgesiaとは、“プラシーボ鎮痛”のことである。プラシーボ効果とは薬効成分を全く含んでいないのに、薬物と同じような効果をもたらすことである。プラシーボ鎮痛の機序根幹をなすのは、dopamine & opioid systemである。

プラシーボ鎮痛が起きる時は、被験者の脳内でドパミン&μ-オピオイド受容体を介した神経伝達が実際に起きている。PETを用いた実験で、本物の薬剤を摂取した時と同じ変化が脳内に起きることが実証されている。

被験者が「鎮痛効果のある薬」の作用を大きく期待した場合は、期待度が低かった場合に比べ側坐核(NAc)におけるドパミン活性が大となり、μ-オピオイド活性も増加して鎮痛効果が大きくなった。この実験で使われたのは生理食塩水であった。にもかかわらず、被験者脳内にドパミンやμ-オピオイドの代謝変動を起こしたが、脳内に劇的な変化を起こさせた鍵は、期待すること】【希望すること】であった。

プラシーボ鎮痛に関する一連の研究では、ヒトが期待したり予測したりすることが、いかに大きな脳内変化を惹起するかを明確に示した点で画期的であった。また、これらの研究成果は、医師への信頼、医療への期待感がもたらす治癒力の大きさを示唆している。プラシーボ鎮痛が成立するには、医師の言葉や表情、白衣、病院の建物など、期待を抱かせる根拠となる学習や記憶、認知機能が必要である。

慢性痛の科学1

慢性痛というと、明治国際医療大学の伊藤和憲先生のセミナーで学んだことが頭に浮かびます。それは次の通りです。

「急性痛と異なり、警告信号としての意味はない。また、慢性痛の中には既に痛みを起こしていた原因は治ってしまい、痛みだけが残っていることもある。そのため、検査をしても原因が見つからないことも少なくない。」

慢性痛患者のためのセルフケアガイドブック
慢性痛患者のためのセルフケアガイドブック

以下をクリックして頂くと、資料(PDF24枚)がダウンロードされます。

慢性痛患者のためのセルフケアガイドブック

 

今回の本、『慢性痛のサイエンス 脳からみた痛みの機序と治療戦略』を知ったのは偶然です。施術者として慢性痛に精通することは間違いなく重要です。そこで「これはチャンス」と思って購入しました。

特に、中枢神経や生理活性物質の役割慢性炎症のメカニズム認知症やサルコペニアが印象的でした。

慢性痛のサイエンス
慢性痛のサイエンス

著者:半場道子

初版発行:2018年1月

出版:医学書院

 

ブログは5つに分けていますが、取り上げているのは目次の中の黒字の部分です。

目次

第1章 慢性痛とは何か

Ⅰ 慢性痛の定義と分類

1.慢性痛の定義

2.慢性痛の分類

Ⅱ 慢性痛をめぐる問題

1.日本における慢性痛

2.慢性痛の患者数と医療費

3.慢性痛と精神疾患

Ⅲ 慢性痛の評価法

1.痛みの強さの評価法

2.質問票による痛みの評価法

第2章 慢性痛のメカニズム

Ⅰ 痛みを伝える情報伝達系

Ⅱ 痛みを抑制する脳内機構 

1.Mesolimbic dopamine systemと疼痛抑制機構

2.下行性疼痛抑制系

3.Placebo analgesiaと脳内変化  

第3章 侵害受容性の慢性痛

1.変形性膝関節症への新しい視点

2.変形性膝関節症と慢性炎症

3.変形性関節症の痛み

4.痛みを軽減する薬物

5.DMOADsの薬理作用と開発の現状

6.OA患者急増の社会的リスクファクター  

第4章 神経障害性の慢性痛

1.神経障害性の痛み

2.痛みを慢性化させる要因

3.痛みの慢性化を防ぐには  

第5章 非器質性の慢性痛―Dysfunctional Pain

1.慢性腰痛:脳内で何か起きているのか?

2.腰痛を慢性化させる要因

3.線維筋痛症の痛み

4.線維筋痛症患者の脳で何が起きているのか?

5. Dysfunctional Pain(機能障害性疼痛)

6.負情動と慢性痛

7.痛みの破局的思考

8.Default Mode Networkと慢性痛  

第6章 慢性痛の治療法

Ⅰ 薬物療法・神経ブロック

1.非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)

2.アセトアミノフェン(Acetaminophen)

3.麻薬性鎮痛薬、合成麻薬、オピオイド

4.抗てんかん薬(抗けいれん薬)

5.抗うつ薬(Antidepressants)

6.神経ブロック

Ⅱ 認知行動療法・マインドフルネス

1.認知行動療法(CBT)

2.マインドフルネス・ストレス軽減法(MBCT)

3.治療で回復する慢性痛患者の脳

Ⅲ 脳刺激法

1.大脳皮質運動野刺激

2.反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)

3.経頭蓋直流刺激(tDCS)

Ⅳ 筋運動

1.筋運動による痛みの軽減

2.筋活動の生理的意義:骨格筋は分泌器官

3.筋活動の生理的意義:PGC1-αの発現

4.PGC1-αによる慢性炎症の抑制

5.PGC1-αの抗酸化・抗老化作用

6.PGC1-αによる筋力増強作用

7.健康維持に適した筋運動は?  

第7章 神経変性疾患と慢性炎症

Ⅰ パーキンソン病

1.パーキンソン病:運動症状と非運動症状

2.パーキンソン病:痛みの脳内機構

3.脳内ドパミンの変動と痛み

4.パーキンソン病:痛みの治療

5.パーキンソン病:発症を源にさかのぼる

Ⅱ 慢性炎症と疾患

1.免疫細胞とインフラマソーム

2.慢性炎症は万病の源

3.慢性炎症の抑制

Ⅲ 認知機能障害

1.アルツハイマー病

2.脳の時限爆弾AβとTau

3.脳内グリアによる慢性炎症

4.認知症と海馬

5.認知症のリスクファクター

Ⅳ 記憶のメカニズム

1.海馬:記憶の中枢

2.海馬では日々、ニューロンが新生している

3.新生ニューロンが記憶機能を担う

4.高齢者の脳と記憶力

5.認知機能と筋運動

6.海馬萎縮の原因

7.記憶には反復と睡眠

Ⅴ 高齢者とサルコペニア

1.サルコペニア―死のリスク

2.サルコペニアの診断

3.サルコペニアの機序

終章

1.慢性痛の謎解きと進化の系譜―古代の海から宇宙ステーションへ

2.快・不快情動に焦点を当てる―今後の医療の根幹

3.人は希望によって生きる

第1章 慢性痛とは何か

Ⅰ 慢性痛の定義と分類

慢性痛は急性痛が長引いたものではなく、主として脳回路網の変容に伴って生じる痛みである。

・慢性痛患者数は推計2,300万人、成人人口の約22.5%。

近年、機能的脳画像法によって慢性痛の脳内機構が明らかになりつつあり、治療法への挑戦が始まった。

1.慢性痛の定義

・一般的には発症から3カ月以上続く痛みと考えられている。

・末梢組織に起こった炎症の源が炎症反応を連鎖させ痛みが長く続くもの。

上位脳に投射された侵害信号によって、中枢神経系の機能に変容が起き、痛覚過敏の状態が長期に続いているもの。

・“非器質性の慢性痛”はメカニズムが不明で、「痛みの謎」と呼ばれてきたが、機能的脳画像法によって慢性痛の脳内機構が明らかになり、それに基づいて、認知行動療法マインドフルネスストレス軽減法薬物療法運動療法脳刺激法など、様々な治療法が開発されている。

2.慢性痛の分類

・慢性痛は発生メカニズムから、①侵害受容性、②神経障害性、③非器質性、の3つに分類される。

慢性痛を発生機序のうえから3つに分類する
慢性痛を発生機序のうえから3つに分類する

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

1)侵害受容性の慢性痛

・末梢組織が外傷などの侵襲を受けると、末梢神経終末が刺激され活動電位を発する。活動電位が脊髄後角、視床を経由し大脳皮質体性感覚野に達すると「痛い」という感覚が生まれる。侵襲を受けた部位からは発痛物質や炎症メディエータが次々に産生され、感覚神経終末はこれらの濃縮スープに繰り返し刺激され、侵害受容性の痛みが生ずる。

2)神経障害性の慢性痛

・神経障害性の痛みは、「体性感覚神経系の病変、あるいは疾患によって生ずる痛み」と定義されている。

・末梢神経および中枢神経が損傷を受けた後で、痛みの増強や長期化が起きた状態を神経障害性の慢性痛という。

・損傷部位の傷口が治癒した後でも、神経組織の形態や上位脳における脳回路網の変容が起きるため、慢性痛が続く。

3)非器質性の慢性痛(心理/社会的要因に影響される慢性痛)

・非器質性の慢性痛は、機能的脳画像法を用いた研究により、脳の疼痛抑制機構の機能不全が原因の痛みであることがわかった。そして、dysfunctional pain(中枢機能障害性疼痛)と呼ばれている。

・心理的、社会的要因の影響を受けやすい。

以前、「心因性」と呼ばれていたものは、現在、使用が避けられている。それは、「心因性」が脳回路網のどこに由来するのか不明であり、脳画像解析に基づいた痛みの機序とも乖離があるためである。

Ⅱ 慢性痛をめぐる問題

1.日本における慢性痛

・慢性痛の部位は、腰痛(55.7%)、四十肩・五十肩・肩こり(27.9%)、頭痛・片頭痛(20.7%)、関節炎(12.9%)、冷え症(12.2%)が上位5つである。「日本における慢性疼痛保有者の実態調査、2010年」より。 

・慢性痛患者の痛み状況と罹患期間

慢性痛患者の痛み状況と罹患期間
慢性痛患者の痛み状況と罹患期間

画像出展:「慢性痛のサイエンス」

この表では5年以上~20年未満の合計が、44.5%とほぼ半数になっています。