塩と高血圧3

著者:青木久三
減塩なしで血圧は下がる

著者:青木久三

出版:1984年4月(昭和59年)

発行:主婦の友社

注)出版が36年前の本なので最新の知見とは合わない部分があるかもしれません。

また、目次は”塩と高血圧1”を参照ください。

 

第二章 高血圧は塩が原因ではなかった 突き止められた血圧を上げるメカニズム

 「高血圧=塩」の神話はいかにして作られたか

・『高血圧、即、減益という連想は、今ではもう一般の人たちの頭にこびりついてしまったようです。減塩食をいくら食べても血圧が下がらないにもかかわらず、塩に対するイメージはなかなか変わらないようです。いったい、高血圧の原因が塩であるというこの誤った常識はどのようにして作られたのでしょうか。

すでにふれたように、アメリカの高血圧学者であるメーネリーは、1953年、普通の20~30倍という高食塩食を10匹のネズミに食べさせて、そのうち4匹のネズミを高血圧にすることに成功しました。これが、「高血圧=食塩」説の発端となった実験です。しかし、これだけで常識が作られたわけではありません。その後の研究や実験、あるいは人情などが相まって、この説をどんどんふくらませていったのです。』

・アメリカ人のトビアンやガイトンは、食塩を排泄する腎臓の機能が低下すると、高血圧が起こるという報告をしたが、この実験結果も食塩の体内蓄積が高血圧を起こすという論理につながり、食塩はしだいに悪者に仕立てられていった。

・日本人も「高血圧=塩」という説を裏付ける役割を果たした。アメリカの高名な高血圧学者であったダールは、戦後日本で高血圧患者が多いことに注目し、食塩の摂取量と高血圧の発生率を調べた。対象に選ばれたのは東北地方と南日本で、その結果、食塩摂取量の多い東北地方で、圧倒的に高血圧発生率が高いことがわかった。

・一日14gの塩をとっている南日本の高血圧発生率が20%強であるのに対し、一日27g~28gをとる東北地方では、40%近い発生率で高血圧患者がいたと報告されている。

・ダールは日本での、「食塩摂取量が増加すればそれだけ高血圧の発生率が高くなる」という調査結果を確かめるため、アメリカに戻ってネズミで実験を始め。高食塩食で血圧が上がるネズミどうしを何代にもわたって交配させ、食塩によって血圧が上昇するネズミの家系を作ったのである。同時に高食塩食で血圧が上がらないネズミも同じように交配させ、いくら食塩を食べても血圧が上がらない家系を完成させた。

・『現在からみれば、ここで食塩によって血圧が上昇する人と、全く変化しない人がいることが判明したわけですが、当時の研究者たちの受けとり方は違いました。本態性高血圧症の人はすべて食塩で血圧が上昇する家系だ、と彼らは考えたのです。

一方、医学的に食塩水を人の静脈に注射して、一日に30gの塩を体内に注入すると、収縮期血圧が10~20ミリ上昇することもわかりました。事ここにいたって、「高血圧=食塩」説は、世界の注目を集めるところとなったのです。

この説はまた、一般に受け入れられやすいという点でも、神話としての要素を備えていました。まず普通の人にも理解しやすかったことと、また減塩食が実際的で家庭でも高血圧の治療として実行しやすかったことです。さらに、遺伝によって発病する高血圧を減塩で治せるという点でも魅力的でした。

このように、いろいろな要素が「高血圧=塩」の神話を作り出しては支えてきたのです。

しかし、10年ほど前から、この説を実際の高血圧治療に応用したところ、思ったほどの効果がないどころか、過剰な食塩制限による塩なし病まで生まれ、今日では世界中が食塩説に疑問を抱くようになっています。こうしてようやく、「高血圧=食塩」の神話は過去のものとなったのです。』

一匹のネズミが従来の誤った学説を放逐した

一匹のネズミが従来の誤った学説を放逐した。
一匹のネズミが従来の誤った学説を放逐した。

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・ 『今から二十数年前の1959年、私はネズミを使って高血圧の研究を行うために、ある特殊な血圧測定器を作っていました。ネズミの血圧は人間の血圧とたいへんよく似ているため、血圧の研究にはネズミがもってこいの動物です。ネズミの血圧を測定する器具は、すでに1938年にイギリスで開発されていましたが、その器具はあまり実用的ではなく、精度を高めようとして私も苦心していたのです。

ところが、その最中に偶然にも、私はあるネズミとの運命的な出会いをしました。大げさに言えば、この出会いがそれまでの高血圧の歴史を変えることになったのです。

・血圧測定器の精度を再確認するため、京都大学動物センターから分けてもらった10匹のネズミを、1匹ずつ計器の中に入れ、血圧を測定していたところ奇妙なことに気がついた。10匹のネズミの中に、140ミリと170ミリをいつも示すネズミがいた。つまり、わずか10匹のネズミの集団の中に、正常血圧のネズミにまじって境界域高血圧のネズミと高血圧のネズミがいたことになる。

高血圧のネズミどうしを交配すれば、遺伝性の高血圧家系ができると直感した。遺伝性の高血圧は、人間でいえば本態性高血圧症にあたる。いちばん血圧が高かったオスとメスを繰り返し交配し、三世代目にはオスもメスも100%高血圧になった。中には収縮期血圧300ミリ以上のネズミや自然に脳出血を起こすものも現れた。こうして、1963年に遺伝性高血圧ネズミ、正式には高血圧自然発症ラット(SHR)が完成した

 【メモ】ネズミと研究者による偉業

思わず、”ネズミの血圧計”に反応してしまいました。また、いくつかの興味深い発見もありました。

画像出展:「株式会社ソフトロン

SHR開発記念碑「人類への贈物」
SHR開発記念碑「人類への贈物」

画像出展:「京都大学大学院 松田研究室

SHR開発記念碑「人類への贈物」 

 『高血圧は現代社会で最も多い病態で、三大死因の一つ、脳卒中や、寝たきり、認知症の主要因である。ヒトと類似の高血圧、脳卒中を自然発症する高血圧自然発症ラット(SHR)、脳卒中易発症ラット(SHRSP)は20世紀後半(1963年、1973年)岡本耕造名誉教授・青木久三博士はじめ、京都大学医学部病理学教室の多くの共同研究者の尽力により開発された。 このモデル動物のおかげで、高血圧・脳卒中など成人血管病の病因、病態解明も進み、多くの降圧剤が世界中で新たに開発され、栄養などで脳卒中の予防が可能であることも実証された。 脳卒中を必発する遺伝子を保有していても、その遺伝子を検出し、遺伝子の発現を制御して疾患の発症を予知し予防する、「病む人なき未来医学」の夢がここに誕生したのである。』

画像出展:「株式会社星野試験動物飼育所

高血圧自然発症ラット(SHR)です。

画像出展:「The National BioResource Project for the Rat in Japan

こちらは、高血圧自然発症ラット(SHR)、ではなく、脳卒中易発症ラット(SHRSP)でした。

食塩を減らしても血圧が下がらない場合が多いことが証明された

食塩摂取量が遺伝性高血圧ネズミの血圧に与える影響
食塩摂取量が遺伝性高血圧ネズミの血圧に与える影響

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・『「高血圧=塩」という説が治療に応用されたとき、第一に疑問になった点は、一日10gの減塩食ではほとんどの高血圧の人の血圧が下がらないという事実でした。そこで、食塩説を立証するために、一日1~2gという厳しい減塩食が実施されました。しかし、これでわかったことは、血圧が下がるどころか、過度の減塩食がかえって塩なし病を起こすことだったのです。

高血圧症の患者さんに、一日5gという減塩食を実施してもそれで血圧が下がったのは、10人に1人あるかないかでした。実は、減塩食では遺伝性高血圧が治らないことは、すでに1971年に私の実験で明らかにされていたのです。

遺伝性高血圧ネズミは、人間の本態性高血圧症に相当しますから、それを使った実験で減塩食の効果を判断することができます。』

遺伝性高血圧ネズミを四つのグループに分ける。

①普通の食塩摂取量の10倍の高食塩食

②通常の食塩を含む標準食

③通常の三分の一の低食塩食

④10倍の高食塩食と飲料水として1%の食塩水

それぞれ30週間与えて経過をみた。低食塩食、標準食、高食塩食では、ほとんど血圧に変化はなく、むしろ、標準食グループのほうが低食塩食グループよりも血圧が低かった。唯一、高食塩食に1%の食塩水を飲料水として与えたグループだけが、収縮期血圧が180ミリから220ミリ程度に上昇し死に至った。実際には、このグループのネズミは40~50倍の食塩水を無理やり食べさせられていたことになる。これだけ大量の食塩を30週間毎日食べていれば、体液のバランスがひどく崩れ、ネズミは高ナトリウム血症(血液中のナトリウム値が異常に高くなった状態)と腎不全を起こす。従って、このネズミの死因は高血圧ではなく、食塩の異常摂取による全身状態の悪化が原因である。

この実験によって、遺伝性高血圧ネズミの血圧は、食塩の摂取量に関係がないこと、さらにかなりの高食塩食でも水を十分に飲み、尿を排泄できれば、血圧は上昇しないことがはっきりした。

血圧はこのような仕組みで調節されている

血管平滑筋の伸びが1%少ないと100ミリの血圧は113ミリに、それが3%だと152ミリに上昇する。
血管平滑筋の伸びが1%少ないと100ミリの血圧は113ミリに、それが3%だと152ミリに上昇する。

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

この絵を拝見し、筋肉による細動脈の収縮は血流にこれ程までに大きな影響を及ぼしているということを知りました。

・血管はいつも拡張と収縮を繰り返しているが、最大拡張時の血管は最大収縮時の5倍に広がる。

・血管の収縮と拡張は、動脈の壁にある筋肉(血管平滑筋)の伸び縮みによって営まれている。

・血管平滑筋が収縮時の1.7倍の長さに伸びるだけで、内腔は5倍に広がる。これは血管平滑筋が40%縮むと内腔が5分の1にまで減少するというでもある。つまり、血管はほんの少し筋肉の収縮率を変えるだけで簡単に動脈の太さを変え、血圧を調節することができるということである。

・青木先生が行った流体力学による計算では、血管平滑筋の伸びが1%少ないと100ミリの血圧は113ミリに、それが3%だと152ミリに上昇する。このように筋肉の収縮は血圧に対して大きな影響を与えるのである。したがって、血管平滑筋に1~3%余分に収縮する性質があるとすると、簡単に高血圧になってしまう。

・動脈は大動脈に始まり、中動脈、小動脈、細動脈と枝分かれして徐々に細くなっている。このうち大動脈には筋肉は少なく、自ら太さを調節することはできない。これに対して、自ら拡張と収縮を行い、血管の太さを決めているのは直径100μmほどの細動脈である。この細動脈には大動脈の1000倍もの筋肉があり、その収縮によって血圧は決定されている。したがって、本態性高血圧症の原因は細動脈に潜んでいるのである。

血管の太さを調整し、血圧を調節する物質がわかった

細動脈の筋肉が収縮しやすい性質を持っていると、収縮期には必要以上に血管が細くなる。また、拡張期には十分血管が広がらないために、いつも血圧が高くなるのである。

・本態性高血圧症の原因と考えられる細動脈の内腔の大きさは数種類の命令系統によって調節されている。

・血管自身にはゴムのように、一度伸びれば自動的にもとに戻ろうとする性質がある。

・胃が食べ物によって膨らむと、その圧力を感じて消化運動を始めるように、血管の壁にも血液中の圧力を感じとって、血管の太さを調節する機能が備わっている。さらに、血管の壁は血液中の化学物質をキャッチして、血管の太さを変える働きももっている。このように動脈壁の筋肉自身、神経、血液中の化学物質などによって、血管の太さは四重にも五重にも見張られていおり、それによって血管の太さが厳重に調節され、血圧が正常に保たれる仕組みになっている。それにも関らず、血管が細くなりすぎて血圧が上昇したのが高血圧である。

細動脈に関しては、前週のブログ”塩と高血圧2”の最後に追記した”【メモ】血管の筋肉にある自動血圧調整機能?”を参照ください。

生まれつき高血圧になりやすい人は血管の細胞膜に異常がある

遺伝性高血圧のネズミの血管筋肉細胞は、正常圧ネズミより強く収縮する。
遺伝性高血圧のネズミの血管筋肉細胞は、正常圧ネズミより強く収縮する。

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・細胞内への物質の取り込みは、細胞を包む細胞膜によって調節されている。このことから、遺伝性高血圧ネズミはこの細胞膜になんらかの障害があり、そのために細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇して血管筋肉が常に収縮気味と考えられる。これを人間にあてはめると、本態性高血圧症の人は、血管筋肉内細胞の細胞膜に生まれつき障害があり、そのために血圧になると考えることができる。 

高血圧の人は、もともと血管の筋肉が収縮しやすい

・今までの内容を整理すると、血圧を決めているのは細動脈の内腔の太さで、この太さは血管の壁にある筋肉によって調節されている。そしてこの筋肉の収縮と伸展はカルシウムイオンの濃度で決定され、また、この濃度を調節しているのは細胞膜であるということである。