臨床動作法4

今回は【肢体不自由動作法】の中から、単位動作治療訓練法 をご紹介します。

なお、『臨床動作法の理論と治療』の目次は”臨床動作法2”をご覧ください。

著者:成瀬悟策
臨床動作法の理論と治療

編集:成瀬悟策

出版:至文堂

発行:1992年10月

 

肢体不自由動作法

単位動作治療訓練法

1.単位動作

日常生活で身体を動かすときは、いろいろな部位を同時に使って、意図した方向に身体を動かして目的を達成しているが、自分の手足の動かし方を身につけるような動作の学習を目的とする場合は、動きがはっきりと分かり、動かし方が学びやすい動作の単位を選ばなければならない。動かす身体の部位と動きの範囲及び方向を限定して行う必要がある。

骨格と関節の動きとして意識され、意図できる関節運動のなかでもっとも単純で有意味な動作は、身体の一つの関節を中心にして、一定方向にしかも規定量動かす動作で、これを『単位動作』と呼ぶことができる。肘関節の単位動作は<肘を曲げる>動作や<肘を伸ばす>動作などがそれであるが、両方の動作は、独立した単位動作と考えることができる。

2.単位動作の内容

(1)1つの関節を中心に動かす

緊張のあるところを見つけるには、いろいろな方向に動かしてみるとよいわけだが、だからといってめくらめっぽうに動かしてよいというものではない。緊張が強い子どもは、動かす部位間の区別ができないほど身体部位が未分化の状態にある。動かすときにいくつもの関節を同時に動かしたら、子どもは今どこを、どのように動かされているのか分からなくなってしまう。

そこで初めは、身体のある部位を軸にして動かさねばならない。それは緩める訓練のときと共通であるが、一つの関節を中心とした関節運動をすることである。

例えば、肘を曲げる動作のとき、肩も一緒になって動いてしまうことがある。肘関節を軸にして動かせるよう、訓練者は一方の手で子どもの肩を固定してやり、腕のつけねのところで腕と肩とを分離させ、さらにもう一方の手で前腕をやんわりとつかみ、上肢を支柱にして腕を曲げさせる。

このように一定の部位を基準にして動かすときには、他の部位を一方の手でしっかりと押さえたり、支持してやり、その部位が動かないように保持してやり、目指す部位だけを動かすよう補助してやることである。

(2)1つの方向に動かす

力を抜く訓練のときと同じように、意図した方向に動かす訓練も、最初は<曲げる>という方向について、あるいは<伸ばす>という方法についての動きを十分繰り返して訓練する。その時、曲げて伸ばすという二つの方向の動作を同時に、継続して練習するとうまく行かないことが多い。曲げていくときの力の抜き方はこうだ、伸ばすときの動かし方はこうだというように、一つ一つ方向の動きが把握できるように配慮して行うことである。曲げるときはうまくできたのに、伸ばすときはうまくいかないとか、伸ばすのはいいが、曲げるのは困難だというように、一つの関節でも方向によってかたいところ、動かしにくいところが違って現れてくる。ごまかして動かしているもののなかには、一つの方向に動かしはじめたが、途中で少しずれた方向に動かしてあたかもちゃんとした動きをしているようにしているのに気づくこともある。

(3)規定量を動かす

人の身体の関節を中心にして動く範囲は、身体の部位によって違いはあるが、一つの方向に動かせる可動範囲がある。この筋肉・骨格構造的に動かすことができる限度いっぱいの関節運動を目指さなければならない。その子どもが動かしうる範囲全体にわたって動かし、緊張がないか、動かしているかを確認するのである。可動範囲についての専門的な知識をもっていることに越したことはないが、自分でその部位を中心にして動かしてみたら、腕を上に挙げたら肩のどのあたりまで動かせるものか、足首がどのくらいまで曲がるかが分かるはずである。足首がスネまで曲がるなどとは考えないものである。

一定の方向に動かしてみると、その動きの過程の中でも、動き始めが困難だとか、途中でひっかかるとか、最後のところが難しいとかがより詳しくチェックできるものである。障害が比較的軽いと言われている子どものなかで、表面上は力が抜け、あまり悪さが目だたないのに、歩行などの複雑な動作をすると何となく変な恰好を示すものがいる。この子に一つの関節を軸にした一方向の動作を可動域いっぱいに動かしてみると、思いがけないところにかたさが残っているのを発見することもある。これは緊張や動かしにくさを、これ以上は動かせない生理的な限界だと誤って判断してしまった結果によるものである。

単位動作による訓練では、一つの関節部位を中心にして一方向・規定量動かすことを目指すと述べたが、その部位は手術の経験の有無にかかわらず、弛緩訓練と同じように、あまり急激にしかも強すぎる力を加えたりしないよう注意する。動かせるというから強引にやったりすると、筋肉や腱を痛めることもあるし、悪くすると骨にまで異常をきたすことにもなりかねない。これでは子どもとの訓練習慣や訓練関係がくずれるばかりか、いたずらに子どもに不安感や恐怖心を抱かせる結果になりかねない。手の力の加え方は常に、次第にゆっくりであり、身体を通し感じで調節する。

3.動作学習における単位動作の意義

単位動作は、動作が不自由な脳性マヒ児に対する訓練の方法を探っていた過程のなかから生まれてきた概念であり、訓練方法の1ステップである。単位動作による動作訓練の意義として次の点があげられる。

(1)動作感覚の明確化

単位動作は、各部位ごとの局部的な動きでしかも有意味な動作としてもっとも単純な身体運動の単位であるので、主体者に動かしている感覚がより明確に把握される。動かしている感じ、力を抜いている感覚が弁別しやすく、動かし方の感覚が得られやすい。

(2)不随意運動・不当緊張の抑制

目指す関節部位の動作とその動きに関連した部位の不当な緊張を最小限にくいとめる操作や援助が容易である。

(3)弛緩行動学習の促進-緊張と弛緩の分化

動かすために必要な緊張が分かりやすいことは、緊張と弛緩との感じが分かり、さらに弛緩した状態が維持しやすいことでもある。緊張と弛緩との弁別が可能になり、それを自ら維持できる自己弛緩が得られやすい。

(4)身体感覚の分化

脳性マヒ児の身体感覚は未分化な状態にあるので、身体各部位の、とくに動かしにくい部位の動作を行うことによって、意識できる部位とその背景となる部位とに身体部位を分化させ、知覚できるようになる。身体部位間に「図」と「地」の関係を確立させるような、部位間の分化がすすんでくる。

(5)注意集中の操作

複雑な動作では、同時に複数の部位を関連させて動かすことから、身体のいろいろな部位に注意を集中させなければならない。単位動作では、一つの関節における動きをとくに意識させ、意図的に動かすことであるので、自己の身体への注意が集中でき、その部位と他の部位との身体感覚や動作感覚を弁別し、さらに強化・拡大していくことが可能である。

(6)複雑な動作への般化

段階的に行われる力の入れ方、力の抜き方、動かし方の学習は統合され、いくつもの関節部位を同時に使う動作へと般化していく。ごく単純な動作ができるようになることからはじめて、漸次複雑な動作へと自らがコントロールの範囲を拡大していく方法は、複雑な動作からはじめたときに生じる諸困難がよりよく解決される。

4.単位動作の目的

さて、弛緩訓練によって訓練者が力を加えてみたときに、何の抵抗もなく子ども自身が力を抜けるようになったとき、あるいは自分で気がついて力が抜けるようになり、可動域全般にわたって動くとき、不当な緊張がなくなり弛緩行動ができるようになったと考える。力が抜けるようになると、他から力が加えられたときに、本人の意図と関係なく動くようになる。

私たちが身体運動をしているときには、力を緩めることと有効な方向に緊張させて、動かすことをたえず行っている。動作学習でも緩める訓練をしているときは、力を緩めることを直接の目的としているが、間接的には動かすことも行っている。また動かす訓練を目的的に行っているときには、緩める訓練も同時に行っているのである。うまく力が緩まないと動作が思ったようにできないし、うまく動かないときには不当なところに力が入ってしまっている。つまり力を抜く方向と動かす方向とは、努力の方向が異なるだけで、そこで行う動作は共通である。動作の訓練においては、力を入れることと力を抜くことは表裏の関係にある。その意味で単位動作による訓練では、動かす訓練と同時に緩める訓練を同時に行っている。

5.単位動作による訓練

乳児のようにまだ自分で動きをした経験の少ない子どもは、弛緩の体験をして、そのままにされても緊張の配分や力を入れる方向が変化して動きが誘発されてくるもののようだが、一般的には力を抜かせたら動かす動作の学習を目的的にやらなければ正しい動作の獲得はできない。練習しないでほっておくと前の時よりむしろ悪い恰好にもどってしまうことさえある。そこでどうやって意図的に動かす訓練をしたらよいかが次の問題となる。

(1)他動的に動かす

力が抜けたらこれから動かそうとする動きの過程を、一つの関節を中心に一つの方向に可動範囲をゆっくりと他動的に移動する。これは動かす訓練の第一歩である。これから動かそうとする範囲をどこからどこまで、どのように動かせばよいかの感覚をおこさせ、運動量を体験させることを目的に行う。正しい動きの方向のイメージをつくることにある。このとき動かそうとする範囲に不当な緊張が生じてこないかを確認することも必要である。もし不当な緊張が発生したときには、動かしながら緊張を緩めなければならない。また、この他動的に動かしてやることに終始しては、少しでも早く動くようにしてやろうとする焦りや動いたという訓練者の満足感・安心感は満たされることがあっても、子どもが自分で動かせるようにはならない。

(2)力が入りすぎて動かせないとき

 子どもにできるかぎり楽な姿勢を取らせる(仰臥位、坐位など)。坐位での肘を曲げる動きの訓練を想定すると、訓練者はだっこするように子どもの背後に、背中にぴったりとくっつくような位置に座る。

 訓練者は目指す腕の上腕部分を一方の手でしっかり握り支持する。肘関節部位を軸にして曲げるために、もう一方の手で前腕をやんわりと握る。そして、「力を緩めて、らくにしてごらん。」と教示する。(このとき局部のみならず他の部位の弛緩もできていることを確認する)

 局部(肘関節)を中心にして動かせる限界の位置で、曲げる方向と反対の伸ばす方向に力を加え抵抗を与える。(このとき局部のみに注意が集中するが、他の部位にも力が入らないように留意する)。このようにして、これから子どもが動かそうとする方向に対して反対の方向に手や手掌で力を加える。

 「手を押してごらん」というように教示し、さらに押しこんでやる(必要な緊張状況を確認しながらゆっくりと力を入れて押す)。そうすると十分弛緩している子どもは押されている方向を局部で感じとり、そちらに注意が向き、どこの部位のどこのところが動かされてるかに気づく。はじめは試行錯誤的にいろいろな方向に力を入れてくる。このことを繰り返しているうちに、何かの拍子に、ごく弱い力ではあるが期待する動きの方向に力を入れてくるのを訓練者が感じとることがある。そのとき間一髪。

 「そうそう、もっとずっと押してごらん」といって、正しい反応を強化してやる。

このようにして、動かす方向・力の入れ具合と力の抜き具合のきっかけを与える試みをすると、抵抗の与えられた方向に力が入り、動きの感じがでてくることがある。さらに力を入れて動かす努力をするように援助、激励してやる。ここでの動きには早く動かすことを決して要求してはならない。むしろゆっくりと抵抗に対して一定の速さで動かしていくことに重点をおくことである。動かすことがまったく偶然的に生じた有効な方向の緊張による結果であっても、これが意図する方向に動かそうとする努力の芽なのである。この芽に気づき、それを引きだしてやるのが訓練における重要なポイントの一つである。

(3)動かす方向に力が入らないとき

抵抗を与えそれに反発するような努力をさせようと思っていくら試みても、いっこうに力が入ってこないものがある。もともと動かすだけの力が備わっていないのではないかと思われるような無力性で『不動』のものである。このとき動かそうとする努力によって、局部に思っている方向とは別の方向へ力が入って動きをしているものと、まったく力を入れようとしていないのではないかと思われるものとの二つのタイプが見られる。

このような場合は、当該部位だけが動くように他の部位はしっかり支持して、再度関節運動に戻って、どこかに不当な緊張が残っていないかを確認する必要がある。前後・左右・上下と可動範囲をくまなく動かしてみる。捻じってもみる。すると捻じったときなどに、今までそこは可動範囲の限界と思われた箇所に、動かされたとたん子どもが飛び上がって痛がるような強い緊張を発見するようなことがある。このように力が入らないのは、局部に芯のような緊張の強く入っているところがあって、目標としているところには一向に力が入らないでしまっているものが多くみられる。再度弛緩させた後、目的としない方向に力が入ったり、動いたりしないようにして、子どもの身体の手ごたえを確認しながら、前述の抵抗を与える方法で動かす努力をさせてみると、目指す動作の芽生えはじめることも少なくない。また、力が入らないで誤った方向や部位に力が入ってしまったら、動かすのを中断して、もとの弛緩状態に戻って正しい動作のしかたを繰り返す。

もう一つ局部以外の部位に強い緊張があって、目指す部位の動作に必要な力が入らないものがある。例えば、首のときは肩に、手や肘のとき肩に、股のときは腰に、脚のときは股に等というように、その肢と関連する側の、より身体の中心に近い部位に力が入っていることがある。このようなときは、他の部位の弛緩をした後に、力の入らなかった部位の動作をしながら、「いま肩に力が入りましたよ」とか、「こんどは足に力が入っていますよ」というように、誤った力が入っていることを言葉や身体を通して伝え、「こんどはうまく力が入っていますよ」とか「そう、そう」とかの言葉で正しい動作を強化してやる。また、力の入っている部位に軽く触れてやるとかちょっと叩いてやると自分で気がついて力を抜くものもある。

このようにしてもまだ力の入らない部位があるときは、その局部のみの動作の改善に努力を払わず、もっと全身的、とくに身体の中心の部位である肩、躯幹、腰などの弛緩に心がけ、局部への力の入れ方の変化を待った方がよいようである。

(4)動きが途中で止まったり、方向が違ったりするとき

動きにともなって誤った力が入り動作が途中で止まってしまったり、途中から思った方向とは別の方向に動いて、意図した動作とは違った動作になってしまうことがある。そのときは正しく動かすことができたところで動作ををとめて、動きにくいところや違った方向に動きはじめた箇所は、(2)の手法にしたがって、動かそうとする方向とは逆方向から抵抗を与え、そこを弛緩訓練の手続きにしたがって力を緩めてから、正しい方向に動かす訓練をする。正しい方向に力が入ったときには、「そうそう」などの言葉で正しい反応を強化する。

(5)他の部位に不当な緊張が入り、動かそうとする部位の動作を妨害しているとき

動きの練習を続けると、弛緩訓練では現れなかった不当な緊張が、他の部位に出現することがある。例えば、首の部位を動かす練習をしているのに、肩に力が入ってくることがあって、いくら首をうまく動かそうと思ってもできないことがある。このように他部の不当な緊張が局部の動作の遂行の妨害をしている。目指す部位に誤った方向に力を入れさせたり、まったく力が入らない状態にしてしまうのである。誤った動作には、このように他の部位に不当な緊張が入り、動かそうとする部位の動作を妨害していることが多くみうけられる。

これには他の部位の緊張を他動的に抑制して、緊張しにくい肢位に保持してやることである。またこれは、目指す部位と他の部位との動きのための緊張と弛緩とを、自身で制御することが不可能であることから、思っている部位の意図的緊張を強化するとともに、弛緩訓練を再度行って、他の部位の随伴緊張を制御する方法を学ぶことになる。

(6)他の部位の緊張をとる補助方法

動きはじめても他の部位の緊張がひどくて、これが局部の動作に誤った力を入れさせることになる。局部にまったく有効な力が入らないで、動作が現れないようにしているので、他の部位での緊張を排除するように改めて弛緩訓練が求められる。他の部位の緊張がとれ、局部にうまく力が入って思った動作ができはじめても、他部にまた誤った力が入ってくることがある。この段階では他部を他動的に弛緩させなくても、他部に軽く触れているだけの援助で弛緩できるものである。例えば、腕を動かす動作のときに、他部である肩に手をおいてやるとか手掌で軽くポンポンと叩いてやるだけで肩の力が抜けるようになる。

さらにもう少し上達すると「ほら、肩が挙がってきましたよ」とか「足首に力が入っていますよ」というように、言葉で指示してやるだけで、子どもはその部位の弛緩の要領が分かっているので、すぐ力を抜けるようになる。このように他部の緊張をとる補助のしかたは、他動抵抗の与え方と同様に子どもの動きや緊張に応じて、最初は他動的に強く与えていた力を次第に弱めてゆき、軽く触れるくらいにする。子どもはそうされると、余計に局部のみに注意を集中して、目指す動作の過程を意図的に調整して、ゆっくりしかも確実に動かす努力が可能になってゆく。

(7)動作過程の習慣化・自動化へ

意図した方向に動かすことが出来るようになったのは、他部に不当な力が入らないで、局部に必要最小限度の力ではあるが有効な方向に入れられるようになった結果である。動かすことがうまくできはじめた子どもはどちらの方向に、どこまで、どのように動かそうと意図して動かしているので、動作の過程では力の配分のしかたを考え、調整していく必要がある。動きははじめが分からなかったのが今では必要に応じて動作の方向が分かり、有効な方向へ力を入れることができるのである。動作が始まると有効な方向へ力を入れることが維持できるし、また途中で止まったり、方向の違えたろところでは局部に力が入りすぎたりしないようにスムーズに力を配合し調整している。このようにして意図したような身体運動の遂行が獲得されると、子どもは強く意図し、努力しないでも、思ったような動作が習慣化され自動的にできるようになっていくものである。動かすことへの意欲ばかりでなく、動きに対して積極的・能動的になり、その効果は他の諸活動にまで及んでいくようになる。