脳性麻痺と機能訓練2

今回は、第1章 概論 Ⅴ.脳性麻痺筋緊張の特性 3.運動学的なとらえ方(一部)になります。

著者:松尾 隆
脳性麻痺と機能訓練

著者:松尾隆

出版:南江堂

発行:2002年10月(初版は1995年6月)

目次は“脳性麻痺と機能訓練1”を参照ください

第1章 概論

Ⅰ.求められる機能訓練とは

Ⅴ.脳性麻痺筋緊張の特性

3.運動学的なとらえ方

●異常筋緊張は脳性麻痺の本質的な運動障害である。

●神経学的には異常筋緊張の大半を反射亢進や姿勢反射ととらえるが、運動学的にはこれらの反射を含め、すべての異常筋緊張を局所あるいは全身の筋の過緊張として細かく分析する。

●異常緊張には機能解剖学的にみて一定の規則性があり、異常筋緊張の抑制を考える。

a.人の筋機能の分布

1)単関節筋と多関節筋の機能的差異

●人の筋群は機能解剖学的には多関節筋群と単関節筋群から成り、それぞれが混じり合っている(図1参照)。

多関節筋は体を推進させる推進筋であり、単関節筋は体の空間持ち上げをする抗重力性の高い抗重力筋である。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

左の腓腹筋は膝関節+足関節=2関節→多関節筋。右のヒラメ筋は足関節のみ=1関節→単関節筋

こちらは、STROKE LAB(ニューロリハビリ研究所)さまの ”脳卒中×触診【下腿三頭筋 腓腹筋―ヒラメ筋の起始停止:歩行の関係性】” という記事の中で使われていたイラストです。

 

●下腿三頭筋では、多関節筋である腓腹筋は、体の推進筋で足を底屈させ、その蹴る(底屈)力で体を推進させる。一方、単関節筋のヒラメ筋は同じ底屈筋でも、立脚中期に足をふんばって体を支える筋である。腓腹筋を推進底屈筋、ヒラメ筋を抗重力筋底屈筋という(図3参照)。

●股関節の腸腰筋も、多関節筋の大腰筋と単関節筋の腸骨筋に分けられる。大腰筋は体の前方推進を準備するために水平面で股関節を屈曲させる推進性屈筋であり、一方、腸骨筋は四つ這いなどで、体を抗重力的に空間に持ち上げるために、垂直方向に屈曲させる抗重力筋である。人の筋機能はこのように多関節筋群の推進性と単関節筋群の抗重力性が混じり合って、効率の高い運動を可能にする。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

立脚中期”をご説明するための図です。①~⑤が立脚期(足が地面に着く)で中期はその真ん中のの状態です。なお、⑥⑦は遊脚期と呼ばれています。

この画像は、脳卒中の後遺症からの復帰に光をあてることを目的とされている「few against many」さまから拝借しました。

2)多関節筋の運動学的特徴

①水平面方向のみでの活動しかできない:多関節筋の特徴は、多関節にわたるための筋全体が長く力は大きいが、筋の長さに比し、筋腹は細く起始部も付着部もきわめて細い、したがって、関節を一定の肢位に保持する力に弱く、体を持ち上げるような抗重力的な力は働かせにくい。単なる粗大な推進力源としての屈伸運動しかできない。多関節筋のみでは水中や地上での屈伸などしかできず、四つ這いや立位など、体を地上に浮かすような動きはできない。

②分離運動ができない2つ以上の関節にまたがった筋であるために、1つの関節だけの分離性のある動きができない。股関節を屈曲させるともに、膝関節は伸展させるなど、2つの関節にまたがった動きしかできない。

③粗大運動しかできない:多関節にわたる長い筋であり、大きな動きしかできず、しかも一定のパターン移動しかできない。水平面での推進をはかる粗大推進筋ととらえられうる。

3)単関節筋の運動学的特徴

①垂直方向の動きができる:単関節筋は筋の長さに比し、筋起始部の面積が広く、特定の関節を一定の肢位に保持することが可能であり、拮抗筋と協同しつつ、四肢体幹を垂直方向に持ち上げることが可能である。

②分離運動が可能である:1つの関節に属する筋であるために、1つの関節だけを他の関節と分離して動かすことができる。筋の長さも短く、その関節の細かい動きが可能である。また、初期的な抗重力筋は、四肢の動きを別々に分離させ、四肢交叉移動を可能にしている。

③筋腹が短い:単関節筋は、発達とともにさらに短い筋を分化させ、より抗重力性の高い動きを可能にしていった。しかし、筋腹が短くなればなるほど関節を小さく、より安定的に取り囲み、反面粗大な動きはできなくなる。したがって、抗重力・巧緻筋ととらえることができる図5参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

b.脳性麻痺における多関節筋の過緊張

1.変形と多関節筋過緊張

脳性麻痺では多関節筋が過活動し、痙縮や固縮、局所の変形、そして全身性の緊張性姿勢異常を引き起こす。

尖足腓腹筋の過緊張で引き起こされる。

股関節屈曲変形多関節筋である大腰筋、大腿直筋の過緊張で引き起こされ、かがみ肢位がもたらされる。

股関節伸展緊張多関節筋である半腱様筋、大腿二頭筋の過緊張で引き起こされ、腹這い、四つ這いでの股関節屈曲が妨げられる。

肩のレトラクション変形は多関節筋である広背筋、上腕三頭筋の過緊張で引き起こされる図10-A参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

図10-Aは上です。

 

2.反射と多関節筋過緊張

●反射も多関節筋の過緊張によって亢進する。

●膝蓋腱反射は大腿直筋の過緊張によって亢進する。

●アキレス腱反射は腓腹筋の過緊張によって亢進する。

3.伸張反射と変形

伸張反射が亢進することにより変形がもたらされると考えられる。

●膝蓋腱反射亢進で伸展膝、反張膝がもたらされる。

●アキレス腱反射亢進で尖足変形がもたらさせる。

●手指、足趾の把握反射亢進で手指の屈曲と足趾の屈曲変形がもたらされる。

●上腕二頭筋反射亢進で肘屈曲変形がもたらされる。

●上腕三頭筋反射亢進で肘伸展変形がもたらされる。

c.脳性麻痺における推進性障害と固縮

1.屈筋、伸筋の同時緊張と推進性障害

●脳性麻痺の特徴的な病像に関節の固縮がある。運動学的には固縮は屈曲多関節筋と伸展多関節筋の同時過緊張によって引き起こされると分析される。

人の関節の柔らかさと相反神経支配(相反神経支配の運動学的意義)

相反神経支配という神経学の言葉がある。これは運動学的には、“屈筋が働く時は、伸筋がゆるみ、伸筋が働く時は、屈筋がゆるむこと”という単純な現象である。人の関節の動きは、このような筋活動(神経学的には、相反神経支配という)によって柔らかく保たれる。このように、相反神経支配によって、全身の関節では屈曲・伸展両方向への素早い動きの転換が可能となり、効果的推進がはかりうる。

関節を保護するための伸張反射(何のために伸長反射はあるか)

この動きは運動学的には、一側の筋が過度伸長された時に拮抗側の筋が瞬時に収縮し、過度伸長を防止する関節防御機構である。伸張反射は、運動学的には重要な生体側の防御機構ととらえられる。

脳性麻痺における過剰な伸張反射と相反神経支配の破壊

伸張反射は脳性麻痺では屈伸両側で過剰に働き、関節の動きにくさがもたらされ、推進性の交互の動きが制限される。例えば、膝関節の屈筋が働こうとする時、拮抗筋の伸展も過剰に反応し、屈伸両側の筋が同時に緊張すると固縮がもたらされ、前方への動きが阻害される(図8参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

d.脳性麻痺における単関節筋の麻痺

1.単関節筋の麻痺と抗重力機能の低下

●人が発達の過程で分化させた単関節筋群は、中枢神経の損傷とともに麻痺し、抗重力機能が低下する。股関節では大殿筋、中・小殿筋が不全になり股関節の十分な伸展ができず、立位保持が困難になる。

膝関節内側広筋、外側広筋、中間広筋(大腿四頭筋の中で大腿直筋は多関節筋になります)の機能不全で膝の伸展力が低下し、効果的な立位保持ができず屈曲肢位になり、かがみ肢位(図6-A参照)、四つ這い肢位をとることになる。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

足部骨間筋、ヒラメ筋の麻痺がきて、外反扁平足がもたらされ、支える力が弱く立位困難となる。

上肢は上肢の挙上筋である三角筋や肘の伸筋である上腕三頭筋内・外側頭が麻痺し、持ち上げ機能が弱くなり、上肢の空間保持、四つ這い肢位保持などが困難となる。

2.多関節筋過活動による単関節筋活動の抑制

多関節筋の過活動によって単関節筋の抗重力活動が抑えられる。

股関節の単関節性伸筋である大殿筋は、拮抗する多関節性屈筋である大腰筋や大腿直筋の過緊張により活動が抑えられ、伸展パターンがもたらされ、効果的な四つ這い・立位移動ができなくなる。

e.多関節筋、単関節筋の概念と訓練への応用

1.緊張抑制と抗重力性活性化への応用

多関節筋の緊張が拮抗する単関節筋の活動を抑えるという発想をすると、訓練上に有力な手掛かりが得られる。

●股関節の伸展緊張について、腹這いを考えてみる。ハムストリングの緊張を抑えて股関節を屈曲する(図10参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

単関節筋である腸骨筋が活性化されて股関節が曲がり、次の前進に備える。抑制が前進の妨げにならない(図43、44参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

こうして体内の筋を多関節筋と単関節筋に整理すると、これまで疑問視されていた抑制と賦活(促通)という発想が息を吹き返してくる。“多関節筋の過活動を抑え、抗重力単関節筋の働きを促進する”ということである。

2.多関節筋と単関節筋の走行の差(目線を水平にするという発想へ)

多関節筋のV字状走行

多関節筋(最長筋)は、体の中心線(棘突起)から中枢方向へ体の外側に走行し肋骨や横突起に付着し、V字形の形をとる。したがって、この筋群が働くと体が横に傾きやすい(図11参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

頚では多関節筋の頭最長筋が働くと、頭が左右に振られ両方の目を結ぶ線が水平を保ちにくい。胸鎖乳突筋もV字形で頭が左右に振られやすく、目と目を結ぶ線が水平を保ちにくい。体幹も同じで胸最長筋と腸肋筋はV字形をとり、この筋群が働くと体が側方に振られやすい。屈筋側では、外腹斜筋はV字形をとり、この筋が働くと体が横に振られる。いずれも体の安定に働かない。

単関節筋の走行

単関節筋は末梢寄りの体の外側(横突起)から、中枢へ体の中心線(棘突起)の方向に走り、逆V字形を示す。この筋群は少々活動しても頭や体幹は倒れにくく、両側性に働くと頭や体幹を垂直位に起こし、一側性に働くと体を回旋させる。これらの筋活動では、目と目を結ぶ線、あるいは肩と肩を結ぶ線がたえず水平に保立たれる。頚では、後頭下筋、短回旋筋、長回旋筋、多裂筋は筋が短く、逆V字形をとり、単関節筋的に働く重要な抗重力筋であるととらえられる(図12参照)。

画像出典:「脳性麻痺と機能訓練」

 

目と目の線を水平に訓練

頭の持ち上げや寝返りでの抗重力的な姿勢とは、回旋によって目と目あるいは肩と肩を結ぶ線が、たえず水平に保たれるような姿勢であることが教えられる。逆に、目と目の線が垂直方向に傾けば、それは多関節筋の過活動による過緊張肢位ということになる。このことから目と目あるいは肩と肩を結ぶ線を、水平に保つ訓練が緊張を抑えるのにもっともよい重要な訓練であることがわかる。このような知見から、訓練はたえず目と目の線を水平にするような方向で行われるのが望ましいことがわかる。