不安障害2

今回は、前回の”不安障害1”の続きになります。

 

著者:水島広子

出版:技術評論社

初版発行:2010年10月

第8章 身近な人との不安とのつきあい方

不安障害の人に接する基本姿勢

 解決できる不安と感じるしかない不安を区別する

●『一般に、不安の強い人をめぐって混乱している状況を見ると、周りの人が本人の不安を解決しようとしてしまっている、ということが多いものです。「心配しない方がいいよ」というものも含めて、さまざまなアドバイスを与えているのです。

実は、アドバイスには大きな問題があります。アドバイスというのは、現状はよくないから変えるべきだ、というメッセージをもともと含んでいるものです。

●『感じるしかない不安を前に混乱している人は、自分の不安にも不安を感じているものです。自分が不安であることも不安だという状態の人に向かってアドバイスをしてしまうと、自分が不安であることへの不安がますます強くなってしまいます。「やっぱりこのままではいけないんだ」と思ってしまうのです。』(”感じるしかない不安”については、”不安障害1”の中の第1章にある”解決すべき不安と感じるしかない不安”を参照ください)

●『そもそも「感じるしかない不安」を感じているわけですから、「心配しない方がいいよ」と言われても、どだい無理な話なのです。』

 気持ちをよく聴き肯定する

●『「こんなときには不安になるよね」と、不安を肯定してあげるのが最も適切な対処です。聴いてあげることは重要です。感じるしかない不安は、原則として、安全な環境で表現するとだんだん落ち着いてくるものだからです。安全でない環境というのは、自分の不安が不適切だと思われるような環境のことです。すぐにアドバイスされてしまうような環境は、「あなたの不安は不適切だからすぐに変えなさい」と言われているのと同じことになってしまいます。

「治療者」ではなく「支え役」を引き受ける

 治療は専門家に任せる

●『治療者は、専門知識に基づいて事態を改善していく役割、そして、身近な人はそれを支える役割を果していただきたいのです。

●『本人が焦ったり、その中で挫折する自分を責めたりしてしまうようだったら、「ゆっくりやろうね」「まだまだ無理しなくて大丈夫」と安心させてあげるのです。

●『引きこもっているケースなどでは、本人にハッパをかけないと本当に一生引きこもったままになるのではないかと思われることもありますが、ハッパをかけても解決にはなりません。ハッパのかけ方によっては、やはり心の傷や対人不信につながります。もちろん、治療的な刺激を与えることはプラスになりますが、その方針を考えるのも、専門性のある治療者の仕事です。』

 受診の勧め方

●『受診を勧める際には、いくつか注意したい点があります。不安障害の方は、不安の基本レベルが高くなっていますので、普通だったら不安に思わないようなことにでも不安を感じやすい状態になっています。「これは不安障害だから病院に行った方がいいよ」とだけ言ってしまうと、「不安障害」「病院」という言葉に反応し、「私はそんなにおかしいの?」「これからどうなってしまうの?」「病院だなんて、そんな怖いところ…」と、どんどん不安が燃え上がることにもなってしまいます。』

●『情報を提供する自分が落ち着いているかどうかに注目するとよいでしょう。自分の不安を投げかけるような形で情報提供してしまうと、本人はさらに不安になってしまいます。

●『本人がどう思っているのかという気持ちを必ず聞きます。何であれ変化は不安を喚起するものですが、安心できる環境で気持ちを話せれば不安は軽くなるからです。』

 

画像出展:「正しく知る不安障害」

身近な人がパニック発作を起こしたら

 まず自分が落ち着くこと

●『一緒にいる人がパニック発作を起こしたら、まず自分が落ち着きましょう。自分がパニックになってしまうと事態がややこしくなります。「どんな不安発作も、30分程度でおさまるのだ」という原点に戻りましょう。そして、それを少しでも早くスムーズにするためには、安心と呼吸だということを思い出してください。』

●『一緒にゆっくり呼吸してあげるのもよいでしょう。「ゆっくり吸って―」「吐いて―」と、呼吸のペースをとってあげるのです。』

●『パニック発作は、時間がたてば必ずおさまります。むしろ、一緒にいる人が不安になってそれを本人にも伝染させてしまうと、それが次の刺激になって不安がもっとひどくなる、ということにもなります。』

 

画像出展:「正しく知る不安障害」

「怒り」という名の不安に対処する

 怒っている人は困っている人

●『何かで困って、「どうしよう」と不安になると、相手に怒りをぶつけてしまうのです。これは、「八つ当たり」と呼ばれるものと同じ現象です。自分の不安を不安として引き受けることは、案外勇気とエネルギーを要するものです。自分の不安を引き受けて向き合うよりも、それを相手への怒りとしてぶつけてしまった方が楽だと感じる人は多いのです。』

 反撃しないで安心させてあげる

●『相手の攻撃を攻撃として受け止めずに、本来の不安として受け止めてあげることです。これは、相手のためというよりも、自分のためだと思ってください。表面的には口汚く攻撃している人でも、本当のところはただ不安なだけなのだ、という目で見てみると、見え方が明らかに変わると思います。』

不安の土俵に乗らない

 不安障害の不安はそのままの次元では解決しない 

● 『不安障害の人に対応する上で重要なのは、相手の不安の土俵にのらないということです。不安障害の人の不安を、そのままの次元で解決できることはまずないと思ってください。』

第9章 怖れを手放す

不安を単なる感情に戻す

 感情としての不安と、心の姿勢としての怖れ

●『不安障害が治るということは、不安を、単なる感情という本来の立場に戻してあげることです。』

●『不安障害の最中には、不安は自分の人生を支配する巨大な存在になっています。自分の全存在が、不安によって振り回されているのです。この、「化け猫」ならぬ、「不安のお化け」が不安障害です。不安は、なぜ「不安のお化け」になってしまったのでしょうか。細かく見れば、それは、本書で述べてきたような悪循環によってどんどん大きくなった、と言えるわけですが、さらに大きな目で見ると、不安は「怖れ」を吸収すると「お化けになるのだと言えます。』

●『痛みは、それが単なる感覚である限りは、ただの痛みです。でも、「痛みとは怖ろしいものだ」と、「怖れ」が加わると、「痛みのお化け」になって、生活を支配することにもなってしまいます。例えば、いつもいつも痛みのことばかり気にするようになってしまう、という状況を考えていただくとよいと思います。不安についても全く同じことで、単なる感情である限りは、ただの不安なのですが、不安を怖れてしまうと、「不安のお化け」になるのです。

 不安をコントロールしようとしない

●『不安を怖れないということは、本書で述べてきたように、不安に関してコントロール感覚を持つということです。重要なのは、「不安をコントロールする」ではないということです。不安は、状況の意味づけを教えてくれる感情ですから、必要なときには出てきます。そうやって不安が出てくることも含めて、受け入れることができれば、コントロール感覚を持つことができますし、不安に対する怖れを手放すことができた、と言えるでしょう。』

●『不安をコントロールしようとしてしまうことの何が問題なのかというと、そもそも不安は状況に応じて出てくる感情なので本当にコントロールすることができないということもありますが、さらに重要なのは、不安をコントロールしようとする姿勢が、怖れの姿勢だからです。

現在に生きる

 安心は現在にしかない

●『不安が強いとき、私たちは現在のありのままを経験していません。現実に「不安」というモヤがかかったようになっていて、実際に見ているのは、モヤを通した現実どころか、場合によってはモヤしか見ていないということもあるのです。モヤの中にこそ不安障害を維持する悪循環があります。』

●『認知療法は、モヤをよく観察して、所詮はモヤに過ぎないということを知るための治療法です。また、対人療法は、モヤの向こうにある現実とやりとりをして、モヤを晴らしていく治療法です。』

●『安心は現在にのみあります。未来には常に未知の要素がありますので、そこには100パーセントの安心はありません。でも、今現在に集中することができると、そこには不安の入り込む余地がなくなるのです。』

自分の歩みにコントロール感覚を持つ

 「前向き」よりも「後ろ向き」がよい

●『「前よりも後ろを向く」というやり方がお勧めです。どういうことかと言うと、「まだできていないこと」ではなく、「ここまでにできるようになったこと」を見るということです。

具体的には、未来のことはできるだけ考えないようにし、目の前のことだけをやる。そして、未来のことが不安になってきたら、病気に取り組む前の自分や、一年前の自分などと比較して、「こんなによくなったんだ」ということを感じてみるのです。前頁で「現在に生きる」ことをお勧めしたのに、過去を振り返るというのは矛盾していると思われるでしょうか。これは、過去を振り返っているようでいて、実は現在の自分の力に気づくやり方です。』

 人と比較したくなったときは

●『人と自分を比較するときには、私たちは、人の「よさそうな部分」や自分の「だめな部分に目が行ってしまうものです。特に、不安が強いときには、自分の不安を刺激するような形で見てしまいます。そんなときにも、比較対象を「他人」にするのではなく、「過去の自分」にしましょう。一番状態が悪かった頃の自分と比べてみるのです。すると、自分が、決められた道の上を着々と歩んできたことがわかると思います。これからもこの道を進んでいけばよいだけであって、「他人」に目がくらんでこの道から落ちてしまうことが最も問題なのだということに気づいていくでしょう。』