悪玉タンパク質

ヒトの体は水分が最も多く、成人では50~70%と言われています。そして、次に多いのはタンパク質でおおよそ15~20%です。コラーゲンは総タンパク質の約1/3もあり、筋肉よりも多いとされています。申すまでもなく、タンパク質はなくてはならない物質です。
ところが、その不可欠なタンパク質が、時に原因不明の病の材料になってしまうことが多々あります。以下はその代表的な疾患です。

「タンパク質の一生」より
タンパク質によるフォールディング異常病

 

画像出展:「タンパク質の一生」(岩波新書)

何故こんなことになるのか? 何が起きているのか? どうしたら避けられるのか?ということを以前から疑問に思っていました。
先日、他の本を探していたときに、ふと「タンパク質」のこの疑問を思い出し、2008年と少し古い本ですが、「タンパク質の一生―生命活動の舞台裏」を買って読んでみることにしました。

著者:永田和宏
「タンパク質の一生」

 

著者は永田和宏氏です。

わかったこと
何故起こるか、何が起きているのかという疑問は、アミノ酸を1個の部品(例えば自動車のハンドル)とすれば、タンパク質は部品が集まったユニット、そしてユニットが集まった製品(自動車そのもの)であるため、時に、組立工程での間違い、前工程の設計段階で起きていた間違い、間違った部品が納品されていたなど、単体の部品ではない部品の集合体の製品だから、問題が起きやすいということに気が付きました。
明確なルールはないようですが、一般的には50個以上のアミノ酸で構成されたものはタンパク質というようです。ちなみに血液に含まれるヘモグロビンはアミノ酸574個から出来ています。

画像出展:「国立研究開発法人産業技術総合研究所」

様々な消化液によって、ポリペプチド→オリゴペプチド→ジペプチド→アミノ酸という小さな分子に分解される。
蛋白質の消化の流れ

消化の話はここでは関係ないのですが、タンパク質という大きな分子が、様々な消化液によって、ポリペプチド→オリゴペプチド→ジペプチド→アミノ酸という小さな分子に分解されることを確認頂くために掲載しました。

画像出展:「人体の正常構造と機能」(医事新報社)

そして、最も気になっているタンパク質が原因物質とされている病は、「フォールディング異常病」とされています。つまり、タンパク質という製品を組み立てる際の組み立てミスということです。正確には、フォールディングとはアミノ酸を巧妙に折り畳んでタンパク質の構造を作っていくプロセスのことをいいます。

何故、このプロセスで問題が発生するのかは明らかになっていませんが、原因とされているのは、熱、細菌感染、炎症、活性酸素、紫外線、飢餓、低酸素状態などのストレスです。なお、フォールディングに失敗したタンパク質は凝集する傾向があり、凝集したタンパク質は細胞にとって非常に有害なものとなります。
下図の中に書かれた「分子シャペロン」は、タンパク質が正常な構造・機能を獲得するのを介添えするのですが、その対象は細胞内タンパク質では約30%といわれています。

また、HSP(Heat Shock Protein)は「ストレスタンパク質」と呼ばれ、その働きは「分子シャペロン」と同じ「介添え人」です。違うのは平常時に作られて機能しているものが「分子シャペロン」、ストレス条件下にさらされた際に機能するのが「ストレスタンパク質」ということになります。

「分子シャペロン」は、タンパク質が正常な構造・機能を獲得するのを介添えする。
分子シャロペン(介添え)

画像出展:「国立研究開発法人産業技術総合研究所」

「フォールディング異常病」の原因とされるストレスを避けることができないとしたら、それらに強くなる耐性をつけることが求められます。1つの答えは免疫力を高めることだと思います。
また、それに関連して自律神経のバランスを整えることも同様に必要です。このように考えると、「過度なストレスと乱れた生活習慣を見直し、適切な睡眠・食事・運動を心がける」という対策に導かれてしまいます。

新しい治療法に向けて(本文からの引用です)
『こうした病態は、従来の遺伝病の概念からは理解できない新しい概念である。ある特定の遺伝子に変異が起こり、それによってそのタンパク質の担っていた機能が損なわれるために病気になるというのが、大きく考えれば従来の遺伝病の考え方であった。もちろんそれにはおさまりきれない病態は数多くあるわけだが、この最後の章でみてきた病気は、それらとは大きく様相が違っている。特定のタンパク質の機能が損なわれたのではなく、そのタンパク質の機能とは関係なく、そのタンパク質の不安定性のためにタンパク質の凝集体を作り、それが細胞に毒性を与えることによって神経細胞脱落などの症状を呈することになるというものであった。フォールディング異常病という命名は、そのような病因を端的に示している。
これらを見てみると、タンパク質の品質管理が生命体にとっていかに重要かということに改めて注目しないわけにはいかない。フォールディング異常病、そして遺伝病としてだけでなく、プリオン病のような、DNAを介さない新しい感染症の様態も見え始めてきた。
ファールディングや品質管理は、タンパク質が正しく働くために精緻に構成された細胞のシステムであるが、そのシステムは、当然のことながら、うまく働いているあいだは私たちの目に止まることは比較的少ないものの、いったんそれが破綻すると、あるいは品質管理機構がオーバーフローすると、目に見える病態として私たちの前に立ち塞がる。それは元々が私たちの身体の一部を構成しているタンパク質であるだけに、その治療が難しいのである。それは、ある意味ではがんの治療が難しいのに似ている。
がんも元をただせば、私たちの個体を構成していた細胞に何らかの変異が生じて、悪性化したものである。抑制が効かなくなってどんどん増殖してしまうという困った特質、またその細胞本来の機能を喪失しているという性質の他は、私たち自身の細胞と変わるところは少ない。だからこそ、他から侵入してきた細菌などを攻撃するようには、うまくがん細胞だけを殺すことができないのである。抗がん剤などによる化学療法では、正常細胞を殺す副作用と折り合いをつけながら治療しなくてはならなくなる。
フォールディング異常病の場合も、元々は体内にふんだんにあるタンパク質が「違法化」していくのであり、現段階では、それらに特異的な治療法をみつけることは困難な状況にあると言わざるをえない。その有効な治療法のためにも、フォールディングの特質をより深く知り、また品質管理の機構をより詳細に研究することは、将来におけるそれらの疾患の克服のためには避けて通ることのできない重要なステップなのである。』