ウォーミングアップに大切なこと

2月号の月刊トレーニングジャーナルの特集は「ウォーミングアップ」でした。寄稿されているのは以下の5つです。今回のブログでは、この5つの中から、「ケガの予防」「有効性」「汎用性」の3点に焦点を当て、共通した重要ポイントを洗い出すということをしてみました。
1.「身体と技術の両面から組み立てるウォーミングアップ」

   加藤裕氏 AC長野パルセイロフィジカルコーチ、日体協AT]、CSCS、修士(スポーツ医学)
2.「セルフコンディションチェックの一環としてのウォーミングアップ」

   山路達也氏 NSCA-CPT、長崎女子商業卓球部トレーニングコーチ
3.「伝統打破の勇気を要したウォーミングアップの改善とその効果」

   秋吉奏穂氏 慶應義塾大学體育會ホッケー部女子マネージャ兼トレーナー

   石橋秀幸氏 慶応義塾大学スポーツ医学研究センター、修士(健康マネジメント学)
4.「多様性を与えるウォーミングアップ」

   尾野伊織氏 柔道整復師、ストレッチ&コンディションめんてなスタッフ
5.「動作スピードに着目した動的ウォーミングアップ」

   千崎和真氏 大原学園選任教員、大阪府立大学大学院(博士前期課程在籍中)

月刊トレーニングジャーナル2月号
月刊トレーニングジャーナル2月号

 

月刊トレーニングジャーナル2月号です。

1.「身体と技術の両面から組み立てるウォーミングアップ」(サッカー)
 ・スポーツにおいてバランスを崩す局面の多くは片脚立位時であり、股関節外転筋が働くことに
よりバランスの崩れを抑えることができる。
 ・特に股関節は球関節で高い可動性を持つことに加え、股関節周囲の筋は片脚立位姿勢の安定性
に寄与するだけでなく、その筋力低下は膝のストレス増大や腰椎の代償動作を引き起こすなど様々な外傷・障害につながる可能性があるため、可動性と安定性の両面からアプローチする必要がある。逆にこれらが破綻し、上肢・体幹・下肢の可動性、安定性、協調性に問題が生じると、不良なキック動作を呈し、グローペイン症候群と呼ばれる鼠径部周辺に自発痛が発生するサッカーの競技特異的な障害に至ると考えられている。
 ・シーズンを通して外傷・障害を予防して高いパフォーマンスを維持するために、計画的に筋力
や可動性の向上、効率的な動作の習慣化などに取り組むことで、日々のウォーミングアップの時間を有効に活用している。
 ・ハムストリングスの肉離れは男子サッカーでは全外傷の13~17%を占める最も多い外傷であ
る。予防には伸張性収縮を伴う筋力強化や膝関節と股関節を複合的に使うトレーニングが有効とされているが、選手の多くは練習や試合後にハムストリングスの疲労を訴えたり、日頃から張りを訴えることがあるため、単調な負荷量の漸増だけでなく、実施のタイミングも非常に重要である。

 

2.「セルフコンディションチェックの一環としてのウォーミングアップ」(卓球)
 ・ウォーミングアップの最後に5分間のフリータイムを設け、選手自身にどうするのが最もコン
ディションが整うかを考え実行してもらうようにした。たとえば5分間休憩するのもよいし、ストレッチをしても、走ってもよい。どうすれば最もコンディションが整うかを考えて実行する。フリータイムの間に選手が実施するのは、これまで行ってきたウォーミングアップやトレーニングの種目から選択したものである。また、自分で解決策がわからない場合には声をかけてもらいアドバイスしているが、まずは選手の自立を促すことが重要である。
 ・スポーツに共通するアスレティックポジションの獲得を重視している。腰、膝だけでなく殿筋
群やハムストリングスのストレッチ、大腿四頭筋や腸腰筋、そして体幹を鍛える必要がある。

 

3.「伝統打破の勇気を要したウォーミングアップの改善とその効果」(グラウンドホッケー)
 ・ケガの調査では殿部と下肢が74%(37件)と最も多く、股関節10%、腰背部8%、その他8%
だった。殿部・下肢の内訳は殿部と大腿後面が7件、大腿前面10件、膝20件であった。膝は靭帯損傷15%、半月板損傷10%だった。膝のケガはアクシデントによるものが多い。大腿部、下腿部、足部のケガでは、特に肉離れと疲労骨折は痛みを我慢してプレーを継続することで結果的に競技復帰を遅らせる原因になっていることが多く、これらを含めた大腿部、下腿部、足部のケガを予防することがケガの発生頻度を大きく減らせるのではないかと考えた。
 ・フィジカル部分に着目して、選手個々の運動の背景や個人の柔軟性、コンディショニングが異
なる中で全員一律でルーティンで実施するウォーミングアップはケガのリスクになっている可能性がある。
 ・ウォーミングアップの順番は、動的な種目で筋肉を温めた後に、静的ストレッチにより筋肉を
冷やすことになるのは適切ではない。
 ・選手自身がコンディションに応じて種目を選択するようにしたことにより、ウォーミングアッ
プを行う目的(どの筋肉を伸ばしているのか等)を考えるようになった。
 ・天候や気温によってウォーミングアップを日替わりにした。
 ・選手の意識を変えたことにより、約40%のケガによるテーピングが10%に減った。その10%も
予期せぬケガが原因であり、慢性的なケガによるテーピングはほとんどなくなった。
 ・選手各自が自発的にコンディションチェックを行うことで、自分の身体に起こっている異常に
敏感になり、ケガに対するリスク管理が高まった。
 ・ウォーミングアップ以外、シューズ、服装、食事、サプリメント、リフレッシュ方法なども考
えるようになった。

 

4.「多様性を与えるウォーミングアップ」(野球)
 ・股関節はバッティングや走動作の際に十分な動きが必要である。バッティングも走動作も力を
発揮して重心を移動させることであり、発揮した力によって足底から得られた地面反力を、スムーズな股関節の動きにより上半身へと無駄なく伝えることで力強いパワー発揮を可能にする。このような理由からヒップローテーションや股割りでのスライド、四股、フロッグストレッチなどを行っている。順番としては、その場で実施するものから、移動しながら実施するものへと移行し、漸増的に全身を連動させて動かしていけるように配慮している。
 ・ルーティーンで実施しているのは基本的にはダイナミックストレッチのみである。ルーティー
ン動作では、これまでの自身の動きや身体の状態と照らし合わせて、その日の調子を感覚的に捉えるとともに、試合に向けての心身の状態を整える。
 ・ムーブメントドリルやアジリティドリルでは、ルーティンの中にイレギュラーなルーティーン
外の動作を取り入れて、いつもとは違う動作を経験させ、多様な動作に対応できる下地をつくろうと考えている。
 ・野球のケガには、投球の肩や肘の痛みやコンタクトによるものもあるが、それ以外にも想像し
ていなかった動きに身体がついていけず発生するものもある。たとえばフライを追いかけていて味方と接触しそうになったのを避けたときや、強いライナー性の打球が内野手に捕られたのを見て、走者が慌てて塁に戻ろうとするときなどである。
 ・競技とは離れた動き、子どもが遊びの中で行うような簡単な動きを多く取り入れている。これ
は野球にとらわれない基礎的な身体操作能力を向上させる目的が強くある。
 ・目的の動作が60~70%獲得できたら新しい動作に変更していく。その場ではあえて動作を完成
させないことで、その選手に伸びしろを与える。その後その選手が完成されていない動きに対して自分なりの解釈を加え、検証し、練習し、よりよいものへと変化させていく。このようにすることで選手に、自ら考えて練習する習慣をつけられる。

 

5.「動作スピードに着目した動的ウォーミングアップ」(バスケットボール)
 ・1990年代後半からパフォーマンスとストレッチングについての研究が深まるにつれ、静的ス
レッチチングの実施がパフォーマンス低下を引き起こすという研究結果が多数出てきた。こ理由は、筋温とパフォーマンスに関係があり、静的ストレッチチングでは筋温はあまり上がらないためパフォーマンスを発揮しづらいのではないかというものであった。2000年頃になると、筋温を高めてパフォーマンス発揮に適しているのは、動的ストレッチングだとする研究が多数出てきた。現在は30秒未満の静的ストレッチングはパフォーマンスを低下させないという見解も出ているが、主流は動的ストレッチングといえる。
 ・動的ストレッチングを速く行った方が、ゆっくり行うよりも、その後に行うジャンプパフォー
マンスが高く、その差は統計学的に有意であったというものがある。さらにこの研究で着目すべき点は、両者ともに同程度の筋温の上昇が見られたとのことである。つまり、筋温がパフォーマンスの向上につながるのではなく、それ以外の要素(おそらく神経系の何らかの要素)がパフォーマンスの向上につながるのではないかと推測されている。筆者は「動作の速度」に注目すべきと考えている。

 

まとめ
 ・ウォーミングアップの内容
  ・ルーティンで行われているウォーミングアップには、チーム全体の意識を高める目的と選
手個々の集中力および体のコンディションを整える目的があるが、後者に関しては本当に効果が得られているか検証した方がよい。
  ・ウォーミングアップの大きな目的の一つに体を温めるということがある。時に温めた体を
それに続く静的ストレッチングにより、体を冷やしてしまっていることがある。特に気候、天候を考慮しウォーミングアップの順番を考える。
  ・ケガの原因の多くは、オーバーユース(使いすぎ)とアクシデントに分けられると思うが、
アクシデントの中には予期しない、突発的なことから起こる場合もある。これについては競技にはあまり出てこないようなイレギュラーな動作、たとえば子供が遊びの中で行う動作等を組みいれる。
 ・選手の意識
  ・選手自身がウォーミングアップの必要性を理解し、自分にとってコンディションを整える
最良な方法を考え、そして最適なものにしていくための工夫を継続する。 
  ・ケガに対する正しい認識や筋肉などの基本知識を学び、ウォーミングアップに限らず、
食事、睡眠、道具、リフレッシュ法など、自分のコンディション維持、改善のための意識を高め工夫する。
 ・筋・腱・靭帯・関節
  ・股関節は片脚立位姿勢の安定性に寄与し、筋力低下は膝や腰に影響を及ぼすため、可動性
と安定性の両面からアプローチする。例えば、ヒップローテーションや股割りでのスライド、四股、フロッグストレッチなどが有効である。
 ・チーム側の管理
  ・個々の選手を尊重し、任せるという部分を取り入れる。
  ・肉離れや疲労骨折など初期段階では無理が利く傷害は、パフォーマンス低下だけでなく選手寿命
にも関る問題であり、「体作りとコンディショニング」という課題に対し、最終的にはチーム方針として徹底することが望ましい。