鍼通電療法を検討する(前編)

経緯
現在、私は自宅近くにある訪問鍼灸・マッサージのプラナ治療院で週2回、仕事をしています。
患者は高齢者がほとんどですが、中には脳卒中後遺症による麻痺の患者さまやパーキンソン病などの中枢神経系の障害をもった患者さまもいます。
30分という治療時間を考慮し、標治に重きをおいています。また、硬くなった筋肉を緩めるには、置鍼時間を長くとったり、雀啄などの鍼の手技を加えたりするのが一般的なのですが、麻痺により動かないという状態の筋肉でも効果をだすため、さらに良い方法を探していました。
そこで、候補に上がったのが「低周波鍼通電療法」です。専門学校時代にこの手法の授業を受講しており、復習の目的で学校で使っていたものと同じ装置も購入していました。また、プラナ治療院には携帯できる小型の通電装置を使っている仲間もおり、その評判も聞いていました。
しかしながら、専門学校卒業後は経絡治療という東洋医学に基づく手技だけに取り組んでおり、鍼通電療法からは完全に離れていたため、まずは学校で使っていた「鍼通電療法テクニック 運動器系疾患へのアプローチ」を復習することから始めることとしました。


電気刺激法の起源
電気を使った痛みの治療の起源は古代エジプト(紀元前3000年)といわれています。これは墓石に電気ナマズの彫刻が残されたことが由来となっています。また、古代ギリシャの哲学者のアリストテレスも電気エイが痛みを和らげることを伝えています。
興味深いのは、電気エイの電圧は40~50Vで現在の低周波装置に近いということです。なお、電気魚の活用はヨーロッパでは18世紀まで続きます。
1744年には約100年前に発明された静電気装置をベースに人工的な電気が医学に応用されました。そして19世紀になると、アメリカで歯痛に電気刺激が有効であることが知られ、多数の臨床試験が行なわれました。こうして1858年にはアメリカの外科医によって最初の電気刺激装置の特許が取得され、その技術はヨーロッパへ伝えられました。


鍼通電療法の起源
初めて鍼に電気を通して治療を行ったのは、1825年にフランスの医師が日本や中国から貿易によってもたらされた鍼に通電を行ったのが最初であるといわれています。


鍼通電療法の始まり
1965年に東京教育大学附属理療科教員養成施設(1978年から筑波大学理療科教員養成施設)の芹澤氏らがパルスジェネレーターを開発し、運動機能に及ぼす影響について報告しています。
また、1966年にはペインクリニックにおいて安全な鎮痛方法として直流による鍼通電療法が既に紹介されています。
一方、鍼麻酔ではある程度強い刺激を20分間程加える必要があり、そのための手段として電気を使って鍼刺激を継続的、安定的に行う装置が開発されました。
1972年にはアメリカのニクソン大統領が訪中した際に、中国の鍼麻酔が「ニューヨークタイムズ」に報じられ、大統領の専属医師により鍼麻酔の驚くべきエピソードが欧米に衝撃を与えました。
報道の直後から、「サイエンス」などの世界の科学雑誌には、多数の鍼麻酔の効果に関する報告が掲載され、効果の是非に関する議論が巻き起こりました。そして、その議論の決着に大きな指針を与えたのが、1973年のオピオイド受容体の発見であったといえます。
オピオイド受容体は中枢神経に存在し、麻薬様物質と特異的に結合するもので、研究者たちは鍼刺激で痛みが和らぐ仕組みも、この受容体を通して生じるのではないかと考え研究を進めていましたが、ついにその仮説は科学的に証明されるに至りました。
この科学的発見は、その後、鍼治療を世界的に普及させることに大いに貢献しました。
1980年代になると鍼通電刺激は外科手術で使われる鍼麻酔としてよりも、むしろ運動器系や循環系、神経系、婦人科系、泌尿器系、精神領域などの様々な症状に効果があることが知られ、その結果広い分野で鍼通電刺激が利用されるようになっていきました。
筑波大学理療科教員養成施設では1980年代に入って多くの患者に対して鍼通電療法を行い、多数の臨床例を発表しています(「医道の日本」49巻12号~54巻6号に掲載)。

 

メリットとデメリット
従来の鍼治療は、手技操作によって行われるため、客観的に刺激量を測ることは困難でしたが、鍼通電療法は時間、周波数、電流量を変えることで定量的に刺激量を変化させることができます。
刺鍼ポイントや深さ、刺鍼方向については、鍼灸師のスキルに依存しますが、鍼による刺激については客観的に把握できるため、治療法の平準化やエビデンスの作成という点においてメリットがあります。
また、雀啄のように鍼に刺激を加えながら、置鍼のように長い時間持続させることができるため、筋肉への刺激という意味では、安定的、効率的に行えるという点もメリットです。
鍼通電療法では鍼は筋肉まで電気を誘導する役割をはたしています。「まるで小人がハンマーでコツコツ叩いているようだ」と表現された人がいるようですが、従来の鍼治療にはない心地よい感覚を得ることができるのも特徴です。
なお、筋肉の刺激による効果は、一般の鍼治療も同様ですが、筋肉の血行を改善し硬くなった筋肉を軟らかくします。また、筋肉を刺激することで筋肉を支配している神経に含まれている求心性神経を興奮させ、中枢神経に信号を送りますが、この信号は鎮痛系を活発化させたり、反射によってホルモンの分泌や自律神経を調節したりします。

一方、デメリットとしては装置が必要であるということです。また、下記の「安全確保のために理解しておく事」に書かれた内容ですが、ペースメーカーを使っている患者さまには使えないなどの、鍼通電療法ゆえの守るべき注意事項があるということです。

 

安全確保のために理解しておく事
鍼通電療法は電気を用いるため、電気による過誤の可能性を考慮して安全管理を行わなければなりません。
ペースメーカー
ペースメーカーを付けられている患者さまは、鍼通電療法は絶対禁忌であり、仮に依頼されたとしても絶対に行ってはなりません。それは、ペースメーカーを使用している場合、鍼通電療法を行うとペースメーカーの動作に影響が現われることが報告されているためです。
漏れ電流
漏れ電流とは、電子機器から通常の電源ラインを通らずに外部に漏れ出す電流です。この漏れた電流が人体を通過するとショックを起こす原因になります。
漏れ電流が発生する可能性は、他の電子機器と組み合わせて使う場合が考えられるので、心電図などの電子機器がつながっている状態では鍼通電療法は避けなければなりません。
しかしながら、どうしても電子機器と一緒に使用しなければならない場合は、乾電池式の装置の方が安全性が高まります。これは装置から生体への電流の流れを独立させることができるため、電流の漏れを少なくすることができるためです。