塩と高血圧5

著者:青木久三

出版:1984年4月(昭和59年)

発行:主婦の友社

注)出版が36年前の本なので最新の知見とは合わない部分があるかもしれません。

また、目次は”塩と高血圧1”を参照ください。

 

第四章 効き目に差をつける降圧剤の使い方 安易な服用はかえって危ない

降圧剤に関する無知と誤解があまりにも多すぎる

・これまで延べ何万人という多くの患者さんを治療してきた。そこで、いつも心配になるのは降圧剤の飲み方である。降圧剤は、場合によっては30年も40年も服用することが必要で、高血圧の人にとって大切な健康管理のための薬となるが、降圧剤についての誤解が非常に多くこちらの方がヒヤッとすることさえある。

・夕食後に服用すべき降圧剤を寝しなに飲むと、最も低くなる夜間睡眠中の血圧をさらに低下させることになるため、血液が滞って固まるというリスクが高まり、狭心症や脳卒中を誘発する懸念を高めてしまう。

・1日分の降圧剤をまとめて飲んでしまったり、飲み忘れた分を次の回にいっしょに飲んでしまうなども危険である。

降圧剤は強引に神経の作用を遮断したり、体内の水や塩を減らして血圧を下げる薬である。高血圧を根本的に治療する薬でもなければ、ましてや高血圧の予防薬でもない。親が高血圧だから自分もとりあえず飲んでおこうなどという考えも大変危険である。

降圧剤は、単に高い血圧を引き下げるだけの薬であると考えるべきである。

「降圧剤は一生服用しなければならない」というのは迷信にすぎない

・高血圧が軽症や中等症の人の中には、降圧剤を中止したり減量したりできる人がいる。

・長い間薬で血圧の上昇を抑えていると、体の仕組がこれに順応して血圧が上昇しにくくなり、中には降圧剤を必要としない人もいる。

・血圧が目標値に達し、しかも長期間安定している場合は、降圧剤の減量を試みるべきである。また、年齢や環境によって血圧も変化するため、それに応じた適量を知るためにも、一度減量して血圧の変化を観察することは有益である。

降圧剤はこんな人に使ってはいけない

・正常血圧より高いが、高血圧というほどでもないという境界域高血圧の人の中には、予防的に降圧剤を利用したいと思っている人がいるがこの考えは正しくない。

第一に、高血圧の人は正常血圧よりも多少高めの血圧が治療目標になる。これはその方がその人の体質に元々合っていると考えられるからである。正常血圧でなければ健康でないという考え方は誤りである。

第二に、境界域程度の高血圧であれば、日常生活に注意するだけで、十分に血圧を下げることは可能であり、副作用の危険をおかしてまで降圧剤を服用する必要はない。

第三に、境界域高血圧は二十代から三十代の人に多いため、降圧剤を使い始めると、50年も60年も服用することになり、未知の副作用が現れることも考えられる。

さらに恐ろしいのは、血圧が下がりすぎてしまうことである。高血圧の人は血圧を上昇させようとする力が強く働いているが、血圧を下げようとする力も働いている。つまり、上昇させようとする力と下降させようとする力、これに降圧剤が加わって、ちょうどよいバランスがとれるのである。ところが、血圧を上昇させる力がそれほど強くない人が降圧剤を服用すると、低血圧が起こる危険が出てくる。こうなると、血液を体の隅々まで運ぶことが難しくなり、手足の冷えや、立ちくらみ、めまい、無気などの症状が現われてくる。

・70歳以上の高齢者も降圧剤には危険が多い。高齢者は一般的に動脈硬化によって血管が硬くなり、収縮血圧が上昇する。しかし、同時に血圧を調節する機能も低下し、血圧が変動しやすくなる。

病院で測定すると収縮期血圧が180ミリあっても、家庭でリラックスしているときは、120ミリしかないというようなことも少なくない。このような高齢者に降圧剤を使用すると、脳や心臓、腎臓などに部分的に血液を送れなくなることがあり、かえって体の機能低下が起きたり、活力が低下して元気のない高齢者が出てきてしまう。

高齢者でも拡張期血圧が100ミリ以上、あるいは収縮期血圧が180ミリ以上ある人、また健康で活発に行動している人は、降圧剤による治療が必要である。この場合も、高齢者は薬を排泄する力や無毒化する力が衰えているので、普通より少なめに服用することが大切である。

降圧剤で正常血圧まで下げてしまうのは、大きな誤り 

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

高血圧の人は、もともと高めの血圧の方が体に適していると考えられている。また正常血圧というのも、健康な人たちの平均血圧のことで、それにピッタリあてはまらなければ不健康という意味ではない。多少高めで全身の機能がちょうどよく働くという人もいる。

・血圧は年齢の増加に伴って上昇する。従って三十代では収縮期血圧の降圧目標は130ミリでも、八十代には180ミリでも大きな問題はない。

副作用がなく、血圧を即座に下げる薬が開発された

1950年代にレセルピン[交感神経の中枢と末梢に作用しノルアドレナリンを抑制し、心拍出量の低下と血管の拡張をもたらし血圧を下げる]や利尿剤が高血圧の治療に使用されるようになったが、これらの降圧剤の副作用は本態性高血圧症に“間接的”にしか作用できないからだと考えられる。高血圧を起こす原因そのものには対処せず、無理やり心臓の機能を低下させたり、血管を広げて、血圧を低下させるため、体にゆがみが生じてさまざまな障害を起こすと考えられる。

・当時、治療の主体となっていたのは心臓の仕事量を軽減させるβ遮断剤が使用されていたが、深刻な副作用として心臓の機能を低下させすぎて、心不全を起こす危険があった。

・カルシウム拮抗剤が開発されたのは1972年に入ってからであるが、この薬は本態性高血圧症の治療薬として開発されたわけではなく、狭心症の特効薬として心臓の冠動脈を広げるという目的で開発された。

カルシウム拮抗剤は、ドイツと日本の協同研究によって追試が重ねられる中、カルシウム拮抗剤で高血圧の人の血圧が低下したという報告があった。そこで、遺伝性高血圧ネズミを使ってカルシウム拮抗剤の効果を実験したところ、すべてのネズミの血圧が低下した。さらに本態性高血圧の治療に応用したところ、やはりすべての患者さんの血圧がすみやかに下降し、しかも副作用が全くといって良いほど少ないことが分かった。

なぜこの薬は、こんなにすばらしい効果を発揮するのか

・カルシウム拮抗剤で心配になるのは、体の他の部分への影響である。手足の骨格筋や胃腸の筋肉もやはり、カルシウムイオンの濃度によって伸び縮みしているので、これらの筋肉に対しても収縮を抑制するという懸念がある。しかしながら、幸いにもカルシウム拮抗剤は、血管の筋肉だけに特別に作用する性質をもっているため、この懸念点は排除できる。 

従来の降圧剤より、ここがこれだけすぐれている

従来の降圧剤の副作用には、無理に血圧を下げることにより、血液の流れを悪くし人体各部の血液不足を起こすことがある。このため血液不足による病気、たとえば脳卒中や狭心症、心筋梗塞、腎臓機能の低下などを起こす危険があった。

・カルシウム拮抗剤は本態性高血圧症の原因に直接働きかける薬である。しかも、血管の異常に対してだけ特異的に作用する性質を持っている。そのため、血管に異常のない正常血圧の人がカルシウム拮抗剤を飲んでも、血圧はほとんど下降しない。

本態性高血圧症の人は、生まれつき血管筋肉細胞の膜にカルシウムイオンの通路が多く、そのために細胞内のカルシウムイオン濃度が異常に高くなっている。これが血管の内腔を狭くし血圧を上げる原因となっている。

カルシウム拮抗剤は、この余分な細胞膜の通路をふさぎ、細胞内のカルシウムイオン濃度を低下させることによって血圧を下げる。

・カルシウム拮抗剤は、本態性高血圧症の人の血管の仕組みを正常に近づけて血圧を下げるため、従来の降圧剤のように不必要な働きをすることが非常に少なく、そのため副作用の心配も少ない。

カルシウム拮抗剤の効きめを最も高める使い方

・カルシウム拮抗剤には血圧を低下させるだけではなく、高血圧による合併症を防止・治療する働きもある。

狭心症、あるいは前胸部から左胸部にかけて、しめつけられるような圧迫感のある人:『カルシウム拮抗剤は本来狭心症の治療薬ですから、こうした症状を伴う高血圧の人にはうってつけです。ただ、前述[カルシウム拮抗剤には、ジルチアゼムとニフェジピンという二つの系統があるということ]のように種類によって心拍数に与える影響が異なるため、心拍数が70回以上の人はジルチアゼム、69回以下の人はニフェジピンを用います。どちらの場合も、起床時に寝床で服用すると、睡眠中に狭くなっていた血管が広がり、効果的です。』

脳の血液不足や腎機能の低下が心配な人:『高血圧では、血管が狭くなり血液が流れにくくなるため、血液不足で脳や腎臓の働きが低下します。カルシウム拮抗剤は、血管を広げて流れる血液の量が増加しますから、これらの病気を予防し、また一度低下した機能を回復させるためにも効果があります。』

不整脈のある人:『不整脈は、心臓が拍動するペースが狂う病気で、たいていは心臓の血液不足が原因で起こります。また、高血圧による心肥大や狭心症に合併して現れることもあります。そのいずれの不整脈にもよく効くのが、ジルチアゼムです。これは、ジルチアゼムによって血管が広がるため、心臓が血液を送り出す作業が楽になり、そのために不整脈も治るのではないかと考えられています。これに対してニフェジピンのほうは、逆に心拍数を増加させる作用があるため、不整脈を治す力も少ないとされています。』

緊急事態を招いた重症高血圧でも、この薬を使えば簡単に危機を脱出できる

・重症高血圧の人は、ニフェジピンにプロプラノロールというβ遮断剤を加えるとより効果的である。これはβ遮断剤によって、ニフェジピンの降圧作用が強化される上に、ニフェジピンによる心拍数の増加が防止できるからである。

第五章 高血圧の不安を一掃する早わかり相談 この知識であなたの血圧対策は万全なものとなる

実のところ塩はどの程度とればよいのでしょう?

・適切な食塩の摂取量は一日10~15g(15gは発汗の多い夏場や運動時)。

高血圧の人にとって最も大切な食事の注意を教えてください

高血圧の人に限らず大切なことは、各栄養素を体に必要な量だけとることである。特に高血圧の人にとって欲しいのがタンパク質である。タンパク質は高血圧で弱った血管や心臓を丈夫にする栄養素である。体内に入ったタンパク質は心臓や血管の筋肉となり、その柔軟性(伸縮性)を高める。従って、血圧が少々上昇しても、心臓は元気に収縮し血管も伸びて破れにくくなり、さらに、血管が柔軟に広がり血圧は低下する。

※慢性腎臓病の患者さまは、一般的にタンパク質摂取制限を求められます。

高血圧の人が、ぜひ避けなければならない食品は何ですか?

・高血圧の人が避けなければならない食べ物はない。ただし、特定の食品を過食したり、逆に食べないことはよくない。特に高血圧の人が注意してほしいのは、糖質と脂質の過食であり、その際、過食かどうかは体重が「身長マイナス110」kgが目安となる。必要以上の摂取は脂肪組織(ぜい肉)になる。

・脂肪組織は腹ばかりでなく、血管壁や心臓の壁にも蓄えられ、その結果、血管が狭くなって血圧が上昇する。一方、心臓の動きが鈍くなって血圧を十分に送り出すことができなくなる。これらによって、脳卒中や心臓発作を起こす可能性が高くなる。

・血液の中の中性脂肪が増加すると、血液はドロドロの状態になり、血液が流れにくくなってますます血圧は上昇する。

血圧が高い人がやってはいけない健康法はありますか

高血圧の人にとって良くないのは、過度な肉体労働と精神労働である。こうした労働は、一時的であっても血圧を上昇させて心臓病や脳卒中の発作の引き金になる。また、過労を繰り返していると、血圧を高血圧の状態に固定してしまう。

・ジョギングやマラソン、水泳、スキーなどは血圧を著しく上昇させ、心臓の負担を大きくするので危険である。

・瞬発力の必要なスポーツは急激に血圧を上昇させる。バーベルなど重い器具を持ち上げると、一瞬にして150ミリの収縮期血圧が、300ミリにまで上昇してしまう。その拍子に血管が破裂することさえある。ゴルフやテニス、バドミントンにも同じ危険が伴う。

散歩のような軽い運動は、血管を広げて血圧を下げる作用があり高血圧の人に適している。ただし、寒さは血圧を上げるので、冬は室内を歩くか、日差しのある場所を選んで、暖かい時間に外に出て散歩すると良い。

万能降圧剤のように思えるカルシウム拮抗剤に欠点はないのですか?

・カルシウム拮抗剤は、従来の降圧剤に比べると、格段に副作用や欠点の少ない薬だが、薬である以上副作用はある。ニフェジピンというカルシウム拮抗剤は降圧効果の強力な、重症高血圧の特効薬だが、軽症の高血圧にニフェジピンを普通量使用すると、血圧が下がりすぎたり、立ちくらみ、めまい、頭痛、顔のほてりなどを起こすことがある。また、70歳以上の高血圧の人に使うと、足に浮腫みが起きることがある。これはニフェジピンが毛細血管まで広げて血管壁の網目を大きくし、そこから血液の液体成分が血管の外に出てしまうからである。浮腫みはこの液体成分が組織にたまるために起こる。一方、ジルチアゼムというカルシウム拮抗剤には、心拍数をやや低下させる作用がある。従って、拍動、つまり脈拍が少ない(1分間に60回以下)人にこの薬を大量に使うと、除脈発作を起こす危険がある。

カルシウム拮抗剤は日本でも広く使われているのでしょうか?

・カルシウム拮抗剤は、現在[1984年以前]日本で一番多く使われている降圧剤の一つである。

塩を減らさなければいけない高血圧のタイプを教えてください

・『減塩が必要な高血圧は、食塩過食性高血圧と腎臓の機能不全によって起こった高血圧です。高血圧の90%以上は本態性高血圧症ですが、残りの10%は二次性高血圧といって、他の病気や明らかな臓器障害があって起こる高血圧です。食塩過食性高血圧も、腎臓の機能不全によって起こる高血圧も、二次性高血圧の一つで、数の上では非常にわずかです。食塩過食性高血圧では、遺伝(副遺伝子)によって食塩に対する強い感受性が受け継がれ、食塩を過剰摂取したときのみ高血圧が起こります。食塩に対する感受性が強い人の場合には、過食した食塩が血管の筋肉細胞の中にカルシウムイオンを引き込んでしまいます。そのために、食塩を過食すると細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇して、血管が収縮し、血圧が上昇してしまうのです。一方、腎臓に障害がある人も、これと同じメカニズムで高血圧が起こります。つまり、食塩が尿の中にうまく排泄されないために食塩が体内に蓄積され、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇するのです。だから、一日に摂取する食塩の量を5~8gに減らせば、血圧が下がります。』

高血圧家系の人は、何歳ごろから、どのような点に注意すればよいでしょう?

・『本態性高血圧症の家系の人は、20歳ごろから徐々に血圧が上昇し、四十代で確定高血圧になります。いわばいちばんの働きざかりに高血圧になるわけです。しかし、じょうずに降圧剤を利用し、日常ちょっとした心がけをすれば、健康な人と全く変わらない生活ができます。本態性高血圧症の人は、、三十代で血圧がやや高め(境界域高血圧)になり、精神的刺激や肉体労働で正常血圧の人よりも血圧が大きく上昇します。しかし、血管や心臓は健康ですから、三十代の高血圧は良性といえます。この時期には、正常圧で健康な人よりも一割程度多く休息をとってください。過労気味のときには、レジャーも中止して十分休息をとり、ボディビルや、全力疾走が必要なスポーツは避けます。また、肥満やアルコールの多飲、喫煙は血圧の上昇に拍車をかけますから、節制してください。四十代は血圧が急速に上昇する時期で、過労で胸が重くなるなど、高血圧による自覚症状も現われてきます。血圧に注意して降圧剤を利用し、十分な休養をとりましょう。ただし、60歳を越えれば高血圧も峠を越し、心臓病や脳卒中などの発作が起こりにくくなるので、普通の人と同じ生活が送れます。』

酒とタバコは、やはり百害あって一利なしなのでしょうか?

・アルコールは少量であれば、精神的緊張をやわらげる、ストレスを解消するといった効果をもたらすこともあるが、血管に対しては毒として働く。それゆえ、アルコール類は飲まないほうが健康によい。アルコールは血管の筋肉を障害し、血圧を調節する神経を麻痺させるからである。

・タバコは害しかない。タバコは全身の血行を悪くするだけでなく、心臓の働きまで低下させる。タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させて血のめぐりを悪くする。

タバコには大量の二酸化炭素が含まれるため、血液中の酸素が減少して全身が酸素不足に陥る。これだけでも酸素不足による脳や心臓の発作を起こしやすくなるが、そのうえタバコは心臓の機能を低下させ、心臓を支配する神経を麻痺させる。高血圧とタバコの害が相まって不整脈が現われ、ますます心臓発作が起こりやすくなる。高血圧の人にとってタバコはとりわけ恐ろしい毒物である。

健康にいいと言われるカルシウム剤も高血圧の原因になりますか?

・カルシウムをとりすぎても血圧は上昇しない。摂ったカルシウムの大半は骨に沈着し、血液のカルシウムイオンになるのはごく一部である(0.1%程度)。たとえ、血液中のカルシウムイオンの数が増加しても、血管細胞に到達するまでにいくつもの関所が待ち構えていて、細胞内にカルシウムイオンが入れないように目を光らせている。

塩と高血圧4

著者:青木久三

出版:1984年4月(昭和59年)

発行:主婦の友社

注)出版が36年前の本なので最新の知見とは合わない部分があるかもしれません。

また、目次は”塩と高血圧1”を参照ください。

 

第三章 血圧はこの方法で下げなさい あなたのやり方では高血圧は治らない

動物性タンパク質を十分とると狭心症や脳卒中も防げる

・血管壁は筋肉細胞と結合織からなり、伸び縮みするのは筋肉細胞であり、筋肉細胞を形作っているのはタンパク質である。

・筋肉細胞は老化し、再生され、世代交代(新陳代謝)をどんどん繰り返している。筋肉細胞の寿命は約1ヵ月なので、若い細胞を作るためには、質のよいタンパク質を十分に摂らなければならない。筋肉を作る材料が不足すれば、老化したボロボロの細胞だけになり、動脈硬化を進行させてしまう。

・血管だけではなく、心臓もまた心筋と呼ばれる筋肉が伸び縮みして、血液を毎日10万回近く体内に送り出しているため、心筋梗塞や狭心症の予防とその修復にも、動物性タンパク質は欠かせない。

・『事実、青白い顔をしていた患者さんたちが、動物性のタンパク質を十分にとるようになってから、皮膚の色つやが見違えるほどよくなり、狭心症や心筋梗塞も改善していくのを、私は毎日のように経験しています。

みんなが敵視する肉は、実は血圧が高い人にも必要な栄養食

血管をしなやかに、かつ強靭に保つための第一条件は、タンパク質を十分に補充することであるが、一番良いタンパク質は人間の体を構成しているタンパクに近い動物性タンパク質である。タンパク質を摂らないと細胞の新生を障害し、体の老化を促進してボケを早め、やがては心臓と血管を崩壊させてしまう。

・人間の体を作るタンパク質は、人間以外のどの生物のタンパク質とも違う「人間タンパク質」である。この人間タンパク質は、食物からとったタンパク質を分解して取り出したアミノ酸と、体内で合成されたアミノ酸から作られる。

・体内で合成できないアミノ酸は、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニールアラニン、スレオニン、トリプトファン、バリンの8つで、これらは必須アミノ酸と呼ばれ、1つでも欠けると人間タンパク質はできない。[現在はヒスチジンを加え、計9つとなっています]

必須アミノ酸は植物性タンパク質より動物性タンパク質に多く含まれている。なお、食肉としては赤身肉やヒレ肉など、脂肪を含んでいない肉が対象になる。

水を十分に飲むと脳卒中にも心筋梗塞にもなりにくい

体内には、体重の約12分の1(50kgの人なら約4.2l)の量の血液が流れている。血液成分の45%は赤血球を中心とした血球成分で、残りの55%は血清と呼ばれる液体成分だが、血清1dl中には、タンパク質7g、糖質100mg,脂質500mg、微量のミネラルが含まれており、血液はもともと粘っこい液体である。

血圧の粘度を減らす方法は二つある。一つは血清中の余分の脂肪(主として中性脂肪)を減らすこと。脂肪を減らすには標準体重にすることである。もう一つの方法は、水を飲んで血液中に占める水の割合を増すことである。飲料水や食物として胃の中に入った水は、胃や腸で吸収されて血管腔に入いる。水は胃壁や血管壁というフィルターを通して血液中に入るが、それら壁は血液の水分量を正確に調整しているので、血液が水で薄まりすぎるような心配はない。

寝しなに水を飲めば、明け方に多い心臓発作が防げる

・消防庁の統計によると、心臓発作がいちばん多発するのは冬で、次いで夏の順である。冬は寒さによる血圧の上昇、夏は発汗により血液がドロドロになりがちになるというのが原因である。

・発作の時間帯はいずれも明け方である。明け方に発作が集中するのは睡眠中の状態に危険が潜んでいるからである。

睡眠中、心臓は収縮回数と心拍出量を減らし、送り出す血液の量を低下させる。血管も流れている血液が少ないために血管の幅をせばめて休んでいる。一方、血液は夕食により栄養を仕込んでいるがこれを取り込むべき細胞は休息中であり、さらに睡眠中はコップ一杯分の汗をかくため、血液は一日中で最も濃く、ドロドロした状態になっている。

・寝しなに飲む一杯の水は、濃厚な血液を薄め、さらに血液量を増やして睡眠中の血液の流れをスムーズにしてくれる。さらに、就寝前に10分程度の軽い運動を行えば発作の防止に効果的である。これは運動によって血管が広がり血液が流れやすくなり、新陳代謝により血液から栄養素が細胞に取り込まれるため血液が流れやすくなるからである。

十時と三時のお茶は、高血圧の人に欠かせない大切な健康法

・寝しなの水が、明け方の発作を防ぐが、それと同様に起床後の一杯の水も重要である。夜の間に発汗や尿の生成で血漿中の水分は減少するためである。飲水で血液が増えると血管が広がるため血液の流れがスムーズになる。

・体内に入った水は、尿や汗となって体外に出ていくため、早ければ2時間、遅くても3時間で体外に排泄される。7時に飲んだとすると、10時と昼食後の3時に水分の補給を行うことが大切である。

高齢者は老化現象によって、誰もがある程度の動脈硬化が起きている。そこを流れる血液も若い人に比べ、赤血球や白血球などの固形成分の占める割合が高くなっている。さらに尿素や尿酸など栄養素を使ったあとの残りカスの排泄も悪くなるため、どうしても血液が濃くなってしまう。

・飲水はイライラした神経を沈める。また、胃液を薄めるため胃を守る働きも持っている。

起き抜けのラジオ体操を実行すれば、一日じゅう血圧を低く保てる

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・「目が覚める」、つまり脳神経細胞が活動を始めると、私たちは体全体が眠りから覚めたような気になる。しかし、各自器官には少しずつ眠りから覚める時間のズレがあり、これが心筋梗塞や脳卒中の引き金になっている。

・心臓発作が最も起こりやすい時間帯は明け方だが、これに次いで多いのが朝、家を出て駅の階段を駆け上がったときやラッシュアワーの混雑の中で心臓発作を起こすことが多い。この原因は、血管と心臓の目覚める時間の違いからきている。起床後、心臓は即座に活発な活動しはじめるが、血管は目覚めが遅いため心臓から押し出されてくる血液量に適応して血管を広げることができない。その結果、血圧が上昇して血管の破裂や心臓の酸欠状態が起こるのである。

・若い頃は血管も弾力に富み、体の順応力も旺盛なので目覚めの違いもそれほど大きなものではないが、40歳を越えると体内の反射神経が鈍くなるため、目覚めのズレが大きくなり発作のリスクが高まる。

・起床後の10分程のラジオ体操は心臓の動きをなめらかにし、かつ血管を目覚めさせ、体全体の発進準備をとなる。

血圧が高めの人は、昼休みに碁や将棋をしてはいけない

・ゆっくり落ち着いて食べれば正常圧を保てる人でも、慌しい食事は簡単に血圧を20ミリから30ミリ上げ、高血圧にしてしまう。

・食後の休みもとらないでジョギングなどの運動を行えば、食べたものの消化吸収のために胃に送る血液が増加することに加え、運動を行うために手足に大量の血液を供給する必要があり、心臓は猛烈な勢いで酷使されることになる。

・囲碁や将棋、あるいはゲームなど勝負にこだわってくると、その気分は高揚し交感神経を刺激して、血圧を上げる物質(ノルアドレナリン)を分泌させる。その結果、収縮期血圧が150ミリの人なら、勝負どころで200ミリ、また拡張期血圧が100ミリなら130ミリまで上昇する。

・血圧がより高い場合、血圧の上がり方はより大きくなり、脳出血や狭心症を起こすリスクは高まる。横になったり、のんびり散歩することは血圧を下げるには良い方法だが、大きなあくびをしたりため息をつくだけでも血圧対策にはなる。

体重を5キロ減らすだけで高血圧が治ることがある

・『自らの体験から話しますと、私は体重を7kg減らしたおかげで、上昇傾向にあった血圧を正常値にまで下げることができました。以後その体重を維持しているため、一度も血圧は上がったことがありません。体重を減らすことは、私に限らず太った人すべてに共通する強力な血圧降下策です。

・40歳を過ぎた人の心臓と血管は中古のエンジンとゴムホースのようなものである。このような車を長く乗り続けるためには、積荷を減らすのが良い方法である。積荷とは自分の体重のことだが、この荷物は重い上に大量のガソリン、すなわち血液が必要になる。一方、脂肪濃度が高くなった血液はドロドロになり血圧を上昇させる。

高血圧の人でも眠っている間の血圧は低いことを知ってほしい

・問題ないとされている「正常血圧」とはどのような血圧値なのか。病院で計測する血圧は判断する血圧としては不適当である。

・脳卒中や心臓発作などの病変とよく比例する血圧は、基礎血圧といわれるものである

基礎血圧は早朝目覚めた直後に蒲団の中で測定される血圧のことである。あるいは、やや空腹時に暗く静かで快適な室温の部屋の中で、約1時間横になった後に測定した血圧はこの基礎血圧に近い値を示す。

・正常血圧の人より高血圧の人の方が睡眠中に血圧が大きく下がる。これは高血圧の人にとって睡眠と休養が血圧を下げる最も効果の高い治療法ということを意味している。

【メモ】慢性腎臓病では、なぜタンパク制限が必要なのか ?

タンパク質が中高年の健康維持にとても重要なのは良く理解できたのですが、例えば、慢性腎臓病の場合はタンパク制限が求められます。その意味では、高血圧の予防に腎臓はとても重要な臓器といえます。

なお、慢性腎臓病においてタンパク制限が必要な理由は以下の通りでした。

これは”東京女子医科大学病院 腎臓内科”さまのホームページに書かれていたものです。

食事蛋白は老廃物の一種である窒素代謝物を作ります。正常の腎機能であれば、それを処理するのに十分な糸球体があります。しかし腎機能が低下していると、残った糸球体1つ1つがその能力を超えて処理をしようとします(糸球体過剰濾過)。この状態糸球体過剰濾過]は長くは続かず、徐々にそれぞれの糸球体の濾過機能も落ちてきてしまうと考えられています。その負担を軽減するために行われるのが食事蛋白の摂取制限です。

塩と高血圧3

著者:青木久三

出版:1984年4月(昭和59年)

発行:主婦の友社

注)出版が36年前の本なので最新の知見とは合わない部分があるかもしれません。

また、目次は”塩と高血圧1”を参照ください。

 

第二章 高血圧は塩が原因ではなかった 突き止められた血圧を上げるメカニズム

 「高血圧=塩」の神話はいかにして作られたか

・『高血圧、即、減益という連想は、今ではもう一般の人たちの頭にこびりついてしまったようです。減塩食をいくら食べても血圧が下がらないにもかかわらず、塩に対するイメージはなかなか変わらないようです。いったい、高血圧の原因が塩であるというこの誤った常識はどのようにして作られたのでしょうか。

すでにふれたように、アメリカの高血圧学者であるメーネリーは、1953年、普通の20~30倍という高食塩食を10匹のネズミに食べさせて、そのうち4匹のネズミを高血圧にすることに成功しました。これが、「高血圧=食塩」説の発端となった実験です。しかし、これだけで常識が作られたわけではありません。その後の研究や実験、あるいは人情などが相まって、この説をどんどんふくらませていったのです。』

・アメリカ人のトビアンやガイトンは、食塩を排泄する腎臓の機能が低下すると、高血圧が起こるという報告をしたが、この実験結果も食塩の体内蓄積が高血圧を起こすという論理につながり、食塩はしだいに悪者に仕立てられていった。

・日本人も「高血圧=塩」という説を裏付ける役割を果たした。アメリカの高名な高血圧学者であったダールは、戦後日本で高血圧患者が多いことに注目し、食塩の摂取量と高血圧の発生率を調べた。対象に選ばれたのは東北地方と南日本で、その結果、食塩摂取量の多い東北地方で、圧倒的に高血圧発生率が高いことがわかった。

・一日14gの塩をとっている南日本の高血圧発生率が20%強であるのに対し、一日27g~28gをとる東北地方では、40%近い発生率で高血圧患者がいたと報告されている。

・ダールは日本での、「食塩摂取量が増加すればそれだけ高血圧の発生率が高くなる」という調査結果を確かめるため、アメリカに戻ってネズミで実験を始め。高食塩食で血圧が上がるネズミどうしを何代にもわたって交配させ、食塩によって血圧が上昇するネズミの家系を作ったのである。同時に高食塩食で血圧が上がらないネズミも同じように交配させ、いくら食塩を食べても血圧が上がらない家系を完成させた。

・『現在からみれば、ここで食塩によって血圧が上昇する人と、全く変化しない人がいることが判明したわけですが、当時の研究者たちの受けとり方は違いました。本態性高血圧症の人はすべて食塩で血圧が上昇する家系だ、と彼らは考えたのです。

一方、医学的に食塩水を人の静脈に注射して、一日に30gの塩を体内に注入すると、収縮期血圧が10~20ミリ上昇することもわかりました。事ここにいたって、「高血圧=食塩」説は、世界の注目を集めるところとなったのです。

この説はまた、一般に受け入れられやすいという点でも、神話としての要素を備えていました。まず普通の人にも理解しやすかったことと、また減塩食が実際的で家庭でも高血圧の治療として実行しやすかったことです。さらに、遺伝によって発病する高血圧を減塩で治せるという点でも魅力的でした。

このように、いろいろな要素が「高血圧=塩」の神話を作り出しては支えてきたのです。

しかし、10年ほど前から、この説を実際の高血圧治療に応用したところ、思ったほどの効果がないどころか、過剰な食塩制限による塩なし病まで生まれ、今日では世界中が食塩説に疑問を抱くようになっています。こうしてようやく、「高血圧=食塩」の神話は過去のものとなったのです。』

一匹のネズミが従来の誤った学説を放逐した

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・ 『今から二十数年前の1959年、私はネズミを使って高血圧の研究を行うために、ある特殊な血圧測定器を作っていました。ネズミの血圧は人間の血圧とたいへんよく似ているため、血圧の研究にはネズミがもってこいの動物です。ネズミの血圧を測定する器具は、すでに1938年にイギリスで開発されていましたが、その器具はあまり実用的ではなく、精度を高めようとして私も苦心していたのです。

ところが、その最中に偶然にも、私はあるネズミとの運命的な出会いをしました。大げさに言えば、この出会いがそれまでの高血圧の歴史を変えることになったのです。

・血圧測定器の精度を再確認するため、京都大学動物センターから分けてもらった10匹のネズミを、1匹ずつ計器の中に入れ、血圧を測定していたところ奇妙なことに気がついた。10匹のネズミの中に、140ミリと170ミリをいつも示すネズミがいた。つまり、わずか10匹のネズミの集団の中に、正常血圧のネズミにまじって境界域高血圧のネズミと高血圧のネズミがいたことになる。

高血圧のネズミどうしを交配すれば、遺伝性の高血圧家系ができると直感した。遺伝性の高血圧は、人間でいえば本態性高血圧症にあたる。いちばん血圧が高かったオスとメスを繰り返し交配し、三世代目にはオスもメスも100%高血圧になった。中には収縮期血圧300ミリ以上のネズミや自然に脳出血を起こすものも現れた。こうして、1963年に遺伝性高血圧ネズミ、正式には高血圧自然発症ラット(SHR)が完成した

 【メモ】ネズミと研究者による偉業

思わず、”ネズミの血圧計”に反応してしまいました。また、いくつかの興味深い発見もありました。

画像出展:「株式会社ソフトロン

画像出展:「京都大学大学院 松田研究室

SHR開発記念碑「人類への贈物」 

 『高血圧は現代社会で最も多い病態で、三大死因の一つ、脳卒中や、寝たきり、認知症の主要因である。ヒトと類似の高血圧、脳卒中を自然発症する高血圧自然発症ラット(SHR)、脳卒中易発症ラット(SHRSP)は20世紀後半(1963年、1973年)岡本耕造名誉教授・青木久三博士はじめ、京都大学医学部病理学教室の多くの共同研究者の尽力により開発された。 このモデル動物のおかげで、高血圧・脳卒中など成人血管病の病因、病態解明も進み、多くの降圧剤が世界中で新たに開発され、栄養などで脳卒中の予防が可能であることも実証された。 脳卒中を必発する遺伝子を保有していても、その遺伝子を検出し、遺伝子の発現を制御して疾患の発症を予知し予防する、「病む人なき未来医学」の夢がここに誕生したのである。』

画像出展:「株式会社星野試験動物飼育所

高血圧自然発症ラット(SHR)です。

画像出展:「The National BioResource Project for the Rat in Japan

こちらは、高血圧自然発症ラット(SHR)、ではなく、脳卒中易発症ラット(SHRSP)でした。

食塩を減らしても血圧が下がらない場合が多いことが証明された

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・『「高血圧=塩」という説が治療に応用されたとき、第一に疑問になった点は、一日10gの減塩食ではほとんどの高血圧の人の血圧が下がらないという事実でした。そこで、食塩説を立証するために、一日1~2gという厳しい減塩食が実施されました。しかし、これでわかったことは、血圧が下がるどころか、過度の減塩食がかえって塩なし病を起こすことだったのです。

高血圧症の患者さんに、一日5gという減塩食を実施してもそれで血圧が下がったのは、10人に1人あるかないかでした。実は、減塩食では遺伝性高血圧が治らないことは、すでに1971年に私の実験で明らかにされていたのです。

遺伝性高血圧ネズミは、人間の本態性高血圧症に相当しますから、それを使った実験で減塩食の効果を判断することができます。』

遺伝性高血圧ネズミを四つのグループに分ける。

①普通の食塩摂取量の10倍の高食塩食

②通常の食塩を含む標準食

③通常の三分の一の低食塩食

④10倍の高食塩食と飲料水として1%の食塩水

それぞれ30週間与えて経過をみた。低食塩食、標準食、高食塩食では、ほとんど血圧に変化はなく、むしろ、標準食グループのほうが低食塩食グループよりも血圧が低かった。唯一、高食塩食に1%の食塩水を飲料水として与えたグループだけが、収縮期血圧が180ミリから220ミリ程度に上昇し死に至った。実際には、このグループのネズミは40~50倍の食塩水を無理やり食べさせられていたことになる。これだけ大量の食塩を30週間毎日食べていれば、体液のバランスがひどく崩れ、ネズミは高ナトリウム血症(血液中のナトリウム値が異常に高くなった状態)と腎不全を起こす。従って、このネズミの死因は高血圧ではなく、食塩の異常摂取による全身状態の悪化が原因である。

この実験によって、遺伝性高血圧ネズミの血圧は、食塩の摂取量に関係がないこと、さらにかなりの高食塩食でも水を十分に飲み、尿を排泄できれば、血圧は上昇しないことがはっきりした。

血圧はこのような仕組みで調節されている

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

この絵を拝見し、筋肉による細動脈の収縮は血流にこれ程までに大きな影響を及ぼしているということを知りました。

・血管はいつも拡張と収縮を繰り返しているが、最大拡張時の血管は最大収縮時の5倍に広がる。

・血管の収縮と拡張は、動脈の壁にある筋肉(血管平滑筋)の伸び縮みによって営まれている。

・血管平滑筋が収縮時の1.7倍の長さに伸びるだけで、内腔は5倍に広がる。これは血管平滑筋が40%縮むと内腔が5分の1にまで減少するというでもある。つまり、血管はほんの少し筋肉の収縮率を変えるだけで簡単に動脈の太さを変え、血圧を調節することができるということである。

・青木先生が行った流体力学による計算では、血管平滑筋の伸びが1%少ないと100ミリの血圧は113ミリに、それが3%だと152ミリに上昇する。このように筋肉の収縮は血圧に対して大きな影響を与えるのである。したがって、血管平滑筋に1~3%余分に収縮する性質があるとすると、簡単に高血圧になってしまう。

・動脈は大動脈に始まり、中動脈、小動脈、細動脈と枝分かれして徐々に細くなっている。このうち大動脈には筋肉は少なく、自ら太さを調節することはできない。これに対して、自ら拡張と収縮を行い、血管の太さを決めているのは直径100μmほどの細動脈である。この細動脈には大動脈の1000倍もの筋肉があり、その収縮によって血圧は決定されている。したがって、本態性高血圧症の原因は細動脈に潜んでいるのである。

血管の太さを調整し、血圧を調節する物質がわかった

細動脈の筋肉が収縮しやすい性質を持っていると、収縮期には必要以上に血管が細くなる。また、拡張期には十分血管が広がらないために、いつも血圧が高くなるのである。

・本態性高血圧症の原因と考えられる細動脈の内腔の大きさは数種類の命令系統によって調節されている。

・血管自身にはゴムのように、一度伸びれば自動的にもとに戻ろうとする性質がある。

・胃が食べ物によって膨らむと、その圧力を感じて消化運動を始めるように、血管の壁にも血液中の圧力を感じとって、血管の太さを調節する機能が備わっている。さらに、血管の壁は血液中の化学物質をキャッチして、血管の太さを変える働きももっている。このように動脈壁の筋肉自身、神経、血液中の化学物質などによって、血管の太さは四重にも五重にも見張られていおり、それによって血管の太さが厳重に調節され、血圧が正常に保たれる仕組みになっている。それにも関らず、血管が細くなりすぎて血圧が上昇したのが高血圧である。

細動脈に関しては、前週のブログ”塩と高血圧2”の最後に追記した”【メモ】血管の筋肉にある自動血圧調整機能?”を参照ください。

生まれつき高血圧になりやすい人は血管の細胞膜に異常がある

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

・細胞内への物質の取り込みは、細胞を包む細胞膜によって調節されている。このことから、遺伝性高血圧ネズミはこの細胞膜になんらかの障害があり、そのために細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇して血管筋肉が常に収縮気味と考えられる。これを人間にあてはめると、本態性高血圧症の人は、血管筋肉内細胞の細胞膜に生まれつき障害があり、そのために血圧になると考えることができる。 

高血圧の人は、もともと血管の筋肉が収縮しやすい

・今までの内容を整理すると、血圧を決めているのは細動脈の内腔の太さで、この太さは血管の壁にある筋肉によって調節されている。そしてこの筋肉の収縮と伸展はカルシウムイオンの濃度で決定され、また、この濃度を調節しているのは細胞膜であるということである。

塩と高血圧2

著者:青木久三

出版:1984年4月(昭和59年)

発行:主婦の友社

注)出版が36年前の本なので最新の知見とは合わない部分があるかもしれません。

また、目次は”塩と高血圧1”を参照ください。

 

第一章 塩をとっても血圧は上がらない 血圧対策の常識が変わった

塩は高血圧とほとんど無関係であることが判明した 

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」 

・減塩食には100mmHgの血圧を1~2mmHg下げる程度の力しかない。

無理な減塩食は心身に深刻な害を与えている。

・塩は1953年頃から高血圧の原因として考えられるようになった。

・青木先生は1959年に普通食で高血圧を発病するネズミを発見し、これらの高血圧ネズミを交配させ、普通のエサで遺伝的に高血圧になるネズミの家系(高血圧自然発症ラット:SHR)を完成させた。

人間の場合、遺伝によって受け継がれる高血圧を、本態性高血圧症と呼んでいる。これらは高血圧自然発症ラットと同様に、摂取する食塩の量を減らしても血圧を下げることはできない

10人に1人程度の割合で、二次性高血圧の人がいる。こちらも遺伝とは切り離せないが、原因は腎臓の障害やホルモンの分泌異常、肥満しやすい体質によるものである。

食塩が原因の高血圧は、塩を排泄する腎機能が弱という性質が遺伝することによる二次性高血圧の1つである。この場合には原因である塩の摂取を制限すれば、血圧を下げることができる

問題はほとんどの医師が、食塩を本態性高血圧症の原因と考えているということである。

減塩のしすぎはかえって体に異常をきたす

・「減塩すれば血圧は下がる」という考え方は、日本だけでなく世界中に広まっている。

・減塩しょうゆや減塩みそなどの減塩食信仰が新しい病気、塩なし病を生み出していることはあまり知られていない。

・世界的に著名な学者であるイギリスのピッカリング博士は、「減塩をしすぎて死亡した人の数と食塩の摂りすぎによって死亡した人の数は、どちらが多いかわからない」と述べ、減塩食信仰の行きすぎを嘆いている。

・塩はナトリウムと塩素という二種類の元素でできた化学物質である。いずれも体を構成する重要な成分であり、生命活動を営む大切な物質として働いている。

ビタミンの欠乏は特定の「病気」を起こすだけだが、塩の欠乏は「生命」を奪うことになる。塩の摂取量を減らしすぎると体の細胞に障害が起きる。

・二年も三年も厳しい減塩食を続けていると、全身の倦怠感、無力感、食欲不振、いつもイライラして落ち着かない、やる気が起こらない、根気が続かない、ボケ、壮年性・老年性認知症などの病状が現われてくる。

細胞が細胞の形を維持しているのは、ナトリウムイオン、すなわち塩のおかげである。もし、細胞内の塩が二分の一になると、細胞内のイオン濃度が低下するため、細胞内の水はほとんど全部外に流れ出し、細胞はつぶれてしまう。

浸透圧が生体で適切に保たれているのは、塩がうまく働いているからである。その働きを維持するためには、食塩を1日8~10gとる必要がある。

・極度の減塩が血圧を上げる場合もある。これは外から塩が入ってこないために、塩不足によって腎臓が障害され、血圧を上げる物質が腎臓などで作り出されるためである。

塩を減らさなければいけない人は意外に少ない

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」 

・『私の診療経験からいって、減塩食で高血圧が治る人、つまり塩が原因の高血圧である食塩過食性高血圧は、100人のうちせいぜい二人か三人にすぎません。

確かに食塩には、1日30gか40gずつくらい非常に大量にとりつづければ、収縮期血圧(最大血圧)を10~20ミリほど上げる作用があります。ですから、微弱ながら塩には血圧を上げる働きはあるのですが、普通は血圧を正常に維持しようとする生体の力が働き、塩が昇圧作用を発揮しないうちに、尿や汗となって体外に排泄されます。ところが、食塩に敏感な体質の人では、食塩を少しとりすぎても、昇圧作用が強く現れ、血圧が上がってしまうのです。この塩による血圧上昇のメカニズムは次のように考えられています。

食べ物から摂取された塩は、ナトリウム(ナトリウムイオン)となって血液中に入り込み、全身に供給されますが、このとき、血管壁の筋肉細胞の中にも一部のナトリウムが入り込みます。筋肉も細胞の集まりですから、細胞の周囲には細胞外液が満たされていて、大量の食塩をとると、この細胞外液にナトリウムがどんどん増加します。』

・細胞外液と細胞中の細胞内液を一定の濃度に保つために、細胞の膜にはナトリウム-カリウムポンプという特別なナトリウムのくみ出し装置がついている。

・ナトリウム-カリウムポンプの働きで細胞内のナトリウムを外にくみ出し、細胞の内と外を一定のナトリウムイオン濃度に保っているが、細胞外液にナトリウムが増えすぎると、ポンプが働かなくなってナトリウムが細胞の中に増えてしまう。そのため、増えたナトリウムを細胞外へ運び出すために、カルシウムイオンの力を借りることになる。

・細胞外のカルシウム(カルシウムイオン)を細胞内へ運び込むときに生じる力によって、ナトリウム-カリウムポンプは細胞内のナトリウムを細胞外へくみ出す。その結果、今度はカルシウム(カルシウムイオン)が細胞内に増加する。実はこのカルシウムこそが、血圧を上げる真犯人である。カルシウムは血管の筋肉を収縮させ、血管を細く、狭くする。そして、狭くなった血管を血液が通過するために、より強い圧力が必要になり、その結果、血圧が高くなるという仕組みである。

減塩が必要な体質かどうかを知るチェックポイント

・本態性高血圧症は、普通自覚症状があまりなく、気がつかないうちにじわじわと血圧が上がり、60歳くらいを境に老化によって血圧が低下するまで続く。つまり40年から50年にわたる長期の病気である。

本態性高血圧症は遺伝的な素質に基づいて発病する病気であり、かなり若いときから体内では高血圧の準備が始まっている。一般的には十代、二十代に発症前期といって高血圧の準備段階に入り、三十代になるとその徴候が現われはじめる。その頃になると、収縮血圧が140~150ミリ、拡張期血圧が90ミリ程度に上昇する。さらに、四十代から五十代にかけて、高血圧が進み完全な高血圧症になる。

・自覚症状によって本態性高血圧を判断することは困難で、手がかりは本態性高血圧症が遺伝による病気で、減塩食では血圧は低下しないことである。一方、食塩過食性高血圧では、摂取する食塩の量で血圧は上下する。

治療が必要な高血圧の人は案外多くない

・血圧が少し高い程度ですべて人が、降圧剤を飲まなければならないということではない。高血圧の薬は長く服用するため、薬の種類、量、服用法を慎重に考える必要がある。

高血圧の人に薬物療法が必要かどうかを決定する目安となるのは、当然血圧値であるが、特に拡張期血圧(最小血圧)が治療の指針となる。この理由は、高血圧による害である動脈硬化や心肥大、さらに脳出血のような病気は主に拡張期血圧の上昇によって引き起こされるからである。

・1983年の国際高血圧学会会議とWHO(世界保健機構)との合同会議でも、治療を必要とする高血圧は拡張期血圧が95ミリ以上であり、収縮期血圧は参考にとどめるべきであることが正式に明らかにされた。

画像出展:「日本高血圧学会」 

こちらは2019年7月に更新された“血圧の分類”です。1983年に高血圧とされた拡張期血圧95mmHgという数値は、2019年7月の診察室血圧のⅠ度高血圧(90~99)のほぼ中間値になっていますので、ほぼ同等ということになります。

 

血圧は通常、1日の間に収縮期血圧で40ミリ、拡張期血圧で30ミリ程上下するため、1回に3分以上かけて3回以上血圧を測定し、そのうち1番低いもの、あるいは3分以上安静にした後、安定した時点の血圧を3回以上測定し、その平均値をとらなければならない。この方法で測定し、拡張期血圧が106ミリ以上であるときは迷わずに治療が開始される。90ミリ~105ミリの人は、1ヵ月以内にもう二回、血圧の測定を受ける。そして二回、二日間とも最も低い測定値が100ミリ以上であったときに初めて治療が開始となる。拡張期血圧が99ミリ以下の人は、少なくとも急いで治療を開始する必要はないが、管理を怠ることは非常に危険である。拡張期血圧が90~99ミリの人は、生活療法(軽い減塩食、標準体重にするための減量、適度の運動など)を続け、拡張期血圧が95ミリ以上3ヵ月続いていたら、降圧治療を始める。この3ヵ月間を通じて常に拡張期血圧が90~95ミリであった人は、もう3ヵ月間状態を観察し、この間に拡張期血圧が95ミリ以上に上昇し、しかもそれが続くようであれば、薬を使用することも考えなければならない。いずれにしても、90~99ミリの人は定期的に血圧を測定することが大切である。

中年からジョギングを始めるとかえって危険なことが多い

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」 

これを見ると、激しい運動の血流の変化には3つのタイプがあるのが分かります。

1.変化しないものー脳

2.増えるものー筋肉、皮膚、心臓

3.減るものー内臓、腎臓

・激しい運動を行うと筋肉への1分間の血流量は平常時の1200mlが約10倍になる。また、心臓の血流量も普段の250mlが3倍になる。これだけの血圧を全身に送り込むには血圧は顕著に上昇する。例えば、5分間走ると正常血圧の人でも収縮期血圧(最大血圧)が120ミリから160ミリに、拡張期血圧(最小血圧)が70ミリから100ミリまで上昇するが、高血圧の人は血圧の変動幅も大きいため、運動による血圧の上昇はもっと大きくなる。収縮期血圧160ミリ、拡張期血圧100ミリの高血圧の人は、5分間の運動でそれぞれ、220ミリと140ミリに上昇する。

60歳を過ぎてからの高血圧は心配しなくてよい 

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

左が”収縮期血圧(最大血圧)、右が拡張期血圧(最小血圧)です。

拡張期血圧最小血圧)は収縮血圧(最大血圧)に比べ血圧上昇による死亡指数への影響が大きいこと。また、50才以上(青木先生の見解は60歳を過ぎるとさらに差がつくとのことです)の死亡率は低くなることが分かります。 

・高齢者の血管は弾性が低下する。一方、血管壁の弱体化を補うために結合織が増え、血管壁は厚くなる。また、供給される血液の量が少なくなるため、血管の収縮・拡張を行っている筋肉も衰えてくる。このように動脈硬化に陥った血管では、心臓の収縮期に血液が送り込まれてきても、血管がうまく内腔を広げることができず、血圧が上がってしまうのである。したがって、高齢者に起こる高血圧は収縮期高血圧であり、一種の老化現象として起こるものであり、学者によって高血圧の範囲に入れないこともある。

・収縮期血圧が160ミリ以上になると、30歳から50歳の人では、死亡率が正常圧の人の3倍になるが、60歳以上になると死亡率は1.1倍程度まで下がる。この統計からも60歳以上の収縮期血圧は老化現象であり、あまり心配はないといえる。しかし収縮期血圧が180ミリを超えると治療対象になる。これは180ミリを超えると血管の筋肉にある自動血圧調節機能が活動を停止するためである。さらに老化は血圧をコントロールする分泌などに狂いが生じ、容易に、しかも大幅に血圧は変化するため注意を要する。

メモ血管の筋肉にある自動血圧調整機能?

ここで私は「”血管の筋肉にある自動血圧調整機能”とは何だろう?」と思い、調べてみることにしました。その結果、これかなというものが2つありました。

左のイラストは東邦大学さまの”心筋ー心臓は電気とカルシウムイオンで動いている”から拝借したものです。

ここでは、血管の筋肉(血管平滑筋)を考える上では「細動脈」が重要であり、また、血圧の調整機能という視点で考えた場合、自律神経(交感神経)の働きを理解する必要があると考えたため、引用させて頂きました。細動脈 arteriole は各臓器に血液を供給するやや細い動脈です。平滑筋層が発達しており、それが適度に収縮することで緊張を保ち、血管の断面積つまり血流に対する抵抗の大きさが調節されています。したがって細動脈平滑筋層の緊張度を変化させる物質は、臓器間での血流の分配を変化させると共に、血圧に影響を与えることになります。血圧を規定する主要な因子は単位時間に心臓から送り出される血液の量(心拍出量 cardiac output )と細動脈全体としての抵抗(末梢血管抵抗 peripheral vascular resistance )です。心拍出量と末梢血管抵抗の積が血圧になります。細動脈は交感神経により調節されていて、交感神経が興奮すると伝達物質のノルアドレナリンが血管平滑筋に作用して収縮を起こし、血管抵抗が増大します。ノルアドレナリンは心拍出量も増大させるため、この両方の効果により血圧が上昇します。この他多くの生体内物質や薬物が細動脈平滑筋に作用して血流、血圧に影響を与えます。

細動脈の最も内側の血液に接している面は、一層の内皮細胞 endothelial cell で覆われています。内皮細胞は様々な生理活性物質を分泌して血管壁を保護しています。内皮細胞には収縮機能はありませんが、血管平滑筋に作用して収縮や弛緩を起こさせる様々な物質を分泌し、局所血流や血圧の制御に関与しています。

もう一つは、PDFの資料(7ページ)で、タイトルは”血圧,心拍数,心機能および血液量の調節”です。クリック頂くとダウンロードされます。

細小動脈平滑筋の緊張を調節するメカニズムはいろいろある。平滑筋自体の収縮が内在リズムで行われるだけでなく、血圧上昇時に動脈平滑筋が伸展される圧力弛緩という現象と、逆に血圧上昇による動脈の伸展に反応して、平滑筋が収縮する作用であるが、後者は血圧が上昇しても血流量がほとんど変わりないための自己調節といわれるものである。このような局所性調節のもうひとつは、組織におけるヒスタミンやブラディキニンなど血管拡張性物質の産生である。動脈収縮による組織血流減少によって、その局所で血管拡張性物質を作り、それが動脈収縮を打ち消す作用をするといわれている。

塩と高血圧1

昨年夏、母親が定期的に行っている血液検査で、軽い“低ナトリウム血症”と診断されました。この頃、母親は時々頭痛を訴えていました。更に、たまにですが「気持ちが悪い(嘔気)」と発するときもありました。

水分には気を遣っていましたが、塩についてはノーマークでした。また、塩というと血圧と腎臓病との関係から、“減塩”を意識し、実際、減塩醤油や減塩味噌を使っていました。塩といえば、「減らすべきもの」という先入観を持っていました。

塩は腎臓病患者さまにとって要注意とされていますが、特に中高年の腎臓病の患者さまの場合、高血圧の薬を服用されている方が多く、以前から“高血圧”については詳しく知る必要があると感じていました。

このような経緯から、今回は“塩と高血圧”をテーマとしたのですが、最初に拝読したのが『塩を変えれば体は良くなる!?』という、まさに塩について詳しく説明されている本でした。そして、この本の中で青木久三先生を知り、青木先生の著書の中から、一般の人向けに書かれた『減塩なしで血圧は下がる』という本で勉強させて頂くことにしました。

高血圧に詳しくない私にとっては非常に勉強になったですが、ご注意頂きたいのはこの本の出版が昭和59年(1984年)4月と36年前に書かれた本であるという点です。最新の知見とは合わない部分もあるかもしれません。少なくとも、日本高血圧学会が発表している”高血圧治療ガイドライン”とは差があります。 

 

 

画像出展:「日本心臓財団

下記の図は、“降圧剤を使用するときの年齢別降圧目標”になります。

青木先生は、前提として「高血圧の人は正常血圧まで下げることを目標としない」というお考えですが、その理由は次の三つです。

1.無理な降圧は体への負担が大きく、血圧低下に伴う血液不足によるリスクが大きくなる。

2.高血圧の人は、もともと高めの血圧の方が体に適している。

3.降圧剤が増えれば、それだけ副作用のリスクが高まる。

画像出展:「減塩なしで血圧は下がる」

著者:青木久三

出版:1984年4月(昭和59年)

発行:主婦の友社

 

減塩を否定する本のため、目次の中には「どうなんだろう?」と疑問に思う項目も多く、そのため、青木久三先生のプロフィールを目次の前にご紹介することにしました。

また、私にとっては新鮮なお話ばかりで、ブログがかなり長いものになってしまったため、5つに分割することにしました。

ブログは要点と感じた部分をまとめる形式が大部分ですが、正確にお伝えしたいと思った個所は、そのまま引用させて頂きました(『』括られています)。また、目次の中の灰色の項目に関しては触れていません。

著者ご紹介

昭和8年名古屋市に生まれる。昭和33年名古屋市立大学医学部を卒業後、京都大学大学院をへて、名古屋市立大学医学部第二内科入局。昭和39年から約3年間、アメリカ・クリーブランドクリニックの研究所で、高血圧の世界的権威ページ博士より指導を受ける。次いで、昭和43年から1年間、米国文部厚生省(NIH)の主任研究員を委嘱され、現在、名古屋市立大学医学部助教授[1984年時点]

昭和57年には、高血圧学会のノーベル賞といわれる高血圧学会賞を米国心臓学会より受賞。現在[1984年時点]、日本高血圧学会評議員、米国心臓学会高血圧誌編集委員。国際高血圧学会所属。

専門は、内科学、循環器病学、高血圧病学。

主な著書に「高血圧の臨床―本態性高血圧症と二次性高血圧―」「本態性高血圧症とその治療」、「Ca拮抗剤の基礎と臨床」(共著)、「Ca拮抗剤の最近の知見」(共著)、「臨床心臓病学」(共著)がある。この他、ネイチャー、サイエンスをはじめとする外国の学術誌に英語の論文も多数発表。

米国心臓学会 高血圧学会賞:失礼だと思いましたが、ちょっと調べてみました。下記のページをスクロールして頂くと、”1982”のところに、3人の先生の氏名が出ています。青木先生は、Kyuzo Aoki, MDです。

 ”CIBA Award for Hypertension Research 1996

目次

第一章 塩をとっても血圧は上がらない 血圧対策の常識が変わった

塩は高血圧とほとんど無関係であることが判明した

減塩のしすぎはかえって体に異常をきたす

塩を減らさなければいけない人は意外に少ない

こんな人は塩を気にする必要はない

減塩が必要な体質かどうかを知るチェックポイント

治療が必要な高血圧の人は案外多くない

食事からとるコレステロールを気にするのは無意味で大きな誤り

貝やイカはコレステロールを上げるどころか逆に下げることがわかった 

人気のリノール酸は逆に血管を傷め、動脈硬化によくない

動脈硬化によいと評判のビタミンEにひそむ重大な死角

中年からジョギングを始めるとかえって危険なことが多い

60歳を過ぎてからの高血圧は心配しなくてよい

塩よりも肥満のほうが血圧を上げていることを忘れてはいないか

第二章 高血圧は塩が原因ではなかった 突き止められた血圧を上げるメカニズム

高血圧の専門医もまちがう高血圧の本当の意味

これだけはまず知っておいてほしい高血圧の基礎知識

高血圧があなどりがたい重大な成人病であると言われる理由

「高血圧=塩」の神話はいかにして作られたか

一匹のネズミが従来の誤った学説を放逐した

食塩を減らしても血圧が下がらない場合が多いことが証明された

高血圧の遺伝は「メンデルの法則」を抜きに考えられない

血圧はこのような仕組みで調節されている

血管の太さを調整し、血圧を調節する物質がわかった

生まれつき高血圧になりやすい人は血管の細胞膜に異常がある

突き止められた血圧を調節する細胞膜の仕組み

高血圧の人は、もともと血管の筋肉が収縮しやすい

第三章 血圧はこの方法で下げなさい あなたのやり方では高血圧は治らない

高血圧と心臓病の危機を脱した私の体験から話そう

動物性タンパク質を十分とると狭心症や脳卒中も防げる

みんなが敵視する肉は、実は血圧が高い人にも必要な栄養食

血圧の高い人にはまるごと食べられる卵や小魚が最高の治療食

水を十分に飲むと脳卒中にも心筋梗塞にもなりにくい

寝しなに水を飲めば、明け方に多い心臓発作が防げる

十時と三時のお茶は、高血圧の人に欠かせない大切な健康法

起き抜けのラジオ体操を実行すれば、一日じゅう血圧を低く保てる

朝晩散歩する習慣をつけるかどうかで高血圧の合併症予防にこれだけ差がつく

血圧が高めの人は、昼休みに碁や将棋をしてはいけない

体重を5キロ減らすだけで高血圧が治ることがある

血圧の重い人が重い荷物を持つのは非常に危険

階段の駆け上がりは、高血圧の人には絶対にすすめられない

血圧はちょっとしたことで大いに変動する

高血圧の人でも眠っている間の血圧は低いことを知ってほしい

私がすすめる高血圧の人のための特効献立

第四章 効き目に差をつける降圧剤の使い方 安易な服用はかえって危ない

降圧剤に関する無知と誤解があまりにも多すぎる

「降圧剤は一生服用しなければならない」というのは迷信にすぎない

降圧剤はこんな人に使ってはいけない

降圧剤で正常血圧まで下げてしまうのは、大きな誤り

これだけは知っておきたい降圧剤の種類と副作用

降圧剤は一種類から始めるのが理想的

副作用がなく、血圧を即座に下げる薬が開発された

なぜこの薬は、こんなにすばらしい効果を発揮するのか

従来の降圧剤より、ここがこれだけすぐれている

降圧剤の副作用は、カルシウム拮抗剤をいっしょに使えば防止できる

カルシウム拮抗剤の効きめを最も高める使い方

緊急事態を招いた重症高血圧でも、この薬を使えば簡単に危機を脱出できる

降圧剤は、高血圧の程度でこのように使い分けよ  

第五章 高血圧の不安を一掃する早わかり相談 この知識であなたの血圧対策は万全なものとな

実のところ塩はどの程度とればよいのでしょう?

高血圧の人にとって最も大切な食事の注意を教えてください

高血圧の人が、ぜひ避けなければならない食品は何ですか?

血圧が高い人がやってはいけない健康法はありますか

万能降圧剤のように思えるカルシウム拮抗剤に欠点はないのですか?

カルシウム拮抗剤は日本でも広く使われているのでしょうか?

降圧剤を山ほどもらってきます。やはり全部飲むべきでしょうか?

飲み忘れた降圧剤を、次回にいっしょに飲んでもかまいませんか?

塩を減らさなければいけない高血圧のタイプを教えてください

高血圧家系の人は、何歳ごろから、どのような点に注意すればよいでしょう?

酒とタバコは、やはり百害あって一利なしなのでしょうか?

健康にいいと言われるカルシウム剤も高血圧の原因になりますか?

足関節捻挫後遺症

“慢性捻挫”や“捻挫ぐせ”と呼ばれるものは、現在「慢性足関節不安定症CAIChronic Ankle Instability」と呼ばれています。数知れない捻挫によって、ちょっと動かしただけでコキコキ音がする私の足首は慢性足関節不安定症だと思います。

定期購読は止めたものの、興味ある内容のときは「月刊スポーツメディスン」を購入しています。送られてきたメールから、No.215(2019年11月号)の特集が“足関節捻挫後遺症の課題を整理する”であることを知り、迷うことなく注文しました。 

出版:ブックハウス・エイチディ

発行:2019年11月

寄稿は以下の4つです。

1.慢性足関節不安定症に対する治療の現状と課題

2.足関節捻挫が関節機能に及ぼす影響

3.足関節捻挫がスポーツパフォーマンスに及ぼす影響と課題

4.足関節捻挫における後遺症が将来的な健康に及ぼす影響と課題

ブログはを取り上げていますが、“”ではCAIの概要と2019年に更新された“CAIの業態モデル”をご紹介し、“”では鍼治療の視点から、筋肉に注目しながら表形式にまとめ、そこで洗い出された筋群を遠隔治療の筋肉と位置づけてみました。また、局所治療については、『スポーツ鍼灸の実際』と『スポーツ鍼灸臨床マニュアル』という本に書かれていた足関節捻挫の治療法をご紹介しています。

1.慢性足関節不安定症に対する治療の現状と課題

北海道千歳リハビリテーション大学 健康科学部 リハビリテーション学科

理学療法士、博士(医療工学) 小林匠

足関節捻挫と慢性足関節不安定症

CAIは足関節捻挫を繰り返すことで、慢性的に足関節に不安定感を抱いてしまう病態で、一般的には“捻挫ぐせ”と言われたりもします。CAIの原因となる足関節捻挫はさまざまなスポーツ種目において最も発生率の高い外傷の一つです。日常生活でも“ころぶ”・“つまずく”・“すべる”など、さまざまな場面に足関節捻挫のリスクは潜んでいます。前述のとおり、スポーツ現場において足関節捻挫は軽視されることが多く、ヨーロッパのサッカーリーグに所属する選手を対象とした研究では、足関節捻挫を受傷した選手が復帰するまでの平均期間は8日と報告されました。他の研究でも足関節捻挫を受傷した選手の95%が11日以内にスポーツ復帰できたとされています。一方、スポーツ復帰段階では足関節の背屈可動域制限や動的バランスの低下、自覚的機能低下、靭帯の緩みなどの関節機能の問題を抱えていることも示されています。言い換えると、足関節捻挫を受傷した選手の多くが、十分な関節機能の回復を待たずしてスポーツ復帰しているということになります。このような状況が足関節捻挫の再発率を高め、結果的に後遺症に悩まされる選手を生んでしまっている要因と推測されます。』

新たなCAIの病態モデル

『今年になって[2019年]HertelがCAIの新たな病態モデルをJournal of Athletic Trainingにて発表しました。このモデルは主に、

①一次組織損傷(primary tissue injury)

②病理機械的障害(pathomechanical impairments)

③感覚・知覚障害(sensory-perceptual impairments)

④運動行動障害(motor-behavioral impairments)

⑤個人要因(personal factors)

⑥環境要因(environmental factors)

⑦各コンポーネントの相互作用(component interactions)

⑧臨床結果のスペクトル(the spectrum of clinical outcomes)

の8つのコンポーネントから構成されており、2002年にHertel自身が公表したモデルからは、より複雑かつ詳細なものに改変されています(図3)。 

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

このモデルの中心には、②病理機械的障害(pathomechanical impairments)、③感覚・知覚障害(sensory-perceptual impairments)、④運動行動障害(motor-behavioral impairments)の3つのコンポーネントが位置し、各コンポーネント内にあげられている障害には、これまでの研究によってCAI患者で特異的に認められるとされた要因が含まれます。

また、③感覚・知覚障害(sensory-perceptual impairments)と④運動行動障害(motor-behavioral impairments)は知覚(perception)と行動(action)を通じて互いにリンクしており、そこには神経系の記憶や痕跡・符号(neurosignature)が関与し、疼痛の発生に影響するとされています。すべてのCAI患者がこのモデルであげられるすべての障害を有しているわけでなく、各患者で障害は異なり、個人要因や環境要因が加わることで、臨床結果(Outcome)は、足関節捻挫の再発(recurrent ankle sprain)から完全復帰(full recovery)に向けたスペクトルで表現され、CAI患者は症状を有さないCoperに向けて段階的に復帰を目指すことになります。一見するとこのモデルは非常に複雑に感じますが、これまでのモデルと比較すると、より臨床に即したものになったと言えます。今後は、この病態モデルをベースにCAI患者の臨床・研究が発展していくと思われます。』

2.足関節捻挫が関節機能に及ぼす影響

NTT東日本札幌病院リハビリテーションセンター

北海道大学 大学院保健科学研究院 客員研究員

理学療法士、博士(保健科学) 越野裕太

足関節捻挫による関節障害の評価

図5:前方引き出しテスト

図6:スクィーズテスト

図10:Medial subtalar glide test

図11:Plantar flexion break test

図12:最終域底屈筋力評価

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

足部の機能障害の評価

図14:前足部アライメントの評価

図15:第1趾列の可動性評価

図16:short foot exercise

図17:toe spread out 

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

膝および股関節の機能障害の評価

図なし:股関節の外転と外旋の筋力評価

図19:筋反応の評価

画像出展:「月刊スポーツメディスン11月号(2019年)」

こちらは”ハンドヘルドダイナモメーター”とその使用例(下段)です。

画像はオージー技研さまより拝借しました。


足関節捻挫の遠隔治療の筋肉

1.大腿後面の筋(ハムストリングス:大腿二頭筋、半腱様筋・半膜様筋

2.下腿の筋腓腹筋、ヒラメ筋、後脛骨筋、長指(趾)屈筋、長母指(趾)屈筋、長腓骨筋

3.足部内在筋(足裏への刺鍼は強い痛みを伴うため、基本的には施術対象外と考えています)

4.股関節外転筋・外旋筋大殿筋、中殿筋、小殿筋、大腿筋膜張筋、梨状筋など

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

 

図中の右上の2つ並んだイラストですが、うすい灰色は、長指屈筋(左)、長母指屈筋(左)、長腓骨筋(右)の各筋肉です。これを見るとこれらの筋肉は下腿から足裏まで伸びていることが分かります。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

画像出展:「人体の正常構造と機能」

足関節捻挫の局所治療例

編集者:福林 徹、宮本俊和

出版:医道の日本社

発行:2009年7月

新鮮例

置鍼・雀啄術

刺激部位は腫脹部の周辺を取り囲むようにし、その円の中に数本切皮程度の深さ(2-3mm)にとどめ置鍼していく。

受傷部への雀啄術は圧痛点を中心に行う。ただし、熱感や腫脹がある程度引いてから行うようにする。それ以前に行うと増悪する場合もある。腫脹・熱感が強い場合は、遠隔部での刺激が無難である。前距腓靭帯は関節包内靭帯で、靭帯に直接鍼を刺入することは関節包内への刺鍼になるので刺入の深さには注意する。

陳旧例

基本的には“新鮮例”の治療法と同じと考えてよいが、新鮮例よりも刺鍼部位は多く、深度は深くなる場合が多い。圧痛が不明瞭であったり広範囲に及ぶことがあるので、よく確認する。

足根洞への刺鍼(深さのは目安は1~3cm程)

足部と捻挫の関係性!?足根洞症候群の原因・症状、リハビリについて

こちらは、北海道の理学療法士である佐藤てつや先生によるものですが、

足根洞症候群」について分かりやすく説明されています。

特に次の点はとても重要なので列記させて頂きます。

・外反ではなく、足関節内反捻挫などに伴う内出血が足根洞に流れることが大きな要因である。

・足関節を背屈させた時に症状が強く自覚されることが特徴の1つである。

・足根洞症候群の患者では、腓骨筋群の運動で異常を示すと報告されている。

(筋トレの動画では”腓骨筋”に加え”後脛骨筋”も紹介されています)

著者:松本 勅

出版:医歯薬出版

発行:2003年7月

靭帯の損傷が大きく、疼痛、腫脹、機能障害などが顕著な場合は一般治療(整形外科治療)を優先させるが、軽度の場合は消炎、鎮痛、腫脹の軽減などを目的に腫脹の周辺への数本の刺鍼および損傷靭帯部への1靭帯1本の刺鍼を行い、可能であれば10~20分間置鍼する。後に円皮鍼を腫脹の周縁部に留置してもよい。

損傷靭帯部の刺鍼は、前距腓靭帯は外果の前下部(中封穴付近)に、踵腓靭帯は外果の下部(申脈穴付近)に、後距腓靭帯は外果の後下部に、外側距腓靭帯・二分靭帯(踵立方靭帯と踵舟靭帯)・背側踵立方靭帯は外果前下部よりもさらに前方にあるので、指先で腫脹・圧痛を調べて靭帯を確認して的確に刺入する。

ご参考

鍼は筋力低下を予防し、免疫力の回復を早める

こちらは、『スポーツ鍼灸の実際』の編集をされた宮本俊和先生の記事です。以前から疑問に感じていたことで、今回、たまたま見つけたのでご紹介させて頂きます。(残念な点は、実験がマウスによるものというところです)

筋肉の萎縮を防ぐ鍼(はり)

骨折後、ギプスで固定をしていると筋力が低下したり、ひざの靭帯損傷の手術後、動かさないでいると太ももの筋力が低下する、あるいは、寝たきりでいると筋肉が萎縮していく廃用性筋萎縮を起こします。それに対して鍼は何ができるか、という実験をしました。スポーツ選手ですと、低下した筋肉を回復させるためにアスレティックリハビリテーション(競技種目に必要な体力や技術を付けるための特別なリハビリテーション)を行いますが、鍼を使用することでこの期間を短縮できるか、あるいは筋肉の萎縮の速度を遅くできるか、を目的に置いた実験です。

マウスの後ろ足を宙吊りにして使えないようにして前足だけで自由に動けるようにし、鍼をする群と何もしない群に分けます。2週間後、何もしなかったマウスの後ろ足のヒラメ筋(ふくらはぎの筋肉)は萎縮を起こしていましたが、2日に1回30分間、筋肉に鍼通電刺激を与えていたマウスは、4足で走らせていたマウスと同程度の筋肉の量がありました。この実験で、筋肉を使わないことで起こる筋萎縮を鍼通電刺激が抑制している可能性がわかりました。』

ガンとホリスティック医学4

著者:帯津良一

出版:角川書店

発行:2009年3月

目次は“ガンとホリスティック医学1”を参照ください。

 

【ガン治療の症例】

再発した骨肉腫を食事療法と瞑想、抗ガン剤で克服

●『西洋医学が臓器を対象とし、代替療法が場に働きかける治療法であることはわかったから、もっと具体的にどんな治療を受ければいいのか教えてほしいという声が聞こえてきそうです。第一章でもお話ししたように、ガンというのはミステリアスな存在で、治療法のマニュアルを作ることができません。Aさんにはとても効果的だった治療法が、Bさんにはまったく効果がないという例はいくらでもあることです。

それを踏まえて、どのような例を挙げれば読者の皆さんがもっとも理解がしやすいか、参考になるか、記憶をたどってみると、ひとりのオーストラリア人に行き当たりました。1998(平成10)年11月、日本ホリスティック医学シンポジウムの翌日、私の病院でも講演をしてくださいました。

彼は、現役の獣医さんです。主に競走馬を診ているようです。もともとは陸上競技の選手でしたから、きっと競走馬の気持ちもわかるのではないでしょうか。

彼の右大腿骨に骨肉腫が発見されたのは、74(昭和49)年の暮れでした。すぐに右下肢の切断手術を受けました。足をなくすというのは、誰でも大変なショックです。とはいっても、命にかかわることですから、彼も悩み抜いた末に手術を受ける決断をしただろうと思います。しかし、10ヵ月後にガンが再発しました。骨盤と肺、胸壁への再発でした。このとき、彼はオーソドックスな治療法と決別し、自然療法を選択したのです。

なぜ、自然療法だったのか、とても興味のあるところです。彼は、再発という窮地に追い込まれたときに、自分が治療してきた馬たちのことを思い出しました。もちろん、馬が病気になったとき、薬を使ったり、手術をしたりするというのは重要な選択ですが、その前に大自然の中で癒すことを考えるのだそうです。飼料を吟味し、運動と休息に配慮し、なでたりさすったり、やさしく声をかけたりします。そうすることで、馬たちは驚くほど元気になっていきました。彼は、自分にも、それが通用すると感じたのです。

まず、食事療法と瞑想から始めました。動物性のものよりも植物性のものをとるようにし、精製しないものを食べるなど、さまざまな情報を集めて自分なりの方法を作り上げました。瞑想は徹底的にやったようです。何しろ1日に7時間も瞑想したというのですから半端ではありません。

ところが、そんな努力の甲斐もなく、再発して5ヵ月後には、医師が「あと二週間くらいの命だろう」と言うほど悪化してしまったのです。普通なら、ここで精神的にも折れてしまいます。こんなに頑張ったのにという空しさに押しつぶされ、ガタガタと体調を崩してしまいます。しかし、彼はあきらめませんでした。まだ、可能性はあるはずだと、次の手を懸命に求めたのです。「あと二週間」と宣告した主治医も、決してあきらめませんでした。「もう一度、抗ガン剤をやってみないか」と、医師はイアンさんにすすめました。宣告して放り投げるのではなくて、最後まであきらめない態度が、この主治医にはありました。

自然療法をやりたいというイアンさんの気持ちを優先し、こうやってとことんイアンさんに付き合おうとするなど、イアンさんは素晴らしい主治医に恵まれたと思います。イアンさんは主治医の提案を受け入れました。抗ガン剤治療を受けることにしたのです。これが功を奏しました。症状はみるみる回復し、体調も良くなっていったのです。

西洋医学の全否定は誤り

●『代替療法を信望する人は、西洋医学を否定しがちです。世の中には代替療法でガンが治ったという人がたくさんいます。そういう人たちは、「西洋医学は駄目だ」「抗ガン剤はやめろ」という言い方をします。しかし、ガンになってからの彼らの経過をよく聞くと、最初のうちは、手術を受けたり、抗ガン剤や放射線の治療を受けたりしているのです。副作用が強くて病院を逃げ出したというエピソードはどの方にも共通することですが、手術や抗ガン剤、放射線が本当にマイナスだったのかは、誰にもわかりません。最初に西洋医学の治療を受けたからこそ、のちの代替療法がより効果的に作用したのかもしれません。

西洋医学は駄目だと断定してしまうと、イアンさんは宣告された二週間後には亡くなっていたでしょう。西洋医学も選択肢に入っていたからこそ、それからのドラマがあったのです。

イアンさんの話に戻りましょう。抗ガン剤治療は二年間続けるプログラムが組まれました。しかし、イアンさんは、どうもこの治療は違うと感じ、二ヵ月半で中止します。主治医ともじっくりと相談したうえでの決断でした抗ガン剤には感謝しつつ、彼は冷静になって、緊急避難としての抗ガン剤は有効だけど、長く続けるものではないという結論を出したのです。

そして、彼は再び、食事療法と瞑想を始めました。しかし、前回の反省を踏まえて、今度はあまりストイックな取り組みはやめて、リラックスしてやることにしました。前回は七時間も瞑想しましたが、今回は一時間を三回と、半分以下の時間に抑えました。食事も、これでなければいけないというのではなくて、会食では一般のものを食べるゆとりをもつようにしました。これが正解だったのでしょう。再発巣の進行は停止したかのような状態が続きました。しかし、依然としてガンはあるわけですから、気をゆるめるわけにはいきません。とにかく、よいと思われることは積極的に取り入れました。』

フィリピンの心霊手術とインドのサイババ

●『この頃、イアンさんが取り組んだことで、振り返ってみてよかったと思われることが二つありました。ひとつが、フィリピンの心霊手術で、もうひとつがインドのサイババです。

両方とも、そんなのインチキだと顔をしかめる人もいるかもしれません。果たして、素手を体内に突っ込んで病巣を取り出すことができるのか。傷跡もまったく残らないのはどういうことなのか。わからないことだらけです。確か、日本のマスコミは二十年以上前に、マジックであるという結論を出したはずです。しかし、今でも心霊治療を信じて、フィリピンまで行く人はたくさんいます。

サイババは有名なインドの聖者です。何もないところからダイヤモンドなどを出すなどたくさんの奇跡を見せてくれるということで話題になりました。世界中に信者がいるようですが、批判的に見ている人もたくさんいるようです。

私は、心霊手術を実際に見たことはありませんし、サイババにも会ったことはありません。ですから、本物なのかどうかは判断できませんが、イアンさんは、心霊手術を受け、サイババに会うことによって、彼の中でさまざまな“気づき”が起こったようです。自分ではコントロールできない大きな力があること、自分が生かされている存在であることを、心で感じ取ったのだろうと思います。

そういう流れがあって、彼の再発巣は消失しました。78(昭和53)年6月、彼は完治を宣言しました。再発してから二年八ヵ月目、あと二週間の命と言われてから二年三ヵ月目のことでした。

彼は、その後、ガン患者をサポートする組織を作り、たくさんのガンの患者さんの支えとなってきました。そんななかで、学識では考えられないような回復を見せた患者さんの多くに共通するものに、①瞑想、②食事の改善、③霊的な目覚めがあったといっています。

本当に感動的な体験ですが、イアンさんの物語は、ガンとどうかかわっていけばいいのか、とても重要なヒントがたくさん含まれています。西洋医学だ、代替療法だ、あるいは○○療法がいちばんだと、覇を競っても仕方ありません。必要なときに必要な治療を選択する。そのセンスが彼にあったのだと思います。

治療法に迷った方は、イアンさんの物語を何度も読み返してみてください。ガンを体験した方なら、彼の苦悩や喜びが、よくおわかりになると思います。私には書ききれなかった部分を、自分の体感と照らし合わせながら読み取ってください。そうすることで、何か重大なヒントが、直観として降りてくるかもしれません。』

画像出展:「Amazon

帯津先生がご紹介されている”イアンさんの物語”とはこの本で間違いないと思います。(帯津先生が監修されています) 

信頼できる外科医とは

●『イアンさんの物語には、西洋医学や代替療法の長所、短所について示唆するものがたくさん含まれています。イアンさんは、まずは手術を受けています。右足を切断するという大変な決断を要する手術です。十ヵ月後に再発することになるわけですから、何のための手術だったのかと悔しい気持ちになったことだと思いますが、それは結果論にすぎません。生命の危機から脱出するため、即効性、確実性のある手術を選択したのは間違ってなかったと、私は思います。ガン治療において、手術は第一の選択肢になっていますが、万能ではありません。外科医の時代に、いい手術ができたのに再発して病院に戻って来られる患者さんをたくさん見てきました。外科医としてこんなに悔しいことはありませんでした。

外科医の多くは再発には比較的冷淡で、再発は自分の責任ではないという顔をしています。目の前の手術に全力を尽くすのが外科医の役割という言い分もわかりますが、再発は関係ないという態度は考えものです。再発も含めて、患者さんを丸ごと面倒見るだけの気迫で手術にのぞむべきでしょう。そんな気迫のある執刀医でしたら、すべてをゆだねてもいいと思います。』

抗ガン剤の効果

●『抗ガン剤については、一般的には白血病、悪性リンパ腫、乳ガン、卵巣ガンなどにはよく効くとされています。胃ガンや大腸ガンなどの場合は、抗ガン剤の効果はあまり期待できません。しかし、全く効かないということではないので、そのときの状況によって取捨選択していくべきだと思います。

抗ガン剤については偏見が多く、患者さんは大いに迷ってしまいます。代替療法の立場にいる人は、抗ガン剤を不倶戴天の敵のように罵ります。逆に、抗ガン剤を患者さんが拒否すると、「抗ガン剤をやらないならここで治療する意味はありませんから、他の病院へ行ってください」と平気で言う医師もいます。

病院へ行けば「抗ガン剤をやりましょう」と言われ、代替療法の治療家を訪ねると、「抗ガン剤などやるな」と言われる。どうしていいかわからないと、私の病院へお越しになる患者さんもいます。どちらもどちらです。抗ガン剤の長所、短所をしっかりとわきまえて、用いるべきは用い、捨てるべきは捨てるということをすれば、有益な武器になるのにと思えてなりません。ただ、何も治療手段がないので、とりあえず抗ガン剤をやりましょうというのでは困ります。何らかの勝算があってこその治療です。当たったら儲けものという気持ちでギャンブルをやっても、ほとんど外れてしまいます。当たる確率が一定以上あるという勝算があってこその抗ガン剤治療であるべきです。

イアンさんは、二年間やるべき抗ガン剤を二ヵ月半でやめています。理由は、自分にとって本来の治療法ではないというあいまいなものでした。これは、とても重要な直観でした。私の患者さんにも、イアンさんと同じようなことを言う人がいます。抗ガン剤治療をしていると元気が出ないとか、惨めな気持ちになってくると訴えてくるのです。そういう気持ちになったら、止めたほうがいいと思います。いくらガンとはいえ、人は伸び伸びと生きることが先決です。これをしなければいけないと、萎縮した気持ちで生きていくのは辛いものです。

我慢して抗ガン剤治療を受けても、それで良くなる保証はありません。自分の感覚を大切にして、やるべきときはやり、止めるべきときは止めるというのが、もっとも正しい選択です。

代替療法にはとても難しいことが山積ですが、イアンさんは見事にそれを乗り越えています。一度目もそうですし、二度目はもっと顕著だったと思いますが、西洋医学的治療の選択肢がありながら、代替療法に賭けることをイアンさんは決断します。

一度目のとき、手術が無事にすんだあとで医師は抗ガン剤や放射線の治療をすすめたはずです。しかし、それを受けずに、食事療法と瞑想で対処しようとしました。普通なら大変な迷いが生じるはずです。抗ガン剤や放射線治療の効果には、ある程度の客観性や再現性があります。しかし、食事療法や瞑想には科学的な裏づけはほとんどありません。そこに賭けられるかどうかです。

抗ガン剤や放射線に科学的根拠があるとはいっても、それが治ることにはつながりません。しかし、人は「科学的」という言葉にとても弱いのです。西洋医学の治療を捨てて自然療法でという気持ちになれないものです。本人が「やる」と決めても、家族が反対します。家族ばかりでなく親戚中が反対して、自然療法を断念する人も少なくありません。

さらに二度目は、自然療法でうまくいかず、抗ガン剤で命拾いをしたという経緯があったにもかかわらず、「抗ガン剤をやめて食事療法と瞑想をやる」という決断です。ここにイアンさんの強い意志を感じます。抗ガン剤でこれだけの効果が出たのだから、そのまま続けようと、誰もが思うのではないでしょうか。まして自然療法では、うまくいかなかった前科もあるのです。

さらに、私がすごいと思うのは家族の方です。ガンを患って不安になるのは患者さんばかりではありません。家族の方は、患者さんと同じくらい、あるいはそれ以上に不安と心配で胸がいっぱいのはずです。本人の意思を尊重したいと頭で思っていても、抗ガン剤でここまで良くなったのにどうしてと思わないはずはありません。

主治医もすごい。自分ですすめた抗ガン剤で劇的に回復したわけです。にもかかわらず、抗ガン剤を途中で止めて自然療法にすると言われて、気持ちがいいはずがありません。「もう勝手にしろ!」とさじを投げても不思議ではない状況です。

私は、イアンさんと家族、主治医の間に、半端ではない信頼関係ができていたのだと、うらやましく感じます。最高の“場”の中に身を置きながら、闘病をすることができたのです。それが、奇跡ともいえる好結果を生んだのだと思います。

代替療法を受けるコツ

●『イアンさんは、一度目の自然療法ではうまくいかなかったけれども、二度目は大成功でした。その理由を探っていきましょう。

最初は、どうしても自然療法で治してやるという力みがあったのだと思います。ですから、厳格な食事療法を実行し、瞑想も一日に七時間もやったのでしょう。これでは、逆にストレスになってしまいます。食事療法や瞑想で得たプラス部分よりも、絶対に挫折してはいけないというプレッシャー、ストレスが生むマイナスのほうが大きくなってしまいます。

私の病院にも、さまざまな自然療法に取り組んでいる人がいます。厳格な玄米菜食をしている患者さんがいました。玄米菜食にもいろいろあります。特に、ガンを治療するための玄米菜食は、とても厳しいものになります。肉は一切れも口にしてはいけません。味噌汁のだし汁に煮干しを使うことも禁じています。玄米は一口食べるのに二百回嚙みます。いいことはわかりますが、ここまで徹底した食事療法では、なかなか続けることはできません。

毎朝、回診をしながら表情を観察します。この患者さんの表情は、すっかり暗くなっていました。もう、玄米を見るだけで吐き気がするような状態になっていたのです。命には代えられないと、我慢に我慢を重ねてきたのでしょう。玄米が体にいいことは間違いないと思います。しかし、こうなると逆効果です。

私は、患者さんに言いました。「今度の日曜日、川越に行ってうなぎかステーキでも食べてきたら」彼は、本当に嬉しそうな顔をしました。

日曜日、いそいそと出かけて行きました。何を食べたかは聞きませんでしたが、晴れやかな顔で病院に帰ってきました。厳しい玄米菜食では、うなぎやステーキは食べてはいけない最上位ランクにあります。しかし、一食だけうなぎやステーキにしたからといって駄目になってしまうような体では困るわけです。いくら体にいいものでも、見るだけで吐き気をもよおすようなものを食べているよりは、体に悪いものでも喜んで食べられるもののほうがはるかにいいと、私は思います。

その患者さんは、気分転換ができたのでしょう。翌日からまた、玄米菜食に一生懸命に取り組み始めました。とことんやれる人はいいと思います。でも、ちょっと無理があるなと思ったら、少しは息抜きをした方が長続きします。イアンさんも、息抜きを入れることで、食事療法や瞑想をより効果的なものにすることができました。

太極拳でも、なかなか上達しなくても、楽しみながら、気楽に長くやっている人のほうがいい結果が出るように感じます。真剣にやるときはやり、ときには息抜きもする。代替療法とは、そんなかかわり方がいいのではないでしょうか。』

霊的な目覚め

●『イアンさんの治癒の扉を最後に開けたのは、心霊治療とサイババでした。まわりの人も驚いたでしょう。どうしてそんないかがわしいものに手を出すのかと、眉をひそめる人もいたはずです。

フィリピンの心霊治療は、患者さんの腹部に手を当てて、何かを祈りながら撫でているうちに、おなかの中から汚い血液のかたまりのようなものを取り出して病気を治すというものです。外科医である私には、メスなしにどうして腹腔内から何かを取り出せるのか、とても信じがたいことです。マスコミも大騒ぎをして、それをマジックだと断定しました。

私の患者さんの中にも、この治療を受けた方がいます。マジックかもしれないという疑いをもちつつ、フィリピンまで行き心霊治療を受けたのですが、帰ってきたときには体調が良くなっていました。心霊手術だけに頼って、他の治療を受けないというのは困りますが、たくさんある戦術のひとつとして受けるなら、それはその人にとっての癒しとなります。

サイババも同じです。さまざまな奇跡を起こしていると聞いていますが、それを盲信するのではなく、ひとつの可能性として聖者に会ってくることに、私は反対しません。イアンさんの場合、心霊治療を体験し、サイババに会いに行くことで霊的な目覚めがあったといっています。私は、心霊手術でもサイババでも、手段は何でもいいですから、イアンさんの言う霊的な目覚めが起こることはとても重要だと思います。

ガンを患って奇跡的に回復した人が、「ガンになってよかった」「ガンに感謝している」とよく言います。こうした気持ちの変化も、大きな霊的目覚めだと思います。世の中で起こっていることに偶然はないといいます。ガンになったのも偶然ではありません。なるべくしてなっているのです。なる意味があると思います。その意味を見いだせたとき、そして、その意味をかみしめることで人生が大きく変化し、充実した毎日を送れるようになったとき、人はガンに感謝できるようになります。多分、そういう心境になったときに、自然治癒力は爆発的に高まるのではないでしょうか

ガンというのは、ミステリアスなものです。それを理屈がわかっていることだけでなんとかしようと思っても無理があります。不思議なこと、非科学的なことも使い方次第です。霊的な部分は、WHO(世界保健機関)でも健康の定義として取り入れようとしているほどで、これからの重要なテーマになってくると思います。』

クリック頂くと、日本WHO協会のサイトに移動します。

”霊的”に関しては「健康の定義」の箇所に以下のような説明があります(一部です)。

『1998年の第101回WHO執行理事会において、「spiritual(霊的)とdynamic(動的)」を加えた新しい健康の定義が検討されました。賛否両論があったのですが、第52回世界保健総会(WHO総会)の議案とすることが決定されました。そして、WHO総会で審議した結果、採択が見送られました。』 

気になったので、さらに調べてみると、「WHOの健康定義制定過程と健康概念の変遷について」という資料(PDF6枚)を見つけました。この3ページめの”Ⅲ 戦後の物質文明に対する反動から生じた健康定義改正議論”の中に経緯や判断などが書かれています。なお、この資料は「第51巻 日本公衛誌 第10号 平成16年10月15日」が発行元となっています。

なお、否決された改正案は次の通りです。"Health is dynamic state of complete physical,mental,spiritual and social well-being and not merely the absence of disease of infirmity"

付記1:日本ホリスティック医学協会

今回、会員となった私に日本ホリスティック医学協会から冊子等が送付されてきたのですが、その中に新鮮な発見がありましたので、ブログにアップさせて頂きます。

その冊子は“HOLISTIC MAGAZINE 2017 30周年記念号”です。彦根市立病院緩和ケア科部長で、日本ホリスティック医学協会副会長でもある、黒丸尊治先生が寄稿された「私のホリスティック医学観 その出会いと変遷」の中にありました。それは「心の治癒力」です。

『代替療法に対する患者さんの期待感や希望といった心の状態こそが、代替療法の直接的効果よりも自然治癒力に大きな影響を及ぼす。』というお考えです。

私の臨床における全体性の視点

『とにかくホリスティック医学をたくさんの人に知ってもらいたい、それを実践する医者が一人でも多く出てきて欲しい、そんな思いを持ちながら今日までやってきました。ただ私のホリスティック医学に対する理解は、当初から比べるとずいぶんと変わってきたように思います。最初の頃は全体的な視点を持ちながら代替療法で自然治癒力を高めるといった程度の理解でしたが、心療内科としての人とのつながりやコミュニケーションの重要性を実感するようになってからは、主に心の視点からホリスティック医学を見るようになりました。

例えば「自然治癒力」という言葉ですが、これは免疫系や自律神経系、内分泌系といった体の持っている治癒力や回復力のことを表現しており、あくまでも身体性に重きがおかれた言葉です。しかし実際には安心感や喜び、ときめきといった心の状態も自然治癒力に大きな影響を及ぼし、それが病気や症状の改善につながるという側面も持っています。つまり体と同様、心にも治癒力が存在しているということです。このポジティブな心の状態が持つ力を私は「心の治癒力」と呼ぶようにしました。

それまでは代替療法が自然治癒力を高めるという考え方でしたが、今は直接的な効果よりも、代替療法に対する患者さんの期待感や希望といった心の状態の方がはるかに大きいと考えています。ただし患者さんの心の状態に影響を及ぼすものは、期待感や希望だけではありません。治療者の雰囲気や態度、説明の仕方など治療者要因や、治療者に対する安心感や信頼感といった治療関係要因も深く関係しており、これらも自然治癒力に大きな影響を及ぼします。さらに付け加えるならば、帯津先生がよく言う「場のエネルギー」も深く関与しています。今いる自分の環境や周囲とのつながりにより、患者さんの「心の治癒力」は大きく左右されるからです。

そう考えるようになってからは、代替療法そのものも大切ですが、それに勝とも劣らず、それを行う治療者やセラピストの態度やコミュニケーションの良し悪し、患者さんを取り囲む環境といったものも健康や病気、治療や癒しを考える上ではとても重要であると思うようになりました。これが私の臨床における全体性の視点であり、以前のような患者さんの全体を診るといった、狭い意味での全体性の視点とは大きく変わってきました。医療においては、このような要因がすべて関わっており、その中核をなすものが患者とのコミュニケーションです。今後は、医療現場での多大な影響を与えるコミュニケーションの重要性についてもっと理解を深め、来るべき大ホリスティック時代に向かって、さらに邁進していきたいと思っています。』

付記2サティア・サイババ

“サイババ”と聞いて「懐かしい~」と思う反面、「胡散臭いなぁ」という印象が根強くあります。しかし、イアンさんの体験を知ってその見方は間違っているのかもしれないと思うようになりました。少なくともサイババとはどのようなヒトなのか、その真実を知りたいところです。

そこで、まずはネット検索してみました。以下はその時見つけたサイトです。 

サティヤ・サイババの社会貢献・偉業:『2000年以降、サティヤは無料の学校や病院を建てたり、水道設備を整えるなど積極的に社会奉仕活動を行いました。』 また、サイババの葬儀は国葬として執り行われたそうです。

画像出展:「文藝・学術出版 鳥影社

ウィキペディアには次のようなことも書かれていました。

サイ・ババの逝去に際し、インド首相(当時)マンモハン・シンが以下のとおり声明を発表している。

『「サティヤ・サイ・ババ氏ご逝去の知らせを聞き、深い心からの悲しみにある。サティヤ・サイ・ババ氏は霊的指導者として、人類を、それぞれの信じる宗教を守ったまま、正しく、また意義のある生き方へと導いてきた。氏の教えは真実、正しい行い、平和、愛、非暴力という、普遍の理念に基づくものだった。

サティヤ・サイ・ババ氏は50数年の間、人間の最高の価値(ヒューマン・バリューズ)を説いてきた。また(サイ・ババ氏が生まれ、また生涯を過ごしたプタパルティの)プラシャンティ・ニラヤムを本拠に、世界中に散らばる幾多の機関を通じ、平和主義的価値観、教育、そして公衆衛生を振興することで、人々の崇拝を受けてきた。

氏が信じてきたこと、それは、生活の維持のための基本的要件を誰もが享受できる社会を確保することは、人としての義務であるということだった。信奉する人々にとって、サイ・ババ氏は光となった。

サティヤ・サイ・ババ氏の逝去は、何にも代え難い喪失を意味し、インド国民全員が深い嘆きに包まれている。全ての信者、門弟、支持者に、心からのお悔やみを申し上げる。」』

こちらの本は、先にお伝えした鳥影社さまのサイトに紹介されていた“理性の衝撃”という本です。大変迷ったのですが思い切って購入しました。

著者:ビジェイ弘詩

出版:鳥影社

発行:2015年3月

今まで宗教に興味を持ったことがない私にとって、この本の内容の多くは受け入れ難いものでした。その中で「この指摘は鋭い!」というものがありました。サイババの奇跡とは何か”、これがそのタイトルです。 

なお、念のためですが、これはサイババ自身の言葉ではなく、著者であるヒジェイ弘詩氏のお話です。 

ヤハウェであり、天之御中主神であり、アッラーでもあるサイババは、インチキと言われている物質化現象でも有名ですが、ここではサイババの奇跡の本質を述べます。

サイババの心は太陽のごとく、どこまでも清く正しく美しい。しかしサイババの奇跡は、サイババの奇跡の本がウソであると思えるほど少ないのです。確かに病気でも仕事面でも事故の面でも奇跡はあるのですが、仮に病気を例に取ると、サイババに奇跡を求める信者の百人に一人も奇跡は起きていないのです。

実は、サイババ信者が大変に困っているのは、本当はこのことなのです。

人間は過去においても現在においても、「救世主が出現した。神が出現した」というニュースを聞くと、もう世界中からたくさんの人間がウァーッと集まります。しかし、サイババを見てブスが美人になったり、抜けた歯が生えたり、顔などのシミやシワが消えたり、三億円の宝くじが当たるとか、出世や事業が群を抜いて良くなるとか、その他にいろんな良いことが起こったという話を私は聞いたことがありません。

また、ガンなどの難病も、私の目には、サイババはほとんど治すことを考えないように見えます。確かに、サイババの本を読むと難病の人が治った話がたくさんありますが、現実は需要の半分も奇跡は起きていません。私は思うのですが、この現実が、サイババへの不信感を抱かせる最大のものだと考えます。

サイババが創造主であり救世主であるとするならば、何故に、イエス・キリストも驚くほどの奇跡を起こさないのでしょうか。

遺伝病や原爆症などを除くと、病気の大半の原因はストレスにあるのではないでしょうか。病は気からと言うように、数多くの慢性疾患は不摂生とストレスが原因と思います。自分より他人の肉体が良く見えたり、自分のものよりも他人のものが良く見えたり、自分の命よりも仕事の方が上に見えたり、自分のエゴや会社のエゴや社会や国家のエゴによって人間関係や社会の秩序が壊れるとき、個人ばかりでなく、社会も病魔に侵されてしまうのです。

では、もしも慢性疾患にかかったときにはどうすれば良いのでしょうか。人間の病気を治す唯一の道は、この苦難とトラブルの多い人生では、何よりも、自分の肉体と精神に価値を置くことです。つまり仕事より肉体が大切である。仕事より精神が大切である。人間の肉体価値は百億円以上である。大企業の社長になることよりも、東大に合格することよりも、天下の美女を愛人にすることよりも、自分が美人やハンサムに生まれることよりも、もっともっと大切なことは、自分の肉体や精神を非常に大切にすることです。自分の胃や、肺、肝臓、脳や心臓などの内臓を、世界一大切にする決意を持つことです。どんなにボロボロな肉体であっても、どんなにズタズタな精神であっても、本人にとっては唯一のかけがえのないものです。全力で大切にする決意を持つべきです。肉体は神であると思い、大切に労わりましょう。自分の精神を大切にして労り、ストレスから解放してあげましょう。そして、自分の魂を燃やして悪因縁を断ち切るために、ガヤトリー・マントラ[ヒンドゥー教における最高峰のマントラ。マントラは宗教的には讃歌、祭詞、呪文などのこと]を唱えましょう。そして、漢方薬や栄養のあるものを飲みながら、医者の治療を受けましょう。

以上のことで理解いただけると思いますが、人間は自分の意志力で、頭の中に充満しているストレスを追い出す決意を持ったとき、自分のことや他人のことをどんどん許さなくてはいけないことに気づくと思います。嫌いな自分や情けない自分を許したとき、嫌いな他人や憎むでき他人を許したとき、人は自分の精神と肉体を世界一大切にするべきものであったと気づくのです。そしてこのとき、病気はその人間を許すと思うのです。病気は消滅するのです。

人間はこのような正しい精神で病気に対応すべきだと思います。あとは、太陽のエネルギーを大量に注入するために、ガヤトリー・マントラを数多く唱えて悪因縁を燃やしましょう。

ストレスは細胞膜を収縮させ、血管を収縮させます。すると細胞内の代謝が悪くなり、また体内での血行が悪くなり慢性病やガンになるのです。ストレスを取る目的で、毎日笑う習慣を持ちましょう。』

付記1で黒丸先生は、ポジティブな心の状態がもつ力を『心の治癒力』と表現されましたが、これを前(改善)に進めるもの(ドライバー)とすれば、ビジェイ弘詩氏の『正しい精神』というご指摘は、前に進める原動力(エンジン)のようなものであり、『心の治癒力』を最大化するための基礎になるようなものだと感じました。

ガンとホリスティック医学3

著者:帯津良一

出版:角川書店

発行:2009年3月

目次は“ガンとホリスティック医学1”を参照ください。

 

【ホリスティック医学】

西洋式三大療法に代替医療を併用

●『三大療法を中心とした西洋医学の治療法は、肉体に働きかける治療法です。代替療法は、精神や魂といった“場”に働きかける治療法です。このあたりをしっかりと把握して、今の自分にはどの治療法が適切か、どんな組み合わせが効果的か、患者さん本人を中心にして、医師や治療家、ご家族で話し合っていける環境が整えば、ガン難民などという悲しい言葉もなくなるのではないでしょうか。』

気功など中国医学への着目

西洋医学の限界を感じ、今のやり方で有効なものを生かしつつ、違った角度からもアプローチする必要性を感じ、中国医学に可能性を求めた。

●最も興味をもったのは気功である。特に肺ガンを手術で切除したあとの再発を予防するために用いられていることが多いようだったが、この話を聞いて、目の覚めるような思いがした。それは、術後の再発予防こそ、ガン治療にとって非常に重要なものだと感じていたからである。当時、術後の再発予防はほとんど行われていないに等しい状態で、経口の抗ガン剤や免疫療法薬、消化薬を体力回復させる薬だとか肝機能をよくする薬だと言って処方していた程度だった。本気で再発を予防しようという意気込みなど感じられなかった。生活指導の面でも、食事だけでなく、呼吸、運動、ストレスのことなど、毎日のライフスタイルについてまったく無関心だった。

●『私は気功こそ中国医学のエースだと感じ取り、書店で20冊以上の気功関連の本を買って帰国しました。そして、買い求めた書物をむさぼるように読みました。中国語の本など読んだことはありませんから、辞書を引きながらの悪戦苦闘の毎日でした。それでも気功の輪郭は見えてきました。

気功にはおびただしい種類があります。2400種類という人もいれば、3000種類と話してくれた方もいました。多分、正確な数が把握できないほどたくさんあるのだろうと思います。そんな数多くの気功に共通する要素があります。それは、「調身」「調息」「調心」の三つです。この三要素がそろっていれば、すべて気功といっていいのです。

調身とは、姿勢を整えるということです。具体的には、「上虚下実」という言葉が適当かと思います。上半身は力が抜けていて、下半身は力がみなぎった状態です。

調息とは、呼吸を整えること。東洋の呼吸法というのは吐く息を重視します。意識的に吐き、吸うときは自然に入ってくるのに任せる。そうした呼吸が身体をリラックスさせ、自然治癒力を高めるのです。

調心は、心を整えることです。言い換えると、揺るぎない心をもつことです。

この三つがそろっていれば気功だと知って、私はこれまで自分が親しんできた八光流柔術も調和道丹田呼吸法も楊名時太極拳も、みんな気功だったのだと気づきました。新しいことを習わなくても、今までやってきたことから始めようと思ったのです。』

人間丸ごと扱う医学を

●帯津先生の病院(帯津三敬病院)では、中国医学だけでなく、食事療法、心理療法、各種民間療法など、現在ではさまざまな治療を行っている。

「東洋医学は“場”の医学」

西洋医学と代替療法をうまく使い分けるには、それぞれの特徴を知る必要がある。

●東洋医学とは

帯津先生:”エントロピーの医学

『世の中の現象は、手を加えないと秩序がだんだんと乱れてきます。それがエントロピー増大の法則です。例えば、家の中を片付けないでいると、どうなるでしょうか。洋服やら本やら新分野ら、ホコリ、ゴミなどが散乱して、収拾がつかなくなってしまいます。どんどんと秩序がなくなってしまいます。これをエントロピーが増大している状態といいます。ですから、定期的に掃除をします。エントロピーを減らして秩序を取り戻しているわけです。人間の体も同じで、放っておけば、老廃物がたまり、細胞は老化して、秩序がなくなり病気しやすくなります。エントロピーが増大していくのです。

西洋医学は、エネルギーを注入して悪い奴らをやっつけてしまおうという医学です。それに対して、東洋医学は、体内の秩序を取り戻そうとする医学です。気功によって病気が良くなるのも、気がウィルスやガン細胞をやっつけてしまうということではなさそうです。本来、体に備わっている治ろうとする力(自然治癒力)を、気功が高めているように感じられます。

自然治癒力を高めるには、無秩序化している体や心に秩序を取り戻させなければなりません。つまり、エントロピー増大とは反対の方向に進ませる作用が、「気」にはあるのではないでしょうか。そういう意味で、私は、西洋医学はエネルギーの医学、東洋医学はエントロピーの医学という言い方をしたのです。』

清水 博 先生:“の医学

『「“気”は“場”の情報を伝達するものではないかと思っています」。

清水先生とのやり取りは、私にとっては大きな分岐点になりました。人間の体には“場”があり、“場”と“場”をつなぐ役割をしているのが“気”だと考えることで、私のやろうとしていることがとても簡潔に語れるようになったからです。

“場”は、現代物理学ですでに実証されています。ある限られた空間に、電気や磁気などの物理的な量が連続して分布しているものを一般に“場”といいます。電気が連続して分布していれば「電場」、磁気なら「磁場」、両方なら「電磁場」となるわけです。

体内にも、“場”があってもおかしくありません。体の中にも電気や磁気がありますから、電場も磁場も電磁場も存在しているはずです。さらに、現代医学では解明されていない物理量もあるはずです。例えば、気です。気が連続して分布している場を、私は「気場」と呼びました。こうしたさまざまな場が、体内に共存しています。これを全部まとめて、「生命場」と総称することにしました。

つまり、人間の体は生命場からできており、そこにさまざまな臓器が浮かんでいるというイメージです。』

メモ「ブラウン管テレビをたたくと直るのは、鍼のメカニズムに似ている?」

以前、こんなことを思ったことがありました。

おそらく、テレビ内にホコリなどが蓄積し、それが接触不良を起こしテレビの映りに影響を及ぼすのだろうと思います。壊れない程度に、ややイライラしながらバン!バン!とテレビを叩くと映るようになることもありました。

画像出展:「テレビログ

 

これは、帯津先生のお話に当てはめると、時間とともにテレビ内のエントロピーが増大し、バンバン叩くという行為により、ホコリが下に落ちて部品周辺のエントロピーが減少し直った(映った)ということだと思います。

バンバン叩くという行為(刺激)と、体に鍼を刺すという行為(刺激)を同様な行為とみれば、鍼刺激により体内の増大したエントロピーが減少し、元気になったというメカニズムは、「テレビをバンバン叩いたら直った」と同じ種の話のように感じます。

また、『人間の体は生命場からできており、そこにさまざまな臓器が浮かんでいるというイメージです』という帯津先生のお考えを、これを無理やり、人間=テレビ(筐体内空間)、骨=筐体、内臓=部品に置き換えて考えると、生命場は筐体内空間に存在するものということになり、筐体内空間に“ホコリ”が蓄積されたり、各部品が発する“熱エネルギー”が年月とともに筐体内空間に影響を与えるという事象は、少しずつ積り汚された生命場がそれぞれの内臓に影響を与え、また、調子の悪い内臓がその周りに悪さの連鎖をつくり、最終的に人間の健康を損なうということに通じるのではないかと思います。 

いのちの場」を高めるコミュニケーション

●医療でもっとも大切なことは「いのちの場」を高めることである。「こうした治療法で難病が治った」ということが強調されがちだが、「治る・治らない」と二極化して捉えるものではない。あくまでも、いのちのエネルギーを高めていくことが医療である。

医師と患者さん、家族や友人の気持ちが絡み合ったときには、そこにいい場が生まれる。戦略会議を開いて患者さんとのコミュニケーションを図るのも、お互いの信頼関係を深めて、場を高めていきたいと考えているからである。

●『驚くような回復を見せる患者さんを観察してみると、皆さんいい場に身を置いていることがわかります。いい家庭、いい職場、いい医療の場にいて、付き合う人も生命場を高めようという志をもった人たち。そのような環境にいると、自分の場が高まり、いのちのエネルギーも蘇ってくるのだと思います。』

●『病院の場を高めていくことは、急を要する課題である。医師だけでなく、看護師、薬剤師、技師、栄養士、事務関係など、病院にかかわるすべてのスタッフが、高い志をもち、意識をひとつにして場を高めていこうとする病院であれば、その場に身を置いた患者さん自身の場も高まっていく。そして、患者さんの場が高まっていくことで、病院の場もスタッフの場も高まっていくのである。』

サイモントン療法(「大事な家族のサポート」から)

●『サイモントン療法というガンの心理療法があります。ガンが縮小していくのをイメージしながら瞑想をすると、本当にガンが小さくなるという心の作用を利用した治療法です。この方法は、放射線医だったサイモントン博士が30年以上も前に提唱したものです。当時は、「そんな馬鹿なことがあるはずがない」と相手にされなかったようですが、次第に心と体の関係が明らかになってきて、今ではガンの心理療法として確固たる地位を確保しています。

前述したようにサイモントン博士は、年に二度はセミナーのために日本に来られます。そのたびに私の病院に寄ってくださって、患者さんに1時間ほどの講演をしてくださいます。その後、ビールを飲みながらうなぎを食べるのが、私にとっても、博士にとってもすっかりお気に入りのコースとなりました。

サイモントン博士のお話でとても印象に残っていることをご紹介します。「病を克服するために、いちばん大切なことは、必ず良くなると自分の心に決めることです。良くなるための鍵は自分のなかにあるのだから、ふたを開けて、これを取り出すのも自分です。決して他人がしてくれるわけではないということ、それをわかっていただきたいと思います。

一方で、目的を達成するための妨げになるのは、結果に執着することです。「良くなる」という気持ちは大切ですが、良くなろう、良くなろうとだけ思いつめていると、それが執着になってしまい、かえって結果を悪くしてしまうのです。それでは、執着しないためにはどうしたらよいか。それは良くなりたいと強く思うと同時に、いつでも死ねるという心の準備を進めておくことが大事なのです。

概要:『サイモントン療法は、米国の放射線腫瘍医で心理社会腫瘍医であるカール・サイモントン博士 ( O. CARL SIMONTON, M.D.)により開発された、がん患者さんとご家族(または支援者) のための心理療法です。 近年では、がんのみならず、ストレスに起因するさまざまな病気に対してサイモントンのプログラムが提供されています。

米国にて、学会認定の放射線腫瘍医として、がん治療の第一線で活躍していたサイモントン博士は、臨床で患者さんの治療を重ねるにつれ、診断と治療が同じでも、成果が出て健康を取り戻す患者さんと、全く成果が出ずに死を迎える患者さんとに分かれるという矛盾に直面します。

ここで、患者さんの精神・心理状態、またそれにともなう生きる姿勢が、病気や治癒の過程に影響を与えることを認識します。希望をもって治療や日常生活に取り組む患者さんと、絶望感に苛まれながらそうする患者さんとのあいだに、大きな回復の差を見たのです。その後、がんと心の関係に関する研究を行い、そのことを実証しました。』 

気功の利用

●『そんなことやっていられないよと思えるようなことを、コツコツとつみ重ねることでガンを克服する方はたくさんいます。

気功がそうです。まだまだ怪しげなものという目で見る人もたくさんいますが、気功は健康法や病気治療としての市民権を得たといってもいいでしょう。10年ほど前までは、「気功でガンを治そう」などと言ったら、ほとんどの人がばかにした笑いを浮かべる時代でした。そんなことやってガンが治るものかと、誰もが思っていたのです。もちろん、気功で末期のガンがまたたく間に消えてしまったということはありません。そんなことは、どんな治療法でもありえないことです。

気功は、毎日毎日、コツコツとやることで、何かが変わってきます。気持ちの持ち方が変わってきたり、体調の変化も起こってきたりします。それが、ガンの増殖を抑えたり、再発の防止になったりしているのです。気功も、決してうまくやろうと思う必要はありません。いちばん大切なことはときめきです。義務でやるのではなくて、心をときめかせながら、何か好きな気功をひとつ、コツコツとやっていくことが大切です。

素直になると、小さなことに心がときめくようになります。朝、起きて家族が大きな声であいさつしてくれたこと、鳥たちがたくさん鳴いていたこと、散歩道で小さな花を見つけたこと。そんなことで心をときめかすことができたら、心はときめきでいっぱいになります。小さな爆発が常に起こっている状態です。それがやがては大爆発になって、逆転ホームランが飛び出すかもしれません。』

ガンとホリスティック医学2

著者:帯津良一

出版:角川書店

発行:2009年3月

目次は“ガンとホリスティック医学1”を参照ください。

 

【ガンといかに向き合うか】

ガンほどミステリアスなものはない

●『こんなにも長い間[47年間]ガンとかかわってきて、どれくらいガンのことがわかったでしょうか。「ガンとはいったい、何者なのか?」。そういう質問をされたら、私はなんと答えるのだろうと、自問してみました。なかなか適切な答えが浮かんできません。そんなとき、ふと思い出したことがあります。

98(平成10)年に、ロンドンにある王位ホメオパシー病院を訪ねたときのことです。アン・クローバー先生というベテランの女医さんとお会いして、いろいろとお話をしました。上品で温かな雰囲気をもった方でした。彼女は、私と同じようにホリスティック医学を志してきました。一ヵ月後には定年で退職すると言います。これからも、ホメオパシーやホリスティック医学のことを教えていただこうと思ったのにとても残念でした。

私は、彼女に質問しました。「半生をホリスティックなガン治療に捧げて、今、ここを去るにあたって、何か心に思うことがあるのではないですか?」

彼女はやさしい目をしていました。私の質問を聞いた彼女は、やさしい瞳の中に、寂寥感(サキリョウカン)をともなった安堵の光を見せました。その目を見て、私は、この人は十分に戦い抜いてきたのだと思いました。

彼女は一呼吸おいて、こう答えました。「そうですねえ……。ガンほどミステリアスなものはない、ということでしょうか」

この一言に、私は思わず身を乗り出してしまいました。なんと的を射た言葉なのでしょう。ガンほどミステリアスなものはない。まったく同感です。「これだ!」と飛び上がりたいほど嬉しくなりました。ガンという病気はあまりにも複雑怪奇で、こういうものだと、ひと括りにできるものではないのです。

彼女は続けました。「だから、何をやってもいいんですよ」どんな治療法を採用してもいいという意味です。

世の中には、オーソドックスな治療法以外にも、さまざまな治療法があります。西洋医学の教科書に載っていないという理由だけで、それらの治療法を排除することなどないのです。

ガン治療にはマニュアルは存在しません。最先端の高度な治療を受けても治らない人がいるかと思えば、怪しげだとされている民間療法で劇的に治る人もいます。また、何もしないのに、自然に治ったという人もいます。「ミステリアス」これこそ、ガンを語るのにはもっとも適した言葉だと思います。

●『クローバー先生や私ばかりでなく、「ミステリアス」という表現こそ最高のガンの形容詞だという感覚をわかってくださる医師は決して少なくないはずです。現実をしっかり見据えながら、誠実にガンの治療に取り組めば取り組むほど、ガンのことがわからなくなってくるのです。ガンの患者さんが百人いれば百通りのガンがあると思えてきます。それくらい、ガンには個性があって、それぞれが予期せぬ方向に動くのですから、マニュアルなどつくれるはずがないのです。

こちらが王位ホメオパシー病院です。ホメオパシーに関する興味深い内容も紹介されています。なお、これはホメオパシー統合医療専門校さまの記事になります。

『英国におけるホメオパシーは180年以上の歴史を持ち、古くは王室御用達の健康法として貴族階級の間に広がり、現代では英国王室庇護のもと多くの国民もその恩恵を得ています。 国立のホメオパシー病院は英国各地に4つ(ロンドン、ブリストル、リバプール、グラスゴー)ある他、数多くのホメオパス達が活躍しております。ロンドンの中心地にある王立ホメオパシック・ホスピタル(The ROYAL LONDON HOMOEOPATHIC HOSPITAL)は、近年「Royal London Hospital for Integrated Medicine (統合医療の為の王立ロンドンホスピタル)」に改名され、ホメオパシーだけでなく、鍼灸やマッサージなどの伝統医療での治療が続けられております。』 

あてにならない余命宣告

●『ガンという病気は、自分が主体になって闘うことがとても大切だからです。ご紹介した症例でも[”ガンとホリスティック医学4“でご紹介します]、患者さん本人が、自分の状態を知り、自分でどういう治療を受けるか選んでいく中で、ガンとの上手な付き合い方ができるようになっています。』

「死」と「心」の問題

●『クローバー先生は、ガンはミステリアスだから、何をやってもいいんだとおっしゃっていました。何をやってもいいというのは、手当たり次第に、次から次へと治療法を渡り歩けということではありません。そうなったときは、負け戦です。

ホームズもポアロもコロンボも、足で歩き、たくさんの証言を集め、自分の頭で推理して、ときには直観を働かせ(実は、これが一番重要な要素ですが)、犯人を絞っていきます。決して、場当たり的に動いてたまたま犯人に行き着いたというのではないのです。

ガンの付き合い方も同じです。どうやったら治るかというマニュアルはありませんが、ガンとのかかわり方を考える上で、どうしてもおさえておきたいとても重要なものがいくつかあります。その中でも、もっとも大切なのは、「死」と「心」の問題です。まずは、「死」に対して目をふさがないということです。ガンという病気は、どうしても死を意識させられます。死の不安、恐怖で押しつぶされそうになります。できれば、死については考えたくないというのが大方の人の思いでしょう。しかし、冷静に考えれば、ガンに限らなくても、人は必ず死にます。だれもが、その法則からは逃げられません。

西洋医学は、死を敗北だと考えています。ですから、治癒の見込みのある患者さんは一生懸命に治療しますが、見込みがなくなった途端に医師は冷たくなってしまいます。治療法がなくなると病室に足を運ばなくなる医師もいます。それでは本当の医療はできません。死をも含めて、患者さんを診るのが医師の役割だと思います。

ガンになって人生が大きく変わったという人をたくさん知っています。生き方が変わり、ガンになる前よりも充実した毎日を送っている方もたくさんいます。死を意識したからこそ、生が変わってくるのです。生き方や生活が変わると、ガンに対する見方も変化します。それが治癒の力につながっていきます。死を見ないように遠ざけている間は、生き方も生活も変わりません。まずは、ガンになったのをきっかけに、必ずいつかは訪れる死について考えてみるくらいの気持ちが大切だと思います。

次が「心」です。心が安定していないと、どんなにいい治療法をもってきても、なかなか効果が出ません。心の問題は、死を考えることとも連動しています。死を見据えることは、心を安定させるためにもっとも大切なことです。

私は、ガン治療の基礎に心の治療をもってきます。例えば、サイモントン療法[“ガンとホリスティック医学3”でご紹介します]という心理療法があります。創始者であるサイモントン博士は、年に二度ほど、私の病院に来られて、一時間ほど患者さんに話をしてくださいます。彼は三十年以上、ガンと心の問題を研究し、患者さんたちがさまざまな“気づき”を得るワークショップを行ってきました。ガンという病気を通して、死を真正面から捉え、死を含めてどう生きるかを考えるという内容ですから、私の思っている死や心の問題と一致します。こういう同志がいることを、とても心強く感じます。

サイモントン療法に限らず、イメージ療法や音楽療法、カウンセリング、リラクゼーション、気功などで、患者さんの心を安定させることをやらない限り、次の治療は始まりません。

死をしっかりと見据え、心を安定させる。これさえできれば、道は自ずと開けていくと思います。ただ、これを一人でやるのは大変です。家族や医師、看護師、友人が、患者さんを支えるという態勢が必要です。

死や心については、とても重要なことですから、次章以降でも詳しく述べていきます。ここでは、治療法を探し回る前に、死と心という基礎をしっかりすることから始めるのが、ガンというミステリーを解くもっとも近い道ではないだろうかということを意識に刻み込んでいただければと思います。

希望が人間を支える

●『ガン治療に長くかかわってきて、「あなたの余命は三ヵ月です」と言われた人が、何年も元気で生きたということはいくらでもあります。はっきりしないことを決まっているかのように断言して患者さんの希望を奪ってしまう権利は、どんな優秀な医師にもありません。人間が生きていくうえで、希望ほど大切なものはありません。それは、元気なときも、病気のときも、死の淵にいるときも同じです。人は、どんなときでも希望に支えられているといってもいいでしょう。「あと三ヵ月の命ですから、好きなことをして生きてください」といった余命告知をする言葉に希望が見いだせるでしょうか。なかには、その言葉に奮起して頑張る人もいるかもしれませんが、ほとんどの人は希望を失い、生きる意欲もなくしてしまいます。

余命三ヵ月と言われた人が、医師の言うとおりに三ヵ月後に亡くなるというのは、多分に希望や意欲をなくしてしまった結果とも考えられます。余命を宣告されなかったら、さまざまな方法にチャレンジし、生きがいを見つけ出し、一年、二年と生きることができたかもしれません。

第一章で書いたように、ガンはミステリアスです。医師の知識や統計で語れるものはありません。前例にないことはいくらでも起こってくるのです。全身にガンが広がって、常識的にはあと三ヵ月かもしれないと思われる人がいたとしても、何が起こるかわからないのが、ガンという病気のミステリアスなところなのです。その何が起こるかわからない部分こそ、希望の種となるのだと思います。

“戦略会議”の内容

20年以上前から入院患者さんと一緒に“戦略会議”を行っている。主な目的は、会議の中で希望のエネルギーを充電してもらいたいためである。原則は1日に一人である。だいたい、入院してから1週間ほどたってから行っている。

●自分でこういう治療を受けたいという希望をもって戦略会議に出てこられる人は増えており、とても頼もしい傾向である。基本的には、危険や費用の問題がないものであれば、患者さんの意思を尊重している。そして試してみて、効果が出ないようだったら修正するようにしている。

●戦略会議でとても大切なのは、心のもち方についての話である。入院して1週間では、普通は心の揺れや不安、恐怖が強い。心が不安定なままだと、どんなにいい治療も期待通りの効果はなかなか出ない。そのため、患者さんの心の状態を聞き、どうすれば少しでも安定するか、心理療法を受けることも含めていといろと話をする。何かひとつでもヒントをつかんで頂きたい。

●経過のいい人はあまり心配ないが、検査値が悪くなっていたり、症状が辛くなっているときこそ、心のあり方をしっかりと見つめる必要がある。「人間は本来、悲しいものなんだよ」という話をする。悲しさを基礎において生きていれば、人は揺らがない。変に明るく前向きに生きようとするから、ちょっと検査値が悪くなっただけで、がたっと気落ちしてしまうのである。

大事な家族のサポート

●『患者さんの場を高めるうえで、病院や医療者の役割はとても大きなものがあります。もうひとつ大事なのが、家族のサポートです。

ガンという病気は一般的には「死」とセットにして考えられます。ですから、ガンだとわかると、仕事でも閑職に回されたり、まわりから腫れ物に触るように接してこられたり、孤独感や隔絶感を感じてしまいます。「自分はガンで会社からも必要とされない。」と思ってしまうと、気力が低下して、場のエネルギーも急降下してしまいます。その無力感からひとりで立ち直るのはとても難しく、家族の支えがどうしても必要になってきます。

サポートとは、基本的にはガンを相手に戦う戦友のような立場を維持することだと、私は思っています。

しぶとい明るさを身につける

●『人間には悲しくて孤独な存在だからと言って、毎日暗い顔をしていろというのではありません。無理に明るく前向きに生きる必要はないだけの話で、自然に明るく前向きになれれば大いに笑い、喜び、楽しめばいいのです。

人は誰もが不安をもって生きています。私も、不安や心配事を山ほど抱えています。しかし、そうしたなかにも、希望や生きがいは必ずあります。たとえ重症で寝たきりの人でも希望や生きがいをもっていて、それを達成しようと努力しているのです。そして、それが達成されたとき、小さなことであっても、心がときめきます。このときめきがとても大切なのです。

心がときめいていると、自然に明るくなります。心のときめきからくる明るさは、「明るく前向きに生きましょう」とお題目のように唱えて、不安や悲しみ、寂しさに覆いをかぶせてしまっている明るさとは違います。非常にしぶといのです。

私の病院にも、二種類の「明るく前向き」が見られます。はじめから「ガンになんか負けるものか。ねじ伏せてやる」という明るく前向きな人。そういう人は先ほど言ったように、ちょっと具合が悪くなるとがたっと落ち込んでしまいます。入院してきた当初は、ほとんどの人がこのタイプです。しかし、何度か落ち込み体験し、私の「人間は悲しく孤独なもの」という話を聞き徐々に生きる悲しみを理解してくると、いつの間にかしぶとい明るさを身につけることができます。

少々悪くなっても、「まあ、仕方ないね。いいときもあれば悪いときもあるよ」とニコニコ笑っています。それは、決して自分をごまかしている明るさではなくて、本心から出ている明るさなので、悪くなったことを伝える側もとても元気をもらえます。一時的に落ち込むことはあっても、短期間で笑顔を取り戻せる人たちです。

あとがき

●『ガンは体だけでなく、心にも生命にも深くかかわる病気です。だから、主として体を対象とする西洋医学だけをもってしては手を焼くのは当然で、ここはどうしても体、心、生命が一体となった人間丸ごとをそっくりそのまま捉えるホリスティック医学をもってしなければならないのです。

どうです。実は簡単なことではないですか。このことに気がつく人が増えれば増えるだけ、ガンは治りやすい病気になっていくこと請け合いです。

ご家族の病気のことでわずか六ヵ月間、ガン治療の現場をさまよっただけなのに、さすがは作家です。田口ランディさんは、ガン治療の問題点を鋭く衝いてきます。そのひとつ。西洋医学と患者、代替療法と患者、そして、西洋医学と代替療法の間に全く繋がりというものがない。三者がそれぞれ孤立している。これでは治療効果が上がるわけがない、というのです。その通りです。体だけでなく、心や生命に深くかかわる病気を治していくためには、当事者同士の心と心、生命と生命が繋がらなくては駄目なのです。いや、繋がるだけでいいのです。

この繋がりを中心に、47年間の想いのあれこれを書いてみました。ガン治療の場のエネルギーを向上させるために役立つことができれば、これ以上の喜びはありません。』

ガンとホリスティック医学1

帯津良一先生のことは以前から存じてあげていました。今回、やっとというか、ついにというか、先生の多くの著書の中から、「ホリスティック医学入門」という本で先生のお考えを勉強させて頂くこととしました。

著者:帯津良一

出版:角川書店

発行:2009年3月

なお、本題に入る前にネットで見つけた、“日本ホリスティック医学協会”のホームページをご紹介しています。余談ですが、歴史もありとても興味深い魅力的な協会だったので、やや衝動的ですが“入会”してしまいました。

協会概要:『本会は1987年に誕生した団体で、人々の健康の増進とホリスティック医学と健康の概念の普及をはかることを目的としている非営利団体です。平成15年にNPO法人としての認可を受け、ホリスティック医学に関心を持たれるすべての方に開かれた組織作りを進めています。現在、医師、薬剤師、看護師などの医療従事者をはじめ、各種療法家、セラピスト、研究者から健康に関心のある一般の方々まで、幅広い層の方々が入会されています。( 2016.8月現在、会員数約1,700人)』 

ごあいさつ:『20世紀、西洋医学が人間の身体性(からだ)を対象に、大いなる達成を果たしたあと、新しい世紀の到来とともに、身体性を超えて精神性(こころ)と霊性(いのち)にも注目する医学を待望する声が内外に高まってきました。ホリスティック医学は病というステージだけにとどまらず、生老病死から死の世界まで、まるごとを対象にしているため、代替もなければ統合もありません。医学とはいっていますが、ホリスティック医学とは”生き方”そのものなのです。これからは医療の現場にいる医者ばかりでなく、患者さんも含めすべての人々がホリスティックな医療を推し進める時代です。当協会では、人々が、よりよく生きられる社会をつくるために、医療・生活・社会における様々な分野で、ホリスティックヘルスを普及し人類の健康を推進する努力を続けてまいります。皆様のご賛同とご参加を心から期待しております。』名誉会長 帯津良一(帯津三敬病院名誉院長)

最も印象に残ったお話は、“「死」と「心」の問題”と“しぶとい明るさを身につける”です。この二つは、思うに、“ガンといかに向き合うか”ともいうべき内容のように思います。

ブログは4つに分かれているのですが、以下のようにグループ分けをし、目次(黒太字が取り上げた項目)には、これらのグループ名(副題)を明記しました。また、要点をまとめる形式と引用(『』)が混在になっています。

■ガンとホリスティック医学1:[ガン治療の現状と課題

■ガンとホリスティック医学2:[ガンといかに向き合うか

■ガンとホリスティック医学3:[ホリスティック医学

■ガンとホリスティック医学4:[ガン治療の症例

目次

第一章 マニュアルが存在しないガン治療

外科手術の限界

ガンほどミステリアスなものはない(2:[ガンといかに向き合うか])

迷走する治療現場

ガン難民の行方(1:[ガン治療の現状と課題])

ガンと上手につき合う人々

主体的な治療選択を

なぜ人はガンになるのか

ガン健診の利用法

あてにならない余命宣告(2:[ガンといかに向き合うか])

セカンドオピニオンのすすめ

西洋式三大療法に代替医療を併用(3:[ホリスティック医学])

「死」と「心」の問題(2:[ガンといかに向き合うか])

第二章 西洋医学を否定しない代替療法を

手術後も再発する患者さんたち(1:[ガン治療の現状と課題])

気功など中国医学への着目(3:[ホリスティック医学])

病院内に道場を作る

人間丸ごと扱う医学を(3:[ホリスティック医学])

柔軟な治療デザイン(1:[ガン治療の現状と課題])

「東洋医学は“場”の医学」(3:[ホリスティック医学])

「生命場」に働きかける治療法(3:[ホリスティック医学])

再発した骨肉腫を食事療法と瞑想、抗ガン剤で克服(4:[ガン治療の症例])

西洋医学の全否定は誤り(4:[ガン治療の症例])

フィリピンの心霊手術とインドのサイババ(4:[ガン治療の症例])

信頼できる外科医とは(4:[ガン治療の症例])

抗ガン剤の効果(4:[ガン治療の症例])

代替療法を受けるコツ(4:[ガン治療の症例])

霊的な目覚め(4:[ガン治療の症例])

治療方法は星の数ほど残されている

治療選択ミスは次の糧に

白隠禅師に学ぶ

第三章 医師と患者さんの徹底した“戦略会議”を

中国のガン治療の中心人物・辛育令先生に学ぶ

患者さんのエネルギーを高める演出

希望が人間を支える(2:[ガンといかに向き合うか])

ガンが三ヵ月で消失!

“戦略会議”の内容(2:[ガンといかに向き合うか])

「いのちの場」を高めるコミュニケーション(3:[ホリスティック医学])

大事な家族のサポート(2:[ガンといかに向き合うか])

[サイモントン療法](3:[ホリスティック医学])

食事から大地の“気”を体内に入れる

食事療法に必要な工夫

適量のアルコールは治療効果が大

まずは気功の場に身を置く

代替療法に医学的根拠は必要か?

患者さんの人生を反映させる治療を

第四章 もしガンを告知されたとしても

人間は「明るく前向き」には生きられない

自分の中の恐怖心や不安を認める

しぶとい明るさを身につける(2:[ガンといかに向き合うか])

生命のエネルギーに小爆発を起こす

逆転ホームランのチャンスを待つ

医療者の役割

気功の利用(3:[ホリスティック医学])

日常生活のときめき

娘の花嫁姿を見て亡くなった患者さん

夏目漱石の生き方に学ぶ

「生命場」のエネルギーを高める方法

第五章 生老病死を統合する生き方を

死後の世界に飛び込む

「死は医学の埒外」か?

楊名時先生に学ぶ理想的な死に方

「よろんで朽ち果て、万有の中に崩壊してゆく」

自らの死と対峙した患者さん

死について語り合える場を

人は死では終わらない

死を受け入れることの意味

年をとる意味

生きがいで肺ガンを克服した女性

「生老病死」を丸ごと捉える

自分だけの死の最高のタイミング

あるがままに生きる

あとがき(2:[ガンといかに向き合うか])

【ガン治療の現状と課題】

ガン難民の行方

●病院で見放された患者さん、いわゆる「ガン難民」は約68万人といわれている。

●ガン難民は代替療法に希望を求める。

●『代替療法とは、簡単にいえば、大学の医学部で習わない医療のことです。西洋医学以外の治療法といってもいいでしょう。』

●『手術や抗ガン剤がまだ有効な状態であるにもかかわらず、それを否定してしまうのは得策ではありません。大きなガンが局所的にあるなら、これを手術や抗ガン剤で小さくしてから代替療法で対処していくという方法も有力な選択肢です。

●『迷路から脱する方法があるとすれば、西洋医学の医師にも、代替療法をすすめている医師や治療家にも、そして患者さんにも「ガンはミステリアス」というクローバー先生の言葉を胸に刻んでいただくことです。』この「ガンはミステリアス」は帯津先生の最大級のメッセージですが、詳細は次回の“ガンとホリスティック医学2”の冒頭でご紹介します]

本書の発行は2009年ですが、ここに記載されていた“ガン難民”の数は約68万人というものでした。「現在はどれ位なのか?」と思い、ネット検索してみました。この1、2年ということでは良い情報はなかったのですが、いくつか興味深い情報がありました。

こちらは、2014年時点ということですが、“約100万人”というお話です。『「がん難民」という言葉の定義は様々ありますが、日本医療政策機構による「がん患者調査報告」によれば、治療説明もしくは「治療方針決定時のいずれかの場面において、不満や不納得を感じたがん患者を「がん難民」と定義した場合、その数は全国で100万人に達すると言われています。※2014年時点』

こちらは“なぜ「がん難民」は生まれる? 医師が指摘する2つの理由”というAERAdot(記事はAERA2015年9月7日号)にあったものですが、この中に「日本医療政策機構」の調査(2006年)によれば、そうした「がん難民」は推計約68万人いるといいます。ということが書かれていました。68万という数字は、こちらの調査データのようです。

こちらの”2人に1人は“癌難民”‐医療政策機構が調査”は、上記でご紹介した日本医療政策機構さまの調査に関する記事です(2006年12月)。

こちらは日本医療政策機構さまのサイトです。「サイト内検索」で“がん難民”を検索しましたが、情報は2010年までのようです。

手術後も再発する患者さんたち

●『これほどにまで医療技術が進歩しているのに、どうしてガンが治らないのか。私は、ガン治療の根本的な部分にメスを入れないと、ガンという病気には対処できないのではと考えるようになりました。』

西洋医学のガン治療はガンの病巣だけを相手にしており、病巣のガン細胞を取り去る治療である。

●ガン治療の問題は原因が残っているため再発リスクが排除できない点である。

●『西洋医学のガン治療は、ガンの病巣だけを相手にしています。手術は文字通り、ガンを切って取ることに専念します。放射線治療では、ガン細胞に放射線を当てて焼き殺そうとします。そして、抗ガン剤は、どうしたら効率的にガン細胞を殺せるかといったところに焦点を当てて開発されます。

特定の原因や病巣をターゲットにするという方法は、感染症に対しては素晴らしい効果を発揮しました。結核や腸チフスであれば、その原因となる病原菌を殺してしまう抗生物質を投与することで、患者さんは、それまでの医学からみれば奇跡と思えるような回復ぶりを見せたのです。

ガンも同じような発想で対処しようとしました。しかし、ガンは感染症と違って、原因が特定できません。つまり、攻撃するターゲットがはっきりしないのです。そこで、原因ではなく結果を追いかけ、ガン細胞を取り去る治療が進められてきました。しかし、結果をいくらいじっても、原因が残っているわけですから、一時的には良くなったように思えても、再発して病院に戻ってくる患者さんが後を絶たないのです。

私の専門である食道ガンでいえば、ガンで食道が塞がってしまい食べ物が入っていかないときには、手術でガンを切除してしまうのが急を要する治療でしょう。しかし、それは単なる緊急避難でしかなくて、根本的な治療にはなっていません。やがては再発してガン細胞が大きくなり、今度は手術でも抗ガン剤でも放射線でも歯が立たなくなってしまいます。ここで西洋医学の治療は終了です。手の施しようがありません。医師の口から出るのは、「もうこれ以上の治療法はありません。あとは緩和ケアへ移っていただいたほうがいいですね。」という寂しい決まり文句です。

そして、「余命〇ヵ月」という冷たい宣告をして、患者さんとのかかわりは終わりになってしまいます。そうした態度をよしとするのか、他にもっと方法はないかと患者さんや家族の方と一緒に可能性を探すのか、医療者としてのあり方が問われているのが、ガン治療の現状だと思います。

ただ、もっと何か方法はないかと探すといっても、西洋医学という枠の中で見回してみても、なかなか見つかるものではありません。西洋医学の枠を超えたところを探してみる必要があります。そこには、医学部で習ったり、上司や先輩から教えられたりした方法ではない、西洋医学にどっぷりとつかっている医師には違和感を感じるような方法がたくさんあります。そうした方法を、医学的ではないと切り捨ててしまうか、それとも可能性を感じ取るか。医師にとっても、患者さんにとっても大きな別れ道となります。

柔軟な治療デザイン

●大多数の医師は代替療法について否定的である。これは多くの場合、代替療法に興味がなく、知識もないためである。

●感染症や救急医療は西洋医学の得意とするところだが、慢性疾患に対しては一時的に症状を抑えることはできても、根本的な治癒をもたらすことは難しい。

ガン治療では、あるところまでは三大療法で可能だが、ここからは代替療法でやっていこうという発想がほしい。あるいは、併用することもできるはずである。

クレメジン®(慢性腎臓病の薬)2

出版:フジメディカル出版

発行:2013年4月

特集 見逃されてきたウレミックトキシン[尿毒症毒素]を再考する

―ウレミックトキシンは、心腎症候群のリスクファクターか

1.“ウレミックトキシンとは” 名古屋大学大学院医学系研究科 尿毒症病態代謝学 丹羽利充

2.“インドキシル硫酸の動脈硬化に及ぼす影響” 東京医科歯科大学大学院 先進倫理医科学 伊藤俊輔、吉田雅幸

3.“インドキシル硫酸による酸素代謝異常への影響” 東京大学大学院医学系研究科 鵜沢 智、大瀬貴元、南学正臣

4.“球形吸着炭:クレメジン®は心血管疾患を制御できるか” 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 器官病態修復医学(循環器内科学) 山口浩司、佐田政隆

今回のブログは、慢性腎臓病に深く関わるインドキシル硫酸の理解を深めるために、上記の4つの寄稿の中から、ブログに残しておきたいと思う個所を抜き出すということをしました。

注)結果的に”2”は入っていません。

1.“ウレミックトキシンとは” 

インドキシル硫酸の代謝

経口的に摂取した蛋白質が大腸内で加水分解され生成したトリプトファンが、大腸菌などによりインドールに代謝される。インドールは腸管から吸収され肝臓で酸化、硫酸抱合されインドキシル硫酸となって血中に放出される。正常では血中のインドキシル硫酸は腎臓から尿中に排泄されるが、腎不全ではインドキシル硫酸のクリアランスが低下し血清インドキシル硫酸濃度は著明に増加する。血中では約95%がアルブミンと結合しており血液透析によって除去されにくく、血液透析による減少率は約30%と低い、経口球形吸着炭(AST-120;クレメジン®)はインドキシル硫酸の前駆体であるインドールを腸内で吸着することにより、血清インドキシル硫酸濃度を低下させる(図1)。

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

インドキシル硫酸によるCKD進行

腎不全ラットにインドキシル硫酸、インドールを投与すると腎不全がより進行することから、インドキシル硫酸は腎不全の進行を促進するウレミックトキシンである。インドキシル硫酸はトランスフォーミング増殖因子(TGF)-β1、メタロプロテアーゼ組織インヒビター(TIMP)-1、プロα1(Ⅰ)コラーゲンの発現を増加させ腎臓の間質線維化や糸球体硬化をきたす。また、有機アニオントランスポーター(OAT1、OAT3)を介して近位尿細管細胞に蓄積し、活性酸素種(ROS)の産生と抗酸化系の障害により尿細管細胞障害をきたし、間質の線維化を促進する(図2)。

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

さらに近位尿細管細胞において、ROS[活性酸素種]の誘導、NF-kB[炎症反応急性期の調節因子]の活性化、p53[がん抑制遺伝子]の発現を介して細胞化と線維化の促進、細胞増殖の抑制をきたし腎不全の進展を促進する(図3)。

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

また、尿細管細胞の上皮‐間葉形質転換(EMT)をきたし腎線維化を促進し、尿細管細胞による単球走化誘導蛋白(MCP-1)発現を促進、近位尿細管細胞においてSTAT3[がん遺伝子]のリン酸化を介してMCP-1、TGF-β1、平滑筋アクチン(SMA)の発現、NF-kBの活性化、細胞老化を促進する。さらに腎臓におけるKlotho[抗老化遺伝子]の発現を減少させ、細胞老化を促進する。その機序としてインドキシル硫酸は、近位尿細管細胞においてROS産生とNF-kBの活性化によりKlothoの発現を低下させる。

3.“インドキシル硫酸による酸素代謝異常への影響”

低酸素が尿細管間質障害をもたらす

近年、慢性腎臓病(CKD:chronic kidney disease)へのfinal common pathwayは尿細管間質領域の低酸素であることが広く知られるようになっている。

尿細管間質領域の低酸素は酸素の供給不足と需要過多の二つの大きな要因による。まずこの領域は、糸球体輸出細動脈の下流の尿細管周囲毛細血管(peritubular capillary)から酸素供給を受けるが、毛細血管の前後に動静脈シャントが存在するために、健常状態でも酸素分圧が低い。加えて、腎臓では酸素需要がもともと非常に高いため、需要と供給のアンバランスが生じやすく、腎臓は低酸素にさらされやすい(図1)。

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

すると腎機能の低下により酸素供給が低下し、さらにアンバランスが進む。尿細管周囲毛細血管網の減少、間質線維化による酸素拡散障害[酸素が血液中に拡散する過程で何らかの障害が生じる状態]、糸球体硬化による血流低下、レニン・アンジオテンシン系活性化などがその原因として報告されている。

尿細管間質領域の低酸素は、尿細管細胞の脱分化[既に分化した細胞が未分化の状態に変化すること]や線維芽細胞の活性化を引き起こし、さらに線維化を進行させることが報告されている。こうして尿細管間質領域の低酸素と線維化はvicious cycle[悪循環]を形成し、腎機能は増悪する。

インドキシル硫酸は酸素代謝異常から尿細管間質障害をもたらす

尿毒素が尿細管間質障害をもたらすメカニズムには不明な点が多いが、その機序の一つとして尿細管細胞における酸素代謝[代謝とは化学反応の二つ側面。一つは体内での物質の変化。もう一つはエネルギー発生と呼吸]が注目されるようになってきている。

前述のように低酸素による酸素代謝異常は、酸素供給不足と酸素消費量の増大という原因に大別される。図2に示すように酸素供給不足の原因としてはエリスロポエチン(EPO)産生抑制、酸素需要を増大させるものとして酸化ストレス、酸素消費量増大などのメカニズムが報告されている。また、酸化ストレスからの小胞体ストレスの誘導も最近報告されている。

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

■ご参考:“「腎臓が寿命を決める」とは”(過去ブログ)

ほぼ中段にある「EPOによる赤血球の増産」では、エリスロポエチン(EPO)の作用をスライドショーでご紹介しています。

1)インドキシル硫酸は酸化ストレスを介して尿細管の酸素消費量を増加させる

Palmらは、我々の研究室との共同研究により、インドキシル硫酸が酸素消費を増大させ尿細管間質障害を引き起こすことを示した。

ヒトおよびラットの尿細管細胞にインドキシル硫酸を投与すると、ベースラインと比べて有意に酸素消費量が増加したが、NADPHオキシダーゼ[活性酸素の産生に関わる酵素]を阻害すると酸素消費量は上昇せず、Na+-K+-ATPアーゼ[ナトリウム-カリウムポンプ]を阻害しても同様の結果であった。したがって、インドキシル硫酸は、Na+-K+-ATPアーゼおよびNADPHオキシダーゼによる酸化ストレスを介して尿細管細胞での酸素消費を増大させることが明らかとなった。

次に、5/6腎摘ラットを用いた実験では、偽手術群に比べ血清インドキシル硫酸濃度が有意に増加し球形吸着炭で改善していた。酸化ストレスマーカーのニトロチロシンの組織染色や低酸素マーカーのピモニダゾール染色もインドキシル硫酸濃度と同様の推移を示した(図3)。このことより、インドキシル硫酸はin vitroでもin vivoでも尿細管細胞で酸素消費量を増加させ、低酸素から尿細管間質障害をもたらしたと言えた。 

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

2)インドキシル硫酸はEPO産生を抑制し酸素供給を低下させる

我々の研究室のChiangらは、インドキシル硫酸がHIF(hypoxia-inducible transcription factor)[低酸素誘導因子:細胞に対する酸素供給が不足状態に陥った際に誘導されてくるタンパク質]依存的にEPO産生を抑制することを示した。

ヒト肝細胞癌細胞であるHepG2に低酸素を誘導するとEPOのmRNA発現が上昇しHIF-αが細胞質内から核内に移行するが、インドキシル硫酸を加えると核内移行が有意に抑制され、転写活性も同様に抑制された。

ラットにHIFを安定させる塩化コバルトを投与するとEPOのmRNA発現、血清濃度が上昇するが、インドール投与により血清インドキシル硫酸濃度が上昇すると両者とも有意に低下した。

したがって、インドキシル硫酸はHIF-αの核内移行を抑制することでEPOの発現を抑制し、酸素の供給不足をもたらすことが示された。なお、末期腎不全患者の腎性貧血では硫酸が関与している可能性も示唆される。

3)インドキシル硫酸は酸化ストレスから小胞体ストレスを惹起する

我々の研究室のKawakamiらは、インドキシル硫酸が小胞体ストレスマーカーのCHOP(C/EBP homologous protein)の発現を上昇させることを示した。

ヒト尿細管上皮細胞であるHK-2にインドキシル硫酸を加えたところ、濃度依存的にCHOPの発現が上昇していた。5/6腎摘ラットを用いた実験では、偽手術群に比べ有意にCHOP発現が上昇し、5/6腎摘+球形吸着炭群では有意に発現が低下した(図4)。 

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

また、HK-2にインドキシル硫酸を加えるとCHOP発現が有意に上昇するが、そこにN-アセチルシステインを投与するとCHOP発現は有意に低下した。

したがって、インドキシル硫酸は酸化ストレス[酸化反応により引き起こされる生体にとって有害な作用]を介して小胞体ストレス[変性タンパク質が蓄積することによって引き起こされる現象]を引き起こす。これは短期的には酸化ストレスに対する応答と考えられるが、長期的には細胞障害をもたらすと考えられている。

まとめ

インドキシル硫酸は、尿細管細胞において酸素消費を増大させること、EPO産生抑制から酸素供給を低下させること、酸化ストレスを介して小胞体ストレスを誘導することなどがわかってきており、インドキシル硫酸による酸素代謝異常が尿細管間質障害をもたらすメカニズムの一つとして重要であることが明らかになってきた。しかし、尿毒素が尿細管間質障害をもたらすメカニズムはまだ不明なことが多く、今後の研究の発展が期待される領域である。

4.“球形吸着炭:クレメジン®は心血管疾患を制御できるか”

はじめに

腎臓障害に伴う心臓障害の発生、いわゆる心腎連関が大きな関心を集めているなかで、慢性腎不全で蓄積する尿毒症毒素(uremic toxin)の存在が注目されている。血管内皮障害や酸化ストレスを介した臓器障害の原因と考えられているインドキシル硫酸(IS終末糖化産物(AGEs)[タンパク質と糖が加熱されてできた物質。強い毒性を持ち老化を進める]非対称ジメチルアルギニン(ADMA)[一酸化窒素生成酵素の内因性阻害物質]の存在が重要と考えられており、そのなかでも血中IS濃度を低下させる球形吸着炭(AST-120;クレメジン®)は、尿毒症症状の軽減や透析導入の遅延が期待できる治療薬として発売された。近年、心血管疾患の抑制にも有効であることを示唆するデータが報告され、腎臓だけでなく心血管に対する作用も注目されている。本稿ではuremic toxinと動脈硬化の関連性、球形吸着炭の作用および動脈硬化に対する球形吸着炭の効果について概説する。

■ご参考:“「閃く経絡」(心と腎)”(過去ブログ)

西洋医学の心臓と腎臓、東洋医学の心と腎について書いています。

クレメジン®(慢性腎臓病の薬)1

患者さまより、「クレメジン」という慢性腎臓病の薬があることを教えて頂きました。

「そんな薬があったんだ!!」という感じです。とても驚きました。

自宅に戻って、調べてみるとこの薬はクレハさまが開発、製造販売され、田辺三菱製薬さまが販売および医療機関への情報提供活動されていることが分かりました。

『クレメジン®は、クレハが開発した高純度の多孔質炭素からなる球形微粒状の経口吸着薬で、慢性腎不全における尿毒症毒素を消化管内で吸着し、生体内に吸収されずに便とともに排泄されることで、慢性腎不全保存期における尿毒症症状の改善や、透析導入に至るまでの期間を延長する世界で初めての慢性腎不全用剤です。』

画像出展:「田辺三菱製薬ニュースリリース

左の写真をクリック頂くと、田辺三菱製薬さまのサイトに移動します。上段メニューバーの左端は“患者さん・ご家族の皆さま”、そしてその右隣は“医療関係者の皆さま”となっています。ここでユーザが限定されてしまうため、全ての方が利用できるわけではないのですが、“医療関係者の皆さま”であれば、登録することで「Medical View Point(医療関係者向け情報)」に入り、色々なコンテンツにアクセスすることができます。

クレメジンについては、「クレメジンの特性・臨床成績などはこちら⇒」や「クレメジンチャンネル」(“クレメジン速崩錠開発物語”、“クイズで押さえる慢性腎不全治療”、“国内外のエキスパートによる座談会集”etc)などがあり、興味深い情報に接することができます。

“医療関係者の皆さま”というユーザ限定されたサイト内の情報をお知らせするのは適切ではないと思いますが、特に、聞きなれない「速崩錠」についてご紹介したいので、“総合製品情報概要”の中の“開発の経緯”についてのみ、触れさせて頂きたいと思います。なお、小文字で書かれた[ ]私が追記したものです。

『クレメジン®は、呉羽化学工業(株)(現株式会社クレハ)により開発された慢性腎不全用剤で、高純度の多孔質炭素からなる球形微粒状の経口吸着剤である。慢性腎不全時の尿毒症毒素(uremic toxins)の除去は、疾患の進行抑制や病態の改善に有効と考えられている。1964年以降いくつかのグループにより、粉末チャコールなど吸着剤の内服で、これらの毒素を消化管内で吸着除去しようとする考え方が提唱された。わが国でも薬用炭や酸化デンプン等吸着剤の投与が試みられたが、結果的には明確な効果が得られなかった。 呉羽化学工業(株)は、1975年より医療用途に適した経口吸着剤の開発を開始し、炭素吸着剤の体内吸収を必要とせずに消化管内に存在する有害物質を吸着して、便とともに排泄させるというメカニズムに着目した。そこで、1)従来の炭末で問題となった服用困難・便秘作用を軽減する 2)生体内毒素の成分と考えられ、炭末では吸着されにくいイオン性有機物に対する吸着力を高める 3)炭末で吸着されやすい消化酵 素に対する吸着力を低下させることなどを目的として、原料・製造方法を含めて検討を重ねた。その結果開発された「クレメジン ® カプセル」は、進行性の慢性腎不全患者の尿毒症症状の改善及び透析導入遅延効果が認められ、1991年10月に承認を得て発売を開始した。その後、1,865例の使用成績調査結果をうけて再審査を申請し、あらためて臨床的有用性が認められた(再審査終了:1998年3月)。 しかし、服用カプセル数が1日30カプセルと多いため、服用コンプライアンスが守られないことが多く、実際、使用成績調査において1日平均30カプセルを服用した症例は全体の約半数であった。このような事実から服用ボリュームの低減等に配慮した製剤開発を行い、2000年2月追加剤型としての散剤(細粒)「クレメジン ® 細粒」の承認を得た。 さらに、2017年8月、独自の製剤技術により服薬ボリュームを大きくすることなく、また、少量の水で速やかに崩壊し口腔内での拡散を抑える追加剤型「クレメジン® 速崩錠」の承認を得た。

続いて、クレメジンに関する本や専門雑誌を探してみました。

そこで見つけたのが、フジメディカル出版さまが発行されている、“腎・高血圧治療の今を伝える専門誌”とされる『腎・高血圧の最新治療』という専門誌です。“2013年4月10日発行”なので新しいとは言えないのですが、内容(“クレメジン®を取り巻く腎保護効果に関する最新エビデンス”)が魅力的であったのと、このような専門誌を見てみたいという思いがあり購入しました。

なお、ブログは思っていたより長くなってしまったため2つに分けました。

出版:フジメディカル出版

発行:2013年4月

クレメジンを取り巻く腎保護効果に関する最新のエビデンス

大阪大学大学院医学系研究科 腎疾患統合医療学寄附講座 椿原美治

はじめに

わが国における慢性腎臓病(CKD)患者数は1,330万人に達し、成人の8人に1人がCKDと考えられる。このうち、慢性透析療法に導入される患者数は年々増加し、2011年には約3.9万人に達し、維持透析患者数が初めて30万人を超え、医療経済的観点からも重要な課題となっている。

透析導入患者の主要原疾患としては、糖尿病性腎症(44%)、慢性糸球体腎炎(20%)、腎硬化症(12%)が挙げられる。またCKDは心・血管合併症(CVD)の大きなリスクファクターであり、ステージが進むほど高リスクとなることから、早期発見、早期治療によるCKD対策が重要な課題となっている。一方近年の様々なエビデンスから、CKDに対する生活習慣の改善や薬物療法による集学的治療の有効性が報告されている。

わが国では、経口剤であるAST-120(クレメジン®、球形吸着炭)は尿毒症症状の抑制、透析導入の遅延効果がランダム化対比試験で証明され、1991年に市販された、以降、腎保護のみならず、CVD抑制効果やその機序に関しても報告され、再注目を集めている。

本稿では、球形吸着炭の腎保護効果を中心に、最近のエビデンスについて概説する。

1.球形吸着炭の特性と作用機序

CKDの進展促進作用を示す尿毒症毒素の代表的な物質として、インドキシル硫酸(ISがある。経口摂取した蛋白質の中で、必須アミノ酸の一種であるトリプトファンは大腸内で、主に大腸菌によるインドールに変換され、腸管で吸収された後、肝臓において硫酸抱合[薬物を異物とみなして排出しようとする薬物代謝の一つ、親水性の分子に付加される反応のこと]を受けISとなって尿中に排泄される。CKDの進行に伴って尿中排泄が減少し、CKDの早期から血中濃度が上昇し、ステージが高くなるほどISの血中濃度が指数関数的に上昇することが知られている。血中ではISの大半がアルブミンと結合しており、糸球体からは濾過されず、尿細管細胞に存在する有機酸トランスポーターによって能動的に尿細管腔に排泄される。ISが尿細管細胞を通過する際に尿細管細胞が傷害されると、TGF-βなどのサイトカインが活性化され、尿細管間質病変を進行させると考えられている。球形吸着炭は、球形微粒多孔質炭素からなる経口剤であり、腸管においてインドールを吸着し、糞便に排泄することで、ISの血中濃度および尿中排泄量を低下させることによって腎保護効果を発揮するとされる(図1)。

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

2.CKDの進展抑制以外の知見

我々が実施したCKDの進展機序およびその抑制に関する基礎・臨床研究において、ISが動脈硬化の進展に及ぼす作用メカニズムや球形吸着炭の臨床的有用性などに関する様々な知見が得られている。

IS投与前後の血管平滑筋細胞(VSMCs)の変化を検討した基礎研究では、ISは血小板由来増殖因子(PDGF)-β受容体を介してVSMCsの遊走・増殖を誘発し、この過程には活性酸素が主要な役割を果たしていることが示された。このようなプロセスを経て、ISは動脈硬化性に作用することが臨床的にも確認されており、球形吸着炭の動脈硬化に伴うCVD発症抑制、さらには急増している動脈硬化性腎硬化症による腎不全の進行抑制効果が期待される。

慢性腎不全病態では様々なアミノ酸代謝異常[アミノ酸代謝に関わる酵素の異常を原因として毒性物質の蓄積あるいは必要なアミノ酸の欠乏をひきおこすこと]が栄養障害の要因であることが知られている。特に血中トリプトファン(TRP)濃度が極めて低下しており、栄養障害の大きな要因と考えられている。我々は、ISが血漿アルブミンとTRPの結合を用量依存性に阻害することをin vitro[試験管内の]研究において示した。この結果を踏まえ、慢性腎不全患者に球形吸着炭を2カ月間投与した結果、投与後アルブミンとTRPとの結合能が改善し血中TRP濃度が有意に上昇することを報告した。球形吸着炭による栄養改善効果が認められているが、単に食欲の改善効果のみならず、必須アミノ酸であるTRP代謝の改善効果を介する機序が明らかとなった。

3.CKDの進展抑制に関する最近の知見

先述したISの尿細管細胞傷害の機序から考えると、ネフロン当たりのIS負荷量が重要である。一方、糸球体濾過量(GFR)とネフロン数は比例せず、片腎を摘出してもGFRが80%に維持されるがために生体腎移植が可能である。5/6腎摘ラットでもGFRは50%を維持されるが、ISのネフロン当たりの負荷量は6倍でありCKD患者ではステージ3ではすでにISの腎障害が加速されていると考えられる。このような事実から、球形吸着炭の臨床治験の対象となったCr値が5mg/dL以上のステージ5より早期に使用する効果の実証が必要である。そこで我々はGFRが20mL/分以上(20~70mL/分)の進行性CKD患者43例を対象に、従来治療に加えて球形吸着炭を併用した群(併用群)としない群(非併用群)に無作為に割り付けGFRの変化をみたところ、1年後における治療開始時からのGFRの低下は球形吸着炭併用時群では有意に遅延したのに対し、非併用群では有意な遅延は見られなかった。またImaiらは、3/4腎摘ラットという軽度の腎不全モデルを用い、球形吸着炭とACE阻害薬および蛋白制限食との併用は、ACE阻害薬と蛋白制限食のみよりも有意に腎保護作用を有することを報告し、従来より早期の使用がより長期の臨床効果をもたらすことが示唆される。

4.球形吸着炭の国内外の臨床エビデンス

球形吸着炭の臨床的有用性に関しては、国内外の臨床研究において数多く報告されている。国内41施設241例のCKD患者を球形吸着炭4.2gで開始し、2週後に6.0gに増量する群(球形吸着炭群、122例)とプラセボ群(119例)に無作為に割り付け、24週間追跡した二重盲検第Ⅲ相試験の結果では、全般改善度、有用度、1/Crの時間変化の改善度、症状改善度のいずれも、プラセボ群に比べ球形吸着炭群では有意な改善が認められた。また、副作用の発現、臨床検査値は両群に差を認めず、慢性腎不全の進展抑制および尿毒症症状の改善に有効で安全性も高く、有用な薬剤であることが示されている。

一方、国内75施設460例の血清クレアチニン(sCr)値5.0mg/dL未満の中等症~重症CKD患者を、低蛋白食+降圧薬投与(従来治療群)または従来治療+球形吸着炭併用(球形吸着炭併用群)の2群に無作為に割り付け、「sCrの倍化、sCr値≧6.0mg/dL、透析導入・腎移植の導入、死亡」の複合エンドポイントを1次評価項目として1年間追跡した結果では、エンドポイントに達する症例が予想以上に少なく、両群間に有意差は認められなかったが、球形吸着炭併用群のeGFRの低下速度は従来治療群に比べ有意に緩徐であり(図2)

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

早期腎不全患者での球形吸着炭の腎保護作用が証明された。

一方、米国29施設においてsCr値3.0~6.0mg/dLの中等症~重症CKD患者を対象に、球形吸着炭の用量別(2.7g、6.3g、9.0g/日)の腎保護効果を検討し多施設無作為割り付け二重盲検プラセボ比較第Ⅱ相試験の結果、球形吸着炭は用量依存性に血清IS値を抑制し(図3)

画像出展:「腎・高血圧の最新治療」

倦怠感を有意に改善するなどの有効性とともに、いずれの用量においても高い忍容性が示された。

2012年の米国腎臓学会で結果が発表され注目を集めるEPPIC1、2 study(a study of AST-120 for evaluating prevention of progression in chronic kidney disease)は、13カ国211施設において、中等症から重症のCKD患者2,035例を対象に球形吸着炭の有効性・安全性を検討したプラセボ対照無作為二重盲検比較試験である。1次評価項目は、「sCr倍化、透析導入、腎移植」の複合、2次評価項目は「1次評価項目+死亡」である。その結果、1次・2次評価項目に有意差は認められなかったが、post-hocサブグループ解析では、尿中蛋白/クレアチニン比≧1.0g/gCr、血尿陽性の進行性患者で、かつ服薬コンプライアンス率が80%以上の患者群では有効性が認められており、従来より軽症慢性腎不全の適応患者の選択やコンプライアンスの向上に工夫を要することが必要である。

まとめ

CKD患者において透析導入遅延、および尿毒症症状改善効果を有する球形吸着炭について、近年の基礎・臨床研究によってその機序が次第に明らかになりつつある。また、臨床成績においても球形吸着炭は、CKDの進行リスクの高い患者に、より高い有用性を発揮する可能性が示唆されており、このような患者群を対象とした今後の検討が期待される。

以上が、“クレメジンを取り巻く腎保護効果に関する最新のエビデンス”です。エビデンスの現状(2013年当時)についてはおおよそ理解できたのですが、消化不良の感が残りました。これは尿毒症毒素の代表的な物質であり、特に原因物質として主役となっているインドキシル硫酸(IS)についての知識がとても薄っぺらいものだからだと思います。

幸い、手に入れた専門誌は上記の“クレメジンを取り巻く腎保護効果に関する最新のエビデンス”以外に4つの寄稿があり、これらは全てインドキシル硫酸(IS)に関する内容を含んでいます。そこでこれらの寄稿を拾い読みし、ブログに残しておきたいと思った個所を抜き出すことにしました。

その内容は次回とさせて頂きますが、4つの寄稿の題名と寄稿された先生は下記のとおりです。

特集 見逃されてきたウレミックトキシン[尿毒症毒素]を再考する

―ウレミックトキシンは、心腎症候群のリスクファクターか

1.“ウレミックトキシンとは” 名古屋大学大学院医学系研究科 尿毒症病態代謝学 丹羽利充

2.“インドキシル硫酸の動脈硬化に及ぼす影響” 東京医科歯科大学大学院 先進倫理医科学 伊藤俊輔、吉田雅幸

3.“インドキシル硫酸による酸素代謝異常への影響” 東京大学大学院医学系研究科 鵜沢 智、大瀬貴元、南学正臣

4.“球形吸着炭:クレメジン®は心血管疾患を制御できるか” 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 器官病態修復医学(循環器内科学) 山口浩司、佐田政隆

腎疾患における活性酸素

ご来院頂いた腎臓病の患者さまの多くは、クレアチニン値が3点台~5点台です。成果は改善される患者さま、ほぼ現状維持の患者さま、数値の悪化が止まらない患者さまと個人差があります。まだまだ、分母(患者数)は多くありませんが、「鍼治療で改善される可能性があります」というのが当院の実績に基づく、実状です。

一方、腎臓病に限りませんが、生活習慣の改善が健康にとって重要であることは明らかです。鍼治療よる効果には個人差があるわけですが、すべての患者さまにとって「鍼治療と生活習慣の改善は両輪である」と考えています。

以下の表を参考にすると、生活習慣の中では、古典的危険因子の中の“喫煙”、“運動不足”と非古典的危険因子“睡眠障害”の3つが最も重要な改善点ということになります。

また、この表は2017年の日本内科学会雑誌 106巻7号に掲載されていた『医学と医療の最前線 酸化ストレス処理機構と腎障害』"1.腎機能が低下すると酸化ストレスが亢進する"の中で紹介されているものです。内容は非常に高度で理解困難なのですが、キーワードの“酸化ストレス”について書かれているため全文をご紹介します。

『腎機能障害はなぜCVDの危険因子なのだろうか。腎機能低下者ではCVD危険因子の保有状態が他のpopulationとは異なっているのではないか、と考えられている。一般に、CKD患者には従来から確立されている古典的危険因子(traditional risk factor)以外の危険因子(非古典的危険因子:nontraditional risk factor)が集積しているとのではないかと提唱されている(表)。Nontraditional risk factorの中でも酸化ストレスNO[一酸化窒素]産生異常は、CKDにおける高いCVD合併率を説明し得るprimary mediatorあるいはmissing linkと目されている。腎不全患者での酸化ストレス亢進、血管内皮機能障害については数多くの報告がある。中等度腎機能障害患者および透析患者において、前腕動脈の内皮依存性血管拡張反応の低下が示されている。腎機能が低下すると内因性NOS(nitric oxide synthase)阻害物質であるasymmetric dimethyl- arginine(ADMA)が増加することが報告されている。ADMAはarginineのメチル化により産生され,細胞内への取り込みやNOSの基質として l-arginineの競合的阻害物質として作用する。腎機能障害患者では血漿ADMA増加、l-arginine低下が報告されている。』

画像出典:「医学と医療の最前線 酸化ストレス処理機構と腎障害」

酸化ストレスに注目するのは、酸化ストレスを多量に発生させる要因に“ストレス”があり、腎臓病では一般的に問題ないとされている飲酒も、“暴飲暴食”の域に入ると多量の酸化ストレスが産生されるため、可能な限り避けて頂きたい行動だからです。 

こちらは、岐阜大学 科学研究基盤センター 共同研究講座 抗酸化研究部門さまのサイトにある“「酸化ストレス」とはどんなものか?”というページです。その中に次のような説明があります。

我々のまわりには、紫外線や喫煙、自動車の排気ガスなど、活性酸素の発生量を増やす因子があふれています。精神的、肉体的なストレスが高まっても、大量のアルコールを摂取しても、糖質を取り過ぎても、活性酸素は増えます。仕事が忙しくて睡眠時間が足りない、やけ酒を飲む、暴飲暴食・・・こうしたストレスが続くと、我々の体に備わった抗酸化システムの処理能力をオーバーしてしまいます。すると、活性酸素の悪い面が表に出てきて、体が酸化ストレスにさらされますこうした状態が続けば、老化を早めたり、さまざまな病気の因子を増やしたりと、あまりいいことはありません。酸化ストレスの影響をできるだけ減らす生活を心がけたいものです。』

そして、酸化ストレス・活性酸素と腎臓の関係を詳しく知りたいと思い、県内の図書館で見つけた本が次の『抗酸化の科学』になります。

編者:河野雅弘、小澤俊彦、大倉一郎

発行:2019年8月

出版:化学同人

目次は大項目と中項目のみのご紹介になります。

目次

Overview 抗酸化物質の歴史と概観

第Ⅰ部 活性酸素種の科学

第1章 活性酸素およびフリーラジカルによる酸化ストレス傷害のしくみ

第2章 酸化ストレス反応を引き起こす無機媒体の役割

第3章 活性酸素およびフリーラジカルを生成させる物理的・化学的な因子

第4章 生体内への酸素の取り込みと排出のしくみ

第5章 酸化ストレス反応を引き起こす活性窒素種の役割

第Ⅱ部 抗酸化反応の測定

第6章 活性酸素およびフリーラジカルの計測方法

第Ⅲ部 活性酸素種および活性窒素種の反応と制御

第7章 活性酸素種および活性窒素種の発生系

第8章 生体内で活性酸素および活性窒素の発生する酵素系

第9章 酸化ストレス傷害を制御する抗酸化酵素の性質と機能

第Ⅳ部 酵素活性種の制御と医療への応用

第10章 活性酸素およびフリーラジカル障害を抑制する医薬品

第11章 活性酸素および活性窒素で引き起こされる病気

第12章 予防医学:酸化ストレス傷害を予防する食事の摂取

第Ⅴ部 天然由来の抗酸化物質

第13章 酸化ストレス反応を抑制する抗酸化物質:必須ビタミンの役割

第14章 青果物のもつ抗酸化能についての考察:活性酸素消去活性

あとがき

ブログは、「第11章 活性酸素および活性窒素で引き起こされる病気」の中の「腎疾患における活性酸素」、そして「第13章 酸化ストレス反応を抑制する抗酸化物質:必須ビタミンの役割」の中の「ビタミンEと老化および疾患」の2つをご紹介したいと思います。

なお、以下の図は“活性酸素種”と“酸化ストレス”、“抗酸化物質”の位置づけを示すもので、例えは良くないのですが、活性酸素種は鉄砲、酸化ストレスは実弾、抗酸化物質は鉄砲を収める(抑制する)ケースというイメージです。 

画像出典:「日本老化制御研究所

こちらは厚生労働省が運営しているe‐ヘルスネットの“活性酸素と酸化ストレス”に関する記事です。『活性酸素とは:私たちが生命活動を営む上で酸素の利用は必須となります。呼吸によって体内に取り込まれた酸素の一部は、通常の状態よりも活性化された活性酸素となります。ヒトを含めた哺乳類では、取り込んだ酸素の数%が活性酸素に変化すると考えられています。活性酸素は、体内の代謝過程において様々な成分と反応し、過剰になると細胞傷害をもたらします。

腎疾患における活性酸素

『慢性腎臓病(chronic kidney disease;CKD)は透析療法を必要とする末期腎不全への大きな危険因子であることは論を待たないが、それだけでなく全身性の心血管疾患(cardiovascular disease;CVD)の大きな危険因子でもある。実際、CKDはCVDの発症、冠動脈疾患、心筋梗塞、心不全、心房細動、脳血管障害、入院、CVDによる死亡の危険因子であることが明らかにされており、さらに原因を問わない全死亡のリスクをも高める。腎機能(糸球体ろ過能)の低下とともにタンパク質尿の存在もリスクを増加させる。CKDは人類の健康福祉に対する大きな脅威であると同時に、医療経済的にも大きな負担となることから、全世界的な対策が求められている。

CKDの特徴として、その進行が長期にわたり経過しかつ不可逆的であることがあげられる。この病態進行過程に酸化ストレスが大きく関与することから、酸化ストレス機構の解明と効果的な抗酸化介入はCKD進展抑制への期待は大きい。 

慢性腎臓病の進展と活性酸素および活性窒素

上述のようにCKDは長期経過を辿り、その各過程には酸化ストレスが強く関与する。その初期は糸球体や尿細管など腎局所のおける炎症が主体であるが、やがて腎全体での抗酸化能の低下、レニン‐アンジオテンシン‐アルドステロン系(renin-angiotensin-aldosteron system;RAAS)の活性化、腎排泄能の蓄積による尿毒症性物質(uremic toxin)の蓄積、などの過程を経てCVDを中心とした全身性疾患に至る。

この図を見ると、最初に起こる問題は「糸球体・尿細管局所での炎症」となっています。

画像出典:「抗酸化の科学」

腎臓は多くの抗酸化物質を内因し、生体内でROSに対する消去還元能が最も高い臓器の一つである。CKDには糖尿病性腎症や慢性糸球体腎炎、腎硬化症などさまざまな原因があり、糸球体や尿細管などにおける炎症細胞浸潤やメサンギウム細胞からのROS産生などにより酸化ストレスが増大するが、初期ではこの豊富な抗酸化能に守られ、酸化ストレス傷害は腎局所に限定される。しかし一定以上のネフロンが傷害されると、CKDは不可逆的な共通過程により進行する。すなわち、一部のネフロンが傷害されると、残存ネフロンに過剰な糸球体ろ過負担による糸球体硬化が引き起こされ、傷害ネフロンが連鎖的に増加し糸球体ろ過能が低下していく(過剰ろ過理論、hyperfiltration theory)。

このような状況になると、糸球体ろ過能の低下と並行して、腎や全身での抗酸化物質の量が低下する。なかでもビタミンEは比較的早期から低下しCKDステージ3では赤血球中含有量は半減する。また、グルタチオンペルオキシダーゼやSODなども透析期では60~80%まで減少する。これらの腎内抗酸化物質の急激な減少は、腎排泄能低下による尿毒症性物質の蓄積とともに、腎局所から全身へ酸化ストレスを拡大させる。とくに心への進展による心血管障害は心腎症候群と称され、最も治療介入を要するCKD病態である。』

ビタミンEと老化および疾患

同様にヒトにおいてもビタミンE投与の研究がさまざま行われている。特に酸化ストレスが病態の発症や亢進に深く関与するとされているアルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの脳神経変性疾患に対する大規模臨床試験は、これまでも世界中で行われてきた。しかし、その結果はバラツキがある。その背景には各試験における投与条件の違い、被験者の背景など複雑であり、効果の真意を明確にするにはまだ時間が必要であろう。しかし、試験管や培養細胞、動物実験レベルでは、ビタミンE欠乏マウスで脳内にβアミロイド斑のような凝集タンパク質がみられること、またβアミロイドが活性酸素を放出すること、さらにビタミンEの過剰投与ではこれらの現象はみられないことなどから、ビタミンEが抗酸化的にアルツハイマー型認知症において効果を発揮する可能性は十分に考えられる。

これ以外にも非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease;NAFLD)やがんといった炎症反応を伴い酸化ストレスが亢進しているであろう疾患に対してもビタミンEの投与が有効であるとの報告がある。ビタミンEの場合、過剰摂取による影響は少ないため、加齢に伴う生体内酸化の亢進を防ぐためには積極的な摂取が推奨される。』

こちらは江崎グリコさまのサイトです。ビタミンE摂取の注意点として以下のような説明が出ています。

『過剰症では出血傾向になるという害がみられるのでサプリメントや薬などからの過剰摂取には注意が必要です。日常の食生活ではとり過ぎになる心配はほとんどなく、積極的にとりたい栄養素のひとつです。』

鍼治療と酸化ストレスに関する論文等の情報を検索すると、特に新しいものほとんどありませんでした。その中で、ラットではありますが「埼玉医科大学雑誌 第41巻 第2号 平成27年3月」に書かれていた、”抗ストレス作用は抗酸化力や酸化ストレス度に影響する”という内容に興味を持ちました。 

鍼治療による抗ストレス・抗酸化作用の可能性”:『ラットに対するストレス負荷による影響を検討した結果、拘束ストレスにより血液流動性の低下、血小板凝集能の亢進、血中ATP濃度の増加を認めた。こうした拘束ストレス負荷を加えたラットに対して鍼刺激を行ったところ、先に述べた項目が抑制されたことから鍼刺激による抗ストレス作用が明らかになった。また、拘束ストレスにより抗酸化力の低下と酸化ストレス度の増加を認めたが鍼刺激はこれらの反応を改善させ、鍼刺激による抗酸化作用・赤血球や血小板の細胞膜保護作用がある可能性が示唆された。』

付記1:腎エイジングと個体加齢の悪循環

こちらは「医学と医療の最前線 老化と腎臓病」に掲載されていた図ですが、腎エイジングと個体加齢の悪循環にも酸化ストレスが関与しています。

タイトルの”喫煙と腎・泌尿器疾患”をクリック頂くと、6ページのPDF資料がダウンロードされます。

調べてみると上記の資料は高野先生のクリニックの”禁煙への思い”の中にありました。

脳とストレス8(まとめ)

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

最後に、まとめとして7つのブログを見直すことにしました。とは言っても、内容は個人的に特に重要と感じた個所を、多少言い回しを変えて、あらためて列挙したものであり、特に新鮮味はありません。

●ストレスは厳しい状況のもとで人間の体を守ってくれるが、慢性的に作動すると有害になり、病気を悪化させる。

●ストレス反応のしくみ

1.脳にある視床下部が腎臓の上にある副腎体に警鐘を鳴らす。

2.ストレスホルモンの第一陣、アドレナリンを分泌し緊急反応で対応する。

3.脳はエンドルフィンという鎮痛作用をもつ物質を出し、危機においても機能できるようにする。

4.脳は防衛機構の第二陣、視床下部‐下垂体‐副腎軸(略してHPA軸)という先鋭部隊を動員する。

・視床下部は副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)という物質を放出し、CRFは下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を分泌、ACTHが副腎を刺激すると、第二の主要ストレスホルモンであるコルチゾールが血液に放出される。

画像出典:「ストレスに負けない脳」

5.コルチゾールは適量であれば、アドレナリン放出によって使い果たされたエネルギーを補充し、私たちを活動的にさせる。免疫に関しても短期的には、コルチゾールは怪我や感染から体を守る白血球を、侵略された場所に送り込む。また、コルチゾールのチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)の機能が、免疫反応が活発になりすぎることによっておこる湿疹やアレルギー、および免疫が健康な細胞を攻撃する自己免疫疾患を防ぐ。そして免疫活動がもう十分だと知らせるのもコルチゾールの働きである。しかし、コルチゾールが長期にわたり適量を超えた量が分泌されると様々な弊害を生む。そして、これが慢性ストレスの問題につながる。

・ブドウ糖を取り込むインスリンの働きが抑えられてしまう

・脂肪が増え、とりわけ、健康に悪いとされる腹部にたまる。

・筋肉のタンパク質を減らして脂肪に変える働きを促し、その結果、骨のミネラルが減る。

・コルチゾールが多すぎると免疫機能を抑えるため、感染症にかかりやすくなる。

・ストレスホルモン(アドレナリン、コルチゾール)は血圧を上げる。

●アロスタティック負荷(ストレス反応が私たちの体に逆襲するような状態)は、体がアドレナリンやコルチゾールに長い間さらされることから起こるが、これは、ストレス自体が長く続くか、ストレスがなくなっても体が順応できないか、ストレス反応を解除するプロセスが機能しないかのいずれかの理由が考えられる。

●うつ病ではコルチゾールが慢性的に上昇していることが多い。

●コルチゾール過剰分泌説によれば、海馬にコルチゾールがあふれると海馬が疲労し消耗して、HPA軸が正常に機能しなくなり、認知機能も損なわれる。

●海馬はストレス反応の停止に関係している。要するに、海馬が損傷を受けると、ストレスがなくなったと認知する能力が衰え、ストレス反応を止められなくなり、その結果ストレスがさらに高まるという結果をもたらす。

●ストレス反応が不十分で、ストレスホルモン、とりわけコルチゾールの分泌が不足しても、体は疲労し消耗する(下部表参照)。 

画像出典:「ストレスに負けない脳」

●コルチゾールが不足していると、危害を与えないようなものに対しても体が過剰に反応してしまうことがある。アレルギーはこの過程から起こる現象のひとつである。

●高脂肪の食事は動脈硬化を加速し、コルチゾールの分泌を増やす。そしてコルチゾールが増加すると、体脂肪が蓄積しやすくなり、心血管病変や脳卒中、糖尿病の危険因子となる。

ストレスに見舞われたとき、散歩やスポーツクラブでの運動で発散すれば、ストレスにうち勝つ確率を高めることができる。運動は体脂肪の蓄積を防ぎ、心血管病変を未然に防ぎ、慢性的な痛みやうつ状態を軽減する。また、人と積極的につきあったり、他人の助けを借りることによっても自分を守ることができる。

●自律神経は原始的な脳である脳幹と、体のほかの部分を神経回路によってつないでいる。神経回路は目、唾液腺、喉頭、心臓、肺、胃、腸、腎臓、生殖器など、いろいろな器官にはりめぐらされている。

●自律神経は関連しあう三つの働きから成っている。まず、交感神経がいわば電源を入れる。外界からの刺激を受ける諸器官から脳につながる自律神経求心路のネットワークが、体中からメッセージを聞き取るマイクロホンのような役目をはたす。そして最後に副交感神経が、もとの状態に戻す働きをする。

●交感神経と副交感神経が交互に働くことにより、心臓は驚くほど臨機応変に対応する。心臓を落ち着かせるのは副交感神経、とりわけ迷走神経の働きであり、「迷走神経のブレーキ」とスティーブン・ポージスが呼んでいる制御のメカニズムがうまく作動しなくなると問題が生じる。

●睡眠不足は交感神経を興奮させ、迷走神経のブレーキをききにくくするため、血圧の上昇などストレスによる弊害を受けやすく、それが心筋梗塞の引き金となったりする。また睡眠をとれなかった翌日の晩、コルチゾールが高くなる傾向がある。これが進むと腹部の脂肪沈着や心疾患につながっていく。 

画像出典:「ストレスに負けない脳」

●急性ストレスの場合、免疫細胞が血液から出て、皮膚やリンパ節などの“監視”場所につくのをコルチゾールが促進する。感染の徴候がみつからなければ、免疫細胞は血流中に戻る。そして、ストレスが無くなったり、うまく処理されると、コルチゾールは危険が去ったことを免疫細胞に知らせる。そして最後にコルチゾールは、ストレスによってコルチゾールが過剰になった場合、視床下部に直接働きかけ、いわゆる負のフィードバックによって自らコルチゾールの生成を止めるのである。

●危険な出来事に関する記憶は瞬時に形成され、瞬時に思い出せる。それらは扁桃体というところで、記憶の砦の番人である海馬と密接に協力して形成される。こうした出来事が強烈な記憶として残るように、海馬には記憶形成を助けるストレスホルモン、コルチゾールのレセプターがたくさんある。しかしこのために、海馬はコルチゾールが過剰に分泌されたり慢性的に高いと損傷を受けやすく、その結果、記憶をはじめとする認識、つまり“思考のプロセス”が悪影響を受ける。

これといったストレスがなくても、不健康な生活を送っていれば視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)がうまく機能しなくなり、コルチゾール値が上昇する。そして危機が訪れたとき、どのような対処方法を選択するかによっては、慢性ストレスと同じくらい体に悪い影響を生物学的に与えうる。

実はアロスタシスがなるべく保護的に働くように効果的で簡単な方法がある。それは、運動、ヘルシーな食事、快眠、少量から適度のアルコール、禁酒などだ。どれも昔から体にいいと言われていたようなことばかりだ。最新の科学が、昔からの知恵の正しさを裏づけているのである。

●2002年のはじめ、米国国立衛生研究所(NIH)は糖尿病予防プログラムの結果を発表した。プログラムの一環として行った積極的な生活習慣の改善によって、3000人を越える被験者の糖尿病になるリスクが激減した。生活習慣の改善とは、要するに低脂肪の食事をとり、週150分の運動(30分ずつを5回)を行っただけである。大半の人が選んだ運動はウォーキングであった。

ただ歩くだけの運動が、心疾患を防ぐもっとも有効な方法のひとつであることを、多くの研究が裏づけている。22500人以上の高齢男性を対象に行った調査では、歩く距離に比例して心疾患の発症率が下がった。さらに72000人を越える中年女性を調べた大がかりな調査では、たとえ中年から始めたとしても、ウォーキングが心疾患になるリスクを著しく低下させることがわかった。どちらも長期間にわたる調査であったことが重要である。

●脅威やプレッシャーをしばらく感じていると、人間の体はエネルギーの不足だと思いこむ。そして、ストレス反応が自動的に作動する。つまり糖質コルチコイドが上昇し、ストレスによる症状が現われる前に、エネルギーをグリコーゲンや脂肪として長期貯蔵せよという信号を肝臓に送る。さらに糖質コルチコイドはエネルギーが切れないよう、脳に働いて食欲をもたらす。ストレスが私たちに空腹感を感じさせるのは、生物学の皮肉のひとつである。臀部、大腿部の肥満はさほど健康に悪くないが、腹部型肥満は糖尿病および心疾患の危険因子なので要注意である。腹部の肥満がよくない理由は、腹部の脂肪がすぐ脂肪酸になり、それがコルチゾールの放出を促し、体のインスリン抵抗性の原因となることだ。

●高脂肪食品はコルチゾールの生成を促し、それが体脂肪、とくに腹部における蓄積を促進する。これが動脈硬化やインスリン抵抗性につながり(このふたつは相互に危険因子である)心臓病や糖尿病になる危険性が高まる。

真の意味でのアロスタシスは、病気による攻撃をくい止める以上の働きをする。つまり、アロスタシスがうまく機能するよう、生活を変えること―運動や健全な食生活を心がけ、家族や友だちとの交流を大事にする―によって、病気になるのを防ぐことができる。それは積極的に体や脳に備わっている機能を強化し、体に栄養を与え、筋力を増強し、気分を落ち着かせ、そして体を守ることだ。このプロセスが今解明されつつある。専門的には同化促進作用と呼ばれるが、私はポジティブ・ヘルスと呼ぶことにする。

●ポジティブ・ヘルスとは、アロスタシスがアロスタティック負荷(ストレス反応が私たちの体に逆襲するような状態)になるのを防ぎ、一時的にアロスタティック負荷に陥ってもそれから回復させる、体本来の能力を発揮させるシステムや物質を指す。ポジティブ・ヘルスを担うものとしては、副交感神経の回復効果やコルチゾールのチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)の作用など、アロスタシスそのもののしくみもある。体にはそのほかに、アロスタティック負荷に陥った場合でも、持ち直す働きがあり、それらが、おもに脳の研究を通して明らかになりつつある。一部の神経ペプチドのなかに、ポジティブ・ヘルスの鍵があることが明らかになりつつある。その可能性がある物質のひとつがオキシトシンであり、もうひとつがプロラクチンである。

●エストロゲンは脳にさまざまな働きをする。働きの多くは互いに関連しており、たいていが脳のポジティブ・ヘルスに貢献するものである。エストロゲンは神経細胞を刺激して新しいシナプスの形成を促し、シナプスを刺激して新たな枝を生えさせる。さらに新しい神経細胞の成長を促進し、フリーラジカルの破壊的効果から細胞を守る。エストロゲンが脳に及ぼす好ましい影響のうち、とくに注目に値するのは記憶を保護する能力である。エストロゲンの研究といえば、生殖にかかわっている確率が高い視床下部と下垂体に集中していたが、記憶との関連性が浮上してからは、海馬や大脳皮質など、記憶にかかわる脳の多くの部位にエストロゲン・レセプターがみつかった。エストロゲンと関連ホルモンが脳のこれらの部位で、記憶にたずさわる複数の作用を行なっていることが現在わかっている。

●エストロゲンが心臓の平滑筋細胞を守ることはかなりわかっている(閉経後に女性の心筋梗塞が急増するのはこのためかもしれない)

●重いうつ病は、外的な要因に由来するのではなく、脳内化学物質の均衡が崩れたことによって発症し、高齢者ではとくにその均衡が崩れやすい。

病気を予防するためには、多くの病院が実践しているように、総合的な健康(ウィルネス)を目指し、ポジティブ・メンタルヘルスをおろそかにしないことが、長い目で見ればいちばんいい方法だろう。

多くの病院が実践している総合的な健康”とは、統合医療に近いものではないかと思います。これについては“がんと自然治癒力2”を参照ください。最後の付記に、”米国の統合医療”という簡単なスライドを付けています。

脳とストレス7

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

アロスタシスと予防医学

『医者が患者を診るときにアロスタティック負荷の前触れを見逃さないようにすること。

世の中には、いまだに感情が健康に及ぼしうる影響を軽視している医師が少なくない。アロスタシスとアロスタティック負荷の考えを受け入れるということは、精神状態が体に与える影響をはっきりと認めることである。そしてそれは、これまで心身症として片づけられることが多かったいろいろな症状を新しい視点で見ることを意味する。

ストレスによってあらわれる症状は心と体が一緒になってつくりだすという意味ではまさに心身症的だ。しかし体に現われた症状を心身症と呼ぶとき、そこには“病は気から”とか、さらには“立ち直れないはずがない。元気を出せ!”という意味合いが込められていることが多い。幸い、このような意味合いで心身症という言葉が使われることは最近減った。数年前に胃潰瘍から見つかった、ヘリコバクター・ピロリ菌は、心と体がともにかかわる好例で、病気をアロスタシスの観点からとらえることができることを示した。病気の生物学的原因にこだわっていた科学者たちは、ピロリ菌の発見が心と体を結びつけようとする動きに水をさすものだと喜んだ。しかし生物学的なメカニズムを見つけたからといって、胃潰瘍がストレスによるものであることを否定することにはならない。むしろ、ほとんどの人がピロリ菌をもっているのに、なぜ特定の人がこの細菌に反応したのかという疑問を提起する。もしピロリ菌が胃潰瘍の直接の原因なら、もっと多くの人が胃潰瘍にかかっているはずで、ピロリ菌が力を発揮して胃潰瘍を発症させるのは、アロスタシスがアロスタティック負荷に変わったときなのかもしれない。

どの人がアロスタティック負荷型の病気になりやすいかを判断するひとつの方法は、これまでにわかっている生理的な危険因子をチェックすることだ。アロスタティック負荷の目安としては、血圧や、ウェスト/ヒップ比、血中コレステロール値、数日間の糖代謝を示す糖化ヘモグロビン、一晩畜尿した尿中のコルチゾールやノルアドレナリン(ノルエピネフリン)などがある。マッカーサー財団の健康プログラムに携わっている研究者の協力を得て、ロックフェラー大学の研究グループがそのような尺度を使って調査した結果、アロスタティック負荷のスコアが高かった人に、二年半後に認知機能と記憶の衰えが見られ、調査開始時は心血管病変の症状が見られなかった人にそれが発現していることがわかった。各人に心臓病や糖尿病などの兆候がないか調べるより、これらの目安をチェックするほうが、病気を予防するには有効かもしれない。とくに現在症状が出ていない人や、家族にそれらの病気にかかった人がいない場合には有効だ。

しかし実際は、アロスタティック負荷の検査を多くの人に実施するのはむずかしい。まず、医師がどの患者に検査を勧めるかを判断しなければならない。検査によっては保険がきかないし、一人あたりの診察時間が非常に短い現況では、患者が最初に接した医師が検査の必要性を見極めるのは困難だ。

さらにむずかしいのは、アロスタティック負荷が高い患者にどのように説明するかだ。まさか「もっとリラックスした生活に切り替えないと脳に損傷を受けるかもしれませんよ」とは言えない。もちろん先に述べたような生活習慣の改善を勧めることはできる。睡眠とバランスのとれた食生活、日常的な運動などの重要性はすべての人が理解すべきだ。しかし、自分の生活を変える意思のある人は、もともと健全かつ現実的な見方ができる人で、自分の健康は自分でコントロールできると考えている人が多い。問題は、ストレスがかかるとスナックをやたらに食べたりお酒をたくさん飲んだり、暇がないという口実で運動をせず、生活を変えても大した効果はないとあきらめている人、つまりアロスタティック負荷の悪影響をもっとも受けやすい人たちをどうするかだ。今日の医療では、たとえ必要性があっても、医者が患者の生活を変えることはむずかしいストレス軽減プログラムや総合的(身体的、精神的、社会的)な健康を目指すウェルネス・プログラムを実施している病院などもある。これは好ましい第一歩で、身体および精神の健康に大いに役立つ可能性がある。

アロスタティック負荷に脅かされている人たちが、もっともその弊害に身をさらしている事実は変わらない。アメリカで蔓延している2型糖尿病がいい例だ。2型糖尿病の罹患者には、子どもや老人、社会経済的に低い層の人々、エスニック・マイノリティーが少なくない。これだけ多くの人がストレス性疾患にかかりやすい現状を思えば、アロスタティック負荷の問題は、いまや大きな公衆衛生の問題として取りくまなければならない。』

高齢者とストレス

『高齢者が、アロスタティック負荷から体を守る手だてがもっとも提供され、うつ病やアルコール依存症など、負荷を増大させる病気の治療をもっと受けられるようにすること。

アロスタティック負荷と加齢による脳の変化が密接につながっていることから、高齢者はとくにストレスに弱く、うつ病になりやすい。ストレスが直接うつ病につながるわけではないが、60歳を越える女性の脳を画像検査で調べると、過去に重度のうつ病になっていた人では、海馬委縮が多く見られた。やはり海馬を損傷させる慢性的なコルチゾール値(アロスタティック負荷の主要な指標のひとつ)も、必ずではないにせよ、うつ病患者に見られる。ロバート・サポルスキーが示したように、海馬の老化が、ストレス反応をうち切る海馬の機能を弱め、それがさらなるコルチゾールの生成とそれによる脳の損傷をもたらす。高齢者がとくにアロスタティック負荷になりやすいのはそのためだ。

アロスタティック負荷や海馬の疲労と消耗が原因かどうかは別として、うつ病は多くの高齢者が抱える問題である。米国国立精神保健研究所によれば、65歳以上の3400万人のアメリカ人のうち、200万人以上が何ららかの抑うつに悩まされているという。高齢者の自殺率もほかの年齢層に比べて高い。65歳以上の人口は全人口の13パーセントにすぎないが、自殺による死亡率はそのうちの20パーセントを占める。いちばん高いのは85歳以上の白人男性だ(1996年には10万人に1人で、これは全人口における比率の6倍だった)。

このように高齢者の自殺率が高い理由は、老いに対する社会の姿勢にもあるかもしれない。一般的にうつ病は過少報告されたり、診断されないことが多い。したがって高齢者のうつ病もこれまであまり問題にされてこなかった。若さを重んじる文化のなかにいると、65歳以上の人がうつになるのは当然と思われがちだが、それはけっして普通ではないのである。まず病的なうつ病と単なる失望感や落ち込みを区別する必要がある(病的なうつ病は高齢者でも治療できる)。たしかに高齢者は、孤立や健康問題、収入減、失業、活力の減退、コントロールの喪失など、“憂うつになる”状況と闘っていることが多い。しかしそうした状況に置かれた高齢者がすべてうつ病になるわけではない。重いうつ病は、外的な要因に由来するのではなく、脳内化学物質の均衡が崩れたことによって発症し、高齢者ではとくにその均衡が崩れやすいのである。

高齢に伴う諸問題が即、うつ病の原因になるわけではないし、同じ問題を抱えていても気分障害にならない人も少なくないが、それらの問題がうつ病と関係が深いことは確かであるから、解決に向けて取り組まなければならない。さらに、高齢者は、生化学的にも知覚的にもうつ病を悪化させるものの影響を受けやすい。アルコール依存症だったり薬を服用していたり、持病があったり、不安をはじめとする精神障害などを抱えていることが多いからである。これらの要因は複合的だが、アロスタシスの考え方を適用すれば、もっとわかりやすい。まず、生化学的に何が起きているのか見極める必要がある。アロスタティック負荷の中心にうつ病があるなら、それをまず治療すべきだ。次に、不利な状況に置かれているのだからうつ病になってもしかたがないと片づけるのではなく、生活を切り替えてアロスタシスの均衡を取り戻す機会としてとらえるべきだ。

高齢化が進み、多くの高齢者が介護施設に暮らし、しかも重い健康問題を抱え、自分の生活をコントロールできないという状況のなかで、果たしてそのような生活の切り替えが可能かどうかはわからない。いずれにせよ、高齢者のような特定のグループがアロスタティック負荷になりやすいのであれば、なおさら公衆衛生問題としてアロスタシスにとりくむ必要があるということだ。』

ポジティブ・メンタルヘルス

『身体の健康と同じように、心の健康も、単なる病気の不在だけではないと認識すること。

人との強い絆は、人生の試練から自分を守る非常に強力な防塞となる。ウィスコンシン州の長期研究の結果から、リフとシンガーは、“回復力の強かった”女性のグループを調査した。彼女たちの中には、親がアルコール依存症だったり、親が死んだりするなど、決して幸福とは言えない子ども時代を送った人もいた。しかし安定した結婚生活や教育、やりがいのある仕事、適応力のおかげで、ポジティブ・ヘルスをとりもどしていたのだ。このような回復過程を心理学的にも神経生物学的にももっと解明する必要がある。このような回復力こそ、メンタルヘルスそのものだ。

健全な精神的姿勢は回復力と対処能力にとってもっとも重要な因子のひとつである(いや、もっとも重要な因子かもしれない)。なぜなら体がどのようなアロスタティック反応で応じるかがそれにかかっているからだ。生活習慣を変える意志と行動力は精神的姿勢に左右される。したがって、なるべく多くの人が望ましいアロスタシスを維持できるようにするには、ポジティブ・メンタルヘルスをもっと理解しなければならない。そしてメンタルヘルスを、単に精神的な病気の不在ととらえるのではなく、身体的な健康とともにいちばん理想的な状態へと近付けるべきだ。

世界保健機構(WHO)は、早くも1948年には、メンタルヘルスを精神病(あるいは、さらに否定的なとらえ方をすれば“精神異常”)の不在以上のものだと提唱していた。しかしそれから50年以上経った今でも、あまり状況は進展していない。それどころか、“異常”な状態でさえ十分な治療ができていないのが現状だ。うつ病も不安もほとんど見逃されるか放っておかれている。たとえばある調査によれば、自殺した高齢者のうち20パーセントは自殺の日に、40パーセントが一週間以内に、70パーセントは一カ月以内に医師を訪れている。たとえば医師が問題を認めて治療しようとしても、薬の費用は保険でカバーされるが、心理療法士が勧めるような治療法(そのほうが長期的にはもっと効果がある場合がある)は保険がきかないため、なかなか勧められないことが多い。

病気に気づいた場合にのみ治療がなされるという現状のなかで、すべての人にポジティブ・メンタルヘルスを推進するようなシステムをつくるにはどうしたらいいのだろうか。アロスタシスの考えを役立てるには、まさにそのようなシステムが不可欠である。これは大きな問題で、簡単な解決法などない。将来、精神的、身体的に具合がよくないと自負したとき、最初に開業医や病院の内科で診てもらうのではなく、臨床心理士を訪れるようになるかもしれない。そのような日が近く訪れることはないだろうが、ポジティブ・メンタルヘルスを推進するためには、次のようなことが求められる。

まず、感情と健康の関係をもっと科学的に解明しなければならない。敵愾心などの“ネガティブ”な感情と高血圧症などの関係を探るのも第一歩となるだろう。しかし、病気を予防するためには、多くの病院が実践しているように、総合的な健康(ウィルネス)を目指し、ポジティブ・メンタルヘルスをおろそかにしないのが、長い目で見ればいちばんいい方法だろう。シンガーとリフは、ストレス下で被験者が発揮した回復力についての生物学的解明にとりくんでいるところだ。

さらにシンガーらは、ポジティブ・メンタルヘルスを示す人の性格的特徴もつきとめようとしている。カール・ユングやエイブラハム・マスロウなどいろいろな心理学者が書いたものをもとに、彼らはポジティブ・ヘルスに恵まれた人、つまりストレスや逆境や老化にうまく対処している人には、共通の特徴があるという結論に達した。これらの特徴には、自己受容能力、積極的な人間関係、自立性、または他人の意見や容認にふりまわされず、自分の規律で自分の生活を調整できる能力、幸せをもたらす環境を選んだりつくりだす能力、生きがいをもつこと、自分が着実に成長しているという実感などが含まれる。さまざまな哲学的、科学的な考えを参考にした結果、リフとシンガーは、健康的で好ましい生活について「目標をもち、自分の潜在的能力を活かすよう努力し、ほかの人との深い絆を大事にし、周囲からの要求や機会に上手に対処し、自己主導性を発揮し、自尊心をもつこと」だとしている。』

【ご参考】:”総合的(身体的、精神的、社会的)な健康を目指すウェルネス・プログラム”とは

下記の図と表は”がんと自然治癒力13(まとめ)”から持ってきたものです。上段左は日本の医療の現状です。皆保険制度という素晴らしい制度が提供されている一方で、西洋医学に限定した医療になっています。右は米国の状況ですが、代替医療を取り入れ統合医療としての医療サービスを目指しています。

中段左は増え続ける”日本におけるガンの死亡率”。右は減り続ける”米国におけるガンの死亡率”です。統合医療としての取り組みが死亡率の低下に関係しているのは可能性は極めて高いと思います(統計情報や米国の統合医療に関しては”がんと自然治癒力2”を参照ください)

下段は内閣府のホームページにあった”世界の高齢化率の推移”という折れ線グラフです。日本ほどではありませんが、米国でも高齢化は進んでいます。



内閣府のホームページにあった”世界の高齢化率の推移”の表です。2015年で見ると、日本は26.6%、米国は14.8%となっています。

脳とストレス6

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

9 ポジティブ・ヘルスとは?

『アロスタシスの考え方が役に立つのは、人生のさまざまな問題に直面したとき、袋小路に追いつめられたような気分から自分を切り離せることだ。健康とは、医学的には単に病気の不在だと考える傾向がある。脳の指令によって体が適応し、活性化するしくみを認めている人でさえ、病気に対しては防衛的にとらえがちだ。真の意味でのアロスタシスは、病気による攻撃をくい止める以上の働きをする。つまり、アロスタシスがうまく機能するよう、生活を変えること―運動や健全な食生活を心がけ、家族や友だちとの交流を大事にする―によって、病気になるのを防ぐことができるのだ。それは積極的に体や脳に備わっている機能を強化し、体に栄養を与え、筋力を増強し、気分を落ち着かせ、そして体を守ることだ。このプロセスが今解明されつつある。専門的には同化促進作用と呼ばれるが、私はポジティブ・ヘルスと呼ぶことにする。

ポジティブ・ヘルスとは、アロスタシスがアロスタティック負荷になるのを防ぎ、一時的にアロスタティック負荷に陥ってもそれから回復させる、体本来の能力を発揮させるシステムや物質を指す。ポジティブ・ヘルスを担うものとしては、副交感神経の回復効果やコルチゾールのチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)の作用など、アロスタシスそのもののしくみもある。体にはそのほかに、アロスタティック負荷に陥った場合でも、持ち直す働きがあり、それらが、おもに脳の研究を通して明らかになりつつある。』 

写真をクリック頂くと、日本ポジティブ心理学協会さまのサイトに移動します。

なお、写真はFacebookから拝借しました。

麻薬のような体内物質エンドルフィン

『体内にあるアヘンに似た物質、エンドルフィン(エンケファリンとも呼ばれる)が発見されたのは1970年代である。エンドルフィンのいちばん明快な役割は、緊急反応の一環としてストレスがもたらした痛みを抑えることだ。エンドルフィンが動員されるのは、よほどの緊急事態だ。そうでないときに痛みの感覚をなくすとかえって危険だからだ。したがって、エンドルフィンそのものがポジティブ・ヘルスに貢献するわけではないが、その発見を機に進んだ研究がポジティブ・ヘルスの理解を高めることになった。

動物はアロスタティック負荷に苦しんでいるとき痛みをあまり感じない。生き延びるためには闘うか、それとも逃げるしかないというとき、痛みでのたうちまわっている余裕などないからだ。痛みにのたうちまわるのは後回しだ。ストレスのもとにおかれた動物は、実際、いつもより痛みに鈍感になっていることが実験で判明している。人間の例では、北欧のバイキング伝説に、闘いのとき痛みや怪我をものともしなかった猛者たちの話がある。現代でも、自動車事故で両足を骨折しながら現場から自力で歩いた人の話や、激痛にもかかわらず戦い抜いた運動選手の話などを耳にする。このように知覚が通常とは異なる状態になるのは、脳におけるエンドルフィンの働きのおかげだ。鎮痛剤のなかでもいちばん効果的なのは、ケシを原料とするアヘンだが、それが脳と体に及ぼす劇的な効果も、エンドルフィンによって間接的に説明できる。』

脳がつくりだす薬 

『エンドルフィンとストレスと鎮痛作用の関係が明らかになったのは、1977年、ストレスが引き金となって下垂体がエンドルフィンの一種を生成することをロジャー・ギレマンがつきとめたときだ。

ストレス性の痛みの緩和にエンドルフィンが貢献することがわかってから、ポジティブ・ヘルスの考え方は変わった。しかしエンドルフィンの役割はポジティブ・ヘルスにおいて中心的ではない。なぜかというと、意図的であれ、無意識であれ、痛みを無視するのは危険だからだ。痛みがあるから、私たちは怪我や病気に気づき、しばらく患部をそっとしておこうと思うのだ。痛みを感じることができない状態だと、知らずに怪我を負っている危険性がつきまとう。したがってエンドルフィンが痛みに対する感覚を抑えるのは、あくまでも脳の緊急措置であって、回復のしるしではないのである。』

『エンドルフィンが緊急事態でなくても鎮痛、鎮痛効果を発揮する可能性はあるが、確固とした証拠に欠ける。針治療がエンドルフィン分泌の引き金となることを示唆する研究もあることにはある。それはともかく、エンドルフィンが発見されたおかげで、ポジティブ・ヘルスに貢献するほかの化学物質の発見につながった。これらのなかには、社会的なかかわりや人との絆によって分泌されるホルモンであるオキシトシンや、授乳中に放出され脳を落ち着かせる効果があるホルモン、プロラクチンなどが含まれる。これらの神経ホルモンは、1950年代や60年代に把握されていた従来の神経伝達物質の研究ではみつからず、エンドルフィンの発見をきっかけにみつかったのである。』

エンドルフィンを越えて

1930年代に、迷走神経が心拍を遅くするために使う化学物質としてアセチルコリンが発見されたことはすでに述べた。その後、アセチルコリンが脳の主要な神経伝達物質であることが明らかになった。1960年代末には、おもな神経伝達物質のほとんどが識別されていた。ノルアドレナリンセロトニンドーパミン、活動を速めるよう脳細胞に指示を出すグルタミン、逆に活動を遅くする信号を送るガンマアミノ酪酸(GABA)などである。脳で作用する神経伝達物質はこれで出そろったと考えた科学者もいた。

その頃、信号を送るしくみにはもっといろいろな物質がかかわっているのではないかという疑問がうまれていた。ジョフリー・ハリス卿は、脳が特殊なホルモンを使って内分泌系に影響を与えていると推測した。そして最初に明らかになったのが、ギルマンとシャリーがみつけた甲状腺刺激ホルモン放出因子だったのだ。緊急反応を始動させる副腎皮質刺激ホルモン放出因子は、1983年に、かつてギルマンの弟子だったソーク研究所のワイリー・ヴェールによって確認された。

これらの放出因子を探している過程で、それまでにみつかった基本的なもの以外にも神経伝達質が存在することがわかった。また放出因子の研究のおかげで、脳が微妙につくりだす物質を見分ける技術も開発された。1970年代半ば、ふたつの研究チーム(スコットランドのアバディーン大学のジョン・ヒューズとハンス・コスターリッツ、そしてジョンズ・ホプキンス大学のソロモン・スナイダーら)はこの技術を用いて、エンドルフィンの化学構造を明らかにした(スコットランドのチームはギリシア語の「頭の中」という意味の言葉からエンドルフィンでなく、エンケファリンと呼んだ)。エンドルフィンも放出因子も、神経ペプチドと呼ばれる種類の神経伝達物質だ。ペプチドとはアミノ酸の短い鎖で、それが組み合わさってタンパク質を構成する。一部の神経ペプチドのなかに、ポジティブ・ヘルスの鍵があることが明らかになりつつある。

その可能性がある物質のひとつがオキシトシン。この神経ペプチドは、社会的支援がガンや「絆のホルモン」のひとつである可能性がある。エモリー大学のラリー・ヤングとトーマス・インセルは、典型的なメスのラットが、自分の子を産むまで赤ちゃんラットを避けるが、オキシトシンが高まると母親に負けないくらい面倒見がよくなることを示した。オキシトシンの遺伝情報を暗号化する遺伝子だけを欠くマウス(そのように特定の遺伝子を欠くマウスをノックアウトマウスと呼ぶ)は、同じケージで育った仲間を判別できない。ヒトでは、オキシトシンが、ふれあいやぬくもりなどの快い刺激が引き金で分泌されたり、授乳しているときに母と子の脳に放出される。オキシトシンの効果は心理的なものに限られない。オスとメスのラットにオキシトシンを注射すると血圧、心拍数、コルチゾール値が最長数週間にわたり下がる。したがって社会的なかかわりがあるとストレスによる身体的および心理的悪影響をある程度かわせるのは、このオキシトシンのおかげかもしれない。

もうひとつ、ポジティブ・ヘルスに貢献するのがプロラクチンだ。女性の場合、下垂体からこのホルモンが放出されると乳が生産されるが、これは女性にかぎらず不安やストレスにうまく対処するために体に備わった物質であるようだ。2001年、ミュンヘンにあるマックス・プランク研究所のルズ・トルナーらは、プロラクチンを直接ラットの脳に注射してから、囲いのない高所など、隠れ場所が好きなラットにとって軽いストレスとなる状況に置いた。与えたプロラクチンの量が多ければ多いほど、ラットは不安を示さなかった。またプロラクチンはストレスホルモンの分泌量と視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)の機能を下げた。ストレスのもとに置かれたとき血中のプロラクチンが高まり、海馬と扁桃体にプロラクチンとそのレセプターが存在することが立証されている。このことから、トルナーらが実験で行なったことと同じことが、脳で常に起きている可能性がある。つまり、プロラクチンがアロスタシスの機能を助ける自然の成分であるかもしれないのだ。

運動によって体を循環するプロラクチンの量が増えるとされるが、この上昇が神経系にどのような影響を及ぼすかはまだ定かでない。しかし血中のプロラクチンが、そのレセプターがある脳の部分に入り込むこと、プロラクチンがある種のアロスタティック負荷から体を守っているかもしれないことを裏づける証拠が次々にみつかっている。たとえばプロラクチンは動物のストレス性胃潰瘍を防ぐとされる。将来、オキシトシンやプロラクチンの働きを強化する薬ができれば、抗うつ剤や鎮痛剤より効率よくアロスタティック負荷を軽減することができるかもしれない。脳のオキシトシンを高める薬(オキシトシン作動薬)はすでに開発されつつあるし、プロラクチンを高める薬も近いうちにできるだろう。

エンドルフィンや神経ペプチドは、ストレスに耐えアロスタティック負荷を避けるのを助けてくれるが、いったんアロスタティック負荷になったときそこから抜け出すのを助けてくれる物質や働きもある。このなかには成長因子、神経細胞新生、そしてホルモンのエストロゲンがある。』

エストロゲンの働き

『私たちロックフェラー大学の研究者の多くにとって、脳にエストロゲンのレセプターを発見したことが、アロスタシス研究を始めるきっかけとなった。もっとも、当時はコルチゾールに関する発見の手がかりになるくらいにしか考えていなかった。私たちはエストロゲンを、あくまでも性的活動に影響を与えるものとして見ていたのである。この性ホルモン自体がアロスタシスの中心的役割を果たすとは思いもしなかった。しかしエストロゲンはまさにそのように重要なものだったのだ。生殖に果たす役割のほかに、エストロゲンは脳にさまざまな働きをする。働きの多くは互いに関連しており、たいていが脳のポジティブ・ヘルスに貢献するものだ。エストロゲンは神経細胞を刺激して新しいシナプスの形成を促し、シナプスを刺激して新たな枝を生えさせる。さらに新しい神経細胞の成長を促進し、フリーラジカルの破壊的効果から細胞を守る。エストロゲンが脳に及ぼす好ましい影響のうち、とくに注目に値するのは記憶を保護する能力だ。

この可能性が最初に明らかになったのは1970年代末に、内分泌学者のヴィクトリア・ルインと私が、卵巣を取り除いたラットにエストロゲンを与えた実験によってである。エストロゲン投与によって、前脳基底核におけるアセチルコリンを増加させる酵素が増えることがわかった。数年後、アルツハイマー病患者の脳の同じ部位にアセチルコリンをつくる神経細胞が大量に死んでいることが判明するまで、私たちは実験結果の重要性と記憶との関連性に気づかなかった。同じ頃行われた、別の方面の研究から、もうひとつの関連性が明らかになった。カナダのコンコーディア大学のバーバラ・シャーウィンが、卵巣を取り除いたためにエストロゲンをつくれなくなった女性たちの記憶力が衰えていることを発見したのだ。これらの研究により、エストロゲンとアセチルコリンと記憶の間に関連性があることが示唆された。

それまで、エストロゲンの研究といえば、生殖にかかわっている確率が高い視床下部と下垂体に集中していたが、記憶との関連性が浮上してからは、海馬や大脳皮質など、記憶にかかわる脳の多くの部位にエストロゲン・レセプターがみつかった。エストロゲンと関連ホルモンが脳のこれらの部位で、記憶にたずさわる複数の作用を行なっていることが現在わかっている。

エストロゲンは、やはり卵巣でつくられるプロゲステロン(黄体ホルモン)と連携して適応可塑性(これをシナプス再構築と呼ぶ)に貢献している可能性がある。これらのホルモンはチェック・アンド・バランスによって、海馬における神経細胞間の新たなつながりを調節している。とくに、活動を速める信号を受けとる“興奮性”シナプスの形成が、エストロゲンに似た働きをするホルモンのエストラジオールに影響されることが判明している。この過程には、グルタミン酸がNMDAレセプター(NメチルDアスパラギン酸という物質がその識別に使われることからそう呼ばれる)という特殊なレセプターを通じてかかわっている(エストロゲンは海馬の重要な神経細胞のなかでNMDAレセプターの形成を実際に誘引する。一方、プロゲステロンはこれらのシナプスを減少させる働きをする。ふたつのホルモンによる促進と抑制の働きを通じて、シナプス再構築が短期的にストレスの影響から脳を守るかもしれない)。』 

『エストロゲンはいろいろな作用を通じて脳を守っているようだ。プリンストン大学のパティマ・タナパットとエリザベス・グールドは、エストロゲンがメスのラットの、海馬の歯状回における神経細胞新生を刺激することを示した。オスの海馬の樹状突起にはストレス性委縮が見られたが、メスのラットにはそれに対する抵抗力があるようだった。アルツハイマー病では、エストロゲンが興奮毒性と呼ばれる矢つぎばやの細胞死から細胞を守っているようである。アルツハイマーの特徴には、前脳基底核におけるコリン作動性細胞死のほかに、脳におけるβアミロイドという有毒なタンパク質が蓄積することがある。エストロゲンはこのタンパク質の破壊的な作用から脳を守る働きがあるようである。

南カリフォルニア大学の神経学者ヴィクター・ヘンダーソンはアンリア・パガニーニ・ヒルと組んで、非常に興味深いヒトの研究を行なった。ヘンダーソンらは8000人を越える高齢の女性を調査した結果、エストロゲン補充療法を受けていた女性の方が受けていない人よりアルツハイマー病になる確率が、ずっと少ないことが判明した。しかもエストロゲンの投与量が多く、投与期間が長いほど、罹患率が低かった。コロンビア大学のリチャード・メイユーらも、閉経後エストロゲンを摂取した女性がアルツハイマー病になる確率が顕著に低く、なったとしても、摂取していない女性よりずっと遅く発症したことを確認した。ジョンズ・ホプキンス大学のクローディア・カワスらが行なったボルチモアでの長期老化研究でも注目に値する結果が出た。450人以上の年配の女性を最高16年間追跡したこの研究でも、エストロゲン補充療法を受けている女性ではアルツハイマー病にかかる確率が同じように低かったのである。』 

私たちを守る脳 

このように神経細胞新生を促進し海馬を防ぐことによって、エストロゲンはポジティブ・ヘルスに大いに貢献している。この貢献の過程と、アルツハイマー病におけるエストロゲンの役割を解明するために、エストロゲンの神経細胞周辺に及ぼす影響について研究しているところだ。これには、まず、脳細胞が環境からどのような影響を受けるのかについてもっと詳しく知る必要がある。

1960年代から70年代にかけて多くの発見があったが、それとは異質なエストロゲン・レセプターの発見も注目に値する。最初にみつかったレセプターは、細胞核のなかのDNAの近くに存在し、遺伝子情報が翻訳されるのを調節している。海馬の性による違いが生じるのも、この働きのせいだ。

しかし、エストロゲンの作用は瞬時に起こるので、それが遺伝子の発現に影響を与える暇はおそらくないだろう。樹状突起の再構築は、エストロゲンのこのすばやい作用によるのかもしれない。エストロゲンが心臓の平滑筋細胞を守ることはかなりわかっている(閉経後に女性の心筋梗塞が急増するのはこのためかもしれない)。エストロゲンの“非ゲノム”作用は、細胞核内ではなく、細胞の表面にあるレセプターを通して行なわれる。この分野の研究もまだ未知数だ。

ペンシルバニア大学のジェームズ・エイバーワインは、DNAの遺伝子情報を利用可能なタンパク質に変えるメッセンジャーRNAが、神経細胞の核だけでなく、軸索や樹状突起にもあり、それらは細胞核まで届かない局部的な信号によっても活性化されるのではないかと推測する。さらにエイバーワインは、細胞の先端に転写因子CREBが存在するのを発見した。このCREBは、細胞周辺の変化によって活性化されることがある。軸索も樹状突起に、遺伝子にもかかわる物質が存在するということは、次の可能性を示唆している。つまりストレスに対して、細胞核の指令センターを巻き込んで細胞全体を変える必要はなく、細胞表面にあるレセプターなど、結合にかかわる部分だけを変化させることで神経細胞が対応できるのかもしれないのである。エストロゲン・レセプターが神経細胞の末端部分にも見つかっていることから、私たちのグループは、エストロゲンとこうした局部的な働きの関係を調べている。軸索や樹状突起におけるこうした自主的な活動は、エストロゲンの保護的な作用によるのかもしれない。

エンドルフィン、成長因子、神経細胞新生、そしてエストロゲンはポジティブ・ヘルスの重要な因子である。この研究を通じて、脳が私たちをどのように守っているか理解を深めることができるだろう。最後の章では、それが示唆するものについて述べる。』

脳とストレス5

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

8 ストレスに負けない生活

『本書で私はたびたび、アロスタシスが「体を保護するか危害を与えるか」のいずれかの働きをすることに触れた。読者はこの本を読むくらいだから、当然“保護”の部分をできるだけ伸ばし、“危害”をなるべく避けたいと思っているはずだ。まず言っておきたいのは、私たちはストレスでボロボロにならなくてすむということだ。言い換えればアロスタティック負荷を経験する必然性はないということだ。第二に、アロスタティック負荷の原因は、度重なる厄介な問題や過密スケジュールだけではない。これといったストレスがなくても、不健康な生活を送っていれば視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)がうまく機能しなくなり、コルチゾール値が上昇するそして危機が訪れたとき、どのような対処方法を選択するかによっては、慢性ストレスと同じくらい体に悪い影響を生物学的に与えうる。しかも、追いつめられた人は、とかく高カロリーのものを食べ過ぎたり、アルコールを飲み過ぎたり、タバコに慰めを求めたり、徹夜で仕事をしたりするものだ。ちょっとしたストレスがだんだん積み重なり、その結果、アロスタティック負荷になる。

じつはアロスタシスがなるべく保護的に働くように効果的で簡単な方法がある。それは、運動、ヘルシーな食事、快眠、少量から適度のアルコール、禁酒などだ。どれも昔から体にいいと言われていたようなことばかりだ。最新の科学が、昔からの知恵の正しさを裏づけているのである。

こちらがHPA軸(視床下部-下垂体-副腎軸)を説明した図です。

画像出典:「ストレスに負けない脳」

ウォーキングの効果

2002年のはじめ、米国国立衛生研究所(NIH)は糖尿病予防プログラムの結果を発表した。プログラムの一環として行った積極的な生活習慣の改善によって、3000人を越える被験者の糖尿病になるリスクが激減した。生活習慣の改善とは、要するに低脂肪の食事をとり、週150分の運動(30分ずつを5回)を行っただけである。大半の人が選んだ運動はウォーキングであった。

2型糖尿病はアロスタティック負荷の一形態だ。肥満や心疾患、高レベルのコルチゾール値を伴うこのタイプの糖尿病の危険因子をもつ参加者に焦点を当てた。参加者はすべて肥満で、糖尿病に発展しやすい、耐糖能異常(血糖が効率よく利用されず血糖値が通常より高い状態)だった。さらに、その多くは2型糖尿病になる確率が平均より高いマイノリティ(アフリカ系、ヒスパニック系、アジア系、南太平洋系、アメリカ先住民)に属していた。そのほかの参加者には、両親が糖尿病だったり、60歳以上の人、妊娠時に糖尿病歴のある女性などがいた。

驚くべき結果が得られた。生活習慣改善グループの糖尿病発症率は58パーセントも下がり、血糖降下剤メトフォルミンを服用したグループの発症率は31パーセント減少した。言い換えれば、ウォーキングと健康的な食事が、最新の薬物治療のほとんど倍の効果をあげたのだ。これだけでもうれしくなる結果だが、今後、生活習慣に気をつける人が増えれば、糖尿病に関してさらにいい効果が期待できそうだし、とくにアロスタティック負荷を防ぐことができそうだ。

ただ歩くだけの運動が、心疾患を防ぐもっとも有効な方法のひとつであることを、多くの研究が裏づけている。2500人以上の高齢男性を対象に行った調査では、歩く距離に比例して心疾患の発症率が下がった。さらに72000人を越える中年女性を調べた大がかりな調査では、たとえ中年から始めたとしても、ウォーキングが心疾患になるリスクを著しく低下させることがわかった。どちらも長期間にわたる調査であったことが重要である。この調査のほうが、すでに特定の病気にかかっている患者の共通点を探す方法より正確だとされるからだ。

NIHが行なった糖尿病予防研究では、運動によって、ブドウ糖が筋肉に取りこまれる割合が高められた結果、インスリン抵抗性にうち勝ち、糖尿病を予防できたのだと考えられた。運動はまた、ストレス反応にも働きかけて私たちを守ってくれる可能性がある。たとえば免疫細胞にとっても運動はいい影響がある。8週間にわたりマウスを回し車で走れるようにした実験では、運動によってマクロファージやリンパ球など主な白血球細胞の活動が高まった。』

ストレス解消は食生活から

脅威やプレッシャーをしばらく感じていると、人間の体はエネルギーの不足だと思いこむ。そして、捕食者から逃げることと翌日の会議の準備をすることの違いを区別できずにストレス反応が自動的に作動する。結果は同じだ。つまり糖質コルチコイドが上昇し、ストレスによる症状が現われる前に、エネルギーをグリコーゲンや脂肪として長期貯蔵せよという信号を肝臓に送る。さらに糖質コルチコイドはエネルギーが切れないよう、脳に働いて食欲をもたらす。ストレスが私たちに空腹感を感じさせるのは、生物学の皮肉のひとつである。

しかも悪いことに、ストレスは、私たちが食べたものが脂肪になる速度を速め、脂肪がどこにつくかも左右するらしい。臀部、大腿部の肥満はさほど健康に悪くないが、腹部型肥満は糖尿病および心疾患の危険因子なので要注意だ。腹部の肥満がよくない理由は、腹部の脂肪がすぐ脂肪酸になり、それがコルチゾールの放出を促し、体のインスリン抵抗性の原因となることだ。コルチゾール過剰を伴う慢性ストレスでは脂肪が腹部など有害な場所に蓄積するのを促進するのである。ジェイ・カプランらは実験でサルの社会的環境を常に変えていると、そのストレスが腹部脂肪の蓄積を速めることを発見した。ヒトでも、ストレスを示唆するコルチゾールの高値が体脂肪の分布に影響を与える可能性がある。ある研究によれば、女性は普通臀部に脂肪がつくものでこれはあまり害がないが、ストレスとコルチゾールの上昇によって、臀部より健康に悪い腹部により多くの脂肪が蓄積されたという。

ストレスのあるなしにかかわらず、賢い食生活を送ることは、贅肉をなくして自分の容姿に自信がつくこと以上に重要である(それだけでも志気の向上になるが)。アロスタティック負荷に、好ましくない食生活が加わるとさらに悪い結果を招くからだ。食事で脂肪をとりすぎれば、当然ながら体脂肪も増えすぎる。さらに、高脂肪食品はコルチゾールの生成を促し、それが体脂肪、とくに腹部における蓄積を促進する。これが動脈硬化やインスリン抵抗性につながり(このふたつは相互に危険因子だ)心臓病や糖尿病になる危険性が高まる。肥満と心臓病と糖尿病は、それぞれがほかの病気へと導く危険因子になっているのである。』

コントロールのよい面と悪い面

『プラス思考によってストレス反応やHPA機能を変えられるだろうか。少なくとも適応性に欠けるような脳を修正することはできるはずだ。陽電子放出断層撮影法(PET)を最初に開発したカリフォルニア大学ロサンジェルス校のマイケル・フェルプスが1996年に行った研究は示唆に富んでいる。彼は強迫性障害(OCD)患者の脳を、10週間にわたる行動・認知療法の前後にPETでスキャンした。セラピー前は、動作をコントロールしている脳の部位におけるブドウ糖の取り込みに異常がみつかった。OCD患者は、本人は理不尽とわかっていながら特定の行為をくり返し、それから逃れなくなる。この異常な行動がOCDの特徴とされるが、セラピー後のPETスキャンでは、ブドウ糖の取り込みが目に見えて軽減されており、症状も改善されていた。しかも患者たちには何の薬も投与していない。10週にわたり思考と行動を修正しただけだ。これから判断すると私たちは思っていたより脳を自分でコントロールできるのかもしれない。』

私たちは自分たちの健康と病気(ストレス性のものもそうでないものも)についてできるかぎり理解し、医師と協力し、効果が認められた治療方法を用いながら、自分の健康をとりもどす方法をとるべきだ。この姿勢は、アルコール依存症自主治療協会がモットーとして採用した、60年前の神学者ライホールト・ニーバーの「神よ、変えることのできないものを受け入れる心の平和を、変えることのできるものを変える勇気を、そして変えられるものと変えられないものとを見分ける知恵を私にお与えください」という祈りに要約されている。自分がコントロールできる生活の部分を変えることで、予測できないことや不可避の事態にうまく対処できるのである』 

『ヒトにおいてもコントロールできているという感覚は動物と同じくらい重要である。たとえば、四章で紹介したように旧ソ連邦の崩壊後、心血管病変、アルコール依存症、自殺、暴力、その他の理由による死亡率が大幅に上昇した。もちろん、広範な社会的混乱のため、医療サービスも十分ではなかっただろう。救急車が迅速に患者を病院に運べなかったために、あるいは病院の設備が不十分であったために死んだ人のほうが多かったかもしれない。しかし社会的不安定が霊長類に与える影響を調べた研究の結果を踏まえれば、それまでの生活が崩壊したりアイデンティティがなくなってしまったことが、多くの人を病気にさせたということはありうる。またイギリスの公務員の調査は、職場においてコントロール感のないことが心血管病変と密接な関係にあることを裏づけた。

職場におけるコントロール感はストレス研究の重要なテーマだ。おそらくもっとも楽観的な結果が出たのは、スウェーデンのボルボの自動車工場で行われていた研究だろう。従業員たちは流れ作業に遅れないように気を使いながら単純作業を繰り返すのはストレスになると同時に退屈だった。そのため、仕事に対する強い不満が常習的な欠陥につながった。従業員には高血圧も多く見られた。

そこでボルボの経営陣は専門家の意見をもとに従業員をチームに再編し、作業を交代させたり、作業について前よりきちんと説明した。その結果、従業員の健康状態はよくなり、血圧も通常の範囲内に戻った。このように職場の環境を変えることによって、身体の健康状態を向上させることは可能なのである。

環境を変えられないとき、不満があってもどうしても仕事をやめられない事情があるとき、重病の家族の世話をしなければならないとき、このようなときこそ、生活習慣など変えられることは変えるべきだ。健全な食生活と習慣的な運動、家族や友人の支援の恩恵ははかりしれない。またこれらをとおして、自分の体は自分が守っているという、非常に大事なコントロール感も得られるのである。

脳とストレス4

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

ストレスが体を守ることもある 

『あまりにも証拠に事欠かなかったために、ストレスが免疫反応を抑制するという考えが定着し、科学者たちはもっぱらその解明に励んだ。いちばん説得力があったのは、免疫系の活性化は代償が高い“ぜいたくな”反応であるため、台風を目前にしているときに家の増築などしないように、緊急の場合はそれが後回しにされるという説明だった。

しかしこれに納得しない科学者もいた。その一人が、ファーダウス・ダーバーだった。「あの頃ストレスは悪いという考えが主流だったが、私は納得できなかった」とダーバーは述べている。「進化の観点からすれば、生理的なストレス反応に否定的効果しかないというのはありえない。つまり、免疫反応がもっとも必要とされるときに、免疫を抑制するメカニズムが働くのはおかしいと思ったのだ」ダーバーはまた、免疫が代謝的に高くつくから後回しにされるという考えにも納得しなかった。なぜなら、危機のときに病気になってしまったら、免疫を動員するよりよっぽど高くつくからだ。もうひとつ矛盾することがあった。コルチゾールを軟膏や注射で体内に入れると、たしかに炎症を抑える作用が見られる。このように外部から大量にコルチゾールを投入するのと、元々血流に微量に含まれるコルチゾールでは、作用が異なるかもしれない。ダーバーは免疫系が、HPA軸を介して、アロスタティック負荷の間を揺れ動くのではないかと考えた。彼はロックフェラー大学の私たちの研究所に加わり、ストレスが免疫を強めるかもしれないという、当時の医学の常識に反する考えを裏づけるための研究にとりかかったのである。

まず、ダーバーはほとんどの臨床研究が急性ストレスでなく慢性ストレスを扱っていることに注目した。さらに、大半の研究では免疫活動を血液から判断していた。つまり強度のストレスを訴えていた患者の白血球は減り、ナチュラルキラー細胞の活動が低下しているのを確認したのだ。「白血球が少ないのは一見悪いことのように思える」とダーバーは認める。「しかし、ふたつの疑問が出てくる。循環血液中に白血球がないのは、破壊されたのか、破壊されていないとすればどこに行ったのか」

これらの疑問を解明しようとして行った一連の実験から、ダーバーはストレス反応は短期的には体を防御するが、長期化すると疲労と消耗をもたらすという考えに至った。実験により、たしかに急性ストレスは免疫に欠かせない白血球を大幅に減らしたが、それは回復可能であることがわかった。ストレスが無くなったとき、白血球はもとのレベルに戻ったのである。つまりそれらはストレスによって破壊されておらず、移動していただけだった。白血球が味方と敵を正確に識別するのも驚くべきことだが、その機動性もたいしたものだ。感染と闘う白血球は血流によって体中を循環する。指示が出ると、鼻の粘膜であろうが、怪我をした左足首であろうが、敵が侵入した場所にただちにかけつける。ダーバーは、白血球が傷害部位に現われるだけではないことを明らかにした。それまでの研究で白血球が見あたらなかったのは、それが循環血液から離れ、リンパ節や皮膚など、もっとも必要とされている組織や局所にくっついていたからであった。しかも、コルチゾールが血液中に放出されることがこのプロセスの引き金になっていたのである。急性ストレスによって白血球が血液から離れ、必要とされるところに移動するに違いないと考えたダーバーは、この移動を「ストレス性移動」と呼び、急性ストレスが実際に免疫活動を強化する例ととらえた。』

ストレスで動員される白血球 

『ダーバーが中心となって行なった遅延型過敏症(DTH)という免疫反応に関する一連の研究により、ストレスの好ましい役割が浮き彫りになった。DTHでは二種類の白血球、つまりマクロファージは我々にとって有害な細菌やウィルスなどの異物を食べ、有害なタンパク質の破片を敵情報として旗のようにかかげる。これを合図にヘルパーT細胞が活動を開始し、感染力のあるその外敵をやっつけるために、ほかの免疫細胞を招集する。また、ヘルパーT細胞は、別のリンパ球であるB細胞に働きかけて異物に対する抗体をつくらせる働きもある。敵が再び襲ってきたときに、これらの抗体が活性化して侵入を防ぐのである。DTHは特定の感染症や腫瘍に対して働く免疫反応だが、ウルシのかぶれなど、一部のアレルギー反応にも見られる。

この実験から、私たちは、短期的にはストレスとそれに伴うストレスホルモンの分泌が免疫能を強めることがあることを確認した。これは「一日一回の小競り合いは医者いらずの秘訣」というダーバーの博士論文の講演のタイトルに簡潔に言いあらわされている。

このストレスが三週間も続くと、免疫の抑制が見られはじめ、五週間になると、免疫細胞の移動もDTHの反応も大幅に弱まる。したがって、これらの実験結果は、長期的ストレスが免疫能を弱めるという、これまでの研究の結果をも裏づけている。しかし、ラットを一週間休ませると、再び回復し、免疫の低下は恒常的ではないとわかる。

これらの研究によって、アロスタシスとアロスタティック負荷の考え、つまりストレス反応が体を保護したり危害を与えたりするという考えが裏づけられた。ここでのコルチゾールの役割は明確だ。たとえば、コルチゾールの生成を妨げる薬をラットに投与すると、免疫細胞の機動力が損なわれる。また、ある化学物質を用いて免疫細胞のコルチゾール・レセプターを活性化すると、免疫細胞の機動力は、たとえ副腎を取りのぞいてコルチゾールの供給を断っても回復しうることがわかった。ダーバーは、具体的にコルチゾールが免疫細胞にどのように影響するかを調べている。これまでのところ、コルチゾールが細胞の接着分子を活性化し、それによって免疫細胞が移動した先の組織の血管につきやすくさせる可能性を示唆している。また、コルチゾールは接着分子を発現させる遺伝子を刺激する可能性もある。

こうしてコルチゾールが、免疫の働きに貢献する様子が、だいたいつかめたと思う。急性ストレスの場合、免疫細胞が血液から出て、皮膚やリンパ節などの“監視”場所につくのをコルチゾールが促進する。感染の徴候がみつからなければ、免疫細胞は血流中に戻る。そして、ストレスが無くなったり、うまく処理されると、コルチゾールは危険が去ったことを免疫細胞に知らせる。そして最後にコルチゾールは、ストレスによってコルチゾールが過剰になった場合、視床下部に直接働きかけ、いわゆる負のフィードバックによって自らコルチゾールの生成を止めるのである。

免疫の勘ちがい

『ストレスと免疫の関係の理解が深まれば、どのように対処したらいいかももっと明らかになるはずだ。免疫細胞の過剰な活動が原因となっている自己免疫疾患やアレルギー性疾患には、副腎皮質ステロイドが異常な免疫反応を鎮めるのに有効である。もっとも、そのような処置により、好ましい免疫反応も抑えてしまう危険性はあるが。プレドニゾンのような合成の副腎皮質ステロイド薬による治療は、ある意味で慢性ストレスの作用を真似ていると言える。つまり、プレドニゾンは炎症性サイトカイン(マクロファージまたはリンパ球が抗体刺激を受けて出す糖タンパク質)を抑え、細胞移動を低下させるのである。

一方、ウィルスやガンと闘うには、慢性ストレスよりも、急性ストレスに対応して動員される免疫力を借りる方が有利だ。研究が進み、急性ストレスと慢性ストレスについてもっとわかるようになれば、対応の仕方も進歩するだろう。』

7 トラウマが脳を攻撃する

『記憶とストレスの相互関係は、進化論の観点から見るとよくわかる。ストレスに満ちた出来事は、いちばん覚えていなくてはいけない出来事だと言える。動物はある音やある場所、ある匂い、ほかの動物が危険かどうかを瞬時に判断しなければならない。たとえば、山火事の音や匂いをすぐ思い出せない動物は山火事を生き延びることができないだろう。危険な出来事に関する記憶は瞬時に形成され、瞬時に思い出せる。それらは扁桃体というところで、記憶の砦の番人である海馬と密接に協力して形成される。

こうした出来事が強烈な記憶として残るように、海馬には記憶形成を助けるストレスホルモン、コルチゾールのレセプターがたくさんある。しかしこのために、海馬はコルチゾールが過剰に分泌されたり慢性的に高いと損傷を受けやすく、その結果、記憶をはじめとする認識、つまり“思考の”プロセスが悪影響を受ける。

記憶を探して

『ストレスを受けたとき、陳述記憶が重要な役割を果たす。前に述べたように扁桃体は情動記憶、とくに恐怖の記憶とかかわりがある。動物が自分を食べようと狙っている動物の臭いを嗅いだり姿を見たとき、恐怖反応を示すのは扁桃体のしわざだ。しかし、狙われる動物はただ危険だという記憶だけを呼び起こすのでは不十分だ。以前にいつ頃どこで見たか、どのような姿をしていたか、逃げ道はあるかなど、私たちが“周辺状況”と呼んでいるさまざまな事実を思い出し、相手を避けるか必要に応じて逃げなければならない。これらの記憶は海馬の管轄だ。動記憶は、扁桃体が強烈な感情を呼びおこし、それに海馬が“いつ、どこで、どのように”の記憶を補足するという、共同作業の結果なのである。エピソード記憶と呼ばれるこれらの記憶は、陳述記憶から派生したものだ。』

クリック頂くと、PDFの論文(9ページ)がダウンロードされます。『考察:鍼治療後の唾液コルチゾール濃度の減少は、自覚症状や不安度が軽減したことや高位中枢を介した反応である可能性が考えられる。肩こりに対する鍼治療は唾液コルチゾール動態にも影響を与える可能性が示唆されたが、今後、更なる検討が必要である。

脳とストレス3

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

自律神経系の三つの顔

『心臓がアロスタティック負荷のダメージを受けやすいのは、ストレス反応システムの“配線”の中心に位置するからだ。目覚まし時計の音や自分をつけてきた人の影といった刺激に対応するため体が活発に機能しはじめると、ただちに必要なところに血液が流れ、そこでエネルギーが消耗される。休息の状態から急に激しい運動をはじめると、心拍数は1分当たり50回から150回まで上昇する。このような急激な変化は、脳と体が自律神経で直結しているから可能なのである。

自律神経は原始的な脳である脳幹と、体のほかの部分を神経回路によってつないでいる。神経回路は目、唾液腺、喉頭、心臓、肺、胃、腸、腎臓、生殖器など、いろいろな器官にはりめぐらされている。外からの刺激に反応して活性化する自律神経系は、典型的なアロスタシスと言える。すなわち自律神経系は、環境の変化に対処するために行動を起こす準備をするが、危険が去ったときには通常の状態に体を回復させる。

自律神経がこのように補足しあう機能をもつのは、関連しあう三つの働きから成っているからだ。まず、交感神経がいわば電源を入れる。外界からの刺激を受ける諸器官から脳につながる自律神経求心路のネットワークが、体中からメッセージを聞き取るマイクロホンのような役目をはたす。そして最後に副交感神経が、もとの状態に戻す働きをする。

心臓が激しく脈打ったり、冷や汗をかいたり、毛が立つような感覚など、ストレスを感じたときに起こる感覚はほとんど交感神経の働きだ。温度の変化や騒音、痛みなど、周囲からの信号に応答して、交感神経が心臓の動きを速め、血管を収縮させ、瞳孔を拡大させ、消化器系の働きを遅くするのである。これを行なうために脳の運動神経細胞が標的器官に、速くしろとか分泌量を増やせといった指令を伝える。これに使われる神経伝達物質がアドレナリンである(アドレナリンは、おもに副腎でつくられるが、血管内の交感神経や脳などでも生成される)。

胃がきりきりする感覚や急な動悸は、それを不快と認識しないかぎり、危険信号として役に立たない。これらの感覚を危険信号として処理するためには情報を脳に伝える必要がある。それを行なう別の神経系は、心臓や胃などの器官から脳につながり、体の“声”を集めて脳に届ける。このフィードバックのネットワークを自律神経求心路と呼ぶ。私たちの感情(体からストレス信号を感知した結果)を管轄しているのはおもにこのシステムである。ウィリアム・ジェームズによれば、感覚は状況によって、とらえ方が異なる(目の前にいるのが恋人か殺人犯かによって、情熱とも恐怖とも受け取れる)。しかし自律神経求心路を経由して認識された感情は、ストレスならびにストレスが私たちに与える影響を左右するのである。

最後に、副交感神経は、緊急反応を停止し、体を本来の状態に戻す。19世紀にクロード・ベルナールが述べた内部環境を維持する働きをするのだ。この副交感神経の働きにより、自律神経系は典型的なアロスタティック・システムの役割を果たしているのだ。副交感神経は、動悸を鎮め、瞳孔を収縮させ消化を助け、括約筋をリラックスさせることによって、体を元の状態に復帰させる(ただし性的に興奮すると、交感神経と副交感神経の両方が活性化する。昔から性的興奮が人間を大いに動かしてきた原因のひとつはここにあるかもしれない!)。

アロスタティック反応が健全であるためには、副交感神経がうまく機能することが不可欠だ。イリノイ大学シカゴ校のスティーブン・ポージスによれば、ストレスに対する反応は「外部からの要求に内部の要求に服従したことを意味している」と言う。外界からの変化に応えた後、副交感神経は、すぐさま最優先で体内を元の状態に戻す。しかし外界からの刺激にたびたび見舞われたり、それが長く続いたり、または異常な状況が生じるとアロスタティック反応が乱れ、副交感神経は体内の要求に応えることができなくなり、アロスタティック負荷となる。』

心臓にブレーキをかける迷走神経

交感神経と副交感神経が交互に働くことにより、心臓は驚くほど臨機応変に対応する。心臓を落ち着かせるのは副交感神経、とりわけ迷走神経の働きだ。迷走神経はたくさんの神経からなる複雑な神経回路である。そして「迷走神経のブレーキ」とポージスが呼んでいる制御のメカニズムがうまく作動しなくなると問題が生じる。

哺乳類動物は、通常、迷走神経のブレーキがつねに作動している。それによって心臓が過剰に活動するのを防ぎ、ストレスが体を害さないようにするのだ。しかも迷走神経は交感神経の働きを抑えるだけではない。それ自体が微調整を行なって、周りで起きていることに体が手際よく適応できるようにする洗練されたメカニズムなのだ。ブレーキをかけていればだいたいにおいて興奮しすぎるのを防げるが、たとえば何かに注意を向けるなど、ときにはちょっとした切り替えが必要なときがある。とはいえ交感神経を動員するほどではない場合、迷走神経のブレーキを外して、心拍数と呼吸数を少し上げることが可能だ。こうすることで、大がかりな生理的変化を伴う緊急反応で体を消耗させることなく、体の機能をギヤアップすることができる。

迷走神経のメカニズムがうまく機能していないのはアロスタティック負荷の徴候だ。しかも、負荷の度合いは測定できる。ポージスは、健康な心臓は安静時でも、正常な範囲内で不整脈をもつことがあることを示した。つまり、息を吸い込むときには迷走神経の抑制が弱くなって心拍が若干増え、吐き出すときには迷走神経の影響が復活して心拍数が減るのだ。この不規則な動きは心拍変動、または呼吸性洞性不整脈と呼ばれる。迷走神経のブレーキ作用を測るには、心電図によって得られた情報をもとに、心拍間の時間を割り出す。健康な心臓の心拍数が不規則なのは迷走神経のブレーキがうまく機能している証拠だ。ポージスがこの方法を用いて考えだしたのが、迷走神経の緊張度というもので、これは迷走神経のブレーキがどれだけストレスに対処するのを助けているか示している。この指数の低下は(一時的に心拍数が変動しなくなってしまう)、迷走神経のブレーキが外されたことを意味し、その結果、ストレスに対応するために心拍数が上がる。迷走神経の緊張度が慢性的に低いとすれば、ブレーキが外れたままで機能していないということだ。このような状態の人はつねに緊急の態勢にあり、アロスタティック負荷に見舞われているのである。』 

健常者でも、心拍数の変動が少ないと、心疾患で死ぬ確率が高いことが研究によって判明している。精神生物学者リチャード・スローンは、迷走神経による心臓の制御は心疾患から体を守るためのメカニズムであると考えている。《心身医学》誌に発表した論文で、スローンは心拍数があまり変動しない人は冠動脈疾患になりやすく、変動の程度が低ければ低いほど、動脈硬化症が重度であり、心筋梗塞後に死亡する確率が高かったという。

しかし迷走神経のブレーキをうまく使えないことは、心疾患になりやすい心理状態の特徴でもある。敵愾心が心疾患と関係あることは、複数の研究に裏づけられている。抑うつと不安は心疾患の発症を予知させ、また心筋梗塞後の合併症を誘発し、さらには死に至らしめる。敵愾心、抑うつ、不安のいずれにも、副交感神経の機能不全が関与している。

副交感神経による心臓の調節は、心疾患につながる高血圧を防ぐ働きをしているだけではないとポージスは考える。彼によれば迷走神経のブレーキは、哺乳類というそれまでより複雑な動物が現われたときに、爬虫類しかいなかったときより敵対的な世界に対応するために進化したらしい。現代において、迷走神経のブレーキは緊急反応を発動させる刺激から私たちを守るだけでなく、感情的、社会的ストレスからも私たちを守ってくれているのかもしれない。要するに、迷走神経のおかげで、人間はこの世界(ストレスに満ちていようがいまいが)で暮らすのに適した感情的、社会的行動を身につけることができると言える。』

生活習慣と心臓 

食事、運動、お酒、睡眠などの生活習慣をうまくコントロールできるかどうかが、アロスタティック反応が私たちを守るかそれとも逆襲効果をもたらすかを左右しうる。たとえばニコチンには下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を放出する働きがある。そのため、HPA軸が活性化され、それが興奮度の高いストレス反応を引き起こす可能性がある。

アルコール摂取も、心臓血管系を直接危険にさらすわけではないが、ストレス反応を乱すことがある。アルコールがHPA軸を活性化すること、そしてラットの実験ではメスがオスより多くのACTHを分泌することが判明している。また、長期にわたりラットにアルコールを摂取させるとHPA反応が鈍くなりうることもわかった。アルコール依存症患者が酒を断って禁断症状が現れているときの血中のコルチゾールの濃度は、回復したときの二倍近くまで上がる。本人がアルコール依存症でなくとも、家族に病歴があると、実験で刺激を与えたとき過剰なコルチゾール反応が見られる。

睡眠のとりかたによっても、ストレス反応が助けられたり妨げられたりする。睡眠不足は交感神経を興奮させ、迷走神経のブレーキをききにくくするため、血圧の上昇などストレスによる弊害を受けやすく、それが心筋梗塞の引き金となったりする。また睡眠をとれなかった翌日の晩、コルチゾールが高くなる傾向がある。これが進むと腹部の脂肪沈着や疾患につながっていく。

心血管病変を防ぐには、とくに食事と運動という、昔から言われていることに注意を払う必要がある。高脂肪の食事をとっていると体重が増えてコレステロールが高くなるだけでなく、交感神経が興奮しやすくコルチゾールの過剰分泌を招くのである。』

体脂肪とインスリンの関係

重度の肥満は心臓に負担をかける。過剰な体脂肪、とくに腹部の体脂肪はアロスタティック負荷の徴候でもある。霊長類では、心理的なストレスが、脂肪沈着を加速することがある。ヒトの場合、ウエスト/ヒップ比で表される肥満度は、もっともストレスに弱い人々―スウェーデンの研究では社会経済的な底辺にいる男性で、イギリスの公務員の調査では男女にかかわらず下級公務員たち―に多く見られる。また、前にも述べたように、脂肪が腹部に沈着しているということは往々にして血管にもたまっていることを意味する。

アロスタティック負荷に関しては、肥満は悪循環となる。やせていることがいいとされる社会にいると、太っていることで落ち込む結果、さらなるストレスとカロリー摂取、体重増加につながりやすい。とりわけストレスと肥満と食生活と運動不足の複雑な悪循環は、心臓病とは別のストレス性疾患、つまり糖尿病の原因となりうる。糖尿病は動脈硬化のような心血管病変ではなく、体のエネルギーの使い方がおかしくなる代謝疾患だ。糖尿病自体、重い病気になりうるが、それ以外に動脈硬化の危険因子ともなる。とくに高血圧や高グリセリド血症(検査で中性脂肪が高いこと)のような状態が重なると(それはよくあることだ)動脈硬化になる確率はさらに高まる。

血液はブドウ糖の形で体中にエネルギーを運ぶ(血中のブドウ糖を血糖という)。インスリンと呼ばれるホルモンが血中のブドウ糖を、それを必要とする筋肉や器官に取りこませる。糖尿病とは、体が十分なインスリンを作らないか(1型またはインスリン依存性糖尿病)、作られてもそれを適切に使っていない状態(2型またはインスリン非依存性糖尿病)を言う。いずれの場合も、細胞が燃料となるブドウ糖を十分に取りこめない。2型の糖尿病になると、人間でも動物でも、体内でつくられるインスリンに対する抵抗性が高まる。肥満と運動不足は2型糖尿病の危険因子であり、ストレスの役割も注目されつつある(ストレスは、自己免疫疾患と考えられる1型の糖尿病の危険因子にもなりうるが、それについては後で詳しく述べる)。

インスリンは膵臓でつくられる。食事の後など、血糖値が上がると、食べたものをエネルギーに変えられるよう膵臓にインスリンをつくれという指示が行く。しかしインスリンが血糖を調節する唯一のホルモンではない。安定したブドウ糖の供給は筋肉や諸器官の細胞だけでなく脳にとっても不可欠である(筋肉などはブドウ糖が不足したときに脂肪やタンパク質を使えるが脳はそうはいかない)。脳は血液脳関門という強力なバリアーによって守られていて、ブドウ糖しか燃料として入れない。ほかの分子は大きすぎて関門を通れないのだ。したがって、脳にブドウ糖を安定供給するために、やはり膵臓でつくられるグルカゴンなど、いくつかのほかのホルモンが作用する。そしてストレスホルモンのアドレナリンとコルチゾールも血糖の調節に一役買う。

ストレスホルモンはブドウ糖代謝に悪影響を及ぼす。ストレスに対処するために余分な燃料が必要だと体が判断すると、コルチゾールが肝臓内のタンパク質を分解しブドウ糖に変えるように促す。また、アドレナリンも血糖値を上げる働きをする。そのメカニズムは全部わかっていないが、ストレスホルモンが長期にわたり多量に分泌されるとインスリン抵抗性を生み、コレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)などが血中に増える。肥満も同じことで、コルチゾールの過剰分泌により肥満を招く。

2型糖尿病もまた、別の悪循環をたどる。インスリンの生成はストレスホルモン、とりわけコルチゾールの生成と関係があり、コルチゾールは細胞のインスリン・レセプターの感度を直接鈍らせる。インスリン・レセプターの反応が鈍ると、血中にブドウ糖が増えはじめ、血糖値が上がる。すると血糖値を下げるために膵臓はさらにインスリンを分泌するのだ。同時にストレスホルモンも増える。こうして肥満と高脂肪の食事はインスリンの抵抗性を高めるのである。』

画像出典:「ストレスに負けない脳」

 

脳とストレス2

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

目次については“脳とストレス1”を参照ください。

 

ストレスホルモンが多すぎる場合

『このようにアロスタティック負荷は、ストレス自体が長く続くか、ストレスがなくなっても体が順応できないか、ストレス反応を解除するプロセスが機能しないかのいずれかの理由で、体がアドレナリンやコルチゾールに長い間さらされることから起こる。ストレスホルモンは血圧を上げ、免疫を抑えるだけではない。たとえばうつ病ではコルチゾールが慢性的に上昇していることが多いし、うつ病歴のある女性の一部では骨に含まれるミネラルの濃度が低下している。これは骨の形成には多くの時間がかかるため、緊急反応が発動されると後回しにされるからだ。さらにコルチゾールは骨をつくるプロセスを実際に妨害する。激しい運動を行っている女性がコルチゾールに長い間さらされると、アロスタティック負荷につながることがわかっている。本人はストレスと感じていなくとも、激しい運動を続けていると、交感神経とHPA軸の両方が活性化し、結果として体重が減ったり、生理不順や拒食症などになることがある。とくに拒食症は極度の運動と関係が深いとされる。

コルチゾール分泌が慢性的に多いと、インスリンの効果を抑えることもある。疲労感、エネルギーの欠乏、いらだち、意気消沈、敵対的態度などとして現われる慢性ストレスは、インスリンに対する抵抗力の発達に関連があるとされる。このインスリン抵抗性は、2型糖尿病(インスリン非依存性糖尿病)の危険因子である。

ストレス反応が生涯にわたって過剰に働くと、アロスタシスのプロセス全体が衰え、さまざまなシステムが機能しなくなる可能性がある。とくに、ストレスがなくなったときにHPA軸機能を止めるのを助け、記憶と認知の中枢である海馬が危険にさらされる。海馬にはコルチゾールのレセプターがたくさんあり、ストレス反応の際にコルチゾールを使って「チェック・アンド・バランス」を行っている。だが、コルチゾールが過剰に分泌された時まっさきに標的になるもののひとつなのだ。コルチゾール過剰分泌説によれば、海馬にコルチゾールがあふれると海馬が疲労し消耗して、HPA軸が正常に機能しなくなり、認知機能も損なわれる。

海馬はエピソード記憶と陳述記憶に重要な役割を果たすため、毎日の出来事や、買い物リスト、人や場所や物の名前などの情報を思い出すのに欠かせない。海馬はまた、出来事が起きた時と場所、とりわけ、強い感情がからんだ出来事が起きたときの環境の記憶(周辺状況的記憶)にも重要な役割を果たす。ストレスホルモンの過剰分泌のためにその人は誰が自分の味方で誰がそうでないかを思い出せなくなったり、顔と名前が一致しなくなることがある(ちなみにコルチゾールは、恐ろしい出来事やトラウマをもたらした出来事などの長期記憶の形成にかかわる扁桃体にも作用する。扁桃体は、正当な理由がなくても恐れたり心配したりする予期不安という症状とも関係がある。したがって扁桃体にストレスホルモンが増えると、私たちの心配が増し、すでに感じているストレスがさらに強くなる)。そして海馬はストレス反応の停止に関係している。要するに、海馬が損傷を受けると、ストレスがなくなったと認知する能力が衰え、ストレス反応を止められなくなり、その結果ストレスがさらに高まるという結果をもたらすのだ。

ストレスホルモンが少なすぎる場合

『ストレス反応におけるチェック・アンド・バランスの話が出たところで、体を守るはずのアロスタシスがアロスタティック負荷となる最後のシナリオについて説明する。これまで過剰なストレス反応の弊害について述べてきたが、逆にストレス反応が不十分で、ストレスホルモン、とりわけコルチゾールの分泌が不足しても、体は疲労し消耗するのである(下部表参照)なぜか。ストレスホルモンがなければストレスもなくなり、ストレス性疾患にもならないのではないかと思うかもしれないが、人間の生理機能はそう単純ではないのである。コルチゾールはサーモスタットのような働きをし、過剰になればその生産を抑える。そしてHPA軸を活性化するふたつのホルモン、つまり視床下部で出される副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)と下垂体から出される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の生成を遅くする。またコルチゾールは免疫系にも影響を及ぼし、炎症や組織損傷による腫れを抑える働きもする。

チェック・アンド・バランスにかかわっているストレスホルモンがやるべきことをしないと、免疫細胞が活動しすぎることになる。一部の人ではアロスタティック負荷が、副腎の鈍い反応と、それによるコルチゾール不足という形で現われる。その影響を真っ先に受けるのが免疫で、ほんとうは危害を与えないようなものに対してもコルチゾールが不足しているために、体が過剰に反応してしまう。アレルギーはこの過程から起こる現象のひとつだ。たいていの人の体は、ほこりや猫の毛などを病原菌と同じに扱わないが、アレルギー体質の人ではそのような無害なものに対しても警戒態勢に入り、刺激原を攻撃する。その結果、侵入者を追いだそうとしてたとえばくしゃみが止まらなくなったり、それをつかまえようと粘液が分泌されたり、白血球が殺到するために感染部が腫れ、痛みに襲われたり赤らむなど、全身が不快感に襲われる。これらの症状はみな、コルチゾールが活動していれば軽減されているはずだ。

ぜんそくは、細気管支という小さな管が腫れて空気の通りが悪くなるために起こる。この場合も免疫システムが過敏に働きすぎて、あまり有害でないもの(ほこりや寒さや運動など)から体を守ろうと肺への門を閉ざしてしまうからである。アレルギーもぜんそくも炎症性の疾患で、アロスタティック負荷の典型的な病態を示しているが、これらは、コルチゾールの生産不足によって引き起こされる。しかもこれらの症状は、ストレスに見舞われているとき、往々にして悪化する。そのほかの炎症性疾患といえば、いわゆる自己免疫疾患と呼ばれるもので、免疫系が「自己」と「非自己」を区別するという第一の目的を達成できず、自分の体の組織に戦いをしかけてしまう状況をいう。このような症状もコルチゾールが十分あれば防げる(治療としてコルチゾールを注入することもある)。発疹は免疫細胞が健全な皮膚を攻撃したときに起こる典型的な症状で、小児アトピー性皮膚炎は、ストレスの徴候を示すと同時に、HPA軸が十分に反応していない徴候でもある。そのほか、ストレスによって悪化しやすい自己免疫疾患には、関節に炎症が見られる関節リウマチや、髄鞘と呼ばれる神経細胞の一部を破壊する多発性硬化症(MS)などがある。

HPA軸の反応が弱いと、免疫とは直接関係がなくても現われる病態がある。その一例が線維筋痛症だ。これは慢性の痛みが伴う病気で、たいていの医師は心身症として扱っている(なかには想像上の痛みにすぎないと考える医師もいるが、患者はもちろんそう思っていない)。痛みが炎症反応の一症状であると考えれば、免疫とコルチゾールの関係は明らかになる。痛みは、何か問題があることを私たちに警告し、問題が解決するまで病んだ部分をそっとしておけと忠告する。しかし痛みが慢性的な場合、ほかの炎症性疾患同様、これといった原因がないことが多い。このようなとき、免疫システムは不適応な反応をしているのである。コルチゾールの供給が十分だったらそのような状態になるのを防げたはずだ。

画像出典:「ストレスに負けない脳」

 

こちらは”ヘルスアップ 日経Goody 30⁺”さまの、”しつこい疲れは副腎疲労?とりたい食材、避けたい食材”という記事です。

生活習慣とストレス 

『忘れてはならないのは、アロスタティック負荷がストレスのもとに置かれなくても起こることだ。それは生活習慣と、日頃の生活でストレスにどのように対処しているかが反映される。私たちが何を食べているか、タバコを吸うかどうか、熟睡しているかどうか、運動しているかどうかなどがすべて、コルチゾールやアドレナリンをはじめアロスタシスにかかわるさまざまな物質の生成に影響を与えるのだ。

私たちはストレスの対処の仕方によって、ある程度、アロスタシスがアロスタティック負荷になるかどうかを左右できる。もしその選択をまちがえれば、ストレス性疾患になる確率が高まる。たとえば喫煙(多くの人にとって、それがストレスを防御する方法ではあるが)は血圧を上げ、冠動脈をつまらせ、心筋梗塞や脳卒中のリスクを高める。また脂肪の多いスナックにストレスからのはけ口を求めると、健康を害しかねない。高脂肪の食事は動脈硬化を加速し、コルチゾールの分泌を増やす。そしてコルチゾールが増加すると、体脂肪が蓄積しやすくなり、心血管病変や脳卒中、糖尿病の危険因子となる。

一方、ストレスに見舞われたとき、散歩やスポーツクラブでの運動で発散すれば、ストレスにうち勝つ確率を高めることができる。運動は体脂肪の蓄積を防ぎ、心血管病変を未然に防ぎ、慢性的な痛みやうつ状態を軽減する。また、人と積極的につきあったり、他人の助けを借りることによっても自分を守ることができる。ストレスと上気道感染の関係を研究したシェルドン・コーエンは、社会的なつながりが多い人の方が風邪をひきにくいと報告している。オハイオ・ステート大学のロナルド・グレイザーとジャニス・キーコルト・グレイザーは、孤立が免疫力を弱めることがあることを立証した。

緊急反応はうまく機能しないことも多いことから、脆いしくみだと思うかもしれないが、実際にはかなり柔軟だ。過去10年の研究によって、アロスタシスが逸脱したときに心臓血管系、免疫系、神経系に弊害をもたらすことが明らかになったが、同時に免疫などのシステムがたとえ被害を受けても回復できることもわかってきたのである。

脳とストレス1

前回の”脳と運動”では、運動が脳にとって最も良いものの一つであることが明らかになりました。一方、過度なストレスは運動の対極、最も悪いもの一つだと思います。

今回の『ストレスに負けない脳 心と体を癒すしくみを探る』という本は、脳とストレスの関係を深く知りたいと期待して購入したのですが、多くのことを知ることができました。なお、ブログは8つに分けています。

著者:ブルース・マキューアン、エリザベス・ノートン・ラズリー

監修:星恵子

訳:桜内篤子

出版:早川書房

発行:2004年9月

発行は2004年と決して新しい本ではないため、最新の説からは違和感があるかもしれませんが、”原注(p275~p292)”として参照論文が掲載されており(計210)、これらの論文を背景に書かれた本であることが分かります。

 

こちらは原書です。タイトルは”The End of Stress  As We Know It”でした。発行は日本で出版される約2年前の2002年10月です。

画像出典:「amazon」

Bruce McEwen先生です。

今年(2020年)の1月2日にお亡くなりになっていました。

画像出典:「The Rockefeller University

本書では、「アロスタシス」と「アロスタティック負荷」というものを非常に重要なものとして位置づけています。もちろん、本文の中でも詳しく説明されているのですが、監修を担当された昭和薬科大学の星先生が書かれた”解説”が一般的、客観的な説明として大変分かりやすいものと思います。なお、これは”解説”の一部になります。

解説

マキューアン博士がストレスについて書かなければと思い立ったのは、ひとつには日頃よく見られるいわゆるコモン・ディジーズである心筋梗塞高血圧症糖尿病なども、実は感情や、情緒的・心理的状況が、それらの疾患の発症や進展に密接に関与していることが理論的に説明できると確信しているためで、それを喚起することによって、これらのありふれた疾患の予防につなげたいと考えたからである。もう一つは、将来、”うつ病”になる人の割合がかなり高くなることが予測されており、この点も大いに危惧してのことである。

ストレスについて書かれている本書が、これまでになく新鮮に見えるのは、アロスタシス、アロスタティック負荷という言葉を用いているからであろうか。普通、ストレスを受けると心身ともに消耗し、ときに身体はボロボロになってしまう。本来のストレス反応は病気を引き起こすことが目的ではなく、むしろ身の安全とサバイバルを目的としているはずである。そこでストレスを身体を守るシステムであると理解するために、別の用語を用いた方が賢明と考えたのだろう。そこで、選ばれたのがアロスタシスである。アロスタシスもアロスティック負荷もこれまでなじみのない言葉であるが、アロスタシスとは生物学や医学でよく知られているホメオスタシス(恒常状態)とほぼ同義語である。ギリシャ語でホメオスタシスのホメは同じ、スタシスは一定の状態という意味で、外部環境が変わっても身体内部はほぼ一定に保たれることで、W・B・キャノンの「からだの知恵―この不思議なはたらき」に詳細に書かれている。ホメオスタシスの代表例に体温凋節や酸塩基平衡などがある。体温は35.3度~37.5度、体液のpHは7.36~7.46と、これらの変動幅は許容範囲が狭く、一定の基準を超えると死に至る。一方、心拍数や呼吸数、血糖値は変動幅の許容範囲が広い。食後2時間の血糖値は140mg/dl以下が正常であるが、それが倍以上の300mg/dlになっても400mg/dlになっても死ぬことはない。そこでマキューアン博士は、生体が何らかの刺激を受けた時、それに応じて変化するのであるから、ギリシャ語で変動するという意味の「アロ」が語源となっているアロスタシスの方が適切であると考え、好んで用いた。そして、アロスタシスが一定の限界を超えた時がアロスタティック負荷である。

目次は以下の通りですが、黒太字が取り上げた項目です。

序文/ロバート・サポルスキー

1 ストレスの不思議なしくみ

ストレスとは何か

ストレスとアロスタシス

闘うか逃げるか

自分で引き起こすアロスタティック負荷

ストレスと情動

ストレスの生みの親セリエ

現代人特有のストレス

2 ストレスは脳からはじまる

脳が飢え、脳が恋する

ストレス反応

大切なストレスホルモン

海から生まれたストレス

魚たちのストレス

動物たちのストレス

ヒトのストレス

ストレスと記憶

3 ストレスと感情のつながり

“感情”に対する新しい見方

脳のメッセンジャー

神経細胞の鍵と鍵穴

空腹ストレス

ストレスと遺伝子

ストレスが脳に“戻る”とき

4 アロスタティック負荷はこうして起こる

サッチャー首相の民営化と共産主義の崩壊

ストレスが風邪を長びかせる

ストレスは気分で変わる

マイナス思考の危険性

ストレスホルモンが多すぎる場合

ストレスホルモンが少なすぎる場合

生活習慣とストレス

5 動脈硬化・肥満・糖尿病を防ぐには―ストレスと心臓

自律神経系の三つの顔

心臓にブレーキをかける迷走神経

自律神経のしくみ

呪いによる死

怒りっぽい人は要注意

生活習慣と心臓

体脂肪とインスリンの関係

自ら選ぶ生活習慣

6 免疫は諸刃の剣

ガンになりやすい人

愛する人の死の脅威

ストレスが体を守ることもある

ストレスで動員される白血球

免疫の逆襲

ストレスとぜんそく

免疫の勘ちがい

7 トラウマが脳を攻撃する

記憶を探して

コルチゾールの役割

ストレスと記憶回路

コルチゾールの威力

狙われる海馬

ラットも上下関係に悩む

ストレスの効能

ツバイの実験

保護か危害か

脳がトラウマに屈するとき

遺伝子とストレス

細胞のスイッチ

コルチゾールの微妙な働き

ストレスと加齢

8 ストレスに負けない生活

ウォーキングの効果

運動と脳

ストレス解消は食生活から

快眠の大切さ

睡眠とストレス

酒はストレス解消にならない

友だちの支え

社会的支援とガン

気のもちようでずいぶん違う

コントロールのよい面と悪い面

医学に携わる者としてひとこと

9 ポジティブ・ヘルスとは?

麻薬のような体内物質エンドルフィン

脳がつくりだす薬

エンドルフィンを越えて

アルツハイマー病の原因

運動がストレスに効くわけ

抗うつ剤の効果

海馬とポジティブ・ヘルス

神経細胞新生とうつ病

エストロゲンの働き

私たちを守る脳

10 これからの展望

アロスタシスと予防医学

子どもとストレス

高齢者とストレス

不利なマイノリティ

経済的状況と人生観

ポジティブ・メンタルヘルス

大事な人間のつながり

変えられること変える勇気

これからの神経生物学

ストレスとは何か

本来ならストレス反応は、体の主要システムが協力しあう洗練された防御機構のひとつである。これは緊急反応あるいは「闘争か逃走か」反応とも呼ばれる。ストレス反応のおかげで私たちは緊急事態に対応し、状況の変化に対処することができる。そのために脳、内分泌腺、ホルモン、免疫系、心臓、血液、肺が総動員される。ストレスに対して闘おうが、断固とした態度で臨もうが、安全のために逃走しようが、それとも目の前の作業に集中しようが、ストレス反応は瞬時に必要なエネルギーや酸素、筋力、燃料、痛みに耐える力、頭の回転、感染に対する一時的な防御体制を提供してくれる。ストレスがたまったり続いたりしたときに、体のいろいろな部分に支障を来たすのはそのためだ。

ではなぜストレスで心身がボロボロになるのか。人間の体はなぜ、苦境に立たされたとき、病むようなしくみになっているのか。ストレス反応の機能はもともと病気にさせるためのものではないはずだ。緊急反応は、身の安全とサバイバルというもっとも重要な任務を達成するために進化したしくみなのである。ストレス反応という強力でダイナミックな復元能力のおかげで注意力が鋭敏になり、脅威に備えて体が準備体制をとり、終わるともとの状態に戻る。しかも普通は副作用もない。ただし、脅威があまりにも大きかったり反応が逸脱してしまうと、病気の原因になるのである。

本書の狙いは次のパラドックスに注意を喚起することだ。つまりストレスは厳しい状況のもとで人間の体を守ってくれるが、慢性的に作動すると有害になり、病気を悪化させるということだ。疲れたときに人は、めまぐるしい世界で生きているのだからへとへとになるのも無理はないと思いがちだ。しかし、逆境に立ち向かうときにストレスがかかるのはある程度しかたがないにしても、ストレスでボロボロになる必要はないのだ。本来私たちを守るはずのシステムそのものが脅威となる必然性はないし、そうなることが正常とは言えない。この違いを認識することが非常に大事である。ストレスが健康に与える影響について考えるうえで、新しい言葉が必要だと私が思うようになったのはそのためだ。

ストレスという概念自体、時代遅れになっているので、元の意味に立ち戻って、定義を整理するべきだろう。したがって本書でストレスと言うときは外部で起きることのみを指すことにする。科学の進歩のおかげで、ストレス反応または緊急反応について、以前よりわかってきた。そこで私はその反応に、「アロスタシス」という言葉を使うことにした。そしてストレス反応が私たちの体に逆襲するような状態には「アロスタティック負荷」という言葉を当てる。本書を通じてこのふたつの言葉について説明するが、まずは簡潔に述べておく。』

ストレス反応

『アロシスタシスは脳の深いところで始まる。脳にある視床下部が腎臓の上にある副腎体に警鐘を鳴らすと、副腎体はこれに古典的な緊急反応で応じる。そして主要なストレスホルモンの第一陣、つまりアドレナリンを分泌する。アドレナリンは心拍数を上げ、筋肉や諸器官に余分に血液を送る。気管支が拡張し酸素が大量に吸入され、通常より多くの酸素が脳にも送られ、注意力が高まる。怪我したときに毛が立つような感覚がするのは、出血を抑えるためにアドレナリンの働きで皮膚の血管が縮むからだ。さらに出血への防止策として、凝血を速める線維素原(フィブリノゲン)という物質の分泌がアドレナリンによって促される。最後に、アドレナリンは体に働きかけて、グリコーゲンとして貯蔵されたブドウ糖を放出させ、また蓄積された脂脂を脂肪酸に分解してエネルギー源を確保する。この緊急反応の間、脳はエンドルフィンという鎮痛作用をもつ物質を出し、生体が危機においても機能できるようにする。

緊急事態になるべく速く対応するため、視床下部は副腎に直接通じる神経回路を使って伝達する。アドレナリンが中心的な役割を果たすこの段階が、ストレスに対する最初の反応である。猫を助けるために老女が車を持ちあげることができたのは、このアドレナリンのおかげにちがいない。

次に脳は視床下部‐下垂体‐副腎軸(略してHPA軸)という先鋭部隊を動員する。これが、脳がホルモンをメッセンジャーとする防衛機構の第二陣だHPA軸はアロスタシスならびにアロスタティック負荷のもとになる機能である。これによって神経系、内分泌系、免疫系が動員されるのだが、うまく機能することもあればしないこともある。HPA軸が正常に機能しているとき、私たちの体はエネルギーと集中力を発揮して危機に対処できるが、ストレスがたまるとHPA軸のバランスが崩れて、ぜんそくの発作を起こしたり、風邪をひいてもなかなか直らなかったりするのである。

アロスタティック反応は視床下部が副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)という物質を放出することによって作動する。CRFが専用の血管を通ってアーモンド大の下垂体に達すると、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌される。ACTHが血管を通って副腎を刺激すると、副腎から第二の主要ストレスホルモンであるコルチゾールが血液に放出された体内を循環するのである。

コルチゾールは、コレステロールから作られている(これはコレステロールが重要な役割を果たす例だ)。コルチゾールの最初の任務はアドレナリン放出によって使い果たされたエネルギーを補充することで、食べたものをグリコーゲンや脂肪に変えて貯蔵しやすくする。コルチゾールは私たちを活動的にさせ、おなかをすかせる。しかしコルチゾールが分泌されすぎると、筋肉を刺激してブドウ糖を取り込むインスリンの働きが抑えられてしまう。さらにコルチゾールが過剰になると、脂肪が増え、とりわけ、健康に悪いとされる腹部にたまる。コルチゾールはさらに筋肉のタンパク質を減らして脂肪に変える働きを促し、その結果、骨のミネラルが減る。

コルチゾールは免疫系にとっても諸刃の剣となりうる。多すぎると免疫機能を抑えるため、感染症にかかりやすくなる。しかし短期的には、コルチゾールは感染や怪我に対処するのを助ける。つまり怪我や感染から体を守る白血球を、侵略を受けた場所に送り込むのである。このときコルチゾールは白血球が血管壁や傷口、感染箇所など、防衛しなければならない部分の細胞にくっつきやすいよう、その表面を変える働きをする。

免疫活動がもう十分だと知らせるのもコルチゾールの働きだ。このメッセージはまず脳に送られ、視床下部、下垂体を経由し、ストレス反応を調整する。コルチゾールのチェック・アンド・バランス(抑制と均衡)の機能が、免疫反応が活発になりすぎることによっておこる湿疹やアレルギー、免疫が体の健康な細胞を攻撃する自己免疫疾患を防ぐのである。湿疹にステロイド軟膏を塗ったり、炎症を抑えるためにステロイド剤を飲むのは、体内のコルチゾールが通常行っている働きを補うためだ。』

画像出典:「ストレスに負けない脳」

脳と運動4

著者:ジョン J. レイティー

訳者:野中香方子

出版:NHK出版

初版発行:2009年3月

今回は第九章から第十章です。なお、目次については”脳と運動1”を参照ください。

第九章 加齢 ―賢く老いる

すべてをひとつに

ここまで体と脳の生物学的なつながりについて多くを話してきた。それが最も重要な意味をもつのは、老化について語るときだ。結局、健康な心は健康な体あってこそのものである。

1900年には、アメリカ人の平均寿命は47歳だった。今日それは76歳を上回り、高齢者は、急な病気ではなく慢性疾患によって亡くなる場合が多いようだ。だが、平均寿命を超えて長生きする人にとっては、もうひとつ気の滅入る統計データがある。疾病管理予防センター(CDC)によると、75歳の人は平均して3種類の慢性疾患を抱え、5種類の処方薬を服用しているそうだ。65歳以上のほとんどは高血圧で、3分の2以上が肥満、約20パーセントが糖尿病を患っている(糖尿病の人が心臓病になる確率は、そうでない人の3倍だ)。三大死因である心臓病、がん、脳卒中で亡くなる人は、この年代では61パーセントにのぼる。

喫煙、運動不足、栄養の偏りがこうした病気を招くことをわたしたちはすでに知っている。加えて、ライフスタイルは、加齢にともなって起きる精神面の危機にも大きく影響することが、最近の研究によって明らかになった。体に悪いことは、脳にとっても悪いのだ。だが、国立老化研究所の神経科学者マーク・マットソンは、それをプラスの方向でとらえている。「心血管系の疾患や糖尿病のリスクを減らす要因の多くが、老化にともなう神経変性障害のリスクも減らすというニュースは、喜ぶべきことである。もっとも、わたしたちが真剣にそれを受け止めればの話だが」

たとえば、糖尿病を防ぐよう努力すれば、脳内のインスリンのバランスも整い、ニューロンが強化され、代謝ストレスに対抗できるようになる。また、血圧を下げ心臓を鍛えるためにランニングをすれば、脳の毛細血管が弱くなったり塞がったりするのを防ぐことができ、脳卒中の予防につながる。さらに、骨粗しょう症で骨がすかすかになってしまわないよう、ウェイトトレーニングをしていれば、脳内に成長因子が放出され、ニューロンの樹状突起が伸びる。逆に、認知症予防のためにオメガ3脂肪酸を摂取していると、骨が強くなる。

老齢期に直面する精神の病気と体の病気は、心血管系と代謝系を通じて結びついている。肥満の人が普通の人の2倍、認知症になりやすいのも、心臓病の人がアルツハイマー病(認知症の中でも最も一般的な疾患)になる確率が高いのも、そのような頭と体のつながりが壊れた結果なのだ。統計によると、認知症になる確率は、糖尿病の人は65パーセントアップし、コレステロール値が高いだけで43パーセントも高くなる。運動がこうした病気を予防することは何十年も前から医学的に証明されている。だがCDCによると、現在でも65歳以上の人の3分の1は、自ら運動することはないと答えているそうだ。運動が体だけでなく脳の老化をどれほど防ぐかがわかっていれば、皆もっと真剣に運動について考えるようになるだろう。』

いかに年をとるか

『年をとることは避けられないが、惨めな衰えは避けることができる。100歳になっても健康にほとんど問題ない人もいれば、慢性疾患のために頭も体もすっかりがたがきてしまう人もいるのはどうしてだろう。それを理解するために、細胞レベルで生と死を見てみよう。

年をとると、体中の細胞がストレスへの適応力を失っていく。なぜそうなるのか、科学者にも正確なところはわかっていないが、はっきりしているのは、細胞は古くなるほど、フリーラジカルによる酸化ストレスや、過度のエネルギーの要求、過度の興奮などに立ち向かう力が弱くなるということだ。さらに、有害なゴミを掃除するタンパク質を生成するはずの遺伝子がその仕事をやめてしまうと、神経科学者が「アポトーシス(細胞の自死)」と呼ぶ、細胞の死のスパイラルが始まる。細胞のダメージが重なると免疫系が活性化し、死んだ細胞を掃除するために白血球やその他の因子を送り込み、それらが炎症を生じさせる。炎症が慢性化すれば、さらに多くの有害なタンパク質が生じる。それらはアルツハイマー病に直接関係している。

脳では、ストレスのせいでニューロンが弱くなると、シナプスが餌まれ、最終的にはつながりが切れてしまう。脳の活動が減るに従って、樹状突起は文字通り縮み、しなびていく。その結果、あちこちでシグナルが伝達されなくなるが、最初のうちはそれほど困らない。本来、脳のネットワークは、つながりが断ち切られた部分を避けて、別のルートで情報を伝達できるようにできている。ある程度、余裕の部分が用意されているのだ。なんと言っても、ニューロンは1000億個以上もあり、それぞれが多ければ10万ものニューロンに情報を伝えている。そのネットワークはとても緊密で、先に述べた通り、新しい結合を作っては成長し、配線の変更と適合化を繰り返している。もっとも、それは新たな結合を促す十分な刺激があれば、の話だ。年をとるにつれて回路は途切れていくので、なにをするにも、今までより広いネットワークが必要になる。思うに、知恵とは、そのような効率の低下を脳が巧みに埋めることの反映ではないだろうか。

シナプスの衰えるスピードが、新たな結合の生まれるペースを上回るようになると、頭と体の機能にさまざまな問題が生じてくる。それはアルツハイマー病やパーキンソン病も含まれる。どの病気になるかは、脳のどの部分が衰えるかによって決まる。基本的には、認知力の衰えや、神経変性による病気はすべて、ニューロンが死んでしまったか、機能不全に陥った結果であって、そのせいで情報の伝達が断たれたのだ。老化に関する研究は、マットソンが指摘するように、「ニューロンの情報伝達力を回復させ、生かしつづけること」をおもな目的として進められていて、「成功すれば、ニューロンの衰えを食いとめ、病気を予防できるようになる」

シナプスの活動が減り、樹状突起が萎縮すると、脳に栄養を運んでいる毛細血管も萎縮するため、血液の流れが制限される。逆のことも起きる。脳に血液を十分に送り込まないと、毛細血管が萎縮し、それにつづいて樹状突起も萎縮する。いずれにせよ、それは細胞の死を招く。血液によって運ばれる酸素や燃料、肥料、そして修復に使う分子がなければ細胞は死んでしまうのだ。ニューロンの成長を促す栄養素―脳由来神経栄養因子(BDNF)や血管内皮成長因子(VEGF)など―の量は、年をとるに従って減っていく。そして、神経伝達物質であるドーパミンが作られるスピードも遅くなり、運動機能の意欲の低下を招く。一方、海馬でも使えるニューロンがどんどん少なくなっていく。ラットの研究から、ニューロン新生は加齢とともに劇的に減ることがわかっている。それは、誕生する幹細胞の数が減るからではなく、もともとの神経幹細胞のプールが枯渇し、完全に機能するニューロンが作られなくなるからだ(おそらく、VEGFが少なくなるせいだろう)。ほとんどの神経細胞はいずれにせよ死ぬ運命にあるが、使いものになる幹細胞の数は、げっ歯動物の中年期(人間で言えば65歳以上)には、4パーセントにまで減少する。ニューロン新生の恩恵にあずからない広大な部分[現時点(初版発行2009年)でニューロン新生が確認されているのは海馬と脳室下帯のみ]については言うまでもない。40歳をすぎると、脳は平均して10年に5パーセントずつ減っていく。そして70歳から先は、さまざまな要因がこのプロセスに拍車をかける。

わたしの母のように、年を重ねてもずっと社交的で活動的な人は、脳の劣化のスピードを遅らせることができる。退職後の人の脳血流レベルを調べたところ、運動をつづけている人は退職して4年経ってもほとんど変わらなかったのに対し、運動をあまりしない人は著しく低下していた。脳は活発な成長を止めたとたん、死に向かい始める。運動は老化の進行を阻むことのできる数少ない方法のひとつだ。なぜならストレスに抵抗する力の衰えを遅らせることができるからで、マットソンは「矛盾するようだが、定期的に適度なストレスにさらされることは細胞にとってプラスになる。抵抗力がつき、より強いストレスに対処できるようになるのだ」という。

さらに運動は、先の章で述べたように、脳の回路が結合を増やし、成長するきっかけを与える。血液の量を増やし、燃料を調節し、ニューロンの活動と発生を促すのだ。老いた脳はダメージに対して弱いが、だからこそ、脳を強くするためになにかをすれば、若いときより効果が大きい。だからと言って、若いころから脳を鍛えることに意味がないわけではない。もしあなたの脳が、健康で、強く、しっかり回路のつながったものであれば、年をとってニューロンが壊れ始めても、より回復しやすく、より長くもちこたえられるだろう。運動は解剤であると同時に予防薬でもあるだれでも老化する。なぜかと問われても、どうしようもないが、どのように、いつ老化するのかについては、間違いなく打つ手がある。』

【ご参考】過去ブログ:"慢性炎症について

『慢性炎症は病原体を撃退した後や、傷が治癒した後に炎症という爆撃が完全に停止されず、くすぶり続け、健康な細胞、組織、血管へのダメージが終結せず続いている状態です。』

下記は大阪大学医学系研究科さまの”脂肪慢性炎症の引き金となる分子を同定”という記事の抜粋です。

『肥満では単に体重が増えるだけではなく、脂肪組織において軽度の炎症が慢性的に進行することが知られており、この“慢性炎症”が、糖尿病や高血圧・動脈硬化といった生活習慣病を引き起こす元凶であると考えられています。しかしながら、肥満がどうやって脂肪組織での慢性炎症を誘導するのか、その具体的なメカニズムは謎のままでした。』

認知力の衰え

『最初の兆候はささいなものだ。脳の回路が断たれると、知っているはずの人や場所の名前がなかなか思い出せなくなる。のどもとまで出かかっているのに出てこない、そういう経験はだれでも覚えがある。記憶のサーチエンジンである前頭前野がそれを呼び出さなくなったのだ。海馬がほかのつながりを頼りに記憶を呼び起こそうとするのだが、すんなりとはいかず、以前なら考えなくても言えたのに、なんでこんなに苦労するのかと、あなたはイライラしてくる。年をとれば皆、経験することだが、これもいわゆる軽度認知障害の症状である。その程度は人によって千差万別だ。

軽度認知障害は進行するとは限らないが、放置すると認知症になりかねない。自分を形づくっている人生の軌跡を辿ることができなくなり、自我が餌まれていくという耐えがたい恐怖を味わう。自分がそうした段階にあるとわかると、多くの人は自らの樹状突起の状態を模倣するかのように萎縮し、外に向ってはたらきかけたり新しい関係を結んだりするのをやめてしまう。うまく対処できないのではないか、と恐れるのだ。そして殻に引きこもってしまう。恥をかきたくないし、慣れ親しんだ家から外に出ることに不安も感じる。いずれにせよそうなると、脳に刺激を与えてくれる有意義な関係から隔絶されてしまう。孤立と運動不足は、細胞の死のスパイラルを助長し、脳を萎縮させる

衰えが最も顕著に表れるのは前頭前野と側頭葉だ。前頭葉は、前頭前野の灰白質とその軸索の白質を含む。側頭葉は単語と固有名詞のリストを作り、海馬と連携して長期記憶の形成を助けている。前頭前野が衰えると、高度の認知機能が衰え、日常の基本的な作業も難しくなる。皮肉なことに、靴ひもを結ぶ、ドアの鍵を開ける、食料品店まで車で出かけるといった、ごくあたりまえにやっていることが、実は、作動記憶、作業のスムーズな切り替え、不要な情報の締め出しといった、脳の最も高度な機能に依存しているのだ。よく調教されたサルでも、シャツのボタンをなかなかきちんとはめられないのはそこに理由がある。

側頭葉は脳にとっては辞書のように記憶を蓄えておく場所で、アルツハイマー病によって萎縮する領域のひとつだ。従ってアルツハイマーかどうかは、単語を羅列したリストを見せ、1時間半後にどれだけ思い出せるかを問う簡単なテストによって調べられる。

第一章で述べたように、イリノイ大学で行われた数々の研究は、脳のこれらの領域を対象とするテストの成績と運動量に強いつながりがあることを示している。ある研究では、有酸素運動を長年つづけてきた高齢者ほど、脳がよりよい状態に保たれていることがMRIの画像診断によってわかった。こうした相関自体も興味深いが、研究者たち本当に知りたかったのは、運動によってこれらの領域の構造に変化が起きるかどうかということだ。』

第十章 鍛錬 ―脳を作る

わたしが強調したかったこと―運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段だということ―は、何百という研究論文に基づいており、その論文の大半はこの10年以内に発表されたものだ。脳のはたらきについての理解は、その比較的短い期間にすっかりくつがえされた。この10年は、人間の特性に興味をもつ人すべてにとって、心沸きたつような時代だった。わたし自身、本書のための調査を通じて、運動の効果にますます驚かされ、直感的な洞察は科学に裏打ちされた真実へと変わっていった。』

『スモールは、被験者たちに3か月間運動させたのち、脳の写真を撮った。標準手的なMRIを用い、ズームしてシャッターを切るというごくあたりまえの方法で、彼は新たに形成された毛細血管の画像をとらえた。それは発生したニューロンが生き残るのに必要とするものだ。彼が目にしたのは、海馬の記憶領域における毛細血管の量が30パーセント増えるという、まさに驚くべき変化だった。もっとも、この研究が果たした最大の貢献は、脳を切り刻むことなくニューロン新生を見つけ出せるようになったことだろう。この新しい技術により、科学者はさまざまな要素がニューロン新生にどう影響するかを調べられるようになった。運動量もそのひとつだ。』

『脳のためにどのくらい運動すればいいのかと尋ねられたら、わたしは、まずは健康になることを目指し、自分への挑戦をつづけることが大切だと話している。なにをどのくらいすればいいかは人それぞれだが、研究が一貫して示しているのは、体が健康になればなるほど、脳はたくましくなり、認知力の面でも、情緒の面でも、よくはたらくようになるということだ。体を快調にすれば、心もそれに従うのだろう。

だとすれば、運動が脳に及ぼす利益を享受するには、体を鍛え上げて下着のモデルのような体型にならないといけないのだろうか? そんなことは決してない。実際、研究では、ウォーキングしただけでも、説得力のある結果が出ている。それでもわたしが健康な体に着目するのは、標準的な体重を維持し、心血管系を強くすれば、脳は最大の力を発揮できることを知っているからだ。どの程度の運動でもプラスになるが、実際的な観点から言えば、脳のためになにかをするということは、体を心臓病や糖尿病、がん、その他の病気から守ることにもなる。体と脳はつながっている。両方一緒に大切にすればいいのだ。

まとめ

4つに分けたブログですが、最後に簡潔にまとめたいと思います。

最も重要なことは、”運動はほとんどの精神の問題にとって最高の治療法である。一方、孤立と運動不足はアポトーシス(細胞の自死)を助長し脳を萎縮させる”ということだと思います。

そして、主なメカニズムは下記の5つと考えます。

1.運動は筋肉の回復プロセスだけでなく、ニューロンの回復プロセスのスイッチも入れる。

2.運動によって脳に適度なストレスがかかると、遺伝子が活性化してタンパク質(成長因子)が生成され、ニューロンを損傷や変性から守るとともにその構造を強化する。

3.運動は脳のストレス耐性を強めるが、それは多くの成長因子(脳由来神経栄養因子[BDNF]、インスリン様成長因子[IGF-1]、線維芽細胞成長因子[FGF-2]、血管内皮成長因子[VEGF])を増やすからである。

※成長因子とは:特定の細胞の増殖や分化を促進する内因性のタンパク質の総称である。(ウィキペディアより)

4.運動によりインスリン様成長因子[IGF-1]は海馬のなかでLTP(長期増強)を促進して、ニューロンの可塑性を高めニューロン新生を促す。

5.運動はコルチゾールが増えすぎないよう監視し、必要に応じて神経伝達物質セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンを増やすという効果も有する。

脳と運動3

著者:ジョン J. レイティー

訳者:野中香方子

出版:NHK出版

初版発行:2009年3月

今回は第後五章から第七章です。なお、目次については”脳と運動1”を参照ください。

第五章 うつ ―気分をよくする

論理の穴

薬や運動がうつを改善させる仕組みについて本当のところがわかってきたのは、脳の鮮明な写真を写せるようになってからのことだ。1990年代初頭、MRIで調べたところ、ある種のうつ病患者の脳に明るい斑点が見つかった。それは高信号域と呼ばれ、白質の部分に現れる。白質とは、灰白質―ニューロンの本体である細胞体の集まっている部分。灰色っぽい色をしているので灰白質と呼ばれる―から伸びた軸索が集まった部分である。さらによく見てみると、皮質の量が普通と違うことがわかった。灰白質が実際に縮んでいるのだ。灰白質は皴の寄った薄いカバーとなって脳を覆っていて、注意力、感情、記憶、意識といった人間の複雑な機能をすべてつかさどっている。MRIによって見えてきた現実はぞっとするようなものだった。慢性のうつは、脳の思考する部位を構造的に傷つける可能性があるのだ。

同様の研究により、うつ病の患者の脳では扁桃体と海馬に著しい変化があることが明らかになった。いずれもストレス反応の重要な役割を担う部位だ。扁桃体が人間の感情をつかさどる中心だということは以前から知られていたが、記憶中枢である海馬がストレスとうつにもかかわっていることはようやくわかり始めたところだった。1996年、セントルイスにあるワシントン大学のイヴェット・シーラインが、うつ病患者10名の脳と、同じような体格と学齢の健康な人10人の脳をMRIで比べたところ、うつ病患者の海馬は、健康な人のそれより最高で15パーセント小さかった。また、海馬が縮む度合と、うつ病だった期間の長さに関連があることを示す証拠も見つかった。意義ある発見だ。うつ病患者の多くが学習と記憶の衰えを訴えるのも、海馬の萎縮から始まるアルツハイマー病患者の気分が沈みがちになるのも、おそらくそこに理由がある。

ストレスホルモンのコルチゾールが多いと、海馬のニューロンは死んでしまう。実際のところ、ペトリ皿にニューロンを入れ、コルチゾールをたっぷり注ぐと、ニューロン間の結合は途切れ、シナプスの成長は止まり、樹状突起はしなびていく。そうなるとコミュニケーションは遮断される。うつ病の人の海馬では、それが実際に起きているのだ。彼らが否定的な考えから脱け出せない理由のひとつがこれで、海馬は別の結合を作るための枝を伸ばせなくなり、否定的な記憶を何度もたどり始める。

新たに陽電子放射断層撮影装置(PET)や機能的磁気共鳴画像法(fMRI)のおかげで、うつをこれまでとは違う生物学の角度から見られるようになった。誕生した当時、それらの画像は粗く、あいまいだったが―その点は今もあまり進歩していない[初版発行は2009年になります]―、科学者は脳の静止画像だけでなく、活動している様子も見られるようになったのだ。また同じころ、新しいニューロンが海馬とおそらくは前頭前野において、日々作られていることもわかった。どちらもうつになると萎縮する部位だ。この新しいツールと新しい発見から、「神経伝達物質仮説」の見直しが始まった。

とは言え、その古い理論が捨てられたわけではない。さらに拡大されたのだ。今では、うつは、脳の感情回路が物理的に変化した結果だと考えられている。ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンはシナプスを通って情報を運ぶ大切なメッセンジャー(神経伝達物質)だが、そこがしっかりつながっていなければ、役目を十分に果たせない。そもそも脳の仕事は、つねに回路を接続し直しながら情報を伝達し、それによって人間を環境に適応させ、生き延びさせることである。ところが、うつになると、特定の部位でその適応機能がはたらかなくなる。つまり、細胞レベルで学習が遮断されるのだ。そうなると脳は、自己嫌悪の否定的な堂々巡りに陥り、その穴から脱け出すのに必要な柔軟性も失われる。』

【ご参考】過去ブログ:"うつ病治療(TMS)

NHKスペシャルで放映された「ここまで来た!うつ病治療」の書籍を題材にしたブログです。

 

第六章 注意欠陥障害 ―注意散漫から脱け出す

全コントロール・ユニット、注目!

『情報に注意が向けられればそれでいいわけではなく、その情報が脳内でスムーズに流れることも重要だ。ここで注意システムと体の動き、ひいては運動とが結びついてくる。体の動きをコントロールする脳の部位は、情報の流れも調整しているのだ。

小脳は脳の中でも原始的な部位で、動きのコントロールと精錬だけにかかわっていると長く考えられてきた。空手の蹴りであれ、指の鳴らし方であれ、なにか動きを覚えようとするとき、小脳はフル回転している。小脳は、脳のわずか10パーセントの体積しかないのに、ニューロンの半分を有している。つまり、そこにはぎっしりニューロンが詰まって、常に活動しているのだ。小脳がリズムを調整しているのは、動きだけではない。脳のシステムのいくつかも調整し、そこが新しい情報をスムーズに流し、管理できるようにしている。ADHD患者は、小脳の一部が小さく、正しく機能していない。注意力が途切れがちなのはわけあってのことなのだ。

小脳は、前頭前野と運動皮質―それぞれ思考と動きの中枢―に情報を送っているが、その途中で大脳基底核と呼ばれるニューロンが集まった重要な場所を通る。そこは一種のオートマチック・トランスミッション(自動変速機)で、大脳皮質の要求に応じて、注意力に向ける資源を配分している。そのはたらきは、中脳の黒質から出されるドーパミンの信号によって調節されている。ドーパミンは自動変速機のオイルのようなもので、それが足りないと、注意を簡単にシフトできなかったり、つねに高速ギアに入ったままになったりする。それがADHDの人の状態だ。

科学者が大脳基底核について知っていることの多くは、パーキンソン病の研究からもたらされた。パーキンソン病は大脳基底核のドーパミン不足によって起きる。この病気は、運動機能だけでなく、複雑な認知作業の調整能力にも打撃を与える。初期段階では、そうした不調が成人発症のADHDとして表れる。

この類似は重要で、現在、神経学者は、数々の信頼できる研究に基づいて、パーキンソン病の初期段階にある患者に、病気の進行を食い止めるために毎日の運動を推奨している。ある実験では、ラットの大脳基底核のドーパミン・ニューロンを破壊して、パーキンソン病を発症させ、その半数を「発症」後10日間、毎日2回ランニングマシンで走らせた。驚くべきことに、ランナーたちのドーパミン・レベルは正常な値を保ち、運動機能も衰えなかった。パーキンソン病患者についてのある研究では、激しい運動が運動機能だけでなく気分も向上させ、そのプラス効果は運動をやめたのちも6週間以上、持続した。

とくに興味を惹かれるのは、運動と注意力の強い結びつきだ。この二つは、脳内で同じ回路を共有していて、おそらくそれゆえに、武術のような活動はADHDの子どもに効果があるのだろう。新しい動きを覚えるために、彼らは集中しなければならず、その際、運動システムと注意システムの両方が動員され、鍛えられるのだ。』

第七章 依存症 ―セルフコントロールのしくみを再生する

不当な報い

『国立薬物濫用研究所の現在の定義によると、依存症とは、健康と社会的生活に悪影響をもたらすにもかかわらず、断ち切ることのできない衝動を意味する。多くの人が薬物を濫用しているが、依存症になる人は比較的少ない。なぜだろう。薬物などへの興味が芽生え、手に入れようとするのは報酬中枢を流れるドーパミンのせいだが、どうしてもそれをやめられなくなるのは、脳の構造に変化が生じるからだ。現在、科学者たちは依存症を慢性疾患と考えている。なぜなら依存症は、反射的行動を引き起こす記憶のなかに組み込まれているからだ。依存の対象が薬物でもギャンブルでも食事でも、脳に起きる変化は同じだ。

いったん報酬が脳の注意を引くと、前頭前野はそのシナリオと感覚を詳しく記憶するように海馬に指示する。脂っこいものに目がない人の脳は、ケンタッキーフライドチキンのにおいとカーネル・サンダースのひげ、そして赤と白の縞模様のバケツを結びつける。こうした合図が「突出」し、つながって記憶されていく。ケンタッキーフライドチキンに車で乗りつけるたびに、シナプスは新たな合図を取り込んでさらに結びつきを強めていく。このようにして習慣が作られる。

通常、わたしたちがなにかを学ぶとき、その回路ができあがるとドーパミン・レベルは次第に下がっていく。しかし依存症、とくに薬物依存の場合は、薬物を摂取するたびにドーパミンがシステムにあふれ、記憶を強化し、ほかの刺激をはるか後方へ押しやってしまう。動物実験から、コカインやアンフェタミンのような薬物は側坐核の樹状突起を著しく成長させてシナプスの結びつきを増やすことが確認されている。その変化は薬物をやめたあとも数か月から、ときには数年もそのまま残ることがある。依存症が再発しやすいのはそのためだ。依存症は、脳がなにかをあまりにも強烈に学びすぎた結果だといえる。そうした適応は悪循環を招き、たとえばフライドチキンのにおいを嗅げば必ず大脳基底核が自動的に反応するようになる。いくら分別のある人の前頭前野でも、その反応を止める力はない。 

衝動と戦い、習慣を断つ

ストレスが依存症と結びついているとき、依存物を断つと、体は生命の危険を感じる。たとえば、アルコール依存症の人が急にアルコールをやめるのはドーパミンの栓を閉めるのに等しく、視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)のバランスが崩れる。依存物を断つことで生じる激しい不快感は数日で消えるが、脳のシステムは、それよりずっと長く不安定な状態に置かれる。そのようなデリケートな状態のときに、さらにストレスがかかると、脳はそれを緊急事態ととらえ、あなたにアルコールを飲ませようとする。禁酒をしていても、仕事で問題が起きたり、恋人と喧嘩したりするとまた飲み初めてしまうのはそのためだ。長く薬物に依存し、ドーパミン・システムが変わってしまっている人にとって、強いストレスに対処する最も効果的で、唯一知っている手段は薬物だ。だが、運動はもうひとつの解決策となる。

愛煙家の場合、激しい運動はたった5分でも効果がある。ニコチンは依存性物質のなかでも変り種で、刺激物でありながら同時にリラックス効果がある。運動すると、タバコを吸いたいという衝動を抑えることができる。それは、ドーパミンがスムーズに増えるのに加えて、タバコをやめようとする人が悩まされがちな不安な緊張、ストレスが抑えられるからだ。運動をすると、タバコへの渇望が50分間抑えられ、つぎに一服するまでの間隔が2倍から3倍に伸びる。さらに、運動には思考を鋭敏にする効果があることが、ここで意味をもってくる。なぜならニコチンを断つと集中力が低下するからだ。その証拠として、ある研究によると、グレート・アメリカン・スモークアウト(全米禁煙の日)には、通常より職場での事故が多いそうだ。わたしが診ているADHD患者の多くは、文書を書くときや難しい課題に向うときには、タバコを吸って集中力を高めている。そして、ニコチンが切れると集中も切れてしまう。』

ある依存症患者の物語

『彼女[ゾーエは重度のADHDで、攻撃的で、何度もひどいうつ病になり、さまざまな薬物依存症に苦しんでいた。驚いたことに、20年にわたってマリファナを常習していて、心を落ち着かせ集中するには、そうするほかはないと思い込んでいた]はときどき、サイクリング、ヨット、乗馬などをやっていたが、わたしは、定期的にできる運動をしてみてはどうかと勧めた。彼女の医学的知識を見込んで、運動すると脳の化学プロセスが変化して、気分や攻撃性や注意力、そして依存症をコントロールする回路を作り直すことができると説明した。ゾーエは、本書でも紹介した研究論文のいくつかに目を通し、毎日運動する気になった。そして、もう一度、マリファナを断った。「ほかに選択肢がなかったから」と彼女は言う。「どうしても、なにか手を打たなければならなかったのよ」

彼女が選んだのは、本格的なエアロバイクで、自転車競技者がバランス感覚を磨きスタミナを養うために使うものだ。高速で回転するドラムをこぎ、足をすべらせると弾き飛ばされかねない代物だ。ゾーエがなぜこれほど大変な運動を選んだのかはわからないが、それはすばらしい成果をもたらした。この自転車をこぐにはバランス感覚と正確さが求められ、それには小脳の運動中枢と大脳基底核から報酬中枢と前頭前野へ至る注意システム全体をはたらかせなければならない。「最初はいやいややっていたわ。こいでもどこへも行けないのだもの」とゾーエは言う。「でも今はとても重宝しているのよ。それに、運動になるだけでなく、集中できるからいいの。振り落とされないようにこぐのはドキドキするわ」

しかし、そんな折、薬物を断つにはそれだけでは足りないとでも言うのだろうか、しらふでいようとがんばっているゾーエを見捨てて、夫が出て行ってしまった。クリスマス直前のことだった。わたしは心配した。ゾーエも不安でいっぱいだった。「オランダの冬はとても寒く、とても暗いのよ」とeメールには書かれていた。「またうつになって、みじめな自分に逆戻りするんじゃないかと怖かったけれど、そうはならなかったわ。薬物を吸っていたときには負け犬のような気分だったけど、運動するようになってからは勝者のような気分になれたからよ

長年薬物に依存していた人の常で、ゾーエは今も不安定な状態にある。だが、間違いなく正しい方向に進んでいる。ゾーエはエアロバイクをこぐ距離を延ばそうとしていて、定期的にその記録を送ってくる。それに最近では縄跳びも始めたそうだ。彼女から届いた楽しそうな手紙の一部を紹介しよう。「たった今、10分間縄跳びをしたところ。心拍数は140。きついけどやらなくちゃね。これはすばらしいわ。だって、10分縄跳びをしたら、30分自転車をこいだときと同じような気分になれるんだもの。たぶん、つづけると思う。だってすぐに報酬が得られるんですもの!! これが、最近わたしがはまっている運動よ」』 

本格的なエアロバイクです。

画像出典:「Tubitak4007

 

脳と運動2

著者:ジョン J. レイティー

訳者:野中香方子

出版:NHK出版

初版発行:2009年3月

今回は第三章と第四章です。なお、目次については”脳と運動1”を参照ください。

第三章 ストレス ―最大の障害

ストレスを定義し直す

『ストレスには気が張っているという程度のものから、人生のごたごたにすっかり打ちのめされているというものまである。ひどくなると、ストレスに圧倒されて心が閉ざされ、普段ならなんでもない問題がとてつもない難問のように思えてくる。その状態が長びくと慢性のストレスになり、精神的な緊張が肉体的な緊張へと変わる。ストレスが体を攻撃し始めると、不安障害やうつ病といった本格的な精神疾患や、高血圧、心臓疾患などが引き起こされ、がんになるおそれもある。慢性のストレスは脳をずたずたにすることさえあるのだ。

これほどまでに曖昧なストレスという概念を、どう理解すればいいのだろう。それには、生物学的な定義を覚えておくといい。突き詰めれば、ストレスは体の均衡を脅かすものだ。体はそれを克服するか、それに適応しなければならない。脳で言えば、ニューロンの活動を引き起こすものはなんでもストレスとなる。ニューロンが発火するにはエネルギーが必要で、燃料を燃やす過程でニューロンは摩耗し、傷ついていく。ストレスという感覚は、基本的には脳細胞が受けているこのストレスが、感情に反響したものなのだ。

椅子から立ち上がることをストレスのもとだとは思はないし、そうしたからといってストレスは感じないだろう[健常者であれば]。けれども、生物学的に言えば、それも間違いなくストレスなのだ。もちろん、失業しそうなときのストレスとは比べものにならないが、実のところ、どちらの出来事も、体と脳の同じ回路を活性化させる。立ち上がるという動作は、その動きを調和させるためにニューロンの活動を促し、失業への恐れもニューロンの多様な活動を引き起こす。感情はすべて、ニューロンが信号を送りあって生まれるからだ。同じように、フランス語を習うことも、知らない人に会うことも、そして、筋肉を動かす動作の一切も、脳に負担を強いる。すべてある種のストレスと言える。脳にしてみればストレスは全て同じで、違うのはその程度だけなのだ

自慢話の類になりますが、『ストレスは体の均衡を脅かすものだ。体はそれを克服するか、それに適応しなければならない』という一文と277ページに出てくる『年をとると、体中の細胞がストレスへの適応力を失っていく』は、私にとってたいへん興味深いものです。

それは、ブログの”がんと自然治癒力13(まとめ)”の中で、自然治癒力を【ストレス適応と栄養代謝】と定義していたからです。本書の内容は、言い換えれば「ヒトはストレスを克服あるいは適応しないと、体の均衡が崩れ健康を害すが、それは体中の細胞レベルに関係している」ということと理解でき、健康にとってストレスに対する克服、適応が極めて重要な要因であると指摘しているからです。

ストレスはあなたを殺すだけではない

『よく知られているように、筋肉を増強するにはいったんそれを壊してから休ませる必要がある。同じことがニューロンについても言える。ニューロンにはもともと修復・回復のメカニズムが備わっていて、それは軽度のストレスで作用する。運動のすごいところは、筋肉の回復プロセスだけでなく、ニューロンの回復プロセスのスイッチも入れるところだつまり、運動すれば、心身ともに強く柔軟になり、難問をうまく処理し、決断力が高まり、うまく周囲に適応できるようになるのだ。

定期的に有酸素運動をすると体のコンディションが安定するので、ストレスを受けても、急激に心拍数が上がったり、ストレスホルモンが過剰に出たりしなくなる。少々のストレスには反応しないようになるのだ。脳では、運動によって適度なストレスがかかると、遺伝子が活性化してタンパク質が生成され、ニューロンを損傷や変性から守るとともに、その構造を強化する。さらに運動はニューロンのストレス耐性の閾値も上げる。

この細胞の「ストレス回復」作用には、酸化、代謝、興奮の三つの側面がある。

ニューロンが作動すると、代謝メカニズムのスイッチが入る。かまどに種火が入るようなものだ。グルコースがニューロンに吸収され、ミトコンドリアがそれをアデノシン三燐酸(ATP/細胞にとって主要な燃料)に変える。その過程では、ほかのエネルギー変換プロセスと同じく、廃棄物(フリーラジカル)が生じる。その廃棄物がもたらすストレスを「酸化ストレス」と呼ぶ。通常、細胞は酵素も生成し、それがフリーラジカルのような廃棄物を掃除する。フリーラジカルは細胞組織を破壊する悪質な電子をもつ分子で、酵素は、その電子の力を消そうと懸命に掃除しつづける。こうした保護的な酵素は、人間が生まれながらもっている酸化防止剤なのだ。

「代謝性ストレス」は、グルコースが細胞に入り込めなかったり、周辺に十分なグルコースがなかったりして、細胞がうまくATPを作り出せないときに起きる。

「興奮毒性ストレス」は、グルタミン酸の活動が活発すぎて、増加した情報の流れを支えるエネルギーをATPがまかないきれないときに起きる。この状態が長引くと、とんでもないことになる。ニューロンが死の行事を始めるのだ。ダメージを修復するための食糧も資源もないまま、ひたすらはたらかされ、樹状突起は縮み、最終的にニューロンは死に至る。これが神経変性で、アルツハイマー病、パーキンソン病などの疾病、さらに老化そのものの底流となるメカニズムだ。こうした疾病を詳しく研究した結果、体に本来備わっている。細胞ストレスへの対応策見つかった。』

『連鎖的に放出される修復分子のなかでもきわめて強力なのは、脳由来神経栄養因子(BDNF)インスリン様成長因子(IGF-1)線維芽細胞成長因子(FGF-2)血管内皮成長因子(VEGF)などの成長因子だ。これらについては第二章で説明した。とくにBDNFは、エネルギー代謝とシナプス可塑性の両方で役割を担っているので、ストレスを研究する者にとって興味深い因子だ。BDNFはグルタミン酸によって間接的に活性化され、細胞のなかで抗酸化剤と保護タンパク質の生成量を増やす。また、先に触れたように、LTP(長期増強)を促進して新しいニューロンを成長させ、脳をストレスに対して強くする。脳のストレス耐性を強める手段として運動が望ましいのは、それがほかのどんな刺激よりはるかに多く成長因子を増やすからだ。FGF-2VEGFは、脳内で生成されるだけでなく、筋肉の収縮によっても生成され、血流によって脳に運ばれ、さらにニューロンを支援する。このプロセスは、体がどのように心に影響を及ぼすかをよく示している。

【ご参考】過去ブログ:"がんと自然治癒力9

ノーベル賞生物学者、ブラックバーン博士の著書にも、運動と回復に関する記述があります。  


【ご参考】過去ブログ:"代謝と恒常性(ホメオスタシス)

こちらの本の中に、”総まとめ代謝マップ”というものが出ているのですが、これを見ると代謝が大変複雑なものであることが分かります。

また、ブログでは白木先生の「生物科学入門 -代謝・遺伝・恒常性-」という本もご紹介しているのですが、白木先生は、“生物とは何か”という問いに対して、代謝、遺伝、恒常性の三つに集約できる。とお話されています。

 

【ご参考】過去ブログ:"活性酸素シグナルと酸化ストレス

明らかに背伸びをした難しいブログですが、後半に「酸化ストレス」に関する記述があります。  

ストレスを燃やし尽くす

『脳の機能は情報をひとつのシナプスから別のシナプスへと伝えることであり、それにはエネルギーが必要とされることはすでにおわかりいただけただろう。そして、運動は代謝に影響するため、シナプスの機能、ひいては思考や感情に影響を与える強力な手段となることもご理解いただけたと思う。運動は全身を流れる血液とグルコースの量を増やす。いずれも細胞にとってなくてはならないものだ。より多くなった血流はより多くの酸素を運び、細胞はその酸素を使ってグルコースをATP(アデノシン三燐酸)に変換し、栄養源にする。運動中、脳のなかで血液の流れが前頭葉から大脳辺縁系へとシフトする。そこにはこれまでに何度も登場した偏桃体と海馬がある。おそらくそこに優先的に血流が送られるせいで、研究によってわかったように、激しい運動をしているあいだは高度な認知機能がはたらきにくいのだろう。

運動後に起きる変化によって脳は最高の働きをするようになる。闘争・逃走反応が起きる閾値が上がるだけでなく、先に述べたニューロンの回復プロセスが促されるからだ。運動によって細胞内のエネルギー生産はより効率的になり、有害な酸化ストレスを増やすことなく、ニューロンが必要とする燃料を供給できるようになる。廃棄物(フリーラジカル)も生じるが、それを処理する酵素も作られる。もちろん、DNAの残骸や細胞の分裂や老化による副産物を片づける清掃サービスもある。この酵素と清掃サービスは、がんと神経変性の発生を防ぐと考えられている。また、運動はストレス反応を誘発するが、それほど極端でなければ、システムがコルチゾールであふれかえることはない。

運動することでエネルギー利用の効率が上がるのは、ひとつにはインスリン受容体の生産が促されるからだ。体内の受容体数が多いと、血糖はよりうまく利用され、細胞は強くなる。受容体がそこにあるということは、その効率のよい新たなシステムが定着したことを意味する。定期的に運動し、インスリン受容体の数を増やしておくと、血糖値が下がったり、血流が不十分だったりしても、細胞は血液から無理矢理にでも十分なグルコースを取り出して活動をつづけることができる。また、運動するとIGF-1は海馬のなかでLTP(長期増強)を促進して、ニューロンの可塑性を高め、ニューロン新生を促している。運動はそういう形でもわたしたちのニューロンの結びつきを強めているまた運動は、FGF-2とVEGFも生成する。この二つは脳のなかに毛細血管を新しく作り、その血管網を拡大する。幹線道路が広くなり、数も増えれば、血液はよりスムーズに流れるようになる。

同時に、有酸素運動はBDNFの分泌量を増やす。これらの因子が協力しあって脳の活動を活発にし、慢性ストレスの有害な影響に負けないようにしている。それらはまた、細胞の修復プロセスを開始するだけでなく、コルチゾールが増えすぎないよう監視し、必要に応じて神経伝達物質セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンを増やす。

力学的なレベルでいえば、運動は筋紡錘(筋肉のなかにある張力センサー)の静止張力を緩めることで脳にフィードバックされるストレスを撃退する。体が緊張していなければ、脳は自分もリラックスしてもいいだろうと判断するわけだ。長期的に規則正しく運動すれば、心血管系の効率がよくなり、血圧が下がる。心臓専門医は近年、心臓の筋肉で生成される心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)というホルモンが、HPA軸にブレーキをかけ、脳の騒音を鎮めて体のストレス反応を直接抑えることを発見した。ANPの興味深い点は、運動によって心拍数が上昇するにつれ量が増えることで、おそらくANPも運動によって心と体のストレス反応が緩和される一因となっているのだろう。』

【ご参考】過去ブログ:"自律神経失調症

脳とストレスの関係について書かれています。

【ご参考】過去ブログ:"がんと自然治癒力8

長文のブログですが、最後の方に「HPA軸」に関する記述があります。ここではその一部をご紹介させて頂きます。なお、「もう一つの防衛システム」とは免疫系になります。

身体を守るための二つの防衛システム

『多細胞生物では、神経系が、成長・増殖あるいは防衛反応をコントロールしている。環境からのシグナルをモニターし、解釈し、適切な行動で応答するように指揮するのが神経系の役割である。多細胞生物は多くの細胞からなる共同体であり、神経系は、脅威になるような環境からのストレスを認識すると、細胞の共同体に対し、危険が迫っているという警告を発する。

わたしたちの身体には、実際には、二つの異なる防衛システムが備わっている。どちらも生命維持に必要不可欠なものだ。一つは、“外部”からの脅威に対して防衛反応を引き起こすHPA系(Hypothalamus-Pituitary-Adrenal Axis)というもので、視床下部・脳下垂体・副腎という三つの部分が連携して働くシステムである。

脅威となるものがないときはHPA系は活動せず、体内では成長・増殖活動が盛んに行われる。環境内の脅威が知覚されると、視床下部がHPA系を発動させ、脳下垂体にシグナルを送り出す。脳下垂体は「内分泌腺の総元締め」ともいえる部分で、50兆個からなる細胞の共同体の態勢を整えて、差し迫った危機に対応できるようにする。』

第四章 不安 ―パニックを避ける

証拠

『有酸素運動をすれば、不安がたちまち解消されるという事実は、ずいぶん昔から知られている。しかし、研究者がその仕組みを突き止めようとし始めたのはごく最近になってからだ。

運動すると体の筋肉の張力が緩むので、脳に不安をフィードバックする流れが断ち切られる。体の方が落ち着いていれば、脳は心配しにくくなるのだ。また、運動によって起きる一連の化学反応には気持ちを落ち着かせる効果がある。筋肉がはたらき始めると、体は燃料を供給しようと脂肪を分解して脂肪酸を作り、血液中に放出する。この遊離脂肪酸は血液中を移動する際の乗り物にするために、トリプトファン(8種類の必須アミノ酸のひとつ)と結合していた輸送タンパク質(アルブミン)を奪い取る。身軽になったトリプトファンは、浸透圧差に導かれて血液・脳関門をやすやすと通り抜け、脳に入っていく。そしてたちまち、われらが友、セロトニンの構成材料になる。トリプトファンだけでなく、運動によって増えた脳由来神経栄養因子(BDNF)もセロトニンを増やし、わたしたちを落ち着かせ、安心感を高める。

運動はガンマアミノ酪酸(GABA)分泌も引き起こす。GABAは脳の主要な抑制性神経伝達物質で、ほとんどの抗不安剤はそれに照準を合わせている。不安を自ら引き起こそうとする脳の動きを細胞レベルで食い止めるには、GABAの量を正常に保たなければならない。GABAは脳で起きる強迫観念に駆られたフィードバックの連鎖を断ち切ることができるのだ。また、運動することで心臓の鼓動が速くなると、心筋細胞が心房性ナトリウム利尿ペプチドを(ANP)というホルモンを生成し、過度の興奮にブレーキをかける。ANPは体がストレス反応を抑えるために使う道具となる。これについてはあとで詳しく説明しよう。

有酸素運動は不安障害のどんな症状も大幅に和らげることを数多くの研究が示している。さらに、運動は健康な人が普段の生活で感じる不安も和らげられる。2005年、チリの高校生のグループを対象として、9カ月にわたって運動が心と体に与える影響を測定するという興味深い研究がなされた。15歳以上の高校生198名を二つのグループに分け、一方には週三回、90分の激しい運動させ、対象グループは週に一度、通常の体育の授業を90分、受けさせた。本来この研究の目的は、運動と一般的な気分の変化の関連を測ることだったが、心理テストでは不安に関する値がひときわ目を引いた。激しい運動をしたグループの不安度は14%下がったが、対照グループはわずか3%下がっただけだ(3%はプラセボ効果によるものとして統計上無視できる数字だ)。健康レベルは実験グループが8.5%向上したのに、対照グループが1.8%の向上にとどまった。もちろんそれも偶然ではない。明らかに、運動の量と不安の度合には関連があるようだ。』

失われたつながり

『ヒポクラテスの時代には、感情は心臓から生まれるものであり、精神の病の治療は心臓から始めるべきだ、と考えられていた。現代医学は心と体を切り離したが、ヒポクラテスは正しかったことが近年、具体的に明らかにされている。心臓から生まれる分子が人間の感情にどのようにはたらきかけるかを科学者が理解し始めたのは、ここ10年ほどだ[ご参考:本書の初版は2009年]

運動すると心筋から心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)が分泌され、それは血流に乗って脳まで送られ、血液・脳関門を通り抜ける。脳に入ったANPは海馬の受容体にくっついてHPA軸の活動を調整する(ANPは、脳内でも青斑核や扁桃体のニューロンで生成・分泌される。青斑核も扁桃体もストレスと不安に関して重要な役割を担っている)。動物および人間の実験によってANPには鎮静効果があることがわかっていて、研究者は、運動が不安に作用するのは主にANPのはたらきによるものだと考えている。2001年、不安におけるANPの役割を実証しようとする初期の研究では、不安障害の患者でパニック障害のある人とない人のグループを比較した。彼らは無作為にANPかプラセボのどちらかを注射され、その後、コレシストキニン・テトラペプチド(CCK-4)と呼ばれる消化管ホルモンを注射された。CCK-4は不安とパニックを誘発する。どちらのグループもANPによってパニック発作が大幅に軽減したが、プラセボではそうならなかった。

パニック発作のあいだ、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)が急増する。CRFは自ら不安を誘発するとともに、神経系をコルチゾールであふれさせる。ANPは人間を混乱させようとするCRFの企てを防いでいるらしい。HPA軸にはたらきかけるブレーキのようなものだ。女性を対象にしたいくつかの研究により、妊娠中はANPのレベルが3倍になることがわかった。成長中の胎児の脳を、ストレスと不安の有害から守るために生来備わっている戦略なのだろう。

重症の心疾患の患者を対象とする研究では、ANP値が高い人は不安値が低かった。不安障害の人はいなかったが、医師たちは彼らの不安に関心を寄せていた。というのも、不安の有無が術後の回復に大きく影響するからだ。ANPは、アドレナリンの流れをせき止めて心拍数を下げることで交感神経系の反応を直接鈍らせる。また、すばらしいことに、ANPは不安という感覚も緩和するらしいのだ。パニック障害の発作が頻繁な人は、血液中のANPが不足気味だとわかっている。』

脳と運動1

脳性まひ児への施術を考えるうえで、繰り返し出てきた「脳の可塑性」とは「脳は変わる」ということです。

ブログ"アナット・バニエル・メソッド1"は"限界を超える子どもたち 脳・身体・障害への新たなアプローチ"という本を題材としたものですが、その本の中には、脳神経学者のマイケル・マーゼニック先生が"本書によせて"というタイトルで、脳の可塑性について語った文章があります。 

『アナット・バニエルのアプローチは、特別な支援を必要とする子どもたちとの豊かな実践から生まれました。彼女は子どもたちの脳が変わっていくことができるのを繰り返しみてきました。子どもたちは人生に目覚め、能力を獲得し、力強く生き方を変えていきました。私たちの脳には「可塑性」があります。一生を通じて脳は変化しつづけます。

~ 中略 ~ 私は長年、「再構築する脳」の力を子どもや大人に役立てる方法を解明したいと、科学の分野で取り組んできました。数十年の研究を経て、私たち科学者は神経科学の観点から脳の可塑性を支配する「法則」を明らかにしました。そして、よりよい変化をもたらすためには脳はどのように働かせるのがよいかがわかってきました。

何をしたら脳の可塑性は進むのだろう?

という疑問から本を探していたときに、見つけたのが今回のブログの題材である"脳を鍛えるには運動しかない”という本でした。

著者:ジョン J. レイティー

訳者:野中香方子

出版:NHK出版

初版発行:2009年3月

原書の題名は『SPARK』でした。

ここには、「脳を発火(スパーク)させて生気(スパーク)を取り戻そう」という意味が込められているそうです。

この本の評価の中には「論文の情報がない」というご意見もあり、少し気になったため、ジョン J. レイティー先生についてネット検索してみました。 

John J. Ratey MD, is an associate clinical professor of Psychiatry at Harvard Medical School and an internationally recognized expert in Neuropsychiatry. 

画像をクリックして頂くと、レイティー先生のFacebookに移動します。なお、画像は「APEX BRAIN CENTERS」さまより拝借しました。

 

 

本書の最後に『1998年から毎年[初版発行は2009年]、同業者の選出による全米ベスト・ドクターのひとりに選ばれ続けている。』という記述があったため、調べて見ると日本を含め12カ国で展開されているものでした。ホームページの右上にある小さなフィールドで国名を選ぶことができます。 

本書の中には個別の参照論文に関する表記はないのですが、”第十章 鍛錬 ―脳を作る” の中に次のようなことが書かれていました。

『わたしが強調したかったこと―運動は脳の機能を最善にする唯一にして最強の手段だということ―は、何百という研究論文に基づいており、その論文の大半はこの10年以内に発表されたものだ。 

ブログは最初に目次をご紹介していますが、黒太字になっている項目が取り上げたものです。なお、「第九章 加齢 ―賢く老いる」の中の「いかに年をとるか」以外はいずれも内容の一部です。

また、ブログは4つに分けており、今回の“脳と運動1”の対象は序文と第二章になります。 

目次

序文 結びつける

第一章 革命へようこそ ―運動と脳に関するケーススタディ

 トップクラスの成績

 新しい体育

 たいまつを掲げる

 新しいステレオタイプ「賢い運動選手」

 体にいいことは、脳にもいい

 まったく新しい球技

 先駆者についていこう

 フィットネスを超えて

 教えを広める

第二章 学習 ―脳細胞を育てよう

 メッセンジャー役の物質たち

 学ぶことは成長すること

 最初のひらめき

 環境要因と脳

 可塑性を伸ばす

 体と心の関係

 こんな運動をしよう

第三章 ストレス ―最大の障害

 ストレスを定義し直す

 ストレス免疫をつけよう

 警報システム

 燃料を燃やす

 知恵

 本能と戦う

 ストレスはあなたを殺すだけではない

 もうたくさん!

 ストレスの有害作用

 ストレスを燃やし尽くす

 心を守るものが体も守る

 こんな運動をしよう

第四章 不安 ―パニックを避ける

 エイミーのケース

 防衛

 証拠

 恐れを恐れる

 パニックの苦しみ

 苦しみ抜いて

 失われたつながり

 恐怖に向かって走れ

 恐怖から走って逃れる

 こんな運動をしよう

第五章 うつ ―気分をよくする

 新しいブーム

 収束する生化学回路

 本物のテスト

 最高の処置

 論理の穴

 裏にある結合

 絆を断つ

 トンネルを抜ける 

 こんな運動をしよう

第六章 注意欠陥障害 ―注意散漫から脱け出す

 とてつもない注意散漫

 問題の兆候

 大々的に、しかも曖昧に、やり遂げる

 全コントロール・ユニット、注目!

 初期の手がかり

 エクササイズに集中する

 脳を関与させる

 典型的な事例

 こんな運動をしよう

第七章 依存症 ―セルフコントロールのしくみを再生する

 不当な報い

 ふたたび自立する

 ドーパミンへの渇望

 衝動と戦い、習慣を断つ

 ある依存症患者の物語

 ランナーズハイ

 よいものにこだわる

 空の容器を満たす

 こんな運動をしよう

第八章 ホルモンの変化 ―女性の脳に及ぼす影響

 PMS―自然な変動

 バランスを回復する

 妊娠―動くべきか、動かざるべきか

 赤ちゃんのことをお忘れなく

 産後のうつ―青天のへきれき

 元の自分に戻る

 閉経―大きな変化

 運動補充療法

 こんな運動をしよう

第九章 加齢 ―賢く老いる

 すべてをひとつに

 いかに年をとるか

 認知力の衰え

 感情が乏しくなる

 認知症

 人生のリスト

 母の教え

 食事―軽く、体にいいものを食べよう

 運動―規則正しくつづけよう

 頭の体操―学びつづける

第十章 鍛錬 ―脳を作る

 走るべく生まれついている

 ウォーキング

 ジョギング

 ランニング

 非有酸素運動

 やり通すこと

 大勢でやればなおよい

 柔軟性を保つ

あとがき 炎を大きくする

序文 結びつける

わたしが目指すのは、運動と脳をつなぐ驚きに満ちた科学を分かりやすい言葉で語り、それが人間の生活にどのような形で現れるかを示すことだ。そして、運動が認知能力と心の健康に強い影響力をもっているという認識を確かなものにしたい。運動は、ほとんどの精神の問題にとって最高の治療法なのだ。

『最も見習うべき事例は、診察室の壁を越えたはるか先、シカゴ郊外の学区で見つかった。その学区で展開された画期的な体育プログラムは、今わたしが述べてきた刺激的で新しい研究と深く結びついている。イリノイ州ネーパーヴィルで取り入れられた体育の授業は、19,000人の生徒を、おそらく米国一健康にした。ある高二のクラスでは、太りすぎの生徒は3%しかいない。国の平均は30%だ。さらに唖然とさせられるのは、そのプログラムによって、学区の生徒が国内有数の頭のいい生徒へと変身したことだ。』

本書の序文の中で紹介されている、米国イリノイ州ネーパーヴィルで実施された体育プログラムに関しては、ツインデンタルクリニックさまの「健康ブログ」に、”ネーパーヴィルの奇跡”という題名で、概要が簡潔にまとめられていました。

英文の記事もありました。タイトルは"One Small Change Turned These 19,000 Students Into the Fittest and Smartest in the US"です。なお、こちらは「ORTHODOX UNION」というサイトに掲載されていました。

第二章 学習 ―脳細胞を育てよう

メッセンジャー役の物質たち

『グルタミン酸は脳の馬車馬となってはたらいているが、精神医学がそれよりも重視するのは、脳の信号操作とすべての活動を調整している一群の神経伝達物質だ。すなわち、セロトニンノルアドレナリン、そしてドーパミンである。それらを作り出すニューロンは、脳におよそ1000億個あるニューロンの1パーセンントにすぎないが、影響は甚大だ。ニューロンに命じてもっとグルタミン酸を作らせたり、ニューロンがより効果的に情報伝達できるようにしたり、受容体の感度を変えたりする。また、余計な信号がシナプスに伝わらないようにして脳内の「雑音」を小さくしたり、逆にほかの信号を増幅したりもする。グルタミン酸やGABAのように信号を送ることもできるが、その第一の役割は、情報の流れを調節して、神経化学物質全体の調整をすることだ。

あとの章で詳しく述べるが、セロトニンは脳の機能を正常に保つはたらきをしているので、よく脳の警察官と呼ばれる。セロトニンは、気分、衝動性、怒り、攻撃性に影響する。フルオキセチン(商品名プロザック)のような選択的セロトニン再取り込み阻害薬を使うのは、うつ病や不安障害、強迫神経症の原因となる脳の暴走をそれが抑えるからだ。

ノルアドレナリンは、気分について理解するために研究された最初の神経伝達物質で、注意や知覚、意欲、覚醒に影響する信号をしばしば増強させる。

ドーパミンは学習、報酬(満足)、注意力、運動に関係する神経伝達物質と見られており、脳の部位によって正反対の役割を果たすこともある。塩酸メチルフェニデート(商品名リタリン)は、ドーパミンを増やして気持ちを落ち着け、注意欠陥・多動性障害(ADHD)を緩和する。

精神の状態を改善するために用いる薬のほとんどは、これら三つの神経伝達物質のひとつか、あるいは複数にはたらきかける。だが、ここではっきりさせておきたいのは、そのシステムは非常に複雑なので、どれかを増減すれば決まった結果が出るわけではないということだ。ひとつの神経伝達物質を操作すると、その影響は連鎖的に広がっていき、人によって現れる効果は違ってくる。

頭鍼・頭皮鍼の効果を考える

前々回のブログは脳性まひ児のリハビリテーションを手技の視点でまとめたものでしたが、現在、この手技に加え鍼(シール型の円皮鍼を含む)による施術も行っています。また、この中には頭部に刺す頭皮鍼も含まれています。

3歳、4歳といった幼児は頭部に刺鍼する際、じっとしていないという難しさがあります。また、拒否されないために通常では用いない細い鍼(02番[0.12mm]、もしくは03番[0.10mm])を使っているため、刺鍼はさらに難しくなっています。その結果、狙ったポイントから微妙にずれてしまうことがほとんどで、その場合の鍼の効果はどうなのだろうという思いをもっていました。これが、今回このテーマを取り上げた理由です。

なお、拒否が強まると、“泣く”という事態になるのが普通ですが、『脳性麻痺と機能訓練』の著者である松尾先生は“愛護的訓練の重要性”の中で以下のようなお話をされています。私も、”泣く=拒否⇒心・脳‐筋肉への効果はあまり期待できないだろう”という認識です。 

『機能訓練は徹底して愛護的に進められるべきである。これは泣くことによって起こる動きは、早い動きの緊張状態であり、訓練の効果を否定するものだからである。随意的かつ抗重力的な動きとは、泣くといった不快な状態では引き起こすことはできない、柔らかいゆっくりした動き(単関節)であり、快適な状態で初めて活性化できるものである。』

 

頭鍼・頭皮鍼について2017年3月に“YNSA(山元式新頭鍼療法)”というタイトルのブログをアップしていますが、独学のYNSAを施術に使っていたのはその時の患者さまだけです。

また、頭部への刺鍼は、代々木の研修時代に全身調整穴の一つとして教わった懸顱(ケンロ)または懸釐(ケンリ)という経穴(ツボ)を使っています。さらに頭頂付近にある百会(ヒャクエ)や、懸顱(ケンロ)の背側にある卒谷(ソッコク)などもたまに使うことはありますが、頭皮鍼として頭部に集中して刺鍼するような施術は行っておりません。

これも、頭鍼・頭皮鍼の効果を考えてみたいと思った理由です。 

図の中央、上から懸顱(ケンロ)と懸釐(ケンリ)の経穴(ツボ)が並んでいます。なお、この図は経穴と動脈の位置関係を表したもので、懸顱と懸釐はいずれも浅側頭動脈の近位にあります。また、図は添付していませんが、顔面神経が近くを走行しており、三叉神経第三枝(下顎神経)の分布域の中にあります。

画像出典:「経穴マップ」

こちらは“YNSA(山元式新頭鍼療法)”でもご紹介した淺野先生の著書です。こちらに頭鍼の効果に関する記述がありますので、まずはそれをご紹介させて頂きます。

『頭鍼によって大脳皮質の血流が活発化する作用原理だが、鍼には留鍼しておくと、毛細血管を広げる作用があることは確認されている。頭皮には、びっしりと毛細血管が張り巡らされて頭髪を栄養している。だから頭鍼や項鍼して頭皮の血流を活発にすると、まばらだった頭髪が生えてくる。頭蓋骨には細かな穴がたくさんあって、頭皮と頭蓋骨内部を連絡している。頭皮の毛細血管が拡張すれば、当然にして繋がっている頭蓋内側の血管も拡張し、血流が活発化するはずだ。血管ならば1カ所が拡張すれば、それと繋がる部分も拡張する。だから「頭皮へ刺鍼すると、頭皮の血管が拡張するために、その頭蓋骨内部の血流も活発化する」と考えたほうが合理的だ。』

このように、ここで指摘されていることは血液に関するものでした。血流の改善は自律神経の改善とともに科学的に明らかにされた鍼の大きな効果です。 

こちらは、東京都鍼灸師会のホームページからダウンロードできる『科学も認める はりのチカラ』という冊子です。この中に血流や自律神経に関する効果についての解説があります。

 

一方、『経穴マップ』という本には「中国の古典説」というものが紹介されています。左下の“頭鍼療法の理論(説)”がその内容です。鍼灸や漢方の専門家でないと理解不能な内容と思いますが、ひとことで言えば、”血気は脳に集まる。故に重要である”ということだと思います。また、右下の“頭鍼療法”には概要や歴史が簡潔に紹介されています。  


なお、今回は「中国の古典説」ではなく、現代医学の視点から「血流の改善」という効果に着目して考察を進めます。

最初に頭の外側にある血管、外頚動脈について調べてみました。

執筆:佐々木真理、升森義昭

監修:窪田 惺

出版:メディカ出版

初版発行:2008年10月

画像出典:「脳の神経・血管解剖」

外頚動脈は総頚動脈から内頚動脈とともに分岐し、顎・顔面領域、頭皮、硬膜などを広く栄養します。

顎動脈

・中硬膜動脈:棘孔を通って頭蓋内に入り、硬膜を広く養う。

・下歯槽動脈

・深側頭動脈

・蝶口蓋動脈

・下行口蓋動脈

・眼窩下動脈

・etc

上甲状腺動脈:甲状腺を養う。

舌動脈:舌を養う。

顔面動脈:顔面を養う。

上行咽頭動脈:咽頭を養うほかに、下位脳神経や頚静脈孔・大孔周囲の硬膜を栄養する神経硬膜動脈幹を分岐する。

後頭動脈:後頭部の頭皮を養うほかに、硬膜枝(小脳鎌動脈)分岐する。

後耳介動脈

浅側頭動脈:頭皮を広く栄養する。

側副血行路外頚動脈の枝の多くは相互に吻合しています。また、内頚動脈や椎骨動脈とも多数の吻合を持っています。これらは内頚動脈や椎骨動脈の閉塞などの際に側副血行路として重要な役割を果たします。

これを見ると、頭蓋骨の外側を流れる血液は頭皮だけでなく、様々な組織を養っていることが理解できます。さらに、内頚動脈や椎骨動脈とも多数の吻合をもっているということですので、脳の内部にも波及しているということになります。淺野先生は著書(“頭皮鍼治療のすべて”)の中で『血管ならば1カ所が拡張すれば、それと繋がる部分も拡張する。』とお話されていますので、その意味でも脳全体の血流に関わっていると考えられます。

続いては、明治国際医療大学さまのホームページからです。内容は一部抜粋です。詳しくはホームページでご確認ください。なお、MRI(磁気共鳴コンピュータ断層撮影装置)では血流動態が把握できます。

『脳神経外科学ユニット樋口敏宏教授は本学附属病院で外来診療も行う脳神経外科医。現代医学のドクターが鍼灸治療の科学的解明という研究をリードするのも明治国際医療大学ならでは。』 

【研究報告】“鍼灸が「なぜ効くのか」をMRIによって明らかに

ここでは、次のようなことが書かれています。

研究のベースとなるデータ収の方法は、鍼を身体いずれかの経穴に打ち、その時の脳をMRIで“輪切り状態”で撮影していくというもの。その反応は脳幹に近い二次感覚野(センサリーフィールド)に多くあらわれており、これによって「経穴への刺激とは、実は脳への刺激である」という、鍼治療の基礎領域が科学的に立されつつあります。また、経穴によっては痛みのコントロールに関連するといわれている視床下部が反応していることも明らかになりました。 

『経穴を鍼刺激した脳(ヒト)の活動/MRIを使った脳機能磁気共鳴画像では、鍼灸が中枢神経に与える効果を安全に測定することができます。』

ご参考fMRIとは東北福祉大学さまのサイトより

『普通のMRIは病院で使われているように、脳の構造を非侵襲的に測る最も優れた方法として知られています。fMRIはMRIのもたらす構造情報の上に、脳の機能活動がどの部位で起きたかを画像化するものです(左図)。在来、脳の神経活動で起きる電気磁気現象をMRIで直接検出するのが大変難しく、脳機能をMRIで測ることは不可能とされてきました。ところが、MRIの信号には小さいながら、脳の生理現象の変化と共に変わる成分があり、それが脳機能活動と関連した信号変化として捉えられることが示されました(小川 他、1990、1992年)。これがfMRIの始まりでBOLD法と名づけられています』

ここで注目すべき点は、脳の血流動態の変化は頭部に限らず、体表への刺鍼でも脳に影響を及ぼすことができるという点です。

下記は明治国際医療大学さまとは無関係の資料ですが、題名は“経穴部位の刺激と脳の反応部位のまとめ”と書かれています。なお、下部に経穴(ツボ)が明記されていますが、これらの中には頭部の経穴は一つも入っていません。 

下肢の経穴:KI3、KI7、LR2、LR3、SP6、SP9、GB37、ST36、ST40、ST44、BL62

上肢の経穴:LI2、LI4、PC6、PC7

画像出典:「鍼灸臨床最新科学」

うつ病に関しても、脳の血流が関係しています。

以下は過去ブログ“うつ病治療(TMS)”からの抜粋です。

『うつ病の人では、この前頭前野のDLPFCの活動が落ちていることがわかっています。もし、うつ病特有の意欲や注意力の低下の向上、認知機能の障害を改善したかったら、DLPFCの活動を増大させればよいのです。脳の血流を調べて、その血流量が増大していれば、そうした意欲や認知などの症状が改善していると考えられます。  


画像出展:NHKスペシャル「ここまで来た!うつ病治療」

※画像はブログ“思考の部屋”さまから拝借しました。

著者:永野剛造

出版:三和書籍

初版発行:2014年6月

中国の事例になりますが、“48例の後遺症への効果の検討”についての紹介がされています。また、この症例報告はネット上にもありました。下記をクリックするとサイトに移動します。

朱氏頭皮鍼の脳血管障害による片麻痺に対する効果

ここでお伝えしたかったのは、以下の内容です。

『朱氏頭皮針療法実施における中国と日本の違いですが、中国では早期より積極的に頭皮針治療を行うため、その効果もよく出ています。日本では、朱氏頭皮針での治療をするにしても、病院を退院した慢性期の患者さんばかりです。

それも週1回か2回の通院治療が限度となっています。このような状況のもと、日本において頭皮針治療がいかに効くかということを実証するのは簡単ではありません。朱明清医師の実績にいかに近づけるのかが今後の大きな課題です。

朱氏頭皮針は、「導引、吐納」を行うことを重視していますが、「導引」とは運動、あんま、体育を総称するもので、「吐納」は呼吸で濁気を吐き出し、清気を吸うことです。

朱氏頭皮針は鍼を刺して運動療法を併用することで、理学療法も同時に行うところに特徴があります。したがってより治療効果を上げるには理学療法士との協力体制をつくることが重要です。

中医師(中国の伝統医学である中医学を実践する医師)が一般的な医療行為の中で鍼治療を行う中国と異なり、一部の例外を除き(日本でも鍼治療を行う医師の方がいます)、鍼灸師が鍼治療を行う日本では、開始時期や頻度の問題は極めて難しいと思います。一方、鍼治療と理学療法を総合的に取り組んでいくということは、この問題に比べれば可能性は大きいと思います。

ブログの冒頭に「(刺鍼点が)微妙にずれる」ことに対する懸念をお伝えしているのですが、著者の永野先生が行っている治療(頭のツボ)を拝見すると、頭部中央前方に“基本となるツボ”があります。これは偶然にも私が行っている「百会⇒前頭葉」の刺鍼エリアに近いものでした。

また、血流の改善という視点に立てば、刺鍼ポイントが狙ったところからずれても、効果は期待できるだろうということが分かりました。


なお、永野先生の永野医院は渋谷区幡ヶ谷にあります。

『「頭皮針」聞きなれない言葉なので簡単に説明しましょう。

一般に体にうつ針を「体針」と言います。一方、局所を使って治療する方法を「微針法」と言い、例えば、耳を使う「耳針法」は有名です。このほかにも、頭、足の裏、手のひら、目の近辺などの局所は全身を反映するといわれます。この頭のツボ刺激する方法を「頭皮針」と言います。ですから、「頭皮針」とは局所を刺激して病気を治す「微針法」の一つといえます。

我々が取り入れている「頭皮針」は閻(エン)先生が開発した脱毛症の針と、朱先生が開発した「中枢神経障害」に対する針で、治療の方法は全く異なりますがどちらも体針を併用いたします。 この二つの「頭皮針治療」は非常に効果が高く、何回かテレビにも取り上げられました。

立つ・歩くことを考えたリハビリテーション

順番が逆になってしまいましたが、脳性まひ児のリハビリテーションに関して、もう一つブログをアップしたいと思います。今回の本は患者さまのご家族の方から教えて頂いたもので、大変簡潔で分かりやすく、実際に試してみたいと思う内容なのでご紹介させて頂きます。

編著:坂根清三郎、湯澤廣美、山本智子

出版:へるす出版

発行:2017年11月

章は6つで、以下の通りです。

第Ⅰ章 子どもの正常発達と運動障害児の特徴

第Ⅱ章 ストレッチの重要性 効果的な運動機能訓練を行うために

第Ⅲ章 子どもの発達に沿った運動機能訓練

第Ⅳ章 LS‐CC松葉杖訓練法の実際

第Ⅴ章 ケース報告

第Ⅵ章 学校や家庭での取り組み

ブログでご紹介しているのは第Ⅲ章です。そのⅢ章は4つに分かれており、この中のⅡ期とⅢ期を取り上げています。

第Ⅲ章 子どもの発達に沿った運動機能訓練

Ⅰ期:仰臥位→腹臥位→首の座り(頚定)→寝返り→持ち込み坐位

Ⅱ期:持ち込み坐位→自力坐位→四つ這い移動(尻這い・いざり這いを含む)

Ⅲ期:つかまり立ち→伝い歩き→独歩

Ⅳ期:応用歩行

Ⅱ期:持ち込み坐位→自力坐位→四つ這い移動(尻這い・いざり這いを含む)

1.持ち込み坐位

ねらい

体幹を起こすことに慣れる

バランス感覚の向上

坐位姿勢での頭部保持

●坐位の練習は、脊柱に多くの加重がかかり、体幹を起こすことを経験する最初の姿勢である。

●四つ這いなどの運動能力ともかかわってくるので、非常に大切である。

 ひとり座り:乳児の坐位。

 あぐら坐位:成長とともに下肢がながくなるとひとり座りからあぐら坐位になる。

 正座:足先が内を向き、殿部が足の上に乗っている状態(筆者が奨励している)。

 割座:正座と異なり、殿部が足の間に落ちている状態(筆者が奨励している)。

 横座り:長期的には側彎になる傾向が強い(筆者は奨励していない)。

 とんび座り:股関節が内転・内旋となるので股関節の可動域に制限がある場合は避けるべき。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

●健常児の自力坐位は、まず「腹臥位から殿部を持ち上げ→次に腕立て伏せで体幹を持ち上げ→ひとり座り」となる。そして、この次の段階として、上肢を使った四つ這いを獲得する。

●腕立て位で獲得した上肢伸展支持を利用して、あぐら坐位・割座・正座に慣れさせる。

●坐位姿勢では頭部を挙上させることが大切である。テレビや絵本・DVDなどを用いると良い。

●手で床を支えて坐位が可能であれば、片手に玩具を持たせたりして、片手でも支えられるようにする。

●両手を床から離しても坐位バランスが保てるようになるまで継続する。

2.肘這い

●肘這いは運動機能を促進する。

●「持ち込み坐位→自力坐位」の中間にある運動機能である。

3.自力坐位

●健常児では生後8~10カ月頃に見られる。

●手順は「腹臥位になり→尻を持ち上げるようにしながら→上肢で身体を支え→正座や割座になる。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

自力坐位になれない多くの子どもは、殿部を持ち上げられない。これは、股関節の屈曲がうまくできないからである。

子ども自身の力で股関節屈曲の動きを生み出すことは、他動的な股関節屈曲運動だけでは難しい。

●“松葉杖訓練”を早期に行うと、下肢を随意的に動かすことを通して、股関節の屈曲を習得することができる。

●股関節の屈曲ができるようになれば、腹臥位で下腹部をくすぐると股関節が屈曲し、殿部が上がってくるので、腸骨前面を介助することにより正座や割座の姿勢がとれ、さらに上肢を伸ばすと上半身が持ち上がって、正座や割座の姿勢になることができる。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

4.四つ這い

●四つ這い位でバランスを崩さず、手足を交互に動かすことができれば、四つ這いはできる。

●自立坐位が可能であれば、体幹のバランス維持も可能なので、四つ這いでのバランス維持も難しくない。

●手足を交互に動かすという課題は、やはり“松葉杖訓練”で効果的に学ぶことができる。

Ⅲ期:つかまり立ち→伝い歩き→独歩

●独歩を目標にした場合、つかまり立ち・伝い歩きは、習得させたい目標である。

●既に、つかまり立ち、伝い歩きを習得していれば、独歩を目標にすることができる。

1.つかまり立ち

●健常児では立ち上がる時に、足関節が大きく背屈している点は重要である。患児では足関節が底屈(尖足)し、十分な背屈が難しく、立位・歩行を困難にしている。

徒手による床からの立ち上がりの訓練

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

①子どもの背面から介助して、膝を支えてしゃがみ位をとらせる。そのとき、介助者に寄りかかる姿勢になり、体重を預けようとするのを、子どもの下肢に体重がのるように誘導して支える。その際、股関節が内転しやすいので、内転しないように注意する。

②座り込んでいる子どもの両膝を軽く握るように持ち、重心を前方に移すようにして殿部を持ち上げさせる。

③膝が伸びるように誘導しながら、股関節も同時に伸ばすように促す。

④膝と股関節が伸びきると、立位の姿勢になる。このとき、重心が後方に移らないように注意して、下肢に重心を十分のせるようにさせる。

●つかまり立ちを指導する際、上肢を引き上げたり、体幹を持ち上げたりしないようにしなければならない。立ち上がりを習得するには積極的支援ではなく、誘導を心がける。

2.伝い歩き

●伝い歩きの上達は、「つかまり立ちで左右の足に体重移動ができるようになる→次いでカニのように横移動ができるようになる→やがて片手で物につかまりながら前方移動ができるようになる」というものである。

上下肢の運動機能がわるい子どもにとって、伝い歩きを行うことは大変難しいことであるが、これができなければ、次の段階へ進むことはできない。

大腿上部を介助しての重心移動

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

①子どもの後方から大腿上部を介助して、子どもの足を少し広げて立たせる。このとき重心は、下肢にしっかりとのっているか、少し前方である。重心が後方にならないように注意する。

②上記①の姿勢を維持しながら、片足に重心移動を行う。介助者が介助者の片足を子どもの足部に当て、横にスライドするようにしながら、持ち上げるかのように他方の足に重心を移す。これを左右ともに行う。

③上記②ができるようになれば、子どもの足部に当てていた介助者の足で、子どもの足を床から上げて、しっかりと他方の足に重心をかけさせる。これを左右ともに行う。

以上の訓練みより、左右への重心移動は行えるが、前方への移動は歩行器を使わなければできない。歩行器の指導では、特に、重心が後方にいかないように指導することが重要である。そのため、ハンドル型で後方から押すタイプの歩行器を推奨する。前輪の車輪は自由に動き、後輪の向きが自在に動くものを選ぶ。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

子どもの手の位置は、左右の乳頭を結ぶ線よりやや低い高さである。つまり「頼れそうで頼れない状態」に訓練効果を期待しており、PCWの一般的な使用と比較すると、その使用方法は特徴的である。

大人がついやってしまうことで、特に注意したいのが、少し伝い歩きができるようになった子どもを片手介助で歩かせることである。これをすると、子どもは介助されている手に依存した方が楽なので、下肢でバランスをとる努力をしたがらなくなる。ちょっとしたことのように思えるが、子どもが試行錯誤しながら目標に取り組む段階に入れば、逃げ場をつくらないことが大切である。

3.独歩

独歩の訓練に入る時期の見極めは大変難しい(杖歩行や歩行器を行っているうちに、独歩が可能な状態に達していることも珍しくない)。

●松葉杖での歩行が四点支持二点歩行になった時点や、歩行器歩行で安定した歩行ができるようになった時点などが目安になる。

●指導上、特に注意する点はバランスが後方へいかないようにすることである。

①下記の写真のように立たせる。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

②立っている子どもの両肩前面に介助者の母指を除く四指を当て、母指は肩に当て、子どもの動きを誘導する。このときの介助者の四指+母指(補助指)は、重心が不安定になり倒れそうになった場合に、立て直しの基準(目安)となる。

③子どもの重心が前方へ移動するときに下肢が出る。このことを繰り返すのが、下肢の交互運動である。このとき大切なのがスピードのコントロールであり、うまくいかないと前方に倒れてしまう。介助者がスピードを調整しながら訓練を重ねていくことになるが、ここでは倒れることも経験させる。そして倒れたときは、必ず手で支えること(パラシュート反応)を習得させる。

以上のように、独歩の訓練を進め、肩を介助する独歩が安定してきたら、初めは2mくらいを目標に、介助者の誘導を減らした独歩をさせる(基本的に肩を介助する)。目標位置で保護者が見守ったり、子どもの好きな物を置いておいたりすると子どもは努力することができる。しかし、定めた距離は守り、子どもが上手に独歩しているからもう少し距離を延ばせそうだと思っても、目標位置を変えてはならない。目標位置を遠のくことは、独歩にチャレンジしている子どもに不安感を与え、独歩が嫌いになる原因になる場合があるからである。

LS-CC松葉杖訓練法について

LS-CCのLSとはLong Leg Standing Stabilizerの略で、LS-CC法では「安定板付き長下肢装具」のことです。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

また、CCはCrawling Carのことで、「四つ這い補助車」のことです。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

松葉杖も上部の横木が真っすぐではなく、三日月状に加工された特別仕様となっています。

画像出典:「脳性まひ児のリハビリテーション」

LS-CC法の開発のきっかけとなった松葉杖訓練

なお、ご紹介は全文ではありません。

『LS-CC法は、運動障害児に対する有効な訓練法の一つである。年齢的には、2歳前後から適応される。これは、次のような例を経験したことから実践を重ね、完成させた方法である。

筆者(坂根)が勤務していた当時、東京都北療育園(以下、北療:現在の東京都立北療医療センター)の入園部門は、3歳児から単独で入園を受け入れており、機能的には、四つ這いやつかまり立ちなどが可能な子どもたちもいた。その子どもたちに対する訓練内容として、ごく一般的には、関節可動域訓練、介助での立位、しゃがみ立ち上がり訓練、片膝立ち、平行棒あるいは歩行器を利用した歩行訓練、肩や腰部を介助した歩行訓練を行っていた。このような訓練を受けて、2~3年経って退園するのであるが、機能的にみて目覚ましい進歩がみられないのがふつうであった。訓練技術の無力さを歯がゆく思ったものである。

そんなあるとき、四つ這い・伝い歩きが可能な4歳のA君が、訓練室に置いてあった松葉杖を持ちだして遊んでいたので、通常の使い方を教えてみたところ、あまりいやがらなかったので、その後も1日40分~1時間以上、週3~4日以上を目安に継続して練習させた。その結果、3~4週間後には、介助なしに、そばで見守るだけで、訓練室内を4~5m歩けるようになった。3カ月後には、訓練室で、一人で松葉杖歩行ができるようになり、半年後には、居室から訓練室までの約30mを同様に松葉杖で歩けるようになった。そして、約1年後には独歩を開始した。また、結果的に、特に訓練内容として取り上げなかった膝歩きが上手になっていたのである。

この例をきっかけとして、A君よりも機能的にやや劣る子どもや知的能力の低い子どもなど数人に試してみると、どの子どもも2年前後で施設内を松葉杖であるくことが可能になった。このような動作の向上により、坐位の姿勢がよくなり、椅子坐位が安定した。訓練目標として取り上げていなかったことが上達し、松葉杖訓練を行ったことで運動機能の著しい伸びがみられたことは注目に値した。常に少ない訓練時間に不満を抱いていた筆者らにとって、この事実は貴重な経験であった。

その後、A君と同じ痙直型以外に、アテトーゼ型・失調型・混合型の子どもたちにも松葉杖訓練を実施した。下肢関節に強度の拘縮のある子どもや重い知的障害のある子どもを除いて、A君と同様な結果を得た。この実践をとおして、筆者らは「新しい訓練観」をもつに至った。

それは、A君たちよりも機能的に重度な子ども(寝返りや腹這い移動は可能であるが、自力坐位は不可)の自力坐位や四つ這い獲得のために、松葉杖訓練が役に立ちはしないかという考えである。つまり松葉杖訓練によって、体幹や下肢筋力の増強、上肢と下肢の交互性の上達が促され、その結果、自力坐位や四つ這いに結びつくのではないかと考えたのである。実際に試してみると、両脇を介助して立たせたときに立位がとれる場合は、松葉杖訓練が可能であることがわかった。松葉杖訓練は最初、腋下に頼るようにして下肢の支持性が出るまではつらそうにする子どももいる。しかし、継続して行い、介助者の適切な指導があれば、すぐに慣れる。そして、1~2年後、自力坐位・四つ這いが可能になっていた例が多かった。また、自立坐位はできないまでも持ち込み坐位が安定していた。』

肢体不自由と共に”というサイト(Facebook)もあります。

画像をクリックして頂くとFacebookに移ります。

『LS-CC松葉杖訓練法を知っていただきたく、ホームページを開いています。』とのことです。

脳性まひ児のリハビリテーション

昨年8月より始めた脳性まひ児の施術の勉強は、『脳性まひ児の発達支援』、『小児の理学療法』、『脳性麻痺と機能訓練』、『脳性まひの治療のアイデア』、『基礎から学ぶ動作訓練』、『臨床動作法の理論と治療』の6冊の本と『ふぇにっくす』という臨床動作法の冊子がテキストでした。

添付資料は整理整頓したものですが、自分用としてはそれなりに整理できたように思っています。大事なことは一人ひとりに適した施術を考え、実践しより良いものに改善していくことですが、全体観と方向性をイメージし、施術のための引き出しを数多く持つことは、「施術の迷子」にならないためには必要なことだと思います。

心・脳と筋肉を両輪とし、言葉と動作コミュニケーションを密にして、患児と施術者が協同でその歯車を回していくこと、右に行ったり、左に行ったり蛇行しながら進むであろう歩みを、随時修正しながら目標に向かって進めていくこと、これが施術者に課せられた課題であると思います。

良い立位と歩行を獲得させるために、頚部と体幹の動的安定性の活性化、足関節の背屈とつま先の動き、下肢の選択的な運動がとても重要である。ということ。そして、頚部と体幹の動的安定性の欠如は、特に筋の未発達が原因である。」ということが最も印象に残ったことであり、緊張の高い筋肉を弛めることと、緊張の低い筋肉を促通し、筋肉を育てることが施術の中心になるだろうと考えます。

下記は表に記載されている「施術の基本」と「参考となる資料」、そしてABMの「9つの大事なこと」に関する過去ブログをご紹介するものです。 

□ストレッチ訓練[脳性麻痺と機能訓練4

□自立坐位獲得機能訓練[脳性麻痺と機能訓練6

□四つ這い機能訓練[脳性麻痺と機能訓練7

□立位・歩行機能訓練[脳性麻痺と機能訓練8

□骨盤の運動性を高めるために内転筋群を弛める[脳性まひの治療のアイデア2:C-4~C-7]

□足部の活性化[脳性まひの治療のアイデア3:C-74~C-75]         

□骨盤の回旋[脳性まひの治療のアイデア3:C-78~C-79]

□両下肢の分離運動[脳性まひの治療のアイデア4:C-118]

□大殿筋と大腿四頭筋[脳性まひの治療のアイデア4:C-120(ブリッジ)]

□股関節の運動性[脳性まひの治療のアイデア4:C-115~C-117]

□関節圧縮[脳性まひ児の発達支援2:図8-3]

□前庭刺激[脳性まひ児の発達支援2:図8-5]

□頚坐獲得[脳性まひ児の発達支援2:図10-2~図10-4]

□触覚と振動覚[脳性まひ児の発達支援2

□足裏で踏み締める[臨床動作法6:図2]

□片足で踏み締める[臨床動作法6:図2~図3]

□踏み締める訓練[臨床動作法7:ふぇにっくす40号]

□絵でわかる動作法[臨床動作法7:付記]

■ABM(アナット・バニエル・メソッド)「9つの大事なこと」 

 ・概要[アナット・バニエル・メソッド1

 ・症例[アナット・バニエル・メソッド2

 ・一覧表[臨床動作法1](こちらのブログに異常に細かい3枚物の資料を添付しています)

臨床動作法7

今回は日本リハビリティション心理学会さまが発行されている『ふぇにっくす』が題材となります。なお、投稿者のご所属はそれぞれの『ふぇにっくす』発行時のものです。

左をクリック頂くと”書籍案内”のページに移動します。

『ふぇにっくす』は昭和41年(1966年)に「心理リハビリティション・キャンプ」を初めて実施して以来、参加者間の親睦と交流を兼ねて自由な意見交換の場を持つために昭和46年(1971年)に創刊された冊子で、在庫が残っていれば購入することも可能です。今回は入手した数冊の『ふぇにっくす』の中から、特に印象に残った内容をご紹介します。

ふぇにっくす40号 

立位訓練  日本学術振興会特別研究員 古賀 精治

※書式は要点と思う箇所を箇条書きにしたものとなっており、内容は一部となっています。

1.トレーニーが一人でどこで踏みしめて立っているかをよく感じてみましょう

◆訓練を始めるにあたって把握すること

・トレーニーはどうやって立っているのか。

・どこにどういうふうに力を入れて、どういう姿勢で立っているのか。

・どの方向にどの程度重心を移せるのか。

・どういう時にバランスを取れなくなって、どういうふうに倒れるのか。

・立つことにどれくらいこわさや不安を感じているのか、等々。

・時に外から眺めるだけでなく、トレーニーのからだに触れて確かめる。

・重要なことはトレーニーが自分一人でどこまでできるかを明らかにすること。

◆トレーニーが一人でどこまでできるかを見極め、さらにほんの少しだけ難しい課題をみつけ、その課題をトレーニーが自分で解決するのに必要な手助けをするのがトレーナーの役割と言える。

◆立つということは、重力に対応しながら、自分のからだの部位を時々刻々と複雑に操作しなければならない大変な体験である。

◆トレーナーはトレーニーの身体各部位に注意しなければならないが、部分に目を奪われすぎると、姿勢の全体像が見えなくなってしまう。

◆細かく気を配りながらも、大局的に姿勢全体を捕らえて、トレーニーの立ち方を模倣し、どういう力の入れ方をしているのかを、トレーナーが自分のからだで感じられるようになることが、立位訓練では特に大切である。

◆トレーナーがどういう姿勢で立っているのかは、足の裏のどこで踏みしめているかに表れる。

◆タテ系の立位訓練とは、トレーニーが今までの力の入れ方のパターンを捨て、新しい力の入れ方を習得し足裏のいろいろな箇所で大地を踏みしめて、楽に安定して立てるようになるための訓練だと考えられる。

2.上手に立てないトレーニーとは?

◆図2-aと図2-bは、膝の内側にギュッと入れ、股関節を動かせず腰を引いて肩や首の後ろに過度に力を入れて立っているトレーニーである。腰を動かすことができず、バランスが崩れると膝をさらに内側に締め、首をすくめて、肩や胸まわりに凄い力を入れて、バランスを保とうとするが倒れてしまう。図2-aのトレーニー関しては、多くは足首が内反または外反している。 

画像出典:「ふぇにっくす40号」


◆図2-aと図2-bのトレーニーはタテに力を入れて立っているのではなく、脚を内側にギュッと閉じ込む力でやっと立っている感じであり、ちょっとでもバランスを崩すと倒れてしまう。また、これらのトレーニーは、多かれ少なかれ脚に左右差がみられる。

◆図2-aのトレーニーは足の指先に力を入れて立っている(図1の①)。一方、図2-bのトレーニーは踵で立っている場合が多い(図1の③)。

画像出典:「ふぇにっくす40号」

3.まず、足の裏(図1)の②で踏みしめるようになること

◆②で立つためには、身を堅くして脚を内側に閉じ込む力で立つ立ち方を変えなければならない。つまり、上体を腰の上にまっすぐに据え、膝を開き、太ももの前部とふくらはぎに力が入るようにすることである。

◆具体的な訓練

“自力で脚の力を一旦抜いて膝を開き、かつお尻を落とさずに立っている訓練”

・トレーニーは両足をまっすぐ平行に揃え、上体をまっすぐ腰の上に据え、足の裏の②で踏みしめやすいように、やや前傾気味に立つことが基本である。図3-aのように横から手助けするか、図3-bのように前から手助けするのが良い。

画像出典:「ふぇにっくす40号」

画像出典:「ふぇにっくす40号」

・トレーニーの膝頭の間に手または脚を差し入れる。トレーニーの方はそのトレーナーの手や脚に膝が当たらないように、内側にギュッと入れていた力を一旦抜いて膝を開き、お尻を下げないようにする。つまり、今までとは違う力の入れ方に取り組むということであり、求められるのはトレーニーの勇気である。脚を開ければ力が抜けてお尻が落ちそうになり、また、太ももやふくらはぎが大変疲れることになる。

“立位での腰と股関節の操作:股関節と膝とを連携させながらの脚の曲げ伸ばし”

・立位で腰や股関節を曲げたり伸ばしたりすることはとても難しい課題であり、通常は坐位や膝立ちの訓練が必要になる。なお、今回は「膝立ちでなら腰や股関節を操作できるが、立位ではできないトレーニー」の場合を想定したもの。

ふぇにっくす42号

子どもの状態と訓練 -側弯・緊張  九州大学教育学 堀江 幸治

緊張・かたさ

『肩や腕、指先などに不当な緊張があるのは、本来力が入らなくてはいけないところ(大抵の場合、腰です)に入っていないか、入り方が間違って身についているからだと思います。おそらく肩を弛めることを課題にしているということは、からだが全体的に丸まった感じのお子さんなのではないでしょうか?もしそうならば、もう一度からだをタテの力を入れさせる課題の方がいいと思います。坐位、膝立ち訓練で、腰にタテの力が入ってくると、とくに肩の弛めの訓練をしないのに弛んできます。肩が弛むと、腕や手指の緊張もとれてきます。肩の力が入っているまま腕や手指の緊張をとろうとしても(そのときは一旦とれたとしても)、また入ってきます。

ただ、肩の力が抜けさえすれば即、指先が使えるわけではないでしょうから、指先の使い方の練習、例えば手をパッと広げたり、ギュッと握ったり、といった課題は必要かもしれません。』 

ふぇにっくす74号

心理リハビリティションとしての見立て  静岡大学教育学領域 香野 毅

“見立てる”は“診断”、“アセスメント”といった用語を含む自由な定義とするとされています。

動作状況を見立てる

姿勢

『姿勢は静止体ではなく微調整を絶えず行う連続的な活動である。調整は、重力に対しての自体の調整(バランスや踏みしめ)と見ることやモノを操作するための外的世界との関係づけ(構えや操作)の調整として行われる。立位姿勢で自分のからだに注意を向けると前後左右に揺れていること、それに対応して足裏や膝などが動いていること、さらには肩や腰も使っていることに気付ける。また手を前に出したり、顔を横に向けたりすると多くの身体部位がその調整に動員されていることに気付くことができる。

動作法では姿勢を動きとして捉える。姿勢を作るとは、その姿勢(例えば腰と背中を立てる)になるための様々な身体部位の動きをまとめあげることと言いかえることができる。この立場から姿勢の歪みや保持の困難を見立てるならば、それはその姿勢になるための動きを思うとおりに作り出せないことを意味している。あるいは瞬間的にはその動きを出せても、持続的に力を入れ続けて保持したり、重心の動きに対応して必要な動きを出したり出さなかったりすることが難しいということになる。まずはここが見立てのポイントになると考える。姿勢を外形的な形ではなく、必要な動きの集合体としてみることで、どこの動きが苦手なのかということを中心に見立てていくことになる。

また、動き出せないことの原因としては、その部位の不当緊張が強くて(いわゆるかたくて)動かそうにも動かせないことと、そもそも動かし方が分からないということがある。前者のように緊張が強い場合には、必要な部位に対してリラクセイション課題を行うこととなる。ただ留意しておかなければならないことは、仮にリラクセイションした状態になれたから