中高年女性の腰痛2

下記は前回の“中高年女性の腰痛1”のまとめです。

著者:富田満夫

出版:創風社

発行:1999年10月

1.女性は男性に比べ、筋量が少なく筋力も弱い。

2.女性の腰痛は、背中、お尻、脚、肩、首と広範囲に及ぶ。

3.首は約6kgの頭を支えている。

4.骨盤は体幹と2本の脚を支える土台であり、常に重力と動作による力を受けている。

5.子宮、卵巣等を内部に抱えた骨盤の構造は男性とは大きく異なる。

6.体を休め、臓器の働きを良くする副交感神経系は首と骨盤(仙髄)から出ている(交感神経系は“胸腰系”、副交感神経系は“頭仙系”と呼ばれる)

7.ストレスは自律神経系を乱す大きな原因の一つである。

この7項目を元に中高年女性の腰痛に対する施術を考えたいと思いますが、今回はこの中で最も厄介な自律神経に関わる問題をどのように施術に反映させていくかということを考えます。 

自律神経は環境や心の変化に応じて、内臓の働きを2方向から綱引きのように調整しています。一つが交感神経でもう一つが副交感神経です。

画像出展:「安保徹の病気にならない免疫のしくみ (図解雑学) 」

ものを考えたり、熱い物に触れ反射的に手をひっこめたりする判断は、神経細胞の塊である脳などの「中枢神経」が担っています。(中枢神経の神経細胞の総数は千数百億個とのことです)

手足を動かす“運動神経”や痛みなどを脳・脊髄(中枢神経)に伝える“感覚神経”は「末梢神経」とよばれ、枝のように体内に張りめぐらされています。この遠心性(脳→末梢)の“運動神経”と求心性(末梢→脳)の“感覚神経”を合わせて“脊髄神経”といいます。

画像出展:「経絡マップ」

“自律神経”も“脊髄神経”と同じ「末梢神経」の仲間ですが、心臓や血管、消化器などに作用し、生命維持のために働きます。また、自律神経は闘争・逃走に代表される交感神経系と休息・消化に代表される副交感神経系に分かれます。

画像出展:「経絡マップ」

闘争・逃走では筋交感神経活動によって収縮した末梢の血管が血圧を高めて、生命を守るべく緊張状態に入ります(活勤している筋では、筋収縮に伴って分泌される代謝性の血管拡張物質によって血管収縮を減弱させ、活動している筋への血液供給を維持します)。

一方、“休息・消化ではからだを休め、獲得した食物を維持活動に必要な物質やエネルギーに変え、生命を守るべくからだを整えていきます

以上のことから交感神経系は“エネルギーを使う行為”に働き、副交感神経系は“エネルギーを作る行為”に働くともいえます。従って、自律神経のバランスが乱れ、交感神経系に偏った状態が長期間続くと肉体は消耗し、やがて病的なからだになってしまいます。

自律神経と腰痛との関係を考えるならば、亢進した交感神経系が体内の血管を収縮させるというメカニズムは非常に重要です。

以下の2つのイラストはブログ”毛細血管と循環調節”から持ってきました。血管の収縮は交感神経と血管平滑筋によってもたらされます。


筋交感神経」に関する記述が載っている”運動と交感神経活動”という資料がダウンロードできます。

自律神経失調症とは

自律神経失調症の特徴は下記の通りです(ブログ“自律神経失調症”より)。

重要なことは症状が全身に広がるということと、元凶である“ストレス自体の大きさが変わる”か“ストレスの受け止め方を変える”か、いずれかの変化が起きない限り改善は難しいということです。

イラストは『自律神経失調症を知ろう』から。



渡辺正樹先生のお考えでは「自律神経は“脳と内臓を結ぶ電線”であり脳を攻撃するストレスが脳の中に限定されていれば“神経症”だが、それが自律神経を通じて全身に広がると“自律神経失調症”になる」ということです。

また、具体的な説明は以下になります。

『自律神経失調症は交感神経が強いか、副交感神経が弱くなるか、いずれかの状態で、それにより内臓が十分な休息をとれない事態になることです。その結果、動悸、立ちくらみ、ふらつき、発汗過多、血圧上昇(変動)、片頭痛、肩こり、手足の冷え、易疲労など多彩な症状が出現します

原因不明、内臓に問題があり、しかも精神的なストレスが強いとなると、自律神経失調症と診断される症例は少なくありません。このことは、自律神経失調症が不定愁訴の受け皿になっているためと考えられます。』

更年期障害とは

以下の説明、イラストともすべて大塚製薬さまの『更年期ラボ』の内容になります。

更年期とは閉経前後5年の期間(一般的に45〜55歳頃)といわれています。

『更年期には卵巣の機能が低下し、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が急激に減少していきます。その結果、ホルモンのバランスが崩れ、月経周期の乱れやエストロゲンの欠乏により心身にさまざまな不調があらわれます。症状の種類や強さは個人差がありますが、更年期のさまざまな不調を「更年期症状」といい、仕事や家事など日常生活に支障をきたしてしまうほどの重いものを「更年期障害」といいます。』

ホットフラッシュ

“のぼせ”と“ほてり”を合わせて“ホットフラッシュ”とよび、前者は異常な熱感が頭や顔に起こったもの、後者は顔、頭に加えて体にも起こったものです。なお原因は、『エストロゲンの減少によって、血管の収縮や拡張をコントロールしている自律神経が乱れることによって起こります。』

視床下部は内分泌や自律神経(自律機能)の調節を行う統合中枢といわれています。自動車でいえば、“内分泌(ホルモン)”が前輪であるとすると、“自律神経”は後輪ということになります。つまり、内分泌の乱れは自律神経に、自律神経の乱れは内分泌にそれぞれ影響を及ぼす関係になります。

従って、更年期にみられる女性ホルモン(エストロゲン)の急激な現象は、同じ統合中枢である自律神経を乱します。

更年期の身体の変化

『女性ホルモンは、脳の視床下部からの司令により卵巣から分泌されます。視床下部はさまざまなホルモンの分泌をコントロールするとともに、体温調節や呼吸、消化機能の調節、精神活動などを司る自律神経のコントロールセンター。ところが、卵巣の機能が衰えると、脳がいくら「ホルモンを出せ」と指令を出しても分泌されません。すると、脳がパニックを起こして通常の何倍もの指令を出すために、異常な発汗、イライラ、めまいなどの症状があらわれるのです。』

トップ5に入っている“肩こり”、“頭痛”、“腰痛”の原因には先にご紹介した、亢進した交感神経系が体内の血管を収縮させる」というメカニズムによって、後頚部‐頚肩部‐背部‐腰部‐臀部に渡る多くの筋や筋膜を虚血状態にするものと考えられます。

 

以下の本は、”母性・自律神経”で検索して見つけた本です。図書館から借りてきました。いくつか興味深い資料がありましたのでご紹介したいと思います。

日本産婦人科学会の”更年期障害”の定義は次の通りです。

『更年期障害とは更年期に現れる多種多様な症候群で、器質的変化の相応しない自律神経失調症を中心とした不定愁訴を主訴とする症候群をいう』というものです。

更年期女性の心の特性

『岡本は、現代社会において家庭と職業を両立している中年期の女性が体験しやすい臨床問題を中年期危機の構造として四つの次元で表している。』

以下の2つのグラフは更年期における男女差を表すもので、左が男性右が女性です。

男性の加齢による生理的変化にはばらつきが見られますが、女性の変化は年齢とともに顕著に表れます。これが更年期障害が女性の症候群と思われている原因だと思います。


こちらは診断に用いられている質問で、”簡略更年期指数(SMI)”といわれているものです。

まとめ

1.更年期における自律神経の乱れは、個人差があるものの母性に関わるもので避けられない。

2.自律神経にとってもからだを休めることは大切である。

3.自律神経を乱す大きな要因にストレスがあり、“生活習慣の見直し”や“受け止め方を変える工夫(ネガティブ⇒ポジティブ等)”が改善につながる。

4.自律神経の乱れは全身の筋肉の血流を悪化させるため、腰痛に限定せず“頭痛-肩こり-腰痛”と施術の対象範囲を広げて考えることが必要である。

5.鍼灸治療は“自律神経”と“筋肉”の両面からアプローチすることが有効であると思う。

次回が最後になりますが、具体的な施術についてまとめたいと思います。

中高年女性の腰痛1

今回は、前々回の“経筋療法”の中で知った、『中高年女性におくる腰痛の治し方』という富田先生の本が題材です。富田先生のご指摘通り、「中高年女性の腰痛は症状が広範囲にわたり治りにくい」という印象がありました。男女差という視点も多少は持っていましたが、論理的に練られたものではありませんでした。今回の目的は中高年女性の腰痛の特徴を把握し、確信をもって合理的な施術を行えるようにすることです。

著者:富田満夫

出版:創風社

発行:1999年9月

本書の中で使われている図や表はいずれも新しいものではありません。これはこの本自体の出版が1999年9月であるためです。

 

目次は次の通りです。

目次

第1章 腰痛はなぜおこる

問1 腰痛は女性に多い?

問2 なぜ多い女性の腰痛?

問3 「腰痛症」ってどんな病気?

問4 婦人科の病気でなぜ腰痛が?

問5 更年期からふえる女性の腰痛

問6 腰痛をおこす婦人科の病気は?

問7 腰痛も「病は気から」?

問8 お産のあとに多い腰痛

第2章 いたみが違う女性の腰痛

問9 深刻な離婚話も(セックスと腰痛)

問10 男性と女性の腰痛の違い

問11 腰痛がひどくなる動作は?

問12 軽作業がかえってつらい!(労働と腰痛)

第3章 診察するとこんな症状が

問13 いたくて反れない女性の腰痛

問14 足で「4の字」書けますか?

問15 あぶない足の神経症状

問16 骨盤のまわりに多い圧痛点

第4章 誰にでもある骨の老化(シワ)

問17 検査の異常は他の病気

問18 骨の老化がいたみの原因?

問19 骨盤のズレもいたみの原因?

第5章 1分間でいたみがかわる

問20 物療だけでは治せない

問21 治療の基本はリラックス

問22 効いていますか? いたみ止め

問23 安全でとてもよく効く膣内塗布法

問24 ハリ灸、漢方は本当に効くのか?

問25 いきいき熟女の毎日を

問26 みんなで考え、かえよう職場

問1は「腰痛は女性に多い?」です。今回のテーマともいえる内容がグラフや図を使って説明されており、概要に接することができます。ここでは文書の一部をそのままご紹介します。

また、問2以降は“自律神経”と“痛み”に注目し、それらに関して書かれた“問”を取り上げ、一部を除き箇条書き形式としました。

問1 腰痛は女性に多い?

こちらは、 厚生省『国民生活基礎調査』1995のグラフです。45歳以降女性が男性を大きく上回っています。 

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

以下は本文からの引用です。

『腰痛の原因について、はっきりいって先に述べた病気[骨粗しょう症のこと]が原因とはわたしくしにはとうてい思えません。なぜならば骨の変化はずっと前からあるのにいたみは最近おこったとか、骨の変化はもとにもどることがないのにいたみは軽くなったなど、いたみと骨の変化が一致することが少ないからです。

しかし見方をかえて、わたくしたちの目的である「いたみをとる」ということができるなら、その方法で原因もはっきりすると思っています。わたしくしは年と関係なく「いたみをとる」ことができると確信しているのです。

この本を退屈でも最後まで読んでいただければ理解していただけると思います。

一方腰痛と関係が深い足(下肢)の症状についてみてみましょう。

「坐骨神経痛」で病院にかかっている人は中高年女性がいちばん多く、同じ年代の男性と比べて5割も高いのです(図3・1)!

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

中高年女性では足(下肢)にいろいろな症状(痛い、じびれる、だるい、冷える、つる、力が入らない、よくつまずくなど)が出ています。診察すると足に力が入らない、固くなっているなどの症状が見られるのです。

そのほか中高年女性の腰痛は首や肩、背中がこったり、疲れやすい、頭が痛いなどの症状がある人がとても多いのです。このように男性とくらべたときに症状のあらわれかたにちがいがあります。

このため骨の変化よりも中高年女性では何か全身に男性と違った変化が出ているのではないかと思われます。

ぜひ注目していただきたいと思います。

ところで「腰が痛い」というと「婦人科が悪いのでは?」といわれたりしたことはありませんか?このように原因となる病気があるところから離れたところが痛むのを「関連痛」といいます(図5)。

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

お腹の病気で腰が痛くなるのは胃や肝臓の病気、腎臓の病気、婦人科の病気などいろいろあります。

しかし、女性では年をとるにつれてお腹のいたみは減っていき、男性とくらべても少なくなります。また、年をとるにつれて「更年期障害」を除いて婦人科にかかる人も少なくなっています(図3・3、図3・4、図3・5)。 

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

したがってお腹の病気で腰がいたくなることは年をとるとともに減っていくので、中高年女性では少ないとみていいでしょう。

もちろん「子宮ガン」などがすすんで腰をいためることもありますので、そのための注意はいります。しかし全体としてみるときわめて少ないということです。ほかに年をとると男性よりも腰がいたくなるような病気は見あたりません。

更年期にはホルモンのバランスがくずれて、全身を調整している自律神経のはたらきがうまくいかなくなる「自律神経失調症」がおこりやすくなります。「更年期障害」というのはこのバランスをくずしておこす症状のことをいいます。

そして腰痛は肩こり、頭痛、疲れやすい、のぼせるなどの症状とともに「更年期障害」でいちばん多い症状の一つなのです(図6) 

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

すなわち自律神経のはたらきがうまくいかないと腰痛をおこすのです。しかも「自律神経失調症」の患者さんは生理が止まってもふえつづけ、65歳前後がいちばん多く、男性よりもはるかに多くなります(図3・5)。 

問2 なぜ多い女性の腰痛?

●女性の骨盤は横に広く、お腹の赤ちゃんを守り、お産もしやすくできている。そのため骨盤の中に血管、特に静脈が多く、地球の引力によって骨盤の中はうっ血しやすい。

月経、妊娠、お産、閉経などの変化は、自律神経やホルモンの影響うけており、骨盤の中ではうっ血が起こりやすくなる。さらに更年期になるとホルモンのバランスが乱れやすくなる。

ミニスカートやコルセットは冷えや骨盤の中のうっ血を起こし、ハイヒールは背骨を反らせて痛みに原因になる。また、家事や育児など中腰の仕事が多い。

●母性としての働きが自律神経と極めて深い関係にあり、これが腰痛を起こしやすくしていると考える。

問3 「腰痛症」ってどんな病気?

ストレスによって自律神経のバランスがくずれると腰痛を発症させやすいと考えている。なお、「腰痛症」とは原因不明の腰痛一般のこと。

問4 婦人科の病気でなぜ腰痛が?

『子宮、卵巣、膣などの女性の性器はからだを調整する「自律神経」といたみや運動と関係する「脊髄神経」の両方から影響を受けていますが、骨盤の中にある子宮、卵巣などは自律神経だけの影響を受けています。

すなわち、卵巣、卵管(外2分の1)などのいたみの刺激は脳に行くために、おへそからふともの(大腿)の高さの脊髄に入ります(交感神経系)。一方、卵管(内2分の1)、子宮、膣(上3分の2)からのいたみの刺激も脳に向かいます。こちらは肛門の周囲、内股から足指にかけての高さの知覚と関係する脊髄(副交感神経系)に入ります。』

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

女性の性器を調整している自律神経に関係する痛みの高さはお臍から足先まで及ぶ。例えば、「月経困難症」で腰や足まで痛んだり、女性特有の背中や骨盤、股の付け根などの痛みも「関連痛」によるものと考えられる。

●自律神経は首や肩に多いため、こりや痛みが出やすい。

●婦人科の病気は年を取るとともに減っていくが、「更年期障害」や「自律神経失調症」は年と取るとともに増える。従って、年を取るとともに増える腰痛の原因は婦人科の病気より自律神経失調症によることが多い。図3・5

 

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

問5 更年期からふえる女性の腰痛

●「更年期障害」は更年期に出てくる自律神経症状といえる。また、更年期女性の20-60%の人に症状が出るといわれている。その主な症状は「肩がこる」「腰が痛い」「頭が痛い」「体がだるい」などである。図6

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

●更年期障害では、自律神経やホルモンと関係の深い間脳―下垂体―卵巣などに変化がおこり、冷え、のぼせ、多汗、睡眠障害などの症状がみられる。

問10 男性と女性の腰痛のちがい

●中高年女性の腰痛は骨盤中央(仙骨部)お尻(多くは片方)、足(下肢:しびれ、だるさ、冷え、下肢がつる、力が抜ける、つまずきやすい)、首など広い範囲にわたってみられるのが特徴。下腹の痛みや股の付け根の痛みも女性では腰痛と関係を考慮する。図8、図9

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

●中高年女性の腰痛の調査では3人に1人は骨折や捻挫をしており、腰痛そのものが非常に治りにくく、高齢による転倒、骨折で「寝たきり」の原因にまでつながっている。 

●女性では股、膝の関節の痛みは腰痛との関係が深い。調査では3割以上が腰痛に加え膝痛をもっている。

●常に方側だけに痛みが出る人、痛みやしびれが左右に移動したり動いてまわる人、痛む側の反対側に所見が出る人など様々である。

問11 腰痛がひどくなる動作は?

中腰:男女差はほとんどないが、女性では「顔や髪を洗う」「台所で前かがみで調理をする」「掃除機をかける」「庭を掃除する」「重いものをもつ」などの動作が非常に辛いものになっている。

腰を反らす:この痛みは女性に顕著にみられる。

長く立つなど:仰向けに寝ていると痛みが強くなる。「膝を伸ばして寝ると腰が痛い」「朝方に腰が痛くなる(寝腰)」「長く立っていると痛い」「しゃがんで草取りすると痛い」などじっとしている方が痛い。これはじっとしているために血のめぐりが悪くなり、骨盤の中でうっ血を起こすためと思われる。

その他:「歩く」「坐る」「しゃがむ」は女性によくみられる症状だが、これは家事などの影響が考えられる。また、「痛みで夜目をさます」、いわゆる夜間痛は3倍以上になっている。

図10

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

問13 いたくて反れない女性の腰痛

●痛くて反れないタイプは、首や肩に痛みが出ている場合が多く、症状が広く出やすいことが女性の腰痛の特徴になっている。特に首を後ろに反らして上を向く動作が痛い人は、からだ全体のコリが強く出ていると考えられる。

問14 足で「4の字」書けますか?

富田先生は、この「4の字テスト」[理学検査では「パトリックテスト」と呼んでいるテスト]について次のように説明されています。『女性の腰痛の要ともいうべき一番重要な症状です。ぜひ試してください!この症状がとれてくると腰痛や全身の症状も軽くなっていき、足の力も出てきます。

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

なお、「パトリックテスト」は、股関節や仙腸関節[骨盤中央]由来の腰痛かどうかを把握するために行われる検査です。 

こちらの画像は『Infinity』さまの、“理学検査⑤〜パトリックテスト〜”より拝借しました。

問16 骨盤の周りに多い圧痛点

中高年の腰痛は骨盤周辺に加え、お腹側にも圧痛点がみられる。図22

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

問18 骨の老化がいたみの原因?

ここでは“変性脊椎すべり症”について書かれた部分をそのままご紹介したいと思います。

『次に[1番目は“骨粗しょう症”です]中高年の女性に男性より多いレントゲン上の変化は腰の骨がずれる「変性脊椎すべり症」があります。この変化は中年女性にはじまり、約10-15%に見られるとされています。しかし、いたみとあまり関係がないとされ、ひどいスベリがあってもどうもない人もいますし、運動や治療で良くなっている人多いのです。

こうなるとレントゲン写真にあらわれる骨の変化はあまり中高年の女性の腰痛には関係がないといえるでしょう。最近はCTやとくにMRIの変化が腰痛の原因とされる人もふえています。

これらの検査は費用もかかり、家庭の主婦が多い中高年女性の腰痛ではその負担も重くのしかかってきます。レントゲン写真と同じように症状のない人にも変化があるので、とくに手術などの診断には慎重にありたいものです。まず適切な治療が優先されるべきです。そのあとでじっくり考えてきめても手遅れになることはほとんどありません。このことを強調しておきたいのです。』

問19 骨盤のズレもいたみの原因?

この問19も本文の一部をそのままご紹介します。

『お産のあとも骨盤のゆるみがいつまでも残っている人がいるのは事実です。若い人に多く老人には少ないといわれますが、わたくしたちの中高年女性の調査では3割以上にみられ、意外と多いものです。おっしゃるように骨盤がゆるんでいるために女性は腰がいたいのだという説があります(骨盤輪不安定症)。しかし、症状が出る前からゆるみがあったり、治っているのにゆるみだけが残っている人もいます。

また、このゆるみは年をとるとともにむしろ減っていくとされ、ふえていく中高年女性の腰痛の原因としては少ないと考えています。』 

問21 治療の基本はリラックス

首の重要性を指摘されています。

 『首や腰は前後に同じ方向にのびたり曲がったりすると同時に、手足も伸び縮みします(対称性緊張性頸反射)。このような反射が魚からヒトへと進化する中ででき上っていったのです。「あくび」をする時のような自然に出る動きですから、うまく利用するといたみのために動きにくくなっている全身を無理なく動かすことができるのです。』

画像出展:「中高年女性におくる腰痛の治し方」

問22 効いていますか? いたみ止め

“いたみ止め”には色々なタイプの薬がありますが、最も一般的なのは非ステロイド消炎鎮痛薬(NSAIDs)と呼ばれているものです。特に腎臓病の患者さまにとっては、非ステロイド消炎鎮痛薬は使ってはいけない薬です。これは痛みの原因となっている“プロスタグランジン(発痛物質)”には、常時胃腸や腎臓の血流を良くしてくれる作があるためです。つまり、“いたみ止め(非ステロイド消炎鎮痛薬)”を服用すると、胃腸だけでなく腎臓の血流にも悪影響を及ぼします。

腎臓病に限らず、患者さまには「痛み止めは、なるべく辛いときだけにしてください。ほとんど痛みがないのに、習慣的に飲み続けるのは止めた方がいいです。」とお伝えしているのですが、本書の中にも同様な解説が書かれていますので、その箇所をご紹介します。

腎臓に関する記述(発痛物質”プロスタグランディン”の作用と腎臓への影響)は、『整形外科やましな医院』さまの“痛みどめの薬について”で確認させて頂きました。

『「いたみ止め」の薬はいたみをおさえるだけで、病気の原因を治すものではありません。ほかの方法で治る病気ですから、できるだけ使用しない方がいいと思います。

ただいたみのため眠れない人には、眠れないことが症状をひどくしますので、ときどき使って治療法を覚えてもらって、早く薬を止めるようにしています。

また、スジがこわばっているため「ギックリ腰」をおこしやすく、このように急にきたいたみにはしばらく使うことがあります。

いたみ止めは「効くのはそのときだけ」で根本的な治療にはならないこと、恐ろしい副作用があることをいつも気をつけておいてください。

まとめ

以上のことから、中高年女性の難治性腰痛に対する鍼治療を考える場合、次の視点が重要であると考えます。

1.女性は男性に比べ、筋量が少なく筋力も弱い。

2.女性の腰痛は、背中、お尻、脚、肩、首と広範囲に及ぶ。

3.首は約6kgの頭を支えている。

4.骨盤は体幹と2本の脚を支える土台であり、常に重力と動作による力を受けている。

5.子宮、卵巣等を内部に抱えた骨盤の構造は男性とは大きく異なる。

6.体を休め、臓器の働きを良くする副交感神経系は首と骨盤(仙髄)から出ている(交感神経系は“胸腰系”、副交感神経系は“頭仙系”と呼ばれる)

7.ストレスは自律神経系を乱す大きな原因の一つである。

なお、上記のポイントを踏まえ、どのような施術をするかについては、次回以降の宿題とさせて頂きます。

ブロックチェーン

ビットコインなる仮想通貨には全く興味はなかったのですが、そのビットコインの仕組みに使われている“ブロックチェーン”というテクノロジーは、画期的なものらしいということ知りました。「インターネット以来の最大の発明だ」という人までいるようです。

約29年勤めていた会社はHP(ヒューレット・パッカード)というIT企業です。もっぱら営業担当だったため、技術そのものにはほとんど興味はありませんが、IT業界の動向については今も関心がありますは、これにはIT企業の株式を少々保有しているという裏事情もあります)。

そこで、このような新しいビジネスチャンスに対し、明確な戦略メッセージを周知徹底されるIBM社のホームページをのぞいてみることにしました。そして、この“ブロックチェーン”が極めて有望なものであるということを理解しました。これは“中抜き”によるコストと時間と多様性に対するビジネスチャンスということだと思います。

知りたいことは、「ブロックチェーンの何が優れているのか」と「どんなビジネス機会が想定されるのか(実現可能性)」の2つです。

思っていたとおり、数多くの本が出版されていたのですが、この本は著者の中島先生が中央銀行である日本銀行に長く勤務され、特に「決済システム」にも関わっていたという点に惹かれました。発行が2017年10月と他の本に比べるとそれ程新しくないためか、中古本価格が安かったのも助かりました。

著者:中島真志

出版:新潮社

発行:2017年10月

大きな目次は以下の通りです。

序章 生き残る次世代通貨は何か

第1章 謎だらけの仮想通貨

第2章 仮想通貨に未来はあるのか

第3章 ブロックチェーンこそ次世代のコア技術

第4章 通貨の電子化は歴史の必然

第5章 中央銀行がデジタル通貨を発行する日

第6章 ブロックチェーンによる国際送金革命

第7章 有望視される証券決済へのブロックチェーンの応用

「はじめに」の後半に、著書である中島先生の経歴のお話が出ていますので、最初にそれをご紹介します。

『著者は、長らく日本銀行に勤務し、リサーチ関連の仕事を多く経験しました。その中で「決済システム」に出会い、大学教授への転身後もライフワークとして調査研究を続けてきています。日本銀行時代には、金融研究所で「電子現金」の研究に携わり(詳しくは本論でどうぞ)、国際決済銀行(BIS)に出向の際は、決済に関するグローバルなルール作りに携わりました。この間、資金決済、証券決済、外為決済、SWIFTなどについての著書を刊行し、いずれも金融関係者に広く読んで頂いています。こういった経歴から、わが国における決済分野の有識者の一人として、金融庁の審議会や全銀ネットの有識者会合などにも数多く参加してきました。』

ブログは「第3章 ブロックチェーンこそ次世代のコア技術」からになりますが、その第3章の中にある、“③ブロックチェーンが主役の世界へ” の説明に使われている図を見て、今後の目指す方向性が見えました。

画像出展:「アフター・ビットコイン」

以下は図の説明です。

『ビットコインなどの仮想通貨が、従来の金融の本流から少し離れた、いわば周辺部分におけるイノベーションであるのに対して、ブロックチェーンは、金融の中核を成すメインストリームの業務のあり方を大きく変えようとしているのです。

ここに来て金融業界では、「ブロックチェーンが主役になる」という認識が共有されつつあり、この技術をどの分野に応用していくかが中心的な課題となっているのです。ビットコインは、あくまでもブロックチェーンの最初の実用例であって、また特殊な適用例の一つにすぎないとの見方に変わってきています。すなわち、「ビットコイン中心の世界」から、「ブロックチェーンが主役の世界」へ移行してきており、当初のビットコインの導入段階からは、主客が完全に逆転しているのです。

ブロックチェーンの応用分野は、幅広い分野が想定されており、このうち、①仮想通貨に応用する場合を「ブロックチェーン1.0」②金融分野(仮想通貨以外)に応用する場合を「ブロックチェーン2.0」③土地登記、資産管理、商流管理、医療情報、選挙の投票管理などの非金属分野に応用する場合を「ブロックチェーン3.0」として分類するようになっています(図表3-1)。』

次も第3章からになります。ポイントと感じた部分を書き出しました。

1.ブロックチェーンとは

●ビットコインを支える中核技術として開発され、“オリジナル・ブロックチェーン”と呼ばれている。

●新たな進化系のブロックチェーンを総称して“ブロックチェーン技術”と呼んでいる。

データベースを保管するデータベースの技術である。

●“ブロック”と呼ばれる取引データの固まり一定時間ごとに生成し、時系列的に鎖のようにつなげていく。

過去の取引データを改ざんするためには、過去から最新のブロックまでをすべて改ざんする必要があり、二重使用や偽造などの不正取引を防止できる。 

画像出展:「経済産業省」※一部を切り取りました。クリックするとサイトに移動します。

2.分散型台帳技術(DLT:Distributed Ledger Techonology)とは

“分散型台帳技術(DLT)に関して、中島先生は次のように補足されています。

『IT技術者以外の一般の方にとっては、そこまで[ブロックチェーンとDLTを]厳密に区別する必要は必ずしもなく、ブロックチェーンと分散型台帳管理(DLT)とはほぼ同義のものと捉えておけばよいでしょう。ブロックチェーンとDLTとは、「同じ技術を別の側面から呼んだもの」と考えておけばよいものと思います。』

●「ブロックを鎖状につなげて管理する」という技術面より「所有権データを分散型で管理する」というユーザ側の視点の方が金融業界では親しみやすく、その結果、金融業界では“分散型台帳技術(DLT)”という用語が前に出てきている。

画像出展:「アフター・ビットコイン」

3.ブロックチェーン/分散型台帳技術の特性

1)改ざん耐性(改ざんが困難であること)

●改ざんするためには、現在までのすべてのブロックを作り直す必要があり、かつその作り直しを正規のチェーンよりも早く成立させなければならない。これは事実上不可能である。(この重要なメカニズムは“ハッシュ値”というものに因る)

2)高可用性(低障害であること)

●ネットワーク上のコンピュータが同じデータを持ち合い、分散してデータを管理している。

●ネットワーク上のコンピュータが1台でも稼働していれば全体としてのシステムを維持できる。

右側のP2P(Point to Point)型がブロックチェーンの一般的なシステム構成になります。左側はサーバーが故障すると、システム全体が止まります。

画像出展:「アフター・ビットコイン」

3)低コスト(劇的なコスト削減ができること)

●取引や顧客に関する膨大なデータベースの維持、管理などに関わるコストを大幅に削減ができる。

●各金融機関どうしの帳簿の残高照合作業が不要になる。

●ユーザ側においても仲介者が不要になるため、迅速かつ低コストでの取引が可能になる。

4.ブロックチェーンの種類

●ブロックチェーンには誰でも参加できる「オープン型」と特定の参加者のみの「クローズド型」がある。

●「オープン型」は「パブリック型」とも呼ばれている。ビットコインは「オープン型」である。

●「クローズド型」は「プライベート型」や「許可型」とも呼ばれている。

●「クローズド型」は参加を許可する段階で、参加者の身元は明らかになっている(匿名性なし)。

●「クローズド型」には全体を管理・運営する中央の管理主体が存在する。

画像出展:「アフター・ビットコイン」

5.コンセンサス・アルゴリズム

●「コンセンサス・アルゴリズム」とは「合意形成の手法」と言われており、分散したデータベース上に多数存在する台帳情報を、ネットワーク上の全員で共有するための手法である。

●「コンセンサス・アルゴリズム」の方法は、オープン型とクローズ型で異なるが、これはオープン型が「悪意の参加者」の存在を前提にする必要があるのに対し、クローズド型では「許可された参加者」だけが対象になるからである。

●主なコンセンサス・アルゴリズム

表の上から3つ(プルーフ オブ ワーク[PoW]、プルーフ オブ ステーク[PoS]、プルーフ オブ インポータンス[PoI])は悪意のある参加者がいることを前提に、厳格な方式で不正を排除している仕組みになっています。

画像出展:「アフター・ビットコイン」

6.代表的なブロックチェーン

1)リナックスが進める「ハイパーレッジャー・ファブリック」

●「ハイパーレッジャー・ファブリック」は“リナックス・ファウンデーション”が開発しているブロックチェーンであり、金融業界向けのブロックチェーンとしての標準化を志向している。

●独自のコンセンサス・アルゴリズム(PBFT系)やメンバーシップ管理の仕組みを含んでいる。

●金融以外にも、製造、保険、不動産契約、IoT、ライセンス管理、エネルギー取引などでの応用を志向している。

●オープンソース(無償で一般公開)のため、誰でもそのソフトウエアの利用、改良ができる。

こちらは“リナックス・ファウンデーション”のサイトにあるものです。

Forbes Blockchain 50”の半数がHyperledgerを使っているということが書かれたページです。

こちらはForbesのサイトです。アルファベット順に50社が紹介されています。

 

こちらは“ブロックチェーンオンライン”さまのハイパーレッジャーに関するご説明です。

『Hyperledgerは、ブロックチェーンの技術を仮想通貨に限らず最大限に利用することを目的として生まれたブロックチェーン技術の推進コミュニティーです。プロジェクトの立ち上げにあたってLinuxOSの普及をサポートする非営利の共同事業体であるLinux Foundationが中心となり、オープンソースの理念から世界中のIT企業が協力して、ブロックチェーン技術の確立を目指しています。』

2)R3コンソーシアムが進める「コルダ」

●R3は米国の技術系企業である。

●金融業界向けに特化した分散型台帳管理技術を開発する。

こちらはコルダのサイトですが、参加企業のロゴが全て掲載されています。数えてみたら178社でした。(2019年5月3日時点)

7.金融分野におけるブロックチェーンの実証実験

1)国際送金における応用

『国際送金は、これまで相手先への着金までに時間がかかることや、手数料が高いといった問題点があったため、ブロックチェーンの技術を使ってこれらを克服し、国際送金を「早く、安く」行おうとする動きがみられます。』

国際送金システム「SWIFT」がブロックチェーン企業R3と提携 XRP対応の決済アプリ「Corda Settler」統合へ”という2019年1月31日付けのBD by BITDAYSさまの記事です。

なお、SWIFTとは Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunicationの略で、国際銀行間通信協会になります。 

私自身の話になりますが、HPの営業時代に銀行さまを担当していたことがあり、このSWIFTという用語は国際決済の代名詞のように使われていました。「思い出します。懐かしい」。(日本語サイトです)

2)証券決済における応用

『国際送金と並び、証券決済の分野もブロックチェーンの応用として脚光が当たっています。株式や債券といった証券の決済は、現状では、多くの当事者が関係する複雑なプロセスになっていますが、ブロックチェーンを利用することによって、こうしたプロセスを大幅に合理化し、コストを削減できるのではないかとの機運が盛り上がっています。』

有価証券の決済にブロックチェーンを活用する、カナダ銀行の試み(Bloomberg)

こちらはNTTデータさまの「イマ旬2.0」に掲載されていた2019年2月28日公開の記事です。

ブロックチェーンが証券決済能力を有することを証明|独中央銀行

こちらは「Oh My Crypto News」に掲載されていた2018年10月29日公開の記事です。

付記1:総務省 自治体ポイントに関する検討会 2018年4月11日 資料3

クリック頂くと、PDFの資料がダウンロードされます。こちらの資料、”ブロックチェーンの将来性と応用分野” は中島先生によるものです。今回ご紹介した『アフター・ビットコイン』がベースになっていますが、書式がスライドタイプなので見やすいと思います。ご参考にして頂ければと思います。

付記2:HPE opens new headquarters in north San Jose

日本では『平成』最後の日となった2019年4月30日に、HPE(旧HPから分社した会社で主に企業むけのシステムやサービスを提供。辞めていなければHPではなく、こちらのHPE側にいたというところです)の新しい本社がオープンしたそうです。グッドタイミングだったので貼りました。

すいません。英語のままです。

Hewlett Packard Enterprise employees gather next to the new HPE headquarters at 6280 America Center in San Jose. Hewlett Packard Enterprise on Tuesday unveiled a gleaming new office building in north San Jose, bringing a world-class tech company's headquarters into the Bay Area's largest city.

画像出展:「mercurynews

左から2番目がCEOのAntonio Neriです。

Hewlett Packard Enterprises CEO Antonio Neri (L), San Jose City Councilman Lan Diep (C) and San Jose Mayor Sam Liccardo (R), take a selfie with Hewlett Packard Enterprises employees during the grand opening of the new HPE headquarters in north San Jose. Hewlett Packard Enterprises on Tuesday unveiled a gleaming new office building in north San Jose, marking a new tech headquarters for the Bay Area's largest city.

経筋療法

この本は多分専門学校時代に購入したものだと思います。ちょっと思っていた内容と違っていたこともあり、放置状態となっていました。 

出版:創風社

初版発行:2003年12月

著者:富田満夫

1960年長崎大学医学部卒。整形外科専攻、国公立病院、岡山協立病院を経て、1972年大浦診療所勤務。医学博士、労働衛生コンサルタント

当院の施術は古典と言われる「経絡治療」であり、“本治・標治”という二本立てになっています。簡単にご説明すれば、“本治”とは患者さまの病状に即した基本穴を用い、自然治癒力を高めることを目的とします。一方の“標治”とは患者さまが抱える痛みや凝りなど困っている症状に着目します。

現在行っている標治の基本は、触診で硬結などの普通でない箇所、生きたツボ(ツボは本来、体調不良のときに出るものと考えています)を探し、鍼をすることです。腱や靭帯、関節包など軟部組織全体が対象ですが、刺鍼ポイントは筋腱移行部を含めた筋肉および筋膜が大多数になります。

筋肉に鍼を刺すと細胞レベルの修復作業である、副交感神経が優位になり血行が改善されるという効果が期待されます。これは鍼を刺すという物理刺激による直接的な効果といえます。この効果に着目するならば、特に“筋肉”の働きや特徴を知ることが重要になってきます。これについては解剖学からのアプローチが一般的ですが、“関連痛”を考えるならば筋肉にできたトリガーポイント(重要な硬結)に対する理解も有効です。整理すると、現在行っている標治のキーワードは“筋肉/筋膜/トリガーポイントに対する物理的刺激”ということになります。

今回のテーマである“経筋”もやはり“筋”が主役です。しかしながら、これは東洋医学(経絡治療)に含まれるものです。つまり、経絡治療においても筋肉を特別な存在として眺めているということになります。

標治には”阿是穴”(「あー、そこそこ」というツボ)もありです。効果が期待できるものは積極的に取り入れます。このように経筋を学び、必要に応じ施術に取り入れることは、“標治の引き出しを増やす”という価値があると思います。 

なお、ブログは施術頻度の高い腰下肢に絞っており、上肢については触れておりません。

こちらは、古典の重鎮である本間祥白先生による経絡図です。経絡をイメージして頂くために載せました。

最初に、なぜ医師である富田先生が『経筋療法』という本を手掛けられたのかについてご紹介したいと思います。

これは“はじめに”に書かれたものの一部です。

『著者が無床診療所に整形外科医として勤務して、最も困ったことは慢性の運動器の疼痛、すなわち腰痛、肩こり、関節痛の患者が多く、少しも治ってくれないことであった。

そのうちになぜか患者が増え始め、馴れぬ管理業務と過労で持病の腰痛も悪化し、ほとんど燃え尽きる寸前となってしまった。

「このままでは倒れてしまう、なんとか腰痛だけでもなおしたい」と思うにまかせぬ身体を持て余していた。たまたま拾い読みしていた「医道の日本」誌に、仙台の橋本敬三先生が行っている現在の「操体法」「経筋療法」(間中善雄)として紹介していた。

直感的にここに真実を感じて、患者が少ない正月明けに休みをいただいて橋本先生の診療所(温古堂)にお邪魔することになった。

日本操体学会さまのサイトです。

操体法の世界を支えているのは、治療だけではないもっと広い思想です。 

レトロな感じ、ホンワカした感じのDVDです。裏表紙にしたのは、拡大いただくと橋本先生のプロフィールやDVDの内容が確認できるためです。

著者:橋本敬三

出版:農山漁文化協会

発行:1977年6月

”操体療法の基本型”はⅧまであります。

画像出展:「万病を治せる妙療法」


私は「人間は動く建物である」と考えています。簡単な三角屋根の家の四隅の柱を四本の足として、棟木を背骨と考え、これに首と尾をつければ動物であり、さらに後足で立ち上がったかたちが人間です。ただの建物であれば動きませんが、この建物は動きまわると考えてください。動くからこそ、からだを操って健康を守ろうという理由も出てくるわけです。建物に構造上のくるいがあっては健康はまっとうされない。そればかりでなく、動き方にも故障があってはならない。構造にも動き方にもちゃんと自然の法則はあるのです。これが人体の基礎構造です。』

画像出展:「万病を治せる妙療法」

当時はまだ患者も少なく、多くは農村の人たちであった。

暇なときは畳みの間の診察室の火鉢を囲んでお茶を飲み、菓子を頬張りながら東洋医学の話に聴き入った。議論するだけの予備知識もなく、先生の飄々とした話ぶりではあるが壮大な内容に圧倒されるだけであった。たまに患者が来るとしばらく一緒に菓子をつまみ、世間話をしておられる。患者とともにゆったりと流れる時間をうらやましく眺めていると、やおら「はじめるか」と立ち上がり患者をベッドに寝かせた。

真冬で着膨れしている東北農民の背中を上から「痛いのはここか?」と押さえただけで、患者は跳ね上がった。とんでもないところにきたものである。

先生は患者の訴えには必ず根拠があり、他動的に患者を動かすと、訴えに一致して脊椎や関節の運動障害を認めることを実例でもって示された。またこの症状を改善するには、疼痛や運動制限のない方向に運動をさせて抵抗を加え脱力させる。すると面白いように症状がとれていくのを目の当たりした。

時には足指に力を入れさせて、身体全体が動くことを示し、末梢からの運動でも全身へ影響があることを、患者の動きで示された。患者の足指1本に力を入れさせ、脱力するだけで遠隔部位の痛みをとる神技のような手技を見せられたのである。

西洋医学の中央集権的(?)な発想しか持たなかった著者は、末梢から中枢へ、左から右へあるいは斜めにと自由な発想の東洋医学にはまだついていけなかった。

先生の著書や論文をいただいて帰り、早速患者に応用したが、中には気持ち良くて術後電車の中で眠ってしまい、終点まで行った人もいた。

そのうちに多忙のため針灸師にこの技術を伝えて行ってもらい、このためいつのまにか日常診療の中ではほとんど用いられなくなってしまった。

しかし橋本先生の妙技の記憶は鮮やかであり、このような安全で効果的な方法についての解明や開発は常に意識の底にあった。

日常診療上は最も多い難治性の中高年女性の腰痛、肩こりの対応に苦慮して、試行錯誤を繰り返した結果、これらの愁訴は一定の法則性を持っていることがわかった。

しかも他覚的にも脊椎、股関節、膝関節の運動制限、下肢とくに母趾の筋力低下など明らかな運動器の症状を有しており、いわゆる「不定愁訴」ではない。

簡単な運動療法や前陰である婦人科的治療がきわめて有効であることがわかり、筋骨格器系と生殖器系との関連を示すこれらの事実をまとめて出版し、軽視されやすい「不定愁訴」に対する理解を求めた。

この本のことで間違いないと思います。中高年女性の腰痛は、確かに治りづらいという印象を持っていたこともあり、“日本の古本屋”で見つけたこの本を思わず買ってしまいました。

 

このとりくみの中で経絡との関連を想定して、ほとんど記憶にとどめていなかった「霊枢」(経脈・経筋篇)再読して驚いた。そこには著者が調査した症状と基本的に同じ症状が記載されているではないか。まさに「前陰は宗筋のあつまるところ」(素問)である。著者が20年間苦心して調査した結論は、すでに2000年前に古人の知るところであったのである。

経筋を再検討してみると、その症状は文字どおりの筋の痙攣、緊張、弛緩、こわばりなどの筋活動すなわち運動器との関連が大きいことがわかる。

数少ない経筋を利用した治療に関する文献を見ても、経穴または燔鍼[焼き鍼]などによる鍼治療であり。「操体法」のような筋活動を利用して改善を図る治療法は見られない。したがって、運動器疾患として再度整形外科の立場から挑戦することにした。

経筋には難解な陰陽五行説の影響があまりないこと、五臓六腑との関連が少ないことなど、著者のような東洋医学の素養に乏しい医者にとって好都合であったことも事実である。

このことは東洋医学になじみがない医療関係者、いや患者自身にもとりくめる可能性を持っている。

そのうち症状のある部位を通る経筋の末梢の指に、「操体法」の手技を行っても、症状が改善することがわかった。橋本先生の妙技が曲りなりにも再現できたのである。

とりわけ肩こり、頭痛、腰痛、下肢症状など、難治性の全身症状を持った中高年女性の症状が、指一本の治療で瞬時に症状が消失、軽快していく事実に、あらためて古人や先輩への畏敬と感謝の念にあふれるのであった。 ~』 

こちらは操体法を紹介する写真です。

画像出展:「経筋療法」

“経絡”の全体像です。よく出てくるのは上段左の“十二経脈”と呼ばれるものですが、経脈には他に“奇経八脈”という8つの脈があります。この中では体幹前面中央(正中)の“任脈”と体幹後面および頭部中央(正中)の“督脈”の2つの脈は“十二経脈”と同様によく使われる一般的な経脈です。

また、経脈とは縦の流れになります。横の流れは経脈の下に書かれている絡脈です。つまり“経絡”とは縦の経脈+横の絡脈によって体全体を網羅します。

図の右半分にあるのが”経筋”ですが、よく見ると“十二経脈”を補完する位置づけになっています(“十二経脈”から破線でつながる)。こちらも“十二経筋”以外に“経別”と“皮部”というものがあります。

画像出展:「経筋療法」

“十二経脈”と“十二経筋”の1番の違いは臓腑へのつながりの有り無しだと思います。有るのが経脈であり、無いのが経筋になります。

思うに古人においても、内臓主導の病と筋骨格系の病(症状)の両面から診ていたと想像します。そして、施術においては経筋という尺度を必要に応じて取り入れていたのではないでしょうか。

以降、6つの足の経筋をご紹介します。最初は経筋の流れです。続いて、経筋内の関節と運動方向です。これにより経筋の走行と働きがイメージできると思います。なお、掲載されている画像は全て「経筋療法」からです。

各関節の運動方向(足関節の底屈/背屈など)については以下のイラストでご確認ください。

 

 イラストは全て「改訂版ボディ・ナビゲーション」からになります。



1.足の太陽経筋

足(第五趾外側爪甲部)⇒下腿後面⇒膝窩⇒大腿後面⇒臀部⇒背中⇒頚⇒頭⇒顔(鼻)

[別行]肩⇒胸⇒首⇒顔(目)


膀胱経筋の関節と運動方向

①足趾関節:伸展(第5趾

②足関節:底屈・外反

③膝関節:屈曲

④股関節:伸展・内転・外旋

2.足の少陽経筋

足(第四趾爪甲部)⇒下腿外側⇒膝外側⇒大腿外側⇒側腹部⇒腋前方⇒側頚⇒側頭⇒顔(下顎→頬→目)

[別行]膝外側⇒大腿前面外方膝蓋骨

[別行]大腿外側⇒臀部(仙骨)

  


胆経筋の関節と運動方向

①足趾関節:伸展(第4趾

②足関節:底屈・外反

③膝関節:屈曲(伸展)

④股関節:伸展・外転・内旋

3.足の陽明経筋

足(第二趾外側爪甲根部)⇒下腿前外側⇒膝蓋骨外縁⇒大腿外側⇒臀部(大転子付近)⇒脇⇒脊柱(内部を通過)

[別行]足背⇒下腿前面(脛骨)⇒膝蓋骨内縁⇒大腿前面(伏兎穴)⇒陰器(前陰[宗筋が集まる所])⇒腹⇒鎖骨上窩⇒首⇒頬⇒鼻⇒目

  

  


胃経筋の関節と運動方向

①足趾関節:伸展(第3趾

②足関節:背屈・内反

③膝関節:伸展

④股関節:屈曲・内転・外旋

4.足の太陰経筋

足(第一趾内側爪甲根部)⇒下腿内側⇒膝内側(脛骨関節顆)大腿内側⇒大腿上部⇒陰器(前陰[宗筋が集まる所])⇒臍⇒腹中⇒胸中

[別行]腹中⇒脊柱


脾経筋の関節と運動方向

①足趾関節:伸展(第1趾

②足関節:底屈・内反

③膝関節:伸展

④股関節:屈曲・内転・外旋

5.足の少陰経筋

足(第五趾下面)⇒下腿内側(太陰経筋に並行[後方])⇒膝内側⇒大腿内側⇒陰器(前陰[宗筋が集まる所])⇒脊柱⇒後頭骨

 


腎経筋の関節と運動方向

①足趾関節:屈曲(第5趾

②足関節:底屈・内反

③膝関節:屈曲

④股関節:伸展(屈曲)・内転・外旋

6.足の厥陰経筋

足(第一趾中央甲根部)⇒下腿内側(太陰経筋に並行[前方])⇒膝内側⇒大腿内側⇒陰器(前陰[宗筋が集まる所])

 


肝経筋の関節と運動方向

①足趾関節:伸展(第1趾

②足関節:底屈(背屈)・内反

③膝関節:屈曲

④股関節:屈曲・内転・外旋

末梢における経筋の診断

富田先生は経筋の診断について次のような見解をお持ちです。

『すべての経筋をテストするのは煩雑であるため、著者は以下のように簡略化して行うことも多い。

橋本先生から末梢の関節の重要性について教えられ、指関節(特にMCP関節[中手指節間関節])が伸展・屈曲に際して動診上も所見があることに気づいた。したがって各経筋が起点を持つ指のMCP関節を他動的に屈伸して、その抵抗と自覚症状を検索する。他動運動の方向により動筋パターンまたは拮抗筋パターンを決定する。

注)写真は“拮抗筋パターン”です。

『背臥位で四肢を伸展・軽度外転位で全身の脱力を指示する。母指側から小指側へ順に指をかえて、他動的に軽く母指または示・中指で負荷をかけてテストを行う。両側同時に同時の負荷をかけ左右差を診る。緊張した経筋の抵抗の左右差を見るのであり、軽い負荷から徐々に増加して行う。前述のように下肢の影響が大きいため下肢から行う。

動筋パターンのテストではこの逆の他動運動でテストを行う。』 

下部のコメントの最後に「下肢は腹臥位の方が容易である」と書かれています。これは四肢を診る場合はまとめて診られる“背臥位”、下肢だけなら“腹臥位”が良いという意味だと思います。

画像出展:「経筋療法」

経筋と髄節性神経支配

髄節性神経支配には、皮膚分節(デルマトーム)、筋分節(ミオトーム)、骨分節(スクレロトーム)の3つがあり、それぞれ脊髄の髄節から伸びる末梢神経との関係を示します。一般的には皮膚感覚や筋力(MMT:徒手筋力検査)の状態から神経学的な責任神経根を特定するという目的で利用されます。

本書の中では次のような説明がされています。

『Foerster, Keeganらの髄節性神経支配(皮膚分節)を見ても、ともに経脈、経筋のような体幹と四肢の間に連続性を持たない。

しかしながら四肢の筋・骨格の髄節性神経支配(筋分節・骨分節)によれば、Inmanらが述べているように、体幹から末梢にかけて連続性を認めることができる(図6-4)。

したがって、今後の経絡治療の参考になることを願って検討を行った。 

前面、後面とも左から”皮膚節”、”筋肉節”、”骨格節”になっています。

画像出展:「経筋療法」

『各経絡の経穴と関連する筋を列挙して、それぞれの髄節性神経支配を図示し、共通する髄節を検討した。』(ここでは、下肢の”表6-14-1”のみになります)

『下肢の方が共通する率が高く、膀胱経(S1)/胆経(S1)/胃経(L4)/腎経(S1):100%、 肝経(L4):75%、 脾経(S1):60%であった。』

 


富田先生の見解は次のようなものです。

『重要な下肢筋(特に陽経)の髄節性神経支配において共通する率が高い事実は、PNF[固有受容性神経筋促通法]における最適パターンと経筋の運動方向の一致率が下肢の経筋において高かったこととあわせて今後解明するべき興味ある課題と考える。』

この表をざっと見ると、L4にもS1にも関係しない筋は、腸腰筋(大腰筋+腸骨筋)のみであることが分かります。これは、L4とS1に対して施術を行うと腰下肢の筋群に幅広く影響を与える可能性があるという意味です。なお、腸腰筋L2・L3になります。

脊髄は頸髄(C1~C8)、胸髄(T1~T12)、腰髄(L1~L5)、仙髄(S1~S5)の計30の髄節から成っています。 

『脊髄とは、延髄から体の下に向かって伸びている細長い円柱状の神経・神経線維の集合で、脳と身体の運動神経や感覚神経などを結ぶ役割を担っています。脊髄から出た神経は、脊椎の孔(椎間孔)から体のさまざまな部位に派生しています。また、脳と脊髄を合わせて中枢神経系といわれています。』

画像出展:「Medical Note

こちらは腰神経叢および仙骨神経叢の図です。腰神経叢はT12(第12胸椎)~L4(第4腰椎)、仙骨神経叢はL4~S4(第4仙髄)に渡って末梢神経が下肢に向かいます。

最も太い坐骨神経(脛骨神経+総腓骨神経)はL4~S3から末梢神経が出ています。

画像出展:「人体の正常構造と機能」


数学と量子力学/物理学

またまた身の丈を超える本に手を出してしまいました。原因は今回勉強した量子論です。その昔、“産業の米”と言われた半導体は、量子論というミクロの世界を正確に描くことができる理論によって生み出されました。科学に明るくない私が言うのは適切ではありませんが、量子論は人類の進歩にとって最大の発見といっても良いのではないかと思います。

そして、量子論は“数学理論”だということです。“シュレーディンガーの方程式”はその中でも最も注目されるものだと思います。

なお、量子論とは“考え方”や“思想”であり、量子力学とは“量子論に基づいて物理現象を記述するための数学的手段”と言われています。あまり良い例えではありませんが、「量子論が“拳銃(器)”、量子力学が“実弾(中味)”」というイメージです。

理系の受験科目の一つとしてしか見てこなかった私ですが、「数学恐るべし!」、「数学とはいったいどんな学問何だろう?」という思いが大きくなりました。また、それを知ることができる良い本はないだろうかと探しました。こうして、今回の本を見つけました。 

著者:ティモシー・ガウアーズ

出版:岩波書店

発行:2004年6月

目次

はじめに

1.モデル

2.数と抽象

3.証明

4.極限と無限

5.次元

6.幾何学

7.概算と近似

8.数学に関するよくある質問

裏表紙にはこの本の概要が書かれています。

『数学を組み立てる考え方とはどのようなものなのでしょうか。いったい数学者はどんなことを考えているのでしょうか。よく「数学は抽象的な学問だ」と言われますが、それは決して、数学が謎めいた秘義であるという意味ではありません。抽象とは、自由に考えるための道具立てなのです。考え方のコツをつかめば、「無限」や「26次元」などといった用語は不可解なものではなくなります。数学界でもっとも栄誉あるフィールズ賞を受賞した著者が、数学を支える重要な考え方を紹介します。数学をむずかしいと思う「壁」がきっと取り除かれることでしょう。』

“数学”を取り上げたのは“量子論=数学理論”だからです。そして、量子力学を牽引する極めて重要なシュレーディンガー方程式ですが、その一部の波動関数ψ[プサイ]の正体は未だに明らかになっていません。つまり、数学的には問題ないが物理学的には問題を残す。ということのように思います。

その波動関数について、マックス・ボルンが1926年に提唱したのが“波動関数の確率解釈”です。

 

画像出展:「ウィキペディア

この“波動関数の確率解釈”の“”は明確に二分されました。

”の立場をとった中には、シュレーディンガーをはじめ、ブロイプランクなどの量子力学の発展に大きな貢献をした物理学者も含まれていました。また、“光量子仮説による光の粒子と波動の二重性”を唱えたアインシュタインも反対の立場を取りました。その背景にあるものは、自然現象を表す物理学は決定論でなければならないという、ニュートン以来の物理学の大前提でした。

この、“波動関数の確率解釈”の“是非”の概要に迫ることは、数学と物理学(量子力学)の関係を知るうえで大切であると考えますので、ブログ“量子論1”でご紹介したものを再登場させ、それに追加するかたちで進めていきたいと思います。

著者:佐藤勝彦

出版:PHP文庫

発行:2000年4月

 

この本の「3章 見ようとすると見えない波 ◆ミクロの世界の物理法則が明らかになる」の部分をご紹介します。

『さて、3章でもさまざまな話をしてきました。最後は例によってこの章のポイントをおさらいしておきましょう。

①原子中の電子の軌道半径がとびとびの値に限られるというボーアの量子条件の根拠を示すために、ド・ブロイは電子を波であると考えて、その波長を求めた。

②シュレーディンガーは電子の波を表すシュレーディンガー方程式を導き、電子の「とびとび」のエネルギー状態などの説明に成功した。

③しかしシュレーディンガー方程式が示す波動関数ψ(プサイ)、すなわち電子の波(これは複素数の波である)の正体はわからなかった。

ボルンは波動関数ψそのものが何を表すのかを考えずに、代わりにψの絶対値の二乗が、電子をその場所に発見する確率に比例することを見いだした(「波動関数の確率解釈」)。

⑤ボーアたちは、観測される前の電子はさまざまな位置にいる状態が「重ね合わせ」になっているが、私たちが電子を観測したとたんに「波の収縮」が起きて電子は一ヶ所で発見されると考えた(「コペンハーゲン解釈」)。 

こうして1920年代に、原子中の電子が示す不思議な現象をきちんと説明できる理論を、私たちはついに手にすることになりました。そしてその結果わかったのは「電子などミクロの世界は、私たちが知っていた物理法則とはまったく違うルールに支配されていたのだ」ということです。

その新たなルールの第一は、シュレーディンガー方程式に代表される波動力学(量子力学)です。ミクロの世界の物質は、それを「波である」と考えることでふるまい(動きやエネルギー)などを求めることができるのです。

そしてもう一つのルールが「確率」です。私たちが電子を発見する場所は、サイコロを振って決められるかのように、確率的に決定されるというのです。』 

シュレーディンガー方程式は量子力学の基本となる方程式であり、図に示すような形をしています。古典物理学の中には、音波や電磁波などの波が周囲に伝わっていくようすを表す波動方程式というものがあります。シュレーディンガー方程式はそれに似ていますが、さらに複雑なものになっています。

画像出展:「量子論を楽しむ本」

 

こちらは、波動力学の基礎方程式を発見したときのシュレーディンガーのノートです。

画像出展:「波動力学形成史」

 

こちらは1926年6月21日~26日に行われたチューリッヒでの会議後に若いヒュッケルを中心につくられたという詩です。

計算どっさり、エルヴィンさんが

波動関数とやらでなさるけど、

さて、わからんことが一つある

波動関数とは何なのか?

画像出展:「波動力学形成史」

 

今回はこの“◆ミクロの世界の物理法則が明らかになる”の次に書かれていた“◆確率解釈に反対したアインシュタインたち”もご紹介します。 

ここで問題になるのが、二番目のルールである「確率」、すなわち波動関数の確率解釈です。プランクやアインシュタイン、そしてド・ブロイやシュレーディンガーなどのそうそうたるメンバーが、この確率解釈に異議を唱えました。

波動力学を創始した当人であるシュレーディンガーはもちろんのこと、プランクやアインシュタインが「第一のルール」を認めていたことは、118ページでも触れたとおりです。118ページとは『この方程式を解けば、物質がどんな「形」の波を持ち、その波が時間の経過とともにどのように伝わっていくのかが計算できます。シュレーディンガーはこの方程式を用いて、水素原子中の電子のエネルギーがボーアの量子条件のとおりに「とびとび」になっていることを示しました。シュレーディンガーの論文は、プランクやアインシュタインからただちに絶賛されました。このシュレーディンガーの理論は波動力学と呼ばれ、ミクロの世界の運動法則を記述する量子力学の基本の理論になったのです』

しかし二番目のルールである確率解釈には激しく抵抗しました。なぜなら確率などという原理を物理学の中に持ち込むと、物理学はもはや「決定論」ではなくなってしまうと考えられるからです。

「物理学を決定論と考える」とは、簡単に言うと、過去のある時点の条件がすべてわかれば、その未来はただ一つに決定できると考えることです。たとえば、手に持ったボールから手を離したとき、ボールがどんな運動をするのかは、ボールと地面の距離や地球の重力の強さなどを知ることで正確に予測できます。同じように地球が明日、太陽の周囲を回る公転軌道の中でどこにいるのかも、太陽の重力や太陽と地球の距離を知ることで間違いなく計算できるのです。

ただしボールを地面に落とすとき、突然風が吹くかもしれません。一時間後に小惑星が地球に衝突して、地球の位置を変えてしまうかもしれません。しかし、そうした要因をもしすべて知ることができたならば、未来はただ一つに決められるというのが、決定論的な考え方です。そして自然現象を表す物理学は決定論でなければならないというのが、ニュートン以来の物理学の大前提だったのです。 

B点という位置における波の振幅が、A点における波の振幅の二倍になっているとします。この時、実際にこの電子を観察すれば、電子がB点において発見される確率は、A点において発見される確率の四倍(二の二乗=四なので)になるのです。

またD点における波の振幅は、A点と同じ大きさなので(「高さ」と「深さ」の区別は不要で、大きさつまり絶対値だけでだけを見ます)、発見確率も同じなります。これに対して、C点における波の振幅はゼロになっています。この場合、電子がC点という場所で発見される確率はゼロになるのです。

このように私たちが「ある場所」に電子を発見するかどうかは、その場所における波の振幅つまり波動関数ψの値によって左右されることになります。ψの絶対値が大きい場合ほど、そこに電子を見つける可能性が高いのです。

画像出展:「量子論を楽しむ本」 

写真は後列右から6人目がシュレーディンガー。中央の列右端がボーア、その左隣がボルンブロイ。前列右から5人目がアインシュタイン

第五回ソルヴェイ会議

・期間:1927年10月24日~10月29日

・場所:ベルギー ブリュッセル

・講演

 ・W.L.ブラッグ:X線の反射強度

 ・A.H.コンプトン:輻射の電磁理論と実験の不一致

 ・L.ドゥ・ブロイ:量子の新力学

 ・M.ボルン,W.ハイゼンベルク:量子の力学

 ・E.シュレーディンガー:波動の力学

 ・N.ボーア:量子仮説と原子論の新しい発展

『この回のソルヴェイ会議は主題に“電子と光子”を掲げていたが、議論はおのずと量子力学の解釈にむかい、それをめぐって沸騰した。量子力学のあたえる自然の記述は完全であるかとアインシュタインが問い、ボーアに迫った。彼等の晩年まで続く論争は実にこの会議にはじまったのである。

画像は「シュレーディンガー その生涯と思想」より、文章は「波動力学形成史」より。

こちらは、ボーアとシュレーディンガーの討論(p206)”、シュレーディンガーの”波動関数の確率解釈”に対する考え(p203)”、そして”量子力学の成立(p207)に関して書かれたページです。大変興味深いので抜粋してそのまま貼り付けました。

著者:K.プルチブラム

出版:みずず書房

発行:1982年3月

副題として”シュレーディンガーの書簡と小伝”と書かれています。



非常に長い前置きになってしまいましたが、上記の内容を頭の片隅に置きながら、今回の『一冊でわかる 数学』の中から、理解ができて、数学と量子力学/物理学のつながりに関係すると思われる部分をご紹介します。目次でいうと一つは「1.モデル」から、もう一つは「7.概算と近似」からになります。

著者:ティモシー・ガウアーズ

訳者:青木 薫

数学的モデルとは?

『物理学の問題に対して得られた答えをよく調べてみると、科学的な考察からもたらされる部分と、数学によってもたらされる部分とにはっきり区別できることが多い(いつも必ず区別できるわけではないが)。また、科学者が理論を組み立てるときには、観測や実験の結果から作っていく部分と、理論のシンプルさや、現象をどれだけ説明できるかといった一般的考察から作っていく部分とがある。数学者や、科学者のなかでも数学をやっている人たちは、そうして作られた理論をもとに、純然たる論理だけによって何が引き出せるかを調べていく。型どおりの計算からは、その理論がもともと説明すると期待されていた現象が導かれることもあるが、ときにはまったく思いもよらなかった現象が予測されることもある。そんな意外な予測がのちに実験によって裏づけられれば、理論を支持する立派な証拠となる。

しかしながら、「科学理論による予測を実験によって裏づける」という作業は一筋縄ではいかない。なぜなら、前節で述べたように、状況を簡単にしてくれる仮定を置く必要があるからだ。それを説明するために、もうひとつ別の例を挙げよう。ニュートンの運動法則および重量法則によれば、2つの物体を同じ高さから同時に落とせば、それらは同時に着地する(ここでは地面は平坦だと仮定した)。ガリレオが最初に指摘したこの現象は、いささか直感に反している。いや、直感どころではない。ゴルフボールとピンポン玉で実験してみればわかるように、実際、ゴルフボールのほうが先に地面に着くからだ。では、いかなる意味でガリレオは正しかったと言えるのだろうか?

この簡単な実験がガリレオ説への反証とみなされないのは、いうまでもなく、空気抵抗が存在するからである。経験が教えているように、空気抵抗が小さければガリレオの理論はよく成り立つ。だが、「ニュートン力学の予想がはずれたときはいつも空気抵抗のせいにするのはご都合主義だ」と思われる読者もいるかもしれない。しかしそんな読者も、真空中では、羽毛はたしかに石と同じように落下するのである。

とはいえ、科学における観測は、どうやっても完全には直接的にも決定的にもならないから、科学と数学との関係を説明するには、もう少しうまい方法を考えなければならない。実をいえば数学者は、科学理論をそのまま現実世界にあてはめるのではなく、「モデル」にあてはめるのである。ここではモデルというのは、研究対象である現実世界の一部を単純化した、いわば架空の世界であり、その世界では厳密な計算ができるようなものと考えてよい。石を投げる場合であれば、現実世界とモデルとの関係は図1と図2との関係のようなものである。

与えられた物理的状況をモデル化する方法はたくさんあるので、あるモデルが現実世界を理解するのに役立つかどうかを判断するためには、経験に照らし、理論的考察をさらに深めなければならない。モデルを選ぶときにまず目安にすべきは、そのモデルの性質が、観察されている現実世界の性質に対応するかどうかだ。しかしながら、モデルがシンプルであることや、数学的にエレガントであることなど、現実世界との対応以外の要素のほうが重要になることも少なくない。実際、現実世界にはまったく似ていないのに非常に役立つモデルもあるのだ。』 

画像出展:「1冊でわかる 数学」 

概算と近似

『たいがいの人は、数学は白黒はっきりした厳密な学問だと思っている。高校までの数学を習うと、簡潔に述べられた問題の答えはやはり簡潔に示され、しかも多くの場合は短い式で表されるのだろうと思うようになる。ところが、大学まで数学の勉強を続けた人たち、とくに数学を研究しはじめた人たちは、これほど現実からかけ離れた話もないことをすぐに悟ることになる。多くの問題において、解が厳密な式で表されるのは、思いもよらない奇跡的な出来事なのである。たいていは厳密な答えではなく、おおざっぱな概算で妥協しなければならない。概算というものに慣れるまでは、こういう妥協はみっともなくて口惜しいことに思われる。だが、概算の面白みを知っておいて損はない。なぜならそれを知らないでいることは、いくつもの大定理や、未解決問題の大半に出会い損なうことだからである。』 

分かったこと(イメージ)

物理学と数学の関係は性格の異なる兄弟のように感じました。現実主義者(物理学)の兄と曲がったことの大嫌い(数学)な弟というイメージです。

二人は血がつながっており、お互い助け合って生きています。二人の関係を意識すると、兄、弟、それぞれの個性も理解しやすくなります。

しかしながら、今回は現実主義の兄も先祖代々受け継がれてきた家訓(ニュートン力学に代表される“決定論”)をないがしろにすることはできないという強い思いを抱いています。一方、兄を支援する立場の弟は、曲がったことは一切受けつけないという頑固さを封印し、結果に対する柔軟性(概算・近似)に目を向け、考えの幅を広げることも必要だと感じています。

量子論の育ての親とされるニールス・ボーアと古典派との分かれ道となった“波動関数の確率解釈”を提唱したマックス・ボルン等の推進派。彼らは”歩”を進めるために家訓を越え、柔軟性を積極的に取り入れることによって、常識がまったく通用しない原子よりも小さなミクロの世界に足を踏み入れました。

マックス・ボルンは“波動関数の確率解釈”の発表から28年後の1954年にノーベル物理学賞を受賞されました。そして、なくてはならないコンピュータをはじめ様々な分野で量子力学は大きな成果に貢献しています。

量子論のニールス・ボーア、“波動方程式”のエルヴィン・シュレーディンガー、そして“波動関数の確率解釈”という家訓を乗り越えたマックス・ボルン、この三人は特に大きな存在だったと思います。

注)ボーアは1922年、シュレーディンガーは1933年にそれぞれノーベル物理学賞を受賞されました。 

付記1(「8.数学に関するよくある質問」より)

本書の最後となる「8.数学に関するよくある質問」にはユニークな8つの質問が掲載されています。ここでは先頭の「数学者は30歳を過ぎると才能が枯渇してしまうというのは本当ですか?」をご紹介させて頂きます。

1 数学者は30歳を過ぎると才能が枯渇してしまうというのは本当ですか?

2 女性の数学者が少ないのはなぜですか?

3 数学と音楽は相性がいいのでしょうか?

4 積極的に数学は嫌いだと言う人がこれほど多いのはなぜでしょうか?

5 数学者は研究にコンピュータを使いますか?

6 数学を研究できるということが不思議です。

7 有名な問題がアマチュアによって解かれた例はありますか?

8 なぜ数学者は、定理や証明を「美しい」などと言うのですか?

1 数学者は30歳を過ぎると才能が枯渇してしまうというのは本当ですか?

『これは広く信じられている神話だが、この神話が人の心に訴えるのは、数学的能力というものが誤解されているせいである。世間の人たちは、数学者は天才なのだと思いたがる。そして天才とは、一握りの人だけが生まれながらにもつ完全に神秘的な資質であって、一般人がそれを獲得する見込みはないと考えたがるのだ。

数学者の年齢と研究の生産性との関係には大きな個人差があり、20代で最良の仕事をする数学者がいるのも事実である。しかし圧倒的多数の数学者は、知識や経験は年齢とともに増え続けると感じているし、たとえ「生の脳力」は低下するとしても(「生の脳力」などというものがあればだが)、長期的には、知識や経験の増大は脳の衰えを補ってあまりあるというのが実感だろう。画期的な仕事が40歳を過ぎた数学者によって成し遂げられることが多くないのは確かだが、しかしそれはむしろ社会的な要因のせいではないだろうか。40歳までには、画期的な仕事ができるほどの人はすでに若い頃の仕事で名を成しているから、地位や名声をまだ確立していない若い数学者ほどのハングリー精神はなくなっているのかもしれない。しかしこれには多くの反例があり、なかには退職後もずっと情熱を失わない数学者もいる。

世間に広まっている数学者のステレオタイプは、あまりうれしいものではない―「頭は非常に良いだろうが、変人で身なりにかまわず、中性的かつ自閉症的」といったところか、このステレオタイプにあてはまらないからといって、数学は得意教科にはなりえないと考えるぐらい馬鹿げたことはない。実際、他の条件がすべて同じなら、あてはまらない人のほうが有利だろう。数学を学ぶ学生のうち、研究者にまでなる人はごくわずかである。たいていは途中で興味を失ったり、博士課程への受け入れ枠に入れなかったり、博士号は取得したものの大学に職を得られなかったりして研究をやめてしまう。こうして何段階もの選抜をくぐり抜けた人たちの集団では、初期の学生時代にくらべて、変人の比率は少なくなっているというのが私の印象である。―そして、そう感じているのは私だけではない。

好ましからぬ数学者像には、本来ならば数学を楽しみ、数学が得意になっていたかもしれない人たちをこの教科から遠ざけるという悪影響があるのかもしれない。だが、「天才」という言葉の及ぼす害悪は、いっそう見えにくく、しかも深刻だ。天才をおおざっぱに定義すれば、「ふつうの人にはできないこと、あるいは何年も修行しなければできないことを、若くしてやすやすとやってのける人」となるだろう。天才たちの偉業には何か魔法めいたところがあって、天才の脳は単にわれわれのそれよりも効率よく機能するだけでなく、何かまったく異質な働き方をするかに思われるものがある。ケンブリッジ大学には1年か2年に1人ほど、教員を含めてたいていの人が何時間もかかって解くことになりそうな問題を、ものの数分で解いてしまう学生が入学してくる。そういう人物を前にすれば、一歩下がって驚嘆するしかない。

ところが、そんな並はずれた人たちが数学研究者として大成するとは限らないのである。自分以前のプロの数学者たちが取り組んでは失敗してきた問題を解こうとすれば、さまざまな資質が必要になる。先に定義した天才の資質などは、そのためには必要でもなければ十分でもない。極端な例を挙げると、アンドリュー・ワイルズはちょうど40歳のときにフェルマーの最終定理(「x,y,z,nを正の整数とし、nが2よりも大きいとき、xのn乗+yのn乗はzのn乗と等しくはなりえない」)を証明し、世界一有名な数学の未解決問題を解決したが、ワイルズの頭の良さに疑問の余地はないにせよ、彼は私の言う意味での天才ではない。

しかしあれほどの偉業を成し遂げた人物であるからには、常人を超えた神秘的な力をもっているに違いないと思う人もいるかもしれない。なるほどワイルズの仕事は驚異的だが、それは説明不可能な種類の驚異ではない。彼を成功させたものが本当のところ何であるかを私は知らないけれども、少なくともワイルズは、大いなる勇気と、確固たる意志と、強靭な忍耐力と、他の研究者が成し遂げた難解な研究に関する広範な知識と、しかるべき時期にしかるべき領域を研究していた幸運と、ずば抜けた戦略能力を必要としたことだろう。

結局のところ、最後に挙げた「ずば抜けた戦略能力」という資質こそは、猛烈なスピードで暗算ができることなどよりはるかに重要である。数学に対するもっとも深い貢献は、しばしばウサギよりはカメによって成し遂げられているのだ。数学者は成長するにつれて多くの専門知識を身につけていくが、それらは同僚の仕事から得られることもあれば、長い時間をかけて数学を考え抜いた結果として得られることもある。そうして身につけた知識を使って有名な難問を解決できるかどうかを決めているのは、主として注意深い計画性である。豊かな実りをもたらしてくれそうな問題に狙いを定め、見込みのなさそうな戦略を捨てるべき時に知り(これは難しい判断である)、詳細を詰めていく前に(そこまで到達するのは稀である)、大まかなアウトラインを描き出せなくてはならない。それができるためには、ある程度の成熟が必要だ。これは決して天才であることと相容れない資質ではないけれど、必ずしも天才に付随する能力でもないのである。』

付記2『思考の凄い力』:ブルース・リプトンより)

今回、いままで全く縁のなかった量子論、量子力学を学ぼうとしたきっかけは、ブログ“がんと自然治癒力8”で読んだ『思考の凄い力』に因るものです。最後にもう一度その内容を確認して終わらせたいと思います。 

著者:ブルース・リプトン

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

ニュートン力学では超常現象を解明できない

『搭乗を待っていて、ハッと気がついた。これから5時間もシートに縛りつけられるというのに、何も読み物がない。

搭乗ゲートは閉まろうとしていたが、列から離れてコンコースを降り、本屋へと向かった。選択肢は山のようにあるのに飛行機のドアが閉まって取り残される危険性もあり、パニックになりそうだった。どうしていいかわからなくなったとき、一冊の本が目にとまった。『量子の世界』。著者は物理学者ハインズ・R・パージェル。ざっと見たところ、量子物理学の初心者向け解説書らしい。大学のとき以来、量子物理学恐怖症は根強かったので、すぐに棚に戻してもっと軽い読み物を探す。

頭の中でストップウォッチの秒針がレッドゾーンに突入した。ベストセラーだと自ら喧伝している本をつかんで、レジに走る。会計を待ちながらふと見ると、カウンターの後ろの棚に例のパージェルの本が一冊ある。会計はもうほとんど終わっていたし、時間切れになる寸前だったが、ついに量子物理学嫌いを返上して、『量子の世界』も追加で買うことにした。

本屋への行き来にダッシュしたのでアドレナリン全開だったが、飛行機に乗り込んでなんとか自分を落ち着かせ、クロスワードパズルを解いてから、いよいよパージェルの本にとりかかった。

ハッと気がついたときには没頭していた。何度も前にかえっては同じ部分を読み直さなくてはならなかったが、それでも夢中になった。フライトのあいだ読み続け、マイアミで3時間待ちのときもずっと読み続け、さらに楽園の島へ向かう5時間の道中ずっと本を置くことができなかった。パージェルには完全にやられてしまった!

シカゴで飛行機に乗るまで、量子物理学が生物学に関係があるなどとは思ってもみなかった。ところが飛行機が楽園に着いたときは脳が揺さぶりをくらっていた。量子物理学は生物学に“関係おおあり”なのだ!

量子物理学の法則を無視する生物学者は明らかに科学的な過ちを犯している。なんといっても物理学はすべての科学の基礎なのだから。ところが、わたしも含めて生物学者たちはほぼ全員、時代遅れの、だがより整然としたニュートン物理学に頼っている。世界はニュートンの説いたように動いているという考えに固執し、目に見えない量子の世界、アインシュタイン的世界を無視している。

アインシュタインによれば、物質はエネルギーから成っていて、絶対的物質なるものは存在しない。原子レベルでは、物質は確実に存在するわけではない。存在する可能性があるとしか言えないのだ。わたしがそれまで生物学や物理学について確信していた事柄が、木っ端みじんではないか!(訳註:アインシュタインは初期量子論の誕生には貢献しているが、量子物理学を打ちたてたのはボーアやシュレディンガー、ハイゼンベルクら、アインシュタインとはほぼ同時代の物理学者たちである。現代物理学はアインシュタインの相対性理論とボーアらの量子論を二本の柱としている)

ニュートン物理学は論理を追求する科学者にとってはエレガントで安心を与えてくれるものであったとしても、宇宙についてはもちろん、人体の真実をすべて解き明かしてくれるものではない。いまから思えば、わたしも他の生物学者たちもそれは承知していたはずだ。

医学は日々進歩していくが、生きている身体は頑固なまでに定量化を拒んでいる。ホルモンやサイトカイン、成長因子や腫瘍抑制因子など、シグナルとなる化学物質の働くメカニズムが次から次へと発見されている。

だがそういったメカニズムでは超常現象は説明できない。自然治癒、心霊現象、驚くほどの筋力や耐久性、灼熱の石炭の上を火傷一つ負わずに素足で渡る能力、“気”を移動させて痛みを消し去る鍼灸師の力など、そのほかさまざまな超常現象が、ニュートン的世界観に立脚した生物学では説明不能だ。

医学部にいたときには、もちろん、これらの現象については全然考えてもみなかった。わたしも他の教官たちも学生たちに鍼灸療法やカイロプラクティック、マッサージ療法、祈祷などで病気が治るという主張は無視するように教え込んでいた。いや、それ以上だ。医者を名乗るペテン師の口上だといって弾劾さえしたのだ。それほど古典的なニュートン物理学を信じ込み、他の考え方はできなくなっていた。

いま挙げた療法はいずれも、エネルギー場が人間の身体の生理機能や健康に影響を及ぼしているという信念に基づくものだ。

サッカーマガジン創刊号

私がサッカーを始めた当時、サッカーに関する情報源はテレビの「三菱・ダイヤモンドサッカー」(現テレビ東京)と月刊誌の「サッカーマガジン」(ベースボール・マガジン社)でした。

初めて買ったサッカーマガジンは小学6年生、1970年夏です。ワールドカップ・メキシコ大会の大会中か大会直後だったと思います。怪しい記憶が正しければ、表紙はサッカーの神様ペレでした。

数カ月前のことですが、【日本の古本屋】さまから時々送られてくるニュースレターのなかに“スポーツ特集”があり、ちょっとのぞいてみると、「サッカーマガジン創刊号」が目に入りました。値段が数千円と安くなかったため一度は「そうか~」という感じでしたが、私自身のサッカーにとっても原点といえるものであり、また「どんな事が書かれているのだろう?」という興味も強く、案の定、購入することになりました。

なお、ブログは自慢話風になっていると思いますがご容赦ください。 

これは三菱重工対日立本社の試合です。今でいうと浦和レッズ対柏レイソルというところです。なお、ジャンプしている選手の後ろの白いユニフォームは当時最も人気のあった杉山選手です。

発行は昭和41年6月1日になっていました。1964年の東京オリンピックの2年後になります。

 

裏表紙はサッカーシューズの“タイガー”です。調べてみると、当時のオニツカタイガーが現在のアシックスになったのは1977年(昭和52年)でした。

 

 

続いて“日本リーグ全選手写真名鑑”です。

ビッグネームの選手時代の写真はとても新鮮です。全てご紹介します(「さん」付けで失礼します)。

 

 

トップは強豪、東洋工業でした。一般的には小城得達さんが有名ですが、個人的には早稲田OBで、東伏見だったと思いますが、一度練習に来ていただいた松本育夫さんが目立っています。

2番目の八幡製鉄現新日鐵住金)は、宮本輝紀さんがスター選手でした。

 

 

3番目は注目の古河電工です。何といっても、ここには私が大学2年生から3年間、早稲田の監督を努められていた宮本征勝さんがいます。

 

 

古河電工で最も有名選手だったのは八重樫茂生さんだと思いますが、日本サッカーの土台を築いた長沼健さんと大改革によりプロサッカーを立ち上げた川渕三郎さん、さらに日本サッカー界を支えた平木隆三さんという大御所が名を連ねています。現在の日本サッカー協会の会長である田嶋幸三さんも古河電工OBですので、古河電工が日本サッカーを牽引してきたと言っても過言ではありません。

また、浦和西高OBの小林茂紀さんという方が古河電工にいたのを知りました。大発見です。

4番目は日立本社です。ここには2010年に日本サッカー殿堂入りされた鈴木良三さんがいます。出身大学は立教ですが、高校は浦和西高です。

 

 

 

5番目は三菱重工業です。三菱といえば、快速ウイングの杉山隆一さん。そして、名GKの横山謙三さんも大変有名でした。ちなみに出身高校は埼玉県立川口高校です。

 

 

 

 

落合弘さんはこの創刊号のときは“山田”という旧姓になっていました。また、「次期スター候補生 山田 弘」という特集が組まれていました。紹介文は次の通りです。

『一に杉山(三菱重工)、二に釜本(早大)、三、四がなくて、五に小城(東洋工業)。サッカー界の人気バロメーターはこんなところだ。だがファンの急増とともに“新しいスター誕生”の期待も大きくなっている。杉山、釜本に迫るスターはだれか。ずばり、日本リーグのニュー・フェース、三菱重工の山田弘選手とうらなってみようではないか。』なお、落合さんの出身高校は浦和市立高校(現さいたま市立浦和高校)です。

6番目は豊田自動織機です。

7番目は名門ヤンマーディーゼルでした。早稲田OBで2015年に日本サッカー殿堂入りした鬼武健二さんもいますが、注目は日産、横浜F・マリノス、日本代表などで指揮を執った加茂周さんです。思い起こすと、「そういえば、ヤンマーでやっていたと聞いたことがあったような」という感じです。

 

最後は名古屋相互銀行こと“名相銀”です。調べてみると平成元年に名古屋銀行に改称されていました。

 

名相銀をよく覚えているのには理由があります。1960年代に浦和には浦和クラブという社会人の強豪サッカーチームがあり、日本リーグへの入れ替え戦に臨んでいました。その相手が名相銀でした。

すっかり忘れていましたが、浦和クラブは浦和サッカーの象徴だったと言えるかも知れません。そこで懐かしき“浦和クラブ”を調べることにしました。(クリックするとウィキペディアにリンクします)

●浦和クラブは呼称、正式名称は浦和サッカークラブ

●創設は1950年(第二次世界大戦の5年後)。母体は「麗和クラブ(県立浦和高校OB)」と「埼玉蹴球団(埼玉師範学校OB)」。

●1962年に浦和クラブに「桜蹴クラブ(市立浦和高校OB)」と「西高OBクラブ(浦和西高OB)」が加わり、チームが再編された。

●JSL入れ替え戦は4回

1.1965年:出場を辞退

2.1966年:対ヤンマーディーゼル(1分1敗)

3.1968年:対日立製作所(2敗)

4.1969年:名古屋相互銀行(2敗)

“名相銀”を記憶していたのは、66、68年は私自身がサッカーをしていなかったからという理由でした。


文章には『カクテル光線に照らし出された緑の芝生が美しい初ナイターだった。~』となっています。写真を見るとスタンドの屋根に配置された照明が明るく輝いています。当時はこれらの照明だけだったようです。 

こちらが目次です。

 

サッカーのおもしろさ 味わい方 楽しみ方”という記事に貼ってあった写真です。“三国対抗戦の妙技に酔うファン”と書かれています。そういえば、確か小学6年生だったと思いますが、11歳年上の兄の愛車で国立競技場に試合を見に行ったことを思い出しました。相手はオーストラリアだったと思います。

「本当にオーストラリアだったのかなぁ?」と思い調べたところ、それは1971年3月7日に行われた三国対抗・朝日国際サッカー大会でのセントジョージ・ブダペスト(オーストラリア)との一戦で、結果は0対0の引き分けでした。そういえば、喜んだり悔しがったりせず、よく晴れたポカポカ陽気のマッタリ感の記憶があるのは、きっと無得点の引き分けだったからなんだと思いました。

 

 

驚きました。価格が¥184.8万円になっていました。

画像出展:「中古車検索EX

まてよ?もしや!?」と思い、無造作に箱に入れられている昔の物を調べてみると、予想は当たっていました。自分の部屋に貼っていたのは“3国対抗サッカー 全日本Aチーム 1971.3.14”のサイン色紙でした。日焼けが物凄く画鋲の穴も生々しいためお宝度は高くありません。「誰からもらったのだろう?」と考えてみると、おそらく、駒場サッカー少年団の監督で、浦和クラブのエースストライカー、アディタスの黒い”モデル2000”がえらくカッコいい大森先生からだろうと思います。というかそれ以外考えられません。

 

 

 

躍り出た大学の新人群像

『大学サッカー界は、ナンバー・ワン明大の杉山その他、多数の名選手を日本リーグに送り、大打撃を受けた。その痛手は余りに大きすぎるが、一方、有名無名の新人が入ってきた。これら新人群像にスポットを当ててみよう』

このような書き出しで、関東大学サッカー一部校(早大、明大、教大[東京教育大学・現:筑波大学]、中大、立大、日大、法大[入れ替え戦で日体大に勝利]のそれぞれの現状や選手補強の状況が紹介されています。その中で浦和西高の大先輩で、元日本代表、時々西高にも顔を出されていた川上さんの大学時代の写真を見つけました。これも今回の大発見です。

 

 

“国内最高の技術 ミツナガのサッカー靴”という広告のページを挟んで出てきたのが、この“連続写真による サッカーの基礎技術 連載技術指導”です。初回となる今回は“キッキング(その1)”となっています。インサイド・キックに始まり、バックヒール・キックまでの16ページと充実した内容ですが、一番の驚きは、模範のキックを行っている選手が釜本さんというところです。

 

 

 

こちらの写真は先にご紹介した“躍り出た大学の新人群像”に掲載されていたものです。

釜本選手といえばその強烈なシュートが代名詞でしたが、実は自慢話があります。おそらく大学2年生の時だったように思いますが、夜の暑さが半端ない夏の関西遠征があり、そこで日本リーグの強豪ヤンマーディーゼルとの練習試合がセットされました。

選手としては晩年ではありましたが、存在が偉大すぎて早稲田の先輩とも思えない釜本さんがピッチにいました。これだけで私などは大興奮なのですが、最も印象に残ったのはシュートのインパクトの音です。明らかに普通の音ではなく、その「ボン」という爆発するような音だけが頭にこびりつきました。その凄さを体感することができたことは最高の思い出です。

下の写真はその強烈なインステップ・キックです。 

高校サッカー部めぐり”は“輝ける新星 習志野高校”と題され紹介されていました。習志野高校といえば、野球部が平成最後の甲子園大会で準優勝したというニュースは先月のことでした。

習志野高校を率いていた西堂監督は、浦和西高の仲西監督と親交が深く、そのため習志野高校とは西高グラウンドで試合することが度々ありました。私にとっては習志野高校は懐かしい高校の一つです。

この“高校サッカー部めぐり”に続くのが、“高校サッカーの歩み 伸びゆく新興勢力”という記事です。

読んでみると、忘れてはいけない日本サッカーにとって最高の恩人である、デッドマール・クラマー氏の話が出ていました。そこでその後半の一部を抜粋してお伝えしたいと思います。

奥がクラーマ氏、手前は長沼監督 1963年10月12日 日本対ベトナム戦

画像出展:「ウィキペディア

◇「なんと早く、なんと忠実な……」

『~ クラーマー氏は京都の講習会で「日本人には速くプレーできる素質がある。だがまずコントロールして、そして速いプレーにもっていくべきだ。ドイツでもどこでも、ジュニアーで日本ほど速い国はない」

との言葉を残した。

彼はけっしてあわてず焦らず、まず正確なフォームから教えた。それができてからスピードを高めた。その手腕、その辛抱強さに、わたしは何度か教えられたのである。

彼の来日日程の後半は、オリンピック・チームの強化に専念し、長沼、岡野両コーチとともに活躍した。

講習会はとだえたが、彼のまいた種は、いま全国で芽をのばしつつある。 ~』

“高校サッカーの歩み 伸びゆく新興勢力”の記事は、◇全国の高校サッカー勢力 に移ります。

ここでは当時の“関東”がどんな状況だったかお伝えします。

『二十九回宇都宮が垢ぬけした足技とスピードで優勝、一躍有名となった。東北ほどがんじょうなプレーではないが、鋭い出足のチームが多い。宇都宮工、宇都宮学園がとってかわり、ことしは群馬県から新島学園が出たが、大半が卒業するので復活はしばらくかかりそう。

茨城は水戸商、日立一、日立工と好チームは多いが、千葉に習志野が出て、やはり中学選手を鍛え出してから、東関東は勢力がかわりつつある。

埼玉は群雄割拠、かつての浦和が伝統を守ろうとしているが、浦和市立、浦和西に移り、川口工の進出も目立ってきた。

神奈川は湘南がなんとか希望をつないでいるが、進学の関係で無理ができず、鎌倉学園、栄光学園などとせり合いの状態。頭のよいサッカーをする県だ。

山梨は韮崎、甲府商、甲府工、日川、石和、機山工と、小粒を鍛えぬくチームぞろいで、いつもダーク・ホース。

東京は100チームもいるが、帝京、城北、教大付、早大学院の争いがつづいている。』 

この特集の最後に23年度から40年度までの全国大会(現全国選手権大会)と国体の優勝校が出ています。両校優勝を含めると、浦和の高校が全国大会18回中7回、国体は6回、優勝しています

50年前、唯一のプロスポーツである野球のON(王・長嶋)が脚光を浴びていた時代でも、浦和は圧倒的にサッカーでした。野球部への入部も少しだけ考えていた私ですが、親しい友人たちの中には野球部に入ろうとするものは誰一人いませんでした。

なお、浦和南高校(現さいたま市立南高校)の創立は昭和39年です。また、特にサッカーが盛んだったエリアは意外に狭く、京浜東北線の浦和―北浦和―与野間、線路西側は常盤中学、線路東側は産業道路を挟むように点在していた、原山中学、本太中学、木崎中学、大原中学、浦和市ではこの5校を中心に凌ぎあっていました。

サッカーではありませんが、昭和39年の東京オリンピックを記念して陸上競技の技術書が出版されていました。

下段のランニングフォームの写真はマラソンで銅メダルに輝いた円谷幸吉選手です。国立競技場に入ってからの光景は鮮明に覚えています。

ためしにネット検索してみると、amazonで¥7,200で販売されていました。県立久喜図書館に所蔵されているようなので取り寄せようと思います。

 

  

『東京五輪、マラソンのゴールに向けて力走する円谷幸吉。右は猛烈な追い上げを見せるヒートリー(英国)=1964年10月21日、国立競技場で』 画像出展:「東京新聞

 

「円谷、がんばれ~!!」

 

  

“早慶サッカー・ナイター”という記事が出ていたのでちょっとびっくりしました。よく見ると下に、「御観戦中の皇太子殿下、美智子妃殿下」となっています。

皇族の方をお招きして早慶戦を行っていたということは全く知りませんでした。そこで私が25人目の選手として登録メンバーにすべり込んだ記念の31回大会のパンフレットを取り出し、この17回大会について何か明記されているか確認してみました。年次優勝校という一覧があり第1回大会から30回大会までの結果が掲載されていましたが、特にそれらしい記載はありませんでした。

この古いパンフレットを開くと当然ながら懐かしい写真が出ています。

  

  

かなり長い間、この質素なつくりのパンフレットが使われていました。今のものは次元がちがう、おそろしく出来栄えの良い別物になっています。  

中央でシュートしているのは、現Jリーグ副理事長の原博美さんですが、その右横でシュートを許してしまった慶応の選手は浦和西高で同期のT君です。ちなみに西高時代はフォワードでした。

  

そして、当時読んだかどうか怪しい、少なくとも風化して何も記憶に残っていない、堀江先生、宮本監督、そして大学紹介のページを熟読しました。せっかくの機会なので頑張って書き写しました。 

『サッカーで大切なのは、闘志と技術と戦術だ。早慶戦は、22人の選手が闘志いっぱいのプレーを展開するゲームだという点では、まちがいなく期待できる。

次は、技術だ。両校の選手の技術水準は大したことはない。秋までには、一生けん命練習して、もっとうまくなってもらいたい。だが、見方を変えれば、相当うまいともいえる。われわれが現役だった時代よりは、トラッピングなどはたしかにうまい。

問題は、技術が戦術とうまく結びついていないことにある。一例をあげよう。敵のハーフが右からドリブルで攻め上がってきた。反対側をフォワードが突っ込んでくる。その進路に合わせようとしたハーフのクロス・パスが失敗して、フォワードの背後に落ちた。

このフォワードをマークしていた味方の右側のバックがその球を取る。そのとき、十中八九はみごとに足もとにピタリと止め、それから顔をあげて、味方を探すのである。当然、フォワードにフォローして上がってきている敵のハーフがタックルに来る。それをたくみにフェイントで抜いて、もう一度、顔を上げて、味方を探す。右のウイングが「引いた!引いた!」と声をかける。ウイングの方向へ2、3歩ドリブルしてから、その足もとへグラウンダーで正確なパスを出す。こんなバカていねいな「予告つき」のパスでは、ウイングをマークしている敵のプレーヤーは、そのパスをつぶさないではいられないだろう。

以上、技術的には満点でも、戦術的には零点の一例である。いまの日本サッカーには、一般的にこういう場面が多すぎる。

敵ハーフのパス・ミスをカットする味方バックの、戦術的に正しいプレイはなにか。できたら、ダイレクト・キックで、反対側のハーフ・ウェイ・ラインの方向に、ロッビングの大きなパスを送るのが、一番効果的だ。フォロー・アップしている敵ハーフの頭上を越え、ハーフ・ウェイ・ラインのこちら側まで下がってきている味方右ウイング(下がることを忘れて敵陣に残っているようではダメ)に渡す。ウイングはタッチ・ラインぞいにフル・スピードで攻め上がる。

ダイレクト・パスが無理なら、フォロー・アップしてくる敵ハーフの進行方向を避け、右外側へ大きくトラップして突進する。いったん下がった味方ウイングは(いつまでも「引いた!」といっていてはダメ)前向きに走りだすその進路へ(足もとでなく)パス、これでも逆襲になる。

こういう、戦術的にスキのないプレーを展開してほしい。』  

『国内の数あるサッカーの定期戦の中で、観客を数万人も動員出来る定期戦と云えば、早慶ナイター戦以外にない。それだけでも早慶戦は他大学の学生から羨望視されているのではない。

早慶戦に、出たい一心で早稲田、慶応の両校を受験する学生も数多いと思うし、また、現役部員の中でも、年に一度しかない早慶戦だけには、何がなんでも“出場したい”、“するんだと”一時的でも頑張る者は多い。

早慶戦の看板と独特ともいえる雰囲気だけに、興奮し、技術も、戦術も忘れた、身体と身体のぶつかり合い、ただ、ガムシャラに動き廻るサッカーであるなら、90分間の試合は長すぎると思う。

サッカー本来の面白味は、技術、戦術、体力、ファイティング・スピリット、フェアープレーと云った要素と、22人の選手が一つのボールを操り生み出す、リズムとハーモニー、そして手に汗を握るゴールの攻防が見応えのある試合と云えるのではないだろうか。

我々両校の学生は、学生サッカー界のトップ・エベントとしてのプライドを持つと同時に素晴らしい試合を進めるために、我々、指導者も学生も、常に努力と精進を忘れず、怠らずに、一丸となって鍛錬していかなければならないと思う。

いつの日か、国立競技場の大観衆が、ゲームに酔い90分間がアッと云う間に終って行く様なサッカー試合を、夢見ている。』

早稲田大学ア式蹴球部―情熱100%

『えんじ色のジャージに身を包み、たまに若い女性を見つければいっせいに充血した視線を向け、アルコールが脳漿に充満すると必ず都の西北の大合唱を開始する、そんな男たちがくらしているのが東伏見という街である。東伏見は早大の運動部員の為の街といって差しつかえない。駅から真っすぐに歩いて1分もすればグラウンドが視野にとびこんでくる。その他にはなにもない。早稲田は常に大学スポーツ界の頂点にいなければならないので当然のことながら日々の練習はきつい。若いエネルギーをすべて東伏見の土と砂に吸収されてしまうので、エネルギーを補充しなければならない。その為に駅前にわずかばかりのそば屋や喫茶店、飲み屋等があるだけである。そういったオアシスで部員たちは、人生の荒波をこえてきたその重みを顔にきざんだしたたかな女性たち、喫茶店のママやそば屋のおばさんたちと家族のように談笑することで、明日への無限のエネルギーをたくわえていくのである。

早稲田大学ア式蹴球部の全てはこの東伏見から生まれるのである。

宮本監督はじめ74名の部員はあふれんばかりの情熱と火花を散らす闘志としなやかな頭脳の全てを発揮して、毎日確実なものをグラウンドから吸収していくのである。

今年の主将、原は全日本にも選ばれる実力はもちろんのこと、その人柄で74名という大世帯をまとめあげている。彼のシーズン初めの抱負の言葉は、「じゅあ、みんながんばっぺ」である。この言葉で部員がまとまっているのであるから栃木弁の神通力はおそろしいものである。

副将の中山も原と共にチームの牽引車となってがんばっている。

毎日の練習メニューはグラマネの永井と稲桝が監督と相談して決めている。74名という大人数でいかに最大の効果をあげるかということで彼らは日夜頭を悩ましているのである。

今年は21名というかなり多数の新人を加えることになったが、彼ら一年生たちは、部の土台を支える重要な役目を果たしている。雨の日の練習後などは一日中グラウンドと格闘している。その努力のおかげで全員が練習に集中できるのである。もちろん一日でも早くレギュラーポジションを獲得しようと燃えているのはいうまでもない。その熱意は上級生をケズッてでも試合にでようという程のもので(もっとも他の意図もあるのかもしれないが)上級生の心胆を寒からしめている。

2年生、3年生はそのすべての神経を練習に集中し、部の中核としてはりきっている。学生選抜の吉田、池田などは重要な戦力となっている。この二人はプレーばかりでなく、普段でもかなりな心臓をしている。池田はカナダに留学の経験があり、やたらと横文字を使いたがるが、それがどうもあやしい。彼によると、カナダでは彼のポジションはLight Wingというのだそうだ。

その他、寮会計の木村、食費会計の五領は練習後もその責任を果たすべく、お金と数字と部員の顔をにらみつけている。忘れてはならないのは浅川さんと平野さんの二人の女子マネである。彼女たちは花嫁修行そっちのけで早稲田の為に重要な役割を果している。この早慶戦も彼女たちなくしては開催できなかったであろう。彼女たちを泣かせないためにも我々早稲田大学ア式蹴球部は勝たなければならないのである。

堀江部長、宮本監督以下、部員全員がひとつになって、それぞれの個性を生かしながら努力することで早稲田のサッカーは成り立っているのである。』

(ところで、先輩のYさんが凛々しくプレーされている冒頭の写真は、東伏見ではなく検見川です)

この文章は4年生のG先輩によるものだろうと思います。G先輩はサッカー部には珍しい数少ない政経学部の学生でした。そしてオフには、普通の学生ではなかなか行けない”ツバキハウス”というプロ仕様のディスコに時々(?)行かれていたようです。

画像出展:「DISCO CATのブログ

こちらは庶民派の”カンタベリーハウス”

画像出展:「Disco Time machine


憧れの国立競技場。グラウンドに角帽をかぶっている後方の小さな面々は多分1年生。

左の方にパンフレットとおぼしきものを掲げている気の利く奴がいますが、よく見たら私でした。虫眼鏡でみたところ第32回となっており、この写真が4年生、最後の早慶戦のものということが確認できました。

 

JR千駄ヶ谷駅前。なぜか女子マネでもない若き女性が中央に笑顔で写っているのですが、これは多分、フットワーク抜群のK君の成果だったと思います。写真を撮って頂いたのはこの女性のお母さんです。間違いないと思います。

 

 

「38年経ったぞ!」と言いたい。

 

 

巻末付録として“わかりやすいサッカー用語集”というページが8ページにわたって掲載されていますが、その前の最後の記事が“ワールドカップ予想”です。これは同年1966年の7月11日から30日まで、ロンドンなど七都市で行われる、第8回大会を予想したものです。



サッカーのオールドファンには有名な話ですが、この大会で北朝鮮チームはベスト8に入るという快挙を成し遂げました。調べてみると、予選リーグではイタリアを1対0で撃破。準決勝進出をかけたポルトガルとの一戦でも、最後はモザンビークの黒豹と恐れられたエウゼビオに4点を叩き込まれ敗戦したものの、世界を驚かせる記録と記憶を残しました。 

画像出展:「SOCCER!

 

 

こちらの画像は「OKANITOの横浜便り:“奇跡の出会い”」から拝借しました。素敵なサイトです。

ベンフィカリスボンの選手として来日し、神戸での試合のハーフタイムに撮られたようです。32歳だったサントスFCのペレ、ワールドユースの若きマラドーナ、トヨタカップで来日した数々の有名選手と比べても当時28歳だったエウゼビオのプレーは圧巻でした。

生物と量子力学3(意識)

「“信じる者は救われる”とは誰が言った言葉なんだろう?」と思いました。

調べてみると、それは新約聖書の中のマルコ福音書16:16(Mark 16:16)というところから来ているようです。

画像出展:「DailyVerses.net

何が言いたかったかというと、患者さまが「鍼は効く[ポジティ]」(「鍼は怖い[ネガティブ]」ではなく)と思うとき、そして施術者が患者さまの病態を理解し適切な“証(施術方針)”を立て、「鍼は効く[ポジティブ]」と思うとき、鍼の効果は得られやすいように感じます。

一方、ブログ「量子論2」の“5.量子の奇怪さ”の中には、次のような指摘がされています。

『量子論を考え出した人たちは、ニュートン的世界観と対照的なもう一つの面に気づいた。それは観測者が創り出すリアリティというものだ。量子論によれば、観測者が何を測定しようとしているかということがその測定自身に影響を及ぼすことになる。量子の世界で現実に起こっていることは、その世界を我々がどのように観測しようとしているかに依存しているのだ』

“何を測定しよう”という行為は“観測者”という主体が持つ“意識”から生まれるものだと思います。つまり、意識は量子の世界とつながり、影響を与えるものだということです。 今回の本の中にも「心」をテーマにした章がありました。詳細は以下の通りです。

第8章 心

●意識はどれほど奇妙なのか?

●思考のメカニズム

●心はどうやって物体を動かすのか

●キュビットを使った計算

●微小管を使った計算?

●量子イオンチャンネル?

内容はいずれもその難しさに圧倒されるものですが、“心はどうやって物体を動かすのか”と最後の“量子イオンチャンネル?”の一部ご紹介させて頂きます。

心はどうやって物体を動かすのか

『おそらくほとんどの人は、心や魂や意識は物理的な身体とは別物だとする「二元論」の考え方を、何らかの形で受け入れていると思う。しかし20世紀の科学界では二元論は支持を失い、いまではほとんどの神経生物学者は、心と体は同じ一つのものだとする「一元論」の考え方のほうを好んでいる。たとえば神経科学者のマルセル・キンズブルンは、「意識があるというのは、神経回路がある特定の相互機能状態にあるようなものだ」と主張している。しかし先ほど話したように、コンピュータの論理ゲートは神経細胞にかなり似ている。だとしたら、およそ10億のインターネットホストから構成されているワールドワイドウエブ(1000億個の神経細胞からなる脳に比べたらまだ小さいが)のような、高度に連結したコンピュータは、なぜ意識の兆しさえも示さないのだろうか? なぜ、シリコンでできたコンピュータはゾンビ[意識を持っていないという意味です]で、肉でできたコンピュータは意識を持っているのだろうか? 単に、ワールドワイドウェブが我々の脳の複雑さや「相互連結性」にまだ到達していないというだけの問題だろうか? それとも、意識はまったく違うたぐいの計算活動なのだろうか?

もちろん、このテーマについて書かれた数々の書物のなかでは、意識に対するさまざまな「説明」が展開されている。しかしここでは、本書のテーマにもっとも関係のある、きわめて異論が多いが魅力的なある主張に焦点を絞ることにする。それは、意識は量子力学的現象であるとする説だ。なかでももっとも有名なのは、オックスフォード大学の数学者ロジャー・ペンローズが1989年の著書「皇帝の新しい心」のなかで説いた、人間の心は量子コンピュータだという主張である。 ~』

量子イオンチャンネル?

『~ 脳の電磁場によって神経発火が同期するという現象は、神経活動の特徴のなかでも意識と関係があることが知られているごく少数の例の一つである。そのため、意識の謎について考える上でもきわめて重要だ。たとえば、視界のなかに置かれている自分の眼鏡などの物体を探していて、散らかったほかの物体に混じってそれを見つけたときに誰もが経験する現象について考えてみよう。散らかった場所を見ているとき、探している物体をコードしている視覚情報は目を通じて脳へ伝えられているが、なぜかその探している物体を見ることはない。それを「意識」してはいないのだ。しかししばらくすると、その物体が見えるようになる。はじめ気づかなかったときと、同じ視野のなかにその物体があることに気づいたときとで、脳のなかでは何が変化しているのだろうか? 驚くことに、神経発火そのものは変化しないらしく、眼鏡が見えていようがいまいが同じ神経細胞が発火する。しかし眼鏡を見つけていないときには、神経細胞の発火は同期しておらず、見つけると同期する。電磁場は、脳の互いに離れた場所にあるコヒーレントなイオンチャネルをすべて一つに結びつけることで、無意識から意識的思考への移り変わりに何らかの役割を果たしているかもしれない。

強調しておくべきだが、意識を説明するために脳の電磁場や量子コヒーレントなイオンチャネルといった概念を持ち出してきたところで、けっしてテレパシーのようないわゆる「超常現象」の存在が裏付けられることにはならない。電磁場もイオンチャネルも、一つの脳のなかでおこなわれる神経プロセスにしか影響を与えることはできず、異なる脳のあいだで意思疎通することはできないのだ! さらに、ゲーデルの定理[不完全性定理:数学基礎論における重要な定理]に基づくペンローズの主張について考察したときに指摘したように、酵素活性や光合成など本書で取り上げたほかの生物現象と違い、そもそも意識を説明するのに実際に量子力学が必要であるという証拠はまったくない。しかし、生命に欠かせないあれほど多くの現象に関係していることが分かっている量子力学の奇妙な性質が、生命のもっとも謎めいた産物である意識にはまったく関係していないなどということが、はたして考えられるだろうか? その判断は読者にお任せしよう。量子コヒーレントなイオンチャネルと電磁場に基づいて意識を説明するという説を含め、ここまで示してきた事柄はもちろん推測にすぎないが、少なくとも脳のなかで量子の世界と古典的な世界をつなぐものとしては理にかなっている。』

以上のことから、この本の著者は意識と量子の世界の関わりについて、ロジャー・ペンローズの著書「皇帝の新しい心」の内容に対して懐疑的ではあるものの、その可能性は否定していないということが分かります。こうなると、何はともあれ「皇帝の新しい心」という本を知る必要があります。

幸い、お世話になっている図書館にそれは所蔵されていました。 

題名:「皇帝の新しい心 コンピュータ・心・物理法則」

原書:「The Emperor's New Mind: Concerning Computers, Minds, and The Laws of Physics」1989年

著者:ロジャー・ペンローズ

出版:みすず書房

発行:1994年12月

ここでは訳者である林 一先生(昭和薬科大学名誉教授)による「訳者あとがき」の一部と、この本の目次をご紹介したいと思います。

『~ 心はなぜ存在するか、心は脳という生物的機関に固有のものなのか。意識現象が科学で理解できるのか。思考は機械的に可能か。われわれはなぜここにいて、宇宙について、心について考えているのか。

相対性理論の新しい時空像、量子論が切り開いたパラドクシカルな状況、人工知能(AI)の発展、ゲーデルの定理、チューリング機械の理論がさらけだしたアルゴリズム的思考の限界。脳科学が提示している知覚の奇妙さ。こうした現代科学の成果は、上の問題を新たな形で定式化しては、それをめぐる謎をさらに深めたと言える。

この謎に対する出来合いの答はもちろんない。本書は、現代科学のあらゆる分野の関連のあるかぎり遠慮なく取り上げて、この本題に迫る。答えはないとはいえ、ペンローズが多大の労力を費やしたのは、彼の大胆な仮説、見通しを筋道を立てて率直に読者に説明するためである。そのためには相対性理論、量子論の根本的問題についても論じなければならない。議論は明快で数式はかみ砕かれており、読み飛ばしても差し支えないという断りがあるとはいえ、かの【ホーキング、宇宙を語る】の各編集者がホーキングに与えた、どんな数式も読者を半減させるという名警告を、彼はあえて無視した。

数理物理学、相対性理論、宇宙論の分野で赫々(カクカク)たる業績をあげた、当代きっての数学者・物理学者であるペンローズがなぜ、大勢の物理学者が敬して遠ざけてきたこの問題にここまで真剣に取り組むようになったのか、その心中を推測することは私にはできない。きっかけについては彼自身の言葉を上で紹介したが[上で紹介とは「副題に“コンピュータ・心・物理法則”とあり、コンピュータが心をもちうるかという問題を、それを肯定的に答える一部の論者に刺激されて、心とは何かについて深く考え始めたのが、本書執筆の動機であった、と著者自身が述べている、ひょっとするとごく単純で、エヴェレストがそこにあるのと同じように、問題がそこにあったからなのであろうか。いずれにしても、これは功なり名を遂げた高名な科学者にしばしば見られる、高尚な哲学的問題への寄り道、老後の手すさびではない。彼は数年来、さまざまな形でこの問題に対する関心の深さを披露してきたのだが、ついに本格的な書物の形にまとめて、世に問うに至った。

心とは何か、意識の本体は何か、それを解明するには、量子論を根本から改革しなければならない。ビッグバンの解明には、量子重力論の建設が必要であることは広く認められているが、ペンローズはさらに進んで、正しい量子重力論が、心の謎、時間の流れという意識の謎を科学的に解く鍵を与えると予測している。意識的思考は非アルゴリズム的で、謎めいた無意識の方こそアルゴリズム的だという指摘、重力による時空の湾曲が意識の成立に関わる、という見通しは、彼以外のすべての科学者にとっても、現代科学に多少なりと親しんでいる一般読者にとっても、破天荒なアイデアであろう。

この問題に対する彼の大胆極まりない答えを一般読者に向けて解くためには、背景となる科学のさまざまな分野(上ではその一端に触れただけだが)について予備知識を与えるべく、著者は筆を惜しまず数百ページを費やして解説した後、本題に迫る。その範囲の広大さは、目次を一目見ただけで分かるだろうから、ここでは羅列しないが、その解説も決して型通りのものではなく、この著者ならではの独創的なものであるが、それはこのような分野に接したことのある読者なら一読して自ら納得されるだろう。うまく訳文に表すことができたかどうか心細いが、控えめだが企まざるユーモアも微笑ましい。

彼自身が明言しているように、当然ながら、彼の答えも暫定的なものである。かつて彼の名声を不動にした、いわゆるペンローズの定理―すべての既知の物理法則が成立しない特異点ブラックホールが生じるのは特殊な条件のもとに限られるという、長年の物理学者の希望的観測を打ち砕いた定理―の発見が、後にスティーヴン・ホーキングの協力を得て、ペンローズ‐ホーキングの定理に拡大されて、宇宙論の展開に大きな転機をもたらしたことが思い合わされるが、心という小宇宙と大宇宙に科学的理解の橋を架けようという、それ以上にスケールの大きな大胆不敵なアイデアが、どのような運命をたどることになるのか、そして、現代科学、なかんずく人工知能論が心に着せている新しい衣を、ペンローズが、皇帝の権威を恐れない寓話の中の子供のように見透かしたことになるのか、私には予測はつかない。 ~』

目次

序文

プロローグ

1 コンピュータは心をもちうるか?

 はじめに

 テューリング・テスト

 人工知能

 「快楽」と「苦痛」に対するAIアプローチ

 強いAIとサールの中国語の部屋

 ハードウェアとソフトウェア

2 アルゴリズムとテューリング機械

 アルゴリズム概念の背景

 チューリングの発想

 数値データの2進符号化

 チャーチ‐チューリング・テーゼ

 自然数以外の数

 万能チューリング機械

 ヒルベルトの問題の解決不能性

 アルゴリズムをどう出し抜くか

 チャーチのラムダ算法

3 数学と実在

 トルブレッド=ナムの国

 実数

 実数はどれだけあるか?

 実数の「実在性」

 複素数

 マンデルブロー集合の作図

 数学的概念のプラトン的実在性

4 真理、証明と洞察

 数学に関するヒルベルトのプログラム

 形式的数学的システム

 ゲーデルの定理

 数学的洞察

 プラトン主義か直感主義か?

 テューリングの結果から導かれるゲーデル型の定理

 帰納的に可算な集合

 マンデルブロー集合は帰納的か?

 非帰納的な数学のいくつかの例

 マンデルブロー集合は非帰納的数学らしいか?

 複雑性理論

 複雑性と物理的な事物の計算可能性

5 古典的世界

 物理理論の身分

 ユークリッド幾何学

 ガリレオとニュートンの動力学

 ニュートン力学の機械論的世界

 ビリヤード・ボール世界における生命は計算可能か?

 ハミルトン力学

 位相空間

 マクスウェルの電磁理論

 計算可能性と波動方程式

 ローレンツの運動方程式:暴走粒子

 アインシュタインとポアンカレの特殊相対性理論

 アインシュタインの一般相対性理論

 古典物理学における計算可能性:われわれはどこに立っているのか?

 相対論的因果性と決定論

 質量、物質と相対性

6 量子マジックと量子ミステリー

 哲学者は量子論を必要とするか?

 古典理論の問題点

 量子論の始まり

 2重スリット実験

 確率振幅

 粒子の量子状態

 不確定性原理

 発展手順UとR

 1つの粒子が同時に2つの場所にある?

 ヒルベルト空間

 測定

 スピンと状態のリーマン球面

 量子状態の客観性と測定可能性

 量子状態のコピー

 光子のスピン

 大きなスピンをもつ対象

 多粒子系

 アインシュタイン、ポドルスキ―、ローゼンの「パラドクス」

 光子を用いる実験:相対性理論の難点?

 シュレーディンガー方程式:ディラック方程式

 量子場の理論

 シュレーディンガーの猫

 現行の量子論に対するさまざまな態度 

 われわれはどこに取り残されたのか?

7 宇宙論と時間の矢

 時間の流れ

 容赦ないエントロピーの増大

 第2法則の働き

 宇宙における低エントロピーの起源

 宇宙論とビッグバン

 原初の火の玉

 ビッグバンは第2法則を説明するか?

 ブラックホール

 時空特異点の構造

 ビッグバンはいかに特殊であったか?

8 量子重力を求めて

 なぜ量子重力か?

 ワイル曲率仮説の背後に何があるか?

 状態ベクトルの収縮における時間非対称性

 ホーキングの箱:ワイル曲率仮説との関連?

 状態ベクトルはいつ収縮するか?

9 実際の脳とモデル脳

 脳は現実にはどういうものか?

 意識の座はどこか?

 分割脳実験

 盲視

 視覚皮質における情報処理

 神経信号はどのように働くのか?

 コンピュータ・モデル

 脳の可塑性

 並列コンピュータと意識の「唯一性」

 脳の活動に量子力学の出番はあるか?

 量子コンピュータ

 量子論を越えて?

10 心の物理学はどこにあるのか?

 心は何のために?

 意識の現実に何をなすのか?

 アルゴリズムの自然淘汰?

 数学的洞察の非アルゴリズム的性格

 インスピレーション、洞察と独創性

 思考の非言語性

 動物意識?

 プラトン的世界との接触

 物理的実在に対する1つの見方

 決定論と強い決定論

 人間原理

 タイル並べと準結晶

 脳の可塑性とのありうべき関連

 意識の遅れ

 意識的知覚における時間の奇妙な役割

 結論:子供の見方

エピローグ

まとめ

”まとめ”というには頼りない内容ですが書いてみました。

繰り返しになりますが、本書の著者が考えている「量子力学と意識」の関係性は次の通りです。

酵素活性や光合成など本書で取り上げたほかの生物現象と違い、そもそも意識を説明するのに実際に量子力学が必要であるという証拠はまったくない。しかし、生命に欠かせないあれほど多くの現象に関係していることが分かっている量子力学の奇妙な性質が、生命のもっとも謎めいた産物である意識にはまったく関係していないなどということが、はたして考えられるだろうか?

これを見たときに気になったのは、ブログ ”がんと自然治癒力9” でご紹介したテロメアです。

このテロメアは2017年5月、NHKの”クローズアップ現代”でも紹介されています。

『老化を防ぎ、若さを保ちたい。そんな願いをかなえると注目されている研究がある。ノーベル賞生物学者・ブラックバーン博士らによる「テロメア」研究だ。染色体の端にあり細胞分裂のたびに短くなるため、年とともに縮むと考えられていたテロメア。ところがテロメアを伸ばして細胞から若返る方法があり、がんを防げる可能性もあるというのだ。』

『ブラックバーン博士たちが発見した酵素「テロメラーゼ」です。テロメラーゼは、テロメアが短くなるのを遅らせたり、さらに伸ばしたりする働きもあります。これによって、細胞を若返らせる可能性が出てきたんです。この発見で、ブラックバーン博士たちはノーベル賞を受賞。そして今、どうすればテロメラーゼを増やし、テロメアを伸ばすことができるのか、研究が進んでいます。』

この時、勉強した本は『テロメア・エフェクト』ですが、そこでは”靴紐とキャップ”を例に”染色体とテロメア”を紹介していました。


そして、ストレスに対する”脅威反”と”チャレンジ反応”という二つの反応によって、テロメアが受ける影響は異なるということも説明されていました。これは意識とテロメアの関係を示すものだと思います。


テロメアにはNHKの”クローズアップ現代”のところでご紹介したように、”テロメラーゼ”という酵素の関与が明らかになっています。酵素のメカニズムに量子力学が関わっているということが証明されれば、テロメアに影響を与える意識と下図の三層目に存在する量子力学が結ばれると考えても良いのではないでしょうか。

画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

生物と量子力学2(酵素)

酵素に注目した理由は、代謝にとって酵素が極めて大切なものだからです。

 “がんと自然治癒力”というブログの中で、自然治癒力とは何かについて整理整頓し、「自然治癒力とはストレス適応と栄養代謝である(詳細は“がんと自然治癒力13” の中段にある ”4.自然治癒力について” をご覧ください)という自分なりの考えをまとめました。

酵素は本書のなかでも、【生命のエンジン】であり、【我々を生かしつづけている「代謝」というプロセスを加速している】とされており、非常に重要なものと位置づけられています。

「第3章 生命のエンジン」はまさに酵素について書かれた章になります。ブログは目次に順じたつくりにはなっていませんが、 “●量子トンネル効果” については全文をご紹介しています。

第3章 生命のエンジン

●酵素-生きているものと死んでいるものを分け隔てるもの

●我々にはなぜ酵素が必要で、おたまじゃくしはどうやって尾をなくすのか

●地形を変える

●激しい運動や振動

●遷移状態理論ですべて説明できるのか?

電子をあちこちに動かす

量子トンネル効果

●生物における電子の量子トンネル効果

●陽子をあちこちに動かす

●速度同位体効果

●これで量子生物学は確立するのか?

また、下記の『 』で括った2つの文章は、前者が第3章の冒頭部分から、後者が“●電子をあちこちに動かす”から、それぞれ一部を抜き出したものです。そして、前者は“コラーゲナーゼ”、後者は“呼吸酵素”という2つの酵素を通じて、酵素の重要性や働きについて説明しています。さらに、呼吸酵素の「桁違いの凄さ」を生みだす “量子トンネル効果” とその前提となる “量子コヒーレンス” という量子現象について触れています。

酵素は生命のエンジンだその中でも我々におそらくもっとも馴染み深いものとしては、しみを取り除く「酵素入り」洗剤に加えられているプロテアーゼ[タンパク質分解酵素(タンパク質を構成するペプチド結合を加水分解する酵素]や、ジャムに加えて安定化させるペクチン[ペクチナーゼ(ペクチン分解酵素)]、あるいは牛乳を凝固させてチーズを作るために加えられるレンネット[凝乳酵素]など、日々ありふれた使われ方をしているものがある。また知っている人もいるかもしれないが、我々の胃や腸の中ではさまざまな酵素が食物を消化する役割を担っている。しかしそれらは、自然界のナノマシンの働きのなかでもかなり些細な例だ。原始のスープ[生命の起源に関わる言葉で、非生物的な有機物の濃縮されたスープのこと]のなかで姿を現した最初の微生物から、ジュラ紀の森を闊歩していた恐竜、そして現在生きているすべての生物に至るまで、あらゆる生命は酵素に頼っている。あなたの身体のなかにある一個一個の細胞は、何百や何千というこのような分子マシンで満たされており、それらが生体分子の組み立てと再利用のプロセス、我々が生命と呼ぶプロセスを、絶えず手助けしているのだ。

ここで鍵となるのが、酵素の働きを指す「手助け」という言葉だ。酵素の仕事は、本来ならあまりにも遅いさまざまな生化学反応を加速させる(「触媒する」)ことである。つまり、洗剤に添加されているプロテアーゼは、しみに含まれるたんぱく質の分解を加速させ、ペクチン[ペクチン分解酵素]は果実に含まれる多糖の分解を加速させ、レンネットは牛乳の凝固を加速させる。同じように、我々の細胞のなかにある酵素は、細胞内の何兆個という生体分子を絶えず何兆個という別の生体分子へ変換することで我々を生かしつづけている、「代謝」というプロセスを加速している。

メアリー・シュワイツァーが恐竜の骨に作用させたコラーゲナーゼも、そうした生物マシンの一つにすぎず、動物の体内ではつねにコラーゲン線維の分解を担っている。酵素によって分解がどれだけ加速されるかをおおまかに見積もるには、酵素がなかった場合にコラーゲン線維の分解にかかる時間(明らかに6800万年より長い)と適切な酵素があった場合の時間(約30分)とを比べればいい。そこには一兆倍もの開きがあるのだ。

標本番号:MOR-1125

2005年3月、ノースカロライナ州立大学のハイビー・シュワイツァーはサイエンス誌上でBレックスの大腿骨から軟組織の回収に成功したと発表した。論文では血管様の組織と弾力のある骨基質様の組織が報告された。もしこれがオリジナルの組織であればDNA抽出などの可能性が広がるが、一方でこれが本当にティラノサウルス由来の組織であるか疑問視する意見も多く寄せられた。

2016年、シュワイツァーらは鳥類との比較検討を行い、産卵期のメスの骨髄組織とBレックスの組織が非常によく似ていることを発見し、Bレックスの軟組織はオリジナルのもので間違いないと結論づけた。

画像出展:「ウィキペディア

この章では、コラーゲナーゼのような酵素がどのようにして化学反応を桁外れに加速させるのかを探っていく。近年、少なくともいくつかの酵素の作用に量子力学が重要な役割を果たしているという、驚きの発見があった。酵素は命の中核をなしているので、これを量子生物学をめぐる旅路の最初の寄港地としよう。

※「代謝」とは:生命維持活動に必須なエネルギーの獲得や、成長に必要な有機材料を合成するために生体内で起るすべての生化学反応の総称。(コトバンクの“ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説”より) 

こちらの密集した手書きの図は、2017年10月にアップした”代謝と恒常性”でご紹介した、「総まとめ代謝マップ」と題されたもので、『「代謝」がわかれば身体がわかる』からもってきました。

呼吸とは息をすることだと考えたくなる。必要な酸素を肺に取り込んで、いらない二酸化炭素を吐き出すという作用だ。しかし実は息というのは、すべての細胞のなかで進行しているはるかに複雑で秩序正しい分子プロセスの、最初の段階(酸素の供給)と最後の段階(二酸化炭素の排出)を組み合わせたものにすぎない。そのプロセスは、「ミトコンドリア」と呼ばれる複雑な細胞小器官のなかで行われている。ミトコンドリアは、我々の大きい動物細胞のなかに閉じ込められた細菌の細胞のように見え、膜や独自のDNAなど内部構造まで持っている。実はミトコンドリアは、数億年前、動物や植物の細胞の祖先のなかに共生した細菌から進化して、その後、独自に生きる能力を失ったものにほぼ間違いない。ミトコンドリアが呼吸のようなきわめて精巧なプロセスを進めることができる理由は、かつて細菌として独自に生きていたことで説明できるだろう。化学的な複雑さでいえば、呼吸はおそらく、次の章で取り上げる光合成に次ぐ第二位だ。

呼吸において量子力学が果たしている役割を突き止めるには、呼吸のしくみを単純化してとらえる必要がある。それでも呼吸には、驚異の生物ナノマシンがおこなう一連の見事なプロセスが関わっている。はじめに炭素でできた燃料、この場合には食物から得た養分を燃焼させる。たとえば炭水化物は消火器の中で分解されてグルコースなどの糖になり、それが血流に乗って、エネルギーを必要としている細胞へ運ばれる。この糖を燃やすのに必要な酸素は、肺から血液によって同じ細胞へ届けられる。そして石炭を燃やしたときと同じように、分子内の炭素原子の最外殻にある電子が、NADHと呼ばれる分子へ移動する。しかしその電子は、すぐに酸素原子との結合に使われるのではなく、まるでリレー競争でバトンがランナーからランナーへ渡されていくように、細胞のなかにある「呼吸鎖」上を酵素から酵素へと手渡しされていく電子は移動の各段階ごとにより低いエネルギー状態へ落ち、酵素はそのエネルギー差を使って陽子をミトコンドリアから外へ汲み出す。次に、そうして生じたミトコンドリア内外での陽子の濃度差を使って、ATPアーゼと呼ばれる別の酵素が駆動し、ATPという生体分子を合成する。ATPはあらゆる細胞にとってきわめて重要な分子で、いわばエネルギーの電池のように細胞のなかを簡単に運ぶことができ、身体を動かしたり作ったりするなど、大量のエネルギーを必要とする活動にパワーを供給する。

電子のエネルギーを使って陽子を汲み出す酵素の働きは、余剰なエネルギーを蓄えるために水を高いところへ汲み上げる揚水ポンプに似ている。蓄えられたそのエネルギーを解放させるには、水を低いところへ流してタービンに回し、発電させればいい。それと同じように、呼吸酵素のポンプは、ミトコンドリアから外へ陽子を汲み出す。その陽子がなかへ戻ってくるときに、タービンに相当する酵素であるATPアーゼがパワーを得る。そのタービンの回転がさらに別の一糸乱れる分子運動を引き起こすことで、酵素のなかにある分子に高エネルギーのリン酸基を結合させ、ATPを作り出すのだ。

エネルギーを捕まえるこのプロセスをさらにリレー競争にたとえるなら、バトンの代わりに水(電子のエネルギー)の入った瓶を使い、それぞれのランナー(酵素)が少しずつ水を飲んでから瓶を次のランナーに手渡していって、最後に残った水を酸素と書いているバケツへ移す。このように電子のエネルギーを少しずつ捕まえることによって、酸素へ直接移すよりも全体のプロセスの効率がはるかに良くなり、廃熱として失われる分もきわめて少なくなるのだ。

この図は本書のものではないため、上記の説明とはつながっていません。

ここでは紫線電子の流れを見ていただくために添付しました。

画像出展:「人体の正常構造と機能」

このように、呼吸の鍵となる作用は息をすることとはほとんど関係なく、細胞のなかにある呼吸酵素が秩序正しく電子を受け渡していくことで成り立っている。酵素から酵素への電子移動は原子何個分にも相当する数十オングストロームの距離で起こり、従来の電子のジャンプではとうてい起こりえないと考えられていた距離に相当する。呼吸酵素はどのようにして、そのような長距離で電子をこれほど素早く効率的に移動させることができるのか、それこそが呼吸の謎である。』 

ここで問題の「数十オングストローム(Å)の距離」がどれ程のものか考えたいと思います。

こちらの絵は、“水素原子”を「ピンポン球」の大きさに拡大すると、“ピンポン球”は「地球」の大きさになってしまう。という例です。なお、水素原子の正確な直径は、1.06(オングストローム)になります。

画像出展:「原子ってどんなもの?(1)

原子の直径として明記されている10-10mという数は1Å[オングストロームと同じです。また、中央にあるオレンジ色原子核の大きさは中性子と陽子の数で決まります。その原子核の周りに電子が存在しているというのが原子の全体像です。

画像出展:「第1回:原子のつくり その1

数十オングストローム(Å)の距離とは

■1Åは10−10m

■1Åは 0.1ナノメートル(nm)

■1Åは100ピコメートル(pm)

この表は「ウィキペディア」に出ている表を参考に作成しました。

 

この表は「電子の大きさはどれだけか?」に出ている表を参考に作成しました。

 

水素原子の半径は0.53Å(53pm)。原子核の大きさは陽子・中性子の数によって変わりますが、陽子・中性子それぞれの半径はともに約1.2fm(0.0012pm・0.000012Å)。従って、陽子・中性子を1とすると、水素原子は陽子・中性子の約44,000倍であり、原子核の外側に位置する電子は原子核から約44,000倍離れていることになります。

原子核を半径10cmのボールとすると、電子があるのは約4.4km地点ということになります。新宿駅と池袋駅の直線距離は約4.6kmだそうなので、新宿駅にハンドボール、池袋駅にハンドボールより明らかに小さいもの、例えばパチンコ玉があるというイメージでしょうか。ちなみに重さの比較ということでいえば、電子を1とすると、陽子・中性子は電子の約1,800倍です。仮にパチンコ玉(電子)がプラスチックでできていて1gしかないとすれば、陽子・中性子の重さはそれぞれ約1.8㎏ということになります。

従来の電子のジャンプではとうてい起こりえないとする距離は数十Åとされているので、仮に水素原子(半径)の100倍、53Åの距離ということになると440km離れた所になりますので、パチンコ玉(電子)は池袋から京都あたりまで飛んで行ったということになりますニュートン力学の世界で考えれば、確かにジャンプ(jump)というよりは小旅行(trip)という感じです。

そして、この小旅行ともいうべき長距離を瞬時に移動するための手段は、奇怪な量子現象の一つである“量子トンネル効果”であるとされています。

このイメージ図は前回のブログ “生物と量子力学1” でご紹介したものです。一層目の「ニュートン力学」、二層目の「熱力学」について説明していますので、これらについて確認されたい場合はこちらを参照ください。

画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

 

 

 

量子論の二つの重要事項

まず量子論を理解するためには二つの重要事項があるとされています。いずれもニュートン力学では考えられない奇怪な量子の振る舞いです。

その一つは「波と粒子の二面性」をもっているということです。

画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

 

 

 

そして、もう一つが「状態の共存(重ね合わせ)」と言われるものです。

画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

 

 

 

「光合成は量子コンピューティング」:複数箇所に同時存在”という記事の中に「状態の共存(重ね合わせ)」を分かりやすい例を使って説明されている個所がありましたので、そちらをご紹介します。

『家へ自動車で帰るにあたって3つのルートがあるというものだ。どのルートが速いか遅いかはわからない。しかし量子的なメカニズムでは、これらの3つのルートを同時に取ることができる。到着するまで、自分がどこにいるかを特定しないので、常に最も速いルートを選ぶことになる。

量子トンネル効果について

『電磁波は、障害物を透過する性質があります。たとえば可視光線は、ガラスにぶつかると、一部は透過します。また、携帯などの電波が室内に届くのは、電波が壁などを幾分透過するというのが理由の一つです。

電子も波の性質をもつので、同じようなことがおこります。電子も本来なら通り抜けることができないはずの“壁”を、すり抜けることができるのです。これを、「トンネル効果」とよんでいます。』

 画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

3.は「こえられないはずの山を“すり抜ける”電子」と書かれています。また、図中にその仕組みの説明書きがありますが、ネット上に同様な絵を使って簡潔に説明されているサイトがありましたので、そちらもご紹介します。

 画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

『エネルギーと時間の不確定性関係によると、電子はごく短時間であれば、図のような山をこえるだけのエネルギーを得て、山の反対側に行くことが可能です。これを外部からみると電子がいつのまにか山をすり抜けるように見え、トンネル効果と呼ばれています。私たちが日常使っている電子機器の半導体回路を流れる電流は、トンネル効果を無視することができません。応用例には、走査型トンネル顕微鏡、フラッシュメモリ、エサキダイオードなど多数あります。』   画像出展:「大阪大学工学部自然科学学科

少し話が混沌としてきましたので整理したいと思います。お伝えしたいポイントは以下の4つです。

酵素は生命のエンジンであり、「代謝」というプロセスを加速している。

コラーゲナーゼは6800万年守られた恐竜の軟組織をたった30分で分解してしまった。

呼吸酵素は考えられない長距離移動を、量子現象の“量子トンネル効果”によって実現させた。

●”量子トンネル効果”は”量子コヒーレンス”な環境が必須となる。

量子現象の“トンネル効果”を得るためにはもう一つ、極めて大きな課題があります。それは“量子コヒーレンス”という難題です。コヒーレンスとは「同調」という意味ですが、一方、この「同調」が崩れてしまった状態のことを“デコヒーレンス”と呼んでいます。

このコヒーレンス・デコヒーレンスをとばして話を進めることはできせんので、前後してしまいましたが本書に書かれているの“●量子トンネル効果”をご紹介します。問題の“量子コヒーレンス”に関わる部分は後半に出てきます。

“●量子トンネル効果

『第1章で説明したように、量子トンネル効果とは、音が壁を通り抜けるのと同じように、乗り越えられそうにない障壁を粒子が簡単にすり抜けてしまうという奇妙な量子プロセスである。1926年にドイツ人物理学者のフリードリヒ・フントがはじめて発見し、そのすぐあとにジョージ・ガモフ、ロナルド・ガー二―、エドワード・コンドンが、量子力学の新たな数学に基づいてこの概念を使うことで、放射性崩壊の現象を見事に説明した。量子トンネル効果は原子核物理学の中心テーマとなったが、のちに材料科学や化学といったもっと幅広い分野に通用する現象と認められるようになった。前に話したように、地球上の生命にとって量子トンネル効果は欠かせない。太陽の内部で水素がヘリウムへ変換する第一段階として、正の電荷を持った二個の水素原子核が融合し、それによって太陽は膨大なエネルギーを放出するのだ。

量子トンネル効果については理解するには、粒子が障壁の一方の側から反対側へ、常識では不可能なはずの方法ですり抜けるための手段と考えるといい。ここでいう「障壁」とは、十分なエネルギーがないと物理的に通過できない空間領域のことで、SFに登場するフォースフィールド[目に見えないバリア]だとでも考えておけばいい。その領域は、二つの電気伝導体を隔て薄い絶縁体でもいいし、または、呼吸鎖に含まれる二個の酵素のあいだの隙間のように単なる空っぽの空間でもいい。また前に話したように、化学反応を遅くするエネルギーの山でもいい。

例として、低い山へ向かってボールを蹴り上げたとしよう。ボールが頂上にたどり着いて反対側へ転がり落ちるには、十分な強さで蹴らなければならない。斜面を登るにつれて徐々に減速し、十分なエネルギーがなければ(十分に強く蹴らなければ)、途中で止まって再びこちらへ転がり落ちてくる。

古典的なニュートン力学によれば、ボールがこの障壁を通過するには、エネルギーの山を乗り越えるのに十分なエネルギーを持っていなければならない。しかし、もしこのボールがたとえば電子で、山が反発力によるエネルギー障壁だったとしたら、電子は波動として、もっと効率の良い別の方法で障壁をすり抜ける確率が少しだけある。これが量子トンネル効果だ。

量子力学の重要な特徴として、軽い粒子ほど容易にトンネルできる。このプロセスが素粒子の世界の至るところで起きるものだとしたら、トンネル効果がもっともよく見られるのは当然きわめて軽い素粒子である電子だということになる。

金属に電場をかけると電子が飛び出してくる、電解放出と呼ばれる現象は、1920年代後半にトンネル効果として説明された。ウランなど一部の原子核がときどき粒子を吐き出す、放射性崩壊の現象がどのようにして起きるのかも、量子トンネル効果で説明された。これが、原子核物理学の問題に量子力学を応用した初の例となった。化学では、電子や陽子(水素原子核)、さらにはもっと重い原子の量子トンネル効果についても詳しく解明されている。

量子トンネル効果はその重要な特徴として、ほかの多くの量子現象と同じく、物質粒子が広がった波動のような性質を持っているために起きる。しかし、膨大な数の粒子からなる物体がトンネルするには、すべての構成粒子の波動的性質が山や谷を一致させて歩調を合わせ、コヒーレントと呼ばれる状態、すなわち「同調」した状態を保っていなければならない。 

「同調(コヒーレント)」という言葉から頭に浮かんだのが、「日体大の集団行動」です。

 画像出展:「grapeさま:“【圧巻】日体大の美しすぎる集団行動!なんでぶつからないの!?”

逆に、多数の量子波がすべてあっという間に歩調を乱して、全体のコヒーレントな振る舞いが消し去られ、物体が量子トンネル効果を起こす能力を失ってしまうプロセスを、デコヒーレンスという。粒子が量子トンネル効果を起こすには、障壁をすり抜けるためには波動の状態を保っていなければならない。そのために、フットボールのような大きい物体は量子トンネル効果を起こさない。何兆個という原子からできており、調和したコヒーレントな波動として振る舞うことができないからだ。 

 画像出展:「13歳からの量子論のきほん」

量子の基準から見れば細胞も大きい物体なので、一見したところでは、原子や分子がほぼでたらめに動き回っている温かく湿った細胞のなかに量子トンネル効果が見つかるとは思えない。しかし先ほど説明したように、酵素の内部は違っており、粒子は無秩序に騒いではおらず、一糸乱れぬダンスを踊っている。そこで、このダンスが生命にどのような違いをもたらすのか、それを探っていくことにしよう。』

上記文章の最後に書かれた「酵素の内部は違っており、粒子は無秩序に騒いではおらず、一糸乱れぬダンスを踊っている。」について、どこで説明されているのか確認しました。正直、あまり自信がないのですが、次の文章(“●遷移状態理論ですべて説明できるのか?”より)のことだと思います。

『もう一つの謎が、酵素自体の構造がさまざまな形で変化すると酵素の活性がどのように影響を受けるかだ。たとえば、コラーゲナーゼはあらゆる酵素と同じく、活性部位のなかにある顎や歯と、それを支えるたんぱく質の台座からできている。顎や歯を作っているアミノ酸が置き換わると酵素の能力は大きな影響を受けると予想され、実際にそのとおりになる。しかし驚くことに、活性部位から遠く離れた位置のアミノ酸が置き換わっても酵素の能力は劇的な影響を受けることが分かっている。何の影響もないはずの形で酵素の構造が変わっても、なぜそのような劇的な違いが生じるのかは、標準的な遷移状態理論の枠組みではいまだに謎のままである。しかし実は、量子力学を考え合わせると理屈が通るようになるのだ。この発見については、本書の最後の章で再び取り上げよう。』

この最後の章とは「第10章 量子生物学―嵐の緑の生命」になりますが、この中で“一糸乱れるダンスを踊っている”について述べられています。それは最初に出てくる“●素晴らしいグッド・ヴァイブレーション(バップ、バップ)”に書かれています。

『この分野におけるきわめて刺激的な新しい成果のなかには、光合成のさらなる研究によって得られたものもある。第4章[量子のうなり]で話したように、微生物や植物の葉には、クロロフィル色素分子の森に覆われた葉緑体がぎっしり詰まっている。光合成の第一段階では、光子が一個の色素分子に捕らえられ、それが振動励起子[レイキシ:結晶内を自由に移動する中性の粒子]に変換されてクロロフィルの森の中を素早く移動し、反応中心にたどり着く。また、そのエネルギー輸送プロセスには、量子のうなり[量子コヒーレント状態の実験で600フェムト秒にわたって信号が上下に振動するということ]という、コヒーレント状態が存在する証拠が見つかっており、このプロセスの効率がほぼ100パーセントであるのは、励起子が量子ウォークによって反応中心にたどり着くからだという証拠が得られている。しかし、分子ノイズに満ちた細胞という環境のなかを移動する励起子が、どのようにしてコヒーレントな波動的振る舞いを維持しているかは、最近まで謎だった。いまや明らかとなったその答えによれば、生命系はどうやら分子振動を抑えようとしているのではなく、逆にそのビートに合わせてダンスをしているらしいのだ。 

ノイズ(分子振動)を利用して量子コヒーレンスを維持する

第10章の“●古典的な嵐の縁に立つ生命”の中に、量子コヒーレンスを維持する方法が説明されています。

『シュレーディンガーが数十年前に示した生命の本質に関する疑問の答えは出てくるのだろうか? すでに説明したようにシュレーディンガーは、きわめて秩序立った生命体の身体全体から、熱力学の嵐の海を経て量子の基岩へ至るまで、すべてを貫く秩序に支配された系が生命であると見抜いた(図10-1 

先に「ニュートン力学」「熱力学」についてご紹介したものです。

画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

 

 

 

そして重要な点として、1930年代にパスクアル・ヨルダンが予測したとおり、量子レベルの出来事がマクロな世界に影響をおよぼすことができるよう、この生命のダイナミクスは微妙なバランスを取っている。このようにマクロな世界が量子の世界に大きく影響を受けるという性質は、生命特有のものである。そのおかげで生命はトンネル効果やコヒーレンスやもつれ[重ね合わせ]といった量子レベルの現象を利用することで、独特の存在となっているのだ。

しかし重要な条件として、このように量子の世界を利用するには、デコヒーレンスを食い止められなければならない。そうでないとその系は量子的性格を失い、「無秩序から秩序へ」の法則に従う完全に古典的な、または熱力学的な振る舞いをするようになってしまう。科学者はこれまで、量子反応を邪魔をする「ノイズ」を遮断することで、デコヒーレンスを回避してきた。しかしこの章で分かったように、どうやら生命はそれとはまったく違う戦略を取っているらしい。コヒーレント状態をノイズに邪魔されるのではなく、逆にノイズを利用して量子の世界とのつながりを維持しているのだ。

生命は量子の世界と古典的な世界との縁を航海している。細胞は細長いキールを量子の層までまっすぐに突き刺した船のようなもので、そのためにトンネル効果や量子もつれなどの現象を利用することで生きつづけることができる。量子の世界とのこの結びつきを積極的に維持するには、量子コヒーレンスを壊すのではなく維持しなければならない。

 画像出展:「量子力学で生命の謎を解く」

 

 

 

付記ほぼ妄想

ボート競技の“エイト”も「同調(コヒーレンス)」が印象的なスポーツです。写真では背を向け先頭にいる選手が舵手です。

三層目の量子力学の層にも、隠された「舵手」のような全体の動きを調整するメカニズムがあり、それが量子スピンや分子振動といったダイナミックなエネルギーをうまく利用してバランスを取り、コヒーレンスを維持しているかもしれません。アメリカ人が難なく英語(母国語)を操るように、量子の世界では当たり前のことなのかもしれません。

 画像出展:「TOKYO2020

 

 

 

現在の量子コンピュータはコヒーレンスを維持するために、プロセッサをマイナス273℃で冷やしているそうです。このような自由を奪う方法ではなく、上記のような「舵手」が現れれば量子コンピュータはもっともっと魅力的で現実的なものになると思います。

 世界が注目する商用量子コンピュータメーカー「D-Wave」とは?

『D-Wave Systemsが公開している情報によれば、量子コンピュータ「D-Wave」シリーズの見た目は、大きな黒く四角い箱型だ。もちろんただの「黒い箱」ではない。日常的にわれわれが使っているコンピュータとは違い、筐体の内部は「大きな冷蔵庫」のようになっている。量子コンピューティングのカギとなる量子状態をプロセッサに作り出すため、極低温に冷やす仕組みを備えている。プロセッサは約マイナス273℃にも冷えており、絶対零度をわずか0.015℃だけ上回る温度で駆動するという。』 画像出展:「MUFG Innovation Hub

生物と量子力学1(光化学コンパス)

量子力学はマクロの世界の力学でもありますが、その真骨頂は、原子よりも小さい電子などのミクロの世界を正しくはかる唯一の理論であるということです。半導体などの様々なテクノロジーは量子力学の上に立脚しています。さらに生物においてもミクロの世界の遺伝子などは量子の世界に踏み入れなければなりません。

しかしながら、「では、目に見える生き物にとっての量子力学とは何なのか、どこに活かされているのか?」という疑問は残ったままでした。

今回の『量子力学で生命の謎を解くはそのようなモヤモヤから見つけた本です。これも私にとっては難攻不落の果てしなく難解な内容なのですが、興味、関心がまさったというところです。とは言うものの、難しさは想像以上でブログに残したい気持ちは強くあるものの、何を書けばいいのか、何が書けるのか、早々に行き詰ってしまいました。

そして迷った末に、後先を考えず興味のある3つを取り上げることにしました。

1.光化学コンパス生き物の中の量子力学

2.酵素「生命の中核」とされている酵素

3.意識意識と量子力学

なお、順番は逆になりますが、最後に目次をご紹介しています。

 

著者:ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン

出版:SBクリエイティブ

初版発行:2015年9月

 

こちらは原書です。

題名は、”Life on the Edge:The Coming of Age of Quantum Biology” でした。

続いて、二人の著者をご紹介します。

1.ジム・アル=カリーリ

英国サリー大学の理論物理学教授。原子核物理学と並行して量子生物学の研究をおこなっている。王立協会のマイケル・ファデラー賞や大英帝国勲章などを受賞。

こちらはログミーBizに掲載されている”宇宙の中で最も小さな構造を研究をする「量子生物学」”と題するもので、ジム・アル=カリーリ先生が量子生物学の紹介をされています。以下は、その冒頭部分の一部です。

 

『皆さんに新たな科学の分野をご紹介しましょう。まだ推論の段階ですが、非常に興味深く、急成長中の分野です。量子生物学の問いかけは非常に単純です。量子力学という、現代の物理学と科学の多くを支えている原子と分子の世界についての、奇妙でかつ素晴らしい強力な理論は、生細胞の内側でも役割を果たしているのでしょうか? 言い換えると、生物の中には、量子力学の助けを借りないと説明し得ないようなプロセスや構造や現象が存在するのでしょうか?』

2.ジョンジョー・マクファデン

英国サリー大学の分子生物学教授。遺伝病や感染症の研究を経て、現在は病原微生物の遺伝の研究とともに、量子生物学やシステム生物学の研究をおこなっている。

クリック頂くとジョンジョー・マクファデン先生のホームページ”Johnjoe Mcfadden”に移動します。英語ですがサリー大学での33分の講義もあります。私には二重苦のため無意味なのですが、少しのぞいて見たところスライドを使ってご説明されていました。

本書、『量子力学で生命の謎を解の「第1章 はしがき」の中に量子力学の特徴を説明している個所がありますので、まずはそれらをご紹介したいと思います。

見えない不気味な現実

『現代の科学者に、科学全体のなかでもっとも成功し、もっとも幅広い影響をもたらし、もっとも重要な理論は何だと思うかを世論調査したとすると、その答えは、回答者が物理科学の研究をしているか生命科学の研究をしているかによって違ってくるだろう。ほとんどの生物学者は、自然選択に基づくダーウィンの進化論を、これまでに考え出されたなかでもっとも深遠な理論とみなす。しかし物理学者は、量子力学が第一位に来るはずだと主張するだろう。物理学と化学の大部分の基礎であり、宇宙全体の世界のしくみに関する現代の知識の大部分は崩れてしまうのだ。

「量子力学」という言葉はほぼ誰でも聞いたことがあるだろうが、この学問分野は不可解で難しく、ごく一握りの人間しか理解できないというイメージが大衆文化に植え付けられている。だが実は、20世紀前半以降、量子力学は我々の生活の一部をなしている。この学問は1920年代半ばに、きわめて小さい世界(いわゆるミクロの世界)、つまり、身の回りのあらゆるものを形作っている原子の振る舞いや、その原子を形作っているさらに微小な粒子の性質を説明するための数学理論として編み出された。量子力学はたとえば電子がどのような法則に従うかや、原子のなかで電子がどのように分布するかを記述することで、化学、物質科学、さらにはエレクトロニクス全体の基礎をなしている。確かに奇妙ではあるが、その数学的な法則は過去半世紀に実現したほとんどの技術的進歩の根幹をなしている。物質のなかを電子がどのように移動するかを量子力学で説明できなかったら、現代のエレクトロニクスの基礎をなす半導体の振る舞いは理解できなかっただろうし、半導体を理解できなければ、シリコンのトランジスタも、のちのマイクロチップや現代のコンピュータも開発できなかっただろう。例を挙げればきりがない。量子力学によって知識が発展しなかったら、レーザーは存在しなかっただろうし、ゆえにCDもDVDもブルーレイプレイヤーもなかっただろう。量子力学がなかったら、スマートフォンもGPSもMRIもなかっただろう。概算によれば、先進国の国内総生産の三分の一以上は、量子世界の力学の知識がなければ存在しなかったはずの応用技術に依存しているのだ。

それでもまだ始まりにすぎない。ほぼ間違いなく我々の生きているうちに到来する、量子が開く未来では、レーザー駆動の核融合によってほぼ無尽蔵に電力が得られ、人工分子マシンによって工学や生化学や医学の分野でさまざまなことが可能になり、量子コンピュータによって人工知能が実現、テレポーテーションというSFのような技術が情報伝達に日常的に使われるかもしれない。20世紀の量子革命は、21世紀になってさらに勢いを増し、我々の生活を想像もできないような形に変えるだろう。

しかし、量子力学とはいったい何だろうか? この疑問は本書を通じて探っていくことになる。手始めにここでは、我々の生活の礎となっている見えない不気味な現実の実例をいくつか紹介しよう。』

量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

『~ 物理実験室の外ではいったい何が、同じように量子的振る舞いを壊しているのだろうか?

その答えは、大きい(マクロな)物体のなかで粒子がどのように並び、どのように動いているかに関係している。原子や分子は、生きていない固体のなかではランダムに散らばって不規則に振動していることが多い。液体や気体のなかではさらに、熱のためにたえずランダムな要因によって、粒子の不安定な量子的性質はあっという間に消えてしまう。物体を構成するすべての量子的粒子の作用が組み合わさって、それぞれ互いが互いを「量子測定」する。それによって、我々の身の周りの世界は正常に見えているのだ。量子の不気味さを観察するには、普段と違う場所(太陽の内部)に行くか、ミクロの世界を深くまでのぞき込むように仕向けるしかない(MRI装置に入ってあなたの体内にある水素原子核のスピンを整列させるように。しかし磁石のスイッチが切られると、原子核のスピンの向きは再びランダムになり、量子の干渉は打ち消し合って消えてしまう)。このような分子のランダムな振る舞いのおかげで、我々はほとんどの場合、量子力学を知らなくてもやっていける。周りに見える生きていない物体のなかでは、ランダムな方向を向いてつねに動き回っている分子によって、量子の不気味さはすべて消し去られてしまっているのだ。』

なお、「量子の不気味さ」については、「量子的奇怪さ」というブログ“量子論2”の中でご紹介した個所が近い内容になっています。ご参考にして頂ければと思います。

また、今回の「疑問」(生き物にとっての量子力学とは?)と重なるような内容も本書にはありますので、こちらもご紹介します。

量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

『~ 生物学は詰まるところ応用化学の一つで、化学は応用物理学の一つだ。だから、我々もほかの生き物も含めすべての物体は、おおおとまでさかのぼれば単なる物理なのではないか? 多くの科学者は、深いレベルでは生物にも量子力学が関係しているはずだという考え方を受け入れながらも、その役割はわざわざ取り立てるほどのものではないと言い張っている。どういうことかというと、原子の振る舞いは量子力学の法則に支配されていて、生物には突き詰めれば原子の相互作用が関係しているのだから、量子の世界の法則が生物の体内の微小スケールでも作用しているのは確かに間違いないが、それはその微小スケールだけでの話であって、生命にとって重要な大きなスケールのプロセスにはほとんど、あるいはまったく影響をおよぼさないということだ。

もちろんそうした意見も、少なくともある程度は正しい。DNAや酵素などの生体分子は陽子や電子といった素粒子からできていて、素粒子の相互作用は量子力学に支配されていることになる。車やトースターの働きが突き詰めると量子力学に支配されているのと同じように、あなたが歩き、話し、食べ、寝て、さらに考えるしくみも、究極としては電子や陽子などの素粒子を支配する量子力学的な力によって決まっているのだ。しかしあなたがそれを知る必要はほとんどない。自動車整備工が大学で量子力学の講義に出る必要はないし、ほとんどの生物学科のカリキュラムでも、量子トンネル効果や量子のもつれや量子の重ね合わせにはまったく触れられない。根本的なレベルで見れば、この世界は馴染みのものとまったく異なる法則に従って動いているのだが、そのことを知らなくても、ほとんどの人は問題なく暮らしていける。微小レベルで起きる不気味な量子現象は、我々が日々目にしたり使ったりしている車やトースターのような大きい物体には、ふつうは何の作用ももたらさないのだ。

なぜだろうか? フットボールが壁をすり抜けることもなければ、人間どうしが不気味な結びつきを持つこともないし(いんちきなテレパシーは別だが)、残念なことにあなたが同時にオフィスと自宅の両方にいることもできない。それでも、フットボールや人体のなかに存在する素粒子はこうした芸当をすべてできる。我々が見ている世界と、物理学者が知っている、その水面下に存在している世界とのあいだには、なぜこのような境界線、いわば断層が走っているのだろうか?

上記の「物理学者が知っている、その水面下に存在している世界に関しては、おそらくこのことだろうという”イメージ図(図10-1)”が10章にありましたので、本書の文章と合わせてそちらもご紹介します。

『~ ほとんどの生物は比較的大きい物体である。その全体の動きは、列車やフットボールや砲弾と同じくニュートンの法則にかなりよく従っている。大砲から撃ち出された人間は砲弾とほぼ同じ軌道を描く。もっと深いレベルに目を向けると、組織や細胞の生理も熱力学の法則でよく説明することが。肺の膨張と収縮は、風船の膨張と収縮とさほど違わない。そのため一見したところ、コマドリや魚や恐竜、リンゴの木やチョウや我々の身体のなかでも、ほかの古典的な物体の内部と同じく、量子的な振る舞いは消し去られていると考えたくなるし、ほとんどの科学者もそう決めつけていたはずだ。しかしここまで見てきたように、生命に関しては必ずしもそうではない。その根をたどっていくと、ニュートン的な表層から荒れ狂う熱力学の層を貫いて量子の基岩にまで達しており、それによって生命は、コヒーレンスや重ね合わせ、トンネル効果やもつれ状態を利用することができる。 ~』

一番上の層とされる“ニュートン力学”とは、アイザック・ニュートンが、運動の法則を基礎として構築した力学の体系です。その運動法則は以下の3つになります。

ニュートンの運動法則

第一法則(慣性の法則)

 外的な力が加わらない限り、物体は静止或いは等速直線運動を続ける。

第二法則(運動法則)

 物体の加速度は、加えた力に比例し、その質量に反比例する。

第三法則(作用・反作用の法則) 

 物体が互いに力を及ぼし合うときには、同一直線上で互いに逆向き・同一の大きさの力が働く。

2番目の層に明記されている“熱力学”ですが、全く分からなかったのでしらべてみました。

以下は“コトバンク”にある“ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典”の「熱力学」と「統計熱力学」に関する解説です。※クリック頂くと”コトバンク”に移動します。

熱力学

熱と仕事は交換しうるという原理の上に立って、化学変化に伴うエネルギー変化の様子を調べ、反応の進む方向や平衡条件などについて論じる学問。その基本原理は経験則に基づいた熱力学第一法則、熱力学第二法則、熱力学第三法則から成り立っている。熱力学にはまた分子論的立場から論じる別の取扱い法がある (統計熱力学 )

統計力学

統計物理学ともいう。物質を構成する多数の粒子の運動に力学法則および電磁法則と確率論とを適用し、物質の巨視的な性質を統計平均的な法則によって論じる物理学の分野。これにより巨視的世界と微視的世界とが結ばれる。気体の巨視的性質を気体分子の運動によって説明した分子運動論に始り、J.C.マクスウェル、L.ボルツマンが分子の速度分布、エネルギー分布を導入、J.ギブズが統計集団の考えを導入して熱平衡状態の統計力学を完成し、熱力学の微視的な基礎づけを与えた。これは統計熱力学とも呼ばれ,比熱,熱放射,相転移,誘電率,磁性など静的な性質を扱うものである

最後の3層目は”量子力学”です。”イメージ図(図10-1)”内の説明書きの最後に書かれた、生物は現実の量子の基岩にまで根を張っているこれが知りたかったことです。本書にはその事例がいくつも出ていますが、第1章の書き出しは次の文章で始まります。

『年明け、ヨーロッパに冬の寒波が訪れ、夕暮れの空気は身を刺すような冷たさだ。若いコマドリの心の奥深くに潜んでいた、それまではぼんやりとした目的意識と決意が、徐々に強まってくる。

この鳥はこの数週間、普段の量よりはるかに大量の昆虫やクモや毛虫や果実をむさぼり食い、いまでは体重は、去年の八月に我が子が巣立ちしたときの二倍近くになっている。その体重の追加分のほとんどは脂肪の蓄えで、まもなく出発する困難な旅路の燃料として必要になる。』

画像出典:Hetena Blog“身近な存在としての量子力学(1)

この天城高原さまの“量子力学とHaskell”という23編のブログは「とにかく凄い‼」のひとこと、必見です‼

 

 そして、本書を締めくくる最後の「エピローグ 量子生命」の中でヨーロッパコマドリが再登場します。ここには量子力学との関わりも具体的に書かれています。

ただし、その後の文章で補足されているように、「すべての性質が量子力学的であるとは断言することはできない」と書き添えられています。

 『第1章で出会ったヨーロッパコマドリは、地中海の日の光のもとで無事冬を越し、チェニジア・カルタゴのまばらな森や古代の遺跡のあいだを飛び回りながら、ハエや甲虫、毛虫や種子で身体を太らせている。それらはすべて、我々が植物や微生物と呼ぶ、量子のパワーを得た光合成マシンによって空気と光から紡ぎ出された生物有機体でできている。しかしいまや真昼の空高くに太陽が昇り、その強烈な熱によって、森を走る浅い小川は干上がっている。森は乾燥し、ヨーロッパコマドリにとっては過酷な場所になろうとしている。旅立つ頃合いだ。

夕方、我らが小鳥は飛び上がってスギの高い枝に止まる。何か月も前と同様に入念に羽づくろいをしながら、同じく長旅への欲求にかき立てられたほかのコマドリたちの鳴き声に耳を傾ける。太陽の最後の光が地平線に沈むと、コマドリはくちばしを北に向け、翼を広げて夕暮れの空へ飛び立つ。

コマドリは北アフリカの海岸目指して飛び、そのまま大西洋を渡る。六か月前とほぼ同じルートだが、今度は逆方向へ、再び量子のもつれ状態の針を備えたコンパスに導かれて進む。一回一回の羽ばたきは筋肉線維の収縮によって駆動され、そのエネルギーは呼吸酵素の中で電子と陽子が量子トンネル効果を起こすことで供給される。何時間もかかってコマドリはスペインの海岸へたどり着き、アンダルシアの森に覆われた谷に舞い降りて、ヤナギやカエデ、ニレやハンノキ、果樹や、キョウチクトウの花を咲かせる低木といった、豊かな植物に囲まれて身を休める。いずれの木も、量子のパワーを得た光合成の産物だ。すると、匂い分子が漂ってきてコマドリの鼻孔に入り、嗅覚受容体に捕えられる。量子トンネル効果によって神経信号が発せられ、それが量子コヒーレント状態にあるイオンチャネルを介して脳に伝えられる。コマドリは近くに柑橘系の花が咲いていることを知り、そこに集まって花粉を媒介するハチなどの昆虫を食べて、旅の次なる段階の糧を得る。

何日も飛んだ末にコマドリはついに、何か月も前に旅立ったスカンジナビアのトウヒの森へ戻ってくる。最初にやるべきはつがいの相手を探すこと。オスのコマドリは数日前に到着している。ほとんどのオスは巣作りに適した場所を見つけ、さえずりでメスにアピールしている。我らがコマドリはとくに美しい歌声のオスに惹かれ、求愛の儀式の一環として、オスが集めた幼虫を味わう。つかの間の交尾によってオスの精子とメスの卵細胞が合体し、オスメスそれぞれの形、構造、生化学、生理、解剖学的特徴、さらにはさえずりをコードした量子ベースの遺伝情報が、新たな世代のコマドリにほぼ完璧にコピーされる。量子トンネル効果によって生じたいくつかのエラーは、この種の将来の進化のための原材料となる。』

 『もちろんここまでの章で強調してきたように、いま挙げたすべての性質が量子力学的であるとはいまだ断言することはできない。しかし、コマドリやカクレクマノミ、南極の氷の下で生き延びる細菌、ジュラ紀の森を闊歩してきた恐竜、オオカバマダラやショウジョウバエ、あるいは植物や微生物の持つ独特の素晴らしい性質のほとんどは、間違いなく、彼らが我々と同じく量子の世界に根を張っているという事実によって授けられている。いまだ分かっていないことはあまりにも多いが、いかなる新たな研究分野でも、分かっていない事柄にこそ美しさがある。アイザック・ニュートンもこう言っている。

世間が私をどう見ているかは分からないが、私自身は、少年のように海岸で遊び、ふつうよりすべすべした小石やきれいな貝殻を時折見つけては喜んでいるにすぎないように思える。その一方で、目の前には完全に未知なる真理の大海原が広がっている。』

ヨーロッパコマドリの光化学コンパスのメカニズムに関しては、第6章の、“●鳥のコンパス”、“●量子スピンと不気味な作用”、“●ラジカルな方向感覚”の3つに書かれています。内容は極めて専門的であり、26ページに亘っています。しかしながら、次のような記述が加えられています。

『~ しかし最近、この結果の意義に対しては疑問が投げかけられている。オルデンブルク大学のヘンリク・モウリストンの研究グループは、さまざまな電子機器から発生する人工的な電磁波のノイズが、大学のキャンパスにある遮断していない木造の鳥小屋の壁からなかに入り、鳥の磁器コンパスを乱していることを発見した。しかし、都市の電磁波ノイズを約99パーセント遮断する、アルミニウムで覆った小屋に鳥を入れると、方向感覚が回復した。この結果から考えると、狭い範囲の振動数の電磁波だけが鳥のコンパスを乱すのではないらしい。

このように、鳥のコンパスにはまだいくつも謎が残されている。たとえば、コマドリのコンパスはなぜ振動磁場にあれほど敏感なのか? あるいは、遊離基[フリーラジカル:ペアになっていない電子を抱え、非常に反応しやすくなっている原子や分子]はどのようにして長時間にわたってもつれ状態を維持し、生物学的な違いを生じさせるのか? ~』

このように確定には至っていない状況から第6章には触れず、その代わり、日経サイエンスのバックナンバーと、ネット上にあった資料(2016年「化学と教育 64巻7号“渡り鳥の光学コンパスと分光測定”」)、同じくネット上にあったニューズウィーク日本版の記事(2018年4月5日:“渡り鳥をナビゲートする「体内コンパス」の正体が明らかに”)をご紹介したいと思います。

2011年10月号 日経サイエンス 特集“シュレーディンガーの鳥 生命の中の量子世界”


シュレーディンガーの鳥

『ヨーロッパコマドリは小さくて賢い鳥だ。毎年、冬になる前にスカンジナビアからアフリカの赤道付近にやってきて、春になって北の気候が良くなると再び帰っていく。コマドリはこの1万3000㎞におよぶ往復旅行を、ごく自然に易々とやってのける。

渡り鳥など一部の動物は体内に方位磁石を持っているのではとの疑問は、かねてあった。1970年代、ドイツのフランクフルト大学の研究者、ウィルシュコ夫妻(Wolfgang and Roswitha Wiltschko)はアフリカに渡ったコマドリを捕らえ、人工的な磁場の中に置く実験を行った。奇妙なことに、コマドリは磁場の方向が逆転しても気づかなかった。つまりコマドリにどちらが来たか南かを聞いてもわからないのだ。だが一方でコマドリは磁場の俯角、すなわち磁力線が地表となす角度には反応した。彼らが方向を知るのに使っていたのは、俯角の情報だけだった。面白いことにコマドリに目隠しをすると、磁場にまったく反応を示さなくなった。つまり、コマドリは何らかの方法で、目を使って磁場を検知しているらしい。

2000年、当時南フロリダ大学にいた物理学者のリッツ(Thorsten Ritz)は、渡り鳥に夢中だった。彼の同僚は、量子もつれ[遠く離れた粒子があたかも1つの物体のように連動する]がカギではないかと指摘した。彼らは、イリノイ大学のシュルテン(Klaus Schulten)が以前に実施した研究に基づいて、鳥の目にはある種の分子があり、その中に2つの電子があって、トータルのスピンがゼロになるような量子もつれになっているという仮説を考えた。古典力学では、そのような状況はまったく起こり得ない。

この分子が可視光線を吸収すると、2つの電子はエネルギーを得て量子もつれが崩れ、地磁気を含む外部の影響を感じるようになる。磁場の向きに俯角があると2つの電子に異なる影響を与え、その違いのために分子の化学反応が起きる。目の中で起きるこうした化学反応により神経に伝わる信号が変化し、それによって、最終的には鳥の脳内に磁場の形が描かれる。

リッツが提示したメカニズムには状況証拠しかないが、英オックスフォード大学のロジャース(Christopher T. Rogers)と前田公憲は、リッツが提唱したものとよく似た分子の挙動を、生きた動物の体内とは逆に実験室で実現し、このような分子が、量子もつれになった電子のために実際に磁場に感受性を持つことを示した。私たちの計算によれば、鳥の目の中の量子効果は約100マイクロ秒にわたって持続する。

この時間は、この種の話をする時には十分に長いと言える。人間が作った電子スピンの系では50マイクロ秒が最高記録だ。自然界の系がどうやってこのような長時間、量子効果を維持しているのかはまだわからないが、その機構が解明できれば、量子コンピュータがデコヒーレンス[量子系の干渉が環境との相互作用によって失われる現象]によって壊れるのを防ぐ方法の開発につながるだろう。

量子もつれが働いていると思われる生物の中の系がもうひとつある。植物が太陽光を化学エネルギーに変えるプロセス、光合成だ。植物に光が当たると、細胞内の電子が高いエネルギーを得る。そうやって生じた電子のエネルギーは、すべて同じ場所、このエネルギーによって一連の化学反応を起こし、植物にエネルギーを供給する「反応中心」に到達する必要がある。古典力学ではなぜほぼ100%の高い確率で反応中心に到達するのか説明できない ~』

タイトルをクリック頂くと、2枚もののPDF資料がダウンロードされます。図の1~4は資料の2ページ目にあります。

 

渡り鳥の光学コンパスと分光測定

『渡り鳥は非常に長い距離を、想像を超えた正確さで迷わずに移動する。そのためにどのような情報を用いているのかということは、次第に理解されつつある。太陽、星などの天文情報、に加えて、磁気が非常に重要な情報を与えているとされている。動物の磁気感受は渡り鳥だけではない、近年の研究では蝶やショウジョウバエなどの昆虫や、イモリ、モグラ、そしてネズミも磁場の情報をその行動に役立てているようである。  

しかし、このように多様な動物が磁場を感じることは徐々に知られつつあるが、そのメカニズムはさほど明らかでない。1つの仮説は動物の体内にあるマグネタイトと呼ばれる非常に小さな磁石が、方位磁針と同じように働いているというものである。動物の体内では、多くのマグネタイトが見つかっているが、そのマグネタイトがどのように磁場の向きなどの情報を脳に伝達しているのか? ということはほとんど明らかにはなっていない。

一方で電子を用いたよりミクロな磁気センサーを渡り鳥などがもっているという説がある。多数の実験による状況証拠(図1など)として、磁気感受には光が必要とされ、光化学反応コンパスと呼ばれている。このモデルとしてリッツらは、興味深い仮説を提案した(図A)。鳥の網膜においてラジカル対を作り出す光受容タンパク質分子が規則正しく並び、光を吸収して電子移動反応を起こし、2つのラジカル、すなわちラジカル対を生成する。ラジカル対と地磁気の向きとによって、化学反応性が異なり、それが視覚に影響を与えるなら、網膜上の位置により結果として地磁気の影響を鳥が視覚のパターンとして‘視る’ことになる。  

現在、動物の磁気を感じる最大候補分子としてクリプトクロムタンパク質が挙げられている。クリプトクロムはその機能が謎に満ちた動植物両方がもつ青色受容タンパク質で、近年では生物の概日リズムとの関連が指摘されている。クリプトクロムにおいて、そのフラビン補酵素(FAD)が青色光を吸収し、連続的に存在する3つのトリプトファン残基を通じて電子移動反応を起こし、距離の離れた2つのラジカル分子(ラジカル対)を生成する(図B)。  

ラジカルは孤立した電子を持っている。孤立した電子はそのスピンと呼ばれる自転により、まるで非常にミクロな磁石としてふるまう(図C)。この2つのスピンの相対配向への磁場の影響がその後の反応性を決定づける(図2~ 4)。このメカニズムには通常ミクロな物理現象を説明する「量子力学」が深くかかわっており、生物と量子力学とを結びつける存在として、大きな注目を集めつつある。 

最後に目次をご紹介させて頂きます。

第1章 はしがき

●見えない不気味な現実

●量子生物学

●量子力学がありふれたものだとしたら、なぜ量子生物学に注目すべきなのか?

第2章 生命とは何か?

●「生命力」

●機械の勝利

●分子のビリヤード台

●無秩序な生命?

●生命の奥底をのぞき込む

●遺伝子

●生命の奇妙な笑い

●量子革命

●シュレーディンガーの波動関数

●初期の量子生物学者たち

●微小世界での秩序

●疎外

第3章 生命のエンジン

●酵素-生きているものと死んでいるものを分け隔てるもの

●我々にはなぜ酵素が必要で、おたまじゃくしはどうやって尾をなくすのか

●地形を変える

●激しい運動や振動

●遷移状態理論ですべて説明できるのか?

●電子をあちこちに動かす

●量子トンネル効果

●生物における電子の量子トンネル効果

●陽子をあちこちに動かす

●速度同位体効果

●これで量子生物学は確立するのか?

第4章 量子のうなり

●量子力学の中心的な謎

●量子測定

●光合成中心への航海

●量子のうなり

第5章 ニモの家を探せ

●匂い物質の物理的正体

●匂いの鍵を開ける

●量子の鼻で嗅ぎ分ける

●鼻の戦い

●匂いを嗅ぐ物理学者

第6章 チョウ、ショウジョウバエ、量子のコマドリ

●鳥のコンパス

●量子スピンと不気味な作用

●ラジカルな方向感覚

第7章 量子の遺伝子

●忠実性

●非忠実性

●キリン、マメ、ショウジョウバエ

●陽子によるコード

●量子ジャンプする遺伝子?

第8章 心

●意識はどれほど奇妙なのか?

●思考のメカニズム

●心はどうやって物体を動かすのか

●キュビットを使った計算

●微小管を使った計算?

●量子イオンチャンネル?

第9章 生命の起源

●ねばねばの問題

●ねばねばから細胞へ

●RNAワールド

●量子力学が手助けしてくれるのか?

●最初の自己複製体はどんなものだったのか?

第10章 量子生物学-嵐の縁の生命

●素晴らしいグッド・ヴァイブレーション(バップ、バップ)

●生命の原動力に関する考察

●古典的な嵐の縁に立つ生命

●量子生物学を利用して新たな生命技術を作り出すことはできるか?

●ボトムアップで生命を作り出す

●量子的原子細胞を作り出す

エピローグ (Life on the Edge) 

注)目次に書かれた題名は“量子革命”でしたが、実際に本を開いてみるとエピローグの題名は“量子生命”になっていました。どちらが正しいのか分からないので( )内はLife on the Edgeという原書の題名を書いておきました。

腱の障害

腱鞘炎やテニス肘(上腕骨外[内]上顆炎)、成長期に見られる骨端症(膝:オスグッド病、足部:ケーラー病、イズリン病など)などはいずれも筋腱付着部が問題となります。

そして、損傷した組織の修復には血液が欠かせません。しかしながら、腱は筋肉と異なり血管が乏しいため、鍼灸による施術の科学的効果は筋肉に比べると、一般的に小さいと考えられます。

クリック頂くと、PDF資料(9枚)がダウンロードされます。なお、この資料の中には、次のようなことが書かれていました。

『組織の治癒は適切な血液供給を必要とする。しかし緻密結合組織には血液供給が乏しい。筋・腱接合部または腱の最も外側の膜であるパラテノンには血管、リンパ腺、さらに神経が通っているが、骨・腱接合部には線維性軟骨が存在し、限られた毛細血管を除き血管は通っていない。加えて、豊富な毛細血管をもつ滑膜は腱の周りを覆うが血液供給をしていない。このことから、腱や靱帯は再生能力の低い組織であると言える。

良い施術を行うには患者さまとその病態を正しく知ることが前提になりますが、今回の例で考えれば「腱の問題」の知識を持つことも大切です。

それには、整形外科の先生が行っている腱に対する診断(接し方)を知ることが有効であると思い、その視点でネット検索してみました。その結果、見つけたのが『臨床スポーツ医学 2016年5月 Vol.33』という医学雑誌のバックナンバーであり、特集されていたのは「スポーツドクターのための運動器超音波診療 -東京五輪に向けて-」というものでした。 

ブログは特集編集をされた、城東整形外科副院長である皆川洋至先生からのメッセージをご紹介し、続いて“腱の障害”の内容を箇条書きにまとめました。なお、超音波画像も貼り付けていますが、知識不足のため補足説明等はなく原文のままとなっています。画像を拡大しご確認頂ければと思います。

 

出版:文光堂

発行:2016年5月

特集編集 皆川洋至(城東整形外科副院長)

『枝葉にとらわれず、選択と集中を繰り返す。そんな領域に特化したドクターのことを世間は“専門家”と呼ぶ。この100年間、医学が急速に発展してきた背景には専門家たちによる学問への多大な貢献があった。その一方、専門家にとって興味がない分野は進歩から取り残され、学問の谷間へ落ちた患者が、どこの病院に行っても“専門外”という言葉で行き場を失うようになった。さらに専門領域しか診ない医療システムが医療費高騰を引き起こす原因になった。領域を横断する総合診療医が求められる理由である。

医療費問題に直結しないが、領域横断のニーズはスポーツドクターにもある。パーツの手術ばかりでなく、1)運動器全体を診ることができる2)保存治療にも精通する3)時間制約がある中で選手に試合に送り出すための豊富な知識と経験がある4)競技をとりまく環境やチーム事情を考慮できるネットワークがある、そんなスポーツドクターが求められている。エコーが総合診療やスポーツ医学の世界で急速に存在価値を高めているのは、こへでも簡単に持ち運びでき、診断と治療に即活かすことができる領域横断の道具だからである。

2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催される。スポーツドクターがエコーを使いこなすことは、アスリートのためばかりでなく、ドクター自身のためでもあり、日本人としての誇りでもある。なぜならエコーを使いこなすために学ぶのは整形外科学そのものであり、リアルタイム画像・ドプラ画像・エラスト画像はすべて Made in Japan の技術だからである。

枝葉を取り除きながら育てた木は、大きく育っても細い、光合成する枝葉が多ければ、木は時間をかけてより太く、より大きく育つ。本特集が東京オリンピック・パラリンピックを支える若手スポーツドクターのために、少しでも役立つことを祈る。』

超音波診療で腰痛・膝痛・肩痛を解決! ~レントゲンからエコーへ変わる新時代の整形外科~

整形外科におけるエコーの有効性が詳しく説明されています。

画像出典:「Medical Note」

皆川先生が副院長をされている秋田県にある素晴しい病院です。

また、城東スポーツ整形クリニックもあります。

腱の障害の超音波画像診断

●スポーツ障害は、筋肉、靭帯、腱などの軟部組織の損傷が多い。

●特に青少年期には骨端軟骨や腱付着部の障害など軟部組織の異常を伴うことが多い。

軟部組織の診断、病態の評価は単純X線撮影では難しい。

●MRIは静止画像であること、検査待機時間や撮影時間の問題、医療費など制約が多い。

●超音波断層検査は機器の発達に伴う画像の鮮明化により診断精度が飛躍的に向上した。

●超音波断層検査は機器の軽量コンパクト化により機能性が高まり、動的な血流評価や組織弾性度の測定、複数回の評価による病態の変化の把握も容易である。

スポーツにおける腱の障害(腱付着部の損傷、腱実質の損傷、腱の変性など)の診断のポイントは、付着部から実質部へかけての腱の肥厚の有無、付着部の骨棘形成、腱実質内部の低エコー領域[超音波の反射波が少なく黒っぽく写っている部分のこと]の有無、fibrillar pattern[正常の腱や靭帯に見られるパターン]の消失や乱れ、パワードプラ法による腱表層、あるいは深層の血流増加について評価する。次に異常を疑った部位については、ブローブ圧迫による圧痛の有無、内部エコー、周囲の腫脹の有無について評価する。また、腱の滑走性の評価も可能である。

急性、亜急性の腱の変化

●腱障害のうち比較的急性、亜急性のものでは腱実質の損傷部を腱内部や付着部の低エコー像やfibrillar patternの乱れとして確認することができる。(図1) 

●腱の表層おいて腱付着部の腫脹が膨隆として認められる。(図1)

 

 

画像出典:「臨床スポーツ医学

急性期かどうかの判断には血流の評価が有用である。パワードプラ法を用いればより微細な血流増加を捉えることができる。(図2) 

 

 

画像出典:「臨床スポーツ医学

●画像上異常を認める部分と圧痛部位とが一致するかも腱の変化が急性期のものかどうかの判定に有用である。

腱骨付着部の変化

●オスグッド・シュラッター病に代表される骨端症は成長期スポーツ障害の一つであり、膝蓋腱の脛骨付着部である脛骨粗面の二次性骨化中心の周囲に生じた損傷である。超音波検査では裂離骨折の有無のみならず、裂離部の血流増加や腱の肥厚や周囲の血流の増加、膝蓋下滑液包の水腫など多彩な変化を観察することができる。(図3)

画像出典:「臨床スポーツ医学

さらに損傷部位が治癒するにつれて、骨片の架橋形成[骨折部の橋渡し]、血流の低下や腱の腫脹の減少を確認することができ、スポーツ復帰の許可を判断する目安にもなる。

慢性化した腱の変化

●腱の障害は慢性化すると腱の肥厚が特徴的になる。

●腱の肥厚の原因は、オーバーユースによる腱の微小な損傷と治癒が繰り返されることによって、腱が肥厚するものと考えられるが、正常な腱肥大と異なりfibrillar patternが不明瞭であることが特徴的である。

腱表層の水腫や深層での低エコー像や血流増加像がみられることもあるが、慢性化した障害ではそれらの変化はわずかなことも多い。(図5)

画像出典:「臨床スポーツ医学

慢性化した障害では腱そのものの変化のみならず周囲組織にも十分観察の目を向けて、複雑化した病態の把握に努める必要がある。 

腱の組織弾性の評価

●最近では、腱の弾性を評価することによって、より詳細な腱の評価や腱の変化を捉えることが可能になった。

●腱、筋肉は関節の角度や筋収縮などの条件によって変化する弾性体であり、超音波エラストグラフィーの手法がその質的評価に有用であると考えられている。 

画像出典:「臨床スポーツ医学

分かったこと

1.急性期は腫脹が起こるとともに組織修復のために血流が増加する。そして、治癒により腫脹、血流増加とも消える。このことは、発生した炎症の抑制と組織の再生という治癒の過程を示すものです。また、体を休め筋・腱への負荷を減らす努力が最も望まれることだと思います。

2.慢性期は腫脹も血液増加もあまり見られないことが多い。このことは、治癒という再生のプロセスが停滞している状態と考えられます。

また、文中に『慢性化した障害では腱そのものの変化のみならず周囲組織にも十分観察の目を向けて、複雑化した病態の把握に努める必要がある 』と書かれています。この「病態の把握」というキーワードは「原因の特定」にも関係します。

3.以上のことから、腱の障害において鍼灸師として心がけることは次のようなことだと考えます。

慢性化し血流増加が見られない損傷部位に対し、鍼灸治療を行うことで血流を高め組織再生のプロセスを再点火させる。

施術ポイントを検討する際には、周囲の組織(特に筋肉、筋膜など)の状態や首、腰などの主要関節の問題の有無などを把握し、患部の血流を改善するための方針・対策を明確にして施術にあたる。

付記1超音波エラストグラフィー 

「超音波エラストグラフィー」という言葉が初めてだったので、少し調べてみました。

付記2さいたま市内でエコーによる診断をされているスポーツ整形外科 

病院なび”という検索エンジンを使い、”さいたま市”・”スポーツ整形”をキーワードに検索してみたところ、23件がヒットしました。そして、ホームページをお持ちの病院に関し、設備などを中心に見ていったところ、1つだけエコーを使って腱などの軟部組織の病態を診ていただける病院がありました。ホームページ情報からのものなので他の病院でも、「実はやっている」というところもあるかも知れません。あらためて「まだまだ普及していないのだなぁ」と実感しました。

 

”整形外科エコー検査”として紹介されています。

なお、私自身はお世話になっておりませんので、詳細は不明です。

脳室周囲白質軟化症

今回は業務委託で行っている訪問の仕事の話になります。

およそ半年前、脳室周囲白質軟化症(PVL)の小児障害の患者さま(3歳)へのマッサージがスタートしました。脳室周囲白質軟化症(PVL)は早産による脳室周囲の白質に起こる虚血性脳病変です。血管の発達遅れに伴い脳血管の血流が減少することに起因していますが、脳室に近い部位には、下肢に行く神経線維が通っているため、四肢の痙攣性麻痺や弛緩性麻痺が懸念されます。 

 

こちらは『こどもの発達を考える衝動眼鏡の日常』さまのブログに掲載されていた脳室の図ですが、“脳室周囲白質軟化症 PVLとは”と題するテーマで、大変わかりやすい説明となっています。

 

今回の患者さまの場合も課題は下肢に見られました。顕著だったのは「尖足」(下図右から2番目)でした。また、患者さまとタオルを使った綱引きの遊びをしたときに、X脚(下図中央「外反膝」)になってしまうということに気がつきました。ぐっと踏ん張るためには、腰を落とし膝を外側に開く姿勢が一般的だと思いますが、そもそも腰を落とすことができないということが問題のように感じました。 

こちらの図は『東京リハビリ物語』さまのサイトの“整形外科的診断学”から拝借しました。

 

 

ここで、私は2017年3月にアップした“地に足を着ける”といブログを思い出しました。そして、特に次の内容が重要なのではないかと考えました。

土台をしっかりさせるということは、まさに”地に足を着ける”ことです。このことは”整った身体”を作るコツです。そして、情緒の安定や集中力の向上、意欲の増進につながります。”地に足を着ける”には足首の柔軟性と調整力が必要です。足首が使えていないと、つま先立ちとなり、首が緊張し前傾しやすくなり、その結果、姿勢が悪くなります。』  


足首での姿勢調節ができないと、頭(上体)で調整することになり、ボディバランスにも大きな影響が出ると思います。

なお、これらの絵は、栗本啓司先生の「自閉っ子の心身をラクにしよう!」からの転載です。

 

 

一方、脳室周囲白質軟化症(PVL)のリハビリに関する情報が何かないか調べてみました。

その時、見つけたのが『チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)』というサイトの中にあった“運動障害をもつ子どもに対するリハビリテーション”という論文です。

クリックして頂くとダウンロード(12枚)されます。

 

 

この論文で特に注目したのは、「9.1対象と介入方法」とリハビリの様子と効果を写した「図4・図5」でした。

『対象は、新生児期のMRIでPVLと診断され上肢に明らかな麻痺のない乳児8名(表1)。一般的にPVLによって痙性両麻痺をもつCP(脳性まひ)児は、成長の過程で上肢優位の活動となり、下肢への注意や知覚、身体表象の発達不全、学習性不使用といった状態になりやすいため、出生後早期より下肢に視覚的に注意を向けさせて遊ぶことを通して、運動と随伴的に得られる視覚、聴覚、体性感覚フィードバックの統合から下肢の身体表象の獲得、足部の空間的コントロールを学習をさせた。これは、過去の下肢に対する介入の目的となることが多かった体重の“支持機能”、移動のための“推進機能”とは異なる“空間でのコントロール機能”に着目したものであり、定型発達児において、体重支持や移動を獲得する以前の早期に足部の空間的コントロールが可能になるという先行研究に基づくものである。』

これを元に思いついたのが、カスタネットを用意し椅子に腰かけ、カスタネットと自分の足をよく見てもらいながら足首の運動(足関節の背屈・底屈)によりカスタネットの音を出すという遊びです。

単純に足関節の動作を行なうより、音を出すという面白さや足首の動きを確実に目で確認するという効果を期待して、この遊びをマッサージの前か後に数分やってみようと考えました(最初に「本来は足でたたくものではないよ」と伝えました)

初回は興味をもって積極的にトライしてくれました。しかし、これは思っていた以上に難しいものでした。足関節は尖足のままほぼ固定し、膝の上げ下げ(股関節の屈曲・伸展)でカスタネットを叩こうとしてしました。ここで私は「そうではなく、こんな感じだよ」と言って(否定して)、ゆっくりと足首を上下(足関節の背屈・底屈)させてみましたが、なかなかうまくいきませんでした。

2回目は、「今日はマッサージからやろうか」と話したところ、前回と同じことをやりたいとのことだったので、前回とは少し高さの異なる椅子に変えて同様な試みをしてみました。しかしながら、やはりうまくはいきませんでした。ここで私は心の中で「これは難しい、失敗だった」と思ってしまいました。そして、次の訪問からはマッサージについても、拒否する傾向がみられるようになりました。マッサージ前後の数分という短い時間であれ、安直な気持ちでリハビリに挑戦したことが結果的にはマイナスとなりました。

レビュー

この失敗例に対し、先月学習した”アナット・バニエル・メソッド”に照らし合わせ、何が適切でなかったのかをレビューをしてみることにしました。

最初に、かなり大雑把ですが「あるべき姿」としてまとめ、続いて「9つの大事なこと」に突き合わせて問題点を個別に洗い出しました。 

 

著者:アナット・バニエル

出版:太郎次郎社エディタス

発行:2018年7月

あるべき姿

まず、患者さまの状態、状況の理解を深めることが第一です。続いて、「できないこと」を知ることも必要ですが、支援の扉は「できること」の近くにあると考えるべきです。これは“アナット・バニエル・メソッド”の中では「動きのエッジ部分」と言われているものです。また、「できること」に目を向けることは、脳にとって失敗のパターンを刻むリスクを遠ざけるという利点もあります。

そして、変化を起こすエンジンは患者さまの脳の働きです。さらに支援者とのつながり、脳と脳とのつながりが土台となります。これは支援者の影響力が大きいことを意味します。そのため支援者にはリーダーになる(いい加減なことはできない)という覚悟が求められます。

エンジンを動かすためのガソリンに相当するものは、「気づき・違い」などですが、「学びのスイッチ」がオンになっていることも非常に重要で、エンジンに大きな力を加えます。また、楽しさ、喜び、好奇心などのポジティブな心も極めて重要です】 

 「9つの大事なこと」との突合せ

1.動きに注意を向けること

脳は「失敗のパターン」も再生してしまう

『訓練を機械的・反復的に行なうとき、ある動きができない、うまく動けないという経験に加え、訓練の過程で子どもが味わう失敗に伴う感情も脳の失敗のパターンに刻まれる。』

これは、子どもの状態、状況を正しく理解するためのていねいな観察が前提であり、思いつきでの働きかけなどは慎重でなければならないということだと思います。

2.ゆっくり

スローダウンで「感じとる脳」に

何かができないときは、その能力がまだないということであり、能力を獲得するためには、脳がより細かく差異をとらえ、無数の新しい神経細胞のつながりをつくり、それが統合されなければならない。そのチャンスを最大にするためには、取り組みのペースを思いきり落とすことです。「ゆっくり」は脳の注意を引き、子どもに感じる時間を与える。

これは、新しい動きの習得には脳の対応が必須であり、「ゆっくり」を基本とし焦ることなく、じっくり取り組むことが必要であるということだと思います。

3.バリエーション

動きのエッジ部分にやさしく働きかける

お子さんがすでにできることにバリエーションをとりいれる。

間違いを活用する

子どもが何かを間違った方法でしても、修正しないことです。そう、修正はしません(もちろん、その行動が本人や周囲に危険をおよぼすときは、直ちにやめさせること)。あなたの目には間違いが明らかであっても、本人は気づいていないことが多いのです!間違いを修正しないとは、間違いをなかったことにするという意味ではなく、バリエーションをとりいれるきっかけにするということです。子どもの間違いは、バリエーションを体験するための贈り物です。子どもが間違いをしたら、その間違いに変化をつけてみましょう。

これは、「間違い」という受けとめではなく、「想定外の反応」として評価し、新たなバリエーションのための材料として活用しようというものです。このような意識は全くありませんでした。また、できることにバリエーションをつけるという着想も全くありませんでした。

4.微かな力

感情表現で力をぬく

子どもと向きあうときの感情を和らげる。声をやさしくし、気を楽にもち、子どもに対する期待を減らす。

ここでは、「子どもに対する期待を減らす」ということが大事だと思いますが、同時に「楽しい気持ち」や「つながる気持ち」などもとても大切だと思います。

5.内なる熱狂

喜びを深める力

科学研究から読みとれるのは、あなたが心を熱くすることが子どもの脳に影響を与えるということである。

自分がリーダーになる

子どもは何かをうまくできると、気分をよくし、希望を感じる。一方、あなたの期待に応えられなければ、とまどい、自信をなくし、おどおどする。

これらは、支援(施術)する者の役割の重さに関するものですが、今回の例では、私自身が心の中ではありますが、「失敗だった」と思ってしまったことが最大の問題だったのかもしれません。

6.ゆるやかな目標設定

可能性にひらかれた道

通常、ゴールを目指すときは、目標をできるだけ絞り、できるだけがんばるものです。それは、「がんばれ」「あきらめるな」「苦痛があってこその達成」といった言葉にも表れています。しかし、支援が必要な子どもの場合、このような取り組み方は逆効果のことが多いのです。柔軟性に欠ける方法で力まかせにゴールを目指すと、子どもの力をさらに制限してしまうことになりかねません。

これも3の「バリエーション」にあった「動きのエッジ部分にやさしく働きかける」という「できること」に目を向けるということに関わるものだと思います。

7.学びのスイッチ

ひとりの人間としてみる

一般的には、子どもの課題やできないことに焦点を絞った対応がなされるものだと思いますが、これにはひとつ、大きな欠点があります。そのようにするとき、ひとりの子どもの全体がみえなくなるのです。内側に豊かな経験と複雑さを抱える子どもの全体像をつかめなくなり、型にはまった見方をするようになります。そして、気づかないうちに自分の「学びのスイッチ」をオフにしてしまします。ところが、視野を広げ、自分の懸念やその子の限界にとらわれずに子どもをみるようになると、あなたの「学びのスイッチ」はふたたびオンになります。すると、子どもを総体としてとらえるようになり、以前は気づかなかったことに気づき、子どもに関わっていく新たな方法を見つけることができます。子どもに役立つチャンスが急に到来するようになり、あなたは、子どもの脳が識別し、進化をとげる手伝いを創造的に行なうようになります。このようなプロセスは、私たちの「学びのスイッチ」だけでなく子どもの「学びのスイッチ」もオンにし、脳の整理能力を全体的に引き上げてくれます。子どもは、私たちが予想もしない方法で、もっとも困難な分野の能力を伸ばしていくものです。

これは「学びのスイッチ」に関して書かれたものですが、まさにまとめになるような内容です。

8.想像すること、夢みること

遊ぶ

遊びは子どもの想像力をかき立てるもっとも手ごろな方法です。ところが、私たちが子どもとすることというのはひじょうにまじめで型にはまったものが多いのです。特別な支援を必要とする子どもがセラピーを受けるときや家庭教師にみてもらうときは、とくにそうなりがちです。そのようなときはゲームにして想像力をフルに使うようにすると、楽しく、効果も上がります。子どもの体験に喜びや好奇心が加わり、脳の処理能力が高まり、創造力が目覚めます。

ここでも、脳の活性化には楽しさ、喜び、好奇心が重要であることがわかります。

9.気づき

「気づき」は行為だ

「気づいている」ときの子どもは、脳のもつ「変化をとげる」力を活用しています。このとき子どもの脳は大きく飛躍し、つぎのレベルのさまざまな能力を獲得することができます。子どもが自分の動きや思考、感情、行為に「気づいている」と、それを続けるか、やめるか、やり方を変えるか試行錯誤するとき、その子は気づいています。言葉が出はじめるまえから、子どもは気づくことをはじめています。「気づき」のスキルもまた、発達し、進化していきます。ほかのスキルと同様に磨くことができ、磨くほどに上達し、困難を乗り越えていく力になります。

7で「学びのスイッチ」というものがありましたが、気づきとは「学びのスイッチ」より前に存在するスイッチだと思います。また、繰り返しになりますが「気づき」にとっても、楽しさ、喜び、好奇心が大きく関わっていると思います。

最後に本書の中から実践編とも言えるものを一つご紹介させて頂きます。

快適に動くために―足の遊び

特定の動きが困難で、子どもが過剰に力を使っている場合、力を減らせるよう穏やかに導く方法を探します。身体を動かすときの力を減らすためには、体位を変えることが有効かもしれません。

たとえば、歩くときに左右の脚を大きく開き、よくつまずいて転ぶ子どもには、立ったり、歩いたりするときに筋肉に余分な力が入っています。そのため、立っているときに、自分の両脚が大きく開いているか、くっついているか、腰の真下に並んでいるかの違いを感じとることができていません。余分な力が大きなノイズ(雑音)となって、関節や筋肉と脳の繊細なやりとりをじゃましていると考えてください。そのようなときは、余分な力のボリュームを下げ、わずかな違いを感じることを助けてくれる遊びをしてみましょう。』

 まず、子どもをイスに座らせます(立った状態だと転ばないように力を入れてしまいますが、座ると過剰な努力をしなくてすみ、感じとる力が高まります)。このとき、足が床につき、楽に座れるようにします。子どもが楽に座ったら、自分の足を見て、左右の足のあいだの距離を、胸の前で両手で示すように言います。その距離が正確かどうかは気にしません。つぎに、子どもの両手を思いっきり離し、「手が遠くに離れているね」と声をかけます。両手を近づけさせ、「近づいた」と声をかけたら、ひざの上に降ろすように言います。 

 つぎに、子どもに目を閉じてもらい、やさしく足をとり、左右の足のあいだを離します。子どもが不快に感じる距離にはしません(あくまで余分な力を減らし、動きを感じられるようにするための遊びであることを忘れないでください)。「両方の足は近くにあるかな? それとも離れているかな?」と尋ねます。回答の正否は問わず、間違っても直しません。目を閉じた子どもにただ自分の足を感じさせ、足がどこにあるかを推測させるのです。目を開けるように言い、自分の目で距離を確認させます。

 再度、子どもに目を閉じてもらいます。右足をとって左足に近づけ、「足を動かしたのを感じた?」と尋ねます。おそらく「うん」と答えるでしょう。さらに「足はもう片方の足に近づいたかな? それとも遠くに離れたかな?」と尋ねます。お子さんが幼くてまだ話せない場合は、質問をするのではなく、子どもに加えた動きをそのまま言葉にします。同じことをもう片方の足でも行ないます。動かすとき、足にかける力を一回ごとに弱めていきます。その後、本人に片方の足を動かすように言います。まず、力を強く入れて動かすように言い、つぎに力をあまり入れずに動かすように言ってください。

 この遊びを五分間ほどしたら、子どもに立ってもらいます。このとき、立っている感覚が変化したかどうか、感じる時間を与えます。子どもの脳は、脚をうまく使えるように修正がされたはずです。今度は、座って行った先ほどの動きを、立った状態で行ないます。立って行なうのが難しい場合は、ふたたび座って行ないます。

 このような遊びを冒頭からあわせて十分ほど行ったら終わりにし、好きなように歩かせます。このとき、「足の距離が近くなったね」まどと声かけしないことです。

この遊びはさまざまな動きや状態に応用できます。脳は、余分な力が減ることで「違い」を感じられるようになり、より上手に動きを組み立てるチャンスを与えられます。何年もかかると思っていたことを脳がすばやく達成してしまうことに驚くことでしょう。

量子論2

今回のブログで意識した点は、量子論の基本、奇怪さ、応用・貢献の4つです。引用させて頂いた本は次に2冊になります。

 

著者:H.R. パージェル

出版:地人選書

発行:1983年11月

ブログ内の青色『』は「量子の世界」からの引用になります。

 

著者:佐藤勝彦

出版:PHP文庫

発行:2000年4月

ブログ内の赤色『』は「量子論を楽しむ本」からの引用になります。

1.量子

量子は物理量の最小単位とされています。また、物理量は素粒子に由来するとされ、実数で表される連続量とするニュートン力学などの古典論とは区別されます。

 

こちらの絵と文章は文部科学省のサイトにあったものです。

『量子とは、粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手です。光を粒子としてみたときの光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなどといった素粒子も量子に含まれます。

量子の世界は、原子や分子といったナノサイズ(1メートルの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界です。このような極めて小さな世界では、私たちの身の回りにある物理法則(ニュートン力学や電磁気学)は通用せず、「量子力学」というとても不思議な法則に従っています。

 

2.量子論

デジタル大辞泉による“量子論”の解説は次の通りです。

『量子力学、およびそれにより体系化される理論の総称。プランクの量子仮説から量子力学の確立までを古典量子論または前期量子論という。物理学のほか化学・工学・生物学でも展開。古典論に対していう。』なお、「プランクの量子仮説」が物理学会に提出されたのは、1900年12月14日です。

“量子論”に関しては、「量子論を楽しむ」の”はじめに”の冒頭部分をご紹介させて頂きます。

この本を手に取られた方のほとんどは、携帯電話やパソコンをお持ちに違いない。最近のエレクトロニクスの進歩はあまりにも速く、次から次へと性能が上がり、値段も安くなっている。その進歩は、そこに使われている半導体素子の進歩に大きくよっているが、半導体チップの中を支配している物理法則が「量子論」である。実際、半導体は量子論の結晶だとしばしば言われる。

地球が太陽の周囲を回る公転運動や、ロケット・飛行機・自動車などのマクロの物体の運動は、ニュートンが作った古典力学で計算し、結果の予言ができる。しかし分子や原子、素粒子のような小さな世界では、ニュートンの古典力学は使えないのである。これに対して量子論は、素粒子などのミクロの世界に適用される物理学の理論である。したがって、半導体の中で役立っているだけでなく、遺伝子やDNAの構造を決めているのも量子論だし、原子炉の中でエネルギーを発生させている核分裂反応や、太陽の中でエネルギーを生み出している核融合反応も量子論に従って起こっているのである。

3.量子力学

デジタル大辞泉による“量子力学”の解説は次の通りです。

『素粒子・原子・分子などの微視的な世界の物理現象を扱う理論体系。物質のもつ波動性と粒子性、観測による測定値の不確定性などを基本とする。アインシュタインの光量子論、ボーアの原子構造論などを経て、ハイゼンベルクの行列力学とシュレーディンガーの波動力学とが統一されて、1925年ごろ確立。』

4.量子論の第一歩(プランクの量子仮説)

“2.量子論”の中にある“プランクの量子仮説”は、「量子の世界」の方に詳しい説明が載っていました。

量子論発見の物語は、マックス・プランクによる黒体放射の法則の発見(1900年の記念すべき第一歩)で始まる。前期量子論の特色を一口でいうと、プランクの量子の考え(自然には不連続な要素があるというもの)を古典的なニュートン物理学の中にうまくはめ込ませようとする物理学者の側の試みを表していると言ってよい。黒体放射に関する論文で、マックス・プランクは、hと呼ばれる新しい定数を物理学に導入した。これは原始的過程に現われる不連続性の大きさの尺度である。プランクがこの仕事をやり遂げた1900年当時は、原子はその全エネルギーとしてどんな値でもとりうる(つまりエネルギーは連続変数だ)というのが物理学者たちの考えであった。これに対して、プランクの量子仮説はエネルギーのやりとりが量子化[古典力学で連続量と考えられていた物理量が、量子力学の量子条件に合わせて離散的な値として観測されること]されているというものであった。エネルギー量子という考えの導入は古典物理学には全く根拠を持っていないが、新しい理論が古典的概念との根元的な決裂を要求するものかどうかはまだ明らかではなかった。理論物理学者たちは、最初、プランクの量子仮説を古典物理学と調和させようと努力したのであった。

“プランクの量子仮説”が提案された時期の前後には、次のような大きな発見がありました。

1897年ジョセフ・ジョン・トムソンが電子を発見。1906年にノーベル物理学賞を受賞。

1911年アーネスト・ラザフォードは原子核を発見。1908年にノーベル化学賞を受賞。

5.量子論の奇怪さ

前回の“量子論1”ではノーベル物理学賞を受賞した、リチャード・フィリップス・ファインマンの『量子力学が本当に理解できている人はまずいないだろう~』で始まる文章をご紹介しましたが、「量子の世界」では“量子的奇怪さ”についての説明が出ていました。難解さが伝わる内容だと思います。

「量子的奇怪さ」とはいったい何なのか。それを見るため、新しい量子論の物理学を、それが取って代わった古いニュートン物理学と対比させてみよう。ニュートンの法則は、石の落下や惑星の運行とか、川や潮の流れなど、見慣れた物体やありふれた出来事からなる、目に見える世界の秩序をつかさどるものだ。このニュートン的世界像を第一義的に特色づけているのは、決定論的性格と客観性である。つまり、時計仕掛けとしての宇宙は時間の始まりから終わりに至るまで決定しているし、石や惑星などは我々が直接にそれらを観測しなくても客観的に実在しているのだ―背を向けていたってちゃんと存在している。

量子論になると、世界を(決定論や客観性のような)常識に基づいて解釈することはもはや許されなくなる。もちろん量子世界も理性によって理解しうるのだけれども、ニュートン的世界のように描写してみせることはできないのだ、これは原子やそれよりも小さい量子の世界の極微性だけが原因ではなくて、通常の物体の世界からそのまま借用した表現の手段が量子的対象には通用しないということによっている。たとえば、石などはそれが静止していて、しかもある定まった場所に置かれているという様子を我々は容易に心に描くことができる。だが電子のような量子的粒子に対して、それが空間のある一点に静止しているなどと言っても意味をなさないのだ。さらに、電子は、ニュートンの法則ではありえないような場所にも物質化して現われることができる。かくして、量子的粒子を通常の対象と同じように考えることは実験事実と相いれないということが物理学者と数学者によって示されたのである。

量子論は客観性という通常の考え方を否定するだけにとどまらず、決定論時世界観をも破壊してしまった。量子論によれば、電子の原子内での飛び移りなどの現象はランダムに起こるのである。電子がいつ飛び移るかなど、我々に教えてくれるような物理法則は何もないのである。せいぜい我々にできることは、その現象の起こる確率を与えることである。巨大な時計仕掛けの最も小さい歯車である原子は、決定論的な法則には従わないのだ。

量子論を考え出した人たちは、ニュートン的世界観と対照的なもう一つの面に気づいた。それは観測者が創り出すリアリティというものだ。量子論によれば、観測者が何を測定しようとしているかということがその測定自身に影響を及ぼすことになる。量子の世界で現実に起こっていることは、その世界を我々がどのように観測しようとしているかに依存しているのだ、我々が観測しようとするまいと、それとは無関係に存在する世界では決してないのである。つまり量子の世界の様子は我々が何を見ようとするかによって部分的に決まるのであって、観測者がリアリティを創り出すことに部分的に参加していると言ってもよい。

客観的実在という概念がないこと、決定論が破れること、および観測者がリアリティを創り出すこと、など、量子世界の持つこれらの性質が、この世界を我々の感覚で知覚する通常の世界から区別しているゆえんであるが、私はこれらの性質のことを「量子的奇怪さ」と呼ぶことにしたい。アインシュタインはこの量子的奇怪さ、わけても、観測者が創り出すリアリティという概念には抵抗を示した。測定の結果に直接的に観測者が絡まるという事実、これは、自然が人間の選択などにはお構いなしに存在すると考えたアインシュタインの決定論的世界観とは真っ向から対立するものだったからである。

我々の心の奥底には、何か素直に量子的リアリティを理解しようとはしないものがあるようだ。もちろん理屈では、数学的に無矛盾だし実験ともすばらしい一致を示すのだから、それを受けいれるのはなんらやぶさかではないのである。だがどうも心の安らぎを得ないのだ。物理学者やそのほかの人たちが量子的リアリティというものを把握しようと苦労している様子は、ちょうどまだ自分の知らない概念にぶつかったときに子供が示す反応ぶりを私に思い起こさせるのである。心理学者、ジャン・ピアジェは子供についてこの現象を研究した。ある年齢の子供に、千差万別の形をした透明な容器に同じ高さまで液体を入れたものをたくさん見せたとする。すると子供は、どの容器にも液体が同じ量だけ入っていると考えるものである。その子供にはまだ、液体の量は高さだけできまるものではなく、体積できまるものだということがつかめていないのだ。その問題の正しい見方を子供に説明すれば、たいていの場合子供は理解する。だがすぐにまた元の考え方へ立ち戻ってしまうものだ。ある特定の年齢―およそ六歳か七歳あたり―を過ぎてはじめて、子供は液量と体積の関係を理解することができるのである。量子的リアリティが理解できるようになるのもこれと似たようなものだ。諸君が自分でそれが理解できたと思い、自分の頭に量子的リアリティのなんらかの描像が浮かぶようになったにもかかわらず、間もなくまた元の古典的な考え方に戻ってしまうことがよくあるものだ。これはちょうどピアジェの実験の子供の場合と同じなのだ。

6.量子論の応用と貢献

量子論による最大の功績は半導体の発見ではないかと思います。今では死語だと思いますが半導体のことを、”産業の米”と呼んでいた時代がありました。もちろん、量子論の貢献は半導体だけではありません。また、これらを知ることはとても大切だと思います。この点に関しては「量子の世界第五章 ”不確定性と相補性”の中に描かれていました。

1920年代の終わり頃まで、新しい量子論の解釈の問題は手をつけられないままの状態であった。若い世代の物理学者たちは量子論とともに育ったが、彼らは解釈の問題には、量子論の応用に対するほどの興味を示さなかったのである。新理論は、それ以前にはなかったほど、理論物理学における数学の果たす役割の重要性を強調するものであった。したがって、抽象数学の面で専門的に大変優れた能力の持主や、それを物理の問題に適用する才能の持主たちが前面に登場してくることになった。

新しい量子論は、自然現象の解明にとって人類がこれまでに手にした数学的手段のうちで最も強力な武器となり、科学の歴史上、比類のない偉大な業績と数えられるに至った。この理論は世界中の工業諸国の何千という若い科学者の知的エネルギーを解放した。これまで出されたどんなアイデアもこれほどまでに大きい衝撃を技術面に与えたことはなかったし、今後とも、このアイデアが実際面で持つ意味は、我々の文明の社会的、かつ政治的運命を形作っていくことになろう。我々人類は今や、宇宙の法典―宇宙の不易の法則―の新しい側面、すなわち我々の発展がプログラムされている面と接触した。トランジスターマイクロチップレーザー低温技術などの実際面への応用は技術文明の最先端を走る全産業を生み出すこととなった。今世紀の歴史が書かれるとき、政治的な事件は人間の生命や財産に計り知れない損失を与えたにもかかわらず、影響の最も大きかった事柄としては取り扱われていないのを我々は見ることになるかもしれない。代わりに登場するおもな出来事は、人類がはじめて目に見えない量子の世界と接触を持ったことと、その結果としての生物学上、および計算機の上の革命になるのではないだろうか。

新しい量子論の出現によって、化学元素の周期率表の根拠化学結合の本性、および分子化学が理解できることとなった。またこの新しい理論的発展は、実験面での研究と相まって現代の量子化学を誕生させた。だから、ディラックは、量子力学に関する1929年の論文に次のように書くことができたのだ。

「物理学の大部分と、化学の全域に対する数学的理論にとって必要な基礎的物理法則は、かくして完全に我らの知るところとなり……」

第一世代の分子生物学者たちは、生体の遺伝的安定性は物質的、分子的基盤を持っているに相違ないと説いた、あのエルヴィン・シュレーディンガーの本、『生命とは何か』を読んで大いに触発されたものだ。これらの研究者たちの多くは熟達した物理学者であったが、彼らは遺伝学に新しい風を吹き込み、当時のほとんどの生物学者にとってはなじみのなかった分子物理学の実験方法を取り入れたのである。生命の問題に対してとられたこの新しい研究方法の最大の成果が、生命体の自己複製の物理的基盤である、DNAとRNAの分子構造の発見であった。この発見は、またそれ自体が別の革命の原動力となったのだが、いずれにせよ、分子物理学の研究室でこの発見が行なわれたのは決して偶然ではなかったのだ。

固体の量子論の開発も行われた。電気伝導の理論固体のバンド理論磁性体の理論などはすべて新しく生まれた量子力学の当然の成果なのだ。1950年代になると、超電導の理論(極低温において電流が抵抗なしに流れる現象)および超流動の理論(流体が抵抗なしに流れる現象)において一大躍進が見られることになる。このほか液体が気体や固体に変わるような、物質の相転移の理論も発展した。

新しい量子論はまた原子核の研究に対する理論的な道具ともなり、原子核物理学が誕生する契機になった。放射性崩壊の際の莫大なエネルギーの解放の根拠が理解された―放射性崩壊は量子力学的事象を含んでいて、古典物理学的な現象ではないのだ。物理学者は、はじめて星のエネルギー源について知り、天体物理学がモダンな科学として登場することとなった。

だが、一般社会では、教育のある人でさえ量子論のこの発展についていこうとしなかったのは驚くべきことだった。実際、量子論はその前の相対論ほどは一般の興味を引かなかったのである。これにはいくつかの理由が考えられる。第一に、1930年代の初頭は、経済的不況が進行しつつあったこと、第二に、知識層のほとんどは政治上のイデオロギーの問題にすっかり気を奪われてしまっていたこと、第三に、そしてこれが最も重要な理由だと私は考えるが、量子論の数学的構造の抽象性が人間の直接経験に結びつかなかったことである。

量子論は測定機器を通して見いだされた物質的リアリティの理論である。つまり観測者としての人間と、原子との間に、装置が存在している。ハイゼンベルクの言葉を借りれば、「科学における進歩は、自然界の現象を仲介を挟むことなくそのままじかに我々の思考方法で理解できるようにする可能性を犠牲にすることでもたらされた」のだ。彼はさらに、「科学は、我々の感覚でじかに認知できる現象をありのままにとらえる可能性をますます葬り去る一方で、現象の数学的な、形式的な芯の部分をあばくことだけをやっている」とも言っている。

7.量子論から生まれた半導体

これは「量子論を楽しむ」の中の“半導体部品を生み出した量子論”に書かかれている内容です。

物性物理学における量子論の最大の成果の一つは、個体の電気的な性質の違いを理論的に説明したことです。

個体は、金属のように電気を良く通す導体、木やガラスなどのように電気を流さない不導体(絶縁体)、そしてその中間物質である半導体の三種類に分類されます。電流とは電子の流れのことですから、それぞれの固体の中で電子がどんな状態にあるのかによって、電気的な性質の違いが表れることが想像できます。

固体の中の電子の状態を「量子数」の概念やパウリの原理に照らして考えると、結晶構造になっている原子の中では、電子のエネルギーはいくつかの「エネルギー帯」と呼ばれる範囲の値だけを取ることがわかりました。そしてエネルギー帯同士のすきま(「ギャップ」と呼びます)が小さい結晶原子ほど、電子はエネルギー的に高い状態に移りやすく、その結果原子核から離れて自由に動き回る電子になる、すなわち電気が流れることがわかってきたのです。

また、シリコンやゲルマニウムなどの半導体に少量の不純物を混ぜることで、電気的な性質を自由自在に変えられることも明らかになりました。これを応用した半導体部品すなわちダイオードやトランジスタ、そしてIC(集積回路)やLSI(大規模集積回路)などはマイクロエレクトロニクスの主役となり、私たちの日々の生活を激変させたのです。現在の私たちの暮らしを支えているのは、半導体部品を生み出した量子論であると言えます。

今回、量子論の本を読み始めてしばらくの間、私は半導体と量子論との関係について、相変わらずイメージすることができませんでした。しかしながら、4冊の本を読み終える頃になって、やっと、見えた気がします。それは、とても単純な話でした。つまり、半導体は原子より小さい電子などの世界の話であり、そのミクロの世界のルールを知り、会話するためには古典論は役に立たず、量子論でなければ話が始まらない」。ということでした。 

付記

5.量子論の奇怪さ”の中に次のような一文がありました。

量子論を考え出した人たちは、ニュートン的世界観と対照的なもう一つの面に気づいた。それは観測者が創り出すリアリティというものだ。量子論によれば、観測者が何を測定しようとしているかということがその測定自身に影響を及ぼすことになる。

この後半部分のフレーズを”それは施術者が創り出すリアリティ(”証”[治療指針])というものだ。鍼灸の世界では、鍼灸師がどんな施術をしようと考えているかがその施術自身に影響を及ぼすことになる”と置き換えられるのではないか??? それはエネルギーが持つ不思議な ”顔” なのではないかと。。。

 

画像出典:「ScienceTime

量子論1

なぜ、量子論という超難解なものに興味を持ったのかというと、それはブログ“がんと自然治癒力8”で勉強させていただいた、ブルース・リプトン先生の「思考のすごい力」という本に因ります。

 

著者:ブルース・リプトン

出版:PHP研究所

発行:2009年1月

この本の第四章は次の通りです。

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

 量子物理学と縁なく過ごしてきたわたし

 ニュートン力学では超常現象を解明できない

 物質はエネルギーでできている

 人間の生体内システムは重複的

 製薬会社の駒となっている医師たち

 電磁エネルギーが生体調整に深い影響を与える

 代替医療の研究が進まないわけ

 エネルギー波を治療に活用する

大袈裟ですが、私の背中を押したのは以下の4つです。また、キーワードは“エネルギー”であり、そして“量子論と東洋医学の類似性??”という期待のような思いを含んだ好奇心です。

『原子が宇宙で最も小さい粒子であるという概念は捨て去られた。一つの原子はさらに小さな粒子から構成されていることがわかった。これだけでも驚天動地の大発見だが、さらに、原子がX線や放射線など、さまざまな「奇妙なエネルギー」を放出していることが明らかになり、大騒ぎになった。』

『ニュートン的で物質偏重主義である旧来の概念から抜け出せない研究者たちは、健康や病気にエネルギーの振動が果たす役割をまったく無視している。』

『何千年も前、西洋の科学者が量子物理学の法則を発見するより遥か以前に、アジア人は健康と幸福に寄与する第一の要因として、エネルギーを尊んできた。』

『東洋医学では、身体はエネルギーの経路(経絡)が複雑に列をなしたものと定義される。中国の鍼灸療法で用いられる人体の経絡図には、電気配線図にも似たエネルギーのネットワークが描かれている。中国医学の医師は、鍼などを用いて患者のエネルギー回路をテストするわけだが、これはまさに電気技師がプリント基板を「トラブルシュート」して電気的な「病変」を発見しようとするのと同じやり方だ。』

読んだ本は、「思考のすごい力」の中で紹介されていた2冊を含め、全部で4冊です。

 

著者:H.R. パージェル

出版:地人選書

発行:1983年11月

※ブログ内の青色『』は「量子の世界」からの引用になります。

原書のタイトルが気になり、調べてみたところ“THE COSMIC CODE”でした。

著書:「分子生物学入門

著者:セント=ジェルジ・アルベルト

出版:廣川書店

発行:1964年9月

ジェルジ・アルベルト先生は、ビタミンCの発見などにより、1937年度ノーベル生理学医学賞を受賞されました。

写真は本書の中に掲載されているものです。また、この「分子生物学入門」の内容は極めて高度であり、タッチできるものではありませんでしたが、唯一、お伝えできる、お伝えしたいことは以下の文章の中の太字部分です。

 『私の研究歴は組織学にはじまりましたが細胞形態学が与え得る生命についての知識に満足できず私は生理学に転じました。そこで生理学があまりにも複雑であることを見い出し私は薬理学の分野に転向いたしました。それは薬理学の対象の一つである薬物の性質が比較的に単純なものであると思われたからであります。しかしながら薬理学が決して単純なものでないことを知った私は次に細菌学の世界に踏み込んだのであります。ここでなおも細菌の複雑さを知らされた私は次第に分子レベルの問題に興味をひかれ化学や物理化学の研究をするようになったのであります。この経験を生かして私は筋肉の研究をはじめることを企てました。その後20年間にわたる研究の結果、筋肉の問題を理解するためには量子力学の法則に支配されている電子のレベルまで掘り下げる必要があるという結論に到達しました。

 

著者:佐藤勝彦

出版:PHP文庫

発行:2000年4月

※ブログ内の赤色『』は「量子論を楽しむ本」からの引用になります。

 

監修:和田純夫

出版:ニュートンプレス

発行:2018年7月

※ブログ内の緑色『』は「13歳からの量子論のきほん」からの引用になります。

※上部に”常識が通じない! ミクロの世界の物理法則”とあります。

 

 

今回の“量子論1”は、自分自身の関心事に対して、できる限り分かりやすくまとめることを目標としました。一方、次回の“量子論2”では、H.R. パージェルの著書「量子の世界」を中心に全体像をつかむという点に重きを置きました。

相対性理論といえばアインシュタインですが、量子論といえば誰なのか? その答えは、ニールス・ボーアとその仲間達ということになります。

画像出典:「量子論を楽しむ本」


左の絵の中に、“シュレーディンガーの猫”と書かれたイラストが出ています。簡単にご説明すると、量子力学の基本となる方程式(“シュレーディンガー方程式”)を編み出したシュレーディンガーが、ボーア達が確立した“コペンハーゲン解釈”という考えに反旗を翻し、提示した宿題であり、“シュレーディンガーの猫”と命名されました。右の絵はその内容です。なお、この宿題は現在もクリアできず、“コペンハーゲン解釈”が完全なものに至っていない大きな理由の一つとなっています。

 

ニールス・ヘンリク・ダヴィド・ボーア(1885年10月7日 - 1962年11月18日)

ボーアは1922年にノーベル物理学賞を受賞されています。

画像出典:「ウキペディア

1.量子論と東洋医学

ボーアは量子論が明らかにした物質観・自然観の特徴を“相補性”という概念で説明していますが、ボーアはこの“相補性”を表すシンボルとして古代中国の「陰陽思想」を象徴する“太極図”を好んで用いたとのことです。このことは、「量子論を楽しむ本」の中に書かれていました。 

 

画像出典:「量子論を楽しむ本」

ボーアは相補性を表すシンボルとして古代中国の「陰陽思想」を象徴する太極図を好んで用いました。陰と陽という対立する「気」が絡み合い、相互作用をおこなうことで、すべての自然現象や人間活動が決まるとする陰陽思想は、まさに量子論の描く世界像と同じと言えます。ボーアは自分の紋章の一部に太極図を描いたほどでした。

量子論はこのように、中国思想などの東洋思想と相通じる部分を持つために、その観点から関心を持つ人も多くいます。東洋思想の柱に「一元論」があり、これは近代科学の根底にある「二元論」と対立する概念です。物と心、自然と人間などを分けて取り扱うのが二元論であり、これらを不可分なものとみなすのが一元論です。客観的事実を否定した量子論は、自然と観測者を分けて考える二元論的な世界観を退け、観測対象である自然と観測する私たちとを一つのセットとして考える、一元的な自然観を示すのです。

東洋医学そのものではありませんが、ボーアがその大元になっている陰陽思想への関心が高かったという事実の発見は、驚きでもあり、うれしい気持ちになります。

 

写真はQingYang gong templeという寺院にある彫刻です。中央が太極図、まわりは十二支です。

画像出典:「ウキペディア

2.量子論とは

1)アイザック・ニュートンと決定論

 

この画像は“山賀 進のWeb siteさまの“ニュートン略伝”から拝借しました。

量子論と対極にあるのは、アイザック・ニュートンの理論です。また、そのニュートン力学の考えをさらに発展させたのが、ピエール・ラプラスの「未来はきまっている」という考えです。まずは、量子論と比較する目的で「古典論」とされている、ニュートン力学と決定論について触れたいと思います。

 

 

画像出典:「13歳からの量子論のきほん」

量子論が誕生する以前、あらゆる物体の運動は、「ニュートン力学」で説明できると考えられていました。ニュートン力学はイギリスの天才科学者アイザック・ニュートンが打ち立てた理論で、物体が力を受けてどのように運動するかを説明する理論といえます。

ボールの遠投を考えましょう。空気抵抗などは無視できるとします。ボールを投げた瞬間の速さと向き、高さが厳密にわかれば、地面に落ちる位置はニュートン力学によって厳密に計算できます。つまり「ボールの落下地点は、投げる瞬間に決まっている」といえるわけです。

サイコロの出る目が予測できないのは、サイコロを投げた瞬間の状態を厳密に知ることが困難だからです。投げた速さ、角度、高さなど、すべての条件が厳密にわかれば、出る目は計算できます。つまり、「サイコロの出る目も、投げる瞬間に決まっている」といえるでしょう。

フランスの科学者ピエール・ラプラスは、ニュートン力学の考えをさらに発展させて、次のように考えました。

「仮に、宇宙のすべての物質の現在の状態を厳密に知っている生物がいたら、その生物は宇宙の未来のすべてを完全に予言することができるだろう。つまり、未来は決まっていることになる」。この仮想的な生き物は、「ラプラスの魔物」と呼ばれています。

ラプラスのような考え方は、量子論が登場するまでは、物理学者の間で一般的だったようです。未来を予言することができないのは、人間の能力に限界があるためであって、実際には未来は決まっている。そう考えるわけです。

しかし量子論の登場によって、この考え方は正しくないことがわかりました。量子論によると、仮にラプラスの魔物が宇宙のすべての情報を知ることができたとしても、未来がどうなるかを予言することは原理的に不可能だからです。

たとえば電子は、運動方向を正確に決めると位置が不確かになり、位置を正確に決めると運動方向が不確かになります。電子の位置と運動方向を、同時に正確に決めることは不可能なのです。

このようにミクロの世界では、電子一つをとってみても、未来の予言は不可能です。つまり、未来はきまっていないようなのです!

2)量子論が生まれた理由

 

野球のボール vs 原子」の大きさの違いは、「地球 vs ビー玉」の大きさの違いと同じくらいだそうです。

画像出典:「13歳からの量子論のきほん」

あらゆる物質は、「原子」からできていることがわかっています。19世紀末ごろになって、原子がかかわる現象を詳しく調べてみると、ミクロな世界は私たちが日常生活で目にする世界とはまったくちがうことがわかってきました。ミクロな物質は、私たちの常識では説明できない、摩訶不思議なふるまいをするのです。そこで、新しい理論が必要になりました。それが「量子論」です。量子論とは「非常に小さなミクロな世界で、物質を構成する粒子や光などがどのようにふるまうかを解き明かす理論」といえます。

3)量子論と日常生活の関係


こちらの絵も「13歳からの量子論のきほん」からのものです。量子論はミクロの世界で顕著ですが、実はミクロの世界だけの話ではありません。

量子論は、原子や電子といったとても小さいものがどのようにふるまうかを説明する、物理学の大理論です。現代の物理学は、一部の例外をのぞいて、すべて量子論という土台の上に築かれているといっても過言ではありません。量子論以前の物理学は、「古典論」とよばれます。原子より小さいようなミクロな世界は、古典論では説明がつかず、量子論という新しい理論が生まれたのです。

では量子論は、私たちが日常目にする世界(マクロな世界)とは、無関係なのでしょうか。実は量子論は、ミクロな世界であろうと、マクロは世界であろうと、自然界のすべてのサイズで適用できます。ただ、マクロな世界では、量子論の効果がほとんど見られなくなります。量子論が「ミクロな世界の物理法則」といわれるのは、量子論の効果が目立ってあらわれるのが、ミクロな世界だからなのです。

ただし、ミクロな世界もマクロな世界も、量子論だけですべてがこと足りるというわけではありません。たとえば、マクロな世界の物体の運動に量子論を適用すると、計算量が膨大になってしまいます。そこで実用上は、計算が楽な古典論が使われます。マクロな世界では、量子論による計算結果と古典論による計算結果が、ほとんど同じになるのです。

なおマクロな世界にも、量子論を使わないと説明できない現象はあります。「金属(導体)」「絶縁体」「半導体」の性質のちがいや、「超流動」や「超電導」といった現象です。

量子論であつかうミクロな世界の現象は、日常ではほとんど見ることができないので、量子論に慣れるのはむずかしいといえます。「人間が知覚できる世界は非常に特殊で限られている」という事実を、忘れないようにする必要があるでしょう。

この「ミクロとマクロ」、「古典論と量子論」の関係性をつかむことは重要と考えますので、専門的ですが、以下に「量子の世界」の“第五章 不確定性と相補性”から一部を引用させて頂きます。

なお、ポイントは「例えば細菌サイズであっても、不確定さは10億分の1しかないため、ニュートン力学でも問題ない誤差であるが、原子サイズになると不確定さは100分の1と高くなるため、いよいよニュートン力学では難しくなってくる」というような内容です。

いろいろな対象に対して、ハイゼンベルクの関係式がどの程度の意味をもつかのだいたいの感じをつかむためには、その対象のサイズと代表的な運動量を掛け合わせたものを、ブランク定数h―量子効果が重要となる目安―と比較してみるとよい。飛んでいるテニスボールについて言えば、量子論による不確定さはおよそ1000万×10億×10億×10億分の1(10のマイナス34乗)に過ぎないことがわかる。したがって、テニスボールは十分な高精度で古典物理学の決定論的法則に従っていると言ってよい。細菌でさえ、その効果はおよそ10億分の1(10のマイナス9乗)の程度で、量子世界を全く経験することはないのだ。だが結晶中の原子になると我々は量子世界の入口まで迫っていくことになり、不確定さが100分の1(10のマイナス2乗)になる。ついに原子の中を動き回る電子に至っては量子的不確定性が完全に支配的となり、我々は不確定性原理と量子力学を支配者とする正真正銘の量子世界に足を踏み入れることになるのだ。

実は、今回「ハイゼンベルクの関係式」を調べていて、大きな修正が起きていたことを知り大変驚きました。それは以下の記事です。なお、この修正は上記の内容(物質の大きさと法則の関係性)に大きな影響を与えるものではないと思われます。

【クローズアップ科学】ノーベル賞「重力波」に陰の立役者 名大・小澤正直特任教授、物理学の定説覆す理論で貢献 2017.10.8 10:00

“~ 量子力学を象徴するとされてきたハイゼンベルクの不確定性原理を表す不等式の破れ(欠陥)を正した「小澤の不等式」でも世界的に知られている。ハイゼンベルクの不等式は「物体の位置を正確に測ろうとすると、測定によって起こる運動量の乱れが大きくなる」ことを表す。測定誤差がゼロだと、運動量が無限大になるので、そのような測定はできないと考えられてきた。これに対して、小澤氏が2003年に発表した不等式は、誤差ゼロの測定が可能であることを示す。量子の世界の「不確かさ」には測定に伴う誤差や運動量の乱れと、測定とは関係なく量子が本来的に持っている位置や運動量の「揺らぎ」がある。小澤氏は、2つの「不確かさ」がきちんと区別されないまま80年にわたり定着していたハイゼンベルクの不等式の間違いを正し、完全な式を提示した。 ~”

4)量子論の二つの重要事項

●「波と粒子の二面性」:“電子や光は、波と粒子の性質をあわせもつ”

●「状態の共存(重ね合わせ)」:“一つの電子は、箱の左右に同時に存在できる”

これについてはここでは触れません。その代わり、勇気づけてくれる一文をご紹介します。それは「量子の世界」の“第九章 波を作る”の冒頭(添書き)に書かれているものです。

量子力学が本当に理解できている人はまずいないだろう、と言って私は間違っていないと思う。諸君はもしできるなら、「だが、どうしてそんなことがありうるのだろうか」と自分自身に問い続けるのはやめた方がよい。なぜならますます深みにはまって、袋小路をさまようのが落ちで、そこから出口を見つけて出てきた人はまだいないのだから。どうして量子力学ではそうなるのかは、誰もわかってはいないのだ。

なお、この文章は、リチャード・フィリップス・ファインマンの言葉です。ファインマンは、経路積分という新しい量子化の手法を考案し、この成果により1965年にノーベル物理学賞を受賞された物理学者です。

5)“コペンハーゲン解釈”とは

現在、解決できない宿題(既出の“シュレーディンガーの猫”の件など)はあるものの、量子論の代表的な解釈は“コペンハーゲン解釈”と呼ばれているものです。以下はネット上にあった「知恵蔵」による解説です。

『コペンハーゲン解釈は、N.ボーアやW.ハイゼンベルクらの立場に沿うもので、正統派解釈とされる。この見方では、量子世界の物理状態は重ね合わさり、波を形づくっているが、観測された瞬間に波はしぼみ、1つの状態に落ち着く(波束の収縮)。どの状態が観測されるかは、波の振幅をもとに確率論的に予想できる。収縮の原因として、測定する側(環境)が測定される側に乱れを起こすことなどが考えられている。』

一方、「量子論を楽しむ本」の中の説明は以下の通りです。

波の収縮」と「確率解釈」を二本の柱として、私たちに見られる前の電子と見られた後の電子のようすを理解しようとするこの解釈方法を、コペンハーゲン解釈と呼びます。

また、「13歳からの量子論のきほん」の説明は次のようなものです。


観測すると、電子の波が瞬時にちぢむ!? “とがった波”が、粒子のようにみえる

一つの電子は「波と粒子の二面性」をもちます。この矛盾したような事実は、どう解釈したらよいのでしょうか。コペンハーゲンを中心に活躍したデンマークの物理学者のニールス・ボーア(1885~1962)らは、「コペンハーゲン解釈」とよばれる解釈を提案しました。

コペンハーゲン解釈によると、電子は観測していないときは、波の性質を保ちながら空間に広がっています。しかし、光を当てるなどして電子を観測すると、波が瞬時にちぢみ、1か所に集中した“とがった波”になります(波の収縮)。このような波が、粒子のように見えるというのです。

電子は、観測すると、観測前に波として広がっていた範囲内のどこかに出現します。しかしどこに出現するかは、確率的にしかわかりません。このような解釈をすれば、電子などの「波と粒子の二面性」を矛盾なく説明できると、ボーアらは考えたのです。 


電子は、“分身”しながら広範囲に存在している 電子の波を、発見確率をあらわす波と考える

電子の波とは、いったいどんな意味をもつものなのでしょうか?

先にご紹介したように、観測前の電子は、波のように空間に広がっています。これをあえて粒子的な描像で考えると、「一つの電子が、漫画などにえがかれる分身の術をしている忍者のごとく、あちこちに同時に存在している」といったイメージになります。

電子が発見される確率は、電子の波の“山の頂上”または“谷の底”で最大になり、電子の波が軸と交わっているところでゼロになっています。このように電子の波を、電子の発見確率をあらわす波と考えるのが、量子論の標準的な解釈となっている「コペンハーゲン解釈」です。

電子の波を数学的にあらわしたものは、「波動関数」とよばれています。電子の波動関数が原子の中などで、どのような形をとるかを導くための量子論の基礎方程式を、「シュレーディンガー方程式」といいます。

3.おさらい

この“おさらい”は、「量子論を楽しむ本」の中にある“ミクロの世界の物理法則が明らかになる”の内容です。量子論を理解する上で、量子論を古典派と推進派の両面から理解することが重要ではないかと考えました。

ミクロの世界の物理法則が明らかになる

さて、3章(見ようとすると見えない波)でもさまざまな話をしてきました。最後は例によってこの章のポイントをおさらいしておきましょう。

原子中の電子の軌道半径がとびとびの値に限られるというボーアの量子条件の根拠を示すために、ド・ブロイは電子を波であると考えて、その波長を求めた。

シュレーディンガーは電子の波を表すシュレーディンガー方程式を導き、電子の「とびとび」のエネルギー状態などの説明に成功した。

しかしシュレーディンガー方程式が示す波動関数ψ(プサイ)、すなわち電子の波(これは複素数の波である)の正体はわからなかった。

④ボルンは波動関数ψそのものが何を表すのかを考えずに、代わりにψの絶対値の二乗が、電子をその場所に発見する確率に比例することを見いだした(「波動関数の確率解釈」)。

ボーアたちは、観測される前の電子はさまざまな位置にいる状態が「重ね合わせ」になっているが、私たちが電子を観測したとたんに「波の収縮」が起きて電子は一ヶ所で発見されると考えた(「コペンハーゲン解釈」)。

こうして1920年代に、原子中の電子が示す不思議な現象をきちんと説明できる理論を、私たちはついに手にすることになりました。そしてその結果わかったのは「電子などミクロの世界は、私たちが知っていた物理法則とはまったく違うルールに支配されていたのだ」ということです。

その新たなルールの第一は、シュレーディンガー方程式に代表される波動力学(量子力学)です。ミクロの世界の物質は、それを「波である」と考えることでふるまい(動きやエネルギー)などを求めることができるのです。

そしてもう一つのルールが「確率」です。私たちが電子を発見する場所は、サイコロを振って決められるかのように、確率的に決定されるというのです。

このおさらい①~⑤を眺めると、古典派と推進派の違いは、波動関数の正体にこだわり歩を止めたアインシュタインやシュレーディンガーなどの古典派(決定論[ニュートン以来の物理学の大前提]を尊重)と、波動関数の正体を明らかにすることを先送りし、波動関数の存在を前提として量子論の開拓を積極的に進めていったボーアたちの推進派、という構図が思い浮かびます。

付記

「量子論を楽しむ本」の第3章“見ようとすると見えない波”と聞いて思い出したのは、壺と顔の絵です。調べてみるとそれは『ルビンの壺』と呼ばれていました。「壺に集中すると顔に気づかず、顔に集中すると壺に気づかない」というものです。もちろん、これは量子論の“波の収縮”とは全く無関係ですが、ちょっと面白いのでアップしました。 

アナット・バニエル・メソッド2(症例)

本の中には1歳から13歳までの19人の症例が出ていました。抱えている障害は重度の脳性まひ脳の損傷によるもの自閉症スペクトラムADHD(注意欠陥・多動性障害)LD(学習障害)診断のつかない発達遅れなどです。

今回のブログではこの中から3人の症例をご紹介させて頂きます。なお、[ ]内は私の方で追記したものです。

 

著者:アナット・バニエル

発行:太郎次郎社エディタス

発行:2018年8月

1.カシー 3歳女児 重度の脳性まひ(誕生時に脳を損傷)

両脚がくっついて離れないカシー

『カシーと出会ったのは、彼女が三歳のときでした。カシーは誕生時に脳を損傷し、重度の脳性まひがありました。両腕、両脚、お腹の筋肉が極端に硬く、痙縮がみられ、自発的な動きはほとんどありません。自分で動こうとすると、全身がさらに硬直します。

両親がカシーをレッスン台(マッサージ台のような幅広でクッション性のある安定した台)の上に座らせると、背中はすっかり丸まり、両腕は、胴体にきつくひきよせられました。ぴったりくっついた両脚は、前に向かってぴんと伸びています。カシーは転げ落ちないように必死で、どうみても怖がっていました。

数か月間にわたって定期的に「9つの大事なこと」を使ったレッスンを続けたところ、カシーは腰と両腕を自分で動かせるようになり、バランスを保ちながら怖がらずに座れるようになりました。話し方も考える力も向上し、おきまりの文をくり返し唱えるかわりに、自分の考えをまとめ、要求をはっきりと伝えるようになりました。

ところが、ひとつだけ、どのように取り組んでみても変わらないことがありました。まるで目に見えない紐で縛られているかのように、つねに両脚がぴったりとくっついていたのです。私がとてもゆっくり、やさしく動かすと、左右の脚は離れてべつべつに動くのですが、カシーが自分から脚を動かそうとしたり、自分で動かす方向を変えようとすると、そのとたんに痙縮します。身体の動かし方を学んで全身を自由に動かせるようになってきたのに、なぜか脚だけが動かないのです。

ある日、私はふと、カシーは自分に脚が二本あることを知らないのだと思いました。両脚がいつもいっしょに動くので左右べつべつのものだと感じたことがなく、右脚と左脚の「違い」を認識したことが一度もないのでしょう。認識されなければ「違い」は存在しません。だれが見てもカシーには脚が二本ありましたが、彼女の脳が経験しているのは二本ではなく、一本の脚で、「ひとつ」と「もうひとつ」(「これ」と「それ」)がないのです。

マイケル・マーゼニック[「本書によせて」を寄稿された脳神経学者]の研究チームは、実験用ラットの後ろ脚に脳性まひのような症状をつくりだしました。誕生時に左右の後ろ脚をひとつに縛ってつねにいっしょに動くようにしたところ、ラットの脳は、後ろ脚は二本ではなく一本だという身体地図を描きました。

カシーの脳が二本の脚を一本ととらえていると気づいたことは、私の取り組みの突破口となりました。子どもたちは、「違い」に気づくことができる環境を与えられると、身体地図を描きなおす脳の力を発揮させていけるのです。

「ひとつ」と「もうひとつ」を発見したカシー

『カシーの脳が左右の脚を一本とする身体地図を描いているのなら、脚が二本あることを感じ、わかるための方法が必要です。彼女の脚を片方ずつ何度も動かしてみましたが何も起きません。脚が二本あることに気づかなければならないのは、ほかでもない、カシーです。どうにかして注意を向けてもらい、脚が二本あることを知ってもらわなければなりません。

子どもの例にもれず、カシーも遊びが大好きでした。私は無害の水性マーカーを用意し、彼女をレッスン台に座らせると、後ろから抱きかかえました。彼女の右脚をやさしく持ち上げ、その膝をトントンと軽くたたいて視線を向けさせ、そこに絵を描いていいかどうかを尋ねました。返事は「イエス」です。

私は、カシーの脳が「違い」を認識しなければならないような質問をしました。

「どっちを描こうか? 犬、それとも猫?」

しばらくしてカシーは「犬」と答えました。

「赤い犬、茶色い犬、どっちがいい?」

彼女は赤を選びました。そこで、カシーの右膝に、ゆっくりと説明しながら、赤い犬の絵を描きました。「これが犬のお鼻。これが片方の耳。もうひとつの耳」といったぐあいです。

カシーはしっかりと私の声を聞き、絵に目を向け、肌を滑るマーカーの肌ざわりを感じていました。犬を描きおえるとカシーのその膝を、まず同席していた母親に見せ、つぎに自分が見てから、本人に見せました。右脚を下すと、今度はおもむろに彼女の左脚を持ち上げました。そして、わざとがっかりしてみせると、驚いた声で言ったのです。

「この膝には犬も猫もいないよ!」

その瞬間、カシーは生まれてはじめて「向こうに、同じようなものがもうひとつある」と気づいたのだと、私にはわかりました。脚は一本でなく、二本あるのです。つぎは、この目の前の膝に犬と猫のどちらかの絵を描くかを尋ねました。「猫」と答えたので、やはりゆっくり慎重に、猫の顔を描きました。

左右の膝に異なる絵を描いたことで、カシーの脳が、「一本の脚」を二本のべつべつの脚に変化させていける可能性がいっそう広がりました。たとえば、どっちの絵をだれに見せるかを選ぶことができます。また、両脚をぴったりつけて犬と猫を近づけることも、脚を広げて二匹を遠ざけることもできます。犬がカシーの手をタッチすることも、猫がカシーの母親の手をタッチすることもできます。

カシーは「猫の膝」と「犬の膝」を識別し、自分の意思で脚をべつべつに動かすことができるようになりました。生まれてはじめて、脚が二本になったのです。脚の動きはまだぎこちなく、動かせる範囲も広くありませんでしたが、それは彼女が自分で生みだした動きでした。』

カシーの脳で起きていたこと

「猫の膝」と「犬の膝」の遊びを楽しんでいるあいだに、カシーの脳はさまざまな「違い」を受けとり、集め、認識し、大量の感覚をより細かく差異化しながら整理していました。そうするうちに脚の痙縮は少しずつ減り、身体全体の動きが改善したのです。

この取り組みについて大事なことは、さまざまな「違い」を感じて受けとめるチャンスを脳に与えたということです。ふたつの異なる部位である一の脚と二の脚、「ひとつ」と「もうひとつ」が身体の動きを向上させたのであって、脚の訓練をしたわけではありません。立たせたり、歩かせたりするのではなく、カシーがまだ知らないさまざまな「違い」を感じることができるように支援することで、脳が、脚を認識し、脚の動きを組み立てるために必要な情報を得られるようにしたのです。これは、まさに脳の訓練でした。

カシーはその後も能力を伸ばしていきました。最後に会ったときには自分の力で立ち上がり、家具につかまって一歩一歩、ゆっくり歩くようになっていきました。思考もどんどん明晰になっていきました。五歳のカシーはだれの目にもとても賢い女の子でしたが、三歳の彼女をそのようにみていた人はいませんでした。』

2.ジュリアン 3歳男児 自閉症

すべてが「ぼんやり」していたジュリアン

『自閉症と診断されていた三歳のジュリアンは、レッスン初日、軽く足を引きずりながら前かがみで廊下を歩きました。ジュリアンが安心している様子だったので、私は質問をしてみました。すると、答えはすぐに返ってきましたが、発音がはっきりしないので理解できませんでした。彼がつくる文はまとまらず、言うことはなにもかもが断片的です。考えは途中で宙に浮き、終わりまでたどり着きません。よだれを大量にたらし、母親によると、細かい動作をうまくできないということでした。

レッスン室に入ると、ジュリアンはおもちゃを手に持ちましたが、持っていることを忘れたかのようにポトンと落としました。その様子は、彼が何かを考えようとするとき、それが途中で消えていくことを思い起こさせました。私が受けた印象は、脳の入り口に曇ったレンズがついているために、入ってくるものすべてがぼやけてあいまいになってしまうというものです。ジュリアンは自分や周囲の世界を理解するのに必要な「違い」を、はっきりと受けとることができないようでした。

私は、ジュリアンをレッスン台にうつぶせに寝かせると、彼の右肩の下に自分の左手を入れてやさしく、ほんの少し持ち上げてみました。すると、肩と背中がひとつの塊としていっしょに動くのがわかりました。左の肩を持ち上げてみても同じです。伸び縮みする筋肉や柔らかな関節をもつ人間ではなく、まるで丸太を動かしているようなのです。

脚、骨盤、頭の動きを確かめると、動きがあいまいで、細やかさも強さもないことがわかりました。また、周囲の音や景色を識別する力も弱く、言語活動と思考は初歩段階といえるものでした。ジュリアンの脳は、明らかに違いを受けとめることが苦手で、身体のさまざまな部位を十分に識別できていません。さまざまな形の小さなパーツが足りないのです。私はジュリアンができるかぎりたくさんの「違い」に気づくことができるように彼の身体を動かし、そのとき彼が経験している動きを言葉で説明しました。

ジュリアンは三歳でしたが、指や手の動きは生後一か月の赤ちゃんのようでした。五本の指をまだ認識していない赤ちゃんは、グーパーしかできません。ジュリアンはまだ自分の手を「ひとつの塊」と認識していて、おもちゃをつかむときはぐっと握り、ぱっと放しました。

ジュリアンの「ぼんやり」は手だけでなく、足を引きずる歩き方、ゆるんだ口もと、発音、そして、何かを考えるときの混乱ぶりにも表れていました。あらゆる面で識別する力が足りなかったのです。』

まるで霧が晴れるように

『私はジュリアンの身体に動きを与え、まず彼が頭を「ひとつのもの」、肩と背中を「もうひとつのもの」と受けとめられるようにしたところ、背中の動きがよくなり、しっかり反らせて片側から反対側へ楽にねじれるようになりました。

この日のレッスンでは、さらに、片方の前腕を持ち上げて天井に向け、手首から先が前後にぶるぶるするようにやさしく揺らしました。数秒後に揺らすのをやめると、期待するようにその手を見ながら待っていたジュリアンは、「もう一回!」と言いました。自分の手が止まったことに気づいた―揺れることと止まることの「違い」を認識したのです。ふたたび手を揺らしてから止めると、もう一度頼んできたので、さらに揺らしました。

このとき、ジュリアンはしっかり注意を払っていました。レッスン室に入ってきたときの彼は別世界にいるような感じでしたが、このときは私といっしょに、いま・ここで、自分自身に気づき、自分の経験していることに気づいていたのです。

私は、どっちの腕を揺らしてほしいかを尋ね、彼が答えたとおりにしました。動かしてほしい腕を選ばせることで、「違い」を認識する力を高め、自分に気づきやすくなるようにしたのです。ジュリアンは急速に、腕と手首の動きに気づくようになりました。この日はさらに二十分ほど、バリエーションのある動きを行ない、レッスンを終えました。

翌日、ジュリアンの母親が、よだれが大幅に減ったと報告してきました。また、避けていたゲーム遊びを自分からしたということでした。それまでは手を使うことも、考えることもたいへんだったのが、楽にできるようになったからです。いずれも、脳が上手に「違い」を受けとめ、分化し、行動を組み立てるようになったことを示す証拠でした。

その後は毎日のレッスンで、身体を新しい方法で感じ、まだ知らない、より細かい「違い」を受けとめることができるチャンスを与えるようにしました。すると四日目に、ジュリアンは私を見て、「パパは今日、オフィスで仕事をしている」と言ったのです。構文は完璧で、発音もかなり明瞭でした。

私は、「きみは、お父さんが仕事をしているときにオフィスで遊んだことがあるの?」と質問しました。最初の返事はごちゃごちゃして意味がわかりませんでした。ジュリアンは確かに考えていましたが、それをまとめることはできませんでした。そこで、言いまわしを変えて同じことを聞いてみました。すると、彼はさっきより明確に答え、さらに、父親は家にオフィスをひとつ、家でない場所に別のオフィスをひとつもっていて、自分は家にある父親のオフィスでときどき遊ぶが、家でないオフィスでは遊ばない、ということを説明してくれたのです。

私は興奮を抑えきれませんでした。ジュリアンが父親のふたつのオフィスの違いを説明できたことは重大な変化です。これは、彼の脳が「ひとつのこと」と「もうひとつのこと」の違いを受けとめ、混沌から秩序を生みだせることを示していました。先ほどのアヒルの例でいうと、ジュリアンの脳はどんどん分化し、小さなパーツをつぎつぎに増やしていました。彼の脳は、動くこと、話すこと、考えることの地図を描くための情報を急激に受けとるようになっていたのです。』

こちらは上記の”アヒルの例”の説明になります。

私は「分化」について説明するとき、ホワイトボードにアヒルの輪郭を描きます。そして、四つか五つの不規則な形のパーツを描き、これをパズルのように組み合わせてアヒルの形にすることを想像してもらいます。これだと、アヒルをつくるのはまず不可能です。

つぎに、ずっと小さな丸や三角や不規則な形の粒をたくさん描きます。そして、この粒つぶを使ってアヒルの形をつくることを想像してもらうのです。これなら簡単にアヒルをつくれますし、それ以外の好きな形もつくれます。

この説明によって、脳の中で起こる分化と統合のプロセスが理解しやすくなるのではないでしょうか。いろいろな小さなパーツがたくさんあれば、脳は思いどおりの動きをつくりだすことができます。このプロセスは、何か考えたり、理解したりするときにも当てはまります。脳は身体・認知・感情に関わるあらゆる動きを組み立てています。私たちが行なうあらゆることに秩序をもたらすパターンをつくりだす作業を脳は、自由に使用できるさまざまなパーツ(情報)を使って行ないます。このパーツのもとになるのが、脳が感知したさまざまな「違い」なのです。』

支援の視点を変える 

『一般的に、支援が必要な子どもを手助けしようとするときには、できないことに目を向けて、痙縮のある腕を訓練しようとしたり、何度も目を合わせて返事をさせようとしたりするものです。ほとんどの子どもはがんばりますし、なんらかの変化がみられることも少なくないでしょう。

しかしながら、私がくり返し見てきたのは、子どもは大人が教えようとしたことを学ぶのではなく、自分の限界(できなこと、うまくできないこと)を経験することを学んでしまっているということでした。私たちはつねに、自分が経験すること、自分に実際に起きていることを学びます。「できない」「うまくできない」という経験は脳に残り、そのときの限界とそれに関わる地図が、脳より深く刻みこまれてしまうのです。

数かぎりない「ひとつのこと」と「もうひとつのこと」が、脳に無数のつながりをつくりだします。このつながりが、経験に応じて変化を続けるダイナミックな脳のパターンとなって、子どもは立ったり、座ったり、歩いたり、話したりするようになります。

子どもは、計画的に座るようになったり、「ママ」と言うようになったりはしません。気がついたら、そうなっています。子どもにしてみれば、何かを達成するのはいつだって想定外のことです。私たちの仕事は、子どもの脳が目覚めるように助け、その脳が創造し、形成し、発見していくプロセスを支援することです。

腕がうまく動かない、寝返りを打てないといった目の前の課題に焦点をあわせるのではなく、子どもの脳それ自体が解決方法を見つけるように手助けをしていく―これは一見、わかりにくいことです。大切なのは、私たちが考え方を転換し、「動き」を可能にするパターンや能力を生みだすために脳に何が必要かを考えることです。解決方法を見つけるのは私たちの脳ではなく、子どもの脳なのです。

3.リリー 3歳女児 重度の脳性まひ(身体は1歳ほど、発達段階は生後5か月)

ボールのように硬く丸まってしまうリリー

『リリーと初めて会ったのは、彼女が三歳のときです。たいへん未熟な状態で生まれ、重度の脳性まひを負っていたリリーは身体が小さく、一歳といっても通用するほどでした。彼女が母親や妹とやりとりする様子は乳児のようで、のちに母親から聞いたところでは、生後五か月ていどの発達段階だと判定されたということでした。

リリーは筋肉の緊張が激しく、つねに肘をきつく折り曲げ、握りこぶしをつくっていました。両脚は膝が少し曲がった状態で交差しています。腹筋がつねに収縮しているために背が曲がり、自分の体重を支えることができません。自発的な動きがなく、寝返りを打つことも、うつぶせでいることもできません。うつぶせにすると身体を丸め、苦しそうにします。座らせるとたいへんな力を出してなんとか座るものの、背中はすっかり丸まり、数秒すると転がってしまいます。腕や手を使うことはできません。声は小さく不明瞭で、何を言っているか理解するのは困難でした。

しかし、そのような状態でも、私にはリリーがしっかり目覚めて神経を研ぎ澄ましていることがわかりました。大きな茶色の目で、興味深そうに周囲の様子を追っていたからです。

リリーを仰向けにレッスン台に寝かせましたが、その姿勢でも筋肉は収縮したままで、両脚は曲がり、台からやや浮いています。肘は折れ曲がってぴったり身体に引き寄せられ、腹筋も硬いままです。脳が、どのように力をぬけばよいのかをわからないのです。

左脚をやさしく持ち上げ、できる限り小さく動かそうとした瞬間、収縮していた筋肉がさらに強く縮み、リリーはボールのように丸まりました。私は手を止め、彼女が落ち着くのを待ちました。つぎに骨盤を、やはりできるかぎり小さく、とてもゆっくり動かそうとしましたが、今度も強く筋肉が縮みました。速度を思いきり落として、安心できるように話しかけながら、とても小さく、わずかに動かしてみても、筋肉は硬くなりました。私が動かそうとするたびに、彼女の脳は、身体をボールのように丸めるという未分化で強力な初期の動きのパターンに乗っとられるかのようでした。

十分ほどそのようにしていると、ある考えがひらめきました。ボールのように身体を丸めるのは脳性まひの影響だけでなく、学習したパターンだからではないか、と思ったのです。リリーはどう見ても動きたがっていました。彼女は彼女なりの方法で動こうとしているのに違いはありません。

リリーは二年近く、うつぶせにされ、座らされるという訓練を受けていました。訓練では握りこぶしを開かせようとしたり、立たせようとすることさえあったそうです。そのようなとき唯一リリーの脳にできたことは、強く収縮することで、そのため身体は丸まりました。自分から動こうとするとき、また、自分を動かそうとするあらゆる働きかけに対し、彼女の脳は、収縮するというパターンを結びつけることを学習したはずです。』

なまけものごっこ──過剰な力をぬいて

『筋肉を収縮させるときの激しい力が悪循環を招いていました。激しい力を出しているため、リリーはどんな「違い」も感知することができず、脳に動きを学ぶために必要な新しい情報が入ってこないのでしょう。

リリーが動くことを学ぶためには、動こうとするときの過剰な努力を減らさなければなりません。そのとき私は、リリーに必要なのは、動こうとしないことを学ぶ方法なのだとひらめきました。リリーは筋肉を収縮させるとき、させないときの違い、また、力をたくさん入れるとき、少しだけ入れるとき、そしてまったく入れないときの違いを感じることを学ぶ必要があるのです。

私は「なまけもの」になる方法を教えることにしました。自分の身体とその動きを感じられるように、何もしないことを学ぶのです。

「この部屋はとっても特別な場所で、“なまけものの国”といいます。“なまけものの国”なので、だれもが、とってもゆっく――り、話します。だれもが、じ――っとしてほとんど動きません」。

このように話すと、私はレッスン台に自分の頭を乗せ、リリーの横でいっしょに怠けました。リリーは大喜びです。

しばらくたってから、これから身体を動かすけれども、私たちはものすごく「なまけもの」でなければならないのだと、話しました。そして、彼女の左脚を持ちました。その瞬間、やはり、筋肉は収縮しました。私は手を止め、おどけた調子で言いました。「なまけものじゃなくなってるよ!」。このようなやりとりをいろいろな方法でくり返しました。

その後の二回のレッスンでも、彼女に「なまけもの」になるように言いつづけました。そして、ついに、無意識に全身に力を入れたすぐあとに初めてそのことに気づき、リリーはみずから力をぬくことができたのです。素晴らしい瞬間でした!

「なまけものごっこ」を続けるにつれ、リリーは少しずつ、私に動かされることを受け入れてきました。生まれてはじめて、彼女は自分の身体の動きの違いを感じていたのです。

まもなくリリーは握りこぶしを開いておもちゃをつかみ、遊ぶようになりました。一週目のレッスンの終わりには、ひとりでうつぶせにも仰向けにも寝返りを打てるようになりました。彼女の脳は、微細な違いがもたらす大量の新しい情報を統合し、能力を獲得しはじめました。

リリーはその後の三年間、一、二週間の集中レッスンを何度か受けました。レッスンのたびに彼女は成長し、ひとりでハイハイし、座るようになり、腕や手を器用に使うようになりました。声に強さと表現力が加わり、はっきり話すようになりました。そして、自分を心地よく感じられるようになってきました。

最後に会ったとき、リリーは自分の力で立つようになっていました。学校では優秀な生徒です。外では電動者イスを使用していますが、家ではほとんど使いません。両親は彼女ができるかぎり自分で身体を動かし、独立することを願っています。』

「なまけものの国」の威力

リリーの場合、太陽光の下では懐中電灯の光に気づかないように、無意識の激しい筋肉の収縮が、あらゆる働きかけを感じとることを不可能にしていました。自閉症やADHDをはじめ、私がこれまでに関わったどの子どもも、発達するためには「微かな違い」を感じとることが欠かせませんでした。リリーがそれを感じとるためには、筋肉の激しい力を弱める方法が必要でした。「なまけものの国」の住人になって、楽であること、快適であること、うれしいこと、楽しいこと、がんばらないことを体験するようにしたところ、彼女は学べるようになり、変化をとげたのです。

力や刺激を小さくすることのパワーを、あなたも利用することができます。まずは「違い」を感じとることを妨げる過剰な力、それを子どもがどのように使っているか探りあてることです。過剰な力には病状に特有のものもあれば、その子どもにしかみられないものもあります。注意欠陥障害[ADHD]の子どもは絵を描こうとすると、力を入れすぎてクレヨンを折ってしまうかもしれません。自閉症スペクトラムの子どもは、何を言われているか理解しようとしても、聞こえてくる声に圧倒されてしまうために叫びだし、いつもの動きをくり返すかもしれません。脳性まひの子どもは歩行器を使って歩こうとすると全身を硬直させてしまい、脚が動かなくなるかもしれません。そのようなときが、「微かさ」をとりいれるチャンスです。』

まずは、あなたから

『親をはじめとする支援者が子どもに注意を向けるのは当然です。しかし、これと同じぐらい大切なことは、支援者が自分自身に注意を向けることです。これは、微細さ・繊細さを自分の行動・思考・感情・動きにとりいれるということです。私を含めてどの支援者にも、不要な力をぬき、無駄な努力を減らす余地があります。私たちは安物のヴァイオリンではなく、豊かな音色をもつ名器、ストラディヴァリウスになるのです。

「微かな力」をとりいれると、感覚が鋭くなって感じとる力が高まるので、子どもの今の状態がわかり、何が必要かがみえてきます。「こうすべき」と考えて関わるのではなく、子どもの感じていることや体験していることにもとづきながら、本人にとって意味のある方法で子どもと関われるようになります。あなたは子どもからも自分の内側からもたくさんの情報を得るようになり、創造的・効果的に子どもを手助けできるようになります。』

まとめ 

症例から分かったことは次のようなものです。

まず、『子どもは、計画的に座るようになったり、「ママ」と言うようになったりはしません。気がついたら、そうなっています。』ということです。つまり、子どもが自発的に身につけるものであり、そのプロセスを支援することが“アナット・バニエル・メソッド”の基本です。

では、“何(What)”に対して支援するのか、プロセスとは何かですが、これは“アヒルの図”を使って説明されていた内容―“脳の中で起こる分化と統合のプロセス”ということです。そして、“小さなパーツ”をたくさん作り出されるような働きかけを行ないます。

次に、“どうやって作り出すのか(How)”というその方法のキーワードは「違い」です。具体的には『脳が感知したさまざまな「違い」』であり、この「違い」によって『[子どもたちは]身体地図を描きなおす脳の力を発揮させていけるのです』としています。

以上のことから、“アナット・バニエル・メソッド”とは子どもの脳が目覚めるように助け、その脳が創造し、形成し、発見していくプロセスを支援すること』というものだと思います。

アナット・バニエル・メソッド1(概要)

今回の『限界を超える子どもたち 脳・身体・障害 への新たなアプローチ』は偶然見つけました。それは、ボイタ法を勉強すべく『子どもの姿勢運動発達』という本のネット注文直後です。購買機会を増やすための仕掛け、いわゆる“お知らせ情報”の中にありました。

そのタイトルに「むむ?」と反応し、すぐさまどんな内容の本かを調べてみると非常に興味深いものでした。そこで、『子どもの姿勢運動発達』が図書館にあるのを知っていたこともあり、直ちにその注文をキャンセルし、この『限界を超える子どもたち』の注文に切り替えました。

この本の内容は衝撃的でした。受けたインパクトの破壊力は、『新・感覚統合法の理論と実践』を読んでいたことも背景にあると思います。また、ブログ“医療マッサージ研究1”での体験と“医療マッサージ研究2”で疑問について学習していたことも関係していると思います。なお、ブログは1の(概要)と2の(症例)の2つに分けました。

最初のブログでは、この本の概要をお伝するため、訳者のお一人である伊藤夏子先生の“訳者あとがき”の一部と、脳科学者であるマイケル・マーゼニック先生の“本書によせて”、全ての目次、そして著者であるアナット・バニエル先生の“はじめに”と“おわりに―限界を超えて”の一部、そしてプロフィールを集めることにしました。

 

著者:アナット・バニエル

発行:太郎次郎社エディタス

発行:2018年8月

 

画像出典:「Anat Baniel Method NEUROMOVEMENT

訳者あとがき(伊藤夏子先生)

『本書の著者であるアナット・バニエルを知ったきっかけは、私が引っ越しを機に近所の福祉施設に勤務したことでした。そこは重症心身障害者とよばれる方たちが利用する施設で、私のおもな仕事は利用者の食事と排泄の介助です。

最初に担当した二十代の男性は、腕や脚が小枝のように細く、つねに身体のどこかをカクカクと動かしていました。目は焦点が合っていません。声をかけてみても、手を握ってみても、こちらに注意を向けることはなく、カクカクと動き続けています。

彼は片方の手にミトンをはめられていました。理由は、指で自分のまぶたを突っつき、眼球を押しだしてしまうからでした。

なぜ彼はそんなことをするのか? 痛くないのか? 何を感じ、考えているのだろう? 彼と心が通じることはないのだろうか? 手当たりしだい、日本語の書籍や専門誌に目を通しましたが、答えは見つかりません。英語でインターネットを検索し、たどりついたのが本書の原書、Kids Beyond Limits でした。

 

画像出典:「amazon」

原書を読み終えた私は、この男性の食事を介助するとき、おかゆをのせたスプーンを口の手前で止めてみました。十五秒ほど待ったでしょうか。カクカク動きつづけていた身体が止まりました。目は天井を向いています。「おやっ」という表情です。

出会って九か月目にして、初めて、それまで遠い世界にいるとしか思えなかったこの男性と「つながった」と感じた瞬間でした。

アナット・バニエルは、相手とつながって「学びのスイッチ」をオンにすることができれば、まさに、だれもが能力を伸ばしていけるということを体当たりの実践で示しています。その彼女の取り組みの真髄である「9つの大事なこと」を紹介したのが本書です。「9つの大事なこと」の実践者が増え、わらにもすがる思いでいるであろう親御さんやさまざまな現場で模索を続けるみなさんが、支援を必要とする子どもや大人とともに変わり、成長の喜びを分かちあえるようになれたら、どんなに素晴らしいことかと思います。』

下記の「本書によせて」の文中に”脳の可塑性”とありますが、これは ”脳には状況に応じて変化する能力がある”という意味です。

本書によせて──マイケル・マーゼニック(脳神経学者)

『この本は、子どもを愛し支援しているすべての人への贈り物です。本書を手にとり、著者のメッセージを受け取ってください。アナット・バニエルのアプローチは、特別な支援を必要とする子どもたちとの豊かな実践から生まれました。彼女は子どもたちの脳が変わっていくことができるのを繰り返しみてきました。子どもたちは人生に目覚め、能力を獲得し、力強く生き方を変えていきました。私たちの脳には「可塑性」があります。一生を通じて脳は変化しつづけます。

ここに登場する子どもたちは、困難を抱えながらも、家族の愛情と支援者の熱意に支えられ、「脳の可塑性」を最大限に活用しています。アナットの説明は明晰です。彼女は、脳が変化するという人間が生まれながらにもつ素晴らしい力が、奇跡の材料となりうることを教えてくれます。

私は長年、「再構築する脳」の力を子どもや大人に役立てる方法を解明したいと、科学の分野で取り組んできました。数十年の研究を経て、私たち科学者は神経科学の観点から脳の可塑性を支配する「法則」を明らかにしました。そして、よりよい変化をもたらすためには脳はどのように働かせるのがよいかがわかってきました。

驚くべきことに、同じ時期、アナット・バニエルはまったく異なる方法で、ほぼ同じ法則を導きだしました。彼女はそこに留まらず、この法則を実践的なわかりやすい言葉で説明し、親をはじめ、子どもに関わる人たちの取り組みに役立つようにしています。

アナットがこの道に進んだきっかけは、すぐれた先見者だったイスラエルのモーシェ・フェルデンクライスに師事したことでした。彼女はフェルデンクライスの教えをベースに特別な支援を必要とする大勢の子どもたちと関り、注意深く観察を行い、どのように子どもとつながり、その子の力になることができるかを明確にしてきました。「希望のない子ども」を助けるというアナットの評判を聞き、いろいろな子どもがやってきました。彼女はあらゆる症状の子どもと関わることになり、その経験から二つの重大な事実を発見しました。

一つめの発見は、特別な支援が必要な子どもの能力を制限しているのは、子どもを発達させてくれるものと同じ、脳の可塑性の原理だということです。

二つめの発見はさらに重要なもので、「希望のない子ども」のケースのほとんどは、じつはそうではない(希望がないわけではない)ということです。

アナットは脳の可塑性の原理を「9つの大事なこと」として、みごとに説明します。

この本は、私が「脳の可塑性革命」と呼んでいることの、実践的でわかりやすい解説書になっています。私たちの脳は変化しつづけます。新しいことを習得するたびに脳は回路をつなぎなおし、再構築されて、専門的な処置ができるようになるのです。この素晴らしい脳の力を生活にとりいれるには、どうすればよいのでしょうか。どうすれば、これを子どもの成長に役立てることができるのでしょうか。反応することにさえ苦労し、動くことや理解することに困難があり、自分の意思で自分の世界を動かすことができない子どもは、とりわけ脳の可塑性をおおいに利用することでどんどん成長し、能力を向上させていくことができます。アナットが本書で美しく描写するように子どもたちと本当につながることができれば、そして、そこに適切なガイダンスがあれば、ほぼすべての子どもが目に見えるかたちで継続的、ときに驚くほどの成長をとげることができるでしょう。

子どもが成長の軌道に乗るまでは、困難がともなうことでしょう。もっとよく働く、もっと力強い脳にしていくためには、いま、子どもがいるところから始めましょう。それぞれの子どもに必要なアプローチがあります。みなさんの熱心な取り組みも欠かせません。本書が示す原理は、一人ひとりに応じた取り組みを実現するための新しい視点を与え、子どもの力強い歩みを手助けできるようにしてくれるものです。

毎日の脳の神経回路の小さな変化が、一年たつころには大きな歩みとなり、子ども時代を通じてとても大きな発達をもたらすということを忘れないでください。本書には素晴らしい事例がたくさん登場します。そこでは、神経の新しい回路が生まれることで、子どもにまったく新しい一連の可能性が開ける様子が描かれています。アナット・バニエルは、脳の働きを支配する原理をどのように実践に生かし、子どもを成長の軌道に乗せることができるかを説明します。この成長の道に踏みだせば、小さな歩みの一歩一歩が、子どもにとっても、あなたにとっても、心躍るものとなることでしょう。

本書のアドバイスをしっかりとりいれてみることを心からお勧めします。そうすれば、子どもの真の力になるためにはどうすればよいかが、はっきりとわかるはずです。』

目次

本書によせて──マイケル・マーゼニック(脳神経学者)

はじめに

第Ⅰ部 新しいアプローチのために

 ある女の子との出会い

  動けない赤ちゃん

  最初のレッスンでわかったこと──脳が身体を認識していない

  動きを与えることで脳が学習を開始する

  エリザベスが歩いた!

  できることに注目しつづけて──エリザベスのその後

  わが子の可能性、脳の可塑性

  既存の取り組みからの脱却

  親の力

〝直す〟ことから〝つながる〟ことへ

  子どもを「直す」ことはできるか

  子どもは、自分にできることはしている

  発達に欠かせないランダムな動き

  子どもは教えたことを学ぶのではなく、経験したことを学ぶ

  親にも子にも実りをもたらす方法への転換

 驚くべき子どもの脳

  ランダムな動きが脳に栄養を与える

  最初の一歩──「違い」を受けとめる

  両脚がくっついて離れないカシー

  「ひとつ」と「もうひとつ」を発見したカシー

  カシーの脳で起きていたこと

  アヒルをつくる──分化と統合

  すべてが「ぼんやり」していたジュリアン

  まるで霧が晴れるように

  支援の視点を変える

 

第Ⅱ部 9つの大事なこと

1つめの大事なこと*動きに注意を向けること

  動きを獲得するとき、一歳児に何が起こっているか

  子どもは注意を向けることで学ぶ

  脳は「失敗のパターン」も再生してしまう

  足で立つための支援とは

  頭を打ちつける自閉症の男の子

  ライアンの目覚め

  「息子は生まれ変わった!」

  子どもが注意を向けているときの五つの特徴

  からだ・きもち・考えの「動き」

 科学が教えてくれること

 ◎動きに注意を向けるためのヒントと方法

2つめの大事なこと*ゆっくり

  脳性まひの女の子、アリとの出会い

  こわばった筋肉へのスロータッチ

  人は体験ずみのパターンしか速くはできない

  スローダウンで「感じとる脳」に

  止まれないジョシュ──刺激を減らすことが有効な理由

  体当たりで「ゆっくり」を学ぶ

  「ぼくはバカじゃない!」

  ヒトは、その脳とともにゆっくり成長する

  終着点は未定にしておく

 科学が教えてくれること

 ◎「ゆっくり」を実践するためのヒントと方法

3つめの大事なこと*バリエーション

  バリエーションは脳の成長をうながす

  バリエーションはどこにでも

  コルセットで固められた男の子

  初めて「動くこと」を知ったマイケル

 科学が教えてくれること

 ◎バリエーションをつくるためのヒントと方法

4つめの大事なこと*微かな力

  強い刺激は感覚を鈍らせる

  ボールのように硬く丸まってしまうリリー

  なまけものごっこ──過剰な力をぬいて

  「なまけものの国」の威力

  まずは、あなたから

  数字はなんのため?──ストレスと認知能力

  「微かな力」が直観と思考力を高める

 科学が教えてくれること

 ◎微かな力を使いこなすためのヒントと方法

5つめの大事なこと*内なる熱狂

  喜びを深める力

  感激のやりとりが脳を呼び覚ます

  ジェイコブを進歩させたもの

  拍手はしないで

  「もう一度やって」と言わない

  心の内で喜びをかみしめる

 科学が教えてくれること

 ◎心を熱くするためのヒントと方法

6つめの大事なこと*ゆるやかな目標設定

  可能性にひらかれた道

  ヒヒのたとえ──目標にしがみつくということ

  動くこと、喜ぶことを学んだアレクサ

  でも、いつになったら話すの?

  イエス、ノー、イエス!

  子どもにとっての成功体験とは

  ゆるやかな目標のもつ普遍性

 科学が教えてくれること

 ◎目標をゆるやかに保つためのヒントと方法

7つめの大事なこと*学びのスイッチ

  読み書きが困難だったスコッティ

  スコッティの飛躍

  ひとりの人間としてみる

  子どもを丸ごとみる

 科学が教えてくれること

 ◎学びのスイッチを入れるためのヒントと方法

8つめの大事なこと*想像すること、夢みること

  機械的に暗唱しつづけるアリィ

  きかんしゃトーマスはどこ行った?

  想像力のリアリティ

  あなたの子どもに潜む天才

  「この子は天才だ」

  空想が脳にもたらすマジック

 科学が教えてくれること

 ◎想像力をはばたかせるためのヒントと方法

9つめの大事なこと*気づき  

  赤ちゃんは観察している

  「気づき」は行為だ

 科学が教えてくれること

 私、そうしてた?──母ジュリアの「気づき」

 自分のなかの観察者を目覚めさせる

 「気づき」は波及する

 ◎気づきを増やすためのヒントと方法

おわりに──限界を超えて

よくある質問と答え

訳者あとがき

はじめに

『この仕事を始めた三十年ほどまえ、親たちが、レッスンを通して変わっていく子どもを見て奇跡だと言うのを聞き、びっくりしました。しかし当時の私は、子どもの変化が本物だと気づいていましたが、レッスンとの因果関係を理解できていませんでした。それから歳月を重ね、私は目にする成果が「まぐれ」ではないこと確信しました。自発的に回復したとか、もとの診断が間違いだったという説明が当てはまらないほど、さまざまな症状の子どもたちにくり返し成果がみられたからです。

私は何千人もの子どもたちと関り、そのみごとな変化を観察してきました。けれども、奇跡を起こしたと思うことは一度もありません。子どもたちの変化はその脳の中で起こっていることで、すべては脳の力によってもたらされたと理解しています。自閉症、脳性まひ、注意欠陥・多動性障害(ADHD)ほか、さまざまな診断を受けた子どもが飛躍するのを見るたびに、できるだけ多くの子どもたちにこの取り組みを伝えなければと感じてきました。親御さんと介助をしているみなさんに、簡単で実践しやすい方法をお教えしたいと思います。

これからご紹介する方法は、パラダイムの転換をもたらし、支援のあり方を一変させるものです。お子さんは大きな変化を体験するはずです。子どもたちは、フタがされている能力を活用できるようになるのです。

私は、モーシェ・フェルデンクライス博士の教え、子どもたちとの取り組み、脳神経学の知見にもとづき、理解を明確にしてきました。科学は日進月歩で人間の脳の可能性を解き明かしています。古い概念をうちやぶり、限界を押し広げ、健康な脳も傷を負っている脳も、よりよく働くことのできる新しい道がつぎつぎと開けています。驚くべき可能性を実現させるためには、脳は変わることができるということ、「脳の可塑性」を理解する必要があります。お子さんがどんな状況であっても、どんなに個性的な生育であっても、実践できる簡単な原理が必要です。それを示すことが本書の目的です。

第Ⅰ部は、子どもの脳がどのようにしてよくなる方向に変化し、その子の人生までもが変わりうるか、ということを理解してもらうために書きました。

第Ⅱ部(9つの大事なこと)は、眠っている子どもの能力を引き出すために、脳が何を必要としているかを説明しました。各章の終わりには、毎日の生活のなかで子どもと取り組むことができる具体的な方法とヒントを紹介しています。「9つの大事なこと」と取り組みのヒントは、子どもの脳の可能性を引き出し、まさに実現させていくものです。

まず、第Ⅰ部から読むことをお勧めします。そこで基本的な考え方をつかんだあと、第Ⅱ部の「1つめの大事なこと 注意を向けて動くこと」を読んでください。あとにつながる大事な鍵です。その後は本の順番どおりに読んでも、気になる章から読んでもいいでしょう。ひとつの章がすっかり自分のものになるまでに数日かかると思います。スキルを習得し、理解を深める時間が必要です。ひと通り読んだら、折りにふれて読み返し、さらに学びを深めてください。

お子さんが限界を超えていく手助けをするための力強い方法が見つかるはずです。それでは、子どもたちの脳のとてつもない可能性を引き出す旅へ、いっしょに踏みだしましょう。』 

おわりに―限界を超えて

『子どもが特別な課題に直面するとき、そこに関わる人たちは、その子に何が必要かを見きわめ、最善の支援方法を見つけださなければなりません。私は本書で、ほぼどんなときも目覚めさせることのできる豊かな可能性を明らかにし、これを実現する方法を示そうと試みました。そして、限界を超えるとはどういうことか、全力で挑戦するとはどういうことか、また、問題の解決法はつねにこれから生みだされるものだということについて、私の考えをお伝えしました。

三十年以上におよぶ取り組みを通じて、私は、本書に示した「9つの大事なこと」が子どもの状況を変え、その子が限界を超えていくために役立つことをくり返し経験してきました。「9つの大事なこと」は、あなたとお子さんの脳の無限の可能性を探り、目覚めさせるためのガイドです。これは脳が上手に働くようになるための支援の方法であり、その核となるのは、子どもの脳という奇跡です。実践を通して、子どもの脳はたえず識別を細かくし、動き・感覚・考え・行ないを洗練させるチャンスを得ることができます。子どもはつねに能力を高め、成長を続けることができるのです。

特別な支援が必要な子どものための目標がひとつあるとするなら、それは、その子が「充実した意味ある人生を送ること」でしょう。これはすべての子どもにとっての目標でもあるはずです。最後に、テンプル・グランディン(米国の動物学者、自閉症をもつ)の言葉をご紹介したいと思います。

「親や教師は、子どものレッテルではなく、子ども自身をみるべきです。(中略) 現実的な期待を抱きながらも、その子の内に静かに潜み、表出するチャンスを持っているかもしれない才能の芽を見過ごしてはなりません。』

テンプル・グラディンの著書に関しては、過去に「自閉症の脳を読み解く」というブログをご紹介していました。

アナット・バニエルのプロフィール

『米国在住。科学者の父と芸術家の母のもと、イスラエルで育つ。大学では統計学を専攻。人間の脳への関心から、身体運動の意識化を探究したM・フェルデンクライス博士(1904~1984)に師事。

脳性まひをはじめとするスペシャル・ニーズの子どもたちとの30年以上にわたる取り組みを通じて、脳の可塑性を利用して本人の能力をひきだす手法(アナット・バニエル・メソッド)を編みだす。動き、感じ、考えるひとりの人間として子どもを総体的にとらえるそのアプローチは、自閉症スペクトラム、脳性まひ、ADHD、腕神経叢損傷、傾頸などさまざまな症状をもつ子どもたちへの取り組みを可能にさせた。

同時に、科学にもとづくメソッドを発展させ、幅広い年齢・職業の大人たちへのレッスンを通じて、ニューロ・ムーブメントを提唱。指揮者・演奏家・アスリートに数多くの実践者がおり、人びとが痛みや限界を超え、新しい次元のパフォーマンスに到達できるための取り組みを展開している。臨床心理士であり舞踏家でもある。

現在、カリフォルニア州マリン郡のアナット・バニエル・メソッド・センターを運営。後進のプラクティショナーの育成に励み、レッスンを希望する人びとを世界中から受け入れている。』 

不安障害2

今回は、前回の”不安障害1”の続きになります。

 

著者:水島広子

出版:技術評論社

初版発行:2010年10月

第8章 身近な人との不安とのつきあい方

不安障害の人に接する基本姿勢

 解決できる不安と感じるしかない不安を区別する

●『一般に、不安の強い人をめぐって混乱している状況を見ると、周りの人が本人の不安を解決しようとしてしまっている、ということが多いものです。「心配しない方がいいよ」というものも含めて、さまざまなアドバイスを与えているのです。

実は、アドバイスには大きな問題があります。アドバイスというのは、現状はよくないから変えるべきだ、というメッセージをもともと含んでいるものです。

●『感じるしかない不安を前に混乱している人は、自分の不安にも不安を感じているものです。自分が不安であることも不安だという状態の人に向かってアドバイスをしてしまうと、自分が不安であることへの不安がますます強くなってしまいます。「やっぱりこのままではいけないんだ」と思ってしまうのです。』(”感じるしかない不安”については、”不安障害1”の中の第1章にある”解決すべき不安と感じるしかない不安”を参照ください)

●『そもそも「感じるしかない不安」を感じているわけですから、「心配しない方がいいよ」と言われても、どだい無理な話なのです。』

 気持ちをよく聴き肯定する

●『「こんなときには不安になるよね」と、不安を肯定してあげるのが最も適切な対処です。聴いてあげることは重要です。感じるしかない不安は、原則として、安全な環境で表現するとだんだん落ち着いてくるものだからです。安全でない環境というのは、自分の不安が不適切だと思われるような環境のことです。すぐにアドバイスされてしまうような環境は、「あなたの不安は不適切だからすぐに変えなさい」と言われているのと同じことになってしまいます。

「治療者」ではなく「支え役」を引き受ける

 治療は専門家に任せる

●『治療者は、専門知識に基づいて事態を改善していく役割、そして、身近な人はそれを支える役割を果していただきたいのです。

●『本人が焦ったり、その中で挫折する自分を責めたりしてしまうようだったら、「ゆっくりやろうね」「まだまだ無理しなくて大丈夫」と安心させてあげるのです。

●『引きこもっているケースなどでは、本人にハッパをかけないと本当に一生引きこもったままになるのではないかと思われることもありますが、ハッパをかけても解決にはなりません。ハッパのかけ方によっては、やはり心の傷や対人不信につながります。もちろん、治療的な刺激を与えることはプラスになりますが、その方針を考えるのも、専門性のある治療者の仕事です。』

 受診の勧め方

●『受診を勧める際には、いくつか注意したい点があります。不安障害の方は、不安の基本レベルが高くなっていますので、普通だったら不安に思わないようなことにでも不安を感じやすい状態になっています。「これは不安障害だから病院に行った方がいいよ」とだけ言ってしまうと、「不安障害」「病院」という言葉に反応し、「私はそんなにおかしいの?」「これからどうなってしまうの?」「病院だなんて、そんな怖いところ…」と、どんどん不安が燃え上がることにもなってしまいます。』

●『情報を提供する自分が落ち着いているかどうかに注目するとよいでしょう。自分の不安を投げかけるような形で情報提供してしまうと、本人はさらに不安になってしまいます。

●『本人がどう思っているのかという気持ちを必ず聞きます。何であれ変化は不安を喚起するものですが、安心できる環境で気持ちを話せれば不安は軽くなるか