がんと自然治癒力8

真柄俊一先生は、『まさに私が知りたかった「遺伝子の謎」について書かれている本でした。この本によって私がそれまでやってきた自分の治療法の正しさを理論的に確認することができたのです。』とお話されています。※参照「がんと自然治癒力1

読み始めたときは少し違和感がありましたが、それはすぐに消し去り、ブルース・リプトン先生のパワーと説得力に圧倒されました。

ブログでは文末にある著者紹介、目次に続き、タンパク質の構造、量子物理学と生物学、心の力、防衛システム、にかかわる項目を選び出し、各項目の内容を一部または全部書き出しました。

リプトン先生もご指摘されているように、量子物理学と東洋医学には重なる部分があるようです。「気とは何か」という最大のテーマを考える上でも、量子物理学に触れることは何かのヒントを得られるかもしれません。

また、“エピジェネティクス”については、「エピジェネティクス―新しい生命像をえがく(仲野徹著、岩波新書)」という本の中で、『エピジェネティクスは、文字通りには遺伝子以外の要因が表現型に与える影響を研究する分野ですが、実際はもっと狭義でDNAやそれに会合するヒストンタンパク質の化学修飾を解析するのが主たる対象です。 ~中略~ 20世紀末にゲノムが解読されましたが、同時にDNA配列だけでは生物の全貌は知りえないことも分かりました。広義のエピジェネティクスは、間違いなく21世紀の生命科学を代表する分野の一つです。』と説明されています。

 思考のすごい力」に出てくる“エピジェネティクス”も、後者の、広義のエピジェネティクスについて語られています。そして、キーワードはタンパク質環境からの信号」ではないかと思います。

出版:PHP研究所

初版:2009年2月

原書の初版は2005年3月でした。


〈著者紹介〉:ブルース・リプトン(Bruce Lipton, Ph.D.)

ブルース・リプトン博士は、科学と魂(スピリット)の橋渡しをする第一人者として、国際的に認められている。テレビやラジオ番組へのゲスト出演は数十回に及び、また、複数の国際会議で基調講演を行なっている。

リプトン博士は、細胞生物学者として科学の世界に入った。ヴァージニア大学で学位を授与されたのち、1973年にウィスコンシン大学医学部の解剖学科に所属した。細胞のふるまいをコントロールする分子的なメカニズムに焦点を合わせ、筋ジストロフィーやヒト幹細胞クローンについて研究した。同僚のエド・シュルツ博士と共に開発した実験的な組織移植のテクニックは『サイエンス』誌に掲載され、のちに、ヒトの遺伝子工学の新方式として利用されるようになった。

1982年から量子力学の原理の吟味にとりかかり、細胞の情報処理システムに関する知識とその原理を統合するにはどうしたらよいのかを考察し始めた。そして、細胞膜について画期的な研究をなし遂げ、細胞の最外層をなす細胞膜がコンピュータのチップと同じ役割をすること、つまり、細胞膜が細胞の脳に当たることを示した。1987年から1992年までスタンフォード大学医学部で研究を行ない、細胞膜を介する作用により、環境が細胞のふるまいや生理的状態をコントロールし、遺伝子のスイッチを切り替えることを示した。生命が遺伝子によりコントロールされるという確立した科学的な見解に対抗するこの発見は、今日では科学において最重要分野の一つであるエピジェネティクスの先触れとなった。リプトン博士の研究結果をまとめた論文のうち主要な二本は、心と身体をつなぐ分子レベルの経路を明らかにするものだ。その後、他の研究者が発表した多くの論文により、博士の考えが正しいことが証明されている。

科学への新たな取り組み方は、リプトン博士の私生活も一変させた。細胞生物学の理解が深まることにより、心が身体の機能をコントロールするメカニズムの重要性を認識し、また不滅の魂(スピリット)の存在を暗に感じるようになった博士は、科学的研究で得た理解を生物としての自らの身体に適用した。その結果、健康状態が改善され、日常生活の質も大きく向上した。

リプトン博士は大学医学部で一般向けに表彰ものの講義を行なっている。また、現在、基調講演やワークショップの発表者としてひっぱりだこである。従来の医学や代替医学の専門家に向けて講義をし、また、一般聴衆向けには最先端科学を説明し、それが心身医学や霊的(スピリチュアル)な原理とぴったりと調和することを説いている。何百人もの聴衆から、博士の説明する原理を適用して身体的にも精神的にも健康状態が改善したという報告がなされている。リプトン博士は“新しい生物学”の主要な代弁者の一人と見なされている。 

 

画像出展:「Bruce Lipton

以下は目次になります。青字が取り上げた項目です。

イントロダクション 天国の島で生命の真実に目覚める

 「生命の秘密」を探究する研究者として

 細胞は独立した生き物

 信念が人生をコントロールする

 魂と科学を統合する「新しい生物学」

第一章 細胞は知性を持っている

 落ちこぼれ医学生たちとの出会い

 細胞は学習し、記憶する

 賢くなるために共同体をつくる細胞

 進化の方向を決めるのは環境

 限界はない。自分で“限界があると考えて”いるだけだ。

第二章 環境が遺伝子のふるまいを変える

 遺伝子は生物を「コントロール」しない

 人間の身体は“タンパク質の機械”

 タンパク質は歯車のように組み合わさって働く

 「DNAボス仮説」はなぜ生まれたか

 マウスと人間の遺伝子の数はほぼ同じ

 核は細胞の生殖腺

 遺伝子をコントロールするタンパク質

 細胞は環境に合わせて形を変える

第三章 細胞膜こそ細胞の脳である

 原核細胞はどこにあるのか

 細胞膜の構造と機能

 「内在性膜タンパク質」が遺伝子のスイッチ

 神経の役割を果たす細胞膜

 細胞膜は“コンピュータ・チップ”と同じ

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

 量子物理学と縁なく過ごしてきたわたし

 ニュートン力学では超常現象を解明できない

 物質はエネルギーでできている

 人間の生体内システムは重複的

 製薬会社の駒となっている医師たち

 電磁エネルギーが生体調整に深い影響を与える

 代替医療の研究が進まないわけ

 エネルギー波を治療に活用する

第五章 心が持っているすばらしい力

 不治の病が治った!

 否定的な考えを排除、肯定的に考える

 脳は体全体の細胞をコントロールする

 意識を正しく用いれば、病身を健康にできる

 心は身体に優先する

 プラシーボ(偽薬)に治療効果があるのはなぜか

 心は薬より力がある

第六章 恐怖を捨てよう。満ち足りた人生を創るために

 「成長・増殖」と「防衛」反応は同時に働かない

 身体を守るための二つの防衛システム

 大病のほとんどは慢性ストレスが原因

第七章 親は子どもの遺伝子が最高の可能性を発揮できる環境を整えよう

 「親の役目は重大」を最先端科学が証明

 潜在意識が持つ驚くべきパワー

 子どもは親が教える知恵を潜在意識のメモリーにダウンロードする

 意識(手動操縦)と潜在意識(自動操縦)は名コンビ

 潜在意識を変更するのは難しい

 知能指数決定に遺伝子が関係するのは34%

 胎児を意識的に育てて可能性を広げてやろう

 愛は生命の水

エピローグ 愛情深きものが生き残る世界へ

 科学と魂の世界がつなぐ細胞生物学者として

 地球は一つの生命体

 わたしたちは宇宙/神の一部の現れ

 人間は魂が形をとったもの

 いまは次の進化のサイクルに向う準備期

 人間は愛を必要とする存在

イントロダクション 天国の島で生命の真実に目覚める

細胞は独立した生き物

●「セントラル・ドグマ」は遺伝子をコントロールしているという科学的な仮定だが、一つ、大きな欠陥がある。遺伝子は自らのスイッチのオン・オフはできないのだ。専門用語を用いて言うならば、遺伝子は「自己創発」ができないのである。環境の中の何かが引き金にならなければ、遺伝子は活性化しない。

科学の先端では、当時すでにこれは事実として確立されていたが、保守的な科学者たちは遺伝子を中心とするドグマを信じ込むあまり、それが見えず、ひたすら無視していたのだった。セントラル・ドグマをあけすけに批判するものだから、わたしは科学界の異端者のような存在になった。破門志願者であるだけではなく、火あぶりの刑にも値するものだった。

スタンフォード大学で就職面接を受けた際に行なった講義で、気がついてみると、集まった教授連中(多くは国際的に認められた遺伝学者だった)に対して、「反証事実があるにもかかわらずセントラル・ドグマに執着するとは、宗教的原理主義者と変わるところはない」といって糾弾していた。

この冒瀆的な内容を耳にして、講義室には憤怒の叫び声がわき起こり、これで職はもうないなと思った。ところが、新しい生物学のメカニズムに関するわたしの洞察が刺激的だったためか、ポストを得られることになった。スタンフォード大学の傑出した研究者たち、とくに病理学科長のクラウス・ベンシュが支持してくださり、わたしのアイデアを人間のクローン細胞を用いた研究に応用し、さらに追及するように励まされた。

第一章 細胞は知性を持っている

細胞は学習し、記憶する

細胞たちは、積極的に生存に適した環境を探し求めながら、一方では毒のある有害な環境を避けようとする。これを同時にやってのける。単一の細胞も人間と同じように、周りの微細な環境から幾千もの刺激を受け、データを分析し、適切な行動をとり、生き延びる。

単一の細胞は、環境を通じた経験によって学習し、細胞記憶を保持することもできるが、これは細胞分裂によって次世代の細胞に受け継ぐことも可能だ。

たとえば、麻疹(はしか)ウィルスが子どもの体内に侵入した場合のことを考えてみよう。ウィルスに対抗して身体を守るには、タンパク質の一種である抗体をつくる必要がある。このため免疫細胞が呼び集められるが、この細胞たちは未分化だ。麻疹に対する抗体を製造するのには、設計図になる新しい遺伝子をつくりださなくてはならない。

麻疹抗体の遺伝子をつくりだす最初のステップは、未分化な免疫細胞内で起こる。未分化な細胞には、抗体に関係する多数のDNA断片があり、それぞれ異なる形のタンパク質に充当している。一つひとつの免疫細胞の中で、この断片がランダムに組み換えられ、組合されて再構成される。その結果、個々の細胞は特有の抗体遺伝子を一つ有することになるが、免疫細胞全体としては、膨大な種類の抗体遺伝子をもつことになる。

遺伝子をもとにして個々の細胞が生産する抗体は、それぞれ形態が異なる。未熟な免疫細胞がつくりだした抗体が、侵入してきた麻疹ウィルスと“ほとんど”相補的なものであれば、その細胞が活性化される。

活性化された細胞は驚くべきメカニズムを発動する。「親和性成熟」というプロセスを経て、免疫細胞は抗体タンパク質の形を“微調整”し、侵入者である麻疹ウィルスとぴったり結合できる抗体をつくりだせるようになる[Li, et al,2003; Adams, et al, 2003]。

活性化された免疫細胞は増殖を始め、抗体遺伝子のコピーが何百個とつくられるが、その過程で「体細胞超突然変異」が起き、できたコピーはもとの遺伝子と少しずつ異なるようになり、それぞれの遺伝子をもとに、少しずつ形の異なる抗体が多種類できる。その中からいちばんぴったりくる抗体をつくる遺伝子が選択され、この遺伝子がさらに体細胞超突然変異を起こし―という過程が何度も起こり、麻疹ウィルスに完璧に合う抗体が形成されるようになる[Wu, et al, 2003; Blanden and Steele 1998; Diaz and Casali 2002; Gearhart 2002]。

こうやって練り上げられた抗体がひとたびウィルスに結合したなら、侵入者は無力化され、破壊される。かくして、子どもは麻疹でつらい目に合わなくてもすむ。細胞はこの抗体を遺伝的に“記憶”しているので、将来再び麻疹ウィルスが侵入するようなことになれば、細胞は即座に反応して免疫系を発動し、身体を守ってくれる。

新しい抗体の遺伝子は、細胞が分裂すればそのたびに子孫に受け渡される。つまりこの過程で、細胞は麻疹ウィルスについて“学習”し“記憶”し、娘細胞に伝えられ、細胞分裂によってその記憶も増殖していく。これはもう遺伝子操作だと言ってもよいだろう。

この妙技は、細胞が長年進化させてきた「知性」のメカニズムを備えている事実を示している。これはたいへん大事なことだ[Steel, et al, 1998]。

賢くなるために共同体をつくる細胞

●化石の記録によれば、地球ができてから6億年後にはそういった生物が出現していたが、その後、27億5000万年間、地球には単細胞の生物、バクテリアや藻類、アメーバなどの原生動物しかいなかった。約7億5000万年前、こういった賢い細胞たちは、さらに賢くなる方法を見つけだした。多細胞生物(植物や動物)が誕生したのだ。

最初のうちは、多細胞といいてもゆるく結びついた共同体、いわば単細胞生物の「コロニー」のようなものだった。数十個から数百個ほどの集まりだったのだが、共同体をつくって生活するのは進化の上で有利だったので、すぐに数百万、数十億、何兆個もの細胞が集まって社会的な相互作用を行いながら生活するようになった。

個々の細胞は顕微鏡的なスケールだが、多細胞の共同体の大きさは、肉眼でやっと見えるものからモノリスのように巨大なものまで、さまざまだ。生物学者はこの組織化された共同体を人間の視点から見た構造をもとに分類する。

細胞の共同体を肉眼で見れば、たとえばマウスやイヌ、人間などといったふうにひとつの実態に見える。しかし、実際は、何百万個、何億個という細胞が高度に組織化された結社のようなものだ。

~中略~ 

高密度で生存していくために、細胞たちは環境を構造化していった。そういった高性能の共同体では、必要な仕事が分担される。大きな集団では組織内の関係は常に変化するが、変化に後れを取ることなく正確かつ効率的な分担が行なわれる。

個々の細胞が特殊化した仕事をするほうが共同体にとっては効率的だ。動物や植物では、胚が発生していく際、細胞は特殊化した機能を身につけていく。組織学的に分化が起こって細胞の集団ができ、身体のなかでそれぞれ特有の組織や器官をつくりあげていく。

進化の過程での「分化」というやり方、つまり共同体のメンバー間で仕事を分担するという方法が、共同体を構成する細胞一つひとつの遺伝子に埋め込まれていった。それが生命体が生きていく上で必要な効率性や能力を向上させたのだ。

大きな生命体では、たとえば環境からの刺激を読みとって反応するのに関係する細胞は、全体のほんの一部だけだが、これらは神経系の組織や器官を構成し、特殊化する作業を行っている。

つまり、神経系の役割は、環境状態を感知して、膨大な数の細胞からなる共同体全体の細胞の行動を統率することだ。共同体内で労働を分担するのは、生存する上で他にも有利な点がある。効率がよいので、より少ない資源でより多くの細胞が生活できるのだ。

※モノリス:建築や彫刻で使う大きな石や岩(動植物のことではないか)

第二章 環境が遺伝子のふるまいを変える

遺伝子は生物を「コントロール」しない

1967年、大学院で幹細胞クローン作製法を初めて教えられたとき、以後、決して忘れられないある知恵を授けられた。一見単純なこの知恵は、後年、わたしの仕事や人生にとってたいへん深い意味をもつようになる。だが、当時はそれには気がつかず、その深さを理解できたのは何十年も経ってからだった。

クローン作製を指導してくださったのはアーヴ・コーニグズバーグ教授。熟練した科学者で、幹細胞クローン作製をごく初期にマスターした細胞生物学者の一人だ。教授は、「もしも、培養中の細胞の調子が悪かったら、原因は細胞そのものではなく、その置かれた環境に求めるべきだ」と教えてくださった。

~中略~ 

言われた当座はぴんとこなかったが、このフレーズが生命の本質を理解する上で大事な洞察を与えてくれるものだと、次第にわかってきた。この知恵には一度ならず助けてもらった。よい環境においた細胞は元気だったし、環境が悪ければ勢いがなくなった。環境を整えてやれば、「病んでいる」ように見えた細胞も活力をとりもどした。

ところが、ほとんどの細胞生物学者は、組織培養技術に関するこの知恵をまったく知らずにいた。それどころか、ワトソン&クリックの発見に続いてDNAの遺伝暗号が明らかになってからというもの、科学者たちは、環境影響について考慮するのをやめてしまう。環境は軽視されがちなのだ。

あのチャールズ・ダーウィンでさえも、晩年になってから、進化論が環境の役割について正しく評価していなかった、と認めている。1876年、モリッツ・ワグナーに宛てた手紙にはこう書かれている。

「思うに、わたしの犯した誤謬の最たるものは、食物や気候など、環境の直接的な作用については十分に重要性を認めず、自然選択と関連性を持たないものとしてしまったところでしょう。……【種の起源】を書いたころは、その後しばらくの間もそうでしたが、環境の直接的な作用について証拠となるような事実を、ほとんど見つけられませんでした。ところがいまや証拠は山のようにあるのです」[Darwin, F 1888]。

しかし不幸なことに、ダーウィンがラマルクの「思想」に回帰したのを見て、ダーウィンの信望者たちは、彼も年老いたのだろう、頭が混乱してきたようだ、としか思わなかった。師がその考えを改めたのに、ダーウィン信望者たちはダーウィン自身よりももっとダーウィン流であろうとしたのだ! 

フランスの生物学者 ジャン・バティスト・ラマルク(1744年-1829年)

ダーウィンの理論は、二十世紀になって発達した分子遺伝学も組み込んで、「新ダーウィン説」として現代化された。エルンスト・マイヤーは率先して新ダーウィン説の構築を進めた生物学者だが、そのマイヤーでさえ、ラマルクを先駆者として認めている。1970年に出された名著進化と生命の多様性(Evolution and the Diversity of Life’ 未邦訳)で、エルンスト・マイヤーはこう書いている。「ラマルクは『進化論の創設者』として捉えたほうが良いと思われる。実際、フランスの歴史家の中にはそう認めている人も一人ならずいる。……ラマルクは著作の一冊をほぼ全部費やして、生物が進化してきたという理論を提唱しているが、そういう試みをしたのは彼が初めてである。彼こそが、動物全体を、進化の結果生まれてきたものとして示した、最初の人物なのである」[Mayr 1976, page 227]

現代社会で苦しめている糖尿病や心臓病、ガンなど、健康でしあわせな生活を断ち切ってしまう病はさまざまであるが、いずれも単一の遺伝子によって引き起こされるものではない。多数の遺伝子や種々の環境要因が相互に関係しあった結果、発症するのだ。

でも、新聞には、いろいろな病気の遺伝子が発見されたなんて大見出しがよく出ているじゃないか、と思う方もおられるだろう。だが、派手な見出しを鵜呑みにするのは禁物だ。記事をよく読めば、真実はもっと地味だとわかる。科学者たちは、数多くの遺伝子を数多くの病気や人間の数多くの性質と関係づけているだけだ。たった一つの遺伝子が、ある病気を引き起こすという事例が見つかるのは、たいへん稀なことなのだ。人間の疾患に関していえば、遺伝子の異常だけで発症するものは、人間がかかる病気全体のなかで、わずかに2%ほどしかない[Strohman 2003]。

メディアの報道では「関係する」と「引き起こす」という語を正確に用いていないことが多く、これがまた混乱を助長している。何かが、ある病気に関係するからといって、それが必ずしもその病気を引き起こす原因になるわけではない。

「引き起こす」というのはつまり命令を出し、コントロールするということだ。たとえば、いまわたしがキーを取り出して、「このキーが車をコントロールする」と言ったとしよう。そのキーがなければイグニッションをオンにできないのだから、「コントロール」といっても筋は通るかもしれない。だが、実際問題として、キーが車を「コントロール」するのだろうか? もしそうだとしたら、うっかり差しっぱなしにしたが最後、ちょっと目を離したすきに、キーが勝手に車をひとっ走りさせてしまう、なんてことになる。実際は、キーは車のコントロールに「関係する」だけであり、車をコントロールするのはキーを差し込んで回す人間だ。

これと同じように、遺伝子の中には生物の行動や性質に関係しているものがあるが、こういった遺伝子はほかの何かがスイッチを入れて、初めて働き始めるのだ。

では、いったい何が遺伝子のスイッチを入れるのだろう? 解答は、1990年にナイハウトが発表した「発生における遺伝子の隠喩と役割」という論文に説き明かされている[Nijhout 1990]。彼によれば、遺伝子が生物をコントロールしているという考え方は、真実ではなく仮説にすぎない。ところがこの考えが長きにわたって繰り返し唱えられてきたために、科学者たちはこれが単なる仮説だということを失念しまったのだ。この仮定はいまだかつて証明されていないどころか、近年この仮定を揺るがす研究成果が発表されているのだ。

ナイハウトは、遺伝子によるコントロールは現代社会という言葉の隠喩になっている、と論じている。つまり遺伝子工学技術を用いれば、数々の病気は魔法のように治療でき、さらには何人ものアインシュタインやモーツアルトをつくりだすのも自由自在である。わたしたちはそのように信じたいのだ。だが、隠喩は隠喩であって、科学的な真実とイコールではない。

では何がいったい真実なのか。ナイハウトは簡潔に要約している。「ある遺伝子の産物が必要になったとしても、その遺伝子発現のスイッチを入れるのは環境からの信号である。遺伝子が自分自身でスイッチを入れる資質を持っているわけではない」。つまり、遺伝子のコントロールについては「環境こそが問題なのだ」というフレーズがぴったりとあてはまる。

人間の身体は“タンパク質の機械”

●有機化学が明らかにしたところによれば、細胞を構成しているのは四種類の高分子―多糖類、脂質、核酸(DNAとRNA)、そしてタンパク質―だ。どれも細胞にとってなくてはならないものだが、なかでもタンパク質は生命体にとってきわめて大事な要素だ。わたしたちの細胞は、タンパク質がブロックのように積み重なって形づくられていると言ってよい。

おまけに、わたしたちの身体はどんな機械よりもずっと複雑だ。たとえば身体の中では、10万種類以上のタンパク質が働いている。これは一つとってみても、単純に機械だと言ってすますわけにはいかないのがわかるだろう。

さらに細胞内では10万個以上のタンパク質が働いている。では、このタンパク質はどんな構造をしているのか調べてみよう。それぞれのタンパク質は、アミノ酸が数珠つなぎになってできている。 ~中略~ 

アミノ酸がつながってできたタンパク質は、かなり融通がきくということにも注意していただきたい。おもちゃのネックレスは、きつく折り曲げると外れてしまうが、アミノ酸のつながりはそう簡単には外れない。たとえていうならヘビの背骨のようなものだ。ヘビの脊椎は、同じようなかたちをしたたくさんのパーツ(椎骨)がつながってできている。だからヘビは、まっすぐな状態から丸まったボール状まで、さまざまな形をとることができる。

タンパク質を構成するアミノ酸どうしはペプチド結合でつながっていて、ヘビの背骨と同じように、さまざまな形をとることができる。タンパク質の「背骨」にあたるのはアミノ酸の連なりで、アミノ酸は結合部で回転したり湾曲したりする。のたくったりくねったりする様は、まさにナノ(100万分の1ミリメートル)スケールのヘビと言ってもよいだろう。

タンパク質の背骨がどのような曲線を描くかは、二つの主な要因によって決定される(つまりこれらがタンパク質の形を決定することになる)。一つはアミノ酸の配列パターン。ポップビーズのように結合するアミノ酸は、種類によって形が異なるので、アミノ酸配列が異なれば、背骨の曲がり方も異なってくる。

もう一つは結合したアミノ酸どうしの電荷による相互作用。ほとんどのアミノ酸は正あるいは負の電荷を持っているが、これが磁石のように作用する。正と正、負と負の電荷は反発し合うが、正と負の電荷は引きつけ合う。

先に説明したように、アミノ酸どうしの結合部は回転したり曲がったりすることができるので、それぞれのアミノ酸がもつ正負の電荷にしたがって結合部が形を変え、その結果、タンパク質の背骨は自ずと特有の形をとることになる。

タンパク質の中には、多数のアミノ酸が結合してかなり長くなっているものもある。長い分子は「シャロペン」と呼ばれるタンパク質分子に助けてもらわないと、うまく折りたたみができない。正しく折りたたまれなければ、背骨に障害がある人と同じように、うまく機能できない。だがよくしたもので、異常な形のタンパク質は細胞内で分解される。背骨となるアミノ酸の鎖はばらばらにされ、また別のタンパク質を合成する材料として使い回される。

タンパク質は歯車のように組み合わさって働く

生命の本質を理解しようとするなら、まずは、タンパク質という一種の“機械”がどうやって動くのかを理解しなければならない。

タンパク質分子は最終的に、ある立体構造をとる(これは「コンフォメーション」と呼ぶ)。このとき、“背骨”を構成するアミノ酸の電荷や磁場は安定した状態になっている。もしタンパク質内の電荷が変化すると、新しい電荷に合わせて、タンパク質の“背骨”は自ずと大きく曲がって変形し、再び安定状態になる。

たとえば、“背骨”を構成するアミノ酸にホルモンなど他の分子が結合したり、酵素の働きで電荷をもつイオンが付加されたり、あるいは奪われたりすると、タンパク質分子内の電荷の状態は変化する。また、携帯電話など、外部から電磁場への干渉があった場合などにも電荷の状態には変化がみられる[Tsong 1989]。

このように、タンパク質は形を変えることができ、見事な工学的特徴をもつことになる。タンパク質にはそれぞれ特有の立体構造があり、立体的にぴったりと合う分子どうしは結合することが可能だ。

形態的かつエネルギー的に相補的な分子とタンパク質が出合うと、あたかも精密な歯車どうしが噛み合うように、両者はがっちりと結合する。 

 

画像出展:「思考のすごい力」

上の図をよく見ていただきたい。図には5個のタンパク質分子を示した。それぞれが異なる形をしている。これらはいずれも、実際に細胞内で働いている分子“歯車”だ。これらの生体「歯車」のエッジは、人工的な歯車ほどシャープではない。だが、それぞれ特有の立体構造をもっているので、形が合う分子があれば、がっちり結合しそうだと想像できる。 

左の三つの図では、ねじ巻き時計の部品を使って、細胞内の歯車が動く様子を示す。一番上の図は時計の歯車、バネ、軸受けなど、金属製の機械の部品だ。歯車Aの回転が歯車Bに伝わり、さらに歯車Cが回転する。

中段の図では、人工的な機械の歯車の上に、エッジのソフトな生体分子を重ねてみた(何百万倍にも拡大し、時計のサイズに合わせてある)。これで、タンパク質が時計のメカニズムと同じような働きをすることがわかりやすくなると思う。この「金属・タンパク質の機械」モデルで、たとえばタンパク質1の回転によりタンパク質2が回り、その結果タンパク質3が動く、といったように連動していると想像していただけるだろうか。

細胞内には、このようにタンパク質分子がいくつも組み合わさった装置が、何千個も入っている(訳註:この図に示されたタンパク質1、2、3は別々の働きに関わるタンパク質で、この三つが実際に連動して働くわけではない。また、タンパク質分子の中には回転するものもあるが、回転しないものも多い。あくまで、タンパク質分子が機械の部品のように連動して働くイメージをつかむための図である)。

細胞質中のタンパク質は、グループをつくって互いに協力し、特有の生理的機能を果たしているが、これを「パスウェイ」という。たとえば、呼吸に関するパスウェイ、消化に関するパスウェイ、筋収縮に関するパスウェイなどがある。

細胞内でエネルギーを生産しているのはクレブス回路(訳註:クエン酸回路、TCA回路ともいう)というパスウェイだ。多数のタンパク質分子が関係するきわめて複雑な化学反応系で、全部を記憶するのはひと仕事であり、多くの学生たちが泣かされている。

タンパク質が機械の部品のように組み合わさって働く、ということを見いだしたとき、細胞生物学者たちがどれほど興奮したことか! 細胞は、タンパク質を部品とする機械を利用して、それぞれの代謝機能や行動機能を行っている。細胞の中ではタンパク質分子が常に立体構造を変化(変化は1秒間に何千回も起こる)させているが、この構造変化こそが、生命を推進する動きなのだ。

「DNAボス仮説」はなぜ生まれたか

●前項では、DNAについて全然触れなかったが、それは、タンパク質は電荷の変化に応じて行動を開始するので、それにDNAは関与していないからだ。だが、遺伝子が生物学的現象を「コントロール」しているという考え方は一般的に広まっているし、よく引き合いにも出される。この考え方はいったいどうやって生じたのだろうか?

【種の起源】の中で、ダーウィンは「遺伝的な(hereditary)」因子が世代から世代へと引き継がれることにより、生まれてくる子どもの形質がコントロールされるのではないか、と示唆している。ダーウィンの影響はとてつもなく大きなものだったので、科学者たちは近視眼的に遺伝物質の探求に走ってしまい、遺伝物質こそが生命をコントロールする、と信じてしまったのだ(訳註:ダーウィンの時代には、遺伝のメカニズムについてはまだほとんどわかっていなかった。【種の起源】が出版されてから数年後、メンデルが「遺伝の法則」を発表したが、この法則は1900年に再発見されるまで、生物学界からほとんど無視されていた)。

1910年、顕微鏡を用いた詳細な研究の結果、染色体の中に、世代から世代へと受け渡される遺伝情報が含まれていることが明らかになった。染色体は、細胞が分裂して二つの「娘(ジョウ)」細胞になる前に、細胞内にはっきり現れてくる糸状の構造物だが、細胞分裂によってそれぞれの娘細胞に分配され、最も大きな細胞小器官である核内に収められる。

科学者たちは細胞から核をとりだし、染色体を分析してみた。その結果、遺伝に関するこの構造物は、タンパク質とDNAという二種類の物質だけで構成されていることがわかった。まだ詳細は不明だったが、タンパク質という生命の機械は染色体に含まれる分子の構造や機能に深く関係しているらしい、と判明したのだ。

染色体の機能に関する理解が一歩進んだのは、1944年のことだった。この年、遺伝情報を有しているのはDNAだと証明されたのだ[Avery, et al, 1944; Lederberg 1994]。そして、あざやかな実験により、DNAが選び出された。

まず、ある種のバクテリアから核を抽出する。このバクテリアを仮にタイプAと呼ぼう。次に、タイプAからDNAだけを取り出して、タイプBの培地に加える。やがて、タイプBのバクテリアは、タイプAだけにしかなかった性質を示すようになる。

こうして、DNAさえあれば遺伝形質が受け渡されるとわかって以来、DNA分子は科学界のスーパースターとなった。

さて続いてワトソンとクリックが登場して、スーパースターの構造と機能を明らかにする。DNA分子は長い糸状で、「塩基」と呼ばれる窒素化合物を含む(訳註:DNAの構成単位はヌクレオチドで、ヌクレオチドは塩基・デオキシリボース・リン酸が結合したもの)。塩基にはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の四種類がある。

ワトソンとクリックの発見したDNAの構造からは、A、T、C、Gという塩基の配列がタンパク質の背骨となるアミノ酸の配列を指定していることが示唆され、それは後に証明された[Watson and Crick 1953]。DNA分子上にはいくつもの遺伝子が並んでいて、これがタンパク質の“背骨”の設計図になっている。ついに細胞内で働く機械であるタンパク質製造の暗号が解明されたのだ!

ワトソンとクリックは、DNAが遺伝分子としてどれほど完璧なのかも説明している。DNA1分子は2本の鎖からなる。これらが結合して、ゆるいらせん状になっている。有名な「二重らせん」構造だ。

これはすばらしくよくできたシステムで、それぞれの鎖の塩基配列は互いに鏡像的(訳註:相補的)な関係にある。DNAの2本の鎖がほどけると、それぞれの鎖の塩基配列に対して相補的な塩基をならべていけば、もとの鎖とまったく等しいDNAが2分子できあがる。2本の鎖の分離により、DNA分子は自己複製ができるのだ。この現象の観察により、DNAは自分自身の複製を「コントロール」している、つまり、DNAは自分自身の“ボス”だという仮説が生まれた。

DNAが自分自身の複製をコントロールし、さらに生物の身体をつくるタンパク質の設計図となっているという「示唆」をもとに、フランシス・クリックが導き出したのが「セントラル・ドグマ」、つまり「DNAが支配する」という信念だ。これは近代生物学の拠って立つ基盤であったといってよく、石に刻み込まれた、かの「十戒」のごとき存在と化していた。「DNAの優位性」とも呼ばれるこのドグマは、ほぼすべての科学の教科書に載っている。 


ドグマには、生命がどのように立ち現れてくるかが図式的に表してある。DNAが頂点に、そのつぎにRNAが置かれる。RNAはDNAのコピーだが寿命は短く、タンパク質の背骨となるアミノ酸配列を規定するテンプレートとして機能する。

DNAの優位性という図式は、遺伝子決定主義の論理的な根拠となった。生命体の性質はタンパク質の性質によって決まり、タンパク質はDNAが管理している、ということは、論理的に考えるなら、DNAが生物を特徴づける“第一原因”、言い換えれば一次決定因子だということになる。

セントラル・ドグマでは、情報の流れは一方通行であり、DNAからRNAへ、RNAからタンパク質へと伝わっていくと仮定する。この仮定は深いところで重大な影響をもっている。タンパク質は身体を構成する物質の代表なので、このドグマは、あなたの身体やあなたが人生で経験することは、情報の流れを逆にたどってDNAかに変化を与えることはできない、とほのめかしているわけだ。このドグマによれば、DNAがあなたの人生をコントロールするのであり、あなたは自分のDNAに影響を与えることはできないということになるではないか!

遺伝子をコントロールするタンパク質

●遺伝子を運命の女神と考える理論家たちは、あきらかに、徐核細胞に関して百年も前に得られていた研究成果を無視している。だが彼らも新しい研究成果は無視できなかった。その研究により、遺伝子決定主義という信念はくつがえされてしまった。

ヒトゲノム計画が科学のトップニュースとして報じられていたのと同じころ、“エピジェネティクス”という、新しくかつ革新的な生物学の分野がスタートしていた。「遺伝子を超えたコントロール」という意味のエピジェネティクスは、生命コントロールのメカニズムに対するわたしたちの理解を根本から変えるものだ[Pray 2004; Silverman 2004]。

エピジェネティクスがこの10年間に解明したところによれば、遺伝子として受け渡されるDNAの設計図は、誕生のときにはまだ確定していないらしい。遺伝子は運命の女神などではないのだ! 環境による影響、たとえば栄養分やストレスなどの感情が、基本的な設計図に手を加えることはないにしても、遺伝子を変化させることがある。さらにそういった変化は、DNAの設計図が二重らせんによって次世代に受け渡されるのと同様に、確実に世代を超えて受け渡されていくという[Reik and Walter 2001; Surani 2001]。

エピジェネティクス分野での発見が、遺伝学分野での発見に後れをとっているのは確かだ。なぜだろう?

1940年代後半以来、生物学者たちは細胞の核からDNAだけを取ってきて、遺伝のメカニズムを研究してきた。DNAを手に入れるには、まず細胞から核を採取し、さらに核膜を破壊して内部の染色体を取り出す。染色体の半分はDNAだが、残り半分はDNAの働きを制御するタンパク質だ(訳註:DNAに結合して染色体を構成する、ヒストンなどのタンパク質を染色体タンパク質という)。

DNAを研究したいと逸(ハヤ)るあまりに、ほとんどの科学者はこのタンパク質を捨ててしまっていた。今にして思えば、風呂の水といっしょに赤ん坊を流してしまうようなふるまいである。

流され、捨てられた赤ん坊をすくい上げたのが、エピジェネティクスの研究者たちだ。彼らは染色体を構成するタンパク質を研究し、それらがDNAと同じくらい遺伝において重要な役割を果たしていることを見いだした。

染色体では、DNAがいわば芯となっていて、タンパク質はそれにカバーとしてかぶさっている。カバーがかかったままでは、遺伝子の情報を読みとることができない。たとえばあなたの腕がDNAで、青い眼をつくる遺伝子の役割をもつとしてみよう。核内では、染色体タンパク質がこのDNA領域に結合してカバーしている。シャツの袖がおろしてあったら、腕に書いてある情報が読みとれないのと同じことだ。

では、どうすればこのカバーを取りはずせるだろうか? 環境から、ある信号がやってくれば、「カバー」タンパク質は形を変えてDNAの二重らせんからはずれ、遺伝子が読みとれるようになる。DNAのカバーがはずれて露出すれば、その遺伝子部分のコピーがつくられる。結局、遺伝子の活動はカバーとなるタンパク質が存在するかしないかによって「コントロール」され、タンパク質の存在は環境からの信号によってコントロールされる。 

エピジェネティックなコントロールというのは、つまるところ、環境からの信号がどうやって遺伝子の活動をコントロールしているのか、ということだ。

前に述べたDNAの優位性という図式は、もはや時代遅れだということは明らかだろう。新たに「環境の優位性」という言葉のもとに、情報の流れを図式化し直さなくてはならない。


生物体における情報の流れを表した新しい図式はより洗練されたもので、環境からの信号がトップに来ている。その次に調節タンパク質、あとはDNA、RNA、そして最後にタンパク質が置かれる。

エピジェネティクスが明らかにした点は他にもある。生物が世代から世代へ遺伝情報を受け渡すには二つのメカニズムがあるということだ。両方のメカニズムの存在が明らかになったことにより、人間の行動を引き起こす要因として、氏(遺伝子)と育ち(エピジェネティックなメカニズム)の両方を考慮すべきだとわかってきた。科学者たちがこの何十年もやってきたようにDNAの設計図を見るだけでは、環境の影響は正しく理解できない。[Dennis 2003; Chakravarti and Little 2003]。

細胞は環境に合わせて形を変える

●先に説明したような、環境からの影響を受けたチューニングは、世代から世代へと受け継がれることがわかっている。

2003年、デューク大学の研究者が画期的な成果を発表した。同年8月1日に発行された【モレキュラー・アンド・セルラー・バイオロジー(分子細胞生物学)】誌に掲載された論文で、マウスで、改善された環境が遺伝子の突然変異さえもくつがえすことが明らかにされたのだ。[Waterland and Jirtle 2003]。

この研究では、異常な「アグーチ」遺伝子をもつ雌マウスを妊娠させ、ダイエタリーサプリメントを与えてその影響を調査した。アグーチマウスは体色が黄色く、かつ極度に肥満する。そのため、心血管障害や糖尿病、ガンなどにかかりやすくなる。

 

画像出展:「思考のすごい力」

実験では、黄色で肥満したアグーチの母親マウスを二つのグループに分け、片方のグループだけに、メチル基を多く含むサプリメントを与えた。このサプリメントを用いたのは、メチル基をもつ化合物がエピジェネティクスにおける変化に関係する、との研究結果が数多く出ているからだ。遺伝子であるDNAにメチル基が結合すると、遺伝子の働きを制御する染色体タンパク質とDNA分子の結合のしかたが変化する。タンパク質が遺伝子にがっちり結合していると、カバーがとりはずせなくなり、遺伝子は読みとれない。すなわち、DNAのメチル化は遺伝子の活動を抑制したり、働きかたを変えたりする。

この研究に見出しをつけるなら「遺伝子には食事療法が切り札」というのが適当だろう。メチル基に富むサプリメントを与えられたマウスが産んだ子マウスは、母親と同じアグーチ遺伝子をもつにもかかわらず、体色は茶色で、サイズも標準だった。サプリメントを与えなかったマウスが産んだのは黄色い子マウスで、この子どもたちは茶色い子マウスよりも餌を食べる量が多かった。最終的に、黄色いほうは茶色いほうの二倍近くの体重になったが、茶色いほうの「偽アグーチ」たちはスリムなままだった。

衝撃的な写真はデューク大学が発表したものだ。二匹のマウスは遺伝的にまったく等しいのに、外見は著しく異なっている(訳註:実験用のマウスは、何代も交配を繰り返して純系になっているので、同じ系統のマウスなら、別個体でも遺伝子構成はまったく等しい。この実験ではアグーチ系統のマウスを用いており、複数の母親マウス及び父親マウスはすべて遺伝子構成が等しいので、生まれてくる子どもたちもすべて遺伝子構成が等しい)。

片方はスリムで茶色く、片方は肥満して黄色い。写真ではわからないが、肥満したほうのマウスは糖尿病を発症している。一方、遺伝的にはまったく同一の相方の方は健康だ。

エピジェネティックなメカニズムが、がんや心血管障害、糖尿病など、さまざまな疾病に関係しているとの研究も発表されている。実際、がんや心血管障害の患者のうち、遺伝子が直接的な原因になっているのはわずか5%にすぎない[Willett 2002; Silverman 2004]。乳がん遺伝子のBRCA1とBRCA2が発見されたとき、メディアは大騒ぎした。実は乳ガンの症例の95%は遺伝子と関係なく発症しているのだが、それについては詳しく報道されなかった。

大多数のがん患者の悪性腫瘍は、環境によってエピジェネティックな変化が引き起こされたために生じたもので、遺伝子の欠陥によるものではない[Kling 2003; Jones 2001; Seppa 2000; Baylin 1997]。最近、著名な科学者・内科医であるディーン・オーニッシュが発表したところによれば、前立腺がんの患者たちが、90日間、食事と生活様式を変えただけで、500個以上の遺伝子の活性が切り替わったという。その遺伝子の変化の多くは、腫瘍の形成に不可欠な生物学的過程を阻害するものだった[Ornish, et al 2008]。

~中略~

この章の冒頭で環境について述べたが、研究室で実験していたころ、わたしは環境の変化が細胞に与えるインパクトを何度も何度も目撃してきた。だが、その意味するところが腑に落ちたのは、研究職も最後のほうになってからだった。

当時わたしはスタンフォード大学にいて、血管の内皮細胞が環境によって構造も機能も変化するのを観察した。たとえば、炎症性物質を培地に加えると、内皮細胞はすばやく変化して、免疫系の掃除屋細胞であるマクロファージのような形態になる。

またガンマ線を照射してDNAを破壊したとき、細胞は変形してみせた。これには心底興奮させられた。この内皮細胞は「機能的に徐核」されていたにもかかわらず、炎症性物質に反応して完璧に変化し、生物的に異なる行動をとるようになった。これは核がちゃんと細胞内にある時とまったく同じ反応だった。この細胞たちは、遺伝子ももたないのに、何らかの「理にかなった」コントロールをしてみせたのだ[Lipton 1991; Butler, et al 2010]。

指導教官のコーニングズバーグ教授から、細胞の具合が悪いときはまず環境を疑ってかかれ、とアドバイスされてから20年後、とうとうわたしにもわかった。

DNAが生物をコントロールするのではない。核は細胞の脳ではない。

わたしたち誰もがそうであるように、細胞は生活している環境に合わせて形を変える。つまり「環境こそが問題」なのだ!

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

ニュートン力学では超常現象を解明できない

●搭乗を待っていて、ハッと気がついた。これから5時間もシートに縛りつけられるというのに、何も読み物がない。

搭乗ゲートは閉まろうとしていたが、列から離れてコンコースを降り、本屋へと向かった。選択肢は山のようにあるのに飛行機のドアが閉まって取り残される危険性もあり、パニックになりそうだった。どうしていいかわからなくなったとき、一冊の本が目にとまった。『量子の世界』。著者は物理学者ハインズ・R・パージェル[Pagels 1982]。ざっと見たところ、量子物理学の初心者向け解説書らしい。大学のとき以来、量子物理学恐怖症は根強かったので、すぐに棚に戻してもっと軽い読み物を探す。

頭の中でストップウォッチの秒針がレッドゾーンに突入した。ベストセラーだと自ら喧伝している本をつかんで、レジに走る。会計を待ちながらふと見ると、カウンターの後ろの棚に例のパージェルの本が一冊ある。会計はもうほとんど終わっていたし、時間切れになる寸前だったが、ついに量子物理学嫌いを返上して、『量子の世界』も追加で買うことにした。

本屋への行き来にダッシュしたのでアドレナリン全開だったが、飛行機に乗り込んでなんとか自分を落ち着かせ、クロスワードパズルを解いてから、いよいよパージェルの本にとりかかった。

ハッと気がついたときには没頭していた。何度も前にかえっては同じ部分を読み直さなくてはならなかったが、それでも夢中になった。フライトのあいだ読み続け、マイアミで3時間待ちのときもずっと読み続け、さらに楽園の島へ向かう5時間の道中ずっと本を置くことができなかった。パージェルには完全にやられてしまった!

シカゴで飛行機に乗るまで、量子物理学が生物学に関係があるなどとは思ってもみなかった。ところが飛行機が楽園に着いたときは脳が揺さぶりをくらっていた。量子物理学は生物学に“関係おおあり”なのだ!

量子物理学の法則を無視する生物学者は明らかに科学的な過ちを犯している。なんといっても物理学はすべての科学の基礎なのだから。ところが、わたしも含めて生物学者たちはほぼ全員、時代遅れの、だがより整然としたニュートン物理学に頼っている。世界はニュートンの説いたように動いているという考えに固執し、目に見えない量子の世界、アインシュタイン的世界を無視している。

アインシュタインによれば、物質はエネルギーから成っていて、絶対的物質なるものは存在しない。原子レベルでは、物質は確実に存在するわけではない。存在する可能性があるとしか言えないのだ。わたしがそれまで生物学や物理学について確信していた事柄が、木っ端みじんではないか!(訳註:アインシュタインは初期量子論の誕生には高血圧しているが、量子物理学を打ちたてたのはボーアやシュレディンガー、ハイゼンベルクら、アインシュタインとはほぼ同時代の物理学者たちである。現代物理学はアインシュタインの相対性理論とボーアらの量子論を二本の柱としている)

ニュートン物理学は論理を追求する科学者にとってはエレガントで安心を与えてくれるものであったとしても、宇宙についてはもちろん、人体の真実をすべて解き明かしてくれるものではない。いまから思えば、わたしも他の生物学者たちもそれは承知していたはずだ。

医学は日々進歩していくが、生きている身体は頑固なまでに定量化を拒んでいる。ホルモンやサイトカイン、成長因子や腫瘍抑制因子など、シグナルとなる化学物質の働くメカニズムが次から次へと発見されている。

だがそういったメカニズムでは超常現象は説明できない。自然治癒、心霊現象、驚くほどの筋力や耐久性、灼熱の石炭の上を火傷一つ負わずに素足で渡る能力、“気”を移動させて痛みを消し去る鍼灸師の力など、そのほかさまざまな超常現象が、ニュートン的世界観に立脚した生物学では説明不能だ。

医学部にいたときには、もちろん、これらの現象については全然考えてもみなかった。わたしも他の教官たちも学生たちに鍼灸療法やカイロプラクティック、マッサージ療法、祈祷などで病気が治るという主張は無視するように教え込んでいた。いや、それ以上だ。医者を名乗るペテン師の口上だといって弾劾さえしたのだ。それほど古典的なニュートン物理学を信じ込み、他の考え方はできなくなっていた。

いま挙げた療法はいずれも、エネルギー場が人間の身体の生理機能や健康に影響を及ぼしているという信念に基づくものだ。

物質はエネルギーでできている

●量子物理学に取り組んでみると、エネルギーに基づいた療法を無視していたのが、いかに傲慢なふるまいだったかを痛感した。近視眼的にすぎたのだ。

ゲーリー・ズーカフが『踊る物理学者たち』に書いているが、1893年、ハーバード大学の物理学科長は「物理学博士はこれ以上必要ない」と学生たちに向かって言明したという[Zukav, 1979]。いわく、宇宙は「物質マシン」であり、現実に存在する原子がこのマシンを構成していて、原子一つひとつは完全にニュートン力学にしたがっている。物理学者が今後なすべきことは測定値を精緻にしていくこと、ただそれだけである―。よくも豪語したものだ。

それからわずか三年後、原子が宇宙で最も小さい粒子であるという概念は捨て去られた。一つの原子はさらに小さな粒子から構成されていることがわかった。これだけでも驚天動地の大発見だが、さらに、原子がX線や放射線など、さまざまな「奇妙なエネルギー」を放出していることが明らかになり、大騒ぎになった。

20世紀を迎えるころには、新世代の物理学者たちが出現し、エネルギーと物質との関係の探求という使命に邁進した。その後、10年もたたないうちに、物理学者は、世界は物質でできているとするニュートン的な世界観を信望するのをやめた。物質という概念は幻想だと理解するようになったのだ。宇宙にあるものはすべてエネルギーで構成されている。と認識したからである。

量子物理学者が発見したのはこういうことだ。原子は物質だが、原子自体は絶え間なく回転しながら振動するエネルギーの渦巻きだ。よろめきつつ回り続けるコマのようなもので、それがエネルギーを放射している。

各原子が発するエネルギーの振動パターンは固有のもので、その原子の署名(サイン)のようなものだ。原子が集まって分子ができるが、分子が発するエネルギーパターンは原子の組み合わせによってそれぞれ固有のものとなる。

ということは、この宇宙に存在する物質的な構造体は、あなたもわたしもみんなそれぞれ特有なエネルギーの署名(サイン)を放射している。

理論的に可能だとしての話だが、もしも原子の構造を顕微鏡で実際に観察することができたら、どんなものが見えるだろうか?

つむじ風が砂を巻き上げながら砂漠を横切っていく様を想像してほしい。じょうご形になったつむじ風から砂や塵を取り除いてみる。すると、目には見えないけれど竜巻のように渦を巻いたものが残る。クォークやフォトンと呼ばれる極小のつむじ風のようなエネルギーの渦巻きが多数集まって原子ができあがっている。

遠くから見れば、原子はボール状の雲のように見えるだろう。ところが近づいて焦点を合わせようとすると、ぼやけてはっきりしなくなる。そして近場から見ると、原子は消え去ってしまう。何も見えない。

実際、原子全体の構造に焦点を合わせて見ていくと、物理的にはまったくの空間しかない。原子には物理的な構造など存在しない。――王様は裸だったのだ!

学校で、ビー玉かパチンコ玉のようなものが飛んでいる太陽系のような原子模型を見たことがあるかもしれない。その手の模式図と、量子物理学者が発見した原子の「物理的」構造の図と並べてみよう。 

画像出展:「思考のすごい力」

上の右側の図は印刷ミスではない。原子は目に見えないエネルギーでできていて、実体のある物質ではないのだから!

量子論の世界では、物質は希薄な空気のようなものだ。考えれば考えるほど妙な気分になってくる。あなたはいま、この本という実体を手に持っている。だが本を構成する物質を、原子レベルの顕微鏡で観察すれば、手には何も持っていないことがわかるだろう。

いやはや、量子的な宇宙というのは、なんとも気が変になりそうな代物じゃないか(わたしたち生物学専攻の学部生は、この点においては正しかった)。

では、量子物理学の「見ようとすると見えなくなる」というこの性質を、もう少し追求してみよう。

物質は、中身の詰まった実体(粒子)であると同時に、非物質的な力場(波)であると定義できる。原子については、質量や重さなどの性質を科学的に調べることができる。この限りでは、原子は実体のある物質としてふるまう。ところが、同じ原子が電位や波長などといった性質ももっている。これはエネルギー(波)としての性質であり、もはや実体のある物質ではない[Hackermuller, et al 2003; Chapman, et al, 1995; Pool 1995]。

エネルギーと物質とがまったく同一のものであるというこの事実は、まさにアインシュタインの到達した公式、E=mc²に表されている。この公式が明らかにしていることを簡単に説明しよう。エネルギー(E)は、物質の質量(m)と光速を2乗したもの()とを掛け合わせたものに等しいというのだ。

わたしたちが暮らしているこの宇宙は、確固たる実質的な何もない空間に浮かんでいるのではない。宇宙は一つにして分かつことのできない、ダイナミックで全体的な存在であり、エネルギーと物質がからまり合っているので、両者を別々のものとして考えるのは不可能なのだ。

人間の生体内システムは重複的

●物質の構造やふるまいをコントロールするメカニズムは、従来考えられていたものとは根本的に異なっている。これを認識できたならば、生物学や医学、とくに健康や病気について、新たな洞察が得られるはずだ。

ところが、量子物理学が新しい事実を見いだしてからも、生物学や医学の教育方針はあいもかわらず、身体はニュートン的な原理にしたがって作動する物質的な機械である、と学生たちに教え続けている。

身体のしくみがどのように“コントロール”されているのかを知ろうとして、研究者たちはシグナル物質の探索に力を注ぎ、さまざまな種類の物質を研究してきた。これらはいくつかの異なるグループに分けられる。前にもふれたホルモンやサイトカイン、成長因子、腫瘍抑制因子、各種メッセンジャーやイオンなどだ。

だが、ニュートン的で物質偏重主義である旧来の概念から抜け出せない研究者たちは、健康や病気にエネルギーの振動が果たす役割をまったく無視している。

旧弊にとらわれた生物学者は還元主義者でもあり、わたしたちの身体のメカニズムは、細胞をばらばらにして構成分子を一つひとつ研究すれば解明できると信じている。また、生命現象を引き起こす生化学的な反応は、ヘンリー・フォード式のベルトコンベアのように、一直線につらなった流れ作業だとも信じている。

つまり、ある化学物質がある反応を起こし、次に別の物質が別の反応を起こし……という図式である。 

画像出展:「思考のすごい力」

上の図に、情報Aから始まって順次B、C、D、Eへと直線的に流れる様子を示してある。

この還元主義的な図式からすれば、もしもシステムのどこかに問題が生じて病気や機能不全がはっきり現れたとすれば、それは流れ作業で行われる化学反応の中のどこか一カ所に起因すると考えられる。

この理屈でいけば、ダメになったところを修復するには、細胞の欠陥部品を正常なものと取り替えてやれば、つまり、薬剤を投与してやればよい。そうすれば健康が取り戻せる。仮説でしかないこの考え方をよりどころにして、製薬業界は魔法の弾丸やデザイナー遺伝子を見つけようとやっきになってきた。

だが、この考え方は間違っている。量子論的な観点に立てば、宇宙は互いに依存し合った複数のエネルギー場が一体となり、複雑な相互作用が網目のようになったものだということが判明する。

生化学の研究者がとくに当惑してしまうのは、物質的な部分とエネルギー場とが、“互いに連絡をとり合いながら、途方もなく複雑で、一体となった系をつくっていることが認識できていないことが多いからだ。

量子宇宙における情報の流れは単純な直線的なものではなく、“全体的”である。細胞を構成するさまざまな要素は複雑な網の目のようにつながり合い、情報が入り乱れながら交信がとびかっている。

また、フィードバックやフィードフォワードによるコミュニケーションのループが複数形成されている。

情報の流れのうち、“どこか一つ”でもうまくいかなかったら、生体が機能を果たせなくなる可能性もある。このように入り組んだ、互いに影響し合うシステム内で起こる化学現象を調整するには、単一の情報ルートに属するある反応系だけを見ていたのではだめだ。特定の部分だけを薬剤で調整しようとするのではなく、もっと全体的な事柄をよく理解しなくてはならない。 

画像出展:「思考のすごい力」

たとえば、もしも物質Cの濃度を変えたとしたら、影響を受けるのはDだけではない。全体的な経路を通じて、D以外に、A、B、Eの機能とふるまいにも大きく影響する。

物質とエネルギーの間に複雑な相互作用が起こっていることを考えれば、還元主義者の直線的(A→B→C→D→E)なアプローチでは、病気を正確に理解することなど到底無理だ。

複雑に入り組んだ情報経路の存在は量子物理学が以前から示唆していたが、そういった複雑かつ全体的な経路が現実に存在することがついに明らかになった。最近の画期的な研究により、細胞内で働くタンパク質間の相互作用マップが作製されたのだ[Li, et al, 2004; Giot, et al, 2003; Jansen, et al, 2003; Barry 2008]。下の図は、ショウジョウバエの細胞内タンパク質のほんの一部について相互作用を表したものだ。直線がタンパク質間の相互作用を示している。


この複雑な経路のどこかがうまくいかなければ、生体機能に不具合が生じることは明らかである。もしもある一点でタンパク質のパラメータを変更すれば、このもつれ合うネットワークの中の無数の点において、他のタンパク質のパラメータをも調整しなければならない。

この図からは他にも興味深いことがわかる。図の中のタンパク質(数字のついたグレーの小さな円)は、生理的な機能に基づいて七つのグループに分けられ、だ円で囲ってある。矢印で示したタンパク質(Rbp1)に注目してみよう。このタンパク質は性決定グループに属すると同時に、RNA合成(具体的にはRNAヘリカーゼという酵素に関係する)グループにも属している。このように、ある機能グループに属するタンパク質が、まったく別の機能をもつタンパク質とも影響し合っている。

だが、旧来のニュートン的なアプローチによる研究では、細胞内の生物学的情報ネットワークがどれほど緊密に結びつけられているのか、よく理解できなかった。

こういった情報ネットワーク経路のマップが作製されてみると、処方薬の危険性がますます強調される。医薬品の説明には、「刺激性」から始まって「死に至る」まで、長大な副作用のリストがついているが、なぜそんなに副作用が多いのかがこれで説明できる。体内で、あるタンパク質がうまく働いていないとして、そのタンパク質を調整するために薬剤を服用すると、その薬は、ターゲットとなるタンパク質だけでなく、他の多くのタンパク質と相互作用を起こしてしまうのだ。

生体内のシステムが重複的であるという事実も、薬剤の副作用問題を複雑にしている。タンパク質分子など、同一のシグナル物質が複数の器官や組織で働いていて、しかもまったく異なるふるまいをしているという例が多くある。

たとえば、心臓のシグナル経路がうまくいかないとして、それを調整するために薬剤を服用すれば、その薬剤は血流にのって全身に運ばれる。もしも脳にも同様なシグナル経路が存在していたとすると、「心疾患用」の医薬品が意図せずに神経系の機能を攪乱してしまう。

この重要性は処方薬の効果を複雑的なものにしているが、これはまた進化が成し遂げた結果でもある。多細胞生物は、かつて考えられていたよりもずっと少ない遺伝子しか持っていない(訳註:ヒトゲノム計画が始まったころは、人間の遺伝子は10万個以上だと見積もられていたが、ゲノムの解読が終わってみると、人間は実際には2万数千個の遺伝子しか持たないことが判明した)。

これは、同一の遺伝子産物(タンパク質)がさまざまな場面で使いまわしされているからである。英語で、たった26文字のアルファベットであらゆる単語をつくれるのと似ている。

わたしは以前、ヒトの血管内皮細胞の研究をしていたが、その際、シグナル経路の重複性による制限を実際に体験した。

人間の体内に存在するヒスタミンという物資は、細胞のストレス反応を引き起こす重要な化学シグナルだ。腕や脚に分布する血管中にヒスタミンが存在すると、それがストレスシグナルとなって、血管壁を構成する内皮細胞の間に大きなすき間ができる。それをきっかけとして、局所的な炎症反応が引き起こされる。

ところが、ヒスタミンが脳内の出血に加えられると、まさに同じヒスタミンなのに、内皮細胞の間にすき間をつくらせることはなく、その代わり、ニューロンへの栄養分の供給量を増やし、ニューロンの成長や特殊機能を促進する。ストレスのかかるような状況下では、ヒスタミンのシグナルによって栄養の供給量が増えて脳が活性化し、差し迫った緊急事態にうまく対処できるようになるわけだ。どこに放出されるかによって、同じヒスタミンのシグナルがまったく逆方向の効果を及ぼすことがあり得るという一例である。[Lipton, et al, 1991]。

生体内のシグナルシステムはほんとうによくできている。その巧妙さを最もよく示しているのが、部位特異性である。漆にかぶれて腕が腫れると容赦ないかゆみが続くが、これはヒスタミンが放出されるためだ。ヒスタミンがシグナル分子となって、漆のアレルゲンに炎症反応を起こしているのである。全身にかゆみを生じる必要はないので、ヒスタミンはかぶれている場所だけに放出される。

同様に、ストレスに満ちた体験をしたときには、ヒスタミンは脳内だけで放出され、その結果、神経組織への血流量が増えて、生存に必要な神経学的反応が促進される。ストレス行動に関係するヒスタミンの放出は脳内限定であり、身体のほかの部位で炎症反応が起こることはない。米国の州兵のように、ヒスタミンは必要な間だけ配置される。

しかし製薬会社のつくるたいていの医薬品にはそういった部位特異性はない。アレルギーによるかゆみを抑えようとして抗ヒスタミン剤を服用すると、体内に入った薬剤は全身に分配され、行った先々でヒスタミンレセプターを見つけては結合する。

たしかに抗ヒスタミン剤は血管の炎症反応を抑制して、アレルギー症状を劇的に軽減してくれる。ところが、脳に入った抗ヒスタミン剤はニューロンへの血流量を変え、そのため神経の機能に影響を及ぼしてしまう。薬局で買った抗ヒスタミン剤を飲むとアレルギーはよくなるけれども、副作用として眠くなるのはこういうわけだ。

時には、治療に用いた薬品の副作用が害となって、悲劇的な結果になることもある。最近判明した一例がホルモン補充療法(HRT)である。この療法には身体を衰弱させ命にかかわるほどの副作用が伴う恐れがあるという。

エストロゲンといえば、女性の生殖機能に影響を与えるホルモンである。ところが、ごく最近、体内のエストロゲンレセプターの分布が調査され、エストロゲンは、血管や心臓、脳の日常的な機能に関して重要な役割を果たしているということが明らかになった。ということは、当然、エストロゲン補充に用いられる合成物質も同様の作用をもつことになる。

女性の閉経に伴って起こる更年期障害に対して、合成エストロゲンの処方が当たり前に行われている。ところが、医薬品として用いられる合成エストロゲンは、目的とする組織以外にも働きかける。この薬剤は、心臓や血管、神経系のエストロゲンレセプターにも影響を与え、これらの働きを攪乱する。そのため、合成ホルモン補充療法は重大な副作用を伴い、心血管疾患や、脳卒中などの神経系の機能不全をひき起こすことが明らかになった[Shumaker, et al, 2003; Wassertheil-Smoller, et al, 2003; Anderson, et al, 2003; Cauley et al, 2003; Bath and Gray 2005]。

処方薬の副作用により病気になることもある。これは医療行為が原因となって生じた病気、つまり医原病の一種だが、実は米国人の死因の第一位は医原病である。副作用のために死に至ることもある。

ジャーナル・オブ・アメリカ・メディカル・アソシエーション(アメリカ医師会雑誌)』(訳註:最新の医学研究成果が掲載される権威ある医学専門誌)に発表された見積もりによれば、医原病は米国人の死因の第三位であり、毎年12万人以上が処方薬による副作用で亡くなっていることになる[Starfield 2000]。だが、これは実は控えめな見積もりだった。2002年に発表された研究では、10年分の政府統計をもとに分析した結果、もっとひどい数字が導き出された[Null, et al, 2003]。この報告の結論は、医原病医療行為が原因となって発生する病気や障害)による死亡は、実際にはアメリカ人の死亡“第一位”であり、処方薬の副作用によって年間30万人以上が亡くなっている、というものだった。

愕然とする数字ではないか。とくに医療従事者にとっては衝撃的だろう。西洋医学は東洋医学を非科学的だと無視してきた。三千年の歴史ある東洋医学には実際に効果があること、宇宙に対する深い理解の上に成立したものだということを、一顧だにすることもなかった。いまやそうした傲慢なふるまいのつけが回ってきたのだ。

何千年も前、西洋の科学者が量子物理学の法則を発見するより遥か以前に、アジア人は健康と幸福に寄与する第一の要因として、エネルギーを尊んできた。 

陰陽五行説内容は専門的ですがとても親切に説明されていると思います。

東洋医学では、身体はエネルギーの経路(経絡)が複雑に列をなしたものと定義される。中国の鍼灸療法で用いられる人体の経絡図には、電気配線図にも似たエネルギーのネットワークが描かれている。中国医学の医師は、鍼などを用いて患者のエネルギー回路をテストするわけだが、これはまさに電気技師がプリント基板を「トラブルシュート」して電気的な「病変」を発見しようとするのと同じやり方だ。


上図は昭和前期にご活躍された本間祥白先生が作成されたものです。左は経絡経穴図、右は五行(木[肝]・火[心]・土[脾]・金[肺]・水[腎])の関係性(相性・相剋)と肘下、膝下、腹部に集中する要穴(重要なツボ)を示した図です。

第五章 心が持っているすばらしい力

心は薬より力がある

●医療の現場でも多くの人がプラシーボ効果(偽薬でも得られる効果)に気がついている。だが、一歩踏み込んで、自然治癒との関係について深く考えてみる人はほとんどいない。

もしも肯定的思考でうつ病や膝の痛みが治るならば、否定的な思考はいったいどんな影響を人生に与えているだろうか?プラシーボ効果は、心が肯定的思考によって人を健康にするという現象だ。同じ心が、プラシーボ効果とは逆に、否定的思考によって健康を損なうこともある。これは“ノーシーボ”効果と呼ばれる。

医療において、ノーシーボ効果はプラシーボ効果と同じくらい強力な効果を発揮し得る。医者に診てもらうときにはいつでも、これを頭においておくことをおすすめする。医師の言葉や態度が、希望が萎えるようなメッセージを患者に伝えることもあるからである。

だがそのメッセージには根拠がないと断言しよう。たとえば先述のアルバート・メイソンは、魚鱗癬の患者に楽観主義を植えつけられなかったために治療がうまくいかなかったと考えている。あるいは、たとえばあなたが医師から「あと6カ月の命です」と宣告されたとしよう。このセリフにも潜在的な力がある。もし医師の言うことを信じるほうを選択したならば、実際、あなたは遠からずこの世から去ることとなるだろう。

2003年に放映された『プラシーボ ― 心は薬よりも力がある』という番組では、医学で起こった非常に興味深い事例の数々が、うまくまとめられていた。

なかでも、ナッシュヴィルの医師、クリフトン・ミーダーを紹介したくだりは胸にこたえるものだった。この30年間というもの、ノーシーボ効果の潜在力について、ミーダーはずっと考え続けていた。

1974年のこと、ミーダーはサム・ロンドという退職した靴セールスマンを診察した。ロンドは食道がんを患っていて、あとは死を待つばかりというのが当時の診断だった。がんに対する治療がほどこされはしたが、医者も看護師も皆、ロンドの食道がんは治らないことを「知って」いた。診断が下ってから数週間後にロンドは亡くなったが、当然のことだと考えられた。

ところが、ロンドの死後、驚くべき事実が判明する。解剖してみたところ、がんの進行はたいしたものではなく、とうてい死ぬほどのものではなかった。小さな腫瘍が肝臓に二、三カ所と肺に一カ所あるだけで、食道にはがんはまったく見あたらなかった。食道がんで亡くなったはずではなかったのか? ミーダーは番組で語っている。「彼はがんのために亡くなったのですが、がんは死因ではなかったのです。」

死因ががんではなかったのなら、いったい何がロンドを死に追いやったのだろうか? 自分が死ぬと“信じていた”ために死んでしまったのだろうか? 30年もたっているが、ロンドの死はいまだにミーダーを悩ませている。「わたしは、彼はがんだと考えました。彼は、自分ががんだと考えました。周囲の人は皆、彼ががんだと考えていました。……わたしは、ロンドさんから希望を奪ってしまったのでしょうか?」

このように、ノーシーボ効果が取り返しのつかない結果を招いた例は他にもある。考えてみると、ノーシーボ効果は他人に影響を及ぼす可能性がある。あなたが、医師や親、教師などから、自分が無力だと信じこむようにプログラムされ、希望を奪われてしまうということもあり得る。

肯定的な考えや否定的な考えは、健康だけでなく、人生のすべての局面に影響を与える。ヘンリー・フォードは流れ作業の効率性については正しかったが、心の力についても正しかった。いわく、「できると信じても、できないと信じても、……いずれにせよ、現実は信じたとおりになる」。

コレラの原因だと医学的に断定された細菌を無邪気に飲み下した学者を前に紹介したが、あの話にはどんな意味が隠されているのだろう。また、焼けた石炭の上を火傷一つせずに歩く人たちについてはどうだろうか? 自分にはできるという信念がほんの少しでも揺らいだならば、ひどく火傷してのたうち回ることになる。

これらのことから考えると、信念というものは、カメラのフィルターのようなもので、世界の見え方を変える。そして、生体の機能はそういった信念に適応して変化する。信念がそれほど力をもつことを本当に認識できたならば、そのときこそ、自由への鍵が手に入る。遺伝子という設計図上の暗号は自分では変更できないけれど、心は自分で変えられるのだ。そして、そうすることで、遺伝子の潜在的な可能性が発現するように、設計図のスイッチを切り替えることができるのだから。

わたしは、講演会のとき、赤と緑、二枚のプラスチックのフィルターをセットにして、参加者に配ることにしている。まずどちらか片方のフィルターを手に取ってもらい、それを通して何も映っていないスクリーンを見るように言う。

次に「これから映す図を見て、愛を感じるか、それとも恐怖を感じるか、大きな声で言ってください」と指示する。

「赤い信念」フィルターを手にした人たちには好感を誘う図が見える。たとえば「愛の家」というタイトルのついて小さな家、花、明るい空、「愛のある生活」という言葉などだ。

緑のフィルターをもつ人たちには脅迫的な図が見える。たとえば暗い空、コウモリ、ヘビ、暗闇のなかを飛び回る幽霊、陰気な家、「恐怖に満ちた生活」という言葉などだ。

まったく同じ図を見ていながら、参加者たちの半分は「愛のある生活」と叫び、残りの半分は「恐怖に満ちた生活」と呼ぶ。みな、自分の答には確信を持っているものだから、他人が違う答を叫んでいるのに困惑してしまう。これは何度やってもおもしろい見せ物である。

そこで今度は、もう1枚のフィルターに持ち替えるように言う。

ここで大事なポイントは、何を見るのかは、自分で選択できるということだ。あなたは信念を通して人生を見ることができる。バラ色の信念(フィルター)を選んで、身体を構成する細胞が活発に活動する手助けをすることもできる。逆に、暗い信念(フィルター)を選んで、すべてダークな影を投げかけ、心も身体も病気になりやすい状態にすることもあり得る。恐怖の人生を送るのも愛の人生を送るのもあなた次第だ。選択権はあなた自身にある!

もしも愛に満ちた世界を見るほうを選択したならば、それに反応して細胞の活動が活発になる。また、もし恐怖に満ちた暗い世界に生きるほうを選択したならば、あなたの身体は生理的な防御状態をとって、それ以外の活動をやめてしまい、健康状態は危機に瀕することになる。

身体を構成する細胞の活動を促進するには、どのように心を使ったらいいのだろうか? それこそが生命の秘密である。

といっても、生命の秘密は秘密でもなんでもない。一千年以上も前から、ブッダやキリストのような導師がわたしたちに語りかけていることだ。現代では、科学も同じ方向に向かっている。人生をコントロールしているのは遺伝子ではなく思考である。……ほんのちょっとした思考が鍵なのだ!

さて、ここまでお話ししたことをもとに、次の章に進むとしよう。次章では、愛に生きることと恐怖を生きること、この二つが心や身体にまったく反対の効果を及ぼすことを、詳しく説明していきたい。

本章を終わる前に再度強調しておきたいのだが、いわゆるバラ色のめがね(訳註:楽観的思考)をかけて人生を送ることにまったく問題はない。実際、バラ色めがねは、細胞が元気よく活動していくのに必要なものだ。しあわせで健康な生活を送るためには、肯定的思考をして、わたしたちの生物的機能に指令を送ってやればよい。

最後にマハトマ・ガンジーの言葉を掲げておこう。 

 

個人的は、「”言葉が変われば” ”行動も変わる”

が生命線だと思います。

画像出展:「思考のすごい力」

第六章 恐怖を捨てよう。満ち足りた人生を創るために

「成長・増殖」と「防衛」反応は同時に働かない

●わたしたちは、進化の過程で生存に役立つしくみをたくさん手に入れてきたが、それらは機能的な面から「成長・増殖」と「防衛」という二種類の反応に大別される。どちらも、生物が生存していくのに不可欠な、基本的反応である。

生き残る上で、自己「防衛」が大事なのは言うまでもない。「成長・増殖」のほうは、ピンとこないかもしれないが、こちらも「防衛」に負けず劣らず重要だ。大人になると身体の「成長」は止まるが、体内では常に細胞分裂、つまり細胞の「増殖」活動が行われている。人間の身体を構成する細胞のうち、毎日、数十億という細胞が消耗して死んでいくので、増殖活動によって細胞を新しくつくり、その分を埋め合わせなければならない。

たとえば、腸の内側表面の細胞は72時間で全部が新しいものになる。この細胞の入れ替わりは常に行われていて、かなりの量のエネルギーがそのために費やされている。

ここまで読んできた方はわかると思うが、成長・増殖と防衛行動がいかに大事か、わたしが初めて気がついたのは、研究室で細胞を観察していたときだった。細胞一つひとつを観察していると、多くの細胞からなる人間の身体について深く考えさせられることがたびたびあった。

ヒト血管内皮細胞のクローンをつくっていたとき、培地に有毒物質を入れると、細胞たちは毒から“逃げた”。まるで、人間がピューマや暗い夜道の泥棒から逃げ出すかのようだった。また、細胞は栄養分に“引き寄せられた”。これまた、人間がごちそうや愛に向かって引き寄せられていくのと同じだ。

これら逆方向の動きは、環境からの刺激に対する基本的な細胞反応を示している。栄養分など、生命を永らえさせるシグナルに、“向かって”いくのは、成長・増殖反応の現れだ。一方、有害物質など、脅威を与えるシグナルから“離れる”という行動は、防衛反応だ。ただし、環境刺激の中には、中立的で、成長・増殖反応も防衛反応も引き起こさないものがあることにも注意してほしい。

スタンフォード大学での研究によって、こういった成長・増殖および防御行動は、人間のような多細胞生物の生存にとっても必須のものだということがわかった。これら互いに反対の生存メカニズムは、何十億年もかかって進化してきたものだが、実は落とし穴がある。成長・増殖および防御行動を支持するメカニズムは、両者同時に発動することができない。考えてみれば、細胞は前方と後方に同時に移動することはできないのだからあたりまえである。

スタンフォード大学での研究で、ヒト血管内皮細胞は、栄養分を与えたときと防衛反応を引き起こすような刺激を与えたときとで、顕微解剖学的に全く異なる形態を示した。環境に応じて二つのタイプのいずれにでもなることができたのだが、両方の形態を同時に示すことはできなかった。[Lipton, et al, 1991]。細胞と同じように、人間もまた、防衛モードに入ったときには成長・増殖活動が制限される。これは仕方のないことだ。

もしもピューマに追いかけられたら、逃げている最中に、成長・増殖にエネルギーを使うのはやめておいたほうがいい。生き残る、つまりピューマから逃げるためには、持てるエネルギーのすべてを使って「闘争・逃走(fight or flight)」反応を引き起こさなくてはならない。貯蔵エネルギーを防衛反応に振り分けるので、必然的に、成長・増殖のほうに回す分はなくなる。

成長・増殖が抑制されるのは、防衛反応にかかわる組織や器官にエネルギーを回すためだけではない。他にも理由がある。成長・増殖活動には、環境とのあいだで物質のやりとりが必要だ。この際、生体システムは環境に対して開かれた状態になる。たとえば、食物を取り入れて排出物を出すといったようなことだ。

ところが、防衛反応に際しては、逆にシステムを閉ざして、察知された脅威と生体とのあいだに防御壁を築かなくてはならない。

だが、成長・増殖の過程が抑制されると、生体は衰弱していく。成長・増殖には、エネルギーが消費される過程だけではなく、エネルギーを“つくりだす”過程も含まれるからだ(訳註:細胞分裂にはエネルギーが必要だが、それには、摂食・消化を行なって、エネルギー源を外部から取り入れなければならない)

だから防衛反応が長引くと、結果として、“生命維持に必要なエネルギーの生産が阻害される”ことになり、防衛状態を長く続ければ続けるほど、エネルギーの蓄えが消費されていて、成長・増殖活動が危うくなっていく。実際、成長・増殖反応を完璧にシャットダウンしてしまい、文字どおり「恐怖のあまり死ぬ」こともあり得ない話ではない。

幸いなことに、ほとんどの人は「恐怖のあまり死ぬ」ところまではいかない。単一の細胞とは異なり、多細胞生物では、成長・増殖および防御反応が、二者択一しなくてはならないものではない。身体を構成する50兆からなる細胞のすべてが、こぞって成長・増殖(あるいは防衛)を行なう必要はない。脅威を察知すると、その危険度に応じて、ある程度の割合の細胞が防衛反応を示す。だから、脅威の存在からくるストレスを受けながら生き続けることもできる。しかし、成長・増殖反応が慢性的に阻害されていると、生命力は著しく低下する。

ここで、一つ大事なことを覚えておいていただきたい。目一杯生命力を発揮するためには、ストレスのもとを取り除くだけではダメだ。成長・増殖と防衛は連続しているので、ストレスのもとを排除しても、ちょうど中間地点に来るだけなのである。

生命を謳歌するには、ストレスのもとを排除し、かつ、積極的に動いて、喜ばしく愛情深く満ち足りた生活を送るように心がけ、成長・増殖の過程を促進しなくてはならない。

身体を守るための二つの防衛システム

●多細胞生物では、神経系が、成長・増殖あるいは防衛反応をコントロールしている。環境からのシグナルをモニターし、解釈し、適切な行動で応答するように指揮するのが神経系の役割である。

多細胞生物は多くの細胞からなる共同体であり、神経系は、脅威になるような環境からのストレスを認識すると、細胞の共同体に対し、危険が迫っているという警告を発する。

わたしたちの身体には、実際には、二つの異なる防衛システムが備わっている。どちらも生命維持に必要不可欠なものだ。

一つは、“外部”からの脅威に対して防衛反応を引き起こすHPA系(Hypothalamus-Pituitary-Adrenal Axis)というもので、視床下部・脳下垂体・副腎という三つの部分が連携して働くシステムである。 

 

画像出展:「思考のすごい力」

脅威となるものがないときはHPA系は活動せず、体内では成長・増殖活動が盛んに行われる。環境内の脅威が知覚されると、視床下部がHPA系を発動させ、脳下垂体にシグナルを送り出す。脳下垂体は「内分泌腺の総元締め」ともいえる部分で、50兆個からなる細胞の共同体の態勢を整えて、差し迫った危機に対応できるようにする。

以前説明した、細胞膜の刺激反応メカニズムを思い出していただきたい。レセプタータンパク質が情報を受け取り、エフェクタータンパク質がそれに反応するというものだ。(刺激反応メカニズム[本文p133中段より抜粋]:『レセプタータンパク質は実によくできている。だが細胞のふるまいはレセプターに左右されるわけではない。環境からの信号はレセプターが認識してくれるが、細胞はレセプターから受け取った情報に適切に反応し、生命を維持していかなければならない。その際に働くのがエフェクタータンパク質だ。レセプターとエフェクターの二つがセットになってはじめて、刺激と反応のメカニズムができあがる。』)

視床下部と脳下垂体はこれらと同じようにふるまう。視床下部はレセプタータンパク質と同様に、環境からのシグナルを受け取って認識する。一方、脳下垂体はエフェクタータンパク質と同様に機能し、身体の各種器官の活動を促進する。外部環境からの脅威に反応して、脳下垂体は副腎にシグナルを送り、身体が「闘争・逃走」の態勢に入るように調整を開始せよ、と告げる。

詳しく説明しよう。ストレス刺激がHPA系を発動させるしくみは、単純な連鎖反応である。ストレスが脳で知覚されると、視床下部がそれに応答して副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を放出し、これが脳下垂体に届く。

CRFは脳下垂体の特定のホルモン分泌細胞を刺激し、その結果、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が血液中に分泌される。

ACTHが副腎に届くと、これがシグナルとなって「闘争・逃走」反応を引き起こす数種類の副腎皮質ホルモンが分泌される。

これら「ストレスホルモン」が身体の各器官の機能を調整して、危険から身を守ったり、逃げたりするのに必要な肉体パワーを引き出してくれる。

ストレスホルモンは消化管に分布している血管を収縮させ、血液の栄養分が腕や脚に優先的に届くようにする。危険から逃げ出すには四肢の力が必要なので、それまで内蔵に集中していた血液を、四肢に送るようにする。

闘争・逃走反応では、内臓に送られる血液が減少するために、成長・増殖関係の機能は阻害される。血液が栄養分を送ってくれないと、内臓は適切に機能できない。内臓は消化や吸収、排出を行なっているが、これらの活動によって細胞の増殖が可能になり、身体に必要なエネルギーの蓄積を妨げ、生体の生存を危うくする。

身体に備わっているもう一つの防衛システムは免疫系である。体内に入り込んだ細菌やウィルスが引き起こす危機に対しては、このシステムがわたしたちを守ってくれる。

免疫系が発動されると、供給されるエネルギーのかなりの部分を消費することがあるインフルエンザにかかったときの肉体的に衰弱した状態を思い浮かべていただければ、かなりエネルギーが免疫系に消費されることがわかっていただけると思う。

HPA系が発動されて身体を闘争・逃走反応に導くとき、副腎皮質ホルモンが免疫系の活動を抑制してエネルギーを確保しようとする。実際、ストレスホルモンは免疫系の機能縮小を大変効果的にやってのけるので、臓器移植の際、他人の組織に対する拒絶反応が起きないように、ある種のストレスホルモンを患者に投与するほどである。

副腎系のシステムは、いったいどうして免疫系を阻害するのだろうか?

いま、あなたがアフリカのサバンナにいて、バクテリア感染によるひどい下痢をしているとしよう。テントの中でぐったりと横たわっていたら、外でライオンのものすごいうなり声がする。どちらが大きな危機か脳は判断しなければならない。いくらバクテリアをやっつけたとしても、ライオンに喰われてしまったのでは元も子もない。

そこで、身体は、感染に対する戦いを一時休止して、逃走にエネルギーを差し向け、ライオンという差し迫った危機から逃れようとする。したがって、HPA系発動による副次的な結果として、病気に対する抵抗性が阻害されることになる。

HPA系が活性化されると、頭がうまく働かなくなるという影響も現れる。論理的な思考は大脳で行わるが、大脳(意識的な心)の情報処理スピードは、反射的な反応をコントロールする延髄など(潜在意識的な心)に比べてかなり遅い。緊急時には、情報処理が速いほど生存確率が高まる。そのため、副腎由来のストレスホルモンが大脳の血管を収縮させ、自発運動を行なう大脳の能力を制限する。

血管の収縮によって大脳への血流が減ると、その分、延髄への血液が増える。栄養分とエネルギー源の供給量が増加した延髄は活動性が上昇し、生命を維持する反射によって、闘争・逃走反応をもっと効果的に行えるようになる。ストレスシグナルが働いて意識の情報処理を遅くするのは生存確率を高めるためだが、その代償として、意識は低下し思考力も低下することになるのだ。[Takamatsu, et al, 2003; Arnsten and Goldman-Rakic, 1998;  Goldstein, et al, 1996]。

がんと自然治癒力7

前回の「がんと自然治癒力6」の『チャイナ・スタディ』では、発がん性において最も注意すべきは動物性タンパク、特に「カゼイン(牛乳タンパク)」ということを学びました。

そこで、寄り道になってしまいますが、動物性タンパクについてもう少し知りたいと思い、ジョエル・ファーマン(Joel Fuhrman)という先生の著書である『スーパー免疫力』を拝読させて頂くことにしました。なお、翻訳はテレビなどにも出演されている順天堂大学大学院教授の白澤卓二先生によるものとなっています。

当初の予定の『思考のすごい力』は次回とさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出版:日本文芸社

初版発行:2011年11月30日

こちらは原書です。

初版発行は2011年9月20日なので、日本語版は約2か月後に発行されたということになります。


 

 

 

こちらはファーマン先生のサイトです(英語)。


この本は次の7つの章に分かれています。

1.今日からはじめる「健康革命」! 驚異の「スーパー免疫力」で100歳まで元気に!

2.あなたの「免疫力」が2倍にも3倍にも! 老化に歯止めをかけ、がんを80%も防ぐ「スーパー免疫力」!

3.間違いだらけの「医療常識」!

4.「スーパー免疫力」を作る すばらしい「スーパーフード」たち

「スーパー免疫力」を作る 健康的な「炭水化物・脂質・タンパク質」

6.今日からはじめる「スーパー免疫力」生活 100歳まで「病気を寄せつけない」賢い食べかた

7.微量栄養素がたっぷり摂れる 「スーパー免疫力」を作る2週間メニュー&レシピ

ブログでは5章の中から、タンパク質に関する項目(太字)を本書の内容通りにお伝えしています。なお、5章の目次は次の通りです。

5.「スーパー免疫力」を作る 健康的な「炭水化物・脂質・タンパク質」

 数々の奇跡を起こしているファーマン博士の「健康方程式」

 間違いだらけの「カロリー」常識

 食事の質を決めるのは「色とりどりの野菜」の量

 GL値が高い食事ほど糖尿病、心臓病、がん全般

 健康によい「天然炭水化物」も加工されると値が落ちる

 「死を招く白」

 「高脂肪食品」を賢く使う

 「地中海料理は健康によい」の本当の理由

 ナッツ類を食べる人ほど「スリム」で「シャープ」

 誤解だらけの「タンパク質信仰」

 必要以上のタンパク質は脂肪に変わる

 骨密度や筋肉を増強するのはタンパク質でなく「運動」

 大豆は「動物性タンパク」に最も近い

 「スーパー免疫力」は動物性タンパク質を減らすことから

 「スーパー免疫力」をつける5つのルール

 加工食品、動物性食品は総カロリーの10%未満に抑える

 「スーパーフード」ベスト30の栄養素密度スコア

 「スーパー免疫力」をサポートし、がんから身を守る超ヘルシーな食べ方

GL値グリセミック・インデックス):食品ごとの血糖値の上昇度合いをみる数値。

 

こちらの図は大阪府藤井寺市にある『池田医院』さまから拝借しました。

ご参考(本書の41ページ、64ページに掲載されていた図です)


誤解だらけの「タンパク質信仰」

私たちの社会は誤った情報を植えつけられ、タンパク質信仰が根づいています。現実と虚構をしっかり区別する目を持ち、自分たちに一番適したタンパク質供給源を選び出す必要があります。

動物性タンパク質vs植物性タンパク質

過去70年以上にわたってアメリカの大多数の学校教育で使われている栄養関連の教材は、精肉・乳製品・鶏卵産業から「無料配布」されたものです。これらの業界が巧みにロビー活動をして政府を動かし、自分たちのよい法律や補助金を勝ち取りました。そうして、すべての子どもたちが商業的プロパガンダを吹き込まれることになったのです。

業界は、適切な栄養状態を得るには、肉、乳製品、卵が欠かせないという誤った観念を刷り込んできました。その結果、私たちは誤った危険な情報を植えつけられてしまいました。

大半のアメリカ人が、毎日必要以上のタンパク質を摂っています。平均的なアメリカ人は1日の所要量より5割多い100グラム以上のタンパク質を摂っています。それでいてなおかつ、あまりにも多くの人がタンパク質をさらに補給しようと一生懸命です。運動選手、フィットネス愛好家、ボディビルダー、ダイエットする人、そして過体重の人までがプロテインパウダー、プロテイン飲料、栄養バーなどに飛びついています。

目指すところは、動物性食品を控え、動物性タンパク質を減らし、植物性タンパク質を増やすことです。

たしかに、常に激しい運動をするなど特別なライフスタイルの人は、タンパク質を多めに必要とするでしょう。たとえば高負荷のトレーニングや耐久性のトレーニングは筋肉を損傷し、タンパク質の分解を起こすので、修復・増加のために余分なタンパク質が必要になります。しかしタンパク質の必要量は、運動によるカロリー消費と比例するものです。運動によって食欲が増強し、その分摂取カロリーもタンパク質も自然に増えます。

激しい運動でも余分に必要になったタンパク質を、野菜、全粒穀物、豆類、種子類、ナッツ類など、自然の植物性食品で補えば、ちょうど必要になった分だけを補給できるのです。

野菜、ナッツ類、種子類、豆類、全粒穀物を平均的なバランスで摂ると、1000カロリー当たり、約50グラムのタンパク質が供給されます。

タンパク質が5割を占める緑色野菜を摂れば、「スーパー免疫力」と抗がん作用もセットでついてくることを忘れないでください。

通常よりよけいなカロリーをヘルシーな植物性食品から摂れば、タンパク質だけでなく、多種多様の抗酸化物質も供給され、運動でよけいに発生したフリーラジカルから身を守ることもできます。自然の摂理とは、よくできたものです。いくつかの食品を例にとってカロリーとタンパク質含有量を記しましたのでご覧ください。 

 

画像出展:「スーパー免疫力」

必要以上のタンパク質は脂肪に変わる

人体が1週間で増加できる筋肉量は、最高で約450グラムです。これが、筋肉の繊維がタンパク質を筋肉に変える上限ということです。それ以上のタンパク質は脂肪に変わってしまいます。運動選手はからだを動かさない人に比べ、多くのタンパク質を必要としますが、その分を食事で補給するのは簡単です。プロテインのサプリメントは、お金のムダであると同時に不健康です。

タンパク質、特に動物性タンパク質をからだが必要としている以上に摂取することは、あなどれない問題です。老化を早め、大きな悪影響をおよぼすのです。

使われないタンパク質は体内でタンパク質として蓄えられるのではなく、脂肪として蓄えられるか、腎臓を経由して排泄されます。余分な窒素を尿で排出すると、骨からカルシウムその他のミネラルが浸出され、腎臓結石の原因となります。

野菜はアルカリ性ですが、動物性食品は酸性のため、胃で消化される際に非常に多くの塩酸が必要になります。高タンパクの食事をしたあとは血液も酸性になるので、からだはそれを中和するために酸-塩基反応を起こします。このときに骨が犠牲になるのです。

中和するために必要なカルシウムやリン酸などのミネラルが骨から溶け出します。これが、骨粗しょう症につながる骨量の減少の最初のステップです。これに塩分の摂りすぎが重なると、さらに骨量の減少に拍車がかかります。このように骨代謝回転が過剰に促されると骨の破壊と再形成が過剰に行われ、骨粗しょう症や他の組織でのカルシウムの蓄積につながります。

骨密度や筋肉を増強するのはタンパク質でなく「運動」

骨密度や筋肉を増強させるのは、タンパク質補給ではなく運動です。動物性食品の過剰摂取によって人為的に増強を促せば、BMI値(身長に対する体重の比率―体格指数。体脂肪率とも呼ばれる。脂肪と筋肉の区別は表れない)はある程度上がるかもしれませんが、同時に脂肪も増えます。高BMI値は、たとえばほとんどが筋肉量であっても、早死に関与しているのでくれぐれも注意してください。

体格のいいフットボール選手は、心臓死のリスクが一般人の2倍で、多くが55歳前に死亡しているのです。1964年のオリンピックに出場した東ドイツの選手600人余りのうち、現在でも生きているのは10人以下であるという事実もあります。

このようなことをふまえると、筋肉の増強をサプリメントやステロイドで促すのは賢明ではないようです。過剰なBMIは、たとえ高タンパクの動物性食品を食べて筋肉量が増加したものであれ、心臓発作やその他の疾患のリスク因子なのです。

健康レベルは、サイズで評価するものではありません。重篤な病気に対する抵抗力、長寿の可能性、高齢期での活力や運動能力の維持、といった要素がより大切です。健康促進のための運動や食事を考えるとき、目標に据えるべきは、動物性食品、動物性タンパク質の摂取を増やすのではなく、減らすことです。

タンパク質の逆説

「インスリン様成長因子1」(IGF‐1)と呼ばれるホルモンは、胎児や子どもの成長を促すのに重要な役割を担うものですが、成人のからだでは同化作用(からだを作る)を発揮します。

IGF‐1の生成は、生物価の高いタンパク質、つまり成長を最大限に促すすべての必須アミノ酸を含むタンパク質を摂ることによって促されます。これに価するのが動物性食品に含まれるタンパク質で、生物価がとても高いです。おろかにも、動物性タンパク質を多く摂って少しでも大きくなろうと躍起になっている私たちの社会では、みなIGF‐1レベルが高いのです。

IGF‐1の生成は主に肝臓で行われ、「下垂体成長ホルモン」(GH)と呼ばれる物質によって促されます。IGF‐1は、脳の発達、筋肉と骨の成長、性成熟において重要な役割を果たします。IGF‐1のレベルが最も高くなるのは、からだが急激に成長し、性成熟が進む思春期です。

しかし問題は、現代の高動物性タンパク質によるIGF‐1の上昇が、がんに関与していることです。実は現代社会の高いがん発生に大きく関与しているのが、この物質だといわれているのです。

大豆は「動物性タンパク」に最も近い

植物性タンパク質のなかで必須アミノ酸が最も「揃っている」、つまり最も動物性タンパク質に近いのは大豆といわれています。大豆には、必須アミノ酸が他の植物性食品より多く含まれているのです。動物性タンパク質と大豆タンパク質には必須アミノ酸が豊富ですが、他の植物性タンパク質にも人間の栄養としては十分なアミノ酸が含まれています。大豆とそれ以外の植物性タンパク質の違いを見極めようと、科学者たちがビーガン(厳格な菜食主義者)の女性の摂取量を分析しました。その結果、大豆でない植物性タンパク質はIGF‐1低値と関連づけられ、大豆タンパク質はIGF‐1高値と関連づけられたのです。

ディーン・オーニッシュによる前立腺がん生活習慣という研究では、低脂肪のビーガン食に大豆タンパク質を補給した食事はIGF‐1を上昇させるが、一方IGF結合タンパク質も増やすことがわかりました。つまり、大豆タンパク質の多少の摂取ではIGF‐1レベルにたいした影響をおよぼさないのです。

この研究成果で示唆されるのは、大豆タンパク質はIGF‐1を増やすものの、(IGF結合タンパク質で相殺するので)動物性タンパク質ほど危険でないということです。

しかし、大豆タンパク質だけを分離し濃縮したかたちで摂ると、IGF‐1生成が促されてしまいます。分離した大豆タンパク質を使った食事介入が行なわれた場合は、大豆を食べた場合と比較してIGF‐1の上昇量が大きいことがわかりました。

結論としては、そのままの大豆、またはあまり加工されていない大豆食品(豆腐やテンペ[テンペ=納豆に似たインドネシアの食品])ならば許容範囲ということです。しかし、分離した大豆タンパク質(パウダーなど)で筋肉増強を図ることはお勧めできません。

「スーパー免疫力」は動物性タンパク質を減らすことから

高いレベルのIGF‐1は健康に有害です。がんと大きく結びついており、すべての死因による死亡率、心血管死亡率とも因果関係があります。動物性タンパク質と分離型大豆タンパク質を極力避けるのが、IGF-1レベルを安全レベルに維持するためのポイントです。IGF-1レベルが低くなりすぎても、健康に有益な植物性食品を幅広く摂っていれば心配ありません。

ぜひ覚えておいていただきたいのは、動物性タンパク質は、たとえ卵の白身や低脂肪の白身の肉でも、長寿に役立つものではないこと、がんがまん延している原因は、この社会のタンパク質過剰摂取信仰であるということです。「スーパー免疫力」は動物性タンパク質摂取量を世間的な平均よりかなり減らさないと達成できません。

加工食品、動物性食品は総カロリーの10%未満に抑える

これで、スーパーフードがどんな食品で、「スーパー免疫力」のためになにを食べたらよいかがわかったと思います。では健康状態を維持するには、加工食品、フライドポテト、ピザ、ハンバーガー、チャーハンなど、よくない食べものはどの程度まで許されるのでしょうか。そして肉が好きな人は、どの程度の動物性食品なら食べても害にならないか知りたいはずです。

答えははっきりとはわかりません。だれも知らないはずです。ただ、私がこの20年で世界中の科学文献を検証してきたかぎりでは、加工食品、動物性食品を合わせて、総摂取カロリーの10%未満に抑えるのがよいようです。それ以上摂ると、健康に大きな害がおよびます。健康に有益でない食品は、だいたい1日1種類か2種類に抑えましょう。

たとえば1日の摂取エネルギー量が1400~1800キロカロリーの女性の場合、動物性食品、精製炭水化物食品(クッキーやパスタなど)を合わせて、150カロリーまでに抑えるのです。あとはすべて緑色野菜・豆類・種子類・ナッツ類など、自然の植物性食品から摂ってください。1日の摂取エネルギーが1800~2400キロカロリーの男性の場合、よくない食品は200カロリーまでです。

注)文中の太字は著者、青(細字・太字は私によるものです。

追記1

本書では牛乳に多く含まれているカゼインに関する記述はありませんでした。そこで、「カゼイン」と「インスリン様成長因子1(IGF-1)」をキーワードに検索してみたところ、銀座東京クリニック 福田一典先生の『漢方がん治療を考える』というブログを発見し、カゼインとIGF-1との関連性を確認できました。

ここでは、最後のまとめに相当する箇所と、カゼインとインスリン様成長因子1(IGF-1)との関係が説明された箇所(2つ)の計3つを抜き出してご紹介させて頂きます。

【やはり「牛乳・乳製品はがんには良くない」と考えるべき】

インスリンとインスリン様成長因子(IGF-1)は大腸がんと乳がんの発がんを促進することが報告されています。したがって、疫学研究でインスリンやIGF-1の分泌を高める牛乳や乳製品が大腸がんや乳がんを予防するというデータが出ている点は解釈が困難です。他のファクターの関与が示唆されますが、総合的および理論的には、牛乳や乳製品はがんには良くないと考えておく方が妥当と思います。

 

[説明箇所1]

Milk consumption and circulating insulin-like growth factor-I level: a systematic literature review.(牛乳の摂取と血中インスリン様成長因子-I濃度:システマティックレヴュー)Int J Food Sci Nutr. 7:330-40. 2009

この論文では、前立腺がんの発生率と血中のインスリン様成長因子-Iの濃度、あるいは牛乳の摂取量が正の相関を示すという研究結果があることから、牛乳の摂取量が多い人ではインスリン様成長因子-Iの濃度が高いかどうかを確かめるために研究が行われています。

牛乳の摂取とインスリン様成長因子-Iの血中濃度に関する臨床試験で、2009年3月までに報告された英文の学術雑誌を検索し、15件の横断研究(cross-sectional studies)と8件のランダム化比較対照試験を選び出し、総合的に検討しています。

この論文の結論は「牛乳を多く摂取している人はIGF-Iの血中濃度が高い」、したがって「牛乳の摂取は血中のIGF-Iの濃度を高める可能性がある」ということです。

IGF-1はがんの発生や進展を促進することが知られています。IGF-Iはがん細胞の増殖を促進し、IGF-Iの血中濃度が高い人は、がんの予後が悪いというデータもありますので、がん患者にとっては牛乳の摂取は良くないと言えるかもしれません。

[説明箇所2]

牛乳に含まれるタンパク質の多くはホエイプロテイン(約20%)とカゼイン(約80%)です。これらのタンパク質はインスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激するようなアミノ酸組成になっていることが示唆されています。その理由は、牛乳には、子牛の成長を促進する必要があるからです。

肉のタンパク質にも、これらのアミノ酸が含まれていますが、その組成は牛乳タンパク質に比べると、インスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激する作用は弱いことが報告されています。

牛乳タンパクのうち、ホエイプロテンはインスリンの分泌刺激が強く、カゼインはインスリン様成長因子の分泌刺激が強いようです(下表)。

カゼインは乳タンパク質の80%を占め、チーズに多く含まれています。カゼインががんの増殖を促進することが指摘されていますが、インスリン様成長因子の産生と関係しているかもしれません。チーズはがんには良くない可能性が示唆されます。 

タンパク質も摂り過ぎるとがんを促進しますが、その種類も重要です。ロイシン、イソロイシン、バリンの分岐鎖アミノ酸の豊富な牛乳や乳製品はがん細胞の増殖を刺激する作用が強いと言えます。あるいは、「牛乳タンパク質は、インスリンやIGF-1の分泌を刺激する活性を高めるような組成になっている」というのが正しいかもしれません。


自然治癒力を高める東洋医学の考え方[2]

東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか

こちらは、大和薬品さまのサイトです。

追記2

もう一つ、参考となる情報を追加させて頂きます。

こちらは、「国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事」というキャリアを持ち、著書も出版されている大西睦子先生に関して書かれた、『大西睦子の健康論文ピックアップ』というブログからのものです。投稿は2012年8月16日、投稿者は堀米香奈子さまという方です。

『結論から言えば、1日あたり大きめのコップ3杯(240ml×3杯)までの牛乳・乳製品は安全で、がんの発症は増えないことが示されました。さらに著者らは今回の再調査に基づき、牛乳や乳製品を摂るのであれば、発酵乳、ヨーグルト、低脂肪の乳製品を選ぶよう推奨しています。ただし気になるのは、牛乳の生産を上げるために遺伝子組み換え牛成長ホルモン (recombinant Bovine Growth Hormone: rBGH)※2を使用した牛から採れた牛乳は、IGF-1の濃度が非常に高いことです(それについては最後に検討します)。』 

この内容を拝見すると、「牛乳の評価は難しいなぁ」とあらためて思います。

そういえば、映画やドラマにでてくる外国人の飲食シーンを思いおこすと500㏄くらいは普通、1000㏄すらあまり珍しくないという雰囲気なので、そもそも日本人の牛乳摂取量の感覚とはだいぶ違のだろうと思います。

がんと自然治癒力6

T・コリン・キャンベル博士は40年余りにわたり栄養学研究の第一線で活躍され、1982年にはアメリカ政府の依頼を受け、NAS(全米科学アカデミー)の報告書「食物・栄養とがん」をまとめました。また、同時期に中国において、チャイナ・プロジェクトと呼ばれる大規模な疫学調査を開始しました。

700ページを超える大作は目次の項目数も極めて多いのですが、この本の全体像をイメージして頂くのに有効であると考えますので、非常に長くなりますがご紹介させて頂きます。

出版:グスコー出版

日本合本版発行:2016年1月初版(原書初版:2005年1月)

 

『第一のマクガバン報告』に関しては前回のブログを参照ください。

58ページの冒頭には、

食べ物について知らない人が、どうして人の病気について理解できようか」ヒポクラテス医学の父。紀元前460~357年

という印象的な言葉がありました。

 

※医学の進歩は早いので、原書の初版が2005年1月という点に注意する必要があると思います。

はじめに―「新たな発見」がもたらす、すばらしき人生

第1部 「動物タンパク神話」の崩壊

第1章 私たちの体は、病気になるように作られているわけではない

●心臓発作の父を救えなかった悔しさ

●病気になる人のサイン

●医療制度は私たちの体を本当に守ってくれているだろうか

●医療費世界一を誇るアメリカの寂しい現状

●「特定の栄養成分で健康になれる」という幻想

●健康を手に入れるために知っておくべきこと

●すべての研究は、「人々の健康」のために

●遺伝に優る栄養摂取の影響

●膨大な研究結果が示す「病気予防の結論」

●「父の悲劇」を繰り返さないために 

第2章 「タンパク質神話」の真実

●「タンパク質神話」成り立ちの秘密

●「肉への崇拝」を支えた学者たち

●「良質=健康に良い」という、大きなる誤解

●「低質の植物タンパク」こそ最もヘルシー

●「良質タンパク」による飢餓根絶プロジェクト

●栄養失調の子供たちと発ガン物質

●肝臓ガンになるのは、裕福な家庭の子供たちだった

●研究人生における「究極の選択」

●結論に至るまでの科学的プロセス

●「食生活と病気」を結ぶ、相関関係と因果関係の捉え方

●偶然を否定する「統計的有意」の信頼性

●真実の可能性が最も高い証拠とは

第3章 ガンの進行は止められる

●「発ガン性」という言葉に敏感な国民

●マスコミによる誇大報道の危うさ

●ガン発生の真犯人を見つけた!?

 ※動物実験について(動物愛護との狭間で)

●ガンはこうして作られる 

(1)イニシエーション(形成開始期)―きっかけは発ガン物質

(2)プロモーション(促進期)―成長は食べ物しだい

(3)プログレッション(進行期)―致命的なダメージの始まり

●タンパク質の摂取量とガン細胞形成の関係

●「ガンの病巣の成長」に与えるタンパク質の影響

●ガンをコントロールすることは可能か

●ガンの促進要因は、「カゼイン(牛乳タンパク)」だった

●「ネズミによるタンパク質研究」に関するQ&A

●「100対0」という結果が示す信頼度の高さ

●「カゼイン」が発ガン物質を刺激する

●発ガン物質の量よりも重要なもの

●新たなる研究チャンスの訪れ 

第4章 史上最大の疫学調査「チャイナ・プロジェクト」の全貌

●幸運がもたらした「ガン分布図」の入手

●アメリカと中国では何が違うのか

●大型研究プロジェクトのスタート

●「中国農村部の食習慣」を徹底分析する

●「貧しさが原因の病気」か「豊かさが招く病気」か

●コレステロールはどのようにして病気を招くのか

●「コレステロール値が低いとガンのリスクが高くなる」というまやかし

●血中コレステロール値の改善により回復していく病気

●血中コレステロール値を改善する食習慣

●脂肪に関する多くの疑問

●遺伝子リスクよりも優先すべきもの

●中国農村部で乳ガンが少ない理由

●「乳ガンと動物性食品」の深い関係

●食物繊維はなぜ必要なのか

●食物繊維をたくさんとれば、コレステロールは減っていく

●抗酸化物質は自然界からの美しき贈りもの

●サプリメントより丸ごとの果物・野菜

●アトキンス・ダイエットの致命的欠陥

●「セールスへの貢献システム」が支えるダイエット法

●「炭水化物の健康価値」を正しく学ぶ

●体重はこうして増えていく

●人体の複雑なメカニズムが教える「正しい減療法」

●「動物タンパクでなければ大きくなれない」という嘘

●プラントベースの食事のすばらしさ

●動物実験と人を対象とした研究データの一致

●「チャイナ・プロジェクト」の成果を阻害するもの

●明日への道を照らすもの

●自らの人生を一変させた「真実」の力

「チャイナ・プロジェクト」の調査方法について

第2部 あらゆる生活習慣病を改善する「人間と食の原則」

第5章 傷ついた心臓が甦る

●心臓病は100年変わらぬナンバーワン・キラー(死因第一位)

●誰にでも訪れる心臓病発症のリスク

●心臓発作はプラークの堆積から

●「フラミンガム心臓研究」のはかりしれない恩恵

●限られた地域での頻発発症の理由

●モリソン博士が示した治療のヒント

●希望を遠ざけた「動物性食品」擁護

●男らしい男だけが心臓病になる?!

●心臓病の死亡率低下のからくり

●結局は期待はずれに終わるテクノロジー治療

●エセルスティン博士の大いなる功績

●「食事改善後の患者トラブル」はゼロ

●「ライフスタイル転換」を導入したオーニッシュ博士の成果

●一人当たり三万ドルの医療費削減

●政府の指導に従うか、自分で希望をつかむか

第6章 肥満の行き着く先

●自分の体格指数(BMI)を知る

●増え続ける子供の肥満問題

●肥満を助長している社会システム

●ベストの減量法は長寿につながる

●やせられない人には理由がある

●肉食者より多く食べてもスリムでいられる理由

●一日わずかのエクササイズが及ぼす相乗効果

●肥満原因の解消は誰にも可能

第7章 糖尿病追及への道

●糖尿病の持つ二つの顔

●なぜ糖尿病はお金がかかるのか

●糖尿病は食生活次第で消えていく

●研究が明かす本当の「原因と結果」

●「糖尿病協会の推奨食とベジタリアン食」の対照研究

●食習慣を変えることは、非現実的なのか

第8章 ガン対策はどのように改善されるべきか

●乳ガン、大腸ガン、前立腺ガンを語ることの意義

●「乳ガン遺伝子発見」の報道が招いたもの

●乳ガン発症、四つの危険因子

●既存の「乳ガン対策」を再検証する

(1)遺伝子に対する考え方

(2)乳ガン検診に対する考え方

(3)予防薬と切除手術に対する考え方

(4)環境化学物質に対する考え方

(5)ホルモン補充療法(HRT)に対する考え方

●現状の「乳ガン治療」に対する結論

●大腸ガン罹患率の地域格差

●「結腸ガンと肉の摂取」の関係

●食物繊維の効能は、どこまで明かされているのか

●今わかっていることだけで、大腸ガンは防げる

●カルシウムに富む食事はガンと闘えるのか

●運動の効能と検査に対する姿勢

●前立腺ガンの発症パターン

●文献が証明する「乳製品と前立腺ガンの関係」

●前立腺ガン形成のメカニズム

(1)成長ホルモンに関するメカニズム

(2)「ビタミンDの代謝」に関するメカニズム

●現代医療への挑戦

第9章 自己免疫疾患根絶のために

●自己免疫疾患は一つの壮大な「病」である

●侵入物に対する驚くべき免疫力

●免疫システムについてわかっていること

●1型糖尿病発症のプロセス

●一卵性双生児が「二人とも1型糖尿病になる」確率

●「牛乳は危険な食品」を裏付ける研究

●「牛乳否定」すりかえのための論争

●多発性硬化症患者に起こっていること

●スワンク博士の追跡調査

●遺伝の心配よりも食習慣の見直し

●自己免疫疾患すべてに共通すること

●「タブーの打破」から始まる根絶への道

第10章 食が改善する「骨、腎臓、目、脳の病気」

●食習慣が左右する「老化現象」

●骨粗鬆症発症のメカニズム

●骨折率と食べ物の相関関係

●乳製品は強い骨を作れるのか

●骨粗鬆症予防のためのアドバイス

●腎臓結石を患う人の特徴

●ロバートソン博士の結論

●眼疾患の改善

(1)黄斑変性症予防の切り札は濃い緑葉野菜

(2)白内障の手術を回避するために

●認知症、アルツハイマー病も改善

●植物に含まれる抗酸化物質が脳を守る

●果物と野菜でリスクを除く

●最良の食習慣が「最良の健康」へと導く

【補項】「ビタミンDの働き」について

◎「体内ネットワーク」が教えてくれるもの

◎二つのビタミンDの活躍

◎日光浴がベストの「ビタミンD摂取法」

◎カルシウムのとりすぎが招くもの

◎ガンを増殖させるもの

◎「生命ネットワーク」の驚異

第3部 科学が導き出した「究極の栄養摂取」

●真実を覆い隠す最悪情報の洪水

第11章 私たちの健康と食べ物に関する「八大原則」

●食習慣が与えてくれる恩恵

●【第1の原則】栄養の正しい定義とホールフードの価値を知る

●【第2の原則】サプリメントへの警鐘を知る

●【第3の原則】植物性食品の意義は甚大である

●【第4の原則】遺伝子の働きは栄養次第である

●【第5の原則】有害な化学物質以上に有害なものがある

●【第6の原則】正しい栄養摂取が回復をもたらす

●【第7の原則】正しい栄養は体全体に貢献する

●【第8の原則】体はすべてつながっている

●自分の問題から、地球への貢献へ

第12章 「食べ物の基本」を学ぶ

●良いものはシンプルである

●肉はどこまで排除すべきか

●肉食はやめられる

●新しい「食の発見」を知る

●食生活改善時のアドバイス

●ある食事改善の実践記録

第4部 「正しい情報」はいかにして葬られるのか

●「どうして知らなかったのか」という素朴な疑問

第13章 癒着の支えられている「科学」の暗部

●イカサマ商法と健康詐欺

●「科学の砦」の中での役割

●政府系“栄養委員会”新設の裏側

●業界支持派メンバーとの対立へ

●インチキ扱いされた『マクガバン報告』

●「公衆栄養情報委員会」の廃止と再結成

●『食物・栄養とガン』への風当たり

●「米国ガン研究協会」の創設と「米国ガン協会」の反発

●「米国ガン研究協会」への組織的中傷

●裏切り者キャンベルの追放運動

●真実と欺瞞の判別

第14章 消費者に届く情報、届かない情報

●サプリメント・メーカーのいかがわしい主張

●特定の栄養素だけをとり上げることの愚かさ

●恥ずべき悪例「ナーシーズ・ヘルス・スタディー」

●研究対象の看護師は平均的米国人女性より肉食中心だった

●低脂肪食の落とし穴

●脂肪と動物性食品の無意味な比較研究

●一億ドルをかけた研究でわかったこと

●疑問の多いハーバード大学の研究結果

●「ハーバードの結論」に対する反論

●ハーバード大学の犯した過ち

●「オーシーズ・ヘルス・スタディー」の致命的欠陥

●「要素還元主義」の危険性

●栄養学研究者が心すべきこと

第15章 業界の発信する情報は、はたして「科学」なのか?

●巨大食品企業のマネーパワー

●スパイ活動を行う科学者たち

●学校現場における牛乳普及活動の実態

●乳業協同組合が指導する栄養教育とは

●「牛乳は体に良い」という思い込み

●業界が作り出す「健康効果」の真偽

●巧妙な実験とメディアの責任

●どのようにもアレンジできる「業界の科学」

●自然との調和より「加工」というテクノロジー

●「オレンジはビタミンCの王様」と誰が言ったのか

第16章 政府は私たちの味方なのか?

●マッチポンプの元凶

●政府が決める推奨量は誰のための数値か

●タンパク質の推奨量はどのように設定されたか

●砂糖の制限量を増加させた脅迫

●業界が政府組織に介入していくからくり

●政府が決めた推奨量が及ぼす波紋の大きさ

●国立衛生研究所の「栄養関連予算」は3.6%

●「生物医学研究」という名の新薬開発

●人々の犠牲の上に成り立つ「栄養政策」

第17章 医学は誰の健康を守っているのか?

●「食の改善」を治療にとり入れた二人の名医

●全米を代表する外科医の苛立ち

●ドクター・スプラウトの誕生

●食事療法を否定する医者の心理

●医者の治療に勝るもの

●栄養教育の欠如が招く危機的状況

●マクドゥーガル博士の挫折と挑戦

●卒業の日に告げられた言葉

●製薬業界からの甘い誘い

●「薬を使わない治療法」が存在しない理由

●食事療法と心臓病科の衝突

●患者の回復を望まない病院

●全快した理由を聞こうとしない主治医

●拒絶されたエセルスティン博士の提案

●現状の医療は、私たちの健康を守ってくれない

第18章 歴史から学ぶもの

●驚くべき血縁

●先人たちが知っていたこと

●プラントが予測した未来

●「食べ物と健康」の結論―すでに私たちは証拠を握っている

●未来への希望

次なる使命をめざして(「訳者あとがき」にかえて)―松田麻美子

それでも私はあきらめない(日本のみなさんへ)―T・コリン・キャンベル

合本版「訳者あとがき」―松田麻美子

 

 

「本書を讃える人々」に続き、本編に入る前のページに、次のような注意点が記されています。

 

本書に記されている事柄はいずれも、しかるべき医療に代わるものと考えるべきではありません。

また、まずかかりつけの医師に相談せずに、食事や運動のパターンを変えるべきではありません。現在、心臓病や高血圧、あるいは2型糖尿病などと関係する何らかのリスクファクターのために治療を受けている場合には、特に注意してください。』

(T・コリン・キャンベル、トーマス・M・キャンベル)

ブログでは目次の中の青字個所である、“はじめに―「新たな発見」がもたらす、すばらしき人生”

『第3章 ガンの進行は止められる』の中から“ガンはこうして作られる”  以降の部分

『第4章 史上最大の疫学調査「チャイナ・プロジェクト」の全貌』の中から“幸運がもたらした「ガン分布図」の入手”  と  “アメリカと中国では何が違うのか”

『第8章 ガン対策はどのように改善されるべきか ― 前立腺ガン形成のメカニズム』の中から、“成長ホルモンに関するメカニズム”  と  “「ビタミンDの代謝」に関するメカニズム”

これらについては、それぞれ全文をご紹介しています。

そして、“第11章 私たちの健康と食べ物に関する「八大原則」”に関しては一覧表にしたものを載せています。

なお、文章内の太字はすべて著者によるものです。(私の方で太字にしたものはありません)

最後に、「牛乳消費量と発ガンとの関係性について」という、自分なりに調査検討したものを添付させて頂きました。

はじめに―「新たな発見」がもたらす、すばらしき人生

「真実」は有害情報の山の中に隠されている

学究生活のすべてを「栄養と健康に関する研究」に捧げてきた私でさえも、今日、人々が栄養情報を求める熱意には驚くばかりである。

ダイエット本は絶え間なくベストセラーに名を連ねているし、大衆雑誌を開けば、どれも栄養のアドバイスを特集している。新聞にはいつも健康関連記事が掲載されているし、テレビやラジオでは、必ずダイエットと健康関連の番組が放送されている。

しかし、こうした大量の情報を手に入れることで、はたして健康改善のためになすべきことを理解した、と確信できるのだろうか。例えば、次のような問題について、あなたはどう判断するだろうか。

 

・農薬をとり込まないために、オーガニックのものを買うべきだろうか。

・環境化学物質はガンの根本原因だろうか。あるいは、健康は生まれたときに受け継いでくる遺伝子によって、あらかじめ決められてしまっているものだろうか。

・炭水化物は本当に太る原因なのだろうか。

・脂肪の摂取量について、もっと気をつけるべきなのだろうか。あるいは、飽和脂肪とトランス脂肪の摂取だけに気をつければ大丈夫なのだろうか。

・ビタミン剤をとるとしたら、どのビタミンをとるべきなのか。

・食物繊維を追加した強化食品を購入すべきだろうか。

・魚な食べるべきか、もしそうだとしたら、どのくらいの量を食べればいいのだろうか。

・大豆食品を食べると、心臓病を予防できるのだろうか。

 

あなたはおそらく、こうした疑問への回答にあまり確信が持てないのではないか、と私は思う。しかし、そうであったとしても、それはあなた一人だけではない。

いくら情報が洪水のようにあふれていても、健康向上のために何をすべきか、本当にわかっている人はごくわずかしかいないのだ。

その理由は、研究が行われてこなかったからではない。研究は行われてきている。我々科学者は、「栄養と健康の相関性」について、膨大な情報を持っている。

しかし、科学が解明した「真の情報」は、不適切で有害といっていい情報の山に埋もれてしまっているのである。すなわち、論理的根拠の乏しいジャンク・サイエンスや一時的なダイエット法、食品業界の宣伝、といった価値のないものの下に隠されてしまっているのだ。

私は、この状況を変えていきたい、と切に願っている。私は本書の中で、「栄養と健康についての新しい考え方」をみなさんに提供するつもりだ。それは迷いをなくし、病気を予防・改善し、今よりもっと充実した人生を送るのにきっと役立つはずだ。

本書が提示する「真実」

私はこの「栄養と健康」についての研究組織に50年近く在籍している。しかもその上層部にいて、大きなプロジェクトを企画・指揮したり、研究が資金援助を受けられるかどうかを検討したり、また膨大な量の科学的調査をまとめ、全米専門委員会に報告するといった仕事をこなしてきた。

研究と政策決定といった分野で長年経験を積んできた私は、今なぜ、アメリカ国民が健康に関して悩んでいるのか、その理由がよく理解できる。

国民には、自国研究費や健康政策費を負担している一納税者として、「食べ物、健康、そして病気に関してこれまで聞かされてきた考え方は間違っている」という証拠を知る権利がある。本書の核ともいえる「真実」は次のとおりだ。

 

・環境や食品の中の化学合成物質は、たとえどんなに問題があったとしても、ガン発症の主たる原因ではない。

・両親から受け継いだ遺伝子は、病気の犠牲になるかどうかを決定する最も重要な要素ではない。

・「やがては遺伝子研究の成果が薬による病気治癒を可能にするだろう」といった期待は、今すぐ可能で強力な解決策を無視したものだ。

・炭水化物、脂肪、コレステロール、オメガ3脂肪酸などの栄養摂取をうまくコントロールしても、それは長期にわたる健康につながらない。

・ビタミン剤や栄養剤のサプリメントは、長期にわたる病気予防の効果を与えてはくれない。

・薬や手術は、アメリカ人を死に追いやるほとんどの病気を治すことはない。

・あなたの主治医は「あなたが最も健康になるために必要なこと」を、おそらく知らないだろう。

身を守るための最も強力な武器

私は、「人々が体にとって良い栄養だと思っているものは何か」をもう一度考えみよう、と提案しているにほかならない。

有名な資金提供機関からの援助を受け、27年の間に築いた研究の成果をはじめ、私の40年以上にわたる研究の結果が答えになるだろう。今までの生物医学の研究に対して物議をかもすような結果だが、間違いなく「正しく食べることこそが、あなたの命を救う」ことを証明している。

書き方にある種の工夫をこらす著書もいるようだが、私は個人的な意見に基づいた結論を読者に信じてもらえるような書き方をするつもりは毛頭ない。本書には750余りの参考文献が用いられている。

しかもこれらの大半は、私以外の研究者によるガンや心臓病、脳卒中、肥満、糖尿病、自己免疫疾患、骨粗鬆症、アルツハイマー病、腎臓結石、失明などに関する情報である。科学雑誌、とりわけ病気を減らす方法を提示している何百もの情報源である一流科学雑誌に掲載された研究結果の中には、次のようなものがある。

 

・糖尿病患者は食習慣を変えれば、薬をやめることができる。

・心臓病は食習慣だけで回復させることができる。

・乳ガンは、食べるものによって決まる「血中女性ホルモンのレベル」と関係している。

・乳製品の摂取は、前立腺ガンのリスクを高める。

・果物や野菜に含まれる抗酸化物質は、高齢者の知的能力の維持と関係している。

・腎臓結石は、ヘルシーな食習慣で予防できる。

・子供にとって最悪な病気の一つである1型糖尿病は、間違いなく授乳習慣と関連している。

 

こうした研究結果は、「より良い食習慣こそが、さまざまな病気から身を守る最も強力な武器である」ことを立証している。

したがって、この科学的証拠を認知することは、健康改善のために重要であるばかりか、私たちの社会全体にとっても、大変深い意味がある。

なぜ誤った情報が広く蔓延し続けているのか、そして「食習慣と病気に関する調査法」「健康状態を向上させる方法」「病気の治療法」などが皆、誤った方法であるのはなぜなのか、ということを私たちはきちんと知っておくべきなのだ。

アメリカ国民の悲惨な現状

莫大な金とあらゆる手段を使っているにもかかわらず、アメリカ国民の健康状態は悪化する一方である。私たちアメリカ人の一人当たりの医療費は、世界中のどの国よりもはるかに多い。それなのにアメリカ人の3分の2は過体重(体格指数=BMI25以上)で、15%余りは糖尿病だ。近年、この数字は急激に増加してしまった。

30年前よりずっと多くの人が心臓病の犠牲になっているし、1970年代に始まったガンとの闘いでは、惨めな失敗を繰返している。

アメリカ人の半数が健康上のトラブルを抱えており、週ごとに医者から薬の服用を命じられている。そして、1億人以上が高血圧症なのだ(人口の約33.3%)。

さらに悪いことに、わが国の子供や青少年たちを若いうちからますます病気の道へと導いている。彼らの3分の1は過体重か、あるいは過体重になるリスクを抱えている。

かつては大人だけに限られていた糖尿病も、年々子供たちに広がっている。こうした子供はこれまでとは比べものにならないほど多くの薬を飲んでいるのだ。

「健康神話」の原点

問題はすべて、次の三つの習慣に行き着く。すなわち、朝食昼食、そして夕食だ。

40年余り前、私が仕事を始めたばかりの頃、食べ物が「健康上のトラブル」とこれほどまで密接に関係しているなどとは思いもしなかった。

何年もの間、「どの食べ物を食べるのが自分の体にとってふさわしいか」などということは決して考えることがなかったのである。皆が食べているものを同じように安心して食べていた。すなわち、私が食べていたものは、「良い食べ物だ」と信じていたのである。

私たちは誰もが、「おいしいもの」「簡便なもの」、もしくは「両親が作り方を教えてくれたもの」を食べている。ほとんどの人の食べ物の好みや食習慣は、与えられた環境の中で教えられ身につけたものだろう。

私の食習慣も、私の人生とともにできあがったものだ。私が育ったのは、牛乳が暮らしの中心となっている酪農家の家だ。私たちは学校で、「牛乳は、強くて健康な骨や歯を作ってくれる」と教わった。「牛乳は、自然が与えてくれた最も完璧な食品だ」とも教わった。

また、私の家ではほとんどの食べ物を自分の畑か牧場で作っていた。

大学へ行くように言われたのは、家族の中で私が最初だった。私はペンシルベニア州立大学で予備獣医学を学び、一年間ジョージア大学の獣医学部に通ったところで、コーネル大学が私を招聘してくれた。動物栄養学について大学院で研究するための奨学金付きだった。

ある意味、私は自分が学校に授業料を払うのではなく、学校が学費を支給してくれるという理由のために転学したともいえる。

私はそこで修士課程を終えた、私はネズミの寿命を延ばす研究(通常の食事より量を少なく与えることで発見)で有名なコーネル大学教授、クリーブ・マッケイ博士に最後の教え子としては学んだ。

コーネル大学で私が行なった博士課程の研究は、牛や羊を早く成長させる方法を発見することにあった。私は「動物性タンパク質の生産力」を向上させようとしていたのである。私が栄養学で習った基本は「より良質の栄養摂取」にあったからだ。

私は肉や牛乳、卵の摂取をもっともっと推奨することによって健康改善を促進する。という道を一目散に歩んでいたのである。明らかにそれは、幼い頃の農家での体験の延長であったし、アメリカ人の食事は世界で最もすばらしいものだ、と相変わらず信じていたからだった。

人格が形成される頃、私は「アメリカ国民は正しい食事をしている。それは高品質の動物性タンパク質を十分にとっているからだ」という言葉を繰り返し繰り返し聞かされたのである。

肝臓ガンの真相

研究生活に入ったばかりの頃、私は最も有害な化学物質として知られる「ダイオキシン」と「アフラトキシン」について調べることになった。

私は初め、マサチューセッツ工科大学で仕事をしており、ニワトリのエサ関するテーマを与えられた。毎年何百万羽ものニワトリが未知の有害化学物質のために死んでいくため、エサに含まれる化学物質を発見し、その構造を解明する仕事を任されたのだ。

二年半後、私は化学物質として最も有毒といえるダイオキシンを発見するのに貢献した。以来、この化学物質は広く注目を集めた。それは、この化学物質がベトナム戦争で森林を枯らすのに用いられた除草剤(別名、エージェント・オレンジ。俗に、枯れ葉剤といわれているもの)の一要素だったためだ。

 

その後私はマサチューセッツ工科大学を辞め、バージニア工科大学で教授の職を得た。そこでフィリピンの栄養失調の子供を救うための「全国プロジェクト」を援助する仕事を始めた。

このプロジェクトでは、通常は成人の病気である肝臓ガンがフィリピンの子供に異常に多いということを研究する課題も含まれていた。ピーナツやコーンに含まれるカビ毒のアフラトキシンを大量に摂取していることが原因である、と考えられていた。

今まで発見された化学物質の中では、アフラトキシンは最も強力な発ガン物質の一つである、といわれてきた。

最初の10年間、我々はフィリピンの貧しい子供の栄養失調を改善することを第一の目標とした。このプロジェクトはアメリカ政府国際開発機関の資金提供によるもので、最終的には、フィリピン全土のほぼ110か所に「栄養摂取のための自助教育センター」を設置した。

我々の目標は、子供たちができるだけ多くのタンパク質をきちんととっているかどうか確かめる、という単純なものだった。

「世界中の多くの子供たちが栄養失調なのは、タンパク質、特に動物性食品からのタンパク質が不足しているためだ」というのが、当時の一般的な捉え方だった。

そのため、世界中の大学や政府が、発展途上国で予測される「タンパク質不足」を補う取り組みを行っていた。

ところが、このプロジェクトで私は大変な秘密を知ってしまったのである。それは、最も高タンパクの食事をしている子供たちが、肝臓ガンになるリスクが最も高い、という事実だった。ガンになっている子供は、裕福な家庭の子供たちだったのである。

異端者への道

同じ頃、フィリピンの現象と関連のあるインドからの研究報告書を発見した。これにもまた、物議をかもすような研究結果が含まれていた。

インドの研究者は、ネズミを二つのグループに分けて実験していた。一方にはガンを引き起こすアフラトキシンを投与し、そのあとタンパク質が総摂取カロリーの20%というエサが与えられた。この比率は欧米社会に住む成人たちの多くが摂取している量に近い。

もう一方のグループにも同量のアフラトキシンが投与されたが、そのあとのエサはタンパク質の比率がわずか5%というものだった。

20%のタンパク質を与えられたネズミは、どれも皆、肝臓ガン形成の形跡があったが、5%のグループでは、すべてのネズミが肝臓ガンを免れていたという。

なんと「100対0」の結果だったのである。そのため、「適切な栄養摂取を続けていれば、非常に強力な発ガン物質さえ打ち負かせる」ということは疑う余地はなかったのだ。

この情報は、これまで私が教えられてきたことをすべて否定するものだった。「タンパク質は健康に良くない」などと言うのは異端とされていたからだ。ましてや、「タンパク質はガンの成長を促進する」などと口にするのはとんでもない行為だった。しかしそれは、私のその後のキャリアを決定づける瞬間となったのだった。

研究生活を始めたばかりなのに、このような物議をかもすような問題について研究するのは、あまり賢い選択ではなかった。

タンパク質や動物性食品について疑問を投げかけることは、たとえ研究結果が「正統の科学」で認められたとしても、「異端者」というレッテルを貼られる危険を冒すことになるからだ。

しかし、私はもともと、命じられた指示だけ遂行するようなタイプではなかった。

農場で馬や牛を追い立てるのを初めて学んだとき、あるいは狩りや魚釣りや畑仕事を習ったとき、自分独自の方法をためしてみたい、と思った。そうしなければ自分で納得できなかったのである。

もし畑でトラブルに直面したとき、次にどうすべきか自分自身で考えなければならなかったからだ。

農家の子供なら誰でも言えると思うが、子供の頃の経験は実に偉大なる学びの場だった。そのとき身につけた独立心は、今でも失っていない。

発ガン物質をコントロールするもの

こうして難しい決断に直面した私は、ガンの発生における栄養摂取、とりわけタンパク質の役割について、徹底的な研究プログラムを始めてみよう、と決断したのである。

同僚と私は慎重に仮説を立て、研究手順が厳密に、そして研究結果の解釈に関してはきわめて慎重に行った。

私はこの研究を、「ガン形成における生化学研究」として、科学の基本レベルで行うことにした。

タンパク質がガンの成長を促進するかどうかという点だけでなく、どのようにして促進するのかを知ることが重要だったからである。そうした進め方が最も適切な方法だった。

結果的に、「正統の科学」のルールに従い、新発見に対して興奮するようなこともなく、この物議をかもすようなテーマに没頭することができた。

最終的にこの研究は最も綿密に審査が行なわれ、資金援助源としては最も競争率の高い機関(ほとんどが国立衛生研究所、米国ガン協会、米国ガン研究協会など)から27年間にもわたって、十分な資金援助を受けることができた。

こうして我々の研究結果は、一流とされる多くの科学雑誌に公表されるため、二度目の審査を受けることになったのである

我々の発見は、まさに衝撃的だった。

低タンパク質の食事は、どれだけアフラトキシンをネズミに投与したかには関係なく、この発ガン物質によるガンの発症を予防したのである。

ガンの発症が確認されたあとでも、低タンパク質の食事はそれに続いて生じるガンの増殖を劇的に阻止した。

言い換えれば、このきわめて強力な発ガン性化学物質による影響力は、低タンパクの食事によって、取るに足りないほどのものに変えられてしまったのだ。

要するに、食事に含まれるタンパク質は、ガンに及ぼす影響があまりにも強いため、タンパク質の摂取量を変えるだけで、ガンの増殖を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることができたのである。

そのうえ、実験でネズミに与えたタンパク質の量は、私たち現代人がいつも摂取している比率量だったのである。発ガン物質の研究でよく行われるような、並外れた量のタンパク質を与えたわけではないのだ。

しかも、これが研究結果のすべてではない。我々は、すべてのタンパク質にこの作用があるわけではない、ということも突き止めている。「絶えずガンの発生・増殖を強力に促進させるものの存在」がわかったのである。

それは「カゼイン」だった。これは牛乳のタンパク質の87%を構成しているもので、ガン形成・増殖のどの過程でも作用していたのである。

また、大量に摂取しても、ガン形成・増殖を促進させないタイプのタンパク質も発見した。この安全なタンパク質とは、小麦や大豆など、植物性のものだった。

史上最大の疫学調査

こうした事実が見えてきたとき、私が最も大切にしてきた「動物性タンパク質は最も良質なタンパク質である」という仮説は、木っ端微塵に打ち砕かれ、新しい挑戦が始まったのだ。

動物による実証研究は、そこで終わったわけではなかった。私は次に、人間の「食習慣」「ライフスタイル」、および「病気」に関して、かつて行われたことのないような生物医学研究史上最大規模の調査を指揮する仕事にとりかかったのである。

それはコーネル大学、オックスフォード大学、中国予防医学研究所の合同で行われた壮大な調査研究だった。のちに『ニューヨーク・タイムズ』紙はこの研究を「疫学研究のグランプリ」と称賛した。

このプロジェクトでは中国農村部、および台湾におけるさまざまな病気と食習慣やライフスタイルについて調査した。

一般的には「チャイナ・プロジェクト」として知られるこの研究で、現在までに、数々の食習慣因子と病気との間には8000余りもの統計的に有意な関係があることが明らかになったのである。

このプロジェクトが特に注目された理由は、食習慣と病気に関するほかの調査でも多くのものが同じ結果を示していた点にあった。

すなわち、動物性食品を最も多く食べていた人たちは、最も多く慢性の病気を発症していたのだ。

比較的少量しか食べていなくても、動物性食品は有害な影響を及ぼしていた。

一方、植物性の食べ物を最も多く摂取していた人たちは、健康で、慢性の病気から免れる傾向にあった。

この研究結果は無視することができないものだった。最初の動物性タンパク質の影響に関する実証研究から、食習慣に関するこの大規模研究までに判明したことは、見事なほどどれも一致した内容だったことを証明していた。

すなわち、動物性の栄養を摂取するか、それとも植物性の栄養を摂取するかによって、健康にもたらされる影響は著しく違っていたのである。

だが、「動物研究」と膨大な「人を対象とした研究」のこの結果がどんなにめざましいものであったにしても、私はこれらに満足していたくはなかったし、また、ここで止まるようなことはしなかった。

なぜ正しい情報が発信されないのか

次に私は、ほかの研究者や臨床医学者の別の研究結果を探し始めた。そうした個人の研究結果はといえば、過去50年間において最も興奮させる科学的発見といえるものだったのである。

この研究結果では、「心臓病、糖尿病、肥満は、ヘルシーな食習慣によって改善できる」ということが、証明されている(第2部に掲載)。

また、そのほかの研究では、「各種ガン、自己免疫疾患、骨や腎臓の健康、高齢者の視力や脳障害(認識機能障害やアルツハイマー病など)は、間違いなく食習慣に影響されている」ことが証明されている。(第2部に掲載)

最も重要なことだが、これらの病気を回復、そして予防することが再三証明されている食習慣とは、「プラントベース(植物性食品中心)の、ホールフード(未精製・未加工の食べ物)で構成された食事」のことである。これは、最良の健康を促進するため、研究室や「チャイナ・プロジェクト」で私が発見したのと全く同じものだ。

これらの研究で明らかにされたことは、どれも一致していた。しかし、この情報の信頼性にもかかわらず、そしてまた、この情報が大きな希望を与えてくれているにもかかわらず、さらには、この事実を国民が早急に知る必要があるにもかかわらず、人々は依然として知らない状態のままなのだ。

私には心臓病をわずらっている友人が何人もいる。友人たちはこの病気はもう避けられないと考えている様子で、落胆したままでいる。

乳ガンを極度に恐れ、「切除」こそ乳ガンのリスクを最小限する唯一の手段ででもあるかのように信じている女性と話したこともある。自分の乳房ばかりか自分の娘の乳房さえ、手術で取り除いてもらいたいと願っているのだ。

私の出会った多くの人が病を得て、健康を維持するためにはいったいどうすればいいのかわからず、悩んでいた。

多くの人が迷ったままでいるが、私にはその理由がよくわかる。それは、「健康情報はいかにして生まれ、どのように伝えられているのか」「誰が健康問題への取り組みをコントロールしているのか」といった疑問が生じてしまうからだ。

長年、健康情報を生み出す側にいたため、舞台裏で何が起こっているのかを見つめてきた。そして今、この「情報発信」のどこが間違っているかを世界に知らせるつもりだ。

皮肉を込めて言えば、「政府と業界」「科学と医学」の境界は不鮮明なのだ。「利益を生み出すこと」と「健康増進」の境界線もはっきりしなくなっている。情報発信を操作しているこの問題は、ハリウッドで作られる映画の中の話のように、不正行為のような形では現われない。

問題はもっと捉えにくく、複雑で、もっと危険を生み出す性格を持っている。その結果、膨大な誤った情報が発信され、一般のアメリカ国民は、この情報に対して二重に代償を払うことになるのである。

すなわち、研究のための税金を国民として提供し、次に、本来は予防可能な病気の治療のため個人の医療費としてお金を使うことになるのである。

良き人生航路をめざして

本書は、私の個人的な経験から始まり、「栄養と健康に関する新たな発見」で終わる。

6年間、私はコーネル大学に「ベジタリアン栄養学」という新しい選択科目の講座を設け、教鞭を執るようになった。

この種の講座はアメリカの大学では最初の試みだったが、想像以上に好評で、大成功を収めている。講座では「プラントベースの食事」がもたらす「健康な人生の価値」に焦点を合わせた。

マサチューセッツ工科大学やバージニア工科大学での研究生活のあと、30年前にコーネル大学に戻ってきた私は、そこで「栄養学の上級講座」として化学・生化学・生理学、そして毒物学を統合した講義を求められた。

わが国における最高レベルの科学的な研究、教育、政策決定に40年間携わってきたが、私は今、科学のこうした専門分野を統合し、納得できる講義を実現したい、と願っている。それが、この講座において私がめざしてきたことなのである。学期の終わりには多くの学生が、「人生が良い方向へ変わった」と報告してくれる。

そう、これこそが、本書刊行の願いであり、私がみなさんのより良き人生のためにお手伝いしたいことなのである。

読者のそれぞれの人生航路もまた、より良き方向に針路変更できることを心から願っている。 

 

236ページの一部です。これは「チャイナ・スタディ」の根幹の一つだと思います。

 

『食事中のカゼインの量を調節することによって、ガンの増殖を刺激したり、止めたり、また1Aクラス(100%ガンを引き起こす可能性があるクラス)の発ガン物質であるアフラトキシンによるガンの誘引作用を無効にしたりできる。しかし、この研究結果は事実として確認されたにもかかわらず、人間ではなく、なおも実験動物のみに当てはまるものだった。

したがって、人間の肝臓ガンの原因に関する証拠を突き止めるために、私は「チャイナ・プロジェクト」に大きな期待を寄せていた。』

 

第3章 ガンの進行は止められる

ガンはこうして作られる

ガンはイニシエーション(形成開始期)、プロモーション(促進期)、プログレッション(進行期)の3つの段階を経て進行していく。これはちょうど、芝生の成長過程に似ている。

画像出展:「GAHAG

 

(1)イニシエーション(形成開始期)…きっかけは発ガン物質

たとえて言えば、「イニシエーション」が芝生の種を土に蒔くときであり、「プロモーション」は芝が種から成長し始めたときであり、「プログレッション」は、芝生がドライブウェー(車道から自宅の車庫に通じる私道)や生垣・歩道にまで侵入して、完全に手に負えなくなってしまった状態といえる。

「そもそも芝生の種を地中にうまく植え付けるしくみ、すなわち高度の発ガン性細胞になり始めるきっかけとは何なのだろうか」

この推進役といえるものが発ガン物質なのである。

この化学物質はアフラトキシンの場合のように、少量は自然界で形成されることもあるものの、ほとんどの場合は廃棄物焼却の過程の副産物である。

一般にこれらの発ガン物質は、正常細胞を高発ガン性の細胞に変形させる。すなわち突然変異を引き起こす。突然変異は細胞のDNAにダメージを与え、遺伝子に永久的な変質を生じさせることになる。

完全な「イニシエーション」(図5参照)は、非常に短い間に生じる可能性がある。数分ということさえある。これは、発ガン物質が摂取され、血液中に吸収され、細胞の中に運ばれ、活発な物質に変わり、DNAと結合し、その「嬢(娘)細胞」に伝えられるのに要する時間である。

新しい「嬢細胞」が形成されたとき、プロセスは完了する。この「嬢細胞」と、その「子孫細胞」は遺伝子的にダメージを受けていて、ガンを引き起こす可能性がある。

稀な例を除いて「イニシエーション」の成立は「不可逆的である(もとの状態に戻せない)」とみなされている。

 

図5

画像出展:「チャイナ・スタディー」

(2)プロモーション(促進期)…成長は食べ物しだい

先ほどの芝生のたとえで言えば、この時期は芝生の種が土の中に蒔かれ、発芽の準備ができているところである。この段階は、「プロモーション(促進期)」と呼ばれる。

葉を伸ばし、緑の芝生に変わる準備ができた種のように、新たに形成された高度の発ガン性細胞は、発見可能なガンになるまでに確実に成長し、増殖する用意ができている。

促進期は「イニシエーション(形成開始期)」よりずっと長く、人間の場合だとたいてい何年もかかる。

この時期は新たに作られ始めたガン細胞群が増殖し、次第に大きな塊に成長し、目に見える腫瘍が形成されるときである。

しかし、土の中の種と同じように、初めのガン細胞は、適切な条件が満たされない限り、成長し増殖するようなことはない。

例えば、土の中の種は完全な芝生になるまで、好ましい量の水や日光、そしてほかの栄養分が必要である。

これらのうちのどの要素でも与えられなかったり、欠けていたりすると、種は成長しない。成長を始めたあとで、これらの要素のどれかが欠けると、欠けている要素が与えられるのを待つ間、新しい苗は「休眠状態」に入る。

これが「プロモーション」の最も著しい特徴である。

プロモーションは、初期のガンが成長に最適な条件を与えられるかどうかによって、停止させることができる。

食事が重要となるのは、このときである。食事因子は「プロモーター(促進物質)」と呼ばれ、ガン増殖のための食べ物となるのである。「アンチ・プロモーター(抗促進物質)」と呼ばれるもう一つの食事因子は、ガンの増殖を遅らせる。

「プロモーター」が「アンチ・プロモーター」より数で優ると、ガンの増殖は活発となる。反対に、「アンチ・プロモーター」が優勢であるときには、ガンの増殖はゆっくりになるか、あるいは止まる。これは、一方が押すように働くと、他方が引くように働くプロセスなのである。この可逆的な特徴はきわめて重要なので、強調しておきたい。

 

(3)プログレッション(進行期)…致命的なダメージの始まり

第三段階となる「プログレッション(進行期)」は、進行したガン細胞群が体に決定的なダメージを与えるくらいまでガンの増殖が進行したときに始まる。

これはちょうど伸び切ってしまった芝生が、庭やドライブウエー、歩道など至る所を覆ってしまった状態と似ている。

同様に、発達中のガン細胞は最初の場所からさまよい出て、近隣やはるか遠くの組織を侵略する。そのガンが致命的な力を持つようになると、それは「悪性」とみなされる。

最初にあったところから抜け出してさまよっているときの状態が「転移している」ということになる。これはガンの最終段階で、死に至る結果となる。

我々が研究を始めた当初、「ガン形成の段階」についてはぼんやりとした輪郭しかわかっていなかった。しかし、やがてこの問題についてもっと明らかにさせる方法がわかってきた。

まず、疑問点を列挙していった。例えば…

・「低たんぱくの食事は腫瘍の成長を抑制する」というインドの研究結果を証明することができるだろうか。

・タンパク質の摂取量がガンの成長に影響するのだろうか。

・ガン発症のメカニズムは何なのか。すなわちタンパク質はどのように作用しているのか。

解決すべき多くの疑問を抱え、我々は厳密な審査にも耐えられる結果を得るため、徹底した実証研究にとりかかったのである。

タンパク質の摂取量とガン細胞形成の関係

タンパク質の摂取はガンの発症にどのような影響を及ぼしているのだろうか。

我々の最初の検証は、タンパク質の摂取が主にアフラトキシンの代謝に関与する酵素(混合機能オキシダーゼ〈MFO〉)に影響を与えるかどうかの確認だった。

この酵素の働きは非常に複雑だ。なぜなら、アフラトキシンのほかに医薬品やほかの化学物質も分解・代謝するからだ。皮肉なことに、体にとって味方になる場合もあれば、敵になる場合もある。すなわち、この酵素はアフラトキシンの解毒と活性化の両方を行う驚くべき形質転換物質なのだ。(図6参照)

 

図6

画像出展:「チャイナ・スタディー」

我々は研究を開始したとき、「私たちの摂取するタンパク質は、肝臓内に存在する酵素によるアフラトキシンの解毒のされ方を変えることによって、腫瘍の増殖を変える」という仮説を立てた。

当初、タンパク質の摂取量が、この酵素の活動を変えるかどうかを研究し、実験の結果(図7参照)、答えが出た。タンパク質の摂取量を変えることによって、酵素活動は容易に変更することができたのだ。

 

図7

画像出展:「チャイナ・スタディー」

インドで行われた最初の研究のように、タンパク質の摂取量を20%から5%に減少させると、酵素の活動が大幅に低下したばかりか、低下に至るスピードも非常に速まった。

この現象は、「低タンパクの食事によって酵素の活動が低下すると、DNAを突然変異させる危険性のあるアフラトキシン代謝産物(図5の③危険物質AF★のこと)に転換されるアフラトキシンが少なくなる」ということを示していた。

我々はこれが意味することを検証することにした。すなわち、「低タンパクの食事は、アフラトキシン代謝物がDNAと結びつくのを減少させ、その結果、DNA付加体が少なくなる」かどうかの検証だ。

私の研究室にいる大学生のレイチェル・プレストンがその実験を行ない(図8参照)、「タンパク質の摂取量が少なければ少ないほど、アフラトキシン-DNA付加体の量は少ない」ことを証明した。

 

図8

画像出展:「チャイナ・スタディー」

こうして我々は、「低タンパクの摂取は、酵素活動を著しく低下させ、危険な発ガン物質のDNAへの結合を妨げる」という見事な証拠を得たのである。

これは確かに衝撃的な研究結果である。そして、「少量のタンパク質摂取がいかにガンの形成を減らすか」を説明するのに十分な情報に違いはないだろう。

我々は、さらにこの影響について研究を深め、二つのことを確信したかった。そこでさらにほかの説明を探し続けることにしたのだが、時が経過するにつれ、実に驚くべき事実を知ることになった。

タンパク質がその影響を発揮するための方法やメカニズムを追究するたびに、我々は毎回同じ現象に遭遇したのである。

例えば、低タンパクの食事やその同等物は、次のようなメカニズムによって、腫瘍の形成を減少させることを発見したのである。

 

・細胞に入るアフラトキシンが少ないことによって。

・細胞の増殖の速さがもっと遅くなることによって。

・酵素複合体の中で、その活動を減らすための変化によって。

・関係した酵素の必須成分の量が減少されることによって。

・「アフラトキシン-DNA付加体」の形成が少ないことによって。

 

低タンパクの食事がもたらすメカニズムをいくつも発見できたことは、意外なことだった。これはインドの研究者らの研究結果に重みを加えた。

このことはまた、次のことも示唆していた。

生物学的作用は一つの反応を通して影響する、とみなされることが多いのだが、今回のケースはほかの反応と連動する可能性がきわめて高く、さまざまな同時発生的な反応を通して作動することが多かった。

これは、一つのメカニズムがなんらかの方法で回避されてしまったときのために、体には別のバックアップシステムが多く存在している可能性があることを意味しているのではないだろうか。

その後の数年間、研究の進展とともに、この仮説はますます確かなものになり、我々の広範な研究から、「タンパク質の摂取量を減らすと、腫瘍形成を劇的に減少させる」という見解は明白に思われた。

十分な裏付けがあるにもかかわらず、多くの人にとって、この結果は納得のいかないことだったろう。

「ガン病巣の成長」に与えるタンパク質の影響

芝生のたとえ話に戻ると、「イニシエーション(形成開始期)」は種を蒔く時期に該当する。我々は膨大な実験を通して、低タンパクの食事は、種が植え付けられる段階で、ガン体質の芝生の種を減らすことを発見した。これは実にすばらしい発見だったが、次のような疑問解決のため、さらに実験を重ねる必要があった。

・重要な段階である「ガンの促進期」では、はたしてどうなのか。

・「形成開始」段階で発揮された「低タンパク食の効果」は、「ガンの促進期」を通して続くのだろうか。

 

実はこの段階まで、研究は時間と金銭的理由で難問を抱えていた。腫瘍が完全に形成されるまでネズミを生かしておくには、費用がかかる。このような実験はそれぞ2年以上(ネズミの標準的な寿命)を費やし、優に10万ドルの費用がかかるのだ(今日ではもっとかかる)。

我々が抱いていた多くの疑問のために、腫瘍が完全に形成されるのを確認して研究作業を続けることはできなかった。それをしていたら、35年後もまだ私は研究室にいることだろう。

これは、ほかの研究者らによって発表された「ガンの形成直後に現われるガン様の小さな細胞群の測定法」を示す研究について知った頃のことである。

このごく微小の細胞群は「病巣」と呼ばれていた。「病巣」はやがて腫瘍に成長していく前駆細胞群である。

ほとんどの「病巣」は本格的な腫瘍細胞にはならないが、腫瘍の成長を予測するものである。

我々が発見したことは実に注目に値する。「病巣」の成長を観察し、「病巣の数がいくつあるか」「どれだけ大きくなるか」を測定することによって、「腫瘍がどのように成長しているか」「タンパク質はどのように影響しているか」ということも、知ることができたのだ。

腫瘍の代わりに、「病巣の成長」にタンパク質がどう関わっているかを研究することによって、我々は研究のための数百万ドルと一生の時間を費やすようなことは避けられた。

「病巣の成長」は、アフラトキシンの摂取量とは関係なく、ほぼ完全にタンパク質の摂取量に深く関わっていたのである。

このことは多くの方法で立証されたが、最初は、大学院の学生、スコット・アップルトンとジョージ・ダナイフによって立証された(代表的な比較については図9参照)

 

図9

画像出展:「チャイナ・スタディー」

アフラトキシンによる「形成開始期」のあと、「病巣の成長」はタンパク質が20%の食事の場合のほうが、5%の食事の場合よりもはるかに多く促進された。(「%」は総摂取カロリーに対するタンパク質の割合)

この時点まで、すべての実験動物たちは同量のアフラトキシンにさらされていた。しかし、もし初めにさらされるアフラトキシンのレベルが多様であったらどうなるのか、それでもタンパク質は影響するのだろうか、という疑問があった。

我々は、高レベルのアフラトキシンと低レベルのアフラトキシンのいずれかを、ごく標準的な食事とともに二つのグループのネズミに与え、この疑問を解き明かそうとした。

このため、二つのグループのネズミたちが「形成開始」時点で与えられる「ガン性の種」の量を別々にして、「病巣の成長」を促したのである。

次に「ガンの促進期」の段階では、高レベルのアフラトキシンを与えたグループに低タンパク食を、そして低アフラトキシンのグループには高タンパク食を与えた。

「ガン性の種」を大量に与えられた動物たちが、低タンパクの食事をすることによって、苦境を克服できるかどうか知りたかったからだ。

ここでも結果は目を瞠るものだった(図10参照)。ガンの「形成開始」が高レベルのアフラトキシン投与からスタートしたネズミは、タンパク質5%の食事を与えたとき、「病巣」はほんのわずかしか発現しなかった。

 

図10

画像出展:「チャイナ・スタディー」

それにひきかえ、低アフラトキシン投与からスタートしたネズミは、そのあとタンパク質20%の食事をさせたところ、かなり多くの「病巣」を形成した。

こうして、次のような「原則」が打ち立てられた。

 

初期段階では発ガン物質の量によって異なる「病巣の成長」だが、ガンの促進期に摂取される食物中のタンパク質のほうが、「病巣の成長」にはるかに多くの影響を与えている。

 

「ガンの促進期」のタンパク質の威力は、最初の発ガン物質への暴露とは関係なく、発ガン物質に優るのだ。

この知識を基にして、我々はさらに別の実験を企画した。次の実験は、大学院の学生、リンダ・ヤングマンによって行われた「段階別の実験」である。

すべての動物に同量の発ガン物質を与え、次に12週間の「ガンの促進期」の間、変化をつけながら5%と20%のタンパク食を与えた。

我々はこの12週間を、第1期は1~3週、第2期は4~6週といった具合に、3週間ごとの4期に分けた。

第1期と第2期では、ネズミがタンパク質20%の食事を続けている限り(タンパク質投与量20%のまま)、「病巣」は予測どおり増え続けた。

しかしこのネズミに、第3期目から投与量5%の低タンパク食を与えたところ、「病巣の成長」は激減した。

そして第4期から再び20%のタンパク食に戻したところ、「病巣の成長」が再開した。

別の実験では第1期に20%のタンパク食をネズミに与え、第2期に5%のタンパク食に替えると、「病巣の成長」は激減した。

しかしこのネズミを、第3期に入って再び20%のタンパク食に戻すと、「病巣の成長」を再度目撃したのである。

こうした実験は非常に意味深いものがある。

「病巣の成長」はタンパク質の投与量を変えることによってコントロールでき、しかも「病巣の成長」のあらゆる段階で、増大または減少に反転させることができたのである。

実験はまた、次のことも立証した。

初期の発ガン物質による攻撃が低タンパク食摂取時に休止状態になっていたとしても、体はそれを記憶していることができる。

すなわち、アフラトキシンに一度さらされることで、体には遺伝子(刷り込み)が残され、7~9週間後の20%のタンパク食によってその遺伝子が呼び起こされ「病巣」を形成することになるが、それまでの期間(5%のタンパク食の間)は、休止状態でいるということだ。

簡単に言えば、体は「恨み」を抱いているのである。もし私たちが過去に発ガン物質にさらされた場合、それがガンの形成を始めた段階で休止し、その状態のまま留まっていても、やがてこのガンはのちのちの悪い栄養摂取によって再び呼び起こされる可能性がある、ということになる。

この研究結果は、「ガンの増殖は、タンパク質の摂取量を相対的に控えめにすることによって変化を生ずる」、ということを証明しているのだ。

しかし、どれだけの量がタンパク質過剰となり、どれだけの量が過小ということになるのだろうか。

我々はネズミに、4~24%の範囲内のタンパク食を与えて調べてみたところ、タンパク質が10%までだと、「病巣の成長」はなかった。(図11参照)

 

図11

画像出展:「チャイナ・スタディー」

10%を超えると、タンパク質の増加に伴い「病巣の成長」は激増した。

のちに日本人の客員教授である堀尾文彦によって、私の研究室で行われた実験でも、同じ結果が得られている。

【注】堀尾文彦氏は、1988年にコーネル大学栄養科学部に留学。現在は名古屋大学 生命農学研究科 教授。(ご参考:『日本の研究.com』)

最も重大な発見は次の点にある。

 

「病巣の成長」は、動物がその体の成長に必要な食事タンパク質の量を満たしたときか、その量を超えたときに開始される。

すなわち、動物がタンパク質必要量を満たし、その量を超えたとき、病気が始まるのである。

以上はネズミを対象にした研究ではあるが、この研究結果は人間にも当てはまる。なぜなら、大人のネズミや人間が健康を維持していくのに必要なタンパク質の量だけではなく、子供のネズミや人間の成長に必要なタンパク質の量も、著しく似ているからである。(注)

【注】ネズミと人間のタンパク質必要量の比較について

人間とネズミのタンパク質必要量については、次のような異論もあります。

「ネズミのタンパク質必要量は、人間の場合よりもずっと多い」という見解は、1947年、『ジャーナル・オブ・ニュートリション(Journal of Nutrition)』誌に掲載された、ある研究グループの発表に基づくものです。

一方、キャンベル博士の「ネズミと人間のタンパク質必要量/推奨量は、ほぼ同じである」という見解は、上記の発表後の25年間に、さらなる数十の研究が行なわれ、1972年に全米科学アカデミー内の「米国学術研究会議」によって発表されたものです。

これは別々に行われた6つの動物実験の結果から導いた結論であり、少なくとも30の関連研究を再調査したうえのものです。

見解の相違についてキャンベル博士は、「ネズミのタンパク質必要量を人間の必要量とどう結びつけるのかという点の解釈にすぎない」とし、この相違は重要ではなく、最も大切なのは、次の二つのことである、と指摘しています。

①人間にとってタンパク質はどれだけ必要なのか。

②どのような種類のタンパク質が人間にとっての必要量を満たせるのか。

 

キャンベル博士の説明は、次のとおりです。

①過去40~50年の間、いろいろな研究によってさまざまなタンパク質必要量/推奨量が発表されてきたが、現在、多くの専門家や公的機関の合意のもとでの推奨量は、「総摂取カロリーの8~12%(平均10%)」となっている。

この数字は、成長率が最もめざましい子供から妊娠中や授乳中の女性たちまで、すべての人の必要量を満たし、全般的な健康を維持していくうえで十分な量である。

②プラントベースのホールフードは、十分なタンパク質を含んでいる。タンパク質の量が比較的少ないジャガイモ(カロリー当たりのタンパク質含有量7.1~8.4%)しか食べなくても、必要量に近い量を摂取できる。

プラントベースの食事をする人は、毎日一種類以上の食品をとることになるので、食事中のタンパク質量は実際には総摂取カロリーの8~12%の範囲になる。

特にタンパク質が豊富な緑葉野菜(同含有量42~44%)や豆類(同含有量24~36%)が食事に含まれていれば、タンパク質の摂取は万全だ。

ガンをコントロールすることは可能か

タンパク質の一日当たりの推奨摂取量(RDA:recommended dietary allowance)によれば、「私たち人間は総摂取カロリーの約10%をタンパク質からとるべきだ」とされている。これは実際に体が必要としている量よりもかなり多い。

しかし必要量は個人差が大きいため、すべての人が確実に必要量を摂取できるようにするため、10%の食事タンパク質がすすめられているのである。

では、平均的なアメリカ人は通常どれくらい摂取しているかというと、推奨量の10%どころか、15~16%のタンパク質をとっているのだ。

この量は私たちがガンという危険区域に足を踏み入れているということを動物実験の結果が指し示している。

体重や総摂取カロリーにもよるが、10%の食事タンパク質とは、一日50~60グラムのタンパク質を摂取することに匹敵する。

アメリカの全国平均摂取量15~16%は、一日約70~100グラムで、男性はこの数値の多いほうに近く、女性は少ないほうの端に近い。

食べ物で言えば、100キロカロリーのホウレンソウには12グラムのタンパク質が含まれており、乾燥のヒヨコマメ100キロカロリーには5グラム含まれている。また、100キロカロリーの上質のビーフステーキには13グラムのタンパク質が含まれている。

しかし疑問が残る。タンパク質の摂取量が異なると、アフラトキシンの投与量と「病巣の形成」の密接な関係も変わるかどうか、という問題だ。

通常、化学物質は大量投与によってガンの高い発生率をもたらさない限り、「発ガン物質」とはみなされない。

例えば、アフラトキシンの場合、その投与量が多くなるにつれ、病巣と腫瘍の成長も付随して増大しなければならない。

疑わしい発ガン物質に対応して、成長反応が見られなかった場合、「本当に発ガン物質なのだろうか」、といった疑問が生じる。

「用量反応」の調査のため、10グループに分けたネズミにアフラトキシンの量を増加させながら投与し、次に通常レベル(20%)と低レベル(5%)のタンパク食を「促進期」の間与えてみた(図12参照)。

 

図12

画像出展:「チャイナ・スタディー」

タンパク質20%食のネズミでは、アフラトキシンの投与量が増えるにつれ、「病巣」が増加した。「用量反応」は予想どおりの結果だった。

しかし、タンパク質5%食のネズミでは、「用量反応」の動向曲線は完全に消えていた。ネズミに最大耐量のアフラトキシンが投与されたときでさえ、病巣反応の変化は見られなかったのである。

これは「低タンパクの食事は、強力な発ガン物質(アフラトキシン)のガン誘発効果を抑えることができる」ことのもう一つの証明である。

では、一般的に発ガン物質は栄養的条件が適切でなかった場合ガンを引き起こさない、と断言できるのだろうか。

私たちの人生の大半は少量の発ガン性化学物質にさらされているが、「腫瘍を成長させるような食べ物を摂取しない限り、ガンは生じない」と言うことができるのだろうか。

はたして、栄養摂取の如何によって、私たちはガンをコントロールすることが可能なのだろうか。

ガンの促進要因は、「カゼイン(牛乳タンパク)」だった

これまでの話を理解していただけたとしたら、この研究結果がどれほど挑発的なものかおわかりだと思う。「栄養摂取によってガンをコントロールする」というのは極端な話に思われただろうし、その状況は昔も今も変わらない。

しかし、実はその研究結果はもう一つ、とんでもない情報をやがてもたらすことになるのだった。

それは、「実験にはどんな種類のタンパク質が用いられ、結果に影響を及ぼしたか」ということと深く関連している。

すべての実験で我々が使用したのは、「カゼイン」だった。「カゼイン」は、牛乳タンパクの87%を構成している物質だ。

したがって次の疑問は、「植物性タンパク質が同様の方法でテストされた場合、ガンに対して「カゼイン」同様の影響を与えるだろうか」ということになる。

そして、その答えは驚くべきものだった。「ノー」である。

すなわち、植物性タンパク質では、たとえ高レベルの量を摂取したとしても、ガンの増殖を促進するようなことはなかったのである。

この研究(図13参照)は私の指導している医学部進学過程の学生、デビット・シュルシンガーが行なったものだが。小麦タンパクのグルテンでは、たとえ同量の20%を与えても、「カゼイン」と同様の結果を引き起こすことはなかった。

また、大豆タンパクでも、同様の実験を行ったが、20%の大豆タンパク食を投与したネズミは、20%の小麦タンパク食の場合と同じように、初期の「病巣」を形成することはなかった。

 

図13

画像出展:「チャイナ・スタディー」

このような結果が出て、同じタンパク質でも牛乳のタンパク質がさほど良い食品には思えなくなってきた。

我々は、「低タンパクの食事がさまざまな方法でガンの形成開始を減らそうとしている」ことを発見したのである。

しかも、高タンパクの食事は、体の成長に必要以上の量になると、形成開始期間のあとのガンを促進させることもわかってきた。

ちょうど電灯のスイッチを入れたり消したりするように、タンパク質のレベルを変えることで、最初は発ガン物質にさらされていたにもかかわらず、ガンの促進をコントロールすることができたのである。

そして、この場合のガンの促進要因は、「牛乳のタンパク質」だったのだ。

「タンパク質はガンの増殖を手助けする可能性がある」という考えを受け入れることは、私の同僚たちにとっては実にやっかいなことだった。しかもそれは、「牛乳のタンパク質」なのだ。

自分の頭はどうかしてしまったのではないか。私は自問自答を繰り返した。

「ネズミによるタンパク質研究」に関するQ&A

この研究について、もう少し詳しくは知りたい方のために、いくつかの質問への回答を、次に記しておいた。

 

Q1 タンパク食の研究結果についてだが、ネズミの食事に含まれるほかの栄養による影響の可能性はないのか?

 食事中のタンパク質摂取量を20%から5%に減らすということは、減らされた分だけ代わりのものを何か与えなければならない。

我々はカゼインの代わりとして炭水化物を使用した。カゼインも炭水化物も、カロリー含有量が同量だからだ(いずれも、1グラムにつき4カロリー)。

タンパク質の減少に伴い、デンプンとグルコースの混合物(1対1の割合)が、タンパク質の減量分だけ増加された。

ネズミの「低タンパク食」に、デンプンとグルコースを増量したことは、「病巣の成長が低下する原因」とはなり得ていなかった。なぜなら、炭水化物を個別にテストすると、病巣が成長するからである。

すなわち「低タンパク食」では、おそらく、増加した少量の炭水化物は、ただガンの発生率を増加させ、低タンパク食の効果を相殺させてしまうだけだろう。このことは「低タンパク食によるガン予防の効果」を、なおいっそうめざましいものにしている。

 

Q2 タンパク質の影響についてだが、食べ物の摂取量自体が少ないため、摂取カロリーが減ったからなのではないか?

 1930年代、40年代、50年代に行われた多くの研究が、「食べ物の総摂取量、あるいは総摂取カロリーの減少は、腫瘍の成長を減少させる成長を減少させる」ことを証明している。

我々の情報を調べ直してみると、「低タンパクの食事」を与えた動物の摂取カロリーは少なくなく、平均してみれば、むしろ多かったのである。この事実もまた、「カゼインに見られる腫瘍の促進作用」を強調しただけの結果となった。

 

Q3 低タンパクの食事をしているネズミの相対的な健康状態はどうだったのか?

 「タンパク質の少ない食事を長期間与えたネズミは、健康でない」と多くの研究者が決め込んでいた。

ところが「低タンパク食」のネズミは、ほかのネズミと比べてずっと長生きしていたし、体をよく動かしていて、実に健康的だった。

そして100週目のときも、スリムな体つきで毛並みも健康的なものだった。その一方で、「高タンパク食」のネズミは、全部死んでいた。

また、カゼインの摂取量が少ない「低タンパク食」のネズミは、より多くのカロリーを摂取していたばかりか、より多くのカロリーを消費していた。

「低タンパク食」のネズミは、カロリーを燃焼するのに必要な酸素をより多く消費しており、またカロリーを燃焼するのに効果的な「褐色脂肪組織」と呼ばれる特殊組織のレベルも高かった。

カロリーの燃焼は、「熱発生」(体の熱としてのエネルギー消費)という形で生じる。この現象はすでに何年も前に実証されている。「低タンパク食」はカロリー消費を高めるのだ。したがって、「体重を増やすためのカロリー」を体に少ししか残さない。そして、おそらく「腫瘍の成長のためのカロリー」も、少ししか残さないだろう。

 

Q4 運動は低タンパクの食事と関係していたのか?

 各グループのネズミの運動量を測定するため、檻の中の車輪をネズミがどれくらい回転させたかを記録させ、ネズミの運動量を比較した。

2週間にわたる測定の結果、カゼイン摂取量の少ないネズミは、およそ2倍の運動量をこなしていた。

この結果は、「高タンパクの食事」のあとの私たち人間の反応と似ている。すなわち活気がなくなり眠くなってしまうのだ。

「タンパク質たっぷりのアトキンス・ダイエットの副作用は疲労だ」という話を聞いたことがある。あなた自身、「高タンパクの食事」をしたあと、このような反応を体験したことがないだろうか。

 

●「100対0」という結果が示す信頼度の高さ

我々は、これまでずっと「腫瘍の成長」、すなわち「初期のガン様病巣」を測定することだけの実験を続けてきた。

次は大きな研究をする番だった。それは、完全な「腫瘍の形成」をどこで測定するかだ。我々は数百匹のネズミを使った大規模な研究を企画し、異なった方法で生涯にわたる「ネズミの腫瘍形成」について調べたのである。

結論から述べると、タンパク質投与が「腫瘍の成長」に与える影響は、実にわかりやすいものだった。ネズミは一般的に2年ほど生きるので、研究期間は100週に及んだ。

アフラトキシンが投与されたあと、通常レベルの20%タンパク食を与えられたネズミは、すべて肝腫瘍で死んだか、あるいは実験終了時の100週後の時点で、肝臓ガンのために死にかけていた。

同量のアフラトキシンを与えたあと、5%の低タンパク食で育てられたネズミは、すべて100週後の時点でも毛並みには光沢があり、活発に動き回り元気に生きていた。

スコアとしては100対0となり、これはこうした研究では決して見られない現象だった。「100対0」という結果は、インドで行われた初めの研究とほぼ同じ結果だった。

我々はガン促進の可逆性について再び調べるため、同じ実験で何匹かのネズミの食事を40週目と60週目で入れ替えてみた。

高タンパクの食事から低タンパクの食事に替えたネズミは、高タンパク食を与えられたネズミより、「腫瘍の成長」がきわめて少なかった(35~40%少ない)。

一方、低タンパクの食事から高タンパクの食事に替えたネズミでは、その一生の半ばで「腫瘍の成長」が再開した。「本格的な腫瘍」に関するこの研究結果は、以前「病巣の増減」調査の結果を裏付けるものだった。

すなわち、栄養摂取による操作で、ガンの進行を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることが可能なのである。

我々は、食事タンパクに対して示すネズミの病巣反応が腫瘍反応と類似しているかどうかを調べるため、ネズミの一生の動きを研究しながら「ネズミの初期病巣」をも測定してみた。

その結果、「病巣の成長状況」と「腫瘍の成長状況」とは見事に一致した。図14-①②参照)

  

この時点で、我々の研究結果があまりにも統一性を持っており、生物学的に説得力があり、統計学的にもこれほど重大なものになろうとは、私は思ってもみなかった。

結局のところ、我々はインドで行われた研究結果が正しかったことを完璧に裏付けることになった。しかもそれは、反論の余地のないほど徹底した方法で行われたのである。

次の点を明らかにしておこう。

牛乳のタンパク質は、アフラトキシン投与後のネズミに対し、きわめて強力なガン促進物質となる。

この促進効力は、齧歯(ゲッシ)動物や人間がごく普通に摂取しているタンパク食のレベル(10~20%)で生じるというのだから、さらに興味をかき立ててくれるし、次の課題に挑んでみたくなる。

「100対0」という結果が示す信頼度の高さ

我々は、これまでずっと「腫瘍の成長」、すなわち「初期のガン様病巣」を測定することだけの実験を続けてきた。

次は大きな研究をする番だった。それは、完全な「腫瘍の形成」をどこで測定するかだ。我々は数百匹のネズミを使った大規模な研究を企画し、異なった方法で生涯にわたる「ネズミの腫瘍形成」について調べたのである。

結論から述べると、タンパク質投与が「腫瘍の成長」に与える影響は、実にわかりやすいものだった。ネズミは一般的に2年ほど生きるので、研究期間は100週に及んだ。

アフラトキシンが投与されたあと、通常レベルの20%タンパク食を与えられたネズミは、すべて肝腫瘍で死んだか、あるいは実験終了時の100週後の時点で、肝臓ガンのために死にかけていた。

同量のアフラトキシンを与えたあと、5%の低タンパク食で育てられたネズミは、すべて100週後の時点でも毛並みには光沢があり、活発に動き回り元気に生きていた。

スコアとしては100対0となり、これはこうした研究では決して見られない現象だった。「100対0」という結果は、インドで行われた初めの研究とほぼ同じ結果だった。

我々はガン促進の可逆性について再び調べるため、同じ実験で何匹かのネズミの食事を40週目と60週目で入れ替えてみた。

高タンパクの食事から低タンパクの食事に替えたネズミは、高タンパク食を与えられたネズミより、「腫瘍の成長」がきわめて少なかった(35~40%少ない)。

一方、低タンパクの食事から高タンパクの食事に替えたネズミでは、その一生の半ばで「腫瘍の成長」が再開した。「本格的な腫瘍」に関するこの研究結果は、以前「病巣の増減」調査の結果を裏付けるものだった。

すなわち、栄養摂取による操作で、ガンの進行を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることが可能なのである。

我々は、食事タンパクに対して示すネズミの病巣反応が腫瘍反応と類似しているかどうかを調べるため、ネズミの一生の動きを研究しながら「ネズミの初期病巣」をも測定してみた。

その結果、「病巣の成長状況」と「腫瘍の成長状況」とは見事に一致した。図14-①②参照)  


この時点で、我々の研究結果があまりにも統一性を持っており、生物学的に説得力があり、統計学的にもこれほど重大なものになろうとは、私は思ってもみなかった。

結局のところ、我々はインドで行われた研究結果が正しかったことを完璧に裏付けることになった。しかもそれは、反論の余地のないほど徹底した方法で行われたのである。

次の点を明らかにしておこう。

牛乳のタンパク質は、アフラトキシン投与後のネズミに対し、きわめて強力なガン促進物質となる。

この促進効力は、齧歯(ゲッシ)動物や人間がごく普通に摂取しているタンパク食のレベル(10~20%)で生じるというのだから、さらに興味をかき立ててくれるし、次の課題に挑んでみたくなる。

「カゼイン」が発ガン物質を刺激する

さて次なる課題とは、「この研究が人間の健康にとって、特に肝臓ガンにとって、どう関係しているのか」という核心ともいえる点にある。

この問題を解明する方法の一つは、異なる種属の動物やほかの発ガン物質、ほかの臓器について研究することである。

もしガンに対するカゼインの影響が、異種動物や別の臓器などにも共通していたならば、「人間も注意したほうがいい」という可能性が高くなっている。

そこで我々は、今までの研究結果が説得力を持つかどうかを確かめるため、研究の対象範囲を広げることにした。

我々は「B型肝炎ウイルス(HBV)の慢性感染症は、人間の肝臓ガンの主要リスクファクター(危険因子)である」という主張を、ネズミによる研究の進行中に発表した。

慢性的にこのHBVに感染していると、肝臓ガンになるリスクが20~40倍にもなる、と思われていた。

長い間、このウィルスがどのようにして肝臓ガンを引き起こすのか、多くの研究が行なわれてきた。

基本的には、一つのウィルス遺伝子をネズミの肝臓の遺伝物質の中に挿入すると、この遺伝子は、そこで肝臓ガンを形成するための行動をとり始める。実験として行われる際、このネズミは遺伝子導入動物とみなされる。

遺伝子導入ネズミを使って行われた研究は今までに数多くあるが、それは主に、HBVが作用する「分子レベルのメカニズム」について理解するために行われたものである。

しかしこうした今までの研究では、栄養が「腫瘍の成長」に与える影響については、全く見落とされていた。

ある研究団体が「アフラトキシンは人間の肝臓ガンの主要因である」と主張したり、あるいは、別の団体が「HBVが主因である」と主張しているのを、私は数年の間少々楽しみながら眺めてきた。

だが、「栄養としてとり込んだタンパク質こそがこの病気と関係している」と示唆する人など、どの団体にも一人としていなかったのである。

我々は、HBVによって誘発させたハツカネズミの肝臓ガンに、「カゼイン」が与える影響について知りたかった。これは大きな一歩である。発ガン物質としてのアフラトキシン、そして動物の種としてのネズミという研究範囲を超えていた。

私のグループにいた若くて優秀な大学院生、フー・ジファンが、この疑問に答えるための研究を始めていて、やがて、これにチェン・ジキアン博士が加わった。

我々には、遺伝子が導入されたハツカネズミのコロニー(共生集団)が必要だったが、この「血統」を持つハツカネズミは二か所に存在していることがわかった。一か所はカリフォルニア州ラ・フォーヤ、もう一か所はメリーランド州ロックビルだった。

この血統は、肝臓の遺伝子の中に一つの異なったHBV遺伝子を持っており、それぞれ肝臓ガンになりやすかった。

私はこの研究の責任者と連絡をとり、我々のハツカネズミのコロニーを作り上げるのに協力してもらえるかどうかを尋ねた。

二つの研究グループは、我々が何をしたいのか聞いてはきたが、双方とも「タンパク質の影響について研究するのは馬鹿げたことだ」といった考えに傾いていた。

私はこの問題を解明するために研究助成金を申請したが、却下された。審査官らは、「ウィルスによって引き起こされるガン」に与える栄養、特に「タンパク食の影響」という問題を、快く取り上げてはくれなかったのだ。

「もしかして私は、神話ともいえるタンパク質の栄養価値について、あまりにも疑問を抱きすぎてしまったのだろうか」と危ぶみ始めた。助成金の申請却下はそれを物語っていた。

だが、我々は最終的に資金援助を得て、二つの研究グループの血統を持つハツカネズミの研究を行えることになり、我々のネズミで行った場合と基本的に同じ結果を得た。

写真1はハツカネズミの肝臓の横断面を顕微鏡で見たものだ。

 

写真1

画像出展:「チャイナ・スタディー」

黒っぽい物質は、ガンの増殖を示している(穴は単なる血管の横断面なので無視してよい)。

「22%のカゼイン」を与えたハツカネズミでは、強烈な初期ガンがあるが(D)、「14%カゼイン」投与のハツカネズミではもっと少なく(C)、「6%カゼイン」のハツカネズミでは全くない(B)。

写真(A)は、ウィルス遺伝子を持たないハツカネズミの肝臓を写したもので、比較していただくために掲載した。

図15は、ハツカネズミの肝臓に挿入された「ガンを引き起こす二つのHBV遺伝子」の発現(活動状況)を示すものである。

 

図15

画像出展:「チャイナ・スタディー」

この写真とグラフは両方とも、同じことを示している。

すなわち、「22%カゼインの食事」ではガンを引き起こすウィルス遺伝子を「ON」にし、「6%カゼインの食事」では、このような活動はほとんどないことを示している。

我々はすでにこの時点で、牛乳の神聖なるタンパク質「カゼイン」は、「アフラトキシンを投与されたネズミ」そして「HBVに感染しているハツカネズミ」の肝臓ガンを劇的に促進する、と結論づけるに十分な情報を得たのである。

影響は相当なものだったが、我々はさらに、この影響を一緒に生じさせようとするネットワークも発見した。

次の課題は、「この研究結果を、ほかのガンや発ガン物質に当てはめて法則化することができるかどうか」という点にあった。

当時、シカゴにあるイリノイ大学メディカルセンターでは、別の研究グループが、「ネズミの乳ガン」について研究していた。

この研究は、カゼインの摂取量の増加が乳ガンの発生を促進することを証明していた。彼らはすでに、カゼインの摂取量が多いと次のようなことが生じるのを発見していたのである。

 

・実験用発ガン物質「7,12‐ジメチルベンズ(a)アントラセン(DMBA)」と「N‐ニトロソ‐N‐メチル尿素(NMU)」を投与されたネズミにカゼインを多く与えると、乳ガンの発生を促進する。

・ガンを一緒に増殖させるネットワークを通して、乳ガンの発生を促進する。

・ヒトに作用するのと同じ女性ホルモン系を通して、乳ガンの発生を促進する。

発ガン物質の量よりも重要なもの

どれにも共通する一つの現象が見えてき始めた。二つの異なった器官(肝臓と乳房)、四つの異なった発ガン物質(注)、そして二つの異なった動物の種属(ネズミとハツカネズミ)にとって、カゼインは高度の総合システムのメカニズムを使いながら、ガンの増殖を促進するのだ。

【注】アフラトキシン、HBV(B型肝炎ウィルス)、DMBA(7,12‐ジメチルベンズ(a)アントラセン)、NMU(N‐ニトロソ‐N‐メチル尿素)。

 

これは実に説得力のある現象である。例えばカゼインは、細胞と発ガン物質との相互作用、DNAの発ガン物質への反応、ガン性細胞の増殖などに影響する。

下記にあげた四つの理由から、この研究結果の深さと一貫性は人間にとっても適合することを強く示唆している。

 

①ネズミとヒトの「タンパク質必要量」は、両者ともほとんど同じである。

②タンパク質はネズミの体内とほとんど同様の方法でヒトの体内でも作用する。

③ネズミの腫瘍の成長を促す「タンパク質摂取量」のレベルは、ヒトが摂取している量と同等である。

④ネズミにとってもヒトにとっても、ガンは「形成開始期」より、「促進期」の段階のほうがずっと重要である。

 

「促進期」の段階のほうがずっと重要なのには、理由がある。

私たちは、日常生活の中で発ガン物質にさらされている可能性がきわめて高いが、この発ガン物質がやがて完全な腫瘍を生じさせるかどうかは、腫瘍の成長を促進させるか、させないかによって決まるからである。「カゼインの摂取量が増えるとガンを促進する」ということを確信するようになってきていたとはいえ、それでも、このことを広めることに対しては慎重でなければならなかった。

既成概念に対して、挑発的な研究結果だったからで、おそらくは大変な騒ぎとなるだろうことが予測された。しかし、それにもかかわらず、この結果は、次のようなことを喚起し、私は自分が得た証拠をもっと深く究めてみたかった。

 

・ほかの栄養素は、ガンにどのような影響を与え、また、ほかの発ガン物質や異なった器官と、どのように相互作用するのだろうか。

・ほかの栄養素、発ガン物質、器官の影響力は、互いに相殺するのだろうか。

・特定の種類の食品に含まれる栄養素に対する影響の一貫性はあるのだろうか。

・ガンの成長促進は反転可能なのだろうか。もしそうなら、ガンの成長を促進する栄養素の摂取を減らし、成長を阻止する栄養素の摂取を増やすことによって、ガンを容易にコントロールできるかもしれないし、反転させることさえできるかもしれない。

 

我々は、「魚タンパク」「食事脂肪」「カロテノイド類として知られる抗酸化物質」などを含む異なった栄養素を使い、さらなる研究を開始した。

優秀な大学院生のトム・オコーナーとヒー・ユーピンは、この栄養素が肝臓と膵臓のガンに影響する能力について調べた。

今回の結果やほかの研究が「栄養素は、ガンの促進をコントロールするうえで、ガンを発生させる発ガン物質の投与量よりもずっと重要である」ことを示していた。

「腫瘍の成長にとって栄養素は主に腫瘍の促進期に影響する」という考え方は、「栄養摂取とガンの関係」のポイントのように思われてきた。

国立ガン研究所の官報『国立ガン研究ジャーナル』は、我々の研究に注目し、研究結果のいくつかを特集で組んで掲載していた。

そして、さらにもう一つの傾向が見え始めてきた。

動物性食品からの栄養は「腫瘍の成長」を増加させる。

植物性食品は「腫瘍の成長」を減少させる。

こうした現象である。

アフラトキシンによって腫瘍のできたネズミの生涯において、この傾向は変わらなかった。

ほかの研究グループによって行われた「乳ガンと別の発ガン物質に関する研究」でも、この傾向は同じだった。

「カロテノイド系抗酸化物質とガンの初期形成」についての研究でも、この傾向は常に同じだった。

ガンの初期形成から第二段階のガンの促進期まで、この傾向は不変だった。

一つのメカニズムから別のメカニズムまで、このパターンは終始一貫していたのである。これほどまでの不変性は驚くほどだったが、依然としてこの研究のある側面が、我々に慎重であるように求めていた。

すなわち、すべての調査結果は実験動物による研究であつめられたものだったからだ。この結果は、質的には人間にも当てはまる強力な根拠があるとはいえ、量的に妥当かどうか、これはまだわからなかった。

まだ、次のような疑問が残っていたからだ。

 

・動物性タンパク質とガンに関するこれらの法則は、すべての状況において、そしてすべての人類にとって決定的に重要なものなのか。

・むしろこの法則はきわめて稀な状況のときや、ごく少数の人にとって重要だということにすぎないのではないのか。

・この法則は、毎年1000人のガン患者に関係する程度のものだろうか、それとも毎年100万人、あるいはそれ以上の人たちに関わるものなのだろうか。

新たなる研究チャンスの訪れ

我々は実際に「人を対象とした研究」による直接的な証拠が必要となってきた。

この証拠は、理想的に次のような方法で得られるだろう。

すなわち、似たようなライフスタイル(生活習慣)をしていて、似たような遺伝的性質を持ち、病気の発生率に関しては多様であるような大勢の人々を対象とし、そのデータを厳密な方法で集め、食習慣の傾向と関連して調べるのである。

こうした研究を行うチャンスなど、まずめったにないだろう。

ところが、信じられないことに、そのチャンスが訪れたのである。

我々が研究室で明らかにし始めた「法則」を、今度は「人間を対象にした研究」で検証していくチャンスが、与えられたのだ。

1980年、研究室にとても感じのいい科学者、チェン・ジュシン博士を迎えるという幸運に恵まれた。私は、この非凡な学者とともに、「大きな真実」を探求していくチャンスを手にしたのである。

「栄養の役割」「ライフスタイル」「病気」に関して、医学史上かつてないほどの総括的な方法で研究するときが来たのだ。

我々は「チャイナ・プロジェクト」と名づけられた大プロジェクトに一歩踏み出そうとしていたのである。

第4章 史上最大の疫学調査「チャイナ・プロジェクト」の全貌

幸運がもたらした「ガン分布図」の入手

あなたはある瞬間を永久に捉えておきたいといった気持ちに駆られたことがないだろうか。その一瞬を生涯決して忘れまいといった気持に囚われてしまう。

それは家族や親しい友人とのふれ合い、あるいはまた自然や精神上のこと、宗教に関する瞬間かもしれない。

たいていの場合、おそらく「特別な瞬間」とは、さまざまな要素が少しずつ重なって訪れるものではないだろうか。うれしいにつけ悲しいにつけ、この個人的な出来事のことを私たちは「思い出」といっている。「特別な瞬間」とは、すべてのことが同時に重なって訪れる。そして、人生で経験する出来事を「時のスナップショット」として特徴づけてくれる。

「時のスナップショット」は研究分野においても、その価値は高い。我々は、ある瞬間のスナップショットを長く保存し分析したい、と考えて実験を構築した。

1980年代、中国から優秀な研究主幹、チェン・ジュシン博士がコーネル大学の私の研究室に来てくれてから、幸運にも私はこのような「特別な瞬間」にめぐり合うことができた。

博士は中国を代表する健康研究所「栄養・食品衛生研究所」の副所長であり、米中間の国交樹立直後にアメリカを訪れたごく少数の中国人学者の一人だった。

 

1970年代初め、中国の周恩来首相がガンで死にかけていた。末期の状態で身動きができない中、首相は、この病気の情報を収集するため、中国全土に及ぶ調査を開始した。

それは2400余りの郡とその住民8億8000万人(人口の96%)を対象とした「12種にわたるガン死亡率」に関する途方もない調査だった。

この調査は、いろいろな点で注目されたが、その一つは、65万人の作業員が関与するという、「生物医学的研究プロジェクト」としては前代未聞の規模の大きさにあった。

この調査の最終結果は美しく色分けされた分布図に描かれ、どの地域に特定のガンのタイプが多く、また、ほとんどガン患者が存在していない地域はどこか、といったことを示していた。

 

図16

画像出展:「チャイナ・スタディー」

この分布図は、「中国のガンは地理的に一地方に集中している」ことを明らかにしていた。ある種のガンの頻度は、A地域とB地域とでは全く違っていたのである。

ガンの発生率は国によってかなり差があることを示す初期の研究が、この考え方のヒントになった。

ただし、中国のデータの場合、ガンの罹患率と地域的状況との関係性がきわめて密接だったため、より注目に価するものだった。

 

表4

画像出展:「チャイナ・スタディー」

『同一民族でありながら、各種ガンの死亡率にはかなりの幅があり、これは地域によって大きなばらつきがあることを示しています。』

この中国のデータは、人口の87%が同一民族(漢民族)であるという状況のもとで収集されたものである。

遺伝的性質が同じとき、異なった地域におけるガンの罹患率に、これほどのばらつきがあるのはなぜだろうか。

ガンは主に遺伝的特徴によるものではなく、環境やライフスタイルが原因で生じる、と見られる。著名な科学者らが、すでにそう結論を下していた。

1981年の米国連邦議会向けに作成された「食習慣とガンに関する主要報告」の著者たちは、「遺伝的特徴は、ガンのリスク全体のわずか2~3%を決定するにすぎない」と推定していた。

アメリカと中国では何が違うのか

中国のガン分布図のデータは意味深い。あるガンの罹患率が最も高い地域では、そのガンの罹患率が最も低い地域の100倍もある。この数字は実に驚くべき差である。

それと比較してアメリカを見ると、ある地域と他地域でのガンの罹患率の相違は、せいぜい2~3倍にすぎない。ガンの罹患率がわずかにもかかわらず、比較的重要でない相違が大きなニュースとなったり、莫大な利権をもたらしたり、政治問題になったりする。

私の住むニューヨーク州では、ロングアイランドにおける乳ガン罹患率の増加が長年の間話題になっている。この問題に対し、3000万ドルもの巨費と長い年月とが費やされてきた。

どの程度の罹患率が、このような大騒ぎを招いているかというと、ロングアイランド内の二つの地域の罹患率の差はわずか10~20%にすぎないのである。

この程度の違いでも、新聞の一面をにぎわし、人々を怖がらせ、政治家を動かすのには十分なニュースだった。この研究結果を、ガンの罹患率が地域によって100倍(10000%)も差のある中国と対比させてみるといい。

相対的に見て、中国人は遺伝的にはほぼ単一民族であるため、この相違は環境的因子によって説明されねばならない。これは次のような大きな疑問を引き起こす。

 

・なぜ、ガンは中国の一部の農村地域に多く、ほかの地域には少ないのか。

・なぜ、この相違はこんなに大きいのか。

・なぜ、中国では総体的に、ガンがアメリカより一般的ではないのか。

 

チェン博士と私は、これについて話せば話すほど、ますます中国農村部の食習慣と環境状況を瞬間で捉える「スナップショット」が欲しくなった。

 

・もし中国の人々の暮らしを見、食べているものを書きとめ、「どのような暮らしをしているのか」「血液や尿の中にどんなものが含まれているのか」「どのようにして亡くなっていくのか」などを知ることさえできたら……。

・今後末永く研究できるように、中国人のライフスタイルの詳細を前例がないほど細かく書き残すことさえできたら……。

 

もし、それができたら、我々の「なぜ」が解消するかもしれないのだ。

時折、科学・政治・資金が、驚くべき研究を可能にさせるように一つに結びつくことがある。それが我々にも起こった。我々は望んでいたこと以上の研究を行う機会を得たのだ。

こうして我々は、「食習慣」「ライフスタイル」、そして「病気」に関してこれまでで最も総括的な「スナップショット」を作り上げることができたのである。

第8章 ガン対策はどのように改善されるべきか

前立腺ガン形成のメカニズム

ほかのガンの項目ですでに見てきたように、大規模研究から、「前立腺ガンと動物性食品に基づく食習慣(特に乳製品が多い食事)との関連性」が明らかになってきた。

前立腺ガンと乳製品との関係を理解するには、その背景にある二つのメカニズムを知ることが決め手となる。 

(1)成長ホルモンに関するメカニズム

最初のメカニズムは、がん細胞を増殖させるホルモン、すなわち体が必要に応じて作るホルモンに関するものである。

この成長ホルモン「インスリン様成長因子1(IGF‐1)」は、ちょうどコレステロールが心臓病の予測因子であるのと同様、ガンの予測因子であることが判明した。

体が正常なときには、このホルモンは細胞の増殖速度をうまく管理している。この「増殖」とは、健康状態時に、細胞が自ら再生し古い細胞を捨てていく作業のことだ。

しかし、不健康状態のときには、「IGF‐1」がより活発になり、新しい細胞の誕生と成長が促進され、古い細胞の除去が妨げされてしまう。いずれもガンの発生にとっては有利な条件となる(7件の研究が言及)。

では、この状態は、あなたが食べているものとどう関係しているのだろうか。

動物性食品を摂取していると、血液中の成長ホルモンである「IGF‐1」のレベルがアップしてしまうことがわかった。

 

血液中の「IGF‐1」レベルが正常値より高い男性は、進行した前立腺ガンのリスクが5.1倍も高い。

IGF‐1を拘束し、不活発にするタンパク質の血中レベルが低い男性は、進行した前立腺ガンのリスクが9.5倍にもなる。

 

こうした数字は大いに強調すべきだろう。正常な人との違いがあまりにも大きく、驚くべき数字だからだ。

この研究の結論において最も基本的なことは、肉(魚介類も含む。以下同様)や乳製品のような動物性食品を摂取すると、より多くの「IGF‐1」を製造するという点にある。

 

 (2)「ビタミンDの代謝」に関するメカニズム

二番目のメカニズムは「ビタミンDの代謝」に関連している。ビタミンDは私たちがあえて摂取する必要のある栄養素ではない。体は一日おきに15分から30分、ただ日光に当たるだけで、必要な量をすべて作っている。日光の作用による製造に加え、ビタミンDは私たちが食べるものによっても影響される。

「活性型ビタミンD」の生成は、体によってきびしくコントロールされている機能であり、前立腺ガンばかりか、乳ガン、結腸ガン、骨粗鬆症、1型糖尿病のような「自己免疫疾患」などにも影響を与える、体に備わった均衡作用の代表である。

多くの病気にとってこのビタミンDが重要であることや、そしてこのビタミンDの機能に関する説明が複雑になることから、また、私の主張を過不足なく説明するため、簡略な図式を付記し補足しておいた。

 

図Ⅰ

画像出展:「チャイナ・スタディー」

「食べ物がいかに体の健康状態をコントロールしているか」を示す反応システムを、ビタミンDを取り巻く複雑なネットワークが解き明かしている。

このプロセスの主要素は、食べ物や日光から得られるビタミンDによって作られる「活性型ビタミンD(別称、過給型ビタミンD)」である。

「活性型ビタミンD」は、ガンや自己免疫疾患、骨粗鬆症などの予防を含む多大な効果を体に与えてくれる。このきわめて重要な「活性型ビタミンD」は、食べ物や薬から摂取するようなものではない。

「活性型ビタミンD」から作られた薬は強すぎて、医療用としてはあまりにも危険だ。体は入念にコントロールされたセンサーを用いて、それぞれの作業にとって、適切なときに適切な量の「活性型ビタミンD」を製造するのである。

結局のところ、私たちが口にする食べ物が、この「活性型ビタミンD」の生産量と生産後の働きを決定する可能性がある、ということだ。

私たちが摂取する動物性タンパク質は、「活性型ビタミンD」の生産を妨げてしまう傾向があり、このビタミンの血中レベルを低下させてしまう。もしこの低レベルが続くと、前立腺ガンが生じる。また、カルシウムをとりすぎていると「活性型ビタミンD」の働きが低下する環境を作ってしまい、問題を増大させてしまうことになる。

では、動物性タンパク質と大量のカルシウムの両方を含んでいる食べ物とは、どんなものなのだろう。それは牛乳や乳製品だ。これこそ、前立腺ガンとの関係を明らかにする証拠と一致する食品だ。

この情報は、我々が「生物学的妥当性」と呼ぶものを提供してくれており、観察データがこの情報と完璧に一致していることを示している。このメカニズムをまとめてみると、次のようになる。

・動物性タンパク質は、体により多くの「IGF‐1」を作らせる。これは次のプロセスで細胞の増殖機能と除去作用を崩壊させてしまい、ガン発生を促すことになる。

・動物性タンパク質は、「活性型ビタミンD」の生産を止めてしまう。

・牛乳の中に見られる「過剰のカルシウム」もまた、「活性型ビタミンD」の生産を止めてしまう。

・「活性型ビタミンD」は、体内でさまざまな健康効果を作り出すことに貢献している。

・「活性型ビタミンD」のレベルが低い状態が続くと、さまざまなガンや自己免疫疾患、骨粗鬆症ほかの病気を引き起こす環境を作り出すことになる。

 

重要なことは、「前立腺ガンのような病気は、良いものにしろ悪いものにしろ食べ物の及ぼす影響がいかに大きいか」といことを自覚することである。

ビタミンDを取り巻く複雑なネットワークの存在を発見したことから、私たちは「どの機能が最初に働き、どれが次の機能に続くのか」とすぐに推測したがるが、ネットワークの中の反応だけを独立して考えることは大きな誤りである。

病気予防のため、体の中できわめて複雑な方法で連携し作用し合っているという「膨大な反応数」は実に感動的だ。

ガンのような病気を引き起こす原因を完全に説明する唯一のメカニズムなど存在しない。このようなことを考えるだけでも馬鹿げたことだろう。しかし、私にわかっていることは、次のようなことだ。

ここで見てきたように、ガンはきわめて組織的なネットワークを背景にして形成されていく。そして、完璧な証拠によって、「乳製品や肉を摂取することは前立腺ガンの重大な危険因子となる」という結論に導かれた、ということである。

第11章 私たちの健康と食べ物に関する「八大原則」

表13表14は下に添付しています。


ご参考牛乳消費量と発ガンとの関係性について

下記の2枚の資料はネット上にあった情報を集め、自分なりに「牛乳消費量と発ガンの関係性について」考えたみたものです。時期的に同じではなく、寄せ集め情報によるものなので信頼性に課題はありますが、これを見ても牛乳と発ガンの関係は高いと考えて問題ないように思います。

なお、資料の下に参考とさせて頂いたサイトのリンク先や図を添付しています。


こちらのサイトでは、牛乳・乳製品消費量(2009~2011の平均)が確認できます。

この右側上部に「この統計の内訳データ」と書かれたボックスがあり、この中の上から6番目に(乳がん)はあります。

「乳がん検診受診率の国際比較(50~69歳)」のグラフはこちらの花王グループさまのサイトに出ています。

 

がんの話ではないのですが、「チャイナ・スタディ」のp410-412に、『「牛乳は危険な食品」を裏付ける研究』と題する章の中で、フィンランドで1980年代後半と1990年代半ばに開始された研究についての記載がありました。フィンランドが牛乳消費大国ゆえに、牛乳の安全性に対する意識が高いということだと思います。

 


【がん登録の歴史】 

資料はPDFです。国立ガン研究センターのサイト内にあるものです。

がんと自然治癒力5

1971年のニクソン大統領の「がん撲滅宣言」に続き、1975年、フォード大統領は栄養問題を検討する上院特別委員会を設置し、世界規模の調査を実施するよう指示をしました。

 

著者:末松俊彦(医学博士)

出版:ヘルス研究所

発行:初版2012年1月30日(ヘルス研究所さまに確認済)

注)ブログでは記載された内容を箇条書きにしています。

1.マクガバン・レポートとは?  

マクガバン・レポートとは、1977年(昭和52年)に、アメリカ上院議員であるマクガバン氏(民主党の元副大統領候補)が政府に提出したレポートのこと。

●当時の死亡率は第一位が心臓病、二位はがん。一位の心臓病の治療費は180億ドル(約2兆円)に達し、この危機的な状態を打開するための医療改革の一つ。1977年に国民栄養問題アメリカ上院特別委員会が設置された。 

2.マクガバン・レポートの問題提起 

●国民栄養問題アメリカ上院特別委員会での「食事(栄養)と健康(慢性疾患)の関係」について、世界的規模での調査と研究は7年の歳月と数千万ドル(数十億円)もの国費が投入された。

●世界各国の医学者・栄養学者など、3000人以上に協力を求めた。 

まとめられた報告書は5000ページにも及ぶ膨大なもので、世界各国の政府や医学界に衝撃を与えるものだった。

●報告書では、ハンバーガーやステーキ、アイスクリーム、炭酸飲料などが完全に否定された。

●報告書では、先進国ほど不自然でひどい食事を摂っており、がん・心臓病・糖尿病の原因になっているとされた。また、20世紀初めのアメリカではがんや心臓病は珍しい病気であったとされた。

●報告書では、現代医学は手術や薬に偏りがちで、栄養については盲目的な医療を行っている。新しい栄養学をとり入れた医学に替える必要があると結論づけられた。

●報告書の中では、肉食中心に偏った食生活が引き起こした『食減病』であり、「これは薬では治らない。われわれはこの事実を素直に認めて、早急に現在の食事の内容を改める必要がある」と述べ、ただちにその改善に取り組むよう、政府に強く勧告した。また、食事内容を改善すれば、がんの発病もがんによる死亡も20%減少し、心臓病は25%減少、糖尿病は50%減少するとする推計学的予測も報告書に含まれていた。

画像出展:「マクガバンレポート」

3.7項目にわたる改善目標   

(1)野菜・果物・全粒(未精製)穀物による炭水化物の摂取量を増やす。

(2)砂糖の摂取量を減らす。

(3)脂肪の摂取量を減らす。

(4)とくに動物性脂肪を減らし、脂肪の少ない赤身肉や魚肉に替える。

(5)コレステロールの摂取量を減らす。

(6)食塩の摂取量を減らす。

(7)食べ過ぎをしない。

画像出展:「マクガバンレポート」

4.デザイナーフーズ計画   

●1979年にアメリカ政府や研究機関は、「ヘルシーピープル」という全米規模の健康政策を開始した。

●1990年代に入り、アメリカがん研究所が「デザイナーフーズ計画」を立ち上げた。この計画では、長年実施されてきた疫学調査のデータをもとに、がん予防に効果的な食品及び食品成分の約40種類を研究して、重要度(上記ほどがん予防が高いと考えられる)に応じて積み上げられた3層からなるピラミッド型の図が作られた。

 

画像出展:「マクガバンレポート」

5.日本とアメリカのがん死亡率が逆転 

●近年、日本人のがんによる死亡者数は増加の一途をたどっている。一方、アメリカではがんの患者数や死亡者数が毎年減り続けている。

●ニクソン大統領の「がん撲滅宣言(1971年12月23日)」から取り組んできた(食事の改善、禁煙・運動習慣・定期健診など)成果である。

6.お手本は昔の日本人の食事 

●5000ページにも及ぶマクガバン・レポートには、「最も理想的な食事は日本人の元禄時代(江戸中期)以前の食事である」と報告されている。

画像出展:「マクガバンレポート」

7.第2のマクガバン・レポート「チャイナ・スタディ」 

1983年(マクガバン・レポートから約6年後)から中国全土を対象にした史上最大の疫学調査が、アメリカの大学と中国衛生部・中国医療科学研究院によって行われた。これは第二のマクガバン・レポートともいえるもので、「チャイナ・スタディ」というレポートとしてまとめられた。

 注)「チャイナ・スタディ」については、次回のブログ(がんと自然治癒力6)で取り上げます。

●「動物性食品の摂取はがんの最大の要因であって、このような食習慣を変えることが、がんの予防や改善には最も大切なことである」と報告された。

8.ファイブ・ア・デイ運動  

●アメリカがん協会は、がん予防の主な食事指針として、①食べ物の大半を植物性の食品にすること、②高脂肪食品(特に動物性の食品)の節制をよびかけ、1991年には、ファイブ・ア・ディ運動(1日5皿「品目」以上の野菜と果物を摂ろうというもの)を始めた。これは、野菜や果物などの植物性食品全般には、色素や香り・苦味のもとになるファイトケミカル(植物由来の化学物質で、活性酸素を中和する抗酸化物質の総称。ポリフェノールやイソフラボンなどをいう)という物質が含まれているからである。

がん細胞は、正常な細胞の遺伝子が活性酸素(酸化力の強い酸素)によって傷つくなどして発生するため、ファイトケミカルの抗酸化力(酸化を防ぐ働き)は、正常な細胞を活性酸素の害から守り、がんの予防につながるとされた。

画像出展:「マクガバンレポート」

9.アメリカのがん問題調査委員会が代替医療を推奨 

アメリカでがんの死亡率が低下した主な要因として、代替医療の普及も挙げられ、アメリカの問題調査委員会では、とくに代替医療を推奨している。

代替医療とは、がんの通常療法(抗がん剤・放射線・手術)以外の治療法(食事療法・薬草療法・行動心理療法・薬物の生物学的治療法など)を指す。

●1990年にアメリカ議会技術評価局(OTA)の、がん問題調査委員会が発表した「がんの代替療法」という報告書によって推奨され、広く世界中に知られるようになった。

※OTAはThe Office of Technology Assessmentの略でアメリカ議会に1972年から1995年まで存在していたものです。ネット検索したところ、『The OTA Legacy』という英語のサイトがありました

●WHO(世界保健機構)の調査によれば、世界総人口の65~80%の人々が、西洋医学以外の代替医療を何れかの方法でとり入れていると報告している。

●ドイツ・フランス・イギリスでは医学教育の中に代替医療教育を導入しており、医師国家試験にも代替医療に関して出題されている。

●アメリカにある125の医科大学のうち82校(66%)が西洋医学を補完する医学として、代替医療分野の講座が設置されている。

画像出展:「マクガバンレポート」

10.自然治癒力を高めることが重要

医学の父、医学の祖ともいわれる古代ギリシャの医師ヒポクラテスは、「自然は不調和を回復しようとする力を人体に与えており、これを自然治癒力という。これを助けるのが医術であり、治癒の根本方法である」と重要な教訓を後世にのこしている。

ファイブ・ア・ディ運動のような自然治癒力を高める方法で、健康を維持し、健康をとり戻すことがより一層基本的、且つ重要なことといえる。

 

画像出展:「マクガバンレポート」

ご参考

「栄養学の講座をもつ医学部」をキーワードに検索したところ、たいへん興味深い記事がありましたのでお知らせします。

また、大学では徳島大学さまが力を入れていることがわかりました。

医学部での栄養学講義 医師の7割以上が「必要」 適切な食事療法に向けて』 こちらは、医師限定コミュニティサイト「MedPeer」を運営するメドピアさまの調査によるもので、公開日は2012年6月6日となっています。

がんと自然治癒力4

今回のブログは『デヴィータ がんの分子生物学』という本が題材になります。日本語版の初版は2012年9月ですが、原著は2011年5月なので、今から約7年前に発行された本です。「分子生物学」とは、生命現象を分子を使って理解するという学問です。

実は、第2版の日本語版が2017年5月(原著は2015年4月)に出版されているのですが、節約のため初版ということになります。ご容赦ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出版:メディカル・サイエンス・インターナショナル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは原著です。同じ表紙でした。


ヴィンセント・デヴィータ氏の主な経歴は次の通りです。(ウィキペディアさまより)

●アメリカ合衆国の医師、腫瘍学におけるパイオニア。元アメリカがん協会 President。イェール大学医学大学院教授。元アメリカ国立がん研究所 director。がん化学療法における研究で知られ、1972年にはAlbert Lasker Clinical Medical Research Awardを受賞した。

●アメリカ国立がん研究所(NCI)に勤務し、1980年にはNCIおよび国家癌プログラム(National Cancer Program)のdirector に任命され、1988年まで務めた。

本の概要は下記の通りですが、これは「序」からの抜粋です。

●本書は、がんの分子生物学に関する基礎的な知識を、一冊にまとめたものである。内容構成は、がん研究に興味をもつ研究者と、がん患者の治療に大きな影響を与える基礎研究について知りたいと望む腫瘍専門医の双方に有益であろう。

第Ⅰ部は13の章からなり、がんの分子生物学の一般的な原理をまとめ、がん細胞の挙動を理解するための基本的な仕組みが理解できるようにしてある。

●第Ⅱ部は20の個別のがんについて、分子生物学の最新知識ががんの臨床や、がん患者の管理にどのように影響を与えているかを解説した(20とは、頭頸部がん、肺がん、食道がん、胃がん、膵がん、肝がん、大腸がん、腎がん、膀胱がん、前立腺がん、婦人科がん、乳がん、内分泌腫瘍、肉腫、皮膚悪性黒色腫、中枢神経系腫瘍、小児がん、リンパ腫、急性白血病、慢性白血病)

内容は非常に難しいものでした。ブログでは第Ⅰ部のみを対象とさせて頂き、自分なりに理解できたと思う部分のうち、ブログに残したいと感じた箇所を列挙しました。

いきなり横道に逸れてしまうのですが、がんに関する一般的な知識や情報を確認されたい場合は、下記のサイトをお勧めします。

 

 

知っておきたいがんの基礎知識

予防・検診(下部に「がん冊子(科学的根拠に基づくがん予防)」が付いています)

化学療法全般について(抗がん剤治療)

第Ⅰ部については全体的な雰囲気をつかんでいただくために、目次をご紹介させて頂きます。

第Ⅰ部 がんの基礎知識

1.がんゲノム

1.1 がん関連遺伝子の変異

1.2 がん関連遺伝子の変異

1.3 がんゲノム解析:手法とその精度管理

1.4 がんゲノム解析によって同定されるさまざまな体細胞異常

1.5 経路にもとづくがんゲノムの解析

1.6 がんゲノムプロジェクトのネットワーク

1.7 がんゲノムの俯瞰図

1.8 がんゲノムとがんの新しい分類法

1.9 がんゲノムと薬剤耐性

1.10 がんゲノム解析の未来

2.ゲノム不安定性の機構

2.1 ゲノム不安定性に対する基本的な防御

2.2 ゲノム不安定性への抵抗機構

2.3 がんにおける変異

2.4 ヒト腫瘍におけるゲノム不安定化の機構

2.5 何が染色体不安定性と全染色体異数性の原因となるのか

2.6 全染色体異数性はがんの原因となるであろうか

2.7 がん治療への展望と示唆

3.がんのエピジェネティクス

3.1 エピジェネティックな過程

3.2 がんにおけるエピゲノムの変化

3.3 エピジェネティックな変化のタイミング

3.4 がんの早期発見のためのエピジェネティックバイオマーカー

3.5 エピジェネティック治療

3.6 エピジェネティック治療に伴う問題

4.テロメア、テロメラーゼとがん

4.1 テロメアとテロメラーゼ

4.2 細胞老化

4.3 テロメア維持とがん

5.細胞シグナル伝達、増殖因子とその受容体

5.1 シグナル伝達系

5.2 情報受容の分子装置:リガンドと受容体

5.3 プロテインキナーゼの活性調節

5.4 低分子の二次メッセンジャー

5.5 効率と特異性:多タンパク質シグナル伝達複合体の形成

5.6 シグナル伝達ネットワーク

6.細胞周期

6.1 細胞周期エンジン

6.2 細胞周期の各期への移行の仕組み

6.3 ユビキチン依存的タンパク質分解

6.4 細胞周期の制御

6.5 細胞周期とがん

6.6 マイクロRNA、細胞周期とがん

6.7 細胞周期とがん治療

7.細胞死のメカニズム

7.1 アポトーシス

7.2 オートファジー

7.3 細胞壊死

8.がんの代謝

8.1 がん細胞における代謝の変化

8.2 細胞増殖のエネルギー論

8.3 がん患者におけるがんの代謝イメージング

8.4 発がんに重要なゲノム異常が細胞代謝に及ぼす影響

8.5 代謝を標的としたがん治療

9.血管新生

9.1 序論:がんに対する血管新生阻害療法の着想

9.2 腫瘍毛細血管形成の順序

9.3 周皮細胞

9.4 腫瘍血管は機能異常を伴う

9.5 腫瘍血管新生の調整分子:血管新生の刺激因子とその受容体

9.6 腫瘍血管新生の内因性抑制因子

9.7 互いに協調的に働く腫瘍血管新生の制御因子:内皮細胞におけるNotch受容体‐DLL4シグナル経路

9.8 血管新生阻害薬の開発戦略

9.9 血管新生阻害薬を併用した化学療法やその他の治療法の効能向上

9.10 血管新生阻害薬・治療に対する耐性

9.11 腫瘍血管新生のバイオマーカーと血管新生阻害治療

9.12 血管新生阻害薬/抗VEGF薬剤にもとづいた臨床試験

9.13 先行きの見通し:血管新生阻害療法の新たな標的や薬剤、戦略

10.浸潤・転移

10.1 転移の発生と病因

10.2 転移の統合的モデル

10.3 原発腫瘍に転移能を獲得させる選択圧

10.4 造腫瘍と転移開始との関連

10.5 発がんと転移進展の関連

10.6 転移進展から肉眼的転移巣の形成へ

10.7 マイクロRNAと転移

11.がん幹細胞

11.1 腫瘍の不均一性

11.2 白血病幹細胞

11.3 固形腫瘍のがん幹細胞

11.4 がんにおける遺伝的多様性とクローン進化

11.5 がん幹細胞の起源

11.6 上皮間葉転換

11.7 がん幹細胞:標的療法

12 個別化がん治療の生物学

12.1 がんの素因

12.2 家族性腺腫性ポリポーシス

12.3 Lynch症候群

12.4 ポリポーシスがみられるその他の症候群

12.5 関連解析

12.6 乳がん

12.7 早期診断

12.8 腫瘍の分類と患者層別化

12.9 治療

12.10 チロシンキナーゼ耐性の出現

12.11 それ以外の抵抗性メカニズム

12.12 BRAF阻害薬

12.13 将来の展望

12.14 変貌しつつある個別化医療

12.15 結論

13 小分子キナーゼ阻害薬による分子標的治療

13.1 初期の成功:既知のキナーゼに変異をもつがんに標的化

13.2 PI3K経路を直接標的に

13.3 キナーゼ阻害薬の併用

13.4 がん薬物療法におけるキナーゼ阻害薬の今後の展望

ブログのポイントは次に2つです。

A.概要:がんとは何か

B.詳細:がん研究、分子生物学的キーワード

注)すべて本書の内容に基づいていますが、目次の項目をすべて網羅してはおりません。また、用語説明、補足説明など十分ではありません。

上記の2つのポイントのうち「概要」については全体から寄せ集めしたものになっています(後ろに目次名を付けています)。一方、「詳細」については目次の順番に従って、お伝えしたいと思った内容を列挙しています。また、柱となるような用語等は理解を助けてくれるようなサイトをご紹介しています。

A.概要:がんとは何か

以下の内容は寄せ集めですが、最初に全体像をお伝えするにふさわしいと思う、12.個別化がん治療の生物学の冒頭部分と「将来の展望」をご紹介させて頂きます。

がんが遺伝子病であることはすでに十分に確立された事実である。がん細胞の遺伝子は、それが由来した正常細胞と一部異なっている。正常細胞が形質転換しがん細胞へと変化するプロセスが進行するためには、複数の遺伝子変化が必要なのである。

がんは孤発性に起こるものと、遺伝的に素因をもっている人に発生するものとに分けられる。

特定のがんを発生しやすい特定の遺伝子変異を両親から受け継ぐ人がいる。しかし、これらの人は生後すぐにがんを発症するわけではない。その細胞に、特定の遺伝子変異がさらに加わったときに、はじめてがんになるのである。

孤発性にがんを発症する人では、細胞の増殖を制御する遺伝子に体細胞変異が偶然に起きたり、または発がん物質などによって変異が起こる結果、腫瘍形成に至る一連の過程が始まるのだろう。

がんの原因になるのは遺伝子変異のみではない。遺伝子のコピー数の変化、転座、挿入、欠失、逆位などの染色体変化、遺伝子発現パターンの変化、そしてエピジェネティックな変化も、がん感受性、がん発生、がん進展に重要な役割を演じている。

それぞれの悪性腫瘍に重要な遺伝子やゲノムの変異を解明できれば、正確な診断や予後予測に役立つだけでなく、変異にもとづいて患者を層別化し、各患者に最適な治療を施せる。遺伝子やゲノムの情報にもとづいて最適な治療を選択する医療を“個別化医療”という。

がん発生、進展に重要な役割を演じる遺伝子やゲノム変化に関する情報は急速に増えつつある。がん細胞は、基本的に1つの細胞から発生したクローンである。生検、外科手術によって十分な量のがん組織を採取すれば、遺伝子やゲノムの変化を正確に検出することが可能である。その結果、がんに関する情報は他の病気に劣らず豊富に収集されている。そしてこの情報が個別化医療を進めるうえでの基礎となる。(12.個別化がん治療の生物学)

●がんの発生、進展に関与する遺伝子やゲノムの変化についての知識が積み重ねられている。そして、それらにもとづいて、適切な薬剤を選択するための知識も増えつつある。がんの遺伝子やゲノムの変化に関する研究は、高速化技術、大規模化技術により後押しされている。

遺伝子のコピー数変化、染色体の異常、遺伝子発現の変化、ゲノム規模のメチル化の変化、そしてDNA塩基配列変化を検出する技術は、ここ数年で劇的に向上した。最近のDNA塩基配列解析技術の費用の低廉化により、腫瘍やその対照となる正常細胞において多数の遺伝子、全エキソーム、さらには全ゲノム塩基配列の比較が可能となった。これにより、がんの生物学の理解が深まっただけでなく、がんの遺伝子変化と患者の遺伝情報のタイプにもとづいて治療薬を選択することが可能となりつつある。(12.13 将来の展望)

以降、目次の順に選択したものをお伝えします。

●がんは本質的に遺伝子異常に起因する疾患であり、体細胞ゲノムにおける異常の蓄積によって進展すると考えられている。(1.がんゲノム)

●がんは、臨床的に診断された時点ですでに変異DNAをもつ数十億の細胞から構成されている。(1.5 経路にもとづくがんゲノムの解析)

ゲノム情報が明らかになる以前は、がんは基本的に2種類の情報で分類されていた。すなわち、場所(発生臓器)と外見(組織学的特徴)である。(1.8 がんゲノムとがんの新しい分類法)

がんは、アポトーシス抵抗性、自律的増殖、細胞の不死化、細胞周期からの逸脱の回避を促進するような一連のゲノム変化から発生する。このような性質を獲得することによって、血管新生、浸潤、転移が促進される。(2.ゲノム不安定性の機構)

ヒトの体に含まれるおよそ60兆個の細胞は、ゲノム損傷の要因に常にさらされている。通常の細胞分裂や代謝に伴う自発的な損傷と、外的な要因による損傷の両方である。細胞は、細胞代謝の副産物である酸化ストレスにさらされているが、さらに、定常的に入れ替わる細胞集団はそれに加えて、DNA複製、細胞分裂、テロメア維持の過程で起こるエラーも受ける。

細胞はまた、外部からのさまざまなゲノムに有害な作用にもさらされる。たとえば、紫外線、ガンマ線、ある種の化学物質などがある。その結果、いろいろな段階において、ゲノムが不安定になることを防ぎ、がんの促進や不利となる変異が伝搬されることを予防する機構が作られている。(2.1 ゲノム不安定性に対する基本的な防御)

がんは、正常な細胞のホメオスタシスを制御している遺伝子が、その機能を障害されたときに起こる疾患である。(3.がんのエピジェネティクス)

疫学研究により、エピゲノムに対する環境要因の影響が明らかにされつつあり、エピジェネティックな変化が、生活習慣要因とがん発生率・予後を結びつけるメカニズムとして寄与していることを特定した。(3.2 がんにおけるエピゲノムの変化)

エピジェネティック異常による遺伝子不活性化は、おそらく腫瘍発生のとても早い段階に起こっている。エピジェネティックな変異は、それゆえ、発がんイニシエーターと考えられ、初期に起こる細胞のクローン性増殖につながり、さらなるがん化へのリスクとなる。また、エピジェネティックに不活性化されるという異常は、加齢、炎症などのリスク因子によって誘導されうる。(3.3 エピジェネティックな変化のタイミング)

個体を形づくる組織の多くは、大規模な細胞の入れ替えがあって初めて機能を維持することができる。たとえば、腸管内腔を覆う上皮細胞は、週の単位で新しい細胞に置き換わり、無数の血液細胞が毎日つくり出されている。だが、個体の生涯にわたって少しずつ起こる現象は、最終的に数多くの傷害を細胞にもたらし細胞をがん化させる。

そのような傷害として、細胞増殖に伴うテロメアの持続的な短小化、DNA複製の誤り、内因的あるいは外因的な変異原による体細胞突然変異、発がん関連遺伝子の先天的な変異、エピジェネティックな遺伝子制御異常などをあげることができる。(4.テロメア、テロメラーゼとがん)

テロメアの機能低下は、アポトーシスや細胞老化などをもたらし、重要ながん抑制機構の1つである。その一方で、p53(p53遺伝子:悪性腫瘍(癌)において最も高頻度に異常が認められている)が機能欠損した場合には、同じテロメアの機能低下が、ゲノム不安定性をもたらし、正常細胞をがん化させる動力源となるゲノムワイドな突然変異を誘導する。つまり、テロメアによるがん抑制機構は、ある条件下では、反対にがん化を促進することになる。

テロメアとテロメラーゼを基礎生物学として理解することは、それがもつがん抑制機構やがん化促進機構の理解につながる。モデル生物やヒトを用いた研究によって、テロメア機能が、ゲノム不安定性、組織や臓器のホメオスタシス、慢性疾患、老化そして発がん過程に大きな役割を果たしていることが明らかになっている。

たとえば、発がんについていうと、マウスを用いた研究から、ヒトで、加齢とともにどうしても上皮細胞に由来するがんの発生が増すのか、ある臓器に慢性炎症や変性が起こるとその臓器のがんの発生頻度がなぜ上昇するのかが明らかにされつつある。テロメアがいかに維持されるのかが基礎生物学として理解されると、その成果は、多くの種類のがんの診断と治療、老化、老化関連疾患、そして変性疾患など、テロメアが関与する臨床病態の診断や治療などに活発に応用されるだろう。(4.1 テロメアとテロメラーゼ)

細胞老化は、テロメアとの関連にとどまらず、さまざまな発がん刺激によって活性化され、がん抑制機構として広く機能していると考えらえる。(4.2 細胞老化)

すべてのヒト臨床がんの80%以上の症例において強いテロメラーゼ活性が確認されており、この高い陽性率は、細胞の悪性化においてテロメラーゼが果たす重要性を如実に示している。(4.3 テロメア維持とがん)

シグナル伝達経路における変異が、さまざまな種類のがんにおいて見いだされている。(5.1 シグナル伝達系)

細胞分裂は、完璧な正確さで遂行されなければならない過程である。1つの受精卵から成体をつくり出す過程には無数の細胞分裂が必要であり、そのたびに遺伝情報および他の大部分の細胞構成因子を正確に分配しなければならない。

細胞分裂は、限られた寿命しかもたない必須の細胞を補充するために、成体になっても引き続き行われる。そのため生物は、誤りを回避し、もし誤りが起こってもそれを修正するための、何重もの安全装置を備えた細胞分裂の仕組みを進化させてきた。

にもかかわらず誤りはある頻度で起こり、長い時間を経て蓄積された変異は安全機構を劣化させ、ゲノムを徐々に脆弱にしていく。その結果として遺伝的安定性、すなわちゲノムの安定性が失われ、がんの発生の主要な原因として生存に重要な影響を及ぼす。(6.細胞周期)

がんは、一面では増殖が制御不能に陥る病気ととらえられる。遺伝子の変異が新たな機能の獲得や機能レベルの上昇につながり、がんに結びつく場合、その遺伝子はがん原遺伝子と呼ばれる。

がん原遺伝子は、通常増殖や分裂を促進するタンパク質をコードしている。機能を喪失するような変異ががんを引き起こすような遺伝子は、がん抑制遺伝子と呼ばれる。がん抑制遺伝子は、通常増殖や分裂を負に制御し、細胞ががん化するのを防ぐ因子をコードしている。(6.5 細胞周期とがん)

オートファジーの機能は、ストレスを受けた組織と腫瘍において特に重要である。なぜなら、このような組織や腫瘍においては、効率的でない好気性解糖系に依存していたり、急速な腫瘍の成長や転移の間に血液供給が断続的で限られていたりすることにより、代謝性のストレスに定期的にさらされているからである。それゆえ、組織や腫瘍のオートファジー欠損は、細胞の適応状態を減少させ、細胞を、DNA障害、変異、ゲノム不安定性を受けがちな状態にし、そしてそのことが腫瘍の開始と進行に寄与する。

これらの細胞自律的な機構に加えて、オートファジー欠損は、腫瘍内で慢性的な細胞死や炎症を起こす細胞の生存率を下げることによって、腫瘍形成を細胞非自律的に促進する。(7.2.1 代謝ストレスに対する細胞の生き残りを促進するオートファジーの役割)

がん組織は正常組織と異なり酸素の有無によらず大量の乳酸を産生する(好気的解糖)。そして、この代謝の特徴はがんの診断に活用され、また初期の化学療法の開発へとつながった。しかし、細胞の代謝の違いを応用したがん治療法はまだ少ない。がん代謝の研究は現在活発な研究分野であり、がん治療における新規標的を含んでいると期待されている。(8.がんの代謝)

 

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

好気的解糖(ワークブルク効果)

こちらは「健康用語WEB事典」さまのサイトの一部です。

正常細胞は酸化的リン酸化によってエネルギーを得ているのに対し、がん細胞は酸化的リン酸化ではなく好気的解糖によってエネルギーを得ています。酸化的リン酸化と比較してグルコースからATPを産出する能力が著しく低下するにも関わらず、がん細胞は好気的解糖をひたすら行っているのです。この現象をワールブルグ効果(the Warburg effect)と呼びます。

がん細胞のエネルギー代謝

こちらは「KOMPAS」という慶應義塾大学病院さまの 医療・健康情報サイトの内容の一部です。

がん細胞は自身が増殖するために正常細胞とは異なるエネルギー利用戦略をとります(図1)。まず、通常正常細胞は酸素が十分にある環境下では、取り込んだブドウ糖をミトコンドリアにて酸化的リン酸化を通じて、エネルギー通貨であるアデノシン三リン酸(ATP)を作ります。それに対し、がん細胞は、酸素の有無にかかわらず、ブドウ糖の細胞内への取り込み量を増やすと同時に、取り込んだブドウ糖を乳酸に代謝する「解糖系」という代謝経路を活性化することでATPを得ています。この現象は発見者の名前に因み、「ワールブルグ効果」と呼ばれています。もうひとつ重要な点は、がん細胞は他の細胞種に比べ、高いストレス耐性を身につけているということです。このようながん細胞の特徴が抗がん剤による化学療法、放射線治療などのがん治療の分野で問題になっています。 

こちらが(図1)です。

ヒトのがんは細胞の不適切な増殖を促進するようなゲノムとエピゲノムの異常の結果として発生する。これらイベントは腫瘍の形成や進展にかかわるがん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化を引き起こす。

特定のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の変化はある種の特異的な悪性形質における特徴となっているが、このような遺伝子の変化の多くがさまざまながん種から発見されている。これらの遺伝子変化はさまざまな細胞シグナル伝達経路や転写経路等に存在しているが、これらいくつかの変異が協同して不適切な細胞増殖を起こしているのかはよくわかっていない。

これら遺伝的変化がもたらす1つの共通した結果は細胞代謝の変化である。(8.4 発がんに重要なゲノム異常が細胞代謝に及ぼす影響)

腫瘍において変化している細胞内代謝の生物学的役割として最も強調しておくべきことは、がんを促進する多数のゲノム異常の共通の結果として、グルコースの摂取および代謝が亢進しているということである。すなわち、形質転換はグルコース摂取の亢進と連動している。(8.4 発がんに重要なゲノム異常が細胞代謝に及ぼす影響)

がんにおける代謝調節のメカニズムとその調整機構が、がん細胞の生存に不可欠とされている遺伝子変異により左右されるという事実は、がんがこういった代謝に依存しており、その点をがん治療に利用できる可能性のあることを示唆している。

事実、最初に効果を上げた化学療法の1つは葉酸代謝が標的である。葉酸が血球細胞の増殖を促進させるという発見は最終的に化学療法剤としての抗葉酸剤の開発をもたらした。また、プリン代謝を標的とした化学療法剤も使われている。

これらの薬剤は現在では細胞傷害性のがん治療薬であると考えられているものの、腫瘍細胞の代謝依存性を標的とすることにより最新のがん治療においても重要な役割を果たし続けている。(代謝を標的としたがん治療)

腫瘍血管新生を標的にした有望な戦略が数多く存在するといえる。これらの戦略から途方もない数のさまざまな血管新生阻害薬が発見されるに至った。これまで認可された血管新生阻害薬はすべてVEGFか受容体チロシンキナーゼVEGFRを標的にしたものである。(9.8 血管新生阻害薬の開発戦略)

15年前(現在2018年から22年位前)に仮説が立てられた血管新生阻害によるがん治療の理論上の利点は、この治療の理論上の利点は、この治療法なら薬剤耐性が獲得されて薬の効き目が時間を経るごとに薄れていく恐れが少ないだろうということであった。しかし、前臨床実験でも臨床においても、血管新生阻害薬を投与すると、他の抗がん剤や治療法と同様に耐性獲得の問題が深刻であることが示されている。(9.10 血管新生阻害薬・治療に対する耐性)

がんは過形成から発生し、しだいに形態異常や浸潤能を獲得した腫瘍となり、やがて遠隔の臓器へ無作為でない方式で転移していくことを病理学者は長年にわたって観察してきた。このような、発生の源の臓器から遠隔の組織へがんが広がることを転移と呼ぶ。

近年、細胞の増殖、細胞死、ゲノムの不安定性、シグナル伝達機構に関する研究は急速に進展してきたが、それでも転移の分子メカニズムに関する詳細な理解はまだかなり遅れているといえる。(10.浸潤・転移)

過形成および異形成の病変が必ずしもがんへ進展するわけではないが、これらの病変ががんへ進行するときには、数十年ではないにしても数年の歳月を要する。

このような悪性腫瘍がゆっくりと生じていくという特徴は、がんの発症率が年齢に依存して増加するという疫学研究の結果と合致する。転移はしばしば種々の臨床的かつ病理学的な特徴と関連している。このうち、腫瘤の大きさと所属リンパ節への浸潤は、遠隔転移による再発とよく相関している。腫瘤の大きさに関しては明確な閾値はないが、傾向は明らかである。たとえば、乳がんの転移のリスクは2cm以上で急激に増加する。一方、肉腫の遠隔転移は腫瘍の大きさが5cm以上の場合に、より一般的にみられる。所属リンパ節への転移は常ではないが、しばしば遠隔転移のリスクが高い前兆である。

1.腫瘍の悪性度(グレード)

・分化の程度が低いか、あるいは対応する正常組織の特徴をほとんど保持していない腫瘍は、一般に高悪性度とされる。

2.正常組織の区画の境界を越えた浸潤深度

・メラノーマ(悪性黒色腫)や消化管腫瘍では、基底膜を越えてどの程度深部まで浸潤しているかでステージ分類を行う。

3.血管・リンパ管への浸潤

・血管やリンパ管に腫瘍栓子がみられる場合は、これがみられない場合に比べ一般に予後が悪い。例として、乳がんや、頭頚部や子宮頸がんの扁平上皮がんがある。 (10.1 転移の発生と病因)

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

転移における重要なステップの1つは、血管外遊出ののち、遠隔部位で増殖を続ける能力を獲得することである。乳がんや前立腺がんなど多くのがんは、原発腫瘍を切除したのち数年から、ときには数十年たっても、転移を起こさない。こうした潜在性のものを転移休眠状態と呼ばれ、肉眼的転移が形成される前に存在する障害とされている。(10.6.1 休眠状態)

乳がんのかくも長き休眠の仕組み解明

こちらは科学技術振興機構さまが運営されている「サイエンスポータル」という科学技術の最新情報を提供する総合WEBサイトに出てきた記事です。

国立がん研究センター分子細胞治療研究分野の小野麻紀子研究員と落谷孝広分野長が、がんの長い休眠の仕組みの一端を突き止められたという内容です。

●がん研究の主要な焦点は、腫瘍の開始と進展の根底にある分子の変化の解明である。腫瘍は多段階のプロセスであり、十分に遺伝的またはエピジェネティックな変化が蓄積された結果、形質転換して幹細胞のプログラムをもつようになった細胞ががん幹細胞であると考えることができる。しかし、そのような変化がいつ、そしてどのような順序で発生するかについてはほとんどわかっていない。“がん幹細胞”に“幹”という語があるために、がん幹細胞は常に幹細胞から生じるという誤解が頻繁に生じている。逆に、近年の知見により、正常な幹細胞に由来するがんもあるかもしれないが、分化した前駆細胞が形質転換の標的となりうることが示唆されている。(11.5 がん幹細胞の起源)

特定のがんを発症しやすい家系がある。がんを発症した患者(特に若年で発症した患者)の子や孫は、がんの発症率が高いことが疫学的に知られている。がんの素因が遺伝することは、家系解析、双生児研究からも示されている。がんの素因がある家系で発生する悪性腫瘍に、小児網膜芽細胞腫、大腸がん、若年性乳がん、腎がんなどさまざまなものがあるが、最もよく研究されているのは大腸がんを発症する家系である。(12.1 がんの素因)

B.詳細:がん研究、分子生物学的キーワード

目次の順になっています。また、補足等のために他のサイトをご紹介しています。

第Ⅰ部

1.がんゲノム

●「転移するがんのゲノムができるには数十年もの時間が必要」この長い時間を考えると、がんの早期発見が実現する可能性は大きいと考えられる。

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

ゲノム

ゲノム(Genom)とは、遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のことです。

こちらは中外製薬さまのサイトの「よくわかるバイオ・ゲノム」というページです。

下の絵はその中の『ゲノムとは?』から拝借したものです。

 

DNAについては『DNAは、はしごをひねったような形をしていて、核の中の染色体の中に折りたたまれて入っています。DNAを簡単に言うと、私たちの体を作る設計図と言えます。』との説明がされています。

1.1 がん関連遺伝子の変異

●“がん遺伝子”と“がん抑制遺伝子”に分けることができる。

●がん遺伝子の変異箇所は多くの場合、特定のコドンあるいはその周囲といった“ホットスポット”に集中する。

コドン

遺伝暗号の単位。遺伝情報を担う伝令RNAを構成する4種の塩基配列で、連続する三つの塩基が一組となったもの。 

こちらのサイトに「コドン」に関する詳しい説明が出ていました。

・塩基3つの暗号を「コドン」といい、コドンの並び順によってアミノ酸の結合順序が決定されます。

・コドンによって指定されたアミノ酸が、コドンの並び順にしたがってつなげられていくというわけです。

・簡単に言えば、全部で64個あるコドンという単語で書かれた文が遺伝子なのです。

1.2 がん関連遺伝子の同定

2004年にヒトゲノムプロジェクトが完成して、正常ヒトゲノム地図が作成された。

●正常ゲノム構造の多型も明らかになり、かつては不可能だったがん細胞における体細胞変異のリストが高速で作成されつつある。これらを用いたアプローチによってヒトがんにおける遺伝子異常のすべてを同定することが可能になった。

こちらは、「浜島書店生物図表Web」さまに出ていた『ヒトゲノムマップはこうしてつくられた』という記事です。

これによると、ヒトゲノム計画の目的は、ヒトのDNAの全塩基配列を解読することである。ということです。

1.3 がんゲノム解析:手法と精度管理 


これを見ると、次のようなことが確認できます。

1985年:1985年までに15種類のヒトがん遺伝子を発見

1990年:ヒトゲノムプロジェクトが開始

2002年:2002年までに少なくとも100種類のがん遺伝子と15種類のがん抑制遺伝子を発見

2011年:Cancer Gene Censusに142,586種類の変異を登録

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

最初に行われたのは、タンパク質および脂質のリン酸化にかかわる遺伝子群だった。

●大腸がんの50%においてチロシンキナーゼかチロシンホスファターゼ、あるいはその両者の変異が存在することになり、タンパク質のリン酸化システムが発がんに重要な役割を果たすことが再確認された。

●PIK3CAはKRASと並んで、ヒトがんで最も高頻度に変異が認められる遺伝子といえる。

●がんにおける遺伝子ファミリー解析の多くはキナーゼ全体に対して行われてきたが、最近の解析結果では、他のファミリー遺伝子群もがんにおいてしばしば変異が生じていることが明らかになった。その1例としてタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)が上げられる。プロテアーゼは少なくとも569種類の遺伝子からなる複雑な酵素グループである。

酵素群は広範囲な基質を分解できることが明らかになり、発がんの初期だけでなく、さまざまなステップで影響を及ぼすことが示された。

プロテアーゼ遺伝子群は、当初の転移誘導遺伝子という概念を超えて、がん抑制遺伝子として働くことも多いことが確認され、がんに対して2種類の役割を果たすことが明らかになった。

●がんに関連することが以前は知られていなかった数多くの遺伝子が発がんに関与することが明らかになった。

●解析で得られる膨大なデータを解析するためには、新しい統計手法およびバイオインフォマティクス手法を開発することがきわめて重要である。

がんゲノム医療

こちらは「木沢記念病院」さまのサイトです。

『「がん」は様々な遺伝子の異常が積み重なることで発症し、その遺伝子の異常は個々の患者さんごとに異なることが近年の研究により判ってきました。

がんゲノム医療とは、一人ひとりのがんの個性(原因)を明らかにし、患者さんにより適した治療薬の情報をご提供する次世代のがん治療です。 遺伝子レベルでご自身のがんを知ることは、治療薬などの治療方針の選択に役立ち、副作用の軽減や病状の緩和などが期待できます。』

こちらは富士通総研さまのサイトです。

動き出したがんゲノム先進医療と今後の展開、ビジネス展望について」というタイトルです。

『2018年4月より、国内でがん治療における患者のゲノム情報に応じた抗がん剤治療を行う先進医療が始まりました。本稿では、がん治療における「ゲノム先進医療」をキーワードとして取り上げ、今後のがんゲノム先進医療の方向性、ゲノム情報の二次利用とそれに伴う課題、解決の方向性、および今後の動向に対するビジネス視点での展望について述べます。』

バイオインフォマティクス(生命情報科学)

 『生命科学と情報科学の融合分野のひとつで、DNAやRNA、タンパク質の構造などの生命が持っている「情報」といえるものを情報科学や統計学などのアルゴリズムを用いて分析することで生命について解き明かしていく学問である。機械学習による遺伝子領域予測や、タンパク質構造予測、次世代シーケンサーを利用したゲノム解析など、大きな計算能力を要求される課題が多く存在するため、スーパーコンピュータの重要な応用領域の一つとして認識されている。』(ウィキペディアさまより)

1.4 がんゲノム解析によって同定されるさまざまな体細胞異常

●がんの全ゲノム配列解析を行うと、悪性腫瘍にみられるほとんどの体細胞変異を検出可能なはずである。それによって発見できる体細胞変異は多彩で、一塩基置換、小さな挿入・欠失、大規模な染色体の再構成、さらに染色体のコピー数異常などがある。

ゲノムの塩基置換(DNA分子の塩基が、複製の間違いや修飾により他の塩基に変わる現象)はがん細胞において最も高頻度に見つかる体細胞変異であるが、その頻度はがん種によって大きく異なることがわかっている。

1.6 がんゲノムプロジェクトのネットワーク

 下の図は、「がんゲノム解析の全体像」と題されたものです。

 

キーワードは、塩基置換パターン変異率メチル化RNA発現パスウェイ解析染色体再構成染色体コピー数異常遺伝子変異プロファイルの8つが上げられています。

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

なお、「CGP」、「TCGA」、「ICGC」の3つを3大プロジェクトと呼んでいるとのことです。

1.7 がんゲノムの俯瞰図

 ●がんゲノムにおける変異が網羅的に解析された結果、新たながんゲノムの俯瞰図がもたらされた。そこでは、高頻度に変異が生じるわずかな遺伝子からなる変異山脈と、低頻度にしか変異が生じない大多数の遺伝子からなる変異の丘があるのだ。がんゲノム俯瞰図を見て最も興味深い点の1つは、がん種ごとに異なった遺伝子セットの変異が存在することである。俯瞰図のたとえでいえば、大腸がん、肺がん、乳がんのそれぞれで見ることのできる風景はまったく違っているということになる。したがって、変異を受ける遺伝子の多くは胎生期および成人のさまざまな組織で発現しているが、特定の遺伝子の変異は特異的な臓器、発達段階、分化レベル、がん化ステップで生じやすいということになる。さらに、異なったタイプのがんは、それぞれ特定のセットの遺伝子変異を蓄積しやすいともいえる。たとえば、消化器以外のどのようながんも、大腸がんにおける典型的な変異遺伝子セットの蓄積をもつことはない。 

 

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

1.9 がんゲノムと薬剤耐性

 ●単剤による分子標的治療法は、ほとんどすべての例で薬剤の耐性獲得を生じることになるが、この薬剤耐性メカニズムを解明するうえでもゲノム解析はきわめて有用である。

1.10 がんゲノム解析の未来

 ●がんゲノムの俯瞰図はまだ決して完全ではなく、これまでの研究結果は新たな、かつ、重要な疑問を提起したにすぎないともいえる。また、体細胞変異検出法の技術的側面についても、さらなる改良が必要である。

●各種の腫瘍におけるがんゲノムファイルを明らかにすることも、今後の重要なテーマである。

●これまで同定さてきた数百ものゲノム異常が細胞に対してどのような影響を及ぼしているかも解明する必要がある。

結論として、がんゲノム解析の到達目標は、がんを分子レベルでよりよく理解するだけでなく、新たな診断法・治療法をも開発することにある。

2.1 ゲノム不安定性に対する基本的な防御

 ●多くの細胞は、ゲノムに害をもたらす損傷から自らを守ることができる生理的な特性ももっている。たとえば、皮膚のメラニンは紫外線を吸収する。また、抗酸化物質、あるいはカタラーゼやスーパーオキシドジスムターゼのような酵素は、細胞代謝の結果産生される活性酸素種の濃度を低下させる。

3.がんのエピジェネティクス

 ●ヒトのがん化に果たす遺伝子変異の重要な役割が、この数十年で同定されてきた。最近では、遺伝子的な変化に加えて、エピジェネティックな過程の重要性が認識されるようになった。

エピジェネティクス

こちらはテルモ生命科学芸術財団さまが運営されている[中高生と“いのちの不思議”を考える―生命科学DOKIDOKI研究室]というサイトです。

ここに『がんの研究などにも重要な意味をもつ「エピジェネティクス」』という会話形式の説明書きがありました。なお、以下はその中の一部です。

『私たちのからだは、精子と卵子でつくられる受精卵が分化して、眼や腕や心臓などの細胞が形づくられていて、どんな細胞をつくるかは遺伝子によって決まります。どの細胞も基本的には同じ遺伝情報を持っているのに、それぞれ別々の細胞になるのはなぜか。それはそれぞれの細胞で使われる遺伝子と使われない遺伝子が決まっているからです。そして、それぞれの細胞には、使われる遺伝子と使われない遺伝子に、ある種の目印がついています。これが「エピジェネティクス制御」です。

3.1 エピジェネティックな過程

 ●ほぼすべてのがんには、多数の体細胞変異だけでなく、遺伝子と協働してがん表現型を形づくるエピジェネティックな異常が存在する。エピジェネティックな異常は、遺伝子変異に先立って、発がん過程の早期に起こるので、早期発見における検索標的となる。エピジェネティックな変異は、薬物治療によりもとに戻る可能性があり、エピジェネティクス治療の有効性を期待させる。

 ●最近の研究の進歩により、全ゲノムについてエピジェネティックな情報(エピゲノム)を分析することが可能になってきた。それにより、発生過程に起こるエピゲノムの変化の多彩さや、エピゲノムが調節経路の活性化・不活性化に果たす役割を解明できるようになってきた。

エピゲノム

こちらは国際ヒトエピゲノムコンソーシアム (IHEC:通称アイヘック)の日本チームさまが運営されているサイトです。ここに『国立がん研究センター研究所の服部奈緒子研究員に聞きました!なぜ今、エピゲノムなんですか? エピゲノムって、なんですか?』というQA形式の説明がありました。なお、以下はその中の一部です。


Q:「ゲノム」とは生きものがもつDNAの塩基配列の情報全てと聞きました。「エピゲノム」は耳慣れない言葉ですが、ゲノムとエピゲノムは何がちがうのですか?

A: DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子のはたらきを決めるしくみをエピジェネティクスとよび、その情報の集まりがエピゲノムです。

こんな風にイメージしてください。ゲノムをA,C,G,Tの4種類の音符が並んだ音の羅列だとすると、音に強弱をつけたりテンポを変えたりして曲を奏でるしくみが、エピジェネティクスです。私たちの身体をつくる細胞には、基本的にすべて同じゲノムが入っているのに、いろいろな種類の細胞になれています。これは、同じ音の羅列(DNA の塩基配列)をつかって、ちがう曲(皮膚の細胞や腸の細胞などおよそ200種類の細胞)を奏でるしくみ、つまりエピジェネティクスのおかげなのです。 

 

同じゲノムでも細胞ごとに異なるエピゲノム

3.2 がんにおけるエピゲノムの変化

●エピゲノムの変化は、自らを強めていく進行性の特徴をもち、がんの最も強いリスク因子の1つである加齢のような、正常の細胞過程においても生じる。

●ゲノムの恒常性を制御する重要な遺伝子など、いくつかの要素(たとえば、がん抑制遺伝子、細胞接着、細胞分裂の制御、アポトーシス経路の遂行)はみな、がん細胞では不適切にエピジェネティックな不活性化を受けている。

●がんエピジェネティクスの研究は、30年以上前に、正常細胞に比べてがん細胞ではDNAメチル化の状態が大きく変化しているという観察により始まった。 

●がんエピジェネティクスの研究分野は、がんで起こっているエピゲノムレベルの変化を全体的に観察し、これらの調節異常がどのようにがんの病態に寄与しているかの理解へと進んでいる。

細胞接着

多細胞生物は細胞同士が接着している。動物細胞の細胞接着には、密着結合、接着結合、デスモソームによる結合、ギャップ結合などがある。細胞が互いに認識・結合し、組織や器官を形成し、これらが集まり合うことで多細胞生物の個体が形作られる。

3.5 エピジェネティック治療

エピジェネティックな変化が広くみられること、特にがんにおいてDNAメチル化異常が生じていることは、これらのエピジェネティックな変異をもとに戻し、がん細胞に、正常な遺伝子発現パターンを回復させるような薬剤の開発を促した。エピジェネティックな変化が腫瘍発生の早期に観察されるという事実により、この過程は化学的予防の魅力的な標的となっている。現在、4つの薬剤が、米国食品医薬局(FDA)により血液悪性腫瘍の治療に対して承認されている。

3.6 エピジェネティクス治療に伴う問題

エピジェネティック治療の臨床的効果は、ランダム化試験で認められているが、がん治療に広く適用するには問題が残る。1つの問題点として、エピジェネティックな過程を阻害する薬剤が相対的に非特異的であることである。

●エピジェネティック治療のもう1つの問題として、正常細胞への影響の可能性と、正常細胞における通常のエピジェネティックな過程への副次的な障害を及ぼし、異所性の遺伝子活性化をもたらしてしまうことがある。

4.テロメア、テロメラーゼとがん

増殖を続ける細胞は、日ごろ、がん化をもたらしかねない体細胞突然変異を繰り返し起こしながら、どのようにしてがん化を防いでいるのであろうか?

正常細胞ががん化につながりかねない突然変異を実際に起こしていることは、たとえば、新生児臍帯血を調べると、その約1%の例で、AML1-ETO融合タンパク質などの急性白血病発症にかかわる融合遺伝子を示す白血球細胞クローンをもつことが報告されており、また、正常成人のおよそ1/3では、濾胞性リンパ腫発症にかかわるIgH-BCL2遺伝子融合を示すリンパ球が検出されるという報告からも明らかである。急性白血病や濾胞性リンパ腫の罹患率は、以上のような異常な突然変異が正常人で検出される頻度よりもはるかに少ないので、たとえ、がん化を促進する遺伝子異常正常細胞に生じたとしても、がん抑制機構が強力に機能して実際にがん化することを防いでいることがわかる。

がん抑制機構が活性化されると、最も特徴的な現象として、アポトーシス(細胞死の1つ)と細胞老化(非可逆的増殖停止)が誘導される。これらは、p16INK4a-Rb経路、ARF-p53経路および染色体末端にあるテロメアなどを介したチェックポイント機構によってもたらされる。遺伝的にプログラムされたこれらの経路が協力してがん抑制機構として機能し、その結果、将来、がん細胞になりかねないような細胞を生体から除いたり、増殖を制限して数が増えすぎないようにしている。

●本章では、テロメア機能がどのように変化し、その結果誘導されるチェックポイント、特に、細胞老化が細胞の腫瘍化をいかに防いでいるかについて論じる。

数多くの臨床医学あるいはトランスレーショナル研究の成果から、テロメアと細胞老化がそのような細胞増殖制御をもたらすことが明らかになっている。さらに、近年急速に進展しつつある臨床研究から、テロメアと細胞老化が、がんをはじめとするヒトのさまざまな疾病に関係があることが明らかにされつつあることを論じる。

4.1 テロメアとテロメラーゼ

テロメアは、線状DNAからなる染色体の両末端に位置する特殊なDNA・タンパク質の複合体であり、脊椎動物では3つの部分からなる。

●MullerやMcClintockが1930年代に行った研究から、テロメアの基本的な役割は染色体末端キャップ(保護)し、末端どうしが融合することを防いで染色体の安定性を保証することにあることがわかっている。その後の研究から、このようなテロメアの役割は、動物界、植物界にわたって共通であることが示され、テロメア複合体が生物にとってなくてはならない役割を果たしていることがわかる。

テロメラーゼ

こちらは「テロメア最先端医療医学学会」さまのサイトに書かれていた内容の一部です。

『"テロメラーゼ"は、真核生物の染色体末端に存在するテロメアの特異的反復配列を伸長させる酵素です。しかし、ヒトにおいては、生殖細胞・幹細胞・ガン細胞などでの活性が認められており、それ以外のテロメラーゼ活性はほとんど見られません。したがって、活性を高めることで「細胞分裂寿命の延長」、活性を抑制することで「ガン治療」といった両面で注目を浴びています。

テロメア、テロメラーゼと細胞老死と細胞死

こちらは「メルク」さまのサイトに書かれていた記事の一部です。

テロメラーゼは特殊なリボ核タンパク質で、テロメラーゼ逆転写酵素(TERT)、内在性RNA鋳型(TR)、および数種の関連タンパク質からなります。主な機能はテロメアの安定化で、これにより染色体の組み換えと末端間融合(end-to-end fusion)が防止されます。テロメアはDNA損傷を認識し、細胞の複製能を制御します。細胞分裂のたびに、DNAの一部が染色体の末端から失われます。これは、従来型のDNAポリメラーゼでは、直線状DNA分子のラギング鎖の3'末端の完全複製が不可能なためです。』

4.2 細胞老化

ヒト初代培養細胞は、たとえ、適当な培養環境下で培養されたとしても、テロメアがある閾値まで短小化すると、それ以上の分裂ができなくなる分裂能の限界を迎える。その状態を細胞老化と呼ぶ。

●テロメアの短小化とそれに伴うテロメア脱保護に加えて、細胞老化は、ある種のDNA損傷、酸化ストレス、細胞増殖に適切でない環境、ある種のがん遺伝子の活性化などによってもたらされる。

●細胞老化が生体内でがんの発生を予防する重要な役割を果たしていることが、いくつかの独立した証拠から明らかになっている。しかし、生体で細胞老化が起きていることを示す明瞭なバイオマーカーが発見されていないため、この分野の研究には限界があることも理解する必要がある。

●がん細胞が「腫瘍を維持する」ためには、がん遺伝子を持続して活性化する必要があることはすでによく知られているが、細胞老化チェックポイントが常に不活性化されていることが、それと同じくらいに腫瘍の維持に必要であることが明らかにされつつある。

4.3 テロメア維持とがん

加齢に伴ってがん化に貢献する遺伝子変異が蓄積したり、環境に存在する発がん物質や酸化損傷などによってDNA損傷が加速度的に生じることでテロメアチェックポイント(DNA傷害チェックポイント)反応が失活したり、テロメアの短小化速度が亢進し、前がん状態にある細胞をクライシス状態にある細胞集団のなかから、ほんの一部の細胞のみが多くの場合テロメラーゼの再活性化を伴って、生存・増殖が可能となり、悪性細胞として広がる。したがって、テロメア短小化は、チェックポイント機構が万全である限りにおいてがん抑制機構として機能するが、チェックポイント機構が不活性化された場合には、がん細胞が新しく生まれるために必要な多数の遺伝子変異の蓄積を促進するのである。

最近のいくつかの研究によって、テロメア機能異常がもたらす発がん促進効果は、ヒトにおいて、がんへの罹患しやすさを決定する1つであることが示されている。

●これまでのヒトゲノム解析によって、5番染色体5q15.33にある多型配列が皮膚、肺、膀胱、前立腺、子宮頸がんなどのさまざまな組織由来のがん発症率と関連があることが知られている。

●比較ゲノムハイブリダイゼーション法を用いた研究により、乳腺、食道、大腸の異型性病変では、染色体のさまざまな領域の付加および欠失が、病初期の段階、しばしば、上皮内がんや浸潤がんを呈する病期よりもずっと以前に認められることが明らかとなった。

●テロメラーゼによるテロメア維持反応を標的とする阻害薬は、安全性や臨床効果は十分に明らかになっていない。現在、テロメラーゼに関連したがん治療法で臨床試験が進んでいるのは、免疫療法、すなわち、テロメラーゼが発現している細胞を免疫細胞が確認して殺す方法である。細胞傷害性T細胞が引き起こす反応を、hTERTタンパク質のペプチド断片を使って誘導することができ、そのようなT細胞は細胞表面に主要組織適合性複合体クラスⅠ分子とともにTERTペプチドを発現している細胞を選択的に溶解することが証明されている。 

テロメア生物学は近年急速に発展し、その成果を、がんをはじめとするさまざまな疾病の新しい診断法や治療法の開発の応用する時期にきている。2009年のノーベル賞が授与されたテロメラーゼの発見をはじめとして、テロメア生物学の数々の成果は、ヒトのがんや遺伝性あるいは獲得性の変性疾患の理解に多大な貢献をしている。テロメラーゼ欠損マウスの研究で初めて明らかとなったように、上皮由来のがん細胞においてテロメア機能不全によるゲノムの不安定性が一過的に起こることは、いまや、さまざまな種類の臨床がんを用いた研究によって確かめられ、さらに先天的なテロメア機能異常症をもつ家系のゲノム解析からも支持されている。テロメアの短小化が発がんや組織の老化に果たす役割の重要性から、テロメア短小化を利用したがんになるリスクを予測するバイオマーカー、診断技術、合理的な治療法の開発ができるようになると期待される。

比較ゲノムハイブリダイゼーション

 比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)または染色体マイクロアレイ解析(CMA)は分子細胞遺伝学的手法の1つであり、試料のDNAのコピー数変化(過剰/減少)を解析する。腫瘍細胞を解析することが多い。(ウィキペディアさまより)

5.細胞シグナル伝達、増殖因子とその受容体

5.1 シグナル伝達系

シグナル伝達は細胞レベルでのコミュニケーションを可能にする化学反応である。

●細胞は細胞外および細胞内環境からのシグナル、あるいは他細胞からの直接のシグナルを検知する。これらのシグナルに対して細胞はさまざまな手段で、主としてタンパク質の発現量、活性および局在を変えることにより応答する。タンパク質の発現量は転写・翻訳・分解の速度により調節され、タンパク質の活性は共有結合性修飾や、他のタンパク質あるいは低分子化合物との非共有結合性の相互作用によって影響される。成熟した生物においても、発生途上の生物においても、シグナル伝達経路により、分化、細胞分裂、細胞死が調節される。

5.2 情報受容の分子装置:リガンドと受容体

●シグナル伝達経路は、とてつもないバラエティに富む刺激に応答するように発達してきた。シグナル伝達の一連の反応を開始する分子としては、タンパク質、アミノ酸、脂質、ヌクレオチド、気体分子、光などがある。ほとんどの細胞外シグナル伝達分子は、細胞増殖因子のように細胞膜上の受容体に結合するが、アンドロゲンやエストロゲンのように細胞内に拡散し、細胞質や核内の受容体に結合するものもある。シグナルは、細胞外マトリックスにより発せられるもののように持続的なものもあれば、血糖値の上昇に応答した膵β細胞によるインスリン分泌のように一時的なものもある。シグナル伝達分子がどこに由来するかは、さまざまである。神経伝達物質などのように細胞内に貯蔵されており、他の細胞とコミュニケーションをとるために特定の条件下で放出されるものもある。その他、細胞外に貯蔵され(たとえば、細胞外マトリックス中に)、組織の損傷や再構築に際して使われるものもある。伝統的に、シグナルは由来する細胞にもとづき、遠隔の細胞に影響するもの(内分泌、endocrine)、近傍の細胞に影響するもの(傍分泌、paracrine)、同一の細胞に影響するもの(自己分泌、autocrine)に分類される。細胞は内からのシグナルにも応答する。重要な例として、細胞周期が正しい順序で進行するように保証するチェックポイント経路や、損傷DNAを感知して修復する経路がある。

●細胞内シグナル伝達を開始するさまざまな受容体やリガンドの構造や作用メカニズムは異なっていても、ほとんどの受容体はシグナル伝達にあたり、共通の下流分子のセットを活性化する。シグナル伝達分子としてはプロテインキナーゼ、脂質キナーゼ、Gタンパク質、ホスホリパーゼ、プロテアーゼ、アダプター、アデニル酸シクラーゼなどがある。これらの経路は転写と翻訳、酵素活性、細胞運動の変化を含む広範な細胞応答を引き起こす。

5.5 効率と特異性:多タンパク質シグナル伝達複合体の形成

シグナル伝達経路は細胞内でタンパク質の活性に影響するだけでなく、細胞で発現されるタンパク質の種類と量も調節している。このような調節は発生、分化、そして異なる細胞での特異的機能発現に必要である。結局のところ、ほとんどのシグナル伝達は遺伝子の転写を調節し、ひいては細胞内でのタンパク質の種類と量を調節している。シグナル伝達経路の刺激が遺伝子発現プロファイルに及ぼす効果のマイクロアレイ解析により、単一の刺激は数百もの遺伝子の発現に影響することが明らかになっている。

5.6 シグナル伝達ネットワーク

●シグナル伝達経路は通常、直線状のカスケードとして描写されているが、ほとんどすべてのシグナル伝達経路は高度に相互連結した状態になっており、シグナル伝達のタイミング、強度、持続時間を動的に調節するネットワークを形成している。さらに、フィードフォワードとフィードバックの両方のループにより、シグナル伝達を自己調節したり、複数のシグナルを同時に集積できるようになっている。

6.細胞周期

6.4.3 チェックポイント

●細胞は常に、その生存をおびやかすダメージに結びつくような損傷を受けている。これらの損傷は、代謝における化学的に活性な副産物のように内因性であったり、化学物質や放射線のように外界からもたらされたりする。その結果、傷害を受けた分子を取り除き、必要な修復を行う機構が進化してきた。損傷が修復される前に細胞周期が進行することが有害であったり破滅的であったりする場合には、修復が行われている間進行を遅らせる機構がさらに進化した。これらは細胞周期チェックポイントと呼ばれる。

DNA損傷チェックポイント

DNA損傷には、化学的な付加物やDNA二本鎖切断など多くの種類が存在するが、それらはすべて増殖している細胞に似たような問題を引き起こす。すでに述べたように、DNA損傷チェックポイントが存在しない場合には、DNA複製が妨げられ誤りを起こしやすくなり、分裂期における遺伝物質の損失などが起こりうる。そのため、細胞周期の進行は3つのポイントで止められる。

紡錘体チェックポイント

分裂が起こるときは、細胞にとって危険な時期といえる。分裂においては複製された染色体が、紡錘体と双方向性に結合することにより整列し、それぞれの娘細胞が、完全な1セットの染色体を受け取るように、染色体分体を分配することが必要である。この誤りは、たいへん望ましくない結果である異数性につながる。このため、紡錘体の構築と、紡錘体への染色体の結合の過程は、綿密に監視されている。紡錘体の異常や染色体の不適切な結合に反応して前中期や中期を遅らせる機構は、紡錘体チェックポイントと呼ばれている。

6.7 細胞周期とがん治療

がん細胞は必ず増殖するはずなので、必須の細胞周期タンパク質は治療開発の標的とされてきた。ことにCDKについては低分子阻害薬が徹底的にスクリーニングされ、そのいくつかは臨床治験に入っている。しかし、このアプローチは有効性を、in vitroのモデルでの成功以上に評価するのは早計である。進められているもう1つのアプローチは、チェックポイント反応を阻害する薬剤を開発することである。がん細胞は非常に増殖が盛んであるため、必須な制御の喪失に対して、より感受性が高いであろうと推測される。この考えは、まだ証明されているわけではない。しかし、現在多くの治療法が、遺伝子傷害性の薬剤や紡錘体阻害薬など通常チェックポイント反応の引き金となるような薬剤を用いていることは注目すべきことである。これらの治療が有効なのは、がん細胞が実はチェックポイント反応による防御機構に異常をもつためであると推測されている。

●サーカディアンリズム(概日リズム)は、がん治療と細胞周期のもう1つの興味深いつながりを示しているかもしれない。サーカディアンリズムヒトの生理の事実上すべての側面を制御しているが、細胞周期制御遺伝子の発現と細胞周期そのものは、昼と夜のサイクルに同調している。また腫瘍細胞はこの制御をほぼ失っていることも示されている。そのためこの違いは、治療のために利用かもしれない。実際、腫々の遺伝子傷害性の化学療法の許容性と有効性は、1日のうちの時間によって異なっており、これは薬剤を投与した時間と正常組織における細胞の細胞周期上の位置との関係を示唆している。細胞周期における概日制御のより詳細な理解が、現在の治療法の最適化への道筋を示すかもしれない。

7.細胞死のメカニズム

●歴史的に細胞死は遺伝学的に制御された(またはプログラムされた)機構と制御されない機構に細分されてきた。アポトーシスはプログラム細胞死の基本的なタイプであり、特異的な遺伝子と経路によって活性化され、また制御される。対照的に、壊死は無秩序な過程で、急性の物理的外傷、または、細胞が生き残りえない、極度のストレスの結果であると伝統的に考えられてきた。しかし、最近になって、“プログラムされた”と考えられるメカニズムは、壊死を調節し、壊死性の形態を表す制御された非アポトーシス性細胞死(ネクロトーシス)に終わる、特定の事例にも存在するものとして、この厳密な細胞死メカニズムの分類は再考されてきている。また、プログラム細胞死を抑止することを通して、ストレスと飢餓を耐え忍ぶためにがん細胞によって利用される代謝性のオートファジー経路のような、新しい生存機構が明らかになってきている。たとえば、プログラム細胞死の機構に欠陥を得たがん細胞は、単に“不死”なだけではなく、むしろ積極的に生存を可能にする新規の生理的状態を発動させる。

アポトーシス

細胞の死であるが、壊死のように障害による死ではなく、生体の必要に応じた細胞死.

一部の細胞があらかじめ遺伝子で決められたメカニズムによって、なかば自殺的に脱落死する現象。アポプトーシスともいう。オタマジャクシがカエルになるときに尻尾が消失したり、脊椎動物の指の間の水掻きが胚の発生にともないなくなるなどの現象で、プログラムされた細胞死と呼ばれる。体内での器官形成でもアポトーシスの例が多く発見されており、動物の発生過程での重要な原理とされる。正常な発生過程だけでなく、ウイルスの感染や放射線被曝、薬物投与などでアポトーシスが起きることがわかっており、免疫系の細胞でも重要な役割を果している。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

疾患におけるオートファジー

こちらは「一人抄読会」さまのサイトです。疾患におけるオートファジーとして、「癌」を含め7つについて紹介されています。なお、元になった論文のタイトルは“Autophagy in Human Health and Disease”というものです。

7.1 アポトーシス

アポトーシスによる細胞死は正常の発生において組織を形づくることに関係している。これらの発生における細胞死は指間膜やオタマジャクシの尾の除去から、免疫反応を制御するために必須な特定のB細胞やT細胞集団の選択・排除にまで及ぶ。適切なアポトーシスの制御はきわめて重要で、過剰なアポトーシスは変性疾患に結びつき、一方で不完全なアポトーシスは自己免疫とがんを助長する。さらに、アポトーシスは疾病、特にがんを抑制するための機構として、損傷を受けた細胞や病原体の感染した細胞を取り除くために必要とされる。それに対して、腫瘍や病原体もまた、自身が残存し、しばしば疾病の進行を助長するためにアポトーシスを無力にする見事な機構を進化させた。

現存する多くの抗がん剤の効果は、アポトーシス応答を引き起こすことを伴うか、あるいは、アポトーシス応答によって促進される。したがって、アポトーシス経路の構成因子や、シグナル伝達、調節点を詳細に理解することが、腫瘍細胞にアポトーシスの能力を復帰させることをねらった、化学療法への合理的な取り組みを可能にした。腫瘍がアポトーシスを不活性化させる分子レベルの仕組みを特定することにより、アポトーシス経路を直接標的とするがんの治療が可能になった。これらの医薬品は現在臨床において、腫瘍細胞で無力化されたアポトーシスを特異的に再活性化して、腫瘍の退縮をもたらす目的で使用されている。

7.2 オートファジー

7.2.1 代謝ストレスに対する細胞の生き残りを促進するオートファジーの役割

●オートファジー(autophagy、自食ともいう)は、進化の過程で保存された、長寿命のタンパク質や細胞小器官の分解をつかさどる機構であり、リソソームの異化作用の経路で成り立っており、ストレスにより活性化される。

ほとんどの環境において、オートファジーはアポトーシスを遅延させ、栄養性のストレスに対して代謝を維持し、障害されたタンパク質や細胞小器官の蓄積を予防して、細胞のダメージを軽減させることができるという生存経路なのである。

●最近の研究では、オートファジーが腫瘍細胞の生存を可能にしていることが、in vitroと in vivoで明らかになり、それは特にアポトーシスの不活性化された腫瘍細胞で明確であった。血管新生が不十分な場合に、オートファジーはその結果としてできる低酸素領域に局在し、そこで腫瘍細胞の生存を助けている。この栄養欠乏時のオートファジーの過程は、栄養素・酸素・増殖因子が回復した際の成長と増殖能の復旧を特筆すべき忠実度で可能にする。それゆえ、オートファジーは腫瘍の根絶に対して重要な障害になっている可能性がある。

オートファジーは飢餓の間のエネルギー産生の代替手段を供給するだけでなく、特にタンパク質と細胞小器官の品質管理の促進を通して細胞損傷の緩和にも役割を果たす。損傷したタンパク質と細胞小器官を分解することによって、オートファジーは毒性をもちうるそれらの集積を予防する。

●細胞には、複数の死のメカニズムがあることが明らかになってきており、それらが腫瘍でどのように改変されているか、そして治療によりどう活性化されるかをはっきりさせることは必須である。分子レベルでいかにアポトーシスが制御されているか明確にすることは腫瘍細胞のアポトーシス機能を誘発するか回復することを狙った新規のがん治療の開発につながり、この進歩は継続するであろう。そのうえ、ヒト腫瘍で共通の変異がアポトーシスを不活性化させる機構を明確にすることは、腫瘍の遺伝子型特異的なアポトーシスを標的とする合理的な化学療法のための新規の機会をもたらしている。アポトーシスを不能にされている腫瘍細胞では、代替の細胞死の方法が活性化されることが明確になっており、それは壊死を含むがその過程はまだ十分明らかにされていない。オートファジーの異化作用の過程は、代謝性のストレスに対する腫瘍細胞の生存を促進でき、それは部分的に腫瘍細胞に固有の変化した代謝に乗じることによる治療的介入の新たな機会を提供している。

代謝ストレス

グルコースやアミノ酸など、細胞が生存・増殖するために必要な栄養素が不足することでひき起こされるストレス.(実験医学 2015年7月号 Vol.33 No.11より) 

リソソーム

リソソームは、細胞内に種々の加水分解酵素を含んでいて、細胞内に取り込んだ異物や、細胞内の不要な物質を分解する。

異化作用

異化とは、分子を小さな構成部分に分解してエネルギーを取り出す作用である。

9.血管新生

9.1 序論:がんに対する血管新生阻害療法の着想

臨床腫瘍学の分野における過去6年間で最も顕著な進歩は、米国食品医薬品局(FDA)が数種類の転移性悪性腫瘍の治療薬としていくつかの血管新生阻害薬を承認したことである。はじめ大きな期待のもとに、血管新生阻害薬に関するいくつもの大規模な第Ⅲ相臨床試験が行われたものの、ほとんど成功を収めなかった。その結果、この分野に向けられた情熱は徐々にさめつつあった。しかし、ベバシズマブ(抗ヒト血管内皮増殖因子)がランダム化第Ⅲ相臨床試験で初めての成功を収めたことで情勢が変わった。転移性大腸がんの第一選択治療においてこの分野の再興が起こり、結果として進行性の乳がんや腎細胞がん、大腸がん、非小細胞性肺がん、神経膠芽腫、肝細胞がん、卵巣がんの治療において大小程度さまざまな進歩がもたらされたのである。だが、こうして数多くの成功が収められている一方で、悪性腫瘍の種類によっては臨床試験の多くがいまだに成功していない。あるいは成功したといっても、乳がんの場合に顕著だが、わずかな臨床的有用性しか認められなかったりする。ゆえに、悪性疾患の患者の治療を進歩させるためには、血管新生の基本的な仕組みとその調節因子の探索を続行することが不可欠である。

 

腫瘍血管新生を促進あるいは増進する循環血中の骨髄由来細胞群。

画像出展:「デヴィータ がんの分子生物学」

9.2 腫瘍毛細血管形成の順序

●過去5年から10年の間に、血管形成に対する見方の修正や代わりの見方が登場した。血管形成の仕組みは発生臓器や腫瘍の種類、あるいは双方に依存して特異的である可能性がある。たとえば、脳のように血管に富んだ臓器では、増殖中の腫瘍に新たな血液供給がもたらされるうえで血管を引き込むことが重要な役割を果たしている可能性がある。

注目すべきは血管新生過程の間、腫瘍血管内皮細胞において多数の多様な分子レベルの変化が特定されていることであり、それらの変化の多くは血管新生阻害薬開発の有望な新標的を示唆している。

9.4 腫瘍血管は機能異常を伴う

●腫瘍は新しい血管網を誘導し発達させる手立てをもっているものの、腫瘍に誘導される血管が構造上も機能上も正常血管と同じとは限らない。実際のところ、固形腫瘍内の血管にはいくつかの際立った異常性があり、それは腫瘍の増殖や進行、さまざまな抗がん治療に対する応答に大きく影響を与えていると考えられている。

9.6 腫瘍血管新生の内因性抑制遺伝子性因子

●血管新生には多数の促進分子があるだけでなく、生体内にはじめから備わる内因性の抑制因子も多く存在する。そうした抑制因子の存在は血管を欠く組織や臓器が存在したり、軟骨や硝子体のように転移が起きにくい部位があったりするという観察をもとに、Folkmanによって初めて推測された。内因性の抑制因子は、病的に陥る事を防ぐ“停止”信号が必要な生理的に起こる血管新生(創傷治癒や月経、黄体周期)において大事な役割を担っていることを認識しておくこともまた、重要である。

9.8 血管新生阻害薬の開発戦略

●現時点ではどの種類の薬剤が有望なのか(抗体なのかチロシンキナーゼ阻害薬なのか)を決めることはできない。チロシンキナーゼ阻害薬には複数のキナーゼが関係しているため、この種類の薬剤は概して多くの標的外の毒性をもたらし、一般的に抗体よりも毒性が強い。加えて、低分子量のチロシンキナーゼ阻害薬は抗体に比べて薬剤曝露の仕方が患者間でばらつきやすいと考えられる(抗体は患者の体重に応じて用量を決めるが、一方、チロシンキナーゼ阻害薬は1日何mgというような標準用量にもとづいて処方される)。

がん治療に用いる血管新生阻害薬に関してもう1つ重要なのは“偶然発見された”血管新生抑制因子である。これは、血管新生阻害を目的に開発されたのではないが、実際には血管新生を抑制し、総体的に抗腫瘍効果を示す薬剤のことを指す。こうした薬剤には、昔から知られていたものもあれば、最近開発された新薬もある。

9.10 血管新生阻害薬・治療に対する耐性

●血管新生を促進する増殖因子にはさまざまな種類がある。腫瘍で発現する増殖因子の数と種類は、病気が進行するにつれて増加する。

●ある種の遺伝子変異が生じると、がん細胞は比較的低酸素な状態でも生き延びることができるようになる。このような状態への変化は、効果的で長期にわたる血管新生阻害治療を行っている間に起きると予想されている。

●血管新生阻害薬は比較的未熟な新生血管系に作用しやすく、完成した/より成熟した血管に対する作用は小さいか、まったく効かないという傾向がある。前臨床研究において、腫瘍モデルに血管新生阻害治療を施すと血管の成熟と再構成が促進され、治療に対する感受性が低くなることが報告されている。

9.11 腫瘍血管新生のバイオマーカーと血管新生阻害治療

血管新生阻害薬の開発と臨床応用にまつわる難題は、他の多くの種類の抗がん剤療法、特に“標的”治療と同様、効用の向上や毒性の抑制、費用対効果の改善を含む、相対的な臨床的有用性を上げるためには予測マーカーや代理マーカーが必要だということである。大切なのは予測マーカーと代理マーカーを区別することだ。予測マーカーとは治療が効く患者と効かない患者(あるいは副産物が生じる患者と生じない患者)を特定するために治療に先んじて調べられるマーカーのことである。また、代理マーカーとは治療開始後に標的の変化、もしくはできれば臨床的有用性を評価するマーカーのことである。

9.12 血管新生阻害薬/抗VEGF薬剤にもとづいた臨床試験

●過去20年にわたった研究は血管新生過程に関して多くのことを明らかにし、さらにはその知識を、進行性悪性腫瘍の治療へ応用することに成功してきた。FDA(米国食品医薬局)によって認可された薬剤はすべてVEGFシグナル伝達に干渉して血管新生を阻害することを狙ったもので、VEGFは、血管の発達、機能、形態の制御において多様な役割を果たす。

9.13 先行きの見通し:血管新生阻害療法の新たな標的や薬剤、戦略

●新しい戦略に関していえば、可能性は膨大であり、そのなかには血管新生阻害薬を化学療法以外の治療法と組み合わせるということも含まれる。

●血管新生阻害薬と他の種類の治療法を組み合わせるさまざまな治療法が前臨床あるいは臨床段階で研究されている。

VEGF(Vascular endothelial growth factor; 血管内皮増殖因子)

 血管内皮細胞の増殖、移動、生存、透過性に関わるタンパク質で、そのシグナル伝達経路は脈管形成および血管新生に深く関与しています。

10.浸潤・転移

10.3 原発性腫瘍に転移能を獲得させる選択圧

1.低酸素

●原発腫瘍の形成過程で組織の恒常性が壊されるためには、細胞増殖を制限する多くの障害を乗り越えなければならない。ほとんどすべての腫瘍細胞が獲得すべきものとして、低酸素に対する応答がある。

2.炎症

●正常組織の恒常性や構造が破壊されると、血管の障害、低酸素領域の出現、血中タンパク質の漏出、外来病原体の侵入などが引き起こされる。

●1850年代にVirchowは、炎症ががんの原因であるとの仮説を提唱したが、一般的には炎症反応の存在は、免疫システムが、侵入してきた病原微生物やウィルスと同様に、がんに対しても活発に戦っている証拠であると考えられているこの考え方からすると、炎症反応は免疫による攻撃から逃れようとする腫瘍細胞に対して働く重要な選択圧とみなすことができ、がんの治癒することのない性質は一進一退の戦いであることを意味する。がんは免疫編集と呼ばれる過程を通して、免疫抑制的な環境を構築することで進行するのである。

がんと免疫の関係

以下の内容は、国立がん研究センター研究所さまのサイトに出ていたものです。

『がん細胞と生体の免疫応答の関係は、がん免疫編集 (Cancer Immunoediting) という概念にまとめられています。

紫外線や放射線といった日常生活で受ける刺激によって生体に生じるがん細胞は、免疫系によって認識されて排除されます(排除相)。次第に免疫系によって排除されにくいがん細胞が発生してくるようになり、がん細胞の発生と免疫系による排除は平衡に達します(平衡相)。さらにがん細胞は、免疫系の攻撃を抑制する分子を取り込むことにより、免疫監視をくぐり抜けて増殖し、臨床的に診断される「がん」になります(逃避相)。このようにがん微小環境では、がん細胞に対する免疫系の攻撃は、さまざまなメカニズムによって抑制された状態となっています。

11.がん幹細胞

●がん研究において、腫瘍の成長を開始できる、細胞を同定することは最重要課題の1つだが、そのような細胞は腫瘍開始細胞またはがん幹細胞(CSC:canser stem cell)と命名されている。

11.1 腫瘍の不均一性

●がんは異常細胞が無秩序に増殖し、腫瘍内のすべての細胞が制御できない状態で増殖している状態とみなされているが、腫瘍内には細胞の増殖能に関する機能的不均一性がある。

●がん幹細胞は、腫瘍開始能をもたない大半の細胞集団とは生物学的に異なる。

付記:がん細胞と自動車部品

自分なりに「がん」をイメージしてみました。ご参考まで。

人間の細胞は約60兆個(60,000,000,000,000個)です。一方、自動車の部品点数は約30,000点と言われています。60兆個の部品点数は自動車20億台(2,000,000,000台)分に相当します。

60兆個の細胞の固まりである1人の人間が生活しているということを、60兆個の部品が使われている20億台の自動車が道路を走っている状態だと仮定すると、思うことは具合の悪い自動車は「いったい何台になるだろう?」ということです。仮に0.01%(10,000台に1台)に問題ありとすると、世界で200,000台の自動車がピンチです。

対応は問題の部品を取り出し、新しい部品に交換することですが、事前に、車検や定期点検を受けていれば故障率は減らせると思います。また、交通ルールを守った安全第一のストレスのない運転をしていれば、部品を長持ちさせることはできると思います。

そして、【がん細胞不具合部品】とすると、部品交換はがんを取り除くための3大治療(手術、化学療法、放射線治療)であり、点検はがん検診、交通ルールを守った適切な運転は規則正しい生活習慣にそれぞれ当てはまると思います。

がんから生還されても、がんになった元の原因が改善されなければ再発が危惧されます。こう考えると、がん対策の基本は、「がん検診」と「生活習慣(食事・睡眠・運動)」、そして「過度なストレスから距離を置くこと」だろうとあらためて思いました。

画像出展:「PhotoAC

がんと自然治癒力3

前回のブログでご紹介させて頂いた「日本のがん医療を問う」の中に次のような文章がありました。

『2001年春、佐藤さんは地元の大学病院で大腸がんと診断され、手術を受けた。その後、手術をした外科医の手で再発を防ぐための抗がん剤治療が始まった。七ヵ月間続いたこの治療は、佐藤さんにとってつらいものだった。

その頃の様子を、佐藤さんは手記に記している。

「体調悪し」「副作用強くて吐き気あり」「二度吐く」

抗がん剤の投与を受けるたびに繰り返される副作用の様子が生々しく書かれている。佐藤さんは、当時のことを思い出すと今でも気分が悪くなり吐き気を催すという。

「抗がん剤治療が終わると同時に、トイレに駆け込んで嘔吐するというような状態だったんですね。それで終わりじゃないんですよ。帰って横になりますよね。体の負担がすごいですから、翌日もやっぱりご飯が食べられない。二週間に一回の抗がん剤治療だったのですが、その間ずっと吐き気があるわけです。ご飯をほとんど食べれなかったので、10キロくらいやせました。

それで、抗がん剤治療のつらさを先生に訴えたわけです。吐き気を止めてほしいとお願いしたのです。その答えというのは「大腸がんの抗がん剤治療は、ほかの抗がん剤治療に比べまだ楽なんです」と。「入門編のようなものですよ、辛抱しなさい」と。「だから抗がん剤を打ってもらった後、その苦しさに耐えて最後までがんばるしかなかったんですよ」

副作用のため、佐藤さんは生き甲斐であるカメラマンの仕事を一時中断せざる得なかった。「この治療が終わればがんが治る」と信じて、佐藤さんは抗がん剤治療に耐え続けた。

しかし、手術を受けた翌年の2002年、肝臓への転移が見つかる。さらにその翌年には肺への転移が見つかった。佐藤さんは地元の大学病院の治療に納得いかず、友人の紹介で抗がん剤に精通した東京の医師の治療を受けることを決めた。

2003年5月。東京・中央区の病院で、平岩正樹医師による治療が始まった。

平岩医師は病気の進行などに応じて、抗がん剤の量や組み合わせをきめ細かく変えていく。副作用を極力小さくした上で、最も効果がある投与方法を探っているのだという。治療方針を決めるときには、時間をかけて佐藤さんと話し合う。本人が納得して治療を受けることを大切にしてくれるのだ。

「地元の大学病院で受けてきた治療とは、何から何まで違う」

佐藤さんの実感だ。

月に数回、定期的に東京に通い平岩医師の治療を受けるようになってから、佐藤さんは抗がん剤の副作用を感じることがほとんど無くなった。また検査結果を見ると、転移したがんの勢いも抑えられているようだ。

おかげで佐藤さんは以前と変わらずに仕事ができるようになった。

堀川遊覧船の取材をしたこの日は、東京で抗がん剤治療を受けてからわずか三日後だった。佐藤さんは朝八時から夕方五時まで働き、四本のニュース取材をこなした。

「最高ですよ。仕事をしている間は、自分ががん患者であるということを忘れているんです、実は。私、進行がんの患者なんですよ。両方の肺に転移したがんがたくさんある。でも仕事ができるんです」額の汗をぬぐおうともせず、大きな瞳を輝かせながらこう語る。抗がん剤が、がんと向き合いながら生きる佐藤さんの日々を支えていた。

左の図はまさに平岩先生が取り組まれていた抗がん剤治療のノウハウの一部が、大変分かりやすく紹介されたものです。

抗癌剤の投与方法抗癌剤の薬量を治療なし(中止)を含めた7段階に設定し、1回抗癌剤を投与するごとに、白血球と血小板の数が減れば次の投与で薬量を1段階減らし、白血球が減らなければ薬量を1段階増やす。こういうふうに薬量のさじ加減をしながら、抗癌剤投与がおこなわれています。

このようにして個々の薬量を7段階にバラけていきます。それをあらわしたのがこの図です。これは、抗癌剤の「適量」の個人差の大きさを示していると言えるでしょう。

画像出展:「チャートでわかる がん治療マニュアル

抗がん剤治療による副作用が、医師の処方で変わるということを初めて認識しました。抗がん剤について無知に等しかった私にはこれは驚きでした。

そこで、ここに出てくる平岩正樹医師という人を知りたくなり、ネット検索したところ、20冊以上の著書をお持ちであるということが分かりました。そして、3冊の本を入手しました。

ブログでは、『がんで死ぬのはもったいない(2002年6月初版発行)』と『抗癌剤知らずに亡くなる年間30万人(2005年3月初版発行)』を題材とさせて頂いていますが、前者は感想と目次のみとなっています。

なお、当初の予定としていた『デヴィータ がんの分子生物学』に関するブログは次週とさせて頂きます。

《カバー折り返し裏面に記載された紹介文》

『「最後の入院」―「手術は一流だが、抗癌剤治療は三流」と言っても誉めすぎで、つい最近まで「手術は一流だが、抗癌剤治療はなし」と言ったほうが正確だった。

しかたがない。日本の癌治療で最も大切なことは、患者に癌と気づかれないことだったのだから。抗癌剤を患者に気づかれないようにきちんと使うには相当の技術がいるし、危険でもある。

だから日本の外科医は、今でも「免罪符」のように5FU系経口抗癌剤を多用する。アリバイ的癌治療と呼んでもよい。

日本の癌治療のすべては、手術だけで決まった。もし不幸にして癌が再発したならば、外来でその患者を診ている外科医は、そのまま粘れるだけ粘るしかないのだ。せいぜい、家族を本人とは別に呼び出して「もう残り時間はあまりありません。一日一日を大切に過ごさせてあげてください」と言うしかないのである。でも、これがいったい何のアドバイスになるというのだ。これが医者の言う言葉か。―本書より』

 出版:講談社現代新書、初版:2002年6月

「患者と正面から向き合い、患者とともに、患者の思いを尊重しながら、決して妥協せず、卓越した抗がん剤治療の戦略をたて、常に最適な薬量を熟考する、曲がったことが嫌いな、完全プロフェッショナルな外科医である。」というのが、大変生意気ですが、私がこの本から感じた平岩正樹先生の印象です。

目次は次の通りです。

はじめに

序章 最高の笑顔

簡単に死なせるわけにはいかない…マニュキュア作戦…

「命にかけてでも」…「死んでもいい」の意味

第1章 「がんとは、どんな病気ですか?」

「癌」と「がん」…「がんという病気はない」…限りない各論の山…

肝臓癌と体重減少①…肝臓癌と体重減少②…その他の理由…

癌はなぜ転移するのか

第2章 癌の手術と抗癌剤治療

カーテンの向こうの青年患者…医者はなぜ嘘をつくのか…

国立がんセンターに救急車が来ない理由…なぜ外科医が抗癌剤治療を行うのか…

「見た癌は治らない」…「補助抗癌剤治療」とは…

「家族の人だけ来てください」…「カーテンの向こうの青年は…

「最後の入院」…青年に起こった「奇跡」…N先生のくれたヒント…

世界には充実した抗癌剤治療がある…私が受けたい抗癌剤治療…

「ジェムザール」のない病院…「混合診療」という違法行為…

先進的な癌患者…緊急手術のあとで…

「どうせ死ぬ」から治療は無意味か

第3章 自分の癌を知るということ

告知に関するアンケートのトリック…大阪から来た胆嚢癌患者…

診療情報開示システム…予期せぬ選択…「末期癌」など存在しない…

本当に恐い副作用…手足を縛られた治療…患者が主治医にすべき質問…

医者は死から逆算する…「命より意思」…そして悲劇は起こった

終章 医者が患者を看取るとき

S公園にて…二重の苦悩…誤解されている「教授回診」…

「まだ生きているんですか?」…医療は確率の勝負である…

「副作用死1%」の意味…研究段階と実用段階…

国立がんセンターの新治療法…「1ヵ月だけ待ってください」…

「やるしかないでしょう?」…死ぬまでの時間…

人間は死と接した存在…最期の小さな望みを…何もできない医者…

8ヵ月は家族とともに…昭和天皇の「手術後の治療」…私流の儀式

おわりに

こちらは、平岩先生が中心となって運営されているサイトです。なお、「ご相談」にはユーザ登録が必要になります。

 

 出版:祥伝社、初版:2005年3月

こちらも目次をすべてご紹介します。ブログに関しては、第一章 抗癌剤とは……の中から、「抗癌剤による治療と目的」と「抗癌剤治療の現実―癌難民はどこに行くのか」。そして、第二章 抗癌剤と治療法の中から、「抗癌剤治療の[五つの壁]」、第五章 「抗癌剤」最前線の中から、「やっとはじまった混合診療改正の動き」、最後に「あとがき」、以上に関してそれぞれ全文をご紹介します。

寄り道になりますが、ブログ「がんと自然治癒力2」で分かった当時の状況をお伝えします。

1963年に設立された外科医中心の日本癌治療学会、一方、2002年に内科医が中心となって発足した日本臨床腫瘍学会、2つの学会間には問題がありましたが、専門医育成の必要性から二つの学会とも認定制度による試験を2005年秋に実施しました。そして、その約4年後の2009年、日本の主要大学病院に「腫瘍内科」が設置され始めました。

したがいまして、この本が発行された2005年3月は、2つの学会が認定制度について争っていた頃であり、腫瘍内科設置という本格的抗がん剤治療が始まる4年程前に出版されたものということになります。

目次

はじめに

第一章 抗癌剤とは……

抗癌剤とは何だろう

・抗癌剤はなぜ効くのか?

・抗癌剤がもつ二つの働き

・200種もある「がん」の種類

・早期治療の鉄則は変わらない

・癌に効く薬はどこで売っている?

抗癌剤による治療と目的

・治療とは、迷いながら続けるもの

・治療の目的のどれを選択するのか

・「適量」は患者によって、まったく違う

抗癌剤治療の現実―癌難民はどこへ行くのか

・学会を支配する「癌の縮小至上主義」

・承認されていない抗癌剤

・人がいない、お金がない、薬がない

・抗癌剤治療の技術料はタダ

・抗癌剤は本当に恐いのか?

第二章 抗癌剤と治療法

抗癌剤治療と副作用

・分子標的治療薬の実体

・わずかな副作用死を問題にする社会

・抗癌剤評価の四段階

・患者にとっては結果がすべてである

・副作用があってもなくても患者は不安だ

・「癌は痛い」は昔の話

・世界最強治療vs古典的治療

・伝家の宝刀を抜く時、抜かない時

・副作用を抑える薬もある

・善玉か悪玉かは使い方しだい

・放射線治療のできる病院は少ない

抗癌剤治療には日本の掟が!

・日本で発明された薬を輸入する現実

・企業の論理と治療

抗癌剤治療の「五つの壁」

・マスコミの癌治療の認識度

・600万円と0円の差

・真っ当な治療か、医療費か

第三章 効果のある抗癌剤治療

まずは癌告知から

・癌告知をどうするか

・癌細胞は毎日生まれている

・私はけっして諦めない医者だ

・匙加減という軌道修正

・薬の投与も「米国式」と「欧州式」がある

・古くて新しいレビ博士の研究

・抗癌剤の夜間治療

・画期的な抗癌剤治療「クロノテラピー」

・仕事第一主義と抗癌剤治療

・三種類の抗癌剤治療

・目を覚ましている必要はない

第四章 抗癌剤治療の実際

肝臓癌

・肝細胞癌の治療は、もぐらたたき

・癌の「本籍」と「現住所」

大腸癌

・大腸癌治療の抗癌剤はたくさんある

・人工肛門外しに希望をつなぐ患者

・固形癌に抗癌剤は効かない?

・世界最高の治療の情報

・日本人が発明した薬が活躍

・「どうせ死ぬ」と投げやりな医者

乳癌

・内緒の「ナベルビン」

・悔いが残る乳癌の術後補助抗癌剤治療

・患者の大丈夫を信用できるか

・私の患者は消えていた

・目標は、元気な日を一日でも長く……

・「人は必ず癌になる」という覚悟

胃癌

・北陸から来た超進行癌の患者

・フルツロンから救われる

・手術を拒否し続けた人

膵臓癌

・膵臓癌は年間二万人が発症

・「膵臓癌に効く薬はありません」

・「未承認薬」という障害

・膵臓癌の治療は時間が勝敗を決する

・治療のリスクと勝算を考えて

・基本は「連射と軌道修正」

・膵臓癌のギャンブル治療

肺癌

・高速増殖癌

・たちまち効果が表れた不思議な患者

・誰にもわからない抗癌剤の働き

・肺癌は止まることがある

・余命を決定する四つの要素

・癌に対する武器は多いほどよい

・石橋を何度も叩く

胆嚢癌

・棺の用意も考えられた患者

・掟に忠実な医者、逆らう医者

・金田さんのその後

・試さないのはもったいない

・グラフから何がわかる

・「厳禁」の治療法で成果を出す

胆管癌

・ある胆管癌治療患者と死

・さまざまな患者たち

・癌闘病をホームページで紹介する患者

・十三夜の月の下で、逝く

腎臓癌

・手術を避ける病院の都合

・「診療情報提供書」

第五章 「抗癌剤」最前線

・「眼」を月に一度しか使っていない

・膵臓癌に劇的な効果のある薬なのに

・イレッサの副作用死を騒ぐ新聞

・日本の抗癌剤治療は赤字覚悟の医療だ

・タダで不利を被るのは国民だ

・妻への抗癌剤を造った夫

やっとはじまった混合診療改正の動き

・抗癌剤にも「安全第一」の国

・新しい癌の新しい治療薬

・新しい分子標的治療薬

・サリドマイドが多発性骨髄腫の薬として復活

・新たに承認される抗癌剤

・混合診療の論点

・私の患者を踏み台にした会議

・そんなに患者を選別したいか

あとがき

抗癌剤による治療と目的

治療とは、迷いながら続けるもの

「高血圧の薬は、飲みたくない。なぜなら、もし飲みはじめると癖になって一生飲み続けないといけないから……」と真顔で言う人がいる。

一生の間に病気がどうなるのか予測は難しい。だから、常に病気の状態を監視し続ける必要がある。それに薬を飲んだから、薬の必要な身体になるのではなく、薬の必要な身体になったから、医者は薬を飲むように勧めるのだ。因果関係が逆で二重にヘンだ。

「抗癌剤はずっと続けないといけないらしいから、はじめるのをためらう」と相談しにくる人がいるが、「それは、誤りです」と私は断言する。

本当にずっと続けることができるなら、幸せである。でも、「ずっと続ける」なんて、やってはいけないことなのだ。もっと言えば、ほとんどの抗癌剤治療は頑張って受けるものではないし、一大決心ではじめる必要もない。そして、迷いながら治療は続けるものなのだ。

癌の手術なら、たいてい一日で終わる。

手術を受ける決心は大変だが、目が醒めたらすべて終わっている。あとは退院に向けて、術後のリハビリを頑張るのみだ。ところが抗癌剤治療は長く続く。多くの人には頑張り続けるなんて無理だ。私が患者でも、「頑張る治療」は辛抱できないだろう。

患者は抗癌剤治療をいつでも中断できる。

中断するのかしないのか、考える材料は四つである。考えないで「ずっと続ける」ようでは、抗癌剤治療の成功はありえない。

①前回の抗癌剤治療で楽になったことはなにか

②前回の抗癌剤治療の辛かったことはなにか

③前回の抗癌剤は癌に効いているのか

④肝臓や腎臓、骨髄などに副作用の悪影響はないのか

①と②は患者が自覚する。③と④は検査でわかるのだ。

多くの癌は症状がない。症状が出にくいという意味では、癌ほど「身体に優しい」病気はない。典型的な癌の症状は、死が追ってからようやく出る。だから①がない患者は多い。もともと症状が出にくい癌だから、どんな治療をしても楽になったとは感じられないのだ。

患者が自分で①と②とを比べても、①がないなら治療を受ける気は起きない。だから、②の副作用が少ない治療が良いと考えがちだ。これは間違いではない。副作用がないにこしたことはないからだ。

ただ治療の目的は、③である。そうだとすれば、たとえ副作用があっても、副作用の大きさよりも大きな成果があれば「良い治療」になる。

①+③が②+④より大きいなら、良い治療である。

だから患者は③も知る必要がある。取材などで、なぜ日本でまともな抗癌剤治療が行われていないのかと聞かれることがある。「自分の病気がどんなものかも知らない患者が、抗癌剤治療など受けられるわけがない」と私は言い続けている。

治療の目的のどれを選択するのか

抗癌剤治療の種類には二つある。

一つ目は、3cm、5cmなど、目で確かめることができる大きさの癌へ、抗癌剤によっては小さくする治療法で、目に見える大きさなので、効果は目で見てわかる。

二つ目は、再発を抑えるための重要な療法で補助抗癌剤治療という。

手術後にも残っているかもしれない、目に見えない癌に対する治療である。癌治療の目安は5年間再発しないで生きていることで、5年間で再発しなければ完治したと考えられる。ただし乳癌では20年間となっている。

私は、癌治療の目的として

①癌の治癒(完治のこと)

②広い意味での延命、つまり一日でも長く元気な日常生活を送る

③症状の緩和

三つを挙げ、どれをめざすのかは、癌の種類、進行度、患者の価値観、その他の状況で選択する。

「適量」は患者によって、まったく違う

薬の治療は、手術の「やるか、やらないか」の二者択一とちがって、間に無数の選択肢がある。たとえば「半分の薬量を試す」こともそうである。

通常、抗癌剤の量は患者の体表面積で決める医者が多い。だから電卓を叩いて薬の量を決め、「基準量」の治療をしようとする。そのほうが科学的治療の薫りもする。でも抗癌剤の適量には「体表面積に比例」以上の要因がある。

そもそも抗癌剤の適量には「個人差」があり、患者によって約10倍もの開きがあると思ってよい。抗癌剤の「基準量」は、多数の患者の平均値に過ぎない。計算した薬量に、絶対的根拠があるわけではないのだ。半量を投与してみることは日和見主義ではないのだ。

胆嚢癌が再発した杉浦和子さん」(仮名、42歳)は、地元の病院から、もう治療法がないと告げられた。2001年7月から私が抗癌剤治療を続けているが、治療内容は、その後の一年間の間に以下のように変わった。

①5FU+LV ②ジェムザール ③ジェムザール+イリノテカン ④ジェムザール+イリノテカン+シスプラチン ⑤TS-1+シスプラチン ⑥イリノテカン

杉浦さんに使う薬が次々と変わるのは、治療の効果が長く続かないからだ。

どんな抗癌剤も、永久に続けるということはまずない。「薬剤耐性」という抗癌剤のやっかいな性質が大きな課題である。ずっと効き続けることなんて、極めてまれで、早ければ一ヵ月、長くても二年間程度で、その患者の癌に効かなくなってしまうのだ。

杉浦さんの場合も、効果が減ればすぐに薬を変える。薬の種類だけでなく、毎回のように薬の量を変えている。杉浦さん個人の「適量」を探すためだ。

一年間の治療で一貫しているのは、杉浦さんの抗癌剤の適量が一般よりも常に少ないことである。⑥イリノテカンの治療も、「基準量」の5分の1で、これで癌の成長は止まっているのだ。もし杉浦さんに「基準量」を使えば、強い骨髄抑制が出て、白血球が減少し、副作用死する可能性もある。

逆に誰にでも、杉浦さんのように規準の5分の1の抗癌剤の量で効くなら、「5分の1」が基準量になっているはずだ。それでも、「少ない量で効く人もいるから、試してみる価値はある」ことは事実で、あくまで個々の患者に試しながら適量を探すしかない。

抗癌剤治療の現実―癌難民はどこへ行くのか

学会を支配する「癌の縮小至上主義」

世間で行われている抗癌剤治療は「癌の縮小至上主義」をめざしている。「癌が縮小しなければ、抗癌剤治療の意味はない」と考えているのだ。

たしかに、縮小しないよりは縮小したほうがいいに決まっているが、私はこの「縮小至上主義」には賛同しない。癌の「休眠」という方法もある。「休眠」には世間に大きな誤解がある。

休眠療法は特別な抗癌剤治療ではなく、行なうことは通常の抗癌剤治療だが、治療の目標を「癌の縮小」に置くのではなく、「癌の成長の横ばい」に置くという概念的なものである。治療を行なう患者や医者の心構えと言っても良い。

「癌の休眠」という考え方に対して、私は抗癌剤治療における「評価」の重要性を強調している。「休眠」も「評価」も「癌の縮小至上主義」とは異なる考え方である。

休眠療法は「目的」ではなく「結果」だと考えればわかりやすいかもしれない。癌が縮小することを目標に治療するのではなく、結果的に癌が成長しなければ成功と考えて、治療を続行するのである。つまり「癌の縮小至上主義」に対するアンチテーゼだ。仮に無理なく癌が縮小するなら、もちろん「休眠」より良い結果である。

休眠療法とは、癌細胞の消滅と生成のバランスがとれている「結果」を言っているのであって、休眠させる特別な治療があるわけではない。副作用が容認できる範囲なら、縮小しないより縮小するほうが良いに決まっている。

金田芳子さん(仮名、68歳)は、胆嚢癌が肝臓の六割に転移していた。某県立がんセンターの医者に勧められたホスピスに行っていれば、今ごろは肝不全で亡くなっていたことだろう。

金田さんの場合、私の治療目的は癌を縮小させることだった。一ヵ月あまりの治療で癌の95%をなくすことができた。

私は前述の杉浦さんの場合にも、癌を極端に小さくすることを目標にしていなかった。最初からできれば「休眠」で充分だと思っていた。だが金田さんの巨大癌は、「休眠」を目標にするには大きすぎたので、癌の縮小に懸命になった。

今では癌が小さくなって、癌の位置を示すことも難しくなって、抗癌剤の量も減らしている。今度は、癌が「休眠」していてくれればよいのである。

胆嚢癌と胆管癌を合わせて胆道癌という。手強い癌だ。

私は2002年(平成14)の一年間で四人の再発した胆道癌を治療している。そのうちひとりは残念ながら亡くなった。残り三人は、仕事のかたわら癌の治療を続けている。そんなひとりに鍋島孝夫さん(63歳)がいる。

手術を受けたが一年後に癌が再発した。いったん再発した胆道癌を治すなんて難しいから、最初から治療を諦める医者は珍しくない。都内某医大病院の主治医は「もう治療はない」と鍋島さんに最後通牒を出した。

鍋島さんは「このまま終わりたくない」と思い、私を訪ねてきた。

鍋島さんの腹部CTでみると、癌性腹膜炎で溜まった腹水で灰色になっている。画面中央に胆管癌の再発がある。太く白い筋が上腸間膜動脈という血管で、その左側に灰色に写った塊が癌の再発である。癌は動脈に密着している。別な部分を切った写真にも、動脈にまとわりつく癌が写っている。

それから約二年後に撮ったCT写真では、腹水はなくなっているものの、癌の大きさはほとんど変わらない。

癌を知らない人は、鍋島さんのCTを見て、「二年も治療を続けて、癌は何も変わらないのか」と不満に思うかもしれない。「縮小至上主義」が支配する抗癌剤治療の学会に報告すれば、癌の激減した金田さんの治療は評価されるだろう。だが、癌の大きさが変わらない鍋島さんは「治療無効例」扱いになる。

でも、鍋島さんは治療に満足している。鍋島さんの癌が縮小しないからといって、別に私は鍋島さんの治療を手抜きしているわけではない。都内某医大病院を訪れれば、元気な鍋島さんは幽霊と間違われるに違いない。腫瘍マーカーのCEAは二年間で、15→8とゆっくり減少している。成長の速い胆道癌なのに、治療が元気な日常生活をもたらしてきたのだ。

このように「癌が大きくならなければよい」という場合もある。もっと言えば手強い癌なら少しずつ大きくなる治療でさえ、ありうる戦略なのだ。

癌は三週間から二ヵ月で二倍に成長する。治療の成果で、たとえば「半年で二倍に増殖」になれば、成長速度は良性腫瘍と変わらない。

ただし、気をつけることがある。癌の成長速度は厳密に計算すべきである。検査をおこたると、取り返しのつかないことになる。「癌との共存」という言葉は、世の中で安易に使われすぎている。「共存」というからには、厳密な評価が欠かせない。早すぎる臨終が近づいた時にはじめて「共存」でなかったことを悔いても仕方がない。

もう一つ、どんな抗癌剤もいつかは効かなくなる。用意された薬の数が寿命を決め、治療法は多いにかぎる。

都内の癌専門病院で、イリノテカンを毎週250㎎受けていた患者が私のところに逃げてきた。抗癌剤の投与は、5回しか我慢できなかった。

その時の医者は、「これを続けなければ、命はない」などと脅したらしい。主治医はきっと「癌の縮小至上主義」の医学者だったのだろう。毎週、四日間は嘔吐が続いたという。結局、総薬量はたった1250㎎で治療は終わった。

それだけではない。前の病院では、抗癌剤の点滴ボトルに決まってオレンジ色の袋をかぶせたそうだ。患者はそれ以来、街でオレンジ色を見るたびに吐き気をもよおすようになった。「抗癌剤トラウマ」とも呼ぶべき、医原性精神疾患に罹ってしまった。

この患者はいまは「バランスの抗癌剤治療」による成果に、満足している。ただし、オレンジ色の物だけは病室に置かないように注意している。

承認されていない抗癌剤

ニューヨーク在住の山田桂子さん(仮名、61歳)が、私を訪れてきた。

山田さんは病気知らずで健康診断など受けたこともなかったが、おなかが痛くなりニューヨークのクリニックで胃カメラの検査を受けたが異常はなかったそうだ。しかし、痛みがおさまらないので、ついにCT検査を受けた。膵臓癌だった。

膵臓の中央に黒っぽい小さな塊が写った。コロンビア大学で腹腔鏡を使って調べたら、肝臓や腹膜にも小さな転移が見つかった。この時点での手術は意味がないから、抗癌剤を勧められた。

山田さんは、長期の抗癌剤治療を受けるなら日本でと思って帰国し、東京のある大学病院に入院した。ところが、膵臓癌の第一選択薬「ジェムザール」がこの大学病院にない。主治医からも薬を使ったことがないといわれた。ジェムザールのない病院で、膵臓癌の治療など出来るわけがない。

実は医者も、どこの病院にどんな薬が用意されているのか知らない。まして「膵臓癌の治療薬がある病院」の一覧なんて見たこともない。薬がすべての病院にあるわけではない。

日本では年間に約二万人が膵臓癌になる。山田さんはいったい何のために日本に戻って、日本で受けられない、膵臓癌という病気の治療をしようとするのか。

安全第一の日本は新薬の承認作業は遅い。

膵臓癌が再発した新山義昭さん(61歳)が、広島から私のもとにやってきた。広島のどこを探しても、ジェムザールで治療してくれる病院がなかったからだ。厚生労働省がこの薬を承認していなかったこともある。

新山さんは、ジェムザールを承認しない政府は、生存権を侵害しているとして、突如署名活動をはじめた。五万人の署名を集めて、当時の坂口力厚生労働大臣に提出したのである。

その甲斐あってか、2001年4月に日本でも膵臓癌にジェムザールが堂々と使えるようになった。ジェムザールは新山さんの膵臓癌を抑え続けている。

日本の膵臓癌の治療は前進したはずなのに、山田さんは治療が受けられない。もちろん探せば、日本にも山田さんを治療してくれる病院はたくさんあるはずだ。でも膵臓癌の治療は急ぐ。病院をあちこち探すくらいなら、コロンビア大学に戻った方が早い。

山田さんは、もう一ヵ月以上も無駄に過ごしている。膵臓癌は、診断がついて三ヵ月以内に患者の半数が死亡するのだ。それに癌が進行すれば、効く薬も効かなくなる。山田さんをアメリカに追い返すことなどできないから、私が山田さんを治療することにした。

人がいない、お金がない、薬がない

医学を東洋医学と西洋医学に分けるやり方は、良い分類ではない。たとえば抗癌剤のイリノテカンやカペシタビン、オキサリプラチンなどは東洋人である日本人が発明した薬である。東洋医学の優れた産物と誇ってよい。

ところがイリノテカンは、日本より欧米で重用されている。カペシタビン(2003年発売)やオキサリプラチン(2005年発売)に至っては、今でも日本では販売されていない。東洋人のつくった薬を東洋人が使えない。日本人が使いたい場合は、わざわざ逆輸入しないといけないのである。

癌ほどありふれた成人病はない。日本では、年間に30万人近い人が癌で亡くなっている。日本人の三人に一人が癌で亡くなる計算だ。もちろん癌が完治する人は多い。でも日本の問題は、完治しない人に対する医療の貧困である。

手術治療の、高い成績レベルに比べると、「日本に抗癌剤治療はない」といっても言い過ぎではない。私はそれを「人がいない、お金がない、薬がない」と総括している。

アメリカには抗癌剤治療の専門家の医者が4000人以上もいるのだが、日本に何人いるだろうか。白血病などの治療をする血液内科を除けば、数えるほどしかいない。数人ではないにしても、全国にせいぜい数十人である。大半は新薬の治験に追われている。

抗癌剤治療の技術料はタダ

それでも、自分の専門を越えて熱心に抗癌剤治療と取り組んでいる医者がいる。

あちこちの病院で、人目を忍ぶようにひっそりと治療に当たっている。ひっそりと影を薄くしているのには、以下のような理由がある。

ある病院の事務長に訊ねてみた。

「患者が支払っている抗癌剤の治療費の内訳は、どうなっているのですか」

「ほとんどが薬代ですね」と、事務長は無表情に答える。

「点滴をするわけだから、薬代だけではないでしょう?」

「手術や検査のような、医者の技術料はいくらですか」

「技術料は、ないです」

「えっ?」私は聞き返した。

どうせ日本の医療の技術料に対する評価は小額だろう、だから医者は仕事の代価なんて知らない。だが、薬は単なる「道具」であるはずだ。手術道具が勝手に手術するわけではないように、薬が患者を治療するわけではない。医療の価格はすべて行政が決めているが、タダとは予想外だった。

事務長の返事は「技術料はないんですよ」と私にちょっと同情してくれていた。

あまり私が驚くものだから、「実際には問屋と交渉して、薬代を5%から15%くらいは値引きしてもらい、差益を出しています。消費税は病因持ちなので、5%の値引きがないと逆鞘になってしまうんですよ。この程度の値引きは抗癌剤に限りません」と事務長は言う。

少しの慰めにもならない。薬に多少の差益があったとしても、技術料はないのだ。医療経済上、日本に抗癌剤治療は存在しない。

患者は毎回、高いお金を病院の会計で払う。でも抗癌剤治療の場合、病院の会計窓口は製薬会社の料金徴収を代行しているようなものだ。お金のほとんどは、病院を通過して製薬会社に流れているのだ。「内服薬の場合は処方箋料が病院の収入になりますが、点滴の抗癌剤ではそれもないですね」と、事務長は私にダメを押してくれた。これも日本の厳しい掟なのだ。

自分が手術をした患者には充分なアフターサービスもできるが、よその病院で手術を受けた人の無料治療はやりづらい。これこそ癌難民発生の理由である。病院は「無料サービスだけ」の患者には、治療法はないと言う場面も多くなる。アメリカでは、薬代の倍くらいが技術料として病院の収入になっている。

「日本では技術料はタダだから、抗癌剤の量を間違えて、患者が亡くなっても医者に責任はない」などと暴言を吐くつもりは毛頭ない。医者は「無料の技術料」のために働いているわけではないからだ。

「タダはあんまりだから、技術料くらいは払おう」という人がいるかもしれない。でもこれは違法である。医療にエクストラ・チャージは認められないのだ。

製薬会社のアストラゼネカが肺癌の新薬イレッサを発売した。患者の足元を見るように、一錠9000円と超高額である。考える余裕が残されていない患者は、これを毎日飲み続ける。これではいかがわしい免疫療法や健康食品と変わらない。

私は製薬会社に文句を言った。「副作用の少なさを考えますと、このくらいの値段は……」と答えるから、私は怒った。

抗癌剤治療の技術料がゼロ円の日本で、医者に返す言葉ではないだろう。

抗癌剤は本当に恐いのか?

私と雑談をしていた人が、「抗癌剤って、聞いただけでも恐いですね」と、いきなり言った。私は、「いやぁ、手術と同じですよ。手術だって、恐いイメージがあるでしょう?」と、答えようかと思ったが、人を切るメスも、もともとは凶器である。外科医が使う場合に限って、道具になる。で、私は黙ってしまった。

「薬」という言葉には、聞いただけでも何か効いてくるような、和みの響きがある。「百薬の長」などの言葉は、良い例だ。抗癌剤も薬の一つではあるのだが。多くの人は、抗癌剤にぞっとするイメージしか抱かないのかもしれない。「たしかに抗癌剤には恐いイメージがありますが、癌はもっと恐いですよ」と答えてもよいが、これも説得力がない。

「抗癌剤の副作用がひどい」というのもあとを絶たない。でも「ひどい副作用」の多くは、抗癌剤を使う「匙加減」に問題がある。抗癌剤のせいにするのは、濡れ衣だ。

日本の手術は、世界一と言ってもいいくらい安全だ。2003年5月、初めて生体肝移植でドナー(肝臓提供者)の手術死が報じられた。これがニュースになる国である。2000例以上も生体肝移植で手術死を出さなかったハイレベルの国は、日本の他にはない。

癌の手術も、抗癌剤より安全なくらいである。皮肉にも、安全な日本の手術が抗癌剤の危険性を際立たせている。

抗癌剤治療の「五つの壁」

新聞社系の週刊誌の取材に応じて、私は「日本の抗癌剤治療には、制度上『五つの壁』があります」と以前未承認の問題を取り上げた。

この週刊誌は私の患者、笠松ユキさんの話を誤った事実とともに紹介している。私は「笠松さんには、まだ未承認薬を使っていません。国立のがん専門病院でホスピス行きを勧められた笠松さんに、承認薬だけで九ヵ月治療を続けています。笠松さんに限れば『超高額医療費』は当たっていません」と話した。

日本には五つの壁がある。

第一の壁は「新薬の承認」である。未承認薬を使う医者は、「何が起きても、全責任を負います」という誓約書を、厚生労働大臣に提出しないといけない。患者も医療費が全額自己負担になる。

第二の壁は「日本に存在するが、使えない抗癌剤」があるのだ。

某県立がんセンターで乳癌の抗癌剤治療を受けていた患者が、主治医に、「もう治療法はない」と言われた。同じ病院内の執刀医に相談すると、「これは内緒にしてください」と言って、ナベルビンという抗癌剤を使ってくれた。

この「内緒の薬」は良く効くし、副作用も少ない。それでも看護師までが、「この薬は肺癌の薬で、乳癌の患者に使うのは初めて」というので、患者は不安になって私を訪ねてきたのである。

ナベルビンは肺癌だけでなく、乳癌にも良く効く。国際的な常識である。でも日本では、肺癌にしか使えない。そういう厳しい掟なのだ。医者がナベルビンを乳癌の治療に使えば、「薬の乱用」と批難される。膵臓癌や胆道癌になると「乱用」しなければ、とてもまともな治療などできない。

第三の壁は「その病院に抗癌剤がない」ということだ。すべての病院にすべての薬があるわけではない。薬物治療も人間が治療をする。

薬が病院にないということは、その薬を使える人間が病院にいないということだ。胃癌の第一選択薬TS-1の治療を受けるために苦労した九州のある患者の例を書いたように、第一選択薬もなく、胃癌の治療をしている病院が、日本にはたくさんある。

第四の壁は、前述したが「抗癌剤治療の技術料や手間賃が無料」ということだ。私は次の第五の壁を話すことができなかった。その別の週刊誌は、私を「患者一人ひとりの症状に合わせた抗癌剤治療で知られる医師」と紹介した。誰でも医者は凝った治療をしたい。でも「抗癌剤治療の技術料や手間賃が無料」では、手間暇かける治療は難しい。

優れた抗癌剤治療をしている医者は全国にたくさんいる。おそらく数百人はいるだろう。でも抗癌剤治療は無料だから、医者は周囲の目を気にしながら、ほそぼそと秘かに医療をしている。良い抗癌剤治療の噂を聞き付けた患者が集まれば、その病院は財政的に逼迫するからだ。「この治療は内緒にしてください」とでも釘を刺して、自分が手術した患者だけに良い抗癌剤治療を行なう。同じ医者が「一見さん」に対しては、「どこの病院で治療を受けても同じです」と噓を言わないといけない。

世の中の人は抗癌剤治療が無料だとは知らない。現に病院の窓口で抗癌剤治療のたびにたくさんのお金を払っている。ただし、それがほとんどすべて製薬会社の取り分だとは気づいていない。良い抗癌剤治療を受けようと思う患者は、「内緒の治療」を広い日本の中から探し出さないといけない。これが第五の壁である。

やっとはじまった混合診療改正の動き

大腸癌の患者が亡くなると、私はいつもオキサリプラチンを輸入すべきではないのかと迷う。しかし、それは必ず「新しい問題」を生む。

中田さんの御主人は、優れた薬の研究者なのかもしれない。でも薬の臨床的な優劣までは知りえない。彼がオキサリプラチンの存在を知っていたなら、そしてその価値を知っていたなら、薬の合成に時間を費やすことなどなかったはずだ。中田さんのそばを離れることもなかったはずだ。情報を伝えなかった私に責任はないのか。

中田さんが亡くなってしばらくして、私は一線を越えて、輸入をはじめる決心をした。

『サンデープロジェクト』(テレビ朝日系)に、私とともに患者たちが出た。オキサリプラチンなど新しい抗癌剤を早く承認するよう活動している人たちだ。

外国から新薬を輸入して使うことは、実は簡単な手続きで可能である。欧州の薬でも、医者が注文すれば一週間で手に入る。負担といえば、せいぜい厚生労働大臣に医者が「全責任を負います」と誓約書を書くことくらいである。

ではなぜ、テレビに出た患者たちは銀座で署名活動までしているのか。

お金である。オキサリプラチン一本50,000円の薬代をどうすればよいのか。保険はきかない。誰が薬代を出すのか。患者が薬代だけを負担することもできない。それは病院の違法行為になる。保険医療に自費は許されない。朝日新聞の大好きな罪名「混合診療」だ。

薬を輸入するたびに役所に届けを出すのだから、そんな「違法行為」はすぐにバレてしまう。合法的に輸入薬を使うには、薬以外のすべての医療費を全額本人負担とする「自由診療」しかないのである。でも、これが私の心配した「新しい問題」ではない。

自由診療の莫大な医療費を何とか捻出して元気になる人の隣のベッドに、オキサリプラチンを使えない人がいる。その人に、「どうして自由診療でなければ使えないのか」と聞かれれば、私は今の医療制度をいくらでも説明できる。私に詰め寄った患者は、無念な思いで諦めるしかないのである。この残酷さをわかっていたから、私は長い間迷っていたのだ。

自由診療であろうと混合診療であろうと、患者の負担が大きいことに変わりはない。これに比べれば医療負担が二割か三割かなんて、些細な問題だ。どうしてこんな事態が起きているのか。『サンデープロジェクト』も、そこまでは踏み込んでいない。

最近になって、「自由診療+保険診療」の混合診療になれば、保険診療を取り消されるということが問題にされはじめた。このことが国会を通過するまでには、気の遠くなる時間を要することだろう。国会議員が癌患者になって、現実を体験すれば早期解決すると思われるのだが……。でも本当の問題は、新薬の承認が日本で遅いことになる。

あとがき

最近、癌の話、特に抗癌剤の話がさかんにマスメディアで注目されるようになった。確かに癌の患者は増えているし、癌で亡くなる人が日本人の死因の第一位を占めている。でも癌が死因の一位であることは、実は1980年からもう25年も変わらない不動の事実なのである。

最近大きく変わったのは、癌が患者自らの口で語られるようになったことである。昔の患者は特に進行癌の場合、闇から闇に葬り去られるように亡くなっていた。転移性肺癌は肺炎、転移性肝臓癌は肝炎と告げられ、患者は最後まで「もう少し頑張れば良くなる」と騙され続けて亡くなっていた。患者に癌とわかってしまう放射線治療や抗癌剤治療など、検討されることもなかったのである。

「元気な日を一日でも長く」という、進行癌に対するベストの治療を訴え続けてきた著者として、ようやくその環境が日本にできはじめたという楽観がある。「呑気な感慨だ」と批判されても、「問題がある」と騒がれること自体は大変な前進なのである。昔は「大問題があると大声で叫んでも、誰も振り返る人がいなかったのだから。

もう一つ、抗癌剤が話題になる大きな理由がある。ここ10年、加速度的に新しい抗癌剤が揃ってきたのである。10年前は、たとえば大腸癌や肺癌、胃癌は抗癌剤が効かない癌の代表のように言われていた。今はそうではない。手の施しようのない本当の「末期癌」の領域は、かなり狭くなってきたのである。一人でも多くの人がその恩恵を受けられるよう、この本を著した。

本書は「週刊現代」(講談社)に連載中の『読む抗ガン剤』の2002年10月~2004年12月の分に加筆して、まとめたものである。~以下省略。

がんと自然治癒力2

これは「がんと自然治癒力1」の続きですが、今回は「日本のがん医療を問う」という2005年12月に発行された、NHKがん特別取材班による本が題材です。自然治癒力とは直接関係ないのですが、まずは「がんを知ろう」ということで進めています。

 

発行:2005年12月

出版:新潮社

最も知りたかったのは、下のグラフのその後、2003年位以降のデータです。

 

画像出展:「がんは治療困難な特別な病気ではありません!」

参考とさせて頂いたのは、「がん情報サービス」さまです。

日本については2016年まで上昇続けていることが確認できました。死亡率が高い「男性」を見てみると、人口10万人に対する人数は、1958年はおよそ100人だったのが、2016年は350人を超え、約3.5倍にまで増えています

一方、米国については「CA:A Cancer Journal for Clinicians」で調べることができました。

DISCLOSURESの下にSECTIONSがあり、その右側にあるPDFをクリック頂くと「Cancer Statistics, 2018」が表示され、12ページ上段にグラフが掲載されています。

こちらも「男性」が多くなっています。1958年付近を見るとおよそ220人程ですが、2015年には200人を割っているようです。

この2つのグラフにより「男性」については、日本では上がり続け、米国では1990年頃をピークに下がり続けていることが確認できました。そして、1958年からの約60年間で、日本では約3.5倍に増え、米国では減っているという衝撃的な事実も明らかになりました。

日本は世界で最も高齢化が急速に進んでいる国です。そのため、がんの増減についてはその点を考慮する必要があるとされています。この点について、「米国はどうなんだろう?」という疑問から検索してみると、内閣府のサイトに良い情報がありました。 

グラフの直下をクリック頂くと、詳細な数値が確認できるExcel(CSV形式)の表もダウンロードできます。

このグラフによると日本の高齢化率は26.6%でトップです。一方、米国の高齢化率は14.8%と日本の半分に近い数値ではあるものの、やはり高齢化の問題を抱えています。これは医療が進歩し続けているということを考えると必然だろうと思います。

以上のことから、日米の高齢化の違いを考慮しても3.5倍に増えた日本減っている米国には極めて大きな差があると言えます。(女性の違いは更に大きなものとなっています)

この事実を踏まえ、「日本のがん医療を問う」を拝読しました。大変興味深い内容で、どうまとめたら良いのか悩みましたが、日米の比較という視点なども必要と思い、章の順番にはあまりこだわらず、特に重要と思った箇所の中味を充実するように意識しました。

目次

プロローグ

第一章 命をつなぐ世界標準薬が使えない

 命をつなぐ未承認薬

 世界標準薬が使えない

 引き継がれた命の訴え

 混合診療をめぐる攻防

 ついに承認されたオキサリプラチン

 患者の声ががん医療を変える 

第二章 揺らぐがん検診

 誰が見落としたんだ!

 検診はがんを見つかられるのか?

 差が大きい検診レベル

 抽選も現れた自治体の集団検診

 予算が足りない

第三章 相次ぐ放射線治療事故

 急速に広がる放射線治療

 極端に少ない専門医

 各地で相次ぐ放射線照射ミス

 疎かだった治療機器の点検

 事故にさえ気づかない病院も?

第四章 病院で差がつく生存率

 増え続けるがん難民たち

 乳房を切る必要はなかったのに……

 まかり通る時代遅れの治療法

 病院で差がつく生存率

 受診曜日で違う乳房の温存率

 専門医制度をめぐる学会の争い

 患者不在の論争

第五章 「救える命を救う」アメリカのがん医療

 認定が厳格な抗がん剤専門医

 患者を支えるハイレベルなチーム医療

 病院の質を監視する「がん医療の番人」

第六章 がん死亡率は下げられる

 がん征圧は国家事業

 戦略の決め手「がん登録」

 問題山積の日本の登録制度

 がんサバイバーが国を動かす

 検診を後押しする米国保険会社

 国は検診普及で得をする

 受診無料の禁煙治療

 若者からたばこを取り上げろ

エピローグ

1.抗がん剤治療の副作用

●抗がん剤治療は病院あるいは医師によって副作用は同じではない。優秀な医師による抗がん剤治療では、苦薬の量や組み合わせをきめ細かく変えていく。これは最小の副作用で最大の効果を上げるため。また、患者さまが納得して治療を受けることを大切にしている。

2.未承認薬を使うと高額の治療費がかかる

クリックして頂くと、「国内で薬事法上未承認・適応外である医薬品について」というページが表示されます。表の他に下部には「関連ファイル」というボックスがあり、未承認・適応外の最新資料(2018年5月版)が置かれています。


上左図:未承認薬および適応外薬は2015年以降、特に増えています。これは米国・欧州の抗がん剤開発のスピードに日本の認可の体制がついていけていないということではないでしょうか。

上右図:「関連ファイル」に置かれている最新版(2018年5月)を調べてみると、月額の薬剤費は10万円未満が3件(2.6%)、10万円以上50万円未満が19件(16.6%)。50万円以上が全体の80.8%となっており、患者さまの費用預担は厳しいものとなっています。

また、月額が500万円を超える超高額な薬剤も少なくないという印象です。 

がん保険では未承認薬の使用にも保険がおりる?

こちらは、三原由紀さまというFP(ファイナンシャル・プランナー)の方が執筆された記事です。ここには次のようなことが書かれています。

『がん保険の[実費補償タイプ]は、高価な薬剤を使用し自由診療を行なった際の治療費をカバーすることができます。』ただし、無制限ではないので十分にチェックする必要があるようです。

3.混合診療

1)「混合診療」とは

公的な保険の適用を受ける保険診療と、適用を受けない自由診療を併用した診療。原則として禁止され、自由診療を併用した場合、保険適用を受ける部分も全額自己負担となる』(大辞林第三版の解説)

まず、患者さまの訴え(「引き継がれた命の訴え」)をご紹介します。

『私が延命すれば預金が減っていきます。私が死んだ後、家内や家族は誰が面倒を見てくれるんでしょうか。

家庭崩壊寸前なんですよ。家族は私のことを思って「ほんとに未承認薬を使っていいのよ」って言いますけども、私が死んだあとに家族に預金はない。そういうのが目に見えていますよ。

それを解決していくのは、混合診療しかないんですよ。混合診療を進めていただいて、少なくともこれまで(保険を)使っていた部分を保険診療にしていただく。そして未承認薬の部分はしょうがないから自費で払いましょう、緊急避難的に。近い将来、(薬を)認可してほしいんですけども、とりあえずこんな、ほんとに家庭崩壊寸前のような状態から脱却させてほしいのです。

私が言いたいのは混合診療(解禁)を突破口に、日本のがん医療を変えるために、やらなきゃだめなんですよ、どんなことがあっても。以上です。』

2)2003年6月の日本医師会の見解

~混合診療の意味するものと危険性~ 2003年6月 日本医師会

日本医師会は、混合診療の容認に反対します!』という立場をとっていました。

3)患者申出療養 2016年4月スタート

こちらは、「患者申出療養の概要について」というページです。

『はじめに』の中に『いわゆる「混合診療」を無制限に解禁するものではなく』との記述があり、この「患者申出療養」とは実質、「混合診療」の一部解禁であることが分かります。

また、『厚生労働大臣の定める「患者申出療養」とは』には次のような説明がされています。

未承認薬等を迅速に保険外併用療養として使用したいという困難な病気と闘う患者の思いに応えるため、患者からの申出を起点とする新たな仕組みとして創設されました。 将来的に保険適用につなげるためのデータ、科学的根拠を集積することを目的としています。

なお、下記の[患者申出療養がスタート]のダウンロードボタンは最下部にあります。


このページのほぼ中段に「臨床研究中核病院及び特定機能病院に係る患者申出療養相談窓口設置状況一覧表」というものがあり、そこをクリックして頂くと、全国にある「患者申出療養相談窓口設置病院一覧(79病院)」と「患者申出療養相談窓口設置予定病院一覧(6病院)」が確認できます。

既にサービスを提供している埼玉県の病院は、埼玉医科大学病院 臨床研究センター内 患者申出療養制度相談窓口 049-276-1354 の1つですが、東京都には16の病院があります。

米国の場合は、「混合診療」とは抜本的に異なる「統合医療」という流れが既に浸透しています。

これについては、最後にスライドで補足させて頂きます。

画像出展:「がん治療の最前線」


4.日本で抗がん剤の臨床試験が遅い主な理由

抗がん剤の専門家である腫瘍内科医が非常に少ない。

「日本のがん医療を問う」発行から約13年たった今の実状はどうなのか、まずは日本でもトップクラスの大学病院を調べてみました。

参考にさせて頂いたのは、「医学部受験マニュアル」さまに出ていた上位10校とし、各大学の病院のホームぺージで情報収集を行いました。

なかには、名古屋大学医学部附属病院さまのように「血液内科」、「小児がん治療センター」、「化学療法部」と複数お持ちの病院もありました。名称を列挙すると、「腫瘍内科」が2病院、「血液・腫瘍内科」が3病院、「腫瘍・血液内科」が1病院、「血液・腫瘍・心血管内科」が1病院、「血液内科」が2病院、「腫瘍センター」が2病院、「小児がん治療センター」が1病院、「化学療法部」が1病院となっており、10大学病院すべてにありました。

また、開設時期は概ね2009年から2014年の間であるように思われます。従いまして、日本でのがん治療の本格的普及を「腫瘍内科医」の普及と重ねるならば、その時期は2009年が一つの目安になるのではないかと思います。なお、2009年は本書の発行後約4年というところです。

腫瘍内科医育成の課題は専門医制度にあるとされています。この問題は日本のがん医療の根幹にかかわる、構造的かつ最大の問題ではないかと思います。そこで、大変長くなってしまうのですが、第四章にある「専門医制度をめぐる学会の争い」と「患者不在の論争」を全文ご紹介させて頂きます。

「専門医制度をめぐる学会の争い」

『医局の問題だけにとどまらず、学会同士の争いも表面化している。

抗がん剤の使い方に精通した専門医・腫瘍内科医。その認定制度を新たに設けることをめぐって、内科系の学会と外科系の学会がしのぎを削る状態になったのだ。

専門医の必要性が、それほどまで真剣に議論されるようになった背景には、医療事故の多発がある。

~中略(医療事故の話が書かれています)~

患者の間から専門の腫瘍内科を育成するよう求める声が高まった。

医学界でも、抗がん剤の専門医を育成しなければ国際レベルのがん医療が提供できないという危機感が強まっていた。

2002年、内科系の医師が中心になって、日本臨床腫瘍学会が発足した。抗がん剤による治療を効果的に、そして安全に行う医師を数多く育てる必要があるとして、当初から腫瘍内科医の認定制度の確立を目標に掲げた。

初代理事長に就任したのは、国立がんセンター中央病院薬物療法部の西條長宏部長(当時・国立がんセンター東病院副院長)だった。西條理事長は学会のホームページをはじめ様々なメディアを通じて、「既存の学会で行われてきた研究報告は、がん治療の向上に何の役にも立ってこなかった」と痛烈な批判を繰り返し、新しい学会による教育システムが必要だと訴えた。

発足翌年の夏、東京・築地の国立がんセンターに程近いホールで、初めての教育セミナーが開催された。若手を中心に、全国からおよそ300人の医師が集まって会場は満員となり、新しい学会に対する期待をうかがわせた。

「日本臨床腫瘍学会の目指すところ」と題して講演した西條理事長は、「既存の学会の研究報告は、単なる治療と治療法を確立するための臨床試験を混同した、経験の寄せ集めに過ぎない」とこき下ろした。その上で「正しい臨床試験ができる体制が整わなければ、日本のがん医療は世界から取り残されてしまう」と、改革への思いを熱く語りかけた。西條理事長は日本のがん医療を、データによる根拠を積み重ねた医療にシフトし、欧米に負けない国際レベルの専門医を育成する方針を前面に打ち出した。

西條理事長は、大阪大学の故・山村雄一名誉教授に師事した。山村名誉教授は国のがん対策専門家会議の委員も務めた免疫学の大家だ。西條理事長は山村名誉教授から、「臓器単位でなく、患者全体として考えよ」と教え込まれた。この戒めが、西條理事長の現在の活動の原動力になった。

医学部の授業では、がんは臓器ごとに分かれた専門科目で少しずつ習う。しかし西條理事長は、転移をともなう全身病としてのがんを治療する医師を育てるためには、統一したカリキュラムの中で、がんについて教えなければならないと考えている。がんという病気を総合的に扱う教育が、日本の大学教育では決定的に不足している。その教育機能を臨床腫瘍学会が担っていかなければならない。それが西條理事長の目指すところだ。

もう一つ、西條理事長の考え方の直接的な源流となっているのは、今から30年近く前のアメリカでの研修だ。大阪大学から国立がんセンターの呼吸器内科グループに移って5年後のことだった。30代半ばだった西條理事長は、アメリカのがん医療の一大拠点であるテキサス州ヒューストンのM.D.アンダーソン病院(当時M.D.アンダーソンがんセンター)で、最先端の医療に接するチャンスを得た。

治療開発部門の研究員として10カ月間の短期留学だったが、西條理事長は研究の面での日米のレベルの差は感じなかったという。しかし、臨床試験を厳密に行い、データをもとによりよい治療法の開発を進める病院の方針に、日本との大きなレベルの開きを感じた。

M.D.アンダーソン病院では、ほぼ毎日、正午から2時間にわたってカンファレンスと呼ばれる検討会が開かれる。会議では、患者の治療に当たっている腫瘍内科の医師と、がん細胞や免疫機能について基礎的な実験をしている研究者たちが、臨床試験のデータをもとに活発に議論する。時には外科や放射線の医師、薬剤師なども参加する。

理事長は述懐する。日本では、それぞれの医師の治療経験を持ち寄って検討することはあっても、厳密に計画された臨書試験から治療の根拠を導き出し、それをもとに治療法の優劣を比較することは、当時はほとんど皆無だった。

十分な根拠もなく、個々の医師の裁量によって治療が行われている日本に、科学的な根拠をもとに治療方針を決める専門制度を根づかせたい。カンファレンスに毎回参加しながら、西條理事長は強く感じたという。

思いは熟成し、30年後、西條理事長は日本臨床腫瘍学会で専門医制度実現に向けて動き出す。

社会も専門医を求めていた。臨床腫瘍学会の運営が軌道に乗ったのと呼応するかのように、国の「対がん10カ年総合戦略」、それに続く「がん克服新10か年戦略」が終わりを迎えようとしていた。20年にわたる対がん戦略によって、日本は、発がんの仕組みなど基礎的な研究では世界のトップレベルになった。しかし、それが実際の治療にどこまで貢献したのかというと疑問だと指摘する声が上がったのだ。西條理事長はこの指摘は正しいと認めた。そして、国のがん対策の失敗の原因は、基礎と臨床の間をつなぐ専門医の不足にあると分析した。

西條理事長は、専門医を育てる制度を作るために、いっさいの妥協を排する姿勢を強めていった。そうして作られた臨床腫瘍学会の専門医制度は、医師の質を保つために非常に厳しい要件を定めている。

まず受験資格を得られるのは、5年以上がん治療に携わり、このうち学会の認定する病院で2年以上の研修を受けた医師に限られる。さらに、がん治療に関して3つ以上の論文を執筆し過去5年間に抗がん剤治療を受け持った患者30人分の症例報告も求められる。

これらの受験資格を満たした医師に対し、筆記と口頭からなる認定試験を行って、抗がん剤治療の十分な知識と技術があるかどうかを確かめる。

試験問題のベースとなるのは、学会が2005年6月に公表した「臨床腫瘍学会コアカリキュラム」だ。このカリキュラムは、専門医に必要な研修を盛り込んだアメリカとヨーロッパの臨床腫瘍学会の共通ガイドラインに沿ったものである。欧米と同じ基準で試験を行うことで、国際レベルの専門医を育てようという考えの現れと言える。

カリキュラムには、がん発生の仕組みや死亡統計の見方などの基礎的な知識をはじめ、様々ながんの標準的な治療法、副作用への対処の仕方、どのように臨床試験を行えば良いかという計画の作り方から終末期の患者への対応の仕方まで、専門医として習得すべき知識と技術が記されている。受験する医師は、このカリキュラムで学んだ内容について問われ、評価を受けるのだ。

まさに抗がん剤のスペシャリストにだけ専門医の資格を与えようという、日本臨床腫瘍学会の専門医制度。試験は2005年11月に一回目が行われ、2006年4月に専門医第一号が誕生する予定だ。

 

外科サイドでも、頻発する抗がん剤関連の事故への対応を迫られている。

抗がん剤を専門とする腫瘍内科医のいない日本では、外科医も、というより手術を終えた外科医が、その延長線上で抗がん剤を使用しているからだ。この10年あまりの間、新しい抗がん剤が相次いで開発されたのをはじめ、複数の抗がん剤を組み合わせる治療方法が発達し、副作用への対策も世界で飛躍的な進歩を遂げた。しかし、複雑化し高度化する抗がん剤治療を担っているのは、日本では今も外科医なのだ。

この状況を受けて、日本癌治療学会が専門医の育成に名のりを挙げた。癌治療学会は1963年に設立された学会で、14000人の会員の80%近くを外科系の医師が占める。

慶應義塾大学医学部長で、消化器外科が専門の北島政樹理事長は、30代半ばの頃、アメリカ東部のマサチューセッツ総合病院に留学し、これまでアメリカ外科学会やアメリカ消化器病学会の日本支部会長を歴任している。

最終的に目指しているがん医療は、臨床腫瘍学会の西條理事長と同様に、専門医が協力し合うアメリカ型のチーム医療だ。しかし、抗がん剤治療に精通した医師がほとんどいない日本の現実を考えると、がん治療の現場を担っている外科医を中心とした医師たちの底上げを図ることが第一だと考えている点で、西條理事長とは異なっていた。

がんの治療に携わる専門医は、手術だけでなく、抗がん剤や放射線など基本的な知識を幅広く身につけるべきというのが、癌治療学会の主張だ。

学会は、急速に増えているがん患者に対応するにはどれくらいの専門医が必要なのか試算を行った。もとになったのは2002年に厚生労働省が行った患者調査で、全国のがん患者を』128万人と推計している。学会は、この半数の64万人に抗がん剤治療が必要だと仮定し、ひとりの医師が1年間に抗がん剤で治療する患者を20人から50人と設定した。

その結果、必要な医師は12800人~32000人、中間をとっておよそ20000人とはじき出した。その上で、がん治療の質を確保するためには、できるだけ多くの医師に学会の審査を受けてもらい、専門医の資格を与える必要があるとした。

どの位のレベルの医師を対象にするのか、試験問題をどうするのかなどの重要な内容を決めないまま、癌治療学会は、申請に必要な資格や手続きを定めた規則と施行細則を1年足らずの間に次々と整備した。そして、次の総会のある2005年10月に認定試験を実施すると決めた。さらに専門医第一号の登録についても、臨床腫瘍学会より早い年明け早々とした。この決定に、学会の内部からさえ「急ぎすぎではないか」といった声があがった。

学会が、必要な専門医の数として会員数を超える数字を示したことも、患者やほかの学会の間に憶測を呼んだ。この専門医制度は、外科系の医師が今後も引き続き抗がん剤治療に当たることを保証するものではないかという見方が強まった。大急ぎとしか言いようのない制度設計のやり方が憶測に拍車をかけ、“既得権益の維持”を印象付ける結果となった。

日本臨床腫瘍学会の西條理事長は、自分の学会の専門医制度は癌治療学会のものとは一線を画すという姿勢を強調し、批判を繰り返した。

「現状追認の専門医制度は、患者にとっていかなる改善ももたらしません。我々は質の高い優れた専門医の育成を目指します。我々が作るのはエビデンス(根拠)のない治療を行う医師を救済するための専門医制度ではありません。養成する専門医の数を臨床腫瘍学会の会員数の3分の1程度に抑えることで、質の維持を図ります」

これに対し、癌治療学会の北島理事長が反論する。

「患者さんから切除したがん組織を使って、抗がん剤の効き目について研究してきたのは外科医ですし、患者の体で起きていることを最も熟知しているのも外科医です。現在、がん治療に携わって抗がん剤に慣れている外科医が、ある程度の資格審査を受けて治療をやらないと、患者さんにとって不幸なことになってしまいます。抗がん剤に詳しい腫瘍内科医がいるのであれば、外科医は手術だけに専念して抗がん剤治療は任せられます。しかし現実には、日本に腫瘍内科医はいないんです」

 

次の問題の「患者不在の論争」に移る前に、米国における腫瘍内科医になるためのプロセスをご紹介します。

なお、この内容は本書発行(2005年)当時のものになります。

『腫瘍内科医は、厳しい基準で認定される。アメリアで医師免許を取るためには、主に理科系の四年制大学を卒業した後に医科大学で4年間学び、州の試験に合格しなければならない。免許を取れば医師として患者を診察、治療することができるが、この時点ではまだ専門はない。専攻する科によって違うが、医師たちは3年から7年の研修医の間に、外科や内科などの専門分野で訓練を積み、外科医や内科医となる。

さらに、抗がん剤を専門とする腫瘍内科医になるためには、フェローシップと呼ばれる特別研修コースで2年間、学ぶことが求められる。腫瘍内科医を目指す医師たちは、ここでがんと抗がん剤についての集中治療を受ける。このほかに1年間、血液学のコースを修めることが多いという。腫瘍内科のフェローシップを終えると、医師たちは初めて、抗がん剤治療の専門医を名乗ることができる。学会による認定は必須ではないが、ほとんどの医師はフェローシップを終えた後、学会の試験を受けて認定を取る。』 

「患者不在の論争」

『二つの学会が、それぞれの専門医制度にこだわるのには訳があった。

がんの専門医制度をめぐっては、10年前に日本癌治療学会が検討を始めた。しかし、すでにほかの学会の専門医資格を持っている医師たちから「屋上屋を重ねるものだ」と反発が出て、2年後の理事会で否決された。

事態が大きく動き始めたのは2002年。日本臨床腫瘍学会が発足してからだった。

医療機関が広告することは、現在の日本では厳しく規制されているが、この年、一定の条件を満たした学会が認定する専門医については広告できるようになった。また、医療機関が行った手術件数によって、診療報酬の支払いに差をつける「施設基準」が導入された。医療事故が相次ぐ中、医師の質が問われ、どうやってその質を示すかの模索が始まっていた。

がんの治療にあたる医師の間では、何らかの資格を得なければ、今のように自由に抗がん剤を使えなくなる可能性があるのではないかという観測が広まっていった。

また、新しい抗がん剤の承認申請のデータを得るための臨床試験を担う、専門医の育成が求められるようになっていた。

臨床試験は、製薬会社が医療機関に委託して行われる。委託された医療機関に所属する医師は、同意の得られた患者に薬を投与し、データを集める。毒性の強い抗がん剤の効果や安全性を確かめる試験には、薬に関する詳しい知識が必要とされる。しかし、日本では専門医が少ないため、試験をきちんと行うことができず、結果の質が保証されていないと指摘されている。

こうした中で、国内の新薬の臨床試験の届出件数は、2003年には10年前のわずか3分の1にまで減り、「臨床試験の空洞化」とまで呼ばれる事態になっていた。

それ以前の1997年、臨床試験の実施手続きに関する国際基準を国内に導入したことも、空洞化を加速させる原因となっていた。国際基準で求められているレベルの臨床試験を実施するには、準備が不十分だったのだ。専門医の不足に加え、試験に参加する患者が集まらず、試験期間が長引いていった。その上、海外で先に承認された薬の方が、国内の薬価が高く算定されるケースまで出てきたことから悪循環に陥り、まず海外で臨床試験を行うという製薬会社さえ出てきたのだ。

国内で薬の承認申請に向けたデータを集められない状況が続けば、新しい薬の提供が進まなくなる。こうした面でも、抗がん剤に詳しい専門医の必要性が高まっていた。

一方で、大学の医学教育の取り組みは遅れていた。

がんは消化器や呼吸器といった、臓器別に分けられた教育科目の中で扱われた。あくまで臓器の中の病変という位置づけにとどまり、がんの治療がひとつの教育科目として教えられることはなかった。教育を担う大学の講座と大学病院の診療科が一体化した医局講座制のもとでは、医師が所属する医局を飛び出して臓器ごとに縦割りの組織を横断し、がんの治療について学ぶことは難しかったのだ。

大学病院でも腫瘍科といったがん専門の診療科を設けるところが増えているが、腫瘍学講座を設ける大学は数えるほどしかない。医師を育てる医学部では教員に定員があり、新しい講座を増やせないといった問題や、ほかの講座との兼ね合いなどから、新たに腫瘍学講座を設けることは難しいのだ。こうした日本の医療界の縦割り体質の中で、専門医を育てるためには、学会が認定制度を作る必要があった。

この点では、内科医の臨床腫瘍学会の西條理事長も、外科系の癌治療学会の北島理事長も、認識は一致していた。しかし、西條理事長が、これまでの学会の体質と決別して医師に高い質を求めようと挑んでいたのに対し、北島理事長は様々な診療科に共通する基本的な教育を行い、一定の質を確保しようというアプローチをとった。

それぞれの学会が異なる基準で専門医を認定すると表明すると、がん治療に携わる医師の間からは「内科と外科の戦争」といった極端な表現すら飛び出した。

こうした内科と外科の対立に、患者の側も不安を感じ始めていた。

二つの専門医試験が別々に実施されれば、医療現場では、異なる基準で認定された専門医が入り交じって患者を診察することになってしまう。患者の混乱は目に見えていた。患者団体の中には、それぞれの学会の理事長と接触し、互いに協力するよう求める動きも出始めた。

第一章(「命をつなぐ世界標準薬が使えない」)に登場した「がんと共に生きる会」の佐藤均会長は、上京して厚生労働省の検討会を傍聴したときは毎回のように、会議後、委員として出席していた臨床腫瘍学会の西條理事長に話しかけた。そして、二つの専門医制度を一本化できないか打診を続けていた。

大腸がんと闘っていた佐藤会長は、地元・島根県に腫瘍内科医がいないことにショックを受け、県や国に腫瘍内科医の育成を精力的に働きかけていた。多くの患者が、専門医を探し求めて医療機関をさまよい歩く「がん難民」となっている現状を指摘し、こう訴えていた。

「専門医制度は患者のためのものであってほしい。現状では、それぞれの学会のエゴで専門医制度を作るとしか思えないんですよ。何とか一本化し、患者に分かりやすくしてほしいのです」

また、日本がん患者団体協議会の山崎文昭理事長は、癌治療学会の北島理事長への接触を続けた。癌治療学会の理事長に出席して、患者側の思いを伝えたいと申し入れたのをはじめ、厚生労働省やがん医療に関心のある国会議員にも、専門医制度を実現し患者が病院を選ぶ際の参考にできるよう求めた。

こうした活動に対し、二つの学会はいずれも自分たちの専門医制度の正当性を主張し続けた。時には逆に「相手を説得してくれ」と依頼してくることすらあったという。

山崎理事長も、患者のことを考えてほしいと訴える。

「別に自分たちは外科とか内科とか、どっちを応援しようというのではないんです。患者はよりよい病院でよりよい治療を受けたいと思っているわけですから、基準が複数あると分からなくなってしまう。学会のための専門医か、患者のための専門医か、それを考えてくださいということです」

折り合いがつかないまま、癌治療学会による試験の実施予定まで8ヵ月と迫った2005年2月、研究者の国会と形容される日本学術会議の医学・医療部門が、この問題を議題に取り上げた。学術会議は科学の各分野のトップが集まって、日本の科学技術のあり方について審議し提言を行う機関だ。こうした個別の分野を議題として取り上げるのは異例のことで、問題の深刻さを示していた。

会議では、この問題に関する専門委員会の委員長で、東京大学の鶴尾隆教授(日本がん分子標的治療学会 初代理事長)が熱弁をふるった。

「このままでは国民に大きな混乱を招いてしまいます。緊張な状態なので、至急検討が必要なんです。」

そして、数カ月間議論してまとめた提言案を示した。提言案には次のように書かれていた。

異なった基準によって認定された専門医が誕生することは、国民に不要な混乱を招く(中略)専門医制度は第一に患者のためのものであって、決して医師、学会の利益のために存在するものでないことを強く認識すべきである。

学術会議には、内科と外科がそれぞれの代表を送っている。お互いの代表が自分たちの立場からの主張を行い、議論がかみ合わないまま提言の採択は見送られた。

様々な模索が続く中、外科系の癌治療学会は2月、臨床腫瘍学会を含むがん関連の12の学会に対し、あらためて専門医制度への協力を求めた。

しかし、試験までの時間が限られていることもあって、全面的な協力を表明したのは日本泌尿器学会のみであった。臨床腫瘍学会は癌治療学会の専門医について、引き続き「必然性を感じない」として連携を拒否した。その一方で、抗がん剤に関する専門医制度を一本化することは必要だと認めて話し合いに応じる姿勢を示し、ようやく二つの学会が歩み寄りはじめたのである。

4月中旬、二つの学会は専門医制度の一本化に向け、話し合いのテーブルについた。今度は、医学関係学会の頂点である日本医学会が調整に乗り出した。しかし、基本的な考えが異なるため、どう協力していくのかという方針がなかなか決まらない。

折れたのは癌治療学会だった。北島理事長が「専門医」の看板を下ろす決断をしたのだった。

6月末、日本医学会が両学会の内諾を得た上で、二つの専門医制度の一本化に向けた提言をまとめた。提言では専門医の看板を下ろす代わりに、癌治療学会が臨床腫瘍学会や基礎系の日本癌学会 とともに合同委員会をつくり、新たに「がん治療認定医」(認定医総数:15,572名、認定医(歯科口腔外科)総数 427名 (2017年4月1日現在)がん治療認定医申請資格(2018年度)という資格を作る案を示した。そして、臨床腫瘍学会をはじめとするがん関連学会の専門医については、この認定医の資格を得た後に取得するものとした。

一方、臨床腫瘍学会も、それまでの「臨床腫瘍専門医」という名付け方では、がん医療すべての治療をするようなイメージがあるとして、診療の実態に即した「がん薬物療法専門医という名称に変更することになった。しかし、西條理事長は専門医の受験資格にがん治療認定医の取得は義務づけないと早々に表明し、本当に二つの専門医制度が一本化したと言えるのか疑問を残した。

提言をまとめた日本医学会の高久史麿会長は要望した。

「三つの学会が合同で習得すべき知識を定めるので、がん治療認定医の質の担保は図れると思います。提言に合意した臨床腫瘍学会が新しい認定医を否定することは、自らを否定することになりますので、将来的にはがん治療認定医の資格を取ることが、がん薬物療法専門医の取得条件になることを希望しています」

専門医制度をめぐる二つの学会の争いは、結局、日本のがん医療が患者不在のものであることを印象づける結果になったのである。』

5.米国での成功要因

第五章の「救える命を救う」アメリカのがん医療、および第六章のがん死亡率は下げられる では、多くの米国における成功要因が紹介されています。この中で、私が特に重要と思うものは次の3つです。

政治トップのリーダーシップ・コミットによる全米プロジェクト化

適切な施策を導くための正確な情報を収集・蓄積・分析するためのシステム化

病院単位でのがん医療に関する品質維持・改善のしくみの導入と継続

本書の中では、これらは『がん征圧は国家事業』、『戦略の決め手「がん登録」』、『病院の質を監視する「がん医療の番人」』に書かれています。

そこで、最初の2つは一部、『病院の質を監視する「がん医療の番人」』に関しては全文をご紹介させて頂きます。

「がん征圧は国家事業」

『アメリカが、がん征圧に向けて大きく踏み出したのは、1971年。当時のニクソン大統領が、国を挙げてがん対策に取り組むことを国民に約束した、いわゆる「がん戦争宣言」がきっかけだ。

ニクソン大統領は記者団を前に、厳しい表情で宣言した。

「がんで命を落とした人の数は、今や第二次世界大戦で亡くなった人の数を超えるまでになりました。私は今年、まず初めに議会にこう伝えました。がんを征圧するための治療法の開発に、国家をあげて取り組むと。そして議会も、がん対策を国家事業として推進するために必要なことは何でもすると約束してくれました。私もこれだけは申し上げたいと思います。がん患者や研究者に対して、国としてできる限りのことをすると。それを、お約束します」

「戦略の決め手「がん登録」」

『アメリカで、がん死亡率を減らすためにNCI(国立がん研究所)が最重要課題として取り組んだのが、国内のがん患者のデータベースを作ることだった。患者が、いつ、どんながんになり、どういった治療を受けたのか、全ての経過を報告するよう病院に義務づけた。いわゆる「がん登録」である。

アメリカでは、がん治療を行う主だった病院はがん登録士を雇用して、患者の情報を追跡調査している。こうした情報は、オンラインで国のがん登録センターに集められる。その数は年間130万人に達するという。

NCIのがん登録が始まったのは、1973年。その2年前に成立した国家がん法がきっかけだった。がん登録は五つの州からスタートし、年々実施する州が増えていった。

一方、1992年にはがん登録法が成立し、国家がん登録プログラムが立ち上がった。こちらは、CDC(疾病予防対策センター)という国の機関が中心になって運営した。CDCは、エイズやエボラ出血熱、鳥インフルエンザなど、どちらかというと感染症対策で名前を聞くことの多い組織だが、がん対策でも大きな役割を果たしている。』

「病院の質を監視する「がん医療の番人」」

『クリスタ・セント・マイケル病院のがん医療は、アメリカでは決して特別なものではない。アメリカ外科学会がん委員会の認定を受けた医療施設が広く行われているものだ。2005年8月現在、認定を受けた病院の数は全米で1425に上る。

委員会(アメリカ外科学会がん委員会)は、患者がどこにいても、同じようにレベルの高い治療を受けられることを目標に、1922年に設置された。がん医療を行う医療機関が満たすべき基準を定め、その基準に合格した病院を認定している。最初の認定基準が発表されたのは1930年。当時、がんの治療と言えば手術だった。以来、およそ三年おきに基準を見直してきた。

チーム医療の概念が盛り込まれたのは、抗がん剤や放射線治療の技術開発が進んだ1950年代以降という。

2004年版の認定基準では、36項目に上る条件を定めている。

まず、認定を求める病院は、腫瘍科の運営に責任を持つがん委員会を院内に設置する必要がある。がん委員会を設置することは、まさにチーム医療を行わなければならないことを意味する。委員会には放射線診断医、病理医、外科医、腫瘍内科医、放射線治療医、腫瘍看護師、ソーシャル・ワーカー、がんカンファレンスを開催する頻度を決め、専門医とスタッフに参加を義務づける。また、自分の病院で行った患者の治療について毎年分析し、その結果をスタッフに公表しなければならない。

さらに資格を持つがん登録士が、患者のデータを集めなければならない。治療の結果をきちんと把握するため、分析対象となる患者の80%について追跡調査をしなければならない。過去5年間に診断を受けた患者については、さらに基準が厳しく、対象の90%を追跡調査することが求められている。これらのデータはアメリカ外科学会がん委員会の全米がんデータベース(NCDB)に提出しなければならない。

また、放射線治療と抗がん剤治療を行うための設備とスタッフを確保することや、がん患者の看護は専門知識と技術を備えた腫瘍看護師が行い、その能力を毎年評価することなども求めている。

さらには、行院独自でも、アメリカがん協会が各地に持つ事務所などの地域組織と協力しながらでもいいが、遺伝子検査、カウンセリング、在宅介護、栄養指導など、患者やその家族への支援サービスを行うことまで求めている。

こうした認定基準が実際に満たされているかどうかについて、アメリカ外科学会がん委員会は3年に1度、認定病院に調査担当者を派遣し、立ち入り調査を行う。先ほどのクリスタス・セント・マイケル病院は、2004年11月に調査を受けた。

病院は、36項目の認定基準をどの程度満たしているかをまとめた自己評価を、調査の2週間前までに提出する。このほか、病院の年次報告書や院内のがん委員会の議事録、がんカンファレンスの開催実績報告書、治療の分析結果を示す文書などの提出を求めらることもあるという。

委員会の調査担当者は、この資料を読み込んだ上で立ち入り調査にのぞむ。クリスタス・セント・マイケル病院では、調査担当者が、まず病院のがん委員会のメンバーと面接した。そして、「抗がん剤治療を受けている患者が急に熱を出して運び込まれた際、どのように対応しているのか」や「処置を受けるまでの患者の待ち時間の長さはどのくらいか」などを質問したという。こうした質問は、直接、認定基準に盛り込まれているものではない。しかし調査担当者は、認定病院でがん医療がどのように行われているのかを把握するために、数多くの質問を行うという。

その後、調査担当者は抗がん剤治療や放射線治療の現場、マンモグラフィーなどの検査施設を視察し、問題がないかを確認した。さらに、カルテをがん登録のデータと照らし合わせ、がん登録データの収集が適切に行われているかを確認した。

その上で、調査担当者は各項目について、「可」と「不可」の二段階で評価する。項目によっては、これに「優」や「適用外」の評価も加わる。36項目すべてが可の場合は、認定を3年間継続することが認められる。すべてを満たせなかった場合も、7項目までならば再認定を受けられるが、1年以内に問題を解決し、文書で委員会に報告しなくてはならない。8項目以上が不可だった場合は、認定が取り消される。

クリスタス・セント・マイケル病院はすべての項目の条件を満たし、認定が更新された。

立ち入り調査を受ける病院は、調査担当者の旅費や宿泊費などのために3500ドルを負担しなくてはならない。なぜこうした手間をかけて認定を受けるのか。実は病院にとっても十分なメリットがあるのだ。その一つが、アメリカ外科学会がん委員会が管理、運営する全米がんデータベース(NCDB)の活用だ。

NCDBは、認定病院からこれまでに報告された1500万人を超える患者について、がん登録の情報が集められたデータベースだ。ここには毎年、全米で新たにがんと診断される患者の75%の情報が追加される。内容は患者の性別、年齢、住所などの基礎的な情報をはじめ、がんの進行の度合い、飲酒や喫煙の習慣の有無まで150項目以上に上る。受けた治療については、手術の方法から照射した放射線の量まで詳細に記録している。

これらのデータは、患者が退院しても追跡調査が行われる。電話をかけて、がんが再発していないかどうかなど治療後の経過を確認するほか、新聞の死亡欄もチェックする。追跡調査は患者が診察を受けてから亡くなるまで続けられる。

病院はこのデータベースに蓄積された情報を利用することで、自分たちの医療が全米のどの位のレベルにあるのか、自分たちの地域に多いがんの種類は何か、予防・早期発見のためにどのような取り組みが必要かなどを客観的に判断し、対策を立てることができる。

クリスタス・セント・マイケル病院では1999年、がん登録のデータを確認したところ、乳がんの手術で乳房をすべて摘出している割合が予想より高いことが分かった。このデータは医師に送られ、治療方法について再検討が行われた。その結果、乳房を温存する手術の割合を大幅に上昇させことができたという。

クリスタス・セント・マイケル病院のがん登録士ダイアン・ケチャムさんは言う。

「がん登録がなければ、地域のがん治療の状況はまったく分からなくなってしまうでしょう。それはまさにブラックホールのような状況です。認定病院であることの利点はたくさんありますが、最大の利点は、全国共通の基準があるので、腫瘍科をより良いものにしようという目標に向けて、私たち全員が常に努力できることなのです。」

アメリカ外科学会がん委員会が病院の認定を始めて70年余り。認定はがん医療を行う病院にとって信用の証になり、患者が病院を選ぶ際の重要な判断基準となっている。実際アメリカでは、新たにがんと診断された人の80%が、認定病院での治療を選択している。

アメリカ外科学会がん委員会のデイビッド・ウィンチェスター委員長は、認定の意義をこう語る。

「私たちの活動の目的は、病院が患者にどんな医療を提供しているのか、患者の予後の状態をどこまで把握しているのか、その詳細を知ることです。私たちはがん医療を行う病院を監視する、いわば“がん医療の番人”です。始まって70年以上になる認定制度を通して、がん医療の水準を確実に向上させてきたと確信しています。こうすることで、地方に住む患者が、自宅近くの病院で質の高いチーム医療を受けることができるのです」

日本とアメリカでは、病院の仕組みも医療費の負担の仕方も全く異なるが、参考になる点は多い。

がんの専門医を育てる教育が、アメリカでは非常に重視され、制度として確立している。こうして育成された専門医が集まり、チーム医療の拠点である腫瘍科が作られる。クリスタス・セント・マイケル病院では、がんカンファレンスだけでなく、日常の数多くの場面でチーム医療が実践されていた。腫瘍内科と放射線治療医が仕事の合間を見つけては、立ち話で、頻繁に患者についての情報や意見の交換をしている。大がかりなカンファレンスを開かなくても、ある程度の情報交換はできるのだ。それも腫瘍科という共通の場があることの大きな効果だろう。

国立がんセンターの垣添忠生総長は、日本のがん医療を変えるには、まず大学の医学部から考えていかなければならないと主張する。

「日本では、がんの手術を予定している患者さん一人一人について、外科の立場では非常に厳しい議論をして手術の方針を決めているとは思います。しかし、放射線治療や抗がん剤治療の可能性はないのかという議論がなされているかというと、医局の壁でうまくいっていないことがあると思います。ですから医学部には横断的な組織として、臨床腫瘍学のような講座が必要なのです。」』

付記1米国の統合医療

統合医療とは、左下図の「現代医療に基盤を置きながら、補完代替医療の潜在的な意義を認め、検証しながら選択的に活用しようとする立場」ということです。

日本の「患者申出療養」は未承認等の薬剤に対する措置を意識したものなので、右下の図でいえば、青箱の範囲内ということになります。

なお、この資料は日本薬科大学客員教授の安西英雄先生より、頂いた資料の一部になります。


下はスライドショーになっています。クリックして頂くとスライドが固定されます。

『PubMed(パブメド)は生命科学や生物医学に関する参考文献や要約を掲載するMEDLINEなどへの無料検索エンジンである。 アメリカ国立衛生研究所のアメリカ国立医学図書館(NLM)が情報検索Entrezシステムの一部としてデータベースを運用している。』(ウィキペディアさまより)

付記2日本のがん対策

がん対策情報」のページです。

こちらは、掲載されいた平成19年から24年までの、「がん対策関係の予算」の額を棒グラフにしたものです。残念ながら、平成25年以降のデータは出ていませんでした。

国会議員で「がん対策」に熱心な先生はどなただろう?と思い、ネット検索したところ、山本孝史先生を知りました。しかしながら、がん患者でもあった先生は2007年12月22日、胸腺がんにより他界されていました。

『二人に一人が生涯のうち、一度はがんにかかり、三人に一人ががんで死亡するという時代になって、今やがんは、誰にとっても最も身近な疾患となりました。しかし、国民のがん医療への関心は、がん検診の受診率から見ても高いとはいえません。本書が、がん医療の実態の一端を知り、理想のがん医療を語り合う契機になれば幸いです。』

出版:朝日新聞出版


がんと自然治癒力1

以前、患者さまから「がんにも鍼は効きますか?」というご質問を頂いたことがあります。自然治癒力に働きかけるという意味では、がん治療に関しても効果はあると考えますが、具体的にご説明することはできませんでした。

当時、拝読した本は素問八王子クリニックの院長である真柄俊一先生が2007年7月に出版された【がんを治す「仕組み」はあなたの体のなかにある―抗がん剤・放射線治療からの脱却!】という本でした。大変興味深い内容だったのですが、「もう一歩突っ込んで調べる必要があるなぁ。」という思いがあり、しかしながら、それは大変なエネルギーを要すると感じたため、そこでフリーズしていました。

 

出版:現代書林、2007年7月発行

 今回、ブログのネタが底をついてきたため、一念発起してこの難題に取り組む覚悟をしました。

真柄俊一先生はがん治療に関し15年の実績(開業2003年)を積み上げられており、医師でもあることから、最初の題材はやはり真柄先生の本が最良と判断しました。そこで、現時点で最も新しい本、「がんは治療困難な特別な病気ではありません!」で勉強させて頂くことにしました。

 また、真柄先生は日本の英字新聞社(1897年創刊)である、ジャパンタイムズが選ぶ「2013年アジア次世代CEO100人」にも選出されていました。

 

出版:イースト・プレス、 2016年8月発行

一番左の列のほぼ中央においでです。

浦和出身でマネックスグループの社長 松本 大氏の顔もありました。

 


ブログはページに沿って注目点を洗い出し、その内容の理解を深めるために必要な本をリストアップしました。リストアップされた本は次なるブログの題材とし、最後に「がんと自然治癒力」に関する自分なりのまとめをしたいと思います。

27ページに下記の興味深いグラフが出ています。このグラフは「国別がん粗死亡率年次推移」というタイトルで、NHKクローズアップ現代「シリーズ日本のがん医療を問う」からのものでした。

 

画像出展:「がんは治療困難な特別な病気ではありません!」

検索したところ、NHKがん特別取材班による日本のがん医療を問うという本が出版されているのを知りました。

内容は次のようなものです。『欧米先進国では、ガン死亡率が下がり始めているのにもかかわらず、我が国では依然として右肩上がりが止まらないのはなぜか。医療現場の構造的な問題や国のガン対策に疑問を抱いたNHK取材班が、米国の医療改革と比較しつつ、この問題を徹底究明する。昨春放送されたNHKスペシャル「シリーズ日本のがん医療を問う」の内容にさらに取材を加えて再構成した書。』

32ページには次のような記述があります。『米国NCI(アメリカ国立がん研究センター)は、アメリカにおけるがん研究のトップ機関が1985年、当時デヴィタ所長がアメリカ議会で証言した。「最近、がん細胞は抗がん剤をぶつけても、自分の中の遺伝子の働きで抗がん剤を無力化させてしまうことが分かった。がんのプロとしての自分は、大きなショックを受けている」彼は、抗がん剤を無力化させるその遺伝子を「反抗がん剤遺伝子」(ADG=Anti Drug Gene)と呼び、「ADGの存在により、抗がん剤でがんを治せないことが理論的にはっきりした」と結論づけました。』

凄い発表に驚きました。早速、NCI のWebサイトで、“ADG”および“Anti Drug Gene(スペースを入れない)”で検索したのですが結果は「0件」でした。

そこで、ネット上にあった情報から、「デヴィタ所長」とは、Dr. Vincent T. DeVita, Jr.であることが分かりました。

下記はウィキペディアさまの画像と一部の情報です。

ヴィンセント・デヴィータ

●アメリカ合衆国の医師、腫瘍学におけるパイオニア。元アメリカがん協会 President。イェール大学医学大学院教授。元アメリカ国立がん研究所 director。がん化学療法における研究で知られ、1972年にはAlbert Lasker Clinical Medical Research Awardを受賞した。

●アメリカ国立がん研究所(NCI)に勤務し、1980年にはNCIおよび国家癌プログラム(National Cancer Program)のdirector に任命され、1988年まで務めた。

 ここには、驚くような「アメリカ議会での証言」や「ADG」に関する記述はなく、一方、デヴィータがんの分子生物学という本が翻訳、出版されているのを見つけました。 

62ページの見出しは『WHO発「肉はアスベスト・タバコ並みの発がん性」の衝撃』というものです。調べてみると、日本経済新聞やロイターなど、このニュースを報じる記事がいくつか見つかりました。

加工肉「発がん性ある」 WHO、過剰摂取に警告 日本経済新聞 2015年10月27日 

加工肉に大腸がんリスク、WHO専門機関が報告 ロイター 2015年10月27日 

特別リポート:「加工肉に発がん性」WHOが招いた混乱の裏側 ロイター 2016年4月21日

この中で、数々の実験や大規模調査によって動物性食品の発がん性を証明し、植物性食品によるがんの予防・治療に決定的な理論を確立したのがT・コリン・キャンベル博士です(コーネル大学、栄養生化学部名誉教授。40年余りにわたり栄養学研究の第一線で活躍)。詳しい紹介もされていました。

下記の画像はウィキペディアさまから拝借しました。

彼(T・コリン・キャンベル博士)は1960年代後半に早くも、動物性タンパクの発がん性を実験によって立証しました。1982年にはアメリカ政府の依頼を受け、NAS(全米科学アカデミー)の報告書「食物・栄養とがん」をまとめましたが、そのなかで博士は、「動物性食品の過剰摂取ががんの強力な要因になっている」と明確に指摘しています。2015年10月にWHOが発表した「肉・肉加工品の発がん性」についての指摘に先立つこと、実に33年も前です。

この全米科学アカデミー報告書と同じころ、キャンベル博士は中国における大規模な疫学調査を開始しています。これはコーネル大学、オックスフォード大学、中国予防医学研究所による共同研究で、「チャイナ・プロジェクト」と呼ばれました。10年にも及ぶこの調査は「ニューヨーク・タイムズ」が「疫学史上のグランプリ」と評しましたが、その陣頭指揮をとったのがキャンベル博士です。1990年、彼はその調査結果を論文「中国における食と習慣と死亡率」にまとめました。

博士の執筆論文は300以上に及び、権威ある科学誌・医学誌に掲載されましたが、長年の研究生活の集大成として書き上げた著作が【チャイナ・スタディー】です。先ほど述べたチャイナ・プロジェクトがベースになっていますが、それだけにとどまりません。自分自身の生い立ちからさまざまな実験や調査研究、そこから得た食物と病気についての画期的な結論、それを国民に訴えた警告が、食品業界や製薬業界、医学界などからいかに妨害されたかに至るまで、詳細に書かれています。』

調べてみると、チャイナ・スタディー 葬られた「第二のマクガバン報告」(合本版)という本が販売されていました。

68ページの見出しは『上院議会に「栄養問題特別委員会」を設置したフォード大統領』となっています。

内容は以下の通りです。

ニクソンのあとを継いだフォード大統領は1975年、ある決断を下しました。当時のアメリカは、がんはもちろん心臓病をはじめ生活習慣病を患う人が急増し、国民医療費が急速に膨れ上がっていました。世界で最も医学が進歩していると考えられているアメリカで、なぜ病人が増え続けているのか?これは国民の食生活に何か根本的な間違いがあるのではないか?

そう考えた大統領はその疑問を解決すべく、上院議会に「栄養問題特別委員会」を設置し、国家的な大調査をするよう指示をしたのです。その委員会の委員長に任命されたのが、1972年の大統領選挙でニクソンに敗れた民主党のジョージ・マクガバン上院議員でした。

マクガバン委員長は「がん、心臓病をはじめ多くの病気が増えている。そして進歩したとされるアメリカの医学を活用し、巨額の医療費が注ぎ込まれているのに、アメリカは病気で滅んでしまう。われわれは何か重大なことを見落としていたのではないか。現代の医学が進歩していると考えていること自体も、間違っていたのではないか」と問題提起をおこないました。

彼の指揮のもとで、栄養問題特別委員会はまず、過去の病気と食生活の変化についての調査を開始しました。19世紀以降におけるアメリカ国民の病気の変化と、それに対応する食生活の変化についての追跡です。すると、150年前には腸チフスや結核など、細菌による伝染病で病死する人が多く、現代病と言われているがん、心臓病、脳卒中などの病気による死亡率がきわめて低いことが判明しました。

更に、ヨーロッパなどの先進国を調査しても、150年前は心臓病やがんなどはほとんど見当たりません。調査地域を広げて世界各国を見てみると、アフリカやアジア、中近東などのいわゆる発展途上国では、過去はもとより現在でも、そうした病気が少ないという事実が分かったのです。

欧米諸国の150年前と現在との違いは何か?現在の欧米諸国と発展途上国との違いは?

その謎を解決するために栄養問題特別委員会は、国内だけでなく世界中から資料を集め、他国からも証言を求めるなどして、人々の食生活と病気や健康状態との相関関係を分析しました。証人喚問に応じて資料レポートを提出した各国の医師、生物学者、栄養学者など、専門家だけでも実に3000人を超える大がかりな調査です。

しかし、膨大な資料が集まり、数多くの証言がなされるにつれ、かえって解決の糸口さえ見つからず混迷の度を増していきました。委員会発足から「マクガバン・レポート」完成まで2年かかったのも、そのためでした。』

更に74ページにも「マクガバン・レポート」に関する記述が出てきます。

『「マクガバン・レポート」の画期性は「現代病は現代医学では治らない」と明言した点です。がんは現代病の代表であり、このレポートはニクソン大統領の「がん征服戦争」に、別の視点から回答を出したとも言えます。

栄養について盲目な現代医学の欠陥を補うべく、アメリカ政府はマクガバン・レポートに基づき国民の食生活に関する新政策を矢継ぎ早に打ち出すようになりました。レポートの発表の2年後の1979年には早速、健康な食生活のための数値目標を定めた「ヘルシーピープル」を発表しました。これは1991年から始まった「ヘルシーピープル2000」へと続き、さらにその後には「ヘルシーピープル2010」が実施されました。

この「マクガバン・レポート」については、その概要を簡潔に紹介した世界の食習慣を調査した・マクガバン・レポートという冊子があるのを見つけました。

127ページからは、「植物性食品による国際医療会議」(International Plant-Based Nutrition Healthcare Conference)に登壇されたディーン・オーニッシュ博士のことが書かれています。

英語のサイトです。

ご参考まで。

また、2009年のノーベル医学生理学賞を受賞した「テロメア」に関する内容が続いています。見出しは次の3つです。「食事療法・メンタルケア 併行治療の相乗効果」「ノーベル賞受賞者と共同研究した テロメア研究」「食事療法・ライフスタイルの変更によって老化を逆転できる」

なお、テロメアがどんなものかについては、以下のNHKクローズアップ現代 2017年5月16日(火) 「生命の不思議“テロメア” 健康寿命はのばせる!」に記述されていた内容を参照ください。

 

 

 

画像出展:「クローズアップ現代


『老化を防ぎ、若さを保ちたい。そんな願いをかなえると注目されている研究がある。ノーベル賞生物学者・ブラックバーン博士らによる「テロメア」研究だ。染色体の端にあり細胞分裂のたびに短くなるため、年とともに縮むと考えられていたテロメア。ところがテロメアを伸ばして細胞から若返る方法があり、がんを防げる可能性もあるというのだ。それは日常で実践できる生活習慣。最新の研究から健康寿命を延ばす秘策と命の神秘に迫る。』

「食事療法・メンタルケア 併行治療の相乗効果」

『最近、強く印象に残っているのが「植物性食品による国際医療会議」(IPBNHC)に登壇されたディーン・オーニッシュ博士の研究です。博士は、UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)医学部臨床教授です。彼のプラントベース食事療法の研究は、エセルスティン博士と同じく冠動脈疾患の患者を対象にしてほぼ同時期に開始され、のちに、がんの研究にも及んでいます。

彼は研究を開始してわずか1年後に、それまでの研究結果を発表しました。たった1年間で、博士の研究に参加した患者たちは、対照群のメンバーたちよりも狭心症の発作が軽く、頻度も少なくなっていました。5年後の調査結果では更に回復度が高まっています。

エセルスティン博士はプラントベース(植物由来)の食事療法だけを患者に課しましたが、オーニッシュ博士はそれに加えて、瞑想(メディテーション)や、ウォーキングなどの軽い運動、更には社会奉仕活動などをおこなうように指導していました。これらは心身の緊張を解き放ち、患者さんの病気に対する不安感や恐怖感を取り除くことを目的としています。

彼のやり方は、食事療法と同時に、患者さんの気持ちの持ち方を含めたライフスタイルそのものを変えることによって、病気を克服させていることがわかります。つまり、「食事療法とメンタルケア」の併行治療によって相乗効果をあげているのですが、これは、私自身が実践してきた治療法とかなりの部分で重なっています。』

「ノーベル賞受賞者と共同研究した テロメア研究」

『エリザベス・H・ブラックバーン博士という女性生物学者がいます。彼女は、生物の寿命をコントロールすると言われていた「テロメア」を研究テーマにしていました。カリフォルニア大学バークレー校の准教授時代、彼女は教え子とともにテロメアのDNA配列を世界に先駆けて発見、さらに酵素テロメラーゼの分離に成功しました。2009年、博士は「寿命のカギを握るテロメアとテロメラーゼ酵素の仕組みの発見」によって、ノーベル医学生理学賞を受賞しました。

日本ではあまり話題になりませんでしたが、これは生物学上の大変な発見だったのです。テロメアは染色体の末端にあり、遺伝子情報を保護する役目を担っています。このテロメアが短くなることで老化現象が起こりますが、テロメラーゼ酵素は短くなるテロメアを修復する働きをします。

その仕組みを解明したことでのちにノーベル賞を受賞したのですが、1990年、博士は、UCSFに移り、オーニッシュ博士の同僚となりました。オーニッシュ博士は、ブラックバーン博士が解明したテロメア・テロメラーゼ酵素の仕組みをもとに、食事療法及びライフスタイルの変更をおこなうことで、それらがどう変化するかを研究したのです。  

 

 

 

 

 

 

画像出展:「tvrider


「食事療法・ライフスタイルの変更によって老化を逆転できる」

『ここで注目すべきデータをふたつ挙げましょう。まず図6のグラフは、食事療法・ライフスタイルの変更をおこなった患者のテロメラーゼ酵素の変化を追っています。ご覧のように、わずか3ヵ月で明らかにテロメラーゼが増えています。先ほど述べたように、この酵素は加齢や病気によって短くなったテロメアを修復する働きを担うものです。

さらに、5年間の経過をまとめたのが図7のグラフです。これは食事療法・ライフスタイルの変更プログラムに従った患者群と、同じ条件下でプログラムを受けなかった患者群を比較対照したものです。ご覧のとおり、プログラムを受けなかった患者群(対照群=Contorol Group)のテロメアの長さは「3パーセントの減少」となっています。一方、プログラムに従った患者群(実験群=Exp Group)は「6パーセント」までテロメアが伸びています。

つまり、食事療法・ライフスタイルの変更が病気や老化を食い止めるばかりか、逆転させているのです。これは健常者のアンチエイジングという希望にも、がんや心臓病患者の病気改善や治癒にもつながる画期的な実証試験結果です。

なお、これらの図は世界的評価が最高ランクの医学雑誌「ランセット」(2008年9月)に論文とともに掲載されたものです。』

画像出展:「がんは治療困難な特別な病気ではありません!」


ネットで調べたところ、日本生活習慣予防協会のサイトに、Lancet Oncologyの原文のURLとともにその概要が紹介されていました。日付は2013年9月17日になっています。日本生活習慣予防協会の日本文には『テロメア長さが平均10%増加していた。』となっていましたが、原文を開いてみると、実験は2003年から2007年の5年間で、介入グループ(食事療法・ライフスタイルの変更)は「6パーセント」増加との内容でした。

Eligible participants were enrolled between 2003 and 2007 from previous studies and selected according to the same criteria.

Relative telomere length increased from baseline by a median of 0·06 telomere to single-copy gene ratio (T/S)units (IQR–0·05 to 0·11) in the lifestyle intervention group, but decreased in the control group (−0·03 T/S units, −0·05 to 0·03, difference p=0·03).


真柄先生の「自然療法」を理解する上で、最も重要な箇所は139~143ページに書かれている、「遺伝子についての考え方を一変させたエピジェネティクスという新学説」「理論的に確認できた自然療法の正しさ」と150~152ページに書かれている、「自然体縮の謎を解明したエピジェネティクス理論」の3つだと思います。

以下、その内容をご紹介させて頂きます。

「遺伝子についての考え方を一変させたエピジェネティクスという新学説」

『ここまで、食事療法やメンタルケアによって病気が改善・回復につながることを、さまざまな研究をもとにお話してきました。正しい食事に変え、意識を変えることで、遺伝子のスイッチが「オン」になり、現代西洋医学ではできないことが可能になるということを説明してきました。

では、どのように人の遺伝子が切り替わるのでしょうか。眠っている良い遺伝子はどのように目覚めるのでしょうか。

これまでの研究でがんを進行させる方向に働く遺伝子(がん促進遺伝子)と逆にがんを治す方向に働く遺伝子(がん抑制遺伝子)の2種類が存在することはすでに明らかになっています。そして親からもらった遺伝子がその人の健康状況を支配しているので、悪い遺伝子を持っている場合には運が悪かったとあきらめるしかない、というのが従来の古い考え方です。

ところがそれが間違いであるということを解明したのが、アメリカの細胞生物学者であるブルース・リプトン博士であり、その研究成果は「エピジェネティクス」と呼ばれている新しい学説なのです。そしてこの学説を正しいと認識する学者が爆発的に増えて、すでに20年近くも前に生物学の新しい定説となり、世界中で支持されています。』

 

画像出展:「Bruce Lipton

がんの抑制遺伝子、促進遺伝子については、左をクリックして頂くと「2.多段階発がん」に出ています。

「理論的に確認できた自然療法の正しさ」

『ブルース・リプトン博士のことを私が初めて知ったのは、【こころと遺伝子】(実業之日本社、2009年)という村上和雄先生の著書でした。この本が出版された直後に偶然書店で見つけたのです。その中に記載されていたことに驚いた私は、リプトン博士の著書思考のすごい力をすぐに入手して貪り読みました。まさに私が知りたかった「遺伝子の謎」について書かれている本でした。この本によって私がそれまでやってきた自分の治療法の正しさを理論的に確認することができたのです。

「自然体縮の謎を解明したエピジェネティクス理論」

『古い科学では、「ジェネティック・コントロール」と言って、遺伝子が生命をコントロールすると教えてきましたが、接頭語の「エピ」は「その上」という意味なので、「エピジェネティクス・コントロール」とは、遺伝子を超えるコントロールを意味します。つまり、細胞の環境に対する反応が遺伝子をコントロールすることがわかったのです。

さらに、環境シグナルは「読みとるべき設計図」を選択するだけでなく、設計図から読み取られた情報を修正することまではわかりました。

がんの大半は遺伝子が悪かったわけではなく、私たちの環境に対する対応が、がんになる変異細胞を作ってしまったのが原因であるとリプトン博士は述べ、さらに「自然体縮」と呼ばれる現象についても説明がつくと言っています。死が近いという人が、自分の人生に対する信念を大きく変えた瞬間に、遺伝子の働きが突然変化して、奇跡的に回復し元気になってしまうことがあると言うのです。

組織培養皿を良好な環境から劣悪な環境へ移すと細胞は病気になります。そして細胞を健康な状態に戻すのに、薬物は必要ありません。単に培養皿を健康な環境に戻すだけで、細胞は回復し繁殖していきます。

私たちが鏡に向いたとき、1人の人間として映っていますが、実際は約50兆個の細胞から成り立っている共同体なのです。それぞれの細胞が生命を持った個体であり、人間は何兆もの細胞からなる共同体であると言えます。体内では、血液が細胞の成長培地であり、組織培養皿の中の細胞が培地に反応するように、体内の細胞は血液中のシグナルに反応します。

では、何が私たちの血液成分を調節し、細胞の運命をコントロールしているのでしょうか?

私たちは環境のなかで、光、音、におい、感触などさまざまなシグナルを知覚として脳でキャッチしています。知覚は心によって解釈され、その解釈にしたがって脳は血液中に化学物質を放出し、その化学物質が細胞の反応と遺伝子の活性をコントロールします。ですから自分の知覚、つまり信条やものの見方を変えれば、脳から出る物質は変わり、自分自身の体も変えていくことができるのです。

以上、リストアップした本は7つです。これを、多少順序を変え、次の順番で進めていきたいと思います。そして、最後に自然治癒力についてまとめたいと思います。

日本のがん医療を問う

デヴィータがんの分子生物学

世界の食習慣を調査した・マクガバン・レポート

チャイナ・スタディー 葬られた「第二のマクガバン報告」(合本版)

思考のすごい力

細胞から若返る! テロメア・エフェクト

がん治療の最前線

ご参考

過去ブログの“活性酸素シグナルと酸化ストレス”の中で、「活性酸素はシグナル経路を活性化して、細胞保護、細胞分化増殖、細胞死の制御などの有益な働きもしている。」ということは学習していたのですが、「なんだかんだ言っても、主犯は[活性酸素・酸化ストレス]なのではないか。」と思い、少しネット検索してみました。すると、逆にこれらを武器に、がん治療に利用するという情報が出ており、あらためて驚くとともに[活性酸素・酸化ストレス]には功罪があって、一方的な悪者と決めつけることは正しくないと再認識しました。

付記

ネット検索したところ、医学的には「」は上皮細胞に由来する悪性腫瘍だけを指し、一方、「がん」は悪性腫瘍全般を指すものだということが分かりました。

医療マッサージ研究2(脳のはたらき)

今回のブログは「医療マッサージ研究1」の続編になります。

最初に参考とさせて頂いた2冊の本についてお伝えします。

出版:共立出版

発行:2002年2月

大変高度な内容である一方、外側膝状体という視覚の中継核に関し、外側膝状体背側核と外側膝状体腹側核という説明がされています。しかし、現在では『小細胞層と大細胞層の神経線維は、以前はUngerleider-Mishkinの腹側系と背側系に対応すると考えられていた。しかし、近年の研究では、2つの処理経路は両者の神経線維をともに含んでいることが示されている(ウィキペディアさまより)』との説に見直されており、情報が古いと判断させて頂きました。


 

出版:新曜社

発行:2012年3月発行

まず、1章以降の大項目、中項目の目次をご紹介します。

1章 発達心理学における疑問と考え方

Ⅰ 発達をどう考えるか? ―疑問と論争

Ⅱ 発達の2つの要因

Ⅲ 子どもの年齢に関する概念

2章 認知発達を研究する方法

Ⅰ 行動を心理学的に研究するための科学的基準

Ⅱ データ収集の方法

Ⅲ 実験的アプローチ

3章 出生前の発達

Ⅰ 胎児の発達段階

Ⅱ 出生前の聴覚的学習

Ⅲ 胎児への母親の行動の影響

4章 運動の発達

Ⅰ 新生児の反射

Ⅱ 運動能力の発達

Ⅲ 利き手の発達

5章 知覚の発達

Ⅰ 視覚能力

Ⅱ 身体運動と視覚の協応 ―奥行き知覚

Ⅲ 聴覚能力

Ⅳ 味覚と嗅覚の発達

Ⅴ 皮膚感覚の発達

Ⅵ 複数の感覚モダリティの対応関係

6章 認知発達の理論

Ⅰ ピアジェの知能の発達理論

Ⅱ 情報処理的理論

Ⅲ コア知識理論

Ⅳ 表象書き換え理論

7章 モノの知識と因果関係

Ⅰ モノの永続性の再検討

Ⅱ 因果

8章 カテゴリー化

Ⅰ 乳幼児のカテゴリー化の研究

Ⅱ カテゴリー表象の性質とプロセス

9章 空間の認知

Ⅰ 空間の自己中心的符号化

Ⅱ 空間の客観的符号化の研究

Ⅲ 幾何学的手がかりと非幾何学的手がかりに対する乳幼児の感受性

10章 数の認知

Ⅰ 数の弁別

Ⅱ 乳幼児と計算

11章 記憶

Ⅰ 乳幼児の記憶研究の方法

Ⅱ 乳幼児の記憶の性質

Ⅲ 記憶の発達と幼児期健忘

12章 音声知覚から最初のことばへ

Ⅰ 言語と言語習慣の一般性

Ⅱ 音声カテゴリーの知覚とプロソディの知覚

Ⅲ 喃語から語彙の獲得へ

13章 終わりに

Ⅰ 早期発達の研究方法とその限界

Ⅱ 現在の認知発達の理論

ブログでは、3章Ⅰの「胎児の発達段階」と5章Ⅰの「視覚能力」について触れています。

胎児の発達段階

画像出展:「乳幼児の発達 運動・知覚・認知」

 

患者さまに見られる、「口の開閉」や「舌の動き」は10-11週で、「目の動き」はそれより遅れ16-23週となっていますが、いずれも胎児期から見られます。

 

感覚の機能的発達では、「皮膚感覚」が11週と最も早く、「平衡感覚」、「嗅覚と味覚」と進みます。「聴覚」は構造的発達は8週と他の感覚と変わりませんが、機能的発達は32週とかなり遅くなります。さらに遅いのが「視覚」になります。

 

視覚能力

『長い間、小児科医や心理学者は、生まれたばかりの赤ちゃんは目が見えないと信じていました。実際には、赤ちゃんの視覚系は、誕生時には機能できる状態になっています。ただし、見えてはいますが、おとなと同じように機能しているわけではありません。たとえば、中心窩の細胞はまだ完全には成熟していません。細胞の密度は、生後1年半をかけて高くなってゆきます。こうした細胞の変化は、視力や形の知覚の発達に影響をおよぼします。新生児の瞳孔はかなり小さく、視覚を制御する脳の中枢もまだ十分には成熟していません。たとえば、生後1ヵ月の新生児では、脳の視覚野の大きさは相対的にまだ小さく、ほぼ完全になるまでに12ヵ月を要します。これらの要因は、視力、レンズ調節、両眼視の点で、新生児の視覚能力に影響を与えます。』

1.視力

・選好注視法という方法を用いると、生後4週ぐらいから測定することができる。

・生後1ヵ月児の視力はおとなの4分の1ほどで、その後急速に向上し8ヵ月にはほぼ完成する。

2.レンズ調節(焦点合わせ)

・乳児は、生後2ヵ月まではレンズ調節がほとんどできない。

・3ヵ月までは、21~24センチの距離に置かれたモノに焦点が合った状態にある。

・レンズ調節は生後6ヵ月までの間に急速にできるようになる。

3.両眼視

・新生児は単にモノの網膜像の大きさの変化に反応するのではなく、モノの実際の大きさの変化に反応している。

4.色の知覚

・色の知覚は生後1ヵ月までは貧弱であるが、その後急速に発達し、生後2~3ヵ月には、おとなと同様、青、黄や赤といった基本色を区別できるようになる。

5.動くモノの追視

・新生児は動くモノを目で追いかけることができる(およそ90度動く間)。

・新生児は静止しているモノを目で探すことができるが、視力がよくないので図の輪郭をなぞる程度になる。

新生児の視力について「こそだてハック」さまのサイトに分かりやすい情報がありましたのでご紹介させて頂きます。

新生児は「目が見えていない」といわれることがありますが、まったく見えていないわけではありません。視力は0.01~0.02ほどで、「まぶしい」「暗い」といった明暗を認識することができます。色は黒・白・グレーのみで、ものや色、輪郭を認識するほどではなく、両目の焦点を定める能力も備わっていないことから、目的もなく眼球を動かしていることがほとんど。

ブログのタイトルでもある「脳のはたらき(視・聴・運動)」については、「人体の正常構造と機能」、「感覚の地図帳」、「病気がみえる vol.7 脳・神経」を参考にしてまとめましたが、ほとんどが「人体の正常構造と機能」からの引用となっており、記述された内容は極めて専門的なものです。また、思っていた以上に長いブログになってしまいました。

そこで、最初に「まとめ」をお伝えしたいと思います。ご興味あれば、その下の内容をご覧ください。

まとめ

1.視覚は一次視覚野に加え、視覚前野、さらに側頭葉および頭頂葉の視覚連合野も関与しており、大脳皮質全体の1/3という大きな面積を占めると言われています。

2.患者さまは聴覚に問題はないとされていますので、隣接する視覚の伝導路である外側膝状体についても問題はないものと推測します。従いまして、視覚が機能していない原因は後頭葉視覚野が関係していると思われます。

3.患者さまは、眼、口、舌を随意に動かせますので、脳神経のⅢ動眼神経、Ⅳ滑車神経、Ⅵ外転神経、Ⅻ舌下神経、Ⅴ-3三叉神経(下顎神経)に関しては問題はないと思われます。

4.「医療マッサージ研究1」の中でお伝えした、「低反応だった患者さまの眼、口、舌の動きが活発化した」という変化は、触覚・固有覚・聴覚への刺激が脳幹への刺激となって伝わり、脳幹に存在する各脳神経核(Ⅲ、Ⅳ、Ⅵ、Ⅻ、Ⅴ-3)の働きが活性化したためではないかと思います。

1.目が見えるということ

眼球からの光(像)が脳神経の1つでもある視神経の線維を伝わり、[視交叉]-[視索]を経て脳幹の視床にある[外側膝状体]という中継核にたどり着きます。(左下図)

網膜の神経節細胞には大・小2型があり、大型のものが網膜の黄斑領域以外からの視覚情報を集めるほか、視覚対象の動きを外側膝状体(やはり大・小2型の神経細胞あり)の大型細胞(M細胞)に伝えます。小型神経節細胞は、視野中心近くにある静止したものの情報を、外側膝状体の小細胞(P細胞)に詳しく伝えます。外側膝状体は6層構造からなり、対側眼からの神経線維は1、4、6層に、同側眼からは2、3、5層に入ります。1層と2層だけは大型のニューロンからなる大細胞(M細胞)層であり、残りは全て小細胞(P細胞)層になっています。(右下図)

こうして網膜からの信号は、主に動きに関