がんと自然治癒力13(まとめ)

7月に始めた「がんと自然治癒力1」のブログも、ついに「まとめ」にたどり着きました。もっと簡潔にできると思っていたのですが、予想以上に長くなってしまったため、目次を付けさせていただきます。

目次

1.「がん対策」の実態と課題

2.がんの治療と予防

 1)米国の統合医療に見られる補完代替医療

 2)がんとは何か

3.がんとタンパク質

 1)遺伝子をコントロールするタンパク質

 2)早すぎる老化を迎えた細胞は、健康な細胞と何がちがうのか?

 3)細胞の早い老化の影響:肉体 ―インフラメイジング 

4.自然治癒力について

 1)代謝

 2)恒常性(ホメオスタシス)

 3)自然治癒力

 4)ホメオスタシスを提唱した“キャノン”は自然治癒力について何と言っているか

5.ストレスの第一の標的は“脳”

 1)チャレンジ反応を培う

6.がんと自然治癒力

7.鍼灸と自然治癒力

8.まとめ

 1)自然治癒力とは 

 2)がんと自然治癒力

 3)がんと鍼灸

“日本のがん医療への提言 救える「いのち」のために”

追記:“量子物理学が生物学・医学を変える日は近い”

1.「がん対策」の実態と課題

日米における「がん対策」の成果の差は、まさに下記のグラフ(左:米国、右:日本)に表れていると思います。


米国では1971年にニクソン大統領が ”がん戦争宣言(“war on cancer”)” を発表しました。

 

画像出展:「THOMAS HEALTH BLOG

そして、1975年にはフォード大統領が立ち上げた「栄養問題特別委員会」を中心とした国家的な調査が大きな流れをつくり、上昇が続いていたがんによる死亡率は1990年頃から減少に転じ(男性:左上図青線)、今もその成果は続いています。

その主な成功要因は次の3つと考えます。(「がんと自然治癒力2」より)

①政治トップのリーダーシップ・コミットによる全米プロジェクト化

②適切な施策を導くための正確な情報を収集・蓄積・分析するためのシステム化

③病院単位でのがん医療に関する品質維持・改善のしくみの導入と継続

一方、日本のがんによる死亡率は残念ながら増え続けており、日本のがん対策は、数字の結果だけを評価するならば、全く成果は出ていないと言わざるを得ません。

国立がん研究センターの予防研究グループが発表した2015年時点における「がん罹患・死亡・有病数の長期予測」を見ると、男性は2024年、女性は2034年がピークです。また、罹患数においては男性2034年、女性2039年がピークとなっており、今後約20年間、がん罹患数は増え続けるという厳しい予想になっています。

これは、国民に対するがん予防の主な対策が「がん検診」中心となっており、基本的には国民任せという実態が関係していると思います。

『予防研究グループでは、地域住民、検診受診者、病院の患者さんなど人間集団を対象に、疫学研究の手法を用いて、発がん要因の究明(がん予防のために必要な科学的根拠を作る)がん予防法の開発(科学的根拠に基づいて具体的かつ有効ながん予防法を提示する)を目的とした研究を行っています。』 

 

画像出展:予防研究グループ

罹患数:一定期間に発生した疾病者の数。

有病数:ある一時点において、疾病を有している人の数。

「国民任せ」や現場主導のボトムアップ的手法だけではその実行力に限界があります。

がん患者さま、そしてその団体を中核とし、政治・行政・医師会という組織が三位一体となったバックアップ体制をつくって、増え続けるがん死亡者数という現実と真剣に向き合わないかぎり、この深刻な問題を解決するのは難しいと思います。

「では、どうすればいいだろうか?」

この疑問について、がんにより2007年に他界された、山本孝史元参議院議員が遺した ”日本のがん医療への提言 救える「いのち」のために” という本の中にヒントともいうべきものがありました。

これについては、ブログの最後にご紹介したいと思います。

2.がんの治療と予防


これは「がんと自然治癒2」の中のスライドショーでご紹介した“米国の統合医療”を表したものです。

がんの三大治療」は2つの図ではともに青い部分になります。

米国では現代医療に、補完代替医療(緑色)を積極的に加えていこう(統合医療)という動きがあります。一方、日本では情報提供の範囲に留まります。ここに一つ、日本と米国の違いがあります。

2018年10月17日:NHKの”クローズアップ現代”で

世界が注目!アートの力  健康・長寿・社会が変わる』という番組が放送されました。これをみると「心」の重要さを痛感します。アートも補完代替医療に含まれるのではないかと思いました。

注)写真をクリックすると”Dailymotion”のサイトに移ります。

 

こちらの「統合医療情報発信サイト」には、“がんの補完代替医療 ガイドブック”だけでなく、多くの有用な資料が置いてあります。

 

国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん予防」のページの右側にPDFの資料をダウンロードするボタンがあります。

 

1)米国の統合医療に見られる補完代替医療

下記も “米国の統合医療” のスライドの一部です。グラフは「PubMed」というサイトに掲載された論文数の推移となっており、これによると「サプリメント」、「ハーブ」、「TCM(伝統中国医学)」、「鍼灸」、「瞑想」、「ヨガ」の論文数が増えています。  


現時点において、「がん予防(再発防止を含む)」には補完代替医療の選択的活用が良い方法だと思います。

がん予防の原点は、一人ひとりが自らの生活習慣を見直すことだと思いますが、それに加え、補完代替医療(たとえば、体操、ヨガ、鍼灸など)を病院側がメニューのように用意し、スタッフによる指導だけでなく、その補完代替医療による病状への効果を把握し、患者さま一人ひとりに適切なアドバイスがされるようになると素晴らしいと思います。

一方、「がん治療」は三大治療が主役ですが日本においては、知識やノウハウ、チーム医療、報酬制度、そして何といっても、抗がん剤の認可の遅さ等、課題は山積です。

 

画像出展:「抗癌剤 知らずに亡くなる年間30万人」

この図は抗がん剤投与の ”知識やノウハウ” の大切さを知って頂くために添付しました。詳細は「がんと自然治癒力3」をご覧ください。

 

 

しかし、抗がん剤においては、分子生物学の進歩による分子標的治療薬(「がんと自然治癒力4」を参照ください)、そして新しい免疫療法では、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1阻害剤のオプジーボ、CTLA-4阻害剤のヤーボイ等)などの研究も盛んに行われており、多くの人が最新医療の進化を切望しています。

※オプジーボ開発の起点となった研究で、本庶佑先生がノーベル医学生理学賞を受賞されました。そこで、少しネット検索したところ、2016年10月に“オプジーボ「高いのは日本だけ」”という日本経済新聞の記事がヒットしました。 

※免疫チェックポイント阻害薬(オプジーボ、ヤーボイ)については、制御性T細胞をテーマにした「がんと自然治癒力12」の中で少し触れています。

 

画像出展:「日本経済新聞」

オプジーボ 「高いのは日本だけ」

 

 

 

画像出展:「がん治療.com

 

下記のイラストは「がんと自然治癒10」でご紹介したものです。このイラストでお伝えしたいことは、三大治療はがんを治すための優れた武器ですが、からだに優しいものではないということです。

 

画像出展:「がん治療の最前線」

 

ここで、再度「がんとは何か」の復習をざっとさせて頂きます(「がんと自然治癒11」より)。

2)がんとは何か

がん細胞とは何か?

・がん細胞はアポトーシス(自然死)を免れるメカニズムをもっており、増殖しても死なないやっかいな細胞である。

がんは遺伝子の異常で生まれる

・細胞分裂の際、遺伝子情報のコピーに問題が発生し、元の細胞とは異なる遺伝子情報の細胞ができる。

がんの芽は毎日5000個生まれている

・体は24時間休みなく古い細胞を壊しては新しい細胞に置き換えるという「新陳代謝」を行なっている。その結果、毎日1兆個が死に、同じ1兆個が細胞分裂で新たに生まれている。日々生まれている1兆個の細胞のなかで、遺伝子の異変を持つものは5000個から6000個といわれている。これががん細胞の芽である。

がんの芽は9年かけてがんになる

がんとは、がん細胞が増殖して0.5~1cmの大きさになり、肉眼で見えるようになったもの。重さは1gほど。10億個ほど集まってこのサイズのがんになる。1個のがん細胞が10億個ほどに増えてがんになるまでは、平均9年かかる。

発がんのプロセス①―イニシエーション(引き金)

・がんの芽が生まれるのは遺伝子異常によるミスコピーであり、発がんの第1段階。これをイニシエーションといい、ミスコピーを起こす引き金物質を「イニシエーター」と呼ぶ。

発がんのプロセス②―プロモーション(促進)

・イニシエーションで生まれたがん細胞が増殖するのが、発がんプロセスの第2段階の「プロモーション」。プロモーションを起こす物質や要因を「プロモーター」と呼ぶ。

・イニシエーターによって遺伝情報が書き込まれたDNAは一部を損傷しただけではがんにならない。それはDNAには損傷した部分を修復する自然治癒力が備わっているからである。

DNAの一部の損傷、その傷ついた細胞が繰り返しプロモーターに晒されると、自然治癒力による修復が追いつかなくなる。細胞のアポトーシスの機構が働かなくなると、そこからはタガが外れたように、がん細胞が猛烈なスピードで増殖し、9年ほどかけて、目に見えるガンに成長する。

・プロモーターは、イニシエーターと重なるものが少なくない。プロモーターの筆頭に挙げられるのも、やはりタバコである。タバコの煙に含まれる各種の化学物質はガンの増殖を促進する。活性酸素も同様である。 

 

画像出展:「ガンにならない3つの習慣」

 

がん発見の研究が盛んに行われている現在において、かなり乱暴な言い方になりますが、「三大治療とは、がん細胞が0.5~1cm、重さ約1g、10億個ほどに増殖し、がん細胞の塊となって肉眼で見えるようになった時に始まる治療である」という見方も今はできるのではないでしょうか。 

3.がんとタンパク質

発がんプロセスのプロモーション(促進)について興味深いデータがあります。

これは「がんと自然治癒6」でご紹介しているものです。この“チャイナ・スタディー”の原書の初版は2006年のため今から12年前となり、掲載されている内容の評価には難しい点もあるようですが、動物性タンパク質の過度な摂取は注意が必要(壮年期、中年期)、と考えますので、再度ご紹介させて頂きます。なお、ご紹介するグラフは中国大調査以前の、きっかけとなった実験であり、データはマウスのものになります。 

 

出版:グスコー出版

 

 

このグラフは、発がん物質の投与量とタンパク質の摂取量による比較です。これを見ると発がん物質のアフラトキシンの投与量の大小よりも、高タンパクか低タンパクかという摂取タンパク質の違いの方が、がんの成長促進状況に与える影響ははるかに大きいことを示しています。 

 

画像出展:「チャイナ・スタディー」

 

 

 

このグラフを見ると、総摂取カロリーに対するタンパク質の摂取は、10%が適切な量であり、特に14%を超えると、がんの成長促進状況が一気に高まることが確認できます。

 

また、下記の円グラフを見ても、がんの原因として喫煙と並び食事が大きく関与しているのが分かります。

 

 

 

画像出展:「名古屋市立大学 津田特認教授研究室

『がんの発生原因をみると、喫煙習慣と食事(献立の内容)が70%近くを占め、残り30%に運動(不足)、職業、感染(ウィルス、細菌、原虫)、環境化学物質、放射線・紫外線等がある(Doll & Peto、国立がん研究センター等)。これらの原因のうち、喫煙と食事は各人が心がけることによって防止可能であり、感染症も予防でき得る。~以下省略』

タンパク質については、他にも気になる情報があります。その一つは「がんと自然治癒8」でご紹介したものです。 

 

出版:PHP研究所

発行:2009年1月

 

 

この本の中に次のような記述があります。

1)遺伝子をコントロールするタンパク質

・エピジェネティクスの研究者たちは染色体を構成するタンパク質を研究し、それらがDNAと同じくらい遺伝において重要な役割を果たしていることを見いだした。

染色体では、DNAがいわば芯となっていて、タンパク質はそれにカバーとしてかぶさっている。カバーがかかったままでは、遺伝子の情報を読みとることができない。たとえばあなたの腕がDNAで、青い眼をつくる遺伝子の役割をもつとしてみよう。核内では、染色体タンパク質がこのDNA領域に結合してカバーしている。シャツの袖がおろしてあったら、腕に書いてある情報が読みとれないのと同じことだ。

では、どうすればこのカバーを取りはずせるだろうか? 環境から、ある信号がやってくれば、「カバー」タンパク質は形を変えてDNAの二重らせんからはずれ、遺伝子が読みとれるようになる。DNAのカバーがはずれて露出すれば、その遺伝子部分のコピーがつくられる。結局、遺伝子の活動はカバーとなるタンパク質が存在するかしないかによって「コントロール」され、タンパク質の存在は環境からの信号によってコントロールされる。  


そして、もう一つは「がんと自然治癒9」でご紹介した内容です。 

 

出版:NHK出版

発行:2017年2月

 

 

 

テロメアは染色体を保護するもので、靴紐をまとめる先端にあるキャップのようなもの。寿命に関係しています。

 

そして、もうこの本の中に次のような記述があります。

2)「早すぎる老化を迎えた細胞は、健康な細胞と何がちがうのか?」

・古い細胞のDNAが細胞のほかの部分とうまくやりとりできなくなると、細胞はきれいな状態を保てなくなる。古くなった細胞の内部には、うまく機能しなくなったタンパク質の塊や茶色いごみのようなリポフスチンという物質がたまってくる。リポフスチンは眼球に加齢黄斑変性を引き起こしたり、いくつかの神経性疾患の原因になったりする。さらに悪いことに ―なぜか、樽の中の腐ったリンゴと同じように― 老化した細胞は誤った危険信号を炎症誘発物質という形で、体のほかの場所にも送ってしまう。

3)「細胞の早い老化の影響:肉体 ―インフラメイジング」

・テロメアの短い人々は、慢性的な炎症にも悩まされている可能性がある。年齢とともに炎症が増え、それが加齢にともなう病気の一因になるという観察報告はたいへん重要だ。そのため、科学者は「インフラメイジング(炎症加齢、または加齢炎症)」という名前を考案した。インフラメイジングとは慢性的な軽微の炎症であり、加齢とともに増加する可能性がある。なぜそれが起こるかについては、タンパク質の損傷などさまざまな理由が挙げられている。ほかにしばしば挙げられる原因の一つが、テロメアの損傷だ。

発がんの成長(プロモーション)を左右するタンパク質、遺伝子の活性・不活性をコントロールするタンパク質、寿命に関わるテロメアと関係が深いタンパク質、以上のことから、発がんと栄養について考えるとき、発がん予防の働きをするファイトケミカルとともに、発がんの成長を促すとされるタンパク質は、功罪をあわせもつ極めて重要な栄養素であると思います。

※「ファイトケミカル」についてはブログ「がんと自然治癒力11」を参照ください。

4.自然治癒力について

医学の父、医学の祖ともいわれる古代ギリシャの医師ヒポクラテスは、「自然は不調和を回復しようとする力を人体に与えており、これを自然治癒力という。これを助けるのが医術であり、治癒の根本方法である」との言葉を遺しています。 

 

画像出展:「世界の食習慣を調査した・マクガバン・レポート」

マクガバン・レポートについては、「がんと自然治癒力5」を参照ください。

生物科学入門”の著者である白木先生は「生物とは何か」という問いに対して、『「代謝」、「遺伝」、「恒常性」の三つに集約できる。この三つの概念で説明できるものが生物である』と回答されています。

1)代謝

代謝には2つの代謝系があります。

・異化:複雑な物質を分解してエネルギー物質を合成する。

・同化:エネルギーを消費してより複雑な化合物を合成する。

これらの化学反応を劇的に促進するのは酵素の働きによりますが、その酵素を働かせるには望ましい環境が必要です。

・充分な水(水に囲まれていること)

・適切な温度(35~40℃)

・適切はpH(pH10付近)

このように、「酵素が働ける体内環境はからだの恒常性が維持されていること」が前提になります。

2)恒常性(ホメオスタシス)

恒常性はホメオスタシスと訳されています。このホメオスタシスは、三角形で表される場合が一般的ですが、その場合の3つの頂点は「神経系(自律神経系)―内分泌系―免疫系」となります。

以下の図は、中央に「脳幹」を配置し、「脊髄・筋肉系」を追加した図になっています。脳幹は延髄・橋・中脳・間脳を指します(解剖学などでは間脳を含まない場合もあり)。脳幹は体幹の脊髄神経と大脳皮質をつなぐとともに、自律神経系、内分泌系、脳神経系、免疫系(顆粒球とリンパ球の比率は自律神経のバランスで決まる)をコントロールしています。また、筋肉からもマイオカイン(筋肉から分泌されるサイトカインという意味)が出ており、ホメオスタシスの図に「筋肉」を加えることについて違和感はありません。ホメオスタシスを四角形で表すことは、より適切だと思います。 

『ホメオスタシスとは、体の外部・内部の環境が変化しても体内環境を一定に保つ調整機能のこと。例えば四季によって気温や湿度が変化しても、一定の体温を保っていられるのはホメオスタシスのおかげです。ホメオスタシスには様々な機能があり、自律神経系、免疫系、内分泌系、脊髄・筋肉系の4つに分けられます。そしてこれら4つの関係を表したものが、ホメオスタシスの四角形(左図)。脳幹はこの四角形の中心となり、すべての機能に関係する司令塔の役割を担っています。脳幹が正常に機能すれば、ホメオスタシスもバランスよく機能して、自己治癒力も高まります。


3)自然治癒力

私は「自然治癒力」を次のように考えます。

「ホメオスタシスの四角形」が本来の働きをすること(からだの恒常性を維持すること)

からだに栄養が補充され、酵素のパワーで代謝(異化・同化)を適切に行うこと

4)ホメオスタシスを提唱した“キャノン”は自然治癒力について何と言っているか

ウィキペディアを拝見すると、次のような解説が見られます。『生活体が生命を維持するために自律系や内分泌系の働きを介して体内平衡状態を維持するというホメオスタシスの考えを提唱した。』 

 

画像出展:「ウキペディア

このウォルター・B・キャノンは著書である“からだの知恵 この不思議な働き(原書の題名は“Wisdom of the Body”)の “はじめに” の中で “自然治癒力” という見出しをつけて説明しています。

『生物が、自身のからだをつねに一定の状態に保つ能力は、長いあいだ生物学者たちに強い印象を与えてきた。病気が、からだに備わる自然の力、「自然治癒力」でなおるのだという考えは、すでにヒポクラテス[紀元前400-377。ギリシアの哲人。医学・生物学の祖とされる]が抱いていたものだが、この考えのなかには生物の正常の状態がかき乱されたときに、ただちに作用してそれをもとの状態に戻すたくさんの力があることが示されている。このような生物学の自動的な仕組みについては、最近の生理学者たちが書いた本のなかに詳しく述べられている。

~中略~

さて、まあこのようなぐあいで、驚くべき現象があるということなのだ。このうえもなく不安定で、変わりやすいという特徴を持つ材料で作られている生物は、なんとかその恒常性を保ち、当然生物に深刻な悪影響を及ぼすと思われる状況のなかで不変性を維持し、安定を保つ方法を習得している。

~中略~

簡単にいえば、充分な備えを持った生物のからだ―たとえば哺乳動物―は、外界の危険な状況や体内の同じように危険な可能性に直面して、しかも生きつづけ、比較的わずかの障害に止めてその機能を継続しているのである。 

※メモ:「自然治癒力は何故あるのか」ということについて、今まで、有ることが当たり前のように思い、特に考えることもなかったのですが、それは、”危険”と対峙するためだと知りました。

5.ストレスの第一の標的は“脳”

ストレスは自律神経系、内分泌系を乱します。自律神経系のバランスの乱れは、免疫系と筋肉系(筋緊張の定常化など)に影響を及ぼします。

下記は自律神経失調症を説明したイラストです。ストレスの第一の標的は脳であり、脳の疲労が各種の神経症の原因となります。そして、自律神経系の機能が低下していると脳の疲労が体の臓器に伝わり、自律神経失調症を発症させます。

(下記のイラストは「自律神経失調症を知ろう」からの出展です。見方は左上-右上-左下-右下です。詳細はブログ「自律神経失調症」をご覧ください)


がんに限らずストレスが心身に悪影響を及ぼすことは今や常識となっています。つまり、脳を守るということが非常に重要です。それは昔から言われている「病は気から(気の持ちよう)」ということにつながるように思います。

脳が重要であるという意味では、先にご紹介した「ホメオスタシスの四角形」の中心に脳幹が置かれていることは的を得ていると思います。

※メモ:精神的ストレスは特に感情に影響を及ぼします。その「感情の中枢を担う大脳辺縁系」は「生命の中枢を担う脳幹」には含まれませんが、脳の進化において脳幹の次にできた古い脳で、脳幹と同じように脳の内部に位置します。その意味では、理性の中枢を担い外側に位置する新しい大脳皮質よりも、進化の時期と場所という2つの点から、大脳辺縁系は脳幹に近い存在と言えるのではないでしょうか。

※「東洋経済オンライン」さまに、精神的ストレスと感情に関する記事が出ていました。 ”心が強い人は「無感情」を習慣にしている

脳とストレスについては、先にご紹介した本にも興味深いことが書かれています。

 

出版:NHK出版

発行:2017年2月

 


1)「チャレンジ反応を培う」 

チャレンジ反応は交感神経の活動を高めるので、かならずしもストレス感を減らしてはくれない。だがこれはポジティブな「落ち着きのなさ」であって、あなたをもっとパワフルで集中した状態に押し上げる原動力だ。ストレスをこんなふうにうまく転換して、イベントやパフォーマンスのときに良いエネルギーを得たければ、自分で自分に「ワクワクしているね!」「鼓動が速いしおなかはグルグルしてきたけど、大丈夫!これは、良いストレス反応が強く起きている証拠だ」と語りかけてみよう。もちろん、介護に従事する母親のようにストレスで心の減る思いをしている人には、軽すぎる言葉に聞こえるかもしれない。ならば、もっとやさしく自分に語りかけよう。「今の体の反応は、私を助けるために、そしてやるべきことに集中できるように、起きたことだ。そのサインは大事にしよう」。チャレンジ反応はけっして、まやかしの活力剤ではない。「ストレスの原因がこんなにたくさん起こるなんて、本当に幸せだ。」という過剰にポジティブな態度ともちがう。それは、たとえ今はつらくても、ストレスを自分の目的に合うように形づくれと理解することだ。

・リラックスできる能力は、ストレス管理の唯一の方法として過大に評価されてはいるが、やはり重要だ。あなたも何か、自分を深く回復させる活動を定期的に行ってみるといい。瞑想や詠唱、その他のマインドフルネスの技法がストレスを和らげ、テロメラーゼを刺激し、テロメアの伸長を助けるであろうことは、高い質の証拠から示されている。

6.がんと自然治癒力

繰り返しになりますが、自然治癒力を次のように考えます。

①「ホメオスタシスの四角形」が本来の働きをすること(からだの恒常性を維持すること)。

②からだに栄養が補充され、酵素のパワーで代謝(異化・同化)を適切に行うこと。

また、下記の図は「2.がんの治療と予防」でお見せした図、再登場です。


あえて、自然治癒力をその期待と重みで分けるとすれば、自然治癒力を重視しているのは上の図の緑色、代替医療の分野です。米国では代替医療を医療の一部と考え、日本では壁があり個人に委ねられている、というのが日米の違いです。

こうしてみると、代替医療には様々なものがありますが、共通している狙いは「その人が本来もっている自然治癒力を取り戻すこと」、いいかえれば、「ホメオスタシスの四角形」を整え、摂取した栄養を酵素の力で適切に代謝すること、といえるのではないでしょうか。

ディーン・オーニッシュ博士は代替医療(「心身の健康プログラム」)によって、前立腺がん患者の病状を改善させました。詳しくは「がんと自然治癒力10」を参照ください。 

 

画像出展:「がん治療の最前線」

 

日本では素問八王子クリニックの院長で、医師でもある真柄俊一先生が、自律神経免疫療法を柱とするがん治療に2003年より取り組んでおり、多くの成果を発表されています。

しかしながら、代替治療に対する期待の中心は「予防(再発を含む)」にあると思います。肉眼で見える「がん細胞の塊」と化した悪性腫瘍を取り除くという目的で行われる治療の主役は三大治療(+オプジーボやヤーボイなどの免疫療法)であり、最初から敬遠するようなことは決してすべきではないと思います。

7.鍼灸と自然治癒力

ここでは、日本鍼灸師協会が発行した“科学も認めるはりのチカラ”の内容をご紹介します。

なお、こちらの冊子は「東京都鍼灸師会」の「はり灸の効果」というページからダウンロードできます。

ページの最下部に「PDF版はこちらをクリックしてください」とあります。


鍼刺激で何ができるのか

1980年代に「はり麻酔」などで注目された鍼刺激は当時、「血行改善、筋緊張緩和、心地よい刺激(脳が感じる)」などが実験で明らかにされました。しかし、その作用メカニズムについては、まだ分からないことが多い時期でした。今では鍼刺激の研究も進み、今回、現役の医師である永田勝太郎先生、南和友先生、高橋徳先生には「鍼刺激がどのようなシステムで生体機能の変調を矯正し、保健及び疾病の予防または治療」に関与してるかについて、また、公的研究機関の堀田晴美先生には「鍼刺激と自律神経のメカニズム」についてそれぞれ解説していただきました。さらに「世界的に鍼刺激がどのような立場にあるか」について、織田聡先生に紹介していただきました。

~以下省略

このブログでは、30年におよぶ研究の成果から導かれた “向ホメオスタシス” についてまとめられた永田勝太郎先生のパートをご紹介させて頂きます。

鍼の効果の本質―向ホメオスタシス 千代田国際クリニック院長 永田 勝太郎先生

鍼灸師の先生方と鍼灸の臨床共同研究を始めてから、30年以上が経過しています。その間の各種実験(臨床研究)から明らかになったことは、鍼には、生体を最も望ましい状況に誘う力があるということです。これまでの臨床研究を俯瞰することで浮かび上がってくる、鍼の持つ向ホメオスタシス効果について概説してみたいと思います。

日本では腰痛や肩凝りなど鍼灸の対象は痛み(特に機能的な慢性疼痛)であることが多いのですが、欧米では積極的な健康づくりやアンチエイジングの方法として位置づけられています。今回お伝えする鍼の持つ向ホメオスタシス効果は、欧米での認識を裏付け、日本での認識を新たにするものです。

深部体温・血圧の正常化

代表的な経穴(ツボ)に刺鍼したときの深部体温の変化を、10年に及ぶ長期の研究で観てきました。その結果、高い体温は下がり、低い体温は上がることがわかりました(関野光男)。生体内部(臓器)の温度である深部体温は、低い人もいれば高い人もいます。鍼はそれを正常化させる働きを見せました。さらに、鍼が血圧にどのような影響を与えるかについて、被験者が5,000人を超える大規模な検証を行いました。(図1参照)。ここでも深部体温と同様に、代表的な経穴に刺激して前後の血圧を測定するとともに、その変化を測定しました。すると、高い血圧の被験者は下がり低い血圧の被験者は上昇、正常血圧の被験者は変化しないという結果が得られました(白畠庸)。同じような刺激を行っても、高血圧患者では鍼が降圧的に作用し、低血圧患者には昇圧的に作用しました。 

 

画像出展:「科学も認めるはりのチカラ」

 

鍼が酸化ストレス防御系に与える影響

呼吸によって身体に入る酸素の5%は、活性酸素になってしまいます。それが細胞やDNAを傷つけ(酸化させ)、老化、病気を招くことで、死のリスクが高まります。これを避けるため、生体にはグルタチオンなど多くの抗酸化物質があり、また食事から抗酸化物質を摂取することで、酸化ストレス防御系のバランスをとっています。

こうした酸化ストレス防御系に鍼施行がどのような影響を与えるかについて検討した結果が、「鍼と酸化バランス防御系(図2参照)」です。代表的な経穴に刺鍼し、その前後の酸化ストレス(d-Romsテスト)、抗酸化力(BAPテスト)、潜在的抗酸化力(修正比)を評価したものになります。鍼施行後、酸化ストレスが低減しましたが、抗酸化力には有意な変化はなく、潜在的抗酸化力は上昇しました(広門靖正)。 

 

画像出展:「科学も認めるはりのチカラ」

 

鍼とストレス防御系(コルチゾールとDHEA-S)

生体がストレスを受けると、下垂体前葉からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が分泌されて副腎皮質を刺激します。これによって副腎からコルチゾールが分泌され、血糖値や血圧が上がり、ストレスに抵抗できるようになります。しかし、この状態が続くと、生体は摩耗、疲弊してしまいます。そこでACTHは、生体を修復させてバイタリティを与えるホルモンであるDHAS-S(dehydroepiandrosteron sulfate/デヒドロエピアンドロステロンサルフェート)を同時に副腎から分泌します。近年、DHAS-Sが、皮膚や脳からも分泌されることがわかってきました。

皮膚を直接刺激する方法である鍼の効果を測定するため、刺激とDHAS-S(代謝産物である17-KS-Sを測定)、コルチゾール(代謝産物である17-OHCSを測定)を検討してみました。その結果、鍼施行後、DHAS-S、コルチゾールともに上昇することがわかり、刺鍼が刺激療法であることが明確になりました。しかし、刺鍼の翌朝には、測定値は両者ともに下降したものの、両者の比は有意に高値を示しました。これは修復機能が、摩耗に優れていた証明と考えられます(図3参照)(広門靖正)。

 

画像出展:「科学も認めるはりのチカラ」

注)「両者の比」とは右端(S/OH)を指しています。”翌朝“の青の棒グラフが1番高くいます。これは”施行前”、”施行後”、”翌朝”を比較した場合、ストレスホルモンのコルチゾールより、バイタリティを与えるとされるDHAS-Sの比率が多いという意味です。

 

 

画像出展:「思考のすごい力」

注)このイラストにはDHAS-Sは出ていませんが、ストレスに対する副腎の働き(ストレス防御系)を把握するという目的で添付しました。 

オムロンさまの「健康コラム」というサイトにDHEA及びDHAS-Sについて説明されている記事がありましたのでご紹介します。

“vol.169 若返りホルモンとも呼ばれるDHEAの秘密”

鍼の効果を明らかにする

同じ鍼刺激でも、生体の条件によっては、全く正反対の効果を生じる―西洋医学の世界ではあり得ないことですが、すべて事実です。東洋医学の深さがそこにはあって、数千年の歴史を生き残ってきた医療には、しかるべき理由があったと言えるのではないでしょうか。私たちは、その神秘のベールを科学の力で明確にしてゆく責務があると考えています。

鍼の効果について、もう一つ、ブログに残しておきたいのが、「がんと自然治癒力9」でご紹介していたものです。

分子レベルの回復メカニズム、運動と鍼は同じか?

画像出展:「テロメア・エフェクト」

筋肉痛は運動によって筋線維が傷つくことによって起きるものとされています。一方、鍼の太さは0.16mm(1番鍼)、刺しても多くはほぼ無痛です。しかしながら、分子レベルで考えればたいへんな衝撃です。この、鍼によって生じる筋線維のダメージも、運動によって生じる筋線維のダメージも、その後のダメージを回復させるメカニズムは基本的に同じではないかと思われます。

つまり、鍼治療は運動と同じように、オートファジーやアポトーシスという重要な機能を呼び起こし、結果的に体内を掃除して、もっと健康に、もっと丈夫にしているものと思います。 

 

8.まとめ

1)自然治癒力とは

「生きるための力」です。具体的には2つの働きがあります。

①「ホメオスタシスの四角形」が本来の働きをすること(からだの恒常性を維持すること)

②からだに栄養が補充され、酵素のパワーで代謝(異化・同化)を適切に行うこと

そして、一言でいうとすれば、「ストレス適応と栄養代謝」ということだと思います。

2)がんと自然治癒力

自然治癒力は「生きるための力」であり、発症前の段階からあらゆる局面で自然治癒力は関与しています。しかし、がん医療の中で自然治癒力が前面に出てくるのは、「がん予防(再発を含む)」だと思います。

3)がんと鍼灸

がん治療の中で鍼灸を考える場合、「代替医療」という位置づけで考えるのが良いと思います。期待できる鍼灸の効果については “7.鍼灸と自然治癒力” でご説明していますが、鍼灸ならではの特長としては、ピンポイントで問題個所をとらえ、作用(痛みの緩和や体調改善など)を及ぼすことができることだと思います。

そして、がんと闘うための働きとして、ストレス適応を高め、代謝を良くすること(酵素が働きやすい体にすること)がとても重要であると思います。

“日本のがん医療への提言 救える「いのち」のために” 

こちらは「がんと自然治癒力2」でもご紹介していた本です。

著者:山本孝史

出版:朝日新聞

発行:2011年12月30日 

 

ご紹介するのは2つです。1つは “厚労大臣と患者の協働” 、もう1つは “座談会「がん対策基本法」成立から5年” の中から、その冒頭部分と “次の5年間の課題は?” という最後の部分です。

厚労大臣と患者の協働

ガン患者(団体)が、未承認薬の早期承認などを求めて、街頭署名活動や国会への働きかけなどの表立った活動を始めたのは、2001年の初頭からです。しかし、活動を引っ張ったリーダー患者とともに、その受け手となった厚労大臣や国会議員の存在も大きかったと感じます。

特に坂口力厚生大臣(後に厚労大臣。公明党。2000年12月6日から2004年9月27日まで在任)と、後任の尾辻秀久厚労大臣(自民党。2004年9月28日から2005年10月31日まで在任)の二人とがん患者は(団体)は、「協働体制」にあったといっても過言ではないでしょう。

日本では大臣の在任期間が短く、がん対策の問題点を理解してがん患者(団体)が求める効果的な対応策を講じるまでに、たいていの厚労大臣は退任されます。ですから理解ある大臣の在任中に積極的に働きかけることが重要なポイントだと思います。

厚労大臣とともに、国会議員への働きかけも重要です。がん医療の向上は、国会議員の全員が賛意をあらわす政策課題ですが、がん患者の思いを汲んで熱心に動く議員が少ないのは当然です。それぞれの議員には、専門分野や受け持ち分野があるからです。

がん患者(団体)の側で、政治とは距離をおきたいと考えるのも理解できます。しかし、最初は身近な問題として取り組んだとしても、やがては政治や行政の動きがなければ解決されない局面を迎えることになるのです。

がん医療については、がん患者である仙石由人衆院議員と私(ともに民主党)の存在もありましたが、がん患者(団体)の働きかけに応じて、各党で「がん議連」や「プロジェクトチーム」などを立ち上げてくださった多くの国会議員がいます。超党派での「国会がん患者と家族の会」(代表世話人・尾辻秀久)も結成されました。この流れを大切にすることです。がん患者(団体)の側も、国会議員(政党)の側も、超党派で活動する良識が求められます。

座談会「がん対策基本法」成立から5年(実施2011年11月22日)

冒頭の「がん対策基本法」が成立した経緯、および最後の「次の5年間の課題は?」より  

 

 

画像出展:「 救えるいのちのために」

がん患者であることを本会議で公にした山本孝史議員らの尽力で「がん対策基本法」が成立し、5年が経とうとしています。基本法に基づいてつくられた「がん対策推進基本計画」は間もなく第一期目の5年間が終わろうとしており、次の5年に向けた見直し作業が行われている真っ最中です。そんな時期に、山本議員の著書の新版が出されることになりました。これを機に、山本議員と一緒に基本法の成立に尽力した尾辻議員と、基本法に基づいて日本のがん対策を議論するために設置されているがん対策推進協議会の門田会長、行政の立場からがん対策に取り組む厚生労働省がん対策推進室(2018年9月現在、厚生労働省健康局総務課がん対策推進室の鷲見室長、そして山本議員の意志を継ぐと同時に、がん患者団体とも連携した活動を展開している山本ゆきさんに、この5年間で何が変わったのかを振り返り、同時に、次の5年間の課題や、もう少し先の中長期的にみた日本のがん対策の課題について議論を深めて頂ければと思います。

まずは、がん対策基本法ができた当時の原点に戻り、基本法成立の背景を改めて確認したいと思います。

尾辻

日本は3人に1人ががんで亡くなる時代を迎えています。それに対して対策が十分に取られているかというと、「がん難民」という言葉もあるくらいです。がんにかかったのに、どの病院にかかったらいいかまったくわからず、がん患者さんがさまよい歩くという、そういう深刻な状況にあります。一方、国の対策はどうかと言えば、当時、厚生労働省は生活習慣病対策室ががん対策担当で、がん独自の対策室すらありませんでした。そういうお寒い状況だったので、何とかしなければならないと思う人は大勢いた。ただ、思うだけで、一向に具体的な対策にはつながりませんでした。

そんなところに、山本議員が参議院本会議で質問に立ちました。自分もがん患者だと公表し、がん対策基本法の早期成立を訴えました。あの衝撃的な質問は、いまだに忘れられません。山本議員の壮絶な質問をきっかけに、みんなが一つになり、山本さんの気持ちを大切にして、急いで基本法を成立させようと、超党派で意見を統一したのです。もともと、がん対策を何とかしなければいけない、という思いを持つ議員は大勢いた。そういった土壌のあるところに山本さんが登場し、一気に法案成立に向かって大きく動いたのです。

山本

夫にがんが見つかったのは2005年12月22日のことでした。翌2006年4月に、山本の所属する民主党は、がん対策基本法案を国会に提出しました。衆議院の話ではありますが、山本は、自分もがん患者の国会議員として、がん対策に取り組まなければならないと思うようになります。

そのころ、他の政党でもそれぞれ独自に、がん対策に関する法案をつくっておられたと思います。そういう時期に治らない胸腺がんになったという巡り合わせを考え、自分のがん患者としての生きる意義は「がん対策基本法」を成立させることではないか、それが自分の使命ではないか、と考えるようになり、その実現に向けて行動しました。

2006年はちょうど医療制度改革の議論の年で、5月22日に健康保険法の改正をめぐり、参議院で本会議が開催されることになりました。医療・年金・介護などの社会保障制度は、山本が議員として長年、取り組んできた課題です。自分自身の仕事の総仕上げという意味を込め、質問に立ちました。冒頭、自分はがん患者であることを告白し、質問演説の最後で、がん対策基本法の成立を訴えました。がんを患う自分にとって、これが最後の本会議質問、そういう悲愴感が漂っていました。

法案の成立には、タイミングの問題があります。あの時期を逃がすと、次の年は参議院選挙があるので、超党派での作業が難しくなるという読みがありました。しかも、山本が質問に立った日から会期末まで、25日しかありませんでした。自分ががんであることを告白して、議員の皆さんの気持ちが一つになれば、短期間での成立も可能だろう。そう考えてのがんの告白でした。

その後は、皆さんが党の垣根も、衆参の垣根も越えて一致団結、協力して、法案の成立に尽力して下さいました。

―各党の総意は、どんな点にあったのでしょうか?

尾辻

山本議員の本の題名にもなっているように、「救えるいのちを救おう」という思いで各党、結集しました。

―山本議員自身の原点もそこにあったんですね。

山本

標準治療で治る患者さんはもちろん治さなければいけないし、がん医療の均霑化も必要です。けれども、山本は、自分が難治性のがんだったということもあり、治らない患者さんにも、基本法でメッセージを送りたい、治らない患者さんも最期まで自分らしく生きられるような対策を基本にしたいと思っていました。

「日本のどこに住んでいても、同じ水準のがん治療が受けられるように、難治性のがん患者には、きめ細かな治療を可能にするように、日本の医療制度を改善していきたい。そして、一人でも多くの『いのち』を救いたいという気持ちが、どんどん膨らんでいきました」―この本の前書きからの引用ですが、ここが、山本のいちばんの思いでした。

次の5年間の課題は?

―この5年間で土台、枠組みができたということを踏まえ、次期5年間には、どういった点の強化が必要でしょうか?

山本

がん対策基本法が成立し、9カ月後に施行となりました。その後にできた、がん対策推進計画を見て、山本は「これでよかったのか」とずっと悩み続けました。というのは基本法の三つの理念はすばらしいのですが、基本計画の全体目標に、がん死亡者の20%減少と、緩和ケア、痛みの減少しか挙げられておらず、がん治療が重視されていなかったからです。死亡者の減少の中に、個別のいろいろな目標はあるのですが、治療は目立ちませんでした。その点を気にして、最後まで苦しんでいました。

今回、基本計画を読み直してみましたが、大変いいことが書いてあるんですね。「安心、納得できるがん医療を受けられるようにする」と。ここは、すばらしい目標だと思うんです。ところが、そのために、死亡率を20%減らす、と続く。そして、死亡率を20%減らすために、やりやすい予防、検診に重点がいってしまう。

いま、死亡率が下ってきていると言われていますが、山本は、「死亡率を下げるという目標だけでいいんだろうか」といっていました。余命宣告を受けた難治性のがん患者さんにとって、「死亡率減少」とか「5年生存率」という言葉を聞くのはつらいことです。治らないがん患者さんは納得して死んでいきたい、ということを、山本は言いたかったんだと思います。そういう思いも、ぜひ、次の計画には反映して頂きたいと思います。

数字で示す目標がなければいけないということで、死亡率20%減少と書かれたのだと思いますが、同じ数字を使うなら、たとえば、患者さんの納得度、満足度調査をやって頂きたい。先日、私たちの患者会で、大阪府指定のあるがん拠点病院を訪問しましたが、その病院では、たまたまその日に、年1回の外来患者さんの満足度調査をやっていました。入院患者さんの満足度調査も別の日に行なうそうです。各病院でこういった調査をすると同時に、前年と比較して、満足度が上がったり下がったりした項目について、なぜなのかを分析してもらい、それを全国的に集計して、情報提供するのも、一案ではないかと思います。

尾辻

山本さんもおっしゃったように、基本計画の最初の文章はよくできているなと思います。たとえば、国民の視点に立つ、というのは当たり前のことです。そういった前提に立った上で、どうするか、ということですね。

基本法をつくる段階から、ずいぶんと大議論をした問題の一つが、がん登録です。次期計画では思い切って、法制化も含めて掲げてほしい。そして、議論してほしいですね。個人情報保護法の特別委員会を務めたので、がん登録は、議論をはじめたら難しいだろうなと思う。ただ、今こそ議論を始める必要があるのではないかと思います。

門田

協議会では集中審した時には、法制化が必要だという意見が大勢を占めました。我々協議会としては、計画に法制化を掲げ、あとは国会で議論をお願いする、ということになりますね。

尾辻

そうですね。正面から掲げれば国会での議論も始まります。難しいだろうからと、いつまでも正面から掲げなければ、いつまでも議論は始まりません。

―難しいという意味では、たばこ対策も難しいですね。次期計画は、削減目標の数値を入れることができるでしょうか?

門田

第一期の基本計画の時には、成人の喫煙率半減について、協議会議員は全員、賛成したんですね。それでも、成人の喫煙対策は最終的に残らず、未成年の喫煙のみになってしまいました。がん対策を銘打っている基本計画ですから、今回は、やはりたばこ対策ははずせないですね。

―がん対策予算関連ではどんな課題がありますか?

尾辻

がん対策費が足りない足りない、と言っているので一生懸命つけていますが、半額が自治体の負担になっていて、それを自治体が出せないために、せっかくの予算が全額は執行されず残ってしまう、という現状があります。ここは何とか工夫してほしい。せっかくの予算を全額執行できるような方法を考えてほしいですね。

また、小児がん対策については、我々もみんなでがんばって、対策費を獲得したいと思っています。そんなに患者の数が多くないのに対し、病院の数が多く、すべての病院の患者数は年1~2例というのでは、経験を積んだ治療にならない。少数の拠点病院をつくり、そこでしっかり診るようにしてほしいと思います。

―山本議員をはじめ多くの方が尽力され、実現したがん対策基本法で、日本のがん対策基本法で、日本のがん対策が大きく動き始めました。基本計画の改定など、ちょうど節目に来ています。そんな時期にこのような座談会を持つことができ、時宣を得た議論をして頂けました。最後に、皆さんから、次のステップに向けての抱負、期待などを語って頂いて、座談会を締めくくりたいと思います。

山本

命を切り捨てない、安心して納得のいく治療という、基本法の基本理念がいかされるようにして頂きたいと思います。がん患者さんがどう生きるかを最後まで尊重してもらえるような、そういうがん対策を目指して頂けたらと思います。

門田

繰り返しになりますが、中長期的なビジョンを持って、目の前の問題、課題に当たる、という基本方針を続けていきたい。

また、我々、命に限りがあることをみんな知っている。そこまで到達すると、万人平等。そうすれば、難しい問題も解決できると思う。そこまで認識してもらうと、難しいことも解決可能だと信じてやりたいと思っています。

尾辻

これまでやってきたことは決して間違ってはいません。ただ、もう少しスピードを上げることが大切なので、そういう意味で、ギアを変えてやっていきたいと思います。

鷲見

基本法の理念に基づき、患者さんの意見をきちんと聴き、がん政策に反映させていきたいと考えています。また、国としてやるべきこと、国でしかできないことをきちんと判断し、進めたいと思っています。

 「朝日新聞DIGITAL」の「apital」にご紹介したい記事が載っていました。

”患者の思いに寄り添うがん医療を” 2017年5月23日

追記“量子物理学が生物学・医学を変える日は近い”

『右側の図は印刷ミスではない。原子は目に見えないエネルギーでできていて、実体のある物質ではないのだから!』

『一つの原子はさらに小さな粒子から構成されていることがわかった。これだけでも驚天動地の大発見だが、さらに、原子がX線や放射線など、さまざまな「奇妙なエネルギー」を放出していることが明らかになり、大騒ぎになった。 ~中略~

量子物理学者が発見したのはこういうことだ。原子は物質だが、原子自体は絶え間なく回転しながら振動するエネルギーの渦巻きだ。よろめきつつ回り続けるコマのようなもので、それがエネルギーを放射している。 

画像出展:「思考のすごい力」

上記は “思考のすごい力” の “第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い” に出ています。

また、次のようなことも指摘されています。

ニュートン力学では超常現象を解明できない

『医学は日々進歩していくが、生きている身体は頑固なまでに定量化を拒んでいる。ホルモンやサイトカイン、成長因子や腫瘍抑制因子など、シグナルとなる化学物質の働くメカニズムが次から次へと発見されている。

だがそういったメカニズムでは超常現象は説明できない。自然治癒、心霊現象、驚くほどの筋力や耐久性、灼熱の石炭の上を火傷一つ負わずに素足で渡る能力、“気”を移動させて痛みを消し去る鍼灸師の力など、そのほかさまざまな超常現象が、ニュートン的世界観に立脚した生物学では説明不能だ。

医学部にいたときには、もちろん、これらの現象については全然考えてもみなかった。わたしも他の教官たちも学生たちに鍼灸療法やカイロプラクティック、マッサージ療法、祈祷などで病気が治るという主張は無視するように教え込んでいた。いや、それ以上だ。医者を名乗るペテン師の口上だといって弾劾さえしたのだ。それほど古典的なニュートン物理学を信じ込み、他の考え方はできなくなっていた。

いま挙げた療法はいずれも、エネルギー場が人間の身体の生理機能や健康に影響を及ぼしているという信念に基づくものだ。

人間の生体内システムは重複的

『東洋医学では、身体はエネルギーの経路(経絡)が複雑に列をなしたものと定義される。中国の鍼灸療法で用いられる人体の経絡図には、電気配線図にも似たエネルギーのネットワークが描かれている。中国医学の医師は、鍼などを用いて患者のエネルギー回路をテストするわけだが、これはまさに電気技師がプリント基板を「トラブルシュート」して電気的な「病変」を発見しようとするのと同じやり方だ。

私は「当院の治療」の4つの基本方針の2番目に『エネルギー素の気血津液を調えること』をあげていますが、「エネルギー素」とは私が勝手に作った言葉です。一方、全くの無縁だった「量子論」とはエネルギーを柱としたものであるということを知りました。また、ブルース・リプトン先生は ”思考のすごい力” の中で「エネルギー場」という言葉を使っていました。

直感的に「鍼灸(東洋医学)と量子論」をモヤッと比較してみたいと思い、3冊の本を手に入れました(※印は“思考のすごい力”で紹介されていた本)。今後の宿題、がんばろうと思います。

●量子の世界 ※

●分子生物学入門 ※

●13歳からの量子論のきほん

がんと自然治癒力12

今回は勉強モードとして最後のブログになります。内容は「制御性T細胞」に関するものです。

国立がん研究センターのホームページにも「がんと制御性T細胞」と題するページがあり、その中で『がん細胞に対する免疫応答のなかでも注目を集めているのが、制御性T細胞と呼ばれる免疫抑制細胞です』との記述があります。また、下記はそのページに出ている「がんにおけるT細胞」のイラストです。 


 

出版:講談社(ブルーバックス)

発行:初版2016年1月20日

大項目は次の通りです。

プロローグ

第1章 樹状細胞の物語

第2章 制御性T細胞の物語

第3章 成人性T細胞白血病との戦いの物語

第4章 免疫チェックポイントの物語

第5章 インターロイキン6の物語

エピローグ

ブログでは「プロローグ」の全文、「第2章 制御性T細胞の物語」および「エピローグ」のそれぞれ一部をご紹介させて頂きます。

なお、「第2章 制御性T細胞の物語」の中の内容は以下になります。青字になっているのがブログで取り上げた項目です。

第2章 制御性T細胞の物語

「撃ち方やめ」を周知徹底

●大学院をあっけなく中退

●愛知県がんセンターのユニークな報告

一世を風靡した抑制性T細胞

坂口の前に現れた抑制性T細胞

●「細胞はCD8ネガティブ」

●「これだけは譲れない」

●学会から急に消えた抑制性T細胞

●運に恵まれ奨学金を手に

●米国でマーカーにメド

●免疫抑制剤で自己免疫疾患が起きる?

●IL2抑制で制御T細胞が減少

●シェバックの宗旨替えで追い風

●筑波で医薬品企業に売り込み

医療応用の青写真

「CD25」論文執筆を決意

●英『ネイチャー』から門前払い

●シェバックが直ちに追認

●『セル』に制御性T細胞登場

●抗原提示の分子メカニズム

イス取りゲームで免疫を抑制

制御性T細胞が存在する証拠

●関節リウマチを発症するSKGマウス

●SKGマウスの効用

●ファントム坂口

●マスター遺伝子の発見

●Foxp3遺伝子で制御性T細胞に変身

●生きた動物でも証明

●医療応用を目指して

プロローグ

一度かかった病気には、次はかからない。二度目の「疫」病からは「免」れる。「免疫」という言葉には、そんな意味が込められている。

そうした免疫の働きを担う主役の一つを人類が突きとめたのは、いまから百年以上も前のことだった。日本の北里柴三郎が、破傷風菌の毒素を中和する抗毒素 ―現代の私たちが「抗体」と呼ぶ免疫分子― を、留学先のドイツで発見したのである。

北里は残念ながらノーベル賞を逃したが、彼の“弟子”は長い時を経て師の無念を晴らした。北里研究所で研究に励み、微生物から感染症の特効薬を探り当てた大村智(北里大学特別栄誉教授)が、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞したのだ。

抗体のたぐいまれな働きは、西アフリカでエボラ出血熱が猛威をふるったときにも世界を刮目させた。運よく生き残った人の血液から抗体を含む血清が取り出され、患者の治療に使われたのだ。北里が考案した血清療法である。

北里から始まる現代免疫学の歩みは、私たちに「抗体医薬」という良薬ももたらした。異物を捕まえる抗体の性質を利用して、関節リウマチなどの自己免疫疾患やがんを治療する医薬だ。

抗体だけではない。人の体の中ではさまざまな免疫細胞が、外部から侵入した病原体や、頻繁に発生するがん細胞と戦いつづけている。外の敵にも、内の敵に対しても、免疫はさまざまな手段を駆使して、人類という種を守ってきてくれたのだ。

免疫の舞台で主役級の活躍をするものの一つが「樹状細胞」と呼ばれる免疫細胞だ。体の中をパトロールして、侵入した病原体を長い腕で捕まえると、「こいつが敵だ」といって仲間の免疫細胞に“見せ”にいく細胞である。

樹状細胞のこうした営みは「抗原提示」と呼ばれる。「抗原」とは病原体が持つ印のこと。何はともあれ、わが身を襲撃してきた犯人の顔がわからなければ、免疫はことを起こせない。その点で樹状細胞は、免疫に欠くべからざる存在なのだ。

抗原提示の営みは、何によって、どのように行われているのか。こうした根源的な疑問と謎に魅了され、一生をかけて樹状細胞を隅々まで調べ尽くしたのは、京都大学の稲葉カヨとカナダのラルフ・スタインマンだった。

樹状細胞に勝るとも劣らず、生命科学の教科書を塗り替える働きを持つ免疫細胞も、日本人によって見つかった。敵を攻撃しようとする免疫の営みを抑制する「制御性T細胞」だ。大阪大学の坂口志文が、日米を転々としながら、約三十年もの歳月をかけて突きとめたユニークな細胞である。

せっかく病原体と戦っている免疫細胞の足を、わざわざ引っ張らくともよいではないかと思われるかもしれない。だが、その行動には合理的な理由がある。

びっくりされるかもしれないが、私たちの体の中には、わが身の臓器や組織を敵とみなして攻撃する恐ろしい自己反応性の免疫細胞が少なからずいる。そして、攻撃好きなそれらの免疫細胞は、骨や関節を破壊する関節リウマチなど、さまざまな自己免疫疾患を引き起こすこともわかってきた。

そこで、こうした“身内の凶悪犯”を封じるべく、免疫があらかじめ備え持っているのが制御性T細胞。自己反応性の免疫細胞が悪さをしはじめると、この細胞が現れ「攻撃中止」を命令するのだ。

ところが、話はこれだけでは終わらない。実は制御性T細胞は、あってはならない悪事の犯人でもあるからだ。専門家の間では、この細胞はがん細胞の“盾”となって、がん細胞を攻撃しようとする免疫細胞の邪魔をすることが知られている。

こんな不可解で奇妙な制御性T細胞のふるまいの謎は、現在では分子レベルで解明されている。制御性T細胞は「免疫チェックポイント分子」といって、自動車にブレーキをかけるように免疫細胞の攻撃を制止する特殊な分子を備え持っていたのだ。

免疫チェックポイント分子はいわばブレーキ・ボタン。制御性T細胞とは、生まれたときからずっと、このボタンを持つよう運命づけられた免疫細胞なのだ

この特異な分子は、他の免疫細胞の表面に一時的に現れることもある。たとえばキラーT細胞といって免疫細胞の中で殺し屋の異名を持つ細胞が、がん細胞と戦いはじめたとしよう。このとき、敵を退治したあとも攻撃を続け、正常な細胞を傷つけるなどの「やりすぎ」が起きては困る。そこで免疫は、頃合いみて「撃ち方やめ」のシグナルを出す免疫チェックポイント分子を、臨機応変にキラーT細胞の表面に現れるようにした。

ところが、がんの悪知恵もすごい。がん細胞は、キラーT細胞の攻撃を受けると自分の体の表面にチェックポイント分子と結合する分子を出現させ、キラーT細胞の攻撃をストップさせてしまうのだ。

狡猾ながんの戦術に気づいた免疫研究者や医者の関心は、免疫チェックポイント分子へと向かった。がんがそこまでやるのなら、我々はブレーキを悪用されないようにボタンをブロックする抗体医薬をつくろう。そうすれば、免疫細胞はノンストップでがんと戦ってくれる ―という作戦である。

いま、最も注目を集めている免疫チェックポイント分子は、日本の本庶佑が京大の教授時代に偶然、発見したPD-1という分子だ。そして、PD-1に注目してがん治療のための抗体医薬を開発したのもまた、日本の製薬企業だった。

がんとの戦いに比べると派手さはないかもしれないが、現代免疫学は、原因が不明で治療が難しかった難病にも堅実に迫りつつある。免疫細胞の過度な攻撃によって起こる自己免疫疾患性の難病も、次第に抗体医薬によって症状を改善できるようになってきたのだ。

これから語るのは、日本の研究者たちの不断の努力と活躍を縦糸に、最新の成果を横糸に織り込んで紡ぎ出した、現代免疫学の物語。読者ははるかな過去から私たちの生命と健康を守りつづけてきた免疫がいま、がんや難病の制圧に挑み、かつてない成果をあげはじめたことに息を呑まれるだろう。

第2章 制御性T細胞の物語

●「撃ち方やめ」を周知徹底

これから語るのは、大阪大学教授の坂口志文が発見した「制御性T細胞」の物語だ。独自の研究を積み重ね、免疫学の常識を覆した坂口の研究人生を縦糸に、制御性T細胞の不思議な営みを横糸にして、物語を紡いでいく。

最初に、制御性T細胞のおおよその働きをお伝えしておこう。坂口に言わせると、敵の襲撃から生命体を守る免疫のしくみは、西部劇の保安官そっくりだ。平和な町にやってきた“ならず者”の病原菌やウィルスを、保安官がきっちりやっつけてくれるからだ。

 

画像出展:「免疫が挑むがんと難病」

だが、私たちの体の中の保安官はときに、かなり粗雑な行動をとることもあるらしい。乱暴者を見つけて攻撃を始めたのはよいのだが、頭に血が上って冷静さを失い、過剰な発砲をやめられなくなってしまうのだ。

とばっちりを受けるのは近隣にいる町の住民で、保安官が乱暴者めがけて撃ったはずの銃弾を浴びてしまう。さらに恐ろしいことに、住民をならず者と見誤って痛めつけてしまうケースも少なからず起こっているらしい。

免疫細胞は誕生した直後に、胸腺という特殊な組織で身内の「顔」をしっかり記憶し、仲間を決して攻撃しないように教育されている、とかつての免疫学は教えてきた。

 

画像出展:「免疫が挑むがんと難病」

 

画像出展:「免疫が挑むがんと難病」

 

下記をクリック頂くと、NCBI(National Center for Biotechnology Information)に掲載されている論文のページが表示されます。

Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor alpha-chains (CD25). Breakdown of a single mechanism of self-tolerance causes various autoimmune diseases.

だが、いささか楽観的すぎたようだ。最近の研究では、胸腺にも手抜かりや不手際が少なからずあり、教育不行き届きの免疫細胞を送り出していることがわかってきた。私たちの体にはわが身を敵とみなす恐ろしい自己反応性の免疫細胞がたくさんうろついていて、正常な臓器や組織を攻撃していたのだ。

おっかない保安官ならぬ免疫細胞たちがそうやって実際に引き起こす病気が、自己免疫疾患なのである。

骨が溶け、最後に関節まで破壊されてしまう関節リウマチ、膵臓のインスリン生産細胞が破壊されてしまう1型糖尿病、脳や脊髄の神経細胞を覆う膜が攻撃されて多発性の硬い病巣組織ができる多発性硬化症など枚挙にいとまがない。

しかし、免疫は自らの不完全さを意識していたのか、自らのしくみの中に、不思議な細胞を内在させていた。免疫の働きが過剰になったり、自己反応性の免疫細胞が悪さを始めたりしたときに、やりすぎを抑制して「撃ち方やめ」を周知徹底させる役割を担う細胞だ。それが、坂口が発見した制御性T細胞である。

もし制御性T細胞がなかったら、免疫細胞はブレーキをかけられない車のように暴走し、いまよりもはるかに多くの人が自己免疫疾患で苦しむことになっただろう。制御性T細胞の功績は実に大きい。

しかし、私たちの体はこのような安全弁のような細胞を持ったことで、その代償も支払わねばならなくなった。あろうことか、この細胞は体にできたがん細胞の“盾”となって、がん細胞を攻撃しようとする免疫細胞の邪魔をしてしまうのだ。まるでその様子は、悪者の用心棒。生き物の体の不思議さと理不尽さはここに極まれり、だ。

だからいま、研究者や製薬会社の関心は、制御性T細胞の悪さをいかに封じるかに向かう。前章で紹介したスタインマン(ラルフ・マーヴィン・スタインマン。カナダの免疫学者、細胞生物学者。2011年にノーベル生理学・医学賞を受賞)の闘病を語った際に紹介した抗体医薬ヤーボイも、実はそうした働きを備えた新しいがん治療なのだ。

ノーベル医学生理学賞を受賞された本庶佑先生が発見したのは免疫チェックポイント分子のPD-1。そして抗PD-1抗体の製品名が「オプジーボ」。

一方、製品名「ヤーボイ」は免疫チェックポイント分子、CTLA4をターゲットとした製品。

いずれも「免疫チェックポイント阻害薬」であり、仲間ということになります。

画像出展:「AnswersNews

坂口は京都大学の医学部を卒業した直後に制御性T細胞の研究にのめりこみ、日米を転々としながら四半世紀もの歳月をかけて、その存在を実証した不屈の研究者だ。読者はこれから始まる物語を読んで、坂口の歩んだ道のりの険しさと、制御性T細胞によって描き直された免疫の世界の不思議な営みに、きっと驚嘆されることだろう。

一世を風靡した抑制性T細胞

ここで、時計の針を十年ほど逆に回してみよう。なぜかというと、坂口の人生に重大な影響を及ぼすことになる免疫細胞が、その時期に発表されているからだ。それは制御性T細胞に先駆けて、免疫の営みを抑制する細胞として一世を風靡した「抑制性T細胞」(サプレッサーT細胞)である。

抑制性T細胞というアイデアを最初に唱えた研究者は、日本の多田富雄や米エール大学のリチャード・ガーションたちだった。

多田が抑制性T細胞を唱えるきっかけとなったのは、1968年に千葉大学で始めたある実験だった。

多田はこれに先立つ米国留学で、アレルギーを引き起こすIgE抗体を発見し世界に名をとどろかせた石坂公成に師事していた。そんな彼は日本に戻るや、IgE抗体と二つの免疫細胞(T細胞とB細胞)の関わりに焦点を当てた研究を開始した。

「このような研究はまだ誰もやっていない。先頭を走るのは自分だ」。多田は自信満々だった。

だが、IgE抗体の量を測定してみると、IgE抗体は一時的に増加するものの、すぐに減ってしまったのだ。

さらに多田たちをとまどわせる現象も起きた。IgE抗体の量を減らすためにX線を照射したり胸腺を摘出したりすると、逆にIgE抗体の数値が異常に高くなるというデータが現れたのだ。いったい何が起きているのか、多田は頭を抱えてしまった。

多田がのちに千葉大学で行った講演によると、そのアイデアは彼が朝風呂に入っているときにひらめいたのだという。「ひょっとしたら僕たちはX線照射や胸腺摘出によって、免疫の働きを抑制する細胞を減らしていたのではないか」と。

多田は自宅から研究室に駆けつけると、ただちに実験を開始した。胸腺を摘出されてIgE抗体の量が異常に増えたネズミに、正常なネズミの胸腺を移し入れる実験である。

結果は劇的だった。IgE抗体の数値は思ったとおり、大幅に下がってくれた。胸腺の移植によって出現した未知の免疫細胞が、B細胞が抗体をつくり出す営みにブレーキをかけたのだ、多田は確信した。

1971年に米国のワシントンで開催された第一回国際免疫学会において、多田は意気揚々と「免疫の働きを抑制する抑制性T細胞を発見した」と発表した。抑制性T細胞という新たな免疫細胞の出現に聴衆は驚き、1970年代は「サプレッサー・エイジ」と呼ばれるほど、研究者の間で抑制性T細胞の研究は大流行するにいたった。

実は、抑制性T細胞という言葉もサプレッサーT細胞という言葉も、現在では死後に近い。だが、「免疫の働きを抑制する細胞」という基本的な概念の創始者の一人はまぎれもなく多田だった。いまから40年以上も前に新しい概念を提唱した彼の卓越した先見性に敬意を表したい。

坂口の前に現れた抑制性T細胞

国際免疫学会で多田が喝采を浴びていた頃、坂口は医学部に入学したばかりの学生だった。この時期はまだ免疫への関心はあまりなく、抑制性T細胞という概念さえ知らない青二才だった。

その坂口が免疫に好奇心を持ったのは、IgE抗体を発見した石坂公成が京大の教授に就任するといった噂がキャンパスに流れた頃だっただろうか。折しも坂口は、妊婦の免疫が胎児を攻撃しない免疫寛容や、逆に免疫が自分の臓器や組織を攻撃する自己免疫疾患の話題を講義で聞き、次第に好奇心を持つようになっていた。

この時期、免疫学会のシンポジウムに顔を出してみると、流行のサプレッサーT細胞の話題で参加者はとても盛り上がっていたという。

1980年、坂口は愛知県がんセンターを去り、京大に戻ってきた。医学部の免疫研究施設に体をいったん落ち着け、ここで博士号を取得するための論文を執筆しようとしたのだった。

論文のテーマはもう決めていた。がんセンターでの研究成果をそのまま書こうというのだ。だが、これは坂口にとってただならぬ選択だった。なぜなら彼が見つけた制御性T細胞は、多田の唱える抑制性T細胞とは似て非なるものだったからだ。

このとき、すでに多田の抑制性T細胞は世界でメジャーな存在となっていた。坂口はこれから書く論文の中で、超大物の細胞と対峙しなければならなかった。

詳しく事情を説明しよう。細胞の表面には、その細胞が持つ特徴を表す細胞表面分子(CD:CDの「C」は「群れ、集団」を表すclusterの頭文字。「D」は「分化、差異、派生」といった意味を持つdifferentiationの頭文字)が顔を出している。これをマーカーとして使えば、免疫細胞も簡単に分類することができる。

坂口が愛知県がんセンターにいた時期は、T細胞のマーカーがある程度、判明しつつあった頃だった。たとえば免疫系の司令塔といわれるヘルパーT細胞のマーカーは「CD4」であることがわかってきた。また、ウィルスに感染した細胞やがん細胞を攻撃するキラーT細胞は「CD8」を持っているとの報告も現れていただろうか。

マーカーに注目した呼び方をするなら、ヘルパーT細胞は「CD4・T細胞」であり、キラーT細胞は「CD8・T細胞」である、というわけだ。

ならば、坂口が突きとめた新種の免疫細胞(つまり制御性T細胞)の正体は何なのだろうか。私たちはつい先ほど、この新しい細胞は「CD4・T細胞」だと語ったばかりだ。坂口はこの細胞の表面にCD4を見つけていたのだ。ならば制御性T細胞は、同じく表面にCD4を持つヘルパーT細胞と同種の細胞なのだろうか。

いや違う。制御性T細胞の表面には確かにCD4はあるが、実はそれ以外に「CD25」という分子も存在していたのだ。つまり制御性T細胞はヘルパーT細胞とは異なる細胞であり、「CD4・CD25・T細胞」と呼ぶべき存在だったのだ。ちなみに、CD25は坂口が1995年に、制御性T細胞と他のT細胞を識別するための重要なマーカーとして発表する細胞表面分子である。

医療応用の青写真

制御性T細胞はどのような医療応用ができるのだろうか。当時、坂口の脳裡に浮かんだいくつかのアイデアを語ってみよう。

まず、制御性T細胞による過剰な免疫反応の抑制。私たちの体は免疫細胞が病原体を攻撃してくれるおかげで感染症から守られている。しかし免疫の営みが強いせいで起きる病気もある。花粉症などのアレルギーや関節リウマチのような自己免疫疾患だ。

だが制御性T細胞を活用して免疫の攻撃を抑制すれば、アレルギーも自己免疫疾患も治療できる可能性がある。体内の制御性T細胞を取り出して、体外で増やしてから体に戻すといった方法が確立すれば、治療は現実のものとなるだろう。

臓器移植への応用も視野に入る。臓器提供者(ドナー)の臓器を患者に移植すると、多かれ少なかれ拒絶反応が起こる。患者の体の免疫細胞が、移植された臓器を異物とみなし攻撃を始めるせいだ。

しかしこの反応も、制御性T細胞によって抑制することができるかもしれない。うまくいけば、近未来には免疫抑制剤を使わずに臓器移植ができるようになる可能性がある。

また、骨髄移植では、通常の拒絶反応とは異なり、移植された骨髄から生まれた免疫細胞が患者の体を異物とみなして攻撃する移植片対宿主病が起きる。だが、これも制御性T細胞によって抑制できるはずだ。

制御性T細胞の働きを弱めることでも、さまざまな応用が見えてくる。たとえば感染力や攻撃力がとても強い病原体がもたらす感染症の治療では、一時的に制御性T細胞の働きを弱めて、病原体と戦う免疫細胞の攻撃力を強めれば効果的かもしれない。

敵は体の外からやってくる病原体だけではない。体の内にはがん細胞という凶悪な敵がいる。しかも狡猾ながん細胞は、制御性T細胞をうまく手なずけて自分の味方にしてしまい、免疫細胞の攻撃から免れる術も体得している。

ならば、がんとの戦いで有効な方策は、がん細胞の味方に回った制御性T細胞の動きを阻害することだ。こうした働きを備えた新薬が、スタインマンが使ったヤーボイだった。

「CD25」論文執筆を決意

坂口がようやく雇用期限のない安定した地位を手に入れたのは、1995年のことだった。彼は東京都老人総合研究所で免疫病理部門長というポストを獲得した。彼が生まれて初めてボーナスをもらったのもこの研究所だった。坂口はここで、いよいよ長年の研究の集大成ともいうべき研究論文を書くことを決意する。

論文を発表してから16年後の2011年4月号で『米国免疫学会誌』が「免疫学で一時代を画した論文(Pillars Articles in Immunology)」と最大級の評価をした論文である。

その頃までに坂口が突きとめていた事実をひとまず、まとめておこう。

まず、制御性T細胞はCD4とCD25という二つの細胞表面分子を備えた免疫細胞だった。免疫の司令塔とされるヘルパーT細胞も、CD4を持っているし、刺激を受ければCD25が発現することもある。しかし、制御性T細胞は生まれつきCD25を備えている。これが二つの細胞の決定的な違いだ。

また、しばらく前に語ったようにCD25の正体は、IL2受容体のα鎖であることも判明していた。制御性T細胞が胸腺で常に生まれつづけていることもわかった。

CD25のマーカーとしての能力は卓越していた。坂口はこれまでの研究で制御性T細胞の選別に役立ちそうな分子をいくつか見つけていたが、CD25はそれらの候補を凌駕していた。

イス取りゲームで免疫を抑制

さて、そこで制御性T細胞と免疫チェックポイント分子のCTLA-4だ。この分子はいったいどうやって免疫の営みを抑制するというのだろうか。

イラストをご覧いただきたい。これは体内で病原体を発見した樹状細胞が、その断片を掲げて免疫の司令塔ヘルパーT細胞のもとに抗原提示をしようとやってきた場面である。

 

画像出展:「免疫が挑むがんと難病」

 

画像出展:「免疫が挑むがんと難病」

樹状細胞の右上にのっているのがヘルパーT細胞だ。先ほど語ったように、ヘルパーT細胞の表面からは副刺激分子のCD28が出ていて、樹状細胞の表面からは補助副刺激分子B7が出ている。抗原提示のプロセスが終わり、CD28とB7が結びついて補助シグナルが流れると、いよいよ戦闘開始だ。

やや専門の度が強いかもしれないが、実はこのとき、キラーT細胞もヘルパーT細胞と同様に樹状細胞とつながっていて、抗原提示を受けている。すると、ヘルパーT細胞は近くにいるキラーT細胞に向かって情報伝達分子を放出して増殖を促す。こうしてキラーT細胞は大部隊に膨れあがり、がんとの戦いに出動することとなる。

ところが、ここに制御性T細胞が現れると、ヘルパーT細胞やキラーT細胞にとって面倒な事態が生じる。上のイラストのように樹状細胞の上に制御性T細胞がのしかかって“合体”して、抗原提示の妨害をするからだ。

このとき制御性T細胞の“武器”が、CTLA-4分子。制御性T細胞はこの分子を使って、樹状細胞の表面に出ているB7分子と結びついてしまうのだ。これは、本来であればヘルパーT細胞やキラーT細胞が落ち着くべき場所を、制御性T細胞が“横取り”したことにほかならない。

制御性T細胞の数が少なければ、ヘルパーT細胞などの受ける影響は少なくてすむ。しかし、制御性T細胞が大挙してやってきたときは具合が悪い。しかも、樹状細胞との相性は、制御性T細胞のほうがヘルパーT細胞よりも優っている。そもそも制御性T細胞の表面にはCTLA-4分子が多く出ているうえに、接着分子といって、文字どおり樹状細胞と接着する分子も発現しているからだ。

こうして、制御性T細胞が樹状細胞の表面を覆いつくしたとしよう。そうなるともはや、ヘルパーT細胞などには樹状細胞と物理的に接触する余地がなくなってしまう。

つまり、制御性T細胞と他のT細胞の関係は、限られた席を争ってイス取りゲームをしているライバルどうし。制御性T細胞の群れが大きいと、その分、ヘルパーT細胞などのT細胞は樹状細胞と合体できなくなって、抗原提示が阻害され、免疫の営みが低下してしまうのだ。

制御性T細胞はイス取りゲームのイスをただ奪うだけでなく、イスの数そのものを減らすことで抗原提示を阻害していることもわかっている。

このプロセスでも暗躍するのはCTLA-4分子。この分子を介して制御性T細胞が樹状細胞とつながると、樹状細胞は表面に補助刺激分子のB7を発現しなくなってしまう。そうなるとヘルパーT細胞には補助シグナルが入らず、抗原提示を受けても戦闘開始の命令を出せなくなってしまうのだ。

制御性T細胞が存在する証拠

がんになった人の体では、キラーT細胞ががん細胞をやっつけようとしても、制御性T細胞に邪魔されてしまう。免疫細胞の過度の攻撃を防ぐのが自分の任務と心得た制御性T細胞が、がん細胞の“盾”のようにキラーT細胞の営みを抑制するからだ。

ヤーボイとは、そうした制御性T細胞の悪事を封じるための抗体医薬。制御性T細胞の表面にある免疫チェックポイント分子のCTLA-4分子をブロックするモノクローナル抗体をつくり、これをがん治療用の医薬としたものだ。

だが、ヤーボイは強い副作用を伴う医薬でもある。ヤーボイの働きによって制御性T細胞の営みが封じられると、免疫細胞が激しく腸管組織を攻撃する結果、お腹の調子が乱れてただならぬ下痢や腹痛が起きる。

実際、(ヤーボイを服用していた)スタインマンは激しい下痢に襲われ、あまりの副作用の強さに治療の継続を断念してしまったという。制御性T細胞が確かに存在することを示す生々しい証拠といえるだろう。

スタインマンがヤーボイの投与を受けたのは、闘病生活の後期の頃だったといわれる。体がもっと元気な頃であれば副作用を我慢することができ、がんとの戦いをもっと有利に展開できたかもしれない。

制御性T細胞が備えるCTLA-4分子は最近、がんの免疫療法への応用で急速に注目を集めている。免疫チェックポイント分子は他に仲間もいる。その一例はPD-1分子で、スタインマンは一時、この分子をブロックする抗体医薬の利用も検討した、と伝えらえる。PD-1は1990年代に京大の本庶佑らが発見した分子だ。がんの免疫療法とは切っても切れない制御性T細胞や免疫チェックポイント分子については、のちにあらためて、たっぷり語ることにしよう。

エピローグ

いつの頃か、生き物の中には体内に細菌を取り込み、共生関係を築くものが現れた。その関係は生命の進化が進んでも延々と受け継がれ、人という種もまた、天文学的な種類と数の細菌を腸内に棲まわせるようになった。そして他の組織や臓器では細菌を攻撃する免疫も、腸の中ではおとなしく襲撃を慎む大人の知恵を身につけた。

胎児への攻撃自制も、細菌との共生も、専門家が「免疫寛容」と呼ぶ不思議な営みである。

なぜ、免疫は自らにブレーキをかけるのか。この問いに対する概念的な「解」は比較的、早期に現れた。1970年代に提唱された抑制性T細胞である。免疫の攻撃を抑制する特殊な細胞を免疫の一員に加えれば、免疫寛容の現象はきちんと説明がつけられたのだ。

しかし、概念と実体にはことのほか距離があった。抑制性T細胞の探索は難航し、ついには実在の証拠とされたデータが幻とわかり、研究者の関心は急速に薄れていった。「免疫寛容の時代」の始まりである。

現代免疫学がようやく深い轍を乗り越え、確かな実体を捉えることに成功したのは少なからぬ時間が流れたあとのこと。かつての有力候補とは似て非なる制御性T細胞と、制御性T細胞などの表面に現れる免疫チェックポイント分子の存在とその働きが、相次ぎ確認されたのだ。

そして、その営みに注目した抗体医薬が医療現場で使われるに及ぶと、医師や研究者は、一度は否定された「免疫にブレーキをかける」細胞や分子が実在することを文句なしに信じざるをえなくなった。 

~中略~

これほどまでに存在感を高めた制御性T細胞とチェックポイント分子を前に、私たちはどのような心構えをしたらいいのだろう。一案は私たちがいま、免疫と病気をめぐる基本的なものの見方(パラダイム)が遷り変わるまっただ中にいる、と自覚することかもしれない。

免疫とはかつて、外部からやってくる病原体を攻撃し排除する防衛システムと考えられた。その防衛力を削ぎ落すブレーキの営みは、かつてなら免疫の対極に位置するものと捉えられた。

しかし、その認識のしかたはどうやら間違っていたらしい。免疫は、病原体やがんなどの敵と向き合い対峙する能力の内に、攻撃をほどほどに収めるしくみを重要な要素として含んでいたのだ。

免疫の攻撃力が強ければ、力をもてあました攻撃系の免疫細胞は身内の臓器や組織を攻撃し、深刻な自己免疫疾患を起こす。逆に攻撃力が弱くなれば、人は感染症やがんにかかりやすくなる。

私たちはこのように、免疫の両輪といえるアクセル(攻撃)とブレーキ(抑制)のバランスの中で、ある時は健康に生き、ある時は病気になったり死んだりしているのだ。

大切なのはアクセルとブレーキの平衡。両者のバランスがほどよくとれるなら私たちは、がんにかかることもなく、自己免疫疾患に悩まされることもなく天寿を全うできるだろう。

バランスが崩れてがんや自己免疫疾患になっても、私たちは徒手空拳でこれらの病気と対峙するわけではない。ブレーキを解除する新しい抗体医薬の登場によって、かつて効用が軽視されがちだったがんの免疫療法は、外科手術、放射線治療、抗がん剤と肩を並べるほどの治療成績をおさめつつあるからだ。

しばしば原因不明の難病扱いをされてきた自己免疫疾患のいくつかは、治療法がわかってきた。視神経脊髄炎や強皮症、大動脈炎症候群などの病気では、背後にインターロイキン6(IL6)という炎症性の情報伝達分子が暗躍していることが判明した。その結果、関節リウマチの治療に使う抗体医薬(アクテムラ)がこれらの病気の治療でも良好な成果を収めはじめたのだ。

バランスを欠いたアクセルとブレーキの関係を修復するための手がかりも見えてきた。私たちがお腹の中に棲まわせている腸内細菌は、ただ免疫細胞から攻撃を見合わせてもらっているだけの軟弱な存在ではなく、免疫にさまざまな刺激を与え影響を及ぼす重要な存在だった。

たとえばある種の腸内細菌がつくる酪酸は、免疫系に作用して、ブレーキ役の制御性T細胞を増やすことがわかっている。また、特定の細菌は自己免疫疾患を引き起こすヘルパーT細胞を誘導することも明らかとなった。

つまり腸内細菌は、時と場合によって免疫力の攻撃力を高めたり、逆に抑制力を強めたりしているのだ。

腸内細菌の研究が緒に就いたばかりだといって、あなどってはいけない。免疫学の畑ではないが、現代の研究者は腸内細菌の移植によって、太ったネズミと太らないネズミをつくり出しさえしている。

~以下省略~

がんと自然治癒力11

この本を選んだのは、一つは「ファイトケミカル」を詳しく勉強したかったことです。そして、もう一つは著者である高橋弘先生が、停滞する日本でのがん医療に疑問をもたれ、がん医療で成果を上げているアメリカ(ハーバード大学医学部)へ、がんと免疫学を研究するために留学されたという、その決断力と行動力の凄さに引きつけられたためです。ちなみに、サッカーでライバル関係にあった浦和4校の1校、浦和高校卒というのも小さな理由です。

なお、今回の主な目的はがんの基礎知識のおさらい具体的ながん対策(予防)を知るということになります。

 

出版:ソフトバンク新書 

初版発行:2011年8月25日

ファイトケミカルという植物の天然成分の活用の第一人者でもある高橋先生に、ご自身の医療のスタイルと特徴、現在の医療の問題、これからの医療のあり方について存分に語っていただいた。

信頼と安心の治療を…

こちらのページからは次の情報にもアクセスできます。

・ファイトケミカルのビデオを見る→動画ページへ

・ファイトケミカルの放送を聴く→放送ページへ

・ガンにならない3つの食習慣のビデオを見る→動画ページへ

ブログは本に書かれた内容を元に、要点と感じた個所を短くまとめ、列挙したかたちになっており、本書の文章を忠実に書き写してはおりません。なお、大項目の8章は次の通りです。

第1章 なぜガンになるのか?

第2章 ファイトケミカルでガンを撃退!

第3章 ガンにならない食習慣①―ファイトケミカルを摂る

第4章 ガンにならない食習慣②―低GI値の食品を選ぶ

第5章 ガンにならない食習慣③―過剰な鉄分摂取を控える

第6章 ガンを予防する9つのポイント

第7章 免疫力を高めればガンは予防できる

第8章 野菜と果物でガンに打ち勝つ

このうち、4章と8章以外の6つを対象にしていますが、中項目の一部はとばしており全てをカバーしてはおりません。

ご参考までに対象外の4章と8章の詳細をご紹介します。

第4章 ガンにならない食習慣②―低GI値の食品を選ぶ

 2型糖尿病の人はガンになりやすい

 糖尿病とはどういう病気なのか

 2型糖尿病がガンを引き起こす

 インスリンがガンを成長させる

 糖尿病予備群もガンになりやすい

 低GI値の食品を選ぶ

 食べる順番にも気をつける

 そばの食べ方でファイトケミカの摂取量が変わる

 エンプティカロリーを避ける

 インスリンは肥満ホルモン

第8章 野菜と果物でガンに打ち勝つ

 病めるアメリカの苦闘

 現代病は“食源病”である!

 『マクガバン・レポート』の3つの影響

 デザイナーフーズ計画の登場

 デザイナーフーズ・リストから学ぶこと

 『マクガバン・レポート』と『デザイナーフーズ計画』の成果

第1章 なぜガンになるのか?

  ガン細胞とは何か?

●ガン細胞はアポトーシス(自然死)を免れるメカニズムをもっており、増殖しても死なないやっかいな細胞である。

 ガンは遺伝子の異常で生まれる

●細胞分裂の際、遺伝子情報のコピーに問題が発生し、元の細胞とは異なる遺伝子情報の細胞ができる。 

 ガンは遺伝しない

●一般的に「ガン体質」とか「ガン家系」といった言葉を耳にするが、親のガンがそのまま子どもに遺伝することはない。

 ガンの芽は毎日5000個生まれている

●体は60兆個ともいわれる細胞の集まりであり、24時間休みなく、古い細胞を壊しては新しい細胞に置き換えるという「新陳代謝」を行なっている。細胞の遺伝子をコピーして新しい細胞を生み出す代わりに、元になった古い細胞がアポトーシスを起こして自然死する。新陳代謝により、毎日1兆個が死に、同じ1兆個が細胞分裂で新たに生まれている。日々生まれている1兆個の細胞のなかで、遺伝子の異変を持つものは5000個から6000個といわれている。これがガン細胞の芽である。ガン細胞が生まれる確率はわずかに2億分の1である。 

 ガンの芽は9年かけてガンになる

●ガンとは、ガン細胞が増殖して0.5~1cmの大きさになり、肉眼で見えるようになったもの。重さは約1gほど。10億個ほど集まってこのサイズのガンになる。1個のガン細胞が10億個ほどに増えてガンになるまでは、平均9年かかる。 

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 発ガンのプロセス①―イニシエーション(引き金)

●ガンの芽が生まれるのは遺伝子異常によるミスコピーであり、発ガンの第1段階。これをイニシエーションといい、ミスコピーを起こす引き金物質を「イニシエーター」と呼ぶ

●タバコが原因で起こるガンは全体の30%とされている。喫煙すると数千種類もの化合物が生じるが、その中に数十種類のイニシエーターが含まれている。受動喫煙が問題視されるのは、タバコから立ち上る煙(副流煙)には、喫煙者が吸い込む煙(主流煙)より有害物質が多く含まれているため。 

 発ガンのプロセス②―プロモーション(促進)

●イニシエーションで生まれたガン細胞が増殖するのが、発ガンプロセスの第2段階の「プロモーション」。プロモーションを起こす物質や要因を「プロモーター」と呼ぶ。

●イニシエーターによって遺伝情報が書き込まれたDNAは一部を損傷しただけではガンにならない。それはDNAには損傷した部分を修復する自然治癒力が備わっているからである。

●DNAの一部の損傷、その傷ついた細胞が繰り返しプロモーターに晒されると、自然治癒力による修復が追いつかなくなる。細胞のアポトーシスの機構が働かなくなると、そこからはタガが外れたように、ガン細胞が猛烈なスピードで増殖し、9年ほどかけて、目に見えるガンに成長する。

●プロモーターは、イニシエーターと重なるものが少なくない。プロモーターの筆頭に挙げられるのも、やはりタバコである。タバコの煙に含まれる各種の化学物質はガンの増殖を促進する。活性酸素も同様である。  

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 発ガンと放射線

●放射線による発ガンは、その他の発ガンと同じく、活性酸素が関係することが最新の研究で明らかになった。放射線が人体の60%を占める水を電離分解し、活性酸素を産生。この活性酸素がDNAを傷つけて発ガンの原因になる。

●外部被ばくも怖いが、体の内部から被ばくする「内部被ばく」は、さらに危険である。放射能を帯びたチリやホコリ、あるいは水や食べ物が鼻や口から入ると、それらが体内で放射線を放出することで内部被ばくする。

 免疫力の低下がガンを生む

●免疫は疫病だけでなく、ガンのように体内で生じた異物を安全に処理する働きもある。ガンが発生する背景には、免疫が正しく働いていないという事実がある。

ガンの芽がガンになるには、①イニシエーション、②プロモーション、③免疫力の低下― という3つの条件がある。そして、この3大条件をすべてリセットしてくれるのが、野菜や果物のように日常的に摂取できる食べ物に含まれている「ファイトケミカル」である。

第2章 ファイトケミカルでガンを撃退!

 ファイトケミカルとは?

●「ファイトケミカル」は、ガンの芽がガンに成長するプロセスである、①イニシエーション、②プロモーション、③免疫力の低下という3つの悪条件をことごとくブロックしてくれる。

●この「ファイト(Phyto)」はギリシャ語で「植物」という意味であり、ファイトケミカルは日本語に訳すと「植物がつくる化学物質」となる。ファイトケミカルは、植物が自らを守るためにつくり出した天然成分である。

●植物は自由に動き回れる動物とは異なり、同じ場所で生き続けなければならず、外敵や紫外線から自らを守り、子孫を残すための種子を保護するために、ファイトケミカルをつくり出した。

●ファイトケミカルのおよそ9割は、野菜や果物など、現在見つかっているのは約1500種類だが、実際は1万以上あるとされている。

 ファイトケミカルの2つの特徴

●第1の特徴は、ファイトケミカルは植物のみがつくる成分で、ヒトをはじめとする動物はつくることができないということ。

●第2の特徴は、ファイトケミカルはこれまでの栄養学が定義する「栄養」ではないということ。

●現代の栄養学が定義する「栄養」とは、カラダを構成する素材をつくり、生きるために必要なエネルギー源を提供し、体内の代謝を調節してくれるもの。脂質、タンパク質、糖質の3大栄養素に、ビタミン、ミネラルを加えたものを5大栄養素と総称している。

 ファイトケミカルは“第7の栄養素”

「第6の栄養素」である食物繊維に続き、ファイトケミカルは「第7の栄養素」として世界中の医療関係者に注目されている。

 ファイトケミカルの抗ガン作用―抗酸化作用

●ファイトケミカルの抗ガン作用は、①抗酸化作用、②発ガン物資の抑制作用、③免疫増強作用―の3つである。

●活性酸素は呼吸によって取り入れる酸素の2%は活性酸素に変化する。

活性酸素は酸化力(毒性)によって細胞を攻撃し、さまざまな病気や加齢の原因となる。

●活性酸素は細胞の遺伝子変異を起こす。つまり、発ガンの第1段階でうごめくイニシエーターである。

●抗酸化作用は活性酸素を無毒化するが、加齢とともに作用が低下する。

活性酸素はストレス、紫外線、過剰な運動などにより発生量が増える。すると、抗酸化作用では処理が間に合わず、活性酸素(スーパーオキシド)が溜まり、「ペルオキシナイトライト」という毒性の強い活性酸素に変化する。特に過酸化水素から生じる「ヒドロキシラジカル」はスーパーオキシドの数十倍といわれ、しかも、分解するための酵素が存在しないという、非常に恐ろしいイニシエーターである。

 ビタミンの100倍の力!

●ファイトケミカルが持っているガンの芽を摘むための抗酸化作用の働きはビタミンを圧倒している。「プロアントシアニジン」(クランベリーなど)はビタミンEの約50倍、ビタミンCの約20倍。「リコピン」(トマト、スイカなど)はビタミンEの約100倍、「カテキン」(緑茶など)は約20倍である。

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 ポリフェノールが酸化を防ぐ

●問題とされているコレステロールは善玉(HDL)も悪玉(LDL)も中身は同じ、外側のカプセルが違うだけの話。問題はコレステロールが活性酸素によって酸化されること(酸化コレステロール)。酸化されたコレステロールは動脈硬化を促進してしまう。 

 ファイトケミカルの抗ガン作用―発ガン物質の抑制作用

●ブロッコリー、キャベツ、白菜などの苦味成分、ワサビ、カラシ、マスタードなどの辛味成分に含まれているグルコシノレートが酵素(ミロシナーゼ)により「イソチオシアネート」という物質に変わる。この「イソチオシアネート」がもつガンの抑制作用の一つが肝臓などにあり、解毒作用を担っている酵素を増やすこと。もう一つがガン細胞にアポトーシスを起こさせて、ガンが大きくならないようにすることである。

 淡色野菜にもファイトケミカルは多い

●白菜に含まれるファイトケミカル(「グルコブラシシン」)はガンにアポトーシスを起こされる作用が強い。ワサビはチューブ入りではなく、粉ワサビであれば水に溶いてよく混ぜて3分間ほど置くと、酵素(ミロシナーゼ)の働きで「アリルイソチオシアネート」が生じて香りが立ってくる。このように調理法や食べ方の工夫でファイトケミカルの効果は何倍にもなる。

 ファイトケミカルの抗ガン作用―免疫力増強作用

●免疫細胞に関するファイトケミカルの効果は次の3つ。

免疫細胞の数を増やす…キャベツの「イソチオシアネート」、バナナの「オイゲノール」

免疫細胞を活性酸素の攻撃から守る…タマネギやニンニクの「システインスルホキシド類」、「アントシアニン」などのポリフェノール

免疫細胞を活性化してその働きを高める…ニンジンの「β‐カロテン」、キノコの「β‐グルカン」、海藻の「フコダイン」など 

●白菜の「グルコブラシシン」のTNF(Tumor Necrosis Factor:ガン細胞をアポトーシスさせる腫瘍壊死因子)の産生を増やす力は、同様の効果を持つタマネギ、トマト、キャベツの10倍以上に達する。

 ユニークなキノコの免疫細胞活性作用

●キノコの50~70%「β‐グルカン」である。「β‐グルカン」が働きかける場所は、腸管免疫。腸管免疫とは、免疫細胞の一大基地である小腸の免疫作用である。キノコは異質な菌類のため、一度に大量に入ってくると小腸のパイエル板(絨毛が生えていないフラットな部分)が警報を発して腸管免疫を活性化させる。活性化された免疫細胞は全身をパトロールするので、そこでガンのイニシエーションとプロモーションを防いでくれる。

●「β‐グルカン」を多く含むキノコには、シイタケ、マイタケ、エリンギがある。

 ファイトケミカルの6大分類

●ファイトケミカルは大きく6つのカテゴリーに分けられる。

①ポリフェノール:植物の色素やアクの成分。抗酸化力が強い。

②含硫化合物(イオウ化合物):ニンニクやネギの香りのもと(システインスルホキシド類など)。

③脂質関連物質(カロテノイド類など):ニンジンのβ‐カロテン、トマトのリコピンなど。

④糖関連物質:キノコのβ‐グルカン、海藻類のフコダインなど。

⑤アミノ酸関連物質:アスパラガスのグルタチオンなど。

⑥香気成分:バナナのオイゲノール、柑橘類のリモネンなど。 

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

第3章 ガンにならない食習慣①―ファイトケミカルを摂る

 ファイトケミカルは加熱して摂る

●野菜などのファイトケミカルの多くは、食物繊維でできた細胞膜や細胞のなかに入っているが、加熱によりその細胞膜や細胞が壊れ、中に含まれているファイトケミカルを吸収しやすくなる。なお、ファイトケミカルは安定的な物質が多く、加熱によって成分が壊れて効力を失うことはない。特にお勧めは、スープにすること。

茹で汁には生の搾り汁をはるかに上回る抗酸化力がある。 

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 “生野菜”信仰を捨てよう

●生のままの野菜ではファイトケミカルはカラダに取り込まれにくいうえに、カサが増えて大量には食べられない。

  ガンにならないファイトケミカルスープの作り方

●4種類の野菜(キャベツ、タマネギ、ニンジン、カボチャ、それぞれ100g)を食べやすい大きさに切り、野菜が隠れるくらいの水(およそ1ℓ)を注いで強火にかけ、お湯が沸騰したら中火にして、30分ほど煮込んだら完成。800mlほどのファイトケミカルスープができるので、これを1日200~600mlずつ摂取する。特に朝食や夕食前の空腹時に飲むと、体内にファイトケミカルが吸収しやすくなる。

●ポイントは4つ

①ニンジン、カボチャは汚れを除いたら、皮ごと使う。

②フタがしっかり閉まって蒸気が外に逃げず、長時間加熱しても焦げにくいホーロー鍋を使って調理する。

③食塩などの調味料を一切加えない。

④最後のポイントは、具材にはこだわらずスープを残さずいただくこと。

●ファイトケミカルは冷凍しても効力は変わらないので、一度にたくさん作って冷凍保存していくのもお勧め。冷凍保存は具材と一緒に保存容器に入れる。使うときは容器ごと電子レンジで解凍する。解答する際に野菜の細胞膜が壊れてファイトケミカルが溶け出すので栄養だけでなく甘味も増す。

  ファイトケミカルスープが含む有効成分

●有効成分

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

  果物は皮ごと食べる

●ポリフェノールの含有量が多い果物のトップ3

①キウイフルーツ

②バナナ

③グレープフルーツ

4位以下は、マンゴー、ブドウ、オレンジ、パパイヤ、パイナップル。

  ミカンは皮も白い部分も食べる

●ミカンを皮ごと食べるのが難しい場合は、果肉と一緒に果皮を刻んでマーマレードにすると良い。

●果皮の内側にある白い部分にも「ヘスペリジン」というファイトケミカルが含まれている。これもポリフェノールの仲間。抗アレルギー作用、抗ウィルス作用、血管強化作用、血流改善作用がある。

  特定の野菜や果物に期待しすぎない

●パンダは笹、コアラはユーカリだけを食べていれば健康を保てるが、ヒトは雑食性なのでいろいろな食べ物を組み合わせて食べて初めて健康を維持できる。また、ファイトケミカルは全部で1万種類以上もあり、その効果がすべて検証されているわけではない。以上のことから、ファイトケミカルスープを柱に、旬の野菜や果物を幅広く食べるのが良い。

ファイトケミカルは、成分によって化学的な反応が異なっている。水に溶けやすいものもあれば、油に溶けやすい成分もある。加熱に強いものも弱いものもある。従って、スープ、生野菜サラダ、蒸し野菜、焼き野菜など、バラエティ豊かに食べ方を試すと飽きることがなく長く続けられる。 

第5章 ガンにならない食習慣③―過剰な鉄分摂取を控える

  女性が男性よりも長生きの理由

●鉄分はカラダにとって必須のミネラルだが、近年、鉄分の過剰な摂取が、ガンや老化の一因となることが明らかになった。

●鉄分の過剰摂取が注目されるきっかけになったのは、世界的な女性の長寿傾向である。その理由として挙げられるのが、女性特有の「月経」である。これにより女性は閉経を迎えるまで、月経中に1日0.55mg前後の鉄分を失っている。摂りすぎた鉄分は、ガンの芽をつくるイニシエーターになる。これは過剰な鉄分は活性酸素を発生し、DNAを酸化するためである。鉄は空気にさらされると、酸素により錆びていく。これも酸化で鉄分が過剰だと体内で有害な酸化が起こってしまう。鉄分が関与すると活性酸素の毒性はより強くなる。 

  生き物にとって酸素は「諸刃の剣」

●生きていくには酸素が必要だが、酸素は生体にとって有害である。ネズミを酸素濃度100%のところに置いておくと、数日で50%が死に至る。ヒトも純度の高い酸素にさらされ続けると、胸痛、咳、肺水腫、無気肺などの肺の障害を引き起こす。

●光合成が始まって10億年ほどして、酸素のある環境に適応する生き物が現れる。それが好気性生物である。好気性生物は酸素に対する耐性を持つだけでなく、酸素をエネルギー源として利用する方法を編み出した。 

  鉄分は活性酸素を発生させる

●抗酸化システムの柱は、活性酸素を分解して無毒化する酵素である。しかしながら、この酵素がより毒性の強い活性酸素を生み出す。活性酸素のスーパーオキシドはSODという抗酸化酵素で過酸化水素に分解され、さらに過酸化水素はカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼといった抗酸化酵素で水と酸素などに分解される。ところがここに過剰な鉄分があると大きな問題が起きる。過酸化水素と鉄(鉄イオン)が反応すると、「ヒドロキシラジカル」というガンの芽のイニシエーターが生じる。このとき、鉄は触媒として働く。触媒とは物質を合成したり、代謝するときに、ほんの微量でその反応を大幅に促進する物質である。

●鉄イオンや銅イオンが触媒となり、過酸化水素からヒドロキシラジカルが生じる反応は、「フェントン反応」と呼ばれている。

ヒドロキシラジカルは同じ活性酸素のスーパーオキシドの数十倍の強い毒性(酸化力)を持っている。短命ではあるが、一瞬の間に細胞膜や遺伝子を傷つけて、ガンの芽をつくるイニシエーターになる。また、スーパーオキシドとは異なり、ヒドロキシラジカルを処理する抗酸化酵素は存在せず、一度生じたヒドロキシラジカルに対しては打つ手がない。以上のことから、フェントン反応を避けるため、過剰な鉄分を摂取しないことが非常に大切である。

  鉄分の多い食事を避ける

●鉄分が多く、避けたい食品は、レバー、アサリやハマグリの貝類、赤身の肉や魚介類。アサリやハマグリはシジミと同じように鉄分が含まれるのは身の部分なので、スープを飲むだけであれば問題はない。肉は赤身が強いほど鉄分が多い。魚の場合はブリやカツオなどの血合いの部分(黒ずんだ赤みを帯びた部分)に鉄が多く含まれている。   

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

  玄米や野菜の鉄分は気にしなくてOK

●玄米は精白米の6倍となる鉄分を含んでいるが、玄米の鉄分は体内に吸収されない。

小松菜やホウレン草の鉄分はレバーなどの動物性食品に含まれる「ヘム鉄」ではなく「非ヘム鉄」のため、吸収は5%程度(動物性食品の1/4から1/6程度)のため問題ではない。  

  活性酸素が遺伝子変異を起こす仕組み

長年にわたり、繰り返しDNAが傷つけられていると、修復作業が追いつかなくなり、DNAに傷が増えていく。この結果、がん抑制遺伝子に異常が起こったり、ガン遺伝子が活性化されたり、正常でない異常なタンパク質が生まれ、異常な細胞となる。かくして、ガンの芽となる細胞がカラダに生まれてしまうのである。

第6章 ガンを予防する9つのポイント

  水を意識的に飲む

●カラダから害のある物質を体外に出すことを「デトックス」というが、排便、排尿、発汗がスムーズであれば、発ガン物質も外に出やすくなる。そのために大事なのは、水分を意識的に補給することである。

●喉が渇いたと思ったときはカラダは脱水状態になっている。脱水状態になると、カラダは「水分を失わないようにしよう」とするため、排便、排尿、発汗が滞る。

●排便、排尿、発汗を進めるためには、1日1.5ℓを目安に飲み物を摂取する。ミネラルウォーターやカフェインの入っていない緑茶などが良い。(1日の飲水量の目安は[体重kg×30cc]という説もあります)

眠る前にコップ1杯の水分をあらかじめ補っておくと心筋梗塞や脳梗塞の予防になる。

  乳製品と適度な運動をプラスする

●排便には腸内細菌を整えることも大切。腸内環境が乱れて便秘になると、食事などに含まれている発ガン物質がそれだけ長く体内にとどまることになる。腸内細菌は「有益菌(善玉菌)」「有害菌(悪玉菌)」「日和見菌」の3タイプ。この中の有益菌が元気に活動していると、乳酸などの有機酸がつくられて腸内が弱酸性に傾く。すると酸性に弱い有害菌の活動が抑えられ、有機酸の刺激で大腸の運動(蠕動運動)が活発になり排便が促される。

●有益菌は排便で失われるため、毎日少しずつ摂ることがポイント。有益菌を豊富に含むヨーグルトや納豆、漬け物といった日本の伝統的な発酵食品を摂る。

●発汗を促す運動も重要である。運動は軽く汗ばむようなストレッチ、ウォーキング、ゆっくりとしたジョギングがおすすめ。汗は水分とともにミネラル分も排出するため、酸化を促す鉄分や塩分も排出でき、ガンの抑制にもプラスである。実際、定期的な運動は、ガンのリスクを下げることが知られている。

  塩分を控える

●日本人は1日平均10.7gの塩分を摂っている(『日本人の食事摂取基準2010年版』では男性9g未満、女性7.5g未満)。食塩の成分のナトリウムの1日の必要量はわずか600mgで、塩分に換算すると約1.5gである。

●塩分過多はガンのリスクになるが、特に関連性が高いのは胃ガンである。これは塩分が胃の粘膜のバリア機能を低下させ、ピロリ菌の攻撃に耐えられなくなり、ガンの芽を生じさせてしまう。

  減塩の工夫を忘れない

●和食に欠かせないしょう油には、大さじ1杯で約2.5gの食塩が含まれている。味噌汁1杯には2g、ラーメンやうどんなどの麺類はスープまで含むと6~7gの食塩が入っている。1日の摂取量(男性9g・女性7.5g)に制限することは簡単ではなく、日々減塩の工夫が必要である。

●食品の栄養成分表示には、ナトリウム量しか表示されていないことがあるが、その場合は2.54倍すると、塩分量を把握できる。ナトリウムはmg表示、食塩はg表示なので、「ナトリウム量×2.54÷1000=食塩量」となる。

  サプリメントを過剰摂取しない

●アメリカでは葉酸やビタミンB12のサプリメントが人気だが、これらのサプリメントはガンのリスクを高めると考えられている。葉酸もビタミンB12も水溶性なので、過剰に摂取しても尿などから排泄されるが、大量に摂ると体内濃度が一時的に過剰になり、人体にダメージを与える。 

  β‐カロテンは緑黄色野菜から摂る

サプリメントによるβ‐カロテン大量摂取(20~50mg)は「喫煙やアスベストなどにより肺ガンリスクが高い人々の肺ガンのリスクをおそらく確実に上昇させる」という報告がある。

●緑黄色野菜などから摂取するβ‐カロテンはガンに対する抑制効果がある。一方、ビタミンやミネラルのサプリが、ガンの予防や改善につながったというデータはない。

  化学物質を避ける

●ハムやソーセージなどの発色剤に使われる「亜硝酸ナトリウム」は、胃の中で肉や魚介類のタンパク質に含まれる「アミン」と結合すると「ニトロソアミン」という発ガン物質を生じる。

●加工食品や燻製食品、タバコの煙に含まれる「ベンゾ(α)ピレン」にも強い発ガン性がある。

●パーム油、バター、魚介乾燥品(干し魚)、魚介冷凍品などに酸化防止剤として使用が認められている「BHA(ブチルヒドロキシアニソール)」は名古屋大学のラットを使った実験で発ガン性が確かめられている。

●レモンなど、アメリカから輸入される柑橘類によく使われている防カビ剤「OPP(オルトフェニルフェノール)」にも発ガン性がある。

  カルシウムを摂取する目的で牛乳を飲まない

●牛乳を毎日のように飲んでいる人でコレステロール値が高い場合、牛乳を摂りすぎている恐れがある。

特に日本人は牛乳を飲んでもカルシウム不足の解消にはならない。これは牛乳のカルシウムは、リンと結合した「リン酸カルシウム」というかたちで含まれているが、日本の土壌にはリンが多く、牧草や飼料に含まれるリンによってカルシウムに結合するリンの数が多い。カルシウムが体内に吸収されるには水分に溶ける必要があるが、リンの数が多いとカルシウムは水に溶けにくく、吸収率が下がる。牛乳が骨粗鬆症の予防に有効だという説も、科学的に証明されていない。日本人よりはるかに多くの牛乳と乳製品を摂っているアメリカ人の骨粗鬆症患者の割合は日本人よりも多いという事実もある。

カルシウム摂取は牛乳よりも野菜がおすすめ。カルシウムの摂取に適した野菜としては、シュウ酸が比較的少ない小松菜や京菜、ダイコンの葉、カブの葉、ケールなどが挙げられる。

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

  アブラは魚介類、オリーブオイルから摂る

●常温で固まる肉類の脂身やラード(豚脂)、ヘット(牛脂)は避ける。その多くは飽和脂肪酸。2003年のWHO/FAO合同専門家協議会による報告では、ラードやヘットに多く含まれる「パルミチン酸」は心臓病のリスク増加につながる確定的な証拠があるとしている。

●魚介類のアブラは常温では固まらない。イワシ、サバ、サンマといった青魚にはEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)といった不飽和脂肪酸が含まれており、細胞膜の原料となり、体内でかたちを変えてさまざまな機能を果たすことがわかっている。

●オリーブ油に多く含まれるオレイン酸(脂肪酸)には、悪玉コレステロールを減らす働きがある。 

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

第7章 免疫力を高めればガンは予防できる

  免疫を担う免疫細胞とは?

●免疫とは?

 

画像出展:「ガンにならない3つの食習慣」

  ガンの芽を摘み取る免疫の主役「NK細胞」

●免疫を担う白血球のうち、日常的に発生しているガンの芽を摘み取るのは、リンパ球に属するNK細胞である。NKとは「Natural Killer(ナチュラル・キラー)」の頭文字。「自然の殺し屋」である。

NKは、たとえるならば“一匹狼の岡っ引き”のような存在である。24時間休みなくカラダ中を巡回し、ガンなどの異物を見つけると手当たり次第に攻撃する。特にイニシエーションの段階でガンを抑える重要な役割を果たしている。

●NKは細胞の表面に掲げられている「MHCクラスⅠ」というサインがあるかないかで攻撃の有無が判断される。また、NK細胞はガン細胞を殺す2つの強力な武器を持っている。1つ目は「Fasリガンド」。ガン細胞のアポトーシスを引き起こすシグナルを伝達し、ガン細胞を自然死に追い込む。もう1つは、「パーファリン」と「グランザイムB」という2種類の弾丸を込めたピストル。パーファリンはガン細胞の細胞膜に穴を開け、その穴からグランザイムBがガン細胞に入り、やはりアポトーシスを引き起こす。

NK細胞は非常に頼れる存在だが、年齢とともにNK細胞のガンを殺す力は衰えていく。また、ガン細胞の中には忍者のように身を隠して目印のMHCクラスタⅠのチェックをすり抜ける知恵者も出てきている。

●NK細胞の初期の摘発を免れたガン細胞が、イニシエーションからプロモーションへと進み、大きな固まりに成長してしまうと、NK細胞では太刀打ちできなくなる。

巨漢化したガンに対して、NK細胞に代わって立ち向かうのは、同じリンパ球系に属するB細胞とT細胞である。

  特異的免疫で特定のガンを攻撃

●顆粒球系の好中球、単球系のマクロファージは外敵を見つけると何でも見境なく攻撃する。しかし、このような非特異的免疫だけでは、天然痘やインフルエンザといった毒性の強いウィルスを完全に駆逐することはできない。非特異的免疫が体内にはじめから備わった武器によるレディメイドの免疫だとしたら、特異的免疫は外敵に応じてその都度オーダーメイドで武器をつくる仕掛けで、その威力は抜群である。

●一度罹った疫病に二度と罹らないのは、特異的免疫の働きによる。そこで中心となるのが、リンパ球系のB細胞とT細胞である。

  特異的免疫の低下がガンを成長させる

●ガンに立ち向かう特異的免疫には、たくさんのステップがある。樹状細胞がガン細胞を食べる「貪食能」、情報をヘルパーT細胞に伝える「遊走能」、情報を伝えられたヘルパーT細胞がインターロイキン2を分泌する能力、B細胞やT細胞が過去のガンに対する抗原抗体反応をメモリーする記憶力、それから細胞傷害性キラー細胞が持っている武器の切れ味……。そのどれか一つでも低下していると、ガン細胞に対する特異的免疫は低下して、ガンは成長してしまう。 

  なぜガンに特異的免疫が重要なのか

●特異的免疫はオーダーメイドゆえに威力が高いが、半面オーダーメイドであるがゆえに、少しでもタイプが異なると効果が発揮されないという弱点がある。ガン細胞とは、遺伝子の異常を持つ細胞である。カラダをつくっているのはタンパク質だが、遺伝子に異常があると正常なものとは違うタンパク質がつくられる。どこの遺伝子の配列に乱れがあるかにより、ガン細胞の顔つきは毎回変わる。したがって、インフルエンザウィルスが毎冬ごとに変化して昨シーズンのワクチンが効かなくなるように、異なるタイミング、異なる場所で生じた特異的免疫は、タイミングや場所が違うと効力を失う。

●昨年、脳で生じたガン細胞に対する武器(細胞傷害性キラーT細胞や抗体)は、今年胃で生じたガンには使えないし、胃で生じたガン細胞のためにつくられた武器は、肝臓に生じたガン細胞には使えない。特異的免疫がつくる武器は万能ではなく、決められた敵にのみ効果を発揮する特殊な武器である。 

  ガンの存在が免疫力を低下させる

●ガンはガン自体に免疫力を低下させる機能を保持しているが、これはガン細胞が「TNF‐β」や「VEGF」と呼ばれる物質を分泌するからである。TNF‐βは免疫細胞からも分泌される物質だが、ガン細胞もTNF‐βを免疫細胞に対して分泌し、アポトーシスを引き起こす。VEGFは「Vascular Endothelial Growth Factor」の略、日本語では「血管内皮細胞増殖因子」と訳す。ガンも1mm以上の大きさになると、酸素と栄養素を取るため血管(腫瘍血管)が必要になる。その血管の新生を促すのがVEGF。腫瘍血管ができると、がん細胞には絶え間く酸素と栄養がチャージされて元気を維持するため、免疫細胞に対する耐性が高まる。

●ガン細胞は、NK細胞の武器である「Fasリガンド」を分泌することもある。その鋭い刃で、細胞傷害性キラー細胞をアポトーシスさせる。

●このように免疫力を低下させて、ガンが生き延びようとすることを「免疫学的逃避」と呼ぶ。この逃避をどう抑えるかは、ガン治療の課題になっており、大腸ガンに対しては、腫瘍血管をつくるVEGFを標的にした医薬品を使い、転移を抑える治療が行われている。

  免疫力を高めてガンに打ち勝つ

●何らかの原因で免疫力が低下すると、イニシエーションにもプロモーションにもブレーキがかからなくなり、ガンになりやすくなる。

●免疫力は、体力などと同じように20~30代でピークを迎える。その後、40代から緩やかに低下していく。ガンの最大のリスクファクターは加齢といわれているが、それは年を取るごとにガンの芽を摘む非特異的免疫、大きく育ったガン細胞を殺す特異的免疫を作動させる能力のどちらも低下するからである。

●加齢による免疫力低下以外にも、肥満、メタボリックシンドローム、ストレス、運動不足、喫煙、食品などに含まれる化学化合物、紫外線、自動車の排気ガスといったものも免疫力の低下を招く。そして、ガンを発症するリスクを高めてしまう。

おわりに

 ●日本人の野菜摂取量は年々減っている。かつて「マクガバン・レポート」で理想の食事と絶賛された日本人の食事は、いまでは玄米菜食を中心とした伝統的なスタイルとは大きくかけ離れている。待ちのあちこちには、アメリカ人を瀕死の状態にまで追い込んだファストフード店が立ち並び、ハンバーガーやポテトフライを愛する多くの人びとでいつも混雑している。

『日本人の死因のトップはガンです。年間10万人以上がガンで命を落としています。身の回りで手軽に入る野菜や果物でファイトケミカルを摂りながら、低GI値の穀物を摂り、鉄分の過剰摂取を避ける。本書でお伝えしたこの基本の3つの食習慣を守るだけでも、ガンになるリスクは大幅に減らせます。

お金をかけず、誰でも今日から取り組める食習慣への変更で、ガンのリスクを下げて、これからの人生を存分に楽しんでほしいと私はあらためて思います。

みさなん、もっと野菜と果物を食べてガンにならない食生活を送りましょう。 2011年8月』

 ご参考(GI値とエネルギー)


がんと自然治癒力10

ブログ「がんと自然治癒力8」の中の「細胞は環境に合わせて形を変える」に次の一文があります。

『大多数のがん患者の悪性腫瘍は、環境によってエピジェネティックな変化が引き起こされたために生じたもので、遺伝子の欠陥によるものではない[Kling 2003; Jones 2001; Seppa 2000; Baylin 1997]。最近、著名な科学者・内科医であるディーン・オーニッシュが発表したところによれば、前立腺がんの患者たちが、90日間、食事と生活様式を変えただけで、500個以上の遺伝子の活性が切り替わったという。その遺伝子の変化の多くは、腫瘍の形成に不可欠な生物学的過程を阻害するものだった[Ornish, et al 2008]。』

このオーニッシュ博士の試みが、「がん治療の最前線」という本に紹介されていました。

 

著者:生田 哲

出版:ソフトバンク新書

初版発行:2015年3月25日

がんに打ち勝つオーニッシュ・プログラム

カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部の教授で統合医療のパイオニアであるディーン・オーニッシュ博士は、2005年、ガン研究において前例のない研究結果を発表しました。(D.Ornish et al., J. of Urology174,1065,2005) 

NCBIは”The National Center for Biotechnology Information”の略称です。

英語になりますが、研究に関する情報がありました。

Intensive lifestyle changes may affect the progression of prostate cancer. 

対象となったのは、前立腺がんが早期発見された男性患者93人。彼らは、担当医の監視のもとで手術も放射線も抗がん剤治療も受けずに、がんの変化を見守るという治療法を選択しました。彼らはがんを放置して経過を観察することに決めたのです。

経過は、血中に存在するPSA(前立腺特異抗原)値を定期的に測定して観察しました。PSA値が高くなれば、がん細胞が増殖し、がんが大きくなっているということです。この実験が可能となったのは、彼らは手術も放射線も抗がん剤治療も受けたくないと意思を明確にしたからです。

まず、くじ引きで患者を2群に分けました。対照群(43人)は、ただ定期的にPSA検査を受けました。もう一方の群(41人)は、オーニッシュ博士の考案した「心身の健康プログラム」を実践しました。なお、対照群ともう一方の群の合計が93人に満たないのは、生活スタイルの完全な改変に同意しなかった患者がいるからです。

このプログラムは以下の通りです。


 

画像出展:「がん治療の最前線」

要するにこのプログラムは、食事、サプリメント、エクササイズ、ストレスマネジメントを取り入れ、生活スタイルをすっかり変えることにより、がん患者の健康増進をはかるというものです。

こんなことでがんに対する効果があるのか、という疑問の声が聞こえてきそうです。この治療法は、昔から「迷信だ」とか「奇妙だ」と批判されてきたものだからです。

しかし、12カ月後に疑問の余地のない明白な結果がでました。生活スタイルをまったく変えずに自分のがんの変化を見守った43人の対照群のうち6人は、がんが悪化し、前立腺の切除や抗がん剤、放射線による治療を強いられることになりました。一方、心身の健康プログラムに参加した41人のなかでそのような治療を強いられた人は1人もいませんでした。

対照群では、がんの進行状況を示すPSA値が平均6パーセント上昇していました。これは、がんがゆっくりではあるが、着実に進行していることを示します。一方、生活スタイルを変えた群(被験群)は、PSA値が平均4パーセント低下し、しかもがんは小さくなっていました。

さらに驚くべきは、生活スタイルを変えた群の体内で起こったことです。前立腺がんの細胞に対し、彼らの血液は、生活スタイルをまったく変えなかった群の血液にくらべ、がん細胞の成長を抑える免疫力が7倍も高かったのです。

がん増悪の停止と生活スタイルの改善は、密接に関連していることがわかります。現代のがんになりやすい食事とストレスの多い生活スタイルを続ければ、人が本来もっている病気への防衛力が壊れてしまい、がんにかかってしまうでしょう。

そうかと思えば、ほかの患者と同じように通常の治療を受けながらも、現在の食事をがんになりにくい食事に替え、エクササイズを取り入れてストレスを軽減し、体の防衛力を高め、ずっと長く生きたり、がんをなくしてしまう人もいるのです。

 

画像出展:「がん治療の最前線」

※[免疫力]の「7」は、「7倍」になったという意味です。

 

※PSA値の課題

PSA値はがんだけでなく、良性前立腺肥大や前立腺炎でも上昇し、さらに、かぜや飲酒などでも一時的に上昇するという問題があるようです。しかし、PSA値の上昇が悪いサインなのは確かです。また、一時的な高値も検査を複数行うことで間違った判断を回避できるものと思います。

順番が前後してしまいましたが、この本は4章からなっています。

第1章 がんは死の宣告ではない

第2章 がんとはどんな病気なのか?

第3章 がんの薬になる食べ物

第4章 がん患者の代謝を改善する

冒頭にご紹介させて頂いた『がんに打ち勝つオーニッシュ・プログラム』は第1章からのものです。

そして、ブログではもう一つ、第4章からご紹介させて頂きます。それは次のようなものです。

オルソ・モレキュラー・メディスン(分子整合医学)とは?

ライナス・ポーリング博士は、1954年度のノーベル化学賞と1962年度のノーベル平和賞を受賞されました。そのポーリング博士が60代になったとき、体内の生化学物質が本来の機能を発揮できないことが原因で発生する病気に焦点を当て、これを治療する「オルソモレキュラー・メディスン(分子整合医学)を提唱しました。

 

写真はライナス・ポーリング博士

画像出展:「日本オーソモレキュラー医学会

彼の主張のポイントはこうです。

病気は、体内のホルモンなどの物質のインバランスによって生じる。だから、病気を治すには、体内のホルモンなど、物質のバランスを回復すればよい。それを達成するのに、薬を用いるのではなく、ビタミン、ミネラル、アミノ酸、酵素、必須脂肪酸など体に存在する物質を利用する。

遺伝子は個人の体格や性格だけでなく、生化学にも違いをもたらします。がん、心臓病、糖尿病、うつは、生化学のインバランスによって生じます。食事、エクササイズ、ストレスマネジメント、心の訓練を組み合わせれば、体内物質のバランスが回復し、健康を獲得することができるでしょう。

ただしヒトが生物であるかぎり、健康の土台は食事にあります。遺伝子が異なること、それゆえに生化学的個体差があることを理解し、それに適応した栄養素を摂ることがあなたの健康を増進させ、がんと戦う力をつちかうのです。

 

画像出展:「がん治療の最前線」

 

がんの進行状態によっては、手術・放射線・抗がん剤の三大治療のいずれかは避けられないと思いますが、これらの治療が体に与えるダメージは決して小さくないという点は重要です。

画像出展:「がん治療の最前線」

以上、7月より始めた「がんと自然治癒力」で予定していた本は、追加したものを含め読み終わりました。本来であれば “まとめ” の作業に入るところですが、その前に新たな2冊で勉強モードを続けたいと思います。その2冊は以下のものです。

1.ガンにならない3つの食習慣 ファイトケミカルで健康になる! 初版発行:2011年8月25日

2.現代免疫物語beyond 免疫が挑むがんと難病 初版発行:2016年1月20日

がんと自然治癒力9

「生命の不思議 “テロメア” 健康寿命はのばせる!」というタイトルで、2017年5月、NHKがクローズアップ現代の中でテロメアを紹介していました。


『老化を防ぎ、若さを保ちたい。そんな願いをかなえると注目されている研究がある。ノーベル賞生物学者・ブラックバーン博士らによる「テロメア」研究だ。染色体の端にあり細胞分裂のたびに短くなるため、年とともに縮むと考えられていたテロメア。ところがテロメアを伸ばして細胞から若返る方法があり、がんを防げる可能性もあるというのだ。』

真柄俊一先生も指摘されていましたが、日本ではこのノーベル賞のニュースは積極的に取り上げられなかったようです。調べてみるとプレスリリースは2009年10月5日でした。

 

 こちらはシートに出ていた図の一部です。

 


出版:NHK出版

初版発行:2017年2月25日

 

原書の初版発行は2017年1月3日です。


最初に著者(お二人)と目次をご紹介させて頂き、その後青字にした目次の項目について取り上げていますが、全文ではなく一部を抜き出したかたちになっています。

なお、青太字に替えた個所著書)によるものです。黒太字にした箇所は私によるものです)

著者

エリザベス・ブラッバーン Elizabeth Blackburn

分子生物学者。2009年に、2人の共同研究者とともにノーベル生理学賞を受賞。受賞理由は、染色体の末端をキャップのように保護しているテロメアの分子的性質の発見、およびテロメアを維持する酵素、テロメラーゼの発見。ソーク研究所所長、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の名誉教授。過去には米国癌学会会長、米国細胞生物学会会長を歴任。アルバート・ラスカー基礎医学研究賞をはじめ、医学部分野の主要な賞をほぼすべて受賞している。『タイム』誌の「もっとも影響力の高い100人」の1人にも選ばれた。米国科学アカデミー、米国医学研究所、ロンドン王位協会のメンバー。公共科学政策にも助力し、大統領諮問委員会の一つである生命倫理委員会でも活躍している。

オーストラリアのタスマニアに生まれ、メルボルン大学で科学を学び、ケンブリッジ大学で分子生物学の博士号を取得。その後、イェール大学で博士研究員をつとめた。現在は夫とともにカリフォルニア州のラホーヤおよびサンフランシスコに暮らす。

エリッサ・エペル Elissa Epel

健康心理学の第一人者。ストレス、老化、肥満を研究する。カリフォルニア大学サンフランシスコ校精神医学科教授。同大学の老化・代謝・感情(AME)センターおよび肥満研究センター(COAST)の所長であり、健康共同体センターの副所長もつとめる。米国医学研究所のメンバーであり、米国国立衛生研究所の科学諮問委員会(行動変容科学のプログラムなど)のほか、心と生命研究所、欧州予防医学協会でも活躍。スタンフォード大学、行動医学協会、行動医学研究学会、米国心理学会などをはじめ、さまざまな機関から研究賞を受賞。

カルフォルニアのカーメルに生まれ、スタンフォード大学に学び、イェール大学で臨床心理学と健康心理学の博士号を取得。パロアルトの退役軍人管理局の健康管理組織において臨床実習を終了。カルフォルニア大学サンフランシスコ校で博士研究員をつとめた。現在、夫と息子とともにサンフランシスコに在住。

はじめに なぜ、この本を書いたのか

序章 二人のテロメアの物語

 なぜ年のとり方は、人によりちがうのか?

 健康な細胞の再生は、なぜ必要なのか

 テロメアは染色体のキャップ

 テロメアと行動の関係を考える

 行く手にあるもの

  幸せの聖杯?

 

第Ⅰ部 テロメア:より若く生きるための道

第1章 なぜ細胞の老化が早すぎると、見かけも気持ちも行動も老いるのか

 早すぎる老化を迎えた細胞は、健康な細胞と何がちがうのか?

 細胞の早い老化の影響①:外観

  肌の老化

  骨量の現象

  白髪

  あなたの外観はあなたの健康について、何を物語るのか?

 細胞の早い老化の影響②:肉体

  インフラメイジング

  心臓病とテロメアの短縮

  肺の病気とテロメアの短縮

 細胞の早い老化の影響③:認知

  認知的低下とアルツハイマー病

  健康な“感覚年齢”とは

  二つの道

第2章 長いテロメアのパワー

 池の藻くずが送るメッセージ

 テロメア:染色体のプロテクター

 テロメア、疾患期間、死

 健康の考え方を変える

第3章 テロメアを補う酵素“テロメラーゼ”

 テロメラーゼはテロメア短縮への解決策

 テロメラーゼは不死の霊薬ではない

 テロメラーゼとがんのパラドックス

 あなたはテロメアとテロメラーゼに影響をおよぼせる

 

第Ⅱ部 テロメアはあなたの考えに耳を傾けている

 自己評価テスト1 あなたのストレス反応のスタイルを明らかにする

第4章 ストレスはあなたの細胞に入り込む

 ストレスは細胞を傷つける

 多すぎるストレスとは、どの程度のものか?

 テロメアを脅かさないストレス反応とは

  脅威反応

  チャレンジ反応

 なぜ人より、脅威の受けとめ方に差があるのか?

 チャレンジ反応を培う

 長い疾患期間への短い道のり:ストレス、免疫細胞の老化、炎症

  短いテロメアと弱い免疫系

  ストレスはどのように関与しているのか

  短いテロメアと炎症の多さ

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  「自我脅威」のストレスを軽減する

 距離を置く(ディスタンシング)

  言語的に自分と距離を置く

  時間で距離を置く

  視覚的に距離を置く

  どのように行うか

第5章 テロメアを思いやる:ネガティブは思考、打たれ強い思考

 冷笑的な敵対心

 悲観

 さまよう心

 ユニタスク

 反芻

 思考抑制

 打たれ強い考え方

  自分の考えを認識する:ネガティブな思考パターンを飼いならす

  マインドフルネスのトレーニング、人生の意味、健康なテロメア

  引退後の新しい目的

  痛みを自己への慈しみに変える

  喜びとともに目覚める

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  セルフ・コンパッション・ブレイクをとる

  自分の中のおせっかいな助言者をコントロールする

  何を墓碑に書く?

  ポジティブなストレスを求める

 自己評価テスト2 あなたの性格はストレス反応にどう影響するか

  あなたの思考スタイルは?

  高スコアと低スコアの線引きについて

  性格タイプと指標について、さらに知識を得よう

第6章 うつ病や不安はテロメアを短くするか

 不安障害、うつ病、テロメア

 ストレスからテロメアは回復するか

 うつ病や不安から自分を守るには

 重要なのは、関心をどこに向けるか

 テロメアの心得 

 リニューアル・ラボ

  三分間の呼吸休憩

  呼吸や鼓動に意識を集中した瞑想

 リニューアルのための情報1 ストレスを和らげ、テロメアを維持するテクニック

  瞑想リトリート

  マインドフルネスストレス低減法とは

  ヨガ的な瞑想とヨガ

  気功

  ライフスタイルを変革する

 

第Ⅲ部 細胞を守るためにできること

自己評価テスト3 あなたのテロメアの健康度は? 保護要因と危険要因

 テロメア予測クイズ

第7章 運動はテロメアを鍛える

 二つの薬

 テロメアにはどんな種類の運動が最適か?

  運動が細胞内部にもたらすメリット

 テロメアとフィットネス

 運動しすぎたら?

 運動で細胞をレジリエントにしよう

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  1.安定的な有酸素運動

  2.高強度インターバルトレーニング

  3.少し緩めのインターバルトレーニング

 小さな一歩を積み上げよう

第8章 テロメアの疲労と睡眠

 睡眠の回復力

 テロメアにはどれくらいの睡眠時間が必要?

 睡眠障害への救いの手:「認知のゆがみ」を正す

 よく眠るための戦略

 騒音、心拍数、睡眠

 睡眠はグループ・プロジェクトである

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  五つの入眠儀式

第9章 体重とテロメア:健康的なメタボリズム

 問題はBMIではなく、おなかの脂肪

 腹部の脂肪、インスリン抵抗性、糖尿病

 テロメアの短縮と炎症は、どのように糖尿病に影響するのか

 ダイエットは逆効果だ

 極端なカロリー制限はテロメアに良い?

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  砂糖渇望症との上手なつき合い方

  体の空腹と満腹のサインに波長を合わせる

第10章 食べ物とテロメア:細胞の健康のためには何を食べるべきか

 細胞の三つの敵

 健康的な食のパターン

  コーヒーと健康

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  テロメアにやさしいスナック

  悪い習慣を撲滅:モチベーションを見つける

リニューアルのための情報2 科学が教える! 変化を持続させるコツ

 新しい習慣の形成に役立つこと

 古い習慣を断ち切るコツ

 あなたの1日を改造しよう

 

第Ⅳ部 社会的環境は、あなたのテロメアを変える

第11章 テロメアを支える環境と人々

 ごみが多いか、緑が多いか?

 お金で長いテロメアを買えるか?

 テロメアにとって有害な化学物質

 化学物質、がん、長すぎるテロメア

 自衛する

 友人とパートナー

 人種差別とテロメア

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ 

  有害物質への暴露を減らす

  地域の健全性を高める:小さな変化を積む重ねよう

  親密な人間関係の強化

第12章 細胞の老化は子宮で始まる

 親の短縮したテロメアは、子どもに引き継がれる場合がある

 不利な社会的環境は、世代を超えて引き継がれていくか?

 妊娠時の栄養摂取:胎児のテロメアへの栄養供給

 胎児のテロメアは、母親のストレスに耳を傾けている

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ 

  子宮の緑化

第13章 子ども時代の重要性:人生の初期の出来事はテロメアにどのように影響をおよぼすのか

 テロメアは子ども時代の傷跡を記録している

 ママ、僕の足を踏まないで! 怪物のような母親に育てられた影響

 母親の不在

 テロメアが健康で、感情を調節できる子どもに育てる

 傷つきやすい子どもの育て方

 ストレスに敏感な子どものテロメア

 あなたの子どもは「蘭」だろうか?

 テロメアの健康な10代に育てる

 テロメアの心得

 リニューアル・ラボ

  大量散漫兵器

  子どもに波長を合わせる

  敏感なティーンエイジに過剰反応しない

  深い愛着の手本なる

 

まとめ 相互のつながりに気づく:私たちの細胞の遺産

 テロメアは警笛を鳴らしている

 あらゆるレベルでの相互のつながり

 生きたメッセージ

 テロメア・マニュフェスト

はじめに なぜ、この本を書いたのか

122歳のジャンヌ・カルマンは、世界でもっとも長生きした女性だった。彼女は85歳を過ぎてからフェンシングを始め、100歳になるまで自転車に乗っていた。100歳の誕生日には故郷のアルルの町をあちこち歩きまわっては、長寿を祝う人々に礼を返していた。人々がみな手に入れたいと願うものが、彼女の人生にはあった。その願いとは、人生を謳歌し、最後のときまで健康に過ごすことだ。老いや死は、どうしようもない人生の現実だ。だが、最後の日までどのように過ごすかは「どうしようもない」ことではない。それを決めるのは私たち自身だ。私たちは、もっと良く、もっと充実して生きることができる。今も、そしてもっと年をとってからも。


左上の写真は117歳の時のお祝いです。じゃらん」さまより拝借しました。

右の写真は「イチバン|あらゆる世界一を届けるメディア」さまより拝借しました。

●この本には、人間の「老い」についての新しい考え方が提示されている。科学の世界で現在主流の考え方によれば、人間の老化とは、細胞のDNAが徐々に損傷を受けた結果、細胞が不可逆的に老化し、機能を失うことで起きる。だが、損傷を受けるのは、どのDNAなのだろう? なぜ、損傷を受けるのだろう? 十分な答えはまだ出ていないが、複数の手がかりから、元凶の一つがテロメアであることが強く示唆されている。病とは体のさまざまな臓器や部位に起こるため、それぞれ別のものに見られがちだ。しかし、科学や臨床の場からもたらされた新しい発見により、病気の発生について新たな概念が生まれた。それは、加齢にともなう大半の疾患の原因は、加齢によるテロメアの短縮および、その背後にあるメカニズムに起因するのではないかという考えだ。細胞を複製する能力が次第に失われていくことを「複製老化」というが、どのようにそれが起きるのかはテロメアで説明できる。むろん複製老化以外でも、細胞は機能を失ったり早く死んだりするし、ほかの要因でも、老化は進行する。だが、テロメアの短縮が老化のプロセスに関与するのは明らかだ。さらに興味深いことに、テロメアの短縮は遅らせることもできれば、逆転すらできるのだ。

本書を書いたのには、もう一つ理由がある。それは、人々を危険から遠ざけるためだ。テロメアと老化への関心は今、急速に高まりつつある。そして、ちまたにあふれる情報には正しいものもあるが、誤解を招くものもある。たとえば、ある種のクリームやサプリメントがテロメアを伸ばし、寿命を延ばすとまことしやかに主張する人々がいる。こうした製品がもし本当に体の中で機能したら、がんにかかるリスクを増やしたり、そのほかの危険な作用をもたらす可能性がある。こうした深刻なリスクの潜在性を評価するための大規模で長期的な調査が今、必要になっている。細胞の寿命をノーリスクで延ばす方法は、すでにいくつか知られている。その中で最良のものをいくつか、この本におさめた。即効性はないかもしれない。けれど、研究にもとづいた具体的なアイディアはきっと見つかるはずだ。それらはあなたのこの先の人生を、より健康で長く、充実したものにする可能性を秘めている。いくつかのアイディアは読者にとってさして目新しいものではないかもしれないが、背景事情を深く理解すれば、日々どう見つめ、どう生きるかがきっと変わってくるはずだ。

序章 二人のテロメアの物語

 なぜ年のとり方は、人によりちがうのか?

●あなたはあなたに固有の遺伝子セットをもって生まれてくる。だが、どのように生きるかによって、遺伝子の発現に影響を与えることができる。場合によっては、生活にまつわる何らかの要因が、遺伝子のスイッチをオンにしたりオフにしたりもする。肥満の研究者、ジョージ・ブレイはこう言っている。「遺伝子には銃が積まれている。そして環境が引き金を引く」。ブレイの言葉は体重増加についてだけでなく、健康に関するほぼすべての面に通じる。

私たちはこの本の中で、人間の健康について、これまでとはまったくちがう考え方を提示したい。健康というものを細胞レベルまでさかのぼって考え、細胞の早すぎる老化とはいかなるものか、それがあなたの体にどんな害をもたらすのか、どうすればそれを防げるか、そしてどうすれば逆転させられるかまで説明する。そのためにまず、細胞の奥深くにある染色体までもぐってみよう。そこにテロメアが見つかる。染色体の端に存在する非コードDNAの繰り返し配列が、テロメアだ(図2を参照)。細胞が分裂するたびにテロメアは短くなる。それが細胞の老化の速度を決定し、さらにそれをもとに細胞の死期が決定される。だが私たちの研究や、世界各地のラボの研究からは、驚くべき発見がもたらされている。染色体の末端は伸びることもある―。その発見が示唆しているのは、老化とは早まったり遅くなったりする動的なプロセスであり、ある面においては逆転すら可能だということだ。老化とは長いあいだ考えられてきたように、病気や衰退へと一直線に滑り落ちる坂道ではない。人間はみな、年をとる。だが、どのように老いるかを大きく左右するのは細胞の健康状態なのだ。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

この本を書いている私たち二人のうち、一人は分子生物学者(エリザベス、以下リズ)、もう一人は健康心理学者(エリッサ)だ。リズは研究者としての全人生をテロメアの探究に捧げてきた。彼女の基礎研究によって、まったく新しい分野の科学的理解が始まった。いっぽうエリッサが研究してきたのは心理的ストレスや、ストレスが人間の行動や生理機能や健康に与える有害な作用、さらにその作用をどうすれば逆転させられるかという問題だ。私たち二人は15年前に一緒に研究を始めた。そして私たちの共同研究から、心身の関係を検証する新しい方法が生まれた。私たちを含む科学界の人間が驚いたのは、テロメアが遺伝子コードの命令をただ実行するだけではないことだ。あなたのテロメアは、あなたに耳を傾けている。あなたが出した指示を、あなたのテロメアは吸収する。あなたの生き方は、「細胞の老化を速めろ」とテロメアに指示を出してしまう危険もあるのだ。だが、逆のことも起こりうる。何を食べるか、精神的苦難にどう対応するか、どのくらい運動するか、子どものころストレスにさらされたか、隣人をどのくらい信頼し、どのくらい安心して暮らしているか―。テロメアにはこうしたもろもろの要因が影響を与えているらしい。そしてこうした要因が、細胞レベルの早すぎる老化を防いでくれる可能性もある。つまり、長い健康寿命の一つの鍵は、健康な細胞の再生に必要なことをあなたが行えるかどうかにあるのだ。 

 健康な細胞の再生は、なぜ必要なのか

●人間の健康な細胞の多くは、テロメアが(そして細胞を形成するタンパク質などの重要な部分が)機能しているかぎり、繰り返し分裂できる。だが、分裂を繰り返したあと、細胞は老化する。すばらしき幹細胞にさえ、最後は老化が訪れる。分裂の回数が有限であることは、70歳か80歳を超えれば健康寿命も徐々に終わりに近づく一つの理由と言える。しかし、もっと長く健康な生活を享受できる人もいる。健康的な長寿は、私たちが手を伸ばせば届くところにある。

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

 テロメアは染色体のキャップ

●靴紐の両端に、プラスチックのキャップがあるのを思い出してほしい。キャップの役目は、靴紐がほつれるのを防ぐことにある。ここで、染色体を靴紐のようなものだと想像してほしい。染色体はあなたの細胞の内部にあり、あなたの遺伝的情報を運んでいる。テロメアは塩基対というDNAの長さの単位で計測され、ちょうど靴紐のプラスチックキャップのような働きをする。つまり、染色体の末端に小さなキャップを形成し、遺伝物質(DNA)がほどけるのを防いでいるのだ。いわば老化の防止キャップだが、このテロメアは時間とともに短くなるという傾向がある。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

●あなたの遺伝子は、あなたのテロメアに影響する。誕生時のテロメアの長さやテロメアが短縮していくスピードには、遺伝子が影響を与える。だが、私たちの、そして世界中の研究室からは驚くべき発見をもたらされている。それは、テロメアに人間が介入できるということ、テロメアの長さや強靭さにまで私たちがある程度影響をおよぼせるということだ。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

次のようなことがわかっている

・困難な状況にぶつかったとき、一部の人々は危機感を抱く。こうした反応のしかたとテロメア短縮にはつながりがある。だが、事態のとらえ方をもっと前向きに変えることは可能だ。

瞑想や気功などの心身のテクニックは、ストレス軽減効果に加え、テロメアを修復する酵素であるテロメラーゼを増やす効果もある。

・運動で心血管系の健康を高めれば、テロメアにも良い効果がある。テロメアの維持に効果があると証明されているシンプルな運動プログラムを本書ではいくつか紹介する。それらのプログラムは、さまざまな体力のレベルに適合させることができる。

テロメアは、ソーセージのような加工肉を嫌う。好ましいのは新鮮で健康的な食品だ。

・おたがいを知らず、信頼し合っていないなど、周囲の人々との社会的つながりが低いとテロメアには悪影響が出る。これは、個人の収入レベルには無関係だ。

・子どもの頃に複数の有害な事象にさらされると、テロメアは短くなる。だが、悪名高いルーマニアの孤児院のような劣悪な環境にいた子どもも、そこから引き離せば、テロメアに起きた損傷の一部は回復させることができる。

・両親の卵子や精子に含まれる染色体のテロメアは、そのまま子どもに伝えられる。その意味するところは重大だ。もしあなたの両親のテロメアがさまざまな困難によって短くなっていたら、それは子どもであるあなたに引き継がれている可能性がある。だが、もし「自分がまさにそうかもしれない」と思ったとしても、パニックになる必要はない。テロメアは短くもなる、長くもなる。あなたの行動次第でテロメアを保持することは可能だ。これはまた、自分の生き方次第で、次の世代に分子レベルの有益な遺産を贈れるということでもある。

 行く手にあるもの

  幸せの聖杯?

テロメアは、人間の生涯に影響を与えるさまざまな要素をまとめた指標のようなものだ。適切な運動や睡眠など、テロメアを回復させる良い効果をもつものと、有害なストレスや栄養不足や苦労などのマイナスの要素の双方が、そこに統合されている。鳥や魚やネズミにおいては、ストレスとテロメアに相関性が存在する。それゆえテロメアの長さは、動物が生涯を通じて経験してことを累積的に測る「幸せの聖杯」として使えるのではないかと示唆されてきた。人間の場合(そして動物の場合も)、経験の累積を示す生物学的指標は一つには絞れないだろうが、テロメアは現在私たちが理解しているうちでは、非常に有力な指標だといえる。

第Ⅰ部 テロメア:より若く生きるための道

第1章 なぜ細胞の老化が早すぎると、見かけも気持ちも行動も老いるのか

 早すぎる老化を迎えた細胞は、健康な細胞と何がちがうのか?

●細胞のテロメアが極端に短くなると、分裂のサイクルと自己複製を停止するよう合図が送られる。すると細胞分裂は止まる。細胞はそれ以上新しくなることができず、古くなり、老化していく。幹細胞なら永久引退の状態に入り、呼び出しがあっても心地よいニッチ(特別な微小環境)から出ていかなくなってしまう。幹細胞以外の場合は、するべき仕事が果たせなくなり、ただ無為に存在するだけになる。細胞内の発電所であるミトコンドリアがうまく働かなくなり、細胞内でエネルギー危機が引き起こされる。

左の絵は「ニッチ(特別な微小環境)」を表したものです。

詳しくは、東京大学さまの『細胞が冬眠する場所

 造血幹細胞の休止に神経細胞が関与することを発見』を参照ください。

 古い細胞のDNAが細胞のほかの部分とうまくやりとりできなくなると、細胞はきれいな状態を保てなくなる。古くなった細胞の内部には、うまく機能しなくなったタンパク質の塊や茶色いごみのようなリポフスチンという物質がたまってくる。リポフスチンは眼球に加齢黄斑変性を引き起こしたり、いくつかの神経性疾患の原因になったりする。さらに悪いことに ―なぜか、樽の中の腐ったリンゴと同じように― 老化した細胞は誤った危険信号を炎症誘発物質という形で、体のほかの場所にも送ってしまう。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

 ●老化のプロセスは、体内のさまざまな種類の細胞で発生する。肝臓の細胞でも皮膚の細胞でも、毛包でも、血管をおおう細胞でも起こる。そして、体のどの部分のどんな細胞かによって、異なる現象が起きる。骨髄の細胞が老化すると、血液や免疫系統の幹細胞が正しく分裂しなくなったり、血液細胞の製造量のバランスが狂ったりする。膵臓の細胞が老化すると、ニューロン(神経細胞)を死なせる物質が分泌される危険がある。これまでに研究がなされている大半の細胞において、老化の根底にあるプロセスは似通っているが、細胞がそれをどう発現するかによって、肉体には異なる種類のダメージがもたらされるのだ。

 細胞の早い老化の影響②:肉体

  インフラメイジング

●テロメアの短い人々は、慢性的な炎症にも悩まされている可能性がある。年齢とともに炎症が増え、それが加齢にともなう病気の一因になるという観察報告はたいへん重要だ。そのため、科学者は「インフラメイジング(炎症加齢、または加齢炎症)」という名前を考案した。インフラメイジングとは慢性的な軽微の炎症であり、加齢とともに増加する可能性がある。なぜそれが起こるかについては、タンパク質の損傷などさまざまな理由が挙げられている。ほかにしばしば挙げられる原因の一つが、テロメアの損傷だ。

ご参考)インフラメージング(inflammaging)とは「inflammation(炎症)+aging(加齢)」。炎症による老化。炎症が老化や、老化に伴う疾患と密接な関係があることから生まれた造語。

細胞の遺伝子が損傷を受けたりテロメアが短くなりすぎると、細胞は、大切なDNAが危険にさらされていることを察知する。すると、細胞は自らの再生プログラム化[遺伝子であらかじめ決まった手順ではなく、後天的な修飾によって遺伝子の発現手順を調整すること]によって、助けを求めるシグナル分子をまわりの細胞に向けて放つ。この現象はまとめて細胞老化関連分泌現象(以下、SASP)と呼ばれる。傷を受けたせいで老化した細胞は、近くの免疫細胞や修復機能のある細胞にシグナルを送り、回復に手を貸してくれるよう呼びかけることができる。

過去数十年で科学者たちは、SASPやその他の原因で起こる慢性的な炎症が、多くの疾患の発生に重要な役割を果たすことを認識するようになった。短期的な激しい炎症は、傷ついた細胞を癒すのに役立つが、長期的な炎症は体の組織の通常機能を妨げる。たとえば、慢性的な炎症によって膵臓の細胞は誤作動を起こし、インスリンを正しく分泌できなくなる。これは糖尿病につながる一歩だ。慢性的な炎症のせいで、動脈壁に生じたプラーク(血管内にできる瘤)が破裂することもある。体の免疫反応のスイッチが狂い、自身の組織を攻撃するケースもある。これらは炎症の破壊力を示すほんの一例にすぎず、恐怖のリストはまだまだ続く。慢性的な炎症は心臓や脳の病気や、歯茎の病気やクローン病やセリアック病やリューマチ性関節炎や喘息や肝炎やがんや、その他さまざまな病気の一因にもなる。だからこそ今、インフラメイジングは科学界で話題になっている。これは、現実の話なのだ。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

インフラメイジングを遅らせたければ、そして可能なかぎり長く健康寿命にとどまりたければ、慢性的炎症を防ぐ必要がある。炎症をコントロールするうえで重要な役目を果たすのが、テロメアの保持だ。極端に短くなったテロメアは炎症のサインをたえず送り続ける。だから、テロメアを健康的な長さに保たなくてはならないのだ。 

第3章 テロメアを補う酵素“テロメラーゼ”

 テロメラーゼはテロメア短縮への解決策

●テロメアの奇妙なふるまいのことを私はずっと考え続けていた。なぜテロメアには、増幅する能力があるように見えるのだろう? そして私は、細胞の中に、テロメアにDNAを付加する酵素があるのではないだろうかと考えた。そうした酵素が存在すれば、塩基配列をいくつか失っても、そのあとでテロメアを元どおりにすることができるかもしれない。ここが正念場と、私は意を決して、テトラヒメナの細胞抽出液をつくる作業に励んだ。なぜテトラヒメナなのか? それはテトラヒメナが、テロメアを豊富にもつ絶好の素材だったからだ。もしテロメアを付加するそうした酵素が存在するなら、きっとテトラヒメナの中にその酵素はたくさん見つかるはずだ。私はそう推測した。

 1984年のクリスマスの日、キャロルは放射線写真と呼ばれるエックス線フィルムを現像した。フィルムの上にあらわれたパターンは、未知の酵素が働いていることを示す初めての明らかなしるしだった。家に帰ったキャロルは、興奮のあまり、居間で踊りだしたそうだ。次の日、私の反応を予測して、こみ上げる喜びに顔を輝かせながらキャロルはそのエックス線フィルムを見せた。私たちは目と目を合わせた。私もキャロルもそれが何かわかっていた。テロメアは、今まで発見されていなかったその酵素を引き寄せることで、DNAを補填できるのだ。私たちのラボでこの酵素は、テロメラーゼと名づけられた。テロメラーゼは新しいテロメアを、自身の生化学的な配列をもとに形成する。

テロメラーゼがどう働くか説明しよう。テロメラーゼはタンパク質とRNA(リボ核酸)を含んでいる。RNAはいわばDNAのコピーであり、このコピーの中にはテロメアのDNA配列の鋳型が含まれている。テロメラーゼはRNAの中にあるこの配列を生化学的なガイドとして使い、まっさらで正確なテロメアDNAの配列をつくる。この正しい配列が必要なのは、テロメアDNAの土台を完璧な形に整え、それをおおうテロメア保護タンパク質の鞘を引き寄せるためだ。テロメアDNAの新しい断片は、テロメラーゼによって染色体の末端に付け加えられる。このプロセスを導くのが、RNAの鋳型の配列と、DNA文字がそれぞれのパートナーと結びつく相補結合のシステムだ。これにより、テロメアDNAを構成する正しい配列がきちんと付加される。このようにしてテロメラーゼは染色体の端を再生し、すり減った分を回復させていたのだ。

こちらの図は、GDAYSさまの『前立腺がんと自転車の旅』私の把握しているゲルソン療法(2) から拝借しました。

左の写真は「がんと自然治癒力8」の中で、DNAに支配されている従来の「セントラルドグマ」に代わり、”環境” も生命に大きく関与しているということを表した新しい考え方を示すものです。

この写真をご紹介した理由は、テロメラーゼの働きも、『DNA⇄RNA⇄PROTEIN』という仕組みに基づいているということをお伝えしたかったからです。

 テロメラーゼとがんのパラドックス

●人工的にテロメラーゼを増やせば人間の寿命を延ばすことはできるのだろうか? そう考えるのは自然なことだ。インターネット上にあふれる「テロメラーゼを増加させるサプリメント」の広告は、それが可能だと謳っている。テロメラーゼとテロメアには、恐ろしい病を遠ざけたり、人がより若く感じられるように手助けするすばらしい特質がある。だが、それらは長寿の万能薬では決してない。テロメラーゼを使ったからといって、ごくふつうの寿命より長く生きられるわけではない。実際、人工的にテロメラーゼを増やすという方法で長生きしようとしたら、かえって命を危険にさらすことになる。それは、テロメラーゼに裏の面(ダークサイド)があるからだ。ジキルとハイドのことを思い浮かべてほしい。二人は同じ人間だ。だが、昼か夜かによって極端に異なる性格をもっている。人間は健康でいるためにはジキル博士を ―つまり良いテロメラーゼを必要とする。だが、まちがった細胞にまちがったタイミングで過剰なテロメラーゼを供給すれば、テロメラーゼにはハイド氏の個性があらわれ、細胞の無制御な増殖に加担することになる。細胞の無制御な増殖は、がんの特徴にほかならない。がんとは基本的には、細胞の増殖に歯止めがかからなくなる病気なのだ。だからしばしば、「錯乱した細胞増殖」と定義される。

人工のテロメラーゼは、細胞をがん化へと突き進ませる危険を秘めている。自分の細胞をそんなもので爆破したいと思う人がいるだろうか? テロメラーゼ・サプリメントの業界が、大規模かつ長期的な臨床試験によって安全性をきちんと証明しないかぎり、「あなたのテロメラーゼを増やします」と謳うピルやクリーム、注射には手を出さないのが賢明だ。もともと人はそれぞれ異なるタイプのがんへの“かかりやすさ”をもっているのに、わざわざもっとたくさんの種類のがん(黒色腫や脳腫瘍や肺がんなど)を発症するリスクを増やしたいものだろうか? それを理解していれば、私たちの細胞がテロメラーゼの量を低く抑えていることに納得いくはずだ。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

本書で健康のために提唱したさまざまな手法に対して体は自然な生理学的反応をするが、それと、人工的な摂取とでは大きなちがいがある(たとえばサプリメントが植物由来の“自然”なものであっても、植物はそもそも自然界の激しい化学的闘争を経てきたことを忘れてはいけない。腹を空かせた動物や襲いかかる病原体をかわすために、植物は強力な化学的軍備を発達させてきたのだ)。この本で私たちが提唱した方法は、穏やかで自然なものばかりであり、テロメラーゼの分泌増加は安全な範囲を超えるものではない。だから、がんの発症リスクが高まることを心配する必要はない。危険な領域までテロメラーゼの量が増えることはけっしてない。

 あなたはテロメアとテロメラーゼに影響をおよぼせる

●『2004年のある日、分析結果が届いた。私(エリッサ)が事務所に座っているとき、プリンターから分析結果が何枚も吐き出されてきた。私はデータの散布図を見つめ、そして息をのんだ。データにはパターンがあった。私たちが「こうであるはずだ」と予測していたとおりの傾向が、ページの上にあらわれていた。ストレスにさらされるほどテロメアは短く、テロメラーゼの値は低くなることが、そこには示されていた。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

第Ⅱ部 テロメアはあなたの考えに耳を傾けている

第4章 ストレスはあなたの細胞に入り込む

 多すぎるストレスとは、どの程度のものか?

●どんな種類のストレスがテロメアの短縮に関連するかについては、すでに証拠がある。テロメアの短縮につながりがあるのは、家庭の長期におよぶ介護や、仕事のストレスによる燃え尽き状態なのだ。そのほかに読者もご想像のとおり、現在のものであれ子ども時代のものであれ、非常に深刻なトラウマもテロメアの損傷に関連することがわかっている。レイプや虐待、家庭内暴力、長期にわたるいじめなどがそれにあたる。

境遇そのものがテロメアを短くするわけではない。問題は、そうした境遇に置かれたときに多くの人が感じるストレス反応であり、そしてここでも「用量」が重要な意味をもつ。一か月程度であればどんなにストレスの高い危機的状況に置かれても、テロメアへの影響を心配する必要はない。テロメアもそこまで府弱ではない。そうでなければ私たち人間はみな、あっというまにだめになってしまう(最近の研究から、短期的なストレスとテロメアの短縮にも関連があることが示された。ただしその関連性はごく小さく、個人に重要な影響をおよぼすとは考えにくい。そして短期的なストレスがテロメアを短縮させるとしても、その作用は一時的であり、失った塩基対をテロメアはすみやかに回復することができる)。だが、ストレスが継続し、生活の一部にまでなってしまうと、ストレスはゆっくり毒を発し始める。ストレスが長く続けば、テロメアは短くなる。長期にわたる心理的に有害な状況からは、できるかぎり抜け出すのが賢明だ。

自分ではどうにもならないストレスを抱えて暮らす現代人の多くにとって幸いなことに、話はこれで終わりではない。私たちの研究からは、慢性的なストレスがかならずしもテロメアの損傷にはつながらないことが示されている。被験者の何人かは、テロメアを短くせずに介護の重荷を乗り越えていたのだ。ストレスへの耐性が高いこれらの「外れ値」の存在からは、困難な状況から抜け出さなくてもテロメアを守れることがうかがえる。信じがたいかもしれないが、やり方さえわかれば、ストレスをポジティブな燃料に使うことも可能だ。そしてストレスを、テロメアを守る盾として使うこともできるのだ。

  テロメアを脅かさないストレス反応とは

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

 チャレンジ反応を培う 

●チャレンジ反応は交感神経の活動を高めるので、かならずしもストレス感を減らしてはくれない。だがこれはポジティブな「落ち着きのなさ」であって、あなたをもっとパワフルで集中した状態に押し上げる原動力だ。ストレスをこんなふうにうまく転換して、イベントやパフォーマンスのときに良いエネルギーを得たければ、自分で自分に「ワクワクしているね!」「鼓動が速いしおなかはグルグルしてきたけど、大丈夫!これは、良いストレス反応が強く起きている証拠だ」と語りかけてみよう。もちろん、介護に従事する母親のようにストレスで心の減る思いをしている人には、軽すぎる言葉に聞こえるかもしれない。ならば、もっとやさしく自分に語りかけよう。「今の体の反応は、私を助けるために、そしてやるべきことに集中できるように、起きたことだ。そのサインは大事にしよう」。チャレンジ反応はけっして、まやかしの活力剤ではない。「ストレスの原因がこんなにたくさん起こるなんて、本当に幸せだ。」という過剰にポジティブな態度ともちがう。それは、たとえ今はつらくても、ストレスを自分の目的に合うように形づくれと理解することだ。

リラックスできる能力は、ストレス管理の唯一の方法として過大に評価されてはいるが、やはり重要だ。あなたも何か、自分を深く回復させる活動を定期的に行ってみるといい。瞑想や詠唱、その他のマインドフルネスの技法がストレスを和らげ、テロメラーゼを刺激し、テロメアの伸長を助けるであろうことは、高い質の証拠から示されている。

第Ⅲ部 細胞を守るためにできること

第7章 運動はテロメアを鍛える

 テロメアにはどんな種類の運動が最適か?

●運動は、炎症や免疫老化を防ぐことによって、細胞を守る手助けをする。ここからは、運動が細胞にどんな利益をもたらすかについて、付加的な説明をしよう。運動にはテロメアの維持を助ける作用がある。1200組の一卵性双生児の研究からも、それが確認されている。一卵性双生児研究には、遺伝的な条件を同じくできるメリットがある。体をよく動かす双子の片割れは、あまり動かさない片割れと比べてテロメアが長いことが確認されている。年齢や、テロメアに影響するほかの要因の影響は統計的処理で調整し、それにより、運動とテロメアの純粋な関係を検証できるようにした。そこから明らかになったのは、運動の有益性だけでなく、「座りっぱなし」が代謝上の健康(メタボリック・ヘルス)に非常によろしくないという事実だ。現在では複数の研究から、座ってばかりいる人のテロメアが、少しでも運動をする人に比べて短いことが確認されている。

●いろいろな運動をとり合わせたほうが、効果は高い。数千人のアメリカ人を対象にしたある調査からは、たとえばウォーキングと自転車と筋力トレーニングなど、さまざまな分野の運動を行なう人ほど、テロメアは長いという結果が出ている。だから、筋トレも行うにこしたことはない。筋トレ自体には、テロメア伸長との顕著な関連性は認められていないが、骨密度を維持もしくは改善したり、筋肉量を増やしたり、平衡感覚や運動感覚を養ったりする効果がある。これらはどれも、良く老いるために欠かせない重要な要素だ。

●いろいろな運動をとり合わせたほうが、効果は高い。数千人のアメリカ人を対象にしたある調査からは、たとえばウォーキングと自転車と筋力トレーニングなど、さまざまな分野の運動を行なう人ほど、テロメアは長いという結果が出ている。だから、筋トレも行うにこしたことはない。筋トレ自体には、テロメア伸長との顕著な関連性は認められていないが、骨密度を維持もしくは改善したり、筋肉量を増やしたり、平衡感覚や運動感覚を養ったりする効果がある。これらはどれも、良く老いるために欠かせない重要な要素だ。

  運動が細胞内部にもたらすメリット

●運動は細胞の内部にさまざまな良い変化をもたらす。運動は短期的なストレス反応を起こすが、それが引き金になって、大きな回復反応が起きるからだ。運動によって体の分子は損傷を受け、損傷した分子は炎症を引き起こす可能性がある。だが、運動を始めてまもなく、オートファジーという現象が起き、細胞はまるでパックマンのように、細胞内の損傷した分子を食べてしまう。これにより、炎症を防ぐことができる。同じ実験をさらに続け、損傷した分子の数がオートファジーで追いつかないほど多くなると、細胞は速やかに死滅する。これは「アポトーシス」と呼ばれ、炎症や残骸を残すことのないきれいな死に方だ。運動にはまた、エネルギーを生産するミトコンドリアの数や質を向上させる働きもある。このようにして運動は、酸化ストレスを減少させている。運動を終えて体が回復しようとしているとき、体内ではまだ細胞の残骸の掃除が続いている。それによって細胞は、運動をする前よりもっと健康に、もっと丈夫になる。

第8章 テロメアの疲労と睡眠

●テロメアには睡眠が必要だ。すべての大人において、十分な睡眠がテロメアの健康に重要であることがわかっている。慢性的な不眠とテロメア短縮には相関性があるが、その傾向が特に顕著なのは70歳以上の人々だ。

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

 睡眠の回復力

●ふつう、睡眠は活動とは考えられていない。だが、それはまちがいだ。じつは睡眠とは、人間の行うもっとも回復力の高い活動なのだ。体内の生物時計を調整し、食欲を正し、記憶を強めたり癒したり、気分をリフレッシュさせたりするには、睡眠という回復の時間が必要なのだ。

  テロメアにはどれくらいの睡眠時間が必要?

●7時間以上の睡眠をとることは、とりわけ高齢になったときには、テロメアの維持に関連してくる。 ~中略~ 一日に8時間か9時間眠らなければ元気になれない人は、無理に睡眠時間を7時間にする必要はまったくない。限界値を気にせずゆっくり睡眠をとろう。そして、「昼間に眠いのなら、もっと夜に睡眠が必要だ」というおおまかだが、個々の状況をふまえたアドバイスを覚えておこう。

睡眠の長さと質は重要だ。もう一つ、そこに加えたいのが、睡眠のリズムだ。就寝と目覚めの時間を規則正しくし、良いリズムを保つことは、細胞がテロメラーゼを調節するうえで非常に重要だ。ある調査で研究者が、マウスから「時計遺伝子」を取り去った。正常マウスは、朝はテロメラーゼの値が高く、夜には低くなるが、「時計遺伝子」を取り去ると、テロメラーゼの日々の変化にこうしたリズムはなくなり、テロメアは短くなった。同じ研究者は次にヒトに目を向け、勤務スタイル上、体内時計が大きく狂わされていそうな人々を被験者に選んだ。たとえば、救急医療室で夜のシフトを引き受けている医師らはやはり、テロメラーゼの自然な増減のリズムが失われていた。この調査は小規模ではあるが、睡眠と覚醒の正しいリズムがテロメラーゼの活性を保つうえで重要であることを、そしてテロメアを補充し続けるためにも大切であることを示している。

第9章 体重とテロメア:健康的なメタボリズム

 テロメアの短縮と炎症は、どのように糖尿病に影響するのか

●おなかに脂肪のついている人はなぜ、インスリン抵抗性が強く、糖尿病になりやすいのだろうか?貧弱な食生活、運動不足、ストレスはみな、腹部の脂肪や血糖値の高さに関連している。だが、腹部が肥満している人のテロメアは長年にわたって短縮する。それがインスリン抵抗性を悪化させている可能性はおおいにある。デンマークで338組の双子を対象に行われた研究によると、テロメア短縮は12年後のインスリン抵抗性の増加と相関性があった。テロメアが短い双子の一人はもう一人に比べて、インスリン抵抗性が概して高くなっていた。

次の実験からは、糖尿病が起きるメカニズムと、膵臓の中で起きている出来事をうかがい知ることができる。マリー・アーマニオスとその同僚がマウスで行った実験によれば、(遺伝的変異によって)体中のテロメアが短くなると、マウスの膵臓のβ細胞はインスリンを分泌できなくなる。すると膵臓の幹細胞も消耗する。テロメアが短くなり、ダメージを受けたβ細胞がこうして死ぬことで発症する可能性がある。もっと一般的な二型糖尿病の場合も、β細胞の一部が機能不全になっているケースがあり、それには膵臓のテロメアの短縮が何らかの関与をしている可能性がある。

●ほかの面では健康な人も、腹部に脂肪がついていると別の経路で糖尿病を発症することがある。その場合、糖尿病への誘導役を果たすのは、これまで何度も述べてきた慢性的炎症だ。腹部の脂肪、たとえば大腿の脂肪に比べて炎症を起こしやすい。脂肪細胞は炎症誘発物質を分泌し、それが免疫細胞にダメージを与え、免疫細胞を老化させ、テロメアを短くするのだ(老化細胞の特徴の一つは、自分が発した炎症誘発のサインを止められなることだ)。

第10章 食べ物とテロメア:細胞の健康のためには何を食べるべきか

 細胞の三つの敵

炎症、インスリン抵抗性、そして酸化ストレスの危険性については、これまでにさんざん述べた。これらはテロメアや細胞にとって有害な環境をつくりあげる。これらを、体内にひそむ三つの敵と名づけよう。あなたが口にする食べ物の中には、こうした悪漢に餌をやってしまうものがある。いっぽうで、悪漢と闘い、細胞の環境をテロメアの保持にいちばん適した状態にしてくれる食べ物も存在する。

 一番目の敵:炎症

●炎症とテロメアの短縮には、片方がもう片方を悪くするという破壊的な相互関係が存在する。これまで説明してきたように、細胞が老化してテロメアが短くなったり損傷したりすると(それに加えて、DNAの中に修復不可能なほかの損傷が起きたりすると)、そこからは炎症性のサインが発せられる。その結果、免疫系が自分自身に対して攻撃を加え、体中の組織がダメージを受けることになる。炎症はまた免疫細胞を分裂・増殖させる働きもあり、それによりテロメアの短縮はさらに進んでしまう。こうして悪循環がつくられる。

●炎症から身を守るための最善の方法の一つが、敵に餌をやるのをやめることだ。フライドポテトや精製された食品(白いパンや白米、パスタなど)やキャンディやソーダやジュースや大半の焼き菓子から吸収されたグルコースは、血液に急激に流入する。血糖値が上昇し、その結果、炎症を伝達するサイトカインが増加する。

アルコールもまた、炭水化物と同様の作用をする。アルコールの過剰摂取はC反応性タンパク質(CRP)を増やす働きもあるらしい。C反応性タンパクとは肝臓でつくられる物質で、体内で炎症が多発したときに増加する。アルコールはまた、DNAを損なう可能性のある化学物質(発がん性アセトアルデヒド)にも変質し、大量に摂取すればテロメアがダメージを受ける危険も生じる。少なくともラボで実験した細胞については、そうした結果が出ている。ヒトの場合は、そこまでの大量摂取が可能なのかはわからない。これまでにわかっているのは、慢性的な大量の飲酒がテロメアの短縮や、免疫老化のほかのサインと関連しているらしいということだ。だが、少量の飲酒とテロメアとのあいだには、一貫した関係は認められていない。たまにお酒を楽しむくらいなら何も問題ない。

ほかにも良い知らせがある。先ほどの、遺伝子操作によって慢性炎症を起こしたマウスを心配していた読者はどうぞ安心してほしい。抗炎症剤や抗酸化剤を与えることで、マウスのテロメアは機能を回復したのだ。テロメアはもとに戻り、老化した細胞の蓄積は止まった。おかげで細胞は分裂と再生を継続できるようになった。これが示唆しているのは、私たちがみな、自分のテロメアを炎症から守れる可能性があるということだ。もちろん薬を使わずにそれができれば、いちばん安全だし、いちばんスマートでもある。手始めに行なうべきなのは、甘みと香りのある植物性の食品は、選ぶのに困るほどたくさんある。赤や紫や青のベリー類、赤や紫のブドウ、リンゴ、ケール(ちりめんキャベツ)、ブロッコリ、黄タマネギ、瑞々しいトマト、グリーン・オニオン。どれもフラボノイドやカロテノイド、そして植物の色素のもとになっている多様な種類の化学物質を豊富に含んでいる。特に豊富なのはアントシアニンと、フラボノイドの一種であるフラボノールだ。これらは炎症性や酸化ストレスを低く抑えることに関連している。

その他の抗炎症性食品はたとえば、脂肪の多い魚やナッツ、亜麻の種子(亜麻仁)や亜麻仁油、そして葉物野菜などだ。これらの食品に共通するのは、オメガ3脂肪酸を豊富に含んでいることだ。炎症を抑え、テロメアの健康を保つために、体はオメガ3脂肪酸を必要としている。オメガ3にはまた、全身の細胞膜の形成を助け、細胞の構造を柔軟にし、安定させる働きがある。さらに、細胞はオメガ3脂肪酸を、炎症や血栓を調節するホルモンに変容させることもできる。動脈壁が硬くなるか・柔らかくなるかにもオメガ3が関与している。

オメガ3脂肪酸にかぎらず、栄養素が血中にどれだけ含まれるかは、食事から摂取したか、もしくはサプリメントから摂取したかどうかにはかならずしも直接的には関係しない。その数値には、あらゆる種類の複雑な、おおかたは不可知の要因が影響をおよぼしている。たとえば、それぞれの人がどれだけ栄養を吸収できるのか、吸収した栄養を細胞がどれだけ活用できるのか、どれだけ速くそれらを代謝し、失うか、などの要因だ(ダイエット食やサプリメントの宣伝文を読むときには、ぜひこうした情報を頭に入れておいてほしい)。一般的には、栄養は食べ物からとることを私たちはどんな人にも推奨しているが、どうしてもそれが難しいときは、サプリメントでもそこそこ代替にはなる。だが、まずはかかりつけの医師に相談してみよう。いちばん当たり障りがなさそうなサプリメントでさえ何かの副作用があったり、あなたがすでに使っている薬と飲みあわせが悪かったりする可能性はある。特定の健康状態にある人の場合、サプリメントの種類によっては服用できない場合もある。

テロメアの研究からは、オメガ3の摂取がきわめて重要だと示されているが、オメガ3とオメガ6のバランスにも目を配らなくてはならない。なぜなら、典型的な西洋型の食事にはオメガ3よりもオメガ6のほうが多く含まれる傾向があるからだ。両者のバランスをとるためには、ナッツや種子類など加工度の低い食品を食べるいっぽうで、揚げ物やパッケージされたクラッカー、クッキー、チップス、スナックなどの摂取を大きく減らすことが肝要だ。これらの食べ物には往々にしてオメガ6脂肪酸が大量に含まれるうえ、心血管系疾患のリスク要因である飽和脂肪酸も含まれているからだ。

 二番目の敵:酸化ストレス

●ヒトのテロメアは、TTAGGGというDNAの塩基配列の反復からできており、染色体の両端にこの配列が、通常は1000回以上繰り返されている。この貴重な連続体にダメージを与えるのが酸化ストレスだ。酸化ストレスは、細胞の中に大量のフリーラジカルがあるのに、抗酸化物質が足りないときに起こる危険な状況だ。フリーラジカルは、テロメアの塩基配列の中でも特に傷つきやすい「GGG」の部分を標的にする。GGGという列がフリーラジカルに壊されると、DNA鎖は切れ、テロメアの急速な短縮が始まる。そのようすはまるで、細胞の仇敵である酸化ストレスが「GGG」というごちそうを貪っているかのようだ。ラボでの細胞実験だと、酸化ストレスはテロメアに損傷を与えるだけでなく、テロメラーゼの活性をも減退させ、短くなったテロメアをテロメラーゼは復元できなくなってしまう。これは二重の打撃だ。だが、細胞をとりまく培地(ラボのフラスコの中で、細胞の生活を支えているリキッド・スープのようなもの)にビタミンCを加えると、テロメアはフリーラジカルから守られる。ビタミンCやその他の抗酸化物質(ビタミンEなど)は清掃動物のようにフリーラジカルを食べてくれるため、テロメアや細胞に害がおよばなくなるのだ。

 三番目の敵:インスリン抵抗性

●医者であるニッキは、毎日1リットルもマウンテンビューを飲むのが健康に良くないことはわかっている。だが、アメリカ人のおよそ半数と同じように、ニッキは何かしらのソーダ類を飲んでしまう。これらの人々は、インスリン抵抗性という第三の敵にストローを差し出しながら、こう言っているのも同然だ。「これをお飲みよ。そうすれば、望みどおりの巨大で恐ろしいやつになれるよ」

甘いソーダを、あるいは「液状のキャンディ」を飲み干したときに、体の中で何が起こるかを順に説明しよう。まず、ソーダを飲むとほぼ瞬時に、膵臓が多量のインスリンを分泌し、グルコース(砂糖の分解産物)が細胞に入り込むのに手を貸す。20分もすると血流の中にグルコースが蓄積し、高血糖の状態になる。今度は肝臓が、砂糖を脂肪に変える仕事を始め、およそ60分後、血糖値は下がる。するとあなたは「落ちた」気持ちをもう一度上げるため、さらに砂糖を口にしようと考え始める。これがあまりに頻繁に起こると、最後はインスリン抵抗性が強くなってしまう。ソーダは、新手のタバコのようなものなのだろうか?そう言っていいかもしれない。カルフォルニ大学サンフランシスコ校の栄養疫学者で私たちの共同研究者の一人でもあるシンディ・ルーンは、毎日20オンス(600㏄弱)の甘いジュースを飲む人は、テロメアの長さで換算すると4.6年分も生物学的には老化が進んでいることを発見した。これは驚いたことに、テロメアに対してタバコがおよぼすのとほぼ同規模の害だ。1日に8オンス(約240㏄)のジュースを飲んだ場合には、テロメアは2年間分、生物学的に老化していた。ジュースをよく飲む人は、そのほかに不健康な生活をしていて、それが結果に影響しているのではないかと、あなたはいぶかるかもしれない。そしてそれはたしかに大きな問題だ。この研究にはおよそ5000人の被験者が参加したが、私たちは交絡因子[調査対象とは別の要素]に対処するために最善を尽くした。食生活、喫煙習慣、BMI、腹囲(おなかの脂肪を計測するため)、収入、年齢など、テロメアと甘味飲料の相関性を打ち消す可能性のある材料を考えつくかぎり考慮した。それでも、両者の相関性は消えなかった。ジュース類とテロメアとの関係は、小さな子どもにも存在する。ジャネット・ウォイチツキーによれば、1週間に4本以上のジュースを飲んでいる三歳児には、テロメアの大幅な減少が認められたという。

●砂糖がテロメアに与える害を顕著にあらわしている。問題はその、「伝達プロセス」にある。繊維を含んでいないため、糖分はスピードを落とさず急速に体に回ってしまう。クッキーやキャンディやケーキやアイスクリームなど、デザートやおやつと考えられるものはほぼすべて、大量の砂糖を含んでいる。さらに、白いパンや白米やパスタなどの精製食品やフライドポテトは単純かつ迅速に吸収される炭水化物を多く含み、血糖値を大きく乱す危険性があるのだ。

●インスリンの急増は究極的にはインスリン抵抗性をもたらす危険がある。それを避けるためには、繊維を豊富に含む食品に注目することだ。全粒粉製のパンやパスタ、玄米、大麦、種子、野菜、果物などはみな、繊維をたくさん含んでいる(果物には単純糖質が含まれているが、繊維が含まれているのと、全体的な栄養上の価値ゆえ、健康的な食品といえる。繊維の部分を除いてしまった果物のジュースは、一般的に健康的な食品とはいえない)。これらの食品には食べごたえがあり、カロリーのとりすぎを防ぐ働きもある。おなかの脂肪を減らすのにも役立つ。おなかの脂肪は、インスリン抵抗性や代謝異常にも密に結びついている。

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

 健康的な食のパターン

  コーヒーと健康

●コーヒーが健康におよぼす作用は、数百もの研究で検証されてきた。朝の一杯をこよなく愛する人々は、どうぞ安心してほしい。結果はほぼ一貫して、「シロ」だ。いくつかのメタ分析からは、認知力低下や肝臓病やメラノーマ(黒色細胞腫)などの発病リスクがコーヒーで減るという結果も出ている。コーヒーとテロメア長の関連を調べた実験は今のところ一つしかないが、現在までの情報はおおむね前向きだ。実験では、慢性的な肝臓病患者40人を対象に、コーヒーが健康を改善するかどうかを検証した。被験者は、1日にカップ4杯のコーヒーを飲むグループと、飲まないグループ(対照群)とにランダムに分けられた。コーヒーを飲むグループの人々は1か月後、対照群と比べてテロメアが著しく長くなり、血中の酸化ストレスは低下していた。そのうえ、4000人以上の女性を対象にした調査によれば、カフェイン入りのコーヒーを飲んでいる女性にはテロメアの伸長が多く認められた(カフェイン抜きのコーヒーを飲んでいる女性には、そうした現象は認められなかった)。朝、薫り高いコーヒーを飲む理由がこれでまた一つ増えた。

第Ⅳ部 社会的環境は、あなたのテロメアを変える

第11章 テロメアを支える環境と人々

 化学物質、がん、長すぎるテロメア

●化学物質の中には、テロメアを長くする物質もある。聞こえは良いが、あまりに長いテロメアは、無制御な細胞増殖、いいかえれば、がんと関連がある場合もあることを忘れてはいけない。遺伝毒性をもつ化学物質が体内に入り込むと遺伝子変異が起こりやすくなり、がん細胞が生じやすくなる。そして、がん細胞は、テロメアが長ければ次々と分裂増殖を繰り返し、がん性腫瘍になりやすい。テロメアを長くするというサプリメントなどの製品が広く出回り、売買されていることが心配なのは、そのためだ。心配なのは、化学物質への暴露やテロメラーゼを活性化するサプリメントが細胞を損傷したり、体が経験したことのないほど激しく(あるいは不適切に)テロメラーゼを増加させたりテロメアを変化させたりする可能性だ。サプリメント等に頼らずとも、ストレス管理や運動、十分な栄養摂取や快眠などの健康的な習慣を実践すれば、テロメラーゼの働きはゆっくりと着実に、経年的に高まる。こうした自然なプロセスで、テロメアは守られ、維持される。場合によっては、ライフスタイルの変革によってテロメアがいくらか長くなることもある。そうしたやり方によるテロメアの伸長は、無制御な細胞増殖を引き起こさないはずだ。テロメアの伸長と相関性のある健康的な生活習慣が、ガンのリスクを高めるという研究結果は一例もない。ライフスタイルを変えることは、化学物質暴露やサプリメント摂取とはちがう安全な作用によってテロメアに影響をおよぼすのだ。

どんな化学物質が、テロメアの過度の伸長という不自然な作用を起こすのだろうか? ダイオキシンやフラン(さまざまな産業プロセスで放出される有害な副生成物で、動物性製品によく見られる)、ヒ素(飲料水やある種の食品に含まれる)、粒子状物質(PM)、ベンゼン(ガソリンなどの石油製品のみならず、タバコの煙を介しても暴露する)、ポリ塩化ビフェニル類(PCB。禁止化合物だが、今でも高脂肪の動物性製品に含まれている場合がある)への暴露はすべて、テロメアの長さと相関性がある。注目すべきは、これらの化学物質のいくつかが、がんのリスクにも関連があるとされてきたことだ。動物のがん発症率増加に関連する物質もあれば、細胞に大量注入すると発がんを促進する分子変化が起きた物質もある。これらの化学物質は、遺伝子変異やがん細胞が育つ絶好の下地をつくることもできるうえ、テロメラーゼを活性化したりテロメアを伸長したりもでき、がん細胞の増殖を促す危険が高い。テロメアはこのように人工的化学物質とがんをつなぐリンクなのではないかと推測される。以上、テロメアに有害な作用をする物質については表33を参照してほしい。

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

まとめ 相互のつながりに気づく:私たちの細胞の遺産

 テロメア・マニュフェスト

●あなたの細胞の健康は、あなたの心と体の、そしてコミュニティの幸福に反映される。次に紹介するのは、テロメアを維持するための基本戦略だ。より健康的な世界のためには、これが最重要だと私たちは信じている。

― テロメアを気づかう ―

+自分を悩ませ続けている強力なストレスがどこから来ているのか見直そう。変革は可能だろうか?

+脅威をチャレンジの材料としてとらえ直す。

+自分を思いやれるようにする。それができれば他人をも思いやれるようになる。

+回復に効果のある活動をする。

+思考の認識や気づきなどの練習をする。幸福への扉が開く。

― テロメアを保つ ―

+体を動かす。

+回復効果の高い睡眠を長時間とるために、入眠儀式を行う。

+代謝改善と食欲のコントロールのために、マインドフル・イーティングを実践する。

+ホールフードやオメガ3など、テロメアに良い食べ物を積極的に食べ、ベーコンなどは避ける。

― 他者とつながる ―

+他者とつながる時間をつくる。デジタル画面から離れて過ごす時間を毎日確保する。

+数は少なくとも親密な人間関係を築く

+子どもにきちんと関心を向け、適量の「良いストレス」を与える。

+コミュニティで社会的な資本を育てる。他者を助ける。

+緑を求める。自然の中で時間を過ごす。

+他者とのつながりは「マインドフル」な関心を向けることで生まれる。他者への関心は、相手への贈り物だ。

― コミュニティと世界全体において、テロメアの健康を増進させる ―

+妊婦健康管理をきちんと行う。

+暴力やトラウマなど、テロメアを損なうような事態から子どもを守る。

+不平等を減らす。

+地域から、そして世界から毒物を放逐する。

+万人が新鮮で健康的な食べ物を適正な価格で入手できるように、食糧政策を改善する。

私たちの社会の未来の健康は、今このときに形づくられている。そして私たちは未来の一部を、テロメアの長さによって測ることができる。

追記分子レベルの回復メカニズム、運動と鍼は同じか?

 

左は7章で既にご紹介させて頂いた内容です。

鍼灸師の私にとってはこの内容が1番の発見でした。

筋肉痛は運動によって筋線維が傷つくことによって起きるものとされています。一方、鍼の太さは0.16mm(1番鍼)、刺しても多くはほぼ無痛です。しかしながら、分子レベルで考えればたいへんな衝撃です。この、鍼によって生じる筋線維のダメージも、運動によって生じる筋線維のダメージも、その後のダメージを回復させるメカニズムは基本的に同じではないかと思われます。

つまり、鍼治療は運動と同じように、オートファジーやアポトーシスという重要な機能を呼び起こし、結果的に体内を掃除して、もっと健康に、もっと丈夫にしているものと思います。 

 

画像出展:「テロメア・エフェクト」

ただし、『運動にはまた、ミトコンドリアの数や質の向上の働きもある』という、もう一つの効果については鍼治療は当てはまらないと思います。

(左下の絵をクリック頂くと「WIRED」さまのサイトに移動します)

体内のミトコンドリアを増やして元気になるための3つの方法

1.身体に寒さを感じさせること

2.運動によってエネルギーを消費すること

3.カロリー制限をすること

1番、3番は食事(栄養)がキーワードだと思います。

太田成男先生:日本医科大学教授。1951年生まれ。日本ミトコンドリア学会理事を務めるミトコンドリア研究の第一人者。

 

がんと自然治癒力8

真柄俊一先生は、『まさに私が知りたかった「遺伝子の謎」について書かれている本でした。この本によって私がそれまでやってきた自分の治療法の正しさを理論的に確認することができたのです。』とお話されています。※参照「がんと自然治癒力1

読み始めたときは少し違和感がありましたが、それはすぐに消し去り、ブルース・リプトン先生のパワーと説得力に圧倒されました。

ブログでは文末にある著者紹介、目次に続き、タンパク質の構造、量子物理学と生物学、心の力、防衛システム、にかかわる項目を選び出し、各項目の内容を一部または全部書き出しました。

リプトン先生もご指摘されているように、量子物理学と東洋医学には重なる部分があるようです。「気とは何か」という最大のテーマを考える上でも、量子物理学に触れることは何かのヒントを得られるかもしれません。

また、“エピジェネティクス”については、「エピジェネティクス―新しい生命像をえがく(仲野徹著、岩波新書)」という本の中で、『エピジェネティクスは、文字通りには遺伝子以外の要因が表現型に与える影響を研究する分野ですが、実際はもっと狭義でDNAやそれに会合するヒストンタンパク質の化学修飾を解析するのが主たる対象です。 ~中略~ 20世紀末にゲノムが解読されましたが、同時にDNA配列だけでは生物の全貌は知りえないことも分かりました。広義のエピジェネティクスは、間違いなく21世紀の生命科学を代表する分野の一つです。』と説明されています。

 思考のすごい力」に出てくる“エピジェネティクス”も、後者の、広義のエピジェネティクスについて語られています。そして、キーワードはタンパク質環境からの信号」ではないかと思います。

出版:PHP研究所

初版:2009年2月

原書の初版は2005年3月でした。


〈著者紹介〉:ブルース・リプトン(Bruce Lipton, Ph.D.)

ブルース・リプトン博士は、科学と魂(スピリット)の橋渡しをする第一人者として、国際的に認められている。テレビやラジオ番組へのゲスト出演は数十回に及び、また、複数の国際会議で基調講演を行なっている。

リプトン博士は、細胞生物学者として科学の世界に入った。ヴァージニア大学で学位を授与されたのち、1973年にウィスコンシン大学医学部の解剖学科に所属した。細胞のふるまいをコントロールする分子的なメカニズムに焦点を合わせ、筋ジストロフィーやヒト幹細胞クローンについて研究した。同僚のエド・シュルツ博士と共に開発した実験的な組織移植のテクニックは『サイエンス』誌に掲載され、のちに、ヒトの遺伝子工学の新方式として利用されるようになった。

1982年から量子力学の原理の吟味にとりかかり、細胞の情報処理システムに関する知識とその原理を統合するにはどうしたらよいのかを考察し始めた。そして、細胞膜について画期的な研究をなし遂げ、細胞の最外層をなす細胞膜がコンピュータのチップと同じ役割をすること、つまり、細胞膜が細胞の脳に当たることを示した。1987年から1992年までスタンフォード大学医学部で研究を行ない、細胞膜を介する作用により、環境が細胞のふるまいや生理的状態をコントロールし、遺伝子のスイッチを切り替えることを示した。生命が遺伝子によりコントロールされるという確立した科学的な見解に対抗するこの発見は、今日では科学において最重要分野の一つであるエピジェネティクスの先触れとなった。リプトン博士の研究結果をまとめた論文のうち主要な二本は、心と身体をつなぐ分子レベルの経路を明らかにするものだ。その後、他の研究者が発表した多くの論文により、博士の考えが正しいことが証明されている。

科学への新たな取り組み方は、リプトン博士の私生活も一変させた。細胞生物学の理解が深まることにより、心が身体の機能をコントロールするメカニズムの重要性を認識し、また不滅の魂(スピリット)の存在を暗に感じるようになった博士は、科学的研究で得た理解を生物としての自らの身体に適用した。その結果、健康状態が改善され、日常生活の質も大きく向上した。

リプトン博士は大学医学部で一般向けに表彰ものの講義を行なっている。また、現在、基調講演やワークショップの発表者としてひっぱりだこである。従来の医学や代替医学の専門家に向けて講義をし、また、一般聴衆向けには最先端科学を説明し、それが心身医学や霊的(スピリチュアル)な原理とぴったりと調和することを説いている。何百人もの聴衆から、博士の説明する原理を適用して身体的にも精神的にも健康状態が改善したという報告がなされている。リプトン博士は“新しい生物学”の主要な代弁者の一人と見なされている。 

 

画像出展:「Bruce Lipton

以下は目次になります。青字が取り上げた項目です。

イントロダクション 天国の島で生命の真実に目覚める

 「生命の秘密」を探究する研究者として

 細胞は独立した生き物

 信念が人生をコントロールする

 魂と科学を統合する「新しい生物学」

第一章 細胞は知性を持っている

 落ちこぼれ医学生たちとの出会い

 細胞は学習し、記憶する

 賢くなるために共同体をつくる細胞

 進化の方向を決めるのは環境

 限界はない。自分で“限界があると考えて”いるだけだ。

第二章 環境が遺伝子のふるまいを変える

 遺伝子は生物を「コントロール」しない

 人間の身体は“タンパク質の機械”

 タンパク質は歯車のように組み合わさって働く

 「DNAボス仮説」はなぜ生まれたか

 マウスと人間の遺伝子の数はほぼ同じ

 核は細胞の生殖腺

 遺伝子をコントロールするタンパク質

 細胞は環境に合わせて形を変える

第三章 細胞膜こそ細胞の脳である

 原核細胞はどこにあるのか

 細胞膜の構造と機能

 「内在性膜タンパク質」が遺伝子のスイッチ

 神経の役割を果たす細胞膜

 細胞膜は“コンピュータ・チップ”と同じ

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

 量子物理学と縁なく過ごしてきたわたし

 ニュートン力学では超常現象を解明できない

 物質はエネルギーでできている

 人間の生体内システムは重複的

 製薬会社の駒となっている医師たち

 電磁エネルギーが生体調整に深い影響を与える

 代替医療の研究が進まないわけ

 エネルギー波を治療に活用する

第五章 心が持っているすばらしい力

 不治の病が治った!

 否定的な考えを排除、肯定的に考える

 脳は体全体の細胞をコントロールする

 意識を正しく用いれば、病身を健康にできる

 心は身体に優先する

 プラシーボ(偽薬)に治療効果があるのはなぜか

 心は薬より力がある

第六章 恐怖を捨てよう。満ち足りた人生を創るために

 「成長・増殖」と「防衛」反応は同時に働かない

 身体を守るための二つの防衛システム

 大病のほとんどは慢性ストレスが原因

第七章 親は子どもの遺伝子が最高の可能性を発揮できる環境を整えよう

 「親の役目は重大」を最先端科学が証明

 潜在意識が持つ驚くべきパワー

 子どもは親が教える知恵を潜在意識のメモリーにダウンロードする

 意識(手動操縦)と潜在意識(自動操縦)は名コンビ

 潜在意識を変更するのは難しい

 知能指数決定に遺伝子が関係するのは34%

 胎児を意識的に育てて可能性を広げてやろう

 愛は生命の水

エピローグ 愛情深きものが生き残る世界へ

 科学と魂の世界がつなぐ細胞生物学者として

 地球は一つの生命体

 わたしたちは宇宙/神の一部の現れ

 人間は魂が形をとったもの

 いまは次の進化のサイクルに向う準備期

 人間は愛を必要とする存在

イントロダクション 天国の島で生命の真実に目覚める

細胞は独立した生き物

●「セントラル・ドグマ」は遺伝子をコントロールしているという科学的な仮定だが、一つ、大きな欠陥がある。遺伝子は自らのスイッチのオン・オフはできないのだ。専門用語を用いて言うならば、遺伝子は「自己創発」ができないのである。環境の中の何かが引き金にならなければ、遺伝子は活性化しない。

科学の先端では、当時すでにこれは事実として確立されていたが、保守的な科学者たちは遺伝子を中心とするドグマを信じ込むあまり、それが見えず、ひたすら無視していたのだった。セントラル・ドグマをあけすけに批判するものだから、わたしは科学界の異端者のような存在になった。破門志願者であるだけではなく、火あぶりの刑にも値するものだった。

スタンフォード大学で就職面接を受けた際に行なった講義で、気がついてみると、集まった教授連中(多くは国際的に認められた遺伝学者だった)に対して、「反証事実があるにもかかわらずセントラル・ドグマに執着するとは、宗教的原理主義者と変わるところはない」といって糾弾していた。

この冒瀆的な内容を耳にして、講義室には憤怒の叫び声がわき起こり、これで職はもうないなと思った。ところが、新しい生物学のメカニズムに関するわたしの洞察が刺激的だったためか、ポストを得られることになった。スタンフォード大学の傑出した研究者たち、とくに病理学科長のクラウス・ベンシュが支持してくださり、わたしのアイデアを人間のクローン細胞を用いた研究に応用し、さらに追及するように励まされた。

第一章 細胞は知性を持っている

細胞は学習し、記憶する

細胞たちは、積極的に生存に適した環境を探し求めながら、一方では毒のある有害な環境を避けようとする。これを同時にやってのける。単一の細胞も人間と同じように、周りの微細な環境から幾千もの刺激を受け、データを分析し、適切な行動をとり、生き延びる。

単一の細胞は、環境を通じた経験によって学習し、細胞記憶を保持することもできるが、これは細胞分裂によって次世代の細胞に受け継ぐことも可能だ。

たとえば、麻疹(はしか)ウィルスが子どもの体内に侵入した場合のことを考えてみよう。ウィルスに対抗して身体を守るには、タンパク質の一種である抗体をつくる必要がある。このため免疫細胞が呼び集められるが、この細胞たちは未分化だ。麻疹に対する抗体を製造するのには、設計図になる新しい遺伝子をつくりださなくてはならない。

麻疹抗体の遺伝子をつくりだす最初のステップは、未分化な免疫細胞内で起こる。未分化な細胞には、抗体に関係する多数のDNA断片があり、それぞれ異なる形のタンパク質に充当している。一つひとつの免疫細胞の中で、この断片がランダムに組み換えられ、組合されて再構成される。その結果、個々の細胞は特有の抗体遺伝子を一つ有することになるが、免疫細胞全体としては、膨大な種類の抗体遺伝子をもつことになる。

遺伝子をもとにして個々の細胞が生産する抗体は、それぞれ形態が異なる。未熟な免疫細胞がつくりだした抗体が、侵入してきた麻疹ウィルスと“ほとんど”相補的なものであれば、その細胞が活性化される。

活性化された細胞は驚くべきメカニズムを発動する。「親和性成熟」というプロセスを経て、免疫細胞は抗体タンパク質の形を“微調整”し、侵入者である麻疹ウィルスとぴったり結合できる抗体をつくりだせるようになる[Li, et al,2003; Adams, et al, 2003]。

活性化された免疫細胞は増殖を始め、抗体遺伝子のコピーが何百個とつくられるが、その過程で「体細胞超突然変異」が起き、できたコピーはもとの遺伝子と少しずつ異なるようになり、それぞれの遺伝子をもとに、少しずつ形の異なる抗体が多種類できる。その中からいちばんぴったりくる抗体をつくる遺伝子が選択され、この遺伝子がさらに体細胞超突然変異を起こし―という過程が何度も起こり、麻疹ウィルスに完璧に合う抗体が形成されるようになる[Wu, et al, 2003; Blanden and Steele 1998; Diaz and Casali 2002; Gearhart 2002]。

こうやって練り上げられた抗体がひとたびウィルスに結合したなら、侵入者は無力化され、破壊される。かくして、子どもは麻疹でつらい目に合わなくてもすむ。細胞はこの抗体を遺伝的に“記憶”しているので、将来再び麻疹ウィルスが侵入するようなことになれば、細胞は即座に反応して免疫系を発動し、身体を守ってくれる。

新しい抗体の遺伝子は、細胞が分裂すればそのたびに子孫に受け渡される。つまりこの過程で、細胞は麻疹ウィルスについて“学習”し“記憶”し、娘細胞に伝えられ、細胞分裂によってその記憶も増殖していく。これはもう遺伝子操作だと言ってもよいだろう。

この妙技は、細胞が長年進化させてきた「知性」のメカニズムを備えている事実を示している。これはたいへん大事なことだ[Steel, et al, 1998]。

賢くなるために共同体をつくる細胞

●化石の記録によれば、地球ができてから6億年後にはそういった生物が出現していたが、その後、27億5000万年間、地球には単細胞の生物、バクテリアや藻類、アメーバなどの原生動物しかいなかった。約7億5000万年前、こういった賢い細胞たちは、さらに賢くなる方法を見つけだした。多細胞生物(植物や動物)が誕生したのだ。

最初のうちは、多細胞といいてもゆるく結びついた共同体、いわば単細胞生物の「コロニー」のようなものだった。数十個から数百個ほどの集まりだったのだが、共同体をつくって生活するのは進化の上で有利だったので、すぐに数百万、数十億、何兆個もの細胞が集まって社会的な相互作用を行いながら生活するようになった。

個々の細胞は顕微鏡的なスケールだが、多細胞の共同体の大きさは、肉眼でやっと見えるものからモノリスのように巨大なものまで、さまざまだ。生物学者はこの組織化された共同体を人間の視点から見た構造をもとに分類する。

細胞の共同体を肉眼で見れば、たとえばマウスやイヌ、人間などといったふうにひとつの実態に見える。しかし、実際は、何百万個、何億個という細胞が高度に組織化された結社のようなものだ。

~中略~ 

高密度で生存していくために、細胞たちは環境を構造化していった。そういった高性能の共同体では、必要な仕事が分担される。大きな集団では組織内の関係は常に変化するが、変化に後れを取ることなく正確かつ効率的な分担が行なわれる。

個々の細胞が特殊化した仕事をするほうが共同体にとっては効率的だ。動物や植物では、胚が発生していく際、細胞は特殊化した機能を身につけていく。組織学的に分化が起こって細胞の集団ができ、身体のなかでそれぞれ特有の組織や器官をつくりあげていく。

進化の過程での「分化」というやり方、つまり共同体のメンバー間で仕事を分担するという方法が、共同体を構成する細胞一つひとつの遺伝子に埋め込まれていった。それが生命体が生きていく上で必要な効率性や能力を向上させたのだ。

大きな生命体では、たとえば環境からの刺激を読みとって反応するのに関係する細胞は、全体のほんの一部だけだが、これらは神経系の組織や器官を構成し、特殊化する作業を行っている。

つまり、神経系の役割は、環境状態を感知して、膨大な数の細胞からなる共同体全体の細胞の行動を統率することだ。共同体内で労働を分担するのは、生存する上で他にも有利な点がある。効率がよいので、より少ない資源でより多くの細胞が生活できるのだ。

※モノリス:建築や彫刻で使う大きな石や岩(動植物のことではないか)

第二章 環境が遺伝子のふるまいを変える

遺伝子は生物を「コントロール」しない

1967年、大学院で幹細胞クローン作製法を初めて教えられたとき、以後、決して忘れられないある知恵を授けられた。一見単純なこの知恵は、後年、わたしの仕事や人生にとってたいへん深い意味をもつようになる。だが、当時はそれには気がつかず、その深さを理解できたのは何十年も経ってからだった。

クローン作製を指導してくださったのはアーヴ・コーニグズバーグ教授。熟練した科学者で、幹細胞クローン作製をごく初期にマスターした細胞生物学者の一人だ。教授は、「もしも、培養中の細胞の調子が悪かったら、原因は細胞そのものではなく、その置かれた環境に求めるべきだ」と教えてくださった。

~中略~ 

言われた当座はぴんとこなかったが、このフレーズが生命の本質を理解する上で大事な洞察を与えてくれるものだと、次第にわかってきた。この知恵には一度ならず助けてもらった。よい環境においた細胞は元気だったし、環境が悪ければ勢いがなくなった。環境を整えてやれば、「病んでいる」ように見えた細胞も活力をとりもどした。

ところが、ほとんどの細胞生物学者は、組織培養技術に関するこの知恵をまったく知らずにいた。それどころか、ワトソン&クリックの発見に続いてDNAの遺伝暗号が明らかになってからというもの、科学者たちは、環境影響について考慮するのをやめてしまう。環境は軽視されがちなのだ。

あのチャールズ・ダーウィンでさえも、晩年になってから、進化論が環境の役割について正しく評価していなかった、と認めている。1876年、モリッツ・ワグナーに宛てた手紙にはこう書かれている。

「思うに、わたしの犯した誤謬の最たるものは、食物や気候など、環境の直接的な作用については十分に重要性を認めず、自然選択と関連性を持たないものとしてしまったところでしょう。……【種の起源】を書いたころは、その後しばらくの間もそうでしたが、環境の直接的な作用について証拠となるような事実を、ほとんど見つけられませんでした。ところがいまや証拠は山のようにあるのです」[Darwin, F 1888]。

しかし不幸なことに、ダーウィンがラマルクの「思想」に回帰したのを見て、ダーウィンの信望者たちは、彼も年老いたのだろう、頭が混乱してきたようだ、としか思わなかった。師がその考えを改めたのに、ダーウィン信望者たちはダーウィン自身よりももっとダーウィン流であろうとしたのだ! 

フランスの生物学者 ジャン・バティスト・ラマルク(1744年-1829年)

ダーウィンの理論は、二十世紀になって発達した分子遺伝学も組み込んで、「新ダーウィン説」として現代化された。エルンスト・マイヤーは率先して新ダーウィン説の構築を進めた生物学者だが、そのマイヤーでさえ、ラマルクを先駆者として認めている。1970年に出された名著進化と生命の多様性(Evolution and the Diversity of Life’ 未邦訳)で、エルンスト・マイヤーはこう書いている。「ラマルクは『進化論の創設者』として捉えたほうが良いと思われる。実際、フランスの歴史家の中にはそう認めている人も一人ならずいる。……ラマルクは著作の一冊をほぼ全部費やして、生物が進化してきたという理論を提唱しているが、そういう試みをしたのは彼が初めてである。彼こそが、動物全体を、進化の結果生まれてきたものとして示した、最初の人物なのである」[Mayr 1976, page 227]

現代社会で苦しめている糖尿病や心臓病、ガンなど、健康でしあわせな生活を断ち切ってしまう病はさまざまであるが、いずれも単一の遺伝子によって引き起こされるものではない。多数の遺伝子や種々の環境要因が相互に関係しあった結果、発症するのだ。

でも、新聞には、いろいろな病気の遺伝子が発見されたなんて大見出しがよく出ているじゃないか、と思う方もおられるだろう。だが、派手な見出しを鵜呑みにするのは禁物だ。記事をよく読めば、真実はもっと地味だとわかる。科学者たちは、数多くの遺伝子を数多くの病気や人間の数多くの性質と関係づけているだけだ。たった一つの遺伝子が、ある病気を引き起こすという事例が見つかるのは、たいへん稀なことなのだ。人間の疾患に関していえば、遺伝子の異常だけで発症するものは、人間がかかる病気全体のなかで、わずかに2%ほどしかない[Strohman 2003]。

メディアの報道では「関係する」と「引き起こす」という語を正確に用いていないことが多く、これがまた混乱を助長している。何かが、ある病気に関係するからといって、それが必ずしもその病気を引き起こす原因になるわけではない。

「引き起こす」というのはつまり命令を出し、コントロールするということだ。たとえば、いまわたしがキーを取り出して、「このキーが車をコントロールする」と言ったとしよう。そのキーがなければイグニッションをオンにできないのだから、「コントロール」といっても筋は通るかもしれない。だが、実際問題として、キーが車を「コントロール」するのだろうか? もしそうだとしたら、うっかり差しっぱなしにしたが最後、ちょっと目を離したすきに、キーが勝手に車をひとっ走りさせてしまう、なんてことになる。実際は、キーは車のコントロールに「関係する」だけであり、車をコントロールするのはキーを差し込んで回す人間だ。

これと同じように、遺伝子の中には生物の行動や性質に関係しているものがあるが、こういった遺伝子はほかの何かがスイッチを入れて、初めて働き始めるのだ。

では、いったい何が遺伝子のスイッチを入れるのだろう? 解答は、1990年にナイハウトが発表した「発生における遺伝子の隠喩と役割」という論文に説き明かされている[Nijhout 1990]。彼によれば、遺伝子が生物をコントロールしているという考え方は、真実ではなく仮説にすぎない。ところがこの考えが長きにわたって繰り返し唱えられてきたために、科学者たちはこれが単なる仮説だということを失念しまったのだ。この仮定はいまだかつて証明されていないどころか、近年この仮定を揺るがす研究成果が発表されているのだ。

ナイハウトは、遺伝子によるコントロールは現代社会という言葉の隠喩になっている、と論じている。つまり遺伝子工学技術を用いれば、数々の病気は魔法のように治療でき、さらには何人ものアインシュタインやモーツアルトをつくりだすのも自由自在である。わたしたちはそのように信じたいのだ。だが、隠喩は隠喩であって、科学的な真実とイコールではない。

では何がいったい真実なのか。ナイハウトは簡潔に要約している。「ある遺伝子の産物が必要になったとしても、その遺伝子発現のスイッチを入れるのは環境からの信号である。遺伝子が自分自身でスイッチを入れる資質を持っているわけではない」。つまり、遺伝子のコントロールについては「環境こそが問題なのだ」というフレーズがぴったりとあてはまる。

人間の身体は“タンパク質の機械”

●有機化学が明らかにしたところによれば、細胞を構成しているのは四種類の高分子―多糖類、脂質、核酸(DNAとRNA)、そしてタンパク質―だ。どれも細胞にとってなくてはならないものだが、なかでもタンパク質は生命体にとってきわめて大事な要素だ。わたしたちの細胞は、タンパク質がブロックのように積み重なって形づくられていると言ってよい。

おまけに、わたしたちの身体はどんな機械よりもずっと複雑だ。たとえば身体の中では、10万種類以上のタンパク質が働いている。これは一つとってみても、単純に機械だと言ってすますわけにはいかないのがわかるだろう。

さらに細胞内では10万個以上のタンパク質が働いている。では、このタンパク質はどんな構造をしているのか調べてみよう。それぞれのタンパク質は、アミノ酸が数珠つなぎになってできている。 ~中略~ 

アミノ酸がつながってできたタンパク質は、かなり融通がきくということにも注意していただきたい。おもちゃのネックレスは、きつく折り曲げると外れてしまうが、アミノ酸のつながりはそう簡単には外れない。たとえていうならヘビの背骨のようなものだ。ヘビの脊椎は、同じようなかたちをしたたくさんのパーツ(椎骨)がつながってできている。だからヘビは、まっすぐな状態から丸まったボール状まで、さまざまな形をとることができる。

タンパク質を構成するアミノ酸どうしはペプチド結合でつながっていて、ヘビの背骨と同じように、さまざまな形をとることができる。タンパク質の「背骨」にあたるのはアミノ酸の連なりで、アミノ酸は結合部で回転したり湾曲したりする。のたくったりくねったりする様は、まさにナノ(100万分の1ミリメートル)スケールのヘビと言ってもよいだろう。

タンパク質の背骨がどのような曲線を描くかは、二つの主な要因によって決定される(つまりこれらがタンパク質の形を決定することになる)。一つはアミノ酸の配列パターン。ポップビーズのように結合するアミノ酸は、種類によって形が異なるので、アミノ酸配列が異なれば、背骨の曲がり方も異なってくる。

もう一つは結合したアミノ酸どうしの電荷による相互作用。ほとんどのアミノ酸は正あるいは負の電荷を持っているが、これが磁石のように作用する。正と正、負と負の電荷は反発し合うが、正と負の電荷は引きつけ合う。

先に説明したように、アミノ酸どうしの結合部は回転したり曲がったりすることができるので、それぞれのアミノ酸がもつ正負の電荷にしたがって結合部が形を変え、その結果、タンパク質の背骨は自ずと特有の形をとることになる。

タンパク質の中には、多数のアミノ酸が結合してかなり長くなっているものもある。長い分子は「シャロペン」と呼ばれるタンパク質分子に助けてもらわないと、うまく折りたたみができない。正しく折りたたまれなければ、背骨に障害がある人と同じように、うまく機能できない。だがよくしたもので、異常な形のタンパク質は細胞内で分解される。背骨となるアミノ酸の鎖はばらばらにされ、また別のタンパク質を合成する材料として使い回される。

タンパク質は歯車のように組み合わさって働く

生命の本質を理解しようとするなら、まずは、タンパク質という一種の“機械”がどうやって動くのかを理解しなければならない。

タンパク質分子は最終的に、ある立体構造をとる(これは「コンフォメーション」と呼ぶ)。このとき、“背骨”を構成するアミノ酸の電荷や磁場は安定した状態になっている。もしタンパク質内の電荷が変化すると、新しい電荷に合わせて、タンパク質の“背骨”は自ずと大きく曲がって変形し、再び安定状態になる。

たとえば、“背骨”を構成するアミノ酸にホルモンなど他の分子が結合したり、酵素の働きで電荷をもつイオンが付加されたり、あるいは奪われたりすると、タンパク質分子内の電荷の状態は変化する。また、携帯電話など、外部から電磁場への干渉があった場合などにも電荷の状態には変化がみられる[Tsong 1989]。

このように、タンパク質は形を変えることができ、見事な工学的特徴をもつことになる。タンパク質にはそれぞれ特有の立体構造があり、立体的にぴったりと合う分子どうしは結合することが可能だ。

形態的かつエネルギー的に相補的な分子とタンパク質が出合うと、あたかも精密な歯車どうしが噛み合うように、両者はがっちりと結合する。 

 

画像出展:「思考のすごい力」

上の図をよく見ていただきたい。図には5個のタンパク質分子を示した。それぞれが異なる形をしている。これらはいずれも、実際に細胞内で働いている分子“歯車”だ。これらの生体「歯車」のエッジは、人工的な歯車ほどシャープではない。だが、それぞれ特有の立体構造をもっているので、形が合う分子があれば、がっちり結合しそうだと想像できる。 

左の三つの図では、ねじ巻き時計の部品を使って、細胞内の歯車が動く様子を示す。一番上の図は時計の歯車、バネ、軸受けなど、金属製の機械の部品だ。歯車Aの回転が歯車Bに伝わり、さらに歯車Cが回転する。

中段の図では、人工的な機械の歯車の上に、エッジのソフトな生体分子を重ねてみた(何百万倍にも拡大し、時計のサイズに合わせてある)。これで、タンパク質が時計のメカニズムと同じような働きをすることがわかりやすくなると思う。この「金属・タンパク質の機械」モデルで、たとえばタンパク質1の回転によりタンパク質2が回り、その結果タンパク質3が動く、といったように連動していると想像していただけるだろうか。

細胞内には、このようにタンパク質分子がいくつも組み合わさった装置が、何千個も入っている(訳註:この図に示されたタンパク質1、2、3は別々の働きに関わるタンパク質で、この三つが実際に連動して働くわけではない。また、タンパク質分子の中には回転するものもあるが、回転しないものも多い。あくまで、タンパク質分子が機械の部品のように連動して働くイメージをつかむための図である)。

細胞質中のタンパク質は、グループをつくって互いに協力し、特有の生理的機能を果たしているが、これを「パスウェイ」という。たとえば、呼吸に関するパスウェイ、消化に関するパスウェイ、筋収縮に関するパスウェイなどがある。

細胞内でエネルギーを生産しているのはクレブス回路(訳註:クエン酸回路、TCA回路ともいう)というパスウェイだ。多数のタンパク質分子が関係するきわめて複雑な化学反応系で、全部を記憶するのはひと仕事であり、多くの学生たちが泣かされている。

タンパク質が機械の部品のように組み合わさって働く、ということを見いだしたとき、細胞生物学者たちがどれほど興奮したことか! 細胞は、タンパク質を部品とする機械を利用して、それぞれの代謝機能や行動機能を行っている。細胞の中ではタンパク質分子が常に立体構造を変化(変化は1秒間に何千回も起こる)させているが、この構造変化こそが、生命を推進する動きなのだ。

「DNAボス仮説」はなぜ生まれたか

●前項では、DNAについて全然触れなかったが、それは、タンパク質は電荷の変化に応じて行動を開始するので、それにDNAは関与していないからだ。だが、遺伝子が生物学的現象を「コントロール」しているという考え方は一般的に広まっているし、よく引き合いにも出される。この考え方はいったいどうやって生じたのだろうか?

【種の起源】の中で、ダーウィンは「遺伝的な(hereditary)」因子が世代から世代へと引き継がれることにより、生まれてくる子どもの形質がコントロールされるのではないか、と示唆している。ダーウィンの影響はとてつもなく大きなものだったので、科学者たちは近視眼的に遺伝物質の探求に走ってしまい、遺伝物質こそが生命をコントロールする、と信じてしまったのだ(訳註:ダーウィンの時代には、遺伝のメカニズムについてはまだほとんどわかっていなかった。【種の起源】が出版されてから数年後、メンデルが「遺伝の法則」を発表したが、この法則は1900年に再発見されるまで、生物学界からほとんど無視されていた)。

1910年、顕微鏡を用いた詳細な研究の結果、染色体の中に、世代から世代へと受け渡される遺伝情報が含まれていることが明らかになった。染色体は、細胞が分裂して二つの「娘(ジョウ)」細胞になる前に、細胞内にはっきり現れてくる糸状の構造物だが、細胞分裂によってそれぞれの娘細胞に分配され、最も大きな細胞小器官である核内に収められる。

科学者たちは細胞から核をとりだし、染色体を分析してみた。その結果、遺伝に関するこの構造物は、タンパク質とDNAという二種類の物質だけで構成されていることがわかった。まだ詳細は不明だったが、タンパク質という生命の機械は染色体に含まれる分子の構造や機能に深く関係しているらしい、と判明したのだ。

染色体の機能に関する理解が一歩進んだのは、1944年のことだった。この年、遺伝情報を有しているのはDNAだと証明されたのだ[Avery, et al, 1944; Lederberg 1994]。そして、あざやかな実験により、DNAが選び出された。

まず、ある種のバクテリアから核を抽出する。このバクテリアを仮にタイプAと呼ぼう。次に、タイプAからDNAだけを取り出して、タイプBの培地に加える。やがて、タイプBのバクテリアは、タイプAだけにしかなかった性質を示すようになる。

こうして、DNAさえあれば遺伝形質が受け渡されるとわかって以来、DNA分子は科学界のスーパースターとなった。

さて続いてワトソンとクリックが登場して、スーパースターの構造と機能を明らかにする。DNA分子は長い糸状で、「塩基」と呼ばれる窒素化合物を含む(訳註:DNAの構成単位はヌクレオチドで、ヌクレオチドは塩基・デオキシリボース・リン酸が結合したもの)。塩基にはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)の四種類がある。

ワトソンとクリックの発見したDNAの構造からは、A、T、C、Gという塩基の配列がタンパク質の背骨となるアミノ酸の配列を指定していることが示唆され、それは後に証明された[Watson and Crick 1953]。DNA分子上にはいくつもの遺伝子が並んでいて、これがタンパク質の“背骨”の設計図になっている。ついに細胞内で働く機械であるタンパク質製造の暗号が解明されたのだ!

ワトソンとクリックは、DNAが遺伝分子としてどれほど完璧なのかも説明している。DNA1分子は2本の鎖からなる。これらが結合して、ゆるいらせん状になっている。有名な「二重らせん」構造だ。

これはすばらしくよくできたシステムで、それぞれの鎖の塩基配列は互いに鏡像的(訳註:相補的)な関係にある。DNAの2本の鎖がほどけると、それぞれの鎖の塩基配列に対して相補的な塩基をならべていけば、もとの鎖とまったく等しいDNAが2分子できあがる。2本の鎖の分離により、DNA分子は自己複製ができるのだ。この現象の観察により、DNAは自分自身の複製を「コントロール」している、つまり、DNAは自分自身の“ボス”だという仮説が生まれた。

DNAが自分自身の複製をコントロールし、さらに生物の身体をつくるタンパク質の設計図となっているという「示唆」をもとに、フランシス・クリックが導き出したのが「セントラル・ドグマ」、つまり「DNAが支配する」という信念だ。これは近代生物学の拠って立つ基盤であったといってよく、石に刻み込まれた、かの「十戒」のごとき存在と化していた。「DNAの優位性」とも呼ばれるこのドグマは、ほぼすべての科学の教科書に載っている。 


ドグマには、生命がどのように立ち現れてくるかが図式的に表してある。DNAが頂点に、そのつぎにRNAが置かれる。RNAはDNAのコピーだが寿命は短く、タンパク質の背骨となるアミノ酸配列を規定するテンプレートとして機能する。

DNAの優位性という図式は、遺伝子決定主義の論理的な根拠となった。生命体の性質はタンパク質の性質によって決まり、タンパク質はDNAが管理している、ということは、論理的に考えるなら、DNAが生物を特徴づける“第一原因”、言い換えれば一次決定因子だということになる。

セントラル・ドグマでは、情報の流れは一方通行であり、DNAからRNAへ、RNAからタンパク質へと伝わっていくと仮定する。この仮定は深いところで重大な影響をもっている。タンパク質は身体を構成する物質の代表なので、このドグマは、あなたの身体やあなたが人生で経験することは、情報の流れを逆にたどってDNAかに変化を与えることはできない、とほのめかしているわけだ。このドグマによれば、DNAがあなたの人生をコントロールするのであり、あなたは自分のDNAに影響を与えることはできないということになるではないか!

遺伝子をコントロールするタンパク質

●遺伝子を運命の女神と考える理論家たちは、あきらかに、徐核細胞に関して百年も前に得られていた研究成果を無視している。だが彼らも新しい研究成果は無視できなかった。その研究により、遺伝子決定主義という信念はくつがえされてしまった。

ヒトゲノム計画が科学のトップニュースとして報じられていたのと同じころ、“エピジェネティクス”という、新しくかつ革新的な生物学の分野がスタートしていた。「遺伝子を超えたコントロール」という意味のエピジェネティクスは、生命コントロールのメカニズムに対するわたしたちの理解を根本から変えるものだ[Pray 2004; Silverman 2004]。

エピジェネティクスがこの10年間に解明したところによれば、遺伝子として受け渡されるDNAの設計図は、誕生のときにはまだ確定していないらしい。遺伝子は運命の女神などではないのだ! 環境による影響、たとえば栄養分やストレスなどの感情が、基本的な設計図に手を加えることはないにしても、遺伝子を変化させることがある。さらにそういった変化は、DNAの設計図が二重らせんによって次世代に受け渡されるのと同様に、確実に世代を超えて受け渡されていくという[Reik and Walter 2001; Surani 2001]。

エピジェネティクス分野での発見が、遺伝学分野での発見に後れをとっているのは確かだ。なぜだろう?

1940年代後半以来、生物学者たちは細胞の核からDNAだけを取ってきて、遺伝のメカニズムを研究してきた。DNAを手に入れるには、まず細胞から核を採取し、さらに核膜を破壊して内部の染色体を取り出す。染色体の半分はDNAだが、残り半分はDNAの働きを制御するタンパク質だ(訳註:DNAに結合して染色体を構成する、ヒストンなどのタンパク質を染色体タンパク質という)。

DNAを研究したいと逸(ハヤ)るあまりに、ほとんどの科学者はこのタンパク質を捨ててしまっていた。今にして思えば、風呂の水といっしょに赤ん坊を流してしまうようなふるまいである。

流され、捨てられた赤ん坊をすくい上げたのが、エピジェネティクスの研究者たちだ。彼らは染色体を構成するタンパク質を研究し、それらがDNAと同じくらい遺伝において重要な役割を果たしていることを見いだした。

染色体では、DNAがいわば芯となっていて、タンパク質はそれにカバーとしてかぶさっている。カバーがかかったままでは、遺伝子の情報を読みとることができない。たとえばあなたの腕がDNAで、青い眼をつくる遺伝子の役割をもつとしてみよう。核内では、染色体タンパク質がこのDNA領域に結合してカバーしている。シャツの袖がおろしてあったら、腕に書いてある情報が読みとれないのと同じことだ。

では、どうすればこのカバーを取りはずせるだろうか? 環境から、ある信号がやってくれば、「カバー」タンパク質は形を変えてDNAの二重らせんからはずれ、遺伝子が読みとれるようになる。DNAのカバーがはずれて露出すれば、その遺伝子部分のコピーがつくられる。結局、遺伝子の活動はカバーとなるタンパク質が存在するかしないかによって「コントロール」され、タンパク質の存在は環境からの信号によってコントロールされる。 

エピジェネティックなコントロールというのは、つまるところ、環境からの信号がどうやって遺伝子の活動をコントロールしているのか、ということだ。

前に述べたDNAの優位性という図式は、もはや時代遅れだということは明らかだろう。新たに「環境の優位性」という言葉のもとに、情報の流れを図式化し直さなくてはならない。


生物体における情報の流れを表した新しい図式はより洗練されたもので、環境からの信号がトップに来ている。その次に調節タンパク質、あとはDNA、RNA、そして最後にタンパク質が置かれる。

エピジェネティクスが明らかにした点は他にもある。生物が世代から世代へ遺伝情報を受け渡すには二つのメカニズムがあるということだ。両方のメカニズムの存在が明らかになったことにより、人間の行動を引き起こす要因として、氏(遺伝子)と育ち(エピジェネティックなメカニズム)の両方を考慮すべきだとわかってきた。科学者たちがこの何十年もやってきたようにDNAの設計図を見るだけでは、環境の影響は正しく理解できない。[Dennis 2003; Chakravarti and Little 2003]。

細胞は環境に合わせて形を変える

●先に説明したような、環境からの影響を受けたチューニングは、世代から世代へと受け継がれることがわかっている。

2003年、デューク大学の研究者が画期的な成果を発表した。同年8月1日に発行された【モレキュラー・アンド・セルラー・バイオロジー(分子細胞生物学)】誌に掲載された論文で、マウスで、改善された環境が遺伝子の突然変異さえもくつがえすことが明らかにされたのだ。[Waterland and Jirtle 2003]。

この研究では、異常な「アグーチ」遺伝子をもつ雌マウスを妊娠させ、ダイエタリーサプリメントを与えてその影響を調査した。アグーチマウスは体色が黄色く、かつ極度に肥満する。そのため、心血管障害や糖尿病、ガンなどにかかりやすくなる。

 

画像出展:「思考のすごい力」

実験では、黄色で肥満したアグーチの母親マウスを二つのグループに分け、片方のグループだけに、メチル基を多く含むサプリメントを与えた。このサプリメントを用いたのは、メチル基をもつ化合物がエピジェネティクスにおける変化に関係する、との研究結果が数多く出ているからだ。遺伝子であるDNAにメチル基が結合すると、遺伝子の働きを制御する染色体タンパク質とDNA分子の結合のしかたが変化する。タンパク質が遺伝子にがっちり結合していると、カバーがとりはずせなくなり、遺伝子は読みとれない。すなわち、DNAのメチル化は遺伝子の活動を抑制したり、働きかたを変えたりする。

この研究に見出しをつけるなら「遺伝子には食事療法が切り札」というのが適当だろう。メチル基に富むサプリメントを与えられたマウスが産んだ子マウスは、母親と同じアグーチ遺伝子をもつにもかかわらず、体色は茶色で、サイズも標準だった。サプリメントを与えなかったマウスが産んだのは黄色い子マウスで、この子どもたちは茶色い子マウスよりも餌を食べる量が多かった。最終的に、黄色いほうは茶色いほうの二倍近くの体重になったが、茶色いほうの「偽アグーチ」たちはスリムなままだった。

衝撃的な写真はデューク大学が発表したものだ。二匹のマウスは遺伝的にまったく等しいのに、外見は著しく異なっている(訳註:実験用のマウスは、何代も交配を繰り返して純系になっているので、同じ系統のマウスなら、別個体でも遺伝子構成はまったく等しい。この実験ではアグーチ系統のマウスを用いており、複数の母親マウス及び父親マウスはすべて遺伝子構成が等しいので、生まれてくる子どもたちもすべて遺伝子構成が等しい)。

片方はスリムで茶色く、片方は肥満して黄色い。写真ではわからないが、肥満したほうのマウスは糖尿病を発症している。一方、遺伝的にはまったく同一の相方の方は健康だ。

エピジェネティックなメカニズムが、がんや心血管障害、糖尿病など、さまざまな疾病に関係しているとの研究も発表されている。実際、がんや心血管障害の患者のうち、遺伝子が直接的な原因になっているのはわずか5%にすぎない[Willett 2002; Silverman 2004]。乳がん遺伝子のBRCA1とBRCA2が発見されたとき、メディアは大騒ぎした。実は乳ガンの症例の95%は遺伝子と関係なく発症しているのだが、それについては詳しく報道されなかった。

大多数のがん患者の悪性腫瘍は、環境によってエピジェネティックな変化が引き起こされたために生じたもので、遺伝子の欠陥によるものではない[Kling 2003; Jones 2001; Seppa 2000; Baylin 1997]。最近、著名な科学者・内科医であるディーン・オーニッシュが発表したところによれば、前立腺がんの患者たちが、90日間、食事と生活様式を変えただけで、500個以上の遺伝子の活性が切り替わったという。その遺伝子の変化の多くは、腫瘍の形成に不可欠な生物学的過程を阻害するものだった[Ornish, et al 2008]。

~中略~

この章の冒頭で環境について述べたが、研究室で実験していたころ、わたしは環境の変化が細胞に与えるインパクトを何度も何度も目撃してきた。だが、その意味するところが腑に落ちたのは、研究職も最後のほうになってからだった。

当時わたしはスタンフォード大学にいて、血管の内皮細胞が環境によって構造も機能も変化するのを観察した。たとえば、炎症性物質を培地に加えると、内皮細胞はすばやく変化して、免疫系の掃除屋細胞であるマクロファージのような形態になる。

またガンマ線を照射してDNAを破壊したとき、細胞は変形してみせた。これには心底興奮させられた。この内皮細胞は「機能的に徐核」されていたにもかかわらず、炎症性物質に反応して完璧に変化し、生物的に異なる行動をとるようになった。これは核がちゃんと細胞内にある時とまったく同じ反応だった。この細胞たちは、遺伝子ももたないのに、何らかの「理にかなった」コントロールをしてみせたのだ[Lipton 1991; Butler, et al 2010]。

指導教官のコーニングズバーグ教授から、細胞の具合が悪いときはまず環境を疑ってかかれ、とアドバイスされてから20年後、とうとうわたしにもわかった。

DNAが生物をコントロールするのではない。核は細胞の脳ではない。

わたしたち誰もがそうであるように、細胞は生活している環境に合わせて形を変える。つまり「環境こそが問題」なのだ!

第四章 量子物理学が生物学・医学を変える日は近い

ニュートン力学では超常現象を解明できない

●搭乗を待っていて、ハッと気がついた。これから5時間もシートに縛りつけられるというのに、何も読み物がない。

搭乗ゲートは閉まろうとしていたが、列から離れてコンコースを降り、本屋へと向かった。選択肢は山のようにあるのに飛行機のドアが閉まって取り残される危険性もあり、パニックになりそうだった。どうしていいかわからなくなったとき、一冊の本が目にとまった。『量子の世界』。著者は物理学者ハインズ・R・パージェル[Pagels 1982]。ざっと見たところ、量子物理学の初心者向け解説書らしい。大学のとき以来、量子物理学恐怖症は根強かったので、すぐに棚に戻してもっと軽い読み物を探す。

頭の中でストップウォッチの秒針がレッドゾーンに突入した。ベストセラーだと自ら喧伝している本をつかんで、レジに走る。会計を待ちながらふと見ると、カウンターの後ろの棚に例のパージェルの本が一冊ある。会計はもうほとんど終わっていたし、時間切れになる寸前だったが、ついに量子物理学嫌いを返上して、『量子の世界』も追加で買うことにした。

本屋への行き来にダッシュしたのでアドレナリン全開だったが、飛行機に乗り込んでなんとか自分を落ち着かせ、クロスワードパズルを解いてから、いよいよパージェルの本にとりかかった。

ハッと気がついたときには没頭していた。何度も前にかえっては同じ部分を読み直さなくてはならなかったが、それでも夢中になった。フライトのあいだ読み続け、マイアミで3時間待ちのときもずっと読み続け、さらに楽園の島へ向かう5時間の道中ずっと本を置くことができなかった。パージェルには完全にやられてしまった!

シカゴで飛行機に乗るまで、量子物理学が生物学に関係があるなどとは思ってもみなかった。ところが飛行機が楽園に着いたときは脳が揺さぶりをくらっていた。量子物理学は生物学に“関係おおあり”なのだ!

量子物理学の法則を無視する生物学者は明らかに科学的な過ちを犯している。なんといっても物理学はすべての科学の基礎なのだから。ところが、わたしも含めて生物学者たちはほぼ全員、時代遅れの、だがより整然としたニュートン物理学に頼っている。世界はニュートンの説いたように動いているという考えに固執し、目に見えない量子の世界、アインシュタイン的世界を無視している。

アインシュタインによれば、物質はエネルギーから成っていて、絶対的物質なるものは存在しない。原子レベルでは、物質は確実に存在するわけではない。存在する可能性があるとしか言えないのだ。わたしがそれまで生物学や物理学について確信していた事柄が、木っ端みじんではないか!(訳註:アインシュタインは初期量子論の誕生には貢献しているが、量子物理学を打ちたてたのはボーアやシュレディンガー、ハイゼンベルクら、アインシュタインとはほぼ同時代の物理学者たちである。現代物理学はアインシュタインの相対性理論とボーアらの量子論を二本の柱としている)

ニュートン物理学は論理を追求する科学者にとってはエレガントで安心を与えてくれるものであったとしても、宇宙についてはもちろん、人体の真実をすべて解き明かしてくれるものではない。いまから思えば、わたしも他の生物学者たちもそれは承知していたはずだ。

医学は日々進歩していくが、生きている身体は頑固なまでに定量化を拒んでいる。ホルモンやサイトカイン、成長因子や腫瘍抑制因子など、シグナルとなる化学物質の働くメカニズムが次から次へと発見されている。

だがそういったメカニズムでは超常現象は説明できない。自然治癒、心霊現象、驚くほどの筋力や耐久性、灼熱の石炭の上を火傷一つ負わずに素足で渡る能力、“気”を移動させて痛みを消し去る鍼灸師の力など、そのほかさまざまな超常現象が、ニュートン的世界観に立脚した生物学では説明不能だ。

医学部にいたときには、もちろん、これらの現象については全然考えてもみなかった。わたしも他の教官たちも学生たちに鍼灸療法やカイロプラクティック、マッサージ療法、祈祷などで病気が治るという主張は無視するように教え込んでいた。いや、それ以上だ。医者を名乗るペテン師の口上だといって弾劾さえしたのだ。それほど古典的なニュートン物理学を信じ込み、他の考え方はできなくなっていた。

いま挙げた療法はいずれも、エネルギー場が人間の身体の生理機能や健康に影響を及ぼしているという信念に基づくものだ。

物質はエネルギーでできている

●量子物理学に取り組んでみると、エネルギーに基づいた療法を無視していたのが、いかに傲慢なふるまいだったかを痛感した。近視眼的にすぎたのだ。

ゲーリー・ズーカフが『踊る物理学者たち』に書いているが、1893年、ハーバード大学の物理学科長は「物理学博士はこれ以上必要ない」と学生たちに向かって言明したという[Zukav, 1979]。いわく、宇宙は「物質マシン」であり、現実に存在する原子がこのマシンを構成していて、原子一つひとつは完全にニュートン力学にしたがっている。物理学者が今後なすべきことは測定値を精緻にしていくこと、ただそれだけである―。よくも豪語したものだ。

それからわずか三年後、原子が宇宙で最も小さい粒子であるという概念は捨て去られた。一つの原子はさらに小さな粒子から構成されていることがわかった。これだけでも驚天動地の大発見だが、さらに、原子がX線や放射線など、さまざまな「奇妙なエネルギー」を放出していることが明らかになり、大騒ぎになった。

20世紀を迎えるころには、新世代の物理学者たちが出現し、エネルギーと物質との関係の探求という使命に邁進した。その後、10年もたたないうちに、物理学者は、世界は物質でできているとするニュートン的な世界観を信望するのをやめた。物質という概念は幻想だと理解するようになったのだ。宇宙にあるものはすべてエネルギーで構成されている。と認識したからである。

量子物理学者が発見したのはこういうことだ。原子は物質だが、原子自体は絶え間なく回転しながら振動するエネルギーの渦巻きだ。よろめきつつ回り続けるコマのようなもので、それがエネルギーを放射している。

各原子が発するエネルギーの振動パターンは固有のもので、その原子の署名(サイン)のようなものだ。原子が集まって分子ができるが、分子が発するエネルギーパターンは原子の組み合わせによってそれぞれ固有のものとなる。

ということは、この宇宙に存在する物質的な構造体は、あなたもわたしもみんなそれぞれ特有なエネルギーの署名(サイン)を放射している。

理論的に可能だとしての話だが、もしも原子の構造を顕微鏡で実際に観察することができたら、どんなものが見えるだろうか?

つむじ風が砂を巻き上げながら砂漠を横切っていく様を想像してほしい。じょうご形になったつむじ風から砂や塵を取り除いてみる。すると、目には見えないけれど竜巻のように渦を巻いたものが残る。クォークやフォトンと呼ばれる極小のつむじ風のようなエネルギーの渦巻きが多数集まって原子ができあがっている。

遠くから見れば、原子はボール状の雲のように見えるだろう。ところが近づいて焦点を合わせようとすると、ぼやけてはっきりしなくなる。そして近場から見ると、原子は消え去ってしまう。何も見えない。

実際、原子全体の構造に焦点を合わせて見ていくと、物理的にはまったくの空間しかない。原子には物理的な構造など存在しない。――王様は裸だったのだ!

学校で、ビー玉かパチンコ玉のようなものが飛んでいる太陽系のような原子模型を見たことがあるかもしれない。その手の模式図と、量子物理学者が発見した原子の「物理的」構造の図と並べてみよう。 

画像出展:「思考のすごい力」

上の右側の図は印刷ミスではない。原子は目に見えないエネルギーでできていて、実体のある物質ではないのだから!

量子論の世界では、物質は希薄な空気のようなものだ。考えれば考えるほど妙な気分になってくる。あなたはいま、この本という実体を手に持っている。だが本を構成する物質を、原子レベルの顕微鏡で観察すれば、手には何も持っていないことがわかるだろう。

いやはや、量子的な宇宙というのは、なんとも気が変になりそうな代物じゃないか(わたしたち生物学専攻の学部生は、この点においては正しかった)。

では、量子物理学の「見ようとすると見えなくなる」というこの性質を、もう少し追求してみよう。

物質は、中身の詰まった実体(粒子)であると同時に、非物質的な力場(波)であると定義できる。原子については、質量や重さなどの性質を科学的に調べることができる。この限りでは、原子は実体のある物質としてふるまう。ところが、同じ原子が電位や波長などといった性質ももっている。これはエネルギー(波)としての性質であり、もはや実体のある物質ではない[Hackermuller, et al 2003; Chapman, et al, 1995; Pool 1995]。

エネルギーと物質とがまったく同一のものであるというこの事実は、まさにアインシュタインの到達した公式、E=mc²に表されている。この公式が明らかにしていることを簡単に説明しよう。エネルギー(E)は、物質の質量(m)と光速を2乗したもの()とを掛け合わせたものに等しいというのだ。

わたしたちが暮らしているこの宇宙は、確固たる実質的な何もない空間に浮かんでいるのではない。宇宙は一つにして分かつことのできない、ダイナミックで全体的な存在であり、エネルギーと物質がからまり合っているので、両者を別々のものとして考えるのは不可能なのだ。

人間の生体内システムは重複的

●物質の構造やふるまいをコントロールするメカニズムは、従来考えられていたものとは根本的に異なっている。これを認識できたならば、生物学や医学、とくに健康や病気について、新たな洞察が得られるはずだ。

ところが、量子物理学が新しい事実を見いだしてからも、生物学や医学の教育方針はあいもかわらず、身体はニュートン的な原理にしたがって作動する物質的な機械である、と学生たちに教え続けている。

身体のしくみがどのように“コントロール”されているのかを知ろうとして、研究者たちはシグナル物質の探索に力を注ぎ、さまざまな種類の物質を研究してきた。これらはいくつかの異なるグループに分けられる。前にもふれたホルモンやサイトカイン、成長因子、腫瘍抑制因子、各種メッセンジャーやイオンなどだ。

だが、ニュートン的で物質偏重主義である旧来の概念から抜け出せない研究者たちは、健康や病気にエネルギーの振動が果たす役割をまったく無視している。

旧弊にとらわれた生物学者は還元主義者でもあり、わたしたちの身体のメカニズムは、細胞をばらばらにして構成分子を一つひとつ研究すれば解明できると信じている。また、生命現象を引き起こす生化学的な反応は、ヘンリー・フォード式のベルトコンベアのように、一直線につらなった流れ作業だとも信じている。

つまり、ある化学物質がある反応を起こし、次に別の物質が別の反応を起こし……という図式である。 

画像出展:「思考のすごい力」

上の図に、情報Aから始まって順次B、C、D、Eへと直線的に流れる様子を示してある。

この還元主義的な図式からすれば、もしもシステムのどこかに問題が生じて病気や機能不全がはっきり現れたとすれば、それは流れ作業で行われる化学反応の中のどこか一カ所に起因すると考えられる。

この理屈でいけば、ダメになったところを修復するには、細胞の欠陥部品を正常なものと取り替えてやれば、つまり、薬剤を投与してやればよい。そうすれば健康が取り戻せる。仮説でしかないこの考え方をよりどころにして、製薬業界は魔法の弾丸やデザイナー遺伝子を見つけようとやっきになってきた。

だが、この考え方は間違っている。量子論的な観点に立てば、宇宙は互いに依存し合った複数のエネルギー場が一体となり、複雑な相互作用が網目のようになったものだということが判明する。

生化学の研究者がとくに当惑してしまうのは、物質的な部分とエネルギー場とが、“互いに連絡をとり合いながら、途方もなく複雑で、一体となった系をつくっていることが認識できていないことが多いからだ。

量子宇宙における情報の流れは単純な直線的なものではなく、“全体的”である。細胞を構成するさまざまな要素は複雑な網の目のようにつながり合い、情報が入り乱れながら交信がとびかっている。

また、フィードバックやフィードフォワードによるコミュニケーションのループが複数形成されている。

情報の流れのうち、“どこか一つ”でもうまくいかなかったら、生体が機能を果たせなくなる可能性もある。このように入り組んだ、互いに影響し合うシステム内で起こる化学現象を調整するには、単一の情報ルートに属するある反応系だけを見ていたのではだめだ。特定の部分だけを薬剤で調整しようとするのではなく、もっと全体的な事柄をよく理解しなくてはならない。 

画像出展:「思考のすごい力」

たとえば、もしも物質Cの濃度を変えたとしたら、影響を受けるのはDだけではない。全体的な経路を通じて、D以外に、A、B、Eの機能とふるまいにも大きく影響する。

物質とエネルギーの間に複雑な相互作用が起こっていることを考えれば、還元主義者の直線的(A→B→C→D→E)なアプローチでは、病気を正確に理解することなど到底無理だ。

複雑に入り組んだ情報経路の存在は量子物理学が以前から示唆していたが、そういった複雑かつ全体的な経路が現実に存在することがついに明らかになった。最近の画期的な研究により、細胞内で働くタンパク質間の相互作用マップが作製されたのだ[Li, et al, 2004; Giot, et al, 2003; Jansen, et al, 2003; Barry 2008]。下の図は、ショウジョウバエの細胞内タンパク質のほんの一部について相互作用を表したものだ。直線がタンパク質間の相互作用を示している。


この複雑な経路のどこかがうまくいかなければ、生体機能に不具合が生じることは明らかである。もしもある一点でタンパク質のパラメータを変更すれば、このもつれ合うネットワークの中の無数の点において、他のタンパク質のパラメータをも調整しなければならない。

この図からは他にも興味深いことがわかる。図の中のタンパク質(数字のついたグレーの小さな円)は、生理的な機能に基づいて七つのグループに分けられ、だ円で囲ってある。矢印で示したタンパク質(Rbp1)に注目してみよう。このタンパク質は性決定グループに属すると同時に、RNA合成(具体的にはRNAヘリカーゼという酵素に関係する)グループにも属している。このように、ある機能グループに属するタンパク質が、まったく別の機能をもつタンパク質とも影響し合っている。

だが、旧来のニュートン的なアプローチによる研究では、細胞内の生物学的情報ネットワークがどれほど緊密に結びつけられているのか、よく理解できなかった。

こういった情報ネットワーク経路のマップが作製されてみると、処方薬の危険性がますます強調される。医薬品の説明には、「刺激性」から始まって「死に至る」まで、長大な副作用のリストがついているが、なぜそんなに副作用が多いのかがこれで説明できる。体内で、あるタンパク質がうまく働いていないとして、そのタンパク質を調整するために薬剤を服用すると、その薬は、ターゲットとなるタンパク質だけでなく、他の多くのタンパク質と相互作用を起こしてしまうのだ。

生体内のシステムが重複的であるという事実も、薬剤の副作用問題を複雑にしている。タンパク質分子など、同一のシグナル物質が複数の器官や組織で働いていて、しかもまったく異なるふるまいをしているという例が多くある。

たとえば、心臓のシグナル経路がうまくいかないとして、それを調整するために薬剤を服用すれば、その薬剤は血流にのって全身に運ばれる。もしも脳にも同様なシグナル経路が存在していたとすると、「心疾患用」の医薬品が意図せずに神経系の機能を攪乱してしまう。

この重要性は処方薬の効果を複雑的なものにしているが、これはまた進化が成し遂げた結果でもある。多細胞生物は、かつて考えられていたよりもずっと少ない遺伝子しか持っていない(訳註:ヒトゲノム計画が始まったころは、人間の遺伝子は10万個以上だと見積もられていたが、ゲノムの解読が終わってみると、人間は実際には2万数千個の遺伝子しか持たないことが判明した)。

これは、同一の遺伝子産物(タンパク質)がさまざまな場面で使いまわしされているからである。英語で、たった26文字のアルファベットであらゆる単語をつくれるのと似ている。

わたしは以前、ヒトの血管内皮細胞の研究をしていたが、その際、シグナル経路の重複性による制限を実際に体験した。

人間の体内に存在するヒスタミンという物資は、細胞のストレス反応を引き起こす重要な化学シグナルだ。腕や脚に分布する血管中にヒスタミンが存在すると、それがストレスシグナルとなって、血管壁を構成する内皮細胞の間に大きなすき間ができる。それをきっかけとして、局所的な炎症反応が引き起こされる。

ところが、ヒスタミンが脳内の出血に加えられると、まさに同じヒスタミンなのに、内皮細胞の間にすき間をつくらせることはなく、その代わり、ニューロンへの栄養分の供給量を増やし、ニューロンの成長や特殊機能を促進する。ストレスのかかるような状況下では、ヒスタミンのシグナルによって栄養の供給量が増えて脳が活性化し、差し迫った緊急事態にうまく対処できるようになるわけだ。どこに放出されるかによって、同じヒスタミンのシグナルがまったく逆方向の効果を及ぼすことがあり得るという一例である。[Lipton, et al, 1991]。

生体内のシグナルシステムはほんとうによくできている。その巧妙さを最もよく示しているのが、部位特異性である。漆にかぶれて腕が腫れると容赦ないかゆみが続くが、これはヒスタミンが放出されるためだ。ヒスタミンがシグナル分子となって、漆のアレルゲンに炎症反応を起こしているのである。全身にかゆみを生じる必要はないので、ヒスタミンはかぶれている場所だけに放出される。

同様に、ストレスに満ちた体験をしたときには、ヒスタミンは脳内だけで放出され、その結果、神経組織への血流量が増えて、生存に必要な神経学的反応が促進される。ストレス行動に関係するヒスタミンの放出は脳内限定であり、身体のほかの部位で炎症反応が起こることはない。米国の州兵のように、ヒスタミンは必要な間だけ配置される。

しかし製薬会社のつくるたいていの医薬品にはそういった部位特異性はない。アレルギーによるかゆみを抑えようとして抗ヒスタミン剤を服用すると、体内に入った薬剤は全身に分配され、行った先々でヒスタミンレセプターを見つけては結合する。

たしかに抗ヒスタミン剤は血管の炎症反応を抑制して、アレルギー症状を劇的に軽減してくれる。ところが、脳に入った抗ヒスタミン剤はニューロンへの血流量を変え、そのため神経の機能に影響を及ぼしてしまう。薬局で買った抗ヒスタミン剤を飲むとアレルギーはよくなるけれども、副作用として眠くなるのはこういうわけだ。

時には、治療に用いた薬品の副作用が害となって、悲劇的な結果になることもある。最近判明した一例がホルモン補充療法(HRT)である。この療法には身体を衰弱させ命にかかわるほどの副作用が伴う恐れがあるという。

エストロゲンといえば、女性の生殖機能に影響を与えるホルモンである。ところが、ごく最近、体内のエストロゲンレセプターの分布が調査され、エストロゲンは、血管や心臓、脳の日常的な機能に関して重要な役割を果たしているということが明らかになった。ということは、当然、エストロゲン補充に用いられる合成物質も同様の作用をもつことになる。

女性の閉経に伴って起こる更年期障害に対して、合成エストロゲンの処方が当たり前に行われている。ところが、医薬品として用いられる合成エストロゲンは、目的とする組織以外にも働きかける。この薬剤は、心臓や血管、神経系のエストロゲンレセプターにも影響を与え、これらの働きを攪乱する。そのため、合成ホルモン補充療法は重大な副作用を伴い、心血管疾患や、脳卒中などの神経系の機能不全をひき起こすことが明らかになった[Shumaker, et al, 2003; Wassertheil-Smoller, et al, 2003; Anderson, et al, 2003; Cauley et al, 2003; Bath and Gray 2005]。

処方薬の副作用により病気になることもある。これは医療行為が原因となって生じた病気、つまり医原病の一種だが、実は米国人の死因の第一位は医原病である。副作用のために死に至ることもある。

ジャーナル・オブ・アメリカ・メディカル・アソシエーション(アメリカ医師会雑誌)』(訳註:最新の医学研究成果が掲載される権威ある医学専門誌)に発表された見積もりによれば、医原病は米国人の死因の第三位であり、毎年12万人以上が処方薬による副作用で亡くなっていることになる[Starfield 2000]。だが、これは実は控えめな見積もりだった。2002年に発表された研究では、10年分の政府統計をもとに分析した結果、もっとひどい数字が導き出された[Null, et al, 2003]。この報告の結論は、医原病医療行為が原因となって発生する病気や障害)による死亡は、実際にはアメリカ人の死亡“第一位”であり、処方薬の副作用によって年間30万人以上が亡くなっている、というものだった。

愕然とする数字ではないか。とくに医療従事者にとっては衝撃的だろう。西洋医学は東洋医学を非科学的だと無視してきた。三千年の歴史ある東洋医学には実際に効果があること、宇宙に対する深い理解の上に成立したものだということを、一顧だにすることもなかった。いまやそうした傲慢なふるまいのつけが回ってきたのだ。

何千年も前、西洋の科学者が量子物理学の法則を発見するより遥か以前に、アジア人は健康と幸福に寄与する第一の要因として、エネルギーを尊んできた。 

陰陽五行説内容は専門的ですがとても親切に説明されていると思います。

東洋医学では、身体はエネルギーの経路(経絡)が複雑に列をなしたものと定義される。中国の鍼灸療法で用いられる人体の経絡図には、電気配線図にも似たエネルギーのネットワークが描かれている。中国医学の医師は、鍼などを用いて患者のエネルギー回路をテストするわけだが、これはまさに電気技師がプリント基板を「トラブルシュート」して電気的な「病変」を発見しようとするのと同じやり方だ。


上図は昭和前期にご活躍された本間祥白先生が作成されたものです。左は経絡経穴図、右は五行(木[肝]・火[心]・土[脾]・金[肺]・水[腎])の関係性(相性・相剋)と肘下、膝下、腹部に集中する要穴(重要なツボ)を示した図です。

第五章 心が持っているすばらしい力

心は薬より力がある

●医療の現場でも多くの人がプラシーボ効果(偽薬でも得られる効果)に気がついている。だが、一歩踏み込んで、自然治癒との関係について深く考えてみる人はほとんどいない。

もしも肯定的思考でうつ病や膝の痛みが治るならば、否定的な思考はいったいどんな影響を人生に与えているだろうか?プラシーボ効果は、心が肯定的思考によって人を健康にするという現象だ。同じ心が、プラシーボ効果とは逆に、否定的思考によって健康を損なうこともある。これは“ノーシーボ”効果と呼ばれる。

医療において、ノーシーボ効果はプラシーボ効果と同じくらい強力な効果を発揮し得る。医者に診てもらうときにはいつでも、これを頭においておくことをおすすめする。医師の言葉や態度が、希望が萎えるようなメッセージを患者に伝えることもあるからである。

だがそのメッセージには根拠がないと断言しよう。たとえば先述のアルバート・メイソンは、魚鱗癬の患者に楽観主義を植えつけられなかったために治療がうまくいかなかったと考えている。あるいは、たとえばあなたが医師から「あと6カ月の命です」と宣告されたとしよう。このセリフにも潜在的な力がある。もし医師の言うことを信じるほうを選択したならば、実際、あなたは遠からずこの世から去ることとなるだろう。

2003年に放映された『プラシーボ ― 心は薬よりも力がある』という番組では、医学で起こった非常に興味深い事例の数々が、うまくまとめられていた。

なかでも、ナッシュヴィルの医師、クリフトン・ミーダーを紹介したくだりは胸にこたえるものだった。この30年間というもの、ノーシーボ効果の潜在力について、ミーダーはずっと考え続けていた。

1974年のこと、ミーダーはサム・ロンドという退職した靴セールスマンを診察した。ロンドは食道がんを患っていて、あとは死を待つばかりというのが当時の診断だった。がんに対する治療がほどこされはしたが、医者も看護師も皆、ロンドの食道がんは治らないことを「知って」いた。診断が下ってから数週間後にロンドは亡くなったが、当然のことだと考えられた。

ところが、ロンドの死後、驚くべき事実が判明する。解剖してみたところ、がんの進行はたいしたものではなく、とうてい死ぬほどのものではなかった。小さな腫瘍が肝臓に二、三カ所と肺に一カ所あるだけで、食道にはがんはまったく見あたらなかった。食道がんで亡くなったはずではなかったのか? ミーダーは番組で語っている。「彼はがんのために亡くなったのですが、がんは死因ではなかったのです。」

死因ががんではなかったのなら、いったい何がロンドを死に追いやったのだろうか? 自分が死ぬと“信じていた”ために死んでしまったのだろうか? 30年もたっているが、ロンドの死はいまだにミーダーを悩ませている。「わたしは、彼はがんだと考えました。彼は、自分ががんだと考えました。周囲の人は皆、彼ががんだと考えていました。……わたしは、ロンドさんから希望を奪ってしまったのでしょうか?」

このように、ノーシーボ効果が取り返しのつかない結果を招いた例は他にもある。考えてみると、ノーシーボ効果は他人に影響を及ぼす可能性がある。あなたが、医師や親、教師などから、自分が無力だと信じこむようにプログラムされ、希望を奪われてしまうということもあり得る。

肯定的な考えや否定的な考えは、健康だけでなく、人生のすべての局面に影響を与える。ヘンリー・フォードは流れ作業の効率性については正しかったが、心の力についても正しかった。いわく、「できると信じても、できないと信じても、……いずれにせよ、現実は信じたとおりになる」。

コレラの原因だと医学的に断定された細菌を無邪気に飲み下した学者を前に紹介したが、あの話にはどんな意味が隠されているのだろう。また、焼けた石炭の上を火傷一つせずに歩く人たちについてはどうだろうか? 自分にはできるという信念がほんの少しでも揺らいだならば、ひどく火傷してのたうち回ることになる。

これらのことから考えると、信念というものは、カメラのフィルターのようなもので、世界の見え方を変える。そして、生体の機能はそういった信念に適応して変化する。信念がそれほど力をもつことを本当に認識できたならば、そのときこそ、自由への鍵が手に入る。遺伝子という設計図上の暗号は自分では変更できないけれど、心は自分で変えられるのだ。そして、そうすることで、遺伝子の潜在的な可能性が発現するように、設計図のスイッチを切り替えることができるのだから。

わたしは、講演会のとき、赤と緑、二枚のプラスチックのフィルターをセットにして、参加者に配ることにしている。まずどちらか片方のフィルターを手に取ってもらい、それを通して何も映っていないスクリーンを見るように言う。

次に「これから映す図を見て、愛を感じるか、それとも恐怖を感じるか、大きな声で言ってください」と指示する。

「赤い信念」フィルターを手にした人たちには好感を誘う図が見える。たとえば「愛の家」というタイトルのついて小さな家、花、明るい空、「愛のある生活」という言葉などだ。

緑のフィルターをもつ人たちには脅迫的な図が見える。たとえば暗い空、コウモリ、ヘビ、暗闇のなかを飛び回る幽霊、陰気な家、「恐怖に満ちた生活」という言葉などだ。

まったく同じ図を見ていながら、参加者たちの半分は「愛のある生活」と叫び、残りの半分は「恐怖に満ちた生活」と呼ぶ。みな、自分の答には確信を持っているものだから、他人が違う答を叫んでいるのに困惑してしまう。これは何度やってもおもしろい見せ物である。

そこで今度は、もう1枚のフィルターに持ち替えるように言う。

ここで大事なポイントは、何を見るのかは、自分で選択できるということだ。あなたは信念を通して人生を見ることができる。バラ色の信念(フィルター)を選んで、身体を構成する細胞が活発に活動する手助けをすることもできる。逆に、暗い信念(フィルター)を選んで、すべてダークな影を投げかけ、心も身体も病気になりやすい状態にすることもあり得る。恐怖の人生を送るのも愛の人生を送るのもあなた次第だ。選択権はあなた自身にある!

もしも愛に満ちた世界を見るほうを選択したならば、それに反応して細胞の活動が活発になる。また、もし恐怖に満ちた暗い世界に生きるほうを選択したならば、あなたの身体は生理的な防御状態をとって、それ以外の活動をやめてしまい、健康状態は危機に瀕することになる。

身体を構成する細胞の活動を促進するには、どのように心を使ったらいいのだろうか? それこそが生命の秘密である。

といっても、生命の秘密は秘密でもなんでもない。一千年以上も前から、ブッダやキリストのような導師がわたしたちに語りかけていることだ。現代では、科学も同じ方向に向かっている。人生をコントロールしているのは遺伝子ではなく思考である。……ほんのちょっとした思考が鍵なのだ!

さて、ここまでお話ししたことをもとに、次の章に進むとしよう。次章では、愛に生きることと恐怖を生きること、この二つが心や身体にまったく反対の効果を及ぼすことを、詳しく説明していきたい。

本章を終わる前に再度強調しておきたいのだが、いわゆるバラ色のめがね(訳註:楽観的思考)をかけて人生を送ることにまったく問題はない。実際、バラ色めがねは、細胞が元気よく活動していくのに必要なものだ。しあわせで健康な生活を送るためには、肯定的思考をして、わたしたちの生物的機能に指令を送ってやればよい。

最後にマハトマ・ガンジーの言葉を掲げておこう。 

 

個人的は、「”言葉が変われば” ”行動も変わる”

が生命線だと思います。

画像出展:「思考のすごい力」

第六章 恐怖を捨てよう。満ち足りた人生を創るために

「成長・増殖」と「防衛」反応は同時に働かない

●わたしたちは、進化の過程で生存に役立つしくみをたくさん手に入れてきたが、それらは機能的な面から「成長・増殖」と「防衛」という二種類の反応に大別される。どちらも、生物が生存していくのに不可欠な、基本的反応である。

生き残る上で、自己「防衛」が大事なのは言うまでもない。「成長・増殖」のほうは、ピンとこないかもしれないが、こちらも「防衛」に負けず劣らず重要だ。大人になると身体の「成長」は止まるが、体内では常に細胞分裂、つまり細胞の「増殖」活動が行われている。人間の身体を構成する細胞のうち、毎日、数十億という細胞が消耗して死んでいくので、増殖活動によって細胞を新しくつくり、その分を埋め合わせなければならない。

たとえば、腸の内側表面の細胞は72時間で全部が新しいものになる。この細胞の入れ替わりは常に行われていて、かなりの量のエネルギーがそのために費やされている。

ここまで読んできた方はわかると思うが、成長・増殖と防衛行動がいかに大事か、わたしが初めて気がついたのは、研究室で細胞を観察していたときだった。細胞一つひとつを観察していると、多くの細胞からなる人間の身体について深く考えさせられることがたびたびあった。

ヒト血管内皮細胞のクローンをつくっていたとき、培地に有毒物質を入れると、細胞たちは毒から“逃げた”。まるで、人間がピューマや暗い夜道の泥棒から逃げ出すかのようだった。また、細胞は栄養分に“引き寄せられた”。これまた、人間がごちそうや愛に向かって引き寄せられていくのと同じだ。

これら逆方向の動きは、環境からの刺激に対する基本的な細胞反応を示している。栄養分など、生命を永らえさせるシグナルに、“向かって”いくのは、成長・増殖反応の現れだ。一方、有害物質など、脅威を与えるシグナルから“離れる”という行動は、防衛反応だ。ただし、環境刺激の中には、中立的で、成長・増殖反応も防衛反応も引き起こさないものがあることにも注意してほしい。

スタンフォード大学での研究によって、こういった成長・増殖および防御行動は、人間のような多細胞生物の生存にとっても必須のものだということがわかった。これら互いに反対の生存メカニズムは、何十億年もかかって進化してきたものだが、実は落とし穴がある。成長・増殖および防御行動を支持するメカニズムは、両者同時に発動することができない。考えてみれば、細胞は前方と後方に同時に移動することはできないのだからあたりまえである。

スタンフォード大学での研究で、ヒト血管内皮細胞は、栄養分を与えたときと防衛反応を引き起こすような刺激を与えたときとで、顕微解剖学的に全く異なる形態を示した。環境に応じて二つのタイプのいずれにでもなることができたのだが、両方の形態を同時に示すことはできなかった。[Lipton, et al, 1991]。細胞と同じように、人間もまた、防衛モードに入ったときには成長・増殖活動が制限される。これは仕方のないことだ。

もしもピューマに追いかけられたら、逃げている最中に、成長・増殖にエネルギーを使うのはやめておいたほうがいい。生き残る、つまりピューマから逃げるためには、持てるエネルギーのすべてを使って「闘争・逃走(fight or flight)」反応を引き起こさなくてはならない。貯蔵エネルギーを防衛反応に振り分けるので、必然的に、成長・増殖のほうに回す分はなくなる。

成長・増殖が抑制されるのは、防衛反応にかかわる組織や器官にエネルギーを回すためだけではない。他にも理由がある。成長・増殖活動には、環境とのあいだで物質のやりとりが必要だ。この際、生体システムは環境に対して開かれた状態になる。たとえば、食物を取り入れて排出物を出すといったようなことだ。

ところが、防衛反応に際しては、逆にシステムを閉ざして、察知された脅威と生体とのあいだに防御壁を築かなくてはならない。

だが、成長・増殖の過程が抑制されると、生体は衰弱していく。成長・増殖には、エネルギーが消費される過程だけではなく、エネルギーを“つくりだす”過程も含まれるからだ(訳註:細胞分裂にはエネルギーが必要だが、それには、摂食・消化を行なって、エネルギー源を外部から取り入れなければならない)

だから防衛反応が長引くと、結果として、“生命維持に必要なエネルギーの生産が阻害される”ことになり、防衛状態を長く続ければ続けるほど、エネルギーの蓄えが消費されていて、成長・増殖活動が危うくなっていく。実際、成長・増殖反応を完璧にシャットダウンしてしまい、文字どおり「恐怖のあまり死ぬ」こともあり得ない話ではない。

幸いなことに、ほとんどの人は「恐怖のあまり死ぬ」ところまではいかない。単一の細胞とは異なり、多細胞生物では、成長・増殖および防御反応が、二者択一しなくてはならないものではない。身体を構成する50兆からなる細胞のすべてが、こぞって成長・増殖(あるいは防衛)を行なう必要はない。脅威を察知すると、その危険度に応じて、ある程度の割合の細胞が防衛反応を示す。だから、脅威の存在からくるストレスを受けながら生き続けることもできる。しかし、成長・増殖反応が慢性的に阻害されていると、生命力は著しく低下する。

ここで、一つ大事なことを覚えておいていただきたい。目一杯生命力を発揮するためには、ストレスのもとを取り除くだけではダメだ。成長・増殖と防衛は連続しているので、ストレスのもとを排除しても、ちょうど中間地点に来るだけなのである。

生命を謳歌するには、ストレスのもとを排除し、かつ、積極的に動いて、喜ばしく愛情深く満ち足りた生活を送るように心がけ、成長・増殖の過程を促進しなくてはならない。

身体を守るための二つの防衛システム

●多細胞生物では、神経系が、成長・増殖あるいは防衛反応をコントロールしている。環境からのシグナルをモニターし、解釈し、適切な行動で応答するように指揮するのが神経系の役割である。

多細胞生物は多くの細胞からなる共同体であり、神経系は、脅威になるような環境からのストレスを認識すると、細胞の共同体に対し、危険が迫っているという警告を発する。

わたしたちの身体には、実際には、二つの異なる防衛システムが備わっている。どちらも生命維持に必要不可欠なものだ。

一つは、“外部”からの脅威に対して防衛反応を引き起こすHPA系(Hypothalamus-Pituitary-Adrenal Axis)というもので、視床下部・脳下垂体・副腎という三つの部分が連携して働くシステムである。 

 

画像出展:「思考のすごい力」

脅威となるものがないときはHPA系は活動せず、体内では成長・増殖活動が盛んに行われる。環境内の脅威が知覚されると、視床下部がHPA系を発動させ、脳下垂体にシグナルを送り出す。脳下垂体は「内分泌腺の総元締め」ともいえる部分で、50兆個からなる細胞の共同体の態勢を整えて、差し迫った危機に対応できるようにする。

以前説明した、細胞膜の刺激反応メカニズムを思い出していただきたい。レセプタータンパク質が情報を受け取り、エフェクタータンパク質がそれに反応するというものだ。(刺激反応メカニズム[本文p133中段より抜粋]:『レセプタータンパク質は実によくできている。だが細胞のふるまいはレセプターに左右されるわけではない。環境からの信号はレセプターが認識してくれるが、細胞はレセプターから受け取った情報に適切に反応し、生命を維持していかなければならない。その際に働くのがエフェクタータンパク質だ。レセプターとエフェクターの二つがセットになってはじめて、刺激と反応のメカニズムができあがる。』)

視床下部と脳下垂体はこれらと同じようにふるまう。視床下部はレセプタータンパク質と同様に、環境からのシグナルを受け取って認識する。一方、脳下垂体はエフェクタータンパク質と同様に機能し、身体の各種器官の活動を促進する。外部環境からの脅威に反応して、脳下垂体は副腎にシグナルを送り、身体が「闘争・逃走」の態勢に入るように調整を開始せよ、と告げる。

詳しく説明しよう。ストレス刺激がHPA系を発動させるしくみは、単純な連鎖反応である。ストレスが脳で知覚されると、視床下部がそれに応答して副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を放出し、これが脳下垂体に届く。

CRFは脳下垂体の特定のホルモン分泌細胞を刺激し、その結果、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が血液中に分泌される。

ACTHが副腎に届くと、これがシグナルとなって「闘争・逃走」反応を引き起こす数種類の副腎皮質ホルモンが分泌される。

これら「ストレスホルモン」が身体の各器官の機能を調整して、危険から身を守ったり、逃げたりするのに必要な肉体パワーを引き出してくれる。

ストレスホルモンは消化管に分布している血管を収縮させ、血液の栄養分が腕や脚に優先的に届くようにする。危険から逃げ出すには四肢の力が必要なので、それまで内蔵に集中していた血液を、四肢に送るようにする。

闘争・逃走反応では、内臓に送られる血液が減少するために、成長・増殖関係の機能は阻害される。血液が栄養分を送ってくれないと、内臓は適切に機能できない。内臓は消化や吸収、排出を行なっているが、これらの活動によって細胞の増殖が可能になり、身体に必要なエネルギーの蓄積を妨げ、生体の生存を危うくする。

身体に備わっているもう一つの防衛システムは免疫系である。体内に入り込んだ細菌やウィルスが引き起こす危機に対しては、このシステムがわたしたちを守ってくれる。

免疫系が発動されると、供給されるエネルギーのかなりの部分を消費することがあるインフルエンザにかかったときの肉体的に衰弱した状態を思い浮かべていただければ、かなりエネルギーが免疫系に消費されることがわかっていただけると思う。

HPA系が発動されて身体を闘争・逃走反応に導くとき、副腎皮質ホルモンが免疫系の活動を抑制してエネルギーを確保しようとする。実際、ストレスホルモンは免疫系の機能縮小を大変効果的にやってのけるので、臓器移植の際、他人の組織に対する拒絶反応が起きないように、ある種のストレスホルモンを患者に投与するほどである。

副腎系のシステムは、いったいどうして免疫系を阻害するのだろうか?

いま、あなたがアフリカのサバンナにいて、バクテリア感染によるひどい下痢をしているとしよう。テントの中でぐったりと横たわっていたら、外でライオンのものすごいうなり声がする。どちらが大きな危機か脳は判断しなければならない。いくらバクテリアをやっつけたとしても、ライオンに喰われてしまったのでは元も子もない。

そこで、身体は、感染に対する戦いを一時休止して、逃走にエネルギーを差し向け、ライオンという差し迫った危機から逃れようとする。したがって、HPA系発動による副次的な結果として、病気に対する抵抗性が阻害されることになる。

HPA系が活性化されると、頭がうまく働かなくなるという影響も現れる。論理的な思考は大脳で行わるが、大脳(意識的な心)の情報処理スピードは、反射的な反応をコントロールする延髄など(潜在意識的な心)に比べてかなり遅い。緊急時には、情報処理が速いほど生存確率が高まる。そのため、副腎由来のストレスホルモンが大脳の血管を収縮させ、自発運動を行なう大脳の能力を制限する。

血管の収縮によって大脳への血流が減ると、その分、延髄への血液が増える。栄養分とエネルギー源の供給量が増加した延髄は活動性が上昇し、生命を維持する反射によって、闘争・逃走反応をもっと効果的に行えるようになる。ストレスシグナルが働いて意識の情報処理を遅くするのは生存確率を高めるためだが、その代償として、意識は低下し思考力も低下することになるのだ。[Takamatsu, et al, 2003; Arnsten and Goldman-Rakic, 1998;  Goldstein, et al, 1996]。

がんと自然治癒力7

前回の「がんと自然治癒力6」の『チャイナ・スタディ』では、発がん性において最も注意すべきは動物性タンパク、特に「カゼイン(牛乳タンパク)」ということを学びました。

そこで、寄り道になってしまいますが、動物性タンパクについてもう少し知りたいと思い、ジョエル・ファーマン(Joel Fuhrman)という先生の著書である『スーパー免疫力』を拝読させて頂くことにしました。なお、翻訳はテレビなどにも出演されている順天堂大学大学院教授の白澤卓二先生によるものとなっています。

当初の予定の『思考のすごい力』は次回とさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出版:日本文芸社

初版発行:2011年11月30日

こちらは原書です。

初版発行は2011年9月20日なので、日本語版は約2か月後に発行されたということになります。


 

 

 

こちらはファーマン先生のサイトです(英語)。


この本は次の7つの章に分かれています。

1.今日からはじめる「健康革命」! 驚異の「スーパー免疫力」で100歳まで元気に!

2.あなたの「免疫力」が2倍にも3倍にも! 老化に歯止めをかけ、がんを80%も防ぐ「スーパー免疫力」!

3.間違いだらけの「医療常識」!

4.「スーパー免疫力」を作る すばらしい「スーパーフード」たち

「スーパー免疫力」を作る 健康的な「炭水化物・脂質・タンパク質」

6.今日からはじめる「スーパー免疫力」生活 100歳まで「病気を寄せつけない」賢い食べかた

7.微量栄養素がたっぷり摂れる 「スーパー免疫力」を作る2週間メニュー&レシピ

ブログでは5章の中から、タンパク質に関する項目(太字)を本書の内容通りにお伝えしています。なお、5章の目次は次の通りです。

5.「スーパー免疫力」を作る 健康的な「炭水化物・脂質・タンパク質」

 数々の奇跡を起こしているファーマン博士の「健康方程式」

 間違いだらけの「カロリー」常識

 食事の質を決めるのは「色とりどりの野菜」の量

 GL値が高い食事ほど糖尿病、心臓病、がん全般

 健康によい「天然炭水化物」も加工されると値が落ちる

 「死を招く白」

 「高脂肪食品」を賢く使う

 「地中海料理は健康によい」の本当の理由

 ナッツ類を食べる人ほど「スリム」で「シャープ」

 誤解だらけの「タンパク質信仰」

 必要以上のタンパク質は脂肪に変わる

 骨密度や筋肉を増強するのはタンパク質でなく「運動」

 大豆は「動物性タンパク」に最も近い

 「スーパー免疫力」は動物性タンパク質を減らすことから

 「スーパー免疫力」をつける5つのルール

 加工食品、動物性食品は総カロリーの10%未満に抑える

 「スーパーフード」ベスト30の栄養素密度スコア

 「スーパー免疫力」をサポートし、がんから身を守る超ヘルシーな食べ方

GL値グリセミック・インデックス):食品ごとの血糖値の上昇度合いをみる数値。

 

こちらの図は大阪府藤井寺市にある『池田医院』さまから拝借しました。

ご参考(本書の41ページ、64ページに掲載されていた図です)


誤解だらけの「タンパク質信仰」

私たちの社会は誤った情報を植えつけられ、タンパク質信仰が根づいています。現実と虚構をしっかり区別する目を持ち、自分たちに一番適したタンパク質供給源を選び出す必要があります。

動物性タンパク質vs植物性タンパク質

過去70年以上にわたってアメリカの大多数の学校教育で使われている栄養関連の教材は、精肉・乳製品・鶏卵産業から「無料配布」されたものです。これらの業界が巧みにロビー活動をして政府を動かし、自分たちのよい法律や補助金を勝ち取りました。そうして、すべての子どもたちが商業的プロパガンダを吹き込まれることになったのです。

業界は、適切な栄養状態を得るには、肉、乳製品、卵が欠かせないという誤った観念を刷り込んできました。その結果、私たちは誤った危険な情報を植えつけられてしまいました。

大半のアメリカ人が、毎日必要以上のタンパク質を摂っています。平均的なアメリカ人は1日の所要量より5割多い100グラム以上のタンパク質を摂っています。それでいてなおかつ、あまりにも多くの人がタンパク質をさらに補給しようと一生懸命です。運動選手、フィットネス愛好家、ボディビルダー、ダイエットする人、そして過体重の人までがプロテインパウダー、プロテイン飲料、栄養バーなどに飛びついています。

目指すところは、動物性食品を控え、動物性タンパク質を減らし、植物性タンパク質を増やすことです。

たしかに、常に激しい運動をするなど特別なライフスタイルの人は、タンパク質を多めに必要とするでしょう。たとえば高負荷のトレーニングや耐久性のトレーニングは筋肉を損傷し、タンパク質の分解を起こすので、修復・増加のために余分なタンパク質が必要になります。しかしタンパク質の必要量は、運動によるカロリー消費と比例するものです。運動によって食欲が増強し、その分摂取カロリーもタンパク質も自然に増えます。

激しい運動でも余分に必要になったタンパク質を、野菜、全粒穀物、豆類、種子類、ナッツ類など、自然の植物性食品で補えば、ちょうど必要になった分だけを補給できるのです。

野菜、ナッツ類、種子類、豆類、全粒穀物を平均的なバランスで摂ると、1000カロリー当たり、約50グラムのタンパク質が供給されます。

タンパク質が5割を占める緑色野菜を摂れば、「スーパー免疫力」と抗がん作用もセットでついてくることを忘れないでください。

通常よりよけいなカロリーをヘルシーな植物性食品から摂れば、タンパク質だけでなく、多種多様の抗酸化物質も供給され、運動でよけいに発生したフリーラジカルから身を守ることもできます。自然の摂理とは、よくできたものです。いくつかの食品を例にとってカロリーとタンパク質含有量を記しましたのでご覧ください。 

 

画像出展:「スーパー免疫力」

必要以上のタンパク質は脂肪に変わる

人体が1週間で増加できる筋肉量は、最高で約450グラムです。これが、筋肉の繊維がタンパク質を筋肉に変える上限ということです。それ以上のタンパク質は脂肪に変わってしまいます。運動選手はからだを動かさない人に比べ、多くのタンパク質を必要としますが、その分を食事で補給するのは簡単です。プロテインのサプリメントは、お金のムダであると同時に不健康です。

タンパク質、特に動物性タンパク質をからだが必要としている以上に摂取することは、あなどれない問題です。老化を早め、大きな悪影響をおよぼすのです。

使われないタンパク質は体内でタンパク質として蓄えられるのではなく、脂肪として蓄えられるか、腎臓を経由して排泄されます。余分な窒素を尿で排出すると、骨からカルシウムその他のミネラルが浸出され、腎臓結石の原因となります。

野菜はアルカリ性ですが、動物性食品は酸性のため、胃で消化される際に非常に多くの塩酸が必要になります。高タンパクの食事をしたあとは血液も酸性になるので、からだはそれを中和するために酸-塩基反応を起こします。このときに骨が犠牲になるのです。

中和するために必要なカルシウムやリン酸などのミネラルが骨から溶け出します。これが、骨粗しょう症につながる骨量の減少の最初のステップです。これに塩分の摂りすぎが重なると、さらに骨量の減少に拍車がかかります。このように骨代謝回転が過剰に促されると骨の破壊と再形成が過剰に行われ、骨粗しょう症や他の組織でのカルシウムの蓄積につながります。

骨密度や筋肉を増強するのはタンパク質でなく「運動」

骨密度や筋肉を増強させるのは、タンパク質補給ではなく運動です。動物性食品の過剰摂取によって人為的に増強を促せば、BMI値(身長に対する体重の比率―体格指数。体脂肪率とも呼ばれる。脂肪と筋肉の区別は表れない)はある程度上がるかもしれませんが、同時に脂肪も増えます。高BMI値は、たとえばほとんどが筋肉量であっても、早死に関与しているのでくれぐれも注意してください。

体格のいいフットボール選手は、心臓死のリスクが一般人の2倍で、多くが55歳前に死亡しているのです。1964年のオリンピックに出場した東ドイツの選手600人余りのうち、現在でも生きているのは10人以下であるという事実もあります。

このようなことをふまえると、筋肉の増強をサプリメントやステロイドで促すのは賢明ではないようです。過剰なBMIは、たとえ高タンパクの動物性食品を食べて筋肉量が増加したものであれ、心臓発作やその他の疾患のリスク因子なのです。

健康レベルは、サイズで評価するものではありません。重篤な病気に対する抵抗力、長寿の可能性、高齢期での活力や運動能力の維持、といった要素がより大切です。健康促進のための運動や食事を考えるとき、目標に据えるべきは、動物性食品、動物性タンパク質の摂取を増やすのではなく、減らすことです。

タンパク質の逆説

「インスリン様成長因子1」(IGF‐1)と呼ばれるホルモンは、胎児や子どもの成長を促すのに重要な役割を担うものですが、成人のからだでは同化作用(からだを作る)を発揮します。

IGF‐1の生成は、生物価の高いタンパク質、つまり成長を最大限に促すすべての必須アミノ酸を含むタンパク質を摂ることによって促されます。これに価するのが動物性食品に含まれるタンパク質で、生物価がとても高いです。おろかにも、動物性タンパク質を多く摂って少しでも大きくなろうと躍起になっている私たちの社会では、みなIGF‐1レベルが高いのです。

IGF‐1の生成は主に肝臓で行われ、「下垂体成長ホルモン」(GH)と呼ばれる物質によって促されます。IGF‐1は、脳の発達、筋肉と骨の成長、性成熟において重要な役割を果たします。IGF‐1のレベルが最も高くなるのは、からだが急激に成長し、性成熟が進む思春期です。

しかし問題は、現代の高動物性タンパク質によるIGF‐1の上昇が、がんに関与していることです。実は現代社会の高いがん発生に大きく関与しているのが、この物質だといわれているのです。

大豆は「動物性タンパク」に最も近い

植物性タンパク質のなかで必須アミノ酸が最も「揃っている」、つまり最も動物性タンパク質に近いのは大豆といわれています。大豆には、必須アミノ酸が他の植物性食品より多く含まれているのです。動物性タンパク質と大豆タンパク質には必須アミノ酸が豊富ですが、他の植物性タンパク質にも人間の栄養としては十分なアミノ酸が含まれています。大豆とそれ以外の植物性タンパク質の違いを見極めようと、科学者たちがビーガン(厳格な菜食主義者)の女性の摂取量を分析しました。その結果、大豆でない植物性タンパク質はIGF‐1低値と関連づけられ、大豆タンパク質はIGF‐1高値と関連づけられたのです。

ディーン・オーニッシュによる前立腺がん生活習慣という研究では、低脂肪のビーガン食に大豆タンパク質を補給した食事はIGF‐1を上昇させるが、一方IGF結合タンパク質も増やすことがわかりました。つまり、大豆タンパク質の多少の摂取ではIGF‐1レベルにたいした影響をおよぼさないのです。

この研究成果で示唆されるのは、大豆タンパク質はIGF‐1を増やすものの、(IGF結合タンパク質で相殺するので)動物性タンパク質ほど危険でないということです。

しかし、大豆タンパク質だけを分離し濃縮したかたちで摂ると、IGF‐1生成が促されてしまいます。分離した大豆タンパク質を使った食事介入が行なわれた場合は、大豆を食べた場合と比較してIGF‐1の上昇量が大きいことがわかりました。

結論としては、そのままの大豆、またはあまり加工されていない大豆食品(豆腐やテンペ[テンペ=納豆に似たインドネシアの食品])ならば許容範囲ということです。しかし、分離した大豆タンパク質(パウダーなど)で筋肉増強を図ることはお勧めできません。

「スーパー免疫力」は動物性タンパク質を減らすことから

高いレベルのIGF‐1は健康に有害です。がんと大きく結びついており、すべての死因による死亡率、心血管死亡率とも因果関係があります。動物性タンパク質と分離型大豆タンパク質を極力避けるのが、IGF-1レベルを安全レベルに維持するためのポイントです。IGF-1レベルが低くなりすぎても、健康に有益な植物性食品を幅広く摂っていれば心配ありません。

ぜひ覚えておいていただきたいのは、動物性タンパク質は、たとえ卵の白身や低脂肪の白身の肉でも、長寿に役立つものではないこと、がんがまん延している原因は、この社会のタンパク質過剰摂取信仰であるということです。「スーパー免疫力」は動物性タンパク質摂取量を世間的な平均よりかなり減らさないと達成できません。

加工食品、動物性食品は総カロリーの10%未満に抑える

これで、スーパーフードがどんな食品で、「スーパー免疫力」のためになにを食べたらよいかがわかったと思います。では健康状態を維持するには、加工食品、フライドポテト、ピザ、ハンバーガー、チャーハンなど、よくない食べものはどの程度まで許されるのでしょうか。そして肉が好きな人は、どの程度の動物性食品なら食べても害にならないか知りたいはずです。

答えははっきりとはわかりません。だれも知らないはずです。ただ、私がこの20年で世界中の科学文献を検証してきたかぎりでは、加工食品、動物性食品を合わせて、総摂取カロリーの10%未満に抑えるのがよいようです。それ以上摂ると、健康に大きな害がおよびます。健康に有益でない食品は、だいたい1日1種類か2種類に抑えましょう。

たとえば1日の摂取エネルギー量が1400~1800キロカロリーの女性の場合、動物性食品、精製炭水化物食品(クッキーやパスタなど)を合わせて、150カロリーまでに抑えるのです。あとはすべて緑色野菜・豆類・種子類・ナッツ類など、自然の植物性食品から摂ってください。1日の摂取エネルギーが1800~2400キロカロリーの男性の場合、よくない食品は200カロリーまでです。

注)文中の太字は著者、青(細字・太字は私によるものです。

追記1

本書では牛乳に多く含まれているカゼインに関する記述はありませんでした。そこで、「カゼイン」と「インスリン様成長因子1(IGF-1)」をキーワードに検索してみたところ、銀座東京クリニック 福田一典先生の『漢方がん治療を考える』というブログを発見し、カゼインとIGF-1との関連性を確認できました。

ここでは、最後のまとめに相当する箇所と、カゼインとインスリン様成長因子1(IGF-1)との関係が説明された箇所(2つ)の計3つを抜き出してご紹介させて頂きます。

【やはり「牛乳・乳製品はがんには良くない」と考えるべき】

インスリンとインスリン様成長因子(IGF-1)は大腸がんと乳がんの発がんを促進することが報告されています。したがって、疫学研究でインスリンやIGF-1の分泌を高める牛乳や乳製品が大腸がんや乳がんを予防するというデータが出ている点は解釈が困難です。他のファクターの関与が示唆されますが、総合的および理論的には、牛乳や乳製品はがんには良くないと考えておく方が妥当と思います。

 

[説明箇所1]

Milk consumption and circulating insulin-like growth factor-I level: a systematic literature review.(牛乳の摂取と血中インスリン様成長因子-I濃度:システマティックレヴュー)Int J Food Sci Nutr. 7:330-40. 2009

この論文では、前立腺がんの発生率と血中のインスリン様成長因子-Iの濃度、あるいは牛乳の摂取量が正の相関を示すという研究結果があることから、牛乳の摂取量が多い人ではインスリン様成長因子-Iの濃度が高いかどうかを確かめるために研究が行われています。

牛乳の摂取とインスリン様成長因子-Iの血中濃度に関する臨床試験で、2009年3月までに報告された英文の学術雑誌を検索し、15件の横断研究(cross-sectional studies)と8件のランダム化比較対照試験を選び出し、総合的に検討しています。

この論文の結論は「牛乳を多く摂取している人はIGF-Iの血中濃度が高い」、したがって「牛乳の摂取は血中のIGF-Iの濃度を高める可能性がある」ということです。

IGF-1はがんの発生や進展を促進することが知られています。IGF-Iはがん細胞の増殖を促進し、IGF-Iの血中濃度が高い人は、がんの予後が悪いというデータもありますので、がん患者にとっては牛乳の摂取は良くないと言えるかもしれません。

[説明箇所2]

牛乳に含まれるタンパク質の多くはホエイプロテイン(約20%)とカゼイン(約80%)です。これらのタンパク質はインスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激するようなアミノ酸組成になっていることが示唆されています。その理由は、牛乳には、子牛の成長を促進する必要があるからです。

肉のタンパク質にも、これらのアミノ酸が含まれていますが、その組成は牛乳タンパク質に比べると、インスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激する作用は弱いことが報告されています。

牛乳タンパクのうち、ホエイプロテンはインスリンの分泌刺激が強く、カゼインはインスリン様成長因子の分泌刺激が強いようです(下表)。

カゼインは乳タンパク質の80%を占め、チーズに多く含まれています。カゼインががんの増殖を促進することが指摘されていますが、インスリン様成長因子の産生と関係しているかもしれません。チーズはがんには良くない可能性が示唆されます。 

タンパク質も摂り過ぎるとがんを促進しますが、その種類も重要です。ロイシン、イソロイシン、バリンの分岐鎖アミノ酸の豊富な牛乳や乳製品はがん細胞の増殖を刺激する作用が強いと言えます。あるいは、「牛乳タンパク質は、インスリンやIGF-1の分泌を刺激する活性を高めるような組成になっている」というのが正しいかもしれません。


自然治癒力を高める東洋医学の考え方[2]

東洋医学との出会い、なぜ、癌代替医療に取り組むのか

こちらは、大和薬品さまのサイトです。

追記2

もう一つ、参考となる情報を追加させて頂きます。

こちらは、「国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月からボストンにて研究に従事」というキャリアを持ち、著書も出版されている大西睦子先生に関して書かれた、『大西睦子の健康論文ピックアップ』というブログからのものです。投稿は2012年8月16日、投稿者は堀米香奈子さまという方です。

『結論から言えば、1日あたり大きめのコップ3杯(240ml×3杯)までの牛乳・乳製品は安全で、がんの発症は増えないことが示されました。さらに著者らは今回の再調査に基づき、牛乳や乳製品を摂るのであれば、発酵乳、ヨーグルト、低脂肪の乳製品を選ぶよう推奨しています。ただし気になるのは、牛乳の生産を上げるために遺伝子組み換え牛成長ホルモン (recombinant Bovine Growth Hormone: rBGH)※2を使用した牛から採れた牛乳は、IGF-1の濃度が非常に高いことです(それについては最後に検討します)。』 

この内容を拝見すると、「牛乳の評価は難しいなぁ」とあらためて思います。

そういえば、映画やドラマにでてくる外国人の飲食シーンを思いおこすと500㏄くらいは普通、1000㏄すらあまり珍しくないという雰囲気なので、そもそも日本人の牛乳摂取量の感覚とはだいぶ違のだろうと思います。

がんと自然治癒力6

T・コリン・キャンベル博士は40年余りにわたり栄養学研究の第一線で活躍され、1982年にはアメリカ政府の依頼を受け、NAS(全米科学アカデミー)の報告書「食物・栄養とがん」をまとめました。また、同時期に中国において、チャイナ・プロジェクトと呼ばれる大規模な疫学調査を開始しました。

700ページを超える大作は目次の項目数も極めて多いのですが、この本の全体像をイメージして頂くのに有効であると考えますので、非常に長くなりますがご紹介させて頂きます。

出版:グスコー出版

日本合本版発行:2016年1月初版(原書初版:2005年1月)

 

『第一のマクガバン報告』に関しては前回のブログを参照ください。

58ページの冒頭には、

食べ物について知らない人が、どうして人の病気について理解できようか」ヒポクラテス医学の父。紀元前460~357年

という印象的な言葉がありました。

 

※医学の進歩は早いので、原書の初版が2005年1月という点に注意する必要があると思います。

はじめに―「新たな発見」がもたらす、すばらしき人生

第1部 「動物タンパク神話」の崩壊

第1章 私たちの体は、病気になるように作られているわけではない

●心臓発作の父を救えなかった悔しさ

●病気になる人のサイン

●医療制度は私たちの体を本当に守ってくれているだろうか

●医療費世界一を誇るアメリカの寂しい現状

●「特定の栄養成分で健康になれる」という幻想

●健康を手に入れるために知っておくべきこと

●すべての研究は、「人々の健康」のために

●遺伝に優る栄養摂取の影響

●膨大な研究結果が示す「病気予防の結論」

●「父の悲劇」を繰り返さないために 

第2章 「タンパク質神話」の真実

●「タンパク質神話」成り立ちの秘密

●「肉への崇拝」を支えた学者たち

●「良質=健康に良い」という、大きなる誤解

●「低質の植物タンパク」こそ最もヘルシー

●「良質タンパク」による飢餓根絶プロジェクト

●栄養失調の子供たちと発ガン物質

●肝臓ガンになるのは、裕福な家庭の子供たちだった

●研究人生における「究極の選択」

●結論に至るまでの科学的プロセス

●「食生活と病気」を結ぶ、相関関係と因果関係の捉え方

●偶然を否定する「統計的有意」の信頼性

●真実の可能性が最も高い証拠とは

第3章 ガンの進行は止められる

●「発ガン性」という言葉に敏感な国民

●マスコミによる誇大報道の危うさ

●ガン発生の真犯人を見つけた!?

 ※動物実験について(動物愛護との狭間で)

●ガンはこうして作られる 

(1)イニシエーション(形成開始期)―きっかけは発ガン物質

(2)プロモーション(促進期)―成長は食べ物しだい

(3)プログレッション(進行期)―致命的なダメージの始まり

●タンパク質の摂取量とガン細胞形成の関係

●「ガンの病巣の成長」に与えるタンパク質の影響

●ガンをコントロールすることは可能か

●ガンの促進要因は、「カゼイン(牛乳タンパク)」だった

●「ネズミによるタンパク質研究」に関するQ&A

●「100対0」という結果が示す信頼度の高さ

●「カゼイン」が発ガン物質を刺激する

●発ガン物質の量よりも重要なもの

●新たなる研究チャンスの訪れ 

第4章 史上最大の疫学調査「チャイナ・プロジェクト」の全貌

●幸運がもたらした「ガン分布図」の入手

●アメリカと中国では何が違うのか

●大型研究プロジェクトのスタート

●「中国農村部の食習慣」を徹底分析する

●「貧しさが原因の病気」か「豊かさが招く病気」か

●コレステロールはどのようにして病気を招くのか

●「コレステロール値が低いとガンのリスクが高くなる」というまやかし

●血中コレステロール値の改善により回復していく病気

●血中コレステロール値を改善する食習慣

●脂肪に関する多くの疑問

●遺伝子リスクよりも優先すべきもの

●中国農村部で乳ガンが少ない理由

●「乳ガンと動物性食品」の深い関係

●食物繊維はなぜ必要なのか

●食物繊維をたくさんとれば、コレステロールは減っていく

●抗酸化物質は自然界からの美しき贈りもの

●サプリメントより丸ごとの果物・野菜

●アトキンス・ダイエットの致命的欠陥

●「セールスへの貢献システム」が支えるダイエット法

●「炭水化物の健康価値」を正しく学ぶ

●体重はこうして増えていく

●人体の複雑なメカニズムが教える「正しい減療法」

●「動物タンパクでなければ大きくなれない」という嘘

●プラントベースの食事のすばらしさ

●動物実験と人を対象とした研究データの一致

●「チャイナ・プロジェクト」の成果を阻害するもの

●明日への道を照らすもの

●自らの人生を一変させた「真実」の力

「チャイナ・プロジェクト」の調査方法について

第2部 あらゆる生活習慣病を改善する「人間と食の原則」

第5章 傷ついた心臓が甦る

●心臓病は100年変わらぬナンバーワン・キラー(死因第一位)

●誰にでも訪れる心臓病発症のリスク

●心臓発作はプラークの堆積から

●「フラミンガム心臓研究」のはかりしれない恩恵

●限られた地域での頻発発症の理由

●モリソン博士が示した治療のヒント

●希望を遠ざけた「動物性食品」擁護

●男らしい男だけが心臓病になる?!

●心臓病の死亡率低下のからくり

●結局は期待はずれに終わるテクノロジー治療

●エセルスティン博士の大いなる功績

●「食事改善後の患者トラブル」はゼロ

●「ライフスタイル転換」を導入したオーニッシュ博士の成果

●一人当たり三万ドルの医療費削減

●政府の指導に従うか、自分で希望をつかむか

第6章 肥満の行き着く先

●自分の体格指数(BMI)を知る

●増え続ける子供の肥満問題

●肥満を助長している社会システム

●ベストの減量法は長寿につながる

●やせられない人には理由がある

●肉食者より多く食べてもスリムでいられる理由

●一日わずかのエクササイズが及ぼす相乗効果

●肥満原因の解消は誰にも可能

第7章 糖尿病追及への道

●糖尿病の持つ二つの顔

●なぜ糖尿病はお金がかかるのか

●糖尿病は食生活次第で消えていく

●研究が明かす本当の「原因と結果」

●「糖尿病協会の推奨食とベジタリアン食」の対照研究

●食習慣を変えることは、非現実的なのか

第8章 ガン対策はどのように改善されるべきか

●乳ガン、大腸ガン、前立腺ガンを語ることの意義

●「乳ガン遺伝子発見」の報道が招いたもの

●乳ガン発症、四つの危険因子

●既存の「乳ガン対策」を再検証する

(1)遺伝子に対する考え方

(2)乳ガン検診に対する考え方

(3)予防薬と切除手術に対する考え方

(4)環境化学物質に対する考え方

(5)ホルモン補充療法(HRT)に対する考え方

●現状の「乳ガン治療」に対する結論

●大腸ガン罹患率の地域格差

●「結腸ガンと肉の摂取」の関係

●食物繊維の効能は、どこまで明かされているのか

●今わかっていることだけで、大腸ガンは防げる

●カルシウムに富む食事はガンと闘えるのか

●運動の効能と検査に対する姿勢

●前立腺ガンの発症パターン

●文献が証明する「乳製品と前立腺ガンの関係」

●前立腺ガン形成のメカニズム

(1)成長ホルモンに関するメカニズム

(2)「ビタミンDの代謝」に関するメカニズム

●現代医療への挑戦

第9章 自己免疫疾患根絶のために

●自己免疫疾患は一つの壮大な「病」である

●侵入物に対する驚くべき免疫力

●免疫システムについてわかっていること

●1型糖尿病発症のプロセス

●一卵性双生児が「二人とも1型糖尿病になる」確率

●「牛乳は危険な食品」を裏付ける研究

●「牛乳否定」すりかえのための論争

●多発性硬化症患者に起こっていること

●スワンク博士の追跡調査

●遺伝の心配よりも食習慣の見直し

●自己免疫疾患すべてに共通すること

●「タブーの打破」から始まる根絶への道

第10章 食が改善する「骨、腎臓、目、脳の病気」

●食習慣が左右する「老化現象」

●骨粗鬆症発症のメカニズム

●骨折率と食べ物の相関関係

●乳製品は強い骨を作れるのか

●骨粗鬆症予防のためのアドバイス

●腎臓結石を患う人の特徴

●ロバートソン博士の結論

●眼疾患の改善

(1)黄斑変性症予防の切り札は濃い緑葉野菜

(2)白内障の手術を回避するために

●認知症、アルツハイマー病も改善

●植物に含まれる抗酸化物質が脳を守る

●果物と野菜でリスクを除く

●最良の食習慣が「最良の健康」へと導く

【補項】「ビタミンDの働き」について

◎「体内ネットワーク」が教えてくれるもの

◎二つのビタミンDの活躍

◎日光浴がベストの「ビタミンD摂取法」

◎カルシウムのとりすぎが招くもの

◎ガンを増殖させるもの

◎「生命ネットワーク」の驚異

第3部 科学が導き出した「究極の栄養摂取」

●真実を覆い隠す最悪情報の洪水

第11章 私たちの健康と食べ物に関する「八大原則」

●食習慣が与えてくれる恩恵

●【第1の原則】栄養の正しい定義とホールフードの価値を知る

●【第2の原則】サプリメントへの警鐘を知る

●【第3の原則】植物性食品の意義は甚大である

●【第4の原則】遺伝子の働きは栄養次第である

●【第5の原則】有害な化学物質以上に有害なものがある

●【第6の原則】正しい栄養摂取が回復をもたらす

●【第7の原則】正しい栄養は体全体に貢献する

●【第8の原則】体はすべてつながっている

●自分の問題から、地球への貢献へ

第12章 「食べ物の基本」を学ぶ

●良いものはシンプルである

●肉はどこまで排除すべきか

●肉食はやめられる

●新しい「食の発見」を知る

●食生活改善時のアドバイス

●ある食事改善の実践記録

第4部 「正しい情報」はいかにして葬られるのか

●「どうして知らなかったのか」という素朴な疑問

第13章 癒着の支えられている「科学」の暗部

●イカサマ商法と健康詐欺

●「科学の砦」の中での役割

●政府系“栄養委員会”新設の裏側

●業界支持派メンバーとの対立へ

●インチキ扱いされた『マクガバン報告』

●「公衆栄養情報委員会」の廃止と再結成

●『食物・栄養とガン』への風当たり

●「米国ガン研究協会」の創設と「米国ガン協会」の反発

●「米国ガン研究協会」への組織的中傷

●裏切り者キャンベルの追放運動

●真実と欺瞞の判別

第14章 消費者に届く情報、届かない情報

●サプリメント・メーカーのいかがわしい主張

●特定の栄養素だけをとり上げることの愚かさ

●恥ずべき悪例「ナーシーズ・ヘルス・スタディー」

●研究対象の看護師は平均的米国人女性より肉食中心だった

●低脂肪食の落とし穴

●脂肪と動物性食品の無意味な比較研究

●一億ドルをかけた研究でわかったこと

●疑問の多いハーバード大学の研究結果

●「ハーバードの結論」に対する反論

●ハーバード大学の犯した過ち

●「オーシーズ・ヘルス・スタディー」の致命的欠陥

●「要素還元主義」の危険性

●栄養学研究者が心すべきこと

第15章 業界の発信する情報は、はたして「科学」なのか?

●巨大食品企業のマネーパワー

●スパイ活動を行う科学者たち

●学校現場における牛乳普及活動の実態

●乳業協同組合が指導する栄養教育とは

●「牛乳は体に良い」という思い込み

●業界が作り出す「健康効果」の真偽

●巧妙な実験とメディアの責任

●どのようにもアレンジできる「業界の科学」

●自然との調和より「加工」というテクノロジー

●「オレンジはビタミンCの王様」と誰が言ったのか

第16章 政府は私たちの味方なのか?

●マッチポンプの元凶

●政府が決める推奨量は誰のための数値か

●タンパク質の推奨量はどのように設定されたか

●砂糖の制限量を増加させた脅迫

●業界が政府組織に介入していくからくり

●政府が決めた推奨量が及ぼす波紋の大きさ

●国立衛生研究所の「栄養関連予算」は3.6%

●「生物医学研究」という名の新薬開発

●人々の犠牲の上に成り立つ「栄養政策」

第17章 医学は誰の健康を守っているのか?

●「食の改善」を治療にとり入れた二人の名医

●全米を代表する外科医の苛立ち

●ドクター・スプラウトの誕生

●食事療法を否定する医者の心理

●医者の治療に勝るもの

●栄養教育の欠如が招く危機的状況

●マクドゥーガル博士の挫折と挑戦

●卒業の日に告げられた言葉

●製薬業界からの甘い誘い

●「薬を使わない治療法」が存在しない理由

●食事療法と心臓病科の衝突

●患者の回復を望まない病院

●全快した理由を聞こうとしない主治医

●拒絶されたエセルスティン博士の提案

●現状の医療は、私たちの健康を守ってくれない

第18章 歴史から学ぶもの

●驚くべき血縁

●先人たちが知っていたこと

●プラントが予測した未来

●「食べ物と健康」の結論―すでに私たちは証拠を握っている

●未来への希望

次なる使命をめざして(「訳者あとがき」にかえて)―松田麻美子

それでも私はあきらめない(日本のみなさんへ)―T・コリン・キャンベル

合本版「訳者あとがき」―松田麻美子

 

 

「本書を讃える人々」に続き、本編に入る前のページに、次のような注意点が記されています。

 

本書に記されている事柄はいずれも、しかるべき医療に代わるものと考えるべきではありません。

また、まずかかりつけの医師に相談せずに、食事や運動のパターンを変えるべきではありません。現在、心臓病や高血圧、あるいは2型糖尿病などと関係する何らかのリスクファクターのために治療を受けている場合には、特に注意してください。』

(T・コリン・キャンベル、トーマス・M・キャンベル)

ブログでは目次の中の青字個所である、“はじめに―「新たな発見」がもたらす、すばらしき人生”

『第3章 ガンの進行は止められる』の中から“ガンはこうして作られる”  以降の部分

『第4章 史上最大の疫学調査「チャイナ・プロジェクト」の全貌』の中から“幸運がもたらした「ガン分布図」の入手”  と  “アメリカと中国では何が違うのか”

『第8章 ガン対策はどのように改善されるべきか ― 前立腺ガン形成のメカニズム』の中から、“成長ホルモンに関するメカニズム”  と  “「ビタミンDの代謝」に関するメカニズム”

これらについては、それぞれ全文をご紹介しています。

そして、“第11章 私たちの健康と食べ物に関する「八大原則」”に関しては一覧表にしたものを載せています。

なお、文章内の太字はすべて著者によるものです。(私の方で太字にしたものはありません)

最後に、「牛乳消費量と発ガンとの関係性について」という、自分なりに調査検討したものを添付させて頂きました。

はじめに―「新たな発見」がもたらす、すばらしき人生

「真実」は有害情報の山の中に隠されている

学究生活のすべてを「栄養と健康に関する研究」に捧げてきた私でさえも、今日、人々が栄養情報を求める熱意には驚くばかりである。

ダイエット本は絶え間なくベストセラーに名を連ねているし、大衆雑誌を開けば、どれも栄養のアドバイスを特集している。新聞にはいつも健康関連記事が掲載されているし、テレビやラジオでは、必ずダイエットと健康関連の番組が放送されている。

しかし、こうした大量の情報を手に入れることで、はたして健康改善のためになすべきことを理解した、と確信できるのだろうか。例えば、次のような問題について、あなたはどう判断するだろうか。

 

・農薬をとり込まないために、オーガニックのものを買うべきだろうか。

・環境化学物質はガンの根本原因だろうか。あるいは、健康は生まれたときに受け継いでくる遺伝子によって、あらかじめ決められてしまっているものだろうか。

・炭水化物は本当に太る原因なのだろうか。

・脂肪の摂取量について、もっと気をつけるべきなのだろうか。あるいは、飽和脂肪とトランス脂肪の摂取だけに気をつければ大丈夫なのだろうか。

・ビタミン剤をとるとしたら、どのビタミンをとるべきなのか。

・食物繊維を追加した強化食品を購入すべきだろうか。

・魚な食べるべきか、もしそうだとしたら、どのくらいの量を食べればいいのだろうか。

・大豆食品を食べると、心臓病を予防できるのだろうか。

 

あなたはおそらく、こうした疑問への回答にあまり確信が持てないのではないか、と私は思う。しかし、そうであったとしても、それはあなた一人だけではない。

いくら情報が洪水のようにあふれていても、健康向上のために何をすべきか、本当にわかっている人はごくわずかしかいないのだ。

その理由は、研究が行われてこなかったからではない。研究は行われてきている。我々科学者は、「栄養と健康の相関性」について、膨大な情報を持っている。

しかし、科学が解明した「真の情報」は、不適切で有害といっていい情報の山に埋もれてしまっているのである。すなわち、論理的根拠の乏しいジャンク・サイエンスや一時的なダイエット法、食品業界の宣伝、といった価値のないものの下に隠されてしまっているのだ。

私は、この状況を変えていきたい、と切に願っている。私は本書の中で、「栄養と健康についての新しい考え方」をみなさんに提供するつもりだ。それは迷いをなくし、病気を予防・改善し、今よりもっと充実した人生を送るのにきっと役立つはずだ。

本書が提示する「真実」

私はこの「栄養と健康」についての研究組織に50年近く在籍している。しかもその上層部にいて、大きなプロジェクトを企画・指揮したり、研究が資金援助を受けられるかどうかを検討したり、また膨大な量の科学的調査をまとめ、全米専門委員会に報告するといった仕事をこなしてきた。

研究と政策決定といった分野で長年経験を積んできた私は、今なぜ、アメリカ国民が健康に関して悩んでいるのか、その理由がよく理解できる。

国民には、自国研究費や健康政策費を負担している一納税者として、「食べ物、健康、そして病気に関してこれまで聞かされてきた考え方は間違っている」という証拠を知る権利がある。本書の核ともいえる「真実」は次のとおりだ。

 

・環境や食品の中の化学合成物質は、たとえどんなに問題があったとしても、ガン発症の主たる原因ではない。

・両親から受け継いだ遺伝子は、病気の犠牲になるかどうかを決定する最も重要な要素ではない。

・「やがては遺伝子研究の成果が薬による病気治癒を可能にするだろう」といった期待は、今すぐ可能で強力な解決策を無視したものだ。

・炭水化物、脂肪、コレステロール、オメガ3脂肪酸などの栄養摂取をうまくコントロールしても、それは長期にわたる健康につながらない。

・ビタミン剤や栄養剤のサプリメントは、長期にわたる病気予防の効果を与えてはくれない。

・薬や手術は、アメリカ人を死に追いやるほとんどの病気を治すことはない。

・あなたの主治医は「あなたが最も健康になるために必要なこと」を、おそらく知らないだろう。

身を守るための最も強力な武器

私は、「人々が体にとって良い栄養だと思っているものは何か」をもう一度考えみよう、と提案しているにほかならない。

有名な資金提供機関からの援助を受け、27年の間に築いた研究の成果をはじめ、私の40年以上にわたる研究の結果が答えになるだろう。今までの生物医学の研究に対して物議をかもすような結果だが、間違いなく「正しく食べることこそが、あなたの命を救う」ことを証明している。

書き方にある種の工夫をこらす著書もいるようだが、私は個人的な意見に基づいた結論を読者に信じてもらえるような書き方をするつもりは毛頭ない。本書には750余りの参考文献が用いられている。

しかもこれらの大半は、私以外の研究者によるガンや心臓病、脳卒中、肥満、糖尿病、自己免疫疾患、骨粗鬆症、アルツハイマー病、腎臓結石、失明などに関する情報である。科学雑誌、とりわけ病気を減らす方法を提示している何百もの情報源である一流科学雑誌に掲載された研究結果の中には、次のようなものがある。

 

・糖尿病患者は食習慣を変えれば、薬をやめることができる。

・心臓病は食習慣だけで回復させることができる。

・乳ガンは、食べるものによって決まる「血中女性ホルモンのレベル」と関係している。

・乳製品の摂取は、前立腺ガンのリスクを高める。

・果物や野菜に含まれる抗酸化物質は、高齢者の知的能力の維持と関係している。

・腎臓結石は、ヘルシーな食習慣で予防できる。

・子供にとって最悪な病気の一つである1型糖尿病は、間違いなく授乳習慣と関連している。

 

こうした研究結果は、「より良い食習慣こそが、さまざまな病気から身を守る最も強力な武器である」ことを立証している。

したがって、この科学的証拠を認知することは、健康改善のために重要であるばかりか、私たちの社会全体にとっても、大変深い意味がある。

なぜ誤った情報が広く蔓延し続けているのか、そして「食習慣と病気に関する調査法」「健康状態を向上させる方法」「病気の治療法」などが皆、誤った方法であるのはなぜなのか、ということを私たちはきちんと知っておくべきなのだ。

アメリカ国民の悲惨な現状

莫大な金とあらゆる手段を使っているにもかかわらず、アメリカ国民の健康状態は悪化する一方である。私たちアメリカ人の一人当たりの医療費は、世界中のどの国よりもはるかに多い。それなのにアメリカ人の3分の2は過体重(体格指数=BMI25以上)で、15%余りは糖尿病だ。近年、この数字は急激に増加してしまった。

30年前よりずっと多くの人が心臓病の犠牲になっているし、1970年代に始まったガンとの闘いでは、惨めな失敗を繰返している。

アメリカ人の半数が健康上のトラブルを抱えており、週ごとに医者から薬の服用を命じられている。そして、1億人以上が高血圧症なのだ(人口の約33.3%)。

さらに悪いことに、わが国の子供や青少年たちを若いうちからますます病気の道へと導いている。彼らの3分の1は過体重か、あるいは過体重になるリスクを抱えている。

かつては大人だけに限られていた糖尿病も、年々子供たちに広がっている。こうした子供はこれまでとは比べものにならないほど多くの薬を飲んでいるのだ。

「健康神話」の原点

問題はすべて、次の三つの習慣に行き着く。すなわち、朝食昼食、そして夕食だ。

40年余り前、私が仕事を始めたばかりの頃、食べ物が「健康上のトラブル」とこれほどまで密接に関係しているなどとは思いもしなかった。

何年もの間、「どの食べ物を食べるのが自分の体にとってふさわしいか」などということは決して考えることがなかったのである。皆が食べているものを同じように安心して食べていた。すなわち、私が食べていたものは、「良い食べ物だ」と信じていたのである。

私たちは誰もが、「おいしいもの」「簡便なもの」、もしくは「両親が作り方を教えてくれたもの」を食べている。ほとんどの人の食べ物の好みや食習慣は、与えられた環境の中で教えられ身につけたものだろう。

私の食習慣も、私の人生とともにできあがったものだ。私が育ったのは、牛乳が暮らしの中心となっている酪農家の家だ。私たちは学校で、「牛乳は、強くて健康な骨や歯を作ってくれる」と教わった。「牛乳は、自然が与えてくれた最も完璧な食品だ」とも教わった。

また、私の家ではほとんどの食べ物を自分の畑か牧場で作っていた。

大学へ行くように言われたのは、家族の中で私が最初だった。私はペンシルベニア州立大学で予備獣医学を学び、一年間ジョージア大学の獣医学部に通ったところで、コーネル大学が私を招聘してくれた。動物栄養学について大学院で研究するための奨学金付きだった。

ある意味、私は自分が学校に授業料を払うのではなく、学校が学費を支給してくれるという理由のために転学したともいえる。

私はそこで修士課程を終えた、私はネズミの寿命を延ばす研究(通常の食事より量を少なく与えることで発見)で有名なコーネル大学教授、クリーブ・マッケイ博士に最後の教え子としては学んだ。

コーネル大学で私が行なった博士課程の研究は、牛や羊を早く成長させる方法を発見することにあった。私は「動物性タンパク質の生産力」を向上させようとしていたのである。私が栄養学で習った基本は「より良質の栄養摂取」にあったからだ。

私は肉や牛乳、卵の摂取をもっともっと推奨することによって健康改善を促進する。という道を一目散に歩んでいたのである。明らかにそれは、幼い頃の農家での体験の延長であったし、アメリカ人の食事は世界で最もすばらしいものだ、と相変わらず信じていたからだった。

人格が形成される頃、私は「アメリカ国民は正しい食事をしている。それは高品質の動物性タンパク質を十分にとっているからだ」という言葉を繰り返し繰り返し聞かされたのである。

肝臓ガンの真相

研究生活に入ったばかりの頃、私は最も有害な化学物質として知られる「ダイオキシン」と「アフラトキシン」について調べることになった。

私は初め、マサチューセッツ工科大学で仕事をしており、ニワトリのエサ関するテーマを与えられた。毎年何百万羽ものニワトリが未知の有害化学物質のために死んでいくため、エサに含まれる化学物質を発見し、その構造を解明する仕事を任されたのだ。

二年半後、私は化学物質として最も有毒といえるダイオキシンを発見するのに貢献した。以来、この化学物質は広く注目を集めた。それは、この化学物質がベトナム戦争で森林を枯らすのに用いられた除草剤(別名、エージェント・オレンジ。俗に、枯れ葉剤といわれているもの)の一要素だったためだ。

 

その後私はマサチューセッツ工科大学を辞め、バージニア工科大学で教授の職を得た。そこでフィリピンの栄養失調の子供を救うための「全国プロジェクト」を援助する仕事を始めた。

このプロジェクトでは、通常は成人の病気である肝臓ガンがフィリピンの子供に異常に多いということを研究する課題も含まれていた。ピーナツやコーンに含まれるカビ毒のアフラトキシンを大量に摂取していることが原因である、と考えられていた。

今まで発見された化学物質の中では、アフラトキシンは最も強力な発ガン物質の一つである、といわれてきた。

最初の10年間、我々はフィリピンの貧しい子供の栄養失調を改善することを第一の目標とした。このプロジェクトはアメリカ政府国際開発機関の資金提供によるもので、最終的には、フィリピン全土のほぼ110か所に「栄養摂取のための自助教育センター」を設置した。

我々の目標は、子供たちができるだけ多くのタンパク質をきちんととっているかどうか確かめる、という単純なものだった。

「世界中の多くの子供たちが栄養失調なのは、タンパク質、特に動物性食品からのタンパク質が不足しているためだ」というのが、当時の一般的な捉え方だった。

そのため、世界中の大学や政府が、発展途上国で予測される「タンパク質不足」を補う取り組みを行っていた。

ところが、このプロジェクトで私は大変な秘密を知ってしまったのである。それは、最も高タンパクの食事をしている子供たちが、肝臓ガンになるリスクが最も高い、という事実だった。ガンになっている子供は、裕福な家庭の子供たちだったのである。

異端者への道

同じ頃、フィリピンの現象と関連のあるインドからの研究報告書を発見した。これにもまた、物議をかもすような研究結果が含まれていた。

インドの研究者は、ネズミを二つのグループに分けて実験していた。一方にはガンを引き起こすアフラトキシンを投与し、そのあとタンパク質が総摂取カロリーの20%というエサが与えられた。この比率は欧米社会に住む成人たちの多くが摂取している量に近い。

もう一方のグループにも同量のアフラトキシンが投与されたが、そのあとのエサはタンパク質の比率がわずか5%というものだった。

20%のタンパク質を与えられたネズミは、どれも皆、肝臓ガン形成の形跡があったが、5%のグループでは、すべてのネズミが肝臓ガンを免れていたという。

なんと「100対0」の結果だったのである。そのため、「適切な栄養摂取を続けていれば、非常に強力な発ガン物質さえ打ち負かせる」ということは疑う余地はなかったのだ。

この情報は、これまで私が教えられてきたことをすべて否定するものだった。「タンパク質は健康に良くない」などと言うのは異端とされていたからだ。ましてや、「タンパク質はガンの成長を促進する」などと口にするのはとんでもない行為だった。しかしそれは、私のその後のキャリアを決定づける瞬間となったのだった。

研究生活を始めたばかりなのに、このような物議をかもすような問題について研究するのは、あまり賢い選択ではなかった。

タンパク質や動物性食品について疑問を投げかけることは、たとえ研究結果が「正統の科学」で認められたとしても、「異端者」というレッテルを貼られる危険を冒すことになるからだ。

しかし、私はもともと、命じられた指示だけ遂行するようなタイプではなかった。

農場で馬や牛を追い立てるのを初めて学んだとき、あるいは狩りや魚釣りや畑仕事を習ったとき、自分独自の方法をためしてみたい、と思った。そうしなければ自分で納得できなかったのである。

もし畑でトラブルに直面したとき、次にどうすべきか自分自身で考えなければならなかったからだ。

農家の子供なら誰でも言えると思うが、子供の頃の経験は実に偉大なる学びの場だった。そのとき身につけた独立心は、今でも失っていない。

発ガン物質をコントロールするもの

こうして難しい決断に直面した私は、ガンの発生における栄養摂取、とりわけタンパク質の役割について、徹底的な研究プログラムを始めてみよう、と決断したのである。

同僚と私は慎重に仮説を立て、研究手順が厳密に、そして研究結果の解釈に関してはきわめて慎重に行った。

私はこの研究を、「ガン形成における生化学研究」として、科学の基本レベルで行うことにした。

タンパク質がガンの成長を促進するかどうかという点だけでなく、どのようにして促進するのかを知ることが重要だったからである。そうした進め方が最も適切な方法だった。

結果的に、「正統の科学」のルールに従い、新発見に対して興奮するようなこともなく、この物議をかもすようなテーマに没頭することができた。

最終的にこの研究は最も綿密に審査が行なわれ、資金援助源としては最も競争率の高い機関(ほとんどが国立衛生研究所、米国ガン協会、米国ガン研究協会など)から27年間にもわたって、十分な資金援助を受けることができた。

こうして我々の研究結果は、一流とされる多くの科学雑誌に公表されるため、二度目の審査を受けることになったのである

我々の発見は、まさに衝撃的だった。

低タンパク質の食事は、どれだけアフラトキシンをネズミに投与したかには関係なく、この発ガン物質によるガンの発症を予防したのである。

ガンの発症が確認されたあとでも、低タンパク質の食事はそれに続いて生じるガンの増殖を劇的に阻止した。

言い換えれば、このきわめて強力な発ガン性化学物質による影響力は、低タンパクの食事によって、取るに足りないほどのものに変えられてしまったのだ。

要するに、食事に含まれるタンパク質は、ガンに及ぼす影響があまりにも強いため、タンパク質の摂取量を変えるだけで、ガンの増殖を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることができたのである。

そのうえ、実験でネズミに与えたタンパク質の量は、私たち現代人がいつも摂取している比率量だったのである。発ガン物質の研究でよく行われるような、並外れた量のタンパク質を与えたわけではないのだ。

しかも、これが研究結果のすべてではない。我々は、すべてのタンパク質にこの作用があるわけではない、ということも突き止めている。「絶えずガンの発生・増殖を強力に促進させるものの存在」がわかったのである。

それは「カゼイン」だった。これは牛乳のタンパク質の87%を構成しているもので、ガン形成・増殖のどの過程でも作用していたのである。

また、大量に摂取しても、ガン形成・増殖を促進させないタイプのタンパク質も発見した。この安全なタンパク質とは、小麦や大豆など、植物性のものだった。

史上最大の疫学調査

こうした事実が見えてきたとき、私が最も大切にしてきた「動物性タンパク質は最も良質なタンパク質である」という仮説は、木っ端微塵に打ち砕かれ、新しい挑戦が始まったのだ。

動物による実証研究は、そこで終わったわけではなかった。私は次に、人間の「食習慣」「ライフスタイル」、および「病気」に関して、かつて行われたことのないような生物医学研究史上最大規模の調査を指揮する仕事にとりかかったのである。

それはコーネル大学、オックスフォード大学、中国予防医学研究所の合同で行われた壮大な調査研究だった。のちに『ニューヨーク・タイムズ』紙はこの研究を「疫学研究のグランプリ」と称賛した。

このプロジェクトでは中国農村部、および台湾におけるさまざまな病気と食習慣やライフスタイルについて調査した。

一般的には「チャイナ・プロジェクト」として知られるこの研究で、現在までに、数々の食習慣因子と病気との間には8000余りもの統計的に有意な関係があることが明らかになったのである。

このプロジェクトが特に注目された理由は、食習慣と病気に関するほかの調査でも多くのものが同じ結果を示していた点にあった。

すなわち、動物性食品を最も多く食べていた人たちは、最も多く慢性の病気を発症していたのだ。

比較的少量しか食べていなくても、動物性食品は有害な影響を及ぼしていた。

一方、植物性の食べ物を最も多く摂取していた人たちは、健康で、慢性の病気から免れる傾向にあった。

この研究結果は無視することができないものだった。最初の動物性タンパク質の影響に関する実証研究から、食習慣に関するこの大規模研究までに判明したことは、見事なほどどれも一致した内容だったことを証明していた。

すなわち、動物性の栄養を摂取するか、それとも植物性の栄養を摂取するかによって、健康にもたらされる影響は著しく違っていたのである。

だが、「動物研究」と膨大な「人を対象とした研究」のこの結果がどんなにめざましいものであったにしても、私はこれらに満足していたくはなかったし、また、ここで止まるようなことはしなかった。

なぜ正しい情報が発信されないのか

次に私は、ほかの研究者や臨床医学者の別の研究結果を探し始めた。そうした個人の研究結果はといえば、過去50年間において最も興奮させる科学的発見といえるものだったのである。

この研究結果では、「心臓病、糖尿病、肥満は、ヘルシーな食習慣によって改善できる」ということが、証明されている(第2部に掲載)。

また、そのほかの研究では、「各種ガン、自己免疫疾患、骨や腎臓の健康、高齢者の視力や脳障害(認識機能障害やアルツハイマー病など)は、間違いなく食習慣に影響されている」ことが証明されている。(第2部に掲載)

最も重要なことだが、これらの病気を回復、そして予防することが再三証明されている食習慣とは、「プラントベース(植物性食品中心)の、ホールフード(未精製・未加工の食べ物)で構成された食事」のことである。これは、最良の健康を促進するため、研究室や「チャイナ・プロジェクト」で私が発見したのと全く同じものだ。

これらの研究で明らかにされたことは、どれも一致していた。しかし、この情報の信頼性にもかかわらず、そしてまた、この情報が大きな希望を与えてくれているにもかかわらず、さらには、この事実を国民が早急に知る必要があるにもかかわらず、人々は依然として知らない状態のままなのだ。

私には心臓病をわずらっている友人が何人もいる。友人たちはこの病気はもう避けられないと考えている様子で、落胆したままでいる。

乳ガンを極度に恐れ、「切除」こそ乳ガンのリスクを最小限する唯一の手段ででもあるかのように信じている女性と話したこともある。自分の乳房ばかりか自分の娘の乳房さえ、手術で取り除いてもらいたいと願っているのだ。

私の出会った多くの人が病を得て、健康を維持するためにはいったいどうすればいいのかわからず、悩んでいた。

多くの人が迷ったままでいるが、私にはその理由がよくわかる。それは、「健康情報はいかにして生まれ、どのように伝えられているのか」「誰が健康問題への取り組みをコントロールしているのか」といった疑問が生じてしまうからだ。

長年、健康情報を生み出す側にいたため、舞台裏で何が起こっているのかを見つめてきた。そして今、この「情報発信」のどこが間違っているかを世界に知らせるつもりだ。

皮肉を込めて言えば、「政府と業界」「科学と医学」の境界は不鮮明なのだ。「利益を生み出すこと」と「健康増進」の境界線もはっきりしなくなっている。情報発信を操作しているこの問題は、ハリウッドで作られる映画の中の話のように、不正行為のような形では現われない。

問題はもっと捉えにくく、複雑で、もっと危険を生み出す性格を持っている。その結果、膨大な誤った情報が発信され、一般のアメリカ国民は、この情報に対して二重に代償を払うことになるのである。

すなわち、研究のための税金を国民として提供し、次に、本来は予防可能な病気の治療のため個人の医療費としてお金を使うことになるのである。

良き人生航路をめざして

本書は、私の個人的な経験から始まり、「栄養と健康に関する新たな発見」で終わる。

6年間、私はコーネル大学に「ベジタリアン栄養学」という新しい選択科目の講座を設け、教鞭を執るようになった。

この種の講座はアメリカの大学では最初の試みだったが、想像以上に好評で、大成功を収めている。講座では「プラントベースの食事」がもたらす「健康な人生の価値」に焦点を合わせた。

マサチューセッツ工科大学やバージニア工科大学での研究生活のあと、30年前にコーネル大学に戻ってきた私は、そこで「栄養学の上級講座」として化学・生化学・生理学、そして毒物学を統合した講義を求められた。

わが国における最高レベルの科学的な研究、教育、政策決定に40年間携わってきたが、私は今、科学のこうした専門分野を統合し、納得できる講義を実現したい、と願っている。それが、この講座において私がめざしてきたことなのである。学期の終わりには多くの学生が、「人生が良い方向へ変わった」と報告してくれる。

そう、これこそが、本書刊行の願いであり、私がみなさんのより良き人生のためにお手伝いしたいことなのである。

読者のそれぞれの人生航路もまた、より良き方向に針路変更できることを心から願っている。 

 

236ページの一部です。これは「チャイナ・スタディ」の根幹の一つだと思います。

 

『食事中のカゼインの量を調節することによって、ガンの増殖を刺激したり、止めたり、また1Aクラス(100%ガンを引き起こす可能性があるクラス)の発ガン物質であるアフラトキシンによるガンの誘引作用を無効にしたりできる。しかし、この研究結果は事実として確認されたにもかかわらず、人間ではなく、なおも実験動物のみに当てはまるものだった。

したがって、人間の肝臓ガンの原因に関する証拠を突き止めるために、私は「チャイナ・プロジェクト」に大きな期待を寄せていた。』

 

第3章 ガンの進行は止められる

ガンはこうして作られる

ガンはイニシエーション(形成開始期)、プロモーション(促進期)、プログレッション(進行期)の3つの段階を経て進行していく。これはちょうど、芝生の成長過程に似ている。

画像出展:「GAHAG

 

(1)イニシエーション(形成開始期)…きっかけは発ガン物質

たとえて言えば、「イニシエーション」が芝生の種を土に蒔くときであり、「プロモーション」は芝が種から成長し始めたときであり、「プログレッション」は、芝生がドライブウェー(車道から自宅の車庫に通じる私道)や生垣・歩道にまで侵入して、完全に手に負えなくなってしまった状態といえる。

「そもそも芝生の種を地中にうまく植え付けるしくみ、すなわち高度の発ガン性細胞になり始めるきっかけとは何なのだろうか」

この推進役といえるものが発ガン物質なのである。

この化学物質はアフラトキシンの場合のように、少量は自然界で形成されることもあるものの、ほとんどの場合は廃棄物焼却の過程の副産物である。

一般にこれらの発ガン物質は、正常細胞を高発ガン性の細胞に変形させる。すなわち突然変異を引き起こす。突然変異は細胞のDNAにダメージを与え、遺伝子に永久的な変質を生じさせることになる。

完全な「イニシエーション」(図5参照)は、非常に短い間に生じる可能性がある。数分ということさえある。これは、発ガン物質が摂取され、血液中に吸収され、細胞の中に運ばれ、活発な物質に変わり、DNAと結合し、その「嬢(娘)細胞」に伝えられるのに要する時間である。

新しい「嬢細胞」が形成されたとき、プロセスは完了する。この「嬢細胞」と、その「子孫細胞」は遺伝子的にダメージを受けていて、ガンを引き起こす可能性がある。

稀な例を除いて「イニシエーション」の成立は「不可逆的である(もとの状態に戻せない)」とみなされている。

 

図5

画像出展:「チャイナ・スタディー」

(2)プロモーション(促進期)…成長は食べ物しだい

先ほどの芝生のたとえで言えば、この時期は芝生の種が土の中に蒔かれ、発芽の準備ができているところである。この段階は、「プロモーション(促進期)」と呼ばれる。

葉を伸ばし、緑の芝生に変わる準備ができた種のように、新たに形成された高度の発ガン性細胞は、発見可能なガンになるまでに確実に成長し、増殖する用意ができている。

促進期は「イニシエーション(形成開始期)」よりずっと長く、人間の場合だとたいてい何年もかかる。

この時期は新たに作られ始めたガン細胞群が増殖し、次第に大きな塊に成長し、目に見える腫瘍が形成されるときである。

しかし、土の中の種と同じように、初めのガン細胞は、適切な条件が満たされない限り、成長し増殖するようなことはない。

例えば、土の中の種は完全な芝生になるまで、好ましい量の水や日光、そしてほかの栄養分が必要である。

これらのうちのどの要素でも与えられなかったり、欠けていたりすると、種は成長しない。成長を始めたあとで、これらの要素のどれかが欠けると、欠けている要素が与えられるのを待つ間、新しい苗は「休眠状態」に入る。

これが「プロモーション」の最も著しい特徴である。

プロモーションは、初期のガンが成長に最適な条件を与えられるかどうかによって、停止させることができる。

食事が重要となるのは、このときである。食事因子は「プロモーター(促進物質)」と呼ばれ、ガン増殖のための食べ物となるのである。「アンチ・プロモーター(抗促進物質)」と呼ばれるもう一つの食事因子は、ガンの増殖を遅らせる。

「プロモーター」が「アンチ・プロモーター」より数で優ると、ガンの増殖は活発となる。反対に、「アンチ・プロモーター」が優勢であるときには、ガンの増殖はゆっくりになるか、あるいは止まる。これは、一方が押すように働くと、他方が引くように働くプロセスなのである。この可逆的な特徴はきわめて重要なので、強調しておきたい。

 

(3)プログレッション(進行期)…致命的なダメージの始まり

第三段階となる「プログレッション(進行期)」は、進行したガン細胞群が体に決定的なダメージを与えるくらいまでガンの増殖が進行したときに始まる。

これはちょうど伸び切ってしまった芝生が、庭やドライブウエー、歩道など至る所を覆ってしまった状態と似ている。

同様に、発達中のガン細胞は最初の場所からさまよい出て、近隣やはるか遠くの組織を侵略する。そのガンが致命的な力を持つようになると、それは「悪性」とみなされる。

最初にあったところから抜け出してさまよっているときの状態が「転移している」ということになる。これはガンの最終段階で、死に至る結果となる。

我々が研究を始めた当初、「ガン形成の段階」についてはぼんやりとした輪郭しかわかっていなかった。しかし、やがてこの問題についてもっと明らかにさせる方法がわかってきた。

まず、疑問点を列挙していった。例えば…

・「低たんぱくの食事は腫瘍の成長を抑制する」というインドの研究結果を証明することができるだろうか。

・タンパク質の摂取量がガンの成長に影響するのだろうか。

・ガン発症のメカニズムは何なのか。すなわちタンパク質はどのように作用しているのか。

解決すべき多くの疑問を抱え、我々は厳密な審査にも耐えられる結果を得るため、徹底した実証研究にとりかかったのである。

タンパク質の摂取量とガン細胞形成の関係

タンパク質の摂取はガンの発症にどのような影響を及ぼしているのだろうか。

我々の最初の検証は、タンパク質の摂取が主にアフラトキシンの代謝に関与する酵素(混合機能オキシダーゼ〈MFO〉)に影響を与えるかどうかの確認だった。

この酵素の働きは非常に複雑だ。なぜなら、アフラトキシンのほかに医薬品やほかの化学物質も分解・代謝するからだ。皮肉なことに、体にとって味方になる場合もあれば、敵になる場合もある。すなわち、この酵素はアフラトキシンの解毒と活性化の両方を行う驚くべき形質転換物質なのだ。(図6参照)

 

図6

画像出展:「チャイナ・スタディー」

我々は研究を開始したとき、「私たちの摂取するタンパク質は、肝臓内に存在する酵素によるアフラトキシンの解毒のされ方を変えることによって、腫瘍の増殖を変える」という仮説を立てた。

当初、タンパク質の摂取量が、この酵素の活動を変えるかどうかを研究し、実験の結果(図7参照)、答えが出た。タンパク質の摂取量を変えることによって、酵素活動は容易に変更することができたのだ。

 

図7

画像出展:「チャイナ・スタディー」

インドで行われた最初の研究のように、タンパク質の摂取量を20%から5%に減少させると、酵素の活動が大幅に低下したばかりか、低下に至るスピードも非常に速まった。

この現象は、「低タンパクの食事によって酵素の活動が低下すると、DNAを突然変異させる危険性のあるアフラトキシン代謝産物(図5の③危険物質AF★のこと)に転換されるアフラトキシンが少なくなる」ということを示していた。

我々はこれが意味することを検証することにした。すなわち、「低タンパクの食事は、アフラトキシン代謝物がDNAと結びつくのを減少させ、その結果、DNA付加体が少なくなる」かどうかの検証だ。

私の研究室にいる大学生のレイチェル・プレストンがその実験を行ない(図8参照)、「タンパク質の摂取量が少なければ少ないほど、アフラトキシン-DNA付加体の量は少ない」ことを証明した。

 

図8

画像出展:「チャイナ・スタディー」

こうして我々は、「低タンパクの摂取は、酵素活動を著しく低下させ、危険な発ガン物質のDNAへの結合を妨げる」という見事な証拠を得たのである。

これは確かに衝撃的な研究結果である。そして、「少量のタンパク質摂取がいかにガンの形成を減らすか」を説明するのに十分な情報に違いはないだろう。

我々は、さらにこの影響について研究を深め、二つのことを確信したかった。そこでさらにほかの説明を探し続けることにしたのだが、時が経過するにつれ、実に驚くべき事実を知ることになった。

タンパク質がその影響を発揮するための方法やメカニズムを追究するたびに、我々は毎回同じ現象に遭遇したのである。

例えば、低タンパクの食事やその同等物は、次のようなメカニズムによって、腫瘍の形成を減少させることを発見したのである。

 

・細胞に入るアフラトキシンが少ないことによって。

・細胞の増殖の速さがもっと遅くなることによって。

・酵素複合体の中で、その活動を減らすための変化によって。

・関係した酵素の必須成分の量が減少されることによって。

・「アフラトキシン-DNA付加体」の形成が少ないことによって。

 

低タンパクの食事がもたらすメカニズムをいくつも発見できたことは、意外なことだった。これはインドの研究者らの研究結果に重みを加えた。

このことはまた、次のことも示唆していた。

生物学的作用は一つの反応を通して影響する、とみなされることが多いのだが、今回のケースはほかの反応と連動する可能性がきわめて高く、さまざまな同時発生的な反応を通して作動することが多かった。

これは、一つのメカニズムがなんらかの方法で回避されてしまったときのために、体には別のバックアップシステムが多く存在している可能性があることを意味しているのではないだろうか。

その後の数年間、研究の進展とともに、この仮説はますます確かなものになり、我々の広範な研究から、「タンパク質の摂取量を減らすと、腫瘍形成を劇的に減少させる」という見解は明白に思われた。

十分な裏付けがあるにもかかわらず、多くの人にとって、この結果は納得のいかないことだったろう。

「ガン病巣の成長」に与えるタンパク質の影響

芝生のたとえ話に戻ると、「イニシエーション(形成開始期)」は種を蒔く時期に該当する。我々は膨大な実験を通して、低タンパクの食事は、種が植え付けられる段階で、ガン体質の芝生の種を減らすことを発見した。これは実にすばらしい発見だったが、次のような疑問解決のため、さらに実験を重ねる必要があった。

・重要な段階である「ガンの促進期」では、はたしてどうなのか。

・「形成開始」段階で発揮された「低タンパク食の効果」は、「ガンの促進期」を通して続くのだろうか。

 

実はこの段階まで、研究は時間と金銭的理由で難問を抱えていた。腫瘍が完全に形成されるまでネズミを生かしておくには、費用がかかる。このような実験はそれぞ2年以上(ネズミの標準的な寿命)を費やし、優に10万ドルの費用がかかるのだ(今日ではもっとかかる)。

我々が抱いていた多くの疑問のために、腫瘍が完全に形成されるのを確認して研究作業を続けることはできなかった。それをしていたら、35年後もまだ私は研究室にいることだろう。

これは、ほかの研究者らによって発表された「ガンの形成直後に現われるガン様の小さな細胞群の測定法」を示す研究について知った頃のことである。

このごく微小の細胞群は「病巣」と呼ばれていた。「病巣」はやがて腫瘍に成長していく前駆細胞群である。

ほとんどの「病巣」は本格的な腫瘍細胞にはならないが、腫瘍の成長を予測するものである。

我々が発見したことは実に注目に値する。「病巣」の成長を観察し、「病巣の数がいくつあるか」「どれだけ大きくなるか」を測定することによって、「腫瘍がどのように成長しているか」「タンパク質はどのように影響しているか」ということも、知ることができたのだ。

腫瘍の代わりに、「病巣の成長」にタンパク質がどう関わっているかを研究することによって、我々は研究のための数百万ドルと一生の時間を費やすようなことは避けられた。

「病巣の成長」は、アフラトキシンの摂取量とは関係なく、ほぼ完全にタンパク質の摂取量に深く関わっていたのである。

このことは多くの方法で立証されたが、最初は、大学院の学生、スコット・アップルトンとジョージ・ダナイフによって立証された(代表的な比較については図9参照)

 

図9

画像出展:「チャイナ・スタディー」

アフラトキシンによる「形成開始期」のあと、「病巣の成長」はタンパク質が20%の食事の場合のほうが、5%の食事の場合よりもはるかに多く促進された。(「%」は総摂取カロリーに対するタンパク質の割合)

この時点まで、すべての実験動物たちは同量のアフラトキシンにさらされていた。しかし、もし初めにさらされるアフラトキシンのレベルが多様であったらどうなるのか、それでもタンパク質は影響するのだろうか、という疑問があった。

我々は、高レベルのアフラトキシンと低レベルのアフラトキシンのいずれかを、ごく標準的な食事とともに二つのグループのネズミに与え、この疑問を解き明かそうとした。

このため、二つのグループのネズミたちが「形成開始」時点で与えられる「ガン性の種」の量を別々にして、「病巣の成長」を促したのである。

次に「ガンの促進期」の段階では、高レベルのアフラトキシンを与えたグループに低タンパク食を、そして低アフラトキシンのグループには高タンパク食を与えた。

「ガン性の種」を大量に与えられた動物たちが、低タンパクの食事をすることによって、苦境を克服できるかどうか知りたかったからだ。

ここでも結果は目を瞠るものだった(図10参照)。ガンの「形成開始」が高レベルのアフラトキシン投与からスタートしたネズミは、タンパク質5%の食事を与えたとき、「病巣」はほんのわずかしか発現しなかった。

 

図10

画像出展:「チャイナ・スタディー」

それにひきかえ、低アフラトキシン投与からスタートしたネズミは、そのあとタンパク質20%の食事をさせたところ、かなり多くの「病巣」を形成した。

こうして、次のような「原則」が打ち立てられた。

 

初期段階では発ガン物質の量によって異なる「病巣の成長」だが、ガンの促進期に摂取される食物中のタンパク質のほうが、「病巣の成長」にはるかに多くの影響を与えている。

 

「ガンの促進期」のタンパク質の威力は、最初の発ガン物質への暴露とは関係なく、発ガン物質に優るのだ。

この知識を基にして、我々はさらに別の実験を企画した。次の実験は、大学院の学生、リンダ・ヤングマンによって行われた「段階別の実験」である。

すべての動物に同量の発ガン物質を与え、次に12週間の「ガンの促進期」の間、変化をつけながら5%と20%のタンパク食を与えた。

我々はこの12週間を、第1期は1~3週、第2期は4~6週といった具合に、3週間ごとの4期に分けた。

第1期と第2期では、ネズミがタンパク質20%の食事を続けている限り(タンパク質投与量20%のまま)、「病巣」は予測どおり増え続けた。

しかしこのネズミに、第3期目から投与量5%の低タンパク食を与えたところ、「病巣の成長」は激減した。

そして第4期から再び20%のタンパク食に戻したところ、「病巣の成長」が再開した。

別の実験では第1期に20%のタンパク食をネズミに与え、第2期に5%のタンパク食に替えると、「病巣の成長」は激減した。

しかしこのネズミを、第3期に入って再び20%のタンパク食に戻すと、「病巣の成長」を再度目撃したのである。

こうした実験は非常に意味深いものがある。

「病巣の成長」はタンパク質の投与量を変えることによってコントロールでき、しかも「病巣の成長」のあらゆる段階で、増大または減少に反転させることができたのである。

実験はまた、次のことも立証した。

初期の発ガン物質による攻撃が低タンパク食摂取時に休止状態になっていたとしても、体はそれを記憶していることができる。

すなわち、アフラトキシンに一度さらされることで、体には遺伝子(刷り込み)が残され、7~9週間後の20%のタンパク食によってその遺伝子が呼び起こされ「病巣」を形成することになるが、それまでの期間(5%のタンパク食の間)は、休止状態でいるということだ。

簡単に言えば、体は「恨み」を抱いているのである。もし私たちが過去に発ガン物質にさらされた場合、それがガンの形成を始めた段階で休止し、その状態のまま留まっていても、やがてこのガンはのちのちの悪い栄養摂取によって再び呼び起こされる可能性がある、ということになる。

この研究結果は、「ガンの増殖は、タンパク質の摂取量を相対的に控えめにすることによって変化を生ずる」、ということを証明しているのだ。

しかし、どれだけの量がタンパク質過剰となり、どれだけの量が過小ということになるのだろうか。

我々はネズミに、4~24%の範囲内のタンパク食を与えて調べてみたところ、タンパク質が10%までだと、「病巣の成長」はなかった。(図11参照)

 

図11

画像出展:「チャイナ・スタディー」

10%を超えると、タンパク質の増加に伴い「病巣の成長」は激増した。

のちに日本人の客員教授である堀尾文彦によって、私の研究室で行われた実験でも、同じ結果が得られている。

【注】堀尾文彦氏は、1988年にコーネル大学栄養科学部に留学。現在は名古屋大学 生命農学研究科 教授。(ご参考:『日本の研究.com』)

最も重大な発見は次の点にある。

 

「病巣の成長」は、動物がその体の成長に必要な食事タンパク質の量を満たしたときか、その量を超えたときに開始される。

すなわち、動物がタンパク質必要量を満たし、その量を超えたとき、病気が始まるのである。

以上はネズミを対象にした研究ではあるが、この研究結果は人間にも当てはまる。なぜなら、大人のネズミや人間が健康を維持していくのに必要なタンパク質の量だけではなく、子供のネズミや人間の成長に必要なタンパク質の量も、著しく似ているからである。(注)

【注】ネズミと人間のタンパク質必要量の比較について

人間とネズミのタンパク質必要量については、次のような異論もあります。

「ネズミのタンパク質必要量は、人間の場合よりもずっと多い」という見解は、1947年、『ジャーナル・オブ・ニュートリション(Journal of Nutrition)』誌に掲載された、ある研究グループの発表に基づくものです。

一方、キャンベル博士の「ネズミと人間のタンパク質必要量/推奨量は、ほぼ同じである」という見解は、上記の発表後の25年間に、さらなる数十の研究が行なわれ、1972年に全米科学アカデミー内の「米国学術研究会議」によって発表されたものです。

これは別々に行われた6つの動物実験の結果から導いた結論であり、少なくとも30の関連研究を再調査したうえのものです。

見解の相違についてキャンベル博士は、「ネズミのタンパク質必要量を人間の必要量とどう結びつけるのかという点の解釈にすぎない」とし、この相違は重要ではなく、最も大切なのは、次の二つのことである、と指摘しています。

①人間にとってタンパク質はどれだけ必要なのか。

②どのような種類のタンパク質が人間にとっての必要量を満たせるのか。

 

キャンベル博士の説明は、次のとおりです。

①過去40~50年の間、いろいろな研究によってさまざまなタンパク質必要量/推奨量が発表されてきたが、現在、多くの専門家や公的機関の合意のもとでの推奨量は、「総摂取カロリーの8~12%(平均10%)」となっている。

この数字は、成長率が最もめざましい子供から妊娠中や授乳中の女性たちまで、すべての人の必要量を満たし、全般的な健康を維持していくうえで十分な量である。

②プラントベースのホールフードは、十分なタンパク質を含んでいる。タンパク質の量が比較的少ないジャガイモ(カロリー当たりのタンパク質含有量7.1~8.4%)しか食べなくても、必要量に近い量を摂取できる。

プラントベースの食事をする人は、毎日一種類以上の食品をとることになるので、食事中のタンパク質量は実際には総摂取カロリーの8~12%の範囲になる。

特にタンパク質が豊富な緑葉野菜(同含有量42~44%)や豆類(同含有量24~36%)が食事に含まれていれば、タンパク質の摂取は万全だ。

ガンをコントロールすることは可能か

タンパク質の一日当たりの推奨摂取量(RDA:recommended dietary allowance)によれば、「私たち人間は総摂取カロリーの約10%をタンパク質からとるべきだ」とされている。これは実際に体が必要としている量よりもかなり多い。

しかし必要量は個人差が大きいため、すべての人が確実に必要量を摂取できるようにするため、10%の食事タンパク質がすすめられているのである。

では、平均的なアメリカ人は通常どれくらい摂取しているかというと、推奨量の10%どころか、15~16%のタンパク質をとっているのだ。

この量は私たちがガンという危険区域に足を踏み入れているということを動物実験の結果が指し示している。

体重や総摂取カロリーにもよるが、10%の食事タンパク質とは、一日50~60グラムのタンパク質を摂取することに匹敵する。

アメリカの全国平均摂取量15~16%は、一日約70~100グラムで、男性はこの数値の多いほうに近く、女性は少ないほうの端に近い。

食べ物で言えば、100キロカロリーのホウレンソウには12グラムのタンパク質が含まれており、乾燥のヒヨコマメ100キロカロリーには5グラム含まれている。また、100キロカロリーの上質のビーフステーキには13グラムのタンパク質が含まれている。

しかし疑問が残る。タンパク質の摂取量が異なると、アフラトキシンの投与量と「病巣の形成」の密接な関係も変わるかどうか、という問題だ。

通常、化学物質は大量投与によってガンの高い発生率をもたらさない限り、「発ガン物質」とはみなされない。

例えば、アフラトキシンの場合、その投与量が多くなるにつれ、病巣と腫瘍の成長も付随して増大しなければならない。

疑わしい発ガン物質に対応して、成長反応が見られなかった場合、「本当に発ガン物質なのだろうか」、といった疑問が生じる。

「用量反応」の調査のため、10グループに分けたネズミにアフラトキシンの量を増加させながら投与し、次に通常レベル(20%)と低レベル(5%)のタンパク食を「促進期」の間与えてみた(図12参照)。

 

図12

画像出展:「チャイナ・スタディー」

タンパク質20%食のネズミでは、アフラトキシンの投与量が増えるにつれ、「病巣」が増加した。「用量反応」は予想どおりの結果だった。

しかし、タンパク質5%食のネズミでは、「用量反応」の動向曲線は完全に消えていた。ネズミに最大耐量のアフラトキシンが投与されたときでさえ、病巣反応の変化は見られなかったのである。

これは「低タンパクの食事は、強力な発ガン物質(アフラトキシン)のガン誘発効果を抑えることができる」ことのもう一つの証明である。

では、一般的に発ガン物質は栄養的条件が適切でなかった場合ガンを引き起こさない、と断言できるのだろうか。

私たちの人生の大半は少量の発ガン性化学物質にさらされているが、「腫瘍を成長させるような食べ物を摂取しない限り、ガンは生じない」と言うことができるのだろうか。

はたして、栄養摂取の如何によって、私たちはガンをコントロールすることが可能なのだろうか。

ガンの促進要因は、「カゼイン(牛乳タンパク)」だった

これまでの話を理解していただけたとしたら、この研究結果がどれほど挑発的なものかおわかりだと思う。「栄養摂取によってガンをコントロールする」というのは極端な話に思われただろうし、その状況は昔も今も変わらない。

しかし、実はその研究結果はもう一つ、とんでもない情報をやがてもたらすことになるのだった。

それは、「実験にはどんな種類のタンパク質が用いられ、結果に影響を及ぼしたか」ということと深く関連している。

すべての実験で我々が使用したのは、「カゼイン」だった。「カゼイン」は、牛乳タンパクの87%を構成している物質だ。

したがって次の疑問は、「植物性タンパク質が同様の方法でテストされた場合、ガンに対して「カゼイン」同様の影響を与えるだろうか」ということになる。

そして、その答えは驚くべきものだった。「ノー」である。

すなわち、植物性タンパク質では、たとえ高レベルの量を摂取したとしても、ガンの増殖を促進するようなことはなかったのである。

この研究(図13参照)は私の指導している医学部進学過程の学生、デビット・シュルシンガーが行なったものだが。小麦タンパクのグルテンでは、たとえ同量の20%を与えても、「カゼイン」と同様の結果を引き起こすことはなかった。

また、大豆タンパクでも、同様の実験を行ったが、20%の大豆タンパク食を投与したネズミは、20%の小麦タンパク食の場合と同じように、初期の「病巣」を形成することはなかった。

 

図13

画像出展:「チャイナ・スタディー」

このような結果が出て、同じタンパク質でも牛乳のタンパク質がさほど良い食品には思えなくなってきた。

我々は、「低タンパクの食事がさまざまな方法でガンの形成開始を減らそうとしている」ことを発見したのである。

しかも、高タンパクの食事は、体の成長に必要以上の量になると、形成開始期間のあとのガンを促進させることもわかってきた。

ちょうど電灯のスイッチを入れたり消したりするように、タンパク質のレベルを変えることで、最初は発ガン物質にさらされていたにもかかわらず、ガンの促進をコントロールすることができたのである。

そして、この場合のガンの促進要因は、「牛乳のタンパク質」だったのだ。

「タンパク質はガンの増殖を手助けする可能性がある」という考えを受け入れることは、私の同僚たちにとっては実にやっかいなことだった。しかもそれは、「牛乳のタンパク質」なのだ。

自分の頭はどうかしてしまったのではないか。私は自問自答を繰り返した。

「ネズミによるタンパク質研究」に関するQ&A

この研究について、もう少し詳しくは知りたい方のために、いくつかの質問への回答を、次に記しておいた。

 

Q1 タンパク食の研究結果についてだが、ネズミの食事に含まれるほかの栄養による影響の可能性はないのか?

 食事中のタンパク質摂取量を20%から5%に減らすということは、減らされた分だけ代わりのものを何か与えなければならない。

我々はカゼインの代わりとして炭水化物を使用した。カゼインも炭水化物も、カロリー含有量が同量だからだ(いずれも、1グラムにつき4カロリー)。

タンパク質の減少に伴い、デンプンとグルコースの混合物(1対1の割合)が、タンパク質の減量分だけ増加された。

ネズミの「低タンパク食」に、デンプンとグルコースを増量したことは、「病巣の成長が低下する原因」とはなり得ていなかった。なぜなら、炭水化物を個別にテストすると、病巣が成長するからである。

すなわち「低タンパク食」では、おそらく、増加した少量の炭水化物は、ただガンの発生率を増加させ、低タンパク食の効果を相殺させてしまうだけだろう。このことは「低タンパク食によるガン予防の効果」を、なおいっそうめざましいものにしている。

 

Q2 タンパク質の影響についてだが、食べ物の摂取量自体が少ないため、摂取カロリーが減ったからなのではないか?

 1930年代、40年代、50年代に行われた多くの研究が、「食べ物の総摂取量、あるいは総摂取カロリーの減少は、腫瘍の成長を減少させる成長を減少させる」ことを証明している。

我々の情報を調べ直してみると、「低タンパクの食事」を与えた動物の摂取カロリーは少なくなく、平均してみれば、むしろ多かったのである。この事実もまた、「カゼインに見られる腫瘍の促進作用」を強調しただけの結果となった。

 

Q3 低タンパクの食事をしているネズミの相対的な健康状態はどうだったのか?

 「タンパク質の少ない食事を長期間与えたネズミは、健康でない」と多くの研究者が決め込んでいた。

ところが「低タンパク食」のネズミは、ほかのネズミと比べてずっと長生きしていたし、体をよく動かしていて、実に健康的だった。

そして100週目のときも、スリムな体つきで毛並みも健康的なものだった。その一方で、「高タンパク食」のネズミは、全部死んでいた。

また、カゼインの摂取量が少ない「低タンパク食」のネズミは、より多くのカロリーを摂取していたばかりか、より多くのカロリーを消費していた。

「低タンパク食」のネズミは、カロリーを燃焼するのに必要な酸素をより多く消費しており、またカロリーを燃焼するのに効果的な「褐色脂肪組織」と呼ばれる特殊組織のレベルも高かった。

カロリーの燃焼は、「熱発生」(体の熱としてのエネルギー消費)という形で生じる。この現象はすでに何年も前に実証されている。「低タンパク食」はカロリー消費を高めるのだ。したがって、「体重を増やすためのカロリー」を体に少ししか残さない。そして、おそらく「腫瘍の成長のためのカロリー」も、少ししか残さないだろう。

 

Q4 運動は低タンパクの食事と関係していたのか?

 各グループのネズミの運動量を測定するため、檻の中の車輪をネズミがどれくらい回転させたかを記録させ、ネズミの運動量を比較した。

2週間にわたる測定の結果、カゼイン摂取量の少ないネズミは、およそ2倍の運動量をこなしていた。

この結果は、「高タンパクの食事」のあとの私たち人間の反応と似ている。すなわち活気がなくなり眠くなってしまうのだ。

「タンパク質たっぷりのアトキンス・ダイエットの副作用は疲労だ」という話を聞いたことがある。あなた自身、「高タンパクの食事」をしたあと、このような反応を体験したことがないだろうか。

 

●「100対0」という結果が示す信頼度の高さ

我々は、これまでずっと「腫瘍の成長」、すなわち「初期のガン様病巣」を測定することだけの実験を続けてきた。

次は大きな研究をする番だった。それは、完全な「腫瘍の形成」をどこで測定するかだ。我々は数百匹のネズミを使った大規模な研究を企画し、異なった方法で生涯にわたる「ネズミの腫瘍形成」について調べたのである。

結論から述べると、タンパク質投与が「腫瘍の成長」に与える影響は、実にわかりやすいものだった。ネズミは一般的に2年ほど生きるので、研究期間は100週に及んだ。

アフラトキシンが投与されたあと、通常レベルの20%タンパク食を与えられたネズミは、すべて肝腫瘍で死んだか、あるいは実験終了時の100週後の時点で、肝臓ガンのために死にかけていた。

同量のアフラトキシンを与えたあと、5%の低タンパク食で育てられたネズミは、すべて100週後の時点でも毛並みには光沢があり、活発に動き回り元気に生きていた。

スコアとしては100対0となり、これはこうした研究では決して見られない現象だった。「100対0」という結果は、インドで行われた初めの研究とほぼ同じ結果だった。

我々はガン促進の可逆性について再び調べるため、同じ実験で何匹かのネズミの食事を40週目と60週目で入れ替えてみた。

高タンパクの食事から低タンパクの食事に替えたネズミは、高タンパク食を与えられたネズミより、「腫瘍の成長」がきわめて少なかった(35~40%少ない)。

一方、低タンパクの食事から高タンパクの食事に替えたネズミでは、その一生の半ばで「腫瘍の成長」が再開した。「本格的な腫瘍」に関するこの研究結果は、以前「病巣の増減」調査の結果を裏付けるものだった。

すなわち、栄養摂取による操作で、ガンの進行を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることが可能なのである。

我々は、食事タンパクに対して示すネズミの病巣反応が腫瘍反応と類似しているかどうかを調べるため、ネズミの一生の動きを研究しながら「ネズミの初期病巣」をも測定してみた。

その結果、「病巣の成長状況」と「腫瘍の成長状況」とは見事に一致した。図14-①②参照)

  

この時点で、我々の研究結果があまりにも統一性を持っており、生物学的に説得力があり、統計学的にもこれほど重大なものになろうとは、私は思ってもみなかった。

結局のところ、我々はインドで行われた研究結果が正しかったことを完璧に裏付けることになった。しかもそれは、反論の余地のないほど徹底した方法で行われたのである。

次の点を明らかにしておこう。

牛乳のタンパク質は、アフラトキシン投与後のネズミに対し、きわめて強力なガン促進物質となる。

この促進効力は、齧歯(ゲッシ)動物や人間がごく普通に摂取しているタンパク食のレベル(10~20%)で生じるというのだから、さらに興味をかき立ててくれるし、次の課題に挑んでみたくなる。

「100対0」という結果が示す信頼度の高さ

我々は、これまでずっと「腫瘍の成長」、すなわち「初期のガン様病巣」を測定することだけの実験を続けてきた。

次は大きな研究をする番だった。それは、完全な「腫瘍の形成」をどこで測定するかだ。我々は数百匹のネズミを使った大規模な研究を企画し、異なった方法で生涯にわたる「ネズミの腫瘍形成」について調べたのである。

結論から述べると、タンパク質投与が「腫瘍の成長」に与える影響は、実にわかりやすいものだった。ネズミは一般的に2年ほど生きるので、研究期間は100週に及んだ。

アフラトキシンが投与されたあと、通常レベルの20%タンパク食を与えられたネズミは、すべて肝腫瘍で死んだか、あるいは実験終了時の100週後の時点で、肝臓ガンのために死にかけていた。

同量のアフラトキシンを与えたあと、5%の低タンパク食で育てられたネズミは、すべて100週後の時点でも毛並みには光沢があり、活発に動き回り元気に生きていた。

スコアとしては100対0となり、これはこうした研究では決して見られない現象だった。「100対0」という結果は、インドで行われた初めの研究とほぼ同じ結果だった。

我々はガン促進の可逆性について再び調べるため、同じ実験で何匹かのネズミの食事を40週目と60週目で入れ替えてみた。

高タンパクの食事から低タンパクの食事に替えたネズミは、高タンパク食を与えられたネズミより、「腫瘍の成長」がきわめて少なかった(35~40%少ない)。

一方、低タンパクの食事から高タンパクの食事に替えたネズミでは、その一生の半ばで「腫瘍の成長」が再開した。「本格的な腫瘍」に関するこの研究結果は、以前「病巣の増減」調査の結果を裏付けるものだった。

すなわち、栄養摂取による操作で、ガンの進行を「ON」にしたり「OFF」にしたりすることが可能なのである。

我々は、食事タンパクに対して示すネズミの病巣反応が腫瘍反応と類似しているかどうかを調べるため、ネズミの一生の動きを研究しながら「ネズミの初期病巣」をも測定してみた。

その結果、「病巣の成長状況」と「腫瘍の成長状況」とは見事に一致した。図14-①②参照)  


この時点で、我々の研究結果があまりにも統一性を持っており、生物学的に説得力があり、統計学的にもこれほど重大なものになろうとは、私は思ってもみなかった。

結局のところ、我々はインドで行われた研究結果が正しかったことを完璧に裏付けることになった。しかもそれは、反論の余地のないほど徹底した方法で行われたのである。

次の点を明らかにしておこう。

牛乳のタンパク質は、アフラトキシン投与後のネズミに対し、きわめて強力なガン促進物質となる。

この促進効力は、齧歯(ゲッシ)動物や人間がごく普通に摂取しているタンパク食のレベル(10~20%)で生じるというのだから、さらに興味をかき立ててくれるし、次の課題に挑んでみたくなる。

「カゼイン」が発ガン物質を刺激する

さて次なる課題とは、「この研究が人間の健康にとって、特に肝臓ガンにとって、どう関係しているのか」という核心ともいえる点にある。

この問題を解明する方法の一つは、異なる種属の動物やほかの発ガン物質、ほかの臓器について研究することである。

もしガンに対するカゼインの影響が、異種動物や別の臓器などにも共通していたならば、「人間も注意したほうがいい」という可能性が高くなっている。

そこで我々は、今までの研究結果が説得力を持つかどうかを確かめるため、研究の対象範囲を広げることにした。

我々は「B型肝炎ウイルス(HBV)の慢性感染症は、人間の肝臓ガンの主要リスクファクター(危険因子)である」という主張を、ネズミによる研究の進行中に発表した。

慢性的にこのHBVに感染していると、肝臓ガンになるリスクが20~40倍にもなる、と思われていた。

長い間、このウィルスがどのようにして肝臓ガンを引き起こすのか、多くの研究が行なわれてきた。

基本的には、一つのウィルス遺伝子をネズミの肝臓の遺伝物質の中に挿入すると、この遺伝子は、そこで肝臓ガンを形成するための行動をとり始める。実験として行われる際、このネズミは遺伝子導入動物とみなされる。

遺伝子導入ネズミを使って行われた研究は今までに数多くあるが、それは主に、HBVが作用する「分子レベルのメカニズム」について理解するために行われたものである。

しかしこうした今までの研究では、栄養が「腫瘍の成長」に与える影響については、全く見落とされていた。

ある研究団体が「アフラトキシンは人間の肝臓ガンの主要因である」と主張したり、あるいは、別の団体が「HBVが主因である」と主張しているのを、私は数年の間少々楽しみながら眺めてきた。

だが、「栄養としてとり込んだタンパク質こそがこの病気と関係している」と示唆する人など、どの団体にも一人としていなかったのである。

我々は、HBVによって誘発させたハツカネズミの肝臓ガンに、「カゼイン」が与える影響について知りたかった。これは大きな一歩である。発ガン物質としてのアフラトキシン、そして動物の種としてのネズミという研究範囲を超えていた。

私のグループにいた若くて優秀な大学院生、フー・ジファンが、この疑問に答えるための研究を始めていて、やがて、これにチェン・ジキアン博士が加わった。

我々には、遺伝子が導入されたハツカネズミのコロニー(共生集団)が必要だったが、この「血統」を持つハツカネズミは二か所に存在していることがわかった。一か所はカリフォルニア州ラ・フォーヤ、もう一か所はメリーランド州ロックビルだった。

この血統は、肝臓の遺伝子の中に一つの異なったHBV遺伝子を持っており、それぞれ肝臓ガンになりやすかった。

私はこの研究の責任者と連絡をとり、我々のハツカネズミのコロニーを作り上げるのに協力してもらえるかどうかを尋ねた。

二つの研究グループは、我々が何をしたいのか聞いてはきたが、双方とも「タンパク質の影響について研究するのは馬鹿げたことだ」といった考えに傾いていた。

私はこの問題を解明するために研究助成金を申請したが、却下された。審査官らは、「ウィルスによって引き起こされるガン」に与える栄養、特に「タンパク食の影響」という問題を、快く取り上げてはくれなかったのだ。

「もしかして私は、神話ともいえるタンパク質の栄養価値について、あまりにも疑問を抱きすぎてしまったのだろうか」と危ぶみ始めた。助成金の申請却下はそれを物語っていた。

だが、我々は最終的に資金援助を得て、二つの研究グループの血統を持つハツカネズミの研究を行えることになり、我々のネズミで行った場合と基本的に同じ結果を得た。

写真1はハツカネズミの肝臓の横断面を顕微鏡で見たものだ。

 

写真1

画像出展:「チャイナ・スタディー」

黒っぽい物質は、ガンの増殖を示している(穴は単なる血管の横断面なので無視してよい)。

「22%のカゼイン」を与えたハツカネズミでは、強烈な初期ガンがあるが(D)、「14%カゼイン」投与のハツカネズミではもっと少なく(C)、「6%カゼイン」のハツカネズミでは全くない(B)。

写真(A)は、ウィルス遺伝子を持たないハツカネズミの肝臓を写したもので、比較していただくために掲載した。

図15は、ハツカネズミの肝臓に挿入された「ガンを引き起こす二つのHBV遺伝子」の発現(活動状況)を示すものである。

 

図15

画像出展:「チャイナ・スタディー」

この写真とグラフは両方とも、同じことを示している。

すなわち、「22%カゼインの食事」ではガンを引き起こすウィルス遺伝子を「ON」にし、「6%カゼインの食事」では、このような活動はほとんどないことを示している。

我々はすでにこの時点で、牛乳の神聖なるタンパク質「カゼイン」は、「アフラトキシンを投与されたネズミ」そして「HBVに感染しているハツカネズミ」の肝臓ガンを劇的に促進する、と結論づけるに十分な情報を得たのである。

影響は相当なものだったが、我々はさらに、この影響を一緒に生じさせようとするネットワークも発見した。

次の課題は、「この研究結果を、ほかのガンや発ガン物質に当てはめて法則化することができるかどうか」という点にあった。

当時、シカゴにあるイリノイ大学メディカルセンターでは、別の研究グループが、「ネズミの乳ガン」について研究していた。

この研究は、カゼインの摂取量の増加が乳ガンの発生を促進することを証明していた。彼らはすでに、カゼインの摂取量が多いと次のようなことが生じるのを発見していたのである。

 

・実験用発ガン物質「7,12‐ジメチルベンズ(a)アントラセン(DMBA)」と「N‐ニトロソ‐N‐メチル尿素(NMU)」を投与されたネズミにカゼインを多く与えると、乳ガンの発生を促進する。

・ガンを一緒に増殖させるネットワークを通して、乳ガンの発生を促進する。

・ヒトに作用するのと同じ女性ホルモン系を通して、乳ガンの発生を促進する。

発ガン物質の量よりも重要なもの

どれにも共通する一つの現象が見えてき始めた。二つの異なった器官(肝臓と乳房)、四つの異なった発ガン物質(注)、そして二つの異なった動物の種属(ネズミとハツカネズミ)にとって、カゼインは高度の総合システムのメカニズムを使いながら、ガンの増殖を促進するのだ。

【注】アフラトキシン、HBV(B型肝炎ウィルス)、DMBA(7,12‐ジメチルベンズ(a)アントラセン)、NMU(N‐ニトロソ‐N‐メチル尿素)。

 

これは実に説得力のある現象である。例えばカゼインは、細胞と発ガン物質との相互作用、DNAの発ガン物質への反応、ガン性細胞の増殖などに影響する。

下記にあげた四つの理由から、この研究結果の深さと一貫性は人間にとっても適合することを強く示唆している。

 

①ネズミとヒトの「タンパク質必要量」は、両者ともほとんど同じである。

②タンパク質はネズミの体内とほとんど同様の方法でヒトの体内でも作用する。

③ネズミの腫瘍の成長を促す「タンパク質摂取量」のレベルは、ヒトが摂取している量と同等である。

④ネズミにとってもヒトにとっても、ガンは「形成開始期」より、「促進期」の段階のほうがずっと重要である。

 

「促進期」の段階のほうがずっと重要なのには、理由がある。

私たちは、日常生活の中で発ガン物質にさらされている可能性がきわめて高いが、この発ガン物質がやがて完全な腫瘍を生じさせるかどうかは、腫瘍の成長を促進させるか、させないかによって決まるからである。「カゼインの摂取量が増えるとガンを促進する」ということを確信するようになってきていたとはいえ、それでも、このことを広めることに対しては慎重でなければならなかった。

既成概念に対して、挑発的な研究結果だったからで、おそらくは大変な騒ぎとなるだろうことが予測された。しかし、それにもかかわらず、この結果は、次のようなことを喚起し、私は自分が得た証拠をもっと深く究めてみたかった。

 

・ほかの栄養素は、ガンにどのような影響を与え、また、ほかの発ガン物質や異なった器官と、どのように相互作用するのだろうか。

・ほかの栄養素、発ガン物質、器官の影響力は、互いに相殺するのだろうか。

・特定の種類の食品に含まれる栄養素に対する影響の一貫性はあるのだろうか。

・ガンの成長促進は反転可能なのだろうか。もしそうなら、ガンの成長を促進する栄養素の摂取を減らし、成長を阻止する栄養素の摂取を増やすことによって、ガンを容易にコントロールできるかもしれないし、反転させることさえできるかもしれない。

 

我々は、「魚タンパク」「食事脂肪」「カロテノイド類として知られる抗酸化物質」などを含む異なった栄養素を使い、さらなる研究を開始した。

優秀な大学院生のトム・オコーナーとヒー・ユーピンは、この栄養素が肝臓と膵臓のガンに影響する能力について調べた。

今回の結果やほかの研究が「栄養素は、ガンの促進をコントロールするうえで、ガンを発生させる発ガン物質の投与量よりもずっと重要である」ことを示していた。

「腫瘍の成長にとって栄養素は主に腫瘍の促進期に影響する」という考え方は、「栄養摂取とガンの関係」のポイントのように思われてきた。

国立ガン研究所の官報『国立ガン研究ジャーナル』は、我々の研究に注目し、研究結果のいくつかを特集で組んで掲載していた。

そして、さらにもう一つの傾向が見え始めてきた。

動物性食品からの栄養は「腫瘍の成長」を増加させる。

植物性食品は「腫瘍の成長」を減少させる。

こうした現象である。

アフラトキシンによって腫瘍のできたネズミの生涯において、この傾向は変わらなかった。

ほかの研究グループによって行われた「乳ガンと別の発ガン物質に関する研究」でも、この傾向は同じだった。

「カロテノイド系抗酸化物質とガンの初期形成」についての研究でも、この傾向は常に同じだった。

ガンの初期形成から第二段階のガンの促進期まで、この傾向は不変だった。

一つのメカニズムから別のメカニズムまで、このパターンは終始一貫していたのである。これほどまでの不変性は驚くほどだったが、依然としてこの研究のある側面が、我々に慎重であるように求めていた。

すなわち、すべての調査結果は実験動物による研究であつめられたものだったからだ。この結果は、質的には人間にも当てはまる強力な根拠があるとはいえ、量的に妥当かどうか、これはまだわからなかった。

まだ、次のような疑問が残っていたからだ。

 

・動物性タンパク質とガンに関するこれらの法則は、すべての状況において、そしてすべての人類にとって決定的に重要なものなのか。

・むしろこの法則はきわめて稀な状況のときや、ごく少数の人にとって重要だということにすぎないのではないのか。

・この法則は、毎年1000人のガン患者に関係する程度のものだろうか、それとも毎年100万人、あるいはそれ以上の人たちに関わるものなのだろうか。

新たなる研究チャンスの訪れ

我々は実際に「人を対象とした研究」による直接的な証拠が必要となってきた。

この証拠は、理想的に次のような方法で得られるだろう。

すなわち、似たようなライフスタイル(生活習慣)をしていて、似たような遺伝的性質を持ち、病気の発生率に関しては多様であるような大勢の人々を対象とし、そのデータを厳密な方法で集め、食習慣の傾向と関連して調べるのである。

こうした研究を行うチャンスなど、まずめったにないだろう。

ところが、信じられないことに、そのチャンスが訪れたのである。

我々が研究室で明らかにし始めた「法則」を、今度は「人間を対象にした研究」で検証していくチャンスが、与えられたのだ。

1980年、研究室にとても感じのいい科学者、チェン・ジュシン博士を迎えるという幸運に恵まれた。私は、この非凡な学者とともに、「大きな真実」を探求していくチャンスを手にしたのである。

「栄養の役割」「ライフスタイル」「病気」に関して、医学史上かつてないほどの総括的な方法で研究するときが来たのだ。

我々は「チャイナ・プロジェクト」と名づけられた大プロジェクトに一歩踏み出そうとしていたのである。

第4章 史上最大の疫学調査「チャイナ・プロジェクト」の全貌

幸運がもたらした「ガン分布図」の入手

あなたはある瞬間を永久に捉えておきたいといった気持ちに駆られたことがないだろうか。その一瞬を生涯決して忘れまいといった気持に囚われてしまう。

それは家族や親しい友人とのふれ合い、あるいはまた自然や精神上のこと、宗教に関する瞬間かもしれない。

たいていの場合、おそらく「特別な瞬間」とは、さまざまな要素が少しずつ重なって訪れるものではないだろうか。うれしいにつけ悲しいにつけ、この個人的な出来事のことを私たちは「思い出」といっている。「特別な瞬間」とは、すべてのことが同時に重なって訪れる。そして、人生で経験する出来事を「時のスナップショット」として特徴づけてくれる。

「時のスナップショット」は研究分野においても、その価値は高い。我々は、ある瞬間のスナップショットを長く保存し分析したい、と考えて実験を構築した。

1980年代、中国から優秀な研究主幹、チェン・ジュシン博士がコーネル大学の私の研究室に来てくれてから、幸運にも私はこのような「特別な瞬間」にめぐり合うことができた。

博士は中国を代表する健康研究所「栄養・食品衛生研究所」の副所長であり、米中間の国交樹立直後にアメリカを訪れたごく少数の中国人学者の一人だった。

 

1970年代初め、中国の周恩来首相がガンで死にかけていた。末期の状態で身動きができない中、首相は、この病気の情報を収集するため、中国全土に及ぶ調査を開始した。

それは2400余りの郡とその住民8億8000万人(人口の96%)を対象とした「12種にわたるガン死亡率」に関する途方もない調査だった。

この調査は、いろいろな点で注目されたが、その一つは、65万人の作業員が関与するという、「生物医学的研究プロジェクト」としては前代未聞の規模の大きさにあった。

この調査の最終結果は美しく色分けされた分布図に描かれ、どの地域に特定のガンのタイプが多く、また、ほとんどガン患者が存在していない地域はどこか、といったことを示していた。

 

図16

画像出展:「チャイナ・スタディー」

この分布図は、「中国のガンは地理的に一地方に集中している」ことを明らかにしていた。ある種のガンの頻度は、A地域とB地域とでは全く違っていたのである。

ガンの発生率は国によってかなり差があることを示す初期の研究が、この考え方のヒントになった。

ただし、中国のデータの場合、ガンの罹患率と地域的状況との関係性がきわめて密接だったため、より注目に価するものだった。

 

表4

画像出展:「チャイナ・スタディー」

『同一民族でありながら、各種ガンの死亡率にはかなりの幅があり、これは地域によって大きなばらつきがあることを示しています。』

この中国のデータは、人口の87%が同一民族(漢民族)であるという状況のもとで収集されたものである。

遺伝的性質が同じとき、異なった地域におけるガンの罹患率に、これほどのばらつきがあるのはなぜだろうか。

ガンは主に遺伝的特徴によるものではなく、環境やライフスタイルが原因で生じる、と見られる。著名な科学者らが、すでにそう結論を下していた。

1981年の米国連邦議会向けに作成された「食習慣とガンに関する主要報告」の著者たちは、「遺伝的特徴は、ガンのリスク全体のわずか2~3%を決定するにすぎない」と推定していた。

アメリカと中国では何が違うのか

中国のガン分布図のデータは意味深い。あるガンの罹患率が最も高い地域では、そのガンの罹患率が最も低い地域の100倍もある。この数字は実に驚くべき差である。

それと比較してアメリカを見ると、ある地域と他地域でのガンの罹患率の相違は、せいぜい2~3倍にすぎない。ガンの罹患率がわずかにもかかわらず、比較的重要でない相違が大きなニュースとなったり、莫大な利権をもたらしたり、政治問題になったりする。

私の住むニューヨーク州では、ロングアイランドにおける乳ガン罹患率の増加が長年の間話題になっている。この問題に対し、3000万ドルもの巨費と長い年月とが費やされてきた。

どの程度の罹患率が、このような大騒ぎを招いているかというと、ロングアイランド内の二つの地域の罹患率の差はわずか10~20%にすぎないのである。

この程度の違いでも、新聞の一面をにぎわし、人々を怖がらせ、政治家を動かすのには十分なニュースだった。この研究結果を、ガンの罹患率が地域によって100倍(10000%)も差のある中国と対比させてみるといい。

相対的に見て、中国人は遺伝的にはほぼ単一民族であるため、この相違は環境的因子によって説明されねばならない。これは次のような大きな疑問を引き起こす。

 

・なぜ、ガンは中国の一部の農村地域に多く、ほかの地域には少ないのか。

・なぜ、この相違はこんなに大きいのか。

・なぜ、中国では総体的に、ガンがアメリカより一般的ではないのか。

 

チェン博士と私は、これについて話せば話すほど、ますます中国農村部の食習慣と環境状況を瞬間で捉える「スナップショット」が欲しくなった。

 

・もし中国の人々の暮らしを見、食べているものを書きとめ、「どのような暮らしをしているのか」「血液や尿の中にどんなものが含まれているのか」「どのようにして亡くなっていくのか」などを知ることさえできたら……。

・今後末永く研究できるように、中国人のライフスタイルの詳細を前例がないほど細かく書き残すことさえできたら……。

 

もし、それができたら、我々の「なぜ」が解消するかもしれないのだ。

時折、科学・政治・資金が、驚くべき研究を可能にさせるように一つに結びつくことがある。それが我々にも起こった。我々は望んでいたこと以上の研究を行う機会を得たのだ。

こうして我々は、「食習慣」「ライフスタイル」、そして「病気」に関してこれまでで最も総括的な「スナップショット」を作り上げることができたのである。

第8章 ガン対策はどのように改善されるべきか

前立腺ガン形成のメカニズム

ほかのガンの項目ですでに見てきたように、大規模研究から、「前立腺ガンと動物性食品に基づく食習慣(特に乳製品が多い食事)との関連性」が明らかになってきた。

前立腺ガンと乳製品との関係を理解するには、その背景にある二つのメカニズムを知ることが決め手となる。 

(1)成長ホルモンに関するメカニズム

最初のメカニズムは、がん細胞を増殖させるホルモン、すなわち体が必要に応じて作るホルモンに関するものである。

この成長ホルモン「インスリン様成長因子1(IGF‐1)」は、ちょうどコレステロールが心臓病の予測因子であるのと同様、ガンの予測因子であることが判明した。

体が正常なときには、このホルモンは細胞の増殖速度をうまく管理している。この「増殖」とは、健康状態時に、細胞が自ら再生し古い細胞を捨てていく作業のことだ。

しかし、不健康状態のときには、「IGF‐1」がより活発になり、新しい細胞の誕生と成長が促進され、古い細胞の除去が妨げされてしまう。いずれもガンの発生にとっては有利な条件となる(7件の研究が言及)。

では、この状態は、あなたが食べているものとどう関係しているのだろうか。

動物性食品を摂取していると、血液中の成長ホルモンである「IGF‐1」のレベルがアップしてしまうことがわかった。

 

血液中の「IGF‐1」レベルが正常値より高い男性は、進行した前立腺ガンのリスクが5.1倍も高い。

IGF‐1を拘束し、不活発にするタンパク質の血中レベルが低い男性は、進行した前立腺ガンのリスクが9.5倍にもなる。

 

こうした数字は大いに強調すべきだろう。正常な人との違いがあまりにも大きく、驚くべき数字だからだ。

この研究の結論において最も基本的なことは、肉(魚介類も含む。以下同様)や乳製品のような動物性食品を摂取すると、より多くの「IGF‐1」を製造するという点にある。

 

 (2)「ビタミンDの代謝」に関するメカニズム

二番目のメカニズムは「ビタミンDの代謝」に関連している。ビタミンDは私たちがあえて摂取する必要のある栄養素ではない。体は一日おきに15分から30分、ただ日光に当たるだけで、必要な量をすべて作っている。日光の作用による製造に加え、ビタミンDは私たちが食べるものによっても影響される。

「活性型ビタミンD」の生成は、体によってきびしくコントロールされている機能であり、前立腺ガンばかりか、乳ガン、結腸ガン、骨粗鬆症、1型糖尿病のような「自己免疫疾患」などにも影響を与える、体に備わった均衡作用の代表である。

多くの病気にとってこのビタミンDが重要であることや、そしてこのビタミンDの機能に関する説明が複雑になることから、また、私の主張を過不足なく説明するため、簡略な図式を付記し補足しておいた。

 

図Ⅰ

画像出展:「チャイナ・スタディー」

「食べ物がいかに体の健康状態をコントロールしているか」を示す反応システムを、ビタミンDを取り巻く複雑なネットワークが解き明かしている。

このプロセスの主要素は、食べ物や日光から得られるビタミンDによって作られる「活性型ビタミンD(別称、過給型ビタミンD)」である。

「活性型ビタミンD」は、ガンや自己免疫疾患、骨粗鬆症などの予防を含む多大な効果を体に与えてくれる。このきわめて重要な「活性型ビタミンD」は、食べ物や薬から摂取するようなものではない。

「活性型ビタミンD」から作られた薬は強すぎて、医療用としてはあまりにも危険だ。体は入念にコントロールされたセンサーを用いて、それぞれの作業にとって、適切なときに適切な量の「活性型ビタミンD」を製造するのである。

結局のところ、私たちが口にする食べ物が、この「活性型ビタミンD」の生産量と生産後の働きを決定する可能性がある、ということだ。

私たちが摂取する動物性タンパク質は、「活性型ビタミンD」の生産を妨げてしまう傾向があり、このビタミンの血中レベルを低下させてしまう。もしこの低レベルが続くと、前立腺ガンが生じる。また、カルシウムをとりすぎていると「活性型ビタミンD」の働きが低下する環境を作ってしまい、問題を増大させてしまうことになる。

では、動物性タンパク質と大量のカルシウムの両方を含んでいる食べ物とは、どんなものなのだろう。それは牛乳や乳製品だ。これこそ、前立腺ガンとの関係を明らかにする証拠と一致する食品だ。

この情報は、我々が「生物学的妥当性」と呼ぶものを提供してくれており、観察データがこの情報と完璧に一致していることを示している。このメカニズムをまとめてみると、次のようになる。

・動物性タンパク質は、体により多くの「IGF‐1」を作らせる。これは次のプロセスで細胞の増殖機能と除去作用を崩壊させてしまい、ガン発生を促すことになる。

・動物性タンパク質は、「活性型ビタミンD」の生産を止めてしまう。

・牛乳の中に見られる「過剰のカルシウム」もまた、「活性型ビタミンD」の生産を止めてしまう。

・「活性型ビタミンD」は、体内でさまざまな健康効果を作り出すことに貢献している。

・「活性型ビタミンD」のレベルが低い状態が続くと、さまざまなガンや自己免疫疾患、骨粗鬆症ほかの病気を引き起こす環境を作り出すことになる。

 

重要なことは、「前立腺ガンのような病気は、良いものにしろ悪いものにしろ食べ物の及ぼす影響がいかに大きいか」といことを自覚することである。

ビタミンDを取り巻く複雑なネットワークの存在を発見したことから、私たちは「どの機能が最初に働き、どれが次の機能に続くのか」とすぐに推測したがるが、ネットワークの中の反応だけを独立して考えることは大きな誤りである。

病気予防のため、体の中できわめて複雑な方法で連携し作用し合っているという「膨大な反応数」は実に感動的だ。

ガンのような病気を引き起こす原因を完全に説明する唯一のメカニズムなど存在しない。このようなことを考えるだけでも馬鹿げたことだろう。しかし、私にわかっていることは、次のようなことだ。

ここで見てきたように、ガンはきわめて組織的なネットワークを背景にして形成されていく。そして、完璧な証拠によって、「乳製品や肉を摂取することは前立腺ガンの重大な危険因子となる」という結論に導かれた、ということである。

第11章 私たちの健康と食べ物に関する「八大原則」

表13表14は下に添付しています。


ご参考牛乳消費量と発ガンとの関係性について

下記の2枚の資料はネット上にあった情報